最新更新日2018/09/10☆☆☆

Previous⇒2016 年発売!注目の国内ミステリー

本格ミステリの要素が強い作品はタイトル(作者)の右側に本格と記しています
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毎年、記憶を失う彼女の救いかた(望月拓海)
尾崎千鳥は20歳の時に交通事故で両親を失って以来、事故の日が近付くと記憶が事故前に巻き戻るという病に陥っていた。そういうわけで彼女は記憶を1年しか保持することができない。3回目の記憶喪失を体験してから3ヶ月後、彼女の前に一人の男が現れた。彼は千鳥に対してゲームを持ちかける。「1ヵ月デートをして僕の正体が分かれば君の勝ち、分からなければ僕の勝ち」と。
本作品は第54回メフィスト賞受賞作品です。メフィスト賞と言えば、グロテスクでマニアックな作品を連想する人もいるかもしれませんが、本作は極めて真っ当な恋愛小説に仕上がっています。そのままテレビドラマにしても違和感がないほどで、恋愛ミステリーといっても「イニシエーションラブ」のようにラストですべてが反転してしまうような作品ではありません。「すべての伏線が愛」と謳われているように、張り巡らされた伏線は最後の感動を際立たせるために用意されたものです。あくまでも恋愛ストーリーが主でミステリー要素はそれを補強する素材にすぎません。そのため、強烈などんでん返しを期待していた人にとっては肩すかしをくらう可能性が高いのですが、逆に言えば、クセがなくて幅広い層にすすめやすい作品でもあります。
サハラの薔薇(下村敦史)
峰隆介率いるエジプト調査隊は苦労の末にようやく目的のミイラが眠っている石棺を発見する。しかし、そのミイラは数千年前のものではなく、死後わすか数カ月しか経過していなかったのだ。一体、この死体は誰のものなのか。峰は飛行機でフランスへ向かうが、今度はその飛行機が砂漠に墜落。生存者6名はオアシスをめざすことになる。しかし、仲間割れが起きて殺し合いが始まり.....。
冒頭から事件が起き、その後も怒涛の展開が続く、ノンストップアドベンチャー小説です。特に、飛行機が砂漠に落ちてからは、「地中海上空を飛んでいた飛行機がなぜ砂漠に墜落したのか?」「副操縦士が拳銃を握り締めて死んでいたのはなぜか?」といった具合に謎また謎の展開に引き込まれます。とにかく、ストーリーが進むごとにいろいろな謎が出てきてそれが物語に独自の疾走感を与えています。さらに、砂漠に出てからはピンチの連続でページをめくる手が止まらないといった感じです。これは実によくできたエンタメ小説だといえるでしょう。ただ、緊迫感満点のわりに、最後はあっさりと事件が解決してしまうのでその辺に物足りなさが残るかもしれません。ともあれ、気軽に楽しむには最適の作品であることは確かです。
サハラの薔薇 (角川文庫)
下村 敦史
KADOKAWA
2019-12-24


本格ミステリ戯作三昧ー贋作と評論で描く本格ミステリ十五の魅力(飯城勇三)本格
名探偵・神津恭介の元を訪れた男は自分のことを墨野隴人だと名乗る。そして、神津恭介に向かって推理勝負を挑むが、神津恭介にそれを受ける気はないようだった。それから3ヵ月ほどたったある日、墨野隴人から密室殺人が起きたという知らせが入り、神津恭介は改めて勝負を申し込まれる。得意げに密室トリックを解き明かす墨野隴人に対して神津恭介は......。
ディクスン・カー、高木彬光、島田荘司など。東西の有名ミステリー作家への論評と彼らの贋作を並列させることで、ミステリ評論の新たな地平を切り開いた意欲作です。基本的には評論集なのですが、その間に挿入されている贋作が、本家の特徴をよくとらえており、大いに楽しめるパスティーシュ集にもなっています。しかも、通常のパスティーシュであれば元ネタの特徴を大げさに誇張するところですが、ここに収録されている贋作に関してはその傾向は極めて薄く、できるだけ原典に忠実であろうとしているところにミステリー愛を感じます。本格ミステリマニアにとっては必読の一冊だと言えるでしょう。
明智小五郎回顧談(平山雄一)
ある日、60代になった明智小五郎の元を旧知の仲である蓑浦が訪ねてくる。警視庁を退職して現在は『警視庁史』の編纂を手伝っているという。しかも、蓑浦はそれを完成させるため、警視庁と深い関係のある明智小五郎の話を聞かせてほしいというのだ。こうして明智小五郎の口から語られた彼の半生はまったく驚かされることばかりだった。「彼の父親は誰なのか」「書生風情の男が颯爽とした紳士になったのはなぜなのか」「たびたび大陸に渡って明智はどこで何をしていたのか」などなど。長年謎とされてきた明智小五郎の秘密が今明らかに!
本作は江戸川乱歩研究の第一人者である平山雄一氏が自らの研究成果をフルに生かして書きあげたパロディーッシュであり、乱歩の原作では語られなかった明智小五郎の人生における空白記を豪快かつ緻密な解釈で読者の前に提示しています。また、この作品の面白いところは歴史上の人物も乱歩以外の作者が書いた創作上の人物もおかまいなく作中に登場する点です。そのため、どの人物が明智小五郎とどんな関わりを持つのかが楽しみで読んでいてわくわくします。少しあれもこれもと詰め込み過ぎのきらいはありますが、それでもサービス精神満載の力技には感服するほかありません。そして、出来上がった作品は単なる乱歩作品のパロディにとどまらず、虚実織り交ぜんた近代日本史になっている点が見事です。もちろん、どんでん返しも鮮やかでミステリーとしても楽しめる作品になっています。ただ、他の作家の登場人物が何の説明もなく突然活躍をし始めたりするので、ミステリー初心者にはついていけない部分があるかもしれません。できれば注釈などをつけてもらいたかったところです。
明智小五郎回顧談
平山 雄一
ホーム社
2017-12-15


皇帝と拳銃と(倉知淳) 本格
皇帝と称される大学教授が恐喝者を消すために完全犯罪を企てる。ところが、死神じみた風貌の刑事が現れ、彼を追い詰めていく......。 
本作は犯人視点で事件のあらましを描くいわゆる倒叙ミステリーの連作集です。しかし、警察側がロジカルに犯人を追い詰めていき、また、犯人の手の内を読者に隠しているエピソードもあるため、本格ミステリとしても楽しめる作りになっています。特に、論理に論理を重ねて真実にたどり着く「恋人たちの汀」が秀逸な出来です。刑事コロンボや古畑仁三郎を彷彿とさせる作風ですが、探偵役の乙姫警部のキャラにオリジナリティがあるのでそれらとはまた違った面白さがあります。
2019年度このミステリーがすごい!国内部門14位
皇帝と拳銃と (創元推理文庫)
倉知 淳
東京創元社
2019-11-11


