最新更新日2015/11/25☆☆☆PT
私が、ミステリー作家の中で最も敬愛しているのはジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)なのですが、彼の作品は代表作だけでなく、マイナー作品もその存在が気になってしまうという独特の引力があります。
では、それらの作品が代表作に負けず劣らず面白いのかというと、これが恐ろしく微妙な出来なのです。他の作者の作品なら壁に投げつけたくなる作品も多々あります。しかし、カーだとなんとなく許してしまうだけでなく、「もしかすると、これって、一周回ってって傑作?」などという気の迷いすら起こしてしまいまうのです。
それは、彼が稀代の魔術師だからにほかなりません。常に、大魔術で観客を驚かそうと腐心するので、それに魅了された人々は、仕掛けが発動せずに空振りに終わった時ですら、そこに何かあるのではないかと深読みしてしまいます。しかも、彼の魔術の成功率は決して高くはありません。準備不足のままに実演を強行し、空中浮遊をするつもりが、そのまま地面にまっさかさまということが少なくないのです。彼の輝かしい魔術師としての経歴の背後には、そんなおびただしい骸が転がっています。
そこで、今回はそんな愛すべき骸を10体選んでみてみました。時間をドブに捨ててもいいという方はぜひ、手にとって読んでみてください(ちなみに、カーの後期作品はぶっちゃけ駄作だらけなので今回はまだカーが本格ミステリ作家として元気だった時期の作品に絞ってチョイスしています)。
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①絞首台の謎(1931)
夜霧の中を疾走する1台のリムジン。やがて停止した車の運転席に座っていたのは、喉を掻き切られて息絶えた黒人だった。しかも、車の中には彼以外誰もいなかったのだ。死人が車を運転していたとでもいうのだろうか?
なんともゾクゾクする怪奇ムード満点の事件の発端ですが、このトリックというのが実にしょうもない。竜頭蛇尾を絵に描いたような作品です。
②盲目の理髪師(1934)
酔っ払いが演じたようなドタバタ喜劇を全編に散りばめることでミスディレクションを演出してみせた作品。いわば、コントの舞台に殺人鬼が紛れ込んでいるような趣向です。しかし、肝心のドタバタはひどく退屈で、事件は大したことなく、フェル博士の推理も冴えないとなればどうしようもありません。長い茶番を見せられた気分です。
この作品にはフェル博士の他に、犯罪研究家やミステリー作家など計5人の探偵役が登場します。そうなれば、当然、これはあれでしょう。ひとつの事件に対して5つの回答が用意される毒入りチョコレート事件のパターン!さて、どんな迷推理で楽しませてくれるのかな?と思っていると、こいつら事件を掻きまわすだけで、ろくに推理もしやがりません。探偵ごっこをしているだけです。しかも、人物の描き分けが不十分で、無駄な会話だけが多いので読んでいると途中で何がなんだか分からなくなってしまいます。終わってみれば、フェル博士以外は全く存在意義が見いだせない結果に。
『アクロイド殺し』や『オリエント急行の殺人』を凌ぐような意外な犯人を創出すべく、カーが渾身の力で投げ込んだ大魔球。しかし、消える魔球は審判にも視認されずにボールと判定。そんな作品です。
⑥かくして殺人へ(1940)若い女性が主人公で、ラブロマンスを主軸に恋のさや当てが延々と続きます。よって、ミステリーを期待した読者にとってはひたすら冗長。カーにとっての異色作といえますが、異色作家がひっくり返って普通の作家の凡庸な作品を書いただけにすぎません。しかも、犯人側も半端なやり方で女主人公を狙うばかりで、殺人事件など全く起きず、盛り上がらないことここに極まりです。フーダニットにはそれなりの工夫は見られるものの、全体的に地味なことには変わりはなく、カーファンにとっては最も評価に困る作品の一つだといえるでしょう。
旧題『震えない男』。怪奇趣味からモダンな雰囲気へとシフトしてきたカーが、久々にオドロオドロしい世界に回帰。謎の墜落死やポルターガイスト現象なども起き、ムードを盛り上げますます。しかし、幽霊屋敷のトリックというのが実に安易でいただけません。推理小説マニアの素人探偵が、最初に思いつきそうな捨てネタをメイントリックにもってきては駄目でしょう。『幽霊屋敷』のトリックが安易と言いましたが、本作はトリックにすらなっていません。事件は、衆人環視の中で、屋敷の主人が悲鳴を挙げて屋根の上から墜落するというもの。屋根には主人以外誰もいないはずなのに何が起きたのか?というのが謎ですが、種を明かされると「え?それってトリックなの?」というレベルです。
