最新更新日2018/11/18☆☆☆

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ライトノベルの歴史 Ⅱ.ソノラマ文庫の時代

1980年代も終わりに近づいた頃にはヤングアダルトと呼ばれる小説の需要はますます高くなり、ソノラマ文庫以外の新レーベルが誕生することになります。富士見ファンタジア文庫(1988年~)、角川スニーカー文庫(1989年~)、電撃文庫(1993年~)の3レーベルがそれです。現代でもラノベの中心的存在である有名レーベルはこのタイミングで誕生したのです。その中で最初に主導権を握ったのが富士見ファンタジア文庫でした。富士見ファンタジアはソノラマ文庫にはあまりなかったヒロイックファンタジーを中心としたラインナップを揃え、一躍トップシェアを握ります。ドラゴンクエストの大ヒットなどでファンタジー人気が高まっていたため、世間の需要とジャストフィットしたわけです(より正確にいうと、最初にトップ人気だったのはレーベル立ち上げ前から人気ファンタジー作品を多く有していた角川スニーカーでしたが、スレイヤーズの登場によって富士見ファンタジアに逆転を許してしまいます)。一方、1990年頃にはいよいよライトノベルという言葉が誕生します。名称の起源はパソコン通信だといわれており、すでにネットが影響力を持ち始めたことをうかがわせます。また、ライトノベル作品がコンスタントにテレビアニメになり始めたのもこの時代からです。現在と比べるとその数はまだまだ控えめでしたが、それらの作品は好評を得て、『人気ラノベはアニメ化』という流れを定着させていきます。

1988年

ロードス島戦記(水野良)
ロードス島北東部にある寒村ザクソンは、頻繁に出没するようになった妖魔の存在に悩まされていた。そして、妖魔の脅威から村を守る手段を得るために冒険の旅に出た2人の若者、剣士パーンと神官のエド。最初の冒険を魔術師スレインやドワーフのギムの助けによってなし遂げた2人は帰らずの森でエルフのディードリッドや盗賊ウッドチャックとの邂逅を果たす。やがて、パーティを組むことになった一行はさらなる冒険を繰り広げる。そして、その中で、ロードス島の歴史を裏から操る灰色の魔女の存在を知るのだった。
本作はヒロイックファンタジー小説の人気を定着させた草分け的存在として知られています。名作中の名作というやつです。もっとも、物語自体は当時流行っていたテレビゲームのRPGをなぞったような作りでなんのひねりもありません。その一方で、テンポがよくてキャラの掛け合いなどで飽きさせずに読ませる完成度の高さがあります。小さな山場を常に用意しているのもいかにもRPG的で読者のツボをよく押さえているといえます。なにより、最初から最後までザ・王道を貫いている姿勢が見事です。変な癖がないからこそ、多くの読者を取りこむことに成功し、ライトノベル史上屈指の大ヒット作品となることができたのでしょう。現在の読者が読むとオーソドックスすぎて刺激が足りないかもしれませんが、その後のライトノベルの流れを決めたという意味で極めて重要な作品です。


魔獣戦士ルナ・ヴァルガー(秋津透)
小国リズムベルは世界征服の野望を掲げるダンバス帝国に包囲されていた。剣の達人である第2公女ルナの活躍によってかろうじて侵攻を食い止めていたが、それも限界に達し、もはやリズムベルの命運は尽きようとしていた。ルナは最後の手段として城の地下深くに封印されていた大魔獣ヴァルガーを復活させる。ヴァルガーの圧倒的な力によって帝国軍を撤退させることには成功したものの、ルナはヴァルガーと融合してしまう。このままではお嫁にも行けないと、彼女は融合を解除してもらうために伝説の大魔導士を探す旅に出るが.......。
この時期に大量に発表されたファンタジーラノベの一つですが、ヒロインが怪獣と融合して戦うという設定が異質です。また、どこかズレているキャラクターたち、シリアスなストーリーにギャグを被せる手法、これまでのヤングアダルト小説と比べるとかなり大胆なエロ描写などなど、今後のライトノベルを予見させる要素が散りばめられている点も目を引きます。しかし、この作品を語る上で絶対に欠かせないのが、「最大の脅威」と書いて「いちばんつよいやつ」と読ませるといった自由すぎるルビです。ただ、これは癖になる魅力がある反面、単に読みづらいだけで終わってしまう可能性もあります。そのため、さすがに、これに関しては後に続く者はいなかったようです。とはいえ、本作が後続作品に与えた影響は小さくなく、ラノベの歴史を語る上で欠かすことのできない作品の一つであることは確かです。
魔獣戦士ルナ・ヴァルガー<1>誕生
秋津 透
クリーク・アンド・リバー社
2014-04-25


風の大陸(竹河聖)
かつてアトランティス大陸は大国によって統一されていた。だが、繰り返される災害と砂漠化の進行によって国は分断され、群雄割拠の戦国時代となっていた。そんな中、男装の美少女ラクシはオッドアイを持つ美しい男・ティーエや自由戦士ボイスたちと巡り合う。そして、滅びゆく大陸の命運をかけた、壮大なドラマがいま始まろうとしていた。
本作は富士見ファンタジー文庫の立ち上げ作品の一つであり、誕生したばかりのレーベルを牽引していった人気作です。『ロードス島戦記』とほぼ同時期の刊行ですが、あちらがあからさまにRPGの影響を受けているのに対して、本作は古典的なファンタジーに回帰しているのが印象的です。派手な魔法バトルなどはない代わりに、自然や文化といった異国情緒あふれる風景をしっかりと描き込んでいるのが目を引きます。そのため、最初は退屈だと感じるかもしれませんが、物語が進むにつれてどっぷりと作品世界に浸れるようになっています。設定やキャラクター描写もしっかりとしており、そういった密度の濃さが他のファンタジーラノベと一線を画す本作ならではの魅力です。ただ、シリーズが長期化するに連れてキャラクターが増え、中盤以降、物語展開が散漫となってしまった点は賛否が分かれるところでしょう。


