最新更新日2020/12/22☆☆☆

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本格ミステリの要素が強い作品はタイトル(作者)の右側に本格と記しています
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砂男(ラーシュ・ケプレル)
激しい雪の夜にスコットフォルム郊外の鉄道線路沿いでやせ細った青年が保護される。彼は
ベストセラー作家レイダル・フロストの息子で、10歳のときに行方不明になっていたミカエルだった。ミカエルは砂男に誘拐されたのだと語り、妹のフェリシアがまだ囚われの身だと訴える。13年前に兄妹が行方不明になった際に捜査にあたったのは国際警察のヨーナ・リンナ警部だった。ヨーナはフロスト兄妹の他にも複数の人物が行方不明になっている一連の事件をシリアルキラーの犯行だと考え、ユレック・ヴァルテルという男を逮捕する。彼はスウェーデンで最も厳重な閉鎖病棟で無期限措置入院という判決を受けたものの、消えた人間の行方を口にすることはなかった。ヨーナは彼には共犯者がいると踏んでいたがそれが砂男だというわけだ。砂男とは誰なのか?そして、彼はなぜ兄妹を生かし続けていたのか?ヨーナ率いる捜査チームはフェリシアの監禁場所を掴むため、ユレックのいる閉鎖病棟への潜入捜査に踏み切るが.....。
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ヨーナ・リンナシリーズの第4弾です。いかにも北欧ミステリーらしい陰鬱な雰囲気を纏いながらもスピーディな展開で読者をぐいぐいと引き込んでいきます。特に、本名すらわからないサイコキラー、ユレックの不気味な存在感が半端ありません。前半は静かなサスペンスでじわじわとムードを高めていき、後半に入ると怒涛のアクションが繰り広げられるといった展開がエンタメ作品としてよくできています。同時に、話が進むにつれ、スウェーデンという国の病巣が浮き彫りになっていく作りにもなっており、社会派ミステリーとしても秀逸です。ただ、前半が冗長だと思う人や逆に、後半が安っぽいハリウッド映画のようで荒っぽく感じる人もいるかもしれません。その辺りは好みでしょう。ちなみに、本シリーズは早川書房からの発売が3作で途切れていたところを扶桑社がそのあとを継いだ形になっています。本国ではすでに7作目が発売されているだけに、ぜひこのまま刊行を続けてもらいたいところです。
砂男(上) (海外文庫)
ラーシュ・ケプレル
扶桑社
2019-12-27


天使は黒い翼をもつ(エリオット・チェイズ)
日本軍の捕虜収容所に収容されていた過去を持つティム・サンブレード。彼はルイジアナの採掘リングで数カ月間石油掘りの仕事に従事して少しばかりの金を得ると、小さなホテルに泊って娼婦を呼び寄せた。やってきた女を見てティムは驚く。どうせ来るのは三流どころだとたかをくくっていたのに、ヴァージニアと名乗る女性はとびっきりいい女だったのだ。思わず三日間もホテルを共にし、一緒に町を出た。行きずりの女のつもりだったが、ティムは考えを改める。実は、彼は脱獄囚であり、現金輸送車を襲撃する計画を立てていたものの、それには相棒が必要だった。本来ならその役目は一緒に脱獄を試みた囚人仲間が務めるはずだった。だが、彼は脱獄時に命を落としてしまう。しかし、鼻っ柱の強さと冷静さを併せ持つヴァージニアなら十分に彼の代わりが務まると思えてきたのだ。なにより、ヴァージニアに心惹かれている自分の気持ちは否定できない。彼女に計画を打ち明けたティムは家を借り、工場で働きながら必要な準備を進めていくが........。
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本作は1953年に発表され、ハードボイルド小説翻訳の第一人者である小鷹信光イチオシの作品だったにもかかわらず、未訳のまま長い月日が過ぎてしまいました。そして、アメリカで発売されてから66年後の2019年にようやく日本でも日の目を見たというわけです。物語自体は主人公がファムファタールの美女と出会うことで破滅へと向かって突き進んでいく話で、今となっては新味は全くありません。しかし、悪女であるヴァージニアの造形が巧みで、実に読み応えのあるノワール小説に仕上がっています。特に、一見似た者同士に見えるティムとヴァージニアの言動が食い違い始め、次第に歯車が狂っていく展開が秀逸です。また、前半は良くできた強盗小説として楽しませてくれますし、後半は典型的なノワール小説でありながら結末に向かって二転三転していく意外性も兼ね備えています。小鷹信光が激賞したのもうなずける傑作です。
天使は黒い翼をもつ (海外文庫)
エリオット・チェイズ
扶桑社
2019-12-27


闇という名の娘 THE HULDA TRILOGY♯1 DIMMA(ラグナル・ヨナソン)
アイルランドのレイキャヴィーク警察で、犯罪捜査部の刑事として長年務めてきたフルダ・ヘルナンスドッティル警部は64歳。優秀ではあるものの、性別の壁に阻まれ、出世とは無縁だった。しかも、夫と娘を早くに亡くし、孤独な人生を歩んでいる。ある日、彼女は自分より若い上司から、後進に道を譲るために規定より早く退職するように迫られる。しかたなくそれを受け入れたフルダは残された2週間で未解決事件の再調査をすることになった。彼女が選んだのは1年前に起きたロシア人女性の溺死事件だ。担当刑事の怠慢を疑ったためだが、案の定、売春組織の関与が浮かび上がってくる。果たしてこの事件の裏には一体何が隠されているのだろうか?
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定年間際の女警部の捜査と並行して2つのエピソードが語られていきますが、この構成が実に巧みです。それぞれの物語が本編とどうつながっていくのかが気になり、ページをめくる手が止まらなくなるのです。物語そのものはかなりストレスフルではあるものの、リーダビリティが高くて面白く読めてしまう点に巧さを感じさせてくれます。そして、話が進むにつれ、事件の謎だけでなく、主人公自身の過去や心の闇が次第に明らかになっていくところがこの作品の真骨頂です。事件の真相そのものは比較的単純なのですが、それよりもなによりも、意表をついたラストに驚かされます。イヤミスとしてかなりの完成度を誇る傑作です。ただ、主人公の性格は決して良いとはいえないため、その点に不快感を覚える人がいるかもしれません。ちなみに、本国ではすでにシリーズ化されているとのことで、あのラストからどう話がつながっていくのかが気になるところです。


流れはいつか、海へと(ウォルター・モズリイ)
ジョー・オリヴァーはニューヨーク市警の刑事だったが、身に覚えのない婦女暴行の罪を着せられ、警察を追われることになった。それから10年が過ぎ、私立探偵となっていたジョーに警官殺しの罪で死刑を宣告されている黒人ジャーナリストの無罪を証明してほしいとの依頼が舞い込む。時を同じくして、ジョー自身の冤罪について真相を告白する手紙が彼の元に届く。ジョーはふたつの事件を調べ始め、やがて、ニューヨークの暗部へと分け入ることになるが.......。
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冤罪によって失われた名誉を取り戻し、自分と同じように陰謀のために犠牲になろうとしている人を救うために立ち上がるという、極めてシリアスなテーマの作品です。しかし、だからといって、近年の米国ミステリーにありがちなリアリズム一辺倒というわけではなく、ハードボイルド小説としての魅力に満ちている点がうれしいところです。まず、主人公のジョーを始めとしてみなキャラが立っており、ハードボイルド小説的かっこよさにぐいぐい引き込まれていきます。特に、悪党でありながらジョーに対する恩義を忘れないメルカルトがいい味を出しています。それに、ジョーの娘であるエイジアの存在が荒々しい物語の中にあって、一服の清涼剤として機能している点も秀逸です。それになんといっても、オーソドックスな私立探偵小説を思わせる前半から過激なノワールへと変貌するコントラストの鮮やかさが、読者に忘れ難い印象を与えてくれます。ただ、登場人物が多すぎて覚えきれない点と主人公の目論見どおりに進み過ぎるご都合主義については気になるところです。とはいえ、久々に登場した本格的ハードボイルド小説として見逃せない一本であることは確かです。
2019年エドガー賞最優秀長篇賞受賞


パリのアパルトマン(ギョーム・ミュッソ)
クリスマスシーズンのパリ。人嫌いの劇作家のガスパールと心に傷を負った元刑事のマデリンは、一人になれる環境を求めてアパートの部屋を借りる。ところが、同じ不動産サイトで申し込みをしたところ、予約がダブルブッキングしてしまう。やむを得ず、しばらく同居することになったものの、2人は全く反りが合わずにいがみ合ってばかりいた。だが、このアパートが1年前に亡くなった天才画家の元アトリエであり、未発見の遺作が3点存在することを知ると、協力してその絵を探すことになる。果たして、その絵は一体どこにあるか?そして、その絵に隠された秘密とは?
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いがみ合っていた男女が次第に距離を縮めていくという冒頭のあらすじだけを読むと、典型的なロマンチックコメディのようですが、実際はそんなべとついた話ではありません。かなりミステリー色が強く、画家の死を巡る謎解きがスリリングに描かれていきます。一方、消失した絵の行方に関しても二転三転の展開が続いてページをめくる手が止まらなくなります。しかも、とんでもないオチが待っているというおまけつきです。登場人物の造形の素晴らしさ、テンポの良さ、意外性と三拍子揃った傑作です。
パリのアパルトマン (集英社文庫)
ギヨーム・ミュッソ
集英社
2019-11-20