それよりも、本作の見どころはフェル博士と並ぶ、もうひとりの名探偵、ヘンリー・メルヴェル卿にライバルが現れることです。と、言っても推理を競うわけではなく、女版ヘンリー・メルヴェル卿というべき伯爵夫人が現れて、オークションで張りあうだけですが。もちろん、事件とはなんの関係もありません。
鍵の掛った寝室に突如怪人物が姿を現し、煙のように姿を消す。この、世にもしょうもないトリックは、瀬戸川猛資氏の著書、『夜明けの睡魔』により、ミステリーファンの間ですっかり有名になりましたが、たとえ思いついても並みのミステリー作家ならそっと封印するようなネタを、あえて使うのがディクスン・カーの真骨頂です。
怪盗vs名探偵の趣向のはずが、目立つのは、ヘンリー・メルヴェル卿の奇行やボクシングシーンばかりで、肝心の対決はちっとも盛り上がりません。もちろん、トリックも脱力レベル。もはやミステリーはおまけ扱いといった有様です。
えー、繰り返して言っておきますが、私はこれらの作品が決して嫌いというわけではありません。むしろ、大好きだといっても過言ではないでしょう。それは、こうした試行錯誤の末に、『皇帝のかぎ煙草入れ』のような超絶技巧の作品を生み出し、『死者はよみがえる』のような技巧とバカミスの狭間で綱渡りを演じる怪作を誕生させているからです。カーの場合、傑作と駄作は紙一重であるといえます。それゆえ、地に落ちた失敗作もそこに成功の萌芽を見て、愛さずにはいられないのです。まあ、ファン以外の方が読めばただの駄作にすぎませんが・・・。
それでは最後に、ジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)のマイベストを記しておきます。ちなみに、もし、カーを読んだことがないというのであれば、完成度の高さと初心者でも理解しやすいという点から『ユダの窓』が断然おすすめです(読みやすいという点では『皇帝のかぎ煙草入れ』もおすすめですが、いつもの作風と違いすぎてカーを知るうえでの参考にはならないかも)。
ジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)マイベスト10
1位. ユダの窓
2位. 緑のカプセルの謎
5位. 火刑法廷
私が、ミステリー作家の中で最も敬愛しているのはジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)なのですが、彼の作品は代表作だけでなく、マイナー作品もその存在が気になってしまうという独特の引力があります。
では、それらの作品が代表作に負けず劣らず面白いのかというと、これが恐ろしく微妙な出来なのです。他の作者の作品なら壁に投げつけたくなる作品も多々あります。しかし、カーだとなんとなく許してしまうだけでなく、「もしかすると、これって、一周回ってって傑作?」などという気の迷いすら起こしてしまいまうのです。
それは、彼が稀代の魔術師だからにほかなりません。常に、大魔術で観客を驚かそうと腐心するので、それに魅了された人々は、仕掛けが発動せずに空振りに終わった時ですら、そこに何かあるのではないかと深読みしてしまいます。しかも、彼の魔術の成功率は決して高くはありません。準備不足のままに実演を強行し、空中浮遊をするつもりが、そのまま地面にまっさかさまということが少なくないのです。彼の輝かしい魔術師としての経歴の背後には、そんなおびただしい骸が転がっています。
そこで、今回はそんな愛すべき骸を10体選んでみてみました。時間をドブに捨ててもいいという方はぜひ、手にとって読んでみてください(ちなみに、カーの後期作品はぶっちゃけ駄作だらけなので今回はまだカーが本格ミステリ作家として元気だった時期の作品に絞ってチョイスしています)。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
①絞首台の謎(1931)
夜霧の中を疾走する1台のリムジン。やがて停止した車の運転席に座っていたのは、喉を掻き切られて息絶えた黒人だった。しかも、車の中には彼以外誰もいなかったのだ。死人が車を運転していたとでもいうのだろうか?
