最新更新日2020/12/08☆☆☆

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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングから外れてしまったものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい(ベスト20)』及び『本格ミステリベスト10』の2つをピックアップし、これらのランキングにランクインしていない、それどころか下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。

このミステリーがすごい!2021年版 国内ベスト20予想
本格ミステリベスト10・2021年国内版予想


※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

流浪の大地(本城雅人)
鬼塚建設の新井は2年前の談合事件の責任を問われて閑職に追いやられていたが、日本初の統合型リゾート(IR)の責任者に指名される。一方、新聞記者の那智は叔父の残した建設工事資料を解明していくうちにある疑惑に行き当たる。国家的プロジェクトの裏に潜む政財界を巻き込んだ陰謀とは?
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国家謀略サスペンスの形を取りながら、現在の日本の建築業界やマスコミ業界の問題点を浮き彫りにしていくプロセスにはずっしりとした読み応えを感じます。また、膨大な取材によって積み重ねられた圧倒的なリアリティは、新聞記者出身の作者ならではのものだといえるでしょう。それに加えて、主人公たちの家族や仲間とのエピソードを巧みに絡ませ、物語に膨らみを持たせることにも成功しています。新聞記者が不正を暴くという古典的な展開ながらも、それを極めて高いレベルで描き切った傑作です。
流浪の大地 (角川書店単行本)
本城 雅人
KADOKAWA
2020-02-28





刑事何森 孤高の相貌(丸山正樹)
埼玉県警の何森稔は仕事一筋ながらも一匹狼で周囲からは疎まれていた。ある日、障害のある娘を持つ母親が自宅の2階で撲殺されるという事件が発生する。娘は不審な物音を聞くも、障害のために2階に上ることはできず、彼女からの連絡を受けたケースワーカーが死体を発見したというのだが......。
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法廷・警察での手話通訳士の活躍を描いたデフ・ボイスシリーズの名脇役である何森刑事を主役に据えた、3話収録のスピンオフ作品です。本作は殺人事件を扱いつつも、決して派手な展開があるわけではありません。どちらかといえばかなり地味な作風です。その代わり、巧みな語り口と緊密なプロットでぐいぐいと読ませていきます。警察という組織の理論の中で自分の信念を貫こうとする主人公の姿も警察小説の王道といった感じで、その手の作品が好きな人には特におすすめです。そしてなによりも、社会的弱者の現状に一石を投じていくそれぞれの物語が、社会派ミステリーとしてよくできています。スピンオフながら、本編に負けないだけの完成度を誇る佳品です。
刑事何森 孤高の相貌 (創元推理文庫)
丸山 正樹
東京創元社
2023-11-30


静かなる太陽(霧島兵庫)
1900年5月。清国では後の世に義和団の乱と呼ばれる騒動が勃発していた。自国民保護を理由に各国は武力介入を始めるが、西太后はこれに反発して宣戦布告をし、紫禁城近くにある公使館への攻撃を開始する。赴任してきたばかりの紫五郎中佐も各国の大使館と団結しての籠城戦を余儀なくされ.......。
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義和団の乱の全容を非常にわかりやすく描いており、この手の歴史に興味のある人なら興味深く読むことができるでしょう。そのうえ、史実として記録されているエピソードだけでなく、各国の足の引っ張り合いや権力強化に走る西太后など、歴史の裏話としても秀逸です。リアリティ豊かで真に迫っているためにフィクションとノンフィクションの境界線が溶けて交わるような感覚を覚えます。また、後半からは手に汗握る展開が目白押しでエンタメ小説としても文句なしの面白さです。
静かなる太陽
霧島兵庫
中央公論新社
2020-03-18


