物語良品館資料室

※amazonアソシエイト参加表明文:当サイト、物語良品館資料室はamazonアソシエイトプログラムに参加を申請し、承認されました。ついては規約に従い、その旨を表明致します

最新更新日2019/11/11☆☆☆


謎解き一辺倒だった30年代の作風から脱却し、よりドラマ性を重視したライツヴィルシリーズで新境地を切り開いたクイーンは50年代に入ると、さらに新しい試みに挑戦していきます。しかし、それが成功したのかと問われると、正直首を縦に振ることはできません。作者が意図したとおりの効果を読者に与えることができず、どうにも迷走している感が強かったのです。それでも中には光る作品も存在しますし、失敗作といわれているものも単なる駄作と切って捨てるには惜しい、独特の味わいがあります。そこで、今回はそんな50年代の作品群を一つずつ紹介していきます。

ダブルダブル(1950)
ニューヨークのエラリーの元に差出人不明の手紙が届く。その中身は複数の新聞の切り抜きであり、記事の内容はライツヴィルに住んでいる工場経営者が心臓病で亡くなり、彼の主治医であるドッド博士が遺産を相続し、共同経営者のジョン・スペンサー・ハートが使いこみが発覚するのを恐れて自殺したというものだった。さらに、3日後には、エラリーの古い知人で町の乞食と呼ばれているトム・アンダースンが行方不明になったという記事が送られてくる。一体誰がどのような意図でこのような記事を送ってくるのか?エラリーには皆目見当もつかなかったが、翌日トム・アンダースンの娘であるリーマが訪ねてきた。リーマは父親が殺されたことを確信しており、エラリーに真相を暴いて欲しいというのだ。こうしてエラリーは懐かしのライツヴィルに向かうことになるが......。
◆◆◆◆◆◆
『九尾の猫』で後期クイーン問題にひと段落つけた作者が次のテーマに選んだのが童謡殺人です。童謡殺人といえば『僧正殺人事件』や『そして誰もいなくなった』などが有名ですし、クイーン自身も『靴に棲む老婆』をすでに発表済みでした。しかし、いずれの作品も童謡通りに殺人を行うこと自体に大した必然性はなく、あくまでも作品の雰囲気づくりにすぎないという弱点があったのです。それに対して、本作は童謡殺人に必然性を持たせたところが画期的です。また、動機の隠し方が巧妙で一級のホワイダニットミステリーとしての味わいもあります。さらに、本当に殺人が起きているのかわからない、曖昧模糊としたまま物語が進んでいくという展開も今までにない味わいを感じさせてくれます。以上のように光るアイディアは盛りだくさんなのですが、通して読んでみるとあまり面白くないのです。その原因はやはり、物語の転がし方が今一つであり、話にメリハリが欠けているからでしょう。そのうえ、エラリーの推理もパッとせず、事件は曖昧な部分を残したまま幕を閉じてしまいます。試みとしてはユニークなのにプロットの粗さがそれを台無しにしている非常に惜しい作品です。
ダブル・ダブル (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-5)
エラリイ・クイーン
早川書房
1976-06-01


悪の起源(1951)
映画全盛の時代が終焉に向かい、テレビの時代が始まろうとしていた。エラリーは小説のアイディアを求めてハリウッドにやってくる。かつての栄華は失われたとはいえ、まだまだ魅力の尽きないこの地に腰を落ち着け、小説の執筆に専念しようとしたのだ。しかし、そんなエラリーの元に若い女性が訪ねてきた。彼女は「犬に父が殺された」と訴える。よくよく話を聞いてみると、宝石商の父の元に脅迫状と一緒に死んだ犬が送られてきて、心臓が弱っていた彼女の父はそのショックで命を落としたということらしい。犬の死体を送りつけてきた犯人を探してほしいというのだが、最初エラリーはその依頼を断るつもりでいた。だが、宝石商の共同経営者の元にも意味不明の脅迫状が送られている事実を知り、エラリーはようやく重い腰を上げる。彼らを死ぬほど怯えさせているものは一体何か?そして、2人の宝石商の秘められた過去とは?
◆◆◆◆◆◆
30年代の終わりに発表した『悪魔の報酬』『ハート4』『ドラゴンの歯』からなるハリウッドシリーズ。本作はそのシリーズの12年ぶりの新作です。以前の作品は国名シリーズを終えて新しいスタイルを模索していた時期に書かれたこともあって、過剰なまでにロマンスや娯楽性を強調したものになっていました。しかし、ライツヴィルシリーズを経て書かれた本作はさすがに人間心理を重視した落ち着いた作風になっています。ミステリーとしては後半にならないと殺人事件が起こらないのが難点ですが、中期以降のクイーン作品はドラマ性で読ませるのが特徴です。本作の場合も、派手な事件は起きなくても裕福な家庭に秘められた人間の悪意をテーマにしつつ、ぐいぐいと読者を引き込んでいきます。また、次々と登場する個性豊かな登場人物もなかなか魅力的です。さらに、後期作品では定番の多重解決的な趣向も堂に入っています。ただ、犯人を特定する根拠があまりにも貧弱すぎるという弱点があるのです。少なくとも、30年代の作品に見られた、ため息が出るほどに美しいロジックの冴えは見る影もありません。それに、悪の存在を進化論になぞらえた趣向も壮大ではあるものの、それが成功しているかというと、どうにも微妙です。狙いは決して悪くないのですが、プロットをこねくり回したあげく、説得力に欠けたものになっています。『ダブルダブル』と同じように着想には光るものがあるにもかかわらず、うまくまとめることができなかった一作だといえます。
悪の起源 (1959年) (世界ミステリシリーズ)
エラリイ・クイーン
早川書房
1959


帝王死す(1952)
巨大軍事産業のトップに君臨しているキング・ベンディゴの元に殺人予告の脅迫状が届く。もし、彼に万が一のことがあれば、世界中が大混乱に陥りかねない。それを阻止するようにという政府からの要請を受けたクイーン父子は、半ば拉致されるようにキングが帝国を築いている洋上の島に送り込まれた。だが、彼らの努力も甲斐なく、キングは完全な密室で何者かに射殺されてしまう。しかも、犯行に使われた銃はエラリーの監視下にあったのだ。一体、いかにしてキングを殺害したのか?
◆◆◆◆◆◆
クイーンとしては珍しい、密室殺人を扱った作品です。密室はかなり堅牢なもので謎としてはなかなか魅力的です。しかし、その事件が起きるのが物語の後半も後半に入ってからなので、本格ミステリとしては物語のバランスが悪すぎます。そのうえ、肝心の密室トリックも小粒すぎてがっかりです。むしろ、本作の魅力は冷戦時代を背景にした社会派ミステリーのような雰囲気と動機の究明にあります。犯人の真の狙いを悟らせないように施されたミスディレクションは巧妙ですし、突破口となる手掛かりの配置も秀逸です。しかも、その末に明らかになる動機もなかなかインパクトがあります。ただ、やはりプロットの歪さはいかんともしがたく、全体を通して読むとどうにも座りの悪い作品になっています。冷戦下を舞台にしたドラマとしては意外と読み応えがあるものの、本格ミステリとしては凡作の域を出ていないというのが正直なところです。
帝王死す (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-13)
エラリイ・クイーン
早川書房
1977-06-01


緋文字(1953)
ミステリー作家のローレンスと女流演出家のマーサは誰もが羨む仲の良い夫婦だった。ところが、結婚から数年が過ぎたころからローレンスはマーサの不倫を疑うようになり、彼女が少しでも他の男性と仲良くしていると感情を爆発させてしまう始末だった。このままではマーサの身に危険が及ぶと判断したエラリーと秘書のニッキーはなんとか2人の仲裁をしようとする。しかし、ついに事件が起き......。
◆◆◆◆◆◆
中期以降のクイーン作品はなかなか事件が起きない傾向が強いのですが、本作はその中でも極めつけです。なんと殺人事件が起きるのが、残り50ページほどになってからです。その間、エラリーは延々と不倫が疑われている女性の浮気調査を続けるだけです。エラリーが探偵役を務める作品の中では異色中の異色作だといえるでしょう。実は、不倫騒動の物語は壮大な前振りであり、それらがすべてミスディレクションとして機能しているのです。そして、最後に提示される逆転劇はなかなか鮮やかです。とはいうものの、解くべき謎は現場に残された「XY」のダイイングメッセージぐらいなので本格ミステリを期待した人にとってはどうしても物足りなさが残ります。しかも、日本人には推理不可能なネタなのが残念です。ただ、本作はクイーンが秘書のニッキーと初めて本格的にコンビを組む作品であり、そういう意味ではファンにとっては見逃せない作品だともいえます。ちなみに本作のタイトルは、ナサニエル・ホーソンの名作『緋文字』から引用したものですが、内容的にはほとんど関係ありません。
緋文字
エラリイ・クイーン 青田勝訳
ハヤカワ・ポケット・ミステリ
1975-01-01


ガラスの村(1954)
ニューイングランド北部に位置する寒村で老女流画家が撲殺されるという事件が起きた。犯行時刻頃に彼女の家に入った男を見たという村人の証言によって、物乞いをしている移民の男が疑われる。男は金を盗んだ事実は認めたが、殺人の件は否認する。彼女の家に入ったのは薪割りを頼まれたからだというのだ。だが、肝心の薪はどこにも見当たらなかった。村人たちは男を拘束し、自らの手で裁きを下そうとするが......。
◆◆◆◆◆◆
クイーンが発表した初めてのノンシリーズ作品であり、当時アメリカで吹き荒れていたマッカーシズムに対する反論だといわれているクイーン流社会派ミステリーです。作中では、偏見に満ちた住民裁判の恐ろしさが描かれており、その中でいかにして公平な裁きを行うかが焦点となっています。本作を本格ミステリとして見ると、トリックや仕掛けは小粒であり、物足りなく感じる人も少なくないでしょう。しかし、偏見に満ちた裁判の中で事実を一つ一つ拾いあげながら真実に迫っていくプロセスは非常に読み応えがあります。特に、画家の絵が決め手となって意外な事実が明らかになるくだりなどは、さすがの鮮やかさです。社会風刺に重きをおいた作品ながらも、ロジックや謎解きの面白さもしっかりと盛り込んでいます。印象的なラストシーンも含め、50年代のクイーン作品の中では間違いなく最高峰といえる傑作です。
ガラスの村 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-8)
エラリイ・クイーン
早川書房
1976-08-01


クイーン警視自身の事件(1956)
定年退職を迎えたリチャード・クイーンはまだまだ現職として働く自信があったが、規則にしたがって警察を去らざるを得なかった。そんなとき、暇つぶしに訪れたネリー島で、島の所有者のアルトン・ハンフリィの元で保母として働いているジェシィ・シャーウッドと出会う。一度きりの出会いだと思っていたのだが、ジェシイが世話をしているアルトンの養子の赤ん坊が枕に顔をうずめて死んでしまうという事件が起きる。そして、地元警察の捜査に協力する中で、リチャードとジェシイは再会することになったのだ。ジェシィは枕カバーに残っていた手形を根拠に他殺を主張するも、肝心の枕カバーが見つからず、結局、赤ん坊の死は事故として処理されてしまう。一方、リチャードはジェシイの言葉を信じ、一緒に真相を探ることになるが.......。
◆◆◆◆◆◆
いつもは息子のエラリーの引き立て役に甘んじているリチャード・クイーン警視ですが、シリーズ24作目にして初めて主役の座をものにします。もっとも、この時点ではすでに警察官ではないのでタイトルに偽りありですが。ともあれ、リチャードの推理は名探偵と名高い息子のエラリーと比べると心もとないものがあります。エラリーならすぐにたどり着くような答えにもなかなか気付かないので、読んでいるほうはかなりじれったく感じてしまうのです。その代わり、リチャードとジェシイという熟年カップルのゴシックロマンとして読めば、なかなか面白い出来に仕上がっています。ハリウッドシリーズのような浮ついた感じではなく、ロマンスと冒険を地に足がついた物語として描いていますし、恋人のピンチに颯爽と現れるリチャードなどという構図は今までのシリーズにはなかったカッコよさです。ただ、ジェシイと2人で事件を解決することにこだわり、情報を地元警察に秘匿するなど、過去作のクイーン警視のキャラと比べて違和感があるのは気になるところです。これを定年退職と老いらくの恋という環境の変化がなせる業だと許容できるかどうかで評価も分かれるのではないでしょうか。


最後の一撃(1958)
1929年12月。『ローマ帽子の謎』を発表したばかりのエラリーはクレイグ家のクリスマスパーティに招待されていた。幼い頃実の父を亡くし、養子としてクレイグ家に引き取られたジョン・クレイグは25歳の誕生日の日に正式な遺産相続人となり、同時に婚約者のラスティと結婚する予定だった。このパーティはその発表の場でもあったのだ。やがて、パーティ会場にサンタクロースに扮した男が現れ、みんなにプレゼントを配り始める。ところが、それはパーティの演出などではなかった。誰もその男のことを知らないというのだ。続いて、図書室で老人の他殺死体が発見される。この老人に関しても、彼が何者であるかを答えられる者はいなかった。さらに、その事件以降、ジョンは人が変わったようになり、異常な行動を取り始める。一体、この事件の裏には何があるのか?
◆◆◆◆◆◆
エラリーが駆け出しの時代に遭遇した事件が27年の時を経て解決するという壮大なプロットの作品であり、明らかにシリーズ完結を意識した作りとなっています。しかし、本作がグランドフィナーレに相応しいものかというと大いに疑問です。確かに、散りばめられた数々の謎は魅力的ですし、前半の展開はなかなか引き込まれるものがあります。しかし、その謎の大半が大して意味がないものだということが判明する解決編で物語は大きく失速していくことになるのです。しかも、犯人の狙いというのがあまりにも回りくどすぎて説明されても素直に納得しがたいものがあります。それに、なぜこの事件の解決に30年近い歳月を要したのかもよくわかりません。最後の作品ということでいろいろ盛り込んだ結果、きれいにまとめることができず、グダグダになってしまったといった感じです。探偵エラリーが活躍するシリーズ作品の中ではほぼ最低レベルの出来栄えといえます。ちなみに、実際には本作はシリーズ完結編とはならず、名探偵エラリーは5年後に発表された『盤面の敵』で何事もなかったように復活することになります。本当のシリーズ最終作となったのは1971年発表の『心地よく秘密めいた場所』です。ただ、こちらも本作と同様、グダグダさ加減が半端ない駄作に終わってしまっています。

最後の一撃 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-14)
エラリイ・クイーン
早川書房
1977-07




christmas-2947257_640



最新更新日2021/06/02☆☆☆

平成の世になり、テレビアニメの放送時間がゴールデンタイムから夕方、さらには深夜へと移行する中で番組の内容もよりマニアックなものへと変容していきました。その中でも特に目立つようになったのが、女の子同士がキャッキャッウフフする百合アニメです。いまや深夜アニメの半分は百合アニメといっても過言ではないほどです。とはいうものの、その大半は女の子同士で友情を育んだり、一緒に遊んだりするだけの内容であり、厳密な意味で百合というわけではありません。その一方で、ハードコアというべきガチの百合アニメも存在します。百合と一言でいってもその内容はさまざまなのです。そこで、今回は百合アニメの中でもガチ百合といえるものにはどのようなものがあるのかを紹介していきます。なお、ガチ百合の基準ですが、「女主人公が他の女性に対して明らかに恋愛感情をいだいている」「主人公自体はノンケでも作品のテーマ自体が百合である」のいずれかを満たしていることが条件です。したがって、『ストライクウィッチーズ』や『咲-saki-』のようなどう考えても百合だけど恋愛だという明確な描写がない作品、あるいは『美少女戦士セーラームーンS』や『とある科学の超電磁砲』のようにインパクトの強い百合キャラがいるけれど主人公は百合ではなく、メインストーリーも百合とは関係ない作品はここでは除外とさせていただきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします。

1999年

少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録(監督:幾原邦彦)
14歳の少女天上ウテナは幼い頃に自分を助けてくれた王子様に憧れ、自分も王子様になりたいと考えるようになっていた。そして、彼女は転校してきた鳳凰学園で薔薇の花嫁と呼ばれる少女、姫宮アンシーと出会う。彼女とエンゲージすると”世界を革命する力”が手に入るといわれており、現在のアンシーの所有者は剣道部主将の西園寺筴一だった。だが、アンシーを物扱いする彼の態度に怒りを覚え、ウテナは西園寺に決闘を申し込む。剣術の素人であるウテナは苦戦を強いられるものの、間に割って入ってきたアンシーに不思議な力を授けられ、見事に勝利を納めるのだった。以降、アンシーの所有者となったウテナは彼女と行動をともにするようになるが、小悪魔的な彼女の言動に振り回される。やがて、ウテナは学園の秘密を知り、アンシーと共に外の世界への脱出を試みるが.......。
◆◆◆◆◆◆
本作はテレビアニメ『少女革命ウテナ』の好評を受けての劇場版ですが、テレビ版とはかなり毛色の違った作品になっています。テレビ版
少女革命ウテナは単純にまとめるならば、自分を便利な道具としか考えていない身勝手な男を捨てて女同士の友情を選択する話しでした。それを学園ファンタジーバトルの形を借りてドラマチックに描いたわけです。ところが、映画版の描写は友情を飛び越えて完全にレズビアンの世界に突入しています。特に、ラストシーンは百合アニメ的にインパクト大です。また、テレビ版はあくまでもウテナが主役だったのに対して、本作は途中からアンシーが主役になっており、それに伴ってキャラデザや性格もアクティブな路線に改変されています。テレビ版とどちらが良いかは人によって好みの分かれるところでしょう。しかし、いずれにしても、90分の上映時間の間にこれだけ濃密な物語と独創的な世界観を提示してみせたのは幾原監督ならではです。クライマックスのシュールな盛り上がりといい、斬新な表現の数々が印象に残るカルト的傑作です。
少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録【劇場版】 [DVD]
川上とも子
キングレコード
2000-03-03



2003年

ヤミと帽子と本の旅人(監督:山口祐司/原作:オービット)
あらゆる世界を本にして保管しているヤミ・ヤール図書館の管理人・イヴは、仕事を姉のリリスに押し付けて自分は本の世界で遊んでいた。しかし、本の世界に入ってしまうと、イヴは口がきけなくなり、おまけに周囲の人間から過剰なまでの好意を抱かれてしまうという弊害があった。あるとき、イヴは孤児院で働く少女・ジルとして過ごしていたところ、彼女の愛を独占したい少年ガルによって殺されてしまう。続いてイヴは日本の高校生・初美として転生するが、今度は妹の葉月から激しく愛され、ついには寝込みを襲われることに。初美はその場から姿を消し、代わって、ケンちゃんという名の鳥が姿を現す。その鳥はリリスの命を受けて初美ことイブの行方を追っていたのだ。ケンちゃんは葉月をリリスと引き合わせ、2人は協力してイブの行方を追うことになる。こうして本の世界を渡り歩く、不思議な旅が始まるのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
深夜アニメ黎明期に放送された作品で、原作がアダルトゲームだけあってかなりエロティックな内容です。作品の見どころはなんといっても幻想的かつ耽美な映像で、ぼんやりと画面を見ているだけでも独特の魅力を感じることができます。また、ヒロイン的ポジションのイブは、本の世界の中ではしゃべることができないために儚げな雰囲気を漂わせていますが、実際は小悪魔的な性格をしているというのも意外性があってユニークでした。一方で、この作品は『涼宮ハルヒの憂鬱』に先駆けてシャッフル方式を取り入れており、物語の時系列がバラバラになっているため、きちんとストーリーを追おうとするとかえって混乱するかもしれません。その辺りは賛否のわかれるところです。しかし、賛否いずれの人にもぜひ見てほしいのが最終話のキスシーンです。百合アニメ史上に残る耽美さを誇っており、このシーンのためだけでも本作を観賞する価値は十分にあるといえます。
ヤミと帽子と本の旅人 DVD SPECIAL BOX
能登麻美子
エイベックス・トラックス
2007-06-06




2004年


無月の巫女(監督:柳沢テツヤ)
来栖川姫子は私立乙橘学園に通う平凡な少女だったが、学園のアイドル的存在である姫宮千歌音と友人であり、学園の貴公子と呼ばれる犬神ソーマとも幼なじみの関係だった。楽しい学園生活を過ごす姫子。しかし、16歳の誕生日に不気味な日食が世界を覆い、邪神ヤマタノオロチが復活する。しかも、その配下であるオロチ衆がかつてオロチを封印した巫女たちの生まれ変わりである姫子と千歌音の命を狙ってきたのだ。犬神ソーマもオロチ衆の一人として覚醒させられるが、姫子の巫女の力で我に返り、巫女側につくこととなる。そして、オロチ衆との戦いが激しくなる中で姫子とソーマは次第に惹かれあうようになっていく。一方、姫子に対して密かに想いを寄せていた千歌音は距離を縮めていく2人の姿を見て苦悩の色を深めていくが.....。
◆◆◆◆◆◆
表面的にはロボットアニメの形をとりながらも、回を追うごとにロボット同士のバトルそっちのけで姫子と千歌音の悲恋の物語がフォーカスされていく構成が異彩を放っています。そのため、ロボットを操って敵と戦い、本来なら主役ポジションであるはずの犬神ソーマがどんどん物語の中心からハブられていくことになってしまいます。それが、あまりにも可愛そうなのでファンからは”カワイソーマ”の愛称がつけられたほどです。しかし、そういうところも含め、12話でさまざまな要素を詰め込み、怒涛の展開を描き切っている点がこの作品の魅力だといえます。そして、最終話では涙なくしては観れない感動の展開が待っています。2人の少女の愛と絆を真正面から描いた、まさに百合アニメの金字塔です。
神無月の巫女DVD-BOX
下屋則子
ジェネオン エンタテインメント
2009-05-22



2006年

Strawberry Panic!(監督:追井政行/原作:公野桜子)
両親の転勤によって伯母の家にお世話になることになった蒼井渚砂は、伯母の母校である聖ミアトル女学園に転入する。新しい学園生活に対して期待と不安で胸がいっぱいの渚砂は、編入初日に学園の誰もが憧れるエトワール様こと花園静馬と出会い、あまつさえ額に口づけを受けてしまう。あまりの衝撃にその場で気を失う渚砂だったが.......。
◆◆◆◆◆◆
バトルやファンタジー的な要素なしで、純粋に女性同士の恋愛ストーリーを描いた最初期のテレビアニメであり、百合アニメのエポックメイキング的な位置にある作品です。実際に、この作品以降、百合アニメの数は飛躍的に増えていくことになります。一見、2004年からアニメ放送が始まった『マリア様がみてる』と似ていますが、あちらはあくまでも年上の女性に対する憧憬や疑似的姉妹の絆を中心に描いたものであり、恋愛感情とはまた別のものです。そういう意味で、やはり本作こそがガチ百合系アニメの分水嶺となった作品だといえます。ただ、この作品、完成度という点では決して高くありません。ストーリー的にグダグダの部分がありますし、作画も今一つです。そういった欠点をキャラクターの魅力と勢いで押し切ったという感じがします。ツッコミどころも満載で、さまざまな百合アニメに慣れ親しんだ現代の視聴者が楽しむには厳しいものがあるかもしれません。しかし、パワーに満ちた作品であるのは確かなので、シリアスなギャグアニメを観賞するのだというスタンスで臨めば、今でも十分に楽しめるのではないでしょうか。
ストロベリー・パニックDVD-BOX
中原麻衣
メディアファクトリー
2009-02-25



シムーン(監督:西村純二)
大空陸に生まれてくる人類はすべて女性として誕生し、17歳のときに自ら性別を選んで大人になっていた。その大空陸の一角にある宗教国家シクラークム宮国には神に仕える巫女がいる。成人前の彼女たちは聖遺物ヘリカル・モートレスを搭載した飛行艇シムーンに二人一組で乗り込み、空にリマージョンを描いて神に供えるのだ。ただ、ヘリカル・モートレスを起動するにはペアとなる巫女同士が口づけを交わさなければならない。あるとき、隣国がシクラークム宮国に攻め入ってくる。国を守るため、宮国の指導者たちはシムーンを兵器に転用することを決断するが.......。
◆◆◆◆◆◆
独創的な世界観を有した非常にオリジナリティの高い百合アニメです。ただ、その分、物語に入り込むにはかなり苦労する作品だともいえます。まず、宗教を背景にした三国間の戦争という設定がわかりにくいですし、専門用語が頻発する点も物語の理解の妨げとなっています。その反面、そうしたハードルを乗り越えると、幻想的かつ官能的なめぐるめく百合の世界を堪能することができるようになるはずです。キャラクターも一人一人が個性的であり、それぞれの成長や他の女性キャラとの関係性をしっかりと描いているところに魅力があります。また、設定上全員が百合キャラなのでカップルが非常に多く、その中からお気に入りの組み合わせを見つけていくのもこの作品の楽しみ方の一つです。一般受けするような内容ではなかったのであまりヒットはしませんでしたが、間違いなく、百合アニメ史上に残る名品の一つです。
EMOTION the Best Simoun(シムーン) DVD-BOX
新野美知
バンダイビジュアル
2011-01-28



2007年

Blue Drop 天使達の戯曲(監督:大倉雅彦/原作:若富昭仁)
16歳の少女・若竹マリは5年前に神隠島で起きた謎の事故の唯一の生き残りだった。だが、過去の記憶はすべて失われ、あの日何が起きたのかは全く覚えていない。そんな彼女が名門女子校の私立海鳳学園に編入することになった。そこでマリは文武両道に優れ、生徒たちの憧れの的である千光寺萩乃と出会う。出会った当初は萩乃の不可解な行動に対して反発を覚えるマリだったが、次第にその不思議な魅力に惹かれるようになっていく。しかし、彼女の正体は5年前に地球調査のために神隠島へやってきた宇宙調査艦隊5番艦ブルーの艦長だったのだ......。
◆◆◆◆◆◆
原作は吉富昭仁のコミック『Blue Dropー吉富昭仁作品集ー』ですが、設定の一部を借りているだけで、物語としては全くの別物です。女性しかいない異星人アルメに人類が支配された世界を描いている原作に対し、アニメではアルメの先遣隊が地球を訪れた時代を背景にして異星人の女性と地球人の少女との交流が描かれています。女性同士の恋愛を描いた他の百合アニメと比べると展開はゆったりとしていて派手さはありません。また、SFアニメとして見た場合もバトルシーンなどがあるのは終盤だけなのでやはり地味です。それでも、個性豊かなキャラクターや映像描写の美しさは印象的であり、静謐さを感じさせるBGMも本作の魅力を高めるのに一役かっています。さらに、やたらと顔を赤らめる演出も百合アニメとして印象的です。ただ、主人公の後先考えない直情的なキャラクター性に関しては好みの分かれるところです。それから、日常パートとSFパートを並列して描いているのですが、両者がかみ合っておらず、散漫とした印象になっています。魅力的な要素も多々あるだけに、全体の構成に詰めの甘さを感じるのが惜しまれます。
BLUE DROP~天使達の戯曲~ Vol.1 [DVD]
矢島晶子.沢城みゆき.後藤邑子
キングレコード
2007-12-26


Candy☆boy(監督:ほしかわたかふみ)
櫻井雪乃と櫻井奏は双子の姉妹で大の仲良し。北海道から一緒に東京の高校に進学し、今は学生寮の同じ部屋で暮らしている。しかし、あるとき、
奏は、雪乃が後輩の神山咲夜と付き合っているという噂を耳にし、雪乃と距離を置くようになってしまう......。
◆◆◆◆◆◆
2007年に音楽CDの特典として発売され、翌2008年にニコニコアニメチャンネルで配信が開始されたwebアニメです。1話10~15分程度の短編アニメなので無駄なシーンがなく、ノンストップで百合の世界を堪能することができます。登場人物もモブキャラを除けば双子とその妹の雫、後輩の咲夜だけであり、余計な不純物が一切ありません。表面的にはコメディタッチの軽い作品ですが、その中身はかなり濃密な百合の世界が広がっています。キャラデザや作画も美しく、百合好きの人にとっては必見の作品だといえるでしょう。その一方で、実の姉妹がまるで恋人同士のようにイチャイチャし、それに対する倫理的葛藤のようなものには全く触れられていないので、百合アニメ初心者が観賞すると戸惑ってしまう可能性があります。そういう意味では、上級者向けともいえる作品です。
Candy boy DVD vol.1
生天目仁美
ビデオメーカー
2008-12-10


2009年

まりあ✝ほりっく(総監督:新房昭之/原作:遠藤海成)
宮前かなこは男に触られただけで蕁麻疹が出る男性恐怖症であり、同時に部類の美少女好きだった。そんな彼女が運命の相手を求め、亡き母の母校である天の妃女学院附属中学高等学校に編入する。そして、そこで出会ったのが1年後輩の衹堂鞠也だった。彼女のあまりの可憐さに舞い上がるかなこだったが、鞠也の正体は女装した男だったのだ。しかも、猫かぶりな表の顔とは裏腹にドSな性格をしており、美少女好きというかなこの性癖を見抜いたうえで、自分の秘密を黙っているようにと脅迫する。こうして、かなこの波乱の学園生活がスタートするのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
メインヒロインが女装男子というかなり変則的な百合アニメです。一方で、正真正銘の美少女キャラもたくさん登場します。しかし、本作は、女の子同士のキャッキャッウフフを愛でるというよりも、脳内が思春期男子な主人公の妄想や暴走が最大の見どころとなっています。完全にギャグ仕様です。しかも、スタッフによる本気の悪ふざけがたっぷり詰まっていて、見ていて飽きません。正統派百合アニメを期待した人にとっては肩透かしかもしれませんが、逆に、百合初心者が肩の力を抜いて楽しむには最適の作品だといえます。
まりあ†ほりっく Blu-ray BOX
真田アサミ
メディアファクトリー
2011-02-23



青い花(監督:カサヰケンイチ/原作:志村貴子)
万城目ふみは鎌倉の松岡女子高等学校に進学し、入学式の日に幼なじみの奥平あきらと10年ぶりに再会する。子どもの頃はあきらのほうが背が高かったのだが、今ではふみは170センチを超えるスレンダーな美少女に成長しており、逆に、あきらは同世代の女性の中でも飛び抜けて小柄だった。再会を喜ぶ2人だったが、ふみは内心、肉体関係まで結んでいた従姉の花城千津が自分を裏切る形で結婚してしまい、落ち込んでいた。そんな折り、2年先輩で、女生徒の憧れの的である杉本恭己と出会い、交際を始めることになる。だが、恭己の想い人は別に存在しており、ふみと交際を始めたのも失恋の当てつけのようなものだったのだ.......。
◆◆◆◆◆◆
単純に女性同士の恋愛を描くだけでなく、そこに男女の恋愛を絡ませることによってリアリティを重視した作風になっています。したがって、純粋な百合ファンタジーを楽しみたいという人には抵抗があるかもしれません。しかし、だからといって、百合アニメとしての密度が薄くなっているかというと、決してそんなことはないのです。ふみとあきらの2人がお互いを恋愛対象として見るようになるまでのプロセスが非常に丁寧に描かれていますし、映像もとてもきれいで雰囲気を盛り上げてくれます。また、恋愛描写だけでなく、何気ない日常シーンの中にも多感な少女の一面を鮮やかに浮かび上がらせていく描写が秀逸です。さらに、男性キャラクターとの絡みも決して作品における不純物というわけではなく、百合アニメとして厚みを持たせることに一役買っています。すべてにおいて完成度が高く、2000年代を代表する百合アニメの一つだといえます。
ささめきこと(監督:菅沼栄治/原作:いけだたかし)
村雨純夏は175センチの長身で、運動神経も抜群のうえに成績も優秀であり、クラスの委員長を務めている。一方、風間汐は中学校からの純夏の友人で、異性よりも女の子のほうが好きだというおっとりした少女だった。実は、純夏は汐に対してずっと恋心を抱いていたのだが、彼女の好みが可愛い女の子だと知っているため、自分は対象外だと諦めていたのだ。そんな彼女の想いを知っているクラスメイトの蓮賀朋絵は、女子の女子による女子のための部活・”女子部”を立ち上げないかと純夏に持ちかけるが......。
◆◆◆◆◆◆
派手さを排して女性キャラの心情を丁寧に描いている点などは同時期に放映された『青い花』と共通していますが、こちらは原作者が男性で、かなりコメディよりの作品となっています。それに、本作の舞台は百合アニメとしては珍しく共学です。そして、純夏に想いを寄せる男子生徒なども登場するのですが、ドロドロした三角関係になるようなことはなく、どちらかというと、男性キャラはコミックリリーフの役割を果たしています。たとえば、
純夏が女の子が好きだということで女装して奮闘するシーンなどはかなり笑えますし、女装男子の萌えアニメとしても秀逸です。一方で、高校生の主人公が恋に臆病になる気持なども上手に描かれており、百合アニメながら男性でも主人公に共感しやすい作品に仕上がっています。静けささえ感じさせる情緒的な音楽も素晴らしく、その優しい世界観に観ているほうが癒されていく佳品です。
ささめきこと 第1巻 [DVD]
高垣彩陽
メディアファクトリー
2010-01-22



2010年

くっつきぼし(監督:石川直哉)
高校生の少女、川上紀衣子は交通事故に遭い、病院のベッドで目を覚ます。そして、それ以来、離れたものを少しだけ動かせるようになる。しかも、その事実をクラスメイトの斎藤亜綾に知られてしまうのだった。弱みを握られて逆らえなくなった紀衣子は、亜綾の超能力の研究に付き合わされることになる。だが、ずっと一緒に過ごす内に2人は次第に惹かれあっていき......。
◆◆◆◆◆◆
本作は、もともと石川直哉監督の個人製作アニメだったものを、『いっしょにトレーニング』シリーズなどで知られるプリマステアから発売し直した全2話のOVA作品です。かなりガチな百合もので、OVAということもあってエロティックなシーンに対して過剰なまでに力が入っています。全年齢の限界に挑んだといっても過言ではないほどです。ただ、エロ描写に力を入れすぎたため、なぜお互いに惹かれあうようになったのかといった恋愛描写は非常に薄味になっています。そのうえ、中盤から後半にかけてはかなりの胸糞展開が続きます。少なくとも、ゆるふわな百合の世界を満喫したいという人には全くおすすめできません。
作品のクオリティ自体は個人製作としてはかなり高いレベルにあるものの、内容的には激しく賛否の分かれそうな作品です。
くっつきぼし(前編) [DVD]
今井麻美
株式会社プリマステア
2010-08-16


2011年

ゆるゆり(監督:太田雅彦、畑博之/原作:なもり)

赤座あかりは中学入学と同時に1つ年上の幼なじみである歳納京子と船見結衣がいるごらく部に入部する。ちなみに、ごらく部というのは茶道部が廃部となって使われなくなった茶室を勝手に占拠して立ち上げた非公認の部活だ。これでまた3人一緒だと喜ぶあかりだったが、そこにあかりのクラスメイトの吉川ちなつがやってくる。彼女は茶道部に入部するつもりで茶室を訪れたのだが、廃部になったことを知らされ、なし崩しのうちにごらく部に入部することになった。だが、それ以来、あかりの存在感がどんどん薄くなっていく。そこで、どうすればあかりがもっと存在感を発揮できるようになるかをみんなで話し合うことになるが......。
◆◆◆◆◆◆
百合アニメといえば、女性同士の恋愛をガチに描いたものと、恋愛要素が全くなくてただ仲の良い女の子同士のゆるい日常を描いただけの日常アニメの2つに区分されがちです。それらに対して、本作は明らかに女性キャラ同士の恋愛感情を含みつつも、ゆるい日常描写がメインとなっている点に独自性があります。可愛くて個性的なキャラたちのたわいもない日常を描いているという点では普通の日常アニメそのものなのですが、ときどき百合アニメならではのエピソードが挿入されており、それが絶妙なスパイスとなっているのです。たとえば、1期でいえば5話の『あかりとかミンミンゼミとかなく頃に』や12話の『みんなでポカポカ合宿へ』などはギャグ全開ながらも百合色が強い回となっているのでおすすめです。ちなみに、あかり自身は百合アニメの主人公にも関わらず、百合要素が乏しいキャラなので存在感が薄くなっており、それ自体がギャグとして扱われるというのもこの作品ならではの面白さだといえるでしょう。ガチな百合アニメは苦手という人でも気軽に楽しめる点が魅力のシリーズです。その反面、普通の日常アニメと同程度の薄い百合成分しかない回も多いので、
ガチな百合を期待していると肩透かしを食らう可能性もあります。
ゆるゆり、[Blu-ray/一般発売版]
三上枝織
ポニーキャニオン
2019-11-13




2014年

桜Trick(監督:石倉賢一/原作:タチ)
高山春香は中学時代に知り合った園田優と大の仲良し。しかも、彼女と出会うまで友達が誰もいなかったこともあり、優に対する依存心が非常に強かった。高校に入学してしばらくたったとき、春香は優が他のクラスメイトたちと仲良くしているのを見て、急に不安な気持ちに襲われる。優をクラスメイトに取られるような気がしたのだ。その気持ちを察した優は2人の友情が特別なものであることを証明するために「他の子たちとは絶対にしないようなことをしよう」と提案する。それに対して、春香が出した答えはキスだった.......。
◆◆◆◆◆◆
よくある日常アニメのような軽いノリで始まりながら、いきなり濃厚なキスシーンへと移行していく第1話は非常にインパクトがあります。あくまでも作風は軽いコメディ路線なのでそのギャップが半端ないのです。そして、2話以降も毎回濃厚なキスシーンがあるため、そういうのが好きな人にとってはたまらない作品だといえるでしょう。ただ、あまりにも毎回キスシーンの連続なので食傷気味になり、胃もたれを起こしてしまう可能性もあります。実際、放送時にはその点が賛否両論となっていました。一方で、2人の気持ちの変化が丁寧に描かれており、同じキスであってもその意味合いは微妙に変わってきています。そういった点に注目すれば、興味を持続して最後まで観ることができるのではないでしょうか。



犬神さんと猫山さん(監督:永居慎平/原作:くずしろ)
人懐っこくて犬っぽい性格ながら猫好きの犬神さんとツンデレ気質で猫っぽい性格ながら犬好きの猫山さんが運命の出会いを果たす。お互いに好みのタイプということで惹かれあう2人だったが、積極的にスキンシップを求めてくる犬神さんに対して素直になれない猫山さんは照れ隠しの引っ掻き技で応戦し......。
◆◆◆◆◆◆
1話5分の日常系ショートアニメです。トータルで40分ちょっとと、通常のテレビアニメの2話程度の長さではあるものの、その分、テンポが非常によく中身がぎっしり詰まっています。内容的には犬神さんや猫山さんたちがひたすらいちゃいちゃしているだけですが、最初から最後まで愛らしさに満ちており、本物の犬や猫の動画を観ているときのようにほんわかとした気持ちになれるのが魅力です。肩の凝らない気楽に観れる百合アニメとしておすすめです。
犬神さんと猫山さん [Blu-ray]
上坂すみれ
ビデオメーカー
2014-07-18


2015年

ユリ熊嵐(監督:幾原邦彦)
あるとき、小惑星クマリアが爆発し、無数の破片が地上に降り注いだ。しかも、その影響で地球のクマたちが狂暴化して、人間たちを襲い始めたのだ。それ以降、人間とクマの抗争が始まり、長い争いの果てに両者を隔てる”断絶の壁”が築かれるようになった。ところが、2匹のクマが断絶の壁を越えてやってくる。そして、百合城銀子と百合ヶ崎るるという人間の転校生に化け、嵐が丘学園に潜入するのだった。一方、透明な嵐に混じらなかったことでクラスで孤立していた椿輝紅羽は唯一心を通わせていた親友の泉乃純花をクマに食べられてしまう。果たして彼女を食べた犯人は銀子とるるなのか?
◆◆◆◆◆◆
濃密なエロティシズムが漂うオープニングやポップで突拍子もない演出が目を惹き、一瞬甘い恋愛百合コメディのような錯覚を覚えますが、実際はかなり陰鬱で残酷な物語です。それを幾原監督の奇抜なセンスで暗くなりすぎないように工夫がなされている点が本作の持ち味といえるでしょう。ただ、透明な嵐・断絶の壁・排除の儀などといった独特の用語が飛び交い、語り口がかなり観念的であるため、話の全体像を理解するのに苦労するかもしれません。実際の物語構造は案外シンプルなのですが、わざとわかりにくく描いていることに対してストレスを覚える人もいるはずです。しかし、その敷居の高さを乗り越えることができれば、いろいろな点が腑に落ちてきますし、一つの物語としてきれいにまとまったエンディングを確認することができるでしょう。前半の謎めいた展開に引き込まれるか、意味不明だと匙を投げるかで評価が大きく変わってくる作品です。



VALKYRIE DRIVE-MERMAID-(監督:金子ひらく)
高校2年生の処女まりも(とこのめ・まりも)は学校で拘束され、人工島のマーメイドに護送される。その途中で船がミサイルの攻撃を受け撃沈。まりもは海上に放り出され、島の浜辺に流れ着く。状況が把握できないまま、まりもは2人の少女に遭遇し、襲撃を受ける。しかも、その内の一人が体の愛撫と共にエクスタシーに達し、武器に変身したのだ。絶体絶命のピンチに追い込まれたとき、颯爽と現れた謎の少女がまりもにキスをし、まりも自身もひと振りの剣へと姿を変える。その少女、敷島魅零は武器と化したまりもを手にして敵を退ける。そして、2人は巨大な城にたどり着くも、そこには新たな敵が待ち構えていた。
◆◆◆◆◆◆
この作品を観てまず最初に目を引くのがおっぱいの描写です。巨乳好きで知られる金子ひらく監督の作品だけあって、バストに関するこだわりが半端ありません。おっぱいに専門の作画監督を用意するほどのこだわりようで、実にバラエティに富んだ形や色を堪能することができます。また、エロティックな描写に関しても地上波の限界に挑戦するかのような過激さです。以上のようにこの作品はエロに大きく比重を置いており、それにバトルやギャグを加味した作風になっています。はっきりいって、百合を描きたかったというよりは少しでも多くのおっぱいを描きたかったから百合設定にしたといった印象すらあります。したがって、百合アニメ特有の繊細な恋愛描写が好きな人にはあまりおすすめできません。その代わり、エロエロなアニメが観たい、とんでも設定の馬鹿アニメを何も考えずに楽しみたいという人には格好の作品です。

あさがおと加瀬さん(監督:佐藤卓哉/原作:高嶋ひろみ)
高校2年で陸上部エースの加瀬友香は緑化委員の山田結衣が草むしりをしている姿を見かけ、それ以来彼女のことが気になるようになる。そして、夏休み前にアサガオに水やりをしていた結衣に声をかけたことがきっかけとなって親交を深め、3学期から交際をスタートさせる。しかし、3年になったとき、友香が以前、陸上部の先輩である井上茜とつきあっていたという話を聞かされ......。
◆◆◆◆◆◆
2017年にアニメーションクリップがYoutubeで公開され、2018年にOVAとなった百合アニメです。この作品、ストーリー的には特筆すべき点は何もありません。タイプの違う2人が惹かれ合い、最初はぎこちない関係だったのが、次第に絆が深まっていくというこれ以上ないくらいベタなラブストーリーです。この話を男女のカップルでそのままやったとすれば、ひどく退屈な作品になったでしょう。しかし、百合アニメとして作られた本作は、そういったベタな作品が意外となかったこともあって、瑞々しい輝きを放つ逸品に仕上がっています。もちろん、ただベタだというだけでなく、キャラデザや丁寧な描写の素晴らしさも本作の魅力を語るうえでは欠かせません。それに加えて、ほんわりとした作風の割には意外と大胆なラブシーンが用意されているのも大きな見どころです。王道的な百合アニメが好きな人にとっては必見の作品だといえます。
捏造トラップーNTRー(総監督:ひらさわよしひさ/原作:コダマナオコ)
高校2年の岡崎由真は同じバスケット部の武田に告白され、交際を始める。男性に対して奥手な由真は、幼なじみで恋愛経験豊富な水科ほたるに相談するが、彼女は練習と称して由真の体をまさぐったり、キスをしたりとセクハラ行為に及ぶ。そんな蛍に対して由真は強く拒絶することができずにずるずると深みにはまっていき......。
◆◆◆◆◆◆
百合と寝取られの合わせ技というかなりニッチな層を狙った作品です。そのため、百合にほんわかした萌えを求めている人や百合アニメに男は不要と考えている人には全くおすすめできない内容になっています。それに、シリアスドラマを1話10分のショートアニメでやっているせいか、内容も駆け足でいまひとつ深みがありません。その代わり、寝取られものだけあってエロ描写は充実しています。したがって、男性が絡んでくる百合に抵抗がなく、逆に寝取られというジャンルに興味がある人なら試しに観てみてもよいのではないでしょうか。
捏造トラップ-NTR- 上巻(Blu-ray Disc)
ひらさわひさよし
ビデオメーカー
2017-09-29



2018年

citrus(監督:高橋丈夫/原作:サブロウタ)

高校1年の藍原柚子は派手なギャルメイクをしていかにも遊んでいるふうだったが、実は恋愛経験が一度もなかった。しかも、母親が再婚して引越しをするため、女子高に転校することになり、ますます彼氏を作るチャンスがなくなってしまう。そんな彼女が転校初日に出会ったのが生徒会長の藍原芽衣だった。清楚で厳格な性格の彼女は校則に従わない柚子を厳しく叱責する。最悪の出会いを果たしたのち、柚子は芽衣が担任教師と校内でキスをしているのを目撃して激しく動揺する。しかも、芽衣は母親の再婚相手の娘だったのだ。一つ屋根の下で暮らし始めた2人は最初激しく反発し合うが.......。
◆◆◆◆◆◆
『捏造トラップーNTRー』と同じく男性が絡んでくるタイプの百合アニメです。しかも、1話目からヒロインの一人が男性相手にかなりディープなキスをするので、その時点で脱落する百合ファンも少なくないのではないでしょうか。それに、もう一人のヒロインがギャルというのも百合アニメの王道からは外れている感じです。その一方で、シリアスな女性同士の恋愛ものとしては見応えのある作品に仕上がっています。2人が惹かれあうプロセスが丁寧に描かれていますし、”障害を乗り越えて結ばれる2人”というラブストーリーの王道をファンタジー要素のない百合アニメでやっている点が結構新鮮です。また、柚子の親友のはるみんやシリアスなドラマの中でコミックリリーフの役割を果たしている副会長の姫子などといったわき役陣もなかなかいい味を出しています。ただ、コミカルな柚子のキャラとシリアス一辺倒の芽衣のキャラがなかなかかみ合わず、ときとしてちぐはぐな印象を与えてしまっているのが気になるところです。それでも、気持ちが通じ合って正式に交際がスタートするシーンにはぐっとくるものがあります。キャッキャッウフフの萌えよりも女性同士によるガチのラブストーリーを観たいという人におすすめの作品です。
citrus 1 [Blu-ray]
竹達彩奈
Happinet
2018-04-03



立花館TO Lieあんぐる(総監督:ひらさわひさよし/
原作:merrychachi)
高校に進学した高乃はなびは実家を離れ、通学がしやすい橘館に引っ越すことになる。しかし、おしゃれな寮のはずが、たどりついた先は築数十年のボロボロの屋敷だった。手違いで橘館ではなく、近くにある立花館と契約してしまったのだ。しかも、立花館の住人は変な人ばかりで、はなびは毎日のようにエッチなハプニングに遭遇することになり......。
◆◆◆◆◆◆
若い女性だらけの下宿やアパートに引っ越してきた主人公がラッキースケベなエピソードを重ねていくというのはハーレムアニメでよくあるパターンですが、本作はそれを女主人公でそのままやっている点がユニークです。はっきりいって、それ以外に特筆すべき魅力はないものの、ショートアニメなのでさくっと気楽に楽しむのには適した作品だといえるのではないでしょうか。ただ、本編が実質1話3分ほどであるため、展開が駆け足になりがちで、ウリであるはずのエロチックな展開も薄っぺらな感じになってしまっているのが残念です。
第1話~第4話 「新生活!」/「秘密の場所」/「尾行と添い寝」/「受難とトイレ」
(Amazonプライム・ビデオ)


ハッピーシュガーライフ(総監督:草川啓三/原作:鍵空とみやき)
幼くして両親を亡くし、マンションで一人暮らしをしている女子高生の松坂さとう。彼女は男たちの求めに応じて体を許す自堕落な生活を送っていた。ところが、ある日を境にきっぱりと男遊びをやめる。彼女いわく、好きな人ができてすでに一緒に暮らしているのだという。だが、その相手はわずか8歳の女の子だった。さとうはその少女・神戸しおに出会って以来、彼女に愛を捧げると誓い、しおを養うべくバイトに精を出し始める。そして、嫉妬深い女店長の嫌がらせや変態教師のストーカー行為などなど、2人の愛の障害となるものを強行手段で解決していくが...。
◆◆◆◆◆◆
ヒロインの女子高生が8歳の幼女を誘拐監禁して純愛を育むという、非常にアンモラルな作品です。しかも、ヒロイン以上に頭のおかしいキャラが次から次へと登場し、視聴者に強烈な印象を与えていきます。そんなサイコホラーな内容と、さとうとしおの甘々な生活とのギャップが半端なく、その落差の激しさが一種の魅力となっています。百合アニメにインパクトを求めるのであれば、これ以上の作品はなかなかないのではないでしょうか。ただ、主要人物が皆狂っているので誰にも共感できず、内容自体もぶっとびすぎていて現実感が乏しいために、共感性やリアリティを重視する人には向いていないかもしれません。それに、1クールにまとめるために、原作をかなりはしょっており、ストーリーの流れがよくわからなくなっている点があるのも惜しまれます。胸糞な内容も多々含まれていますが、正当派百合アニメにも飽きて、たまには歪な百合ものも観てみたいという人にはおすすめです。


やがて君になる(監督:加藤誠/原作:仲谷鳰)
高校に進学した小糸侑はひとつの悩みを抱えていた。誰かを特別に想う恋心というものが理解できないでいたのだ。そんなとき、文武両道の才女で生徒会長に就任したばかりの七海
燈子に出会う。侑は燈子に自分の悩みを打ち明けるが、逆に燈子から告白されてしまう。燈子は今までに多くの生徒から告白されており、そんな彼女を好きになることはないと言い切る侑に特別なものを感じたというのだ。そして、燈子の「自分を好きにならないで」という条件を飲む形で交際が始まる。それ以来、侑は燈子から一方的な好意を一身に受けることになるが、次第に侑の心に変化が現れ始め......。
◆◆◆◆◆◆
女性同士の恋愛を非常に繊細なタッチで描いた作品であり、丁寧な心理描写や原作の良さを十全に引き出したアニメーションが見事です。単純なラブストーリーに留まらない、思春期の屈折した心情を視聴者にわかりやすく提示し、緻密で奥深いガールズラブの世界を構築することに成功しています。また、背景美術も美しく、物語の情感を盛り上げています。それに、尺の関係で話の構成を原作とはかなり変えているにも関わらず、原作の魅力を少しも損なっていないのが驚きです。極めて完成度が高く、百合アニメの最高峰の一つといえる傑作です。



うちのメイドがウザすぎる!(監督:太田雅彦/原作:中村カンコ)
ロシア人の血を引く高梨ミーシャは小学2年生。母親を幼くして亡くし、現在は義理の父親である高梨康弘と2人で暮らしている。仕事で家を空けることが多い康弘は家政婦を雇おうとするが、母親以外に自分の世話をしてもらいたくないミーシャは嫌がらせをして次々と家政婦を追い出していく。そして、最後にやってきたのが家事に関しては万能ながらも、元自衛官のマッチョで幼女好きの変態というとんでもない人物だった。そもそも、家政婦に応募したのも可憐な外見を持つミーシャに惹かれたからだ。ミーシャはいつものように彼女を家から追い出そうとするが、変態家政婦こと鴨居つばめのスキルと対応力は高く、ミーシャの目論見をことごとく挫いていく。
◆◆◆◆◆◆
キャッキャウフフな百合の標準領域を遥かに飛び越え、28歳の変態家政婦が小学2年生の幼女と愛を育もうと、相手が嫌がるのも構わずに奮闘するかなり危ない作品です。しかし、それを強烈なキャラクター性とテンポの良さで押し切り、ギャグに転化することに成功しています。しかも、本作はつばめの他にもう一人強烈なキャラクターが登場します。それがつばめのストーカーをしているみどりんこと鵜飼みどりです。つばめの変態ぶりもかなり突き抜けていますが、そのつばめですら手に負えないドMぶりは視聴者に忘れ難いインパクトを与えてくれます。そんな2人に対して、本作に登場する幼女キャラたちはあくまでも愛らしく、その対比から生まれるおかしみが本作の魅力の一つとなっているのです。ブラックなギャグに笑いつつも、可愛らしい幼女にほっこりする異色傑作です。




★★★
以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。

Chapter.3  
少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録
第九話 黄泉比良坂へ
神無月の巫女
第2話 青い泉
シムーン




#11 やす菜の瞳から消えたもの
かしまし~ガールミーツガール~
戯れの接吻
まりあ✝ほりっく


桜色のはじまり/やきそばとベランダと女の子
桜Trick









最新更新日2019/10/15☆☆☆

Next⇒【緋文字】徹底解説!50年代のエラリー・クイーン【ガラスの村】

エラリー・クイーンはいわずと知れたミステリー黄金時代におけるビッグ3の一人(コンビ作家なので正確にはふたり)ですが、彼らの作風がユニークなのは約40年間、ほぼ本格ミステリ一筋で書き続けていたのにもかかわらず、その特徴が10年単位できれいに分かれている点です。そこで、4つの年代の内、まずは全盛期といわれる30年代と新しい境地に達した40年代における作風の特徴、さらには、それぞれの年代に発表された作品の内容について解説していきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします。

1930年代:ロジックの時代

エラリー・クイーンは1929年に雑誌の懸賞小説に応募した『ローマ帽子の謎』によってデビューします。そして、続く30年代は、クイーンの最大の特徴であるロジックが冴え渡っていた時代です。特に、最初期においては、現場に残されたわずかな手がかりから意外な真相を浮かび上がらせる、魔法のようなロジックで読者を魅了しました。ちなみに、その代表作はほぼ1932年発表の作品群に集約されています。


Xの悲劇(1932)
元シェークスピア俳優のドルリー・レーンを探偵役に据え、電車の中での毒針殺人という異様な事件を扱ったこの物語は、パズラーの粋を極めた作品として高い評価を得ています。3つの事件にそれぞれ華麗な推理が用意され、謎解きの面白さに酔いしれることができる名作中の名作です。また、クイーンが後期作品においてこだわりをみせたダーイングメッセージの謎が初めて登場することでも知られています。
Xの悲劇【新訳版】 (創元推理文庫)
エラリー・クイーン
東京創元社
2019-04-24


Yの悲劇(1932)
本国アメリカよりもむしろ、日本のミステリーファンから高い評価を得ている名作です。また、最近はアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』に押され気味ですが、長い間、日本においてのオールタイムベストに選ばれ続けていた作品でもあります。大富豪の男の謎めいた自殺、異常者ばかり揃った屋敷で起こる不気味な連続殺人と、いかにもな舞台装置が用意され、やがて、事件は読者の想像を超えた方向に進み、唖然とする結末を迎えます。ある意味、日本人が思い描く理想の古典ミステリーであり、日本で圧倒的な支持を集めているのも納得の内容だといえるでしょう。
Yの悲劇 (角川文庫 ク 19-2)
エラリー・クイーン
角川書店(角川グループパブリッシング)
2010-09-25


ギリシャ棺の謎(1932)
『Xの悲劇』とは逆に、ロジックの危うさについて描いた作品です。若き日の名探偵エラリー・クイーンが不可解な事件に対してもっともらしい推理を述べるのですが、それが見事に大外れし、さらなる謎を掘り起こしてしまうところから物語は始まります。作者が意識していたかどうかはわかりませんが、一種のアンチミステリー的趣向もあり、また、二転三転する展開は普通のミステリーとしても抜群の面白さです。
ギリシャ棺の謎【新訳版】 (創元推理文庫)
エラリー・クイーン
東京創元社
2014-07-30


エジプト十字架の謎(1932)
初期にはとにかく話が平坦で退屈といわれたクイーンですが、本作は一転して波乱万丈で見せ場満載のミステリー小説に仕上がっています。次々と被害者の首を切り落とし、Tの字型の十字架に死体を磔にする犯人の目的は何か?そして、その異常な犯罪を追ううちに浮かび上がってくる意外な真相とは?犯人の悪魔のような計略とエラーリーの見事な推理が火花を散らす、手に汗握る傑作です。
エジプト十字架の謎【新訳版】 (創元推理文庫)
エラリー・クイーン
東京創元社
2016-07-21


オランダ靴の謎(1931)
1932年に発表した4作品が、エラリー・クイーン全キャリアにおけるベスト4と言っても過言ではないのですが、それに続く作品を挙げるとすれば、やはり、『オランダ靴の謎』を外すわけにはいかないでしょう。この作品は綿密なロジックの構築による謎解きというクイーンの特徴をもっとも鮮明に体現した作品です。わずかな手掛かりから意外な事実が次々と明らかになっていく推理の鮮やかさは、思わずため息が出るほどの美しさです。ただ、ストーリー自体は事件関係者への取り調べが延々と続くだけという、初期作品の特徴である平板な展開そのものです。そのため、読破するには気力十分のコンディションで挑む必要があります
オランダ靴の謎【新訳版】 (創元推理文庫)
エラリー・クイーン
東京創元社
2013-07-20


中途の家(1936)
名作『Xの悲劇』や『オランダ靴の謎』に次いでロジックの魅力を堪能できる作品としては『中途の家』があります。重婚をして二重生活を送っていた男が2つの家庭の中間地点のあばら家で何者かに殺されていたという事件を追う物語ですが、現場に残されていたマッチ棒の燃えカスから導き出される推理が実に鮮やかです。

中途の家 (角川文庫)
エラリー・クイーン
KADOKAWA/角川書店
2015-07-25


ここまでが、クイーンが30年代に発表した作品の中でも第一級の傑作として評価されているものです。次に、これらと比べるとやや劣るものの、大いに注目すべき力作についても紹介していきます。

Zの悲劇(1933)
ミステリー史に残る名作『Xの悲劇』及び『Yの悲劇』の続編として発表された『Zの悲劇』ですが、なんといっても容疑者27人を一堂に集め、犯人ではありえない人間を次々と容疑から外していき、最後にただひとりの真犯人を浮かび上がらせる消去法推理が圧巻です。ただ、趣向が壮大すぎたせいか、ロジックの構築の美しさという点において『オランダ靴の謎』や『Xの悲劇』には劣ります。また、犯人を除く26人の容疑者を消去する過程で説得力の欠ける推理がいくつか混じっており、それがロジックの完成度を下げる結果になっています。それに、シリーズを通して語りが三人称だったのが、この作品に限って若い娘の一人称であったため、違和感を覚える人も多かったようです。しかし、一方で、悲劇シリーズ全体で見ると、衝撃の完結編へとつながる重要な布石として外せない作品だともいえます。

Zの悲劇 (角川文庫)
エラリー・クイーン
角川書店(角川グループパブリッシング)
2011-03-25


ドリリイ・レーン最後の事件(1933)
この作品は単体で読んだ場合、それほど評価が高いものにはならないでしょう。悲劇三部作に比べて事件が地味ですし、肝心の殺人事件が起こるのも後半になってからです。しかし、X・Y・Zをすべて読了したあとに読むと本書は輝きを増してきます。悲劇シリーズを通して伏線が張られており、衝撃のラストによってそれが集約されるプロットはインパクト大です。したがって、本書に手を出す前にぜひX・Y・Zを読んでおくことをおすすめします。
フランス白粉の謎(1930)
国名シリーズの第2弾です。これに続く『オランダ靴の謎』『ギリシャ棺の謎』『エジプト十字架の謎』があまりにも名作すぎために影が薄くなりがちですが、ロジックの構築の見事さは本作もなかなかのものです。特に、容疑者を集めて証拠の品を取りだしながら行う40ページにわたる推理は、パズラー好きにとってはたまらない趣向だといえるでしょう。ただし、初期作品特有の物語の退屈さもかなりなもので、手を出すにはそれなりの覚悟がいる作品でもあります。

フランス白粉の謎【新訳版】 (創元推理文庫)
エラリー・クイーン
東京創元社
2012-09-27


シャム双生児の謎(1933)
国名シリーズ第7作の『シャム双生児の謎』は扱う謎が地味すぎてミステリーとしては物足りなさを感じるかもしれません。なにしろ、全編を通じて議論されるのが、現場に残されたダイイングメッセージの解釈ぐらいしかないのでいかにも地味です。一方で、舞台となる山頂の館は、四方から山火事が迫っているという異常な状況下にあり、そこから生まれるサスペンスはなかなかのものです。また、生きるか死ぬかの状況の中で、エラーリーが探偵の存在意義について悩み出したりする点は、後期クイーン問題の萌芽ととらえることもできるのではないでしょうか。ちなみに、本作にはシリーズ恒例の読者への挑戦が挿入されていません。いろいろと異例ずくめの異色作です。
シャム双子の秘密 (角川文庫)
エラリー・クイーン
KADOKAWA/角川書店
2014-10-25


チャイナ橙の謎(1934)
国名シリーズ8作目の『チャイナ橙の謎』はシリーズ中でも屈指の奇抜な謎が用意されています。出版業者の待合室から身元不明の死体が発見され、しかも、現場は死体の服装から家具に至るまですべてがさかさまにされているという謎です。このさかさま事件の謎は非常に有名で、印象的な準密室トリックと相まって、シリーズの中でも知名度はかなり高い作品です。しかし、謎の奇抜さに比べ、その解答はあまりにもこじんまりとしていてカタルシスに欠けるという問題があります。しかも、この解答は西欧文化ならではのもので、日本人にはピンとこない点が、なお評価を厳しいものにしています。また、印象的なトリックも現在では図解がないとよくわからないと言われる始末で、有名な割に評価はいまひとつといった感じです。
チャイナ橙の謎 (創元推理文庫 104-12)
エラリー・クイーン
東京創元社
1960-01-01


スペイン岬の謎(1935)
国名シリーズの最終作です。『チャイナ橙の謎』からの反省か、事件の謎を「なぜ、殺された被害者は裸だったのか?」というシンプルなものに絞り、その分、濃厚で説得力の高いロジックが楽しめるようになっています。シリーズの初期を思わせる原点回帰的な作品だといえるでしょう。ただ、ミステリーとしてはどうしても地味であり、その割に話が長すぎるという欠点があります。こうして見ると、『チャイナ双生児の謎』はサスペンスはあるが、謎とロジックが物足りない、『チャイナオレンジの謎』は事件の謎のインパクトは強烈で、印象に残るトリックもあるが、ロジックに説得力が足りない、『スペイン岬の謎』は説得力のあるロジックを堪能できるが、事件と謎は地味でサスペンス不足と、国名シリーズラスト3作にはそれぞれ一長一短があることがわかります。
スペイン岬の秘密 (角川文庫)
エラリー・クイーン
KADOKAWA
2015-04-24


ニッポン樫鳥の謎(1937)
日本では国名シリーズの第10弾として扱われていますが、原題は『The Door Between』であり、本国ではシリーズにはカウントされていません。ただ、雑誌連載時のタイトルが『ニホン扇の謎』だったため、最初は国名シリーズとして書いていたものの、日米関係の悪化から改題を余儀なくされたのではないかとも考えられています。そんなこともあってか、クイーンの作品の中では本作の存在感は希薄です。しかし、実際に読んでみるとこれがなかなかの力作に仕上がっています。初期作品のように謎解きだけに終始せず、中盤から終盤にかけて悲痛な人間ドラマに絡めて真相が明るみになっていきます。そのドラマ性の高さはかなりのものです。また、名探偵エラリー・クイーンの推理も物証を並べ、ロジックの積み重ねによって真相を明らかにする従来のやり方ではなく、心理的プロファイリングによって仮説を提示する方法論へとシフトしています。地味ながら全体の完成度は高く、30年代と40年代をつなぐ橋渡し的な佳作だといえるでしょう。

ニッポン樫鳥の謎 (創元推理文庫 104-14)
エラリー・クイーン
東京創元社
1961-06


佳作、傑作、名作を連発していた30年代のクイーンですが、その中にも凡作と呼ばれる作品は存在します。特に、国名シリーズを終わらせ、ライツヴィルシリーズで新しい境地を確立するまでの間に発表した作品においてその傾向が顕著でした。一体どのような作品があり、よく知られている傑作群とは具体的に何が違うのかを見ていきます。

アメリカ銃の謎(1933)
傑作揃いの国名シリーズの中ではデビュー作である『ローマ帽子の謎』と並んで凡作と評されることの多い作品です。その第一の要因としては、2万人の観衆の前で行われた殺人という派手な舞台装置に対して、読み物としての地味すぎる点が挙げられます。また、エラーリーが犯人をわかっていながらなかなか口にしないことで、被害を拡大させてしまった点もいただけません。しかし、それよりも、トリックに説得力がなく、かなり苦しいと感じてしまうのが致命的です。それから、犯人の正体はなかなか意外ではあるものの、そんな工作をすれば普通はばれるだろうと思えてならず、やはり説得力の点でいまひとつです。細部のロジックには光る点があるだけに、全体的な大雑把さがよけいに気になってしまいます。
アメリカ銃の謎【新訳版】 (創元推理文庫)
エラリー・クイーン
東京創元社
2017-07-12


悪魔の報酬(1938)
ハリウッドシリーズ第1弾という位置付けをされている作品で、『ニッポン樫鳥の謎』と『災厄の町』というかなりシリアスな物語に挟まれていながら、ドタバタコメディを交えた妙に明るい作品になっているのが特徴的です。破産の憂き目にあって上流階級から没落した令嬢がヒロインなのですが、屋敷を追われて引っ越してきたのが5部屋もあるアパートなので悲壮感などは皆無です。探偵役のエラリーも記者に変装したりして、なんだか胡散臭い感じになっています。この軽薄なノリを楽しめるかどうかが、評価の分かれ目でしょう。一方、ミステリーとしては一定のレベルは保っているものの、特に大きな驚きがあるわけではありません。いずれにしても、全体的な雰囲気がコメディタッチの恋愛冒険小説といった感じなので、クイーンらしいガチガチの本格ミステリを期待した人にとってはかなりがっかりな作品だといえます。


ハートの4(1938)

ハリウッドシリーズの第2弾で、エラリーがハリウッド業界に招かれて脚本執筆の手伝いをすることになったものの、主演予定だった俳優と女優が殺されてしまうという物語です。この時期、作者であるクイーンも実際にハリウッドで働いていたわけで、そのことを念頭において読むと映画業界の描写などはなかなか興味深いものがあります。しかし、その一方で、肝心のミステリー部分は仕掛けが見え透いていて面白くありません。『悪魔の報酬』よりもさらにドタバタコメディの要素が強くなり、その分、クイーン本来の緻密なロジックが後退してしまったという印象です。この時期のハリウッド映画に大衆が求めていたのは堅苦しいロジックよりも明るい人間喜劇であり、ハリウッドシリーズは業界に身を置いたクイーン自身がその影響に染まった結果だともいえます。
ハートの4 (創元推理文庫 104-19)
エラリー・クイーン
東京創元社
1979-05


ドラゴンの歯(1939)

舞台はハリウッドからおなじみのニューヨークに戻ってきますが、作品のノリは相変わらず軽いままです。そのため、本作はハリウッドシリーズの3作目という位置付けになっており、しかも、謎解きの要素は3作の中で最も希薄です。いかにもこの時代のハリウッド映画によくありそうな恋と冒険の物語で、謎解きが完全に添え物となっています。映画向きの派手なシーンを数多く用意しており、実際に映画化もされたようですが、それが一層ミステリーとしての中身のなさを浮き彫りにしています。探偵エラリーの軽薄さにも拍車がかかり、国名シリーズやライツヴィルシリーズでファンになった読者にとってはかなりの違和感を覚えるはずです。結局、この路線は本作限りで封印されることになりますが、1951年の『悪の起源』で一度だけ復活をさせています。
ドラゴンの歯 (創元推理文庫 104-20)
エラリー・クイーン
東京創元社
1965-07-23



1940年代:ライツヴィルシリーズの始まりと後期クイーン問題

40年代に入ると、それまで事件の謎をパズルのように扱ってきたクイーンの作風に変化が生じます。事件がもたらす悲劇性がクローズアップされ、名探偵は自らの無力さに苦悩するようになってくるのです。同時に、名探偵の最大の武器であったロジックもその弱点が露わになり、ときとして名探偵の存在意義すら問われることになります。俗にいう後期クイーン問題です。この変化はある意味、迷走状態ともいえますが、逆に、いままでのクイーン作品にはなかった新たな魅力を付加する結果にもなりました。具体的にどのような作品があるのかを見ていきます。

災厄の町(1942)
本作はクイーンの一大転機となった作品です。これまで事件の傍観者にすぎなかったエラリーが身分を隠してライツヴィルの町を訪れたことで事件の渦中にどっぷりとハマります。そして、真実を明らかにすることが必ずしも正義の執行を意味しないという現実に直面して大いに苦悩することになるのです。また、ミステリーとしても、夫が隠し持っていた”妻の死を知らせる未投函の手紙”を妻自身が発見するというサスペンスフルな謎が用意されており、非常に読み応えがあります。さらに、人間ドラマと謎解きの要素が混然一体となってクライマックスの悲劇を迎える構成も見事で、本作をクイーンの最高傑作に推す人が多いのも納得だといえる出来栄えです。少々中弛みを感じるのが惜しいところですが、それは登場人物の人間性を掘り下げる必要があったためであり、作品の性格上致し方ないところでしょう。なお、本作は1979年に野村芳太郎監督の手によって『配達されない三通の手紙』のタイトルで映画化もされています。
災厄の町〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
エラリイ・クイーン
早川書房
2014-12-05


フォックス家の殺人(1945)
ライツヴィルシリーズの第2弾であり、1943年にアガサ・クリスティが発表した『5匹の子豚』と同じく過去の殺人をテーマにしたものです。しかし、『5匹の子豚』がプロットにヒネリを効かせ、事件を意外な方向へと転がしていく術に長けていたのに対して、本作のほうは過去の事件を実直に調査していくだけで展開的にどうにも地味です。そのため、長い間、傑作と名高い『災厄の町』の影に隠れる形となっていました。しかし、じっくり読んでみるとホームドラマとして非常によくできており、人間を描くというライツヴィルシリーズの趣旨にかなった作品であることがわかります。また、アメリカ帰還兵のトラウマを扱った作品という点も先駆的です。それに、ミステリーとしても地味ではあるものの、決して凡庸というわけではありません。妻殺しの罪で10年以上服役している父親の容疑をいかにして晴らすかというテーマがスリリングですし、そこに至るまでが地味とはいえ、後半の二転三転する展開も読み応えがあります。もやもやとした結末については賛否の分かれるところですが、全体的な完成度は高く、40年代のクイーンを語るうえで欠かせない作品だといえます。
十日間の不思議(1948)
ライツヴィルシリーズの3作目ですが、本格ミステリとして読むならば本作に対してそれほど高い点数をあげることはできません。事件がなかなか起きないのでじれったく感じますし、エラリーの推理もいつもと違って生彩を欠いています。しかも、登場人物が少ないのでフーダニットとしての面白さは皆無です。その反面、物語としては非常に読み応えがあります。まず、無味乾燥な初期の作品とは異なり、文章が非常に読みやすくなっており、簡潔な文を積み重ねていくハードボイルドのような語り口にぐいぐいと引き込まれていきます。事件はなかなか起きませんが、不穏な空気を漂わせた物語は読み応え満点です。また、聖書をなぞったようなストーリー展開により、独特のサスペンス感を醸し出すことにも成功しています。そして、注目すべきは終盤の展開です。この出来事によってエラリー・クイーンの探偵物語は大きな岐路に立たされることになります。この辺りは本作だけでなく、次作の『九尾の猫』と合わせて読むとより感慨深いものになります。
九尾の猫(1949)
本作の舞台はニューヨークであり、厳密にいうとライツヴィルシリーズではありません。しかし、『十日間の不思議』を受けての物語となっており、シリーズを語るうえでの最重要作品ともいえます。まず、冒頭で『十日間の不思議』事件での失敗に打ちのめされているエラーリーの姿が描かれており、そこからいかにして復活を遂げていくかというプロセスが大きな読みどころとなっています。それに、今回エラーリーが対峙するのは、凡百の殺人犯ではなく、ニューヨークを恐怖のどん底に陥れている連続絞殺魔です。まるで、サイコサスペンスのような展開で、これまでのクイーン作品とは違った緊迫した空気が充満しています。それに、本作は、無関係としか思えない被害者同士の共通点を探り、犯人の真の動機を浮かび上がらせていく、ミッシングリンクものとして秀逸です。エラリー・クイーン中期の到達点というべき傑作です。
九尾の猫〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
エラリイ・クイーン
早川書房
2015-08-21



『フランス白粉の謎』から『ドラゴンの歯』まで17長編を矢継ぎ早に発表した30年代に対し、40年代に発表した長編ミステリーはわずか5作品です。しかも、その内、4作品はより人間ドラマに力を入れたライツヴィルシリーズ及びその関連作品だったので、30年代の作品を彷彿とさせるパズラーミステリーはわずか1作きりということになります。最後に、その作品がどのようなものかを紹介していきます。

靴に棲む老婆(1943)
本作はエラリー・クイーンが初めて童謡殺人に挑戦した作品です。しかも、舞台になるのがキ印一家の住む大富豪の家といった具合に、この時期のクイーンとしては珍しく、クラシックなタイプのミステリーとなっています。ただ、サスペンスを盛り上げるには雰囲気がいささか軽く、まるで『Yの悲劇』のセルフパロディのようになっているのが残念です。一方、パズラーとしては一度解答が示されたのちにそれをひっくり返すという2段構えの構成が見事ですが、世界観が人工的でありすぎるため、今一つ事件を解決したというカタルシスに欠けるような気がします。決してつまらなくはないのですが、独特のノリになじめるかどうかによって大きく評価の分かれる作品だといえるでしょう。ちなみに、本作はエラリーの秘書として有名なニッキー・ポーターの初登場作品であり、そういう意味ではファンにとって見逃せない作品となっています。

靴に棲む老婆 (創元推理文庫)
エラリー・クイーン
東京創元社
1997-11



Next⇒【緋文字】徹底解説!50年代のエラリー・クイーン【ガラスの村】





image

 

最新更新日2019/10/13☆☆☆

佐野洋は社会派ミステリー全盛期において、鮎川哲也とともに本格ミステリを支えた日本ミステリー史における超重要作家の一人です。しかも、短編の名手といわれて1200篇以上の短編小説を発表しつつも、80作以上の長編作品を残しているという多作ぶりです(ちなみに、鮎川哲也はジュブナイルを合わせても長編作品は30作足らずで中短編も100程度)。あるいは、推理小説の発展に貢献した人物に贈られる、日本ミステリー文学大賞の第1回受賞者だという事実からもその偉大さは疑いようもありません。しかし、それにも関わらず、鮎川哲也とは対照的に現在では忘れられた作家となってしまった感があります。その原因の一つとしては、鮎川哲也には『黒いトランク』『黒い白鳥』『リラ荘事件』などといった光り輝く名作の数々があるのに対して、佐野洋にはこれといった代表作がないという点が挙げられます。強いていえばデビュー長編の『一本の鉛』、日本推理作家協会賞受賞作の『華麗なる醜聞』、氏の最大長編である『轢き逃げ』辺りになるのでしょうが、胸を張って代表作といえるかというと、ちょっと首をかしげてしまいます。それともう一つ、作品のリアリティにこだわるあまり、大がかりなトリックや派手な連続殺人といった要素を完全に否定した点も作品が忘れられてしまった要因の一つです。当時はその作風が時流とマッチしていたのですが、時代が変わった今となっては地味な作品というイメージだけがクローズアップされる結果となっています。ただ、たとえそうであっても、このまま忘れ去られてしまうにはあまりにも惜しい作家です。そこで、数多くの作品群の中から主なものをピックアップし、実際どのような作品があったのかを紹介していきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします。

長編小説

一本の鉛(1959)
女性専用アパート、白雪荘の一室でホステスの絞殺死体が発見される。現場では常連客の大田垣が立ちつくしていたことから警察は彼を逮捕する。かねてから、大田はあかねに思慕の念を抱いており、状況証拠はすべて黒だった。だが、あかねが勤めていたバーのママ、杏子は温厚な彼が犯行に及んだとはどうしても思えなかった。そこで、知人の弁護士である海老沢に協力を要請し、独自に調査を開始するが.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
佐野洋の長編デビュー作品です。密室の謎も出てきますが、それはあくまでも軽いジャブ程度の扱いにすぎません。ミステリーを読み慣れた人なら、トリックはすぐに予想がつくのではないでしょうか。一方、本作の肝といえる動機の謎は極めて巧妙です。犯行の狙いがわからないために真犯人の正体がなかなか見えてこないのですが、最後に明らかになる動機はちょっと他作品では例がないもので、その謎が解けるとともにタイトルの意味が判明するという趣向には唸らされます。また、全体的に洒落たムードがするのもそれまでの国内ミステリーにはなかった要素であり、当時の読者には新世代ミステリーとして好評を博したのではないでしょうか。ただ、全体的な地味さはいかんともしがたく、作品が纏う雰囲気に目新しさを感じない現代の読者が楽しむのは、厳しいものがあるかもしれません。


ひとり芝居(1960)
 
恋人との結婚資金に悩んていた男が夜行列車で不倫旅行中のカップルと出くわす。男は2人の素性を調べ上げて恐喝を始めるが、相手の男性は恋人の上司だった.....。
◆◆◆◆◆◆◆◆
本格ミステリとして読むにはやや伏線が弱いものの、二転三転する展開は面白く、上質なサスペンスミステリーに仕上がっています。また、犯人を隠すプロット上の仕掛けも見事で、結末の意外性はなかなかのものです。著者の隠れた代表作といえる傑作です。なお、本作は1961年に野村芳太郎監督の手によって『恋の画集』のタイトルで映画化されています。コメディタッチに脚色されていますが、こちらもなかなかの佳品です。


秘密パーティ(1961)
とある料亭では地方議員たちがホステスを集めて秘密パーティを開催していた。最初にくじ引きでカップルを決め、ブルーフィルムの上映会が始まる。ところが、その最中に一人の女性が血を吐いて死んでしまったのだ。状況的には明らかに毒殺だったが、スキャンダルを恐れた議員たちは医師にニセの診断書を書かせて病死として処理する。しかし、しばらくして彼らの元に脅迫状が届き始め.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
恐喝者は誰かという謎一本に絞ったシンプルな内容を、語り口のうまさでぐいぐいと読ませる辺りはさすが佐野洋です。解決編も派手な演出などはなく、残り10ページになって淡々と真実が語られるだけというあっさりしたものですが、そこで始めて明らかになる仕掛けは実に大胆不敵なものです。この仕掛けを読者に気づかせないように巧みな工夫がなされているのも佐野洋ならではというべきでしょう。そのため、本作を佐野洋の最高傑作として推す人もいます。ただ、その仕掛けも現代では凡庸なトリックとなってしまっているので、勘の良い人は途中でピンとくるのではないでしょうか。


未亡記事(1961)
四六新聞の亀沢部長が亡くなったという連絡を電話で受けた記者の浅田は死亡記事を書き、彼の通夜に出掛ける。ところが亀沢が死んだというのは嘘で彼の妻もそんな連絡をした覚えはないというのだ。しばらくして、今度は本当に亀沢らしき死体が発見される。ただし、彼だと判断できるものは洋服のネームのみであり、電車に轢かれた死体は顔も指紋も滅茶苦茶になっていた。亀沢は本当に死んだのか?そして、浅田の元にかかってきた偽の電話とこの事件とはどんな関係があるのか?
◆◆◆◆◆◆◆◆
いわゆる顔のない死体もので、定石からひとひねり加えた作品になっていますが、ミステリーを読み慣れた現代の読者からすると、その仕掛けに大きな驚きを感じることはないでしょう。ただ、未亡記事という設定にはセンスの良さを感じますし、切れ味の良い結末もなかなかのものです。短い作品でサクサク読めるので、興味があるなら読んで損はない作品です。


死んだ時間(1963)
大学病院の医局員である加賀は愛人の時任杏子がCMタレント殺しの犯人として自首したことを知る。不審に感じた加賀が調べてみると、彼女には加賀以外の男と熱海に旅行に行っていたというアリバイが浮かび上がってくる。ところが、杏子はそのアリバイを頑なに口にしないばかりか、加賀がアリバイの裏付けを取ろうとすると、関係者らはそれを否定しようとし始めるのだ。戸惑いながらも独自の調査を進めていく加賀だったが、その先には思いもよらぬ犯罪の闇が待ち受けていた.........。
◆◆◆◆◆◆◆◆
謎の設定がうまく、意外な展開で読者の興味を引き付ける技巧の冴えはさすがです。渦中の人物である杏子を最後まで登場させないことによって、不可解さを高めるプロットにも巧さを感じます。ホワイダニットミステリーとしてよくできた佳品です。ただ、杏子の行動原理は現代の感覚からみれば、納得しがたい部分もあり、その辺りは賛否がわかれるのではないでしょうか。


華麗なる醜聞(1964)
中央日報の粺田は、フランス紙で元駐日P国大使に関するスキャンダル記事を目にする。記事によるとその大使はハイ・ホステスとの関係が元で離婚騒動に発展し、挙句の果てに更迭されてしまったというのだ。ハイ・ホステスとは一体何か?粺田の意を受けた記者たちが取材を重ね、やがて未解決の連続爆弾事件との関係性が浮かび上がってくる。
◆◆◆◆◆◆◆◆
日本推理作家協会賞受賞作であり、佐野洋の長編作品の中では比較的名前の知られている作品です。ちなみに、この作品は本格ミステリの要素が乏しく、どちらかといえば、新聞記者たちの取材自体に焦点が当てられています。したがって、謎解きの面白さに期待した人は肩透かしを食らうでしょう。一方、記者たちの取材によって徐々に真実が明らかになっていくプロセスはスリリングで、その筆の冴えはさすが佐野洋といったところです。ただ、当時実際に起きた事件をモチーフにしているだけに、リアルタイムで読めばもっと楽しめたのでしょうが、今となってはさすがに古さを感じます。ちなみに、本作が発表されたのは社会派推理小説全盛の時期ですが、その当時に発表された作品群のほとんどは今ではすっかり忘れ去られています。この作品もそれらと同じ弱点が内包されているというわけです。
第18回日本推理作家協会賞受賞


透明受胎(1965)
ある日、津島は車に轢かれ、なぜかその日から急速に老け始める。一方、車を運転していた田部佳代は40代になるというのだが、どうみても20代前半にしか見えなかった。やがて、津島は佳代と深い仲になるが、彼女はある事件の容疑者となる。だが、彼女にはアリバイがあり.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
今となってはやや意外な気もしますが、佐野洋はそのキャリアの初期においていくつかのSFミステリーをものにしています。その中でも本作は一時期、著者の代表作の一つに数えられたこともある作品です。確かに、男性読者用のサービスシーンなどを交えながら平易な文章でぐいぐい読ませる力はかなりのものです。SFネタとミステリー要素の融合も自然な形で行われているところなども評価すべき点だといえるでしょう。ただ、SFネタの扱い方は今となっては古臭く感じますし、クローン人間やナチスドイツが研究していた不老不死の薬といった派手な道具立てが揃っている割には展開が地味なのも否めません。当時としてはミステリーとSFをうまく融合したという事だけでもある程度のインパクトはあったのでしょうが、果たして現代の読者が楽しめるかどうかは微妙なところです。


轢き逃げ(1970)
精密機器の会社で課長の座に就いていた守口は愛人とのドライブ中に人を轢いてしまう。保身のために現場から逃げ出した彼は、密かに車の補修を行うなどして徹底した隠蔽工作を行う。だが、警察の捜査の手は着実に守口の元に迫っていた。一方、被害者の遺族も独自に真相を調べ始め......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
犯人の視点からの倒叙ミステリーとオーソドックスなフーダニットミステリーを組み合わせた、いわばニコラス・ブレイクの『野獣死すべし』のような作品です。前半は轢き逃げの犯人がいかに事件を隠蔽するかというプロセスに引き込まれ、後半になると意外な展開から犯人探しが始まるという2段構えのプロットにも巧さを感じます。錯綜した人間関係を整理しながら事件の真相に迫っていく手管も見事です。以上の点から、昭和の時代には本作を佐野洋の最高傑作に推す人も少なくありませんでした。しかし、現代の目から見ると無駄な部分が多くて、少々冗長です。元々、切れ味の良い短編ミステリーを得意としていた作家だけに、いたずらに長くなって切れ味が鈍ってしまった感があります。凝った構成の割には真相が案外平凡だったのもマイナス点です。本作もまた、『華麗なる醜聞』や『透明受胎』などと同様に、時代の変化による風化を免れなかった作品だといえます。
轢き逃げ (光文社文庫)
佐野 洋
光文社
2015-03-27


同名異人の四人が死んだ(1973)
流行作家である名原信一郎は中篇ミステリー”笑う達磨”を発表するが、その中で被害者として描かれていた人物と同名の人間が立て続けに変死する。最初は単なる偶然と思われたが、3件目の事件が起きるにいたってもはや偶然の一言ではすまされなくなった。犯人の狙いは一体どこにあるのか?新聞社の学芸部員として名原信一郎を担当している米内は独自に調査を開始するが........。
◆◆◆◆◆◆◆◆
小説と同じ名前の人物が死んでいくという魅力的な謎で読者の興味を引き付け、そのうえ、平易な文章によってテンポよく読ませることに成功しています。リーダビリティの高さはかなりのものです。ただ、強烈な謎に対して真相に意外性が乏しい点がいささか物足りません。これで真相にもうひとヒネリあれば傑作になりえたのですが......。



短編集

銅婚式(1959)
『不運な旅館』『赤いすずらん』『さらば厭わしいものよ』『二度目の手術』
『銅婚式』
◆◆◆◆◆◆◆◆
佐野洋のデビュー作『銅婚式』を含む処女短編集です。どの作品も粒ぞろいであり、デビュー当初から短編の名手だった事実をうかがわせてくれます。特に、表題作はデビュー作だけあって力が入っており、回想殺人をテーマにして見事な仕掛けを披露してくれます。その他にもトリッキーな作品が満載で、ブラックなオチが忘れ難い印象を残す『不運な旅館』や洒落たオチに感心させられる『赤いすずらん』など、今読んでもその魅力はいささかも衰えていません。この時期の国内ミステリー短編集を代表する存在だといえるのではないでしょうか。なお、本作はもともと東都書房から発売されたもので、現在、講談社から出ているものには、『離婚作戦』『不貞調査』『カメラに御用心』の3作品が新たに追加されています。


金属音病事件(1961)
『金属音病事件』『人脳培養事件』『かたつむり計画』『五十三分の一』『F氏の時計』
『恋人の魅力』『懸賞小説』
◆◆◆◆◆◆◆◆
佐野洋がキャリアの初期に多く書いていたSFミステリーを集めた作品集です。その中でも、ミステリー色が強い作品として秀逸なのが表題作で、特異な患者の特徴を利用した仕掛けが見事です。他にも、この時代ならではのSFミステリーの形というものが満喫できる作品が揃っており、60年代テイストのSFが好きな人にはおすすめの作品集です。なお、現在発売されている角川文庫版には『五十三分の一』『恋人の魅力』『懸賞小説』は入っておらず、代わりに、『匂う肌』『チタマゴチブサ』『異臭の時代』の3作品が収録されています。


殺人書簡集(1962)
『殺人書簡集』『御用の節は』『完全離婚』『失踪計画』『愛すればこそ』
『割れたガラス』『一等車の女』『推理小説を読みましょう』『EPマシン』
『迷惑なプレゼント』『あなたも犯罪者』『お試しください』
◆◆◆◆◆◆◆◆
本作はタイトルからもわかる通り、手紙のやりとりだけで物語を組み立てた作品を集めた短編集です。佐野洋はこうした企画ものが得意中の得意で、本作でもその超絶技巧ぶりに思わず唸らされてしまいます。法律の条文を利用して完全犯罪を試みる『完全離婚』など仕掛けが見事に決まった佳品揃いです。なお、現在発売されている徳間書店版には『EPマシン』が入っておらず、代わりに『かわいい悪魔』が収録されています。
殺人書簡集 (徳間文庫)
佐野 洋
徳間書店
1982-05


見習い天使(1963)
『黒い服の女』『誘拐犯人』『すえあれたボーナス』『モデル・ガン殺人事件』
『にせの殺し屋』『最初の嫉妬』『親切で誠実な男』『盗作計画』『当方独身』
『指名手配コンクール』『唯一の方法』『親ごころ』『大きな遺産』『まいた種』
『女の条件』『アンケート』『卒業記念』
◆◆◆◆◆◆◆◆
佐野洋としては珍しいショートショート集です。短編の名手として知られる著者ですが、ショートショートでもなかなかの切れ味を見せてくれます。なんといっても秀逸なのが語り手を天使に設定している点です。天使なのですべてを見通すことができるうえに、恣意的に読者をミスリードしたりします。このアイディアをフルに活用して短い枚数の中でうまい具合に話のメリハリをつけているのが見事です。多彩なエピソードが揃っていますが、中でも奇妙な味ものの傑作といえる『大きな遺産』や意表をついたオチが印象的な『盗作計画』などが印象的です。
見習い天使 (1963年)
佐野 洋
新潮社
1963


婦人科選手(1966)
『ある証拠』『噂の夫婦』『蛇の卵』『婦人科選手』『五十三分の一』
『チタマゴチブサ』『違法駐車』『陽の当たる椅子』『馬券を拾う女』 
◆◆◆◆◆◆◆◆
著者が脂の乗り切った時期に書いた作品であり、切れ味の鋭い佳品ばかりが揃っています。佐野洋は今でいう”日常の謎ミステリー”のようにちょっとした謎から話を広げていくスタイルを得意としており、たとえば、外れ馬券を大量に拾う女性にスポットを当て、馬券の意外な使い道を明らかにしていく『馬券を拾う女』などはその代表例だといえるでしょう。また、プロ野球選手にそっくりな人物が夜の街に出現する謎を扱った表題作や愛用の車を残して消えた夫を心配する妻が、妹から意外な告白をされる『駐車違反』などもなかなかの傑作です。


入れ換った血(1970)
『入れ換わった血』『狂女の微笑』『満月様顔貌』
『メスの怒り』『毛皮の家』『棘のある肌』
◆◆◆◆◆◆◆◆
医学ミステリーを中心に集めた作品集です。この時期の佐野洋の短編ミステリーはどの作品も水準レベルを軽くクリアしているのですが、その中でも、意外な動機に驚愕する表題作は頭一つ抜けた存在だといえるでしょう。また、『棘のある肌』もあまりにも悲痛なラストが忘れ難い印象を残す秀作です。


小説三億円事件(1970)
『系図三億円事件』『三億円犯人会見記』『三億円犯人の情婦』
『三億円犯人の秘密』『三億円犯人の挑戦』
◆◆◆◆◆◆◆◆
1968年に発生し、今なお未解決の三億円事件に材を取った連作短編ミステリーです。三億円の隠し場所などがうまく考えられており、ひょっとしたらこれが真相かもと思わせる瞬間があることが佐野洋ならではの巧さだといえるでしょう。三億円事件については半世紀の間にさまざまな作家が小説の題材にしてきましたが、その中でも、本作はセンスの良さが光っています。


大密室(1971)
『大密室』『温かい死体』『別人になる』『汚れた手』『完璧な賭け』
『妻の肉を喰った・・・・』
◆◆◆◆◆◆◆◆
光もなく、音も響かない完全密封の部屋に男女が閉じ込められ、女が死体で発見されるというケレン味たっぷりな表題作が印象に残ります。その他にも、一人二役やオカルト譚といった、クラシックなミステリーのネタを現代風にうまく調理している点にいかにも佐野洋らしい巧さを感じます。
大密室 (徳間文庫 111-2)
佐野 洋
徳間書店
1981-05


七色の密室(1977)
『青の断章』『紫の情熱』『赤の監視』『緑の幻想』『紺の反逆』
『黄の誘惑』『白の苦悩』
◆◆◆◆◆◆◆◆
リアリストとして定評のある佐野洋としては珍しく、本格ミステリの大ネタである密室トリックに挑んだ作品集です。ただ、そうはいっても、特に大がかりな仕掛けや独創的なトリックがあるわけではありません。たとえ密室殺人のような大ネタでも、どこまでもリアリティにこだわり、作風はあくまでも地味です。その代わり、密室に対する切り口に関しては工夫を凝らしており、物語のプロットも良く考えられています。特に、密室の謎を一旦解明しておいてから、さらにひとひねりを加えた『青の断章』や麻雀をやっていた4人が密室で謎の中毒死を遂げる『緑の幻想』などが印象的です。ただ、密室トリック自体は本当に地味なので、その辺りに過剰な期待をすると失望することになるでしょう。
1977年文春ミステリーベスト10第8位(国内・海外混合ランキング)


匂う肌(1977)
『ピンク・チーフ』『虚飾の仮面』『匂いの状況』『賭け』『匂う肌』
『反対給付』『使者からの葉書』『内部の敵』『手記代筆者』
◆◆◆◆◆◆◆◆
佐野洋の傑作選で、1959年発表の表題作を始めとして幅広い年代から収録されており、また、フレンチミステリー風のサスペンスものからSF仕立てのものまで、バラエティに富んだ構成になっています。まず、最初の『ピンク・チーフ』はピンク・チーフという名のゲームが行われた翌日に殺人が起きるという筋立てで、ゲームのルールの裏に秘められた意味が次第に明らかになっていくプロセスが読者の興味を引き立てます。一方、『死者からの葉書』は文字通り、死んだ人間からハガキが届く謎を扱っているのですが、とにかく先を読ませずに意外な方向に物語を転がしていくプロットの巧みさは見事というしかありません。その他の作品も佳品揃いで、さすがに短編の名手の傑作選というだけのことはあります。


姻族関係終了届(1978)
『死亡届』『姻族関係終了届』『被害届』『認知届』『養子離縁組届』
『欠勤届』『弁護人選任届』
◆◆◆◆◆◆◆◆
これまた佐野洋の十八番である同一テーマで固めた短編集です。今回は役所に提出するさまざまな届出を共通テーマにしているのですが、1枚の届出用紙に秘められた秘密を浮かび上がらせ、意外な結末へと持っていく手際が見事です。
どの作品も小さなネタを元に話を広げていくのがうまくて感心させられます。
崩れる(1982)
『ある自殺』『崩れる』『慰謝料』『人脳培養事件』『検事の罠』
『透明な暗殺』『誘った人』『善意の報い』『駐車禁止』
◆◆◆◆◆◆◆◆
表題作は1964年発表の作品です。元夫を刺殺した女性の話で、「彼が手にしたモデルガンを本物の銃だと勘違いし、身の危険を感じて思わず刺してしまった」という女性の主張が真実かどうかという点に焦点があてられています。これがなかなかヒネリの効いた逸品です。その他の作品も佐野洋ならではの技巧が詰め込まれており、意外な結末を堪能することができます。


折々の殺人(1986)
『その時の2人』『固い背中』『盛り上がる』『階段の女生徒』『夢の旅』
『衰える』『ひそかな願い』『意地悪な女』
◆◆◆◆◆◆◆◆
古今の和歌や俳句にインスパイアを受けた作品を集めた短編集です。各エピソードの前には作品の元になった歌の解説を佐野洋自身が行っており、雰囲気を盛り上げてくれます。一方、本編のほうは、表の事象を反転させてその裏側にあるものを浮かび上がらせていく手法に優れ、佐野洋ならではの技巧を存分に楽しめる作りになっています。ただ、反転のさせかたがあまりにもさりげないので、かえって印象に残りずらいかもしれません。良くも悪くも佐野洋らしさがにじみ出ている作品集です。