1989年

無責任艦長タイラー(吉岡平)
軍隊一のお調子者として知られるウエキ・タイラー艦長は上官のタイコ持ちとして出世し、お世辞をいうことしか能がない男と思われていた。しかし、いざ実戦となると奇抜な作戦と持ち前の強運によって連戦連勝を繰り返す。そんなある日、敵勢力であるアルゴン帝国の通信衛星と遭遇し.....。
90年代のライトノベルはヒロイックファンタジーが圧倒的な人気を集める一方、スペースオペラも一定の支持を得ていました。しかし、80年代のそれと比較するとマンガチックというか、いささか変化球な作品が多かった印象を受けます。そして、その先鞭となったのが本作を含む『宇宙一の無責任男シリーズ』です。この作品によってライトノベルにおけるスペースオペラの方向性が決まったといっても過言ではないでしょう。とはいっても、本シリーズは表紙の絵から連想されるようなコミカルさだけを強調した作品ではありません。ノリの軽さの裏にはしっかりとしたSF的アイディアが組み込まれており、壮大な物語を楽しませてくれます。キャラクターも一人一人が魅力的で読んでいて飽きません。同人的なノリは好みが分かれるところですが、間違いなくこの時代を代表するライトノベルの一つです。ちなみに、1993年から放送が始まったテレビアニメ版『無責任艦長タイラー』は主人公からして原作とは別人レベルというか、もはや全くの別人であり、90年代に多かった原作レイプ作品の中でもその究極系というべきものです。しかし、そのことによって、逆に新しいファンを開拓し、アニメ独自の人気を確立していきます。マイナー原作や古典を大胆にアレンジしてヒットした作品はいくつもありますが、人気原作でそれをやって成功したのは結構珍しいのではないでしょうか。


フォーチュンクエスト(深沢美潮)
パステル・G・キングは16歳の駆け出し冒険者。大冒険者になることを夢見ながら、現在は詩人兼マッピング係としてパーティのメンバーと一緒に小さなクエストをコツコツこなしていた。そんな、ある日、一行は凶悪で名高いホワイトドラゴンの棲む洞窟に向かうことになり......。
ファンタジー小説といえば壮大な物語が多かった中で、本作はご近所クエストとでもいうべき、等身大の物語に終始しているのが特徴です。剣と魔法の世界といった異世界感覚よりも、保険会社や冒険道具の通販グッズといった現代風要素を強調しています。そうした冒険を身近なものに感じさせる設定が当時としては異質でした。また、全体的にゲームファンを意識した作りになっており、TRPGのリプレイを読んでいるような感覚がより一層親近感を深めてくれます。そして、なにより、どのキャラクターも愛らしさに満ちているため、ほのぼのとした気分で物語を読み進めていくことができます。現代からみると、設定自体に古さを感じる部分はありますが、疲れたときの気分転換などにおすすめしたい作品です。なお、本作はシリーズ化し、1994年には電撃文庫へ移籍、そして現在もなおシリーズは続いています。(※追記:2020年に発売された『フォーチュンクエストⅡ⑪ここはまだ旅の途中』にて完結しました)。
時の果てのフェブラリー 赤方偏移世界(山本弘)
磁気の急激な変化に伴う局地的気象異常、通称スポットが世界各地で起きていた。しかも、スポットの中心では重力や時間の流れまでもが狂っているという。この問題を解決する鍵として期待されているのが11歳の少女・フェブラリーだ。彼女には人間の五感を超越した感覚があり、そこから感じ取った情報を同時に処理する特殊能力を持っていた。フェブラリーは長年普通の少女を演じ続けていたが、人類の危機に自分の身を賭して立ち向かうことを決意する。娘を心配する父親の反対を振り切り、彼女は護衛の軍人と共にスポットの中心へと向かうが.....。
ライトノベルからは定期的に優れたSF作品が登場していますが、本作はその代表的存在です。かなり本格的なSF理論が用意されており、しっかりとした科学考証に基づいて描かれた物語に知的好奇心が刺激されます。また、最初に謎を用意し、それをきっちりと解明していく古いタイプのSFなので古き良き時代の豊潤さを楽しむことができます。その一方で、ヒロインの可愛らしさもかなりなものでそういった意味でも魅力的です。古典SFと古典ラノベを融合させた今では得難いタイプの傑作です。


