最新更新日2020/12/24☆☆☆

Previous⇒2019年発売!おすすめコミック初巻限定レビュー(kindle版)


2020年に発売されたおすすめのコミックの内、第1巻のみの限定レビューです。
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このマンガがすごい! 2021
『このマンガがすごい!』編集部
宝島社
2020-12-14


百合オタに百合はご法度です。(U-temo)
百合オタ女子の渡辺冬は自分の欲望を満たすために猛勉強をし、お嬢様学校として名高い推花女学園への入学を果たす。ただ、彼女は自分が他の女学生と百合の関係になりたいわけではなかった。女の子同士の尊い関係を間近で見守ることができればそれで満足だったのだ。ところが、冬のクラスには明らかに周囲から浮いているギャルの高岡凛々花が在籍しており、楚々とした百合の世界観を片っ端からぶち壊していく。冬は自分の望む世界がこれ以上壊れないようにと、彼女自身が凛々花の友人になることで、他の女生徒との接触をシャットアウトしようとするのだが......。
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読者の視点に近い百合オタの主人公が百合の世界を守ろうとする話で、そのために百合オタの読者の共感を得やすい作りになっています。しかも、それと並行して地味系女子である主人公がギャルと百合の関係を構築していくという二重構造が秀逸です。百合漫画あるあるネタも随所に散りばめられており、百合好きなら必読の書だといえるのではないでしょうか。


悪役令嬢転生おじさん(上山道郎)
オーヴェルヌ公爵家の令嬢であるグレイスは落馬して頭を打ったショックで自分が転生者だという事実を思い出す。しかも、前世では屯田林憲三郎という名の冴えない中年男だったのだ。交通事故で命を落として娘が所有していた乙女ゲームの世界に転生したことは理解したものの、彼は特にその手のゲームに詳しいわけではなかった。どう考えてもミスキャストじゃないかと思いつつも、グレイス・オーヴェルヌこと屯田林憲三郎は公務員時代に培ったスキルを駆使して登場人物たちの心を掴んでいく......。
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悪役令嬢ものといえば、乙女ゲームのプレイヤーである若い女性が悪役令嬢に転生するというのが一種のお約束でした。しかし、本作の場合、52歳の中年男が悪役令嬢として転生するという点が意表をついています。しかも、公務員のスキルで乙女ゲームの世界を攻略していくという展開が痛快です。悪役令嬢であるはずなのに何をやっても人のよいオヤジっぽさが滲み出ているのがいい味を出しています。とにかく、外見が公爵令嬢で中身が中年男というギャップが強烈で、時に面白おかしく、時にかっこ良く描かれているのが秀逸です。この手のジャンルとしては珍しく、恋愛問題が全く絡んでこないのも逆に新鮮だといえます。悪役令嬢という手垢のついたジャンルに新風を吹き込んだ意欲作です。


ダーウィン事変(うめざわしゅん)
テロ組織・動物解放同盟(ALA)は生物科学研究所を襲撃し、その際に流産しかかっていたメスのチンパンジーを発見する。彼らはチンパンジーの命を救うべく、車で近くの動物病院まで運ぶ。さいわい赤ちゃんは無事だったものの、それはただのチンパンジーではなかった。チンパンジーと人間のDNAを併せ持つヒューマンジーだったのだ。しかも、遺伝子上の父親は失踪中の生物学者・グロスマン博士のものだと判明する。チャーリーと名付けられたヒューマンジーはチンパンジー研究の権威であるスタイン博士が引き取り、それから15年の月日が流れた。15歳になったチャーリーは高校に入学し、そこで陰キャラの優等生と噂されるルーシーという名の少女と出会うが.......。
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猿と人間のハイブリッドが主役だというと、人間社会に溶け込むことができずに苦悩の日々を重ねていくといった悲劇的な物語を連想しがちですが、少なくともこの1巻ではそうした要素は希薄です。どちらかといえば、ヒューマンジーという人ならざるものを主人公に据えることで、ニュートラルな視点から人間の本質を浮かび上がらせていくことが狙いのように思えます。しかも、感情が欠落しているのかと感じてしまうほどにチャーリーの表情の変化が乏しいことで、人とは異質なものである事実を印象付ける演出が秀逸です。物語はまだまだ序盤ですが、壮大なストーリーの予感に満ちています。それだけに、ALAの暗躍を含め、今後どのように話が転がっていくのかが非常に気になるところです。


私のジャンルに「神」がいます(真田つづる)
趣味で二次創作の同人小説を書いている大学生の七瀬はある日、投稿サイトで綾城という字書き(小説専門の同人作家)の作品を読んで衝撃を受ける。桁違いにクオリティが高かったのだ。人の心を鷲掴みにするような作品のパワーにすっかりまいってしまった七瀬は綾城のtwitterをフォロするが、当然のことながらフォローが返ってくることはなかった。しかも、綾城と親しいらしいおけけパワー中島なる人物の底の浅いツイートが彼女を激しく苛立たせるのだった。それからというもの、七瀬は人が変わったように創作活動にのめり込んでいく。やがて、研磨を積み重ねた彼女は7万8千文字の大作を完成させるのだが.......。
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本作は二次創作の同人小説を題材とした連作短編なのですが、その世界に足を突っ込んだことのある人なら一つ一つのシーンに強い共感を覚えるはずです。しかも、単に二次創作あるあるネタを集めただけではなく、そこからわき上がる悲喜こもごもな感情を、おけけパワー中島なるキャラを用いてうまく物語に落とし込んでいるのが見事です。ちなみに、おけけパワー中島は綾城と親しい関係にあるらしいのですが、作中では姿を一切見せません。それにも関わらず、わずか数行のツイートで同人女たちの心をかき乱していくなど、強烈な存在感を放っています。むしろ、おけけパワー中島の存在感がこの作品のすべてだといっても過言ではないほどです。既存の作品にはちょっと例のない立ち位置のキャラクターであり、それによって本作は、同人創作の本質を鋭く描くことに成功しています。同人であれ、それ以外のジャンルであれ、なんらかの形で創作に携わっているのなら、ぜひ読んでもらいたい異色傑作です。


おとなりに銀河(雨隠ギド)
久我一郎は若くして両親を亡くし、幼い妹弟を一人で養うことになる。両親から相続したアパートの管理人をしながら本業である少女漫画家の仕事を精力的にこなしていく日々。だが、あるとき、辞めていったアシスタントの代わりが見つからず、原稿を落としそうになる。そんな窮地を救ってくれたのが新しいアシスタントとしてやってきた五色しおりだ。彼女はアシスタントをするのはこれが初めてといいつつ、信じられない手際の良さで原稿を仕上げていく。原稿が完成し、ほっとする一郎だったが、ふと見るとしおりのお尻にペンらしきものが刺さっていた。一郎は慌てて引き抜こうとそのペンに触るも、しおりはそれがペンではなく棘だと指摘する。そして、彼女は宣言するのだった。「わたしは流れ星の民の姫。あなたと婚姻関係の契りが結ばれた」と......。
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『甘々と稲妻』で高い評価を得た雨隠ギドの新作です。しかし、『甘々と稲妻』が恋愛要素を織り交ぜながらも家族愛を中心に描かれていたのに対し、本作の場合はその真逆で、家族の絆を描きつつもストレートなラブコメに仕上がっています。そのせいで、前作を気に入っている人にとってはいささか話が薄っぺらく感じてしまうかもしれません。しかし、その一方で、作品全体が優しい空気に包まれているうえに、やや天然っぽい謎めいたヒロインがとても可愛らしいのでほっこりとした気分で読むことができます。また、今のところ恋敵のようなキャラは登場しておらず、ただ2人の交流を描くだけでラブコメとしての面白さを表現できているのが見事です。キャラクターが魅力的で安定した面白さがあるだけに、流れ星の民の末裔という設定が今後どのように話に絡んでくるかが気になるところです。