羊の国のイリヤ(福澤徹三)
50歳にして子会社に飛ばされた入矢悟は本社への復帰を図ろうとするも、冤罪で逮捕されてしまう。会社に裏切られ、家族に捨てられた彼は殺し屋と出会い、裏社会の仕事に手を染める。やがて、娘の危機に彼は闇の勢力と対峙することになるが......。
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荒唐無稽なバイオレンス小説ですが、ノンストップで描かれる物語は勢いがあり、読み応え十分です。とはいうものの、前半は冴えない主人公のあまりにも悲惨な転落ぶりが見るに堪えず、読み進めるのが苦痛になるかもしれません。しかし、そこから逆転に転じる展開が実に爽快なのです。ご都合主義に感じる部分もなきにしもあらずですが、そういった細かな粗は怒涛の展開に突入することによって気にならなくなります。登場人物もみなキャラが立っており、痛快ノワールとしての面白さが満喫できる傑作です。
羊の国のイリヤ
福澤徹三
小学館
2020-03-25





深淵の怪物(木江恭)
中学校美術教師の変死事件を追う女刑事が自分のトラウマと向き合うことになる『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』、交通事故を目撃した交通誘導員が事件を調べている女子高生と共に真実を追う『メーデーメーデー』など、人間の心理を丹念に掘り下げた4編の短編ミステリーを収録。
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小説推理新人賞の奨励賞を受賞した『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』はぎこちなさが残るものの、他の作品は見違えるようにうまくなり、洗練された作品に仕上がっています。心の奥に潜む闇を巧みに描いており、特に、異様な殺人動機に驚かされる『さかなの子』がホワイダニットとして秀逸です。また、親に代わって自分を育ててくれた兄が殺され、兄の真の姿を知ることになる『人でなしの弟』も心の深淵を覗き込むような感覚にぞくぞくします。一方、ラストの『メーデーメーデー』はほっこりとした作風の楽しい話で、最後にほっとした気分にしてくれます。ただ、最後までダークな作風のほうが好みだという人もいるはずなので、その辺りは評価のわかれるところです。
深淵の怪物
木江 恭
双葉社
2019-11-20


同姓同名(下村敦史)
日本中を騒然とさせた女児惨殺事件の犯人が捕まった。当初犯人の名は伏せられていたが週刊誌が犯人の実名は大山正紀だと暴露する。それからというもの、偶然殺人犯と同姓同名だった名もなき大山正紀たちの人生が狂い始め......。
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文春ミステリ2021において13位にランクインした作品で、登場人物のほとんどが大山正紀という実験色の強い作風が目を引きます。読んでいるとちょっと混乱してきますが、特異な設定を活かしての騙しのテクニックはなかなかに鮮やかです。また、巧みに張り巡らせた伏線を回収していく技巧の冴えも見事としかいいようがありません。ただ、SNS上での罵詈雑言は読んでいて気分が悪くなるおそれがあるので、そういった描写が苦手な人は注意が必要です。また、同姓同名というだけでここまで追い詰められるのはリアリティがないと感じてしまう人もいるかもしれません。その辺りは好みが分かれるものの、今日的なテーマを取り上げつつ、それをミステリーとしての驚きに結び付けたのは技巧派として知られる著者ならではでしょう。
同姓同名 (幻冬舎文庫)
下村 敦史
幻冬舎
2022-09-08


向日葵を手折る(彩坂美月)
父親の死によって小学6年の高橋みのりは山形の山間にある分校に転校することになる。新しい級友たちともようやく打ち解け始めた夏、集落の恒例行事のために植えていた向日葵がすべて切り落とされるという事件が発生する。子供たちは向日葵男の仕業だと噂するが、不穏な出来事はまだまだ続き......。
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冒頭から不穏な空気が全開で、一気に物語に引き込まれます。向日葵を切って落として回る向日葵男の存在など、不気味な事件が立て続けに起きるのも、田舎の村特有の閉鎖的な雰囲気と相まってミステリアスなムードを盛り上げてくれます。ただ、青春小説の側面がかなり大きな部分を占めているため、ガチガチのミステリーを期待すると肩透かしをくらうかもしれません。その代わり、さりげなく張り巡らされた伏線が最後に過不足なく回収される技巧の冴えは見事です。4年にわたる少年少女の成長を描いた思春期小説の側面と謎めいたミステリー小説としての面白さが巧みに絡まり合い、残酷ながらも美しい物語にまとめ上げた傑作です。
向日葵を手折る
彩坂 美月
実業之日本社
2020-10-01