1990年

スレイヤーズ!(神坂一)
自称・美少女天才魔導士のリナ・インバースは山賊のアジトを襲って財宝を奪ったことで、森で追っ手に囲まれていた。リナにとってはいつものことだった。だが、通りすがりの剣士・ガウリイは彼女が窮地に陥っているものと誤解し、助っ人に入って山賊を一掃する。成り行きから、2人はしばらく一緒に旅を続けることになるが、途中、賢者の石を狙う魔法剣士のゼルガディスと赤法師レゾと対峙することになる......。
本作はライトノベル史上最も重要な作品といっても過言ではない、ライトノベル界のキング・オブ・キングです。この作品が爆発的人気を獲得することにより、ライトノベルの存在は世に広く浸透することになります。同時に、富士見ファンタジアもレーベルとしての人気を高め、90年代のラノベ界を牽引していく存在になったのです。さて、この『スレイヤーズ!』ですが、物語の骨格としては魔導士や剣士が冒険を繰り広げる極めてオーソドックスなヒロイックファンタジーです。一方で、キャラ同士の小気味良いギャグの応酬やヒロインによる噛み砕いた解説によって小難しいファンタジーの世界が解体され、非常に親しみやすいものに変換されている点が当時としては斬新でした。また、コミカルなシーンとシリアスシーンの配分も絶妙で、するすると読んでしまえるテンポの良さがあります。こうした作風は多くのフォロワーを生むことになりますが、この作品を超えたものは皆無だといえます。ちなみに、シリーズ本編は2000年発売の15巻で一応完結となりました。しかし、番外編はその後も続いており、本編の方も2018年に続編の16巻が発売されています。


リュカオーン(縄手秀幸)
遥か未来。バロスの街は獣人たちによって支配されていた。そんな中、サイボーグの大男と人間の少女という奇妙な2人組がバロスを訪れる。人が人の姿を失った遥か未来。世界はなぜこのような姿になったのか。その謎が今解き明かされようとしていた。
本作は『スレイヤーズ!』と同じ、第1回富士見ファンタジア大賞準入選作です。いわば、同期なわけですが、その作風は見事なほどに『スレイヤーズ!』と対極をなしています。あちらが、軽快さの極みにある作品だとすれば、本作は重厚な設定に基づいたハードファンタジーだといえます。ライトノベルというジャンルが確立されようとしている時期にありながら、なんだかソノラマ文庫時代のヤングアダルト小説に先祖がえりした雰囲気すらありました(天野喜孝による表紙絵がそうしたイメージを一層助長させています)。しかし、だからといって、時代遅れの古臭い作品というわけではありません。独特の世界観は唯一無二のものであり、熱気をまとった物語は骨太で非常に読み応えがあります。特に、未来世界につながる過去の大破局はインパクト大です。新人ということで語り口は粗削りなのですが、とにかく、描きたいものをすべて詰め込んだという熱意がビシビシと感じられ、それが物語に力を与えています。結局、時代に選ばれなかったのか、この作者の作品は本作1冊に終わってしまいました。それが残念だと思わせるだけの魅力に満ちた力作です。


ハイスクール重機動作戦(樋口明雄)
東京にある私立の高等学校・青葉台高校がテロリストによって占拠された。しかも、原爆を持ちこんだ彼らは生徒や市民の命と引き換えに、東京サミットの中止を要求してくる。絶体絶命の状況に警察は身動きできない。そんな中、立ち上がる一人の少女がいた。彼女は元傭兵の父親によって鍛えられた無敵の女子高生、羽場由香里だった。
学園を舞台に繰り広げられるミリタリーな展開といえば、『フルメタル・パニック!』辺りが思い浮かびますが、本作はあれよりもさらにギャグ寄りです。キャラクターのほとんどがぶっとんだ性格であり、緊迫した設定の中でネジの飛んだ展開が繰り広げられていきます。物語の整合性などもほとんど無視されていますが、とにかく勢いだけは尋常ではないので何も考えずに楽しむことができます。また、本作はチートなJKが学園で大暴れするラノベのはしりともいえる作品です。そういう意味ではもっと注目されてもよいのですが、4巻しか発売されなかったためか、今ではほとんど忘れられた存在となってしまいました。ちなみに、他の3作のタイトルは『ヴァンパイア特捜隊』『爆風カーニバル』『ハート・オン・ファイア』であり、合わせて青葉台高校映画研究会シリーズと呼ばれています。


1991年

星魔バスター(丘野ゆうじ)
20世紀末。日本では不気味な猟奇殺人が頻発し、人々を震え上がらせていた。しかも、それは単なる殺人事件ではなく、地球支配をたくらむディーヴァ一族が動き出したのだ。それに対抗すべく、かつて他の星においてディーヴァの侵攻を退けた星の者たちが地球に転生・覚醒する。今、地球の命運を賭けた戦いが始まろうとしていた。
ダッシュエックス文庫(2014年~)の前身のスーパーダッシュ文庫(2000~2014年)のそのまた前身というべきスーパーファンタジー文庫(1991年~2001年)から発売された作品です。この時代によくあった光と闇の2大勢力が世紀末を舞台に戦うというハルマゲドンものですが、登場人物が生き生きとしており、テンポもよくてかなり読ませます。また、軽快なギャグシーンがある一方で、グロいシーンもかなり多く、そのギャップも印象的でした。そして、何より、戦士たる主人公たちだけでなく、強大な敵に対してなけなしの勇気を振り絞って立ち向かう一般人の姿も丁寧に描いてたところに本作ならではの味わいがあります。他の主要レーベルと比べて今一つ印象の薄かったスーパーファンタジー文庫を代表する作品です。