友達として大好き(ゆうち巳くみ)
ギャルな女子高生・沙愛子は周りの男子を片っ端からたぶらかし、その結果、女子たちから嫌われまくっていた。ある日、人の男に手を出したことでイジメを受けていた沙愛子は生徒会室に逃げ込み、そこで生徒会長の結糸と出会う。イケメンでクールな彼にヒトメボレをしてしまい、思わず「付き合ってください」と口走る沙愛子だったが、速攻で断られてしまう。結糸にとって何よりも大切なのは校則を守ることであり、それに反する不純異性交遊はできないというのだ。それなら友達から始めたいという沙愛子に対して、結糸は「こちらが提示したルールが守れれば友達として認める」というのだが.......。
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貞操観念がゆるゆるで頭もゆるいヒロインに最初はイラッとくるかもしれません。しかし、彼女とは正反対で堅物すぎる生徒会長と出会うことで、お互いに足りないものを補い合って成長していくというプロットはよくできており、不器用ながらも周囲との人間関係を修復していこうとするヒロインの姿には思わず応援したくなります。学校という閉鎖空間での人間関係のモヤモヤと、その中でいかにしてうまくコミュニケーションを築いていくかという問題を、既存の学園漫画とはまた違った形で描いた傑作です。


シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~(硬梨菜・作/不二涼介・画)
ゲーム業界においてフルダイブ型のVRゲームが主流となった近未来。革新的なテクノロジーにゲーム性が追い付いていないゲームが大量に発売され、世の中にはクソゲーが溢れていた。高校2年生の陽務楽郎はそんなクソゲーをこよなく愛するクソゲーハンターだった。ある日、究極のクソゲーといわれるフェアリア・クロニクル・オンラインをクリアーした楽郎は次にプレイするゲームを求めてなじみのゲームショップを訪れる。すると、店長の岩巻真奈からクソゲーを真に楽しむためには良作をプレイすることも大事と、大人気ゲームのシャングリラ・フロンティアをすすめられる。こうして、久しぶりに神ゲーをプレイすることになった楽郎は自分のゲームスタイルを踏まえ、キャラメイキングにおいて「二刀流で戦う鳥頭の半裸男」というキテレツなキャラを選択するのだった。だが、クソゲーで培った独自のプレイスタイルは次第に周囲の注目を集めることになり........。
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原作は大人気なろう小説なのですが、書籍化される前にコミカライズの連載が始まるという異色の展開をみせています。しかも、本作は原作の魅力をうまくコミックに落とし込んでいる良作に仕上がっているのです。高い画力による軽快なアクション漫画として楽しめますし、フルダイブゲームのゲーム内描写も申し分ありません。特に、夜襲のリューカオーンとの戦闘描写が秀逸です。ただ、本巻で描かれているのは長大な物語の序盤も序盤であり、クソゲーで鍛えられた主人公のチート能力が発揮されたり、他のキャラとの本格的な絡みはまだまだこれからということになります。物語自体の面白さはなろうで証明済みであるだけに、今後の展開が非常に楽しみです。


おかえりアリス(押見修造)
亀川洋平、室戸彗、三谷結衣の3人は仲の良い幼馴染で、中学ではみなテニス部に所属していた。そんなある日、洋平は彗からオナニーのやり方を教えてもらう。それからの彼は密かに想いを寄せていた結衣をズリネタにしてオナニーをやりまくるようになっていた。しかし、洋平は結衣が彗に告白している現場を目撃してしまう。しかも、彗は洋平が見ているのに気付きながらも、結衣にキスをするのだった。こうして、幼馴染としての3人の関係は壊れ、彗は何も言わずに北海道に引っ越していく。3年後。洋平は結衣と同じ高校に進学し、もう一度青春をやり直そうと心に誓うが、そんな矢先に金髪美少女が彼の前に現れる。そして、彼女は洋平の耳元で囁く。「ずーっと三谷でオナニーしていたの?」と。少女の正体は女装した彗だったのだ。
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『惡の華』『ハピネス』『血の轍』などで知られる押見修造の作品です。昨今の風潮に乗ってか、LGBTが全面に押し出されていますが、一筋縄ではいかないのが押見作品です。いつものように巻き込まれ型の主人公を中心に添えつつ、いびつで屈折した物語が展開していきます。同様のテーマの作品は多々あるものの、性と性欲を独自のタッチで解体していく手法はこの作家ならではのものです。1巻では3年を経て大きく変わった彗と周囲の反応に焦点が当てられていますが、今後はその彗に関わることで洋平や結衣が変容していく姿も描かれていくものと思われます。それがどのような形になるのかが非常に気になるところです。


世界が終わっても生きるって楽しい(鳥取砂丘)
突如発生した赤い霧は地表を覆い、草木や動物を異形のものへと変えていく。その影響で人類は滅亡の時を迎えようとしていた。小人の少女・ヤコーネはそんな世界で人間の仲間を求めて六脚ネズミのヤコやAIロボットIのネイと共に旅を続ける。その旅路で彼女はさまざまな経験をしていくのだが.......。
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ほのぼのとしたポップな絵柄に反し、そこに描かれているのは怪物たちが跋扈するなんとも救いのない世界です。しかし、それだけにヤコーネやヤコの可愛らしさに思わず癒されます。一方、物語としては過酷ながらもゆるーい雰囲気の旅ものであると同時に、SF的な面白さも兼ね備えています。特に、随所に散りばめられている謎が今後どのようにして明らかになっていくのかは非常に気になるところです。『少女終末旅行』や『旅とごはんと終末世界』などに連なる、終末漫画の期待作です。


メダリスト(つるまいかだ)
中学生でフィギュアスケーターを志した司は始めるのが遅すぎたせいもあってシングルの選手としては芽が出なかったものの、20歳でアイスダンスに転向し、全日本選手権への出場を果たす。しかし、その後はプロに転向しようとするも、オーディションを受けては落ちる日々を繰り返していた。そんなある日、母親に反対されながらも内緒でフィギュアスケートの練習をしている少女・いのりと出会う。お互い前途は多難だったが、彼らにはスケートに対する熱い想いがあった。そんな2人がやがてタッグを組み、共に世界を目指していくことになるのだが.......。
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ひたむきで健気で表情豊かなヒロイン、いのりを始めとしてキャラクターたちが非常に魅力的な作品です。そのうえ、話のテンポも良くてギャグとシリアスのメリハリも申し分ありません。なにより、スケートシーンが迫力満点で、スポーツ漫画としての説得力の高さが光ります。作者はこれがデビュー作とのことですが、にわかには信じがたいほどの完成度を誇っています。面白くて熱くて感動的な、スポーツ漫画を代表する名作に上り詰めていく予感に満ちた注目作です。


六畳一間の魔女ライフ(秋タカ)
魔女のマッジは都会の生活にあこがれて田舎から上京し、魔女組合関東支部を通して仕事の依頼を受けている。しかし、見た目が古臭くて魔法も地味なマッジは碌な仕事をもらえず、日々の暮らしにも窮するほどだった。一方、彼女とコンビを組んでいるリリカは魔女学院を出ており、見栄えも良いのだが、本人のやる気が著しく欠けていた。そんな2人もさまざまな経験を経て、魔女として少しずつ成長していくが......。
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魔法というファンタジックな題材を用いながらも決して派手さはなく、日々の小さな仕事をコツコツこなしていく姿が丁寧に描かれており、良質なお仕事漫画に仕上がっています。基本はコメディであり、ほのぼのとしたゆるい作品ですが、2人の成長物語としても惹かれるものがあります。とにかく読んでいると2人を応援したくなるのです。その点がこの作品の最大の魅力だといえるでしょう。
六畳一間の魔女ライフ(1) (ガンガンコミックス JOKER)
秋タカ
スクウェア・エニックス
2020-09-19


と、ある日のすごくふしぎ(宮崎夏次系)
学校の帰り道。一人の少女がもう一人の少女に向かって「もう友達でいるのはやめよう」といいだす。彼女は超能力者で子どもの頃は人気者だったが、力が衰えるにつれて周囲から疎まれるようになっていた。そして、唯一残った幼馴染の女の子とも関係を解消しようとしていたのだ。そんな彼女に対して、幼馴染の女の子は「わかった」といったあとで「やえちゃんは自分のことを特別だと思っているから嫌われるんだよ」と捨て台詞を残して去っていく。それから、15年が過ぎ、大人になったやえは幼馴染と再会するが.......。
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日常の中のちょっと不思議な物語を集めた全36篇のショートショート集です。ファンタジーという言葉だけでは収まりきれないシュールな空気感のなかに、優しさのスパイスを軽く振りかけ、読者の感情を揺さぶっていく手管が見事です。なかにはよく意味がわからない話もありますが、それでも繰り返して読み返したくなるような引力がこの作品にはあります。作者の集大成というべき傑作です。
と、ある日のすごくふしぎ
宮崎夏次系
早川書房
2020-09-17