熊の皮(ジェイムズ・A・マクラフリン)
過去を捨てたライス・ムーアはアパラチア山脈の自然保護区で管理人の職を得て、世捨て人のような生活を送っていた。野生の動植物を観察して記録するという孤独だが穏やかな日々。だが、そんなある日、禁猟区の山中で体を切り刻まれた熊の死体が発見される。闇市場で高額取引されている熊の胆嚢目当ての密猟であることは明らかだった。ライスは犯人を捕らえるべく調査を始めるが、荒れくれもの揃いの猟師たちは非協力的で、味方をしてくれるのは前任者のサラのみ。そのうえ、麻薬カクテルがライスの命を狙って殺し屋を送り込んでくる。ライスが背負っている忌まわしい過去の因縁とは?
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2019年エドガー賞最優秀新人賞受賞作品です。本作の魅力はなんといっても詩情とリアリティを併せ持った濃密な自然描写にあります。読んでいると自分が深い森の中をさまよっているような感覚に襲われ、その情景の中に密猟や暗殺者の存在を浮かび上がらせることで、緊迫感のあるムードを高めるのに成功しているのです。危機がジワジワと迫ってくるサスペンスの盛り上げ方が見事であり、それに立ち向かう主人公を始めとしたタフな登場人物たちの心意気にも痺れます。ただ、シンプルなストーリーの割にかなり長い物語なので少々冗長に感じる部分があるのが玉に瑕です。また、不気味に描かれていた殺し屋との決着があっさりしすぎているのにも物足りなさを覚えます。そういった不満点はあるものの、全体的には極めて完成度の高い、冒険ノワールの傑作です。
熊の皮 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
マクラフリン,ジェイムズ・A.
早川書房
2019-11-06


ネプチューンの影(フレッド・ヴァルガス)

アダムスベルグ署長はある事件の報告を受ける。アルサス地方で殺人事件が起きたとのことだが、死体には海神ネプチューンを思わせる三叉槍の傷跡が残されていたという。しかも、それは弟が恋人殺しの嫌疑をかけられた30年前の連続殺人事件の手口と酷似していたのだ。果たしてこれは30年前の事件と同一犯人なのか、それとも単なる模倣犯なのか?アダムスベルグは気がかりを抱えたまま、研修のためにカナダへ旅立つが......。
◆◆◆◆◆◆
著者は「フランスミステリーの女王」の異名を持ち、しかも、CWAインターナショナルダガー賞を4度も受賞している巨匠です。ちなみに、本作は2004年に発表されたアダムスベルグシリーズの一作で、2007年には著者3度目のCWAインターナショナルダガー賞に輝いています。実際その内容は受賞に相応しいだけの高い水準を誇っています。まず、30年前の連続殺人事件に酷似した事件の謎がなかなか興味深く描かれ、掴みはOKです。特に、海神ネプチューンを連想させる事件というのがクラシカルな本格ミステリのようで引き込まれます。しかし、そうかと思うと研修中のカナダで思わぬ事件に巻き込まれたりと、とにかく展開の起伏が富んでいて飽きさせません。それに、老婦人のハッカーを初めとしてキャラクターも立ちまくっています。一方、ミステリーとしては、なぜ犯人は一見無関係の人々を次々と殺していったのかというミッシングリンクの謎が強烈です。しかも、単なる謎解きものでは終わらず、犯人を追跡するシーンなどはスリリングな展開をたっぷり楽しむことができます。最初から最後まで隙がなく、さすがは女王と呼ばれるだけのことはあります。こうなると、4度目のCWAインターナショナルダガー賞受賞作品である『L'Amee furieuse'』の早期翻訳にも期待したいところです。
2007年CWAインターナショナルダガー賞受賞
ネプチューンの影 (創元推理文庫)
フレッド・ヴァルガス
東京創元社
2019-10-30


カッティングエッジ(ジェフリー・ディーヴァー)
ダイヤモンド専門店で3人の男女が無残に殺される。被害者は婚約指輪を受け取りに来た男女とダイヤモンドの加工職人だった。そして、現場に残されたメモからイニシャルがVLの人物が犯人の襲撃をかわして逃走中だと判断したリンカーン・ライムたちは、その人物を保護すべく行動に移す。犯人は関係者を次々と殺害しつつ、逃走する目撃者を追う。一方、ライムの元には、プロミサーと名乗る人物から婚約したカップルに対する憎悪を表明したメールが届くが.......。
◆◆◆◆◆◆
リンカーン・ライムシリーズの第14弾です。本作は原点回帰的な物語になっており、犯人のダイヤモンドに対する執着はシリーズ第一作の『ボーンコレクター』における骨に対するそれを彷彿とさせます。しかも、その執着を狂気の一言で片付けることなく、ミステリーとしてロジカルに解き明かしている点はこのシリーズならではの魅力だといえるでしょう。また、今回はダイヤモンドがテーマということで、ダイヤに関する蘊蓄がたっぷり散りばめられているのですが、それらのエピソードもなかなか興味深く、作品の雰囲気を盛り上げることに成功しています。もちろん、恒例の二転三転するどんでん返しも健在です。ただ、蘊蓄の部分は興味のない人にとっては冗長に感じるかもしれません。それに、長期シリーズになってきた弊害でパターンを読めるところもあり、一部にマンネリ感を覚えるのは避けられないところです。とはいえ、このシリーズならではの魅力は満載で、ファンなら間違いなく楽しめる内容になっています。
カッティング・エッジ 上 (文春文庫 テ 11-48)
ジェフリー・ディーヴァー
文藝春秋
2022-11-08


雪が白いとき、かつそのときに限り(陸秋槎)本格
冬のある朝、学生寮の庭で少女の死体が発見された。雪に覆われた地面には足跡が全くなかったことから警察はこれを自殺として処理する。しかし、それから5年が過ぎ、いじめ騒動に端を発して、その事件に関するある噂が校内中に広まっていく。寮委員のコ・センセンの相談を受けた生徒会長のフウ・ロキは図書室司書であるヨウ・ソウカンの協力を得て、事件の真相を探り始めるが.......。
◆◆◆◆◆◆
古代中国百合ミステリーとして高い評価を得た陸秋槎の長編第2作です。前作が前漢を舞台にしていたのに対し、本作は現代を舞台にしており、女子高生探偵が活躍する青春ミステリーに仕上げています。前作に続いて百合的な要素に満ちていますが、いじめをテーマにしているだけに、全体的に暗く重苦しい雰囲気になっているのは好みの分かれるところです。その代わり、推理パートにたっぷりと尺が取られているので、本格ミステリファンにとってはなかなか読み応えのある作品といえるのではないでしょうか。雪密室のトリック自体は凡庸であるものの、明快なロジックを経て真相へと至るプロセスは一級の出来です。ただ、過去の事件に対する推理の見事さに比べ、現代の事件に対する解決方法は少々強引さが目立ちます。それから、本作の中でもっとも力が入っているのはおそらくホワイダニットの部分であり、犯人の思いもよらない動機には驚かされます。もっとも、少々唐突感があり、説得力のある動機とは到底いえないものであるため、これに関しても賛否が大きくわかれるところです。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門15位
2020年度本格ミステリベスト10 海外部門4位


メインテーマは殺人(アンソニー・ホロヴィッツ)本格
シャーロック・ホームズのパスティーシュ小説である『絹の家』を脱稿したばかりのアンソニー・ホロヴィッツの元に、以前ドラマの脚本執筆の際に協力をしてもらったホーソーンからの連絡が入る。彼は元刑事であり、退職をした今でも警察の特別顧問のような立場にいる。そして、難事件が起きたときには警察に代わって捜査も行っているのだ。現在彼が密かに担当しているのは資産家の老婦人が絞殺された事件なのだが、その老婦人は殺される前に自分で自分の葬儀を申し込んでいた。ホーソーンは、この謎めいた事件を捜査する自分の姿を記録して本にしてほしいとホロヴィッツに依頼する。最初は断ったものの、あるイベントで女性読者から自作をリアリティがないと酷評されたことから、依頼を受けることにする。かくして、ホロヴィッツは名探偵ホーソーンの記述者となったわけだが、なかなか手の内を見せてくれないホーソーンにイラつき始め......。
◆◆◆◆◆◆
作者は『カササギ殺人事件』で2018年の年末ミステリーランキングを総なめにしたアンソニー・ホロヴィッツです。『カササギ殺人事件』は1950年代の英国の片田舎を舞台にした作中作でアガサ・クリスティ的世界を見事に再現していたわけですが、本作はシャーロック・ホームズの上質なオマージュ作品となっています。まず、探偵役のホーソーンがなかなか手の内を見せてくれないところはいかにもホームズですし、その性格を嫌いながらも美味しい話を逃したくないのでいやいやワトソン役に甘んじている作者との掛け合いはなかなか愉快です。しかも、名探偵の言動に驚いたり、感心したりするだけの従来のワトソン役ではなく、なんとか名探偵を出し抜こうとするワトソン役というのが新鮮です。また、実在の有名人も多数登場するので実名小説として楽しめる一面もあります。しかし、なんといっても見事なのは本格ミステリとしての出来栄えです。数多くの伏線が張り巡らされており、それが終盤に一気に回収されていくさまはミステリーファンに至福の時間を与えてくれます。フーダニットやホワイダニットとしても一級品で、クラシックな探偵ものが好きな人にとっては見逃せない作品だといえます。少々クセの強かった『カササギ殺人事件』よりもストレートな謎解きが楽しめる本作のほうが好きという人も多いのではないでしょうか。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門1位
2020年度本格ミステリベスト10 海外部門1位
メインテーマは殺人 (創元推理文庫)
アンソニー・ホロヴィッツ
東京創元社
2019-09-28


