最新更新日2021/11/09☆☆☆

Previous⇒【妖異金瓶梅】おすすめ山田風太郎!ミステリー編【太陽黒点】

1947年に作家としてデビューした山田風太郎は当初ミステリーを中心に作品を発表していましたが、次第に『金瓶梅』や『水滸伝』といった中国の奇書に強く惹かれていきます。そして発表したのが『金瓶梅』をミステリーとして再構築した『妖異金瓶梅』です。続いて着手した『水滸伝』の翻案は頓挫したものの、奇想天外な忍法を用いれば日本版『水滸伝』が書けるのではないかという着想を得てそれを形にしたのが『甲賀忍法帖』です。そして、望外な好評をもって迎え入れられた結果、忍法帖はシリーズ化され、60年代を通して一大ブームを巻き起こすことになります。ただ、ナンバリングがされていたわけではないのでシリーズといってもどこまでが忍法帖なのかよくわからないところがあります。そこで、正式に忍法帖とされている作品を整理し、そのうえでどれから読むべきか迷っている人のために、各作品のあらすじやレビューをまとめていきます。
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甲賀忍法帖(1959)
卍谷の甲賀衆と鍔隠れの伊賀衆はともに服部半蔵の配下でありながら互いを憎悪しあっていた。半蔵の定めた両門争闘の禁制によってかろうじて平和を保っている有様で、一向に和解の兆しがみえなかった。そんな折、甲賀組の首領の孫・弦之介と伊賀組の頭目の孫娘・朧が恋に落ちる。2人が結ばれることで甲賀と伊賀の長きにわたる確執も氷解するかに思われたが、慶長19年4月末に事態は急変する。甲賀組首領・甲賀弾正と伊賀組頭目・お幻が徳川家康の命によって突如駿府城に呼び出されたのだ。徳川第3代将軍を竹千代と国千代のどちらにするかで家康が悩んでいたところ、天海から後継者選びについての提言があり、それを受け入れたのだという。その提言というのは、甲賀衆及び伊賀衆から各10名の忍びを選出してどちらかが死に絶えるまで戦わせ、伊賀が勝てば竹千代を、甲賀が勝てば国千代を後継者に指名するというものだった。やがて、甲賀・伊賀の死闘の幕がきって落とされる。選ばれた20名はいずれも恐るべき技の持ち主だった。そして、そのなかには弦之介と朧の姿も。果たして2人の運命は?
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忍法帖シリーズの第1弾であり、山田風太郎の代表作として必ず名前が挙げられる作品です。同時に、少年漫画などによくある能力バトルものの元祖というべき存在で、この手の作品が好きな人にとってのバイブルといっても過言ではないでしょう。まずなんといっても、20名もの忍者がそれぞれ奇想天外な技を駆使して死闘を繰り広げるという展開にわくわくします。しかも、単に強い方が勝つのではなく、最強と思われていた敵が相性次第であっけなくやられてしまうのも意外性満点です。それに加えて、著者が得意とするケレン味たっぷりの語りも雰囲気を盛り上げてくれます。不意打ちが多く、読者によっては決着が呆気なさすぎると感じる人もいるかもしれませんが、勝つためには手段を選ばないという戦いには既存の時代劇にはなかった緊張感があります。さらに、テンポの良さも申し分なく、意表を突く展開が続くので読んでいて飽きるということがありません。まさに、エンタメ小説の歴史的名品です。
甲賀忍法帖 (角川文庫 緑 356-2)
山田 風太郎
KADOKAWA
1974-01T


江戸忍法帖(1960)
5代将軍徳川綱吉の治世。御用人の柳沢吉保は次期将軍を己が手に掌握しようとするが、先の4代将軍・家綱には御落胤の葵悠太郎がいた。そのことを知った吉保は配下の甲賀忍者に悠太郎の暗殺を命じる。このとき、伊賀忍者の血筋である服部半蔵の子孫は途絶え、分家である甲賀服部玄斎が忍者の頭領となっていた。玄斎は悠太郎を討ち果たした者に孫娘と首領の座を与えると宣言する。一方、悠太郎は凄腕の剣士に育っていたが、将軍の地位にはなんの興味ももっていなかった。だが、それで引き下がる甲賀忍者ではない。しかも、角兵衛獅子芸人のお縫がその争いに巻き込まれ、弟の丹吉を殺されてしまう。自身も家臣を殺された悠太郎は、お縫と共に復讐を決意するが......。
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前作の『甲賀忍法帖』は10VS10のチームバトル戦だったのに対して、本作は主人公とヒロインが複数の敵に立ち向かうというオーソドックスな作りになっています。しかも、主人公が忍者ではなく剣士なのでますます普通のチャンバラ劇っぽい印象を受けます。もちろん、敵は忍者で超人的な忍法も使いますが、『甲賀忍法帖』と比べるとなんだか地味です。特殊能力を持たないただの剣士である悠太郎に倒されていくために余計にそう感じるのでしょう。ついでにいうなら、シリーズ恒例のエロチックな描写もかなり控えめです。とはいえ、話はテンポ良く進み、闘いも迫力自体はあるので退屈することはありません。特に、終盤の死闘は凄まじいの一言です。また、恋敵である鮎姫とお縫が悠太郎を助けるために共闘するという熱い展開も用意されています。忍法帖ならではのケレン味を求めている人にとっては物足りないかもしれませんが、そういったアクの強さが苦手だという人にはおすすめの王道的な作品です。
江戸忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-05-29


飛騨忍法帖(1960)
時は幕末。乗鞍丞馬は飛騨幻法を使う忍者で無類の強さを誇っていたが、直心影流の達人である旗本の宗像主水に敗れ、彼につき従うことになる。ところが、宗像主水は彼が師事している勝海舟と小栗上野介との抗争に巻き込まれたすえに、旗本5人衆に闇討ちにされてしまう。丞馬は彼の妻とともに仇を討つべく、旗本5人衆に戦いを挑むが.....。
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週刊漫画サンデーにて『飛騨幻法帖』のタイトルで連載されていたものを単行本刊行時に『飛騨忍法帖』へと改題し、さらに文庫版刊行時には『軍艦忍法帖』のタイトルに変わっています。しかし、再び元のタイトルに戻され、現代では両タイトルが併存している状態です。さて、本作の舞台ですが、前2作より、ぐっと時代がさがって幕末です。主人公の敵となる旗本たちも剣術ではなく、近代兵器を携えて戦います。しかも、6連発コルト拳銃、カノン砲、果ては軍艦などといった具合になんでもありです。そう聞くと、そんな彼らに対して忍法でいかに立ち向かうのかが気になるところではないでしょうか。ところが、その辺りはあまり盛り上がらず、敵も小物ばかりです。むしろ忍法帖の要素は控えめで、激動の時代を背景とした人間ドラマが中心の作りになっています。したがって、奇想天外な忍法帖を期待した人は物足りなさをおぼえるでしょう。また、敵だけでなく主人公も仲間を惨殺するような男なので『江戸忍法帖』のような爽やかさもありません。全体的に内容も散漫としており、シリーズの中では凡作という位置付けになっています。
軍艦忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-05-29
飛騨忍法帖
山田 風太郎
文藝春秋
2003-04-26


