最新更新日2018/11/27☆☆☆

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アリスマ王の愛した魔物(小川一水)
醜悪な見た目の第六王子アリマス。彼は卓越した計算能力によって敵を退け、ついには王位の座に就いて各国を併合していく。そして、常に彼につき従う美しき従者の正体とは......。
第42回星雲賞短編部門を受賞した表題作他、全5編を収録した短編集です。どれも読み応え十分ですが、白眉はなんといっても表題作でしょう。童話調の語り口で数学の万能ぶりを描き出したこの物語はこれぞセンスオブワンダーだといわんばかりの瑞々しい感性にあふれています。また、視覚や聴覚を持たないバイクが語り手をつとめる「ろーどそうるず」ではAIを搭載したバイクが空気の流れや触感を頼りにして世界を感じ、ライダーやその家族を幸せにしていく物語です。これもまた、SF小説でしか表現できない感動を具現化しており、素晴らしい出来です。さらに、AIとって愛とは何かを問う「リグ・ライト~機会が愛する権利について」も現実世界における未来を予見させる物語であり、考えさせられるものがあります。全体的に非常にレベルの高い作品集に仕上がっており、正統派SF作品を楽しみたいという人には特におすすめです。
自動人形の城(川添愛)
勉強嫌いでわがままな11歳の王子は、自分の思い通りにならない家来たちにうんざりしていた。ある日、王子は邪悪な道化師の言葉にのせられて、なんでも命令した通りに動いてくれる自動人形と自分の家来を交換する提案を受け入れてしまう。次の朝、王子が目を覚ますと道化師の言った通り、城からは家来の姿が消え、代わりに自動人形が働いていた。そして、確かに彼らは王子の命令には何でも素直に従った。しかし、その結果、彼らの取った行動はどれもとんでもないことばかりだった。自動人形たちは王子の言葉をそのまま実行するだけで、彼の意図を解釈する能力に欠けていたのだ。
AIが囲碁の世界チャンピョンに勝利するなど、人工知能の発展には目覚ましいものがあります。しかし、その一方で、「相手の意図をくみ取って解釈する」という言語認識の問題は今なお大きな壁となって人とAIの間に立ち塞がっています。その具体的な問題点をファンタジーという形を借りて説いたのが本書です。いわゆる学術書的な側面がある作品なのですが、物語の語りと専門的な解説の二つの要素が完全に融合しており、読んでいて全く違和感を抱かせないのが見事です。人工知能についてかなり突っ込んだ問題まで取り上げられているため、知的好奇心が大いに刺激される一冊となっています。


U(皆川博子)
1915年、ドイツ軍は英国海軍に鹵獲されたUボートを機密保持のために自沈させる作戦を決行する。一方、1613年のオスマン・トルコ帝国では白人奴隷として3人の少年が運ばれてくる。彼らの数奇な運命とUボートの物語はどう結び付くのか。

17世紀のオスマン帝国と第一次世界大戦の物語を交互に描いていますが、断然面白いがオスマン帝国のパートです。落日の帝国を丹念に描いた物語には壮大なスケールが感じられ圧倒されるばかりです。それを第一次世界大戦に結びつけた力技には少々強引さが感じられるものの、決して安っぽくはなっていません。それも、歴史的な背景を手を抜くことなく、丁寧に綴ってきたからでしょう。物悲しくも骨太な歴史ファンタジーの傑作です。
U (文春文庫)
博子, 皆川
文藝春秋
2020-11-10


破滅の王(上田夕里)
1943年。上海の自然科学研究所で細菌学科の研究員として働いていた宮本は日本総領事館から呼び出され、南京の大使館付武官補佐官の灰塚少佐からある重要機密文書の精査を依頼される。その文書の内容というのはキングと呼ばれる細菌兵器だった。しかも、それは治療法が皆無の細菌であり、もしそれが使用された場合、被害はどこまで広がるか見当もつかない。文書は途中で始まり、途中で終わる中途半端なものだった。それを宮本の手で完全なものにしてほしいというのだ。それはすなわち、彼の手で悪魔の兵器を完成させることにほかならなかった。
RV2という架空の兵器を巡って実在の人物や組織が暗躍する物語にはリアリティが感じられ、非常にスリリングです。序盤こそ時代背景の説明が延々と続くので冗長に感じますが、本格的に物語が動き出してからは一気呵成の展開が続きます。さまざまな国の思惑が絡みあってスリル満点の緊迫感を味わうことができますし、各国の登場人物もそれぞれ魅力的です。ただ、その分、主人公の存在感が薄くなってしまい、物語の焦点がぼやけてしまった点が残念なところです。十分に面白い作品ではあるものの、話がやや散漫になってしまった印象があります。
2019年度このミステリーがすごい!国内部門19位
破滅の王 (双葉文庫)
上田 早夕里
双葉社
2019-11-14