カラオケ行こ!(和山やま)
合唱部部長の岡聡美は中学生活最後の合唱コンクールのあとで見知らぬ男にカラオケに誘われる。そこで渡された名刺には「四代目風林組若頭補佐 成田狂児」と書かれてあった。ヤクザが自分に何の用があるのかと訝しんでいると、狂児はおもむろに歌がうまくなるコツを教えてくれと言い始める。彼の話によると、年に4回組長主催のカラオケ大会があり、そこで最下位になるとダサい刺青を彫らされるのだという。要するに、狂児はどうしてもその罰ゲームを回避したいのだ。こうして、聡美は嫌々ながら狂児に対して歌唱指導を始めるが......。
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同人作家時代の作品を加筆再編集したものですが、その面白さは他の代表作と比べても全く遜色がありません。さすがは鬼才・和山やまといったところです。物語はヤクザが中学生に歌のレッスンの依頼をするところから始まるという荒唐無稽なものではあるものの、それを独自のセンスとテクニックを駆使し、読者を作品世界に引きずり込んでいく手管が見事です。ヤクザと中学生のシュールな絡みにはなんともいえないおかしみがある一方で、奇妙な友情の形にちょっと胸が熱くなったりもします。『夢中さ、君に』や『女の園の星』などに比べるとギャグは少なめですが、その分、ストーリーテラーとしての上手さが存分に発揮されています。これもまた、和山やまにしか描き得ない傑作です。


塀の中の美容室(原作:桜井美奈/画:小日向まるこ)
週刊誌記者の芦原志穂は編集長から髪を切ってこいと命じられる。しかも、女子刑務所内にある職業訓練用の美容室に行けというのだ。要するに、女子刑務所の取材をしてこいということだった。志穂は取材のために久しぶりのデートを潰されたことに不満を抱きながらも刑務所を訪れ、刑務官に美容室へと案内される。自分の髪を切る美容師が重犯罪者ということで志穂は思わず身構えるが、現れたのは優しげな表情の美人だった。とても重い罪を犯したようには思えない。そして、彼女に髪を切ってもらっている内に、志穂の心の中にある変化が芽生え始め.......。
◆◆◆◆◆◆
桜井美奈が2018年に発表した同名小説のコミカライズ作品です。取材に訪れた記者、刑務官、美容師の家族と、1話ごとに違った角度から刑務所内で美容師をしている女性の真実に迫っていくというのが大まかなストーリーだといえます。全編が優しい雰囲気に満ちており、刑務所が舞台になっているのにも関わらず、読んでいると次第に心が癒されていきます。そして最後に、決して押しつけがましくない、静かな感動が広がっていく点が秀逸です。全4篇の連作短編の形をとっていますが、すべて完成度が高く、極上のヒューマンドラマに仕上がっています。読後の余韻に浸ることが出来る素敵な作品です。


ときめきのいけにえ(うぐいす祥子)
中学生の神業寺マリはマンガが大好きで将来漫画家になることを夢見ていた。そして、いつも教室の片隅でマンガ好きのクラスメイト2人とひっそりマンガの話に嵩じる日々を過ごしていたのだった。そんな彼女が密かに想いを寄せているのはクラスの人気者でイケメンの花水木シゲル。トリオ・ザ・ダークネスと呼ばれている自分とは釣り合いがとれないと思い、遠くから眺めるだけで満足だと思っていた。ある日、学校からの帰り道、マリはシゲルが交通事故にあって倒れている現場に遭遇する。救急車を呼んで彼を救ったところ、なんと病院から退院してきたシゲルから告白されたのだ。しかし、マリはその告白を即座に断ってしまう。彼女には異性とは付き合えない家庭の事情があり......。
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昭和の怪奇漫画を思わせるレトロなタッチと血まみれの描写満載ながらも、微笑ましいラブコメに仕上げた異色作です。胸キュンとスプラッタを同時に楽しめる作品などなかなかないのではないでしょうか。特に、常に場を和ませてくれるボンクラ少年の花水木と、にこやかでバイオレンスな家政婦・安田さんがいい味を出しています。マリと花水木の恋の行方が気になる一方で、神業寺家の方では生贄の女性を神に捧げる儀式をしているは、地下牢に監禁していた殺人鬼の兄が脱走するは、とやばい話が続きます。いろいろな要素がギュウギュウに詰め込まれていながらも決して散漫となることはなく、突き抜けた面白さを保ち続けている点が見事です。物語としてはまだまだ序盤といったところなので今後の展開が非常に気になるところです。


満州アヘンスクワッド(原作:門馬司/画:鹿子)
昭和12年。関東軍の兵士になるために満州に渡った日方勇は地獄のような訓練に耐えて一人前の兵士に成長するも、戦地で民間人に扮したゲリラの少年兵から銃弾を受け、左目の視力を失ってしまう。そのことで、戦力外の烙印を押された彼は軍の食料を作る農業義勇軍に回され、上官に虐げられる日々を送ることになるのだった。ある日、農場の片隅でアヘンの原料であるケシが栽培されていることに気づいた勇は、病気の母を救うためにアヘンの密売に手を染めることを決意する。しかし、その決断は彼の運命ばかりか満州の行く末をも大きく変えていくことになるのだった.....。
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主人公が植物の知識を活かしてアヘンの密売に手を染め、裏社会でのし上がっていこうとするピカレスクロマンです。まだ物語は序盤も序盤ですが、テンポの良さとクセの強い悪党キャラのインパクトで読む者を引き込んでいきます。正直なところ、ダウナー系のはずのアヘンをキメた顧客がなぜかアッパー系のリアクションを取るなど、リアリティに関しては疑問符がつくところも少なくありません。しかし、絵の上手さとブラックユーモアのセンスの良さがその欠点を見事にカバーしています。また、主人公が手を組むことになる暗黒街のボスの娘、麗華の官能的なキャラも魅力の一つとなっており、これからの展開が非常に気になる作品です。


結婚するって本当ですか 365Days To The Wedding (若木民喜)
旅行代理店に入社して4年目の大原タクヤは何事もワンテンポ反応が遅く、上司から怒られてばかりの日々をすごしていた。一方、同じ企画部で一つ年上の本城寺リカは口下手で黙って人を凝視する癖があり、周囲からはちょっと怖そうな人だと思われている。そんなある日、本社の人間がやってきて新しくできるロシアのイルクーツク支店に独身者の誰かを支店長として派遣するという。どうしてもイルクーツクには行きたくないタクヤとリカは利害の一致から偽装結婚を企てるのだが........。
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作者は『神のみぞ知るセカイ』の若木民喜。最近多い偽装カップルものですが、ディテールを丁寧に作り込んでいるので読み応えのある作品に仕上がっています。特に、細やかな心情を掬いあげて描くのが上手く、恋愛ものでありながらベタベタしていないところにも好感が持てます。また、色恋沙汰に疎い2人が偽装結婚するので勝手がわからずにあたふたするところなども秀逸です。『神のみぞ知るセカイ』と比べると随分と落ち付いた作風ではあるものの、丁寧な人間描写は以前の作品にはなかった新たな魅力だといえます。実写ドラマ化が期待できそうな佳品です。


妹は猫(仙幸)
ごく普通の人間の少年である猫太は両親を早くに亡くして猫人間と一緒に暮らすことになる。身寄りのない彼を母の友人であるタマヨが引き取ってくれたのだ。彼以外の家族は全員猫人間だったが、みないい人だった。特に、義理の妹になった幼稚園児のねねこはべったり猫太になついている。そんな2人の日々は?
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ねねこと猫太の日々の交流を描いた日常漫画ですが、この作品はねねこの可愛さに尽きます。他のキャラクターは猫人間といっても見た目以外はほぼ人間なのに対して、ねねこだけは猫の習性を色濃く残しています。そのため、幼女の愛らしさと子猫のキュートさが合体しており、すさまじい破壊力を有しているのです。とにかく、ねねこの魅力で埋め尽くされている1冊です。
妹は猫 1巻 (ブレイドコミックス)
仙幸
マッグガーデン
2020-08-07


