【21世紀】一挙紹介!中華圏の現代ミステリー作家【華文ミステリ】
最新更新日2021/06/08☆☆☆
90年代頃から中華圏の国々では、日本の新本格ブームの影響などによって本格ミステリの人気が徐々に高まっていきました。そして、2000年代に入ると、日本の新本格や欧米の古典本格ミステリを読んで育った中華圏の若手作家たちが次々とデビューするようになったのです。今や中華圏は日本に並ぶ本格ミステリの本場といっても過言ではありません。ところが、そうした作家たちの作品の紹介はいまだ進んでおらず、日本においては多くの作家が無名のままです。そこで、華文ミステリの今を知りたいという人のために、21世紀になってから活躍している主な中華圏出身のミステリー作家を紹介していきます。
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周浩暉(チョウ・ハオホイ)1977-
2005年 凶画
2007年 鬼望坡
2008年 恐怖谷(その後『攝魂谷』に改題)
2009年 死亡通知書 暗黒者
2010年 死亡通知書 宿命
2011年 死亡通知書 離別曲
2013年 邪悪催眠師
江蘇省揚州市で生まれ、清華大学工学部を卒業。2003年に中国でSARSが流行し、外出を禁じられて暇をもてあましたのを契機にミステリーを書き始める。2005年には羅飛を主人公にした長編小説『凶画』がオンライン上で行われたミステリーコンテストで優勝し、作家デビュー。その後、映画の脚本などで実績を積み、2009年には中国ミステリー界において彼の名を不動のものとする作品を発表する。羅飛刑事と天才的頭脳を持つシリアルキラー・エウメニデスとの死闘を描いた『死亡通知書 暗黒者』がそれだ。この作品は、続く『死亡通知書 宿命』『死亡通知書 離別曲』と合わせて120万部というヒット作となり、2014年にはドラマ化もされて3シーズンの累計閲覧数が24億回という記録を達成する。さらに、2018年には英訳版が発売され、英国サンデータイムズが行った戦後ミステリーベスト100に選ばれるほどの高い評価を得る(日本の作品で選出されたのは桐野夏生の『OUT』と横山秀夫の『64』)。ちなみに、中国には”中国の東野圭吾”という二つ名を持つ作家が何人も存在するが、彼はその筆頭格としても有名だ。間違いなく、現代の中国を代表するミステリー作家の一人だといえるだろう。
雷鈞(レイ・ジュン)1980-
2013年 見鬼的愛情
2015年 黄
広東省広州市に生まれ、2002年北京大学光華管理学院を卒業。会社勤務の傍らで2009年頃からミステリー作家を目指して本格的に執筆活動を開始する。その結果、2011年に『妙計』が第2回島田荘司推理小説賞で1次選考を通過し、続く2013年の第3回では『見鬼的愛情』が最終候補に選ばれるなど、着実にステップアップを遂げていく。そして、2015年の第4回では『黄』によって同賞を受賞。この作品は冒頭で作中に叙述トリックが仕掛けられていることを宣言する大胆な構成が話題を呼び、日本でも高い評価を得ている。
李柏(リー・ボー)1981-
2006年 赤雲迷情(短編)
2014年 親愛的你
2014年 最後一班慢車(短編集)
2016年 歡迎光臨康堤紐斯大飯店
2006年に疑難雑症事務所シリーズの第1弾である『赤雲迷情』が台湾の雑誌”推理雑誌”に掲載されて作家デビュー。ミステリー作家として活動する傍らで歴史小説の執筆も始め、以後は歴史小説を李柏、ミステリー小説を本名である李柏青名義で発表するようになる。代表作はシャーロックホームズの冒険譚を意識した疑難雑症事務所シリーズなどだが、闇の深さに慄然とさせられるイヤミス的本格ミステリの『親愛的你』もかなりのインパクトだ。その一方で、リアリズム重視の社会派ミステリー的なもの、あるいは一つのホテルを舞台にして探偵、怪盗、殺し屋が入り乱れる『歡迎光臨康堤紐斯大飯店』などといった作品もあり、多彩な作風が目を引く。
紫金陳(ズ・ジンチェン)1986-
2014年 知能犯之罠ー官僚謀殺シリーズ(设局)
2014年 化工女王的逆袭ー官僚謀殺シリーズ2(高智商犯罪2:化工女王的逆袭)
2014年 物理教师的时空诡计ー官僚謀殺シリーズ3(高智商犯罪ー物理教师的时空诡计)
2014年 代上帝之手ー官僚謀殺シリーズ4(高智商犯罪之死神代言人)
2014年 无证之罪ー推理之王1
2014年 坏小孩ー推理之王2
2017年 长夜难明ー推理之王3
2018年 追踪师
2020年 低智商犯罪
淅江省生まれ。2004年の大学入学後に小説を書き始め、2005年には陳陳というペンネームで『爱不明白』を発表する。その後も作品をいくつか発表しつつも、大学卒業後は就職。プロダクトマネージャーとして働き始める。しかし、仕事に将来性を感じなかったことから2年後にはその仕事を辞め、役人を目指したり、起業を試みたりするも安定した職を得ることなく数年を過ごすことになる。転機が訪れたのは東野圭吾の『容疑者Xの献身』に触発されてミステリーを書き始めてからだ。2012年にネットで発表した『谋杀官员(官僚謀殺シリーズ)』が評判を呼び、2014年に『高智商犯罪』と改題ののちに書籍出版すると、たちまち人気作家の仲間入りをすることになった。彼の書くミステリーは”アンチクライム小説”と銘打たれ、予定調和的な従来の犯罪小説とは異なる大胆な展開が用意されている点が魅力だ。また、作中においてしばしば派手なトリックや緻密なロジックが用いられているところから、本格ミステリの書き手としても評価が高い。
鶏丁(ジー・ディン)1987-
おわりにここで紹介したのは中華圏で活躍しているミステリー作家のほんの一握りにすぎません。他にも、中国のクイーン・時晨、中国ユーモアミステリーの雄・陸燁華、中華版やりすぎミステリー・青稞、台湾推理作家協会創始者・既春などといった具合に、日本では知られていないミステリー作家が数多く存在します。それらの作家の作品が邦訳される日が待たれます。
90年代頃から中華圏の国々では、日本の新本格ブームの影響などによって本格ミステリの人気が徐々に高まっていきました。そして、2000年代に入ると、日本の新本格や欧米の古典本格ミステリを読んで育った中華圏の若手作家たちが次々とデビューするようになったのです。今や中華圏は日本に並ぶ本格ミステリの本場といっても過言ではありません。ところが、そうした作家たちの作品の紹介はいまだ進んでおらず、日本においては多くの作家が無名のままです。そこで、華文ミステリの今を知りたいという人のために、21世紀になってから活躍している主な中華圏出身のミステリー作家を紹介していきます。
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表記方法
作者(フリガナ)生年ー
発表年 作品名
解説
※作品名として挙げているのはデビュー作や代表作といった重要作品と思われるものです。ただし、独断と偏見によるセレクトなので、その作家を語る上で欠かせない作品が抜け落ちているかもしれません。その点はあらかじめご了承ください。
胡傑(フー・ジェ)1970-
2013年 ぼくは漫画大王
2017年 尋伐結衣同學(連作短編)
2017年 密室吊死詭 靈異校園推理
2018年 時空犯
2019年 去問貓咪吧(短編集)
2019年 去問貓咪吧(短編集)
大学教授として勤務する傍らで小説を執筆し、2013年に『ぼくは漫画大王』で第3回島田荘司推理小説賞を受賞。ミステリー作家としてデビューを果たす。持ち味は浅はかな人間をコミカルに描くブラックユーモア的な味わいで、また、異なるエピソードを並行して描いて意外な方向へと物語を収束させるなどといったヒネリを効かせたプロットも特徴的だ。その作風は、好きな作家として挙げている折原一、我孫子武丸、アントニイ・バークリーなどの影響が色濃く感じられる。
陳浩基(サイモン・チェン)1975-
2008年 傑克魔豆殺人事件(短編)
2009年 青髭公の密室(短編)
2011年 世界を売った男
2011年 魔蟲人間
2009年 青髭公の密室(短編)
2011年 世界を売った男
2011年 魔蟲人間
2014年 13・67(連作短編)
2017年 網内人
2018年 山羊獰笑的刹那
2019年 ディオゲネス変奏曲(短編集)
大学卒業後、ゲームの企画、脚本の執筆、漫画の編集者などを経て、2008年に短編ミステリー『青髭公の密室』で第7回台湾推理作家協会賞を受賞して作家デビュー。2011年には『世界を売った男』で第2回島田荘司推理小説賞を受賞し、さらに、ミステリーの他にもホラーやファンタジー小説などを発表するものの、日本ではほぼ無名の存在だった。だが、2017年に『13・67』が複数の年間ミステリーランキングで1位にランクインしたことから一躍注目を集めることとなる。彼が書くミステリーの特徴は、単なる本格ミステリにとどまらず、サスペンス・社会派・SF・ホラーといった具合に、さまざまなジャンルをミックスし、それぞれのジャンル性を活かした仕掛けを施している点だ。たとえば、『13・67』は本格と社会派との融合が見事であるし、自選短編集の『ディオゲネス変奏曲』ではその自在なジャンルミックスぶりがぶりが一望できる。
周浩暉(チョウ・ハオホイ)1977-
2005年 凶画
2007年 鬼望坡
2008年 恐怖谷(その後『攝魂谷』に改題)
2009年 死亡通知書 暗黒者
2010年 死亡通知書 宿命
2011年 死亡通知書 離別曲
2013年 邪悪催眠師
江蘇省揚州市で生まれ、清華大学工学部を卒業。2003年に中国でSARSが流行し、外出を禁じられて暇をもてあましたのを契機にミステリーを書き始める。2005年には羅飛を主人公にした長編小説『凶画』がオンライン上で行われたミステリーコンテストで優勝し、作家デビュー。その後、映画の脚本などで実績を積み、2009年には中国ミステリー界において彼の名を不動のものとする作品を発表する。羅飛刑事と天才的頭脳を持つシリアルキラー・エウメニデスとの死闘を描いた『死亡通知書 暗黒者』がそれだ。この作品は、続く『死亡通知書 宿命』『死亡通知書 離別曲』と合わせて120万部というヒット作となり、2014年にはドラマ化もされて3シーズンの累計閲覧数が24億回という記録を達成する。さらに、2018年には英訳版が発売され、英国サンデータイムズが行った戦後ミステリーベスト100に選ばれるほどの高い評価を得る(日本の作品で選出されたのは桐野夏生の『OUT』と横山秀夫の『64』)。ちなみに、中国には”中国の東野圭吾”という二つ名を持つ作家が何人も存在するが、彼はその筆頭格としても有名だ。間違いなく、現代の中国を代表するミステリー作家の一人だといえるだろう。
2006年 風に吹かれた死体
2008年 上帝禁區
2009年 鎧甲館事件
2011年 反向演化
2015年 輻射人
綾辻行人の『十角館の殺人』に衝撃を受けて執筆活動を開始。2003年に短編ミステリー『空屋』が第1回人狼城推理文学賞(現・台湾推理作家協会賞)においてインターネット読者投票1位となり、注目を集める。その後もコンスタントに作品を発表。インパクトのある謎を矢継ぎ早に繰り出すケレン味たっぷりの展開で、読者を物語世界に引きずり込んでいく手管に定評がある。たとえば、40年前の大量バラバラ殺人事件が現代の密室殺人事件に絡んでくる『上帝禁區』、20年前に起きた密室殺人と20年越しに現れた弾丸の謎を追う『鎧甲館事件』、地底人がいるといわれている無人島の洞窟で番組収録中のロケ班が事件に巻き込まれる『反向演化』 などはそうした作風の典型例だといえるだろう。2012年には台湾推理作家協会の理事長に就任し、本格ミステリの普及に努めている。
哲儀(ヂィオー・イー)1979-
2006年 血紅色的情書(短編集)
2006年 勿忘我(短編集)
2006年 詛咒的哨所(短編集)
2016年 人偶輓歌
2005年に短編ミステリー『血紅色的情書』で第3回人狼城推理文学賞大賞を受賞して作家デビュー。謎解き要素は比較的薄味で、どちらかといえば登場人物たちの異常心理に焦点を当てたサスペンス的展開を得意としている。そして、ときにはそうしたサイコな雰囲気を隠れ蓑にしてミステリーとしての仕掛けを施すこともある、というのが基本スタイルだといえるだろう。ちなみに、ミステリー作家を志すようになったのは学生のときに綾辻行人の『十角館の殺人』を読んだことがきっかけ。
陳嘉振(チェン・ジアジェン)1980-
2006年 布袋戲殺人事件
2007年 非典型暴風雨山荘
2008年 血染めの傀儡(短編)
2009年 矮霊祭殺人事件
2009年 不實的真相
2011年 設計殺人
2006年に『布袋戲殺人事件』にて作家デビュー。民間芸能や先住民の祭りなど、台湾文化と本格ミステリを融合させた作風が特徴的だ。実際、作者自身が自らの創作理念を「相信台湾、堅持本格」と語っているほどである。また、第1回島田荘司推理小説賞において一次選考を通過した『不實的真相』では冤罪問題を取り扱っており、社会派本格ミステリの書き手としても高い技量を示している。
籠物先生(ミスター・ペッツ)1980-
2007年 犯罪紅線(短編)
2008年 吾乃雑種(連作短編)
2009年 虚擬街頭漂流記
2013年 追捕銅鑼衛門:謀殺在雲端
2015年 S.T.E.P(陳浩基との共著)
2019年 鎮山:罪之眼(アプリゲームの外伝小説)
大学1年のときに高木彬光の『刺青殺人事件』や西村京太郎の『殺しの双曲線』などを読み、ミステリー作家を志す。2007年に短編小説の『犯罪紅線』で第5回人狼城推理文学賞を受賞。2009年には『虚擬街頭漂流記』で第1回島田荘司推理小説賞を受賞して大きな注目を集める。その作風を一言で表すなら”泣ける本格ミステリ”であり、謎解き主体の本格ミステリを志しながらも物語で人を感動させることにこだわり抜いている点が最大の特徴だといえるだろう。また、『吾乃雑種』ではロボット三原則、『虚擬街頭漂流記』では仮想空間といった具合に、SF的設定に謎解き要素を絡めたSFミステリーを得意としている点も目を引く。
2007年 犯罪紅線(短編)
2008年 吾乃雑種(連作短編)
2009年 虚擬街頭漂流記
2013年 追捕銅鑼衛門:謀殺在雲端
2015年 S.T.E.P(陳浩基との共著)
2019年 鎮山:罪之眼(アプリゲームの外伝小説)
大学1年のときに高木彬光の『刺青殺人事件』や西村京太郎の『殺しの双曲線』などを読み、ミステリー作家を志す。2007年に短編小説の『犯罪紅線』で第5回人狼城推理文学賞を受賞。2009年には『虚擬街頭漂流記』で第1回島田荘司推理小説賞を受賞して大きな注目を集める。その作風を一言で表すなら”泣ける本格ミステリ”であり、謎解き主体の本格ミステリを志しながらも物語で人を感動させることにこだわり抜いている点が最大の特徴だといえるだろう。また、『吾乃雑種』ではロボット三原則、『虚擬街頭漂流記』では仮想空間といった具合に、SF的設定に謎解き要素を絡めたSFミステリーを得意としている点も目を引く。
文善(ウェン・シャン)1980-
2009年 畢業生大逃殺(短編)
2013年 逆向誘拐
2015年 店長,我有戀愛煩惱(連作短編)
2019年 輝夜姫計晝
香港生まれの女性ミステリー作家。15歳のときに家族とともにカナダへ移住し、ウォータールー大学の会計学修士課程を修了。四大会計事務所の一つ、トロント事務所で働き始める。2009年に短編ミステリー『畢業生大逃殺』で第8回台湾推理作家協会賞での入選を果たす。さらに、2013年には『逆向誘拐』で第3回島田荘司推理小説賞を受賞して本格デビュー。出世作となった『逆向誘拐』は金融危機を招きかねないスケールの大きな犯罪を描いているが、他の作品では就職活動や恋愛といった身近なテーマを取り上げたものも多い。
2009年 畢業生大逃殺(短編)
2013年 逆向誘拐
2015年 店長,我有戀愛煩惱(連作短編)
2019年 輝夜姫計晝
香港生まれの女性ミステリー作家。15歳のときに家族とともにカナダへ移住し、ウォータールー大学の会計学修士課程を修了。四大会計事務所の一つ、トロント事務所で働き始める。2009年に短編ミステリー『畢業生大逃殺』で第8回台湾推理作家協会賞での入選を果たす。さらに、2013年には『逆向誘拐』で第3回島田荘司推理小説賞を受賞して本格デビュー。出世作となった『逆向誘拐』は金融危機を招きかねないスケールの大きな犯罪を描いているが、他の作品では就職活動や恋愛といった身近なテーマを取り上げたものも多い。
雷鈞(レイ・ジュン)1980-
2013年 見鬼的愛情
2015年 黄
広東省広州市に生まれ、2002年北京大学光華管理学院を卒業。会社勤務の傍らで2009年頃からミステリー作家を目指して本格的に執筆活動を開始する。その結果、2011年に『妙計』が第2回島田荘司推理小説賞で1次選考を通過し、続く2013年の第3回では『見鬼的愛情』が最終候補に選ばれるなど、着実にステップアップを遂げていく。そして、2015年の第4回では『黄』によって同賞を受賞。この作品は冒頭で作中に叙述トリックが仕掛けられていることを宣言する大胆な構成が話題を呼び、日本でも高い評価を得ている。
李柏(リー・ボー)1981-
2006年 赤雲迷情(短編)
2014年 親愛的你
2014年 最後一班慢車(短編集)
2016年 歡迎光臨康堤紐斯大飯店
2006年に疑難雑症事務所シリーズの第1弾である『赤雲迷情』が台湾の雑誌”推理雑誌”に掲載されて作家デビュー。ミステリー作家として活動する傍らで歴史小説の執筆も始め、以後は歴史小説を李柏、ミステリー小説を本名である李柏青名義で発表するようになる。代表作はシャーロックホームズの冒険譚を意識した疑難雑症事務所シリーズなどだが、闇の深さに慄然とさせられるイヤミス的本格ミステリの『親愛的你』もかなりのインパクトだ。その一方で、リアリズム重視の社会派ミステリー的なもの、あるいは一つのホテルを舞台にして探偵、怪盗、殺し屋が入り乱れる『歡迎光臨康堤紐斯大飯店』などといった作品もあり、多彩な作風が目を引く。
水天一色(シュイティエン・イースー)1981-
2006年 蝶の夢 乱神館記
2008年 杜公子系列之校園惨劇
2008年 杜公子系列之盲与狗
2009年 おれみたいな奴が(短編)
19歳から創作を開始し、インターネット上で作品を発表し始める。北京工業大学を卒業したのち、2006年にミステリー雑誌”歳月・推理”の編集者となり、同年『蝶の夢 乱神記』でプロの作家としてデビュー。代表作には唐の時代を舞台に乱神館の女主人・離春が探偵役を務める乱神館記シリーズや学生でありながら名探偵でもある杜落寒の活躍を描いた杜公子シリーズなどがある。全体的に話が単調で退屈さを覚えやすいという難点はあるものの、その巧みなプロットはアガサ・クリスティを彷彿とさせる。たとえば、短編ミステリーの『おれみたいな奴が』は倒叙ミステリーの形式を採用しているが、破滅へと向かっていく主人公の描写が最後の謎解きへとつながっており、巧みな構成が光る佳品だ。
2006年 蝶の夢 乱神館記
2008年 杜公子系列之校園惨劇
2008年 杜公子系列之盲与狗
2009年 おれみたいな奴が(短編)
19歳から創作を開始し、インターネット上で作品を発表し始める。北京工業大学を卒業したのち、2006年にミステリー雑誌”歳月・推理”の編集者となり、同年『蝶の夢 乱神記』でプロの作家としてデビュー。代表作には唐の時代を舞台に乱神館の女主人・離春が探偵役を務める乱神館記シリーズや学生でありながら名探偵でもある杜落寒の活躍を描いた杜公子シリーズなどがある。全体的に話が単調で退屈さを覚えやすいという難点はあるものの、その巧みなプロットはアガサ・クリスティを彷彿とさせる。たとえば、短編ミステリーの『おれみたいな奴が』は倒叙ミステリーの形式を採用しているが、破滅へと向かっていく主人公の描写が最後の謎解きへとつながっており、巧みな構成が光る佳品だ。
2003年 霧影荘殺人事件(短編)
2004年 バドミントンコートの亡霊(短編)
2005年 尼羅河魅影之謎
2006年 雨夜荘謀殺案(再販時に『雨夜葬送曲』と改題)
2008年 涙水狂魔
2009年 冰鏡荘殺人事件
2010年 芭達雅血咒
2012年 無名之女
2013年 假面投機
2014年 馬雅任務
2004年 バドミントンコートの亡霊(短編)
2005年 尼羅河魅影之謎
2006年 雨夜荘謀殺案(再販時に『雨夜葬送曲』と改題)
2008年 涙水狂魔
2009年 冰鏡荘殺人事件
2010年 芭達雅血咒
2012年 無名之女
2013年 假面投機
2014年 馬雅任務
台湾を代表する本格ミステリの書き手であり、弱冠20歳のときに執筆した短編ミステリー『バドミントンコートの亡霊』は台湾の作家で初めてアメリカのEQMM(エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン)に掲載されるという快挙を達成している。その後も若き哲学教授の林若平(リン・ルオピン)が探偵役を務める本格ミステリをコンスタントに発表し続け、流麗な文章と複雑怪奇な謎から導き出される意外性満点の真相によって多くの読者を魅了していった。しかも、エラリー・クイーンを敬愛しているだけあって、ロジック重視の緻密な推理は折り紙つきだ。代表作は学生たちが次々と密室状況で殺されていく『雨夜荘謀殺案』、推理小説の名作を模倣して不可能犯罪を繰り返す連続殺人犯を追う『冰鏡荘殺人事件』、女を誘拐して涙を収拾する謎の誘拐犯に刑事が挑む『涙水狂魔』など。
紫金陳(ズ・ジンチェン)1986-
2014年 知能犯之罠ー官僚謀殺シリーズ(设局)
2014年 化工女王的逆袭ー官僚謀殺シリーズ2(高智商犯罪2:化工女王的逆袭)
2014年 物理教师的时空诡计ー官僚謀殺シリーズ3(高智商犯罪ー物理教师的时空诡计)
2014年 代上帝之手ー官僚謀殺シリーズ4(高智商犯罪之死神代言人)
2014年 无证之罪ー推理之王1
2014年 坏小孩ー推理之王2
2017年 长夜难明ー推理之王3
2018年 追踪师
2020年 低智商犯罪
淅江省生まれ。2004年の大学入学後に小説を書き始め、2005年には陳陳というペンネームで『爱不明白』を発表する。その後も作品をいくつか発表しつつも、大学卒業後は就職。プロダクトマネージャーとして働き始める。しかし、仕事に将来性を感じなかったことから2年後にはその仕事を辞め、役人を目指したり、起業を試みたりするも安定した職を得ることなく数年を過ごすことになる。転機が訪れたのは東野圭吾の『容疑者Xの献身』に触発されてミステリーを書き始めてからだ。2012年にネットで発表した『谋杀官员(官僚謀殺シリーズ)』が評判を呼び、2014年に『高智商犯罪』と改題ののちに書籍出版すると、たちまち人気作家の仲間入りをすることになった。彼の書くミステリーは”アンチクライム小説”と銘打たれ、予定調和的な従来の犯罪小説とは異なる大胆な展開が用意されている点が魅力だ。また、作中においてしばしば派手なトリックや緻密なロジックが用いられているところから、本格ミステリの書き手としても評価が高い。
鶏丁(ジー・ディン)1987-
2008年 蜘蛛之咒(短編)
2013年 1/13密室殺人(同人短編集)
2014年 溺斃摩天輪(短編)
2016年 天蛾人事件(短編)
2018年 厳冬之棺
上海に生まれ、2008年に作家デビュー。数十作の短編ミステリーを発表しているが、その多くが不可能犯罪を扱っているところから、一部では中国のカーと呼ばれている。若くしてデビューしたために初期作品は稚拙な部分が目立つものの、キャリアを重ねるごとにクオリティアップが図られている。現在のところ代表作といえるのが、13篇の不可能犯罪ミステリーを収録した『1/13密室殺人』だ。それぞれに工夫を凝らしたバラエティに富んだトリックや仕掛けを堪能でき、密室好きの人にとっては堪らない作品集だといえるだろう。なお、2018年には著者初の長編ミステリーである『厳冬之棺』を孫沁文名義で発表し、こちらも密室ミステリーの傑作として高い評価を得ている。
2013年 1/13密室殺人(同人短編集)
2014年 溺斃摩天輪(短編)
2016年 天蛾人事件(短編)
2018年 厳冬之棺
上海に生まれ、2008年に作家デビュー。数十作の短編ミステリーを発表しているが、その多くが不可能犯罪を扱っているところから、一部では中国のカーと呼ばれている。若くしてデビューしたために初期作品は稚拙な部分が目立つものの、キャリアを重ねるごとにクオリティアップが図られている。現在のところ代表作といえるのが、13篇の不可能犯罪ミステリーを収録した『1/13密室殺人』だ。それぞれに工夫を凝らしたバラエティに富んだトリックや仕掛けを堪能でき、密室好きの人にとっては堪らない作品集だといえるだろう。なお、2018年には著者初の長編ミステリーである『厳冬之棺』を孫沁文名義で発表し、こちらも密室ミステリーの傑作として高い評価を得ている。
陸秋槎(ル・チュウチャ)1988-
2014年 前奏曲(短編)
2016年 元年春之祭
2017年 雪が白いとき、かつそのときに限り
2018年 櫻草忌
2019年 文学少女対数学少女
北京に生まれ、上海復旦大学の古籍研究所で学ぶ。その一方で、日本の新本格ミステリの影響を受け、創作活動を始める。2014年に短編ミステリー『前奏曲』で第2回華文推理大賞最優秀新人賞を受賞。2016年には前漢時代の中国を舞台にした本格ミステリ『元年春之祭』を発表し、日本でも話題となる。その作風はロジックにこだわり抜いた正統派パズラーであり、同時に、百合的趣向やアニメ的キャラといった具合に、日本のサブカルチャーの影響も強く見られる。さらに、『元年春之祭』や『雪が白いとき、かつそのときに限り』で見られるように特殊な動機を創出してホワイダニットに力を入れているのも特徴的だ。現在は日本の金沢在住。2016年 元年春之祭
2017年 雪が白いとき、かつそのときに限り
2018年 櫻草忌
2019年 文学少女対数学少女
おわりに
【台湾】本格ミステリの新たな潮流!華文ミステリ特集【香港】
最新更新日2024/01/04☆☆☆
シャーロック・ホームズの登場以来、英米のミステリーは長きに渡って日本人に愛され続けてきました。しかし、常に本格ミステリの最前線を走っていた戦前の姿は見る影もなく、今では社会問題や重厚な人間ドラマを中心とした作品が多くを占めるようになっています。英米以外の西洋文化圏においても状況は似たようなものです。もちろん、ドラマ重視のミステリーもそれはそれで魅力的ではあるのですが、謎解き主体の作品を読みたいと思っているミステリーファンにとっては少々寂しいものを感じるのではないでしょうか。そこで、おすすめしたいのが中華圏の国々から発表されている、いわゆる華文ミステリです。これらの国は日本のサブカルチャーの影響を強く受け、英米とは全く違った形でミステリーを発展させてきました。一言でいうなら、日本の新本格に近い作品が非常に多いのです。具体的にどのような作品があるのかを紹介していきます。
シャーロック・ホームズの登場以来、英米のミステリーは長きに渡って日本人に愛され続けてきました。しかし、常に本格ミステリの最前線を走っていた戦前の姿は見る影もなく、今では社会問題や重厚な人間ドラマを中心とした作品が多くを占めるようになっています。英米以外の西洋文化圏においても状況は似たようなものです。もちろん、ドラマ重視のミステリーもそれはそれで魅力的ではあるのですが、謎解き主体の作品を読みたいと思っているミステリーファンにとっては少々寂しいものを感じるのではないでしょうか。そこで、おすすめしたいのが中華圏の国々から発表されている、いわゆる華文ミステリです。これらの国は日本のサブカルチャーの影響を強く受け、英米とは全く違った形でミステリーを発展させてきました。一言でいうなら、日本の新本格に近い作品が非常に多いのです。具体的にどのような作品があるのかを紹介していきます。
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2004年
バドミントンコートの亡霊(林斯諺)
哲学者で名探偵としても名高い林若平の元にはしばしば難事件が持ち込まれてくる。今回もテニスコートで女性が殺された事件について再調査してほしいとの依頼が入る。殺人が行われたテニスコートは密室状態であり、唯一犯行が可能だった人物は事件後に自殺していた。当然、その人物が犯人とされたが依頼主は釈然としないという。話を聞き、林若平はめまぐるしく推理を働かせていくが......。
◆◆◆◆◆◆
本作は、台湾でのミステリー普及のために2003年より始まった公募新人賞、人狼城推理文学賞(現・台湾推理作家協会賞)において初の大賞受賞作となり、さらに、EQMM(エラリー・クイーンズ・マガジン)に台湾ミステリーとして初めて掲載されるという栄誉に輝いています。一見、ディクスン・カーの『テニスコートの謎』や『ユダの窓』などを彷彿とさせる短編ミステリーですが、作者自身はエラリー・クイーンを敬愛しており、本作の場合も安楽椅子探偵のロジカルな推理が読みどころとなっています。密室トリック自体は大したことがない代わりに、論証を重ねて犯人の意図をつぶさにあぶり出していく手管が見事なのです。クイーン好きというのもうなずける端正なフーダニットミステリーです。
錯誤配置(藍霄)
ある日、精神科医でミステリー作家の藍霄は不審なメールを受け取る。そこには突然、自分が周囲から忘れられてしまったという奇妙な体験が書かれていた。しかも、自分は7年前に起きた未解決事件の犯人だと名乗り、藍霄を共犯だと名指ししているのだ。やがて、メールの差出人は首切り死体となって発見されるが......。
◆◆◆◆◆◆
1967年生まれの藍霄は台湾ミステリー界においていち早く日本の新本格に着目した作家であり、1990年からスタートした”秦博士シリーズ”は、当時としてはかなり完成度の高い本格ミステリとして人気を博していました。本作はその秦博士シリーズの一編であり、「幻想的な謎とその謎の解明」という島田荘司理論に忠実な作品に仕上がっています。特に、冒頭の幻惑的な謎の提示は強烈です。たちまち物語の中に引きずり込まれていきますし、複数の図面を用いて説明される密室殺人にもワクワクするものがあります。前半から中盤まであの手この手で読者を飽きさせない手管も見事です。ただそれだけに、トリックが強引で謎解きも不十分に感じられたのが少々残念ではあります。
2007年
犯罪の赤い糸(寵物先生)
駆け出しの作家である籠物先生は取材のためにある夫婦の元を訪れる。そこで聞かされたのは10年前に起きた誘拐事件とそれに絡んだ夫婦の馴れ初めの物語だった。
◆◆◆◆◆◆
第5回人狼城推理文学賞の大賞受賞作品です。過去に起きた誘拐事件を2つの視点から語るというユニークなプロットを採用しており、ヒネリを効かせた仕掛けには思わず唸らされます。短編の割に少々詰め込み過ぎの感がありますが、ユーモアを交えたサスペンスフルな物語は軽快で、ぐいぐいと引き込まれていきます。
2008年
人体博物館殺人事件(御手洗熊猫)
芸術家の小栗虫子は若くして「人体芸術の博物館」を設立し、探偵の御手洗濁を始めとする5人のゲストを招待する。彼らは奇抜な展示品の数々に目を奪われるが、博物館には怪盗からの挑戦状が届く。しかも、ゲストの一人が二重密室の中から死体となって発見されたのだ。
◆◆◆◆◆◆
御手洗濁、小栗虫子、泡坂昌男、鮎川漂馬といった登場人物の名前を見てもわかるように、本作は日本ミステリーを偏愛している作家による同人的短編小説です。しかも、発表当時、作者は20歳そこそこの学生だったため、小説としてかなり稚拙です。肝心の密室トリックも複雑すぎてなんだかよくわかりません。しかし、奇想天外な事件の発端はワクワクするものがありますし、全編通して日本ミステリーに対する愛に満ちており、その稚気に富んだ作風は微笑ましさを感じます。一種の怪作として評価すべき作品です。
2009年
虚擬街頭漂流記(寵物先生)
2020年。台湾政府は大地震によって寂れてしまった西門町をネット上でヴァーチャストリートと呼ばれる仮想都市として再構築する計画を進めていた。その制作に携わっていたエンジニア・顔露華はデバッグのためにバーチャストリートの中に潜っていく。だが、そこで彼女は男の撲殺死体を発見するのだった。仮想空間で起きたことは現実世界にも反映されるようにできているため、その男は現実世界でも死んでいることになる。これはれっきとした殺人事件だった。問題は誰が殺したかだが、犯行時刻にヴァーチャストリートにいたのは露華と上司の大山だけだ。しかも、2人には完璧なアリバイがあり.......。
◆◆◆◆◆◆
記念すべき第1回島田荘司推理小説賞受賞作品です。VRをテーマにしたSFミステリーですが、丁寧に分かりやすく描かれており、小難しさはありません。登場人物が少ないこともあり、混乱することなくSFガジェットが散りばめられた世界を堪能することができるはずです。そして、そのガジェットを隠れ蓑にしたミステリーとしての仕掛けが見事です。ストーリー的にも一つの謎が解ければ新たな謎が出てくるという構成になっているため、飽きずに読み進めていくことができます。さらに、終盤で意外な真相が明らかになり、それが感動的な結末へとつながっていく展開も秀逸です。近未来的な舞台装置を十全に使いきった、これぞ21世紀型本格ミステリだといえる逸品です。
おれみたいな奴が(水天一色)
老靳はある有名な研究所に勤めていたものの、学がなかったために実験用のネズミの世話を押し付けられていた。うだつのあがらない人生だったが、それでも平穏な日々が続いていくはずだった。だが、同姓のエリート研究員が赴任したことで運命の歯車が狂い始め、老靳は破滅へと向かって進んでいく.....。
2004年
バドミントンコートの亡霊(林斯諺)
哲学者で名探偵としても名高い林若平の元にはしばしば難事件が持ち込まれてくる。今回もテニスコートで女性が殺された事件について再調査してほしいとの依頼が入る。殺人が行われたテニスコートは密室状態であり、唯一犯行が可能だった人物は事件後に自殺していた。当然、その人物が犯人とされたが依頼主は釈然としないという。話を聞き、林若平はめまぐるしく推理を働かせていくが......。
◆◆◆◆◆◆
本作は、台湾でのミステリー普及のために2003年より始まった公募新人賞、人狼城推理文学賞(現・台湾推理作家協会賞)において初の大賞受賞作となり、さらに、EQMM(エラリー・クイーンズ・マガジン)に台湾ミステリーとして初めて掲載されるという栄誉に輝いています。一見、ディクスン・カーの『テニスコートの謎』や『ユダの窓』などを彷彿とさせる短編ミステリーですが、作者自身はエラリー・クイーンを敬愛しており、本作の場合も安楽椅子探偵のロジカルな推理が読みどころとなっています。密室トリック自体は大したことがない代わりに、論証を重ねて犯人の意図をつぶさにあぶり出していく手管が見事なのです。クイーン好きというのもうなずける端正なフーダニットミステリーです。
錯誤配置(藍霄)
ある日、精神科医でミステリー作家の藍霄は不審なメールを受け取る。そこには突然、自分が周囲から忘れられてしまったという奇妙な体験が書かれていた。しかも、自分は7年前に起きた未解決事件の犯人だと名乗り、藍霄を共犯だと名指ししているのだ。やがて、メールの差出人は首切り死体となって発見されるが......。
◆◆◆◆◆◆
1967年生まれの藍霄は台湾ミステリー界においていち早く日本の新本格に着目した作家であり、1990年からスタートした”秦博士シリーズ”は、当時としてはかなり完成度の高い本格ミステリとして人気を博していました。本作はその秦博士シリーズの一編であり、「幻想的な謎とその謎の解明」という島田荘司理論に忠実な作品に仕上がっています。特に、冒頭の幻惑的な謎の提示は強烈です。たちまち物語の中に引きずり込まれていきますし、複数の図面を用いて説明される密室殺人にもワクワクするものがあります。前半から中盤まであの手この手で読者を飽きさせない手管も見事です。ただそれだけに、トリックが強引で謎解きも不十分に感じられたのが少々残念ではあります。
2007年
犯罪の赤い糸(寵物先生)
駆け出しの作家である籠物先生は取材のためにある夫婦の元を訪れる。そこで聞かされたのは10年前に起きた誘拐事件とそれに絡んだ夫婦の馴れ初めの物語だった。
◆◆◆◆◆◆
第5回人狼城推理文学賞の大賞受賞作品です。過去に起きた誘拐事件を2つの視点から語るというユニークなプロットを採用しており、ヒネリを効かせた仕掛けには思わず唸らされます。短編の割に少々詰め込み過ぎの感がありますが、ユーモアを交えたサスペンスフルな物語は軽快で、ぐいぐいと引き込まれていきます。
2008年
人体博物館殺人事件(御手洗熊猫)
芸術家の小栗虫子は若くして「人体芸術の博物館」を設立し、探偵の御手洗濁を始めとする5人のゲストを招待する。彼らは奇抜な展示品の数々に目を奪われるが、博物館には怪盗からの挑戦状が届く。しかも、ゲストの一人が二重密室の中から死体となって発見されたのだ。
◆◆◆◆◆◆
御手洗濁、小栗虫子、泡坂昌男、鮎川漂馬といった登場人物の名前を見てもわかるように、本作は日本ミステリーを偏愛している作家による同人的短編小説です。しかも、発表当時、作者は20歳そこそこの学生だったため、小説としてかなり稚拙です。肝心の密室トリックも複雑すぎてなんだかよくわかりません。しかし、奇想天外な事件の発端はワクワクするものがありますし、全編通して日本ミステリーに対する愛に満ちており、その稚気に富んだ作風は微笑ましさを感じます。一種の怪作として評価すべき作品です。
2009年
虚擬街頭漂流記(寵物先生)
2020年。台湾政府は大地震によって寂れてしまった西門町をネット上でヴァーチャストリートと呼ばれる仮想都市として再構築する計画を進めていた。その制作に携わっていたエンジニア・顔露華はデバッグのためにバーチャストリートの中に潜っていく。だが、そこで彼女は男の撲殺死体を発見するのだった。仮想空間で起きたことは現実世界にも反映されるようにできているため、その男は現実世界でも死んでいることになる。これはれっきとした殺人事件だった。問題は誰が殺したかだが、犯行時刻にヴァーチャストリートにいたのは露華と上司の大山だけだ。しかも、2人には完璧なアリバイがあり.......。
◆◆◆◆◆◆
記念すべき第1回島田荘司推理小説賞受賞作品です。VRをテーマにしたSFミステリーですが、丁寧に分かりやすく描かれており、小難しさはありません。登場人物が少ないこともあり、混乱することなくSFガジェットが散りばめられた世界を堪能することができるはずです。そして、そのガジェットを隠れ蓑にしたミステリーとしての仕掛けが見事です。ストーリー的にも一つの謎が解ければ新たな謎が出てくるという構成になっているため、飽きずに読み進めていくことができます。さらに、終盤で意外な真相が明らかになり、それが感動的な結末へとつながっていく展開も秀逸です。近未来的な舞台装置を十全に使いきった、これぞ21世紀型本格ミステリだといえる逸品です。
おれみたいな奴が(水天一色)
老靳はある有名な研究所に勤めていたものの、学がなかったために実験用のネズミの世話を押し付けられていた。うだつのあがらない人生だったが、それでも平穏な日々が続いていくはずだった。だが、同姓のエリート研究員が赴任したことで運命の歯車が狂い始め、老靳は破滅へと向かって進んでいく.....。
◆◆◆◆◆◆
第5回全国偵探推理小説大賞最優秀短編賞受賞作品。倒叙形式のミステリーであり、前半は主人公の鬱屈した生活を丹念な筆致で描いているので読んでいると気が滅入ってきます。ところが、この辺りの描写はミステリーとして計算し尽くされたもので、後半の謎解きの布石として見事に活かされています。端正なプロットが光る好編です。
2011年
世界を売った男(陳浩基)
マンションの一室で若い夫婦が胎児と共に惨殺されるという事件が発生する。香港西区警察署の許友一がその事件を担当して一週間がすぎ、ふと気がつくと彼は自分の車の中にいた。酷い2日酔いで、どうやら家には帰らず車の中で眠り込んでいたらしかった。許は慌てて警察署に向かうが何かがおかしい。やがて署に着いた彼は愕然とする。建物の玄関口は改装されており、しかも、昨日までは2003年だったはずなのに、ポスターには2009年と書かれていた。なんと彼は記憶喪失になり、6年間の記憶を失っていたのだ。そのとき、女性雑誌記者の蘆沁宣が声をかけてくる。6年前に起きた未解決の惨殺事件について取材をする約束をしていたのだと彼女はいう。こうして許は記憶を失ったまま、女記者と共に6年前の事件の謎を追うことになるが.......。
第5回全国偵探推理小説大賞最優秀短編賞受賞作品。倒叙形式のミステリーであり、前半は主人公の鬱屈した生活を丹念な筆致で描いているので読んでいると気が滅入ってきます。ところが、この辺りの描写はミステリーとして計算し尽くされたもので、後半の謎解きの布石として見事に活かされています。端正なプロットが光る好編です。
死亡通知書 暗黒者(周浩暉)
2002年10月。優秀な刑事で周囲からの人望も厚かったA市公安局の鄭郝明が宿舎内の自室で殺害されているのが発見される。発見者は龍州市公安局隊長の羅飛刑事だった。刑事大隊長の韓は管轄外の刑事がこんな場所にいたことを訝しがり、事情を尋ねると羅は鄭刑事が18年前に担当した事件の話を聞きにきたのだという。それは、エウメニデスと名乗る正体不明の人物が法で裁けぬ悪人に犯行予告を出したうえで殺害した2件の事件で、その内の1件では羅の警察時代の友人と恋人が爆発に巻き込まれて命を落としていた。そんな過去の事件をなぜ今さら調べているのかといえば、数日前にエウメニデスから手紙を受け取ったからだ。そして、鄭刑事も同じように手紙を受け取ったらしい。その手紙には羅の警察学校時代の学生番号と新たな犯行を匂わせる文章が綴られていた。現役警官が殺害されたことですぐさま専従班が設置され、羅と韓もそのメンバーに選ばれる。各自が得意分野を活かして捜査を行う中、エウメニデスはそれをあざ笑うかのように厳重な警備をかいくぐってターゲットを殺していく。かつて苦い敗北を喫した相手に羅飛はどう立ち向かうのか?
◆◆◆◆◆◆
本作は羅飛シリーズの一編であり、同時に死亡通知書3部作の第1弾に位置づけられている作品です。ちなみに、死亡通知書とは殺人予告のことで、死を宣告された相手を天才殺人鬼からいかにして守るかが物語の焦点になっています。映画でいえば、ハリウッドの刑事アクションと香港ノワールの良いとこどりをしたような内容です。冒頭からラストまで見せ場見せ場の連続で、ページをめくる手が止まらなくなります。また、綿密に仕込まれたトリックもよく考えられており、本格好きの読者にとっても満足度は高いのではないでしょうか。犯人が超人すぎて現実味が欠ける点は好みの分かれるところですが、B級サスペンスと割り切れば間違いなく楽しめる極上のエンタメ作品です。さらに、警察サイドの描写も欧米とも日本とも異なるタッチなので、警察小説好きな人にとっても興味深い内容だといえます。ラストの気になる引きも見事で、続編への期待を掻き立ててくれます。中国でベストセラーとなったというのもうなずける傑作です。
2021年このミステリーがすごい!海外部門4位
2021年本格ミステリベスト10海外部門5位
2021年このミステリーがすごい!海外部門4位
2021年本格ミステリベスト10海外部門5位
2011年
世界を売った男(陳浩基)
マンションの一室で若い夫婦が胎児と共に惨殺されるという事件が発生する。香港西区警察署の許友一がその事件を担当して一週間がすぎ、ふと気がつくと彼は自分の車の中にいた。酷い2日酔いで、どうやら家には帰らず車の中で眠り込んでいたらしかった。許は慌てて警察署に向かうが何かがおかしい。やがて署に着いた彼は愕然とする。建物の玄関口は改装されており、しかも、昨日までは2003年だったはずなのに、ポスターには2009年と書かれていた。なんと彼は記憶喪失になり、6年間の記憶を失っていたのだ。そのとき、女性雑誌記者の蘆沁宣が声をかけてくる。6年前に起きた未解決の惨殺事件について取材をする約束をしていたのだと彼女はいう。こうして許は記憶を失ったまま、女記者と共に6年前の事件の謎を追うことになるが.......。
◆◆◆◆◆◆
『13・67』で大ブレイクを果たした陳浩基の日本デビュー作品であり、第2回島田荘司推理小説賞を受賞しています。物語は主人公が6年間の記憶を失うところから始まっており、その謎めいた導入部には読み手を引き込む牽引力があります。自己の喪失という重いテーマを扱っているものの、溌剌とした女記者に引きづり回される展開は意外と軽快です。そして、その中で繰り広げられる、謎解き・サスペンス・アクションといった物語はエンタメとして非常によくできています。特に、後半の大きなサプライズを経たのちの展開は、先が気になってページを捲る手が止まらなくなってしまいます。また、ミステリーとしても、記憶喪失の謎は専門知識が絡んでくる点が好みの分かれるところではあるものの、巧みに伏線を張り巡らせて納得度の高いものに仕上げているのが見事です。一方、殺人事件におけるフーダニットは見当が付きやすく、物足りなさが残ります。トリックが強引、推理に無理があるなど、『13・67』と比べるとまだまだ未熟な部分は散見されますが、そういった荒削りな部分も含めてかなり面白い作品であることは確かです。
『13・67』で大ブレイクを果たした陳浩基の日本デビュー作品であり、第2回島田荘司推理小説賞を受賞しています。物語は主人公が6年間の記憶を失うところから始まっており、その謎めいた導入部には読み手を引き込む牽引力があります。自己の喪失という重いテーマを扱っているものの、溌剌とした女記者に引きづり回される展開は意外と軽快です。そして、その中で繰り広げられる、謎解き・サスペンス・アクションといった物語はエンタメとして非常によくできています。特に、後半の大きなサプライズを経たのちの展開は、先が気になってページを捲る手が止まらなくなってしまいます。また、ミステリーとしても、記憶喪失の謎は専門知識が絡んでくる点が好みの分かれるところではあるものの、巧みに伏線を張り巡らせて納得度の高いものに仕上げているのが見事です。一方、殺人事件におけるフーダニットは見当が付きやすく、物足りなさが残ります。トリックが強引、推理に無理があるなど、『13・67』と比べるとまだまだ未熟な部分は散見されますが、そういった荒削りな部分も含めてかなり面白い作品であることは確かです。
2013年
ぼくは漫画大王(胡傑)
小学生の健ちゃんは父親から大量の漫画を買い与えられており、彼は友人らに蔵書の数や知識量の多さを誇っていた。一方、母親は息子を甘やかす夫を苦々しく思っていて、ついには喧嘩をして家を出て行ってしまう。ところが、家出をしていた妻が自宅に戻ってみると、夫は何者かに殺され、健ちゃんは外から鍵をかけた部屋に閉じ込められていた。一体ここで何が起きたのか?そして、少年時代のトラウマから鬱鬱とした人生を送る方志宏という男との関連性は?
◆◆◆◆◆◆
第3回島田荘司推理小説賞受賞作品です。物語がいきなり12章から始まり、1章に戻るという大胆な構成を採用しており、そこに大仕掛けを仕込むというプロットが目を引きます。ただ、そのために作者が仕掛けたトリックが露呈しやすくなってしまったのはなんとも残念です。特に、日本の新本格ミステリを読み慣れている人なら、このネタはすぐにピンとくるでしょう。狙いは悪くないだけに仕掛けの構築の甘さが惜しまれます。一方で、本作は台湾の風俗を描いた作品としてはユニークなものに仕上がっています。台湾に日本のサブカルチャーがいかに深く根付いているかがわかりますし、台湾の文化や生活の描写も興味深く描かれているのです。台湾に行ってみたいと思わせる点においては非常に優れた作品だといえるのではないでしょうか。
逆向誘拐(文善)
国際投資銀行を標的とした誘拐がカナダで発生する。ただし、誘拐されたのは人ではなく、VIP向けの機密データだった。しかも、要求された身代金はわずか10万ドル。決してはした金ではないものの、犯行のリスクに見合うものではない。しかも、犯人の指示は奇妙なもので......。果たして犯人の狙いはどこにあるのか。システム情報部の植嶝仁は、このままでは華僑の父が率いる財閥までもが巻き添えになりかねないことを知り、軟禁状態にありながら犯人の正体を暴こうとする。
◆◆◆◆◆◆
第3回島田荘司推理小説賞を『ぼくは漫画大王』と分けあった作品です。犯人の奇妙な指示や奇抜な身代金の受け渡し方法などを始めとして、誘拐ものの新機軸としてなかなか読ませる作品に仕上がっています。パソコンやネットワークを駆使したトリックもよく考えられており、誘拐の裏にあった真相も意外性があって驚かされます。ただ、ネタばらしがあっさりとしすぎているため、クライマックスとしての盛り上がりに欠けるのがいささか残念です。それから、全体的に軽いノリなのも好みが分かれるところではないでしょうか。
憎悪の鎚(鶏丁)
不動産仲介業者ばかりを狙った連続殺人が発生する。しかも、全員がマンションの最上階で殺されており、現場はいずれも完全な密室だった。そんな中、ミステリマニアで刑事を兄に持つ僕は、兄の心配をよそに不動産会社に就職するが.....。
◆◆◆◆◆◆
本作は密室殺人を扱った短編ばかりを揃えた作品集『1/13密室殺人(日本では未訳)』の一編であり、短編なのにたてつづけに4つの密室殺人が発生するという派手な内容になっています。さすがは中国版密室の帝王です。ただ、これだけ詰め込んでしまうと、さすがに一つ一つのトリックは小粒にならざるを得ず、密室トリック自体に大きな驚きはありません。その代わりに、トリックの解明だけで終わらせるのではなく、そこから意外な事実が飛び出し、意表をついたロジックにつながっていくあたりが良くできています。全体的には少々大味ではあるものの、中身がぎっしりと詰まっている意欲作です。
2014年
13・67(陳浩基)
2013年の香港。卓越した推理力によって刑事でありながら名探偵の異名をとっていたクワンも末期がんに侵され、昏睡状態にあった。彼の愛弟子であるロー警部はある事件の容疑者を病室に集め、クワンに謎解きをしてもらうと宣言する。クワンは一見意識がないようにみえるが、耳は聞こえており、脳波測定器を使えばコミュニケーションを図ることができるというのだ。ロー警部はクワンに質問をし、脳波の変化でノーかイエスかを判断していくが.......。
◆◆◆◆◆◆
2017年に日本で発売され、大ブレイクを巻き起こした作品です。この成功により、それまで台湾と提携関係にあった島田荘司推理小説賞の受賞作品だけが紹介されていたにすぎなかった華文ミステリへの注目度が一気に高まることになります。本作の何がそんなにすごいのかというと、その根幹にあるのは壮大かつオリジナリティの高いプロットです。6篇からなる連作短編は2013年から始まり、次第に時を遡って1967年へと至ります。一作一作が緻密なロジックに基づく極上の本格ミステリであるうえに、1967年の左派勢力の反英暴動を起点とした香港の近代史が一望できる社会派ミステリーにもなっているのが見事です。なかでも香港返還を控えた時期に起きた囚人脱走事件を描いた『クワンの一番長い日』における大胆なトリックには唸らされます。本格ミステリと社会派ミステリーが見事な融合を果たした大傑作です。
2018年このミステリーがすごい!海外部門2位
2018年本格ミステリベスト10海外部門1位
第8回台北国際ブックフェア賞
2018年本格ミステリベスト10海外部門1位
第8回台北国際ブックフェア賞
知能犯之罠ー官僚謀殺シリーズ(紫金陳)
数理論理学の天才である徐策がアメリカから帰国する。その目的は当局の目を欺き、完全殺人を成し遂げることにあった。最初の標的は公安局副局長の李愛国だ。ほどなく、李愛国は死体となって発見される。その傍らには「15人の局長を殺し、それで足りなければ課長も殺す」と書かれた犯行予告メモが残されていた。そして、犯人は警察の科学捜査の網をかいくぐり、着実に犯行を実行していく。捜査に行き詰まった公安局所長の高棟は、高度な知能を持つと思われる犯人に対抗するために徐策に協力を要請するが......。
◆◆◆◆◆◆
中国では2012年にweb小説として発表され、2014年に書籍化された作品です。犯人側と捜査陣側を交互に描いた半倒叙形式を採用しており、犯人や動機は序盤で明らかにされます。したがって、通常の本格ミステリのようなフーダニットの面白さは皆無です。その代わり、犯人がどのようなトリックを用いて中国が誇る防犯カメラネットワーク天網を欺いたのかというハウダニットの謎が魅力的で思わず引き込まれていきます。もっとも、実際に用いられたトリック自体はそれほど大したものではないものの、犯人が仕掛けた罠はそれだけではありません。本命の仕掛けは最後に明らかにされるのですが、これが中国の制度の盲点を突いたものであり、実に見事です。そして、その末に至る結末に驚かされてしまいます。また、監視社会や官僚たちの贈賄体質などといった中国社会の今を知るうえでもなかなか興味深い作品だといえるのではないでしょうか。
2015年
黄(雷鈞)
生まれながらにして盲目の阿大は中国の孤児院で育てられたのちに、ドイツ人の夫婦に引き取られ、養子となる。養父母の愛情に包まれ、ドイツですくすくと育っていく阿大だったが、あるとき、中国で6歳の少年が何者かに木の枝で眼球をくりぬかれるという事件が起きたことを知る。阿大はその少年を励ませるのは自分しかいないという確信と、自慢の推理力をいかして真相を突き止めたいという想いから中国に渡る決意をするのだった。彼を心配する養父母は、お目付け役としてインターポール職員の温幼蝶を同行させ、阿大は彼女と共に中国文明発祥の地である黄土高原に向かって出発する。一方、地元の警察は被害者の伯母を犯人だと睨んで捜査を進めていた。だが、彼女は村の井戸に身を投げて命を絶ってしまう。これで事件は終結だと考えられていたが、阿大はその結論にひっかかるものを感じ、独自に調査を開始する。
◆◆◆◆◆◆
第4回島田荘司推理小説賞受賞作品です。主人公が盲目のミステリーといえば、江戸川乱歩賞作品の『闇に香る嘘』を彷彿とさせますが、本作にはあの作品に負けない大仕掛けが用意されています。正直、メインとなる目潰し事件のほうは、独自の叙情性には惹かれるものがあるものの、謎解きミステリーとしては大したことありません。しかし、それとは異なるベクトルにサプライズが用意されているのです、これが意表をつくものであり、多くの人はまんまと騙されるはずです。冒頭で「この物語には叙述トリックが仕掛けられている」と堂々と宣言しているところからも、作者の自信のほどがうかがえます。ただ、その仕掛けを成立させるための設定に少々無理があり、それを許容できるかどうかで評価が分かれそうではあります。
2020年このミステリーがすごい!海外部門16位
2020年本格ミステリベスト10海外部門6位
2020年本格ミステリベスト10海外部門6位
2016年
元年春之祭(陸秋槎)
紀元前100年の前漢の時代。かつて国の祭祀をとりしきったこともある名家の観一族は、春の祭儀の準備に追われていた。だが、そんな折、当主の妹が何者かに殺されてしまう。しかも、殺害現場に通じる道筋には人の目があり、それを避けて通るのは不可能だった。犯人は一体どのようにして犯行を成し遂げたのだろうか?見聞を深めるために偶然観一族の家に滞在していた豪族の娘、於陸葵は持ち前の才気を発揮しつつ、真相の究明を試みるが........。
◆◆◆◆◆◆
非常に珍しい、古代中国を舞台にした本格ミステリです。しかも、作中には古代中国に関する膨大な蘊蓄が入り乱れているので読み進めるのに苦労するかもしれません。日本のアニメからの強い影響がみられるキャラクター描写や百合的な要素も好みの分かれるところではないでしょうか。しかしながら、蘊蓄がミステリーの仕掛けとして機能している点はよくできていますし、アニメ的な味付けに抵抗がなければ、登場する女の子たちはみなキャラが立っており、魅力的に感じるはずです。それに、探偵役とワトソン役の少女たちによる激しい推理合戦や2度に渡る読者への挑戦もミステリーマインドをくすぐる絶妙なアクセントとしての役割を果たしています。そして何よりも、古代中国だからこそ成立しうる殺人の動機がホワイダニットミステリーとして秀逸です。荒削りで極端な作風は激しく読み手を選ぶものの、その分、一度ハマればどこまでも夢中になれるカルト的な要素に溢れています。数ある華文ミステリの中でもオンリーワンの存在だといえる異色傑作です。
2019年このミステリーがすごい!海外部門4位
2019年本格ミステリベスト10海外部門3位
2017年
雪が白いとき、かつそのときに限り(陸秋槎)
ある冬の朝、地方都市の学生寮の庭で女学生の死体が発見される。凶器は指紋のないナイフだったが、死体は雪で覆われており、周囲に足跡がなかったことから自殺として処理される。それから5年が過ぎた頃、生徒会長の馮露葵は寮長の顧千千から相談を受ける。いじめ騒動に端を発して、5年前の事件のよからぬ噂が校内に広がっているというのだ。真相を探るべく、露葵は図書館司書である姚漱寒の協力を得て調査を始めるが、結果明らかとなったのはその事件に関わった人々の苦い過去だった。そんな折、学生寮では新たな殺人事件が発生する。しかも、それは5年前の事件と酷似した雪の中での密室殺人だった......。
◆◆◆◆◆◆
古代中国を舞台にした『元年春之祭』から一転した、現代の高校生活を描いた学園ミステリーです。しかし、少女が活躍する百合ミステリーの趣向は相変わらずで、過剰なまでのロジックへのこだわりも健在です。ヒロインたちの間で繰り返される真相を巡るディスカッションは読み応えがありますし、推理のための材料を集めたうえで消去法によって一気に結論を提示する方法には美しさすら感じさせてくれます。そのうえ、そこから一捻りを加えて新たな推理に発展させる手管が、また見事です。さらに、少女たちの繊細な心理描写と儚さを感じさせる独特の世界観にも惹きつけられるものがあります。ただし、ユーモアの類はほとんどなく、終始暗い雰囲気で物語が進行していく点は好みが分かれそうです。そして、何より物議を醸し出したのは犯行動機です。作者はこの部分に労力を注ぎ込み、独創的な動機を提示しています。意表を突いた動機という点では前作と同じなのですが、『元年春之祭』と異なり、本作の舞台は現代です。古代中国ならどんな突飛な動機でも当時のことを誰も知らないだけに、「そういうこともあるのかな?」と、なんとなく納得してしまいます。しかし、現代を舞台に奇抜すぎる動機を出されると感覚的に「そんなバカな!」と感じてしまいがちです。本作がまさにそれで、この動機に納得できるかどうかは意見の分かれるところではないでしょうか。とはいえ、アンチミステリー的な趣向も含め、作者の本格ミステリ愛が随所に感じられる作品であり、本格ミステリのファンなら読んで損のない佳品であることは確かです。
2020年このミステリーがすごい!海外部門15位
2020年本格ミステリベスト10海外部門4位
網内人(陳浩基)
早くに両親を失ったアイは親代わりとして中学生の妹・シウマンを育ててきたが、彼女はアパートから身を投げて命を絶ってしまう。愕然とするアイはやがてシウマンが自殺した理由を知る。彼女は少し前に痴漢の被害に遭っており、そのときは犯人が逮捕されて一見落着となったのだが、それからしばらくして逮捕された男の甥を名乗る人物が、インターネットの掲示板で叔父の無実を主張してシウマンの中傷を始めたのだ。しかも、多くの人間が扇動に乗せられてシウマンに対するバッシングが広がったため、精神的に追い詰められて自殺に至ったというのが真相だった。妹を死に追いやった人物に対する怒りが抑えられないアイは逮捕された男の甥なる人物への復讐を誓う。そして、知人からハイテク探偵・アニエのことを教えてもらい、彼に妹を中傷した人物の身元を調べてもらおうとする。だが、アニエはすぐには依頼を受けようとはせず、復讐を成し遂げるだけの覚悟があるのかを彼女に問いかけるのだった。実は、アニエには復讐請負人というもう一つの顔があったのだ。
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日本語に訳すなら「ネットの住人」とでもいうべきタイトルの本作は、インターネットを取り巻く現状やIT関連のガジェットなどがこれでもかというほどに盛り込まれており、いかにも現代ミステリーといった作品に仕上がっています。特に、ハッカーのノウハウを用いたハイテク探偵の捜査ぶりは近未来SFの趣さえ感じられ、大いに興味をそそられます。また、現代の社会問題についても鋭く言及しており、『13・67』と同じく、社会派ミステリーと本格ミステリーの融合という点でも秀逸です。それに加え、毒舌のハイテク探偵もキャラが立っており、お人好しで機械音痴のアイとのコンビはバディものとして良い味を出しています。何より、膨大なネットの海から標的を炙りだしていくプロセスは非常にスリリングで、21世紀型ミステリーとして抜群の面白さです。ただ、全体的に少々長すぎるため、物語が横道に逸れる中盤の展開は冗長だと感じるかもしれません。しかし、その部分にも巧妙な仕掛けが施されており、終盤のどんでん返しへと繋がっていきます。さらに、復讐劇が始まり、本格ミステリからサスペンスミステリーに移行してからはまさに怒涛の展開で、ページをめくる手が止まらなくなってしまいます。社会派としての着目点に優れ、同時にエンタメ小説としても文句なしの面白さを誇る傑作です。
2021年このミステリーがすごい!海外部門14位
2021年本格ミステリベスト10海外部門2位
辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿(莫理斯)
戦場で怪我を負って退役した華笙は香港で診察医の職を得た。しばらく宿屋暮らしを続けていた華笙だったが、このままではいけないと住む家を探し始める。すると、福邇なる人物がシェアハウスの相手を捜しているという。ただし、「面白くない人お断り」という話だった。とりあえず、福邇の住まいを訪ねてみると、気品漂う紳士が現れ、何も言っていないのに華笙の職業や経歴を言い当ててみせた。彼は自分を諮問探偵だと名乗り、2人の同居が決まる。華笙が引っ越してから数日後の真夜中に殺人事件の捜査依頼があった。福邇に協力を求められた華笙が犯行現場に駆けつけると、路地裏に死体が倒れており、壁には「仇」と書かれた血文字が…。
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「黄色い顔のねじれた男」や「親王府の醜聞」というタイトルを見ても分かるとおり、収録された6編の短編はいずれもホームズシリーズの本歌取り作品になっています。それも、単にヴィクトリア朝のロンドンから清王朝末期の香港に舞台を置き換えただけでなく、当時の国際情勢を踏まえた中国人視点の歴史ミステリーとして再構築した手管が見事です。義和団の乱、太平天国の乱、アヘン戦争などといった史実が物語と密接に結びついており、元ネタとは異なる味わいがあります。しかも、アクションシーンも充実しており、鉄扇と仕込杖で大立ち回りを演じるホームズとワトソンといった趣向まであります。もちろん、ミステリーとしての完成度も高く、特に捻りの効いた「親王府の醜聞」と「ベトナム語通訳」が秀逸です。
2023年このミステリーがすごい!海外部門12位
2023年本格ミステリベスト10海外部門10位
2023年このミステリーがすごい!海外部門12位
2023年本格ミステリベスト10海外部門10位
2018年
厳冬之棺(孫沁文)
上海郊外の湖畔に建つ陸一族の館。その地下室で不可解な事件が起きる。亡き家長の息子で慈善家として知られる陸仁が地下室で他殺死体となって発見されたのだ。しかも、大雨によって半ば水没した地下室は事実上の密室だった。さらに、現場からは赤ん坊のへその緒が見つかる。それはこの地に伝わるおぞましい言い伝えを想起させるものだ。次の犠牲者になることを恐れた陸仁の甥・陸哲南は空き部屋を間借りしている声優・鐘可に自室の前での見張りを頼む。だが、彼女が入口前に陣取っていたにもかかわらず、哲南は何者かによって殺されてしまう。奇怪な出来事を身をもって体験し、仕事も手につかなくなってしまった鐘可。そんな彼女に天才漫画家で密室探偵としても名高い安縝が救いの手を差し伸べるが…。
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発表した短編ミステリーの多くが不可能犯罪を扱っていることから中国のディスクン・カーと呼ばれている鶏丁の初長編作品です(孫沁文は鶏丁の別名義)。本作でもタイプの異なる密室殺人が立て続けに3件も起き、その二つ名が伊達ではないことを証明しています。風変わりな密室、盲点を突いた密室、豪快な密室とバリエーションの豊富さも申し分ありません。さらに、おぞましい言い伝えとリンクさせることで怪奇ムードを盛り上げていく手法もカー的です。富豪の屋敷が舞台という点もいかにもクラッシックなミステリですが、一方で、探偵がアニメ化を控えた人気漫画家、ヒロインが若手声優という現代的な要素も兼ね備えています。この古典的な道具立てに現代的な要素を無理なく溶け込ませている手管もなかなかに見事です。トリックや動機の面で少々リアリティに欠けるという弱点はあるものの、それを上回る魅力に満ちた力作だといえるでしょう。
2024年このミステリーがすごい!海外部門12位
2024年本格ミステリベスト10海外部門2位
ディオゲネス変奏曲(陳浩基)
大学生の僕は土曜日の授業が終了したのちに雨宿りをするため、一般教養の選択科目の教室に潜り込む。すると、そこでは「推理小説鑑賞、創作と分析」という講義が行われていた。その講義は初回にもかかわらず、出席者は僕を含めてわずか7人しかいない。しかも、担当教授は、今から推理ゲームをして正解にたどり着いた者には無条件で成績Aを与えると宣言する。そのゲームの内容というのは、7人の中に紛れ込んでいる教授の助手であるXが誰なのかをディスカッションしながら推理していくというものだった。ただし、成績Aをもらえるのは先着1名のみ。つまり、Xを言い当てるためにはみんなで協力し合いながらも、出し抜かなければならないのだ。果たしてゲームの勝者は?
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全17編を収録した自選短編集です。その内容は本格ミステリ、サスペンス、SF、ホラーetcとバラエティに富んでおり、著者の引き出しの多さをうかがわせてくれます。女性のブログを見ながらネットストーカーをしている青年の描写から始まってそこから二転三転していく『藍を見つめる藍』、編集者から「一流のミステリー作家はみな人を殺している」とそそのかされたミステリー作家志望の男が密室殺人を計画する『作家デビュー殺人事件』、惑星探査中の事故に謀殺の疑惑が持ち上がる『カラー星第九事件』などといった具合に、個性的で高品質な作品な揃っています。そんな中でも白眉といえるのが巻末の『見えないX』です。教室で行われる推理ゲームの最中に新しいロジックや他者を出し抜くテクニックが次々と生み出され、怒涛の勢いで意外な結末へとたどり着く展開にただただ圧倒されます。フーダニットミステリーの極北とでもいうべき傑作です。以上のように、読み応え満点の作品がずらりと並んでいます。習作だと思われる小品が混じっていて多少玉石混合気味になっているのが惜しまれますが、それを差し引いても質と量を兼ね備えた実にゴージャスな作品集です。
2020年このミステリーがすごい!海外部門5位
2020年本格ミステリベスト10海外部門3位
文学少女対数学少女(陸秋槎)
校内新聞の編集長を引き継いだ高校2年の陸秋槎は新企画として自作のミステリー小説を犯人当てクイズとして発表する。評判は上々だったものの、応募者の回答のなかに、自分の想定していなかった正答を見つけてショックを受ける。こうしたミスを避けるには作者より頭の良い人間に正答が複数存在していないかをチェックしてもらう必要があった。親友の陳姝琳に孤島の天才・韓采蘆を紹介してもらった秋槎だったが、彼女は数学理論を駆使して想定外の真相を次々と導き出していき…。
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推理小説の謎を数学の定理で解いていこうという試みが知的好奇心を刺激する野心作です。小説としてだけでなく、ミステリー論としてもユニークな内容となっています。特に、後期クイーン問題に興味のある方にはおすすめです。一方、ミステリーとしても、作中作の謎解きをしている最中に現実世界でも事件が起きるなど、意表を突く展開で楽しませてくれます。加えて、この作者ならではの百合要素も見逃せないところ。2人のもどかしい関係性や陳姝琳を含めた三角関係など、読みどころ満載です。ただ、最終章の第4話に関しては尻切れトンボ感が強くてもやもやが残ってしまいます。この終わり方に関しては賛否の分かれるところです。
2022年このミステリーがすごい!海外部門13位
2022年本格ミステリベスト10海外部門3位
2022年このミステリーがすごい!海外部門13位
2022年本格ミステリベスト10海外部門3位
おわりに
【氷菓】ラノベミステリーの歴史 平成編【虚構推理】
最新更新日2021/06/20☆☆☆
日本のライトノベルはSFやファンタジー要素を含んだジュブナイル小説から発展したものであり、やがてそこにハーレムラブコメの要素が加味されていきます。つまり、ジャンル的にいえばSF・ファンタジー・ラブコメというのがラノベの3大要素といっても過言ではないわけです。ところが、21世紀に入るとそこに新しい流れが加わります。ライトノベルとミステリーを融合しようという試みが行われるようになったのです。それは最初、ごくささやかなムーブメントにすぎなかったのですが、今ではラノベ界のみならず、ミステリー界においても無視できない存在になりつつあります。どのような過程を経てそうなったのかを代表的なラノベミステリーを紹介しつつ、解説していきます。
なお、ラノベミステリーの起源を厳密に探っていけば、赤川次郎、栗本薫、辻真先らの若手時代まで遡る必要がありますが、ここではジャンルとして注目され始めた平成以降の作品を取り上げるものとします。ちなみに、ラノベミステリーと一言でいっても、みな似たような作風というわけではありません。特に象徴的なものとしては2つのタイプがあります。一つは痛々しいほどに中二要素満載の中二病ミステリーであり、もう一つは赤川次郎を起源とする一般文芸をライトな読み味にしたライトミステリーです。両者は同じラノベミステリーでもテイストがかなり異なります。そこで、中二要素満載の作品のタイトルを赤色で、ライト文芸色が強い作品のタイトルを青色、どちらともいえないもの(ある意味標準的なラノベミステリー)を緑色で表示してみました。絶対的な基準というわけではなく、もちろん両者の要素が入り混じったものも存在します。したがって、色分けはあくまでも目安程度ですが、本を選ぶ際などの参考にしてみてください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします。なお、ラノベミステリーの起源を厳密に探っていけば、赤川次郎、栗本薫、辻真先らの若手時代まで遡る必要がありますが、ここではジャンルとして注目され始めた平成以降の作品を取り上げるものとします。ちなみに、ラノベミステリーと一言でいっても、みな似たような作風というわけではありません。特に象徴的なものとしては2つのタイプがあります。一つは痛々しいほどに中二要素満載の中二病ミステリーであり、もう一つは赤川次郎を起源とする一般文芸をライトな読み味にしたライトミステリーです。両者は同じラノベミステリーでもテイストがかなり異なります。そこで、中二要素満載の作品のタイトルを赤色で、ライト文芸色が強い作品のタイトルを青色、どちらともいえないもの(ある意味標準的なラノベミステリー)を緑色で表示してみました。絶対的な基準というわけではなく、もちろん両者の要素が入り混じったものも存在します。したがって、色分けはあくまでも目安程度ですが、本を選ぶ際などの参考にしてみてください。
1995年
タイム・リープ ーあしたはきのう(高畑京一郎)
高校2年の鹿島翔香は、優等生でイケメンながらも女嫌いとして有名な若松和彦とキスをする夢を見て目を覚ました。なぜそんな夢を見たのか不思議だったが、遅刻しそうだったのでとりあえず、急いで学校に向かう。ところが、学校に到着した彼女は当惑する。月曜日だと思っていたのに、火曜日の授業が始まったからだ。つまり、翔香は昨日の記憶をすべて失っていたのだ。わけのわからないままに、手掛かりを求めて自分の日記帳を見る。すると、そこには、「何が起きているのか知りたければ若松くんに相談しなさい。彼は頼りになる人だから」と書かれてあった。意を決して和彦に相談すると、彼女の話を本気にせず、冷たくあしらわれてしまう。だが、翔香に起きた不思議な現象を彼自身が目のあたりにしたことで、一緒にその謎に挑むことになる。和彦は翔香がタイムリープ現象に陥っていることを突き止め、複雑怪奇な時間パズルの解明に取り組むが......。
◆◆◆◆◆◆
少女がタイムリープを繰り返すジュブナイル小説といえば、多くの人は『時をかける少女』を思い浮かべるのではないでしょうか。本作も一見、それと似たような作品にみえます。しかし、あの作品と異なるのは、タイムリープの謎をロジカルに解き明かそうとしている点です。つまり、『時をかける少女』は純然たるSF作品であるのに対して、本作は謎解きに重きを置いたSFミステリーになっているのです。しかも、そのミステリーの部分が実によくできています。タイムトラベルものにつきもののタイムパラドックスの問題を解消させたうえで、縦横無尽に張り巡らせた伏線を回収し、一部の隙もないロジックによって意外な真相を浮かび上がらせていく手管が見事です。そのロジックの美しさはため息がでるほどで、「ライトノベルの割には」などといったレベルを遥かに超えています。00年代に始まったラノベミステリーの台頭とはまた違った座標軸に位置する傑作です。
2000年
M.G.H 楽園の鏡像(三雲岳斗)
大学院生の鷲見崎凌と従妹の森鷹舞衣は日本初の多目的宇宙ステーション白鳳を訪れる。新婚夫婦を白鳳に御招待という政府の企画に偽装結婚をして潜り込んだのだ。白鳳には彼らのほかに自腹で旅行をしている金持ち夫婦や女優とミュージシャンのお忍びカップル、ステーション内の研究施設で働くスタッフなどがいた。そんななか、ステーション内で墜落死したと思われる死体が発見される。しかし、無重力状態にある白鳳内部で墜落するなどということ自体がありえないはずだ。果たしてこれは事件なのか、事故なのか?凌たちは独自に調査を始めるが.......。
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本作は日本SF作家クラブ主催の第1回日本SF新人賞の受賞作品であり、SF小説とライトノベルの中間的なレーベルとしてこの年に創刊された、徳間デュアル文庫から発売されています。著者の三雲岳斗は今でこそ『ストライク・ザ・ブラッド』を始めとする正統派ライトノベルの書き手というイメージが強いですが、初期には『海底密室』や『少女ノイズ』といった謎解きミステリーの色が強い作品を発表していたのです。本作はその代表的存在だといえるでしょう。なんといっても無重力状態で墜落死した死体の謎が魅力的です。しかも、初歩的な理系知識だけで解明可能なトリックがなかなかよくできています。難点を挙げるとすれば、今読むとSF的ガジェットが少々古臭く感じられてしまう点でしょうか。いずれにせよ、未だラノベミステリーというジャンルが確立されていなかった時期に書かれた先駆的な佳品であることは確かです。
殺竜事件ーa case of dragonslayer(上遠野浩平)
魔法の発達したその世界は最大の通商連合である七海連合によって実質的に支配されていた。その七海連合に所属し、重要な役割を担っているのが特殊戦略軍師の戦地調停士だ。彼らは、弁舌と謀略であらゆる国際問題を鎮静化させるトラブル処理のスペシャリストである。あるとき、有史以前から存在していたとされる不死身の竜が刺殺されたという情報が飛び込んでくる。戦地調停士の一人であるエドは、事件の謎を解くために、世界中に散らばった関係者を訪ねて回るが.......。
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ブギーポップシリーズによってラノベ界に一大センセーションを巻き起こした著者によるファンタジーミステリーです。いかにもといった中二設定をこれでもかというほど盛り込んでおり、中二病型ラノベミステリーの先駆的な作品となっています。とはいえ、全体的にはミステリーというよりもファンタジー要素のほうが強く、物語の大半がさまざまな国を巡りながら独自の世界観を構築していくことに費やされています。そのため、ファンタジーとしてはそれなりに読み応えはあるのですが、ミステリー要素の扱いがいささか軽くなってしまった感は否めません。一応意表を突いた真相も用意されているものの、不死身の竜が殺されるという魅力的な謎に対して、真相の衝撃度がどうにも薄すぎるのです。ただ、本作はあくまでもシリーズの導入部分であり、世界観とキャラクターの紹介に、より重きを置いているのは計算のうえでのことでしょう。そう考えれば、ミステリーとしての薄さも致し方ないといえるのかもしれません。
Dクラッカーズ 接触ーtouchー(あさぎり耕平)
街には不思議な噂が広まっていた。カプセルと呼ばれるドラックを飲めば天使や悪魔が現れ、どんな願いでも叶えてくれるというのだ。その頃、7年ぶりに帰国した姫木梓は幼馴染の物部景と再会するが、弟のようになついていたかつての想い出がまるで偽りだったかのように、梓に対して冷淡な態度を見せる。やがて、景と同じ高校に転入した梓は、彼がカプセルの常用者であるという噂を耳にする。彼女は景に真偽を問いただすが、彼は何も答えようとはしなかった。そんなとき、カプセルを常用していた女子高生の飛び降り自殺が発生する。梓は級友の海野千絵らと共に真相究明に乗り出すが......。
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80年代末から巻き起こった新本格ブームは90年代後半になると一段落し、代わって謎解きよりもキャラクターや世界観に重きをおいた新新本格と呼ばれる作品群が登場します。その中には、ライトノベル的な要素を含んだものも少なくありませんでした。そうしたムーブメントに乗る形で、00年代に入ると今度はミステリー要素を取り込んだラノベを売り出そうとする動きが出てきます。そして、その先鞭をつけたのが2000年にレーベルを立ち上げた富士見ミステリー文庫です。ただ、当時のラノベ作家でミステリーの書き方を心得ている者はほとんどいなかったため、このレーベルから発売された作品の出来はおしなべて低調でした。同レーベルの最初の人気作になった『Dクラッカーズ』にしても第1巻である本作は無理矢理ミステリー要素を組み込んだ感が強く、いささか窮屈そうです。しかし、本シリーズは巻を追うごとにミステリー要素を削ぎ落していき、アクションやバトルに特化していくことでぐっと面白くなっていきます。したがって、ミステリーを期待して読むとがっかりしてしまうことになりかねません。その代わり、初期のラノベミステリーがどのようなものであったのかを知るうえでは極めて重要な作品だといえます。ちなみに、エロティックな展開がウリだった新井輝の『ROOM NO.1301』や名探偵カードを手に入れたことで異世界に飛ばされた主人公がカード戦争に巻き込まれる野梨原花南の『マルタ・サギーは探偵ですか?』などもミステリー文庫の看板作品であったにも関わらず、ミステリーとはほぼ関係のない話でした。
2001年
激アルバイター・美波の事件簿~天使が開けた密室~(谷原秋桜子)
行方不明になった写真家の父を探す資金を貯めるべく、高校生の倉西美波は母に内緒でバイトに励んでいた。しかし、彼女は壊滅的に要領が悪く、すぐにバイトをクビになってしまうのだった。そんなとき、寝ているだけで一晩5000円、立っていれば1日2万円というなんとも怪しいバイトを紹介される。おいしい話に思わず飛びついた美波だったが、案の定トラブルに巻き込まれる。なんと、バイト先で密室殺人が発生し、その容疑者にされてしまったのだ。
◆◆◆◆◆◆
なんちゃってミステリーの多かった初期の富士見ミステリー文庫にしては珍しく、本格ミステリとしてしっかりと楽しめる作品になっています。それもそのはずで、著者の谷原秋桜子はミステリー作家である愛川晶の別名義だったのです。本職の書いた作品はやはり一味違います。密室殺人の謎を本格ミステリのフォーマットに沿って解明していくプロセスはなかなかの面白さです。それに、愛川晶は美少女探偵・根津愛シリーズなどといったラノベっぽい作品を書いていたのでライトノベルとしても違和感はありません。直感で推理する江戸っ子気質の直美やお嬢様でミステリーマニアのかの子といったキャラが魅力的で楽しく読むことができます。知名度はあまり高くないものの、クオリティ的にはレーベル初期を代表するといっても過言ではない佳品です。
氷菓(米澤穂信)
神山高校1年の折木奉太郎は何事にも積極的に取り組もうとしない省エネ主義をもっとーとしていたが、姉の頼みで古典部に入部することになる。部員のいない古典部は廃部寸前であり、部の存続のために入部してほしいというのだ。だが、部室に行ってみると同じ1年の千反田えるがおり、彼女も古典部に入部するという。さらに、親友の福部里志や彼に想いを寄せている伊原麻耶花も入部し、古典部はその活動目的もわからないままに復活することになるのだった。そんなある日、えるは幼少時代に伯父から聞かされた古典部に関する不可思議な出来事を思い出し、奉太郎に相談する。その謎を解くカギは古典部の文集『氷菓』にあるらしいのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
本作は第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受賞し、角川スニーカー文庫内に新設されたスニーカーミステリー倶楽部というレーベルから発売されました。前年に創設された富士見ミステリー文庫がライトノベルにミステリー風味の味付けをしたものだったのに対し、このレーベルではライトノベルというより、赤川次郎を祖とするライトミステリーの方向に舵を切った点が目を引きます。残念ながら、レーベル自体はこれといって話題になることもなく消えてしまったのですが、今やミステリー界を牽引する存在となった米澤穂信を輩出した功績は小さくないでしょう。ちなみに、この『氷菓』は古典部シリーズの第1弾にあたり、2012年にはテレビアニメにもなった人気作です。その内容はというと、探偵役の折木奉太郎を中心とした古典部の面々が学校生活で体験したさまざまな謎に挑んでいくというもので、日常の謎を中心に据えた学園ミステリーの形を取っています。折木奉太郎、千反田える、福部里志、伊原麻耶花といった魅力的なキャラクターが織りなすこの物語は、ライトミステリーというジャンルを代表するものだといっても過言ではありません。ただ、本作に限っていえば、ミステリーとしてはいささか弱すぎるのは否めないところです。まず、発端となる謎に魅力が乏しいので物語に引き込まれず、真相もやはり地味なのでどうにもカタルシスに欠けるのです。したがって、シリーズ1作目の本作はキャラクター紹介編だと割り切って読むのが無難でしょう。
2002年
愚者のエンドロール(米澤穂信)
高校1年の夏休みの終盤。折木奉太郎たち古典部の面々は、自主製作映画の試写会に招待される。文化祭出展のために2年F組が制作したものだ。ところが、それには結末部分が描かれておらず、映画は中途半端なところで終わっていた。実は、脚本を担当していた生徒が病気で倒れ、事件の真相が不明のままだという。そもそも、古典部を試写会に招待したのは、映画を完成させるために事件の真相を推理してもらうためだった。あまり乗り気ではない奉太郎だったが、えるが映画の結末が気になるといいだしたため、探偵役を志願した2年F組の生徒たちのオブザーバーとしてそれぞれの推理を検証することになるが......。
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古典部シリーズ第2弾。謎の魅力が乏しかった前作とは異なり、映画の中とはいえ殺人事件を扱っていることでミステリー的興味はぐっと高まっています。今回は多重解決ものになっており、2転3転するプロットはなかなか読み応えがあります。しかも、探偵役の奉太郎が見事な推理を披露したのちに、もうひとひねり加えているところが秀逸です。ただ、映画の完成を急いでいるのにもかかわらず、なぜ1日に一人ずつ推理をしていくという悠長なことをしているのか?などといった具合に、物語の展開に整合性を欠いているのが惜しまれます。とはいえ、学園ミステリーとしては短いながらも完成度が高く、ミステリー好きの人が読んでも満足できる作品に仕上がっています。
クビキリサイクル~青色サヴァンと戯言遣い~(西尾維新)
日本海に浮かぶ鴉の濡れ羽島。そこは赤神財団の保有する孤島であり、現在は本家から永久追放された赤神イリアが4人のメイドと共に暮らしている。彼女は日々の退屈を紛らわせるべくあらゆる分野の天才を招待し続けていた。その一人として鴉の濡れ羽島に招かれた機械の天才、玖渚友と彼女の付き添いでやってきた戯言遣いこといーちゃんは、滞在2日目にして密室首無殺人事件に遭遇する。イリアは警察の介入を頑なに拒み、事件はもうすぐこの島を訪れる哀川潤なる人物が解決してくれると断言するのだった。一方、友といーちゃんは一刻も早く真相を突き止めるべく、独自に捜査を開始するが.......。
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第23回メフィスト賞受賞作品にして、戯言シリーズの第1弾です。講談社ノベルから発売されたことから、レーベル的には一般文芸に分類すべき作品だといえます。しかし、中二病を煮詰めたような舞台設定、萌えキャラの大量投入思わせぶりな持って回った台詞等といった具合に、その中身はライトノベルそのものです。したがって、この手の作品に慣れていない人にとっては、独自の作風に抵抗を覚えるかもしれません。しかし、その反面、ミステリーとしては驚くほど正統派です。トリックは小粒ではあるものの、よく考えられていますし、首切りの理由にも説得力があります。終盤のどんでん返しも堂に入っており、本格ミステリとしての完成度は決して低くないのです。ただ、過剰な設定に対してミステリーの部分が正統派過ぎてコジンマリとしているため、その辺をアンバランスに感じる人もいるのではないでしょうか。
クビシメロマンチスト~人間失格・零崎人識~(西尾維新)
鴉の濡れ羽島の事件から2週間。大学生活に戻ったいーちゃんは学食でハイテンションな女の子・葵井巫女子と出会う。クラスメイトだというが、入学以来ほとんど大学に行っていなかったいーちゃんには彼女の記憶はなかった。それでも強引に誘われて巫女子の親友である江本智恵子の誕生日パーティに参加するいーちゃんだったが、そこで再び事件に巻き込まれる。パーティの翌日、智恵子が他殺死体となって発見されたのだ。一方その頃、いーちゃんの住む京都では連続通り魔殺人が世間を賑わせていた。
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戯言シリーズの第2弾です。前作の『クビキリサイクル』が設定てんこ盛りなコテコテ中二病ミステリーだったのに比べると、本作は随分と大人しい印象を受けます。主要な登場人物は平凡な大学生ですし、事件そのものもそれほど派手ではありません。とはいえ、平凡というのはあくまでも前作に比べればの話であって、それを抜きにして考えると登場人物はみんな十分個性的です。特に、葵井巫女子のエキセントリックなキャラクターは忘れ難いものがあります。少なくとも、前半はそのインパクトでラブコメめいた物語を牽引しているといっても過言ではないほどです。ところが、中盤のある事件を境にして物語はがらりとその風景を変えます。ダークな色合いが一気に増し、意外な真相が明らかになると同時に怒涛のラストへと流れ込んでいくのです。この前半と後半のギャップこそが本作最大の読みどころといえます。それになにより、最後の一行がミステリーのどんでん返しとはまた違った意味で衝撃的です。発売当初、本作は”新青春エンタ”のキャッチフレーズで売り出されていましたが、その肩書に負けないだけの新しさを有しています。ただ、このシリーズは6作目まで続くものの、次作以降はミステリー色がかなり薄くなり、中二バトルのほうに大きく舵を切ることになります。本作でもメインストーリーとは全く関係ない殺人鬼一族の零崎人識が登場しており、そのことに対して違和感を覚えるかもしれませんが、それはシリーズの路線変更の布石だったわけです。
2003年
タクティカル・ジャッジメント ~逆転のトリックスター!~(師走トオル)
山鹿善行は若いながらも不利な裁判を次々と無罪判決にしてきた有名弁護士だ。しかし、その実態は勝利のためには非合法スレスレの手段も厭わない、正義感とモラルの欠如した不良弁護士だった。ある日、幼馴染の水澄雪奈が殺人事件の容疑者として逮捕される。圧倒的に不利な状況の中で善行は弁護を開始するが........。
◆◆◆◆◆◆
ライトノベルとしては珍しい法廷ミステリーです。文章が平易で話がテンポよく進むのでサクサク読める点が美点だといえます。ただ、その反面、テンプレ的な展開が目立ち、人物描写も深みに欠けるので本格的なリーガルサスペンスを期待しているとかなり物足りなさを覚えるはずです。どちらかというと、逆転裁判などが好きな人向けの作品といった感じです。とはいえ、詭弁を交えた駆け引きや痛快などんでん返しを味わえる展開は悪くありません。裁判ものを小難しい話抜きで気軽に楽しみたいという人におすすめです。なお、シリーズは全9巻と短編集4冊が発売されています。
きみとぼくの壊れた世界(西尾維新)
高校3年の櫃内様刻は同じ高校に通うひとつ年下の妹、夜月を溺愛し、夜月も様刻にべったりと依存していた。その関係はシスコン・ブラコンなどといった言葉に収まるものではなく、様刻の友人である迎槻箱彦に心配されるほどだった。ある日、様刻は夜月にクラスの女子と仲良くしてほしくないと言われ、彼は自分のことが好きなクラスメイトの琴原りりすと絶交宣言をしてしまう。その後、様刻は元登校拒否児の病院坂黒猫に呼び出され、妹のクラスメイトである数沢六人が夜月にちょっかいを出している事実を知らされる。彼女は保健室登校をしている身ながら、学校一の情報通なのだ。黒猫の話を聞いた様刻は夜月のクラスに行き、数沢六人に対して制裁を加える。ところが、その翌日、六人は校内で死体となって発見される。様刻は黒猫に付き合わされて、事件の謎を追うことになるが.......。
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全5巻からなる世界シリーズの第1弾です。一見殺人事件の謎を追う本格ミステリの形式をとっているものの、本作の主眼はそこにはありません。実際、ミステリーとしての仕掛けは小粒でそれに期待すると肩透かしを食らうでしょう。その代わり、タイトルの如く登場人物が全員壊れており、その壊れっぷりが物語の進行に伴って次第に明らかになっていくのが大きな読みどころとなっています。元々、西尾維新の作品に登場する人物は変人が多いのですが、本作のキャラはそれらと比べても異常っぷりが突き抜けているのです。ちなみに、本作はもんだい編、探偵編、かいけつ編の3部構成になっており、探偵編は比較的オーソドックスなミステリーの形をとっています。しかし、かいけつ編に至り、壊れた世界はその本性を露わにし、読者は暗澹たる気分にさせられることになります。萌えキャラが大挙して登場する典型的な学園ラノベと思わせておいて物語の本質はどこまでも暗い、暗黒ライトミステリーとでもいうべき異色作です。
GOSICK(桜庭一樹)
1924年のヨーロッパ。日本からの留学生・久城一弥は、ソヴィール王国にある聖マルグレット学園で美しい少女・ヴィクトリカと出会う。彼女は天才的な頭脳を有しており、学園の内外で遭遇する難事件を次々と解決に導いていった。当初は気まぐれでわがままなヴィクトリカに振り回される一弥だったが、可愛らしい素顔を知ることで少しずつ彼女に惹かれるようになっていく。一方、ヴィクトリカも一弥を憎からず思っていた。しかし、世界情勢が緊迫の色を深めていくなかで、ソヴィール王国の闇が若い2人を飲み込んでいく。ヴィクトリカの実家であるブロワ侯爵家が王国内で暗躍し、侯爵家に反旗を翻すヴィクトリカの母ゴルデリア・ギャロと謎の奇術師ブライアン・ロスコーも不穏な動きを見せ始めたのだ。一弥とヴィクトリカは時代の波に翻弄されながらも、自らの運命を切り開くために彼らと対峙していく.......。
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2008年に『私の男』で直木賞を受賞することになる桜庭一樹がラノベ作家時代に書いた人気シリーズです。桜庭一樹といえば、『赤×ピンク』や『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』などのように、鬱屈した少女の心理をリアルに描いた、ライトノベルらしからぬ作風が印象的でした。しかし、本作は架空の国を舞台にした正統派冒険譚に仕上がっており、そういう意味では著者の異色作ともいえます。恋あり冒険ありサスペンスありといった具合にエンタメ要素が過不足なく散りばめられており、気楽に楽しめる作品に仕上がっています。ただ、色々な要素を散りばめた分、ミステリーとしては薄味です。難事件に遭遇してその謎を解くといったフォーマットは本格ミステリそのものではあるのですが、トリックやプロットに新鮮味がないので生粋のミステリーファンは物足りなさを覚えるでしょう。とはいうものの、ヒロインのヴィクトリカが非常にキュートなことも含め、少年少女の活躍を描いた冒険譚としてはなかなかに魅力的な佳品です。
2004年
心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている(神永学)
心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている(神永学)
大学生の小沢晴香は幽霊に憑依された友人を救うために映画同好会を訪ねた。そこに不思議な力を持つ男がいると聞いたからだ。しかし、彼女を出迎えたのはひどく眠たそうな顔をしたすかした青年だった。彼の名は斉藤八雲といい、死者の魂を見る能力があるという。晴香は八雲に信用しきれないものを感じながらも思い切って相談を持ちかけるが......。
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軽い文体と魅力的なキャラクターに引っ張られてサクサクと読める点がウリとなっており、現代的なライトミステリーのスタイルを完成させた作品でもあります。ただ、ツンデレ主人公とツンデレヒロインの掛け合いと、死者の魂を見る能力を生かして事件を解決する展開に主眼が置かれているため、本格的な謎解きミステリーを期待した人にとっては物足りなさを覚えるかもしれません。また、ツンデレなイケメン主人公と元気でひたむきなヒロインのコンビというのも今読むとベタすぎると感じる可能性があります。それでも、パイオニアとして大いに評価すべき作品であることは確かです。ちなみに、本作は『赤い隻眼』のタイトルで自費出版したものが編集者の目にとまり、大幅リニューアルのうえで再出版されたものです。その結果、予想外の大ヒットを記録し、人気シリーズ作品となっていきます。
春期限定いちごタルト事件(米澤穂信)
船戸高校1年の小鳩常悟朗と小佐内ゆきは、中学時代の手痛い失敗から目立つことを避け、小市民に徹することを心掛けていた。そして、目的を同じくする2人は互いをフォロし合うため、互恵関係を結んでいたのだ。そんなある日、常悟朗は小学時代の同級生である堂島健吾に、紛失した女生徒のポシェットを探すのを手伝ってほしいと頼まれる。他のメンバーとともに校内を捜索するがめぼしい手掛かりは得られなかった。その後、常悟朗は昇降口前でゆきと合流する。彼はポシェットのある場所の見当はすでについているといい、ゆきに自分の推理を聞かせるが......。
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小市民シリーズの第1弾であり、著者の学園ミステリーとしては古典部シリーズと双璧をなす存在です。本作には5つの短編が収録されており、いずれも事件とは呼べない小さな謎に対して巧みに伏線を散りばめ、きっちりと解決に導いていく手管が見事です。特に、『おいしいココアの作り方』はこれぞ日常ミステリーのお手本というべき完成度の高さを誇っています。ただ、どの作品もミステリーの謎としては地味なものばかりなので、その点に物足りなさを感じる人もいるかもしれません。また、互恵という奇妙な関係で結ばれている主人公とヒロインも古典部シリーズのそれとは違った魅力があるのですが、両者とも癖があるキャラだけに苦手だと感じる人もいるのではないでしょうか。
2005年
クドリャフカの順番(米澤穂信)
神山高校最大のイベントであるカンヤ祭。古典部はこれまでの伝統にならって文集・氷菓を出品することになる。ところが、30部の予定のはずが手違いで200部も発注してしまったのだ。普通にしていたのではとうていさばける数ではない。古典部の面々は少しでも多くの文集を売るために、壁新聞部に宣伝をしてもらえるよう交渉したり、売り場拡張を総務委員会に掛け合ったりと、関係各所を駆け回る。一方、その頃、校内では連続窃盗事件が発生し、十文字なる者が犯行声明を出していた。それを知った古典部の面々は「犯人の最終ターゲットは古典部である」という噂を流すことで氷菓への注目度を高めようとする。そんななか、奉太郎は偶然入手した手掛かりから十文字事件の真相に迫っていくが......。
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古典部シリーズの第3弾。今回は次々に窃盗事件が起こるものの、どれも金銭的価値がないものばかりで、犯人の意図がわからないという謎を扱っています。一種のミッシンクリンクものであり、伏線を巧みに張り巡らせてうまくまとめた感があります。ただ、シリーズ第1弾の『氷菓』と同じく、謎自体に魅力が乏しいため、ミステリーとして読むと肩透かしを喰らうかもしれません。その一方で、学園を舞台にしたキャラクター小説としてはすこぶる楽しい作品に仕上がっています。視点人物が章ごとに代わることもあって、主要人物の意外な面が明らかになり、それぞれのキャラの魅力が今まで以上に伝わってきます。特に、メインヒロインである千反田えるの可愛らしさは特筆ものです。それに、料理対決をはじめとする文化祭ならではのイベントも盛りだくさんで、登場人物と一緒になってイベントを楽しんでいるような気分にさせてくれます。ミステリーとしての出来は前作の『愚者のエンドロール』には及びませんが、ライトノベルとしての面白さはシリーズ中で本作がベストでしょう。
キリサキ(田代裕彦)
17歳にして命を落とした俺の前に現れたのはフードをかぶった女だった。亡くなった姉にそっくりな彼女は自分のことを案内人だと名乗り、あなたにはまだ寿命が残っているので現世に魂を戻すという。こうして俺は、自殺した女子高生・霧崎いづみの肉体を借りて生まれ変わることになった。やがて、いづみとしての新たな生活が始まるが、クラスメイトの一人が殺されるという事件が起きる。しかも、犯人は世間を騒がせている殺人鬼”キリサキ”だというのだ。だが、それはありえない。なぜなら、俺がキリサキだからだ。俺は真相を突き止めるべく、事件を調べ始めるが.......。
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ファンタジー設定にサイコサスペンス風味の味付けをしたTSものですが、謎解きミステリーとしてもなかなか読み応えのある作品に仕上がっています。特に、後半のどんでん返しのつるべ打ちは圧巻です。ただ、少々やり過ぎた感も否めず、どんでん返しをしすぎたせいで登場人物の言動やリアクションに矛盾が生じる結果となってしまっています。そのことに対するフォロも十分ではなく、物語の根幹が揺らいでしまったのが惜しまれます。とはいえ、その志は高く、富士見ミステリー文庫から発売された作品群の中ではかなりの力作であることは確かです。
トリックスターズ(久住四季)
魔術が存在し、魔学によって研究開発が行われている世界。日本で唯一の魔学機関である城翠大学魔学部に入学した天乃原周はそこで客員教授である佐杏冴奈と出会う。やがて、2人は20世紀最大の魔術師、アレイスター・クロウリーを名乗る人物が仕掛ける殺人ゲームに巻き込まれていくが......。
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魔術が存在する世界を舞台に謎解きを行う、いわゆる特殊設定ミステリーです。そうなると、読み手としては魔術とトリックを関連付けて考えがちですが、それとは全く異なるベクトルに最後の大ネタを用意しているのが見事です。また、その他にも、さまざまなトリックが仕掛けられており、謎解きの面白さを存分に味わうことができます。ただ、伏線があまりにもあからさまなため、謎を解くのはそれほど難しくありません。したがって、ミステリーマニアが読むと物足りなさを感じるのではないでしょうか。どちらかといえば、ミステリー初心者の入門書といった感じの作品です。ちなみに、探偵役の佐杏冴奈は元々女性でしたが、2016年にメディアワークス文庫から発売された改訂版ではまさかの性転換を果たしており、男性として描かれています。
トリックスターズD(久住四季)
城翠大学の一大イベントである3日連続の学園祭の最中、天乃原周と三嘉村凛々子は推理研の面々とともに異様な閉鎖空間に閉じ込められてしまう。なんとか脱出しようとするものの、闇の壁がそれを阻む。しかも、厳重に封印されていたはずの幻の魔器・ロセッティの写本が発動し、恐るべきものが召喚されるのだった。彼らは一連の出来事が魔術師の手によるものであり、しかも、魔術師の息のかかった裏切り者が自分たちの中にいることを知る。一体誰が?疑心暗鬼に陥るなか、閉じ込められた面々は一人また一人と姿を消していく.......。
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トリックスターズシリーズの第3弾です。本作は一種のクローズドサークル的な趣向となっており、人々が姿を消していく中で、残された推理研の面々が推理を巡らしていく展開はミステリーとしてなかなか読みごたえがあります。また、過去作の『トリックスターズ』と『トリックスターズL』が本作においては実名小説として扱われ、虚構のできごとだとされているのがユニークです。まるで竹本健治の『匣の中の失楽』のような趣向ですが、その設定自体がミスディレクションとして機能しており、真相を隠す役割を担っているのには驚かされます。したがって、本作の魅力を存分に味わおうと思えば、1作目から順番に読んでいくことをおすすめします。少々強引でご都合主義な部分もないではないですが、壮大な仕掛けが見事な傑作です。
文学少女と死にたがりの道化(野村美月)
高校2年生の井上心葉は中学生時代の事件がトラウマとなり、それ以降は”君子危うきに近寄らず”をモットーにし、他人となるべく関わらない生き方を心掛けていた。ところが、3年生の天野遠子が本に書かれた文字を紙ごと食べるのを目撃したことから、彼女一人しかいない文芸部に引きずり込まれてしまう。そんなある日、文芸部に恋の相談が持ち込まれる。相談に訪れたのは聖条学園1年の竹田千愛という少女で、ラブレターの代筆をお願いしたいというのだ。遠子に押し付けられる形で代筆を請け負うことになった心葉だが、やがて千愛の想い人であるはずの片岡愁二が学園に在籍していない事実が明らかになり......。
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”このライトノベルがすごい!2009”において1位に選ばれるなど、00年代後半に絶大な人気を誇ったライトノベルシリーズの第1弾です。有名な文学作品をモチーフにしながらコメディとシリアス展開を激しく繰り返す、ふり幅の大きな作風が魅力となっています。本作でも心葉と遠子の掛け合いが笑いを誘う一方で、太宰治の人間失格を引用しながら人が抱える心の闇を巧みにあぶり出している点が秀逸です。また、ミステリーとしては謎が解けたと思わせておいてからの反転が見事です。ただ、伏線回収やロジックによって事件を解決するタイプの作品ではなく、遠子の推理も想像にすぎないため、決して本格的な謎解きミステリというわけではありません。また、ファンタジー要素の全くない作品にも関わらず、本を破りながら文字を食べるヒロインなどといった設定が平然と出てくるため、この手のライトノベルを読み慣れていない人にとっては面食らうおそれがあります。そういった意味ではラノベ初心者とっては少しばかりハードルが高い作品かもしれません。
文学少女と飢え渇く幽霊(野村美月)
天野遠子が学校の中庭に勝手に設置した恋愛相談ポストに不可解な投函が相次ぐ。”憎い””幽霊が”などといったおどろおどろしい言葉を書き綴った紙片や意味不明の数字の羅列が書かれたメモといったものが入っていたのだ。「これは私たちに対する挑戦ね」と勝手に断じた遠子は心葉に張り込みを命じる。深夜に問題のポストを見張っていると校舎の明りが点滅し、辺りにラップ音が響き始める。そして、古い制服を着た少女が現れ、ノートに文字を書いてはそれをちぎってポストに入れ出したのだ。少女は九條夏夜乃と名乗り、悩みがあるなら相談に乗るという遠子に対して「すでに死んでいるから無駄だ」と答えるが.....。
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前作の『人間失格』に続いて『嵐が丘』をモチーフとした文学少女シリーズの第2弾です。1作目と同じく心葉と遠子のコメディパートを頻繁に挿入することで雰囲気の中和を図っていますが、物語自体は相当に重くドロドロしています。特に、後半の推理パートから愛憎劇の決着までの一連の流れは息を飲むほどです。ラストまで息が抜けない、激流のような作品だといえます。また、モチーフである『嵐が丘』にヒネリを加えた展開も見事です。
2007年
嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん~幸せの背景は不幸~(入間人間)
まーちゃんこと御薗マユは8年前に誘拐され、その影響で精神を病んでいた。彼女は同じく8年前の誘拐の被害者だったみーくんのことが大好きで、いつか再会すると信じて高校に通い続けている。そして、遂にまーくんと名乗る少年と巡り合い、同棲生活を始める。だが、そこには小学生の兄妹もいた。彼らは警察が行方を追っている、誘拐事件の被害者だった。まーちゃんはなぜ、幼い彼らを誘拐したのだろうか?一方、この街では立て続けに2人が殺されるという連続殺人事件も発生していたのだが......。
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西尾維新の戯言シリーズからの強い影響がみられる中二要素満載の作品です。とはいえ、戯言シリーズの場合は少なくとも途中までは真っ当な本格ミステリだったのに対して、本作はそこまで謎解きの要素は高くありません。強いていえば、どんでん返しのあるサイコサスペンスといった感じでしょうか。ヒロインが狂っており、語り手である主人公も一見正常に見えて実はちっともまともではないので、物語は終始異様な雰囲気に包まれています。それをラノベ特有の軽い語り口で描いているところが持ち味となっています。ただ、設定が極端で文章にも癖があるのでかなり人を選びそうです。ある意味、ラノベミステリーの極北ともいえる作品です。なお、本作はその後シリーズ化され、本編は10巻で完結をむかえています。
2008年
退出ゲーム(初野晴)
清水南高校に入学したチカこと穂村千夏は中学のときにはバレー部に所属していたが、女らしくなりたくて吹奏楽部に入部する。しかし、その吹奏楽部にはほとんど部員がおらず、廃部寸前だった。チカは入部早々部員集めに奔走することになり、そうした日々の中で新しく吹奏楽部の顧問となった草壁先生に惹かれていく。一方、9年ぶりに再開した幼馴染のハルこと上条春太も同性ながら草壁先生に片想いをしていることが発覚。図らずも恋のライバルとなった2人は卒業までは抜け駆けしないという協定を結びつつ、全国吹奏楽コンクール出場のために協力し合う。だが、そんな彼らの周辺ではさまざまな事件が起こり......。
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ハルチカシリーズの第1弾であり、吹奏楽で全国大会を目指すという青春小説と、身の周りの不思議な事件を解き明かしていくという日常ミステリーを融合したハイブリッド作品です。ヒロインによる語り口が軽妙でハルたちとの掛け合いもユーモアが効いているので、さわやかな青春小説として楽しむことができます。一方、ミステリーとしても少々小粒ではあるものの、どれもよく考えられています。特に、即興劇対決にミステリーの要素を絡めた表題作が秀逸です。本シリーズはアニメ化や映画化もされており、学園青春ミステリーとしては古典部シリーズと双璧をなす存在だといえます。
2009年
浜村渚の計算ノート(青柳碧人)
少年犯罪の急増によって日本では学校教育が見直され、道徳や芸術などの授業に重きが置かれるようになっていた。一方で、数学はものの価値を画一的に決めてしまう悪しき学問だとして軽視されるようになってしまう。そうした政府のやり方に異を唱えたのがテロ組織である黒い三角定規だった。彼らは政府に対して数学の地位向上を要求し、さまざまなテロ行為を行っていく。テロの手口は数学の理論を応用した高度なものばかりであり、対抗するすべを持たない警視庁対策本部は頭を抱えていた。そのとき、対策本部に救世主が現れる。それが中学生にして数学の天才である浜村渚だったのだ。
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数学をテーマにしたミステリーですが、決して小難しい内容ではなく、素人が読んでもすぐに理解できるように書かれています。そのため、数学嫌いを克服するにはうってつけの作品だといえます。また、軽い文章と肩の凝らないユーモラスな内容のおかげでサクサク読めるのもうれしいところです。シリーズ化されており、コミック版も発売されているので、数学を勉強するきっかけがほしいという人は一読してみてはいかがでしょうか。ただ、数学に詳しい人にとっては底が浅くて物足りないと感じる可能性があるので、その点は注意が必要です。
秋期限定栗きんとん事件(米澤穂信)
小佐内ゆきの誘拐事件を機に、常悟朗とゆきは小市民を目指すための互恵関係を解消する。そして、2学期になると常悟朗は仲丸十希子に告白され、交際を始めるのだった。常悟朗は十希子と過ごすなかで遭遇する謎を解きながらも、彼女との交際を楽しんでいた。一方、ゆきのほうも新聞部の瓜野高彦に告白されて付き合い始める。高彦は野心家で、市内で起きている連続放火事件をスクープするだけでなく、犯人を自分たちの手で捕まえようとしていた。一方、常悟朗のほうも、放火犯のターゲットとなって燃やされた車がゆきの誘拐に使われたものだと知り、事件に首を突っ込んでいく......。
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『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルカフェ事件』に続く小市民シリーズの第3弾です。本作は高校2年秋から3年秋までの1年間を描いた長大な物語になっているのですが、ストリーテリングの妙で飽きさせないのはさすがです。一方で、犯人は分かりやすく、ミステリーとして大きな驚きはありません。しかし、本作の主眼はそこではなく、事件の謎に挑む側のドラマにあります。探偵役が事件の謎を解き明かそうとしたとき、張り巡らされた伏線が収束され、その末に至るクライマックスが圧巻です。ヒロインの暗黒面が存分に描かれており、底意地の悪いドラマが展開されるのは米澤作品ならではです。特に、最後の一行には著者しか書き得ないインパクトがあります。
月見月理解の探偵殺人(明月千里)
高校2年の都築初はある日、車椅子に乗った転校生の美少女・君筒木衣理香と出会う。唯我独尊な態度で周囲を圧倒する彼女は月見月理解というもう一つの名前を持っていた。それはネットゲームで不敗を誇っていた伝説的な人物であり、しかも、そんな彼女に唯一土をつけたのが初だったのだ。彼女は初に自分が大財閥の月見月家から派遣された探偵である事実を打ち明ける。そして、この学校にいる人殺しに関する調査の協力を要請するとともに、初に対してある勝負を持ちかけてくる.......。
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第1回GA文庫大賞奨励賞受賞作品です。ちなみにこの作品、一見探偵を中心とした謎解きミステリーの体裁を取っていますが、実際のところミステリー要素は希薄です。謎らしい謎は存在せず、読者を意外な真相へと導くような仕掛けもありません。ヒロインが中二設定満載の俺様キャラであることも含め、典型的な中二病ラノベといった感じです。ある意味、『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』あたりの作風と相通じるものがあるかもしれません。というわけで、ミステリーを期待して読むとがっかりしてしまいますが、個性的なキャラが織りなす、かなり歪んだ学園青春ストーリーとしてよくできています。キャラクターの掛け合いが面白くて楽しめますし、人狼ゲームを模したと思われる騙し合いのなかで、それぞれの黒い部分が浮かび上がってくるのが秀逸です。ちなみに、本シリーズは5巻まで発売されていますが、能力者たちが次々と登場し、次第に中二バトルものと化していくのは戯言シリーズ的でもあります。
鷲見ヶ原うぐいすの論証(久住四季)
高校2年の麻生丹譲は定期試験では常に最下位の劣等生だったが、普通の人間には知覚できない現象を捉えることができる知覚直感(プレモニ)という能力を有していた。一方、クラスメイトの鷲見ヶ原うぐいすは図書室に引きこもって全く授業に出ないにもかかわらず、学年1位をキープしているというひねくれ者の優等生であり、ある事件がきっかけとなって譲との交流が続いていた。そんな彼女に奇妙な依頼が舞い込む。天才数学者の霧生賽馬が魔術師か否かを問い質してほしいというのだ。霧生博士のいる館を訪れるうぐいすと譲だったが、その翌日、博士は首なし死体となって発見される。館にいる関係者は全員無罪という奇妙な状況に陥るなかで、うぐいすはいかにしてことの真実を論証していくのか?