大密室:佐野洋密室ミステリー傑作集(2000)
『青の断章』『紫の情熱』『赤の監視』『緑の幻想』『紺の反逆』
『黄の誘惑』『白の苦悩』『密室の裏切り』『声の通路』『大密室』
◆◆◆◆◆◆◆◆
1977年に発売された『七色の密室』をベースにして『密室の裏切り』『声の通路』『大密室』の3作を追加した密室ずくめの一冊です。新たに追加された作品の中で白眉といえるのはやはり『密室の裏切り』でしょう。渡辺剣次編纂の密室アンソロジー『13の密室』にも選出された名品で、ホワイダニットとしての密室にこだわっている点が他の作家の密室ものとは一味違います。ちなみに、1971年に発売された『大密室』と本作は表題作が同じだけで、それ以外は全く別の作品が収録されています。くれぐれも間違えないようにしてください。



エッセイ・評論

推理日記(1973~2012)

ここまで紹介してきた作品群を見てみると佐野洋は小さなネタを上手く膨らませ、限られた枚数で切れ味鋭くまとめるのに長けた作家であることがわかります。そうした反面、長編を支えるだけのトリックや仕掛けを考えるのは苦手だという側面がありました。そのため、出来上がったものはどうしても薄味になりがちです。発表当初はセンスの良さで読ませることができたのかもしれませんが、時代がすぎてセンスが古くなれば忘れられるのも致し方ないといえるでしょう。一方、短編のほうはどれもクオリティの高いものばかりですが、シリーズものでない短編小説はオールタイムベスト級なものでない限り世間からは忘れられてしまう運命です。リアリティを重視するあまり、どの作品も地味な印象になったのも時代の風化に耐えられなかった一因だといえます。しかし、実は佐野洋にはこれぞ代表作というべき大傑作が一つあります。それがミステリー評論の『推理日記』です。1973年から2012年の長きに渡り、その時々のミステリー作品やミステリーに関するトピックスを扱った批評コラムで、これがあれば国内ミステリーの現代史を概ね理解することができます。忌憚のない意見を書き過ぎて連載当初は、揚げ足取りだの独善的だのいわれたりもしましたが、そういわれるほど率直な意見を述べているからこそ読み物として面白いのだともいえます。見識にも優れていて警察機構や法律に関する知識、さらには創作における視点の問題などをわかりやすく説明していたりするので、ミステリー作家志望者のバイブルにもなった名著です。これからミステリーをたくさん読んでいきたいという人にとってもこのシリーズは大いに参考になるでしょう。ただ、色々な作品のネタバレを結構普通にしているので、その点だけは注意が必要です。



fashion-3406559__340


最新更新日2021/04/01☆☆☆

数ある動物パニック映画の中でも、サメ映画のライバルといえるのはワニ映画をおいて他にはないのではないでしょうか。恐竜や怪獣を彷彿させる姿にはホオジロザメに匹敵する迫力がありますし、サメと違って水陸両用であるという点も大きな強みです(もっとも最近のサメ映画のサメは普通に陸で人を襲いますが)。実際、製作されているワニ映画の数も決してサメ映画に劣るものではありません。とはいえ、サメ映画と比べると、今一つマイナーな存在であるのも確かです。そこで、数あるワニ映画の中から注目すべき作品をピックアップして紹介していきます。なお、ワニ以外の動物パニック映画について知りたい人は下記のリンク先を参考にしてください。
【ジョーズ】A級&B級!おすすめサメ映画【シャークネード】
【虫・鳥・蛇】おすすめ!動物パニック映画【犬・猿・鼠】

↓なお、ワニ映画についてもっと知りたいという人はこちらも参考にしてください。
マニア必見?ずっこけワニ映画

※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします。

1976年

悪魔の沼(トビー・フーパー監督)
新人売春婦のクララは客とトラブルを起こして売春宿を追い出されてしまう。夜の田舎道をとぼとぼと歩き、たどり着いたのはスターライトホテルという名の古いモーテルだった。モーテルの主人である義足の男・ジャネッドはクララを部屋に案内するが、彼女が売春婦だと気がつくと関係を求めてくる。クララは拒絶するが、ジャネッドは力ずくで彼女をものにしようとする。クララが逃げ出すと、今度は大鎌を持ち出して彼女を滅多斬りにし、ワニのいる沼に付き落とすのだった。続いて、宿を探していた若い夫婦と幼い娘の一家がスターライトホテルを訪れるが.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ホラー映画の金字塔『悪魔のいけにえ』の成功によって名声を得たトビー・フーパー監督のハリウッド進出作品です。しかも、従来の殺人鬼映画にワニ映画の要素をプラスするところなどはなかなかの意欲作だといえます。ただ、ワニは作り物まるわかりなチャチな出来で、そのうえ、沼に落とされた人間を機械的に喰うだけなので、あまりインパクトはありません。また、殺人鬼映画としてもあからさまにセットだとわかるモーテルを舞台にしているせいで、リアリティが大きく損なわれています。そのうえ、テンポも悪く、なんだか展開が間延びしています。しかも、しばしば画面が暗くなって何が起きているのかよくわからないのは困りものです。とはいえ、やばい目つきのオヤジが大鎌を振り回して追いかけてくるというシークエンスにはフーパーらしい狂気がにじみ出ており、雰囲気的には決して悪くはありません。他にも、常に薄暗くて赤みがかった画面は観る者の気持ちを不安定にする効果がありますし、殺人鬼だけでなく他の登場人物もどこか怪しげで観客の不安感をどんどん高めていきます。照明や効果音の狂った使い方もフーパーならではです。こうして並べてみると彼独特のセンスは随所にみられ、凡作として片付けるにはいかにも惜しい作品です。実際、この作品を大好きだという人も少なからずいますし、要は観る人の感性によって好き嫌いが大きく分かれる作品だといえます。しかし、いずれにしても、ワニはあくまでも添え物なので、ワニ映画としては多大な期待は禁物です。
悪魔の沼 perfect edition [Blu-ray]
ネヴィル・ブランド
KADOKAWA / 角川書店
2015-09-25


1978年

パニックアリゲーター~悪魔の棲む沼~(セルジオ・マルチーノ監督)
未開のジャングルに建設されたリゾートホテル。そこを訪れたカメラマンは原住民たちが恐れる巨大ワニの存在を知る。彼はその危険性を訴えるが、ホテルの関係者は聞く耳を持たなかった。そして、ホテル主催の船上パーティが開催されるが、ついに姿を現した巨大なワニは次々と観光客を襲っていく。そのうえ、命からがら岸へとたどり着いた人々にさらなる悲劇が待ち受けていた......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
『ジョーズ』の大ヒット以降、雨後の筍のごとく公開された動物パニック映画の1本です。そのクオリティは本家に及ぶべくもなく、出てくる巨大ワニなどは作りものであることがバレバレです。その一方で、イタリア映画らしく残虐描写にはかなり力が入っています。それに加え、これも当時イタリア映画が得意としていた人喰い人種映画のエッセンスもたっぷりと注入されており、一度で2度美味しいという作りになっているのです。この原住民による阿鼻叫喚の虐殺シーンは一見の価値ありです。ただ、そこが最大の見どころとなってしまい、本来クライマックスであるはずの主人公とワニとの対決が完全におまけ扱いになってしまったのが惜しまれます。とはいえ、見世物映画としてはなかなか楽しめる作品です。
パニック・アリゲーター~悪魔の棲む沼~ [DVD]
バーバラ・バック
クリエイティブアクザ
2001-12-21


1980年

アリゲーター(ルイス・ティーグ監督)
ミズーリ州に住む少女が飼っていたワニの赤ん坊が父親によってトイレに流されてしまう。それから12年後。下水処理施設で犬の死骸と人間の手首が見つかる。しかも、飼い主の話によると、その犬は失踪した2カ月前と比べて倍の大きさにまで成長していたというのだ。一方、人間の手首のほうは行方不明となっている水道局員のものだと判明する。事件を捜査していたマディソン刑事は犯行現場と思われる下水道の中を調査する。そして、そこで彼が見たのは体長10メートルを超える巨大なワニの姿だった。それは12年前にトイレに捨てられたワニであり、とある研究所から不法投棄された成長ホルモン入りの犬の死体を食べ続けて急成長を遂げたのだ。ワニはやがて地上に出て人々を大パニックに陥れるが......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
サメ映画の金字塔である『ジョーズ』と似た立ち位置にある、ワニ映画を代表する一本です。さすがに、今見ると特撮などはかなり稚拙ですが、いろいろと工夫をして巨大感を出そうとしているところなどは好感が持てますし、ワニの不気味な目のカットなども効果的に用いられています。また、悪役はもちろん、子ども相手でも一切容赦なく喰い殺していくワニの暴れっぷりもかなりの迫力です。正直、ストーリーの整合性などには少々問題があり、『ジョーズ』と比べると完成度は落ちますが、脚本の粗さを作品の内包する勢いで見事にねじ伏せています。動物パニック映画が好きな人は必見の傑作です。
アリゲーター [DVD]
ロバート・フォスター


1986年

モンスター・クロコダイル 聖なる生贄(アーチ・ニコルソン監督)
オーストラリアの片田舎で両手両足が食いちぎられた死体が発見される。巨大生物に襲われたものだと判断した動物保護官のスティーブは調査を開始、やがて、その犯人が齢200歳を超える巨大なワニであることを突き止める。もともとは人里離れた場所に生息していたのだが、増水によって流されてきたのだ。スティーブはその貴重な巨大ワニを保護するべく、安住の地に戻すことを決意する。そして、彼はワニをトレーラーに乗せて、陸路を進んでいくが.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
人喰いワニと死闘を繰り広げる通常のワニ映画とは異なり、復讐に燃える密漁者や害獣と見なして駆除を指示する上司などからワニを守ろうとする話です。人喰いワニを保護するというプロットは下手に扱うと納得しがたいものになってしまいがちですが、本作は犠牲者の大半を我欲にかられた密漁者にしたことにより、自然とワニに肩入れしたくなる作りになっています。モンスターが故郷に帰っていくというコンセプトにもぐっとくるものがあり、哀愁漂うモンスター映画という趣になっています。ただ、現地人からは200歳を超える聖なる存在と崇められている割には、ワニにこれといった個性が感じられなかったのが残念です。もう少しモンスターとしての個性を付加できていたなら、より厚みのある作品になったのではないでしょうか。
映像ソフト発売なし

1988年

キラークロコダイル(ファブリッツィオ・デ・アンジェリス監督)
川の水質調査に訪れた研究チームは、そこで放射能で汚染された無数のドラム缶を発見する。一行はそのまま湿原の中にキャンプを張るが、その夜、案内役の村人が行方不明になり、死体で発見される。体の傷から巨大生物に襲われたものと判断して間違いないようだった。そんな中、突如村が巨大なワニに襲われ、大パニックに陥る。村のハンターであるジョーはワニに対して闘いを挑むが、研究チームは保護を主張し......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
完成度は決して高いとはいえない作品です。全体的な雰囲気は『ジョーズ』のパクリですし、音楽までもがジョーズ風です。おまけに、事件の発端は放射性物質の不法投棄であるのにもかかわらず、途中からその設定は完全に忘れられてしまいます。そのうえ、村人が犠牲になろうともひたすらワニの保護を主張していた研究スタッフが、仲間が一人殺された途端にワニ退治に邁進しだすのも結構ひどい話です。一方で、巨大ワニの造形はなかなかよくできていて、低予算映画なりの頑張りを感じさせてくれます。また、ワニが登場する前のいかにも何かが潜んでいる雰囲気も上手く演出されており、サスペンス感もなかなかのものです。それに何より、肉片が飛び散るド迫力の決着シーンにカタルシスを感じさせてくれます。さすがはイタリア映画といった感じです。脚本のひどさには目をつむり、完全なB級と割り切りさえすれば、それなりに楽しめる佳品だといえるのではないでしょうか。
キラークロコダイル [DVD]
アンソニー・クレンナ
クリエイティブアクザ
2001-02-25


1990年

キラークロコダイル 2 怒りの逆襲(ジャンネット・デ・ロッシ監督)
巨大ワニ騒動から2年。カリブ海の小さな島に再び巨大ワニが出現する。島を訪れていたジャーナリストのリサはその原因を探ろうとするが.....。
◆◆◆◆◆◆◆◆
1988年に公開された『キラークロコダイル』の続編です。ストーリーは前作と繋がっており、新旧主人公が共闘するという熱い展開も用意されています。前作と比較すると、ワニの巨大感は増しているのですが、残酷シーンが抑え気味になっているのは賛否の分かれるところです。また、序盤はなかなか話が進まないのでかなり冗長です。さらに、昨今のCGで描かれたワニと比べるとほとんど動かない点も物足りなさを感じます。それに、あいかわらず、放射性物質の廃棄問題が途中で放置されてしまうので気になってしかたがありません。ワニよりも放射性物質のほうがよほど危険だと思うのですが。それはともかくとして、前作同様気楽に観れるB級映画としての及第点はクリアしているので、ワニ映画好きなら見て損はないでしょう。
キラークロコダイル2 [DVD]
アンソニー・クレンナ
クリエイティブアクザ
2001-02-25


1999年

U.M.A レイク・プラシッド(スティーヴ・マイナー監督)
メイン州ブラック湖でダイバーが下半身を食いちぎられた遺体となって発見される。歯型から犯人は爬虫類だと推定されたが、それが事実なら相手はとんでもない巨体だということになる。調査のためにニューヨークからやってきた女性研究者のケリーは、密漁監視員のジャックや地元の保安官らと巨大生物捕獲作戦に乗り出すが、やがて姿を現したのは10メートルを超える巨大なワニだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
『アリゲーター』がワニ映画版『ジョーズ』なら、本作はワニ映画版『ディープブルー』といったところでしょうか。映画に本格導入され始めたCGと従来の技術であるアニマトロニクスを巧みに使い分け、ワニの巨大感や素早さをうまく表現しています。特に、俊敏な動きをするワニというのは従来の技術ではなかなか表現できなかっただけに、当時としては新鮮な驚きがありました。たとえば、水際で熊や牛を襲うシーンなどはかなりの迫力です。ただ、全体的にコメディタッチの作品なので、その点については好みが分かれるところです。終盤の展開を含め、モンスターとの殺るか殺られるかの死闘を期待していた人はがっかりするかもしれません。一方で、ブラックユーモアの効いた黒幕のとぼけた味わいなどは物語のよいアクセントとなっており、これなどはコメディタッチの作風ならではのものです。なお、続編として『2』『3』『final』の3作品が製作されましたが、いずれもテレビ映画だったこともあり、クオリティは本作と比べて大きく落ちる出来となっています。
U.M.A レイク・プラシッド (オリジナルカード付) [AmazonDVDコレクション]
ブリジット・フォンダ
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2018-07-04


2000年

クロコダイル(ジェームズ・ヒッコクス監督)
珍しい映像を撮影してはそれをテレビ局に売ることを生業としているザック以下4人の若者が、東南アジアのリゾートアイランドを訪れる。そこで鮫と一緒にサーフィンをする映像を撮影しようというのだ。サメの名所といわれている島に渡り、撒き餌でサメをおびき寄せて撮影を始める一行。撮影は無事成功し、小休止のために立ち寄った小島で一時のアバンチュールを楽しむ一行だったが、その頃、船に残っていた船長が怪物に襲われ、海の中に引きずり込まれてしまう。その正体は全長10メートルを超える巨大なイリエワニだった。それを知ったザックは人喰いワニ捕獲の映像を撮ろうとするが......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
クロコダイルというタイトルの映画はたくさんあってややこしいのですが、本作は2000年に公開されたアメリカ映画であり、原題は『BLOOD SURFI』となっています。その名の通りサーフィンに訪れた若者たちが血まみれになる話で、前半はサメ映画や海賊映画の要素を絡めつつ、後半になるにつれてワニ映画の要素が濃くなるという構成になっています。それに、濃厚なセクシーシーンもたっぷり用意されており、見どころの多さはなかなかのものです。また、低予算映画ながらもワニのCGも頑張っていて、巨大な感じは十分に表現できています。ただ、残念なのはクライマックスに近づくにつれて急速に失速していく点です。登場人物の死に方が段々雑になってきますし、最後の決戦は夜中なので何が起きているのかよくわかりません。なにより、決着のつけ方があっけなさすぎます。まるで、途中で製作予算が尽きたかのようです。さらに、大きなマイナス点として挙げられるのがヒロインの言動です。周りの制止を振り切って自ら危険の中に飛び込むも、その都度窮地に追い込まれて助けを求める姿にはイライラした人も多いのではないでしょうか。評価できる点も少なくないだけに竜頭蛇尾な感じになってしまったのが惜しまれます。
クロコダイル [DVD]
ダンカン・リーガル
クリエイティブアクザ
2000-11-24


2001年

ディノクロコ(ケビン・オニール監督)
ワニの祖先にあたる太古の生物の化石が発見される。バイオテクノロジー企業のジェリコ社はそのDNAを抽出し、生物を巨大化させる研究を進めていた。ところが、ディノクロコと名付けられたその生物は、予想を超える急成長を果たし、研究所から逃げ出してしまう。やがて、近くの湖周辺では巨大生物の目撃情報が相次ぎ、多くの人間が襲われていく。犠牲者の数はどんどん増え、ついに軍隊まで出動する騒ぎになるが、彼らもまたディノクロコの餌にすぎなかった.....。
◆◆◆◆◆◆◆◆
本作に登場する古代ワニは2足歩行で歩くので、どちらかといえばワニ映画というよりも、恐竜映画といったほうがよいかもしれません。おそらくこの時代に流行っていた恐竜映画にヒネリを加えるためにワニ映画の要素を付け足したのでしょう。ちなみに、この映画はB級映画の帝王ロジャー・コーマン総指揮の一作です。そのため、モンスターのCGなどのクオリティはあからさまに低いのですが、内容自体は他のコーマン映画と比べると驚くほどしっかりしています。一本筋の通ったストーリーで最後までダレることなく楽しめますし、ショッキングなシーンも結構インパクトがあります。そして、何より秀逸なのが、普通のパニック映画なら生き残る立ち位置の人たちが容赦なく殺されたり、真っ先に殺されそうな人物が意外な活躍をしたりする意表をついた展開です。つまり、先の読めない展開を採用することによって物語に緊迫感を持たせ続けることに成功しているのです。総じて登場人物が無能すぎる傾向があり、その点は観ていてイラッとするかもしれませんが、そこさえ目をつむれば、なかなか楽しめるB級映画に仕上がっています。思わぬ拾い物というべき力作です。
ディノクロコ [DVD]
ロジャー・コーマン
ジェネオン エンタテインメント
2004-07-23


クロコダイル2(ゲイリー・ジョーンズ監督)
銀行強盗度の犯人グループにハイジャックされた旅客機がジャングルに墜落。生き残った犯人たちが乗客や搭乗員たちを人質にして密林を進んでいくと、突然ワニに襲われる。犯人グループは銃でワニを撃ち殺すが、それは恐怖の始まりでしかなかった。しばらくして、撃ち殺したワニより遥かに大きい伝説の巨大ワニが現れたのだ。全長10メートルを超える巨大ワニはハイジャック犯、乗客の区別なく襲いかかる。その頃、乗客の一人であるミアの恋人・ザックは旅客機墜落のニュースを聞き、彼女を救うべく助っ人を雇ってヘリで墜落現場に向かうが......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
紛らわしいタイトルの映画が多くてややこしいのですが、本作は2000年に『クロコダイル』のタイトルで上映された映画の続編ではありません。同じ2000年公開の『レプティリア』の続編なのです。もともと原題は『クロコダイル』『クロコダイル2』と統一されていたのですが、他のワニ映画が先に『クロコダイル』の邦題で上映してしまったので、しかたなく『レプティリア』のタイトルがつけられたとのことです。いずれにしても、『レプティリア』と『クロコダイル2』はストーリー的には全くつながりがないため、単独で観ても問題はありません。ちなみに、作品の出来としてはトビー・フーパー監督の『レプティリア』よりも遥かに上です。ストーリーこそB級ではあるものの、ワニの造形がリアルであり、その巨大感も相まって非常に迫力があります。また、ワニが登場するまで少々長いのが難点ですが、話のテンポ自体は小気味よく、全く退屈することなく観ることができるのです。さらに、爆発のシーンもCGではなく、本当に爆発させており、昨今のZ級映画とは一味違うところを見せつけてくれます。上質なB級映画としておすすめの作品です。
クロコダイル2 [DVD]
ヘイディ・ノエル・レンハート
エスピーオー
2002-05-03


2002年

クロコダイル ハンター・ザ・ムービー(ジョン・ステイントン監督)
アメリカのスパイ衛星が突如大爆発を起こし、その破片が地上に降り注いだ。しかも、破片と一緒に地上に墜落した極秘ファイルがオーストラリアに生息するワニの胃袋に収まってしまったのだ。それを回収すべくCIAのエージェントがオーストラリアに急行する。こうして火蓋が切って落とされたCIAエージェントとワニの壮絶バトルだったが、そこに割り込んできたのが自然保護活動家のスティーブ・アーウィンだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
オーストラリアのディスカバリーチャンネルで放送されていた『クロコダイル・ハンター』のスピンオフ作品です。元のテレビ番組は本物の自然保護活動家であるアーウィン夫妻がいろいろな生物の生態を紹介していくという内容なのですが、この映画ではそこにスパイアクションの要素を加えてドラマ仕立てにしています。しかし、映画になってもアーウィン夫妻によるオーバーアクションを交えた動物紹介の面白さは相変わらずで、楽しみながら自然について学ぶことができます。しかも、次から次へとワニの映像が見られるのでワニ好きな人にとっては見逃せないところです。ただ、解説部分が面白すぎるので、人によってはドラマ部分が邪魔だと感じるかもしれません。それでも、たくさんの動物とユーモア、そして激しいアクションシーンの詰まった本作は一級の娯楽作品であることは疑いようのないところです。
クロコダイル・ハンター ザ・ムービー [DVD]
スティーブ・アーウィン
20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント
2005-10-28


2007年

カニングキラー 殺戮の沼(マイケル・ケイトルマン監督)
テレビ局の報道プロデューサー・ティムはドキュメンタリー番組の制作のため、スタッフを引き連れて東アフリカに位置するブルンジ共和国に向かう。そこで国連軍の白人女性を殺害したという巨大な爬虫類を調査・捕獲しようというのだ。だが、ブルンジ共和国の国情は乱れ、調査は容易ではなかった。そのうえ、政府軍の虐殺シーンを撮影してしまったことから命を狙われるはめになる。さらに、巨大ワニが現れて、一行を襲い始め......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ワニは陸に上がるとのろのろと這うようにしか歩けないイメージがありますが、実際には短距離であれば時速数十キロのスピードでダッシュすることが可能です。しかし、本作に登場する巨大ワニはそれどころのさわぎではありません。まるで虎か熊のようにものすごい勢いでどこまでも追いかけてくるのです。はっきりいって恐すぎます。水辺に近づかなければ安全という、ワニ映画の常識を打ち破った画期的な作品となっています。ただ、ワニが登場するのが中盤過ぎなので動物パニック映画としては少々冗長なのが惜しいところです。前半は飛ばして後半だけ観るだけでもOKな作品です。
カニング・キラー 殺戮の沼 [DVD]
ドミニク・パーセル
ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
2008-03-19


ブラックウォーター(アンドリュー・トラウキ監督)
オーストラリア北部に旅行にやってきたリーとグレイスの姉妹、それにグレイスの恋人アダムの3人は釣りを楽しむために現地のガイドと共にマングローブの茂る沼地へと入っていった。ところが、そこはクロコダイルの棲みかであり、ボートをひっくり返されたあげく、ガイドが食い殺されてしまう。3人はとっさにマングローブに登り、難を逃れるが......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
オーストラリア映画。実話ベースの話で、ワニ版『オープン・ウォーター』といった趣があります。同作品と同じく低予算映画なので巨大ワニとの死闘などといったスペクタルは望むべくもありません。それにワニの出番もいささか少なすぎです。しかし、それでも、タイトル通り黒く濁った水の中からいつワニが飛び出してくるかわからないという緊迫感はなかなかのものです。特に、本物のワニが水中からジャンプするシーンは衝撃的で、作品屈指の名シーンとなっています。ただ、展開の変化に乏しく、90分の上映時間がいささか長く感じられるのは少々残念です。これでもうひとひねりあればかなりの傑作になりえたのではないでしょうか。
ブラック・ウォーター [DVD]
メーヴ・ダーモディ
ジェネオン・ユニバーサル
2009-11-26


マンイーター(グレッグ・マクリーン監督)
アメリカ人の旅行ライターであるピートはオーストラリアの国立公園を訪れ、他の観光客と一緒にボートによる川下りを楽しんでいた。ところが、突如船底から何かが突き上げてきて危うく転覆しそうになる。なんとか川の中島にたどり着いたものの、ボートは故障して動かなくなってしまった。しかも、満潮になると中島は沈むという。旅行者の一人が川岸まで泳いで助けを呼ぼうとするが、水に入った途端、巨大なワニが現れ、彼を水中に引きずり込んでしまう。満潮の時間が刻一刻と迫る中、果たして彼らは生き残ることができるのだろうか?
◆◆◆◆◆◆◆◆
オーストラリアとアメリカの合作映画。オーストラリアの広大な自然を背景に、いつどこから襲ってくるかわからない人喰いワニの恐怖を迫りくる満潮のサスペンスに絡めて巧みに描き出しています。ワニのCGの出来もよく、それがこの物語のリアリティを高める結果となっています。序盤は大自然の美しさをたっぷり画面に映すことで観客に観光気分を味あわせ、中盤以降はワニと人間の対決を畳みかけるようなテンポで見せていく構成もメリハリが効いていて秀逸です。主人公とワニとのラストバトルも迫力満点で見応えがあります。オーソドックスな展開ながらもなかなか完成度の高い、ワニ映画の佳品だといえます。ただ、全体的に登場人物の魅力に欠け、感情移入がしずらいのが難点だといえるかもしれません。それに、グロテスクなシーンが少なくて血みどろ映画が苦手な人にもおすすめしやすい反面、血飛沫や肉片が飛び散るゴアシーンを期待した人はちょっと物足りなさを感じるのではないでしょうか。
マンイーターBlu-ray
ラダ・ミッチェル
ポニーキャニオン
2016-09-21


2012年

ザ・クロコダイル~人喰いワニ襲来~(リン・チェンシン監督) 
ワニ牧場で飼育されている巨大クロコダイルのマオは狂暴な性格ながらも、近所に住む少年シンとは心を通わせていた。そんなある日、経営不振に陥ったワニ牧場の経営者は、やむなくマオを始めとするワニたちを食品業者に売り払ってしまう。ところが、輸送先のワニ料理店でマオは大暴れし、柵を破って逃げ出してしまうのだった。そのことを知ったシンはマオの行方を追うが........。
◆◆◆◆◆◆◆◆
珍しい中国産のワニ映画です。ただ、狂暴な人食いワニと主人公が死闘を繰り広げるわけではなく、友情の物語というのが予想の斜め上をいっています。しかも、かなりコメディ寄りの作品です。人喰いワニ襲来という副題をつけておいてそれは詐欺だろうと思わないではありません。しかし、実際に見てみると、決して駄作というわけではなく、意外に面白い作品に仕上がっているのです。まず、アジア映画にしてはCGのクオリティが高くて、想像以上に迫力があります。登場人物のキャラも立っていて、コメディ映画としてしっかり笑わせてくれます。犬や猿ならともかく、ワニと人間の間に友情が成立するのかという疑問もありますが、考えてみれば、ワニは爬虫類の中では最も知能が高くて唯一人間になつく存在です。なので、こういう映画があってもよいのかもしれません。実際、最後にはちょっとホロリときます。ハリウッドの大作映画と比べるとかなりゆるい作りになってますし、本格的な動物パニック映画を期待した人はがっかりするでしょうが、ちょっと風変わりな動物映画を観たいという人にはおすすめの作品です。
ザ・クロコダイル ~人喰いワニ襲来~ [DVD]
バービー・スー
アメイジングD.C.
2013-07-03


2019年

クロールー凶暴領域ー(アレキサンドル・アジャ監督)
巨大ハリケーンが猛威をふるう中、大学の競泳選手であるヘイリーは久しぶりに故郷のフロリダに戻ってくる。連絡が取れなくなった父の安否を確かめるためだ。だが、そこで彼女が見たのは実家の地下室で重傷を負って倒れている父の姿だった。しかも、彼女自身も何者かに地下室奥まで引きずり込まれて右足に大けがを負ってしまう......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
昨今ではすっかり低予算お笑い映画と化した感のあるワニ映画ですが、本作は久々の本格派です。ストーリー自体はシンプルではあるものの、ハリケーンで孤立した家の中で繰り広げられるアリゲーターとの死闘がサスペンスたっぷりに描かれています。しかも、父と娘の絆をテーマにしたヒューマンドラマとしてもよくできています。後半はハリケーンや押し寄せる津波などの迫力も相まってスペクタクル感も申し分ありません。家の中という限定された舞台でこれだけ迫力のある映画を作り出した手腕は見事です。
クロール ―凶暴領域― ブルーレイ+DVD [Blu-ray]
カヤ・スコデラリオ
パラマウント
2020-02-05


マニア必見?ずっこけワニ映画

最新更新日2021/05/30☆☆☆

ワニ映画はサメ映画と並び立つ、動物パニック映画界の2大巨頭です。しかし、同時にZ級作品の多さに関してもサメ映画と肩を並べています。そして、そんなワニ映画やサメ映画の面白さを満喫しようと思えば、A級作品だけを観ていたのでは十分ではないということはマニアならよく理解しているのではないでしょうか。そもそも、A級映画自体があまりないということもありますが、Z級映画の駄目さ加減を愛でることができるようになってこそ真のワニ映画マニアといえるわけです。ここでは百戦錬磨のマニアたちにおすすめの、愛すべきずっこけワニ映画を紹介していきます。
なお、本当に面白いワニ映画を知りたいという人は以下のリンク先を参考にしてください。

【アリゲーター】現代の恐竜!おすすめワニ映画【クロコダイル】


アリゲーター2(1991)
ワニ映画の金字塔『アリゲーター』の続編ですが、一作目とほぼ同じ展開のうえに、すべてにおいてスケールダウンしているという絵に描いたような駄作です。特に、肝心のワニの迫力のなさは致命的です。ワニの登場シーンは本物のワニとハリボテを使い分けているものの、本物のワニシーンではあまり巨大に見えませんし、ハリボテが人を襲うシーンでは水中からチラッと顔を覗かせるだけで全くといっていいほど動きません。結局、ワニが大暴れしていると思えるようなカットはほとんどないのです。なぜ、このような作品を前作から10年以上過ぎて作ろうと思ったのか全く理解に苦しみます。これから『アリゲーター』を観ようと思っている人はくれぐれも『1』と『2』を間違えないようにしましょう。
アリゲーター2 [レンタル落ち]
ジョセフ・ボローニャ
2009-01-01


新キラー・クロコダイル 赫い牙(1993)
”新”と銘打っているものの、イタリア映画のキラー・クロコダイルシリーズとは無関係な作品です。そもそも、本作は日米合作となっており、監督も主演も日本人です。ほとんどVシネマのノリで、クオリティ自体もキラー・クロコダイルシリーズよりも大きく劣ります。元ネタもご都合主義の多い映画でしたが、本作ではそれが看過できないレベルにまで達してしまっています。それに、主人公一行が意味もなく15分以上も歩き続けるシーンが続くなど、映画としてのテンポ配分も滅茶苦茶です。ワニが登場したかと思ったら、襲われるシーンはカットされ、次のシーンでは既に死んでいるといった具合に、演出もチープです。あえて、セールスポイントを挙げるとすれば、ワニ映画としては珍しい、日本人主演の作品という点ぐらいでしょうか。かなりつまらなくて退屈な1本です。
新キラー・クロコダイル [VHS]
野田善子
ビデオメーカー
1993-06-25


レプティリア(2000)
トビー・フーパー監督が四半世紀ぶりに再チャレンジしたワニ映画です。前作の『悪魔の沼』は殺人鬼映画+ワニ映画という変化球だったのに対して、今回はバカンスに訪れた若者たちが一人一人ワニの餌食になっていくというオーソドックスな作品に仕上がっています。ただ、オーソドックスすぎて「これはわざわざフーパーが撮るべき映画だったのか?」と首をひねってしまいます。確かに、湖のほとりにいた登場人物が一瞬でワニに喰われるショットとか、若者たちのどうでもいいような会話を独特のセンスでまとめあげた演出などにはフーパーらしさを感じないではありません。しかし、それが全体的な面白さに繋がっていないのです。そもそも、ワニはハリボテとCGの使い分けで撮影されているのですが、ハリボテはハリボテ感満載で、CGはCGであまりにも安っぽすぎます。ひょこひょこと歩いている姿はまるでコメディ映画のようです。それに、無駄なシーンも多くて全体のテンポを削ぐ形になっています。というわけで、どうにもぱっとしない作品なのですが、注目すべきはこの映画のラストシーンです。動物パニック映画のセオリーにうっちゃりをかます掟破りの展開には思わず唖然としてしまいます。なお、本作の原題は『クロコダイル』であり、同じ年に『クロコダイル』のタイトルで日本公開された作品の原題は『BLOOD SURFI』です。くれぐれも混同しないようにしましょう。
レプティリア [DVD]
マーク・マクローリン
JVCエンタテインメント
2001-02-23


アリゲーター 愛と復讐のワニ人間(2001)
ワニ映画大国のタイで製作された作品で、巨大な人喰いワニが村を襲うという王道的な展開から始まります。しかし、ワニに村長の娘がさらわれたという辺りから話はおかしな方向に転がっていきます。実は、巨大ワニの正体は人間の姿からワニに変身できるワニ男だったのです。しかも、そのワニ男は川底の御殿に2人のワニ女を囲っているのにも関わらず、色欲に駆られて村長の娘をさらったのだという、脱力ものの展開が待っています。最終的には、主人公であるクライトーンがワニ男を倒してめでたしめでたしとなるのですが、主人公は主人公で、無事救った恋人の他に、村長からワニ退治の褒美として、娘をもらい受け、そのうえ、ワニ男の愛人だったワニ女2人もちゃっかりゲットしてしまうというとんでもない結末を迎えます。タイの民話を元にした作品らしいのですが、とにかく、ツッコミどころが満載で、動物パニック映画を期待して観に行くと唖然としてしまうでしょう。どちらかといえば、馬鹿映画愛好家にこそおすすめしたい作品です。ちなみに、本作はリメイク作品であり、80年代に公開された『クライトーン』及び『クライトーン2』という元ネタとなる映画が存在します。
アリゲーター/愛と復讐のワニ人間 [DVD]
ビナリ・クレイブート
東芝デジタルフロンティア
2002-06-25


グリード(2006)
年老いたロッキーが登場するボクシング映画の『クリード』でも触手型超巨大モンスターが大暴れする『ザ・グリード』でもなく、ドイツ映画の『グリード』です。しかも、パッケージには巨大ワニが大暴れする雄姿が描かれていますが、実際にはそんなシーンは皆無です。そもそも、ワニはCGではなくて本物が使用されているので暴れるといってもたかがしれています。そのうえ、この映画は人間とワニが対決する話ですらありません。コメディタッチの人間ドラマがメインなので、ワニは途中からおいてけぼりになってしまいます。まあ、日本人にとってはドイツのコメディ映画自体が割と新鮮に感じられるので、ワニに対する過剰な期待は捨て、C級映画と割り切って見れば、それなりに楽しめるかもしれません。
グリード [DVD]
クリスティアン・トラミッツ
アルバトロス
2007-06-02


ディノクロコダイル(2007)
20メートル超級の巨大ワニが大暴れする映画ですが、これがまた絵に描いたようなZ級作品に仕上がっています。上映時間は90分近くあるものの、前半は時間つぶしのような話が続き、とにかく冗長です。そのうえ、やっと登場したワニが巨大なのはいいのですが、CGが安っぽすぎて迫力皆無です。しかも、襲いかかるワニと逃げ惑う兵士がすべて別カットで撮影されているので全く恐さが感じられません。ワニに立ち向かう軍隊は無能すぎてイライラしますし、演技・演出・音響と全てがちぐはぐです。とどめは「ワニの皮膚は硬いからミサイルも跳ね返す」という女性博士のとんでも発言。クソ映画ハンターにおすすめの1本です。
ディノクロコダイル [DVD]
キム・リトル
ポニーキャニオン
2008-07-16


ダイナソーフィールド(2007)
『ディノクロコ』と同じ恐竜タイプの古代ワニが登場しますが、ストーリー的に両者は無関係です。ちなみに、パッケージには「モンスターと火山噴火の2つの災厄で人類の危機!」みたいなことが書かれているにもかかわらず、火山はほとんど物語に絡んできません。火山が爆発しそうだといってるだけで一向に噴火する気配がないのです。肝心の古代ワニも全然迫力不足でとにかく緊張感に欠ける作品になってしまっています。そのうえ、見どころであるはずのモンスターに襲われるシーンもあっさりしすぎているので、なんの面白みもありません。さらには、ストーリーも前半全く話が進まないので観ていて苦痛に感じます。数あるワニ映画の中でも最低の部類に入る駄作です。
ダイナソーフィールド [DVD]
デーモン・エブナー
ジェネオン エンタテインメント
2008-05-23


ダイナクロコVSスーパーゲイター(2010)
巨大トカゲ(ダイナクロコ)と巨大ワニ(スーパーゲイダー)の死闘を描いた作品といえば、ちょっと面白そうではあるのですが、実際観てみると、CGがあまりにもショボいのでげんなりしてきます。そのうえ、水の深さが膝までしかない川の中から突然、巨大なスーパーゲイダーが襲ってくるなど、演出もいい加減すぎてギャグの域に達しています。もちろん、脚本が最初から最後まで行き当たりばったりなのはいうまでもありません。真面目に観ていると腹が立ってくるので、ツッコミながら楽しむのが正解の作品です。
ダイナクロコvsスーパーゲイター [DVD]
デヴィッド・キャラダイン
アルバトロス
2011-03-02


メガ・パイソンVSギガントゲイター(2011)
数十メートルはあろうかという大蛇と巨大ワニが大暴れする話ですが、テレビ映画なのでモンスターのCGはかなりしょぼいです。それに、ワニと蛇は全く戦おうとはせず、ひたすら人を喰ったり街を破壊したりしているだけです。したがって、"VSもの"を期待した人は肩透かしを食らうでしょう。ちなみに、本作はダブルヒロイン制となっており、演じているのは80年代後半に活躍した女性シンガーのティファニーとデビー・ギブソンの2人です。どちらかというと、モンスターよりもすっかりおばちゃんになってしまったこの2人のキャットファイトが印象に残る作品となっています。しかも、両方ともかなりクレイジーな性格なので、どちらにも感情移入ができません。というか、本編中にまともな登場人物がほとんどいないというすさまじさです。かろうじてまともだといえるのは主人公の博士ぐらいでしょうか。しかし、この博士もラストでとち狂った演説をかまして視聴者を唖然とさせてくれます。ここまでくると、映画の製作者は狙ってやっているのか天然なのか判断に迷うところです。一言でいえば滅茶苦茶な映画なのですが、ツッコミながら観ているとその滅茶苦茶さが楽しくなってきたりします。動物パニック映画として評価するならば、駄作以外のなにものでもありませんが、一方で、バカ映画好きにはたまらないカルト作品でもあります。
メガ・パイソンvsギガント・ゲイター [DVD]
デボラ・ギブソン
アルバトロス
2011-10-05


キラー・ゲーター(2011)
主人公の演技が素人っぽい、登場人物がみな頭が悪くて観ていてイライラする、カットの繋げ方が滅茶苦茶でつじつまがあっていないと、絵に描いたようなZ級映画です。ちなみに、タイトルが『キラー・ゲーター』となっていますが、登場するのはアリゲーターではなく、古代水生爬虫類のプリオサウルスです。まあ、顔はワニっぽいですし、プリオサウルスが登場する映画自体珍しいのでそれはそれでありかもしれませんが、CGの出来がひどいので迫力皆無です。そのうえ、アメリカのアニメ映画にでも登場しそうな漫画チックな顔つきをしているので滑稽ですらあります。そもそも、肝心のプリオサウルスが大して登場しません。それにより、物語の大半がモンスター映画ではなく、沼地をめぐるクライムストーリーになっているのはいかがなものでしょうか。


新アリゲーター 新種襲来(2013)
タイトルは"新アリゲーター"となっていますが、1980年の傑作ワニ映画『アリゲーター』とは何の関係もありません。それではどの辺が新種襲来なのかというと、この映画に登場するワニは吸血鬼やゾンビのように人を噛むことで仲間を増やすことができるのです。つまり、噛まれた人間はみんなワニになってしまうわけです。その設定自体はユニークで悪くないのですが、とにかくCGのワニが全く恐くないのが致命的です。大きさは普通のワニサイズですし、数もそれほど多くなく、陸上ではノロノロと歩いているだけなので人間が追い詰められている感が全くありません。冷静に行動していれば楽に逃げられるところを登場人物がみんな自滅しているとしか思えないので、観ているほうはなんだか白けてしまいます。また、ワニになった恋人はヒロインを守ろうとしているのに、ワニになった他の人間は普通に人を襲うなど、ルールが曖昧な点も気になるところです。このように、すべてにおいてC級の作品ですが、バカ映画として割り切って観るならばそれなりに楽しめますし、予想の斜め上をいくラストもいい味を出しています。死ぬほど暇なときなら観てもいいかなといった感じの作品です。
新アリゲーター 新種襲来 [DVD]
ジョーダン・ヒンソン
アメイジングD.C.
2014-03-05


ロボクロコ(2013)
米軍が開発した生物を兵器に変えるナノマシンが外部に漏れ、動物園のワニが殺人マシーンに変わっていくという設定は悪くありません。ワニが完全なロボットというわけではなく、生物としての意識が残っている点などは哀愁を感じさせてくれたりもします。それになんといっても、ロボット化が進んでいくにつれて、ワニの皮膚が徐々にはがれていって金属皮膚が露出していく演出がグッドです。しかし、よいのはそこまでです。CGが安っぽいのはB級映画なので仕方がないところですが、人が噛み殺されるシーンが全く映されていないのはいただけません。予算の問題だと推測できるものの、肝心のシーンが全カットでは、ワニ映画としての迫力が著しく低下してしまいます。おまけに血糊も安っぽいのでゴアシーンを期待した人にはがっかりの出来栄えです。もちろん、脚本もつっこみどころ満載で、特にロボクロコの強さを目前で見ているはずなのに、安易に接近戦を仕掛けようとするのがどうにも間が抜けています。そもそも、生物寄生型のナノマシンを宇宙に打ち上げようとして失敗したのが事の発端なのですが、一体何故そんなことをしようとしたのか全く説明がないのはいかがなものでしょうか。以上のように、アイディアは悪くなかったのに、特撮や脚本がすべてをぶち壊しにしてしまった駄作です。
ロボクロコ [DVD]
コリン・ネメック
アースゲート
2014-11-21


アナコンダVS.殺人クロコダイル(2015)
VSと銘打っていながら全くモンスター同士で戦わない映画が多い中で、本作ではアナコンダとクロコダイルがガチンコ勝負を何度も繰り返します。そういう意味ではそれなりに見どころはある映画です。それに、テンポも良く、サクサクと観ることができます。片田舎を舞台にしたミニ怪獣映画といったコンセプトも悪くありません。しかし、全体の完成度が低すぎます。物語・人間とモンスターのバトル・モンスター同士のバトル・お色気シーンと、すべてが行き当たりばったりで非常に雑なのです。それ故に、「え?なんでそうなるの!」とツッコミながら観賞すると意外と楽しかったりします。
アナコンダ vs.殺人クロコダイル [DVD]
ロバート・イングランド
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2015-10-07


ハングリー・アタック(2016)
イギリスの片田舎で動物園に忍び込んだ少年がワニに食われるというオープニングはなかなか衝撃的です。しかし、その後は牧歌的な田舎の風景を背景に、ゆるゆると物語が進んでいくため、思わず眠気を催してしまいます。しかも、後半になるとなぜか、猟奇殺人鬼の話に焦点が当てられ、ワニどこいった?状態です。要するに、「観客の意表をついたホラーコメディを狙ってみたけど、ちょっと外してしまいました」といった感じの作品です。
ハングリー・アタック [DVD]
アンドリュー・リー・ポッツ『セクター5 [第5地区]』/ローラ・エイクマン『エンパイア・オブ・エイプス』/トーマス・ターグーズ『THIS IS ENGLAND』/ダニー・カーレイン/ジャック・マクムレン
エルディ
2018-02-20

THE POOL ザ・プール(2018)
深さ6メートルもある巨大プールの水を抜かれて(閉鎖予定で梯子はすでに取り外されているので)外に出ることのできない男女が一緒に閉じ込められたワニに襲われるという展開はなかなか斬新であり、さすがはワニ映画大国のタイだと感心させられます。しかし、問題は話の持って行き方です。「水を抜いているのを知っているのに水上で眠り始める主人公」「足を滑らせてプールに落ちる主人公の恋人」「たまたま動物園を脱走してきたワニがプールに落下」などなど、とにかくありえない展開の連続です。おまけに主人公が何度も助かるチャンスをふいにするので観ていてイライラしてきます。その他にもツッコミどころを挙げ始めるとキリがありません。もしかしたらコメディなのでは?と思わないでもないのですが、雰囲気はあくまでもシリアスなのです。その点を含め、これはシリアスなバカ映画なのだと割り切って笑うことができるかどうかによって映画の評価も変わってくるのではないでしょうか。ちなみに、本作のワニはさほど恐怖の対象にはなっておらず、どちらかといえば観客に同情されるべき存在です。
THE POOL ザ・プール [DVD]
ラットナモン・ラットチラタム
アメイジングD.C.
2019-10-02




シン・ランペイジ 巨獣大決戦(2020)
邦題は『シンゴジラ』と『ランペイジ 巨獣大乱闘』のパクリで、中身は『キングコング 髑髏島の巨神』のパクリです。しかも、パッケージには巨大な鷲の姿が描かれていますが、本篇にはそんなものは一切出てきません。まさに絵に描いたようなバッタモン映画です。ちなみに、物語は、鳥の群れに襲われた旅客機が海上に墜落し、生き残った乗客たちが無人島にたどり着くもそこは巨大生物の島だったというものです。もっとも、巨大生物の島といっても出てくるのは蜘蛛とワニの2匹だけですが。しかも、蜘蛛の登場はおまけ程度でメインで登場するのはワニだけです。これの一体どの辺が巨獣大決戦なのでしょうか?
それでもワニに迫力があればまだいいのですが、安っぽいCGのワニが人間を丸呑みするだけなので、臨場感などといったものは皆無です。さらには、脚本もテンプレ展開をなぞっているだけで、なんだかなあという感じがします。中国映画ということを差し引いても古臭さは否めず、とても2020年の作品とは思えない出来です。ただ、勢いだけはあるので頭をからっぽにして観ればそれなりに楽しめるかもしれません。
シン・ランペイジ 巨獣大決戦 [DVD]
ウェイ・ダン
アメイジングD.C.
2020-11-04


【アリゲーター】現代の恐竜!おすすめワニ映画【クロコダイル】

★★★
以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。

最新更新日2023/010/06☆☆☆

正真正銘の男性がある日突然、美少女になってしまう。この倒錯的ともいえるシチュエーションは
TSF(トランスセクシャルフィクション)と呼ばれ、今では漫画における一大ジャンルを形成するまでになっています。しかし、これほどまでに多くの作品が描かれるようになったのは比較的最近のことです。それでは、一体どのようにしてこのジャンルが形成されていったのでしょうか?主な作品を紹介しつつ、その歴史を振り返っていきます。なお、ここで紹介しているのはあくまでも「男性の主人公がある日突然女性になる漫画」なので、ただの女装、女性が男性化するもの、転生して女の子に生まれ変わるもの、歴史上男性だとされている人物を女性として描いただけの作品(いわゆる女体化もの)は対象外とします。あらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします。


※西暦表記は連載を開始した(描き下ろしの場合は単行本の初巻を発売した)年です。
1979年

ヒロインくん(よしかわ進)
広印アキラは元気な小学生の男の子。ところが、科学者である父親が、女の子が欲しかったという妻の願いをかなえるべく、女体化する薬をアキラに飲ませて女にしてしまう。元に戻す方法はないということで、治療薬が完成するまでの間は女の子として過ごすことになった。そして、性転換の事実を秘密にするために転校することになるのだが、そこで元同級生の女の子と再会し、あっさりと正体がばれてしまう。しかも、本当に女なのかを確かめるべく、クラスメイトによって教室で全裸にされてしまうのだった。その後も、慣れない女の子としての生活はトラブル続きで......。
◆◆◆◆◆◆
70年代から80年代にかけては子ども向けのエッチな漫画が多数発表されました。中でも、コロコロコミックに連載され、好評を博した『おじゃまユーレイくん』はその代表的な存在だといえるでしょう。なにせ、幽霊の主人公が小学生のヒロインに憑依して裸にしてしまったり、その状態で他の女の子と乳繰り合ったり、犬に憑依して女性の股間を舐め回したりするような内容なので、今ならどう考えても児童誌に掲載できるような代物ではありません。もししたら間違いなく発禁処分です。そして、ある意味、それ以上に問題作といえるのが同じ作者によるこの『ヒロインくん』です。まず、女体化した主人公がいつもエッチな目にあうのがひどく倒錯的です。現代の漫画では珍しくもない設定かもしれませんが、本作が幼児向け雑誌の”てれびくん”に連載されていたという事実に驚かされます。しかも、”おしっこおもらしまんが”という謎のキャッチフレーズがつけられており、ヒロインくんが毎回のようにおもらしをします。どっからどうみても読者である子どもたちに変な性癖を植え付けようとしているとしか思えません。現在では実現不可能な企画という意味で、時代を象徴する作品ともいえる怪作です。


1985年

Mr.Clice(秋本治)
繰巣陣は世界を股にかけて活躍する国家特別工作機関"JST”の凄腕エージェントだった。ところが、KGBとの闘いのさなか、トラックに轢かれて命を落としてしまう。JSTの上層部はこのまま死なせては大きな損失だと考え、偶然同日同時刻に亡くなった女性テニスプレイヤーの肉体に繰巣陣の脳を移植させることで、彼を復活させる。繰巣からクリスに生まれ変わった彼は、慣れない女性の体や周囲の扱いの変化に戸惑いながらも新しい任務をこなしていくが.......。
◆◆◆◆◆◆
『こちら亀有公園前派出所』の連載中にシリーズがスタートした不定期連載作品です。古いスパイ映画のエッセンスにTSものとギャグ漫画の要素を混ぜ合わせた作風に独特の味わいがあります。超エリートスパイなのにいつも与えられる任務が商店街の店主の救出だったりと、そのギャップが笑えるのです。他にもギャグの幅が広く、アクションコメディとして大いに楽しめる作品です。ただ、昨今のTSものと異なり、主人公の可愛さをウリにした作品ではないので、その辺りに期待すると肩透かしを食らうことになります。そもそも、TS漫画がジャンルとして成立する以前に連載がスタートした作品なので一般的なTS漫画とは別物と考えたほうが無難です。また、不定期連載でかなり間が空いているため、途中でシリアスよりになったり、絵柄が変わったりと作風のブレが非常に大きくなっています。したがって、続けて読むと違和感を感じることになるかもしれません。


1987年

らんま1/2(高橋留美子)
東京で無差別格闘流の道場を開いている天道早雲の元に1枚のハガキが送られてきた。親友の早乙女玄馬からの便りで、そこには息子の乱馬を連れていくと書かれている。実は早雲と玄馬はお互いの子ども同士を結婚させる約束をしており、早雲は3人の娘の1人を乱馬と結婚させて道場を継がせるつもりでいたのだ。ところが、やってきたのはパンダと可愛らしい女の子だった。末娘で男嫌いのあかねは乱馬が女だったことにほっとする。そして、道場で手合わせをして仲良くなるのだが、風呂場で鉢合わせになった乱馬はなぜか男になっていた。痴漢と勘違いして風呂場を飛び出すあかね。そこに、あとを追ってきた乱馬とパンダから人間に戻った玄馬が姿を現し、事情を説明する。それによると、早乙女親子は中国での修行中に呪泉郷という呪われた泉に落ち、それ以降、水を被ると玄馬はパンダに、乱馬は女の子になる体質になってしまったというのだ。とりあえず、乱馬はあかねのいいなずけという立場で天道家に居候をすることになるのだが.....。
◆◆◆◆◆◆
TS漫画を一躍メジャーにした記念碑的作品です。とにかく、男らしい性格の主人公なのに、水を被って女になると非常に可愛らしく見えるのが画期的でした。また、自分が女であるという自覚が薄い故の脱ぎっぷりの良さには健康的なお色気があり、ある意味、前半の大きな見どころとなっています。そして後半に入ると、今度は逆に女体化に慣れてきて、女を武器にしたり、女子力の高さをアピールしたりするのですが、これが元のキャラとのギャップがありすぎて笑えます。また、他のキャラもみな個性的で、話のテンポも良く、細かなネタもよくできているなど、完成度の高さは折り紙つきです。非常に良質なドタバタラブコメディであり、TS漫画を代表する傑作だといえます。


1990年

ふたば君チェンジ(あろひろし)
中学1年生の締留ふたばは友人から借りたエロ本をトイレで読みながら、クラスメイトである島美咲姫の裸を想像していた。そのとき、彼の体に異変が起きる。自分の姿が美少女に変わってしまったのだ。驚くふたばだが、それは一族に伝わる体質だと家族から聞かされる。実は、父や姉も同じ体質の持ち主だったのだ。それからというもの、興奮や緊張状態で女に変身するようになったふたばは、同姓同名の転校生として、クラスに二重在籍することになるのだが......。
◆◆◆◆◆◆
『らんま1/2』が大ヒットしている最中に登場した作品ですが、同作と比べるとアクの強さを感じます。キャラクターはみな個性派揃いというか変態ばかりで、そこから繰り出されるギャグの面白さには『らんま1/2』にはない破天荒さがあります。一方で、女体化したときのふたばくんの可愛らしさは申し分なく、TSものとしても十分に楽しめる作品です。知名度自体は今一つですが、女体化漫画のジャンルを確立したという意味で、『らんま1/2』と二分する存在だといえるでしょう。ただ、ラストの滅茶苦茶な展開に関しては賛否のわかれるところです。ちなみに、本作はどちらかというと、日本より海外で人気のある作品です。


2004年

かしまし~ガール・ミーツ・ガール(画・桂遊生丸/作・あかほりさとる)
大佛はずむは幼馴染の来栖とまりの後押しもあって、片想いの相手である神泉やす菜に告白するも拒絶され、傷心を癒すために近所の山に登る。ところが、そこに巨大な宇宙船が墜落し、はずむは瀕死の重傷を負ってしまう。宇宙船の所有者である宇宙人は、はずむを事故に巻き込んでしまったことを詫び、治療を施すのだが、その結果、はずむは女になってしまうのだった。こうして女の子として高校に通い始めたはずむだったが、なぜか自分を振ったやす菜が彼に積極的にアプローチをかけてくるようになる。一方で、そんな2人を見ていたとまりは、自分の中にある本当の気持ちに気づき始め.......。
◆◆◆◆◆◆
アニメやゲームにもなったメディアミックス作品で、当時としてはTSものと百合ものとの組み合わせが斬新でした。コミカルなシーンも交えつつ、切ない恋心や心の揺れなどが丁寧に描かれています。その結果、表面上は百合ものでありながら、王道的な恋愛漫画としても非常によくできた作品に仕上がっています。3人のキャラクターもそれぞれ魅力的ですし、物語としての完成度も申し分ありません。TS漫画におけるエポックメイキング的傑作です。


2008年

あめのちはれ(びっけ)
名門男子校・雨谷学園の入学式は春の嵐のさなかに行われた。春雷に見舞われ、そのとき、新入生である葉月、冬馬、悠介、淳太、円の5人の体に異変が起きる。それ以来、彼らは雨の日になると女体化するようになってしまったのだ。事情を知った寮監の春人は体の秘密を隠している5人を匿うため、雨谷寮へ入寮できるように計らう。さらに、顔見知りである雨谷女子校の校長に掛け合い、女体化している間は別人として女子高に通うことになるのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
女体化するのが1人ではなく、5人同時になるという点がユニークです。ただ、女体化による肉体の変化についてはさらりと流し、女性になったことによる精神面や人間関係の変化に焦点が当てられている点については好みがわかれるかもしれません。見どころは5人が頻繁に女になったり、男になったりするため、さまざまな人間関係やカップリングを楽しめるところです。特に、5人のメンバーが一堂に集まると男と男、男と女、女と女といった具合に、さまざまな組み合わせが成立してしまうところに普通の青春群像劇にはない面白さがあります。一方で、欠点としては最初の方はみな顔が同じで見分けがつきにくい、キャラクターが多い割に展開がゆったりとしているので盛り上がるまでに時間がかかるという点が挙げられます。しかし、その反面、描写は丁寧で、心理面重視のTSコミックとしてはなかなかの完成度を誇る作品です。
あめのちはれ 1 (B’s LOG Comics)
びっけ
エンターブレイン
2009-04-01


2009年

世界の果てで愛ましょう(武田すん)
矢野涼馬は気弱な男子高校生でいつも面倒事を周囲から押し付けられていた。そんなある日、異世界の王子であるエミリオが窮地に陥っているところに出くわし、彼を助ける。ところが、エミリオはなぜか涼馬を薬の力で女に変えたうえで結婚を迫るのだった。涼馬が申し出を断ると、今度は彼の家に同居し、一緒に学校に通うようになる。一方、涼馬の弟である祐二は母の代わりに育ててくれた兄に対して、肉親の情以上の想いを抱いていた。そして、女性になった兄を見てその想いが抑えられなくなり.....。
◆◆◆◆◆◆
2020年にアニメ化された『グレイイプニル』の原作者としても知られている武田すんの初期代表作です。全体的にBLっぽい雰囲気はあるものの、女体化してからの主人公の可愛らしさは特筆ものです。また、シリアスな要素も結構あるにも関わらず、王子と弟が変態で、すぐに暴走を始めるのには思わず笑ってしまいます。物語的にも全8巻と長すぎもせず短すぎもせずに過不足なくまとめている点も好感が持てます。ただ、女体化することへの葛藤がそれほどみられず、身も心も完全に女性化してしまう点はTSものとしては好みが分かれそうです。


2010年

のぞむのぞみ〈長月みそか)
中学1年生の田尾のぞむは野球チームに所属していたが、試合に負けた罰ゲームとしてチアリーダーの格好をさせられたことがきっかけで女装癖に目覚めてしまう。しかし、男らしく育ってほしいという父親の願いを踏みにじることはできず、女装趣味とは縁を切ろうと決意する。それでも、女の子に生まれてきたかったという想いは断ち切れず、悶々とした日々を過ごしている内に、のぞむの体は女になってしまうのだった。
◆◆◆◆◆◆
全ページフルカラーの可愛らしい絵が印象的な作品です。しかも、女人化というテーマと関連して自慰や生理という生々しい描写を赤裸々に描いているのにも関わらず、決して淫靡な方向へは流れずに、あくまでもさわやかな青春ものの枠内に収まっている点にオリジナリティを感じます。また、肉体の女性化が進むにつれて変わっていく心情を丁寧に掬いあげて描写している点も見事です。ただ、完成度が高いだけに、全2巻という短さが少々残念ではあります。
のぞむのぞみ (1) (TSコミックス)
長月みそか
少年画報社
2015-07-08


2011年

アイドルプリテンダー(晴瀬ひろき)
因瑛太は漢の中の漢になるべく、毎日喧嘩に明け暮れていた。ところが、ある日、ルームメイトの小栗圭介が通販で買った怪しげな薬を風邪薬と間違えて飲んでしまい、美少女に変身してしまう。男に戻るにはもう一度同じ薬を手に入れるしかない。だが、その薬は3億円するというのだ。その金を稼ぐべく、瑛太は圭介のすすめでアイドルを目指すことになるが......。
◆◆◆◆◆◆
本作はTSものとアイドルものの組み合わせた作品であり、設定自体はありがちですが、絵の可愛らしさとキャラの魅力でぐいぐい読ませていきます。しかも、憧れの先輩との百合的ラブコメも良くできていているうえに、親友に対する恋心が芽生えてくるという背徳的な展開も用意されており、TS漫画のフルコースといった趣があります。結末に関しては賛否両論ありますが、絵柄・キャラ・物語と、非常にバランスの取れた佳品です。


トランスジェニック・ラボラトリ(厦門潤)
榊は80歳を超える政治家だが、何度も殺され、そのたびごとにエタナティとして蘇っていた。エタナティとは世界にとって必要不可欠な人材と認定されている人たちのことで、全員合わせても30人にも満たない。彼らの記憶と遺伝子情報は厳重に保存されており、たとえ死んでもクローンとして蘇ることができるようになっているのだ。ところが、榊の場合はあまりにも頻繁に殺されるので、肉体の培養が間にあわず、実験体として培養していた女性の肉体をあてがわれてしまう。
◆◆◆◆◆◆
近年のTSものとしては珍しいSF色の強い作品です。そのため、性転換の仕組みなどもしっかりと説明されており、読者の知的好奇心を満たしてくれる作りとなっています。一方、突然絶世の美女になって周囲の人間、あるいは自分自身がドギマギといったエロティックな展開はほぼ皆無です。主人公は80年以上生きて精神的に老成しているので、見た目は美女でもその言動は著しく色気に欠けています。むしろ、暗殺に巻き込まれて肉体を損傷し、主人公の未成熟なクローン体を仮住まいとしている元少女のほうに可愛らしさを感じてしまいます。物語としては生きる意欲を失っていた主人公が幼い頃の自分の姿をした少女との交流を重ねるうちに前向きな気持ちを取り戻すというもので、ヒューマンドラマとして読み応えのある佳品です。TS漫画としては若干消化不良気味ですが、SF作品としては非常によくできているのではないでしょうか。


2012年

バランスポリシー(吉富昭仁)
世界的に少子化が進行し、日本の人口は4000万人までその数を減らしていた。しかも、男女比にも歪みが生じ、女児が生まれてくる確率は2割以下にまで落ち込んでいたのだ。このままでは人類存亡の危機だということで、政府は男女均等政策を発令し、適合者と見なされた男児に性転換の手術を強制する。そんな中、12歳で性転換手術を受けた大井健二は1年ぶりに故郷に戻り、親友の真臣と再会する。見た目はすっかり可愛くなったのに女扱いされるのを嫌う健二との距離感をつかみかねる真臣だったが.......。
◆◆◆◆◆◆
エロティックな内容が連想される絵柄ですが、そういった部分は皆無ではないものの、かなり抑え気味です。その代わり、それぞれのキャラクターの心の動きに重点が置かれており、女性化を巡る本人や周囲の戸惑いや葛藤を非常に丁寧に描きだしています。淡々とした展開の中に甘酸っぱさや切なさが詰め込まれていて、読んでいるとぐっとくるものがあります。特に、主人公の心の中で男の子の部分と女の子の部分がせめぎ合う描写が秀逸です。終盤が少々駆け足なのは残念ですが、心理描写が巧みなTS漫画として忘れ難い印象を与えてくれる逸品であることは確かです。


2013年

彼女になる日(小椋アカネ)
何でも涼しい顔をしてこなす間宮に対して幼馴染の三芳は対抗心を燃やして勝負を挑み続けるが、結果は連戦連敗。三芳はなかなか間宮に勝てないでいた。そんなある日、突然、間宮が倒れて入院してしまう。それから、半月後。退院をしたというので、三芳が間宮の家を訪ねてみると、彼は女になっていた。人類の男女比を一定に保とうとする羽化現象が起きたというのだ。女嫌いの三芳はすっかり女らしくなった間宮の体を目の前にして大いに戸惑うが.......。
◆◆◆◆◆◆
主人公の三芳が女嫌いで女体化したヒロインの間宮が主人公の幼馴染で親友。しかも、間宮は元イケメンで女性になったあとも男前な性格をしているので、雰囲気的には限りなくBLに近い作品です。したがって、BLが苦手な人には少々抵抗があるかもしれません。その一方で、丁寧な心理描写を積み重ね、親友から恋人に変わっていくプロセスを切ない恋愛ものとして描いている点は非常によくできています。男同士が当たり前のように恋人になるBL的展開ではなく、元男との恋愛はありえないというところからスタートするので、男性読者にとっても感情移入はしやすいのではないでしょうか。また、高校生の恋愛で終わるのではなく、さまざまな困難を乗り越えて結婚から出産に至る過程もしっかりと描かれているため、TS漫画として非常に感慨深い読後感を味わうことができます。ある意味、トランスセクシャルの問題を真正面から描いたといえる傑作です。


彼女になる日 another(小椋アカネ)
男子中学生の相楽は背が低くて女の子のような顔立ちをしていたが、喧嘩っ早くてその強さは上級生の不良3人を瞬殺してしまうほどだった。ところが、ある日、突然、羽化を迎えて本当の女の子になってしまう。その現実が受け入れられずにあくまでも男としてふるまう相楽だったが、同じクラスの男子である成海に秘密がばれてしまうのだった。そのうえ、以前から何かと彼をかまっていた女子生徒の黒川から告白され.....。
◆◆◆◆◆◆
『彼女になる日』と世界観を同一にした別キャラクターの物語です。BLっぽい雰囲気をまとっているのは一緒ですが、中学生が主人公だけに前作よりも初々しさを強調したつくりになっています。しかも、羽化したことを楽しんでいた前作のヒロインに対して、その現実が受け入れられずに戸惑い悩む描写が多いのもいかにも思春期の物語といった感じです。さらに、相楽と成海の他に元男の黒川を加えて、百合ともBLともとれる多層構造にしているのがユニークです。そういう意味で『彼女になる日』より幅の広い楽しみ方ができる作品だといえます。終盤が多少駆け足気味な気もしないではないですが、こちらも前作に勝るとも劣らない良作です。


幼なじみは女の子になぁれ(森下真央) 
ある日、刑部秀一は池でおぼれていた妖精のシルフィを助ける。そして、その妖精がお礼に一つだけ願いを叶えてくれるというので、可愛い幼馴染がほしいといったところ、幼馴染の少年、小山内伊織が魔法で女の子にされてしまう。いくら魔法でも存在しないものは作れないし、過去に干渉することもできないので、男の幼馴染を女にするしかないというのだ。女にされてしまった伊織は気合で女体化の魔法を跳ね返すが、シルフィは秀一への恩返しを果たすため、しつこく伊織を狙い続ける。
◆◆◆◆◆◆
誰よりも男らしさにこだわっているのに、それに反してどんどん可愛くなっていく主人公が魅力的です。逆に、見た目は可愛らしいのに目的のためには手段を選ばない妖精もいい味を出しています。話のテンポが良く、笑いと萌えのバランスも絶妙です。TSものとして気軽に楽しめる作品です。ただ、全3巻で終わってしまったせいなのか、終盤の展開に強引さを感じたのがやや残念ではあります。


ひとよひとよに乙女ごろ(今村陽子)
黒崎数馬は女嫌いの堅物軍人だが、貧家の出ゆえに昇進を餌にした人体実験の参加を断れず、挙句の果てに実験が失敗して女にされてしまう。つややかな黒髪美少女となった数馬は、黒崎乙女と名を変えて上官の家に居候し、女学校に通うことになる。彼は新たに交流を持つことになった学友たちを通じて女性の素晴らしさや欠点、女性ならではの悩みなどを知ることになるのだが......。
◆◆◆◆◆◆
大正ロマンな世界観の中に軍人と女学校の要素が掛け合わされ、TSものとしては実によい雰囲気に仕上がっています。エロティシズム漂う絵柄に丁寧な心理描写を兼ね揃えたかなりの良作といえるのではないでしょうか。また、精神的BL、ビジュアル的百合、異性愛と色々な視点から楽しめるのもお得感があります。ただ、全1巻であるため、終盤の展開が少々駆け足になってしまったのが惜しいところです。


2014年

俺とヒーローと魔法少女(九段そごう)
その街では平和を乱す怪人たちに対抗するべく、さまざまな変身ヒーローたちが活躍していた。十文字ハヤトは子どものときからそんなヒーローに憧れていたが、27歳にしてようやくその力を手に入れる。だが、それは彼が望んでいたものとは全くかけはなれたものだった。変身すると小学生ぐらいの魔法少女となり、彼はその恥ずかしい姿で戦うことを余儀なくされたのだ。ギャラリーたちの好奇な視線にさらされながら、今日もハヤトは街の平和のために戦い続けるが......。
◆◆◆◆◆◆
『魔法少女俺』の逆のパターンで、ガチムチの青年が幼い魔法少女となって戦う話です。今となっては珍しくもなくなったTS魔法少女ものですが、それでも変身前と変身後のギャップの激しさには笑ってしまいます。それに、見た目は可愛い魔法少女になっても、魔法などは一切使わず、あくまでも拳一つで闘い続ける主人公がなかなか魅力的です。怪人や他の登場人物もみなキャラが濃く、いい味を出しています。大笑いするような作品ではありませんが、全編にくすっとするような面白さが満ちているのです。熱血と可愛らしさと笑いを兼ね備えた佳品です。
俺とヒーローと魔法少女(1) (ポラリスCOMICS)
九段そごう
フレックスコミックス
2016-04-20


ボクガール(杉戸アキラ)
父親から武道を学び、厳格に育てられてきた鈴白瑞樹は誰よりも男らしさにこだわる高校生だった。だが、女の子のような容姿をしているため、周りからは可愛いと言われ続け、挙句の果てには男からも告白される始末。悩み多き日々を過ごしている彼に目を付けたのはイタズラの神、ロキだった。天上の神々が自分のイタズラに驚かなくなり、空しい日々を送っていたロキは、彼なら自分の悪戯心を満たしてくれると考えたのだ。果たして突然、女になった瑞樹は激しく狼狽する。しかし、親友の一文字猛の協力を得て、なんとか元の体に戻る方法を見つけようとするのだが......。
◆◆◆◆◆◆
突然、女性になった主人公が唯一事情を知っている親友の助けを得て、日常生活でのトラブルを乗り越えていくという王道展開が非常に丁寧に描かれています。主人公の心の葛藤やお約束のエロハプニングなどもソツなく盛り込み、TSものとして非常に安定した仕上がりとなっています。また、主人公以外のキャラクターも親友の猛を始めとしてみな魅力的で、ラブコメとしてもかなり上質な作品です。それに、主人公のエロティシズム漂う可愛らしさにはぐっとくるものがあります。クライマックスも非常に感動的で、完成度の高さは数あるTS漫画の中でも屈指です。TS好きにとっては必読の書だといえるでしょう。


俺、ツインテールになります。(柚木涼太・画/ 水沢夢・作
観束総二はツインテールの女の子をこよなく愛する高校1年生。そんな彼が入学式の帰り道に謎の美女に遭遇し、奇妙なブレスレッドを押しつけられる。彼女の名はトゥアールといい、異世界からやってきた科学者だった。彼女がいうには、地球のツインテールは狙われており、それを防ぐには総二の秘められた力が必要だというのだ。一方、トゥアールを追ってきた怪物・エレメリアンが地球に飛来し、地球上のツインテールを無差別に収集し始める。そして、美しいツインテールを持つ生徒会長の神堂彗理那が襲われそうになったとき、総二はブレスレッドの力を借りて変身。ツインテールの幼女戦士、テイルレッドになって敵に立ち向かうが......。
◆◆◆◆◆◆
ライトノベル原作で2014年にはアニメ化もされた作品のコミカライズです。そもそも、敵は変態、味方は痴女、主人公は重度のツインテールマニアと、原作からしてちょっとあれな作品なのですが、そこに、作画担当の柚木涼太の作風がプラスされてさらに変態度がアップしています。もちろん、女人化した際の主人公の可愛らしさもばっちりです。しかも、アニメではカットされた原作要素もしっかりと再現されており、原作ファンには大満足、アニメでファンになった人も必読の書だといえるでしょう。ただ、丁寧に描いている分、アニメに比べるとテンポが悪いと感じる人もいるかもしれません。それに、2巻で完結したために、原作の出だしの部分しか描かれなかったのはいかにも残念です。


転生少女図鑑(お子様ランチ)
第二次成長期を迎えると、子どもはメタモルフォーゼという現象によって大人に変態する世界。しかも、中には変態を経て、性転換してしまうケースもあり.....。
◆◆◆◆◆◆
人間が昆虫や両生類のように変態する世界での人間模様を描いたオムニバス作品集です。単なる女体化ではなく、蛹や繭になって変態する姿に艶めかしい妖しさがあります。ただ、その割に、肉体的変化をメインに描いているのではなく、物語の主軸になっているのはあくまでも他者との関係性です。そのため、エロティシズムに期待した人はちょっとがっかりかもしれません。一方で、比較的淡々とした筋運びながらも、登場人物の心の動きなどは非常によく描けています。オムニバスコミックとしての完成度は高く、読後感も爽やかなTSものの佳品です。
転生少女図鑑 (TSコミックス)
お子様ランチ
少年画報社
2015-07-21


2015年

境界のないセカイ(幾夜大黒堂)
技術の進歩により、完全な形での性の変更が可能となり、それに伴い、18歳以上の国民は自由に性を選ぶことができる”性選択制度”が導入される。そんな中、17歳の勇次は久しぶりに会った従兄の啓太郎が女性になっているのを見て驚く。春休みの間、一つ屋根の下で過ごすことになり、可愛くなった啓太郎の姿に勇次はドギマギする日々が続くのだった。ある日、勇次は改名して啓子となった啓太郎の付き添いで医療センターに行き、そこで性の変更の疑似体験をする。そして、女性になることがいかに大変かを知ることになるのだった。同時に、そんな思いまでしてなぜ啓太郎は女性になる決意をしたのかという疑問が勇次の頭に浮かび.....。
◆◆◆◆◆◆
ある日突然ハプニングによって女になるのではなく、医学の力によって自ら性を選択するという設定が他のTSものと比べると少々異質です。そのためか、一見、軽いドタバタラブコメのように見えてその裏には性の選択やアイデンティティといった重いテーマが内包されています。3つのエピソードが3つともややビターな結末を迎えることも含め、色々と考えさせられる作品です。TS漫画ならではのテーマ性にこだわりたいという人には絶好の書だといえます。ただ、最初のエピソードにたっぷりと尺を使ったのに対して、残りの2つのエピソードが半分以下の長さで展開がかなり駆け足になっています。そのため、少々消化不良の部分が出てしまったのはやや残念です。


まじとら!(香椎ゆたか) 
高校に入学したばかりの南は魔法少女部の入部勧誘ポスターを目にし、興味を示す。魔法少女のコスプレをする部で、入部すれば美少女のコスプレが見放題だと考えたからだ。しかし、幼馴染のかりんと一緒に見学に行ってみると、単なるコスプレではなく、変身アプリを使って本物の魔法少女として活動する部だといわれる。しかも、そのアプリは男の南までも完全な女性に変身ができるという優れものだ。それを聞いて南は即座に入部し、魔法少女ライフを満喫し始めるが.......。
◆◆◆◆◆◆
いまやTS漫画も細分化が進み、独立したジャンルとしての地位を築きつつあるTS魔法少女ものですが、本作は他作品と異なり、変身して敵と戦うわけではありません。主人公が魔法少女になって、ひたすら女の子ライフを楽しむという点に独自の味わいがあります。お色気要素を少々加味した日常ギャグが続くのですが、テンポがよくてサクサク読める点が秀逸です。ある意味、男子高校生の妄想を具現化したような作品ではあるものの、どぎつい描写は避け、あくまでも軽いノリで統一している点が口当たりのよさにつながっています。そのノリが最後まで続くので、肩の凝らないTSものを気楽に楽しみたいという人にはおすすめです。


2016年

にぶんのいちボーイフレンド(流星ハニー)
要相二郎は戸籍上は男だが、ドキドキすると性別が逆転する体質の持ち主だった。そして、その秘密を知っているのは家族の他には、幼馴染の皆川朋彦と恋人の一条さくらだけだ。そのさくらは財閥である実家の財力にものをいわせて相二郎の体を研究し、同じ体質になる薬を完成させる。そして、自らが実験体となり、男になってみせるのだった。そして、さくらは相二郎に向かって言う。「私たち(性別が)逆の方がしっくりきませんか?」と。
◆◆◆◆◆◆
TSをテーマにした四コマ漫画です。主人公が女に変身するだけでなく、途中から他のキャラも性別を変えられるようになるというハチャメチャな設定なのですが、ハイテンションなノリで突っ走ることによってそれをうまく面白さに昇華しています。また、男でもときめいてしまう朋彦などの存在によって全体的にBLっぽさが漂っているものの、あくまでもギャグとして描かれているため、その手のジャンルが苦手だという人でも楽しむことができるのではないでしょうか。特に、ナルシストなスーパーアイドル・峯薔一のホモホモしい暴走ぶりは面白すぎで、完全に主役を食っています。男×女、男×男、女×女とTSものならではのなんでもありラブコメとして楽しめる作品であり、まさにLGBT時代に相応しい快作です。


みだLOVE(林哲也)
高校生の安藤了誓は子どものころから両親が一緒にいるところを見たことがなかった。そのうえ、父親はいつも知らない女を家に連れ込んでいる始末だ。そんな両親を反面教師として、了誓は一途で真っすぐな男に育っていく。ところが、ある日、幼馴染の恋咲といい雰囲気になったとき、異変が起きる。了誓の体が突然女の子になってしまったのだ。実は、彼の一族は淫魔であり、他人と粘膜接触をすることで男になったり、女になったりできる能力を有しているという。その能力が了誓にも発現したのがこの結果だった。ちなみに、両親が一緒にいるところを見たことがなかったのは彼らが同一人物だったからだ。とにもかくにも、了誓が男の体に戻るには男性とキスをする必要があるというのだが.....。
◆◆◆◆◆◆
ベーシックなTSものに、性別をコントロールするために異性と粘膜接触をしなければいけないという設定を加えたことでエロティシズムの高い作品に仕上がっています。そのうえ、表情が非常に官能的で、エロティックな雰囲気はかなり濃厚です。一方で、もろに少年漫画といった絵柄は好みがわかれるところですが、TSものにエロを求める人にはおすすめの作品です。ただ、それだけに現在第1部完という形になっており、再開の目処が立っていない点が惜しまれます。


ちちのじかん(白田クロノスケ)
篠木究一は生物学科に所属する大学2回生。ある日、宇宙人から赤ん坊を預けられ、この子の面倒を1年間みるようにといわれる。しかも、女体化できる装置を使って完全母乳で育てろというのだ。冷静沈着で好奇心旺盛な彼は慌てることもなく、赤ん坊の世話をし始めるが、わからないことばかりでなかなか思うようにいかない。そこで、究一はアパートの隣人である鷹来彩花に協力を要請する。2人は試行錯誤しながら、その赤ん坊を育てていくのだが......。
◆◆◆◆◆◆
赤ん坊を母乳で育てるために女体化するという、かなりぶっとんだ内容で、作品からはシュールな雰囲気が漂いまくっています。しかし、中身は意外と真面目な育児のハウツウ本となっており、そのギャップがなんともユニークな作品です。女体化する主人公と大家族の長女として育ったために子育てに詳しいヒロインとのコンビもボケとツッコミのバランスが取れており、倒錯的な設定にもかかわらず、口当たりは意外と爽やかです。TSものと育児漫画の両方に興味のある人は読んで損はないのではないでしょうか。
ちちのじかん 1
白田クロノスケ
ノース・スターズ・ピクチャーズ
2017-04-20


ハイブリッドガールフレンド(まる寝子)
成長遺伝子の先天性異常を有する雅人は持病の治療をした結果、女体化してしまう。一方、幼馴染で同じ境遇の栞は一見変化はなかったが、股間の一部だけが男性化してしまっていた。女生徒として復学した雅人は栞の体の秘密がバレるのをなんとか防ごうとするが.......。
◆◆◆◆◆◆
主人公がある日突然女になって、いろいろ戸惑うというのはTS漫画の王道的展開ですが、それよりもなによりも、股間に一物が生えてしまったヒロインの存在感がインパクト大です。ふたなりヒロインが女体化主人公を毎回押し倒すという、一般誌としてはいろいろギリギリな作品となっています。他にも、男の娘の生徒会長が登場するなど、攻めすぎな作風は賛否の分かれるところですが、普通のTSものには飽きた、もっとぶっとんだ作品を読みたいという人にはおすすめです。


2018年

お兄ちゃんはおしまい!(ねことうふ)

緒山まひろはひきこもりのニートでエロゲー三昧の日々を過ごしていた。だが、ある日目を覚ますと自分が中学生ぐらいの女の子になっていることに気がつく。動揺するまひろだったが、そこに妹のみはりがやってきて、驚く様子も見せずに彼の体を調べ始めた。みはりは飛び級で大学に進学した天才少女であり、日々怪しげな研究を行っている。要するに、彼女は自分の研究の成果を確かめるべく、まひろの食事に一服盛ったのだ。憤慨するまひろに対し、みはりは平然として、「しばらくすれば薬の効力も切れるから、それまで女の子としての生活を楽しんでみては?」と彼にすすめるのだった。最初はいろいろととまどうまひろだったが、次第に女の子としての生活にも慣れてきて......。
◆◆◆◆◆◆
もともとは同人作品だったのを一般向けに書籍化したものです。劇的な展開があるわけではなく、ひたすら主人公の身の回りのできごとを描いているという意味では日常漫画に近いものがあります。作風的にはかなり地味ではあるのですが、その代わり、絵柄は非常に愛らしく、読んでいると思わず癒されてしまいます。それになんといっても、主人公の可愛らしさが特筆ものです。中身はエロゲ好きのヒキニートなのにもかかわらず、その言動一つ一つが非常にキュートです。他のキャラクターもみな魅力的で、展開的にもTSもののツボをしっかりと押さえています。安心して楽しむことができる佳品です。


純とかおる(二駅ずい)
純とかおるは生まれたときから家が隣同士の幼馴染。しかも、毎日深夜0時になると性別が入れ替わるという特別な関係で結ばれていた。つまり、純が男になるとかおるは女になり、純が女になればかおるは男になるといった具合に、性転換を繰り返しているのだ。そのため、学生服や体操着なども共有し、男女用を交互に使用している。生まれたときからずっとそんな生活を続けており、2人も周囲もすっかり慣れたものだった。だが、たまには失敗してしまうこともあり.......。
◆◆◆◆◆◆
一見典型的な男女入れ替わりものに見えますが、人格が入れ替わっているわけではなく、性別だけが入れ替わるという変則的なTSものです。しかも、生まれたときから入れ替わりが起こり続けているという設定のため、いきなり性別が変わったことに対するとまどいや騒動などといったものは一切ありません。その代わり、性が未確定なことによるほのかなフェティシズムが全般を通して漂っています。また、幼馴染同士のラブコメ的展開も男女の役割が確定してないからこその倒錯的な味わいがあるのです。たとえば、体操服を交換するだけのシーンでもなんだかドキドキしてしまうのはこの作品ならではだといえます。ストーリー自体は変哲もない日常とちょっとした事件が描かれているだけの地味なものです。しかし、そのなかには、既存のTSものにはない、新しい感覚がぎっしりと詰まっています。TS漫画40年の歴史の中でもちょっと他に例のない異色傑作です。

純とかおる(1) (KCデラックス)
二駅 ずい
講談社
2019-04-09


個人差あります(日暮キノコ)
32歳の磯森晶は百均チェーン企業に勤める平凡なサラリーマン。作家である2歳年上の妻との関係が冷え切っていることもあって世の中の男女問題に対しても鬱積した思いを抱えていた。そんなある日、晶は脳出血で倒れ、病院に運び込まれる。なんとか一命を取り留めるものの、世界でも症例が少ない異性化を発症して女性になってしまうのだった。とまどう晶だったが、同じ女性という立場になったことで妻との関係も修繕の兆しが見え......。
◆◆◆◆◆◆
主人公が32歳ということもあって思春期のTS作品のような艶めいた雰囲気は希薄です。その代わり、女体化というものが実在したとしたらどうなるかというプロセスをきちんと描いた社会派タッチの作品としてよくできています。突拍子もない設定を、細部にリアリティを持たせることでもっともらしいムードを醸し出していく手管はなかなかのものです。ただ、主人公が女性になった途端に乙女ちっくになり、男性に惹かれていく展開には違和感を覚えるかもしれません。別に惹かれること自体はいいのですが、大した葛藤やプロセスを経ずにそうなってしまうので唐突な印象を受けてしまうのです。その代わり、中盤過ぎに視点が晶から妻の苑子へ変わった辺りから物語に深みが増し、ぐっと面白くなってきます。最終的な着地点も予定調和ではなくいろいろと考えさせられるものになっています。ジェンダーの問題を真正面から描いた秀作です。


2019年

オレが私になるまで(佐藤はつき)
藤宮明はやんちゃな男の子。クラスの女の子をよくイジメていたが、小学2年生のある日、
突発性性転換症候群によって彼自身が女の子になってしまう。今までイジメていた女の子のグループにはなじめず、男の子たちからは好奇の目で見られて孤立していく明。そんな彼を見かねた祖母の早苗は自分の家に引っ越しをさせ、そこから別の小学校に明を通わせる。新しいクラスメイトたちと交流を深める中で、彼は今まで女子にしてきた仕打ちを反省するとともに、少女としての自分と向き合うことになるが.......。
◆◆◆◆◆◆
本作は、数あるTSものの中でも、最もリアリティを重視して描かれた作品の一つです。単に、男から女になったことで巻き起こるハプニングを描くだけでなく、主人公の戸惑いや徐々に女子としての自分を受け入れていくプロセスが、実に丁寧に積み重ねられています。特に、年月を経てかなり女の子に染まりながらも、どうしても自分が女性であることへの違和感を完全には拭えないといった、細やかな心理描写が見事です。主人公の人間的成長に焦点を当てたTSものとしては屈指の傑作です。
オレが私になるまで 1 (MFC)
佐藤 はつき
KADOKAWA
2019-06-22




めんどくさがり男子が朝起きたら女の子になっていた話(小林キナ)
高校生2年の早坂はルームメイトの安田先輩がある朝突然女の子になっているのに気付いて驚愕する。だが、肝心の安田先輩は超めんどくさがりな性格のため、自分の身に起きたことに対しても全く無関心だった。早坂はそんな先輩に振り回されながらもついついお世話をしてしまうのだが......。
◆◆◆◆◆◆
TSものといえば、突然女の子になった主人公があたふたするのが定番ですが、本作の場合は本人は少しも動じず、というか自分の性別に対して全くの無関心で、代わりに周囲が振り回されるところに従来の作品にはない面白味があります。主人公の心の葛藤といったものが皆無なので本格的なTSものを期待した人にとっては物足りないかもしれませんが、TSネタのコメディとしてはなかなか楽しめる作品です。無表情キャラのTS版といったところでしょうか。
めんどくさがり男子が朝起きたら女の子になっていた話 1巻 (デジタル版ガンガンコミックスUP!)
小林キナ
スクウェア・エニックス
2019-07-12



よーじょらいふ!(あまー)
大学生の志村アキヒコは、ある日目を覚ますと金髪幼女になっていた。原因も元に戻る方法も判らない彼はこの手の現象に詳しいゼミの教授に相談をする。しかし、教授も解決策は持ち合わせておらず、とりあえずは精密検査をしたうえで善後策を練ろうことになる。ところが、翌朝、親友の良太郎がアキヒコの部屋を訪ねてみると、アキヒコは体だけでなく、精神まで完全に幼女と化しており..。
◆◆◆◆◆◆
朝目が覚めたら女になっていたというのはTSもののテンプレですが、本作の場合は脳の変質によって男のときの記憶を保ちつつも、性格や嗜好が微妙に(一時は完全に)幼女化しているという点がユニーク。そのために他のTSものに比べて一層可愛らしさが強調されています。逆に、四コマ誌連載で主人公が幼女ということもあってエロ要素はほぼ皆無ですが、親友でロリコンの良太郎が幼女化した主人公に振り回されるのは面白い。従妹のJKや教授といった他のキャラも魅力的で、気楽に楽しめるTSものに仕上がっています。しかし、幼女化自体には謎が隠されているようで、その秘密が徐々に明らかになっていく展開も気になるところです。


2020年

ぜんぶきみの性 (浅月のりと)
高校の見学に訪れた中学生の鷺宮了はそこで出会った先輩の水上凪沙に憧れの念を抱く。ところが、トキメキが引き金となって発症する性転換症候群(トランスセクシャルシンドローム/TSS)によって了は男から女になってしまうのだった。慣れないスカートでの生活に悪戦苦闘しながら学生生活を送る了だったが、あるとき凪沙がコスプレカフェに入っていくのを目撃する。気になって扉を開けてみると、ウサ耳をつけた凪沙に迎え入れられる。彼はコスプレカフェのスタッフとして働いていたのだ。しかも、男だと思っていた凪沙が実は生まれながらのTSSで、そのうえ、高校の寮ではTSS同士ということで同室になると聞かされ...。
◆◆◆◆◆◆
コロコロと性別が入れ替わる「らんま1/2』系TSものですが、それに加えて登場人物の多くがLGBT関連の人たちなうえに、ヒロインにいたっては先天性のTSSで本来の性別が不明確というかなりややこしいことになっています。トランスジェンダーの描写が多いために一見いまどきの社会問題に切り込んだテーマ性の強い作品にも見えますが、基本的には軽いノリのラブコメ作品です。絵もきれいですし、なんといっても、主人公とヒロインが男女としてだけでなく、男同士や女同士としての関係性にも焦点が当てられている点がユニーク。「BL漫画から百合漫画へ早変わり!」みたいな面白さがあります。それに加えて、他にも同性カップルなど、さまざまなキャラのカップリングが楽しめます。ジェンダーを扱った恋愛漫画としてはかなりの面白さです。
ぜんぶきみの性 1 (電撃コミックスNEXT)
浅月 のりと
KADOKAWA
2020-08-26


カレとカノジョの選択(緒原博綺)
東京の大学に通っている太刀花和真は、北海道時代の幼なじみ・宮ノ下遥から突然上京するとの報せを受ける。和真にとって遥はイジメから救ってくれたヒーローたった。7年ぶりの再会に胸躍らせて待ち合わせ場所である空港に行ってみるとなぜか金髪の可愛い女の子から声を掛けられる。実は彼女こそが後天性雌雄転換病よって男から女になった遥だったのだ。東京で頼る当てもない遥はしばらくの間、和真の部屋に泊めてほしいと頼むのだが…。
◆◆◆◆◆◆
数あるTSもののなかでも絵の奇麗さは特筆ものです。加えて、男性が女性になってしまったことによる割り切れなさもよく描けています。ヒロインは一見サバサバした性格ながら心の奥底にさまざまな葛藤を抱えており、そのギャップが魅力的です。また、女体化したあとは心も次第に女性化していという設定を盛り込み、そのことでヒロインの葛藤を複雑なものにしていく点も他のTS漫画にはないオリジナリティだといえます。さらに、女体化に伴う生理の問題を真正面から描いてる点も本作ならではです。基本的にはラブコメ作品なのですが、シリアスな問題を随所に散りばめするによって程よい深みを与えることに成功しています。以上のように、TSものとしてなかなかの良作といえる本作ですが、問題はラストの展開です。こういう結末を迎えるのであればもう少し描写を積み重ねる必要があり、不完全燃焼感が半端ありません。全5巻と比較的短い作品であるため、もしかすると打ち切りだった可能性もあります。それによって作者の意図した内容が描き切れなかったのだとすればいささか残念です。


あやかしトライアングル(矢吹健太朗)
高校1年生の風巻祭里は風の術を操って妖を祓う祓忍者の継承者だ。ある日、突如現れた
妖の王・シロガネによって幼馴染の花奏すずが喰われそうになる。祭里は封印術を用いてからくもそれを撃退するものの、封印の間際、シロガネの力によって女性の体にされてしまう。弱体化したシロガネにとどめを刺そうとする祭里だったが、それは二度と男に戻れないことを意味していた。そこで、すずは祭里とシロガネに和解することを提案し、弱体化したシロガネを飼い猫という名目で監視下におくことで問題を先送りにする。こうして、祭里の女性としての新たな生活が始まるのだが......。
◆◆◆◆◆◆
『To Loveる』の矢吹健太朗によるTSものであり、TS主人公を可愛らしく描く画力は圧倒的です。また、主人公以外のキャラクターもみな魅力的で、物語にも安定した面白さがあります。ただ、多くの読者が期待しているであろうエロ描写は『To Loveる』と比べるとかなり控えめであり
(※2022年4月に週刊少年ジャンプから少年ジャンプ+に移籍して以降はエロ描写も大幅強化)、かといって、それ以外に強烈な個性があるわけでもありません。その点については賛否の分かれるところではないでしょうか。とはいえ、漫画としての水準レベルを大きくクリアしているのは間違いないところなので、この手の作品が好きであれば読んで損をしたということはないはずです。


2021年

朝起きたら女の子になっていた男子高校生たちの話 (つむらちた)
男子高校生の佐藤がある日目を覚ますと何故か女の子になっていた。しかも、親友の鈴木と高橋からも突如女の体になったという連絡が届く。とりあえず佐藤の家に集まり、心当たりを話し合ったところ、学校行事で登った勝百合山にある御神体の岩に触れたのが原因ではないかという結論に行き着く。その山の神様は男嫌いであり、祟りによって女にされてしまったというのだ。そこで3人は男に戻る方法を求めて勝百合山に向かうが...。
◆◆◆◆◆◆
TSものというよりはTSをネタにしたギャグ漫画です。そのため、女体化した際の戸惑いや葛藤のような描写はほぼありません。最初から女性ものの服を完璧に着こなし、話もサクサク進みます。TSもののシチュエーションにこだわる人ならその点が物足りないかもしれませんが、絵は可愛いですし、TS初心者でも気軽に楽しめる楽しい作品に仕上がっています。ギャグ漫画としての面白さも申し分ありませんし、特に、自分たちの可愛さを自覚してからの暴走っぷりが最高です。なお、短い話ということもあってか終わり方がちょっと中途半端なきらいがありますが、その辺は同人版の『続・朝起きたら女の子になっていた男子高校生たちの話』によって補完されています。




最新更新日2023/01/22☆☆☆

少年と少女の心と体が入れ替わってドキドキな展開が繰り広げられる人格チェンジの物語は、1982年に児童文学『おれがあいつであいつがおれで』を映画化した大林信彦監督の『転校生』のヒットによって一気にメジャーな存在となっていきます。しかし、そのテーマが漫画の世界で本格的に扱われるようになったのは意外と遅く、21世紀に入ってからです。しかも、急速に数を増やしていったのは2010年以降なので、定番ジャンルとなったのは割と最近の話です。具体的にどのような作品があるのか、その代表的なものを紹介していきます。なお、ここで対象としているのはあくまでも「男女の心と体の入れ替わる話」なので、「単なる女体化」「同性同士の入れ替わり」「女装や男装による入れ替わり」などは除外しています。あらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします。


※西暦表記は連載を開始した(描き下ろしの場合は単行本の初巻を発売した)年です。
1975年

ボクの初体験(弓月光)
高校生の宮田英太郎は元ガールフレンドの冴木みちる率いる”美女同盟”にいじめ抜かれ、崖の上から投身自殺を図る。一方、科学者の人浦狂児は脳腫瘍によって17歳の妻・春奈を亡くし、世をはかなんでいた。そんな時、偶然、海に落ちて
仮死状態となっていた英太郎を発見し、保存していた春奈の肉体に彼の脳を移植してしまう。春奈として蘇った英太郎だったが、生来の純情さゆえ、女となった自分の裸すらまともに見ることができないでいた。それでも、英太郎は自殺の原因となった美女同盟に復讐するために、女として生きることを受け入れる。そして、自分の通っていた学校に春奈として編入するのだが、そこで知ったのはみちるが英太郎のことを心から愛していたという事実だった。しかも、今度は車に轢かれそうになった春奈を庇ったみちるが瀕死の重傷を負ってしまう。狂児は彼女を救うために、保存しておいた英太郎の肉体にみちるの脳を移植するが.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
『転校生』公開以前の男女入れ替わりものです。そのため、男女がぶつかって心が入れ替わるというお約束の展開ではなく、当時、SF作品などでよく使われていた脳移植という手法がとられています。また、作者が、その後、『みんなあげちゃう』や『甘い生活』などでエロティックコメディの第一人者となる弓月光であるため、少女漫画であるにも関わらずお色気シーンも満載です。トイレや朝立ちの問題など、男女入れ替わりの際の性的トラブルのお約束が一通り描かれているのもある意味見どころだといえます。しかも、女になったままの状態で出産まで経験したりします。昨今の入れ替わりものとはまた違った味わいのある佳品です。