11月に去りし者(ルー・バニー)
1963年11月22日。第35代アメリカ大統領、ジョン・F・ケネディがテキサス州ダラスで殺された。ニューオリンズの裏社会で顔役として知られるフランク・ギドリーはテレビのニュースでその事実を知り、自分に危機が迫っていることに気づく。ボスの命令で1959年式のキャデラックをとある場所に置いてきたのだが、その場所というのが大統領を狙撃した地点のすぐ近くだったのだ。つまり、その車は犯人の逃走用に用意されたものであり、フランクは大統領暗殺の片棒を担がされたことになる。このままでは自分も消されることを確信したフランクは西へと逃走する。そして、その途上で夫から逃げてきた訳あり母娘を拾い、家族を装って旅を続けた。だが、組織が放った殺し屋はすぐそばまで迫っており......。
◆◆◆◆◆◆
主人公の逃走劇を描いたロードノベルですが、物語は主人公のほかに夫から逃げてきた主婦と主人公を追う殺し屋のパートが用意されており、計3つの視点から語られていきます。その内、殺し屋パートの冷酷非情な描写がなかなか強烈で、逃走劇のサスペンスを否応なく高めてくれます。一方、主人公のほうは男の哀愁を漂わせ、小粋な台詞を放つのがなんともクールです。同時に、主人公とヒロインの惹かれあう心情も丁寧に描かれており、ノワールとしてだけでなく、恋愛小説としても上質な作品に仕上がっています。また、その他の登場人物もみな陰影に富んでおり、物語をより濃密なものにしてくれます。ノワール、ハードボイルド、ロードノベル、恋愛小説と読み方によって多彩な顔を見せてくれる、実に味わい深い傑作です。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門6位
11月に去りし者 (ハーパーBOOKS)
ルー バーニー
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-09-17


八人の招待客(Q・パトリック)本格
年末のニューヨーク。とある会社では株主と経営陣が40階にある部屋に集められ、会社合併の件で株主総会が開かれていた。決議自体は何事もなく終了するが、その直後に合併を中止しないと関係者を一人ずつ殺していくという内容の脅迫状が届く。殺害対象となっている七人は、弁護士を交えて善後策を協議するも、その最中に部屋の明かりが落ち、何者かが弁護士を殺害する。しかも、エレベーターは止まり、電話も通じないという状況に陥り、ビルの40階に閉じ込められてしまったのだ。果たして犯人は誰なのか?そして、閉じ込められたメンバーは助けがくるまで生き延びることができるのか?
◆◆◆◆◆◆
1936年発表の『八人の招待客』と1937年発表の『八人の中の一人』という2編の中編を収録した作品集です。ちなみにこれらの作品が日本で紹介されるのはこれが初めてではなく、1950年代に、前者は『ダイヤモンドのジャック』、後者は『大晦日の殺人』というタイトルで雑誌掲載されたことがあります。両作品とも『シャム双生児の秘密』『一角獣の殺人』『ミステリー・ウィークエンド』などと並ぶ『そして誰もいなくなった』以前に書かれたクローズドサークルものの原初的作品です。特に、『八人の中の一人』のほうは『そして誰もいなくなった』との共通点も多く、舞台がビルの40階というのも当時としてはかなりモダンです。一方、『八人の招待客』は姿なき犯人から身を守ろうとするのではなく、逆に、脅迫者を始末するために集められ、脅迫されている側がみな殺意をむき出しにしている点がサスペンスを盛り上げてくれます。ただ、両者とも今読むとさすがに古く感じてしまい、クローズドサークルものとしては『そして誰もいなくなった』ほど洗練されていません。謎解きも中篇故に駆け足気味なのが物足りなさを感じさせます。クラシックミステリーファンにとっては十分興味深い内容ではあるものの、あくまでも資料的価値の意味合いが強い一品だといえます。
2020年度本格ミステリベスト10 海外部門10位


キャッスルフォード(J・J・コニントン)本格
フィリップ・キャッスルフォードは有名な細密画の画家だったが、投機の失敗で財産を失ったあげく、事故によって右手の指も失い、画家としての生命を断たれてしまう。その事故の原因はフィリップに肖像画を依頼していたウィニフレッドが車のドアを閉める際に彼の指を挟んでしまったことにあった。フィリップは娘であるヒラリーの生活をまもるためにウィニフレッドとの結婚を決意。お互いに二度目の結婚で、ウィニフレッドは前夫の残した莫大な遺産を相続していた。ところが、新しい生活が始まるとウィニフレッドとヒラリーの仲が次第に険悪なものになる。また、屋敷を切り盛りしている
ウィニフレッドの腹違いの妹、コンスタンスもキャッスルフォード父娘にはよい感情はもっていなかった。そのうえ、ウィニフレッドの前夫の弟であるローレンスとケネスは彼女の財産を狙っているという。そうした険悪な雰囲気の中、事件は起きる。ケネスの息子であるフランクが試射したライフルの流れ弾が誤ってウィニフレッドの心臓に命中してしまったのだ。不幸な事故だと思われたが、調査の結果、死因となった弾丸はフランクのライフルから放たれたものとは別のものだと判明する。しかも、彼女の体からはモルヒネが検出される。つまり、ウィニフレッドは何者かに殺されたのだ。クリントン・ドルフィールド卿が事件の謎に挑むが.......。
◆◆◆◆◆◆
1932年に発表されたクリントン・ドルフィールド卿シリーズの第10弾です。先に翻訳された『九つの解答(1929)』を読んでもわかるとおり、コニトンの作品にはフェアプレイを重んじた正統派本格ミステリだという特徴があります。本作もその例にもれず、随所に散りばめられた伏線が名探偵の推理によって回収され、パズルのピースを嵌めるかがごとく、事件の全貌があらわになっていくプロセスは非常にスリリングです。クラシカルな探偵小説が好きな人にとってはたまらない作品だといえるでしょう。ただ、現代のミステリーを読み慣れている人にとっては話の展開自体がいささか地味で、その辺りを楽しめるかどうかは好みのわかれるところです。


サイコセラピスト(アレックス・マイクリーディース)
画家のアリシア・ベレンソンは写真家の夫と幸せな結婚生活を送っていたはずだった。ところが、ある日、彼女は夫の顔面に銃弾を5発撃ち込むという事件を起こしてしまうのだった。それ以来、彼女は一言も言葉を発しなくなってしまう。一方、司法心療士のセオ・フェイバーは自分なら彼女の心を開かせることができると信じ、現在の職を捨てて彼女の収容されている施設に就職する。アリシアはなぜ夫を撃ったのか?なぜ言葉を発しなくなったのか?セオは根気よく心理療法と事件の調査を続けるが.......。
◆◆◆◆◆◆
物語は基本的に司法心療士のセオの一人称で進んでいきますが、殺人犯であり、今は言葉を発しなくなったアリシアの過去の日記が時折挿入されている点が強烈なサスペンスとして機能しています。それと同時に、散りばめられた事件のピースが次第には嵌っていき、ラストで驚くべき真相が提示されるという構成のうまさにも唸らされます。一級のサイコサスペンスであり、同時に騙される快感に浸ることのできる超一級の謎解きミステリーです。
サイコセラピスト (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
アレックス マイクリーディーズ
早川書房
2019-09-05


わが母なるロージー(ピエール・ルメートル)

パリで爆破事件が発生する。爆弾を仕掛けた犯人はすぐに警察に出頭してきたが、彼の口から驚くべき事実を聞かされる。パリにはまだ同じ爆弾が6つ仕掛けてあり、ほうっておくと毎日一つずつ爆発するというのだ。犯人の青年、ジャンは爆弾の場所を教えることと引き換えに、殺人の容疑で拘留されている母の釈放と金、そして海外への逃亡を要求する。カミーユ警部は捜査を続けながら、犯人の狙いが他にあることに気づき始めるが.....。
◆◆◆◆◆◆
時系列的には『その女アレックス』と『傷だらけのカミーユ』の間に起きた話で、中編小説ほどの長さしかないことから、カミーユ三部作の2.5話的な位置づけとなっています。ボリュームが少ない分、話はテンポよく進んでスピード感があって良いのですが、物語としての深みにはやや欠けるといった印象です。それでも、富豪刑事ルイを始めとしておなじみのメンバーにまた会えるのはうれしいもので、シリーズのファンなら十分に楽しめる出来に仕上がっています。もちろん、キャラ同士のウィットに富んだ掛け合いも健在です。一方、シリーズ定番の残酷描写は抑え気味なので、その手のシーンは苦手だという人にもおすすめしやすい内容になっています。ジャンル的にはタイムリミットサスペンスで、徐々に謎と焦燥感が増していく展開の面白さはさすがルーメートルといったところです。ただそれだけに、もう新作が読めないというのは少々寂しくもあります。
わが母なるロージー (文春文庫)
ピエール ルメートル
文藝春秋
2019-09-03