くノ一忍法帖(1961)
大坂夏の陣。徳川家康率いる幕府軍の猛攻によって大坂城は落城を目前に控えていた。そこで、真田幸村は豊臣家の血筋を絶やさぬようにと5人のくノ一に密命を下す。信濃忍法には男を絶倫にする吸壺の術というものがあり、それを駆使して豊臣秀頼の子種を貰い受けよというのだ。大坂城陥落後、秀頼の妻で家康の孫でもある千姫は救出されて江戸へと向かうが、そこには彼女の侍女になりすましたくノ一たちの姿があった。その事実を知った家康は千姫にくノ一たちを差し出すよう要求する。だが、千姫は豊臣家を滅ぼした家康に対する憎しみをあらわにし、「彼女たちを殺すなら自害する」と言い放つのだった。千姫を溺愛していた家康は困り果て、配下の服部半蔵に相談する。それを受けた半蔵は鍔隠れの里から選りすぐりの伊賀忍者5人を呼び寄せてくノ一たちの暗殺を命じるが、くノ一たちも妖艶な女の武器を駆使して迎え撃つ。果たして死闘の行方は?
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『甲賀忍法帖』以来の忍者VS忍者ですが、豊臣家の血筋存続を賭けた死闘といいつつ、やってることはセックス合戦というギャップがひどくシュールです。しかも、胎児を宿した妊婦が戦い、死んでいくので生々しいうえにグロテスクでもあります。そもそも、淫術関係の忍法が延々と続く展開は多彩な術が楽しめた『甲賀忍法帖』などと比べると単調でスケールダウンしている感は否めません。伊賀忍者も伊賀忍者で純粋な戦闘力に劣るくノ一に対してちょっと油断しすぎではないでしょうか。その代わり、後半は意外な展開で盛り上げてくれますし、史実との絡ませ方のうまさはさすが風太郎といったところです。衝撃的なラストもインパクトがあります。また、忍法天女貝、忍法やどかり、忍法筒涸らしなどといった奇想天外なセックス忍法は風太郎の発明であり、後世への影響力も見逃せません。いずれにせよ、好き嫌いの激しく分かれそうな作品です。
くノ一忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
角川書店
2003-02-25


外道忍法帖(1962)
島原の乱から数年。キリシタンの摘発と迫害は過酷を極めていた。拷問によって棄教し、今ではキリシタンを取り締まる側となっていた元宣教師のフェレイラは、ある女性信者の取り調べを行っていた。その目的は、天正遣欧少年使節がローマ教皇に謁見した折に授かった莫大な価値の財宝を探し出すことにあった。使節のひとり、ジュリアン中浦からかつて聞いた話によると、15人の処女信者・十五童女が胎内に持つ金の鈴に財宝の隠し場所が記されているという。取り調べの結果、フェレイラはジュリアンの話が真実であるという確信を得るのだった。彼の報告を受けた幕府老中・松平伊豆守は財宝をキリシタンたちより先に手に入れるべく、伊賀忍者の天草衆を長崎の地へと派遣する。天草扇千代を頭領とする一党は、一族再興をかけて十五童女を追うが......。
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十五童女と天草衆との対決に甲賀忍者が割り込んできて、総勢四十五名で三つ巴の戦いが繰り広げられます。その結果、多くの人が予想する通り、一つ一つの戦いがとんでもなく駆け足です。登場するなり、忍法をひとつ披露してはあっという間に散っていきます。キャラの書き分けも攻防の妙味もあったものではありません。奇想天外な忍法に対する発想力に対しては唸らされるものがあるだけに、個々の戦いをもう少し丁寧に描いてほしかったところです。ただ、中盤以降のスピーディな展開はちょっと例がないほどで、一種の実験小説としては一読の価値があるかもしれません。愛憎入り混じった壮絶なラストも印象的です。
外道忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-05-29


忍者月影抄(1962)
享保17年。日本橋の晒し場にはいつの間にか3人の女の死体が晒されていた。しかも、彼女たちはいずれも将軍徳川吉宗が紀州藩藩主だったときの側女であり、裸体の背中にはみみず腫れのような文字で「公方様」「御側妾」「棚ざらえ」と記されている。これは、清廉を気取る吉宗がかつて多くの側女を囲った事実をひた隠しにしていることを皮肉る文言であった。南町奉行・大岡越前守忠相によって事の次第を聞かされた吉宗は、この一件を尾張藩主・徳川宗春の仕業だと看破する。しかし、証拠もなしに御三家の当主を処罰するわけにもいかない。そして、なにより問題は、吉宗には将軍就任以前に18人の側女がいたことだ。残りの者も同じように晒し者にされ続ければ、幕府の権威が傷つくことは必定だった。それを嫌った吉宗は残り15名の側女の保護もしくは抹殺を伊賀忍者のお庭番に命じる。だが、宗春はすでに甲賀忍者を動かしていた。さらに、その争いに江戸柳生と尾張柳生の対立が絡み......。
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徳川吉宗と宗春の対立というバックボーンはあるものの、彼らは戦いの舞台を整えるだけの役割で本筋には絡んできません。そして、あとは特にドラマ性を有していない忍者と剣士が延々と戦うだけです。したがって明確な主人公も存在しません。映像作品に例えるなら、映画というよりもオープニングとエンディングにだけストーリーが用意されている格闘ゲームのようなものです。したがって、本作に忍者の悲哀や剣士の生きざまなどといった要素を期待すると肩すかしをくらうでしょう。そうしたものは本当に一切ありません。その代わり、派手な忍法合戦をたっぶり楽しむことができます。登場する忍法は、蠟涙鬼・夢若衆・不死鳥などをはじめとしてインパクトの強いものばかりで、特に、忍法足三本の奇天烈さは前代未聞ではないでしょうか。ただ、忍法が強烈すぎて柳生剣士はほぼやられ役です。そのため、剣術好きな人は不満を覚えるかもしれませんが、とにかく派手なバトルが好きだという人にはおすすめです。
忍者月影抄 忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-05-29


忍法忠臣蔵(1962)
戦がなくなり、平和が訪れた太平の世。それに伴い、忍者もそのありようが変わり、いまでは小役人のような立場になっていた。御広敷伊賀者として大奥に仕える無明綱太郎はそのような現状に飽き足らず、時折、伊賀鍔隠れの里へ赴いては忍法の修行を積んでいた。そんな彼が女中のひとりに恋をし、夫婦になる約束を交わす。ところが、祝言を目前にして将軍に見初められた彼女は思わぬ栄達に目がくらみ、忠義を理由に夫婦になる約束を反故にしてしまう。怒った綱太郎は忍法を用いて、初夜に将軍の目の前で彼女を惨殺し、松之廊下刃傷事件の騒動に紛れて出奔するのだった。一方、松之廊下の一件の理不尽な沙汰によって藩主切腹とお家断絶の憂き目にあった赤穂浪士たちは密かに仇討の機会を窺っていた。その後、ひょんなことから上杉家の家老・千坂兵部にかくまわれることになった綱太郎は、あるとき2つの任務を依頼される。ひとつは赤穂浪士たちを味方であるはずの上杉の刺客から守ること。もうひとつは、女忍者たちとともに彼らを骨抜きにして仇討ち計画を頓挫させてほしいというものだった。大石内蔵助を中心に赤穂浪士たちの仇討ち計画が進行していくなか、さまざまな思惑が交錯するが.......。
◆◆◆◆◆◆
赤穂浪士暗殺を目論む能登忍者とそれを阻止しつつ、赤穂浪士を骨抜きにしようとするくノ一の暗闘が主軸となっている作品ですが、そのなかにあって圧倒的な存在感を放っているのが主人公の無明綱太郎です。忍法帖シリーズトップクラスの強さに加えて、裏切った女を刺身にしてしまう邪悪さが読者に忘れ難いインパクトを与えます。好き嫌いが大きく分かれそうなキャラクターではあるものの、そのダークヒーローとしての輝きは唯一無二です。忠義嫌いの主人公によって仇討という美談の欺瞞をえぐり出していくストーリーも痛烈ですし、無常観漂うラストにも痺れます。一方で、浪士たちの苦悩や大石内蔵助の得体の知れなさといった赤穂浪士サイドの物語も読み応えありです。『甲賀忍法帖』のような壮絶な忍法合戦の要素には欠ける代わりに、くノ一によるさまざまな色仕掛けの忍法を堪能することができるのも大きな見所だといえるでしょう。とにかく、忠臣蔵という史実を変えることなく、虚実を巧みに絡ませ、これだけ面白い話に仕立てていく手管が見事です。色仕掛けを繰り返すだけの中盤がやや単調という弱点はあるものの、シリーズでも上位に位置する傑作だといえます。
忍法忠臣蔵 忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-05-29


