最新更新日2020/12/30☆☆☆

90年代頃から中華圏の国々では、日本の新本格ブームの影響などによって本格ミステリの人気が徐々に高まっていきました。そして、2000年代に入ると、日本の新本格や欧米の古典本格ミステリを読んで育った中華圏の若手作家たちが次々とデビューするようになったのです。今や中華圏は日本に並ぶ本格ミステリの本場といっても過言ではありません。ところが、そうした作家たちの作品の紹介はいまだ進んでおらず、日本においては多くの作家が無名のままです。そこで、華文ミステリの今を知りたいという人のために、21世紀になってから活躍している主な中華圏出身のミステリー作家を紹介していきます。
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表記方法
作者(フリガナ)生年ー
発表年 作品名
解説
※作品名として挙げているのはデビュー作や代表作といった重要作品と思われるものです。ただし、独断と偏見によるセレクトなので、その作家を語る上で欠かせない作品が抜け落ちているかもしれません。その点はあらかじめご了承ください。

胡傑(フー・ジェ)1970-
2013年 ぼくは漫画大王
2017年 尋伐結衣同學(連作短編)
2017年 密室吊死詭 靈異校園推理
2018年 時空犯
2019年 去問貓咪吧(短編集)
大学教授として勤務する傍らで小説を執筆し、2013年に『ぼくは漫画大王』で第3回島田荘司推理小説賞を受賞。ミステリー作家としてデビューを果たす。持ち味は浅はかな人間をコミカルに描くブラックユーモア的な味わいで、また、異なるエピソードを並行して描いて意外な方向へと物語を収束させるなどといったヒネリを効かせたプロットも特徴的だ。その作風は、好きな作家として挙げている折原一、我孫子武丸、アントニイ・バークリーなどの影響が色濃く感じられる。
ぼくは漫画大王
傑, 胡
文藝春秋
2016-05-28


陳浩基(サイモン・チェン)1975-
2008年 傑克魔豆殺人事件(短編)
2009年 青髭公の密室(短編)
2011年 世界を売った男
2011年 魔蟲人間
2014年 13・67(連作短編)
2017年 網内人
2018年 山羊獰笑的刹那
2019年 ディオゲネス変奏曲(短編集)
大学卒業後、ゲームの企画、脚本の執筆、漫画の編集者などを経て、2008年に短編ミステリー『青髭公の密室』で第7回台湾推理作家協会賞を受賞して作家デビュー。2011年には『世界を売った男』で第2回島田荘司推理小説賞を受賞し、さらに、ミステリーの他にもホラーやファンタジー小説などを発表するものの、日本ではほぼ無名の存在だった。だが、2017年に『13・67』が複数の年間ミステリーランキングで1位にランクインしたことから一躍注目を集めることとなる。彼が書くミステリーの特徴は、単なる本格ミステリにとどまらず、サスペンス・社会派・SF・ホラーといった具合に、さまざまなジャンルをミックスし、それぞれのジャンル性を活かした仕掛けを施している点だ。たとえば、『13・67』は本格と社会派との融合が見事であるし、自選短編集の『ディオゲネス変奏曲』ではその自在なジャンルミックスぶりがぶりが一望できる。


周浩暉(チョウ・ハオホイ)1977-
2005年 凶画
2007年 鬼望坡
2008年 恐怖谷(その後『攝魂谷』に改題)
2009年 死亡通知書 暗黒者
2010年 死亡通知書 宿命
2011年 死亡通知書 離別曲
2013年 邪悪催眠師
江蘇省揚州市で生まれ、清華大学工学部を卒業。2003年に中国でSARSが流行し、外出を禁じられて暇をもてあましたのを契機にミステリーを書き始める。2005年には羅飛を主人公にした長編小説『凶画』がオンライン上で行われたミステリーコンテストで優勝し、作家デビュー。その後、映画の脚本などで実績を積み、2009年には中国ミステリー界において彼の名を不動のものとする作品を発表する。羅飛刑事と天才的頭脳を持つシリアルキラー・エウメニデスとの死闘を描いた『死亡通知書 暗黒者』がそれだ。この作品は、続く『死亡通知書 宿命』『死亡通知書 離別曲』と合わせて120万部というヒット作となり、2014年にはドラマ化もされて3シーズンの累計閲覧数が24億回という記録を達成する。さらに、2018年には英訳版が発売され、英国サンデータイムズが行った戦後ミステリーベスト100に選ばれるほどの高い評価を得る(日本の作品で選出されたのは桐野夏生の『OUT』と横山秀夫の『64』)。ちなみに、中国には”中国の東野圭吾”という二つ名を持つ作家が何人も存在するが、彼はその筆頭格としても有名だ。間違いなく、現代の中国を代表するミステリー作家の一人だといえるだろう。


