最新更新日2024/03/04☆☆☆

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SFが読みたい!2024
対象作品である2022年11月1日~2023年10月31日発売の国内SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素の絡まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されずらいので傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
SFが読みたい!2024年版
早川書房
2024-02-09



SFが読みたい!国内版 最終予想(2024年1月20日)

1位.禍(小田雅久仁)
本を食べると食べたページに書かれていたことが体験できる「食書」、全裸の男が出現した電車の中で周囲の乗客も次々と服を脱ぎ始める「裸婦と裸夫」、鼻を育てる「農場」、他人の耳の中に潜り込んで人間を操る「耳もぐり」、髪を神として崇める宗教団体が世界を征服する「髪禍」等、全7編を収録。
奇想に満ちた短編集。ジャンル的には幻想ホラーに近いですが、行間から立ち上ってくる禍々しさが尋常ではありません。特に、発想の独創性や狂気じみた文章に結末の見事さと隙のない「食書」が絶品。また、読んでいてゾッとする「髪禍」や読者の身体感覚を大いに刺激する「農場」なども秀逸です。
禍
小田雅久仁
新潮社
2023-07-12


2位.走馬灯のセトリは考えておいて (柴田勝家)
元バーチャアイドルが敢行するこの世からの卒業ライブの舞台裏を描いた表題作、神社の神事だった福男を決めるマラソン大会が新型コロナの影響でVR化して独自の進化を遂げる「オンライン福男」、ある東洋美術学者が信仰が質量を持つとの持論を展開する「クランツマンの秘仏」など、全6編収録。
奇想に満ちた短編が揃っていますが、なかでも書き下ろしの表題作が秀逸。VR技術によって故人となったアイドルがファンのもとに再臨するエピソードなどぐっときます。一方、「オンライン福男」や「姫日記」などは著者のユーモア感覚が存分に発揮された快作です。その他も発想がユニークな良作揃い。


3位.わたしたちの怪獣(久永実木彦)
妹が父親を殺してしまったので高校生の姉は父の死体を怪獣が暴れている東京に棄てることを思いつく表題作、カルト人気を誇るZ級ホラー映画の上映中に街にゾンビが出現したので映画を観に来た面々は映画館に籠城しようとする「アタック・オブ・ザ・キラー・トマトを観ながら」など全4篇収録。
『七十四秒の旋律と孤独』で注目された著者の短編集です。ゾンビ・吸血鬼・怪獣などをモチーフにした作品は一見B級っぽくて楽しげですが、内容は意外とヘビー。みな人生に絶望しており、それをオタク的な設定で描いている点が独自の味わいとなっています。シュールな情緒性に満ちた異色傑作です。
わたしたちの怪獣 (創元日本SF叢書)
久永 実木彦
東京創元社
2023-05-31


4位.AIとSF (編集:日本SF作家クラブ/作:長谷敏司、高山羽根子、柞刈湯葉・他)
AI技術の爆発的な進歩によって大阪万博に用意した展示物がどんどん陳腐化していく「準備がいつまで経っても終わらない件」、亡くなった恋人の人格を彼女のSNS情報から再現する「AIになったさやか」、誤情報を出力してしまうAIをいかに矯正するかを描いた「Forget me, bot」など全22編収録。
『ポストコロナのSF』『2084年のSF』に続く近未来SFアンソロジーの第3弾。今作はAI進化のカンブリア大爆発ともいえる現実を前にしての発売であり、より身近に感じられる内容になっています。特に抱腹絶倒の「準備がいつまで経っても終わらない件」などは本当にありそうで困ります。


5位.ときときチャンネル 宇宙飲んでみた (宮澤伊織) 
十時(ととき)さくらは穀潰しの天才科学者・多田羅未貴と同居していたが、あるとき、未貴の研究や発明を配信で紹介し、生活費の足しにすることを思いつく。第1回は、5%の既知物質、27%のダークマター、68%のダークエネルギーからなる宇宙の一部をマグカップに入れて飲むというもので…。
女子2人の掛け合いが楽しくて百合色の強といった点はいかにも宮澤伊織作品です。しかし、ノリは軽くても語っている内容は難解な科学理論であり、そのギャップが異世界ピクニックとはまた違った魅力となっています。小難しいハードSFの世界を気軽に楽しめるという点で初心者にもおすすめです。


6位.アナベル・アノマリー(谷口裕貴)
サイキッカーが生まれるようになった近未来。そのなかでも、アナベルという少女は圧倒的な力を持っており、力業で現実をねじ曲げてしまう。そんな彼女を始末するのは6人の複合人格からなるサイキッカーシステムのSIXだ。しかし、SIXは周囲を瓦礫の山に変える一方で、アナベルは何度でも蘇り…。
少女禍と恐れられ、呪いのような存在のアナベルを巡る全4話の連作短編。悪夢のような物語は終末願望を満たすが如き魅力があり、特に破壊のカタルシスを感じさせる冒頭のエピソードは圧倒的な迫力です。後半はややトーンダウンを感じるものの、その濃密な世界観は唯一無二。カルト的な傑作です。
アナベル・アノマリー (徳間文庫)
谷口裕貴
徳間書店
2022-12-08


7位.バイオスフィア不動産(周藤蓮)
完全自給自足の住まい・バイオスフィアⅢ型建築の普及によって人類のほとんどは家に引きこもってしまう。そんななか、ユキオとサイボーグのアレイはバイオスフィアを管理する後香不動産の社員として住民のクレーム対応にあたっていた。しかし、そのクレーム内容はどれも奇妙なものばかりで…。
全5話の連作集。完全閉鎖系の住居というアイディアに加えて、予想外のクレームにいかに対処するかという点にSFとしての面白さがあります。また、法律をはじめとした社会の取り決めが意味をなさなくなったのにそれらが廃止されていないという世界観も秀逸。奇妙な味の終末SFとして読み応えあり。


8位.シュレーディンガーの少女(松崎有理)
例外なく65歳で死が訪れるようにプログラムされた世界で64歳の女性が孤児を拾う「六十五歳デス」、太った人間はテレビスタジオで公開デスゲームをやらされる健康至上主義の世界を描いた「太っていたらだめですか?」、数字の使用を禁じられた異世界に転生する「異世界数学」など、全6編収録。
少女とデストピアがテーマの短編集。ワンアイディアを徹底的に突き詰めていく作風が印象的で、特に、絶滅した秋刀魚の味を自由研究で再現しようとする「秋刀魚(さんま)、苦いかしょっぱいか」と数字が禁じられた世界を細部まで描き切った「異世界数学」が秀逸。読みやすい文章も好印象です。
シュレーディンガーの少女 (創元SF文庫)
松崎 有理
東京創元社
2022-12-12


9位.ドードー鳥と孤独鳥(川端裕人)
全国紙の科学記者である望月環はカリフォルニアで幼なじみのケイナと20年ぶりの再会を果たす。科学者となった環はゲノム編集技術を用いた脱絶滅の研究に取り組んでいるという。そんな彼女に触発された環は江戸時代に日本の長崎に来ていたというドードー鳥の行方を追う旅へと乗り出すが…。
前半はノスタルジックな物語として読み応えがあるものの、SF要素はなし。本番は絶滅動物を巡る研究や調査に焦点が当てられる中盤以降です。ノンフィクションかと勘違いしそうなディテールの細やかさが魅力的で、科学による絶滅種の復活という今日的なテーマには色々と考えさせられます。
ドードー鳥と孤独鳥
川端裕人
国書刊行会
2023-09-18