信玄忍法帖(1964
戦国最強と謳われる武田信玄の軍がついに上洛を開始する。三方ヶ原の迎え撃つ徳川軍を一方的に打ち破り、上洛も時間の問題だと思われた。ところが、その武田軍が突然甲斐に戻ってしまう。信玄死去との噂が流れる中、徳川家康はその真偽を確かめるべく、配下の伊賀忍者を甲斐に派遣する。一方、自らの死を悟った信玄から「死後3年はその事実を隠せ」と命じられた軍師・山本勘助は影武者を用意し、信玄健在を世間に喧伝するのだった。やがて、伊賀忍者は各国の使者に変装して甲斐に侵入し、真田源五郎率いる猿飛・霧隠の忍者たちがこれに立ち向かう。果たして、武田家臣団は信玄の死の秘密を守り抜くことができるのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
本作は信玄の生死を巡って伊賀忍者と真田忍者が死闘を繰り広げ、そこに北条家配下の風魔一族が介入してくるという展開なのですが、奇想天外な忍法合戦は比較的控えめです。その代わり、信玄の死から武田家滅亡までを描いた歴史小説の色を全面に押し出しています。とはいえ、そこは忍法帖シリーズだけあって一見馬鹿馬鹿しいようなエロチックな忍法も登場します。しかし、そういった要素と史実との絡め方が絶妙で滅びゆく戦国大名の悲哀が実に見事に表現されているのです。派手な忍法を期待していた人にとっては物足りないかもしれませんが、小説としての完成度は決して低くありません。史実と奇想の混じり具合が絶妙な佳品です。
信玄忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-05-29


風来忍法帖(1964)
北条家の本拠地である小田原城は豊臣秀吉率いる大軍によって包囲されていた。そして、そのどさくさにまぎれて戦場荒らしをしていたのが7人の香具師。その名を悪源太助平、七郎義経、弁慶、陣虚兵衛、夜狩りのとろ盛、昼寝睾丸斎、馬左衛門という。彼らは北条配下の武将の奥方などをさらってはたっぷり愉しんだ挙句、売り払って金に換えていた。ところが、武州岩槻城主の妹である麻也姫がその現場を目撃したことで風向きが変わる。悪源太たちは麻也姫配下の風魔忍者3名にこてんぱんにのされ、悪源太に至っては麻也姫の足蹴にされてしまったのだ。その仕返しにと姫の貞操を狙って城に赴くものの、城を守る先の風魔忍者に返り討ちにされてしまう。このままでは勝ち目がないことを思い知らされた彼らは風魔組に紛れ込んで忍法の修行を積むが......。
◆◆◆◆◆◆
壮絶な物語が多い忍法帖シリーズにおいては珍しく、全編に渡って陽気な空気に彩られている作品です。主人公たちは女を犯して売り飛ばすというおよそ最低の奴らで序盤の描写は読んでいてうんざりするものの、それだけに次第に麻也姫に心酔していき、ついには彼女を護るために絶望的な戦いに身を投じていく展開は前半とのギャップによってかなりぐっとくるものがあります。やっていることは最低ながらも、愛嬌や人の良さがそこはかとなく滲みでてくる描写も絶妙です。7人はみな個性豊かであり、また、怪力・槍投げ・参謀・巨根といった具合にそれぞれ違った特技を有していることもあってキャラ立ちという面では申し分ありません。一方、ストーリーの方も敵味方が激しく入れ替わる怒涛の展開で文句なしの面白さです。それに、ユーモラスな前半と切ないラストのギャップには思わず泣かされてしまいます。奇想天外な忍法合戦もさることながら、なにより香具師や麻也姫といったキャラクターの魅力を全面に押し出した快作です。
風来忍法帖 (角川文庫 緑 356-10)
山田 風太郎
KADOKAWA
1976-12T
柳生忍法帖(1964)
寛永19年(1642年)。会津藩の国家老である堀主水は突如一族を率いて出奔する。再三の諫言にも耳を貸さず、悪逆非道な行為を繰り返す藩主の加藤明成を見限ったからだ。後の世にいう会津騒動である。それに対し、明成は彼らを捕縛したうえで、堀一族の女たちが匿われている尼寺・東慶寺を強襲。会津七本槍と呼ばれる明成子飼いの家来の手によって女たちは次々に惨殺されていく。寺の後見人である徳川家康の孫・天樹院千姫が出てきたことによって騒ぎは収まるものの、最終的に生き残ったのは堀主水の娘・お千絵以下7名のみだった。彼女たちは加藤明成と会津七本槍に復讐を誓うが、このままではとうてい勝ち目はない。千姫から相談を受けた沢庵和尚は柳生一族屈指の剣侠・柳生十兵衛を紹介する。十兵衛に彼女たちの指南役を務めさせ、会津七本槍を打ち破る術を身につけさせようというのだ。果たして勝負の行方は?
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忍法帖シリーズの登場人物のなかでも最大の人気を誇る柳生十兵衛の初登場作品です。本作では助っ人に徹しているので積極的には戦おうとしないものの、時折みせる強さは圧倒的。飄々としながらもいざというときには凄まじい力を発揮する姿が格好良いですし、女に迫られると思わず狼狽する意外な一面も魅力となっています。一方、ストーリーの方は忍法帖といいながら忍者が一切登場しない点が目を引きます(もっとも、連載時には『尼寺五十万石』というタイトルで忍法帖にはカウントされていませんでしたが)。しかも、味方サイドは剣士ですらないただの小娘たちです。その彼女たちが鎖鎌、1丈8尺の槍、かすみ網といった異形の技を使う相手に対していかに立ち向かっていくかといった点が読者の興味をそそっていきます。また、忍法帖シリーズとしては珍しくエログロ趣味は控えめで最後はハッピーエンドです。そういう意味では初心者にもおすすめしやすい作品といえるのではないでしょうか。