サーチライトと誘蛾灯(櫻田智也)本格
定年を迎えた吉森はボランティアで夜間の公園の巡回を行っている。その夜も無断で公園に入り込んだ昆虫マニアやカメラを手に隠れていた不審者などを追い出していた。しかし、その不審者が翌朝死体となって発見されて......。
泡坂妻夫の亜愛一郎シリーズをリスペクトした連作ミステリーです。とぼけた男を探偵役に据えた軽妙なやりとりは本家の雰囲気をかなり再現していると言えます。また、ミステリーとしても本家のような超絶技巧の要素こそ乏しいものの、堅実で十分楽しめる出来に仕上がっています。
サーチライトと誘蛾灯 (創元推理文庫)
櫻田 智也
東京創元社
2020-04-21


消人屋敷の殺人(深木章子)本格
岬の先端の絶壁に建てられた武家屋敷。そこでは明治9年に政府転覆の謀議のために集まった一族が、憲兵隊に包囲された中で忽然と姿を消すという怪事件が起きていたのだ。現在、その屋敷は人気作家の別荘として使用されている。だが、そこを訪ねた女性編集者が不可解な失踪を遂げ、その3ヶ月後には謎の招待状によって5人の人物が集められるが......
設定から雰囲気までコテコテの探偵小説を思わせ、土砂崩れが起きてクローズドサークルまで成立しまうのですからこの手の作品が好きな人にはたまらない展開のはずです。それなのに、なかなか殺人事件が起きない上に語り手がコロコロ変わっていくので前半は読み進めるのに苦戦してしまうかもしれません。しかし、その読みにくさはさは仕掛けが張り巡らされているためで、気がつくと作者の罠にがんじがらめにされています。仕掛け自体はそれほど独創的なものではありませんが、その配置の仕方が抜群なのです。作者の卓越したテクニックが光る本格ミステリの佳作です。
消人屋敷の殺人 (新潮文庫 み 64-1)
深木 章子
新潮社
2020-04-25


ミステリークロック(貴志祐介)本格
「ゆるやかな自殺」「鏡の国の殺人」「ミステリークロック」「コロサックスの鉤爪」の4編からなる防犯探偵榎本シリーズの第4弾。
密室トリックへのこだわりは相変わらずで、本作でもさまざまなアイデアを駆使して読者を楽しませてくれます。ただ、謎の解明には何らかの専門知識が必要となっており、しかも、中には文章で説明されただけではよくわからない難解なトリックも混ざっているため、その辺りで賛否がわかれそうです。その点、最後の「コロサックスの鉤爪」は謎解きもシンプルでわかりやすく、物語としてもなかなかグッとくるものがある好編です。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門4位
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門4位
ミステリークロック
貴志 祐介
KADOKAWA
2017-10-20


屍人荘の殺人(今村昌弘)本格
大学のミステリー愛好会の葉村と会長の明智は映画研究会の合宿に参加することになる。ところが、彼らは肝試しの最中にとんでもない事態に遭遇し、別荘での籠城を余儀なくされるのだった。そんな緊急事態の中で密室殺人は起こり、状況はますます混沌の度合いを深めていくが......
本作は第27回鮎川哲也賞の受賞作ですが、前回の受賞作で本格ミステリファンの絶賛を浴びた「ジェーリーフィッシュは凍らない」に勝るとも劣らない力作に仕上がっています。また、両作品はいずれも特殊な状況におけるクローズドサークルが描かれており、その状況下でしか成立しえないトリックを用いているという点でも共通しています。読み比べてみるのも一興かもしれません。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門1位
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  1位
屍人荘の殺人 (創元推理文庫)
今村 昌弘
東京創元社
2019-09-11


教場0(長岡弘樹)
名刑事として知られる風間公親の元には研修を終えたばかりの新人刑事たちが送られてくる。彼らはみな何らかの形で刑事としての才能を持った有望株ばかりだ。長岡はそんな彼らに「こんな謎も解けないのなら交番勤務からやり直せ」と冷たく突き放すが、その裏でさりげなくヒントを与えて、彼らの成長を見守っていく。
『教場』は風間が警察学校の教官として生徒たちの思惑を見抜いていく様をミステリー仕立てにした異色作品でした。その題材の斬新さもあって大きな話題となり、年末の各ミステリーランキングでも上位を記録しています。本作はその前日談をまとめた連作集であり、風間の刑事時代を描いています。実際の事件を扱っているため、『教場』と比べると普通のミステリーに近い雰囲気です。ちなみに、本作は倒叙ミステリーの形を取っており、犯人は最初から明らかにされています。その犯人をいかにして追い詰めていくかというのが6つの短編に共通するパターンです。とはいうものの、本作の主眼はあくまでも事件を通じての新人刑事の成長であり、風間とその教え子との関係性が大きな部分を占めている点は過去のシリーズと同じです。ただ、登場する新人刑事はみな優等生ばかりなので、問題児の生徒との駆け引きが見所だった『教場』と比べるとやや物足りないものを感じます。一方で、倒叙ミステリーとしてはそつなくまとめられていて、まずまずの佳品に仕上がっています。ちなみに、本作では風間がなぜ義眼になったのかが明らかにされており、シリーズのファンにとってはその辺りも読みどころだといえるのではないでしょうか。
ホワイトラビット(伊坂光太郎)
誘拐グループの一員である兎田は愛する妻と満ち足りた日々を過ごしていた。しかし、ある日、その妻が何者かに誘拐されてしまう。彼女を取り戻すにはある人物を見つけ出す必要があるのだが、手違いによって兎田は後に白兎事件と呼ばれる立てこもり事件を引き起こしてしまうのだった。
章ごとに語り手を変え、同時に時系列も入れ替えていくことで読者をミスリードしていくおなじみの伊坂ワールド。その世界が高いレベルで構築されている作品です。しかも、物語のテンポが良く、事態が緊迫するほどコミカルさが増すという読んでいて楽しい作品に仕上がっています。途中で混乱しそうになる場面もありますが、それも最後に伏線が回収されるとすべて腑に落ち、すっきりした読後感を味わえます。ただ、その一方で、技巧に走りすぎて作り物めいた点が苦手という人も一定数はいるでしょう。とは言え、完成度が高い作品であることには間違いなく、ファンにとっては心から楽しめる一冊となっています。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門2位
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  8位
ホワイトラビット (新潮文庫)
伊坂 幸太郎
新潮社
2020-06-24