1993年

ないしょのココナッツ(富所和子)
内木香子はちょっと鈍くさい小学3年生の女の子。ある日、クラスメイトの元気な男の子、山口夏樹とぶつかって心と体が入れ替わってしまう。しかたなく、入れ替わりの生活を始める2人だったが、香子になった夏樹は持ち前の運動神経を生かして新体操部で素晴らしい演技を披露し、そのうえ、服のセンスもよくなってたちまちクラスの人気者になる。一方、夏樹になった香子は何をやってもダメダメで.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
男女の入れ替わりがメインテーマの漫画としては最初期の作品で、学年誌である小学3年生で連載されていました。子ども向けなので内容的にはたわいのないものなのですが、妙にテンションの高い荒唐無稽な展開はツッコミながら読むとなかなか楽しいものがあります。
2001年

僕と彼女の×××(森永あい)
上原あきらは武蔵野学院高校の1年生。成績は上位でルックスも良かったが、地味な性格のためにクラスでは目立たない存在だった。そんな彼が密かに想いを寄せていたのが同じクラスの桃井菜々子だ。しかし、彼女は見た目こそ美少女ではあるものの、その性格は破天荒にして横暴。周囲からは野獣と呼ばれて恐れられていた。ある日、あきらは菜々子の祖父の行っている怪しげな実験に巻き込まれる。その結果、なんと、あきらと菜々子の心と体が入れ替わってしまったのだ。なんとか元に戻ろうとするあきらだったが、菜々子のほうは男性の体が気に入り、男としての生活をエンジョイし始める。一方、外見が菜々子のあきらは、急に女らしくなったことで親友の千本木進之介に惚れられてしまい.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
古典的な男女入れ替わりの場合、入れ替わることで女はガサツになり、男はナヨナヨし始めるというのが定番です。しかし、本作の場合は逆に、入れ替わることによって本来の性別の理想像に近づいていくという点が当時としてはユニークでした。また、わき役も個性派ぞろいでトタバタ劇として非常に面白い作品に仕上がっています。途中で何度も掲載雑誌が変わるなどして連載は12年もの長期に及びますが、その影響でテンションが落ちたり、迷走したりすることもなく、芯の通った作品としてまとめ上げた手腕が見事です。ハッピーエンドで終わる最終回も非常にさわやかで、心地よい読後感を味わうことができます。コメディ系の入れ替わりものを代表する傑作です。
僕と彼女の××× 1 (BLADE COMICS)
森永 あい
マッグガーデン
2002-12


2010年

ココロコネクト(CUTESG)
山星高校文化研究部に所属する桐山唯と青木義文はある夜にお互いの精神が入れ替わる体験をする。同じ文化研究部のメンバーである八重樫太一、永瀬伊織、稲葉姫子にその話をしたところ、案の定、誰もそれを信じようとはしなかった。だが、その数時間後には太一と伊織の精神が入れ替わってしまう。しかも、入れ替わりはそれからもランダムに起きるようになる。こうして一同は入れ替わり現象に苦労しながらも、その原因を探ろうとするが....。
◆◆◆◆◆◆◆◆
同名ライトノベルのコミカライズ作品です。原作は7つのエピソードと3つの番外編から構成されていますが、コミック版では最初の2つのエピソードである『ヒトランダム』『キズランダム』に焦点を当てています。そして、『ヒトランダム』のほうで人格入れ替わりネタが扱われているというわけです。しかも、単なる男女入れ替わりではなく、男子2人、女子3人のグループがランダムに入れ替わるというところがユニークです。内容的には入れ替わりによって起きるドタバタ劇の要素などはあまりなく、その現象によって生じる苦悩や恋心を真正面から描いています。そういった意味では物足りなさを感じる人もいるかもしれませんが、絵はきれいで女の子たちも可愛く描かれているので原作が好きの人にとっては十分に楽しめる作品となっています。
2012年

ぼくは麻理のなか(押見修造)
小森功はひきこもりの大学生で、友達が一人もおらず、毎日ゲームばかりして過ごしていた。そんな彼の唯一の慰めとなっていたのは毎夜コンビニで出会う天使のように美しい女子高生の存在だった。功はいつしかその女子高生を尾行するようになり、ある日、尾行の途中で意識を失う。そして、気がつくと見知らぬ家のベッドで眠っており、しかも、功は天使のような女子高生、吉崎麻里になっていた。功は麻里と人格が入れ替わったのだと考え、彼の下宿へと戻ってみる。だが、小森功の体の中に麻里はいなかった。小森功の人格は小森功のままだったのだ。つまり、功が2つの肉体に同時に存在するということになる。それでは麻里の人格は一体どこにいってしまったのだろうか?
◆◆◆◆◆◆◆◆
本作は通常の入れ替わりものとは異なり、入れ替わっているのは女性の肉体側だけであり、男性の体のほうは男性の人格のままらしいという謎めいた導入部から話が始まります。しかも、若くて美しい女性の体を手に入れてラッキーという流れには一斉ならずに、女子高生ならではの陰鬱とした日常に直面することになるのです。このような定石破りの展開がサスペンス感を醸し出し、読む者を物語の中へと引き込んでいきます。押見作品らしい癖の強い漫画で、その癖の強さが独特の面白さを作り上げています。ただ、入れ替わりの真相については勘の良い人なら早い段階で気付くのではないでしょうか。また、麻里と母親の関係など、未解決の問題をいくつか残したまま物語が閉じられることに関しても、モヤモヤしたものを感じる人がいるかもしれません。とはいえ、思春期の危うい世界をミステリアスに描いた作品として非常に良くできている点は間違いのないところです。
山田くんと7人の魔女(古河美希)
朱雀高校2年の山田竜は遅刻早退の常習犯であり、1年生のときに起こした暴力事件が原因で周囲から孤立していた。ある日、階段で足を滑らせた山田は自分の後ろにいた優等生の白石うららとぶつかり、そのはずみでお互いの体が入れ替わってしまう。どうすれば元に戻れるのか、実験と検証を繰り返した結果、キーとなるのはキスだと判明する。実はうららはキスすることで相手と体が入れ替わる能力の持ち主だったのだ。しかも、山田のほうもキスをすることで相手の能力をコピーする力を有していた。さらに、能力を持っているのは彼らだけではなく、朱雀高校には魔女と呼ばれる能力者の女生徒が常時7人いるという事実が明らかになり.....。
◆◆◆◆◆◆◆◆
階段から転がり落ちて主人公とヒロインの体が入れ替わるというありがちな展開で始まる本作ですが、入れ替わりが一度限りのものではないというのがミソです。うららの能力によってキスをすれば何度でも誰とでも入れ替われることができ、しかも、主人公の山田がその能力をコピーすることができるため、さまざまなシチュエーションが楽しめるようになっています。いつの間にか意外な人物同士が入れ替わったりしている点に本作の面白さがあるのです。また、クール系ヒロインのうららは山田としばしば入れ替わることで、人格が豹変し、そのギャップがヒロインとしての可愛らしさにつながっています。さらに、本作は人格の入れ替わりだけでなく、さまざまな能力を持つ魔女が登場します。キャラもそれぞれ魅力的で、学園ファンタジーとしてはかなりの面白さです。ただ、長期連載の弊害か、男勢力の魔女が現れるなど設定が複雑化し、迷走していった感があるのは否めません。山田がなぜ能力を得たのかなど、重要な謎も放置されたままで終わっていますし、中盤以降完成度が下がってしまったのが惜しまれます。
思春期ビターチェンジ(将良)
小学4年生の木村佑太は木から足を滑らせ、たまたま下にいた大塚結依と激突する。そして、気がつくとお互いの心と体が入れ替わっていた。2人はとまどいつつも、入れ替わりの生活を始め、互いの近況報告をこまめにするようになる。いつ元に戻っても困らないようにするためだ。しかし、一向に元に戻る気配はなく、ついに2人は中学生になってしまう。
◆◆◆◆◆◆◆◆
男女入れ替わりものといえば、体の変化に戸惑ったり、性格が変わったことで他人から奇異な目で見られたりといった展開が定番ですが、本作ではそういったプロセスはばっさりと切り捨てられ、入れ替わったことで激変するそれぞれの人生に焦点が当てられています。なんといっても、足掛け8年、思春期を丸々本来の自分とは異なる性別で過ごすのですから、凡百の男女入れ替わりものとはその重みが違います。基本的にはコメディタッチで展開していくものの、時折挿入される切なさを感じさせるシーンにぐっとくるものがあるわけです。しかも、中学編・高校編と続いていく中でダレるところが一切なく、ラストも見事な着地を決めてます。読む人によってはコマ割りが単調すぎる点が物足りないと感じるかもしれませんが、それも慣れればさほど気にならなくなるはずです。男女入れ替わりネタを主人公とヒロインの成長物語として描いた極めて完成度の高い作品です。
思春期ビターチェンジ(1) (ポラリスCOMICS)
将良
フレックスコミックス
2018-03-13


2013年

たまちぇん(師走ゆき)
見た目はヤンキーにしか見えないコワモテ男子だが中身は料理好きで心優しい鬼瓦望美と、見た目は美少女だが性格がかなり男っぽい姫野こまち。ある日、2人は階段から落ちたショックで心と体が入れ替わってしまう。
◆◆◆◆◆◆◆◆
王道的な男女入れ替わりもので、コワモテ男子なのに女子力が高いという設定がいかにも少女漫画です。しかし、本作はそこにひとひねり加えることによってユニークな作品に仕上がっています。男女入れ替わりによって、元々あった外見と中身のギャップが解消されるのがこの作品の肝なのですが、こまちになった鬼瓦が可愛くてモテまくるのに対して、鬼瓦になったこまちは以前にも増して周囲から怖がられてしまうのが笑えます。全1巻でこれからというところで終わってしまうのが残念ではあるものの、ドタバタラブコメディとしてよくできている作品です。
2014年

シャッフル学園(ホリユウスケ)
変装の天才で大量殺人を繰り返す最悪の殺人鬼が高校に侵入した。通報を受けて特殊部隊が駆け付けるものの、校舎の中には多数の生徒がいるので迂闊に手を出せない。仕方なく眉唾ものの秘密兵器を発動させて事態の打開を図ろうとするが、機械が暴走し、想定外の事態が起きてしまう。なんと22人の生徒と殺人鬼と猫の精神と肉体がシャッフルされてしまったのだ。平凡な少年・鈴森優の人格はハンドボール部に所属する株本優の体に入り、彼が憧れていた一見かなでの肉体には猫の魂が入り込んでいた。さらに、殺人鬼にやられたと思われるクラスメイト・青井雪子の死体が保健室で見つかる。果たして殺人鬼の人格は誰の肉体にシャッフルされたのか?外見と中身がバラバラのクラスメイトたちは殺人鬼から身を守るために団結するが.....。
◆◆◆◆◆◆◆◆
単なる男女入れ替わりではなく、猫を含めた24人の男女の精神が入れ替わり、しかも、その中に殺人鬼が混じっているという設定が、否応なくサスペンスを盛り上げてくれます。最初は登場人物の数が多いので誰と誰が入れ替わっているのかわからずに混乱しますが、一人一人のキャラが立ちまくっているため、慣れるとまったく気にならなくなります。かなり残酷なシーンが続くものの、ポップな感覚がそれを中和し、娯楽作品としての面白さをキープしているのが見事です。最終的に誰が生き残るのかと手に汗握りますし、犯人の正体も意外性があって驚かされます。ただ、ラストのまとめ方に関しては上手く伏線回収をしてはいるものの、人によっては受け入れがたいと感じる人もいるのではないでしょうか。とはいうものの、デスゲームものとして非常にテンポが良く、なかなかの佳品であることは間違いのないところです。
真夜中のX儀典(馬鈴薯)
高校の空手部に所属する神谷浩樹は子どもの頃に母親を亡くし、長年ダメ人間の姉を世話してきた。そのせいで、すっかり女嫌いになり、同時に、女になって楽をしてみたいという願望を持つようにもなっていた。そんな想いをブログに綴っていたところ、ある日、掲示板に「下記のURLにアクセスすれば女性になれますよ」というレスが書き込まれているのを見つける。イタズラか詐欺だろうとは思いつつも、自暴自棄になっていた彼はアクセス先に記されていた秘密の儀式を実行に移す。すると、目の前に8つの扉が現れ、その一つを開けると浩樹は人気絶頂のアイドル・御厨三九二になっていた。どうやら、儀式を行った8人の心と体がシャッフルされたらしい。浩樹はストーカーに襲われるというトラブルに見舞われながらも女性の生活を満喫するが、元の体に戻ってみると自分の隣で姉が血まみれになって死んでいた。しかも、自分の手には血に濡れたナイフが握られている。つまり、自分と入れ替わった誰かが姉を殺したのだ。このまま警察に連絡すると自分が逮捕されてしまうため、浩樹は姉の死を隠蔽しつつ、犯人の正体を探り始めるが.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
『シャッフル学園』と同じく複数の男女によるシャッフルものですが、あちらがホラーサスペンスとするならばこちらは謎解きの要素が強いサスペンスミステリーで、設定も良く考えられています。肉体入れ替わりに由来する特殊能力を使っての駆け引きも読みごたえがありますし、犯人探しものとしても伏線を巧みに張り巡らせて丁寧に作られています。登場人物が多い割に全4巻と短めな作品なので、後半が駆け足になっているのがやや残念ですが、破綻なくまとまった良質の娯楽作品として仕上げられているのは見事です。
真夜中のX儀典 (1) (電撃コミックスNEXT)
馬鈴薯
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
2014-12-19


2015年

オレが腐女子でアイツが百合オタで(アジイチ) 
吉田玲時は百合をこよなく愛する隠れオタクだった。あるとき、同人即売会の会場で吉田は漫画研究会の部長で腐女子の保科美鶴と遭遇し、百合オタという秘密がばれてしまう。しかも、漫研の漫子さんの呪いによって2人の体が入れ替わってしまったのだ。趣味も性格も対極な2人が入れ替わることによってさまざまな騒動が巻き起こり......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
腐女子と百合オタの入れ替わりものですが、入れ替わったあとの2人の両極端なスタンスが笑えます。まず、ヒロインはもともとは明るくて可愛い女の子なのですが、男になったとたんに羞恥心を捨て去り、男子の着替えを堪能したり、自分の全裸写メを撮影したりとBLライフを堪能するという見事な弾けっぷりです。一方、女の子になった主人公は「中身が男である自分が女の子と仲良くすべきではない」と自分の中にある百合道にこだわり、ひたすら迷走を繰り返します。そのあげく、男子から告白されて思わずときめいてしまったりする始末です。肉体が入れ替わって以降の2人のキャラが非常にぶっとんでいるので最後まで楽しく読むことができます。主に、男になったヒロインの暴走っぷりを笑い、女になった主人公の可愛らしさに萌える作品だといえます。全4巻と短めで、気軽に読むことができる入れ替わりものの佳品です。
WHITE NOTE PAD(ヤマシタトモコ)
ある日、突然、心と体が入れ替わった2人は1年後に再会する。一人は38歳の中年男から17歳のJKになった木根正吾で、容姿を磨いて人気読者モデルとなっていた。もう一人は突然38歳のオヤジになってしまった小田薪葉菜。仕事のスキルを持ち合わせていない彼女は職を失い、記憶喪失を装いながらその日暮らしを続けている。悲惨な薪葉菜の境遇を知った正吾は彼女に雑誌社での雑用係の仕事を紹介するが.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
通常の男女入れ替わりものと比べるとかなり重い作品です。この手のジャンルはたとえシリアスな作品であっても、入れ替わりによって起きるドタバタ感が多少はあるものですが、本作にはそういった要素は皆無です。物語自体が入れ替わりが起きてから1年後からスタートし、敷衍した視点から淡々と2人の人生を追いかけていきます。少女に生まれ変わったことで思わぬ成功を手に入れるものの、所詮は借りものにすぎない人生にどこか冷めている正吾。一方、薪葉菜の方はなんのスキルも持たないまま社会の荒波に放り投げられたわけでひたすら悲惨です。はっきりいって男女入れ替わり物に期待するような楽しさは皆無ですが、2人の心情の掘り下げや語り口のうまさには引き込まれるものがあります。また、美少女になって人生を謳歌しているようにみえた正吾が次第にボロボロになっていき、人生に絶望していた薪葉菜が活路を見出して新たな人生を踏み出していくという逆転劇も人間ドラマとして読み応えがあります。男女入れ替わり物からファンタジー要素を排し、可能なかぎりリアリスティックに描いた異色の傑作です。
桃色男女ちぇん★(左右田もも) 
高校1年生の戸叶夕日は発明好きの科学オタク。女子とは縁のない生活を送っていたが、ある日、事故でクラスメイトのギャル・綾小路サラと体が入れ替わってしまう。もともと男性になりたかったサラは夕日としての人生をエンジョイし、夕日も次第に女としての生活に慣れていくが.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
冴えないオタクだった主人公の中身がギャルになることでイケメン化し、ケバいギャルだったヒロインの中身がキモオタになることで天然美少女化するという、入れ替わることで互いの魅力が増していくタイプの作品です。話のテンポがよくて絵柄も可愛いので気軽に楽しめる作品に仕上がっています。ラストも含め、男女入れ替わりものとしては王道的な良作です。ただ、その分、個性に欠ける面はあるかもしれません。
2016年

君の足跡はバラ色(仙石寛子)
小学5年のとき、拓海とはるかは神社の階段から落ち、心と体が入れ替わってしまう。それから数年が経過するが、元に戻る気配はない。そんなある日、拓海の姿をしたはるかは、はるかの姿をした拓海に対し、昔から彼のことが好きだったと告白する.......。
◆◆◆◆◆◆◆◆
幼馴染同士が階段から落ちて中身が入れ替わるという、実に王道的な展開です。そのため、新味はありませんが、心理描写が細やかで切ない恋愛ものとして手堅くまとまっています。特に、身体が入れ替わることによってお互い自分を見つめ直すプロセスには説得力が感じられ、読み応えがあります。それに、肉体が入れ替わった少年少女の恋愛を描くことでジェンダーが曖昧となり、同性愛とも異性愛ともつかない独特の雰囲気を醸し出している点も印象的です。女性作家らしい繊細な雰囲気の佳品です。
2017年

ガチ恋ハートチェンジ(柴なつみ)
大学生のユキは顔はいいが、アイドルオタクでメモリー5のゆっきーに夢中の残念イケメン。一方、ゆっきーは外面こそゆるふわな典型的アイドルだが、のし上がるための努力を惜しまず、不甲斐ない他のメンバーに対して陰で毒づく野心家の少女だった。ある日、ゆっきーはライブ中にステージから落ち、観客席の最前列にいたユキと激突してしまう。そして気が付くと、2人の心と体が入れ替わってしまっていたのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
入れ替わりものであるのと同時にアイドルものとしてもよくできています。ゆっきーは入れ替わり前と入れ替わり後でそれぞれ別の魅力がありますし、絵柄も可愛らしくてグッドです。作者は女性ですが、ハートフルなラブコメディとして男女ともに楽しめるバランスの良い作品に仕上がっています。ただ、全1巻と話が短いので最後は強引にまとめてしまったところが少々残念です。


2019年

ヒナちゃんチェンジ!(梶川岳)
幼馴染の滝沢蓮と天野ヒナは小指が触れ合うとお互いの体が入れ替わってしまうことを知り、その事実を2人だけの秘密にする。それから11年が過ぎ、レンは女の子たちにモテモテの少年に成長していた。一方のヒナは内気ないじめられっ子となり、2人の関係も疎遠なものになっていた。そんなある日、レンはマコトに頼みごとをする。実は、レンは同性愛者であり、親友のマコトに告白して拒絶されたのだという。そのため、女の子であるヒナの体を借りて再度想いを告げたいというのだ。ヒナは彼の頼みを引き受けるも、レンは彼女の体でマコトと一線を超えてしまう。謝罪するレンを許し、ヒナは自分の体を使ってレンの恋を成就させようとするが...。
◆◆◆◆◆◆◆◆
男女の体が入れ替わってドキドキな展開ではなく、男性サイドが同性愛者であり、入れ替わった体を自分の想いを遂げるために利用するという設定が異彩を放っています。しかも、ヒロインは「やっと彼の役に立てる」と喜び、進んで犠牲になるという歪みっぷりで、そのうえ、回を追うごとにレンのクズっぷりが明らかになっていくという救いのなさです。いかにもゆるそうなタイトルとは対極をなす作品であり、間違っても読んでいて気持ちの良いものではありません。しかし、テンポの良さと先が気になる展開でページをめくる手が止まらなくなってしまうのです。そして、読み続けていくうちに男女入れ替わりの暗黒面を描いた独特の作風が癖になってきます。唯一無二の魅力を有したかなりの異色作です。ただ、ダークサイドまっしぐらだった物語は終盤で軌道修正が図られ、最終的にはヒロインの成長を描いた爽やかな青春ものとして締められています。その点については好みの分かれるところではないでしょうか。


2022年

ふたりスイッチ(平本アキラ )
高校1年の少女・莓はクラスメイトの佐藤悠斗に片想いをしている。一方の悠斗は、莓の幼なじみでマンションの隣に住む真一と仲が良く、いつも彼の部屋に遊びに来ている。そのため、壁越しに悠斗の声を聞くことがいつしか莓の日課となっていた。ある日、莓は悠斗が真一に対して「汗をかいたからシャツを貸してほしい」と言っているのを耳にする。そこで、ベランダを渡ってなんとか悠斗の着替えを見ようとするが、ベランダに出てきた真一に驚いてバランスを崩してしまう。苺に気付いた真一は慌てて手を伸ばすも、そのまま2人とも一緒に地上めがけて落下。そのとき、莓が手にしていたゴーヤの産毛が伸び、2人を包み込む。そして気がつくと苺と真一の心と体が入れ替わっていたのだ。しかも、問題のゴーヤにはいつの間にか4本の足が生えており…。
◆◆◆◆◆◆◆◆
『アゴなしゲンとオレ物語』や『監獄学園』など、エロコメの第一人者として知られる著者が少年誌に初挑戦した作品です。青年誌から少年誌に活躍の場を移したことで、表現もマイルドになるかと思いきや全くそんなことはありませんでした。1話目からテンションマックスで、暴走列車のようなストーリー展開はいつもの平本節です。男女入れ替わりものにありがちなシチュエーションを臆面もなく活用しつつも、それを最高にお下劣な方法で調理していきます。たとえば、1巻のトイレネタはその代表例だといえるでしょう。これだけお下劣なネタを美麗な作画で描くギャップがたまりません。加えて、謎のゴーヤ推しが本作をさらにわけの分からないものにしています。まさに王道にして異端。数ある男女入れ替わり漫画のなかでも最高にクレージーな傑作です。




最新更新日2021/05/31☆☆☆

殺人犯が人間を切り刻むスラッシャー映画はヒッチコック監督の『サイコ(1960年)』やバーウァ監督の『モデル連続殺人(1963年)』などを経て徐々に発展を遂げていきました。特に、80年代に入ると不気味な仮面を被った殺人鬼が登場する作品が次々と生まれ、ホラー映画の中心的存在にまで上り詰めていったのです。しかし、かつては隆盛を誇った一大ジャンルも今では見る影もありません。そこで、その手の映画に関しては詳しくないという人のために、仮面の殺人鬼が登場するスラッシャー映画について、その歴史を振り返りながら解説をしていきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします

1974年

悪魔のいけにえ(トビー・フーパー監督)
墓荒らしが頻発しているというテキサス州。5人の男女は帰郷した際に自分たちの家の墓が無事かを確認しにいくが、その途中で一人のヒッチハイカーを拾う。ところが、その男はナイフで自傷行為を始めたり、写真を車内で燃やしたりと異常な行為を繰り返し、耐えられなくなった一行は無理やりその男を車から降ろす。その後、一行は車のガソリンを分けてもらおうと、荒野にポツンと建っている一軒家に立ち寄るが、そこはさきほどのヒッチハイカーの家だった。しかも、その弟は頭から人皮を被った殺人鬼であり、ターゲットにされた一行は次々と命を落としていく。
◆◆◆◆◆◆
のちに数々のフォロワー作品を生むことになった殺人鬼映画の金字塔です。とにかく、レザーフェイスを頭から被ってチェーンソーを振り回す男というビジュアルがインパクト大です。後発の作品と比べるとホラー描写自体は地味で血まみれシーンなどは皆無なのですが、BGMを一切使用せずに効果音だけを響かせる演出方法は生々しいまでの臨場感に満ちています。それに、レザーフェイスの男だけでなく、その家族もみな狂っているという設定がこの映画をより怖いものにしています。殺人鬼から逃れて助けを求めても、その相手が殺人鬼に負けず劣らない狂人だと判明する瞬間の絶望感は半端ありません。その上、カメラワークの見事さも一級品で、そうした演出の素晴らしさが単なるゲテモノ映画から一級のカルト映画へと押し上げているのです。実際、本作はその芸術性の高さからマスターフィルムがニューヨーク近代美術館に永久保存されることになったほどです。なお、本作はその後シリーズ化され、何作も続編が作られることになります。しかし、トビー・フーパー自身が監督を務めた『悪魔のいけにえ2』がセルフパロディとして楽しめる他は、どれも1作目には遠く及ばない凡作に終わってしまっています。 
アリス・スウィート・アリス(アルフレッド・ソウル監督)
12歳のアリスは離婚で父と離別し、母は妹のカレンばかりを可愛がることから、愛に飢えた屈折した少女に育っていた。そして、家でも学校でも問題行動ばかり起こすようになっていたのだ。そんなある日、聖餐式のために教会に出掛けたカレンが何者かに殺されるという事件が起きる。その日以来、学校指定の黄色いレインコートを身に付け、不気味なマスクを被った謎の人物がアリスの家族たちを次々と襲い始める。その犯人として真っ先に疑われたのがアリスだった......。
◆◆◆◆◆◆
『悪魔のいけにえ』と『ハロウィン』という2大名作に挟まれた極めてマイナーな作品ですが、天下の美少女ブルック・シールズのデビュー作としてのちに注目されることになります。もっとも、彼女が演じたカレンは早々に殺されてしまうので出番はそれほど多くありません。それよりも注目したいのがアリス役のポーラ・シェパードです。12歳の屈折した少女という難しい役柄を見事に演じており、何気ない表情やしぐさが非常にリアルです。しかも、当時の彼女の実年齢が19歳という事実にも驚かされます。その顔だちは幼く、とても19歳には見えません。一方、サスペンスミステリーとしてもストーリーは良く練られており、二転三転する展開は非常に見応えがあります。そして、なんといっても、ぞっとする戦慄のラストが秀逸です。忘れ去られるには惜しい佳品だといえます。
アリス・スウィート・アリス [DVD]
ポーラ・シェパード
有限会社フォワード
2015-05-22


1978年

ハロウィン(ジョン・カーペンター監督)
1963年のハロウィンの夜。イリノイ州にある小さな町・バドンフィールドで陰惨な事件が起きる。わずか6歳のマイヤーズ家の長男・マイケルが長女のジュディスを殺害したのだ。マイケルは精神病を患っていると診断され、精神病院に収監される。それから15年の歳月が過ぎた。21歳になったマイケルは突如精神病院を抜け出し、白いハロウィンマスクを被った姿でバドンフィールドに戻ってくる。そして、町の人々を次々と殺し始めたのだ。彼の真の目的は高校生のローリー・ストロイドを殺害することにあった。果たしてマイケルとローリーの関係とは?
◆◆◆◆◆◆
スラッシャー映画を代表するシリーズの第1作目であり、ジョン・カーペンター監督の出世作でもあります。30万ドル程度の低予算映画にもかかわらず、本作はアメリカ国内だけで5000万ドル近い興行収入をあげ、日本でもカルト的な人気を得ることになります。この映画の特徴はなんといっても、観客の不安感を煽るテーマ曲です。この音楽の見事さによって低予算映画故にスプラッター描写があまりないという欠点を補い、ホラー映画としての恐怖感を高めることに成功しています。ちなみに、この音楽を作曲したのはカーペンター監督自身であり、2作目以降の続編でもアレンジを重ねて使用され続けています。また、より一層の雰囲気を盛り上げてくれるのがカメラワークです。何者かがジワジワと忍び寄ってくる雰囲気を見事に表現しており、緊張感を高めてくれます。殺人鬼マイケルの無表情な仮面と、いるのかいないのか分からない存在感の希薄さもいかにも都市伝説の産物といった感じで不気味です。以上のように、本作は徹底的に雰囲気にこだわった作品です。ただ、多くのB級ホラー映画にみられるような派手な見せ場は皆無であり、狙ってやっているとはいえ、前半の思わせぶりな演出が少々引っ張りすぎだという欠点もあります。それだけに、ホラー映画に刺激を期待している人は物足りなく感じるかもしれません。現代の派手なホラー映画を見慣れている観客にとっては賛否のわかれそうな作品です。
ハロウィン オリジナル劇場公開版 [DVD]
ドナルド・プレザンス
ハピネット・ピクチャーズ
2003-10-23


1980年

13日の金曜日(ジョーン・S・カニンガム監督)
1957年の13日の金曜日。ニュージャージー州にあるクリスタルレイクのキャンプ場でジェイソンという名の少年が溺れて行方不明となる。その直後からキャンプ場では奇怪な事件が続出し、ついには殺人事件が発展する。キャンプ場は閉鎖され、それから数十年の月日が過ぎた。ようやくキャンプ場が再開されることになり、指導員候補生たちがキャンプ場を訪れる。しかし、彼らが足を踏み入れた途端、姿なき殺人鬼は再び牙をむき、彼らに襲いかかる......。
◆◆◆◆◆◆
ジェイソンはおそらく、映画に登場する殺人鬼の中では最もメジャーな存在です。その理由はシリーズが何作も作られたのはもちろんのこと、アイスホッケーのマスクを被ったあのビジュアルがそれだけインパクトがあったということなのでしょう。ところが、この1作目にはジェイソンは登場しません。殺人鬼の正体はジェイソンではないのです。翌年の1981年に続編の『13日の金曜日PART2(スティーブ・マイナー監督)』が公開され、ようやくここでジェイソンが姿を現します。しかし、このジェイソンもまだアイスホッケーのマスクをつけておらず、代わりに布袋を頭から被っているので随分とイメージが異なります。それにあまり強くもなく、ごく普通の殺人鬼といった感じです。そして『13日の金曜日PART3(スティーブ・マイナー監督)』になってようやくアイスホッケーの面を被ったスタイルが完成するわけです。殺人鬼としての強さも徐々にパワーアップしてきます。ただ、いずれにしても、このシリーズはホラー映画としてあまり上質とはいえません。キャンプ場に集まった若者を順番に殺していって最後に生き残った主人公と対決するという展開が繰り返されるだけなので恐ろしく単調なのです。シリーズ後半になるとジェイソンも殺人鬼から不死身のモンスターへとパワーアップし、超能力少女と戦ったり、未来の宇宙船で大暴れしたりしますが、基本的な物語はみな同じです。少なくとも、この映画に気の効いた演出やヒネリのあるプロットなどを期待してはいけません。強いていえば、2001年公開のシリーズ最終作『ジェイソンX』だけはやりたい放題やっているだけに馬鹿映画としてはそれなりに楽しめるといったところでしょうか。それ以外はホラー映画の様式美を楽しめる人限定の作品だといえます。少なくとも、怖さなどを求めてこのシリーズを観るのはおすすめできません。
13日の金曜日 特別版 [DVD]
ベッツィ・パルマー
ワーナー・ホーム・ビデオ
2011-07-20



1981年

血のバレンタイン(ジョージ・ミハルカ監督)
20年前の2月14日の夜。アメリカ東部にある炭鉱の町・バニガーはバレンタインを祝う人々で賑わっていた。しかし、その頃、鉱山では人為的なミスから爆発事故が起こり、数人の鉱夫が生き埋めになってしまう。6週間後、その中の一人・ハリー・ウォーデンが奇蹟的に救出されるが、彼は生き残るために同僚の肉を口にし、精神に異常をきたしていた。翌年のバレンタインにハリーは精神病院を脱走し、事故の原因を作った同僚2人をつるはしで殺害する。それから、彼らの心臓をハート型のキャンディボックスに入れ、「2度とバレンタインを祝うな」という警告を残して姿を消してしまうのだった。月日が流れ、当時を知らない若者たちは自分たちの手でバレンタインを復活させる。だが、そこに鉱山服とガスマスクで身を包んだ謎の人物が現れ、若者たちを殺していく。果たして、犯人はハリーなのか?
◆◆◆◆◆◆
昔、惨劇のあった場所で若者たちが馬鹿騒ぎをし、そこに殺人鬼が現れて再び惨劇が繰り返されるという明らかに『13日の金曜日』を意識した作品です。いわゆる二番煎じなのですが、ガスマスクにツルハシという独特のビジュアル、かなり過激な惨劇シーン、それと対比をなすような美しいエンディング曲などといった要素が印象的です。そのため、マニアから高い評価を受け、カルト的な人気を誇っています。ただ、ストーリーに関してはテンプレ通りに人が殺されていくだけなので、過大な期待は禁物です。また、DVDで観る場合は完全版以外のバージョンは最大のウリであるゴアシーンがばっさりとカットされています。購入あるいはレンタルをする際には必ずバージョンの確認をするようにしましょう。
血のバレンタイン [DVD]
ポール・ケルマン
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2009-08-28



バーニング(トニー・メイラム監督)米・加 
若者たちで賑わう湖畔のキャンプ場。しかし、ここには恐ろしい逸話があった。かつて管理人だった大男のクロプシーが若者たちの悪戯によって火だるまにされたという。しかも、大やけどを負って醜悪な顔になった彼は復讐心に燃え、森の中で植木バサミを持って若者たちがくるのを待ち構えているというのだ。そして、それは単なる噂話ではないことが証明される。森に入って行った一人の少女が血祭りにあげられ、惨劇の幕が開く......。
◆◆◆◆◆◆
本作も『血のバレンタイン』と同じくやはり『13日の金曜日』の影響下にある作品です。そのうえ、スラッシャー映画としては本家よりも出来がいいという点も『血のバレンタイン』と同じです。なんといっても、『ゾンビ』や『死霊のえじき』などで有名なトム・サーヴィニの特殊効果が見事で、過激な残虐シーンはスプラッター映画好きにはたまらないものがあります。ちなみに、サーヴィニは13日の金曜日シリーズにも何作か参加していますが、残虐性は本作のほうが遥かに上です。特に、クライマックスでの問答無用の大量虐殺シーンはホラー映画史上屈指の名シーンです。逆光で姿がよく見えない殺人鬼登場のカットも秀逸で不気味さをより一層際立たせています。覆面や仮面をしているわけではないのに顔は一切見えないといった演出は本当によくできています。ただ、顔を見せないことにこだわっているのであれば、映画の序盤で素顔は見せないほうがよかったのではないでしょうか。そのせいで、殺人鬼の持つ神秘性がいくらか後退してしまっています。また、殺人鬼が登場するのが遅く、前半が冗長なのは大きな減点材料です。ストーリーもテンプレ通りで特に新味はありません。やはり、本作もスプラッターが好きだという人限定の作品だといえます。
バーニング HDリマスター版 [Blu-ray]
ブライアン・マシューズ
Happinet(SB)(D)
2014-06-03


ローズマリー(ジョセフ・ジトー監督)
1945年。女学生のローズマリーは出兵中の恋人の帰還を待ちきれず、手紙で別れを告げた。その3カ月後、彼女は卒業生のダンスパーティ中に新しい恋人のロイと一緒に席を外し、2人っきりになったところを軍服姿の何者かに惨殺される。振られた恋人が凶行に及んだらしかったのだが、結局、犯人を逮捕することはできずじまいだった。時は流れ、1980年。35年ぶりにダンスパーティが再開されることになる。同じころ、コロンバスで凶悪な殺人犯が逃亡するという事件が発生する。そして、再び軍服姿の殺人鬼が現れ、次々と卒業生を殺していくのだった。果たして犯人の正体は?
◆◆◆◆◆◆
作品自体はよくあるスラッシャー映画ですが、ここでもトム・サーヴィニによる特殊メイクの効果が冴えまくります。特に、剣を脳天からつき刺して顎から剣先が飛び出るシーンなどは忘れ難いインパクトを観る者に与えてくれます。血しぶきの量も半端ではなく、これぞスプラッター映画というできばえです。しかも、単に残虐というだけではありません。それをいかにリアルに見せるかという工夫が秀逸なのです。物語自体は決して上等なできとはいえませんが、サーヴィニの名人芸が随所で輝きまくっています。残虐シーンが苦手でなければ、それを確認するためだけでも観る価値があります。ある意味、最高のスプラッター映画ともいえるカルト的傑作です。
ローズマリー HDリマスター版 [DVD]
ヴィッキー・ドーソン
エスピーオー
2011-08-26


1983年

肉欲のオーディション/切り裂かれたヒロインたち(ジョナサン・ストライカー監督)
ベテラン女優のサマンサは有名監督であるジョナサンの作品に出演するべく、オーディションに向けて演技の特訓を続けていた。そんなときジョナサンはサマンサを精神病院に入院させる。彼女の挑戦する役は狂人なので、そこで役の研究をしてほしいというのだ。ところが、サマンサが退院する前に映画のオーディションが始まってしまう。実際のところ、ジョナサンはもっと若い女優を使いたいと考えており、要するに邪魔になったサマンサを騙して精神病院に隔離したというわけだ。怒り狂ったサマンサは精神病院を脱走する。そして、その直後から、老婆の仮面を被った殺人鬼がオーディションに参加した女優たちを次々に血祭りにあげ始める。果たして犯人はサマンサなのか?
◆◆◆◆◆◆
アイスホッケーの面をかぶったり、ガスマスクを装着したりと覆面系殺人鬼のコスチュームも色々ですが、ことインパクトに関しては本作の殺人鬼が群を抜いています。老婆のマスクが中途半端にリアルなので不気味さが半端ないのです。その姿で鎌を振り回しながら追いかけてくれば、誰でもびびってしまいます。特に、スケートをしながら覆面老婆がこっちに近づいてくるシーンは絵面的に悪夢そのものです。ただ、ラストのオチは意外性はあるものの、ちょっと賛否が分かれそうです。
DVD発売なし

1986年

アクエリアス(ミケーレ・ソアヴィ監督
町外れの古い劇場で劇団員たちは夜遅くまでリハーサルをおこなっていた。だが、監督とプロデューサーが作品の方向性を巡って口論を始めるなど雰囲気は最悪だった。一方、練習中に足を痛めた女優のアリシアは衣裳係のベティと近くの病院に行くことになる。その病院は精神病院だったが、親切な医者が特別に診察をしてくれるというのだ。だが、そこには16人もの人間を殺害した殺人鬼が収監されており、病院を脱走してアリシアたちの乗ってきた車に忍び込む。そうして、劇場への侵入を果たした殺人鬼はフクロウの仮面を被り、劇団員の一人を血祭りにあげる。恐怖の一夜の始まりだった。
◆◆◆◆◆◆
監督のミケーレ・ソアヴィはイタリアンホラーの鬼才といわれたダリオ・アルジェント監督の愛弟子であり、本作が監督デビュー作です。それだけにアルジェント作品を思わせるグロテスクかつスタイリッシュな映像が印象に残る作品に仕上がっています。基本的なプロットは典型的なスラッシャー映画で、これといったヒネリもありません。その代わり、封鎖された劇場を舞台にして芸術的な映像美に浸れるのがこの作品ならではの魅力です。特に、舞台に死体を並べてその中でくつろいでいるフクロウ男のシーンは幻想的で美しく、スラッシャー映画屈指の名シーンだといえるでしょう。
アクエリアス HDリマスター版 [DVD]
デヴィッド・ブランドン
Happinet(SB)(D)
2012-02-02


 1996年

スクリーム(ウェス・グレイヴン監督)
カリフォルニア州の片田舎にある町・ウッズボローで事件は起きた。女子高生のケイシーがビデオを観ようとしたときに電話がかかり、電話の主はボイスチェンジャーで加工された声で「今からクイズを出すので答えられなかったらお前を殺す」といってきたのだ。やがて、帰宅した彼女の両親は内臓をえぐられて木にぶら下げられたケイシーの死体を発見する。しかも、事件はそれで終わりではなかった。今度は同じ学校の生徒であるシドニーの元に電話がかかり、殺されかけるという事件が起きる。警察は彼女の恋人であるビリーを疑い、逮捕するが.....。
◆◆◆◆◆◆
80年代は遠い過去となり、スラッシャー映画がすっかり廃れた頃に公開された1本です。そのためか、本作は過去のスラッシャー映画を振り返るパロディ色の強い作品に仕上がっています。 劇中の人物がホラー映画について語り合うシーンなどはマニアにとっては大いに楽しめるものですし、スラッシャー映画あるあるネタを活かしたギャグも愉快です。とはいえ、本作は単なるコメディ映画というわけではありません。コメディ要素を随所に散りばめながらも、ホラー映画としてもかなり本格的です。開幕早々ドリュー・バリモアが殺されるシーンはサスペンスたっぷりですし、ホラー映画のお約束を踏襲しつつも、微妙に外すことで飽きさせない工夫もされています。それに、本作にはミステリー要素もあり、意表をついた犯人の正体にも驚かされます。殺人鬼映画を見慣れた人をミスリードする仕掛けが施されているのです。スラッシャー映画に新しい息吹を吹き込んだ90年代を代表する傑作です。
スクリーム [Blu-ray]
デイヴィッド・アークェット
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
2012-02-22



1997年

ラスト・サマー(ジム・グレンスピー監督) 
7月4日の独立記念日にクイーンコンテストで女王に選ばれたヘレンの元に、友人のジュリーがお祝いに駆け付ける。さらに、互いの彼氏であるレイとバリーも合流し、それぞれのカップルは将来について語り合う。だが、その帰り道、不注意から通りかかった男を車で轢いてしまったのだ。男はまだ息があったが、4人は自分たちの保身のために彼を湖に沈めてしまう。それから1年がすぎたとき、大学に進学したジュリーの元に一通の手紙が届く。そこには「1年前に何をしたか知っている」と書かれてあった。それ以降、4人の周辺には鉤爪の男が姿を見せるようになり.......。
◆◆◆◆◆◆
B 級ホラーとして堅実な作品です。過去の因縁から誕生した殺人鬼が若者たちの前に現れ、惨劇を繰り返すという定石を丁寧に描いており、そういう意味では安心して楽しめる佳作だといえるでしょう。ただ、惜しむらくはそこから一歩踏み出したプラスαが皆無に近い点です。そのため、新しい刺激を求めている人は物足りないと感じるかもしれません。あえて新機軸な点を挙げるならばラストで明らかになる意外な犯人ですが、整合性がとれておらず、かえって作品を破綻させかねない要素になってしまっています。過大な期待は捨て、安心と安定の殺人鬼映画を見たいという人におすすめの作品です。なお、本作はシリーズ化してPart3まで作られています。2作目もそこそこ楽しめる出来なのですが、3作目はいきなりの路線変更で完全に迷走してしまっています。殺人鬼映画を楽しみたいのならPart3は避けるのが賢明でしょう。
ラストサマー [Blu-ray]
ジェニファー・ラブ・ヒューイット
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2013-06-26



2006年

ビハインド・ザ・マスク(スコット・グロサーマン監督)
3人のTVクルーが巷で噂の仮面男を取材することになる。男の名はレスリー・ヴァーノン。レスリーは幼少期に彼を虐待した両親を殺害し、その行為に恐れおののいた町の人々によって滝から突き落とされた過去があるという。しかも、彼は復讐のために、町の若者たちをジェイソンやフレディのように血祭りにあげる計画を立てているというのだ。それを聞いたクルーたちは半信半疑のまま彼への取材を続ける。レスリーは具体的な計画の詳細を話始めるのだが......。
◆◆◆◆◆◆
00年代に流行ったモキュメンタリー映画(フィクションをいかにもドキュメンタリーっぽい演出で制作した映画)の1本です。最初は殺人鬼志望の男への取材という形で始まり、全然ホラーっぽくないのですが、ジェイソンやフレディーなどを実在の殺人鬼として扱っている点がユニークです。そのうえで、スラッシャー映画のリスペクトが随所に盛り込まれているので、インタビューを見ているだけでもなかなか楽しめるつくりになっています。一方、犠牲者をどのように追い込むか、リハーサルを繰り返すシーンなどは間が抜けていて笑えます。そして、後半は一転して殺戮シーンとなるわけですが、それまでのドキュメンタリータッチから普通の劇映画へとカメラが切り替わる演出が斬新です。これにより、観客はモキュメンタリーと正統派スラッシャー映画の2つを楽しめるというわけです。ただ、直接的な残酷シーンがほとんどないので、スプラッター映画のファンには物足りなさを感じるかもしれません。それに、スタッフが殺人鬼の計画をすべて知っているのに犯行を阻止できず、犯人の思惑通りに動いてしまっている点はやや説得力を欠いてしまっています。アイディアは良いだけに、肝心なところで完成度を落としてしまっているのが惜しまれます。
ビハインド・ザ・マスク [DVD]
ネイサン・バーセル
キングレコード
2009-05-13


2007年

ハロウィン(ロブ・ゾンビ監督)
イリノイ州のバドンフィールドで暮らすマイケル・マイヤーズは孤独な少年だった。学校に友達はおらず、家族にすら相手にされていなかったのだ。そして、ハロウィンの夜にマイケルは自分を馬鹿にしていた母親の恋人や姉とそのボーイブレンドを殺害する。精神障害と判断されて精神病院に入院させられるマイケル。だが、その17年後、成長したマイケルは生き残った唯一の肉親である彼の妹を探すために病院を脱獄し、再び凶行を繰り返す......。
◆◆◆◆◆◆
80年代に全盛を極めたスラッシャー映画も90年代以降勢いを失い、『スクリーム』のような変化球な作品が目立つようになってきました。そして、00年代後半からは一周回ってリメイク作品の製作が盛んに行われるようになり、その先鞭をつけたといえるのが本作です。スラッシャー映画の火付け役となった作品が今度はリメイクムーブメントの走りとなったわけです。ちなみに、監督はミュージシャンでホラー映画マニアのロブ・ゾンビですが、同じホラー好きでもジョン・カーペンターとはホラー観にかなりの隔たりを感じます。カーペンター版のマイケルには人間であって人間でないような底知れない不気味さがありました。なぜバドンフィールドの人々を殺して回るのかもよくわかりません。それが無表情な仮面のイメージと重なって底冷えのする恐怖を生みだしていたのです。それに対して、ゾンビ版は幼少期のマイケルの不幸な生い立ちを丁寧に描くことで分かりやすい殺人鬼誕生の物語に仕上げ、成長したマイケルもマッチョな大男で現実的な脅威として描かれています。これでは元ネタにあったゾッとするような感覚の再現は望むべくもありません。とはいえ、本作のほうが優れている面もあります。まず、カーペンター版ではチラッとしか出てこない少年時代のマイケルですが、本作ではたっぷりと尺が割かれ、しかも、その殺人鬼ぶりがじっくりと描かれています。この少年殺人鬼のインパクトが強烈なのです。大男になったマイケルよりも少年時代のほうが遥かに怖いくらいです。ここまで少年時代にこだわるのであれば、一層のこと外伝として少年マイケルの物語にしてしまったほうがよかったのではないでしょうか。それから、全体的にバイオレンス描写が派手に描かれ、お色気シーンも満載です。したがって、カーペンター版が地味すぎると感じた人なら、こちらのほうが楽しめるかもしれません。静のジョン・カーペンター、動のロブ・ゾンビといった感じでしょうか。なお、2009年には続編の『ハロウィンⅡ』も公開されましたが、幻想的な描写をふんだんに取り入れ、殺戮シーンを強化することでよりロブ・ゾンビ色の強い作品になっています。もはや元の作品とは全くイメージが異なるものになっているため、本作以上に賛否の分かれる結果となりました。
ハロウィン [DVD]
マルコム・マクダウェル
ジェネオン・ユニバーサル
2010-05-26


2009年

ヒルズ・ラン・レッド(デイヴ・パーカー監督)
『ヒルズ・ラン・レッド』は20年前に製作された幻のスラッシャー映画だ。その過激な内容から、ほとんど上映されることはなく、フィルムも監督と一緒に行方不明になったという。映画オタクのタイラーはこの謎に夢中になり、フィルムの行方を探すとともに、そのプロセスをドキュメンタリー映画にしようとする。そして、監督の娘であるアレクサを探し出し、インタビューの許可を得るのだった。タイラーはアレクサの他に、恋人のセリーナや友人のラロを引き連れて映画の撮影現場だった山奥の町・スカーギルを訪れる。そこで、アレクサは『ヒルズ・ラン・レッド』に登場する殺人鬼・ベビーフェイスそっくりの人影を目撃し.......。
◆◆◆◆◆◆
幻のホラー映画を追い求めている内に、本物の殺人鬼に遭遇するというメタ構造を持つ作品です。また、80年代のスラッシャー映画のオマージュにもなっており、そのため、過去の有名作を想起するような場面が随所に出てきます。マニアにとってはたまらない作品といいたいところですが、少々詰め込み過ぎで全体的に平板な作りになってしまっている点が惜しまれます。一方で、大きな見どころとなっているのがベビーフェイスが自分の顔を切り刻み、人形の顔を縫い付けているシーンです。このグロさはなかなかのインパクトです。そのあとはちょっと単調で中弛みを感じるものの、中盤以降、殺人鬼が本格始動してからはクレイジーな展開で盛り上げてくれます。ただ、無言の不気味さを信条とする殺人鬼が多い中で、ベビーフェイスが普通に喋りだすのは少々拍子抜けかもしれません。その代わり、段階を踏んで豹変していく、アレクサ役のソフィー・モンクの怪演ぶりは必見です。以上のように、欠点も長所も多い作品なのですが、この手の映画が好きなら見て損はないといえるのではないでしょうか。
ヒルズ・ラン・レッド -殺人の記録- [DVD]
タッド・ヒルゲンブリンク
ワーナー・ホーム・ビデオ
2013-07-03



13日の金曜日(マーカス・ニスペル監督)
1980年。パラメ・ボーヒーズという中年女性がクリスタル・レイクを訪れた若者たちを次々と血祭りにあげるという事件が起きる。湖の監視員を務めていた若者の怠惰のために息子・ジェイソンを失い、以来、彼女はクリスタルレイクを訪れる若者たちを憎むようになっていたのだ。事件は彼女に襲われた犠牲者の一人が逆襲に転じ、パメラを殺害したことで幕を閉じた。それから時が過ぎ、行方不明になった妹を探している女性・クレイと休日を活かして遊びにきた大学生の一行がクリスタルレイクを訪れる。しかし、そこでは死んだと思われていたジェイソンが隠れ暮らしており、パメラの意思を継いで恐るべき殺人鬼と化していたのだ。
◆◆◆◆◆◆
本作は『13日の金曜日』の1作目のリメイクというわけではなく、Part1~Part4完結編)までのシリーズ前半の総集編的リメイクとなっています。まだ不死身のモンスターと化していなかった時代のジェイソンを総括したもので、原点回帰を目指した作品だといえます。過去作と比べると、四半世紀経ただけあってさすがに映像はクリアです。おなじみのシリーズをうまく現代風にアレンジもしています。ただ、リメイクとして特に新しい要素を導入したというわけでもないので、やはり元ネタと同じ弱点を抱えています。犠牲者がただ淡々と殺される展開が続き、観ていて非常に退屈です。4作を1本にまとめただけあってテンポは非常によいのですが、それが面白さにつながっていないのです。逆にいえば、スラッシャー映画特有のグロさや陰惨さはほとんどなく、適度なお色気で楽しませてもくれるので、ポップコーン片手に気軽に楽しむには最適の作品だといえるかもしれません。元々がそういう作品であるため、その意味ではよくできたリメイクだともいえます。古典ホラーのお約束を現代の映像で楽しみたいという人にはおすすめです。



ブラッディ・バレンタイン 3D(パトリック・ルシエ監督)
ハーモニーという小さな町の炭鉱で、オーナーの息子で新人作業員のトムは自らのミスで事故を起こし、5人の犠牲者をだしてしまう。唯一の生存者であるハリーウォーデンは意識不明の昏睡状態だった。その1年後、ハリーは突然目を覚まし、ツルハシで町の住人たちを殺し始める。多くの犠牲者を出しながらもハリーは炭鉱の中で射殺され、事件は終結した。それから10年後、町を出ていたトムが突然戻ってくる。父が死んだので炭鉱を売却しようというのだ。ところが、再び、10年前と同様の連続殺人事件が発生する。果たして犯人の正体は?
◆◆◆◆◆◆
マニアから高い評価を得ている『血のバレンタイン』のリメイク作品です。ウリである残虐度の高さは健在で、しかも、3Dなので血しぶきのあがるシーンなどはなかなか見応えがあります。全体的に原作よりも丁寧に作られており、その辺りも好印象です。一方、ストーリーに関しては取り立てて特筆すべき点がないというのも原作と同じです。サクサクとテンポよく殺されていくのでその辺りを楽しむべき映画でしょう。なお、『血のバレンタイン』とは犯人が異なっているため、原作を見た人も新鮮な気持ちで楽しめるのがグッドです。
スクリーム4 ネクスト・ジェネレーション(ウェス・グレイヴン監督
学生時代に繰り返された殺人鬼の襲撃から生き延びたシドニー・プレスコットは作家として成功を収め、本の宣伝のために久しぶりに故郷であるカリフォルニア州のウッズボローに戻ってきた。そして、そこで保安官のデューイやその妻である元キャスターのゲイルといった懐かしい面々と再会する。ところが、彼女の帰郷を待っていたかのように再び惨劇が発生する。女子高生のマニーとジェニーが何者かに惨殺されたのだ。10年ぶりの悪夢の再来に新たな世代はいかに立ち向かうのか?
◆◆◆◆◆◆
作品内でホラー映画について言及するメタ構造や犯人探しの趣向を盛り込むことによってスラッシャー映画の新境地を築いたスクリームですが、さすがに回を重ねるごとにマンネリ化は避けられず、3作目でシリーズは打ち止めとなりました。ところが、『ハロウィン』や『13日の金曜日』の復活という流れに乗って本シリーズも久しぶりに続編が公開されることになります。前シリーズは3作目くらいになるとネタ切れ感が目立っていたのですが、今回は久しぶりの新作ということで同窓会ムービーのノリで楽しめる作品に仕上がっています。新鮮さはあまりなく、どちらかというとクラシカルな雰囲気ではあるものの、それが逆に味になっています。前シリーズの生き残り組が老けてしまった感はいなめませんが、新ヒロインが可愛いのも好印象です。ただ、やはり、ファン向けの作品であり、前シリーズに思い入れのない人がいきなりこれを見ても古臭いホラー映画としか思えない可能性大です。実際、興行は大コケに終わり、新3部作の予定だったのが、これ1作で打ち切りとなってしまいました。



サプライズ(アダム・ウィンガード監督)
結婚35周年を迎えた両親を祝うために、三男一女とそれぞれのパートナーが人里離れた別荘に集まっていた。だが、晩餐の最中に窓の外からクロスボウの矢が撃ち込まれ、長女の彼氏であるタリクの命を奪う。一行はパニック状態に陥るも、次男の彼女・エリンの機転でなんとか冷静さを取り戻すのだった。だが、助けを呼ぼうにも昼間つながっていた携帯電話はなぜか電波が通じていなかった。そこで、足に自信のある長女のエイミーが直接助けを求めに行くことになるのだが、外に飛び出すなり、仕掛けられていたワイヤーに喉を切り裂かれて絶命してしまう。その後、彼らは動物の仮面を被った3人組の侵入を許し、絶体絶命のピンチに陥るのだが...。
◆◆◆◆◆◆
この手の映画は、圧倒的な強さの殺人鬼が単独で死体の山を築いていくというのが定番展開です。ところが、本作では3人組の仮面男が登場し、チームプレーでターゲットを追いこんでいきます。仮面の殺人鬼ものとしては異彩を放っていますが、そもそも彼らは殺人鬼ではありません。明確な目的を持って計画的に人を殺しているに過ぎないのです。そのため、従来の作品と比べると、狂気性や不気味さという点では少々パンチ不足です。しかし、この映画の真の魅力はそこではありません。実は次男の彼女であるエリンは父親からサバイバル術を叩きこまれており、物語の中盤以降、殺人グループに対して逆襲に転じます。このお約束破りが作品に新鮮な面白さを付与していますし、女ランボーによるスプラッター版ホームアローンというべき展開がなんとも痛快です。低予算B級映画ではあるものの、そうしたハンデをアイディアで補ったなかなかの佳品だといえます。
サプライズ [Blu-ray]
タイ・ウェスト
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2014-04-16


2012年

スマイリー(マイケル・J・ギャラガー監督)
チャットをしている最中に「笑顔のために」というフレーズを3回入力するとチャット先にスマイリーという殺人鬼が現れるという都市伝説が若者たちの間で広まっていた。一方、大学に入学し、ルームシェアを始めたアシェリーはルームメイトのプロクシーに誘われて男子学生が主催するパーティに参加する。そこにはスマイリーを呼び出す実験をしているグループがいた。実験が始まり、「笑顔のために」と3度打ち込むと果たして画面の向こうにスマイリーが現れる。そして、チャットの相手は突然現れたスマイリーによって殺されてしまったのだ。しかし、みんなはそれを合成映像だといって信じようとはしなかった。帰宅後、アシェリーとプロクシーもスマイリーを呼び出す実験をしてみると、なんと本当にスマイリーガ現れ、チャットの相手を殺してしまう。その事件以降、アシェリーは罪悪感から精神を蝕まれ、スマイリーの悪夢に悩まされるようになる。しかも、彼女の周囲からは次々と知人が姿を消していくのだった。一体何が起きているというのか?。
◆◆◆◆◆◆
スマイリーは久々に登場した殺人鬼のニューフェイスです。なんといっても特徴的なのがシュールな笑顔で、見た目のインパクトは十分にあります。一方、ホラー映画としての恐怖演出は今一つといった感じです。残虐描写に関しても過激さや目新しさはないので、その辺に期待するとがっかりするでしょう。代わりに、怪しい人間が次々と登場し、ヒロインの妄想オチも示唆されるなどといった具合に、謎が謎を呼ぶ展開はなかなかです。最後の意外性を狙った真相といい、全体的にはスクリーム系の作品だといえます。ただ、『スクリーム』の1作目ほどの切れ味はありません。肝心のどんでん返しにグダグダ感があり、素直に驚くことができないのです。素材はよかったのですが、それを活かし切れていないのが残念です。
スマイリー [DVD]
ケイトリン・ジェラルド
アメイジングD.C.
2013-07-03



2018年

ハロウィン(デヴィッド・ゴードン・グリーン監督)
マイケル・マイヤーの襲撃から辛くも生き残ったローリーはそれからというもの、マイケルの再襲撃に怯える日々を過ごしていた。それから40年。マイケルの担当医だったルーミス医師はすでにこの世を去り、その教え子であるサルティン医師が跡を継いでいた。しかし、行政上の都合からマイケルは病院から刑務所へ移送されることになる。その途中で眠らされていたマイケルが突如覚醒し、そのまま逃走。夜の闇にまぎれて故郷の
バドンフィールドへと迫るのだった。危機を察知したローリーは家族を守るため、マイケルに立ち向かう決意をするが....。
◆◆◆◆◆◆
2007年にリメイクされた作品のまさかの再リメイク化です。しかも、今回は1978年版のリメイクというわけではなく、1978年版の続編という形になっています。つまり、『ブギーマン』や『ハロウィンⅣ/ブギーマン復活』といった一連の物語はなかったことにして、改めて続編を作り直したというわけです。主演もジェイミー・リー・カーティスがそのままローリー役を演じています。いまさら感のある企画ですが、これが意外と面白く仕上がっているのです。ローリーが単に逃げ回るだけの可弱い少女ではなく、40年を経て戦うお婆ちゃんと化しているのが痛快です。しかも、最初は怯えていたローリーの娘や孫たちも最後には勇猛果敢に戦うという非常に熱い展開で楽しませてくれます。1978年版の全編に漂う不気味な雰囲気というのは後退しているものの、とにかく見せ場見せ場の連続で飽きさせない作りになっています。音楽もかっこよく、残酷描写はしっかりと描かれ、最後の対決は大いに盛り上がるという素晴らしい娯楽映画に仕上がっているのです。ただ、1作目の雰囲気が好きだという人にとっては肌に合わない可能性はあります。





最新更新日2021/04/22☆☆☆

2000年代の後半からコミックの世界ではゾンビ漫画が急速に数を増やし始め、一大ジャンルを形成していきます。1978年にジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』が公開され、映画界をゾンビブームが席巻してから約30年過ぎての話です。それまでの期間、ゾンビ漫画が全くなかったわけではありませんが、決して目立った存在ではありませんでした。どうして、急にその数を増やすし始めたのか?代表的な作品を紹介しつつ、その流れを追っていきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします


※西暦表記は連載を開始した(描き下ろしの場合は単行本の初巻を発売した)年です
1991年

ゾンビが銀座にやって来る(佐々木慶子)
マリと高尾くんはラブラブのカップル。だが、そんな2人に対して世間の目は冷たい。なぜなら、高尾君は体の腐敗が進行中のゾンビだからだ。さまざまな障害を前にして、果たして2人は永遠の愛を貫けるのか?
◆◆◆◆◆◆
ミステリーボニータに掲載されたホラーラブコメディです。彼氏の外見はリアルゾンビで防臭剤と芳香剤を使わないと腐臭が漂うほどなのに、本人たちはいたって真面目に男女交際をしているという、そのギャップが笑えます。軽いタッチで気軽に楽しめる少女漫画ゾンビの佳品です。
ゾンビが銀座にやって来る(1)
佐々木慶子
オフィス漫
2018-12-07


2003年

ウォーキング・デッド(ロバート・カークマン脚本/チャーリー・アドラード作画)
田舎町の警官リックは勤務中に怪我を負い、昏睡状態に陥る。そして、目を覚ますとそこは荒廃した病院の中だった。リックが眠っている間にゾンビが発生し、文明社会が崩壊してしまったのだ。彼は苦難の末、ようやく愛する妻子との再会を果たすが、それは長い過酷な旅路の序章に過ぎなかった......。
◆◆◆◆◆◆
2010年から放送が始まり、全米で爆発的なヒットを記録したテレビドラマ『ウォーキング・デッド』の原作コミックです。ちなみに、日本ではテレビドラマの人気を受けて2011年より翻訳本の発売が始まっています。日本でゾンビ漫画が流行する前からヒットを記録していた作品ですが、日本の漫画と異なるのはその価格でしょう。漫画1冊に3000円というのは日本人の感覚でいえば法外な高さです。しかし、読んでみるとそれが決して高くない事実に気づかされます。本の分厚さもさることながら、1ページ1ページが恐ろしく密度の濃い作品で、ずっしりとした読み応えがあるのです。まるで、小説を読んでいるような重厚さがあり、それでいて物語のテンポが速いので退屈せずにサクサク読むことができます。コミック1冊で大作映画か長編小説を堪能したあとのような充実感を味わうことができるのです。ちなみに、1巻の途中で作画担当のトニー・ムーアがスケジュールの都合で降板し、ちょっと絵柄に癖のあるチャーリー・アドラードに交代しています。そのため、どうしても違和感を感じてしまうのが難点だといえます。しかし、クオリティの高さはあいかわらずなので、慣れてしまえばなんの問題もないでしょう。ソンビもの特有のグロ描写はかなりのものですが、それだけでは終わらず、濃厚な人間ドラマと緻密な心理描写を兼ね備えています。まさに、大人のためのエンターテイメントコミックスといえる大傑作です。ただ、アメコミを読み慣れていない場合はページやコマ割りが日本の漫画と逆だったり、擬音がほとんどなかったりで読みにくさを覚えるかもしれません。その辺りは注意が必要です。
ウォーキング・デッド
ロバート・カークマン
飛鳥新社
2011-10-03


2006年

学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD(佐藤ショウジ・画/佐藤大輔・原作)
ある日、藤美学園の校門前に不審な男が現れる。それに気付いた教師の一人が男を詰問するが、彼は突然、教師にかみついた。そのまま教師は息を引き取り、一緒にいた教師たちはパニックに陥る。しかも、その教師は突然蘇ったかと思うと、他の教師たちを襲い始めたのだ。一方、授業をさぼっていた小室孝はその現場を目撃し、この学校から脱出すべく幼馴染の宮本麗や友人の井豪永と合流する。だが、3人は校舎を移動中に正気を失った教師に遭遇し、永が噛まれてしまう。一連の騒動は噛まれると生ける屍と化して同じように人を襲い始める”奴ら”の仕業だったのだ。3人は屋上に逃れるが、やがて永も発症し、”奴ら”になってしまう。孝は麗に襲いかかろうとする永をやむなく殺害する。その頃、自称天才の高城沙耶、軍事オタクの平野コータ、剣の達人の毒島冴子らも生き残りをかけ、生徒たちを襲って数を増やしていく”奴ら”と死闘を繰り広げていたが......。
◆◆◆◆◆◆
ジョージ・A・ロメロのゾンビ映画に学園漫画の要素を組みこんだ、極めて王道的なゾンビ漫画です。急速に拡大するパンディミックの絶望感、派手なアクション、かなりエロチックなお色気シーンとB級ゾンビ映画の魅力を見事に漫画の世界に落とし込んでいます。また、この作品が発表されてから数年のちに爆発的にゾンビ漫画が増えたことを考えれば、先駆的作品ともいえるのではないでしょうか。2010年にはアニメ化もされ、こちらもかなりの人気を得ることになります。ただ、ゾンビ漫画が量産されている今となっては王道過ぎて新味がないのが難です。それに、物語の展開が早すぎて一本調子になりがちという問題点もあります。何より、原作者が亡くなったため、未完のまま終わってしまったのがなんとも残念です。
2007年

ライフ イズ デッド(古泉智浩)
21世紀初頭より流行の兆しを見せ始めたゾンビウィルスは瞬く間に世界中に広がっていく。しかも、このウィルスはゾンビに噛みつかれなくても、ウィルスが潜伏している人間と性交渉を行うことによっても感染するのだ。また、ゾンビになるまでのプロセスは非常に緩やかで、数週間から数カ月の潜伏期間を経て発症し、次第に運動機能が低下していく。そして、やがて死に至り、そこでようやくゾンビになるというものだった。日本の片田舎に住む青年・赤星逝雄もまた、ゾンビのウィルスに感染していた。診断ではステージ3の初期であり、ステージ5になると完全にゾンビになってしまう。彼は死への恐怖に怯えながらも、残り少ない人生を恋に趣味にと精一杯生きていくが......。
◆◆◆◆◆◆
ゾンビ化現象がエイズのような感染症として捉えられ、また、ゾンビとなった人々は怪物というよりも認知症にかかった徘徊老人のように描かれています。そのため、ホラー映画のような恐怖はほとんどありません。しかも、自分がキャリアである事実を知りながら男性と性交渉を重ねる女性や遊び半分でゾンビにかまう高校生といった存在が非常に生々しく、読んでいるとなんだかやるせない気分になってきます。ニートの描写に関しては右に出るものがいないといわれた作者がそれをゾンビに置き替えて描いた、極めて社会批判性に優れた傑作です。
ゾンビの星(浜岡賢次)
ゾンビの存在が確認されてから2年。地上がゾンビで埋め尽くされる中、21歳の星はるかは感染を免れ、しぶとく生きていた。なぜなら、彼女は完全なひきこもりだったため、他人との接触がなかったからだ。もともと孤独には慣れっこの彼女はゾンビたちに囲まれながらも楽しく毎日を過ごしていく。それどころか、エクササイズによるダイエットにも成功し、見た目もいい感じになっていた。やせて初めて自分が巨乳だという事実に気づき、男性の目も意識するようになったはるかだったが......。
◆◆◆◆◆◆
作者は『浦安鉄筋家族』の浜岡賢次で、ヤングチャンピオンに第1話が掲載されてからコミック化されるまで9年の歳月を要した作品です。その分、ゾンビの描き込みは凄まじく、よく見るとモブキャラのゾンビにも一体一体に個性があることが分かります。また、随所にゾンビあるあるネタも散りばめられており、作者のゾンビ愛がひしひしと感じられます。一方、ストーリーの方はあってなきがごとしです。全人類がゾンビになり、ヒロイン一人が孤立無援状態という悲惨極まりないシチュエーションなのですが、彼女に悲壮感は一切ありません。逆に、ゾンビ相手に好き勝手やっているところにシュールな笑いが生まれています。終末世界で繰り広げられる日常ギャグ漫画とでもいうべき異色傑作です。
2009年

アイアムアヒーロー(花沢健吾) 
鈴木英雄は35歳の漫画家。だが、連載していた漫画は早々に打ち切られ、アシスタントをして糊口を凌いでいた。唯一の慰めは恋人である黒川徹子の存在だったが、彼女は酒乱で、酔うたびに不甲斐ない英雄のことをなじっていた。そんなある日、英雄はタクシーに轢かれて首の骨が折れているのにも関わらず、運転手に噛みつき、奇声をあげて立ち去る女性を目撃する。しかも、徹子の部屋を訪ねてみると、彼女も同じように正気を失っており、英雄に襲いかかる。なんとか難を逃れた英雄だったが、街はDQNと呼ばれる感染者で溢れかえっていた。彼らは正常な人間を見つけると襲いかかり、彼らに噛まれた人間もDQNになっていく。都会を避け、富士の樹海に向かった英雄はそこで女子高生の早狩比呂美と出会う。2人は行動を共にするが、比呂美は赤ん坊のDQNに噛まれてしまい......。
◆◆◆◆◆◆
ゾンビが次第に数を増やしていき、人間社会が崩壊するさまを描いた王道的ゾンビ漫画です。ただ、『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』とは異なり、物語のテンポは非常にゆったりしています。単行本の1巻はほぼ主人公の日常を描くことに費やされ、そのため、日常の崩壊ぶりがよりリアルに感じられる作りになっているのです。ゾンビ漫画としては極めて完成度の高い作品だといえるでしょう。結果として、本作は大きな人気を集め、その後、ソンビ漫画が雨後の筍のごとく生まれるきっかけとなりました。ただ、本作が真に面白かったのは前半部分であり、終盤に向かうにつれて物語としての密度は薄くなってしまいます。そして、ついには伏線を放棄したまま最終回を迎えてしまいました。結局、本作はそのラストで大きく評価を落とすことになってしまったのです。なお、本作は2016年には実写映画化され、こちらは高い評価を得ています。
さんかれあ(はっとりみつる)
県立紫陽高校1年の降谷千紘はゾンビの女の子と交際することを夢見るゾンビフェチの少年だ。ある日、彼の家で飼っていた猫のばーぶが車にはねられて死んでしまう。そこで、千紘は夜ごとに家から抜け出し、怪しげな古文書を片手にばーぶの蘇生を試みる。そんなある夜、彼はお嬢様学校に通う美少女・散花礼弥と出会った。抑圧された家庭環境に息苦しさを感じていた礼弥はゾンビ蘇生薬を作るという千紘の話に興味を示し、協力を申し出るが.......。
◆◆◆◆◆◆
『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』や『アイアムアヒーロー』と並ぶゾンビムーブメント初期を代表する一作です。ただ、パンディミックによる恐怖を描くのではなく、ゾンビ少女とのラブストーリーを基軸としているのが独自の持ち味となっています。まず、登場する女性キャラがみな魅力的であり、萌え漫画としての魅力があります。また、主人公がゾンビフェチということで、ソンビへのこだわりが随所に見られるのもゾンビ好きな人にとってはうれしいところです。それになにより、ゾンビというものは次第に朽ちていくものなので、全編に漂う儚さが、ラブストーリーとしての切ない雰囲気を盛り上げてくれます。ただ、前半のラブコメ的な雰囲気に対して後半シリアス一辺倒になるのは好みが分かれるところかもしれません。完結した物語として見ると消化不良の感があるのも確かです。それでも、波乱万丈の末にたどり着いたラストシーンは非常に印象的であり、ゾンビとの恋愛を扱ったものとしては屈指の作品だといえるでしょう。
さんかれあ(1) (講談社コミックス)
はっとり みつる
講談社
2010-07-16


2010年

魍魎の揺りかご(三部けい)
修学旅行の生徒たちを乗せた船の中で突如、殺人事件が発生する。一部の生徒が犯行の瞬間を目撃したのだが、外国人客と思われる犯人は理性を失っており、どう見ても尋常ではなかった。恐怖にかられ逃げ惑う生徒たち。しかも、船は浸水を始め、瞬く間に転覆してしまう。殺人者の正体は何者なのか?船は一体なぜ浸水したのか?謎が謎を呼ぶ中、生き残った人々は力を合わせて船からの脱出を試みるが......。
◆◆◆◆◆◆
『バイオハザード』+『ポセイドンアドベンチャー』といった趣の作品です。既視感のある設定ではありますが、常に緊張感を纏わせながらテンポよく物語が進んでいくので読んでいる内にどんどん引き込まれていきます。いくつかのグループに分かれ、それぞれの人間模様が巧みに描かれており、誰が生き残るのかという点でも興味を引き付けられるつくりになっています。ただ、基本設定や登場人物の紹介が終わらない内から物語が動き出すので、最初は状況を把握するのに苦労するかもしれません。しかし、そこを乗り越えると、謎とサスペンスの物語に目が離せなくなっていきます。ラストもややご都合主義を感じないではありませんが、まずは破綻なくまとめられています。全6巻とほどよい長さなので、休日を利用して一気読みするには最適の作品だといえるのではないでしょうか。
魍魎の揺りかご 1 (ヤングガンガンコミックス)
三部 けい
スクウェア・エニックス
2010-08-21


ブロードウェイ・オブ・ザ・デッド 女ンビー童貞SOSー(すぎむらしんいち)
謎の感染症によって突如女性が凶暴化し、女ンビとなって男を襲い始める。大パニックの中、かろうじて生き残ったのは女に縁のないニートや引きこもりばかり。その一人、大助は母親が女ンビと化したことで2年ぶりに家の外に飛び出し、他のボンクラニートたちや女ンビ化を免れた美少女女子高生と力を合わせてサバイバルを生き抜くが......。
◆◆◆◆◆◆
おバカな設定とエログロ全開の作品ではあるものの、テンポがよくてサクサク読むことができます。かなりクセのある作風ですが、その辺りは慣れの問題でしょう。ゾンビ映画ネタも満載でオマージュ作品としてもなかなか秀逸です。そして、何よりも、最初から最後まで勢いだけで駆け抜ける疾走感がたまりません。特に、男女とも全編全裸でドタバタを繰り広げる最終巻の展開は必見です。
2011年

アポカリプスの砦(イナベカズ)
前田義明は平凡な高校生だったが、ある日、身に覚えのない殺人の罪を着せられ、少年院送りとなってしまう。しかも、そこはただの少年院ではなく、関東中のワルが集められた特別矯正施設だった。絶望の中で暴力と理不尽の渦に呑み込まれていく日々。その頃、施設の外ではゾンビが発生し、次第に人類の脅威となろうとしていた。そして、ついには施設に入った護送車の中で感染者がゾンビとなり、辺りは大パニックに陥る。危機的状況から逃れようとする中で、義明たちは否応なしにゾンビやそれを裏で操る黒幕との戦いに挑むことになるが......。
◆◆◆◆◆◆
少年院が舞台であるため、そこに立て篭もる話かと思えば、あっさりと外に出ていくのには肩透かしをくらうかもしれません。しかし、話のテンポがよく、キャラも立っているのでぐいぐいと引き込まれていきます。しかも、伏線を絡め、先の展開が気になるつくりになっているのが秀逸です。とにかく、巨大ゾンビが出現したり、ソンビ騒動の裏側で黒幕たちの陰謀が見え隠れしたりと、次々とイベントが起きて飽きさせません。どこに向かって話が進んでいくのか分からない疾走感が魅力となっている作品なのです。ただ、物語のラストはうまく着地したとは言い難く、やや竜頭蛇尾の感があるのが惜しまれます。
りびんぐでっど!(さと)
青山圭太は元気で明るい灰田ものこに片想いをしていたが、ある日、彼女は階段から落ちて死んでしまう。告白はおろか話しかけさえしなかったことを後悔した圭太は、せめてもの慰めにとラブレターを彼女の棺桶に入れる。ところが、その夜、ゾンビとなって蘇ったもなこが彼の家を訪ねてきたのだ。行くあてのない彼女は圭太のラブレターを読んで彼を頼ることにしたという。見捨てることもできず、もなこと同居を始める圭太だったが、彼女は予想以上にぶっ飛んだ性格をしており.......。
◆◆◆◆◆◆
突然押し掛けてきたゾンビ娘に振り回される主人公の姿を描いたドタバタコメディです。よくある同居ものラブコメに”体がもげる””はらわたが飛び散る””空腹になると主人公を食べようとする”などといったブラックな笑いをふんだんに盛り込んでいる点が持ち味となっています。見た目が可愛いだけに、そのギャップがかなりシュールです。ヒロインがノー天気すぎるのは好みのわかれるところですが、全体的にゾンビという素材をうまく笑いに転化しており、なかなかの佳品に仕上がっています。それだけに、人気が出ずに打ち切りとなり、終盤が駆け足になってしまったのが残念です。
2012年

がっこうぐらし(千葉サドル)
丈槍由紀、恵飛須沢胡桃、若狭悠里の3人は巡ヶ丘高校の3年生。顧問の佐倉慈の元で学園生活部を作り、学校で暮らす日々を続けていた。毎日繰り返される楽しい学園生活。だが、そこにはある秘密が隠されていたのだ。
◆◆◆◆◆◆
きらら系にありがちな萌えキャラたちのキャッキャッウフフの作品とパンディミックによる恐怖を描いたゾンビ漫画を大胆に融合した作品です。その結果、両者のギャップによるインパクトが読者に忘れ難い印象を与えることになります。特に、2015年に放映されたアニメ版1話はその強烈な反転が語り草になったほどです。また、「もし、キララ系美少女がゾンビの世界に放り込まれたら?」というifの物語としてもよくできています。シリアスな展開をほのぼの空間へと変え、そのほのぼの空間を一気に奈落の底へと叩き落とすという緩急の激しさがたまりません。なお、全12巻の本編のうち、高校が舞台なのは5巻までです。6巻からは大学に舞台を変え、しかも、登場人物が一気に増えるため、そこからはどちらかといえば普通のゾンビものに近い展開となります。さらに、10巻からは大学を離れ、謎の究明編へと移行します。きらら風のゾンビ漫画がずっと続くことを期待していた人にとってはがっかりかもしれませんが、それぞれに異なる面白さがある点も本作の魅力だといえるのではないでしょうか。ただし、物語の決着のつけ方は少々不満の残る出来です。打ち切り漫画のように終盤の展開が駆け足になってしまい、消化不良気味のラストになってしまっています。ゾンビ漫画に新しい可能性を切り開いた画期的な作品だっただけにその点がいかにも残念です。
就職難!!ゾンビ取りガール(福満しげゆき)
不景気で就職難の日本。しかも、街にはゾンビがあふれかえっているという末期症状を示していた。そんな中、零細ゾンビ回収業者のゾンビバスターズに新卒の女の子がバイトとしてやってくる。先輩である冴えない男性社員は彼女に少しでも長い間勤めてもらおうと色々気を使うが.......。
◆◆◆◆◆◆
ゾンビ退治を職業として描き、お仕事漫画にしてしまった着眼点が非常にユニークです。しかも、倒すのではなく、捕獲するという点に他のゾンビものにはない面白さがあります。それに、公共事業としての認可手続き、ゾンビの生態、捕獲方法などなど、ゾンビのいる日常という大ウソをディテールの細やかさによって説得力を持たせている点が秀逸です。基本的にゆるい世界観なのですが、後半になると手強いゾンビも登場し、意外に迫力のあるバトルを披露してくれます。また、ちょっと天然なヒロインを始めとして登場人物もそれぞれいい味を出しています。ゾンビ漫画を語る上では欠かせない傑作であり、それだけに途中で連載が中断しているのが残念です。
Z~ゼット~(相原コージ)
謎のウィルスによって人間や動物が凶暴化する現象が発生する。最初は局地的な現象であったものの、やがては人々の日常を脅かすまでになっていった。そして、ついには爆発的に数を増やしたゾンビによって、国家の機能が麻痺する事態にまで陥ってしまう。そんな中、女子高生の戸田凛子は祖母から受け継いだ薙刀術を駆使し、ソンビとの戦いを生き抜いていくが......。
◆◆◆◆◆◆
王道的なパンディミックスによるゾンビものですが、冒頭からゾンビを監禁してレイプしようとするキモオタというドギツイ描写から始まるのがいかにも相原コージの作品です。しかも、本作のゾンビはなかなか凶悪で、走ったりはしないものの、頭を破壊しても死にません。できるのは足を斬って動きを止めることぐらいです。そこで、主人公格の凛子が薙刀使いという設定がうまく活かされています。また、本作はオムニバス形式を採用しており、時系列をバラバラにして異なる人物の視点からさまざまなエピソードを挿入している点に特徴があります。そのため、メインストーリーに縛られない多様なシチュエーションが楽しめるというわけです。しかも、裸の女ゾンビを探しにいく小学生やゾンビAVの撮影など、他の漫画家なら絶対に描かないだろうという話が満載で、ゾンビものには飽きたという人でも興味深く読むことができます。ただ、掲載雑誌の休刊とともに連載が終わってしまったので、不完全燃焼感が残ってしまったのが惜しまれます。
Z~ゼット~(1) (ニチブンコミックス)
相原コージ
日本文芸社
2013-04-26


2013年

シカバネ★チェリー(こなみ詔子)
オカルト好きの少女・美雨は毎晩心霊スポット巡りをしているせいで、朝が弱いのが悩みの種だった。それを聞いた幼馴染の羽瑠は自分が発明したという細胞活性薬”チェリースープ”を一滴だけ彼女に飲ませる。すると、美雨はたちまち気分爽快になり、体から活力がわいてくるのを自覚する。しかも、彼女が憧れていたクール系男子の桃野くんが自分と同じオカルト好きだと知り、意気投合するというおまけ付きだった。一緒にホラー映画を観に行く約束をする2人だったが、デート当日美雨は熱を出してしまう。なんとしてもデートに行きたい美雨はチェリースープを一瓶飲み干す。異様に元気になった彼女は全速力で走りだし、そのまま電柱に激突してしまった。なんとか約束の場所に到着し、楽しいデートの時間を過ごすが、その途中で美雨は自分の心臓が動いていない事実に気がつく。実は、電柱に激突した時点で美雨は死んでおり、チェリースープの力でかろうじて動かされていたのだ。つまり、今の彼女はゾンビそのものだった。美雨は羽瑠の協力の元、なんとか自分がゾンビになったことを周囲に知られないようにしようとするが......。
◆◆◆◆◆◆
なんのとりえもない女の子がふとしたきっかけでイケメン男子に気に入られ、嫉妬した女子たちからいじめられる。あらすじだけを読めば、いかにもありがちな少女漫画です。しかし、その中身はパワフルなギャグが満載で、男性読者でも十分に楽しめる仕様となっています。特に、ゾンビになってもひたすらお馬鹿でポジティブなヒロインのぶっ飛んだ行動が面白くて目が離せません。しかも、だんだん腐り始めたり、首が取れたりと少女漫画のヒロインとしてはいかがなものかという状態になっているのに、それでもドタバタコメディで突き抜けていく姿勢が逆に爽快です。ただ、終盤に入るとさすがに物語はシリアスの度合いを増していきます。そのこと自体は別によいのですが、その末にたどり着く、消化不良気味ですっきりしないラストは賛否が分かれるところです。
ゾンビチャン(真島悦也)
夜の街を徘徊するメイド少女たち。その正体は人肉を求めてさ迷うゾンビだった。
◆◆◆◆◆◆
ゾンビ少女たちを主役にし、ゾンビ少女の視点から描かれたゾンビ漫画です。かといって、よくある萌え萌えなゾンビ少女が出てきて人間の男の子とラブコメ展開になるような話ではありません。見た目は可愛いのですが、中身はゾンビそのもので一切容赦がないのです。平然と人間を襲って食べますし、場合によっては自分の腕を食べたり、共食いをしたりもします。可愛い絵柄やのほほーんとした雰囲気と容赦のない描写のミスマッチ感がなんともいえないブラックな笑いを醸し出しています。ハマる人はハマるといった独特の世界観が魅力のカルト作品です。


2014年

姫路城リビングデッド(漆原玖)
戦乱の世が終わり、新しい秩序が生まれようとしていた17世紀の初頭。播磨に住む城好きの青年、虎次は今日も姫路城の石垣に張り付いてその感触を堪能していた。ところが、姫路城はいつの間にか謎の敵に包囲され、異様な化け物たちが襲いかかってくる。化け物の正体は戦国時代に命を落としたサムライたちがソンビ化したものだった。織田信長・武田信玄・上杉謙信といった戦国武将が復活し、姫路城を我がものとしようとする。虎次は仲間たちと合流し、姫路城のために立ち上がるが.......。
◆◆◆◆◆◆
ゾンビの群れに襲われて屋内に立て篭もるという鉄板ネタを堅牢さで有名な姫路城で行うというのがユニークです。しかも、敵はレジェンド級の戦国武将ゾンビ、味方は宮本武蔵に伊賀忍者というごった煮感がうまい具合にハマり、話を盛り上げてくれます。それだけに、怒涛の展開が始まり、これから面白くなるといったところで打ち切りになったのが残念です。ゾンビ漫画の新しい可能性を感じさせてくれる一作です。
花と嘘とマコト(あさの)
花とマコトは同じ学校の友達同士。その2人が夏休みに入って一緒に暮らし始める。だが、マコトは言葉をしゃべらず、その仕草はまるで赤ん坊のようだった。実は、彼女は交通事故ですでに死んでおり、その後、代行症によって蘇ったのだ。ただし、代行症に感染した人間は生前の記憶と知能をほとんど失ってしまう。そんな彼女に対し、花は熱心に世話をしながら、少しずつ言葉を教えていくが.....。
◆◆◆◆◆◆
序盤は、ソンビになった女の子とヒロインの生活が淡々と描かれ、まるでゾンビ版百合系日常漫画といった趣です。しかし、後半からは2人を取り巻く環境が徐々に明らかになり、物語はシリアスの度合いを増していきます。そして、たどりつく切ないラストはなかなかぐっとくるものがあります。ただ、抑揚の乏しい淡々とした展開は人によっては冗長と感じられるかもしれません。泣ける話をあえて平板に描いた点は、それがいいという人もいれば、物足りないと感じる人もいるのではないでしょうか。説明を最小限に抑えて読者の想像力に委ねるスタイルといい、大きく賛否のわかれそうな作品です。
ゾンビが出たので学校休み。(むうりあん)
長野から修学旅行で東京に来ていた女子高生4人組。ところが、突如ゾンビが大量発生し、逃げ遅れた4人は秋葉原のお店で籠城を余儀なくされてしまう。ゾンビのひしめく街で少女たちはサバイバル生活を送りながらも、意外とまったりとした日常を満喫していたが......。
◆◆◆◆◆◆
ゾンビもののフォーマットを踏襲しつつも、『がっこうぐらし』からさらにシリアス成分を薄くして限りなく日常4コマ漫画に近付けた作品です。百合百合したキャッキャッウフフな描写が基調となっている一方、その中にブレンドされたゾンビと隣り合わせのドキドキ感が程良いアクセントとして機能しています。また、登場人物もみなキャラが立っており、日常漫画としての出来は申し分ありません。終盤は若干シリアスにはなるものの、それほど深刻な事態にはならず、ほどよくまとまった佳品に仕上がっています。
2015年

アリス・イン・デッドリースクール(小島アジコ)
漫才研究会の優と信は漫才の練習をしに校舎の屋上へとあがる。それから、その2人をこっそりとつけてきたストーカーのメグやインタビューにやってきた新聞部の千十合(ちずえ)など、屋上には次々と生徒たちが集まってきた。しかし、その時、校庭を見降ろした彼女たちは驚愕する。地上では生徒同士が殺し合うという地獄絵図が繰り広げられていたのだ。いつの間にかゾンビによるパンディミックが発生していたことを知った彼女たちは逃げ込んできた生徒たちと一緒に屋上で籠城を始めるが.......。
◆◆◆◆◆◆
もともと舞台として上演されていたものを『となりの801ちゃん』の小島アジコがコミック化した作品です。四コマ漫画の形式を採用しており、ノリも絵柄も日常4コマそのものです。状況は悲惨なのに作風はコメディタッチという、ちぐはぐ感がなんともいえない独特の味を醸し出しています。また、全1巻の割に登場人物が多くてごちゃごちゃした印象ですが、そのことが、後半どんどん人が減っていく切なさを強調する効果をあげています。コミカルな雰囲気だからこそ、登場人物の死と別れが鮮烈な印象を残す傑作です。
青春と憂鬱とゾンビ(古泉智浩)
ゾンビ化しつつあるドルオタが懸命にライブ会場に向かう『日本一スカートの短いゾンビ』、売れないお笑い芸人がゾンビウィルスに感染したことで注目を集めていく『地下芸人がゾンビに噛まれた結果w』など、日常のゾンビをテーマにした中短編漫画を5篇収録した作品集。
◆◆◆◆◆◆
ゾンビが蔓延している社会を描いたオムニバス作品ですが、ゾンビによって人類絶滅の危機に陥っているわけではないという点に独特の味があります。ゾンビウィルスによる年間発症者は5千人でウィルス保持者は全国で10万人程度と、タチの悪い伝染病といった扱いです。そのことによって、逆に、感染者の悲哀や感染者を取り巻く人々のエゴなどをよりリアリティ豊かに描くことに成功しています。名作『ライフ・イズ・デッド』にも通じる佳品です。
青春と憂鬱とゾンビ
古泉智浩
太田出版
2015-10-15


小学生ゾンビ・ロメ夫(二宮香乃)
ある日、小学校の4年4組に転校生がやってくる。彼の名は穣治・ロメ夫。成績優秀、スポーツ万能の上にピアノも優雅に弾いてしまうという優等生ぶりを発揮し、たちまちクラスの人気者になる。だが、彼には一つだけ問題があった。ロミ夫の正体は生ける屍、つまりゾンビだったのだ。そのため、ドッジボールをすると首がもげ、肝試しをすると辺りに内臓をぶちまけるといった具合に、次から次へとトラブルを巻き起こしていくが......。
◆◆◆◆◆◆
見た目は不気味なゾンビなのに、物語はほのぼの学園漫画というギャップが笑いを生むスラップスティックコメディです。描写は結構グロいのですが、読んでいる内にロメ夫がだんだん可愛く感じてくるのが不思議です。また、クビが飛んだり、はらわたをぶちまけたりする描写も根底に流れるヒューマンドラマの味わいによって上手い具合に中和され、嫌悪感を覚えずに笑いながら読むことができます。凡百のホラーコメディとは一味違った感性で描かれた異色傑作です。
小学生ゾンビ・ロメ夫 (ビームコミックス)
二宮 香乃
KADOKAWA/エンターブレイン
2015-12-14


2016年

ベルサイユオブザデッド(スエカネクミコ)
マリーアントワネットの一行はルイ・オーギュストとの婚姻のためにオーストリアからフランスに向かっていた。しかし、その道中で不死者の群れに襲われ、一行はあっという間に喰い殺されてしまう。マリーアントワネットだけがボロボロになった馬車を走らせてなんとかベルサイユ宮殿にたどり着くもそれは本物のマリーアントワネットではなく、双子の弟・アルベールが姉に変装した姿だった。その後、暗殺者に襲われたことで彼の正体は一部の人間に知られることになるものの、さまざまな思惑によって婚姻の儀はそのまま行われることになる。一方、裏ではルイ15世の愛人であるデュ・バリー夫人に取り入ってアルベールの命を狙う勢力や不死者を生み出して操る謎の集団が暗躍していた.....。
◆◆◆◆◆◆
フランス革命前夜の歴史ロマンとゾンビものを融合させた作品ですが、それだけに留まらず、天使や悪魔が出てくるなどさまざまな要素がギュウギュウに詰め込まれています。そして、1話でいきなりマリー・アントワネットが死んでしまうなど、怒涛の展開が繰り広げられるのでページをめくる手が止まらなくなるのです。また、物語は歴史上の人物を交えて展開されるため、フランス革命に詳しい、あるいは『ベルサイユの薔薇』を読んだことがあるという人なら一層楽しめるのではないでしょうか。そして、なにより独特のタッチの絵が魅力的です。ただ、本作は必ずしもゾンビがメインではなく、ジャンル的にはダークファンタジーの要素が強いので、王道的なソンビホラーを期待すると肩透かしを喰らう可能性があります。それから、あまりにも色々な要素を散りばめすぎたため、最後は収集がつかなくなってしまった感があるのが少々残念です。


不良のはらわた YANKEE OF THE DEAD(今村KSK)
日本最凶の不良校として名高い狼命露館に転校生がやってくる。彼の名は邑楽真剣(おうら・がち)。頭は悪いが、恐ろしく腕っ節が強い彼の目標は、全国の不良のてっぺんをとることだった。だが、狼命露館の不良たちは一筋縄ではいかない。真剣が最初に戦うことになったのは不死身の藤沢と呼ばれる男だったが、彼は殴っても殴っても立ち上がり、腹に風穴があいても全くひるむ様子がない。それでも何とか藤沢を倒す真剣だったが、そこに現れた歩く災害こと郷田・ジロラーモ・明生に一撃で吹き飛ばされてしまうのだった。しかも、その翌日には高校と外部をつなぐ唯一の橋が破壊され........。
◆◆◆◆◆◆
一言でいえば、不良校でパンディミックが発生してどんどんゾンビが増えていくお話です。しかし、不良たちはみんな頭が悪いのでその事実に気づかず、抗争が激化しているとしか思っていないところが笑えます。しかも、ようやくゾンビの存在が認識されたと思えば、今度は「童貞はゾンビに感染しない」という珍妙な説が流れて混乱に拍車がかかります。不良漫画を装ったシリアス調の物語の中で炸裂する予想外のギャグの破壊力はかなりのものです。
ニューヨークで突如発生したゾンビウィルスは瞬く間に世界を席巻する。日本はいち早く鎖国をして、ゾンビの発生を防いでいたが、物資の不足から輸入を再開したため、ゾンビウィルスの侵入を許してしまう。一方、ヒキコモリのアイドルオタク・修造は秋葉原にアイドルの握手会に出掛け、ゾンビ化したアイドルに噛まれて自身もゾンビとなってしまうのだった。しかし、彼はゾンビになっても人としての意識を保ち、ソンビ界の神を目指そうとするが......。
◆◆◆◆◆◆
最初はゾンビが人を襲い、数を増やしていくという王道的なゾンビものとしてスタートします。しかし、そこから、主人公がゾンビだらけの世界でサバイバルをするというお決まりの展開にはならず、彼自身がゾンビになってしまうという設定がユニークです。それに、人間・従来型ゾンビ・知性型ゾンビの3つの種に分かれ、人間と知性型ゾンビが共闘するというのも今までのゾンビものにはなかったパターンです。また、どうしようもないクズだった主人公がゾンビになることによって存在感を発揮し始めるのも、読んでいて引き込まれるものがあります。うまくいけば『アイアムアヒーロー』の後継作になるだけのポテンシャルを持った作品でした。それだけに、人気に火がつくことがなく、4巻で打ち切りになったのが惜しまれます。
2017年