ケンシロウによろしく(ジャスミン・ギュ)
母子家庭で育った沼田孝一は10歳のときに母に捨てられる。木村というヤクザに母を奪われたのだ。復讐を誓った沼倉は家にあった北斗の拳を読み漁り、伝説の暗殺拳を習得しようとする。そして10年後。強靭な肉体を得た沼田は木村の前に立ちふさがる。しかし、あっさりと返り討ちにあってしまうのだった。そのときになってようやく北斗の拳を読んだだけでは正確なツボの位置がわからないことに気付き、本格的にツボの勉強をし始める。いつしかあん摩マッサージ指圧師免許を取得した沼田は、マッサージ店を営みながら木村への復讐の機会をうかがうが......。
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主人公の奇人変人ぶりが尋常ではなく、隙あらば『北斗の拳』の素晴らしさを語り始めます。講談社の作品なのに全編が『北斗の拳』のオマージュなのです。さすがは『Back Street  Girls』のジャスミン・ギュの作品だけあって発想がぶっ飛んでいます。そして、暗殺拳の習得を目指しながら気が付けば指圧師になっていたという冒頭のエピソードを始めとして、超展開の連続に思わず笑ってしまいます。また、発想が異次元なのに対し、一つ一つのネタはギャグ漫画としてのセオリーをきっちり押さえてきれいにまとまっている点もグッドです。最高にくだらないネタと主人公の真摯な姿勢とのギャップが笑いを生む指圧師コメディの傑作です。


ご飯は私を裏切らない(heisoku)
彼女は29歳で中卒の女性フリーター。バイト以外に職歴はなく、複数のバイトの掛け持ちで糊口をしのぐ日々を続けていた。将来の展望は皆無であり、不安で押しつぶされそうな毎日のなかで、彼女の心にかすかな平穏をもたらしてくれるのが毎日の食事だった......。
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無能でもあまり怒られないし、大事にしてくれるから他の人がやりたがらない過酷な仕事が好きだという、精神的な追い詰められっぷりが半端ない女性が主人公のグルメ漫画です。とはいっても、凡百のグルメ漫画とはかなり性格を異にしています。壊れかけの精神を食を通していかに修復するかという話なので、読んでいるだけでこちらの精神が削られていきそうです。一方で、過剰にまで饒舌な語りには独特のユーモアセンスがあり、両者の掛け合わせが独自の味となっています。絶望を食というささやかな喜びでそっと包み込んだような、他では味わえない異色作です。


刷ったもんだ(染谷みのる)
元ヤンの真白悠は人生をやりなおすべく東京近郊の印刷会社に就職するが、目つきが悪くて周囲から誤解されがちなうえに普通の人付き合いに慣れていないため、人間関係には苦労していた。特に、企画デザイン課の黒瀬宏文はぶっきらぼうな性格で彼女とそりが合わず、天敵というべき存在だった。ところが、仕事上のトラブルで悠が窮しているときに黒崎が救いの手を差し伸べてくれて.....。
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印刷会社を舞台にしたお仕事漫画です。あるあるネタをうまくコメディに落とし込んでおり、ギスギスしそうな人間模様も絶妙なバランスでほっこりした展開に持ち込み、最終的に全員憎めないキャラとして描いている点にも好感が持てます。それに、ヒロインが元ヤンという肩書きに反して真面目な性格であり、しかも、アダルト同人誌の絵にたじろいでしまうような初心なところが可愛らしくてグッドです。1巻はほぼお仕事関連のエピソードだけに徹した感があるだけに、今後、どのように話が膨らんでいくのかにも期待したいところです。


【推しの子』(原作:赤坂アカ/画:横槍メンゴ)
地方都市の病院に勤める医師のゴローには推しのアイドルがいた。それはB小町のセンターのアイだ。もともとは病院に入院していたさりなという少女が推していたアイドルなのだが、難病を患っていた彼女は12歳のときに亡くなり、ゴローがその想いを継ぐ形でアイのファンになっていた。ところが、そのアイがお腹を膨らませてゴローの勤める病院にやってくる。診察の結果、双子を宿していることが明らかになるが、アイは父親が誰なのかを話そうとはしなかった。ゴローは、子供を産んでアイドルも続けるというアイの担当医になる。しかし、彼女の出産が間近に迫ったとき、ゴローは何者かに襲われて命を落としてしまう。そして、気が付くと彼はアイの生んだ双子の兄として転生していた。しかも、一緒に生まれてきた彼の妹はゴローと同じく転生を遂げたさりなだったのだ。こうして推しのアイドルの子供という立場を手にした2人だったが.......。
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『かぐや様は告らせたい』の赤坂アカと『クズの本懐』の横槍メンゴとの強力タッグによる話題作です。表紙の絵や「推しのアイドルの子供として転生!」というネタから判断しててっきりドタバタラブコメディのようなものを想像していたのですが全然違ってました。確かに、コミカルなシーンは多いものの、それらは前振りにすぎません。むしろ、コミカルなムードが破壊され、シリアスパートに移行していく後半からが本番だといえます。コメディからシリアスへの反転を含め、1巻には色々なアイディアが詰め込まれており、まさにジェットコースターコミックです。詰め込み過ぎといえるほどなのに、話が散漫になっておらず、つかみとしてはほぼ完璧な出来だといえます。ただ、それだけにこのテンションが2巻以降も維持できるのかが気になるところです。


君が肉になっても(とこみち)
ある日、高校生のひな子が夜道を歩いていると、路地裏で蠢く巨大な肉の塊を目撃する。しかも、側頭部に相当する部分に親友の真希がつけているのと同じピアスが引っ掛かっていた。翌日、真希に確認すると、自分が肉の塊になって夜道を徘徊し、通りすがりの人間を食べる夢を見たという。それは本当に夢だったのだろうか?しかも、ことはそれだけでは終わらず、事態は次第に悪化していき.......。
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女子高生が肉塊の怪物になって人を襲うというかなりグロテスクな話なのですが、当事者が日常四コマのような緩い絵と緩いノリなのがなんともシュールです。そして、容赦なく犠牲者が増えていくなかで、あくまでもほのぼの百合テイストを通していた物語も終盤に入ると、ヒロインの歪んだ愛が露わになり、ぞっとしてきます。インパクト満点の作品ですが、それだけに2人の行く末が確認できないままに完結してしまったことが惜しまれます。


スーサイドガール(中山敦支)
女子高生の青木ヶ原星はその目に一点の曇りもない自殺志願者だ。常に元気いっぱいに生きながら、16歳の誕生日に自殺することを夢見ている。そして、自殺サイト・スーサイドカフェに巡り合い、他のメンバーと共に自殺決行の日を迎える。ところが、ワゴンの中で練炭を燃やし、睡眠薬を飲んだはずなのに、彼らは誰も死んでいなかった。実は、スーサイドカフェは自殺志願者に生きる希望を与えることを目的としていたのだ。サイトの管理人が特別に調合した薬の効果によって、見違えるように元気になってその場を立ち去る他のメンバーに対し、青木ヶ原星は自殺できなかったことに失望する。それでも気を取り直して一人で自殺を決行しようとするがなぜか死ぬことができない。そこに管理人が現れ、彼女に告げるのだった。「あなたは年間3万人の自殺志願者の中から選ばれた存在であり、決して自分の意思で死ぬことはできない」と。こうして彼女は魔法少女となり、自殺志願者の命を救う使命を負うことになるのだが........。
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ヒロインが底抜けに明るい自殺志願者という設定がインパクト満点の魔法少女漫画です。また、自殺志願者を救うという使命を果たせないことも多々あるなど、冷静に考えれば暗澹たる気分になってもおかしくないとストーリーを妙に明るいノリで包み込み、全体の雰囲気をうまく中和しています。それに、まるでジェットコースターのような展開の浮き沈みは慣れてくると癖になる面白さに満ちています。その反面、笑いの中に時折、絶望が垣間見られ、ゾッとさせる演出も秀逸です。一筋縄ではいかない捻じれた感覚が魅力の異色作です。


女の園の星(和山やま)
国語教師の星先生はとある女子校で2年生のクラスを受け持ち、とりとめのない日常を送っていた。生徒たちの間で流行っている学級日誌を使っての絵しりとりに翻弄されたり、教室で犬の世話をすることになったり、同僚たちと飲みにいったり。こうして星先生の平凡でちょっと奇妙な日々は今日も続いていく......。
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デビュー作『夢中さ、君に』が”このマンガがすごい2020 オンナ編"で2位にランクインするなど、一躍注目の的となった和山やまの初連載作品です。本作においても独特の笑いのセンスは健在で、どうみてもくだらないネタを他の漫画家では描き得ない絶妙な間と意表を突いたボケで笑いへと転化することに成功しています。また、星先生はいかにもギャグ漫画の主人公といった派手なリアクションなどは一切ないのですが、ボケるときもツッコむときも常にまとわりついているトボけた雰囲気がいい味を出しているのです。しかも、他のキャラも皆どこかずれていて、隙あらば平凡な日常をすぐに混沌たるコント場に変異させようとします。唯一無二といえる才能に彩られたシュールギャグ漫画の傑作です。