ブルーローズは眠らない(市川優人)本格
両親から虐待を受けていた少年は遺伝子研究を行っている博士の一家に救われ、そこで助手として働くことになる。一方、ジェーリーフィッシュ事件の後に閑職に回されたマリアと漣は絶対不可能と言われていた青いバラを同時期に開発した博士と牧師についての調査を依頼される。ところが、両者への聞き取りを行った直後、密室状態の温室で無残な事件が起こった。切断された生首、温室内で縛られた生存者、そして、「実験体72号がお前を見ている」と書かれた血文字が意味するものとは?
第26回鮎川哲也賞を受賞し、年末のミステリーランキングでも高い評価を得た「ジェリーフィッシュは眠らない」の続編です。前作ほどの大胆なトリックはないものの、伏線や細かい仕掛けを張り巡らせて完成度の高い本格ミステリに仕上がっています。2作続けてレベルの高い作品を発表したことからも作者の地力の高さがうかがえます。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門11位
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  5位
ブルーローズは眠らない (創元推理文庫)
市川 憂人
東京創元社
2020-03-12


マスカレード・ナイト(東野圭吾)
ホテルコルテシア東京では大晦日にカウントダウンパーティーを開催しており、パーティー参加者は自由にコスプレをして新年を待つことができるようになっていた。ところが、そのパーティー会場に、ある殺人事件の犯人が現れるとの密告状が警視庁に送られてくる。かくして、このホテルで潜入捜査をした経験のある新田刑事はホテルコンシェルジュの山岸尚美と再びコンビを組むことになるが......。
ホテルコルテシアを舞台にしたマスカレードシリーズの第3弾。さすがは国内屈指の人気作家だけあって、矢継ぎ早にさまざまなイベントを起こし、読者を退屈させない手管は見事です。しかも、個々の小さなエピソードが最後に一つの結末に収斂していくプロットは名人芸の域だといえます。ただ、ストーリテラーとしてのうまさに対して、ミステリーとしてはいろいろ無理の目立つ部分も見受けられ、その点が少々残念ではあります。


ディレクターズカット(歌野昌午)本格
コインランドリーで無関係な若者をぼこり、ファミレスでは怒鳴りつけて店長に土下座を要求する。無軌道な暴走を繰り返す若者グループのリーダー・虎太郎が何者かに刺された。一命は取りとめたもののなぜか彼は警察や救急車には連絡せず、学生時代の先輩であるテレビの制作ディレクターの長谷見に連絡する。実は一連の暴走行為はテレビ番組用のやらせであり、刺されたのも長谷見の仕込みだと思ったからだ。いくらなんでもやらせで人を刺すことはないものの、話を聞いた長谷見は警察よりも先にスクープをものにしようと考える。やりずぎの報道の結果、長谷見は謹慎処分になるものの、彼の暴走はさらに過激さを増し.....。
殺人鬼をやらせ番組のテレビディレクターが追跡するというのが物語の主軸です。しかし、単なるサスペンスものかと油断していると終盤で予想外のどんでん返しを喰らうことになります。この一撃がなかなか強烈です。さすがは歌野マジックといったところでしょうか。ただ、前半におけるDQNたちの言動はかなり読者を不快にさせるものなのでこの作品を楽しめるかどうかはそこを乗り越えられるかどうかにかかっています。
ディレクターズ・カット
歌野 晶午
幻冬舎
2017-09-07


巨大幽霊マンモス事件(二階堂黎人)
本格
ミステリー愛好会の会合でシュペア老人から聞いた巨大マンモスの目撃談と不可思議な密室殺人。その謎に二階堂蘭子が挑む。二階堂黎人作家25周年記念作品。
しばらく低迷の続いていた著者ですが、本作はなかなか読みごたえのある佳作に仕上がっています。謎が派手で著者の特徴が存分に発揮されている力作と言えるでしょう。ただ、タイトルにもなっている巨大マンモスの謎の真相は大したことはなく、人によっては失望を覚えるかもしれません。一方で、足跡のない殺人のトリックはかなりインパクトあり、本作の最大の見どころとなっています。
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  16位
機龍警察 狼眼殺手(月村了衛)
高級料亭での会食中に男たちが何者かに射殺される。その一人が疑獄事件の渦中の人物だったため、捜査一課、捜査二課、特捜部での合同捜査となる。内部に複雑な軋轢を抱えながらも懸命に捜査を続けていくが、それを嘲笑うかのごとく関係者が次々と殺されていく。さらに、事態は全く別の様相を見せ始め...。機龍警察シリーズの第6弾。
これまでの話でそれぞれのキャラクターが掘り下げられてきましたが、本作ではそれを踏まえた上での濃厚なドラマが展開されています。そのため、派手なアクションシーンなどはほとんどないにも関わらず、組織内部の静かな抗争、謎の暗殺者との駆け引きといった要素だけで、シリーズ最長の物語をぐいぐい引っ張っていきます。まさにシリーズ最高傑作と言っても過言ではありません。ただ、このシリーズの特徴と言えるSF、ロボットという要素が本作では極めて希薄なため、「これでは機龍警察である意味がない、普通の警察小説にすぎない」と感じる人もいるかもしれません。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門3位
地獄の犬たち(深町秋生)
警視庁を揺るがす重大な秘密を握る巨大暴力団組織の会長・十朱。彼を抹殺するために潜入捜査官の出月は名前も顔も変えて組織に潜り込む。そして、殺しも辞さないその激烈な仕事ぶりが評価され、ついには会長のボディガードに抜擢される。死と隣り合わせの危険な状況が続く中、果たして出月は無事任務を遂行できるのか...
劇画調の荒唐無稽な設定ながらもテンポの良さと二転三転する展開で読者に退屈する間を与えず、かなりのスリルを感じさせてくれます。しかも、生々しいバイオレンスが続く冷徹な世界の中で熱い友情が描かれていることにより、物語に一本芯を通すことに成功しています。登場事物たちのキャラクター造形も見事で一級のエンタメ作品と言える出来です。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門12位
マツリカ・マトリョシカ(相沢沙呼)本格
マツリカさんに命じられて学校の怪談を調査していた柴山は2年前に起きたという密室状態の美術室で女生徒が襲われた事件に行き当たる。そして、再び発生する密室での怪事件。容疑者となってしまった柴山はクラスメイトと共に密室の謎に挑むことになるが......
廃墟に住む謎の美少女と冴えない少年がコンビ組んで様々な謎に挑むシリーズ第3弾。
1作目、2作目は女王様然としたヒロインが探偵役を務めるいかにもライトノベル風の軽ミステリーといった趣だったのですが、初めての長編作品となる本作で一気に化けました。ミステリーとしても青春小説としてもぐっと完成度が高まり、特に密室の謎に対するアプローチが秀逸です。今回は探偵役のマツリカがなかなか姿を現さないために一般生徒が集まって密室の謎を解こうとトライ&エラーを繰り返すという今までのシリーズとは異なる展開を見せます。しかし、このプロセスが多重解決の趣向になっていて楽しませてくれます。そして、真相に到達する際のロジックも実に鮮やか。今後の展開も気になる要チェックのシリーズです。
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  14位
盤上の向日葵(柚月裕子)
天木山中で発見された白骨死体には初代菊水月作の将棋の駒が残されていた。この死体は誰で一体ここで何があったのか?二人の刑事が事件を追い、やがて明らかになったのはエリート棋士上条桂介の悲しい過去だった。死体発見から4ヶ月後。刑事たちは世紀の一戦が行われている竜昇戦の会場に向かう。そこで彼らが見た光景とは...
刑事たちの地道な捜査と名を成した男の悲しい過去を交互に描き出していくプロットは松本清張の名作「砂の器」を連想させます。しかも、桂介の過酷な半生と対局シーンの緊張感が醸し出す異様な迫力はその名作をも超えるほどです。刑事たちを始めとする登場人物も魅力に満ち、一度読み始めると続きが気になってページをめくる手が止まらなくなります。謎解きミステリーとしての魅力は希薄ですが、壮絶な人間ドラマとして高く評価できる作品です。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門9位
盤上の向日葵(上) (中公文庫 ゆ 6-1)
柚月 裕子
中央公論新社
2020-09-24


