最新更新日2020/10/30☆☆☆

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2020年に発売されたおすすめライトノベルの内、第1巻のみの限定レビューです。
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むすぶと本。『外科室』の一途(野村美月)
ある日、榎本むすぶが駅の改札を出ると、「お願い、わたしをハナちゃんのところに連れてって」という可愛らしい声が聞こえてきた。声の主は待合室の貸し本コーナーに置かれた『長くつ下のピッピ』という児童文学書だったが、彼は少しも驚く様子がない。むすぶはものごころついた頃から本の声を聞くことができ、こうした現象はごく日常的な出来事だったのだ。『長くつ下のピッピ』から詳しく話を聞くと、彼女はハナちゃんの本だったのだが、中学1年のときにハナちゃんが自分を駅のベンチに忘れて帰ってしまったために貸し本になるはめになってしまったのだという。むすぶは他の本にかまけていることで恋人の『夜長姫』に嫉妬されながらも、なんとかハナちゃんを探し当てることに成功するのだが........。
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本を食べるヒロインが印象的だった大ヒット作”文学少女シリーズ”。その著者である野村美月の新作は、本の声が聞こえる少年の物語です。シリーズ第1弾の本作は5つの短編から構成されており、登場する本も児童文学からラノベ、明治文学、冒険小説と幅広いジャンルを網羅しているのがうれしいところです。そして、それらの本が擬人化されており、それぞれが個性豊かなキャラクターとして描かれている点が読みどころとなっています。しかも、恋人までが本であり、いつも主人公の”浮気”に嫉妬しているさまがとにかく可愛いのです。考えてみればかなりシュールな状況ではあるものの、愛書家にとっては、ある意味理想的な世界だといえるのではないでしょうか。ストーリーも作中に登場する本の内容とうまく絡めながら、感動話あり、サスペンスありとバラエティ豊かな展開で飽きさせません。本好きな人にはぜひ手に取ってもらいたい傑作です。


星降る夜になったら(あまさきみりと)
高校3年生の花菱准汰は卒業を数カ月後に控えながらも、将来の展望もないまま無為な日々を過ごしていた。ある日、彼は担任教師の登坂から放課後に美術の補習を受けるようにと告げられる。もしバックレたら留年は免れないというので、しぶしぶ美術室に向かうと、そこには一心不乱に風景画を描く少女がいた。その絵の不思議な魅力に衝撃を受ける准汰に対し、少女はおもむろに謎の言葉を発する。「おじさん!ベタチョコ!」と。それが、美術部部長で1つ年下の渡良瀬佳乃との出会いだった。その後、2人は交流を深めていき、やがて恋にも似た感情を抱くようになる。だが、佳乃は謎の奇病に伏してしまう。准汰は彼女を助けるため、祈ったものに希望と慰めを与えるというスノードロップ彗星に願いを託すが.......。
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ボーイミーツガールから始まる物語ですがいかにもラノベといったコミカルな描写は皆無です。卓越した文章力によって紡がれる淡い恋物語は、読み進めるほどに切なさの色を深め、読者の胸を締め付けていきます。そして、それ故に人の温もりが心に沁みいる作品に仕上がっているのです。不器用なヒロインの生きざまや、そんな彼女の幸せを一心に願う主人公の姿は儚くも美しさに満ちています。ハッピーエンドとは呼べない物語ですが、読み終わった際の読後感は決して悪いものではありません。心に深い余韻を残す感動作です。


シュレディンガーの猫探し(雪森寧々)
探偵嫌いの高校生・令和には妹がいて、彼女はある事件の犯人として疑われていた。なぜなら、犯人しか知り得ない情報を知っていたからだ。実は、令和の妹は”知り得ない情報を知ることができる”という能力を有しているのだが、そんな言い訳が通用するはずもない。しかも、事件を解決するために名探偵が動いているという。一刻も早くなんとかしなければならない状況のなか、文芸部唯一の部員で、学園一の傑物として知られる芥川くりすが紹介したのは、”迷宮落としの魔女”と名乗る焔螺だった。紫の髪とオッドアイを持つ彼女の役割は事件を迷宮入りにしてしまうことだというが.......。
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第14回小学館ライトノベル大賞において審査員特別賞を受賞した作品ですが、これは大きく好みがわかれそうです。持って回った台詞回しや中二病感満載な設定は往年の西尾維新や入間人間を彷彿とさせますし、事件の謎だけ提示しておいて録に解決しようとしないのは00年代前半に流行ったファウスト系ミステリーそのものです。また、中二病ミステリーにありがちな、謎が壮大な割にトリックがしょぼいという欠点も併せ持っています。非常に癖があり、苦手な人はとことん合わない作品だといえるでしょう。その一方で、中二病ラノベが好きな人にとっては最初から最後まで夢中になれる要素に溢れています。”迷宮落としの魔女”という言葉だけでワクワクしてきますし、文章に使用されているる言葉の選択が秀逸で美しさすら感じてしまいます。それに、ミステリーの枠組みを用いながらも、壮大なファンタジーとして描き切っているのが見事です。ちなみに、この物語は2部構成になっており、事件の最終的な解決は下巻へと持ち越しています。本作の真の評価はそれを読んでからになりそうです。
サンタクロースを殺した。そして、キスをした。(犬君雀)
クリスマスを控えた12月の初旬。大学2回生のぼくは1年以上付き合ってきた先輩に振られた。一人佇んで駅前のイルミネーションを見ているうちにどうしようもない苛立ちと悲しみを覚え、「クリスマスなんてなくなればいいのに」という呟きが口からこぼれ落ちる。「出来ますよ。クリスマスを無くすこと」そう返事をしたのは、いつの間にか僕の前に立っていた高校生くらいの少女だった。彼女の意図がなんであれ、関わらないのが無難だとその場を離れようとすると、少女はぼくからスリ取った手帳を見せ、協力しないとこの中に書かれている秘密をばらすと脅し始める。とりあえず、彼女をぼくの部屋に泊めることになり、詳しい話を聞くと、少女は「望まない望みを叶えるノート」を持っているという。つまり、クリスマスを消すにはクリスマスを好きにならなければならないのだ。そして、少女はぼくにいう。クリスマスを好きになるために「私と疑似的な恋人になってください」と。
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14回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作品。ラブコメめいたドタバタ要素など皆無のシリアスドラマです。読んでいくほどに切なさが募っていくため、ラノベに楽しさを求める人にはおすすめできません。その代わり、独特の退廃的ムードには、抗いがたい魅力があり、この手の作品が好きな人に取ってはお気に入りの一冊になる可能性があります。過去と現代の時系列が入り乱れ、ずっと霧のかかったような展開が続きますが、それだけに、ラストで希望が垣間見えるシーンが心に沁み入ります。読者の心を鋭く切り裂くほどに清冽な青春物語の傑作です。


