最新更新日2018/09/10☆☆☆

Next⇒2016 年発売!注目の海外ミステリー


本格ミステリの要素が強い作品はタイトル(作者)の右側に本格と記しています
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ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女(ダヴィド・ラーゲルクランツ)
雑誌ミレニアムを発行しているミカエルたちの会社は経営難に陥り、
株式の30%を大手メディア企業に売り渡すことになる。そして、ミカエル自身も良い記事を書くことができずに悩んでいた。そんなとき、人工知能の権威、バルデル教授が大きな悩みを抱えていると聞き、ミカエルは彼と会うことになる。一方、アメリカ国家保障安全局は教授の身に危険が迫っていることを知るが......。
世界的な大ヒットを記録したミレニアム3部作ですが、作者のスティーブ・ラーソンがその成功を見届ける前に心筋梗塞で急死したため、全5部構想のシリーズが宙ぶらりのままになってしまいました。そこで、ノンフィクション作家のダヴィド・ラーゲルクランツに依頼して完成にこぎつけたのが本作です。ラーゲルクランツはラーソンのミレニアムを非常によく研究しており、あまり違和感を抱かせない続編を作ることに成功しています。作品自体も十分楽しめるレベルにあります。ただ、キャラクターが全員饒舌になりすぎているなど、どうしても気になる点がでてくるのはいたしかたないところでしょう。
摩天楼のクローズドサークル(エラリー・クイーン)本格
60年代に乱発されたエラリークイーンの名義貸し作品のひとつで、実作者は、『クランシー・ロス無頼控』で知られているミステリー作家のリチャード・デミング。話は、銃殺死体が発見された直後に有名なニューヨーク大停電が発生し、陸の孤島と化した高層ビルの中で、連続殺人と推理が繰り広げられるというものです。トリックは凡庸で言うほどクローズドなわけでもありませんが、特殊状況下での謎解きはそれなりに楽しめます。クイーン晩期の作品としては出来はよい方ではないでしょうか。
悪夢はめぐる(ヴァージル・マーカム)本格
全囚人を見せてほしいと刑務所に訪れた女性は、不吉な言葉を残し、絶命する。それが悪夢の始まりだった。
密室、不可能犯罪のオンパレード、奇想天外なトリックに破綻寸前のプロット、不自然さを感じさせる歪んだストーリー。B級感満載で冷静に考えれば間違いなく駄作に分類される作品ながら忘れ難い味わいが残る怪作です。
スキン・コレクター(ジェフリー・ティウァー)
ウォッチメーカーが獄中死した!科学捜査官リンカーン・ライムがその報を耳にした直後、新たな事件が起きる。腹部に謎めいた文字を彫られた女性の死体が発見されたのだ。彼女はインクの代わりに、毒物で刺青を彫られて中毒死していた。しかも、現場に残された書籍の切れ端はかつてライムが解決したボーン・コレクター事件に関するものだった。犯人はボーン・コレクターの意志を継ぐ者だとでもいうのだろうか。
リンカーン・ライムシリーズの第11弾。今回はシリーズ第7作の
ウォッチメーカーが獄中死したという知らせから始まり、シリーズ第1作の犯人であるボーンコレクターの模倣犯やかつてボーンコレクターに命を狙われた人物が現れるなど、シリーズの集大成的な作品となっています。そのため、本作を十全に楽しむにはシリーズ1作目から順番に読んでおくのは必須でしょう。とはいうものの、丁寧に張り巡らされた伏線やいつも以上に派手などんでん返しの繰り返しは単独のミステリー作品としても十分に楽しめる内容になっています。逆に、全作読んでいるとパターン化されて先の読めてしまう部分もあるため、1作目と7作めだけを読んで本作に挑戦するのも一つの手かもしれません。いずれにしても、新たな転機を迎えた本シリーズ。これからどこに向かって進んでいくのか非常に興味深いものがあります。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門1位
スキン・コレクター
ジェフリー ディーヴァー
文藝春秋
2015-10-17