忍法八犬伝(1964)
安房の里見家は八犬伝ゆかりの「伏姫の珠」を将軍に献上する約束を交わしていたものの、里見家取りつぶしを画策する謀臣・本多佐渡守の命を受けた服部半蔵によって偽物とすり替えられてしまう。進退窮まった里見家では八犬士の血を引く重臣たちが切腹することで時間を稼ぎ、本物の珠の奪還を甲賀で忍法修行をしている重臣の息子たちに託そうとする。だが、甲賀にいるはずの後継者たちは忍法修行のつらさに耐えかね、江戸に逃げ出していた。しかも、すっかり太平の世に浸かりきっていた彼らは使命を果たす気などはさらさらなく.....。
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どうしようもないろくでなしたちが女のために一念奮起するという点では『風来忍法帖』と同じパターンです。しかし、物語の核となる女性のキャラクターは大きく異なります。凛とした佇まいの麻也姫に対し、17歳の藩主奥方である村雨はかなりの天然キャラです。無邪気な可憐さが非常に愛らしい一方で、無自覚に男心をもてあそぶところなどはある意味悪女ともいえます。そこに魅力を感じるかどうかは好みのわかれるところでしょう。また、八犬士たちが力を合わせて戦うのではなく、それぞれが単独で伊賀忍者に立ち向かっていく展開も意表を突いています。ちなみに、今回の敵は伊賀くノ一なので例によって男にとって官能的かつ恐ろしい忍法が盛りだくさんです。特に、忍法・袈裟御前などは考えただけでぞっとします。しかも、それに加えて、『くノ一忍法帖』でもおなじみの忍法・天女貝の使い手までいる始末です。一方、八犬士側には忍法・蔭武者という対くノ一用の忍法の使い手がいるのですが、彼ら三名の対決はある意味本作のハイライトです。さらに、忍法・地屏風はあまりのあり得なさに思わずツッコミたくなってしまいます。このように、色々とぶっ飛んだ要素の多い本作ですが、最後には姫を守るために散っていく八犬士たちを見て胸が熱くなってしまいます。『柳生忍法帖』などとは対照的なマニア向けの傑作です。


忍法相伝73(1965)
伊賀大馬は小さな運送会社に勤めるしがないサラリーマンだったが、ある日、祖先の伊賀忍者が書き残した巻物・忍法相伝を発見する。ところが、忍法相伝の1~72は×印がつけられている。どうやら、術を試みたものの失敗に終わったらしかった。そこでまだ×のついていない73を試してみると紙幣をはじめとしてあらゆる印刷物が白紙となる。さらに、大馬は相伝99によって大臣に愚かな国民から税を収奪する喜びをスピーチさせ、相伝108によって男性を懐妊させる。彼は国文学者・松中半兵衛と謎の美女・鳥羽壺子の手を借り、次々と騒動を起こしていくが......。
◆◆◆◆◆◆
本作の雛型である『忍法相伝64』を除けば忍法帖シリーズ唯一の現代ものです。従来の忍法帖とはあまりにも作風が違いすぎるために長らく絶版状態になっていました。シリーズ恒例の忍法を駆使しての死闘といった要素は欠片もなく、その代わりに痛烈な風刺を盛り込んだドタバタ劇が繰り広げられていくのですが、この風刺という要素が作品を風化させることになった主な原因となっています。要するに、現代の読者が読むと元ネタが良くわからないパロディが多すぎるのです。それに、生死を賭けた戦いに忍法が用いられてこその忍法帖であり、社会風刺の道具に使われてもいまひとつ盛り上がりに欠けます。著者自らが最低の出来と評したのももっともだといえます。シリーズ完走を目指しているマニア以外はあえて手に取る必要はないのではないでしょうか。忍法帖中1、2を争う駄作です。
忍法相伝73 (ミステリ珍本全集01)
山田風太郎
戎光祥出版
2013-09-01


自来也忍法帖(1965)
伊勢藤堂藩三十二万石の嫡男・蓮之介が将軍家斉の面前で怪死する。跡継ぎを失い、お家断絶の危機に瀕する藤堂藩だったが、家斉から三十三番目の世子である徳川石五郎を蓮之介の妹・鞠姫に婿入りさせてはどうかと提案される。だが、彼は白痴の失語症だった。要するに、出来損ないの息子を将軍から押し付けられたのだ。一方、藤堂藩の取り潰しを目論み、くノ一の術で蓮之介を殺害した服部蛇丸は石五郎も亡き者にしようとするが、そこに自来也と名乗る正体不明の忍者が立ち塞がり......。
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忍法帖では珍しい正統派ヒーローアクションです。そのうえ、ラストも非常に爽やかときています。エログロ要素は満載ですが、それを除けば王道的な少年漫画のような作品だといっても過言ではありません。普段は高飛車なのにときどき乙女になる鞠姫も漫画チックで良い味を出しています。ただ、エログロ忍法合戦と正統派ヒーローアクションの組み合わせは少々ちぐはぐに感じてしまうのも確かです。また、読者には自来也の正体がバレバレなのに引っ張り続ける展開も人によってはイライラしてしまう可能性があります。その辺りをヒーローもののお約束として割り切れるかがこの作品を楽しめるかどうかの分かれ目だといえるでしょう。ちなみに、伊賀のくノ一が用いる忍法乳しぼりはシリーズ中1、2を争う頭の悪さなのである意味必見です。
自来也忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-08-25


魔天忍法帖(1965)
徳川家斉治世の時代。公儀隠密の鶉平太郎が任地から戻ってみると、恋仲だった女が別の男に嫁いでいくところに出くわす。かっとなって花嫁行列に斬りかかった平太郎は追われる身となり、近くの衣裳小屋に逃げ込む。絶体絶命の状況のなか、今の時代に絶望する平太郎だったが、そこに突然現れたのはなんと初代服部半蔵だった。半蔵は平太郎を自分たちの時代に連れていってやるという。だが、彼に導かれてやってきた世界は石田三成が豊臣秀吉に反旗を翻し、江戸城をも攻め落とそうとしているパラレルワールドだった。三成の叛意に気づいた真田幸村は配下の忍びに秀吉の妹であるちゃちゃ姫や千姫を逃がすよう命じる。一方、千姫が亡き恋人に瓜二つなことを知った平太郎は彼女に近づくために猿飛佐助と行動を共にするが.......。
◆◆◆◆◆◆
忍法帖はハチャメチャな忍法合戦をいかに史実に溶け込ませるかといった点に妙味があるわけですが、本作の場合はパラレルワールドを用いて最初から史実を無視しているところに特徴があります。いわば『高い城の男』のような歴史改変SFです。ただ、あまりにも支離滅裂な内容なので改変SFとして楽しめるかといえば微妙なところです。一応、一見支離滅裂な歴史にも一定の法則性があることが次第に明らかにはなるのですが、それでは何故そんな法則が働いているのかといえば、特に理由はないというのはいただけません。しかも、最後のオチが酷過ぎです。序盤では広げた大風呂敷にワクワクするものの、それをたたみきることができなかった失敗作です。シリーズ中では『忍法相伝73』と並ぶ駄作だといえるでしょう。
魔天忍法帖 新版 (徳間文庫)
山田 風太郎
徳間書店
2002-11T
魔天忍法帖 (1980年) (徳間文庫)
山田 風太郎
徳間書店
1980-10T