10位.回樹(斜線堂有紀)
死体を呑み込む謎の巨大物体・回樹を巡る女性同士の歪な愛を描いた「回樹」「回祭」、骨の表面に文字を刻む技術が思わぬ思想を生む「骨刻」、人間の死体が腐らず燃えず生前の姿を維持し続ける「永遠」、19世紀ののニューヨークな現れた宇宙人が黒人と白人の融和を果たす「奈辺」など6編収録。 
女性同士の愛、映画への愛、死者への愛、人種差別を超えた愛など様々な愛の形をSFとして描いた短編集です。思いもよらない独創的な設定が素晴らしく、それによってそれぞれの愛が鮮烈に浮かび上がってきます。特に、凡百の百合ものとはひと味違う「回樹」&「回祭」の愛と死の物語が強烈。
回樹
斜線堂 有紀
早川書房
2023-03-23


11位.かくも親しき死よ〜天鳥舟奇譚 (壱岐津礼)
恐るべき力を持つ邪神クトゥルフが復活の時を迎えようとしていた。それを予見していた地球の神々はクトゥルフやその眷属を迎え撃とうとする。だが、闘いには自分たちの器となる人間、すなわち牧童が必要だった。平凡な日常を過ごしていた若者たちはやがて、神と邪神の戦いに巻き込まれ…。
クトゥルフ殲滅を掲げて世界各国の英雄や神々が集結する展開にワクワクします。特に、頂上決戦ともいえる邪神クトゥルフと日本神話最恐女神イザナミノミコトのドリームマッチは必読です。一方で、そうした壮大なスケールの戦いと対比するかの如く描かれる若者たちの日常パートも魅力的。


12位.星の航海者1: 遠い旅人(笹本祐一)
冷凍睡眠を用いて長きに渡り宇宙を旅している恒星記録員のメイア。彼女の半生は人類の宇宙進出史そのものだ。一方、人類が初め太陽系外で開発に成功した惑星・ディープブルーで暮らす惑星記録員のミランダは宇宙酔いが克服できず地上勤務に甘んじていたが、ある時、メイヤのアテンダを命じられ...。
星のパイロットシリーズのキャラも登場する番外編的作品。大宇宙を旅をするのにワープなどの超科学的な手段に頼らず、冷凍睡眠という比較的リアルな方法に徹し、また奇想天外な物語ではなく、技術や医学的な問題を中心に描いている点にハードSFとしての面白さがあります。今後が楽しみな良作です。
星の航海者1 遠い旅人 (創元SF文庫)
笹本 祐一
東京創元社
2023-03-30


13位.コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝 (林譲治)
ドルドラ星系の荒れ果てた惑星・シドンで空を漂っている恒星間宇宙船が発見される。この星にはもともとヒューマノイドの知的生命ビチマが存在していたのだが、150年前に入植した人々によって奴隷のように扱われてきた。彼らの人権回復が図られる最中、ビチマの惨殺死体が発見されるが…。
工作艦明石の孤独・外伝と銘打たれていますが、世界観が同じというだけで物語は全くの別物です。本作は、人類の人種差別の歴史をSFとして描いたものであり、政治・歴史・生態学など、さまざまな蘊蓄を絡めた思索が興味深い。また、ミステリタッチの物語にも引き込まれるものがあらます。


14位.アブソルート・コールド(結城充考 )
生命工学及び情報技術の独占によって見幸市を牛耳る大企業・佐久間種苗は細菌テロの標的となり、100名以上の研究員が犠牲となる。佐久間種苗の内情を探っていた元刑事の尾藤はテロの要因となった機密の存在を知る。一方、少女コチは電気連合組合からある記憶装置の回収を命じられるが…。
まず、3人のメインキャラを始めとする登場人物がみな魅力的。そして、そんな彼らが繰り広げる物語はめまぐるしくも刺激的で、まさにセンスオブワンダーの世界です。サイバーパンクの魅力がぎっりつまっているうえに、ポップな軽さも兼ね備えたており、幅広い層におすすめできる傑作です。
アブソルート・コールド
結城 充考
早川書房
2023-04-25


15位.あなたは月面に倒れている (倉田 タカシ)
人型のスパムが古典的な詐欺の手口を駆使して人の家に入り込んで個人情報や預金を抜き取っていく「二本の足で」、言葉をしゃべる猫としりとりをしながら過去のトラウマと向き合う「おうち」、タイポグラフィを駆使した実験小説「夕暮にゆうくりなき声満ちて風」など、全9編収録。
円城塔推薦というだけあって実験的な作品がずらりと並んでいます。ナンセンスで突飛な設定から始まる物語はイマジネーションを刺激される一方で、社会風刺なども盛り込まれ、さまざまな楽しみ方が可能です。ただし、起承転結がきっちりとした物語が好きな人にはとっつきにくいかもしれません。


16位.標本作家(小川楽喜)
西暦80万2700年。人類はすでに滅亡し、地球は玲伎種(れいきしゅ)と呼ばれる知的生命体によって支配されていた。多くの面で人類を凌駕する玲伎種だったが、唯一芸術だけは人類に劣るとされていた。そのため、”終古の人籃”という施設を設立し、蘇生した文豪たちに小説を執筆させていたのだが...。
第10回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作品。『サロメ』や『フランケンシュタイン』の作者をモデルとした文豪たちを文人十傑として復活させ、創造の探求と挫折を描いていく物語は小説好きの人間にとってはそそられるものがあります。ただ、そこで語られる文学論などがやや凡庸なのが惜しいところ。
標本作家
小川 楽喜
早川書房
2023-01-24


17位.ダイダロス(塩崎 ツトム)
1973年。文化人類学者アラン・スナプスタインと医師のベン・バーネイズはアマゾンの奥地へと進んでいく。残酷な人体実験を繰り返したナチスの生物学者ヨシアス・マウラーの居場所を突き止めるためだ。途中で日系人の青年ヒデキと出会った彼らはある月の夜に奇怪な刺青をした少女を目撃すが...。
第10回ハヤカワSFコンテスト特別賞。ナチハンターやマッドサイエンティストといった昔のB級映画のノリが楽しい。テンポは遅めですが、細部までよく練り込まれたマジックリアリズムの佳品です。
ダイダロス
塩崎 ツトム
早川書房
2023-02-21


18位.WALL (周木律)
日本の北方で船や飛行機が突如消息を絶つ。自動運転によって空港に着陸した機体もあったが、乗客乗員の姿はどこにもない。原因は長さ数千キロにも及ぶ半透明の壁。それに触れると人間だけが消えてしまうのだ。日本列島に迫る壁に対して、日本政府は科学者を集めて善後策を協議させるが...。
『日本沈没』のような未曾有の危機を描いたパニックSF小説です。女性科学者、新聞記者、迫る壁から逃げ惑う単身赴任の男性をメインに末、未曾有を災厄をテンポ良く描いています。壁を巡る謎やそれぞれの視点で描かれるドラマはよくできています。それだけに結末のあっけなさがやや残念。
WALL (角川文庫)
周木 律
KADOKAWA
2023-04-24


19位.そして、よみがえる世界。(西式豊)
テレパスという技術により、障害者でも代替身体を遠隔操作して自身の介護を行えるようになった近未来。脳神経外科医の牧野も四肢麻痺に陥りながらもテレパスを駆使して医師であり続けようとする。そんな彼が恩師からの依頼で少女の視力回復の手術を代行する。だが、その直後から異変が起き…。
第12回アガサ・クリスティー賞大賞。前半はVRやロボット工学と統合した近未来の医療技術がディテール豊かに描かれ、興味深く読むことができます。また、不可解な事件をホラー的に描き、ゾッとさせられます。なにより、ミステリ的な事件をSFのガジェットを用いて解き明かしていく手管が見事です。
そして、よみがえる世界。
西式 豊
早川書房
2022-11-16


20位.トゥモロー・ネヴァー・ノウズ(宮野優)
殺された娘の敵を討つために母親の私は犯人が入院している病院へ向かう。そして、足を折って動けないない彼をめった刺しにするのだった。だが、時は巻き戻り、私は再び犯行当日の朝を迎える。何度殺してもリセットされ、果たされることのない復讐。しかし、あるとき転機が訪れ…。
ループをテーマにした連作集です。全5話が収録されていますが、ベストは第1話の「インフェルノ」。単純なループものと思わせてからの仄暗い爽快感を感じさせる逆転劇が秀逸です。一方、第2話の「ナイトウォッチ」でJKの視点から世界の変容を描いており、ラブコメ風味な味わいが楽しい。