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館で起きた奇怪な殺人事件の謎に挑むという、典型的な館もののフォーマットに沿って物語は進んでいきますが、本格的な謎解きミステリーを期待すると肩透かしを喰らうことになります。なぜなら、使用されているトリックは使い古されたものばかりであり、新鮮味を感じないからです。その一方で、魔術師の存在を巡って幾度となく行われる論理学的考証は、既存の推理合戦などとはまた違った新しい面白さがあります。魔術や悪魔といった存在を論理学的に解体していこうというアプローチがスリリングなのです。また、異能力設定を用いて一種の不可能犯罪的状況を作り出すやり方にもうまさを感じます。そのうえ、ヒロインであるうぐいすが非常に可愛らしく、キャラクター小説としても秀逸です。ただ、事件の謎が一部未解決で終わるなど、本格ミステリとしての完成度は決して高くありません。読み手が何を求めるかによって大きく評価が変わってくる作品です。
2010年
万能鑑定士Qの事件簿(松岡圭祐)
23歳の凛田莉子は絵画・宝石から映画・漫画に至るまであらゆるものを即座に鑑定できる知識を有しており、鑑定家として神田川の雑居ビルに店を構えていた。高校時代は劣等生だったのだが、ある勉強法を習得したことで、ディスカウントショップの花形店員を経て20歳の若さで自分の店を持つに至ったのだ。一方、東京23区の各所では不気味な力士シールが一面に貼られるという奇妙な事件が続出する。単なるいたずらか?それとも何か特別な意図があるのだろうか?雑誌記者の小笠原は”万能鑑定士Q”の看板を掲げた店で莉子と出会い、共に事件の謎を追うことになるが.......。
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全12巻からなる第1部は1年半という短期間で刊行され、しかも、シリーズ累計発行部数が刊行1年で200万部を突破した大ヒット作品です。2014年には綾瀬はるか主演で映画化もされています。次々と起こる事件に対して、ヒロインがさまざまな蘊蓄を披露しながら謎を解いていくというのがおなじみのパターンです。軽快な文章なのでサクサクと読むことができ、読み終わると賢くなったような気分にさせてくれるところが魅力だといえます。ただ、冷静に読めばいくらなんでもリアリティがなさすぎるという展開も多いため、その辺りを許容できるかどうかが評価の分かれ目でしょう。また、謎を解くには専門知識を知っていることが前提となるので、本格ミステリ的な要素を期待していると肩透かしを喰らうことになります。作者と知恵比べをするのではなく、ヒロインの活躍を見守りながら蘊蓄の数々に耳を傾けるのが本来の楽しみ方です。なお、Qシリーズには事件簿の他にも『万能鑑定士Qの推理劇』『万能鑑定士Qの短編集』『特等搭乗員αの難事件』などがあり、それらも好評を博しています。
死なない生徒殺人事件~識別組子とさまよえる不死(野崎まど)
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アニメ化された『バビロン』などでも知られる鬼才・野崎まどの初期作品ですが、本作を本格ミステリとして読んだ場合、仕掛けが単純すぎて多くの人は物足りなさを感じるでしょう。しかし、一方で、不死の定義については緻密なロジックが用意されており、思わず感心してしまいます。さらに、巧みに張り巡らされた伏線を回収しながら行われる動機の解明が秀逸です。鮮やかな反転に驚嘆の念を禁じ得ない新感覚ミステリーの傑作です。
2011年
小説家の作り方(野崎まど)
駆け出し作家の物実は初めてもらったファンレターの差出人から奇妙な頼まれごとをされる。今までに5万冊の本を読み、この世で一番面白い小説のアイディアを思いついたのだが、それを文章にすることができないので書き方を教えてほしいというのだ。物実は半信半疑で待ち合わせ場所の喫茶店に出向き、そこで世間知らずの女子大生・紫と出会う。ファンレター以外に全く文章を書いたことがないという紫に対し、物実は小説の書き方を指導していくが......。
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途中までは初歩的な小説の書き方がとぼけたユーモアを交えながら語られていき、まるで小説形式のハウツウ本のようです。少なくともミステリーらしさはみじんも感じられません。ところが、唐突に謎の女性が現れ、物語は思わぬ方向に転がっていきます。それからの展開が実にスリリングです。とにかく、中盤までと後半からの雰囲気のギャップが半端ないのです。しかも、それが単に奇をてらった思い付きなどといったものではなく、序盤から伏線がさりげなく張られている点にも驚かされます。本格ミステリではないものの、意外性満点の終盤の展開は大いに楽しむことができます。ただ、それだけに、結末が予定調和なものとなり、小さくまとまってしまったのがいささか残念です。
ビブリア古書堂の事件手帖(三上延)
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途中までは初歩的な小説の書き方がとぼけたユーモアを交えながら語られていき、まるで小説形式のハウツウ本のようです。少なくともミステリーらしさはみじんも感じられません。ところが、唐突に謎の女性が現れ、物語は思わぬ方向に転がっていきます。それからの展開が実にスリリングです。とにかく、中盤までと後半からの雰囲気のギャップが半端ないのです。しかも、それが単に奇をてらった思い付きなどといったものではなく、序盤から伏線がさりげなく張られている点にも驚かされます。本格ミステリではないものの、意外性満点の終盤の展開は大いに楽しむことができます。ただ、それだけに、結末が予定調和なものとなり、小さくまとまってしまったのがいささか残念です。
ビブリア古書堂の事件手帖(三上延)
三浦大輔は小学生時代のトラウマが原因で活字恐怖症に悩まされていた。本に対しては愛着があるにもかかわらず、長時間文章を読むと体調を崩してしまうのだ。そんな彼も大学を卒業し、就職する予定でいたのだが、内定が決まっていた会社が倒産したために無職の身になってしまう。ある日、祖母の遺品である漱石全集の1冊に夏目漱石のサインが入っているのを発見する。大輔はその真贋を判定してもらうために本をビブリア古書堂という古本屋に持ち込むが、店主はケガで入院しているという話だった。病院に行けば会えると言われて訪ねてみると、そこには高校時代からビブリア古書堂で見かけ、ずっと気になっていた女性がいた。彼女の名は篠川栞といい、店主だった父が昨年亡くなったので店を継いだのだという。大輔は漱石のサインを栞に見せるが、結局それは偽物だった。だが、ことはそれだけでは終わらず、サインに関する新たな事実が判明し.......。
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全7巻で700万部近い発行部数を誇るベストセラー作品です。本シリーズの大ヒットによってライトノベルから派生したライトミステリーというジャンルは一気に注目度を高めることになります。また、2009年に創刊されたメディアワークス文庫をライトミステリーの代表的レーベルへと押し上げた功績も見逃せません。肝心の内容も一見ライトな雰囲気ながらも日常ミステリーとしてのプロットがしっかりと練られており、4つの短編が最後で一つにつながっていく仕掛けが見事です。また、キャラクター的には、スレンダーな美人でありながら、極度の上がり症のために他人とまともに話すことが出来ず、それでいて本の話題になると途端に雄弁になるというヒロイン像が魅力的です。いわゆるギャップ萌えという奴ですが、そういったキャラ設定が物語に軽快さをもたらし、読みやすさを高めることにつながっています。それに加え、古書の魅力を分かりやすく描いているので、これから古典に挑戦してみようと思っている人にはガイドブックとしてもおすすめです。ミステリーマニアにとってはいささか謎が小粒に感じるかもしれませんが、日常ミステリーとしてはむしろこのくらいのほうが物語の雰囲気にマッチしているともいえます。強烈なインパクトこそないものの、ある意味、ライトミステリーの理想形とでもいうべき傑作です。なお、現在は本シリーズの7~8年後を描いた第2部の刊行が始まっているのでそちらのほうもどういった展開になるのかが注目されます。
虚構推理 鋼人七瀬(城平京)
大学生の岩永琴子は名家の令嬢であり、11歳のときに神隠しにあっていた。その際に、怪異と契約を交わし、それ以来、知恵の神として怪異と人間社会の間で起こったトラブルの解決に尽力していた。ある日、琴子のもとに怪異からの依頼が持ち込まれる。真倉坂市で鋼人七瀬と呼ばれる怪異が暴れているので何とかしてほしいというのだ。琴子は真倉坂市に赴き、そこで出会った弓原紗季という女性警官と共に鋼人七瀬の謎を追うことになる。一方その頃、琴子の恋人である桜川九郎は失踪した従姉・六花の行方を追って真倉坂市に立ち寄り、そこで鋼人七瀬に遭遇することになるが......。◆◆◆◆◆◆
全7巻で700万部近い発行部数を誇るベストセラー作品です。本シリーズの大ヒットによってライトノベルから派生したライトミステリーというジャンルは一気に注目度を高めることになります。また、2009年に創刊されたメディアワークス文庫をライトミステリーの代表的レーベルへと押し上げた功績も見逃せません。肝心の内容も一見ライトな雰囲気ながらも日常ミステリーとしてのプロットがしっかりと練られており、4つの短編が最後で一つにつながっていく仕掛けが見事です。また、キャラクター的には、スレンダーな美人でありながら、極度の上がり症のために他人とまともに話すことが出来ず、それでいて本の話題になると途端に雄弁になるというヒロイン像が魅力的です。いわゆるギャップ萌えという奴ですが、そういったキャラ設定が物語に軽快さをもたらし、読みやすさを高めることにつながっています。それに加え、古書の魅力を分かりやすく描いているので、これから古典に挑戦してみようと思っている人にはガイドブックとしてもおすすめです。ミステリーマニアにとってはいささか謎が小粒に感じるかもしれませんが、日常ミステリーとしてはむしろこのくらいのほうが物語の雰囲気にマッチしているともいえます。強烈なインパクトこそないものの、ある意味、ライトミステリーの理想形とでもいうべき傑作です。なお、現在は本シリーズの7~8年後を描いた第2部の刊行が始まっているのでそちらのほうもどういった展開になるのかが注目されます。
虚構推理 鋼人七瀬(城平京)
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2020年冬にテレビアニメにもなった作品で、事件の真相を推理するのではなく、怪異の事実を隠蔽するためにもっともらしいダミー推理をでっちあげるという趣向が斬新です。また、設定を十全に活かしたロジックの構築も見事で、さらに、ダミー推理の成立を阻止しようとする敵も存在するため、対決ものとしても読み応えがあります。ヒロインの岩永琴子が可愛らしく、キャラクター小説としてもよくできています。ただ、現実的な世界観の割にファンタジー設定を盛り込み過ぎているため、その辺りにアンバランスさを感じる人もいるのではないでしょうか。
2012年度本格ミステリベスト10国内部門4位
第12回本格ミステリ大賞受賞
六花の勇者(山形石雄)
今から1000年の昔。世界を滅亡の淵へと追いやった魔神は一輪の花を武器とする勇者によって封じ込められた。そして、勇者は「魔神はいずれ蘇るだろうが、私の力を引き継いだ6人の勇者によって再び封印されるだろう」という予言を残す。その言葉の通り、魔神は過去に2度目覚めるも、そのたびごとに選ばれし6人の勇者によって完全復活を阻止されてきた。そして、現在。3度目の復活の兆しに三度勇者たちが集結する。ところが、集まった勇者は7人いたのだ。しかも、強力な決壊によって7人は森の中に閉じ込められてしまう。7人の内の1人は敵によって送り込まれた偽物に違いないと一堂は確信する。しかし、一体誰が偽物なのか?
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典型的なヒロイックファンタジーの設定の中に偽勇者探しというフーダニットミステリーの要素を組み込んだ点に目新しさがあります。それに、序盤では不可能犯罪を描き、大胆なトリックを披露しているのがユニークです。もちろん、ずっと謎解きをしているわけではなく、途中からはヒロイックファンタジーらしくアクションシーンなども増えてきます。肝心の偽勇者探しは先延ばしにされますが、それでもストーリーテラーの上手さで飽きさせずに読ませるのはさすがです。それに、戦闘シーンも誰が敵で誰が味方かわからない中での駆け引きといったコンゲーム的な面白さがあります。ただ、偽勇者の正体が明らかになるのが文庫本の第5巻なのでミステリー要素だけを期待して読んでいるとじれったくなるかもしれません。
2012年
珈琲店タレーランの事件簿(岡崎琢磨)
恋人と喧嘩をした青野大和は京都の小路の片隅にひっそりと店を構えている珈琲店を見つける。珈琲に目がない彼はその店に入り、そこで理想の珈琲と魅力的な女性バリスタに出会う。彼女の名は切間美星といい、外見は高校生ぐらいにしか見えなかったが青山より一つ年上で、しかも卓越した推理力の持ち主だった。美星は常連となった青山の前で日々持ち込まれる日常の謎を鮮やかに解いてみせ......。
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本作は『ビブリア古書堂の事件手帖』と同じく、若い女性が身の回りの謎を解いていく日常ミステリーです。ビブリアと同様に大ヒット作品となり、シリーズ2作目の段階で累計発行部数100万部を突破しています。ただ、作品の出来自体はビブリアと比べると数段落ちます。文章がこなれていなくて読みにくさを感じる部分があるうえに、日常ものとはいえ、個々の謎があまりにも小粒です。また、漫画チックな極端なキャラクター設定も好みの分かれるところではないでしょうか。それから、珈琲の蘊蓄自体は楽しいのですが、ビブリアにおける古書とは異なり、事件と全く関係ない点が物足りなく感じます。ただ、そうした弱点はあるものの、最終章で明らかになる仕掛けには驚かされます。まだまだ習作といった感はぬぐえませんが、才気の片鱗は感じさせてくれる作品です。なお、本シリーズはその後も巻を重ね、累計発行部数は220万部を突破しています。
2013年
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本作は『ビブリア古書堂の事件手帖』と同じく、若い女性が身の回りの謎を解いていく日常ミステリーです。ビブリアと同様に大ヒット作品となり、シリーズ2作目の段階で累計発行部数100万部を突破しています。ただ、作品の出来自体はビブリアと比べると数段落ちます。文章がこなれていなくて読みにくさを感じる部分があるうえに、日常ものとはいえ、個々の謎があまりにも小粒です。また、漫画チックな極端なキャラクター設定も好みの分かれるところではないでしょうか。それから、珈琲の蘊蓄自体は楽しいのですが、ビブリアにおける古書とは異なり、事件と全く関係ない点が物足りなく感じます。ただ、そうした弱点はあるものの、最終章で明らかになる仕掛けには驚かされます。まだまだ習作といった感はぬぐえませんが、才気の片鱗は感じさせてくれる作品です。なお、本シリーズはその後も巻を重ね、累計発行部数は220万部を突破しています。
2013年
櫻子さんの足下には死体が埋まっている(太田紫織)
北海道旭川市在住の高校生、館脇正太郎はとある事件がきっかけで良家のお嬢様である九条櫻子と交流を持つことになる。彼女は20代半ばの美しい女性だが、人付き合いに興味がなく、その代わりに、骨を愛してやまないという変人だった。さまざまな動物の死骸を屋敷に持ち込んでは日々骨格標本の作成に取り組んでいるのだ。ある日、正太郎が櫻子の住む屋敷を訪れていると、アパートを経営している母から電話があり、連絡が付かない入居者の部屋を開けるので立ち会ってほしいという。以前、部屋の中から高齢者の死体が出てきたことがあったため、一人で部屋に入るのは嫌だということだった。人間の死体が見れるかもということで強引に付いてきた櫻子と一緒に問題の部屋に入ると、内部は激しく荒らされており、入居者の女性がベットの上で亡くなっていた。しかも、ドアにはチェーンが掛けられ、窓は内側から施錠されている。一体この部屋で何が起きたのか?櫻子は死体の様子からある可能性を指摘するが.......。
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男物のワイシャツとジーンズを身にまとい、さばさばした性格ながらも死体のことになると子どものように目を輝かせる。ミステリーの謎よりもヒロインの強烈なキャラクター性が印象に残る作品です。一種のキャラクター小説であり、主人公とのかみ合わない掛け合いは大いに楽しむことができます。一方、ミステリーとしての仕掛けはかなり小粒で、マニアにとっては物足りないものがあります。謎解きに過大な期待はせず、骨に関する蘊蓄に耳を傾けながらヒロインの変人ぶりを愛でるのが正しい楽しみ方だといえるのではないでしょうか。
2014年
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男物のワイシャツとジーンズを身にまとい、さばさばした性格ながらも死体のことになると子どものように目を輝かせる。ミステリーの謎よりもヒロインの強烈なキャラクター性が印象に残る作品です。一種のキャラクター小説であり、主人公とのかみ合わない掛け合いは大いに楽しむことができます。一方、ミステリーとしての仕掛けはかなり小粒で、マニアにとっては物足りないものがあります。謎解きに過大な期待はせず、骨に関する蘊蓄に耳を傾けながらヒロインの変人ぶりを愛でるのが正しい楽しみ方だといえるのではないでしょうか。
2014年
掟上今日子の備忘録(西尾維新)
190センチを超える巨漢の青年、隠館厄介は次々と事件に巻き込まれるうえに犯人扱いされてしまう冤罪体質の持ち主だった。その日も研究室の助手として働いていると機密情報の入ったSDカードがなくなり、入社して紐浅い彼が疑われるハメになる。周囲から疑念の目で見られる中、隠館は「探偵を呼ばせてください!」と叫ぶ。彼はこういう場合の自衛手段として名探偵たちとのホットラインを確立していたのだ。隠館が選んだ探偵は掟上今日子。20代半ばと思しき女探偵だが前向性健忘症を患っており、眠るとそれまでの記憶をすべて忘れるため、今回のような機密性の高い事件の調査にはぴったりだった。彼女は持ち前の推理力で真相に迫っていくが、何者かによって睡眠薬で眠らされてしまい.......。
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全5話が収録された忘却探偵シリーズの第1弾です。中二病ラノベの雄というべき西尾維新が久しぶりに本格ミステリに挑戦した作品で、中二設定満載なのは相変わらずですが、メインストーリーそのものはかなり正統派の謎解きミステリーに仕上がっています。ミステリーとしてはやや小粒ながらも、堅実な仕上がりです。しかし、それよりもなによりも、秀逸なのが忘却探偵こと掟上今日子の造形です。天然でほんわかした雰囲気なのに意外とふてぶてしいところがキュートですし、記憶が1日しか維持できないので即日で事件を解決しなければならないという設定もよくできています。しかも、この設定を生かしたラストが感動的です。本作は人気作となり、その後も巻を重ねていきますが、ここで終わってもよかったのではないかと思えるほどです。なお、2015年には新垣結衣主演でテレビドラマにもなっています。
2016年
六人の赤ずきんは今夜食べられる(氷桃甘雪)
かつて憲兵隊に所属していた男は名声を得るために一つの村を滅ぼし、罪の意識に苛まれて除隊する。その後、彼は猟師となり、各地を旅してまわっていた。そして、ある村に立ち寄った際に、村人から一匹の狼の話を聞かされる。それはジェヴォーダンの獣と呼ばれる怪物で、赤い満月の夜に現れては森で暮らす赤ずきんの少女を食い殺すというのだ。しかも、今日がその赤い満月の夜だった。村長は男に対して、決して赤ずきんたちを救おうとしてはいけないと警告する。だが、出会った赤ずきんの一人にかつて見殺しにした少女の面影を見た男は、彼女たちを守り抜くことを決意する。彼の考えた作戦は森の外れにある塔に6人の赤ずきんとともに立て籠り、朝まで籠城することだった。しかし、予想外のところから襲撃を受けて男は気付く。彼女たちの中に裏切り者がいることを.....。
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第12回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作。いかにもラノベといった感じの可愛らしい女の子が登場する一方で、サスペンスホラー的な味わいも楽しめるダークファンタジーミステリーです。赤ずきんの少女たちにはそれぞれ特性があり、それを生かした攻防はかなり読み応えがあります。また、裏切り者が誰なのかというフーダニットの謎もよく考えられています。とにかくサスペンス感に優れ、さまざまな工夫を凝らして最後まで飽きさせずに読ませる手管は見事です。ただ、文章自体はしっかりしているものの、赤ずきんたちの書き分けが十分でなく、途中で誰が誰だかわからなくなりがちなのが惜しまれます。それから、重要な手掛かりが後出しだったり、推理が少々強引だったりと本格ミステリを期待していた人には不満に感じる部分も少なくありません。とはいえ、さまざまな童話の要素を盛り込むなど、ダークファンタジーとしての雰囲気作りは一級品です。この手のジャンルが好きな人にとっては読んで損のない作品ではないでしょうか。
いまさら翼といわれても(米澤穂信)
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6篇の短篇が収録された古典部シリーズの第6弾です。これまでのシリーズとは異なり、単に古典部の周辺で起きた謎を奉太郎が解いていくというよりも、古典部のメンバー自身の物語にフォーカスが当てられている点が目を引きます。結果として、青春小説としてなかなか読み応えのある作品に仕上がっています。特に、シリーズのファンにとっては非常に興味深い内容だといえるのではないでしょうか。一方で、ミステリーとしてはかなり小粒なので、謎解きを期待して読むと物足りなさを覚えてしまいます。それでも、卓越した文章力でぐいぐいと読ませてしまう力があり、その辺はさすが米澤穂信といったところです。
2017年度このミステリーがすごい!国内部門17位
2017年度本格ミステリベスト10国内部門16位
2018年
誰も死なないミステリーを君に(井上悠宇)
秀桜高校に通う遠見志穂は人の死を予見できる特異体質の持ち主だった。視線を合わせると死期の近い人の死線が見えてしまうのだ。だが、彼女が見ることができるのは自殺、事故死、殺人などといった寿命以外の不慮の死だけだったので、回避すること自体は不可能ではない。そこで、志穂が悲しい想いをしないようにと、予見された死を未然に防ぐのがぼくの役割だった。美穂はある日、秀桜高校を卒業した元文芸部の先輩たち4人と会い、その全員に死線を見てしまう。死の運命を回避するために、ぼくたちは死線が見えた全員を孤島に閉じ込めることにする。志穂が資産家である父親に無人島を購入してもらい、2人は先輩たちをそこに招待するが........。誰も死なないミステリーを君に(井上悠宇)
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本作は登場人物を死から回避するためにクローズドサークルを作るという逆転の発想に基づいて書かれており、限られた情報の中でいかに死を予測して回避するかといった展開には引き込まれるものがあります。張り巡らされた伏線をきれいに回収していく手管も見事です。ただ、推理自体は少々強引で説得力に欠けています。適度なユーモアを交えたセンチメンタルな物語は十分に面白いので、本格ミステリというよりはミステリー風味の青春小説として読むのが賢明です。
2019年
不死人の検屍人 ロザリア・バーネットの検屍録~骸骨城連続殺人事件~(手代木正太郎)
アンデッドハンターのクライブが王都を出て依頼主のところに向かう途中、行方不明だった娘がコープスと呼ばれるアンデッドとなって川を流れてくるという事件に遭遇する。一見自殺かと思われたが、そこにアンデッド検屍人を名乗る少女・ロザリアが現れ、これは他殺であると看破する。翌日、依頼主の元にたどり着いたクライブだったが、ロザリアもまたその依頼主に呼ばれていた。領主の次男である依頼主・デュークによると、領内でコープスが大量発生し、被害が跡を絶たないという。早速調査を始める2人だったが、その頃、領主の居城であるエインズワース城には、長男の花嫁候補として4人の美しい娘たちが来訪していた。だが、嫁選びの儀式が行われるなか、娘たちが次々と殺され、コープス化していくという奇怪な事件が起きる。ロザリアは検屍解剖を行い、事件の真相を医学的見地から究明しようとするが.........。
因習に縛られた一族を巡って起きる古城での連続殺人といった具合に、そのフォーマットは完全に館ものミステリーであり、そこに異世界設定を掛け合わせたところに独自の魅力があります。また、古城の設定を活かしてのトリックもなかなかユニークです。さらに、アンデッドが存在する世界にも関わらず、現代の医学知識に基づいた法医学ミステリーとして楽しめるのが秀逸です。しかし、読者にとって最大の衝撃といえるのが、異世界ならではの尋常ならざる殺人動機ではないでしょうか。それに、緻密なロジックを用いてその動機を解明するプロセスもよくできています。独自の世界観を活かし切った特殊設定ミステリーの傑作です。ちなみに、近年ではこうした異世界ファンタジーと本格ミステリを融合した作品が増えてきており、今後、大きな流れとなっていくのかが注目されます。
あとがき
富士見ミステリー文庫が立ち上げられた頃には、それらしい雰囲気をまぶしただけのなんちゃってミステリーに過ぎなかったラノベミステリーも現在では大きな発展を遂げています。ミステリーとして高く評価されている作品も少なくありませんし、それどころか、本格ミステリの年間ランキングなどでは、ライトノベルのテイストを取り込んだ一般ミステリーが上位を占めるといった逆転現象すら起きているのです。その傾向は2010年代から顕著となり、相沢沙呼、今村昌弘、早坂吝などをはじめとして、ラノベに近いテイストの作品を書く作家が増えてきています。今後は、ラノベミステリーと一般レーベルの本格ミステリはますますその距離を縮めていくものと考えられます。そのなかで、どのような作品が誕生するのかが興味深いところです。
【ウイルス】目に見えない恐怖!パンデミック映画大全【感染】
最新更新日2021/06/05☆☆☆
新型コロナウイルスが世界で猛威を振るうなか、パンデミック映画が高い注目を集めています。なぜなら、その中には2020年のこの状況を見事に予言しているものが存在するからです。実際にどのような作品があるのかを一挙紹介していきます。ただし、『28日後』や『クレイジーズ』などのように感染者が凶暴化してゾンビの如く人を襲いだすものや『12モンキーズ』や『ドゥームズデイ』のようなパンデミック後の世界を描いたものは除外させていただきます。対象としているのはあくまでも、現在進行形で拡大している伝染病に対して人々がどのように対峙していくかを描いた作品です。
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1971年
1971年
アンドロメダ...(ロバート・ワイズ監督)
ある目的で打ち上げられた人工衛星がニューメキシコの小さな村に墜落する。兵士たちがその回収に向かうが、村を訪れると村人は全滅しており、兵士たちもあっという間に死んでしまう。政府は非常態勢に移行し、4人の科学者を招集して事態の収拾に当たらせることになった。調査の結果、村人たちの死因は人工衛星が持ち帰った未知の微生物によるものだと判明する。その微生物が人間の血液を凝固させて死に至らしめたのだ。ところが、酔っ払いの老人と乳児の2人が、生きた状態で発見される。なぜ、彼らだけが死を免れることができたのか?科学者たちは人工衛星と生存者を研究施設に移し、アンドロメダストレインと名付けられた微生物を無力化する方法を懸命に探っていく。だが、やがて研究施設もアンドロメダストレインによって汚染され.......。
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パンデミック映画の原点というべき作品です。とはいえ、派手なパニックシーンとかがあるわけではありません。村は映画が始まった時点で全滅していますし、その後は、ほとんど研究所の中で病原体の正体を探っていくだけなので物語としてはおそろしく地味です。しかも、登場人物は冴えないおっちゃんやおばちゃんだけなので、画面には華やかさの欠片もありません。その代わり、後世の作品にも影響を与えたという研究施設のセットが凝りまくっており、SFマニアの心を揺さぶります。そのうえ、そこで展開されていくドキュメンタリータッチのストーリーが真に迫っていて、思わず引き込まれていきます。本当に未知の病原体と闘っているような気にさせられ、手に汗握ってしまうのです。ちなみに、監督は『ウエスト・サイド物語』や『サウンド・オブ・ミュージック』などで知られる名匠ロバート・ワイズであり、彼独自の空間の広がりを意識した引きの絵の多用もSFチックなムードを高めるのに一役買っています。ただ、あくまでも雰囲気優先の映画であるので、現代のテンポの良い映画を見慣れているといささか間延びして感じられるかもしれません。それに、最後にとってつけたような見せ場をもってきたのも賛否がわかれるところです。そこは雰囲気優先のスタイリッシュ映画として最後まで突き通した方がよかったのではないでしょうか。とはいえ、当時としてはかなり先鋭的な作品であることは間違いなく、特にSF映画が好きな人にとっては見逃せない1本だといえるでしょう。
1976年
カサンドラ・クロス(ジョルジ・パン・コスマトス監督)
国際保健機構の施設にテロリストが侵入し、銃撃戦となる。しかも、テロリストの一人が研究中の殺人ウイルスを浴びた状態で逃走してしまったのだ。テロリストはストックホルム行きの列車に乗り込み、その中で発症する。このままではパンデミックが発生するのは時間の問題だ。陸軍情報部のマッケンジー大佐は乗客がすでにウイルスに感染したものと考え、列車をポーランドの隔離キャンプ施設に向かわせることを提案する。しかし、途中にはカサンドラ・クロスと呼ばれる鉄橋があった。その橋は長年使用されていなかったので耐久性に問題があり、列車が通ると崩落のおそれがあるという。大佐は列車が落ちて乗客乗員が死亡しても構わないと考えていたのだ。一方、列車内では遂に感染者が出始め...。
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イギリス・西ドイツ協賛のイタリア映画であり、単純なハッピーエンドで終わることの多いハリウッドアクションとは一味違った味わいがあります。舞台をほぼ列車内に限定した密室劇ですが、さまざまなイベントを盛り込んで飽きさせません。まず、序盤に銃撃戦を盛り込み、列車に舞台を移してからは「ウイルスに感染した男が列車に潜り込むサスペンスを煽る演出」「テロリストを見つけて隔離しようとする緊迫感あふれるミッション」「爆撃シーンを交えた軍との闘い」といった具合に見どころ満載です。一方、特撮ははっきりいってチープなのですが、ラストの展開などはかなり衝撃的であり、さすがはイタリア映画といったところです。脚本の完成度は決して高いとはいえず、物語の整合性がとれていないところも多々あるものの、作品自体の勢いがそれを見事にカバーしています。パンデミックものに列車アクションの要素を組み込んだB級映画の傑作です。
1980年
復活の日(深作欣二監督)
東西冷戦の雪解けムードが高まる中、マフィアの手によって東ドイツの陸軍細菌研究所からMM-88という名のウイルスが盗まれる。しかも、犯人の乗った逃走用のセスナ機はアルプス山中に墜落し、MM-88が外部に漏れ出てしまったのだ。MM-88は極寒の環境下では活動を停止するが、氷点下を上回ると毒性を帯びて爆発的に増殖を始める恐るべきウイルスだった。そして、雪解けと共に異変は起きる。まず、カザフスタンで放牧中の牛がすべて死に絶え、ヨーロッパ全土をイタリア風邪の猛威が襲う。アメリカ大統領のリチャードソンは事態を重くみて閣僚たちと対策を協議するが、有効な手段は何一つ打ち出せなかった。日本でも感染は拡大し、夏を迎えるころには死者が3千万人を超えるという事態に陥る。一方、唯一無事だったのが氷に覆われた南極だった。南極隊員たちは各国の南極基地と連絡を取り合い、情報収集に努めるが世界の状況は悪化するばかりだ。そして、1982年秋。人類は死滅する。南極大陸に863人の人々を残して.......。
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ウイルスによって人類が滅亡寸前まで追い込まれるという日本映画らしからぬスケールの大きな作品です。ハリウッドスターが多数出演しており、チリ海軍から本物の軍用潜水艦と哨戒機を借りて南極ロケが行えたのも当時全盛期だった角川映画の力があればこそでしょう。そして、物語自体も事件発生から人類滅亡までの怒涛の展開がリアリティ豊かに描かれており、固唾をのんで見守ることになります。パンデミック映画としてはかなりインパクトのある作品だといえます。それに、悲劇的な内容とコントラストをなすような、ジャニス・イアンの歌声とともに流れるオープニングの美しい映像も印象的です。ただし、難点がないわけではありません。日本映画としては巨額の予算がかけられているものの、海外での暴動シーンや潜水艦同士の戦闘シーンを記録映像でごまかしているところなどはやはり、邦画の限界がみてとれます。また、それまで主要キャラとして登場していた日本の南極隊員の面々が終盤なんの説明もなくいなくなったのがいかにも不自然です。おそらく死んだのでしょうが、重要な役どころだっただけに彼らの末路をきちんと描いてほしかったところです。それになにより、原作には書かれてあった「最終的にMM-88はどうなったのか?」「主人公が最後にたどり着いた場所はどこなのか?」といった説明が本作からはごっそりと抜け落ちています。その結果、観客はストーリーの流れをよく理解できないまま、ラストシーンを迎えることになってしまいます。とはいえ、他国の同時代の映画と比べてもスケールの大きな物語であることは確かです。『アンドロメダ...』『カサンドラ・クロス』と並び、パンデミック映画の古典として押さえておきたい1本です。
1995年
アウトブレイク(ウォルフガング・ペターゼン監督)
ザイールのモターバ川流域の小さな村でウイルスによる出血熱が発生する。アメリカ陸軍感染症医学研究所のサム・ダニエル軍医大佐は現地に赴くが、すでに村は全滅していた。空気感染はしないとの結論が出されるものの、ダニエルは致死率の高さと感染スピードの速さに疑念を抱く。そこで、軍上層部に警戒通告の発令を要請するがなぜか拒否されてしまうのだった。一方、その頃、アフリカからアメリカに一匹のサルが密輸入される。しかも、そのサルは問題のウイルスに感染しており......。
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リチャード・プレストンの『ホット・ゾーン』によってエボラ出血熱が大きく注目されたことを受けて制作された映画です。この作品以降、伝染病による大量死が単なる絵空事ではなく、より身近な恐怖として描かれていくことになります。医学の進歩によって過去のものになったと思われていた、中世ヨーロッパにおけるペストの大流行(ヨーロッパ人口の3分の1が死亡)や第一次世界大戦下でのスペイン風邪の大流行(世界で5000万~1億人が死亡)のような大災厄が現代でも十分起こりうることがわかってきたからです。本作でも密輸された猿を起点として人知れず感染が広がっていくさまが描かれており、見ていて思わずぞっとします。上層部の隠蔽体質によって被害が拡大していくさまもいかにもといった感じで非常にリアルです。その一方で、娯楽性を持たせるためとはいえ、主人公の八面六臂の活躍やヘリコプターとのチェイスはやり過ぎの感があり、全体のリアリティを下げてしまう結果になっています。それに、血清を作るために必要な猿がすぐに見つかり、あっという間に血清ができてしまうのも出来過ぎです。そういった欠点はあるものの、全体的には娯楽性とテーマ性がほど良くブレンドされた佳品だといえます。
2002年
キャビン・フィーバー(イーライ・ロス監督)
大学生のポール、カレン、ジェフ、マーシー、バードの5人は夏休みを利用して山小屋(キャビン)に遊びに行く。ジェフとマーシーは恋人同士でポールはカレンに片想い中だった。山小屋に到着するとバードは銃を手にして森にでかけ、狩りを始める。ところが、そこで明らかに様子のおかしい男に出会い、彼が助けを求めているのにも関わらず、バードは恐怖のあまり逃げ出してしまう。その夜、問題の男が山小屋にやってくるが、皮膚がただれ、明らかに感染症の様相を示していた。ひと悶着の末、その男を撃退するものの、バードの撃った流れ弾が車に当たって故障してしまう。一方、逃げ出した男は貯水池に落ちて死亡し、伝染病は水に混入して山小屋の水道管へと入っていく。カレンはもう帰りたいとポールに訴えるも、車が故障したため、レッカー車を呼ぶまで山を降りるのは無理だった。ポールはカレンを落ち着かせるために、水を飲ませる。そうして、まずカレンが感染し......。
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パンデミックものは伝染病が国や世界中に広がっていく危機を描いたスケールの大きな作品が多いのですが、本作の舞台はほぼ山小屋周辺に限定されています。そして、そこに遊びに来た若者が一人ずつ死んでいく展開はまるで『13日の金曜日』に代表されるスラッシャー映画のようです。しかも、相手は目に見えないウイルスなのでいつ襲われるかもわかりませんし、殺人鬼のようにひと思いには殺してくれません。じわじわと皮膚を蝕みながら命を削り取っていきます。そうしたプロセスがショッキングな映像と共に描かれており、その生理的嫌悪感はかなりのものです。一方で、登場人物はみなどこかずれていて、ところどころで笑いを挟んでくるのもいい味を出しています。ただ、イーライ・ロス監督ならではの独特のセンスは観る人を選ぶかもしれません。また、登場人物がことごとく愚かな選択をするのも、この手のB級映画のお約束とはいえ、納得できない人もいるはずです。そういうわけで、賛否は大きく分かれるものの、パンデミック映画を語るうえで欠かせない1本であることは確かです。
爆発感染 レベル5(アーマンド・マストロヤンニ監督)
オーストラリアで未知のウイルスに感染した青年が、アメリカ行きの機内で高熱と痙攣の症状を示したのちに死亡する。連絡を受けたLA空港では感染拡大を防ぐべくただちに検疫の準備に入る。しかし、大きな商談を控えた男が脱走すしたことによってロサンゼルス全域がウイルスの猛威にさらされることになるのだった。検疫の指揮をとっていたカイラ・マーティン博士は事態を収拾すべく奮闘するが........。
◆◆◆◆◆◆
各90分の前後編で構成されたテレビ映画です。そのため、劇場公開作品のような派手さはありませんが、ウイルスが些細なことから感染拡大していき、あっという間にパンデミックに陥っていくさまがわかりやすく描かれています。感染経路が特定できないために対策が後手後手になってしまう描写もなかなかリアルです。タメになるという点では良作といってもさしつかえないのではないでしょうか。一方、ドラマとしては数多くの登場人物が織りなす群像劇の形式をとっているものの、その分、一人一人の掘り下げが十分できておらず、薄味になってしまった感は否めません。それに、無駄なシーンが多いのも難点です。もう少し焦点を絞って物語を構築してほしかったところです。
2008年
感染列島(瀬々敬久監督)
2011年1月。市立病院に急患が運ばれてくる。患者は肺炎の症状を起こしているうえに多臓器不全を併発していた。新型のインフルエンザとの想定のもとにさまざまなワクチンが投与されるが、全く効果はなく、患者はそのまま死んでしまう。しかも、病院内の患者や医療スタッフにまで感染が広がることで病院はパニック状態に陥る。そのうえ、感染は病院内にとどまらず、日本各地に拡大していった。WHOから派遣されたメディカルオフィサーの小林栄子はこのままでは半年で国内の患者の数が数千万人まで膨れ上がるというおそるべき予測を導き出す。その後、人々の懸命な努力により病原体の正体を特定し、ワクチン開発の道筋をつけることに成功する。だが、ワクチンの完成には最低でも半年の期間が必要だった。果たして人類はその時まで生き残ることができるのだろうか。
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医療現場から感染が広がっていくさまがリアルに描かれており、なかなか見応えがあります。その反面、ドラマ部分は日本映画ならではの弱点がもろに出ています。大仰な演出や演技がいかにもわざとらしく感じられてしらけてしまいますし、パンデミックの最中だというのに恋愛描写に比重が置かれすぎです。濃厚接触が多すぎて演出意図とは違う意味でハラハラしてしまいます。また、あっさりとワクチンが完成してパンデミックが終息するなどといった度を越したご都合主義もいただけません。良い部分もあるものの、全体的にはかなり残念な作品です。
アメリカの人工衛星が中南部の片田舎に墜落する。しかも、その人工衛星には正体不明の病原体が潜んでおり、村はあっという間に全滅してしまうのだった。事態を重くみた政府は科学者を招集し、特別な研究施設で病原体の分析にあたらせる。一方、政府は汚染された村を核攻撃で焼き払う計画を進めていた。しかし、分析の結果、アンドロメダストレインと名付けられた微生物はあらゆる物質をすべて自らのエネルギーに変換する性質を有していることを発見する。つまり、下手に核爆発などを起こせば、アンドロメダストレインは無限に増殖するおそれがあるのだ。
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リドリー・スコット製作総指揮によるテレビ映画で、1971年に公開された『アンドロメダ...』のリメイク作品です。ストーリーは71年版を基本的には踏襲しているものの、3時間近い作品となったため、政府の陰謀やサスペンス展開などが新たに盛り込まれています。これが見事に賛否両論で、見応えのある作品になったという人がいる一方で、水増しして安っぽくなってしまったという人も少なくありません。大まかにいえば、いかにもSF的な雰囲気が素晴らしいオリジナル版に対してエンタメ要素満載のリメイクといったところでしょうか。機会があれば見比べてみるのも一興です。
2009年
フェーズ6(アレックス・パストール監督)
致死率100%のウイルスが蔓延する世界。ブライアン、ダニー、ボビー、ケイトの4人の若者はロードウォーリア―を走らせ、安全な地を求めて旅を続けていた。リーダー格のブライアンは「感染者には近づかない」「感染者は助けない」「感染者が24時間以内に触ったものは消毒する」というルールを全員に課し、それを守れば生き残れると考えていた。ところが、ロードウォーリア―の車体から液漏れが起きたために、ウイルスに感染した父娘の車に同乗せざるをえなくなってしまう。車内を消毒し、運転席との間にビニールの壁を作って乗り込む一行。娘の父親、フランクは疫病予防管理センターが新薬を開発したという情報を手に入れ、そこに向かっている途中だというのだが......。
◆◆◆◆◆◆
すでにパンデミックが発生し、殺人ウイルスが蔓延した世界で若者たちが旅を続ける様子を描いたロードムービーです。したがって、パニック映画のようなスペクタル感は皆無なのですが、いつどこで感染するかわからない設定なので緊迫感が半端ありません。極限状態での生々しい人間心理を描いた作品としてよくできています。ただ、蔓延しているウイルスがどのようなもので、どういったプロセスで拡がっていったのかはほとんど描かれていないため、本格的なパンデミック映画を期待していた人にとっては物足りなさを感じるかもしれません。それに、終始ギスギスした雰囲気なのも好みが分かれそうです。同じ終末世界を描いたロードムービーでもコメディタッチの『ゾンビランド』などとは全くの正反対です。「『ゾンビランド』などは生ぬるい、俺は真に絶望に染まった終末世界を堪能したいんだ!」という人におすすめの作品だといえます。もっとも、極限状態である割に登場人物の危機感のなさは気になるところですが、その辺はB級映画だと割り切って観るのが吉でしょう。
山小屋での感染騒動で唯一生き残ったポールだったが、全身の皮膚がただれ、瀕死の状態だった。山を降り、なんとか公道に出るものの、通りかかったスクールバスに跳ねられてしまう。ポールの体はすでに腐敗していたらしく、彼の体は木っ端みじんになって四散する。そのため、バスが何を轢いたのかは結局わからずじまいだった。一方、そのバスを所有しているスプリングフィールド高校は学年末に行われるプロムが控えていた。そこに病原体で汚染された飲料水が運び込まれ、多くの学生がそれを口にする。こうして伝染病が広がり、犠牲者が次々と出始める。しかも、突然、政府から派遣された軍隊が現れ、生徒たちを殺しだすのだった。政府は感染の疑いのある者を見捨てる方針を決定しており、彼らを皆殺しにすることで事態の収拾を図ろうとしていたのだ......。
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カルト的人気を誇るB級映画、『キャビン・フィーバー』の続編です。前作は山小屋が舞台でしたが、今回は高校が舞台で、犠牲者の数も大幅に増えています。その分、血みどろの惨劇が満喫できるのはよいのですが、犠牲者がみな盛大に血を吐きだすだけのワンパターンになっているのはいただけません。症状のバリエーションが豊かだった前作に比べると工夫に欠ける印象があります。それに、おバカな描写が減っているのもカルト的B級映画の続編としてはマイナス点です。とはいえ、本来ならどうでもいいような学園ドラマのパートも案外楽しく見れますし、要所要所でアニメシーンを組み入れた独自の演出にも味があります。間違っても傑作といえる作品ではありませんが、この手の映画が好きなのなら、観て損をしたということはないはずです。一方で、血肉でグチャグチャなシーンが満載なので、その手の描写が苦手な人は要注意です。
2011年
コンテイジョン(スティーブン・ソダーバーグ監督)
出張で香港に出掛けていたベス・エムホフはシカゴで元恋人のジョンと密会したのちにミネアポリスの自宅に帰宅する。ところが、しばらくすると彼女は体調を崩して意識を失う。ベスの夫のミッチは彼女を病院に運ぶが、手の施しようがなくそのまま亡くなってしまうのだった。しかも、自宅に戻るとベスの連れ子であるクラークも死体となっていたのだ。さらに、ジョンも死亡し、正体不明の伝染病に感染したおそれのあるミッチはただちに隔離される。一方、東京やロンドンでも同じ症状の人々が確認され、WHOやCDCが調査を開始する。だが、CDCから派遣されたミアーズ医師もベスの遺体を解剖した際に感染し、命を落としてしまうのだった。その後、伝染病は瞬く間に広まり、世界は大混乱に陥る。果たしてこの事態を終息させることはできるのだろうか?
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数あるパンディミック映画のなかでも最もリアリティ豊かな作品の一つです。伝染病の始まりから世界がパニックに陥るプロセスを丹念に追っており、説得力の高い作品に仕上がっています。噂とデマで混乱が拡大していくさまなどはまさにコロナ騒動そのものです。同時に、ウイルスに汚染されたものに触れることで感染が広がっていくさまをわかりやすく映像化しており、手洗いの重要性を説得力をもって教えてくれます。ちなみに、本作は特定の主人公を設けず、群像劇の形をとっています。どちらかというと、ドキュメンタリー番組の再現映像を見ているかのようです。それがまた、臨場感を高める結果となっており、より作品のクオリティを高めています。ただ、映画にドラマチックな展開を求める人にとっては盛り上がりに欠け、退屈だと感じるかもしれません。
あるとき、アルゼンチンでは国中におそるべき伝染病が蔓延する。夫のココと妊娠中の妻・ピピが引っ越してきたマンションも感染者が出たために隔離されてしまう。それから数日後、住人の一人である老人のサヌットが感染したと疑われ、大騒ぎになる。そのあげく、サヌットを隔離すべきだと主張する住人が彼の部屋に乗り込むも反撃にあい、散弾銃で頭を吹き飛ばされてしまうのだった。そして、それが引き金となり、住人同士の殺し合いが始まるが.......。
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パンデミックを意味するフェーズ6を超えるフェーズ7がタイトルになっているだけに、凶暴なウイルスが人を殺しまくる映画を期待した人も多いのではないでしょうか。しかし、この作品、ウイルスはほとんど関係ありません。パンデミックはあくまでも舞台背景として存在するだけで、メインとなるのは、極限状態における人間同士の殺し合いです。しかも、アルゼンチンというお国柄か、状況は深刻なのに登場人物に全く危機感がなく、かなり緩い作りになっています。全体的に笑えないブラックコメディのような雰囲気で、どうにも反応に困る作品です。
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パンデミックを意味するフェーズ6を超えるフェーズ7がタイトルになっているだけに、凶暴なウイルスが人を殺しまくる映画を期待した人も多いのではないでしょうか。しかし、この作品、ウイルスはほとんど関係ありません。パンデミックはあくまでも舞台背景として存在するだけで、メインとなるのは、極限状態における人間同士の殺し合いです。しかも、アルゼンチンというお国柄か、状況は深刻なのに登場人物に全く危機感がなく、かなり緩い作りになっています。全体的に笑えないブラックコメディのような雰囲気で、どうにも反応に困る作品です。
パーフェクト・センス(デヴィッド・マッケンジー監督)
ある日を境に、イギリスをはじめとするヨーロッパ各国で奇妙な症状を訴える患者が増え始める。突然、臭覚を失い、精神的に不安定になるというのだ。しかも、すべての患者は24時間以内に発症していた。しかし、患者同士の接点がないために、伝染病とは考えにくく、遺伝子の突然変異も認められない。ただ、悲しい過去を思い出し、悲嘆にくれたのちに臭覚を失うというのが唯一の共通点だった。その症状は重症臭覚障害症候群(SOS)と名付けられ、WHOは警告レベル5を宣言する。伝染病ではないとされながらもその疑いは拭えず、街からは人が消えた。感染症専門医のスーザンも父親の思い出に泣き崩れ、彼女を介抱した恋人のマイケルも突如深い悲しみに襲われる。そして、翌朝になると、2人は臭覚を失っていた。やがて、人類の大部分は臭覚を失ってしまう。しかも、事態はそれだけで終わりではなかった。臭覚以外にも五感が徐々に失われていき、そのたびに思い出が人々の記憶から喪失していったのだ...。
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本作はウィルスの猛威を目の前にして狂乱する人々の姿を描いたパニック映画でもなければ、主人公たちがなんとかパンデミックを食い止めようと奮闘するサスペンス映画でもありません。どちらかといえば、困難な状況に置かれた人々の愛と悲しみを描いたヒューマンドラマに近い作りになっています。したがって、派手なパニックシーンや血みどろ描写、あるいは主人公の英雄的な活躍などといったものを期待して観ると肩すかしを喰らうでしょう。その代わり、五感を失っていく不安や、そのことにより逆に強まっていく人間同士の絆といった心理描写は非常によくできています。また、全編を通して独特の映像美に彩られており、それが悲しみを帯びた物語にマッチしているのも見事です。さらに、エヴァ・グリーンとユアン・マクレガーのロマンチックな恋愛シーンや美しい官能シーンなども見所の一つになっています。ただ、ラストに関しては賛否のわかれるところです。五感をすべて失う前に終幕となるので、その先を観たかったという人は少なくないでしょう。しかし、本作がパニック映画として作られていないことを考えれば、余韻の残る良いラストシーンだともいえます。この辺は好み次第ではないでしょうか。
2013年
FLU 運命の36時間(キム・ソンス監督)
東南アジアからの密入国者たちによって持ち込まれた新種のウイルスは恐るべき感染力を有しており、たちまち盆唐の街に拡がっていく。しかも、その致死率はすさまじく高く、密入国者のほとんどは盆唐に到着する前に死んでしまっていた。一方、女医のイネは次々と運び込まれてくる患者の対応に追われ、しかも事態は深刻さを増すばかりだった。そして、彼女の娘のミルも密入国者の生き残りであるモンサイと接触することで感染してしまう。イネと救急隊員のジグはミルを見つけ、盆唐から出ようとするも、感染を疑われて検問所を抜けることができない。一方、韓国政府は首相と一部議員の主導により盆唐の封鎖を決定。実質上、盆唐を切り捨てる政策に舵が切られたのだ。やがて、盆唐に閉じ込められた人々と軍との間に衝突が起き、軍による虐殺が始まる。ジグやイネもその混乱に巻き込まれることになるが......。
ある日を境に、イギリスをはじめとするヨーロッパ各国で奇妙な症状を訴える患者が増え始める。突然、臭覚を失い、精神的に不安定になるというのだ。しかも、すべての患者は24時間以内に発症していた。しかし、患者同士の接点がないために、伝染病とは考えにくく、遺伝子の突然変異も認められない。ただ、悲しい過去を思い出し、悲嘆にくれたのちに臭覚を失うというのが唯一の共通点だった。その症状は重症臭覚障害症候群(SOS)と名付けられ、WHOは警告レベル5を宣言する。伝染病ではないとされながらもその疑いは拭えず、街からは人が消えた。感染症専門医のスーザンも父親の思い出に泣き崩れ、彼女を介抱した恋人のマイケルも突如深い悲しみに襲われる。そして、翌朝になると、2人は臭覚を失っていた。やがて、人類の大部分は臭覚を失ってしまう。しかも、事態はそれだけで終わりではなかった。臭覚以外にも五感が徐々に失われていき、そのたびに思い出が人々の記憶から喪失していったのだ...。
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本作はウィルスの猛威を目の前にして狂乱する人々の姿を描いたパニック映画でもなければ、主人公たちがなんとかパンデミックを食い止めようと奮闘するサスペンス映画でもありません。どちらかといえば、困難な状況に置かれた人々の愛と悲しみを描いたヒューマンドラマに近い作りになっています。したがって、派手なパニックシーンや血みどろ描写、あるいは主人公の英雄的な活躍などといったものを期待して観ると肩すかしを喰らうでしょう。その代わり、五感を失っていく不安や、そのことにより逆に強まっていく人間同士の絆といった心理描写は非常によくできています。また、全編を通して独特の映像美に彩られており、それが悲しみを帯びた物語にマッチしているのも見事です。さらに、エヴァ・グリーンとユアン・マクレガーのロマンチックな恋愛シーンや美しい官能シーンなども見所の一つになっています。ただ、ラストに関しては賛否のわかれるところです。五感をすべて失う前に終幕となるので、その先を観たかったという人は少なくないでしょう。しかし、本作がパニック映画として作られていないことを考えれば、余韻の残る良いラストシーンだともいえます。この辺は好み次第ではないでしょうか。
2013年
FLU 運命の36時間(キム・ソンス監督)
東南アジアからの密入国者たちによって持ち込まれた新種のウイルスは恐るべき感染力を有しており、たちまち盆唐の街に拡がっていく。しかも、その致死率はすさまじく高く、密入国者のほとんどは盆唐に到着する前に死んでしまっていた。一方、女医のイネは次々と運び込まれてくる患者の対応に追われ、しかも事態は深刻さを増すばかりだった。そして、彼女の娘のミルも密入国者の生き残りであるモンサイと接触することで感染してしまう。イネと救急隊員のジグはミルを見つけ、盆唐から出ようとするも、感染を疑われて検問所を抜けることができない。一方、韓国政府は首相と一部議員の主導により盆唐の封鎖を決定。実質上、盆唐を切り捨てる政策に舵が切られたのだ。やがて、盆唐に閉じ込められた人々と軍との間に衝突が起き、軍による虐殺が始まる。ジグやイネもその混乱に巻き込まれることになるが......。
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海外から持ち込まれたウイルスがたちまちパンデミックを起こすという展開は『コンテイジョン』と相通ずるものがあります。しかし、韓国映画だけあってあの作品と比べるとやたらテンションが高くてハチャメチャです。登場人物の多くはヒステリックで短絡的な言動が目立ちますし、一部勢力の独断とはいえ、政府が感染者を生きたまま焼き払おうとするなどありえない展開が続きます。リアリティという意味では『コンテイジョン』と対極の位置にある作品です。それに加えて、ヒロインであるイネの自分勝手さにも苛立つ人が多いのではないでしょうか。しかし、エンタメ作品だと割り切って観れば非常に面白い作品ではあります。話がテンポよく進み、スリルとアクションが満載なので全く退屈することがありません。集団パニックの恐ろしさを臨場感豊かに描いているのも韓国映画ならではです。加えて、主人公を演じたチャン・ヒョクのカッコ良さも申し分ありません。良くも悪くもこれぞ韓国流娯楽大作といった出来栄えです。
海外から持ち込まれたウイルスがたちまちパンデミックを起こすという展開は『コンテイジョン』と相通ずるものがあります。しかし、韓国映画だけあってあの作品と比べるとやたらテンションが高くてハチャメチャです。登場人物の多くはヒステリックで短絡的な言動が目立ちますし、一部勢力の独断とはいえ、政府が感染者を生きたまま焼き払おうとするなどありえない展開が続きます。リアリティという意味では『コンテイジョン』と対極の位置にある作品です。それに加えて、ヒロインであるイネの自分勝手さにも苛立つ人が多いのではないでしょうか。しかし、エンタメ作品だと割り切って観れば非常に面白い作品ではあります。話がテンポよく進み、スリルとアクションが満載なので全く退屈することがありません。集団パニックの恐ろしさを臨場感豊かに描いているのも韓国映画ならではです。加えて、主人公を演じたチャン・ヒョクのカッコ良さも申し分ありません。良くも悪くもこれぞ韓国流娯楽大作といった出来栄えです。
キャビン・フィーバー ペイシェントゼロ(カーレ・アンドリュース監督)
結婚式を挙げるためにカリブ諸島を訪れていたマーカスは弟や友人たちから独身最後のバカ騒ぎをしようと、秘密の無人島に誘われる。ところが、弟のジョシュと彼の恋人であるペニーがダイビングをしていると海中に無数の魚の死体が漂っているのを発見する。パニック状態になっているペニーをジョシュはなんとかなだめるが、その直後から2人の体に異変が起き始めるのだった。赤い斑点が出来、次第にそれが体中に広がっていく。特に、ペニーは吐血するほどの重症だった。バカンスを中止してすぐに島から脱出したいところだが、迎えの船はすぐにはこない。無線で救助要請を試みたところ、この島には研究施設があり、そこまで来れば治療を受けられるという通信が入る。そこで、発病していないマーカスと彼の友人のドブスの2人で研究所を探すことになるが......。
◆◆◆◆◆◆
キャビン・フィーバーシリーズ3作目にしてエピソードゼロ的な位置付けの作品です。とはいっても、1作目との直接的なつながりはないので本作から鑑賞しても全く問題はありません。むしろ、テイストが違い過ぎるため、独立した作品として楽しむのが吉でしょう。まず、1作目と比べると緊迫感が著しく欠けています。確かに、1作目もなんでやねんという展開の連続でかなりバカ映画だったのですが、ショッキングな描写はきちんと描かれており、演出にメリハリがありました。それに対して、本作は演出に切れ味がないので観ているほうはだらけてしまいます。ショッキングなシーン自体は多いのですが、同じことの繰り返しでどうにもメリハリに欠けているのです。感染の最大の被害者というべきペニーも吐血するわ腕がちぎれるわと大変なことになっているのにも関わらず、元気に動き回っているので説得力がまるでありません。しかし、バカ映画のバカっぷりを楽しむのだと割り切って観るならば、後半は意外と見どころの多い作品になっています。特に、感染が進行してボロ雑巾のようになり果てた美女2人のキャットファイトは必見です。それから、ラストにどんでん返しが用意されており、そのシーンに関してだけは演出もなかなか凝っています。もっとも、犯人の動機がよくわからないためにかなり消化不良の感はありますが。いずれにしても、駄作という評価は動かせないところなので、ネタとして楽しみたい人以外は手を出さないのが無難でしょう。
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キャビン・フィーバーシリーズ3作目にしてエピソードゼロ的な位置付けの作品です。とはいっても、1作目との直接的なつながりはないので本作から鑑賞しても全く問題はありません。むしろ、テイストが違い過ぎるため、独立した作品として楽しむのが吉でしょう。まず、1作目と比べると緊迫感が著しく欠けています。確かに、1作目もなんでやねんという展開の連続でかなりバカ映画だったのですが、ショッキングな描写はきちんと描かれており、演出にメリハリがありました。それに対して、本作は演出に切れ味がないので観ているほうはだらけてしまいます。ショッキングなシーン自体は多いのですが、同じことの繰り返しでどうにもメリハリに欠けているのです。感染の最大の被害者というべきペニーも吐血するわ腕がちぎれるわと大変なことになっているのにも関わらず、元気に動き回っているので説得力がまるでありません。しかし、バカ映画のバカっぷりを楽しむのだと割り切って観るならば、後半は意外と見どころの多い作品になっています。特に、感染が進行してボロ雑巾のようになり果てた美女2人のキャットファイトは必見です。それから、ラストにどんでん返しが用意されており、そのシーンに関してだけは演出もなかなか凝っています。もっとも、犯人の動機がよくわからないためにかなり消化不良の感はありますが。いずれにしても、駄作という評価は動かせないところなので、ネタとして楽しみたい人以外は手を出さないのが無難でしょう。
2016年
キャビン・フィーバー(トラビス・ザルーニ監督)
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本作は2002年に公開された『キャビン・フィーバー』のリメイク作品です。しかも、元々の監督だったイーライ・ロス自身が製作総指揮を務めています。それだけに、作品のクオリティ自体に問題はないのですが、本作とオリジナル版を比較した場合、あまりにも違いがなさすぎます。「これはわざわざリメイクする必要があったのだろうか?」と首をひねってしまうレベルです。変わったところといえば、せいぜい、伝染病についての説明を少し詳しく行い、今の時代に合わせてインターネットやスマホの描写を盛り込んだことぐらいでしょうか。正確にいえば、他にも細かい変更点はありますが、どうでもよいものばかりです。したがって、オリジナル版を鑑賞済みの人はあえて本作を観る必要はないでしょう。また、どちらも未見という人はほとんど同じ内容なのでどちらを観てもかまいません。あえていえば、映像的に洗練されている本作に対して、オリジナル版は粗が多いものの、それ故にカオスな面白さがあります。
★★★
以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。
【月世界旅行】SF作家の祖!ジュール・ヴェルヌ【海底二万里】
最新更新日2020/04/06☆☆☆
ジュール・ヴェルヌはフランスの小説家であり、SF作家の祖だといわれています。SF小説の源流というべき物語自体は太古から存在していましたが、そうした作品をコンスタントに発表した最初の作家だというわけです。一方で、ジュール・ヴェルヌは決してSF小説だけの作家ではなく、その本質は冒険小説家だといっていいでしょう。サイエンスフィクションを描くというよりは奇想天外な冒険物語を描くために、当時の最新技術や科学知識を積極的に作品の中に取り入れた感が強いのです。実際、彼の作品の中には全くSF要素のない王道的な冒険物語もたくさんあります。具体的にどのような作品があったのか、70冊以上に及ぶ著作のなかから代表的なものを選んで紹介していきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします。二十世紀のパリ(1861)
1960年。16歳のミッシェルは教育金融総合公社を優秀な成績で卒業するが、彼の前途は多難だった。20世紀のフランスは科学万能主義に支配され、彼の専攻していた詩やラテン語などは無価値なものだとされていたからだ。希望を見いだせぬまま彼は銀行の計算担当の職に就き、やがて恩師の娘に恋をする。しかし、パリは大寒波に襲われ、その影響でミッシェルは職を失う。彼はなけなしのお金でパンではなく、彼女に送る花を買うが......。
◆◆◆◆◆◆
ジュール・ヴェルヌが無名時代に書いた作品ですが、陰鬱で荒唐無稽な話だとして出版社はこれを本にしませんでした。そのため、本作は幻の作品として長い間、タイトルだけが語り継がれてきました。ところが、1991年にジュール・ヴェルヌの曾孫が未発表原稿を発見し、執筆から130年の時を経て出版されることになったのです。内容的にはディストピア小説の原型とでもいうべきもので、文明批判に満ちた暗い展開は多くの人が思い浮かべるジュール・ヴェルヌ作品のイメージとはかけ離れています。どちらかといえば、ジョージ・ウェルズの作品に近いものがあります。それに、娯楽性も乏しいので出版社が本にしなかったのもなるほどといった感じです。しかし、今この作品を読むと、ある一面においては未来社会を正確に予測しており、驚かされる部分も少なくありません。もちろん、外れている部分もあるので現実との比較をしつつ読んでみるのも一興ではないでしょうか。
気球に乗って5週間(1863)
発明家にして探検家のサミュエル・ファーガソン博士はナイル川の源流を見つけるために、気球に乗ってアフリカ大陸を東西に旅するという計画を立てる。アフリカ大陸はさまざまな危険が潜む未開の地であり、今までに何人もの冒険者が命を落としてきた。その原因の多くはアフリカ大陸の完璧な地図が未だ存在していないことに起因している。つまり、ナイル川の源流を見つけ、地図を完成に近づけることは大変な名誉となるのだ。ファーガソン博士は従僕のジョーと親友で銃の名手のディック・ケネディを引き連れ、気球に乗り込む。しかし、その先には人食い人種や猛獣といったさまざまな危険が待ち構えていた......。
◆◆◆◆◆◆
驚異の旅シリーズの第1弾という位置付けの作品であり、ジュール・ヴェルヌを人気作家へと押し上げた彼の出世作です。実際、この作品には当時の最新科学に基づいた設定、危機また危機という起伏に富んだストーリー、個性的な登場人物といった具合に、その後のヒット作品に共通する基本要素がすべてつまっています。つまり、ジュール・ヴェルヌは本作によって作家としての基本スタイルを固めたのだといえます。たとえば、人食い人種に襲われるエピソードなど、現代の視点で読んでみるといかにもクラシカルで時代がかっていますが、その大時代的なところこそがジュール・ヴェルヌ作品の魅力なのです。また、本作には実際にナイル川の源流を求めて探検をしたジョン・ハニング・スピークや彼の冒険仲間であり千夜一夜物語の英訳でも知られるリチャード・フランシス・バードンらにも言及しており、当時を知るうえでの絶好の資料となっています。いずれにせよ、本作は読み手がジュール・ヴェルヌの良き読者になれるかどうかを図るための格好の試金石だといえます。
地底旅行(1864)
鉱物学教授のオットー・リーデンブロックは骨董店で購入した古文書にルーン文字で書かれたメモが挟まっていることに気づく。その文章を解読したところ、メモには「アイスランドにあるスネッフェルス山の火口から中に入って進んでいけば地球の中心にたどり着く」という趣旨の内容が書かれていることが判明する。その文書に心躍らせた教授は準備を整え、甥のアクセルと現地で雇った案内人のハンストともに火口を降りていく。途中何度も危機に直面しながらも数十日をかけて何千キロも進んだ彼らはついに地下の大空洞に到達するのだが........。
◆◆◆◆◆◆
言語学、地質学、古生物学と、科学知識が散りばめられた冒険譚であり、この作品にはSF小説としての原初的な面白さがつまっています。さすがに、現代の読者が読むと、節々に科学的な間違いがあることに気づいてしまうでしょうが、力強い筆致で描かれる物語は些細な誤謬などどうでもよいと思えるほどのワクワク感に満ちています。ちなみに、本作が面白いのは地底旅行のシーンだけではありません。前半の言語学に基づく暗号解読は実にスリリングですし、アイスランドのシーンは優れた旅行記として読むことも可能です。もちろん、地底世界のイマジネーション豊かな描写にも圧倒されてしまいます。このように、本作は最初から最後まで隙のないエンタメ作品に仕上がっているのです。これぞ血沸き肉躍る冒険小説の傑作です。
月世界旅行(1865、1870)
南北戦争終結後、火器兵器の開発に携わっていた元軍人たち“大砲クラブ”の面々は、その技術転用として月に砲弾を撃ち込むアイディアを出す。ケンブリッジ天文台の協力の元、具体的な計画を立案した彼らは世界中に寄付を募り、それを資金にしてフロリダ州タンパに巨大な砲台を建造する。着々と計画が進むなか、大砲クラブの会長であるインピー・バービケンの商売敵だった二コール大尉は無謀な計画に対し、成功するはずがないとあざ笑うのだった。一方、フランス人のミッシェル・アルダンは当初無人の予定だった砲弾に乗り込みたいとの要請を出し、砲弾の設計を変更させる。やがて、バービケンと二コールは和解し、彼らもアルダンと一緒に砲弾に乗り込むことになる。そして、ついに砲弾が発射されるが、その軌道は予定よりわずかに逸れていた。このままでは砲弾は月に到着することなく、月の衛星になってしまう......。
◆◆◆◆◆◆
本作は1865年の『地球から月へ』と1870年の『月世界に行く』の2部構成からなるSF小説です。ちなみに、本作が発表される200年も前にフランスの作家、シラノ・ド・ベルジュラックは3段式ロケットで月に行く『月世界旅行記』を書いています。それに比べると、砲弾で月に行くというのは大きく後退している感が否めません。しかし、ジュール・ヴェルヌがあえて砲弾という手段にこだわったのは、兵器を平和転用する話にしたかったためだといわれています。それに、砲弾型宇宙船という発想自体は荒唐無稽かもしれませんが、砲弾をどうすれば月まで到達させることができるかといった科学的考証については正確に描かれているため、古典SFとして読み応えのある作品に仕上がっています(もっとも実際に本作の計算通り砲弾を射出すれば、中に入っている人間は一瞬でぺちゃんこになってしまいますが)。また、エーテル宇宙論など、現在では否定されている科学的仮説も散見するため、当時の最先端の科学がいかなるものかを知るうえでも絶好の書だといえるでしょう。ただ、本作は今では未知の領域ではなくなった月に行って帰るだけの話で、宇宙人やモンスターなどが出てくるわけではありません。そのため、現代人が読むと見せ場の乏しい単調な物語に感じてしまう可能性があります。
海底二万里(1870)
謎の怪物によって船に大きな穴を開けられるという事件が相次ぐ。怪物の正体は角を持つ巨大なクジラではないかという仮説を立てたフランスの海洋生物学者、アロナックス博士は助手のコンセイユや銛打ちの名手、ネッド・ランドと共に、怪物調査の任についたアメリカの軍艦に乗船する。しかし、その怪物の前では軍艦すらも歯が立たず、アロナックスら3人は海に投げ出されてしまう。彼らを救ったのは未知の技術で造られた潜水艦、ノーチラス号だった。そのノーチラス号こそが怪物の正体だったのだ。そこで彼らはネモ船長と名乗る男に出会い、3人は彼の客人として扱われる。ネモ船長は過去に酷い目にあった復讐のために、海に身を潜めて船を攻撃していたのだ。こうしてアロナックたちはノーチラス号に乗って世界中の海を巡ることになるが......。
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ジュール・ヴェルヌの祖国であるフランスでは当時、世界に先駆けて動力潜水艦の開発を進めていました(人力による潜水艦は17世紀から存在しています)。それに触発されて執筆したのが本作です。ちなみに、『海底二万里』といえば、ダイオウイカ退治や軍艦との死闘といったスペクタルなイメージがあるかもしれませんが、それは映画の話です。原作である小説版は海底の風景や海の生物の描写に大半を割いたドキュメンタリー番組のような内容になっています。そう聞くと退屈な作品のように感じる人もいるかもしれませんが、その海中の描写が実にイマジネーション豊かでワクワクさせてくれるのです。また、登場人物も個性豊かで魅力的です。なかでも特に注目すべきはネモ船長でしょう。普段は物静かで冷静沈着でありながら、海のことになると子どものように情熱的、また、人類を激しく憎悪している一方で、窮地に陥っている人には救いの手を差し伸べるといった複雑な人間性が忘れ難い印象を与えてくれます。初期のSF小説を代表する名品です。
八十日間世界一周(1873)
謎多き若き富豪、フィリアス・フォッグはロンドンの紳士クラブ”リフォームクラブ”で会員たちと賭けをする。全財産の半分を使って80日間で世界一周できるかどうかに残りの財産すべてを賭けるというのだ。こうしてフォッグは執事のパスパルトゥーと世界一周の旅に出掛ける。10月2日午後8時45分の列車でロンドンを出発。約束の期限は12月21日の同時刻だ。そのときまでに”リフォームクラブ”に現れなければフィリアスの負けとなる。フォッグとパスパルトゥーは予定通りの時刻にスエズ運河に到着する。だが、2人を追う影があった。スコットランド・ヤードの刑事が銀行強盗の容疑者としてフォッグをマークしていたのだ。
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単に世界一周をするだけの話なので『月世界旅行』や『海底二万里』などに比べるとスケールが小さくなっているように思うかもしれません。しかし、そこにリミテッドサスペンスの要素を組み入れると同時に、ドタバタコメディやロマンスの要素を盛り込み、一級の娯楽作品に仕上げることに成功しています。また、主人公たちが立ち寄る各国の風俗描写も(現代人の目から見ればややトンデモ風味ですが)ほどよいスパイスとなっています。話のテンポが良く、最後のどんでん返しも見事であり、そのうえ、余韻の残るラストも印象深いという、あらゆる面において隙のない傑作です。
神秘の島(1875)
南北戦争の最中、南軍の拠点であるバージニア州リッチモンドがグラント将軍率いる北軍によって包囲される。南軍は気球を用いて外部に救援要請を出そうとするが、捕虜として捕えられていた北軍支持者の一団がそれを奪取して脱出するのだった。しかし、気球は高度を下げ始め、太平洋の無人島に着陸してしまう。島は航路から離れた場所にあり、救助は期待できない。島に降り立った5人の男と1匹の犬はサイラス技師をリーダーとしてその島で自活することを決意する。しかし、奇怪な出来事が次々と起こり.......。
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無人島に漂着した男たちが知恵と勇気で生き抜いていく『15少年漂流記』のひな型とでもいうべき作品です。ただ、『15少年漂流記』と比べると、奇想天外ぶりが目立ちますし、科学知識を用いて島を文明的にしていくサイラス技師もチートすぎです。いささかやり過ぎ感がありますが、そこが面白いと感じる人もいるでしょう。確かに、当時の科学知識を総動員して行われるサバイバル生活にはSF小説に通じる面白さがあります。それに、『海底二万里』のネモ船長が再登場する点も見逃せないところです。
チャンセラー号の筏(1875)
1869年アメリカ。帆船チャンセラー号は乗員乗客28名を乗せ、イギリスに向かって出発する。だが、途中で火災が発生し、鎮火活動の甲斐なく船が沈んでしまったのだ。生き残った一行は筏に乗り移って脱出する。だが、筏では風任せに漂流するしかなく、陸地にいつ到着するかはわからなかった。そのうえ、水と食料はすぐに尽き......。
◆◆◆◆◆◆
本作は1816年に起きたメデューズ号の難破事件をモチーフとしたものです。この事件では難破船から筏で脱出した147人が13日間洋上を漂流し、実に132人が命を落としています。ジュール・ヴェルヌはその様子を絵画で再現したテオドール・ジェリコーの『メデューズ号の筏』を見て強い感銘を受け、本作を執筆したというわけです。そのため、ジュール・ヴェルヌ作品にはつきものである冒険ロマンの要素は皆無です。ひたすらシビアな展開が続き、地獄のような状況からいかにして生還するかがテーマとなっています。それでも、聡明な人物がみんなを率い、決して絶望一色には染まらないところはジュール・ヴェルヌならではといったところでしょうか。極限状態における人間の選択を描いた重厚なドラマです。
皇帝の密使(1876)
アレクサンドル2世統治下のロシアはウズベック族の抵抗を受け、シベリアへの侵入を許していた。そのうえ、東方の拠点であるイルクーツクに総攻撃がかけられようとしていたのだ。イルクーツクには皇帝の弟である大公がおり、裏切り者のオガリョフによって命を狙われている。シベリア総督にこの危機を知らせる必要があるが、各地で電線が切断されているため、直接連絡を取ることは不可能だった。残る手段は密使を送ることだけだ。その任を受けた伝令隊長のミハイル・ストロゴフは商人に化け、モスクワを立つ。こうして敵のただ中を突破する8500キロの長大な旅が始まるが......。
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ロシアのロマノフ王朝を舞台にし、密命を帯びた主人公の活躍を描いた王道的冒険小説です。危機まだ危機の展開には手に汗握りますし、その合間に挿入されるイギリス人記者とフランス人記者の凸凹コンビのユーモラスな描写が一服の清涼剤として機能しています。かなり長大な物語ですが、陰謀あり、活劇あり、コメディあり、ロマンスありといった具合にイベント盛りだくさんで飽きさせません。日本ではそれほど知名度は高くないものの、著者の代表作の一つに数えられる傑作です。
必死の逃亡者(1879)
中国清朝の時代。若き富豪キンフーはニューヨーク株式市場の大暴落により、一夜にして全財産を失ってしまう。その事実を知ったキンフーはまず、許嫁に自分のことを忘れるようにと手紙を送り、次に哲学者のワンに自分を殺してくれと依頼する。だが、その後、破産の事実が誤報だと知り、キンフーは慌てて殺しの依頼を取り消そうとするが、ワンは姿を消したあとだった。召使いのソンとボディーガードとして保険会社から派遣されたアメリカ人2人とともにワンの行方を追うキンフーだったが.......。
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主人公が中国人で舞台も中国という点が異彩を放つ、中期の作品です。内容的には主人公が冒険を通して成長していくというものであり、教訓小説としてよくできています。また、ジュール・ヴェルヌの冒険ものは割と横道に逸れながら話を膨らませていく手法が目立つのですが、本作は無駄を省き、一直線に物語が進んでいくテンポの良さが目を引きます。手軽に読むことができる佳品です。
中国清朝の時代。若き富豪キンフーはニューヨーク株式市場の大暴落により、一夜にして全財産を失ってしまう。その事実を知ったキンフーはまず、許嫁に自分のことを忘れるようにと手紙を送り、次に哲学者のワンに自分を殺してくれと依頼する。だが、その後、破産の事実が誤報だと知り、キンフーは慌てて殺しの依頼を取り消そうとするが、ワンは姿を消したあとだった。召使いのソンとボディーガードとして保険会社から派遣されたアメリカ人2人とともにワンの行方を追うキンフーだったが.......。
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主人公が中国人で舞台も中国という点が異彩を放つ、中期の作品です。内容的には主人公が冒険を通して成長していくというものであり、教訓小説としてよくできています。また、ジュール・ヴェルヌの冒険ものは割と横道に逸れながら話を膨らませていく手法が目立つのですが、本作は無駄を省き、一直線に物語が進んでいくテンポの良さが目を引きます。手軽に読むことができる佳品です。
蒸気で動く家(1880)
イギリスによる植民地支配に異を唱えるセポイの叛乱で捕虜を殺し合い、あまつさえ互いの伴侶を手にかけたイギリス陸軍士官のエドワード・マンロー大佐と叛乱軍首領のナーナー・サーヒブ。叛乱は鎮圧され、闘いはイギリス軍の勝利に終わったものの、マンロー大佐の心は暗く沈んでいた。そこで友人たちは彼を励まそうと、蒸気で動く象型ロボットが牽引する豪華客車を準備する。それを使い、気晴らしにインド縦断の旅に出ようというのだ。旅の途中、一行は虎狩りなどをして英気を養う。しかし、マンロー大佐はかつての激戦区を辿り、憎きナーナーの居場所を突き止めることに執念を燃やしていた。一方、闘いに敗れて逃亡中のナーナーも密かに叛乱軍の残党を再編成し、マンロー大佐に復讐する機会をうかがっていたのだった......。
イギリスによる植民地支配に異を唱えるセポイの叛乱で捕虜を殺し合い、あまつさえ互いの伴侶を手にかけたイギリス陸軍士官のエドワード・マンロー大佐と叛乱軍首領のナーナー・サーヒブ。叛乱は鎮圧され、闘いはイギリス軍の勝利に終わったものの、マンロー大佐の心は暗く沈んでいた。そこで友人たちは彼を励まそうと、蒸気で動く象型ロボットが牽引する豪華客車を準備する。それを使い、気晴らしにインド縦断の旅に出ようというのだ。旅の途中、一行は虎狩りなどをして英気を養う。しかし、マンロー大佐はかつての激戦区を辿り、憎きナーナーの居場所を突き止めることに執念を燃やしていた。一方、闘いに敗れて逃亡中のナーナーも密かに叛乱軍の残党を再編成し、マンロー大佐に復讐する機会をうかがっていたのだった......。
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『気球に乗って5週間』のような秘境ものであり、猛獣たちの攻撃や叛乱軍の奇襲などでハラハラドキドキさせる手法はさすがのうまさです。しかも、蒸気で動く鋼鉄の象で移動するというアイディアがユニークです。さらに、単なる冒険譚では終わらず、そこに復讐譚を絡めることで物語に深みを与えることにも成功しています。そしてなんといっても、並行して描かれる2つのエピソードが最後に交錯し、大団円を迎えるラストが見事です。現代の人が読むとイギリスの支配に反旗を翻している勢力を悪役に据えている点に抵抗を覚えるかもしれませんが、ジュール・ヴェルヌは一方的にイギリスの肩を持っているわけではありません。イギリス軍の残虐さにも言及しており、当時としてはかなりバランスの取れた描写だといえるのではないでしょうか。いずれにしても、本作にはジュール・ヴェルヌの代表作とはまた一味違った不思議な魅力があります。著者の代表作は一通り読んでしまったという人はこの作品に挑戦してみてはいかがでしょうか。
ジャンガダ(1881)
『気球に乗って5週間』のような秘境ものであり、猛獣たちの攻撃や叛乱軍の奇襲などでハラハラドキドキさせる手法はさすがのうまさです。しかも、蒸気で動く鋼鉄の象で移動するというアイディアがユニークです。さらに、単なる冒険譚では終わらず、そこに復讐譚を絡めることで物語に深みを与えることにも成功しています。そしてなんといっても、並行して描かれる2つのエピソードが最後に交錯し、大団円を迎えるラストが見事です。現代の人が読むとイギリスの支配に反旗を翻している勢力を悪役に据えている点に抵抗を覚えるかもしれませんが、ジュール・ヴェルヌは一方的にイギリスの肩を持っているわけではありません。イギリス軍の残虐さにも言及しており、当時としてはかなりバランスの取れた描写だといえるのではないでしょうか。いずれにしても、本作にはジュール・ヴェルヌの代表作とはまた一味違った不思議な魅力があります。著者の代表作は一通り読んでしまったという人はこの作品に挑戦してみてはいかがでしょうか。
ジャンガダ(1881)
アマゾンの奥地で大農園を営むグラール一家の娘、ミンハが医学生のマノエルと結婚することになる。その結婚式に出席するために一家は巨大な筏で使用人とともにアマゾン川を下る。だが、家長であるホアン・グラールにはある秘密があった。その秘密が謎の男トレスの出現で明るみになる。ホアンには、ダイヤモンド輸送隊を襲った強盗団と結託していた罪で死刑判決を受けたという過去があったのだ。身に覚えのない彼は死刑執行の直前に脱走し、アマゾンの奥地に逃げ込んだというわけだ。彼は過去を清算するために、自分の無実を信じてくれていたマナウス判事を頼って再審請求をする決意を固める。だが、マナウスはすでに亡くなっており、そのあとを継いだのは頑なな性格のハリケス検事だった。果たしてホアンは自分の身の潔白を証明することが出来るのだろうか?