魔界転生(1967)
天草四郎の参謀として島原の乱に身を投じた森宗意軒は戦に敗れ、幕府に復讐を誓う。そして、そのための切り札として編み出したのが忍法魔界転生だった。それは、現世に不満を抱く強靭な生命力の持ち主を魔人として現世に蘇らせるという恐るべき術だ。この術により、宮本武蔵・荒木又右衛門・宝蔵院胤舜といった錚々たる剣豪たちが魔界からの転生を果たす。さらに、由比正雪と手を組み、紀州大納言・徳川頼宣をそそのかした森宗意軒は転生衆を使って幕府転覆を狙う。一方、森宗意軒からの転生の誘いを拒絶した柳生十兵衛は父である柳生但馬守宗矩を含む7人の魔界衆に闘いを挑むが......。
◆◆◆◆◆◆
『甲賀忍法帖』と並ぶ忍法帖シリーズの最高傑作です。その魅力はなんといっても後世に名を残す剣豪たちと柳生十兵衛が死闘を繰り返すドリームマッチの面白さにあります。『柳生忍法帖』ではほとんど自分で戦うことのなかった柳生十兵衛がいよいよ本領を発揮するのです。とはいえ、敵は魔界転生の秘術でパワーアップした剣豪たちであり、まともにぶつかったのでは天才剣士の十兵衛といえども勝ち目はありません。そこで策略を巡らせるのですが、その際の駆け引きには焼けつくような緊張感があり、手に汗握ります。そして、一瞬で決まる勝負に痺れます。まさに、究極の剣豪ファンタジーだといえるでしょう。ただ、絡め手の勝負が多いため、真正面からの激突を期待していた人にとっては物足りなさを覚えるかもしれません。とはいえ、魅力的な魔界衆の描き方といい、史実との巧みな絡め方といい、本作が抜群に面白い娯楽小説であることは間違いありません。ちなみに、本作は『おぼろ忍法帖』というタイトルで連載されたのちに、『忍法魔界転生』と改題され、さらに映画化の際に映画のタイトルと合わせて以後は『魔界転生』の呼称で統一されています。そもそも、本作は忍法帖シリーズに数えられているものの、冒頭の忍法魔界転生以外は全く忍法が登場しないのでこれは結果的に正解だといえるでしょう。また、映画の影響でラスボスのイメージが強い天草四郎ですが、小説では中ボスにすぎません。全体的な物語の流れも大きく異なっているので、傑作と名高い1981年版の映画などと比べてみるのも一興ではないでしょうか。


伊賀忍法帖(1967)
戦国の魔王・松永弾正は三好義興の妻・右京太夫に邪恋を抱き、なんとか彼女を手篭めにしたいと考えていた。そこに幻術師の果心居士が姿を現し、淫石を作ることを提案する。それを用いて千利休秘蔵の平蜘蛛の釜で茶を立てると、茶を飲んだ女は男の前で淫獣と化すというのだ。ただ、それには果心の弟子である7人の忍法僧・七天狗によって大量の女を強姦し、採取した愛液を煮詰めなければならなかった。その場に居合わせた千宗易や柳生新左衛門(のちの石舟斎)はあまりのおぞましさに慄然とするも計画は実行に移される。数千に及ぶ美女が狩られ、強姦された女たちは死か狂人の末路を辿っていった。そして、捕えられた女の一人に伊賀忍者・笛吹城太郎の妻である篝火(かがりび)がいた。彼女は城太郎と共に駆け落ちし、伊賀に向かう途中で忍法僧の襲撃を受けて拉致されるも、辱められるのをよしとせずに自ら命を断ってしまう。だが、右京太夫にそっくりな篝火を惜しんだ弾正は忍法によって彼女を蘇らせ、自らの寵妃とする。一方、かろうじて一命をとりとめ、篝火の行方を追う城太郎の前に現れたのは「淫石」を入れた平蜘蛛の茶釜を携えた瀕死の女だった。彼女は忍法で篝火をよみがえらせる代償として犠牲にされたのだが、頭のなかには篝火の記憶が残っていた。彼女から一連の経緯を聞かされた城太郎は七天狗や松永弾正に復讐を誓うが.......。
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エログロ要素が多いことで知られている忍法帖シリーズのなかでも本作は特に強烈です。しかも、奇想天外な忍法合戦に伴うエログロ描写ではなく、一方的に凌辱され、人間の尊厳を踏みにじられる展開が延々と続きます。多くの女性が秘術のために酷い目に合わされるのは読んでいてつらくなってくるほどで、これはかなり読者を選びそうです。その反面、主人公が復讐のために孤軍奮闘するストーリーは王道で安心して楽しむことが出来ます。ただ、エログロ描写が強烈なのに比べて忍法合戦はいささか地味です。主人公の城太郎は奇想天外な忍法を使わない正統派忍者ですし、期待の七天狗も 人間ブーメランや人体接合などといったびっくり人間ぶりで楽しませてくれるものの、どうにも間抜けっぽさが目立ち、凄味に欠けます。タイトルが似ているからといって『甲賀忍法帖』と同じものを期待すると肩すかしを喰らうでしょう。ラストも意外性はあるものの、消化不良気味です。インパクトは十分すぎるほどあり、決して凡作などではないのですが、傑作というにはためらってしまうなんとも評価に困る作品です。なお、本作は『魔界転生』に続く忍法帖シリーズ第2弾として1982年に真田広之、渡辺典子主演で映画化されています。さすがにエログロ描写はかなり薄いものになっていますが、奇想天外な忍法は当時にしてはそれなりに頑張って再現されています。
伊賀忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
角川書店
2003-01-24
忍びの卍(1967)
幕藩体制が盤石なものになりつつある一方で相次ぐ改易に揺れる徳川家光の治世。大老・土井大炊頭は長きにわたる伊賀、甲賀、根来三派の対立を憂い、御公儀忍び組を一派にまとめようと画策する。そこでまず、柳生流剣法の使い手である配下の椎ノ葉刀馬に命じ、各組から選ばれた代表者による忍法披露を査察させる。つまり、最も優れた一派だけを残そうというのだ。しかし、刀馬は、根来組・虫籠右陣の忍法ぬれ桜、伊賀組・筏織右衛門の忍法任意車、甲賀組・百々銭十郎の忍法白朽葉といった奇怪な忍法に圧倒されるばかりだった。しかも、報告を受けた大炊頭が選んだのは刀馬の評価が最も低かった甲賀組だった。納得のいかない虫籠右陣は筏織右衛門を巻き込んで評定を覆そうとするが......。
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伊賀、甲賀、根来の三つ巴の戦いが描かれる本作ですが、従来の忍法合戦とは異なりメインの忍者は3人だけです。しかも、登場する忍法も冒頭で紹介されたものだけで他の忍法帖と比べるとボリューム不足だと感じるかもしれません。しかし、限られた数の忍法でも応用を利かせてさまざまなバリエーションを生み出しているのが見事です。また、シリーズ恒例の女体を用いたエロ忍法も見逃せないところです。さらに、目先の忍法合戦だけでなく、その背後にある陰謀が次第に明らかになり、歴史的事件に繋がっていくという展開も読み応えがあります。そもそも、なぜ土井大炊頭は甲賀組を選んだかという謎が大きな焦点です。最後に彼のたくらみが明らかになるのですが、その用意周到な手管には唸らされてしまいます。地味ながらも細部まで考え抜かれた良作だといえるでしょう。
忍びの卍 (角川文庫 緑 356-7)
山田 風太郎
KADOKAWA
1975-08T