ゴクドーくん漫遊記(中村うさぎ)
ゴクドー・ユニコット・キカンスキーは16歳の冒険者。金儲けと美女を愛し、自分の利益のためなら他人の迷惑など全く考慮しない極悪人だ。そんな彼が占い師の老婆と出くわし、命を狙われていると指摘される。それがきっかけで彼はとんでもない陰謀に巻き込まれることになるのだが......。
仲間を平気で売る極悪人を主人公に設定し、それをノワール調ではなく軽いタッチのコメディに仕上げている点が独自の味わいになっています。そのため、主人公もやっていることは結構エグいのにも関わらず、あまり憎々しい感じにはなっていません。あくまでも愛すべき小悪党という雰囲気です。また、テンポが恐ろしく早く癖になる魅力があります。今読むと「ガーン」などといった表現に古臭さを感じ、ストーリーもいささかワンパターンです。しかし、サクサク読める楽しさがあるのは確かで、『スレイヤーズ!』『無責任艦長タイラー』などと並ぶ、90年代ラノベ特有のノリの軽さを体現した作品の一つだといえます。
蓬莱学園の初恋!(新城十馬)
南洋に浮かぶ島がまるごと学校施設になっていて、10万人の生徒が生活している蓬莱学園。その学校の新入生・朝比奈純一は飛行船の双眼鏡から覗いた少女に一目ぼれをしてしまう。「あの娘を見つけるのだ」と奮闘する彼によって蓬莱学園に騒動が巻き起きる。
本作はネットゲームのはしりともいえるプレイバイメイル(郵便で行うTRPGみたいなもの)で大人気となった『蓬莱学園の冒険!』のメディアミックス作品です。この作品を皮切りとしてライトノベル版蓬莱学園シリーズは新城十馬を中心に賀東招二、雑波業など、複数の作家によって書き継がれることになります。なんといってもこのシリーズの魅力は巨大な学園を多くのキャラクターたちが入り乱れて縦横無尽に駆け巡る点にあります。精緻なプロットに基づく折り目正しい物語ではなく、そこにはお祭り騒ぎの雑多な魅力がありました。プレイバイメイルの楽しさをうまく再現した作品だといえるでしょう。ただ、シリーズが諸事情によってクライマックス寸前で中断になってしまったのが残念です。


1992年

〈卵王子〉カイルロッドの苦難(冴木忍)
城塞都市ルナンの王子カイルは卵王子と呼ばれている。理由は彼が卵から生まれてきたからだ。母親はそのショックで亡くなってしまうが、彼自身は王である父の愛情を受けてすくすくと育っていく。ある日、城を抜け出して酒場で酔い潰れた彼は翌朝信じられない光景を目撃する。ルナンで生活していた人々がすべて石になっていたのだ。一体誰がなんのためにこんなことをしたというのか?謎を解明して民を救うため、カイルは一人旅立っていく。
主人公は卵から生まれ、くしゃみをすると馬に変身し、趣味は盆栽といった具合に愉快な属性を多く持っていますが、物語自体は救いのない悲惨なエピソードが盛りだくさんです。ただ、それでも主人公がのんきな性格なので全体の雰囲気はそれほど暗くならずにすんでいます。その辺りは著者ならではの絶妙なバランス感覚だといえるでしょう。重さと娯楽性を両立させる手腕が実に見事です。今読むとさすがにノリの古臭さは感じますが、それを補ってあまりある魅力に満ちた傑作です。


ルナルサーガ(友野詳)
ルナルには7つの月が存在し、それぞれ別の神が住んでいる。そして、どの月を信仰するかによって、自らが取得する呪文や技能に大きな影響が及ぶとされていた。そんなルナルの大地で双子の兄妹・アンディとエフィは新たな物語の導き手となる。彼らは青い爪の女を追って地方都市キーンブルグを訪れるが.....。
90年代にはライトノベルの一種としてテーブルトークRPGのリプレイ集が多く発売されました。本作はその発展形というべき存在で、テーブルトークRPG『ガープス・ルナル』のリプレイをそのまま掲載するのではなく、リプレイに基づいてそれを小説化しているのです。ちなみに、ガープス・ルナルはアメリカで開発されたガ―プスシステムに基づいて作られています。それはともかく、本作を読んでまず目を引くのが緻密に設定された世界の描写です。さすがに、原作がテーブルRPGというだけあって世界観はしっかりしています。世界観の作り込みに関してはこの時代のファンタジーの中でも随一といっても過言ではないほどです。キャラクターも魅力的で、ぐいぐいと物語世界に引きずり込まれていきます。ただ、地に足がつきすぎて『スレイヤーズ』辺りと比べると話の展開が地味と感じるかもしれません。その辺は好みが分かれるところです。
風の歌、星の道(冴木忍)
大陸に存在する7つの王国の一つ、リドルフィ王国は神秘の力を持つという王族に支配されていた。その王家の城に忍び込んだ盗賊ソードは王女のレティシアと出会い、しかも、国王の命令で一緒に旅をすることになってしまう。
天然のお姫様と斜に構えた主人公のコンビが織りなすコメディ色の強いファンタジーです。デコボココンビの珍道中記は奇をてらわない安定した出来で、卵王子と好対照を成す気軽に楽しめる面白さがあります。全2巻とほどよい短さということもあり、王道ファンタジーの入門書としては最適な作品だといえるでしょう。