ガールズ・オン・ザ・トレイン(ポーラ・ホーキング)
酒のせいで家庭も職も失ったレイチェルは毎日電車の窓から元夫のトムと彼の新しい妻であるアナの生活を覗き見ていた。そして、彼らの隣人であり、アナの子どものベビーシッターをしているメガンとその夫の暮らしぶりもつぶさに観察していたのだ。レイチェルは自分が成しえなかった理想の夫婦像を彼らに重ね、自分をなぐさめる日々を過ごしていた。ところが、ある日、レイチェルは電車の窓からメガンの浮気現場を目撃してしまう。彼女は自分の理想が踏みにじられた気がして激しい怒りにかられるのを抑えられなかった。浴びるように酒を飲んだあと、メガンに文句を言いに向かうが、途中で意識が途切れてしまう。そして、気が付くと身に覚えのないキズを負って自宅に倒れていたのだ。しかも、メガンが行方不明になったという知らせが飛び込んでくる。一体何が起きたというのか。
本作は世界45カ国に翻訳されたベストセラーで、2016年にはアメリカで映画化もされました。とにかく、主人公がアルコール依存症であるというのが肝で、それによって何が真実であり、何が妄想か分からないというミステリアスな世界を上手く構築しています。また、それぞれの登場人物が疑心暗鬼になり、サスペンスを盛り上げる手腕も見事です。さらに、メインテーマである女性ゆえの哀しみというものもよく描けています。ただ、ミステリーとしてみてみると、事件の真相に意外性はほとんどありません。シンプルな事件をアルコール依存症という設定によっていかに複雑に見せるかという点に腐心しているだけのようにも見えます。そういう意味ではアルコール依存症の設定が安易に使われ過ぎている点が気になるところです。それに、話の展開はかなりスローテンポなのでミステリーを期待して読むと冗長に感じてしまいます。あくまでもミステリーは添えものであり、女性の抑圧と解放がメインテーマだということを理解してから読むべき作品です。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門16位


悲しみのイレーヌ(ピエール・ルメートル)
度を越した猟奇殺人を繰り返す殺人鬼とそれを追うカミーユ警部。大ヒットを記録した『その女アレックス』の前日譚。
アレックスを読んでしまうとネタばれになる部分があるので、できれば、こちらを先に読んでほしいところです。ちなみに、本書はアレックスよりも古典的ミステリーのフォーマットに近いので、本格ミステリファンにはこちらの方が好評かもかれません。さらに、見立て殺人というシチュエーションもケレン味たっぷりで、ますます、本格ファン好みのテイストです。その上、二転、三転展開するドラマは起伏に富み、アレックスに勝るとも劣らない上質なサスペンス小説に仕上がっています。ただ、本格ファンにとっては真犯人は比較的に分かりやすいかもしれません。それに、グロテスクなシーンがかなりあり、結末も悲劇的なので、そういったものが苦手な人は注意が必要です。しかし、それでもなお、キャラクターがひとりひとり立ちまくっていることもあり、抜群に面白い本であることではまちがいのないところです。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門2位
2016年度本格ミステリベスト10 海外部門7位
曲がり角の死体(E・C・R・ロラック)本格
大雨の深夜。曲がり角の続く難所で自動車の激突事故が起きる。運転していたのは著名な実業家であり、発見されたときにはすでに死体となっていた。しかし、検死解剖の結果、彼は事故が起きる数時間前に一酸化酸素中毒で死んでいたことが判明する。しかも、事故が起きる直前には事故を起こした車が別の場所を走っていたとの目撃証言も飛び出す。果たして死者が車を運転していたとでもいうのだろうか?
生涯に70作以上の著作を書いた英国女流ミステリー作家による1940年発表の作品。謎が魅力的で最後の伏線回収も丁寧なので、黄金時代の探偵小説の味わいを十分に堪能することができます。ただ、人物造形などはしっかりとしているものの、全体的に作風が地味なので中盤が盛り上がらないという欠点があります。また、用いられているトリックは現在の読者が読むといささか古臭く感じてしまうのも残念なところです。
2016年度本格ミステリベスト10 海外部門8位
曲がり角の死体 (創元推理文庫)
E・C・R・ロラック
東京創元社
2015-09-12


あなたは誰?(ヘレン・マクロイ)本格
クラブ歌手の元へ「婚約者の所に行くな」という匿名の電話がかかってきた。それを無視して婚約者の元に訪れると、その夜のパーティーで、彼のいとこが毒殺される。
1942年の作品。マクロイ得意のサスペンス風味が強い本格ミステリーですが、今回は、ひねりがよく効いていて、フーダニットに秀でた佳作に仕上がっています。また、初期の作品のため、全盛期のものと比べると、古典ミステリーに近いテイストです。
2016年度本格ミステリベスト10 海外部門2位
あなたは誰? (ちくま文庫)
ヘレン マクロイ
筑摩書房
2015-09-09


