最新更新日2021/01/12☆☆☆

ミステリーの世界には究極のトリックと呼ばれるものが存在します。それが「犯人=読者」です。本を読んでいる読者がその本の中で描かれている犯罪の犯人であるという事実を作中の探偵によってロジカルに証明する。そんな話を成立させるためのトリックです。もちろん、到底可能だとは思えませんし、実際、それを完全な形で成し遂げた作家は誰もいません。おそらくは錬金術や永久機関と同様に、見果てぬ夢なのでしょう。しかし、そんな不可能ごとにあえて挑戦し、不可能を可能にしようと試みた作品もいくつか存在します。具体的にどのような作品があり、その結果はどうだったのかについて紹介していきます。
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※注意事項
当然ながら、「犯人=読者」に挑戦した作品を紹介するというのは、犯人が誰かを教えることであり、ネタバレに直結します。もっとも、「犯人=読者」のテーマを扱った作品において重要なのは犯人が読者であるという事実ではなく、それをどのようにして成立させるかです。したがって、犯人が読者だと事前に知っていたとしても読書の楽しみが奪われるといったことはおそらくないでしょう。それでも、犯人が私たち読者だと判明したときの衝撃をいつの日か予備知識なしで味わいたいという人は、ここから先には進まずに引き返すことをおすすめします。

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1964年

虚無への供物(中井英夫)
宝石商として成功を収め、財を成した氷沼家はある日を境に不幸の連鎖に見舞われる。まず当時の当主だった誠太郎が1934年の函館大火に巻き込まれて焼死し、続いて長女の朱美とその息子である黄司が広島の原爆投下により死亡。さらには、1954年の洞爺丸事故によって氷沼家現当主・蒼司の父と叔父である紫司郎及び菫三郎が溺死したのだ。しかも、事故からわずか数カ月後には蒼司の弟の紅司が内側から鍵がかけられた浴室で謎の死を遂げる。紅司の裸体には鞭で打たれた痕跡が残っていたものの、死因につながるような外傷や毒物の使用は認められなかった。本来なら変死ということで警察を呼ぶべきだが、鞭の痕跡が氷沼家の不名誉につながる可能性を慮り、蒼司は弟の死を病死として処理する。しかし、ラジオライターで駆け出しシャンソン歌手の奈々村久生を始めとする蒼司の知り合いたちはみなミステリーマニアだったため、この一件を密室殺人だと断じ、真相を突き止めるべく推理合戦を行うことになるが.......。
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『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』に並んで日本三大奇書と謳われた作品です。4つの密室殺人に推理合戦という豪華絢爛な趣向を盛り込みながら、それらの面白さを全否定して最後にちゃぶ台返しを決めるのが本作の肝であり、それ故、アンチミステリーとも呼ばれています。そのアンチミステリーの一環として「犯人は読者」という話が出てくるのですが、これは一種のレトリックであり、「考え方によっては読者にも事件に対する責任の一端があるかもしれない」と言っているに過ぎません。いわば、社会派ミステリー的なアプローチであって、ロジカルに読者が犯人だという結論に至るわけではないのです。そういう意味で、「犯人=読者」というネタに過度な期待をすると肩透かしを喰らうことになります。とはいえ、それを抜きにしても本作はミステリー史に燦然と輝く異形の傑作であることには違いないので、興味のある人はぜひ一読してみることをおすすめします。


1972年

仮題・中学殺人事件(辻真先
漫画原作者の石黒竜樹が殺され、少女漫画家の山添みはるが逮捕される。そのうえ、石黒とコンビを組んでいた千晶留美にも嫌疑がかけられる。その事件の謎に挑むのは、女子中学生のスーパーこと可能キリコとその同級生で冴えない外見に反して優れた推理力を有するポテトこと牧薩次の2人だった。彼らは真犯人のアリバイトリックを見破って見事に事件を解決に導くが、2人の前には新たな事件が........。
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当時は『エイトマン』『サザエさん』などのアニメ脚本家として知られ、2020年には88歳にして年間ミステリーランキング3冠を達成した辻真先の実質的な作家デビュー作です(それ以前にも短編小説が雑誌に掲載されたことはありますが)。著者は本作の冒頭で、犯人は読者だと高らかに宣言し、物語の最後において見事にそれを証明してみせます。ただし、これは一種のミスディレクションであり、本当の意味で読者が犯人だったわけではありません。とはいえ、このアイディアは読み手の意表をつくものであり、独創性に満ちた仕掛けとして大いに評価したいところです。ただ、本作は元々中高生を対象としたジュブナイル作品であったためか、密室やアリバイといったサブトリックがあまりにも小粒かつ凡庸です。また、青春小説としても今読むと気恥ずかしいものを感じてしまいます。本作に挑戦するのであれば過大な期待は避け、あくまでも「犯人=読者」のネタを確認するために読むのだという割り切りが大切です。