貴腐人ローザは陰から愛を見守りたい(中村颯希)
伯爵令嬢のローザ・ファン・ラングハイムは私腹を肥やす父・ラングハイム伯爵とは異なり、その儚げな天使のような美貌と自己犠牲を厭わない慈悲深さから”薔薇の天使”と呼ばれ、領民たちから慕われていた。彼女は孤児たちに読み書きを教え、私費を修道院に寄付し、領民に重税を課そうとする父親を懸命に押しとどめているという。しかし、領民たちが思い描くローザは本当の彼女とは全くかけ離れていた。ローザは齢5歳にして男性同士の恋愛に胸躍らせた筋金入りの貴腐人だったのだ。そして、14歳になった彼女は千年に1度の逸材というべき理想の〝受け”と出会う。父が連れてきた異母弟のベルナルドだ。彼女はすぐさま”ベルたん総受け計画”を立案し、それを実行に移そうとするが.......。
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見た目は完全無欠の淑女なのに中身は根本から腐りきっている腐女子というローザのキャラが強烈で、そのインパクトに一気に引き込まれていきます。ローザは常にボーイズラブのことで頭が一杯で、彼女の行動はすべて内なる萌えを満たすためのものなのですが、周りが勝手に勘違いしてどんどん聖女化していく展開が面白すぎです。シリアスに盛り上がる周囲のキャラクターたちと男×男の妄想で24時間脳内バラ色のローザとの認識のずれにはすさまじいものがあり、それなのに両者の想いが不思議とかみ合って物語が進んでいくところが本作の妙だといえるでしょう。勘違いコメディとして非常に完成度の高い作品です。次巻では百合豚の叔父も登場する気配があり、今後どういった展開になるのかが気になるところです。


夢見る男子は現実主義者(おけまる)
佐城渉は人並みにおしゃれに気を使い、可愛い女の子との交際に憧れるどこにでもいる少年だった。そんな彼が夢中になっていたのが同じ学年の夏川愛華だ。気の強い美少女であり、中学時代に交際を申し込んだ際にはばっさりと断られている。それでも諦めきれない彼は猛勉強をして彼女と同じ高校に合格すると、そこでもアタックを繰り返していた。ところが、ある日、渉はふと我に返る。「超絶美少女の愛華と平凡な自分ではつり合いが取れないのではないか」と。急に恋から覚めた渉は愛華へのアタックをやめて、クラスメイトとしての適切な距離感を保つようになる。しかし、そんな彼の急変ぶりに今度は愛華がモヤモヤし始め.......。
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HJネット小説大賞の大賞受賞作品。ツンツンしていたヒロインが主人公に距離を取られることによってあたふたし出すのが可愛いラブコメ作品です。恋を諦めてしまった主人公と本当は好きなのに素直になれないヒロインとの距離感が絶妙で、読んでいてニヤニヤしてしまいます。話のテンポも良く、ラブコメの掴みとしては満点に近いできでしょう。ただ、この1巻ではキャラが多すぎて多少消化不良の感がありました。そのキャラクターたちがメインストーリーとどう絡み、話がどういった方向に膨らんでいくのかは2巻以降のお楽しみといった感じです。
夢見る男子は現実主義者 1 (HJ文庫)
おけまる
ホビージャパン
2020-06-01


探偵くんと鋭い山田さんー俺を挟んで両隣の双子姉妹が勝手に推理してくれるー(玩具堂)
戸村和は高校での自己紹介で、親が探偵事務所を経営している事実を口走ったために女子から彼氏の浮気調査を依頼されてしまう。女子グループに囲まれ、半ば強制的に調査を引き受ける羽目になる和。だが、探偵の息子だからといって彼自身に調査能力があるわけではないのだ。途方に暮れていると、隣の席の山田雨音がその話に興味を持ち、調査に加わることになる。そして、なんと女子グループの証言を聞いただけで浮気の真相を解き明かしてしまうのだった。それからというもの、探偵の息子の和と勘の鋭い雨音、それに彼女の双子の妹で状況整理に長けた山田雪音の3人でさまざまな謎に挑むことになるが........。
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本作は日常の謎を扱った学園ミステリーですが、それをラノベ特有のとぼけた会話劇で構成した点に独自の味わいがあります。なにより、探偵役を務めるちょっとずれたヒロインが魅力的です。すらすらと気楽に読むことができ、それでいながらミステリーとしての完成度が結構高い点にも驚かされます。物語的にも、ミステリーらしいロジカルな展開あり、バカ話あり、ほろ苦い結末ありとバラエティに富んでいる点が目を引きます。特に、ノックスの十戒と本のカバーを見ただけでミステリー小説の犯人を推理するエピソードが愉快です。ミステリー好きな人にも学園ラノベが好きな人にもおすすめできる佳品です。


吸血鬼は僕のために姉になる(景詠一)
「丘の上の屋敷には盲目の吸血鬼が住んでいる」そんな噂を耳にしたのは波野日向がまだ幼い頃だった。その後、両親を事故で亡くし、唯一の肉親だった祖父とも死に別れた彼は天涯孤独の身の上となった。だが、祖父の残した遺書に従い、丘の上の屋敷を訪ねると霧雨セナという若い女性が彼を出迎え、これから家族として一緒に暮らすと告げる。こうして、新しい生活が始まったのだが、セナはおせっかい焼きで物理的な距離が常に近いので日向をいつも戸惑わせる。それに、彼女の周りには常に一つ目モンスターや犬の郵便屋などといった怪異に溢れていた。そして、それを見ることができる日向にも特別な力が宿っているらしく.....。
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第8回集英社ライトノベル新人賞銀賞受賞作。伝説の存在である”幻想種”、その幻想種と人間の懸け橋となる〝幻想管理人”、誰にも記憶されることがない〝虚構種”といった設定が非常に魅力的なファンタジー小説です。全体的にしっとりとした優しい雰囲気に包まれており、読み手の心を癒してくれます。ただ、タイトルや粗筋などから濃厚な姉ものを期待していると、セナ自体の出番が思ったほど多くないので肩透かしを喰らうかもしれません。少なくとも、1巻を読む限りでは決してラブコメといった雰囲気ではなく、どちらかというと、心に沁みいる青春ファンタジーといった感じです。いずれにしても、独特の魅力が備わっている作品であることは確かなので、今後どういった方向に物語が進んでいくのかに注目したいところです。