21位.NOVA 2023年夏号 (編集:大森望 /作者:池澤春菜、斜線堂有紀、高山羽根子・他)
どんなに努力しても1グラムたりとも痩せない女性がネットでアドバイスを募った結果とんでもない事実が判明する「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」、豪華客船で起きた殺人事件の犯人を名探偵が指摘するも時間がループして永遠に惨劇が繰り返される「ヒュブリスの船」など、全13編収録。
女性作家の作品を集めたアンソロジー。いずれも読み応えありですが、なかでもユーモアたっぷりの「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」と悪夢の地獄巡りを見せられる「ヒュブリスの船」が強烈。また、調書形式の「刑事第一審訴訟事件記録 玲和五年(わ)第四二七号」もSFリーガルとして印象的です。
NOVA 2023年夏号 (河出文庫)
河出書房新社
2023-04-05


22位.工作艦明石の孤独(林譲治)
突如ワープ航法が不能となり、宇宙の孤児と化したセラエノ星系150万の民は異星知性体のコミュニケーションを図りつつ、新たな文明の形を模索していく。一方、工作艦明石の椎名ラパーナも知性体イビスとのファーストコンタクトを展開していく。そして、未知の技術だったワープ航法の真実が…。
ワープ航法とファーストコンタクトをテーマにした本作は謎が謎を呼ぶ展開に読んでいてワクワクします。ただ、広げた風呂敷をたたむために最終巻がバタバタしてしまった感があります。特に、ワープ航法の謎が十分に解明できておらず、消化不良気味だったのが残念。非常に惜しい作品です。

23位.ヘルメス (山田宗樹)
2029年。巨大な小惑星が地球に接近し、あわや衝突という危機に見舞われる。その体験は人類に強烈なトラウマを植え付けた。人々は再びの危機に備えて地下3000mに巨大シェルターを建設し、そこでの生活実験が行われる。だが、実験終了直前に、被験者たちは地上に出たくないと抵抗を始め...。
近い将来、実際に起こりそうな問題を平易な文章でテンポ良く描いており、謎めいた展開も相俟ってぐいぐい引き込まれていきます。ただ、その分、テンポが速すぎて駆け足になっている感もあり。思わぬ展開に驚かされる一方、解明されていない謎があるなど消化不良な面もあり、好みの分かれるところ。
ヘルメス
山田宗樹
中央公論新社
2023-08-21


24位.「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門 (冬木糸一)
AI・メタバース・気候変動など、現代を生きる我々が未来を考えるうえで重要なトピックスをピックアップし、それらに関連した本を紹介していくというスタンスのガイドブックです。ただ、SFが未来を知るための教養だというのは飛躍がすぎると感じる人がいるかもしれません。しかし、本書ではノンフィクションも紹介することでSF小説と現実の橋渡しをしている点が上手いところです。本文も分かりやすい文章で書かれており、個々の作品の魅力がストレートに伝わってきます。本書のコンセプトに対する賛否を別にすれば誰にでも勧めやすい、良質のガイドブックだといえるでしょう。


25位.ヨモツイクサ (知念実希人)
北海道旭川にアイヌから黄泉の森と呼ばれて恐れられた禁域があった。その一帯を大手ホテル会社が開発を始めたところ、作業員が行方不明になってしまう。しかも、現場には獣による蹂躙の痕跡が残されていた。一方、実家が禁域の近くにある外科医の佐原茜は7年前に家族が忽然と消える事件に遭遇し...。
著者初のバイオホラー。前半のヒグマの話だけでもなかなかの面白さですが、そこからさらなる恐怖へと突き落としていく2段構えのの構成が見事です。また、二転三転する展開の末に衝撃的などんでん返し繋げる手管はミステリー作家ならでは。ただ、グロテスクな描写が苦手な人は要注意です。
ヨモツイクサ
知念実希人
双葉社
2023-05-17


26位.無限の月(須藤古都離)
睡眠中の脳を繋げて生体コンピューターとして用いる技術を確立させたIT経営者。その彼が別居中の妻の元を久しぶりに訪ねてきた。ところが、妻はすぐに違和感を覚え、目の前にいる男性が夫ではないことに気が付く。すると、夫そっくりな男は自分の身の上に起きた出来事を語り始めるが…。
最新アプリによって他人の記憶が流れ込み、自分自身が失われていく展開は大いに読み応えあり。ただ、壮大な物語を期待したら登場人物の身の回りの話だけで完結してしまったのには肩透かし感も。エピローグはなかなか壮大なのですが、SFとしてはそこをじっくりと描いてほしかったところ。
無限の月
須藤古都離
講談社
2023-07-11


27位.大阪SFアンソロジー:OSAKA2045(北野勇作、牧野修・他 )
夢洲の科学館でロボットの澪標ミオとコンビを組んで子供向け科学ショーを行っているサイエンスコミュニケーターが人間とロボットのあるべき関係を模索する「みをつくしの人形遣いたち」、荒野と化した夢洲を舞台に2人の女がDV男たちを叩きのめす「復讐は何も生まない」など、全10篇収録。
大阪にゆかりのある作家10人が2045年の大阪を描いたSFアンソロジーです。まずなんといっても、ロボットの澪標ミオが可愛く、お仕事小説としての魅力を前面に押し出した「みをつくしの人形遣いたち」が面白い。また、牧野修らしいバイオレンスが炸裂する「復讐は何も生まない」も秀逸です。
大阪SFアンソロジー:OSAKA2045 (Kaguya Books)
藤崎ほつま
Kaguya Books
2023-08-31


28位.祝福(高原英理)
批評家の手によよってまるで実在している書籍の如く語られる架空の小説、自傷行為を繰り返しながらネットに言葉を流す少女、あるブログの言葉を聖典として誕生した宗教などなど。ー「私は満ち足りているけど不要なものがひとつある。それは自分の心」その言葉から紡がれていく9つの物語。
状況説明を極限まで省き、言語の持つイマジネーションの連なりで物語を紡いでいったような極めて実験職の強い作品です。一種の言語SFであり、一作ごとに肌触りの全く異なる物語世界が構築されている点が大きな読みどころとなっています。反面、話の盛り上がりを期待すると肩すかしかも。
祝福
高原 英理
河出書房新社
2023-07-25


29位.水都眩光 幻想短篇アンソロジー(高原 英理、石沢麻依、吉村萬壱・他)
蔵の整理中に仮面を被った人々が住む東欧の都市・ラサンドーハの物語を記した文書を見つける「ラサンドーハ手稿」、出張先で車に乗り合わせた奇妙な若者との道中記「茶会」、  友人の妹の葬儀のために赴いた廃墟の街で同じ顔をした6人の妹に出会う「マルギット・Kの鏡像」など、全9編収録。
文学界2023年5月号に掲載された幻想短編特集12編のなかから9編を収録したアンソロジー集です。幻想小説と一言でいっても、その内容は王道的な幻想譚から身の回りのちょっと不思議な話までバラエティに富んでいます。なかでも、独特の語り口に引き込まれる「ニトロシンドローム」が印象的。
水都眩光 幻想短篇アンソロジー
谷崎 由依
文藝春秋
2023-09-25


30位.夜勤~夜に産まれた者だけが戦う世界~(友浦乙歌)
生まれた時間帯によって運命が大きく変わる世界。昼間に生まれた者は一般人として生活できるが、夜に生まれた者は日光が猛毒となり、夜にしか生きられないのだ。そのうえ、彼らは夜に街に出没する死獣と戦う義務を負わされる。その一人である滝本一琉はある日、謎の少女との出会い...。
オリジナリティの高い練りこまれた世界観にぐいぐいと引き込まれていきます。死獣との戦闘シーンも臨場感たっぷりで登場人物も魅力的です。そのなかでもイチオシは委員長こと寺本和美。彼女の演説は読むもの胸を打ちます。ハードボイルドタッチのSF作品として完成度の高い佳品です。