もう過去はいらない(ダニエル・フリードマン)
88歳になるかつての名刑事バックの元に、78歳の元銀行強盗が助けを求めにやってくる。彼は何者かに命を狙われているというが、バックは彼が何かを企んでいると睨んでいた。『もう年はとれない』の続編。
もうすっかり老人になって、体も弱っているのにマグナムをぶっ放す元刑事のタフガイぶりがなんとも魅力的です。人種差別や権力の腐敗など重たいテーマを扱っていますが、それをユーモアで包み込んで、上質なエンタメ小説に仕上げているのがこのシリーズの特徴になっています。ただ、本作は、前作と比べるとドタバタ感は後退し、どちらかというと、ずっしりとしたハードボイルドといった趣です。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門6位
もう過去はいらない (創元推理文庫)
ダニエル・フリードマン
東京創元社
2015-08-29


偽りの楽園(トム・ロブ・スミス)
ダニエルの元に父からの電話がかかってくる。母が入院していた精神病院から脱走したというのだ。両親はスウェーデンで平穏な老後をすごしていたはずではないのか?とまどう彼に対して、今度は母からの電話が。その話によると、彼女は狂ってなどなく、父が悪事に手を染めようとしてるらしい。ダニエルはどちらの話を信じて良いのかわからず途方に暮れる。
この作品の大半を占めるのが母親のダニエルに対するひどくもったいぶった告白話なのですが、この部分をどう感じるかで作品の評価が大きく変わってきます。不安感や緊迫感を煽る巧みな語り口だと感じれば、あなたにとってこの作品は傑作です。「いいから、さっさと何があった言いやがれ!」と思うのであれば、そっとページを閉じた方が賢明でしょう。実際、世評も賛否相半ばしています。全く面白さが分からないという人が少なからずいる一方で、各種の年間ミステリーランキングで高い順位を記録していることからも分かるように、熱烈に支持している人も多くいるのです。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門14位
偽りの楽園(上) (新潮文庫)
トム・ロブ スミス
新潮社
2015-08-28


彼女のいない飛行機(ミシェル・ビュッシ)
飛行機事故で唯一生き残った生まれたての女児。しかし、その飛行機に、赤ん坊はふたり乗っていたのだ。生き残ったのはどちらなのか?司法判断によって一応の決着をみたが、それに納得がいかない金持ちの方の家族が探偵を雇う。そして、18年の歳月が過ぎて......。
非常に面白い作品ですが、難解なのが探偵のノートです。結論を先延ばしにしてだらだらと続く文章には多くの人が辟易してしまうでしょう。しかし、それにも、実は意味があり、最後には謎が鮮やかに解かれます。いかにもフランスミステリーらしい企みに満ちた一作です。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門9位
彼女のいない飛行機 (集英社文庫)
ミシェル ビュッシ
集英社
2015-08-20


街への鍵(ルース・レンデル)
白血病患者に骨髄を提供したメアリー。体に傷がついたと、そのことをなじる恋人、骨髄の提供者である優男、不気味な犬飼いの老人、そして、残忍なホームレス殺人。多くの人々の思惑が重なり合い、やがて物語はひとつに収束していく。
日本でも80年代にブームになった故ルース・レンデルの久々の翻訳本です。日常が悪意や暴力でゆっくりと崩壊していく描写は実に巧みで熟練の腕を感じさせます。また、キャラクターの肉付けが上手いので、視点が頻繁に変わるのにも関わらず、混乱することなく読み続けることができます。その上約20年前の作品にも関わらず全く古さは感じさせません。さすがはサスペンス小説の女王といったところです。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門11位
街への鍵 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ルース・レンデル
早川書房
2015-08-07


髑髏の檻(ジャック・カーリイ)
ネットで死体遺棄の場所を告知する殺人犯。その死体はどれも異様な着飾りを施されていた。その謎にカーソン刑事と彼の兄であり、逃走中の殺人鬼でもあるジェレミーが挑む。犯罪捜査官カーソン・ライダーシリーズ。
どちらかと言えば、本格ミステリよりもスリラー成分の多い作品であり、事件はかなり陰惨ですが、レギュラーキャラクターがエネルギッシュで魅力的なので楽しく読むことができます。一方、本格ミステリとしては見立て殺人に関する謎解きが見事です。エログロ満載にも関わらず、読後は不思議と爽やかな希有なシリーズです。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門10位
2016年度本格ミステリベスト10 海外部門4位
髑髏の檻 (文春文庫)
ジャック カーリイ
文藝春秋
2015-08-04




