最新更新日2019/12/17☆☆☆
昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングから外れてしまったものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい(ベスト20)』及び『本格ミステリベスト10』の2つをピックアップし、これらのランキングにランクインしていない、それどころか下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。

アクシデントレポート(樋口毅宏)
1995年。阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きた年の7月に史上最悪の航空機衝突事故が発生する。しかもブラックボックスが見つからないため真相は闇に葬られようとしていた。
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インタビュー形式のフェイクドキュメント。証言者の話の中には実在の人物や事件が頻繁に登場しますが、メインとなる航空機事故は完全なフィクションです。そのため、読み進めていくと虚実の境目が曖昧になる独特の感覚に溺れていくことになります。また、証言者の立場によって事件の印象が全く異なったものに見える「藪の中」的な趣向にも考えさせられるものがあります。ただ、フェイクドキュメントに徹している故にフィクションとしての起承転結には欠け、真相もはっきりせずに終わってしまう点については好みがわかれるところではないでしょうか。
アクシデント・レポート
樋口 毅宏
新潮社
2017-11-22


護られなかった者たちへ(中山七里)
保険福祉事務所の課長が死体となって発見される。手足や口の自由を奪われた上での餓死だった。彼は公私ともに温厚な人物として知られ、怨恨の可能性は低いとみられていたが...。
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巧妙に立ち回って生活保護を不正受給する人がいるために、受給審査を厳しくせざるを得ず、その結果、本当に救いが必要な人が救われないという矛盾を鋭く突いた社会派ミステリー。日本の社会福祉の現実に慄然とする一方で、ミステリーとしても驚きのどんでん返しが味わえる良作です。


彼女の恐喝(藤田宣永)
圭子はホステスのバイトをしながら出版社への就職を目指す苦学生だ。ある夜、彼女は殺人現場のマンションから常連客の国枝が飛び出すのを目撃。彼を犯人だと思った圭子は国枝に脅迫状を出すが.......。
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偶然が多くてご都合主義な展開が目立つのは気になりますが、女子大生の圭子と55歳の国枝の奇妙な関係が築かれていく展開は興味深くて、惹きつけられるものがあります。テンポも良く、絡み合ったストーリーと怒涛の展開で楽しませてくれるサスペンスミステリーの良作です。
彼女の恐喝 (実業之日本社文庫)
藤田 宜永
実業之日本社
2021-02-05


爆身(大沢在昌)
本名、年齢共に不詳の凄腕ボディガードのキリは、警護を依頼されたフィッシングガイドを目の前で爆死させてしまう。果たして突然の人体発火現象は呪殺によるものなのか?
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ボディガードキリシリーズの第2弾です。話があちこちに飛び、プロットの緻密さには欠ける部分があります。しかし、それでも最後まで飽きることなく読み通せるのは、著者が一流のエンタメ作家である証でしょう。人体発火の謎に挑む古武術使いのボディガードというと非常にイロモノっぽいですが、B級アクションミステリーだと割り切って読めば、なかなか楽しめる作品に仕上がっています。
爆身 (トクマノベルズ)
大沢在昌
徳間書店
2019-12-13


道具箱はささやく(長岡弘樹)
借金に苦しめられている刑事の角垣は休みの日に質屋に押し入って金品を奪う。逃走中に電柱に激突するというトラブルはあったものの、無事逃げおおせることができた。しかし、上司の南谷は彼が犯人だと見抜く。
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一編20ページ前後の作品を18篇収録したショートショートミステリーです。ヒネリの効いた意外なオチを楽しめる好編が並んでいます。ページが少ないため、あまり重苦しい雰囲気にはならず、軽いジャブのような作品が続きます。骨太のミステリー小説を読みたいという人には物足りないかもしれませんが、気分転換に肩の凝らないあっさりとした作品が読みたいという場合にはピッタリです。
道具箱はささやく
長岡 弘樹
祥伝社
2018-06-12