その他注目作36

31.京都SFアンソロジー:ここに浮かぶ景色(井上彼方 、千葉集・他)
1945年に京都が一夜にして消失してから数十年のちに存在しないはずの京都を視たという人々が現れる「京都は存在しない」、聖地を巡って観光視点とそこで生きる人々の視点を対比させた「聖地と呼ばれる町で」、本来の価値を失った舘間を巡る考察を描いた「立看の儀」など全9編収録。
京都ゆかりの作家による京都SFアンソロジーです。はっきりいって玉石混淆の感が強く、出来不出来に大きな差があります。そのなかでは存在さない京都を巡る複雑な設定をコンパクトかつ分かりやすくまとめた「京都は存在しない」、独自の京都論が印象的な「聖地と呼ばれる町で」などが秀逸。



32.ツインスター・サイクロン・ランナウェイ 3 (小川一水)
新天地を求めて故郷の巨大ガス惑星を飛び出したテラとダイは脱出船に新居を構えてしばらく甘い生活を満喫していたが、すぐにさまざまな困難に直面する。想定外のトラブルに対し、宇宙漁師の技術を活かして一つずつ乗り越えていく彼女たち。やがて、旅の果てに明かされる衝撃の事実とは!?
シリーズ第3弾。超大型宇宙船都市や個体惑星などの個性豊かな星系を巡りながら、本作の世界観が掘り下げられていくのがSFとして読み応えがあります。それに、百合小説ならではのヒロイン2人のイチャイチャもたっぷり堪能できます。そして、衝撃のラスト。次巻の展開が非常に気になります。


33.マイ・リトル・ヒーロー(冲方丁)
暢光は底抜けのお人好しで騙されてばかり。ついに妻から離婚を宣言され、中2の息子と小3の娘とはオンラインゲームが唯一の交流の場となっていた。そんなある日、息子が交通事故に遭い、意識が戻らなくなってしまう。悲嘆に暮れる暢光だったが、彼の元にゲーム内から息子のメッセージが届き....。
ゲーム内に閉じ込められた息子を救出するために家族が団結するというSFホームドラマ作品です。登場人物が皆生き生きと描かれており、特に、お人好しの主人公と凶暴で可愛らしい小3の娘が印象的。目的に向かって協力し合うことで家族の絆を取り戻すという展開がベタながらも読ませます。
マイ・リトル・ヒーロー (文春e-book)
冲方 丁
文藝春秋
2023-03-24


34.マルドゥック・アノニマス 8(冲丁)
オクトーバー社への集団薬害訴訟が開始、ハンターが市議会議員選に出馬する中、マルセル島の抗争がマルドゥック市全域を揺るがす。それはマフィアの抗争に偽装したハンター陣営の一大攻勢だった。エンハンサー同士の激戦が繰り広げられる中、バロット達は次第に窮地へ追い込まれていくが…。
冒頭の登場人物紹介の数がとんでもないことになっており、彼らが入り乱れての異能力バトルは圧巻の一言です。山田風太郎の忍法帖も真っ青といった感じですが、あまりにも数が多くて誰が誰だか分からないといった弊害も。バトルの連続は逆にそれが単調にも感じられ、繋ぎ回といった趣も…。


35.領域 イックンジュッキの棲む森(美原さつき)
大学院で霊長類学を研究する季華は調査隊の一員としてコンゴの密林を訪れる。道路の建設予定地がボノボの生息地にあたるため、彼らに悪影響を与えないか確かめるためだ。だが、その途中でボノボより遙かに大きな猿の腕を発見し、続いて調査地付近の村で人々が何者かに惨殺されるが…。
第21回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作。自然保護のスタンスを巡って仲間同士がいがみ合う前半の展開はあまり気持ちの良いものではありませんが、猿の群れが調査隊を襲撃する後半はパニックホラーとしてよく出来ています。新種の猿の生態や習性も独創的でユニーク。


36.秋雨物語(貴志祐介)
美晴は社員旅行で一泊した朝に偶然、男性社員の青田好一と二人っきりになる。彼は美晴との会話のなかで、自分はどちらかといえば女性に好かれるたちなのにも関わらず、33歳になるまで一度も恋人ができずにいる事実を告白する。しかも、占い師によると、その原因が前世にあるというのだが…。
上田秋成の『春雨物語』をモチーフにした全4編のホラー短編集。それぞれ独創的な切り口が素晴らしく、思わず引き込まれていきます。ただ、ホラー度はあまり高くなく、オチも少々弱め。そのなかにあって、ブラックな結末にゾッとさせる「フーグ」とシュールな味わいの「餓鬼の田」が読み応えあり。
秋雨物語 (角川書店単行本)
貴志 祐介
KADOKAWA
2022-11-29




37.裏世界ピクニック 8 共犯者の終り(宮澤伊織)                                                             
個室付きの居酒屋で鳥子の誕生日を祝った空魚は、その帰り道に彼女から「空魚が好き」と告白される。返答に詰まる空魚に対して鳥子は「一週間待つからそのとき答えを聞かせて」と告げるのだった。どうしていいかわからない空魚は偶然大学の学食で会ったゼミ仲間の紅森に相談を持ちかけるが...。
シリーズを通して描かれていた異世界の怪異譚ですが、本巻ではそうした要素は背景にとどまり、ひたすら空魚と鳥子の関係性に焦点が当てられています。SFホラーとしての異世界ピクニックを期待した人には肩すかしですが、異世界ピックニックを百合小説として読んでいる人には必読の傑作回です。





38.現代SF小説ガイドブック 可能性の文学(監修:池澤春菜)
声優界随一の読書家で第20代日本SF作家クラブの会長も務めた池澤春菜監修のガイドブック。旬の作家から黎明期の巨匠まで国内外それぞれ50名のSF作家が網羅されています。SF初心者が本を選ぶ指針としてもマニアが未読作家のチェックをするのにも利用できるセレクションは申し分ないのですが、ライターによって記事の質が違いすぎるはいただけません。紹介されている作家の作品を読んでみたくなるような熱のこもった解説がある一方でネットで調べたことを丸写しうしたようなものが混在しているのはなんとかならなかったのでしょうか。


39.時かけラジオ ~鎌倉なみおとFMの奇跡~(成田名璃子)
1985年。地方局の兼業ラジオDJ・トッシーは放送の終わったラジオ局できまぐれに架空の番組をでっちあげて適当なトークを始める。電源はOFFになっており、誰も聴いていないはずだった。だが、なぜか悩み相談の募集に応じる電話がかかってくる。しかも、相手は令和の世界を生きる人間で....。
1985年のDJトークがなぜか数十年後の世界に届くという設定の青春SFです。トーク中心なのでテンポが良くて非常に読みやすい。そして、悩み相談が物語の中心となるわけですが、違う時代を生きている故のかみ合わない会話が楽しく、そのなかでも真摯にアドバイスをしようとする主人公が魅力的です。


40.パルウイルス (高嶋哲夫)
アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の顧問・カール・バレンタインはバイオ医薬品企業ナショナルバイオのラボを訪れた際にエボラに似た未知のウイルスを発見する。ウイルスは死んでいたが、もし活性化したら大変なことになりかねない。だが、その警告は無視され、ついに感染者が…。
永久凍土が溶けて活動を始めた最強ウイルスが恐ろしい。主要人物がアメリカ人なこともあってハリウッド映画のようなスケール感があり、テンポがよくさくさくと読める点は魅力的です。ただ、あまりにも偶然が多くてご都合主義が目立つ点はいただけません。登場人物も今一つ魅力不足な気が...。。
パルウイルス (角川春樹事務所)
高嶋哲夫
角川春樹事務所
2023-03-02