厳寒の町(アーナルデュル・インドリダソン)
アイスランドの首都、レイキャヴィク。凍てつくような寒さの中、少年の死体が路上で発見される。死因は腹部の裂傷で、殺人事件であることは明らかだった。少年の名はエリアス。アイスランド人の父とタイ人の母を持つハーフだ。母親は夫と離婚し、エリアスを引き取ってシングルマザーとして生活している。彼女にはもう一人、エリアスの異父兄にあたるニランという息子がいたが、行方がわからなくなっていた。エーレンデュル捜査官を始めとする捜査陣はニランの行方を追うとともに、少年が住んでいたアパートや学校を中心に事件の捜査を始めるが.......。
◆◆◆◆◆◆
アイスランドで絶大な人気を誇るエーレンデュル捜査官シリーズの第5弾です。『湿地』『緑衣の女』『声』『湖の男』と、これまではすべて遠い過去の事件が現代に影響を及ぼすという因縁話がメインとなっていました。それが今回は初めて過去に遡ることなく、現代の事件を追い続けるという作りになっています。その分、本作では現代のアイスランドを取り巻く社会問題がダイレクトに描かれているのです。それだけに、いつものように暗い物語であるのに加えて、切実さが半端ありません。特に、誰も救われないやりきれない真相には読んでる側が打ちのめされそうになります。かなりつらい読書体験となるのは覚悟しておいたほうがよいでしょう。しかし、だからといって、決してつまらないわけではないのです。いくつもの仮説が浮かび上がり、それぞれの可能性を同時に追い掛けていくプロットはこれぞ警察小説といった魅力に満ちています。それに、ラストに向かって一気に伏線回収していく手際も見事です。移民問題を考えるうえでも格好の書となっており、読みどころには困らない佳品です。ただ、過去の傑作と比べるとプロットにやや緊密さが欠けている気がします。その辺りが、『湿地』や『緑衣の女』には今一歩及ばないところではないでしょうか。
厳寒の町
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2019-08-22


イヴリン嬢は七回殺される(スチューアート・タートン)本格
イングランドの森の中に建つブラックヒース館。館では領主の娘であるイヴリン嬢の帰還を祝って仮面舞踏会が行われていた。ある朝、私は目を覚ますが、自分が誰なのかがわからなくなっていた。周囲の者は私のことをドクター・ベルと呼ぶ。ところが、夜になって眠りにつき、再び目を覚ますとそこは同じ日の朝であり、私は執事のコリンズになっていた。さらに、その次には遊び人のドナルドになっていたのだ。どうやら、私は同じ1日を繰り返しながら、意識だけが別の人物に乗り移り続けているらしい。そして、必死に状況を把握しようとする私の前に禍々しい仮面を被った人物が現れ、囁くのだった。「今夜イヴリン嬢が殺される。その真犯人を突き止めない限り、この状況からは抜け出せない」と。私はさまざまな人間に乗り移りながら、なんとか真相にたどり着こうとするが.......。
◆◆◆◆◆◆
英国コスタ賞最優秀新人賞受賞作。タイトルといい、主人公が同じ1日をリピートし続ける設定といい、西澤保彦のSFミステリー『七回死んだ男』を彷彿とさせる作品です。おまけに、人格が移動する設定などは同氏の『人格転移の殺人』の要素が入っていたりします。とはいえ、その2作があくまでも本格ミステリの文法に則った謎解きメインの作品だったのに対し、このイヴリン嬢は情報を収集しながら少しずつ謎を解いていく一方で、ときとして従僕と呼ばれる正体不明の人物に襲われるイベントがあったりと、全体的にアドベンチャーゲームのような作りになっているのです。しかも、情報量が半端なく多いので、メモを片手に読み進めたいところですが、そうなるとますますアドベンチャーゲームじみてきます。実際、その読書体験はアドベンチャーゲームをしているのと似ていて、暗中模索の序盤の段階では何が起きているのかがよくわからず、読み進めるのに苦労しますが、全体像がつかめてくるにつれてぐんぐんと面白くなってきます。読み終わってみると館ミステリーとしてもSF小説としても実によくできている作品だということが理解できるはずです。また、単なる謎解きだけに留まらず、主人公の成長物語という側面もあります。登場人物がやたらと多くて、設定も複雑なので人によっては最後まで読み通すのが大変に感じるかもしれませんが、その苦労に見合うだけの充実した読後感を得られる傑作です。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門4位
2020年度本格ミステリベスト10 海外部門2位
イヴリン嬢は七回殺される
スチュアート タートン
文藝春秋
2019-08-09


休日はコーヒーショップで謎解きを(ロバート・ロブレスティ)
片田舎のピザレストランの常連になったイタリア系アメリカ人が周囲の客たちから、マフィアではないかと疑念を持たれた末に事件に巻き込まれる『ローズヴィルのピザショップ』、銃を手にして押しいってきた男が人質に対して、「憎しみ合う3人の男の物語を書け」と命じる『二人の男、一艇の銃』、1950年代のニューヨークを舞台に、ビートニク詩人である男がコーヒーショップのツケをチャラにしてもらうために探偵役を務める『赤い封筒』など、9編の中短編を収録した作品集。
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本作は2018年に翻訳された『日曜の午後はミステリー作家とお茶を』と作者が同じで表紙のイラストも酷似しており、そのうえ、タイトルも似通っているため、一見続編のような感じがします。てっきり、軽妙なユーモアと鋭い推理を披露して読者を楽しませてくれた”ミステリー作家シャンクスシリーズ”の続きが読めるものと思って手に取った人が多かったはずです。そのため、全く関係のない作品の寄せ集めだと知ってがっかりしたという声も少なくありませんでした。しかし、作品そのものがつまらないかというと、決してそんなことはないのです。むしろ、かなり上質な作品集だといえます。たとえば、『列車の通り道』や『消防士を撃つ』などは史実に基づいたエピソードから見事にミステリーの世界を構築していますし、『二人の男、一艇の銃』は奇妙な密室劇で読者の興味を引っ張った末の鮮やかな決着のつけ方に思わず唸らされます。そして、収録作品中最長の『赤い封筒』は古き良き時代の探偵小説の味わいをたっぷりと楽しませてくれるのですが、それ以上に、探偵役と語り手の噛み合わない掛け合いの楽しさが絶品です。以上のように、ユーモラスな作品から奇妙な味、あるいはブラックなものまで、バラエティ豊かな質の高い作品が並んでいます。いろいろなタイプのミステリーを気軽に楽しみたいという人にはおすすめです。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門7位
2020年度本格ミステリベスト10 海外部門9位
休日はコーヒーショップで謎解きを (創元推理文庫)
ロバート・ロプレスティ
東京創元社
2019-08-09


ひとり旅立つ少年よ(ボストン・テラン)
1850年代のアメリカ。12歳になる少年チャーリーの父親は詐欺師だった。奴隷解放運動の資金集めだと偽り、高名な伝道師であるヘンリー・ウォード・ビーチャーを騙して4000ドルという大金をせしめることに成功するも、その金を狙った2人組の男に殺されてしまう。金を隠し持っていたチャーリーは父を殺した犯人から逃れようとするが、彼らの追跡は執拗だった。周囲の人々の善意によってなんとか危機を脱したチャーリーは、罪滅ぼしとしてカンザスにいる奴隷制度廃止運動家として名高いジェームス・モンゴメリーに金を届けることを決意する。旅の途中、チャーリーの前にはさまざまな困難が立ちふさがり.......。
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少年が旅路の中でさまざまな人と出会い、成長していくという王道的なロードノベルですが、これが実によくできています。まず、悪党だがどこか憎めない父親を初めとして登場人物がみな魅力的です。善人はもとより、悪人から時折垣間見られる善意の片鱗にもぐっとくるものがあります。そして、少年はそんな人々から一見ガラクタのようなものから目に見えない精神的なものまで、さまざまなものを受け取るのですが、それらによって少年がどのように成長していくかが明確に描かれている点が見事です。また、危機また危機の展開も読みごたえがあり、冒険譚としても一級の作品に仕上がっています。奴隷制度擁護派と反対派との血なまぐさい抗争が続いていた時代背景もよく描かれており、充実した読書体験を得ることができる傑作です。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門11位
ひとり旅立つ少年よ (文春文庫)
ボストン・テラン
文藝春秋
2019-08-06


ケイトが恐れるすべて(ピーター・スワンソン)
ロンドンで暮らすケイトは、過去の忌まわしい記憶に悩まされていた。その彼女がボストンにいる又従兄のコービンと半年の約束で住居を交換することになる。新しい地で心機一転を図ろうとするケイトだったが、アパートメントに引っ越してきた翌日に隣室から女性の死体が発見される。しかも、殺された女性の真向かいに住む男や学生時代の恋人だという人物から、彼女はコービンと密かに付き合っていたという事実を告げられるのだった。ケイトはコービンに連絡をとって問いただすが、彼は彼女との関係を否定する。一体嘘をついているのは誰なのか?
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このミス、文春、ミステリが読みたいと、去年のミステリーランキングにおいてすべて2位にランクインした『そして、ミランダを殺す』。2018年に最も話題になった海外ミステリーの一つですが、本作はその著者の新作です。相変わらずサスペンスの盛り上げ方は堂に入ったもので、特に、視点を変えることで同じ場面が全く違った風景に見えるところなどは思わず唸らされます。ただ、犯人の正体はすぐに見当がついてしまい、ミステリーとして大きな驚きはありません。結末も予想の範囲内であり、『そして、ミランダを殺す』と比べるとどうしても物足りなさが残ってしまいます。とはいえ、文章は読みやすく、物語としては十分な面白さを備えています。過剰な期待は捨て、気軽に楽しみたい佳品です。
ケイトが恐れるすべて (創元推理文庫)
ピーター・スワンソン
東京創元社
2019-07-30