冷言(レン・ユエン)1979-
2006年 風に吹かれた死体
2008年 上帝禁區
2009年 鎧甲館事件
2011年 反向演化
2015年 輻射人
綾辻行人の『十角館の殺人』に衝撃を受けて執筆活動を開始。2003年に短編ミステリー『空屋』が第1回人狼城推理文学賞(現・台湾推理作家協会賞)においてインターネット読者投票1位となり、注目を集める。その後もコンスタントに作品を発表。インパクトのある謎を矢継ぎ早に繰り出すケレン味たっぷりの展開で、読者を物語世界に引きずり込んでいく手管に定評がある。たとえば、40年前の大量バラバラ殺人事件が現代の密室殺人事件に絡んでくる『上帝禁區』、20年前に起きた密室殺人と20年越しに現れた弾丸の謎を追う『鎧甲館事件』、地底人がいるといわれている無人島の洞窟で番組収録中のロケ班が事件に巻き込まれる『反向演化』 などはそうした作風の典型例だといえるだろう。2012年には台湾推理作家協会の理事長に就任し、本格ミステリの普及に努めている。
風に吹かれた死体
冷言
2015-10-21


哲儀(ヂィオー・イー)1979-
2006年 血紅色的情書(短編集)
2006年 勿忘我(短編集)
2006年 詛咒的哨所(短編集)
2016年 人偶輓歌
2005年に短編ミステリー『血紅色的情書』で第3回人狼城推理文学賞大賞を受賞して作家デビュー。謎解き要素は比較的薄味で、どちらかといえば登場人物たちの異常心理に焦点を当てたサスペンス的展開を得意としている。そして、ときにはそうしたサイコな雰囲気を隠れ蓑にしてミステリーとしての仕掛けを施すこともある、というのが基本スタイルだといえるだろう。ちなみに、ミステリー作家を志すようになったのは学生のときに綾辻行人の『十角館の殺人』を読んだことがきっかけ。
陳嘉振(チェン・ジアジェン)1980-
2006年 布袋戲殺人事件
2007年 非典型暴風雨山荘
2008年 血染めの傀儡(短編)
2009年 矮霊祭殺人事件
2009年 不實的真相
2011年 設計殺人
2006年に『布袋戲殺人事件』にて作家デビュー。民間芸能や先住民の祭りなど、台湾文化と本格ミステリを融合させた作風が特徴的だ。実際、作者自身が自らの創作理念を「相信台湾、堅持本格」と語っているほどである。また、第1回島田荘司推理小説賞において一次選考を通過した『不實的真相』では冤罪問題を取り扱っており、社会派本格ミステリの書き手としても高い技量を示している。
血染めの傀儡
陳嘉振
2016-11-14


籠物先生(ミスター・ペッツ)1980-
2007年 犯罪紅線(短編)
2008年 吾乃雑種(連作短編)
2009年 虚擬街頭漂流記
2013年 追捕銅鑼衛門:謀殺在雲端
2015年 S.T.E.P(陳浩基との共著)
2019年 鎮山:罪之眼(アプリゲームの外伝小説)
大学1年のときに高木彬光の『刺青殺人事件』や西村京太郎の『殺しの双曲線』などを読み、ミステリー作家を志す。2007年に短編小説の『犯罪紅線』で第5回人狼城推理文学賞を受賞。2009年には『虚擬街頭漂流記』で第1回島田荘司推理小説賞を受賞して大きな注目を集める。その作風を一言で表すなら”泣ける本格ミステリ”であり、謎解き主体の本格ミステリを志しながらも物語で人を感動させることにこだわり抜いている点が最大の特徴だといえるだろう。また、『吾乃雑種』ではロボット三原則、『虚擬街頭漂流記』では仮想空間といった具合に、SF的設定に謎解き要素を絡めたSFミステリーを得意としている点も目を引く。
虚擬街頭漂流記 (文春e-book)
寵物先生
文藝春秋
2016-07-22