41.ホワイトデス(雪富千晶紀)
ホオジロザメの目撃が瀬戸内海で相次ぐ。しかも、迷い込んできた3匹はいずれも7メートル級の大物だった。彼らはなぜか外海に出て行こうとはせず、狭い海域で人々を襲い続ける。サメに息子を奪われた漁師が復讐に燃える。一方、環境保護団体に所属する湊子はなんとかサメを救おうとするが...。
『ブルシャーク』に続くサメパニック小説の第2弾。今回は変化球な作りで、サメ襲撃シーンの迫力という点では前作には及ばないものの、代わりに様々な人々の思惑が絡み合う重層的な面白さがあります。沖縄のサメハンター、胡散臭いシャチ使い、新進気鋭の女性准教授など、登場人物も魅力的。
ホワイトデス
雪富 千晶紀
光文社
2023-04-19


42.骨灰(冲方丁)
大手不動産開発企業に勤務する松永光弘は自社の欠陥工事を糾弾するツイートの真偽を確認するべく建築現場の地下へと降りていく。そこで発見したのは謎の祭祀場と穴の中で鎖に繋がれた男だった。男を解放してやるも、彼はその直後に姿を消してしまう。やがて、光弘自身にも異変が起き始め....。
人身御供や呪術を現代の東京を舞台に描いた作品で、リアルな現実社会からオカルトの世界に迷い込んだような感覚にゾッとさせられます。ただ、建設現場の地階巡りをする発端のシーンがピークであり、後半にいくにつれて怖くなくなっていくのが残念。最後はもうひとひねり欲しかったところ。
骨灰 (角川書店単行本)
冲方 丁
KADOKAWA
2022-12-09


43.夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない(和田正雪)
大学に通いながら怪談ライターのバイトをしている大学生の米田は、取材の最中に乃亜という不思議な女性と出会う。彼女は大学院生であり、怪異の起こる場所に赴いては異界に続く道を探しているというのだ。あまりの変人ぶりにうんざりしていた米田だったが、やがて彼女に惹かれるようになり...。
美人だが超変人の乃亜と死んだ魚の目をしている米田のコンビが魅力的で、怪談スポットを取材する2人の掛け合いがなんとも楽しい。後半は一転、シリアスな雰囲気の恋愛ホラーへと移行し、切なさが募ります。ただ、シリアスへの切り替えがやや唐突に感じられ、感情がついていけない面もあり。


44.最果ての泥徒(高丘哲次 )
20世紀初頭の欧州。一族の間で尖筆師の名で呼ばれ、脈々と受け継がれてきた泥徒(ゴーレム)創造技術。その歴史の中でマヤは最も優れた尖筆師だった。しかし、泥徒を完全なる被造物に至らしめるための手がかりである「原初の礎版」が3人の兄弟子とともに消える。マヤは兄弟子たちを追うが...。
ゴーレムという完全なファンタジー要素をリアルな現代史に絡め、「もし現実にゴーレムが存在していたら?」という発想を元に一大叙事詩に仕上げた手管が見事です。文章には風格の感じらると同時に、魅力的な登場人物が躍動するキャラクター小説であり、冒険活劇としても読み応えあり。
最果ての泥徒
高丘哲次
新潮社
2023-09-29


45.6(梨)
両親に連れられてデパートの屋上遊園地を訪れた少女が異世界に迷い込む「ROOFY」、怪談ライターが峠道で奇怪な石塔を目撃する「FIVE by five」、山道の途中でのみ受信できる奇怪なラジオについて語られる「FOURierists」、祖父母が目撃した幽霊が家を侵食していく「TWOnk」など、全6話収録。
一見独立しているエピソードが最後で一つに繋がる連作ホラー。一つ一つが怪談話としてよくできており、読んでいると体の芯が冷えていく感覚におそわれます。そして、最後まで読むと全体像が明らかになっていくわけですが、その練り込まれた構成が見事です。ただ、文章は若干の読みづらさも。
6
玄光社
2023-06-23


46.大江戸奇巌城(芦辺拓)
徳川12代将軍の御代。清の親書奪取の陰謀をつかんだ井伊大老は、遠山金四郎に一味の拠点である奇巌城の場所を特定し、陰謀を阻止せよと命じる。その頃、女であるが故に封印させられた異能を持つ5人の少女が出会う。やがて、彼女たちは天下転覆を企む存在と対峙することになるのだが…。
女性が抑圧されていた時代を背景に少女たちの活躍を描いたシスターフッド伝奇小説。史実を踏まえつつもあえて荒唐無稽に描いた冒険譚が楽しい。著者ならではの社会批評を盛り込みながらもふんだんにユーモアを盛り込んだバランス感覚もグッド。ただ、蘊蓄の多さがテンポを悪くしている面も。
大江戸奇巌城
芦辺 拓
早川書房
2023-01-24


47.賢治と妖精琥珀 (平谷美樹 )
大正12年。ある男が宮澤賢治のもとを訪れる。男は蜻蛉のような生き物が閉じ込められた割れた琥珀を取り出し、閉じ込められているのは妖精であり、片割れの琥珀の力によって不死となった祈禱僧ラスプーチンが奪取を狙っているという。半信半疑ながら賢治はその琥珀を手に樺太へと旅立つが...。
宮澤賢治が樺太を旅した事実に基づいて描かれたファンタジー作品。宮澤賢治がラスプーチンと対決するという奇想天外な物語が繰り広げられるなか、最愛の妹・トシを失った悲しみがバカバカしさを引き締める良いスパイスになっています。ただ、少々説明過多に感じられるのは気になるところ。
賢治と妖精琥珀 (集英社文庫)
平谷 美樹
集英社
2023-08-21


48.空想の海(深緑野分)
滅んだ世界で私と海の関係を描いた「海」、大地に空いた小さな穴から無数の土塊が天に昇っていく土塊昇天現象を巡って学者たちが争う「空へ昇る」互いの言葉が理解できない故にコミュニケーションが取れない4人の子供たちが草木で覆われた家で共に暮らす「緑の子どもたち」、など全11篇収録。
ミステリー・ホラー・児童文学など、幅広いジャンルを網羅した短編集。まず、喪失感と豊饒を同時に感じさせる冒頭の「海」が素晴らしく、「髪を編む」や「空へ昇る」なども巧さを感じます。ただ、『この本を盗む者は』のスピンオフ作品が含まれているため、未読の人は分かりにくいかも。
空想の海 (角川書店単行本)
深緑 野分
KADOKAWA
2023-05-26


49.時を追う者(佐々木譲)
復興の最中にある1949年の東京。陸軍中野学校出身の元破壊工作員・藤堂直樹は歴史学者の守屋淳一郎と物理学者の和久田元から思いがけない依頼をされる。過去に遡る洞穴を発見したのでそれを使って満州事変を阻止してほしいというのだ。藤堂は2人の仲間と共に決死の作戦が挑むが…。
満州事変がなければ日本はどうなったのかという発想にワクワクします。当時の日本の状況が詳細に描かれ、歴史物としても興味深い。ただ、時間SFとしては凡庸で想定の範囲を超えなったのが残念。
時を追う者
佐々木 譲
光文社
2023-05-24


50.さえづちの眼 (澤村伊智)
多くの家族を救ってきた民間の更生施設が何者かに取り憑かれて狂っていく「母と」、少年時代に目撃したUFOの因縁が数十年の時を経て蘇る「あの日の光は今も」、長年にわたって不穏な出来事が続いている名家で不気味な大蛇が目撃されたのちにひとり娘が失踪する表題作の計3編を収録。
中編3作を収録した比嘉姉妹シリーズ第7弾。いずれも母と子をテーマにした中編ホラーですが、歪んだ愛情から立ち上ってくる恐怖にゾッとします。特に、「母と」に登場する“母”の怪異が怪異が強烈。また、母の愛が皮肉な結果を生む表題作もさまざまな仕掛けが施された力作です。