アンフィニシュトの書ー悲劇の物語に幸せの結末をー(浅白深也)
輝馬はなんの取り柄もない平凡な高校生。彼は主人公という言葉に憧れていたが、そんなものにはなれるはずもないと思っていた。だが、ある日、スマホでバイトを探していると、”主人公募集”という言葉が目に飛び込んでくる。怪しいと思いつつも、好奇心にあらがえずに申し込みをすると、若い執事がやってきて山の中の洋館に案内される。その館の女主人、霧ヶ峰絵色が提示した仕事はアンフィニシュトの書という本の世界に入り、ヒロインをハッピーエンドに導くというものだった。だが、1度目のチャレンジはヒロインの惨殺という形で幕を閉じてしまう。輝馬は再チャレンジをするべく、再び本の世界に入っていくが......。
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悲劇的な結末を回避するために主人公がトライ&エラーを繰り返す、一種のループものです。どうすればバッドエンドを回避することができるかを主人公と一緒に考えながら読み進めることになり、真相を読み解くための伏線もしっかりと張られているため、ミステリーとして読み応えがあります。また、何度チャレンジしてもバッドエンドを覆えせない悲痛さも物語に緊迫感を与えることに成功しています。しかも、ヒロインを殺していた犯人の正体を見破って終わりではなく、そこからひとひねり加えているのが秀逸です。文章が少々冗長なのは難ですが、現実世界とファンタジー世界を交互に繰り返し、シリアスストーリーの合間にコメディパートを挿入することで物語が間延びするのを回避しています。ファンタジー、ミステリー、ループという、三要素の組み合わせの妙が楽しめる佳品です。


日和ちゃんのお願いは絶対(岬鷺宮)
瀬戸内海に面し、観光名所として知られる尾道市。そこで暮らす高校生の頃橋深春はある日、クラスメイトの葉群日和から告白される。明日返事をするといった深春は最初、彼女の告白を断るつもりでいた。彼女のことを可愛いとは思っていたものの、そこまで好きだという気持ちがないのに付き合うのは誠実ではないと考えたからだ。だが、日和の落としたお願いノートを拾ったことで運命は変わる。彼女はその気になってお願いすれば、相手を意のままに操ることのできる能力者だったのだ。日和のことをもっと知りたいという感情に突き動かされた深春は告白を受け入れる。こうして交際が始まり、楽しい日々を過ごす2人。しかし、その幸せも長くは続かなかった。彼女の背後には世界の命運を左右しかねないある組織の存在が見え隠れし、穏やかだった日々は次第に不穏なものへと変わっていく.......。
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付き合っている彼女がすごい能力の持ち主で、主人公と愛を育んでいる裏側で世界の危機と深くかかわっているという、もろに『最終兵器彼女』を彷彿とさせるセカイ系ラノベです。ただ、典型的なセカイ系が思春期特有の傷つきやすい自意識にフォーカスを当てているのに対し、本作の主人公は真っすぐな性格で読者の好感が得られやすい仕様となっています。したがって、セカイ系主人公のウジウジした言動が苦手だという人にもおすすめです。また、文章が平易で、世界観を序盤から丁寧に構築しているので物語の流れが分かりやすく、サクサク読める点も評価できます。そして何より、基本設定である”お願い”を伏線として絡めながら物語を組み立て、終盤のクライマックスへと至る展開が秀逸です。一方で、繊細な心が傷ついてボロボロになっていく少年少女などといった描写には乏しく、全編通して割とふわっとした雰囲気であるため、セカイ系が大好きだという人にとっては物足りなさを感じるかもしれません。とはいえ、読みやすくて完成度の高い作品であることは確かです。セカイ系初心者の人が入門編として手に取るにはもってこいの作品だといえるのではないでしょうか。


楽園ノイズ(杉井光)
村瀬真琴は自分で作った曲を演奏動画としてネットにアップしていたが、再生数が伸びずに悩んでいた。そんなとき、姉にそそのかされて女装姿での動画をアップしてみたところ、思いの他大きな反響が返ってくる。謎のJKミュージシャンとして一躍有名になってしまったのだ。身バレの心配はないだろうとたかをくくっていたものの、たまたま動画を見ていた音楽教師の花園美沙緒にあっさりと正体を見抜かれてしまう。弱みを握られて美沙緒にこき使われる真琴だったが、彼女を通して卓越した音楽の才能を持つ3人の少女に出会うことになり........。
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著者が得意とする音楽もので、その持ち味を存分に生かした良作に仕上がっています。とにかく音楽描写が素晴らしく、読んでいるだけでメロディが脳内再生されるような錯覚を覚えるほどです。また、各ヒロインが音楽と向かい合うことで、それぞれの悩みを乗り越え、お互いの絆を深めていく一連の流れは素晴らしいセッションのようです。一方で、ヒロインたちと真摯に接しながら彼女たちが抱える問題を解決していこうとする主人公にも好感が持てます。さらに、コメディパートでの、主人公とヒロインたちの掛け合いも大いに楽しめる出来です。ちなみに、主人公は別に女装趣味というわけではないので、女装男子ものの要素はそれほど強くありません。したがって、そういったものを期待して読むと肩透かしを喰らう可能性があります。それから、音楽に関する専門用語が多いので、人によっては読みにくさを感じるかもしれません。しかし、逆に言えば、青春音楽小説といったジャンルに興味のある人にとっては魅力満載の作品だといえます。
楽園ノイズ (電撃文庫)
杉井 光
KADOKAWA
2020-05-09


かくりよ神獣紀 異世界で神様のお医者さんはじめます。(糸森環)
現代日本から亥雲の国に転生した八雲。彼女は巫女として村の祭事を取り仕切っていたが、前世の記憶を有している故にこの世界での生活になじみきれずにいた。そんなある日、近隣の村との集団結婚が催されることになる。八雲も合同結婚式に参加することになるのだが、その村に向かう途中で朧者と呼ばれる化け物に襲われる。囮として見捨てられ、絶体絶命のピンチに陥った八雲を救ったのはかつて神だったという金虎・亜雷だった。亜雷に助けられた八雲は、彼の弟である栖伊を探す手伝いをすることになる。だが、ようやく見つけ出した栖伊は奇現という病に侵され、異形と化そうとしていた。亜雷は他の者とは異なる魂を持つ八雲なら栖伊の病気を治せるというのだが.......。
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本作の魅力は何と言っても濃厚な世界観にあります。基本的には和風ファンタジーといった趣なのですが、古代日本とその時代に紡がれた神話を想わせる世界の描写は緻密で、凡百のファンタジー小説にはない奥深さを感じさせてくれます。そのため、読み進めていくほどにどんどん物語世界に引き込まれていくのです。また、著者ならではの言葉遊びもセンスの良さが感じられ、読んでいると楽しくなってきます。さらに、ホラーじみた怪異の描写もぞっとするような雰囲気がにじみ出ており、秀逸です。一方で、キャラクター的には巫女として凛とした佇まいを見せながらも根は活発な少女である八雲が魅力的ですし、その彼女と俺様キャラである亜雷との掛け合いも大いに楽しめます。ファンタジー小説としては他に類を見ない、極めてオリジナリティの高い傑作です。