弁護士の血(スティーヴ・キャビナー)
かつて、ゴロツキだったエディはあるきっかけで改心し、今では弁護士になっていた。しかし、仕事に打ち込んで家族を顧みなかった結果、妻との仲は最悪になっている。そんなある日、彼はロシアン・マフィアに銃を突きつけられ、マフィアのボスに不利な証言をする証人を殺せと命じられる。10歳の娘が人質にとられ、自身の体には爆弾がセットされる。絶体絶命の危機に、エディはどう立ち向かうのか。
物語は、マフィアとのアクションパートと法廷での論戦が交互に語られていきます。これ以上ないピンチを切り抜ける関係上、多少のご都合主義は感じますが、展開がスピーディなのでとにかく読んでいて楽しい作品です。それに、絵空事めいたアクションシーンに比べ、法廷シーンはリアリティがあり、じっくりと読ませます。ストーリーに目新しさはないものの、極めてよくできた娯楽小説です。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門8位
弁護士の血 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
スティーヴ・キャヴァナー
早川書房
2015-07-23


声(アーナルデュル・インドリダソン)
ホテルの地下室で、サンタクロース姿の初老のドアマンが惨殺死体で発見される。被害者は元ボーイソプラノの人気少年歌手。変声期を経た後、彼はどうなったのか?やがて明らかになるその栄光と挫折の過去。
重苦しい雰囲気漂う北欧ミステリー。ミステリーというよりも心に傷を負った家族の物語を中心に展開されます。ミステリーとしては凡庸ですが、人間ドラマとして読み応えのある小説に仕上がっています。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門5位
声 (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2018-01-12


リモート・コントロール(ハリー・カーマイケル)本格
飲酒運転で人を殺して収監された男。しかし、関係者の証言を集める内に事件はその様相を変えていく。
派手な事件ではなく、仕掛けもシンプルなのですが、ミスリードが巧みで、作者の手のひらの上で読者が翻弄される本格ミステリの良作です。ストーリーは地味ですが、コンパクトにまとまっているので、退屈せずにサクサクと読み進めることができます。
2016年度本格ミステリベスト10 海外部門5位
水の葬送(アン・クリーヴス)本格
シェトランド諸島のエネルギー産業を取材していた新聞記者が水死体で発見される。前作で負った心の傷が癒えぬペレス警部は事件を解決へ導けるのか?
前作で衝撃の結末を迎えたシリーズの第5弾。派手な展開はなく、ジェトランドの美しい風景と丹念な人間描写で読ませるシリーズですが、本作は遅々として進まぬ捜査の他に、傷心から立ち直れないペレスの姿も描かれ、ジリジリさせられます。しかし、最後は見事に事件を解決してすっきり。今後、ペレスがどのように立ち直っていくかが気になります。
2016年度本格ミステリベスト10 海外部門9位
水の葬送 (創元推理文庫)
アン・クリーヴス
東京創元社
2015-07-19


友だち殺し(ラング・ルイス)本格
大学病院の死体保管室で、失踪中の美人秘書が遺体で発見される。1942年発表の著者デビュー作。
大学生たちの瑞々しい青春模様や刑事たちのユーモラスな掛け合いを交えて描き出される端正な本格ミステリです。事件を追うプロセスは地味ながらも謎解きはしっかりとしている点に好感が持てる佳作です。ただ、展開の単調さをカバーするためか、途中2度ほどサスペンス展開を挿入していますが、これに関しては少々強引さを感じてしまいます。
ネメシス 復讐の女神(ジョー・ネスボ)
オスロで起きた銀行強盗。銀行員がひとり射殺され、犯人は逃走。ハリー警部も捜査に加わるが、有力な手掛かりは見つからない。さらに、元恋人と食事した翌日、彼女が死体で発見される。ハリーホレーシリーズ第4弾。
序盤から緊迫した展開が続き、話も二転三転。非常に面白いエンタメ小説です。ただ、ノルウェーが舞台のため、登場人物の名前が覚えにくいという難点があります。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門18位
欺きの家(ロバート・ゴダード)
ケラウェイは社史を編纂するための記録の収集を命じられるが、その一部はすでに紛失していた。そして、その記録を探ることで彼は40年前の少年の死と向かい合うことになる。
過去と現在を行き来する回想型ミステリー。あまり起伏ないストーリーですが、登場人物の個性がしっかり書き込まれているため、最後まで飽きずに読むことができます。繊細で情緒豊か。それでいて、静かにサスペンスが浮き上がってくる上品な味わいのエンタメ小説です。
欺きの家(上) (講談社文庫)
ロバート・ゴダード
講談社
2015-07-15