1981年

宇宙戦艦富嶽殺人事件(辻真先)
ポテトこと牧薩次は大学4年になり、ミステリー作家として1本立ちしたいと考えていたが、なかなかうまくいかない。そんなとき出版社から執筆の依頼が入ってくる。神戸六甲大学アニメ研究会が宇宙戦艦ヤマトのパロディ作品として自主制作した「宇宙戦艦富嶽」を題材に「宇宙戦艦富嶽殺人事件」というミステリー作品を書いてくれというのだ。しかも、読者が探偵で被害者で犯人であることが条件だった。とりあえず、ポテトは取材のために神戸に出向くが........。
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スーパー&ポテトシリーズの第7弾です。シリーズ第1弾の『仮題・中学殺人事件』では「犯人=読者」のトリックを成功させた著者が、今度は「読者=探偵=被害者=犯人」というさらに高いハードルに挑戦しています。しかし、さすがに難易度が高すぎたようで、提示された真相は無理矢理感が強すぎてアイディアとしても評価しがたいところです。その代わり、本業がアニメ脚本家だけあって、当時のアニメブームの様子を生き生きと描くことに成功しています。また、本作よりシリーズ自体が一般レーベルに移籍したこともあって、青春小説としてはジュブナイル小説の『仮題・中学殺人事件』より、こちらの方が読み応えがあります。


1989年

犯人 存在の耐えられない滑稽さ(辻真先)
新進気鋭のミステリー作家である佐々環が先輩作家の若狭いさおの作品を批判したことに端を発し、2人の関係は拗れに拗れ、ついには果たし合いで決着をつけようということになる。決闘の場は伊良湖岬近くの小島にある若狭の別荘。それを知った文英局編集者の面々は慌てて島に駆けつけるが、若狭は密室と化した別荘ですでにこと切れていた。果たして犯人は佐々環なのか?
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複数の作中作を挿入したメタ構造に密室殺人、一人二役、アナグラムと本格ミステリのガジェットをこれでもかというくらい詰め込んだサービス満点の作品です。しかし、その分、一つ一つが薄味で、特にメイントリックだと思われる作中作の仕掛けは上手く機能しているとは思えません。読者が犯人だというネタもその一つであり、最後の最後でその仕掛けが明らかになるものの、はっきりいってどうでもいいレベルです。おそらく辻真先ほど「犯人=読者」のネタにこだわった作家もいないと思われますが、結局、トリックの出来としてはデビュー作の『仮題・中学殺人事件』を越えることはできずにいます。


1991年

予告された殺人の記録(高原伸安)
アメリカに滞在中の若手心理学者がロサンゼルスの高級住宅街で起きた殺人事件に巻き込まれる。しかも、ことはそれだけでは収まらず、彼の周辺では次々と怪事件が起きていく。果たして犯人は密室で自殺した男なのか?
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新本格ミステリブームの波に乗って発売された一冊ですが、知名度は決して高いとはいえません。新本格ブームを振り返ったガイドブック『本格ミステリクロニクル300』で取り上げられたことによって本書の存在を知ったという人も多いようです。しかし、これがなかなかの意欲作で密室殺人、アリバイ工作、ダーイングメッセージと本格ミステリのガジェットが盛りだくさんのうえに、舞台設定を活かした意外な真相もよくできています。ただ、作中で『薔薇の名前』の真相をバラしているため、未読の方は要注意です。また、肝心の「犯人=読者」の趣向ですが、これは先行作を踏まえたうえでの創意工夫は見られるものの、ちょっと納得しがたいものがあります。魅力的な要素はいろいろあるのですが、トータル的には壮大な失敗作といったところではないでしょうか。