ゾンビな毎日(渡辺電機(株))
世界各国でゾンビが大量発生し、人類はあっけなく滅亡した....かに思われた。ところが、ゾンビになった人々がある日を境に理性を取り戻し、文明社会を復興させていく。とはいっても、みんな体はゾンビのままなので、日々の生活はなんだかはホラーなことになっていた。そんな中、享年15歳の原和田存美はイケメンバラバラゾンビの車崎先輩と運命的な出会いを果たし、彼に恋をするのだが......。
◆◆◆◆◆◆
もし、ソンビになった人類が再び理性を取り戻したら?というコロンブスの卵的発想が絶妙な日常ホラーコメディです。絵柄は可愛いく、話も割とほのぼのしているのに、絵面はとんでもないことになっているというギャップがたまりません。ネタも結構きわどい線をついており、そのやり過ぎ感がブラックな笑いを生んでいます。他の作家では描きえない唯一無二の感性が楽しい怪作です。
ゾンビな毎日 (SPコミックス)
渡辺電機(株)
リイド社
2018-06-25



2018年

ゾン100~ゾンビになるまでにしたい100のこと~(麻生羽呂)

ブラックな体質の制作会社に入社して3年目。天道輝は24歳の若さにして身も心もボロボロになり、その顔つきはまるでゾンビのようだった。夜食を食べながらゾンビ映画を見ていても、「会社に比べたら天国だよな」とつぶやく始末。だが、ある朝、出社しようとすると、本当に街じゅうにゾンビが溢れ、人を襲い始めていた。ゾンビに追いかけられて逃げまどう彰だったが、その最中に、もう会社へは行かなくてもよいのだという事実に気が付き、歓喜の声を上げる。こうして、輝はサバイバル生活を続けながら、仕事に縛られない自由な生活を謳歌していく。そして、いつか自分がゾンビになってしまう前に、やっておきたいことをノートに書いていくが.....。
◆◆◆◆◆◆
周囲はゾンビだらけなのに主人公サイドに悲壮感が一切ないのがユニークです。キャラも魅力的で、世紀末の世界で生き生きとしている姿を見ているとこちらまで元気がでてきます。刹那的ではあるものの、その前向きな姿勢は多くの読者の共感を得るのではないでしょうか。ギャグテイストのゾンビものとして完成度の高い佳品です。






最新更新日2023/09/11☆☆☆

サメ映画はゾンビ映画と並ぶB級映画の定番ジャンルです。しかし、名作がいくつも存在するゾンビ映画に対し、サメ映画は駄作ばかりでロクなものがないという印象があります。実際、サメ映画に低品質なものが多いことは否定できないところです。しかし、そんな中にも光る作品は存在します。そこで、面白いサメ映画を探しているという人のために、おすすめの作品を紹介していきます。なお、サメ映画以外の動物パニック映画について知りたい人は下記のリンク先を参考にしてください。
【アリゲーター】現代の恐竜!おすすめワニ映画【クロコダイル】
【虫・鳥・蛇】おすすめ!動物パニック映画【犬・猿・鼠】

サメ映画についてもっと知りたいという人はこちらもチェック!
マニア限定!愛と哀しみのZ級サメ映画
※紹介作品の各画像をクリックすると
Amazonの該当商品ページにリンクします

1975年

JAWS/ジョーズ(スティーブン・スピルバーグ監督)
アメリカ西海岸の浜辺に若い女性の遺体が打ち上げられた。町の警察署長であるマーティン・ブロディは女性の死因が鮫の襲撃によるものだと断定し、ビーチ全体を遊泳禁止にしようとする。だが、市長は観光による収入が断たれるのをおそれ、遊泳禁止の実施を拒否。その結果、第2の犠牲者を出してしまう。被害者の親族が鮫退治に賞金を出し、ハンターの一人がイタチザメを仕留める。これで事件解決かと思われるも、ブロディが協力を要請した動物学者のフーパーはもっと巨大な鮫がいる可能性を指摘するのだった。ブロディの不安をよそに、町の海水浴場では海開きがおこなわれる。そこに巨大なホオジロザメが現れ、海水浴に訪れた人々は大パニックに陥り.....。
◆◆◆◆◆◆
原点にして頂点。1975年に公開された『JAWS/ジョーズ』ほどこの言葉が当てはまる作品もないのではないでしょうか。本作はわずか1作でサメ映画というジャンルを確立し、その後、二匹目のドジョウならぬ、二匹目のサメを狙って雨後のタケノコのごとくジョーズもどきの作品が作られていくことになります。しかし、そのほとんどはどうしようもないゴミ映画で、本作を超えるどころか、肩を並べる作品さえ皆無です。逆にいえば、その事実が、『JAWS/ジョーズ』という作品がどれだけ圧倒的なクオリティを誇っているかを証明しているわけです。本作は当時29歳だったスティーブン・スピルバーグ監督の才気がいかんなく発揮された映画であり、すべてのシーンにおいて超一級の技巧が施されています。サメの見せ方、音楽の使い方、ショックシーンの演出などなど、すべてが完璧です。映画技法の見本市というべき超傑作に仕上がっています。特に、前半まったくジョーズが姿を見せないのに不気味さを煽ることで観客を画面に釘付けにする演出力は凡百のサメ映画ではたどり着けない境地です。そして、後半ジョーズが登場してからはその圧倒的なリアリティに驚かされることになります。CGがなかった時代なのに、本当に巨大鮫と戦っているように見えるのは見事だという他ありません。その結果、本作は歴代興行収入の記録を塗り替えるほどの大ヒットを記録します。低予算映画でここまで見事な成功を見せつけられれば、その成功にあやかろうとする人が後を絶たないのも無理のない話です。そして、新たな作品が上映されるたびに、観客は埋めようのない才能の差というものを見せつけられることになるわけです。
ジョーズ [Blu-ray]
ロイ・シャイダー/ロバート・ショウ/リチャード・ドレイファス
ジェネオン・ユニバーサル
2013-06-26


1978年

ジョーズ2(ヤノット・シュワルツ監督)
町を恐怖のどん底に陥れた惨劇から3年。海では再び不審な事件が相次ぐようになる。まず、沈没したオルカ号を探索中だったダイバーが謎の失踪を遂げ、続いて水上スキーを楽しんでいた女性の焼死体が浜辺に打ち上げられたのだ。再びホオジロザメが現れたのだと確信し、ブロディ署長は地元の政治家に対策の必要性を訴える。しかし、彼は鮫を恐れるあまり、魚群の影をホオジロザメと勘違いして発砲をするという失態を犯して署長をクビになってしまう。一方、ブロディの息子であるマイクはヨットで沖にでていた。その時、ついに巨大なホオジロザメが姿を現し......。
◆◆◆◆◆◆
前作があまりにも偉大だったため、駄作として語られることが多い続編です。確かに、本作はさまざまな問題点があります。まず、前作では映画全編に漲っていた緊張感が損なわれており、やや弛緩した雰囲気になっています。登場人物のキャラクターも前作ほどには立っていません。主人公がサメの危険性を訴えるも周囲の理解を得られないという、前作の焼き直しになっている展開もワンパターンでストレスを覚えます。なにより、主人公はブロディ署長なのに物語はマイクを中心に展開し、青春映画のイメージが強いというアンバランスさが問題です。それに、これは続編の宿命なのですが、巨大なサメが出てきても前作のようなインパクトを感じないのがつらいところです。というわけで、本作は決して傑作とはいえません。それでも昨今のチープなサメ映画と比べると、随分マトモに見えます。スピルバーグ監督の神演出には及ばないものの、丁寧には作られていますし、それなりにお金もかかっています。それだけでも、多くのサメ映画にはない美点だといえます。サメの仕留め方にも工夫がありますし、さわやかなハッピーエンドで締めるラストも好印象です。前作と続けての観賞はお勧めしませんが、駄目駄目のサメ映画を観たあとの、口直しとして鑑賞するには最適の1本だといえるのではないでしょうか。ただし、ジョーズシリーズでまともに観れるのは本作までです。『ジョーズ3(1983年)』は3D映画でサメも巨大化しているのはよいのですが、動きが遅すぎて緊張感が全くありません。続く『ジョーズ’87/復讐篇(1987年)』はジョーズが復讐のためにブロディ一家を狙うというお話で、なんとブロディ署長の妻であるエレンが主役です。設定自体がトンデモであるうえに、過去作においてエレンの存在感が希薄だったため、唐突感が半端ありません。もちろん、ストーリーにも整合性がなく、海が綺麗なところぐらいしか見所のない駄作となっています。これがシリーズ完結編だと考えると少し悲しくなってきます。
ジョーズ2 [Blu-ray]
ロイ・シャイダー
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2016-08-03


1980年

ジョーズ・リターンズ(エンツォ・G・カステラーリ監督) 
アメリカの港町ではサーフィン大会を控え、多くの若者たちが練習に励んでいた。ところが、その中の一人が行方不明になってしまう。海洋学者のベントンや漁師のハマーが調査を行い、サメに喰いちぎられたサーフィンボードが発見される。そこから導き出された結論はこの海にとんでもない大きさのホオジロザメが潜んでいるという事実だった。決定的な証拠を突きつけられ、市長はサメが侵入しないようにと、鉄網を張り巡らせる。一方で、客足に影響が出ることを恐れ、サメの存在は秘匿するのだった。ところが、サメは予想以上に凶暴で、鉄網を破ってやすやすと海水浴場に侵入してしまう。人々が大パニックに陥る中、新たな犠牲者が......。
◆◆◆◆◆◆
70~90年代のイタリアは話題の映画のパクリを得意としていました。その狙いはもちろん、ブームに便乗してひと儲けすることであり、本作もそんなパチモン映画の一つです。実際、あらすじはまんま『JAWS/ジョーズ』そのものだったため、ユニバーサル映画が抗議し、アメリカでは劇場上映が中止になったといいます。とはいっても、当然のことながら、クオリティ自体は本家に遠く及んでいません。巨大鮫の等身大模型はあからさまにチープで、しかも、ところどころ記録映画を流用しているのでサメの大きさに全く統一感がないのです。しかし、話はテンポよく進み、パチモンだとわかっていても意外と楽しく観賞することができます。それに、女の子の足が食いちぎられるなど、イタリア映画ならではのゴア描写も大充実です。スプラッターが苦手でなければ、観て損はない作品だといえるでしょう。
ジョーズ・リターンズ(字幕) [VHS]
ジェイムズ・フランシスカス
ビデオメーカー
1997-08-02


1999年

ディープ・ブルー(レニー・ハーリン監督)
太平洋上に建設された医療研究施設アクアティカ。そこではアオザメの脳細胞を使ってアルツハイマーの特効薬を開発する研究がおこなわれていた。しかし、遺伝子改造されたサメが施設から逃げ出すという騒動が起き、研究所は閉鎖の危機へと追い込まれてしまう。会社の決定に反発した研究部部長のスーザンは研究成果を見せるために社長のラッセルを施設へと招く。そして、サメから脳細胞を抽出し、アルツハイマーの試薬を完成させてみせるのだった。だが、麻酔で眠らせていたはずの巨大鮫が突如暴れ出し、職員の腕を食いちぎる。サメの監視員であるカーターがサメを射殺しようとするが、研究成果を無為にされたくないスーザンはサメをプールに戻してしまう。その上、負傷した職員を搬送するためにやってきたヘリがサメに襲われて爆散し、その衝撃で施設全体のシステムがダウンしてしまったのだ。続いて、別のサメが隔壁を破壊し、施設内に大量の海水が流れ込む。生き残った人々は施設からの脱出を模索するが、水浸しになった建物の内部では遺伝子操作によって高い知能を得たサメたちが虎視眈々と彼らを襲うチャンスをうかがっていた.......。
◆◆◆◆◆◆
サメ映画というジャンルが誕生してから二十余年。『JAWS/ジョーズ』以外で初めて傑作と呼べるサメ映画が公開されました。それが本作です。CGで描かれた巨大サメの俊敏な動きには従来のサメ映画では表現しえない迫力があり、サメの恐怖に海底施設からの脱出劇を絡めた緊迫感もなかなかのものです。また、主人公かと思われた人物が中盤であっさり死んで誰が生き残るのかわからなくしてしまい、緊張感をより高めることにも成功しています。今見るとサメのCGが安っぽく感じる部分はありますが、それも20年以上前の映画だと考えると仕方のないところです。ただ、サメは遺伝子操作によって高い知能を得ているという設定なのですが、その設定をあまりうまく活かせていない気がします。確かに、知能の高さを示すシーンは随所にあるものの、賢いから恐ろしいという域に達しておらず、観客にインパクトを与えるまでに至っていないのです。とはいえ、全体的に完成度が高いのは間違いがないところであり、数あるサメ映画の中でも上位に位置する作品であることは確かです。
ディープ・ブルー [Blu-ray]
トーマス・ジェーン
ワーナー・ホーム・ビデオ
2010-10-06


2003年

オープン・ウォーター(クリス・ケンティス監督)
多忙な生活で何かとすれ違うことの多かった夫婦、ダニエルとスーザンは休暇をとってカリブ海に旅行に出かける。ダイビングツアーに参加し、船から海の中に入る2人だったが、手違いでそのまま置き去りにされてしまう。そのことに気づいたダニエルとスーザンは呆然とする。しかし、陸地の見えない海上ではどうすることもできず、ただ、救助がくるのを期待するしかなかった。しかも、彼らはサメが大量に生息する海域へと流されていき........。
◆◆◆◆◆◆
超低予算映画であり、巨大鮫が襲ってきたり、人喰いザメと死闘を繰り広げたりするシーンは一切ありません。観客は海上に浮かんでいる2人が「サメに噛まれた」などと言っているリアクションを見守るだけです。映画としてはあまりにも地味すぎます。その代わり、周囲を泳いでいるサメはすべて本物です。出演者は演技ではなく、本気で怖がっているように見え、そのリアルさにまずぞっとします。それに、陸地が一切見えない海上に取り残されるという絶望感の描写もかなりのものです。そういう意味ではよくできているといえなくもありません。ただ、問題はあまりにもリアルなので、観ていると気が滅入るばかりで全く楽しくない点にあります。「ああ、怖かった」で終わるホラー映画とは違い、観終わったあとも憂鬱な気分が続きます。救いのない絶望感を疑似体験してみたいという人におすすめの作品です。
オープン・ウォーター [DVD]
ブランチャード・ライアン
ポニーキャニオン
2006-07-19


2004年

ブルーサヴェージ(ヨルゴ・パパヴァッシリュー監督)
妻を巨大鮫に殺された男は復讐の機会をうかがっていた。そして、ついに姿を現したのは太古に滅んだはずの古代鮫だった。男は悲劇を繰り返さないようにと注意をよびかけるが、誰も彼のいうことを信用しようとはしない。しかも、会場ではジェットスキー大会がおこなわれ、大勢の人間が海上に出ていた。刻一刻と迫りくる危機に男は一人立ち上がる.....。
◆◆◆◆◆◆
ドイツで製作されたテレビ用の映画です。そのため、予算も限られていて、肝心のサメの出番が少ないのは残念なところです。しかし、その分、登場人物の描写には力が入っており、人間ドラマとして見応えがあります。サメの出番が少ない代わりに、サメの存在を知られたくない組織が登場し、主人公の前に立ちふさがります。激しいカーチェイスや銃撃シーンもあり、サスペンスアクションとして非常によくできているのです。それに加え、脇役のキャラも立ちまくりです。また、サメの登場時間は少ないものの、その規格外の大きさにはかなりのインパクトがあります。サメ映画というよりも総合エンタメ作品として楽しみたい逸品です。
ブルーサヴェージ [DVD]
ケイ・スケラ
ビデオメーカー
2006-03-03


2009年

メガシャークシリーズ(クリストファー・レイ監督・他)
アラスカ沖で航空ミサイルの極秘実験が行われた。しかし、その衝撃によって万年氷が崩壊し、2体の古代生物を蘇らせてしまう。1体は巨大鮫のメガロドン、もう1体は巨大なタコだった。永い眠りから目覚めた2体は世界各地の海域で大暴れを続ける。船が襲われ、橋は壊され、旅客機すら叩き落とされる始末だった。世界中の軍隊が駆除を試みるが、ミサイルを浴びせてもビクともしない。そこで、海洋学者のエマはある提案をするが.......。
◆◆◆◆◆◆
アメリカ海軍ですら歯が立たない超巨大メガロドンが登場します。それが他の巨大生物たちと戦いを繰り広げるのですから、もはやサメ映画というより、怪獣映画です。まるでゴジラのVSシリーズのようなノリであり、その手の映画が好きな人にとってはたまらない作品となっています。ただし、シリーズ第一弾の『メガシャークVSジャイアント・オクトパス(2009年)』はそれほど良いできではありません。劇場未公開作品だけあってCGはかなりチープですし、肝心のモンスターバトルもタコがサメに絡んでいるだけなので全く躍動感が感じられないのです。しかし、第2弾の『メガシャークVSクロコザウルス(2010年)』ではCGと脚本はあいかわらずチープであるものの、クロコザウルスの見た目が怪獣っぽいのと登場人物のキャラが立っているおかがで、見応えは格段にアップしています。続く第3弾『メガシャークVSメカシャーク(2014年)』では前作のヒットで予算がついたのでしょうか、CGのレベルが一気に向上しています(とはいっても、Z級映画からB級映画にジョブチェンジした程度ですが)。必然的に映像的な迫力は増しているのですが、同時に、脚本のバカバカしさも増大しているのが玉に瑕です。結果として、これまで以上に人を選ぶ作品になっています。そして、シリーズ最高傑作といえるのが第4弾の『メガシャークVSグレートタイタン(2015年)』です。進撃の巨人に登場する超大型巨人にそっくりなロボット、グレートタイタンが登場し、メガシャークとの死闘を繰り広げます。両者が大暴れするシーンもなかなかの迫力なのですが、それ以外の場面でもテンポがよくて飽きさせない工夫がされているのには感心させられました。ただ、グレートタイタンが活躍する場面がかなり少ないのが残念です。というわけで、決してクオリティの高い映画ではないものの、バカ映画を何も考えずに楽しみたいという人にはかなりおすすめのシリーズです。
メガ・シャークVSジャイアント・オクトパス [DVD]
デボラ・ギブソン
アルバトロス
2009-11-11
メガ・シャークVSグレート・タイタン [DVD]
ブロディ・ハツラー
アルバトロス
2015-07-03


2010年

赤い珊瑚礁 オープン・ウォーター(アンドリュー・トラウキ監督)
休日を利用してルークは仲間たちと世界最大の珊瑚礁地帯であるグレートバリアリーフを訪れる。同行したのは友人のマット、マットの恋人・スージー、マットの妹・ケイト、それに船の船長を務めるウォレンの4人だった。目的の島でシュノーケリングを楽しみ、帰途に就くルークたちだったが、途中で船が転覆してしまう。とりあえず、船底によじ登るも、このままでは船が沈没するのを待つだけだ。生き残るためには水平線の先にある島まで泳いで引き返すしかない。だが、その海域は巨大なサメの巣窟だった。
◆◆◆◆◆◆
本作はオーストラリアの映画であり、原題は『The Reaf』です。つまり、アメリカ映画である『オープンウォーター』とは全くの別物なのです。その一方で、サメの恐怖をリアルに描いた点は同じですし、サスペンス性という点では本作のほうが数段高いレベルにあります。というのも、『オープンウォーター』がひたすら絶望的な状況を描くことに終始していたのに対して、本作は極限状態にありながらも、常に生存の可能性を模索し続けるからです。登場人物が希望を捨てずに必死であがくところに強烈なサスペンスが生まれているわけです。しかも、人がサメに襲われているシーンなどは本物の映像か?と思ってしまうほどに臨場感に満ちています。ただ、物語としてみた場合はひたすら陸地を目指すだけなのでかなり単調です。途中で飽きてしまうという人もいるのではないでしょうか。ドキュメンタリータッチの映画としては一級の出来なのですが、何を期待するかによって大きく評価は変わってきそうです。
赤い珊瑚礁オープン・ウォーターBlu-ray
ダミアン・ウォルシー=ハウリング
ポニーキャニオン
2016-09-21


シャークトパスシリーズ(デクラン・オブライエン監督・他)
海水浴の客で賑わうサンタモニカのビーチ。そこにサメが現れ、ビキニ姿の女性に襲いかかる。だが、間一髪のところで彼女は上半身がサメで下半身がタコという異様な姿をしたモンスターに命を救われる。その正体はアメリカ海軍の依頼を受けてBW社が開発した生体兵器・シャークトパスだった。シャークトパスは脳皮質に電流を流すことで自在にコントロールできるようになっているのだ。だが、ヨットにシャークトパスの体が接触し、そのショックで制御装置が外れてしまう。暴走を始めたシャークトパスによって人々は次々と犠牲になっていくが......。
◆◆◆◆◆◆
2010 年にテレビ映画として放映された『シャークトパス SHARKTPUS』は 海の2大モンスターである人喰いサメと巨大タコを掛け合わせてみましたという安易な企画ながらも、出来上がったモンスターの造形には忘れ難いインパクトがありました。そのため、作品自体は凡作だったにも関わらず、意外な人気を博すことになります。そして、その人気を受けて作られたのが『シャークトパスVSプテラクーダ(2014年)』です。プテラクーダはプテラノドンに鬼カマスを掛け合わせて作られたモンスターなのですが、鬼カマスの要素はほぼありません。そもそも、なぜ鬼カマスなのかが意味不明です。続く『シャークトパスVS狼鯨(2016年)』では狼とシャチを掛け合わせた究極生物が登場すます。狼とシャチなら納得の組み合わせであり、いかにも強そうです。ところが、そこにブードゥ魔術が絡み、ますますカオスなことになってしまいます。それに、テレビ映画という点を差し引いても、CGはあまりにもチープです。モンスターが実写映像から完全に浮いてしまっており、はっきりいってそのクオリティはメガシャーク以下です。B級映画としても楽しめるかどうかは微妙なところですが、モンスター映画好きならシャークトパスのインパクトを確認するだけでも観る価値はあるかもしれません。
シャークトパスVSプテラクーダ [DVD]
ロバート・キャラダイン
インターフィルム
2015-07-03
シャークトパス VS 狼鯨 [DVD]
ジェニファー・ウィンガー
インターフィルム
2016-05-03


2011年

シャーク・ナイト(デヴィッド・R・エリス監督)
湖畔にバカンスにやってきた7人の大学生。しかし、湖にはなぜかサメが生息しており、水上スキーを楽しんでいた学生は腕を食いちぎられてしまう。彼らは地元の人間に助けを求めようとするが.......。
◆◆◆◆◆◆
監督は『デッドコースター』『スネークフライト』など、パニックホラー映画には定評のあるデヴィッド・R・エリスです。本作も湖にサメという意外な設定で観客の興味を引き付けることに成功しています。また、何気ないシーンを印象的に描く演出力や意外性のある物語によって観客をダレさせない手管も見事です。それに、シュモクザメやダルマザメなど、通常のサメ映画ではあまりお目にかかれないサメが登場するといった点でも興味深い作品だといえるでしょう。全体的に非常にまとまりの良い映画です。ただ、グロ描写はかなりおとなしめで、しかも、サメとの対決を主軸として描いているわけでもありません。あくまでも、サメの背後にいる悪役たちとの対決がメインなのです。そのため、正統派サメ映画を期待していた人にとっては不満が残る可能性もあります。
シャーク・ナイト [Blu-ray]
サラ・パクストン
ポニーキャニオン
2016-09-21


2012年

パニック・マーケット3D(キンブル・レンドール監督)
元ライフセイバーのジョシュは親友のローリーをサメに殺されたことに責任を感じ、仕事を辞めてスーパーマーケットで働き始める。ところが、そのスーパーに覆面の強盗が現れる。その上、ローリーの妹でジョシュの元恋人であるティナを人質に取られてしまうのだった。さらに、悪いことは重なるもので、大地震とそれに伴う津波が発生する。気が付くと店内は大半が水に浸かり、辺りには惨状が広がっていた。ジョシュやティナたちは店内からの脱出を図ろうとするが、そこにホオジロザメが現れ、生き残った人々はパニックに陥る。その上、天井からは切断された電線が垂れ下がっており、それが水につかれば感電死は免れない状況だ。果たして彼らは無事スーパーマーケットから脱出することができるのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
純粋なサメ映画ではないので、サメ描写に期待しすぎるとがっかりするかもしれません。その代わり、強盗、津波、ホオジロザメ、殺人鬼、人喰い蟹と次から次へとイベント盛りだくさんでパニック映画としてはかなり楽しめる出来に仕上がっています。映像はチープであるものの、パニック映画のツボをしっかり押さえているので退屈することなく観ることができるのです。ただ、死ぬ人間は最初から予想できるふぁめ、安心して鑑賞できる反面、意外性には欠けています。王道展開の映画が好きだという人におすすめしたい作品です。
パニック・マーケット3D Blu-ray
ゼイヴィア・サミュエル
松竹
2014-02-08


ダブルヘッド・ジョーズシリーズ(クリストファー・レイ監督・他)
クルーザーに乗って海洋調査に訪れた大学教授と十数人の学生たち。しかし、その途中でサメの死骸とぶつかり、船底を傷つけてしまう。やむを得ず、近くにあった珊瑚礁の島に上陸し、そこで修理に使えそうな材料を探すことになった。だが、浅瀬にいた男女の前に突如、巨大なサメが現れ、彼らを喰い殺してしまう。しかも、それはただのサメではなく、頭が2つある異様な姿をしたモンスターだった。その上、突如地割れが発生し、島は徐々に沈んでいく。このままではサメの餌食になるのを待つだけだ。一行は生き残りをかけてサメとの対決を余儀なくされるが......。
◆◆◆◆◆◆
頭が2つある巨大鮫のビジュアルはなかなかのインパクトです。それに島が沈んでいくために陸にいながらサメの脅威が迫ってくるという設定もよく考えられています。しかし、誉められるのはそのぐらいで、あとはすべてが安っぽいC級映画です。まず、CGがチープですし、ストーリーもメリハリがなく、ダラダラと続いていくだけです。また、頭が2つあるので、2人が同時に襲われるシーンをウリにしてますが、毎回毎回横並びになった2人が棒立ちの状態で食べられていくので段々バカバカしくなっていきます。結局、終わってみれば、水着のセクシーギャルしか印象に残らない駄目映画だということに気づかされます。このように作品の出来は低調で、本来ならその存在自体がすぐに忘れられるはずでした。しかし、何を間違えたのか、この作品がシリーズ化されます。しかも、新作が出るたびにサメの頭が増えていくのです。脚本自体は相変わらずダメダメですが、それでもシリーズが進むごとに作品の勢いは増していきます。観ている側もサメの進化ぶりを見届けるのが楽しくなってきます。特に、『ファイブヘッド・ジョーズ(2017年)』で頭が4つしかないと思わせておいて、意外な場所に残りの頭があるという演出がよい味を出しています。そして、おそらく最終作となると思われる『シックスヘッドジョーズ(2018年)』ではもはやヒトデとしか思えない形態となり、ヒトデのように砂地を歩行する姿がインパクト大です。たとえ、頭を切り落としてもすぐに生えてくるところまでヒトデ仕様となっています。ツッコミどころは満載ですが、次第にそのツッコミが楽しくなっていくシリーズです。
ダブルヘッド・ジョーズ [DVD]
ジェフ・ワード
アルバトロス
2012-07-04
シックスヘッド・ジョーズ [DVD]
ナイマ・セベ
アルバトロス
2019-01-05


2013年

シャークネード(アンソニー・C・フェランテ監督)
メキシコ沖で発生した巨大な竜巻が海を渡り、ロサンジェルスへ上陸する。しかも、竜巻は大量の海水とサメの群れを吸い上げていたため、ロサンジェルスの人々は竜巻の被害と共に津波とサメの脅威にもさらされることになる。未曾有の大惨事の中、サーフィン王の称号を持つフィンは家族を守るため、空を舞うサメたちに立ち向かう。
◆◆◆◆◆◆
『メガシャーク』『シャークトパス』『ダブルヘッド・ジョーズ』の3シリーズはネタとして楽しむべき3馬鹿サメ映画ですが、本作はB級バカ映画にも関わらず、ネタ抜きで素直に面白いと思える秀作です。もっとも、企画のバカバカしさでいえば、本作は3馬鹿を遥かに上回っています。そもそも、竜巻に巻き込まれたサメが空を飛びながら人を襲うという時点でとても素面の人間から出た発想とは思えません。ところが、実際に映像で観てみると、その滅茶苦茶さが実に良い味をだしているのです。サメが空中から襲ってくるシーンは迫力がありますし、設定がぶっとんでいる割にはストーリーはしっかりしています。なにより、パニック映画のツボをちゃんと押さえている演出が秀逸です。奇抜なアイディアと勢いだけに目が行きがちですが、娯楽映画としての基本を大事にしているからこそ、これだけの傑作が生まれたのでしょう。本作はテレビ映画として放映された直後から大反響を呼び、当然のごとく、次々と続編が作られることになります。ただ、続編に関しては話がどんどん壮大になっていき、同時に、映画としても大味になっていくため、その辺りは賛否が分かれるところです。
シャークネード [DVD]
アイアン・ジーリング
アルバトロス
2014-01-08
シャークネード6 ラスト・チェーンソー [DVD]
ジュダ・フリードランダー
アルバトロス
2018-12-05


2016年

ロスト・バケーション(シャウム・コレット=セラ監督)

医学生のルーシーは休暇を利用してメキシコのビーチにやってきた。亡き母が教えてくれた秘密のビーチだ。透けるような蒼い海と澄み渡る空。その美しいロケーションの中にはルーシーの他にサーフィンをしている2人の青年がいるだけだった。まさに秘密のビーチと呼ぶにふさわしい場所だ。彼女はボードを用いて高波に乗る楽しさに身をゆだねていたが、突然、水面に漂う鯨の死体が視界に入る。鯨は肉を大きくえぐられていた。彼女が恐怖を感じたとき、真下を巨大な影が横切り、次の瞬間、ルーシーは水中へと引きずり込まれる。必死にもがいてなんとか岩場までたどりつくが、彼女の足はサメに噛まれ、深く傷ついていた。影の正体は獰猛なホオジロザメだったのだ。ひとまずは難を逃れたものの、浜辺まではかなりの距離がある。サメを振り切ってたどり着くのは到底不可能だった。しかも、潮が次第に満ちていき、岩場は海の中に没しようとしていた.....。
◆◆◆◆◆◆
21世紀に入ってからのサメ映画は、サメが空を飛んだり、幽霊になったりとやたらとイロモノ化が進んできました。そんな中、久しぶりに登場した正統派サメ映画が本作です。ストーリーは単純で、海で孤立無援の状態になったヒロインが獰猛な人喰いザメから何とか逃れようとするだけです。登場人物も場面転換も少ないので一見メリハリのない退屈な映画のようにも思えます。しかし、演出に力があるため、思わず画面に引き寄せられ、飽きずに観ることができるのです。徒手空拳のヒロインが必死に知恵を巡らせて人喰いザメと渡り合う姿を見ていると、思わず手に汗握ってしまいます。本作に登場するサメはタフで巨大で凶暴という、かなりの難敵ですが、かといって、昨今のサメ映画のように理不尽にチートで不死身だというわけではありません。そのバランス感覚が絶妙です。インフレが止まらないサメ映画に胃もたれを感じているという人におすすめしたい名品です。
ロスト・バケーション [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
ブレイク・ライブリー
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-07-05


2017年

海底47m(ヨハネス・ロバーツ監督)
メキシコで休暇を楽しんでいたリサとケイトの姉妹は旅先で知り合った男性にシャークゲージダイビングなるものに誘われる。檻に入った状態で海に潜り、檻の中からサメが泳いでいる姿を観察するのだという。リサは乗り気ではなかったが、妹のケイトは興味を示し、そのダイビングに挑戦することになった。ところが、檻を吊り下げていたウインチが海底へと落下し、2人は檻ごと海底まで落ちてしまう。幸い、怪我はなかったものの、船に戻るには檻から出てサメがうようよいる中を浮上しなければならない。絶望的な状況の中で2人は船との通信を試みるが......。
◆◆◆◆◆◆
サメ映画というよりも海底に閉じ込められた恐怖を描いた作品であり、その緊張感が半端ありません。最初から最後まで絶体絶命の連続でかなりのサスペンスを味わうことができます。一方、サメ映画として本作を見た場合は少々物足りなさを感じます。唐突にサメが現れて襲撃を仕掛けるショック演出はなかなかですが、通常のサメ映画と比べてしつこさが圧倒的に不足しているのです。まあ、それがリアルといえばリアルなのですが。どちらかといえば、本作は窒息の恐怖を描いた映画です。刻一刻と減っていく酸素の残量に観ているほうはハラハラしどうしです。サメはそのサスペンスを支える障害物に過ぎません。また、サスペンスアドベンチャーとしてはかなり良質な映画ではあるものの、終始息苦しいムードに包まれているので、その点は好き嫌いが大きく分かれるような気がします。少なくとも、映画に対して気分爽快なカタルシスを求めている人は観ないほうが賢明でしょう。
海底47m [Blu-ray]
クレア・ホルト
ギャガ
2018-10-05


2018年

MEG ザ・モンスター(ジョン・タートルトーブ監督)
レスキューチームのリーダーだったテイラーは沈没した原子力潜水艦の乗組員を救出した際に巨大な生物の攻撃を受ける。だが、その話は誰からも信じてもらえず、結局、彼は仕事を辞めることになった。それから5年後。上海沖に建設された海洋研究所ではマリアナ海溝の海底捜査が行われていた。探査艇は今まで海底だとされていた深度よりも深く潜り、未知の領域に達する。しかし、突如巨大生物に襲われた探査艇は破損し、浮上ができなくなってしまう。地上のメンバーは探査チームを救うべく、タイで暮らしていたテイラーに助けを求めるが.......。
◆◆◆◆◆◆
サメ映画といえばホオジロザメですが、それよりも巨大な古代魚、メガロドンもしばしば映画の題材にされています。『メガロドン』『メガロドン:ザ・モンスターシャークライブス』『ディープライジング コンクエスト』などが代表的なところでしょうか。しかし、基本的にどれも低予算映画であるため、迫力という点ではいまひとつでした。そんな中で登場したのが本作です。製作費1億ドル以上と、サメ映画としては破格の予算をつぎ込んだ結果、いまだかつてなかったスケール感を実現しています。メガロドンが大暴れしている映像は見応え満点で、『JAWS/ジョーズ』のような恐怖感はありませんが、モンスター映画としての風格はかなりのものです。また、血みどろの残酷描写などもほとんどないので、ファミリー向け映画としてもおすすめです。その反面、追い詰められた人間と残忍なサメとの死闘といった、従来のサメ映画を期待していた人にとっては物足りなさを感じるかもしれません。そもそも、あれだけの巨体を誇るモンスターなのに決着の付け方があっけなさすぎます。それから、メガロドンが大暴れするシーンの迫力に対して、人間ドラマは詰め込み過ぎの感があり、しかも大して面白くなかったのが少々残念です。どちらかといえば、物語よりも迫力あるCG映像を楽しむための作品だといえるでしょう。
MEG ザ・モンスター ブルーレイ&DVDセット (初回仕様/2枚組/ステッカー付き) [Blu-ray]
ジェイソン・ステイサム
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2019-01-09



2019年

海底47m 古代マヤの死の迷宮(ヨハネス・ロバーツ監督)

気弱な性格で学校でもいじめられがちな女子高生のミア。そんな彼女の父親が再婚し、連れ子のサーシャと一緒に暮らすことになる。しかし、彼女ともなかなか打ち解けることができず、その関係はぎくしゃくしたものだった。そこで、ミアの父親は2人の親交が深まるようにと、彼女たちを船からサメを観賞するツアーに連れていく。ところが、一緒に来ていた友人のアレクサとニコールがもっとスリリングなことをしようと、2人をケーブルダイビングに誘うのだった。そこにはミアの父が研究中のマヤ文明の遺跡があった。父のグラントや助手のベンとともに遺跡探検を楽しむ4人だったが、突然、盲目の巨大ザメが現れる。サメの襲撃と残り少ない酸素。果たしてミアとサーシャは地獄と化した海底から脱出することができるのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
『海底47m』の続編ですが、ストーリー的には完全に独立した作品であり、サメに襲われながら海底からの脱出を図るという設定に共通点があるだけです。
そして、作品の雰囲気も前作とはかなり異なるものになっています。古代マヤ文明の美しいビジュアルを背景にして繰り広げられる巨大サメとの攻防は、ゲージの中で多数のサメと対峙していた重苦しい雰囲気の前作とはまた違った面白さがあります。たとえば、サメが盲目で音さえ立てなければ襲ってこないが、音には非常に敏感という設定は緊迫感を盛り上げるのに寄与していますし、迷宮のような遺跡が神秘的なムードを高めてくれるといった具合です。前作が息詰まるソリッドシチュエーションスリラーだとすれば、本作はストレートなB級モンスタームービーといったところでしょうか。この辺りはどちらが好みかで意見が分かれそうです。一方、酸素の残量が少なくなっていく緊張感や万作尽きた絶望感などの描き方は相変わらずのうまさです。終盤の息つく暇もない展開も見事で、話題となった前作に勝るとも劣らない秀作に仕上がっています。
海底47ⅿ 古代マヤの死の迷宮 [Blu-ray]
ダヴィ・サントス
ギャガ
2021-01-08


BAD CGI SHARKS 電脳鮫(マジャマ監督)
兄のジェイソンと弟のマシューはサメ映画が好きという共通点があり、一緒にサメ映画を製作するのが幼い頃の夢だった。しかし、優秀なマシューに対してジェイソンはあまりにも低能だった。そのため、両親は将来有望なマシューに悪影響を与えないようにと2人を引き離す。月日は過ぎ、大人になってハリウッドで働くマシューの元に疎遠になっていたジェイソンが訪ねてくる。彼はマシューが子供の頃に書いた「サメ上陸」というタイトルの脚本を見せ、これを映画化したいというのだった。そこに突然、バーナードなる映画監督が現れて「アクション!」とカチンコを鳴らすと2人は気を失ってしまう。やがて目を覚ましたマシューは安っぽいCGで出来たサメが人々を襲っていることを知る。しかも、その状況は「サメ上陸」の脚本にそっくりで...。
◆◆◆◆◆◆
本作はあからさまな低予算映画であり、CGサメのチープさなどはZ級サメ映画そのものです。しかし、Z級サメ映画のサメが具現化して襲ってくるという設定によって安っぽさに必然性を持たせており、その逆転の発想に唸らされます。また、ストーリーもこの手の映画としては意外にしっかりしていて、困難を乗り越えることで兄弟が絆を取り戻すハートフルコメディとしてきっちり楽しめる作りになっています。ただ、映画の性質上メタ要素がかなり強く、数々のメタ発言はサメ映画好きでなければ楽しめないかもしれません。そういうわけで決して万人にはおすすめできないものの、単なるZ級映画として片付けるにはもったいない、サメ映画が好きな人ほど刺さる怪作です。
BAD CGI SHARKS / 電脳鮫 [DVD]
クリストファー・ティサ
コンマビジョン
2021-06-10


2020年

スカイ・シャーク(マーク・フェーセ監督)
フランクフルト行きの飛行機が謎の物体に取り囲まれる。その正体は背中にゾンビを乗せた空飛ぶサメの群れだった。しかも、ゾンビたちはみなナチスの軍服を身につけていた。ゾンビ兵たちは飛行機に乗り込むと次々に乗客を惨殺していく。旅客機は北極圏に墜落し、リヒター科学技術社の社長・リヒターは彼の娘であるディアブラを調査に派遣する。彼女は墜落地点の近くで氷河に埋もれた古い艦船を見つけるが、それはナチス第三帝国の巨大戦艦だった。ディアブラは戦艦の内部へと潜入し、そこでゾンビの生産工場を発見する。その工場こそが戦争末期のナチスが戦況を覆すために準備を進めてきた切り札であり、かつてリヒターもその開発に携わっていたという。やがて、ゾンビ兵と空飛ぶサメによる襲撃が世界各国で開始され…。
◆◆◆◆◆◆
空飛ぶサメに加えてゾンビ、ナチス、巨大戦艦を盛り込んだB級映画欲張りセットのような作品です。おまけに低予算の割にCGや特撮の出来がよく、エロ&ゴアシーンも充実しています。この手の作品が好きなら観て損はないでしょう。ただ、惜しむらくはテンポがあまりよくありません。110分の映画なのですが、しばしば過去のエピソードが挿入され、その度に物語は停滞してしまいます。それらをテンポ良くまとめ、90分の映画にすればもっと面白くなったのではないでしょうか。あとは、スカイ・シャークという割にサメの出番があまりないというある意味致命的な問題もあります。主に人を襲うのはゾンビ兵なので、サメ映画というよりはゾンビ映画といった方が正しいかもしれません。それでも、意欲的な作品であることは確かなので細かなことは気にしないという人ならおすすめできる作品です。
スカイ・シャーク [DVD]
トニー・トッド
ギャガ
2022-01-07


2023年

MEG ザ・モンスターズ2(ベン・ウィートリー監督)
海洋研究所マナ・ワンのチームは潜水艇でメガロドンの潜んでいると思われるマリアナ海溝を調査していた。その途中で研究施設から逃げ出した雌のメガロドンと遭遇。なんとかメガロドンの攻撃を回避して深海へ到達するも今度はレアメタルの違法採掘者たちと鉢合わせになる。彼らが行った証拠隠滅の爆破によって潜水艇は損傷。しかも、メガロドンを閉じ込めていた超低温水域も破壊されてしまう。助かる道はただ一つ。ジョナス・テイラーたちは深海スーツを装着し、3km先の違法採掘基地に向かう。だが、そこに至る海域は怪物たちの巣窟で…。
◆◆◆◆◆◆
メガロドンと人間の死闘を描いたシリーズ第2弾です。しかし、今回はメガロドンだけでなく、大蛸や水生小型恐竜なども登場します。もはやサメ映画というよりモンスター映画といった方がよいかもしれません。それに加えて、人間同士の闘いもあり、ぶっちゃけ詰め込みすぎです。また、ジェイソン・ステイサム演じるジョナス・テイラーの超人ぶりがパニック映画に必要不可欠な緊張感を削いでしまっているという問題もあります。テイラーの負ける姿が思い浮かばないので手に汗握る展開にならないのです。さらにいえば、前作ヒロインのぞんさいな扱いもいただけません。以上の理由から、A級パニック映画を期待して本作を観ると失望必至です。しかし、金のかかったB級バカ映画だと割り切れば、これ以上面白い作品もなかなかないのではないでしょうか。巨大予算で描かれたモンスターたちは大迫力ですし、それに臆することなく立ち向かうテイラーの姿も痛快です。なにより、終盤の畳みかける展開が大きなカタルシスを生んでいます。頭を空っぽにして映画を楽しみたいというのなら、大いにおすすめの底抜け大作サメ映画です。



サメ映画についてもっと知りたいという人はこちらもチェック!
マニア限定!愛と哀しみのZ級サメ映画

↓サメ以外の動物パニック映画はこちら!
【アリゲーター】現代の恐竜!おすすめワニ映画【クロコダイル】
【虫・鳥・蛇】おすすめ!動物パニック映画【犬・猿・鼠】


★★★
以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。

ジョーズ (字幕版)
メガ・シャークvsジャイアント・オクトパス(字幕版)


最新更新日2023/09/13☆☆☆

数あるサメ映画のなかで良作といえるものはほんの一握りであり、その背後には産廃同然のZ級作品の山が控えています。そのため、サメ映画愛好家は面白いサメ映画を探し求めるという徒労の中で棒にも箸にもかからない駄作をいくつも掴まされることになります。ところが、そうした苦行を続けていると、Z級サメ映画の存在が段々愛おしくなってくるのです。そして、ついにはZ級サメ映画のない人生など考えられなくなってきます。
ここはそんなマニアにおすすめのZ級専門コーナーです。あくまでも、サメ映画のダメっぷりを愛することのできる上級者向けの作品ばかりを揃えているので、間違っても初心者は手を出さないようにしましょう。なお、本当に面白いサメ映画を観たいという人は下記のリンク先を参考にしてください。
【ジョーズ】A級&B級!おすすめサメ映画【シャークネード】
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします

ジュラシック・ジョーズ(1979)
サメ映画=低品質というイメージを決定づけた作品です。とはいっても、この映画にサメは出てきません。巨大ナマズのような古代魚が出てくるだけです。それも、ほとんど姿を現すことなく、人が襲われているシーンでは水中が泡だらけになって何も見えないという省エネ演出になっています。極めて退屈な映画ですが、日本刀片手にふんどし姿で巨大ナマズに挑むスズキさんの勇姿と最期のトンデモ決着は必見です。
ジュラシック・ジョーズ [DVD]
サム・ボトムズ
クリエイティブアクザ
2002-07-25


キラー・シャーク 殺人鮫(2005)
マッドサイエンティストが末期癌の息子に鮫の細胞を移植したら怪人・鮫男になってしまったというお話です。鮫男は着ぐるみ感満載で、サメ映画というよりはヒーローの出てこない東映特撮祭りといった感じです。
キラー・シャーク 殺人鮫 [DVD]
ウィリアム・フォーサイス
エイベックス・トラックス
2006-01-18


凶悪海域 シャーク・スウォーム(2008)
定番の巨大サメではなく、サメの群れが田舎の港町を襲うという話です。しかし、これがテンポが悪くて異様に退屈です。なんといっても問題は164分という上映時間で、とても低予算サメ映画とは思えない長さです。しかも、物語に関係ない人たちのエピソードにやたらと尺を使うので観ている方は眠気を催してしまいます。無駄な部分をカットすれば100分以内で収まったのではないでしょうか。一方、肝心のサメのシーンもパッとしません。人喰いサメが大量に登場するといっても同じCGを何度も使い回しているだけですし、直接的な捕食シーンも一切ないので迫力皆無です。さらに、サメが大量発生した原因はリゾート開発を目論む悪徳企業が地上げのために海にばら撒いた汚染物質にあるのですが、最後は悪徳企業も汚染物質もサメの大量発生問題も何一つ解決しないままにハッピーエンドを迎えます。なんのために164分という尺が必要だったのかと、首をひねるばかりです。
凶悪海域 シャーク・スウォーム [DVD]
アーマンド・アサンテ
日活
2008-07-25


ジョーズ・イン・ジャパン(2009)
非常に珍しい、日本のサメ映画です。しかし、この作品、サメが全く出てきません。それ以前にストーリーすらろくにないのです。サイコサスペンスらしき展開が申し訳程度にあって、あとはグラビアアイドルのイメージビデオのようなシーンが延々続くだけです。一体これはなんなんだ?と呆然としていると、残り数分になったときに全長50メートルはあろうかという巨大なサメがなんの脈略もなく登場します。全くわけがわかりません。正直、サメ映画に分類するのもためらわれるほどですが、それだけに、クソ映画ハンターにとってはたまらない作品となっています。
JAWS in JAPAN [DVD]
滝沢乃南
ラインコミュニケーションズ
2016-10-20


ジョーズ・イン・ツナミ(2009)
津波と一緒にサメがやってきたということで、津波映画とサメ映画を合体させた一粒で2度美味しい作品です。しかも、登場するサメがおなじみのホオジロザメではなく、ミツクリザメという点がユニークです。別名ゴブリンシャークといわれる醜悪な顔はいかにもモンスター映画といった感じで悪くありません。ただ、映画としては津波が起きるまでが冗長で、しかも、サメも津波もCG感丸出しで臨場感に欠けています。ストーリー運びもモタモタしていてどうにも盛り上がりません。アイディアは悪くないだけに、練り込み不足が惜しまれます。
ジョーズ・イン・ツナミ [DVD]
ペータ・ウイルソン
Happinet(SB)(D)
2010-10-02


ディノシャーク(2010)
ゴブリンシャークの次は恐竜顔の古代鮫が登場です。サメというよりはどちらかといえば、ワニに近い雰囲気です(当然のことながらパッケージ絵のサメとは全くの別物)。しかし、それ以外にこれといった特徴のない作品でもあります。そのうえ、登場人物も個性に欠けるので盛り上がらないことこのうえありません。物語にメリハリがなく、ただ淡々と人が食われていくだけです。ちなみに、この古代サメは硬い鱗に覆われていて銃火器の攻撃を受け付けないのですが、終盤になって博士が突き止めた弱点が目だというのです。いや、体が硬いのなら目を狙うしかないというのは誰でも分かると思うのですが。むしろ、水の中を動き回っているサメに対して、どうやって目を射抜くかの方が問題ではないでしょうか。なお、この古代サメは南極の氷の中から何匹も蘇っているはずなのですが、映画は一匹だけ倒してハッピーエンドです。それでもまあ、『ジュラシック・シャーク』などのような真のZ級サメ映画に比べればこの辺はまだマシといったところでしょうか。
ディノシャーク [DVD]
エリック・バルフォー
AMGエンタテインメント
2011-01-21


ビーチ・シャーク(2011)
砂の中を泳いで人を襲うサメの登場です。この辺りからサメ映画のサメは陸地でも平気で人間を襲うようになります。サメのチート化のきっかけをつくったという意味では記念碑的な作品といえるかもしれません。ただ、陸で大暴れといっても、砂の上から突き出た背ビレが追いかけてくるだけなので絵的に非常に地味です。その上、砂の中に引きずり込まれる描写もなく、異次元転移したかのように突然、犠牲者が消えるため、臨場感が皆無です。ストーリーもジョーズのパクリなので目新しさはありません。女性陣が美女揃いなのが最大の魅力だといったところでしょうか。
ビーチ・シャーク [DVD]
コリン・ネメック
松竹
2015-07-03


シャーク・アタック(2011)
今回のサメは数十メートルの巨体を誇り、しかも、当たり前のように陸地に上陸して人を襲います。もはやサメである必然性がありません。普通にワニ映画にすればよかったのではないでしょうか。そんな本作の見せ場はなんといっても、雑なCGで描かれる多脚戦車と巨大サメとの緊迫感皆無の死闘です。また、水着の女の子がピーチパラソルで巨大サメに立ち向かうシュールなシーンもいい味を出しています。それから、冒頭で意味ありげに登場した人物が物語に絡まないまま、サメに食べられたりと脚本はかなりグダグダです。はっきりいって低クオリティのC級映画ですが、ツッコミを入れながら観る分にはなかなか楽しい作品です。ちなみに、1999年にも同タイトルのサメ映画が公開されていますが、両者は全くの別物なのでくれぐれも間違わないようにしましょう。
シャーク・アタック!! [DVD]
ジョン・シュナイダー
アルバトロス
2012-01-06


ジュラシック・シャーク(2012)
史上最低のサメ映画の一つです。CGのサメがチープなのは低予算映画なので仕方がないのかもしれませんが、それ以前に尺伸ばしがひどすぎます。水着姿の女性2人が浅瀬で水をひたすら掛け合ったり、森の中をただダラダラと歩いたりと、どうでもいいシーンが延々と続きます。おまけに最後のエンドロールも超スローで13分も流れ続けるのです。79分の映画ですが、まともに編集すれば30分で終わりそうです。しかも、カットのつなぎ方がおかしくて前後のつじつまがあっていません。クソ映画好きにはたまらない1本だといえるでしょう。
ジュラシック・シャーク(吹替版)
エマニュエル・カリエール
2017-10-26


ゴースト・シャーク(2013)
水がある場所ならどこにでも現れる霊体サメが登場する、”なんでもありのサメ映画ここに極まる”といった感じの作品です。コップの水、トイレの水、道端の水たまりと、神出鬼没に現れては人間にくらいつく捕食シーンはバラエティに富んでおり、霊体化させることでCGのチープを誤魔化す手管にも感心させられます。ストーリー展開は雑で所詮はキワモノサメ映画ではあるのですが、意外と楽しく観れる作品です。
ゴースト・シャーク [DVD]
マッケンジー・ロスマン
アメイジングD.C.
2014-02-05


ピラニアシャーク(2014)
人喰いザメとピラニアの夢のコラボです。海と川の2大スターを合体させて最凶の動物パニックホラーを作ろうとしたのでしょう。しかし、出来上がったのはただのトンデモ映画でした。まず、シナリオが狂っています。遺伝子操作で軍用兵器としてピラニアシャークを作り出すのですが、あまりにも凶暴で手に負えないということでボツになってしまいます。研究所の所長が開発費用を回収できずに頭を抱えていると、2人組のディーラーが現れてとんでもないことを言い始めるわけです。「シーモンキーに似ているからクリスマスプレゼントとして売り出しましょう」と。訳が分かりません。そもそも、このピラニアシャークって血管に潜り込めるほどミニサイズなんですよね。それが体に侵入して内部から襲われるというのはそれはそれで恐怖ではあるものの、果たしてこれってサメ映画なのでしょうか。案の定、ピラニアシャークのシャークの部分はほとんど感じることはできず、単なるできの悪いピラニア映画になっています。
ピラニアシャーク [DVD]
ケヴィン・ソーボ
アメイジングD.C.
2015-07-03


ロスト・ジョーズ(2014)
史上最低のサメ映画として名高い『ジュラシック・シャーク』をも上回る勢いの駄作です。そもそもスタッフが同じで、『ジュラシック・ジョーズ』のフィルムが思いっきり使い回しされています。当然、ロケ地も使い回しです。CGのいい加減さも相変わらずで、特に、サメが空を飛ぶシーンでは失笑ものの映像を堪能することができます。しかも、今回の役者はマジでその辺の一般人を使ったのではないかと思えるほど、演技力やルックスのレベルが落ちています。もはやどのくらいひどい映画が作れるのかを競っているとしか思えません。それだけに、クソ映画が好きだという人にとってはたまらな逸品だといえるでしょう。


アイス・ジョーズ(2014)
「砂の中を泳ぐサメがありなら、雪山にサメがいてもいいじゃない」という発想で作られた作品です。ただし、この映画に出てくるのはサメではなく、原住民の怨念から生まれた悪霊です。サメどころか、生き物ですらありません。それでも、サメ映画としての基本は押さえられており、案外退屈はせずに鑑賞することができます。登場人物はテンポよく襲われていきますし、雪山にも関わらず、水着シーンも完備されている安心仕様です。ただ、問題は唐突な結末で、これは悪い意味で驚かされます。サメ映画マニアなら、それを確認するために観賞するのもまた一興ではないでしょうか。
アイス・ジョーズ [DVD]
アレクサンダー・メンデラック
アルバトロス
2014-06-04


シャーク・プリズン 鮫地獄女囚大脱獄(2015)
もはやサメが地上にいるのは常識。本作でも当たり前のように女囚たちに襲いかかります。また、登場人物に巨乳ばかり揃っているのが女囚ものならではといったところでしょうか。しかし、特にエロいシーンがあるわけではなく、物語はオーソドックスな動物パニックものとして淡々と進んでいきます。しかも、映画としてのクオリティはB級映画の中でも相当チープです。女囚ものとサメ映画を組み合わせるというアイディアは悪くないのですが、そもそも女囚要素がほとんどなく、アイディア倒れに終わっているのが残念です。
シャーク・プリズン 鮫地獄女囚大脱獄 [DVD]
ドミニク・スウェイン
アルバトロス
2016-04-02


ロボシャークVS.ネイビーシールズ(2015)
宇宙から飛来した謎の物質を飲み込んだサメがなぜかロボット化して街で大暴れするというお話です。しかし、ロボシャークのクオリティが低すぎてもはやCGというよりも、一昔前のアニメ合成といった感じです。しかも、このロボシャークがSNSを始めたり、JKと心通わせたりといったトンデモ展開が繰り広げられます。展開がアホすぎてコメディとして楽しめる異色のサメ映画です。
ロボシャーク vs. ネイビーシールズ [DVD]
アレクシス・ピーターマン
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2016-08-03


デビルシャーク(2015)
悪魔に憑依されたサメとエクソシストが戦うという、これまた意表をついた設定のサメ映画ですが、それよりも凄いのが作品のクオリティです。もちろん、悪い意味でです。そもそも、サメがほとんどでてきませんし、尺稼ぎの無駄なカットを連発した結果、ストーリーが支離滅裂で意味不明の域にまで達しています。それに加えて、特撮技術は学生の自主製作映画レベルです。真のZ級映画を観てみたいという人におすすめの作品です。
デビルシャーク [DVD]
アンジェラ・ケレック
竹書房
2016-10-05


ゾンビシャーク 感染鮫(2015)
B級映画の2大ジャンルというべきサメ映画とゾンビ映画を融合させた作品です。これで両方のファンからの集客が見込めると思ったのでしょうか?でも、出来上がった映画は悲しいほどにZ級です。まず、CGがひどくてサメが出てくるたびに笑えてきます。また、せっかくのゾンビものなのに噛まれた人間がゾンビ化して増殖するという設定がラスト数分まで出てこないので、ジャンルミックスした意義が極めて希薄になっています。そもそも、噛まれた人間に対して、ゾンビの数が少なすぎです。まあ、まともなホラーを期待するのではなく、ゾンビシャークの愛らしい動きを楽しむのが、正しい鑑賞方法だといえます。
ゾンビシャーク 感染鮫 [DVD]
キャシー・スティール
松竹
2016-08-03


ディープブルー・ライジング(2016)
『アイス・ジョーズ』と同じく、サメが氷の下や雪の下から襲ってきます。しかも、本作に登場するサメはニシオンデンザメという珍しい種類です。ちなみに、このニシオンデンザメは数百年という長い寿命を持っていることで有名であり、アザラシを襲って食べることもあるという、獰猛な一面を持ち合わせています。もっとも、その移動速度は時速1kmほどであり、映画のように俊敏に動くことは不可能です。ともあれ、作品の出来はというと、いつものサメ映画です。CGがショボくてストーリー展開も雑で緊張感は全くありません。サメの種類が珍しいというだけがウリの映画です。なお、原題は『アイス・シャークス』といい、名作『ディープブルー』とは無関係です。くれぐれも騙されないようにしましょう。
ディープブルー・ライジング [DVD]
エドワード・デルイター
ニューセレクト
2017-01-06


フランケンジョーズ(2016)
マッドサイエンティストがつぎはぎのサメにフランケンシュタインの脳を移植して作り上げたフランケンジョーズが人を襲う話です。しかし、その鮫がチープなうえに妙に愛くるしいデザインなので迫力皆無です。しかも、物語の後半になるとなぜか手足が生えてきます。他にも、血だらけの白衣でマッドサイエンティストを表現し、サメが人を襲うシーンではサメと重なりあっているだけといった具合に全てが雑です。ストーリーも辻褄があっておらず、ツッコミ始めるときりがありません。数あるZ級サメ映画の中でもぶっとび具合では頭ひとつ突き抜けている逸品です。
フランケンジョーズ
タイタス・ヒムルバーガー
2018-01-15


ハウス・シャーク(2017)
イエバエならぬ家鮫が住みついて家の中で人を襲うという出落ち感満載の作品です。ついでにいうと出てくるサメはどこからどう見てもただのハリボテで、全く怖くありません。そのため、作品の方向性はコメディに思いっきり振り切られているのですが、これを楽しめるかは意見のわかれるところです。とにかく、全編下ネタと悪ふざけのオンパレードなので、それにノレなければおいてけぼり感が半端ありません。かなり人を選ぶ作品です。
ハウス・シャーク [DVD]
トレイ・ハリソン
アメイジングD.C.
2018-11-02


ランドシャーク/丘ジョーズの逆襲(2017)
遺伝子操作で作りだされた軍事用の殺人鮫が陸海喰で大暴れということで、手垢がつきすぎてもはや意外性のの欠片もない陸鮫の話です。それよりもなによりも、本作の最大の見所はその壮絶なまでのチープさにあります。『ハウス・シャーク』に匹敵するようなハリボテ感満載のサメがシリアスなドラマの中に登場するのだからたまりません。しかも、殺人鮫を追う科学者が手にしている探知レーダーなんかもガラクタのオモチャにしか見えないときています。もうすべてがごっこ遊びじみていて素面では見れないレベルです。ちなみに、監督は『フランケンジョーズ』のマーク・ポロニア。その作風にはもはやクソ映画界の帝王といえるほどの風格さえ漂っています。

ランドシャーク / 丘ジョーズの逆襲 [DVD]
カイル・ヴァルマシー
コンマビジョン
2020-08-06


コマンドーシャーク 地獄の殺人鮫部隊(2018)
果たしてこれをサメ映画といってよいのか判断に苦しむところです。マッドサイエンティストよって作りだされた鮫人間が登場するのですが、これがちゃちな被りものを頭から被っているだけの代物なのです。目が可愛くて全く鮫には見えませんし、普通に銃で戦うのでわざわざ鮫人間に改造した意義があまり見出せません。ちなみに、サブタイトルは”地獄の殺人鮫部隊”になっていますが、登場する鮫人間は一人だけです。ただ、ストーリーのテンポは良いのでバカ映画として割り切れば、それなりに楽しく観賞できるのが美点でしょうか。


MEGALODON ザ・メガロドン(2018)
タイトルに反してメガロドンがあまり活躍しません。序盤こそメガロドンによる潜水艦襲撃シーンが描かれるものの、その後、話の焦点は米軍VSロシア軍にシフトしていきます。しかも、大半が艦内の映像であることに加え、会話ばかり続くのでだれてきます。ちなみに、人を殺すのは主にロシア兵の役割で、メガロドンが人を襲うシーンは思ったほどありません。たまに人を食べたりしますが、丸呑みで血の一滴も流れないため臨場感皆無です。メガロドンが完全におまけ扱いのうえにCGのクオリティも低く、サイズも安定していません。なによりも、メガロドンの存在感がなさすぎます。はっきりいってタイトル詐欺映画です。
MEGALODON ザ・メガロドン [DVD]
スコット・C・ロウ
アルバトロス
2018-11-02


ウィジャ・シャーク/霊界サメ大戦(2020)
史上最低のサメ映画として名高い『ジュラシック・シャーク』及び『ロスト・ジョーズ』を手掛けたブレット・ケリー監督の新作です。タイトル通り霊界から召喚された降霊鮫が人を襲う話なのですが、安いCGのサメが相手を丸呑みするだけなので緊迫感や臨場感などといったものは一切ありません。そのうえ、71分という短い映画なのに森の中をただ歩いているだけのシーンで尺を稼ぐという名人芸も健在です。そして、最大の見所はなんといってもぶっ飛び具合が半端ないラストバトルです。これには悪い意味で驚かされました。いまや
ブレット・ケリーはマーク・ポロニアと並ぶZ級サメ映画の2大巨頭だといえるのではないでしょうか。
ウィジャ・シャーク / 霊界サメ大戦 [DVD]
ピーター・ウィテカー
コンマビジョン
2021-02-11




ジョーズ・ザ・モンスター(2020)
中国のサメ映画ですが、遺伝子操作で高い知能を得たサメが海洋施設で大暴れするという展開はどうみても『ディープブルー』のパクりです。しかも、20年以上前に製作された『ディープブルー』の足元にも及んでいないのが泣けてきます。とにかく、雑なCGと練りこみ不足のストーリーが致命的です。プールで撮影しているのが丸わかりなうえに基地内部のCGも恐ろしくチープですし、演じている役者に水のCGを重ねて水中移動を表現したシーンは不自然すぎて笑ってしまいます。また、科学者の度を越したアホさも看過できないものがあります。さらに、悪人が突然自己犠牲精神に目覚めたりと、登場人物の行動原理も意味不明です。ちなみに、パクリだらけのなかにあって唯一のオリジナリティといえるのがサメの全身が真っ赤になっていることですが、その設定も映画の中でまったく活かされていません。ダメ脚本、ダメ映像、ダメ演出と三拍子そろった駄作です。
ジョーズ・ザ・モンスター [DVD]
ウェン・ドンジュン
ニューセレクト
2022-12-02


ザ・メガロドン 怪獣大逆襲(2021)
前作『ザ・メガロドン』のロシア軍を中国軍に変えてメガロドンの数を増やしただけの作品です。数を増やしたといってもやはりメガロドンの出番は多くありません。人間VSメガロドンなどいった派手な場面もなく、映画の大半は艦内での密室劇です。後半になると米軍と中国軍の共闘という熱い展開もあるのですが、予算と能力の問題でどうにも盛り上がりません。どうやら巨大生物+軍事サスペンスのシリーズにしたかったようですが低予算映画でこの組み合わせには無理があります。結局、設定のスケールばかりが大きな地味な映画になってしまっています。もちろん、怪獣大逆襲などといった要素は微塵もありません。相変わらずタイトル詐欺の作品です。
ザ・メガロドン 怪獣大逆襲 [DVD]
イシドロ・ペレス
アルバトロス
2022-03-02


シャーコン! 呪いのモロコシ鮫(2021)
『ハウスシャーク』のスタッフが製作したというだけあって安定の低クオリティです。出てくるサメはどう見ても手作り人形で、人が襲われると画面に血が飛び散るというお手軽演出、おまけにZ級映画なのに本編が105分もあるので当然のように意味のない尺伸ばしシーンが続きます。そのうえ、ストーリーも滅茶苦茶です。作中では、ホオジロザメの女神を信仰する邪教集団・トウモロコシ畑に出没する人食い鮫・殺人鬼に妹を殺された警察署長・弟の濡れ衣を晴らすべく調査に乗り出すオカルト新聞記者・CIA&マフィアといった具合にさまざまな要素がちりばめられています。しかし、それらがクライマックスに向けて収束していくことは一切なく、グダグダのまま行き当たりばったりの展開が続いていきます。そして迎えたクライマックスも当然の如く意味不明です。唯一の見どころといえば、トウモロコシ畑でサメがヘリコプターを襲うシーンくらいでしょうか。このシーンだけは悪くありません。ちなみに、本作の原題は『Sharks of the Corn』。なんとスティーブン・キングの名作ホラー小説『トウモロコシ畑の子供たち(Children of the Corn)』のオマージュ作品だったのです。


サメデター(2021)
「サメ出たー」という割にサメが一向に出てきません。75分という短い作品にもかかわらず、意味のないオープニング映像、異様に長いスタッフロール、環境ビデオのような自然描写などが延々と続きます。しかも、ようやくサメが出てきた思ったら資料映像からの流用です。あの悪名高い『ジュラシック・シャーク』や『ロスト・ジョーズで』すらCGを使っていたのにこれはあまりにも酷すぎます。もちろん、役者とサメの絡みなどは一切ありません。資料映像のサメと海中に引きずり込まれる登場人物が交互に映し出されるだけです。そして、極めつけは水平線に沈みかけた夕陽を完全に沈みきるまでノーカットで映し続けるという究極の尺伸ばし。これには殺意すら湧いてきます。そのうえ、物語自体も意味不明で本当に褒めるところが皆無です。これはもう『ジュラシック・シャーク』&『ロスト・ジョーズ』の両雄を超えたといってもよいのではないでしょうか。2023年現在、最低サメ映画の座に最も近い逸品です。
サメデター [DVD]
フランキータ・オリバー
コンマビジョン
2021-12-09


【ジョーズ】A級&B級!おすすめサメ映画【シャークネード】

★★★
以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。



最新更新日2019/05/27☆☆☆

社会派ミステリー全盛の時代に本格ミステリを支えた作家といえば鮎川哲也を始めとして佐野洋、都筑道夫などがいますが、忘れてはならないのは土屋隆夫です。40代でのデビューという遅咲きの作家で、発表した作品の数も決して多くはありませんでしたが、時間を掛けて丹念に作り上げられた作品には名品の輝きがありました。派手さには欠けているものの、どの作品も本格ミステリとして極めて高いレベルにあったのです。それに加えて、芳醇な文学の香りが味わえるのも著者ならではの特徴です。具体的にどのような作品があったのかを紹介していきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします

天狗の面(1958)
天狗伝説の伝わる信州の牛伏村では隣接する横手村との合併問題を巡り、村議会選挙が過熱していた。現職議員の池内市助は合併には反対で合併推進派の小木勝次と激しく争っていたのだ。その市助が急死する。おりんという女性が教祖となって広まった天狗信仰の集会に出席し、お茶を飲んだところで苦しみ始めたのだという。おりんは市助に万病に効く水を飲ませるが、そのかいなく血を吐いて絶命したというのが目撃者から得た証言だった。警察の調べで死因は農薬で使われるパラチオンの中毒死であることが判明する。だが、衆人環視の中でその毒を市助に飲ませる機会があるものは誰もいなかった。捜査は完全に行き詰まり、そんな捜査陣をあざ笑うかのように新たな事件が発生する........。
◆◆◆◆◆◆
第三回江戸川乱歩賞の最終候補作に残り、仁木悦子の『猫は知っている』と受賞を争ったデビュー作です。古い因習の残る寒村で起きた奇怪な事件を描いており、あからさまに横溝正史からの影響が見受けられます。次作以降、社会派ミステリーのムードが漂う都市部での犯罪を描いていった作風とはえらくギャップを感じます。その辺りはデビューと時を同じくして社会派ブームが巻き起こったのと関係しているのではないでしょうか。とはいえ、本作も本格ミステリとしてはなかなかよくできた作品です。特に、第1の毒殺トリックは人間心理の盲点をついた巧みなものです。続くアリバイトリックも単純ながらも、ミスディレクションを効果的に使っているのが印象に残ります。驚くような仕掛けはないものの、その扱い方が非常に上手いのです。テンポも良く、中弛みがない点も高評価ポイントだといえるでしょう。また、物語は横溝正史風でありながらも、文章が牧歌的でユーモラスな点も独特の味となっています。あえて欠点を挙げるとすれば、最初の毒殺トリックは勘の良い人ならすぐにピンとくる可能性があり、そうなるとその瞬間に犯人が分かってしまう点でしょうか。逆にいえば、その点以外は極めて完成度の高い端正な本格ミステリです。「探偵小説は割り算の文学である。そこにはいささかの余りがあってもならない」という自らの言葉を体現した秀作に仕上がっています。


天国は遠すぎる(1959)
自殺した若い女の遺書には死を誘う歌として世間を賑わせている”天国は遠すぎる”の歌詞が綴られていた。その翌日、長野県庁土木課長の深見浩一が失踪し、絞殺死体となって発見される。深見は収賄疑惑で警察からマークされていた人物だ。容疑者として浮かび上がったのは建設会社社長の尾台久四郎。だが、彼には鉄壁のアリバイがあった。一方、女性の自殺に疑念を抱いた久野刑事は執念の捜査の末、深見殺しとの接点を見付けるが.....。
◆◆◆◆◆◆
容疑者のアリバイ崩しを主眼とした本格ミステリですが、そのアリバイが問題となるのは中盤以降です。それまでは曖昧模糊とした事件の全貌を明らかにするべく、ひたすら地道な捜査が続きます。しかし、だからといって冗長に感じるかといえば、全くそんなことはありません。さまざまな謎が浮かび上がり、巧みに読者の興味を引き付けていきます。後半のアリバイ崩しも、トライアンドエラーを繰り返しながら次第にその牙城を突き崩していく展開はこれぞ本格ミステリといった魅力にあふれています。使用されているアリバイトリックも心理的盲点を突いており、なかなか巧みです。また、佐野洋に「これほど刑事をうまく描いた作品は初めてだ」といわしめた執念の捜査の描写も読みどころの一つになっています。さらに、作品のタイトルになっている暗い流行歌の歌詞も事件の謎めいた雰囲気を高めてくれます。短くて作風もどちらかといえば地味なのですが、その中にさまざまな魅力が詰まっているいぶし銀の佳品です。


危険な童話(1961)
ピアノ教室の先生をしている木崎江津子の自宅で男が死体となって発見される。彼は江津子の従兄であり、傷害致死の罪で刑務所に入っていたのだが、模範囚として3日前に仮出所していた。江津子の話によると、従兄が訪ねてきたので出所祝いのお酒を買いに行き、戻ってみると殺されていたのだという。だが、現場の状況から判断して犯人は江津子だと考えるのが妥当だった。江津子は拘留されるが、頑なに犯行を否認する。自供を得られず、肝心の凶器も見つからないため、捜査陣は次第に苦しい立場に追い込まれていく。しかも、しばらくすると、犯人を名乗る何者かがハガキを送ってきたのだ。そのハガキには犯人しか知り得ない事実が記されていた。捜査陣は共犯の存在を疑うが、該当する人物は誰も浮かび上がってこない。やがて、再びハガキが届き、今度は凶器の隠し場所が記されていた。ハガキに書かれた場所から凶器のナイフが発見され、ついに江津子は釈放される。だが、ベテラン刑事の木曾俊作はあくまでも彼女が犯人だという考えを変えず、地道な捜査を続けていくが......。
◆◆◆◆◆◆
作者が標榜していた文学と謎解きの融合が最も高いレベルで実現した作品の一つです。重苦しい物語の中に幻想的な童話を挿入することで、作品全体がなんとも物悲しい雰囲気に包まれ、文学的な香りが立ち上っていきます。しかも、その童話が雰囲気作りだけで終わらず、ミステリーの仕掛けとして機能している点に驚かされます。一方、凶器消失など、その他のトリックはどれも小粒です。したがって、犯人の仕掛けるトリックに期待しているとがっかりするかもしれません。しかし、指紋の工作だけは少々難があるものの、細かいトリックの積み重ねは実によく考えられています。そして、童話と事件の繋がりが判明する瞬間こそが本作のクライマックスです。無邪気さの中に残酷さが秘められている童話のような題材はしばしば童謡殺人のモチーフとして使用されたりしますが、このように意外な使われ方をされた例というのはなかなかないのではないでしょうか。一級のプロットで構成され、その抒情性の高さが忘れ難い読後感を残す傑作です。
影の告発(1963)
ある春の日、大勢の客でにぎわうデパートの中で殺人事件が発生する。満員のエレベーターが7階に到着した直後、中年の男が「あの女がいた」とつぶやいてそのまま倒れたのだ。死んだ男は光陽学園の校長で死因は臀部にストリキニーネを注射されての毒死だった。偶然、現場にいた検事の千草泰輔は事件当初から捜査に加わり、やがて、シナリオライターの宇月悠一へとたどり着く。千草検事はこの男が犯人だと睨むが、彼には鉄壁のアリバイがあった.......。
◆◆◆◆◆◆
土屋隆夫作品唯一のシリーズ探偵である千草検事の初登場作品です。同時に、日本推理作家協会賞を受賞したこともあって、長い間『危険な童話』と並ぶ土屋隆夫の代表作と目された作品でもあります。ただし、近年ではその評価もやや低下しているようです。確かに、各章の冒頭に挿入された謎めいた少女のモノローグには著者の特徴である強烈なロマンチシズムが漂っていますし、作品の柱となるアリバイ崩しもよくできています。しかし、前者に関しては『危険な童話』に挿入されている童話のようなミステリーとしての仕掛けは希薄です。そして、後者のアリバイトリックも海外の過去作に前例があります。もちろん、トリックに前例があるからといって必ずしもその作品が全否定されるものではないのですが、本作の場合は推理可能な要素はアリバイ崩しぐらいです。したがって、先に海外作品を読んでしまっていると、トリックにすぐに気がついてしまい、読書の楽しみが大幅に減退してしまうことになります。ただ、それでも、読みやすい文章で綴られた捜査物語としての面白さは一級品です。該当する海外作品を先に読んでいるか、また、アリバイ崩し一本やりのストーリーを楽しめるかどうかで評価の変わってくる作品だといえます。
第16回日本推理作家協会賞受賞
千草検事は大学時代の旧友・坂口秋男の訪問を受ける。彼は千草に対し、失踪した妻を探すために所轄の署長を紹介してほしいというのだ。1年前に一人息子を失っている坂口に同情した千草は助力を約束する。やがて、坂口の妻らしい女性が長野の温泉に現れたという情報を入手するものの、その女性も行方をくらましてしまう。そして、巻き起こる連続殺人。犯人が残す赤い謎は一体何を意味するのか?
◆◆◆◆◆◆
登場人物は限られており、事件そのものの構図は比較的早い段階で予想がつきますが、中盤以降、秘められた裏の事情が次々と明らかになり、混迷の度合いを深めていくプロットに引き込まれていきます。そして、白眉といえるのがメイントリックです。アンフェアギリギリの大胆な仕掛けに驚かされます。また、登場人物もみな魅力的で物語としても読みごたえがあります。格調高い文章で書かれた、文学の香り豊かな傑作です。


針の誘い(1970)
千草検事は閑静な住宅街で半狂乱になって飛び出してきた女と出くわす。女は「ミチルちゃん、ミチルちゃんがいないの」と口走っていた。話を聞くと、彼女は製菓会社の社長宅で雇われているお手伝いさんで、社長の妻である里子が交通事故にあったという偽の電話で社長の由人と共に外におびき出されたのだという。そして、家を空けたわずかな隙に、何者かがまだ1歳の社長の娘を連れ去ったのだ。千草検事は警察に連絡し、社長宅の捜査を行う。その結果、見つかったのは「子供は500万円と引き換えだ。もし警察に知らせれば子供の命はない」と書かれた脅迫状だった。すでに誘拐の事実は警察の知るところとなっていたが、秘密裏に行動することを条件に警察は事件への関与を続ける。脅迫状に書かれた身代金の受け渡し場所は石材店の石置場だった。そこに11~12時の間に金を持って里子一人でこいという。由人と部長刑事の村瀬が車の中で見守る中、里子は石置場で犯人が現れるのを待つが、突然、身代金の入った風呂敷を放り投げるとその場に倒れてしまう。2人が里子の元にかけつけたとき、彼女はすでに息絶えていた。何者かに刃物で刺し殺されたのだ。身代金は近くに投げ捨てられたままだ。一体犯人の目的は?
◆◆◆◆◆◆
赤ん坊の誘拐とそれに伴う殺人を扱った作品ですが、サスペンス溢れる展開に思わず引き込まれていきます。歴代の誘拐サスペンスものの傑作と比べても遜色のない出来ではないでしょうか。もっとも、本作はサスペンスではなく、本格ミステリです。殺人があったあとは誰が里子を殺したかという問題に焦点が移されるのですが、犯人の正体は比較的早い段階で目星がつきます。驚くべき大トリックがあるわけでもありません。その代わり、細かなトリックが幾重にも仕掛けられており、その巧妙さには思わず舌を巻いてしまいます。トリックの波状攻撃によって読者の目を巧みに真実から逸らしているのです。技巧の冴えでは土屋作品の中でも随一だといえるでしょう。本格ミステリの教科書というべき傑作です。


妻に捧げる犯罪(1972)
交通事故で男性としての機能を失ってしまった短大助教授の日野克一。妻はそんな彼を裏切り、不貞を働いた上で愛人と一緒に死んでしまう。やり場のない感情を発散すべく、いつしか克一はイタズラ電話の常習犯になっていた。見知らぬ相手に「あなたの妻(夫)は浮気をしている」と吹き込み、自分と同じ苦しみを味あわせようとしたのだ。そんなある日、彼のかけた電話は殺人事件の現場へとつながってしまう。手掛かりは女の発した台詞のみ。そこから克一は事件の真相に迫ろうとするが......
◆◆◆◆◆◆
本作はこれまで一貫して書き続けていた本格ミステリとはガラリと趣を変えたサスペンスミステリーです。とはいうものの、電話から得られたわずかな手がかりから相手の正体を推理するくだりなどは謎解きミステリーとしての面白さがあります。また、偏執狂じみた男が語り手を務め、殺人犯を追い詰めていくプロットも通常のサスペンスものと比べるとかなり異質です。全編にブラックユーモアが満ちており、他の土屋作品にはない魅力を感じさせてくれます。ただ、善良とは言い難いクセのある主人公を受け入れられるかどうかで評価は変わってくるでしょう。それから、終盤の展開がやや失速気味なのが残念なところです。


盲目の鴉(1980)
文芸評論家の真木英介は田中英光全集の解説の仕事を引き受け、執筆のための情報収集を始める。その一環として田中英光が妻を刺した際に取り調べをおこなったという元警察官に話を聞くことになった。だが、信州小諸に向かった英介は元警察官の義理の娘である志乃に会ったきり、行方がわからなくなってしまう。数日後、小諸市の郊外で圭介の上着が発見される。そのポケットには男性の小指と「私もあのめくらの鴉の」と書かれたメモが入っていた。一方、世田谷の街を歩いていた千草検事は喫茶店から出てきた若者がコーヒーに混入していた青酸カリによって毒死するという現場にでくわす。しかも、喫茶店の客は誰も彼のコーヒーに毒を入れる機会はなかったというのだ。かといって、その若者と面識のない喫茶店の主人やウエイトレスが犯人だとも思えなかった。殺された若者の名は水戸大助といい、自作の戯曲が入選した雑誌を喫茶店で熱心に読んでいたという。さらに、大助は喫茶店で電話を受けており、電話口で「白い鴉」という言葉を繰り返していたというのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
8年ぶりの新作長編です。この時点で著者の年齢は60を超えており、元々数年に1度だった新作発表のペースが、これ以降、ますます遅くなっていくことになります。作品の中身も往年の作品と比べると緻密さに陰りが見えてきているように思えます。トリックも小粒です。ただ、その反面、文学性は今まで以上に濃厚になっており、文学ロマンに殺人事件の謎を絡めた物語には大いに興味をそそられます。文学に関する描写が多くて少々冗長な点は賛否の分かれるところですが、それらの蘊蓄が作品全体に漂う寂寥感と重なり合い、格調高い作品に仕上がっているのです。ケレン味には欠けるものの、なかなかの良書だといえるのではないでしょうか。


不安な産声(1989)
大手薬品メーカーの社長宅で住み込みのお手伝いが強姦された上で絞殺される。容疑者として医大教授の久保伸也の名前が挙がり、彼自身も罪を認めて犯行を自供する。だが、死体から検出された体液は伸也のものとは異なり、また、アリバイも成立したことから千草検事はこの事件に対して全く納得できないでいた。そもそも、一体なぜ、地位も名誉もある男がほとんど面識のない女性を手にかけたのか?
◆◆◆◆◆◆
本作は千草検事シリーズの最終作なのですが、同時に本編の3分の2が犯人の手記で占められるという異色作でもあります。犯人は最初から明白であり、アリバイのからくりもすぐにわかるので、物語の焦点は犯人の動機だけに絞られることになります。いわゆるホワイダニットものです。しかし、この犯行理由についても物語の半ばで予想がついてしまいます。したがって、過去作のような精緻な本格ミステリを期待すると肩すかしをくらってしまうでしょう。その代わり、巧みな文章によって描かれた犯人の物語は非常に読み応えがあります。最後の皮肉な結末もなかなか衝撃的で、本格ミステリとしてよりも倒叙ミステリーとして優れた作品であるといえます。ただ、シリーズ最終作であるのに肝心の千草検事の出番が少ないのはいささか残念ではありますが。
華やかな喪服(1996)
夫から離婚を迫られていた北条由紀は生後4カ月の娘と共に、突然誘拐されてしまう。見知らぬ男は何も告げず、車に乗せた由紀をさまざまな場所に連れ回すのだった。男のあまりにも不可解な行動に、由紀は不倫の証拠をでっちあげるために夫が仕組んだことではないかと疑う。一方、大泉警察署では江守警部補が職場に出てこなくなり、その理由を探っていた。誘拐事件と大森署の一件はどのようなつながりがあるのか?
◆◆◆◆◆◆
『針の誘い』と同じ誘拐ものですが、あちらがあくまでも本格ミステリに徹していたのに対して、本作はミステリー度は極めて低く、どちらかというと恋愛描写がメインの作品となっています。したがって、謎解きを期待して読むと『不安な産声』以上に失望することになるでしょう。一方で、錯綜した人間模様を描いた物語としてはなかなかの読み応えです。切ないラストも心に残り、人間ドラマとしては十分に及第点だといえます。ただ、現代の話なのに国定忠治とかディック・ミネとかいちいち道具立てが古すぎる点は気になるところです。
華やかな喪服
土屋 隆夫
光文社
1996-06


ミレイの囚人(1999)
精神の均衡を失っているとしか思えない少女、白川ミレイ。彼女はかつて自分の家庭教師をしていた人気ミステリー作家の江葉章二を言葉巧みに誘い、自宅に監禁してしまう。一方、その頃、新人賞を受賞したばかりの作家が殺される。果たしてミレイの目的は?そして、新人作家の殺人と流行作家監禁事件はどうつながるのか?
◆◆◆◆◆◆
女性が人気作家を監禁といえば、スティーブン・キングの『ミザリー』を想起しますが、本作はそれを反転させて本格ミステリに仕立てている点に独自性があります。トリックも掟破りの意表をついたものであり、真相が明らかになったときの衝撃はかなりのものです。とはいっても、仕掛け自体は極めてシンプルで、決して特筆すべきものではありません。その代わり、それを気付かせないようにするためのミスディレクションが実に巧妙なのです。『針の誘い』以降、徐々に本格色が薄くなっていた著者ですが、80歳を超えてからこれだけの野心作を発表した事実には驚かされます。ただ、それだけに、最後に語られる動機がちょっととってつけた感があるのが惜しまれます。


聖悪女(2002)
ホスピスで死期を待つ老女、星川美緒。彼女の数奇な運命は三つの乳房を持っていたことから始まった。そこに触れた初恋の男性が事故死したのを自分のせいだと思いこんだ彼女はさらなる災いを恐れて、養父母の家を飛び出した。そして、水商売をしながら各地を転々としていく。だが、東京に戻ったとき、災厄が再び美緒の身にふりかかる。25歳のときに美緒が遭遇した殺人事件の真相とは?
◆◆◆◆◆◆
ヒロインの数奇な運命を描くことに主眼が置かれており、土屋隆夫の長編作の中でおそらく最もミステリー色の薄い作品です。一応ミステリーっぽく描かれており、トリックも用いられていますが、ミステリーファンを満足させるレベルではありません。逆に、ミステリーに対するこだわりが足かせになっている感さえあります。心理描写などは巧みなだけに、この作品に限って言えば、普通小説に徹したほうがよかったのではないでしょうか。
聖悪女 (光文社文庫)
土屋 隆夫
光文社
2004-10


物狂い(2004)
長野県の美岳市で、市役所に勤務する24歳の女性が首筋を引っ掻かれて流血するという事件が起きる。女性の悲鳴を聞いて2人の男性がすぐに駆けつけたが、犯人の姿は見ていないという。警察が現場検証をした結果、2人の目をかいくぐって逃げ隠れするのは不可能だという結論に達した。しかも、女性は幽霊に襲われたと証言する。近隣は幽霊騒動に沸き立ち、そんな中、第2の幽霊事件が発生する。そして、第3の事件において、それはついに殺人にまで発展し.......。
◆◆◆◆◆◆
物語は大きく分けて、前半の幽霊騒動と後半のアリバイ崩しの2部構成になっていますが、正直どちらもパッとした出来ではありません。消失トリックもアリバイ工作も使い古されたアイディアです。それに、往年の土屋作品のような、既存のトリックを積み重ねて大きな効果を上げるという緻密さにも欠けています。『華やかな喪服』以降、サスペンスの方向に舵をとってきた著者がここにきて原点回帰の本格ミステリに挑戦したわけですが、その結果は作家としての老いを感じさせるだけに終わってしまっています。ただ、著者のデビュー作『天狗の面』で探偵役を務めた土田巡査の息子が土田警部として登場しているのはファンとしてはうれしいところではないでしょうか。
物狂い (光文社文庫)
土屋 隆夫
光文社
2006-09-07


人形が死んだ夜(2007)
咲川紗江は母の松代と12歳になる甥の俊を連れて志木温泉へ旅行に出掛ける。俊の母は彼が3歳のときに白血病で亡くなり、父親は誰なのかも不明だった。そのため、
紗江が母親代わりになって育ててきたのだ。ところが、俊は旅行先でスケッチをするといって外に出たきり戻ってこない。そして、血を流して死んでいるのが発見される。彼は轢き逃げにあったのだ。唯一の目撃者である南原の証言に不審なものを感じた紗江は彼に近づいて真実を暴こうとするが.....。
◆◆◆◆◆◆
本作はなんと、作者が90歳のときに発表した作品です。それだけに老いを感じさせる部分はかなり目立っています。視点人物を変えながら何度も同じシーンを繰り返して描写しているところなどは老齢期に入った人間特有のくどさですし、視点の乱れからくる違和感も随所に見受けられます。しかし、それでも文章自体は読みやすいので、さほど苦労することなく読み進められるのはさすがというべきでしょう。そして、ミステリーとしては単純な謎解きではなく、倒叙ミステリーの変奏曲とでもいうべき、独自のプロットを採用している点が目を引きます。また、前作から引き続いて登場する土田警部の行く末もなかなか衝撃的です。正直、本作を本格ミステリとしてみた場合は瑕疵も少なくないのですが、90歳になっても新たなミステリーに挑戦しようとする作者の姿勢にはただただ驚くばかりです。なお、土屋隆夫は本作を発表した4年後にこの世を去っています。94歳でした。
人形が死んだ夜 (光文社文庫)
土屋 隆夫
光文社
2010-05-11


あとがき
土屋隆夫の作品は大きく3つの時期に分かれます。まず、初期は社会派ミステリー全盛の時代に書かれた『天狗の面』から『針の誘い』までの6作です。これらはすべてトリックやプロットを考え抜いた上で書かれており、外れがありません。どれも本格ミステリの名品です。次の中期が、『妻に捧げる犯罪』から『不安な産声』までです。17年間で3作という寡作ぶりで、しかも、オーソドックスな本格ミステリからの逸脱が目立ちます。しかし、一作一作に独自の工夫が凝らされており、読み応えは十分だといえます。そして、最後の後期が、『華やかな喪服』以降の5作です。本格色が薄くなり、クオリティの低下は誰の目からも明らかになりますが、80歳を超えてコンスタントに作品を発表し続けていたという事実がむしろ驚きです。以上の点を踏まえて、興味のある時期の作品から読んでいけば、より一層土屋作品を楽しむことができるのではないでしょうか。


raven-1480691__340

最新更新日2019/05/18☆☆☆

クリスチアナ・ブランドがミステリー作家としてデビューしたのは英米におけるミステリー黄金期がちょうど終わりを告げようとしていた1941年です。その頃、読者の多くは名探偵による謎解きよりも、よりリアルな犯罪心理やサスペンス性を求めるようになっていました。デビューの翌年にサスペンスミステリーの名作『幻の女』が出版されたのはその象徴的な出来事だといえるでしょう。一方、ブランドは女流作家らしく、人間の悪意をえぐりだす作風を得意としながらも、同時に、男性作家顔負けの理知的で先鋭的な本格ミステリを書き続けていきます。そのクオリティの高さは黄金期三大巨匠のアガサ・クリスティ、エラリー・クイーン、ジョン・ディクスン・カーらに勝るとも劣らないものがありました。そして、英米の本格ミステリが衰退していく中でその存在はひときわ輝いていくことになります。具体的にどのような作品があるのか、翻訳されている全作品について解説をしていきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします

ハイヒールの死(1941)
老舗のブティックが新しい支店をオープンすることになった。従業員の間では誰がその店の支店長を任されるのかという噂でもちきりになる。そして、最有力候補に挙げられていたのが才色兼備の仕入れ主任・ミス・ドゥーンだった。しかし、実際にはオーナーの美人秘書が選ばれる。意外な結果に、その秘書が毒殺されるのではないか、などという声が冗談半分に囁かれた。しかし、毒殺は現実のものとなる。しかも、殺されたのは美人秘書ではなく、
ミス・ドゥーンだったのだ。一体なぜ?美女に滅法弱いチャールズワース警部がこの謎に立ち向かうが....。
◆◆◆◆◆◆
クリスチアナ・ブランドのデビュー作です。このころから人の悪意に対する描写は顕著で、そうした作風の原点は作者の話によると、一緒に働いていた職場の嫌な同僚にあったといいます。つまり、その同僚の顔を思い浮かべながら書いた結果、ブランドならではのあの強烈な作風が誕生したというわけです。ただ、全盛期の作品に比べると、本作は全体的にまだまだパンチの弱さを感じます。登場人物の大半が女性という舞台の中でブラックユーモアの味を多少感じる程度で、謎解きにしても悪意の描写にしてもまだまだ小粒です。どちらかというと、登場人物の造形に力が入っており、その分、本格ミステリとしてはいささか無駄な描写が目立っています。しかもその割には、美女ぞろいのせいで登場人物の見分けがつきにくいのもマイナス点です。ミスディレクションの妙など、才能の一端をのぞかせる部分はあるものの、まだまだ、習作といった印象です。
ハイヒールの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
クリスチアナ ブランド
早川書房
2003-10


切られた首(1941)
イングランド南部の丘原には大地主・ペンドックの邸宅があった。そこで38歳の素人画家・グレイスが何者かに首を切り落とされているのが発見される。しかも、彼女の頭には奇妙な帽子が被せられていた。それはペンドックが密かに愛している娘がロンドンの一流店から注文したものだった。さらに、殺される何時間か前に、グレイスはその突飛なデザインの帽子を見て呆れかえり、「そんな帽子を被って野垂れ死にたくはないものだ」と言い放った一幕があったという。果たして犯人はなぜ、グレイスの首を切り落とし、その帽子を彼女の頭に被せたのか?その上、雪に囲まれた現場には犯人の足跡は残されておらず、謎は増すばかりだった。この難事件にコックリル警部が立ち向かう。
◆◆◆◆◆◆
ブランド作品の中では最も有名な探偵、コックリル警部の初登場作品です。ただ、やはり本作も随所にブランドらしさは散見するものの、まだまだ習作の域をでていません。残酷さの中にユーモアが感じられたり、後半に入るとダミーの推理が次々と飛び交うところなどはまさにブランド印です。しかし、二転三転の展開にも全盛期の作品ほどのうねりが感じられませんし、肝心の推理にも今一つカタルシスに欠けるきらいがあります。足跡のトリックも肩透かしですし、なにより、意外性を狙った犯人の設定が空振り気味なのが痛いところです。おまけに、「なぜ、首を切ったのか?」という謎にも大きな驚きはありません。いろいろ盛り込んではいるのですが、どうも全体的に散漫としているのです。結局、ブランドが本領を発揮するのは次作からということになります。
切られた首 (ハヤカワ・ミステリ 515)
クリスチアナ・ブランド
早川書房
1984-04


緑は危険(1944)
第二次大戦下の陸戦病院で手術を受けていた郵便配達人が不審な死を遂げる。もし、これが殺人だとするなら、状況から考えて犯人は医師や看護婦など計7人に絞られることになる。コックリル警部はその仮説に基づいて捜査を開始するが、7人の中に郵便配達人に怨みを持っていたり、殺して得をするような人物は見当たらなかった。しかも、今度は看護婦が手術衣を身につけて刺殺されるという事件が起きる。果たして犯人の狙いはどこにあるのか?
◆◆◆◆◆◆
全編にミスディレクションが張り巡らされており、事件の手掛かりが大胆に提示されているのに読者はその存在に気づかないという、フーダニットミステリーの大傑作です。容疑者が実質6人に絞られる中で、あの手この手でなかなか犯人を特定させない手管は見事としかいいようがありません。また、戦時下の雰囲気に臨場感があり、連続殺人のサスペンスを否応なしに盛り上げてくれます。さらに、時折、顔を見せるブラックなユーモアも、いかにもブランドらしくて印象的です。そして、最後には怒涛の解決編へと至り、読者は意外な真相に驚かされることになります。本格ミステリの教科書ともいうべき完璧な作品です。なお、本作は1946年に映画化もされており(日本公開時のタイトルは『青の恐怖』)、こちらも高い評価を得ています。
緑は危険 (ハヤカワ・ミステリ文庫 57-1)
クリスチアナ・ブランド
早川書房
1978-07-01


自宅にて急逝(1946)
”白鳥の湖邸”と呼ばれる豪邸に住むリチャードは気難しい性格であり、何度も遺言状を書き直していた。パーティーが催され親族が集まったその日も財産を妻のベラだけに残すと言い張って別棟のロッジに引き籠ってしまう。ところが、翌朝になってリチャードが死亡しているのがそのロッジで発見されたのだ。彼は心臓病を患っていたことから、当初は病死だと思われていたが、検死解剖の結果、体内にアドレナリンを注入されていたことが判明する。だが、奇妙なことにロッジの周辺には発見者以外の足跡はどこにもなかった。犯人は一体、足跡を残さずにどうやってロッジに出入りしたというのか?
◆◆◆◆◆◆
知名度は今一つですが、そのクオリティの高さは『緑は危険』に勝るとも劣らないものがあります。特に、一癖も二癖もある容疑者たちに対するねっちこい描写はこれまでの作品以上に冴えをみせています。また、ディスカッションを通して事件の様相が二転三転するさまはこれぞ本格ミステリといった楽しさです。しかも、ドラマチックなクライマックスシーンはブランドの作品の中でも屈指のインパクトを誇っています。ただ、足跡のトリックはバカミスの類であり、その点は大きく賛否が分かれるところです。
自宅にて急逝 (ハヤカワ・ミステリ 492)
クリスチアナ・ブランド
早川書房
1984-06-01