コルヌトピア(津久井五月)

2084年。人類は植物の生理機能を演算に活用するフロラという技術を生み出していた。東京は23区全体をグリーンベルトに取り囲まれ、人々はうなじに人工の角をつけてコンピューターとアクセスしている。今や東京は世界有数の情報都市だった。ところが、そのグリーンベルトに事故が発生する。フロラ開発設定企業に勤める砂山淵彦は天才女性植物学者と共に調査へ駆り出されるが......。
第5回早川SFコンテスト大賞受賞作品。緻密な設定に基づき、詩的な文章で綴られた世界観が魅力的です。美しい風景が頭に浮かび上がってくるようなビジュアルに優れたSF小説だと言えるでしょう。ただその反面、作中で起こる事件はこじんまりとしており、盛り上がりに欠けたのが残です。
コルヌトピア (ハヤカワ文庫JA)
津久井 五月
早川書房
2020-06-18


公正的戦闘規範(藤井太洋)
量子アルゴリズムをベースにしたネットサービスが台頭した近未来で、旧インターネット上で奇妙な動きを見せるゾンビプログラムの謎を追う「コラボレーション」、災害復興中の島をレポート中のジャーナリストが、文章予測ソフトによって奇妙な文章が打ち出されるのを目撃する「常夏の夜」、エスカレートし続けるテロや内戦を公平な戦いへと引き戻すシステムの導入を描いた表題作など、全5編収録の短編集。
SF界において次々と話題作を発表する著者の初めての短編集。量子コンピューター、人工知能、ドローンといった時代の最先端を往くテクノロジーを題材にして極めてリアルなSF世界を築き上げていく手法は、著者が得意とするものです。しかも今回は短編集だけあって、それがより先鋭化されています。手を伸ばせば届きそうなリアルな未来社会の描写には想像力が刺激され、非常にわくわくするものがあります。しかも、よくある絶望の未来ではなく、仄かな希望を感じさせてくれる作風が著者ならではの魅力だと言えるでしょう

2018年版SFが読みたい!国内部門3位


ゲームの王国(小川哲)
1975年。ポルポトが政権を握った日にソリヤとムイタックは出会った。ソリヤはポルポトの隠し子と言われる少女で他人の嘘を見破る能力を有している。一方のムイタックは超人的な知力を持つ少年だ。二人はカードゲームに興じ、その時初めて対等の相手とゲームを行う楽しさを知るのだった。しかし、やがて始まる密告と虐殺の恐怖政治。二人は時代の荒波に押し流されていく。そして、その中でソニヤは政治家を志し、ルールを破ることのできないゲームの王国を創世しようとするが.......。
史実の中に虚構を潜り込ませ、違和感なく一つの物語として構築していく手腕にまず唸らされます。しかも、その中には魔術やファンタジー要素も組み込まれており、疑似歴史小説というだけではない多角的な面白さに満ちているのです。そして、上巻だけでも十分面白いのですが、下巻になると2023年に舞台を移してのSF的展開が繰り広げられます。さまざまなジャンルをクロスオーバーさせながら、破綻することなく、上質な娯楽作品としてまとめ上げた手腕は見事としか言いようがありません。SFという枠に収まりきれない希有の傑作です。ただ、前半はキャラクターが多い上にどんどん死んでいくために登場人物を覚えるのが大変かもしれません。拷問や虐殺シーンが苦手な人も注意が必要です。
2018年版SFが読みたい!国内部門2位
Ank:a mirroring ape(佐藤究)