ロストユニバース(神坂一)
ケインはロストシップ・ソードブレイカーに乗って宇宙を股にかける腕利きのトラブルコンストラクター。あるとき、彼は家出人探しの依頼を受ける。単純な仕事のはずだったが、そこでケインは宇宙の片隅で胎動する邪悪なるものの存在を知ることになるのだった。
『スレイヤーズ!』の作者がデビュー2作目として発表した作品です。ヒロイックファンタジーの『スレイヤーズ』に対してこちらはスペースオペラに挑戦しています。とはいっても、シリアスなストーリーを軸にしながらも、軽快なテンポのドタバタ劇が楽しめる点は『スレイヤーズ』と同じです。ただ、こちらは全5巻なのでコンパクトで引き締まった印象を受けます。終盤が多少駆け足ではあるものの、物語的にもよくまとまっています。一気に読んでしまえるので気軽に楽しむには最適なシリーズだといえるでしょう。

それゆけ宇宙戦艦ヤマモトヨーコ(庄司卓)
アメリカ育ちのクォーターである山本洋子は学業優秀、スポーツ万能の完璧超人。アメリカ人気質の自己主張の強い性格のために教師たちからは疎まれていたが、生徒たちからの人気は高い。しかも、彼女はゲームの腕も超一流で天才ゲーマーとして名を馳せていた。そんな彼女を30世紀からやってきたエンジニアがパイロットとしてスカウトする。洋子は宇宙戦艦を操り、スポーツライクに様変わりした未来の戦争に参加するが....。
90年代スペースオペラとしては『無責任艦長タイラー』と双璧をなす存在です。やはりこの時代ならではの軽さとテンポの良さが目を引きます。ただ、独特のノリと当時のゲームネタなどが多いため、現代の読者が読むとかなり古臭いと感じるかもしれません。しかし、逆に、90年代に青春を過ごした人たちにとっては懐かしい味わいを満喫できる作品でもあります。また、作品の軽さに反してかなり本格的にSF要素を取り入れています。そうしたギャップがこの作品ならではの持ち味だといえるでしょう。ちなみに、本シリーズの富士見ファンタジア版は完結直前に中断されて長らく未完のままになっていましたが、朝日ソノラマから完全版が発売され、2013年に無事完結をしています。


ソーサラー狩り 爆れつハンター(あかほりさとる)
長い戦乱ののちに統一された帝国では魔法が使えるソーサラーたちが特権階級の座につき、庶民を支配していた。そして、一部のソーサラーは度を越した圧政を敷き、庶民を苦しめていたのだ。そんな時、天に代わって悪逆非道のソーサラーを仕置きする3人組が現れる。人呼んでソーサラー狩り。狙った獲物は逃がさないプロフェッショナルたちだ。
あかほりさとるはアニメシナリオライター出身のラノベ作家であり、その特徴は90年代ラノベ作家の中でもひときわ光る軽さにあります。軽さの極みに達した作風といえるかもしれません。「チュドオオン!」とか「ドカアアン!!」といった擬音語をやたら多用し、「本の下半分はメモ帳に使える」と揶揄されるほどに改行が目立ちます。当然、情景描写も最小限にとどめられ、まるでアニメのシナリオを読んでいるようなテンポの良さです。あかほりさとるの作品と比べると、『無責任艦長タイラー』や『スレイヤーズ』辺りは重厚な作風だといえるほどです。当然、本を読み慣れている人にとってはスカスカで読書をした気がしないということになります。しかし、その一方で、その作風は普段小説をあまり読まない層に受け、あかほりさとるはたちまち90年代のライトノベルを代表する作家の一人となっていきます。また、専業のラノベ作家とは異なり、作品のほとんどが自らの企画したアニメのノベライズやメディアミックスの体裁を取っているのも印象的です。代表作の一つである爆れつハンターもまず、自らが原作者となってコミックを発表し、そのメディアミックスという形で小説版をスタートさせています。また、その内容はお色気とテレビアニメ的なお約束を散りばめ、気軽に楽しめる作品になっています。ただ、あかほりさとる作品の多くがそうであるように、このシリーズも未完で終わっているのが残念なところです。
ソーサラー狩り 爆れつハンター―血封印(ブラッドシーリング) (電撃文庫)
あかほり さとる
メディアワークス




はじまりの骨の物語(五代ゆう)
焔の魔術を操る女戦士ゲルダは育ての親であり、恋人でもある魔術師アルムリックとともに雪の女王率いる《冬》と戦っていた。だが、アルムリックの裏切りにあい、味方は壊滅する。ゲルダは復讐の旅にでる。アルムリックを愛しているが故に、その憎しみは一層深かったのだ。
ラノベ的な軽いノリの作品ではなく、美しい文章で綴られた本格ファンタジーです。また、壮大なスケールの物語を1冊で完結させているのですが、詰め込みすぎといった印象は少しもありません。ただただ、濃密なのです。しかも、作者はこの作品を学生時代に書いたというのだから驚かされます。あまりの完成度の高さに本作はファンタジア小説大賞で初めての大賞に輝いています。本格的なファンタジー小説が読みたいという人におすすめしたい作品です。


妖魔夜行(グループSNE)