出口のない農場(サイモン・ベケット)
逃亡中の男は森で罠にかかって負傷するが、農場の娘が介抱してくれる。しかし、その農場には何か秘密が隠されいるようだった。
展開はかなり淡々としているので退屈に感じる人もいるでしょうが、読んでいる内に、よどんだ空気のような不安がまとわりつき、独特のサスペンスを感じるようになります。その雰囲気に嵌まれば、後はぐいぐいと読み進むことができるでしょう。特に驚くようなサプライズはありませんが、語り口のうまさが光る作品です。
薔薇の輪(クリスチアナ・ブランド)本格
障害を持っているために田舎に住んでいる娘。そして、彼女との交流を綴ったエッセイが人気の女優。しかし、特赦で彼女の夫が出所してきたことで事件は起こる。英国本格ミステリーの巨匠、晩年の作品。全盛期のような驚愕の結末とかはありませんが、細部に技巧が光る佳作です。
2016年度本格ミステリベスト10 海外部門3位
薔薇の輪 (創元推理文庫)
クリスチアナ・ブランド
東京創元社
2015-06-28


子守唄(カーリン・イェルハルドセン)
喉を掻き切られ、ベッドに横たわる母親と幼い子供たち。事件の影には謎の男の存在が......。ハンマルビー署シリーズ第3弾。
悲惨な事件が続き、刑事たちもいろいろと問題を抱えてるという、ひたすら重く沈んだ雰囲気の警察小説です。本当に読んでいてつらいのですが、先が知りたくて読み進めてしまうという不思議な魅力があります。当初、3部作と言われていたシリーズは全8作となり、登場人物の行く末にはますます目が離せなくなっていきます。
子守唄 (創元推理文庫)
カーリン・イェルハルドセン
東京創元社
2015-06-28


ゲルマニア(ハラルト・ギルバース)
1944年のドイツ。空爆に晒され、廃墟となったベルリンで行われる連続女性猟奇殺人。その捜査を命じられたのは、ユダヤ人だったために公職を追われた元刑事だった。
ナチス政権下なのにユダヤ人の刑事が捜査を任されたり、戦争で悲惨な状況になっているのにもかかわず、猟奇殺人がくり広げられたりと、シチュエーションの異様さが衝撃的な作品です。そして、その設定のおかげで、常にヒリヒリとしたサスペンスを味わうことができます。ただ、ミステリーとして見た場合、謎解きや犯人の動機などは凡庸で、これといって特筆すべき点はありません。あくまでも事件を通して戦火のドイツという特殊な舞台を描くのが主眼となっている作品です。
ゲルマニア (集英社文庫)
ハラルト ギルバース
集英社
2015-06-25


街角の書店‐18の奇妙な物語‐(アンソロジー)
ミステリー、SF、怪談、ドタバタコメディ.....。物語にはいろいろなジャンルがありますが、そのどれにも分類しがたい作品は「奇妙な味」と呼ばれています。本書はそうした形容しがたい魅力のある作品を18作集めたアンソロジーです。普通、同じテーマの作品が18も並べばどうしても飽きてくるものであり、それがアンソロジーの難しいところでもあります。ところが、本書は同じ奇妙な味でもテイストの異なる作品を絶妙な配列で並べているので胃もたれを感じることもなく、サクサクと読み進めていくことができます。おすすめの作品はたくさんありますが、その中でも選りすぐりのものを選ぶとすれば、ブラックなオチが強烈な『肥満翼賛クラブ』、底冷えのする恐怖が味わえる『姉の夫』、救いようのないラストが印象的な『赤い心臓と青い薔薇』、逆に、心暖まる物語にほっとする『お告げ』、そして、多くの作家や愛書家の琴線に触れるであろう表題作といったところでしょうか。いずれにせよ、本作はこれ以上ないといっても過言ではないほどの密度とバランス感覚を有した希有のアンソロジーであることは確かです。
街角の書店 (18の奇妙な物語) (創元推理文庫)
フレドリック・ブラウン
東京創元社
2015-05-29


ワシントン・スクエアの謎(ハリー・スティーヴン キーラー)
1921年発行のエラーコインを高額で買い取ってくれることを知った青年は、指定の場所に向かうが、そこには死体が転がっていた。事態がめまぐるしく展開するサスペンス小説。
1920年代から30年代に活躍した作家の作品です。決して完成度が高いわけではなく、ある意味3流のサスペンス小説ですが、闇鍋のようにいろいろな要素がぶち込まれた作品で、混沌とした面白さがあります。あまり深く考えず、物語の流れにに身を任せて楽しむのがよいでしょう。
ワシントン・スクエアの謎 (論創海外ミステリ)
ハリー・スティーヴン キーラー
論創社
2015-06