あなたを諦めきれない元許嫁じゃダメですか?(桜目弾斗)
城木翼と天海七渡は幼馴染で気の合う友人同士だった。しかし、小学4年生のときにお互いの父親が酔った勢いで許嫁宣言をしたことがきっかけで関係がぎくしゃくし始め、小学5年のときに七渡が東京に引っ越して離れ離れとなる。それから5年。2人は東京の高校で再会する。その間、翼は七渡のことをずっと想い続けてきたのだ。だが、七渡の隣には容姿端麗なイマドキギャル・地葉麗菜がいた。互いの気持ちを知った翼と麗菜は「彼に告白させた方が勝ち」という協定を結び、七渡に対してアプローチを仕掛けていくが........。
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ラノベの恋愛ものは主人公が複数の女性からアプローチをかけられるハーレムものと、主人公と単一ヒロインがひたすらイチャイチャするイチャラブものに大別されます。しかし、本作はそのどちらでもなく、主人公と女性2人の三角関係を基軸にした、昔ながらのラブコメです。ある意味、古き良き時代の王道作品といった趣がありますが、ヒロイン2人の視点をこまめに挿入することによって、彼女たちがいかに主人公のことが好きかがわかるようになっています。その辺りが、なぜ主人公がモテるのかいまひとつ納得のいかない凡百のハーレム作品とは異なりますし、恋心を掘り下げることでヒロインたちの愛らしさがより一層際立っています。また、2人の主人公に対する初々しいアプローチも可愛らしく、その辺りも本作の読みどころです。一方で、ただ可愛らしいだけではなく、女の子のリアルな感情が垣間見られるのも良いアクセントとなっています。1巻は非常に気になるところで終わっているだけに、続刊の発売が楽しみです。


ワーウルフになった俺は意思疎通ができないと思われている(比嘉智康)
ある日突然、異世界へと転生し、ワーウルフになってしまった竜之介。しかも、闘技場に連れ出され、ブレイクという名の魔法剣士の噛ませ犬にされようとしていたのだ。彼は自分の言葉が人間に伝わらない代わりに人の言葉そのものは理解できるという利点を生かして窮地を凌いだものの、どこにも行く当てはなかった。そのとき、竜之介の前に一人の少女が現れる。彼女の名はエフデ・クリスティアといい、ワーウルフを調教するワーウルフテイマーだった。エフデは竜之介に対して「君はどうしたい?」と尋ねる。こうして、彼女からキズナという名を与えられた竜之介は、言葉が通じないまま主従の関係を結ぶことになるが.......。
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著者独自のユーモアセンスが光る異世界ファンタジーです。主人公が人間の言葉をしゃべれないという設定を上手く活かしており、場面場面で意思の疎通ができたりできなかったりするさまを面白おかしく描いています。飄々とした作風は独特の心地よさを感じさせてくれますし、一本筋の通った主人公にも好感が持てます。それになんといっても、少しズレたヒロインの可愛らしさが特筆ものです。その他のキャラクターも魅力的に描かれており、今後の展開が大いに期待できる作品だといえます。


シンデレラは探さない。(天道源)
母親を早くに亡くし、父親と妹の3人で暮らしている高校生の荒木陣。ある日、妹の舞が熱を出して陣が看病をしていると、学園のアイドルである真堂礼がプリントを届けにやってくる。おとぎ話にあこがれる舞は彼女をお姫様だと勘違いし、それをきっかけに陣と礼は親交を深めていく。そして、陣は気付くのだった。彼女はお姫様でも学園のアイドルでもなく、普通の女の子であることに......。
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人気のweb小説を訂正加筆しての書籍化作品です。いわゆるラブコメですが、ポイントはなんといっても主人公とヒロインの魅力にあります。クールに見えて実はポンコツなヒロインは非常にキュートですし、大人びているようでかなり天然系の主人公も良い味を出しています。そこに、無邪気な妹キャラが加わり、掛け合いの面白さを存分に味あわせてくれるのです。ラブコメとしての密度が高く、そのうえで、アットホームな雰囲気にほっこりとさせてくれる好編です。


社畜男はB人のお姉さんに助けられて―(櫻井春輝)
ブラック企業の社畜として働いている柳大樹は、駅の階段で足を踏み外して落下してきた美女を助ける。そのあと間をおかず、帰宅途中の夜道でさきほどの美女、如月玲華と再会するも、日頃の激務が祟って眩暈を起こしてしまう。玲華の部屋で介抱され、その流れで一緒に食事をしようということになる2人。しかし、大樹は冷蔵庫を見て驚く。その中にはお酒しか入っていなかったのだ。おまけに、買いそろえてある調理器具もほとんど使用した形跡がない。彼女の食生活を心配した大樹は得意の手料理をふるまう。そして、それが玲華の胃袋とハートをがっちりと掴み........。
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料理描写が非常に優れた飯テロ作品です。大して豪華なわけでもないのですが、出てくる料理が本当に美味しそうに描かれています。ヒロインだけでなく、読者の胃袋もわしづかみにされ、読んでいるとお腹がすいてきます。そのうえ、ラブコメパートも秀逸です。やり手の女社長でありながら私生活ではポンコツな年上ヒロインが愛らしく、そんな彼女と料理が得意な主人公が徐々に距離を縮めていくプロセスは非常に微笑ましいものがあります。ラノベとしては珍しい、社会人ラブコメの傑作です。


亡びの国の征服者(不手折家)
財産はそれなりにあるものの、家族の愛を知らずに空しい人生を送っていた男が川で溺れている少女を助けてそのまま命を落としてしまう。彼は異世界に転生し、両親からユーリという名を与えられる。両親の愛を一身に受けてすくすくと育っていくユーリだったが、その裏で、彼が暮らす国家群は大陸の広域を支配するもう一つの人類から侵攻を受けて絶滅の危機に瀕していた。そして、名門騎士団の頭領だった叔父が戦死したことで、殺し合いを嫌って隠遁生活を送っていたユーリの父は騎士の世界へと引き戻され、ユーリ自身も騎士育成所への入学を余儀なくされる。これが後に魔王と呼ばれる男の覇道の第一歩だった。
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毎度おなじみの異世界転生ものですが、主人公にチート能力が与えられるわけではなく、俺tueee要素もほぼありません。前世の知識を活かした合理的思考のみでのし上がっていくので、チート能力で無双する話に食傷気味な人には新鮮に感じるのではないでしょうか。また、チート能力がないからといって話自体が地味でつまらないなどといったことはありません。壮大な世界観はワクワクするものがありますし、軽妙な語り口のおかげでさくさく読むことができます。1巻の段階では主人公が未だ少年期で物語は序盤も序盤といった感じですが、ここからいかにして壮大な戦記物へ発展していくのか、今後の展開が非常に楽しみな作品です。