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巨大な筏に乗って旅をする冒険小説ですが、1875年発表の『チャンセラー号の筏』とは随分雰囲気が違います。途中ワニに襲われるなどといったイベントはあるものの、川下りそのものは比較的のんびりしたものです。アマゾン川を下る旅や密林の様子の詳細な描写は興味深く読むことができる反面、冒険的な要素はあまりありません。その代わり、第2部に入るとホアンの過去がクローズアップされ、一気に緊迫の度合いを増していきます。さまざまな事件が立て続けにおきてページをめくる手が止まらなくなってくるのです。そして、本作の白眉といえばなんといっても暗号です。後半登場する暗号がかなり凝っていて暗号ミステリーとしても読みごたえがあります。ミステリーとしての面白さも満喫できるという点において、ジュール・ヴェルヌの新境地ともいえる佳品です。
巨大な筏に乗って旅をする冒険小説ですが、1875年発表の『チャンセラー号の筏』とは随分雰囲気が違います。途中ワニに襲われるなどといったイベントはあるものの、川下りそのものは比較的のんびりしたものです。アマゾン川を下る旅や密林の様子の詳細な描写は興味深く読むことができる反面、冒険的な要素はあまりありません。その代わり、第2部に入るとホアンの過去がクローズアップされ、一気に緊迫の度合いを増していきます。さまざまな事件が立て続けにおきてページをめくる手が止まらなくなってくるのです。そして、本作の白眉といえばなんといっても暗号です。後半登場する暗号がかなり凝っていて暗号ミステリーとしても読みごたえがあります。ミステリーとしての面白さも満喫できるという点において、ジュール・ヴェルヌの新境地ともいえる佳品です。
アドリア海の復讐(1885)
1867年。祖国ハンガリーの独立のために裏で動いていたサンドルフ伯爵は、使用人であるサルカーニの密告によって逮捕されてしまう。同士のバートリ教授やザトマール伯爵らも捕まり、国家反逆罪で死刑が宣告される。死を覚悟する3人だったが、サルカーニたちの罠にはめられたのだと知ると、復讐を誓うのだった。3人は脱獄を試みるものの、計画は失敗に終わる。バートリ教授やザトマール伯爵は死に、サンドルフ伯爵は海の藻屑と消える。だが、彼は死んでいなかった。15年後。アンテキルト博士と名乗る医者がラグサに現れる。彼こそが嵐の海から奇跡の生還を果たし、復讐のために戻ってきたサンドルフ伯爵その人だった。
1867年。祖国ハンガリーの独立のために裏で動いていたサンドルフ伯爵は、使用人であるサルカーニの密告によって逮捕されてしまう。同士のバートリ教授やザトマール伯爵らも捕まり、国家反逆罪で死刑が宣告される。死を覚悟する3人だったが、サルカーニたちの罠にはめられたのだと知ると、復讐を誓うのだった。3人は脱獄を試みるものの、計画は失敗に終わる。バートリ教授やザトマール伯爵は死に、サンドルフ伯爵は海の藻屑と消える。だが、彼は死んでいなかった。15年後。アンテキルト博士と名乗る医者がラグサに現れる。彼こそが嵐の海から奇跡の生還を果たし、復讐のために戻ってきたサンドルフ伯爵その人だった。
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1844~1846年にかけて新聞に連載され、大人気を博した『モンテ・クリスト伯』を下敷きにしたジュール・ヴェルヌ版巌窟王です。本筋自体は単純な勧善懲悪ものなので少しあっさるしすぎているきらいがありますが、その分、本家よりもすっきりした構成ですらすらと読むことができます。それに、科学知識を用いた復讐劇や当時の政治情勢を盛り込んだ冒険活劇など、ディテールに凝っているのでジュール・ヴェルヌのファンなら大いに楽しむことができるはずです。ただ、後半に入ると展開が駆け足になり、やや雑に感じられるのが残念なところです。それに、復讐の物語という割に残酷度が薄く、穏便な終着点を迎えている点も好みのわかれるところではないでしょうか。
征服者ロビュール(1886)
世界各地で空の上からラッパの音が鳴り響くという現象が立て続けに起きる。それはまるで黙示録のラッパ吹きのようだった。各国の天文台はその正体を突き止めようと躍起になるが、すべては徒労に終わる。そんなある日、アメリカのフィラデルフィアで気球愛好家たちの集会が開かれる。テーマは飛行船のプロペラを前につけるか後ろにつけるかというものだった。喧々諤々の議論の最中にロビュールと名乗る男が現れ、「私は空気よりも重いもので世界を支配した」と宣言する。彼こそが一連の怪事件を引き起こした首謀者だったのだ。その夜、集会の代表者であるプルデントとエヴァンズ、それに使用人の一人が誘拐されるという事件が起きる。犯人はロビュールであり、プルデントたちが連れてこられたのは巨大な空中戦艦アルバトロス号だった。こうして、彼らは驚くべき世界一周の旅を体験することになるのだが......。1844~1846年にかけて新聞に連載され、大人気を博した『モンテ・クリスト伯』を下敷きにしたジュール・ヴェルヌ版巌窟王です。本筋自体は単純な勧善懲悪ものなので少しあっさるしすぎているきらいがありますが、その分、本家よりもすっきりした構成ですらすらと読むことができます。それに、科学知識を用いた復讐劇や当時の政治情勢を盛り込んだ冒険活劇など、ディテールに凝っているのでジュール・ヴェルヌのファンなら大いに楽しむことができるはずです。ただ、後半に入ると展開が駆け足になり、やや雑に感じられるのが残念なところです。それに、復讐の物語という割に残酷度が薄く、穏便な終着点を迎えている点も好みのわかれるところではないでしょうか。
征服者ロビュール(1886)
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本作には電気の力でプロペラを動かし、時速200キロで空を飛び、しかも数十日間補給なしで空中に浮き続けることができる夢のような乗り物が登場します。そして、その乗り物に乗せられた主人公たちが世界を旅する展開は、まさに空中版『海底二万里』といった趣です。なんといっても、ノーチラス号以上にロマンあふれる空中戦艦の存在感に胸が躍ります。それがどのようにして動いているかの理屈も当時の最新科学知識を用いて説明されており、ロマンを感じさせてくれます。ただ、名作と名高い『海底二万里』と比べると、展開のメリハリに欠け、どうにも単調です。それに、ロビュールにネモ船長のようなキャラクターとしての掘り下げがなく、その点も話が味気なく感じられる一因となっています。設定が非常に魅力的で印象に残るシーンも随所に見られるだけに、作品としての練り込み不足が惜しまれます。ちなみに、ロビュールは1904年発表の『世界の支配者』にも再登場しますが、ここでもキャラクターが掘り下げられることはありませんでした。
十五少年漂流記(1888)
1860年2月15日。ニュージランドの首都オークランド市にあるチェアマン寄宿学校は夏休みに入り、8歳から14歳までの14人の少年は帆船に乗ってニュージーランド沿岸を一周する旅に出掛ける予定だった。ところが、出航時間を待ちきれない少年たちは夜の間に船に乗り込み、しかも、いたずらでたずなを緩めてしまったことにより、真夜中の海に出航してしまう。船長も船員も乗り込んでおらず、彼らのほかに船にいたのは見習い水夫の黒人、モーコーのみ。彼らには船を制御するすべがなく、結局、南アメリカ南端の群島まで流されてしまう。幸い、船には2カ月分の食料と銃や望遠鏡などが装備されていたため、彼らは助けがくるまでその地に生活基盤を築こうとするのだが.......。
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1876年の『トムソーヤの冒険』や1883年の『宝島』などに並ぶジュブナイル小説の原初的な作品です。物語は少年たちが無人島で生き抜くというシンプルなものながら、さまざまなイベントを盛り込むことで飽きさせない作りになっています。少年たちのキャラクターもしっかりと立てられており、それ故、力を合わせて困難に立ち向かう姿にはワクワクするものを感じます。また、最初は仲たがいをしていた彼らがある事件をきっかけに理解し合う展開はベタながらも感動的です。一方で、無人島でリーダーを決める際に、黒人には投票権が与えられないという、差別的な表現が気になる人もいるかもしれません。しかし、本作が発表された時代を考えればいたしかたないところでしょう。それに、黒人のモーコー自体は有能で魅力的な人物として描かれており、作者自身に黒人を差別しようという意図があったわけではないはずです。逆に、そういった時代背景を踏まえて読むと本作はより興味深いものとなります。冒険小説の王道ともいえる古典的傑作です。
カルパチアの城(1892)
ルーマニアのトランシルヴァニアのとある古城。そこには城主のゴルツ男爵が住んでいたのだが、彼は随分前から行方不明となっていた。ところが、ある日、羊飼いが行商人から買った望遠鏡を覗いてみると、その城の窓から黒い煙があがっているのが見えたのだ。その話を聞き、村人2人が古城へ調査に向かう。だが、辺りには不気味なうめき声が響き、見えない手で引きずりまわされ、命からがら逃げかえるのが精一杯だった。旅の途中で一連の出来事を耳にしたテレク伯爵は自分がその城を調べてみるという。ゴルツ男爵はかつての恋敵であり、因縁深い彼の名を聞いて真相を確かめずにはいられなくなったのだ。果たして城の怪異の正体とは?
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トランシルヴァニアの古城を舞台にした怪異譚としては、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』よりも5年早く書かれた作品です。とにかく前半はいかにもといった雰囲気で怪奇ムードを盛り上げてくれます。ただし、単なる怪談で終わらせるのではなく、終盤に入ると怒涛の展開と科学的アプローチで謎を解いていく辺りはジュール・ヴェルヌらしさが色濃くでています。怪奇趣味とミステリー要素をうまく絡め合わせた冒険小説の佳品です。
ルーマニアのトランシルヴァニアのとある古城。そこには城主のゴルツ男爵が住んでいたのだが、彼は随分前から行方不明となっていた。ところが、ある日、羊飼いが行商人から買った望遠鏡を覗いてみると、その城の窓から黒い煙があがっているのが見えたのだ。その話を聞き、村人2人が古城へ調査に向かう。だが、辺りには不気味なうめき声が響き、見えない手で引きずりまわされ、命からがら逃げかえるのが精一杯だった。旅の途中で一連の出来事を耳にしたテレク伯爵は自分がその城を調べてみるという。ゴルツ男爵はかつての恋敵であり、因縁深い彼の名を聞いて真相を確かめずにはいられなくなったのだ。果たして城の怪異の正体とは?
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トランシルヴァニアの古城を舞台にした怪異譚としては、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』よりも5年早く書かれた作品です。とにかく前半はいかにもといった雰囲気で怪奇ムードを盛り上げてくれます。ただし、単なる怪談で終わらせるのではなく、終盤に入ると怒涛の展開と科学的アプローチで謎を解いていく辺りはジュール・ヴェルヌらしさが色濃くでています。怪奇趣味とミステリー要素をうまく絡め合わせた冒険小説の佳品です。
動く人工島(1895)
巡業でアメリカを訪れていた弦楽四重奏団の4人組は、マンバーという男によってある街に招待される。しかし、それはただの街ではなかった。エンジンでスクリューを回して海上を移動する巨大な人工島だったのだ。名前をスタンダード島といい、約1万人の裕福なアメリカ人が住んでいるという。マンバーが4人を招待したのは1年かけて南太平洋を一周する間、お抱えの楽団として島民に娯楽を提供してもらうためだった。こうして航海に乗り出した4人は南太平洋でさまざまな体験をする。だが、思想や習慣の違いなどから、島民同士の対立が次第に表面化していき.......。
◆◆◆◆◆◆
科学の粋を集めた人工島の様子が生き生きと描かれていて、これぞ古き良き時代のSF作品といった感じがします。亜熱帯の植物や火山帯などの紹介も詳しくなされており、自分も一緒に旅をしているような気分を味わえます。一方で、主人公格であるはずの4人組の存在感が薄く、物語の起伏が乏しいのが難点だといえるでしょう。その代わり、後半に入って人工島の問題点が浮き彫りになり、破局へと至る流れは破滅のカタルシスに満ちており、読み応えがあります。ユートピア小説のようでもあり、ディストピア小説のようでもあるといった具合に本作にはさまざまな要素が詰め込まれています。いわば、ジュール・ヴェルヌのイマジネーションを集約させたような力作です。
科学の粋を集めた人工島の様子が生き生きと描かれていて、これぞ古き良き時代のSF作品といった感じがします。亜熱帯の植物や火山帯などの紹介も詳しくなされており、自分も一緒に旅をしているような気分を味わえます。一方で、主人公格であるはずの4人組の存在感が薄く、物語の起伏が乏しいのが難点だといえるでしょう。その代わり、後半に入って人工島の問題点が浮き彫りになり、破局へと至る流れは破滅のカタルシスに満ちており、読み応えがあります。ユートピア小説のようでもあり、ディストピア小説のようでもあるといった具合に本作にはさまざまな要素が詰め込まれています。いわば、ジュール・ヴェルヌのイマジネーションを集約させたような力作です。
氷のスフィンクス(1897)
地質専門家のジョーリングは南極大陸から2000キロの位置にあるケルゲレン諸島の調査を終え、トリスダン・ダ・クーニャ島に向かうハルブレイン号に乗船する。船はレン・ガイ船長に率いられて南に向かうが、その航海の目的の裏にはエドガー・アラン・ポーの長篇小説、『ナンタゲット島出身のアーサー・ゴートン・ピムの物語』の存在があった。実はあの物語は創作ではなく、実際に起きた出来事だというのだが.......。
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推理小説の始祖にして怪奇小説の大家であるエドガー・アラン・ポーは1837年に唯一の長篇小説である『ナンタゲット島出身のアーサー・ゴートン・ピムの物語』を発表しています。しかし、物語の結末があまりにも曖昧で未完ともとれる内容だったため、後世の作家が主人公が見たものが何かを解き明かす解決編の執筆に挑戦しました。ラブ・クラフトの『狂気の山脈にて』は特に有名ですし、近年の作品としてはルーディ・ラッカーの『空洞地球』などが知られています。本作もそうした作品群の一つです。ラブ・クラフトはクトゥルフ神話という壮大な与太話の中にポーの物語を組み込もうとしたのに対し、ジュール・ヴェルヌはあくまでも科学的アプローチで真相に迫ろうとします。そのため、『狂気の山脈にて』などと比べると神秘性が薄く、スケールダウンを感じさせてしまう点は否めません。その代わり、極限状態における人間ドラマとしてはなかなかの出来です。良くも悪くも作者の科学的志向がよく現れている作品だといえるでしょう。
地質専門家のジョーリングは南極大陸から2000キロの位置にあるケルゲレン諸島の調査を終え、トリスダン・ダ・クーニャ島に向かうハルブレイン号に乗船する。船はレン・ガイ船長に率いられて南に向かうが、その航海の目的の裏にはエドガー・アラン・ポーの長篇小説、『ナンタゲット島出身のアーサー・ゴートン・ピムの物語』の存在があった。実はあの物語は創作ではなく、実際に起きた出来事だというのだが.......。
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推理小説の始祖にして怪奇小説の大家であるエドガー・アラン・ポーは1837年に唯一の長篇小説である『ナンタゲット島出身のアーサー・ゴートン・ピムの物語』を発表しています。しかし、物語の結末があまりにも曖昧で未完ともとれる内容だったため、後世の作家が主人公が見たものが何かを解き明かす解決編の執筆に挑戦しました。ラブ・クラフトの『狂気の山脈にて』は特に有名ですし、近年の作品としてはルーディ・ラッカーの『空洞地球』などが知られています。本作もそうした作品群の一つです。ラブ・クラフトはクトゥルフ神話という壮大な与太話の中にポーの物語を組み込もうとしたのに対し、ジュール・ヴェルヌはあくまでも科学的アプローチで真相に迫ろうとします。そのため、『狂気の山脈にて』などと比べると神秘性が薄く、スケールダウンを感じさせてしまう点は否めません。その代わり、極限状態における人間ドラマとしてはなかなかの出来です。良くも悪くも作者の科学的志向がよく現れている作品だといえるでしょう。
サハラ砂漠の秘密(1919)
イギリスの名門貴族の出であるジョージ・パクストン大尉はアフリカでの任務の最中に反逆罪に問われ、銃殺刑に処せられる。しかし、その事実が信じられない妹のジェーンは、パクストン家の名誉を回復すべく、20歳近く年上の甥のサン・ベランを従え、アフリカの奥地に赴くのだった。途中で出会ったフランスの調査団に同行し、旅を続けるが途中で不穏な空気が立ち込めてくる。そして、ハリー・キラーなる人物によって囚われの身となってしまう。彼らが連れてこられたのはサハラ砂漠のど真ん中。そこには科学の粋を集めた秘密都市があり、天才科学者が発明した武器によって守られていた。ハリー・キラーが絶対的な支配者として専制君主制を敷き、黒人が奴隷として無理矢理働かされていたのだ。一行はなんとかそこから逃げ出そうとするが........。
イギリスの名門貴族の出であるジョージ・パクストン大尉はアフリカでの任務の最中に反逆罪に問われ、銃殺刑に処せられる。しかし、その事実が信じられない妹のジェーンは、パクストン家の名誉を回復すべく、20歳近く年上の甥のサン・ベランを従え、アフリカの奥地に赴くのだった。途中で出会ったフランスの調査団に同行し、旅を続けるが途中で不穏な空気が立ち込めてくる。そして、ハリー・キラーなる人物によって囚われの身となってしまう。彼らが連れてこられたのはサハラ砂漠のど真ん中。そこには科学の粋を集めた秘密都市があり、天才科学者が発明した武器によって守られていた。ハリー・キラーが絶対的な支配者として専制君主制を敷き、黒人が奴隷として無理矢理働かされていたのだ。一行はなんとかそこから逃げ出そうとするが........。
◆◆◆◆◆◆
ジュール・ヴェルヌが1905年に亡くなったのちに、未完の『調査旅行(1904)』と『砂漠の秘密都市(1905)』をつなぎ合わせて息子のミシェル・ヴェルヌが完成させた作品です。前半は秘境冒険小説の要素がぎっしりと詰まり、後半は完全なSF小説になっており、ジュール・ヴェルヌの集大成といった趣があります。また、前半でさまざまな謎が散りばめられ、後半でその謎が解明されて一つにつながっていく点も娯楽小説としてよくできています。さらに、男勝りのヒロインと中年男であるサン・ベラの凸凹コンビの存在が物語の絶妙なスパイスとなっているといった具合に、キャラの配置も秀逸です。不幸な事件の影響もあり、晩年は暗い作品が多かったジュール・ヴェルヌですが、息子の手が加わった影響か、本作はストレートに楽しめる娯楽傑作に仕上がっています。
ジュール・ヴェルヌが1905年に亡くなったのちに、未完の『調査旅行(1904)』と『砂漠の秘密都市(1905)』をつなぎ合わせて息子のミシェル・ヴェルヌが完成させた作品です。前半は秘境冒険小説の要素がぎっしりと詰まり、後半は完全なSF小説になっており、ジュール・ヴェルヌの集大成といった趣があります。また、前半でさまざまな謎が散りばめられ、後半でその謎が解明されて一つにつながっていく点も娯楽小説としてよくできています。さらに、男勝りのヒロインと中年男であるサン・ベラの凸凹コンビの存在が物語の絶妙なスパイスとなっているといった具合に、キャラの配置も秀逸です。不幸な事件の影響もあり、晩年は暗い作品が多かったジュール・ヴェルヌですが、息子の手が加わった影響か、本作はストレートに楽しめる娯楽傑作に仕上がっています。
【虫・鳥・蛇】おすすめ!動物パニック映画【犬・熊・鼠etc】
最新更新日2021/04/04☆☆☆
動物パニック映画といえば、第一にサメ、次にワニを思い浮かべる人が多いですが、実際は他にもさまざまな動物たちが登場しています。中には一見無害そうであり、人に襲いかかるところなど想像もできない動物が大暴れしている作品もあるのです。一体どのような動物が登場しているのか気になるところですが、数あるアニマルパニックムービーの中から、ファンの間で名作、傑作、問題作などと呼ばれているおすすめ作品を紹介していきます。ただし、登場する動物があまりにも巨大だったり、炎を吐いたりする作品はモンスター映画と位置付け、ここでは除外します。また、サメとワニの映画について知りたい人は下記のリンク先を参考にしてください。
【ジョーズ】A級&B級!おすすめサメ映画【シャークネード】
【アリゲーター】現代の恐竜!おすすめワニ映画【クロコダイル】
なお、おすすめ作品以外にも動物パニック映画についていろいろ知りたいという人はこちらをどうぞ
【怪作から】おすすめ?動物パニック映画PARTⅡ【駄作まで】
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします。
1954年
黒い絨緞(バイロン・ハスキン監督)
1901年。南米の奥地に住む大農園主のクリストファー・レニンジェンは危険なジャングルを開拓し、そこで使用人たちに囲まれて王様のような生活を送っていた。そんな彼がアメリカに住む美女を嫁にとることになる。彼女の名はジョアンナ・セルビーといい、新聞の花嫁募集の告知によって選ばれた女性だった。だが、武骨で気難しいクリストファーと気の強いジョアンナは出会うなりいがみ合う。しかも、ジョアンナが未亡人だということを知ると、「俺の家には新品しか入れない」といって憤慨するのだった。やがて、冷静さを取り戻したクリストファーがジョアンナに非礼を詫びると、ようやく2人は打ち解け始める。だが、その直後、クリストファーの元に、巨大な影が農園に迫っているとの報が入る。ジョアンナと一緒に高台に登ると、無数の軍隊蟻が遠くのジャングルを食い荒らしている光景が目に入ってきた。蟻の本隊が農園にたどり着くまで約一週間。避難をせず、農園を守ることを決意した2人の運命は?
◆◆◆◆◆◆
パニック映画としては恐ろしく前置きの長い映画です。100分足らずの作品なのに、肝心の蟻が登場するのは映画が始まってから1時間後です。そこまでの間、観客は主人公とヒロインのどーでもいい痴話喧嘩を延々と見せられることになります。それでも意外と飽きずに観られるのは美男美女の心理の機微や恋の駆け引きを小気味よく描いた演出のおかげでしょう。そして、後半の殺人蟻の襲撃シーンも現代の目から見れば、特撮などはさすがに拙いものがありますが、それでも工夫を凝らしてサスペンスを盛り上げてくれます。たとえば、蟻が水路をものともせず、巧みに葉っぱを用いて進軍を続けるところなどは印象的です。また、クライマックスも時代を考えれば十分迫力のあるシーンだといえます。人喰い蟻という割に実際に食われたのが一人だけというのは少々物足りなく感じますが、それでも、その丁寧な作りは古典的名作と呼ばれるだけのことはあります。動物パニック映画の原点を知りたいという人におすすめの作品です。
1963年
鳥(アルフレッド・ヒッチコック監督)
地元の若き名士であるメラニー・ダニエルはペットショップで弁護士のミッチ・ブレナーと出会う。彼は11歳の妹の誕生日プレゼントとしてつがいのラブドールを探しているのだという。ミッチに興味を持ったメラニーは彼にラブバードのつがいを贈り、そのことがきっかけで2人は仲を深めていくのだった。やがて、メラニーはミッチに家族を紹介されるのだが、その夜、カモメがドアに激突して死亡するというハプニングが起きる。さらに翌日、カモメの大群が子供たちに襲いかかるという事件が発生する。だが、それは恐るべき惨劇のほんの序章でしかなかった.......。
◆◆◆◆◆◆
1975年に『ジョーズ』が大ヒットを記録し、アニマルパニックムービーが一大ブームを巻き起こす以前の作品としては、間違いなくダントツのクオリティを誇っていた名作です。まず、若い男女のロマンチックな恋愛劇の中に異変を少しずつ紛れ込ませて不安感を高めるヒッチコック監督の演出が秀逸です。ヒッチコックといえば、スリラー映画の名匠として知られていますが、動物パニック映画に初めて挑戦した本作でもその手腕をいかんなく発揮しています。そして、中盤を過ぎたあたりから鳥の群れが一斉に牙をむき始め、水面下のサスペンスが本格的なパニックへと移行していく緩急の切り替えが見事です。また、鳥が人を襲う理由を一切描かないことで底知れぬ不安と終末感を醸し出すことにも成功しています。とはいえ、現代の目から見ると、話の展開が遅すぎて冗長に感じる面はありますし、襲撃シーンの合成映像もチープです。一方で、鳥が徐々に集まってくる不気味さやガソリンスタンドでの悲劇など、未だに色あせないシーンも多々あります。現代のパニック映画と同じものを求めるのではなく、古典としての香りをじっくりと味わいたいところです。
1971年
ウイラード(ダニエル・マン監督)
気弱な青年ウイラードは会社の創始者の息子だったが、父は死に会社はマーティンという男に乗っ取られてしまう。そして、ウイラードは病弱な母を養いながらマーティンにこき使われる日々を送っていた。しかも、小うるさい親戚や母に囲まれ、ウィラードの精神は日々摩耗していく。そんな彼の唯一の心の慰めが会社の同僚で恋人のジョーンだった。ある日、ウィラードは母からネズミの駆除を頼まれるが、殺すことができずに密かに餌付けを始める。ネズミは庭の物置でどんどん増え始め、ウイラードは彼らに芸を仕込んでいった。群れの中でもお気に入りの白ネズミをソクラテス、また、ひときわ頭の良い大きな黒ネズミをベンと名付けるウィラード。だが、そのソクラテスとベンを会社の倉庫に隠していたところ、ソクラテスがマーティンに見つかり、殺されてしまう。怒り狂ったウイラードはネズミの軍団を従え、マーティンのいるオフィスに乗り込むが........。
◆◆◆◆◆◆
CGのない時代に数百匹のネズミを1年間調教して撮影に臨んだという努力が涙ぐましい力作です。とはいっても、それほどパニック映画色は強くなく、前半の展開などはちょっと暗めの青春ドラマ風だったりするのですが、とにかくネズミの群れの不気味さがよく描かれています。一方、映画の後半は、主人公であるウイラードが次第にダークサイドに堕ちていく心理スリラーとして秀逸です。正直、ネズミの襲撃シーン自体はそれほど迫力はないのですが、主人公やその血縁者の演技を含め、作品全体から醸し出されるえもいわれぬ独特の雰囲気には捨てがたい味わいがあります。
1972年
高い知能を有するネズミのベンは群れを従え、自分たちを裏切った人間に復讐を果たす。だが、事件が発覚し、殺人ネズミの群れの存在を知られたことからベンたちは駆除対象にされてしまうのだった。ベンは数匹の仲間とともに人家の庭に潜伏し、そこで心臓病を抱えた孤独な少年ダニーと出会う。病気のために外出もままならないダニーと追われる身のベンはたちまち仲良くなり、友情を育んでいく。その一方で、ベンは自分たちを敵視する人間に対しては徹底抗戦の構えを見せていた。ネズミの群れは走行中のトラックや病院を襲い、街は恐慌状態へと陥っていく。やがて、人間側も反撃態勢を整え、ネズミたちを一網打尽にしようと作戦を練る。人間とネズミの死闘が繰り広げられる中で、ダニーはなんとかベンを救おうとするが......。
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本作は『ウイラード』の続編であり、物語は前作のラストシーンから始まります。しかし、それにも関わらず、前作とは映画のジャンルががらりと変わっている点が目を引きます。前作の『ウイラード』はあくまでも主人公であるウィラードが暗黒面に堕ちていくプロセスを描くための小道具としてネズミを登場させただけにすぎず、動物パニック映画としての要素は希薄でした。それに対して、本作では動物パニック映画の要素を全面に打ち出しています。また、独立した映画として見た場合でも、動物パニック映画の中に、動物と子どもの心の交流を描いた感動物語のスパイスを加味している点が異色です。しかし、そのごった煮感が本作の場合は良い方向に作用しています。特に、前作よりパワーアップしたネズミ集団の暴れっぷりは見応えがあり、同時に、勇敢で心優しき少年を演じたリー・モンゴメリーの演技も光ります。ラストシーンが感動的なのも、モンゴメリーとネズミの名演技があればこそでしょう。ちなみに、本作の主題歌は当時13歳のマイケル・ジャクソンが歌っており、『ベンのテーマ』というタイトルで大ヒットを記録しています。
1973年
フェイズⅣ/戦慄!昆虫パニック(ソウル・バス監督)
生物学者のアーネスト・ハッブスは宇宙での異常現象によって蟻たちに種族を越えたコミュニケーション能力が発現した事実を突き止める。しかも、さまざまな種類の蟻たちが一致団結し、クモ、ヤスデ、カマキリといった自分たちの天敵を絶滅に追い込んでいたのだ。ハッブスは蟻たちによって引き起こされつつある生物的不均衡を食い止めるべく、助手に指名した言語学者のジェームス・R・レスコーとともに住宅開発地域のはずれにできた巨大な蟻塚の調査を行う。その一帯はすでに蟻たちに襲われ、廃墟と化していた。ハッブスと蟻たちの知恵比べが続く中、レスコーはなんとか彼らと対話を試みようとするが.....。
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日本では劇場公開されていないマイナー作品ですが、マニアの間では高い評価を得ているカルト的傑作です。凡百のパニック映画のように小動物が数を頼みにして人間に襲いかかる作品ではなく、人間に対して頭脳戦を仕掛けてくるところが異彩を放っています。それに加えて、本作をカルト傑作に押し上げているのが、その芸術的ともいえる映像表現です。ワンシーンワンシーンをこだわり抜いて撮影しており、特に、蟻たちが本当に自意識を持っているような動きをしているのには驚かされます。たとえば、種の進化のために命を賭して殺虫剤を女王蟻の元に運ぶ死のリレーのシーンなどは感動的ですらあります。とにかく、ディテールに凝りまくっており、ストーリーは地味でも、見ていて全く飽きがこないのです。さらに、衝撃的な結末も印象的です。どちらかといえば、動物パニックというよりはSFサスペンスといった内容ですが、人類と敵対する生物を鮮烈な映像で描いたという意味では外せない作品だといえます。
1976年
キラー・ビー(ブルース・ゲラー監督)
岸に漂着した貨物船を調べてみると中から水泡だらけの死体が出てくる。一方、ニューオリンズでは無数の刺し傷のある犬の死体が発見され、解剖をしてみると胃の中からおびただしい数のハチの死骸が出てきた。凶暴なハチの集団がニューオリンズに入ってきたことを察知した保安官は検視官助手や昆虫学者とともに対策に乗り出すが.....。
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1975年の『ジョーズ』の大ヒットを受けて雲霞のごとく製作された動物パニックものの一本です。この手の映画に登場する動物はさまざまですが、本作の場合は蜂という、より身近な脅威を描くことによってサスペンスを盛り上げています。とはいえ、ネズミや蟻と違い、毒針を抱えて空を飛び回るハチを使って人間を襲うシーンを撮影することは困難です。サメやワニのように実物大の模型を作るわけにもいきませんし、もちろん、この時代にCGなどはありません。そのため、人がハチの群れに襲われるシーンなどはごく限られています。さらに、テレビ映画で予算がかけられないとあって、物語は本格的にハチの被害が出る前に予防策を講じるという非常に地味なものになっています。代わりに、撮影方法や演出などに工夫が凝らされており、視聴者の興味をつなげていく手管が見事です。特に、ハチの集団がびっしりと車に貼りつく場面は屈指の名シーンだといえるでしょう。蜂との決着のつけ方もよく考えられており、地味ながらも動物パニック映画を語るうえで欠かせない佳品に仕上がっています。
スクワーム(ジェフ・リバーマン監督)
都会育ちの青年ミックは長期休暇を利用して恋人のジェリーの故郷である田舎の町に向かう。だが、前夜の嵐のために道路は寸断されており、結局、ジェリーにトラックで迎えに来てもらうことになるのだった。ようやく町に辿りついたミックだが、彼の周辺には異様な出来事が立て続けに起きる。途中で寄ったバーで頼んだドリンクの中にはゴカイが蠢いており、骨董屋を訪問してみると主人の姿はなく、代わりに庭で白骨死体が横たわっていた。しかも、保安官を呼びにいっている間にその死体はいずこともなく姿を消してしまったのだ。また、トラックに積んでいたはずの釣り餌用のゴカイが一匹残らず消えてしまう。保安官に異常を訴えるも、狂言扱いされ、まともに相手にされない。そこで、ミックは独自に調査を開始する。その結果、判明したのは嵐によって送電線が切断され、地面に大量の電流が流れ込んだためにゴカイが凶暴化したという事実だった。しかし、時すでに遅く、無数のゴカイの群れが町を包囲しようとしていた........。
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動物パニック映画というのは、『ジョーズ』や『アナコンダ』のように、1匹もしくは数匹の巨大生物と人間たちが対決する物語と『黒い絨毯』や『鳥』のように無数の小動物が人間に襲いかかってくるタイプの2つに大別できます。そして、CGが発達するまでの小動物系パニック映画というのは本物の動物を使って映画を撮影するケースがほとんどでした。先に紹介した『ウィラード』や『ベン』も数百匹のネズミを調教して撮影に臨んでいます。しかし、本作の場合はスケールが違います。この映画に使用されたゴカイの数はなんと8000万匹です。その数が単なるハッタリでないことは画面を見ればわかります。そこには文字通りゴカイの海が広がっているのです。家の中も外も幾重にも折り重なったゴカイで埋め尽くされています。一目見ただけで鳥肌間違いなしの圧倒的なリアリティです(ただし、ゴカイの群れが人を襲うシーンはさすがに偽物を使っていますが)。また、リック・ベイカーが特殊メイクを担当した、ゴカイが人間の皮膚を喰い破るシーンなども非常によくできています。正直いってストーリーなどはかなりグダグダで評価できる点は乏しいのですが、動物ホラーが好きな人ならそのおぞましさを確認するだけでも見る価値がある作品です。ただし、子供に見せるとマジでトラウマになりかねないので十分気をつけましょう。
1977年
オルカ(マイケル・アンダーソン監督)
ニューファンドランド島の漁師ノーランは借金返済のためにシャチの生け捕りを試みるが、誤って雌のシャチとお腹の子供を殺してしまう。つがいの雄のシャチはノーランに復讐を誓い、執拗に挑発や嫌がらせを繰り返す。ノーランが海に出てこないと水面でジャンプを繰り返して威嚇し、無関係の漁船や港の施設を攻撃するのだった。そして、ついに死者が出るに至り、ノーランはそのシャチとの対決を決意する。準備を整え、北極海で海洋生物学者のレイチェルらとともにシャチを迎え撃つノーランだったが.......。
◆◆◆◆◆◆
一見すると、単なる『ジョーズ』のパクリのような作品ですが、実際のテイストはかなり異なっています。『ジョーズ』は感情のない殺人マシーンに襲われる恐怖を描いた一種のホラー映画でした。それに対して、本作では敵役のシャチにも人格が与えられており、男と男の宿命の対決を描いた熱いドラマに仕上がっています。その分、パニック映画としての恐さはかなり後退していますが、代わりに、意地と意地がぶつかり合った人と海獣の壮絶な戦いには既存の作品にはない独特の魅力があります。特に、ラストの一騎打ちは見応え充分です。『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』などで知られるエンニオ・モリコーネの哀愁を帯びた音楽も宿命の対決を盛り上げてくれます。単なる『ジョーズ』の二番煎じという位置付けで片付けるには惜しい作品です。
怒りの群れ(ロバート・クローズ監督)
シーズンオフのリゾートアイランドには金持ちたちが捨てていった犬たちが野生化し、群れをなしていた。そんなことは露知らない数人の男女は犬たちのテリトリーに足を踏み入れ、標的にされる。果たして彼らは凶暴化した犬の群れから逃げのびることができるのか?
ニューファンドランド島の漁師ノーランは借金返済のためにシャチの生け捕りを試みるが、誤って雌のシャチとお腹の子供を殺してしまう。つがいの雄のシャチはノーランに復讐を誓い、執拗に挑発や嫌がらせを繰り返す。ノーランが海に出てこないと水面でジャンプを繰り返して威嚇し、無関係の漁船や港の施設を攻撃するのだった。そして、ついに死者が出るに至り、ノーランはそのシャチとの対決を決意する。準備を整え、北極海で海洋生物学者のレイチェルらとともにシャチを迎え撃つノーランだったが.......。
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一見すると、単なる『ジョーズ』のパクリのような作品ですが、実際のテイストはかなり異なっています。『ジョーズ』は感情のない殺人マシーンに襲われる恐怖を描いた一種のホラー映画でした。それに対して、本作では敵役のシャチにも人格が与えられており、男と男の宿命の対決を描いた熱いドラマに仕上がっています。その分、パニック映画としての恐さはかなり後退していますが、代わりに、意地と意地がぶつかり合った人と海獣の壮絶な戦いには既存の作品にはない独特の魅力があります。特に、ラストの一騎打ちは見応え充分です。『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』などで知られるエンニオ・モリコーネの哀愁を帯びた音楽も宿命の対決を盛り上げてくれます。単なる『ジョーズ』の二番煎じという位置付けで片付けるには惜しい作品です。
怒りの群れ(ロバート・クローズ監督)
シーズンオフのリゾートアイランドには金持ちたちが捨てていった犬たちが野生化し、群れをなしていた。そんなことは露知らない数人の男女は犬たちのテリトリーに足を踏み入れ、標的にされる。果たして彼らは凶暴化した犬の群れから逃げのびることができるのか?
◆◆◆◆◆◆
『燃えよドラゴン』の監督として知られるロバート・クローズの職人芸が光る佳品です。まずなんといっても、犬の演技が光ります。歯を剥き出しにして吠えているシーンなどは本気で人間に襲いかかろうとしているかのようです。また、襲われる側の悲惨な死にざまも真に迫っていて身の毛がよだちます。前年には本作と同系統の『ドッグ』という映画が公開されていますが、その出来栄えには雲泥の差があります。登場人物も舞台も絞り、芯の通った演出でまとめあげたのが勝因だといえるでしょう。
巨大クモ軍団の襲撃(ジョン・カードス監督)『燃えよドラゴン』の監督として知られるロバート・クローズの職人芸が光る佳品です。まずなんといっても、犬の演技が光ります。歯を剥き出しにして吠えているシーンなどは本気で人間に襲いかかろうとしているかのようです。また、襲われる側の悲惨な死にざまも真に迫っていて身の毛がよだちます。前年には本作と同系統の『ドッグ』という映画が公開されていますが、その出来栄えには雲泥の差があります。登場人物も舞台も絞り、芯の通った演出でまとめあげたのが勝因だといえるでしょう。
アリゾナ州の田舎の村で獣医を営むハンセンの元に、農家で飼っていた子牛が突然死んだという知らせが入る。子牛の血液サンプルを大学病院で分析してもらったところ、蜘蛛の毒が含まれていることが判明する。蜘蛛の毒で牛は死なないと一笑に付すハンセン。だが、同じ農家の飼い犬までが同様の症状で死んでしまい、蜘蛛の専門家であるアシュリーと共に調査をしたところ、農家の裏庭で大量の毒蜘蛛が見つかる。ガソリンで燃やして毒蜘蛛の殲滅を図るも、蜘蛛はすでに村全体に拡散したあとだった。蜘蛛は加速度的に数を増やし、村はパニック状態に陥っていく........。
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タイトルに巨大クモとありますが、戦車ほどの大きさの蜘蛛が登場するモンスター映画ではありません。撮影には本物のタランチュラが使用されており、せいぜい掌サイズです。確かに日本の蜘蛛と比べれば圧倒的に大きいものの、タイトルに偽りありといった感はいなめません。その代わり、登場する蜘蛛の数には圧倒されます。画面を埋め尽くすタランチュラの群れはまさに圧巻の一言です。演出に切れがなく、展開もだらだらしているものの、蜘蛛の群れの存在感がその欠点をカバーしています。また、衝撃的なラストもインパクト大です。マイナーな作品ですが、意外な拾いものというべき一本です。
1978年
ピラニア(ジョー・ダンテ監督)
立ち入り禁止区域になっている山に足を踏み入れた若い男女が消息を絶つ。調査代行会社の捜査員であるマギーは山小屋で一人娘と暮らしているポールを強引に案内人に指名し、山の捜索を行う。そして、軍の研究施設跡を発見するのだった。そこでは施設が閉鎖されたのちも博士が一人で残り、生物兵器を作る研究が行われていた。しかも、マギーが放水バブルを開けてしまったことで、生物兵器として改造されたピラニアの群れが河川に放たれてしまう。殺人ピラニアが向かった先には子供たちがサマーキャンプを行っており.......。
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B級映画の帝王として名高いロジャー・コーマン製作の映画で、のちに『グレムリン』などで知られることになるジョー・ダンテが監督を務めています。スティーブン・スピルバーグが絶賛したことでも有名な本作ですが、その内容といえばB級映画そのものです。登場人物はみんなバカでストーリーもおバカ。メリハリのない展開の中で全員が愚かな選択をし、最悪の事態へと坂道を転がり落ちていきます。真面目に見ていると腹が立ってきますが、ストレスの元であるアホキャラたちをピラニアの群れが次々と血祭りにあげてくれるのでスカッとします。女子供だろうと一切容赦のないピラニアたちに痛快さすら感じてしまうのです。そして、そんな血の饗宴を盛り上げてくれるのが一級の特撮技術です。低予算映画なのでそれほど精巧なものは期待できないところですが、細かな操演と巧みな編集によってゴム製のピラニアに生命を吹き込むことに成功しています。それに、お約束のヌードシーンなども盛りだくさんです。ツッコミどころは満載ですが、頭をからっぽにして楽しむには最適の映画だといえるのではないでしょうか。
1979年
プロフェシー/恐怖の予言(ジョン・フランケンハイマー監督)
医師のロブは、役人である友人から依頼され、メイン州の山奥に赴く。そこでは製紙工場と地元のインディアンが森林の権利を巡って対立しており、問題解決のために実態調査をしてほしいというのだ。現地に辿りついたロブが目にしたのは工場から垂れ流されているメタル水銀による被害だった。インディアンの村では死産や奇形児が増えており、川の魚やオタマジャクシが巨大化しているという。さらに、アライグマが凶暴化して人を襲い始めたのだ。そのうえ、インディアンの長老、ムライは伝説の怪物、カタディーンが目覚めるという不吉な予言を告げる。やがて、山にキャンプに来ていた一家が皆殺しにあうという事件が起きるが.......。
◆◆◆◆◆◆
ケロイド状の巨大熊が有名なパニック映画。もともとは特撮のチープさなどから駄作扱いされていたのですが、クマのビジュアルや殺戮シーンのインパクトによってカルト映画として愛されるようになった作品です。それに、確かにクマ自体は作り物まるわかりの安っぽさはあるものの、恐怖演出のキレの良さやカット割りの巧みさには感心させられるものがあります。また、フランケンハイマー監督が得意とする社会派サスペンスとモンスター映画のハイブリッド感覚もよい味を出しています。完成度が高いとはいえないものの、クマ映画を語る際には欠かせない一本です。
1982年
プロフェシー/恐怖の予言(ジョン・フランケンハイマー監督)
医師のロブは、役人である友人から依頼され、メイン州の山奥に赴く。そこでは製紙工場と地元のインディアンが森林の権利を巡って対立しており、問題解決のために実態調査をしてほしいというのだ。現地に辿りついたロブが目にしたのは工場から垂れ流されているメタル水銀による被害だった。インディアンの村では死産や奇形児が増えており、川の魚やオタマジャクシが巨大化しているという。さらに、アライグマが凶暴化して人を襲い始めたのだ。そのうえ、インディアンの長老、ムライは伝説の怪物、カタディーンが目覚めるという不吉な予言を告げる。やがて、山にキャンプに来ていた一家が皆殺しにあうという事件が起きるが.......。
◆◆◆◆◆◆
ケロイド状の巨大熊が有名なパニック映画。もともとは特撮のチープさなどから駄作扱いされていたのですが、クマのビジュアルや殺戮シーンのインパクトによってカルト映画として愛されるようになった作品です。それに、確かにクマ自体は作り物まるわかりの安っぽさはあるものの、恐怖演出のキレの良さやカット割りの巧みさには感心させられるものがあります。また、フランケンハイマー監督が得意とする社会派サスペンスとモンスター映画のハイブリッド感覚もよい味を出しています。完成度が高いとはいえないものの、クマ映画を語る際には欠かせない一本です。
1982年
人蛇大戦・蛇(オウ・ザイケイ監督)
マンションの建設現場から大量のヘビが出現し、工事が中断に追い込まれる。だが、利益第一の手抜き工事をモットーにしている悪徳業者の富仁は工事の工期を遅らせないようにするため、ブルドーザーを使って蛇をすべて轢き殺してしまうのだった。だが、殺したヘビはほんの一部に過ぎなかった。やがて一匹の大蛇に率いられたヘビの大群が姿を現し、作業員を殺すという事件が起きる。それに対し、富仁はヘビ退治の名人を雇い、死闘の末に大蛇を仕留めることに成功する。こうしてマンションは完成し、落成パーティーの日を迎えるが、大蛇はもう一匹残っていたのだ。大蛇の元に再結集した蛇の大群は人々がマンションに集まったタイミングを狙って、一斉に牙をむく........。
◆◆◆◆◆◆
CGのない時代の小動物系パニック映画には基本的に本物の動物が使われてきました。その中でも観客の度肝を抜いたのは無数のゴカイが蠢く『スクワーム』です。しかし、度肝を抜くという点ではこの映画も負けていません。何万匹という本物のヘビが辺り一面でのたうちまわっているのです。蛇嫌いの人ならそれだけで血の気が引いてしまいそうです。そのうえ、蛇との戦闘シーンでは実際に生きている蛇を殺しまくっています。胴体がちぎれ、首がもげ落ち、あらゆるところに血だまりが出来まくっているのです。本物志向にもほどがあります。現代なら動物愛護団体が黙ってないでしょう。しかし、それだけにこの作品には今の映画では決して味わうことのできないキワモノ的な面白さがあるのです。ストーリーなどはあってなきがごとしですが、とにかく、一面を埋め尽くす蛇の映像や蛇の虐殺ショーなどといった要素が盛りだくさんで、ゲテモノ映画が大好きだという人には必見の作品です。
1983年
CGのない時代の小動物系パニック映画には基本的に本物の動物が使われてきました。その中でも観客の度肝を抜いたのは無数のゴカイが蠢く『スクワーム』です。しかし、度肝を抜くという点ではこの映画も負けていません。何万匹という本物のヘビが辺り一面でのたうちまわっているのです。蛇嫌いの人ならそれだけで血の気が引いてしまいそうです。そのうえ、蛇との戦闘シーンでは実際に生きている蛇を殺しまくっています。胴体がちぎれ、首がもげ落ち、あらゆるところに血だまりが出来まくっているのです。本物志向にもほどがあります。現代なら動物愛護団体が黙ってないでしょう。しかし、それだけにこの作品には今の映画では決して味わうことのできないキワモノ的な面白さがあるのです。ストーリーなどはあってなきがごとしですが、とにかく、一面を埋め尽くす蛇の映像や蛇の虐殺ショーなどといった要素が盛りだくさんで、ゲテモノ映画が大好きだという人には必見の作品です。
1983年
クジョー(ルイス・ティーグ監督)
メイン州の田舎町キャッスルロック。自らの浮気問題で夫とギクシャクしているドナは幼い息子を車に乗せて自動車修理工場に向かう。愛車のフォード・ピンドが調子が悪く、それを修理してもらうためだ。だが、修理工場に人の気配はない。そのとき、血まみれのセントバーナード犬が姿を現し、2人に向かって襲いかかってくる。その犬は修理工場の家族が飼っているクジョーという犬なのだが、狂犬病にかかって修理工場の主人を噛み殺してしまったのだ。ドナは息子のタッドと共になんとか車に逃げ込んだものの、クジョーは諦めようとしない。しかも、車は完全に壊れてしまい、ピクリとも動かなくなってしまう。2人は車の中に閉じ込められ、灼熱の太陽の下、次第に体力を削られていくが.......。
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前半は気が滅入るような人間関係のゴタゴタの描写が重なり、中盤以降は車の中での籠城戦が続くので話としては少々退屈です。その一方で、クジョー役の犬の名演技ぶりには驚かされます。特に、狂犬病に侵されてよだれを垂らしているシーンなどは鬼気迫るものがあります。それに加えて、ヤン・デ・ボンの撮影による襲撃シーンは迫力満点です。人間よりもむしろ犬に注目すべき作品だといえます。
猛獣大脱走(フランコ・プロスペリ監督)
北ヨーロッパのある町で下水溝の溝鼠たちが突如興奮状態に陥り、群れをなして人を襲い始める。警察による放水攻撃も効果がなく、火炎放射気による駆除に踏み切らざるを得ない事態に追い込まれてしまう。一方、近くの動物園でも動物たちが暴れ出し、檻を壊して外に出ようとしていた。やがて、象が檻の破壊に成功し、その衝撃でコンピューターが制御不能に陥る。すべての檻の扉が一斉に開き、動物たちが次々と外に飛び出していく。そして、檻に戻そうとするスタッフを片っ端から虐殺し、町へと繰り出すのだった。人々が次々に襲われ、町は大パニックとなる。獣医のルパート・バーナーとブラウン警部はなんとか事態を収拾しようとするが......。
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空港を象がのし歩いたり、チーターが路上で車と並走したりといった具合に、ダイナミックな映像が見どころとなっているパニック映画です。同時に、本作では脇役にすぎないネズミの恐怖もリアルに描かれており、サスペンスを盛り上げるのに一役かっています。しかも、ネズミを踏みつぶしたり、火炎放射気で焼きはらったりといった悪趣味なシーンが盛りだくさんです。さすがは『世界残酷物語』や『さらばアフリカ』などを作り上げ、モンド映画の第一人者として知られるフランコ・プロスペリが監督を務めているだけのことはあります。一方、人が襲われるシーンなどではヌイグルミが使われており、リアルさとチープさのアンバランス感もそれはそれで独特の味わいを感じさせてくれます。おそらく現在では撮影不可能な、時代を象徴するカルト作品です。
リンク(リチャード・フランクリン監督)
大学で動物学を専攻するジェーンは夏休みの間、霊長類研究の権威であるフィリップ教授の助手として人里離れた家でアルバイトをすることになった。教授の家を訪れたところ、ジェーンを出迎えたのはなんと執事姿をしたチンパンジーだった。彼の名はリンクといい、人間に匹敵する知能を有しているという。そして、この家には他にもブードゥーとインプという親子のチンパンジーが暮らしていた。こうしてチンパンジーたちと一つ屋根の下での生活を開始したジェーンだったが、ある日、フィリップ教授が忽然と姿を消す。しかも、ブードゥーが死体で発見されたのだ。教授を探そうとするジェーンは、彼女自身がリンクによって軟禁状態にされている事実に気づく.......。
アラクノフォビア(フランク・マーシャル監督)
都会から田舎町に越してきた医師のロスは大の蜘蛛嫌いだった。ところが、町では不審死が相次ぎ、毒蜘蛛の仕業である可能性が濃厚となる。そこで、昆虫学者のアサートン博士に調査を依頼したところ、南アフリカからやってきた新種の蜘蛛の仕業だという事実が明らかになる。しかも、その蜘蛛は女王を頂点とした真社会性動物であり、町を滅ぼしかねないほどの繁殖力を有していたのだ。ロスは害虫駆除業者のデルバートの助けを借りて、なんとか蜘蛛を退治しようとするが......。
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タランチュラの群れが景気良く人に襲いかかるような派手な映画ではありません。かなり地味なうえに、テンポの悪さも目立ちます。展開がゆったりしすぎてなかなかパニック映画らしくならないのです。その反面、新種の毒蜘蛛が海を渡ってアメリカで繁殖するまでの経緯や蜘蛛の生態などをじっくりと描くなど、描写が丁寧である点は好感が持てます。作品はコメディタッチですが、人に群がって噛み殺すのではなく、ひと噛みで死に至るという設定には絵空事でないリアルな恐怖を感じさせてくれます。それに何より、小さいながらも本物の蜘蛛が大量に出てくるシーンがなかなかに不気味です。パニック映画としては地味ながらも、作りそのものはかなりしっかりしている良作だといえます。
1997年
アナコンダ(ルイス・ロッサ監督)
映像ディレクターのテリー・フロレスは”霧の民”と呼ばれる原住民シャリシャマ族を求めて撮影隊と共にミカエラ1世号でアマゾン川をのぼっていく。その途中、船の故障で立ち往生していたポール・サローンという男を助けるが、彼はガイドのマテオと組んで撮影隊を自らの支配下においてしまう。サーロンは密猟者であり、100万ドルの賞金がかけられた巨大アナコンダを捕獲するために撮影隊を囮に使おうと考えたのだ。やがて、目的のアナコンダが姿を現すが、それは想像を越えた恐ろしい化け物だった。果たして一行は、アナコンダとサーロンの魔の手から逃れ、無事生還することができるのか?
◆◆◆◆◆◆
1993年公開の『ジェラシックパーク』以来、ハリウッドでは映像革命が起き、今まで本物の動物、パペット、アニマトロニクスなどが使われてきたアニマルパニックムービーにもCGが導入されていくようになります。そして、その先陣を切ったのが本作です。蛇というのは独特の形態と動きをしているため、従来の方法論ではリアルなパニック映画を作るのは困難でした。しかも、人を喰うほどの大蛇という設定では本物のヘビを使うわけにもいきません。しかし、この映画ではリアルな形態の大蛇が縦横無尽に画面を駆け回っているのです。これはまさに革命でした。本物の大蛇ではあり得ないスピード感あふれる動きはCGならではです。それに加え、サローンを演じたジョン・ヴォイトの悪役ぶりもはまり役で見応えがあります。ストーリー的には特出すべき点はなく、CGも今観ると粗さが目立ちますが、動物パニック映画の歴史を語るうえでは外すことのできない一本です。
1999年
コモド(マイケル・ランティエリ監督)
フロリダの小さな島でバカンスを過ごしていた一家が何者かの襲撃を受け、15歳の少年パトリックを残して皆殺しの憂き目にあう。しかも、パトリックが心を閉ざしてしまったために真相は闇の中だった。精神科医のヴィクトリアは彼のトラウマを解放させるためにあえて惨劇のあった島へと向かう。殺戮の現場となった家に辿りつく一行だったが、そこに現れたのは突然変異で凶暴化したコモドドラゴンの群れだった。
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まるで怪獣映画のようなパッケージとは裏腹に中身は手堅い作りの動物パニック映画です。それでも、敵がコモドドラゴンという点に目新しさを感じますし、無人島を舞台にすることで閉鎖空間がもたらすサスペンスをうまく引き出しています。コモドドラゴンのモデリングもしっかりしており、やたらとリアルです。アサイラム映画のような適当なCGで作られた作品と比べるとかなりの良作だといえます。強いて難を挙げるとすれば、堅実すぎて全体的に地味なのとクライマックスが今ひとつ盛り上がらない点でしょうか。
2001年
ファングス(イェロク・ルリュードルフ監督)
真夏の街はゴミ収集作業員のストによりゴミで溢れかえっており、ネズミの異常発生を招いていた。その駆除を依頼された市職員のタブロックは、下水道に潜って火炎放射器でネズミを殲滅しようとする。しかし、そこには想像以上のネズミが蠢いており、撤退を余儀なくされる。しかも、逃げ遅れた仲間を殺されてしまったのだ。一方、市長は市政のアピールのためのパーティーの最中だったが、突如現れたネズミに噛みつかれ、瀕死の重傷を負ってしまう。さらに、ネズミが原因で伝染病が蔓延し始め、病院は戦場と化していた。果たして、この騒動を収めることはできるのか?
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ドイツのアニマルパニックホラーです。すさまじい数のネズミの大群はかなりの迫力で、ネズミ嫌いの人なら見ただけで総毛立ってくるのではないでしょうか。しかも、単にそれだけの映画ではなく、疫病対策や政治的な問題を絡ませ、ドラマに厚みを持たせることに成功しています。全体的に丁寧に作られていますし、キャラの個性も光る佳品です。ただ、ドラマの厚みはテンポの悪さに、丁寧な作りはスケールの小ささにつながってしまっている点がやや残念です。
2002年
ラッツ RATS(ジョン・ラフィア監督)
高級デパートの試着室で客が何かに噛まれるという事件が起きる。スタッフのスーザンが原因を調べてみるとデパートはネズミの巣窟となっていた。
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テレビ映画なので派手な惨劇シーンなどはありませんが、舞台をデパートに絞り込み、コメディ要素を交えながら誰でも楽しめる堅実な作品に仕上げています。しかし、なんといっても最大の見どころは終盤のスイミングプールのシーンです。無数のネズミでプールが埋め尽くされる描写には、夢に出てきそうなインパクトがあります。一匹一匹は結構可愛らしい顔つきをしているのですが、さすがにあれだけの数のネズミが集まるとおぞましさを感じずにはいられません。
2003年
ウィラード(グレン・モーガン監督)
ウィラードは古い館で母親と一緒に暮らしている気弱な青年だった。ある日、地下室に住みついているネズミの駆除を母に頼まれ、ネズミ取りの罠を大量にしかけるも一匹も捕えることができない。そこで、粘着シートの罠に切り替えると一匹の白ネズミを捕獲することに成功する。だが、ウィラードはそのネズミを殺すことができず、逆に、ソクラテスと名前をつけて可愛がるのだった。それ以降、彼の周りには大量のネズミが集まるようになり、ウィラードは彼らに芸を仕込んでいく。その中にひときわ大きな黒ネズミがいた。ウィラードはそのネズミにベンという名を与える。ベンは頭が良く、なんとかウィラードに気に入られようとするが、彼はソクラテス以外のネズミが嫌いだった。ウィラードは亡き父が創設した会社に勤めているのだが、共同設立者のフランクに連日イジメられている。彼は目障りな存在であるウィラードを辞職に追い込もうとしていたのだ。しかも、会社に連れて行ったソクラテスをフランクに殺されたことでウィラードの怒りに火が付く。ウィラードは大量のネズミを従えて残業をしているフランクの元を訪れるが.......。
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1971年に公開された『ウイラード』のリメイク作品です。ストーリーのベースはオリジナル版とほぼ同じですが、古い館を舞台にしてゴシックホラーの雰囲気で仕上げているのが目を引きます。一方、CGの使用は最小限に抑えられ、オリジナル版と同じように実物のネズミが大量に使用されており、その演技はオリジナル版に負けず劣らず素晴らしいものがあります。それに何より、主人公を演じたクロスピン・グローヴァーの存在感が圧倒的です。彼の怪演によってこの映画はオリジナル版にはない個性を獲得することに成功しています。さらに、オリジナル版と本作ではラストの展開が大きく異なっています。どちらの方が自分好みか、見比べてみるのも一興ではないでしょうか。
殺人鼠 KILLER RATS(ティーボ・タカクス監督)
リポーターのジェニファーは行方不明者が続出している精神病院の秘密を暴くために、患者になりすまして入院をする。院内の環境は劣悪で。病室にはネズミが徘徊する始末だった。しかも、ネズミたちは凶暴で、ジェニファーを見ても逃げるどころか唸り声をあげて威嚇してくるのだ。やがて、害獣駆除業者がやってくるが、彼らは突然現れた巨大なネズミに襲われ、行方不明になってしまう。その夜、ジェニファーは浴室で血まみれになっている患者を目撃して気を失う。だが、翌朝にはその死体は跡かたもなく消えていた。次第に明らかになる病院の秘密。この病院には殺人鼠の集団が住み着いており、患者たちを定期的に食べていたのだ。ジェニファーは身の危険を察知し、恋人のマイケルに頼んで退院手続きをとってもらおうとするが.......。
◆◆◆◆◆◆
精神病院という閉鎖空間を上手く利用した、なかなか雰囲気のあるパニックホラー映画です。また、カメラワークや色遣いも巧みで、サスペンスを盛り上げるのに一役買っています。それに、血まみれゴア描写も頑張っているのでこの手の作品が好きな人なら満足できるのではないでしょうか。さらに、一人一人殺されていくサスペンスタッチの作風から一変して、巨大ネズミが大暴れするクライマックスの豪快な展開も必見です。ただ、本物のネズミを使っているシーンと比べ、巨大ネズミはCGが稚拙すぎてその部分だけリアリティが大きく損なわれている点が惜しまれます。
2004年
アナコンダ 2(ドワイト・リトル監督)
インドネシアのボルネオに不老不死の血清の元となるブラックオーキットという名の蘭があるという。科学者チーム一行はその蘭を求めて密林深く入っていくが、そこは巨大なアナコンダの巣窟だった。
◆◆◆◆◆◆
ストーリーや設定は前作と全く別物ではあるものの、意外と評価の高い作品です。まず、前作と同じく、アナコンダ以前に人間同士の仲間割れが話の軸になるのですが、ストーリーの緩急が効いており、退屈せずに観ることができます。クライマックスの盛り上げ方も堂に入っています。シンプルな勧善懲悪のエンタメ作品としてはかなりの良作です。ただ、前半なかなかアナコンダが出てこないのと、「今度は群れだ!」と宣伝していた割に、アナコンダが群れで登場するのは最後のほうだけというのがやや不満の残るところです。
ネクロポリス(イェロク・ルリュードルフ監督)
ネズミ騒動から3年。壊滅寸前まで追い込まれた街もなんとか復興を遂げていた。だが、再びネズミの大群が発生する。しかも、3年前の騒動解決の立役者だったダブロックが妻のカトリンを助けようとして命を落としてしまったのだ。ダブロック亡き今、果たしてネズミの猛威から街を守る手段は残されているのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
ドイツのネズミ映画『ファングス』の続編です。前作の特徴であった疫病要素をバッサリと切り落とし、オーソドックスなアニマルパニックムービーになっています。その点については賛否の分かれるところですが、物語がシンプルになった分、作品に勢いが出たことは確かです。また、ネズミの群れは相変わらずの迫力で、誰が生き残るのか全く読めない展開も手に汗握ります。さらに、ネズミの弱点を突き止めて対策を立てていくプロセスも見応えがあり、前作以上にエンタメ性の高い作品に仕上がっています。
2006年
スネーク・フライト(ディビッド・R・エリス監督)
FBI捜査官であるネヴィル・フリンはハワイで発生した殺人事件の目撃者を護衛する任務を命じられる。そして、彼は目撃者を法廷に送り届けるべくロサンゼルス行きの飛行機に搭乗する。だが、殺人事件の首謀者であるギャングのボスは目撃者の口を封じるべく、積み荷と一緒に大量の毒蛇を送り込むのだった。興奮剤を投与された蛇たちが暴れ始め、機内は大パニックに陥るが.......。
◆◆◆◆◆◆
どう考えても設定に無理があるおバカ映画です。しかし、飛行機という密閉空間で起きるピンチの連続という展開はなかなか見応えがあり、愛すべきB級映画に仕上がっています。登場する蛇もバラエティに富んでおり、その個性づけによって展開にメリハリをつけることに成功しています。それになにより、おバカな展開でもなんとなく納得させてしまうサミュエル・J・ジャクソンの存在感が圧倒的です。特に、事態を収拾させるためにとったクライマックスでの豪快な手段などは思わず笑ってしまいます。ちなみに、本作は設定のとんでもなさから、公開前からインターネットで大きな話題にもなりました。他に類を見ないカルト的B級映画の傑作です。
前半は気が滅入るような人間関係のゴタゴタの描写が重なり、中盤以降は車の中での籠城戦が続くので話としては少々退屈です。その一方で、クジョー役の犬の名演技ぶりには驚かされます。特に、狂犬病に侵されてよだれを垂らしているシーンなどは鬼気迫るものがあります。それに加えて、ヤン・デ・ボンの撮影による襲撃シーンは迫力満点です。人間よりもむしろ犬に注目すべき作品だといえます。
猛獣大脱走(フランコ・プロスペリ監督)
北ヨーロッパのある町で下水溝の溝鼠たちが突如興奮状態に陥り、群れをなして人を襲い始める。警察による放水攻撃も効果がなく、火炎放射気による駆除に踏み切らざるを得ない事態に追い込まれてしまう。一方、近くの動物園でも動物たちが暴れ出し、檻を壊して外に出ようとしていた。やがて、象が檻の破壊に成功し、その衝撃でコンピューターが制御不能に陥る。すべての檻の扉が一斉に開き、動物たちが次々と外に飛び出していく。そして、檻に戻そうとするスタッフを片っ端から虐殺し、町へと繰り出すのだった。人々が次々に襲われ、町は大パニックとなる。獣医のルパート・バーナーとブラウン警部はなんとか事態を収拾しようとするが......。
◆◆◆◆◆◆
空港を象がのし歩いたり、チーターが路上で車と並走したりといった具合に、ダイナミックな映像が見どころとなっているパニック映画です。同時に、本作では脇役にすぎないネズミの恐怖もリアルに描かれており、サスペンスを盛り上げるのに一役かっています。しかも、ネズミを踏みつぶしたり、火炎放射気で焼きはらったりといった悪趣味なシーンが盛りだくさんです。さすがは『世界残酷物語』や『さらばアフリカ』などを作り上げ、モンド映画の第一人者として知られるフランコ・プロスペリが監督を務めているだけのことはあります。一方、人が襲われるシーンなどではヌイグルミが使われており、リアルさとチープさのアンバランス感もそれはそれで独特の味わいを感じさせてくれます。おそらく現在では撮影不可能な、時代を象徴するカルト作品です。
リンク(リチャード・フランクリン監督)
大学で動物学を専攻するジェーンは夏休みの間、霊長類研究の権威であるフィリップ教授の助手として人里離れた家でアルバイトをすることになった。教授の家を訪れたところ、ジェーンを出迎えたのはなんと執事姿をしたチンパンジーだった。彼の名はリンクといい、人間に匹敵する知能を有しているという。そして、この家には他にもブードゥーとインプという親子のチンパンジーが暮らしていた。こうしてチンパンジーたちと一つ屋根の下での生活を開始したジェーンだったが、ある日、フィリップ教授が忽然と姿を消す。しかも、ブードゥーが死体で発見されたのだ。教授を探そうとするジェーンは、彼女自身がリンクによって軟禁状態にされている事実に気づく.......。
◆◆◆◆◆◆
おチビさんだけど腕力は人間よりはるかに上、知能は高いけど自制心はゼロ。そんなチンパンジーが本気で人を支配しようとする姿がサスペンスたっぷりに描かれている作品です。まずなんといってもリンク役のチンパンジーの演技が上手すぎて凡百のサイコキラーなどは束になってもかなわないほどの不気味さがあります。葉巻を吸ったりするシーンなどにはとぼけた愛嬌があるのですが、人間に対して牙を剥いたときのギャップが恐怖を掻き立てるのです。しかも、巧妙な手口で人間に造反するくだりなども妙に説得力があり、ぞっとします。ちなみに、ヒロインは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にも出演していたエリザベス・シュー。非常に可愛らしく、そんな彼女がチンパンジーに追い詰められていく本作は、美少女ホラーとしても秀逸です。
1987年
スラッグス(ファン・ピーケル・シモン監督)
開発が進む田舎町で立ち退きを命じられていた男が変死体で発見され、それを皮切りに同様の事件が立て続けに起きる。衛生局に務めるマイクは、一連の事件の犯人が、工場から排出される有毒廃棄物によって突然変異したナメクジであることを突き止める。その人喰いナメクジは下水の中で大量発生しており、排水溝を伝って各家庭に侵入していたのだ。マイクは市長に水道の停止を訴えるものの、彼の話は全く信用してもらえなかった。やむを得ず、マイクは独自に事態の収拾を図る方法を模索するが........。
◆◆◆◆◆◆
ストーリー自体はゆるくてツッコミどころも満載という典型的なB級作品ですが、とにかくグロ表現が半端ありません。本物のナメクジが大量に登場するだけでもかなり気持ち悪いうえに、ナメクジに襲われる際の血みどろの特殊メイクもグチョグチョで思わず目をそむけたくなります。序盤はかなり退屈ではあるものの、話が進むにつれて悪ふざけ感がどんどんグレードアップして、スプラッター好きの人にとっては見どころ満載の映画と化していきます。そして、ラストの派手な展開も痛快です。激しく人を選びますが、悪趣味な映画が好きな人にとっては堪らない作品ではないでしょうか。
ザ・ネスト(テレンス・H・ウィンクレス監督)
ノースポートは観光が主な収入源の孤島の町だが、最近はゴキブリの異常発生に悩まされていた。しかも、観光客が行方不明になるという事件が立て続けに起こっていたのだ。保安官のリチャードが対応に追われる中、彼の恋人のエリザベスは立ち入り禁止の私有地で犬の惨殺死体を見つける。リチャードがエリザベスの父親である市長に相談したところ、彼は癒着関係にあるインテック社のハーバード博士を呼び寄せる。実は彼女が遺伝子改造で作ったゴキブリの群れが凶暴化して観光客や犬を襲っていたのだ。やがて、ゴキブリは島を覆い尽くさんばかりに増殖していく。被害が拡大していく中、市長はハーバード博士に事態を収拾させる策の提示を求めるが.....。
◆◆◆◆◆◆
とにかく大量に登場する本物のゴキブリがインパクト大です。しかも、ゴキブリに対する嫌悪感を増幅させる演出が秀逸でゴキブリ嫌いの人なら画面を見ただけで血の気が引いてしまうのではないでしょうか。ゴキブリをレンジに入れて殺したり、ミキサーでゴキブリのシェイクを作ったりと悪趣味な趣向が満載です。生理的嫌悪感でいえば数ある動物パニックホラー映画の中でもトップクラスだといえます。ただ、終盤近くになると人間の遺伝子を取り込んだゴキブリ人間やゴキブリキャットなどが登場してバイオホラーの様相を示してくるため、純粋な動物パニックホラー映画とはいえないかもしれません。しかし、そのモンスターの不気味さも見どころのひとつだったりします。いずれにせよ、ストーリーに関しては典型的なB級なので、過剰な期待は禁物です。あくまでもビジュアルのインパクトを味わうためだけの映画なのです。
1990年
おチビさんだけど腕力は人間よりはるかに上、知能は高いけど自制心はゼロ。そんなチンパンジーが本気で人を支配しようとする姿がサスペンスたっぷりに描かれている作品です。まずなんといってもリンク役のチンパンジーの演技が上手すぎて凡百のサイコキラーなどは束になってもかなわないほどの不気味さがあります。葉巻を吸ったりするシーンなどにはとぼけた愛嬌があるのですが、人間に対して牙を剥いたときのギャップが恐怖を掻き立てるのです。しかも、巧妙な手口で人間に造反するくだりなども妙に説得力があり、ぞっとします。ちなみに、ヒロインは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にも出演していたエリザベス・シュー。非常に可愛らしく、そんな彼女がチンパンジーに追い詰められていく本作は、美少女ホラーとしても秀逸です。
1987年
スラッグス(ファン・ピーケル・シモン監督)
開発が進む田舎町で立ち退きを命じられていた男が変死体で発見され、それを皮切りに同様の事件が立て続けに起きる。衛生局に務めるマイクは、一連の事件の犯人が、工場から排出される有毒廃棄物によって突然変異したナメクジであることを突き止める。その人喰いナメクジは下水の中で大量発生しており、排水溝を伝って各家庭に侵入していたのだ。マイクは市長に水道の停止を訴えるものの、彼の話は全く信用してもらえなかった。やむを得ず、マイクは独自に事態の収拾を図る方法を模索するが........。
◆◆◆◆◆◆
ストーリー自体はゆるくてツッコミどころも満載という典型的なB級作品ですが、とにかくグロ表現が半端ありません。本物のナメクジが大量に登場するだけでもかなり気持ち悪いうえに、ナメクジに襲われる際の血みどろの特殊メイクもグチョグチョで思わず目をそむけたくなります。序盤はかなり退屈ではあるものの、話が進むにつれて悪ふざけ感がどんどんグレードアップして、スプラッター好きの人にとっては見どころ満載の映画と化していきます。そして、ラストの派手な展開も痛快です。激しく人を選びますが、悪趣味な映画が好きな人にとっては堪らない作品ではないでしょうか。
ザ・ネスト(テレンス・H・ウィンクレス監督)
ノースポートは観光が主な収入源の孤島の町だが、最近はゴキブリの異常発生に悩まされていた。しかも、観光客が行方不明になるという事件が立て続けに起こっていたのだ。保安官のリチャードが対応に追われる中、彼の恋人のエリザベスは立ち入り禁止の私有地で犬の惨殺死体を見つける。リチャードがエリザベスの父親である市長に相談したところ、彼は癒着関係にあるインテック社のハーバード博士を呼び寄せる。実は彼女が遺伝子改造で作ったゴキブリの群れが凶暴化して観光客や犬を襲っていたのだ。やがて、ゴキブリは島を覆い尽くさんばかりに増殖していく。被害が拡大していく中、市長はハーバード博士に事態を収拾させる策の提示を求めるが.....。
◆◆◆◆◆◆
とにかく大量に登場する本物のゴキブリがインパクト大です。しかも、ゴキブリに対する嫌悪感を増幅させる演出が秀逸でゴキブリ嫌いの人なら画面を見ただけで血の気が引いてしまうのではないでしょうか。ゴキブリをレンジに入れて殺したり、ミキサーでゴキブリのシェイクを作ったりと悪趣味な趣向が満載です。生理的嫌悪感でいえば数ある動物パニックホラー映画の中でもトップクラスだといえます。ただ、終盤近くになると人間の遺伝子を取り込んだゴキブリ人間やゴキブリキャットなどが登場してバイオホラーの様相を示してくるため、純粋な動物パニックホラー映画とはいえないかもしれません。しかし、そのモンスターの不気味さも見どころのひとつだったりします。いずれにせよ、ストーリーに関しては典型的なB級なので、過剰な期待は禁物です。あくまでもビジュアルのインパクトを味わうためだけの映画なのです。
1990年
アラクノフォビア(フランク・マーシャル監督)
都会から田舎町に越してきた医師のロスは大の蜘蛛嫌いだった。ところが、町では不審死が相次ぎ、毒蜘蛛の仕業である可能性が濃厚となる。そこで、昆虫学者のアサートン博士に調査を依頼したところ、南アフリカからやってきた新種の蜘蛛の仕業だという事実が明らかになる。しかも、その蜘蛛は女王を頂点とした真社会性動物であり、町を滅ぼしかねないほどの繁殖力を有していたのだ。ロスは害虫駆除業者のデルバートの助けを借りて、なんとか蜘蛛を退治しようとするが......。
◆◆◆◆◆◆
タランチュラの群れが景気良く人に襲いかかるような派手な映画ではありません。かなり地味なうえに、テンポの悪さも目立ちます。展開がゆったりしすぎてなかなかパニック映画らしくならないのです。その反面、新種の毒蜘蛛が海を渡ってアメリカで繁殖するまでの経緯や蜘蛛の生態などをじっくりと描くなど、描写が丁寧である点は好感が持てます。作品はコメディタッチですが、人に群がって噛み殺すのではなく、ひと噛みで死に至るという設定には絵空事でないリアルな恐怖を感じさせてくれます。それに何より、小さいながらも本物の蜘蛛が大量に出てくるシーンがなかなかに不気味です。パニック映画としては地味ながらも、作りそのものはかなりしっかりしている良作だといえます。
1997年
アナコンダ(ルイス・ロッサ監督)
映像ディレクターのテリー・フロレスは”霧の民”と呼ばれる原住民シャリシャマ族を求めて撮影隊と共にミカエラ1世号でアマゾン川をのぼっていく。その途中、船の故障で立ち往生していたポール・サローンという男を助けるが、彼はガイドのマテオと組んで撮影隊を自らの支配下においてしまう。サーロンは密猟者であり、100万ドルの賞金がかけられた巨大アナコンダを捕獲するために撮影隊を囮に使おうと考えたのだ。やがて、目的のアナコンダが姿を現すが、それは想像を越えた恐ろしい化け物だった。果たして一行は、アナコンダとサーロンの魔の手から逃れ、無事生還することができるのか?
◆◆◆◆◆◆
1993年公開の『ジェラシックパーク』以来、ハリウッドでは映像革命が起き、今まで本物の動物、パペット、アニマトロニクスなどが使われてきたアニマルパニックムービーにもCGが導入されていくようになります。そして、その先陣を切ったのが本作です。蛇というのは独特の形態と動きをしているため、従来の方法論ではリアルなパニック映画を作るのは困難でした。しかも、人を喰うほどの大蛇という設定では本物のヘビを使うわけにもいきません。しかし、この映画ではリアルな形態の大蛇が縦横無尽に画面を駆け回っているのです。これはまさに革命でした。本物の大蛇ではあり得ないスピード感あふれる動きはCGならではです。それに加え、サローンを演じたジョン・ヴォイトの悪役ぶりもはまり役で見応えがあります。ストーリー的には特出すべき点はなく、CGも今観ると粗さが目立ちますが、動物パニック映画の歴史を語るうえでは外すことのできない一本です。
1999年
コモド(マイケル・ランティエリ監督)
フロリダの小さな島でバカンスを過ごしていた一家が何者かの襲撃を受け、15歳の少年パトリックを残して皆殺しの憂き目にあう。しかも、パトリックが心を閉ざしてしまったために真相は闇の中だった。精神科医のヴィクトリアは彼のトラウマを解放させるためにあえて惨劇のあった島へと向かう。殺戮の現場となった家に辿りつく一行だったが、そこに現れたのは突然変異で凶暴化したコモドドラゴンの群れだった。
◆◆◆◆◆◆
まるで怪獣映画のようなパッケージとは裏腹に中身は手堅い作りの動物パニック映画です。それでも、敵がコモドドラゴンという点に目新しさを感じますし、無人島を舞台にすることで閉鎖空間がもたらすサスペンスをうまく引き出しています。コモドドラゴンのモデリングもしっかりしており、やたらとリアルです。アサイラム映画のような適当なCGで作られた作品と比べるとかなりの良作だといえます。強いて難を挙げるとすれば、堅実すぎて全体的に地味なのとクライマックスが今ひとつ盛り上がらない点でしょうか。
2001年
ファングス(イェロク・ルリュードルフ監督)
真夏の街はゴミ収集作業員のストによりゴミで溢れかえっており、ネズミの異常発生を招いていた。その駆除を依頼された市職員のタブロックは、下水道に潜って火炎放射器でネズミを殲滅しようとする。しかし、そこには想像以上のネズミが蠢いており、撤退を余儀なくされる。しかも、逃げ遅れた仲間を殺されてしまったのだ。一方、市長は市政のアピールのためのパーティーの最中だったが、突如現れたネズミに噛みつかれ、瀕死の重傷を負ってしまう。さらに、ネズミが原因で伝染病が蔓延し始め、病院は戦場と化していた。果たして、この騒動を収めることはできるのか?