夏の沈黙(ルネ・ナイト)
49歳のキャサリンはテレビドキュメントの制作者として賞を獲得した。夫は優しく、出来がいいとはいえない息子も就職して独立している。順風満帆かと思われた彼女の人生だったが、引越し先で見つけた本を手にした瞬間、すべては暗転する。その本の主人公は自分であり、しかも、20年間ひた隠しにしていた重大な秘密を暴こうとしているのだ。
本作の最大の謎はキャサリンの秘密とは何かという問題ですが、それを容易に悟らせないミスリードの手管が見事です。読者はその秘密を知りたくてどんどんページをめくっていくことになります。そして、別の語り手も入り混じりつつ、過去と現在が交錯しながら徐々に真相が明らかになる展開にはかなり引き込まれます。ただ、もったいぶった割にはその秘密が凡庸なことと、結末も予定調和である点に物足りなさを感じる人も多いのではないでしょうか。
夏の沈黙 (創元推理文庫)
ルネ・ナイト
東京創元社
2017-07-12


夜が来ると(フィオナ・マクファーレン )
老女の元に、自治会から派遣されたというヘルパーがやってきた。認知症の彼女に対して、ヘルパーは次第に本性を見せ始め、老女の世界は異様なものとなる。
認知症の老婆が家の中で虎を目撃する序盤から不穏な空気が流れ、強烈なサスペンスが発生します。行われる犯罪自体は陳腐なものですが、そこに認知症による幻覚が加わり、まるでダークファンタジーのような世界が展開されるのが印象的です。
夜が来ると
フィオナ マクファーレン
早川書房
2015-06-24


悪女は自殺しない(ネレ・ノイハウス)
若い女の偽装自殺と大物検事の猟銃での自殺。無関係に思われたふたつの事件がひとつに繋がり、そこから様々な悪事が暴かれていく。オリヴァー警部と女刑事ピアが活躍するシリーズ第1作。
登場人物が魅力的で、小さな事件から大きな事件へと繋がっていくダイナミックな展開もミステリーとして十分楽しめる出来です。ただし、先に翻訳され、傑作と名高いシリーズ第3作『深い疵』などと比べると、若書き故か構成が荒く、ごちゃごちゃしている感は否めません。
悪女は自殺しない (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2015-06-12


悪魔の羽根(ミネット・ウォルターズ)
2002年、アフリカの小国であるシエラレオネで5人の女性が殺され、3人の元少年兵が起訴されるという事件が起きる。しかし、報道記者のコニーは英国人のマッケンジーを疑っていた。2年の月日が流れ、バグダッドにいた彼女は、マッケンジーによって監禁されてしまう。3日後、ほとんど無傷で解放されたコニーだったが、監禁中に何があったかは警察に話そうとしなかった。
語り手であるコニーが読者に対して事実を隠ぺいしているので全体がひどく謎めいた雰囲気になっています。また、その謎を巡ってのサスペンスフルな展開が続くかというとそうではなく、序盤と終盤を除く大半が、心の平穏を求める彼女の田舎暮らしの様子に費やされているのです。ここで描かれる村人たちとの軋轢やトラウマとの対峙を濃厚な心理サスペンスと取るか、物語の停滞と取るかでこの作品の評価は変わってきます。中盤の静かに緊迫感を煽る展開に感情移入できなければ本作の凄味を味わうことは困難でしょう。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門6位
悪魔の羽根 (創元推理文庫)
ミネット・ウォルターズ
東京創元社
2015-05-29


死への疾走(パトリック・クェンティン)
マヤ文明の遺跡を舞台に、二転三転する事件とふたりの美女に翻弄されるピーター。ピーター・ダールスシリーズで唯一未訳だった作品。
観光地巡り、謎の美女、波乱万丈のストーリーと、スケールの大きな2時間サスペンスドラマといった感じの作品です。とにかく、内容てんこ盛りで読者を飽きさせないようにと工夫を重ねているの所に好感が持てます。
死への疾走 (論創海外ミステリ)
パトリック クェンティン
論創社
2015-05


