最新更新日2016/01/05☆☆☆

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天下人の茶(伊東潤)
茶の道を追い求めながらも権謀術数を巡らし、天下人・豊臣秀吉を操ろうとする千利休。細川忠興、古田織部など、彼の弟子を通して茶聖と呼ばれた男の裏の顔を描く連作時代小説。
秀吉と千利休の対立と破局、そして、その背景となっている茶の文化が緊張感と説得力をもって描かれています。ミステリー仕立てになっていて、最後に真相が明らかになる構成もをあざやかです。ただ、既存の利休象に慣れ親しんだ人は、そのギャップに違和感を覚えるかもしれません。
天下人の茶 (文春文庫)
伊東 潤
文藝春秋
2018-12-04


竈河岸 髪結い伊三次捕物余話(宇江佐真里)
自らの店を持たない廻り髪結いの伊三次は、同心の小物としての裏の顔があった。そして、月日は過ぎ、長らく仕えてきた不破友之進の息子も成長して自らの小物を持つことになる。その時、伊三次の頭をよぎったのは、目星をつけながらついに捕えることができなかった、かどわかしの下手人のことだった。作者が亡くなったために最終作となったシリーズ15弾。 
派手な展開はありませんが、細やかな描写が心に染み入る安定した作品。現在は、主人公の子供の世代が話の中心になっており、時の流れをかみしめることができるのが、このシリーズの持ち味です。
竈河岸 髪結い伊三次捕物余話
宇江佐 真理
文藝春秋
2015-10-31


我が名は秀秋(矢野隆)
関ヶ原での裏切りにより、 永遠の悪役として歴史に名を残した小早川秀秋。そんな彼にスポットを当て、従来の愚将のイメージとは違う、別の可能性を問うた歴史長編。
今までの秀秋像を覆し、ひとかどの武将として描かれているのが新鮮。合戦や謀略のシーンも読みごたえ十分です。また、ひとりの若者の成長物語としても秀逸。たた、彼を持ち上げる代わりに、豊臣秀吉らの作品内評価が低いのは賛否の分かれるところでしょう。ともあれ、歴史に新しい解釈を試みるのが好きな人にはおすすめの作品です。 
甲州赤鬼伝 (霧島兵庫)
武田家最強軍団として恐れらていた赤備えの部隊。しかし、彼らを率いていた山県昌景は設楽原の決戦で織田軍と戦い、討ち死にする。後を継いだのは14歳の山県昌満。そのひ弱な少年は自らの重責に苦しむが、様々な出会いによって赤鬼と呼ばれるまでの猛将に成長する。しかし、そのころ、武田家はすでに滅びの道を歩んでいた。
なんといっても、主人公の成長物語が秀逸。合戦シーンの迫力と滅びに対する哀切のコントラストも見事。著者はこれがデビュー作ですが、そうとは思えない達者な出来栄えです。
甲州赤鬼伝 (新潮文庫)
兵庫, 霧島
新潮社
2019-11-28


人魚ノ肉(木下昌輝)
坂本竜馬、近藤勇、土方歳三、沖田総司、岡田以蔵etcと幕末京都のスターが総出演。人魚の肉を食べたために妖しにとりつかれ、数奇な運命をたどる人々を描いた8篇の歴史奇譚。
現代に伝わっている歴史上のエピソードを妖しの怪異現象と巧みにリンクさせた発想が面白い。怪異の内容もバラエティに富んでいて、読者を最後まで飽きさせない仕上がりとなっています。歴史ファンタジーホラーともいうべき傑作です。
人魚ノ肉 (文春文庫)
木下 昌輝
文藝春秋
2018-06-08