なんともゾクゾクする怪奇ムード満点の事件の発端ですが、このトリックというのが実にしょうもない。竜頭蛇尾を絵に描いたような作品です。
②盲目の理髪師(1934)
酔っ払いが演じたようなドタバタ喜劇を全編に散りばめることでミスディレクションを演出してみせた作品。いわば、コントの舞台に殺人鬼が紛れ込んでいるような趣向です。しかし、肝心のドタバタはひどく退屈で、事件は大したことなく、フェル博士の推理も冴えないとなればどうしようもありません。長い茶番を見せられた気分です。
③剣の八(1934)
同じ事件を3人の人物が別の角度から語り、最後にフェル博士が謎を解くという趣向。語り手が次々と変わるといえばあれに違いありません。証人によって事件の解釈が、がらりと変わる藪の中パティーン!しかし、そんなことは全くなく、語り手によってちょっとした矛盾がある程度です。事件も極めて地味で大きな謎もなく、しかも、そんな話を3回もループして聞かされるのですからたまったものではありません。読者の忍耐力が問われる作品と言えるでしょう。
⑤五つの箱の死(1938)
⑦幽霊屋敷(1940)
⑧時計の中の骸骨(1948)
それよりも、本作の見どころはフェル博士と並ぶ、もうひとりの名探偵、ヘンリー・メルヴェル卿にライバルが現れることです。と、言っても推理を競うわけではなく、女版ヘンリー・メルヴェル卿というべき伯爵夫人が現れて、オークションで張りあうだけですが。もちろん、事件とはなんの関係もありません。
旧題『わらう後家』。この時期のカーは人間消失にこだわっていたらしく、消失トリックをメインとした長編を定期的に発表しています。最初からネタがバレバレの『青銅ランプの呪い(1945)』、巧妙ではあるけれど文字で説明されるとひどくつまらない『墓場貸します(1949)』、そして最大の問題作である本書です。
鍵の掛った寝室に突如怪人物が姿を現し、煙のように姿を消す。この、世にもしょうもないトリックは、瀬戸川猛資氏の著書、『夜明けの睡魔』により、ミステリーファンの間ですっかり有名になりましたが、たとえ思いついても並みのミステリー作家ならそっと封印するようなネタを、あえて使うのがディクスン・カーの真骨頂です。
⑩赤い鎧戸のかげで(1952)
えー、繰り返して言っておきますが、私はこれらの作品が決して嫌いというわけではありません。むしろ、大好きだといっても過言ではないでしょう。それは、こうした試行錯誤の末に、『皇帝のかぎ煙草入れ』のような超絶技巧の作品を生み出し、『死者はよみがえる』のような技巧とバカミスの狭間で綱渡りを演じる怪作を誕生させているからです。
それでは最後に、ジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)のマイベストを記しておきます。ちなみに、もし、カーを読んだことがないというのであれば、完成度の高さと初心者でも理解しやすいという点から『ユダの窓』が断然おすすめです(読みやすいという点では『皇帝のかぎ煙草入れ』もおすすめですが、いつもの作風と違いすぎてカーを知るうえでの参考にはならないかも)。
ジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)マイベスト10
1位. ユダの窓
2位. 緑のカプセルの謎
3位. 貴婦人として死す
7位. 死者はよみがえる(死人を起こす)
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