ブエノスアイレスに消えた(グスタボ・マラホビッチ)
4歳になる娘とベビーシッターがブエノスアイレスの地下鉄で消息を絶った。その行方はようとして知れず、父親は私立探偵の力を借りるが・・・。
日本に紹介されるのは珍しいアルゼンチン産のミステリーです。失踪した娘を探すのに9年もの月日が流れますが、それでも飽きさせることなく読ませるその筆力に、熟練の技を感じます。ただ、人によっては中盤辺りは冗長だと思うかもしれません。しかし、物語は後半になると加速度を増し、徐々に真相が明らかになる展開で読者の心を鷲掴みにします。ラストもひとひねりがあり、最後まで予断を許さない作品です。
偽りの果実:警部補マルコム・フォックス(イアン・ランキン)
不良警官の内偵中に関係者が死亡する。さらに、それは25年前の民族運動家の事故死に繋がり、それがスコットランドの諸問題にも関連してくる。シリーズ第2弾。
警察小説としては特に突出した存在ではなく、事件もきわめて地味です。しかし、地道な捜査を行う内に少しずつ話が膨らんできて、700ページを全く飽きさせずに読ませる筆力には感心させられます。いぶし銀のような佳品です。




犬はまだ吠えている(パトリック・クェンティン)
本格
田舎町の医師であるヒューはルエラという患者からの呼び出しをくらい、しぶしぶ往診にでかける。その夜はやたらと猟犬の鳴き声が響き、彼はそれが不吉に感じた。案の定、事件は発生する。キツネ狩りに駆り出されていた猟犬たちが、キツネの巣の中から頭部も腕もない、女性の胴体を発見したのだ。ヒューはコブ警部の要請で保安官に任命され、捜査に加わることになる。だが、事件はこれだけでは終わらず......。
1936年発表の本格ミステリで、ヒューシリーズの第1作に当たる作品です。この時代に書かれたものとしては事件がかなり猟奇的なのに加えて、村の住人も怪しげな人ばかりでサスペンスを盛り上げてくれます。また伏線の張り方も巧妙でどんでん返しの趣向もなかなかよくできているのですが、ただ、大事な手がかりが後出しになっているのが本格ミステリとしては残念なところです。とはいえ、30年代のミステリーとしては話もなかなか面白く、それなりの佳作だといっても差しつかえないでしょう。
2016年度本格ミステリベスト10 海外部門6位


悪意の波紋(エルヴェ・コメール)
5人組はある人物から100万ドルを強奪し、報復を恐れてそれぞれバラバラに身を隠す。それから40年が過ぎたとき、犯行グループの一人であるジャックの元になぜかその事情を知っている女記者のクロエが現れる。一方、冴えない青年イヴァンは自分の元カノが、自分が書いたラブレターをテレビで公開し、彼を笑い物にしようとしている事実を知る。イヴァンはなんとかラブレターを取り返そうと画策するが.......。
2つのエピソードが思わぬところで繋がり合う、フランスらしいサスペンスミステリーです。まず、ジャックの起こした事件を記事にしたい女記者のクロエと彼女の口を封じたいジャックの丁々発止のやりとりはスリリングで引き込まれます。それに対して、イヴァンのエピソードは最初もたもたとして乗り切れない感じですが、彼がラブレターを取り返そうとし始める辺りからテンポが上がり俄然面白くなってきます。終盤の2転3転する展開はこれぞフレンチミステリーといった感じです。ただ、完全にコメディでもなければ、完全にノワールというわけでもない中途半端な雰囲気は作品のテンションを下げているようにも感じます。それも、フレンチミステリーならではの味わいなのでしょうが、日本人の読者からすると、賛否がわかれるところです。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門15位
悪意の波紋 (集英社文庫)
エルヴェ コメール
集英社
2015-03-20


限界点(ジェフリー・ディヴァー)
連邦機関戦略警護部警護官コルディ。彼の役目は殺し屋の手から標的を守ることだ。対するは調べ屋ヘンリー。ターゲットを拉致し、必要な情報を引き出した上で殺害する凄腕のエキスパートだ。2人のプロが知力の限りを尽くして戦う死のゲームが今始まろうとしていた。
リンカーン・ライムシリーズやキャサリーン・ダンスシリーズといった人気シリーズを持つディーヴァーの独立作品です。ゲーム理論を得意とする主人公と凄腕の敵が繰り広げるノンストップの攻防は手に汗握り、スリル満点です。また、守るべきターゲットがなぜ命を狙われているのか分からないというホワイダニッドの謎も物語に緊張感を与えてくれます。さらに、頭脳戦の末に行われる派手なアクションも物語のよいアクセントとなっています。もちろん、ディヴァーならではの畳みかけるどんでん返しも健在です。ただ、その末にたどりついた真相が意外とこじんまりしたものである点は賛否の分かれるところではないでしょうか。
限界点 上 (文春文庫)
ジェフリー ディーヴァー
文藝春秋
2018-02-09