日南X(松本薫)
高校生の牟田口春日とその友人たちは赤猪岩神社で男の遺体らしきものを目撃する。だが、次の瞬間、それは消え去り、翌日に日南町の大石見神社から男の死体が発見される。春日の父親で新聞記者の直哉が事件の謎を追うが......。
◆◆◆◆◆◆
鳥取県日野郡シリーズの第3弾。最初はいろいろなエピソードが次から次に出てくるので、物語の全容を掴めずに読みにくさを感じるかもしれません。しかし、一見ばらばらに見えたピースの全体像が徐々に見え始めた辺りから俄然面白くなってきます。次から次へと意外な真実が明らかになり、ページをめくる手が止まらなくなってくるのです。それに、オオクニヌシの神話をなぞらえた見立て殺人などといった要素も読み手の興味をかきたてるのに寄与しています。そしてなんといっても、政治問題を柱にしつつ、シベリア抑留などといった過去の話を絡めて一本の線でつないでいく手腕が見事です。極めて上質なサスペンスミステリーの傑作だといえるでしょう。
日南X
薫, 松本
日南町観光協会
2019-11-01





メデューサの首 微生物研究室特任教授 坂口信(内藤了)
微生物学者の坂口は感染したマウスがお互いの肉体をむさぼり合うというおぞましいウィルスを発見する。しかも、後輩に処分をまかせたところ、後日、そのウィルスを入手したという団体から首相官邸に犯行予告が届く。人質は日本全国民。犯人の目的は一体何なのか?
◆◆◆◆◆◆
主人公の坂口や守衛3人組といった年配のキャラが立ちまくっていて物語を引っ張っていきます。扱っている題材は致死率100%のウイルスというえぐい代物ですが、著者ならではのユーモアが、緊迫感溢れる場を適度に和ませてくれます。そして、後半からの手に汗握る怒涛の展開はエンタメ小説として申し分ない出来です。メインストーリーそのものは手垢のついている感があるものの、スピード感あふれる展開でそれを感じさせないのはさすがだといえます。
メデューサの首 微生物研究室特任教授 坂口信 (幻冬舎文庫)
内藤 了
幻冬舎
2019-12-05





誘拐屋のエチケット(横関大)
誘拐は何も犯人側の都合で行われるものばかりではない。なかには人生崖っぷちに立たされ、誘拐されることを望む人もいる。そのために誘拐屋が存在するのだ。あるとき、腕利きの誘拐屋・田村健一は新人の根本翼とコンビを組むのだが、そのせいで思わぬトラブルに巻き込まれ.......。
◆◆◆◆◆◆
誘拐屋というユニークな職業を題材にした連作短編ですが、誘拐される人間には共通点があり、最後に一つの線でつながる構成にはうならされます。また、クールな仕事人である田村と情にもろい根本の凸凹コンビの掛け合いも楽しく、サクサク読むことができます。根本の影響を受けて田村が徐々に変わっていくという展開もバディもののお約束とはいえ、悪くありません。全体的にやや説明不足の感はあるものの、読後感の良さがそれを補ってくれる好編です。
誘拐屋のエチケット
横関 大
講談社
2020-03-25