東京新宿の道玄坂に佇んでいる4階建ての雑居ビルにはあるはずのない5階が存在する。そこにあるバー・うさぎの穴にいけば人間の力では手に負えない事件でも解決してくれるという。なぜなら、そのバーにいるのもまた、人ならざる者だからだ。そして、また新しい相談社がバーの扉を叩く。果たして内気な女子高生・守崎摩耶の誰にもいえなかった秘密とは?
山本弘・友野詳・水野良などといった作家が集結して紡がれたオムニバス作品です。基本ジャンルはホラーで同じ世界観を共有するという縛りがあるものの、作風は作品によってかなり異なっています。しかし、それでいながらあくまでも、緻密に練られた同一の世界観の中の物語であり、どんな作品であってもすべて地続きだという点に独自の面白さがあります。特に、このシリーズの基本設定となっている「人間の想いから生まれた妖怪」がみな個性的で魅力的な点が大きな読みどころだといえるでしょう。90年代の「世界観共有ラノベ」としては蓬莱学園シリーズと双璧をなす存在です。
ディルフィニア戦記(芽田砂湖)
前国王の妾の子であるウィは貴族たちの陰謀によって、王位と命を狙われることになる。城を脱出して単身追っ手と戦うウィだったが、異世界から転移してきた少女リィの助太刀によって命を救われる。リィは恐ろしく腕の立つ少女であり、彼らは協力して王位の奪還を目指すことになるが.....。
国を追われた若き王が国を取り返すために奮闘するというのはいかにも王道ファンタジー戦記といった感じです。一方で、狼に育てられ転移前は少年だったというリィのキャラクターはインパクトがあり、物語のよいアクセントになっています。また、ウィとリィの掛け合いも楽しく、彼らの仲間となっていくキャラもみな魅力的です。勧善懲悪の気持ちがよいファンタジーものを読みたいという人におすすめの作品です。


大久保町の決闘(田中哲弥)ジャポネス
高校3年生の光則は受験勉強に集中できる環境を求めて母の実家がある兵庫県明石市大久保町を訪れる。だが、そこは男がみな拳銃を携帯し、ときとして決闘が行われているガンマンの町だった。光則は驚く間もなく、争いに巻き込まれた揚句、凄腕のガンマンだと勘違いされることになるが.......。
なぜ、大久保町はガンマンの町なのか?そんな説明は一切なく、どんどんストーリーがおかしな方向に転がっていくノンストップアクションコメディです。全編不条理とおふざけのかたまりであり、読者はその滅茶苦茶さ加減に振り回されることになります。それでいて、短いセンテンスを積み重ねていく文章は小気味よく、おバカな登場人物たちも魅力的なキャラばかりなので次第に愉快な気分になってきます。クセがありまくりの作風であるため、決して万人受けするとはいえません。しかし、一度ハマると抜けだせなくなる面白さを持った作品であり、ラノベ史に残るカルト作品の一つであることは確かです。
大久保町の決闘 (ハヤカワ文庫JA)
田中 哲弥
早川書房
2017-10-31


1994年

魔術師オーフェンはぐれ旅(秋田禎信
エリート魔術師だったオーフェンはある事件によって落ちぶれ、今ではもぐりの金貸しにまで身をやつしていた。そんなある日、債務者である兄弟が儲け話を持ち込んでくる。名家であるエヴァーラスティン家で結婚詐欺を働くというのだ。だが、彼らの企みは次女クリーオウによって見抜かれてしまう。そのとき、屋敷にドラゴンが現れる。それはオーフェンが姉同然の存在として探していたアザリーの変化した姿だった。
90年代のヒロイックファンタジーとしては『スレイヤーズ!』と双璧をなす存在です。実際、両者の人気にあやかって『スレイヤーズVSオーフェン』というコラボ作品も発表されました。一体どこがそんなにすごいのかというと、物語自体はオーソドックスで良くも悪くも典型的なこの時代のラノベといった感じです。しかし、キャラ同士の掛け合いが軽妙で圧倒的に読みやすいという点がずば抜けています。また、さりげなく伏線を張って最後にストーリーをひっくり返すといった話づくりのうまさも光ります。いま読み返しても古さを感じさせない不朽の名作というべき存在です。
魔術士オーフェンはぐれ旅 新装版 1
秋田 禎信
ティー・オーエンタテインメント
2011-09-24


SMガールズ セイバーマリオネットJ(あかほりさとる)
22世紀。移民船メソポタミア号が惑星テラツーに不時着する。だが、生き残ったのが男性6名だけだったため、クローニング技術によって子孫を増やすことになる。それから300年。人口は増えたものの、男性だけの社会は限界に達し、人類は徐々に衰退へと向かおうとしていた。一方で、ゲルマニアの総統ファウストは優秀なクローンによる劣等クローンの支配を画策していたのだ。そんな情勢下、ジャポネスの少年・間宮小樽は歴史資料館の地下で女性型アンドロイド・マリオネットと遭遇する。彼女は他のマリオネットと違って自我を持っており、自らをライムと名乗る。しかも、彼女は女性復活の鍵を握る重要な存在だったのだ。
『爆れつハンター』と並ぶあかほりさとるの代表作。本作も例によってメディアミックス前提の作品となっており、OVA、テレビアニメ、コミック版とそれぞれ全く異なる物語を展開しています。その結果、セイバーマリオネットというコンテンツは大ヒットを記録し、あかほりさとるのマーケティング能力がいかに優れているかという事実を証明する形となりました。また、小説自体も、前半は得意のドタバタラブコメとアクション中心の構成で読者を楽しませ、終盤になるとシリアスな展開で感動させるといったメリハリのある転換に上手さを感じます。ただ、今となっては90年代独特のノリに古臭さを感じてしまうのは如何ともしがたいところです。