いくさの底(古処誠二)本格
第二次世界大戦の中期、ビルマを平定した日本軍は北部山岳地帯にあるヤムオイ村に警備隊を派遣する。重慶軍の侵入報告が度重なっているため、監視強化がその目的だった。出迎えた村長は恭順の意を示し、助役たちも軍には協力的な姿勢を見せていた。ところがその夜、隊長の賀川少尉が何者かに鉈で首を切り落とされて殺害されたのだ。一体、誰が何にために?疑心暗鬼にかられる中、軍の面目を保つために彼の死は隠蔽される。だが、殺人はさらに続き、事態は深刻の度合いを増していく......
戦争ミステリーと言いながら戦闘シーンは一切なく、淡々とした文章で事件の推移が綴られていきます。非常に地味な作品ながらも、新事実が明らかになるたびに状況が二転三転し、やがて意外な犯人とその動機にたどりつく展開は非常にスリリングです。これは戦場でなければ起きえなかった事件あり、その全貌が明らかになった瞬間、この作品が戦争ミステリーと呼ばれる真の意味が浮かび上がってきます。既存の本格ミステリや戦争小説とは一線を画した異色の傑作です。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門5位
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  11位
第71回日本推理作家協会賞受賞
いくさの底 (角川文庫)
古処 誠二
KADOKAWA
2020-01-23


AX アックス(伊坂幸太郎)
兜は標的を冷静沈着に始末していく超一流の殺し屋である。だが、その反面、妻に頭が上がらない恐妻家で、家族に秘密にして行っている殺し屋の仕事も早く辞めたいと思っている。実際は引退に必要な金を稼ぐために仕方なく仕事をこなしているだけなのだ。そんなある日、彼は思わぬ襲撃を受け...
「グラスホッパー」「マリアビートル」に続く殺し屋シリーズの第3弾。かなりハードなストーリーが展開される一方で、凄腕の殺し屋のくせに妻の言動にビビりまくる主人公のギャップが笑えます。しかも、恐妻家の一面も家族を愛する故のものだということが分かってきて、最後には「おもろうとやがて悲しき」を地で行く展開になり、かなりぐっとくるものがあります。
AX アックス (角川文庫)
伊坂 幸太郎
KADOKAWA
2020-02-21


タフガイ(藤田宜永)
1974年、私立探偵の浜崎順一郎は偶然、旧友の安藤石雄と出会う。その縁で浜崎は失踪中の彼の義妹探しを依頼されるが、彼女は頭を撃ち抜かれて死体となって発見された。その犯人を追おうとする浜崎は安藤から事件にかかわるなと制止される。一体この事件の裏には何が隠されていつのか...
喝采に続く浜崎順一郎シリーズの第2弾です。前作と同じく本作も昭和の郷愁を強く感じされるクラシックなハードボイルドミステリーに仕上がっています。しかも今回は男同士の友情が主軸になっているため、渋みの深さがより際立っているのが印象的です。ただ、力強い筆致でテンポよく語られる物語は十分面白いのですが、登場人物が多すぎて人間関係が把握しづらいのが難です。また、本筋に関係ない描写が多く、結果として少しダレてしまう部分も多いように感じました。本作も力作には違いありませんが、完成度から言えば「喝采」の方が一歩上といったところです。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門14位
紅城奇譚(鳥飼否宇)本格
第16回本格ミステリ大賞を受賞した「死と砂時計」は死刑囚ばかり集められた監獄を舞台にした異色作でしたが、本作も戦国時代真っ只中の九州の城で残酷な不可能犯罪が繰り広げられるという変わり種です。しかし、あくまでもトリック優先の作品なので歴史小説としてのリアリティには期待しない方がよいでしょう。また、最後の大仕掛けは完全にバカミスの域に頭を突っ込んでおり、これが楽しめるかどうかによっても評価はわかれそうです。
2018年度本格ミステリベスト10国内部門  16位
紅城奇譚
鳥飼 否宇
講談社
2017-07-13


帝都大捜査網(岡田秀文)
昭和11年夏。帝都東京で次々と刺殺死体が発見される。しかも、最初の死体には数多くの刺し傷があったのに、事件が起きるたびに傷の数が減っていくのだ。これは一体何を意味するのか。
最初はミッシンクリンクものの本格ミステリなのかと思うのですが、すぐに犯人視点に話が移るため、謎の答はあっさりと読者に開示されます。その後は犯人サイドのデスゲームが始まり、サスペンスミステリーの様相を呈してきます。そうした展開もなかなか読みごたえはあるのですが、タイトルとストーリーの齟齬がちょっと大きすぎるようにも感じます。そのため、戦前を舞台にした警察小説を期待して読むと大いに肩すかしを喰らうことになるでしょう。しかし、この作品の真骨頂はラストの反転にあります。はっきりいって、本筋とはなんの関係もないどんでん返しなので「だから何?」と思う人も少なくないかもしれません。しかし、全く意表をついたオチであるため、油断しているとかなりの衝撃を受けることになります。この一発ネタに興味があるという人は玉砕覚悟で手にとってみてはいかがでしょうか。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門16位
帝都大捜査網
岡田 秀文
東京創元社
2017-07-28