黄(雷鈞)本格
盲目の青年、ベンヤミン・ヴィッドシュタインは中国で生まれ、孤児院で育てられていたが、4歳のときにドイツの実業家に引き取られ、その後は何不自由ない生活を送っていた。だが、大学が夏休みに入ったある日、彼は、中国で6歳の少年が両目をくり抜かれて視力を失ったという事件を耳にする。この少年を励ませるのは自分しかいないと考えたベンヤミンは中国への旅を思い立つ。インターポール職員であるお目付役の温幼蝶と共に、彼は中国文明発祥の地といわれる黄土高原へと旅立つが.......。
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本作は台湾の公募新人賞である島田荘司推理小説賞の第4回受賞作です。この作品を読み始めてまず目を引くのが、冒頭で本作に叙述トリックが使用されている事実を高らかに宣言している点です。普通は最後のどんでん返しを鮮やかに決めるために叙述トリックの存在は慎重に隠しておくものですが、そのセオリーを覆した驚くべき大胆さであるといえます。しかも、自信にたがわず、この叙述トリックが実によくできているのです。作中で明らかになる事件の真相は、正直大したものではありません。ミステリー作品においては昔からよくあるパターンです。しかし、真の驚きはその先にあります。最後の最後になって思いもよらない大仕掛けが炸裂するのです。しかも、それは単なるトリックのためのトリックではなく、物語と密接に結びついている点が実によくできています。おまけに、主人公のキャラが立っており、物語としても楽しく読むことができます。今年度の中華ミステリーにおける最大の収穫といっても過言ではない傑作です。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門16位
2020年度本格ミステリベスト10 海外部門6位
黄
雷 鈞
文藝春秋
2019-07-24


ザ・ボーダー(ドン・ウィンズロウ)
麻薬撲滅に生涯を捧げたアート・ケラーは老境に達しながらもついにDEA局長の座につく。麻薬王バレーラは姿を消したまま行方がわからず、空位になった玉座を巡って激しい跡目争いが始まっていた。血で血を争う抗争は収拾の目処が立たず、それどころか、ますます混沌の色を深めていくばかりだった。こうした動きを注視しながらも、ケラーは麻薬戦争の戦地メキシコではなく、狙いをアメリカ本土に定める。麻薬ビジネスの資金源となっている大元を叩こうというのだ。
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壮絶な麻薬戦争の実態を描いた『犬の力』『ザ・カルテル』に続く三部作の完結編です。これまでは麻薬捜査官アート・ケラーと麻薬王アダン・バレーラとの戦いが主軸となっていましたが、本作ではケラーが真の敵をアメリカ国内に定めたことでさらに厳しい闘いが待ち構えています。話が進んでいくほどに緊迫の度合いが増し、暴力の嵐が吹き荒れていきます。その中で、数十人に及ぶ主要人物の
エピソードを重層的にを重ね合わせていき、ドラマに奥行きと深みを与えていくプロットが秀逸です。メインストーリーも脇筋も見事にまとめ上げ、実に読み応えのある群像劇に仕上がっています。一方、物語の後半に現在の大統領を想起される人物が登場する展開に関しては、作者の政治的主張が前に出すぎて全体的なプロットからやや浮いているような気がしないでもありません。しかし、そうした好みの問題はあるものの、この作品には上下巻合わせて1500ページを超える超大なドラマを一気に読ませてしまうだけの力が確かにあります。40年間に渡るドラマを描いた大河シリーズの掉尾を飾るに相応しい傑作です。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門3位
ザ・ボーダー 上 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-07-17


訣別(マイクル・コナリー)
30年以上勤めたロス市警を追いだされるように退職したハリー・ボッシュは、古い知人であるサンフェルナンド市警の本部長に誘われ、無給の予備警官の任につくことになった。その一方で、私立探偵の免許を取り直し、探偵業も開始する。そんなボッシュに人探しの依頼が入る。依頼人は大富豪の老人ホイットニー・ヴァンスで、大学時代に付き合っていたメキシコ人の元恋人と、もし存命しているのなら彼女の子どもを探してほしいというのだ。彼は大学時代に彼女を妊娠させながらも親に仲を引き裂かれ、それ以来会っていないという。ボッシュはその依頼を引き受ける一方で、警察官としての仕事にも着手する。未解決の連続レイプ事件を女刑事ベラ・ルルデスと共に洗い直していくのだが.......。
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定年の歳を遥かに超えても二足のわらじを履いて働き続けるハリー・ボッシュのワーカーホリックぶりが描かれるシリーズ第19弾です。本作では長らく触れられることのなかったベトナム戦争の記憶が事件に影を落とし、シリーズ初期を彷彿とさせる作風となっています。しかも、警察小説と私立探偵小説の両方を一度に楽しめるという贅沢な作りで、どちらも水準以上の面白さをキープしているのが見事です。また、ボッシュに感化されて、周囲の人間が変わっていくさまも人間ドラマとして読み応えがあります。ミステリーとしてもプロットがよく練られており、特に後半のレイプ犯を追い詰めていく展開は緊迫感があって手に汗握ります。マイクル・コナリーならではの円熟の味が堪能できる佳品です。
訣別(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー
講談社
2019-07-12


カルカッタの殺人(アビール・ムカジー)
スコットランド・ヤードのウィンダム警部は第一次世界大戦に従軍した際に負傷し、さらに妻を失ったことで人生に倦み、阿片中毒になっていた。彼は従軍時代の上司に誘われるまま、イギリス統治下のカルカッタに赴き、インド帝国警察に着任する。そして、理想に燃える現地人の若き部長刑事・バネリーとともに英国政府高官殺しの捜査をすることになるのだが.......。
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タイプの違う2人がコンビを組み、それぞれの長所を生かして活躍するという、典型的なバディものです。また、独立運動が激化していた当時のインドの情勢がわかりやすく描かれており、歴史ミステリーとしても興味深く読むことができます。そして、リアルな歴史的背景を絡ませながらも、クラシカルな警察ミステリーとしての面白さをうまく引き出しているのが見事です。脇役たちもみないい味を出しており、社会派的なテーマを内包した上質な娯楽作品に仕上がっています。ちなみに、本作はシリーズ化されており、今後の展開も気になるところです。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門18位


密室殺人(ルーパート・ペニー)本格
伯父の探偵事務所に勤めるダグラス・マートンは派手な化粧をした太った中年女性から依頼を受ける。彼女は大富豪の未亡人であり、名をハリエットという。ここ最近、彼女の周囲で嫌がらせが頻発しているので犯人を突き止めてほしいというのだ。ダグラスは早速、調査のために
ハリエットの住んでいる屋敷に向かうが、そこには彼女の兄と亡夫の母や兄弟たちが住んでいた。しかも、夫の財産はハリエット一人で独占しているという事実が明らかになる。みんなそれぞれいがみ合う仲だったが、その中で異彩を放っていたのが、亡き夫の姪に当たるリンダだった。掃き溜めに鶴という言葉がピッタリの美しい娘で、最初は冷淡な態度を見せていたものの、少しずつダグラスに対して心を開いていき......。
◆◆◆◆◆◆
ルーパート・ペニーはミステリー黄金期後期の1936年にデビューし、8冊の長編ミステリーを残し、そして、黄金期の終わりと共に姿を消した作家です。その最後の作品というのが1941年発表の本作です。ペニーはフェアプレーをモットーとし、エラリー・クイーンのように読者への挑戦を挿入していたことでも知られています。そういう意味では本格ファンにとってはたまらない作家だといえるのですが、惜しむらくは作風があまりにも地味です。本作の場合も密室殺人と銘打たれているのにも関わらず、肝心の殺人事件がなかなか起きずに焦らされます。密室殺人が発生してシリーズ探偵であるビール主任警部が登場するのは本編の半分を遥かに過ぎてからです。そこまで我慢できるかが、本作を楽しめるかどうかの分水嶺となります。その代わり、本格ミステリとしてのクオリティは一級品です。真相が明らかになってから前半部を読み直してみると、いかに用意周到に伏線を張り巡らせているかがわかります。密室トリックも凝りに凝ったもので、密室好きの人なら思わず感心してしまうでしょう。ただ、トリック単体で考えた場合はあまりにも回りくどすぎると思わないでもありません。また、1941年の作品にしても話がいささか古めかしすぎます。それでも、本作には黄金期の芳醇な香りが満ちており、クラシックな謎解きミステリーが好きな人にとっては見逃せない逸品であることは確かです。
2020年度本格ミステリベスト10 海外部門7位
密室殺人 (論創海外ミステリ)
ルーパート・ペニー
論創社
2019-07-03