クリス・クロス(高畑京一郎)
ダンジョントライアルは日本が誇るスーパーコンピューター・ギガントによって作り出された仮想体験型RPGだ。しかも、256人のプレイヤーが同時に、現実と区別のつかない世界で冒険を繰り広げられるという。そして、一般試写に選ばれた参加者たちは未知の世界を存分に堪能する。だが、その冒険の先には血も凍る恐怖が待ち受けていた......。
本作は電撃文庫が主催する第1回電撃ゲーム大賞の金賞受賞作品です。設定的にはソード・アート・オンラインの先駆けといった感じで、VRMMOの世界をいち早くラノベに取り入れた先見の明が光ります。内容的にも後半にいくにしたがってサスペンスフルになっていき、かなり引きつけられるものがあります。終盤になると怒涛の伏線回収が始まり、まさに手に汗握る展開です。ただし、序盤は薄っぺらいラノベ的表現が続くので読むのが苦痛に感じるかもしれません。そこを乗り越えられるかが、この作品を楽しめるかどうかの大きなポイントです。
クリス・クロス―混沌の魔王
高畑 京一郎
メディアワークス
1994-11


1995年

ロケットガール(野尻抱介)
ソロモン諸島のアクシオ島では日本初となる有人ロケットの開発がすすめられていた。しかし、新型ロケットのLS-7は失敗の連続。やもなく、安定した運用が可能な旧型のLS-5で有人飛行を目指すことになる。だが、その機体はパワー不足で人間一人すら満足に宇宙に運ぶことができない。さらに、宇宙パイロット候補生の安川は30キロの減量を指示され、おそれをなして逃げ出す始末だった。そんな折り、研究所所長の那須田は、失踪した父親を探しに島にやってきた女子高生・森田ゆかりと遭遇する。彼女の体重が40kg未満であることを知った那須田は言葉巧みにゆかりに宇宙飛行士の訓練を受けさせるが.......。
16歳の少女が宇宙飛行士にスカウトされるという展開はリアリティ皆無で、文体もキャラクターもいかにもラノベといった感じです。一方、いかにして人間を宇宙まで運ぶかといったメインテーマの部分はかなり本格的に描かれています。しかも、それぞれの要素が反発しあうことなく、きれいにひとつの物語としてまとまっている点が見事です。ライトノベルとハードSFとの理想の融合形がここにはあります。ちなみに、著者の野尻抱介はその後もライトノベル風のハードSFを書き続け、星雲賞の長編部門を2回、短篇部門を5回受賞するという快挙を成し遂げています。


タイムリープ ーあしたはきのう(高畑京一郎)
日曜が終わり、平凡な女子高生・鹿島翔香はいつものように学校へ登校する。だが、彼女はある事実を聞かされて驚く。今日が火曜日だというのだ。どう考えても、月曜日の記憶はない。わけがわからず、自分の日記を確認して見ると、そこに覚えのない文章があった。自分の字で「若松くんに相談しなさい」と書かれてある。若松とは同じ学校に通う秀才と名高い生徒だ。そして、彼に相談すると、若松は彼女の身に起きた現象がタイムリープであることをつきとめるが......。
『ロケットガール』と同じく、ライトノベルに本格的なSFを融合させた作品です。しかも、そのロジカルな構成は謎解きとして良くできており、ミステリーとしても高い評価を受けています。全編に伏線が貼りめぐらされ、最後にそれがすべて回収されるさまは良質な本格ミステリを読んだときと同様のカタルシスがあります。まさに、時間パズルとでもいうべき傑作です。一方、ライトノベルとしてはキャラが薄い点が物足りないと思う人もいるかもしれません。どちらかというと、ライトノベルというよりはジュブナイル小説のような味わいです。その点は好みの分かれるところではないでしょうか。
天高く、雲は流れ(冴木忍)
王家一族の次男坊であるシェイロンは政略結婚を嫌い、17歳のときに家を飛び出した。それから、6年。彼は小さな息子を連れて帰郷する。一族は大騒ぎとなるが、フェイロンはそれ以上に驚愕すべき事実を告げる。この世界に大いなる災いが降りかかろうとしているというのだ。そして、その危機を救うべく、フェイロンは息子のユウファや魔族の青年のパジャらと旅立つことになるが......。
中華風の雰囲気と西洋風の世界観を融合させたごった煮ファンタジーです。主人公一行が各地を巡りながら、世界の危機に立ち向かうという王道展開には安定した面白さがあります。ただ、主人公が完璧超人すぎるのがやや難です。読んでいて安心感がある反面、苦悩や窮地といったものとは無縁なため、感情移入が非常にしずらいのです。しかし、その点は脇役に苦悩を抱える魅力的なキャラが多いので、そちらに感情移入をすれば物語はぐっと面白さを増してきます。キャラクター同士のかけあいも楽しく、親しみやすい文章で書かれている点もグッドです。全体的なまとまりのよさもあり、長めのファンタジーをじっくりと読みたいという人にはおすすめです。