文善(ウェン・シャン)1980-
2009年 畢業生大逃殺(短編)
2013年 逆向誘拐
2015年 店長,我有戀愛煩惱(連作短編)
2019年 輝夜姫計晝
香港生まれの女性ミステリー作家。15歳のときに家族とともにカナダへ移住し、ウォータールー大学の会計学修士課程を修了。四大会計事務所の一つ、トロント事務所で働き始める。2009年に短編ミステリー『畢業生大逃殺』で第8回台湾推理作家協会賞での入選を果たす。さらに、2013年には『逆向誘拐』で第3回島田荘司推理小説賞を受賞して本格デビュー。出世作となった『逆向誘拐』は金融危機を招きかねないスケールの大きな犯罪を描いているが、他の作品では就職活動や恋愛といった身近なテーマを取り上げたものも多い。
逆向誘拐
善, 文
文藝春秋
2017-08-28


雷鈞(レイ・ジュン)1980-
2013年 見鬼的愛情
2015年 黄
広東省広州市に生まれ、2002年北京大学光華管理学院を卒業。会社勤務の傍らで2009年頃からミステリー作家を目指して本格的に執筆活動を開始する。その結果、2011年に『妙計』が第2回島田荘司推理小説賞で1次選考を通過し、続く2013年の第3回では『見鬼的愛情』が最終候補に選ばれるなど、着実にステップアップを遂げていく。そして、2015年の第4回では『黄』によって同賞を受賞。この作品は冒頭で作中に叙述トリックが仕掛けられていることを宣言する大胆な構成が話題を呼び、日本でも高い評価を得ている。
黄
鈞, 雷
文藝春秋
2019-07-24


李柏(リー・ボー)1981-
2006年 赤雲迷情(短編)
2014年 親愛的你
2014年 最後一班慢車(短編集)
2016年 歡迎光臨康堤紐斯大飯店
2006年に疑難雑症事務所シリーズの第1弾である『赤雲迷情』が台湾の雑誌”推理雑誌”に掲載されて作家デビュー。ミステリー作家として活動する傍らで歴史小説の執筆も始め、以後は歴史小説を李柏、ミステリー小説を本名である李柏青名義で発表するようになる。代表作はシャーロックホームズの冒険譚を意識した疑難雑症事務所シリーズなどだが、闇の深さに慄然とさせられるイヤミス的本格ミステリの『親愛的你』もかなりのインパクトだ。その一方で、リアリズム重視の社会派ミステリー的なもの、あるいは一つのホテルを舞台にして探偵、怪盗、殺し屋が入り乱れる『歡迎光臨康堤紐斯大飯店』などといった作品もあり、多彩な作風が目を引く。


水天一色(シュイティエン・イースー)1981-
2006年 蝶の夢 乱神館記
2008年 杜公子系列之校園惨劇
2008年 杜公子系列之盲与狗
2009年 おれみたいな奴が(短編)
19歳から創作を開始し、インターネット上で作品を発表し始める。北京工業大学を卒業したのち、2006年にミステリー雑誌”歳月・推理”の編集者となり、同年『蝶の夢 乱神記』でプロの作家としてデビュー。代表作には唐の時代を舞台に乱神館の女主人・離春が探偵役を務める乱神館記シリーズや学生でありながら名探偵でもある杜落寒の活躍を描いた杜公子シリーズなどがある。全体的に話が単調で退屈さを覚えやすいという難点はあるものの、その巧みなプロットはアガサ・クリスティを彷彿とさせる。たとえば、短編ミステリーの『おれみたいな奴が』は倒叙ミステリーの形式を採用しているが、破滅へと向かっていく主人公の描写が最後の謎解きへとつながっており、巧みな構成が光る佳品だ。
蝶の夢 乱神館記 アジア本格リーグ4
島田 荘司
講談社
2009-11-26