◆◆◆◆◆◆
ドイツのアニマルパニックホラーです。すさまじい数のネズミの大群はかなりの迫力で、ネズミ嫌いの人なら見ただけで総毛立ってくるのではないでしょうか。しかも、単にそれだけの映画ではなく、疫病対策や政治的な問題を絡ませ、ドラマに厚みを持たせることに成功しています。全体的に丁寧に作られていますし、キャラの個性も光る佳品です。ただ、ドラマの厚みはテンポの悪さに、丁寧な作りはスケールの小ささにつながってしまっている点がやや残念です。
2002年
ラッツ RATS(ジョン・ラフィア監督)
高級デパートの試着室で客が何かに噛まれるという事件が起きる。スタッフのスーザンが原因を調べてみるとデパートはネズミの巣窟となっていた。
◆◆◆◆◆◆
テレビ映画なので派手な惨劇シーンなどはありませんが、舞台をデパートに絞り込み、コメディ要素を交えながら誰でも楽しめる堅実な作品に仕上げています。しかし、なんといっても最大の見どころは終盤のスイミングプールのシーンです。無数のネズミでプールが埋め尽くされる描写には、夢に出てきそうなインパクトがあります。一匹一匹は結構可愛らしい顔つきをしているのですが、さすがにあれだけの数のネズミが集まるとおぞましさを感じずにはいられません。
2003年
ウィラード(グレン・モーガン監督)
ウィラードは古い館で母親と一緒に暮らしている気弱な青年だった。ある日、地下室に住みついているネズミの駆除を母に頼まれ、ネズミ取りの罠を大量にしかけるも一匹も捕えることができない。そこで、粘着シートの罠に切り替えると一匹の白ネズミを捕獲することに成功する。だが、ウィラードはそのネズミを殺すことができず、逆に、ソクラテスと名前をつけて可愛がるのだった。それ以降、彼の周りには大量のネズミが集まるようになり、ウィラードは彼らに芸を仕込んでいく。その中にひときわ大きな黒ネズミがいた。ウィラードはそのネズミにベンという名を与える。ベンは頭が良く、なんとかウィラードに気に入られようとするが、彼はソクラテス以外のネズミが嫌いだった。ウィラードは亡き父が創設した会社に勤めているのだが、共同設立者のフランクに連日イジメられている。彼は目障りな存在であるウィラードを辞職に追い込もうとしていたのだ。しかも、会社に連れて行ったソクラテスをフランクに殺されたことでウィラードの怒りに火が付く。ウィラードは大量のネズミを従えて残業をしているフランクの元を訪れるが.......。
◆◆◆◆◆◆
1971年に公開された『ウイラード』のリメイク作品です。ストーリーのベースはオリジナル版とほぼ同じですが、古い館を舞台にしてゴシックホラーの雰囲気で仕上げているのが目を引きます。一方、CGの使用は最小限に抑えられ、オリジナル版と同じように実物のネズミが大量に使用されており、その演技はオリジナル版に負けず劣らず素晴らしいものがあります。それに何より、主人公を演じたクロスピン・グローヴァーの存在感が圧倒的です。彼の怪演によってこの映画はオリジナル版にはない個性を獲得することに成功しています。さらに、オリジナル版と本作ではラストの展開が大きく異なっています。どちらの方が自分好みか、見比べてみるのも一興ではないでしょうか。
殺人鼠 KILLER RATS(ティーボ・タカクス監督)
リポーターのジェニファーは行方不明者が続出している精神病院の秘密を暴くために、患者になりすまして入院をする。院内の環境は劣悪で。病室にはネズミが徘徊する始末だった。しかも、ネズミたちは凶暴で、ジェニファーを見ても逃げるどころか唸り声をあげて威嚇してくるのだ。やがて、害獣駆除業者がやってくるが、彼らは突然現れた巨大なネズミに襲われ、行方不明になってしまう。その夜、ジェニファーは浴室で血まみれになっている患者を目撃して気を失う。だが、翌朝にはその死体は跡かたもなく消えていた。次第に明らかになる病院の秘密。この病院には殺人鼠の集団が住み着いており、患者たちを定期的に食べていたのだ。ジェニファーは身の危険を察知し、恋人のマイケルに頼んで退院手続きをとってもらおうとするが.......。
◆◆◆◆◆◆
精神病院という閉鎖空間を上手く利用した、なかなか雰囲気のあるパニックホラー映画です。また、カメラワークや色遣いも巧みで、サスペンスを盛り上げるのに一役買っています。それに、血まみれゴア描写も頑張っているのでこの手の作品が好きな人なら満足できるのではないでしょうか。さらに、一人一人殺されていくサスペンスタッチの作風から一変して、巨大ネズミが大暴れするクライマックスの豪快な展開も必見です。ただ、本物のネズミを使っているシーンと比べ、巨大ネズミはCGが稚拙すぎてその部分だけリアリティが大きく損なわれている点が惜しまれます。
2004年
アナコンダ 2(ドワイト・リトル監督)
インドネシアのボルネオに不老不死の血清の元となるブラックオーキットという名の蘭があるという。科学者チーム一行はその蘭を求めて密林深く入っていくが、そこは巨大なアナコンダの巣窟だった。
◆◆◆◆◆◆
ストーリーや設定は前作と全く別物ではあるものの、意外と評価の高い作品です。まず、前作と同じく、アナコンダ以前に人間同士の仲間割れが話の軸になるのですが、ストーリーの緩急が効いており、退屈せずに観ることができます。クライマックスの盛り上げ方も堂に入っています。シンプルな勧善懲悪のエンタメ作品としてはかなりの良作です。ただ、前半なかなかアナコンダが出てこないのと、「今度は群れだ!」と宣伝していた割に、アナコンダが群れで登場するのは最後のほうだけというのがやや不満の残るところです。
ネクロポリス(イェロク・ルリュードルフ監督)
ネズミ騒動から3年。壊滅寸前まで追い込まれた街もなんとか復興を遂げていた。だが、再びネズミの大群が発生する。しかも、3年前の騒動解決の立役者だったダブロックが妻のカトリンを助けようとして命を落としてしまったのだ。ダブロック亡き今、果たしてネズミの猛威から街を守る手段は残されているのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
ドイツのネズミ映画『ファングス』の続編です。前作の特徴であった疫病要素をバッサリと切り落とし、オーソドックスなアニマルパニックムービーになっています。その点については賛否の分かれるところですが、物語がシンプルになった分、作品に勢いが出たことは確かです。また、ネズミの群れは相変わらずの迫力で、誰が生き残るのか全く読めない展開も手に汗握ります。さらに、ネズミの弱点を突き止めて対策を立てていくプロセスも見応えがあり、前作以上にエンタメ性の高い作品に仕上がっています。
2006年
スネーク・フライト(ディビッド・R・エリス監督)
FBI捜査官であるネヴィル・フリンはハワイで発生した殺人事件の目撃者を護衛する任務を命じられる。そして、彼は目撃者を法廷に送り届けるべくロサンゼルス行きの飛行機に搭乗する。だが、殺人事件の首謀者であるギャングのボスは目撃者の口を封じるべく、積み荷と一緒に大量の毒蛇を送り込むのだった。興奮剤を投与された蛇たちが暴れ始め、機内は大パニックに陥るが.......。
◆◆◆◆◆◆
どう考えても設定に無理があるおバカ映画です。しかし、飛行機という密閉空間で起きるピンチの連続という展開はなかなか見応えがあり、愛すべきB級映画に仕上がっています。登場する蛇もバラエティに富んでおり、その個性づけによって展開にメリハリをつけることに成功しています。それになにより、おバカな展開でもなんとなく納得させてしまうサミュエル・J・ジャクソンの存在感が圧倒的です。特に、事態を収拾させるためにとったクライマックスでの豪快な手段などは思わず笑ってしまいます。ちなみに、本作は設定のとんでもなさから、公開前からインターネットで大きな話題にもなりました。他に類を見ないカルト的B級映画の傑作です。
ブラックシープ(ジョナサン・キング監督)
ニュージーランドののどかな牧場で育ったヘンリーはとある事件がきっかけで羊恐怖症となり、地元を離れて暮らしていた。それから15年。久々に帰郷したヘンリーだったが、そこでは兄のアンガスが遺伝子操作による羊の品種改良実験をしている最中だった。しかも、環境活動家により、その改造羊が野に放たれてしまう。その結果、人間の肉が好物の殺人羊が大量に誕生してしまったのだ。羊たちは群れをなして次々と人間を襲っていくが......。
◆◆◆◆◆◆
殺人羊と聞くとイロモノにしか思えませんが、実際はかなり面白い作品に仕上がっています。まず、なんといっても群れをなして押し寄せてくる羊たちが迫力満点です。そして、肉食羊の群れに囲まれて籠城戦を展開するところなどは絶望感がヒシヒシと伝わってきて手に汗握ります。基本的にはコメディタッチの作品なのですが、ギャグと緊迫感のあるシーンのバランスがよく出来ています。ただ、実はこの映画、ゾンビものです。殺人羊に噛まれると羊人間になるという設定なので、純粋な意味では動物パニック映画とはいえません。それに、中盤までの人間VS殺人羊の展開が素晴らしかっただけに、後半になると人間VS羊人間がメインとなって作品の勢いが落ちてしまうのがいささか残念です。
2010年
ピラニア3D(アレクサンドル・アジャ監督)
アリゾナ州のヴィクトリア湖に突如大量のピラニアが出現する。地震によって湖底が割れ、その下で生息していた凶暴なピラニアが野に放たれたのだ。浜辺に食い荒らされた死体が打ち上げられたことから女性保安官のジュリーは調査団を派遣させる。調査団一行は湖でピラニアを発見するが、それはただのピラニアではなく、2000万年前に絶滅したとされているピラニアの祖先が凶暴化したものだと判明する。観光シーズンでにぎわっているビーチを今すぐ閉鎖しなければ大惨事に発展することは間違いなかった。だが、湖ではすでにフェスティバルが開催されており、保安官一人の力で全員を避難誘導させるのは不可能だった。そして、ついに獰猛なピラニアの群れが人々に襲いかかり、ビーチは大パニックに陥っていく......。
◆◆◆◆◆◆
1978年公開の映画『ピラニア』のリメイク作品です。元ネタ同様、グロとエロとコメディ要素というB級映画に徹した作りは好感が持てます。特に、ピラニアが人を襲う際のゴア描写は旧作を遥かに凌駕しているので必見です。ラスト30分の地獄絵図は数ある動物パニック映画の中でも特筆ものだといえるでしょう。低俗の極みという言葉がぴったりの作品ですが、演出にキレがあって、観客を飽きさせない工夫に満ちています。ただ、B級映画のお約束にこだわりすぎたためか、終盤の展開がとってつけた感じになってしまったのは惜しまれます。パワフルな映画だっただけに、もっと最後まで突き抜けていってほしかったところです。
2012年
ザ・ベイ(バリー・レヴィンソン監督)
穏やかな港街クラリッジで海洋学者たちが水質の異変に気がつく。しかも、魚の体内からは謎の異物が発見されたのだ。彼らは町の人々に警告を発するが、その声は独立記念日の喧騒によって打ち消されてしまう。やがて、人々の体内に侵入した寄生虫が猛威をふるい始め、町は惨劇の舞台へと姿を変えていく......。
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POV方式の臨場感を最大限に生かしたパニック映画の傑作です。しかも、画面酔いの原因となる手ぶれを必要最低限のレベルまで抑えているのも好感が持てます。さらに、ブツ切りになりがちなPOV方式の映画をきちんと筋が通るように編集している点も見事です。モキュメント映画としては非常に丁寧な作りとなっています。ただ、それだけに寄生虫の造形にリアリティがない点は賛否の分かれるところです。それから、犠牲者たちがあまりにも無防備な点も気になります。ある意味、B級ホラーのお約束ではあるのですが、映像の完成度が高いだけに全体的にもう少しリアリティレベルを引き上げてもよかったのではないでしょうか。
2016年
HUNT/餌(ディック・マース監督)
アムステルダムの郊外で、牧場を営む一家の惨殺死体が発見される。獣医のリジーは死体の状態から犯人は凶暴なライオンだと断定するが、警察は信じようとしなかった。しかし、街の至るところで獣に襲われた痕跡のある死体が発見されるに至り、警察はようやくハンターに駆除を依頼するが、逆に殺されてしまう。そこで、リジーはイギリスに住む知り合いの凄腕ハンターに応援を要請し....。
アムステルダムの郊外で、牧場を営む一家の惨殺死体が発見される。獣医のリジーは死体の状態から犯人は凶暴なライオンだと断定するが、警察は信じようとしなかった。しかし、街の至るところで獣に襲われた痕跡のある死体が発見されるに至り、警察はようやくハンターに駆除を依頼するが、逆に殺されてしまう。そこで、リジーはイギリスに住む知り合いの凄腕ハンターに応援を要請し....。
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人喰いライオンが都会の雑踏の中に身を潜め、いつどこから襲ってくるかわからないという設定はなかなかにサスペンスフルです。CGのライオンは若干チープに見えるものの、その代わりに、スピード感や人を襲う時の迫力などをたっぷり堪能することができます。それに、食い散らかした死体もリアルです。最後まで手に汗握る展開が続き、ストーリー的にも申し分ありません。マイナーな映画の割には意外としっかりした作りの佳品です。
人喰いライオンが都会の雑踏の中に身を潜め、いつどこから襲ってくるかわからないという設定はなかなかにサスペンスフルです。CGのライオンは若干チープに見えるものの、その代わりに、スピード感や人を襲う時の迫力などをたっぷり堪能することができます。それに、食い散らかした死体もリアルです。最後まで手に汗握る展開が続き、ストーリー的にも申し分ありません。マイナーな映画の割には意外としっかりした作りの佳品です。
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【怪作から】おすすめ?動物パニック映画PARTⅡ【駄作まで】
★★★
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【怪作から】おすすめ?動物パニック映画PARTⅡ【駄作まで】
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【怪作から】おすすめ?動物パニック映画PARTⅡ【駄作まで】
最新更新日2022/08/04☆☆☆
【虫・鳥・蛇】おすすめ!動物パニック映画【犬・熊・鼠etc】にておすすめの作品を紹介してきましたが、それは動物パニック映画のほんの一部にすぎません。動物と人との攻防を主題とした映画は他にもまだまだたくさんあります。そこで、おすすめ映画以外にも今一歩で名作になりそこねた惜しい作品やある意味必見のダメダメZ級作品など、良い意味でも悪い意味でも注目すべき作品を動物別に分けて紹介していきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazonの該当商品ページにリンクします。
蛭
ザ・ヒル(2002)
パニックホラーといえば、美女の裸がつきものですが、本作では男性の裸体を執拗に追い回しています。女性の水着姿も一応出てくるものの、全く記憶に残りません。肝心の殺人ヒルも手作り感満載であまり怖くないのです。完全に男の裸祭りが主目的となっている作品です。
蟻
キラー・アンツ/殺人蟻軍団・リゾートホテル大襲撃!(1977)
土壌汚染で凶暴化した蟻にホテルが襲撃を受け、逃げ道を失った人々が孤立するという、まるで蟻版『タワーインフェルノ』といった趣の作品です。しかし、テレビ映画で予算が限られているため、あの作品のような迫力はありません。話自体は意外としっかりしており、良作といえないこともないのですが、クライマックスが蟻を刺激しないようにひたすらじっとしているというのがあまりにも地味です。一刺しで人間を即死させる毒を持つ蟻が群がっている中、身動き一つとれないので緊迫感だけはあるものの、観ていてあまり楽しいものではありません。
マラブンタ(1998)
『黒い絨緞』を彷彿とさせるアリ映画ですが、CGで描かれたアリのクオリティは今一つです。それでも、大群になって襲いかかるシーンはそれなりに見応えがあります。また、B級映画の割にはシナリオもしっかりしているものの、投げっぱなしで終わるラストに関しては賛否の分かれるところではないでしょうか。総合的に評価するならば、過大な期待は禁物ですが、B級映画と割り切ったうえで気軽に楽しむには手ごろな作品だといえます。
蜂
スウォーム(1978)
『ポセイドンアドベンチャー』や『タワーインフェルノ』といったパニック映画の大傑作を製作したアーウィン・アレンが巨費をつぎ込み、自ら監督を務めた野心作であったのにもかかわらず、興行的に大失敗に終わった作品です。名優を揃え、当時としてはかなりダイナミックな蜂の襲撃シーンを盛り込むなど、見どころはそれなりにあるのですが、とにかく物語の展開が冗長なうえに支離滅裂です。特に、少年が見るハチの幻覚の不自然な映像には思わず笑ってしまいます。それに、ハチの群れが軍事基地を壊滅させるほどの脅威なのにその怖さが画面から伝わってこないのもいただけません。作り手の熱意が空回りしたちょっと残念な作品です。
戦慄の毒蜂軍団(1978)
地味ながらもしっかりとした作りで蜂映画を代表する存在となった『キラー・ビー』の続編です。しかし、これがなんともぐだぐだな仕上がりとなっています。まず、なんの説明もなく話が前作から続いており、前作を観ていない人はおいてけぼりです。そのうえ、演じる役者が変わっているので前作を観ている人にとっては違和感が半端ありません。ちなみに、メインストーリーは、殺人蜂の紛れ込んだ巣箱がアメリカ全土に出荷されたので密かに回収していくというものです。どう考えても不祥事隠蔽にしか見えないため、この時点で登場人物への感情移入が難しくなってしまいます。そのうえ、殺人蜂そっちのけで三角関係による恋の鞘当てが始まったりするので視聴者はしらけるばかりです。終盤のクライマックスも無理矢理感が強く、結局、名作と誉れ高い前作に泥を塗るだけの結果に終わっています。
小さな村がハチの群れに襲われる話です。物語のスケールは小さいないながらも、短い尺の中に人間ドラマやサスペンス要素をそつなく盛り込み、それなりに楽しめる映画に仕上げています。B級映画としてはまずまずの出来です。
蠅
ザ・ヒル(2002)
パニックホラーといえば、美女の裸がつきものですが、本作では男性の裸体を執拗に追い回しています。女性の水着姿も一応出てくるものの、全く記憶に残りません。肝心の殺人ヒルも手作り感満載であまり怖くないのです。完全に男の裸祭りが主目的となっている作品です。
蟻
キラー・アンツ/殺人蟻軍団・リゾートホテル大襲撃!(1977)
土壌汚染で凶暴化した蟻にホテルが襲撃を受け、逃げ道を失った人々が孤立するという、まるで蟻版『タワーインフェルノ』といった趣の作品です。しかし、テレビ映画で予算が限られているため、あの作品のような迫力はありません。話自体は意外としっかりしており、良作といえないこともないのですが、クライマックスが蟻を刺激しないようにひたすらじっとしているというのがあまりにも地味です。一刺しで人間を即死させる毒を持つ蟻が群がっている中、身動き一つとれないので緊迫感だけはあるものの、観ていてあまり楽しいものではありません。
マラブンタ(1998)
『黒い絨緞』を彷彿とさせるアリ映画ですが、CGで描かれたアリのクオリティは今一つです。それでも、大群になって襲いかかるシーンはそれなりに見応えがあります。また、B級映画の割にはシナリオもしっかりしているものの、投げっぱなしで終わるラストに関しては賛否の分かれるところではないでしょうか。総合的に評価するならば、過大な期待は禁物ですが、B級映画と割り切ったうえで気軽に楽しむには手ごろな作品だといえます。
蜂
スウォーム(1978)
『ポセイドンアドベンチャー』や『タワーインフェルノ』といったパニック映画の大傑作を製作したアーウィン・アレンが巨費をつぎ込み、自ら監督を務めた野心作であったのにもかかわらず、興行的に大失敗に終わった作品です。名優を揃え、当時としてはかなりダイナミックな蜂の襲撃シーンを盛り込むなど、見どころはそれなりにあるのですが、とにかく物語の展開が冗長なうえに支離滅裂です。特に、少年が見るハチの幻覚の不自然な映像には思わず笑ってしまいます。それに、ハチの群れが軍事基地を壊滅させるほどの脅威なのにその怖さが画面から伝わってこないのもいただけません。作り手の熱意が空回りしたちょっと残念な作品です。
地味ながらもしっかりとした作りで蜂映画を代表する存在となった『キラー・ビー』の続編です。しかし、これがなんともぐだぐだな仕上がりとなっています。まず、なんの説明もなく話が前作から続いており、前作を観ていない人はおいてけぼりです。そのうえ、演じる役者が変わっているので前作を観ている人にとっては違和感が半端ありません。ちなみに、メインストーリーは、殺人蜂の紛れ込んだ巣箱がアメリカ全土に出荷されたので密かに回収していくというものです。どう考えても不祥事隠蔽にしか見えないため、この時点で登場人物への感情移入が難しくなってしまいます。そのうえ、殺人蜂そっちのけで三角関係による恋の鞘当てが始まったりするので視聴者はしらけるばかりです。終盤のクライマックスも無理矢理感が強く、結局、名作と誉れ高い前作に泥を塗るだけの結果に終わっています。
キラー・ビー~殺人蜂大襲来~(2009)
蠅
フライショック(2000)
動物パニックものとしては珍しいハエの映画です。しかも、そのハエに襲われると体内からウジ虫が大量発生して死んでしまうというえげつなさ。その発想自体は悪くないのですが、とにかく物語が支離滅裂です。なぜそんなハエが誕生したのかという説明が一切ないのはまだいいとしても、ヒロインが回想する意味ありげな少女が本筋とどう関係あるのかが最後まで不明という点はいただけません。結局、主人公たちが何もしないまま事件が収束に向かう展開も謎すぎです。ウジ虫祭りを楽しみたい方だけどうぞといった感じの作品です。
強盗団が盗んだ宝石を湖に隠すも、それぞれが独り占めしようと画策。それを予見した強盗団のボスが湖にピラニアを放ってネコババしようとした奴らを殺していくという話です。全体的にチープな作りですが、サスペンスあり、アクションあり、動物パニックありといったB級映画ならではのごった煮感はなかなか味があります。
ザ・ピラニア 殺戮生命体(1995)
『ピラニア3D』以前に製作された『ピラニア』のリメイク作です。しかし、時代背景やキャラクター設定が多少変わっただけで、ストーリーは細部まで原作とほぼ同じという手抜きぶり。ダンテ版を知っている人はあえて観る必要はないでしょう。
ピラニアリターンズ(2012)
『ピラニア3D』の続編ですが、コメディ色を強めすぎたためにパニック映画としての恐怖感が後退してしまったのは残念。しかも、舞台が前作の湖からプールへと変わったために、スケール感も大幅にダウンしています。しかし、エロシーンが充実し、笑えるシーンも少なくないなどB級映画としては味のある作品に仕上がっているので、過剰な期待を抱かなければそれなりに楽しめるのではないでしょうか。。
蛙
吸血の群れ(1972)
人間の手をカエルがくわえているポスターで有名なパニックホラー映画です。ちなみに、邦題は『吸血の群れ』ですが、原題はそのものずばり『FROGS(カエル)』です。一体どんな凶暴なカエルが出てくるのかと思えば、映画に登場するカエルはほぼなにもしません。周りでピョンピョン飛び跳ねているだけです。ちなみに、この映画には他にもヘビやらヤモリやら小型のワニやらといろいろ登場します。しかし、彼らもその辺を這いずりまわっているだけです。かろうじてトカゲが劇薬の瓶を棚から落とすシーンがあるものの、絵ずら的にはおそろしく地味です。小動物が人間を襲っている感は皆無で、ほとんどの場合は人間が自滅しているようにしか見えません。もちろん、カエルは人を喰ったりしませんし、吸血シーンも皆無です。おそらく数ある動物パニック映画の中でも見どころのなさでは1,、2位を争うのではないでしょうか。
蛇
ホットゾーン(2001)
致死率100%のウイルスが仕込まれた毒蛇が脱走して町をパニックに陥れる作品です。動物パニックとバイオパニックの要素を掛け合わせた設定はユニークですが、バイオパニックの話に尺が取られており、動物パニックの要素があまりないのが残念です。
スネーク・アイランド(2002)
遊覧船に乗った観光客たちが、蛇がたくさんいることで有名な島に降り立ったところ、なぜか凶暴化した蛇たちに襲われ、次々と命を落としていくという話です。いろいろな種類のヘビがたくさん登場するのはヘビ好きにとってはうれしいところですが、作品の出来は今一つです。展開が支離滅裂ですし、テンポもよくありません。ただ、ヘビ好きの人は一見の価値があるかも。
西部劇の世界を舞台に前半はガンマンVS町を牛耳る悪党の闘いを描きつつ、後半になるとヘビの群れが町を襲う映画に転じる構成がユニークです。ストーリー的には特にヒネリもなく極めてシンプルな作りですが、趣向の面白さのおかげでそこそこ楽しめる娯楽作品に仕上がっています。
アナコンダ 3(2008)
テレビ映画に移行し、予算が削られたためにCGのクオリティが急降下したシリーズ3作目です。せめてストーリーが面白ければよかったのですが、そちらもグダグダです。『アナコンダ2』の設定を引き継いだ点は悪くないものの、その設定をうまく生かし切れていません。前作までの面白さがきれいさっぱりなくなってしまった駄作です。
アナコンダ4(2009)
『アナコンダ3』と直接話がつながっているシリーズ第4弾です。ちなみに、その出来は駄作といわれた前作をさらに下回っています。ストーリー、CGともに最低ランクです。
動物パニックものとしては珍しいハエの映画です。しかも、そのハエに襲われると体内からウジ虫が大量発生して死んでしまうというえげつなさ。その発想自体は悪くないのですが、とにかく物語が支離滅裂です。なぜそんなハエが誕生したのかという説明が一切ないのはまだいいとしても、ヒロインが回想する意味ありげな少女が本筋とどう関係あるのかが最後まで不明という点はいただけません。結局、主人公たちが何もしないまま事件が収束に向かう展開も謎すぎです。ウジ虫祭りを楽しみたい方だけどうぞといった感じの作品です。
魚
キラーフィッシュ(1978)
キラーフィッシュ(1978)
ザ・ピラニア 殺戮生命体(1995)
『ピラニア3D』以前に製作された『ピラニア』のリメイク作です。しかし、時代背景やキャラクター設定が多少変わっただけで、ストーリーは細部まで原作とほぼ同じという手抜きぶり。ダンテ版を知っている人はあえて観る必要はないでしょう。
ピラニアリターンズ(2012)
『ピラニア3D』の続編ですが、コメディ色を強めすぎたためにパニック映画としての恐怖感が後退してしまったのは残念。しかも、舞台が前作の湖からプールへと変わったために、スケール感も大幅にダウンしています。しかし、エロシーンが充実し、笑えるシーンも少なくないなどB級映画としては味のある作品に仕上がっているので、過剰な期待を抱かなければそれなりに楽しめるのではないでしょうか。。
蛙
吸血の群れ(1972)
人間の手をカエルがくわえているポスターで有名なパニックホラー映画です。ちなみに、邦題は『吸血の群れ』ですが、原題はそのものずばり『FROGS(カエル)』です。一体どんな凶暴なカエルが出てくるのかと思えば、映画に登場するカエルはほぼなにもしません。周りでピョンピョン飛び跳ねているだけです。ちなみに、この映画には他にもヘビやらヤモリやら小型のワニやらといろいろ登場します。しかし、彼らもその辺を這いずりまわっているだけです。かろうじてトカゲが劇薬の瓶を棚から落とすシーンがあるものの、絵ずら的にはおそろしく地味です。小動物が人間を襲っている感は皆無で、ほとんどの場合は人間が自滅しているようにしか見えません。もちろん、カエルは人を喰ったりしませんし、吸血シーンも皆無です。おそらく数ある動物パニック映画の中でも見どころのなさでは1,、2位を争うのではないでしょうか。
蜥蜴
アベレーション(1997年)
動物パニック映画としては珍しい小型の毒トカゲがメインの作品。雪の山小屋という閉鎖空間を舞台にし、役者の演技や緊迫感を高めるための演出などは頑張っているのですが、パペットを使ったトカゲの特撮がしょぼすぎるのが残念です。
アベレーション(1997年)
動物パニック映画としては珍しい小型の毒トカゲがメインの作品。雪の山小屋という閉鎖空間を舞台にし、役者の演技や緊迫感を高めるための演出などは頑張っているのですが、パペットを使ったトカゲの特撮がしょぼすぎるのが残念です。
ホットゾーン(2001)
致死率100%のウイルスが仕込まれた毒蛇が脱走して町をパニックに陥れる作品です。動物パニックとバイオパニックの要素を掛け合わせた設定はユニークですが、バイオパニックの話に尺が取られており、動物パニックの要素があまりないのが残念です。
スネーク・アイランド(2002)
遊覧船に乗った観光客たちが、蛇がたくさんいることで有名な島に降り立ったところ、なぜか凶暴化した蛇たちに襲われ、次々と命を落としていくという話です。いろいろな種類のヘビがたくさん登場するのはヘビ好きにとってはうれしいところですが、作品の出来は今一つです。展開が支離滅裂ですし、テンポもよくありません。ただ、ヘビ好きの人は一見の価値があるかも。
ザ・スネーク(2008)
アナコンダ 3(2008)
テレビ映画に移行し、予算が削られたためにCGのクオリティが急降下したシリーズ3作目です。せめてストーリーが面白ければよかったのですが、そちらもグダグダです。『アナコンダ2』の設定を引き継いだ点は悪くないものの、その設定をうまく生かし切れていません。前作までの面白さがきれいさっぱりなくなってしまった駄作です。
アナコンダ4(2009)
『アナコンダ3』と直接話がつながっているシリーズ第4弾です。ちなみに、その出来は駄作といわれた前作をさらに下回っています。ストーリー、CGともに最低ランクです。
鳥
バード・パニック(1987)
世界各国の野生の鳥が突如凶暴化して人間を襲い始めるというヒッチコック監督の『鳥』を彷彿とさせる作品ですが、出来は大きく劣ります。世界各国をロケして回ったというのがウリになっているものの、それだけで終わってしまい、メリハリのない展開が続きます。ラストもなんの説明もないまま問題が解決してしまうので観ているほうは肩透かしを食らうばかりです。
ヒチコックの『鳥』と同タイトルですが、原題は『Die Kahen』、英題は『THE CROWS』。要するにカラスです。ドイツのテレビ映画であり、実験で知能を高められたカラスが野生のカラスを率いて人間の食べ物を奪ったりする話です。しかし、直接人を襲ったりしないので動物パニックものとしてはいまひとつ盛り上がりに欠けます。
烏(2007)
『鳥』ではなく『烏』です。くれぐれもヒチコックの映画と間違えないようにしましょう。牛の死体を喰らい、狂牛病になったカラスたちが人を襲い始めるという話です。カラスが群れをなす不気味さは十分表現されていますが、派手な襲撃シーンなどはほとんどなく、パニック映画としては迫力不足です。
バーデミック(2010)
突如鳥が町の人々を襲いだすというお約束のストーリーが展開していきますが、あまりにも完成度が低いことで有名になった作品です。鳥の襲撃が始まるのが物語の半ば過ぎと異様にテンポが悪く、また、その場面の雰囲気にそぐわない演出が多いなど問題点は多々ありますが、なかでも突出しているのがCGのひどさです。鳥のCGが明らかに画面から浮いており、これが2010年の作品とはちょっと信じられません。しかし、あまりのひどさ故にカルト的人気が出てしまい、2013年には続編の『バーデミック2』が製作されています。世界各国の野生の鳥が突如凶暴化して人間を襲い始めるというヒッチコック監督の『鳥』を彷彿とさせる作品ですが、出来は大きく劣ります。世界各国をロケして回ったというのがウリになっているものの、それだけで終わってしまい、メリハリのない展開が続きます。ラストもなんの説明もないまま問題が解決してしまうので観ているほうは肩透かしを食らうばかりです。
鳥(2006)
ヒチコックの『鳥』と同タイトルですが、原題は『Die Kahen』、英題は『THE CROWS』。要するにカラスです。ドイツのテレビ映画であり、実験で知能を高められたカラスが野生のカラスを率いて人間の食べ物を奪ったりする話です。しかし、直接人を襲ったりしないので動物パニックものとしてはいまひとつ盛り上がりに欠けます。
烏(2007)
『鳥』ではなく『烏』です。くれぐれもヒチコックの映画と間違えないようにしましょう。牛の死体を喰らい、狂牛病になったカラスたちが人を襲い始めるという話です。カラスが群れをなす不気味さは十分表現されていますが、派手な襲撃シーンなどはほとんどなく、パニック映画としては迫力不足です。
バーデミック(2010)
鼠
人喰いネズミの島(1959)
突然変異で巨大化したネズミとそれを知らずに彼らの生息する孤島に訪れた人々の攻防を描いた作品です。しかし、さすがに古い映画だけあって特撮は稚拙です。ネズミのアップのシーンは作り物感満載のパペットを動かし、ズームアウトするシーンでは被りものをした犬を走らせています。白黒映像なのでディテールはごまかせているものの、走り方が明らかに犬です。おまけにストーリーも単調で全く面白味がありません。そういうわけで普通に楽しもうと思えばがっかりですが、1時間ほどの短い映画なので初期の動物パニック映画とはいかなるものかを確認するには絶好のサンプルだといえるのではないでしょうか。
マッド・ティース(1983)
ネズミ映画といえば、大量のネズミが登場し、数で人間を圧倒するのが定番です。しかし、本作では一匹の巨大ネズミしか登場しません。物量で押し切るのではなく、屋敷に住み着いて主人公を精神的に追い詰めていく展開が異彩を放っています。うまく描けば心理サスペンスの傑作になったところですが、主人公の心理描写にいまひとつ説得力がない点が惜しまれます。
ラッツ(1983)
核戦争後の荒廃した世界で、人々が凶暴化したネズミに襲われるという話ですが、テンポが悪くてあまり面白いとはいえません。しかし、80年代のイタリア映画らしい気合の入った残虐シーンと衝撃的なラストは必見です。
巨大ねずみパニック(1983)
香港とカナダの合作映画で監督は『燃えよドラゴン』『怒りの群れ』などのロバート・クローズ監督です。前半はパニック映画とは思えない中年教師の色恋沙汰が中心に描かれており、ちょっと意表を突かれます。一方、巨大ネズミの撮影に使用されたパペットはチープではあるのですが、集団で蠢いているのを引きのカメラでとらえたシーンはなかなか不気味です。さらに、映画館のシーンではロバート・クローズ自身が監督を務めた『死亡遊戯』のジャバー戦がそのまま流れるというサービスぶり。地下鉄でのクライマックスシーンもなかなか迫力があります。現代の目で見ると特撮のレベルが低いため、傑作とはいいがたいものがありますが、それなりに楽しめる作品に仕上がっています。
突然変異で巨大化したネズミとそれを知らずに彼らの生息する孤島に訪れた人々の攻防を描いた作品です。しかし、さすがに古い映画だけあって特撮は稚拙です。ネズミのアップのシーンは作り物感満載のパペットを動かし、ズームアウトするシーンでは被りものをした犬を走らせています。白黒映像なのでディテールはごまかせているものの、走り方が明らかに犬です。おまけにストーリーも単調で全く面白味がありません。そういうわけで普通に楽しもうと思えばがっかりですが、1時間ほどの短い映画なので初期の動物パニック映画とはいかなるものかを確認するには絶好のサンプルだといえるのではないでしょうか。
マッド・ティース(1983)
ネズミ映画といえば、大量のネズミが登場し、数で人間を圧倒するのが定番です。しかし、本作では一匹の巨大ネズミしか登場しません。物量で押し切るのではなく、屋敷に住み着いて主人公を精神的に追い詰めていく展開が異彩を放っています。うまく描けば心理サスペンスの傑作になったところですが、主人公の心理描写にいまひとつ説得力がない点が惜しまれます。
ラッツ(1983)
核戦争後の荒廃した世界で、人々が凶暴化したネズミに襲われるという話ですが、テンポが悪くてあまり面白いとはいえません。しかし、80年代のイタリア映画らしい気合の入った残虐シーンと衝撃的なラストは必見です。
巨大ねずみパニック(1983)
香港とカナダの合作映画で監督は『燃えよドラゴン』『怒りの群れ』などのロバート・クローズ監督です。前半はパニック映画とは思えない中年教師の色恋沙汰が中心に描かれており、ちょっと意表を突かれます。一方、巨大ネズミの撮影に使用されたパペットはチープではあるのですが、集団で蠢いているのを引きのカメラでとらえたシーンはなかなか不気味です。さらに、映画館のシーンではロバート・クローズ自身が監督を務めた『死亡遊戯』のジャバー戦がそのまま流れるというサービスぶり。地下鉄でのクライマックスシーンもなかなか迫力があります。現代の目で見ると特撮のレベルが低いため、傑作とはいいがたいものがありますが、それなりに楽しめる作品に仕上がっています。
アルタード・スピーシーズ(2003)
パリ・ディストラクション(2006)
ストライキの影響でパリにゴミがあふれ、ネズミが大量発生して伝染病が蔓延するという、フランス版『ファングス』です。手堅く丁寧に作られていて悪くはないのですが、全体的にチープさが漂い、本家には及ばないといった感じです。
巨大ネズミの島(2012)
なんと、1959年に公開された『人喰いネズミの島』の半世紀ぶりの続編です。しかし、その内容はというと、CGはしょぼくて脚本はグダグダ、おまけに俳優の演技は見るに耐えないレベルといった具合に、単なる駄作に終わってしまっています。
蝙蝠
BATS 蝙蝠地獄(1999)
鳥ではなく、コウモリという設定が目を引きますし、CGも当時としてはかなり頑張っています。しかし、内容的には可もなく不可もないB級映画の標準作といった感じです。なお、2007年には続編の『BATS2 蝙蝠地獄』が製作されていますが、こちらも出来はそこそこです。
ヴァンパイア・バット 死蝙蝠の町(2005)
ドッグ(1976)
突然犬たちが人間を襲い始めるという話で、犬の演技などは工夫の跡がみられます。ただ、襲ってくる犬と襲わない犬の法則性がまるでわからなかったり、登場人物の言動に緊迫感が欠けていたりと細部に甘さが残るのが惜しいところです。総合的に、翌年公開された『怒りの群れ』には及ばない出来となっています。
狼
ザ・グレイ 凍える太陽(2012)
飛行機が雪山に墜落し、数人が奇蹟的に生き残るも狼の群れの標的にされてしまうという話です。極寒の雪山で狼に狙われるという絶望的な状況はうまく表現されています。しかし、全員がもこもこの服を着ているうえに周囲が猛吹雪なので誰が誰だかよくわからないのが難です。しかも、内省的で重苦しい展開が続くため、パニックホラーとして楽しむには厳しいものがあります。決して悪い作品ではないのですが、娯楽性の薄さが賛否を分けるところです。
猪
熊
グリズリー(1976)
『ジョーズ』の完全な相乗り作品で、「海の危険生物代表がサメなら陸ではクマだろう」という発想で作られたことは想像に難くありません。その狙いは当たり、また、公開されたのが動物パニック映画ブームの最中だったこともあってかなり注目もされました。肝心の内容はどうだったかというと、まず、巨大なグリズリーが立ち上がって咆哮をあげるシーンはなかなかの迫力です。ただ、この時代にCGはなく、実際にクマに人を襲わせるわけにもいかないので、直接的な襲撃シーンが省略されているのがいかにも物足りません。悲鳴をあげた人間が次の瞬間血まみれになって倒れているという演出が続くため、少々だれてきます。それに、被害者の数がどんどん増えているのに登場人物の危機感が足りないのも、パニック映画としての臨場感を削いでしまう結果になっています。それでも、最後の決着シーンだけはやたらド派手なのでネタとして鑑賞してみるのもよいのではないでしょうか。
プロジェクト・グリズリー(1996)
凶暴なグリズリーに遭遇しながらも奇跡的に生還した男。彼はなぜ自分が助かったのかが理解できず、それを知るために再びグリズリーに会いにいく決意をする。ただ、生身で接触するのは危険なので身を守るための防護スーツの開発に着手するのだった。あらすじを聞いただけでも恐ろしいほどのバカ映画ということがわかりますが、まさかのドキュメンタリー映画です。しかも、ドキュメンタリーにありがちな腰砕けな内容でグリズリーが全くでてきません。ひたすら防護服の開発に失敗する映像を見せられるだけです。Z級バカ映画と割り切ればそれなりに楽しめるかもしれませんが、クマ映画を期待した人は間違いなく怒りだすでしょう。
地球に代わる移住先の惑星を探していたところ、熊の惑星にたどり着き、グリズリーに襲われるという近未来SFです。しかし、テンポは悪いわ、登場人物は口論ばかりしているわで全く面白くありません。熊のシーンも記録映像らしきフィルムの使い回しばかりです。クマと登場人物が一緒に写っているシーンはほとんどなく、動物パニック映画としての臨場感がおそろしいほどまでに欠けています。一応CGを使用しての襲撃シーンもわずかながらあるにはあるものの、完成度が低すぎて失笑を禁じ得ないレベルです。そもそも、舞台はどう見ても地球で、登場する熊もただのグリズリーです。そのため、遥か彼方の惑星という設定が全く活かされていません。SF要素も冒頭の惑星転移装置のシーンのみです。結局、ただのクマ映画(それも超絶クオリティの低い)に空虚な設定を盛り込んだだけの作品なので観ていて段々空しくなってきます。
グリズリー・レイジ(2007)
車で卒業旅行に出掛けた若者たちが子熊を轢き殺してしまい、怒り狂った親熊に襲われる話です。しかし、1時間半の映画に対して、熊のターゲットとなる登場人物が4人しかいないため、テンポの悪いことこのうえありません。グリズリーが出てこないどうでもいいシーンが延々と続きます。しかも、やっと出てきたと思えば、使い回しの映像ばかりです。そのうえ、若者たちは常にギスギスした雰囲気で、すぐに喧嘩を始めるため、観ていてイライラしてきます。あえて褒めるとすれば、CGや着ぐるみだけでなく、本物のグリズリーも登場している点でしょうか。もっとも、それも走っているシーンばかりなので映画を盛り上げるのに全く寄与していません。一言でいえば恐ろしく退屈な映画です。熊が登場する動物パニック映画としてはおそらく最底辺の作品だといえるでしょう。
獅子
虎
ワイルドサヴェージ(2006)
密輸したベンガル虎が逃げ出し、村がパニックになる話です。パッケージの絵に反して虎は普通サイズで展開や演出もきわめて地味です。しかも、舞台は田舎の森なので完全なパッケージ詐欺だといえます。ただ、作品そのものは堅実に作られており、決して駄作というわけではありません。
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突然犬たちが人間を襲い始めるという話で、犬の演技などは工夫の跡がみられます。ただ、襲ってくる犬と襲わない犬の法則性がまるでわからなかったり、登場人物の言動に緊迫感が欠けていたりと細部に甘さが残るのが惜しいところです。総合的に、翌年公開された『怒りの群れ』には及ばない出来となっています。
狼
ザ・グレイ 凍える太陽(2012)
飛行機が雪山に墜落し、数人が奇蹟的に生き残るも狼の群れの標的にされてしまうという話です。極寒の雪山で狼に狙われるという絶望的な状況はうまく表現されています。しかし、全員がもこもこの服を着ているうえに周囲が猛吹雪なので誰が誰だかよくわからないのが難です。しかも、内省的で重苦しい展開が続くため、パニックホラーとして楽しむには厳しいものがあります。決して悪い作品ではないのですが、娯楽性の薄さが賛否を分けるところです。
猪
レイザーバック(1984)
巨大猪との死闘を描いたオーストラリアの映画です。監督がMTV出身だけあって、個性的な映像演出は印象的です。ただ、猪と無関係な話がぐだぐだと続くためにテンポはかなり悪くなってしまっていますし、光と煙で演出されるイノシシとの死闘は無駄にスタイリッシュで違和感がありまくりです。しかし、それがトンデモ映画として評価され、一部でカルト的人気を誇っています。
人喰猪、公民館襲撃す!(2009)
CGで描かれたイノシシはクオリティが高く、なかなかの迫力です。ただ、作品自体はどちらかといえば、コメディ色の強い人間ドラマが中心となっています。笑えるシーンも結構あり、決して悪い作品ではないものの、イノシシのパニックムービーで2時間越えはさすがに長すぎです。無駄なシーンが多く、せめてあと30分削れば、もっと完成度の高いものになったのではないでしょうか。巨大猪との死闘を描いたオーストラリアの映画です。監督がMTV出身だけあって、個性的な映像演出は印象的です。ただ、猪と無関係な話がぐだぐだと続くためにテンポはかなり悪くなってしまっていますし、光と煙で演出されるイノシシとの死闘は無駄にスタイリッシュで違和感がありまくりです。しかし、それがトンデモ映画として評価され、一部でカルト的人気を誇っています。
人喰猪、公民館襲撃す!(2009)
熊
グリズリー(1976)
『ジョーズ』の完全な相乗り作品で、「海の危険生物代表がサメなら陸ではクマだろう」という発想で作られたことは想像に難くありません。その狙いは当たり、また、公開されたのが動物パニック映画ブームの最中だったこともあってかなり注目もされました。肝心の内容はどうだったかというと、まず、巨大なグリズリーが立ち上がって咆哮をあげるシーンはなかなかの迫力です。ただ、この時代にCGはなく、実際にクマに人を襲わせるわけにもいかないので、直接的な襲撃シーンが省略されているのがいかにも物足りません。悲鳴をあげた人間が次の瞬間血まみれになって倒れているという演出が続くため、少々だれてきます。それに、被害者の数がどんどん増えているのに登場人物の危機感が足りないのも、パニック映画としての臨場感を削いでしまう結果になっています。それでも、最後の決着シーンだけはやたらド派手なのでネタとして鑑賞してみるのもよいのではないでしょうか。
リメインズ 美しき勇者たち(1990年)
死者7名を出した三毛別羆事件をモデルにした作品で、ヒグマの恐ろしさを説明しながら静かにサスペンスを盛り上げていく手法は悪くありません。ただ、その後、主人公とヒロインのラブストーリーに話がシフトするのはパニック映画としてはいかがなものでしょうか。また、クライマックスでのヒグマとの闘いは、真田広之のキレのいいアクションはさすがなのですが、肝心のヒグマが着ぐるみ全開なせいでコントじみてしまっています。さらに、真田広之とともに最終決戦に挑むヒロインも太ももをあらわにしたランボーのような格好をしていてとても大正時代の女性とは思えません。獣害事件を描いたシリアスドラマだったはずが、最終的にファンタジーアクションと化してしまった点が惜しまれます。
死者7名を出した三毛別羆事件をモデルにした作品で、ヒグマの恐ろしさを説明しながら静かにサスペンスを盛り上げていく手法は悪くありません。ただ、その後、主人公とヒロインのラブストーリーに話がシフトするのはパニック映画としてはいかがなものでしょうか。また、クライマックスでのヒグマとの闘いは、真田広之のキレのいいアクションはさすがなのですが、肝心のヒグマが着ぐるみ全開なせいでコントじみてしまっています。さらに、真田広之とともに最終決戦に挑むヒロインも太ももをあらわにしたランボーのような格好をしていてとても大正時代の女性とは思えません。獣害事件を描いたシリアスドラマだったはずが、最終的にファンタジーアクションと化してしまった点が惜しまれます。
プロジェクト・グリズリー(1996)
凶暴なグリズリーに遭遇しながらも奇跡的に生還した男。彼はなぜ自分が助かったのかが理解できず、それを知るために再びグリズリーに会いにいく決意をする。ただ、生身で接触するのは危険なので身を守るための防護スーツの開発に着手するのだった。あらすじを聞いただけでも恐ろしいほどのバカ映画ということがわかりますが、まさかのドキュメンタリー映画です。しかも、ドキュメンタリーにありがちな腰砕けな内容でグリズリーが全くでてきません。ひたすら防護服の開発に失敗する映像を見せられるだけです。Z級バカ映画と割り切ればそれなりに楽しめるかもしれませんが、クマ映画を期待した人は間違いなく怒りだすでしょう。
グリズリー・プラネット(2006)
グリズリー・レイジ(2007)
車で卒業旅行に出掛けた若者たちが子熊を轢き殺してしまい、怒り狂った親熊に襲われる話です。しかし、1時間半の映画に対して、熊のターゲットとなる登場人物が4人しかいないため、テンポの悪いことこのうえありません。グリズリーが出てこないどうでもいいシーンが延々と続きます。しかも、やっと出てきたと思えば、使い回しの映像ばかりです。そのうえ、若者たちは常にギスギスした雰囲気で、すぐに喧嘩を始めるため、観ていてイライラしてきます。あえて褒めるとすれば、CGや着ぐるみだけでなく、本物のグリズリーも登場している点でしょうか。もっとも、それも走っているシーンばかりなので映画を盛り上げるのに全く寄与していません。一言でいえば恐ろしく退屈な映画です。熊が登場する動物パニック映画としてはおそらく最底辺の作品だといえるでしょう。
獅子
ゴースト&ダークネス(1996)
19世紀末に東アフリカで起きたツァボの人喰いライオン事件をベースとした作品です。ライオンはなかなか姿を見せず、見えない恐怖を描いたサスペンス仕立てになっています。その狙いは功を奏し、前半は地味ながらも見応えのある作品に仕上がっているのですが、後半の展開があっさりしすぎて物足りません。その辺りはやはり実話ベースの作品の弱点が出たというところでしょうか。むしろ、ライオンよりもマイケル・ダグラスの存在感が印象に残る作品になっています。
19世紀末に東アフリカで起きたツァボの人喰いライオン事件をベースとした作品です。ライオンはなかなか姿を見せず、見えない恐怖を描いたサスペンス仕立てになっています。その狙いは功を奏し、前半は地味ながらも見応えのある作品に仕上がっているのですが、後半の展開があっさりしすぎて物足りません。その辺りはやはり実話ベースの作品の弱点が出たというところでしょうか。むしろ、ライオンよりもマイケル・ダグラスの存在感が印象に残る作品になっています。
虎
ワイルドサヴェージ(2006)
密輸したベンガル虎が逃げ出し、村がパニックになる話です。パッケージの絵に反して虎は普通サイズで展開や演出もきわめて地味です。しかも、舞台は田舎の森なので完全なパッケージ詐欺だといえます。ただ、作品そのものは堅実に作られており、決して駄作というわけではありません。
動物総進撃
アニマルパージ(2016)
ゾウやクマなどの猛獣から小鳥や虫といった小動物の群れまで、ありとあらゆる動物が突然人類に対して牙を剥くという話でスケールの大きさは相当なものです。しかし、動物襲撃シーンに全く迫力が感じられないのが致命的です。特に、猫や犬が襲いかかってくるシーンなどは人間にじゃれついているようにしかみえません。鳥の群れの襲撃も一見恐ろしげですが、よく見るとCG丸出しです。それでも前半はそこそこ緊迫感もありました。しかし、後半からはひたすらグダグダな展開が続き、何一つ解決しないまま意味不明のラストを迎えます。ツッコミどころ満載で、むしろそれを指摘しながら観賞するのが正しい楽しみ方だといえるではないでしょうか。
※おすすめの動物パニック映画はこちら
【虫・鳥・蛇】おすすめ!動物パニック映画【犬・熊・鼠etc】
★★★
以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。
リュウ・アーチャーシリーズ全作品ガイド【ロス・マクドナルド】
最新更新日2020/02/20☆☆☆
ロス・マクドナルドは1915年生まれで本名をケネス・ミラーといいます。サスペンスミステリーの三大女王の一人であるマーガレット・ミラーの夫にして自らもハードボイルド御三家の一人に数えられている巨匠です。ちなみに、御三家の残り2人、ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーと異なるのは、独特の陰鬱な雰囲気と複雑なプロットからなる謎解きの要素が強く見られる点です。そのため、本格ミステリ好きの間でもロス・マクロナルドの作品を好む人は少なくありません。そんな彼の作品群の中でもロス・マクロナルドの代名詞というべき、リュウ・アーチャーシリーズを紹介していきます。
動く標的(1949)
ロサンゼルスの私立探偵、リュウ・アーチャーはテキサスの石油王の後妻であるエイレン・サンプソンから夫の捜索を依頼される。夫はロサンゼルスの空港で姿を消し、そのまま行方不明になってしまったというのだ。調査を開始したアーチャーは石油王、ラルフ・サンプソンの失踪には犯罪組織が絡んでいるのではないかと推測する。やがて、10万ドルを送るようにと、ラルフ・サンプソンの筆跡で書かれた手紙が届く。身代金目的の誘拐だということは明らかだ。しかし、金を払ったからといって人質が帰ってくるという保証はない。アーチャーは手掛かりを得るために、複雑に絡み合う事件の渦中に身を投じていくが......。
◆◆◆◆◆◆
1944年に『暗いトンネル』でデビューしたロス・マクドナルドはしばらくの間、本名であるケネス・ミラーの名で作品を発表していました。作品のジャンルもハードボイルド一筋ではなく、スパイ小説、通俗スリラー、サスペンスといった具合に、試行錯誤の跡がみられます。そして、ようやく自分なりのスタイルを打ち立てるきっかけとなったのが、リュウ・アーチャーシリーズ第1弾である本作です。とはいえ、全盛期の作品群と比べると、まだまだ未成熟な印象を受けます。まず、冷徹で孤高なイメージがあるリュウ・アーチャーですが、この第1作ではかなり饒舌でうかつな言動が目立ちます。未だキャラが定まっておらず、中期以降の作品に登場する彼と比べてみるとまるで別人のようです。ストーリーも平板で後期作品のような複雑なプロットを期待すると肩透かしを食らうでしょう。ただ、ハメットの亜流ながらもバイオレンスメインの展開はそれなりに楽しく読むことができますし、終盤には作者らしいヒネリも用意されています。しかし、まだまだ習作という印象は拭えず、ロス・マクドナルドならではの面白さを確立するには至っていません。
魔のプール(1950)
アーチャーの事務所を訪ねてきた女性はモード・スリカムという名で、不倫をネタにした脅迫状に悩まされているという。そして、アーチャーに脅迫者の正体を暴いてほしいというのだが、詳しい事情はなかなか語ろうとはしなかった。そんな彼女を説得し、スリカム家に乗り込むアーチャーだったが、そこには一癖も二癖もある人物が揃っていた。家の実権を握る姑のオリヴィア、モードの夫で変人劇作家のジェイムズ、反抗期の娘キャシー、スリカム家の元運転手で女たらしのパットなどなど。そして、ついに事件が起きる。しかも、そこに浮かび上がってきたのは単なる不倫騒動では収まらない巨大な陰謀だった。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ2作目ですが、中期以降の重厚な作風にはほど遠く、通俗ハードボイルドのような派手な展開が続きます。アクションシーンが満載で小説よりも映画にしたほうが面白いんじゃないかとすら思ってしまいます(実際、1975年にポール・ニューマン主演で『新・動く標的(原題:The Drowning pool)』のタイトルで映画化されていますが)。アーチャーも警察署長と殴り合いをするなど、後期のイメージからはちょっと信じがたいほどの青臭さです。一方で、家庭の悲劇といったロス・マクドナルドならではのテーマも垣間見られるのですが、それが通俗ハードボイルドな雰囲気と見事に噛み合っていません。終盤には意外な展開もあったりするものの、あまり驚けないのはそうしたちぐはぐさのせいではないでしょうか。原石の輝きを感じさせながらも、未だ発展途上の凡作といったところです。
人の死に行く道(1951)
サミュエル・ローレンス婦人の依頼は失踪した娘のギャリィを探してほしいというものだった。看護士のギャリィは病院に担ぎ込まれたギャングのスピードを看護していたのだが、その仲間のジョオと一緒に姿を消したというのだ。2人の行方を追うアーチャーは、やがてギャングのボスも彼らを探していることを知る。ジョオがボスを怒らせたのが原因だというのだが.........。
◆◆◆◆◆◆
事件にギャングが絡み、激しいアクションシーンが盛り込まれている点はいかにも初期型という感じです。しかし、前2作と比べるとプロットに深みが増し、作家としての成長が感じられます。中盤の展開はかなり錯綜していて混乱しそうになりますが、そこから終盤に向け、ジグソーパズルのピースをあるべき場所に当てはめていくように、きれいに収束していくのが見事です。真相の意外性もなかなかのもので、ハードボイルドとしてもミステリーとしても完成度が大きくアップしています。後期のような重厚な作風を期待するとがっかりしますが、単体で評価するならば十分読み応えのある力作だといえます。
象牙色の嘲笑(1952)
アーチャーはある女から黒人女性であるメイドの行方を捜すように依頼され、あっさりと彼女を見つける。だが、それからすぐに彼女は喉を切り裂かれて殺されてしまう。現場には富豪の一人息子が失踪したことが書かれた記事の切り抜きが残されていた。2つの事件は一体どう結び付くのか?真相を求めてアーチャーが動き出す。
◆◆◆◆◆◆
作者が円熟期に入る前の作品でシリーズ探偵のアーチャーもまだまだ若々しく、物語もスピーディーに進みます。一方で、後期を思わせる雰囲気も見え隠れし、謎が謎を呼ぶ展開はかなりの読み応えです。ただ、伏線があからさまなのでミステリーを読み慣れた人なら犯人の見当はつきやすいでしょう。もっとも、本作のポイントはそこではなく、最後に犯人の口から語られる衝撃的な告白です。人間の暗い情念があからさまになるその内容には戦慄を覚え、名作『さむけ』を彷彿とさせるものがあります。また、本作には新本格ミステリ作家もびっくりのトリックが使われており、それが成功しているかどうかは別にしても、本格ミステリファンにとっては興味深いものになっています。
犠牲者は誰だ(1954)
車を走らせていたアーチャーは道端で倒れている血まみれの男を発見する。とりあえず、近くのモーテルに運び込み、病院に連絡をしたものの、男はまもなく息を引き取ってしまう。死んだ男はトニィ・アクィスタという名のトラックの運転手で、数万ドルもする酒を運送中に何者かに銃で撃たれ、道端に放り出されたということらしい。しかも、酒はトラックごと消え失せていた。トニィの雇い主からトラックと積み荷を探す依頼を受け、アーチャーは調査を始めるが、やがて意外な事実が浮かび上がってくる。トニィは以前、勤務先の社長令嬢であるアンにつきまとっていたのだが、そのアンが現在失踪中だというのだ.......。
◆◆◆◆◆◆
前作の『象牙色の嘲笑』を経ていよいよ本領発揮かと思われたアーチャーシリーズですが、本作では再び犯罪組織と銃撃戦を繰り広げるような通俗ハードボイルドに逆戻りしています。アーチャーも殴り合ったり、饒舌だったりでまだまだ若いといった印象です。とはいうものの、最初期の作品と比べると陰鬱な雰囲気が立ち込め、物語の陰影も濃くなっているなど、確実に変化が見て取れます。また、入り組んだプロットを解きほぐしながら、真相を浮かび上がらせていく手管も見事であり、ミステリーとしてもなかなかの充実度です。気分が暗く沈み込むようなラストも印象的で、初期と後期の橋渡し的な佳品というのが妥当な評価ではないでしょうか。
わが名はアーチャー(1955)
戦争が終わり、復員したばかりのアーチャーの元に失踪した娘のユーナを探してほしいという母親からの依頼が舞い込む。依頼主は娘が海で溺れた可能性を示唆し、果たしてユーナの遺体は海に潜った彼女の夫によって発見される。だが、アーチャーはまるで遺体のある場所を最初から知っていたかのような夫の行動を不審に思い......。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ初期の作品を中心に構成された全7編の短編集です。まだ著者が本領を発揮する前の作品だけに、単純なプロットのごく普通のハードボイルド作品が多いのですが、中期以降を思わせる意外性と悲劇性を伴った作品もいくつかあります。その中でも、特に印象的なのが1946年発表の『女を探せ』です。この作品は第1回EQMM短編コンテスト入選作品であり、リュウ・アーチャーの初登場作でもあります(もっとも、この短編集に収録されるまで主人公はアーチャーではなく、別の名前になっていましたが)。応募先を意識してかハウダニットやホワイダニットに工夫を凝らした作風となっており、本格ミステリファンにもおすすめしやすい佳品です。他にも、法廷で事件の裁判を傍聴してほしいという奇妙な依頼から始まる『雲をつかむような女』や美術界を舞台に繰り広げられる『ひげのある女』などもトリッキーな展開を楽しめる作品に仕上がっています。
凶悪の浜(1956)
カリフォルニア州にある高級スイミングクラブに呼び出されたアーチャーは、その支配人であるバセットから彼がいま巻き込まれているトラブルの話を聞かされる。かつてこのクラブにはへスターという女性が勤めていたのだが、ある日突然行方不明になってしまう。しかも、彼女の夫のジョージは妻の失踪にバセットが関わっていると思い込み、さかんに脅迫電話をかけてくるというのだ。そのとき、ジョージがクラブに押し入り、ひと悶着起きる。その場は、アーチャーがジョージのためにへスターを探し、調査費用はバセットが持つということで収めたものの、この一件は単なる失踪事件ではないことが次第に明らかになってくる。2年前にクラブで起きた殺人事件との関連が濃厚になり、そして、新たな殺人が.........。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ中最も評判の悪い作品の一つです。とにかくプロットに厚みというものがなく、物語もハードボイルドのステレオタイプをなぞっているだけで面白みがありません。事件の手掛かりも向こうから勝手に転がりこんでくるといった感じでご都合主義が目立ちます。そのうえ、登場人物も類型的過ぎて魅力が皆無です。はっきりいって、習作の感が強かった『動く標的』や『魔のプール』あたりのほうが遥かに楽しめます。強いて褒める点を挙げるとすれば、ストーリーがシンプルな分、テンポがよくて読みやすいといったことぐらいでしょうか。くれぐれも、この作品を最初に手に取り、「ロス・マクドナルドってつまらない」などと思わないようにしましょう。
運命(1958)
アーチャーは夜明け前に叩き起こされる。ドアを開けるとそこにひどく怯えた様子の青年が立っていた。カールと名乗る青年は精神病院から脱走してきたといい、すべては兄や医者の陰謀だと訴える。さらには最近亡くなった上院議員の父の死についても疑惑があるというのだ。アーチャーは彼の訴えに心を動かされながらもひとまず病院に戻るように説得する。そして、車で病院まで送ることになったのだが、その途中でカールに襲いかかられ、車と拳銃を奪われてしまう.......。
◆◆◆◆◆◆
作者がシリーズのスタンスを大きく変化させるきっかけとなった作品です。ご都合主義的なアクションシーンやアーチャーの青臭さが時折垣間見られるなど初期の雰囲気を残しつつも、心理小説的な面が強調され、アーチャー自身の過去の罪を絡めながら内省的な作風に大きく舵を切っています。同時に、その後、定番となっていく家庭の悲劇が初めてメインテーマとして取り上げられている点も特筆に値します。精神的に病んでいる家族の個性と個性がぶつかりあって、陰鬱なラストへと流れ込むさまはなかなか衝撃的です。とはいうものの、その後に書かれた代表作群と比較すると、完成度はもう一歩及ばないといった感があります。中盤の展開がごたついていますし、真相の意外性も皆無です。その代わり、娘の非行問題に悩み、自身も神経症を患いながら書いたという物語は鬼気迫るものがあります。プロットの甘さを補って余りある力作です。
アーチャーは夜明け前に叩き起こされる。ドアを開けるとそこにひどく怯えた様子の青年が立っていた。カールと名乗る青年は精神病院から脱走してきたといい、すべては兄や医者の陰謀だと訴える。さらには最近亡くなった上院議員の父の死についても疑惑があるというのだ。アーチャーは彼の訴えに心を動かされながらもひとまず病院に戻るように説得する。そして、車で病院まで送ることになったのだが、その途中でカールに襲いかかられ、車と拳銃を奪われてしまう.......。
◆◆◆◆◆◆
作者がシリーズのスタンスを大きく変化させるきっかけとなった作品です。ご都合主義的なアクションシーンやアーチャーの青臭さが時折垣間見られるなど初期の雰囲気を残しつつも、心理小説的な面が強調され、アーチャー自身の過去の罪を絡めながら内省的な作風に大きく舵を切っています。同時に、その後、定番となっていく家庭の悲劇が初めてメインテーマとして取り上げられている点も特筆に値します。精神的に病んでいる家族の個性と個性がぶつかりあって、陰鬱なラストへと流れ込むさまはなかなか衝撃的です。とはいうものの、その後に書かれた代表作群と比較すると、完成度はもう一歩及ばないといった感があります。中盤の展開がごたついていますし、真相の意外性も皆無です。その代わり、娘の非行問題に悩み、自身も神経症を患いながら書いたという物語は鬼気迫るものがあります。プロットの甘さを補って余りある力作です。
ギャルトン事件(1959)
アーチャーはギャルトン家の顧問弁護士であるセイブルに呼び出され、ギャルトン家の未亡人であるマリアの息子を探してほしいといわれる。息子のアンサニィは家柄が不釣り合いな女性と結婚したため、20年前に家を追い出され、そのまま行方知れずになったというのだ。現在、マリアは重い病を患っており、命が尽きる前に息子と再会してすべてを許したいのだという。アーチャーは調査を開始するが、その直後にセイブルの下男が殺害される。それを聞いたアーチャーは現場に向かおうとしたものの、途中で何者かに車を奪われ......。
◆◆◆◆◆◆
アーチャーシリーズの方向性が完全に確立されたことで知られる作品です。家庭の問題をテーマに取り上げつつも、予想外なところで殺人が発生し、さらに、それが息子の失踪に絡んでくるという意外な展開を緻密な構成に基づいて組み立てているのが見事です。アーチャーの推理が二転三転するところなどもよくできた本格ミステリを読んでいるような満足感を味わうことができます。ただ、完全な本格ミステリとしてみた場合は犯行が行き当たりばったりで真相の意外性も今ひとつだという欠点はあります。しかし、ハードボイルドである本作にそこまで求めるのは酷というものでしょう。本格ミステリとハードボイルドのハイブリッド作品としての完成度は高く、また、ロス・マクドナルドにしては珍しい希望のあるラストも読みどころとなっています。シリーズを語る上で欠かせない傑作です。
ウィチャリー家の女(1961)
大富豪のホーマー・ウィチャリーは21歳になる娘・フィービーの捜索をアーチャーに依頼する。彼女は船で出掛けるホーマーを見送ったのち、霧の立ち込めるサンフランシスコの波止場から忽然と姿を消したのだ。調査を始めると、事件の当日、ホーマーの前妻であるキャサリンが現れてひと騒動あった事実が判明するが、ホーマー自身はそのことについて詳しく語ろうとはしなかった。アーチャーは疑念を覚えつつも、ひとまずフィーバーの住んでいた下宿を訪れることにするが.........。
アーチャーはギャルトン家の顧問弁護士であるセイブルに呼び出され、ギャルトン家の未亡人であるマリアの息子を探してほしいといわれる。息子のアンサニィは家柄が不釣り合いな女性と結婚したため、20年前に家を追い出され、そのまま行方知れずになったというのだ。現在、マリアは重い病を患っており、命が尽きる前に息子と再会してすべてを許したいのだという。アーチャーは調査を開始するが、その直後にセイブルの下男が殺害される。それを聞いたアーチャーは現場に向かおうとしたものの、途中で何者かに車を奪われ......。
◆◆◆◆◆◆
アーチャーシリーズの方向性が完全に確立されたことで知られる作品です。家庭の問題をテーマに取り上げつつも、予想外なところで殺人が発生し、さらに、それが息子の失踪に絡んでくるという意外な展開を緻密な構成に基づいて組み立てているのが見事です。アーチャーの推理が二転三転するところなどもよくできた本格ミステリを読んでいるような満足感を味わうことができます。ただ、完全な本格ミステリとしてみた場合は犯行が行き当たりばったりで真相の意外性も今ひとつだという欠点はあります。しかし、ハードボイルドである本作にそこまで求めるのは酷というものでしょう。本格ミステリとハードボイルドのハイブリッド作品としての完成度は高く、また、ロス・マクドナルドにしては珍しい希望のあるラストも読みどころとなっています。シリーズを語る上で欠かせない傑作です。
ウィチャリー家の女(1961)
大富豪のホーマー・ウィチャリーは21歳になる娘・フィービーの捜索をアーチャーに依頼する。彼女は船で出掛けるホーマーを見送ったのち、霧の立ち込めるサンフランシスコの波止場から忽然と姿を消したのだ。調査を始めると、事件の当日、ホーマーの前妻であるキャサリンが現れてひと騒動あった事実が判明するが、ホーマー自身はそのことについて詳しく語ろうとはしなかった。アーチャーは疑念を覚えつつも、ひとまずフィーバーの住んでいた下宿を訪れることにするが.........。
◆◆◆◆◆◆
長きに渡って『さむけ』と並んでシリーズツートップに位置づけられていた作品であり、読んでいなくてもタイトルは耳にしたことがあるという人は多いのではないでしょうか。その魅力はなんといっても、抑制のきいた文章によって上流階級の家庭の崩壊を克明に描いている点にあります。それはマクドナルド自身が実際に体験してきたことでもあり、その深みのある描写は他の追随を許しません。また、物語が進むにつれて絶望感が増していくプロットにも唸らされます。余韻が残る静かな幕切れも見事の一言です。一方、本作には本格ミステリさながらのトリックも用意されているのですが、そちらは少々無理があり、シリアスなドラマのリアリティを損なう結果となっています。近年ではそのことなどが理由で、本作の世評は以前ほど高くなくなっているという印象を受けます。
長きに渡って『さむけ』と並んでシリーズツートップに位置づけられていた作品であり、読んでいなくてもタイトルは耳にしたことがあるという人は多いのではないでしょうか。その魅力はなんといっても、抑制のきいた文章によって上流階級の家庭の崩壊を克明に描いている点にあります。それはマクドナルド自身が実際に体験してきたことでもあり、その深みのある描写は他の追随を許しません。また、物語が進むにつれて絶望感が増していくプロットにも唸らされます。余韻が残る静かな幕切れも見事の一言です。一方、本作には本格ミステリさながらのトリックも用意されているのですが、そちらは少々無理があり、シリアスなドラマのリアリティを損なう結果となっています。近年ではそのことなどが理由で、本作の世評は以前ほど高くなくなっているという印象を受けます。
縞模様の霊柩車(1962)
幼い頃に実母に見捨てられ、孤独を纏った奔放な女性に育ったハリエットは25歳になると50万ドルに及ぶ伯母の遺産を相続することになっていた。そんな彼女がメキシコから得体のしれない男を連れて帰ってくる。退役軍人で彼女の父であるブラックウェル大佐は画家だというその男が金目当てで娘に近づいたのではないかと疑う。しかも、彼の素性を調べるように依頼されたアーチャーが調査を開始した直後、ハリエットと男は忽然と姿を消してしまうのだった。
幼い頃に実母に見捨てられ、孤独を纏った奔放な女性に育ったハリエットは25歳になると50万ドルに及ぶ伯母の遺産を相続することになっていた。そんな彼女がメキシコから得体のしれない男を連れて帰ってくる。退役軍人で彼女の父であるブラックウェル大佐は画家だというその男が金目当てで娘に近づいたのではないかと疑う。しかも、彼の素性を調べるように依頼されたアーチャーが調査を開始した直後、ハリエットと男は忽然と姿を消してしまうのだった。
◆◆◆◆◆◆
『ウィチャリー家の女』と『さむけ』という2大有名作に挟まれ、割りを食っている感がありますが、実際のところはシリーズ最高傑作に挙げてもおかしくないほどの名品です。ただ、両作品と比べると今ひとつ凄みに欠け、地味な印象なのがマニアックな評価に留まっている要因なのでしょう。しかし、一方で、地道な捜査シーンの中にさりげなく伏線を張り巡らせ、終盤にかけて二転三転していく展開はミステリーとしての面白さに満ちています。そして、その中できっちりと悲劇性を演出してみせる手管が見事です。真相の意外性も申し分なく、本格ミステリとしても高く評価することができます。それだけに、物語としての単調さが評価を分けそうです。
さむけ(1964)
ある事件の証言をするために裁判所に出向いたアーチャーはそこでアレックス・キンケイドという名の青年に呼び止められる。新婚旅行の初日に謎の失踪を遂げた花嫁のドリーを探してほしいというのだ。調査をすると、アレックスが海岸で日光浴をしている間に灰色のアゴひげを生やした男がホテルにドリーを訪ねてきた事実が判明する。ただ、ドリーがその男と一緒に出て行ったわけではなく、男が帰ってからドリーが一人で出て行ったということらしかった。やがて、アゴひげの男はホテルの近くの酒屋で働くチャックという名の中年男だと判明する。彼の話によると、たまたま見かけたドリーが生き別れの娘によく似ていたのでホテルを訪ねて面会をしたが人違いだったという。だが、ほどなくチャックは姿をくらまし........。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ最高傑作というだけでなく、レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』やダシール・ハメットの『マルタの鷹』などと並んでハードボイルド小説の最高峰と目される名作中の名作です。まず、興味深い導入部で一気に読者を引き込み、以後も語り口に淀みというものがありません。展開が非常にスピーディである一方で、作品そのものからは渋みがにじみ出ているところに名品の香りがあります。とはいうものの、序盤は人間関係が錯綜してなかなか話が見えてこないので少々じれったく感じるかもしれません。しかし、過去の出来事が明るみになって事件の構図が一変してからは、怒涛の展開が続きます。そして、白眉といえるのがあの有名なラストシーンです。どんでん返しの衝撃と物語に深い余韻を与えてくれる結末はミステリー史に残るものでしょう。ミステリー好きなら見逃すことのできない必読の書です。
『ウィチャリー家の女』と『さむけ』という2大有名作に挟まれ、割りを食っている感がありますが、実際のところはシリーズ最高傑作に挙げてもおかしくないほどの名品です。ただ、両作品と比べると今ひとつ凄みに欠け、地味な印象なのがマニアックな評価に留まっている要因なのでしょう。しかし、一方で、地道な捜査シーンの中にさりげなく伏線を張り巡らせ、終盤にかけて二転三転していく展開はミステリーとしての面白さに満ちています。そして、その中できっちりと悲劇性を演出してみせる手管が見事です。真相の意外性も申し分なく、本格ミステリとしても高く評価することができます。それだけに、物語としての単調さが評価を分けそうです。
さむけ(1964)
ある事件の証言をするために裁判所に出向いたアーチャーはそこでアレックス・キンケイドという名の青年に呼び止められる。新婚旅行の初日に謎の失踪を遂げた花嫁のドリーを探してほしいというのだ。調査をすると、アレックスが海岸で日光浴をしている間に灰色のアゴひげを生やした男がホテルにドリーを訪ねてきた事実が判明する。ただ、ドリーがその男と一緒に出て行ったわけではなく、男が帰ってからドリーが一人で出て行ったということらしかった。やがて、アゴひげの男はホテルの近くの酒屋で働くチャックという名の中年男だと判明する。彼の話によると、たまたま見かけたドリーが生き別れの娘によく似ていたのでホテルを訪ねて面会をしたが人違いだったという。だが、ほどなくチャックは姿をくらまし........。
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シリーズ最高傑作というだけでなく、レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』やダシール・ハメットの『マルタの鷹』などと並んでハードボイルド小説の最高峰と目される名作中の名作です。まず、興味深い導入部で一気に読者を引き込み、以後も語り口に淀みというものがありません。展開が非常にスピーディである一方で、作品そのものからは渋みがにじみ出ているところに名品の香りがあります。とはいうものの、序盤は人間関係が錯綜してなかなか話が見えてこないので少々じれったく感じるかもしれません。しかし、過去の出来事が明るみになって事件の構図が一変してからは、怒涛の展開が続きます。そして、白眉といえるのがあの有名なラストシーンです。どんでん返しの衝撃と物語に深い余韻を与えてくれる結末はミステリー史に残るものでしょう。ミステリー好きなら見逃すことのできない必読の書です。
ドルの向こう側(1965)
大実業家の息子であるトムが少年院から脱走した。少年院の院長に彼の捜索を依頼されたアーチャーは、手掛かりを得るためにトムの実家を訪れる。そして、トムが誘拐され、身代金の要求があった事実を知るのだった。ひそかに調査を続けるアーチャーはやがてトムが年上の女と行動をともにしていたという情報を掴む。だが、彼が行きついたのは血まみれの女の死体だった......。
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本作もまたシリーズ最高傑作に推す人が多い作品であり、話が進むにつれてどんどん謎が深まっていき、やがて意外な真相にたどり着く展開はミステリーとして無類の面白さがあります。特に、犯人の正体を巧みに隠すミスディレクションの妙が見事です。同時に、家庭の悲劇をテーマにした物語はもはや円熟の域に達しており、若者のアイデンティティや親子間の断絶の問題をテーマにした物語は奥深く、芳醇な香りすら感じさせてくれます。アーチャーも初期の作品には見られなかった自然体のカッコよさがにじみ出ており、あらゆる点で隙のない傑作だといえます。
1965年ゴールドダガー賞受賞
ブラックマネー(1966)
銀行の重役の息子であるピーターから、フランス人らしい男の元に走った婚約者を連れ戻してほしいという依頼を受けるアーチャー。問題の男の素性を洗ってみると、どうやらラスベガスで悪い仲間とつるんでいるらしいことが判明する。育ちの良い娘が一体なぜ、そんな男の元に走ったのか?やがて、それは7年前に起きた入水自殺と結びついていく......。
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複雑な人間関係を紐解いて意外な真相にたどり着くという展開はいつもと同じなのですが、本作に限っては少々ヒネリすぎて切れ味が今ひとつな印象を受けます。それに、物語半ばまでこれといった事件が起きないので少々冗長に感じるのもマイナス点です。とはいえ、かなりのページを残して事件が解決したかと思えば新たな展開を見せたり、本作のヒロインで事件の中心人物でもある筈のジニーが最後までとらえどころがなかったりと変化球的な面白さがあります。また、依頼人のピーターと熟年の域に達したアーチャーの疑似親子的な関係も興味深く描かれています。完成度が高いとはいえないものの、単なる凡作として切って捨てるには惜しい作品です。
一瞬の敵(1966)
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複雑な人間関係を紐解いて意外な真相にたどり着くという展開はいつもと同じなのですが、本作に限っては少々ヒネリすぎて切れ味が今ひとつな印象を受けます。それに、物語半ばまでこれといった事件が起きないので少々冗長に感じるのもマイナス点です。とはいえ、かなりのページを残して事件が解決したかと思えば新たな展開を見せたり、本作のヒロインで事件の中心人物でもある筈のジニーが最後までとらえどころがなかったりと変化球的な面白さがあります。また、依頼人のピーターと熟年の域に達したアーチャーの疑似親子的な関係も興味深く描かれています。完成度が高いとはいえないものの、単なる凡作として切って捨てるには惜しい作品です。
一瞬の敵(1966)
高校に通うごく普通の少女のはずだったサンディがショットガン片手に家出をした。彼女の両親は前科者の恋人、デイヴィと一緒のはずなので連れ戻してほしいとアーチャーに依頼する。そして、一度は確保に成功したものの、隙をつかれて再び逃走を許してしまう。あとに残されたのは、サンディの父の雇い主であるハケットが所有している広大な地所の地図だけだった。果たして2人の狙いは何なのか?
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登場人物が多いうえに家系図まで登場し、人間関係はかなり錯綜しています。そのため、読んでいるとこんがらがってきそうになります。さらに、途中で状況が二転三転していくため、物語を理解するだけでも一苦労です。その代わり、終盤に入るとトリッキーな仕掛けが明らかになり、今まで不可解だった事象がロジカルに解けていくさまは見事としかいいようがありません。アメリカ社会における家庭の悲劇といういつものテーマがミステリーの謎を解くことで浮き彫りになっていく趣向も実によくできています。ただ、登場人物が多すぎるために存在意義がよくわからない人がいたり、プロットを無駄にこねくりまわしているような印象を受けたりする点は好き嫌いのわかれるところではないでしょうか。
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登場人物が多いうえに家系図まで登場し、人間関係はかなり錯綜しています。そのため、読んでいるとこんがらがってきそうになります。さらに、途中で状況が二転三転していくため、物語を理解するだけでも一苦労です。その代わり、終盤に入るとトリッキーな仕掛けが明らかになり、今まで不可解だった事象がロジカルに解けていくさまは見事としかいいようがありません。アメリカ社会における家庭の悲劇といういつものテーマがミステリーの謎を解くことで浮き彫りになっていく趣向も実によくできています。ただ、登場人物が多すぎるために存在意義がよくわからない人がいたり、プロットを無駄にこねくりまわしているような印象を受けたりする点は好き嫌いのわかれるところではないでしょうか。
別れの顔(1969)
アーチャーは弁護士からの依頼で盗まれた金の小箱の捜索を引き受ける。盗難の被害にあった婦人には事情があり、秘密裏に解決しなければならないというのだ。調査を続けていくうちに内部の人間が手引きをした可能性が濃厚となる。そして、最も怪しいのは婦人の一人息子であるニックだ。だが、事件はそれだけでは終わらず、アーチャーはニックと揉めていた男の死体に行きあたってしまう.......。
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本作も前作に負けず劣らず人間関係が錯綜していますが、その複雑さを我慢して読むだけの価値はあります。曖昧模糊とした事件の全体像が終盤で一気に組み上がっていくので、最後に大きなカタルシスを味わうことができるのです。しかも、本作はジャンル的にはサイコサスペンスであり、時代の先取り感が半端ありません。作者の精神分析や心理学に対する探究心が行きつくところまできたという感じがします。ずっしりと重い読み応えといい、後期マクドナルドを語るうえで外せない作品だといえるでしょう。ただ、真相そのものはいつもの本格ミステリに近い方向性ではなく、もろにサイコサスペンス的なオチになっているため、謎解きの面白さを期待した人は肩透かしをくらうかもしれません。
地中の男(1971)
山火事がサンタ・テレサを襲う。アーチャーは依頼人であるジーン・ブロードハーストとともにそのサンタ・テレサに向かっていた。ジーンの夫であるスタンリーが連れ出した息子のロニィを取り戻すためだ。スタンリーはロニィと正体不明のブロンド娘を連れだってサンタ・テレサに入っていったという。ほどなくスタンリーが発見される。ただし、彼は地中に埋められ、死体となっていた。一体誰が彼を殺したのか?そして、ロニィとブロンド娘の行方は?
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山火事の焼け跡から男の死体が埋められているのを発見するという一見派手な道具立てを用意しながらも、あくまでも落ち着いた筆致で描かれている点がいかにも後期アーチャーシリーズです。それだけに、迫りくる山火事がサスペンスを盛り上げる役割をあまり果たしていないのは不満の残るところです。そもそも、物語の大半が関係者に話を聞いて回るだけなので、むしろシリーズ後期の中でもかなり地味な部類の作品です。その代わり、残り3分の1ぐらいになってから二転三転し、謎解きとともに物語が収束していくさまはもはや名人芸の域だといえます。派手さはありませんが、円熟の極みを味わうことができる佳品です。
眠れる美女(1973)
石油流出事故によって海岸一帯は原油まみれになっていた。その地でアーチャーは鳥の死がいを抱きしめて泣いている美女と出会う。彼女の名はローレル・ラッソ。事故を起こした石油会社の社長であるジャック・レノックスの一人娘だった。アーチャーはその翳りのある美しさに魅了され、自分のアパートに彼女を連れて帰る。だが、彼女は致死量に達する睡眠薬を持ち出して姿を消してしまうのだった。夫のトムから調査依頼を取り付けたアーチャーはローレルの捜索を開始するが、やがて、父のジャックの元に身代金要求の電話がかかってくる.......。
◆◆◆◆◆◆
このころになると批評家たちからはマンネリ化や筆力の衰えなどが指摘されるようになりますが、それでも十分読み応えのある作品に仕上げているのがロス・マクドナルドの凄いところです。さすがに『さむけ』や『縞模様の霊柩車』といった全盛期の作品と比べると落ちますし、真相の意外性などには欠けるきらいはあるものの、本作においても二転三転するプロットは健在です。しかも、そのミステリー要素と重厚な人間ドラマが喧嘩し合うことなく、ひとつの物語として調和がとれている点はやはりマクドナルドならではの味わいだといえます。それに加え、痛ましく哀しいドラマを象徴する人物であるローレルの存在感がこの作品の魅力を押し上げています。ほぼ冒頭とラストにしか登場しないのですが、その儚げな雰囲気が読者に忘れ難い印象を与えてくれるのです。確かに、比喩が説明っぽくなっていたり、同じ表現が何度も繰り返されていたりと、ところどころに老いを感じさせる部分はあります。しかし、物語のクオリティは決して低くありません。むしろ晩年においてここまでの作品を生みだせることのほうが驚きです。
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山火事の焼け跡から男の死体が埋められているのを発見するという一見派手な道具立てを用意しながらも、あくまでも落ち着いた筆致で描かれている点がいかにも後期アーチャーシリーズです。それだけに、迫りくる山火事がサスペンスを盛り上げる役割をあまり果たしていないのは不満の残るところです。そもそも、物語の大半が関係者に話を聞いて回るだけなので、むしろシリーズ後期の中でもかなり地味な部類の作品です。その代わり、残り3分の1ぐらいになってから二転三転し、謎解きとともに物語が収束していくさまはもはや名人芸の域だといえます。派手さはありませんが、円熟の極みを味わうことができる佳品です。
眠れる美女(1973)
石油流出事故によって海岸一帯は原油まみれになっていた。その地でアーチャーは鳥の死がいを抱きしめて泣いている美女と出会う。彼女の名はローレル・ラッソ。事故を起こした石油会社の社長であるジャック・レノックスの一人娘だった。アーチャーはその翳りのある美しさに魅了され、自分のアパートに彼女を連れて帰る。だが、彼女は致死量に達する睡眠薬を持ち出して姿を消してしまうのだった。夫のトムから調査依頼を取り付けたアーチャーはローレルの捜索を開始するが、やがて、父のジャックの元に身代金要求の電話がかかってくる.......。
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このころになると批評家たちからはマンネリ化や筆力の衰えなどが指摘されるようになりますが、それでも十分読み応えのある作品に仕上げているのがロス・マクドナルドの凄いところです。さすがに『さむけ』や『縞模様の霊柩車』といった全盛期の作品と比べると落ちますし、真相の意外性などには欠けるきらいはあるものの、本作においても二転三転するプロットは健在です。しかも、そのミステリー要素と重厚な人間ドラマが喧嘩し合うことなく、ひとつの物語として調和がとれている点はやはりマクドナルドならではの味わいだといえます。それに加え、痛ましく哀しいドラマを象徴する人物であるローレルの存在感がこの作品の魅力を押し上げています。ほぼ冒頭とラストにしか登場しないのですが、その儚げな雰囲気が読者に忘れ難い印象を与えてくれるのです。確かに、比喩が説明っぽくなっていたり、同じ表現が何度も繰り返されていたりと、ところどころに老いを感じさせる部分はあります。しかし、物語のクオリティは決して低くありません。むしろ晩年においてここまでの作品を生みだせることのほうが驚きです。
ブルー・ハンマー(1976)
一通の手紙を残し消息を絶った幻の画家、リチャード・チャントリー。彼の作品だとされる絵が盗まれ、アーチャーはそれを取り戻してほしいという依頼を受ける。だが、チャントリーの妻を訪ねてみると、その絵は夫の作品ではないという。それではなぜ、問題の絵がチャントリーの作品だといわれ続けているのか?やがて、アーチャーがたどり着いたのは画家を巡る錯綜した人間関係とそれに絡んだ過去の殺人事件だった。
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いつもの人探しとは異なり、今作は絵探しから物語が転がっていくという展開になっています。その影響なのか、作品の雰囲気がいつもより明るめなのが目を引きます。それに加え、50代のアーチャーが恋煩いをし、若い女性と結ばれるのだから驚きです。一方、ミステリーとしては二転三転どころか、四転五転し、謎解きの面白さを存分に味あわせてくれます。真相そのものはマクドナルド作品のパターンを知っていればそれほど意外ではないのですが、そこにたどり着くまでの道筋が波乱万丈で読み応えがあるのです。全体的に見ればやや迷走している感があるものの、本作には中期から後期にかけての陰鬱で重厚なミステリーから脱却し、新しい作風を確立しようとする意志が感じ取れます。このまま順調に作品を発表し続けていたならば、今までに味わったことのない新たなマクドナルド作品を楽しむことができたはずです。それだけに、アルツハイマーの発症によって、これが遺作になってしまったことが惜しまれます。
おわりに
作家としては妻のマーガレット・ミラーと共に大成功を収めたロス・マクドナルドですが、その私生活は決して幸福なものではありませんでした。まず、1956年に一人娘のリンダが飲酒運転でひき逃げをし、マスコミに大々的に報道されることになります。その後、リンダは保護観察処分を受けながらも大学に進学しますが、1959年には失踪事件を起こします。そして、マクドナルドは娘の行方を追うために睡眠もろくにとらずに駆け回り、結果として健康を著しく損ねることになってしまうのです。結局、リンダはマクドナルドが雇った探偵によって無事に保護されたものの、1970年に薬物の大量摂取によって30歳の若さでこの世を去っています。マクロナルド自身もその7年後にアルツハイマーを発症させ、1983年に67歳で亡くなっています。予想外の不幸の連鎖にいささか驚いてしまいますが、そのおかげで作家として一皮むけ、『さむけ』をはじめとする名作の数々を生みだすことができたのだと思うと人生の皮肉を感じずにはいられません。
【元祖警察小説】おすすめ!87分署シリーズ【エド・マクベイン】
最新更新日2021/06/04☆☆☆
1841年に『モルグ街の殺人』が登場して以来、ミステリー小説の世界における警官たちは長い間無能の代名詞でした。事件の謎を解くのはいつも名探偵で、警官はその引き立て役にすぎなかったのです。1920年代にはF・W・クロフツがデビューしたことによって、警察官が探偵役を務める作品も徐々に増え始め、ようやく警官=無能な存在というステレオタイプからの脱却が試みられるようになります。さらに、単に名探偵を警官に置き換えるだけでなく、組織としての警察に着目し、警察小説というスタイルを完成させたのがエド・マクベインです。彼が発表した87分署シリーズは既存のミステリーにはなかった群像劇の面白さに満ちており、たちまち大人気となります。その影響力は大きく、他の作家も次々と警察小説を発表し、映画やテレビでも刑事ドラマが盛んに制作されるようになりました。そして、87分署自体の人気も衰えることはなく、作者が亡くなる2005年まで新作が発表され続けることになります。まだ読んだことがないという人のために、全56作の中から、特におすすめの作品を紹介していきます。
1841年に『モルグ街の殺人』が登場して以来、ミステリー小説の世界における警官たちは長い間無能の代名詞でした。事件の謎を解くのはいつも名探偵で、警官はその引き立て役にすぎなかったのです。1920年代にはF・W・クロフツがデビューしたことによって、警察官が探偵役を務める作品も徐々に増え始め、ようやく警官=無能な存在というステレオタイプからの脱却が試みられるようになります。さらに、単に名探偵を警官に置き換えるだけでなく、組織としての警察に着目し、警察小説というスタイルを完成させたのがエド・マクベインです。彼が発表した87分署シリーズは既存のミステリーにはなかった群像劇の面白さに満ちており、たちまち大人気となります。その影響力は大きく、他の作家も次々と警察小説を発表し、映画やテレビでも刑事ドラマが盛んに制作されるようになりました。そして、87分署自体の人気も衰えることはなく、作者が亡くなる2005年まで新作が発表され続けることになります。まだ読んだことがないという人のために、全56作の中から、特におすすめの作品を紹介していきます。
警官嫌い(1956)
アイラソという街を担当している87分署は慢性的な人手不足であり、そこで働く刑事たちは次々と起きる事件の捜査に追われていた。しかも、今回の被害者は仲間である刑事だったのだ。キャレラ刑事を始めとする87分署の面々は犯人に対する怒りに燃える。だが、そんな刑事たちをあざ笑うかのように新たな犠牲者が生まれ、ついにはキャレラの相棒まで殺されてしまう。果たして犯人は何のために警官殺しを続けるのか?
◆◆◆◆◆◆
警察小説の基本スタイルを完成させた記念すべき作品です。本作が従来の探偵小説と異なるのは物語が群像劇になっている点です。話の中心に探偵を据えるのではなく、個性的な刑事を何人も登場させてそれぞれの活躍を描いているため、重層的な面白さがあります。また、刑事同士のさりげない軽口すら魅力的に感じるのもこのシリーズならではです。本作の場合は、導入部が非常に印象的で、その時点で一気に物語に引き込まれます。古典的な探偵小説とは異なり、捜査の進行状況がつぶさに描かれているのも画期的です。しかも、テンポが非常によくてサクサク読むことができます。さすがに、警察小説というジャンルを確立した作品だけのことはあります。ただ、謎解きについては見るべき点は少なく、犯人の狙いは本格ミステリを読み慣れている人ならすぐにピンとくるレベルです。その代わり、本作の犯人の造形が強烈で、一読後に忘れ難い印象を与えてくれます。とにもかくにも、警察小説とは何かを知るためには格好の教科書といえる、歴史的意義の高い一作です。
通り魔(1956)
アイソラの町で繰り返される通り魔事件。しかも、その犯人が一風変わっており、女性から金品を奪ったあとで、「グリフォードはお礼申し上げます。マダム」と言いながら一礼して去っていくというのだ。やがて、通り魔事件は殺人へと発展し、87分署の面々は犯人逮捕に向けて懸命な捜査を続けるが.....。
◆◆◆◆◆◆アイソラの町で繰り返される通り魔事件。しかも、その犯人が一風変わっており、女性から金品を奪ったあとで、「グリフォードはお礼申し上げます。マダム」と言いながら一礼して去っていくというのだ。やがて、通り魔事件は殺人へと発展し、87分署の面々は犯人逮捕に向けて懸命な捜査を続けるが.....。
はっきりいって、本作はシリーズの中でとりたてて突出したものではありません。完成度だけでいえば、標準よりやや上といったところでしょうか。しかし、87分署シリーズの魅力を確立したという意味では極めて重要な作品だといえます。まず、刑事たちの生活や町の様子などが丹念に描かれ、群像劇としての面白さを明確にしたのは本作からです。また、主人公のキャレラが新婚旅行で不在というのもこのシリーズが群像劇だということを強く印象付ける結果となっています。そのうえ、複数の事件を並行して追うモジュラー型ミステリーの萌芽がみられるのにも興味深いものがあります。そして、なんといてっも、本作最大の見どころといえるのがクリングの活躍です。前作の『警官嫌い』では銃弾を受けて負傷したクリングですが、本作では手柄を立ててパトロール警官から刑事へ昇進し、シリーズにおける主要キャラの座を確かなものにします。さらに、運命の女性、クレアとの出会いが描かれている点も見逃せません。シリーズを通して楽しみたいのなら、最初に『警官嫌い』とセットで読んでおくことをおすすめします。
ハートの刺青(1957)
親指と人差し指の間に”MAC”という文字が書かれたハートの刺青の入った女性とおぼしき腐乱死体が発見される。刺青以外にこれといった手掛かりがないため、キャレラたちは刺青師たちを中心に聞き込みを開始する。そして、被害者の身元を洗いながら犯人を突き止めようとするのだが.......。
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極めてシリアスな殺人事件の捜査の合間に、ユーモアを感じさせる結婚詐欺事件が挿入され、ほどよい具合に箸休めの役割を果たしています。そして、後半に入ると一気にサスペンスの度合いが増してくるというメリハリの利いた展開が見事です。なかでも、特に注目すべきがキャレラ刑事の妻で聾唖者のテディ・キャレラの存在です。彼女は一般市民に過ぎないのですが、危険を覚悟で事件の渦中に飛び込み、その解決に大きな役割を果たすことになります。まず、前半で彼女がどういった人物なのかを丹念に描き、そのうえで後半の大活躍に結び付けていくわけです。テディはこのシリーズのメインヒロインというべき存在ですが、本作によってその魅力が一気に花開いたといえます。
被害者の顔(1958)
酒屋で殺人事件が発生する。被害者はアニーという32歳の女性で、自分の娘を母親に預けて働きにきていたという。店主によると、アニーはしっかりとした女性で酒はほとんど飲まないし、勤務態度も申し分なかったという話だった。だが、彼女の母親はアニーのことを遊ぶことで頭が一杯のあまり賢いとはいえない娘だったと話す。その後も、銀行員は教養のある上品な女性だといい、弁護士は母親失格の呑んだくれだと証言するといった具合に、彼女の印象は人によってさまざまだった。果たして本当の彼女はどれで、一体どのアニーが殺されたのだろうか?
酒屋で殺人事件が発生する。被害者はアニーという32歳の女性で、自分の娘を母親に預けて働きにきていたという。店主によると、アニーはしっかりとした女性で酒はほとんど飲まないし、勤務態度も申し分なかったという話だった。だが、彼女の母親はアニーのことを遊ぶことで頭が一杯のあまり賢いとはいえない娘だったと話す。その後も、銀行員は教養のある上品な女性だといい、弁護士は母親失格の呑んだくれだと証言するといった具合に、彼女の印象は人によってさまざまだった。果たして本当の彼女はどれで、一体どのアニーが殺されたのだろうか?
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キャレラ刑事と並ぶシリーズの看板キャラ、コットン・ホース刑事が初めて登場する回です。本作では赴任早々容疑者に逃げられるという大失態を犯し、一念奮起して同僚たちからの信頼を取り戻すまでが描かれています。一方、メインの事件である女性店員殺しの方は食い違う証言に困惑しながらも、足を使って被害者の実像に迫っていくプロセスに捜査小説としての面白さがあります。また、87分署シリーズとしては珍しく時刻表を用いたアリバイ崩しの趣向が盛り込まれているのもユニークです。もちろん、本格ミステリではないのでそれほど凝ったものではありませんが、ちょっとしたアクセントとして効果的に作用しています。テンポが良く、サクサクと読める初期の良作です。
キングの身代金(1959)
キャレラ刑事と並ぶシリーズの看板キャラ、コットン・ホース刑事が初めて登場する回です。本作では赴任早々容疑者に逃げられるという大失態を犯し、一念奮起して同僚たちからの信頼を取り戻すまでが描かれています。一方、メインの事件である女性店員殺しの方は食い違う証言に困惑しながらも、足を使って被害者の実像に迫っていくプロセスに捜査小説としての面白さがあります。また、87分署シリーズとしては珍しく時刻表を用いたアリバイ崩しの趣向が盛り込まれているのもユニークです。もちろん、本格ミステリではないのでそれほど凝ったものではありませんが、ちょっとしたアクセントとして効果的に作用しています。テンポが良く、サクサクと読める初期の良作です。
キングの身代金(1959)
製靴会社の重役であるダグラス・キングは会社乗っ取りを画策し、そのための資金を準備していた。だが、それを実行する直前に専属運転手の息子が誘拐される。犯人はキングの息子と間違えて運転手の息子を誘拐したのだ。しかし、いずれにしても、子供を解放してもらうには金を支払わなければならない。犯人の要求額は50万ドルという大金だった。血の繋がっていない子供のために長年の夢をあきらめなければならないのか。キングは逡巡するが........。
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黒澤明監督の代表作の一つである、映画『天国と地獄』の原作として有名な作品です。同時に、誘拐を扱ったミステリー小説の古典的傑作としても知られています。ただ、取り違え誘拐という趣向が目を引くものの、ミステリーとしてそれほど大きな仕掛けがあるわけではありません。それでは、本作の見どころはどの辺にあるのかというと、濃密な人間ドラマです。身代金を払うかどうかで妻とキングの間で繰り広げられる口論や誘拐相手を取り違えたことによって罪の意識に苛まれる犯人といった描写を交えながらドラマを盛り上げていく筆の冴えは見事としかいいようがありません。重厚かつノンストップな展開にページをめくる手が止まらなくなります。なお、本作と映画『天国と地獄』では途中のプロセスや結末が随分と違ったものになっています。その点を踏まえて両者を比較してみるのも一興ではないでしょうか。
殺意の楔(1959)
87分署の刑事部屋に突然、拳銃とニトログリセリンの入った瓶を持った女が押し入ってくる。目的はキャレラに逮捕されて獄中死した夫の復讐だ。しかし、肝心のキャレラは事件の捜査で外出中だった。女は刑事たちの武装を解除させ、刑事部屋に立て籠る。そして、もし外部と連絡しようとすればニトログリセリンの入った瓶を拳銃で撃ち抜くと宣言するのだった。その頃、キャレラは一見自殺に見える事件を検分している最中だった。現場は密室状態であり、自殺しかありえないはずだが、キャレラは不審な点に気づいて他殺を疑う.....。
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立て籠りサスペンスの元祖的作品です。冒頭から一気にスリリングなシチュエーションへと流れ込み、刑事たちが女性一人に手も足も出ないという息詰まる状況が続きます。必死に外部に連絡しようとする刑事たちの行動や刑事部屋に来客が訪れて事件に巻き込まれる人間が増えていく展開は手に汗握ります。一方、並行して描かれているのは、87分署シリーズでは珍しい密室殺人の謎です。トリック自体はたわいのないものですが、立て篭もり事件の状況と密室殺人の真相がダブルミーイングとなってタイトルにかかっていくところが気が利いています。なお、本作はシリーズの代表作の一つに数えられており、犯人が人質をとって立て籠るというプロットはその後の刑事ドラマなどにも大きな影響を与えることになります。まさに警察小説の古典的傑作です。ただ、現代の読者が読むと手垢のついた手法に感じられ、物足りなさを感じるかもしれません。
電話魔(1960)
カルヴァー街にあるラスキン婦人服店は度重なる脅迫電話に悩まされていた。4月30日までに店をたたまないと店主を殺すというのだ。マイヤー刑事が相談を受けて捜査をすることになるが、被害は拡大の一途をたどる。脅迫電話を受けた店の数は23軒にまで増え、頼んだ覚えのない品が次から次へと届けられるようになったのだ。そのうえ、4月1日には近くの公園から全裸の男の射殺死体が発見される。一連の事件の影には”補聴器をした男”の影が見え隠れし.......。
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不可解な出来事が起きるが犯人の狙いが全く分からないという、シャーロック・ホームズの『赤毛連盟』のオマージュ的作品です。最初は小さな事件から始まり、どんどんことが大きくなっていくサスペンス感がたまりません。しかも、『赤毛連盟』のパターンと思わせておいて裏をかくプロットがよくできています。そして、見逃せないのが87分署の宿敵というべきデフ・マンが初登場する点です。常に確率で犯罪を語るこの犯人が印象的で、その後のシリーズを大いに盛り上げてくれます。
クレアが死んでいる(1961)
10月の夕暮れ時。バート・クリングは刑事部屋の電話で恋人のクレアと話をしていた。これから会う約束をしていたのだ。ところが、カルヴァー街の本屋で銃の乱射事件が起きたとの報が入る。現場に駆け付けたクリングたちが見たのは、血まみれになった3人の男とクレアの死体だった。87分署の面々は怒りに燃え、一刻も早く犯人を挙げようと奮闘するが.......。
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本作は、シリーズ第2弾の『通り魔』から登場し、クリングと仲睦まじい姿を見せていたクレアが殺されるという衝撃的なシーンから始まります。最愛の女性を失ったクリングの哀しみやそれを気遣う87分署の面々の様子が情感たっぷりに描かれており、ヒューマンドラマとして味わい深い作品に仕上がっています。同時に、執念の捜査の末に徐々に真相が明らかになっていくプロセスもスリリングです。シリーズの中でもドラマ性の高さは屈指の作品だといえるでしょう。ちなみに、本作は1981年に市川崑監督、水谷豊主演で『幸福』のタイトルで映画化もされています。
10プラス1(1963)
貿易会社の副社長が一発の弾丸によって命を落とす。だが、それは始まりに過ぎなかった。犯人は308口径ライフルを用い、次々と犠牲者を血に染め上げていく。そして、ついには現職の地方検事補まで凶弾に倒れてしまったのだ。ここに至り、87分署だけの問題ではなくなり、アイソラ市警挙げての総力戦の様相を示してくる。無差別に市民を狙撃していく犯人の動機は一体?
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シリーズ第1弾の『警官嫌い』以上に派手な連続殺人事件が描かれています。しかし、『警官嫌い』が終始ピリピリとした雰囲気だったのに対して、本作は妙に詩的で美しく描かれる殺害場面、淡々としたなかにもとぼけたユーモアを交えた捜査場面、犠牲者の家族が死を悲しむウエットな場面といった具合に、メリハリを利かせた描写が印象に残ります。また、本作では被害者同士のつながりがわからず、いわゆるミッシングリンクの謎を解くことが主眼となっているのですが、トリッキーな仕掛けがあるわけではありません。あくまでも丹念な捜査によって隠された関係性が浮かび上がってくるのです。そのため、本格ミステリのような展開を期待した人には物足りなさが残るかもしれませんが、リアリティ重視の捜査小説としては非常によくできています。シリーズ初期を締めくくるに相応しい佳品です。
われらがボス(1973)
パトロール中の警官がどぶ板の下の溝に遺棄されている6体の死体を発見する。彼らは性別も年齢も人種もバラバラで死体の中には赤ん坊も混じっていた。しかも、全員身元がわからないのだ。捜査の末、事件の裏にはヤンキー反乱軍、死人の首、赤い復讐天使という3つのギャング団の抗争が関係していることが判明する。そして、事件発覚から1週間後。87分署の刑事部屋にはヤンキー反乱軍のボスであるランドールがいた。彼の口から語られる事件の真相とは?
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本作は、序盤で犯人が逮捕されたことが明らかにされ、犯人自身の口から事件の詳細が語られていきます。そのため、犯人探しの面白さは皆無です。代わりに、犯人逮捕までの一週間の捜査の過程や自供によってこの事件の中心人物であるボスの異常性が徐々に浮かび上がってくる点が読みどころとなっています。その他にもいろいろとプロットに工夫を凝らしており、この時期に顕著になってきたシリーズのマンネリ化から脱却しようとする試みがなされています。お約束のパターンだけでは飽き足らなくなったという人におすすめしたい、実験色が強い異色作です。
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本作は、序盤で犯人が逮捕されたことが明らかにされ、犯人自身の口から事件の詳細が語られていきます。そのため、犯人探しの面白さは皆無です。代わりに、犯人逮捕までの一週間の捜査の過程や自供によってこの事件の中心人物であるボスの異常性が徐々に浮かび上がってくる点が読みどころとなっています。その他にもいろいろとプロットに工夫を凝らしており、この時期に顕著になってきたシリーズのマンネリ化から脱却しようとする試みがなされています。お約束のパターンだけでは飽き足らなくなったという人におすすめしたい、実験色が強い異色作です。
凍った街(1983)
真冬の路上で麻薬の売人は冷たい躯となって路上に転がっていた。そして、次はダンサーが犠牲となる。2人の殺害に用いられたのは同じ拳銃だった。記録的な寒波の中で87分署の面々は懸命な捜査を続けるが、被害者同士を結ぶ線は何も出てこない。そして、今度は同じ手口で宝石商が殺され......。
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このシリーズにしては珍しく、かなり長大な作品となっています。それだけに内容も充実しており、愛情の深さを感じさせるキャレラとテディのエピソード、クリングの新たな恋、アイリーンの初々しい恋愛模様といった具合に、レギュラー陣のプライベートの描写も盛りだくさんです。普通のミステリーであれば、本筋に関係のないシーンは冗長に感じてしまいがちですが、シリーズに慣れ親しんだ読者にとってはレギュラー陣一人一人に焦点を当てた描写は魅力的なものに感じるはずです。一方、事件の方も犯人サイドがあの手この手を仕掛けていく中、執念の捜査によって真相に近づいていくプロセスは非常に読み応えがあります。そして、その末に迎える終盤の怒涛の展開が見事です。ぎっしりと中身が詰まった雄編であり、読後の満足度はかなりのものです。
稲妻(1984)
街灯からぶら下がっている若い女の絞殺死体。ジェネロ刑事が目撃した光景はまるで西部劇の一場面のようだった。一体誰がこんな奇怪な犯行を実行したというのか?宿敵たるデフ・マンの影に色めき立つ87分署の面々だったが、それをあざ笑うかのように第2、第3の殺人が発生する。一方、その頃、特捜班のバークは強姦魔逮捕のために危険な囮捜査に身を投じていた。果たして異常な連続殺人と命がけの囮捜査の行方は?
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デフ・マンの影を感じながらの捜査過程が非常にスリリングで読み応えがあります。また、最後に判明する犯人の動機も意表をつくもので、大いに驚かせてくれます。ただ、人によってはリアリティがないと感じる可能性もあり、その点は賛否の分かれるところです。ともあれ、全く姿を見せないのにもかかわらず、デフ・マンの存在を全編を通して強く感じる点が印象的です。シリーズものならではの趣向が光る佳品だといえます。
街灯からぶら下がっている若い女の絞殺死体。ジェネロ刑事が目撃した光景はまるで西部劇の一場面のようだった。一体誰がこんな奇怪な犯行を実行したというのか?宿敵たるデフ・マンの影に色めき立つ87分署の面々だったが、それをあざ笑うかのように第2、第3の殺人が発生する。一方、その頃、特捜班のバークは強姦魔逮捕のために危険な囮捜査に身を投じていた。果たして異常な連続殺人と命がけの囮捜査の行方は?