わざわざゾンビを殺す人間なんていない(小林泰三)
本格
全人類がウイルスに感染した結果、死を迎えると誰もが活性化遺体、つまりゾンビなる世界となった。そんなある日、重大な研究成果の発表を目前に控えていた活性化遺体の研究者が完全な密室の中で突然ゾンビとなるという事件が起きる。研究者の身に一体何が起きたのか?騒然とする現場に謎の女探偵が姿を現す。果たして彼女は事件を解決へと導けるのだろうか?
ゾンビのいる世界を題材としたミステリーは今やそれほど目新しいものではなくなりました。しかし、本作の場合、人間だけでなく動物も死後はすべてゾンビになり、家畜などは油断しているとゾンビ化した個体に襲われてすぐに全滅してしまうなどといった独自設定がユニークです。食肉不足の問題を解決するために野良ゾンビ狩りが黙認され、ゾンビの踊り喰いなる描写まであるのはこの作品ならではでしょう。スプラッター描写が苦手な人にはおすすめできませんが、ある程度耐性のある人なら突き抜けた世界観を楽しむことができるはずです。それに比べてミステリー部分はどうしても軽め。特殊設定下ならではの謎解きを見せてくれるものの、目新しいトリックがあるわけでもなく、むしろミステリーに使われていないゾンビ設定が多いことにもったいなさを感じます。ミステリーファンというよりもむしろゾンビマニアにおすすめしたい作品です。
Y駅発深夜バス(青木知己) 本格
過去に長編ミステリー「偽りのが学舎」を発表しながらそのままフェードアウトした青木知己氏の10年越しの再デビューデビュー作品。運行していないはずの深夜バスに乗った男が不思議な体験をする表題作、発症すると伝染して必ず9人が死ぬという奇病の恐怖を謎解きと融合させた「九人病」、アリバイトリックを用意した犯人がアクシデントに見舞われて悪戦苦闘を繰り広げる「特急富士」など5つの短編が収録されています。すべてテイストの異なる作品でありながらどれも短編ミステリーの教科書というべき端正な仕上がりで、完成度の高い作品集になっています。
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  9位
Y駅発深夜バス (創元推理文庫)
青木 知己
東京創元社
2023-05-19


探偵さえいなければ(東川篤哉)本格
烏賊川ゆるキャラコンテストに集まったゆるキャラの一人、ハリセンボウのハリー君がテントの中で殺される。犯人はワシオさんかヤマメちゃんかはたまた亀吉くんなのか?(『ゆるキャラはなぜ殺される』)借金返済に困った博士は言葉を話せるロボットと一緒に犯罪計画を練るが...(『博士とロボットの不在証明』)息子の嫁の浮気調査をしてほしいと女性からの依頼が入る。ところが、息子の家を訪ねるとその本人がバラバラ死体になって死んでいた。しかも現場は完全な密室だったのだ(『とある密室の始まり終わり』)など5作を収録した連作ミステリー。
奇怪な事件ばかり起きる烏賊川市舞台にした人気シリーズの第8弾です。このシリーズの特徴であるユーモアの味付けは健在で謎解きの面白さをうまく引き立ています。中でもベストと言えるのがゆるキャラ殺害事件をゆるキャラが解決する『ゆるキャラはなぜ殺される』でしょう。ゆるキャラの特徴をうまくミステリーに落とし込んでおり、楽しい作品に仕上げています。逆に、『とある密室の始まりと終わり』のブラックすぎる味わいも忘れ難いものがあります。他の作品もすべて水準以上であり、堅実で安心して楽しめる短編集です。
名探偵は嘘をつかない(阿津川辰海)本格
舞台は警察庁の下部組織として探偵機関が存在するパラレルワールドの日本。性格の悪さで知られる名探偵・阿久津透に自らの犯罪を隠蔽したという疑惑が持ち上がる。彼に対する弾劾裁判が開かれる中、阿久津の助手を務めていた火村つかさが姿を現す。刑事だった兄を見殺しにされたことから袂をわかっていた彼女は、阿久津を弾劾する側に回っていたのだ。
作者の阿津川辰海氏は本作執筆当時は現役の東大生。ミステリーの新人賞であるKAPPA-TWoを見事受賞し、プロの作家としてのデビューを果たします。ちなみに、KAPPA-TWoは講談社のメフィスト賞の後追い企画として光文社が始めたKAPPA-ONEを再スタートさせたもので、同賞でプロデビューを果たした石持浅海氏や東川篤哉氏が選考委員を務めています。
まだ作者の年齢が20歳そこそこということで文章が若干硬く感じるものの、決して文章力がないわというわけではありません。特殊設定の世界を破綻なく書きあげ、プロットもよく練り込まれています。そして、肝心のミステリーの部分も緻密なロジックを積み上げて真相に至るというかなりストレートで切れ味鋭いパズラーに仕上がっています。あえて難をあげるすれば、ライトノベル的な細かいネタを盛り込みすぎているせいで作品全体の雰囲気がいささかくどくなっている点でしょうか。しかし、いずれにしても今後が楽しみな作家であることは確かです。
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  3位
名探偵は嘘をつかない (光文社文庫)
阿津川 辰海
光文社
2020-06-10


義経号、北溟を疾る
1881年、明治天皇が北海道に行幸する際に乗ることになる義経号。しかし、幕府同心上がりの屯田兵たちがその列車を襲撃するとの情報が入ってくる。元新撰組の斎藤一こと、藤田五郎がそれを調査することになるが...
85歳の大ベテランによる歴史冒険ミステリー。かなり長い作品ですが、文章が軽快でそれを感じない面白さです。義経号襲撃のシーンは緊迫感がありますし、ミステリーとしても終盤の伏線回収の手際が見事です。また、藤田五郎が今は亡き土方に思いを馳せる場面などは新撰組のファンにとっては琴線に触れるものがあるのではないでしょうか。さらに、藤田五郎とコンビを組む法印大五郎を始めとして登場人物たちもいきいきと描かれており、読み応えのある作品に仕上がっています。
開化鐡道探偵(山本巧次)本格 ※文庫化の際に『開化鉄道探偵』と改題
明治12年夏。京都・大津間で建設中の逢坂山トンネルでは落石事故などの不審な出来事が相次いでいた。この工事を成功させるためには一刻も早く真相を究明する必要があったが、長州閥の局長・井上勝は薩摩閥の警察を信用していなかった。窮余の策として切れ者として名高い元八丁堀同心の草壁に調査依頼をすることになる。局長の命を受けた鉄道技師見習いの小野寺は草壁を説得し、二人は事件解明に乗り出すが、その最中、列車からの転落事故が発生する......
山田風太郎作品を連想させる明治時代を舞台としたミステリーですが、時代背景を巧みに取り入れ、トリックや動機もその時代ならではの色を強く打ち出しているのが印象的です。物語としては探偵が最後に関係者を集めて謎を解くという古き良き時代の探偵小説スタイルを採用する一方で、当時の日本を取り巻く国際状況などを事件とリンクさせ、社会派ミステリーとしての側面も盛り込まれています。それら諸々を含め、隅々まで明治という時代性を感じさせてくれる点が結果としてよい味わいになっています。ただ、ミステリーとしての本筋よりも背景の部分の方が印象深く、謎解きに過剰な期待をすると肩すかしを食らうかもしれません。あくまでも文明開化の雰囲気に浸りながらその味わいを楽しむのが吉です。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門10位
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  19位
開化鉄道探偵 (創元推理文庫)
山本巧次
東京創元社
2021-02-12