51.近畿地方のある場所について(背筋)
新人編集者が怪談特集のムック本を編集することになる。予算もないことから過去の記事から使える情報を集めようとしたところ、近畿のある地域に怪異譚が集中している事実に気が付く。さらに情報を集め、現場にも取材にいくなかで次第にすべてが一つに繋がっていく。やがて彼は消息を絶ち...。
カクヨムに投稿された作品の書籍化です。物語の大半が過去の記事、インタビュー、ネット情報等で占められており、それによって臨場感とリアリティを高めること成功していますす。そして、そのなかでやばいものの存在が見え隠れしているのが恐ろしい。ただ、怪異の正体はややインパクト不足。


52.ばくうどの悪夢(澤村伊智)
父の地元に引っ越してきた僕は夢で負傷すれば現実でも怪我を負うようになっていた。しかも、父の友人の子供たちもみな同じ現象に苦しめられていたのだ。原因を究明する過程で僕らはオカルトライターの野崎と真琴に出会う。彼らからお守りをもらい、事態は終息したかに思えたが…。
比嘉姉妹シリーズ第6弾。本作は『エルム街の悪夢』のオマージュ作品ということで、どこからが夢で夢か現実かわからない二転三転の展開が大きな読みどころ。ただ、あまりにも目まぐるしいために、ついてこれなくなる人がいるかもしれません。また、凄惨なシーンから始まる冒頭の描写も苦手な人は注意が必要です。夢の恐怖を描きながら人間の嫌な部分をあぶり出していく手管が秀逸。
ばくうどの悪夢 (角川書店単行本)
澤村伊智
KADOKAWA
2022-11-02


53.愛されてんだと自覚しな(河野裕)
千年前に神からの求婚を袖にした女は愛する男と共に輪廻転生の呪いを掛けられる、以後、2人はさまざまな時代で別れと出会いを繰り返しながら現代にたどり着く。しかし、岡田杏として生まれ変わった女は運命の恋人探しを放棄し、ルームメイトの盗み屋・祥子と共に令和の世を謳歌していたが…。
壮大な設定のもとで繰り広げられるドタバタコメディなノリが楽しい作品。最初は隠されていた登場人物たちの思惑が徐々に明らかになっていく展開も読み応えがありますし、意外な真相にも驚かされます。ただ、設定が複雑すぎて理解するのに苦労する点と少々中だるみを感じる点が難です。
愛されてんだと自覚しな (文春e-book)
河野 裕
文藝春秋
2023-05-25


54.最恐の幽霊屋敷(大島清昭)
探偵の獏田夢久は不動産会社を営む旧友から相談を受ける。会社で委託している賃貸住宅に最恐の幽霊屋敷を謳って人気を博している物件があるのだが、その家で洒落にならないほど人が死んでいるというのだ。彼は獏田に対し、幽霊を信じてない君の立場から原因を突き止めてほしいというが…。
冒頭で探偵に依頼が舞い込み、続いて依頼対象である過去の5つ事件が語られます。これがマジで怖い。冒頭の展開こそミステリーのようですが、実際はガチのホラーです。畳みかけるホラー描写にゾッとします。ミステリー要素もなくはないですが、おまけ程度です。少々くどすぎる点が難。
最恐の幽霊屋敷 (角川書店単行本)
大島 清昭
KADOKAWA
2023-07-21


55.一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集(澤村伊智)
階段の踊り場からの飛び降りが自殺が異常に多いマンションについて語られる「名所」、ラブホテルの一室のノートにその部屋での怪異体験が次々と綴られていく「ねぼすけオットセイQ町店301号室のノート」、バイトリーダーが愚鈍なバイト仲間の人生相談に乗る「さきのばし」など、全21篇収録。
著者初のショートショート集。気軽に楽しめるテンポの良さのなかに、ひねりを加えて奥深い恐怖を感じさせてくれる点がさすが澤村ワールドです。特に、どたばたコメディのような物語からまさかの恐怖展開へと繋げていく「さきのばし」が秀逸。文面の変化にゾッとする「保護者各位」なども。
一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集
澤村伊智
宝島社
2023-06-27


56.パライソのどん底(芦花公園)
相馬律は中学までは東京の学校に通うも、家庭の事情で田舎の高校に進学する。そこで転校生の高遠瑠樺と出会う。律は瑠樺のあまりの美しさに息を飲んだ。だが、瑠樺が腹磯緑地に住んでいると知るとクラスの空気が凍り付く。唯一瑠樺と親しくする律だったが、彼の家の玄関に突然花が狂い咲き…。
人魚伝説にBL要素を織り交ぜ、妖しい雰囲気を醸し出すことに成功しています。さらに、それを民俗ホラーとしてまとめ上げた手腕が見事です。恐怖という点ではさほどではないものの、終始立て込める不穏な空気はゾクゾクしますし、人魚の設定を活かしたグロテスクな描写も印象的。
パライソのどん底 (幻冬舎単行本)
芦花公園
幻冬舎
2023-03-08


57.みみそぎ(三津田信三)
作家である僕のもとに旧知の仲の編集者・三間坂秋蔵から古いノートが送られてくる。怪奇マニアだった祖父・萬造が遺したノートが見つかったので読んでほしいというのだ。読むことで災いを呼び寄せるかもしれないと思いながらも一読したぼくはそのあまりにも奇怪な内容に慄然とし…。 
『のぞきめ』に続く5感シリーズ第2弾。今回は怪談の登場人物が別の怪談を語り始め、その登場人物がさらに、といった具合に、数珠つなぎのメタ構造になっいます。そため、読んでいると、闇の中に引きず込まれそうな錯覚を覚えます。ただ、章ごとに書体が変わっていので読みづらい点が難。
みみそぎ (角川書店単行本)
三津田 信三
KADOKAWA
2022-11-25


58.君の教室が永遠の眠りにつくまで(鵺野莉紗)
不気味な灰色の雲に覆われた不思子町に住む小学6年生の遠野葵と落合紫子はクラスメイトに隠れて親交を深めていた。だが、母の死の秘密が新聞で暴露され、激しいイジメにあった紫子はそれを葵の裏切りだと考え、転校してしまう。時を同じくして、町では住人が次々と失踪する怪事件が起きるが...。
第42回横溝正史ミステリ&ホラー大賞優秀賞.。小学時代を描いた第1部の不安感を煽る描写が秀逸で1部終盤で明かされる秘密を含めてよくできています。その後を描いた2部以降は好みのわかれるところですが、女の情念を柱とした猟奇ホラーとして秀逸。一方、ミステリーとしては微妙な点も。


59.聖者の落角 (芦花公園)
病院に忽然と姿を現す黒服の青年は難病に苦しめられている子供たちを次々と治癒していく。だが、その後子供たちは精神に異常をきたし、奇行に走るようになるのだった。佐々木事務所に持ち込まれた同様の相談を調べてみると、土地にまつわる月と観音様が鍵を握っているらしいことが判明するが…。
佐々木事務所シリーズ第3弾。今回は直接的な怖さこそ過去作に劣るものの、異様なことが起きているのにその実態が掴めない不穏さにゾッとさせられます。また、佐々木るみ視点で描かれたことで彼女の弱さが垣間見れたのも新鮮。さらに、超絶イケメンの片山敏彦もいい味出しています。


60.禁じられた遊び ふたたび(清水カルマ)
惨劇から20年。比呂子はすでに亡く、亮次との娘・日菜多は18歳になっていた。そして、亮次もカケラ女に関する調査のさ中にくも膜下出血で急死する。以降、日菜多はさまざまな怪異に襲われる。一方、養父母から虐待を受けていた6歳の少女・乃愛は謎の声に導かれて”ママ”を蘇らそうとするが...。
「禁じられた遊び」「カケラ女」「忌少女」に続く第4弾。ゾッとする恐怖こそ薄れてきたものの、怪異の謎に迫る物語がテンポ良く語られエンタメとして申し分なし。最後の対決も迫力があって読み応え満点なのに加え、シリーズを通しての感動もあります。逆に本作だけ読むと分かりずらいかも。
禁じられた遊び ふたたび
清水カルマ
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2023-06-23