そのへんのアクタ(稲井カオル)
2024年。地球外生命体・イズリアンが突如宇宙から飛来し、人々を襲い始める。東京・ニューヨーク・上海と、世界中の大都市が壊滅状態に陥り、まるでこの世の終わりが訪れたかのようだった。それに対し、人類は駆除隊を結成してイズリアンとの大戦争に突入する。それから7年。戦いは決着のつかぬまま、ダラダラと続いており、いつしかそれが人々の日常となっていた。戦いが落ち付いたことで、終末の英雄と呼ばれていた青年・芥はお払い箱となり、鳥取支部に左遷させられる。彼は戦い一筋に生きた朴訥な男だったが、百福副隊長を始めとする鳥取支部の緩い空気に触れていくうちに何かが変わり始め.......。
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戦いに明け暮れていた男が人々と触れ合ううちに徐々に人間性を取り戻していくという、ライトノベルの『フルメタル・パニック!』を彷彿とさせる作品です。舞台設定はいわゆる終末ものですが、終末と言い切るほどに絶望的なわけではありません。人類が滅びそうで滅ばない、でも滅ぶ可能性も少なからず残されているといったどっちつかずの世界観です。しかしながら、そのおかげで、ゆるさと切なさが入り混じったなんともいえない空気を形成し、ヒューマンコメディとしてこれまでにない雰囲気を醸し出すことに成功しています。また、ヒロイン役の百福副隊長も主人公とは対極に位置する人間味溢れるキャラクターとして、停滞しそうな物語をテンポよく引っ張ってくれます。それに、ボケ一辺倒の主人公に対し、必要に応じてボケとツッコミを自在にこなす多芸ぶりは、コメディエンヌとしても申し分ありません。他のキャラクターもみな魅力的で、終末の日常で繰り広げられるドラマを盛り上げてくれます。いろいろな要素が絶妙にブレンドされた傑作です。


対ありだった。~お嬢さまは格闘ゲームなんてしない~(江島絵理)
外部生としてお嬢様学校の黒美女学院高等部に特待生で入学した綾は即席ラーメンを愛する庶民。一方、同じ外部生でも蘭組の”白百合さま”は絶世の美女であるうえに所作の一つ一つが優美で全校生徒の憧れの的だった。綾はそんな彼女をうらやましく思いながらも、お嬢様たちとの寮生活にはなじめずにいた。そんなある日、綾は人気のない特別教室棟で汚い言葉を吐きながら学校で禁止されている対戦格闘ゲームに興じている白百合さまを目撃する。それに気付いた白百合さまから「先生には言わないで」と泣きながら哀願され、綾も誰にも口外しないと約束したものの、ことはそれだけでは終わらなかった。実は綾も格闘ゲームの熟練者だという事実を見抜かれ、白百合さまから対戦を申し込まれてしまい.......。
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お嬢様学校の生徒同士が対戦格闘ゲームを通じて仲を深めていくという、百合版『ハイスコアガール』といった趣の作品です。とはいえ、1巻の時点では女の子同士がイチャイチャするシーンなどは皆無なのですが、その代わり、主人公コンビのキャラがとても魅力的で、それが物語の牽引力になっています。特に、普段はコミュ障で無口なのに、ゲームのことになるとテンションが上がって暴走を始める白百合さまがインパクト大です。美少女ギャグ漫画として非常に勢いがあり、同時に、格ゲー漫画としてもプレイヤーたちがヒートアップしていく高揚感をうまく表現しています。ただ、『ハイスコアガール』とは異なり、著作権の関係なのか、登場する格闘ゲームが架空のものである点が少々残念です。ゲーマーあるあるネタとしてはよくできているだけに、これで実在のゲームが登場していれば完璧だったのですが。とはいえ、格ゲー好きな人にはぜひ読んでもらいたい傑作であることには違いありません。


リエゾン ーこどものこころ診療所ー(原作:竹村優作/漫画:ヨンチャン)
小児科の研修医である遠野志保はやる気はあるのにミスを連発し、色々なことに気を取られては遅刻をするといった具合に、何をやってもうまくいかない日々を繰り返していた。あまりの使えなさ加減にどこからも臨床研修の引き受けを断られた末に、ようやく決まった行先は田舎の小さな診療所だった。ところが、志穂はそこでも子供に対しておこなっていた心理的治療を児童虐待だと早とちりし、治療を妨害してしまう。平謝りする志穂だったが、診療所の主治医である佐山卓は穏やかな態度を崩さない。そして、志保が失敗が多いのは性格のせいではなく、凸凹が原因だというのだが.......。
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子供の発達障害に焦点を当てた作品ですが、多くの取材に基づき、児童心理学医監修の元で描かれているので安心して読むことができます。そのうえ、凸凹を始めとして分かりやすい表現でおもしろおかしく説明をしてくれるため、読んでいるとすっと腑に落ちる点が秀逸です。また、実際にありそうな症例を取り上げているので勉強にもなります。昔と違って現代では発達障害の基準が拡大したため、診断を受ければ約1割の児童が発達障害と判定されるといわれています。しかし、実際には診断を受けないまま大人になっているケースが大部分を占めているのです。その場合、この作品のヒロインのように、一見問題はなさそうなのに、どうしても社会になじめないなどといったことになりかねません。それを防ぐには幼いときの教育やコミュニケーションが非常に重要になってきます。そうしたことを知る一助として本作は大いに参考となる作品だといえます。特に、小さなお子さんを育てている人におすすめです。


ブクロキックス(松木いっか)
池袋の整体院で働く青年、小山田は生まれついての全盲で全く目が見えない。ある日、日韓ハーフの女の子、ジヘに誘われ、同僚のハルカと共にブラインドサッカーを始めることになる。ブラインドサッカーとは目隠をしたうえで音の出るボールと選手の発する声で位置関係を把握しながら行う5人制のサッカーのことだが、そこでハルカは恐るべき才能を発揮するのだった。こうして、ジヘたちはゲイバーのママと妻に逃げられた中年男を含めた5人のチームを結成することになる。その頃、最強チームの呼び声高い”玉帝新宿”に勝てば賞金1000万円がもらえるという噂が東京中を駆け回っていた......。
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落ちこぼれチームが意外な奮闘を見せるという、スポーツものの定型パターンを踏襲しているようにも見える作品ですが、主人公に関しては最初から天才ぶりを遺憾なく発揮しており、そのカッコ良さが光ります。試合そのものも通常のサッカーとは異なるルールの中で、個性豊かなチームがぶつかり合う展開が面白くて引き込まれていきます。これまでにない異色のサッカー漫画として注目したい作品です。


竜女戦記(都留泰作)
たかは生まれ故郷の氷向の国で武士である夫・与一郎と3人の子供とともに平穏な生活を送っていた.。だが、三蛇と呼ばれる3人の王が跋扈する隣国・陀国の急襲によって氷向の国は占拠されてしまう。父親の犠牲と与一郎の活躍によって辛くも敵の手から逃れたたかたちは新天地・桜都で長屋暮らしを始める。だが、温厚だった与一郎の様子が次第におかしくなり、家族全員が呪いに囚われてしまうのだった。天下取りの相があるといわれたたかは、家族を救うために女の身でありながら天下を目指すことになるが........。
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風俗や登場人物の姿はどう見ても江戸時代そのものなのに、日本とは全く異なる架空の国が舞台という摩訶不思議な世界観が魅力的なファンタジー戦記です。巻頭に舞台となる国の地図が事細かく描かれており、それを見ただけでわくわくしてきます。レイプなどの残虐描写が結構ある点については好みが分かれるものの、そういった地獄絵図もまた、ストーリーの悲壮さを盛り上げるのに一役買っています。物語はまだまだ始まったばかりですが、ここからどんどん面白くなっていきそうな予感のする期待作です。
竜女戦記 1
都留 泰作
平凡社
2020-05-22