ジェゼベルの死(1948)
帰還軍人たちによる野外劇が幕を開けようとしている。期待と興奮の渦巻く観客席にはコックリル警部の姿もあった。実は、出演者の3人に謎めいた脅迫状が届いており、その警備に訪れていたのだ。やがて、舞台の上に脅迫状が送られてきた一人、ジェゼベルことイゼベル・ドルーが姿を現す。男に寄生していると噂される悪名高い中年女だ。その彼女が衆人環視の中、張りぼての塔の上から落下する。しかも、彼女の首には絞め殺された跡があったのだ。だが、舞台裏へと続く扉は施錠されており、見張りもついていた。果たして、何者が彼女を殺したというのか?
◆◆◆◆◆◆
衆人環視の野外劇の中で不可能犯罪が起こるというセンセーショナルな幕開けで話を盛り上げ、一体どのように犯行を成し遂げたのかというハウダニットの問題で読者の興味を引き寄せます。中盤の、仮説を構築しては崩していくという繰り返しも本格ミステリとして読み応えがありますし、後半の自白合戦が始まるという展開にも驚かされます。そして、二転三転の展開の末に炸裂するどんでん返しが圧巻です。なんといっても、最後に明らかになる衝撃的なトリックには忘れ難いインパクトがあります。さすがはブランドの最高傑作といわれるだけはある作品です。40年代の本格ミステリを代表する大傑作だといっても過言ではないでしょう。ただ、それだけに、状況描写が把握しずらく、読み進めるのに若干苦労するという難点があるのは惜しいところです。本作に限らず、ブランドの文章にはそうした傾向があり、その点がクリスティとの力量差となって現れているような気がします。
ジェゼベルの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 57-2)
クリスチアナ・ブランド
早川書房
1979-01


猫とねずみ(1950)
雑誌”乙女の友”でミス身の上相談というコーナーを担当しているカティンカ・ジョーンズは故郷であるウェールズの土を久しぶりに踏んだ。彼女の目的は
ミス身の上相談の相談者の一人であり、編集部の人気者となっている少女・アミスタに会うことだった。アミスタの知らせによると、相談していた恋の悩みは男性からのプロポーズを受けるという形で解消し、近々結婚する予定だという。ところが、彼女が書いて送った住所には彼女の姿がなく、家の主人や召使に尋ねてもそんな女は知らないと口をそろえる。しかし、その屋敷には秘密がありそうだった。カティンカはアミスタを巡る秘密を探ろうと決意するが......。
◆◆◆◆◆◆
本作は本格ミステリとして紹介されることが多いのですが、どちらかというとサスペンス寄りの作品です。探偵役もいつものコックリル警部ではなく、本作が初登場となるチャッキー警部が務めています。この警部が飄々としており、なかなかいい味をだしています。また、肝心のストーリーの方もアミスタとは何者なのか?という謎を中心に二転三転する展開はさすがの面白さです。後半の犯人追跡劇も読み応えがあります。ただ、前半が少々冗長なのとサスペンスとロマンスが中心の物語であるため、謎解きミステリーとしては散漫な印象を受けるのが惜しいところです。
猫とねずみ (ハヤカワ・ミステリ 472)
クリスチアナ・ブランド
早川書房
1983-01


疑惑の霧(1952)
数メートル先も見えない濃い霧に包まれたロンドンでフランス人男性のラウールが撲殺される。チャールズワース警部は、妹のロウジーを妊娠させたとして
ラウールを恨んでいたトーマス・エヴァンス医師が犯人だと睨んでいたが、ロウジーの要請で事件の調査に乗り出したコックリル警部は別の人物を疑っていた。容疑者には事欠かない疑惑の霧の中でやがて姿を見せる真実とは?
◆◆◆◆◆◆
ブランドの作品らしく、登場人物の描き込みと二転三転する展開は安定の面白さです。法廷シーンもおおいに盛り上がり、読み応えがあります。ただ、引っ張り過ぎて中盤が少々冗長なのがネックでしょうか。その代わり、本作はトリックを1ページ目から仕掛け、最後のページで事件の真の意味を明かすという大胆な構成が取られています。最後の最後ですべての疑惑の霧を一気に吹き飛ばすプロットには思わず唸らされてしまいます。ただし、最後の衝撃というのは真相が一変するどんでん返しの類ではなく、意味が分かってくるとジワジワと効いてくる仄めかしなので、読む際にはその味をじっくりと噛み締めてほしいところです。
疑惑の霧 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
クリスチアナ・ブランド
早川書房
2004-05-25


はなれわざ(1955)
コックリル警部は休暇を過ごすために観光ツアーに参加して、イタリアの孤島を訪れていた。そして、彼の滞在するホテルで観光客の一人が殺される。容疑者は被害者と接点のあるツアー客6人。しかし、彼らは犯行時刻には全員海辺に出ており、コックリル警部自身によって目撃されているのだ。つまり、容疑者全員にアリバイが成立していることになるのだが......。
◆◆◆◆◆◆
孤島を舞台にした不可能性の高い犯罪と大胆なトリックから、かつてはブランドの最高傑作と目された作品です。しかし、現在では『緑は危険』と『ジェゼベルの死』が持ち上げられたために相対的に評価を落とした感があります。それに、中盤がややダレるのと、メイントリックがあまりにも現実味が感じられないのもマイナス点です。とはいうものの、コックリル警部が容疑者のアリバイを一つずつ否定するくだりなどは本格ミステリとしてわくわくするものがありますし、真相を隠蔽するミスディレクションの冴えも見事です。最高傑作とはいえなくても、ブランドを代表する傑作の一つであることは間違いないところでしょう。ちなみに、コックリル警部の出番はこれ以降なく、本作はシリーズ最終作という位置付けになります。
はなれわざ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
クリスチアナ ブランド
早川書房
2003-06


ゆがんだ光輪(1957)
サン・ホアン・エル・ピーター島は数年前に不可解な殺人事件が起きた場所だ。その地に、事件を解決へと導いた
コックリル警部の妹が降り立つ。折しも、島では評判の高い修道女・ポアニータを聖女として認定してもらおうという機運が高まっていた。しかし、島を治める大公はなぜかローマ教会への推薦を渋る。聖女認可による観客増加をあてにしていた宝石商のトーマスは大公の煮え切らない態度に業を煮やし、警察署長たちと手を組んで陰謀をめぐらすが.....。
◆◆◆◆◆◆
ここに来てまさかの、コックリル警部の妹が探偵役を務めるシリーズ番外編が登場します。しかも、舞台となっているのが『はなれわざ』の事件が起きたサン・ホアン・エル・ピーター島です。しかし、かといって、本作には陰惨な殺人事件があるわけでも、大した謎があるわけでもありません。謎らしい謎といえば、なぜ大公は聖女の推薦を渋るのかといったもんだいくらいです。全体的には本格ミステリというよりも、架空の島を舞台にした英国人の旅行記及びサスペンス風味のラブロマンスといったところでしょうか。特に、島の特異な風俗描写には力が入っているように思えます。また、宗教論争が物語の主軸の一つになっているため、読みにくいと感じる人もいるかもしれません。とはいえ、場面展開をこまめに繰り返してサスペンス感を高めたり、伏線を張り巡らせて複数の事件を一気に収束させたりする手腕はさすがです。本格ミステリの意外な真相などとはまた違いますが、物語としては驚くべき展開も用意されており、なかなか楽しめる作品に仕上がっています。
ゆがんだ光輪 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
クリスチアナ・ブランド
早川書房
1999-11


薔薇の輪(1977)
ロンドンで名声を博している女優のエステラ。彼女の人気の源はウェールズに住んでいるという体の不自由な娘・ドロレスにあった。
エステラとドロレスの母娘の交流を綴った手記が絶大な支持を得ていたのだ。だが、刑務所にいた暴力的な夫・アルが特赦で出所し、娘に会いたいといいだしたところから事件が起きる。
◆◆◆◆◆◆
ブランド晩年の作品ですが、本作では『猫とねずみ』のチャッキー警部が久しぶりの登場となります。その出来はというと、さすがに往年の傑作群には及んでいません。しかし、捉えどころのない様相を示す事件に対して、あらゆる可能性を追求しながら次第に真相へと近づいていくプロセスには安定した面白さがあります。細部に施された技巧もまだまだ健在という印象を受けます。ただ、往年の作品に比べると人物描写が薄っぺらく、真相の意外性も今一つなのが残念なところです。
薔薇の輪 (創元推理文庫)
クリスチアナ・ブランド
東京創元社
2015-06-28


暗闇の薔薇(1979)
元女優のサリー・モーンは唯一の主演作だった『スペインの階段』のリバイバル上映を70キロ離れた映画館まで新車を走らせて観に行く。ところが、その帰り道、一台の車が後をつけてきていることに気づく。サリーはなんとか車をまくことに成功するが、今度は嵐で倒れた巨木によって行く手を阻まれてしまったのだ。焦ったサリーは巨木の反対側にいた男と車を交換し、無事自宅にたどり着くことができた。ところが、翌日不思議な事実が明らかになる。彼女が乗って帰った車のナンバープレートは彼女自身のものであり、つまり、車の交換などされていなかったのだ。しかも、そのトランクからは映画館で切符売りを務めていた女性の死体が発見され....。
◆◆◆◆◆◆
まず、事件発生までが上質なサスペンス映画の味わいで、この時点で一気に引き込まれます。ただ、中盤までがやや冗長です。主人公がエキセントリックで感情移入が難しい人物であるというのもその一因でしょう。しかし、後半になると再びエンジンがかかり、サスペンス満点の展開が始まります。主人公の周囲からは次々と人が消え、この先どうなるのだろうと、ページをめくる手が止まらなくなるのです。相次ぐどんでん返しや、息を呑むラストも見事です。本格ミステリとしてだけでなく、サスペンス小説としても一級の作品だといえるでしょう。全盛期の切れ味には今一歩及ばないものの、晩年の作品群の中では頭一つ抜けた傑作です。
暗闇の薔薇 (創元推理文庫)
クリスチアナ・ブランド
東京創元社
1994-07-21


領主館の花嫁たち(1982)
アバダール屋敷に家庭教師として雇われたテティ。聡明な女性だったが心には傷を負っていた。そんな彼女に母親を亡くした双子の姉妹は懐いてくる。だが、この屋敷には恐ろしい秘密が隠されていたのだ。
◆◆◆◆◆◆
クリスチアナ・ブランドの最後の長編作品はなんとミステリーではなく、ゴシックホラーです。そして、ミステリーという縛りがなくなったせいか、これまであった屈折したユーモアがすっかり影を潜め、その代わり、ブランドならではの悪意の描写がむき出しになっています。登場人物に根っからの悪人はいませんが、館の存在に翻弄されて邪悪さを露出させていく展開は息をのむほどです。派手さはないものの、その雰囲気は『シャインニング』や『山荘綺譚』などのモダンホラーを彷彿とさせます。心理的にじわじわと迫りくる不気味さがあるのです。ただ、どんな怪異が起きるのかと期待すると、大したことは起きないので肩透かしをくらうかもしれません。本作はあくまでも、怪異を題材にとったゴシックロマンがメインとなっています。本を手に取った際は、その点を踏まえたうえで読むことをおすすめします。
領主館の花嫁たち (創元推理文庫)
クリスチアナ・ブランド
東京創元社
2016-12-11


招かれざる客たちのビュッフェ(1983)
青年ジェイルズは老人に対して、彼の育ての親であるジェミニー・クリケットが殺された一件について語りだす。その事件が不可解だったのは、クリケット氏が完全な密室で発見されたのと死を前にした彼が警察に電話を掛け、謎の言葉を残している点だった。しかも、その一時間後には警察官も同じメッセージを残して何者かに殺されたのだ。ジェイルズと老人はその謎を解くべく議論を続けるが.....。
◆◆◆◆◆◆
あまりにも有名な『ジェミニー・クリケット事件』を始めとして、クリスチアナ・ブランドの代表的短篇が16作も収録されています。まず、ジェミニー・クリケット事件』では奇怪な密室殺人が扱われており、その濃密な味わいは古今東西の短篇ミステリーの中でも1、2を争う出来です。ミステリーファンなら必読の作品だといえるでしょう。また、張り巡らされた伏線とヒネリの効いた結末が見事な『婚姻飛翔』や最後の一撃が印象的なイヤミス的倒叙ミステリーの『カップの中の毒』などもブランドならではの傑作です。他にも傑作・力作が目白押しであり、これ一冊にブランドの魅力が凝縮されているなんとも贅沢な短編集です。
1991年度このミステリーがすごい!海外部門5
招かれざる客たちのビュッフェ (創元推理文庫)
クリスチアナ・ブランド
東京創元社
1990-03-22


ぶち猫 コックリル警部の事件簿(2002)
ティナは夫を毒で殺したが、罪に問われることはなかった。結局、医師が「強い薬」といったのを「多くの薬」と聞き間違えたということで、過失として処理される。だが、コックリル警部は彼女を疑う。ティナには愛人がおり、「私は彼女に殺される」という夫のメモが残されていたからだ。だが、彼が残したもう一つの言葉”ぶち猫”とは一体何を意味するのか?
◆◆◆◆◆◆
クリスチアナ・ブランドの死後十数年たってから発売されたものだけに、寄せ集め感がするのは否めません。収録された作品もその出来にかなりのバラツキがあります。しかし、だからこそ、ファンにとっては見逃せない一冊だともいえます。なぜなら、戯曲やコックリル警部の魅力を皮肉交じりに紹介したエッセイなど、今まで目にできなかったブランド作品の隠された一面を垣間見ることができるからです。その中でも表題作の戯曲『ぶち猫』はなかなかの力作です。三幕構成の内、三幕目が得意のどんでん返しの繰り返しであり、シナリオ形式で書かれているだけにその面白さをテンポ良く味わうことができます。


あとがき
クリスチアナ・ブランドは非常にクオリティの高いミステリー作家ですが、惜しむらくは寡作でした。約40年の作家生活で残した作品の数は長編小説に限っていえば19作に過ぎません。せめてこの倍程度の作品を書いていたなら、クリスティ、クイーン、カーにも比肩しうる存在となったことでしょう。それが非常に惜しまれます。ただ、ブランドにはまだ未訳の長編小説が7作品残されています。発表年数は1946~1978年に及び、その詳細は不明です。今後はそれらの作品がいつ翻訳されるかが注目されるところです。


image


 

最新更新日2021/03/05☆☆☆

平成は日本のアニメやゲームが世界的に注目され、ハリウッドを始めとした海外で盛んに映画化が行われた時代でもありました。昭和の時代には日本のコンテンツが洋画になることなどほとんどなかっただけに、これは大きな変化だといえるでしょう。しかし、文化的な違いからか、出来上がった作品に今ひとつなものが多かったのも確かです。そこで、日本のアニメやゲームを海外で映画化した主な例を振り返りつつ、それぞれの作品の出来がどうだったかについて解説をしていきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします

1991年(平成3年)

ガイバー強殖装甲ガイバー)米・日
原作
1985年に月刊少年キャプテンの創刊号から連載が始まった少年漫画です。ジャンル的には仮面ライダーVS悪の秘密結社といったヒーローもの路線ですが、独特の重厚な雰囲気や秘密結社が世界征服を達成してしまうといった意表を突いたストーリーでカルト的な人気を獲得していくことになります。1989年にはOVAが発売され、2005年にはテレビアニメも放送されました。1997年の月刊少年キャプテン休刊に伴い連載が一時ストップするものの、1999年より少年エースネクスト、2002年には月刊少年エースへと連載が引き継がれています。

【劇場版
日本の漫画が初めてハリウッド映画となった記念すべき作品です。ただ、製作費は日本の企業が出しているため、本当の意味での洋画とはいえないかもしれません。内容的にもいかにも低予算特撮映画といった感じでハリウッド映画らしいゴージャスな雰囲気は皆無です。おまけに、全体的にコミカルな味付けで原作の重厚な雰囲気はぶち壊しになっています。その一方で、『死霊のはらわたⅡ』や『プレデター』の造形を担当したスティーブン・ワンの特殊メイクはよくできています。また、主人公が『スターウォーズ』で主人公のルーク・スカイウォーカーを演じたマーク・ハミルだというのもなかなか衝撃的です。しかし、いずれにせよ、その後ハリウッドで製作された日本のコンテンツ作品と比べると原作の知名度は低く、その上、小規模上映だったため、話題になることはほとんどありませんでした。
The Guyver
Classic Cult Collection (Germany)


1993年(平成5年)

スーパーマリオ/魔界帝国の女神(スーパーマリオブラザーズ)米 
原作
1985年に発売され、ファミコンの認知度を一気に高めたアクションゲームの名作です。以後も数え切れないほどのシリーズ作品を発表し、テレビゲーム随一のコンテンツへと成長していきます。シリーズ総売り上げ本数も発売から30年で5億本を突破しています。まさにテレビゲーム界のレジェンドというべき存在です。
先に製作された『ガイバー』は日本での劇場公開がなかったこともあって、その存在を知る人はごく少数でした。したがって、日本のコンテンツがハリウッド映画になると騒がれたのは本作が初めてということになります。製作費も約5000万ドルと『ガイバー』に比べてケタ違いです。そんなわけで大いに期待されたわけですが、結果は北米興行収入が約2000万ドル、日本配給収入は約3億円と大惨敗に終わっています。敗因として挙げられるのはなんといっても原作再現度の低さです。ボブ・ホスキンスのマリオはまだ許せますが、ヨッシーがあの愛らしい姿ではなく、普通の恐竜というのはいかがなものでしょうか。また、マリオに欠かせない必須アイテム、キノコもドロドロの菌糸として描かれていて、はっきり言って不気味です。その上、ラスボスのクッパをデニス・ホッパーが素顔のまま演じているのに至っては名優の無駄遣いとしかいいようがありません。とにかく、すべてがゲームとかけ離れており、違和感が半端ないのです。ストーリーもファミリー向けのファンタジー映画のはずが、妙にダークな世界観で爽快感が著しく欠けるものになっています。全くといっていいほど原作の良さが引き出せておらず、かといってオリジナルの映画としてみてもグダグダの展開で面白くありません。大コケしたのもやむなしといえます。
スーパーマリオ 魔界帝国の女神 製作25年HDリマスター [Blu-ray]
ボブ・ホスキンス
TCエンタテインメント
2017-12-22



シティ・ハンター(シティハンター) 香 
原作
1985~1991年にかけて週刊少年ジャンプに連載された少年漫画であり、いわゆるジャンプ黄金期を支えた作品の一つです。主人公の冴羽僚は年齢不詳のスイーパー(始末屋)。少年漫画の割にはハードボイルドタッチで大人向けの内容でしたが、コミカルな味付けをすることで次第に人気が高まり、単行本累計発行部数5000万部を超える大ヒット作となります。1987年にはテレビアニメも始まり、こちらもシーズン4まで重ねる人気作となっていきます。小比類巻かおるやTMネットワークなどによる主題歌が次々とヒットしていったのも印象的でした。
CITY HUNTER (1) (ゼノンセレクション)
北条司
コアミックス
2019-11-18

【劇場版
ハリウッドに続いて香港でも日本の作品が映画化されることにより、日本のコンテンツが世界で注目されている事実を広く知らしめることになります。ただし、公開前から危惧された通り、ジャッキーチェン演じる冴羽僚は全く原作のイメージを再現できておらず、スクリーン上に登場するのは冴羽僚のコスプレをしたジャッキー・チェンでしかありません。一応銃も使いますが、すぐにカンフーで戦い始めるため、シティハンターらしさは皆無です。しかも、日本のコンテンツだという事実を意識してか、ストⅡなどの日本カルチャーのパロディを無理に詰め込んでますますカオスなことになっています。そして、極めつけはブルース・リーの映画を見て冴羽僚がカンフーに開眼するシーンです。そのシチュエーションはジャッキー・チェンそのものであり、冴羽僚である必要性は全くありません。結局のところ、いつものジャッキー・チェン映画であり、中途半端に原作要素を入れたためにより完成度の低いものになってしまっています。
シティーハンター SPECIAL VERSION ジャッキー・チェン 後藤久美子 RAX-901 [DVD]
ジャッキー・チェン
エー・アール・シー株式会社
2014-11-28


1994年(平成6年)

ストリートファイター
(ストリートファイターⅡ)

原作
『ストリートファイターⅡ』は1991年にアーケードゲームとして登場したカプコン製作の対戦型格闘ゲームです。1987年の『ストリートファイター』の続編にあたる作品なのですが、大幅な改良を施すことによって前作とは全く異なるゲーム性を獲得することになります。対戦の駆け引きの面白さが一気に高まり、ストⅡという呼び名と共に一大ブームを巻き起こすことになったのです。使用できるキャラクターも一人一人明確な個性があり、それがより一層、人気を高めていく結果となりました。その後、さまざまな対戦型格闘ゲームが登場することになりますが、それらすべての源流というべき偉大な作品です。
主演のジャン・クロード・バンダムがガイルにちっとも似ていないのはいたしかたないところです。主役級の俳優で格闘アクションのできる白人と考えると、おそらくベストの選択だったのでしょう。しかし、他のキャラクターが全然似ていない上に格闘技が全くできないというのはいただけません(ザンギエフだけは異様に似ていましたが)。せめて見た目か、アクションのどちらかだけでも頑張ってもらいたかったところです。特に、日本では主役ポジションのリュウとケンがショボすぎです。一方、老け顔の春麗も見ていて厳しいものがあります。そもそも、100分の本編で原作のキャラを無理やり全員(なぜかフェイロンだけ出ていませんでしたが)出しているのでストーリーも散漫としています。まるで質の悪いコスプレ大会を延々見せられているような気分です。ちなみに、興行成績のほうは製作費約3500万ドルに対して全世界での興行収入が1億ドルとなっており、スーパーマリオよりはマシといった感じです。ただ、肝心の日本では配給収入約3億円と大惨敗を喫しています。
ストリートファイター [Blu-ray]
ジャン=クロード・ヴァン・ダム
ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
2010-04-16




ダブルドラゴン(ダブルドラゴン・双截龍 
原作
1987年にテクノスジャパンより発表されたアーケードゲームであり、ベルトスクロールアクションというジャンルを確立したことで有名です。スラム街のような世界を舞台にしてバイオレンスなアクションを展開していくのが独特の魅力となっています。ちなみに、主人公であるリー兄弟の名前は、開発者たちが敬愛していたブルース・リーからとったものです。
ストーリー的にはストリートファイターよりも遥かに原作に忠実であり、主役のジミー・リー役もカンフーの大会で優勝経験のあるマーク・ダカスコスが演じているためにそれなりに見応えのある作品に仕上がっています。ただ、物語に深みというものが全くなく、終始軽いノリで進んでいくため、原作ゲームを知らない人が楽しむにはかなり苦しいものがあります。また、アクションはそれなりなのですが、ラスボスが魔力を武器にして戦うため、肝心のクライマックスに格闘シーンが全くなくて盛り上がらないというのも問題です。そもそも、『ストリートファイター』と比べると知名度が圧倒的に低かったため、話題になること自体がほとんどありませんでした。ちなみに、ラスボスを演じているのは『ターミネーター2』のT-1000で有名なロバート・パトリックです。
Double Dragon [DVD]
Robert Patrick
Film 2000
2001-09-24


ガイバー/ダークヒーロー
強殖装甲ガイバー)米・日
原作
※『ガイバー』参照

【劇場版
コメディタッチで描かれた1作目の作風に不満を抱いたスティーブン・ワンが自ら監督を務めた続編です。そのため、作風は大きくシリアスに傾き、変身スーツもより原作に近いものになっています。アクションに関しても原作の雰囲気から離れてカンフーアクション風になったのには賛否がありましたが、前作に比べると大いに迫力が増していることは確かです。バイオレンス度も増し、見応えのある佳品に仕上がっています。とはいえ、本作は日本では劇場公開さえされておらず、ビデオが販売されたのみでした。当然、知名度は前作以上に低く、その評価もマニア限定のものとなります。
ガイバー/ダークヒーロー【字幕スーパー版】 [VHS]
デビッド・ヘイター
バンダイビジュアル
1994-04-20


1995年(平成7年)

北斗の拳(北斗の拳) 
・日
原作
1983~1988年まで週刊少年ジャンプに連載され、インパクトのあるハードアクションによって一大ブームを巻き起こした作品です。「お前はもう死んでいる」という決め台詞は流行語にもなりました。最初は衝撃的な人体破壊のシーンばかりに注目が集まりましたが、次第に主人公のケンシロウを始めとする男たちの熱いドラマにも人気が集まるようになります。ジャンプ黄金期の前期を牽引した傑作です。
北斗の拳 1巻
原哲夫
コアミックス
2015-06-08

【劇場版
実写映画版は監督も主演もアメリカ人ですが、製作は東映ビデオが務めています。したがって、本作も『ガイバー』同様、正確な意味ではハリウッド映画ではありません。製作費も2億円程度という話で、それなら最初から日本映画として作ればよかったのでは?という気がします。低予算なので当然のことながら中身は完全なB級です。もちろん、B級でも面白ければよいのですが、本作はそれ以前に原作との違いが気になって素直に楽しめないという問題があります。まず、ケンシロウを演じてるゲイリー・ダニエルズですが、彼はトータル35勝を誇る元キックボクサーです。そのため、確かにアクションシーンは無難にこなしています。ただし、原作のケンシロウの超人的な拳法を期待している観客にはその動きがしょぼく感じてしまうのです。特に、ケンシロウの代名詞というべき北斗百烈拳はあまりの説得力のなさに、失笑すらもれてしまいます。もちろん、人間に漫画のキャラの動きを再現できるわけはありませんが、その辺は撮り方の工夫でなんとかしてもらいたかったところです。また、ストーリーの方もケンシロウの師父であるリュウケンがシンに銃殺されるなど、原作ファンが「なんでやねん」と突っ込みたくなる改悪のオンパレードです。さらに、リンとバットがあまりにも原作イメージと違いすぎるという問題もあります。結局のところ、これが『北斗の拳』というタイトルが付いていなければB級アクション映画の凡作程度の評価で終わっていたところですが、あまりにも原作漫画との乖離が激しいことで本作は90年代を代表するクソ映画の烙印を押されることになります。
北斗の拳【劇場版】 [DVD]
ゲイリー・ダニエルズ
東映ビデオ
2004-11-21



2002年(平成14年)

バイオハザード
(バイオハザード)独・英・仏
原作
1996年に家庭用ゲームとして発売された『バイオハザード』はゾンビを相手に戦うアクションアドベンチャーゲームですが、ポリゴンによる立体フィールドを創出したことによってリアルな恐怖表現を実現しました。その映像は3Dゲームに耐性のなかった当時のゲーマーに大きな衝撃を与え、プレイステーションという発売されたばかりのプラットフォームでミリオンセラーの大ヒットを記録します。その結果、プレイステーションは一気に躍進し、当時熾烈だった次世代機戦争の主導権を握ることになったのです。『バイオハザード』自身も大人気シリーズとなり、さまざまなプラットフォームで続編や番外編を未だに発売しつづけています。
日本のゲームやアニメを海外で映画化すると原作の雰囲気が壊されるというイメージがすっかり定着した頃に公開され、そのマイナスイメージを払拭したのが本作です。もともと海外を舞台にしたゾンビゲームなので洋画との相性がよかったこともあり、原作のイメージを見事に再現しています。主役は原作のジルからオリジナルキャラのアリスに変更されているものの、彼女を演じるミラ・ジョヴォヴィッチの美しさが物語世界の雰囲気にマッチしていて非常にいい感じです。ストーリーも単純なゾンビ襲撃ものにするのではなく、主人公の記憶喪失を軸にして次第に謎が解けていく展開にしているのが秀逸です。おかげで、物語が単調になるのを回避し、観客の興味を引っ張り続けていくことに成功しています。ただ、現代の目から見るとモンスターのCGのクオリティが低い点がつらいところです。ともあれ、本作は興行的にも成功を収め、ゲームと同じようにその後何本もの続編が製作されることになります。日本のコンテンツ作品の中では最も成功した洋画タイトルの一つです。
バイオハザード [DVD]
ミラ・ジョヴォヴィッチ
アミューズソフトエンタテインメント
2003-01-24



2003年(平成15年)

ハウス・オブ・ザ・デッド
(ザ・
ハウス・オブ・ザ・デッド)米・加・独 
原作
1997年にセガから発売されたアーケード用3Dガンシューティングです。当時、すでに3Dガンシューティング自体は珍しくなくなっていましたが、敵をゾンビにした点に大きな特徴があります。つまり、相手に撃ち返される心配がないかわりに、ゾンビは銃弾にひるむことなくこちらに近づいてくるので、視覚的なスリルをたっぷりと味わえるというわけです。また、各面を単純にクリアすればよいというわけではなく、条件によってルートが分岐するといった要素もゲームに深みを与えています。そういった魅力によって本作は高い人気を得、シリーズも4作まで発売されることになります。
『バイオハザード』と同じゾンビゲームの映画化ですが、クオリティのほうは大きく劣っています。大したストーリーがなくてひたすら銃を撃ちまくるのは原作準拠だからよいとしても、あまりにもメリハリがないのでひどく単調に感じてしまうのです。確かに、ゲーム風の画面を挿入したり、マトリックス風のカメラワークを駆使したりして変化を付けようとはしているのですが、それが演出として全く意味をなしていないのが痛いところです。凡庸なアイディアをなんの工夫もなく、垂れ流されるので見ているほうは段々と苦痛に感じてしまいます。ちなみに、監督のウーヴェ・ボルは最低映画に送られるゴールデンラズベリー賞に何度もノミネートされている人物であり、本作を見るとなるほどという感じがします。
ハウス・オブ・ザ・デッド [DVD]
ジョナサン・チェリー
日活
2005-08-05



2004年(平成16年)

バイオハザード Ⅱ アポカリプス(バイオハザード3 LAST ESCAPE)
独・英・仏・加
原作
バイオシリーズの第3弾であり、前作の『バイオハザード2』と同じ時系列を別の視点から描いた点に特徴があります。また、シリーズ1作目の主人公だったジル・バレンタインが再登場するのもファンにとってはうれしいところではないでしょうか。

【劇場版
映画の話自体はオリジナルストーリーですが、ゲーム版の主人公であるジルが初めて登場する他、舞台背景やクリーチャーなど、『バイオハザード3 LAST ESCAPE』の影響を強く受けています。また、作品の傾向としてはホラー要素が大きく後退し、アクションが全面に押し出されているのが印象的です。そのため、ホラー映画を見に来た人はがっかりするかもしれませんが、痛快娯楽アクション映画として観ればかなり楽しい作品に仕上がっています。ゲームのキャラやクリーチャーたちが大挙して登場し、お祭り騒ぎのような作品になっているのです。そういう意味では原作ファンにも十分配慮が行き届いた作品だといえます。ただ、その反面、脚本はどうしても大味なものにならざるを得ず、その辺りは賛否の分かれるところではないでしょうか。
バイオハザード II アポカリプス デラックス・コレクターズ・エディション [DVD]
ミラ・ジョヴォヴィッチ
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2005-01-26



2005年(平成17年)

頭文字D 
THE MOVIE(頭文字D)中・香
原作
峠道を舞台に公道最速を目指す走り屋たちの青春を描いた青年コミック。
週刊ヤングマガジンにて1995~2013年まで連載され、全48巻で約5000万部の売上を記録した大ヒット作品です。人気の源はなんといってもリアルで迫力満点のマシン描写にあり、その魅力は3DCGで描かれたアニメにも引き継がれることになります。その結果、アニメもかなりの人気を博し、DVDのトータル売上50万本という数字を達成することになったのです。

【劇場版
香港ノワールの名作『インファナル・アフェア』のスタッフによる映画化ということで期待は否応なく高まっていたものの、ドラマ部分は安っぽいメロドラマといった感じで肩透かしを食らうことになった作品です。また、舞台は日本なのに出演者の多くが香港の俳優であり、香港映画のノリで話が進んでいくというのもかなり違和感があります。その代わり、レースシーンの迫力は一級品です。日本の実写映画でこれだけの臨場感を出すのは困難でしょう。ドラマに対する期待は捨て、レースシーンのみに注目すべき作品だといえます。
頭文字[イニシャル]D THE MOVIE スタンダード・エディション [DVD]
ジェイ・チョウ
エイベックス・ピクチャーズ
2006-02-15


2006年(平成18年)

サイレントヒル(サイレントヒル)
・日・加・仏 
原作
1999年にコナミから発売されたホラーアドベンチャーゲームです。プレイステーションをプラットフォームにして多数のシリーズを発売し、ホラーゲームとしては『バイオハザード』に次ぐ知名度を誇っています。また、『バイオハザード』がゾンビによるアクティブな恐怖を基調としているのに対し、『サイレントヒル』は静寂の中から滲み出てくるようなゾッとする恐怖にこだわっているという違いがあります。さらに、家族が物語上のメインテーマとなっているのも本シリーズならではの特徴です。ちなみに、世界販売本数はシリーズで900万本を記録しています。




【劇場版
セットや美術に凝り、ゲームの雰囲気をかなり忠実に再現しているため、原作ファンなら間違いなく楽しめる出来です。生理的嫌悪感をそそるクリーチャーの動きやサウンド演出までゲームそのままなのもうれしいところです。おまけに、ストーリーもまるでゲームをプレイしているかのような感覚で進んでいきます。ただ、原作をよく知らない人にとっては作りものっぽく感じられ、その点に不満を覚えるかもしれません。ゲームに思い入れがあるかどうかで大きく評価が変わってきそうな作品です。
サイレントヒル [Blu-ray]
ラダ・ミッチェル
ポニーキャニオン
2016-08-17



2007年(平成19年)

DOA/デッド・オア・アライブ
DEAD OR ALIVE米・独・英
原作
『デッド・オア・アライブ』は『バーチャファイター』や『鉄拳』といった3D対戦格闘ゲームの人気が高まっていた1996年にテクモ(現コーエーテクモゲームス)から発表されました。従来の打撃や投げという要素に加え、ホールドという掴み技を導入し、「打撃は投げに勝ち、投げはホールドに勝ち、ホールドは打撃に勝つ」という三すくみシステムを完成させたのが最大の特徴です。さらに、当時の他の格闘ゲームに比べると、女性キャラが多く、可愛らしさやセクシーさを全面に押し出したものとなっています。全体的にバストの大きさが強調され、乳揺れなどの演出も注目を集めました。一方で、美しいグラフィックと奥深いゲームシステムも高く評価され、シリーズ累計で世界販売本数1000万本を達成する人気作となっていきます。




【劇場版
冒頭からどう見ても日本とは思えない
巨大な忍者砦が映し出され、その時点で胡散臭さ全開です。その後もB級テイストのストーリーが展開され、真面目に観るのがばかばかしくなります。登場人物も決して原作に似ているとはいえません。ゲームの再現度を期待して観ると失望すること請け合いです。しかし、一方で、セクシーなコスプレ美女軍団が暴れまわるさまはなかなか爽快で、格闘シーンもかなり本格的です。それから、原作再現度は低いといいましたが、『DEAD OR ALIVE Xtreme』のビーチバレーシーンがきっちりと再現されているのには原作愛を感じました。最初からバカ映画だと割り切れば大いに楽しめる作品だといえます。
DOA デッド・オア・アライブ デラックス版 [DVD]
デヴォン青木 ホリー・ヴァランス ジェイミー・プレスリー ケイン・コスギ サラ・カーター ナターシャ・マルテ
ジェネオン エンタテインメント
2007-08-03


2008年(平成20年)

スピードレーサー(マッハGoGoGo!)
原作
日本でテレビアニメの放送が始まってまだ間もない1966年に放映された子ども向けレースアニメです。ボタンひとつでジャンプしたり、電動のこぎりで木を切り倒しながら走ったりと楽しいギミックが魅力で、高い人気を博しました。しかも、その人気は国内だけにとどまらず、アメリカでも『スピードレーサー』のタイトルで放映され、一大ブームを巻き起こすことになります。そして、そのことがのちにハリウッドでの映画化につながっていくわけです。

【劇場版
監督は『マトリックス』によって映像の革命児と呼ばれたウォシャウスキー兄弟です。そんな彼らが5年ぶりに新作を発表するということで当然、大きな注目が集まりました。しかし、興行収入は全世界で1億ドル以下と、大惨敗といってよい数字に終わっています。とはいえ、内容的には決して駄作というわけではありません。俳優以外をすべてCGで描いた極彩色の映像にはこれまでの映画にはないインパクトがありますし、おもちゃ箱をひっくり返したような世界観も楽しさに溢れています。また、監督の原作愛がひしひしと感じられる点も好印象です。ただ、画面の派手な色合いはずっと見続けていると目がチカチカしてきますし、ストーリーも原作に合わせて子供っぽくしすぎたきらいがあります。その結果、本作は観る人を極端に選ぶ作品となってしまい、期待されていたような興行成績を得られなかったというわけです。
スピード・レーサー [Blu-ray]
エミール・ハーシュ
ワーナー・ホーム・ビデオ
2010-04-21



2009年(平成21年)

ストリートファイター/ザ・レジェンド・オブ・チュンリー(ストリートファイターⅡ)
原作
※『ストリートファイター』参照



【劇場版
『ストリートファイターⅡ』の人気キャラクター・春麗がストリートファイターになるまでを描いたアナザーストーリー的な作品です。1994年の『ストリートファイター』が安っぽいコスプレ大会だったのに対して、本作は非常に真面目な作りになっています。春麗が老け顔ではなく、若くて美人なのも好印象です。ただ、今回は逆に、あまりにも遊び心に欠けているのが問題です。まず、春麗がお団子頭にチャイナ服といったいつものコスチュームをしていないので誰だかわかりません。敵キャラも同様です。かろうじてバルログだけは仮面をしているので認識可能ですが、こちらは演じている役者がミスキャストすぎです。そのため、全くストⅡらしさ皆無の単なるB級アクション映画になってしまっています。また、ストⅡとは別物の独立した映画として観ても、とりたてて誉めるところがない凡作というのが正直なところです。



ドラゴンボール EVOLUTION(ドラゴンボール)
原作
週刊少年ジャンプにて1984~1995年まで連載されていた冒険バトル漫画です。その人気はジャンプ黄金期の連載漫画の中でも突出しており、国内での単行本売上が1億6千万部、海外も合わせると2億5000万部以上という数字を叩き出しています。しかも、テレビアニメも11年間の放送の間、平均視聴率20%以上を維持し続け、世界80カ国以上で放送されたという実績を持っています。おまけに、ゲームでもミリオンセラーのソフトを10タイトル以上輩出しているのです。まさにレジェンド級の怪物作品だといえるでしょう。



【劇場版
日本のアニメやゲームを原作とした洋画は、その最初期においてはひどいとしか言いようのないありさまでした。原作に対するリスペクトが感じられず、クオリティも低いものばかりだったのです。それが、21世紀に入ると、完璧とまではいえないものの、それなりに楽しめる作品も増えてきました。ところが、ここに来て最大級というべき地雷が炸裂します。それがこの『
ドラゴンボール EVOLUTION』です。世界的な人気作品だけあって公開前は大いに期待されていましたが、いざ公開されると多くの人がその出来の悪さに失望してしまうことになります。まず、孫悟空が高校に通っていて、しかも、ティーンエイジャー向けの恋愛映画みたいな展開を始めるところからして滅茶苦茶です。リスペクトのなさでは『スーパーマリオ』や『ストリートファイター』すら凌駕しています。チョウ・ユンファの亀仙人も明らかにミスキャストです。ラスボスのピッコロ大魔王に至ってはシンボルマークである触角がなくなっており、これではジム・キャリーの『マスク』と区別がつきません。はっきりいってドラゴンボールらしさはゼロです。それでもアクション映画として面白ければまだよいのですが、全体的に迫力不足で盛り上がるところが全くありません。当初は続編も予定されていたとのことですが、1作目がこの出来では中止になるのも当然だといえるでしょう。
ドラゴンボール EVOLUTION (特別編) [DVD]
ジャスティン・チャットウィン
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2010-04-23



ATOM(鉄腕アトム)香・米
原作
『鉄腕アトム』は21世紀の近未来を舞台に、原子力で動く少年型ロボットの活躍を描いたSF漫画です。漫画の神様・手塚治虫の代表作の一つであり、1952~1968年の長きに渡って連載を続けていました。1959年には実写ドラマとなり、そして1963年に日本初の連続テレビアニメとして放送されるに至り、大ブームを巻き起こします。初回視聴率は27.4%で最高視聴率は40%越えを記録しています。なお、このアニメは『アストロボーイ』のタイトルでアメリカに輸出され、そこでも高い人気を得ることになります。
鉄腕アトム 1
手塚治虫
手塚プロダクション
2014-04-25



【劇場版
この作品は実写ではなく、CGアニメとして映画化されています。原作漫画や日本のアニメに親しんでいる人にとっては結構違和感がありますが、出来自体はそれほど悪くありません。CGのクオリティも高く、脚本も全体的に駆け足気味ではあるものの、無難にまとめられています。ただ、物語としてはかなり子供向けです。そのため、大人にはそっぽを向かれ、子供にはアトムというタイトル自体が訴求力に乏しいということで、興行は大コケに終わってしまいます。大きな赤字を出し、製作会社はCGアニメーションから撤退する事態へと追い込まれてしまいました。



TEKKEN 鉄拳(鉄拳)日・米
原作
SEGAの『バーチャファイター2』が大ブームを巻き起こしていた時期に、ナムコ(現バンダイナムコグループ)が発表したアーケードゲームです。発表当初は『バーチャファイター2』の影に隠れてそれほど注目されることはありませんでしたが、プレイステーションと互換性のある基盤で開発されたことによって風向きが変わってきます。バーチャファイターがセガサターンでしか発売されないため、プレイステーションユーザーはその代替品として『鉄拳』を求めたのです。しかも、移植に時間がかかるバーチャファイターとは異なり、すぐに家庭用ソフトとして発売されるのも魅力的でした。そしてプレイステーション版『鉄拳2』はミリオンセラーを達成し、盤石の人気を築いていくことになります。ゲームシステム的には四肢にそれぞれ一つずつ対応させた4つの打撃ボタンや10連コンボといった独自のシステムがユニークです。その後も本作はシリーズを重ね、2017年にはギネスから「最も長く続く3D対戦格闘型ビデオゲーム』の称号を送られることになります。
鉄拳7 - PS4
バンダイナムコエンターテインメント
2017-06-01




【劇場版
いろいろ問題のある作品ですが、まず何と言っても日本人役を全員白人が演じているため、違和感が半端ありません。それに加えてカタコトの日本語が頻出するのでますますコレジャナイ感が高まっていきます。とはいっても格闘シーンに関してはそこそこ迫力があり、バカ映画として割り切れば楽しめないこともありません。ただ、各キャラのファイティングスタイルが全く原作準拠ではないため、原作のファンが鑑賞するとストレスの溜まる出来になっています。特に、ラスボスである一八との対戦があまりにもあっさりと終わってしまったのが残念です。
TEKKEN -鉄拳- [Blu-ray]
ジョン・フー
ワーナー・ホーム・ビデオ
2011-07-20



2010年(平成22年)

ザ・キング・オブ・ファイターズ
ザ・キング・オブ・ファイターズ)
原作
1994年にSNKが家庭用ゲーム機・NEO・GEOから発売した対戦格闘ゲーム。その最大の特徴は『餓狼伝説』や『龍虎の拳』といった自社の人気ゲームのキャラを登場させ、ドリームマッチバトルというコンセプトを打ち出したことにあります。また、ゲームシステム的には3VS3というチームバトルの概念を初めて導入した作品としても有名です。同タイトルは対戦格闘ゲーム全盛の時代において絶大な人気を誇り、SNKもそれに応えて2003年までは毎年新作を発表し続けます。その後の新作発売は断続的になっていきますが、今なお根強い人気を誇る、格闘ゲーム界のビッグタイトルの一つです。




【劇場版
今まで数多くの格闘ゲームがハリウッドによって映画化され、その多くはひどい出来でした。本作はその中でも最底辺に位置する作品です。まず、原作には多くの日本人キャラが登場しますが、『
TEKKEN 鉄拳』と同じで彼らを演じているのがすべて白人という時点で萎えてしまいます。その上、衣裳も似せようとしていないので誰が誰だかわからない状態です。これなら東洋人キャラを東洋人が演じ、わかりやすくコスプレをしていた『ストリートファイター』のほうがまだマシです。それでも『DOA/デッド・オア・アライブ』のようにアクションに切れがあるのであればB級映画として楽しめたかもしれませんが、DOAと比べると圧倒的に迫力が不足しています。必殺技の再現などもなく、一体なんのために映画化をしたのかが謎です。もちろん、ストーリーにも観るべきものは皆無であり、絵に描いたような駄作に仕上がっています。
ザ・キング・オブ・ファイターズ [DVD]
マギー・Q(不知火舞 役)
アミューズソフトエンタテインメント
2011-09-02



2012年(平成24年)

サイレントヒル:リベレーション3D
(サイレントヒル3)・加・仏
原作
2003年にプレイステーション2から発売されたシリーズ第3作です。同時に、1作目の直接的な続編にもなっています。システム面は過去作とほぼ同じですが、新たにスタミナシステムが追加され、スタミナを消費すると移動速度が遅くなるようになっています。その結果、慎重な行動が求められ、よりスリルを味わえるようになりました。
SILENT HILL 3
コナミ
2003-07-03





【劇場版】
ゲームを忠実に再現していた前作と比べ、本作はすべてにおいて雑さを感じさせます。展開は安っぽくってご都合主義なものになっていますし、物語自体にメリハリが感じられないので観ていてひどく退屈です。それに何より、映像にこだわりが感じられないところが大きなマイナスです。一応、ゲームのシーンを再現しようとはしていますが、前作と比べると薄っぺらさは否めません。かろうじて、音楽のクオリティが相変わらず高い点だけが救いでしょうか。ちなみに、音楽担当は前作やゲーム版を手掛けた山岡晃です。



2015年(平成27年)

デッドライジング ウォッチタワーデッドライジング)
原作
2006年にカプコンがXBOX360から発売したアクションゲームです。ゾンビが溢れかえった世界の中で生き抜くゲームということで同じカプコンの『バイオハザード』を連想しがちですが、両者のゲーム性は全く異なります。『バイオハザード』がイベントをクリアしながら先に進んでいくタイプのアドベンチャーゲームとすれば、『
デッドライジン』はエリア内を自由に行き来できる箱庭型アクションゲームです。そのエリア内でゾンビ退治にいそしむのもよし、買い物を楽しむのも良し、生き残った人々と交流を深めるのも良しといった具合に非常に自由度が高い点が魅力となっています。しかも、『バイオハザード』がシリアスドラマであるのに対して、本作にはコメディタッチの要素がふんだんに盛り込まれているのも大きな違いです。以上のように、『バイオハザード』との明確な差別化を図り、ゲーム自体の完成度も申し分なかったため、本作は極めて高い評価を得ることになります。XBOX360が普及していないために日本での売上は伸び悩みますが、北米ではミリオンセラーを記録し、人気シリーズとしての第一歩を踏み出したのです。

【劇場版】
ゲーム版の小ネタが随所にちりばめられているため、原作のファンなら楽しめるかもしれません。しかし、独立したゾンビ映画として観た場合は緊張感がなさすぎてなんともしまらない出来になっています。また、ストーリー的に必要がないと思われるシーンも多すぎて全体的に冗長です。30分ぐらい削ってもっとテンポをよくすればまだかなりマシになった気がします。原作愛は十分に感じられるものの、実力が伴っていない凡作というのが妥当な評価ではないでしょうか。
デッドライジング ウォッチタワー [Blu-ray]
ジェシー・メトカーフ
ポニーキャニオン
2015-12-02



皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ(鋼鉄ジーグ) 
原作
70年代に数多く作られた巨大ロボットアニメの1つであり、1975~1976年にかけてテレビ放映された作品です。各パーツが変形して磁石で合体するというのが最大の特徴であり、
主人公自身も頭部に変形してロボットのパーツの一部になるという設定にはインパクトがありました。ただ、先行作品の『マジンガーZ』や『ゲッターロボ』などに比べると視聴率は低調で、決して人気作品というわけではなかったのです。ところが、この作品が1979年にイタリアで放送されると、爆発的な人気を得ることになります。現在40代のイタリア人でこの作品を知らない人はいないといわれているほどです。
鋼鉄ジーグ VOL.1 [DVD]
古谷徹
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
2017-01-11

【劇場版】
本作は『鋼鉄ジーグ』の実写化ではなく、突然、超人的な能力に目覚めた男が自分の生き方を模索していくという、いわばアメコミヒーローの変奏曲的な物語になっています。そこに、鋼鉄ジーグオタクのヒロインを絡めて鋼鉄ジーグのリスペクト作品に仕上げているというわけです。ただ、ヒーローものといってもハリウッド映画のような颯爽としたシーンは皆無で、超人的な能力を得たからといって簡単にヒーローになれるわけではないというリアリズムが全編を貫いています。スーパーヒーローという絵空事にリアリズムを注入することで実に切なく、心に沁みいる作品になっているのです。既存のヒーロー映画には飽きたという人におすすめしたい傑作です。
皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ [Blu-ray]
クラウディオ・サンタマリア
ポニーキャニオン
2017-12-20



2017年(平成29年)

ゴースト・イン・ザ・シェル
攻殻機動隊/GHOST IN THE SHELL 
原作
人間の電脳化やサイボーグ化が進んだ近未来を舞台に内務省直属の公安9課の活躍を描いたサイバーパンクアクション。もともとの原作は1991年に単行本が発売された士郎正宗のSF漫画ですが、アニメ映画やテレビアニメが製作されたことでその名が広く知られるようになります。特に、1995年に公開された劇場用アニメ『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は北米において日本の映像作品として初めてビデオセール100万本を突破するという快挙を達成しています。
GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 [Blu-ray]
家弓家正
バンダイビジュアル
2017-04-07

【劇場版】
物語そのものは原作とは無関係のオリジナルストーリーですが、アニメを彷彿とさせるシーンが散りばめられており、原作のリスペクトという点では申し分ない映画です。しかし、そもそも原作アニメの『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』自体がハリウッドのSF映画に多大な影響を与えているため、今更その元ネタを映像化しても古臭く感じるだけです。それに、映画オリジナルのギミックも感性が古くて全体的に80年代のサイバーパンク映画といった印象がぬぐえません。ビルよりも高い芸者のホログラムなどは『ブレイドランナー』を彷彿とさせ、とてもこれが2017年の映画だとは信じられないほどです。また、スカーレット・ヨハンソン演じる少佐が義体化前は日本人だったとか、公安9課の荒巻課長を英語がしゃべれないビートたけしが演じているとか、日本に対する中途半端な配慮も作品に違和感をもたらす結果となっています。それに、なりより問題なのはパッケージにもなっているヨハンソンの疑似ヌードです。もっさりとしてカッコ悪く明らかに作品のイメージを悪くしています。原作には全くないシーンだけになぜあのような設定にしたのか疑問の残るところです。とはいえ、決して駄作と断じるほどにひどい作品というわけでもなく、ストーリーも分かりやすいのでB級映画と割り切って観ればそれなりに楽しめるのではないでしょうか。
ゴースト・イン・ザ・シェル[AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
スカーレット・ヨハンソン
パラマウント
2018-03-23



Death Note/デスノート(DEATH NOTE)米 
【原作】
2003年12月~2006年6月まで週刊少年ジャンプで連載され、比較的短い連載期間にも関わらず、3000万部を超える売上を記録した大ヒット作品です。そこに名前を書いた人間を死に追いやることのできるデスノートを巡る頭脳戦を描いた作品なのですが、本作が数ある少年ジャンプのヒット作の中でも異彩を放っているのは主人公の夜神月(やがみ・らいと)が悪人として描かれている点です。一応、デスノートを使用するのは犯罪のない理想郷を築くためだとし、同情の余地のない悪逆非道な人物以外は殺さないというルールを自身に課してはいるものの、実際は、目的の障害となる人物であればたとえ善人であってもあっさりと殺してしまいます。しかも、最初は自信過剰な故に多少傲慢なところがある程度の人物像だったのが、回を追うごとにどんどん性格が歪んでいき、最後にはまるで殺人を愉しんでいるかのごとき言動をみせるようになるのです。この強烈な主人公像と人気キャラであるLとの頭脳戦の面白さや、小畑健の緻密な作画などによって本作は社会現象というべき人気を獲得することになります。2006年に前後編で公開された藤原竜也主演の映画も好評を博し、それをきっかけにアニメ・ドラマ・スピンオフ映画など、次々と新たな映像化作品が製作されていったのも記憶に新しいところです。

【劇場版】
アメリカでは2017年に『Death Note/デスノート』のタイトルで映画化されていますが、これは劇場公開はされておらず、Netflixによるネット配信という形をとっています。ちなみに、アメリカを舞台にしているため、登場人物の名前は夜神月がライト・ターナーといった具合にすべて米国風です。しかし、問題はそんなことよりも物語の設定そのものにあります。ライトは平凡な若者で、原作では冷静沈着だったLもすぐに取り乱してしまう人物として描かれているのです。そのため、原作最大の魅力だった頭脳戦の要素がすっぽりと抜け落ちてしまっています。特に、冷静さを失ったLがライトを追いかけ回すという後半のシーンは『DEATH NOTE』とは別物の何かと言わざるをえません。そして、それ以外にも、話の展開にはいろいろ雑さが目立ちます。やはり、あの原作を100分でまとめるのは無理があったようです。かろうじて見所といえるのは死神リュークの造形がが日本版より迫力があり、犠牲者のゴアシーンが派手な点ぐらいでしょうか。なお、監督のアダム・ウィンガードは2021年に『ゴジラVSコング』も手掛けており、こちらは好評を博しています。
DVD未発売

2018年(平成30年)

シティ・ハンター 史上最香のミッション(シティハンター) 
原作
※『シティ・ハンター』参照




【劇場版】

まさかのフランス版シティハンターです。その時点で不安しかありませんが、これが驚くほど原作に忠実に作られています。獠のもっこり、香のハンマー・海坊主のバズーカ―なども完全再現です。ストーリー自体はオリジナルではあるものの、原作の雰囲気を壊さないように細心の注意が払われている点に原作愛を感じます。そのうえで、コメディとしてもアクション映画としてもよくできているのが見事です。B級テイストの漫画チックな作りは原作を知らなければ好みの分かれるところですが、原作ファンなら間違いなく楽しめる出来だといえるでしょう。漫画原作にアレンジを加えずにそのまま実写化したものとしては希有の成功例です。



2019年(平成31年)


アリータ:バトル・エンジェル銃夢)米 
【原作】
全身サイボーグの少女がさまざまな敵と戦うサイバーパンクSF格闘漫画です。ビジネスジャンプで90~95年まで連載されました。格闘アクションがメインの作品ですが、軌道エレベーターやナノマシンなどといったSFガジェットがふんだんに盛り込まれている点も大きな見どころになっています。なお、本編終了後にはその続編である『銃夢 Last order』が2000~2014年にかけてウルトラジャンプ及びイブニングで連載されました。また、海外でも人気の高い作品であり、英語圏では『Battle Angel Alita』のタイトルで発売されています。
銃夢(1)
木城ゆきと
講談社
2014-01-31

【劇場版】
映画を観てまず驚くのがヒロインであるアリータの目です。CG加工された目はまるで漫画やアニメのキャラのように巨大で、最初に観たときはどうしても違和感を覚えます。しかし、慣れてくるとその巨大な目がキュートに見えてくるのが不思議です。そして、映画を観終わるとヒロインの可愛らしさはあの目でなければ表現できなかったのだと納得させられてしまいます。また、本作では目に限らず、CGが効果的に用いられています。特に、アリータの圧倒的な強さを見せつけるバトルシーンは圧巻です。おそらく、日本のコンテンツ作品に基づいたハリウッド映画の中では最良の1本だといえるでしょう。実際、観客の評価は上々で興行収入も北米では今一つだったものの、世界全体では4億ドル以上というまずまずのヒットを記録しています。ただ、続編ありきの作りだったため、怒涛の盛り上がりを期待していた人にとっては中途半端な作品に感じたかもしれません。ここはぜひとも続編の登場に期待したいところです。
アリータ:バトル・エンジェル 2枚組ブルーレイ&DVD [blu-ray]
ローサ・サラザール
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2019-09-11



今後の映画化予定作品
極めて駄作率の高かった日本のアニメ&ゲームの洋画化ですが、そんな中からもいくつかの佳作・傑作は生まれています。ハリウッド映画も次第に日本のコンテンツの扱い方に慣れてきている印象を受けるので令和の時代にはさらなるクオリティアップに期待したいところです。そして、その第1弾というべき存在が年号が切り替わってすぐに封切られた『名探偵ピカチュウ』です。評判も上々で世界的なヒットを続けています。その他にも、『
ソニック・ザ・ヘッジホッグ』『君の名は。』『進撃の巨人』『機動戦士ガンダム』などの映画化が予定されており、その映像化がどのようなものになるかはなかなか興味深いものがあります。


★★★
以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。



最新更新日2019/08/05☆☆☆

ゴジラ映画もまた、平成の時代を語る上で欠かせないジャンルの一つです。昭和と共に終わったコンテンツと思われていたのがVSシリーズで人気を博し、まさかのハリウッド映画化。しかも、21世紀の到来と共に再び下火になり、今度こそ終わりかと思えばなんとハリウッドで再映画化。そして、日本での3度目の再映画化で平成最大の大ヒットを記録し、再び人気を取り戻します。まさに波乱万丈の展開です。具体的にどのような作品があり、その出来はどうだったのか?平成の時代に公開された全作品を一つずつ紹介していきます。
※紹介作品の各画像をクリックすると
Amazonの該当商品ページにリンクします

1989年(平成元年)

ゴジラVSビオランテ(大森一樹監督)

30年ぶりに姿を現したゴジラを辛くも撃退した自衛隊はその肉片からG細胞を回収する。しかし、G細胞は激しい争奪戦の末、遺伝子工学の権威である白神博士の手に渡ることになる。博士はG細胞を用いて砂漠でも育つ植物を開発しようとしていたのだ。ところが、G細胞の争奪戦に敗れたバイオメジャーの策略によって研究所は破壊され、同時に博士は最愛の娘である英理加を失ってしまう。それから5年の歳月が過ぎた。三原山火山でゴジラが復活し、侵攻を開始する。そして、それと呼応するように芦ノ湖に巨大な植物怪獣が出現した。その怪獣は白神博士がG細胞に薔薇と英理加の細胞を融合させて作り上げたビオランテだった。一方、防衛庁特殊戦略作戦室室長の黒木三等特佐はゴジラを迎え撃つべく、浦賀水道に護衛艦及び対ゴジラ専用機のスーパーX2を向かわせるが.......。
◆◆◆◆◆◆
昭和ゴジラシリーズが1975年の『メカゴジラの逆襲』で終了したのに対して、本作は1984年に新たに作られた『ゴジラ』の続編にあたります。同時に、平成VSシリーズの実質第1弾という位置付けにもなっています。以後、タイトルには必ず”VS”が入り、ゴジラと他の怪獣が死闘を繰り広げるという展開が繰り返されることになるのですが、その最初の対戦相手がビオランテだというわけです。また、以後のVSシリーズが昭和ゴジラに登場した怪獣の流用が中心だったのに対して、本作はオリジナル怪獣だけで勝負している点が目を引きます。そのデザインも怪獣というよりはクリーチャーっぽくはあるものの、なかなかカッコ良く仕上がっています。ただ、タイトルを冠している割にはビオランテの出番が少なく、あまり活躍しないのは残念なところです。しかし、本作にはそれに代わる大きな見所があります。自衛隊がゴジラと真正面からぶつかり合い、意外なほどの活躍を見せるのです。ゴジラシリーズにおいて、これほどまでに自衛隊が活躍した作品はないのではないでしょうか。一方で、ゴジラと自衛隊の対決に焦点が当てられ過ぎて、街が怪獣に蹂躙される恐怖などが全くといっていいほど描かれていません。そのせいで、怪獣映画として多少淡泊な印象になったきらいがあります。とはいえ、全体の完成度は高く、VSシリーズの中では屈指の佳品であることは確かです。



1991年(平成3年)

ゴジラVSキングギドラ(大森一樹監督)
1992年。飛来したUFOからは3人の男女が降り立ち、23世紀からやってきた地球連邦機関の使者だと名乗る。彼らの話によると、たび重なるゴジラの襲撃によって23世紀の日本は最貧国にまで落ちぶれているという。そして、その運命を回避する手段として、ゴジラが誕生した歴史そのものを改変することを提案するのだった。そもそも、ゴジラは恐竜の生き残りであるゴジラザウルスが1954年にビキニ環礁で行われた水爆実験によって進化したものなのだが、その時代にタイムスリップしてゴジラザウルスを別の場所に移動させようというのだ。作戦は成功し、ゴジラは歴史から抹消される。ところが、その代わりに、3つの首を持つ怪獣・キングギドラが姿を現し、日本で暴れ始める。実は未来人たちは地球均等会議の過激派メンバーであり、アメリカをも凌ぐ超大国となった日本と他国の格差を是正するためにやってきたのだ。キングギドラも未来から持ち込んだ愛玩動物を進化させて作り上げたものだった。テレパシーで操作可能なキングギドラを使って日本を弱体化させようとする未来人たちだったが、そこに突如復活したゴジラが姿を現し......。
◆◆◆◆◆◆
『ゴジラVSビオランテ』はファンから高い評価を得たものの、興行成績は今一つ振るいませんでした。そこで、東宝は巻き返しを図るために復活の要望が高かったキングギドラをメインに据えた続編を発表します。その狙いは当たり、配給収入も前作の10億円から15億円へとアップします。本作の見所はなんといってもゴジラとキングギドラの死闘に尽きるでしょう。考えてみれば、昭和ゴジラでは複数の怪獣が協力し合ってキングギドラを撃退するという展開が多く、タイマン勝負はこれが初めてです。それだけに両者のぶつかり合いは大いに盛り上がります。特に、リベンジマッチで登場するメカキングギドラのインパクトは特筆ものです。というわけで、怪獣プロレスとしてはおおむね満足のいく出来に仕上がっています。しかし、その反面、ストーリーは終始グダグダです。まず、日本を弱体化させるためにゴジラを消滅させてキングギドラを登場させるという展開に無理があります。そもそも、なぜゴジラを消滅させたり、現代の日本人を騙したりする必要があったのでしょうか。日本を弱体化させたいのなら、黙ってキングギドラを送り込めばよいだけのはずです。そのキングギドラもぬいぐるみにしか見えないペットを被爆させたら怪獣に進化しましたなどというトホホな設定になっています。しかも、歴史改変を物語の主軸にしているのに、タイムパラドックスによる矛盾を一切放置しているのはいただけません。さらに、UFOやサイボーグなどといったSF要素の描写もしょぼすぎです。結論として本作の評価は、怪獣プロレス以外の部分に粗が多すぎるB級以下の作品というのが正直なところです。



1992年(平成4年)

ゴジラVSモスラ(大河原孝夫監督)
小笠原沖に巨大隕石が墜落し、その衝撃によって海底で眠りについていたゴジラが目覚める。一方、インフィアント島では謎の巨大物体が発見される。突如現れた小美人たちに、それが先住民族の守護神だったモスラの卵だと教えられた調査隊はその卵を東京に持ち帰えろうとする。時を同じくして北の海ではモスラの宿敵であるバトラが孵化し、日本への侵攻を始めた。一方、モスラの卵を輸送中の船は洋上でゴジラの襲撃を受ける。そのとき、モスラも孵化し、ゴジラに応戦するが.........。
◆◆◆◆◆◆
前作のキングギドラに続いて人気怪獣のモスラを登場させたことによって本作は配給収入22億円、93年度邦画配収1位という大ヒットを記録します。ただ、肝心の内容は前作以上に問題が多いものになっています。テンプレのセリフを繰り返すだけの上滑りの環境破壊批判、底が浅すぎて完全に記号と化している悪役、長年の宿敵であるはずなのにあっさりとモスラの味方になるバトラなど、とにかくすべてが安っぽいのです。少なくとも、この作品より30年も前に公開された『モスラ対ゴジラ』のほうが出来は遥かに上です。まず、冒頭30分のインディージョーンズ風の冒険譚がいきなり冗長で見ていて心が挫けそうになります。登場人物も映画というよりは子ども向けの特撮番組のようなノリです。怪獣に関してはゴジラと幼虫モスラの造形は問題ないのですが、成虫モスラのぬいぐるみ感満載のビジュアルはいただけません。バトラもいかにも作りものといった印象を受けますし、幼虫から成虫へと一瞬で変身してしまうシーンがひどく安っぽく感じてしまいます。肝心の怪獣プロレスも恐竜型怪獣と昆虫型怪獣のファイティングスタイルがかみ合っておらず、迫力皆無です。前作から子どもを意識した作品になっているとのことですが、子ども向けというよりは子ども騙しになっているのがつらいところです。



1993年(平成5年)

ゴジラVSメカゴジラ大河原孝夫監督
たび重なるゴジラ襲撃に対処すべく、国連直属のG対策センターは海底に沈んだメカキングギドラを引き揚げる。23世紀の技術を分析した上で、究極の対ゴジラ兵器・メカゴジラを開発しようというのだ。一方、国立生命科学研究所に翼竜の化石を発見したとの知らせが入る。調査隊が現場に向かうとそこには化石だけでなく、巨大な巣と孵化していない卵があった。ヘリコプターの中に卵を持ち込み、調査を続ける一行だったが、そのとき超大型翼竜・ラドンが現れる。それは、周辺に投棄された使用済み核燃料の放射性物質の影響でプテラノドンが巨大化した姿だった。調査隊はラドンに襲われるが、続いてゴジラも姿を現し、両者は激しい戦いを繰り広げる。その隙にヘリコプターで脱出した調査隊は卵を京都の国立生命研究所に持ち込んだ。しかし、やがて卵から生まれたのはラドンではなく、ゴジラの進化前の種であるゴジラザウルスだった。どうやら、ゴジラザウルスはプテラノドンの巣に託卵をする習性があったらしい。同族の誕生を察知したゴジラはゴジラザウルスの赤ん坊を求めて四日市に上陸する。その迎撃のためにメカゴジラが出撃し、両者は鈴鹿山中で激突するが....。
◆◆◆◆◆◆
相変わらず、子ども向けを強く意識した作風ではあるものの、前2作のようなストーリー上のグダグダは少なく、ゴジラ・メカゴジラ・ラドンの三つ巴の闘いをストレートに描いているので観やすい作品に仕上がっています。また、ラドンは同じ飛行型でもゴジラの周りを飛び回っていただけのモスラとは違い、意外と激しい肉弾戦を繰り広げてくれるのが好印象です。一方、メカゴジラのほうは強くてかっこよくはあるのですが、せっかく怪獣型のフォルムをしているのに一切肉弾戦を行わず、距離をとって飛び道具を撃ち合うだけという点にやや不満が残ります。それに、ベビーゴジラが登場したためにゴジラの立ち位置が完全な悪役ではなくなってしまい、ゴジラとメカゴジラのどちらに感情移入すればよいのかわからなくなってしまうのも問題だといえるでしょう。怪獣映画としてみた場合、全体的な評価としては可もなく不可もなくといったところです。



1994年(平成6年)

ゴジラVSスペースゴジラ(山下賢章監督)
メカゴジラがゴジラに敗れて1年。国連G対策本部では対ゴジラ用の2つの作戦が進められていた。一つはメカゴジラを上回る対ゴジラ兵器・MOGERAの開発で、もう一つはサイコトロニックジェネレーターによってゴジラをコントロールしようというものだ。一方、Gフォースの一匹狼的存在の結城晃少佐は赴任先のバース島で打倒ゴジラに執念をみせ、30メートルにまで成長したリトルゴジラになつかれつつも、対ゴジラ用のトラップ設置に余念がなかった。そんな折り、宇宙から急速に接近する物体が観測される。それは宇宙に飛散したG細胞から誕生したスペースゴジラだった.....。
◆◆◆◆◆◆
VSシリーズの主要スタッフが他作品の撮影に入っていたため、ゴジラ撮影の経験のないメンバーが中心になって製作した作品です。それだけにやっつけ感が目立つ結果になっています。脚本もご都合主義にご都合主義を重ね、見るべき点がありません。それでも、スペースゴジラの強さとモゲラの意外なギミックの多さがかろうじて見せ場となっているのが救いでしょうか。しかし、それもスペースゴジラのあまりにもあっけない最後で台無しになったような気がします。VSシリーズでは1、2を争う駄作です。



1995年(平成7年)

ゴジラVSデストロイア(大河原孝夫監督
スペースゴジラとの死闘から1年が過ぎた頃、突如バース島が消滅し、ゴジラとリトルゴジラも姿を消す。さらに、その1カ月後、ゴジラは香港に上陸する。しかも、ゴジラの全身は燃えているように赤く発光していた。バース島の消滅は地下天然ウランの暴発の結果であり、ゴジラもその影響を受けて体内の炉心が不安定な状態になっていたのだ。一方、日本では正体不明の怪物が姿を現す。それはかつて初代ゴジラを倒したオキシジェン・デストロイヤーの海中散布が引き金となって異常進化した古代生物・デストロイアだった。デストロイアは臨海副都心で警視庁特殊部隊や自衛隊との戦いの中で集合・合体し、巨大怪獣となって都市を破壊していく。その頃、ゴジラに似た怪獣が日本に上陸する。ウラン爆発の影響でゴジラジュニアへと成長したリトルゴジラだ。さらにメタルダウン寸前のゴジラも姿を現し、東京は壊滅の危機にさらされることになる。そこで、ゴジラジュニアを囮に使って、ゴジラとデストロイアをおびき寄せ、両者を戦わせる作戦が提案されるが......。
◆◆◆◆◆◆
VSシリーズの最終作です。物語の完成度は決して高いとはいえない(というかかなりグダグダ)ものの、真っ赤に光るバーニングゴジラのインパクトで何とか緊迫感を持たせることに成功しています。昭和ゴジラのオマージュを随所に盛り込み、自衛隊がきちんと活躍する点などもシリーズ完結編らしくて悪くありません。また、シリーズ最後の怪獣であるデストロイアはウルトラマンにでも出てきそうな安っぽいデザインではあるものの、集合・分散を繰り返すという設定はなかなかユニークで見応えがあります。これで脚本の完成度がもう少し高ければと思わずにはいられません。非常に惜しい作品です。



1998年平成10年)

GODZILLA(ローランド・エミリッヒ監督)
日本の漁船が沈没事故に遭い、唯一生き残った老人はうわ言でゴジラという言葉をつぶやくだけだった。その事件の真相を突き止めるべく、生物学者のニックはアメリカ国務省の要請を受けてパナマに向かう。そこで、彼が見たのは常識では考えられないほどの巨大な足跡だった。しかも、大西洋では貨物船やタンカーの事故が相次ぎ、被害を受けた船からは謎の生物の肉片が見つかる。ニックは一連の出来事から、フランスの核実験の影響で新種の生物が誕生したのではないかと仮説を立てる。一方、フランスの諜報員であるフィリップもまた、事故現場に残された巨大な爪跡から巨大生物の存在を確信していた。面識のない2人が別の角度から真相に迫っていたとき、ニューヨークに信じられないほど巨大な生物が上陸し、街をパニックに陥れる......。
◆◆◆◆◆◆
ハリウッドでゴジラが映画化されるとの発表があったとき、日本では大変な盛り上がりをみせました。巨額の予算をつぎ込み、『ジェラシックパーク』のようにCGを駆使してゴジラを製作すればとんでもない作品に仕上がると考えられたからです。しかし、実際に登場したのはゴジラではなく、ただの巨大なイグアナでした。まず口から熱線など吐きませんし、ミサイルや砲撃に耐える強靭な外皮も備わっていません。得意技は高速で逃げ回ることだけで、どこからどう見てもゴジラらしさはゼロです。おまけに、大量の卵を生み、凄まじい速度で増殖していく点が最大の脅威という設定も、破壊神としてのゴジラのイメージを損なう結果となっています。後日明らかになったところによると、「本当は『原始怪獣現る』のリメイクを作りたかったのだが予算獲得のためにゴジラのネームバリューを利用した」とのことで、これではイメージとかけ離れたものになるのは無理もありません。ゴジラファンにとっては非常に不幸な話です。一方で、CG製の怪獣が暴れまわる映画というのは過去に例がなかっただけにその迫力と臨場感はかなりのものでした。もし、これがゴジラ映画でなかったら賞賛する人ももっと多かったのではないでしょうか。とはいえ、全体的にオリジナリティが乏しく、話が進むにつれて既視感が強まっていくのはいかんともしがたいところです。ゴジラの赤ん坊が人を襲うシーンが『ジェラシックパーク』におけるヴェロキラプトル襲撃シーンを想起させるなど、どうもどこかで見たようなシーンの寄せ集めといった感じなのです。いずれにしても、映像クオリティ自体は日本のゴジラとは比較にならないほどに素晴らしかっただけに余計に残念さが際立つ結果となっています。



1999年平成11年)

ゴジラ2000ミレニアム(大河原孝夫監督
漁船を襲ったゴジラが北海道根室市に上陸する。ゴジラ予知ネットワークを主宰する篠田雄二の娘、篠田イオはゴジラの行動を観察して「ゴジラは人間の作りだすエネルギーを憎んでいるのではないか」と感じる。一方、新宿では謎の飛行体が飛来し、シティータワーの屋上に着陸した。その物体は夜になると見えない触手を伸ばし、周辺のコンピューターにアクセスすることでゴジラに関する情報を集め始める。そんなとき、ゴジラが東京湾に現れ、飛行体のいる新宿を目指すが......。
◆◆◆◆◆◆
ハリウッド版ゴジラに対する不満の声に応える形でスタートしたミレニアムシリーズの第1弾です。ただ、その割に、前シリーズ最終作である『ゴジラVSデストロイア』が配給収入20億円、ハリウッド版ゴジラが日本国内での配給収入が30億円だったのに対して、本作は興行収入16億円(配給収入に換算すると9~10億円ほど)と大幅に数字を落とす結果となっています。作品の特徴としては敵怪獣をCGで表現したり、迫力のある構図にこだわったりと色々意欲的な取り組みをしている点が挙げられます。その結果、序盤の緊迫感はなかなかのものですが、いかんせんそのテンションが持続できていないのが残念です。VSシリーズに比べてシリアスな雰囲気を強調しようとはしているものの、物語は上滑りし、どうにも散漫な印象を受けてしまいます。UFOのCGはかなりショボくて迫力に欠けますし、何より、怪獣プロレスに全く魅力を感じないのが致命的です。CGの特性を活かして敵が色々やってくれるのはいいのですが、動きがもっさりしていて迫力が皆無なのです。惹かれるシーンもないではありませんが、全体的にはかなり低調な作品だといえます。
2000年平成12年)

ゴジラ×メガギラス G消滅作戦(手塚昌明監督)
1954年のゴジラ襲来で東京が壊滅状態になったことにより、首都が大阪に移される。また、1966年には原子力発電所がゴジラに襲われ、日本は原子力エネルギーを放棄することになった。そして、2001年。ゴジラに上官を殺され、復讐に燃えるGグラスパー隊長の辻森桐子は秋葉原でマイクロマシンの天才・工藤元をスカウトし、物理学者の吉沢佳乃と共に対ゴジラ兵器・ディメンション・タイド、通称ブラックホール砲を開発させる。それを使ってゴジラを消滅させようというのだ。だが、試射をした際、時空に歪みが生じ、太古の巨大昆虫・メガニューラを呼び寄せてしまう。メガニューラは卵を産み落とし、卵から孵った大量のメガヌロンは人々を襲い始める。やがて、羽化してメガニューラとなった群れは一斉にゴジラに襲い掛かるが.......。
◆◆◆◆◆◆
連続した時系列上の物語であるVSシリーズに対し、ミレニアムシリーズは1作ごとに物語がリセットされる方式をとっています。そのため、1作1作異なる世界観を楽しめるのが魅力です。本作の場合は、もし最初のゴジラが1954年に倒されていなかったらという前提に基づき、ゴジラ1作目を上手くリメイクしながらifの世界を構築しています。そのため、序盤はなかなか興味深く観ることができます。それから、遠くから俯瞰するショットを多用しているのも臨場感があって良い感じです。あえてマイナー怪獣のメガヌロンをチョイスしたチャレンジ精神も悪くありません。しかし、いかんせん怪獣のデザインがかっこ悪すぎる上に、メガニューラの空中戦を中心に据えた特撮がショボすぎです。ハリウッドにかなわないのは仕方がないとしても先行作品である平成ガメラの足元にも及んでいないのはいかがなものでしょうか。人間ドラマに関しても観るべき点はなく、前作に続いてパッとしない出来に終わってしまっています。



2001年(平成13年)

ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃(金子修介監督)
グアム沖で原子力潜水艦が消息を絶った。現場を調査した特殊潜航艇さつまは海底で原子力潜水艦の残骸を発見する。しかも、その近くで半世紀前に撃退されたはずのゴジラらしき姿を目撃するのだった。一方、日本各地では怪獣にまつわる怪事件が続出していた。BS・デジタルQの立花由里は事件の現場がいずれも護国聖獣伝記に記されてある
聖獣の眠る場所と一致していることに気付く。さらに調査を続けた彼女はやがて護国聖獣伝記の著者である老人・伊佐山嘉利に出会い、彼が護国聖獣を蘇らせようとしている事実を知る。伊佐山は、ゴジラとは太平洋戦争で亡くなった人々の怨念の集合体であり、そのゴジラから日本を守るためには護国聖獣の力が必要だと語るのだった。やがて、静岡県にゴジラが上陸し、東京に向かって進み始める。それに対して、本栖湖付近で護国聖獣の一体であるバラゴンが姿を現し、ゴジラに戦いを挑むが.......。
◆◆◆◆◆◆
1作目2作目と興行成績がパッとしなかったミレニアムシリーズですが、モスラとキングギドラという人気怪獣を復活させた本作では興行収入27億円と大きく盛り返しています。しかも、平成ガメラのスタッフを抜擢することでこれまでにない臨場感豊かな作品に仕上がっているのです。まず、白目を剥いて暴れまわるゴジラが今までにない凶暴さを纏っており、迫力満点です。しかも、人々が容赦なく殺されていくシーンを挿入することで、怪獣の恐ろしさを表現することにも成功しています。こうした要素はゴジラ映画が長らく忘れていたものであり、さすがはガメラスタッフといったところです。一方、今まで一貫して敵役だったキングギドラが人類の味方になり、モスラと手を組んで戦うという意外性も悪くありません。特に、ギドラから千年竜王キングギドラに進化するところなどは大いに盛り上がる展開です。ただ、ゴジラを戦没者の怨霊の集合体という設定にしたのは賛否が分かれるところではないでしょうか。ゴジラはあくまでも怪獣という存在であってほしいという気もしますし、そもそも、戦没者と戦っていると考えてしまうと観ていて後ろめたい気持ちになってしまいます。それに、護国聖獣という設定も平成ガメラの二番煎じ感がするのは否めません。といった具合に必ずしも絶賛一辺倒という作品でもないのですが、それでもミレミアムシリーズの中ではダントツの力作であることは確かです。



2002年平成14年)

ゴジラ×メカゴジラ(
手塚昌明監督
たび重なるゴジラの襲撃に対抗すべく、日本政府は柘植真知子首相の指揮の元、対ゴジラ兵器の開発に着手する。そして、海底から引き揚げられた初代ゴジラの白骨を元に機龍(
メカゴジラ)を完成させるのだった。一方、特生自衛隊の家城茜三尉は4年前に自分のミスで仲間をゴジラに殺されて以来、ずっと自責の念に苛まれていた。しかし、機龍のオペレーターとして召集され、再びゴジラとの闘いに身を投じることになる。そして、機龍の機動実験が行われていたとき、ゴジラが東京湾に出現との報が入る。茜たち機龍隊は機龍を発進させ、ゴジラ討伐に向かうが......。
◆◆◆◆◆◆
同じ監督の『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』と比べて映像の迫力は雲泥の差があり、大きな進歩がみられます。また、1993年の『ゴジラVSメカゴジラ』では飛び道具に頼りっきりの木偶の坊だったメカゴジラがガンガン格闘戦を繰り広げてくれるのもうれしいところです。ただ、メカゴジラのカッコ良さを前面に押し出しすぎたために、冒頭のシーンを除いてゴジラの影がひどく薄くなってしまっています。また、そこはかとなく『新世紀エヴァンゲリオン』の影響がみられるのも賛否の分かれるところです。人間ドラマに関しても今一つ薄っぺらな感じがします。全体的に頑張ってはいるのですが、非常に惜しいといった感じの作品です。



2003年平成15年)

ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS(
手塚昌明監督
ゴジラと機龍の死闘から1年が過ぎた頃、かつてインファント島を調査し、モスラと関わった中條信一の元に小美人が姿を現す。彼女たちは「死んだ生物に人間が手を加えてはならない」と言い、機龍を海に返すように要請する。信一はその言葉に従って、旧友でもある五十嵐隼人首相に機龍廃棄を進言するが、その言は受け入れられなかった。機龍は対ゴジラ戦の要であり、国防のためになくてはならない存在だったからだ。結局、政府は要請を拒否し、機龍の整備を急がせる。実際、ゴジラの脅威は目前に迫りつつあった。九十九里浜に巨大生物・アメーバ―の死体が打ち上げられたのだが、そこにはゴジラに襲われたと思われる痕跡が残っていた。そして、ついに現れたゴジラに対して信一の孫、瞬はモスラを召喚する。姿を現したモスラはゴジラとの死闘を繰り広げるが......。
◆◆◆◆◆◆
それぞれ独立したエピソードとなっているミレニアムシリーズの中で、本作は唯一前作と繋がりのある作品です。しかも、1961年の映画『モスラ』とも繋がっており、その作品の主人公だった中條信一が物語のキーマンとして登場しています。その上、本作の主人公に機龍の整備士を配し、より人間ドラマに力を入れている点が昨今のシリーズの中では異色です。ドラマの完成度そのものは必ずしも高いとはいえませんが、主人公に感情移入させることには成功しており、そのことによって怪獣映画としての緊張感をうまく引き出せています。機龍のカッコ良さも相変わらずです。とはいえ、手放しで評価できる作品というわけでもありません。機龍を使うとモスラが人類の敵になるという伏線を放り投げて共闘を始めるなど、ご都合主義的展開が満載なのは気になるところです。前作同様、非常に評価に迷う作品です。



2004年平成16年)

ゴジラFINAL WARS(北村龍平監督)
20XX年。頻発する戦争や核実験の影響で世界中で眠りについていた怪獣たちが目を覚まし、人々を襲い始める。人類は怪獣たちに対抗すべく、地球防衛軍を結成し、ミュータントたちを集めてM機関を創設する。こうして、人類は怪獣たちとの死闘に身を投じていくのだが、多くの怪獣の中でも最大の敵といわれていたのが怪獣王ゴジラだった。だが、そのゴジラを轟天号の活躍によって南極の氷塊に封じ込むことに成功する。それから20年の歳月が過ぎたが、人類と怪獣たちの闘いは未だに続いていた。そんな折り、X星人と名乗る宇宙人が姿を現し、友好の証として怪獣を消滅させてみせる。地球人類も自分たちを助けてくれたX星人を友好的に迎え入れた。だが、その裏でX星人は地球侵略計画を進め、ついに自分たちのコントロール下に置いた怪獣たちを解き放つ。地球崩壊の危機を迎える中、地球防衛軍は南極のゴジラを解放して、宇宙人に支配されている他の怪獣にぶつけるという賭けに打って出るが......。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ最終作及び50周年記念にふさわしい作品をということで、東宝の歴代怪獣やスーパー兵器を集めたお祭り騒ぎのような作品に仕上がっています。とにかく詰め込めるだけ詰め込んだといった作りになっているので、ストーリーに整合性や深みといったものは一切ありませんし、最初から最後までご都合主義のオンパレードです。それにゴジラ映画だというのに怪獣描写より、ミュータントの超能力バトルなど、人間のアクションに力が入っているのは大いに問題です。そういうわけで、真面目なゴジラ映画を期待した人にとっては噴飯ものの駄作だといえるでしょう。ただ、お祭り騒ぎのバカ映画だと割り切って観る分にはそれなりに楽しめる作品に仕上がっているのではないでしょうか。ちなみに、興行成績は製作費20億円に対して興行収入12億円と惨敗に終わっています。



2014年平成26年)

GODZILLA ゴジラ(ギャレス・エドワーズ監督)
日本で原子力発電所に勤務していた核物理学者、ジョー・ブロディは原子炉直下で頻発している地震に対して調査を要請する。彼の妻で技師でもあるサンドラ・ブロディが確認に向かうが、そこで大きな揺れが発生して原子炉が暴走。ジョーは妻を失ってしまう。それから、15年後。ジョーは事の真相を探るために原発跡地に侵入するが、そこで観たものは正体不明の巨大な繭だった。繭から出てきた巨大生物ムートーは施設を破壊して飛び去り、その巻き沿いをくってジョーは命を落とす。特別研究機関モナークに所属する生物科学者の芹沢博士はジョーの遺した手掛かりを元に巨大生物の行方を追跡する。モナークの目的はペルム紀の生き残りであるゴジラの存在を社会から隠蔽することにあった。芹沢博士はムートーがゴジラと同じペルム紀の古代生物であり、ゴジラに寄生する習性があるという事実から、いずれゴジラがムートー排除のために動き出すと推測するが.......。
◆◆◆◆◆◆
コンテンツとして完全に終了したと思われていたゴジラですが、ミレニアムシリーズから10年を経て、ハリウッドでの再リメイクがまさかの現実になります。しかも、今回は巨大なイグアナではなく、どこからどう見てもゴジラです。口からちゃんと熱線も吐きます。米軍の攻撃にもびくともしません。少なくとも、和製ゴジラのリスペクトとしては申し分ない出来だといえるでしょう。また、敵怪獣のムートーもなかなかよく考えられています。敵怪獣が弱すぎると映画として盛り上がらないのですが、かといって強すぎてもゴジラの存在感がかすんでしまいます。シリーズの2作目以降なら敵が強くても問題はありませんが、新しいゴジラ映画ということでまずはゴジラの強さをアピールしたいところです。そういう意味でムートーの夫婦怪獣という設定は絶妙でした。なぜなら、1体ではゴジラにかなわないが、2体でタッグを組めばゴジラを追い詰めることも可能ということで、2つの条件を矛盾なく成立させているからです。しかも、雌はパワー型、雄は飛翔型とそれぞれ個性付けしている点にもうまさを感じます。ただ、最大の問題はゴジラの出番が少なすぎるという点です。タイトルが『ゴジラ』なのにひたすらムートーばかり出てくるのはいかがなものでしょうか。おなじみのキャラクターだけにもったいぶる必要はないと思うのですが。そして、ようやくゴジラとムートーの本格バトルが始まったと思ったら今度は画面が暗すぎです。本作はハリウッド映画の大作にしては予算が少なめだったので、クオリティの低さを隠すために画面を暗くしたとのことですが、もう少しなんとかならなかったのでしょうか。粗を隠すとかいう次元を通り越して何が起こっているのか全くわかりません。そのため、バトルシーンの爽快感は一切なく、ひたすらイライラすることになってしまいます。さらに、ドラマ部分に関してもハリウッド映画にありがちな家族愛を謳い上げた散漫な物語が続くだけで、はっきりいってかなり退屈です。日本映画と比べて怪獣のクオリティは圧倒的であり、リスペクトも十分になされていただけにもう少し頑張ってほしかったところです。
GODZILLA[2014] 東宝Blu-ray名作セレクション
アーロン・テイラー=ジョンソン
東宝
2016-06-15



2016年平成28年)

シン・ゴジラ(庵野秀明監督)
東京湾羽田沖で大量の水蒸気が噴出し、東京湾アクアラインでトンネルの崩落事故が発生する。しかも、目撃者が撮影した配信動画によって巨大生物の尻尾らしきものが確認されたのだ。政府は巨大生物の対策を協議するが、体重から考えて上陸は不可能という結論に達する。しかし、川を遡って進み始めた巨大生物は蒲田でついに上陸を果たす。最初は腹を地面につけて這いずり回るように進んでいたのだが、なんと自己進化を続け、ついには2足歩行を始めたのだ。政府は前例のない事態への対処に苦慮し、議論を重ねた末、自衛隊に対して害獣駆除を目的とした防衛出動を要請する。それを受けて攻撃ヘリが出動するが、逃げ遅れた住人の保護が優先されたため、巨大生物を取り逃がしてしまう。政府は災害対策本部を設置し、再襲来に備えるが、数日後に姿を現した巨大生物はとんでもない怪物に進化していた.....。
◆◆◆◆◆◆
アニメ監督の庵野秀明を新監督に迎え、全く新しいゴジラにチャレンジした野心作です。VSシリーズ、ミレニアムシリーズと続いたファミリー路線を廃し、極めてシリアスな群像劇に仕上げています。しかも、ゴジラが成体になるまで何段階も進化を繰り返し、全身から熱線を発射するなど、従来のゴジラと大きく設定を改変しているのが目を引きます。1998年のハリウッド版ゴジラの例をみても分かる通り、こういった改変はバッシングの原因となりかねず、実際、「これはゴジラではない」という批判の声もありました。しかし、それ以上に絶賛の声が多く、国内興行収入は82億円を叩き出しています。国内観客動員数も560万人に達し、これはハリウッド版も含め、平成ゴジラの中で最高記録です。成功の要因は従来のゴジラ像を破壊しつつも、多くの人が観たいと思っていたゴジラ映画を実現した点にあるのではないでしょうか。つまり、多くの人は「破壊神というべき人智を超えた存在のゴジラに人類が立ち向かっていく姿をリアルに描いた映画」を見たいと思っていたわけです。要するに本当の意味での1954年版ゴジラのリメイクです。そのツボをきっちりと押さえていたからこそ、設定上の改変も大きな反発を受けることなく受け入れられたのでしょう。会議ばかりでつまらないといった意見もありますが、逆にそれが日本という国のリアルさを引き出すことに成功しています。ゴジラの恐ろしさも存分に表現されており、そのゴジラと戦うのにスーパーXのような超兵器に頼らなかった点も好感が持てます。そして、なんといっても、怪獣映画を災害シュミレーションのフォーマットに当てはめて描き、その上で娯楽映画として昇華しているのが見事です。間違いなく平成ゴジラの最高傑作だといえるでしょう。ただ、難点が全くないわけではありません。まず、本作は国内で初めてゴジラをCGで描いた作品であり、ミレニアムシリーズのCGなどと比べるとかなり頑張ってはいます。それでも、ハリウッド作品と比較するとどうしても粗が目立ってしまっているのです。まあ、その点は製作費が10倍以上も違うので致し方ないところでしょう。しかし、それ以上に問題なのが日系三世でアメリカ上院議員の娘だというカヨコ・アン・パタースンの存在です。どう見ても日系三世のアメリカ育ちには見えず、リアリティにこだわった作品の中で彼女の存在だけが浮いてしまっています。完成度の高い作品だけに、その点だけが非常に残念です。
第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞
第71回毎日映画コンクール日本映画大賞
第59回ブルーリボン賞作品賞
第20回文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門大賞
第48回星雲賞メディア部門賞
他多数受賞
シン・ゴジラ Blu-ray2枚組
長谷川博己
東宝
2017-03-22



2017年平成29年)

GODZILLA 怪獣惑星 (静野孔文・瀬下寛之監督)
環境の変化によって20世紀末に現れた怪獣たちは次第に人類の生存を脅かしていった。その中でも最大の脅威といえるのが怪獣たちの頂点に立つゴジラだ。人類はゴジラに対して半世紀もの間敗走を重ね、ついに種の存続のために他の星への移住を決断する。移住計画に選ばれた人々は苦難の旅を経て22年という歳月の後に目的の惑星に到着する。だが、そこは人類の生存に適さない過酷な環境の星だった。やむを得ず、移住計画の中止を決め、人々は地球へ帰還する。亜空間航行で地球とは異なる時間を過ごしていた彼らは、出発から2万年の時が過ぎた地球に戻ってきた。すっかり変わり果てた地球でゴジラは未だに健在だった。両親を殺された過去を持ち、復讐に燃えるハルオ・サカキは仲間と共に地球に降下し、ゴジラ捜索の準備を進めるが........。
◆◆◆◆◆◆
3DCGアニメとして好評を博した『シドニアの騎士』の監督と深夜アニメとして一大ブームを巻き起こした『魔法少女まどか☆マギカ』の脚本家によって製作されたゴジラ初のアニメ映画です。しかし、せっかくのアニメだというのに躍動感が乏しく、絵的な面白さが著しく欠けています。ストーリーも前半は延々と説明が続くのでかなり退屈です。これがSF小説なら興味深い内容だといえるかもしれませんが、怪獣映画としては大いに物足りないものになってしまっています。後半はアクションに徹しているのでそれなりに持ち直してきますが、それでもやはり実写映画と比べると地味です。その上、終始重く暗い雰囲気なので娯楽映画としてはいかがなものかというのが正直なところです。



2018年(平成30年)

GODZILLA 決戦機動増殖都市 (
静野孔文・瀬下寛之監督
ゴジラアースの攻撃によって意識を失っていたハルオは地球の人型種族によって救助されていた。ハルオは、彼らが環境に適応するために昆虫の特徴を取り込んだ人類の末裔なのではないかと推測する。その後、仲間たちと合流したハルオは対ゴジラ用最終兵器メカゴジラに用いられていた素材を新人類たちが狩猟の道具に使っている事実に気づき、メカゴジラ生産プラントがまだ稼働している可能性を伝える。ハルオたちは新人類の少女、ミアナとマイナの案内でメカゴジラシティというべき巨大施設を発見し、これでゴジラに対抗できると考えるのだが.....。
◆◆◆◆◆◆
『怪獣惑星』に続く2作目はメカゴジラシティという魅力的なギミックが登場し、その姿が徐々に変形していくというプロセスもビジュアル的な面白さがあって引き込まれます。ただし、これだけメカゴジラを強調しながら結局、メカゴジラが登場しないのはいただけません。その代わりに、行われるのが前作と同じような作戦であり、結果的に観客の期待を大きく裏切るものになってしまっています。メカゴジラを素直に活躍させておけば評価は違ったものになったと思えるだけに非常に残念です。



GODZILLA  星を喰う者(
静野孔文・村井瀬下寛之監督
メカゴジラシティの壊滅によってゴジラ討伐の希望を断たれた人々は絶望に打ちひしがれていた。そんな彼らに対して、軍属神官のメトフィエスは
ハルオを神に選ばれた英雄として祀り上げる。希望にすがり、信者となる人々。その上で、メトフィエスは信仰の対象となる神として、高次元怪獣ギドラを降臨させる。ギドラは信者たちを喰い尽し、大気圏外で待機していた移民船を破壊し、無敵を誇っていたゴジラまで圧倒する。メトフィエスの目的はギドラの手によって人類を地球ごと滅ぼすことにあったのだ.....。
◆◆◆◆◆◆
ゴジラアニメ3部作の完結編。宿敵キングギドラが登場するのですが、この設定が意表をついてなかなかユニークです。ただ、ゴジラとギドラはまとに闘おうとはしませんし、ビジュアル的にも地味です。そもそも本作自体がアクションよりも哲学的な問いかけがメインになっています。やはりこのストーリーはSF小説としてはありでも、怪獣映画としては不向きな内容だったようです。結果として、一部のSFマニアにしか評価されないような偏った作品になってしまっています。
GODZILLA 星を喰う者
(Amazonプライム・ビデオ)



令和ゴジラへの期待
平成ゴジラの中から特におすすめの作品を選ぶとすれば『
ゴジラVSビオランテ』『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』『シン・ゴジラ』の3作ということになります。しかし、それらを凌ぐ究極のゴジラ映画として期待されているのが令和元年5月31日に公開される『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』です。ゴジラはもちろん、モスラ、ラドン、キングギドラといった人気怪獣が初めてハリウッド映画に登場し、激しいバトルを繰り広げます。CGで描かれたそれらの怪獣たちは今までにない迫力に満ちており、予告を見ただけでワクワクが止まらないほどです。さらに、令和2年には『ゴジラVSキングコング』の公開も控えており、令和の時代にゴジラ映画がどこまで進化していくのかが非常に楽しみなところです。