2026年2月26日。後に京都暴動と呼ばれる事件で人々が突如殺し合いを始め、多数の死者を出すことになった。原因究明が行われる中で、ウィルスや化学物質が原因ではないとされ、テロの可能性も早々に否定される。そして、浮かび上がってきたのは東アジアからやってきたアンク(鏡)と呼ばれる一匹のチンパンジーだった。
物語が始まって早々、映画「28日後」以降スタンダード化した走るゾンビの集団が凄惨な殺戮を繰り広げます。この部分がかなりの迫力をもって描かれているのですが、その手のスプラッター小説を期待すると肩すかしをくらうことになるでしょう。この惨劇はプロローグにすぎず、その後の物語は、なぜ多くの生命の中で人類だけが言語を獲得するに至ったかという問題にシフトされていくからです。人類はどこから来てどこへ行くのかという、いわゆる人類起源ものです。言語学、遺伝子工学、文化人類学などさまざまなアプローチによってその問題に切り込んでいくスタイルは知的好奇心を刺激するものがあります。人類の進化とゾンビものをひとつに結びつけたギャップこそがこの作品の魅力であり、同時に読者を激しく選ぶ結果にもなっています。かなり賛否の分かれそうな作品です。
第20回大藪春彦賞受賞
第39回吉川英治文学新人賞受賞
ザ・ビデオゲーム・ウィズ・ノーネーム(赤野工作)
22世紀のゲーマーが2020年代や2050年代に発売された低評価レトロゲームに対するレビューを行うという体裁で書かれた近未来SF。
本書はクソゲー版「完全なる真空」というべき作品ですが、単に架空のゲームの内容を語るだけでなく、そのゲームにまつわるエピソードをユーモラスな筆致で描いている点に独自性があります。なぜ、このゲームは低評価に終わったのかという理由がSF的なアイディアに基づいて説明され、その蓄積によって未来社会の現実が次第に浮かび上がってくるというプロットが見事です。また、そのレビューにおける情報量の多さとクソゲーエピソードに関するアイディアの豊富さにも驚くべきものがあります。しかも、通して読むと年老いた語り手自身の苦悩が浮かび上がってくる仕掛けになっており、実に技巧に満ちた作品だと言えるでしょう。
2018年版SFが読みたい!国内部門4位


ここから先は何もない(山田正紀)

日本で打ち上げた小惑星探査機ノリス2。その目的は小惑星ジェネシスでのサンプル回収だったが、なぜか別の天体パンドラに着陸してします。しかも、ノリス2が回収したサンプルの中にはなんと人骨の化石が含まれていた。放射年代測定の結果、その人骨は4~5万年ほど前のものだと判明するが.......。
名作SF小説である『星を継ぐもの』のオマージュ作品。人類誕生の謎を追うというテーマは元ネタと同じなのですが、そこにハッカーアクションあり、密室の謎ありと矢継ぎ早にさまざまなネタがテンポよく繰り出される点に独自の心地よさがあります。また、人類創生の謎に超人工知能の存在が絡んでくるという意外な展開にも引き込まれます。全体的には知的奇心を満たしつつも、エンタメトしても楽しめるハードSFの秀作だといえるでしょう。ただ、スケール大きな物語に比べて、それにかかわる登場人物が少なく、物語の結末もこじんまりしている点は賛否が分かれるところです。
2018年版SFが読みたい!国内部門8位
ここから先は何もない (河出文庫)
山田正紀
河出書房新社
2022-04-05


かがみの孤城(辻村深月)
中学1年の安西こころはクラスメイトから嫌がらせを受けたのがきっかけで不登校になってしまう。ある、こころが家で一人でいると鏡が輝き始めて城へと続く道が開ける。城には狼のお面をつけた少女が住んでいて、こころの他にも彼女と似たような境遇の中学生が6人招待されていた。お面を被った少女は自分のことを狼さまと呼ぶようにといい、3月30日までにこの城に隠されている願いの鍵を見つければ願いがかなえられるという。こうして、自宅と城を行き来する生活が始めるが.....。
不登校という今日的なテーマに魅力的なファンタジーの世界を重ね合わせ、平易な文章によって誰でも親しめる物語を構築しています。丁寧に伏線を重ね、最後に感動のクライマックスが待っているという非常に普遍性の高い作品です。それだけに、普段本をあまり読まない人でも感銘を受けたケースが多いのもうなずけます。ただ、普遍性が高い故に、本を読み慣れた人にとっては先の展開が読めてしまい、物足りなく感じるかもしれません。読書人生においてなるべく早い段階で読んでおくべき作品だといえるのではないでしょうか。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門8位
2018年本屋大賞受賞
かがみの孤城 上 (ポプラ文庫 つ 1-1)
辻村 深月
ポプラ社
2021-03-05