ブラッド・ロンダリング 警視庁捜査一課殺人犯捜査二係(吉川英梨)
警視庁捜査一課に新人刑事の真弓倫太郎が配属されたその日に事件が起きた。駐車場で、車の天井に突き刺さった死体が発見されたのだ。先輩刑事の二階堂汐里と共に捜査に当たることになった倫太郎だったが、彼はなぜか不可解な行動を取り続ける。倫太郎にはある秘められた過去があったのだ.....。
◆◆◆◆◆◆
物語のメインテーマは加害者家族と世間の軋轢という非常に重いものです。加害者の子どもが世間から後ろ指を指されるという理不尽な現実には思わず暗然とした気持ちにさせられます。非常に考えさせられる作品だといえるでしょう。しかし、だからといって、本作は決して重苦しいだけの物語ではありません。シリアスなテーマを扱いながらも、主人公コンビや捜査陣の面々が魅力的でサクサクと読むことができますし、刑事同士の軽妙な掛け合いもたっぷり楽しむことができます。そして、ストーリーの方は中盤やや中弛みを感じるものの、被害者側と加害者側が寄り添っていく後半の展開が感動的です。ただ、個性的な刑事たちが中盤以降存在感が薄くなっていったのが警察小説としてはやや残念ではあります。それだけに、今後のシリーズ化を期待したいところです。
アウターライズ(赤松利市)
東日本大震災に匹敵する大災厄アウターライズに見舞われたのにも関わらず、東北地方の発表した死者の数はわずか6名だった。しかも、宮城県知事が突如独立宣言を行い、外部との一切の交流を断ったのだ。それから3年が過ぎ、ベールに包まれていた東北に外国のジャーナリストが招かれるが......。
◆◆◆◆◆◆
東北独立という仮定に基づいたシュミレーション小説で、前半の大災害との戦いの描写は迫力があります。また、「大震災が発生後になぜ自衛隊は迅速に対応ができたのか」「東北独立に必要な資金はどこからでたのか」などといった謎を散りばめ、卓越した筆力によって読者の興味を引っ張っていく手管が見事です。ただ、謎とされものの真相の一部が曖昧なままだったり、東北がユートピアとなる後半の描写がリアリティに欠けていたりする点はいささか残念です。しかしながら、痛烈な社会批判をまじえつつ、日本を訪問した新聞記者の視点からの謎解きが行われていくストーリーは読者の好奇心を巧みに刺激していき、いつのまにかページをめくる手が止まらなくなっていきます。冷静に考えると荒唐無稽な話ではありますがそこは現代を舞台にしたファンタジーと考えるべきでしょう。テーマ性の深さと娯楽性の高さが見事に融合した力作です。
アウターライズ (単行本)
赤松 利市
中央公論新社
2020-03-06





エージェントー巡査長 真行寺弘道ー(榎本憲男)
新大久保の店で酒を飲んでいた捜査一課刑事の真行寺弘道は、そこで殴り合いの現場に遭遇する。原因は選挙での新党躍進に沸き立つ支持者たちに男がケチをつけたためだ。男のケガは大したことはなかったものの、その翌日に駅のホームから突き落とされて轢死してしまう。真行寺は捜査を始めるが.......。
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シリーズ4作目。政界と日本経済の話を、実在の政界人がモデルと思われる人物を登場させながらわかりやすく解説してくれるので非常に勉強になります。特に、現代の経済学でよく話題になるMMT理論のポイントと弱点を指摘する下りは圧巻です。日本をとりまく状況に関心がありながらもあまりよくわからないという人にとっては最適の入門書となるのではないでしょうか。しかも、決してお堅いお勉強本ではなく、ユーモアを散りばめた物語が同時に進行していくので良くできた娯楽小説としても楽しむことができます。ただ、ミステリー要素は薄めなので、その点については過剰な期待はしない方が無難でしょう。
エージェント-巡査長 真行寺弘道 (中公文庫)
榎本 憲男
中央公論新社
2019-11-21





ロボジョ!杉本舞衣のパテント・ウォーズ(稲穂健市)
杉本舞衣は大学入学とともにロボット研究会を創設し、1年足らずで「お手伝いロボット選手権」で見事優勝を勝ち取る。そして、大会2連覇を果たすべく仲間とともに画期的な技術の開発にも成功するのだった。だが、その頃から不審な人物が舞衣の周辺に出没するようになり.......。
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ロボット開発に絡んだミステリー風味の物語を楽しみながら、知財(知的財産)について学べるお勉強本です。しかし、決して堅苦しい内容ではなく、娯楽性豊かな作品としてまとめられています。したがって、これから知財の勉強がしたい、知財関連の仕事をしているけれど、いま一つ根本の部分がわかっていないような気がするなどといった人には最適な入門書です。楽しみながら学習を積んでいくことができます。また、甘酸っぱい青春小説としてもなかなかの佳品です。