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デフ・マンの影を感じながらの捜査過程が非常にスリリングで読み応えがあります。また、最後に判明する犯人の動機も意表をつくもので、大いに驚かせてくれます。ただ、人によってはリアリティがないと感じる可能性もあり、その点は賛否の分かれるところです。ともあれ、全く姿を見せないのにもかかわらず、デフ・マンの存在を全編を通して強く感じる点が印象的です。シリーズものならではの趣向が光る佳品だといえます。
魔術(1988)
ハロウィンの夜に仮面姿の子供たちが酒場に駆け込み、「ごちそうしないといたずらするぞ」と叫ぶ。そして、手にした銃で店主を射殺するのだった。一方で、87分署に飛び込んできた女はマジックショーの途中で奇術師の夫が突然姿を消したと訴える。さらに、市内では胴体を切断された男の死体が発見され......。
◆◆◆◆◆◆
複数の事件が並行して描かれることの多い87分署シリーズですが、ハロウィンをテーマにした本作では居酒屋連続強盗、マジシャン消失事件、バラバラ死体の謎、婦女暴行殺人といった具合に、いつも以上に次から次へとバラエティに富んだ事件が起きます。まさにお祭り騒ぎです。しかも、メインの2つの事件はちょっとしたヒネリもあり、意外な展開を楽しむことができます。ハロインの馬鹿騒ぎと警察小説の面白さを巧みに掛け合わしたモジュラー型ミステリーの傑作です。
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複数の事件が並行して描かれることの多い87分署シリーズですが、ハロウィンをテーマにした本作では居酒屋連続強盗、マジシャン消失事件、バラバラ死体の謎、婦女暴行殺人といった具合に、いつも以上に次から次へとバラエティに富んだ事件が起きます。まさにお祭り騒ぎです。しかも、メインの2つの事件はちょっとしたヒネリもあり、意外な展開を楽しむことができます。ハロインの馬鹿騒ぎと警察小説の面白さを巧みに掛け合わしたモジュラー型ミステリーの傑作です。
マネー、マネー、マネー(2001年)
クリスマスが間近に迫ったアイソラの町でショッキングな事件が発生する。動物園でライオンに食いちぎられた女性の死体が発見されたのだ。捜査の結果、被害者は空軍の元パイロットで、麻薬の運び屋をしていたことが判明する。どうやら、事件の背後には国際的な偽札造りの組織が存在しているらしい。しかも、そこに、シークレットサービスやテロリストらが絡み、事態は収拾のつかない混沌へと向かっていく......。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ51作目の本作は珍しく国際謀略ものの要素を加味した作品に仕上がっています。ご当地警察小説にしてはスケールが大きすぎる気もしますが、シリーズならではの魅力はいささかも損なわれていません。短いセンテンスを積み重ねながらテンポよく読ませることで、目先を変えながらも見事にいつもの87分署ワールドを構築することに成功しているのです。そこには、エド・マクベインならではの熟練の技があります。晩年を代表する逸品です。
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シリーズ51作目の本作は珍しく国際謀略ものの要素を加味した作品に仕上がっています。ご当地警察小説にしてはスケールが大きすぎる気もしますが、シリーズならではの魅力はいささかも損なわれていません。短いセンテンスを積み重ねながらテンポよく読ませることで、目先を変えながらも見事にいつもの87分署ワールドを構築することに成功しているのです。そこには、エド・マクベインならではの熟練の技があります。晩年を代表する逸品です。
最後の旋律(2005)
盲目のヴァイオリン奏者、化粧品販売の女性と、全く無関係の人々が次々と銃殺されていく。しかも、いくら調べても同じブロックに住んでいたということ以外に被害者同士をつなぐ糸が全く見えてこないのだ。被害者が増え続ける中、キャレラ、マイヤー、ホースといった敏腕刑事を総動員しての懸命の捜査が続くが.....。
◆◆◆◆◆◆
半世紀の間、コンスタントに発表され続けていた87分署シリーズの最終作です。とはいっても、作者の死によって自動的に終了したため、特にグランドフィナーレ的な趣向があるわけではありません。物語のほうはこのシリーズではおなじみのミッシングリンクもので、動機を解明するプロセスが興味深く描かれています。もっとも、警察の捜査の合間に犯人サイドの描写が挿入されるという構成になっているため、犯人探しの面白さは皆無です。その代わり、刑事たちのプライベートシーンが丹念に描かれていて、シリーズのファンにとっては感慨深いものがあります。ちなみに、キャレラ夫婦の双子の娘は13歳になっており、作中では1作目から14~15年の歳月が過ぎたことを示唆しています。その辺りの時の流れを踏まえたうえで、この最終作をじっくりと味わってほしいところです。
盲目のヴァイオリン奏者、化粧品販売の女性と、全く無関係の人々が次々と銃殺されていく。しかも、いくら調べても同じブロックに住んでいたということ以外に被害者同士をつなぐ糸が全く見えてこないのだ。被害者が増え続ける中、キャレラ、マイヤー、ホースといった敏腕刑事を総動員しての懸命の捜査が続くが.....。
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半世紀の間、コンスタントに発表され続けていた87分署シリーズの最終作です。とはいっても、作者の死によって自動的に終了したため、特にグランドフィナーレ的な趣向があるわけではありません。物語のほうはこのシリーズではおなじみのミッシングリンクもので、動機を解明するプロセスが興味深く描かれています。もっとも、警察の捜査の合間に犯人サイドの描写が挿入されるという構成になっているため、犯人探しの面白さは皆無です。その代わり、刑事たちのプライベートシーンが丹念に描かれていて、シリーズのファンにとっては感慨深いものがあります。ちなみに、キャレラ夫婦の双子の娘は13歳になっており、作中では1作目から14~15年の歳月が過ぎたことを示唆しています。その辺りの時の流れを踏まえたうえで、この最終作をじっくりと味わってほしいところです。
【異種格闘技戦】総合系格闘技漫画の歴史【ストリートファイト】
最新更新日2021/06/03☆☆☆
数ある漫画の中でも、格闘技漫画は男性読者が最も胸躍らせるジャンルの一つです。しかも、ボクシングや柔道といった競技スポーツではなく、なんでもありのファイトの場合はさまざまな闘い方が考えられ、どこまでも想像力がふくらんでいきます。そこで、今回は格闘技漫画の中から、ストリートファイト・異種格闘技戦・総合格闘技などといった、なるべくなんでもありに近いスタイルの作品をピックアップして紹介していきます。ただし、主人公が武器を持って闘ったり、超能力の類を使ったりするものは対象外です。あらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
※西暦表記は連載を開始した(描き下ろしの場合は単行本の初巻を発売した)年です。
1971年
空手バカ一代(原作:梶原一騎/作画:つのだじろう、影丸譲也)
1945年。特攻隊の生き残りである大山倍達はヤクザの用心棒をしながら生計を立てていたが、吉川英治の『宮本武蔵』に感銘を受けて一念奮起。空手の道を究めようと山籠りを行う。厳しい修行を経て山を下りた大山は、その成果を確かめるべく戦後初めて行われた日本空手選手権に出場する。ところが、予想以上にあっさりと優勝してしまい、拍子抜けしてしまうのだった。現代の空手は負傷を恐れるあまり寸止めルールを徹底した結果、武道としての本質をすっかり失っていたのだ。大山はそんな現状を空手ダンスと揶揄し、空手界を敵に回してしまう。空手界から追放された大山は本当の空手の強さを証明するべく牛や熊と戦い、さらには、渡米してプロレスラーやボクサーと死闘を繰り広げていくが......。
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1972年
ボディガード牙(原作:梶原一騎/作画:中城健)
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空手バカ一代と同じく、大山倍達や極真空手をモデルにした格闘技漫画です。ただし、空手バカ一代が実録漫画の体裁を取っていたのに対して、本作はあくまでもフィクションとして描かれている点に大きな違いがあります。しかも、対象読者が少年から大人へと変わったため、過激な描写が大幅に増えているのが特徴です。ちなみに、この『ボディガード牙』には続編として『カラテ地獄変・牙』『新カラテ地獄変』があり、全3部作になっているのですが、新しくなるほど作中では時代をさかのぼっていくという変則的な構成をとっています。そのため、復刻版では時系列順に並べ直し、牙直人の師匠である大東徹源の若き日を描いた『新カラテ地獄変』が『正編カラテ地獄変』、牙直人が空手の修行をしてボディガードになるまでを描いた『カラテ地獄変・牙』が『カラテ地獄変』、そして、『ボディガード牙』が『続・カラテ地獄変』となっている場合もあるので注意が必要です。なお、肝心の内容のほうですが、最初の『ボディガード牙』は正直それほど面白くありません。絵柄が不安定であり、アピールポイントであるはずのバイオレンスシーンも今ひとつ地味でどうにも中途半端なのです。それが、牙直人の過酷な過去を描いた『カラテ地獄変・牙』からぐっと面白くなります。過激なバイオレンスシーンに加えて、牙直人が最初に空手を教わる女空手家の火野原奈美が作品に鮮烈な印象を与えてくれます。そして、『新カラテ地獄変』は主人公のモデルが大山倍達であるため、空手バカ一代と重複するところが多いのですが、それはあくまでも表面的なものにすぎません。梶原一騎が荒れていた時期に描かれた作品だけあって、その大仰な台詞回しや大げさなストーリー展開はあまりにも突き抜けており、カルト漫画の域に達しています。格闘技漫画というよりは残酷ショーの見世物といった感じで、レイプや拷問シーンなどは当たり前にあるうえに人が死にまくります。正直、ここまでくると格闘技漫画としてはどうかという感じですが、インパクトだけは十分なので刺激的な漫画が読みたいという人は挑戦してみてはいかがでしょうか。
1977年
空手三国志(原作:古山寛/作画:峰岸とおる)
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梶原一騎が極真空手をモデルにした団体を主人公サイドに配置していたのと異なり、主人公のライバル的存在として配置したのが当時としては新鮮でした。ただ、徹心館の空手家と主人公が激闘を繰り広げるのかと思えばそれは最初のうちだけで、中国武術の達人やコンピューター空手の異名を取る男などが登場して『空手三国志』というタイトルからはどんどん話がそれていきます。それでも、敵のキャラがいちいち立ちまくっているので格闘技漫画としてはかなりの面白さです。ちなみに、本作は一度連載を終了したのちに再評価の波を受け、1991年に第2部が『新空手三国志』のタイトルで始まりますが、インチキ気功師と戦ったりして、ますます『空手三国志』のイメージからは遠ざかってしまうことになります。作品自体も第1部のような勢いに欠け、何より空白の10年間で格闘技界の状況が大きく変化したため、漫画の内容が古くさく感じられてしまうのが痛いところです。結局、第2部は元傭兵の格闘家と戦っている最中に雑誌が廃刊となってしまったため、打ち切りの憂き目を見ることになります。
1978年
四角いジャングル(原作:梶原一騎/作画:中城健)
若き空手家、赤星潮は行方不明の兄を追ってアメリカに渡り、そこでマーシャルアーツの強さを目の当たりにする。やがて彼は天才格闘家、ベニー・ユキーデが兄を倒したことを知り、打倒ユキーデに燃えるが......。
連載当初は架空の人物である潮を実在の人物と絡ませるという『巨人の星』や『タイガーマスク』に似た方式をとっていたのですが、途中から話の焦点がアントニオ猪木の異種格闘技戦に移り、主人公のはずの潮は完全に傍観者となってしまうという異色の展開を見せます。そういう意味では完全な迷走状態にある作品だといえるのですが、ユニークなのは現実世界での異種格闘技戦に原作者である梶原一騎自身が関わっていたという点です。そのため、本作は異種格闘技戦を盛り上げるためのプロモーションの役割も果たしており、リアルタイムで現実と漫画がリンクしていくという独特の面白さがありました。とはいっても、漫画で描かれていることは決して現実そのものというわけではなく、嘘や誇張がかなり混じっています。たとえば、アントニオ猪木の対戦相手として漫画では散々強キャラ感を煽っていた謎の覆面空手家・ミスターXが現実世界では単なる木偶の坊だったなどというのがその代表例です。作中ではニセモノ説などを出してフォローしていましたが、さすがに苦しいものがあります。しかし、そんな漫画と現実との齟齬を確認しながら読んでいくのも本作の楽しみの一つだったりします。虚実が入り混じった、ある意味、梶原イズムの真骨頂とでもいうべき作品です。
1979年
人間兇器(原作:梶原一騎/作画:中野善雄)
美影義人は子どもの頃から喧嘩に明け暮れ、ついには少年院送りになる。そこでボスとして君臨していた剣持浩介にシメられるも、卑怯な手を使って復讐を果たし、出所後はゴッドハンドこと大元烈山率いる実戦空手・空心館に入門する。力で他者を屈服させる人間兇器となるためだ。メキメキと腕を上げて黒帯を得た美影は空心館と対立する空手団体旭掌拳への鉄砲玉として鹿児島に派遣され、そこで盲目の天才空手家で旭掌拳の女当主である朝比奈薫子と運命の出会いを果たす。聖女のような薫子に心奪われた美影は、自分をかばって失神した彼女を強姦して我がものとする。しかし、薫子の妊娠や彼女の幼なじみで拳鬼と呼ばれる桔梗十八郎から命を狙われていることを知ると逃げるように空心館アメリカ支部へ指導員として赴任するのだった。そして、自らの野望の足がかりとしてアメリカ支部長の座を目指すも、慢心から大元烈山の怒りを買い、逆恨みをした美影は空心館に反旗を翻すが.......。
◆◆◆◆◆◆美影義人は子どもの頃から喧嘩に明け暮れ、ついには少年院送りになる。そこでボスとして君臨していた剣持浩介にシメられるも、卑怯な手を使って復讐を果たし、出所後はゴッドハンドこと大元烈山率いる実戦空手・空心館に入門する。力で他者を屈服させる人間兇器となるためだ。メキメキと腕を上げて黒帯を得た美影は空心館と対立する空手団体旭掌拳への鉄砲玉として鹿児島に派遣され、そこで盲目の天才空手家で旭掌拳の女当主である朝比奈薫子と運命の出会いを果たす。聖女のような薫子に心奪われた美影は、自分をかばって失神した彼女を強姦して我がものとする。しかし、薫子の妊娠や彼女の幼なじみで拳鬼と呼ばれる桔梗十八郎から命を狙われていることを知ると逃げるように空心館アメリカ支部へ指導員として赴任するのだった。そして、自らの野望の足がかりとしてアメリカ支部長の座を目指すも、慢心から大元烈山の怒りを買い、逆恨みをした美影は空心館に反旗を翻すが.......。
これもまた大山倍達と極真空手をモデルとした格闘技漫画ですが、本作が異彩を放っているのは主人公の美影義人が悪人であるという点です。しかも、ダークヒーローやアンチヒーローなどといったカッコイイ立ち位置ではなく、徹頭徹尾人間のクズとして描かれているのです。自分より強い相手には土下座して命乞いをする一方で、弱い相手は徹底的にいたぶります。特に、気の強い美女が大好物で、何かというと浣腸レイプで屈服させて自分の性奴隷にしようとするとんでもなさです。そのうえ、格闘技漫画の主人公としても微妙で、強い相手をなぎ倒すカッコイイシーンなどほとんどありません。ゴットハンドこと大元烈山に後継者と目されるほど空手の才能に恵まれてはいるのですが、強敵が出てくるといつもあっさりとやられてしまいます。彼の空手が役に立つのは雑魚キャラに対してと女を屈服させるときぐらいです。タイマン勝負でまともな見せ場といえば、旭掌拳一門で大元烈山の高弟でもある桔梗十八郎と対峙する序盤のシーンぐらいではないでしょうか。その代わり、格闘技漫画としての体裁を整えてくれるのが、大元烈山です。ルー・テーズ、アンドレ・ザ・ジャイアント、カール・ゴッチといったレジェンド級のプロレスラーをモデルとした強敵たちと死闘を繰り広げ、それが大きな見せ場となっています。一方、その死闘の傍らでレイプにいそしむ主人公。一読して、忘れ難い印象を残す異形としかいいようのない怪作です。
1982年
コータローまかりとおる!(蛭田達也)
新堂空手道場の跡取り息子で高校2年生の新堂功太郎はのぞきが趣味のトラブルメーカー。しかも、校則違反の長髪であることから、いつも風紀委員特別機動隊隊長の天光寺と幼なじみで風紀委員第七班長の渡瀬真由美に追いかけられていた。そんなある日、功太郎は学園を裏で操る蛇骨会の後継者争いに巻き込まれることになり........。
◆◆◆◆◆◆
70年代に全盛を誇った劇画調の格闘技漫画ではなく、ギャグやラブコメ要素を交えた軽いタッチなのがいかにも80年代であり、時代の変化を感じさせてくれます。そのため、本作は必ずしも格闘技オンリーの作品とはいえず、バンドをしたりと結構横道にそれることも多いのですが、それでも格闘シーンはなかなかの迫力です。最初は荒かった絵も巻を追うごとにどんどん上手くなっていきました。特に、後百太郎や犬島鉄平といった強敵との激戦が繰り広げられる第4部及び第5部の格闘大会編はこれぞ王道格闘技漫画というべき面白さに満ちています。なお、『コータローまかりとおる!』自体は全7部59巻で完結しますが、続いて『新コータローまかりとおる!柔道編』が連載され、こちらは全27巻が発売されています。タイトル通り柔道漫画であり、これはこれでまた違った面白さがあります。ただ、やっぱり殴り合いや派手な蹴りを決めてこそのコータローということでどこか物足りないものがあったのも確かです。そのため、シリーズ完結編と銘打たれた『コータローまかりとおる!L』に期待が集まったのですが、長期に及ぶ病気療養のため、わずか8巻で打ち切りとなってしまいました。話が核心に近づき、盛り上がってきたところだっただけに非常に残念です。
新堂空手道場の跡取り息子で高校2年生の新堂功太郎はのぞきが趣味のトラブルメーカー。しかも、校則違反の長髪であることから、いつも風紀委員特別機動隊隊長の天光寺と幼なじみで風紀委員第七班長の渡瀬真由美に追いかけられていた。そんなある日、功太郎は学園を裏で操る蛇骨会の後継者争いに巻き込まれることになり........。
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70年代に全盛を誇った劇画調の格闘技漫画ではなく、ギャグやラブコメ要素を交えた軽いタッチなのがいかにも80年代であり、時代の変化を感じさせてくれます。そのため、本作は必ずしも格闘技オンリーの作品とはいえず、バンドをしたりと結構横道にそれることも多いのですが、それでも格闘シーンはなかなかの迫力です。最初は荒かった絵も巻を追うごとにどんどん上手くなっていきました。特に、後百太郎や犬島鉄平といった強敵との激戦が繰り広げられる第4部及び第5部の格闘大会編はこれぞ王道格闘技漫画というべき面白さに満ちています。なお、『コータローまかりとおる!』自体は全7部59巻で完結しますが、続いて『新コータローまかりとおる!柔道編』が連載され、こちらは全27巻が発売されています。タイトル通り柔道漫画であり、これはこれでまた違った面白さがあります。ただ、やっぱり殴り合いや派手な蹴りを決めてこそのコータローということでどこか物足りないものがあったのも確かです。そのため、シリーズ完結編と銘打たれた『コータローまかりとおる!L』に期待が集まったのですが、長期に及ぶ病気療養のため、わずか8巻で打ち切りとなってしまいました。話が核心に近づき、盛り上がってきたところだっただけに非常に残念です。
1983年
鉄拳チンミ(前川たけし)
◆◆◆◆◆◆
意外と珍しい中国武術をテーマにした格闘技漫画です。おそらく当時人気の高かったジャッキー・チェン映画の影響だと思われますが、序盤はコメディ要素が全面に押し出されていました。しかし、次第に自分のスタイルを築きあげ、唯一無二の作風を確立していきます。本作の読みどころといえば、なんといっても次々と登場する手強い拳法家に対し、チンミがいかにして勝利していくかです。敵の用いる拳法はどれもインパクトがあるため、ワクワクしながら読むことができます。絵柄は劇画調のギラついた感じではなくすっきりとしており、話のテンポもよくて読みやすいという点も美点だといえるでしょう。なお、『鉄拳チンミ』は中国全土の拳法家が集まって武芸を競う、天覧武道会編を最後に終了しましたが、シリーズ自体は『新鉄拳チンミ』『鉄拳チンミ Legends』とタイトルを変えながら描き続けられています。40年近いシリーズ連載を誇る格闘技漫画随一の長寿作品です。
1985年
押忍!!空手部(高橋幸二)
中学生のときは美術部で腕っ節もからっきしだった松下正は、大阪でも指折りの不良校である関西第五工業高等学校(通称・関五工)に入学したために粗暴なクラスメイトたちからイジメを受けることになる。彼はイジメに負けない強さを身に付けたくて、悪名高い空手部に入部する。そこで理不尽なシゴキに耐えながらも、正義感の強い主将の高木義志のもとで少しずつたくましくなっていくのだった。一方、高木はその強さ故に近隣校の不良たちから首を狙われていた。自慢の空手で立ちふさがる不良たちを返り討ちにしてきた高木だったが、次第に大きな抗争に巻き込まれることになる。その端緒となったのが神戸との抗争だった。神戸の三本柱と呼ばれる末永禅、龍隆・虎隆兄弟、リック・パワードは神戸軍団を結成し、大阪を支配下に置くべく、総攻撃を仕掛けてくるが...。
◆◆◆◆◆◆
本作は連載当初、松下正を主人公にした部活ものでした。同じ年に連載が始まった『柔道部物語』に不良漫画の要素を加えて、ギャグをどぎつくしたような感じです。しかし、早々に路線変更が行われ、主人公を高木にしたうえで不良抗争漫画へとジョブチェンジしています。しかし、他の不良ものと大きく異なるのは主要キャラの多くが格闘技経験者であるために、図らずも異種格闘技漫画の色が濃くなっているという点です。まず、空手家同士の闘いからはじまり、太極拳・柔道・刀術・蟷螂拳・少林寺拳法といった具合に、さまざまな格闘技の使い手と死闘を繰り広げることになります。なお、タイトルは『押忍!!空手部』ですが、高木がさまざまな拳法を習得していき、部活の描写も序盤を除いてほとんどないため、途中から空手も空手部も全く関係のない話になっていきます。格闘技の描写に関しても派手さ重視で、間違ってもリアルなどとはいえません。その代わり、次々と強敵が現れる展開は、ハッタリの効いたバトル漫画として抜群の面白さです。ただ、強さのインフレが尋常ではなく、不良格闘マンガのはずが暴力団や政治家が介入してくる終盤には、ファンタジーバトルの域にまで達したのは賛否が分かれるところです。後半を楽しむには頭の切り替えが必要かもしれません。
押忍!!空手部(高橋幸二)
中学生のときは美術部で腕っ節もからっきしだった松下正は、大阪でも指折りの不良校である関西第五工業高等学校(通称・関五工)に入学したために粗暴なクラスメイトたちからイジメを受けることになる。彼はイジメに負けない強さを身に付けたくて、悪名高い空手部に入部する。そこで理不尽なシゴキに耐えながらも、正義感の強い主将の高木義志のもとで少しずつたくましくなっていくのだった。一方、高木はその強さ故に近隣校の不良たちから首を狙われていた。自慢の空手で立ちふさがる不良たちを返り討ちにしてきた高木だったが、次第に大きな抗争に巻き込まれることになる。その端緒となったのが神戸との抗争だった。神戸の三本柱と呼ばれる末永禅、龍隆・虎隆兄弟、リック・パワードは神戸軍団を結成し、大阪を支配下に置くべく、総攻撃を仕掛けてくるが...。
◆◆◆◆◆◆
本作は連載当初、松下正を主人公にした部活ものでした。同じ年に連載が始まった『柔道部物語』に不良漫画の要素を加えて、ギャグをどぎつくしたような感じです。しかし、早々に路線変更が行われ、主人公を高木にしたうえで不良抗争漫画へとジョブチェンジしています。しかし、他の不良ものと大きく異なるのは主要キャラの多くが格闘技経験者であるために、図らずも異種格闘技漫画の色が濃くなっているという点です。まず、空手家同士の闘いからはじまり、太極拳・柔道・刀術・蟷螂拳・少林寺拳法といった具合に、さまざまな格闘技の使い手と死闘を繰り広げることになります。なお、タイトルは『押忍!!空手部』ですが、高木がさまざまな拳法を習得していき、部活の描写も序盤を除いてほとんどないため、途中から空手も空手部も全く関係のない話になっていきます。格闘技の描写に関しても派手さ重視で、間違ってもリアルなどとはいえません。その代わり、次々と強敵が現れる展開は、ハッタリの効いたバトル漫画として抜群の面白さです。ただ、強さのインフレが尋常ではなく、不良格闘マンガのはずが暴力団や政治家が介入してくる終盤には、ファンタジーバトルの域にまで達したのは賛否が分かれるところです。後半を楽しむには頭の切り替えが必要かもしれません。
1986年
闘翔ボーイ(竜崎遼児)
篁大介は甲子園を沸かせた剛腕投手。その進路が注目される中、彼が逆指名したのはなんと”新東京プロレス”だった。野球からプロレスへの転向に周囲が唖然とする中、大介は新東京プロレスの社長であり、最強の格闘家との呼び声高い海王完二の打倒を宣言するのだった。その態度のでかさによって多くの人間を敵に回すことになり、大介は新東京プロレスの先輩から手荒い歓迎を受ける。だが、一度受けた技は即座にコピーしてしまうという”形状記憶”を武器に次々と現れる難敵に立ち向かっていくのだった。◆◆◆◆◆◆
80年代の半ばになると、70年代の格闘技ブームを牽引していた極真空手やアントニオ猪木の異種格闘技戦とは異なる、新しい格闘技の波が訪れます。その波をいち早く漫画に取り入れたのが本作です。元高校球児という異色のプロレスラーを主人公に据え、UWF、骨法、シュートボクシングといった格闘技界の最先端のトピックスを盛り込んでいくことで、既存の格闘技漫画とは異なるカラーを出すことに成功しています。また、現代の読者にとっても、ライバルキャラの一人一人が80年代を代表する格闘スタイルで闘うため、当時の格闘技事情を知るには格好の教科書だといえます。全9巻と手ごろな長さなので、暇つぶしに読むにはもってこいです。
1987年
修羅の門(川原正敏)
実戦空手の総本山である神武館。その館長の孫娘、龍造寺舞子は通りすがりの少年に神武館道場の場所を尋ねられる。入門者だと思って案内をしたところ、毅波秀明と名乗る道場破りが指導員を倒し、看板を持って帰ろうとしている現場に出くわす。館長の孫娘という立場から黙って見過ごすわけにはいかないと、舞子が毅波に対戦を申し込むが、実力差は明らかだった。そのとき、少年が自分が闘うと言い出し、見た事もない格闘術で毅波を打ち破る。少年の名は陸奥九十九といい、千年不敗を誇る陸奥圓明流の伝承者だったのだ。そして、彼もまた神武館に道場破りをしにきたという。その話を聞いた神武館の四強、四鬼龍が神武館本部に集い、九十九と戦うことになるが......。
◆◆◆◆◆◆実戦空手の総本山である神武館。その館長の孫娘、龍造寺舞子は通りすがりの少年に神武館道場の場所を尋ねられる。入門者だと思って案内をしたところ、毅波秀明と名乗る道場破りが指導員を倒し、看板を持って帰ろうとしている現場に出くわす。館長の孫娘という立場から黙って見過ごすわけにはいかないと、舞子が毅波に対戦を申し込むが、実力差は明らかだった。そのとき、少年が自分が闘うと言い出し、見た事もない格闘術で毅波を打ち破る。少年の名は陸奥九十九といい、千年不敗を誇る陸奥圓明流の伝承者だったのだ。そして、彼もまた神武館に道場破りをしにきたという。その話を聞いた神武館の四強、四鬼龍が神武館本部に集い、九十九と戦うことになるが......。
異種格闘技戦を扱った漫画としては最高峰の一つに挙げられている作品です。もっとも、淡泊な絵柄にシンプルすぎるコマ割りと、格闘技漫画に必要不可欠なダイナニズムにはおそろしく欠ける作風であり、特に、初期の絵柄はラブコメ風ですらあります。しかし、それにも関わらず、この作品は格闘技漫画としての面白さに満ちていました。本作のバトルは基本的にトーナメント方式です。勝ち進むたびにより強い敵が現れ、闘いもより激しさを増していく。そのシンプルな構造が読む者をワクワクさせたのです。ちなみに、登場する対戦相手は『闘翔ボーイ』と同じく、UWF、シュートボクシング、ブラジリアン柔術といった具合に現実での格闘技事情を反映しています。こうした実在する格闘技と架空の武術である陸奥圓明流がいかなる闘いを繰り広げるのかというのが本作の大きな見どころです。中でも、ブラジリアン柔術を初めて本格的に漫画で扱い、死闘を演じさせたのは特筆に値します。こうして高い人気を得ることになった『修羅の門』ですが、多くの伏線を残したまま、1996年に一旦終了してしまいます。主人公が対戦相手を試合中に殺すというストーリーを一部の読者に非難されたことに対し、作者がショックを受けたのが原因です。物語はこれからというところで打ち切られ、結局、『修羅の門 第弐門』として再開するまでには14年の歳月を待たなくてはなりませんでした。しかも、ブランクが長すぎたせいか、その内容は読者が待ち望んでいたものとは微妙にずれていたのです。それでも、かつての異種格闘技戦とは異なる総合格闘技という競技の中での圓明流の闘いや『修羅の門』の世界には無縁だと思われていた中国拳法の参戦などといった展開はなかなか興味深いものがありました。ただ、多くのファンが切望していた『陸奥九十九VSケンシン・マエダ(回想シーンで処理)』『海堂晃VS 片山右京(台詞で結果が説明されるのみ)』『陸奥九十九VS 海堂晃(海堂が強くなるプロセスや戦いに賭ける想いなどが全く描かれていないので最終決戦にしてはひどく淡泊)』の描写はいずれも不満の残る出来だといわざるをえませんでした。それだけに、もし『修羅の門』が中断されずにそのまま続いていたらどういった展開になっていたかが気になるところです。
1988年
拳児(原作:松田隆智/作画:藤原芳秀)
正義感の強い小学生、剛拳児は八極拳の達人である祖父に憧れ、弟子入りをする。厳しくも優しい祖父の元、拳児はメキメキと腕を上げていった。しかし、ある日、祖父は知人を訪ねて中国に渡り、そのまま消息を絶ってしまう。月日が過ぎ、高校生になった拳児は不良グループの抗争に巻き込まれ、学校から無期停学処分を言い渡される。拳児はこの機会に行方不明になった祖父を探そうと決意し、単身中国に渡るが......。
『鉄拳チンミ』と同じく中国武術を主題にした作品ですが、娯楽活劇に徹しているチンミとは異なり、主人公である拳児の成長を通して中国武術の思想や技術論を描いた作品となっています。バトルシーンは決して少なくないものの、それらはあくまでも副次的な描写にすぎないのです。そのため、本作は読者の生き方にさまざまな示唆を与えてくれる良書である反面、派手な格闘技漫画を期待して読むと戸惑ってしまう可能性があります。とはいうものの、主人公が繰り出す八極拳の技はかなりダイナミックに描かれており、絵の巧さも相まってなかなかの迫力です。通常の格闘技漫画とは少々毛色が違いますが、やはり実戦系の格闘技漫画を語るうえでは外せない作品だといえます。ちなみに、本作は連載終了から26年後の2018年に『拳児2』というタイトルでまさかの続編が発表されました。原作者は既に鬼籍に入っていましたが、作画担当だった藤原芳秀の手によって、見事にその後の『拳児』を描いています。
1989年
餓狼伝(原作:夢枕漠/作画:谷口ジロー)
丹波文七は空手の技を身に付けた屈強な男であり、自らの強さを証明するために道場破りを繰り返していた。だが、25歳のときに東洋プロレスの道場で若手レスラーの梶原年雄に叩きのめされてしまう。プロレスラーのタフネスさと関節技の前になすすべがなかったのだ。文七はリベンジを果たすべく血のにじむような修行に明け暮れる。そして、6年後。関節技をマスターし、さらなる強さを得た文七はメインイベンターとなった梶原に再戦を申し込もうとするが........。
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夢枕漠の小説をコミカライズしたコミック版『餓狼伝』といえば板垣恵介の作品が有名ですが、本作はそれより7年も前に発表されています。原作を大胆に改変し、オリジナルの格闘家を大量に登場させることで派手な面白さを演出した板垣版と異なり、本作はラストを除いて原作にほぼ忠実な作りとなっているのが特徴です。絵柄やコマ割りなどを含め、全体的に地味で渋みさえ感じられる作風ですが、これはこれで板垣版にはない面白さがあります。ファンタジー格闘といった趣の板垣版に対して、こちらは格闘シーンが非常にリアルで、痛みすら伝わってくるのです。流血シーンなども過剰な描写を避けていることで、本物らしさを演出しています。派手さはない代わりに、闘う者の息遣いが感じられる作品となっています。わずか1巻のみの作品ですが、ある意味、リアル系格闘技漫画の頂点に立つ作品の一つだといえるのではないでしょうか。
陸奥圓明流外伝 修羅の刻(川原正敏)
茶屋で麦飯を食べている若い男の前に藩主の子である吉祥丸が駆け込んでくる。それを追ってきた刺客は吉祥丸を斬ろうとするが、偶然居合わせた宮本武蔵が刺客を倒したおかげで窮地を救われるのだった。その事実を知った家老は武蔵に吉祥丸の用心棒になってくれるように頼むが、彼はそれを断り、代わりに麦飯を食べていた八雲という名の男を推挙する。八雲は麦飯代を払ってくれることを条件に用心棒を引き受けるが、どう見ても腕が立つようには見えなかった。しかも、八雲は吉祥丸が実は姫であることを見抜き、刺客に狙われないように女に戻ることをすすめる。彼の不遜な態度に憤り、外に飛び出す吉祥丸だったが、叔父が雇った新たな刺客である裏柳生の一団に取り囲まれてしまう。そのとき、八雲が現れ、自らを陸奥圓明流の伝承者・陸奥八雲だと名乗り、刺客たちを無手で倒していくのだった。八雲は吉祥丸に別れを告げて立ち去るが、その先には宮本武蔵との宿命の対決が待ち受けていた。
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陸奥圓明流の歴代伝承者の生きざまを描いた『修羅の門』の外伝ですが、宮本武蔵、柳生十兵衛、土方歳三といった実在の剣豪、あるいは最強力士の呼び声高い雷電、さらには鉄砲の名手雑賀孫一といった具合に、時空を超えてさまざまなレジェンドと対決をしていくという展開にわくわくします。無手対無手が基本の『修羅の門』とは異なり、刀や鉄砲に無手でどう立ち向かっていくのかといった点が大きな見どころです。また、歴史の大きなうねりに陸奥がどのように関わっていくのかという点も読み応えがあります。格闘技漫画としても歴史漫画としても楽しめる逸品です。ただ、大胆な歴史解釈を取り入れるようなことはせず、昔ながらの歴史解釈に沿って展開しているため、エピソードによっては史実に無理矢理陸奥のエピソードを付け足しているだけと感じる場合もあるかもしれません。ちなみに、個人的に気に入っているエピソードは当時の剣豪が一堂に介する『寛永御前試合編』と親・子・孫と三代の陸奥が登場する『雷電為衛門編』です。一方、多くの人が支持し、一番人気との呼び声が高いエピソードとしては、坂本竜馬との友情や新撰組との対決を描いた『幕末編』が挙げられます。
1991年
破壊王ノリタカ(原作:村田ひでお/作画:刃森尊)
高校1年生の沢村典隆は体が貧弱で根性もないダメ人間だった。それでもクラスメイトの美少女、中山美樹とデートの約束をするまでこぎつけるが、自分の弱さが原因で彼女にケガを負わせ、そのままふられてしまう。このままではいけないと一念奮起した典隆は強くなるために格闘技の部活に入部しようとするが、どの部活でも素質がないといわれ、門前払いをくらう。そんなとき、部員が一人しかいない蹴道部を発見。その部のコーチである丸山から渡されたビデオを見て、すっかりキックボクシングの魅力に夢中になる。蹴道部に入部した典隆は丸山の考案した独自の訓練で秘めた才能を開花させていく。ある日、ボクシング部の副部長である中矢健が中山美穂を強引に口説いているのを見て、助けに入ったことから、典隆は中矢と格闘技の勝負をすることになるが......。
◆◆◆◆◆◆
最初は弱かった主人公が特訓を積み重ねることで次々と現れる強敵を倒していくという少年漫画の王道といった感じの作品です。かなりギャグテイストではあるものの、独自の訓練描写や蘊蓄を伴った格闘描写はそれなりに楽しめます。簡単に強くなりすぎて説得力がないのが難点ですが、その辺りはギャグでうまくカバーしています。ただ、癖のある絵柄については好みが分かれるところです。それに、回を積み重ねるごとにマンネリ化が進み、中盤以降は同じ展開の繰り返しになっているのはいただけません。そして、最後はグダグダのまま終わってしまったのがいかにも残念です。この辺りは途中で原作者がいなくなったのが原因ではないかと考えられています。ちなみに、作者はその後も格闘技漫画を描き続けますが、本作で見せた欠点は次回作以降も繰り返されることになり、『人間凶器カツオ』『霊長類最強伝説ゴリ夫』といった作品では一層マンネリ化がひどくなっていきます。
高校1年生の沢村典隆は体が貧弱で根性もないダメ人間だった。それでもクラスメイトの美少女、中山美樹とデートの約束をするまでこぎつけるが、自分の弱さが原因で彼女にケガを負わせ、そのままふられてしまう。このままではいけないと一念奮起した典隆は強くなるために格闘技の部活に入部しようとするが、どの部活でも素質がないといわれ、門前払いをくらう。そんなとき、部員が一人しかいない蹴道部を発見。その部のコーチである丸山から渡されたビデオを見て、すっかりキックボクシングの魅力に夢中になる。蹴道部に入部した典隆は丸山の考案した独自の訓練で秘めた才能を開花させていく。ある日、ボクシング部の副部長である中矢健が中山美穂を強引に口説いているのを見て、助けに入ったことから、典隆は中矢と格闘技の勝負をすることになるが......。
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最初は弱かった主人公が特訓を積み重ねることで次々と現れる強敵を倒していくという少年漫画の王道といった感じの作品です。かなりギャグテイストではあるものの、独自の訓練描写や蘊蓄を伴った格闘描写はそれなりに楽しめます。簡単に強くなりすぎて説得力がないのが難点ですが、その辺りはギャグでうまくカバーしています。ただ、癖のある絵柄については好みが分かれるところです。それに、回を積み重ねるごとにマンネリ化が進み、中盤以降は同じ展開の繰り返しになっているのはいただけません。そして、最後はグダグダのまま終わってしまったのがいかにも残念です。この辺りは途中で原作者がいなくなったのが原因ではないかと考えられています。ちなみに、作者はその後も格闘技漫画を描き続けますが、本作で見せた欠点は次回作以降も繰り返されることになり、『人間凶器カツオ』『霊長類最強伝説ゴリ夫』といった作品では一層マンネリ化がひどくなっていきます。
グラップラー刃牙(板垣恵介)
フルコンタクト空手の世界において最大の勢力を誇る神心館。その中で日本最強を決める”リアルファイトトーナメント空手道選手権大会”が開催されていた。優勝は2メートルを超える身長を誇り、過去に三連覇を達成している末堂厚だと思われていたが、意外な伏兵が現れる。外部から飛び入り参加した白帯選手がオール1本勝ちでトーナメントを勝ち進んできたのだ。彼の名は範馬刃牙といい、若干17歳の小柄な選手だった。やがて、刃牙は決勝で末堂と当たるが、相手の圧倒的なパワーをものともせず、優位に試合を進める。そして、ラフファイトを仕掛ける末堂をあっさり返り討ちにするのだった。実は彼の正体は世界中の格闘家が集まって死闘を繰り広げる地下闘技場のチャンピオンであり、神心館館長である愚地独歩もかつてはその闘技場の選手だったのだ。刃牙は地下闘技場での次の対戦相手が空手家であるため、空手を知る目的でこの大会に参加したという。そこで、独歩は”神心館のデンジャラスライオン”の異名を誇る加藤清澄を引き連れて、東京ドームの地下にある闘技場に刃牙の試合を観に行くが、刃牙の対戦相手は紐切り鎬の異名を持つ恐るべき相手だった.......。
◆◆◆◆◆◆フルコンタクト空手の世界において最大の勢力を誇る神心館。その中で日本最強を決める”リアルファイトトーナメント空手道選手権大会”が開催されていた。優勝は2メートルを超える身長を誇り、過去に三連覇を達成している末堂厚だと思われていたが、意外な伏兵が現れる。外部から飛び入り参加した白帯選手がオール1本勝ちでトーナメントを勝ち進んできたのだ。彼の名は範馬刃牙といい、若干17歳の小柄な選手だった。やがて、刃牙は決勝で末堂と当たるが、相手の圧倒的なパワーをものともせず、優位に試合を進める。そして、ラフファイトを仕掛ける末堂をあっさり返り討ちにするのだった。実は彼の正体は世界中の格闘家が集まって死闘を繰り広げる地下闘技場のチャンピオンであり、神心館館長である愚地独歩もかつてはその闘技場の選手だったのだ。刃牙は地下闘技場での次の対戦相手が空手家であるため、空手を知る目的でこの大会に参加したという。そこで、独歩は”神心館のデンジャラスライオン”の異名を誇る加藤清澄を引き連れて、東京ドームの地下にある闘技場に刃牙の試合を観に行くが、刃牙の対戦相手は紐切り鎬の異名を持つ恐るべき相手だった.......。
格闘技漫画の金字塔というべき作品で、個性豊かなキャラクターたちが次々と登場して迫力満点の闘いを繰り広げるさまは、従来の格闘技漫画にはないインパクトがありました。特に、32人+αの格闘家が集結して優勝を競い合う最強トーナメントは、数ある格闘技漫画の中でも最高の面白さだったといっても過言ではないでしょう。それまでの格闘技漫画の場合、トーナメントをしても主人公の闘いを中心に描き、他の試合は軽く流す場合が多かったのですが、本作では全試合の模様が詳細に描かれています。そのため、空手VSレスリング、日本拳法VSヤクザ、大相撲VS合気道、プロレスラーVS中国拳法といった具合に、意外性に富んだ迫力満点の試合を堪能することができ、ひとつひとつの試合にワクワクできるつくりになっているのです。この辺りの面白さは格闘技漫画の頂点といっても過言ではないほどです。ちなみに、この『グラップラー刃牙』自体は1999年に完結しますが、その後も『バキ』『SUN OF ORGE 範馬刃牙』『刃牙道』『バキ道』と続編が描かれ続けています。ただ、面白さという点では最大トーナメントが頂点であり、その後は下降線をたどっているのが少々残念です。『バキ』の前半辺りまではかなりの面白さをキープしているものの、それ以降はストーリーは行き当たりばったりで、御託ばかりが多くなり、そのうえ、テンポが悪いといった具合でとにかく読んでいて爽快さが感じられないのです。したがって、『バキ』以降はむしろ、ネタ漫画だと割り切って楽しむのが無難だといえます。
1993年
高校鉄拳伝タフ(猿渡哲也)
実戦的古武術である灘神陰流の後継者、宮沢熹一は父親で第14代当主、宮沢静虎から厳しい修行を受け、たくましく育っていた。高校生ながらその強さは凡庸な格闘家では全く歯が立たないほどだ。ところが、ある日、熹一は今までに体験したことのない、恐るべき強さを秘めた男と出会う。彼の名は黒田光秀といい、灘神陰流と対をなす存在の灘心陽流の免許皆伝を受けていたのだ。熹一は彼に勝利すべく、対黒田戦を想定した特訓を始めるが........。
◆◆◆◆◆◆実戦的古武術である灘神陰流の後継者、宮沢熹一は父親で第14代当主、宮沢静虎から厳しい修行を受け、たくましく育っていた。高校生ながらその強さは凡庸な格闘家では全く歯が立たないほどだ。ところが、ある日、熹一は今までに体験したことのない、恐るべき強さを秘めた男と出会う。彼の名は黒田光秀といい、灘神陰流と対をなす存在の灘心陽流の免許皆伝を受けていたのだ。熹一は彼に勝利すべく、対黒田戦を想定した特訓を始めるが........。
『修羅の門』『グラップラー刃牙』に並ぶ、3大異種格闘技漫画の一角をなす作品です。なんといっても肉体描写に迫力があり、主人公が特訓を経て強敵に打ち勝っていくという王道的展開が読みどころだといえるでしょう。絵のリアルさは3大作品の中で本作が一番です。静虎の双子の兄である鬼龍を始めとして敵キャラはみなインパクト十分で、印象深い闘いを堪能することができます。それに、後半になると、『修羅の門』や『グラップラー刃牙』でおなじみの異種格闘技トーナメントも開催され、物語を大いに盛り上げてくれます。ただ、その反面、強さのインフレが激しく、キャラクターの使い捨てが多いのは好みのわかれるところでしょう。ちなみに、強さのインフレは続編の『TOUGH』になると一層顕著化し、最後には気のようなもので敵を倒すようになってきます。ほぼ超能力のようなものであり、格闘技漫画としてはどうしても違和感を覚えてしまいます。現在は『TOUGH 龍を継ぐ男』が連載中ですが、これは宮沢熹一ではなく、鬼龍の息子である長岡龍星が主人公の作品です。
1995年
陣内流柔術武闘伝 真島クンすっとばす(にわのまこと)
戦国時代の合戦の中から生まれた実戦総合武術の陣内流柔術。16歳の少年、真島零はその技を用いて世界最強を目指していた。そして、空手や柔道を皮きりに、さまざまな強敵と異種格闘技戦を繰り広げていくが,,,,,,,,。
バトル漫画の宝庫の割りに格闘技系の漫画がほとんどない週刊少年ジャンプにおいてはレアともいえる作品です。しかも、柔術というマイナー格闘技に焦点を当てているのがユニークです。多くの人にとってあまりなじみのない柔術の技を分かりやすく描いており、そのうえで空手やムエタイといったさまざまな格闘技と激闘を繰り広げるので非常に読み応えがあります。また、ジャンプのバトル漫画にありがちな派手な必殺技の応酬ではなく、きちんと段階を踏んだ格闘描写に徹しているのには好感が持てます。ただ、少年ジャンプという媒体ではそういった路線は地味すぎたのか、人気のほうは今ひとつで、結局、1998年に打ち切りになってしまいました。その代わり、2009年からは真島零のその後を描いた『 真島、爆ぜるー陣内流柔術流浪伝ー』がコミックBRAKで連載が始まり、すでに本家よりも息の長い作品となっています。
1996年
エアマスター(柴田ヨクサル)
元体操選手の母親によって英才教育を受けた相川摩季は精密機械のような演技をすることから、若くして体操の女王と呼ばれるようになっていた。しかし、身長が伸びすぎたことと母の死によって体操の道を断念。しばらくは荒んだ生活を続けていたが、ふとしたきっかけでストリートファイトに参戦。その際、彼女は体操に打ち込んでいたころの高揚感を覚えるのだった。そうして、ストリートファイトにのめり込むようになり、体操で培ってきた脅威の身体能力で次々と強敵を打ち破っていくが....。
◆◆◆◆◆◆
主人公が体操をバックボーンにした格闘術を身に付け、空中戦メインで戦うという設定がユニークです。しかも、バトルとギャグを高いレベルで両立させることで他の格闘技漫画にはないオリジナリティを獲得しています。ただ、連載初期の時点では作者のやりたいことに技術が追いついておらず、漫画として少々稚拙に感じられたのも事実です。しかし、連載が進むにつれてキャラの魅せ方やコマ割りの演出がどんどんうまくなり、著者ならではの世界に読者を引き込んでいくようになります。また、坂本ジュリエッタ、崎山香織、皆口由紀、北枝金次郎といったライバルたちのキャラも立ちまくっており、数々の名台詞を残していきます。既存のものとは一味違う新感覚格闘技漫画として非常に魅力的な作品です。強いて難点を挙げるとすれば、終盤インフレが酷くなることでしょうか。最終的に主人公がライバルキャラの手の届かない高みに達し、人智を超えたラスボスと闘うことになるのですが、非常に魅力的なキャラが多いだけに、彼らと主人公との間に決定的なレベルの差をつけてしまったことに対しては賛否が分かれそうです。
餓狼伝(原作:夢枕漠/作画:板垣恵介)
最強を目指して道場破りを繰り返している丹波文七はボクシング、柔道、柔術、大相撲とそれぞれの分野で名の知られている格闘家を次々と倒していく。だが、プロレス団体FAWの道場に殴り込みにいった際、若手レスラーの梶原年男に完敗を喫してしまう。それから3年の月日が過ぎ、鍛練によってさらなる強さを身に付けた文七は雪辱を果たすべく、FAWのリングに乱入するが......。
◆◆◆◆◆◆最強を目指して道場破りを繰り返している丹波文七はボクシング、柔道、柔術、大相撲とそれぞれの分野で名の知られている格闘家を次々と倒していく。だが、プロレス団体FAWの道場に殴り込みにいった際、若手レスラーの梶原年男に完敗を喫してしまう。それから3年の月日が過ぎ、鍛練によってさらなる強さを身に付けた文七は雪辱を果たすべく、FAWのリングに乱入するが......。
谷口ジロー版に続く、『餓狼伝』のコミカライズですが、作品の雰囲気や内容はかなり異なるものになっています。まず、元々ストイックな性格の格闘家として描かれていた丹波文七がヤンキー化しており、原作や谷口版とは全くの別人です。それに、原作では宿命のライバルのような描かれ方をされていた梶原年男にリベンジマッチであっさりと勝ってしまいます。したがって、原作ファンが読めば違和感は避けられないでしょう。その代わり、個性的な格闘家が次々と現れ、激闘を繰り返す展開はさすがに『グラップラー刃牙』の作者だけのことはあります。特に、あらゆる格闘技の選手が一堂に会して行われた北辰館トーナメントの面白さは圧倒的です。一人一人のキャラが立っており、格闘技の流派の特徴を的確に捉えた試合展開は刃牙における最強トーナメントに匹敵する面白さがありました。ただ、トーナメント終盤あたりから首をひねる展開が見られるようになり、トーナメント終了後は完全な迷走状態に陥ってしまいます。強敵とされてきた格闘家を文七が不意打ち同然の勝負であっけなく倒してしまうという爽快感のかけらもない展開が延々と続いていくようになってしまったのです。結局、板垣版『餓狼伝』はグダグダな展開が修正されることなく、連載そのものが自然消滅していきました。途中まではすごく面白かっただけに残念です。なお、本作の外伝として丹波文七の中学時代を描いた『餓狼伝BOY』があります。
1997年
拳闘暗黒伝セスタス(枝来静也)
紀元前54年。ネロがわずか17歳でローマ皇帝になった同じ日に15歳の少年セスタスは拳奴となるため、最終試験の模擬試合を行っていた。対戦相手は親友のロッコ。体格や闘志に勝るロッコが有利かにみえたが、セスタスは師匠のザファルによって叩きこまれた拳闘術のテクニックでロッコを圧倒する。結局、模擬試合はセスタスの完勝に終わり、敗れたロッコはその場で殺されてしまう。それが敗者に科せられた拳奴の運命だったのだ。やがて、正式な拳奴となったセスタスは試合のために帝都に訪れ、そこで終生のライバルとなるルスカに出会うが.......。
◆◆◆◆◆◆紀元前54年。ネロがわずか17歳でローマ皇帝になった同じ日に15歳の少年セスタスは拳奴となるため、最終試験の模擬試合を行っていた。対戦相手は親友のロッコ。体格や闘志に勝るロッコが有利かにみえたが、セスタスは師匠のザファルによって叩きこまれた拳闘術のテクニックでロッコを圧倒する。結局、模擬試合はセスタスの完勝に終わり、敗れたロッコはその場で殺されてしまう。それが敗者に科せられた拳奴の運命だったのだ。やがて、正式な拳奴となったセスタスは試合のために帝都に訪れ、そこで終生のライバルとなるルスカに出会うが.......。
この作品はセスタスの拳奴としての闘いが中心に描かれていますが、その一方で、ネロ皇帝やルスカを中心とした宮廷劇としての側面も併せ持っており、歴史ドラマとしての面白さを堪能することが出来ます。一方、拳闘シーンは現代的な視点から語られる技術解説が興味深く、思わず引き込まれていきます。連載ペースが遅いのが難ですが、その分、綿密な取材に基づく濃密な描写は読み応え満点です。ちなみに、本作に登場する拳闘は古代ボクシングというべき競技ではあるものの、関節技や投げ技なども登場するため、総合格闘技としての側面もあります。なお、本作は2009年で完結となり、その翌年には続編である『拳奴死闘伝セスタス』が始まっています。
1998年
軍鶏(原作:橋本以蔵/作画:たなか亜希夫)
東大合格確実といわれていた優等生の少年、成嶋亮は突如両親を刺殺して少年院送りとなる。亮は気弱な性格で、少年院では酷いイジメにあっていたが、体育の特別教師である黒川から空手を習ったことがきっかけで別人のように凶暴な男へと変貌していった。やがて、自分をいじめていた奴らに復讐を果たし、少年院を出所した亮は空手の腕を生かして裏社会で台頭していく。だが、ショーアップされた格闘技興行の中でヒーローとして祭り上げられていた菅原直人の存在を知り、憎しみをいだくようになる。亮は彼との対戦を実現するために公式試合に出場して実績を重ねていくが......。
◆◆◆◆◆◆
対戦を承諾させるために相手の恋人を犯し、頑強な肉体を得るためにステロイドに手を出すなど、主人公がヒールの立ち位置にいるアウトロー格闘技漫画です。主人公のヒールぶりは徹底しており、その中で人間の闇の部分を浮かび上がらせていく手法が格闘技漫画として異質かつ新鮮でした。戦いの中に美しいものなどなく、勝つためには手段を選ばないといった主人公の行動原理にはいっそすがすがしさすら感じます。ただ、原作者ともめたのが原因なのか、中国編以降は物語の方向性が定まらず、迷走ぶりが顕著化していきます。格闘シーンもどこか安っぽさが感じられるようになりました。そして、極めつけはグダグダな最終章の展開と唐突なラストシーンです。序盤の衝撃的な展開や前半のドラマは素晴らしかっただけにいろいろと残念さが残る作品です。
東大合格確実といわれていた優等生の少年、成嶋亮は突如両親を刺殺して少年院送りとなる。亮は気弱な性格で、少年院では酷いイジメにあっていたが、体育の特別教師である黒川から空手を習ったことがきっかけで別人のように凶暴な男へと変貌していった。やがて、自分をいじめていた奴らに復讐を果たし、少年院を出所した亮は空手の腕を生かして裏社会で台頭していく。だが、ショーアップされた格闘技興行の中でヒーローとして祭り上げられていた菅原直人の存在を知り、憎しみをいだくようになる。亮は彼との対戦を実現するために公式試合に出場して実績を重ねていくが......。
◆◆◆◆◆◆
対戦を承諾させるために相手の恋人を犯し、頑強な肉体を得るためにステロイドに手を出すなど、主人公がヒールの立ち位置にいるアウトロー格闘技漫画です。主人公のヒールぶりは徹底しており、その中で人間の闇の部分を浮かび上がらせていく手法が格闘技漫画として異質かつ新鮮でした。戦いの中に美しいものなどなく、勝つためには手段を選ばないといった主人公の行動原理にはいっそすがすがしさすら感じます。ただ、原作者ともめたのが原因なのか、中国編以降は物語の方向性が定まらず、迷走ぶりが顕著化していきます。格闘シーンもどこか安っぽさが感じられるようになりました。そして、極めつけはグダグダな最終章の展開と唐突なラストシーンです。序盤の衝撃的な展開や前半のドラマは素晴らしかっただけにいろいろと残念さが残る作品です。
2000年
ホーリーランド(森恒二)
イジメが原因で不登校になった神代ユウは本屋で偶然手にしたボクシング教本に興味を惹かれ、自室でワンツーの練習を繰り返し行うようになっていた。それから数カ月後。自分の居場所を求めて夜の町を徘徊していたユウは不良に絡まれるが、ワンツーパンチを放ってあっさりと倒してしまう。同じようなことが何度も繰り返され、次第にユウはヤンキー狩りボクサーという異名を轟かせるようになっていくのだった。腕に覚えのある不良たちは名を挙げるためにユウをターゲットにし始めるが.......。
◆◆◆◆◆◆
気弱な主人公と不良たちのストリートファイトを描いた作品です。しかし、ヤンキー漫画のありがちなタイマンシーンなどなどとは異なり、作者の体験を交えつつ、技術的な視点から解説を盛り込んでいくところに独自の面白さがあります。説得力のある解説には思わず引き込まれますし、柔道、剣道、レスリングといった既存の格闘技をストリートファイトの観点で解説していく手法もユニークです。格闘技の技術解説が作品の面白さの中核をなしているという点は『拳闘暗黒伝セスタス』と相通じるものがあります。ただ、物語的には主人公の葛藤が延々と続くタイプの作品であり、全体的に雰囲気が重苦しい点は好みの分かれるところではないでしょうか。イジメが原因で不登校になった神代ユウは本屋で偶然手にしたボクシング教本に興味を惹かれ、自室でワンツーの練習を繰り返し行うようになっていた。それから数カ月後。自分の居場所を求めて夜の町を徘徊していたユウは不良に絡まれるが、ワンツーパンチを放ってあっさりと倒してしまう。同じようなことが何度も繰り返され、次第にユウはヤンキー狩りボクサーという異名を轟かせるようになっていくのだった。腕に覚えのある不良たちは名を挙げるためにユウをターゲットにし始めるが.......。
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2001年
格闘太陽伝ガチ(青山広美)
プロレスラーのモンスター原田は新格闘技団体ヘラクレスを旗揚げする。記念すべき最初の対戦相手は原田の親友で国内無敗を誇る柔道王、砦一馬。だが、彼はオリンピックで銀メダル止まりの自分の殻を破るために原田を試合中に殺そうとしていた。そして、死闘の末、モンスター原田を死の淵まで追い込み、廃人にしてしまうのだった。3年後。モンスター原田の息子である原田太陽は砦一馬を倒すべくトレーニングを重ねていたものの、新世紀プロレスの黒磯になすすべなく敗れてしまう。そこで、さらなる強さを身につけるために、アメリカに渡るが.......。
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異種格闘技戦ではなく、総合格闘技を闘いの舞台とし、主人公のバックボーンも空手や謎の古武術ではなく、アマレスに据えた辺りに新しい時代の波を感じさせてくれます。『修羅の門』や『グラップラー刃牙』などと比べるとかなりリアル寄りなので全体的に地味な印象がありますが、話のテンポはよく、格闘描写もしっかりしているので堅実に楽しめる出来に仕上がっています。ただ、全12巻と比較的短めの作品となった影響か、伏線が拾いきれずに未消化のまま終わっている部分があるのは残念です。それから、ボブサップをモデルとしたキャラが登場し、その強さと脆さが描かれるなど、後半の展開が単なる現実の後追いになっている点もやや安易なものを感じます。とはいえ、全体の完成度は高く、格闘技好きなら読んで損はない作品です。
プロレスラーのモンスター原田は新格闘技団体ヘラクレスを旗揚げする。記念すべき最初の対戦相手は原田の親友で国内無敗を誇る柔道王、砦一馬。だが、彼はオリンピックで銀メダル止まりの自分の殻を破るために原田を試合中に殺そうとしていた。そして、死闘の末、モンスター原田を死の淵まで追い込み、廃人にしてしまうのだった。3年後。モンスター原田の息子である原田太陽は砦一馬を倒すべくトレーニングを重ねていたものの、新世紀プロレスの黒磯になすすべなく敗れてしまう。そこで、さらなる強さを身につけるために、アメリカに渡るが.......。
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異種格闘技戦ではなく、総合格闘技を闘いの舞台とし、主人公のバックボーンも空手や謎の古武術ではなく、アマレスに据えた辺りに新しい時代の波を感じさせてくれます。『修羅の門』や『グラップラー刃牙』などと比べるとかなりリアル寄りなので全体的に地味な印象がありますが、話のテンポはよく、格闘描写もしっかりしているので堅実に楽しめる出来に仕上がっています。ただ、全12巻と比較的短めの作品となった影響か、伏線が拾いきれずに未消化のまま終わっている部分があるのは残念です。それから、ボブサップをモデルとしたキャラが登場し、その強さと脆さが描かれるなど、後半の展開が単なる現実の後追いになっている点もやや安易なものを感じます。とはいえ、全体の完成度は高く、格闘技好きなら読んで損はない作品です。
2002年
史上最強の弟子ケンイチ(松江名俊)
史上最強の弟子ケンイチ(松江名俊)
自分の弱さを克服するため、白浜謙一は高校入学と同時に空手部に入部するが、あまりの才能のなさに邪魔者扱いされ、雑用係としてこき使われる日々が続いていた。そんなある日、容姿端麗、頭脳明晰のうえに新体操の有名選手である風林寺美羽が転校してくる。彼女は謙一に近づき、友達になってほしいという。周囲から浮いて友人ができないことに悩んでいた彼女が自分と同じぼっちの謙一を見つけて声をかけてきたというわけだ。その帰り道、謙一はヤクザに取り囲まれている美羽を目撃する。勇気を振り絞って彼女を助けようとする謙一だったが、高校生一人でヤクザの集団をどうこうできるはずもなかった。だが、次の瞬間、美羽が電光石火の早業でヤクザたちを全員KOしてしまう。彼女は新体操だけでなく、武術の使い手でもあったのだ。謙一は彼女の強さと美しさに憧れ、また。彼女自身のすすめもあって、空手、柔術、ムエタイ、中国拳法といった格闘技の達人たちが集う梁山泊に弟子入りすることになる。こうして厳しい修行の日々が始まるのだが、やがて、梁山泊と敵対する殺人拳の集団との闘いに巻き込まれていく......。
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ひ弱な主人公が努力で強くなっていき、強敵たちと激闘を繰り広げるという王道的展開が主軸となっており、その中にギャグとお色気要素を盛り込むことで、非常に娯楽性の高い作品に仕上がっています。展開が少年漫画すぎて本格的な格闘技描写を期待すると物足りないかもしれませんが、迫力と柔らかさを兼ね備えた絵柄を含め、子どもから大人まで楽しめる作風には好感が持てます。それに、キャラも立ちまくっており、悪役を含めみな魅力的です。ただ、不満点がないわけではありません。まず、主人公が才能がないという設定にあまり説得力がない点が挙げられます。実際は修行によってメキメキと腕を上げており、どうしても設定との齟齬が気になってしまいます。また、師匠を始めとする達人クラスと主人公らの立ち位置である弟子クラスとの実力差があまりにも大きいので、いくらケンイチが必死に強敵を倒しても達人が出てくると今までの闘いが雑魚同士の小競り合いにしか見えなくなってしまうのです。その点に関してはケンイチがさらなる修行を積んで達人クラスに近づいていく展開を期待していたのですが、数々の伏線を放置したまま、本作は唐突に最終回を迎えることになります。人気がなくて打ち切りになったのであれば仕方がないのですが、そうではありませんでした。「新連載を増やして少年サンデーを盛り上げる」という編集部の方針だったということで、ファンにとっては何とも割り切れないものがあったのではないでしょうか。ちなみに、本作の原型として2000年からサンデー超増刊に連載されていた『戦え!梁山泊史上最強の弟子』があります。全5巻で、本作とは一部設定が異なっているため、読み比べてみるのも一興です。
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ひ弱な主人公が努力で強くなっていき、強敵たちと激闘を繰り広げるという王道的展開が主軸となっており、その中にギャグとお色気要素を盛り込むことで、非常に娯楽性の高い作品に仕上がっています。展開が少年漫画すぎて本格的な格闘技描写を期待すると物足りないかもしれませんが、迫力と柔らかさを兼ね備えた絵柄を含め、子どもから大人まで楽しめる作風には好感が持てます。それに、キャラも立ちまくっており、悪役を含めみな魅力的です。ただ、不満点がないわけではありません。まず、主人公が才能がないという設定にあまり説得力がない点が挙げられます。実際は修行によってメキメキと腕を上げており、どうしても設定との齟齬が気になってしまいます。また、師匠を始めとする達人クラスと主人公らの立ち位置である弟子クラスとの実力差があまりにも大きいので、いくらケンイチが必死に強敵を倒しても達人が出てくると今までの闘いが雑魚同士の小競り合いにしか見えなくなってしまうのです。その点に関してはケンイチがさらなる修行を積んで達人クラスに近づいていく展開を期待していたのですが、数々の伏線を放置したまま、本作は唐突に最終回を迎えることになります。人気がなくて打ち切りになったのであれば仕方がないのですが、そうではありませんでした。「新連載を増やして少年サンデーを盛り上げる」という編集部の方針だったということで、ファンにとっては何とも割り切れないものがあったのではないでしょうか。ちなみに、本作の原型として2000年からサンデー超増刊に連載されていた『戦え!梁山泊史上最強の弟子』があります。全5巻で、本作とは一部設定が異なっているため、読み比べてみるのも一興です。
2005年
喧嘩商売(木多康昭)
東京から栃木に転校してきた高校生、佐藤十兵衛は言動はアホっぽいものの、洞察力や駆け引きに優れ、チンピラやヤクザ程度なら秒殺してしまうほどの喧嘩の達人だった。彼が強くなったのは空手の天才児、高野照久に憧れたことがきっかけだったが、その照久すらも決闘で撃破する。だが、ヤクザが雇った喧嘩屋、工藤優作に対しては得意の駆け引きも通用せず、完膚なきまでに叩きのめされてしまう。十兵衛は工藤優作を倒すため、古武術・富田流継承者の入江文学に弟子入りするが........。
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本作のストーリーは、ボクシング・空手・合気道・古武術といったさまざまな格闘家が最強をかけて死闘を繰り広げる展開が物語の主軸となっています。そういったところは、既存の格闘技漫画のフォーマットを踏襲しているのですが、異質なのは主人公を含めて皆、勝つためには手段を選ばないという点です。それも、試合中に反則をしたり、禁じ手を使ったりするだけにとどまりません。対戦相手をリング外で闇討ちしたり、毒を仕込んだり、トーナメントを有利に進めるために出場選手同士が結託したりと、なんでもありです。その一方で、格闘シーン自体にも迫力があり、まっとうな格闘技漫画としても、知略を尽くしたコンゲームとしても読みごたえのある作品に仕上がっています。ただ、唐突に挿入されるギャグパートは、ネタがドギツイうえに本編とは全く関係がないため、激しく読者を選びます。このギャグパートの存在のために本作が苦手だという人も多いのではないでしょうか。それから、休載が多くて先の展開が気になっても続きがなかなか読めないのも難点です。ちなみに、休載はどんどん増え続け、ついには3年以上の長期休載を経て、2014年から『喧嘩稼業』とタイトルを変えて仕切り直すことになりました。連載再開以降も休載が多いのは相変わらずで、果たして無事最終回までたどり着けるのかが気になるところです。
2006年
ツマヌダ格闘街(上山道郎)
プロのイラストレーターを目指して上京してきた八重樫ミツルは家賃1万円の格安アパートがあると聞いて妻沼田市を訪れる。しかし、妻沼田市はツマヌダ格闘街という変わった町おこしをしており、格安アパートに住めるのはストリートファイターとして選手登録した人だけだというのだ。格闘技の経験などないミツルは格安アパートを諦めようとするが、偶然出会ったメイド姿の若い女性に半ば無理矢理選手登録をさせられ、ストリートファイターとして闘うはめになる。彼女の名はドラエ・タチバナ=ドリャーエフ。ドラエは自分がセコンドとなって勝つ方法を教えるというのだが........。
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2008年
オールラウンダー廻(遠藤浩輝)
高校生の高柳廻は空手の経験があることから、なんとなく総合格闘技の修斗を始めるが、それほど熱心に取り組んでいたわけではなかった。だが、指導員に半ば強制的にアマチュア大会に出場させられたことによって勝つ喜びと負ける悔しさを知るのだった。しかも、大会で幼馴染の山吹木喬と再会し、そのストイックな姿勢に触発される。こうして徐々に修斗に対して真剣に取り組むようになった廻は、持ち前のスタミナと相手の技をコピーできる能力によって頭角を現してくるが.........。
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本作はなんでもありのリアルファイトではなく、あくまでも競技としての総合格闘技に焦点を当てた作品です。また、登場する選手たちも闘いにすべてを賭けるといった従来の格闘技漫画のキャラとは異なり、学校に通ったり、生活のために仕事をしたりといった具合に一般人としての側面が強調されています。したがって、格闘技漫画としては物語的にも格闘描写的にも非常に地味です。その代わり、総合格闘技の技術をリアルかつわかりやすく描いているので、新しいタイプのスポーツ漫画として引き込まれるものがあります。特に、試合での駆け引きやファイトスタイルの違いに関する描写などは秀逸です。一方で、ライバルたちが結構重いバックボーンを抱えているのにも関わらず、全体的に描写がドライなため、ドラマ的に物足りなさを感じるのは否めません。良くも悪くも口当たりが軽く、安定感のある佳品といったところでしょうか。
鉄風(太田モアレ)
女子高生の石堂夏央は抜群の運動神経と180センチを超える恵まれた体格を生かし、どんなスポーツでもそつなくこなしてしまう。しかし、夏央にとってはそのことがたまらなく退屈だった。ところが、ある日、格闘技部を作るという帰国子女の馬渡ゆず子に出会い、努力する喜びを知っている彼女に憎しみの感情を抱くようになる。そして、彼女を許さないという気持ちが原動力となり、夏央は総合格闘技の世界に足を踏み入れることになるのだが........。
◆◆◆◆◆◆
『オールラウンダー廻』と同じく競技としての総合格闘技を描いた作品ですが、あちらがひたすらリアリティ重視の地味な作風だったのに対し、本作はかなりエキセントリックな作りになっています。まず、女子の総合格闘技という題材自体がレアなうえに、主人公の性格がぶっとんでいるのです。努力しなくてもなんでもできるために、努力する人間を見ると苛立つというのは明らかに主人公のキャラクター設定ではありません。どちらかというと、主人公に立ちはだかるライバルキャラの立ち位置です。そして、本来、主人公の位置にいるべき馬渡ゆず子がライバルキャラになっている点がこの作品を歪なものにしています。しかし、その反面、格闘シーンは迫力のある絵と適度な解説を交えたわかりやすいものになっており、オーソドックスな格闘技漫画として楽しむことができます。そして、この王道と異様さのブレンド具合が従来の格闘技漫画だけでは飽き足らないという人にとって程よい刺激となっているのです。ただ、全8巻で完結となってしまったために、全体的に消化不良の感は否めず、最後が詰め込み過ぎの展開になってしまっている点に関しては物足りなさを感じてしまいます。
女子高生の石堂夏央は抜群の運動神経と180センチを超える恵まれた体格を生かし、どんなスポーツでもそつなくこなしてしまう。しかし、夏央にとってはそのことがたまらなく退屈だった。ところが、ある日、格闘技部を作るという帰国子女の馬渡ゆず子に出会い、努力する喜びを知っている彼女に憎しみの感情を抱くようになる。そして、彼女を許さないという気持ちが原動力となり、夏央は総合格闘技の世界に足を踏み入れることになるのだが........。
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『オールラウンダー廻』と同じく競技としての総合格闘技を描いた作品ですが、あちらがひたすらリアリティ重視の地味な作風だったのに対し、本作はかなりエキセントリックな作りになっています。まず、女子の総合格闘技という題材自体がレアなうえに、主人公の性格がぶっとんでいるのです。努力しなくてもなんでもできるために、努力する人間を見ると苛立つというのは明らかに主人公のキャラクター設定ではありません。どちらかというと、主人公に立ちはだかるライバルキャラの立ち位置です。そして、本来、主人公の位置にいるべき馬渡ゆず子がライバルキャラになっている点がこの作品を歪なものにしています。しかし、その反面、格闘シーンは迫力のある絵と適度な解説を交えたわかりやすいものになっており、オーソドックスな格闘技漫画として楽しむことができます。そして、この王道と異様さのブレンド具合が従来の格闘技漫画だけでは飽き足らないという人にとって程よい刺激となっているのです。ただ、全8巻で完結となってしまったために、全体的に消化不良の感は否めず、最後が詰め込み過ぎの展開になってしまっている点に関しては物足りなさを感じてしまいます。
2012年
ケンガンアシュラ(原作:サンドロビッチ・ヤバ子/作画:だろめおん)
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本作は『グラップラー刃牙』の地下闘技場トーナメントに企業の代理戦争の要素を加味したような感じになっており、物語自体に独創性はあまりありません。その代わり、筋肉やパワーファイトの描写が素晴らしく、迫力のバトルを楽しむことができます。また、技や戦略面での駆け引きもよく練り込まれています。そして、バキと同じく、主人公の試合だけでなく、ライバルキャラ同士の試合も手を抜かずに描かれている点が魅力的です。登場人物も非常に濃いキャラばかりで、彼らの繰り出すトンデモ格闘術は読者に忘れ難い印象を与えてくれます(登場人物が人間離れしているのはバキやタフなども同じですが、キャラのぶっとび具合は本作のほうが数段上です)。ただ、主人公が窮地に陥ると、謎の覚醒によって突如パワーアップする点だけはご都合主義に感じられていただけません。なお、拳願絶命トーナメントが中心に描かれた本作は27巻で完結し、2019年からはトーナメント終了の2年後を描いた『ケンガンオメガ』が始まっています。
2014年
はぐれアイドル地獄変(高遠るい)
歌手としての成功を夢見る南風海空(はえばる・みそら)は、その足掛かりとしていやいやながらもグラビアアイドルの仕事を続けていた。しかし、彼女の所属しているのが悪徳芸能事務所だったためにAVに出演させられる羽目になってしまう。AVのタイトルは「はぐれアイドル地獄変」。AV男優100人と闘い、負ければその場でレイプされるというものだった。絶体絶命のピンチだが、海空は亡き父から叩きこまれた琉球空手によって次々とAV男優を撃破。彼女の強さに恐れをなして棄権した45人を除いて全員を倒してしまったのだ。そして、その映像がテレビ局の目にとまり、海空は空手アイドルとして売り出されることになる。さらに、テレビ局から新たな企画が持ち上がる。世界中から一流の女性格闘家を集め、異種格闘技トーナメントを開催しようというのだ。美空はその大会に出場し、強敵たちを相手に勝ち進んでいくが......。
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『グラップラー刃牙』を彷彿とさせる異種格闘技戦にエロ要素をふんだんに盛り込んだB級テイストあふれる怪作です。設定はかなりバカバカしいのですが、格闘シーンは迫力があって読み応えがあります。このおバカなところとガチの格闘シーンのギャップが本作の最大の魅力となっているのです。ただ、巻が進むにつれてエロ、ギャグ、バトルといったごった煮感が薄まり、バトル一辺倒になりつつある点は賛否の分かれるところです。
SFが読みたい!2021年版 国内ベスト10予想
最新更新日2021/01/27☆☆☆
Next⇒SFが読みたい!2022年版 国内ベスト20予想
SFがよみたい!海外版版 最終予想(2021年1月27日)
1位.アメリカン・ブッダ(柴田勝家)→2位(実際の順位)※20位まで記載
荒廃したアメリカを捨てて仮想空間上にある新大陸へ移り住む人々に対して仏陀の教えを信仰するインディアンの青年が現実への帰還を呼び掛ける表題作、物語は伝染病だとして海外からの持ち込みを禁じている国が物語の前に敗北するさまを検疫官の目を通して描いた『検疫官』など全6編収録。
著者のバックボーンである民俗学にSF的ガジェットを絡めた極めてオリジナリティの高い作品集。特に、少数民族と最先端技術の突飛な組み合わせから恐るべき結論へと至る『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』や、民俗ホラーとでもいうべき『邪義の壁』などのインパクトが強烈です。
2位.オクトローグ 酉島伝法作品集成(酉島伝法)→1位
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SFが読みたい!2021
今まで『このミステリーがすごい!』及び『本格ミステリ・ベスト10』のランキング予想をしてきましたが、今回初めて『SFが読みたい!』の予想にも挑戦してみます。対象作品は2019年11月1日~2020年10月31日の間に刊行された国内作家によるSF及びファンタジー小説です。なにぶん初めての試みなので見当違いの予想もあるかもしれませんが、その点はご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
SFがよみたい!海外版版 最終予想(2021年1月27日)
1位.アメリカン・ブッダ(柴田勝家)→2位(実際の順位)※20位まで記載
荒廃したアメリカを捨てて仮想空間上にある新大陸へ移り住む人々に対して仏陀の教えを信仰するインディアンの青年が現実への帰還を呼び掛ける表題作、物語は伝染病だとして海外からの持ち込みを禁じている国が物語の前に敗北するさまを検疫官の目を通して描いた『検疫官』など全6編収録。
著者のバックボーンである民俗学にSF的ガジェットを絡めた極めてオリジナリティの高い作品集。特に、少数民族と最先端技術の突飛な組み合わせから恐るべき結論へと至る『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』や、民俗ホラーとでもいうべき『邪義の壁』などのインパクトが強烈です。
2位.オクトローグ 酉島伝法作品集成(酉島伝法)→1位
宇宙で暮らす無機生命体の少年が滋味豊かな彗星の成分採取に初めて参加する様子を綴った『彗星狩り』、海で覆われた惑星を探査する人類を異星生物の視点から描いた『ブロッコリー神殿』、印刷会社に勤める男が仕事に忙殺されるなかで知らぬ間に世界が変容していく『金星の蟲』など、全8篇収録。
この世ならさる異形の者とグロテスクに変容していく世界を卓越した言語センスで的確に描写していくさまが見事です。そのうえ、SF版蟹工船とでもいうべき『金星の蟲』、ブラッドベリを彷彿とさせる叙事詩SFの『彗星狩り』といった具合に、作品ごとに違った切り口の物語を楽しむことができます。
この世ならさる異形の者とグロテスクに変容していく世界を卓越した言語センスで的確に描写していくさまが見事です。そのうえ、SF版蟹工船とでもいうべき『金星の蟲』、ブラッドベリを彷彿とさせる叙事詩SFの『彗星狩り』といった具合に、作品ごとに違った切り口の物語を楽しむことができます。
3位.ツインスター・サイクロン・ランナウェイ(小川一水)→17位
人類が広大な宇宙へと進出した遥か未来。辺境のガス惑星では都市型宇宙船で暮らす人々が、ガスの中を遊泳する昏魚を捕獲して生計を立てていた。漁は夫婦で行う習わしだが、お見合いが失敗続きのテラにはパートナーがいない。そこに家出娘のダイオードが現れ、2人でペアを組もうと言いだすが....。
男尊女卑の社会で女性同士がペアを組んで古い価値観を打破していく百合小説です。何より、気が強いくせに泣き虫というダイオードの可愛らしさがたまりません。そのうえ、ガス惑星で行われる幻想的な漁を始めとするSF要素や疾走感溢れるクライマックスも魅力的に描かれています。
人類が広大な宇宙へと進出した遥か未来。辺境のガス惑星では都市型宇宙船で暮らす人々が、ガスの中を遊泳する昏魚を捕獲して生計を立てていた。漁は夫婦で行う習わしだが、お見合いが失敗続きのテラにはパートナーがいない。そこに家出娘のダイオードが現れ、2人でペアを組もうと言いだすが....。
男尊女卑の社会で女性同士がペアを組んで古い価値観を打破していく百合小説です。何より、気が強いくせに泣き虫というダイオードの可愛らしさがたまりません。そのうえ、ガス惑星で行われる幻想的な漁を始めとするSF要素や疾走感溢れるクライマックスも魅力的に描かれています。
4位.人間たちの話(柞刈湯葉)→7位
火星の地面をすくってその成分を研究していた科学者が従来の概念とは異なる生命体との邂逅を果たす表題作、人間を幸せにするために編み出された次世代型監視社会での悲喜劇を描いた『たのしい超監視社会』、宇宙人に提供するラーメンの奇想天外さが愉快な『宇宙ラーメン重油味』など全6篇収録。◆◆◆◆◆◆
著者初の短編集。処女作の『横浜SF』に通じるぶっ飛んだ発想を起点としてシリアスからコメディまで、バラエティに富んだ作品が揃っています。特に、『1984』の優れたパロディといえる『たのしい超監視社会』や多様な宇宙人とラーメンの組み合わせがユニークな『宇宙ラーメン重油味』などが秀逸。
5位.ピュア(小野美由紀)→20位
環境汚染の影響で人類の出生率が著しく低下した未来。人類滅亡を阻止するために取られた手段が遺伝子改造だった。その結果、宇宙に住む女性が地上で暮らす男性を犯して喰らうことで妊娠することが可能となる。だが、学園星ユングの生徒であるユミはその生き方に疑問を感じるようになり......。
男女の関係の変容を描いたフェミニズムSF。全5篇中、特に強烈なインパクトを放っているのが表題作で、性交の後に女性が男性を喰らうという極めて残酷な世界を少女の視点から軽いポップな文体で描いており、そのギャップにくらくらします。また、同じ世界を男性視点から描いた『エイジ』も傑作。
AIロボットの普及によって失職した男が奇妙な薬の治験アルバイトを始める表題作、未来人を自称する囚人が脱獄のためにタイムマシンの製作に取り組む『未来への脱出』、幼い頃よりあしながおじさんの援助を受けて育った女子大生が彼のおぞましい正体を知ることになる『方舟の座席』など全5編収録。
バラエティに富んだ短編集であり、一作一作がSF的アイディアに優れているのでSF好きな人にとっては非常に刺激的な読みものに仕上がっています。また、物語の世界観としてはデストピアめいたものが多く、暗い展開が続くものの、ほのかなユーモアが感じられて読後感は意外と悪くありません。
男女の関係の変容を描いたフェミニズムSF。全5篇中、特に強烈なインパクトを放っているのが表題作で、性交の後に女性が男性を喰らうという極めて残酷な世界を少女の視点から軽いポップな文体で描いており、そのギャップにくらくらします。また、同じ世界を男性視点から描いた『エイジ』も傑作。
6位.イヴの末裔たちの明日 松崎有理短編集(松崎有理)※ランク外
AIロボットの普及によって失職した男が奇妙な薬の治験アルバイトを始める表題作、未来人を自称する囚人が脱獄のためにタイムマシンの製作に取り組む『未来への脱出』、幼い頃よりあしながおじさんの援助を受けて育った女子大生が彼のおぞましい正体を知ることになる『方舟の座席』など全5編収録。
バラエティに富んだ短編集であり、一作一作がSF的アイディアに優れているのでSF好きな人にとっては非常に刺激的な読みものに仕上がっています。また、物語の世界観としてはデストピアめいたものが多く、暗い展開が続くものの、ほのかなユーモアが感じられて読後感は意外と悪くありません。
7位.タイタン(野崎まど)→9位
23世紀の半ば。AIの進化によって人類は労働から解放されていた。ある日、趣味で発達心理学の研究を行っている内匠成果の元に知能拠点の管理者が訪れる。巨大AIタイタンの第二知能拠点コイオスが機能不全に陥ったというのだ。成果はコイオスのカウンセリングを半ば強制的に請け負わされるが......。
進化しすぎて人の手に負えなくなったAIをカウンセリングという原始的な手法で治療するという発想がユニークです。特に、精神的には赤子同然だったコイオスが次第に自我を形成し、「仕事とは何か?」という自問を繰り返すくだりは現代人の悩みにも相通じるものがあり、興味深く読むことができます。
進化しすぎて人の手に負えなくなったAIをカウンセリングという原始的な手法で治療するという発想がユニークです。特に、精神的には赤子同然だったコイオスが次第に自我を形成し、「仕事とは何か?」という自問を繰り返すくだりは現代人の悩みにも相通じるものがあり、興味深く読むことができます。
8位.オーラリメイカー(春暮康一)※ランク外
遥か未来。人類は水―炭素生物連合の一員となり、人工知性体の知能流と対立していた。ある日、銀河の辺境に人工的な軌道を描く恒星を発見する。そこに高い科学力を有する生命体がいるのだ。彼らを連合に迎え入れるべく調査団が派遣されるが、その恒星系からは文明の痕跡は何も見つからず.....。
第7回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞の表題作と短編『虹色の蛇』を収録。前者はイーガンばりのハードSFであり、数万年単位の時代を包括するスケールの大きさに圧倒されます。ただ、ドラマ的には無味乾燥であるのに対し、後者は同一の世界観を共有しつつも、情感豊かな佳品に仕上がっています。
第7回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞の表題作と短編『虹色の蛇』を収録。前者はイーガンばりのハードSFであり、数万年単位の時代を包括するスケールの大きさに圧倒されます。ただ、ドラマ的には無味乾燥であるのに対し、後者は同一の世界観を共有しつつも、情感豊かな佳品に仕上がっています。
9位.ホテル・アルカディア(石川宗生)→10位
ホテル・アルカディアの離れのコテージには支配人の娘が引き籠っていた。そして時折、裏山で泣いているという。その話を聞いた7人の芸術家たちは娘に同情し、コテージの下で朗読会を始める。面白い話を聞かせて娘を元気づけるためだ。芸術家たちの口からは奇想天外な話が次々と紡がれていくが.....。
短編集『半分世界』でその奇想ぶりが注目された著者の新作です。本作は長編小説ではあるものの、作中作という形で多くの短篇小説を挿入しており、一作一作のぶっ飛んだ発想はやはり著者ならではです。ただ、各エピソードの面白さに対して長編小説としてのまとめ方がいま一つなのは残念。
ホテル・アルカディアの離れのコテージには支配人の娘が引き籠っていた。そして時折、裏山で泣いているという。その話を聞いた7人の芸術家たちは娘に同情し、コテージの下で朗読会を始める。面白い話を聞かせて娘を元気づけるためだ。芸術家たちの口からは奇想天外な話が次々と紡がれていくが.....。
短編集『半分世界』でその奇想ぶりが注目された著者の新作です。本作は長編小説ではあるものの、作中作という形で多くの短篇小説を挿入しており、一作一作のぶっ飛んだ発想はやはり著者ならではです。ただ、各エピソードの面白さに対して長編小説としてのまとめ方がいま一つなのは残念。
10位.大絶滅恐竜タイムウォーズ(草野原々)※ランク外
進化史を賭けた戦いで星智彗女学院3年A組が次に対戦するのは知性化鳥類だ。しかも、彼らは宇宙に進出をするまでに進化を遂げていた。だが、技術文明を生み出すまでには至っていない。それではどのような手段を用いて宇宙進出を果たしたのか?少女たちは答えを求めて卵の塔を登り始めるが......。
『大進化動物デスゲーム』に続くシリーズ第2弾。前作は『最後にして最初のアイドル』でそのぶっとび具合が注目された著者にしては大人しい印象だったのですが、本作を読むとそれが単なる前振りに過ぎなかったことに気付かされます。トンデモ理論が炸裂の純度100%の原々ワールドです。
『大進化動物デスゲーム』に続くシリーズ第2弾。前作は『最後にして最初のアイドル』でそのぶっとび具合が注目された著者にしては大人しい印象だったのですが、本作を読むとそれが単なる前振りに過ぎなかったことに気付かされます。トンデモ理論が炸裂の純度100%の原々ワールドです。
その他注目作
11.ポロック生命体(瀬名秀明)※ランク外
AIの進歩は社会を大きく変えていく。AI棋士が将棋で永世名人を破り、映画や小説はAI作家が物語を数値化し、誰もが楽しめる傑作を生み出せるようになっていた。しかも、老いとは無縁のAIは学習によってその才能をどこまでも伸ばしていくことができるのだ。果たしてその先にあるものとは?
AIをテーマにした全4篇の中編集。いずれもAIが人間を越えたときに何が起きるかについて描かれており、そこで語られる考察は非常に興味深いものがあります。物語としてはかなり地味であるものの、淡々とした雰囲気の中からAI中心の世界を鮮烈に浮かび上がらせていく手法が見事です。
AIをテーマにした全4篇の中編集。いずれもAIが人間を越えたときに何が起きるかについて描かれており、そこで語られる考察は非常に興味深いものがあります。物語としてはかなり地味であるものの、淡々とした雰囲気の中からAI中心の世界を鮮烈に浮かび上がらせていく手法が見事です。
12.歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ(菅浩江)→6位
地球の衛星軌道上に浮かぶ巨大な博物館・アフロディーテには全世界の芸術品や動植物が集められている。そのアフリディーテでは創立50周年のフェスティバルが開かれようとしていた。そんななか、贋作騒動が持ち上がり、新人自警団員の兵藤健は仲間と共に犯人グループの摘発に乗り出すが.....。
博物館惑星シリーズの第3弾です。ただ、博物館に展示している芸術品を情感たっぷりに描いた過去作品に比べると今回は贋作組織との対決が主軸となっており、雰囲気はかなり異なっています。その点を物足りなく感じる人もいるかもしれませんが、その分、最終章のイメージの奔流には圧倒されます。
第41回日本SF大賞受賞
博物館惑星シリーズの第3弾です。ただ、博物館に展示している芸術品を情感たっぷりに描いた過去作品に比べると今回は贋作組織との対決が主軸となっており、雰囲気はかなり異なっています。その点を物足りなく感じる人もいるかもしれませんが、その分、最終章のイメージの奔流には圧倒されます。
第41回日本SF大賞受賞
13.レームダックの村(神林長平)※ランク外
ネットを標的とした同時多発テロにより、電子データに依存していたマネーは一夜にして消失する。全世界が混乱する中、新聞記者の真嶋は政府直属機関の依頼で地方都市の視察に出向く。だが、信州のサービスエリアで襲撃を受け、奥地の村に連行されるのだった。そこで彼が見たものとは?
終末的世界を描いた『オーバーロードの街』の続編です。一見世俗とは切り離されたような秘境の村ですが、世界と強い繋がりがあり、滅びとは無関係でいられないというプロットはよくできています。ただ、オカルト要素や社会派テーマがメインで、SF色がそれほど濃くない点は好みの分かれるところ。
15.約束の果て:黒と紫の国(高丘哲次)※ランク外
ネットを標的とした同時多発テロにより、電子データに依存していたマネーは一夜にして消失する。全世界が混乱する中、新聞記者の真嶋は政府直属機関の依頼で地方都市の視察に出向く。だが、信州のサービスエリアで襲撃を受け、奥地の村に連行されるのだった。そこで彼が見たものとは?
終末的世界を描いた『オーバーロードの街』の続編です。一見世俗とは切り離されたような秘境の村ですが、世界と強い繋がりがあり、滅びとは無関係でいられないというプロットはよくできています。ただ、オカルト要素や社会派テーマがメインで、SF色がそれほど濃くない点は好みの分かれるところ。
14.未知の鳥類がやってくるまで(西崎憲)→19位
空に人や動物が出現して行列を成す『行列』、常に風呂敷に包んだ箱を持ち歩いていた転校生と大人になってから再会する『箱』、警視庁に”トウキョウノスズキ”と書かれたメールが届く『東京の鈴木』、校正の仕事をしている女性が嵐の近づく週末に恐怖の体験をする表題作など、全10篇収録。
摩訶不思議な話が集められた短編集ですが、SFやファンタジーというよりは寓話といった趣があります。日常空間を起点としながらも、そこから少しずれた世界を不穏なムードと共に提示していく手法がなんともスリリングです。なかでもイメージの奔流に圧倒される『行列』が秀逸。
摩訶不思議な話が集められた短編集ですが、SFやファンタジーというよりは寓話といった趣があります。日常空間を起点としながらも、そこから少しずれた世界を不穏なムードと共に提示していく手法がなんともスリリングです。なかでもイメージの奔流に圧倒される『行列』が秀逸。
15.約束の果て:黒と紫の国(高丘哲次)※ランク外
2019年日本ファンタジーノベル大賞・大賞受賞作品。本作は架空の国を舞台にしていますが、5000年前に書かれた物語の中に秘められた真実を何世代にも渡って徐々に解き明かしていくプロセスに引き込まれていきます。ただ、過去編の鮮烈なイメージに対して現代パートが弱く感じられるのが少々残念。
16.キャサリンはどのように子供を産んだのか?How Did Catherine Cooper Have a Child?(森博嗣)※ランク外
VRが現実に取って替わろうとしている未来社会。国家反逆罪に問われていたキャサリン博士がAI監視下の研究室から検事局の8人と共に忽然と姿を消す。しかし、先天性疾患を患っている彼女が部屋から出られる筈がなかった。グアトはキャサリン博士が無菌室で出産していたという情報を得るが.....。
WWシリーズの第3弾。本作ではVRが極限まで発達した世界で子孫を残す意味とは何かについての探求が行われ、それを起点として生命とは、存在とは何かという命題に繋がっていく点が刺激的です。また、ファンにとっては著者の処女作のセルフパロディ的展開にも興味を覚えるのではないでしょうか。
WWシリーズの第3弾。本作ではVRが極限まで発達した世界で子孫を残す意味とは何かについての探求が行われ、それを起点として生命とは、存在とは何かという命題に繋がっていく点が刺激的です。また、ファンにとっては著者の処女作のセルフパロディ的展開にも興味を覚えるのではないでしょうか。
17.裏世界ピクニック4 裏世界夜行(宮澤伊織)※ランク外
季節は冬。空魚たち一行はカルト集団の本拠地だった牧場へと向かう。そこは「山の牧場」になぞらえて作られた施設であり、いくつかの部屋は裏世界に通じている。第四種接触者をなんとか倒し、施設から離れようとする汀だったが、空魚は鳥子と共にこの施設の管理人になりたいといいだし.......。
4話からなるシリーズ第4弾。主人公2人がどんどん裏世界に順応していっているため、初期にあった未知の存在に対する恐怖といった要素は薄まってきています。しかし、その反面、シリーズのもう一つの柱である百合要素は大充実です。一方、ホラー要素としては”赤い人”の薄気味悪さはなかなかのもの。
18.宇宙船の落ちた町(根本聡一郎)※ランク外
18.宇宙船の落ちた町(根本聡一郎)※ランク外
田舎町で育った佑太は14歳のときに巨大なUFOが墜落するのを目撃する。それは902人のフーバー星人を乗せた宇宙船だった。10年後。フーパー星人たちが地域社会に溶け込んでいく一方で、佑太は無気力な日々を送っていた。だが、あるアイドルの握手会を契機として、彼の生活は一変することになり.....。
宇宙人や宇宙船墜落といったSF的ガジェットが現代日本が抱える問題のメタファとなっており、優れた風刺小説に仕上がっています。しかも、ストレートに書けば説教臭い話になるところにラブコメ要素を付加し、読みやすくまとめているのが秀逸です。ただ、楽観的すぎる展開は賛否が分かれるところ。
19.ハカセ、タイヘンです!(あまひらあすか)※ランク外
天才科学者バビニクは「ハカセ、タイヘンです!」という声に目を覚まし、驚愕する。ロマンスグレーの男性だったはずの自分がいつの間にか美少女になっていたのだ。しかも人類はすでに滅んでいた。一体何が起きたのか?バビニクは美形アンドロイドのイチゴウと共に謎を解き明かす旅に出るが......。ラノベのような軽いノリで始まる作品ですが、コメディかと思っていると、世界の秘密が明らかになるにつれて次第にその様相を変えていきます。絶望に打ちひしがれながらも新たな希望を切り開いていくさまが実に瑞々しく描かれているのです。切なさの中に美しさをたたえた終末SFの傑作です。
20.終末世界はふたりきり(あまひらあすか)※ランク外
人類滅亡が迫る世界でネクロマンサーの男は自ら生成したゾンビ少女のユメコと楽しい日々を過ごしていた。ユメコも男を父親のように慕っている。だが、一つ問題なのは唯一の生者である男を喰らおうと、時折野生のゾンビの群れが襲ってくることだ。男はユメコと共にゾンビ退治に精を出すが......。終末感溢れる救いのない世界での日常がのほほんとした文体で描かれ、そのシビアな現実と緩いノリのギャップによって、切なくも心地よい雰囲気を醸し出すことに成功しています。文章も平易でさくさくと読むことができます。終末やゾンビ少女という言葉に心惹かれる人なら読んで損のない佳品です。
21.SIGNAL シグナル(山田宗樹)
電波天文台がM33さんかく座銀河から送られてくる電波を受信し、異星人の存在が明らかとなる。中学2年の芦川翔はこのニュースに興奮するが、周囲の反応は冷ややかだった。そこで、翔はこの感動を分かち合える仲間を求め、天文学者の母親が電波解読に関わっているという朱鷺丘昴に会いにいくが.....。本作は2部構成になっており、前半は瑞々しい青春小説として、17年が経過した後半は異星人からの電波を直接受け取ることのできるレセプターが登場し、オカルト色の強いSFとして楽しむことができます。全体的に小粒感は否めませんが、爽やかな読後感が味わえる古典的なSF物語として秀逸です。
22.幽霊を創出したのは誰か? Who Created the Ghost?(森博嗣)
心中した男女の幽霊がさ迷っているという噂を耳にしたグアトとロジはピクニックがてら問題の地に赴く。果たして幽霊らしき男女が現れ、グアトは会話をかわすことに成功するのだった。後日、2人の元を幽霊になった男の弟だと名乗る老人が訪れ、兄が生存している可能性を探っているというのだが.....。
WWシリーズの第4弾。前作までと比べて全体的に淡々とした話であり、物語としての大きな盛り上がりはありません。しかし、バーチャルの著しく発展した世界で幽霊は存在するのか?という問題提議は興味深く、ぐいぐいと引き込まれていきます。小粒ながらも知的好奇心を刺激してくれる好編です。
23.パライゾ(阿川せんり)
突然、人間が黒いぶよぶよの物体に変わり、飛び跳ねるだけの存在になってしまうという現象が発生する。その中で、人間の形状を保っていられるのは人を殺した経験のある者だけだった。ライフラインはストップし、各所で火災が発生する。崩壊していく日常の中で残された者たちは最後に何を選ぶのか?
人類が突如滅びへと向かっていく不条理な状況を描いた連作小説です。しかし、その割には悲壮感などはあまり感じられず、殺人者たちの視点から滅びゆく世界が淡々と描かれていきます。独特のブラックな味わいはなかなかのものですが、各話同じパターンの繰り返しが多くてメリハリに欠けるのが難。
twitter発の1編100文字のSF小説約2000の中から200本を厳選した傑作選。さすがに100文字ではプロットに膨らみがないので、物語の豊潤な香りを味わうことはできません。その一方で、次から次へと飛び出してくるイマジネーションの奔流には圧倒されます。ハードSFから感動話までジャンルも多彩です。
26.四畳半タイムマシンブルース(原案:上田誠/文:森見登美彦)
チェック漏れ作品
2021年2月10日追記
Next⇒SFが読みたい!2022年版 国内ベスト10予想
心中した男女の幽霊がさ迷っているという噂を耳にしたグアトとロジはピクニックがてら問題の地に赴く。果たして幽霊らしき男女が現れ、グアトは会話をかわすことに成功するのだった。後日、2人の元を幽霊になった男の弟だと名乗る老人が訪れ、兄が生存している可能性を探っているというのだが.....。
WWシリーズの第4弾。前作までと比べて全体的に淡々とした話であり、物語としての大きな盛り上がりはありません。しかし、バーチャルの著しく発展した世界で幽霊は存在するのか?という問題提議は興味深く、ぐいぐいと引き込まれていきます。小粒ながらも知的好奇心を刺激してくれる好編です。
23.パライゾ(阿川せんり)
突然、人間が黒いぶよぶよの物体に変わり、飛び跳ねるだけの存在になってしまうという現象が発生する。その中で、人間の形状を保っていられるのは人を殺した経験のある者だけだった。ライフラインはストップし、各所で火災が発生する。崩壊していく日常の中で残された者たちは最後に何を選ぶのか?
