最新更新日2020/12/06☆☆☆

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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングから外れてしまったものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい(ベスト20)』及び『本格ミステリベスト10』の2つをピックアップし、これらのランキングにランクインしていない、それどころか下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。

このミステリーがすごい!2021年版 海外ベスト20予想
本格ミステリベスト10・2021年海外版予想

ジャパンタウン(バリー・ランセット)
サンフランシスコのジャパンタウン郊外で一家皆殺しの射殺事件が起きる。手掛かりは現場に残された一文字の漢字。市警の依頼で手掛かりの解読をすることになった探偵のジム・ブローディは、それと同じ文字が妻が亡くなった4年前の火災現場にもあったことに気づく。謎を解くためにジムは日本に飛ぶが....。
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一昔前のハリウッド映画によくあったトンデモ日本設定の一歩手前で踏みとどまったリアリティとハジケ具合の絶妙なバランスが秀逸です。敵が忍者っぽいなど多少のファンタジー要素が入り混じっているものの、日本の文化や社会の描写自体はかなり正確に描かれているのには感心させられます。そのうえ、ハードボイルド仕立ての物語もよくできており、巨大な闇組織に命を狙われる展開は手に汗握ります。さらに、終盤の畳みかけるようなアクションも読み応えありです。スピード感あふれるサスペンスハードボイルドの傑作だといえるでしょう。
ジャパンタウン (ホーム社)
バリー・ランセット
集英社
2020-01-24


チェリー(ニコ・ウォーカー)
平凡な大学生だった俺はイラク戦争に従軍し、複数の勲章を得て英雄として帰還する。だが、戦地で経験した凄惨な体験からPTSDを患い、その苦しみから逃れるためにヘロイン中毒になってしまう。やがて俺は銀行強盗に手を染めるようになり.......。
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連続銀行強盗の罪で逮捕された作者が獄中で書いた自伝的小説で、ユーモラスともいえる飄々とした文章によって人生を転がり落ちていくさまが生々しく描かれているところが読みどころとなっています。PTSDを患っていたとはいえ、主人公のやっていることはクズとしかいいようのないものです。しかし、それをどこか憎めないキャラとして描いている点に独自の味わいがあります。深刻な話なのに決して重くはならず、あくまでもライトなタッチで描き切っており、知らず知らずのうちにその語り口に惹き込まれていきます。新しい可能性を感じさせてくれるクライム文学の傑作です。
チェリー (文春e-book)
ニコ・ウォーカー
文藝春秋
2020-02-20


殺人の品格(イ・ジュソン)
ナム・チュンシクは北朝鮮の高官だったが、高級官僚の父親が策略によって失脚させられ、チュンシクもそれに連座する形で地方に飛ばされる。地位も財産も奪われたチュンシクに残されたのは妻子だけだった。地獄のような日々の中、やがて彼は脱北を決意する。だが、それは新たな地獄の始まりだった。
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脱北者である著者が自らの経験を交えて描いた小説ですが、その描写は目を背けたくなるものばかりです。人肉を食べたり、人糞を濾して食したりといったシーンはとてもまともな精神状態では読めません。韓国で出版拒否されたというのももっともな話だと思えてきます。実際、これ以上ダークな小説もなかなかないのではないでしょうか。しかも、北朝鮮を脱出したからそれで安心というわけではなく、逃げ出した先の中国でも女性は売春組織に売られ、子どもは臓器売買の対象にされるという悲惨な展開が続きます。ここで描かれているのはまさにこの世の地獄です。この本を手にする際には相当な覚悟をもって挑むことをおすすめします。
殺人の品格 (扶桑社BOOKS)
イ・ジュソン
扶桑社
2020-07-22


おれの眼を撃った男は死んだ(シャネル・ベンツ)
南北戦争で両親を亡くして叔父夫婦から虐待されていた少女は兄によって救い出されるが、さらに残酷な外の世界を知ることになる『よくある西部の物語』、売春宿を営む父親と彼の言いなりになっている娘のいびつな関係を描いた『死を悼む人々』など、人間の中の醜と美を描き出した10篇の物語。
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正確にはミステリーではありませんが、死と暴力が充満する世界における人間の醜さと一瞬の美しさを描いたこの作品集はよくできたノワールの如き味わいがあります。たとえば、O・ヘンリー賞を受賞した『よくある西部の物語』などはその代表例ともいえる作品で、憎悪と暴力に満ちた世界をさまざまな角度から描き出し、救いのない物語をバラエティ豊かに描き出している点が秀逸です。また、子ども故の残酷さを浮きぼりにしていく『アデラ』も忘れ難い味わいがあります。19世紀の匿名作品に現代の文学者が注釈をつけていくという体裁なのですが、その手法によって偏見や差別の本質が浮き彫りになっていく仕掛けが見事です。その他の収録作品もみな傑作揃いであり、まさに珠玉の短編集という言葉がぴったりです。
2014年に『よくある西部の物語』でO・ヘンリー賞受賞
おれの眼を撃った男は死んだ
シャネル・ベンツ
東京創元社
2020-05-20