任侠シネマ(今野敏)
総勢6人の阿岐本組の親分、阿岐本雄蔵は困っている人をほおっておけない性格のうえに文化事業が大好きなヤクザだった。今回持ち込まれたのは映画館再建の話だ。ネットに客を奪われるという時代の流れに加えて、他にも問題が山積みの映画館を果たして親分と代貸の日村はいかにして守るのか?
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シリーズ第5弾。前作の『任侠浴場』では少々マンネリ化を感じたのですが、本作は今までと異なるアプローチで斜陽産業の再建を試みており、新たな面白さを引き出すことに成功しています。ただ、その影響で映画館のスタッフと直接触れ合うシーンがないのは物足りなさを感じるかもしれません。その代わり、独自の情報収集能力とヤクザならではの交渉術で問題を解決する手管は見事で、そのプロセスをたっぷりと楽しむことができます。また、登場するヤクザたちも相変わらずキャラが立ちまくっており、義理人情に厚いという設定には古き良き時代のヤクザ映画を彷彿とさせる、ノスタルジックな味わいがあります。スカッとした読後感が味わえる肩の凝らない娯楽小説です。
任侠シネマ
今野敏
中央公論新社
2020-05-20


プリズン・ドクター(岩井圭也)
医学部を卒業した堤永史郎は3年勤務すると奨学金返還免除となるということで、しぶしぶ刑務所医官の道に進む。囚人になめられ、助手には怒鳴られる鬱屈した日々。そんなある日、受刑囚が自殺を予告し、変死体となって発見される。永史郎は「朝までに死因を特定せよ」と所長に命じられるが.....。
◆◆◆◆◆◆
囚人の老齢化や認知症の問題など、一般の人にはあまりなじみのないテーマが扱われており、ちょっと風変わりな社会派ミステリーとして興味深く読むことができます。ただ、ミステリーの要素は終盤に向かうにつれて薄くなっていくので、その点に関して過剰な期待をすると肩透かしを喰らうでしょう。どちらかといえば、詐病や薬の盗難が日常茶飯事のなかで、一癖も二癖もある囚人たちと丁々発止の駆け引きを行うお仕事小説といった方が正確かもしれません。その代わり、主人公の成長物語としては読み応えありです。そして、最後に受刑者や家庭の問題に正面から向き合うことで悩みを乗り越えていくくだりは感動的ですらあります。物語として大きなインパクトがあるわけではありませんが、いろいろと考えさせられる良作です。
プリズン・ドクター (幻冬舎文庫)
岩井圭也
幻冬舎
2020-04-08


悪を与えよう(牛島薫子)
京子は重度のダウン症候群患者である弟を可愛がっていたが、その弟が無差別殺人に巻き込まれて殺されてしまう。原因は母親が圭人を盾にして自分の身を守ったからだ。父は母を責めることはせず、そんな2人を見限った京子は独立する。だが、アルバイトとして働き始めた障害者施設で事件が起き.......。
◆◆◆◆◆◆
ヒロインがブラジリアン柔術の達人であるなど、全体的にラノベっぽさが拭えない作品です。しかし、その軽い文体に反して、障害者とは何かという問いかけは非常に重く、考えさせられるものがあります。それに加え、現実の事件をモチーフにした狂気の描写は非常にショッキングです。しかも、誰もがたやすく狂気に落ちる可能性があることを暗に提示しており、読んでいてぞっとします。ショッキングなシーンの連続なのにラストが妙に爽やかに締められているなどといったアンバランスさはあるものの、そのカオスな部分も魅力だといえなくもない異色作です。読者を激しく選ぶ作品ではありますが、それ故に波長の合う人であれば忘れ難い読後感を得られるのではないでしょうか。
悪を与えよう
牛島 薫子
幻冬舎
2020-03-03





毒島刑事最後の事件(中山七里)
エリート社員連続射殺事件、OL連続塩酸傷害事件、出版社連続爆破事件と、次々に起きる凶悪犯罪に対し、捜査一課の毒島警部補は鋭い舌鋒と巧みな心理戦で容疑者たちを落としていく。だが、その裏には彼らを操る”教授”の存在が見え隠れする。果たして”教授”の正体とは?
◆◆◆◆◆◆
『作家刑事毒島』の前日譚を描いたシリーズ第2弾です。本作は、5つのエピソードからなる連作短編ですが、刑事時代の毒島が口八丁で犯人の精神的な弱点をつき、追い詰めていくプロセスは読み応えがあります。自意識の歪んだ犯人たちを次々とやり込めるのが実に爽快です。今回のテーマとなっているネットの闇と洗脳の恐ろしさについても興味深く読む事ができ、最後のどんでん返しも見事です。毒島が現役の刑事から作家になった経緯もユニークで全体的に極上のエンタメ作品に仕上がっています。ただ、すべての元凶である教授との対決が呆気なかったのには物足りなさを感じます。その点だけは、もうひとひねりほしかったところです。