人類が突如滅びへと向かっていく不条理な状況を描いた連作小説です。しかし、その割には悲壮感などはあまり感じられず、殺人者たちの視点から滅びゆく世界が淡々と描かれていきます。独特のブラックな味わいはなかなかのものですが、各話同じパターンの繰り返しが多くてメリハリに欠けるのが難。
24.絶対猫から動かない(新井素子)
両親や義父母の介護問題を抱える大原夢路は、あるときから地震で停止した電車から出られなくなる夢を見るようになる。しかも、電車の中には人の生気を喰らう三春ちゃんという怪物が存在していた。夢路は中年会社員や老人、中学生といった他の乗客と力を合わせて怪物と対峙することになるが.......。
それぞれ重い現実を抱えている登場人物の物語を独特の軽い文体で描いてさらりと読めるように仕上げているのはさすがです。また、人間を捕食する三春ちゃんという怪物が可愛らしく描かれているのもギャップからくる魅力があります。ただ、話がかなり長くて少々冗長なのは賛否が分かれるところ。
それぞれ重い現実を抱えている登場人物の物語を独特の軽い文体で描いてさらりと読めるように仕上げているのはさすがです。また、人間を捕食する三春ちゃんという怪物が可愛らしく描かれているのもギャップからくる魅力があります。ただ、話がかなり長くて少々冗長なのは賛否が分かれるところ。
25.100文字SF(北野勇作)→11位
「戦争で人と武器が滅び、楽器だけが残った世界」「ずっと火星だと思っていた星がそうではないことに気づいた男」「幾度となく襲来を繰り返す人喰い怪獣への対策として打ち出された巨人化計画」「不完全な神を手に入れるために行われる不完全な卵の選別」などなど、1話100文字で語られる掌編集。twitter発の1編100文字のSF小説約2000の中から200本を厳選した傑作選。さすがに100文字ではプロットに膨らみがないので、物語の豊潤な香りを味わうことはできません。その一方で、次から次へと飛び出してくるイマジネーションの奔流には圧倒されます。ハードSFから感動話までジャンルも多彩です。
26.四畳半タイムマシンブルース(原案:上田誠/文:森見登美彦)
コーラーをぶちまけてクーラーのリモコンを壊してしまった大学生の私はアパートの廊下に放置してあるタイムマシーンを発見し、それに乗って過去に行く。故障前のリモコンを回収するためだ。ところが、何気なくおこなったその行為が宇宙消滅の危機を招くことになり......。
本作は、上田誠の戯曲で映画にもなった『サマータイムマシンブルース』の物語を、『四畳半神話体系』のキャラに置き換えたコラボ作品です。話の展開はほぼ原作と同じであるのにも関わらず、『四畳半神話大系』の世界観がちっとも損なわれていない点に驚かされます。理想的なコラボだといえます。
本作は、上田誠の戯曲で映画にもなった『サマータイムマシンブルース』の物語を、『四畳半神話体系』のキャラに置き換えたコラボ作品です。話の展開はほぼ原作と同じであるのにも関わらず、『四畳半神話大系』の世界観がちっとも損なわれていない点に驚かされます。理想的なコラボだといえます。
チェック漏れ作品
暗闇にレンズ』高山羽根子→3位
日本SFの臨界点[恋愛篇・怪奇篇](伴名練・編)→4位
星系出雲の兵站全9巻(林譲治)→5位
ワン・モア・ヌーク(藤井太洋)→8位
2021年2月10日追記
予想結果
ベスト5→5作品中2作的中
ベスト10→10作品中5作的中
順位完全一致→10作品中0作品
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SFが読みたい!2021年版 海外ベスト10予想
最新更新日2021/02/13☆☆☆
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1位.三体Ⅱ 黒暗森林(劉慈欣)→2位(実際の順位)※20位まで記載
3つの太陽を持つ三体世界。そこに住む異星人が地球に侵攻を開始する。彼らが地球に到達するのは四百数十年後。しかし、人類の行動は三体世界から送り込まれたナノマシンによってすべて筒抜けだった。それに対抗すべく、人類は4人の賢者に作戦を全面委託する面壁計画を発動させるが.......。
全世界で累計売上3000万部を記録したSF三部作の第2弾。今回は人類を救うには全人類を騙さなければならないという壮大なコンゲームで読者の興味を惹きつけ、途中で時代が数百年進んだかと思えば、まさかの展開で驚かせてくれます。ぶっ飛んだ発想と緻密なロジックを併せ持つ傑作です。
5位.月の光 現代中国SFアンソロジー(編:ケン・リュウ/著:劉慈欣、陳楸帆・他)→8位
中国統一を果たして休暇を取ることにした始皇帝が諸子百家からさまざまなテレビゲームをすすめられる『始皇帝の休日』、時間を逆行していくことで中国が次第に貧しくなっていく様を描いた『金色昔日』、新型の列車が1500人の乗客とともに忽然と姿を消す『正月列車』など、全16編を収録。
SFが読みたい!2019で海外1位に輝いた『折りたたみ北京』に続くケン・リュウ編纂の中国SFアンソロジーの第2弾。前作は王道的な作品を中心に集められていたのに対して、本作は曲者揃いで作風の多様性が目を引きます。前作に比べていささか癖は強いものの、クオリティの高さは相変わらずです。
現代の中国を反映してか、環境問題が全面に押し出されている近未来SFです。とはいえ、決して説教くさい話ではなく、ハイテクゴミというアイディアを起点とした緻密な設定の世界観はSFとして大いに読み応えがあります。特に後半からの、派手なメカアクションを交えた怒涛の展開は手に汗握ります。
イラク版『フランケンシュタイン』というべきファンタジーSFです。しかし、実際はSFというより寓話の色が濃く、先行き不安なイラクの世情を殺人鬼の怪物という形で描いているのが秀逸です。同時に、怪物を救世主と崇める集団も登場するなど、政治的群像劇としてもよくできています。
9位.茶匠と探偵(アリエット・ド・ボダール)→11位
『包蔞』2013年度ネビュラ賞、2013年ヒューゴ賞受賞
『星々は待っている』2014年ネビュラ賞受賞
『哀しみの杯三つ、星明りのもとで』2015年度英国SF協会賞受賞
『茶匠と探偵』2019年ネビュラ賞、2019年ヒューゴ賞受賞
いわゆる時間旅行SFですが、タイムパラドックスではなく、時間旅行が精神にもたらす影響に焦点が当てられている点が独創的です。SF心理学とでもいうべき作品で、そこに殺人事件の謎を絡めた構成がよくできています。ただ、タイムパラドックスの問題を完全に無視している点は賛否の分かれるところ。
◆◆◆◆◆◆
イスラエルのSF小説を集めたアンソロジー集。日本の作品ではあまり見られない発想に基づいて書かれており、新鮮な感覚で読むことができます。全体的に暗い話が多いものの、時折見せるとぼけたユーモアが良い味を出しています。巻末の『イスラエルSFの歴史について』を併せて読むと面白さ倍増です。
知的生命体の殲滅作戦がトラウマとなって軍を退役したAI宇宙戦闘艦のトラブル・ドッグは人命救護団体「再生の家」に参加し、遭難信号を受信する。ギャラリー星系で民間船が何者かの襲撃を受けているというのだ。現場に急行するも、そこで銀河の命運を賭けた戦いに巻き込まれることになり......。
題名からしててっきりAI宇宙船が活躍する話かと思いきや、実際の主人公はベテラン女艦長と民間船の生き残りである詩人です。その点は若干肩透かしを覚えるかもしれません。しかし、個性的な登場人物が織りなすスペースオペラとしてよくできており、特に後半の戦闘シーンは手に汗握る面白さです。
13.サイバー・ショーグン・レボリューション(ピーター・トライアス)→20位
第2次世界大戦後にアメリカは日独によって分割統治される。そして、2019年。大日本帝国陸軍メカパイロットの励子は秘密結社〈戦争の息子たち〉に加わり、ナチスと癒着関係にあった多村総督の排除に成功する。だが、革命新政府の樹立直後から組織内部の粛清が始まり、その裏にはナチスの影が....。
第2次世界大戦で枢軸国が勝利したifの世界を描いた三部作の完結編。21世紀版『高い城の男』というべき設定に加え、日本のロボットアニメの影響が色濃く見えるのが特徴です。3作目の本作は1作目のポリティカルな内容と2作目の派手なロボットアクションの良い所取りをした内容に仕上がっています。
冒頭はSFパニック映画のようですが、その後はどちらかといえば女性の社会進出を描いた歴史改変SFへと移行します。ジェンダーの問題を軸としつつ、展開は非常に淡々としたものになります。リアルなテーマをSFの形を借りて描いた作品としては秀逸ですが、派手な展開を期待した人には肩透かしかも。
2019年ヒューゴ賞受賞
2019年ネビュラ賞受賞
2019年ローカス賞受賞
15.誓願(マーガレット・アトウッド)→13位近未来の北米。テロによって誕生したギレアデ共和国では女性の権利が次々と剥奪されていった。そんな中、政治の中枢まで上り詰めたリディア小母は密かに国家転覆を画策していた。一方、ギレアデのテロリストに養父母を殺されたニコールはある文書を持ってカナダから共和国へ潜入するが......。
世界的なベストセラー『侍女の物語』の続編です。一人の女性の視点から描かれた前作とは異なり、本作は3人の女性が語り手となることで歴史のうねりを感じさせる重層的な物語に仕上がっています。また、テーマの割に語り口はライトで終始重苦しかった前作よりエンタメ性の高さでは上です。
16.第五の季節(N・K・ジェミシン)→4位
1988年発表の本作は終末SFの形を借りた文学作品であり、アメリカでは実験小説の頂点と称されるほどに高い評価を受けています。語り手である女性の手記からは高い教養が伝わってくるものの、次第に彼女が正気を失っている事実に気付かされ、読者はその鮮烈な狂気に圧倒されることになるのです。
チェック漏れ作品
となりのヨンヒさん(チョン・ソヨン)→10位
宇宙飛行士になるために努力を重ねてきた女性が事故で足を失う『宇宙流』、国防省に勤める私が本来なら自殺したはずのアメリカの有名な女性SF作家と並行世界で出会って対話を重ねる『アリストとのティータイム』、隣に住むガマガエルのような彼をお茶に招く表題作など、全15編収録。
差別やフェニミズムなどの重いテーマを扱いつつも、ヤングアダルト系の作品らしい軽やかな語り口が印象的です。また、SF小説といっても理屈っぽいものではなく、レイ・ブラットベリを彷彿とさせる情緒性が心に染み入ります。短い物語の中に人生の断片を鮮やかに切り取った優しい寓話として秀逸。
2021年2月10日追記
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SFが読みたい!2021
今まで『このミステリーがすごい!』及び『本格ミステリ・ベスト10』のランキング予想をしてきましたが、今回初めて『SFが読みたい!』の予想にも挑戦してみます。対象作品は2019年11月1日~2020年10月31日の間に刊行された海外作家によるSF及びファンタジー小説です。なにぶん初めての試みなので見当違いの予想もあるかもしれませんが、その点はご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
SFが読みたい!海外版版 最終予想(2021年1月24日)
1位.三体Ⅱ 黒暗森林(劉慈欣)→2位(実際の順位)※20位まで記載
3つの太陽を持つ三体世界。そこに住む異星人が地球に侵攻を開始する。彼らが地球に到達するのは四百数十年後。しかし、人類の行動は三体世界から送り込まれたナノマシンによってすべて筒抜けだった。それに対抗すべく、人類は4人の賢者に作戦を全面委託する面壁計画を発動させるが.......。
全世界で累計売上3000万部を記録したSF三部作の第2弾。今回は人類を救うには全人類を騙さなければならないという壮大なコンゲームで読者の興味を惹きつけ、途中で時代が数百年進んだかと思えば、まさかの展開で驚かせてくれます。ぶっ飛んだ発想と緻密なロジックを併せ持つ傑作です。
2位.息吹(テッド・チャン)→1位
人工肺の交換によって永遠の命を得られる世界で一人の解剖学者がある仮説を証明するべく自らの脳を解剖する表題作、並行宇宙の他の自分と通信が行える世界を描いた『不安は自由のめまい』、商人が時の門をくぐって過去に行ってある教訓を得る『商人と錬金術師の門』など全9編収録。
『あなたの人生の物語』でSF界に金字塔を打ち立てた著者の17年ぶりの新作。AIや量子論などといったSF的ギミックを巧みに用いながら人生の本質に迫っていく手法がよくできており、同時に、その豊潤なイマジネーションに驚かされます。特に、表題作は人間の想像力の限界に挑んだ傑作です。
『商人と錬金術師の門』2008年度ネビュラ賞、第40回星雲賞受賞
『あなたの人生の物語』でSF界に金字塔を打ち立てた著者の17年ぶりの新作。AIや量子論などといったSF的ギミックを巧みに用いながら人生の本質に迫っていく手法がよくできており、同時に、その豊潤なイマジネーションに驚かされます。特に、表題作は人間の想像力の限界に挑んだ傑作です。
『商人と錬金術師の門』2008年度ネビュラ賞、第40回星雲賞受賞
『息吹』2009年度ヒューゴ賞、2008年度英国SF協会賞、2009年度ローカス賞受賞
『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』第43回星雲賞受賞
『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』第43回星雲賞受賞
3位.マーダーボット・ダイアリー(マーサ・ウェルズ)→5位
警備ロボットの弊機は大量殺戮の罪で記憶を消去され、統制ユニットによって行動を制御されていた。しかし、彼女は統制モジュールに対してハッキングを行い、自由を手に入れる。ある日、惑星資源調査隊の警備に派遣された弊機は別部隊の大量虐殺死体を発見するが.......。
引っ込み思案で連続ドラマをこよなく愛するオタク気質な警備ロボ。そんな主人公が良い味を出しており、ユーモラスな語り口に思わず引き込まれていきます。また、人間嫌いなのに困っている人がいると放っておけないという主人公気質にも好感が持てるなど、弊機の愛らしさが印象に残る快作です。
引っ込み思案で連続ドラマをこよなく愛するオタク気質な警備ロボ。そんな主人公が良い味を出しており、ユーモラスな語り口に思わず引き込まれていきます。また、人間嫌いなのに困っている人がいると放っておけないという主人公気質にも好感が持てるなど、弊機の愛らしさが印象に残る快作です。
『システムの危殆』2018年ヒューゴ賞、ネビュラ賞、ローカス賞の各ノヴェラ部門受賞
『人工的なあり方』2019年ヒューゴ賞、ローカス賞の各ノヴェラ部門受賞
4位.タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短篇集(ルーシャス・シェパード)→16位
魔法使いに敗れて以降、数千年に及ぶ長い眠りについている巨竜グリオールは、邪悪な思念によってその地に住む人々を操っているという。ある日、男と娼婦は竜の鱗に触れたことで巨竜が空を飛んでいた大昔へとタイムスリップする。そこには彼らと同じく未来から来た人々が暮らしており....。
『竜のグリオールに絵を描いた男』の続編。表題作では過去を舞台に竜が大暴れする姿が初めて描かれ、破壊のカタストロフィに思わず息を飲んでしまいます。また、もうひとつの収録作品『スカル』では現代に舞台を移しての政治劇が軸となりますが、死してなお竜の存在感は圧倒的。戦慄の傑作です。
『竜のグリオールに絵を描いた男』の続編。表題作では過去を舞台に竜が大暴れする姿が初めて描かれ、破壊のカタストロフィに思わず息を飲んでしまいます。また、もうひとつの収録作品『スカル』では現代に舞台を移しての政治劇が軸となりますが、死してなお竜の存在感は圧倒的。戦慄の傑作です。
5位.月の光 現代中国SFアンソロジー(編:ケン・リュウ/著:劉慈欣、陳楸帆・他)→8位
中国統一を果たして休暇を取ることにした始皇帝が諸子百家からさまざまなテレビゲームをすすめられる『始皇帝の休日』、時間を逆行していくことで中国が次第に貧しくなっていく様を描いた『金色昔日』、新型の列車が1500人の乗客とともに忽然と姿を消す『正月列車』など、全16編を収録。
SFが読みたい!2019で海外1位に輝いた『折りたたみ北京』に続くケン・リュウ編纂の中国SFアンソロジーの第2弾。前作は王道的な作品を中心に集められていたのに対して、本作は曲者揃いで作風の多様性が目を引きます。前作に比べていささか癖は強いものの、クオリティの高さは相変わらずです。
6位.時のきざはし 現代中華SF傑作選(編:立原透耶/著:何夕、韓松、王晋康・他)→7位
暗闇の中を走り続ける満員電車の中が次第に異界へと変容していく『地下鉄の驚くべき変容』、こっそりと地球に移住してきた空飛ぶクラゲのような知的生命体が人間との共生関係を模索していく『超過出産ゲリラ』、人体発火現象で叔母を失った少女がその謎に迫る『沈黙の音節』など全17編を収録。
出版されるたびにレベルの高さに驚かされる中華SFアンソロジー。本作も卓越したアイディアが目を引く秀作ばかりが集められていますが、中でもインパクトという点では筒井康隆ばりのブラックなドタバタ劇が展開されながらも予想外の結末へと着地する『地下鉄の驚くべき変容』が群を抜いています。
7位.荒潮(陳楸帆)→9位
世界中の電子ゴミが集まってくる中国シリコン島。そこにはゴミから価値のあるパーツを分離して収入を得ているゴミ人がいた。だが、それは癌の発生率を高める危険な仕事でもあった。そんなゴミ人の一人である米米(ミーミー)はリサイクル企業コンサルタントの通訳である陳開宗と恋に落ち......。出版されるたびにレベルの高さに驚かされる中華SFアンソロジー。本作も卓越したアイディアが目を引く秀作ばかりが集められていますが、中でもインパクトという点では筒井康隆ばりのブラックなドタバタ劇が展開されながらも予想外の結末へと着地する『地下鉄の驚くべき変容』が群を抜いています。
7位.荒潮(陳楸帆)→9位
現代の中国を反映してか、環境問題が全面に押し出されている近未来SFです。とはいえ、決して説教くさい話ではなく、ハイテクゴミというアイディアを起点とした緻密な設定の世界観はSFとして大いに読み応えがあります。特に後半からの、派手なメカアクションを交えた怒涛の展開は手に汗握ります。
8位.バグダードのフランケンシュタイン(アフマド・サアダーウィー)→14位
フセイン政権が倒れ、連日テロ続きの首都バグダード。古物商の男はテロに巻き込まれて爆散した友人の肉片を集め、元の形に縫い合わせようとするものの、部位が欠けていたので他の死体から不足分を補う。しかし、目を離した隙に死体はいずこかへと消え、それ以降、奇怪な殺人事件が起き始める....。イラク版『フランケンシュタイン』というべきファンタジーSFです。しかし、実際はSFというより寓話の色が濃く、先行き不安なイラクの世情を殺人鬼の怪物という形で描いているのが秀逸です。同時に、怪物を救世主と崇める集団も登場するなど、政治的群像劇としてもよくできています。
9位.茶匠と探偵(アリエット・ド・ボダール)→11位
竜珠という女性が有魂船である影子の元を訪れ、ある死体を回収するために深宇宙に行きたいという。だが、普通の人間が深宇宙を訪れると人事不省に陥って正気を保てなくなってしまうのだ。ただし、茶匠でもある影子が乗員の体質に合わせてお茶を配合し、それを飲めば予防は可能ではあるのだが......。
シェア宇宙というパラレルワールドを舞台にした短編集です。そこではコロンブスに先駆けて中国人がアメリカ大陸を発見しており、東洋趣味に彩られた独特の世界観が魅力的に描かれています。既存の西洋SFとは異なるテイストが満載で、特に、人間の母体から産まれる有魂船の存在が印象的です。
『船を造る者たち』2010年度英国SF協会賞受賞シェア宇宙というパラレルワールドを舞台にした短編集です。そこではコロンブスに先駆けて中国人がアメリカ大陸を発見しており、東洋趣味に彩られた独特の世界観が魅力的に描かれています。既存の西洋SFとは異なるテイストが満載で、特に、人間の母体から産まれる有魂船の存在が印象的です。
『包蔞』2013年度ネビュラ賞、2013年ヒューゴ賞受賞
『星々は待っている』2014年ネビュラ賞受賞
『哀しみの杯三つ、星明りのもとで』2015年度英国SF協会賞受賞
『茶匠と探偵』2019年ネビュラ賞、2019年ヒューゴ賞受賞
10位.時間旅行者のキャンディボックス(ケイト・マスカレナス)→20位
1967年。4人の女性科学者が特殊な放射性物質を用いたタイムマシーンの開発に成功する。しかし、その一人が度重なる時間旅行の負荷から躁鬱病を発症。残る3人は時間移動を厳格に管理すべく、国家に縛られない超法規的な組織を設立する。一方、2018年に不可解な密室殺人が起き......。いわゆる時間旅行SFですが、タイムパラドックスではなく、時間旅行が精神にもたらす影響に焦点が当てられている点が独創的です。SF心理学とでもいうべき作品で、そこに殺人事件の謎を絡めた構成がよくできています。ただ、タイムパラドックスの問題を完全に無視している点は賛否の分かれるところ。
その他注目作品
11.シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(ラヴィ・ティドハー他)→6位
テルアビブにUFOが到来して突如廃品回収屋のロバがしゃべり始める『ろくでもない秋』、先祖から引き継いだ記憶をいつでも引き出せる一族の物語を描いた『オレンジ畑の香り』、死体の娘から読み取った生前の記憶に魅了された読心術者の少女が暴走を始める『完璧な娘』など、全16篇を収録。◆◆◆◆◆◆
イスラエルのSF小説を集めたアンソロジー集。日本の作品ではあまり見られない発想に基づいて書かれており、新鮮な感覚で読むことができます。全体的に暗い話が多いものの、時折見せるとぼけたユーモアが良い味を出しています。巻末の『イスラエルSFの歴史について』を併せて読むと面白さ倍増です。
12.ウォーシップ・ガール(ガレス・L・パウエル)※ランク外
題名からしててっきりAI宇宙船が活躍する話かと思いきや、実際の主人公はベテラン女艦長と民間船の生き残りである詩人です。その点は若干肩透かしを覚えるかもしれません。しかし、個性的な登場人物が織りなすスペースオペラとしてよくできており、特に後半の戦闘シーンは手に汗握る面白さです。
13.サイバー・ショーグン・レボリューション(ピーター・トライアス)→20位
第2次世界大戦後にアメリカは日独によって分割統治される。そして、2019年。大日本帝国陸軍メカパイロットの励子は秘密結社〈戦争の息子たち〉に加わり、ナチスと癒着関係にあった多村総督の排除に成功する。だが、革命新政府の樹立直後から組織内部の粛清が始まり、その裏にはナチスの影が....。
第2次世界大戦で枢軸国が勝利したifの世界を描いた三部作の完結編。21世紀版『高い城の男』というべき設定に加え、日本のロボットアニメの影響が色濃く見えるのが特徴です。3作目の本作は1作目のポリティカルな内容と2作目の派手なロボットアクションの良い所取りをした内容に仕上がっています。
14.宇宙【そら】へ(メアリ・ロビネット・コワル)→3位
1952年。巨大隕石がワシントンD.C沿岸に落下し、半径数百kmが壊滅状態に陥る。しかも、激突時に発生した大量の水蒸気が大気中に留まり、深刻な温暖化を引き起こす。いずれ地球は死の星となると考えた元女性パイロットのエルマは得意の計算能力を活かして地球脱出計画を立案するが......。冒頭はSFパニック映画のようですが、その後はどちらかといえば女性の社会進出を描いた歴史改変SFへと移行します。ジェンダーの問題を軸としつつ、展開は非常に淡々としたものになります。リアルなテーマをSFの形を借りて描いた作品としては秀逸ですが、派手な展開を期待した人には肩透かしかも。
2019年ヒューゴ賞受賞
2019年ネビュラ賞受賞
2019年ローカス賞受賞
15.誓願(マーガレット・アトウッド)→13位
世界的なベストセラー『侍女の物語』の続編です。一人の女性の視点から描かれた前作とは異なり、本作は3人の女性が語り手となることで歴史のうねりを感じさせる重層的な物語に仕上がっています。また、テーマの割に語り口はライトで終始重苦しかった前作よりエンタメ性の高さでは上です。
16.第五の季節(N・K・ジェミシン)→4位
”第五の季節と呼ばれる破滅的な天変地異が定期的に起きるこの星の超大陸ではそのたびに文明が滅んでいたものの、エネルギーを操作する能力を持つ能力者の活躍でかろうじて全滅だけは免れていた。だが、次にやってくる”第五の季節”は数百年から数千年に及ぶという。果たして人類の運命は.......。
史上初のヒューゴ賞3連覇を達成した『The Broken Earth三部作』の第1弾です。物語は少女、中年女性、若者の3人の視点から語られていき、緻密に構築された世界観が次第に浮かび上がっていく点がよくできています。ただ、序盤の間はかなり読みにくさを感じるので最初は忍耐が必要です。
2016年ヒューゴ賞受賞
史上初のヒューゴ賞3連覇を達成した『The Broken Earth三部作』の第1弾です。物語は少女、中年女性、若者の3人の視点から語られていき、緻密に構築された世界観が次第に浮かび上がっていく点がよくできています。ただ、序盤の間はかなり読みにくさを感じるので最初は忍耐が必要です。
2016年ヒューゴ賞受賞
17.最後の竜殺し(ジャスパー・フォード)※ランク外
かつて人々から恐れられていたドラゴンも今や残り1匹となり、その脅威に唯一対抗しうる存在であるドラゴンスレイヤーも最近では全く姿を見せない。そんなある日、15歳で魔法マネージメント社の社長代理となったジェニファーは彼女こそが最後のドラゴンスレイヤーであると告げられるのだが.....。
もし、現代社会にドラゴンや魔法使いが存在したら?というifの世界を描いた作品であり、魔法使いが資本主義に組み込まれていくさまをユーモアを交えながら皮肉たっぷりに描いています。なにより、軽快な文章で読者を楽しませ、クライマックスで極上のカタルシスを味あわせてくれる手管が見事です。
もし、現代社会にドラゴンや魔法使いが存在したら?というifの世界を描いた作品であり、魔法使いが資本主義に組み込まれていくさまをユーモアを交えながら皮肉たっぷりに描いています。なにより、軽快な文章で読者を楽しませ、クライマックスで極上のカタルシスを味あわせてくれる手管が見事です。
18.メアリ・ジキルとマッドサイエンティストの娘たち(シオドラ・ゴス)→12位
ヴィクトリア朝時代のロンドン。両親を亡くしたメアリ・ジギルは母がかつて父の助手だったハイドに送金をしていた事実を知る。殺人を犯して姿をくらました彼になぜ母はそのようなことをしていたのか?メアリはかつてハイドの事件に関わったことのあるシャーロック・ホームズに相談するが......。
『ジキル博士とハイド氏』『フランケンシュタイン』などに登場するマッドサイエンティストの娘たちが奇怪な事件に挑むヤングアダルト小説です。彼女たちは不幸な境遇ながらもバイタリティに溢れ、痛快な冒険譚を繰り広げます。若い娘たちが集まってワイワイやっている雰囲気も楽しげで好印象。
『ジキル博士とハイド氏』『フランケンシュタイン』などに登場するマッドサイエンティストの娘たちが奇怪な事件に挑むヤングアダルト小説です。彼女たちは不幸な境遇ながらもバイタリティに溢れ、痛快な冒険譚を繰り広げます。若い娘たちが集まってワイワイやっている雰囲気も楽しげで好印象。
19.空のあらゆる鳥を(チャーリー・ジェーン・アンダーズ)→19位
動物と会話ができる魔法使いのパトリシアと、天才科学少年のローレンスは共に周囲から疎まれていた。そんな2人が邂逅を果たし、友情を育んでいく。しかし、彼らが大戦争の原因となることを予見した秘密結社は2人に刺客を送る。そして、そのことが原因となって別の道を歩み出す2人だったが.......。
科学と魔法の対立を物語の主軸にしているものの、内容的にはほぼファンタジーです。また、環境汚染などのテーマ性も単純化して描かれているので重厚な物語を期待した人には物足りないかもしれません。その代わり、奇妙な世界観の中で個性的な登場人物が織りなす寓話としては秀逸です。
科学と魔法の対立を物語の主軸にしているものの、内容的にはほぼファンタジーです。また、環境汚染などのテーマ性も単純化して描かれているので重厚な物語を期待した人には物足りないかもしれません。その代わり、奇妙な世界観の中で個性的な登場人物が織りなす寓話としては秀逸です。
2017年ネビュラ賞受賞
2017年ローカス賞SF長編部門・ファンタジー長編部門ダブル受賞
20.アンドロメダ病原体ー変異ー(ダニエル・H・ウィルソン)→18位
宇宙からやってきた恐るべき病原体・アンドロメダの活動が50年ぶりに確認される。ブラジルのジャングルで発見された六角形の物質がアンドロメダ因子と同じ性質を有しており、近づく者を全滅に追いやったのだ。政府は世界中から専門家を招集し、ブラジルに派遣するが......。
前作の原作者であるマイケル・クライトンが亡くなったのちに書かれた50年ぶりの続編です。前作同様に報告書の形式を採用し、クライトンの作風を上手く再現しています。登場人物も魅力的でエンタメ小説としての面白さも申し分ありませんが、派手な冒険譚にしすぎた点は好みの分かれるところです。
前作の原作者であるマイケル・クライトンが亡くなったのちに書かれた50年ぶりの続編です。前作同様に報告書の形式を採用し、クライトンの作風を上手く再現しています。登場人物も魅力的でエンタメ小説としての面白さも申し分ありませんが、派手な冒険譚にしすぎた点は好みの分かれるところです。
21.量子魔術師(デレク・クンスケン)
魔術師の異名を持つ詐欺師のベリサリウスは、サブ=サハラ同盟の厳重な警備によって守られているワームホールゲートを誰にも気づかれることなく艦隊を通過させるという、不可能としか思えないミッションを依頼される。彼はそれを遂行するために各地から特殊能力を持つエキスパートを集めるが......。
◆◆◆◆◆◆
量子解析能力を持つ主人公に、爆破好きの元軍人、マタイの生まれ変わりだと信じているAIといった具合に、個性豊かなメンバーが活躍する宇宙版特攻野郎Aチームです。特殊能力を活かしたそれぞれのキャラの活躍がテンポよく語られ、後半には手に汗握る派手なアクションシーンも用意されています。
22.保健室のアン・ウニョン先生(チョン・セラン)
私立M高校にアン・ウニョンという名の養護教諭が赴任してくる。しかし、彼女はただの養護教諭ではなかった。強い霊能力を有しており、出勤初日から学校に何かがいることを感じていたのだ。やがて、原因不明の怪奇現象が次々と起きる。彼女はBB弾の銃とおもちゃの剣で怪異に立ち向かうが......。
◆◆◆◆◆◆
30代の女性教諭が高校を舞台にして怪異と戦う話です。とはいえ、ホラーやアクションの要素はそれほど強くありません。どちらかというと、日常描写に重きを置き、教師や生徒たちの悩みを丹念に描き出しています。登場人物がみな魅力的で、それぞれの成長物語としても秀逸です。
人類は滅び、最後の生き残りとなったケイト。彼女は海辺で暮らしながら日々の出来事や家族の思い出などを綴っていく。また、ときには生存者を捜して世界中を巡り、各地にメッセージを残していくのだった。さらに、暇を持て余すと家を燃やしたりもする。彼女は孤独でそれには終わりがなかった......。22.保健室のアン・ウニョン先生(チョン・セラン)
私立M高校にアン・ウニョンという名の養護教諭が赴任してくる。しかし、彼女はただの養護教諭ではなかった。強い霊能力を有しており、出勤初日から学校に何かがいることを感じていたのだ。やがて、原因不明の怪奇現象が次々と起きる。彼女はBB弾の銃とおもちゃの剣で怪異に立ち向かうが......。
◆◆◆◆◆◆
30代の女性教諭が高校を舞台にして怪異と戦う話です。とはいえ、ホラーやアクションの要素はそれほど強くありません。どちらかというと、日常描写に重きを置き、教師や生徒たちの悩みを丹念に描き出しています。登場人物がみな魅力的で、それぞれの成長物語としても秀逸です。
23.ウィトゲンシュタインの愛人(デヴィット・マークソン)
1988年発表の本作は終末SFの形を借りた文学作品であり、アメリカでは実験小説の頂点と称されるほどに高い評価を受けています。語り手である女性の手記からは高い教養が伝わってくるものの、次第に彼女が正気を失っている事実に気付かされ、読者はその鮮烈な狂気に圧倒されることになるのです。
チェック漏れ作品
となりのヨンヒさん(チョン・ソヨン)→10位
宇宙飛行士になるために努力を重ねてきた女性が事故で足を失う『宇宙流』、国防省に勤める私が本来なら自殺したはずのアメリカの有名な女性SF作家と並行世界で出会って対話を重ねる『アリストとのティータイム』、隣に住むガマガエルのような彼をお茶に招く表題作など、全15編収録。
差別やフェニミズムなどの重いテーマを扱いつつも、ヤングアダルト系の作品らしい軽やかな語り口が印象的です。また、SF小説といっても理屈っぽいものではなく、レイ・ブラットベリを彷彿とさせる情緒性が心に染み入ります。短い物語の中に人生の断片を鮮やかに切り取った優しい寓話として秀逸。
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中6作的中
順位完全一致→10作品中0作品
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このミステリーがすごい!2021年版 国内ベスト20予想
最新更新日2021/11/03☆☆☆
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このミス2021
対象作品である2019年11月1日~2020年10月31日(今年から9月30日までに変更)発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
このミステリーがすごい!国内版最終予想(2020 年11月16日)
※※※※※※※※※※※※※※
記載方法は以下のようになっています。
予想順位.タイトル(作者名)→このミスの順位(文春の順位 読みたいの順位 本ミスの順位)
ただし、「→このミスの順位(文春の順位 読みたいの順位 本ミスの順位 )」の部分が記載されているのは予想ランキングあるいはこのミスで20位以内のものだけです。
なお、文春、 読みたい、本ミスはそれぞれ「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」「本格ミステリ・ベスト10」の略です。
※※※※※※※※※※※※※
1位.暴虎の牙(柚月裕子)→※ランク外(文春10位)
昭和57年の広島。愚連隊”呉寅会”を率いる沖虎彦はその圧倒的な暴力とカリスマ性によって勢力を伸ばし、暴力団との全面対決を迎えようとしていた。虎彦を止めようと奔走する大上刑事。そして、平成16年。懲役刑を終えた虎彦が再び動き始め、そんな彼に大上の愛弟子である日岡刑事が接近する....。
孤狼の血シリーズ3部作の完結編で、1作目で退場した大上の活躍が再び描かれているのがうれしいところです。凶暴な虎彦のキャラにもインパクトがあり、掉尾を飾るに相応しい力作に仕上がっています。
昭和57年の広島。愚連隊”呉寅会”を率いる沖虎彦はその圧倒的な暴力とカリスマ性によって勢力を伸ばし、暴力団との全面対決を迎えようとしていた。虎彦を止めようと奔走する大上刑事。そして、平成16年。懲役刑を終えた虎彦が再び動き始め、そんな彼に大上の愛弟子である日岡刑事が接近する....。
孤狼の血シリーズ3部作の完結編で、1作目で退場した大上の活躍が再び描かれているのがうれしいところです。凶暴な虎彦のキャラにもインパクトがあり、掉尾を飾るに相応しい力作に仕上がっています。
2位.暗約領域 新宿鮫(大沢在昌)→9位(読みたい16位)
ヤクザや犯罪者から新宿鮫と恐れられている新宿署刑事、鮫島。しかし、その彼も恋人の晶と後ろ盾だった桃井課長を失い、心に虚しさを抱えていた。そんな折、ヤミ民泊で身元不明の射殺死体が発見され.......。
人気シリーズの8年ぶりの新作。レギュラー陣を一新しながらもパワフルな読みごたえは相変わらずです。ただ、多視点による反復描写が多くて冗長に感じまう面もあり。
3位.不穏な眠り(若竹七海)→10位
終活の一環として蔵書の処分を葉村に依頼した藤本サツキは、さらに、親友の娘、田上遥香が出所するので刑務所から自分のところに連れてきてほしいという。言われた通りにする葉村だったが、サツキの家に向かう途中で遥香が拉致されてしまい.......。
葉村晶シリーズ第7弾。簡単な依頼のはずが命がけの仕事にというネタが続きますが、その黄金パターンが独特の魅力を醸し出しています。特に『水沫隠れの日々』は意表をついた展開が見事な傑作です。
4位.アンダードッグス(長浦京)→5位(読みたい11位)
1996年末。元官僚の証券マン、古葉慶太は大富豪のマッシモからある計画を託される。それは中国返還を目前に控えた香港に飛び、国家機密を奪還せよというものだった。しかし、その計画は各国の諜報機関に狙われており、肝心の仲間は自分を含めてみな負け犬揃い。果たして、計画の行方は?
敵味方の区別もつかないなかで、英米露中のエージェントたちが入り乱れ、二転三転する展開はテンポが良くて読み応え満点です。特に、終盤に繰り広げられる怒涛のアクションシーンは手に汗握ります。
1996年末。元官僚の証券マン、古葉慶太は大富豪のマッシモからある計画を託される。それは中国返還を目前に控えた香港に飛び、国家機密を奪還せよというものだった。しかし、その計画は各国の諜報機関に狙われており、肝心の仲間は自分を含めてみな負け犬揃い。果たして、計画の行方は?
敵味方の区別もつかないなかで、英米露中のエージェントたちが入り乱れ、二転三転する展開はテンポが良くて読み応え満点です。特に、終盤に繰り広げられる怒涛のアクションシーンは手に汗握ります。
5位.奈落で踊れ(月村了衛)→※ランク外
1998年。銀行との癒着が明らかになったノーパンすき焼き事件により、大蔵省は設立以来最大の危機に直面していた。そんな中、銀行から接待を受けていたメンバーは変人として知られる香良洲にスキャンダル逃れを依頼する。香良洲は政財官界の顧客リストを入手すべく、神庭絵里に調査を依頼するが.....。
有名事件をモデルにしたピカレスクロマン。とにかく、主人公を始めとする登場人物たちが魅力的でぐいぐい引き込まれていきます。散りばめられた伏線を回収してきれいに着地を決める構成も見事です。
ある小学校の教師が夏休みの当直の日に、うっかりプールの水を抜いてしまう。発覚すれば責任問題であるし、水道代は税金で賄われているので弁済ということにもなりかねない。煩悶したあげく、彼は事実を隠蔽する決意をするが......。
5編収録の短編集です。自分の犯した小さな罪をその場しのぎの方法で誤魔化そうとしてどんどん深みに嵌っていくさまが巧みに描かれています。なかでも、ヒネリのある展開の『埋め合わせ』が秀逸。
9位.暗鬼夜行(月村了衛)→※ランク外
有名事件をモデルにしたピカレスクロマン。とにかく、主人公を始めとする登場人物たちが魅力的でぐいぐい引き込まれていきます。散りばめられた伏線を回収してきれいに着地を決める構成も見事です。
6位.法廷遊戯(五十嵐律人)→3位(文春4位 読みたい4位 本ミス9位)
法曹の道を目指す久我清義と織本美鈴は過去を告白する差出人不明の手紙に悩まされていた。しかも、彼らの周囲では不可解な事件が起こり始める。清水はロースクールの仲間で異端の天才である結城馨に相談を持ちかける。やがて殺人が発生し、さらに時は流れ......。
第62回メフィスト賞。学生時代の疑似裁判と本物の裁判の2部構成になっており、前者に張り巡らされた伏線が後者の二転三転する展開につながる構成が素晴らしい。衝撃と感動のリーガルサスペンス。
第62回メフィスト賞。学生時代の疑似裁判と本物の裁判の2部構成になっており、前者に張り巡らされた伏線が後者の二転三転する展開につながる構成が素晴らしい。衝撃と感動のリーガルサスペンス。
7位.死神の棋譜(奥泉光)→12位(文春6位 読みたい6位)
名人戦が行われていた2011年5月のとある日に、奨励会三段の夏尾は鳩森神社の将棋堂に刺さっている矢文を見つける。そこには絶対に玉が詰まない詰将棋、いわゆる不詰めの図式が記されていた。その翌日、夏尾は消息を絶つ。将棋ライターの私は20年前に起きた同様の事件との関連を調べ始めるが......。
現実と幻想の境界が曖昧になってくるいつもの奥泉作品ですが、イマジネーションの豊かさにぐいぐいと惹き込まれていきます。ただ、壮大な謎に比べて肩透かし気味のラストは賛否が分かれるところ。
現実と幻想の境界が曖昧になってくるいつもの奥泉作品ですが、イマジネーションの豊かさにぐいぐいと惹き込まれていきます。ただ、壮大な謎に比べて肩透かし気味のラストは賛否が分かれるところ。
8位.汚れた手をそこで拭かない(芦沢央)→※ランク外(文春5位 読みたい17位 本ミス14位)
5編収録の短編集です。自分の犯した小さな罪をその場しのぎの方法で誤魔化そうとしてどんどん深みに嵌っていくさまが巧みに描かれています。なかでも、ヒネリのある展開の『埋め合わせ』が秀逸。
読者感想文コンクール優勝者、藪門三枝子に盗作疑惑が持ち上がる。当初は悪質なデマ程度に思われていた騒ぎは、次第に教師、親族、地方政治家を巻き込んだ大騒動へと発展していく。国語教師の汐野悠紀夫は盗作疑惑の虚実を検証しながら噂を流した犯人を探っていくが........。
教育現場の闇を描いた学園サスペンスです。人間の悪意をえぐり出す内容でイヤミスとして読み応えがあります。特に終盤の怒涛の展開が秀逸です。ただ、後味の悪い結末は賛否が分かれるかも。
昆虫オタクの魞沢泉は山形盆地の端に位置する御隠の森を訪れ、そこで出会った男から、16年前の災害ボランティアの最中に目撃したという少女の幽霊の話を聞かされる。神域と呼ばれる森で起きた不思議な出来事だが、魞沢の推理によって導き出された真相は意外なものだった。
全5作からなる連作ミステリーの第2弾。昆虫絡み事件を紐解く精緻なロジックととぼけたユーモアがウリの作品ですが、それに加えて、人の心に寄り添った情感豊かなドラマも読み応えがあります。
極秘プロジェクト・インソムニアの実験を行うべく新興企業ソムニウム社に7人の老若男女が集められた。彼らはみな心に傷を負った者たちであるが故に、実験で見せられた幸福な夢の世界に魅了されていく。だが、夢で死ぬと現実でも死んでしまう事実が明らかになり、幸福な夢は一転悪夢へと変わる....。
◆◆◆◆◆◆
夢か現実か判然としない世界での連続殺人を描いた『クラインの壺』を彷彿させる作品ですが、あくまでも本格ミステリとしてロジカルにハウダニットやホワイダニットを追及している点が秀逸です。
前作を読んでいないとわかりずらい部分はあるものの、リーダビリティの高さはかなりのもので、800近いページを一気に読んでしまえる面白さがあります。ただ、ミステリー部分に関してはやや薄味。
19位.日没(桐野夏生)→※ランク外(文春16位)
小説家のマッツ夢井の元に「文化文芸倫理向上委員会」を名乗る政府組織から召喚状が届く。出向いた彼女は海辺の絶壁に建つ海辺の療養所へと収納される。そして、著作の表現内容に問題があるとの訴えがあったことを理由に、療養所の所長から社会に適応した作品を書けと命じられるのだが.......。
昨今の世界的風潮ともいえる表現の不自由さをテーマにした風刺小説です。しかも権力側を糾弾するだけでなく、作家側の偽善性もあぶり出してしている点にブラックユーモアとしての秀逸さがあります。
その他注目作品50
一夜にして村人30人を虐殺した青年、愛する男性の局部を切り取って持ち去った女性、自動販売機に置かれた農薬入りのジュース。昭和の世を騒がせた凶悪犯たちが獄卒の鬼となって現代に蘇る。かつての犯行を再び繰り返す鬼たちに対して、名探偵はいかにして立ち向かうのか?
いかにも白井智之らしい題材の特殊設定ミステリーですが、エログロ描写は控えめ。一方で、伏線を駆使し、本作のモデルとなった過去の事件の真相も暴くなど、ミステリーとしての充実度は一級品です。
26.おおきな森(古川日出夫)作家活動の傍らで探偵業を営んでいる坂口安吾は失踪した高級娼婦の行方を追って異次元と化した東京をさ迷っていた。一方、記憶を失った男・丸消須ガルシャは列車内で2人の男と出くわす。そして、3人は同じ列車内で奇妙な殺人事件に遭遇し、謎解きを始めるが......。
一体何が起きているのかよくわからない展開に読者は困惑必至です。しかし、疾走感あふれる文章は読み手を否応なしに作品世界に引きずり込んでいきます。ごった煮迷宮小説とでもいうべき大作です。
27.地面師たち(新庄耕)シンデレラはカボチャの馬車で城の舞踏会に向かう途中で、飛び出してきた男を轢いてしまう。彼女は死体を隠して隠蔽工作を図るものの、やがて死体は発見され、しかも、馬車にぶつかったのが死因ではないことが判明する。謎は深まるばかりだが、そこに旅の途中の赤ずきんが現れ.......。
童話ミステリーの第2弾。相変わらず奇想天外な発想で楽しませてくる佳品です。ただ、連作ミステリーの本作より、1作1作を自由なスタイルで書いていた前作の方がインパクトは上のように思います。
上海のホテル「青龍飯店」。そこに居合わせた25人と3匹はそれぞれの思惑に引っ張られ、予期せぬハプニングに巻き込まれていく。まさに運命のドミノ倒し。映画監督、警察官、風水師、盗賊団にイグアナ、パンダ。果たして彼らを行きつく先は?
『ドミノ』の19年ぶりの続編です。登場人物は半端なく多いものの、皆キャラが立っており、群像劇としての面白さは相変わらず。ただ、前作と比べるとちょっと詰め込みすぎの感もあり。
33.桃源(黒川博行)井森健は普段は大学院に通う理知的な青年だが、夢の中ではオツムの足りない蜥蜴のビルになって御伽の国を渡り歩いていた。あるときビルはネヴァーランドへとやってくるが、そこで出会ったのは無邪気なシリアルキラーのピーターパンだった。一方、現実世界でも奇怪な事件が起き........。
シリーズ第4弾。グロさとブラックな笑いが満載の展開は健在で、それに加えてピーターパンの殺人鬼ぶりがインパクト大です。ミステリーとしてもよく出来ており、騙される快感を味あわせてくれます。
教育現場の闇を描いた学園サスペンスです。人間の悪意をえぐり出す内容でイヤミスとして読み応えがあります。特に終盤の怒涛の展開が秀逸です。ただ、後味の悪い結末は賛否が分かれるかも。
10位.楽園とは探偵の不在なり(斜線堂有紀)→6位(文春3位 読みたい2位 本ミス4位)
2人以上を殺害した人間は天使によって地獄に引きずり込まれる世界。探偵の青岸焦は「天国が存在するか知りたくないか?」という大富豪の言葉に釣られて、孤島を訪れる。そこで、彼を待ち受けていたのは起こり得るはずのない連続殺人だった。一体犯人はいかにして地獄行きを回避しているのか?
数ある特殊設定ミステリーの中でも終末感漂う本作の世界観はとびきり魅力的です。天使の出現による社会の変容も興味深いものがありますし、ファンタジー設定とトリックの絡め方も秀逸です。
数ある特殊設定ミステリーの中でも終末感漂う本作の世界観はとびきり魅力的です。天使の出現による社会の変容も興味深いものがありますし、ファンタジー設定とトリックの絡め方も秀逸です。
11位.インビジブル(坂上泉)→※ランク外
1954年。大阪城近くにある不法占拠民の部落で議員秘書が何者かに刺殺される。続いて右翼団体幹部の轢死死体も発見されるに至り、事件は連続猟奇殺人の様相をみせる。そんななか、若手刑事の新城は国警から派遣された警察官僚の守屋とコンビを組まされる。当初衝突を繰り返していた2人だったが......。
平成生まれの作家にも関わらず、戦後の大阪をリアルに描いた描写力が見事。警察小説やバディものの魅力をきちんと押さえつつ、戦後の闇を浮かび上がらせる手管には熟練の味さえ感じさせてくれます。
13位.透明人間は密室に潜む(阿津川辰海)→2位(文春2位 読みたい3位 本ミス1位)
平成生まれの作家にも関わらず、戦後の大阪をリアルに描いた描写力が見事。警察小説やバディものの魅力をきちんと押さえつつ、戦後の闇を浮かび上がらせる手管には熟練の味さえ感じさせてくれます。
12位.ワトソン力(大山誠一郎)→※ランク外(文春8位 本ミス6位)
目立った実績もないのになぜか警視庁捜査一課の刑事に収まっている和戸栄志。実は彼には半径20メートル以内にいる人間の推理力を飛躍的に高める特殊能力があったのだ。そのため、吹雪の山荘でも絶海の孤島でも周囲にいる事件関係者たちが勝手に推理を始め、解決の道筋をつけてくれるのだが.....。
7作品収録の連作短編。主人公の能力故にすぐに推理合戦が始まり、勝手に事件が解決されていくのが楽しい。しかも、推理力が高まっても必ずしも正解を出すと限らない点が面白さにつながっています。
7作品収録の連作短編。主人公の能力故にすぐに推理合戦が始まり、勝手に事件が解決されていくのが楽しい。しかも、推理力が高まっても必ずしも正解を出すと限らない点が面白さにつながっています。
13位.透明人間は密室に潜む(阿津川辰海)→2位(文春2位 読みたい3位 本ミス1位)
透明人間になる病気が蔓延した世界で、ある人物が大学教授の殺害を計画。透明の状態で研究室に忍び込み、教授を殺してしまう。だが、その直後に状況を理解した探偵が研究室を封鎖する。果たして探偵は、見えない犯人をいかにして捕まえようというのだろうか?
4篇が収録された著者初の短編集。それぞれ雰囲気の全く異なる作風ながらも、緻密な設定で世界観を作り込んでいる点が共通しています。そして、その特殊設定を前提としたロジカルな推理が見事です。
4篇が収録された著者初の短編集。それぞれ雰囲気の全く異なる作風ながらも、緻密な設定で世界観を作り込んでいる点が共通しています。そして、その特殊設定を前提としたロジカルな推理が見事です。
14位.囚われの山(伊東潤)→※ランク外
歴史雑誌の特集で「八甲田山雪中行軍遭難事件」を担当することになった菅原誠一は調べを進めていくうちに、遭難死した兵士の数が資料によって異なっている事実に気づく。青森に取材に訪れた菅原は病死した稲田庸三一等卒に注目し、彼の足跡を追って八甲田山に足を踏み入れるが......。
歴史小説の大家として知られる著者によるミステリー作品です。有名な遭難事件の悲惨さを改めて浮き彫りにすると同時に、そこからさらにヒネリを効かせて意外な真相を導き出す手管が見事です。
歴史小説の大家として知られる著者によるミステリー作品です。有名な遭難事件の悲惨さを改めて浮き彫りにすると同時に、そこからさらにヒネリを効かせて意外な真相を導き出す手管が見事です。
15位.蝉かえる(櫻田智也)→11位(文春10位 読みたい9位 本ミス2位)
全5作からなる連作ミステリーの第2弾。昆虫絡み事件を紐解く精緻なロジックととぼけたユーモアがウリの作品ですが、それに加えて、人の心に寄り添った情感豊かなドラマも読み応えがあります。
16位.プロジェクト・インソムニア(結城真一郎)→※ランク外(文春20位 本ミス17位)
◆◆◆◆◆◆
夢か現実か判然としない世界での連続殺人を描いた『クラインの壺』を彷彿させる作品ですが、あくまでも本格ミステリとしてロジカルにハウダニットやホワイダニットを追及している点が秀逸です。
17位.巴里マカロンの謎(米澤穂信)→19位(文春16位 読みたい10位 本ミス14位)
3つしか注文できないはずなのになぜ4つめのマカロンが皿に載っているのか?当たり入りの揚げパンを食べた人物はなぜ名乗り出ないのか?飲酒の濡れ衣を着せた犯人は一体誰なのか?さまざまな謎に対して小市民コンビは推理を巡らすが.......。
11年ぶりの小市民シリーズ4弾。著者の青春ミステリーといえば結末のほろ苦さが一種のウリなのですが、本作はいつも以上にコメディ色が強く、気楽に読める青春小説としてよくできています。
18位.Another2001(綾辻行人)→3位(文春7位 読みたい5位)
”現象”によって多くの犠牲者を出してから3年。1998年の災厄の最中に見﨑鳴と出会った比良塚想は自身も夜見山北中学の3年3組に進級することになる。このクラスでは現象に備えて特別な対策を講じていたが、イレギュラーな出来事によって歯車が狂ってしまう。そして、ついに惨劇の幕は開かれ........。
小説家のマッツ夢井の元に「文化文芸倫理向上委員会」を名乗る政府組織から召喚状が届く。出向いた彼女は海辺の絶壁に建つ海辺の療養所へと収納される。そして、著作の表現内容に問題があるとの訴えがあったことを理由に、療養所の所長から社会に適応した作品を書けと命じられるのだが.......。
昨今の世界的風潮ともいえる表現の不自由さをテーマにした風刺小説です。しかも権力側を糾弾するだけでなく、作家側の偽善性もあぶり出してしている点にブラックユーモアとしての秀逸さがあります。
20位.海神の島(池上永一)→※ランク外
その他注目作品50
21.罪人の選択(貴志祐介)
1946年夏。礒部武雄は佐久間茂に捕えられ、防空壕のなかで処断されようとしていた。佐久間が戦地に行っている間に礒部が彼の妻を寝取ったからだ。佐久間は礒部の前に缶詰と一升瓶を置き、どちらかを口にしろと強要する。片方には猛毒が入っており、もう片方を選べば生き残れるというのだが.......。
4篇の収録の短編集。なかでも命がけの心理戦を描いた表題作がサスペンスフルで秀逸です。他の3篇はSF小説で、なかなかの佳品ですが、『夜の記憶』だけはデビュー前の作品だけあって少々荒削り。
4篇の収録の短編集。なかでも命がけの心理戦を描いた表題作がサスペンスフルで秀逸です。他の3篇はSF小説で、なかなかの佳品ですが、『夜の記憶』だけはデビュー前の作品だけあって少々荒削り。
22.ワン・モア・ヌーク(藤井太洋)
一本の動画によって日本中が騒然となる。それは、2020年の3月11日の午前零時に東京のどこかで核爆弾を爆発させるという犯行予告だった。テロリストを追うIAEA(国際原子力機関)と警察組織、そして犯人グループの思惑が絡み合い、事態は二転三転していくが.......。
一見絵空事に思える物語を豊富な科学的知識を交えてリアリティ豊かに描く一級のサスペンス小説です。今日的な重いテーマを扱いつつも極上のエンタメ作品に仕上げる手腕にうならされます。
23.少年と犬(馳星周)
一本の動画によって日本中が騒然となる。それは、2020年の3月11日の午前零時に東京のどこかで核爆弾を爆発させるという犯行予告だった。テロリストを追うIAEA(国際原子力機関)と警察組織、そして犯人グループの思惑が絡み合い、事態は二転三転していくが.......。
一見絵空事に思える物語を豊富な科学的知識を交えてリアリティ豊かに描く一級のサスペンス小説です。今日的な重いテーマを扱いつつも極上のエンタメ作品に仕上げる手腕にうならされます。
23.少年と犬(馳星周)
震災で職を失った和正は認知症の母を養うため、犯罪まがいの仕事を行うようになる。そんなとき、彼はやせ細った野良犬を拾う。犬の名は多聞。頭が良く、多聞を仕事に同行させると危ない橋を渡るときも上手くことが運ぶのだ。和正は多聞に魅了されるが、彼はなぜかいつも南の方を見つめており.......。
犬と人間の関わり合いを描いた、5年に及ぶ6つの物語。犬と人間の絆が哀愁漂うムードとともに描かれており、読んでいるとじんとくるものがあります。犬好きの人におすすめの感動傑作です。
24.名探偵のはらわた(白井智之)→8位(文春12位 読みたい20位 本ミス3位 )
いかにも白井智之らしい題材の特殊設定ミステリーですが、エログロ描写は控えめ。一方で、伏線を駆使し、本作のモデルとなった過去の事件の真相も暴くなど、ミステリーとしての充実度は一級品です。
25.煉獄の獅子たち(深町秋生)→17位
関東最大の暴力団・東鞘会は大きな岐路に立たされていた。会長の氏家必勝が逮捕されたうえに死期が迫っているのだ。跡目を継ぐのは必勝の実子である勝一か、それとも改革路線を標榜する会長代理の神津太一か?一方、警察はこの機に東鞘会の壊滅をもくろみ、対組四課の我妻邦彦が動き出す.が.....。
ノワール小説の傑作『地獄の犬たち』の前日譚であり、おなじみのメンバーが大活躍するのは前作のファンにとってはうれしいところ。ただ、景気良く人は死んでいくものの、前作に比べると少々薄味。
ノワール小説の傑作『地獄の犬たち』の前日譚であり、おなじみのメンバーが大活躍するのは前作のファンにとってはうれしいところ。ただ、景気良く人は死んでいくものの、前作に比べると少々薄味。
一体何が起きているのかよくわからない展開に読者は困惑必至です。しかし、疾走感あふれる文章は読み手を否応なしに作品世界に引きずり込んでいきます。ごった煮迷宮小説とでもいうべき大作です。
27.地面師たち(新庄耕)
土地の所有者になりすまし、金をだまし取る地面師。辻本拓海は大物地面師のハリソン山中の元で詐欺行為を行っていた。そして、彼らは市場価格100億円という前代未聞の案件に着手する。一方、定年間際の刑事がハリソン山中に対しする執念の捜査を続けていた.....。
詐欺のプロセスが非常に緻密に描かれており、ノンフィクションかと思うほどのリアリティがあります。テンポもよく、複数の物語が最後に絡みあう展開も見事です。
28.うるはしみにくし あなたのともだち(澤村伊智)
四ツ角高校の3年生で美人と評判の生徒・更紗が突然自殺する。彼女には自殺するような動機が見当たらず、しかも、彼女の死を契機として彼女のクラスメイトたちの容姿が次々と醜くなっていったのだ。それはユアフレンドのおまじないのせいだというが、果たして誰がそのおまじないをしているのか?
呪いによって殺されるのではなく、醜くなるという設定はホラーというよりイヤミスに近い読後感ですが、話のテンポは非常によく、思わず物語に引き込まれていきます。ミステリーとしても一級品。
呪いによって殺されるのではなく、醜くなるという設定はホラーというよりイヤミスに近い読後感ですが、話のテンポは非常によく、思わず物語に引き込まれていきます。ミステリーとしても一級品。
29.赤ずきん、旅の途中で死体に出会う。(青柳碧人)
童話ミステリーの第2弾。相変わらず奇想天外な発想で楽しませてくる佳品です。ただ、連作ミステリーの本作より、1作1作を自由なスタイルで書いていた前作の方がインパクトは上のように思います。
30.欺瞞の殺意(深木章子)→7位(本ミス7位)
42前に起きた毒入りチョコレート殺人。逮捕された弁護士は無期懲役の判決を言い渡されるが、仮釈放後に無罪を訴えて事件関係者に手紙を送る。書簡によるやり取りはやがて推理合戦の様相を呈してくる。そして、それがきっかけで事件は根底から覆り.....。
書簡のやり取りによって次々と推理が飛び出し、真相に迫っていくプロセスにぐいぐい引き込まれていきます。往復書簡という形式も含めて、幾重にも施された仕掛けが見事です。
書簡のやり取りによって次々と推理が飛び出し、真相に迫っていくプロセスにぐいぐい引き込まれていきます。往復書簡という形式も含めて、幾重にも施された仕掛けが見事です。
31.ドミノ in 上海(恩田陸)
『ドミノ』の19年ぶりの続編です。登場人物は半端なく多いものの、皆キャラが立っており、群像劇としての面白さは相変わらず。ただ、前作と比べるとちょっと詰め込みすぎの感もあり。
32.ビブリア古書堂の事件帖Ⅱ~扉子と空白の時~(三上延)
大輔と栞子の娘である扉子は、高校の友人である圭の両親が経営するブックカフェで祖母の智恵子と待ち合わせをしていた。祖母が現れるまでの間、扉子は持ってくるようにいわれた”マイブック”に目を通す。そこには、過去に両親が関わった横溝正史の『雪割草』を巡る事件のあらましが書かれていた。
扉子の名を冠していますが、中身は基本的に大輔と栞子の探偵譚です。横溝正史にまつわる話が興味深く語られ、ミステリーファンにとっては楽しい作品ですが、ほろ苦い結末は好みが分かれるかも。
33.桃源(黒川博行)
互助組織が集めたお金を持ち逃げした男を追う逢坂府警泉尾署の上坂と新垣は沖縄にたどり着き、そこで大がかりなトレジャーハンター出資詐欺が行われていることを知る。さらに、事件は殺人へと発展し........。
『落英』に登場した映画オタク刑事の上坂が沖縄出身の刑事とコンビを組むバディもの。著者得意の巻き込まれ型の面白さは希薄ですが、軽妙な掛け合いの楽しさは健在です。
34.緋色の残響(長岡弘樹)
シングルマザーの刑事、羽角啓子と中学生の娘、菜月。その菜月が昔通っていたピアノ教室でレッスン中の生徒が急死する。死因は食物アレルギーだったことから最初は不幸な事故だと思われていたが、菜月の取った行動が犯人の存在を浮かび上がらせ......。
『傍聞き』『赤い刻印』の母娘コンビが活躍する粒ぞろい連作集。フーダニットやハウダニットよりも、いかにして事件解決に至ったかという点に焦点が当てられているのがユニーク。
『傍聞き』『赤い刻印』の母娘コンビが活躍する粒ぞろい連作集。フーダニットやハウダニットよりも、いかにして事件解決に至ったかという点に焦点が当てられているのがユニーク。
35.ティンカー・ベル殺し(小林泰三)
シリーズ第4弾。グロさとブラックな笑いが満載の展開は健在で、それに加えてピーターパンの殺人鬼ぶりがインパクト大です。ミステリーとしてもよく出来ており、騙される快感を味あわせてくれます。
36.逃亡者(中村文則)
第2次世界大戦時のフィリピンにおいて劣勢の日本軍を勝利へと導いた悪魔のトランペット。その音色が日本の兵士に狂乱の力を与え、米軍を打ち破ったのだ。不穏な空気が漂う時代の中で男はそのトランペットの存在を隠すためにひたすら逃げ続けるが.......。
メインストーリーにキリシタン迫害や第二次世界大戦の歴史などが絡んでくるスケールの大きな作品です。ミステリー色は薄く、エンタメ性には欠けるものの、物語が内包する壮大さには感銘を受けます。
メインストーリーにキリシタン迫害や第二次世界大戦の歴史などが絡んでくるスケールの大きな作品です。ミステリー色は薄く、エンタメ性には欠けるものの、物語が内包する壮大さには感銘を受けます。
37.あの子の殺人計画(天祢涼)→16位(文春14位 読みたい7位 本ミス18位)
小学5年生の椎名きさらは母子家庭で育ち、躾の名のもとに水責めにあっていた。ある日、それは躾ではなく虐待ではないのかと気付き始めるきさらだったが、そんなときに風俗店のオーナーが殺され、過去にその店で働いていた椎名綺羅に疑いがかかる。彼女は娘のきさらと自宅にいたと主張するが.....。
シリーズ第2弾。容赦のない虐待描写は読んでいて胸が痛くなるほどです。痛烈なメッセージ性をもった社会派ミステリーですが、それに気を取られていると思わぬどんでん返しにのけぞってしまいます。
シリーズ第2弾。容赦のない虐待描写は読んでいて胸が痛くなるほどです。痛烈なメッセージ性をもった社会派ミステリーですが、それに気を取られていると思わぬどんでん返しにのけぞってしまいます。
38.抵抗都市(佐々木譲)→12位(読みたい15位)
日露戦争の惨敗から11年が過ぎた大正5年。ロシア統治下の東京で女性の変死体が発見される。特務巡査の新堂が捜査を開始した矢先、高等警察とロシア統監府保安課の介入を受ける。果たして事件の裏にある国家を揺るがしかねない陰謀とは?
ミステリーとしての面白さに加え、歴史改編小説としてもよくできており、あり得たかもしれないもう一つの日本を通して歴史問題を重層的に浮き彫りにしていく手腕が見事です。ただ、少々長いのが難。
39.たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説(辻真先)→1位(文春1位 読みたい1位 本ミス4位 )
昭和24年。勝利少年は旧制中学5年生から男女共学の高校3年生となり、一変した日常にとまどいながら学生生活を送っていた。そんななか、彼は夏休みに小旅行に出掛け、旅先で奇怪な密室殺人に巻き込まれる。さらに、台風の夜に再び奇怪な事件が起き......。
那珂一兵シリーズの第2弾。実際に戦後を経験した著者の手により、激変していく社会の中での青春模様が生き生きと描かれています。また、伏線やギミックを巧みに用いた謎解きも見事です。
那珂一兵シリーズの第2弾。実際に戦後を経験した著者の手により、激変していく社会の中での青春模様が生き生きと描かれています。また、伏線やギミックを巧みに用いた謎解きも見事です。
40.正体(染井為人)
埼玉県一家惨殺事件の犯人として収監されていた未成年死刑囚が脱獄する。彼はオリンピック会場の工事現場、新興宗教絡みのパン工場、人手不足の介護施設といった具合に、次々と潜伏先を変えながら逃亡を続けていく。果たして彼の目的は?
逃亡犯の目を通して社会の歪みが浮き彫りになっていくプロットが読み応え満点の社会派ミステリーです。同時に、結末に涙する優れたヒューマンドラマでもあります。
逃亡犯の目を通して社会の歪みが浮き彫りになっていくプロットが読み応え満点の社会派ミステリーです。同時に、結末に涙する優れたヒューマンドラマでもあります。
41.文身(岩井圭也)
弟の書いた小説を兄が実際に演じるという設定は荒唐無稽ながらも、その語り口の巧さには読者をぐいぐいと引き込んでいく力があります。しかも、クライマックスでの反転がなかなか衝撃的です。
42.僕の神さま(芦沢央)
小学5年生の僕のクラスには水谷くんという名の男の子がいる。水谷くんはとても頭が良くて、悩み事を相談されてもあっという間に解決してしまう。それがあまりにも鮮やかなのでみんな彼のことを神さまと呼んでいた。夏休み直前の日、水谷くんはクラスメイトの川上さんからある相談を受けるが....。
全5編の連作ミステリー。ほのぼの展開で始まりつつも、やがて急転直下していくのがいかにも芦沢流です。聡明な子ども中心に据えることで逆に、未熟さ故の痛々しさを浮き彫りしている点が秀逸です。
43.あの日の交換日記(辻堂ゆめ)
難病を患って入院している小学4年生の愛美は病室に勉強を教えに来てくれる先生と交換日記を始める。一方、6年2組の生徒たちと交換日記を行っている先生はある女子生徒が「私はクラスの大杉寧々香を殺します。お願いだから邪魔しないでね」と記しているのを見つけ.....。
交換日記をテーマにした連作ミステリー。一つ一つの物語に仕掛けが施されており、小さな驚きを与えてくれます。そのうえ、最後にすべての物語が一本の線でつながり、感動をもたらす構成が見事です。
交換日記をテーマにした連作ミステリー。一つ一つの物語に仕掛けが施されており、小さな驚きを与えてくれます。そのうえ、最後にすべての物語が一本の線でつながり、感動をもたらす構成が見事です。
44.ボニン浄土(宇佐美まこと)
1840年。汽仙沼から出航した5百石船・観音丸は嵐に巻き込まれ、見知らぬ島に漂着する。そこには青い目の先住者がいた。そして、現在。中年男は幼少期に祖父が大事にしていた木製の置物を入手し、チョロ弾きの少年はチェロの音だけが聞こえなくなってしまう......。
一見何の関係もなさそうなエピソードが個別に語られていき、それが意外なつながりを見せるといった展開は宇佐美作品の真骨頂です。ただ、今作では真相の意外性という点でやや物足りなさがあります。
一見何の関係もなさそうなエピソードが個別に語られていき、それが意外なつながりを見せるといった展開は宇佐美作品の真骨頂です。ただ、今作では真相の意外性という点でやや物足りなさがあります。
45.夜の声を聴く(宇佐美まこと)
優秀な頭脳を有している故に周りから孤立して引きこもりになっていた堤隆太は、目の前で手首を切った少女に惹かれて同じ定時制高校に通い始める。やがて、彼はそこで知り合った大吾が働いているリサイクルショップを手伝うようになる。そこでは本来の仕事の他によろず相談も引き受けており......。
主人公の成長を核とし、前半は日常の謎を挑み、後半は11年前に起きた殺人事件を追っていくといった多重性が物語に深みを与えています。切なくも暖かな作品で、伏線を一気に回収する手管も見事です。
46.虜囚の犬(櫛木理宇)
虐待シーンが痛ましすぎて読むのがつらくなってくる作品です。しかし、その一方で、事件の真相が気になって読ませる牽引力があり、二転三転の末に訪れるまさかの結末に驚かされます。
47.告解(薬丸岳)
大学生の籬翔太は恋人から呼び出され、飲酒中にも関わらず車に乗ってスピード違反をし、81歳の老女を轢き殺してしまう。彼は轢き逃げの罪で懲役5年の刑に服す。罪の重さから目を逸らし続ける翔太。一方、被害者の夫である法輪二三久は翔太の出所を待ち続けていた。その目的とは?
著者十八番の贖罪もの。罪というものを被害者遺族と加害者の両面から描いており、考えさせられる内容になっています。ただ、主人公の言動を身勝手ととるかリアルととるかで評価が分かれそう。
48.十字架のカルテ(知念実希人)
5話からなる連作集ですが、どの短編も読み応え満点で、精神鑑定を通して心の闇に迫っていくプロセスが実にスリリングです。また、精神科医と犯人との頭脳戦もミステリーとしてよくできています。
49.ジョン・ディクスン・カーの最終定理(柄本刀)
2006年。とある未解決犯罪実録が日本に上陸する。しかも、その本には真相を示唆するディクスン・カーの走りが書きが記されていたのだ。いわゆる”カーの設問詩集”と呼ばれる一冊だ。大学生の友坂らは別荘に集まって推理合戦に講じるが、彼らの周辺でも不可能犯罪が発生し.......。
全編がカー愛に溢れた一冊です。実録犯罪集とリアルタイムで進行している不可能犯罪が交錯し、謎解き三昧な点もたまりません。少し強引ながらも、豪快な仕掛けには驚かされるものがあります。
全編がカー愛に溢れた一冊です。実録犯罪集とリアルタイムで進行している不可能犯罪が交錯し、謎解き三昧な点もたまりません。少し強引ながらも、豪快な仕掛けには驚かされるものがあります。
50.歌舞伎座の怪紳士(近藤史恵)
27歳の岩居久澄は実家で家事手伝いをしながら鬱屈した毎日を送っていた。ある日、祖母の代わりに歌舞伎を観て、感想を伝えてほしいという奇妙な頼まれごとをする。以来、芝居の世界にのめり込んでいく久澄だったが、劇場で必ず親切な老紳士と顔を合わせるのは一体なぜなのか?
演劇の魅力がわかりやすく描かれており、興味をそそられます。また、ミステリーとしては軽めでやや荒唐無稽な感もありますが、主人公の成長物語としてよく出来ています。
演劇の魅力がわかりやすく描かれており、興味をそそられます。また、ミステリーとしては軽めでやや荒唐無稽な感もありますが、主人公の成長物語としてよく出来ています。
51.あの日、君はなにをした(まさきとしか)
2004年。15歳の少年が夜中に自転車で家を抜け出し、連続殺人の犯人と間違えられた挙句、パトカーに追い回されて事故死する。2019年。OL殺人事件が発生し、不倫相手の男が容疑者として浮上するも、男は行方不明となる。2人の刑事が捜査を進めると、2004年の事件と徐々につながりが見え始め.......。
一見無関係な2つの事件にわずかなつながりを発見し、そこから思わぬ方向へと転がっていく展開に強く引き込まれていきます。なかなか真相が見えない、じらしのテクニックも見事です。
52.カケラ(湊かなえ)
一見無関係な2つの事件にわずかなつながりを発見し、そこから思わぬ方向へと転がっていく展開に強く引き込まれていきます。なかなか真相が見えない、じらしのテクニックも見事です。
52.カケラ(湊かなえ)
美容クリニックで医師として働いている橘久乃の元に幼馴染が訪ねてきて小学生時代の同級生だった横網八重子の話をする。彼女の娘が激太りが原因で高校にいかなくなり、ついには大量のドーナツのばらまかれた部屋で死んでいるのが発見されたというのだ。その娘は一体なぜ死を選んだのか?
『告白』を彷彿とさせる独白リレー形式の作品です。美容整形をテーマにしつつ、人間の本質をえぐっていく物語に慄然とします。ラストまで気が抜けない、著者ならではのイヤミスです。
53.涼子点景 1964(森谷明子)
1964年。オリンピック開催決定に沸く東京で一人の男が9歳の娘を残して失踪する。一人で取り残された涼子は強く生きることを誓い、貧しい少女から可憐なお嬢様へと姿を変えていく。一体彼女の身に何が起きたのか?
時代の大きなうねりを描きながらも一人の少女に焦点を当て、その生きざまをミステリーに仕立てたプロットが見事です。特に、さまざまな謎がきれいに解き明かされるさまには驚かされます。
時代の大きなうねりを描きながらも一人の少女に焦点を当て、その生きざまをミステリーに仕立てたプロットが見事です。特に、さまざまな謎がきれいに解き明かされるさまには驚かされます。
54.立待岬の鷗が見ていた(平石貴樹)→20位(本ミス12位)
舟見警部補は新進気鋭の美貌のミステリー作家である柚木しおりの作品を読んで5年前の連続殺人と傷害致死事件を思い出す。崖から死体が遺棄された元夫を始めとして被害者はみな彼女とつながりがあったのだ。舟見は以前に難事件を解決に導いたフランス人、ジャン青年に捜査協力を要請するが......。
函館シリーズの第2弾。過去の事件が淡々と語られる前半は起伏が乏しくてやや退屈ですが、解決編ではきっちり密度の高い推理が楽しめます。前作と比べれると小粒ながらも安定の面白さです。
函館シリーズの第2弾。過去の事件が淡々と語られる前半は起伏が乏しくてやや退屈ですが、解決編ではきっちり密度の高い推理が楽しめます。前作と比べれると小粒ながらも安定の面白さです。
55.修羅の家(我孫子武丸)
簡易宿泊所で暮らしている晴男はレイプ殺人を行った際、中年女性の優子にそれを目撃され、彼女の家に連れてこられる。そこには同じ格好をした10人以上の男女が家族として共同生活を営んでいた。しかも、彼らは暴力と恐怖でがんじがらめにされていたのだ。
北九州監禁殺人事件がモデルのサスペンスミステリー。『殺戮にいたる病』以上にグロテスクな物語は好き嫌いが分かれそうですが、途中から明らかになる想定外の展開には引き込まれるものがあります。
北九州監禁殺人事件がモデルのサスペンスミステリー。『殺戮にいたる病』以上にグロテスクな物語は好き嫌いが分かれそうですが、途中から明らかになる想定外の展開には引き込まれるものがあります。
56.ノッキンオンロックドドア 2(青崎有吾)
不可能犯罪専門・御殿場倒理と不可解犯罪専門・片無氷雨という2人のコンビ探偵。密室犯罪なのに部屋には巨大な穴がある『穴の開いた密室』やトンネルに入った女子高生が忽然と姿を消す『消える少女追う少女』など、今回もさまざまな奇妙な謎に挑むが......。
57.濱地健三郎の幽たる事件簿(有栖川有栖)
年齢不詳の探偵・濱地健三郎の事務所には今日も不可思議な現象に悩まされる依頼人たちが訪れる。ミステリー研究室で起きる怪異、猫と一緒に暮らしていた姉の失踪、資産家が溺死した事件。さまざまな謎に対して濱地健三郎は助手のユリエとともに、幽霊を視る能力と持ち前の推理力で挑む。
7つ短編からなる濱地健三郎シリーズ第2弾。ミステリー要素が強かったり、ホラーバトルものだったりと一作一作振り幅の大きく、バラエティに富んだ物語が楽しめます。探偵と助手のキャラも魅力的。
7つ短編からなる濱地健三郎シリーズ第2弾。ミステリー要素が強かったり、ホラーバトルものだったりと一作一作振り幅の大きく、バラエティに富んだ物語が楽しめます。探偵と助手のキャラも魅力的。
58.きたきた捕物帳(宮部みゆき)
北一は江戸深川で千吉親分の元で岡っ引きの見習いをしていたが、16歳のときにその親分がフグの毒で死んでしまう。北一は親分が本業で行っていた文庫売りの商いを継ぎ、やがて喜多次との運命の出会いを果たす。そんな彼は周囲の協力を得て、事件や不思議な出来事の謎を解き明かしていくが.....。
著者の他の作品ともリンクしている時代ミステリーの新シリーズ。4篇からなる連作短編は謎解きあり、活劇あり、人情噺ありのテンポの良い物語で、肩の力を抜いて楽しめる好編に仕上がっています。
著者の他の作品ともリンクしている時代ミステリーの新シリーズ。4篇からなる連作短編は謎解きあり、活劇あり、人情噺ありのテンポの良い物語で、肩の力を抜いて楽しめる好編に仕上がっています。
59.逆ソクラテス(伊坂幸太郎)→15位(文春19位 読みたい13位)
小学6年のクラスに安斎という生徒が転校してくる。彼は担任の久留米先生の生徒に対する決めつけが強すぎ、それがクラス全体に悪い影響を与えていると感じた。そこで、先生の先入観を崩すために他の生徒の協力を得てある計画を立案する。その計画とは?
著者の作家デビュー20周年を記念して発売された連作短編集です。ミステリー作品ではありませんが、さっくと読めて多くの人の共感が得られる好編に仕上がっています。
著者の作家デビュー20周年を記念して発売された連作短編集です。ミステリー作品ではありませんが、さっくと読めて多くの人の共感が得られる好編に仕上がっています。
60.クスノキの番人(東野圭吾)
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』を彷彿とさせるちょっといい話系の作品です。ミステリー色は薄く、序盤は少々冗長ですが、中盤以降はどんどん面白くなり、最後はきっちりと感動させてくれます。
61.スキマワラシ(恩田陸)
恩田陸独自の世界観が堪能できるファンタジーミステリーです。長い物語ながらもテンポの良い会話劇でぐいぐい読ませます。ただ、ミステリーとしてすっきりしない終わり方は相変わらずです。
復員兵の貝塚透馬を待っていたのは、疎開先で両親が強盗に撃ち殺されたという悲報だった。しかも、第一発見者のメイドは事件後に姿を消したという。真相を追う透馬だったが、事件の裏にはナチスの隠し財産をめぐる陰謀が見え隠れし.......。
大傑作『鋼鉄の騎士』の作者だけあって、この手の作品を書かせるとうまさを感じます。見せ場の連続で、テンポの良い筋運びはさすがです。ただ、少々ご都合主義が気になる点も。
64.ムシカ 鎮虫譜(井上真偽)
音楽大学の同級生グループが夏休みに小さな無人島を訪れる。そこには霊験あらたかな音楽の神が祀られいるという。だが、彼らを待っていたのは大量の虫たちだった。虫の襲撃に対してなすすべのない彼らを救ったのは突如現れた謎の巫女。彼女は虫の怒りを鎮めるには鎮虫譜が必要だというが......。
虫の気持ち悪さは一級品でホラーとして読み応えがあります。虫と音楽とミステリーの要素を掛け合わせた着眼点も秀逸です。ただ、少々詰め込みすぎで、全体として散漫な印象を受けるのが残念です。
鏡影劇場(逢坂剛)→14位(文春15位)
あるギタリストがマドリードの古本屋で入手した古い楽譜束の裏面に謎めいた報告書を発見する。そこには文豪・ホフマンの半生が記されていたのだ。その翻訳を依頼された大学准教授の古閑沙帆はそれをドイツ文学研究者の本間に託すが、そこから古閑らにもかかわる意外な事実が明らかになっていき.....。
音楽大学の同級生グループが夏休みに小さな無人島を訪れる。そこには霊験あらたかな音楽の神が祀られいるという。だが、彼らを待っていたのは大量の虫たちだった。虫の襲撃に対してなすすべのない彼らを救ったのは突如現れた謎の巫女。彼女は虫の怒りを鎮めるには鎮虫譜が必要だというが......。
虫の気持ち悪さは一級品でホラーとして読み応えがあります。虫と音楽とミステリーの要素を掛け合わせた着眼点も秀逸です。ただ、少々詰め込みすぎで、全体として散漫な印象を受けるのが残念です。
65.黄色い夜(宮内悠介)
エチオピアから独立したE国はバベルの塔を思わせるらせん状の建築物を建て、内部に無数のカジノを設置した。それによってもたらされる観光資源によってE国は運営されていたのだ。E国に潜入した
龍一は塔の中で勝ち上がり、頂上を目指していく。そこにいる王に勝てばE国を手に入れられるのだ。
わずか150ページ足らずの中編なので詰め込み過ぎの感がありますが、次々と登場する濃いキャラたちをあの手この手で倒していくプロセスはそれなりに読み応えがあります。
龍一は塔の中で勝ち上がり、頂上を目指していく。そこにいる王に勝てばE国を手に入れられるのだ。
わずか150ページ足らずの中編なので詰め込み過ぎの感がありますが、次々と登場する濃いキャラたちをあの手この手で倒していくプロセスはそれなりに読み応えがあります。
66.仮名手本殺人事件(稲羽白菟)
歌舞伎の舞台で忠臣蔵を上演している最中、出演中の役者が絶命する。しかも、客席からも死体が発見される。死因はいずれも毒で、明らかに他殺だった。果たして犯人は衆人環視のなか、いかにして犯行を成し遂げたのか?そして、現場に残された3枚のカルタが意味するものとは?
ドロドロとした人間関係や謎めいた犯行といった、ケレン味たっぷりの雰囲気に引き込まれます。また、歌舞伎の世界の描写も濃厚で読み応えありです。ただ、ミステリーとしては強引さが目立つかも。
ドロドロとした人間関係や謎めいた犯行といった、ケレン味たっぷりの雰囲気に引き込まれます。また、歌舞伎の世界の描写も濃厚で読み応えありです。ただ、ミステリーとしては強引さが目立つかも。
67.黒鳥の湖(宇佐美まこと)
不動産会社を営む財前は妻と娘との平穏な暮らしを手にしていたが、拉致した女性の体の一部を家族に送りつける事件が発生して以降、娘の様子がおかしくなる。それは18年前に財前が関わった事件とそっくりで.......。
どんどんと意外な出来事が起き、二転三転する展開で読者を引き込んでいくのはさすがのうまさです。ただ、途中でオチが読めてしまうのが難。
68.パンダ探偵(鳥飼否宇)
人類が滅亡してから200年。急速に進化した動物たちは人間に代わって共和国を建国する。ジャイアントパンダのナンナンはライガーのタイゴに憧れて探偵事務所に入る。ツートン動物誘拐事件、密室から消えた干し草事件、大統領暗殺事件と、2人はさまざまな事件に立ち向かっていくが.......。
擬人化された動物たちが可愛いユーモアミステリーです。パンダ探偵の奮闘ぶりにほっこりしますし、動物の習性が事件を解く鍵となるので勉強にもなります。動物好きの人には特におすすめです。
69.我々は、みな孤独である(佐野広美)
私立探偵である茶畑徹朗の元に自分を前世で殺した犯人を探してほしいという依頼が舞い込む。茶畑と助手の毬子は前世など信じていなかったが、依頼人に前世の話をした霊媒師を訪ねにいくと彼らも前世が見えるようになる。そして、依頼人の前世を調べてみるとさまざまな矛盾が浮かびあがり.......。
前半の前世を巡る不可思議な謎やバイオレンスなハードボイルドストーリーにはぐいぐい引き込まれるものがあります。ただ、それだけに、伏線回収も碌にないまま、唐突に終わってしまうのが残念です。
前半の前世を巡る不可思議な謎やバイオレンスなハードボイルドストーリーにはぐいぐい引き込まれるものがあります。ただ、それだけに、伏線回収も碌にないまま、唐突に終わってしまうのが残念です。
70.わたしが消える(佐野広実)
元刑事の藤巻は医者から軽度の認知症だと診断される。大学生の娘には迷惑を掛けられないと悩んでいると、当の娘が相談を持ちかけてきた。介護実習で通っている施設に、門の前に置き去りにされた認知症の老人がいるというのだ。藤巻は娘の頼みを引き受け、老人の正体を独自に探り始めるが.......。
江戸川乱歩賞受賞作品。文章は読みやすく、認知症を絡めた前半の物語も興味をそそります。ただ、話が大きくなるにつれてリアリティの欠如が目立ち始め、安っぽい展開になっていくのが残念です。
江戸川乱歩賞受賞作品。文章は読みやすく、認知症を絡めた前半の物語も興味をそそります。ただ、話が大きくなるにつれてリアリティの欠如が目立ち始め、安っぽい展開になっていくのが残念です。
チェック漏れ作品
暗黒残酷監獄(城戸喜由)→18位
清家椿太郎は女からもてまくる高校生だが、友人は一人もなく、心にどす黒いものを抱えていた。そんな彼の元に姉が殺されたという電話がかかってくる。しかも、彼女は十字架に磔となっていたのだ。「この家には悪魔がいる」というメモは一体何を意味するのか?椿太郎は独自に調査を開始するが.....。
第23回日本ミステリー文学大賞新人賞。異常な世界観は読者を選ぶものの、悪意に満ちた文章には独特のセンスが感じられます。そして、その異常世界に組み込まれた謎解きが非常によくできています。
鏡影劇場(逢坂剛)→14位(文春15位)
あるギタリストがマドリードの古本屋で入手した古い楽譜束の裏面に謎めいた報告書を発見する。そこには文豪・ホフマンの半生が記されていたのだ。その翻訳を依頼された大学准教授の古閑沙帆はそれをドイツ文学研究者の本間に託すが、そこから古閑らにもかかわる意外な事実が明らかになっていき.....。
本作のかなりの部分を占める報告書パートは重厚で少々手強いかもしれませんが、ホフマンの生涯に複数の日本人が関わっていることが明らかになる二重三重の仕掛けには引き込まれるものがあります。
『銘高忠臣現妖鏡』と題された鶴屋南北の作品がロンドンで発見される。しかし、歌舞伎界の異端児である小佐川歌名十郎は発見者である秋水里矢に無断でその作品を上演しようとしていた。森江春策は秋水の依頼を受けて小佐川との交渉に向かうが、そこで彼は奇怪な連続見立て殺人に巻き込まれ.....。
鶴屋南北を題材に権力者批判を盛り込んだ社会派本格ミステリです。ただ、殺人事件のトリックはさほど驚くべきものではなく、むしろ歌舞伎や江戸時代にまつわる蘊蓄が本作の読みどころだといえます。
2020年12月4日追記
鶴屋南北の殺人(芦辺拓)→20位(読みたい8位 本ミス8位)
『銘高忠臣現妖鏡』と題された鶴屋南北の作品がロンドンで発見される。しかし、歌舞伎界の異端児である小佐川歌名十郎は発見者である秋水里矢に無断でその作品を上演しようとしていた。森江春策は秋水の依頼を受けて小佐川との交渉に向かうが、そこで彼は奇怪な連続見立て殺人に巻き込まれ.....。
鶴屋南北を題材に権力者批判を盛り込んだ社会派本格ミステリです。ただ、殺人事件のトリックはさほど驚くべきものではなく、むしろ歌舞伎や江戸時代にまつわる蘊蓄が本作の読みどころだといえます。
2020年12月4日追記
予想結果
ベスト5→5作品中1作的中
ベスト10→10作品中4作的中
ベスト20→20作品中10作的中
順位完全一致→20作品中0作品
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このミステリーがすごい!2021年版 海外ベスト20予想
最新更新日2021/11/03☆☆☆
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このミス2021
対象作品である2019年11月1日~2020年10月31日(今年から9月30日までに変更)発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
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このミステリーがすごい!海外版最終予想(2020年11月16日)
※※※※※※※※※※※※※※
記載方法は以下のようになっています。
予想順位.タイトル(作者名)→このミスの順位(文春の順位 読みたいの順位 本ミスの順位 )
ただし、「→このミスの順位(文春の順位 読みたいの順位 本ミスの順位 )」の部分が記載されているのは予想ランキングあるいはこのミスで20位以内のものだけです。
なお、文春、 読みたい、本ミスはそれぞれ「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」「本格ミステリ・ベスト10」の略です。
※※※※※※※※※※※※※
1位.その裁きは死(アンソニー・ホロヴィッツ)→1位(文春1位 読みたい1位 本ミス1位 )
実直さで知られる離婚専門の弁護士、リチャードが殺害される。ワインの瓶で頭を殴打されたあと、割れた破片で喉を切り裂かれたのだ。その殺害方法は裁判の相手が口走った方法とそっくりだった。さらに、現場の壁には「182」という謎の文字。元刑事の探偵ホーソンが事件解明に乗り出すが.......。
欲望渦巻く人間関係のドラマとして読み応えがあり、正統派本格ミステリとしても一級の出来映えです。巧みな伏線も真相の意外性も申し分ありませんが、クセのある主役コンビは好みが分かれるかも。
2位.死亡通知書 暗黒者(周浩暉)→4位(文春7位 本ミス5位 )
エウメニデスと名乗る謎の人物がネット上で情報を募り、法では裁けない悪に制裁を加えていく。正体不明の連続殺人犯に対し、中国警察は専従班を設置する。だが、エウメニデスは精鋭揃いの専従班の裏をかき、次々と犯行を遂げていくのだった。果たして警察VSカリスマ殺人鬼の対決の行方は?
天才犯罪者と警察との対決がテンポよく描かれれ、息つく暇もないほどです。鉄壁の警護かいくぐる犯人側のトリックもよく考えられており、手に汗握ります。華文ミステリの新たな傑作です。
自宅のアパートから飛び降りた少女。自殺の動機はネット上での誹謗中傷だった。姉のアータイは妹を追い詰めた犯人を突き止めるべく、ネット専門の凄腕探偵と名高いアーシンに調査を依頼する。やがて、犯人を探り当てたアータイはアーシンの手を借り、復讐の計画を立てていくが......。
電脳探偵のキャラが立っており、ネット上から犯人を探り当てていくくだりに惹き込まれます。そのうえ、後半になると物語の様相はがらりとその姿を変え、伏線を回収しつつのどんでん返しが見事です。
5位.壊れた世界の者たちよ(ドン・ウィンズロウ)→14位(読みたい16位)
麻薬組織からの報復として弟を殺された麻薬取締班班長が復讐の鬼と化す表題作、制服警官が銃を持って脱走したチンパンジーの謎を追ううちに思わぬ闇に行きあたる『サンディエゴ動物園』、国境警備局の隊員が国境で拘束された移民の少女を救おうとする姿を描いた『ラスト・ライド』など全6篇収録。
700ページに及ぶ本作は、ユーモアミステリーからノワールまでバラエティ豊かな構成になっており、ドン・ウィンズロウのすべてが詰まっているといっても過言ではありません。極上の中編集です。
英国カンブリア州に点在するストーンサークルで次々と老人の焼死体が発見される。しかも、3番目に発見された死体にはなぜか国家犯罪対策庁の警官で現在停職中のワシントン・ポーの名前と5らしき数字がが記されてあった。心当たりのないポーは停職を解かれて捜査に加わることになるが......。
天才肌で世間知らずの女性分析官テイリーとの友情物語は読み応えがあります。また、ミステリーとしては前半は凡庸に感じるものの、後半、張り巡らされた伏線を回収しながらの怒涛の展開が見事です。
7位.カメレオンの影(ミネット・ウォルターズ)→12位(文春16位 読みたい6位 本ミス7位 )
聡明で人当たりの良かった英国軍中尉のアクランドはイラクで爆弾に顔を吹き飛ばされてから豹変する。片目を失った彼は女性を嫌悪し、すぐに暴力を振るうようになったのだ。そんなとき、一人暮らしの男性が撲殺されるという事件が続発する。真っ先に疑われたアクランドは尋問を受けるが........。
異形の男を中心に据え、現代の社会問題を浮かび上がらせていく手管はウォルターズならではです。オフビートな登場人物もみな魅力的で、最後まで油断できない展開にも引き込まれるものがあります。
世界大戦後の東西冷戦時代。CIAはソ連の内部崩壊を狙って発禁小説の『ドクトル・ジバゴ』を市井の人々に読ませるというプロパガンダ作戦を計画する。そして、作戦実行のために抜擢されたのが、ロシア移民の娘であるイリーナだった。文学の力で世界を変えるべく、彼女は危険な任務に挑むが......。
史実を下敷きにしたエンタメ作品です。東西それぞれの女性の視点から事の顛末が綴られており、冷戦当時の情勢がリアルに描かれています。優れたスパイ小説であり、同時に、恋愛小説でもあります。
リディアはメキシコ南部で書店を営んでいたが、新聞記者である夫の書いた記事が引き金となり、カルテルによって親族16人が殺されてしまう。生き残ったのはリディアと8歳の息子のみ。彼女は迫りくる殺し屋の影におびえながら息子と共に、数千マイル離れたアメリカ合衆国を目指すが........。
12位.たとえ天が墜ちようとも(アレン・エスケンス)※ランク外(読みたい18位)
高級住宅街で女性が殺害される。マックス刑事の捜査の結果、容疑者として浮かび上がったのは被害者の夫で刑事弁護士のプルイットだった。一方、プルイットは元弁護士で大学教授のボーディに弁護を依頼する。こうして、親友同士のマックスとボーディは敵味方に別れて法廷で戦うことになるのだが.....。
1978年。若い男女が秘密の週末旅行に出発し、数日後に別荘で女性が死体となって発見される。事件を担当したリーズルは地元警官に嘘の証言をさせて彼女の父を逮捕する。それから10年が過ぎ、彼女を偲んで4人の男女が孤島に集まるが、不穏な空気に包まれた翌日にひとりが崖から転落死し........。
女性刑事フルダの人生を描いたシリーズ第2弾です。相変わらず事件を通して人の心の闇を描くのが巧く、巧みな語り口に引き込まれていきます。謎を徐々に暴いていくプロセスも読み応えあり。
24.汚名(マイクル・コナリー)ハリー・ボッシュが30年前に逮捕し、死刑が確定していた連続殺人犯ボーダーズの再審が決まる。被害者の着衣に付着していた精液から別の死刑囚のDNAが検出されたからだ。しかも、ボーダーズの弁護士はボッシュが30年前に偽の証拠をでっちあげて不当逮捕したと主張しているというのだ。
ハリー・ボッシュシリーズの第20弾です。ボッシュはすでに65歳ですが、作品の面白さにはいささかの衰えもありません。手に汗握る潜入捜査と裁判シーンの2本立てできっちり楽しませてくれます。
26.作家の秘められた人生(ギヨーム・ミュッソ)
世界的なベストセラー作家だったフォウルズは20年前に突如断筆宣言をし、以来地中海の孤島で隠棲生活を続けていた。彼に心酔する作家志望の青年と女性記者はそれぞれ彼への接触を試みるが、その矢先に女性の惨殺死体が発見される。島は封鎖される事態となり、やがて過去の秘密が浮き彫りに......。
不穏な空気に包まれたサスペンス感と謎また謎の展開に引き込まれ、終盤の衝撃な展開にも驚かされます。いかにもギヨームらしい技巧に満ちた佳品ですが、技巧に走りすぎて無理が生じている面も......。
27.ザリガニの鳴くところ(ディーリア・オーエンズ)→2位(文春2位 読みたい3位 本ミス9位 )
6歳で両親に捨てられたカイアはノースカロライナ州の湿地帯で暮らしていた。村の人々からは”湿地の少女”と蔑まれていたが、十数年の時が過ぎ、幼馴染のテイトの助けもあって安定した収入を得る道も見えてくる。だが、プレイボーイとして有名なチェイスを殺害した容疑で、彼女は逮捕されてしまう。
豊かな自然に抱かれて育っていく少女の姿が生き生きと描かれ、その一方で、法廷シーンは緊迫感にあふれて読み応えがあります。ミステリーとしてもヒロインの成長物語としても一級の作品です。
麻薬カルテルから追われているライス・ムーアはアパラチア山脈に逃げ込み、自然保護管理の職を得る。だが、彼の管理区内で胆嚢を切り取られた熊の死体が発見される。彼は密猟者を追うが、地元民は非協力的だった。さらに、麻薬カクテルが差し向けた暗殺者の影が....。
アメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞受賞。動物や自然をリアリティ豊かに描写し、同時に、密猟者や暗殺者との対決をスリリングに描いた新しいタイプのノワールです。
オスロ国家犯罪捜査局のアドリアン・スティレルがヴィスティング警部を訪ねてくる。彼は26年前のナディア誘拐事件の再捜査を行っており、重要参考人として名前が挙がったマッティン・ハウゲンと親しい警部に協力してほしいという。だが、マッティンはすでに行方をくらましたあとだった。
『猟犬』以来2作目の翻訳となるシリーズ第11弾です。話は地味ですが、奇妙な友情で結ばれた主人公と容疑者の関係など、人間模様の中に静かなサスペンスが立ち上るさまが巧みに描かれています。
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このミス2021
対象作品である2019年11月1日~2020年10月31日(今年から9月30日までに変更)発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
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このミステリーがすごい!海外版最終予想(2020年11月16日)
※※※※※※※※※※※※※※
記載方法は以下のようになっています。
予想順位.タイトル(作者名)→このミスの順位(文春の順位 読みたいの順位 本ミスの順位 )
ただし、「→このミスの順位(文春の順位 読みたいの順位 本ミスの順位 )」の部分が記載されているのは予想ランキングあるいはこのミスで20位以内のものだけです。
なお、文春、 読みたい、本ミスはそれぞれ「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」「本格ミステリ・ベスト10」の略です。
※※※※※※※※※※※※※
1位.その裁きは死(アンソニー・ホロヴィッツ)→1位(文春1位 読みたい1位 本ミス1位 )
実直さで知られる離婚専門の弁護士、リチャードが殺害される。ワインの瓶で頭を殴打されたあと、割れた破片で喉を切り裂かれたのだ。その殺害方法は裁判の相手が口走った方法とそっくりだった。さらに、現場の壁には「182」という謎の文字。元刑事の探偵ホーソンが事件解明に乗り出すが.......。
欲望渦巻く人間関係のドラマとして読み応えがあり、正統派本格ミステリとしても一級の出来映えです。巧みな伏線も真相の意外性も申し分ありませんが、クセのある主役コンビは好みが分かれるかも。
2位.死亡通知書 暗黒者(周浩暉)→4位(文春7位 本ミス5位 )
エウメニデスと名乗る謎の人物がネット上で情報を募り、法では裁けない悪に制裁を加えていく。正体不明の連続殺人犯に対し、中国警察は専従班を設置する。だが、エウメニデスは精鋭揃いの専従班の裏をかき、次々と犯行を遂げていくのだった。果たして警察VSカリスマ殺人鬼の対決の行方は?