探偵が早すぎる(井上真偽)本格
父の死により5兆円という莫大な財産を相続した女子高生の一華。一族はその財産を狙い、彼女を亡き者にしようと計画を練り始める。それを未然に防ぐために雇われたのが、犯人が計画を実行する前にそれを見破ってしまう最速の探偵だった。
世界に名だたる名探偵たちは、犯人が犯行計画をすべて実行し終えるまで事件を解決できないことでしばしば揶揄の対象にされています。八つ墓村における金田一耕助などは早い段階で犯人を特定しているのにもかかわらず、やりたい放題されていますし。それに対して、本作の探偵はミステリーのお約束を破って犯行をすべて未然に阻止します。この、犯人サイドがどのような計画を立て、探偵がどう見破るかといったプロセスが本作の大きな見所です。ただ、幾度となく同じパターンが繰り返されるので中にはどうしても薄味のものもでてきます。それでも、ヒロインが感知しない舞台裏で密かに繰り返される暗闘といういう趣向はテンポの良さもあってなかなか楽しめます。また、単に探偵が犯行計画を見破るだけでなく、その計画を犯人にやり返す「トリック返し」も見どころのひとつです。全体にライトな印象で大人向けの小説を求めている人には合わないでしょうが、気軽にミステリーを楽しみたいという人にはおすすめできる作品です。
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  11位
僕が殺した人と僕を殺した人(東山彰良)
2015年アメリカで7人の少年を殺した殺人鬼、通称サックスマン(袋男)が逮捕された。国際弁護人であるわたしはその男を知っていた。30年前の台北、わたしたちが13歳の時の話だ。精神を病んだ母が治療のために父と共にアメリカに渡り、台北に一人取り残されたユン。ユンの居候先の長男で幼馴染のアガン。アガンの弟であるダーダー。そして、不良で喧嘩が強いジェイ。それぞれ家庭に問題を抱える彼らはひと夏を一緒に過ごし、友情を深めていく。しかし、夏休みの終わりに彼らは自分たちの継父を毒蛇で殺すという恐ろしい計画を立てる。そして、悲劇が起きた...
直木賞を受賞した「流」と同じく、台湾を舞台にして少年時代をノスタルジックに描いた青春ミステリーです。かつての台湾の風俗を生き生きと描いている点は「流」を彷彿とさせ、大人になった登場人物が少年時代を振り返るというプロットは「スタンド・バイ・ミー」風でもあります。ミステリーの形式を採用し、サプライズ展開も用意されているものの事件の謎自体は添え物で、過去に何があり、それを起点として彼らがどのような人生を送ってきたかという問題に主眼が置かれた作品です。青春ミステリーというよりもミステリーのスタイルを取り入れた青春小説というのが正確なところでしょう。同時に、青春小説というにはあまりにも悲しく切ない物語であり、それが「流」とはまた違った読後感を生み出しています。「流」を超えるとはいかないまでもなかなかの良作であることは確かです。
僕が殺した人と僕を殺した人 (文春文庫)
彰良, 東山
文藝春秋
2020-05-08


暗手(馳星周)
台湾のプロ野球で八百長に手を染めたことで人生を転がり落ちて行った小倉昭彦は顔も名前も変えてイタリアの暗黒社会に流れ着いていた。殺し以外の仕事ならなんでも請け負い、多くの人間を社会の闇に引きずり込むことからいつしか彼は暗手を呼ばれるようになる。そして、今回の仕事はイタリアのチームで活躍する日本人ゴールキーパーに八百長をさせることだった。だが、罠に嵌めたキーパーの姉に出会ったことから次第に歯車が狂っていく...
本作は馳星周氏が描く久しぶりのノワールであり、19年前に出版された「夜光虫」の続編でもありあます。救いのない血と暴力の世界を描く馳ワールドは相変わらずであり、和製ノワールの世界にずっぽりと浸ることができます。ただ、かつての作品群と比べると描写がややソフトでスマートになった印象を受け、それを物足りないと取るか読みやすくなったと取るかは読み手しだいでしょう。また、物語としてのひねりは皆無でかなりド直球な作品なのでその辺りも好みがわかれそうです。
暗手 (角川文庫)
馳 星周
KADOKAWA
2020-04-24