林斯諺(リン・スーイェン)1983-
2003年 霧影荘殺人事件(短編)
2004年 バドミントンコートの亡霊(短編)
2005年 尼羅河魅影之謎
2006年 雨夜荘謀殺案(再販時に『雨夜葬送曲』と改題)
2008年 涙水狂魔
2009年 冰鏡荘殺人事件
2010年 芭達雅血咒
2012年 無名之女
2013年 假面投機
2014年 馬雅任務
台湾を代表する本格ミステリの書き手であり、弱冠20歳のときに執筆した短編ミステリー『バドミントンコートの亡霊』は台湾の作家で初めてアメリカのEQMM(エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン)に掲載されるという快挙を達成している。その後も若き哲学教授の林若平(リン・ルオピン)が探偵役を務める本格ミステリをコンスタントに発表し続け、流麗な文章と複雑怪奇な謎から導き出される意外性満点の真相によって多くの読者を魅了していった。しかも、エラリー・クイーンを敬愛しているだけあって、ロジック重視の緻密な推理は折り紙つきだ。代表作は学生たちが次々と密室状況で殺されていく『雨夜荘謀殺案』、推理小説の名作を模倣して不可能犯罪を繰り返す連続殺人犯を追う『冰鏡荘殺人事件』、女を誘拐して涙を収拾する謎の誘拐犯に刑事が挑む『涙水狂魔』など。
鶏丁(ジー・ディン)1987-
2008年 蜘蛛之咒(短編)
2013年 1/13密室殺人(同人短編集)
2014年 溺斃摩天輪(短編)
2016年 天蛾人事件(短編)
2018年 凛冬之館
上海に生まれ、2008年に作家デビュー。数十作の短編ミステリーを発表しているが、その多くが不可能犯罪を扱っているところから、一部では中国のカーと呼ばれている。若くしてデビューしたために初期作品は稚拙な部分が目立つものの、キャリアを重ねるごとにクオリティアップが図られている。現在のところ代表作といえるのが、13篇の不可能犯罪ミステリーを収録した『1/13密室殺人』だ。それぞれに工夫を凝らしたバラエティに富んだトリックや仕掛けを堪能でき、密室好きの人にとっては堪らない作品集だといえるだろう。なお、2018年には著者初の長編ミステリーである『凛冬之館』を孫沁文名義で発表している。
憎悪の鎚
鶏丁
2015-10-21


陸秋槎(ル・チュウチャ)1988-
2014年 前奏曲(短編)
2016年 元年春之祭
2017年 雪が白いとき、かつそのときに限り
2018年 櫻草忌
2019年 文学少女対数学少女
北京に生まれ、上海復旦大学の古籍研究所で学ぶ。その一方で、日本の新本格ミステリの影響を受け、創作活動を始める。2014年に短編ミステリー『前奏曲』で第2回華文推理大賞最優秀新人賞を受賞。2016年には前漢時代の中国を舞台にした本格ミステリ『元年春之祭』を発表し、日本でも話題となる。その作風はロジックにこだわり抜いた正統派パズラーであり、同時に、百合的趣向やアニメ的キャラといった具合に、日本のサブカルチャーの影響も強く見られる。さらに、『元年春之祭』や『雪が白いとき、かつそのときに限り』で見られるように特殊な動機を創出してホワイダニットに力を入れているのも特徴的だ。現在は日本の金沢在住。

おわりに
ここで紹介したのは中華圏で活躍しているミステリー作家のほんの一握りにすぎません。他にも、中国のクイーン・時晨、中国ユーモアミステリーの雄・陸燁華、中華版やりすぎミステリー・青稞、台湾推理作家協会創始者・既春などといった具合に、日本では知られていないミステリー作家が数多く存在します。それらの作家の作品が日本国内で入手できる日が待ち遠しいところです。

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