※追記(2019/08/05)
大ヒットが期待された『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』ですが、結果は日本国内での興行収入が30億円弱、世界興行収入が4億ドル弱という微妙な数字に終わってしまいました。ヒットには違いないのですが、前作が約5.3億ドルだったことを考えると期待外れの感は否めません。特に、アメリカ本土での成績が前作の2億ドルから半分近くまで数字を落としてしまったのが響いています。唯一中国だけが前作の倍近く数字が伸びており、アメリカを上回る興行成績を残しています。近年は中国市場に救われるハリウッド大作が増えてきましたが、本作もその一つに数えられることになりそうです。
さて、肝心の内容はというと、モスラやキングギドラなどのおなじみの怪獣が、CGで再現されて大暴れしているのはさすがの迫力です。作品の随所に日本版ゴジラシリーズのリスペクトが感じられるのも好感がもてます。ただ、薄っぺらい人間ドラマを怪獣バトルの途中で頻繁にカットインしてくるので、うっとうしく感じてしまうのがなんとも残念です。どうも、ハリウッド版ゴジラは毎回人間ドラマが足を引っ張ってるような気がします。まあ、これは日本のゴジラシリーズにもいえることですが、ハリウッド映画の場合は映像が素晴らしいだけにその弱点が余計に目立つわけです。それに、前作よりは見やすくなったとはいえ、怪獣が登場するシーンが夜や黄昏時ばかりなので閉塞感を覚えてしまいます。次作の『ゴジラVSキングコング』ではぜひ白昼の大バトルを期待したいところです。


★★★
以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。









最新更新日2021/05/28☆☆☆

ホラー映画はハリウッドが中心となって欧米で発達した印象があります。戦前から戦後にかけてのドラキュラ映画、『エクソシスト』や『オーメン』に代表される70年代のオカルト映画、そして、80年代になると『ゾンビ』や『13日の金曜日』などといったスプラッター映画が人気を博するようになるといった具合です。ところが、90年代に入るとJホラーと呼ばれる日本のホラー映画が世界から注目されるようになります。その結果、従来のハリウッド映画などで多く見られるショッキングな映像による恐怖ではなく、思わせぶりな演出によって観客の想像力を刺激するタイプのホラー作品が数多く作られていくことになります。日本はもちろん、海外でも『リング』⇒『The Ring』、『呪怨』⇒『The Grudge』『
仄暗い水の底から』⇒『Dark Water』といった具合にJホラーのリメイク作品が次々と作られていきました。そこで、平成の時代を振り返る意味も込めて、代表的な平成Jホラーを紹介していきます。

1996年(平成8年)

女優霊(中田秀夫監督)
新人映画監督の村井俊夫は撮影所で自らのデビュー作に取り組んでいた。ある日、フィルムチェックをしていたとき、全く覚えのない映像が流れ始める。古い映画のワンシーンのようなのだが、奥に立っている若い女が唐突に高笑いを始めるという、なんとも不気味な映像だった。しかも、俊夫はそのシーンをどこかで見たような記憶があった。やがて、撮影所で奇妙な現象が起こり始め......。
◆◆◆◆◆◆
ジャパニーズホラーブームが巻き起こった時期よりも少し前に製作された先駆的作品です。海外のホラー映画のような派手なスプラッターシーンなどはなく、淡々と話が進んでいくのがいかにも日本的です。そして、一見退屈気な物語の中にさりげなく不気味な何かが浸食してくるというプロットが非常によくできています。また、幽霊の姿はあえて写さず、その存在を示唆するだけにとどめることで想像力を喚起させる演出も秀逸です。ただ、全体的に地味なので派手な恐怖シーンを期待した人にとっては単調な映画だと感じるかもしれません。それから、せっかく幽霊を見せないことに徹していたのに最後にはっきりと見せてしまうことでそれまでのプロセスが台無しになったような感もあります。とはいえ、怪談映画としての完成度は極めて高く、怪談好きの人であれば観て損はない作品だといえるでしょう。なお、本作は2010年に『THE JOYUREI 女優霊』のタイトルでハリウッド映画としてリメイクされています。
女優霊 [DVD]
柳ユーレイ
バンダイビジュアル
2010-11-26


1997年
(平成9年)

CURE キュア(黒沢清監督)
相手を殺し、死体の胸部をX印のように切り裂くという事件が続発する。犯人はすぐに逮捕されたが、問題はその犯人がそれぞれ別人で、いずれも被害者を殺す動機が全く存在しないという点だった。事件の捜査を担当する高部は精神を病んでいる妻との生活と進展の兆しが見えない捜査の中で次第に疲弊していく。しばらくして捜査線上にある男が浮かび上がる。
間宮邦彦という名のその男は各事件の犯行直前に犯人たちと接触していたのだ。しかし、彼は記憶障害を患っており、とても裏で事件の糸を引いていたようには見えなかったが.......。
◆◆◆◆◆◆
ホラーというよりは『羊たちの沈黙』や『セブン』などといったサイコサスペンスに分類されるべき作品ですが、無機質で不気味な殺人シーンや作品全体から感じるザラついた感触に独特の恐怖感があります。ジャパニーズホラーのじめっとした恐ろしさではなく、ノイズ混じりの乾いた恐怖です。それに、萩原聖人演じる犯人の捉えどころのない不気味さも観客の不安感を掻き立てるのに一役買っています。説明不足の点も多く、鑑賞後はすっきりとしない部分もありますが、既存のホラー映画とは異なる、底冷えのする恐怖を味わえるカルト的な傑作です。
CURE [DVD]
役所広司
KADOKAWA / 角川書店
2016-03-25



1998年(平成10年)

リング
(中田秀夫監督)
テレビ局でディレクターをしている浅川玲子は姪である智子の不審な死に疑問を抱いて調査をしてみると、同じ日の同時刻に智子の友人たちが死んでいたことが判明する。しかも、彼らはいずれも死顔に恐怖の表情を浮かべていたのだ。調査を続ける玲子はやがて彼らが死の一週間前に伊豆の別荘に宿泊していた事実に行きあたる。別荘を訪れた玲子はそこで彼らが借りたというビデオテープを見るのだが、それは見た者を一週間後に死に追いやるという呪いのビデオだった.....。
◆◆◆◆◆◆
Jホラーブームの火付け役となったホラー映画の金字塔です。鈴木光司の原作小説も相当に怖いのですが、本作は映画ならではの恐怖演出を随所に盛り込み、原作以上の怖さを構築することに成功しています。特に、原作では全く出番のない貞子が実際に登場するクライマックスはインパクト満点です。女優霊での失敗を活かしたというだけあって見せ方に工夫があります。そして、本作の成功によって貞子はホラークイーンの名をほしいままにし、何本も続編や番外編が作られることになります。しかし、ホラー映画の続編は1作目より怖くないというのは世の常です。貞子がキャラクターとして確立されてしまえばどうしても観客は恐怖に慣れてしまいます。しかも、出来そのものも本作には遠く及ばない作品ばかりで、凡作駄作を積み重ねることになったのは残念です。ちなみに、1995年には本作上映に先駆けて飯田譲治監督によるテレビ映画版リングが放送されていますが、こちらは怖さこそあまりないものの、より原作に忠実に作られた佳品です。ホラーというよりも謎解きの面白さが強調された作りになっています。映画版とはほとんど別物といった感じなので、見比べてみるのも面白いのではないでしょうか。
リング
沼田曜一
2013-11-26



1999年(平成11年)

降霊(黒沢清監督)
少女を誘拐した犯人は身代金の受取りに失敗し、逃走中に事故にあって意識不明の重体に陥っていた。その結果、少女の居場所を知る者は誰もいなくなり、困り果てた警察は大学院生の早川を通して霊能力があるという純子に協力を求めてくる。一方、純子の夫で効果音技師の克彦は監禁場所から逃げ出してきた少女を偶然発見する。その偶然を利用し、霊能力で少女を見つけたことにしようと画策する純子。だが、騒ぎ出した少女を
克彦は思わず殺してしまうのだった。純子と克彦は少女の死体を地中に埋めて隠すが、それからというもの、少女の霊が二人の前に現れるようになり........。
◆◆◆◆◆◆
本作は1964年に公開されたイギリス映画『雨の午後の降霊祭』のリメイク作品です。
もともとテレビ映画だったのですが、反響の大きさを受けて劇場公開したという経緯があります。ちなみに、『雨の午後の降霊祭』にはホラー要素は全くなく、夫婦による狂言誘拐の顛末を描いたサスペンス映画です。それに対して、本作はアウトラインこそ元ネタと同じサスペンスとして描かれているものの、幽霊の存在がクローズアップされている点に大きな違いがあります。少女を殺してしまって以来、幽霊が夫婦の前に現れるわけですが、そのビジュアルが凡百のホラー映画とは異なり、ひどくリアルなのです。現実に幽霊が存在するとしたらきっとこんな感じのビジュアルなんだろうなと思わせる存在感があり、見ている内に底冷えのする恐怖が湧きあがってきます。地味ながらも演出力に優れたJホラーの佳品です。ただ、本筋のサスペンスミステリーの方は主役夫婦の2人の判断があまりにも愚かなのでその点にひっかかりを覚えるかもしれません。そこをもっと上手く描かけば、大傑作となり得た作品だけに、非常に惜しい気がします。
降霊 ~KOUREI~ [DVD]
役所広司
タキ・コーポレーション
2000-06-23


2000年
(平成12年)

呪怨ビデオ版(清水祟監督)
小学校の教師を務める小林俊介は学校にこない佐伯俊夫を心配して佐伯家を訪れる。だが、家の中には俊夫がいるだけで、両親は不在だった。俊介は家の中で両親の帰りを待っている内に偶然、母親の手記を見つける。それを読んで彼は驚愕する。俊夫の母親は大学時代の同級生の伽耶子であり、彼女は大学時代から今に至るまで俊夫に対して密かにストーカー行為を続けていたのだ。しかも、この時点で
伽耶子はすでにこの世のものではなくなっていた。それから、しばらくして空家となった佐伯邸に新たな家族が引っ越してくる。だが、その家には怨霊と化した伽耶子の呪いが蔓延しており、一家は次々と悲惨な最期を遂げていく......。
◆◆◆◆◆◆
『リング』と共にJホラー躍進の片翼を担った『呪怨』ですが、そのスタートは映画ではなく、Vシネマでした。同じ年に続編の呪怨2』も発売されたのですが、ビデオは全く売れなかったそうです。呪怨シリーズが一般にブレイクしたのは一部のマニアの支持を受けて、2002年に呪怨(劇場版)』が公開されてからです。その後は快進撃が始まり、続編が5作公開され、ハリウッド版リメイクも3作制作されました。しかし、圧倒的に怖いのはこのVシネ版の1作目です。とにかく、伽耶子というキャラクターがまだよく分かっていないため、次々と起こる怪異にも新鮮な驚きがあります。同時に、低予算ながらもさまざまなアイディアを詰め込んだ演出の数々には感心させられます。呪怨シリーズではおなじみの時系列をバラバラにしたオムニバス形式も観る者に先を読ませないという意味で秀逸です。しかし、これ以降の続編になると、伽耶子と俊夫のキャラクターが確立されてしまってとたんに怖くなくなっていきます。むしろ、何度もしつこく出てくると滑稽にさえ思えてくるほどです。恐怖というものはやはり鮮度が命だということを強く感じさせられるシリーズでした。
呪怨 [DVD]
栗山千明
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
2014-10-10



オーディション(三池祟史監督)
ビデオ製作会社社長の青山重治は7年前に妻を亡くし、息子の重彦を男手ひとつで育ててきた。その重彦から再婚を勧められた
重治は友人である映像プロデューサーの吉川に相談したところ、オーディションをしようという話になる。現在企画が進んでいる映画の主演女優オーディションを行い、その参加者の中から重治の再婚相手にふさわしい女性を探そうというのだ。初めは気乗りしない様子の重治だったが、実際にやってみると一人の女性に強く惹かれる結果となった。だが、その女性の素性にはあまりにも不明な点が多く、吉川も彼女は危険だと忠告するのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
村上龍の小説を石橋凌主演で映画化したサイコサスペンスです。とにかく、怖いというより痛い映画で、その凄惨な描写は観ているだけでつらくなってくるほどです。加害者の女性が終始おだやかで優しい口調に徹しているのも底知れない不気味さを感じさせます。そして、なんといってもクライマックスの「キリキリキリ」のインパクトが強烈です。海外の映画でも痛みをこれだけダイレクトに表現した作品はなかなかないのではないでしょうか。終盤の妄想と現実が入り混じるシーンが分かりにくいという難点はありますが、インパクトの強さではJホラーの中でも屈指の作品です。実際、本作は海外での評価も高く、海外誌のホラー映画ランキングでしばしば上位にランクインしているほどです。
オーディション [DVD]
石橋凌
角川エンタテインメント
2009-01-23



2001年
(平成13年)

仄暗い水の底から
(中田秀夫監督)
離婚調停中の夫と娘の親権を争っている淑美は生活を立て直すために新しいマンションに引っ越す。ところが、そのマンションはやたらと水漏れがする、上の部屋から子どもの足音が響くなど不具合が多かった。しかも、上の階に住んでいた女の子は2年前から行方不明になっているというのだ。一方、娘の郁子は架空の女の子と会話をするという奇行が目立つようになり......。
◆◆◆◆◆◆
正統派ともいえる怪談系ホラー映画です。集合住宅の薄暗い雰囲気や冷たいコンクリートの質感が怪談話の雰囲気を盛り上げてくれます。派手な展開こそないものの、ジワジワと迫ってくる怖さはJホラーならではといえるでしょう。また、母親役の黒木瞳の美しさも作品に花を添えています。ただ、最後のオチはホラーとしての怖さを後退させてしまったように感じます。ホラーと親子愛のドラマを両立させようとしてどちらも中途半端になってしまった感じです。一方、2005年には『ダーク・ウォーター』というタイトルでハリウッド版リメイクが上映されていますが、親子愛のドラマという点ではこちらの方が充実しています。観比べてみるのも一興ではないでしょうか。 
仄暗い水の底から [DVD]
黒木瞳
バップ
2002-07-01



回路
(黒沢清監督)
工藤ミチの同僚である田口が会社に来なくなってから一週間がすぎていた。心配したミチが自宅を訪ねてみると田口は憔悴しきっており、しかも、ミチが目を離した隙に首をつって死んでしまう。それからというもの、彼女の周辺では身近な人が黒い影を残して次々と姿を消していく。一方、大学生の亮介は「死者に会いたいですか」と書かれた奇妙なサイトにアクセスしてしまう。アクセスを切っても何度もそのサイトにつながるパソコン。やがて、それは世界の危機へと繋がっていき.....。
◆◆◆◆◆◆
カンヌ映画祭で国際批評家連盟賞を受賞し、Jホラーが大きく注目されるきっかけにもなった作品です。ちょうど普及し始めたネットを題材にとり、それを霊界へと繋がっているという発想が秀逸です。怪異描写も派手さはないものの、画面の片隅で何かが蠢いているようなぞっとする怖さがあります。ただ、陰影を効果的に使ったシーンが多いのですが、DVDで観ると画面が暗くなりすぎてせっかくの恐怖演出が見えなくなってしまっているところが多いのが残念です。それに、ストーリーは起伏に乏しく、かなり理屈っぽくもあるのでそれが原因で退屈に感じる人もいるかもしれません。観る人によって大きく賛否の分かれる作品だといえます。
2001年カンヌ映画祭国際批評家連盟賞
回路 [DVD]
加藤晴彦
KADOKAWA / 角川書店
2016-03-25



死びとの恋わずらい(渋谷和行監督)
高校生の深田みどりは母と共に生まれ故郷に戻ってくるが、同時に正体不明の悪夢に悩まされるようになる。その頃、学校では辻占いなるものが流行っていた。それは、通学路にあるお堂の前に顔を隠して立ち、最初に通りかかった人に自分の恋が実るかを尋ねるというものだった。だが、その占いには恐ろしい秘密が隠されており......。
◆◆◆◆◆◆
ホラー漫画家の伊藤潤二の作品は『富江』を始めとして多数映画化されていますが、残念ながら出来のよいものはほとんど見当たりません。そんな中にあって本作は数少ない成功例だといえるでしょう。伏線の張り方が巧みであり、古い新聞、破れかけのポスター、浴室のシミなどといった雰囲気を盛り上げる小道具も効果的に用いられています。ホラーというよりはサイコスリラーのような展開で、伏線を回収しながら真相に近づいていくプロセスが秀逸です。低予算映画ならではの画面の粗さも逆に、おどろおどろしい効果を引き出す結果となっています。すごい大傑作というわけではありませんが、B級映画としては十分に面白い作品です。
死びとの恋わずらい スペシャルエディション [DVD]
後藤理沙
ハピネット・ピクチャーズ
2001-10-25



2005年
(平成17年)

ノロイ(白石晃士監督)
怪奇ルポライター・小林雅文は「隣家から奇怪な声が聞こえる」という主婦から寄せられた情報を調査していた。まず、問題の家を訪れて取材を申し込むが、姿を現した主婦・石川潤子はものすごい剣幕で彼を拒絶する。後日、そのやり取りを撮影した映像を分析してみると複数の赤ん坊の泣き声が混じっていることが明らかになった。それから何日かして、小林に依頼をしてきた主婦は娘と共に交通事故で亡くなり、石川潤子もどこかに引越していなくなってしまう。次に、小林は超能力少女の矢野加奈の家を取材し、加奈にインタビューを行う。すると彼女は「たぶんね、もう全部駄目なんだよ」と謎めいた言葉をもらす。しかも、それからしばらくして、加奈の両親は死に、加奈自身は謎の失踪を遂げるのだった。さらに、ある霊能番組にゲストとして出演した女優の松本まりかも奇怪な事件に巻き込まれていた。果たして一連の事件のつながりとは?
◆◆◆◆◆◆
モキュメンタリー映画の第一人者である白石晃士の名を一躍有名にした力作です。ストーリー自体はどうということもないのですが、ひとつひとつの場面が非常に印象的に撮られているのでぐいぐいと引き込まれていきます。謎が謎を呼んでいき、サスペンスが盛り上がっていくプロセスも秀逸です。また、キ印の霊能力者・堀光男や謎の中年女性・石川潤子の怪演は非常に印象的で、ギャグすれすれのところで観る者を不安にさせていく効果を挙げています。邦画に『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』のようなモキュメンタリー映画を根付かせた記念碑的作品だといえるでしょう。ただ、これはモキュメンタリー映画全般にいえることですが、どんなに危機的な状態に陥っても撮影をし続けるのはどうしても不自然さを感じます。それがプロ根性だということかもしれませんが、その辺りは観る人によって賛否のわかれるところではないでしょうか。
ノロイ [DVD]
小林雅文
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2014-06-25


2006年
(平成18年)

コワイ女(雨宮慶太・鈴木卓爾・豊島圭介監督)
19歳の関口幹夫は小さな自動車整備工場の作業員。ある日、社長から妹とデートをしてくれと頼まれる。見せられた写真には美人の若い娘が写っていた。そのこともあって幹夫は社長の頼みを承諾するが、デート当日に現れたのは頭からズダ袋を被った女だった。幹夫は驚きながらも断ることができず、そのままデートに出かけることに。足だけが妙に色っぽい物言わぬ袋女とのデートは当然のようにトラブル続きで散々な結果に終わったが、彼女はなぜか幹夫のことを気に入り.......。
◆◆◆◆◆◆
怖い女をテーマにしたオムニバスホラーであり、『カタカタ』『鋼』『うけつぎもの』の3作から構成されています。その中でも白眉といえるのが鈴木卓爾監督の『鋼』です。とにかく、頭からズダ袋を被った鋼ちゃんがインパクト大です。不気味で恐ろしげなのですが、見ている内にだんだん可愛く感じてきます。たとえば、つれない幹夫君に対して吹き矢で攻撃するシーンなど、緊迫した場面のはずなのになぜか微笑ましくすらあるのです。また、暴れまくったあげく、川に落ちて流れていくところなどはほとんどギャグです。このように、不気味なのに愛らしい鋼ちゃんの存在が、作品そのものをひどくシュールなものにしており、忘れ難い印象を与えてくれます。それに加えて、ある意味鋼ちゃん以上に怖い社長とお人好しでかなり天然な幹夫君もいい味を出しています。個性的な登場人物たちが織りなす不条理ホラーの傑作です。
コワイ女 通常盤 [DVD]
中越典子
キングレコード
2007-03-07


2008年
(平成20年)

オカルト(白石晃士監督)
2005年に観光地の妙ケ崎で男が無差別に観光客を襲う通り魔殺人が発生する。犯人は絶壁から海に飛び込み、死亡したと推定されるも、死体は発見されないままだった。それから3年。映像ディレクターの
白石晃士は謎多きこの事件を独自に調査し始める。手掛かりは犯人に襲われて生き残った江野祥平という男だけだった。白石は彼にインタビューを行い、「事件の前日に”ミョウガサキに行け”という声が頭の中から聞こえてきた」「犯人から”次は君の番ね”と囁かれた」という証言を得る。一方、江野祥平が犯人に襲われた際に負った傷の形を調べてみると、それがヒルコの神代文字である事実が判明する。さらに、江野祥平がまだ何かを隠しているようだと感じた白石が彼を問い詰めると、「自爆殺戮渋谷交差点」という声が聞こえるというのだ。そして、彼は自分が神に選ばれた人間であり、儀式を遂行しなければならないと主張する。最初は彼の計画を喰い止めようとする白石だったが......。
◆◆◆◆◆◆
白石晃士監督自身が主演を務めるフェイクドキュメンタリー映画です。『ノロイ』と同じく、主人公が事件の謎を追う構成になっていますが、あの作品と大きく異なるのは直接的な怪異描写がほとんどないという点です。その代わり、観る者に強いインパクトを与えるのが江野祥平のキャラクターです。最初は被害者という立場で登場し、ごく普通の男性といった感じなのですが、次第にそのやばさが表面に出てきます。とはいっても、ホラー映画の殺人鬼のようなやばさではなく、もっとリアルな感じのウザさとあぶなさが滲みでてくるのです。また、大人2人が学園祭の準備のようなノリで狂気の計画を嬉々として行っている姿には、果たして感情移入していいものかと、観る側に複雑な感情を抱かせます。とにかく、怖いというより、やばいというべき映画であり、その牽引力はかなりのものです。そして、意表を突いたラストもなかなか衝撃的です。娯楽性という点では『ノロイ』の方が上ですし、かなり人を選ぶ作品ではあるのですが、フェイクドキュメントの臨場感という意味では白石晃士監督の最高傑作だといえるのではないでしょうか。
オカルト [DVD]
宇野祥平
マクザム
2016-03-25



口裂け女2(寺内廉太郎監督)
1978年。岐阜県で養鶏業者を営む沢田光三には3人の娘がいた。長女の幸子は結婚を控え、次女の雪枝は美容師の道に進み、三女の真弓は高校で陸上選手として活躍していた。幸子は結婚して家を出ていく際に自分の部屋を真弓に譲る。ところが、その部屋に幸子の元カレで父の商売の取引相手でもある鈴木正彦が忍び込んできたのだ。しかも、自分を捨てた幸子に復讐しようとして、相手が真弓と気付かないまま、顔に硫酸をふりかける。さらに、制止しようとした真弓の母親も殺害したあげく、正彦は光三によって射殺される。真弓は顔にひどい傷を負い、光三は最大の顧客を失い、鈴木家は不幸のどん底に落ちていくのだった。そんな中、真弓の高校では不気味な連続殺傷事件の噂が流れ始める.......。
◆◆◆◆◆◆
口裂け女シリーズ3部作の第2弾ですが、前作との繋がりはありません。物語的には完全に独立した作品です。しかも、本作は口裂け女というモンスターが人々を襲うといった単純なスプラッターホラーではなく、口裂け女の哀しい生い立ちに焦点を当てた青春ホラーになっているのです。恐怖の対象を同情的な視点で描いているためにホラーとしての怖さは今一つですが、なぜ口裂け女が誕生したのかというヒューマンドラマとして非常によくできています。前半の明るい青春映画といったノリからの後半の畳みかけるような不幸展開への反転はインパクト大ですし、ヒロインが精神的に崩壊していくプロセスも見応えがあります。残酷描写にも切れがあり、非常に上質なホラー映画に仕上がっています。
口裂け女2 [DVD]
飛鳥凛
TCエンタテインメント
2008-07-18




2013年
(平成25年)

カルト(白石晃士監督)
心霊番組のレポーターを務めている岩佐真悠子、入来茉理、あびる優の3人は霊現象に悩んでいるという母娘の依頼を受ける。そこで、問題の家に訪れ、霊能力者の雲水に除霊を行ってもらうことになる。ところが、雲水の霊能力は通用せず、逆に、悪霊を娘の金田美保に取り憑かせる結果になってしまうのだった。自分の手には負えないと感じた雲水は師匠である龍幻に助けを求める。龍幻の霊能力は強力で、再度行われた除霊によって霊現象はぴたりと止まる。しかし、その裏で状況は最悪の方向へと転がり始めていた......。

◆◆◆◆◆◆
白石晃士監督得意のフェイクドキュメンタリーホラーであり、前半の展開はオーソドックスながらもそれなりに見応えがあります。しかし、この映画の本番は霊能力者が倒され、怪しさ満載のネオが登場してからです。一応それらしい雰囲気だったフェイクドキュメンタリーが、チャラい俺様ヒーローの登場で一気にB級霊能バトル映画になっていくギャップに驚かされます。しかも、CGは安っぽいものの、物語はヒーローものとして意外なほどよくできています。ラストの打ち切り漫画のような展開も含め、遊び心満載の怪作です。
カルト [DVD]
あびる優
オデッサ・エンタテインメント
2013-10-02



2014年(平成26年)

戦慄怪奇ファイル コワすぎ 史上最恐の劇場版(白石晃士監督)
ディレクターの工藤の元にタタリ村に関する投稿動画が送られてくる。それによると、村を訪れた者全員が発狂・死亡・失踪といった悲惨な末路を迎えているというのだ。工藤はこの村を題材にドキュメンタリー映画を製作することを決め、浄霊師・科学者・アイドルなどを引き連れて収録撮影に向かう。しかし、メンバーは次々と発狂や失踪を繰り返し、無事に戻ってこれたのは工藤以下ごくわずかな人間だけだった。帰還したのち、タタリ村について調べた工藤は旧日本軍が鬼神兵なるものを開発していた事実を突き止める。さらに、その鬼神兵の復活を目論む陰謀も明らかになり.....。
◆◆◆◆◆◆
粗暴でキレやすいという主人公らしからぬ工藤のキャラのインパクトなどからオリジナルビデオ作品としてカルト的な人気を誇るコワすぎシリーズの劇場版です。フェイクドキュメントの形式をとっていますが、本作は本来その手のジャンルの魅力である本物っぽさを楽しめるようにはできていません。どれだけ大きな嘘をつくかにウェイトを置いた作品なのです。ビデオシリーズから徐々に話はとんでもない方向に転がり始め、本作では突き抜けたホラ話が展開されていきます。特に、後半の展開などはぶっとびすぎです。しかし、その大嘘をあくまでもドキュメンタリー形式にこだわって、丁寧に作り上げているところに独特のおもしろみがあります。バカバカしい話なのに出演者は大真面目。そのギャップこそがこのシリーズの肝だといえるでしょう。CGなどはかなり安っぽいのですが、そうしたZ級感も本作の魅力の一部になっています。ただ、この独特のノリは本作を観ただけでは理解しがたいものがあるかもしれません。まずはビデオ版を観て、それで面白いと感じたならば本作に挑戦するというのが正しい鑑賞法だといえるでしょう。



2016年(平成28年)

アイアムアヒーロー(佐藤信介監督)
鈴木英雄は35歳の今でも漫画家アシスタントを続けており、恋人とも破局寸前だった。なんとも冴えない日々を送っていたが、ある日、そんな生活が一変する。世界に新種のウィルスが蔓延し、それに感染した者たちが凶暴化して人々を襲い始めたのだ。英雄も恋人の女性に襲われ、所持していた散弾銃を持って外に逃げ出す。ZQN(ゾキュン)と呼ばれる感染者が街にあふれる中、英雄は比呂美という名の女子高生と出会うが.....。
◆◆◆◆◆◆
これまでのJホラーと異なり、アクションあり、スプラッターありのハリウッド的なゾンビ映画に仕上がっています。とはいえ、ハリウッド映画を表面だけ真似た安っぽさはなく、しっかりと日本映画のテイストに落とし込んでいるのは見事です。パンデミック発生による騒動も終末感がよく出ていて見応えがあります。ここまで本格的なパニック映画は、邦画ではなかなかなかったのではないでしょうか。ただ、それだけにショッピングモールに立て篭もってからの展開にやや説得力が欠けるのが残念です。立て篭もっている面々がクセのある奴らばかりで妙に漫画チックなのです。その辺はやはり、漫画原作のマイナス面が出ているように感じます。それでも全体的には非常にクオリティが高く、娯楽映画としては間違いなく一級品です。
第34回ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭ゴールデンレイヴン賞


残穢―住んではいけない部屋―(中村義洋監督)
作家の私は読者の投稿に基づいたホラー小説を書いていた。読者からはさまざまな情報が寄せられてくるのだが、そのなかに久保という大学生からの便りがあった。彼女の住んでいる部屋では時折畳の上を箒で掃く音が聞こえ、音のする方を見ると和服の帯のようなものが見えるのだという。私は既視感を覚え、過去に受け取った手紙を調べてみる。すると、同じマンションの別の部屋で怪異に悩まされているという便りが見つかった。興味を持った私は久保に会い、彼女と一緒にそのマンションを管理している不動産屋に話を聞きにいく。その結果、前の住人は赤ん坊の声に悩まされたあげく、首をくくって自殺したという事実が明らかになる。では、怪異は男の怨念によるものなのか?だが、男の自殺と和服の帯は全く結びつかず、別の部屋で起きた怪異の説明もつかない。そこで、さらに調査を続けてみると、怪異はマンションだけでなく、近隣地域一帯に蔓延していることが明らかになり...。
◆◆◆◆◆◆
第26回山本周五郎賞受賞作である小野不由美の小説『残穢』の映画化作品です。内容は原作同様非常に地味で、スプラッターなショックシーンなどは一切ありません。登場人物たちが淡々と怪異の原因をさぐっていくだけです。しかし、その調査を通じてさまざまな事実が明らかになり、過去に起きたエピソードの積み重ねが底冷えのする恐怖を醸し出していくのです。ただ、映画としてあまりにも淡々としすぎているので、派手なホラー映画を期待していた人は肩すかしを覚える可能性があります。その代わり、実話系怪談話のようなゾッとする感覚が味わえる和風ホラーを求めている人には大いにおすすめです。また、怪異の根源を探っていくうちに、どんどん意外な事実が明らかになっていくというミステリー的な面白さもあります。一方で、それまで傍観者に徹していた主人公サイドの人間に怪異が牙を剥くという終盤の展開に関しては好みがわかれるところです。作り手としては映画的な見せ場がほしかったのでしょうが、あれで一気に安っぽくなったと感じる人もいるのではないでしょうか。
2017年
(平成29年)

カメラを止めるな(上田慎一郎監督)
郊外にある廃墟の建物には忌まわしい言い伝えが残されていた。日本軍が死体の蘇生実験をしていたというのだ。そこで自主制作のゾンビ映画を撮影していると、突然、カメラマンの一人がゾンビ化する。他のスタッフが襲われ、たちまちパニック状態に陥るが、狂気にとらわれた監督はハンディカメラで逃げ惑う女優たちの姿を撮り続ける。果たして、この騒動の裏に隠された秘密とは?
◆◆◆◆◆◆
本作は『アイアムアヒーロー』とは異なり、ゾンビ映画としては全くのZ級です。実際、自主製作に毛が生えた程度の低予算映画なのでそれも致し方ないでしょう。しかし、そうした悪条件を逆手にとり、驚きの展開に反転させるプロットが見事です。また、そのアイディアを支えるカメラワークが素晴らしく、おかげでアイディア倒れの作品にならずにすんでいます。確かに、前半のZ級ホラーを最初に観なければならないのは苦痛かもしれませんが、それを乗り越えて見る価値のある作品です。低予算でも面白い映画は作れるということを示したという点では本作がヒットしたのは非常に大きな意味があるといえるのではないでしょうか。
カメラを止めるな! [DVD]
濱津隆之
バップ
2018-12-05





★★★

以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。













最新更新日2019/04/19☆☆☆

Next⇒【時をかける少女】おすすめ!平成のアニメ映画・後篇【君の名は】

令和元年に平成の時代を振り返ろうということで、過去30年間のさまざまな作品について紹介していきます。まずはアニメ映画です。日本においてアニメはディズニーなどとは異なる独自の進化を遂げていきました。そして、平成の世にはジャパニメーションと呼ばれ、世界から大きな注目を集めるようになったのです。
ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した『千と千尋の神隠し』や日本の映像作品として初めて北米ビデオ売上100万本を達成した『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』などはその代表的な存在だといえるでしょう。もちろん、他にも名作、力作が目白押しです。そこで、一体どのような作品があったのか、その一部を紹介していきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします

1989年(平成元年)

魔女の宅急便(宮崎駿監督)

魔女の家系に生まれた少女・キキは古いしきたりにしたがって、13歳になった満月の夜に修行の旅に出ることを決意する。コリコという海に囲まれた街を見つけてそこに定住することにしたものの、田舎と違って都会の人々はどこかよそよそしかった。そんな中で、キキはパン屋のおソノさんに出会い、彼女の店に居候することになる。そして、空を飛ぶ能力を活かして宅急便を開業したキキは次第に街の人々とも打ち解けていく。ところが、彼女は突然、空を飛べなくなってしまい.....。

監督の宮崎駿はそれまでも『ルパン三世 カリオストロの城(1978 )』『風の谷のナウシカ(1984)』『天空の城ラピュタ(1986)』『となりのトトロ(1988)』といったアニメ史に残る名作を次々と発表していましたが、興行成績は今一つ奮いませんでした。そんな中で興行収入36億円を叩きだし、宮崎駿とスタジオジブリの名がアニメファンの枠を超えて一般層にまで浸透するきっかけとなったのが本作です。ストーリー自体は起伏が乏しく、クライマックスの飛行船事故のシーンもとってつけた感があるのですが、とにかくアニメとしての楽しさを感じさせる演出力に優れ、見ていると思わず画面に引き込まれていきます。特に、飛行シーンはさすがの素晴らしさです。ユーミンの曲も雰囲気にぴったり合っており、作品に彩りを添えてくれます。ヒロインの葛藤や心理描写も丁寧で、等身大の少女の成長を描いた作品として高い完成度を誇っています。平成の始まりを告げるにふさわしい傑作です。
魔女の宅急便 [DVD]
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2014-07-16


ファイブスター物語(やまざきかずお監督)
イースター太陽系の惑星アドラーに降り立った青年ソープは自由都市バストーニューの郊外にあるバランシェ邸を訪れ、そこで領主に連行された新作ファテマの救出を依頼される。連れ去られたファテマの名はラキシスとクローソー。2人を保護したソープは悪逆の限りを尽くす領主に対し、巨大人型ロボットである金色のモータヘッドで立ち向かう。

原作コミックは56億7000万年に及ぶ星団の歴史を描いたSFファンタジーであり、1986年のスタート以来、未だ断続的に連載が続いています。本作はその第1話を映像化したものですが、上映時間は1時間余りと短く、それだけでは壮大な物語の全貌を理解することは到底不可能です。しかし、それでも緻密な作画とクオリティの高い音楽に支えられ、アニメーションとして素晴らしい出来に仕上がっています。キャラデザは原作者である永野護の絵を見事に再現しており、モーターヘッドの重量感あふれるバトルシーンも迫力満点です。単体作品としては物足りないかもしれませんが、壮大なサーガの入門編として非常に良くできた作品だといえます。
ファイブスター物語 [DVD]
堀川亮
アトラス
2003-04-17




機動警察パトレイバー the Movie(
押井守監督)
東京湾に浮かぶ方舟は国家的土木事業であるバビロンプロジェクトの要となる巨大プラットフォームだ。その屋上から篠原重工の天才プログラマーとして知られる帆場暎一が投身自殺を図る。それ以降、東京では多足歩行型作業機械・通称レイバーの暴走事件が多発し、そして、ついには自衛隊の無人レイバー暴走という騒動にまで発展する。その異常さに気がついた特車2課第2小隊の後藤隊長と篠原遊馬巡査は独自に調査を始めるが、やがて明らかになったのは東京を壊滅に追い込みかねない恐るべき計画だった。

もともとは少年漫画、OVA、ゲーム、小説などが同時期に発表されたメディアミックス作品であり、劇場版はOVAの好評を受けての製作でした。しかし、これがメディアミックスの派生作品とは思えないほど完成度の高い作品に仕上がっています。まず、冒頭の暴走レイバーと自衛隊の戦闘シーンが迫力満点に描かれており、ここで一気に物語に引き込まれます。その後はレイバー暴走を巡るサスペンスミステリーのような展開になるのですが、犯人はすでに自殺しており、捜査を続けていく内に彼の東京に対する愛憎の念が強く浮かび上がってくるというプロットが秀逸です。また、シリーズのレギュラーキャラクターによるコミカルなシーンを挟みながらも恐るべき計画が次第に明らかになっていくプロセスもサスペンス映画としてよくできています。そして、なんといっても秀逸なのがラスト30分の決戦シーンです。巨大な密閉空間での緊迫感あふれる攻防は白眉の出来だといえるでしょう。テーマ性と娯楽性が絶妙なバランスで両立しているという意味では、数あるアニメ映画の中でも屈指の完成度を誇る、名作中の名作です。
機動警察パトレイバー 劇場版 [Blu-ray]
冨永みーな
バンダイビジュアル
2008-07-25




1991年(平成3年)

老人Z(北久保弘之監督)
高沢喜十郎(87)は寝たきりの独居老人であり、看護学生のボランティア・三橋晴子の介護を受けていた。そんなある日、
喜十郎厚生省の介護ロボットZ-001のモニターに選ばれ、施設に運ばれる。ところが、しばらくして晴子の通う看護学院のパソコン画面に「助けて、晴子さん」という文字が無数に打ち出されるという怪現象が起きるのだった。喜十郎が助けを求めているのだと感じた晴子は仲間と共に施設に忍び込む。すると、そこには無数のチューブでZ-001に接続された喜十郎の姿があった。ショックを受ける晴子の前に厚生省役員の寺田卓が現れて押し問答になるが、次の瞬間、Z-001が暴走を始め......。

脚本&メカデザイン・大友克洋、キャラクターデザイン・江口寿史という異色のタッグが話題を呼んだオリジナルアニメ映画です。バブルの時代から既に懸念され始めていた高齢者問題にスポットを当てた作品ですが、変に深刻ぶることなくブラックな笑いで駆け抜けていくところが実に痛快です。上映時間は80分と短めで、テンポの良さも抜群です。また、全体的に80年代的空気の濃厚な作品なので今見ると、現代とのギャップという点でも興味深いものがあります。さらに、コメディ作品なのに、クライマックスで『AKIRA』のような展開になるのもいい味を出しています。気楽に見れて、それでいながら考えさせられるテーマも内包している良質な娯楽作品です。
老人Z HDマスター版 [DVD]
松村彦次郎
アニプレックス
2005-04-13



1992年
(平成4年)

紅の豚(宮崎駿監督)

ポルコ・ロッツはイタリア空軍のエースだったが、自分自身に豚になる魔法をかけ、現在はアドリア海の小島で空賊退治を請け負う賞金稼ぎをしながら暮らしていた。ある日、ミラノに向かって飛んでいたポルコは途中で空賊の雇った用心棒のカーチスと遭遇し、戦闘となる。エンジンの不調もあってカーチスに撃墜されたポルコは大破した
愛機をピッコロ社に持ち込み、そこで17歳の飛行設計技師・フィオと出会う。若いながらも卓越した才能を持つ彼女は壊れた飛行艇の再設計を自分に任せてほしいと申し出るが.....。

宮崎駿のフィルモグラフィーの中では最も趣味の色が強い作品であり、そのため、肩の凝らない娯楽作品に仕上がっています。一言でいえば豚が飛行艇を操って空を飛ぶだけの映画なのですが、飛行艇の戦闘シーンは迫力満点ですし、何よりダンディズムを体現したような主人公の台詞回しが最高です。これが普通の人間の口から出ると少々嫌味に聞こえるところを主人公を豚にすることで逆に、純粋なかっこよさを演出することに成功しています。森山周一郎の渋みのある声もキャラクターにピッタリで、古き良き時代の男の映画をうまくアニメに翻訳した傑作です。
紅の豚 [DVD]
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2014-07-16


ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌(須田裕美子・芝山努監督)
図工の授業で”わたしの好きな歌”というテーマで絵を描くことになったまる子は音楽の時間に習った『めんこい仔馬』の歌を絵にしようと決める。ある日、まる子は街で似顔絵描きのお姉さんと出会い、その幻想的な絵に惹かれ、それがきっかけで2人は仲良くなっていった。やがて、まる子は『めんこい仔馬』の歌をどのように絵にしたらよいのか悩んでいることをお姉さんに打ち明ける。しかし、その歌は決してのどかな内容ではなく、戦地に馬を送り出す歌なのだと聞かされまる子はショックを受ける。

当時、ブームとなっていたテレビアニメ『ちびまる子ちゃん』の劇場版第2弾です。しかし、映画だけあって原作やテレビドラマで展開されるエッセイ風コメディとは違い、ストーリー中心の作品になっています。まる子とお絵描きお姉さんの交流はなかなか感動的な話に仕上がっていますし、なにより、いろいろな歌を効果的に使い、幻想的なシーンとリンクさせているのが印象的です。基本的には子ども向けではあるのですが、涙あり笑いあり、歌のシーンのアバンギャルドな味わいありと、非常に見所の多い作品に仕上がっています。ちなみに、本作は昔VHSビデオが出たきりで、DVDは発売されていません。今となっては幻の傑作というべき存在です。
ちびまる子ちゃん~わたしの好きな歌~ [VHS]
さくらももこ
フジテレビジョン
1993-11-19


1993年(平成5年)

機動警察パトレイバー2 the Movie(押井守監督)
2002年冬。横浜ベイブリッジで爆破事件が発生した。最初は時限爆弾によるものだと思われたが、実際は自衛隊の戦闘機F-16 によるミサイル攻撃だったことが判明する。続いて、三沢基地所属機による東京爆撃未遂事件が起きるに至って警察組織と自衛隊との対立が表面化、基地司令を青森県警が拘束する事態に陥ってしまうのだった。一方、特車二課第二小隊隊長である後藤の前に陸幕調査室別室の荒川という男が現れ、一連の騒動の黒幕と思われる柘植行人の捜索協力を依頼する。しかも、その柘植という男は特車二課第一小隊の隊長である南雲しのぶとかつて愛人関係にあったのだ。その後も、政府、警察、自衛隊の対立は悪化の一途を辿り、ついに政府はすべての責任を警察に押しつけ、自衛隊の治安出動という暴挙に出る。全く収拾の目途のつかない事態の中、所属不明の3機の戦闘ヘリが飛び立ち、東京の交通網及び通信網を破壊していく。この攻撃によって東京は完全に孤立化、敵と味方の区別さえつかない戦場となってしまうのだった。混乱の極みの中で後藤は事件の幕引きを図ろうと、今は散り散りとなっているかつての第二小隊のメンバーに招集をかける.....。

ロボットアニメの形をとっていますが、その中身は日本の安全保障問題に真正面から切り込んだ極めて硬派な作品です。しかも、それでいながら緊迫感あふれる自衛隊機のスクランブルシーンや破壊のカタルシスを感じさせる戦闘ヘリによる東京襲撃シーンなど娯楽作品としても見所満載の作品に仕上がっています。とはいうものの、基本的にはテーマ性を重視したシリアスな作品であるため、全体的に暗くて重い極めて観念的な作品になっています。その辺りをどう感じるかは好みの分かれるところではないでしょうか。また、レギュラーキャラが終盤の決戦シーン以外にはほとんど登場しない点もシリーズのファンとしては残念なところです。とはいえ、極めて挑戦的でかつ完成度の高い作品であり、90年代を代表するアニメ映画の一つであることには間違いありません。ちなみに、『タイタニック』や『ターミネーター』などの監督として知られるジェームス・キャメロンは本作を偏愛しており、その名シーンを映画『トゥルーライズ』の中で引用しています。
機動警察パトレイバー2 the Movie [Blu-ray]
冨永みーな
バンダイビジュアル
2008-07-25




獣兵衛忍風帖(川尻善昭監督)
牙神獣兵衛は主を持たず、金で仕事を請け負うはぐれ忍びだった。ある時、望月藩お抱えの甲賀組くのいち・陽炎を助けたことで謎の忍び集団・鬼門八人衆に命を狙われることになる。陽炎は村に広まっている疫病の原因を探るために仲間と一緒に調査をしていたのだが、突然・
鬼門八人衆の襲撃を受け、彼女以外は皆殺しにされたというのだ。成り行きで、陽炎と共闘することになった獣兵衛。だが、対する鬼門八人衆はいずれも異形の術の持ち主であり、2人は苦戦を強いられる。しかも、闘いの中、獣兵衛は思わぬ形で過去の因縁と向き合うことになり.......。

『妖獣都市』や『魔界都市新宿』などの菊池秀行原作の伝奇バイオレンスアニメで注目を集めていた川尻善昭監督が初めてオリジナルものに挑戦した作品です。複数の忍者が奇怪な忍術を駆使して死闘を繰り広げるコンセプトは、山田風太郎の忍法帖を彷彿とさせるところがありますが、スピード感あふれるスタイリッシュなアクションは、川尻作品ならではのカッコ良さです。敵役である鬼門八人衆も一人一人が強烈な個性を放っており、娯楽作品としてこれ以上はないという面白さを最初から最後までキープし続けています。また、エロティシズムやグロテスクさを全面に押し出した作風も当時のアニメとしては極めて貴重な存在だといえるでしょう。ちなみに、本作はニンジャ&バイオレンスといった要素が強調されたことで日本よりもむしろ海外でヒットし、北米ではビデオセール50万本を記録しています。アニメ映画としてのクオリティも申し分なく、大人向けの面白いアニメを観たいという人におすすめしたい傑作です。
ゆうばり国際冒険・ファンタスティック映画祭'93ゆうばり市民賞
獣兵衛忍風帖 [Blu-ray]
山寺宏一
FlyingDog
2012-05-23


美少女戦士セーラームーンR(幾原邦彦監督)
セーラームーンこと月野うさぎはボーイフレンドの地場衛とデートをしている途中で不思議な雰囲気をまとった青年・フィオレと出会う。彼は異星人で衛の幼馴染でもあるのだが、悪魔の花・キセニアンに心を支配されていた。地球を滅ぼそうとするフィレオに対して衛はタキシード仮面になって立ち向かうも、セーラームーンをかばって傷つき、そのまま連れ去られてしまう。絶望に苛まれるセーラームーンだったが、仲間のセーラー戦士たちに励まされ、衛を救うべく立ち上がる。一方その頃、地球に向かって小惑星が接近しつつあった。その小惑星こそがキセニアンの本拠地だったのだ。そこに衛がいることを突き止めたセーラームーンたちは、5人で小惑星に乗り込むが......。

1992年よりテレビアニメがスタートし、社会現象を巻き起こしたシリーズの劇場版第1弾です。とはいえ、上映時間は60分と短く、もともと子ども向けの作品なのでストーリー的にもそれほど凝ったものではありません。敵との戦いと仲間との友情を描いた極めてシンプルで王道的なものです。しかし、本作ではそのシンプルなストーリーが逆に功を奏しています。幾原
邦彦監督の演出が冴えわたり、シンプルだからこそ的確に物語を盛り上げていきます。特に、クライマックスで挿入歌が流れ始めてからの盛り上がりは尋常ではないほどです。ラストも余韻を残す美しい幕切れで、実に印象的です。シンプルイズベストな傑作だといえるでしょう。
美少女戦士セーラームーンR [DVD]
三石琴乃
東映ビデオ
2004-12-10



1994年
(平成6年)

ストリートファイターⅡ MOVIES STREET FIGHTER!(杉井ギサブロー監督)

犯罪シンジゲートのシャドルーはその魔の手を世界中に伸ばし、各地ではテロ活動が相次いでいた。インターポールの春麗はすべての黒幕であるベガの行方を追っていた。そして、アメリカ空軍のガイルと手を組み、シャドルー壊滅に向かって動き出す。しかし、ベガの部下であるバルログが姿を現し、
春麗に襲いかかる。一方、世界中を巡りながら修行の旅を続けていた格闘家のリュウは、格闘能力に優れた素体を探していたベガの標的にされるが......。

アーケードゲームであるストリートファイターⅡの絶大な人気を受けて作られたアニメ映画です。そのため、100分足らずの上映時間で16人に及ぶゲームキャラを登場させるという少々詰め込み過ぎな内容になっています。いかにもファンサービス的な映画であり、総合的な評価でいえば凡作といっても差支えないでしょう。しかし、その一方で、キャラクターの個性をうまくつかんでおり、バトルシーンなどはかなり見応えがあります。特に、春麗VSバルログのエロティシズム漂う死闘やベガVSリュウ&ケンの迫力満点のバトルは必見です。篠原良子の歌う主題歌も印象的であり、一本の映画として見れば凡作でも、ファン向けの作品としてはかなり密度の高い力作だといえます。少なくとも、同じ年に公開されたハリウッド版に比べれば100倍は面白い出来です。
ストリートファイターII【劇場版】 [DVD]
清水宏次朗
SME・ビジュアルワークス
2000-09-20



1995年
(平成7年)

耳をすませば(近藤喜文監督)
本好きの中学3年生、月島雫は自分の借りた本の図書カードにいずれも天沢聖司という名前が記されていることに気づく。ある日、彼女は電車の中で不思議な猫と出会い、それを追っていくと地球屋という古道具屋にたどり着いた。そこには猫の人形のバロンや古時計などといった珍しい品が並べられている。雫は老店主からそれらの品の説明を受け、楽しい時を過ごすが、あとになってその店主が
天沢聖司の祖父だという事実を知る。そうして、出会った聖司は雫と同い歳で、ヴァイオリン職人を目指している少年だった。彼は学校を卒業すると同時に一人前の職人になるためにイタリアに留学するという。雫は次第に聖司に惹かれていきつつも、夢に向かって真っすぐに進んでいる彼に対してコンプレックスを抱くようになっていった。そこで、彼女は聖司と対等な場所に立つために、バロンを主人公にした物語を小説という形にして完成させることを思いつくが.......。

監督は近藤喜文となっていますが、脚本・プロデュース・製作指揮などを宮崎駿が担当しており、実質宮崎作品といっても差支えない映画です。そして、宮崎作品にしては珍しくファンタジー要素のほとんどない、青春物語に仕上がっています。そのため、いつもの作品と比べると地味だともいえるのですが、思春期の悩みや将来に対する漠然とした不安などが丁寧に描かれており、美術や音楽の素晴らしさも相まって一級のアニメーションとして成立させているのが見事です。また、少年少女の恋愛を真正面から描くのも宮崎作品としては珍しく、その真っすぐな恋愛描写が逆に新鮮に感じられます。『魔女の宅急便』や『紅の豚』とはまた違った味のある佳品です。
耳をすませば [DVD]
本名陽子
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
2002-05-24




GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊(押井守監督)
地球がネットの海で覆い尽くされ、人類の多くが義体と呼ばれる機械の体を持つようになった近未来。外務大臣の通訳が電脳をハッキングされるという事件が起きる。しかも、その容疑者として国際手配中の凄腕ハッカー〝人形遣い”が浮上する。公安9課の草薙素子は人形遣いの正体を追うが、そこには意外な事実が待ち受けていた。
◆◆◆◆
近未来SFのかっこ良さを凝縮したかのような世界観とスタイリッシュな映像によって世界的な評価を受けた押井守監督の代表作です。民族音楽のような独特なBGMも見事に作品世界にマッチしており、ストーリーも派手さはないものの、よく練り込まれています。ただ、難解で暗めの作風だったため、日本ではそれほど評判になることはありませんでした。その代わり、海外ではエキゾチックでクールな作風が絶賛され、日本の映像作品で初めて北米ビデオセールが100万本を突破するという快挙を成し遂げています。『マトリックス』など海外作品に与えた影響も大きく、日本が世界に誇るべき作品の一つだといえるでしょう。
GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 [Blu-ray]
田中敦子
バンダイビジュアル
2017-04-07



1996年(平成8年)

映画 クレヨンしんちゃん 
ヘンダーランドの大冒険(本郷みつる監督)
幼稚園の遠足で群馬県の遊園地・ヘンダーランドに出かけたしんのすけはみんなとはぐれて遊園地をさ迷っているうちにトッペマ・マペットというねじ巻き人形と出会う。彼女はこの
ヘンダーランドがオカマ魔女のマカオとジョマの居城であり、彼らが地球征服をたくらんでいると告げる。そして、なんでも願いのかなうトランプを渡すかわりに彼らの野望を阻止するのを協力してほしいと頼むのだった。しかし、そこにマカオとジョマの部下が現れ、2人に襲いかかる。しんのすけは何とか家に逃げ帰るが、そのことがトラウマになってトッペマの願いを引き受けることができずにいた。しかも、しんのすけの持つトランプを奪おうとマカオとジョマの部下がしんのすけの通う幼稚園に教育実習生として潜り込んできて......。

テレビ版のホームコメディとは趣の異なる作風で大きな人気を誇っている劇場版クレヨンしんちゃんですが、映画として初めて高い評価を得ることになった作品が本作です。その要因として、原作者自らが描いた長編作品を映画化するというスタイルをやめ、オリジナル作品に転換したことが挙げられます。そのため、原作やテレビ版のフォーマットにとらわれない、実にイマジネーション豊かな作品を作り上げることに成功したのです。随所におなじみのギャグを散りばめながらも敵であるス・ノーマン・パーの怖さをきっちりと表現しているあたりがファンタジー作品としてよくできています。そして、なんといってもクライマックスのヘンダーランドにおける鬼ごっこが秀逸です。軽快なアクションとテンポのよいギャグはアニメの楽しさそのものを見事に体現しています。子どもから大人まで楽しめるファミリー向け映画の傑作です。



1997年
(平成9年)

もののけ姫(宮崎駿監督
室町時代の日本。エミシの村に突如としてタタリ神が出現した。少年・アシタカは荒れ狂うタタリ神を討ち果たすが、その代償として右腕に死の呪いを受けてしまう。タタリ神の正体は巨大なイノシシの神であり、アシタカは呪いを解く方法を見つけるために、イノシシがやってきた西の方角を目指す。やがて、たどり着いたのはタタラ場と呼ばれる製鉄の村だった。村はエボシという女性の統治によって栄えていたが、自然破壊を続けることで山に住むもののけたちと対立状態にあった。やがて、アシタカはエボシの命を狙って山を降りてきたもののけ姫のサンと邂逅する。彼女の正体は巨大な山犬によって育てられた人間の娘だった。エボシを討つのに失敗したサンは逆に追い詰められるが、その窮地をアシタカが救う。だが、人間を憎むサンはアシタカに襲いかかり.......。

古き神々であるもののけたちと新しい時代を切り開いていこうとする人間たちの戦いを描いたスケールの大きな物語であり、同時に、自然と人間との関わり合いについて問い直す極めてテーマ性の強い作品に仕上がっています。いわば、この時点での宮崎駿の集大成というべき大作です。それだけに本作に対する注目度は高く、興行収入193億円という当時の日本記録を打ち立てることになりました。実際、本作は荘厳な雰囲気といい、クオリティの高いアニメーションといい、その記録にふさわしい出来だといえるでしょう。大物俳優を配した声の演技も堂々たるもので、作品としての説得力を高めることに成功しています。特に、田中裕子演じる、悪とも善とも言い切れないエボシの複雑なキャラクターが印象的です。ただ、スケールが大きい割にクライマックスがあっさりとしているところや全体的に『ナウシカ』に似すぎている点は賛否が分かれるところではないでしょうか。
毎日映画コンクール日本映画大賞
第1回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞
もののけ姫 [DVD]
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2014-07-16


劇場版 新世紀エヴァンゲリオン AIR/まごころを君に(庵野秀明監督)
すべての使徒を倒したのもつかの間、ネルフの上位組織であるゼーレは碇司令の裏切りに対して、戦略自衛隊による武力侵攻を開始する。その狙いはネルフ本部を占拠し、当初の予定通りサードインパクトを発動させることにあった。次々と送り込まれてくる戦自部隊に対し、対使徒用に作られたネルフは有効な対抗手段を持っておらず、ネルフの施設は次々と占拠されていく。一方、エヴァ初号機のパイロットである碇シンジは
渚カヲルを自ら手にかけたことで生きる気力をなくしていた。自衛隊員に発見されても抵抗するそぶりすら見せなかったが、間一髪のところで葛城ミサトに助けられる。その頃、廃人同然の状態でエヴァ弐号機のコックピット内にかくまわれていた惣流・アスカ・ラングレーが突如覚醒し、自衛隊への反撃を開始する。しかし、そこにゼーレから送り込まれた9体の量産型エヴァが姿を現し......。

1995年に放送が始まり、一大ブームを巻き起こしたテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の劇場版です。ただ、本作はテレビシリーズと独立した物語ではなく、シリーズ完結編という位置付けになっているため、この映画だけを見てもストーリーを理解することはできないでしょう。そもそも、本作はスケジュール崩壊のためにまともなストーリーを放棄せざるを得なかったテレビ版ラスト2話の作り直しなのですが、作り直してまともな話になったかといえば大いに疑問の残るところです。メインストーリーそっちのけで精神世界の描写に終始するところはある意味テレビ版の最終回と同じですし、過熱するファンへの批判メッセージを盛り込むなど娯楽作品としてはどう見ても失格です。案の定、本作は賛否両論の真っ二つに分かれ、駄作と切って捨てる人も少なくありませんでした。しかし、間違っても単なる凡作ではありません。娯楽作品としてのコードは大きく逸脱しているものの、映像のインパクトは狂おしいまでに強烈です。特に、挿入歌”甘き死よ、来たれ”のメロディが流れる中、人類補完計画が進行していく場面は破滅のカタルシスに満ちています。ラストシーンも衝撃的でなんだか夢に出てきそうな後味の悪さです。混沌とした凄味のある作品という意味で本作を超えるアニメ映画はなかなかないのではないでしょうか。



1998年(平成10年)

機動戦艦ナデシコ The prince of darkness(佐藤竜雄監督)
木星蜥蜴との戦争が終結して3年が過ぎた2201年。新たな航行手段としてホゾンジャンプを研究しているコロニーが次々と謎の勢力に襲撃される。若干16歳で宇宙戦艦ナデシコBの艦長になっていたホシノ・ルリは事件の調査のためにターミナルコロニーのアマテラスに向かい、そこで一連の事件の首謀者と思われる敵勢力の攻撃を受ける。激戦の中、突如黒いエステバリスが乱入するが、そのパイロットは飛行機事故で死んだと思われていたテンカワ・アキトだった。

1996年に放送されたテレビアニメの劇場版。舞台はテレビシリーズのスタートから数えると5年の歳月が過ぎており、一部のキャラクターの外見や性格がかなり変化しているのが目を引きます。しかも、テレビシリーズではわき役だったホシノ・ルリを主役に配し、ヒロインだったミスマル・ユリカはほとんど出番がないなどといったかなり変化球な作りになっているのです。そのため、テレビシリーズと同じものを期待していた人は失望感を味わったのではないでしょうか。しかし、一つのアニメ作品として見ると密度の濃いロボットアクションが展開され、見せ場がテンポよく続くのでかなり見応えのある作品に仕上がっています。また、シリーズのファンからも「テレビアニメとのギャップが逆に面白い」という声も少なくありませんでした。それに、ギャグにもシリアスにも成りきれない独特のノリはやはりナデシコそのものです。また、SFアニメとして非常に魅力の多い作品で、本作は第30回星雲賞に輝いています。ただ、続編が予定されていた作品であるのに結局未完のまま終わってしまった点はいかにも残念です。
第30回星雲賞映画演劇部門・メディア部門賞



映画 クレヨンしんちゃん 電撃!ブタのヒヅメ大作戦(原恵一監督)
世界征服をたくらむ秘密結社ブタのヒズメは恐るべきコンピューターウイルスを作り出す。その野望を阻むべく、国連直属組織SML(正義の味方LOVE)のエージェント、コードネーム”お色気”はブタのヒヅメの飛行船からウイルス発動に必要なディスクを盗み出す。そして、彼女が逃げ込んだのはふたば幼稚園の面々が宴会を開いている屋形船だった。お色気を追う飛行船は屋形船ごと彼女を捕獲する。幼稚園の先生や園児たちは船から飛び降りて難を逃れるが、しんのすけやネネたちは船に取り残され......。

クレヨンしんちゃん劇場版の第6弾です。前作の『暗黒タマタマ大追跡』から監督が原恵一に交代したことで従来の活劇的な面白さに加えてドラマ面でも充実度を増してきたシリーズですが、本作においてもシリアスとギャグの緩急の付け方や感動シーンの盛り上げ方などが実に見事です。子ども向けながら切れ味のよいアクションは大人が見てもわくわくする出来ですし、行方不明になったしんのすけを必死で探す野原夫婦の姿には思わず胸が熱くなります。しかし、本作において特筆すべきはコンピューターウイルスによって実在化したぶりぶりさえもんの存在でしょう。自分勝手ですぐに裏切る最低なキャラクターとして描かれているにも関わらず、いざというときには身を呈して人助けをする、そのギャップから醸し出される魅力がたまりません。故・塩沢兼人のクールな声もぶりぶりさえもんのキャラに実によくマッチしてます。『ヘンダーランドの大冒険』と並ぶシリーズ初期の代表作だといえるでしょう。



パーフェクトブルー(今敏監督)
アイドルグループのCHAMに所属していた霧越未麻は突如グループ脱退を宣言し、女優への転身を図る。事務所の意向によって行われたこの脱退劇をステップアップのためだと
未麻は自分自身を納得させるものの、現実は厳しかった。レイプされる役やヘアヌード写真集のオファーなど、アイドル時代には考えられなかった仕事に向かい合わなくてはならなくなったのだ。それでも女優としての仕事は次第に軌道に乗っていくが、未麻自身はアイドル時代が忘れられず、いつしか昔の自分の幻影を見るようになる。そんな時、未麻のなりすましがwebサイトを開設し、虚実を交えて彼女のプライベートを暴き始める。そこには未麻しか知り得ない情報が数多く含まれていた。彼女はストーカーに監視されていたのだ。しかも、ストーカー行為は次々とエスカレートし、ついには殺人事件にまで発展する。

日本よりもむしろ海外で評価の高い今敏の監督デビュー作品です。ヒロインが自分の生き方やストーカーの存在に悩まされるといったいかにも実写的な題材をあえてアニメという媒体で映像化し、そこにアニメならではの演出を施すことによって独自の世界を築き上げることに成功しています。また、現実と虚構の反転というのは今敏が繰り返して描いているモチーフですが、本作はその手法が最もシャープな形で用いられた作品だといえるでしょう。現実に対する閉塞感に押しつぶされそうにヒロインの前に過去の自分の幻影がしばしば現れるシーンは彼女の不安定な精神状態を表現するものとして秀逸です。同時に、それがストーカー殺人の犯人の正体とリンクして反転するところなどはアニメでしか表現しえないどんでん返しとして機能しています。アニメの新しい可能性を示したサスペンスミステリーの傑作です。
パーフェクトブルー【通常版】 [Blu-ray]
新山志保
ジェネオン エンタテインメント
2008-02-29



少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録(幾原邦彦監督)
幼いころに王子様に命を助けられた天上ウテナはその存在に憧れ、いつしか男装に身を包むようになり、男勝りな性格に育っていく。そんな彼女が入学した鳳学園では薔薇の花嫁と呼ばれる少女・姫宮アンシーを巡って決闘が行われていた。彼女とエンゲージすることで世界を革命する力を得られるというのだ。ウテナはアンシーを
道具扱いしている西園寺莢一に憤りを覚え、彼に対して決闘を挑むが.......。

1997年にテレビアニメとして放送されていた『少女革命ウテナ』を劇場版として再構築した作品です。とはいっても単なるダイジェスト版ではなく、テレビ版と設定がかなり異なっているのが目を引きます。特に、ヒロインの姫宮アンシーは見た目も性格もテレビアニメ版とはほとんど別人です。そして、肝心の中身はどうかというと、予備知識のない一見さんにとっては全く意味不明のストーリーが展開されます。いや、テレビシリーズを見ていた人にとってもこの話を完全に理解することは不可能でしょう。とにかく、最初から最後まで思わせぶりな台詞と唐突で整合性のないシーンが続いて行くのです。しかし、だからといって全くつまらないかというと、そんなことはありません。刺激的な映像とクオリティの高い音楽で畳みこまれ、妙に惹きつけられる魅力があります。そもそも、監督の幾原邦彦は『セーラームーン』の時代から先鋭的な演出で有名な人でしたが、その異能というべきセンスは本作で頂点に達します。豪華絢爛意味不明のオンパレードで特に終盤の”ウテナカー”のわけのわからなさには思わずのけぞってしまいそうです。激しく賛否の分かれる、アニメ映画史上屈指のカルト作品だといえるでしょう。



2000年
(平成12年)

人狼 JIN-ROH(沖浦啓之監督)
第2次世界大戦の敗北から十数年が過ぎていた。戦勝国のドイツによって占領されていた日本はようやく混迷期を抜け出し、国際社会へ復帰しようとしているところだった。しかし、そのために強行された経済政策は反動による失業者の増加とそれに伴う社会不安をもたらすことになる。そして、セクトと呼ばれる過激派集団が誕生し、国に対して武装闘争を挑むようになっていた。政府は東京の治安を守るべく首都警を設立。以後、セクトと首都警は頻繁に市街戦を繰り返すことになる。伏一貴はその
首都警の一員であり、一切の感情を切り捨てて寡黙に任務をこなす一匹狼だった。だが、赤ずきんと呼ばれる少女との邂逅が彼の心にある変化をもたらし始める。

全体的に重く暗い話であり、アニメならではの躍動感といったものは皆無です。その代わり、キャラクターの動きは滑らかで戦闘シーンなども迫力があって見応えがあります。本来であれば実写で撮るべき作品だといえますが、日本の実写映画でこれだけのクオリティを実現することが困難である事実を考えるとアニメで正解だったのでしょう。渋いハードボイルドな雰囲気が全編に漂っており、「大人から子どもまで楽しめる」ではなく、大人だけがその魅力を理解することのできる傑作です。
人狼 JIN-ROH [Blu-ray]
藤木義勝
バンダイビジュアル
2008-07-25



カードキャプターさくら 封印されたカード(浅香守生監督)
小狼が日本を去ってから月日が過ぎ、さくらは小学6年生になっていた。
小狼からの告白の返事がいまだに出来ていないことに悩むさくらだったが、一時日本に戻ってきた小狼と苺鈴にばったり再会する。苺鈴はさくらのために告白する場を設けるがなかなかうまくいかない。そんなとき、町中で特定のものが次々と消えるという怪現象が起き、その被害はさくらのクロウカードにも及ぶのだった。その犯人は名前のないクローカードだと判明し、さくらはなんとかこの異変を喰い止めようとするが......。

1998年よりNHKで放送されたテレビアニメの劇場版第2弾であり、原作者自らが脚本を手がけたアニメオリジナルの完結編です。一見さんお断りのファン限定作品ではあるのですが、小学生同士の甘酸っぱい恋愛を描いた作品として非常によくできています。ヒロインのさくらが終始可愛く、特にラストシーンの台詞にその可愛らしさのすべてが収束される構成が見事です。


デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム(細田守監督)
2000年の春休み。デジタルワールドで冒険を繰り広げた8人の子どもたちも今は小学生らしい普通の日常を送っていた。しかし、突如ネット上に新種のデジモンが出現し、世界中のデータを喰い荒していく。謎の新種デジモンの暴走に気づいた太一と光子郎は世界の危機を救うべく、仲間たちに連絡を取るが.....。

斬新な演出技法でアニメファンの注目を集めていた細田守の監督デビュー作です。40分という映画としては短い作品ですが、その中に卓越した映像センスと隙のないストーリー構成を組みこんだ緻密な作りが見事です。完全に子ども向けのアニメにも関わらず、大人が見ても思わず惹きつけられるような魅力が備わっています。極めて完成度が高く、アニメ作りのお手本というべき傑作です。



BLOOD THE LAST VAMPIRE(北久保弘之監督)
1966年の日本。ベトナム戦争の最中に小夜という名の少女が横田基地内のアメリカンスクールに転校してくる。彼女の正体はヴァンパイアハンター。人間に化け、スクールに潜む翼手と呼ばれる吸血鬼を狩るために組織から送り込まれてきたのだ。

人材育成のために結成された押井守主催の押井塾の中で企画が生まれた作品です。企画立案はテレビアニメ版『攻殻機動隊』などで知られる神山健治で、最初はあくまでも若手教育のために製作された、公開予定のない作品でした。ところが、その完成度があまりにも高かったために途中から劇場公開作品として製作されるようになったわけです。とはいっても、公開当時はそれほど大きな反響があったわけではありませんでした。セーラー服の少女が敵をなぎ倒すといえば今風のオタクアニメを連想するかもしれませんが、リアルすぎるキャラデザインや重くシリアスな物語は日本ではあまり受け入れられなかったのです。全編のほとんどが英語だというのも敷居を高くしてしまっていました。しかし、洋画ホラーなテイストと日本刀を手にしたセーラー服少女のスタイリッシュなアクションの組み合わせは海外で高く評価されることになり、製作会社であるProduction I.Gの名を世界に知らしめる結果となったのです。ちなみに、映画『キル・ビル(2003)』のアニメパート製作をI.Gが行ったのはタランティーノ監督が本作のファンだったためです。また、2009年には香港とフランスの共同制作で実写映画も作られています。
第4回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞
BLOOD THE LAST VAMPIRE [Blu-ray]
工藤夕貴
アニプレックス
2009-05-27



2001年
(平成13年)

千と千尋の神隠し(宮崎駿監督)
10歳の少女・千尋は車に乗って両親と一緒に引っ越し先へと向かうが、その途中で奇妙な無人の街へと迷い込む。店には美味しそうな料理が並べられており、それらを無断で食べた両親はたちまちブタの姿になってしまう。神へのお供え物に手を出したことで罰が当たってしまったのだ。千尋も窮地に陥るが、すんでのところでハクと名乗る少年に助けられる。ハクは行くあてのない千尋を油屋の女主人・湯婆婆に紹介し、彼女をここで働かせてほしいと頼む。
湯婆婆は千尋の名を奪い、これからは千と名乗るようにといって彼女に仕事を与えるが......。

興行収入316.8億円を叩きだし、『もののけ姫』の193億円という国内興行記録を宮崎駿監督自身が塗り替えたモンスター級のヒット作品です。また、観客動員数も『東京オリンピック』の1950万人の記録を36年ぶりに塗り替え、2350万人という空前絶後の記録を打ち立てています(※後記:2020年公開のアニメ映画『鬼滅の刃 無限列車編』によってこれらの記録は破られることになります)。さらに、ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した他、数々の映画賞にも輝いており、これらの実績はまさに史上最強の日本映画と呼ぶにふさわしいものです。ただ、ストーリー自体はそれほど独創的でもなければ波乱万丈だというわけでもありません。物語の充実度でいえば『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』あたりの方がはるかに上でしょう。その代わり、本作は世界観が魅力的であり、そこに詰め込まれたイマジネーションの豊さにはある種の凄味が存在します。躍動感あふれるキャラクターも魅力的でこれぞアニメーションといった楽しさに満ちています。もっとも、クライマックスがあっけなく、ヒロインの成長物語としても物足りないという弱点があるのは確かです。やはり、本作はストーリーそのものよりもただただイマジネーションの奔流に身を任せるのが正しい鑑賞法だといえそうです。
第52回ベルリン国際映画祭金熊賞
第68回ニューヨーク映画批評家協会賞アニメ映画賞
第28回ロサンゼルス映画批評家協会賞アニメ映画賞
第44回ブルーリボン賞作品賞
第56回毎日映画コンクール日本映画大賞
第5回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞
第25回日本アカデミー賞最優秀作品賞
他多数受賞

千と千尋の神隠し [DVD]
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2014-07-16


COWBOY BEBOP 天国の扉(渡辺信一郎監督)
2071年。火星の都市でタンクローリーが爆発炎上するという事件が起きる。しかも、現場周辺の人々が次々と倒れていくという現象が起き、死傷者が400人を上回るという大惨事に発展したのだ。警察は生物兵器によるテロの可能性を示唆し、それを受けて火星政府は犯人の首に3億ウーロンの賞金をかけると発表する。偶然、事件の現場で手掛かりを手に入れたフェイは
3億ウーロンの賞金を手に入れるべく、ビバップの乗組員と共に犯人を探し始めるが.....。

ハードボイルドタッチの物語と小粋な台詞回し、軽快なジャズのリズムなどで多くのファンを獲得したテレビアニメの劇場版です。基本的なコンセプトはテレビ版と同じなのですが、映画だけあって作画は大きくレベルアップ。アニメーターのスキルが遺憾なく発揮された凝りに凝った映像を堪能することができます。特に、カンフーアクションを始めとする活劇シーンの素晴らしさにはため息がでるほどです。テレビ版のファンなら間違いなく、楽しめる出来に仕上がっています。ただ、その反面、バッドエンドのテレビ版を受けてか、ストーリーがシリアス一辺倒で、カウボーイビバップならではの小気味よいユーモアがほとんどなくなっている点はファンにとってはいささか残念だといえるのではないでしょうか。
COWBOY BEBOP 天国の扉 [Blu-ray]
山寺宏一
バンダイビジュアル
2008-01-25



映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲(原恵一監督)
20世紀を懐かしむ万博、20世紀博に訪れた野原一家はさまざまなアトラクションを満喫する。だが、この催しはどこか異様だった。それというのも、子どもたちよりも大人たちがハマっており、連日アトラクションを楽しむようになっていたのだ。ある晩、「明日の朝、お迎えにあがります」という20世紀博からのお知らせがあり、その放送を見た大人たちはまるで子どものようにふるまい始める。そして、次の朝にオート三輪に乗せられてどこかにいってしまったのだ。子どもたちだけが取り残され、ガスや電気の供給もストップした町。不穏な空気の中でしんのすけたちは一夜をすごし、再び朝が訪れた時、大人たちによる子供狩りが始まった.......。

クオリティが高いといわれるクレしん映画の中でも最高傑作の一つであり、大人が見て泣ける映画ということで公開当時かなり評判となった作品です。まず、20世紀という時代をノスタルジックに描くことで観客の涙腺を刺激し、その上で家族と共に明日に向かって歩んでいくことの尊さを提示することで感動へと至るプロットが見事です。特に、野原ひろしの回想シーンは平成アニメ映画の中でも屈指の泣けるシーンだといえるのではないでしょうか。また、後半の感動シーンばかりが注目されがちですが、前半の怒涛のギャグシーンも見逃せません。笑いと涙の詰まった極上のファミリー向け映画です。



バンパイアハンターD
(川尻善昭監督)
突如として姿を現し、人類を支配した吸血鬼もやがて種としての衰退期を迎え、全体の数を大きく減らしていく。その結果、地上の支配権は再び人類の手に戻ることになるのだが、僻地ではいまだに貴族と呼ばれる吸血鬼たちの恐怖による人間の支配が行われていた。その中にあって若い貴族・マイエルリンクは領民たちに徳の高い領主と称えられた希有な存在だった。だが、そんな彼も人間の娘を誘拐し、逃亡者となり果てる。依頼を受け、マイエルリンクを追うのは悪名高きマーカス兄妹、そしてもう一人、人間と吸血鬼の間に生まれたダンピールであり、最強のバンパイアハンターとして恐れられているDだった。

『獣兵衛忍風帖』の海外でのヒットを受け、アメリカで先行公開された作品です。そのため、日本のアニメにも関わらず、音声は英語だったのですが、DVD化の際に日本語バージョンも発売されています。内容的には『獣兵衛忍風帖』と同じく、異能の敵集団が現れ、次々とバトルが繰り広げられるという展開です。とはいっても、原作がジュブナイル小説ということもあって、『獣兵衛忍風帖』と比べるとエログロはさすがに控え目です。その代わり、主人公のDを始めとして世界観そのものに妖艶な雰囲気が満ちており、その中で繰り広げられるスタイリッシュなアクションのかっこよさにはほれぼれとしてしまいます。また、敵の能力もそれぞれ個性的なのでバトルものとしても飽きさせません。アニメならではの幻想性と活劇映画としての面白さが見事にマッチした傑作です。ただ、原作改変によって終盤の尺をかなり長くとったせいか原作と比べると敵とのバトル描写がやや淡泊になっています。原作ファンの中にはその点が物足りなく感じた人もいるのではないでしょうか。
バンパイアハンターD(オリジナル日本語バージョン) [DVD]
田中秀幸
エイベックス・ピクチャーズ
2002-06-19


2002年
(平成14年)

映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦
(原恵一監督)
ある夜、しんのすけは美しいお姫様の夢を見る。一方、飼い犬のシロが庭を掘り返すと、文箱が地中から出てきて箱の中にはしんのすけの筆跡で「おら、てんしょーにいる、おひめさまちょーびじん」と書かれた手紙が入っていた。それを見たしんのすけは目を閉じて夢の中のお姫様を思い浮かべるが、再び目を開けるとそこは見覚えのない場所だった。野原が広がり、合戦が繰り広げられている。しんのすけは戦国時代にタイムスリップしたのだ。合戦の最中、しんのすけは偶然、井尻又兵衛という武将の命を救い、春日城に案内される。そして、そこで出会ったのは夢で見たお姫様、廉姫だった。

大きな話題を呼んだ『オトナ帝国の逆襲』に続いて公開されたシリーズ第10弾ですが、これが前作をも凌ぐといわれる傑作に仕上がっています。まず、戦国の時代の描写が細やかで、合戦のシーンなどは下手な時代劇を凌ぐほどのリアリティに満ちています。そして、そうしたリアリティの中にしんのすけ一家の活躍を違和感なく溶け込ませているのが見事です。また、しんのすけ一家が車で敵陣の突入するシーンのカタルシスや悲哀をまとったラストまで1本の映画として非常によくできています。極めて完成度が高く、日本映画史に残る名作だといえるでしょう。なお、本作は2009年に草彅剛主演で『BALLAD 名もなき恋のうた』のタイトルで実写リメイクもされています。
第6回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞



Next⇒【時をかける少女】おすすめ!平成のアニメ映画・後篇【君の名は】

★★★
以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。

Chapter.2
機動警察パトレイバー the Movie









最新更新日2021/05/24☆☆☆

※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします

Previous⇒【もののけ姫】おすすめ!平成のアニメ映画・前篇【攻殻機動隊】

2003年
(平成15年)

東京ゴッドファーザー(今敏監督)
自称・元競輪選手のギン、元ドラァグクイーンのハナ、家出少女のミユキ。公園でホームレス生活を送っていた3人はクリスマスの夜に赤ん坊を拾う。勝手に赤ん坊に清子と名付け、名付け親(ゴットファーザー)になった3人は自分が育てると言い張るオカマのハナちゃんを説得し、親捜しに出かけるが.....。

本作は、一貫して虚構や仮想世界をテーマとして扱ってきた今敏監督としては珍しく王道的な物語です。それが逆に良かったのか、今敏作品の中では飛び抜けて高い評価を得ています。一言でいえば、デコボコ3人組がドタバタ劇を繰り広げ、やがて感動的な結末へと至る古典的な構図の喜劇です。非常にテンポがよく、さまざまなイベントが次から次へと起こるので退屈することはありません。数分に1回は笑えるシーンがあり、喜劇映画としての完成度は抜群です。また、偶然が積み重なり、ラストの奇蹟へとつながっていくプロットも実によくできています。あまりにも、偶然が続くのでご都合主義が嫌いな人には向かないかもしれませんが、これはもともと奇蹟についての物語です。偶然が起きるのが大前提だということを理解して見れば、ご都合主義の展開もあまり気にならないでしょう。
東京ゴッドファーザーズ [Blu-ray]
江守徹
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2012-11-21




連句アニメーション「冬の日」(川本喜八郎監督)
人形アニメーションの大家・
川本喜八郎が企画し、35人のアニメーション作家が俳句に描かれている情景をそれぞれの解釈でアニメ化したオムニバス映画です。まず驚きなのが本作にロシアのアニメ作家ユーリ・ノルシュテインが参加しているという事実です。日本でも『話の話』などで知られる作家ですが、超寡作なだけに日本の作品でお目にかかれるとは全くの予想外でした。しかも、短いながらも日本の美を見事に表現しているのがうれしいところです。他の作品もそれぞれ個性豊かで、商業アニメとはまた違った味わいを堪能することができます。朗読者の渋く枯れた声も臨場感豊かで、BGMも世界観に実によくマッチしています。俳句の世界に興味のある人にはぜひ観てもらいたい逸品です。
第7回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞
連句アニメーション 冬の日 [DVD]
池辺晋一郎
紀伊國屋書店
2003-11-22


2004年(平成16年)

マインドゲーム(湯浅政明監督)

漫画家志望のフリーター・西は電車の中で元恋人のみょんと再会を果たす。西はみょんに姉が営んでいる焼き鳥屋に案内され、そこでりょうというトラックの運転手を紹介される。みょんとりょうは婚約しているというのだ。落ち込む西の前に突然、借金取りのヤクザが乱入する。そして、その騒動に巻き込まれた西は肛門に銃弾を撃ち込まれ、脳天破裂という悲惨な最期を迎えるのだった。だが、現世に未練のある西は自らの意志で現世への生還を果たす。それから思いもよらない大冒険が繰り広げられることになるのだが.....。

コテコテの関西弁とイマジネーションの奔流に満たされたドラックムービーです。ストーリーらしきものはあるにはあるのですが、内容はまったく頭に入らず、その代わりに、すごい勢いで駆け抜けていく映像のスピード感に圧倒されてしまいます。また、多くの吉本芸人が声優として起用されており、その演技が世界観と実によくマッチしています。素人声優を起用した作品の中にはプロの声優を使った方がよかったのにと感じる作品が数多くありますが、本作に限ってはその逆です。プロの声優ではこの味を出すことはできなかったでしょう。素晴らしいアートアニメであると同時に娯楽性も豊かで、両者のバランスが見事にマッチしたカルト的傑作です。
第8回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞
マインド・ゲーム [Blu-ray]
今田耕司
TCエンタテインメント
2018-02-09



2006年
(平成18年)

映画ドラえもん のび太の恐竜2006(渡辺歩監督)
フタバスズキリュウの卵の化石を発掘したのび太はタイムふろしきを用い、それが化石になる前の状態に戻して孵化させる。生まれた
フタバスズキリュウの子どもをぴー助と名付けて可愛がるが、次第に大きくなり、こっそり飼うことが困難になってきた。しかたなく、タイムマシンを使って白亜紀の時代に送り届けるものの、間違えて北米の海に置いてきてしまう。環境になじめずにいるピー助を助けようとのび太はジャイアン、スネ夫、しずか、ドラえもんたちと共に再び、白亜紀を訪れるが........。

テレビアニメのドラえもんの声優が総入れ替えになり、2005年から第2シーズンが始まったことを受けて製作された記念碑的作品です。ストーリーはドラえもん映画第1弾である1980年公開作品『のび太の恐竜』とほぼ同じなのですが、映像が格段に進歩して見応えが大幅にアップしています。細かな描写なども現代的に上手くアレンジされており、現代の子どもたちが見やすい作品に仕上げている点が見事です。観客からの評判も上々で、本作の興行収入はこの時点でのシリーズ最高となる32.8億円を記録しています。リメイク映画のお手本というべき佳品です。



時をかける少女(細田守監督)
東京の下町で暮らす高校生の紺野真琴は偶然立ち寄った理科室で奇妙な体験をする。怪しげな人影を見掛けたのだが、それを追い掛けようとしていきなり意識を失ってしまったのだ。その翌日の下校途中、下り坂で自転車のブレーキが故障し、真琴は電車に轢かれそうになる。次の瞬間、彼女は自分がまだ坂の途中にいることに気づいた。なぜか時間が数分前に巻き戻ったのだ。その出来事を叔母の和子に打ち明けると、彼女は「それはタイムリープという現象で年頃の女の子にはよくあることだ」と答える。それ以降、自らの意志でタイムリープを使用できるようになった真琴はその力をささやかな私欲のために用いるようになってた。そんなある日、仲のよい同級生の津田功介が後輩の女の子に告白される。さらにはもう一人の男友達である間宮千昭からは交際を持ちかけられ、真琴の心は揺れ動くことになるが......。

原作は筒井康隆のジュブナイル小説であり、同時に、1983年に原田知世主演で大ヒットした同名映画のリメイク作品でもあります。とはいっても、物語も登場人物も原作とは別物で、共通しているのはヒロインがタイムリープをするという設定のみです。ちなみに、83年版でヒロインの和子役を演じた原田知世は本作では真琴の叔母役で声を演じています。この時をかける少女は映画とテレビドラマを合わせて9度も映像化されているという、非常に人気の高いSF作品です。そして、その中でも長らく最高傑作といわれていたのが、原田知世版だったわけなのですが、本作はその評判を軽く凌駕するほどに高い評価を得ています。なんといっても素晴らしいのが青春の甘くほろ苦いテイストをアニメならではの演出を用いて見事に表現している点です。コミカルな場面からシリアスシーンまで実にさまざまな演出技法が駆使されており、観客を飽きさせない作りになっています。もともと細田守監督は斬新な演出技法を得意とするアニメ作家として注目されていた人ですが、本作はその才能が存分に発揮された名品だといえるでしょう。
第10回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞
第38回星雲賞映画演劇部門・メディア部門賞
時をかける少女 [Blu-ray]
仲里依紗
角川エンタテインメント
2008-07-25



2007年
(平成19年)

河童のクゥと夏休み(原恵一監督)
小学生の上原康一は下校途中に川岸に埋まっていた大きな石を見つける。石を割ってみると中から干からびた生物が出てきた。それは長い年月の間仮死状態になっていた河童の子どもだった。目覚めた河童に康一はクゥという名を与え、一緒に暮らし始める。最初は人間に警戒心を抱いていたクゥも次第に康一と信頼関係を築いていった。だが、河童の存在を知ったマスコミが騒ぎ始め......。

本作は『かっぱ大さわぎ(1978)』『かっぱびっくり旅(1980)』という2作の児童文学を下敷きにして製作されたファンタジー映画です。それを聞くと、少年と河童の触れ合いを描いたほのぼのした作品を連想しがちですが、本編を見るとシビアな展開の連続なのでびっくりしてしまいます。確かに、序盤はほのぼのとした雰囲気に満ちているのですが、河童の存在が世間に知られたあたりからどんどん容赦のない展開が続き、人間の愚かしさが次々と暴き出されていくのです。しかし、だからこそ、クゥと康一やその家族との心の交流が暖かなものとして際立たせることに成功しています。また
、決して説教くさくなることなく、あくまでも客観的な視点で人間という生き物が描き出されている点も秀逸です。上映時間は2時間20分と長く、いささか詰め込み過ぎの感もありますが、色々と考えさせられる、見応えのある作品に仕上がっています。
第11回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞
河童のクゥと夏休み [Blu-ray]
冨澤風斗
アニプレックス
2010-08-04



2009年(平成21年)

サマーウォーズ(細田守監督)
10億人以上の登録者がいる巨大仮想空間OZ。人々はパソコンや携帯電話からアバターを使ってアクセスし、ゲームやショッピングを楽しみ、さらには納税や行政サービスなども受けていた。OZのシステムは世界一安全だといわれるセキュリティによって守られている。ところが、そのセキュリティが突破され、何者かによってOZの管理権が握られてしまう。それによって世界中のインフラシステムは制御不能となり、大混乱に陥ってしまうのだった。一方、高校生で物理部に所属している健治はあこがれの先輩である夏希から一緒に実家にきてほしいと誘われる。そして、そこでOZの騒動に巻き込まれることになるが......。

本作は田舎の大家族に代表される人同士のつながりが無機質な人工知能と対決する物語であり、そうしたスケールの大きなドラマが田舎の片隅という小さな舞台で繰り広げられるギャップが見所となっています。特に、終盤の畳みかける展開にはかなり引き込まれるものがあります。また、キーパーソンとなるおばあちゃんの、威厳と優しさを兼ね備えたキャラクターも印象的です。ただ、基本プロットは『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム』の焼き直しであるため、先にデジモンを見た人にとっては新鮮味を感じない可能性があります。それから、登場人物が多い分、人間描写が浅く感じられるのが惜しまれます。とはいえ、全体的に上質なエンタメ作品であることは間違いのないところです。なお、細田守の名は本作によって全国区となり、ジブリに次ぐヒットメーカーへと成長していくことになります。
第13回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞
第41回星雲賞映画演劇部門・メディア部門賞




エヴァンゲリヲン新劇場版:破
(庵野秀明総監督)
エヴァンゲリオン初号機のパイロットである碇シンジの前にドイツからやってきた式波・アスカ・ラングレーが姿を現す。彼女はエヴァンゲリオン弐号機のパイロットだったのだ。当初は反発し合う2人だったが、共に協力して使徒を倒す内に次第に打ち解けていく。ある日、アスカの乗っていた起動実験中のエヴァ参号機が第9の使徒に浸食されたことにより、暴走。シンジは初号機に乗って参号機の迎撃に向かうが、アスカが中にいることを知って戦闘を拒否する。しかし、シンジの父である碇ゲンドウ司令は初号機をダミーシステムに切り替え、強制的に参号機を破壊させてしまうのだった。アスカは一命こそ取り留めたものの、使徒による精神汚染を疑われて隔離される。一方、一連の出来事にショックを受けたシンジはネルフを去ろうとするが、そのとき、いまだかつてないほど強力な力を持つ第10の使徒が現れ、ネルフ本部は窮地に追い込まれる。

90年代に大ブームを巻き起こした”新世紀エヴァンゲリオン”を再構成し、新たな物語を作り上げた新劇場版シリーズの第2弾です。第1弾である「エヴァンゲリヲン新劇場版:序」は旧テレビ版のほぼ忠実なリメイクでした。それに対して、本作はオリジナルキャラクターである真希波・マリ・イラストリアスが登場するなど、テレビ版のストーリーをベースにしながらもかなりのアレンジを加えています。そして、一番大きな変化といえるのは作品の娯楽性が前シリーズとは比べ物にならないほど鮮明になったことです。旧エヴァンゲリオンはひたすら鬱屈とした世界が広がり、謎めいた展開に視聴者が翻弄されるという作りになっていました。それ故に、カルト的な人気を集めたわけですが、本作はそうした要素を極力抑え、ストレートに面白いと思えるエンタメ作品に仕上げているのです。たとえば、主人公の碇シンジは前シリーズと比べると内に籠る性格が緩和されてキャラクターのイメージを損なわない程度に他者に対して積極的な性格になっていますし、ヒロインである綾波レイとアスカ・ラングレーもこれまでのキャラクター性を踏襲しつつも、より可愛らしい面が強化されています。戦闘シーンも弐号機にビーストモード設定が追加されるなど、かなり派手です。その結果、より多くのファンを集めることに成功し、オタク向けのアニメとしては規格外の興行収入40億円という記録を達成します。ただ、前シリーズのカルト的な味わいに魅力を感じていた人の中では「普通っぽくなって物足りない」といった声もあります。それでも全体的にはかなり評価の高い作品であることは間違いのないところでしょう。



2010年
(平成22年)

カラフル(原恵一監督)

死んだはずのぼくの前に天使が現れ、「おめでとうございます。あなたは抽選に当たりました」と告げる。下界に戻って再チャレンジする権利を得られたというのだ。こうしてぼくは自殺をした中学生・小林真の体を与えられ、第2の人生を送ることになる。真の家庭は外から見ると幸福そうだが、その中身は冷え切っていた。しかも、学校ではいじめられっ子で成績も最低。救いのない毎日を送っていたぼくはやがて小林真が自殺した理由を知ることになるが......。

原作は森絵都の作品でジュブナイル小説の名品と言われています。人間には多様な面があり、それを肯定的に捉えることで主人公が成長していく物語です。アニメ化された本作でも原作をベースにして繊細なストーリーが丁寧に語られていきます。はっきりいって地味な作品ですし、アニメらしい躍動感もほぼ皆無です。実写映画でも十分ではないかと思わないでもありません。それでも心理描写の積み重ねの末に訪れる主人公の成長には胸を打つものがあります。思春期の少年の成長物語として非常によくできています。それに、本作よりも10年も前に実写映画化はなされており、その出来があまりよくないという事実と重ね合わせるとやはりアニメ化という選択肢は正解だったのでしょう。ただ、原作と比較した場合、設定の一部が変わっており、その部分がテーマと大きく関わっていたりするので原作好きの人にとっては違和感が残る可能性があります。そこは賛否の分かれるところではないでしょうか。
カラフル 【通常版】 [Blu-ray]
冨澤風斗
アニプレックス
2011-04-20


涼宮ハルヒの消失(石原達也総監督・武本康弘監督)
12月18日。北高1年生のキョンは教室に入って驚く。SOS団の団長・涼宮ハルヒの席に
情報統合思念体のヒューマノイドインターフェイスである朝倉涼子が座っていたからだ。彼女は同じヒューマノイドインターフェイスの長門有希と対立して消失したはずだ。しかも、クラスメイトの記憶からは涼宮ハルヒの存在が消えている。驚いたキョンは真相を確かめるべく、SOS団の一員で超能力者である古泉一樹のいる9組に向かうが、9組そのものがなくなってしまっていた。呆然としながらもSOS団が占拠している文芸部の部室にたどり着いたキョンはそこで長門有希と出会う。何が起きているのか問い質すキョンだったが、彼女にSOS団団員やヒューマノイドインターフェイスとしての記憶はなく、ただの内気な女の子になっていた。何らかの理由でこの世界は改変されてしまったのだ。それでも、キョンはハルヒと古泉が別の高校に進学している事実を突き止め、2人との対面を果たすが.......。

2006年に放送され、当時のテレビアニメとしては驚異的なクオリティで話題となったSF学園アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の続編的作品です。原作小説の中でも最も人気の高いエピソードの映画化とあって本作もやはりファンの間で大変な評判となり、上映館数24館からのスタートだったにも関わらず、興行収入は8.4億円に達しています。これは深夜アニメの映画化としては当時の最高記録でした。ちなみに、映画の内容も上映時間2時間42分という長い尺を使用して原作小説を忠実に映像化しており、ファンからの評価は上々です。とにかく描写が丁寧で、平凡な日常の中で展開されるご近所SFという本シリーズの面白さを十分に堪能できる作りになっているのです。ただ、テレビシリーズを視聴していることが前提となっているため、一見さんには少々分かりずらいのが難だといえます。
涼宮ハルヒの消失 限定版 [Blu-ray]
平野綾
角川映画
2010-12-18



2011年(平成23年)

映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団~はばたけ天使たち~(寺本幸代監督)

南極でロボットの部品を拾ったのび太はドラえもんの秘密道具を使ってそれを完成させる。そのロボットをサンダクロスと名付け、しずかと一緒に遊ぶのび太だったが、そこでサンダクロスが恐るべき性能を持っていることを知る。しかも、リルルと名乗る謎の少女が現れ、そのロボットを返してほしいというのだ。実はリルルとサンダクロスはロボットの星のメカトピアから地球侵略のために送り込まれた先兵だったのだ.......。