蓮花の契り 出世花(高田郁)
みをつくし料理帖シリーズで知られる著者のデビュー作、『出世花』の続編にして完結編。父を亡くし、母に捨てられた娘、お縁は世話になっている寺で、遺体を清めて火葬を行う三昧聖の仕事についていた。しかし、ある日、実母のいる桜花堂から彼女を預かりたいとの申し出がある。お縁は普通の町娘としての人生を歩むべきか、三昧聖としての使命を全うするべきかで迷うが・・・。
どれもが、重く切なく、それでいて暖かい色からなる4つのエピソードで構成された連作集です。優しくまっすぐな気持ちを持つお縁の悩みや決断のひとつひとつが心に響くものがあります。全面的にハッピーエンドという作品ではないので、結末には賛否あるでしょうが、最後にお縁らしい決断が描かれているのが印象的でした。
蓮花の契り 出世花 (ハルキ文庫)
高田 郁
角川春樹事務所
2015-06-13


維新の肖像(安部龍太郎)
1932年、アメリカの大学で準教授を務めていた歴史学者の朝河貫一は、中国大陸への進出をすすめる日本を危惧していた。そんな時、彼は父・朝河正澄が残した手記を発見する。それは、戊辰戦争において佐幕派の立場で戦った詳細な記録だった。貫一はそれを元に、小説を書き、明治維新の知られざる真実を明らかにすると共に、現在の危うい日本の根底にあるもを問い直そうとする。
敗者の立場から歴史を描くことで、歴史は常に勝者が塗り替えていっていることが浮き彫りになっていくのが興味深いです。オーソドックスな幕末ものとは逆の立場で書かれているので新鮮な気持ちで読むことができます。ただ、明治維新と世界大戦前の出来事を対比する構成ゆえか、大きな盛り上がりがある前にあっさり終わった感があるのはやや残念です。
維新の肖像 (角川文庫)
安部 龍太郎
KADOKAWA
2017-12-21


狗賓童子の島(飯嶋和一)
大塩平八郎の乱に連座した父の罪によって、壱岐島に流された西村常太郎。彼は庶民のために幕府と戦った履太郎の息子として島民から暖かく迎え入れられた。やがて、成長した常太郎は医師となり、島民のために尽力するようになる。しかし、時は幕末。壱岐にも島の外から不穏な空気が近づきつつあった。
幕末を題材にしつつも、壱岐というあまり知られざる地を舞台にすることで、いつの世も変わらぬ権力の腐敗とそれに苦しめられる民の姿を浮き彫りにしています。とにかく、小説につめこめられている情報量が半端なく、それを丁寧な筆致でひとつの作品に仕上げているので読みごたえは十分。民の生活ぶりやら恐ろしい流行り病の描写などもリアルです。長い物語でつらい描写も続くため、読み切るには体力を必要よしますが、ひとつひとつのエピソードは本用によく描けています。主人公の成長物語であると同時に、幕末から維新へと続く轢死のうねりの本質を庶民の目から描いた優れた歴史小説だと言えるでしょう。
第19回司馬遼太郎賞受賞
狗賓童子の島 (小学館文庫)
和一, 飯嶋
小学館
2019-09-06


起き姫 口入れ屋のおんな(杉本章子)
亭主が浮気相手 と子まで作ったことを知ったおこうは、離縁して実家に戻るが、そこにも居場所がない。乳母だったおとわを頼り、彼女が商いをしている口入れ屋(現代でいう人材派遣業)で働き始めるが、おとわの体はすでに病にむしばまれていた。彼女の死後、おこうは口入れ屋の主人となり、人と人の縁を結ぶ仕事に没頭する。そして、それは自分自身にも新たな縁を招き入れることになるのだった。
お嬢様育ちだった主人公が、人との出会いによって成長していく後味の良い物語です。気の強い女性たちが激しくやり合う場面には、戦々恐々たるものもありますが、基本的に勧善懲悪の物語なので安心して読み進めることができます。強いて問題点を挙げるとすれば、全く経験のなかったおこうが短期間で頼りがいのある口入れ屋の女主人になっているのが、少々できすぎに感じるところぐらいでしょうか。