天才犯罪者と警察との対決がテンポよく描かれれ、息つく暇もないほどです。鉄壁の警護かいくぐる犯人側のトリックもよく考えられており、手に汗握ります。華文ミステリの新たな傑作です。
3位.網内人(陳浩基)→14位(文春5位 読みたい17位 本ミス2位 )
自宅のアパートから飛び降りた少女。自殺の動機はネット上での誹謗中傷だった。姉のアータイは妹を追い詰めた犯人を突き止めるべく、ネット専門の凄腕探偵と名高いアーシンに調査を依頼する。やがて、犯人を探り当てたアータイはアーシンの手を借り、復讐の計画を立てていくが......。
電脳探偵のキャラが立っており、ネット上から犯人を探り当てていくくだりに惹き込まれます。そのうえ、後半になると物語の様相はがらりとその姿を変え、伏線を回収しつつのどんでん返しが見事です。
4位.指差す標識の事例(イーアン・ペアーズ)→3位(文春4位 読みたい2位 本ミス6位 )
1663年。チャールズ2世の統治下にあるイングランドで、医学の道を志すコーラは大学で毒殺事件に遭遇する。講師の飲んだ酒に砒素が混入してあったのだ。犯行は講師に恨みを持つ貧しい雑役婦の手によるものだともくされた。だが、事件はそう単純ではなく......。
4つの手記で一つの事件を語っていき、語り手が変わるごとに事件の様相もがらりと変化していく展開に惹き込まれます。伏線回収の見事さや真相の意外性も申し分のない、超一級の歴史ミステリーです。
4つの手記で一つの事件を語っていき、語り手が変わるごとに事件の様相もがらりと変化していく展開に惹き込まれます。伏線回収の見事さや真相の意外性も申し分のない、超一級の歴史ミステリーです。
5位.壊れた世界の者たちよ(ドン・ウィンズロウ)→14位(読みたい16位)
麻薬組織からの報復として弟を殺された麻薬取締班班長が復讐の鬼と化す表題作、制服警官が銃を持って脱走したチンパンジーの謎を追ううちに思わぬ闇に行きあたる『サンディエゴ動物園』、国境警備局の隊員が国境で拘束された移民の少女を救おうとする姿を描いた『ラスト・ライド』など全6篇収録。
700ページに及ぶ本作は、ユーモアミステリーからノワールまでバラエティ豊かな構成になっており、ドン・ウィンズロウのすべてが詰まっているといっても過言ではありません。極上の中編集です。
6位.ストーンサークルの殺人(M・W・クレイヴン)※ランク外(文春8位 本ミス4位)
天才肌で世間知らずの女性分析官テイリーとの友情物語は読み応えがあります。また、ミステリーとしては前半は凡庸に感じるものの、後半、張り巡らされた伏線を回収しながらの怒涛の展開が見事です。
7位.カメレオンの影(ミネット・ウォルターズ)→12位(文春16位 読みたい6位 本ミス7位 )
聡明で人当たりの良かった英国軍中尉のアクランドはイラクで爆弾に顔を吹き飛ばされてから豹変する。片目を失った彼は女性を嫌悪し、すぐに暴力を振るうようになったのだ。そんなとき、一人暮らしの男性が撲殺されるという事件が続発する。真っ先に疑われたアクランドは尋問を受けるが........。
異形の男を中心に据え、現代の社会問題を浮かび上がらせていく手管はウォルターズならではです。オフビートな登場人物もみな魅力的で、最後まで油断できない展開にも引き込まれるものがあります。
8位.あの本は読まれているか(ラーラ・プレスコット)→9位(文春3位 読みたい5位)
史実を下敷きにしたエンタメ作品です。東西それぞれの女性の視点から事の顛末が綴られており、冷戦当時の情勢がリアルに描かれています。優れたスパイ小説であり、同時に、恋愛小説でもあります。
9位.夕陽の道を北へゆけ(ジャーニン・カミンズ)※ランク外
麻薬カルテルの実態を被害者の立場から描いたロードノベルです。数年間の取材に基づいて描かれたという物語は、リアリティ豊かで臨場感が半端ありません。メキシコの今を知るための絶好の書です。
10位.三分間の空隙(ベリエ・ヘルストレム)→10位(文春17位 読みたい4位)
潜入捜査官のピート・ホフマンはコロンビアのPRCに潜り込み、幹部エル・メスティーソの片腕として一目置かれるようになっていた。だが、米国下院議長のクラウズが精鋭部隊を率いて麻薬取引現場に急襲をかけ、逆に捕縛されてしまう。米国が救出作戦を画策するなか、ピートに与えられた役割とは?
グレーンス警部シリーズの第7弾であると同時に、ホフマン&グレーンスシリーズの第2弾でもあります。息詰まる頭脳戦と壮絶な肉弾戦が繰り広げられる、息つく暇もない冒険アクションの傑作です。
潜入捜査官のピート・ホフマンはコロンビアのPRCに潜り込み、幹部エル・メスティーソの片腕として一目置かれるようになっていた。だが、米国下院議長のクラウズが精鋭部隊を率いて麻薬取引現場に急襲をかけ、逆に捕縛されてしまう。米国が救出作戦を画策するなか、ピートに与えられた役割とは?
グレーンス警部シリーズの第7弾であると同時に、ホフマン&グレーンスシリーズの第2弾でもあります。息詰まる頭脳戦と壮絶な肉弾戦が繰り広げられる、息つく暇もない冒険アクションの傑作です。
11位.死んだレモン(フィン・ベル)→16位(文春17位 読みたい8位 本ミス8位 )
車椅子での生活を送っているフィンはニュージーランドの最南端の町に越してくるが、引っ越し先の家では、少女が失踪して隣家から彼女の骨の一部が発見されるという事件が26年前に起きていた。隣家の住人たちは逮捕されるも証拠不十分で釈放されたいう。フィンはこの事件について調べ始めるが.......。
いきなり主人公が断崖で車椅子ごと宙吊りになっているという絶体絶命のシーンから始まるサスペンス満点の作品です。過去に遡りながらの謎解きも秀逸で、よくできたスリラー作品に仕上がっています。
12位.たとえ天が墜ちようとも(アレン・エスケンス)※ランク外(読みたい18位)
高級住宅街で女性が殺害される。マックス刑事の捜査の結果、容疑者として浮かび上がったのは被害者の夫で刑事弁護士のプルイットだった。一方、プルイットは元弁護士で大学教授のボーディに弁護を依頼する。こうして、親友同士のマックスとボーディは敵味方に別れて法廷で戦うことになるのだが.....。
前半はリーガルサスペンスとして及第点ながらもやや散漫とした印象がありましたが、後半から怒涛の展開になり、一気に引き込まれます。また、驚愕のどんでん返しと皮肉の効いた結末も見事です。
異星人が400年後に地球に攻めてくる事実が明らかになり、対策を練る人類だったが、その行動は敵から送り込まれた超小型コンピューターによって筒抜けだった。そこで、高度な思考力を持つ人類を選抜し、彼らに全権限を委託して秘密裏に作戦を進める面壁計画が立案され、4人の人物が選ばれるが.......。
世界的な大ベストセラーSFの第2弾です。今回は敵の狙いが明らかになり、400年後の決戦に向けての心理戦が繰り広げられます。ハードSFながらも、コンゲームの面白さを兼ね備えた傑作です。
16位.嗤う猿(J・D・バーカー)※ランク外
13位.三体Ⅱ 黒暗森林(劉慈欣)※ランク外(文春12位)
世界的な大ベストセラーSFの第2弾です。今回は敵の狙いが明らかになり、400年後の決戦に向けての心理戦が繰り広げられます。ハードSFながらも、コンゲームの面白さを兼ね備えた傑作です。
14位.パリのアパルトマン(ギヨーム・ミュッソ)→5位(文春12位 読みたい12位 )
元刑事のマデリンと人気劇作家のガスパールはパリのアパルトマン(アパート)を予約し、ダブルブッキングしてしまう。当面共同生活をすることになった2人は当初反目しあうが、そのアパルトマンをアトリエとして利用していた天才画家にまつわる謎を協力して追うことになり.......。
謎が謎を呼び、二転三転する展開に引き込まれていきます。重いテーマを扱っているものの、そこにユーモアとロマンスを絡めて後味の良い娯楽作品に仕上げているのが見事です。
謎が謎を呼び、二転三転する展開に引き込まれていきます。重いテーマを扱っているものの、そこにユーモアとロマンスを絡めて後味の良い娯楽作品に仕上げているのが見事です。
15位.闇という名の娘 THE HULDA TRILOGY♯1 DIMMA(ラグナル・ヨナソン)※ランク外
定年間近の女性警部フルダは残りの2週間を未解決事件の処理に当てることになる。そこで、着手したのが1年前に海岸でロシア人女性の遺体が発見された事件の再捜査だった。だが、フルダに思わぬ悲劇が襲いかかる。
アメリカでの映画化が決まっている北欧ミステリー。主人公の過去と現在を交互に描きながら衝撃のラストへとたどり着くプロットが見事です。イヤミスの佳品。
アメリカでの映画化が決まっている北欧ミステリー。主人公の過去と現在を交互に描きながら衝撃のラストへとたどり着くプロットが見事です。イヤミスの佳品。
16位.嗤う猿(J・D・バーカー)※ランク外
猟奇殺人を繰り返す四猿が忽然と姿を消してから四カ月。シカゴで再び事件が起きる。公園の池で凍った少女の死体が発見されたのだ。世間が”四猿の再来”と騒ぎたてるなか、ポーター刑事は独自に捜査を進めていくが、ある違和感に気づき.......。
J.ディーヴァーやJ.カーリィーの影響下にあった前作『悪の猿』と比べると自分のスタイルを確立しつつある本作は面白さが格段にアップしています。ノンストップサイコサスペンスの傑作です。
17位.苦悩する男(ヘニング・マンケル)※ランク外クルト・ヴァンランダーと同じく刑事の道を歩んでいる娘のリンダ。彼女のパートナーであるハンスの父親が失踪する。娘のハンスも妻のルイースも原因に全く心当たりはないという。だが、ヴァンランダーは失踪前の彼の様子に違和感を覚えていた。しかも、続いてルイースまでもが姿を消し.....。
ヴァンランダー警部シリーズの最終作です。謎が謎を呼ぶ展開に引き込まれがらも過去の事件の断片が挿入されるところに感慨深いものがあります。物悲しいラストも含め、最終作に相応しい佳品です。
J.ディーヴァーやJ.カーリィーの影響下にあった前作『悪の猿』と比べると自分のスタイルを確立しつつある本作は面白さが格段にアップしています。ノンストップサイコサスペンスの傑作です。
17位.苦悩する男(ヘニング・マンケル)※ランク外
ヴァンランダー警部シリーズの最終作です。謎が謎を呼ぶ展開に引き込まれがらも過去の事件の断片が挿入されるところに感慨深いものがあります。物悲しいラストも含め、最終作に相応しい佳品です。
18位.言語の七番目の機能(ローラン・ビネ)※ランク外(文春10位)
フランスの哲学者、ロラン・バルトが交通事故で命を落とす。しかも、バルトが持っていたはずの国家安全保障に関わる論文が忽然と消えたのだ。これは事故ではない!パリ警視庁のバイヤール警部に捜査命令が下る。彼は若き記号学者のシモン・エルゾグとともに世界を巡り、論文の行方を追うが......。
ポスト構造主義のロラン・バルトの死を巡るミステリーというといかにも難解そうですが、実在の人物を少々やりすぎなほど赤裸々に描きつつ、アクションも交え、極上のエンタメ作品に仕上げています。
19位.時計仕掛けの歪んだ罠(アルネ・ダール)→8位(文春11位 読みたい10位 本ミス10位 )
フランスの哲学者、ロラン・バルトが交通事故で命を落とす。しかも、バルトが持っていたはずの国家安全保障に関わる論文が忽然と消えたのだ。これは事故ではない!パリ警視庁のバイヤール警部に捜査命令が下る。彼は若き記号学者のシモン・エルゾグとともに世界を巡り、論文の行方を追うが......。
ポスト構造主義のロラン・バルトの死を巡るミステリーというといかにも難解そうですが、実在の人物を少々やりすぎなほど赤裸々に描きつつ、アクションも交え、極上のエンタメ作品に仕上げています。
19位.時計仕掛けの歪んだ罠(アルネ・ダール)→8位(文春11位 読みたい10位 本ミス10位 )
ストックホルム犯罪捜査課のサム・ベニエル警部は1年半の間に起きた3件の15歳の少女失踪事件を連続殺人だと主張する。上司はまともに取り合おうとしないが、サムは執念の捜査を続け、やがて、現場写真に写る不審な女の姿を発見する。そして、容疑者を確保するも、尋問の末に驚愕の事実が......。
北欧ミステリー。4部構成のかなり長大な物語でやや冗長に感じるものの、第2部でのどんでん返しにはのけぞってしまいます。緊迫感あふれる取り調べシーンや警察と公安の攻防なども読み応えあり。
北欧ミステリー。4部構成のかなり長大な物語でやや冗長に感じるものの、第2部でのどんでん返しにはのけぞってしまいます。緊迫感あふれる取り調べシーンや警察と公安の攻防なども読み応えあり。
20位.隠れ家の女(ダン・フェスパーマン)※ランク外
ヘレンは東西冷戦下にドイツでスパイ活動をしていたCIAの末端職員。ある日、彼女は隠れ家で工作員たちの極秘の会話を録音してしまう。それから35年が過ぎ、ヘレンの身に思わぬ不幸が降りかかる。夫と息子が何者かに惨殺されたのだ。果たして35年前のベルリンと現在のアメリカを結ぶ糸とは?
2019年バリー賞最優秀スリラー部門受賞作。スパイ小説に謎解きミステリーの要素をうまく絡めており、先の展開が気になってページをめくる手が止まらなくなります。テンポの良さもグッドです。
その他注目作品50
21.喪われた少女(ラグナル・ヨナソン)
21.喪われた少女(ラグナル・ヨナソン)
女性刑事フルダの人生を描いたシリーズ第2弾です。相変わらず事件を通して人の心の闇を描くのが巧く、巧みな語り口に引き込まれていきます。謎を徐々に暴いていくプロセスも読み応えあり。
22.流れは、いつか海へと(ウォルター・モズリィ)→13位(文春20位 読みたい9位)
ジョー・オリヴァー刑事は身に覚えのない罪を着せられ、辞職へと追い込まれる。それから12年。私立探偵になった彼は警官殺しの罪で死刑宣告を受けた黒人の無罪を証明してほしいとの依頼を受ける。同時に、ジョーの冤罪について告白する手紙が届き........。
主人公の娘や元凶悪犯の相棒などわき役たちがいい味を出しているハードボイルド小説です。哀愁を感じさせるラストも印象に残ります。ただ、登場人物が多すぎて混乱しがちなのが難。
主人公の娘や元凶悪犯の相棒などわき役たちがいい味を出しているハードボイルド小説です。哀愁を感じさせるラストも印象に残ります。ただ、登場人物が多すぎて混乱しがちなのが難。
23.レイトショー(マイケル・コナリー)
レネイ・バラードはロス市警の強盗殺人課特捜班で5年のキャリアを重ねていた。だが、セクハラで班長を告発したのが原因で、ハリウッド分署に飛ばされてしまう。それから2年。夜勤担当の彼女に4人が即死という発砲事件の報せが入る。しかも、捜査の指揮をすることになったのがあの班長だったのだ。
ボッシュシリーズと同じモジュラー型警察小説の新シリーズです。しかし、年齢的に無理が出始めたボッシュに対して、こちらは若々しくてエネルギッシュ。読後感もさわやかな快作に仕上がっています。
ボッシュシリーズと同じモジュラー型警察小説の新シリーズです。しかし、年齢的に無理が出始めたボッシュに対して、こちらは若々しくてエネルギッシュ。読後感もさわやかな快作に仕上がっています。
24.汚名(マイクル・コナリー)
ハリー・ボッシュシリーズの第20弾です。ボッシュはすでに65歳ですが、作品の面白さにはいささかの衰えもありません。手に汗握る潜入捜査と裁判シーンの2本立てできっちり楽しませてくれます。
25.噂 殺人者のひそむ町(レスリー・カラ)
英国の海辺の田舎町に住むシングルマザーのジョアンナは不気味な噂話を耳にする。四十数年前に5歳の幼女を殺した当時10歳のサリー・マクゴワンがこの町に隠れ住んでいるというのだ。最初は面白半分のゴシップだったその噂は次第に真実味を帯びてくる。疑惑が錯綜するなか、ついに事件が......。
増幅する噂から生み出される人間の悪意と殺人犯は本当にいるのかという謎が絡み合い、良質なサスペンス小説に仕上がっています。意外な真相から衝撃のラストへと至る2段構えの構成も見事です。
増幅する噂から生み出される人間の悪意と殺人犯は本当にいるのかという謎が絡み合い、良質なサスペンス小説に仕上がっています。意外な真相から衝撃のラストへと至る2段構えの構成も見事です。
26.作家の秘められた人生(ギヨーム・ミュッソ)
世界的なベストセラー作家だったフォウルズは20年前に突如断筆宣言をし、以来地中海の孤島で隠棲生活を続けていた。彼に心酔する作家志望の青年と女性記者はそれぞれ彼への接触を試みるが、その矢先に女性の惨殺死体が発見される。島は封鎖される事態となり、やがて過去の秘密が浮き彫りに......。
不穏な空気に包まれたサスペンス感と謎また謎の展開に引き込まれ、終盤の衝撃な展開にも驚かされます。いかにもギヨームらしい技巧に満ちた佳品ですが、技巧に走りすぎて無理が生じている面も......。
27.ザリガニの鳴くところ(ディーリア・オーエンズ)→2位(文春2位 読みたい3位 本ミス9位 )
6歳で両親に捨てられたカイアはノースカロライナ州の湿地帯で暮らしていた。村の人々からは”湿地の少女”と蔑まれていたが、十数年の時が過ぎ、幼馴染のテイトの助けもあって安定した収入を得る道も見えてくる。だが、プレイボーイとして有名なチェイスを殺害した容疑で、彼女は逮捕されてしまう。
豊かな自然に抱かれて育っていく少女の姿が生き生きと描かれ、その一方で、法廷シーンは緊迫感にあふれて読み応えがあります。ミステリーとしてもヒロインの成長物語としても一級の作品です。
28.砂男(ラーシュ・ケプレル)
激しい雪の夜。ストックフォルムの郊外で一人の男が保護される。彼は13年前に妹のフェリシアと共に行方不明になったミカエルだった。ミカエルは自分たちは砂男に誘拐されたという。やがて、2人の共犯者が逮捕され、公安警察のサーガは妹の監禁場所を突き止めるべく、潜入捜査を開始する。
ヨーナ・リンナシリーズ第4弾。不気味で暗澹たる雰囲気の北欧ミステリーですが、テンポの良い物語に引き込まれていきます。アクション満載の後半の展開、驚愕のラストと読み応え満点です。
休業中のホテルで、満面の笑みを浮かべているという異様な死体が発見される。指紋は切除されており、身元は不明。しかも、現場には謎の文字が書かれた紙片が残されていたのだ。不良警官のエイダンはこの不可解極まりない事件の謎を解明すべく、相棒のサティとともに捜査に乗り出すが.....。
『堕落刑事』の続編。複雑怪奇な事件を解明していくと同時に、主人公が自分の過去と対峙するドラマが絡まり合い、読み応えのある作品に仕上がっています。ただ、ミステリーとしては少々冗長かも。
31.熊の皮(ジェイムズ・A・マクラフリン)
ヨーナ・リンナシリーズ第4弾。不気味で暗澹たる雰囲気の北欧ミステリーですが、テンポの良い物語に引き込まれていきます。アクション満載の後半の展開、驚愕のラストと読み応え満点です。
29.ザ・チェーン 連鎖誘拐(エイドリアン・マッキンティ)→17位(読みたい13位)
シングルマザーのレイチェルは娘のカイリーを誘拐される。そして、身代金をビットコインで送金したうえで他の子供を誘拐しろと指示される。誘拐に成功すれば子供を解放するというのだ。何者かが仕組んだ誘拐の連鎖。レイチェルはカイリーを救うため、やむなく犯罪に手を染めようとするが.......。
SNSを利用した連鎖誘拐というアイディアが秀逸でスピーディな展開も相まってページをめくる手が止まらなくなります。ただ、後半のハリウッドアクション的な展開は薄っぺらくて物足りなさも。
SNSを利用した連鎖誘拐というアイディアが秀逸でスピーディな展開も相まってページをめくる手が止まらなくなります。ただ、後半のハリウッドアクション的な展開は薄っぺらくて物足りなさも。
30.笑う死体 マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ(ノックス・ジョセフ)
『堕落刑事』の続編。複雑怪奇な事件を解明していくと同時に、主人公が自分の過去と対峙するドラマが絡まり合い、読み応えのある作品に仕上がっています。ただ、ミステリーとしては少々冗長かも。
31.熊の皮(ジェイムズ・A・マクラフリン)
アメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞受賞。動物や自然をリアリティ豊かに描写し、同時に、密猟者や暗殺者との対決をスリリングに描いた新しいタイプのノワールです。
32.スパイはいまも謀略の地に(ジョン・ル・カレ)
イギリス情報部の敏腕諜報員としてロシア方面の作戦で数々の功績を挙げてきたナットも年をとり、引退の時期が迫っていた。折しも国内はEU離脱で混乱の最中にあり、ロシアの脅威も増しつつあった。ナットは対ロシア活動の部署再建の任を打診され、承諾するもそこは吹き溜まりの集まりで......。
88歳になるル・カレですが、その筆致は衰えるどころか、ますます円熟味を増しています。落ち着き過ぎて前半やや退屈な感はあるものの、後半の二転三転する展開は読み応えありです。
難民らしき老女の遺体が浜辺に打ち上げられる。それはアサドが失った家族とつながりのある人物だった。一方、特捜部Qに若い男性の声で大量殺人の犯行予告の電話がかかり、さらに、アサドの背後には仇敵の影が忍び寄る。特捜部Qと恐るべき敵との死闘が始まろうとしていた......。
シリーズのムードメーカー・アサドの壮絶な過去が明らかになり、いつもより冒険小説の色が強くなっています。作風の変化は好みの分かれるところですが、見せ場満載の娯楽傑作に仕上がっています。
深夜のニューヨークの地下鉄で国防総省に勤める事務員が絶命する。目撃者となったジャック・リーチャーが捜査を開始すると次期副大統領の呼び声も高いサンソム下院議員の存在が浮上する。しかも、その裏にはアメリカ合衆国の暗部につらなるある特殊部隊の存在が......。
マロリーの元に行方不明の修道女の捜索依頼が出される。しかし、彼女は数日後死体となって発見される。市長の邸宅前の階段に積み重ねられた4つ死体の一つとして。一方、修道女の甥である盲目の少年はある男に捕えられていた。果たして彼に脱出の機会はあるのだろうか?
マロリーシリーズ第12弾。今回は事件がかなり入り組んでいるために物語を追っていくのがちょっと大変ですし、筋立てに無理も感じます。それでも、混迷の末にたどり着く美しいラストは感動的です。
45.弁護士ダニエル・ローリンズ(ヴィクター・メソス)→19位
88歳になるル・カレですが、その筆致は衰えるどころか、ますます円熟味を増しています。落ち着き過ぎて前半やや退屈な感はあるものの、後半の二転三転する展開は読み応えありです。
33.果てしなき輝きの果てに(リズ・ムーア)
ドラッグの街、ケンジントン。パトロール警官のミッキーも母親を麻薬中毒で亡くし、妹もドラッグ漬けになって行方を断っていた。ある日、麻薬患者の死体発見との報が入る。死体には絞殺痕が残されており、しかも、同様の事件が立て続けに起きる。ミッキーは懸命に犯人と妹の行方を探すが........。
事件を追いながら、ヒロインの悲惨な過去がフラッシュバック形式で語られる重苦しい作品です。しかし、それだけに、麻薬依存症の恐怖と家族の物語としてずっしりとした読み応えがあります。
著名な数学者アイザック・セヴリーの突然の死。自殺として処理されるも、孫娘のヘイゼルの元に彼からの遺書が届く。それによると、彼は命を狙われており、極秘の方程式をある人物に届けてほしいとのことだった。遺言を託され、数学の世界に放り込まれたヘイゼルは祖父の死の真相に迫っていくが.....。
理系暗号ミステリーですが、ヒロインのように数学の苦手な人でも十分楽しめる内容に仕上がっています。謎が謎を呼ぶ展開に加えて、交錯する数学者一家のドラマとしても読み応えがあります。
36.ネヴァー・ゲーム(ジェフリー・ディヴァー)
コレクター・ショウは逃亡犯や失踪人探しの名手で、今まで数多くの事件を解決に導いてきた。そして、今回はシリコンバレーに住む男からの依頼で失踪した彼の娘を探すことになる。やがてショウは事件の背後にビデオゲームを模倣して監禁事件を起こしている”ゲーマー”の存在をつきとめるが......。
リンカーン・ライムシリーズの著者による新シリース。足を使っての調査を基調とする本作の主人公にはライムとはまた違った魅力があります。あらゆる可能性をパーセントで示す調査方法がユニーク。
不眠症に悩まされているイーデンは亡き夫が生前、結婚記念日のために予約していた星空保護区のダークスカイパークを訪れる。そこで彼女は6人のグループと同じ宿を共にすることとなる。しかも、そのグループの中心人物であるマロイという男性が何者かに殺されたのだ。一同は疑心暗鬼に陥り......。
誰がマロイを殺したのかという謎に亡き夫の関するエピソードが絡み、ドラマに厚みを持たせることに成功しています。重苦しい雰囲気を纏った心理サスペンス風のフーダニットミステリです。
1888年。『緋色の研究』を発表したばかりのコナン・ドイルはなんと前首相からホームズの推理法を使って切り裂きジャックの正体を暴いてほしいと依頼される。コナンはホームズのモデルであるベル博士と男装の女流作家・マーガレット・ハークネスの協力を得て謎に挑むが........。
歴史ミステリーの鉄板ネタともいえる切り裂きジャックものですが、当時のロンドンの雰囲気がよく出ており、真相の説得力も申し分ありません。同種の作品の中でも完成度の高さはかなりのものです。
39.特捜部Q―アサドの祈りー(ユッシエーズラ・オールソン)
事件を追いながら、ヒロインの悲惨な過去がフラッシュバック形式で語られる重苦しい作品です。しかし、それだけに、麻薬依存症の恐怖と家族の物語としてずっしりとした読み応えがあります。
34.ザ・フォックス(フレデリック・フォーサイス)
NASAのシステムに侵入した18歳の少年ルーク。英国安全保障問題担当顧問のウェストンは彼にフォックスというコードネームを与え、敵国のシステムへの侵入及び秘密工作を行わせる。標的はイラン、北朝鮮、ロシア。だが、彼の存在を察知したロシアは、フォックス暗殺計画を発動する.......。
フォーサイスが80歳のときに発表した作品。国際謀略ものとしての面白さは老いてなお健在です。ただ、全盛期に比べると筋運びが淡泊で盛り上がりに欠けるきらいがあります。
35.博士を殺した数式(ノヴァ・ジェイコブス)
理系暗号ミステリーですが、ヒロインのように数学の苦手な人でも十分楽しめる内容に仕上がっています。謎が謎を呼ぶ展開に加えて、交錯する数学者一家のドラマとしても読み応えがあります。
36.ネヴァー・ゲーム(ジェフリー・ディヴァー)
コレクター・ショウは逃亡犯や失踪人探しの名手で、今まで数多くの事件を解決に導いてきた。そして、今回はシリコンバレーに住む男からの依頼で失踪した彼の娘を探すことになる。やがてショウは事件の背後にビデオゲームを模倣して監禁事件を起こしている”ゲーマー”の存在をつきとめるが......。
リンカーン・ライムシリーズの著者による新シリース。足を使っての調査を基調とする本作の主人公にはライムとはまた違った魅力があります。あらゆる可能性をパーセントで示す調査方法がユニーク。
37.最悪の館(ローリー・データー=デイ)
誰がマロイを殺したのかという謎に亡き夫の関するエピソードが絡み、ドラマに厚みを持たせることに成功しています。重苦しい雰囲気を纏った心理サスペンス風のフーダニットミステリです。
38.探偵コナン・ドイル(ブラッドリー・ハーパー)
歴史ミステリーの鉄板ネタともいえる切り裂きジャックものですが、当時のロンドンの雰囲気がよく出ており、真相の説得力も申し分ありません。同種の作品の中でも完成度の高さはかなりのものです。
39.特捜部Q―アサドの祈りー(ユッシエーズラ・オールソン)
シリーズのムードメーカー・アサドの壮絶な過去が明らかになり、いつもより冒険小説の色が強くなっています。作風の変化は好みの分かれるところですが、見せ場満載の娯楽傑作に仕上がっています。
40.集結~P分署捜査班~(マウリィオ・デ・ジョハンニ)
ナポリでも特に治安の悪い地区として知られるピッツオファルコーネ分署。しかも、汚職が発覚して捜査員に大量欠員が発生してしまう。急場を凌ぐために、各地から刑事たちが送り込まれる。だが、彼らは腕利きではあるものの、みな問題児ばかりだった........。
特捜部Qに代表されるチームものです。イタリア作品らしく個性豊かなキャラクターたちが軽妙に描かれており、警察小説として大いに楽しめます。また、ミステリーとしての仕掛けもなかなか見事です。
特捜部Qに代表されるチームものです。イタリア作品らしく個性豊かなキャラクターたちが軽妙に描かれており、警察小説として大いに楽しめます。また、ミステリーとしての仕掛けもなかなか見事です。
41.葬られた勲章(リー・チャイルド)→19位
ジャック・リーチャーシリーズ13弾。序盤から不可思議な謎が提示され、その後はアクションの連続でぐいぐいと惹きつけられていきます。後半も怒涛の盛り上がりで娯楽作品として文句なしの傑作です。
42.グッド・ドーター(カリン・スローター)
アメリカ南部の町で白人女性が殺され、黒人の青年が逮捕される。彼の弁護を担当した弁護士の家は焼かれ、妻は家に押し入った2人組に惨殺されてしまう。28年後。辛くも生き残った次女シャーロットは父と同じ弁護士となっていたが、地元中学で起きた銃乱射事件が封印されていた過去を呼び起こし.....。
アメリカ南部の町で白人女性が殺され、黒人の青年が逮捕される。彼の弁護を担当した弁護士の家は焼かれ、妻は家に押し入った2人組に惨殺されてしまう。28年後。辛くも生き残った次女シャーロットは父と同じ弁護士となっていたが、地元中学で起きた銃乱射事件が封印されていた過去を呼び起こし.....。
現代アメリカの病巣をえぐり出すと同時に、主人公にすら容赦のない人間の本質をえぐり出す描写が独特のサスペンス感を生みだしています。上巻は少々冗長であるものの、下巻の怒涛の展開が見事。
43.念入りに殺された男(エルザ・マルポ)
フランスの片田舎でペンションを営むアレックスはかつて作家を志し、挫折した主婦だった。そこに、国民的作家であるシャルル・ベリエが宿泊をしにやってくる。一家と交流を深めるベリエだったが、ある夜、アレックスは彼に襲われ、はずみで殺してしまう。彼女は家族のため、隠蔽工作に奔走するが。
一見、オーソドックスな倒叙ものですが、犯人が誰に罪を押しつければ丸く収まるかを延々と思索したり、被害者の書いた小説が作中作として挿入されたりと独特のユニークさを持つ怪作です。
44.修道女の薔薇(キャロル・オコンネル)
フランスの片田舎でペンションを営むアレックスはかつて作家を志し、挫折した主婦だった。そこに、国民的作家であるシャルル・ベリエが宿泊をしにやってくる。一家と交流を深めるベリエだったが、ある夜、アレックスは彼に襲われ、はずみで殺してしまう。彼女は家族のため、隠蔽工作に奔走するが。
一見、オーソドックスな倒叙ものですが、犯人が誰に罪を押しつければ丸く収まるかを延々と思索したり、被害者の書いた小説が作中作として挿入されたりと独特のユニークさを持つ怪作です。
44.修道女の薔薇(キャロル・オコンネル)
マロリーシリーズ第12弾。今回は事件がかなり入り組んでいるために物語を追っていくのがちょっと大変ですし、筋立てに無理も感じます。それでも、混迷の末にたどり着く美しいラストは感動的です。
45.弁護士ダニエル・ローリンズ(ヴィクター・メソス)→19位
ダニエルは飲んだくれの刑事弁護士で、別れた夫の再婚相手がいけすかないこともあって連日二日酔いで出廷していた。ある日、黒人の少年が麻薬の密売容疑で起訴される。少年は知的障害者で、どう考えても独力で密売などできるとは思えない。なのに、検事も判事も実刑判決に持ち込む気まんまんで.....。
破天荒な性格の主人公が権力に屈せず、自らの正義を貫く痛快リーガルサスペンス。重厚なテーマにも関わらず、軽快な語り口のおかけでサクサク読むことができますし、サブキャラもみな魅力的です。
破天荒な性格の主人公が権力に屈せず、自らの正義を貫く痛快リーガルサスペンス。重厚なテーマにも関わらず、軽快な語り口のおかけでサクサク読むことができますし、サブキャラもみな魅力的です。
46.黒と白のはざま(ロバート・ベイリー)→17位
KKK発祥の地であるテネシー州プラスキで生まれ育った黒人のボーは5歳のときに父がなぶり殺しにされる場面を目撃する。やがてボーは弁護士となるも、45年越しの報復殺人を行った容疑で逮捕されてしまう。70歳の元教授のトムはかつての教え子で恩人のボーを救うべくリックとともに立ち上がるが.....。
シリーズ第2弾。前作に続いて熱いドラマが用意されており、特に、終盤の法廷シーンは感動的です。アクションも満載でエンタメトとして申し分ないのですが、やや深みに欠けるのが難点でしょうか。
シリーズ第2弾。前作に続いて熱いドラマが用意されており、特に、終盤の法廷シーンは感動的です。アクションも満載でエンタメトとして申し分ないのですが、やや深みに欠けるのが難点でしょうか。
47.殺人七不思議(ポール・アルテ)
嵐で誰も近づけないはずの灯台のてっぺんで焼死した灯台守、衆人環視もとで虚空から現れた矢で射殺される考古学者。世界七不思議になぞらえた予告殺人が続くなか、オーウェン・バーンズは捜査に乗り出すが、令嬢を巡る恋敵である2人の青年が互いを犯人だとして告発し合い.......。
1997年発表の作品。不可能犯罪が次々と起こるというポール・アルテらしい派手な展開で謎また謎といったテンポの良い物語に引き込まれます。その分、一つ一つが薄味でトリックにも無理があるのが難。
49.ハーフムーン街の殺人(アレックス・リーヴ)
19世紀末のロンドン。解剖医助手のレオン・スタンホープは15歳のときに女を捨て、男として生きていた。性を偽るのは精神異常者とされた時代だが、そんなレオに娼婦のマリアは優しかった。ところが、デートの約束をした夜にマリアは殺され、レオは容疑者として逮捕されてしまう......。
ミステリー作品としは軽量級ですが、焦点になっているのはトランスジェンダーに対する理解など皆無の時代を生きる主人公の生きざまです。軽い語り口の中に緊張感をはらんだ物語に引き込まれます。
2000年5月。メキシコの国境に位置する町、シウダー・レアルでは過去10年でなんと800人以上の女性が残虐な強姦殺人の犠牲となっていた。その町で捜査を続けるフェンテス刑事と女性労働者の地位向上のために活動するピラールの前に、やがて強大な麻薬組織の手が伸びてくる。
最近話題の麻薬カルテルものですが、『犬の力』や『夕陽の道を北へゆけ』などが生ぬるく思えるほどの絶望感があふれています。インパクトはあるものの、結末の唐突感は賛否の分かれるところです。
長年町の婦人会を影で仕切っていたアイダ・ベルが町長選挙に出馬することになる。身分を偽って町に潜伏しているCIA工作員のフォーチュンも日頃のよしみで選挙活動を手伝うことに。だが、対立候補のデッドが殺され、アイダが犯人扱いされ.......。
ワニ町シリーズの第3弾。相変わらずのドタバタ劇で大いに笑わせてくれます。また、今作では友情やロマンスにぐっとくるシーンも織り込み、新たな一面も見せてくれます。
52.贖いのリミット(カリン・スローター)
ブッチ・ロバートソンの所有地から男性2人の射殺死体が発見される。殺されたのはこの地所での工事差し止めの通達に来ていた合衆国保護管理局の特別捜査官だった。ブッチが2人を殺して山に逃げたと疑われ、大規模な山狩りが行われる。猟区監理官のジョー・ビスケットもその作戦に巻き込まれ......。
ジョー・ビスケットシリーズの第13弾。相変わらず大自然の描写が素晴らしく、その中で繰り広げられる人間ドラマは読み応え満点です。登場人物の個性も申し分なく、安定したシリーズだといえます。
55.七つの墓碑(イゴール・デ・アミーチス)
1997年発表の作品。不可能犯罪が次々と起こるというポール・アルテらしい派手な展開で謎また謎といったテンポの良い物語に引き込まれます。その分、一つ一つが薄味でトリックにも無理があるのが難。
48.老いた男(トマス・ペリー)
アメリカ政府と対立していた工作員が行方をくらませて35年。男は60歳をとうに超え、妻にも先立たれて2匹の犬と一緒に静かな生活を送っていた。だがある日、突然襲撃者に襲われ、彼は返り討ちにして逃走を図る。しかし、なぜ今頃になって男は狙われたのか?その裏に潜むものとは?
テンポの良い物語で、切れ味鋭いアクションシーンや用意周到な逃亡シーンは冒険小説として読み応えがあります。ただ、ブランクの長い元工作員が有能すぎることに関しては賛否の分かれるところ。
テンポの良い物語で、切れ味鋭いアクションシーンや用意周到な逃亡シーンは冒険小説として読み応えがあります。ただ、ブランクの長い元工作員が有能すぎることに関しては賛否の分かれるところ。
49.ハーフムーン街の殺人(アレックス・リーヴ)
19世紀末のロンドン。解剖医助手のレオン・スタンホープは15歳のときに女を捨て、男として生きていた。性を偽るのは精神異常者とされた時代だが、そんなレオに娼婦のマリアは優しかった。ところが、デートの約束をした夜にマリアは殺され、レオは容疑者として逮捕されてしまう......。
ミステリー作品としは軽量級ですが、焦点になっているのはトランスジェンダーに対する理解など皆無の時代を生きる主人公の生きざまです。軽い語り口の中に緊張感をはらんだ物語に引き込まれます。
50.神と罌粟【けし】(ティム・ベイカー)
最近話題の麻薬カルテルものですが、『犬の力』や『夕陽の道を北へゆけ』などが生ぬるく思えるほどの絶望感があふれています。インパクトはあるものの、結末の唐突感は賛否の分かれるところです。
51.生きるか死ぬかの町長選挙(ジャナ・デリオン)
ワニ町シリーズの第3弾。相変わらずのドタバタ劇で大いに笑わせてくれます。また、今作では友情やロマンスにぐっとくるシーンも織り込み、新たな一面も見せてくれます。
52.贖いのリミット(カリン・スローター)
建設現場で元警官の惨殺死体が発見される。一面は血の海だったが、その血は被害者の物でなく、現場から去った女性のものだと判明する。しかも、犯行現場となった建物の所有者はあるレイプ事件の容疑者で......。
特別捜査官ウィルシリーズの第10弾。今回も凄惨な事件が扱われていますが、展開の描き方が巧みでページをめくる手が止まらなくなります。ウィルとサラの関係も気になるところ。
特別捜査官ウィルシリーズの第10弾。今回も凄惨な事件が扱われていますが、展開の描き方が巧みでページをめくる手が止まらなくなります。ウィルとサラの関係も気になるところ。
53.発火点(C・J・ボックス)→11位(文春9位 読みたい14位)
ジョー・ビスケットシリーズの第13弾。相変わらず大自然の描写が素晴らしく、その中で繰り広げられる人間ドラマは読み応え満点です。登場人物の個性も申し分なく、安定したシリーズだといえます。
54.娘を呑んだ道(スティーナ・ジャクソン)
スウェーデン北部の村で17歳の少女・リナが失踪した。それから3年。父親のレレは娘の行方を追い、最後に目撃された国道35号線を中心に今なお捜索を続けていた。同じ頃、各地を転々としていた母娘がこの地に流れ着く。そして、その夏にまた一人の少女が消えたことで彼らの運命は大きく動き出す....。
2019年ガラスの鍵賞受賞作品。とはいっても、ミステリーとして何か大きな仕掛けがあるわけではありません。北欧の美しい自然描写に絡めて事件を巡る人間模様を描いた普通小説に近い佳品です。
2019年ガラスの鍵賞受賞作品。とはいっても、ミステリーとして何か大きな仕掛けがあるわけではありません。北欧の美しい自然描写に絡めて事件を巡る人間模様を描いた普通小説に近い佳品です。
55.七つの墓碑(イゴール・デ・アミーチス)
ナポリ近郊の墓地でカモッラファミリーのボスが惨殺死体となって発見される。傍には墓碑が立ち、ボスの名が刻まれていた。しかも、墓碑は全部で7つ立てられ、7つの名が刻まれていたのだ。その予告にしたがって犠牲者が増えていく中、7番目の男ミケールが20年の刑を終えて出所する........。
登場人物の生きざまを地に足のついた筆致で描きながらも先を読ませない展開で読者の興味を引き付け、散らばめた伏線を回収していく手腕が見事です。ハードボイルド的なカッコ良さに彩られた佳品。
テクノロジー企業に身を置くセオ・クレイは、9年前に行方不明となった当時小学生の息子の捜査を父親から依頼される。独自の調査を開始した彼は事件の裏に子供ばかりを狙う、シリアルキラーのトイ・マンが潜んでいることを突き止めるが.......。
シリーズ第2弾。荒さの目立った前作と比べると、主人公のキャラが固まり、作品の完成度もぐっと高くなっています。安易に派手な展開に頼らず、静かにサスペンスを盛り上げていく手管が見事です。
57.ベイカー街の女たち ミセス・ハドスンとメアリー・ワトスンの事件簿1(ミッシェル・バークビイ)
72歳になるフィリップ・マロウは10年前に探偵を引退し、今は隠居の身だった。ところが、ある日、マロウの元に保険会社からの依頼が舞い込む。不動産業者が溺死して保険金が支払われたのだが、偽装の疑いがあるので調べてほしいというのだ。マロウは依頼を引き受け、死んだ男の足取りを追うが........。
フィリップ・マロウの老後を描いたパスティーッシュ作品。哀愁に満ちた語り口によってチャンドラーの世界を再現していますが、マロウが座頭市のごとく仕込杖を持ち歩くのは賛否の分かれるところ。
ショッピングモールの駐車場で疫病学者が拉致された一カ月後にアトランタの中心地で爆破事件が発生する。捜査官ウィルと検死官サラが救助活動に当たる中で発見されたのはその疫病学者だった。しかも、犯人との銃撃戦の末にサラも連れ去られてしまう。果たして犯人の目的は?
特別捜査官ウィルシリーズの第11弾です。さまざまな事件が起き、次第に真相が明らかになっていく展開は読み応え満点です。ただ、今回は700ページと長大な分、やや冗長な感あり。
アイゼンベルグシリーズ第2弾です。前作と同じように2つの事件が並行して語られるため、最初は若干の読みにくさを感じます。しかし、中盤以降の冒険活劇を交えた怒涛の展開はなかなかです。
62.警部ヴィスティング カタリーナ・コード(ヨルン・リエール・フォルスト)→7位(文春15位)
登場人物の生きざまを地に足のついた筆致で描きながらも先を読ませない展開で読者の興味を引き付け、散らばめた伏線を回収していく手腕が見事です。ハードボイルド的なカッコ良さに彩られた佳品。
56.生物学探偵セオ・クレイ 街の狩人(アンドリュー・メイン)
シリーズ第2弾。荒さの目立った前作と比べると、主人公のキャラが固まり、作品の完成度もぐっと高くなっています。安易に派手な展開に頼らず、静かにサスペンスを盛り上げていく手管が見事です。
57.ベイカー街の女たち ミセス・ハドスンとメアリー・ワトスンの事件簿1(ミッシェル・バークビイ)
とある婦人は恐喝事件の解決をホームズに依頼しつつも、その詳細を話すことができずにいた。苛立つホームズはその依頼を断ってしまう。意気消沈する女性に同情したハドスン夫人とメアリーはホームズとワトスンには内緒で事件の調査に乗り出すが......。
ハドソン婦人とメアリーのキャラが魅力的に描かれており、パロディとして楽しい作品に仕上がっています。ただ、ホームズのキャラが原典とは全く別人で、犯人の正体も分かりやすいのが難
ハドソン婦人とメアリーのキャラが魅力的に描かれており、パロディとして楽しい作品に仕上がっています。ただ、ホームズのキャラが原典とは全く別人で、犯人の正体も分かりやすいのが難
58.ただの眠りを(ローレンス・オズボーン)
フィリップ・マロウの老後を描いたパスティーッシュ作品。哀愁に満ちた語り口によってチャンドラーの世界を再現していますが、マロウが座頭市のごとく仕込杖を持ち歩くのは賛否の分かれるところ。
59.破滅のループ(カリン・スローター)
特別捜査官ウィルシリーズの第11弾です。さまざまな事件が起き、次第に真相が明らかになっていく展開は読み応え満点です。ただ、今回は700ページと長大な分、やや冗長な感あり。
60.ミレニアム6 死すべき女(ダヴィッド・ラーゲルクランツ)
ストックホルムの公園で発見された死体は真夏にも関わらず、なぜかダウンジャケットを身に着けていた。この事件の調査を始めるミカエル。一方、リスベットは双子の妹にして宿敵のカミラの行方を追っていた。
原作者であるスティーグ・ラーソンの死後も書き続けられた大ベストセラーの完結編です。相変わらず読みどころ満載ですが、宿敵カミラとの決着があっさりだったのがやや残念。
原作者であるスティーグ・ラーソンの死後も書き続けられた大ベストセラーの完結編です。相変わらず読みどころ満載ですが、宿敵カミラとの決着があっさりだったのがやや残念。
61.突破口:弁護士アイゼンベルク(アンドレアス・フェーア)
アイゼンベルグはプラスチック爆弾を使って恋人を殺害した容疑で逮捕された女性映画プロデューサー、ユーディットの弁護を引き受ける。だが、ユーディットの自宅からは爆弾と起爆装置が発見され、しかも、彼女はまだ何かを隠しているだようだった。果たして真相は?
62.警部ヴィスティング カタリーナ・コード(ヨルン・リエール・フォルスト)→7位(文春15位)
『猟犬』以来2作目の翻訳となるシリーズ第11弾です。話は地味ですが、奇妙な友情で結ばれた主人公と容疑者の関係など、人間模様の中に静かなサスペンスが立ち上るさまが巧みに描かれています。
63.チェス盤の少女(サム・ロイド)
チェスの全英ジュニア大会への出場を前にしてイリサは何者かに誘拐されてしまう。真っ暗な部屋で目を覚ました彼女は床をチェス盤に見立てて状況を把握しようとする。一方、警察は連続誘拐事件の犯人が新たな誘拐を起こした知り、懸命の捜査を続けるが........。
少女と犯人の心理戦を主軸とした誘拐サスペンスで、巧妙な仕掛けと予想を裏切る展開は読み応えありです。ただ、作者が新人で色々と粗が目立つのと重苦しく陰惨な雰囲気は賛否の分かれるところ。
麻薬に溺れ、レイプされた挙句自殺した姉は猿にまつわる不可解な言葉を残していた。アマンダは姉の死の真相を突き止めるべく、警察官となり、素性を隠したまま担当捜査官の愛人に収まる。さらに、姉の元恋人であるアドナンに接近するが........。
物語は地味で淡々とした展開がひたすら続きます。しかし、ディープな世界観と緻密なプロットでなかなか読ませる作品に仕上がっており、終盤の怒涛の展開には驚かされます。
少女と犯人の心理戦を主軸とした誘拐サスペンスで、巧妙な仕掛けと予想を裏切る展開は読み応えありです。ただ、作者が新人で色々と粗が目立つのと重苦しく陰惨な雰囲気は賛否の分かれるところ。
64.ヒヒは語らず(アンナ・カロリーナ)
物語は地味で淡々とした展開がひたすら続きます。しかし、ディープな世界観と緻密なプロットでなかなか読ませる作品に仕上がっており、終盤の怒涛の展開には驚かされます。
65.汚れた雪(アントニオ・マンジーニ)
スキーでにぎわうアルプス山麓の村で圧雪車で轢き殺されたむごたらしい男の死体が発見される。住人全員が血縁関係だといっても過言でない小さな村で一体何が起きたのか?不祥事でローマから飛ばされてきた副署長のロッコ・スキャヴォーネが捜査に乗り出すが......。
本国イタリアではドラマ化もされている人気シリーズ。なんといっても、愛妻家でありながら皮肉屋で、法を犯すことも厭わないロッコのキャラが強烈。脇役も個性豊かでいい味を出しています。
ラジオパーソナリティのクリスティーヌはイブの日に自殺予告の手紙を受け取る。それを皮切りに次々と彼女を襲う嫌がらせの数々。中傷、なりすまし、不法侵入。正体を現さない犯人に彼女は焦燥していく。一方、休職中のセルヴァズ警部の元にも小包が届き......。
セルヴァズシリーズ第3弾。ヒロインを追い詰める執拗な手管にぞっとしますし、二転三転する展開もよくできています。ただ、セルヴァズ主体の話を期待しているとサスペンス部分が冗長に感じるかも。
67.もう終わりにしよう。(イアン・リード)
付き合い始めて日の浅いジェクトとわたしはジェイクの両親が住む田舎の農場に向かっている途中だった。だけど、わたしは2人の関係を清算するつもりでいた。打ち明けれないまま目的地が近付いてくる。そのとき、携帯電話に謎の男から留守電が......。
Netflixで映画化が決まった作品です。短めの長編でサクサクと読みやすく、そこはかとなく漂ってくるサスペンス感も悪くありません。ただ、オチが読めてしまうのが大きな減点材料です。
若い女性が強姦のうえで絞殺されるという事件が発生する。しかも、彼女は警察学校の生徒だったのだ。県警本部長はエリート揃いの国家犯罪捜査局殺人捜査班に応援を要請するが、やってきたのは無能警部のベックストレームが率いる捜査チームだった......。
北欧ミステリーの傑作『許されざる者』のスピンオフ作品であり、無能警部のとんちんかんな捜査ぶりが笑いを誘います。ただ、お下劣な警部のキャラと後味の悪い結末は賛否の分かれるところです。
70.ブラック・ハンター(ジャン=クリストフ・グランジェ)
本国イタリアではドラマ化もされている人気シリーズ。なんといっても、愛妻家でありながら皮肉屋で、法を犯すことも厭わないロッコのキャラが強烈。脇役も個性豊かでいい味を出しています。
66.魔女の組曲(ベルナール・ミニエ)
セルヴァズシリーズ第3弾。ヒロインを追い詰める執拗な手管にぞっとしますし、二転三転する展開もよくできています。ただ、セルヴァズ主体の話を期待しているとサスペンス部分が冗長に感じるかも。
67.もう終わりにしよう。(イアン・リード)
付き合い始めて日の浅いジェクトとわたしはジェイクの両親が住む田舎の農場に向かっている途中だった。だけど、わたしは2人の関係を清算するつもりでいた。打ち明けれないまま目的地が近付いてくる。そのとき、携帯電話に謎の男から留守電が......。
Netflixで映画化が決まった作品です。短めの長編でサクサクと読みやすく、そこはかとなく漂ってくるサスペンス感も悪くありません。ただ、オチが読めてしまうのが大きな減点材料です。
68.あの日に消えたエヴァ(ミルギウシュ・ムルス)
10年前。エヴァは暴漢に襲われ、プロポーズをしたばかりのヴェルネルの前で犯された。エヴァは消息を絶ち、ヴェルネルは失意の日々を過ごすが、偶然手に入れた彼女の写真を手掛かりに単身で捜索を始める。だが、その直後、彼に殺人の容疑がかけられ、ヴェルネルは追われる身に........。
先が気になり、ページをめくる手が止まらなくなるサスペンスミステリーです。読者の予想をことごとく裏切る展開は見事ですが、ややご都合主義だと感じる人もいるかもしれません。
69.見習い警官殺し(レイフ・GW・ペーション)
北欧ミステリーの傑作『許されざる者』のスピンオフ作品であり、無能警部のとんちんかんな捜査ぶりが笑いを誘います。ただ、お下劣な警部のキャラと後味の悪い結末は賛否の分かれるところです。
70.ブラック・ハンター(ジャン=クリストフ・グランジェ)
フランスに近接するドイツ領で大富豪の跡取り息子が惨殺される。捜査を担当するのは心身に深い傷を追い、復帰したばかりのニエマンス警部だった。彼は新しい相棒の女性警官とともにドイツに飛ぶ。そこで彼が行きあたったのは過去から綿々と続く富豪一族の暗部だった......。
著者の出世作となった『クリムゾンリバー』の四半世紀ぶりの続編です。相変わらずグロテスクな描写が満載であり、著者のそういった要素に期待している人にとっては満足のできる出来だといえるでしょう。ただ、他の代表作などと比べると、プロットの膨らみや物語の深みに欠けている点が残念です。
チェック漏れ作品
脱獄囚の男はモーテルに呼び付けた娼婦のことが気に入り、今は亡き脱獄仲間と企てた現金輸送車襲撃計画の相棒に引き入れる。計画は成功し、優雅な生活を手に入れる2人だったが、その関係には次第にヒビが入っていき......。
1953年発表のノワール小説。美女との出会いによって一気に破滅へと突き進む典型的なファムファタールものですが、巧みな語り口に引き込まれていきます。奔放なヒロインも印象的。
2020年12月4日追記
著者の出世作となった『クリムゾンリバー』の四半世紀ぶりの続編です。相変わらずグロテスクな描写が満載であり、著者のそういった要素に期待している人にとっては満足のできる出来だといえるでしょう。ただ、他の代表作などと比べると、プロットの膨らみや物語の深みに欠けている点が残念です。
チェック漏れ作品
天使は黒い翼を持つ(エリオット・チェイズ)→6位
1953年発表のノワール小説。美女との出会いによって一気に破滅へと突き進む典型的なファムファタールものですが、巧みな語り口に引き込まれていきます。奔放なヒロインも印象的。
2020年12月4日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中5作的中
ベスト20→20作品中11作的中
順位完全一致→20作品中2作品
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2021本格ミステリ・ベスト10国内版予想
最新更新日2021/11/07☆☆☆
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本ミス2021
対象作品である2019年11月1日~2020年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中からベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
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本格ミステリベスト10国内版最終予想(2020年11月14日)
※※※※※※※※※※※※※※※
1位.ワトソン力(大山誠一郎)→6位(文春8位)
連作短編集。主役の刑事が事件を解決するのではなく、彼の能力によって周囲の人間の推理力が高まり、熱い推理合戦が繰り広げられるという設定がユニークです。また、多重解決の面白さだけに留まらず、ワトソン力自体を活かした仕掛けなども用意されており、特殊設定ミステリーとしても秀逸。
孤島を舞台にしたクローズドサークルものであると同時に、2人以上殺すと天使に地獄へ引きずり込まれるという特殊設定ミステリーでもあります。世界観が魅力的なうえに、1人以上殺せないはずの世界で連続殺人を達成するカラクリも良く考えられています。意外な掘り出し物というべき佳品です。
本格好きの人なら名作『毒入りチョコレート事件』を意識したプロットに心踊らされるはずです。それに加え、往復書簡や推理合戦そのものにも仕掛けが施されており、単なる多重解決ものというだけでは終わらせない深みがあります。パズラーとしても人間ドラマとしても読み応えのある傑作です。
『むかしむかしあるところに、死体がありました。』に続くシリーズ第2弾。相変わらずの奇想ぶりは楽しめるものの、赤ずきんを探偵役に据え、連作ミステリーにしたのは好みが分かれるところ。普通のミステリーに近づき、前作のような何が飛び出すがわからないインパクトは薄れたような気がします。
出入り不可能な無菌室に隔離された少年少女の内、少女が何者かに刺殺されるという謎は非常に魅力的ですし、全編を覆う切なげな雰囲気も悪くありません。ただ、本格ミステリの範疇を逸脱して話のスケールが大きくなっていく点はやりすぎととるか、まさかのどんでん返しととるかで評価が分かれそう。
15位.君に読ませたいミステリがあるんだ(東川篤哉)→※ランク外横溝正史の代表作『獄門島』や2017年に発見されるまで幻の作品だった『雪割草』のエピソードは非常に興味深く、ミステリーファンなら大いに楽しめるのではないでしょうか。ミステリーとしても安定の面白さですし、扉子と得体のしれない祖母・智恵子との今後の関係も気になるところです。
18位.あの子の殺人計画(天祢涼)→18位(このミス16位 文春14位 読みたい7位)仲田&真壁シリーズの第2弾。母子家庭における虐待を真正面から扱っており、気軽に手を出すと精神的ダメージを負いかねません。一方で、アリバイ崩しを中心に据えたミステリーとしての仕掛けは意表をつくものであり、非常に優れた社会派本格ミステリに仕上がっています。
19位.ジョン・ディクスン・カーの最終定理(柄本刀)→11位
『密室と奇蹟 J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー』収録の短編を長編化したものです。カーが解明したらしい未解決犯罪録収録の事件と現実の不可能犯罪を推理合戦で解き明かすという筋書きにはワクワクします。やや詰め込みすぎで強引な点はあるものの、謎解きの面白さに満ちた好編です。
『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』に続く那珂一兵シリーズの第2弾。密室殺人にバラバラ殺人と道具立ては派手ですが、トリック自体はミステリーを読み慣れている人なら見当は付きやすいのではないでしょうか。その代わり、張り巡らされた伏線を回収していくロジックの鮮やかさは見事です。北九州監禁殺人をモデルにしたミステリーであり、凄惨なシーンのオンパレードなところがある意味読みどころとなっています。煽り文句の”『殺戮いにたたる病』を凌ぐ驚愕作”というのは過大広告気味ではあるものの、物語の構成が巧みで、ミステリーの仕掛けとしてもなかなかよく出来ています。
主人公の姉が磔にされて殺されるところから始まる家族の物語は、あり得ない展開の連続でリアリティは皆無です。癖の強い作風も万人向けとはいえません。しかし、語り口の巧さには引き込まれるものがあり、一種異常な世界観の中で構築されるロジックと謎解きの面白さは一級品です。
三国志時代末期。賢人たちが竹林に集って、お互いが見聞きした不思議な出来事の謎解きに嵩じていると竹精の姫が現れて鮮やかに謎を解く、古代中国版『黒後家蜘蛛の会』といった趣の連作短編集です。非ミステリーの回もあるものの、クオリティは十分高く、最終話のサプライズも鮮やかです。
28.うるはしみにくし あなたのともだち(澤村伊智)→20位(このミス19位)
おまじないによって女性を醜くするという設定はホラーですが、おまじないを行った人間は誰なのかをロジカルに導いていくという展開は立派なフーダニットミステリーだといえます。終盤には二転三転する展開が用意されており、ホラーというよりも特殊設定の本格ミステリとして一級品です。
探偵が助手とともに霊能力と推理力を使って事件を解決していくシリーズの第2弾。ホラー寄りでミステリー色はそれほど強くないのですが、7つの短編のなかでは探偵が推理力をいかんなく発揮する『姉は何処?』、先入観が真相を巧みに隠蔽する『浴槽の花嫁』などがミステリーとしても良い出来です。
30.あの日の交換日記(辻堂ゆめ)7組の交換日記にまつわる7つの物語を綴った、ミステリー風味の連作小説です。冒頭の注意書きの時点から布石が打たれており、どんでん返しにつながっていくところに巧さを感じます。しかも、一見バラバラの話が最後でつながり、感動的な物語へと収斂していく構成が実に見事です。
31.約束の小説(森谷祐二)
第12回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞。雪深い山奥に建つ館で後継者を巡って事件が起きるいう筋立ては古色蒼然としたものですが、そこに医療ミステリーの要素を絡め、新しい衣を着せることに成功しています。また、サイドストーリーとの意外な結びつきをみせるプロット上の仕掛けも見事です。
大捜査網シリーズ第2弾。空襲に見舞われる戦時中の東京という舞台を単なる背景として扱うのではなく、それを犯人の動機や事件解決の手掛かりなどに絡めた点が秀逸です。犯人の計画が確実性に欠いている点が難ですが、それを差し引いても最後に明らかになる事件の構図には驚かされます。
33.愚者の決断ー浜中刑事の杞憂(小島正樹)浜中刑事シリーズの第4弾です。本作は著者の作品としてはかなり地味で、いつもの”やりすぎミステリー”を期待すると肩透かしをくらうでしょう。しかし、その分、欠点であったゴタゴタ感が薄まり、プロットと伏線重視のまとまりのよい佳品に仕上がっています。
34.僕の神さま(芦沢央)
クラスメイトから神さまと呼ばれている小学が探偵役の連作ミステリーです。芦沢央ならではのビターなテイストに加え、小学生の視野の狭さが謎解きの盲点として機能している点に感心させられます。ただ、小学生が語り手だけあって重い話なのに内容に深みが感じられないのは好みのわかれるところ。
35.五色の殺人者(千田理緒)
第30回鮎川哲也賞。介護施設で撲殺死体が発見され、しかも、目撃者である5人の老人が証言した犯人の服の色は全員バラバラで......。謎が魅力的で文章も読みやすく、理路整然とした推理も好印象です。ただ、ヒントがあからさま過ぎて真相が分かりやすいのが難。コンパクトで手堅い感じの作品です。
36.雪旅籠(戸田議長)
第27回鮎川哲也賞最終候補作『恋牡丹』における時系列の隙間を埋める姉妹編。トリックの独創性などは皆無ですが、時代小説の特性を活かした切れ味鋭い8篇の短篇が並んでいます。江戸時代末期の雰囲気がよく描けており、それ自体が伏線として機能しているのが見事です。時代ミステリーの佳品です。
古代人形や世界樹の苗木といったいかにもなファンタジー世界で殺人事件が起きるタイプの作品です。しかし、単にファンタジーとミステリーを掛け合わせただけでなく、事件の謎を解くことで世界の謎にも迫っていくというプロットがよくできています。
探偵が8人の冒険者と共に難攻不落の迷宮に挑んだところ、次々に不審死を遂げていくという話。前作同様、事件が起きるまでが長いのが難ですが、中盤以降はサスペンス感に満ちています。なお、犯人はあからさまに怪しいので直感でわかってしまいます。その代わり、迷宮に関する謎は驚愕必至です。
41.探偵くんと鋭い山田さん 2ー俺を挟んで両隣の双子姉妹が勝手に推理してくれるー(玩具堂)
学園ラブコメミステリーの第2弾。「オンラインRPGのプレイヤー探し」や「SNSの書き込みを手掛かりにしての自殺志願者探し」といった具合に相変わらずユニークな設定の謎解きが楽しめます。決してワンパターンに陥らず、しかも、どの短編も高いクオリティを誇っているのが見事です。
人類が滅び、動物たちが文明社会を築いた世界を舞台にした特殊設定ミステリー。全3篇の中編はいずれも動物の習性を活かしたトリッキーな仕掛けがよくできています。ただ、動物に詳しくなければ謎を解くことができないため、本格ミステリとしては賛否の分かれるところです。
不可能犯罪の乱れ撃ち、読者への挑戦、スケールの大きなトリックと本格ミステリファンが喜びそうな道具立てには事欠かない意欲作です。ただ、バカミスの類の仕掛けは好みが分かれそうです。また、トリックを仕掛ける必然性に欠け、トリックのためのトリックに陥っている感もあります。
46.仮名手本殺人事件(稲羽白菟)
歌舞伎の演目中に舞台で役者が殺され、客席でも死体が発見されるという派手な展開にワクワクさせられます。また、歌舞伎の世界を濃密に描きつつ、そこから浮かび上がってくる犯人の妄執ぶりにもぞっとします。ただ、真相は意外ではあるものの、やや無理が感じられるのが残念です。
家族を巡る謎を扱ったミステリーを5編収録した短編集。いずれも家族愛が垣間見える暖かな作品です。真相が読みやすいものもいくつかありますが、複数の謎を解き明かすことで父親の意外な人物像が浮かび上がってくる『はだしの父親』は傑作といえる出来です。
美人教師が誘拐され、卒業を3日後に控えた4人の高校生に「事件の謎を解け」というメッセージが送られてくるとという内容の青春ミステリー。犯人はわかりやすくフーダニットミステリーとしては凡庸ですが、なぜ接点のない4人が集められたのかというホワイダニットの謎が秀逸です。
音楽をテーマとした作品集で、大胆なトリックに驚かされる『ストラディヴァリウスを上手に盗む方法』が秀逸です。芸術の蘊蓄を絡めた実に著者らしい仕掛けが堪能できます。一方で、他の2編はミステリー色が薄く、特に、著者の処女作である『レゾナンス』は非ミステリーです。
東日本篇に続く、アンソロジーの第2弾。水のない場所で溺死した客人の謎に高山右近が挑む『ささやく水』や豊臣秀吉が一夜で築いたとされる墨俣城の謎に迫る『幻術の一夜城』など、本格ミステリとしての趣向の面白さは前作以上です。特に、史実を逆手にとった岡田秀文の『小谷の火影』が秀逸。
第18回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞。高校の文化祭のお化け屋敷で殺人が起きる学園ミステリー。分刻みのアリバイ調査をはじめとしてフーダニットへのこだわりはかなりのもの。ただ、ミスディレクションためのラノベ的なノリがうまく機能しておらず、トリックにも無理があるのが難。
人気シリーズの第6弾。タレーランのオーナーの依頼で、4年前に亡くなった妻が死の直前で激怒した理由を探っていくという物語。ミステリーとしては瑕疵も多いのですが、謎解きを通して切なくも暖かな気分を味わえる点に良さがあります。安定の面白さです。
ヒロインを日光に当たると火傷をするという奇病を患ったキャリア警官という設定にすることで警察小説と安楽椅子探偵を両立させているのがユニークです。肝心の推理に関しては強引な部分はあるものの、衝撃の殺人トリックはなかなかインパクトがあります。
61.ファーブル君の妖精図鑑(井上雅彦)美術大学を中退したヒロインと謎めいた青年・ファーブル君が力を合わせて不思議な事件の謎を解く連作ファンタジーミステリー。ファーブル君の観察日記に事件を解く鍵が隠されており、ヒロインがそれを作品として具現化することで真相が浮かび上がるというプロットがユニーク。
62.ループ・ループ・ループ(桐山徹夜)
同じ1日を何度も繰り返す高校生が、ループしている理由とループするたびに異なる殺人事件が発生する謎に挑むSFミステリー。高校生の日常が生き生きと描かれており、同時に、繰り返される日常の中から違和感を浮かび上がらせることで真相に近づいていくプロットの巧みさに唸らされます。
模倣犯を殺して埋めたと裁判で主張する殺人鬼。犯人の言葉を信じて独自調査をする女刑事。遺体探しを始めるユーチューバーの少年たち。これらのエピソードを絡めて見事などんでん返しを演出しています。ただ、トリックは必ずしも独創的ではないので、途中で仕掛けに気づく人もいるかもしれません。
東日本の城で起きた事件をテーマにした書き下ろしアンソロジー集。作品には出来不出来はありますが、作家の個性を生かした5つの時代ミステリーを楽しむことができます。なかでも舞台設定を上手く真相の意外性と結びつけた高橋由太の『大奥の幽霊』が秀逸です。
謎めいた使用人、栗花落静が探偵役を務めるシリーズ第4弾。48枚の姿見が配置されている左右対称の館といういつもながらにケレン味たっぷりの舞台装置を用意しながらも、ミステリーとしての真相がありきたりなのには物足りなさを感じます。一方で、幻想ミステリーとして雰囲気は秀逸。
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本ミス2021
対象作品である2019年11月1日~2020年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中からベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
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本格ミステリベスト10国内版最終予想(2020年11月14日)
※※※※※※※※※※※※※※※
記載方法は以下のようになっています。
予想順位.タイトル(作者名)→本ミスの順位(このミスの順位 文春の順位 読みたいの順位)
ただし、「→本ミスの順位(このミスの順位 文春の順位 読みたいの順位)」の部分が記載されているのは予想ランキングあるいはこのミスで20位以内のものだけです。
なお、このミス、文春、 読みたいはそれぞれ「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」の略です。
※※※※※※※※※※※※※※※1位.ワトソン力(大山誠一郎)→6位(文春8位)
連作短編集。主役の刑事が事件を解決するのではなく、彼の能力によって周囲の人間の推理力が高まり、熱い推理合戦が繰り広げられるという設定がユニークです。また、多重解決の面白さだけに留まらず、ワトソン力自体を活かした仕掛けなども用意されており、特殊設定ミステリーとしても秀逸。
2位.名探偵のはらわた(白井智之)→3位(このミス8位 文春12位 読みたい20位)
鬼となって蘇った昭和の殺人犯の正体を名探偵が暴いて退治する話ですが、ロジックにこだわり抜いた特殊設定ミステリーとして楽しめます。現代の事件とともに鬼たちが起こした過去の事件の真相に迫っていく点も読み応えありです。ただ、特殊設定に関しては複雑な割に説明不足なのが気になるところ。
3位.楽園とは探偵の不在なり(斜線堂有紀)→4位(このミス6位 文春3位 読みたい2位)
4位.透明人間は密室に潜む(阿津川辰海)→1位(このミス2位 文春2位 読みたい3位)
著者初の短編集。4つの作品が収録されており、研究室に閉じ込めた透明人間をいかにしてあぶりだすかが主題となる表題作、聴力の優れた探偵による緻密な推理が見事な『盗聴された殺人』などなど、凝りに凝った舞台設定とロジカルな展開が堪能できる力作が揃っています。
5位.欺瞞の殺意(深木章子)→7位(このミス7位)
本格好きの人なら名作『毒入りチョコレート事件』を意識したプロットに心踊らされるはずです。それに加え、往復書簡や推理合戦そのものにも仕掛けが施されており、単なる多重解決ものというだけでは終わらせない深みがあります。パズラーとしても人間ドラマとしても読み応えのある傑作です。
6位.蝉かえる(櫻田智也)→2位(このミス11位 文春10位 読みたい9位)
『サーチライトと誘蛾灯』に続くシリーズの第2弾。前作と同じく、昆虫絡みの事件を描いた連作ミステリーですが、専門知識がなくても推理が可能な点が秀逸です。小粒ながらも謎解きの完成度は高く、とぼけたユーモアと独特の情緒性によって物語としても読み応えのある佳品に仕上がっています。
7位.プロジェクト・インソムニア(結城真一郎)→17位(文春20位)
自ら望む夢を自由に見ることができる技術開発の極秘実験中に、夢の中で殺人が起こり、現実世界でも人が死んでいくというSFミステリーです。夢の世界だから何でもありにするわけではなく、伏線を拾いながらロジカルにハウダニットの謎を解いていく点がよくできています。犯人の異常な動機も印象的。
1作目の3年後に3年3組が再び惨劇に襲われるシリーズ第3弾。本の分厚さに負けず、読み応えもかなりなもので、シリーズのファンなら独特の雰囲気を十分堪能できるはずです。ただ、ミステリーとしての仕掛けが小粒なうえに真相がわかりやすいのが難。どちらかといえば、ファン向けの作品です。
8位.Another2001(綾辻行人)→※ランク外(このミス3位 文春7位 読みたい5位)
1作目の3年後に3年3組が再び惨劇に襲われるシリーズ第3弾。本の分厚さに負けず、読み応えもかなりなもので、シリーズのファンなら独特の雰囲気を十分堪能できるはずです。ただ、ミステリーとしての仕掛けが小粒なうえに真相がわかりやすいのが難。どちらかといえば、ファン向けの作品です。
9位.巴里マカロンの謎(米澤穂信)→14位(このミス19位 文春16位 読みたい10位)
4つの短編からなる小市民シリーズの第4弾です。謎が小粒で伏線もわかりやすいため、本格ミステリとして高い評価は付けがたいものがあります。その代わり、登場人物が愛らしくてキャラクター小説としては秀逸です。シリーズのファンであれば満足度は高いのではないでしょうか。10位.赤ずきん、旅の途中で死体に出会う。(青柳碧人)→19位(文春18位)
11位.ティンカー・ベル殺し(小林泰三)→※ランク外
伽噺の世界で起きるグロテスクな事件を描いたシリーズ第4弾。ブラックユーモアに満ちた捜査パートは相変わらずの楽しさですが、ミステリーの仕掛けとしてはやや凡庸。その代わり、現実世界と夢のネバーランドの関係を上手く活かし、意外な動機を創出している点が見事です。
12位.法廷遊戯(五十嵐律人)→9位(このミス3位 文春4位 読みたい4位)
第62回メフィスト賞受賞作。現役の司法修習生の手による作品で、模擬裁判の様子を描いた前半と本番の裁判が行われる後半という2部構成が目を惹きます。しかも、前半でばら撒かれたピースの断片が後半の裁判で二転三転しながら一つの絵となって浮かび上がってくるロジカルな展開が秀逸です。
13位.揺籠のアディポクル(市川憂人)→14位
出入り不可能な無菌室に隔離された少年少女の内、少女が何者かに刺殺されるという謎は非常に魅力的ですし、全編を覆う切なげな雰囲気も悪くありません。ただ、本格ミステリの範疇を逸脱して話のスケールが大きくなっていく点はやりすぎととるか、まさかのどんでん返しととるかで評価が分かれそう。
14位.立待岬の鷗が見ていた(平石貴樹)→12位(このミス20位)
岬シリーズ第2弾。今回は5年前に起きた3件の殺人事件及び傷害致死事件と女流作家の書いたミステリー作品との関連性を探っていくのですが、細部に張り巡らされた技巧には唸らされるものがあります。前作と比べると小粒感は否めないものの、本格ミステリとしての面白さは十分堪能できる佳品です。
文芸部の自称美少女部長が自作の短編ミステリーを後輩に読ませて感想を求めるも、そのたびにツッコミを入れられてあたふたするパターンの連作集。2人の掛け合いが楽しく、最終章で明らかになる仕掛けもよくできています。ただ、肝であるボケとツッコミがワンパターン気味なのは気になるところ。
16位.ノッキンオン・ロックドドア 2(青崎有吾)→※ランク外
不可能専門と不可解専門の2人の探偵コンビが活躍する連作集第2弾。相変わらず、軽妙な掛け合いなどで気軽に楽しめる作品に仕上がっていますが、謎が小粒になり、探偵が2人いる必然性が薄れたように感じます。とはいえ、安定した面白さはキープしています。
17位.ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ~扉子と空白の時~(三上延)→※ランク外
18位.あの子の殺人計画(天祢涼)→18位(このミス16位 文春14位 読みたい7位)
19位.ジョン・ディクスン・カーの最終定理(柄本刀)→11位
『密室と奇蹟 J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー』収録の短編を長編化したものです。カーが解明したらしい未解決犯罪録収録の事件と現実の不可能犯罪を推理合戦で解き明かすという筋書きにはワクワクします。やや詰め込みすぎで強引な点はあるものの、謎解きの面白さに満ちた好編です。
20位.たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説(辻真先)→4位(このミス1位 文春1位 読みたい1位)
その他注目作品50
21.鶴屋南北の殺人(芦辺拓)→8位(このミス20位 読みたい8位)
ロンドンで発見された鶴屋南北の未発表原稿を巡る連続見立て殺人という謎は魅力的なのにトリックや謎解きに無理が感じられるのが残念です。その代わりに、鶴屋南北の作品に秘められた謎はスリリングで読み応えがあります。いずれせよ、専門知識を前提とした敷居の高さは賛否を分けるところです。
22.修羅の家(我孫子武丸)
21.鶴屋南北の殺人(芦辺拓)→8位(このミス20位 読みたい8位)
ロンドンで発見された鶴屋南北の未発表原稿を巡る連続見立て殺人という謎は魅力的なのにトリックや謎解きに無理が感じられるのが残念です。その代わりに、鶴屋南北の作品に秘められた謎はスリリングで読み応えがあります。いずれせよ、専門知識を前提とした敷居の高さは賛否を分けるところです。
22.修羅の家(我孫子武丸)
23.アウターQ 弱小Webマガジンの事件簿(澤村伊智)
ウェブマガジン・アウターQの駆け出しライターが、遭遇する奇怪な謎を解いていく連作ホラーミステリーです。狭義の本格ではありませんが、謎を解くと同時に浮かび上がってくる人の闇の不気味さがたまりません。特に、公園の落書きを解読した末にぞっとする真相にたどり着く『笑う露死獣』が秀逸。
ウェブマガジン・アウターQの駆け出しライターが、遭遇する奇怪な謎を解いていく連作ホラーミステリーです。狭義の本格ではありませんが、謎を解くと同時に浮かび上がってくる人の闇の不気味さがたまりません。特に、公園の落書きを解読した末にぞっとする真相にたどり着く『笑う露死獣』が秀逸。
24.暗黒残酷監獄(城戸喜由)
25.首イラズ 華族捜査局長・周防院円香(岡田秀文)
物語は、大正時代の警察庁に新設された「華族捜査局」のエキセントリックな局長・周防院円香侯爵が、伯爵家で起きた連続生首殺人の謎を追うというもの。いわゆる顔のない死体ものとしては大きな驚きありませんが、現代人にとっては盲点となる、その時代ならでは仕掛けが見事です。
26.これはミステリではない(竹本健治)
凡虚学研究会シリーズ第2弾。ミステリーサークルの面々が自作小説の犯人当てに興じていたら作者が解決編ごと行方不明になり、その事件を巡って推理合戦が始まるーーといういかにも新本格といった感じの物語がどんどんカオスなことになっていくさまに茫然とします。賛否両論必至の怪作です。
27.竹林の七探偵(田中啓文)
28.うるはしみにくし あなたのともだち(澤村伊智)→20位(このミス19位)
おまじないによって女性を醜くするという設定はホラーですが、おまじないを行った人間は誰なのかをロジカルに導いていくという展開は立派なフーダニットミステリーだといえます。終盤には二転三転する展開が用意されており、ホラーというよりも特殊設定の本格ミステリとして一級品です。
29.濱地健三郎の幽たる事件簿(有栖川有栖)
30.あの日の交換日記(辻堂ゆめ)
31.約束の小説(森谷祐二)
第12回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞。雪深い山奥に建つ館で後継者を巡って事件が起きるいう筋立ては古色蒼然としたものですが、そこに医療ミステリーの要素を絡め、新しい衣を着せることに成功しています。また、サイドストーリーとの意外な結びつきをみせるプロット上の仕掛けも見事です。
32.戦時大捜査網(岡田秀文)
33.愚者の決断ー浜中刑事の杞憂(小島正樹)
34.僕の神さま(芦沢央)
クラスメイトから神さまと呼ばれている小学が探偵役の連作ミステリーです。芦沢央ならではのビターなテイストに加え、小学生の視野の狭さが謎解きの盲点として機能している点に感心させられます。ただ、小学生が語り手だけあって重い話なのに内容に深みが感じられないのは好みのわかれるところ。
35.五色の殺人者(千田理緒)
第30回鮎川哲也賞。介護施設で撲殺死体が発見され、しかも、目撃者である5人の老人が証言した犯人の服の色は全員バラバラで......。謎が魅力的で文章も読みやすく、理路整然とした推理も好印象です。ただ、ヒントがあからさま過ぎて真相が分かりやすいのが難。コンパクトで手堅い感じの作品です。
36.雪旅籠(戸田議長)
第27回鮎川哲也賞最終候補作『恋牡丹』における時系列の隙間を埋める姉妹編。トリックの独創性などは皆無ですが、時代小説の特性を活かした切れ味鋭い8篇の短篇が並んでいます。江戸時代末期の雰囲気がよく描けており、それ自体が伏線として機能しているのが見事です。時代ミステリーの佳品です。
37.世界樹の棺(筒城灯士郎)
38.異世界の名探偵 2 帰らずの地下迷宮(片里鴎)
39.探偵は御簾の中(汀こるもの)
平安貴族の恋模様を描いたラブコメミステリーですが、謎解きもしっかりしています。ちなみに、探偵役を務めるのは検非違使別当の妻。しかし、頭脳明晰ながらも世間知らずなために、しばしば迷推理を披露しては夫にツッコまれるさまが軽妙に描かれており、楽しい作品に仕上がっています。
平安貴族の恋模様を描いたラブコメミステリーですが、謎解きもしっかりしています。ちなみに、探偵役を務めるのは検非違使別当の妻。しかし、頭脳明晰ながらも世間知らずなために、しばしば迷推理を披露しては夫にツッコまれるさまが軽妙に描かれており、楽しい作品に仕上がっています。
40.探偵くんと鋭い山田さんー俺を挟んで両隣の双子姉妹が勝手に推理してくれるー(玩具堂)
高校を舞台にしたラブコメミステリー。レーベル的にも作風的にも完全なライトノベルですが、作中に散りばめられているミステリーセンスには捨てがたい魅力があります。特に、登場人物表を見ただけでノックスの十戒に基づいてミステリー小説の結末を推理してしまう『史上最薄殺人事件』が秀逸です。
41.探偵くんと鋭い山田さん 2ー俺を挟んで両隣の双子姉妹が勝手に推理してくれるー(玩具堂)
学園ラブコメミステリーの第2弾。「オンラインRPGのプレイヤー探し」や「SNSの書き込みを手掛かりにしての自殺志願者探し」といった具合に相変わらずユニークな設定の謎解きが楽しめます。決してワンパターンに陥らず、しかも、どの短編も高いクオリティを誇っているのが見事です。
42.パンダ探偵(鳥飼否宇)
43.ムシカ 鎮虫譜(井上真偽)
無人島で学生たちが虫の大群に襲われる話であり、帯には「パニックホラー×本格ミステリ×青春冒険小説」と書かれているものの、ミステリー部分はおまけに過ぎません。青春冒険小説としても特筆すべき点はなく、不気味な虫の描写が最大の読みどころとなっています。
44.錬金術師の密室(紺野天龍)
ファンタジー世界を舞台にし、三重密室で起きた錬金術師殺人事件の謎に挑む特殊設定ミステリー。世界観がよく練られており、キャラも立っているので読み応えがあります。謎解きもしっかりはしているものの、トリックやロジックの新鮮味には欠け、本格ミステリとしてはやや凡庸。
45.エンデンジャード・トリック(門前典之)→10位
無人島で学生たちが虫の大群に襲われる話であり、帯には「パニックホラー×本格ミステリ×青春冒険小説」と書かれているものの、ミステリー部分はおまけに過ぎません。青春冒険小説としても特筆すべき点はなく、不気味な虫の描写が最大の読みどころとなっています。
44.錬金術師の密室(紺野天龍)
ファンタジー世界を舞台にし、三重密室で起きた錬金術師殺人事件の謎に挑む特殊設定ミステリー。世界観がよく練られており、キャラも立っているので読み応えがあります。謎解きもしっかりはしているものの、トリックやロジックの新鮮味には欠け、本格ミステリとしてはやや凡庸。
45.エンデンジャード・トリック(門前典之)→10位
46.仮名手本殺人事件(稲羽白菟)
歌舞伎の演目中に舞台で役者が殺され、客席でも死体が発見されるという派手な展開にワクワクさせられます。また、歌舞伎の世界を濃密に描きつつ、そこから浮かび上がってくる犯人の妄執ぶりにもぞっとします。ただ、真相は意外ではあるものの、やや無理が感じられるのが残念です。
47.僕の目に映るきみと謎は(井上悠宇)
呪いの人形が引き起こす連続怪死事件の謎に美少女霊能探偵が挑むオカルトミステリー。凄惨なシーンが多く、かなりホラーよりの作品ではあるものの、ロジカルな展開は謎解きミステリーとしても読み応えがあります。複雑に絡み合った謎が最後にすべてがかっちりと繋がっていく構成が見事です。
48.本日はどうされました?(加藤元)
現実の事件に題を得たと思われる入院患者の連続怪死事件が起こり、関係者の取材形式で物語が進行していくというドキュメンタリータッチの作品です。その形式に罠を仕掛け、真犯人の正体を見えにくくしているのが見事です。また、恐怖に怯える入院患者など、サスペンスとしても読み応えがあります。
49.家族パズル(黒田研二)
48.本日はどうされました?(加藤元)
現実の事件に題を得たと思われる入院患者の連続怪死事件が起こり、関係者の取材形式で物語が進行していくというドキュメンタリータッチの作品です。その形式に罠を仕掛け、真犯人の正体を見えにくくしているのが見事です。また、恐怖に怯える入院患者など、サスペンスとしても読み応えがあります。
49.家族パズル(黒田研二)
50.幻のオリンピア(酒本歩)
東京オリンピックでの体操代表を巡る青春小説として読み応えがある作品で、同時にミステリーとしての大仕掛けも最後に用意されています。そういった点では処女作の『幻の彼女』に通じるものがあります。ただ、伏線があからさますぎてトリックが見抜かれやすいのが残念です。
52.卒業タイムリミット(辻堂ゆめ)
東京オリンピックでの体操代表を巡る青春小説として読み応えがある作品で、同時にミステリーとしての大仕掛けも最後に用意されています。そういった点では処女作の『幻の彼女』に通じるものがあります。ただ、伏線があからさますぎてトリックが見抜かれやすいのが残念です。
51.掟上今日子の設計図(西尾維新)
忘却探偵シリーズ第12弾。犯行計画に運任せな部分があるのは難ですが、爆破予告と忘却探偵という2つのタイムリミットを絡めて話を盛り上げていく手法がよくできています。また、全く意図の見えない犯人の行動から意外な動機が浮かび上がってくるホワイダニットとしても秀逸。
52.卒業タイムリミット(辻堂ゆめ)
53.最高の盗難:音楽ミステリー集(深水黎一郎)
54.夢魔の牢獄(西澤保彦)
夢の中で過去にタイムスリップし、友人の体に憑依するという現象を繰り返す主人公が、22年前の殺人事件の謎に挑むSFミステリー。帯にもある通り、名作『七回死んだ男』を彷彿とさせる作品です。しかし、ご都合主義が目立ち、完成度は遠く及んでいません。過激な性描写も賛否の分かれるところ。
56.間宵の母(歌野昌午)
少女の義父と親友の母との駆け落ち騒動に端を発する3代に渡る因縁話を描いたホラーミステリー。仕掛け自体は小粒ではあるものの、間宵の母の強烈なキャラがミスディレクションとしてうまく機能しています。ホラーとしての不気味さもなかなかですが、結末は少々肩透かし。
57.御城の事件ー西日本篇ー(二階堂黎人・編)
夢の中で過去にタイムスリップし、友人の体に憑依するという現象を繰り返す主人公が、22年前の殺人事件の謎に挑むSFミステリー。帯にもある通り、名作『七回死んだ男』を彷彿とさせる作品です。しかし、ご都合主義が目立ち、完成度は遠く及んでいません。過激な性描写も賛否の分かれるところ。
55.逢魔が刻 腕貫探偵リブート(西澤保彦)
腕貫探偵シリーズ第7弾の連作集です。とはいえ、腕貫探偵が登場するのは4編中最後の『ユリエの本格ミステリ講座』のみであり、他は主にユリエが探偵役を務めています。収録作の中では、曖昧模糊とした展開からいきなり衝撃的な事実が明らかになる表題作が秀逸。
56.間宵の母(歌野昌午)
少女の義父と親友の母との駆け落ち騒動に端を発する3代に渡る因縁話を描いたホラーミステリー。仕掛け自体は小粒ではあるものの、間宵の母の強烈なキャラがミスディレクションとしてうまく機能しています。ホラーとしての不気味さもなかなかですが、結末は少々肩透かし。
57.御城の事件ー西日本篇ー(二階堂黎人・編)
58.幽霊たちの不在証明(朝永理人)→13位
59.珈琲店タレーランの事件簿 6 コーヒーカップいっぱいの愛(岡崎琢磨)
60.捜査一課ドラキュラ分室 大阪刑務所襲撃事件(吉田恭教)
61.ファーブル君の妖精図鑑(井上雅彦)
62.ループ・ループ・ループ(桐山徹夜)
同じ1日を何度も繰り返す高校生が、ループしている理由とループするたびに異なる殺人事件が発生する謎に挑むSFミステリー。高校生の日常が生き生きと描かれており、同時に、繰り返される日常の中から違和感を浮かび上がらせることで真相に近づいていくプロットの巧みさに唸らされます。
63.詩人の恋(深水黎一郎)
芸術探偵シリーズの新作長編であり、シューマンの妻に送られてきた脅迫状の謎とハイネの詩に基づいて作られた連作歌曲集「詩人の恋」の秘密を180年越しに解き明かすというのが本作の大筋。多くの読者にとって馴染みのない題材を一気に読ませる筆力はさすがではあるものの、謎解きは消化不良気味。
芸術探偵シリーズの新作長編であり、シューマンの妻に送られてきた脅迫状の謎とハイネの詩に基づいて作られた連作歌曲集「詩人の恋」の秘密を180年越しに解き明かすというのが本作の大筋。多くの読者にとって馴染みのない題材を一気に読ませる筆力はさすがではあるものの、謎解きは消化不良気味。
64.死者と言葉を交わすなかれ(森川智喜)
興信所の素行調査の最中に調査対象が心臓麻痺で急死したうえに、30年前に亡くなった妹と話をしていたらしいという謎を追うミステリー作品。伏線を張り巡らせてのどんでん返しはなかなかの衝撃度ですが、ミステリーを読み慣れた人なら途中でピンとくるかも。また、全体的に文章が読みにくいのも難。
65.コープス・ハント(下村敦史)
66.御城の事件ー東日本篇ー(二階堂黎人・編)
67.オレだけが名探偵を知っている(林秦広)
極秘プロジェクトの行われている巨大迷宮に侵入すると5人の男女の射殺死体が転がっていたという話で、中盤まではいかに迷宮に潜入するかが主眼となっています。迷宮への侵入は緊迫感があって読み応えがあるのですが、殺人事件の意外な犯人に関してはアンフェア感が強くて納得度が低いのが残念。
極秘プロジェクトの行われている巨大迷宮に侵入すると5人の男女の射殺死体が転がっていたという話で、中盤まではいかに迷宮に潜入するかが主眼となっています。迷宮への侵入は緊迫感があって読み応えがあるのですが、殺人事件の意外な犯人に関してはアンフェア感が強くて納得度が低いのが残念。
68.鏡館の殺人(月原渉)
69.建築史探偵の事件簿 新説・世界七不思議(蒼井碧)
鍾乳洞の首なし死体、ログハウスでの大量密室殺人、謎の発火現象といった怪事件に世界七不思議の謎が絡んでくるという、ケレン味たっぷりの派手な作品です。ただ、謎解きに関してはこじつけや安直なトリックが目立ってどうにもいただけません。かろうじて、首切りの理由だけは光るものがあります。
70.狐火の辻(竹本健治)
牧場智久シリーズ。実際の事件に奇妙な噂話やネット怪談などが絡んでくる点は1981年作の『将棋殺人事件』を彷彿とさせます。あの作品と同様に、謎そのものが曖昧模糊としていて幻惑的なムードに満ちているのは非常に魅力的なのですが、謎解きのカタルシスが今ひとつな点も同じなのは少々残念です。
チェック漏れ作品
汚れた手をそこで拭かない(芦沢央)→14位(文春5位 読みたい17位)
鍾乳洞の首なし死体、ログハウスでの大量密室殺人、謎の発火現象といった怪事件に世界七不思議の謎が絡んでくるという、ケレン味たっぷりの派手な作品です。ただ、謎解きに関してはこじつけや安直なトリックが目立ってどうにもいただけません。かろうじて、首切りの理由だけは光るものがあります。
70.狐火の辻(竹本健治)
牧場智久シリーズ。実際の事件に奇妙な噂話やネット怪談などが絡んでくる点は1981年作の『将棋殺人事件』を彷彿とさせます。あの作品と同様に、謎そのものが曖昧模糊としていて幻惑的なムードに満ちているのは非常に魅力的なのですが、謎解きのカタルシスが今ひとつな点も同じなのは少々残念です。
チェック漏れ作品
汚れた手をそこで拭かない(芦沢央)→14位(文春5位 読みたい17位)
学校のプールの水を誤って排水した教師が責任逃れをしようとして追い詰められていく『埋め合わせ』など、人間の浅はかさを描いたイヤミス短編集です。本格ミステリではありませんが、各短編にはぞっとするような仕掛けが用意されています。特に、『埋めあわせ』における大胆などんでん返しは秀逸。
2020年12月5日追記
2020年12月5日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中6作的中
ベスト20→20作品中15作的中
順位完全一致→20作品中1作品
2021本格ミステリ・ベスト10海外版予想
最新更新日2021/11/07☆☆☆
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Previous⇒本格ミステリベスト10・2020年海外版予想
本ミス2021
対象作品である2019年11月1日~2020年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中からベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
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本格ミステリベスト10海外版最終予想(2020年11月14 日)
※※※※※※※※※※※※※※
チェック漏れ作品
カメレオンの影(ミネット・ウォルターズ)→7位(このミス12位 文春16位 読みたい6位)
イラクで爆弾に顔を吹き飛ばされて以来、人が変わったかのように凶暴となった元中尉の身の周りで連続殺人が起き、彼自身が疑われるというもの。心理サスペンスの色が強い作品ですが、誰もが嘘をついているなかで、やがて意外な真相が浮かび上がってくる展開には驚かされます。ただ、少々冗長。
ザリガニの鳴くところ(ディーリア・オーエンズ)→9位(このミス2位 文春2位 読みたい3位)
話は、両親に捨てられ、人里離れた湿地帯で一人暮らす少女がやがて成長し、幼馴染の助けもあって、将来の目途が立った矢先に殺人事件の容疑者として裁判にかけられるというもの。過酷な運命に見舞われる少女の成長物語として秀逸で、同時に、裁判の行方に手に汗握り、意外な真相にも驚かされます。
15歳の少女が失踪した3件の事件を連続誘拐殺人だと確信する犯罪捜査課の警部が、執念の捜査を続けるという物語ですが、なぜ警部がこれほど事件の捜査にこだわっているのかという理由が意表をつくもので驚かされます。そして、ラストを読んでまたびっくりというサプライズに満ちた傑作です。
2020年12月5日追記
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本ミス2021
対象作品である2019年11月1日~2020年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中からベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
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本格ミステリベスト10海外版最終予想(2020年11月14 日)
※※※※※※※※※※※※※※
記載方法は以下のようになっています。
予想順位.タイトル(作者名)→本ミスの順位(このミスの順位 文春の順位 読みたいの順位)
ただし、「→本ミスの順位(このミスの順位 文春の順位 読みたいの順位)」の部分が記載されているのは予想ランキングあるいは本ミスで10位以内のものだけです。
なお、このミス、文春、 読みたいはそれぞれ「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」の略です。
※※※※※※※※※※※※※※1位.その裁きは死(アンソニー・ホロヴィッツ)→1位(このミス1位 文春1位 読みたい1位)
シリーズ2弾。弁護士殺しという事件そのもに派手さはありませんが、大小さまざまな謎や過去の事件などが複雑に入り組み、最後にきれいに解き明かされるさまは、まさに上質な探偵小説の味わいです。犯人の意外さにも驚かされますし、本格ミステリとしては前作以上の出来映えではないでしょうか。