1994年

蝶たちの迷宮(篠田秀幸)
1979年の秋。同人誌”停車場”のメンバーである篠田秀幸以下3名の大学生は下宿で眠っていたところを大音量の音楽で叩き起こされる。その音楽は同人誌の顧問をしている大学OB・香川京平の部屋から聞こえてくるのだが、ノックをしても返事がない。しかたなく、大家に合鍵を借りて戻ってみると音楽はぴたりと止んでいた。その代わり、部屋の中から女性の悲鳴があがる。慌てて鍵を開けて中に入ってみると、そこには京平の絞殺死体が転がっていた。しかも、悲鳴をあげていたはずの女の姿がどこにもないのだ。一方、以前”停車場”に原稿を持ち込んできた高校生が自殺をしていたことが判明する。秀幸たちは2つの事件に関連があるとみて独自に調査を始めるが........。
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著者は冒頭で「犯人は探偵であり、証人であり、被害者であり、作者であり、そして読者でもある」という、およそこれ以上はないと思われる大風呂敷を広げています。しかし、そんな欲張りな試みがそうそううまくいくはずもなく、案の定、空中分解を引き起こしています。「読者=犯人、他諸々」を成立させるためにレトリックにレトリックを重ねているのですが、それが訳のわからない域にまで突き抜けてしまっているのです。これで「犯人は読者だ!」と言われても納得できる人はまずいないでしょう。また、物語の方は学生運動や家庭内暴力の問題を中心に据えた社会派ミステリー風に仕上げているのですが、これがまた青臭くて読むのが苦痛なレベルです。そのため、バカミスと割り切って楽しむのも困難であるうえに、癖のある文章と必要以上に複雑な構成が本書を一層読みにくいものにしています。創作に対する溢れんばかりの情熱には大いに共感を覚えながらも、それが完成度につながっていない点がいささか残念です。
蝶たちの迷宮 (ハルキ文庫)
篠田 秀幸
角川春樹事務所
1999-07T


1998年

歪んだ創世記(積木鏡介)
男は見知らぬ部屋で目を覚ます。手には斧が握られており、それを使って部屋の扉を破壊した形跡があるものの、なぜ自分がこんなところにいるのかは全く覚えていなかった。やがて、ベッドの下に女性が潜んでいるのを見つけるが、彼女も何一つ覚えていないという。建物を探索した彼らはやがて3体の他殺死体を発見する。慌てて建物の外にでると、そこは大海原に囲まれた孤島だった。2人はしばらく島の様子を調べ、再び建物の中に戻る。すると、いつの間にか死体は消え失せ、壊された扉も元に戻っていた。一体ここはどこで何が起きているというのだろうか?
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初期のメフィスト賞は『コズミック 世紀末探偵神話』『六枚のとんかつ』『Jの神話』と怪作・問題作を連発していましたが、第6回受賞作の本作もそれらに負けず劣らずのトンデモ作品に仕上がっています。出だしこそ典型的なクローズドサークルものに見えるものの、やがて脱線を始め、作者や編集が登場するメタフィクションと化していくのです。そのうえ、作者の力すら及ばない超越者まで登場し、もはやなんでもありといった様相を呈します。これを悪ふざけだと考えて呆れてしまうか、斬新だと感じて楽しめるかによって作品の評価は大きく変わってくるでしょう。しかし、いずれにせよファンタジー要素を持ち込んだことによって、本作はミステリーとしてはまともに評価できないものになっています。ただし、惨劇の責任を読者に帰結させるための仕掛けなどはなかなかユニークであり、捨てがたい魅力があるのも確かです。惜しむらくは、後半の無茶苦茶な展開や無駄に当て字が多い(虚呂虚呂と書いて「キョロキョロ」と読ませるなど)ことでやらと読みづらい代物になってしまっていることです。もう少し、まとまりがあれば、怪作として評価されていた可能性もあったのではないでしょうか。とはいえ、稚気に満ちたマニアックな作品が好きだという人なら一読の価値はあるかもしれません。
歪んだ創世記 (講談社ノベルス)
積木 鏡介
講談社
1998-02T


2000年

幽霊病院の惨劇(篠田秀幸)
1969年夏。沼から小学生男子の首なし死体が引き上げられる。それを知った篠田秀幸を始めとする小学5年生の3人組は少年探偵団を結成し、真相究明に奔走する。だが、今度はクラスメイトの女の子が病院で首なし死体となって発見されたのだ。結局、事件は未解決に終わり、26年の歳月が過ぎた。そして、阪神大震災の発生を契機として過去のものとなっていたはずの事件が再び動き出し.....。
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『蝶たちの迷宮』の著者が再び「犯人=読者」に挑戦した作品です。前作に比べると随分と読みやすくなっており、前半の展開はそれなりに引き込まれるものがあります。しかし、後半になると量子物理学などの説明が始まり、途端に読みづらくなってきます。実は、この部分が「犯人=読者」を成立させるためのポイントになっているのですが、思ったような効果は挙げられていません。ミステリーとしては反則ですし、説得力も皆無です。京極夏彦の作品のように蘊蓄でけむにまく系の仕掛けだと思われるものの、両者を比べると完成度に雲泥の差があります。それから、タイトルが『幽霊病院の惨劇』という割に病院が舞台装置としてそれほど大きな役割を果たしていないのも気になるところです。
幽霊病院の惨劇 (ハルキ・ノベルス)
篠田 秀幸
角川春樹事務所
2000-02T