あさこ(よしだもろへ)
平成8年夏。気が弱くていじめられっ子だった青島将司は、実家の民宿に泊まりに来た謎めいた美女・あさこと出会う。小学5年生の将司は彼女の醸し出す都会的な大人の雰囲気に惹かれていく。そんな彼に対して、あさこはある条件と引き換えに「君を大人にしてあげる」と持ちかけるが......。
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物語は大人になった主人公が昔を回想するという形で語られていき、ノスタルジックな雰囲気が印象に残る作品に仕上がっています。同時に、少年が年上の女性に抱く憧れの気持ちを巧みに描き出しているのが見事です。また、少年と大人の女性の間に醸し出されるある種の背徳的なエロスや後半になるにつれて色濃くなるサスペンス展開も読み手の興味を引き付けていきます。絵の上手さも申し分なく、今後どのような展開になるのかが非常に気になるところです。
あさこ 1 (1) (ヤングチャンピオンコミックス)
よしだもろへ
秋田書店
2020-05-20


趣味のラブホテル(らば☆)
趣味でBL同人誌を描いている茶耶は作品のリアリティを高めるためにラブホテルの取材を行おうとするも、ホテルを目前にして怖気づいてしまう。そして、入口でウロウロしていたところを若い女性から声をかけられる。焦りながらも事情を話すと、なんとその女の子は一緒にホテルへ入ろうと提案するのだった。しかも、彼女の正体は背中に白い羽を持つ両性具有の天使で.......。
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実名こそ明かしてないものの、実在するラブホテルを紹介していく一種のルポ漫画です。1話でいきなり天使が登場するので面喰らいますが、それは物語に彩りを添えるためのアクセントにすぎません。ファンタジー的展開といったものはほとんどなく、テニスコート付きの部屋、オープンカーのベッド、レストラン並みの本格料理が食べられるホテルといった具合に、あくまでも個性的なラブホを紹介していくというのが基本コンセプトです。大人には見えない女の子のキャラデザとラブホという題材がアンバランスだったりもしますが、生々しさを抑えるという意味では効果的に作用しています。また、各エピソードの終わりには補足のための解説ページも挿入されており、作者のラブホ愛がヒシヒシと伝わってきます。風変わりな題材を丁寧に調理した佳品です。


田所さん(TASUBON)
高校2年の田所陰子は背が低くて性格も暗い地味な女の子。友達が一人もおらず、教室の片隅でこっそりと絵を描くことだけが楽しみだった。一方、容姿端麗で才色兼備な二階堂桜子はクラスの人気者。絶対に相容れない存在だと思われていた2人だったが、実は桜子は陰子に恋心を抱いていたのだ。なんとか彼女と仲良くなりたいと思う桜子だったが.........。
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接点のない2人が徐々に距離を縮めていくタイプのラブコメ漫画と思いきや、トントン拍子に話が進んでいき、あっという間に交際が始まってしまう展開に驚かされます。そのうえ、陰キャラだった田所さんが徐々に明るくなっていくのが可愛らしく感じる一方で、陽キャラポジだった二階堂さんがどんどん変態キャラと化していくのが笑えます。そんな二階堂さんの暴走ぶりを楽しみつつも、親密度を増していく2人にほっこりする百合漫画の快作です。
田所さん1 (ヴァルキリーコミックス)
TATSUBON
キルタイムコミュニケーション
2020-04-28


君のことが大好きな100人の彼女(野澤ゆき子)
愛城恋太郎は勉強も運動もでき、人望があって顔も悪くないのにも関わらず、女の子からはふられまくっていた。中学卒業までに100回の失恋を経験した恋太郎の前にある日、恋の神様が現れる。そして、恋太郎に「高校で運命の人100人と出会うが、もし結ばれなければ相手は死んでしまう」と告げるのだった。こうして、恋太郎は100人全員との恋愛成就を目指すことになるのだが.........。
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ハーレムものというのはどれだけ多くの美少女が登場しても主人公と結ばれるのは一人だけです。それだけに、自分のお気に入りのヒロインが選ばれなければどうしても不満が生じてしまいます。一方、本作においては最初から全ヒロインとの恋愛成就を目指すと宣言している点が異彩を放っています。しかも、相手は100人です。無茶苦茶な設定ですし、実際の物語も頭の悪い展開が続きます。しかし、その馬鹿さ加減が楽しかったりするのです。それに、登場するヒロインはみな魅力的ですし、ギャグシーンの合間に時折挿入されるシリアスな恋愛描写も意外としっかりしています。そういうわけで、1巻はすこぶる面白かったのですが、このまま100人のヒロインが順番に登場するという展開はいくらなんでも無理があります。今後どのように話が転がっていくのかが非常に気になるところです。


異世界失格(原作:野田宏/絵:若松卓宏)
文豪として知られる作家はその夜、愛する人とともに荒れ狂う玉川上水へとやってきた。入水自殺をするためである。ところが、突然トラックが闇夜から現れ、2人を轢いてしまう。気がつくと作家は見覚えのない教会の中にいた。しかも、司祭の格好をしたエルフが、「あなたはこの世界を救うために召喚された勇者です」という。そして、彼に使命を告げるのだが、作家は彼女の話に全く興味を示さず、睡眠薬を飲んで死んでしまおうとする。果たして彼はこの世界の救世主となりえるのだろうか?
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今や猫も杓子も異世界転生する時代ですが、本作では太宰治をモデルとした作家が召喚され、世界を救うために冒険の旅に出ることになります。とはいっても、この主人公、まったくやる気がありません。冒険そっちのけで新作の執筆に取り組んではスランプに陥り、すぐに死のうとするのです。最初はそういった極端なキャラクター性に頼ったコメディ風に展開していきます。それはそれで面白いのですが、本作の真骨頂はそこから先にあります。やる気のない太宰治風の作家を主人公に据えながらもきちんと正統派冒険ファンタジーとして成立させてしまっているのが見事です。太宰治という異物を異世界転生ものというジャンルへと見事に落とし込んだ傑作です。


怪異と乙女と神隠し(ぬじま)
首都圏に位置するやたらと警戒標識の多い街。その街のとある書店には怪談好きの緒川菫子と、無口だが彼女の前ではおしゃべりになる少年・化野蓮(あだしの・れん)が働いている。ちなみに、菫子は15歳のときに新人文学賞を受賞していたが、その後十数年間は鳴かず飛ばずだった。小説は書き続けているものの、ことごとく没になっていたのだ。そんな彼女の願いは少女時代の瑞々しい感性を取り戻すこと。ある日、店長から誕生日プレゼントとしてもらった古い本を読んだところ、彼女の体は次第に縮み始め、ついには子どもになってしまう。一体、彼女の身に何がおきたのか?
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都市伝説や怪談好きの人におすすめの怪奇ミステリーです。本作で描かれている怪異は基本的に出典のあるものばかりで、その辺りが知的好奇心をくすぐる作りになっています。特に、万葉集を引用することで、ぐっとリアリティが増している点が秀逸です。一方、怪異を読み解くことが主となる物語なので絵的には地味になりがちなのですが、幼児化や影舐めといったフェティズムな要素を盛り込み、適度な刺激を読者に与えることに成功しています。また、メインキャラの3人も、アラサー恵体美女の菫子を始めとして属性てんこ盛りで、キャラが立ちまくりです。フェチと怪異にまみれたこの物語が、今後どのように転がっていくのかが非常に気になるところです。