ザ・ドロップ(デニス・ルヘイン)
ギャングの息のかかった場末のバーでバーテンダーをやっているボブの人生は、怪我を負った子犬を拾ったことで動き出す。閉塞感漂う裏社会での孤独な男の戦い。
短い作品ですが、その中に仄暗い人生の悲哀がぎっしりとつまっており、非常に濃厚な読書体験を得ることができます。一級のノワール小説。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門18位


猟犬(ヨルン・リーエル・ホルスト)
17年前の女性殺しにおいて容疑者逮捕の決め手となった証拠が捏造されたものと判明し、指揮をとっていた刑事に容疑がかかる。彼は名誉を回復するべく真相を追うが・・・。シリーズ第8作。
序盤はやや退屈ですが、警官の父と新聞記者の娘が父が力を合わせて真相に迫っていく展開は非常に読み応えがあります。父の視点と娘の視点が交互に入れ替わる構成も、その度に話が進展していくので、独自のテンポを生んでいて、読んでいて心地よさを感じる作品です。
猟犬 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ヨルン リーエル ホルスト
早川書房
2015-02-05


偽証裁判(アン・ペリー)
1857年。看護師のへスターは、名家の女主人が旅行をする間の付添い人として雇われる。しかし、女主人は死に、へスターは殺人罪で逮捕される。裁判での無実の証明をかけて奮闘する私立探偵モンク。シリーズ第5弾。
派手な面白さはありませんが、人物が丁寧に描かれていて、緊迫感のある裁判シーンも読み応えがあります。全体的に、手堅い良作という感じです。
偽証裁判〈上〉 (創元推理文庫)
アン・ペリー
東京創元社
2015-01-29


模倣犯(M・ヨート)
犯罪心理捜査官セバスチャンシリーズの2作目。主婦が首をかき切られて殺される事件が発生した。しかし、それは、かつてセバスチャンが捕え、現在服役中の犯人の手口とそっくりだった。そして、犯行が続く中で、セバスチャンは、被害者がすべて自分と関係のあった女だということに気づく。
超自己中の主人公をはじめとして、強烈な個性をもったキャラクターたちの人間模様が絶妙。前半は人物をじっくりと描き、後半は元脚本家らしいスピーディで映像的な展開、そして、考え抜かれた立体感のあるプロットは物語に深みを与えています。『ミレニアム』以降、注目されている北欧ミステリーの中でも頭ひとつ抜けた存在だと言えるでしょう。ただ、人によっては、事件がなかなか進展しない前半の展開に退屈さを覚えるかもしれません。
そして医師も死す(D・M・ディヴァイン )本格
診察所の共同経営者の死に対し、疑いをかけられたターナー医師は独自に真相を探る。
奇抜な謎や大トリックなどは何もありませんが、伏線が丹念に張り巡らされており、それを悟らせないミスリードの技巧も一級で、極めて質の高いフーダニットの傑作です。しかし、一方で、物語的には主人公の要領の悪さが読者のストレスを誘発している面もあり、そこが難点となっています。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門16位
2016年度本格ミステリベスト10 海外部門1位
そして医師も死す (創元推理文庫)
D・M・ディヴァイン
東京創元社
2015-01-22


禁忌(フェルディナント・フォン・シーラッハ)
事象を色や音として感じ取れる共感覚を持つ写真家。その彼が、女性を誘拐した容疑で逮捕され、厳しい尋問の末、殺人を自供する。彼を救うべく敏腕弁護士が法廷に立つが、状況証拠は不利なものばかりだった。
簡潔な文章でつづられる世界観は非常に魅力的ですが、曖昧模糊とした結末は賛否が分かれます。ミステリーとしてよりも文学として評価の高い作品です。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門13位
禁忌 (創元推理文庫)
フェルディナント・フォン・シーラッハ
東京創元社
2019-01-12


サンドリーヌ裁判(トマス・H.・クック)
聡明で美しい大学教授の死。同じ大学教授である彼女の夫が疑われ裁判となるが・・。夫婦間の深い溝を濃厚な心理描写と共に浮き彫りにした一級のサスペンス。
裁判の進行と過去の回想が交互に描かれる構成は冗長ですが、クックの鋭い人間洞察によって読み応えのある作品に仕上がっています。前半、裁判にかけられる夫のいけすかない人間性が赤裸々に綴られ、不快に感じる部分もある中で、それが後半、魂の救済の物語へ変わるその対比はあざやかです。
2016年度このミステリーがすごい!海外部門12位