七つの殺人に関する簡潔な記録(マーロン・ジェイムズ)
1976年12月3日。レゲエミュージシャンにしてジャマイカの英雄ボブ・マリーが襲撃される。総選挙が近づいて政治的緊張が高まる中で、それを緩和するためのコンサートを直前に控えての出来事だった。ボブ・マリーは一命を取り留めるものの、国を二分する2大政党を巡る争いはエスカレートしていく。やがて、アメリカ合衆国も巻き込む騒動は数多くの者が関わり、血にまみれていくことになる。襲撃したギャング、裏で操る政治家、CIA工作員、アメリカの新聞記者etc。彼らの口から語られる真実とは?
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2015年ブッカー賞受賞作品。70名を超える語り手が次々と現れ、しかも、一人一人がアクの強い言葉遣いでしゃべるので最初はかなり戸惑うことになるはずです。しかし、読み方のコツを掴むと先が気になり、ページをめくる手が止まらなくなっていきます。登場する人物はさまざまな層の人間で、しかも、彼らはその立場を代表しているかのように饒舌にしゃべり尽くします。その言語闘争とでもいうべき言葉の洪水から醸し出される臨場感がなんともスリリングです。そして、その中に、ボブ・マリーの暗殺未遂から派生したさまざまな事件を、ときに残酷にときにユーモラスに描き出してく自由闊達な筆の冴えは見事というほかありません。特に、個別に語られていたエピソードが交錯した際の疾走感には心地よさすら感じます。極めて先鋭的な手法で描かれた、他に類を見ない傑作です。
七つの殺人に関する簡潔な記録
マーロン ジェイムズ
早川書房
2019-06-20


刑罰(フェルディナント・フォン・シーラッハ)
人身売買の罪で起訴された犯罪組織のボスという共感不可能な依頼人の弁護をしなくてはならなくなった新人弁護士の苦悩を描いた『奉仕活動(スボートニク)』、ラブドールにイタズラをされて隣人を半殺しにした男の裁判の行方を追った『リュディア』、黒いダイバースーツを身にけたまま浴室で死んでいた男の謎に迫る『ダイバー』など、12の短編を収録した作品集。
◆◆◆◆◆◆
自らの弁護士としての経験に基づき、人の罪とは何か?罰するとはどういうことかという問題を常に問い続けているシーラッハ。本国ドイツでは非常に高い人気を誇っており、2009年にデビューして以来、わずかな期間でクライスト賞を始めとする文学賞主要5冠を受賞しています。本作はそんな作者の最新短編集です。1作当たりの平均ページ数は20ページほどですが、その1作1作に内容がぎっしりと詰め込まれており、小品というには重すぎる読後感が読者の体力をじわじわと奪っていきます。そして、最後まで読み終わった後には疲労困憊でぐったりとしてしまうでしょう。しかし、だからといって、本作がつまらないというわけでは決してありません。むしろ、その逆です。怒り、嫉妬、ねたみ、悔恨といった人間のありとあらゆる負の感情がうずまく裁判所での物語は非常にドラマッチくであり、一瞬たりとも目が離せないほどです。まともに書けばただただ重苦しいだけの話を、いかにすれば劇的に描けるかといった技巧に優れているのです。まず、ドイツの裁判員制度を描いた冒頭の『参審員』からして、その圧倒的な巧さに舌をまくことになります。そして、法が人間を裁く不完全さを問うた『奉仕活動(スボートニク)』、人間の殺意の発露を巧みなプロットで浮かび上がらせた『ダイバー』など、そのあとに続く作品群のすべてが秀作ぞろいなのです。今年度No.1短編集というべき珠玉の傑作です。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門18位
刑罰 (創元推理文庫 Mシ 15-5)
フェルディナント・フォン・シーラッハ
東京創元社
2022-10-19


死者の国(ジャン=クリストフ・クランジェ)
パリの路地裏でストリッパーの死体が発見される。しかも、その死体は耳元まで頬が切り裂かれ、喉には石が詰め込まれており、両手両足は奇妙な形で縛られていたのだ。パリ警視庁のコルソ警視は猟奇殺人として捜査を開始するが、間もなく第2の事件が発生する。2人の被害者には職場が同じで、
ソビエスキという名の元服役囚と付き合っていたという共通点があった。ソビエスキは服役中に絵の才能を開花させて、今は一流の画家となって名を馳せていた。やがて、事件はゴヤの「赤い絵シリーズ」の見立て殺人である事実が明らかになり、コルソは画家であるソビエスキへの疑惑を深めていくが.....。
◆◆◆◆◆◆
ハヤカワポケットミステリ史上最長となる776ページの大長編です。そのため、本を前にしたときにはあまりの厚さに尻ごみをするかもしれません。実際、序盤は地味な警察小説といった趣で少々読み進めるのに骨が折れます。ところが、事件が本格的に転がりだすと、まさかまさかの展開でページをめくる手が止まらなくなるのです。特に、途中で警察小説から法廷ミステリーへとシフトし、被告側と原告側の応酬で事実関係が二転三転するところなどは実にスリリングです。しかも、裁判が決着しても物語は終わらず、コルソの真実を求める旅は続きます。そして、最後におぞましい真相が明らかになったときのインパクトはかなりのものです。ただ、ストレートな残酷描写が多々含まれている作品なので苦手な人は嫌悪感を抱いてしまうかもしれませんし、救いのない展開に重い読後感を覚えるかもしれません。しかし、その反面、ものすごいものを読んだという充足感を味わえる作品でもあります。今年度を代表する屈指の傑作です。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門17位
死者の国 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ジャン=クリストフ グランジェ
早川書房
2019-06-06


1793(ニクラス・ナット・オ・ダーグ)
フランス革命から4年後の1793年。スウェーデンにも革命の余波は広がっており、前年には国王のグスタス3世が仮面舞踏会の最中に暗殺されるという事件が起きていた。そんな折、ストックホルムの湖で男性の遺体が発見される。しかし、それはあまりにも異様だった。四肢が切断されており、目と舌も失われていたのだ。しかも、傷口が治癒していることから、その状態でしばらく生かされていたことが明らかになる。警視庁からの依頼を受けた法律家のセーシル・ヴィンゲは風紀取締官のカルデルと共に捜査に乗り出すが......。
◆◆◆◆◆◆
イギリスやフランスなどと比べ、日本人にはあまりなじみのない北欧の歴史に焦点を当てた歴史ミステリーです。まず、フランス革命が他国にどのような影響を及ぼしたのかがよくわかり、歴史好きの人にとっては非常に興味深い内容になっています。そのうえ、猥雑さと悪臭にまみれた当時のストックホルムの風俗がリアルに描写され、ムードは満点です。正直、ミステリーとしては少々ご都合主義がすぎるものの、先の読めないスリラーものとしてはよくできています。特に、それまでバラバラだった話が後半になって一気に繋がっていくくだりなどは物語を読む快感に満ちています。ただ、主人公が余命いくばくもなかったり、途中で救いのないエピソードが挿入されていたりと全体的に重苦しい展開が続くのは賛否の分かれるところではないでしょうか。それでも、読後感は意外と悪くなく、読み応えのある力作であることは確かです。ちなみに、本作は3部作の第1弾という位置付けになっており、続編の『1974』がどのような展開を見せるのかも気になるところです。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門8位
1793
ニクラス ナット・オ・ダーグ
小学館
2019-06-05


愛なんてセックスの書き間違い(ハーラン・エリスン)
第二次世界大戦のさなか、フランスのバン・ド・ブルタニューで偵察に出たアニー曹長が敵地で孤立し、パニック状態になった彼の脳裏に幼い日の思い出がフラッシュバックする『盲鳥よ、盲鳥、近寄ってくるな!』、ジャズピアニストと彼のマネージャーがジャズの演奏について語っている内に犯罪の臭いが立ち上ってくる『クールに行こう!』、恋人の友人が妊娠させられた話を聞いて義憤にかられた男が相手の男を成敗しようとするも、話が意外な方向に転がっていく『ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない』など、本邦初公開の短編を11篇収録した作品集。
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ハーラン・エリンスは『世界の中心で愛を叫んだけもの』を始めとして、短編小説を中心に優れたSF作品を多数発表した作家です。活躍したのは主に60~70年代ですが、日本では近年再評価の機運が高く、エリンスの作品集としては43年ぶりに翻訳出版された『死の鳥』が、2016年版SFが読みたい!で海外部門1位に選ばれたことでも話題となりました。そんな中、彼の作品群の中で非SF作品だけをピックアップして1冊の本にまとめたのが本作です。ジャンル的には犯罪小説やハードボイルドが中心となっており、そのことによって彼の創作力の源となっている怒りがより先鋭化されているような印象を受けます。まるでキレすぎて意識がぐにゃぐにゃになり、視界の中で魑魅魍魎が蠢きだすといった感じです。そこに描き出されたイメージは鮮烈で、ある意味、前衛的な幻想小説のような味わいがあります。その一方で、尽きることのない怒りのパワーと表裏一体を成すように孤独感や寂寥感が立ち上ってくるのもエリンス作品ならではの特徴だといえるでしょう。特に、『第四戒なし』『盲鳥よ、盲鳥、近寄ってくるな!』『ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない』などはそんなエリンスならではの作風が濃厚に凝縮されており、圧倒されてしまいます。狂気と破滅に彩られたエリンス印満載の傑作です。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門9位
愛なんてセックスの書き間違い (未来の文学)
ハーラン・エリスン
国書刊行会
2019-05-25