あとは野となれ大和撫子(宮内悠介)
中央アジアに位置する塩の湖、アラル海。その干上がった地域に存在するアラルスタンという名の小国。かつてはソビエト領だったがソ連崩壊とともに独立し、現在では優秀な2代目大統領が国を治めていた。ところが、その大統領が演説中に暗殺される。混乱の中、国の中枢を担う男たちが真っ先に逃げ出したため、アラルスタンは国家存亡の危機に立たされてしまう。一刻の猶予もない状況の中で立ち上がったのは、後宮でエリート教育を受けてきたうら若き女性たちだった。彼女たちは臨時政府を立ち上げ、自らの手で国家運営に挑戦する。その中には5歳の時に両親を失い、後宮で育てられた日本人女性のナツキの姿があった。
新世代のSF作家として注目され、「盤上の敵」第33回SF大賞、「彼女がエスパーだったころ」で第38回吉川英治賞、「カーブルの園」で第30回三島由紀夫賞をそれぞれ受賞した宮内悠介の国家運営シュミレーション作品。
設定的には非常に深刻な物語ですが、語り口の軽さと女性たちの快活なキャラクター性で爽快感あふれる物語に仕上がっています。読後感も爽やかで想像以上にエンタメに振り切れた作品です。ただ、全体的にラノベのようなノリなのでこれまでの宮内作品と比べるとどうしても緩さが目立ちます。それをご都合主義ととらえるか娯楽性の高さと解釈するかでこの作品の評価も変わってきそうです。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門13位
追想の探偵(月村了衛)
女性編集者の神部実花は季刊から隔月誌に無理やり変更させられた「特撮旬報」を実質一人で切り盛りしている。そして、本を出すためには特集を組まなくてはならず、特集を組むには関係者へのインタビューが必要だ。だが、かつて特撮にかかわった人の多くが消息不明な状態なのだ。そこで、「人探しの神部」と異名を持つ彼女は本を出すために関係者を訪ね歩いていく。人々の追憶の扉を開ける日常ハードボイルド。
「機龍警察」や「土漠の花」などで知られる月村了衛氏による連作ミステリーですが、得意のバイオレンス要素は皆無です。かといってあっと驚くようなミステリーの仕掛けもなく、かなり地味な作品になっています。それでも、掘り起こした資料や関係者のわずかな記憶を頼りにしての人探しのプロセスはなかなか読み応えがありますし、それによって浮かび上がってくるエピソードも描き方が巧くて静かな感動を呼ぶものに仕上がっています。なにより、特撮への愛にあふれているので、特撮好きの人には琴線に触れるものがあるのではないでしょうか。逆に言えば、物語としてはとにかく地味であるため、特撮に興味がない人にはつらいものがあるかもしれません。
追想の探偵 (双葉文庫)
月村 了衛
双葉社
2020-05-14


双蛇密室(早坂吝)本格
藍川刑事は小学5年生の時、自分が蛇恐怖症であることを自覚する。両親の話によると彼は1歳の時に2匹の蛇に襲われたことがあり、恐怖症もそれが原因だろうという。しかし、援交相手のらいちにその話をすると、彼女は矛盾点を指摘し、そこから蛇にまつわるふたつの事件が浮かび挙がってくる。援交探偵らいちシリーズの第4弾。
エロチックなシチュエーションで読者の興味を引き、奇想天外なアイディアで意表を突くらいちシリーズの中でも最大の問題作だと言える作品。この発想は著者ならではのものであり、独創性という意味では申し分ないのですが、その反面、バカミスの領域に両足を突っ込んでいるために怒り出す人も少なくないでしょう。賛否が大きく分かれる作品だと言えます。
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  5位
双蛇密室 (講談社文庫)
早坂 吝
講談社
2019-06-13


彼女の色に届くまで(似鳥鶏)本格
画家志望の僕は高校に入っても美術展の公募に落選続きと冴えない毎日を送っていた。そんなある日、学校の絵画を破損させた犯人にされそうなところを同学年の美少女に助けられる。彼女の名前は千坂桜。彼女には卓越した美術センスがあり、その能力を用いて僕の疑惑を晴らしてくれたのだ。そして、それ以来、僕たちは大学・社会人とことあるごとに絵画にまつわる事件に巻き込まれていくが......。
才気にあふれているがコミ障の探偵役をワトソン役の主人公が常識面で支えるといったパターンのコンビものです。ボーイミーツガールに日常の謎を絡め、そこに濃いキャラクター性をブレンドした作品であり、青春ミステリーとして心地よい仕上がりになっています。ミステリー的には連作の最終章でサプライズが用意されており、巧妙なプロットに唸らされます。なかなかよくできた佳作だといえるのではないでしょうか。
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門18位
ダークナンバー(長澤樹)
警視庁刑事部分析捜査課三係の渡瀬敦子はプロファイリングを用いて連続放火魔なの犯人を追っていた。しかし、プロファイリングで導き出された発生予測地点は外れ続け、その度に周囲の反発は強まっていく。一方、報道局デスクの土方玲衣は中学で同級生だった敦子が連続放火事件を追っていることを知り、それをニュースで取り上げようとする。そして、敦子の動きを追いながら取材を進めていく中で、玲衣は連続放火事件が同時期に発生していた連続路上強盗事件と意外な接点があることに気がつくのだった。敦子と玲衣は互いの手の内を読み合いながら、次第に事件の核心へと近付いていくが...
警察とマスコミの互いのアプローチによって情報が積み重なっていき、事件の全体像が徐々に明らかになっていくプロセスがスリリングです。ヒロイン2人の個性も際立っており、物語の牽引する役割を十分に果たしています。特に、バイタリティの塊のような玲衣のキャラがインパクト大です。単に、女性捜査官を主人公にしただけの作品というだけなら珍しくはありませんが、犯人サイドを含め、主要人物をすべて女性で統一したのは意欲的な試みだと言えるでしょう。ただ、事件が複雑に絡まり合いすぎて理解するのにかなりの労力を要するのと細かすぎる描写がテンポを削いでいるのはマイナス点です。全体としては上質なエンタメ作品だけに、ところどころ冗長な部分があるのが惜しい感じがします。
楽譜と旅をする男(芦部拓)
依頼があれば、どんな楽譜でも必ず探し出す楽譜探索人。たとえそれが支配者によって隠匿されたものであっても。歴史の闇に葬られた旋律が再び姿を現したとき、万感の想いが人々の心によみがえる。
さまざまな時代や場所を舞台にした幻想味の強いミステリーです。どの楽譜にも秘密が隠されており、その謎を巡って展開するプロットが秀逸です。オムニバス形式で主人公は毎回変わるのですが、どのエピソードにも音楽に対する深い情熱が感じられ、その語り口には思わず引き込まれていきます。ただ、雰囲気を出すためか、文字には凝った書体が使われており、そのため、読みにくさを感じてしまう人もいるのではないでしょうか。
楽譜と旅する男
芦辺 拓
光文社
2017-03-16


果鋭(黒川博行)
不祥事が明るみになって大阪府警をクビになった元マル暴刑事の伊達と堀内は、パチンコ店のオーナーから強請りのゴト師を締め上げてほしいと依頼される。しかし、そこから次第にパチンコ業界に巣食う巨大な闇が明らかになっていく。二人は新たなしのぎを求めてその中に切り込んでいくが...。
元悪徳警官二人が主役のシリーズ第3弾で、大阪弁で繰り広げられるテンポの良い掛け合いは相変わらずの面白さです。主役の二人はヤクザ以上のワルなので共感を得るのはなかなか難しいですが、世にはびこる悪党どもを成敗するシーンはやはり痛快さを感じます。そして何より、本作はパチンコ業界の裏側を綿密な取材に基づいて描いており、情報小説としての面白さも抜群です。疫病神シリーズと双璧をなすバディものの傑作と言えるでしょう。
果鋭 (幻冬舎文庫)
黒川 博行
幻冬舎
2019-10-09