61.ばけもの厭ふ中将 戦慄の紫式部(瀬川 貴次 )
時は平安。今源氏と噂される貴公子・雅平は超奥手な上総宮の姫君や廃屋で逢瀬を重ねる昼顔の君など女性と浮き名を流していた。だが、そんな彼を紫式部の祟りとおぼしき怪異が襲う。それはまるで源氏物語を彷彿とさせた。弱り果てた雅平は怪異好きの友人・宣能に助けを求めるが…。
左近衛中将宣能が主人公を務めるシリーズ『ばけもの好む中将』のスピンオフ作品。雅平が主人公の本作は本編とは異なり、本物の怪異が出現しまくるのが特徴で、それを宣能がバッサリと否定していくという皮肉な構図が面白い。源氏物語にちなんだ事件が続出し、古典の勉強になるのも楽しい。


62.青瓜不動 三島屋変調百物語九之続(宮部みゆき) 
行く当てのない女達のため土から不動明王が生まれる表題作、悲劇に見舞われた少女の執念が悪代官の圧政から家族を守る人形を生む「だんだん人形」、描きたいものを自在に描ける不思議な筆「自在の筆」、身寄りのない子供たちの救いの場になっていた村を大噴火が襲う「針雨の里」の全4話収録。
百物語シリーズ第9弾。怪異譚のなかにこの時代ならではの切なさや理不尽さを盛り込んで泣ける話に仕上げる手管はさすがのうまさです。特に、里全体で孤児を育てル背景がが切ない「針雨の里」には思わず胸が痛みます。また、理不尽な物語のなかに人の優しさが滲み出る「だんだん人形」も印象的。
青瓜不動 三島屋変調百物語九之続
宮部 みゆき
KADOKAWA
2023-07-28


63.いつまで(畠中恵)
噺家の場久の次は火幻医師だった。長崎屋から妖の姿が次々と消えていく。彼らの消息を追って影内に紛れ込んだ若だんなは、一連の出来事が西から来た妖・以津真天の仕業だと知る。大事な友を救わんと果敢に悪夢に飛び込んむ若だんなだったが、目覚めた先はなんと5年先の江戸で…。
しゃばけシリーズ17年ぶり長編。本作はタイムリープものになっており、今までにない面白さを味わえます。また、不気味な妖・いつまでが存在感を放つ一方で、ほんわかした優しい雰囲気は健在。後半はテンポもよくなり、先の展開が気になって手に汗握ります。安定の面白さです。


64.七人怪談(編・三津田信三/作・加門七海,、菊地秀行、澤村伊智・他)
少女が体験したという怪談話が雑誌に投稿されたことで新たな怪談が誕生する「サヤさん」、旅の武士が立ち寄る先々で奇怪な事態を引き起こす「旅の武士」、転職先で体験した怪異譚を綴った「会社奇譚」、久々に訪れた無人の実家に何者かの気配がたちこめる「何も無い家」など、全7編収録。
最も怖いと思う怪談を持ち寄ったアンソロジー作品。いうほど怖くはありませんでしたが、王道的な怪談話が現実を浸食していく「サヤさん」にはソッとしました。また、転職にまつわる怪談を軽妙に語る「会社奇譚」は怖いというより面白い。他に、「貝田川」、「旅の武士」のども読み応えあり。
七人怪談 (角川書店単行本)
福澤 徹三
KADOKAWA
2023-06-21


65.ホーンテッド・キャンパス 黒い影が揺れる (櫛木理宇) 
オカ研の森司とこよみがバレンタインデーを一緒に過ごすはずだった店を休業に追い込んだ怪異の謎に迫る「ショコラな恋人たち」、元銀行員の老人が黒い影の怪異に取り憑かれる「あなたのマグネット」、半世紀前に恋人と山に入りるも記憶を失い一人帰ってくる「かどわかしの山」の3話収録。
シリーズ第21弾。「ショコラな恋人たち」は主人公とヒロインの仲がようやく進展をみせ、ほのぼのとした雰囲気を堪能。一方、「かどわかしの山」は非常に胸くそが悪く、その温度差に風邪を引きそうです。全体的にはややマンネリですが、そのマンネリズムが安定した面白さに繋がっています。


66.ポイズン・リバー 異形の棲む湿地帯(阿賀野たかし)
菊崎鷹彦はエアボート操縦士で警察の水上任務のバックアップといった危ない仕事も引き受ける元自衛官。彼はある日、異様な光景を目撃する。人間の死体に大型の巻き貝が何十体も群がり、細い管を刺していたのだ。鷹彦は猛毒巻き貝の裏に潜む陰謀に立ち向かうが…。
『この文庫がすごい!』大賞受賞。猛毒を持つ巻き貝の恐怖を描いたバイオホラーかと思いきやそこまで貝は活躍せず。メインは主人公と陰謀のために毒貝の研究している組織との闘いにあり、どちらかといえばB級アクション映画に近いノリです。気軽にエンタメ小説を楽しみたい人にはおすすめ。



チェック漏れ作品

グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船(高野史緒)
 茨城県土浦市で高校に通う藤沢夏紀には、幼い頃に同じ年頃の少年と一緒に飛行船グラーフ・ツェッペリン号を見上げた記憶があった。一方、飛び級で東大に進学した北田登志夫もまた過去に少女と飛行船を見上げた記憶を有していた。やがて、2人は互いが並行宇宙の住人であることを知るが...。
パラレルワールドをテーマにしたボーイミーツSFです。物語は夏紀パートと登志夫パートが交互に語られていき、本来別々のはずの世界が絡み合っていく展開がスリリング。加えて、少年少女の甘酸っぱくも切ない青春ストーリーが絶妙なスパイスになっています。読む者の心を揺さぶる傑作です。


黄金蝶を追って(相川英輔)
 店長の発注ミスをきっかけに本部がコンビニにAIを導入しようとする「星は沈まない」、買ったばかりのマンションに幽霊が出現してそのまま同居を余儀なくされる「ハミングバード」、水泳選手が日曜と月曜の間に誰もいない空白の1日を持っている「日曜日の翌日はいつも」など、全6話収録。
日常のちょっとした不思議が描かれており、ある種の懐かしを感じさせてくれる短編SFです。日常生活を非日常が侵食していく際のアイディアが素晴らしく、簡潔な文章と後味の良い読後感が好印。ちなみに、著者の作品はすでに英語圏で高い評価を得ており、本作は逆輸入という形になっています。
黄金蝶を追って (竹書房文庫)
相川英輔
竹書房
2023-07-31


奇病庭園(川野芽生)
妊娠すると翼が生え、飛んで赤子を産み落としていく世界。森の木に落ちた赤子は鉤爪を持つ者たちに助けられ、やがて天使総督〉となった。一方、池に落ちた赤子は文書館から逃げだした若い写字生だった。赤子に金のペン先をくわえさせて養ったところ、それが連続殺人事件の発端となり...。
奇想天外な物語がひたすら繰り返されていきますが、詩のように紡がれる物語はとりとめがないうえに難解で頭を抱えたくなります。しかし、それぞれの物語は少しずつ繋がっており、それに気が付くとイメージの連鎖によって一気に惹き込まれていきます。イメージの奔流に溺れそうな異色作です。
奇病庭園 (文春e-book)
川野 芽生
文藝春秋
2023-08-04