昨日の春で、君を待つ(八目迷)
東京の高校に通っていた船見カナエは父親との喧嘩が原因で家出をし、中学のときまで暮らしていた離島に戻ってくる。そこで幼馴染の保科あかりと再会するのだが、それから間もなく不思議な現象に巻き込まれる。午後6時を告げるチャイムが島内に鳴り響くなか、彼の意識は4日後に飛ばされ、そこであかりの兄である保科彰人が亡くなった事実を知らされるのだった。困惑するカナエに対してあかりは告げる。「カナエくんはこれから1日ずつ時を遡って空白の4日間を埋めていくの」と。ロールバックと呼ばれるその現象を理解したカナエは、時間を逆行しながらなんとか彰人を救おうとするが.....。
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高い評価を得た著者のデビュー作『夏へのトンネル、さよならの出口』と同じく、ほろ苦い青春物語にタイムリープの要素を絡めた作品です。文章は前作と同様に平易で読みやすく、流麗さにはさらに磨きがかかっています。心情描写が非常に細やかで、そこに美しい風景描写が重なることによって物語を情感豊かに盛り上げているのです。また、『夏へのトンネル、さよならの出口』は前半の素晴らしさに対して後半やや尻すぼみだという弱点があったのですが、本作の場合はその逆で、前半に張り巡らされた伏線が回収される後半の展開が見事です。特に、時間を遡るごとに今まで謎だったことが判明していくくだりはミステリー小説に通じる面白さがあります。ただ、ロールバックという設定がいささか込み入っているので、後半の展開を存分に楽しむにはその辺をじっくりと整理しながら読み進めていく必要があります。それさえクリアできれば極上の物語を堪能することができるはずです。


世界一かんたんなヒロインの攻略しかた(織笠遊人)
才色兼備な姫野実衣奈に片想いをしている早乙女乙綺はある日、階段から落ちそうになった実衣奈を助ける。ところが、その際の衝撃で、実衣奈の思念体であるミーナが彼女の肉体から飛び出し、乙綺に憑依してしまったのだ。乙綺は自分の体に戻りたいミーナに協力すべく、姫野実衣奈攻略作戦を実行に移す。なんといっても、彼女自身の思念体が味方についているのだから、ごく簡単なミッションだと思われたが.....。
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第32回ファンタジア大賞金賞受賞作。幽霊になったヒロインが主人公に取り憑くという話であれば漫画やラノベなどで割とありそうですが、本作の場合は思念体が取り憑き、ヒロイン自身は普通に生活しているという設定が異彩を放っています。読みどころはなんといっても、主人公ともう一人のヒロインであるミーナとの掛け合いです。主人公自体はかなり卑屈な性格で、まともに書けば読者をイライラさせかねないところですが、ミーナの的確なツッコミによって笑える場面へと巧みに転化させています。また、実衣奈を理想の女性だと思っている乙綺と彼女の実態を知っているミーナとの認識のギャップも逆に、ヒロインの魅力を引き出す結果となっています。いわゆるギャップ萌えというやつです。さらに、ストーリー自体も綺麗にまとまっており、ラブコメとして極めて満足度の高い1冊に仕上がっています。


嘘嘘嘘、でも愛してる(川田戯曲)
少年が目を覚ますとそこは病室だった。やがて、3人の少女が見舞いにやってくる。彼女たちは少年に対して3人のなかで誰が一番タイプかと迫ってくるが、そもそも少年には彼女たちに関する記憶がない。少年は車にはねられ、記憶喪失になっていたのだ。彼の名前はくー助で父親と2人暮らしをしているらしかったが、その記憶もきれいさっぱり消えていた。それでも、少女たちと一緒に下校したり、デートをしたりしているうちに徐々に記憶を取り戻していく。だが、同時にとんでもないことにも気づいてしまう。車の事故は意図的に仕組まれたものであり、犯人は3人の少女のうちのいずれかである可能性が濃厚であることに。黒髪巨乳で大人びた雰囲気の色町紙織、幼馴染でスポーツ万能の花屋敷花蓮、小柄で貧乳な毒舌少女の雪縫霙。果たして彼を殺そうとした犯人は誰なのか?
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第32回ファンタジア大賞金賞受賞作品です。著者の川田戯曲は第4回講談社ラノベ文庫新人賞優秀賞を受賞した『アフターブラック』によって2015年にデビューしています。したがって、本作は再デビュー作品ということになります。それだけに、文章やプロットは手慣れており、安心して読める作品に仕上がっています。まず、三者三様のヒロインたちと織りなす日常生活でのやり取りが秀逸です。3人とも可愛らしく、ラブコメとしてよくできています。一方で、主人公の記憶が戻ってくるにつれて緊迫感が増してくる展開も見事であり、ミステリーとしても読み応えのある作品です。ただ、3人中2人については実は非常にヤバい性格であることが判明してくるので、その辺は好みの分かれるところではないでしょうか。ちなみに、話自体は1巻できれいに畳まれているのですが、まだ続きがあるとのことで、これからどういった展開を見せるのかが気になるところです。


カノジョの妹とキスをした。(海空りく)
佐藤博通は高校2年にして初めて彼女ができる。相手は演劇部の才川晴香。小学生のときに同じ学校だった彼女が博通に告白をしたのだ。以来、彼の学園生活はバラ色だった。非常に初心な2人ではあったが、交際1カ月目にして手を握ることにも成功する。ところが、その日、父親から再婚することと博通に義理の妹ができた事実が伝えられる。しかも、父は再婚相手と一緒にアメリカに行くことになったので、面識のない義妹と2人きりで暮らせというのだ。さらに、博通は義妹の時雨と会って驚愕する。彼女の見た目が晴香にそっくりだったからだ。それもそのはずで、時雨は両親が離婚して離れ離れになった晴香の双子の妹だった。以来、博通は晴香と愛を育みながらも、小悪魔な時雨に振り回される日々を送ることになるが........。
◆◆◆◆◆◆
年頃の男女がひょんなきっかけで一つ屋根の下で暮らし始めるというのはよくあるパターンですが、相手が恋人の双子の妹だという点がユニークです。彼女とは清い交際を続けながらも、その彼女と同じ顔をした義妹に迫られるというシチュエーションには得も言われぬ背徳感があります。連作短編の形をとっており、テンポよくサクサク読めるのも好印象です。もちろん、天使と小悪魔という正反対の魅力を持つダブルヒロインの可愛らしさも申し分ありません。それになんといっても、前半で軽いラブコメものだと思わせておいてからの、終盤に至る怒涛の展開が秀逸です。若干キモくて煮え切らない主人公は好き嫌いが分かれるかもしれませんが、これからの展開が非常に気になる作品であることは確かです。
カノジョの妹とキスをした。 (GA文庫)
海空りく
SBクリエイティブ
2020-04-14