忍法笑い陰陽師(1967)
江戸時代。果心堂は甲賀卍谷で忍法の修行をおさめたれっきとした甲賀忍者だったが、太平の世ではその忍法も使い道がない。元伊賀忍者の妻・お狛と共に江戸にでた彼は、生計を立てるために易者を始める。ある日、武士の客が訪れ、絶世の美女を賭けた試合を行うので勝敗を占ってほしいという。そこで、果心堂は男に勝たせるためにある忍法を施すが......。
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雑誌に掲載された5つの短編を連作シリーズとして一冊の本にまとめたもので、最初は『笑い陰陽師』というタイトルがつけられていました。その後、角川文庫で出版する際に、頭に忍法をつけ足したのが現在のタイトルです。元忍者の易者が客の悩みを得意の忍法で解決するというパターンが繰り返され、どれも下ネタギャグに走っている点が異彩を放っています。恒例の史実との絡みもほとんどなく、ただただ笑いに徹しているといった感じです。しかし、忍法帖は大真面目にバカなことをするから面白いのであってそれをギャグでやってもちっとも笑えないという意見もあり、実際これを読んでどこまで笑えるかは人によって大きく異なるでしょう。とはいえ、本作も100%ギャグ仕様というわけではなく、笑いの中に人生の悲哀が感じられ、結末は結構切なかったりします。その辺はやはり忍法帖です。
忍法笑い陰陽師 忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-05-29


忍法剣士伝(1968)
戦国大名の北畠具教は剣の達人として知られるだけでなく、剣士の保護と支援も行っていた。しかし、そんな彼の元にも近畿地方の統一を目指す織田信長の手が伸びつつあった。北畠家に勝ち目はなく、その命運は具教の娘の旗姫を信長の息子・茶筅丸(後の織田信雄)の嫁として差し出すかどうかにかかっていた。旗姫自身は具教の配下である伊賀忍者・木造京馬の言に従うという。京馬は北畠存続のためには、旗姫の輿入れもやむなしという考えだったが、京馬の兄弟子で旗姫に恋心を抱いていた飯綱七郎太は断固反対の意を示した。そればかりか、幻術師果心居士から伝授された忍法「びるしゃな如来」を旗姫にかけてしまう。それは、一目見ただけで姫に対する激しい執着心を抱かせて術にかかった者同士を殺し合わせ、なおかつ彼女に一定以上近づいた者は激しく射精して無力化されてしまうという恐るべき術だった。しかも、北畠具教を案じて集結していた凄腕剣士12人がその術にとらわれてしまったのだ。果たして、旗姫の運命は? 
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河北新報にて『忍者不死鳥』のタイトルで連載していたのを単行本化の際に現在のタイトルに改題したものです。びるしゃな如来という忍法帖シリーズの中でもかなりバカバカしい忍法が登場する作品ですが、それを史実に巧みに絡ませ、破綻なくまとめ上げる手腕は一級品です。しかも、塚原卜伝・宮本無二斎・諸岡一羽・宝蔵院胤栄・鐘巻自斎・伊東一刀斎といった半ば伝説上の剣豪たちが一堂に介して死闘を繰り広げるという展開にワクワクします。しかも、剣豪の出自や強さを示すエピソードなども読み応え満点です。ただ、あまりにもビッグネームばかりを集め過ぎたためにはっきりとした優劣をつけるわけにもいかず、勝負の帰趨が煮え切らないものになってしまったのは少々残念です。また、その剣豪たちがびるしゃな如来にかかって果ててしまう描写が繰り返し描かれているため、全体的にはかなりコミカルな仕上がりになっています。そこが同じ剣豪同士の戦いであっても『魔界転生』などとは似て非なる点です。怪作と呼ぶのが相応しい作品ではないでしょうか。
忍法剣士伝 (角川文庫)
山田 風太郎
角川書店
1986-07T
忍法剣士伝 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2021-10-21


銀河忍法帖(1968)
佐渡金山の開発によって徳川幕府を財政面から支える大久保長安は、ある日家康にサイエンス兵器を披露する。その威力は凄まじく、数十名の伊賀忍者を一方的に蹂躙し、伊賀の精鋭たちもサイエンス兵器を手にしたおなご衆の前になすすべがなかった。そのおなご衆を引き連れて長安は佐渡に向かうという。護衛を申し出てすげなく断られた伊賀五人衆はやむを得ず遊軍として長安一行についていくことになった。一方、江戸の無頼漢である六文銭の鉄は旅の巡業者に扮した朱鷺という女から自分の護衛と兄の敵である大久保長安の暗殺を依頼される。朱鷺の正体は豊臣方の真田くノ一だった。鉄は依頼を引き受けたものの、彼女のコントール下を離れ、勝手に事態をかき回していく。一方、長安は朱鷺を捕らえて女精酒にしようとするが......。
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もともとは『天の川を斬る』のタイトルで週刊文春に連載されていたのをのちに改題したものです。忍法帖のなかでは知名度はいまひとつですが、その面白さは他の代表作と比べても決して引けは取りません。本作の魅力はまずなんといっても大久保長安の描写にあります。忍法帖シリーズでは歴史上のさまざまな人物が悪役として登場しますが、この長安の造形はその中でも群を抜いています。渋さを感じさせる佇まいながらもとんでもない変態で同時に気宇壮大な野望を描く稀代の天才という、いわば悪のカリスマそのものです。そして、彼が考案した秘密兵器の数々も読者の少年心をくすぐります。一方、しがない無頼漢でありながらおそるべき体術と不死身っぷりで伊賀五人衆やおなご衆を打ち破っていく六文銭の鉄も無類のカッコよさです。さらに、ヒロインの朱鷺も凛とした美しさがあり、そんな2人の絆が徐々に深まっていくところにぐっときます。それらに加えて、ラストシーンの美しさも特筆もので、まさにエンタメ時代小説の極致ともいうべき傑作です。
銀河忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-05-29


秘戯書争奪(1968)
13代将軍の家定は虚弱体質であるばかりか凡愚であり、歴代でも最低クラスの将軍だと噂されていた。31歳にもなるのに世嗣ぎがいないのは子供のつくり方を知らないからだといわれるほどだ。そこで、城中奥医師の多紀法印は古来より宮中に伝わる門外不出の奇書『医心方』の入手を目論む。これには、陰萎早漏を治す秘術が網羅されているというのだ。やがて稀代の『奇書』をめぐって、甲賀忍者VS伊賀忍者の死闘が始まるが......。
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もともとは『秘書』というタイトルで発表されていた作品を改題したものなのですが、甲賀と伊賀の死闘の理由があまりにもバカバカしく説得力にも乏しいので駄作の烙印を押されています。そのうえ、くノ一と伊賀忍者が戦うという設定は『くノ一忍法帖』の、互いのリーダーが恋仲なのは『甲賀忍法帖』の安易なセルフオマージュのようでオリジナリティに欠ける点も否めません。全体的に低調な作品であることは否定しがたいところですが、B級だと割り切り、頭をからっぽにしてハチャメチャな展開を受け入れればそれなりに楽しい作品ではあります。特に、くの一の官能的な魅力と伊賀忍者の強烈な個性はなかなかのものです。
秘戯書争奪 忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-05-29
秘書 (1968年) (新潮小説文庫)
山田 風太郎
新潮社
1968T