オーラリメイカー〔完全版〕(春暮康一)
銀河の端に位置する星系で惑星の軌道を変えるほどの超テクノロジーの使用が確認されるも文明の痕跡が何一つ見つからない表題作、辺境の惑星で貴重な環境資源となっていた彩雲と呼ばれる雷のような現象の正体に迫る「虹色の蛇」、衛星人の呪いの謎に挑む「滅亡に至る病」の3編を収録。
同名中編集を大幅加筆し、新作「滅亡に至る病」を加えた完全版。いずれも未知の生命体とのファーストコンタクトが主題であり、想像力と科学的知見の粋を集めて描かれたその正体はハードSFの魅力に満ちています。ただ、表題作における視点が多い故の読みづらさは好みの分かれるところです。


幽玄F(佐藤究)
幼い頃より空を自在に飛ぶジェット機に憧れを抱いていた易永透は、航空自衛隊に入隊し、最新鋭であるF-35Aのエースパイロットにまで上り詰める。しかし、ある悲劇が彼を襲い、戦闘機に乗れなくなってしまう。その後、航空業界を転々としながら、彼は超音速領域の空への回帰を夢見るが…。
2030年代を舞台にした近未来小説ですが、SFというよりは主人公の魂の彷徨を描いた文学色の強い物語となっています。とはいえ、戦闘機による超音速領域下での飛行描写はSFチックかつスリリングで読み応えありです。特にラストシーンは神秘的でですらあり、読む者の心に強い余韻を残します。
幽玄F
佐藤究
河出書房新社
2023-10-19


本の背骨が最後に残る(斜線堂有紀)
語り部を本と呼ぶ国で旅人は禁目を焼かれた十という名の本の家を訪ねる。彼女は本来一冊に一つしか刻めない物語を10個刻んだ罰として目を焼かれたのだ。だが、同じ物語を刻んだ異なる本に異同が生じると版重ねをを行い、誤植が確定すると焚書として全身を焼かれ、骨しか残らないという...。
全7編収録の短編集。どの話のグロテスクで残酷でありながら、倒錯的な美に彩られおり、おぞましい物語から次第に目が離せなくなっていきます。特に、焚書をテーマにした表題作及びその対となる「本の背骨が最初に形成る」や他人の痛みを引き受ける「痛妃婚姻譚」が強烈なインパクトです。
本の背骨が最後に残る
斜線堂 有紀
光文社
2023-09-21


仮面物語: 或は鏡の王国の記(山尾悠子)
異世界の都市国家・鏡市。そこでは瀕死の者に生き写しの彫刻を作り、葬儀の場で披露するという風習があった。そして、卓越した技術を有する彫刻師はこの世界で唯一放浪することを許された存在だ。その彫刻師の一人、善助は鏡市に流れ着くと人の魂の形を見抜く影盗みの噂を流し始めるが…。
1980年、著者が25歳のときに発表するも、再販や文庫化の許可を与えずに幻の作品となっていた一品です。内容は難解を極めますが、緻密な設定に基づいて硬質な文体で活写された幻想世界は唯一無二の魅力に溢れています。影盗みなどのガジェットも素晴らしく、今なお色褪せない傑作です。
仮面物語: 或は鏡の王国の記
山尾悠子
国書刊行会
2023-05-26


私は命の縷々々々々々(青島もうじき)
さまざまな生物の生態を組み込むことが可能になった近未来。浅樹セイは性の選択が出来るドウケツエビの生態を有していたが、選択する行為自体に悩んでいた。そんなとき、同じ悩みを持つ先輩の布目と出会うも、布目は行方をくらませてしまう。やがて、布目から謎の手紙が届くようになるが…。
主人公の葛藤を描いた思弁小説ですが、SFとしては多様化した生態自体が興味深く、それによって帰属意識が高まり、個人の価値よりも子孫を残すことに重きが置かれるようになるという設定が秀逸です。また、経験や思考によって形が変化する思弁服という名の学生服もガジェットとして魅力的。
私は命の縷々々々々々 (星海社FICTIONS)
青島 もうじき
星海社
2023-09-13


ありふれた金庫(北野勇作)
世界の老朽化によって落ちてくる星、友人から打ち明けられる茸になる決意、路地の入り口で浮遊しているドローンあるいはドローン型UFO、壊れた体を修理するための修理キット、社会の高齢化に伴って導入される自動餅つき機、呪いの精度を飛躍的に高めた藁人形ロボットなど、全200編を収録。
twitterで始まった100文字劇場シリーズ。本作では4000以上あるストックのなかからSF色の強いものを厳選して収録しています。始まった途端に終わるので物語としての深みやメリハリがない点はもの足りないものの、アイディアを濃縮して駆け抜けるスタイルは既存の作品にはない面白さです。
ありふれた金庫 (ネコノス文庫 キ 1-1)
北野勇作
ネコノス
2023-03-29


ウは宇宙ヤバイのウ!〔新版〕 (宮澤伊織)
高校生の久遠空々梨が従姉妹の非数値无香と下校していると、突如巨大隕石が地球に激突して人類は全滅。気が付くと彼女は隕石激突の3日前にタイムスリップしていた。无香によると、空々梨は星間諜報組織〈偵察局〉のエージェントであり、記憶を失って女子高生になってしまったらしいのだが...。
本作は、2013年にライトノベルとして発売された『ウは宇宙ヤバイのウ! ~セカイが滅ぶ5秒前~』の主人公を男性から女性に改変するなど、大胆なアレンジを加えたリニューアルバージョンです。いわゆるバカSFですが、ラノベでこれだけのSF的アイディアが詰め込まれていたのかと驚かされます。
ラウリ・クースクを探して(宮内悠介)
1977年にエストニアで生まれたラウリは、幼少期から数学に興味を示すも学校では落ちこぼれだった。しかし、父親から電子計算機を与えられるとプログラミングの才能に目覚めて次々とゲームを作り出していった。やがて2人の仲間を得たラウリだったが、彼らは時代の激流に呑み込まれ…。
本作はプログラミングの世界で非凡な才能を持つ1人の男の半生を、記者の取材を通じて語られていく伝記風の物語です。仲間との出会いと別れと再会を描いた美しいヒューマンドラマとしても読み応えありですが、なによりも、主人公が作り上げていくレトロゲームの数々が魅力的。
ラウリ・クースクを探して
宮内 悠介
朝日新聞出版
2023-08-21


SFのSは、ステキのS+(池澤春菜)
小学生のときにSF小説にハマったきっかけから始まり、SF大会での思い出、チリ留学、コロナ禍最中の日本SF作家クラブの会長就任、謎の秋葉原はんだごてカフェ体験記などなど、SFマガジンに掲載された50回分のエッセイに加えて、クラブ歴代会長陣らによる座談会&オリジナル小説を併録。
声優でありながら日本SF作家クラブ会長も務めた著者のエッセイ集。小学生時代から翻訳SFの有名どころを読破していた猛者っぷりに驚かされますが、等身大の視点から紡がれるSFにまつわる話は親しみやすくて心和みます。また、歴代SF作家クラブ会長との座談会も活動内容が分かり、興味深い。
SFのSは、ステキのS (早川書房)
池澤 春菜
早川書房
2016-05-31


LOG-WORLD(八杉将司)
ヒトの英知を凌駕するデータベースが月で発見され、人類の技術力は急速な発展を遂げた。時は流れ、今度は人類の記憶が蓄えられたログワールドが見つかる。その調査を行う仕事に就いた瑞樹は一兵卒時代のヒトラーの行動観察を命じられる。だが、トラブルにより彼はログワールドに取り残され…。
第一次世界大戦を題材にした本作はSF小説専門のネットマガジン・SF Prologue Waveの初代編集長であり、2021年に亡くなった著者の遺作です。仮想現実や歴史改編といったSF的アイディアをふんだんに盛り込みつつ、世界の認識のあり方を問うた骨太のハードSFとして読み応えがあります。
LOG-WORLD
八杉将司
SF ユースティティア
2023-04-11


2024年2月10日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中8作的中
ベスト20→20作品中12作的中
ベスト30→30作品中17作的中
順位完全一致→30作品中1作品

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