きみって私のこと好きなんでしょ?とりあえずお試しで付き合ってみる?(望公太)
メンバーが2人だけの文芸同好会に所属している黒矢藤吉は、部長にして校内美少女四天王のひとりに数えられている白森霞先輩に恋心を抱いていた。藤吉は陰キャラで本さえ読めれば幸せという性格だったが、ある日、白森先輩に彼女に対する気持ちに気づかれてしまう。どうなってしまうかと戦々恐々とする藤吉だったが、白森先輩は意外な反応をみせる。「じゃあ、試しに付き合ってみない?」とお試し交際を申し込まれるのだった。こうして、めでたく憧れの先輩と付き合うことになったのだが、その後も藤吉は白森先輩にからかわれるばかりで一向に恋人らしい関係にはならなかった。果たして2人の恋の行方は.?
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著者の十八番である年上ものです。しかし、今回は高校の先輩後輩の間柄であり、今まで描いてきた10歳以上離れた年の差カップルものと比べるとごく普通のラブコメといった感じです。それだけに、著者の作品の持ち味であった背徳感がなくなってしまったのは残念ですが、その代わり、王道的なイチャラブものとしてしっかり楽しめる出来に仕上がっています。特に大きなイベントがあるわけではないものの、たわいもないおしゃべりをしたり、一緒に下校をしたりといった何げない出来事が読み手に取って非常に心地よく感じられるのです。それに加え、一見小悪魔的な性格で主人公のことをからかってばかりのヒロインが、実は彼に以前から恋心を抱いていたとわかるくだりなどはかなりぐっとくるものがあります。それに加え、一見頼りない主人公が無意識に先輩のハートを射抜く天然ジゴロぶりもヒロインの可愛らしさをより一層引き立てる結果となっています。一方、シリアスな要素もないわけではありませんが、ほどほどに抑えられており、イチャラブ展開に水を差すほどではありません。ラブコメとして読み応えがあり、気持ちの良い読後感を得られる好編です。


オーバーライト ―ブリストルのゴースト(池田明季哉)
イギリス西部港湾都市のブリストル。留学中の日本人、ヨシはバイト先のゲーム店の壁に落書きを発見する。それはグラフィティと呼ばれるアートの一種だった。ヨシは美人で絵に詳しい先輩のブーディシアと共に落書きの犯人を探すことになる。そして、ヨシは彼女がかつてブリストルのゴーストと呼ばれた天才的なグラフィティの描き手であったことを知るのだった。彼女はなぜグラフィティをやめてしまったのか?やがて、ヨシはグラフィティを撲滅しようとする市議会との争いに巻き込まれることになるが......。
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日本ではあまりなじみのないグラフィティという路上芸術をテーマにした作品ですが、その魅力をあますことなく描いた表現力の豊かさに驚かされます。そのうえ、実際の留学経験に基づいたイギリスの描写はリアリティに満ち、読んでいると街の情景が頭に浮かんでくるほどです。また、登場人物はライトノベルにしてはリアルよりで、共感を得やすい作りになっています。伏線の張り方も巧みであり、物語としての完成度も申し分ありません。ボーイミーツガールを主軸とした非常に良質な青春小説です。ただ、過度にエキセントリックなキャラクターやぶっ飛んだ設定といった要素は皆無なので、いまどきのライトノベルを読み慣れている人にとっては刺激が足りないと感じるかもしれません。そういった意味では、ラノベというよりジュブナイルとして読まれるべき作品だといえます。


転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?(木鈴カケル)
高校卒業と同時に妹に監禁された兄。それから5年。ようやく外に出ることに成功するものの、彼はトラックに跳ねられて死んでしまう。そして、異世界でジャックとして転生する。優しい両親とメイドのアネリの愛情をたっぷりと受け、彼は幸せな毎日を満喫していた。だが、妹もまたこの世界に転生していたのだ。名前も容姿もわからない妹がどこかに潜んでいる。ジャックは神から授かった強大な力で妹を返り討ちにし、今の幸せを守り抜こうとするが......。
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タイトルだけだとヤンデレ妹との萌えラブコメのようですが、本作はそんな生易しいものではありません。妹の性格がマジでヤバいのです。ヤンデレ萌えとかいうレベルではなく、監禁生活の描写などはまさにサイコサスペンスの世界です。それに対して、転生後は一転していかにもラノベといった甘々な恋やバトルが続き、王道ラノベとしてもちゃんと面白い作品に仕上がっています。それだけに、正体を現さない妹が転生した兄にジワジワと忍び寄っていく展開はサスペンス感が半端ありません。その一方で、他のキャラクターたちもなかなか魅力的で、今後彼らが兄と妹の暗闘にどう絡んでくるのかも興味深いところです。
超高度かわいい諜報戦~とっても奥手な黒姫さん~(方波美咲)
高校生でありながら諜報機関を指揮する立場にいる橘黒姫。彼女はとある出来事がきっかけで男子生徒の凡田純一に恋心を抱く。そして、彼のハートを射止めるべく、諜報機関の調査能力を駆使して凡田のことを調べ上げるのだった。すると、凡田に接近する女性の存在が浮かび上がってくる。芹沢明希星という少女が凡田に対して積極的にアタックをかけているのだ。実は彼女は暗殺者であり、とある組織の命令で彼に接近していたのだが......。
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JKが諜報機関の中枢にいるという中二要素満載の設定と、それを自分の恋愛成就のために使用するというせせこましさのギャップが楽しい作品です。完全な公私混同ぶりが笑えますし、冷徹なスパイなのに恋に対してはポンコツな黒姫の可愛らしさを満喫することができます。また、中盤からはもう一人のヒロインである明希星が本格参戦し、3人の視点を入れ替えながら物語が進んでいきます。これも、それぞれの思惑のすれ違いっぷりがなかなか愉快です。さらに、終盤になると今度は意外とシリアスな諜報戦が展開されるのですが、これはこれでそれまでの雰囲気とのギャップを楽しむことが出来ます。最後まで読むとラブコメというよりはあくまでも諜報戦がメインの作品であることがわかります。ややスロースタートで本格的に面白くなるのに時間がかかるのが難点ですが、今後の展開が大いに期待できる佳品です。