ヒポクラテスの試練(中山七里)
光崎教授が率いる法医学教室に内科医の南条が訪れる。昨日病院に搬送されて急死した前都議会議員の死因に疑念があるというのだ。死因は一見肝臓癌のように見えるのだが、9か月前の健康診断では問題はなかったという。光崎が司法解剖を行ったところ、恐るべき感染症の存在が明らかになり.......。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ第3弾。肝臓癌で死んだと思われていた男の恐るべき死因が明らかになり、そこから伝染病の感染経路を巡って二転三転する展開がスリリングです。また、パンデミックス・人種差別・偽装食品・議員の海外視察といった社会問題をこれまでもかというほどに詰め込みながらミステリーとしてそつなくまとめたプロットにも感心させられます。さらに、専門用語の飛び交う医学的な知見を分かりやすく解説してくれるので勉強にもなります。人間の業の深さを描いた社会派エンタメミステリーとして秀逸な作品です。ただ、物語の後味がかなり悪く、読後感が良いとは言い難い点については賛否の分かれるところです。


東京ホロウアウト(福田和代)
2020年7月。東京の新聞社に「オリンピックの開幕式の日にトラックの荷台に青酸ガスを仕掛ける」という予告電話がかかってくる。しかも、予告通りの事件が起き、さらに火災や土砂崩れなどで交通網が寸断される。陸の孤島となりつつあった東京の危機にトラックの運転手たちが立ち上がるが......。
◆◆◆◆◆◆
東京の生命線ともいえる物流。その崩壊の危機がテンポよく描かれ、非常に読み応えがあります。何より物流をテロの標的にすることで東京を機能不全に陥らせるという着眼点がユニークで、「物流は動脈、ゴミ処理は静脈」という言葉にはハッとさせられます。ハラハラドキドキの展開を交えながら社会的問題を浮かび上がらせていくプロットが秀逸です。また、キャラクターの面では物流を守ろうとするトラック野郎たちのかっこ良さに痺れます。ややご都合主義な点はあるものの、クライマックスの熱い展開も見事な一級のサスペンスミステリーです。
東京ホロウアウト (創元推理文庫)
福田 和代
東京創元社
2021-06-14


犬の張り子をもつ怪物(藍沢今日)
白昼の小学校で多数の生徒や教師が襲撃されるという事件が起きる。死者は35人にも及んだが、逮捕されたのはアリアという名の若い女性だった。彼女が鈴を鳴らすと人間の体が浮き上がり、バラバラに四散したというのだ。だが、警察官の夏木には張り子の巨大な犬が人々を食い殺すさまが見えていた.....。
◆◆◆◆◆◆
2019年『このミステリーがすごい大賞』隠し玉賞受賞作品。冒頭からスプラッタ満載の虐殺シーンが繰り広げられ、インパクトは満点です。むしろ、刺激が強すぎてグロい描写が苦手な人にはちょっとおすすめできないほどです。しかし、このままホラー展開が続くのかと思えば、そこから犯人が逮捕されて法廷ミステリーに移行するという異色の展開をみせます。そして、そのあとは実在を証明できない思念体による殺人をいかに裁くかという問題が物語の中心となるわけです。ホラー要素だけでなく、ミステリーとして興味深い内容が用意されている2段構えの構成です。ただ、不能犯を裁判で裁くという展開には少々強引さを感じないではありません。また、登場人物もアリア以外はキャラが薄いような気がします。とはいうものの、ストーリーのテンポがよく、ホラーとしてもなかなかの怖さなので刺激的な物語が読みたいという人にはおすすめです。


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