俺はエージェント(大沢在昌)
スパイ小説オタクの青年が居酒屋から戻ってくると常連客の老人が訪ねてきた。彼は23年ぶりにエージェントに戻る極秘指令を受けたのだが、それがバレて命を狙われているという。
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B級映画のノリで進んでいく、スパイ小説のパロディもののような作品です。人によってはバカバカしいと感じるかもしれませんが、魅力的なキャラクターとテンポの良さで一気に読まされてしまいます。基本的にドタバタハードボイルというべき作風ではあるものの、決してお笑い一辺倒ではなく、殺伐とした雰囲気の中で殺し合う展開も普通にでてくるあたりがいかにも大沢作品です。二転三転する展開も手慣れたもので、ベテラン作家の熟練の味を感じさせてくれる佳品です。
チュベローズで待ってる AGE22/AGE32(加藤シゲアキ)
就活に失敗した光太は誘われるままにホストクラブの一員となる。しかし、複雑な人間関係の渦に巻き込まれ、ある不幸に襲われてしまう。それから10年後、光太は......。
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アイドルグループで活躍する著者の5冊目の作品です。主人公のホスト時代とゲーム開発者となった10年後の世界を描いた2部構成になっていますが、読みやすい文章と怒涛の展開にぐいぐい引き込まれていきます。風変わりな青春小説として興味深く、ミステリーとしても張り巡らされた伏線を巧みに回収していくさまにうまさを感じます。ただ、最後のどんでん返しの部分に関しては、納得できるかどうかで賛否の分かれるところではないでしょうか。


連続殺人鬼カエル男ふたたび(中山七里)
街中を恐怖のどん底に陥れたカエル男連続猟奇殺人事件。事件終結から10カ月が過ぎた頃、再びカエル男が動き始める。精神科医教授の家が爆破され、中から炭化した死体と犯行声明文が発見されたのだ。
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前作に続いてグロい殺害方法のオンパレードで、読んでいると背筋が寒くなります。どんぜん返しの連続も相変わらずです。なにより、別シリーズの人気キャラクターである御子柴が登場するのはファンにとってうれしいところです。また、刑法39条を巡る社会派ミステリーとしても興味深く読むことができます。前作と比較すると荒々しい力強さに欠け、パワーダウンしている感もありますが、グロテスクなシーンが苦手でなければ十分に楽しめる作品です。ただ、前作を読んでいないと人間関係が掴みづらいので、未読の人は必ず前作から読むようにしましょう。


ポストカプセル(折原一)
ラブレター、遺言状、脅迫状、文学賞の受賞通知。15年前に投函されたはずの郵便が今になって届く。それを受け取ったものたちは不審がって送り主を突き止めようとするが.......。
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手紙で構成された連作ミステリー。15年後に届く手紙というシチュエーションがユニークです。また、折原作品らしく叙述トリックも随所に散りばめられており、ちょっとしたサプライズを楽しむことができます。トリックの切れ味自体は全盛期と比べると今ひとつな気がなきにしもあらずですが、最後に明らかになる全体の構図には驚かされます。ブラックユーモアの効いたミステリーが好きだという人におすすめです。
ポストカプセル (光文社文庫)
折原一
光文社
2021-04-13


異常探偵宇宙船(前田司郎)
パート主婦・遠藤君江の正体は異常な事件を専門にする異常探偵宇宙船。宇宙人に捕らわれた娘を奪還するため、探偵業を続けているのだ。そんな彼女に小児性愛者殺しの調査依頼が舞い込んでくる。
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果たしてこれをミステリーと呼んでよいのでしょうか?登場人物は、世間の常識からいえば異常者と呼ばれる人たちばかりです。しかも、それを正常者の視点からではなく、異常者の視点から描かれることで、読者の常識は揺さぶられ続けることになります。しかし、それでいながら、アクションあり、謎解きあり、感動ありといった具合に、エンタメのツボはしっかりと押さえているというなんとも不思議な作品です。読者としての資質が問われる異色作です。
異常探偵 宇宙船 (単行本)
前田 司郎
中央公論新社
2018-02-21