忍法封印いま破る(1969)
徳川家康も恐れた稀代の傑物・金山総奉行の大久保長安。その長安には山窩の娘に生ませた野生児・おげ丸が存在し、今や、幕府忍び組きっての伊賀忍者に成長していた。彼は父の長安から「我が子を身籠った娘を護衛せよ」との密命を受けていた。だが、長安の死後、彼の血を引く者をすべて抹殺せよと命じられた甲賀組が動き出す。おげ丸と長安の遺児を身籠もった3人の側室に、3代目服部半蔵が指揮する甲賀五人衆の魔手が伸びる。おげ丸は昨日までの仲間を裏切った後ろめたさから防御にのみ忍法を使い、攻撃のための忍法を封印して戦うが……。
◆◆◆◆◆◆
報知新聞に『忍法封印』のタイトルで連載され、角川文庫版で今のタイトルに改題された作品です。『銀河忍法帖』の続編となっていますが、主役も敵もすべて一新されているため、物語としてのつながりはさほど感じられません。本作において特筆すべきはなんといっても主人公であるおげ丸の強さでしょう。忍法を自ら封印しながら敵の攻撃を全く問題とせず、シリーズ最強の名を不動のものにしています。しかし、忍法を封印しているために戦いがどうにも盛り上がらないのが難点です。どちらかといえば、戦いよりもむしろ出産や育児に対する主人公の悪戦苦闘ぶりが読みどころとなっています。各登場人物の心理描写が細やかに描かれ、朴訥とした主人公も好感度は高いものの、忍法帖の読者が期待しているものとは明らかにベクトルが異なりすぎているのです。ちなみに、忍法帖本来の見せ場はほぼ終盤に集中しており、ここでようやく封印を解いたおげ丸の忍法ラッシュを存分に味わうことができます。ただ、バットエンドで終わることの多い忍法帖シリーズのなかでも本作の幕切れはあまりにも凄惨です。すべての面において異彩を放つ作品であり、これを楽しめるかは意見の分かれるところです。
忍法封印いま破る 忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-05-29


忍者黒白草紙(1969)
南町奉行・鳥居耀蔵の元に箒天四郎と塵ノ辻空也という2人の忍者が召し出される。耀蔵は彼らを使って法では裁けない悪を懲らしめようとしていたのだ。それを聞いた箒天四郎は耀蔵の考えに賛同して配下となるが、権力嫌いの皮肉屋である塵ノ辻空也は話を断って出奔する。やがて、天四郎は耀蔵の命にしたがって天誅を加えていくが、どうも行く先々で空也が邪魔をしているらしい。幕府にとっての悪を討とうとする者と護ろうとする者。果たして勝負の行方は?
◆◆◆◆◆◆
漫画サンデー連載時のタイトルは『われ天保のGPU』だったのを単行本化の際に『天保忍法帖』とし、さらにそこから文庫化の際に現在のタイトルへと改題した作品です。××忍法帖という通りの良いシリーズ名をわざわざ変えたことからもわかる通り、本作は忍法帖としてはあまりにもスケールが小さすぎます。忍者は2人しか登場しませんし、忍法合戦による死闘もありません。肝心の鳥居耀蔵も単なる融通の効かない頑固おやじにすぎず、いかにも小物です。大久保長安などの巨悪っぷりとは比べるベくもないでしょう。ただ、だからといって、本作が地味なだけのつまらない作品かといえば決してそんなことはありません。歌川国貞や柳亭種彦などをはじめとした市井の人々はみんな個性豊かで魅力的であり、そんな彼らのしたたかな生きざまが面白くてぐいぐい引き込まれていきます。また、鳥居耀蔵の行った恐怖政治に対する著者の考察も鋭く、歴史ものとしても一読の価値ありです。
忍者黒白草紙 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-04-11


忍法双頭の鷲(1969)
若年寄の堀田正俊は宮将軍を擁立せんとする大老・酒井忠清を失脚に追い込み、さらに忠清へ忠誠を誓っていた伊賀組を追放する。代わって公儀隠密に抜擢されたのが正俊子飼いの根来衆だった。その最初の任務は不穏な噂のある大名家の探索であり、若き根来忍者の秦漣四郎と吹矢城助がその任にあたることとなった。彼らが潜入してみると、大名家にもやむを得ない事情を抱えている事実が判明し、2人はそれを踏まえて公平な視点で調査に当たろうとする。ところが、各藩の領地には根来組への復讐に燃える伊賀忍者たちが先行して潜入していた。彼らの執拗な妨害に対し、2人はどう立ち向かうのか?
◆◆◆◆◆◆
本作は『隠密忍法帖』という中編を大幅加筆して1969年に光文社カッパ・ノベルズから発売されています。そのときのタイトルが『妖の忍法帖』であり、角川文庫版で現在のタイトルへと改題されたという経緯があります。タイトルから忍法帖の文字が外された作品は地味なものが多いのですが、本作もご多分にもれず奇怪な忍法を駆使しての殺し合いといった要素は控えめです。その代わり、ユーモアを散りばめ、主人公たちの友情や恋を描いた青春ものとしての面白さがあります。忍法帖としてはいささかパンチが欠ける点は否めないものの、バッドエンドを迎えることの多い本シリーズにおいてハッピーエンドを味わえる本作は貴重な存在だといえるでしょう。
海鳴り忍法帖(1971)
1565年。将軍足利義輝の御前試合にて、剣聖と謳われた上泉伊勢守の弟子たちは怪しげな忍法を扱う根来忍者にいともたやすく敗れ去ってしまう。若き鍛冶職人であるミカエル厨子丸はその現場を目撃し、剣の時代が終わりを告げたことを悟るのだった。同年6月に松永弾正が根来僧兵1万2千を率いて将軍邸を襲撃し、足利義輝を殺害するという事件が発生。松永弾正は御台である夕子の方と愛妾の昼顔御前を我がものにしようとするも、堺の豪商・呂宋助左衛門がその野望を阻む。付き人の曾呂利伴内と共に夕子の方を救出し、堺に匿ったのだ。ところが、厨子丸の恋人である鶯が夕子の方と間違えられて捕らえられ、そのまま惨殺されてしまう。復讐に燃える厨子丸は自由の精神と富を守らんとする呂宋助左衛門と手を組み、近代兵器で松永弾正率いる根来僧兵3万に立ち向かうが.....。
◆◆◆◆◆◆
もともと時代小説文庫から発売された際のタイトルは『市民兵ただ一人』というもので、その名の通り主人公1人で忍法を扱う根来僧兵3万と闘う話です。間違いなくシリーズ中最大の戦力差であり、冒頭で剣の達人たちを蹂躙した忍者の大軍に対し、近代兵器を手にした主人公がいかに立ち向かうかが大きな見せ場となっています。なんといっても、主人公が考案し、次々と大軍を打ち破っていく新兵器の活躍が痛快です。それに加え、一世を風靡した忍法をその立役者である著者自身によって否定してみせるという意外性の面白さもあります。これまで忍法帖シリーズで大活躍していた忍者たちが本当にあっけなく倒されてしまうのです。ただ、物語としてはそれだけでは終わらず、稀代の妖女である昼顔が場をかき回します。この悪女っぷりが強烈で、登場人物のほぼ全員を翻弄した挙句、戦いの趨勢に決定的な影響力を及ぼしてしまうほどです。ここまで強さのインフレを行っておきながら忍法も武器も持たない生身の女性が最凶だったというオチが忘れ難い読後感を読者に与えます。いろいろな意味でシリーズの終焉を予感させる異色作です。
海鳴り忍法帖 (角川文庫)
山田 風太郎
KADOKAWA
2014-05-29