禁じられたジュリエット(古野まほろ)本格
パラレルワールドの日本。そこではミステリーは退廃文化として禁書の扱いを受けている。ところが、全寮制の女子高生6人がミステリーに触れたことから更生プログラムを強要される。看守役の2人を含めた8人で始まった更生プログラム。当初は全員で協力し合ってプログラムを早く切り上げるつもりだった8人だったが、次第に不穏な空気が流れ始め......
特異な世界を舞台にし、かなり残忍な描写も出てくるため、最初は読むのがキツく感じるでしょう。また、謎解きの部分も短い上にそれほど驚くべきものでもなく、そういった部分での満足度は決して高くはありません。しかし、全編を覆う本格ミステリに対する愛は鮮烈で、ミステリーファンの琴線に触れまくるものがあります。また、後半の畳みかける展開も迫力があって目が離せません。逆に言うと、本格ミステリにそこまで耽溺していない人にとっては意味不明の物語だと認識されてしまう可能性もあります。これほど極端に読者を選ぶ作品も珍しいのではないでしょうか。
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  14位
禁じられたジュリエット (講談社文庫)
古野 まほろ
講談社
2020-09-15


(仮)ヴィラ・アーク設計主旨VILLA ARC(家原英生)本格
絶壁の上に建てられた2本の筒が乗ったような建築物。そして、ヴィラ・アークと書かれた不可思議な表札。奇妙な家に招待されたメンバーはそこで楽しい時を過ごすが、黒猫が姿を消したことをきっかけに状況は一転する。猫を探していたメンバーが次々と行方不明になっていくのだ。この建物には一体どんな秘密が隠されているのか...
第62回江戸川乱歩賞の最終選考に残りながら惜しくも受賞を逃した作品。あらすじを見てもわかるとおり、内容は綾辻行人の館シリーズを始めとして過去にさんざん描かれてきたてきた館ミステリーです。ただ、異色なのは作者が一級建築士であり、プロの建築家の目から見た館ものとなっている点です。そのため、この作品に登場する館は奇想天外な形状をしていながら極めて合理的に設計されており、それがミステリーとしての仕掛けにも繋がっていいます。しかも、いかにも新本格ミステリを思わせるプロットにも関わらず、そこに社会派ミステリーに通じるテーマ性が強烈に浮かび上がってくる展開にも驚かされます。もっとも、この作品の多くを占める建築にまつわるうんちくは興味がない人にはかなり退屈であり、事件が起きるまでが長いという難点があるため、誰にでもおすすめできる作品とは言い難いのもまた事実です。
天上の葦(太田愛)
白昼のスクランブル交差点で96歳になる老人は何もない虚空を指さして絶命した。一体、彼は何を見たというのか。一方、同じ日に公安警察官が一人忽然と姿を消す。停職中の刑事・相馬はその極秘捜査を命じられる。2つの事件は次第に繋がりを見せ始め、やがて瀬戸内海の小島で結び付く。一連の事件には社会を一変させる恐るべき犯罪が仕組まれていたのだ。
ストーリーは不可思議な謎から始まり、その時点で物語世界へと一気に読者を引きずり込んでいきます。文章は読みやすく、その後に続く戦時中のエピソードも興味深く読むことができます。そして、後半は迫るくる敵との活劇や謎解きのつるべ打ちでエンタメとしては非常に充実した内容です。一方で、権力の暴走の危険性についても言及した社会派的な面もあり、幅広い読者におすすめできる佳品だといえるでしょう。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門18位
天上の葦 上 (角川文庫)
太田 愛
KADOKAWA
2019-11-21


ゼロ・アワー(中山可穂)
タンゴを愛する孤独な殺し屋ハムレット。その殺し屋に家族を皆殺しにされた10歳の少女・広海。やがて、彼女は復讐を果たすために殺しのテクニックを磨き始める。そして10年後、アルゼンチンの軍事政権が暗い影を落とす中、凄腕の殺し屋に成長した広海とハムレットの壮絶な戦いが幕を開ける。
ストリー展開は粗っぽく、終盤など明らかに詰め込みすぎで決して完成度の高い作品とは言えません。しかし、その反面、短いセンテンスで紡いでいく文章には否応なしに物語世界に引きずり込んでいく圧倒的な筆力を感じます。読み進めていくと、全編を覆う寂寥感に胸が締め付けられ、復讐にすべてを捧げたヒロインの情念に心揺さぶられていきます。忘れ難い印象を残す力作です。
ゼロ・アワー (徳間文庫)
中山可穂
徳間書店
2019-12-06


狩人の悪夢(有栖川有栖)本格
人気ホラー作家白布施の自宅に招待され、眠ると必ず悪夢をという部屋に泊まる有栖川。そして、その翌日、白布施の元アシスタントが住んでいた獏ハウスと呼ばれる空き家から右手首のない女性の死体が発見される。臨床犯罪学者の火村英生とミステリー作家の有栖川有栖は悪夢のような事件に立ち向かうが…...
シリーズ前作の『鍵のかかった男』は物語重視の濃厚な味わいが評価される一方で謎解きに関してはケレン味に欠ける面があり、本格ミステリとしての評価は必ずしも高いものではありませんでした。それに対して本作は謎解きの純度が高く、ロジックの積み重ねが非常に丁寧です。火村の推理は冴えわたり、最後の犯人との対決は凄味すら感じます。前作のような物語としての厚みには欠けますが、著者本来のパズラーが好きな読者にとっては間違いなく必読の書です。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門6位
2018年度本格ミステリベスト10 国内部門  2位
狩人の悪夢 (角川文庫)
有栖川 有栖
KADOKAWA
2019-06-14


がん消滅の罠 完全寛解の謎(若木一麻)本格
第15回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作品である本書の魅力はなんといっても、複数の末期がん患者からがんが消失するという奇跡としか思えないような謎にあります。この前代未聞の謎が吸引力となってぐいぐいぐと物語を引っ張っていきます。その反面、ストーリー自体は主人公たちが集まって議論しているシーンばかりなのでドラマ性は希薄です。とは言っても、がんと医療の分かりやすい解説が興味深く、知的好奇心を刺激されるので退屈することはありません。その上、トリックも二重三重にも張り巡らされており、ミステリーとしても実に巧妙です。
ただ、純粋な謎解きを期待した人には専門知識を前提としたトリックに、医療問題を扱った本格的な人間ドラマを期待した人には展開が平板すぎて深みが足りない点に不満を覚える可能性はあります。そうした好みの問題を除けは、本書はサクサクとテンポよく読める上質なエンタメ作品だと言えるでしょう。