ヒトラーの試写室(松岡圭祐)
ナチスのゲッペルスは英国の権威失墜のために映画「タイタニック」の製作をしていたが、どうしても沈没シーンがうまくいかない。そこで、日本から特撮の専門家を招聘するが...。
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ナチス支配下のドイツを舞台にして日本特撮秘話風にまとめた着眼点がユニークです。しかも、史実を巧みに織り交ぜているので、非常に臨場感があります。寒天や鰹節の意外な使い方など、特撮ファンにとっては興味深い内容にもなっています。ミステリーというよりも歴史ドラマとして良くできている佳品です。


虚の聖域 梓凪子の調査報告書(松嶋智左)
警察を辞めて探偵業を始めた凪子に調査の依頼をしにきたのは犬猿の仲である姉の未央子だった。大喧嘩の末、凪子は警察が自殺と判断した未央子の息子の死を再調査することになるが.......。
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ばらのまち福山ミステリー文学新人賞。女性が主人公のハードボイルド作品というのも珍しくなくなってきましたが、本作の場合はそれに加えてタフでもクールでもない等身大の女性が探偵役を務める点に目新しさを感じます。また、自殺事件を洗い直しているうちに意外な方向に転がっていくというプロットもよくできています。リアルタッチの女性ハードボイルドとして堅実な作品です。


シャーロックホームズたちの新冒険(田中啓文) 
探偵にならずに孤独な生涯を過ごすホームズを描いた『ホームズ転生』明智小五郎と明智光秀が死後の世界で邂逅する「ふたりの明智」など名探偵たちのパスティーシュを揃えた作品集の第2弾。
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ホームズを初めとして明智小五郎、正岡子規、黒後家蜘蛛の会会員にトキワ荘の面々といった具合に架空実在織り交ぜて、有名人たちが登場するパスティーシュ作品です。ときにはSF要素をブレンドしつつ、原典の設定をうまく活かしてぶっ飛んだストーリーが展開されるのがなんとも愉快です。その一方で、老年期になって初めてワトソンと出会うホームズのパラレルストーリーは切なくて胸に染み入ります。


宇宙探偵ノーグレイ(田中啓文) 
怪獣惑星で起きた人気怪獣の密室殺人、嘘をつけない天国惑星で起こった連続殺人など奇想天外な事件に宇宙探偵ノーグレイが挑むSF連作ミステリー。  
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罪を犯せないはずの天国惑星で連続殺人が起きたり、脚本通りの生活を送っている惑星で劇中劇が起きたりと、とにかく突拍子もない事件が続きます。一言でいえばバカミスであり、独特のセンスは激しく読者を選びますが、仕掛けは意外とロジカルで最後のオチも秀逸です。ただ、本格ミステリとして楽しむには後出しの情報が多いのが少々難だといえます。とはいえ、作者のセンスと波長が合えば大いに楽しめる一冊です。
宇宙探偵ノーグレイ (河出文庫)
田中 啓文
河出書房新社
2017-11-07


インフルエンス(近藤史恵) 
中学生の友梨は憧れの存在だった真帆を暴漢から救おうとして相手を刺し殺してしまう。しかし、翌日逮捕されたのはかつての親友・里子だった。それから30年の時が流れ......。
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圧倒的な筆力で描かれる数十年に渡るサスペンス。特に、小中学時代特有の閉鎖的な人間関係から生じる歪みのようなものが非常によく描けています。人の悪意と友情をテーマとしており、人間という存在について深く考えさせられる問題作に仕上がっています。ただ、最後のオチが少々唐突だったのが残念です。
インフルエンス
近藤 史恵
文藝春秋
2017-11-27


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