忍法創世記(2001)
室町幕府誕生から数十年が過ぎた足利義満の治世。天皇家は未だに南北に分かれて騒乱を繰り広げており、同じ頃、大和の柳生一族と伊賀の服部一族もまた隣国同士でいがみ合いを続けていた。両者はこの不毛な争いに終止符を打つべく、柳生三兄弟に服部三姉妹を娶らせることで両者を融合させようとする。そのための儀式が両国の国境で行われ、両家の合体は無事行われたかにみえたが、思いもよらぬ事件が舞い込んでくる。牢の姫宮に仕える大塔衆が柳生に救援を求めてきたのだ。牢の姫宮は、後醍醐天皇の実子でありながら謀殺の憂き目にあった大塔の宮のひ孫にあたる人物である。一方、伊賀でも楠木正儀軍の残党である菊水党が助力を仰ぐべく訪ねてくる。こうして夫婦でありながら敵味方に分かれての戦いを余儀なくされた柳生三兄弟と服部三姉妹だったが......。
◆◆◆◆◆◆
長編作品としては最後に執筆された忍法帖です。ただし、作中の時系列は室町時代初期と最も古く、忍法帖サーガの起源を描いたエピソード0的な内容になっています。忍法創世記が週刊文春で連載していたのは1969年のことですが、著者自ら駄作だと断じたため、生前は単行本になることはありませんでした。本作だけ発行年が極端に新しいのはそのためです。しかし、実際のところ、本作はそこまでひどい作品ではありません。確かに、多人数VS多人数の戦いは劣化版『甲賀忍法帖』ですし、中だるみを感じる部分もあります。その代わり、後半の畳み掛ける展開は読み応え満点で、クライマックスでの劇的な展開も山田風太郎ならではです。それに、足利義満や世阿弥などといった歴史上の人物を絡めた室町時代の描写にも興味深いものがあります。一方、コミカルな前半とシリアスな後半の温度差がありすぎる展開や、同趣向の『甲賀忍法帖』と比べるとエロ忍法の要素が強すぎる点などは好みの分かれるところでしょう。しかし、インパクトがあることだけは確かです。捨てがたい魅力がありますし、忍法帖を語るうえでは欠かせない作品だといえます。
忍法創世記 (小学館文庫)
山田風太郎
小学館
2013-01-21
忍法創世記 (山田風太郎コレクション)
山田 風太郎
出版芸術社
2001-09-01


山田風太郎忍法帖短篇全集(2004-2005)
忍法帖シリーズの短編作品は90前後存在し、それらを収録した短編集はさまざまな出版社からバラバラに発売されています。収録作品が重複しているものも少なくないため、なかなか全部揃えようという気にはなれません。そこで、そういう人のために、筑摩書房から発売されたのが全12巻の短篇全集です。忍法帖として発表されたすべての短編が網羅されているというマニア垂涎の一品となっています。ちなみに、最後に書かれた忍法帖はこの全集の12巻に収録されている1974年発表の『開化の忍者』であり、英国に渡って一旗揚げることを夢見ている元公儀隠密の伊賀忍者3人組が現在の雇い主である英国人通辞の毒牙にかかろうとしている女性を救うため、得意の忍法で奮闘するという話です。その他、短篇のおすすめ作品としては以下のようなものがあります。

1巻収録
・本田正信が忍者だったという仮説に基づいて緊張感あふれる政治サスペンスに仕立てた『忍者本多佐渡守

2巻
収録
・忍者同士の壮絶な死闘とそれに巻き込まれた娘の悲劇をミステリー的技法で描いた『忍者枝垂七十郎

3巻
収録
・四肢を切断されたうえに目耳舌を潰された者同士のまぐわうシーンが強烈な『忍法鞘飛脚

4巻
収録
・使命を帯びたくノ一が死地をくぐり抜け、江戸へとひた走る姿の壮絶さと哀切に満ちた美しさに圧倒される『捧げつつ試合

5巻
収録
忍法馬吸無のとんでもなさに絶句必至の『〆の忍法帖

6巻収録

・オランダの超カルト映画『ムカデ人間』を数十年も前に先取りした『呂の忍法帖

7巻収録

・凄まじい技量を持つ首切り役人が切り離した首と胴体を他人のものと入れ替えて繋ぎ合せ、どちら側の人格が体を支配するかの実験を繰り返した挙句、とんでもない結末を迎える『忍法小塚ッ原

8巻
収録
・キャプテン・キッド、黒髯ティーチ、ハウエル・デイヴィス、ジョン・シルバーの海賊四人組が赤穂浪士の堀部安兵衛や甲賀くノ一と対決する『ガリヴァー忍法島

9巻
収録
・瞳に記憶を焼き付けるという忍法の顛末を報告書の体で語り、そこに現在進行形の物語を挿入することで独特の効果を上げている『忍法瞳録

10巻
収録
・国木田独歩の『忘れ得ぬ人々』の冒頭数ページをまるまる拝借し、そこから紡いでいった物語をミステリーの技法を用いてひっくり返す『天明の隠密

11巻
収録
・男根を切り落とした男が2本の男根を持つ二刀流の忍者と対決する『怪異二挺根銃
・自分の意識を他者に移すことのできる忍法をSFチックに描いた『さまよえる忍者
・策略によって将軍の前で失禁に追い込まれて自害した娘のための復讐を、シモネタ満載ホラーとして描いた『怪談厠鬼
・遣米使節団の一員としてアメリカに渡った元お庭番の活躍をアメリカ人の視点から描くことでコメディに転化させた『お庭番地球を回る

12巻
収録
・聴診器を当てて精子と卵子の相性をみるというぶっとんだアイディアの『伊賀の聴恋器
・江戸川乱歩のパロディが楽しい『伊賀の散歩者
・細川忠興の息子である長岡与五郎は宮本武蔵との勝負を熱望するも、忍法喇嘛仏によって青龍寺組頭領の孫娘であるお登世と秘部を結合したまま旅を続けるはめになる『剣鬼喇嘛仏

などなど。
それ以外にも奇想に満ちた傑作・怪作が盛りだくさんです。


おわりに
以上が主なシリーズ作品ですが、実際には他にも忍法帖シリーズに含めるべきかどうかが微妙なものが数多く存在します。たとえば、忍者は登場しないものの、幻術使いの魔人や剣豪が入り乱れて戦い、やっていることは忍法帖と大差ない『武蔵野水滸伝』、忍法などのファンタジー要素はないものの、『柳生忍法帖』『魔界転生』に続く十兵衛三部作の位置付けの『柳生十兵衛死す』、直江四天王と直江勝吉(本多政重)との確執を描いた歴史小説ながら忍者も登場する『叛旗兵』、『忍法相伝73』や『忍法忠臣蔵』の原型である『忍法相伝64』及び『忍者 帷子乙五郎』などです。その他にも、『おんな牢秘抄』や『八犬傳』などが忍法帖に含まれる場合があり、明確な線引きは極めて困難です。さらに、連載時には『尼寺五十万石』というタイトルで忍者も登場しないのにもかかわらず、単行本化の際に『柳生忍法帖』と改題され、なぜか忍法帖シリーズの仲間入りをしたという例もあります。こうなると完全にお手上げで、完璧な分類など不可能に思えてきます。しかし、このような混沌としたところも忍法帖シリーズの魅力だといえるのではないでしょうか。

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