コックファイター(チャールズ・ウィルフォード)
60年代のアメリカ南部。勝負に敗れて闘鶏をすべて失い、一文無しになった闘鶏家のフランクは復活を期し、悲願の最優秀闘鶏家賞のメダルを手にするまでは誰ともしゃべらないという誓いを立てる。そして、まずは闘鶏に必要な資金を得るために金策に走るフランクだったが.......。
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1974年に公開された同名映画の原作です。本作自体はミステリーではありませんが、ノワール作家としてカルト的人気を誇る著者の作品だけあり、一風変わったピカレスクロマンの味わいを堪能できます。特に、家庭を顧みることなく、闘鶏にのめり込んでいく男たちの愚かしくもロマンチシズム溢れる描写が印象的です。また、主人公が金策に走る前半のユーモラスな展開と後半の鬼気迫る闘鶏シーンの対比もユニークですし、闘鶏の技法やお金の賭け方などといった蘊蓄に関する部分も興味深く読むことができます。なにより、いかにもノワール作家らしい言葉遣いやスピード感のある展開が堪りません。偏屈な男の生きざまを描いた小説として秀逸な異色傑作です。ちなみに、1974年の映画は闘鶏というニッチすぎる題材がたたって大コケしましたが、今ではカルト映画として一定の評価を得ています。
コックファイター (海外文庫)
チャールズ・ウィルフォード
扶桑社
2020-04-30





レッド・メタル作戦発動(マーク・グリーニ)
台湾を巡って米中の緊張が高まる中、スキャンダルの発覚によって米軍は混乱状態に陥っていた。その機に乗じてロシアが動き出す。レアメタルの宝庫であるアフリカの鉱山を奪取しようというのだ。作戦の第一段階としてロシアは欧州に侵攻するが、統合参謀本部のコナリー中佐がその狙いを看破し.......。
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世界各地が舞台となり、陸海空のさまざまな兵器が次々と登場する非常にスケールの大きな戦争小説です。それ故に荒唐無稽な感がなきにしもあらずですが、それを取材に基づいた圧倒的な情報量と巧みな展開で説得力のある物語に仕上げています。また、数の多い登場人物も決してステレオタイプにならず、一人一人の描き分けがしっかりできているのは見事です。ただ、舞台が多岐にわたり、兵器などの専門用語も多いのでこの手の小説を読み慣れていない人にとっては読みづらい部分があるかもしれません。また、前巻は説明過多で少々冗長ですが、その分、下巻から始まる怒涛の展開には手に汗握ります。21世紀における大規模戦争をリアリティ豊かに描いた傑作です。
レッド・メタル作戦発動 上 (ハヤカワ文庫NV)
H リプリー ローリングス四世
早川書房
2020-04-16


悪の分身船を撃て!(クライブ・カッスラー)
大西洋を航行中だった貨物船マンティコラが正体不明の敵の攻撃を受けて消息を絶つ。同じころ、ブラジル沿岸沖でも異変が起きていた。原子力潜水艦カンザスシティが沈没したのだ。さらには中南米で潜入工作中のCIA職員の電子ファイルが盗まれる。果たして一連の事件のつながりとは?
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日本では『タイタニックを引き揚げろ』で一躍有名になったクライブ・カッスラが2020年に亡くなりました。本作はそんな彼の代表作の一つであるオレゴンファアイルシリーズの最終作です。冒険小説作家としての腕前は晩年になってもいささかも衰えておらず、全編が手に汗握る展開で彩られています。どのページを開いてもアクションと策略のオンパレードで読み応え満点です。著者の集大成ともいうべき佳品に仕上がっています。
悪の分身船(ドッペルゲンガー)を撃て! (上) (海外文庫)
クライブ・カッスラー
扶桑社
2020-05-31





警視の謀略(ゲボラ・クロンビー)
左遷人事によって慣れないデスクワークに取り組んでいたキンケイド警視の元に、ロンドンのセント・パンクラス駅構内にあるライブ会場で爆破テロ発生の報が届く。ライブで使用する発煙筒が手榴弾にすり替えられていたのだ。捜査線上にはある人物が浮上するが、それは記録上存在しない男であった。
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ダンカン・キンケイドシリーズの第16弾。あいかわらず、家族や仲間の微笑ましいエピソードを交えつつも、後半に入るとサスペンス色が増し、ぐいぐいと引きこまれていきます。最後の引きも思わせぶりで次作への期待を高めてくれます。シリーズが長期化してもきっちりと楽しませてくれる安定のクオリティです。ただし、人間関係や事件は過去作のエピソードがかなり深く絡んでくるため、より楽しむためにはシリーズを順番に読んでいくことをおすすめします。
警視の謀略 (講談社文庫)
デボラ・クロンビー
講談社
2020-06-11





ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器(ポール・アダム)
ヴァイオリン製作学校の講師でもあるジャンニのかつての教え子が殺される。現場からはヴァイオリンに似た楽器であるハルダンゲル・フィルドが消えていた。犯人はなぜ値打ちのない楽器をわざわざ持ち去ったのだろうか?ジャンニはアントニオ刑事と共に事件の謎を追う。
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ヴァイオリン職人シリーズ第3弾。主な舞台となるノルウェーの風景が情感豊かに描かれており、思わず引き込まれていきます。ミステリーとしてはいま一つの感がありますが、そもそもこのシリーズの主眼はそこにはありません。読んでいるうちに北欧への憧憬が高まり、心が癒されていくのが本作における最大の魅力なのです。音楽家にまつわる豊富なエピソードなども興味深く、読んでいるうちにノルウェーに行ってみたいという気持ちが高まってきます。旅情ミステリーとでもいうべき佳品です。
ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器 (創元推理文庫)
ポール・アダム
東京創元社
2019-11-20


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