金時計(ポール・アルテ)本格
1991年。劇作家のアンドレ・レヴィックは極度のスランプに陥っていた。彼の創作の原点は少年時代に観た映画の予告編にあったのだが、映画のタイトルがどうしても思い出せないのだ。その事実がやがて強迫観念となり、彼の創作を妨げるようになっていく。アンドレは妻が隣人から紹介してもらった映画マニアの哲学者の元を訪ね、精神分析を通じて過去の自分と向き合おうとする。一方、1911年の冬。霧に覆われた山荘には貿易会社の社長であるヴィクトリアが一癖も二癖もある男女が招いていた。そして、事件が起きる。森の中で死体が発見されたのだ。しかも、現場は完全な雪の密室だった。果たして、この事件と1991年の作家の物語はどう繋がっていくのだろうか?
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2018年に発表されたオーウェン・バーンズシリーズの第5弾であり、しかも、前作の「あやかしの裏通り」が2005年の作品なので13年ぶりの新作ということになります。しかし、久しぶりといっても彼の作風は何一つ変わっていません。過去にアルテ自身が何度描いたか分からない足跡のない殺人が発生し、名探偵がその謎に取り組むというお約束の展開が始まります。雪密室のトリックはそれほどインパクトのあるものではありませんが、図解入りで丁寧に解説してくれるところがマニア心をくすぐります。しかし、なんといっても、本作の白眉は1911年と1991年の関係です。この一見なんの繋がりもなさそうな2つのエピソードがまさかの関係でリンクしていく展開には驚かされます。いつものアルテでありながらも、これまでになかった発想でよって書かれた一種の怪作というべき作品です。

2020年度本格ミステリベスト10 海外部門5位


国語教師(ユーディト・W・タシュラー)
作家として活躍中のクサヴァー・ザントは教育省文化サービス局が主催する企画にゲストの1人として参加することになった。作家たちが1週間かけて学校をまわり、生徒たちとワークショップを行おうというのだ。
クサヴァーは訪問先の学校の教師と連絡を取るが、電話に出たのはかつて同棲をしていたティルダ・カミンスキだった。彼は思わぬ再会に喜び、旧交を温めるために文通を始める。その中で、かつてクサヴァーがティルダに対して行った残酷な所業が次第に明らかになってくる。やがて、2人は昔のように、お互いの物語を創作して披露しあうが.......。
◆◆◆◆◆◆
現在と過去が激しく交錯する物語ですが、テンポが良く、わかりやすく構成されているため、読んでいて混乱することはないでしょう。しかも、謎めいた展開が興味深いので、ぐいぐいと物語の中に引きずり込まれていきます。愛の物語をミステリーの謎として描いている点に独特の魅力があり、次第に真実のパーツが組み上がっていくプロットも見事です。最後の反転にも驚かされますし、物語自体にも奥行きを感じられて読み応えがあります。極めて完成度の高いラブミステリーの逸品です。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門10位
2014年ドイツ推理作家協会賞受賞
国語教師
ユーディト・W・タシュラー
集英社
2019-05-24


ディオゲネス変奏曲(陳浩基)
作家志望の男は編集者から「とりあえず一人殺してみようか」と言われる。作品に魂を込めるには殺人の経験がなければならないというのだ。次第にその気になってきた男は殺人計画を練り、母校で密室殺人を実行する。完全犯罪を成し遂げた男は自分の仕掛けたトリックを編集者に対して得意げに話し始めるが......。
◆◆◆◆◆◆
2018年に警察小説の傑作であり、同時に優れた本格ミステリでもある『13・67』が日本で発売され、中国ミステリーの存在を世に知らしめた陳浩基の自薦短編集です。その作風はSF小説からホラー、メタミステリーと幅広く、1冊の本の中で毛色の違ったさまざまな物語を楽しむことができます。しかし、同時にどの作品もミステリーとしてよく出来ており、ごく短いページの中で二転三転のどんでん返しを味わえる点が秀逸です。中にはわずか数ページの作品もありますが、その中にも仕掛けが施されているのには唸らされてしまいます。特に、大学の推理小説の授業で行われる推理ゲームの中でどんどん新しいロジックが生み出されていく『見えないX』が圧巻です。それに、日本のサブカルチャーがよく出てくるなど、日本の読者にも親しみやすく、海外ミステリーが苦手だという人にもおすすめしやすい作品集になっています。国内ミステリーとも既存の海外ミステリーとも異なる、独自の味わいが堪能できる傑作です。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門5位
2020年度本格ミステリベスト10 海外部門3位


アイル・ビー・ゴーン(エイドリアン・マッキンティ)
本部長の不興を買い、スケープゴートとして捜査課から追放されたショーンは警察を辞め、自堕落な生活を送っていた。そんなとき、MI5に所属するケイトが彼と接触する。彼女は、大物テロリストで脱獄中のダーモットの捜索に手を貸してほしいという。彼女がショーンを選んだのは、ダーモットと彼が少年時代に同じ学校に通った旧友だったからだ。期限付きながら捜査課の警部補に復職したショーンは早速、ダーモットの家族や知人に聞き込みを開始する。しかし、ダーモットの元妻・アニーの母親・メアリーから、逆に取引を持ちかけられる。彼女にはアニーの他にリジーという娘がいたのだが4年前に首の骨を折って亡くなっていたのだ。検視をした医師とメアリーは殺人を疑うものの、現場は完全な密室だったため、結局、事故という形で処理されてしまう。つまり、その事件の謎を解けば、ダーモットの居場所を教えるというのだ。果たしてショーンはこの謎を解くことができるのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
刑事ショーン・ダフィシリーズの第3弾です。厭世感に満ちた80年代アイルランドを背景にした主人公のシニカルな語り口がシリーズの魅力であり、本作ではそれに加えて密室殺人も登場します。警察小説とノワールと本格ミステリが同時に楽しめる贅沢な作りで、しかも、それらが空中分解を起こすことなく、渾然一体となって溶け込んでいるのが見事です。トリックの内容自体は大したものではありませんが、物語への組み込み方が巧みです。密室トリックを解明しようとして推理小説を読み漁るシーンなどは笑えますし、皮肉の利いた掛け合いには安定した面白さがあります。それに、事件そのものがいつの間にか歴史のうねりと大きくリンクしていく点もこのシリーズならではです。その中でも、本作は特に完成度が高く、見所満載の快作に仕上がっています。ちなみに、本国では既にシリーズが7作まで発表されており、5作目の『レイン・ドッグ』がエドガー賞のペーパーバック部門を受賞しています。今後の展開が非常に楽しみなシリーズです。


座席ナンバー7Aの恐怖(セバスチャン・フィツェック)
ベルリンに住むネレは出産を間近に控えており、タクシーで病院に向かう。だが、そのタクシーは偽物で、運転手は彼女を牛舎に閉じ込めて監禁する。そして、ネレに対し、「心配しないで、君の母乳がほしいだけだから」と囁くのだった。一方、精神科医のクリューガーは娘に会うためにブエノスアイレスからベルリン行きの旅客機に搭乗する。彼は飛行機恐怖症なのだが、娘のために無理をして飛行機の旅を選択したのだ。ちなみに、座席番号7-Aを選んだのは以前その番号の座席に座っていた乗客が飛行機の墜落事故から生還したという事実があったからだ。しかし、縁起担ぎも虚しく、そんな彼にさらなる恐怖が襲いかかる。離陸直後に携帯電話に着信があり、ボイスチェンジャーを使った声が「飛行機を墜落させなければ娘は死ぬ」と告げるのだった。もちろん、飛行機を墜落させれば乗客乗員662人の命はない。だが、飛行機が無事空港に到着してしまえば、娘とお腹の中の子どもは殺されてしまう。娘の命か乗客の命か。果たして彼の選択は?
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傑作『乗客ナンバー23の消失』に続いて発表されたノンストップサスペンスです。今回も疾走感溢れるテンポの良さは健在で、クリューガ/ネレ/犯人サイドと目まぐるしく視点が代わり、しかも、そのたびごとに話が大きく動くので物語にぐいぐいと引き込まれていきます。さまざまなアイディアでサスペンスを盛り上げ、そして伏線を張り巡らせての謎解きも良くできています。とにかく、謎のつるべ打ちに圧倒され、絡み合う事象の中で読者を惑わす手腕が見事です。冷静に考えればご都合主義な部分もあるのですが、読んでいる間は展開の目まぐるしさに翻弄され、それどころではないのです。どんでん返しの連続ももはや名人芸の域に達しています。あとに残るものは少ないかもしれませんが、読み終わったあとで素直に面白かったといえる、エンタメのお手本のような作品です。
座席ナンバー7Aの恐怖
セバスチャン フィツェック
文藝春秋
2019-03-08