2006年

パラドックス学園 開かれた密室(鯨統一郎)
ワンダー・ランドは大学でミス研に入るつもりでいたものの、入学したパラドックス学園にはミス研がなかく、仕方なくパラレル研究会(通称パラパラ研)に入部することになる。そこには部長のポーを始めとして、ドイル、ルブラン、アガサといった名だたるミステリ作家がいた。しかも、彼と同じ新入部員もカー、フレデリック(※エラリー・クイーンのプロット担当)、マンフレッド(※エラリー・クイーンの文章担当)という錚々たるメンツだった。しかし、彼らはみなミステリー小説など書いたことがないという。それどころか、この世界ではミステリー小説自体が存在していなかったのだ。そうした状況の中、学園内のシェルターで密室殺人が発生する。パラパラ研の面々は真相解明に乗り出すが......。
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『ミステリアス学園』に続く湾田乱人シリーズ第2弾です。とはいえ、前作とは直接的な繋がりはなく、主人公の名前も湾田乱人からワンダー・ランドに変更となっています。いわば前作のパラレルワールド的な物語です。ストーリーはパロディ色満載でカーが密室殺人の被害者になるなど、ミステリマニアならニヤリとできるネタが随所に散りばめられています。また、肝心の「犯人=読者」の趣向に関しては、「読者が本に対して読む以外に出来る行為とは何か?」というアプローチからたどり着く結論がなかなか衝撃的です。ただ、その着想は悪くないものの、そこから実際に「犯人=読者」を証明するくだりになると、途端にロジックの切れ味は鈍くなってしまいます。無茶に無茶を重ねた感じでどうにも説得力がありません。本という媒体ならではの仕掛けは大いに評価したいところですが、ミステリーとしての完成度は今一つです。


2007年

ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!(深水黎一郎)※文庫化の際に『最後のトリック』と改題
新聞に小説を連載している作家の元に香坂誠一と名乗る男から連絡が入る。「読者=犯人」というトリックを思いついたので、そのアイディアを2億円で買取ってほしいというのだ。どう考えても胡散臭い話だが、彼は興味を抱く。ただ、多忙な日々を送っていたために結論をうやむやにしていたところ、香坂から私小説めいた内容の手紙が次々と送られてくる。しかも、「文才がないので自分ではこの素晴らしいアイディアを小説にできない」という話だったのに、そこに書かれている内容は非常に読み応えのあるものだった。そんなある日、作家の家に2人組の刑事が現れ.......。
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本作は第36回メフィスト賞を受賞した著者のデビュー作です。ミステリーとしての仕掛けは「犯人=読者」一本に絞り、じっくりと腰を据えて取り組んでいます。そのため、このテーマを扱ったものとしては未だかつてないほど堅実な作品に仕上がっています。読者が犯人であることを成立させるべく、実に細やかにロジックを積み重ねているのです。完成度という点では「犯人=読者」ものの最高峰といっても過言ではないでしょう。しかし、それはあくまでも既存の作品と比べればという話です。これですべての読者が「自分が犯人だったのか!」と納得できるかといえば、大いに疑問が残ります。「犯人=読者」を成立させる難しさを知っているミステリマニアからはよく頑張ったと称賛されるでしょうが、そういった背景を知らないと、壁に本を投げつけたくなるかもしれません。まず、死因が特殊なものであるという点をすんなり受け入れられるかという問題があります。それに、百歩譲って被害者の死の要因が読者に起因するものであったとしても、それはあくまでも要因であって犯人とはいえないだろうというツッコミも当然予想されます。なにより、雑誌や新聞での連載ならこのトリックはある程度有効ですが、発表から何年も過ぎた現在においては仕掛け自体がもはや意味を失っているのではないかというのが正直なところです。少なくとも、ミステリーの仕掛けとしては『仮題・中学殺人事件』の方が数段上だといえます。ただ、『仮題・中学殺人事件』は厳密には読者が犯人というわけではありませんし、その他の作品と比べれば説得力が高い仕掛けであることは間違いないところです。今後「犯人=読者」に挑戦するならば、本作を越えられるかが成否の目安となるのではないでしょうか。
最後のトリック (河出文庫)
深水黎一郎
河出書房新社
2014-12-26


おわりに
今回のレビューは他の記事に比べて極端に辛口になった気がしますが、それだけこのテーマの難易度が高いことを意味しています。実際のところはチャレンジしたという事実だけで評価されるべきなのかもしれません。「犯人=読者」というトリックは創作する側にとって、それほどまでに手強い相手なのです。果たして今後もこのテーマに挑戦する作家は現れるのか。大いに注目したいところです。

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