大怪獣記(北野勇作)
面識のない映画監督から映画の小説化を依頼される私。ノベライズではなく、あくまでも映画の小説化だという。映画のタイトルは「大怪獣記」。監督は私に対して「あなたの小説には怪獣は登場しないが、それゆえ怪獣に対する愛がある」とほめる。そして、途中までできているという脚本を受け取るために豆腐屋に出向くが私はそこで世にも恐ろしい体験をすることになるのだった。
ほのぼの不条理ホラー「人面町四丁目」の続編。日常から足を踏み外し、シュールな夢の中を彷徨うような感覚が前作以上に色濃く出ています。説明するのがかなり困難な作品ですが、連作形式になっているとらえどころの物語を映画製作という1本の糸で繋ぎ、クトゥルー神話を怪獣映画に落とし込み、最後にはSF的テーマが浮かび上がる仕様になっているとといった感じです。とにかく、不条理の中にもノスタルジックな味わいがあり、のほほんとしていながら残酷という独特の感性がこの作品の特徴だと言えるでしょう。合わない人には全く合わないでしょうが、ハマる人はとことんハマるといった類の作品です。
月の満ち欠け(佐藤正午)
小山内堅は東京駅に隣接するホテルのカフェに入り、見知らぬ母娘の近くに座る。彼はコーヒーを注文したが、それを見ていた幼い少女は小山内に向かって「どら焼きセットにすればいいのに。昔一緒に食べたよね」と言いだす。それは交通事故で亡くなった娘との思い出だった。彼女は愛娘の生まれ変わりだとでもいうのだろうか?30余年に及ぶ3人の男性と1人の少女の数奇な運命の物語。
愛する人に出会うために少女として何度も輪廻転生を繰り返す物語。その一途さからくるロマンチックなムードと死んでも死んでも生まれ変わる大人びた幼女のホラーじみた不気味さが入り混じって一種独特な雰囲気をまとっている作品です。時系列が入り組んでおり、かなり複雑な構成になっていますが、達者な文章と摩訶不思議な物語に魅了されてぐいぐいと引き込まれていきます。最終的に中年男と生まれ変わった幼女との愛の物語となるので気持ち悪い感じる人も少なくないでしょうが、そういった倒錯じみた部分も含めて強い印象を残す作品です。
2018年度このミステリーがすごい!国内部門18位
第157回直木賞受賞
月の満ち欠け
佐藤 正午
岩波書店
2017-04-06


錆びた太陽(恩田陸)
最後の事故によって人間が立ち入れなくなった地域。そこをパトロールするロボット「ウルトラエイト」。しかし、ある日、若い人間の女性が現れる。女は国税局から来た言うが......。彼女の目的は一体どこにあるのか?
舞台は原発多発テロによって国土の2割が汚染区域になった未来の日本です。しかも、汚染区域にはマルピーと呼ばれるゾンビが住み着いているというかなり世紀末な世界観なのですが、それをこの作品では終始コミカルな雰囲気で描いています。特にヒロインである国税局の女性と主人公であるロボットのかみ合わない会話が笑いを誘います。物語そのものは人間の愚かしさを描いたかなり陰鬱なものであるだけに、そのギャップについていけるかどうかで好き嫌いが分かれそうです。
錆びた太陽 (朝日文庫)
恩田 陸
朝日新聞出版
2019-11-07


裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル(宮澤伊織)
民話やネットで語り継がれる危険な存在。くねくね、八尺様、きさらぎ駅。この世界と背中合わせの裏世界で彼らは蠢いている。空魚と鳥子は人探しのためにそこに足を踏み入れるが…...
一見、女子大生をヒロインにした軽いタッチの百合ラノベのようにも見えますが、読み進めていくとかなり本格的なホラー小説だということが分かります。特に、裏世界から現実に戻ってきて一安心だと思ったら、現実世界も徐々に怪異に侵食されていく下りなどは思わずぞっとしてしまいます。同時に、怪異を科学的な考察していく部分では知的好奇心が刺激され、SFとしても楽しめる出来です。キャラクターも魅力的でSF冒険ホラーとして大いにおすすめです。
2018年版SFが読みたい!国内部門7位
裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト(宮澤伊織)
季節は夏に変わっても空魚と鳥子はお互いに親睦を深めながら裏世界への探索を続けていた。きさらぎ駅に迷い込んだ米軍の救出、猫の忍者に狙われる空手少女など。ネットで広がった都市伝説が具現化する世界で冒険を続けていく内にそれぞれの人間関係にも変化が生じ......。
エピソードを重ねてきた影響で恐怖という点では少し後退していますが、都市伝説の蘊蓄やキャラクターの魅力で十分楽しめるできに仕上がっています。百合要素の強化されており、その手のジャンルが好きな人にもおすすめです。
海に向かう足あと(朽地祥)
外洋ヨットレース参加のために島に集まる村雲たち。しかし、物理学者のクルー、諸橋が姿を見せない。しかも、ある時点を境にすべての通信機器が沈黙する。不安定な国際情勢の中、一体何が起きているのか?
前半はヨットレースに出場するクルーたちの様子がいきいきと描かれており、それだけに時折挿入される不穏な空気がより一層不気味に感じられます。そして、いつその不穏さが現実的な危機として現れるのかと言えば、それは最後の最後です。派手なパニックものを期待していた人には地味な作品だと思うかもしれませんが、破局の前兆を静かなトーンで丹念に描いたところにこの作品の真価があります。読後に忘れ難い印象を残す傑作です。
海に向かう足あと
朽木 祥
KADOKAWA
2017-02-02