パリピ孔明(原作:四葉タト/画:小川亮)
西暦234年。五丈原の戦いの最中に病に倒れた諸葛孔明は、病状が回復することなく、そのまま命を落としてしまう。ところが、気が付くと彼はハロウィンで賑わう東京の街に立っていた。周囲の若者からコスプレだと勘違いされた孔明はダンスミュージックの鳴り響くクラブへ連れてこられ、そこでシンガーを目指す月見英子と出会う。その後、自分が1800年後の世界に飛ばされたことを理解した孔明は自身の知略を生かし、月子の売り出しに協力することになるのだが......。
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孔明が現代に転生してバーでバイトしているというだけでも面白いのですが、そのうえ、ヒロインのサクセスストーリーとしてしっかりと作り込んでいる点に感心させられます。三国志オタクのバーの店長とのやり取りは笑えますし、ヒロインを売り出すために繰り出す孔明ならではのぶっとんだ戦略にもニヤリとさせられます。孔明というキャラを十全に生かした傑作で、これからの展開も大いに気になるところです。
おむすびの転がる町(panpanya)
ある日、きのこ狩りをしていた女性の前にツチノコが現れる。彼女は機転を利かせてそのツチノコを捕獲し、1億円の懸賞金を目当てに町役場に持ち込んだ。しかし、担当職員は「これがツチノコだという証拠がなければ懸賞金は払えない」という。次に、ツチノコ学会に行って相談をすると、「学会に所属してツチノコの存在を証明する論文を発表しないか」と持ちかけられる。こうして、彼女は1億円を得るためにツチノコ研究者としての第一歩を踏み出すことになるのだが......。
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5話連作となる『筑波山観光不案内』と他10話の短編が収録された6冊目の作品集です。いずれも作者の分身と思しき主人公が語り手として据えられており、日常の中に広がるちょっと不思議な世界に読者を引き込んでいきます。この本を読んでいるとなんだか自分が住んでいる町もいたるところに不思議が隠されているような気分にさせられます。現実世界からのほどよい逸脱が心地よい、極めてオリジナリティの高い傑作です。
おむすびの転がる町
panpanya
白泉社
2020-03-31


HGに恋するふたり(工藤マコト)
14歳のときに偶然テレビでガンダムSEEDの放送を目にした神崎さやかは、たちまちMS(モビルスーツ)の魅力にとりつかれる。しかし、親の理解は得られず、同世代の女の子にはガンダムSEEDのファンはそれなりにいたものの、出てくる話題はキャラクターのことばかりだった。屈折した想いを抱えたまま30歳になった彼女は、ある日ガンプラマニアの女子高生、高宮宇宙(そら)に出会う。さやかは宇宙から指南を受け、改めてMS愛を育んでいくが.......。
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マイナー趣味に対する肩身の狭さや同好の士を見つけたときの喜びなどを巧みに描いた作品です。好きなものを好きだといえる喜びがストレートに伝わってきます。自分の趣味を理解してもらえずに寂しい想いをするということは多かれ少なかれ誰にでもある話なので、ガンダム自体に興味がない人でも共感できる部分は多いのではないでしょうか。もちろん、ガンダム好きの人であれば、ガンダムにまつわるあるあるネタが散りばめられているこの作品をより一層楽しむことができるでしょう。ただ、一般的なコミックと比べるとかなり薄く、ガンプラもこの巻では一つしか作っていないため、読み応えという点では物足りなさを感じるかもしれません。そういった部分は今後に期待したいところです。


不器用な先輩。(工藤マコト)
鉄輪は美人だが性格がきつくて少し怖いと周囲から思われている27歳のOLだ。そんな彼女が新人社員である亀川の教育係をまかされることになる。亀川に厳しい態度で臨む鉄輪だったが、内心では彼のことが気になってしょうがなかった......。
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twitterで人気の作品を書籍化したオフィスラブコメディです。本作の魅力はなんといってもヒロインの可愛らしさにあります。表面的な言動はきついのに、内心では常に亀川のことを心配していて、しかも実態は結構ポンコツだというギャップがたまりません。テンパると思わず方言が出てしまうところも実にキュートです。一方で、厳しく振舞うヒロインに対しても屈託のない態度で接する亀川にも好感が持てます。読み手をほっこりした気分にさせてくれる佳品です。
不器用な先輩。 (1) (ヤングガンガンコミックス)
工藤マコト
スクウェア・エニックス
2020-03-25


猫を拾った話。(寺田亜太朗)
サラリーマンのイガイくんは家に帰る途中で子猫を拾う。彼は動物嫌いだったが、足が1本欠けていてヤニで目も開いていないその猫をどうしても見捨てることができなかったのだ。献身的に世話をした甲斐あって、猫はみるみる元気になっていく。ところが、それは猫ではなかった。単眼で尻尾の先に鼻があり、しかも1カ月足らずでヒグマ並みの大きさになっていく。どう考えても地球上の生命体とは思えない。戸惑いを隠せなイガイくんだったが、それでもなついてくるその生き物を愛おしく思うようになり.......。
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基本的な内容はよくある癒し系ペット漫画なのですが、この作品が特異なのはそのペットがもののけの類であるという点です。一見巨大な猫に見えて、仕草や主人公に甘えてくる姿なんかも非常にキュートではあるものの、ときどき得体の知れなさを垣間見せ、読み手をぞっとさせます。この癒し空間の中にホラー要素がわずかに混じっている点がほど良いアクセントとなっているのです。また、この”ネコ”だけでなく、主人公で天然系のイガイ君もなかなかの愛らしさを発揮してくれます。さらに、偶然”ネコ”を目撃してしまい、疑心暗鬼に陥っている同僚のサトウさんも可愛かったりします。癒し系ホラーとでもいうべき異色作です。
猫を拾った話。(1) (KCデラックス)
寺田 亜太朗
講談社
2020-03-23


水溜まりに浮かぶ島(三部けい)
小学生の明神湊は幼い妹の渚と一緒にめったに帰ってこない母を待ちながら日々を送っていた。ある日、久しぶりに戻ってきた母は今から遊園地に行こうと言い出す。渚は大喜びだったが、あまりにも唐突な提案に湊は不安を募らせる。そして、その不安は意外な形で的中する。母を残して妹と2人で観覧車に乗ったところ、突然雷がゴンドラを直撃したのだ。しかも、気がつくと目の前には知らない女性の他殺死体が転がっており、湊自身も見覚えのない男の姿になっていた。どうやら雷の衝撃で湊とその男の体が入れ替わったらしい。ということは今、渚は殺人犯と一緒にいるということになる。湊はなんとか渚とコンタクトをとろうとするが......。
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『魍魎の揺りかご』『僕だけがいない街』などを発表し、SFサスペンスには定評のある三部けいの新作です。あいかわらず、導入部の巧さには素晴らしいものがあります。主人公の特殊な家庭事情がテンポよく描かれ、一通り説明が終わったところで、話が大きく動くので読者は一気に物語に引き込まれていきます。急転直下の展開に先が気になってページをめくる手が止まらなくなってしまうのです。そのうえ、絵の描き込みやディテール描写にも手抜きが一切ないのでドラマに厚みが感じられるのも大きな美点だといえるでしょう。入れ替わりサスペンスそのものはありがちな題材ですが、それを安っぽく感じさせない手腕が見事です。


妻と僕の小規模な育児(福満しげゆき)
漫画家の僕はようやく漫画一本でやっていける目途が立ち、妻の希望で赤ちゃんを作ることになる。そうして長男が生まれてくるのだが、いきなり「両耳が聴こえていない」という診断を受けてしまう。しかも、その後、定期健診にいけば、黄疸が悪化していて救急車で運ばれる始末。その後、次男も生まれるが子育てはわからないことだらけで.......。
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作者自身の経験を綴った育児漫画です。子育てという多くの人が経験する身近な話を、作者ならではのネガティブなユーモアで包みこみ、独特の味わいを醸し出すことに成功しています。障害や言葉の遅れ、集団生活への不適応といった身につまされる話で共感を誘いながらも、ときにナンセンスな展開で笑わせてくれるのがいかにも福満流といった感じです。福満しげゆきといえば、妻ものというイメージが強かったのですが、そうした作品群とはまた違った味わいを楽しむことができます。一方で、妻のキャラも相変わらず立ちまくっており、4人家族の日常を赤裸々に描いたエッセイとして秀逸です。
妻と僕の小規模な育児(1) (KCデラックス)
福満 しげゆき
講談社
2020-03-11


武士スタント逢坂くん!(ヨコヤマ・ノブオ)
寛政3年。絵師の逢坂総司郎は春画を描いて生計を立てていた。しかし、一部の愛好家からは高い人気を得ていたものの、彼が暮らす藩では春画を描くと死罪と定められていたため、とうとう捕えられてしまう。そして、打ち首にされようとしたその瞬間、何故か彼は現代の漫画家・宮上祐樹の仕事部屋にタイムスリップする。そこで初めて漫画を目にした逢坂はその表現の豊かさに感銘を覚え、宮上のアシスタントとして働き始めるが......。
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亀甲縛りにされた全裸の武士が漫画家の仕事部屋に出現するという冒頭のシーンがインパクト大なナンセンスギャグ漫画です。基本的にふざけ倒している作品ですが、主人公の絵に対する情熱は一貫しており、笑いながらもある種の感動を覚える作品に仕上がっています。また、漫画と春画の共通点や相違点、規制の話など、いろいろ勉強になる部分もあります。脇役もいい味を出しており、これからの展開が楽しみです。