ザ・プロフェッサー(ロバート・ベイリー)
トムの人生は順風満帆だった。大学時代はフットボールで全国チャンピオンになり、卒業後は弁護士として活躍。そして、恩師の導きによって母校の教授となる。だが、老境に差し掛かると同時に人生の歯車が狂い始めていく。教え子とのちょっとした諍いが元で大学を追われることになり、妻を癌で亡くし、現在は彼自身も膀胱癌を患っていた。68歳の彼は半ば生きる気力を失っていたが、そんな彼の元にかつて恋人だったルースが訪ねてくる。彼女はトレーラートラックとの交通事故によって、娘夫婦と2歳の孫を一度に失っていた。そして、事件の真相を明らかにすべく、運送会社を相手に訴訟を起こすつもりだというのだ。助力を求めるルースに対してトムは弁護士事務所を開業したばかりのリックを紹介する。彼こそはトムが大学を追放される原因となった教え子だったのだ。そして、ルースとリックの橋渡しをしたトムはそのまま身を隠すように故郷に帰るが.....。
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年老いて人生に絶望した主人公が教え子のピンチに駆けつけ、巨悪に立ち向かうという、実に分かりやすいエンタメ法廷ミステリーです。最初から最後までお約束の展開で新鮮味には欠けますし、ご都合主義も目立ちます。しかし、一人一人のキャラが立ちまくっており、そんな彼らが後半になって逆襲に打って出る展開には胸がすく思いがします。ミステリーとしては粗が目立ち、はっきりいってB級作品なのですが、読者の感情に訴えかける話運びのうまさは相当なものです。極上のB級作品というべき痛快作です。ちなみに、本国ではすでに続編が発表されており、そちらの情報も気になります。
ザ・プロフェッサー (小学館文庫)
ロバート ベイリー
小学館
2019-03-06


ついには誰もがすべてを忘れる(フェリシア・ヤップ)
本格
記憶が1日しか保持できない”モノ”と2日保持できる”デュオ”という2種類の人間で構成されている社会。人口の7割を占めるモノと少数派のデュオでは教育機会や収入に明らかな格差が生じており、差別問題に発展していた。そんな中で、ケンブリッジを流れる川のほとりで金髪の美女の死体が発見された」。女はソフィアといい、人気作家エヴァンズの愛人らしかったのだが、エヴァンス自信は彼女の誇大妄想だといって関係を否定する。また、容疑者として彼の妻であるクレアが浮上するものの、モノである彼女には事件当日の記憶がない。さらには、事件を追うハンス主任警部も大きな秘密を抱えていた。誰の記憶も信用できない世界の中で、果たして真実はどこにあるのか?
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パラレルワールドを舞台にした、いわゆる特殊設定ミステリーです。物語は、被害者、容疑者、容疑者の夫、捜査担当の警部という4つの視点が次々と変わりながら語られていくのですが、記憶が保持できないという設定上、誰の語りも信用できないという点がえも知れぬサスペンスを醸し出しています。そして、その設定を利用したどんでん返しの連続が実に鮮やかなのです。設定自体は結構無理がありそうなのですが、それを感じさせないのは著者の筆力のなせるわざでしょう。この世界観ならではの心理描写にも説得力があり、特殊設定を存分に生かし切った作品となっています。ただ、それはあくまでもドラマやサスペンスとしての評価であり、ミステリーの仕掛けとしては十分機能しているとはいえず、最後のオチも弱い点は賛否がわかれるところです。どちらかといえば、謎解きよりもサスペンスフルな雰囲気を評価したい作品です。
2020年度本格ミステリベスト10 海外部門8位
ついには誰もがすべてを忘れる (ハーパーBOOKS)
フェリシア ヤップ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-02-16


種の起源(チョン・ユジョン)
ある朝、25歳の青年ユ・ジンは血の匂いで目を覚ます。その直後に義兄から電話があり、「夜中に母から着信が入っていたが何かあったのか?」と尋ねられる。しかし、記憶障害を患っている彼には昨日の記憶がなかった。かろうじて、母が自分を呼んでいたことを思いだした彼は、自身の体が血だらけになっているのに気がつく。しかも、床には赤い足跡が続いている。それを辿っていくと、母が血の海の中で死んでいた。果たして彼女を殺したのはユ・ジンなのか?真実を巡る3日間の捜索が始まる。
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今まであまり例がなかった韓国ミステリーの翻訳本です。著者は女性であり、本国では”韓国のスティーブン・キング”との異名を持つ人気作家として知られています。ちなみに、日本で紹介されるのは本作が初めてというわけではなく、前作の
『7年の夜』も翻訳されています。本国では50万部以上の売上を記録し、映画化もされたベストセラーですが、日本ではほとんど話題になることはありませんでした。しかし、本作はミステリーの老舗である早川書房で発売されたこともあり、ブレイクする予感に満ちています。まず、不気味さ漂う序盤の展開で読者は一気に物語世界に引きずりこまれていきます。また、濃密な描写の積み重ねによって強烈なサスペンスと共に、文学の香りが浮かび上がってくるところなどは“韓国のスティーブン・キング”の名に恥じないものです。そして、何より、多くの謎を内包しながら、やがて思いもよらぬ衝撃の結末へと至るストーリーが圧巻です。とはいうものの、ミステリー作品だからといって、謎解きを期待して読むと肩すかしを喰らうことになります。本作はそういった類の作品ではなく、衝撃を感じる部分は全く別のところにあります。できれば、なるべく先入観を持たずに読んでほしいところです。回想シーンが入り乱れているため、多少の読みにくさはあるものの、そうした難点を補ってあまりある重量級の読み応えを味わえるはずです。
種の起源 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
チョン・ユジョン
早川書房
2019-02-06


黒き微睡みの囚人(ラウィ・ティドハー)
1939年。かつてドイツの有力政治家だったアドルフ・ヒトラーは政争に敗れ、今はウルフと名乗って逃亡先のロンドンで私立探偵を営んでいた。ある日、ユダヤ人の女性から妹を探してほしいという依頼が舞い込む。彼は大のユダヤ人嫌いだったが、金のために依頼を引き受け、姿を消した女性の行方を追う。だが、調査を続けるうちに、ウルフは連続娼婦殺害事件に巻き込まれてしまうのだ。しかも、その事件はドイツ時代の元同志が暗躍するイギリスの暗部へとつながっており....。一方、アウシュビッツで囚人となった作家は夢を見ていた。それは自分をこんな境遇に追いやった男が落ちぶれて私立探偵をしている夢だった。
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”第二次世界大戦でもしナチスが勝利していたら?”という想定は歴史改変ものの王道中の王道だといえるでしょう。小説や映画などでも散々使われてきたネタです。一方で、”ナチスが台頭することなく没落していたら?”という設定はなかなか斬新ではないでしょうか。コロンブスの卵的発想です。それだけでもすでにかなりの興味がわいてきます。しかも、これが非常によくできているのです。ウルフは、ヒトラーと私立探偵という違和感だらけの組み合わせを融合させることでユニークなキャラクターに仕上がっていますし、その他の歴史上の人物もナチスが台頭しなかったために意外な運命を辿るさまが巧みに描かれています。たとえば、本来ヒトラー総統の元でドイツ国家元帥となるはずのヘルマン・ゲーリングは共産主義に傾倒しており、イギリスファシスト同盟のオズワルド・モズレーはマルクス主義打倒を宣言して首相に立候補しているといった具合です。それぞれのifが意外性に満ちており、しかも、かなり説得力があるため、読者はぐいぐいと物語に引き込まれていくことになります。もちろん、それらのifを描きながらも本作の中心に配置されているのはあくまでもヒトラーの探偵物語です。そして、反ユダヤ主義に代表されるヒトラーのルサンチマンが私立探偵という立場に変わることで反骨心あふれる不屈の主人公のように見えてしまうという皮肉が本作最大の魅力だといえるでしょう。さまざまな楽しみ方が可能な、企みに満ちた傑作です。
黒き微睡みの囚人 (竹書房文庫)
ラヴィ・ティドハー
竹書房
2019-01-31


拳銃使いの娘(ジョーダン・ハーバー)
11歳の少女・ポリーの前に突然、刑務所帰りの父・ネイトが現れる。彼は獄中で凶悪なギャングを殺してしまい、組織から命を狙われているという。しかも、彼だけでなく、家族も報復の対象にされており、ネイトが駆けつけたときにはポリーの母と継父は既に殺されたあとだった。このままではポリーも確実に殺されるということで、ネイトは彼女を連れて逃避行の旅に出る。その途上で2人は組織にダメージを与えるべく、組織の上納金を強奪し続けていく。最初は戸惑っていたポリーだったが、いつしか強奪行為に快感すら覚えるようになっていた。組織と警察の両方に追われながら、ポリーとネイトは互いの絆を深めていくが....。
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作者のジョーダン・ハーバーは新人ではあるのですが、テレビドラマの分野ではいくつも人気作品を手掛けている脚本家です。そのため、本作は場面の切り替えが小気味よい、非常にテンポのよい物語に仕上がっています。それに、キャラクターの造形が巧みで、特に、
”金星からきた少女”ことポリーが強盗をしながらたくましく成長していく描写が秀逸です。また、次々と登場する悪役たちのキャラも強烈なインパクトを放つ一方で、血生臭い物語の中で癒しとなっているぬいぐるみの熊も良い味を出しています。何より、今まで一緒に暮らした記憶がほとんどない他人のような親子が次第に絆を深めていく姿が微笑ましく、親子の愛情をテーマとした物語としてよく出来ています。あえて難をあげるとすれば、あまりにもテンポがよくて分かりやすい話だったために作品としてのコクや深みを感じずらいところでしょうか。ストーリーも時折荒っぽさを感じないではありません。とはいえ、そういった点は全体から見れば些細な問題です。余韻の残るエンディングも印象深く、極めて完成度の高いロードムービー的クライム小説だといえるでしょう。
2020年度このミステリーがすごい!海外部門2位
2018年エドガー賞処女長編賞受賞
拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)
ジョーダン・ハーパー
早川書房
2019-01-10


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