旧ドラえもん映画の中でも突出して評価が高く、名作と名高い『
映画ドラえもん のび太と鉄人兵団(1986)』のリメイク作品です。本作も『のび太の恐竜2006』と同じく、部分部分を現代風にアレンジしながらも原作の良さを忠実に再現しています。その上、作画がレベルアップして戦闘シーンの迫力も増しているため、より一層見応えのある作品に仕上がっているのです。また、旧作にあった矛盾点なども改善しているため、完成度はより高くなったといえるでしょう。特に、改造によって巨大ロボットを味方につけた前作に対し、本作ではのび太と友情を育んで味方になっていくさまが丁寧に描かれている点が秀逸です。さらに、しずかとリルルの友情エピソードも旧作に劣らず感動的に描かれています。ただ、オリジナルキャラであるピッポの存在は物語を噛み砕いてより一層分かりやすくする役割を担っている一方、旧作の名シーンに水を差す結果にもなっており、賛否の分かれるところです。それでも、全体の完成度は高く、新シリーズの中では屈指の傑作であることは間違いのないところです。



映画 けいおん!(山田尚子監督)
桜高軽音楽部のメンバー4人は無事大学に合格し、あとは卒業を待つだけとなっていた。ところが、唯のクラスメイトであるバレー部員が卒業旅行を計画していることを知り、自分たちもどこかに行こうと急遽卒業旅行を企画する。どこにいくかでもめた末、最終的に決まったのは澪が希望したロンドンだった。後輩の梓を加えた5人はロックの聖地・ロンドンへと飛び立つが.......。

2009年にテレビ放送が始まり、いわゆる日常アニメとして大ヒットを記録した作品の映画化です。しかし、映画になったからといって物語のスケールがアップするといったこともなく、あいかわらずの日常が続いているところがいかにもけいおんです。その代わり、もともとハイレベルだった作画はさらに密度が濃くなり、何気ない仕草の細やかな描写には思わず引き込まれていきます。特に、ロンドンの町並みや人々に対するディテールの細かさは特筆もので、画面を見ている側も観光気分にさせてくれます。ただ、ロンドン旅行は前半部分のみで、後半は日本に戻ってしまうのがやや残念です。ともあれ、あくまでも平穏な日常的な物語をハイクオリティな映画として描き切る姿には一種の潔ささえ感じます。キャラクターの可愛らしさも相変わらずで、これぞ日常アニメの頂点と呼ぶのにふさわしい作品に仕上がっています。ちなみに、本作の興行収入は19億円であり、これは深夜アニメの映画化としては『涼宮ハルヒの消失』の8.4億円を大幅に塗り替える当時の新記録です。



2012年

エヴァンゲリヲン新劇場版:Q(庵野秀明総監督)
ネルフ本部を襲った第10使徒との戦いから14年。碇シンジと綾波レイを取り込んだエヴァ初号機はネルフによって衛星軌道上に封印されていた。それに対して、碇ゲンドウと袂を分かち、反ネルフ組織ヴィレを立ち上げた葛城ミサトと赤木リツコは、アスカのエヴァ改2号機とマリのエヴァ8号機による初号機奪還計画を遂行する。激しい戦闘の末、かろうじて敵を撃破し、初号機の回収に成功するアスカたち。一方、長い眠りから目覚めたシンジは、自分が眠っている間に14年が過ぎていたことに呆然とする。しかも、ミサトやリツコの態度はよそよそしく、なぜか14年前と全く姿の変わっていないアスカに至ってはシンジに対して激しい怒りの態度を見せる。おまけに、シンジと一緒に初号機に取り込まれたはずのレイの姿はどこにもなかった。取り付く島もないミサトたちはシンジに対してもうエヴァには乗るなといい、もし命令に背けば首に取り付けたDSSチョーカーを爆発させると告げるのだった。理不尽な仕打ちにシンジが絶望する中、ネルフのエヴァMark.09がヴィレの巨大戦艦AAAウンダーを急襲し.....。

新劇場版第3弾の本作は前作を大きく上回る興行収入52億円を記録し、興行的には大成功といえる数字を残しています。しかし、作品に対する評価は決して高いものではありませんでした。「エヴァ:破」のラスト直後から始まる続編が観たかったのに舞台はいきなり14年後へとジャンプし、しかも、娯楽性重視だった前作とはうって変わって旧シリーズのような陰鬱な世界へと唐突に回帰したことに対し、ファンの多くは戸惑いを隠せなかったのです。しかも、周りのキャラクターたちがシンジに対して碌な説明もせずに理不尽な仕打ちを行うのも観客にとってはストレスの溜まる要因でした。渚カヲルだけは優しく接し、シンジの心にひと時の安らぎをもたらしますが、それも最終的には旧シリーズと同じように絶望へと変わっていきます。確かに、こうした陰鬱な物語はエヴァ本来の魅力ではあったものの、描き方があまりにも説明不足かつ唐突過ぎたという問題があります。それに加えて、巨大空中戦艦が登場し、その起動シーンで「ふしぎの海のナディア」のBGMが流れたのもこれまでのエヴァの世界観と遊離しており、違和感がありました。そうした様々な要因が重なり、ファンの評価は賛否両論というよりも明らかに否が多い結果となったのです。ただ、本作はシリーズのつなぎの物語であり、完結に向けての布石にすぎないという事実は頭にとどめておくべきでしょう。実際、2021年に公開された「シンエヴァンゲリオン劇場版:ll」では本作を伏線として昇華し、観客に極上のカタルシスを与えたうえで見事なフィナーレを迎えています。興行収入は大台の100億円を突破し、ファンの評判も上々です。そうした意味では本作もなくてはならない存在だったのかもしれません。とはいえ、これだけを観るとかなりストレスを感じるのも確かです。したがって、未見の人はQとシンエヴァを続けて一気に観ることをおすすめします。
2013年(平成25年)

風立ちぬ(宮崎駿監督)
裕福な家庭に生まれた堀越二郎は空に憧れるのほほんとした少年だった。ある日、飛行機の設計師として有名なカプローニ伯爵が夢に現れ、彼の言葉に触発されて二郎は航空技術者を目指すようになる。関東大震災や将来の妻となる菜穂子の出会いなどといった経験をしながら彼は成長し、三菱の英才として将来を嘱望される存在になっていく。そして、ドイツ留学を経て新機軸の戦闘機を次々と設計していくが、時代は確実に戦争へと歩を進めていた....。

兵器マニアと平和主義者という自身の矛盾した内面をゼロ戦設計者の堀越二郎に託して描いた宮崎駿監督の引退作です。実在の人物の半生をファンタジー色豊かな切り口で描いているのでどうしても物語としては収まりの悪いものになっています。娯楽映画としては支離滅裂のプロットだといえるかもしれません。しかし、作画は相変わらず素晴らしく、72歳にしてこれほどイマジネーション豊かな作品が作れるという事実に驚かされます。個々の場面は心に残る印象的なシーンの目白押しです。また、まとまりに欠けるストーリーも監督自身の武器への憧れと平和への希求という矛盾した心情を形にしたのだと考えれば逆に、味わい深いものさえ感じます。ただ、主人公の声を声優どころか役者ですらない庵野秀明監督に演じさせたのはさすがに無理がありました。特に、青年時代の演技は違和感が半端ありません。どうしても気になるという人は英語版で鑑賞することをおすすめします。
第79回ニューヨーク映画批評家協会賞
アニメーション映画賞
第34回ボストン映画批評家協会賞アニメーション映画賞
風立ちぬ [DVD]
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2014-06-18


かぐや姫の物語(高畑勲監督)
ある朝、翁は竹を取りに山に行き、そこで光り輝く不思議なタケノコを見つける。その中にはなんと手のひらに収まるほど小さな姫がいたのだ。翁は驚いてその姫を持ちかえると、彼女はその日の内に普通の赤ん坊へと姿を変えていった。翁はこれを天からの授かりものだと考え、媼と一緒に大切に育て始める。赤ん坊は見る見る内に成長し、半年後には少女の姿になっていた。彼女は近所の子どものリーダー格である捨丸たちと遊びながら天真爛漫に育っていく。一方、光る竹の中から黄金や豪華な衣を授かる経験を繰り返した翁は「これはあの子を高貴な姫君に育てよという天からのお告げだ」と考えるようになっていく。そして、都に屋敷を建てて移り住み、彼女に一流の教育を施そうとするが........。

高畑勲はスタジオジブリの設立に参画して以降『火垂の墓(1988)』『おもいでポロポロ(1991)』『平成狸合戦ぽんぽこ(1994)』と話題作を連発し、宮崎駿と共にスタジオジブリを支えていました。ところが、1999年の『ホーホケキョ となりの山田くん』が製作費20億円に対して興行収入15.6億円と大惨敗を喫し、それからしばらくアニメ映画からは遠ざかっていました。つまり、本作は14年ぶりに手掛けた作品ということになります。ただ、興行的にはやはり苦戦し、50億円を超える製作費に対して興行収入は25億円に過ぎませんでした。その代わり、本作は映画館に足を運んだ観客からは高い評価を受け、海外でもロサンゼルス映画批評家協会賞を始めとして多数の賞を受賞しています。その魅力はまず、手作り感を感じさせる素朴な絵が美しい色彩を伴って生き生きと動く作画の素晴らしさにあります。そして、物語の基本ラインは原作の竹取物語と同一ながら、137分という長丁場を飽きさせずに魅せる演出力も見事です。一方で、ストーリーは捨丸などのオリジナル要素を除いてあまりにも竹取物語そのままなので、ヒネリや驚きの展開を求めた人にとっては物足りなさを感じるかもしれません。とはいえ、本作のアニメーションとしての完成度の高さはすさまじく、アニメ映画史に残る作品であるのは間違いのないところです。
第40回ロサンゼルス映画批評家協会賞アニメーション映画賞
第35回ボストン映画批評家協会賞アニメーション映画賞
かぐや姫の物語 [DVD]
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2014-12-03


2014年
(平成26年)

映画 クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん(高橋渉監督)
ぎっくり腰の治療に出かけたひろしがなぜかロボットになって帰ってくる。美味しい料理をつくったり、リモコンで操作できたりする父親にしんのすけは大喜びだったが、それは失われた父親の権威を取り戻そうと企むちちゆれ(父よ、勇気で立ち上がれ)同盟の陰謀だった。やがて、正気を失った父親たちによる父親革命が勃発するが......。

原恵一監督降板以降、映画ファンの話題にのぼることも少なくなったクレしん映画ですが、本作は久しぶりの快作といえる出来栄えです。まず、初めてひろしをメインに据え、家族の絆を描いたドラマがよくできています。今までのクレしん映画でも野原家の絆の強さを感じさせるシーンは数多くありましたが、その中でも本作は最もストレートに描かれた作品だといえるでしょう。特に、ひろし自身ではなく、ひろしの記憶を持つクローンロボットを登場させることで親子の死別を間接的に描くというアイディアが秀逸です。あざとく感じないわけではありませんが、かなり泣ける映画になっていることは事実です。一方、ギャグシーンでは五木ひろしロボの破壊力が光ります。ただ、惜しいのは敵対組織の存在で、魅力に欠け、その行動原理も途中からおざなりにされているのが残念です。



たまこラブストーリー(山田尚子監督)
餅屋の娘の北白川たま子はとにかくお餅が大好きな高校3年の女の子。ちょっと天然で色恋沙汰にもとことん鈍感なたまこだったが、東京の大学に進学することを決めた幼馴染の大路もち蔵に告白されて激しく動揺する。それ以来、たまこはもち蔵とまともに顔を合わせられなくなり、日常生活すらおぼつかなくなるありさまだった。もち蔵とは幼馴染の関係がずっと続くものだと漠然と考えていたたまこはどうしてよいのかわからなくなってしまったのだ。そんなたまこを見て、もち蔵は彼女に今まで通りの関係に戻ろうと告げるが.......。
◆◆◆◆
本作は2012年に放送されたテレビアニメの『たまこまーけっと』の続編的作品です。もともとこの作品は『けいおん』を大ヒットに導いた山田尚子監督のオリジナル企画であり、南の島からやってきたしゃべる鳥と高校生のたまこを始めとする商店街の人々が織りなすさまざまなドラマを描いた作品でした。ただ、その内容はどうにも散漫としており、結局のところファンタジーがやりたかったのか、商店街を舞台とした人情物がやりたかったのか、それとも女子高生たちのキャッキャッウフフな作品にしたかったのかよくわからず、視聴者の評価も決して上々とは言い難かったのです。それに対して、本作はファンタジー要素を思い切って切り捨てて恋物語に焦点を絞ったことが功を奏し、上質なラブコメディに仕上がっています。前半はヒロインの迷走などのコミカルなシーンで笑わせ、後半は糸電話やラジカセなどの小道具を効果的に用いてノスタルジックなラブストーリーに仕上げたプロットも実によくできています。親友のみどりがたまこに寄せる想いなど、テレビ版を見ていなければ分かりずらい面もないではありません。しかし、そういった要素を除けば映画単体でも楽しめる学園青春ラブストーリーの傑作に仕上がっています。
映画「たまこラブストーリー」 [Blu-ray]
洲崎綾
ポニーキャニオン
2014-10-10



2015年(平成27年)

百日紅~Miss HOKUSAI~(原恵一監督)
23歳になるお栄は父の葛飾北斎と共に長屋に住んでいた。浮世絵の才能を父から引き継いでおり、ときに代筆を行うなどして北斎を支えていた。だが、美人画は抜群にうまいのだが、
自身が未だ生娘であることもあって男がうまく描けない。「絵に色気がない」と言われて落ち込むこともあるが、それでも彼女は絵の可能性にチャレンジしていく。一方、公私にわたって充実のときを迎えていた葛飾北斎だったが、彼もまた盲目で病弱な末娘のことで思い悩んでいた.....。

江戸時代の風俗描写に定評のあった杉浦日向子の原作コミックをアニメ化したものですが、この作品も原作に劣らず、江戸文化や町人の暮らしぶりが匂いまで伝わってきそうなほど丁寧に描かれています。特に、百日紅の咲き乱れる初夏や雪の降った冬の日などといった季節感を感じさせる描写が見事です。物語そのものはお栄や北斎の身の回りの出来事を単発的に描いた日常アニメのような感じで盛り上がりには欠けるきらいがあります。それでも、江戸の人々が魅力的に描かれているため、退屈することなく観ることができます。ただ、映画としては一本芯が通ったテーマやストリーを用意しておいた方が良かったかもしれません。それから、時折流れるロック調の音楽は物語と合わないととるか、ギャップが良い味を出していると感じるか、意見が分かれそうです。
百日紅~Miss HOKUSAI~ [Blu-ray]
バンダイビジュアル
2015-11-26




ガールズ&パンツァー劇場版(水嶋努監督)
戦車道の全国大会で見事優勝を勝ち取り、廃校を免れた大洗女子学園の面々は平穏な日常を過ごしていた。一方、大洗町では優勝を記念したエキビジションマッチが開催される。
大洗女子学園の他に知波単学園、聖グロリアーナ女学院、プラウダ高校が参加し、互いの親交を深めていく。ところが、突然、文部科学省から廃校撤回はやはり認められないという通達が届くのだった。生徒会長の杏は文部科学省の担当者と交渉を重ね、大学選抜チームとの試合に勝てば、今度こそ廃校を撤退するという確約をもらう。だが、上限30両まで出場可能な試合ルールに対して、大洗女子学園が用意できる戦車はわずか8両。このままでは敗北は必至だが.....。

2012年にテレビ放映され、大ヒットを記録した深夜アニメの続編的作品です。テレビ版でも迫力の戦車バトルが話題になりましたが、劇場版ではさらにクオリティがアップし、挙動などのディテールの細やかさには感嘆の念すら覚えます。轟く発射音や軋むキャラピラ音の迫力は映画ならではでしょう。また、テレビ版のキャラクター総出演のお祭り映画となっているため、初見の人は数の多さに混乱してしまうかもしれませんが、ファンにとってはキャラクター一人一人に見せ場をうまく振り分けられているのがうれしいところです。戦車の動きが軽快すぎるなどといったご都合主義の部分はあるものの、細かいことは気にせずに楽しむことができる一級の娯楽作品に仕上がっています。公開当初、本作の上映館数は77館で初週興行収入も1億3千万円程度と目立ったものではありませんでした。しかし、370日という驚異的な上映日数を記録し、最終的には24億円という数字を叩きだしました。これは2015年時点での深夜アニメの映画化作品としては、2013年公開の『魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語』の20億円を抜いてトップの数字でした。
第47回星雲賞映画演劇部門・メディア部門賞



花とアリス殺人事件(岩井俊二監督)
石ノ森学園に転校してきた中学3年生の有栖川徹子、通称アリスはクラスで冷たく扱われる。しかも、イジメの対象とされているわけでもなさそうで、それどころか、クラスメイトの表情には恐れの色さえ浮かんでいた。その後、それがどうも
「ユダが4人のユダに殺された」という”石ノ森学園殺人事件”に関係しているらしいことをアリスは耳にする。そして、花屋敷と呼ばれている隣家に住む同級生のハナならユダについて詳しいはずだという話を聞き、アリスはその花屋敷に潜入を試みるが........。

2人の女子高生、花とアリスの友情と恋模様を描いて高い評価を得た2004年の実写映画、『花とアリス』のアニメ版前日譚です。アニメといってもいわゆるアニメ絵ではなく、現実の役者をトレースして描かれているため、実写映画のファンだった人でも違和感なく観れる作りになっています。本作のように、役者が歳を取って実写の続編を撮るのが難しいというケースでは有効な手法といえるのではないでしょうか。同時に、アニメにすることで実写の雑然とした雰囲気が抑えられ、より純化されたドラマが味わえるのは思わぬ効果です。岩井俊二作品ならではの思春期の淡い世界観といったものも見事に再現されています。ただ、元ネタを知らず、最初からアニメを楽しむために鑑賞した人はアニメならではのダイナミックな動きに欠ける点を物足りなく感じるかもしれません。あくまでも実写映画ファンのためのアニメだといえそうです。
花とアリス殺人事件 [Blu-ray]
蒼井優
ポニーキャニオン
2015-08-12



2016年
(平成28年)

君の名は。(新海誠監督)
東京で暮らす高校生の立花瀧は目を覚ますと見知らぬ少女になっていた。しかも、ここは岐阜県であるという。一方、岐阜県に住む女子高生・宮永三葉は気が付くと東京で少年の姿になっていた。なんと、彼らの心と体が入れ替わってしまったのだ。ただ、次の日には元に戻っていたため、2人はそれを夢だと考える。しかし、その後も頻繁に入れ替わりが起きるようになり、ようやく現実の出来事だと認識した2人はとまどいながらも次第にその現象を楽しみ始める。ところが、突然入れ替わりが起こらなくなり、三葉のことが心配になった瀧は記憶を頼りに彼女に会いにいくが......。
◆◆◆◆
新海誠は2002年に短篇アニメ『ほしのこえ』を発表したことで一躍アニメ界での注目を集めるようになります。この作品で新海誠は監督・脚本・演出・作画などをすべて一人で務め、ほぼ独力で1本の商業アニメを作り上げたのです。これはとんでもない快挙でした。その後も、『雲の向こう、約束の場所』『秒速5センチメートル』など、少年少女の繊細な心情を描いた作品をコンスタントに発表していきますが、ナイーブ過ぎる作風はともすれば独りよがりと評されがちでした。どちらかというと好き嫌いの激しく分かれやすい内容であり、そのため、新海誠の名も知る人ぞ知るといった存在にとどまり続けたのです。だからこそ、本作が300館の劇場で大規模上映をするとの発表があったときにはアニメファンから驚きの声があがったものです。今までの実績から考えるとこれは大コケするのではないかといった予想も少なくありませんでした。ところが、映画が公開されると再び多くの人が驚くことになります。劇場は連日の大入りで、興行収入をどんどん積み重ねていき、最終的には日本映画史上歴代2位の250億円という数字を叩きだしたのです。しかも、海外での興行収入は3億5000万ドルを記録し、こちらは日本映画の歴代最高記録です。内容的には従来の新海ワールドのテイストを残しながらも、ストーリー展開にダイナミックさが増し、テンポの良さも相まってこれまでの作品よりも随分と見やすくなっています。前半はコミカルな内容で楽しませておき、後半のシリアス展開で一気に観客を引き込んでいくプロットも見事です。背景の美しさは相変わらずで作品全体にノスタルジックな味わいを付加することに成功しています。ただ、設定的には過去の人気映画などの寄せ集めといった感じがするため、映画を見慣れた人にとっては物足りないかもしれません。また、ストーリーにも少々無理があり、冷静になって考えてみると矛盾点が目立つのも気になるところです。ともあれ、引退した宮崎駿に代わって大ヒット作品が誕生したのは日本映画界にとってうれしいニュースであることには違いありません。これから発表される作品にも大いに注目したいところです。
第20回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞



映画 聲の形(山田尚子監督)
小学6年生のガキ大将・石田将也のクラスに聴覚障害を持つ女の子・西宮硝子が転校してくる。将也は彼女に対して無邪気な好奇心を持ち、それはいつしかイジメという形に発展してしまう。何度も硝子の補聴器が紛失・破壊される事件が起き、将也の母が高額の賠償金を支払う事態にまでなってしまうのだった。そして、その一件以来、将也は逆に、クラスメイトからイジメを受ける立場になり、硝子も転向してしまう。それから、5年の月日が過ぎ、高校生となった将也と硝子は思わぬ再会を果たすことになるのだが........。
◆◆◆◆
原作は週刊少年マガジンに連載されたコミックであり、イジメの問題を元いじめっ子の視点から描いた作品として話題になりました。はっきりいって原作は読んでいてかなりつらくなる部分があります。映画版はその辺りを上手く処理し、テーマ性をキープしながらもエンタメ作品として鑑賞することができるマイルドな口当たりに編集しているのが見事です。また、原作ではよくわからなかった、ヒロインがなぜ自分をいじめていた主人公を好きになったのかという点も映画ではうまく描かれ、納得度の高い物語になっています。全7巻の原作を2時間の映画にまとめたため、少々詰め込み過ぎの感はありますが、その辺りはいたしかたのないところです。手話のシーンなど、キャラクターの感情を伝える細やかな動きの素晴らしさもさすがは京都アニメーションです。ただ、それでも、いじめの被害者と加害者のラブストーリーを万人が納得する形で描くのは難しく、人によっては理解できないと感じる部分はでてくるでしょう。ある意味、見る人の資質が問われる問題作です。
映画『聲の形』Blu-ray 通常版
入野自由
ポニーキャニオン
2017-05-17


この世界の片隅に(
片淵須直監督)
18歳になったすずが広島市の実家から離れ、軍港のある呉に北條周作の嫁として嫁いだのは1944年2月のことだった。戦時下で物資は乏しかったが、すずは持ち前の明るさで困窮する日々を乗り切っていく。しかし、1945年の春には呉が大空襲に襲われ、彼女は大切なものを失う。そして、広島市への原爆投下を経て終戦を迎えるが......。
◆◆◆◆
声高に反戦を叫ぶのではなく、戦時の日常を淡々と描いていくことによって自然と平和の尊さを理解させるつくりになっているのが秀逸です。ほのぼのとした日常とちょっとしたユーモアと悲惨な戦争といった要素が違和感なく一つの物語の中に溶け込み、心に沁みいる作品になっています。決して派手ではなく、どちらかというとかなり地味な映画ですが、通して鑑賞することで、説明しがたい感動がわき上がってきます。優しく生きたいという気分にさせてくれる、極めて優れた戦争映画です。
第21回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞
この世界の片隅に [DVD]
のん
バンダイビジュアル
2017-09-15



2017年

夜明け告げるルーのうた(湯浅政明監督)
中学3年の足元カイは東京出身だが、両親の離婚によって人魚伝説が伝わる寂れた港町・日無町に引越してきた。鬱屈した気持ちを抱え、誰にも悩みを打ち上げることのできないカイの唯一の慰めは自作の音楽を投稿動画にアップすることだけだった。ある日、カイが音楽をやっていることを知ったクラスメイトの遊歩と国夫から自分たちが活動をしているバンド・セイレーンに加入しないかと誘われる。いやいやながらも彼らの練習場である人魚島に行くと、そこに人魚の少女・ルーが現れたのだった。楽しそうに歌い、無邪気に踊るルーとの交流を通し、カイは次第に自分の気持ちを口に出せるようになっていく。しかし、日無町では人魚は災いをなすものだとされており......。
◆◆◆◆
本作は脚本的にはそれほど完成度の高いものではありません。少年と人魚とのボーイミーツガールを描いた王道的ストーリーなのですが、とにかくリアルに寄せたいのかファンタジーに寄せたいのかがはっきりせず、リアリティラインが安定しないので感情移入がしずらいという欠点があります。また、雰囲気が宮崎駿監督の『崖の上のポニョ』と似すぎているというのも否定しがたいところです。しかし、それらの問題点を内包する反面、ぶっ飛んだ演出は素晴らしく、想像力を刺激してやまないビジュアルセンスはさすが
湯浅政明といった仕上がりです。その自由闊達な表現はアニメーションの魅力を観客に対してダイレクトにつきつけてきます。それに、音楽とのシンクロも申し分なく、そうしたアニメとしての素晴らしさはストーリー上の欠点を補って余りあるものがあります。一見の価値ありです。
第21回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞



2018年(平成30年)

未来のミライ(細田守監督)
お母さんが病院から退院し、4歳になるくんちゃんは妹の未来ちゃんと対面する。初めて見る妹の存在にくんちゃんは興味津々だったが、育児に追われる両親が自分のことをかまってくれないので次第に妹の存在がうとましくなってしまう。そして、ついつい妹に意地悪をしてしまい、お母さんから怒られるのだった。自分の居場所がないように感じて庭に逃げ出すくんちゃんだったが、その時、「お兄ちゃん」と声をかけられる。そこにはくんちゃんよりも遥かに年上の女の子が立っていて........。
◆◆◆◆
宮崎駿監督以降のアニメ映画界をしょって立つ人材として大きな期待を寄せられていた細田守監督ですが、作品の評価はその名が注目されて以降、一作ごとに下がっていきます。『時をかける少女』は絶賛、『サマーウォーズ』は好評、『おおかみこどもの雨と雪』は賛否両論、『バケモノの子』はやや不評といった具合です。そして、本作においてその評価は酷評というレベルにまで落ちてしまったのです。同時に、上昇し続けていた国内興行収入も前作の58億円から28億円へと大幅に下落することになります。ちなみに、本作の主な批判ポイントとしては、ただ妄想を羅列したような山も谷もない物語展開に対する不満と主役のくんちゃんがワガママすぎて好感が持てないという2点が挙げられます。ところが、国内で酷評に近い評価を受けた本作品が海外では思わぬ好評価で迎えられます。まず、ジブリ作品以外では初めてアカデミー賞長編アニメ部門にノミネートされ、同時に、日本のアニメとして初めてゴールデングローブ賞アニメ作品部門にノミネートされたのです。極めつけはアニー賞の受賞であり、これは日本人の監督として初めての快挙となります。一体どこが評価されたかというと、日本では批判の的となっていたくんちゃんのわがまましほうだいの行動です。つまり、子どもの本質をアニメとしてうまく再現できており、リアリティに満ちているというのです。日本のアニメでは物語を滞りなく進行させなければならない関係上、子どもの精神年齢はどうしても現実よりも高くなってしまいます。そうした作品を見慣れている日本人にとってはこれは意外な評価ポイントといえるでしょう。また、その美しくて滑らかなアニメーションも好評価の一端を担っているようです。本作を未見の人はこうした国内外の評価の違いを念頭においてから鑑賞するのも面白いかもしれません。なお、子どものリアルさにポイントを当てて鑑賞する場合は女優がくんちゃんの声を当てている日本語版よりも、子役がくんちゃんを演じている英語吹き替えバージョンがおすすめです。
アニー賞長編インディペンデント作品賞
2018年フロリダ映画批評家協会賞アニメーション映画賞




ペンギンハイウエイ(石田祐康監督)
小学4年生のアオヤマ君は研究熱心な男の子でいろんな研究ノートを作っている。そんな彼の住む街にペンギンの群れが出現するという事件が起きる。さっそく”ペンギンハイウェイ研究”というノートを作って謎の追及を始めるアオヤマ君だったが、その答えは意外なところにあった。時折チェスの相手をしてくれる歯科医院のお姉さんがペンギンを出現させてみせたのだ。すべての原因はお姉さん!ただ、なぜペンギンを出現させることができるのかはお姉さん自身も分かっていないようだった。彼女はアオヤマ君に向かって「この謎を解いてごらん」というが......。
◆◆◆◆
原作は森見登美彦の小説で、第31回日本SF大賞を受賞しています。ただ、SFといっても小難しい話ではなく、ご近所を舞台にしたSF(少し不思議)ファンタジーといった感じで、SF音痴の人でも親しみやすい作品に仕上がっています。まず、序盤に可愛いペンギンが大量発生するシーンでワクワクしますし、理知的な雰囲気をまといながらおっぱい好きを公言するアオヤマ君や隙の多い謎めいたお姉さんなど、キャラも魅力的です。それに、町で起きた不思議な現象に対して子どもたちが集まって探求していくシーンも上質なジュブナイルのようで観ていて楽しくなってきます。クラスのいじめっ子とその取り巻きキャラだけがちょっとテンプレ的で物語の勢いを殺している感もありますが、その辺りをどう評価するかは好み次第でしょう。一抹の切なさの残るラストも味わい深く、良質なおねショタファンタジーといえる佳品です。



若おかみは小学生(高坂希太郎監督)
小学6年生の女の子・おっここと関織子は交通事故で両親を亡くし、祖母の峰子が営む旅館に住むことになる。だが、そこには幽霊の少年・うり坊が住みついていた。しかも、おっこ以外には彼の姿が見えないため、2人のやり取りを聞いた周囲の人々は、彼女の発した言葉が若おかみを目指す決意表明だと勘違いしてしまう。こうして、おっこは若おかみの修行をすることになるのだが.....。
◆◆◆◆
児童文学が原作で映画も完全に子ども向けなのですが、脚本がよく練り込まれており、大人が見ても楽しめる作品に仕上がっています。まず、両親が亡くなった哀しみをこらえて明るくふるまっているおっこの姿を見るだけで泣けてきますし、これといって派手な展開はないものの、ゆっくりとクライマックスに向かって収束していくプロットが秀逸です。もともと長い原作を94分にまとめたので少々詰め込み過ぎの感がなきにしもあらずですが、最後にはきっちりと感動させてくれます。思わぬ拾いものというべき傑作です。

映画ドラえもん のび太の月面探査記(八鍬新之介監督)
日本が開発した
月面探査機・ナヨタケはカメラに白い影を捉えると同時に機能を停止した。のび太はその影を月のウサギだと主張し、クラスのみんなからバカにされてしまう。そこで、みんなを見返してやろうとドラえもんの秘密道具を使い、月にウサギ王国を作り始める。その頃、のび太のクラスに不思議な雰囲気をまとった少年・ルカが転校してきた。彼は、のび太がジャイアンやスネ夫をうさぎ王国に招待しようとした際に自分もついていきたいと申し出る。そして、月面探索が始まるのだが、トラブルが起きてのび太が月の地下へと落ちてしまう。そこでのび太がみた光景とは?

本作はこれまでのドラえもん映画とは異なり、脚本を直木賞作家の辻村深月が担当している点に大きな特徴があります。そのため、物語が緻密な伏線や大胆なSF設定などを取り込んだ本格的なものになっているのです。しかも、過度に難解になることなく、子どもたちにも分かりやすい形でまとめあげている点が秀逸です。一方で、ゲストキャラの声に俳優を起用した点やそのキャラデザが過度に今風なのはドラえもん映画としては違和感があります。また、感動的な物語ではあるのですが、子どもたちが楽しめるコミカルなシーンが少なかったのも賛否が分かれるとろでしょう。それでも、藤子・F・不二雄の原作コミックに基づかないオリジナル作品としては歴代屈指の出来であることは間違いなく、ドラえもん映画に新たな可能性を示した一編だといえます。

令和元年のアニメ映画
平成が終わり、令和の時代が訪れてももちろん新しいアニメ映画は公開され続けています。その中でも令和元年最大の話題作といえるのが7月19日公開の『天気の子』です。『君の名は。』で大ブレイクを果たした新海誠監督の新作であり、果たしてどのような物語世界を魅せてくれるのかが非常に気になるところです。他にも、令和元年公開のアニメ映画としては、湯浅政明監督の『君と波に乗れたら(6月21日公開)』、細田守監督や新海誠監督に続く第3のポストジブリとして注目される長井龍雪監督の『空の青さを知る人よ(10月11日公開)』、名作『この世界の片隅に』に30分の追加シーンを加えて再編集した『この世界の(さらにいくつもの)片隅に(12月20日公開)』などが控えています。日本が世界に誇るアニメ文化が令和の時代にどのように発展していくのかが注目されます。

Previous⇒【もののけ姫】おすすめ!平成のアニメ映画・前篇【攻殻機動隊】


★★★
以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。

Chapter.3  
マインド・ゲーム(dアニメストア)
時をかける少女
関戸優希
2018-04-25

河童のクゥと夏休み
冨澤風斗
2013-11-26
サマーウォーズ
横川貴大
2018-04-25



花とアリス殺人事件
キムラ 緑子
2015-08-12

君の名は。
市原悦子
2017-07-26
映画「聲の形」
松岡茉優
2020-11-11

未来のミライ
役所広司
2018-12-28
若おかみは小学生!
てらそままさき
2019-03-15








最新更新日2019/02/26☆☆☆

鮎川哲也は日本の本格ミステリ史において最も偉大な作家の一人です。作品数自体はそれほど多くありませんが、社会派ミステリー全盛の時代だった50年代後半から60年代にかけて本格ミステリのみをひたすら書き続けた事実は驚嘆に値します。しかも、その作品の質が恐ろしく高かったのです。鮎川哲也の作品をあまり知らないという人のために、すべての長編作品を取り上げ、一つ一つ解説をしていきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします

ペトロフ事件(1950年)
大金持ちのロシア人、イワン・ペトロフは日本の植民地である満州に亡命し、海水浴で有名な夏家河子の鉄道駅近くに住んでいた。彼は生涯独身を貫いており、子どもはいなかったものの、3人の甥がいる。遺産は彼らに相続させるつもりだったが、結婚問題でイワンと甥たちは対立し、場合によっては3人とも相続人から外されかねない状況だった。そんなある日、甥の一人がイワンに呼び出され、
夏家河子の邸宅に出向く。しかし、そこで見たものは銃で撃たれて死んでいるイワンの姿だった。ロシア語が話せるということで鬼貫が捜査を任され、事情聴取をしたところ、甥の3人はみな金に困っており、動機は十分だということが判明する。ところが、3人ともアリバイが成立したのだ。鬼貫はその内の一人のアリバイを崩して身柄を拘束するが.....。
◆◆◆◆◆◆
本作は鮎川哲也の長編デビュー作ですが、世に出るまではかなり紆余曲折な経緯がありました。まず、作品を最初に書き上げたのが戦時中に満州にいた頃の話です。ところが、満州から引き揚げる際に原稿を紛失してしまいます。戦後になって記憶を頼りに新たに書き直し、雑誌・宝石の懸賞に応募したのが1949年です。そこで、見事に第一席を獲得し、翌年には雑誌掲載もされます。ところが、宝石の発行元である岩谷書店が経営不振で賞金の100万円が払えず、両者の関係がこじれてしまいます。困窮状態にあった鮎川哲也がしつこく賞金の支払いを迫ったため、相手の怒りを買い、本作の出版が見送られてしまったのです。結局、鮎川哲也の名が世間に広く知られるようになるには、1956年に『黒いトランク』が発表されるのを待たなければなりませんでした。さて、肝心の『ペトロフ事件』の内容ですが、これは著者自身も認めているように、F・W・クロッフの影響を強く受けたアリバイ崩しものになっています。時刻表の小さな数字をチェックしながら、アリバイの矛盾点を探していく物語は地味で好き嫌いの分かれるところです。トリック自体も今となっては新味はありません。しかし、精緻で隙のないプロットはさすが鮎川哲也です。その上、単なるアリバイ崩しものとして終わるのではなく、最後にひとひねり加えているのも巧妙です。また、満州が舞台のミステリーというのも珍しく、当時の雰囲気が満喫できるのも本作ならではの魅力だといえます。まだまだ本領発揮とまではいかないものの、鮎川哲也を語る上で欠かせない作品であることは確かです。


黒いトランク(1956年)
1949年12月。汐留駅でトランクに詰められた男の死体が発見される。死後数日経過しており、死体からは異様な臭気が漂っていた。警察はそのトランクが福岡県の札島駅から近松千津夫の名で発送されていることを突き止め、彼の行方を追う。だが、
千津夫は岡山県の海で死体となって発見される。警察は千津夫が男を殺して自殺したものと判断し、事件は解決したかのように思われた。だが、鬼貫警部はかつての想い人である千津夫の妻から夫の無罪を訴えられ、独自の捜査に乗り出す。地道な捜査の末、容疑者が浮かび上がるが、その前には鉄壁のアリバイが立ち塞がっていた......。
◆◆◆◆◆◆
戦後国内本格ミステリを代表する傑作であり、この作品を発表したことで鮎川哲也の名は一躍有名になります。クロッフの『樽』からインスパイアを受けた作品であり、一見、樽をトランクに置き換えただけのようにも見えます。しかし、その緻密さは本家の数段上をいっており、しかも、トランクの移動がすべてアリバイ工作のためだけに行われているというアイディアが秀逸です。その核となっているのは案外単純なトリックではあるのですが、ミスディレクションを施すことによって見事に難攻不落のアリバイを構築することに成功しています。その緻密さは数ある本格ミステリの中でも屈指の完成度だといえるでしょう。また、作風自体は地味ながらも、鬼貫がトランクの謎を追って各地を飛び回ることで旅情気分を味わえるのも作品に彩りを与えています。ただ、犯人は最初から目星がついており、ミステリーとしての仕掛けも複雑な糸を徐々にひも解いていくといったタイプであるため、鮮やかなどんでん返しでびっくりしたいという人には向いていないかもしれません。
黒いトランク (創元推理文庫)
鮎川 哲也
東京創元社
2002-01-25


りら荘事件(1958年)
りら荘は、証券会社の社長が所有していた別荘を大学が買取り、学生のレクリエーション施設として解放したものだった。そこに、男性4人女性3人の計7人の学生が訪れる。だが、彼らは全員が仲よしグループというわけではなく、そこはかとなく険悪なムードに包まれている。しかも、その夜に仲間の2人が婚約を発表し、密かに想いを寄せていた他のメンバーがショックを受けるという一幕もあったのだ。その翌日、みんなでトランプをすることになるが、なぜか13枚のスペードが抜き取られていた。さらに、りら荘の近くにある崖から炭焼きの男が転落して死亡する。最初は事故かとも思われたが、死体のすぐそばにはスペードのエースが置かれていた。これが連続殺人事件の始まりだった。
◆◆◆◆◆◆
鬼貫警部を探偵役に据えたアリバイ崩しものが大半を占めている鮎川作品としては珍しく、オーソドックスな館ものに挑戦した作品です。『グリーン家殺人事件』のようにバタバタと人が死んでいく話であり、鬼貫警部が探偵役を務めるにはちょっと不似合いな面があります。そのため、本作には探偵役として天才型探偵の星影竜三を登場させています。ただ、この探偵自身はキャラクターとしてあまり魅力的でなく、しかも、最後に出てきてあっという間に解決してしまうので、ほとんど解説役のようなものです。その上、主要人物である7人も嫌な奴らばかりで誰が死のうがサスペンスを感じることができません。以上のように、読み物としては難のある作品ですが、一方で、犯人当てのパズル小説としては超一級品です。驚愕の大トリックなどはないものの、小さなトリックをそこらかしこに散りばめて真相を覆い隠すテクニックが冴えまくっています。張り巡らせた伏線の回収も巧みですし、何よりもトランプ、ペンナイフ、意味ありげなメモといった小道具の使い方の巧さには見事だという他ありません。真相が判明したあとに再読してみると、どれだけ巧緻なプロットが組み上げられていたかが分かるはずです。ある意味、館ものパズラーの到達点だといえる、名作中の名作です。
りら荘事件 (創元推理文庫)
鮎川 哲也
東京創元社
2006-05-27


憎悪の化石(1959年)
熱海の旅館で男の他殺死体が発見される。被害者の名は湯田真壁といい、大阪の興信所で調査員として働いていたことが判明する。しかも、捜査を続ける内に、自分の掴んだ情報をネタにして複数の人間に恐喝を行っていたことがわかってきたのだ。警察は脅迫されていた相手を調べ上げ、その中から容疑者を12人に絞る。ところが、彼らには全員鉄壁のアリバイが存在していた。捜査は完全に座礁に乗り上げたかのように思えたが......。
◆◆◆◆◆◆
デビュー当時に不遇な作家生活送った鮎川哲也は『黒いトランク』を発表したのちに今までの遅れを取り戻すべく、次々と傑作を発表していきます。本作もその一つです。作者が得意とするアリバイ崩しものですが、最初から犯人を特定するのではなく、複数の容疑者のアリバイを丹念に調べ上げるプロセスはかなり読み応えがあります。そのうえ、容疑者を一人に絞り込み、アリバイを崩したあとにもうひとヒネリを加えるというサービスぶりです。ただ、本作にはメイントリックとサブトリックの2つがあるのですが、サブトリックの独創性の高さにたいして、メイントリックがやや安易で短篇ミステリーを支える程度のものとなっています。これはメインとサブを入れ替えた方が良かったのではないでしょうか。そのバランスの悪さのため、本作は著者の他の代表作と比べるとやや評価を落としている感があります。


白の恐怖(1959年)
軽井沢の別荘には大富豪の遺産を相続するために4人の男女が集まっていた。相続手続きは大富豪の未亡人が行う予定であったが、外は吹雪で一歩も外に出ることができない。しかも、外部とは連絡すら取れない陸の孤島と化していた。そこで惨劇が発生する。一人、また一人と姿なき殺人者によって相続人たちが血祭りにあげられていく。一体、犯人は誰なのか?
◆◆◆◆◆◆
星影竜三シリーズの第2弾は典型的なクローズドサークルものです。前作の『りら荘事件』は素晴らしいパズラー小説である反面、なぜ関係者は連続殺人犯の徘徊しているりら荘から逃げなかったのかという問題点がありました。それに対して、本作では舞台を完全なクローズドサークルにすることでその問題は改善されています。しかし、一方で、ミステリーとしてはいかにも薄味です。6人の登場人物が次々と死んでいくので犯人は簡単に見当がついてしまいます。かといって、『りら荘事件』のような緻密なプロットの妙といったものも皆無です。その上、探偵役の星影竜三も最後に登場して事件を解決するものの、ろくにしゃべろうともしません。ほとんどの説明を警視庁の警部に丸投げしているといった有様です。担当の編集者が「うちの会社が弱小だから手を抜かれた」と言ったというエピソードが残されていますが、この時期に発表された他の鮎川作品が傑作揃いだっただけに、そう思う気持ちはよく理解できます。実際、短い作品でテンポよく物語が進むため、古き良き時代の探偵小説の味わいはそれなりに楽しめるものの、それ以上にほめるべき点が見当たらない代物なのです。鮎川哲也自身も本作の出来栄えには納得がいってなかったようで、最初の単行本が絶版になったあとは再販や文庫化の許可を出さず、バージョンアップ版の執筆に取り組んでいました。『白樺荘事件』と改題し、探偵役も星影竜三から第三の探偵である三番館のバーテンに変更するといった具合に、ほとんど一から書き直すといった気合いの入れようです。しかし、それが完成するより先に鮎川哲也は亡くなってしまいます。結局、残されたのは第一の殺人が起こったところまでの原稿であり、一体、犯人は本作と同じなのか、それとも新しい犯人を用意していたのかといった部分は謎のままです。ちなみに、『白の恐怖』は長い間絶版になっていましたが、作者の死後、光文社や論創社から復刊されています。特に論創社の『鮎川哲也探偵小説選』は少々値は張りますが、本作と一緒に問題の『白樺荘事件』の執筆部分も収録されているのでおすすめです。
白の恐怖 (光文社文庫)
鮎川 哲也
光文社
2018-08-08


黒い白鳥(1959年)
線路沿いで男の銃殺死体が発見される。被害者は紡績会社のワンマン社長であり、経営者サイドと対立をしていた労働組合の委員長や副委員長に疑いの目が向けられるが、彼らにはいずれも鉄壁のアリバイがあった。次に、金銭でつながる新興宗教がらみの容疑者が浮上するものの、何者かに殺害されてしまう。捜査が難航する中、鬼貫警部は捜査記録を丹念に読み返し、ある手掛かりに着目、京都・大阪・九州と執念の捜査を続けていくが......。
◆◆◆◆◆◆
名作と名高い『黒いトランク』と双璧を成すアリバイ崩しものですが、『黒いトランク』が少々複雑でマニア向けの作品だったのに対し、本作はミステリーとしての仕掛けが単純明快で分かりやすいという特徴があります。時刻表を利用したアリバイトリックとしては白眉といえる作品であり、地道に足を使って真相に迫っていく面白さをたっぷりと堪能することができます。物語の構成としては前半で複数の容疑者を登場させることでフーダニットの興味を抱かせて後半で容疑者を一人に絞ってアリバイを崩していくという展開なのですが、前半の労働争議や新興宗教の話は少々冗長で退屈だと思うかもしれません。その代わり、鬼貫警部が登場してからの畳みかける展開は見事ですし、メイントリックの他にサブトリックを巧みに組み合わせて謎を容易に解かせないところが秀逸です。アリバイトリックだけを取り出してみると大したことはないと思うかもしれませんが、その扱いのうまさが本作を傑作たらしめているのです。


人それを情死と呼ぶ(1961年)
箱根山中で男女の白骨死体が発見される。その内、男性の名は河辺遼吉と判明。とある建設会社の販売部長であり、建設省の収賄事件の鍵を握る人物だった。2人は共に毒をあおって死んでおり、状況から心中事件だと考えられた。だが、
遼吉の妻はその結論に納得ができない。夫との仲は良好で浮気しているような様子はなく、心中の相手とされる女にも全く覚えがなかったからだ。彼女は遼吉の妹と共に真相を探るため、独自に事件を調べ始めるが.....。
◆◆◆◆◆◆
本作は鮎川作品の中では少々異色であり、鬼貫警部シリーズでありながら鬼貫がほとんど出てきません。一応登場してアリバイを崩したりもするものの、この作品の主眼は他にあります。一見、心中としか思えない事件の真の構図が徐々に浮かび上がってくるところに本作の妙味があるのです。アリバイ崩しでもフーダニットでもなく、”何が起こったのか?”という謎の面白さを追求した作品だといえます。その異色性のために、かつては他の傑作群に隠れがちでしたが、現在ではプロットの巧妙さが評価され、著者の代表作の一つに数えられています。また、本作は松本清張の『点と線』を意識した作品だともいわれているだけに、両者を読み比べてみるのも一興でしょう。
翳ある墓標(1962年
週刊誌に取材記事を売り込むことを生業としているトップ屋集団”メトロ取材グループ”の杉田兼助は同僚の高森映子と共に銀座のキャバレーを取材する。しかし、取材に協力してくれた映子の友人であるホステスが死体となって発見された。自殺という警察の判断に納得のいかない映子は独自に調査を行うが、彼女も何者かに殺害される。映子の残したダイイングメッセージを手がかりにして、
兼助は事件の真相を追うが.....。
◆◆◆◆◆◆
鮎川哲也としては珍しいノンシリーズ作品であり、極めてマイナーな存在です。相当なミステリー好きでも聞いたことがないという人は多いのではないでしょうか。ミステリーとしても地味で社会派推理を意識した物語には古臭さを感じますが、ダイイングメッセージやアリバイ崩しを基軸としてロジカルな展開を楽しめるのはさすがです。傑作とまではいかないものの、隠れた佳作とはいえる作品です。
翳ある墓標 (光文社文庫)
鮎川 哲也
光文社
2015-02-10


砂の城(1963年)
鳥取砂丘から突き出ている足。最初はマネキン人形かと思われたが、それは女性の絞殺死体だった。捜査の結果、過去に被害者の女性と交際していた画家が容疑者として浮かび上がる。だが、彼には鉄壁のアリバイがあった。容疑者が犯行時刻に現場にたどり着くには急行出雲に乗るしかないのだが、出雲が走っている時間に容疑者は他の列車に乗っており、出雲に乗り換えることは不可能である事実が確認されたのだ。難攻不落のアリバイに捜査は行き詰まり、捜査班は
鬼貫警部の手を借りることになるが......。
◆◆◆◆◆◆
時刻表を利用したアリバイトリックがあり、後半に登場する鬼貫警部がそのアリバイを崩していくというシリーズの黄金パターンを忠実になぞった作品です。それだけに新鮮味はありませんが、考え抜かれた緻密なプロットはやはり一級品です。絡まった糸を一つ一つ解きほぐしながら真実に近づいていくプロセスは著者の作品ならではの面白さに満ちてます。旅の情緒性も巧みに取り入れられており、時刻表ミステリーの教科書とでもいうべき傑作に仕上がっています。


偽りの墳墓(1963年)
浜名湖の温泉街で首吊り死体が発見される。死んでいたのは土産物屋の女将、山野いくだった。夫である山野捨松の話によると、愛人の家から朝帰りをしたところで死体を発見したのだという。司法解剖の結果、自殺に偽装した殺人であることが明らかになる。当然、夫の捨松が疑われるが、彼と彼の愛人にはアリバイがあった。犯行時刻には愛人宅の近所で家人と一緒にテレビを見ていたのだ。結局、他にこれといった容疑者も浮かび上がらず、捜査は暗礁に乗り上げる。しかし、しばらくして、今度は寺の竈から女の死体が発見された。果たして、2つの事件の繋がりとは?
◆◆◆◆◆◆
謎が次々と出てきて2転3転する展開が面白く、非常に読み応えのある作品です。得意のアリバイ崩しものではあるのですが、それだけでは終わらず、ヒネリのあるロジックをいくつも用意しているところが秀逸です。本作も本格ミステリとしてかなりレベルの高い作品だといえるでしょう。ただ、この作品はもともと短篇だった小説を長編にリライトしたものです。鮎川作品はこういったパターンが多いのですが(有名なところでは
中編ミステリーの『呪縛再現』をベースに『りら荘事』を書き上げたりとか)、その中でも本作は水増し感が半端ありません。わずか原稿用紙70枚の短編を450枚の長編に膨れ上がらせているのです。もちろん、その分、色々なアイディアを付け足してはいるものの、その結果、どうしてもつぎはぎ感の目立つ作品になっています。特に、アリバイの種明かしの大部分を犯人の自白によって語らせるのは少々肩透かしではあります。とはいえ、魅力的な要素が多々ある作品であることは確かなので、本格ミステリー好きであれば読んで損をするということはないでしょう。
偽りの墳墓 (光文社文庫)
鮎川 哲也
光文社
2002-12-10


死者を笞打て(1965年)
ミステリー作家の鮎川哲也はある日、評論家から自作の『
死者を笞打て』が石本峯子という女流作家が十数年前に発表した作品の盗作だと指摘される。全く身に覚えのないことだが、そのせいで世間から非難を浴び、仕事が途絶えてしまう。身の潔白を証明するために鮎川哲也は石本峯子を探し出そうとするが.......。
◆◆◆◆◆◆
作者自身が主人公を務めるという、鮎川作品の中でも最大の異色作です。また、星新一、佐野洋、仁木悦子、笹沢左保etcといった当時の人気作家をモデルとした人物が大挙して登場するのも本好きの人にとっては楽しい趣向だといえます。ただ、ミステリーとしては特にこれといった工夫もなく、極めて凡庸です。そのため、元ネタになった作家のことを知らなければ何が面白いのか分からない作品になっています。あくまでも、当時のミステリー界のゴシップネタなどを楽しむ、ファン向けの作品です。
死者を笞打て (光文社文庫)
鮎川 哲也
光文社
2019-09-11


死のある風景(1965年)
石山家の長女である真佐子が突如失踪する。家族は警察に失踪届を出すものの、その行方はようとして知れなかった。2週間後、阿蘇山で投身自殺だと思われる若い女性の死体が発見されたとの連絡が入る。妹の美知子が阿蘇に向かうと、果たしてその死体は姉のものだった。それから半年が過ぎたころ、金沢の郊外で春日千鶴子という若い女性の銃殺死体が発見された。容疑者として2人の人間が捜査線上に浮上するが、2人ともアリバイが成立する。さらに2カ月後、今度は西多摩にある貯水池に男の死体が浮かび上がる。しかも、死んだ男はトップ屋であり、デスクの上には石山真佐子の自殺に関する記事の切り抜きが残されていたのだ。果たして一連の事件の関連性は?
◆◆◆◆◆◆
本作は鬼貫警部シリーズの一作ですが、
鬼貫が登場するのは一章のみです。しかも、真相の解説は他の登場人物の手によって行われるため、シリーズのファンにとっては物足りないと感じるかもしれません。しかし、一方で、序盤で提示される魅力的な謎、立ちふさがる強固なアリバイ、複数のトリックが絡み合って効果を高める巧妙なミスディレクション、意外な手がかりからひも解かれる鮮やかな推理といった具合に、本格ミステリとしての魅力がこれでもかというほどに詰め込まれています。3つの事件がそれぞれどう絡んでくるかといったプロットの妙も加わり、かなりレベルの高い作品に仕上がっています。間違いなく、鮎川哲也の代表作の一つといえる傑作です。宛先不明(1965年)
秋田市内の公園で男の絞殺死体が発見された。被害者は観光旅行に来ていた印刷会社の営業部員・伊吹勝男だと判明する。他の社員の話によると、勝男は朝食の時に何者かに電話で呼び出され、別行動を取っていたという。捜査の結果、勝男と秋田駅で会っていた男を突き止めるが、彼は意外なアリバイを提示し、自分は被害者が殺された時間には東京にいたと主張する。
◆◆◆◆◆◆
本作は出版社のアンソロジー企画”産業推理小説シリーズ”の第一弾です。いかにも社会派推理小説全盛の時代らしい企画であり、鮎川作品としては珍しく社内の派閥争いや機密情報の漏えい問題などがメインストーリーとして取り入れられています。しかし、あくまでも主題となるのはアリバイ崩しです。しかも、いつもの時刻表トリックではなく、郵便を利用したアリバイを用いているのがユニークです。確かに、他の代表作と比べると小粒感があって少々物足りなさがあるのはいなめません。それでも、後半に鬼貫が現れてから行われるアリバイ崩しの緻密さはさすがの面白さです。ただ、電子メールが当たり前になった現代では本作に使用された郵便トリックがピンとこないという人も多いのではないでしょうか。


準急ながら(1966年)
愛知県犬山市で土産物屋を営んでいる鈴木武造は刑部と名乗る男に連れ出され、そのまま戻ってこなかった。そして、翌朝、彼の死体が木根川を越えた岐阜県側で発見される。手掛かりは皆無であり、たちまち捜査は行き詰まるが、武造の妻から驚くべき情報がもたらされる。なんと、
鈴木武造は青森で生存しているというのだ。つまり、死体となって発見された武造は彼になり済まして土産屋を営んでいた偽者だったということになる。改めて捜査を行ったところ、偽者の武造は海里昭子という女性から手紙を受け取っていたことが判明する。だが、その女性もすでに毒殺されたあとだった。やがて、2人は兄と妹の関係だったことが分かり、有力な容疑者も浮上する。警察の調べに対し、その人物は東京駅の構内で撮影したと思われる自分の姿と準急ながらが映った写真を見せ、アリバイを主張するが.......。
◆◆◆◆◆◆
本作も典型的なアリバイ崩しものですが、メイントリックのネタだけ聞くとあまりの単純さに拍子抜けするかもしれません。しかし、本作は真相を見破るまでの過程で仮説を立てては破棄するというトライアンドエラーを繰り返し、一種の多重解決もののような趣向になっています。それが結構楽しかったりするのです。地味でボリュームも少なく、決して飛び抜けた傑作というわけではありませんが、推理小説を読んでいるという満足感はそれなりに得られる佳品です。


積木の塔(1966年)
レコード会社の中年セールスマンが喫茶店で毒殺される。コーヒーに青酸カリが混入されていたのだ。稲村と名乗る女性が一緒だったことが判明し、その女性の行方を追った警察は彼女の本名が長谷鶴子であることを突き止める。だが、鶴子も広島県山陽線の線路沿いで絞殺死体となって発見された。やがて、有力な容疑者が浮かび上がるが、その容疑者にはアリバイがあり.......。
◆◆◆◆◆◆
お決まりの鉄道を利用したアリバイ崩しもので、トリックも一つ一つはそれほど凝ったものではありません。しかし、トリックは単一ではなく、幾重にも仕掛けられており、その上、小道具を巧みに使って単純なトリックを補強していく手管が見事です。また、アリバイ崩しだけではなく、動機を巡る推理もなかなか興味深く、一種のホワイダニットものとして楽しむこともできます。小品ながらもなかなかの佳作です。


鍵孔のない扉(1969年)
桜荘というアパートで放送作家の男性が殺害される。彼の名は雨宮といい、声楽家である鈴木久美子の不倫相手と目されていた男だ。ピアニストである夫の鈴木重之は雨宮を許せず、過去に泥酔して怒鳴りこんだりもしていたという。当然、夫の犯行が疑われたが、彼にはアリバイがあった。捜査が暗礁に乗り上げる中、意外な事実が判明する。実は、久美子の不倫相手は雨宮ではなく、コメディアンの朝吹正彦だったのだ。やがて、朝吹の殺害を予告する脅迫電話がかかってくるが......。
◆◆◆◆◆◆
例の如く犯人は中盤で判明し、そこからアリバイ崩しが始まるわけですが、本作の場合は犯人の仕掛けたトリックの巧緻さが目を引きます。特に、アリバイと密室を同時に用意し、それぞれを絡み合わせることで謎を深めていく手管が見事です。一方、そのトリックをシデ虫や2種類の靴などの意外な手掛かりを元に徐々に解き明かしていくプロセスにも巧さを感じます。実に完成度が高く、推理小説の醍醐味を味わえる、中期を代表する傑作です。ただ、密室トリック自体は大したことはないので、そこに期待すると肩透かしを食らうかもしれません。


風の証言(1971年)
井の頭公園に隣接する植物園で男女が殺害される。男は音響技師で女はバレエダンサーだった。検死解剖の結果、男は砂を詰めたストッキングで撲殺され、女は撲殺された後に首を絞められていたことが判明する。一連の状況から、犯人はまず、男を殺害し、通りすがりの女が犯行を目撃したために口封じで殺したのだと推測された。やがて、有力な容疑者が浮かび上がるが、その男はアリバイを主張する。
◆◆◆◆◆◆
本作では2つのアリバイトリックが登場しますが、メインとなるのは後半に登場する写真のアリバイです。写真を利用したアリバイトリックというものは、どうしてもこじんまりとしたものになりがちで、時刻表ミステリーのように旅情気分も味わえないという難点があります。実際、本作も地味、小品というイメージはぬぐえません。しかし、それでも、一枚の写真を巡ってあれやこれやと推理を巡らすプロセスは楽しく、推理小説の醍醐味をそれなりに味わうことができます。それに、最後の最後でタイトルの意味が判明する構成も気が効いています。過度の期待さえしなければ十分に及第点以上といえる作品です。
風の証言 (創元推理文庫)
鮎川 哲也
東京創元社
2003-03-22


戌神は何を見たか(1976年)
東京都稲城市のクヌギ林で男の刺殺死体が発見される。被害者は関西在住のカメラマンだったが、妻の話によると仕事と称して月に2回は上京していたという。手掛かりは被害者の口に残っていた瓦煎餅のかけらと人の顔が彫られた金のレリーフ。捜査の結果、瓦煎餅は三重県の名張市で売られているものであり、奈良県の県境にある神社から犯行の痕跡も発見される。ここにきて、三重県の神社で殺したのちに死体を東京まで運んだ可能性が濃厚となり、犯行の日にその神社に訪れていた坂下というカメラマンが逮捕されるが.....。
◆◆◆◆◆◆
捜査のために日本列島を縦断するさまが描かれ、旅情豊かなミステリーを楽しめるという鮎川作品の特徴がより色濃く出た作品です。各地の名所が紹介され、ゆったりとした気分で読書に浸ることができます。ただ、純粋にミステリーを楽しみたいという人にとってはいささか冗長に感じるかもしれません。その辺りは意見の分かれるところです。一方、ミステリーの中身としては精緻なアリバイ工作が光ります。小道具を巧みに使い、うまい具合に捜査陣と読者を錯誤の罠にはめています。しかも、アリバイだけでなく殺人動機の錯誤によって捜査を混乱させる手管が見事です。全体にテンポの悪さは目立ちますが、作中にミステリー論めいたものも織り込み、なかなか読み応えのある作品に仕上がっています。


朱の絶筆(1979年)
あらゆるジャンルをこなす売れっ子作家の篠崎豪輔は出版社にとってはありがたい存在だったが、不遜な態度が目立ち、同業者からは忌み嫌われていた。その豪輔が軽井沢にある山荘の空き部屋を作家やジャーナリストに提供し始め、しかも、ごちそうが無料でふるまわれるようになる。そのサービスは編集者や写真家、イラストレーターたちには好評だったが、彼を嫌っている同業の作家たちは別荘に寄りつこうともしなかった。そんな夏のある日、豪輔が山荘で殺される。しかも、その日山荘に滞在していた客たちは全員豪輔に恨みを持っていたのだ。死体が発見された書斎の机の上には加筆訂正中の原稿が残されていた。警察はその作業の進行具合から犯行時刻を推測するが......。
◆◆◆◆◆◆
実に20年ぶりの星影竜三シリーズです。これに関しては、鬼貫警部のアリバイ崩しものが当時の若者の支持を得られていないことを気にかけ、名探偵が登場するクラシカルな探偵小説に改めて挑戦したというエピソードが残されています。さて、そんな本作ですが4つの殺人に4つのトリックが用意されているという豪華な作りになっています。しかも、読者への挑戦付きです。古典的な探偵小説が好きな人にとってはたまらない趣向だといえるでしょう。とはいえ、トリックの中には安易なものも含まれており、犯人も見当がつきやすいという欠点はあります。しかし、メイントリックはよく考えられていますし、伏線の妙や小道具の使い方のうまさはさすがで、名作『りら荘事件』を彷彿とさせるものがあります。70年代以降の後期作品の中では間違いなく頭一つ抜きん出た存在だといえるでしょう。ただ、相変わらず探偵役である星影竜三の出番が極端に少ない点は賛否の分かれるところです。


沈黙の函(1979年)
原宿で中古レコード店を営んでいる落水周吉は青森に買い付けに行った折、函館の製菓会社の副社長が大量のSPレコードを売りたがっているという話を持ち込まれる。そこで、函館に渡って話をまとめ、買取資金と梱包材を準備するために一度東京に戻った。そして、引き取りのために再び函館に向かった周吉だったが、そのまま行方不明になってしまう。函館に現れて、レコードは引き取ったというのだが、その後の足取りがつかめないのだ。やがて、送られてきたレコードが届いたと上野駅から連絡が入り、周吉の共同経営者である茨木とアルバイトが荷物を取りにいく。ところが、開封をしてみると、中から周吉の生首が.......。
◆◆◆◆◆◆
鮎川哲也はレコードマニアであり、実際に相当な数のレコードを所持していました。本作はその趣味を存分に生かした作品であり、物語の随所にレコードに関する蘊蓄が挿入されています。レコードマニアの人ならなかなか楽しめる内容になっているのではないでしょうか。一方、ミステリーとしては珍しくアリバイが絡まず、生首をいかにして荷物に紛れ込ませたのかという、一種の不可能犯罪ものになっています。しかし、この謎が今一つパットしません。トリック自体が極めて単純なものであり、その使い方もトリックのためのトリックといった感がいなめないのです。鮎川作品ならではの謎に対する重層的なアプローチといったものにも欠けています。ミステリーとして特に見るべき点はなく、鮎川作品の中では下位の部類に属する凡作です。


王を探せ(1981年)
亀取二郎は評論家の木牟田盛隆に弱みを握られ、恐喝されていた。最初は素直に金を払っていたものの、やがて殺意が芽生え始め、アリバイ工作をしたうえで
盛隆を殺してしまう。捜査を始めた警察は盛隆が残したメモから亀取二郎が犯人である可能性が極めて高いと判断する。ところが、東京には40人もの亀取二郎が存在していたのだ。警察は明らかに犯人ではないものを除外し、容疑者を4人に絞り込むが、彼らはいずれも鉄壁のアリバイが存在していた。果たして犯人は?
◆◆◆◆◆◆
犯人の名前が分かっているのに真犯人が分からないという、ユニークな趣向の作品です。しかも、途中で5人目の
亀取二郎が登場するなど、プロットにも工夫が見られます。全盛期の作品と比べると、いろいろと雑な部分が目立つのは残念ですが、その代わりに、軽妙な語り口を楽しむことができます。気軽に鮎川作品に触れたいという人にとっては最適なサンプルだといえるのではないでしょうか。


死びとの座(1983年)
東京中野区にある中野セントラルパーク。そこのベンチの一つは街灯の明かりの加減で座っている人がまるで死人のように見えるため、”死びとの座”と呼ばれていた。そのベンチで芸能人のミッキー中野が銃殺される。容疑者として浮上したのはミッキー中野の元恋人と妹をミッキー中野に弄ばれたと主張する男の2人だったが、いずれもアリバイが成立する。だが、男のアリバイが偽装工作だという事実が明らかになり.......。
◆◆◆◆◆◆
鮎川哲也が64歳のときに発表した生涯最後の長編ミステリーです。一応、鬼貫警部シリーズではあるのですが、探偵役は主に素人2人が務め、鬼貫はそのサポート役に過ぎません。したがって、鬼貫の活躍を期待すると肩すかしをくらってしまいます。また、鮎川作品としては珍しい週刊誌連載であったためか、場面がコロコロ変わり、物語の全体像が把握しずらいのも難点です。肝心のアリバイトリックもちょっと無理があります。作家の晩年の作品というものは大抵そうなのですが、やはり本作もやや残念な出来になっています。


その後
多くの傑作を残した鮎川哲也は80年代後半には半ば筆を折り、新本格ブームが起こってからは後進の育成に力を入れていきます。1988年に〝鮎川哲也と十三の謎”シリーズを刊行して若手作家に作品発表の場を与え、さらに、1990年になると史上初めての本格ミステリを対象とした公募新人賞・鮎川哲也賞を設立しました。そして、本格ミステリへの多大な貢献が評価され、2001年に第1回本格ミステリ大賞特別賞が贈られることになります。しかし、残念ながら、その翌年には執筆に意欲を見せていた『白樺荘事件』を完成させることなく死去してしまいます。享年83でした。


鮎川哲也全作品



最新更新日2021/05/26☆☆☆

ホラー好きの人にとって幽霊屋敷という言葉はなんとも甘美な響きに聞こえるものです。幽霊屋敷の噂を聞くとぜひとも中に入って探索をしてみたいという人も少なくありません。特に、英国人にその傾向が強く、いわくつきの物件を見つけると敬遠するどころか、むしろ相場より高値で取引する場合もあるほどです。もちろん、小説の世界でも幽霊屋敷をテーマにしたものは数多く存在します。そこで、具体的にどのようなものがあるのかが気になる人のために、代表的なものをいくつか紹介していきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします

1898年

ねじの回転(ヘンリー・ジェイムズ)
貴族の子どもである10歳の兄・マイルズと8歳の妹・フローラは両親を失い、イギリス郊外の古い屋敷で暮らしていた。そこに彼らの叔父から雇われた若い女が家庭教師としてやってくる。だが、彼女は幼い兄妹を悪の道へと引きずり込もうとしている幽霊の姿を目撃するのだった。やがて、幽霊の正体は前任の家庭教師の女性と下男であり、2人とも不可解な死を遂げていることが判明する。彼女はマイルズとフローラをなんとか幽霊から守ろうとするが.....。
◆◆◆◆◆◆
今から100年以上も前に書かれた本作は最初、オーソドックスな幽霊屋敷もののような体裁をとっています。しかし、読み進めていくと主人公である家庭教師がいわゆる”信用できない語り手”であることに気付かされます。本当は幽霊など存在せず、すべては彼女の妄想である可能性が拭いきれない点にこの物語の真の怖さがあるのです。しかも、子どもたちも何を考えているのか分からない不気味さがあり、読者の想像力を刺激していきます。曖昧模糊とした語りのせいでひどく難解に感じますが、その曖昧さを味わう作品であることに気がつけば俄然面白くなってきます。ホラー小説というよりも心理小説の傑作というべき作品です。
ねじの回転 (新潮文庫)
ヘンリー ジェイムズ
新潮社
2017-08-27


1959年

丘の屋敷(シャーリイ・ジャクスン)
イングランドの片田舎にある悪名高き幽霊屋敷。そこでは恐ろしい心霊現象が起きるという。その謎を解明しようと考えたモンタギュー博士は霊感の強い女性2人と屋敷の所有者一族の男性一人を引き連れて調査に乗り出した。ひとりでに開くように傾けて取り付けられている扉に迷宮のような設計の屋敷。初日は怪奇現象を科学的に解明しつつ、4人は互いの交流を深めていく。だが、日が経過するにつれて科学的解釈では説明できない現象が次々と起こっていくのだった。しかも、メンバーの一人であるエリーナの様子が次第におかしくなっていき.....。
◆◆◆◆◆◆
幽霊屋敷ものの古典的名作といわれている作品であり、その魅力は克明に描かれている心理描写にあります。屋敷で起きる怪異もさることながら、それに引きずられるように壊れていく主人公の姿に底冷えのする恐怖を感じてしまうのです。ちなみに、本作では怪異は起きても幽霊は姿をみせず、そもそも、怪異の原因すら謎のままです。むかし少女が無残に殺されたなどといった因縁話も一切登場しません。しかし、だからこそ、そこには説明不能な恐怖に満ちているのです。ただ、現代のホラー小説と比べると怪異自体は非常に地味なので、その点に期待すると物足りなく感じてしまうでしょう。その代わり、読み込めば読み込むほどぞっとする不気味さが物語の中に秘められています。また、本作はホラーであると同時に孤独な女性の悲劇として読むことも可能であり、そのラストは恐怖と哀しみが入り混じったものとして秀逸です。なお、今では『丘の屋敷』というタイトルで知られている本作ですが、以前には『山荘綺談』や『たたり』というタイトルで発売されていたこともあります。
丘の屋敷 (創元推理文庫 F シ 5-1)
シャーリイ・ジャクスン
東京創元社
2008-10-12


1971年

地獄の家(リチャード・マシスン)
アメリカのメイン州には”地獄の家”と呼ばれる屋敷がある。そこではかつて、家主であるベラスコが淫蕩の限りを尽し、最後には招待客27人の死体を残して行方不明になっているのだ。それ以降、その屋敷は怨霊の棲みついた化け物屋敷として恐れられていた。過去に2度の調査が行われたが、参加した8人は正気を失い、自殺に追い込まれたという。その謎を解明すべく超心理学者バレット博士以下4人は30年ぶりに地獄の家に足を踏み入れるのだが......。
◆◆◆◆◆◆
『アイ・アム・レジェンド』『縮みゆく人間』などで知られるリチャード・マシスンが『丘の屋敷』にインスパイアを受けて書き上げたゴシックホラーです。幽霊屋敷に調査隊が乗り込むという展開は『丘の屋敷』と同じですが、本作では心霊現象がより直接的に描かれているのが特徴です。調査隊も素人集団だった『丘の屋敷』とは違ってプロフェッショナルの集まりであり、悪霊との戦いを真正面から描いています。心霊現象の内容もバラエティ豊かで飽きさせません。つまり、本作はどちらかというと地味だった『丘の屋敷』に娯楽性をたっぷり盛り込んだ作品だといえます。下手をすれば大味な展開になるところですが、4人の心理をじっくりと描き、追い詰められていく過程を克明に追うことでそれを防いでいます。さすがに今読むと古臭さは否めませんが、名作といわれるだけの内容を伴っていることは確かです。ちなみに、読者の想像にゆだねるタイプのラストだった『丘の屋敷』に対して本作ではきちんとした結末が用意されています。どちらのラストがよいかは好みによって意見が分かれるところです。
1977年

シャイニング(スティーヴン・キング)
コロラド州のロッキー山脈山頂には自家用機で行き来が可能な豪華ホテルがあった。金持ち専用の宿泊施設だが、冬場は豪雪のために閉鎖されている。小説家志望のジャックはその期間の管理人として雇われ、妻や幼い息子と共に一冬を誰もいないホテルで過ごすことになる。彼は静かな環境でのんびりと管理人をしながら、作品を仕上げるつもりだった。だが、息子のダニーはシャイニングと呼ばれる能力を有しており、ホテルの中に自分たち以外に誰かがいることに気がつく。実はこのホテルはかつて惨劇の舞台になっており、その時に殺された亡霊たちがさ迷っていたのだ。やがて、亡霊にとりつかれたジャックは次第に精神を病んでいくが......。
◆◆◆◆◆◆
『地獄の家』と同じく『丘の屋敷』にインスパイアを受けて書かれた作品です。派手な心霊現象が起きるわけではないのですが、亡霊だらけのホテルの中で3人の家族が精神的に追い詰められていく過程を丹念に描いており、その結果、息苦しいまでに緊張感に満ちた作品に仕上がっています。物理的に襲ってくるのではなく、人間の心の弱さをついてくる悪霊たちにゾっとする恐怖を感じます。また、登場人物が極めて少ない中で一人一人を深く掘り下げ、緊張感を維持していく技巧はスティーブン・キングならではです。ただ、あまりにもディテールに凝り過ぎているため、テンポの良い作品が好きな人にとっては特に上巻はいささかくどく感じてしまうかもしれません。その代わり、下巻に入ると息つく暇もない展開が続き、怒涛のラストへとなだれ込んでいきます。極めて完成度の高いモダンホラーの傑作です。
新装版 シャイニング (上) (文春文庫)
スティーヴン キング
文藝春秋
2008-08-05


1988年

墓地を見おろす家(小池真理子)
哲平と妻の美沙緒、そして一人娘の玉緒の3人はマンションを購入し、そこに移り住む。墓地や火葬場に囲まれているが、それを差し引いても格安の物件だった。ところが、引越してしばらくしてから奇妙な出来事が起こり始める。娘の玉緒は、死んだ文鳥が夢に出てきて早くそのマンションから出たほうがいいと警告しているという。やがて、マンションの住人が次々と引っ越しをし始め.......。
◆◆◆◆◆◆
登場人物の心情などをじっくり掘り下げ、丹念に描写を重ねていった『シャイニング』とは対照的に、本作は分かりやすい心霊現象がテンポよく起きるため、気軽に恐怖を味わうことができます。引っ越してきたマンションに薄気味悪さを感じ、そこから本格的な怪異に発展していく流れもよくできています。文書に癖がなくて読みやすい点も好印象です。実際、本作は国内ホラーの定番作品に位置づけられており、日本の幽霊屋敷ものとしては5指に入るほどの有名作品です。ただ、心霊現象が次第にエスカレートして最後は何でもありになったり、思わせぶりな伏線が途中で放置されたりといった具合に、大味な部分も結構あります。そういった点が気になるかどうかで評価は変わってくるでしょう。
墓地を見おろす家 (角川ホラー文庫)
小池 真理子
角川書店
1993-12-01


1989年

ゴーストハント2 人形の檻(小野不由実)
天涯孤独の身の上である谷山舞依は奨学金とアルバイトで自活をしながら高校に通っていた。彼女はある事件を通して渋谷一也と知り合い、それ以降、彼が所長を務める渋谷サイキックリサーチ(SPR)で事務員兼調査員のアルバイトを行うことになる。今回調査に赴いたのは東京から車で2時間ほどの場所にある古い洋館だった。そこで、ポルターガイスとが起きているというのだ。調査を始める一行だったが、その直後から心霊現象はさらに激しさを増していく。恐ろしげな物音、勝手に移動する家具、炎を上げるコンロ。依頼者の姪である礼美はそれを悪い魔女の仕業だというが.......。
◆◆◆◆◆◆
少女小説でデビューした小野不由実の出世作である悪霊シリーズの第2弾です。元々は『悪霊がホントにいっぱい』のタイトルで発売されていたのですが、2011年にリライト新装版として再出版された際に現タイトルに改題されています。リライトした結果、少女小説特有の軽いノリは薄まり、代わりに、世界観に厚みが増し、ホラー要素もアップしているので旧版と読み比べてみるのも一興でしょう。物語はいわくつきの古い洋館と人形という定番的なテーマで、ホラー小説として特に目新しい要素があるわけではありません。しかし、著者が得意とするおどろおどろしい雰囲気は存分に味わうことができ、幽霊屋敷ものとして極めて高いレベルにあるといえます。ときおり挿入される蘊蓄と怪異に対する理路整然とした推察が興味深く、調査を進めるほどに恐怖の色が濃くなっていくというプロットも見事です。一方で、個性豊かな調査チームが織りなすコメディ要素もかなり多く、恐怖でこわばった読者の心を和ませてくれます。そうした絶妙な緩急はこのシリーズならではの魅力であり、その結果、ホラーは苦手という人にもおすすめしやすい作品となっています。
1991年

黒魔館の惨劇(友成純一)
ロンドンの閑静な住宅街に佇むビクトリア様式の屋敷。だれしもが憧れるセレブな邸宅だが、その屋敷を借りた日本人はみな、悲惨な結末を迎えていく。一体、この屋敷には何がいるというのか?
◆◆◆◆◆◆
強烈なスプラッター描写で知られる著者の連作短編集です。一つの屋敷をテーマにしてさまざまなタイプの惨劇が起きるというのがユニークであり、特に第1話のイメージが鮮烈です。また、話が進むごとに屋敷に隠された謎が解き明かされていくという構成が取られているために、ミステリー的な楽しみ方もできます。なお、グロ描写は友成作品にしては控えめですが、それでも耐性のない人は注意をした方がよいでしょう。
黒魔館の惨劇 (光文社文庫)
友成 純一
光文社
2006-04-12


ゴーストハント5 鮮血の迷宮(小野不由実)
元首相が所有しているその屋敷は昔から増改築が繰り返され、今では巨大な迷宮のようになってしまっている。しかも、長年放置している内に幽霊屋敷と呼ばれるようになり、中に入った人がそのまま行方不明となる事件が続出していた。真相を解明するために20名もの霊能力者が集められたが、彼らも次々と姿を消していく。調査隊に加わっていたSPRの一行は館の中に空洞があるのを見つけ、やがて血に塗られた過去が明らかになっていく......。
◆◆◆◆◆◆
少女小説らしからぬ血生臭くてダークな雰囲気が濃厚な作品です。描写される屋敷の雰囲気がまず不気味ですし、次第に明らかになっていく過去も鳥肌の立つような怖さがあります。そして、なにより、ヒロインである麻衣の見る夢がおぞましさに満ちており、目を背けたくなるほどです。少女小説の軽い語り口でここまで恐怖を表現できるのは見事としかいいようがありません。また、単に恐怖場面を並べるだけでなく、歴史的背景や科学的調査が並行して描かれている点も興味深く、物語に厚みを与えることに成功しています。しかも、こちらも『人形の檻』と同様にリライトされたことでホラー小説としての濃密さが増しています。もし機会があれば、原典である『悪霊になりたくない』と読み比べてみるのもよいでしょう。
1994年

悪夢の棲む家(小野不由実)
父が定年まであと10年というところで亡くなり、急に家を買いたいと言い出した母。娘と一緒に購入可能な家を探し、見つけたのが築20年の一戸建て住宅だった。隣家に接する部分の窓に何故か鏡が入っているのが気になるところだが、値段が手頃なこともあってその家を購入する。ところが、住み始めてみると電話が混線する、家鳴りがひどいなど、奇妙な出来事が続けさまに起き始めるのだった。家そのものに異様さを感じるようになった娘の翠は知人の伝でSPRに調査を依頼するが.....。
◆◆◆◆◆◆
全7巻で完結した悪霊シリーズの番外編です。建物に残る人の念というテーマが20年後に山本周五郎賞を受賞する『残穢』と相通じるものがあり、著者のファンなら興味深く読むことができるでしょう。シリーズ最後の作品ということでオールスター総出演というのもうれしいところです。もちろん、ホラー描写もさすがの巧さで、ゾクゾクする恐怖を存分に味わうことができます。『鮮血の迷宮』ほどの強烈な怖さはありませんが、手堅く楽しめる佳作に仕上がっています。
2000年

たたり(雨宮町子)
SF作家の高橋哲也は旧友が所有する屋敷を借り、妻の佐和子と共に移り住む。それは明治末期にとある華族が建築したという洋館で、2階の寝室だけで7つもあるという立派なものだった。都内のマンションと比べて快適な環境だと思われたが、その予想は大きく裏切られる。建物が古いために軋む音が響き渡り、至る所でカビが発生するなど、決して住み心地はよいものではなかった。その結果、哲也は暴飲暴食に走るようになり、佐和子は睡眠薬を手放せなくなっていた。やがて、哲也の教師時代の教え子だった渉とそのガールフレンドの浩子が遊びにやってくる。だが、渉は2人の変わりざまに驚愕する。屋敷には人ならざるものが棲みついており、それが人間の狂気を徐々に引き出そうとしていた......。
◆◆◆◆◆◆
和製シャイニングと評されることもある作品です。佐和子の視点から語られる日常描写はリアリティに満ちており、それだけに引っ越してきた屋敷の不気味さや日常が徐々に壊れていく描写が非常に印象的なものになっています。何かいるかもしれないが、単なる気のせいかもしれないというバランス感覚が絶妙なため、読んでいる者をなんともいえない不安な気持ちにしていくのです。独特の文体で綴られる静かな展開は派手さこそないものの、じっくりと読ませる力があります。登場人物が次第に狂気に引きずり込まれていく描写もよくできています。ただ、後半になって登場人物が増えてからの展開に強引さが目立ち、ラストも尻つぼみなのが惜しいところです。
たたり (双葉文庫)
雨宮 町子
双葉社
2002-12


2002年

三角屋敷を巡る話(加門七海)
ある女流作家が三角形の形をした奇妙なマンションに移り住む。だが、どうにも様子がおかしい。そもそも三角形のようなとがった構造の建物は風水的にも忌み嫌われている存在だ。一体なぜこのような建築物が建てられたのか?彼女は霊能力者に相談するが、そこで恐るべき事実が判明する.......。
◆◆◆◆◆◆
三角屋敷の話は小説ではなく、実話系怪談です。1997年に発売された『文藝百物語』の中で初めてその名前が登場し、2002年発売の『怪談徒然草』にその詳細が収録されたことによって一気に有名になりました。最恐の怪談という評判は伊達ではなく、凡百の怪談話では足元にも及ばないような凄味を感じさせてくれます。
怪談徒然草 (角川ホラー文庫)
加門 七海
角川書店
2006-03


2010年

私の家では何も起こらない(恩田陸)
女性作家の住んでいる家に心霊マニアの大男が押し掛け、この家は幽霊屋敷だと主張する。面倒くさい男に絡まれ、家主である作家はうんざりとした様子だ。しかし、やがて男の口から衝撃的な言葉が飛び出し......。
◆◆◆◆◆◆
街の外れの丘の上に建つ幽霊屋敷にまつわる話を集めた連作集です。時代背景がはっきりとせず、どこか寓話的な雰囲気が漂っています。具体性に欠け、一見平板な印象を受けますが、読み進めていくと各編のエピソードが有機的にリンクし、物語にぐっと厚みが出てくる点が本作の魅力だといえるでしょう。キッチンで殺し合いをする姉妹や町からさらってきた子どもを瓶詰めにする女のエピソードなど、おぞましい話を絡めながらも、切なさやほのぼのした雰囲気も醸し出すというちょっと不思議な感じの怪異譚です。連鎖型ホラーとしての技巧が光る佳作だといえます。ただ、怖がらせたいのか寓話として読ませたいのかが分からず、中途半端だと感じる人もいるかもしれません。
2014年

拝み屋郷内 花嫁の家(郷内心瞳)
嫁に入った女性は必ず3年以内に死を迎えるという旧家。3年という限られた時間で子を成し、かろうじて次代へと血を繋げていっているのだ。そんな祟りの話を耳にしながらも、愛する人のために嫁入りした一人の女性。だが、その祟りは単なる噂ではなかった。まごうことなき真実であると実感し、日増しに恐怖が募っていく彼女は拝み屋である郷内に相談するが.....。
◆◆◆◆◆◆
実録系小説の中でも最高に怖いと評判の作品です。郷内に寄せられる複数の依頼が並行して語られ、伏線回収をしながら、それらのエピソードがどんどん繋がっていくプロセスにゾッとします。しかも、物語に勢いがあり、怖いのにページをめくる手を止めることができません。謎が謎のままで終わり、はっきりとしない部分もありますが、それも実録系ならではの怖さを演出することに成功しています。ただ、全体的にラノベっぽい雰囲気がする点は好みの分かれるところでしょうか。とはいえ、物語を組み立てる構成の妙は下手なラノベなどは軽く凌駕しており、読者をぐいぐいと怪異の世界に引きずり込んでいく力を有しています。実録系怪談の最高峰と呼ばれているのも納得の傑作です。
拝み屋郷内 花嫁の家 (MF文庫ダ・ヴィンチ)
郷内 心瞳
KADOKAWA / メディアファクトリー
2014-09-25


営繕かるかや怪異譚(小野不由実)
亡くなった叔母の町屋の家を相続し、そこで生活を始めた女性。だが、普段使用していないはずの奥座敷の障子がいつの間にか開いている。何度閉めても気がつくと開いているのだ。また、古色蒼然とした武家屋敷に住む女性は家の屋根裏になにかいると訴える。だが、娘夫婦には何も感じない。あるいは袋小路になっている古家の軒先では鈴の音と共に喪服姿の女性が佇んでいるのが目撃された。それは明らかに見てはいけないものだった。小さな城下町に並ぶ古い家々にはさまざまな怪異が取り憑いている。営繕家の尾旗はいかにしてそれを解決するのか?
◆◆◆◆◆◆
6つの連作短編にはそれぞれ古い家にまつわる怪異が描かれており、いずれもひたひたと迫ってくるような静かな恐怖を描き出している点はさすが小野不由実です。しかも、いかにして怪異を退治するかではなく、家を修繕することで怪異との共存を提案しているところに本作のオリジナリティがあります。リアリティのある恐怖を演出しながらもそれを優しく温かい物語へと転換していく手管が見事です。本作の2年前に発表された『残穢』とはまた違った味わいのあるホラー小説の秀作だといえるでしょう。
営繕かるかや怪異譚 (角川文庫)
小野 不由美
KADOKAWA
2018-06-15


2017年

ししりばの家(澤村伊智)
笹沢果歩は夫の勇大の転勤に伴い神戸から東京に引っ越してきた。夫の希望通りに専業主婦をしているが、彼は仕事が忙しくて夜が遅く、週末もほとんど家にいない。幼馴染の平岩敏明と再会したのはそんなときだった。遊びに来ないかと誘われた果歩は敏明の家を訪問し、楽しい時間を過ごす。しかし、その一方で、彼女は家の中の異様な様子に戸惑っていた。床には砂が撒き散らされ、どこからか女の声が聞こえる。しかも、敏明の妻である梓は何かに脅えているようなのだ。後日、梓から果歩へ連絡が入る。彼女の話によると敏明は浮気をしており、浮気相手の女が自分を呪い殺そうとしているのだという。にわかには信じがたい話に戸惑う果歩だったが.......。
◆◆◆◆◆◆
『ぼぎわんが、来る!』『ずうのめの人形』に続く比嘉姉妹シリーズの第3弾です。前2作と比べると展開はゆっくりで派手さはありませんが、序盤から中盤にかけてのじわじわと恐怖に蝕まれていくプロセスに巧さを感じます。特に、読む者に息苦しさをもたらす砂の描写が秀逸です。ここまで砂を不気味に描いた作品というのも珍しいのではないでしょうか。さらに、著者が得意とするぎくしゃくした夫婦関係が不安なムードを高めていきます。強力な霊能力者を配したシリーズものですが、霊能者が登場すればもう安心というわけでもなく、容赦なく悲劇が訪れる点もホラーとしては好印象です。ただ、怪異の正体については、その発想はユニークではあるものの、人によっては肩すかしを喰らったと感じるかもしれません。


2020年

家が呼ぶ――物件ホラー傑作選(朝宮運河:編)
夫に捨てられて自殺した娘の霊を慰めるため、廃屋と化した彼女の家を訪れた父親が怪異に遭遇する『幽霊屋敷(高橋克彦)』、戦時中に空襲で家を失って大きな屋敷に預けられた少年が奇怪な体験をする『くだんのはは(小松左京)』、都内の一軒家でルームシェアをすることになった女性がまるで何かに憑かれたかのごとく人が変わった同居人に恐怖を覚える『ルームシェアの怪(三津田信三)』など全11編を収録。
◆◆◆◆◆◆
ありそうでなかった、家をテーマにした怪奇アンソロジーです。幅広い世代の作品の中から選りすぐりを選びぬいているだけあって、極めて質の高い作品集に仕上がっています。特に、小松左京の「くだんのはは」は日本を代表するホラー短編小説として知られている名品中の名品です。半世紀前に書かれた古典ながらも和風ゴシックな雰囲気にはゾクゾクさせられます。また、小池壮彦の「住んではいけない」はいろいろな人たちの体験談が語られるだけでヤマもオチも皆無ですが、実話ならではの迫力があります。一方で、三津田信三の「ルームシェアの怪」は実話を装いつつも、巧みな伏線回収で見事な着地を決める王道ホラーの傑作です。さらに、京極夏彦の「鬼棲」は日本ならではの怪談話の語りを堪能できる一編であり、このアンソロジーを締めるのにふさわしい快作だといえます。その他にも、傑作秀作が取りそろえられており、幽霊屋敷ホラーの入門編としてはもってこいの一冊だといえるでしょう。




最新更新日2019/11/13☆☆☆

Next⇒このミステリーがすごい!2021年版 国内ベスト20予想
Previous⇒このミステリーがすごい!2019年版 国内ベスト20予想


このミス2020
対象作品である2018年11月1日~2019年10月31日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、発売時期などを考慮した上で決めており、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします


このミステリーがすごい!国内版最終予想(2019年11月13日)

1位.魔眼の匣の殺人(今村昌弘)→3位(実際の順位)※20位以まで記載
葉村と比留子は斑目機関の謎を追って僻地の村に足を踏み入れるが、橋を燃やされ、他の来訪者と共に村に閉じ込められてしまう。しかも、村の主である老女は「あと2日の内に男女2人ずつが死ぬ」という予言を告げ.......。
前作ほどの衝撃はありませんが、予言という特殊設定をうまく伏線に絡め、一級のフーダニットミステリーに仕上げた手腕はさすがです。
2位.罪の轍(奥田英朗)→4位
1963年。浅草で小学1年生の男児が行方不明になる。その翌日に身代金を要求する電話があり、捜査一課の落合は誘拐事件として捜査を開始した。やがて、子どもたちから「莫迦」と呼ばれていた記憶障害の男が捜査線上に浮かびあがってくるが......。
昭和を強く感じさせる舞台の中で、粘り強く捜査を続ける刑事と悲惨な過去を持つ孤独な犯人との攻防が実にスリリングに描かれています。一気読み必至の犯罪小説の傑作です。
罪の轍(新潮文庫)
奥田英朗
新潮社
2022-11-28


3位.ノースライト(横山秀夫)→2位
一級建築士の青瀬はかつて自分が設計した家を訪れ、そこに誰も住んでいないことを知る。あんなに喜んでいた施主はどこに行ってしまったのか?その謎を追っている内に青瀬自身も設計コンペの贈賄疑惑に巻き込まれていく.....。
家族や人としての矜持にまつわる骨太のドラマが展開され、後半になるほどぐいぐいと引き込まれていきます。ただ、ミステリー色は薄め。
ノースライト(新潮文庫)
横山秀夫
新潮社
2021-11-27


4位.帰去来(大沢在昌)
捜査一課のお荷物刑事・志麻由子は何者かに首を絞められ、気がつくと戦後直後を思わせる異世界に転移していた。そこはアジア連邦日本共和国であり、しかも、その世界で彼女は東京市警暴力犯罪捜査局の課長になっていたのだ。
心理描写は細やかで展開は派手という非常に密度の濃いエンタメ傑作です。異世界SFと警察小説との融合が新鮮な著者の新境地。
帰去来 (朝日文庫)
大沢 在昌
朝日新聞出版
2022-02-07


5位.欺す衆生(月村了衛)→7位
詐欺商法をしていると知りながら豊田商事に入社した隠岐隆は偶然、会長殺害の目撃者となる。それから5年後。過去を隠して小さな会社の営業マンをしていた隠岐は、元同僚の因幡と再会し、半ば脅されるように新たな詐欺事業に協力させられるが......。
豊田商事事件のその後を描いたフィクションですが、実在の人物が多数登場し、詐欺の現代史といった趣があります。テンポが良くてリーダビリティの高いノワール小説です。
欺す衆生(新潮文庫)
月村了衛
新潮社
2022-02-28


6位.蟻の棲み家(望月諒子)→19位
母からの虐待と貧困に耐えて育った末男。一方、中野区では2人の女性が別の場所で銃殺される。いずれも体を売って怠惰な生活を送っていたシングルマザーだ。フリーライターの木部美智子が事件の謎を追う。
抑制の効いた筆致で描かれた貧困問題の闇は圧倒的なリアリティを感じさせてくれます。また、ミステリーとしての仕掛けも見事。
蟻の棲み家(新潮文庫)
望月諒子
新潮社
2021-10-28


7位.medium 霊媒探偵城塚翡翠(相沢沙呼)→1位
推理作家の香月史郎は、死者の声が聞こえるという美しい霊媒師・翡翠と出会う。彼女は霊視で事件の真相を見抜くことはできるが、それに証拠能力はない。そこで、史郎は彼女とコンビを組み、翡翠の霊視と史郎の論理の合わせ技で事件を解決しようとするが.......。
全4話からなる連作短編。最初の3話は正直ピリッとせず、いまひとつの感が強かったのですが、最終話で一気に伏線が回収され、すべてが反転する仕掛けが見事です。
8位.Iの悲劇(米澤穂信)→11位
人が住まなくなった集落に人を呼び寄せて蘇らせるIターンプロジェクト。役所には”蘇り課”が設立され、西野課長、万願寺、新人の観山がその任に当たることになる。ところが、限界集落にやってきた人々は次々に事件に見舞われ.......。
社会派ミステリーと謎解きの面白さを融合させた連作ミステリーです。ユーモアを盛り込みつつも、最後にひとひねり加えて後味の悪さを演出しているのが著者ならでは。
Iの悲劇 (文春文庫)
米澤 穂信
文藝春秋
2022-09-01


9位.マーダーズ(長浦京)→14位
過去に人を殺した経験のある商社マンの阿久津と刑事の敦子はその事実を突き付けられ、母の死の真相と姉の行方を探してほしいと女に脅される。捜査を行うと、やがて多くの未解決事件が浮かび上がってきて.......。
犯罪者が探偵役のクライムノベル。前半は謎めいた展開が気になり、後半は容赦のないアクションに痺れる傑作。
マーダーズ (講談社文庫)
長浦 京
講談社
2023-06-15


10位.W県警の悲劇(葉真中顕)→18位
強くなりたくて刑事になったのに上司のセクハラに抗議もできない千沙。そんな彼女が痴漢容疑者の男を取り調べる。被害者の女性は過去に3回も痴漢被害で示談金を受け取っていた。果たして男は犯人なのか、冤罪なのか?
男尊女卑の風潮が残る県警を舞台にした連作短編。重いテーマを軽い文体でスラスラと読ませ、衝撃のラストで驚かせる手腕が見事。
W県警の悲劇 (徳間文庫)
葉真中顕
徳間書店
2021-01-15


11位.昨日がなければ明日もない(宮部みゆき)
→8位
依頼人は品のよさそうな中年女性だった。彼女の話によると、娘が自殺未遂で入院し、見舞いたいのだが、娘の夫が頑強にそれを拒むのだという。調査を開始した杉村三郎はその裏に醜い人間関係があることをつきとめる。
シリーズ第5弾の中編集。人物描写の巧さは相変わらずで人の悪意を巡る物語は秀逸。ただ、後味の悪さは賛否の分かれるところ。
昨日がなければ明日もない
宮部 みゆき
文藝春秋
2018-11-29