豚のレバーは加熱しろ(逆井卓馬)
友人のすすめで食べた豚の生レバーにあたって激痛で倒れた理系オタクの男。気を失い、意識を取り戻すとなぜか豚小屋の中にいた。なんと、異世界に転生し、自身が豚になっていたのだ。彼は周りの豚たちにもみくちゃにされるが、ジェスという名の少女に助けられる。彼女は人の心を読むことができるイェスマという種属であり、掟に従い、豪族の小間使いとして働くために王都に向かうという。同時に、彼は自分を人間に戻せる可能性があるのは魔法使いの末裔である王家の者だけだという事実を知らされるのだった。こうして少女と豚は一緒に王都を目指して旅立つのだが、その先にはさまざまな苦難が待ち受けていた........。
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第26回電撃小説大賞金賞受賞作品です。主人公が動物に転生するというタイプのラノベも最近では珍しくはないものの、本作の場合は主人公が言葉をしゃべることが出来ず、その代わりにヒロインが豚の心を読むことでコミュニケーションを成立させているという点が異彩を放っています。ちなみに、主人公の豚はヒロインとの会話以外にも地の文でいろいろ独りごちていますが、それがすべてヒロインに筒抜けになっているところに独特のおかし味があります。ヒロインが純粋無垢な性格のため、豚の自虐ネタやエロ思考に対してもいちいち真面目に返答するのがなんとも可愛らしいのです。また、一見奇をてらった作品のように見えますが、ストーリー自体は王道的なファンタジー冒険小説として読み応えがあります。設定の突飛さとオーソドックスな物語性のギャップが魅力の作品だといえるでしょう。ただ、主人公がすごい能力を持っているわけではなく、機転のみで危機を乗り越えていくため、わかりやすいカタルシスには欠ける面があるかもしれません。それから、ヒロインがあまりにも純真で主人公に対して献身的すぎる点も好みが分かれそうです。
豚のレバーは加熱しろ (電撃文庫)
逆井 卓馬
KADOKAWA
2020-03-10


わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!ー※ムリじゃなかった!?ー(みかみてれん)
甘織れな子はぼっちだった中学生時代を反省して高校生デビューを果たし、クラスでもカーストトップのグループに属することに成功する。けれど、根が陰キャラなためにリア充な雰囲気になじめずに息苦しさを感じていた。そんなある日、屋上で一服していると学園のスーパースター・王塚真唯が現れて、ある勘違いをきっかけにお互いの悩みを共有する仲となる。ようやく心を許せる友人ができたと思いきや、真唯から「君に恋をしてしまったんだ」と愛の告白をされてしまい........。
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2人のキャラが恋人になるか、親友の関係に留まるかで密かにバトルを繰り広げる学園百合ラブコメです。陰キャラのれな子と王子様系の真唯という両極端なキャラを配し、互いに異なる個性がぶつかり合う掛け合いが秀逸です。そのうえ、れな子視点での語りも非常にコミカルなので楽しく読むことができます。おまけに、サブキャラの紫陽花も非常にキュートで、ラブコメとしては文句なしの出来栄えです。ただ、正統派百合小説を期待していた人にとっては男口調でしゃべる女性キャラに戸惑いを覚えるかもしれません。その点だけは賛否が分かれるところです。


さよなら異世界、またきて明日(風見鶏)
その世界ではいつしか魔術は廃れ、蒸気文明が誕生し、そして滅びに転じていった。人々が結晶化し、次々と姿を消しているのだ。地上は白い砂漠に呑まれようとしている。そんな中、異なる次元からこの世界に迷い込んだケースケは、元の世界に戻る手掛かりを求めて蒸気自動車に乗って旅をしていた。途中でエルフの少女ニトに出会い、探し物を手伝うことになるが.......。
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寂寥感溢れる世界を背景にして描かれるほっこりとした物語が胸に染みわたります。大きな事件が起きるわけでもなく、極めて地味な作品です。しかし、文章が巧みで、食事をしたり絵を描いたりといった何げないシーンの一つ一つが非常に印象的なのです。終末ものが好きな人は読んで損はないのではないでしょうか。ただ、物語的には起伏に乏しく、伏線回収もあっさりしすぎているという不満点があります。続きがあるのであれば、ここからどのようにストーリーが転がっていくのかに注目したいところです。


女同士とかありえないでしょと言い張る女の子を百日間で徹底的に落とす百合の本(みかみてれん)
クラスでも人気者の女子高生・榊原鞠香はある日、友人から「女子から告白されたらどうする?」と聞かれて「ありえないでしょ」と一笑に付す。何気ない会話だったが、その話を聞いていたクラスメイトの不破絢が声をかけてきた。彼女は孤高を貫いているクール系美少女で、向こうから話しかけてくること自体が珍しかった。話があるというので放課後に指定されたカフェに行ってみると、いきなり100万円を差し出される。そして、唖然としている鞠香に向かって「女同士の恋愛がありえないかどうかを試すために、あなたの100日間を100万円で買う」というのだ。金欠の鞠香はついついその賭けに乗ってしまう。こうして、放課後に不破絢の家に行き、2人だけで過ごす日々が始まるのだが......。
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導入部は一見ありがちな百合小説ですが、ページをめくるごとにどんどん百合描写が濃厚になっていく点に驚かされます。もはや百合小説の域を超えて官能レズ小説といった感じです。どう考えても一般ラノベレーベルの域を超えています。さすがは元同人作品といったところでしょうか。しかし、かといって、決してエロ描写だけがウリの作品というわけではありません。言葉では同性愛を否定しながらも、魅惑の世界にどんどんハマっていく鞠香の戸惑いや葛藤の心理なども巧みに描かれており、百合小説ならではの魅力も兼ね備えているのです。また、肉体の関係から始まって、徐々に2人の間に絆が生まれてくる展開も好感が持てます。百合好きの人にとっては見逃せない傑作です。
俺の女友達が最高に可愛い。(あわむら赤月)
漫画、アニメ、ゲーム、ラノベとオタクライフを満喫している少年、中村カイ。彼は高校入学初日に出会った御屋川ジュンと趣味の話で意気投合し、たちまち仲良くなっていく。それからというもの、カイは毎日ジュンと2人で遊び続けていた。趣味の話で盛り上がることができるジュンと一緒にいると、時間が過ぎるのも忘れるほど楽しかったのだ。ところが、学年一の美少女と噂されるジュンとオタクのカイが仲良くしているのを快く思わない連中がいて........。
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異性でありながらも趣味が合ってワイワイ盛り上がれる楽しさがよく伝わってきて、読んでいるとこちらまで気分がよくなってきます。実在のゲームやアニメ作品が多数登場するのも趣味を同じくする人にとってはうれしいところではないでしょうか。また、意外と男気のある主人公やタイトルにたがわぬ可愛らしさを発揮するヒロインと、キャラの魅力も申し分ありません。それになんといっても、この作品のテーマだと思われる「恋人よりも友達のほうが大切」という感じが非常によく描けています。ただ、その割にサービスシーンや互いを異性として意識する場面も多く、今後どのような方向に転がっていくのかが気になるところです。それから、いちゃいちゃ一辺倒のイチャラブものとは異なり、中盤に他の登場人物たちとのギスギスした場面もあるのですが、それをメリハリのある展開と取るか、雰囲気に一貫性のないちぐはぐな展開に感じるかで評価が分かれそうな気がします。
俺の女友達が最高に可愛い。 (GA文庫)
あわむら赤光
SBクリエイティブ
2020-02-14