久保さんは僕を許さない(雪森寧々)
高校1年の白石純太は存在感の希薄な少年で、卒業アルバムの集合写真では普通に写っているにも関わらず、欠席だと思われて顔写真を右上に合成されてしまうほどだった。教室にいても教師やクラスメイトから存在を忘れられることも珍しくない。そんな中で、絶世美少女の久保さんだけがなぜか純太を見つけてはちょっかいをかけてくる。彼女は明らかに純太に興味を持っているようだが、それを恋と呼ぶにはまだ遠く......。
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冴えない男子と学園のマドンナ的存在が恋に落ちるというパターンのラブコメなら星の数ほどありますが、本作の主人公の場合は”冴えない”とか”モブキャラ”とかいった次元を通り越してステルス機能を有している点が異彩を放っています。まるで『咲ーsakiー』のステルスモモのようです。そのこともあって、リアクションも今一つ薄い彼ですが、ぐいぐいくる久保さんに振り回されている内に、いろいろな表情を見せるようになります。その展開がほのぼのとしていて読んでいると思わず癒されていきます。一方、ヒロインである久保さんも無邪気でいながら、ちょっとSっ気のあるところが可愛すぎです。『からかい上手の高木さん』に通じる部分もありますが、あちらと比べると主人公に対するヒロインの愛情がよりストレートに伝わってくる点が好印象です。
九龍ジェネリックロマンス(眉月ジュン)
鯨井は東洋の魔窟と称される九龍城砦の不動産会社で働く32歳の女性。彼女はガサツで大人げない性格の同僚、工藤とぶつかり合いながら次第に彼に惹かれていく。一方、政府は地球外にもう一つの地球を創造するジェネリック地球(テラ)計画を進めていたが......。
◆◆◆◆◆◆
『恋は雨上がりのように』で中年男と女子高生の恋を描いた作者が、今度は30代同士の大人のラブロマンスに挑戦するのかと思えば、いきなりSF設定が飛び出してきくるのでかなり面喰います。1巻の段階では伏線を散りばめている状態ですが、九龍での日常、登場人物たちの感情の機微、今後物語の焦点になっていくであろう謎などが丁寧に描かれていて思わず引き込まれていきます。それに、色っぽさと可愛らしさを兼ね備えたヒロインも魅力的です。切ないラブロマンスとSFファンタジーのワクワク感が同時に味わえそうな期待作です。


不思議なゆうなぎ(大庭直仁)
ゆうの友達のなぎは不思議なことに遭遇すると目から星が出るちょっと変わった女の子だ。ゆうはなぎのことをとても大切に思っているの一方で、なぎが自分のことをどう思っているのかわからなくて不安な気持ちを抱いていた。そんなある日、ゆうは新しいメガネを買うのだが、それをかけるとなぜかなぎだけが裸に見えるという現象が起きてしまう。こっそり親友の裸を見てドキドキするゆうだったが......。
◆◆◆◆◆◆
ほんわかした絵柄で描かれた日常生活の中でちょっと不思議なことが起きるファンタジーコメディです。一見とりとめのない話が続いていくのですが、読み進めていく内に世界観が緻密に組み立てられていることに気づき、次第に引き込まれていきます。また、不思議なことが起きるたびにちょっとずつゆうとなぎの絆が深まっていくという百合的趣向がほどよいアクセントになっています。微妙に百合で微妙にファンタジー、それでいて微エロもあるという絶妙なさじ加減があとを引く魅力を醸し出しているのです。独特の感覚が癖になる佳品です。


推しのアイドルが隣の部屋に引っ越してきた(脊髄引き抜きの刑)
アイドルオタクの青年、マサキは引っ越しの挨拶にやってきた隣人を見て驚く。そこに自分の推しアイドルであるミカが立っていたからだ。まさかの神展開に歓喜するマサキ。だが、それもつかの間、壁の向こうから聞こえてくる喘ぎ声に彼は絶望することになる。ミカには男がいるのだと思い込んだマサキだったが、その声はわざと彼に聞かせるために用意した偽の音声だった。ミカは根っからのドSで、握手会で何度か会ったマサキを気に入り、自分のおもちゃにするために隣の部屋に引っ越してきたのだ。果たしてマサキはドSアイドルの精神攻撃にどこまで耐えることができるのか?
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タイトルだけ見るとアイドルとオタクの甘酸っぱいラブコメのようなものを連想しがちですが、そんな要素は欠片もありません。アイドルが自分のファンを嬉々として追い込んでいく姿が延々と描かれているだけです。本来ならホラーかサイコサスペンスに分類されそうなお話です。しかし、ミカに追い込まれるマサキが可愛く、マサキを追い込むミカも愛らしく描かれているのでなんとなくラブコメのような錯覚を覚えたりもします。そして、その異常性と可愛らしさのギャップこそが本作の読みどころとなっているのです。twitter発の作品だけにコマ割りが単調で絵も拙いなど、技術的には未熟な部分が目立ちますが、そうした欠点を補うだけの魅力が本作にはあります。Mな気のある男性には特におすすめです。


Shrink~精神科医ヨワイ~(原作:七海仁/作画:月子)
欧米と比較して精神病患者の数は少ないものの、自殺者数が突出している日本は隠れ精神病大国と呼ばれている。多くの人が悩みを抱えながら、医療機関を利用できずにいるのだ。そんな現状にあって、精神科医の弱井は優秀な人材であるのにも関わらず、エリートコースを捨て、新宿の片隅で診療所を営む道を選ぶ。そうして彼は日々、悩みを持って訪れる市井の人々に寄り添っていく.......。
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精神病という日本ではその実態があまりよく知られていない問題をユーモアを交えてわかりやすく描いた作品です。特定の症状がでたときに心療内科と精神科医のどちらに行くべきかなど、身近な疑問が解消できるつくりになっており、非常に勉強になります。また、主人公である弱井の患者を想う気持ちや丁寧な対応は心に染みいるものがあります。精神科医の日常を描いたヒューマンドラマの傑作です。


去勢転生(原作:宮月新/作画:おちゃう)
レイプ犯に幼なじみで想い人でもあった一ノ瀬由奈を殺された姉崎悟は復讐の鬼と化し、15人のレイプ犯の性器を切断したうえで殺していく。やがて逮捕されて絞首刑になる悟だったが、気がつくと死体の山の上にいた。悟は自分が並行世界に飛ばされたことに気づく。しかも、その世界では太陽フレアの異常により、すべての男性は女性を襲って食べるケダモノと化していたのだ。悟は生き残った女性たちと合流し、この世界にもいるはずの由奈を探し始めるが.....。
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生まれ変わると女性ばかりの世界だったというと典型的な異世界ハーレムものですが、男性はすべてゾンビのような化け物と化しているという着眼点がユニークです。さらに、主人公も生き残った女性たちも歪みを抱えていることで、凡百の異世界転生ものにはない絶望感にあふれています。形のうえではハーレム状態ではあるものの、主人公は性的な行為に対して憎悪すら抱いているために、女性に迫られても悪夢でしかありません。そんな狂った世界を分かりやすい形で描いており、ダークなエンタメ作品として非常に楽しめるものに仕上がっています。特に、サバイバルホラーが好きという人にはおすすめです。


水野と茶山 (西尾雄太)
水とお茶しか誇れるものがない小さな田舎町は、長年製茶業者の茶山家によって牛耳られていた。その鬱憤を晴らすかのように、曾川たちのグループは茶山家の娘である茶山さんを学校でいじめている。一方、茶山家の支配に対抗するべく町長に立候補した水野まさるの娘である水野さんは茶山さんと惹かれあい、逢瀬を重ねていた。しかし、水野さんの父が町長となり、茶山家と対立を深めることで、2人の関係にも暗雲が立ち込め........。
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田舎特有の閉塞感や学校での同調圧力といった息が詰まりそうな現実を描きながらも、それと対比をなすエモーショナルな百合の世界に心惹かれます。また、物語の焦点としては、さまざまな障害にさらされながら2人が最後にどういった選択をするのかという点にあるのですが、それに関しても見事な着地を決めています。全2巻と短い作品ながら、ストーリー、演出、作画の全てが一級品だといえる百合漫画の傑作です。





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