12位.むかしむかしあるところに、死体がありました。(青柳碧人)
漁師の浦島太郎が海辺でいじめられていた亀を助けると、亀はお礼にと竜宮城に案内します。ところが、その竜宮城で伊勢海老のおいせが何者かに殺されたのです。太郎は亀に頼まれて事件の調査に乗り出しますが......。
浦島太郎、桃太郎、鶴の恩返しなど、誰でも知っている物語を本格ミステリに落とし込むテクニックが秀逸です。非常に楽しい短編集。
13位.紅蓮館の殺人(阿津川辰海)→6位
隠棲生活を送っているミステリー作家に会うために、落日館と呼ばれる屋敷に向かった高校生の田所と葛城は途中で山火事に巻き込まれ、命からがら落日館に逃げ込む。だが、その翌日、屋敷の住人の一人が何者かに殺され......。
端正な推理が楽しめるクラシックな館ものでありながら、それだけで収まらないさらなる仕掛けに驚かされます。ただ、少々文章が読みにくい点が難。
紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)
阿津川 辰海
講談社
2019-09-20


14位.Blue
(葉真中顕)
平成15年に起きた教員一家惨殺事件。平成最後の年に起きた多摩ニュータウンカップル殺人事件。そして、平成の始まりと共に生まれ、終わりと共に死んでいったBlueと呼ばれた男。それらは一つの時代によって結ばれていく。
平成の出来事を散りばめた平成ドキュメンタリーというべきクライムノベル。現代社会のダークサイドを畳みかけるように描く筆致が圧巻です。
Blue (光文社文庫)
葉真中顕
光文社
2022-02-15


15位.刀と傘 明治京洛推理帖(伊吹亜門)→5位
明治5年。府立監獄舎に収監されていた大逆の徒が死刑執行直前に殺害される。放っておいてもすぐに命を絶たれる死刑囚をなぜ殺す必要があったのか。若き尾張藩士・鹿野師光は江藤新平と共に事件の謎に挑む。
端正なロジックが光る連作時代本格ミステリ。しかも、単に謎解きに終始するだけなく、時代背景を巧みに絡ませている点が秀逸。
刀と傘 (創元推理文庫)
伊吹 亜門
東京創元社
2023-04-19


16位.いけない(道尾秀介)
自殺の名所の近くのトンネルで起きた交通事故と殺人の連鎖、イジメにあっている少年が目撃した殺人現場、死体で発見された宗教団体の女性幹部。蝦蟇倉市で起きた3つの事件の背後にあるものとは?
著者の原点回帰ともいえる『向日葵の咲かない夏』風の連作ミステリーです。その技巧の冴えは相変わらず見事ですが、帯の煽り文句はやや誇大広告のきらいがあります。
いけない (文春文庫)
道尾 秀介
文藝春秋
2022-08-03


17位.そして誰も死ななかった(白井智之)
絶海の孤島に建つ館に招待された5人のミステリー作家。だが、館に招待主の姿はなく、代わりにミクロネシアの先住民族が儀式に用いた泥人形が置かれていた。やがて、5人は奇怪な死を遂げるが、本当の意味で事件の幕が開くのはこれからだった......。
あいかわらずのグロ描写と多重推理のつるべ打ちが堪能できる怪作です。特殊設定が複雑なのは賛否が分かれるところですが、思いもよらぬ真相へと導く超絶技巧ぶりが見事です。
18位.殺人犯対殺人鬼(早坂吝)→17位
孤島にある児童養護施設。島の外に出た職員は嵐に見舞われて戻ってくることができない。今が好機と中学生の網走一人は殺人計画を実行に移す。だが、標的はすでに殺されていた。しかも、謎の犯人は次々と犠牲者を増やしていった。
テンポのよい物語を楽しめる変則的クローズドサークルものあり、ミッシングリンクの謎を中心とした幾重もの仕掛けが楽しめる佳品です。
殺人犯 対 殺人鬼 (光文社文庫)
早坂吝
光文社
2022-05-11


19位.本と鍵の季節(米澤穂信)→9位
堀川次郎と松倉詩門は高校2年の図書委員コンビ。放課後の図書館で当番をしていると亡くなった祖父の金庫の番号を探り当ててほしいという相談が持ち込まれ......。
著者十八番の青春日常連作ミステリー。主人公コンビの軽妙な掛け合いとビターな真相との対比が印象的な佳作です。
本と鍵の季節 (集英社文庫)
米澤穂信
集英社
2021-07-01


20位.我らが少女A(高村薫)→15位
12年前のクリスマスの早朝、公園で中学の美術教師が殺された。被害者は公園で写生を行っており、現場からは絵の具が持ち去られていた。疑われたのは少女Aだったが、犯人は未だに捕まっていない。合田の胸には後悔と未練がくすぶっていた.......。
合田シリーズ第6弾。合田刑事がすでに57歳という事実に驚かされます。人間ドラマとしては読み応えがありますが、ミステリーとしてはあまりにも地味。
我らが少女A
髙村 薫
毎日新聞出版
2019-07-20



その他注目作品50


21.お前の彼女は二階で茹で死に(白井智之)
高級住宅地の家で赤ん坊が巨大水槽の中に入れられ、肉食性ミミズに喰い荒されるという事件が起きる。捜査の末に警察は体がミミズそっくりになる遺伝子疾患を持った青年に行きつくが.......。
悪趣味すぎて読者を選びますが、鬼畜設定と一体となったトリックや伏線、ロジカルな推理といった要素は過去作以上に切れ味があります。
22.犯人IAのインテリジェンス・アンプリファー~探偵AI2~(早坂吝)
人工知能探偵相似(あい)に敗北した似相(いあ)は人間の知能を増幅させることで強力な共犯者を手に入れる。ゴムボートで漂流していた死体、密室状況で殺されていた漁協長、そして、総理官邸での殺人。これらの謎に相似は挑むが......。
シリーズ第2弾。よくできた本格ミステリであると同時に、そこにSFテーマを絡めることでより奥深い物語を堪能できるようになっています。相似と似相のキャラも魅力的。


23.法月綸太郎の消息(法月綸太郎)
シャーロックホームズの作品の中でも異色作として知られる『白面の兵士』と『ライオンのたてがみ』。その2作に仕掛けられたコナン・ドライルによるトラップとは?一方、アガサ・クリスティの『カーテン』にもある秘密が.....。
4つの中編が収録された作品集。ミステリーファンにとってはコナン・ドイルとアガサ・クリスティの秘密に迫る『白面のたてがみ』及び『カーテンコール』がスリリング。
法月綸太郎の消息 (講談社文庫)
法月綸太郎
講談社
2022-10-14


24.カナダ金貨の謎(有栖川有栖)
民家で男性の絞殺死体が発見される。その現場から持ち去られていたのは一枚の金貨だった。一方、完全犯罪をもくろむ犯人の前に臨床犯罪学者の火村英生とミステリー作家の有栖川有栖が現れ......。
国名シリーズ第10弾。表題作はシリーズ初の叙述ミステリーで犯人側から見た火村とアリスの描写が新鮮。『あるトリックの蹉跌』では2人の出会いも描かれています。
25.だから殺せなかった(一本木透)
首都圏全域を震撼させる無差別連続殺人。その犯人”ワクチン”を名乗る手紙が大手新聞社の社会部記者の元に送られてくる。犯人は記者に紙上での公開対決を要求し、「俺を言葉で止めてみろ」と挑戦状を叩きつけるが.......。
新聞社の内部事情を交えつつ、犯人との対決が臨場感豊かに描かれており、やがて切ないラストへと集約される展開が見事です。
だから殺せなかった (創元推理文庫)
一本木 透
東京創元社
2021-11-18


26.まほり(高田大介)→19位
社会学を専攻している勝山裕は卒論研究の一環として、ある村で二重丸を書いた紙が無数に貼られているという都市伝説を調査することになる。帰郷の際に再会した幼馴染の香織とフィールドワークを始めるが、村で少女が監禁されているという噂を耳にし......。
山奥の村で起きた事件を学術的に解いていく民俗学ミステリー。非常に知的好奇心を刺激される作品ですが、研究論文を物語にしたような作風は好き嫌いがわかれるところです。
まほり 上 (角川文庫)
高田 大介
KADOKAWA
2022-01-21


27.聖者のかけら(川添愛)
聖フランチェスコの死から四半世紀が過ぎたころ、修道院に出所不明の聖遺物が届き、次々と奇蹟を起こす。それは本当に奇蹟なのか?調査を命じられた若き修道僧が修道院に向かうと、聖フランチェスコの遺体に異変が起きていた。
”『薔薇の名前』と並び立つ”が売り文句ですが、あのような陰鬱さはなく、消えた聖遺物の謎と信仰の問題を取り上げつつも、冒険活劇を交えた軽快な娯楽小説に仕上がっています。
聖者のかけら
川添愛
新潮社
2020-04-03


28.悪の五輪(月村了衛)
1963年。東京オリンピックの記録映画の監督から黒澤明が降板した。白壁一家の人見稀郎は興行界に打って出るチャンスと見て、後任に中堅監督の錦田をねじ込む。あらゆる業種が利権に群がる中、稀郎は金と女で実行委員たちを操ろうとするが........。
有名人を実名で登場させることで、物語に臨場感を与えることに成功しています。その反面、史実に縛られている分、物語としてのキレがやや鈍っている感もあり。
悪の五輪 (講談社文庫)
月村 了衛
講談社
2021-07-15


29.スワン(呉勝浩)→15位
3人組の男がスワンと呼ばれるショッピングモールに乗り込み、模造銃で20人以上を殺害した後、自害する。それから半年後、事件の生存者である5人が徳下という弁護士に呼び出される。徳下は現場で不可解な死を遂げた老婦人の謎を解き明かしたいというが.....。
終結した事件に焦点を当て、本当は何があったのか、誰が嘘をついているのかを探っていく作品。テーマ性とミステリーの謎が表裏一体となってラストで収束していくさまが見事。
スワン (角川文庫)
呉 勝浩
KADOKAWA
2022-07-21


30.犯人に告ぐ 3 紅の影(雫井脩介)
洋菓子メーカー父子誘拐事件の実行犯は逮捕したものの、主犯格である淡野には逃げられてしまう。特別捜査官の巻島が彼の行方を追っていたが、その頃、鎌倉に潜伏していた淡野は新たな犯罪計画を実行に移そうとしていた......。
シリーズ第3弾。前作はタイトルの由来となった劇場型捜査の要素が皆無だったために、賛否が分かれる結果となりました。それに対して、本作では原点に立ち返り、しかも、現代的要素であるネットテレビを使用することでよりサスペンスフルな展開になっています。
31.楽園の真下(荻原浩)
天国で一番近い島といわれている志手島で体長17センチのカマキリが発見されたという。事実なら世紀の大発見だ。フリーライターの藤間はさっそく島に赴く。だが、彼には島で急増している自殺の謎を探るというもう一つの目的があった。
動物パニックものは数多くありますが、相手がカマキリというのは斬新ではないでしょうか。しかも、本当の恐怖は別にあったという二段構えの展開が秀逸です。
楽園の真下 (文春文庫)
荻原 浩
文藝春秋
2022-04-06


32.希望の糸(東野圭吾)
住宅街にある小さな喫茶店で女主人が殺害される。捜査線上に浮上したのはかつて震災で2人の子どもを失った常連客だった。しかし、被害者の元夫も怪しげな行動をしていた。そして、捜査に当たる松宮刑事もある悩みを抱えていて......。
登場人物たちの秘められた関係が複雑に錯綜し、運命に翻弄される人々の物語。ミステリーとしては薄味ですが、家族を中心としたヒューマンドラマとして読み応えがあります。
希望の糸 (講談社文庫)
東野 圭吾
講談社
2022-07-15


33.或るエジプト十字架の謎(柄刀一)
T字型の案内板に磔にされた首なし死体が発見される。犯人はなぜ、そんなことをする必要があったのか?他にもトランクルームの密室や白い粉が舞い散る殺人現場など、南美希風が不可解な4つの事件に挑む。
クイーンの国名シリーズを意識した連作集。堅実なロジックが光る良作です。ただ、文章は上手いとはいえず、状況が掴みにくいのが難。


34.今昔百鬼拾遺 天狗(京極夏彦)
昭和29年8月。是枝美智栄は高尾山に行ったきり行方不明になる。警察は山狩りを行うが手掛かりは見つからなかった。その2カ月後、遠く離れた群馬の山中で別の女性の腐乱死体が発見されるが、なぜかその死体は美智栄を服を身につけてた......。
百鬼夜行シリーズ外伝の第3弾。後味の悪い物語は賛否が分かれそうですが、仕掛けや真相の意外性など、ミステリーしての面白さは他の2作を圧倒しています。


35.魔偶の如き齎すもの(三津田信三)
幸福と災いを同時にもたらすと言われる奇妙な文様が刻まれた土偶。大学を卒業して3年目になる刀城言耶はその話にを聞いて旧家の屋敷に向かうが、そこには土偶に興味を持った人たちが既に集まっていた......。
3つの短編と表題作の中編からなる作品集。短編はあっさりしぎてやや物足りないものの、表題作はどんでん返しと伏線回収が見事な傑作です。
36.ムゲンのi(知念実希人)
女医の愛衣は突然昏睡状態に陥ってしまう謎の病気イレスにかかった3人の患者を担当することになる。霊能者の祖母の話では患者を目覚めさせるには魂の救済が必要だという。一方、都内では連続猟奇殺人が発生し......。
ファンタジックな世界観の中に伏線を張り巡らせ、後半になると一気に回収する手管が見事。クライマックスのどんでん返しと同時に大きな感動を味わえる傑作です。
ムゲンのi(上) (双葉文庫)
知念 実希人
双葉社
2022-02-09


37.教室が、ひとりになるまで(浅倉秋成)
高校で3人の生徒が立て続けに自殺する。しかも3人とも「私は教室で大きな声を出しすぎました。調律される必要があります」という遺書を残していたのだ。これは殺人だと訴える幼馴染の言葉に、友弘は犯人探しを始めるが.....。
犯人の能力を当てる緻密な頭脳戦はSFミステリーとして読み応えあり。また、犯人の動機を軸としたほろ苦い青春ミステリーとしても秀逸。
38.潮首岬に郭公の鳴く(平石貴樹)→10位
函館の有名な名家には美人の3姉妹がいたが、その三女が行方不明となり、やがて死体となって発見される。遺留品は血糊のついた鷹のブロンズ像。「鷹ひとつ 見つけてうれし 伊良湖崎」果たしてこれは松尾芭蕉の俳句を模した見立て殺人なのか?
本格ど真ん中というべき傑作で、ラスト50ページの怒涛の謎解きは圧巻という他ありません。ただ、そこに至るまでの物語が淡々としすぎているのが好みの分かれるところです。


39.幻の彼女(酒本歩)
ドックシッターの風太宛てに元カノ美咲の訃報が届く。まだ32歳なのにと驚くと同時に他の元カノである蘭とエミリに連絡を取ろうとするが消息がつかめない。調べてみると3人は最初から存在しなかったように痕跡が消えており.....。
第11回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞。ほのぼのした雰囲気から思いもよらぬ結末へと至る驚愕と感動のミステリー。
幻の彼女
酒本 歩
光文社
2019-03-19


40.殺人鬼がもう一人(若竹七海)→12位
20年間事件らしい事件も起きていない寂れたベッドタウン。ところが、放火殺人発生以降、事件が続発し、地元警察は対応に追われる。そんな中、あるひったくり事件が発生。生活安全課の砂井三琴が捜査を命じられるが.....。
6つの連作短編に出てくる登場人物は刑事を含め全員悪人。かなりダークな物語ですが、語り口がユーモラスで痛快ささえ感じます。
殺人鬼がもう一人 (光文社文庫)
若竹七海
光文社
2022-04-12


41.偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理(降田天)
光代は高齢者で構成された詐欺グループのリーダー。ところが、手足として使っていたはずの仲間の女が金を持ち逃げしてしまう。しかも、光代の元に過去の犯罪をネタに脅迫状が送られてくる。追い詰められた彼女は強引な手口で事態の打開を図るが.......。
第71回日本推理作家協会賞短編部門受賞。刑事コロンボ的な倒叙連作ミステリーですが、探偵役が派出所のお巡りさんというのが新鮮。犯人を追い詰めていく手際も見事です。


42.カエルの小指 a murder of crows(道尾秀介)
武沢竹夫は元詐欺師だが、今は足を洗って実演販売員として生計を立てていた。そんな彼の前にキョウと名乗る中学生が現れ、実演販売の技術を教えてほしいという。詳しい話を聞くと母親を騙した詐欺師を探すのに必要だというのだが.......。
詐欺師・武沢竹夫のその後を描いた『カラスの親指』の続編。小さなサプライズを交えたテンポのよい物語はそれなりに楽しめるものの、前作に比べるとこじんまりとしています。
カエルの小指 a murder of crows
道尾 秀介
講談社
2019-10-25


43.白魔の塔(三津田信三)
戦後の日本。さすらいの青年・物理波矢多は次なる職に灯台守を選ぶ。だが、目的の燈台にはなかなかたどり着くことができず、なぜか密林に迷い込み、そこで怪異に遭遇する。ようやく灯台にたどり着いた波矢多だが.....。
謎解きメインだった『黒面の狐』とは異なり、ホラー寄りの作品。ミステリーとしては物足りませんが、最後のオチにはゾッとする怖さがあります。
白魔の塔
三津田 信三
文藝春秋
2019-04-12


44.ゴールデン街コーリング(馳星周)
新宿ゴールデン街には「日本冒険小説協会公認酒場」と銘打たれたバー”マロウ”があった。北海道から上京した坂本はそこでバイトをしていたが、やがて放火未遂事件とそれに絡んだ殺人事件に巻き込まれることになる。
著者の自伝的小説であり、有名作家などが実名で登場するのが楽しい。ミステリーとしてよりも酒の香りと本が織りなす青春小説として秀逸。


45.DRY(原田ひ香)
藍は不倫が原因で離婚し、貧困生活に喘いでいた。実家に戻っても母と祖母がうら寂しく暮らしているだけ。一方、実家の隣に住む美代子は祖父の介護を一人で続ける孝行娘だと評判だったが、その裏にはおぞましい秘密が隠されていた。
『蟻の棲み家』が生ぬるく思えるほどの貧困を描き、堕ちていく女の姿にゾッとする真迫のクライムノベル。
DRY
原田ひ香
光文社
2019-01-22


46.インソムニア(辻寛之)
アフリカの紛争地帯に自衛官7名がPKO部隊として派遣されが、一人は砲弾を受けて死亡し、帰国してからさらに一人が自殺をするという結果に終わってしまう。果たして現地で何が起きたのか?
重いテーマを扱いながらも、5人の語り手によって少しずつ真実が見えてくる展開が上手く、ぐいぐいと引き込まれていきます。
インソムニア (光文社文庫)
辻 寛之
光文社
2021-03-10


47.カインは言わなかった(芦沢央)
バレエで主役の座を射止めた誠が公演3日前に姿を消した。世界のホンダと称される誉田監督の苛烈なシゴキにも喰らいついていき、舞台にすべてを捧げてきた男の身に一体なにが起きたのか?
ミステリーというよりは人間ドラマに比重が置かれた作品ですが、芸術を巡る狂気じみた描写はサスペンスとして読み応えがあります。
カインは言わなかった
芦沢 央
文藝春秋
2019-08-28


48.予言の島(澤村伊智)→19位
戸内海の霧久井島で霊能番組が撮影されるが、人気霊能力者の宇津木幽子は撮影中に体調を崩し、2年後に亡くなってしまう。20年後の8月25日から26日にかけて島で6人が死ぬという予言を遺して.......。
ホラー界の旗手が描く初のミステリー長編。ミステリーの仕掛けに目新しさはないものの、ホラー要素との絡め方が秀逸。
予言の島 (角川ホラー文庫)
澤村伊智
KADOKAWA
2021-06-15


49.スイート・マイホーム(神津凛子)
長野に住む賢二は寒がりの妻と娘のために一台のエアコンで家全体を暖めることのできる夢のモデルハウスを購入する。だが、引っ越した直後から奇妙な現象が起こり始め、それはやがて恐怖へと変わっていく。
テンポの良い展開と張り巡らせた伏線の妙で読ませるものの、真相が分かりやすいのが難。その代わり、世にもおぞましいラストはインパクト大です。


50.遠い他国でひょんと死ぬるや(宮内悠介)
「ぼくは、ぼくの手で、ぼくの戦争を書きたい」そう書き残し、若き詩人の武内浩三は1945年にルソン島で戦死した。彼はそこで何を見たのか?元テレビディレクターの須藤は単身フィリピンに渡るが......。
B級アクション映画のノリに歴史や宗教の問題を絡めることで読み応えのある作品となっています。ただ、少々詰め込みすぎで後半の展開が散漫となっているのが惜しいところです。


51.フーガはユーガ(伊坂高太郎)
優我と風我は双子の兄弟。幼い頃から父親のDVを受けており、母親はそれを見て見ぬふりをしていた。ある日、2人は互いの体を入れ替える能力があることを知り、やがてその力を使って悪に立ち向かうことになる。
重く残忍な物語は賛否が分かれそうですが、構成の妙や切なくも希望につながるラストなどはさすがの巧さです。
フーガはユーガ (実業之日本社文庫)
伊坂 幸太郎
実業之日本社
2021-10-07


52.極上の罠をあなたに(深木章子)
規月市の議員の息子が誘拐される。身代金の要求があり、金を用意するために秘書が事務所の金庫に向かう。ところが、暴漢に襲われ、金庫の金を奪われていまう。しかも、その金は偽札だったのだ。一方、ある人物が”便利屋”にある仕事を依頼し.ていた.....。
悪人同士の騙し合いを描いた連作短編。二転三転する目まぐるしい展開の末に騙される快感を味わえる好篇です。
極上の罠をあなたに
深木 章子
KADOKAWA
2019-09-30


53.シーソーモンスター(伊坂幸太郎)
バブルに浮かれる昭和末期。その中にあって北山家は一見平凡な家庭に見えたが、その中では世にも恐ろしい嫁姑戦争が繰り広げられていた。しかも、嫁は姑の過去に対して大きな疑惑を抱くようになり.......。
昭和編と未来編の2部構成の作品であり、導入部のうまさやスリリングな展開はさすがです。ただ、既視感があり、新鮮味に欠けるのが難。
シーソーモンスター (単行本)
伊坂 幸太郎
中央公論新社
2019-04-05


54.いきぢごく(宇佐美まこと)
旅行代理店を経営する42歳の鞠子は若い部下と交際しているが、結婚する気はない。そんなとき、彼女は亡父から相続することになった民家を訪れ、古いお遍路日記を見つける。鞠子はそこに綴られている女性の生きざまに興味を抱き.....。
現代女性の葛藤と戦前の陰鬱な物語が交互に描かれ、決して楽しい話ではありませんが、終盤における怒涛の伏線回収は圧巻です。
いきぢごく
宇佐美まこと
角川春樹事務所
2019-03-13


55.そのナイフでは殺せない(森川智喜)
大学生の七沢は刺殺しても同じ時刻になると生き返る不思議なナイフを手に入れる。一方、ミニシアターで上映されている映画の中に登場する犬や猫が本当に殺されているらしいという情報を得て、シングルマザーの警部が調査に乗り出すが.....。
特殊設定を活かしたトリックの連打と倫理観を揺るがす狂気の展開によって息つく間を与えない、ジェットコースターミステリー。


56.穴掘り(本城雅人)
年間の行方不明者は約9万人。その内、発見されないままで終わってしまうのが約3千人。その中には人知れず殺された人間もいる。鬼刑事信楽は彼らの声なき声を聞き、犯人逮捕に向けて執念の捜査を続けていくが......。
6篇からなる連作短編集。主人公の信楽巡査部長を軸にしつつ、次々と視点が変化し、やがて過去の事件が現在と結びついていくプロットが見事です。
穴掘り
本城 雅人
双葉社
2019-08-21


57.ジャンヌ Jeanne,the Bystander(河合莞爾)
2060年代の日本ではヒューマノイドロボットが社会に浸透していた。ところが、家事用のロボット、ジャンヌが主人を殺すという事件が起きたのだ。ロボット3原則に縛られているはずの彼女はいかにして人を殺したというのか?
ロボット3原作を巡る謎を軸にして、社会派テーマ、アクション、刑事とロボットのバディものといった要素をうまく絡めた娯楽傑作です。


58.ベーシックインカム(井上真偽)※文庫化の際に『ベーシックインカムの祈り』に改題
全国民に最低限の生活ができるお金を支給するベーシックインカム。この政策によって金銭目的の犯罪は減るはずだと主張する教授の金庫から預金通帳が盗まれる。一体犯人のなぜ、厳重に管理された金庫の中から通帳を盗んでいったのか?
全5編からなるSFミステリー。AI、VR、遺伝子操作といった最新技術を題材にして手堅くまとめている印象だが、その中に読者の予想を覆すヒネリを加えているのが著者ならでは。
ベーシックインカム
井上 真偽
集英社
2019-10-04


59.早朝始発の殺風景(青崎有吾)→12位
早朝の始発電車で高校生の男女が鉢合わせになる。同級生だが、それほど親しくない2人はぎこちない会話を始める。やがて、なぜ始発電車に乗っているのかという話になり、互いにその理由を推理し始めるが.......。
日常の謎を扱った連作ミステリー。謎自体は小粒ですが、伏線回収の手際が鮮やかであり、謎解き要素のある青春小説としてよくできています。
早朝始発の殺風景 (集英社文庫)
青崎 有吾
集英社
2022-01-20


60.検事の信義(柚月裕子)
任官5年目の佐方検事は、母親殺しの容疑で逮捕された男の裁判を担当する。男はすでに自供しており、簡単な事件のように思われた。だが、佐方は遺体発見から逮捕までの2時間に疑問を抱き.....。
佐方貞人シリーズの第4弾の短編集。信念を貫く佐方の生き様と事実を積み重ねがら真実に迫っていく姿に痺れます。安定の面白さです。
検事の信義
柚月裕子
KADOKAWA
2019-04-20


61.ゆりかごに聞く(まさしとしちか)
新聞記者の柳宝子の元に、父が亡くなったという連絡が入る。だが、彼女の父は21年前も前に火事で死んでいるはずなのだ。しかも、遺留品には猟奇殺人に関する記事の切り抜きと「これからも見守っていく」と書かれた手紙が....。
親子の愛という重い主題とミステリーとしての面白さが混然一体となって非常に非常に読み応えのある作品になっています。
ゆりかごに聞く
まさき としか
幻冬舎
2019-04-18


62.探偵はぼっちじゃない(坪田侑也)
中学3年の緑川は同級生から一緒に推理小説を書いてほしいと頼まれる。一方、新米教師の原口は自殺志願者の集まるサイトのチャットグループに自校の生徒がいることに気が付き、自殺を食い止めようと奮闘するが......。
第21回ボイルドエッグズ新人賞。2002年生まれの著者が描く的確な心理描写と巧妙なプロットがとにかく見事です。
探偵はぼっちじゃない
坪田 侑也
KADOKAWA
2019-03-28


63.木曜の子ども(重松清)
私は前の学校でひどいいじめを受けていたという妻の連れ子のことを心配していた。そんな折り、7年前に中学の同級生を9人毒殺した犯人が街に帰ってくるという噂が流れる。やがて、事件が起き......。
少年たちの心の闇を描いた暗く重い話ですが、巧みな語り口に引き込まれていきます。ただ、終盤の狂気じみた展開は好みが分かれそう。
木曜日の子ども
重松 清
KADOKAWA
2019-01-31


64.盲剣楼奇譚(島田荘司)
警視庁捜査一課の吉藪竹史は東大で開催されていた美術展を訪れ、そこに出品されていた”盲剣さま”と題された、赤子を抱いた足のない美剣士の絵に強く惹かれる。その絵の作者はこの絵は実際に自分が目撃した場面を描いたものだというのだが.......。
実に17年ぶりの吉藪竹史シリーズ。ただ、全体の8割は過去を舞台にした剣豪小説になっており、それはそれで面白くはあるものの、ミステリーを期待した人には不満の残る出来。
盲剣楼奇譚
島田 荘司
文藝春秋
2019-08-28


65.千年図書館(北山猛)
村で凶兆の起きるたびに若者が捧げられる西の果ての島にある図書館。今回は13歳の少年・ペルが選ばれて島に行くとそこには2年前に彼と同じように選ばれた少女・ヴィサスがいた....。
『私たちが星座を盗んだ理由』と同様にどんでん返しメインの幻想小説集。”星座”ほどの衝撃はありませんが、終末的世界観に引き込まれます。
千年図書館 (講談社ノベルス)
北山 猛邦
講談社
2019-01-11


66.予告状ブラック・オア・ホワイトーご近所専門探偵物語ー(市井豊)
かつて全国に名をとどろかせていた名探偵・九条はいつしか近所のささやかな謎にしか興味を持たないご当地探偵になっていた。そんな彼がご当地アイドルへの予告状、動物公園の猿泥棒、消えた絵馬といった謎に挑む。
奇妙な謎から意外な真相が導き出される日常の謎ものとしてよくまとまっており、ものぐさな探偵と生真面目な秘書との掛け合いも楽しい良作です。


67.開化鐵道探偵 第一〇二列車の謎(山本巧次)
明治18年。元八丁堀同心の草壁賢吾は井上鉄道局長に呼び出され、何者かの手によって列車が脱線させられ、積み荷から千両箱が発見された事件を調査してほしいと頼まれる。しかし、その矢先に爆弾騒動に巻き込まれ......。
前作同様、時代描写が巧みであり、登場人物も魅力的で楽しい作品に仕上がっています。ただ、推理ものとして薄味なのが好みの分かれるところ。
68.夜汐(東山彰良)
蓮八は遊女に身を落とした幼馴染の八穂を救うため、賭場から大金をせしめる。その結果、殺し屋・夜汐に追われる身となった彼は新撰組に身を隠すが、帰郷を願う八穂のために隊を脱走。八穂の待つ峠を目指す。
ロードムービー風時代小説。泥と血にまみれた殺伐とした物語ですが、夜汐・土方・沖田などのキャラが立ちまくりで読み応え満点。
夜汐
東山 彰良
KADOKAWA
2018-11-28


69.こうして誰もいなくなった(有栖川有栖)
海賊島と呼ばれている伊勢湾に浮かぶ小島。そこに10人の男女が招待される。しかし、なぜか姿を現したのは9人だけだった。やがて、ボイスロイドの声が彼らの罪を告発し、連続殺人が発生するが......。
バラエティ豊かな14編からなる作品集。非ミステリーの短い作品が多いのですが、表題作は『そして誰もいなくなった』のオマージュ的中編として読み応えがあります。
こうして誰もいなくなった
有栖川 有栖
KADOKAWA
2019-03-06


70.ノワールをまとう女(神護かずみ)
日本有数の医薬品メーカー・美国堂。その傘下に収まる韓国企業の社長の反日発言映像がネットに流出し、美国堂は世論から糾弾される。企業のトラブル処理を請け負う原田は美国堂から事態収拾の依頼を受け、その処理を部下の奈美に指示するが.......。
乱歩賞受賞。企業のネット炎上を鎮静化させるというヒロインの職業に興味を惹かれます。社会派ハードボイルドとして読み応えは十分ですが、ミステリー部分が凡庸なのが残念。
ノワールをまとう女
神護 かずみ
講談社
2019-09-19


2019年12月11日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中5作的中
ベスト20→20作品中15作的中
順位完全一致→20作品中0作品


トランプ殺人事件





最新更新日2020/11/16☆☆☆

Next⇒このミステリーがすごい!2021年版 海外ベスト20予想
Previous⇒このミステリーがすごい!2019年版 海外ベスト20予想


このミス2020
対象作品である2018年11月1日~2019年10月31日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンル、発売時期などを考慮した上で決めており、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします


このミステリーがすごい!海外版最終予想(2019年11月12日)

1位.メインテーマは殺人(アンソニー・ホロヴィッツ)→1位(実際の順位)※20位まで記載
ホロヴィッツのところに元刑事のホーソーンが訪ねてくる。彼は警察の顧問の立場にあり、時折、難事件解決を依頼されるのだという。現在は、自分の葬儀の手配をした老婦人が絞殺された事件を追っており、ホロヴィッツにその件を本にしないかと持ちかけるが......。
作者自身がワトソン役を務めるホームズのオマージュ的作品です。2人の軽妙な掛け合いが楽しく、ミステリーとしても全編に散りばめられた伏線とその回収が見事です。
メインテーマは殺人 (創元推理文庫)
アンソニー・ホロヴィッツ
東京創元社
2019-09-28


2位.刑罰(フェルティナント・フォン・シーラッハ)→18位
誤って赤ん坊を殺してしまったという夫の言葉を信じて身代わりで刑務所に入った妻。人身売買の罪で起訴された犯罪組織のボスを弁護することになった新人弁護士。現実の事件に材を得て描いた罪と罰を巡る物語。
12の短編はどれも短く、20ページに満たないものばかりです。しかし、非常に考えさせられる内容にはずしりとした重みがあります。読んでいると1作1作がボディブローのように効いてくるのです。見かけによらない重量級の作品集です。
刑罰 (創元推理文庫 Mシ 15-5)
フェルディナント・フォン・シーラッハ
東京創元社
2022-10-19


3位.ザ・プロフェッサー(ロバート・ベイリー)
かつて弁護士として活躍していたトムも70歳手前。妻を癌で亡くし、今は自身も癌を患っていた。そんな折り、突然現れた昔の恋人に、娘夫婦と孫が事故死した事件の真相を裁判で明らかにしたいと相談を持ちかけられるが.....。
ミステリーとして大きな仕掛けはないものの、熱い人間ドラマを盛り込んだ痛快リーガルサスペンスとして秀逸です。
ザ・プロフェッサー (小学館文庫)
ロバート ベイリー
小学館
2019-03-06


4位.ザ・ボーダー(ドン・ウィンズロウ)
→3位
麻薬王アダン・バレーラは行方不明となり、空位となったカルテルの玉座をかけた抗争が勃発する。こうして麻薬戦争はますます収拾のつかない混沌へと向かっていく。一方、DEA局長に就任したケラーはある極秘作戦に着手していたが......。
敵味方入り乱れる長大な群像劇をわかりやすく整理してぐいぐいと読ませます。究極の犯罪小説というべきシリーズの掉尾を飾るに相応しい傑作です。
ザ・ボーダー 上 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-07-17


5位.IQ2(ジョー・イデ)
アイゼイアは過去に兄を車で轢いた人物を調査する内に、兄の死が単なる事故ではなく、計画的なものだったと確信する。そして犯人を追おうとしたとき、兄の元恋人から連絡が入る。借金で追い詰められている異母妹を助けてほしいというのだが......。
クールなアイゼイアが苦境に立たされ、相棒のドットソンが主役を喰う活躍をするなど、このミス3位の前作と比べてもドラマの厚みが増し、面白さがさらにアップしています。
IQ2 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー イデ
早川書房
2019-06-20


6位.三体(劉慈欣)
ナノテク素材を研究しているワン・ミャオは突然、軍から招集される。世界中の著名な科学者が立て続けに自殺をしており、その全員が学術団体である”科学フロンティア”に関わっていたらしい。ミャオは軍の命を受け、その団体に潜入するが......。
三部作の第1弾。ハードSFに分類される作品ながら、決して小難しくはなく、良質なサスペンス展開と魅力的な登場人物によって超一級のエンタメ小説に仕上がっています。
三体
劉 慈欣
早川書房
2019-07-04


7位.ディオゲネス変奏曲(陳浩基)→5位
ミステリー作家志望の青年は、編集者から「魂のこもった作品を書くためには実際に人を殺した経験が必要だ」と言われる。そこで、青年は綿密な計画を立て、大学を舞台にした密室殺人を実行するが......。
17篇からなる短編集。SF・サスペンス・本格など、多彩なジャンルの作品にさまざまなアイディアを盛り込み、実に楽しい変奏曲となっています。


8位.死者の国(ジャン=クリストフ・グランジェ)→17位
パリの路地裏で発見されたストリッパーの死体は頬が耳まで切り裂かれ、喉には石が詰められていた。捜査の末に死体の裂傷がゴヤの晩年の絵に似ていることが判明するが、その直後に第2の猟奇殺人が........。
本編だけで800ページ近い猟奇サスペンスの超大作。奈落の底に転がり落ちながら二転三転を繰り返す展開は圧巻のひとことです。
死者の国 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ジャン=クリストフ グランジェ
早川書房
2019-06-06


9位.国語教師(ユーディト・W・タシュラー)→10位
作家の男は国語教師の女を捨て、16年ぶりに再会する。2人はかつてしたようにお互いが創作した物語を披露しあう。男は祖父をモデルにした一代記を、女は若い男性を監禁する女性の物語を語るのだが......。
2014年ドイツ推理作家協会賞受賞。作中作と2人の会話を交錯させながら、虚像をはぎ取り、意外な真実を再構築していく手腕が見事です。
国語教師
ユーディト・W・タシュラー
集英社
2019-05-24


10位.拳銃使いの娘(ジョーダン・ハーパー)→2位
刑務所帰りのネイトは服役中に凶悪ギャングを敵に回し、命を狙われていた。11歳の娘・ポリーの命も危ないことから彼女を連れて逃亡の旅に出る。その途上で強盗を繰り返しながら2人は次第に絆を深めていくが.....。
2018年エドガー賞処女長編賞。スピーディな展開と金星から来た少女ことポリーの造形が素晴らしい。泣けるバイオレンス小説というべき傑作です。
拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)
ジョーダン・ハーパー
早川書房
2019-01-10


11位.償いの雪が降る(アレン・エスケンス)→13位
大学生のジョーは課題のために少女レイプ殺人の罪で収監中の男へのインタビューを試みる。男自身も末期がんで臨終の告白をしたいという。しかし、彼の話を聞く内に、ジョーは事件に対して疑念が湧き.......。
過去の事件を洗い直すというお決まりの展開で派手さはありませんが、ディテールに優れ、読み応えのある作品に仕上がっています。
償いの雪が降る (創元推理文庫)
アレン・エスケンス
東京創元社
2018-12-20




12位.黒き微睡みの囚人(ラヴィ・ティドハー)
1939年のロンドン。政治闘争に敗れてドイツを追われたヒトラーは、今はウルフと名を変えてしがない私立探偵を営んでいた。彼は大のユダヤ人嫌いだが、金のために行方不明のユダヤ人女性を探すことになり....。
発想の勝利というべき作品で、歴史的有名人が意外な形で登場するのがスリリング。非常によくできた歴史改変ノワールです。
黒き微睡みの囚人 (竹書房文庫)
ラヴィ・ティドハー
竹書房
2019-01-31


13位.座席ナンバー7Aの恐怖(セバスチャン・フィツエック)
出産間近の娘に会うために精神科医のクリューガーは旅客機に乗り込む。ところが、高度数千メートルに達したとき、「娘の命が惜しければ乗っている飛行機を落とせ」という脅迫電話がかかってきて........。
前作「乗客ナンバー23の消失」ほど凝ったプロットではないものの、謎が謎を呼ぶ展開にどんでん返しと一級の娯楽作品に仕上がっています。
座席ナンバー7Aの恐怖
セバスチャン フィツェック
文藝春秋
2019-03-08


14位.黄(雷鈞)→16位
阿大は中国の孤児院で育ち、ドイツ人の富豪の養子となった盲目の青年。推理力に長けている彼は6歳の少年が両目をくり抜かれるという中国での事件に興味を持ち、お目付役の温幼蝶と共に中国文明発祥の地である黄土高原に向かうが.....。
事件の捜査と並行して探偵役の青年の過去が語られていくのですが、そこに伏線が張り巡らさせ、最後に大胆な仕掛けが炸裂するプロットが見事です。
黄
雷 鈞
文藝春秋
2019-07-24


15位.七つの殺人に関する簡潔な記録(マーロン・ジェイムズ)
1976年12月3日。世界的なレゲエミュージシャンでジャマイカの英雄であるボブ・マリーが狙撃される。彼は一命を取り留めるものの、血で血を洗う抗争は加速していく。ギャング、政治家、CIA工作員etc。70名以上の人間が語るそれぞれの真実とは?
2015年ブッカー賞受賞作。語り手を次々と変えていくことで、事件の波紋が新たな暴力を呼び起こすさまが重層的に描かれ、非常に深みのある文学の世界を構築しています。
七つの殺人に関する簡潔な記録
マーロン ジェイムズ
早川書房
2019-06-20


16位.わが母なるロージー(ピエール・ルメートル)
パリで爆破事件が発生する。出頭してきた青年は、同じ爆弾をさらに6つ仕掛けており、ほうっておくと毎日一つずつ爆発するという。青年は爆弾の解除と引き換えに、殺人容疑の母の釈放を要求する。だが、カミーユ警部は彼の真の狙いは他にあると睨み......。
カミユー警部シリーズの中編小説。テンポの良い展開でサスペンスを盛り上げていく手法は見事ですが、話が短いせいもあって、過去作品と比べると物語の密度をいまひとつです。
わが母なるロージー (文春文庫)
ピエール ルメートル
文藝春秋
2019-09-03


17位.アイル・ビー・ゴーン(エイドリアン・マッキンティ)
刑事を不本意な形で辞めたショーンの元にMI5から大物テロリスト・ダーモットの捜索依頼が入る。捜査の途中でショーンはダーモットの元妻の母から娘の死の謎を解けば、彼の居場所を教えるという取引を持ちかけられるが.....。
激動の80年代アイルランドを舞台にしたシリーズ第3弾。ノワールサスペンスの物語に密室殺人の謎を違和感なく溶け込ませた手腕が見事です。


18位.訣別(マイクル・コナリー)
ボッシュはロス警察時代の知人である本部長に誘われ、小さな街で無給の嘱託刑事として雇われることになる。ある日、ボッシュは年老いた富豪から若い頃に親に仲を裂かれた当時妊娠中だった恋人か、その子どもを探して欲しいと頼まれるが......。
人探しと連続レイプ事件が並行して描かれていますが、プロットがよく練られており、読み応えがあります。キャラも魅力的で、シリーズものとして大満足の1作です。
訣別(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー
講談社
2019-07-12


19位.雪が白いとき、かつそのときに限り(陸秋槎)→15位
学生寮から追い出された女学生が雪の中で死体となって発見される。死因は刃物で腹部を刺されたことによるものだったが、現場周辺に足跡がなかったことから自殺して処理される。その5年後、生徒会長の馮露葵たちがその事件を再調査することになるが.......。
アクの強かった前作と比べると、すっきりまとまっており、堅実なロジックが楽しめる百合ミステリーの佳品に仕上がっています。ただ、その分、インパクトが薄くなった面も。
20位.愛なんてセックスの書き間違い(ハーラン・エリンス)→9位
第2次世界大戦下のフランス。偵察に出たアニー曹長はドイツ兵ばかりの敵地で孤立する。敵から逃れるために必死で暗闇に飛び込んだアニーだが、意識は混乱し、過去の記憶が無秩序に噴出する。恐怖にかられたアニーは......。
『世界の中心で愛を叫んだけもの』の作者による非SF短編集です。凄みある筆致で描かれた狂気に満ちたノワールの世界が鮮烈。
愛なんてセックスの書き間違い (未来の文学)
ハーラン・エリスン
国書刊行会
2019-05-25



その他注目作50


21.厳寒の町(アーナルデュル・インドリダソン)
冬の町で10歳の少年が腹部を刺されて死んでいた。しかも、その少年はアイスランド人の父とタイ人の母を持つ混血であることが判明する。人種差別による犯行が疑われ、エーレンデュルらは少年の住んでいたアパートや学校を中心に捜査を始めるが.....。
エーレンデュルシリーズ第5弾。例のごとく捜査官のプライベートの問題を絡めつつ、アイスランドの抱える社会問題を浮き彫りにしていく手腕が見事です。
厳寒の町
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2019-08-22


22.ホープは突然現れる(クレア・ノース)
視界から消えればすぐに人々の記憶から消える体質を持つ孤独なホープ。彼女はその特技を
生かして世界を旅しながら泥棒で生計を立てていた。ところが、あることがきっかけで、画期的なアプリを開発した企業を怒らせることになり......。
いかにも著者らしい荒唐無稽な設定から始まり、いつの間にか読者を夢中にさせる巧妙な語り口が見事です。SF色の強い人間ドラマの傑作。
ホープは突然現れる (角川文庫)
クレア・ノース
KADOKAWA
2019-06-14


23.カッティング・エッジ(ジェフリー・ディヴァー)
ダイヤモンド店からダイヤが盗まれ、現場には3人の死体が残されていた。リンカーン・ライムが事件を担当するも、連続して起きる事件に翻弄されてしまう。やがて、”プロミサーと名乗る人物から婚約したカップルに対する異様な殺意を表明したメールが届くが.......。
シリーズ14弾。このところ変化球の多かったシリーズですが、本作では王道に立ち返り、大きなインパクトこそないものの、安定した面白さを取り戻しています。
カッティング・エッジ
ジェフリー ディーヴァー
文藝春秋
2019-10-10


24.ケイトが恐れるすべて(ピーター・スワンソン)
イギリス育ちのケイトは初めて大西洋を渡り、アメリカに降り立つ。転勤の決まった親戚のコービンと住居を交換するためだ。だが、新しい生活を始めてすぐに隣の部屋から女の死体が発見される。そして、周囲の人間は一癖も二癖もある者ばかりで.......。
何もかもが怪しく見える五里霧中の物語はサスペンスフルで非常に読み応えがあります。ただ、その先に特に驚くような展開はなく、尻すぼみで終わってしまったのが残念。
ケイトが恐れるすべて (創元推理文庫)
ピーター・スワンソン
東京創元社
2019-07-30


25.緋い空の下で(マーク・サリヴァン)
1943年のイタリア。17歳の少年ピノは戦火の拡大に伴ってアルプス山中の自然学校に疎開することになった。だが、そこで彼は登山の訓練を受け、ナチスに追われるユダヤ人をスイスに逃す活動に従事することになるが......。
2年に及ぶ主人公の成長を描いた伝記風冒険小説。そのため、前半な少々淡々とした印象ですが、後半からの波乱万丈の展開は大いに楽しめます。
緋い空の下で(上) (海外文庫)
マーク・サリヴァン
扶桑社
2019-04-27


26.ブラックバード(マイケル・フィーゲル)
卵アレルギーの殺し屋エディソンは、マヨネーズ入りのハンバーガーを出してきた店員に腹を立て、銃を乱射したあげく、その場にいた8歳の少女を連れ去ってしまう。少女はエディソンから逃げようともせず、やがて彼の仕事を手伝い始めるが......。
少女と殺し屋といえば映画『レオン』を連想しますが、本作はもっと邪悪でねじれまくっており、それでいながら疑似家族の絆に心安らいだりする、なんとも不思議な異色傑作です。
ブラックバード (ハーパーBOOKS)
マイケル フィーゲル
ハーパーコリンズ・ジャパン
2019-08-16



27.マンハッタンの狙撃手(ロバート・ポビ)

寒波に襲われるニューヨークで殺人が発生。セダンに乗っていた被害者が銃で狙撃されたのだ。しかも、同様の事件は続き、被害者は法執行機関に所属しているという共通点があった。元FBI捜査官で天文学者のルーカスが事件を追うが........。
主人公が優れた空間把握能力を駆使して犯人を追い詰めていくプロセスは読み応えがあります。全100章の短いショットを積み重ねてテンポよく進んでいく物語構成もグッドです。
マンハッタンの狙撃手 (ハヤカワ文庫NV)
ロバート・ポビ
早川書房
2019-09-05


28.金時計(ポール・アルテ)
1911年冬。霧深い森にある山荘には数名の男女が招かれていた。しかし、その翌朝、山荘の主が完全な雪密室の中で死体となって発見される。一方、1991年の夏。劇作家のアンドレは子供の頃に観たサスペンス映画を探していたが......。
足跡トリックにそれほどの驚きはないものの、過去と現在の話のあまりにも予想外の繋がり方には唖然とします。好き嫌いの分かれそうな怪作です。


29.沼の王の娘(カレン・ディオンヌ)
終身刑の男が看守2人を殺して脱走した。その事実を知った娘のヘレナはこれ以上被害者を出さないために父を捕える決意をする。彼女は父親自身よって叩きこまれたサバイバル術を駆使して彼の行方を追うが.......。
サイコパスの父親と彼に育てられた娘との間の愛憎劇がスリリングで、手に汗握るサバイバルスリラーに仕上がっています。
沼の王の娘 (ハーパーBOOKS)
カレン ディオンヌ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-02-16


30.休日はコーヒーショップで謎解きを(ロバート・ロプレスティ)→7位
立て篭もり犯が人質に対して奇妙な要求をする『二人の男、一艇の銃』、腕利きの殺し屋の前に次々と予測不能な出来事が降りかかる『残酷』、常連客が殺されたコーヒーショップで詩人が推理を繰り広げる『赤い封筒』など、9作品を収録した作品集。
クライムストーリーあり、本格あり、私立探偵小説ありとバラエティに富んだ作品が収録されたノンシリーズ短編集の佳品です
休日はコーヒーショップで謎解きを (創元推理文庫)
ロバート・ロプレスティ
東京創元社
2019-08-09


31.種の起源(チョン・ユジョン)
25歳の青年、ハン・ユジンが目を覚ますと彼の体は血に濡れており、血の足跡の先には母の死体が転がっていた。しかも、記憶障害の彼は昨夜の記憶がない。果たして母を殺したのはユジンなのか?
韓国発のサイコスリラー。途中で物語の見え方ががらりと変貌していくさまは圧巻。ただ、回想の多さに読みにくいと感じる人はいるかも。
種の起源 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
チョン・ユジョン
早川書房
2019-02-06


32.イヴリン嬢は七回殺される(スチュワート・タートン)→4位
森の中に建つブラックヒース館に私は記憶を失った状態でたどりついた。しかも、仮面の男が現れて、この館の令嬢であるイヴリンが今夜殺されると告げる。しかも、事件を解決しない限り、延々と同じ日を繰り返すことになるというのだが......。
SF設定と謎解きの面白さを組み合わせたSFミステリーです。2つの能力を駆使し、トライ&エラーを繰り返しながら真相にたどりつくプロットはアドベンチャーゲームのような面白さがあります。ただ、少々ややこしく慣れるまでとっつきにくいのが難。
イヴリン嬢は七回殺される
スチュアート タートン
文藝春秋
2019-08-09


33.暗殺者の追跡(マーク・グリーニー)
CIAが捕えた銀行家をイギリスの空港でMI6に引き渡そうとしたさなか、正体不明の集団に急襲を受け、銀行家をさらわれてしまう。グレイマンはCIAの依頼を受け、銀行家の行方を追うが.......。
グレイマンシリーズの第8弾。冒頭の銃撃戦から始まるアクションシーンつるべ打ちといい、キャラ同士のユーモアの効いた掛け合いといい、安定した面白さをキープしています。
暗殺者の追跡 (上) (ハヤカワ文庫NV)
マーク グリーニー
早川書房
2019-08-20


34.カルカッタの殺人(アピール・ムカジー)→18位
1919年。英国統治下のインド帝国に赴任したウィンダム警部は流行り病で妻を失った痛手から立ち直れずにいた。そんな中、イギリス政府高官が殺害され、理想に燃えるインド人の部長警部と共に捜査をすることになるが.......。
当時のイギリスとインドの関係やカルカッタの雰囲気がブラックユーモを交えながら巧みに描かれています。また、凸凹コンビのバディものとしても読み応えのある作品です。


35.サイコセラピスト(アレックス・マイクリーディーズ)
写真家の夫の顔面に銃弾5発っを撃ち込み、それ以降、一言も言葉を発せずに先進病院に収容された画家の妻。司法心理療養士のセオは、彼女の口を開かせることができるのは僕しかいないと考え、彼女の担当に志願するが.......。
主人公の一人称の語りの中に、時折、殺人犯である女性の日記が挿入されることで否応なくサスペンスを盛り上げていきます。ラストの意外な展開も見事な佳品です。
サイコセラピスト (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
アレックス マイクリーディーズ
早川書房
2019-09-05


36.潤みと翳り(ジェイン・ハーバー)
企業の研修キャンプで同僚である5人の女性が遭難し、その内の1人であるアリスが姿を消した。事故か事件か?唯一の手掛かりは捜査官アーロン・フォークの携帯電話に残された「あの子を苦しめて」というアリスの声だけだった。
CWA賞受賞の『渇きと偽り』の続編。相変わらず細やかな女性心理の描写が見事で、そこにさまざまな謎を絡めることで濃密なサスペンスを醸し出しています。
潤みと翳り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジェイン・ハーパー
早川書房
2019-08-06


37.ブルーバード、ブルーバード(アティッカ・ロック)→12位
テキサス州の田舎町で2つの死体が相次いで発見される。一つは都会の黒人弁護士、もう一つは地元の白人女性だった。停職中の黒人レンジャー・ダレンは友人のFBI職員に事件の調査を依頼されるが......。
CWAスティールダガー賞他を受賞。人種差別の問題を正面から描いた骨太な作品であり、哀愁漂うムードが胸に迫る力作です。
38.トリック(エマヌエル・ベルクマン)
貧しいラビの家に生まれたユダヤ人のモシュはサーカス団に入り、ナチスに取り入って激動の時代を生き抜く。一方、現代を生きる裕福な少年・マックスは両親の離婚を回避するために、大魔術師ザバティーニを探す冒険に出る。
人生をマジックショーに見立てた奇蹟の物語。しかも、奇蹟を起こすザバティーニが偉大でも善良でもなかったというギャップが逆に心に沁み入ります。


39.終焉の日(ビクトル・デル・アルボル)
弁護士のマリアはある女性の依頼を受ける。夫のヘススが悪徳警部に殴られ、昏睡状態にあるというのだ。マリアはその警部を終身刑に追い込み、名声を得る。だが、3年後、ヘススが意識を取り戻し、妻を殺して逃亡するという事件が起きる。
スペインを舞台に親から孫に至る3代の因果を描いた歴史ノワール。史実との絡め方が巧みで、壮絶な暴力描写に息を飲む一方、重厚な物語は読み応え満点。
終焉の日 (創元推理文庫)
ビクトル・デル・アルボル
東京創元社
2019-03-20


40.ひとり旅立つ少年よ(ボストン・テラン)→11位
詐欺師の父は奴隷解放運動の資金だと偽って教会から莫大な寄付をせしめ、その金を狙う2人組の男に殺される。12歳の少年チャーリーは父の悪行の罪滅ぼしのために、詐欺で集めた金を奴隷解放組織の元に届ける決意をするが.....。
過酷な旅の中で少年が成長していくさまを描いたロードノベル。19世紀の世紀のアメリカをリアルに描き出しながら、一難去ってまた一難という冒険譚を見事に活写しています。
ひとり旅立つ少年よ (文春文庫)
ボストン テラン
文藝春秋
2019-08-06


41.モリアーティ秘録(キム・ニューマン)
その回想録はロンドンにある大銀行の貸金庫で眠っていた。著者はモラン大佐。犯罪王モリアーティ教授の右腕といわれた男だ。彼の目を通して語られるモリアーティと犯罪商会の暗躍の実態とは!
悪のカリスマぶりと小物ぶりがほどよくブレンドされたモリアーティがいい味を出しています。ホームズシリーズのキャラが入り乱れるさまが楽しい。
モリアーティ秘録〈上〉 (創元推理文庫)
キム・ニューマン
東京創元社
2018-12-12


42.11月に去りし者(ルー・バーニー)→6位
裏社会で生きるギドリーはケネディ大統領暗殺の報を聞き、数日前に依頼された仕事はこの暗殺絡みだったことを理解する。このままでは自分も消されることを悟った彼は西へと車を走らせる。その途中で訳あり親娘を拾い、家族を装って旅を続けるが.......。
暗黒街の顔役と彼を狙う殺し屋との駆け引きに手に汗握るノワール小説であると同時に、優れたロードノベルや恋愛小説でもある傑作です。
11月に去りし者 (ハーパーBOOKS)
ルー バーニー
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-09-17


43.大統領失踪(ビル・クリントン、ジェイムズ・パタースン)
ダンカン大統領はテロリストに探りをいれるために彼らと接触する。だが、上層部しか知りえない機密情報が漏洩したことで、内通の嫌疑がかけられる。大統領は真相を突き止めるために身を隠す決意をするが......。
作者が元大統領だけあって内情描写はリアルで中盤からの盛り上がりも読み応え満点です。ただ、大統領が超人すぎるのが少々興醒め。
大統領失踪 上 (ハヤカワ文庫NV)
ジェイムズ パタースン
早川書房
2020-12-03


44.地下道の少女(アンデシュ・ルースルンド)
真冬のストックホルムでバスに乗っていた43人の子どもが置き去りにされる。彼らはブカレストからやってきたストリートチルドレンだった。一方、病院の地下通路からは女の惨殺死体が発見される。両者の繋がりとは?
グレーンス警部シリーズ4弾。北欧の暗部を描く陰惨な物語ながらも先の読めない展開でぐいぐいと惹きこまれていきます。
地下道の少女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ ルースルンド
早川書房
2019-02-20


45.ゴーストライター(キャロル・オコンネル)
芝居の最中に最前列に座っていた男が殺される。彼はこの劇の脚本家であり、前日には同じ席で女性が心臓発作で亡くなっていたのだ。果たしてこれは偶然なのか?しかも、事件の背後には謎のゴーストライターの影が.....。
キャッシー・マロリーシリーズ第11弾。キャラの魅力や事件の奇抜さには惹きつけられるものの、話のテンポが悪いのが難点。
ゴーストライター (創元推理文庫)
キャロル・オコンネル
東京創元社
2019-03-11


46.戦場のアリス(ケイト・クイン)
第2次世界大戦中に行方不明となった従姉妹を探すためにシャーリーはロンドンに訪れ、そこで酔いどれの中年女と出会う。彼女は第1次世界大戦時にドイツ占領下の北フランスで活躍した女スパイだったのだが......。
史実を絡めながら語られる女スパイの物語が手に汗握る面白さで、シャーリーの物語と一つに繋がっていくプロットもよくできています。
戦場のアリス (ハーパーBOOKS)
ケイト クイン
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-03-15


47.指名手配(ロバート・クレイス)
私立探偵エルヴィスはある女性から依頼を受ける。最近妙に金回りのいい息子、タイソンを調べてほしいというのだ。調査の結果、タイソンは仲間と一緒に窃盗を繰り返している事実が明らかになり、しかも、それは殺人事件へと発展していく......。
エルヴィス・コールシリーズ第13弾。今回もクールでタフな主人公の魅力が満喫できるものの、ストーリー的にはやや盛り上がりに欠けたのが残念。
指名手配 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス
東京創元社
2019-05-11


48.パリ警視庁迷宮捜査班(ソフィー・エナフ)
停職処分明けの警視正、アンヌ・カペスタンは新しくできた特別捜査班のリーダに任命される。だが、その実態はパリ警察の問題児を集めた窓際部署だった。成果など期待されていない中でアンヌは過去の未解決事件を調べ始めるが.....。
フランス版『特捜部Q』というべき作品だが、陰鬱な雰囲気の本家と比べるとかなり陽性。重厚さには欠ける代わりに、気軽に楽しむことができます。


49.1793(ニコラス・ナット・オダーク)→8位
フランスで王妃マリー・アントワネットが処刑された年、腐敗と暴力がはびこるストックホルムで四肢を切り落とされ、眼球をくりぬかれた死体が発見される。法律家ヴィンゲと風紀取締官カルデルのコンビがその謎を追う。
日本人になじみのない舞台が興味深い北欧ミステリーです。残虐で不衛生な時代の空気を見事に活写しており、その中に垣間見える希望と愛の姿に感銘を覚えます。
1793
ニクラス ナット・オ・ダーグ
小学館
2019-06-05


50.隠された悲鳴(ユニティ・ダウ)
1994年。ボツワナのある村で12歳の少女が行方不明になる。村人たちは儀礼殺人を疑うが、警察は野生動物に襲われたのだと結論付けた。その5年後、国家奉仕プログラムの参加者として村に赴任した女性はひょんなことから事件の真相を追うことになるが......。
ボツワナ現職大臣が書いたサスペンス小説。ボツアナの理不尽な現実を暴きつつ、上質なサスペンス小説に仕上がっています。
隠された悲鳴
ユニティ・ダウ
英治出版
2019-08-30


51.ついには誰もがすべてを忘れる(フェリシア・ヤップ)
記憶が1日しか保てない”モノ”と2日間保持できる”デュオ”がいる世界での殺人。被害者の女性の日記には作家・エヴァンズと愛人関係であることが記されている。エヴァンズはそれは彼女の妄想にすぎないと一蹴するが.....。
オーソドックスな殺人の謎をSF設定を持ち込むことでスリリングなものにすることに成功しています。強烈な悪女の描写も印象的。
ついには誰もがすべてを忘れる (ハーパーBOOKS)
フェリシア ヤップ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-02-16


52.ミッシングガール(ミガーン・ミランダ)
ニックは認知症の父を施設に入れるために10年ぶりに故郷へと戻る。10年前に親友のコーリンが失踪した町だ。だが、訪ねてきた女が差し出した写真を見てニックは驚愕する。そこにはコーリンの死体を運ぶ父の姿が写っていたのだ。
物語が次第に過去へと遡っていく時間逆行ミステリー。緻密な構成と驚愕の展開が見事な一級のサスペンスです。


53.エレベーター(ジェイソン・レナズル)
ショーンが何者かに射殺される。15歳になる弟のウィルは悲しみにくれていたが、兄が隠し持っていた銃と15発の弾丸を発見し、復讐を誓う。そして、犯人を殺すため、朝早く部屋を抜け出してエレベーターに乗り込むのだが.......。
詩人である作者がポエトリーという手法で描いた実験小説です。しかし、読みにくさは皆無で、逆に、主人公の心情がダイレクトに伝わってくるさまには圧倒されます。
エレベーター
ジェイソン・レナルズ
早川書房
2019-08-20


54.緊急工作員(ダニエル・ジャドスン)
帰還兵のトムは愛する人と巡り合い、平穏な生活を送っていた。だが、かつての上司からトムの恩人が銃撃戦の末、姿を消したとの報せを受ける。恩人の行方を追うトムの前にさまざまな罠が待ち受ける.!
ディーテルに凝っているのにダイナミックなアクションと二転三転する緊張感のある展開に引き込まれる冒険小説の傑作です。
緊急工作員 (ハヤカワ文庫NV)
ダニエル・ジャドスン
早川書房
2019-01-10


55.すべてを忘れたわけではない(ウェンディ・ウォーカー)
10代の少女・ジェニーはレイプの被害者となる。トラウマになることを恐れた母親はジェニーに最新医療である記憶消去療法を受けさせ、犯人に関する記憶をすべて消去する。だが、一年が過ぎた頃、ジェニーは突然、自殺未遂を引き起こし......。
語り手不明の謎めいた出だしにまず引き込まれます。そして、少女の記憶の断片から次々と意外な事実が明らかになっていく展開がサスペンスものとして秀逸です。
まだすべてを忘れたわけではない (講談社文庫)
ウェンディ・ウォーカー
講談社
2019-06-13


56.ピクニック・アット・ハンギングロック(ジョーン・リンジー)
1900年。オーストラリアの寄宿制女学院の生徒たちはハンキングロックでのピックニックを楽しんでいた。だが、その最中に引率の先生と4人の生徒が忽然と姿を消してしまう。そして、事件を契機として、すべての歯車が狂い始め.....。
不穏な空気の中で奏でられる美と狂気の物語に引き込まれます。ただ、真相がぼかされ、すっきりしないのは好みが分かれるところ。


57.贖罪の街(マイクル・コナリー)
女性公務員が自宅で強姦された上、撲殺される。精液のDNA判定から元ギャングの男が逮捕されるが、彼はハラーの古くからの顧客だった。ハラーは男の無罪を証明するためにボッシュの協力を求めるが.....。
裏切り者呼ばわりされながらも真実を追うボッシュの姿がハードボイルドで痺れます。ただ、ミステリーとしてはヒネリに乏しいのが残念。
贖罪の街(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー
講談社
2018-12-14


58.無垢なる者たちの煉獄(カリーヌ・ジュベル)
刑務所帰りのラファエルは弟と宝石店を襲撃するが、警官隊と銃撃戦になり、弟が撃たれてしまう。瀕死の弟を抱えてなんとか村はずれ屋敷に逃げ込むものの、そこは世にもおぞましいシリアルキラーの家だった......。
強盗兄弟、サイコパス夫婦、誘拐された少女の間で繰り広げられる残酷描写の数々。容赦ない展開は好みの分かれるところです。
無垢なる者たちの煉獄 上 (竹書房文庫)
カリーヌ・ジエベル
竹書房
2019-01-30




59.正しい恋人(B・A・パリス)
愛するレイラはぼくがプロポーズをしようとした矢先に忽然と姿を消してしまう。それから12年が過ぎ、新たな人生を踏み出すべく、現在の恋人と婚約を決める。だが、それから急にレイラの影がぼくにつきまとい始め......。
ベストセラー『完璧な家』の作者だけあって、やや強引なところはあるものの、ぐいぐいと読ませるインパクトの強いイヤミスに仕上がっています。
正しい恋人 (ハーパーBOOKS)
B・A・パリス
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-03-15


60.刑事ファビアン・リスク 零下18度の棺(ステファン・アーンヘム)
警察に追われていたBMWが埠頭から海に突っ込む。運転席に座ってたのは若い富豪。だが、死体は凍結しており、検死解剖で死後2カ月と判定される。しかも、彼は数日前に生きている姿で目撃されていたのだ。
シリーズ第3弾。主人公周りのドロドロ展開に加えて謎めいた事件が続出。構成のうまさもあってかなり読ませます。
刑事ファビアン・リスク 零下18度の棺 (ハーパーBOOKS)
ステファン アーンヘム
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-11-16



61.脱落者(ジム・トンプスン)
田舎の保安官・トムは投資した石油会社とトラブルになり、はずみで担当責任者を殺してしまう。一方、若くして未亡人となったドナは夫の復讐のために町を離れたトムを追う。そして、原油採掘権を巡る陰謀と死の連鎖が始まり......。
語り手がコロコロ変わり、物語はあちらこちらに蛇行しますが、その錯綜ぶりが先の読めないサスペンス感を生み出しています。
脱落者
ジム・トンプスン
文遊社
2019-03-28


62.堕落刑事  マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ(ジョセフ・ノックス)
保管室から証拠品をくすねて懲戒免職寸前のウェイツ刑事はパーズ警視に呼び出され、麻薬密売組織への潜入捜査を持ちかけられる。1年後。ようやく潜入捜査にも手ごたえを感じ始めていたころ、家出中の司法大臣の娘が何者かに殺され.......。
やや中弛みはするものの、ノワールの世界観に警察小説と謎解きミステリーの面白さがしっかり練り込まれ、なかなか読み応えのある佳品に仕上がっています。


63.カナリアはさえずる
(ドゥエイン・スウィアジンスキー)
優等生のサリーは校内パーティのあとで上級生のDを車で送ったことから、麻薬密売の容疑で逮捕されてしまう。さらに、Dをかばったために、彼女は警察の手先となって密売組織のスパイをやるはめになるが.....。
YA小説のような軽いノリは好き嫌いが分かれるところですが、ヒロインがどんどん深みにはまり、やがて逆襲に転じる展開は読み応えあり。
カナリアはさえずる(上) (海外文庫)
ドウェイン・スウィアジンスキー
扶桑社
2018-12-27


64.イタリアン・シューズ(ヘニンク・マンケル)
孤島で隠棲生活を送っていた元医師のフレドリックの元に40年前に捨てた恋人のハリエットが訪ねてくる。不治の病に冒された彼女は昔の約束を果たすことを求め、彼は島を後にする。そして、そのことが彼の人生を大きく変えていく.......。
ヴァランダー警部シリーズの著者が送る贖罪の物語。スウェーデンの美しい自然描写と哀愁に満ちたストーリーが胸を打ちます。
イタリアン・シューズ (創元推理文庫)
ヘニング・マンケル
東京創元社
2022-10-11


65.心霊電流(スティーヴン・キング)
1962年。6歳の時に初めて出会ったジェイコブス牧師は1992年にドラック中毒に苦しむ僕の前に再び現れ、電流治療を施して僕を救ってくれる。そして、僕が年老いたとき、さらなる邂逅が......。
ノスタルジックな回想ものとして秀逸です。ただ、ホラー展開になるのがかなり後半になってからなのでその点は賛否が分かれそう。
心霊電流 上 (文春文庫)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2022-01-04


66.狙撃手のゲーム(スティーヴン・ハンター)
2013年にイラクで息子を射殺されたという女性が隠棲中のボブを訪ねてくる。彼女は息子を殺したスナイパーの行方を追っており、彼女の手助けを約束したボブはイスラエルに赴く。そこで、モサドの高官と接触し、情報を収集するが.....。
ボブ・リー・スワンガーシリーズ第11弾。ボブと凄腕スナイパーの手に汗握る闘いは安定の面白さですが、往年の作品比べるとやや勢いに欠ける印象があります。
狙撃手のゲーム(上) (海外文庫)
スティーヴン・ハンター
扶桑社
2019-09-01


67.血の郷愁(ダリオ・コッレンティー)
北イタリアの村で女性の惨殺死体が発見される。定年間際の新聞記者、マルコが事件を追っていると、クビ寸前の女性インターン記者からこの事件は19世紀の連続殺人の模倣だという情報を得る。2人は共に事件を追うが.....。
カニバリズムの模倣犯という趣向は惹かれるものの、物語が脇道にそれすぎるのが難点。謎よりも記者の生き方を主題にしているのは賛否の分かれるところです。
血の郷愁 (ハーパーBOOKS)
ダリオ コッレンティ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-06-17


68.レパード 闇にひそむ獣(ジョー・ネスボ)
心身に大きなダメージを負ったハリーは警察を休職し、香港で静養の日々を送る。だが、オスロから刑事が訪ねてきて自らの血液に溺死した女性の死体が立て続けに発見されたことを告げる。そして、この事件の捜査にはハリーの力が必要だというのだが.....。
グロテスクな犯行に、二転三転する展開と読みどころは満載なのですが、登場人物が多く、展開がやや冗長な感じがします。『スノーマン』と比べると物足りないものがあります。


69.生者と死者に告ぐ(ネレ・ノイハウス)
犬を散歩させていた女性がライフルで狙撃されて死亡した。しかも、続いて2件の狙撃事件が立て続けに起こる。だが、3人に接点はなく、動機らしいものも見当たらない。やがて、警察署に仕置人と名乗る人物から死亡通知が届くが.......。
シリーズ第7弾。凄惨な事件を描きつつも、犯人像が二転三転するテンポのよい物語に引き込まれていきます。社会派的テーマとエンタメ性のバランスの取れた佳品です。
生者と死者に告ぐ (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2019-10-30


70.ネプチューンの影(フレッド・ヴァルガス)
まるでネプチューンの槍で刺されたような殺人事件が発生する。それはアダムスベルグ署長の弟が容疑をかけられた30年前の連続殺人と同じ手口だった。しかし、彼が真犯人だと過信し、追っていた容疑者はすでに死亡したはずなのだが.....。
アダムスベルグ警視シリーズ。謎めいた事件を皮切りに、起伏に富んだ物語にぐいぐい引き込まれていきます。老婦人ハッカーを初めとする個性豊かな登場人物も魅力的。
ネプチューンの影 (創元推理文庫)
フレッド・ヴァルガス
東京創元社
2019-10-30


チェック漏れ作品

名探偵の密室(クリス・マクジョーイ)→14位
かつて少年探偵として名を馳せていたモーガン・シェパード。25年後。リアリティ番組で名探偵を演じていた彼は見知らぬ5人の男女と共にホテルの一室に監禁される。しかも、バスタブには死体が転がり、3時間以内に事件を解決しないとホテルを爆破するとの予告が.....。
「英国から新本格への挑戦状」という煽り文句に反し、実際はサスペンス小説です。本格を期待しなければそこそこの作品ですが、犯人の行動に説得力がないのはいただけません。

名探偵の密室 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
マクジョージ,クリス
早川書房
2019-08-06


戦下の淡き光(マイケル・オンダーチェ)→18位
1945年。ロンドンに住んでいたウィリアム夫妻はシンガポールに赴任すると宣言して、ナサニエルたちの前から姿を消した。見知らぬ大人たちに囲まれて育つ子どもたち。やがてたくましく育ったナサニエルは諜報機関に就職して母のことを調べ始めるが.....。
不条理な状況に置かれた少年が大人になり真実を探っていくという、一風変わった青春ミステリーとして非常に読み応えがあります。美しい文章と余韻の残るラストも絶品です。
戦下の淡き光
マイケル・オンダーチェ
作品社
2019-09-13



2019年12月11日追記

予想結果
ベスト5→5作品中2作的中
ベスト10→10作品中5作的中
ベスト20→20作品中11作的中
順位完全一致→20作品中1作品



2020このミステリーがすごい




最新更新日2019/11/12☆☆☆

Next⇒本格ミステリベスト10・2021年国内版予想
Previous⇒本格ミステリベスト10・2019年国内版予想

本ミス2020
対象作品である2018年11月1日~2019年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中からベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、発売時期などを考慮した上で決めており、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
※各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします


本格ミステリベスト10国内版最終予想(2019年11月12日)

1位.魔眼の匣の殺人(今村昌弘)→2位(実際の順位)※20位まで記載
絶対に当たる予言”という特殊設定を伏線・推理・逆トリックといった具合に、本格ミステリの要素として活用し尽くした手腕が見事です。クローズドサークルとしてのインパクトは前作よりも劣るものの、フーダニットミステリーとしての完成度はより高くなっています。
魔眼の匣の殺人
今村 昌弘
東京創元社
2019-02-20


2位.紅蓮館の殺人(阿津川辰海)
→3位
山火事が迫る館での殺人事件を扱った『シャム双生児の謎』の本家取り作品。端正なロジックに加え、そこからさらに予想外の方向へと進んでいく展開に驚かされます。偶然が多用されている点は賛否が分かれるところですが、企みに満ちた野心作であることは確かです。
紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)
阿津川 辰海
講談社
2019-09-20


3位.medium 霊媒探偵城塚翡翠(相沢沙呼)→1位
日常ミステリーの書き手として知られる著者が挑戦した渾身の殺人ミステリー。「すべてが伏線」という謳い文句に偽りはなく、緻密に組み立てられたロジカルな仕掛けは見事としかいいようがありません。霊媒探偵のギャップ萌えなキャラもいい味出しています。


4位.潮首岬に郭公の鳴く(平石貴樹)
→10位
芭蕉の俳句の見立て殺人をテーマした『獄門島』の本家取り作品であり、トリック、ロジック、動機の謎と、謎解きの面白さがこれでもかというほどに詰まった傑作です。ただし、物語の大半は警察の捜査が淡々と続く平坦なもので、謎解きが始まるまでは忍耐が必要です。


5位.或るエジプト十字架の謎(柄刀一)→6位
案内板に磔にされていた首なし死体や白い粉だらけの殺人現場など、クイーンの国名シリーズに挑戦した連作集。ロジックミステリーが好きな人にはたまらない粒ぞろいの作品が揃っています。ただ、文章に難があり、分かりにくいところがあるのが惜しいところです。
6位.殺人犯 対 殺人鬼(早坂吝)
→11位
孤島の児童養護施設という特異な舞台を設定し、2人の犯人の対決を描くという変則的なクローズドサークルミステリー。しかも、犯人探しに気を取られると、意表をついた展開に足元を掬われるという仕掛けも見事です。特に、バカミス風味のミッシングリンクが秀逸。
7位.そして誰も死ななかった(白井智之)
→5位
相変わらず倫理観無視の鬼畜ミステリーですが、ロジックの構築がしっかりしており、一級のパズラーに仕上がっています。特殊設定を盛り込みすぎなのは賛否のわかれるものの、多重推理のつるべ打ちの末にたどりつく、唖然とするような真相がインパクト大です。
 8位.むかしむかしあるところに、死体がありました。(青柳碧人)→9位
竜宮城で起きた密室殺人・一寸法師のアリバイ・花咲じじいのダーイングメッセージなど、誰でも知っているお伽噺に本格ミステリの謎を組みこみ、物語の裏に隠されている意味を浮かび上がらせていくプロットがよくできています。発想の勝利というべき傑作連作集。
9位.お前の彼女は二階で茹で死に(白井智之)
お馴染のグロ展開はさらに過激さを増し、一般層におすすめできるレベルをとうに超えています。その一方で、緻密なロジックと多重解決の趣向はよくできており、鬼畜設定とミステリーの仕掛けが密接に結びつくプロットも過去作に比べて巧妙さを増しています。


10位.刀と傘 明治京洛推理帖(伊吹亜門)
→4位
山田風太郎の明治ものを彷彿とさせる連作集ですが、奇想天外な大仕掛けがウリだった明治ものに対して本作は端正なロジックが光ります。各編ごとに異なる趣向が凝らされており、時代背景との絡ませ方も巧みです。推理小説としても歴史小説としても秀逸な傑作です。
刀と傘 (創元推理文庫)
伊吹 亜門
東京創元社
2023-04-19



その他注目作品50

11.犯人IAのインテリジェンス・アンプリファー~探偵AI2~
(早坂吝)
探偵AIシリーズの第2弾。トリックそのものは凡庸なのですが、それを効果的に演出する手腕に長けています。また、AIにまつわるさまざまな問題を推理に結び付けている点もよくできており、それによってSFミステリーの醍醐味を感じることができます。


12.法月綸太郎の消息(法月綸太郎)→17位
法月綸太郎シリーズの第6短編集。収録作4作の内、2作は通常の探偵ものとしてそこそこ楽しめます。しかし、白眉なのはコナン・ドイルとアガサ・クリティの晩年の作品について推理した残り2編で、批評家としての著者の慧眼ぶりを堪能することができます。
法月綸太郎の消息
法月 綸太郎
講談社
2019-09-12


13.Iの悲劇(米澤穂信)→12位
著者の得意とする学園日常ミステリーを限界集落と公務員に置き換えて描いたような連作ミステリー。ユーモアと社会派的テーマと謎解きがほどよくブレンドされた手堅い作品という感じですが、最後にひとひねりあり、皮肉な動機が浮かび上がるプロットが見事です。
Iの悲劇
米澤 穂信
文藝春秋
2019-09-26


14.時空旅行者の砂時計(方丈貴恵)
→7位
第29回鮎川哲也賞。1960年にタイムスリップして館の惨劇の謎に挑むという、今流行りの古典本格+特殊設定の合わせ技です。タイムマシーンの独自理論など、前提として理解しなければならないことが多いのが難ですが、ロジックや伏線回収などはしっかりしています。
時空旅行者の砂時計
方丈 貴恵
東京創元社
2019-10-11


15.魔偶の如き齎すもの(三津田信三)
短編3作と中編1作の作品集。白眉はなんていっても中編の表題作で、これまでのシリーズ作品を伏線として絡め、壮大なミスディレクションを構築しています。また、刀自と祖父江の出会いも描かれており、シリーズのファンにとっては必読の書だといえるでしょう。
魔偶の如き齎すもの
三津田 信三
講談社
2019-07-11


16.カナダ金貨の謎(有栖川有栖)
→16位
シリーズ第10弾の中短編集。表題作はシリーズ初の倒叙もので、犯罪心理を追ったサスペンスと探偵側の謎解きが同時に楽しめる作りになっているのが秀逸です。また、『船長が死んだ夜』もキレ味の良いフーダニットを楽しめる良品です。


17.本と鍵の季節(米澤穂信)→14位
著者が得意とする青春ものと日常の謎を組み合わせた連作ミステリー。軽妙な掛け合いを楽しみつつも、ビターなオチへと持っていく手並みが見事です。ミステリーとしては小粒ですが、推理の提示によって物語に深みが出てくるという展開にはうまさを感じます。
本と鍵の季節
米澤 穂信
集英社
2018-12-14


18.そのナイフでは殺せない(森川智喜)
16時32分になると生き返るというナイフを巡る特殊設定ミステリーですが、その設定を活かしきったトリックには唸らされます。また、生き返るのが分かって殺すのは罪なのかといった倫理や法律を巡る、ある種狂気に満ちた展開にも引き込まれるものがあります。


19.極上の罠をあなたに(深木章子)
悪党同士の騙し合いを描いた連作短編ですが、そこに”便利屋”という人物がキーマンとして登場します。そして、この便利屋が各エピソードでどのような役割を担っているかというのが謎の中核となっているのです。こちらの予想を覆すヒネリ具合が見事な佳品です。
極上の罠をあなたに
深木 章子
KADOKAWA
2019-09-30


20.焼跡の二十面相(辻真先)
終戦直後の東京を舞台にし、明智小五郎不在の中で怪盗二十面相と小林少年との対決を描いた長編ミステリー。パスティーシュとしてよくできているだけでなく、時代背景をミステリーとしての仕掛けに絡ませている点が秀逸。著者87歳の力作です。
焼跡の二十面相 (光文社文庫)
辻 真先
光文社
2021-10-13



21.教室が、ひとりになるまで(浅倉秋成)→13位
高校での連続自殺事件を描いた青春ミステリーですが、犯人も主人公も特殊能力を持っているSFミステリーでもあります。一歩間違うとなんでもありになるところを張り巡らされた伏線と緻密な推理によって一級の本格ミステリとして成立させているのが見事です。
22.W県警の悲劇(葉真中顕)
男尊女卑が根強い県警を舞台に女性警察官の視点から現代社会の問題を描きつつ、ラストのどんでん返しに繋げていく6編からなる連作短編集。本格要素の強い社会派警察小説であり、特に、痴漢事件の意外な構図が最後に浮かび上がる『私の戦い』が秀逸。
W県警の悲劇 (徳間文庫)
葉真中顕
徳間書店
2021-01-15


23.不死人の検屍人ーロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件ー(手代木正太郎)
ライトノベルレーベルから発売されたファンタジーミステリーですが、そこに科学的なトリックを大胆に導入して一級の特殊設定ミステリーに仕上げています。からくり屋敷や奇奇怪怪な登場人物など、往年の探偵小説の味わいが満喫できるのもうれしいところです。


24.今昔百鬼拾遺 天狗(京極夏彦)
外伝3部作の完結編。3作の中ではミステリーとしての完成度は頭ひとつ抜けています。驚くようなトリックがあるわけではないのですが、巧妙なミスディレクションによって真相を覆い隠す手腕が見事です。ただ、戦後直後を舞台にLGBT問題を語らせるのは少々違和感。


25.犯人選挙(深水黎一郎)
→14位
問題編をネットで公開し、7つの選択肢の中から真犯人を読者に選んでもらうという発想がユニーク。そして、七通りの推理を矛盾なく提示する手腕も見事です。ただ、そのため、辻褄合わせに終始する結果となり、謎解きがこじんまりとしてしまったのは残念。
犯人選挙
深水 黎一郎
講談社
2019-09-19


26.絞首商會(夕木春央)
メフィスト賞受賞作。大正時代を舞台に、元泥棒の探偵役、怪しげな秘密結社、奇怪な殺人事件と面白そうな要素は満載ながらも展開にメリハリがないせいで盛り上がらないのが難。一方で、なぜ容疑者たちは事件解決に熱心だったのかというホワイダニットの部分は秀逸。
絞首商會 (講談社文庫)
夕木 春央
講談社
2023-01-17


27.殺し屋、続けてます。(石持浅海)
ビジネスで殺しを請け負う倉澤允シリーズ第2弾。依頼された仕事に絡んだ謎に挑む連作ミステリーですが、前作よりも設定を上手く生かした謎が用意されており、本格ミステリとしての充実度はなかなかです。作者ならではの狂気のロジックも良い味をだしています。




28.ベーシックインカム(井上真偽)→18位 ※文庫化の際に『ベーシックインカムの祈り』に改題
5編からなるSFミステリーで前半がミステリー色の強いSF、後半がVRやベーシックインカムといった最新トピックスに材を取った本格ミステリとなっています。過去作のような野心的な試みがあるわけではいものの、両ジャンルの魅力が程よくブレンドされた好編です。
ベーシックインカム
井上 真偽
集英社
2019-10-04


29.異世界の名探偵 1 首なし姫殺人事件(片里鴎)
元警察官がファンタジーの世界に転生するという典型的なライトノベルの異世界転生ものですが、本格ミステリとしてのロジックが緻密で異世界転生ならではの仕掛けが施されているのが見事です。ただ、事件発生までが長く、物語として盛り上がりが欠けるのが難。


30.幻の彼女(酒本歩)
最初から存在していなかったように痕跡すら消えてしまった3人の元カノを巡る物語。手掛かりが十分与えられておらず、本格ミステリとしては高い評価は与えられないものの、最後に明らかになる真相の衝撃度は特筆すべきものがあります。まさに21世紀版『幻の女』。
幻の彼女
酒本 歩
光文社
2019-03-19


31.虚構推理 スリーピングマーダー(城平京)
シリーズ第3弾であり、鉄壁のアリバイを持つ依頼人が、自分が犯人になるように推理させるという趣向がユニークです。1作目と比べるとミステリー的要素はやや薄めですが、それでも、キャラの魅力や二転三転する展開などでしっかりと楽しませてくれます。


32.滅びの掟 密室忍法帖(安萬純一)
『甲賀忍法帖』を彷彿とさせる甲賀忍者VS伊賀忍者の死闘から本格ミステリに移行していくいうなんともシュールな異色作です。とんでもないバカトリックの数々は賛否の分かれるところですが、なぜ忍者同士を戦わせたかという動機の謎の見事さには唸らされます。
滅びの掟――密室忍法帖
安萬 純一
南雲堂
2019-06-01


33.早朝始発の殺風景(青崎有吾)
→19位
5つの短編からなる日常の謎ミステリーですが、謎自体はやや軽め。その代わり、張り巡らせた伏線の回収が見事で、謎が解けた瞬間に見える風景ががわりと変わっていく感覚を味わうことができます。謎解き要素のある青春小説として秀逸です。ただ、後日談は蛇足気味。
早朝始発の殺風景
青崎 有吾
集英社
2019-01-04


34.神とさざなみの密室(市川憂人)
男女2人が監禁され、目の前には人が倒れているという映画『ソウ』のようなシチュエーションです。政治思想の相容れない2人が推理を通して理解し合っていくプロセスがユニーク。ただ、政治談議にページを割き過ぎ、謎解きの部分がやや駆け足に感じてしまいます。
神とさざなみの密室
市川 憂人
新潮社
2019-09-19


35.虚構推理短編集 岩永琴子の出現(城平京)
番外編的作品でほんわかした話やラブコメ展開などバラエティ富んだ物語が展開され、ファンには満足な内容に仕上がっています。ただ、本格を期待するとガッカリするかもしれません。例外的に1作目の『ヌシの大蛇は聞いた』は虚構推理の本領を発揮した秀作です。


36.白魔の塔(三津田信三)
前作の『黒面の狐』が本格色が強かったのに対し、シリーズ2弾の本作はホラー色が全面に押し出されています。その分、パズラーとしての要素は薄いのですが、推理によっても解決し得ない闇の深さにぞっとした気分を味わえます。ホラーミステリーの佳品です。
白魔の塔
三津田 信三
文藝春秋
2019-04-12


37.だから殺せなかった(一本木透)
あの『屍人荘の殺人』と鮎川賞を争い、優秀賞に輝いた作品です。それだけに、作品のレベルは高く、連続殺人犯との紙上対決や新聞社の現状などの描写はぐいぐいと読ませる力があります。二転三転の展開もスリリングです。ただ、本格としては後出しが多いのが残念。
だから殺せなかった
一本木 透
東京創元社
2019-01-30


38.時を壊した彼女 7月7日は7度ある(古野まほろ)→20位
未来からきたタイムマシンが原因で起きた爆発事故を回避するために過去をやり直すが、なぜかそのたびに犠牲者が増えるという『七回死んだ男』のオマージュのような作品。複雑な設定やクセのある文章に苦労するものの、緻密なロジックには凄味があります。


39.予告状ブラック・オア・ホワイトーご近所専門探偵物語ー(市井豊)
ご当地出身のオリンピック選手の行方不明事件や動物公園に現れた猿泥棒など、ご近所の謎を探偵が解き明かすユーモアミステリーです。奇妙な謎や意外な真相に加え、ストーリーやキャラクターも良くできており、日常の謎ものとしてはなかなの秀作に仕上がっています。


40.予言の島(澤村伊智)
→8位
『獄門島』のオマージュとして描かれ、予言どおりに人が死んでいくところなどは『魔眼の匣の殺人』を連想させたりします。しかし、ミステリーとしての仕掛けはそれほど驚くべきものはなく、むしろ、ホラーとの絡め方が大きな読みどころとなっています。
予言の島 (角川ホラー文庫)
澤村伊智
KADOKAWA
2021-06-15


41.悪魔のトリック(青柳碧人)
強い殺意を抱いている人間は悪魔から一つだけ能力を授かることができるという前提の基づいて描かれた特殊設定ミステリー。基本的に倒叙ものですが、意外性に満ちた能力の使い方が本格ミステリとしての味わいになっており、全体に仕掛けられたトリックも見事です。


42.天災は忘れる前にやってくる(鳥飼否宇)
ネット配信ニュースのスタッフが地震、台風、大雪といった災害地域を訪れるたびに奇怪な事件に巻き込まれるという連作ミステリー。ブラックな味わいが楽しく、特に、強烈な謎とヒネリの効いた真相に唸らされる「前門の虎、後門の狼」が秀逸。


43.中野のお父さんは謎を解くか(北村薫)
謎解き自体は小粒ではあるものの、松本清張、泉鏡花、『100万回生きたねこ』といった有名作家や名作に関する興味深い謎が紹介されているのが読みどころです。本好きの人であれば思わず引き込まれ、楽しい時間を過ごすことができるのではないでしょうか。


44.こうして誰もいなくなった(有栖川有栖)
ファンタジーやホラーなど、バラエティに富んだノンシリーズ作品を集めた作品集です。全体的に本格色は薄いのですが、表題作である中編は『そして誰もいなくなった』の本歌取りとなっており、ミステリーファンにとってはなかなか楽しめる作品に仕上がっています。
こうして誰もいなくなった
有栖川 有栖
KADOKAWA
2019-03-06


45.誰もしなないミステリーを君に 2(井上悠宇)
人の死を予見する能力を使って事件を回避していくいう特異な設定が印象的なシリーズ第2弾です。前作はクローズドサークルでしたが、今作は怪しげな一族と遺産相続の物語。2転3転する展開の末にやがて浮かび上がってくる意外な真相はなかなか印象的です。


46.今昔百鬼拾遺 河童(京極夏彦)
京極堂の妹、中禅寺敦子が主役を務める外伝シリーズ第2弾。極めて薄味だった前作と比べると登場人物のキャラも立っており、物語としてはぐっと面白くなっています。また、連続水死事件の謎にも惹きこまれるものがあります。ただ、真相が比較的わかりやすいのが難。


47.火曜新聞クラブー泉社毬見台の探偵ー(階知彦)
密室殺人が扱われていますが、トリック自体は大したことはありません。それよりも、少年探偵による比較推理法が印象的。ロジカルなミステリーでは軽視されがちな動機の問題に徹底的にこだわり、やや強引さはあるものの、それをうまく推理に組み込んでいます。
48.夢の迷い路(西澤保彦)
タック&タカチシリーズのように主人公とヒロインがゆるい掛け合いをしながら、推理を繰り広げていく連作集。昭和末期のノスタルジックな雰囲気と映画ネタが楽しめるのもよい感じです。中でも複雑な人間関係から意外な真相が浮かび上がる『埋没のシナリオ』が秀逸。


49.今昔百鬼拾遺 鬼(京極夏彦)
中禅寺秋彦の妹である中禅寺敦子が探偵役を務める、百鬼夜行シリーズの番外編です。コンパクトで破綻なくまとまっているものの、本編に比べるとミステリーとしての密度もキャラの濃さも遠く及んでいません。どちらかというとシリーズ入門編といった感じでしょうか。
50.終末少女 AXIA girls(古野まほろ)
少女たちが終末の世を逃れて絶海の孤島にたどり着くも、彼女たちの中にはバケモノが紛れ込んでいて、という特殊設定ミステリー。バケモノの正体を特定するための緻密なロジックはなかなか読ませるものの、少々強引さと冗長さを感じさせられる部分もあり。


51.女警(古野まほろ)
新人女性警官による上司銃殺事件を通して警察組織の闇を告発するいう物語は社会派ミステリーそのものです。しかし、その一方で、犯人の動機をあくまでもロジカルに解明しようとするプロセスは本格ミステリの要素が色濃く、ホワイダニットとしてよくできています。
女警
古野 まほろ
KADOKAWA
2018-12-27


52.沈黙の目撃者(西澤保彦)
酒が飲めないはずの先輩が殺され、現場にはビールのロング缶が転がっていたという謎を端緒とした特殊設定を用いた全5編の連作ミステリー。設定をいま一つ生かし切れていない感がありますが、皮肉の効いた『まちがえられなかった男』は出色の出来。
沈黙の目撃者 (文芸書)
西澤保彦
徳間書店
2019-10-31


53.すみれ屋敷の罪人(降田天)
戦前の名家の敷地跡から出てきた2体の白骨死体の謎を追っていく回想の殺人形式のミステリー。確かな筆力から紡ぎ出される美しくも切ない物語に引き込まれていきます。また、ミステリーとしても二転三転の展開といくつかのサプライズが用意されている佳作です。
54.境内ではお静かに 縁結び神社の事件帖(天祢涼)
ラブコメタッチの連作集で探偵役が美少女巫女という時点でミステリーとしてはあまり期待できないと思うかもしれません。しかし、伝統的な日本の風習にちなんだ事件が起き、それが巧みな伏線回収と共に解かれるプロセスはなかなか読み応えがあります。
55.キッドナッパーズ(門井慶喜)
直木賞作家である門井慶喜氏の、デビュー作を含む7作収録の短編集。まず、表題作は二転三転する凝ったプロットと人情話で読ませる佳品であり、その他の作品は言葉の蘊蓄を謎解きに絡めた小品です。軽いタッチながらも予想外の地点に着地を決める構成が見事です。
キッドナッパーズ (文春文庫)
門井 慶喜
文藝春秋
2019-01-04


56.あなたの罪を数えましょう(菅原和也)
キャンプに行った男女が監禁されて次々と凄惨な死を迎えるという、スプラッタシーンが見所となっている作品です。一方、ミステリーとしてはバカミス寸前の型破りな謎解きがインパクト大です。ただ、仕掛けがストレート過ぎて犯人が分かりやすい点が惜しまれます。


57.科警研のホームズ(喜多喜久)
やる気のない変人キャラだが、実は天才という定番主人公を中心にして、王道的で上質なエンタメミステリーに仕上がっています。メインのネタが専門的すぎて読者が推理する余地はあまりありませんが、いろいろな知識が学べるという楽しさがあります。


58.鏡面堂の殺人(周木律)
堂シリーズ6弾。お馴染の物理トリックはやや無理がありますが、その発想はユニーク。また、巧みなミスディレクションよってフーダニットとしても意外性を演出することに成功しています。冗長な面は気になるものの、なかなかの佳作といった仕上がりです。


59.犬神館の殺人(月原渉)
栗花落静シリーズ第3弾。奇妙な館、氷結した死体、不可能犯罪と道具立てはケレン味たっぷりなのですが、3年前の似たような事件が並行して語られるので、混乱して読みずらいのが難です。現在の事件の真相は見え見えですが、3年前の事件の真相はよくできています。


60.ネタバレ厳禁症候群~So signs can't be missed~(征木政宗)
物議をかもしだした『No推理、No探偵?』に続くシリーズ第2弾。相変わらず脱線とメタ発言のオンパレードで感性が合わなければ全く受け付けない作風となっています。一方で、ぶっとんだ展開を期待した人にとっては真相が無難にまとまりすぎているのがネックです。


2019年12月5日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中8作的中
ベスト20→20作品中14作的中
順位完全一致→20作品中1作品



フクロウ