声優ラジオのウラオモテ(二月公)
歌種やすみこと佐藤由美子は現役JKにしてキャリア3年のプロの声優である。そんな彼女に新しい仕事が舞い込む。やすみと同じ現役JK声優で人気急上昇中の夕暮夕日とのラジオ番組だ。新しい仕事に緊張しながら現場に向かう由美子だったが、夕日と顔合わせをして驚く。彼女は由美子のクラスメイト・渡辺千佳だったのだ。しかも、ギャルの由美子とは正反対の根暗な性格で、学校での仲は最悪だった。こうして、嫌々ながら仕事で仲良しコンビを演じることになった2人だったが、果たして彼女たちはラジオ番組を成功に導くことができるのか?
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第26回電撃小説大賞大賞受賞作品。性格の違う2人が反発し合いながらも絆を深めていくという、ありがちなコンビものですが、心理描写が丁寧で物語の根幹が非常にしっかりしています。そして、そのうえで繰り広げられる番組トークと本音トークのギャップが凄まじくて笑えます。とにかく、掛け合いもストーリー展開もスピーディかつ破綻なくまとめられているのが見事です。また、ラジオ番組関連の描写もいかにもありそうなネタが散りばめられており、興味深く読むことが出来ます。さらに、コミカルな部分だけではなく、困難を乗り越えて2人が精神的成長を遂げていく後半の展開も胸が熱くなるものがあります。全体的にストーリー展開が少々駆け足気味なのが難ですが、テンポの良さを優先するのであればそれも致し方ないところではないでしょうか。声優に興味がある、あるいはお仕事ものが好きだという人には特におすすめの傑作です。
スパイ教室(竹町)
スパイ養成学校の落ちこぼれである7人の少女はある日突然、仮卒業を言い渡され、凄腕スパイのクラウスが創設した不可能任務専門機関ー灯ーに配属される。そして、クラウスの指導を受けたのち、死亡率9割を超える不可能任務を果たさなくてはならないというのだ。しかも、肝心のクラウスが人にものを教えるのが壊滅的に下手だという事実が判明する。陽炎ハウスで共同生活を送りながら訓練に励む少女たちは果たして任務を成し遂げることができるのだろうか?
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第32回ファンタジア大賞の大賞受賞作品です。ストーリーは、落ちこぼれスパイである少女たちの成長とミッションインポッシブルな任務への挑戦を描いた王道的なものです。しかしながら、笑いあり、アクションあり、サスペンスありの展開を平易でわかりやすい文章で綴っており、かなり読ませる作品に仕上がっています。また、凄腕スパイのクラウスもクールでありながら情に篤いという魅力的なキャラで好感が持てます。全体的な評価としては間違いなく上質なエンタメだといえる作品です。ただ、続編が前提となっているためか、キャラの掘り下げが十分でなく、クラウスと本エピソードのメインキャラであるリリィ以外は誰が誰だかわかりずらいという難点があります。また、ストーリーそのものにトリックが仕掛けられているのですが、それが今ひとつ有効に機能していない点もやや残念です。とはいえ、間違いなく才能のある書き手であり、作家として今後どのように成長していくかが楽しみです。


転生王女と天才令嬢の魔法革命(鴉ぴえろ)
パレッティア王国第一王女であるアニスフィア・ウィン・パレッティアは生まれながらにして魔法の使えない体質ながらも魔力だけは十分に備えていた。そこで、自分でも使える魔法を開発すべく、前世の知識を生かして独自魔法の”魔学”を開発していく。そのための実験や奇行ぶりから問題児扱いされていたアニスだったが、ある日彼女は弟のアルガルドが婚約者であるユニフィアに汚名を着せたうえで婚約破棄を突き付ける場面に遭遇してしまう。アニスはユフィの名誉を回復させようと、彼女を自分の助手にするが.......。
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まず、主人公であるアニスのぶっ飛んだキャラがインパクト大です。そして、そんなアニスの助けによって絶望の淵から立ち直り、成長していくユフィの姿が印象に残ります。ちなみに、物語はアニスとユフィの両方の視点から描かれていくため、互いが惹かれあっていくプロセスがわかりやすく読者に提示されている点も、百合ラノベとして秀逸です。一方で、キテレツ王女のアニスと王位継承者のアル王子の確執と政治的駆け引きに関しても今後の展開が気になるつくりになっています。全体的にはまだまだ荒削りではあるものの、作品としての勢いは素晴らしく、次巻以降も大いに期待したいところです。


ひきこまり吸血鬼の悶々(小林湖底)
学校でイジメを受けたことが原因でひきこもりになってしまった吸血鬼少女のテラコマリ。ある日、彼女が目を覚ますと帝国の将軍に抜擢されていた。しかも、彼女が率いなければならないのは血なまぐさい荒れくれどもの部隊だった。吸血鬼の家系に生まれながら血を見るのが嫌いで運動音痴なうえに、魔法も使えないコマリは途方に暮れる。すべては父親の策略だと知ったコマリはなんとか将軍の座から降りようとするが、すでに皇帝と正式な契約が交わされており、逃げると彼女の首が(物理的に)飛ぶというのだ。絶望するコマリに対して、メイドのヴィルが言う。「部下たちにコマリ様を最強の将軍だと勘違いさせてみせる」と。
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第11回GA大賞優秀賞受賞作。ダメダメな主人公がハッタリやメイドのアシストによって手柄を挙げていく話ですが、成長物語としてよくできています。とはいうものの、あくまでもギャグが主体の作品であり、次々現れる変態キャラのボケに主人公がツッコミを入れるというのが基本スタイルです。一人一人の個性が際立っており、勢いのあるコメディとして楽しめます。その一方で、後半になると熱い展開が用意されているなど、ギャグとシリアスの配分も絶妙です。クライマックスの盛り上げ方なども新人ながらこなれた巧さを感じさせてくれます。そして、何より、実際は弱っちいのに虚勢を張って大物ぶっているコマリが可愛すぎです。物語は1巻できれいにまとめられていますが、出来ればぜひとも続きを読んでみたいものです。
ひきこまり吸血姫の悶々 (GA文庫)
小林 湖底
SBクリエイティブ
2020-01-11


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