風の白猿神 神々の砂漠(滝川羊)
100年前に起きた人類と機械知性体との戦いで地上の3分の1が砂漠となってしまった世界。戦闘空母”箱舟”の乗組員である少年・古城宴は戦争時代の遺跡を発掘していた。そこで見つけたのは神話の神々を地上に顕現させる究極兵器・神格筺体だった。宴とその仲間たちは慎重に掘り進めていくが、やがて冷凍カプセルの中で眠っている一人の少女を発見する。目覚めた少女は記憶を失っていたため、宴は彼女をシータと名付けるが.......。
本作は第6回ファンタジア大賞にて『はじまりの骨の物語』に続いて歴代2作目の大賞に輝いています。しかも、完結作品限定という応募規約に違反していたにもかかわらずです。いかにこの作品が審査員から高く評価されたかがわかるというものです。実際、本作の面白さには目を見張るものがあります。不思議な少女と出会って冒険の旅が始まるというあまりにも真っすぐな王道展開ではあるのですが、個性的で魅力的なキャラクター、緻密な世界観、燃える展開といった具合に娯楽小説に必要な要素がこれでもかというぐらいに詰め込まれているのです。確かに、今読むと古く感じる部分はあります。しかし、それを補って余りある魅力がこの作品には満ちています。このまま書き続けていれば、大変な傑作になったことでしょう。しかし、待望の続編は四半世紀たった今でも発表されていません。


封仙娘娘追宝録(
ろくごまるに)
仙人の世界に住む娘・和穂は見事試験に合格し、道士から仙人へと昇格する。だが、その喜びもつかの間、彼女は誤って欠陥宝具の封印を解いてしまう。解き放たれた欠陥宝具の数は全部で727。その中には単に役に立たないだけでなく、非常に危険なものまで含まれていたのだ。宝具のほとんどは再び封印されることを恐れ、人間界に逃げ込む。責任を感じた和穂は自ら欠陥宝具の回収の役目を引き受ける。そして、彼女は唯一逃亡をしなかった欠陥宝具の殷雷刀と共に地上に降り立つが.......。
独特の世界観と魅力的なキャラクターたちによって繰り広げられる非常に密度の濃い中華風ファンタジーです。絶体絶命のところからどのようにして逆転するかといった点がよく考えられていて、2転3転する展開には思わず引き込まれていきます。バトルものですが、単に闘うだけでなく、駆け引きも重要な要素になっているのが良い感じです。また、テンポのよさと親しみやすい文章も物語の魅力を一層引き立てています。90年代後半を代表するラノベの一つであり、ヒーローとヒロインが力を合わせて頑張っていくといった王道展開を読みたいという人におすすめの作品です。


1996年

星界の紋章(森岡浩之)
人類が恒星間宇宙船を開発し、その勢力が太陽系の外に及ぶようになってから数百年の時がすぎた。惑星マーティンは突如、「アーヴによる人類帝国」の侵略を受ける。アーヴは遺伝子改造によって生まれた種族であり、すでに人類宇宙の半分を支配していた。マーティンの政府主席だったロック・リンは降伏と引き換えに帝国貴族の称号を手に入れる。彼の息子・ジントは貴族としての教育を受けるため、帝都にある学校に入学することになった。そして、帝都に向かうために巡洋艦ゴースロスに乗り込んだ彼は、そこで皇帝の孫娘であるラフィーラと運命的な出会いを果たすのだが.......。
物語の主軸が主人公の少年と可憐な少女のボーイミーツガールであるため、現代ではライトノベルに分類されている作品です。しかし、特殊な星間航行技術やオリジナリティの高い宇宙での戦闘描写、アーヴの異文化といったディテール描写はハードSFそのものであるといえます。『無責任艦長タイラー』や『それいけ宇宙戦艦ヤマモトヨーコ』などといったライトノベル的スペースオペラとはまた違った味わいのある傑作です。
第28回星雲賞受賞


1997年

召喚教師リアルバウトハイスクール(雑賀礼史)
地上最強の格闘家・南雲慶一郎は海外で武者修行を続けていたが、恩師である藤堂から依頼されて都立高校の英語教師をすることになる。なんと彼はたった一人の問題児に対処するためだけに呼ばれたのだ。訝しげな慶一郎に対して藤堂はいう。「草薙静馬は高校生レベルの問題児ではない」と。藤堂は驚愕すべき話をするが、一方の慶一郎も人にいえない秘密を持っていた。
高校教師が主人公の学園バトルものですが、とにかく、キャラクターがみな魅力的でバトルシーンもスピーディと、非常に熱量のある作品です。しかも、単なる格闘バトルだけでなく、異世界ファンタジーあり、異能力バトルあり、学園コメディありの闇鍋仕様となっています。これだけの要素を詰め込みながら、一つの物語として破綻せずに纏まっているのが見事です。問題は主人公が強すぎてほとんど苦戦をしないので共感や感情移入が難しい点ですが、彼はあくまでも物語における最終兵器的存在です。メインテーマは脇役たちの成長物語にあるのだと考えればよくできた話であるということがわかります。また、もう一つの問題は、物語が進行していくにつれて設定や伏線が膨大なものになり、それを終盤の展開で強引にまとめている点です。これを見事な力技とみるか、打ち切り漫画のような展開と感じるかで評価は分かれそうです。ちなみに、本作は2001年にアニメ化されていますが、原作無視のオリジナル展開&低クオリティ、しかも、主役変更という暴挙によって黒歴史と化してしまいました。しかし、この時代においてそういうことは別段珍しくもなかったのです。ライトノベルが、原作に忠実にアニメ化されるのが当たり前になるのはもう少し先の話になります。


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