2位.指差す標識の事例(イーアン・ペアーズ)→6位(このミス3位 文春4位 読みたい2位)
いわゆる信用できない語り手を4人配し、語り手が変わるたびに大学講師毒殺事件の様相ががらりと変わる構成の妙に惹き込まれていきます。そして、4人の多重推理が最後に1本の糸でつながり、意外な真相が明るみになる展開が見事です。17世紀の英国を舞台にした歴史ミステリーの傑作です。
3位.殺人七不思議(ポール・アルテ)→3位
先に翻訳された『あやかしの裏通り』よりも古いオーウェンシリーズの第2弾。世界の七不思議になぞらえた7つの見立て予告不可能犯罪という派手な趣向がたまりません。トリックもなかなかよく考えられています。ただし、いわゆるバカミストリックなのでこれを楽しめるかどうかは好み次第でしょう。
4位.網内人(陳浩基)→2位(このミス14位 文春5位 読みたい17位)
SNS上での誹謗中傷が原因で自殺した妹の復讐を果たすため、姉が電脳探偵を雇って犯人を突き止めようとする話。途中まではオーソドックスな復讐譚のように見えますが、そこは陳浩基です。途中から物語の様相ががらりと変わり、プロットの巧みさに驚かされます。ハイテク探偵の鮮やかな推理も見事。
5位.死亡通知書 暗黒者(周浩睴)→5位(このミス4位 文春7位 読みたい17位)
中国の東野圭吾こと周浩睴による3部作の第1弾。本作は本格というよりは警察小説に近いのですが、犯人の仕掛ける驚くべきトリックあり、連続殺人犯の正体に迫る見事なロジックありといった具合に本格好きな人も堪能できるつくりになっています。同時に、サスペンススリラーとしても一級品です。
ダークスカイという宿泊施設を舞台にした、一種の館ものミステリーです。一癖も二癖もある登場人物の錯綜した人間関係を紐解きながら殺人事件の犯人を探っていくプロセスは、フーダニットミステリーとして読み応えがあります。一方で、心理描写メインの重苦しい展開は好みが分かれそうです。
11.ネヴァー・ゲーム(ジェフリー・ディヴァー)
リンカーン・ライムシリーズの著者が放つ新シリーズ。主人公は人探し専門の懸賞金ハンターで、あらゆる可能性をパーセントで表示し、数字の大きなものから当たっていくという調査方法にはライムと違った味わいがあります。得意のどんでん返しは控えめながも、ヒネリの効いた展開に惹き込まれます。
シリーズ2弾。弁護士殺しという事件そのもに派手さはありませんが、大小さまざまな謎や過去の事件などが複雑に入り組み、最後にきれいに解き明かされるさまは、まさに上質な探偵小説の味わいです。犯人の意外さにも驚かされますし、本格ミステリとしては前作以上の出来映えではないでしょうか。
2位.指差す標識の事例(イーアン・ペアーズ)→6位(このミス3位 文春4位 読みたい2位)
いわゆる信用できない語り手を4人配し、語り手が変わるたびに大学講師毒殺事件の様相ががらりと変わる構成の妙に惹き込まれていきます。そして、4人の多重推理が最後に1本の糸でつながり、意外な真相が明るみになる展開が見事です。17世紀の英国を舞台にした歴史ミステリーの傑作です。
3位.殺人七不思議(ポール・アルテ)→3位
先に翻訳された『あやかしの裏通り』よりも古いオーウェンシリーズの第2弾。世界の七不思議になぞらえた7つの見立て予告不可能犯罪という派手な趣向がたまりません。トリックもなかなかよく考えられています。ただし、いわゆるバカミストリックなのでこれを楽しめるかどうかは好み次第でしょう。
4位.網内人(陳浩基)→2位(このミス14位 文春5位 読みたい17位)
SNS上での誹謗中傷が原因で自殺した妹の復讐を果たすため、姉が電脳探偵を雇って犯人を突き止めようとする話。途中まではオーソドックスな復讐譚のように見えますが、そこは陳浩基です。途中から物語の様相ががらりと変わり、プロットの巧みさに驚かされます。ハイテク探偵の鮮やかな推理も見事。
5位.死亡通知書 暗黒者(周浩睴)→5位(このミス4位 文春7位 読みたい17位)
中国の東野圭吾こと周浩睴による3部作の第1弾。本作は本格というよりは警察小説に近いのですが、犯人の仕掛ける驚くべきトリックあり、連続殺人犯の正体に迫る見事なロジックありといった具合に本格好きな人も堪能できるつくりになっています。同時に、サスペンススリラーとしても一級品です。
6位.ストーンサークルの殺人(M・W・クレイヴン)→4位(文春8位)
本作は、主人公の刑事と女性分析官の友情物語や老人ばかりを狙う連続猟奇殺人の犯人を追うサスペンスがメインとなっており、必ずしも本格ミステリとはいえません。ただ、ホワイダニットの謎や張り巡らされた伏線を回収して真実へとたどり着くプロセスは謎解きミステリーとして読み応えがあります。
7位.死んだレモン(フィン・ベル)→8位(このミス16位 文春17位 読みたい8位)
半身不随の主人公が絶体絶命の危機に陥りながらも26年前の少女失踪事件の謎を解き明かすニュージランド発のサスペンスミステリーです。一方で、その強烈なサスペンスは巧みなミスディレクションとしても機能しており、過去を遡りながら真相に迫る謎解きミステリーとしてもよくできています。
8位.笑う死体 マンチェスター市警エイダン・ウェイツ(ノックス・ジョセフ)※ランク外
深夜のホテルで発見された身元不明の”笑顔の死体”の謎を追う『堕落刑事』シリーズ第2弾。基本的になダークな雰囲気の警察小説ですが、一見無関係なさまざまな事件が結び付き、真相を浮かび上がらせていくプロセスは謎解きミステリーとして読み応えがあります。ただ、本格として読むには少々冗長。
本作は、主人公の刑事と女性分析官の友情物語や老人ばかりを狙う連続猟奇殺人の犯人を追うサスペンスがメインとなっており、必ずしも本格ミステリとはいえません。ただ、ホワイダニットの謎や張り巡らされた伏線を回収して真実へとたどり着くプロセスは謎解きミステリーとして読み応えがあります。
7位.死んだレモン(フィン・ベル)→8位(このミス16位 文春17位 読みたい8位)
半身不随の主人公が絶体絶命の危機に陥りながらも26年前の少女失踪事件の謎を解き明かすニュージランド発のサスペンスミステリーです。一方で、その強烈なサスペンスは巧みなミスディレクションとしても機能しており、過去を遡りながら真相に迫る謎解きミステリーとしてもよくできています。
8位.笑う死体 マンチェスター市警エイダン・ウェイツ(ノックス・ジョセフ)※ランク外
深夜のホテルで発見された身元不明の”笑顔の死体”の謎を追う『堕落刑事』シリーズ第2弾。基本的になダークな雰囲気の警察小説ですが、一見無関係なさまざまな事件が結び付き、真相を浮かび上がらせていくプロセスは謎解きミステリーとして読み応えがあります。ただ、本格として読むには少々冗長。
9位.探偵コナン・ドイル(ブラッドリー・ハーパー)※ランク外
タイトルに反してコナン・ドイルはワトソン役で主に探偵役を務めるのはホームズのモデルだといわれているベル博士。物語は、当時のロンドンの風俗描写を魅力的に描きつつ、落ち着いた筆致で切り裂きジャックの正体に迫っていきます。読み応えがあり、真相の説得力もなかなかのものです。
10位.最悪の館(ローリー・レーダー=デイ)※ランク外
タイトルに反してコナン・ドイルはワトソン役で主に探偵役を務めるのはホームズのモデルだといわれているベル博士。物語は、当時のロンドンの風俗描写を魅力的に描きつつ、落ち着いた筆致で切り裂きジャックの正体に迫っていきます。読み応えがあり、真相の説得力もなかなかのものです。
10位.最悪の館(ローリー・レーダー=デイ)※ランク外
その他注目作品10
11.ネヴァー・ゲーム(ジェフリー・ディヴァー)
リンカーン・ライムシリーズの著者が放つ新シリーズ。主人公は人探し専門の懸賞金ハンターで、あらゆる可能性をパーセントで表示し、数字の大きなものから当たっていくという調査方法にはライムと違った味わいがあります。得意のどんでん返しは控えめながも、ヒネリの効いた展開に惹き込まれます。
12.悲しい毒(ベルトン・コッブ)
1936年発表の作品。事件は、資産家の家で年越しパーティーをしているとボヤ騒ぎが起き、続いて招待客の青年が砒素で毒殺されるというもの。話はかなり地味で単調ながらも、終盤の二転三転する展開は読み応えがあり、巧みに張り巡らされた伏線とミスディレクションの冴えも見事です。
『らせん階段』で有名な著者が1932年に発表したミス・ピンカートンシリーズの第1弾。看護士のヒルダとパットン警視のコンビが微笑ましい一方で、ヒルダが潜入捜査を行う失踪事件は一体何が起きているのかわからないという謎めいた展開を堪能できます。古典ながらも読み応えのある佳品です。
14.笑う仏(ラッフィング・ブッダ)
1937年発表の作品。日米を含む列強8カ国がひしめき合うエキゾチックなムードの北京で、笑う仏(布袋)が暗躍する連続殺人を描いた本格ミステリです。推理の根拠がやや脆弱なのが惜しまれるものの、犯人の正体には意外性があり、それを読者に悟らせないためのミスディレクションも見事。
1937年発表の作品で、陽気な元航海士が探偵役を務めるシリーズ第10弾。舞台は千人足らずの小さな村。物語は、町おこしの祭りでにぎわうなか、殺人事件が発生するが、犯人を探しつつも祭りが終わるまで対外的に事件を隠蔽しようというもの。謎解きは緩めだが、ユーモラスな語り口は読み応えあり。
16.憑りつかれた老婦人(メアリー・ロバーツ・ラインハート)
1942年発表のミス・ピンカートンシリーズの第3弾であり、1962年別冊宝石112号に掲載された『おびえる女』の新訳バージョンです。錯綜した人間関係、密室に現れる蝙蝠、数分間を巡るアリバイなど、読みどころは満載ですが、バタバタした展開のため、真相解明のカタルシスに欠けるのが残念。
17.亀は死を招く(エリザベス・フェラーズ)
1950年の作品です。南仏のリゾートホテルを舞台にして国際色豊かな登場人物が織りなすサスペンスは読み応え満点。犯人も意外で、亀を解決の糸口として用いる発想もユニークです。ただ、本格ミステリとして見た場合、推理の根拠となるロジックが弱く、トリックも納得度が低い点が難点だといえます。
18.シャーロック伯父さん(ヒュー・ペンティコースト)
田舎町を舞台に、主人公の少年とシャーロック・ホームズのように全てを見通す伯父さんがさまざまな事件に立ち向かう連作短編。とはいえ、謎解き要素は薄く、古き良き時代の児童文学の如き、牧歌的なミステリー風冒険譚を楽しむ作品です。この手の雰囲気が好きな人にはかなりの良作だといえます。
19.ある醜聞(ベルトン・コッブ)
13.ヒルダ・アダムスの事件簿(メアリー・ロバーツ・ラインハート)
14.笑う仏(ラッフィング・ブッダ)
1937年発表の作品。日米を含む列強8カ国がひしめき合うエキゾチックなムードの北京で、笑う仏(布袋)が暗躍する連続殺人を描いた本格ミステリです。推理の根拠がやや脆弱なのが惜しまれるものの、犯人の正体には意外性があり、それを読者に悟らせないためのミスディレクションも見事。
15.ヘル・ホローの惨劇(P・A・テイラー)
16.憑りつかれた老婦人(メアリー・ロバーツ・ラインハート)
1942年発表のミス・ピンカートンシリーズの第3弾であり、1962年別冊宝石112号に掲載された『おびえる女』の新訳バージョンです。錯綜した人間関係、密室に現れる蝙蝠、数分間を巡るアリバイなど、読みどころは満載ですが、バタバタした展開のため、真相解明のカタルシスに欠けるのが残念。
17.亀は死を招く(エリザベス・フェラーズ)
1950年の作品です。南仏のリゾートホテルを舞台にして国際色豊かな登場人物が織りなすサスペンスは読み応え満点。犯人も意外で、亀を解決の糸口として用いる発想もユニークです。ただ、本格ミステリとして見た場合、推理の根拠となるロジックが弱く、トリックも納得度が低い点が難点だといえます。
18.シャーロック伯父さん(ヒュー・ペンティコースト)
田舎町を舞台に、主人公の少年とシャーロック・ホームズのように全てを見通す伯父さんがさまざまな事件に立ち向かう連作短編。とはいえ、謎解き要素は薄く、古き良き時代の児童文学の如き、牧歌的なミステリー風冒険譚を楽しむ作品です。この手の雰囲気が好きな人にはかなりの良作だといえます。
19.ある醜聞(ベルトン・コッブ)
1969年発表の作品で、あらすじは警部補が上司である警視を疑いつつ、警視庁女性職員の死の謎を追っていくというもの。関係者への尋問シーンなどは巧みで読み応えがあるものの、ミスディレクションがあからさま過ぎて犯人の正体がみえみえになってしまっているのが残念です。
20.至妙の殺人(L・J・ビーストン/ステイシー・オーモニア)
戦前から戦後にかけて人気を博した妹尾あき尾翻訳による探偵小説の復刻本。L・J・ビーストンとステイシー・オーモニアの2人の作家の短編が収録されていますが、ビーストンの作品群はラストのどんでん返しの妙が楽しめます。特に、パイプの持ち主を巧みな推理でつきとめる『パイプ』が秀逸。
チェック漏れ作品
カメレオンの影(ミネット・ウォルターズ)→7位(このミス12位 文春16位 読みたい6位)
イラクで爆弾に顔を吹き飛ばされて以来、人が変わったかのように凶暴となった元中尉の身の周りで連続殺人が起き、彼自身が疑われるというもの。心理サスペンスの色が強い作品ですが、誰もが嘘をついているなかで、やがて意外な真相が浮かび上がってくる展開には驚かされます。ただ、少々冗長。
ザリガニの鳴くところ(ディーリア・オーエンズ)→9位(このミス2位 文春2位 読みたい3位)
話は、両親に捨てられ、人里離れた湿地帯で一人暮らす少女がやがて成長し、幼馴染の助けもあって、将来の目途が立った矢先に殺人事件の容疑者として裁判にかけられるというもの。過酷な運命に見舞われる少女の成長物語として秀逸で、同時に、裁判の行方に手に汗握り、意外な真相にも驚かされます。
時計仕掛けの歪んだ罠(アルネ・ダール)→10位(このミス8位 文春11位 読みたい10位)
15歳の少女が失踪した3件の事件を連続誘拐殺人だと確信する犯罪捜査課の警部が、執念の捜査を続けるという物語ですが、なぜ警部がこれほど事件の捜査にこだわっているのかという理由が意表をつくもので驚かされます。そして、ラストを読んでまたびっくりというサプライズに満ちた傑作です。
予想結果
ベスト5→5作品中4作的中
ベスト10→10作品中7作的中
順位完全一致→10作品中3作品
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2020年発売!注目の国内ミステリー
最新更新日2020/12/29☆☆☆
アンダークラス(相場英雄)
汚れた手をそこで拭かない(芦沢央)末期癌で余命いくばくもない50代の女性が、過去の顧客の事故死に責任を感じて気に病んでいる夫に対し、謎を解き明かすことで彼を救済しようとする『ただ、運が悪かっただけ』。優しい夫と幸福な家庭を築いている料理研究家が元不倫相手の男性と再会し、金を貸したことから追い詰められていく『ミモザ』。夏休みの日直当番中にうっかりプールの水を抜いてしまった小学校の男性教諭がなんとか事実を隠蔽しようと奔走する『埋め合わせ』など全5編収録。
◆◆◆◆◆◆
2017年度版このミステリーがすごい!で5位にランクインした『許されようとは思いません』などと同様のイヤミスで、ほんの小さなボタンの掛け違いや目先の保身が引き金となって奈落の底に突き落とされていくさまが巧みに描かれています。ただ、単に読んで嫌な気持ちになるだけの作品ではなく、ミステリー的な仕掛けもたっぷりと盛り込んでいる点が秀逸です。たとえば、胃が痛くなるようなサスペンスの末に開示される『埋め合わせ』の意外な結末には唖然としますし、『忘却』における隣人の熱中症死のまさかの真相にも驚かされます。人間の嫌な部分をえぐり出しつつ、予想外の展開で楽しませてくれる切れ味抜群の短編集です。
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孤島の来訪者(方丈貴恵)本格
事故死だと思われていた幼馴染が実は殺されたのだという事実を突き止めた竜泉祐樹は、テレビ局のADとなって復讐の機会をうかがう。やがて、特番ロケの撮影のためにターゲット3名を含む9人のスタッフが、鹿児島県から船で数時間の場所に位置する幽世島といういわく付きの孤島に渡ることになる。かつてその島では雷祭という奇祭が45年ごとに行われていたのだが、今年はその45年目だった。また、その奇祭とともに財宝伝説の言い伝えが残されている島でもある。ともあれ、今では無人島となった幽世島は復讐の舞台にぴったりだった。ところが、自らが手を下す前に何者かによってターゲットの一人が殺されてしまう。一体犯人は誰なのか?皆が疑心暗鬼に陥る中、またしても祐樹がターゲットに定めていた人物が殺され.......。
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著者のデビュー作『時空旅行者の砂時計』に登場した伶奈は竜泉家の末裔という設定でしたが、本作では彼女の従弟である竜泉祐樹が主役を務めます。つまり、ストーリー的には直接のつながりはないものの、本作は竜泉家一族シリーズの第2弾という位置付けになるわけです。ちなみに、このシリーズの特徴として挙げられるのは本格ミステリの世界にSF設定を持ち込んだ特殊設定ミステリーだという点です。前作はミステリーにタイムスリップの要素を盛り込んだのに対して本作では一見典型的なクローズドサークルの形を取りながらも人に憑依する謎の存在が登場します。しかも、本作の場合、その特殊設定の用いられ方が良くできています。前作の『時空旅行者の砂時計』ではタイムスリップがミステリーの仕掛けとして機能する部分は極めて限定的でしたが、今回は特殊設定を余すところなく使いきっているところが実に見事です。特殊設定ミステリーのお手本のような作品だといえるでしょう。しかも、謎を解くための手掛かりは十分に散りばめられており、そのうえ、読者への挑戦状ではヒントまで提示する大胆不敵ぶりです。前作よりも格段に読みやすくなっている点も好印象で、さらに、挑戦状以降は怒涛の伏線回収や二転三転の展開が用意されており、本格ミステリー好きの人にとっては堪らない作品に仕上がっています。ただ、物語の盛り上げ方は今一つで、クローズドサークルものとしてのサスペンス感を期待すると物足りなさを感じるかもしれません。とはいえ、全編伏線だといっても過言ではないほどの練り込まれた構成といい、謎解き主体の作品としては本当に申し分のない出来です。年末のミステリーランキングにおいても上位にランクインする可能性は極めて高いのではないでしょうか。
アンダークラス(相場英雄)
秋田県能代市の水路で死体が発見される。亡くなったのは近隣の老人介護施設に入居している85歳になる老女で、車椅子ごと水路に転落したのが死因だった。やがて、事件の通報者であり、施設でヘルパーとして働いているアインが容疑者として浮上する。彼はベトナムから外国人技能実習生としてやってきたのだが、就職先の工場の劣悪な労働条件に耐えかねて各地を放浪した末に能代市に流れ着いたという経歴の持ち主だった。警察の調べに対してアインは末期癌の彼女に請われて自殺幇助をしたのだと自供する。これで一件落着かと思われたものの、警視庁捜査一課継続捜査班の田川信一は死体の状況から自殺幇助の類ではないと判断し、女性キャリア警視の竪山とともに調査に乗り出すが......。
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『震える舌』『ガラパゴス』に続く田川信一シリーズの第3弾です。事件の謎を通して現代日本の病巣を暴いていくスタンスはこれまでのシリーズと同様で、今回は外国人技能実習生・世界的なネット通販サービス・下請け企業などの実態が描かれています。思わず目をそむけたくなるような悲惨な現実を悲壮感たっぷりのドラマとして展開していく手管は手慣れたもので、社会派ミステリーとして申し分のない出来です。日本が近い将来に直面するであろう問題にも言及しており、なかなか考えさせられる内容になっています。また、田川が容疑者を追い詰めていく後半の展開も警察小説として読み応え十分です。ただ、過去作に比べると、エンタメ要素よりも直接的な社会批判が前に出過ぎている点が気になるところではあります。ある種の説教臭さを不快と感じるかどうかで評価が分かれる作品だといえるのではないでしょうか。
化け者心中(蟬谷めぐ実)
文政年間の江戸。母親とともに”百千鳥”という名の鳥屋を営む藤九郎は大坂出身で元歌舞伎役者の田村魚之助にいつも呼び出されては雑用をさせられていた。藤九郎は過去の因縁から魚之助のことを嫌っていたのだが、想い人のおみやが彼の熱狂的なファンだったため、無下にもできない。一方、魚之助は絶大な人気を誇る女形だったものの、3年前に贔屓の客に切りつけられ、膝から下を失っていた。しかし、歌舞伎の世界では依然大きな影響力を持っており、復帰を望む声も少なくない。そんな彼が中村座の座長である中村勘三郎に呼び出される。勘三郎の話によると、秋公演の脚本が完成し、本の作家や役者たちが芝居小屋で輪になって読み合わせをしていたところ、突然、その中央に生首が転がり落ちてきたというのだ。次の瞬間、明かりが消えて闇の中に肉を喰らう音が響いたので、この場に集まった6人のうちの誰かが人喰い鬼の犠牲になったのだと思い、みな震えあがる。ところが、再び灯りがついてみれば、床には血だまりと肉片が残されていたのにも関わらず、首を落とされた者は誰もいなかった。これは6人のうちの誰かが鬼に喰われ、鬼はその喰った相手に化けているに違いないという結論に至り、その正体を芝居の世界に詳しい魚之助に探ってほしいということだった。こうして魚之助と彼の足代わりである藤九郎は事件の真相を追うことになるのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
第11回小説野性時代新人賞。19世紀初頭における歌舞伎の世界を描いた作品なのですが、臨場感豊かな描写が実に見事です。歌舞伎の世界を生き生きと描いているうえに登場人物の造形にも深みがあって、20代の新人の作品とはとても思えないほどです。特に、役者たちの芝居に賭ける執念には鬼気迫るものがあり、最後に正体が明らかになる鬼の心情にも驚かされます。また、鬼探しの過程が少々緊迫感に欠けるのが難といえば難ですが、その代わりに、初心な藤九郎とドSな魚之助が次第に心を通わせていくさまがバディものとして秀逸です。ミステリー的には驚くような仕掛けはないものの、そもそも本作の主眼はそこにはありません。複雑怪奇な人間の心を丁寧に紐解いていく時代ミステリーの傑作です。
ババヤガの夜(王谷晶)
幼い頃より祖父から喧嘩術を叩きこまれた新道依子はその後生涯孤独の身となりながらも、内から溢れる熱に突き動かされ、喧嘩に明け暮れる日々を過ごしていた。そんなある日、ヤクザたちを叩きのめしたことで暴力団の組長にその腕を見込まれた依子は、拉致されたうえで組長の娘である尚子の運転手兼ボディガードを務めるよう強要される。犬を人質にとられてしかたなく命令にしたがうものの、今度はお嬢様然として高飛車な尚子の扱いに手を焼くことになるのだった。だが、最初は取り付く島もなかった尚子もある出来事がきっかけとなって態度を軟化させ、お互いの境遇を知るにつれて2人は次第に打ち解けていく。尚子は18歳だったが、すでに親に決められたフィアンセがいた。その男は組長と五分の杯を交わしたヤクザであり、しかも、拷問を生業とする変態サディストだった。彼の不興を買った依子に危機が迫る一方で、組長の元には十数年前に駆け落ちした妻と元若頭の居場所が判明したとの報が入る。やがて事態は大きく動き始め........。
◆◆◆◆◆◆
唯一の趣味が喧嘩だという野獣のような女性を主人公に据えたバイオレンス小説で、歯切れの良い文章から繰り出される怒涛の暴力シーンに圧倒されます。しかし、それでいながら依子と尚子の百合的な関係性は繊細なタッチで描かれており、そのギャップが印象的です。また、メイン2人以外の登場人物も悪役を含めてキャラが立ちまくっていて、物語世界にぐいぐいと引き込まれていきます。家父長制度の権化のようなヤクザの世界に女性2人が牙を剥く話なのでフェミニズムの文脈で語られることの多い本作ですが、単純な娯楽小説としても非常に面白い作品だといえます。吹き荒れる嵐のような暴力描写の末にたどり着く静謐なイメージが印象的な傑作です。
アウターQ 弱小Webマガジンの事件簿(澤村伊智)
Webマガジン・アウターQの原稿依頼に対し、駆け出しwebライターの湾沢陸男が記事の題材として選んだのは、小学生のときに子どもたちを震え上がらせた謎の落書きの再調査だった。その落書きは近所の公園の遊具の中に書かれており、「露死獣」の3文字で締めくくられていたことから露死獣の呪文と呼ばれていた。陸男は先輩ライターで長身イケメンの井出和真を伴って15年ぶりに公園を訪れるものの、事態は意外な方向に転がっていき......。
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全7編からなる連作ミステリーです。「アウターQ 弱小Webマガジンの事件簿」というタイトルはまるで少年漫画のようなライトさで、本文の語り口も割と軽い雰囲気を纏っています。しかし、それで油断をしていると予想外にダークな話に行き当たり、ぞっとする羽目になります。特に、落書きの調査というたわいもない企画からとんでもない真相を引き当ててしまう『笑う露死獣』の読後感が強烈です。一方、それに続く『歌うハンバーガー』ではがらりと趣向を変えつつ、予想外の結末へと着地する展開に驚かされます。さらに、『飛ぶストーカーとアイドル』では都落ちしたアイドルのストーカーがライブ中に衆人環視の中で殺されるという事件が描かれており、その意外な真相もさることながら、この話から登場する地下アイドル・練馬なりの名探偵ぶりが印象に残ります。そして、なんといっても、『映える天国屋敷』と『涙する地獄屋敷』のラスト2編で張り巡らされた伏線が回収され、いままでの話が一本の線でつながっていく構成が見事です。連作ミステリーのお手本のような作品であり、ホラー小説の第一人者として知られている著者がミステリー作家としても高い資質を兼ね備えていることをうかがわせてくれます。著者のミステリーデビュー作である『予言の島』とはまた違った魅力を有した佳品です。
Another 2001(綾辻行人)
1998年に夜見山北中学を襲った災厄から3年が過ぎた2001年。その当事者だった見崎鳴とともに湖畔の屋敷で奇妙な体験をした比良塚想は亡き父の実家である赤沢家で暮らしていた。その彼が夜見山北中学の3年3組に進級し、災厄の対策として”いないもの”を自ら買って出る。しかも、今年は念を入れようとさらなる対策を行うことにするのだった。しかし、災厄は始まり、3年3組の生徒たちが次々と死んでいく。一体なぜ?そして、この災厄を止める方法はあるのだろうか?
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2009年の『Another』、2013年の『Another S』に続くシリーズ第3弾です。前作は番外編の色が濃かったのですが、本作では再び3年3組が災厄に見舞われるということで、第1弾の正統な続編となっています。しかも、800ページを越えるボリュームを備えており、読み応え満点です。Anotherのファンであればその濃密な物語世界をたっぷりと堪能することができるでしょう。Anotherならではの惨劇描写もより一層過激さを増しています。また、ミステリーとしては1作目と同じく、3年3組に紛れ込んでいる死者探しがメインです。しかし、今回は2段構えの仕掛けが用意されており、より凝ったプロットが楽しめます。とはいえ、1作目と比べるとトリック自体はやや簡単で、ミステリーを読み慣れている人であれば、すぐにピンとくるかもしれません。したがって、本格ミステリとしての過大な期待は捨て、起伏に富んだ展開で長大な物語をしっかりと盛り上げてくれるストーリーテラーぶりを楽しむのが賢明だといえるでしょう。
汚れた手をそこで拭かない(芦沢央)
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2017年度版このミステリーがすごい!で5位にランクインした『許されようとは思いません』などと同様のイヤミスで、ほんの小さなボタンの掛け違いや目先の保身が引き金となって奈落の底に突き落とされていくさまが巧みに描かれています。ただ、単に読んで嫌な気持ちになるだけの作品ではなく、ミステリー的な仕掛けもたっぷりと盛り込んでいる点が秀逸です。たとえば、胃が痛くなるようなサスペンスの末に開示される『埋め合わせ』の意外な結末には唖然としますし、『忘却』における隣人の熱中症死のまさかの真相にも驚かされます。人間の嫌な部分をえぐり出しつつ、予想外の展開で楽しませてくれる切れ味抜群の短編集です。
死神の棋譜(奥泉光)
2011年5月。青森で第69期名人戦の4局目が行われていた夜に将棋ライターの北沢克弘が東京の将棋会館に足を運ぶと、棋士や奨励会員たちが古い詰将棋の図式を囲んでいた。詰みそうで詰まないその図式は、近くにある鳩森神社で矢に結び付けられているのを元奨励会員の夏尾裕樹が見つけて拾ってきたものだという。しかも、先輩ライターの話によると、22年前にもこれとまったく同じ出来事があったというのだ。そのときに矢文を拾ったのは夏尾と同じく四段に昇段できずに奨励会を退会した十河樹生三段で、彼はその後行方不明となっていた。やがて、夏尾裕樹も謎の失踪を遂げる。克弘は彼の行方を追って姉弟子である玖村麻里奈二段とともに北海道の姥谷に向かうが.......。
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将棋の厳しい世界を描きつつも、いつの間にかめくるめく幻想世界へと読者をいざなっていく手管はさすがのうまさです。奥泉作品ならではの難解さはあるものの、将棋好きの人であればぐいぐいと引き込まれていくのではないでしょうか。全体的にSF色が強めですが、謎が謎を呼ぶ展開はミステリーファンにとっても十分楽しめる作りになっています。一方、この作品の真骨頂は幻想小説としての面白さであり、特に、地下神殿の描写や龍神棋の大局シーンなどには圧倒されてしまいます。また、著者の作品としてはそれほど長くなく、コンパクトにまとまっているので、奥泉作品の入門編としては最適だといえるかもしれません。ただ、将棋を全く知らないと面白さが伝わらない可能性がありますし、ミステリーとしてすっきりとした解決があるわけではないので、将棋あるいは奥泉作品初心者は注意が必要です。あくまでも独特の幻惑感を楽しむための作品なので、その点を理解したうえで手に取るのが賢明です。
ワトソン力(大山誠一郎)本格
目立った功績も挙げていないのになぜか警視庁捜査一課に配属されている和戸栄志。実は彼には半径20メートル以内にいる人間の推理力を飛躍的に高めるという特殊能力があったのだ。そのため、事件は彼自身ではなく、いつも周囲の人間によって解決されていく。雪の山荘・絶海の孤島・航空中の機内・バスジャックの最中の車内と、和戸の周りでは常に推理合戦が繰り広げられる。果たして熱い推理バトルの末に明らかにされる真相とは?
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主人公の周囲にいる人間の推理力を高めながら事件を解決に導いていくという、一種の特殊設定ミステリーです。ただし、推理力が高くなったからといって必ずしも真相にたどり着けるわけではないので、主人公の周囲では常に推理合戦が巻き起こり、それが大きな読みどころとなっています。推理合戦というのは本格ミステリにおける最大の見せ場といっても過言ではないほどですが、それが収録作品7編すべてにおいて行われているので、ミステリーファンにとっては堪らない作品だといえるのではないでしょうか。しかも、どれも水準以上の出来であり、後半に行くほど謎解きとしての醍醐味が増していく構成が見事です。また、ワトソン力が単なる便利な道具として扱われるだけでなく、その能力自体がミステリーの仕掛けとして機能している点もよくできています。この作者の欠点として挙げられる「物語に深みがない」という点は相変わらずですが、その分、本格ミステリとしての密度の高さは申し分ありません。ちなみに、個々の作品としては結末がない推理脚本の真相を推理する『推理台本』がパズラーとしての完成度が高く、ありがちなトリックをバスジャックの車内という特殊な舞台で効果的に用いた『不運な犯人』の2編が特に秀逸です。正直、ミステリーとしてのトリックや仕掛けなどはさほど独創的というわけではないものの、それを巧みなアレンジや演出力で見事に補っています。純度の高い本格ミステリが読みたいという人におすすめの佳品です。
インビジブル(坂上泉)
戦争の爪痕がまだ色濃く残る1954年の5月。大阪城近くの不法占拠民・通称アパッチ族の部落で顔に麻袋を被せられた議員秘書の刺殺死体が発見される。続いて、右翼団体幹部の轢死体が出てくるに至り、汚職絡みの事件である可能性を考慮して、大阪市警視庁に捜査本部が立ち上げられることになった。一方、入庁後初めての殺人事件の捜査となる若手刑事の新城は国警の守屋とコンビを組まされる。中卒で叩き上げの新城は上から目線のくせに聞き込みも碌に出来ないエリート刑事にいら立ちを募らせるが......。
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立場や育った環境が異なる2人がコンビを組み、いがみ合いながら次第に友情を深めていくという、典型的なバディものです。そういう点ではベタベタな作品ですが、一方で、「大阪警視庁」「国警(国家地方警察)「アパッチ族」などを始めとして、現代読者にはなじみの薄い舞台設定が興味深くてぐいぐいと作品世界に引き込まれていきます。作者は1990年生まれということですが、戦後の雰囲気をリアリティ豊かに描き、時代の闇を鋭く抉り出すことに成功しています。また、登場人物も生き生きと描かれており、大阪弁での軽妙な掛け合いも本作の読みどころの一つです。執筆当時の作者の年齢が20代だったとは信じがたい骨太な傑作です。
楽園とは探偵の不在なり(斜線堂有紀)本格
5年前にとある国で国王軍による村人たちの虐殺が行われた。その時、驚くべき出来事が起きる。天空から光の柱が降り注ぎ、コウモリのような翼を持つのっぺらぼうの獣が何匹も舞い降りてきたのだ。獣たちは次々と兵士を捕え、燃え盛る地面の中に引きずり込んでいく。あとに残されたのは虐殺を免れた村人たちと虐殺を躊躇した数人の兵士だけだった。以来、その獣は天使と呼ばれるようになり、次第に彼らの性質が明らかになっていく。天使は殺人の罪に対して裁きを行う存在らしいのだが、なぜか一人殺しただけではその裁きが実行されることはない。ところが、2人以上殺してしまうと、空から降りてきて犯人を地獄に堕とすのだ。その事実が知れ渡ると、世の中の凶悪犯たちは大人しくなり、世界に平和が訪れる。一方、名探偵として知られている青岸焦は活躍の場を失い、現在では浮気調査や犬猫探しといった地味な仕事を細々と行っていた。大富豪の常木王凱はそんな彼に対して「天国が存在するかを知りたくはないか」と声を掛け、天使たちが集まる常世島に招待する。そこで彼を待っていたのは起きるはずのない連続殺人だった。犯人はいかにして地獄行きを免れているのだろうか?
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斜線堂有紀は2017年に電撃小説大賞メディアワークス文庫賞受賞の『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビューし、以来、主にライト文芸の分野で活躍しています。その一方で、「本格ミステリを書くべきだ」という編集の勧めで、一般レーベルから本作を発表し、見事ブレイクを果たします。2020年末の主要ミステリーランキングでいずれも上位にランクインしたのです。その内容は今流行りの特殊設定ミステリー+クローズドサークルものですが、本作の場合はなんといっても2人以上殺せば地獄に堕ちるという世界観が独創的かつ魅力的です。それに加え、語り口も軽快でテンポよく話が進むので物語世界に一気に引き込まれていきます。しかも、天使の設定がミステリーの仕掛けにしっかりと活かされている点が秀逸です。真相を指摘するロジックも丁寧に扱われており、さまざまな点でミステリーランキングを総なめにした『屍人荘の殺人』と相通じるものがあります。したがって、今村昌弘の作品が好きな人なら大いに楽しめるのではないでしょうか。ただ、2人以上殺せば地獄に堕ちるという設定に関しては抜け穴が結構あり、そのために最初に感じた強烈な不可能性が途中から大きく後退したのはいささか残念ではあります。とはいえ、特殊設定ミステリーとして非常に魅力的な作品であるのは間違いないところなので、この路線での新作にも期待したいところです。
アンダードッグス(長甫京)
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負け犬たちが思わぬ力を発揮して不可能と思われたミッションを達成するといったプロットは手垢にまみれているといえるでしょう。しかし、本作の場合は周りが裏切り者と敵ばかりで、しかも、その裏切り者と手を組みながら難局を乗り越えていかなければならないという展開に独自の緊迫感があります。そのうえ、やたらと人が死にまくりで、重要人物と思われたキャラクターさえあっさり死んでしまうので一瞬の油断もできません。とにかく、最初の50ページぐらいを過ぎると、あとはハラハラドキドキの連続です。全編がバイオレンスに満ち、読んでいるだけで血の臭いが漂ってきそうです。それに加え、主人公の闘いぶりがすさまじく、ほれぼれとしてしまいます。元官僚がなぜ、こんなにも強いのかは不明ですが、とにかく話が進むにつれて主人公はどんどん魅力的になっていきます。そして、そんな主人公が繰り広げるラストバトルは息つく暇もない山場の連続です。まさに、ノンストップアクションといった言葉がピッタリの傑作です。
探偵のはらわた(白井智之)本格
浦野灸探偵事務所で助手として働いている原野亘は岡山県警の要請により、所長の浦野とともに7人が犠牲となった寺院の放火事件を調査することになる。危篤状態の1人を残して全員がむごたらしく殺された残忍な事件だが、その裏にはさらに恐るべき事実が隠されていた。恋人を殺してその男性性器を切り取った八重定事件、日本刀と猟銃で村人30人を殺害した津ヶ山事件、厚生省技官を名乗った男が毒薬を赤痢の予防薬と偽って宝石店従業員12名を死に至らしめた青銀堂事件などなど、昭和の世を騒がせた殺人犯たちが人鬼となってこの世に蘇ったのだ。しかも、その鬼たちは他者の体に憑依しており、正体を暴くのは容易ではない。それに立ち向かえるのは推理の力を持った名探偵だけ!果たして彼らは7人の鬼の正体を見抜き、この世から滅することができるのだろうか?
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「阿部定事件」「津山三十人殺し」「青酸コーラ事件」などをモデルとした事件の犯人が蘇り、名探偵と知恵比べをするという設定はそれだけでわくわくするものがあります。それに一つの事件に対していくつもの推理が用意されている多重解決ものとして楽しめるのも白井智之ならではです。白井智之といえば、恒例の血みどろスプラッタ描写はかなり控えめですが、その分、ロジカルな本格ミステリとしての出来映えは極めて高いレベルにあります。序盤はやや凡庸に思えるものの、回を追うごとに面白さは増していきます。特に、最終エピソードにおける犯人特定のロジックとそこからのヒネリが秀逸です。同時に、本作は主人公の成長物語としてもよくできており、タイトルの真の意味がわかるシーンなどは思わず感心させられます。白井智之はグロいので敬遠してきたという人にこそおすすめしたい傑作です(とはいえ、精神的に病みそうな鬼畜描写がないというだけでグロ描写自体は健在ですが)。
プロジェクト・インソムニア(結城真一郎)本格
特殊睡眠導入剤フェリキタスの開発によって莫大な財を成した新興会社のソムニウム社は、さらなる飛躍を目指して極秘の人体実験プロジェクトを行っていた。プロジェクト名はインソムニアといい、そこで行われていたのは複数の人間に同じ夢を共有させる実験だ。心に癒えぬ傷を負っていた蝶野も被験者に選ばれ、たちまちインソムニアの世界に魅了されていく。だが、被験者の一人が殺されたことで幸福に満ちた夢の世界は地獄へと変貌していった。そして、蝶野のかつての盟友、蜂谷は囁く。「聞いたことないか?夢の中で死ぬと現実でも死ぬという都市伝説の話を」と。その後も次々と殺されていく被験者たち。果たして犯人は誰なのか?そしてその目的は?
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バーチャルな世界に迷い込み、今自分のいる場所が現実なのか虚構なのかわからなくなるといった物語は、映画やSF小説などでよく見かけます。しかし、本作の場合は同じようなプロットを用いながらも、本格ミステリとして再構築しているところに新味があります。そして、科学的な設定を最初に噛み砕いて説明し、そのうえで謎解きに必要な伏線を過不足なく配置している点が見事です。そのため、専門的な知識を持ち合わせていなくても、注意深く読めば謎が解けるようになっています。フーダニットやホワイダニットとしての出来はなかなかのものです。そのうえ、犯人が仕掛けるトリックにも工夫が凝らされており、特に、夢と現実を錯誤させるカラクリが非常によくできています。アイディアが秀逸なうえに終盤における伏線回収の手際も素晴らしく、特殊設定ミステリーとしてはかなりレベルの高い作品だといえるでしょう。SF的な設定が苦手な人は多少の読みにくさを感じるかもしれませんが、序盤を乗り越えれば次第にページをめくる手が止まらなくなり、最後には極上のサプライズが味わえるはずです。
法廷遊戯(五十嵐律人)
久我清義が通うロースクールでは無辜ゲームと呼ばれる疑似裁判が行われていた。何らかの被害にあった学生の申請に基づいて無辜ゲームが開廷し、ロースクールのなかでも天才と呼ばれる結城馨が判定を下すのだ。ある日、久我が無辜ゲームの開廷を要請する。彼が児童相談所の出身であり、その施設長に危害を加えた事実を暴露した怪文書が出回ったからだ。久我は傷害罪の事実よりも、その事件の裏にある幼馴染・織本美鈴の秘密が暴露されることを危惧していた。そして、模擬裁判に挑んだ久我は見事に怪文書を配布した犯人を特定するのだった。やがて、ロースクールを卒業した久我は弁護士になるが、美鈴は殺人事件の容疑者として逮捕される。久我は彼女の弁護を引き受けることになり.......。
◆◆◆◆◆◆
第62回メフィスト賞受賞作品。現役の司法修習生がその法律知識を駆使して書きあげたリーガルサスペンスです。しかも、新人にありがちな頭でっかちな作品に陥ることなく、血肉の通った人間ドラマに仕上がっているところが凡百のデビュー作とは一線を画しています。まずロースクール時代の模擬裁判を通して専門的な法律を分かりやすく解説しつつも、さりげなく伏線を散りばめていく手際が見事です。何気ない描写があとで重要な意味を持ってくるところなどは思わず唸らされてしまいます。ミステリーとしてのサプライズは申し分ありませんし、それと同時にやるせない気持ちになるラストも忘れ難い印象を与えてくれます。ただ、あまりにも救いがない結末は賛否の分かれるところですし、重要な情報が最後まで読者に隠匿されている点も本格ミステリを期待した人にとっては減点材料になるかもしれません。その一方で、計算し尽くされたプロットの巧みさは誰もが認めるところではないでしょうか。今年度を代表するミステリー小説の一つといっても過言ではない、新人離れした傑作です。
蝉かえる(櫻田智也)本格
仕事で山形市を訪れた糸瓜京助は御隠しの森と呼ばれる地に足を伸ばした。そこは16年前に学生ボランティアとして一度来たことのある場所で、その際、彼は幽霊の姿を確かに見たのだった。京助が森の中にある神社に足を踏み入れて考えごとをしていると、ふいに30歳前後の男女が姿を現す。話しかけてみたところ、女性の方は大学で昆虫食の研究をしている鶴宮先生、男性の方は昆虫採集の素人研究家である魞沢泉(エリサワ・セン)だという。2人と話をしているうちに京助は16年前の出来事を打ち明けずにはいられなくなった。語り始める京助に対し、魞沢泉が導き出した幽霊の正体とは?
◆◆◆◆◆◆
『サーチライトと誘蛾灯』に続く全5編収録のシリーズ第2弾です。前作では変わりものの昆虫オタクにすぎなかった魞沢泉のキャラクターとしての掘り下げがなされており、そのおかげで物語に深みを与えることに成功しています。特に、最終作の『サブサハラの蠅』などはなかなかの感動作です。一方、ミステリーとしてもすべてが伏線という特長はそのままに、前作以上にレベルの高い作品がずらりと並んでいます。どの作品も、何が起きたのかを解き明かすホワットダニットを基調としたミステリーなのですが、なかでも2つの事件が意外な形で結びつく、推理作家協会賞受賞作の『コマチグモ』とミスディレクションの扱い方に長けた『ホタル計画』が秀逸です。珠玉という言葉が相応しい連作ミステリーの傑作です。
囚われの山(伊東潤)
久我清義が通うロースクールでは無辜ゲームと呼ばれる疑似裁判が行われていた。何らかの被害にあった学生の申請に基づいて無辜ゲームが開廷し、ロースクールのなかでも天才と呼ばれる結城馨が判定を下すのだ。ある日、久我が無辜ゲームの開廷を要請する。彼が児童相談所の出身であり、その施設長に危害を加えた事実を暴露した怪文書が出回ったからだ。久我は傷害罪の事実よりも、その事件の裏にある幼馴染・織本美鈴の秘密が暴露されることを危惧していた。そして、模擬裁判に挑んだ久我は見事に怪文書を配布した犯人を特定するのだった。やがて、ロースクールを卒業した久我は弁護士になるが、美鈴は殺人事件の容疑者として逮捕される。久我は彼女の弁護を引き受けることになり.......。
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第62回メフィスト賞受賞作品。現役の司法修習生がその法律知識を駆使して書きあげたリーガルサスペンスです。しかも、新人にありがちな頭でっかちな作品に陥ることなく、血肉の通った人間ドラマに仕上がっているところが凡百のデビュー作とは一線を画しています。まずロースクール時代の模擬裁判を通して専門的な法律を分かりやすく解説しつつも、さりげなく伏線を散りばめていく手際が見事です。何気ない描写があとで重要な意味を持ってくるところなどは思わず唸らされてしまいます。ミステリーとしてのサプライズは申し分ありませんし、それと同時にやるせない気持ちになるラストも忘れ難い印象を与えてくれます。ただ、あまりにも救いがない結末は賛否の分かれるところですし、重要な情報が最後まで読者に隠匿されている点も本格ミステリを期待した人にとっては減点材料になるかもしれません。その一方で、計算し尽くされたプロットの巧みさは誰もが認めるところではないでしょうか。今年度を代表するミステリー小説の一つといっても過言ではない、新人離れした傑作です。
蝉かえる(櫻田智也)本格
仕事で山形市を訪れた糸瓜京助は御隠しの森と呼ばれる地に足を伸ばした。そこは16年前に学生ボランティアとして一度来たことのある場所で、その際、彼は幽霊の姿を確かに見たのだった。京助が森の中にある神社に足を踏み入れて考えごとをしていると、ふいに30歳前後の男女が姿を現す。話しかけてみたところ、女性の方は大学で昆虫食の研究をしている鶴宮先生、男性の方は昆虫採集の素人研究家である魞沢泉(エリサワ・セン)だという。2人と話をしているうちに京助は16年前の出来事を打ち明けずにはいられなくなった。語り始める京助に対し、魞沢泉が導き出した幽霊の正体とは?
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『サーチライトと誘蛾灯』に続く全5編収録のシリーズ第2弾です。前作では変わりものの昆虫オタクにすぎなかった魞沢泉のキャラクターとしての掘り下げがなされており、そのおかげで物語に深みを与えることに成功しています。特に、最終作の『サブサハラの蠅』などはなかなかの感動作です。一方、ミステリーとしてもすべてが伏線という特長はそのままに、前作以上にレベルの高い作品がずらりと並んでいます。どの作品も、何が起きたのかを解き明かすホワットダニットを基調としたミステリーなのですが、なかでも2つの事件が意外な形で結びつく、推理作家協会賞受賞作の『コマチグモ』とミスディレクションの扱い方に長けた『ホタル計画』が秀逸です。珠玉という言葉が相応しい連作ミステリーの傑作です。
囚われの山(伊東潤)
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新田次郎の『八甲田山死の彷徨』と高倉健主演の映画『八甲田山』によってすっかり有名になった史上最悪の山岳遭難事件、八甲田山遭難事件を謎解きミステリーとして描いた作品です。映画や小説のイメージが強い事件に新しい切り口を提示しており、興味をそそられます。また、ほんの小さな矛盾を足がかりにして、定説を覆していくプロセスにはこれが真実ではないのか?と思わせるだけの説得力があり、読み応え満点です。それに加え、現代の出版業界の現状や取材の手順などをリアルに描くことで物語に深みを与えることにも成功しています。ただ、主人公の離婚騒動は本筋とは関係なく、蛇足だったのではないでしょうか。その辺りをばっさり切り落とし、八甲田山の話に絞ったほうが、より完成度が高まったような気がします。
奈落で踊れ(月村了衛)
1998年。金融機関との癒着を示すノーパンすき焼き事件が発覚し、大蔵省は発足以来最大の危機に立たされていた。接待を受けていた大蔵官僚たちは苦境に立たされ、罪を逃れるために大蔵省始まって以来の変人と噂される文書課課長補佐の香良洲圭一に協力を要請するのだった。そんな中、香良洲は元妻で政治家秘書の花輪理代子から政財官界の顧客リストの存在を告げられる。彼はフリーライターの神庭絵理にリストに関する調査を依頼する。黒社会へと接近し、次第に官僚たちの思惑から外れて独自の行動を取り始める香良洲。果たして彼の真の目的とは?
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2018年発表の『東京輪舞』以来、日本の戦後史を虚実交えて描いた実録シリーズは月村了衛の新たな代表作として人気を博してきました。本作はその最新作ですが、昭和から平成へと舞台を移したうえに、モチーフとなっているのがあのノーパンしゃぶしゃぶ事件である点が目を引きます。そのネーミングからしてどう考えてもシリアスなドラマは似合いません。それでは本作はこの事件をどのように料理しているかというと、想像以上にお笑い小説になっています。省内の出世争いや汚職の内幕などはリアリティを感じさせる一方で、スキャンダルを巡って官僚たちがあたふたする姿は完全にコメディです。明治維新以来、日本の中枢を担ってきた大蔵省の解体へとつながる大事件の経緯を気軽に学べるのはこの作品の大きな美点だといえるでしょう。その一方で、香良洲を中心とした政治家、やくざ、大物官僚たちの騙し合いはピカレスクロマンとして大いに読み応えがあります。なかには実在の人物も実名で登場しており、他のシリーズ作品同様に、物語の臨場感を高めることに成功しています。さらに、架空のキャラクターたちも皆魅力的で、香良洲以上の変人が次々と出てくる展開がなんとも愉快です。一種のダークヒーローものにブラックな笑いをたっぷりまぶした著者の異色傑作です。
2018年発表の『東京輪舞』以来、日本の戦後史を虚実交えて描いた実録シリーズは月村了衛の新たな代表作として人気を博してきました。本作はその最新作ですが、昭和から平成へと舞台を移したうえに、モチーフとなっているのがあのノーパンしゃぶしゃぶ事件である点が目を引きます。そのネーミングからしてどう考えてもシリアスなドラマは似合いません。それでは本作はこの事件をどのように料理しているかというと、想像以上にお笑い小説になっています。省内の出世争いや汚職の内幕などはリアリティを感じさせる一方で、スキャンダルを巡って官僚たちがあたふたする姿は完全にコメディです。明治維新以来、日本の中枢を担ってきた大蔵省の解体へとつながる大事件の経緯を気軽に学べるのはこの作品の大きな美点だといえるでしょう。その一方で、香良洲を中心とした政治家、やくざ、大物官僚たちの騙し合いはピカレスクロマンとして大いに読み応えがあります。なかには実在の人物も実名で登場しており、他のシリーズ作品同様に、物語の臨場感を高めることに成功しています。さらに、架空のキャラクターたちも皆魅力的で、香良洲以上の変人が次々と出てくる展開がなんとも愉快です。一種のダークヒーローものにブラックな笑いをたっぷりまぶした著者の異色傑作です。
たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説(辻真先)本格
終戦から4年が過ぎた昭和24年。風早勝利が通う旧制中学は新制高校に改められ、彼は男女共学の高校の3年生となった。戸惑いの連続の日々を送る中、推理小説研究会の部長を務めていた勝利は顧問である別宮操先生の勧めで、同じく彼女が顧問を務める映画研究会と合同の夏休み旅行に行くことになる。ところが、その旅先で一行は密室殺人に巻き込まれるのだった。さらに、夏休み最後の日には関東に大きな被害をもたらしたキティ台風が襲来する中で奇怪なバラバラ殺人事件に遭遇する。2つの不可解な殺人を行った犯人の正体とは?
◆◆◆◆◆◆
『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』に続く那珂一兵シリーズの第2弾です。1932年生まれの作者らしく、戦後直後の混乱期をリアリティ豊かに、そして、そんな時代に青春を過ごした若者たちの姿を生き生きと描くことに成功しています。そのうえで、密室殺人やバラバラ殺人といった本格ミステリのガジェットを盛り込み、古き良き時代の推理小説のテイストを再現している点にも引き込まれるものがあります。ただ、肝心のトリックに関してはそれほど独創性はありません。なかには凡庸と感じる人もいるのではないでしょうか。その代わり、伏線の張り巡らせ方や回収の鮮やかさは見事で、この辺りはさすが熟練の味わいといったところです。それになんといっても、この時代ならではの動機に驚かされます。まさに昭和24年の推理小説です。それらに加え、ラストの仕掛けも読者に忘れ難い余韻を与えてくれます。88歳の作者による渾身の力作です。
あの子の殺人計画(天袮涼)本格
小学5年生になる椎名きさらはずっと母一人に育てられてきた。母親は一生懸命働いているものの、なかなか貧困から抜け出せないでいる。しかも、きららを水責めの刑で厳しく育てていたのだ。きららはそれを自分の行いに対する当然の罰だと思い込んでいたが、保健の先生や転校生からの指摘があり、どうも自分は虐待を受けているらしいと思うようになってくる。母への思慕の念は次第に怨嗟へと変わり、ついには母親の殺人計画を練るようになっていった。一方、その頃、川崎駅近くの路上で大手風俗店オーナーの遠山菫が刃物で刺されて死んでいるのが発見される。県警捜査一課の真壁の聞き込み捜査の結果、以前遠山の店で働いていた椎名綺羅という女性が容疑者として浮上する。だが、彼女は犯行時刻には娘のきさらと一緒にいたと主張するのだった。真壁は、生活安全課の女性捜査員ながらも数々の難事件を解決に導いてきた仲田螢の手を借り、椎名母娘の実像に迫っていくが......。
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現代における子どもの貧困問題に挑んだ『希望が死んだ夜に』に続く仲田&真壁シリーズの第2弾です。今作は子どもの虐待がテーマということですが、小学5年生の視点から描かれる壮絶なシーンの連続は読んでいて胸が痛くなるほどです。あまりのリアルさに息がつまり、途中で本を閉じたくなってしまいます。もし本作が最初から最後まで娘の視点だけだったら、読み切るのは困難だったかもしれません。実際は刑事を始めとする多くの視点から語られていくため、事件全体の構図がどうなっているのかというミステリー的興味がわくことでなんとか読み進めることができるといった感じです。そして、虐待のインパクトだけに気を囚われすぎていると思わぬどんでん返しに唖然とすることになります。さらに、そのどんでん返しによって本作の虐待というテーマをより一層際立させる結果となっている点が見事です。社会派ミステリーのテーマ性と本格ミステリとしての仕掛けが見事に融合した傑作です。
暗鬼夜行(月村了衛)
読書感想文に力を入れている駒鳥中学は元作家志望で文芸誌に掲載された経験もある汐野悠紀夫に薮内三枝子という生徒の指導をさせる。三枝子は見事に市の代表となり、県の選考へと進んでいくものの、生徒のLINEにあの感想文は盗作だという噂が流れて騒ぎとなる。さらに、1972年のものを盗作したのだという情報が流れるが、肝心の読書感想文集は該当部分だけが欠けていた。やがて、この話を学校の新聞部がwebニュースとして長し、それをマスコミが嗅ぎつけて騒動はさらに大きくなっていく。しかも、その問題には学校の統廃合に反対する勢力が絡んでいるという。一方、汐野は政治家である婚約者の父親に後継ぎになることを求められ、否応なしに事件の渦中へと巻き込まれていく.......。
◆◆◆◆◆◆
冒険小説を中心に発表してきた著者が教育の現場と地方政治の問題を真正面から描いた作品です。とはいっても、本作はよくあるこじんまりとして社会派ミステリーなどとは全く性格を異にしています。人間の俗物性を徹底的に描いた本作は負のカタルシスに満ちており、二転三転の展開自体は楽しめるのの、鮮やかな逆転劇や爽快感などといったものは皆無です。ひたすら人間の悪意を煮詰めていき、最後には救いのないカタストロフィーが怒涛のごとく押し寄せてきます。特に、おぞましささえ感じる終盤の展開はある意味必読です。おそらく、教育問題や政治問題などは本作においては表層的なことにすぎず、人間の本質をオブラードに包まずに描き出すことこそが真の目的だったのではないでしょうか。読んでいると闇に心を蝕まれそうになる異色傑作です。
読書感想文に力を入れている駒鳥中学は元作家志望で文芸誌に掲載された経験もある汐野悠紀夫に薮内三枝子という生徒の指導をさせる。三枝子は見事に市の代表となり、県の選考へと進んでいくものの、生徒のLINEにあの感想文は盗作だという噂が流れて騒ぎとなる。さらに、1972年のものを盗作したのだという情報が流れるが、肝心の読書感想文集は該当部分だけが欠けていた。やがて、この話を学校の新聞部がwebニュースとして長し、それをマスコミが嗅ぎつけて騒動はさらに大きくなっていく。しかも、その問題には学校の統廃合に反対する勢力が絡んでいるという。一方、汐野は政治家である婚約者の父親に後継ぎになることを求められ、否応なしに事件の渦中へと巻き込まれていく.......。
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冒険小説を中心に発表してきた著者が教育の現場と地方政治の問題を真正面から描いた作品です。とはいっても、本作はよくあるこじんまりとして社会派ミステリーなどとは全く性格を異にしています。人間の俗物性を徹底的に描いた本作は負のカタルシスに満ちており、二転三転の展開自体は楽しめるのの、鮮やかな逆転劇や爽快感などといったものは皆無です。ひたすら人間の悪意を煮詰めていき、最後には救いのないカタストロフィーが怒涛のごとく押し寄せてきます。特に、おぞましささえ感じる終盤の展開はある意味必読です。おそらく、教育問題や政治問題などは本作においては表層的なことにすぎず、人間の本質をオブラードに包まずに描き出すことこそが真の目的だったのではないでしょうか。読んでいると闇に心を蝕まれそうになる異色傑作です。
おおきな森(古川日出夫)
ふと気が付くと丸消須ガルシャは夜の闇を走る列車の中にいた。彼は自分が誰でどうして列車に乗っているのかもわからないまま防留減須ホルヘーと振男・猿=コルタという2人の男に出会い、列車内で起きた不可解な溺死事件に巻き込まれる。一方、覚醒剤の過剰摂取によって幻覚症状に悩まされるようになった坂口安吾は病院での入院生活に入るもすぐに自主退院し、探偵業を始める。そして、彼は失踪した高級コールガールたちの行方を追うが......。
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「木」を6つ並べて『おおきな森』と読ませる本作は、その名の通り、読者を深い深い言葉の森に迷い込ませ、ひたすら翻弄していく作品だといえます。一応不可解な事件を巡る探偵譚のような形式をとってはいるものの、物語はミステリーとして収斂することはなく、ひたすら飛躍を繰り返していきます。そして、宮沢賢治や坂口安吾のエピソードが満州や731部隊の話につながり、『銀河鉄道の夜』が『百年の孤独』との思わぬ邂逅を果たすなど、読み進めるほどにカオスの度合いを深めていくのです。読者は振り落とされないようにしがみつくのが精一杯で、内容を咀嚼して理解する余裕など到底ありません。しかし、一方で、連想ゲームのようにどこまでも肥大化する物語の奔流に身を任せれば言葉の持つ幻惑性を堪能し、不思議なトリップ感覚を味わうことができます。そういう意味で、本作は読者としての資質が問われる作品だといえるかもしれません。ミステリーやSFといった既存のジャンルの枠には収まりきらない異色作です。
透明人間は密室に潜む(阿津川辰海)本格
密室と化した殺人現場から犯人である透明人間が潜んでいる場所を探り当てる表題作のほか、探偵の助手が優れた聴覚で事件の謎に迫る『盗聴された殺人』、あるアイドルグループの揉め事が原因で起きた殺人事件の裁判で栽培員の一人がそのグループのガチオタだったことから大脱線が始まる『六人の熱狂する日本人』、豪華客船での脱出ゲームイベントで本当に閉じ込められてしまった男の脱出劇を描いた『第13船室からの脱出』の4篇を収録した作品集。
◆◆◆◆◆◆2017年に23歳でデビューし、新本格ミステリのホープとして高い注目を集めている著者による初の作品集です。いずれもロジックにこだわり抜いた本格ミステリながらも、作品の舞台や設定は一作一作全く違ったものになっており、バラエティに富んだ謎解きを楽しむことができます。たとえば、表題作は透明人間のできることとできないことをピックアップしながら犯人の居場所を特定していくプロセスが特殊設定ミステリーとしてよくできていますし、『盗聴された殺人』の緊張感に満ちた展開のなかでの手掛かりの提示方法も実に鮮やかです。また、『第13船室からの脱出』は古典的名作である『十三独房の問題』のオマージュ的作品ですが、元ネタに勝るとも劣らないアイディアの乱れ打ちには感心させられます。しかし、そのなかでも特筆すべきはこれまた『12人の怒れる男』のパロディ的作品である『六人の熱狂する日本人』です。シリアスな法廷ミステリーと思わせてからの大脱線の連続には思わず笑ってしまいます。凄まじい勢いで押し切ってしまうタイプの作品で、著者の新境地を切り開いたともいえる異色傑作です。以上のように、本作品集は収録されている作品こそ4つと少ないものの、多様性に富んでおり、本格ミステリをいろいろな角度から楽しみたいという人にはピッタリの一冊だといえます。
暴虎の牙(柚月裕子)
昭和57年。広島の呉原ではヤクザを敵に回して一人の若者が暴れ回っていた。愚連隊・呉寅会を率いる沖虎彦だ。彼はどんな強大な敵にも噛みついていく凶暴性と周りの人間を魅了するカリスマ性で急速に勢力を拡大していた。そんな彼に広島北署二課暴力団係の刑事・大上章吾が接触する。ヤクザに喧嘩を売りまくりながらも堅気には決して手を出さない虎彦が気に入ったからだ。だが、虎彦は呉原最大の暴力団・五十子会を敵に回して全面抗争へと向かっていく。大上は何とか虎彦を止めようとするが......。それから時が過ぎて平成16年。懲役刑を終えて出所した虎彦が再び動き出す。しかし、暴対法が施行されて久しい現代の日本ではシノギもままならない。焦燥感に駆られた虎彦が暴走を始めた矢先に現れたのが、今は亡き大上の愛弟子で、呉原北署の刑事である日岡秀一だった......。
◆◆◆◆◆◆
『孤狼の血』『凶犬の眼』に続くシリーズ三部作の完結編です。1作目より過去から始まり、2作目の先を描いた本作はシリーズ全体を敷衍する形をとっており、最後を締めくくるのに相応しい大作に仕上がっています。今まで登場してきた人物が次々と姿を見せる集大成的な物語になっていますし、特に1作目で退場した大上の活躍が再び見れるのはうれしいところです。それに、シリーズを完結させるために登場させた沖虎彦というキャラが強烈で、忘れ難い印象を読み手に与えます。そのインパクトを中心に据え、既存のキャラクターに光を当てていく手管が見事です。ただ、前半の大上パートは抜群の面白さを誇っているのに対して後半の日岡パートは凄惨さばかりがクローズアップされて物語のカタルシスにやや欠けているのが難点だといえなくもありません。ともあれ、激しいバイオレンスから物悲しいラストに至る怒涛の展開は、ピカレスロマンとして非常に読み応えがあります。著者渾身の力作です。
暗黒残酷監獄(城戸喜由)本格
高校3年生の清家椿太郎は友人が一人もいない代わりに、女性からは異様にモテ、しかも、本人は人妻との不倫に昏い喜びを見出すような歪んだ性格をしていた。その日も墨田汐の家に上がり、まるで自宅にいるかのようにリラックスして彼女といちゃついていたのだ。ところが、そのとき、急に汐の夫が帰ってくる。あわやというところで不倫の現場から脱出する椿太郎だったが、そのときスマホに母からのメッセージが送られてくる。画面には姉が死んだと記されていた。しかも、病死や事故死ではなく、十字架に磔にされて殺されたのだ。残された手掛かりは姉の部屋で見つけた「この家に悪魔がいる」というメモのみ。悪魔とは一体誰のことを指しているのか?椿太郎は独自に調査を始めるが、その結果、家族の秘密が次々と明らかになり.......。
◆◆◆◆◆◆
第23回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作品です。ただ、主人公の生活空間を舞台にしながらも実際に描かれているのは極めて現実味が乏しい一種異様な世界であるという点からは、どちらかというと、00年代初頭頃のメフィスト賞を彷彿とさせます。かなり中二病要素が満載で、ちょうど舞城王太郎や佐藤友哉のような感じなのです。それに、倫理観がぶっ壊れているところなどはまるで白井智之のようでもあります。しかし、世界観が独特すぎてかなり読者を選ぶ作品ではあるものの、波長が合えばたちまち作品世界に引き込まれてしまいそうな語り口の巧さがこの作品にはあります。主人公の椿太郎も本来であれば恐ろしく不快な人物のはずなのですが、そもそも登場人物が全員壊れているために、主人公の異様さがほどよい個性として成立してしまっているのです。すべてが異常でありながら、その異常と異常を組み合わせて、オリジナリティ豊かな作品世界を構築していく、卓越した構成力が見事です。もっとも、唐突に挿入される漫画やアニメなどのサブカルネタはさすがに不要だろうとは思うのですが、本作の場合はそれさえも、独自の味となっています。しかも、これだけ常識外の展開を繰り広げながらも、最後は伏線をきれいに回収して、ロジカルに謎が解かれていくのだから不思議です。逆に、異常世界のなかの出来事だからこそ、最後に頼りになるのはロジックだけだということなのかもしれません。賛否両論必至の異端の傑作です。
欺瞞の殺意(深木章子)本格
昭和41年の夏。資産家として知られる楡家で毒殺事件が起きる。犯行を自白した弁護士に無期懲役の判決が下るが、40年後に仮釈放で出所した彼は事件関係者唯一の生き残りである女性に手紙を送って無実を主張するのだった。「私は犯人ではありません。あなたはそれを知っているはずです」と。こうして始まった2人の往復書簡はやがて毒入りチョコレート殺人を巡る推理合戦の様相を帯びてくる。やがて、推理のぶつかり合いは事態を思わぬ方向へと導いていくが........。
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毒入りチョコレートを巡る推理合戦というのは明らかにアントニー・バークリーの名作『毒入りチョコレート事件』を意識していますが、そこに42年の時の重みを加え、人間ドラマとしての深みを与えている点が秀逸です。しかも、推理合戦自体が高い完成度を誇っているうえに、往復書簡という形式にも仕掛けが施されており、最後の最後まで二転三転を繰り返すという超絶技巧ぶりには感嘆の念を禁じ得ません。独創的な発想をもとにし、緻密な計算に基づいて組み上げられた極めて完成度の高い本格ミステリです。
ドミノ in 上海(恩田陸)
日中米の合作ホラー映画を撮影するために中国にやってきたフィリップ・グレイヴン監督は悲嘆に暮れていた。上海のホテル、青龍飯店に宿泊したところ、彼が溺愛していたペットのイグアナが、食材と勘違いした料理人によって調理されてしまったのだ。一方、ある組織は秘宝を上海に持ち込もうと手はずを整えるが、一行に届く気配がない。どうやら手違いが起きたらしかった。さらに、動物園で飼育されているパンダの厳厳は自由を求めて脱走を試みるが.........。
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30人近い登場人物がすれ違いつつ、互いの運命に影響を与え合う群像コメディ『ドミノ』の19年ぶりの続編です。今回は日中米と国際色豊かな登場人物に加え、イグアナの霊やアウトローなパンダなども絡んでくる点が異彩を放っています。前作は東京駅を舞台にしていましたが、本作では上海のさまざまな場所を描きつつ、登場人物たちが一カ所に集結していくプロセスにうまさを感じます。しかも、登場人物が多くても一人一人のキャラが立ちまくっているので混乱することは全くありません。また、前作以上にコメディ色が強く、特にパンダによる脱走劇などは抱腹絶倒ものです。全編を通して一切緩みというものがなく、疾走感を保ったまま最後まで突き抜けていきます。ただ、娯楽性を重視したために非現実性の高い要素が大幅に増えている点は評価の分かれるところです。はっきりいってあり得ない展開の連続なので、前作とは異なり、ミステリーとしては評価しがたいものがあります。しかし、エンタメ小説としては間違いなく傑作です。
ワン・モア・ヌーク(藤井太洋)
30人近い登場人物がすれ違いつつ、互いの運命に影響を与え合う群像コメディ『ドミノ』の19年ぶりの続編です。今回は日中米と国際色豊かな登場人物に加え、イグアナの霊やアウトローなパンダなども絡んでくる点が異彩を放っています。前作は東京駅を舞台にしていましたが、本作では上海のさまざまな場所を描きつつ、登場人物たちが一カ所に集結していくプロセスにうまさを感じます。しかも、登場人物が多くても一人一人のキャラが立ちまくっているので混乱することは全くありません。また、前作以上にコメディ色が強く、特にパンダによる脱走劇などは抱腹絶倒ものです。全編を通して一切緩みというものがなく、疾走感を保ったまま最後まで突き抜けていきます。ただ、娯楽性を重視したために非現実性の高い要素が大幅に増えている点は評価の分かれるところです。はっきりいってあり得ない展開の連続なので、前作とは異なり、ミステリーとしては評価しがたいものがあります。しかし、エンタメ小説としては間違いなく傑作です。
ワン・モア・ヌーク(藤井太洋)
東京オリンピックを4カ月後に控えた2020年3月6日。1本の動画によって日本中が騒然となる。その動画は東京に原爆を仕掛け、3月11日の午前零時に爆発させるという犯行予告だったのだ。当初はテロリストに原子爆弾のような精密なものを作るのは不可能だと思われていたが、中東でプルトニウム239が奪われた事実が判明し、設計図が公表されるに至ってテロ予告は俄然現実味を帯びてくる。テロリストたちの氏名はほどなく判明する。イスラム国の幹部テロリストであるサイード・イブラヒム、中国政府の核実験によって被爆したウイグル自治区出身の女性ムフタール・シュレペット、そして、女性実業家の但馬樹だ。一方、それを追う捜査陣は警察組織やIAEA(国際原子力機関)などの思惑が絡み合い、横の連携が取れないでいた。そんな中でテロを喰いとめる唯一のチャンスといえるのがテロリスト側も一枚岩ではないらしいという点だが.......。
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今日的なテーマを中心に据え、緊迫感あふれるドラマを構築することに成功したタイムリミットサスペンスの傑作です。まず、体制側VSテロリストといった単純な構図ではなく、どちらの側にもそれぞれ異なる思惑があって状況が二転三転する展開には手に汗握ります。また、原爆テロというあり得なさそうな話を緻密な取材と筆力によって説得力のある物語にしている点にも舌を巻きます。そしてなにより、正しい情報を知らせなかった為政者の罪と、デマや悪意に踊らされて正しい情報に目を向けなかった庶民の罪を同時に暴いている点が秀逸です。主犯の但馬樹をいささか完璧超人に描きすぎている点は賛否の分かれるところですが、重い主題を内包しながらも極上のエンタメ作品に仕上げた手腕は見事といわざるをえません。
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2020年発売!注目の海外ミステリー
最新更新日2020/12/30☆☆☆
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猿の罰(J・D・バーカー)
ガン・ストリート・ガール(エイドリアン・マッキンティ)
網内人(陳浩基)
2015年の香港。両親を早くに亡くしたアイは、唯一の肉親である妹のシウマンを飛び降り自殺によって失ってしまう。自殺の原因はSNSの書き込みにあった。アイは自殺する前年に痴漢被害に遭っており、目撃者の通報によって文房具屋の店主が逮捕される。これで一見落着と思われたが、翌年の4月にインターネットのとある掲示板で叔父をハメたクソ女としてアイが告発されたのだ。自殺はその人物に扇動されたネット民に追い詰められた結果だった。納得のいかないアイは知人からハイテク探偵と呼ばれるアニエを紹介してもう。彼女は妹を死に追いやった人物を突き止めてもらおうとするが、アニエはなかなか仕事を引き受けようとしない。彼は依頼者を値踏みし、その人格を丸裸にしたうえで依頼を引き受けるか否かを決めていたのだ。しかも、アニエには探偵の他に、復讐請負人というもう一つの顔があり......。
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ネットの闇を描いたサスペンスミステリーである本作は、妹を死に追いやった張本人をつきとめる前半のフーダニットと、後半の復讐譚の2部構成になっています。このうち特に面白いのが前半部の犯人探しです。ハイテク探偵のアニエが魅力的で、ネットの仕組みを逆手に取りつつ、真相に迫っていくプロセスは非常に興味深いものがあります。その名探偵ぶりは上質な本格ミステリを読んでいるかのようです。それに対して、後半になるとサイドストーリーとしてIT業界の物語が絡み、それ自体はなかなか面白くはあるものの、ストーリーの焦点がぼやけて散漫な印象を受けてしまいます。ところが、そこにも巧妙な仕掛けが施されており、終盤のどんでん返しには思わず唸らされます。本作は良質なサスペンスミステリーであると同時に、日本の新本格に通じる謎解きの面白さを併せ持ち、さらに、ネット社会における現代人の善と悪の問題を鋭く問うた社会派ミステリーとしても秀逸です。ボリュームたっぷりの物語の中にさまざまな魅力を詰め込んだ陳浩基の新たなる傑作です。
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『メインテーマは殺人』に続くホーソーンシリーズの第2弾です。相変わらず、クラシックミステリーのオマージュやメタ発言などを挟みながら王道的フーダニットミステリーに仕上げてています。単純だと思われた事件の謎がどんどん膨れ上がっていくさまにはワクワクしますし、散りばめられた伏線を回収しての解決も見事です。驚くべきトリックなどはありませんが非常に丁寧に作られた豊潤な香りがする本格ミステリの傑作だといえるでしょう。それに、海外作品の割にテンポよくサクサク読めるのも美点です。ただ、これは、嫌な人物を描かせたら一流という著者の長所ではあるのですが、警官や女刑事などの態度の悪さには読んでいてイライラするかもしれませんし、そのために物語がやや冗長になっている気もします。ミステリファンなら間違いなく楽しめる1冊なのですが、その点だけは賛否の分かれるところです。
ストーンサークルの殺人(M・W・クレイヴン)
英国カンブリア州のストーンサークルで次々と高齢者の焼死体が発見される。死体は無残に損壊されており、猟奇殺人であることは明らかだった。しかも、3番目の被害者の遺体には、不祥事を起こして現在休職中のNCA(国家犯罪対策庁)の刑事、ワシントン・ポーの名前と5の数字が刻まれていたのだ。全く心当たりのないポーだったが、上司の判断によって彼は停職を解かれ、捜査班と合流する。そして、かつての部下であるフリン警部、天才分析官のティリー、幼馴染の地元刑事のキリアンらと捜査に当たるが、新たな犠牲者が発見され.......。
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過激な猟奇描写を除けば本作は伝統的な英国ミステリーであり、特に序盤はよくいえば王道、悪くいえばテンプレ的な展開が続きます。主人公のポーも現代ミステリーではよく見かける典型的なはみ出し刑事で、個性不足は否めません。それに加え、発端となる事件が派手な割に、その後は地道な捜査の繰り返しです。一つ間違えば酷く退屈な作品になってしまうところですが、主人公とコンビを組む分析官のティリー・ブラットショーのキャラクターがそれを救っています。彼女は分析官として天才的な頭脳を有しているものの、それ以外のことに関しては全くのポンコツです。そのティリーとポーの凸凹コンビのやり取りが微笑ましく、物語に潤いを与えてくれます。そして、捜査の進展とともに友情が育まれていくプロセスは上質なバディものとして読み応えありです。また、長年の友である主人公とキリアンとの熱い友情シーンは読む者の胸を打ちます。一方、ミステリーとしては伏線の張り方が巧妙であり、それをきちんと手繰り寄せていけばミッシングリンクを始めとしたさまざまな謎がきちんと解けるようになっているのが秀逸です。ただ、それだけに勘の良い人は途中で真相に気付いてしまうかもしれません。それでも、丹念に証拠集めをしていくポーと天才型のティリーが協力し合って真相に迫っていくプロットは大いにそそられます。今後予定されているという続編も楽しみな佳品です。
2019年CWAゴールドダガー賞受賞
指差す標識の事例(イーアン・ペアーズ)
17世紀の半ば。オリバー・クロムウェルは王制を廃して独裁政権を敷くも、国民からの支持を得られず、彼の死後まもなくチャーズル二世が王政復古を果たす。それから3年が過ぎた1663年。医学を学ぶために、ヴェネツィアからオックスフォード大学に入学したコーラは、そこで大学講師毒殺事件に遭遇する。死因は講師の酒に混入していた砒素だということで、貧しい雑役婦の怨恨による犯行だと目された。コーラはその雑役婦のサラと面識があったため、逮捕された彼女をなんとか助けようと奔走するが......。
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本作は医者の卵のコーラを始めとして、父の汚名を晴らすために脱獄したジャック、オックスフォード大学の幾何学教授のジョン、歴史学者のアントニーという4人の手記から構成されている点に特徴があります。しかも、それぞれがいわゆる信用できない語り手であり、語り手がチェンジするたびに事件の様相ががらりと変わっていくところにミステリーとしての面白味があります。4人はそれぞれ淡々と客観的事実を述べているだけのようにみえますが、皆その時代に生きている故の偏見から逃れられておらず、それが現代人である読者のめくらましとして作用している点が見事です。しかも、事件の犯人だけではなく、語り手の一人である人物の意外な正体を最後に明らかにし、歴史的陰謀に結び付けていくプロットが秀逸です。謎解きの面白さと歴史ミステリーならではのスリリングさを味わえる希有な傑作だといえます。ただ、歴史ミステリーとしての完成度の高さは折り紙つきであるものの、それ故に、歴史描写の密度が濃いすぎてこの時代に詳しくない人は少々苦労するかもしれません。それになんといっても、4人の名だたる翻訳家を揃えてパートごとに訳してもらったという大作です。読み終えるのにはいささか骨が折れるかもしれませんが、歴史ミステリーが好きだという人なら、チャレンジするだけの価値は大いにあります。
三分間の空隙(アンデシュ・ルースルンド)
ピート・ホフマンはアメリカ麻薬取締局(DEA)に雇われ、世界一命の安い国と言われるコロンビアで麻薬犯罪ゲリラのPRCに潜入していた。大物幹部であるエル・メスティーソの用心棒として組織内部まで潜り込むことに成功したホフマンだったが、そのことを知るのはDEAの長官とDEAに彼を売り込んだストックホルム市警のウィルソンだけだ。そんな折、米国下院議長のクラウズは特殊部隊を率いてPRCの麻薬取引現場を急襲するも、逆に罠にはめられ、囚われの身となってしまう。大物議員が拉致されたことを知り、ホワイトハウスは色めき立った。早期解決が求められるなか、ホフマンはアメリカ合衆国に切り捨てられる。彼も敵として殺害リストに加えられたのだ。かくしてホフマンの命運は、ストックホルム市警のグレーンス警部に託されることになるが......。
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グレーンス警部シリーズの第7弾であると同時に、『三秒間の死角』に続くホフマン&グレーンスシリーズの第2弾です。前作はスウェーデン推理作家協会賞やCWAインターナショナルダガー賞などを受賞し、ハリウッドでも映画化された名作でしたが、本作はさらにスケールアップして読み応え満点の仕上がりとなっています。繰り広げられるバイオレンスに心を鷲掴みにされ、怒涛のアクションシーンに引き込まれていきます。それになんといっても、ホフマンの危機に立ちあがるグレーンス警部のかっこよさが最高です。長大な物語なのにそれを全く感じさせず、一気に読むことができます。臨場感や緊迫感では『三秒間の死角』に軍配が上がるものの、娯楽性の高さでは本作のほうが上ではないでしょうか。
汚名(マイクル・コナリー)
サンフェルナンド市警の嘱託刑事として未解決事件を手がけているハリー・ボッシュのもとをかつてのパートナーでロス市警本部強盗殺人課未解決事件班刑事のルシア・ソトがロス検事局のアレックス・ケネディ検事補とともに訪ねてくる。彼らの話によると、ボッシュが30年ほど前に連続殺人犯として逮捕し、現在も服役中の死刑囚プレストン・ボーダーズの再審請求が認められそうだという。それというのも、改めて証拠を検証し、被害者の一人の衣服に付着していた精液をDNA鑑定にかけたところ、すでに死亡している他の死刑囚のものだと判明したからだ。ボーダーズの弁護士は証拠物件の保管状況に問題がなかったことからボッシュが偽の証拠をでっちあげて不当逮捕をしたと主張しているらしい。しかも、喧嘩別れした経緯からロス市警の心証は最悪で、ボッシュに罪をかぶせる気満々だった。ボッシュはリンカーン弁護士ことミッキー・ハラーに相談し、彼の師匠であるリーガル・シーゲルの知恵を借りることになる。一方、サンフェルナンド市警の管轄では薬局を経営する親子が銃殺されるという事件が起きていた。人手が足りず、ボッシュも捜査に狩り出されることになるのだが........。
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2017年に発表されたシリーズ第20弾です。1992年の第1弾から四半世紀が過ぎ、働き盛りだったボッシュもすでに60代半ばに達しています。本作はそんなシリーズの歴史を感じさせる一編です。元パートナーだったルシア・ソトを始めとして懐かしの面々が次々と登場し、新たなドラマを展開していくさまにはグッとくるものがあり、一方で、ボッシュが初めて潜入捜査に挑むなど、ここにきて新たな魅力を付加することにも成功しています。不幸な身の上のエリザベスを救おうとするボッシュの行動はかっこよすぎですし、ミッキー・ハラーの法廷シーンも魅せてくれます。計3つの事件を解決に導いていくプロセスの中に、活劇あり、謎解きあり、リーガルサスペンスの要素ありと、多くの魅力を詰め込み、破綻なくまとめているのは見事としかいいようがありません。もやもやとした結末は賛否が分かれるかもしれませんが、それもまたこのシリーズの魅力だといえます。安定した面白さを提供してくれる佳品です。
死亡通知書 暗黒者(周浩暉)
壊れた世界の者たちよ(ドン・ウィンズロウ)
警察一家に生まれたジミーは麻薬取引を潰したことからメキシコ系マフィアの恨みを買い、報復として弟を無残に焼き殺されてしまう。復讐の鬼と化したジミーはニューオリンズ市警最強の麻薬班を率い、手段を選ばない私刑に乗り出すが......。
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中編小説ばかりを集めた、総ページ数700超という圧倒的なボリュームの作品集です。しかも、そのクオリティは文句のつけようがなく、一編一編がウィンズロウの魅力を凝縮したような出来に仕上がっています。まず、表題作の苛烈で容赦のない復讐劇に読者は固唾を飲むことになります。特に、クライマックスの壮絶な銃撃戦は読んでいてめまいを覚えるほどです。続く『犯罪心得一の一』は独自の美学を持つ宝石泥棒とそれを追う警官の物語を双方の視点から描いたものです。名優スティーヴ・マックイーンのオマージュ作品となっており、古典的なクライムムービーを思わせる名画の味わいを堪能することができます。また、収録作品の中でもいささか異彩を放っているのが『サンディエゴ動物園』です。チンパンジーがリボルバーを振り回しながら動物園を脱走するという珍妙過ぎる事件を始めとして全編が軽妙な笑いとロマンスに包まれており、読んでいるうちにハッピーな気分にさせてくれます。こういったタイプのウィンズロウ作品はちょっと珍しいのではないでしょうか。そして、泣ける私立探偵小説『サンセット』、ウィンズロウ作品ではおなじみの登場人物たちが勢ぞろいするサービス満点の快作『パラダイス』を経て掉尾飾るに相応しいのが『ラスト・ライド』です。メキシコの国境警備局隊員と不法入国者である少女のドラマを通してアメリカに対する著者の怒りと悲しみがひしひしと伝わり、ラスト一行で泣かされることになります。以上6篇、ウィンズロウという作家のあらゆる要素が最高の形で詰め込まれた宝石箱のような傑作です。
あの本は読まれているか(ラーラ・プレスコット)
嗤う猿(J・D・バーカー)
「見ざる、聞かざる、言わざる」に見立てて残虐な殺しを続ける猟奇殺人鬼の四猿。その四猿が忽然と姿を消してから4カ月が過ぎた頃、冬の公園で少女の凍った死体が発見される。少女の体には拷問の痕跡が残されており、その奇怪な手口から世間は四猿の再来だと騒ぎ立てるのだった。ポーター刑事の執念の捜査が続くが、そんな彼も狡猾な罠にはまり、次第に追い詰められていく......。
◆◆◆◆◆◆
前作『悪の猿』でリンカーン・ライムシリーズで知られるジェフリー・ディーヴァーの後継者と目された著者のシリーズ第2弾です。もっとも、前作の段階ではディーヴァーの模造品というイメージが強く、まだまだ習作といった感が拭えませんでした。しかし、本作では見違えるような進歩をみせています。お約束の展開と意表を突いた展開を巧みに織り交ぜ、ぐいぐいと読者の興味を引きつけていく手腕が見事です。レギュラーキャラも魅力的で、毒舌を交えた掛け合いは陰惨な事件の中で一服の清涼剤となっています。ボリュームはかなりあるものの、視点を変えながら語られていく物語は非常にテンポが良くてサクサクと読んでいくことができます。特に、事件がどんどんあらぬ方向へと転がっていく、後半の展開が秀逸です。そして、その果てにたどり着くラストに驚愕させられます。こうした一連のストーリーはディーヴァー作品とはまた違った面白さがあります。ちなみに、本作は三部作の第2弾ということなので、いまから完結編の発売が楽しみです。
レイト・ショー(マイクル・コナリー)
レネイ・バラードはハワイ大学を卒業後、ロサンジェルスタイムスの事件記者を経てロス市警に入った女刑事だ。花形ポストである強盗殺人課特捜班で5年余り勤めあげるが、班長として新しく赴任したロバート・オリヴァス警部補からセクハラを受けて告発したところ、相棒のケン・チャスティン刑事の裏切りにあう。彼が保身のために目撃証言をしなかったためにセクハラ疑惑は不問とされ、逆に、レネイがハリウッド分署に飛ばされてしまったのだ。以来、彼女は新しい相棒と共に23時~7時までの深夜勤務を2年間続けてきたが、本格的な捜査は昼組にまかせ、深夜に起きた事件の初動捜査だけを行うという勤務内容にはやりがいを覚えられずにいた。そんなある日、一晩で3件の事件が起き、レネイはその処理に忙殺される。しかも、3件目はクラブで男が銃を乱射し、4人が即死するという重大事件だった。犯人は逃走し、やがて捜査班が現場に到着する。その指揮をとっているのはオリヴァスだった。彼はレネイを事件から遠ざけようとするが、彼女は銃の乱射事件と女装した男性が暴行を受けて昏睡状態に陥った2件目の事件を独自に調べ始める.......。
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ハリー・ボッシュの高齢化に伴い、シリーズの限界が見え隠れしているタイミングで発表された新シリーズの第1弾です。気になる主人公ですが、上からの圧力にも負けずに自分の信じる道を突き進む姿にはボッシュを彷彿とさせるものがあります。一方で、30代の女刑事ということで、近年のボッシュには欠けていたエネルギッシュなパワーを感じさせてくれます。とはいうものの、序盤は主人公の私生活をじっくり描くなど、キャラ付けの描写に尺をとっているため、少々退屈に感じるかもしれません。しかし、中盤からは物語も一気に盛り上がります。捜査に光明が差してきたと思えば、窮地に陥り、それをくぐり抜けると思わぬ罠が待っているといった具合に、手に汗握る展開が続くのです。その中にほろ苦いエピソードが挟まれており、ドラマに厚みを持たせることにも成功しています。そして、最後に一捻りあるのはさすがコナリー作品といったところです。今回はシリーズの土台固めといった感じの堅実な作品でしたが、今後どのように話が拡がっていくのか非常に楽しみです。
あの日に消えたエヴァ(レミギウシュ・ムルス)
ヴェルネルは恋人のエヴァにプロポーズをするが、その直後、暴漢に襲われてしまう。そして、ヴェルネルの目前でレイプされたエヴァはそのまま消息を絶ってしまうのだった。失意の日々を過ごすヴェルネルは事件から10年が過ぎたある日、フェイスブックの写真にエヴァの姿が映っているのを見つける。ところが、その直後にヴェルネルは殺人の容疑をかけられ、追われる身となってしまう。彼は逃亡生活の中でチャットを通して知り合ったカサンドラの助力を得て、単身エヴァの行方を追い始めるが.......。
◆◆◆◆◆◆
物語は、失踪した婚約者を追うヴェルネルと調査会社の社長の妻で夫のDVに苦しめられているカサンドラの2つの視点によってテンポよく語られていきます。リーダビリティが高くてぐいぐい引き込まれていくうえに、読者の予想を裏切っていく筋運びが見事です。読み進めていくとまさかの展開が繰り返して起こり、ミステリーを読む快感に浸ることができます。散りばめた伏線を回収しつつ、最終章で怒涛の展開へと流れ込んでいくという、まさにサスペンスミステリーのお手本のような傑作です。ただ、読者を驚かすためにプロットを不自然にこねくり回した感もあり、その辺は好みのわかれるところです。
白人至上主義団体クー・クラックス・クランの発祥の地であるテネシー州プラスキ。そこで生まれ育ったボーは5歳のときに父が殺されるのを目撃する。農場主のアンディが犯人だと確信したボーは彼に法による裁きを受けさせるべく弁護士を志すのだった。それから45年の歳月が過ぎ、アンディはボーの父の命日に殺され、同じ木に吊るされることになる。動機、状況証拠、物証の全てがボーの犯行であることを示していた。ボーは殺人の容疑で逮捕され、死刑を求刑される。老弁護士のトムは元教え子で恩人でもあるボーを救うべく、若き弁護士リックとともに無敗の女検事に立ち向かうことになるが........。
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『プロフェッサー』に続くシリーズ第2弾です。前作は主人公復活の物語にリーガルサスペンスを絡めた骨太のドラマでしたが、今回も読み応え満点の娯楽傑作に仕上がっています。特に、仲間のために勝ち目の薄い勝負に挑む展開はベタながらも感動的で、思わず目頭が熱くなってしまいます。また、前半は殺し屋ボーンとの対決に手に汗握り、終盤は意外な真相に驚かされるといった具合に、最初から最後まで山場の連続で飽きさせない作りになっているのが見事です。ただ、そつがない分、やや深みに欠けるのは難点だといえるかもしれません。ともあれ、面白さに関しては一級のシリーズであることには間違いなく、これからの展開も気になるところです。
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本格ミステリの要素が強い作品はタイトル(作者)の右側に本格と記しています
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文学少女対数学少女(陸秋槎)本格
校内誌の編集長に就任した女子高生の陸秋槎は誌面を盛り上げるには読者参加型の企画が必要だと感じ、自らが書いた推理小説の前半部分を犯人当てクイズの問題編として掲載する。そして、この謎が解けるかを読者に向けて挑戦したところ、寄せられた投書の大半は的外れなものばかりだったが、一人だけ完璧な推理を提示してきた生徒がいた。その一人とは数学の天才として学内でも有名な韓才蘆である。しかし、問題は彼女の推理が秋槎の考えていた真相とは全く異なるものであるという点だ。つまり、秋槎の小説は複数の解釈を許すものであり、問題編としては不完全な代物だったのだ。そのことにショックを受けた秋槎は才蘆に自分の書いたミステリー小説を検証するアドバイザーになってもらうよう頼みにいく。才蘆は他人との距離感が掴めないコミュ症でかなりの変わり者だったが、なんとか頼みを引き受けてもらうことに成功する。ただし、その条件としてなぜか秋槎は才蘆の前で下着姿になる羽目になり........。
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4つの短編からなる本作は、作者自身があとがきで「これは『貴族探偵対女探偵』のオマージュ」と語っている通り、麻耶雄嵩の強い影響下にあります。後期クイーン問題を取り上げ、推理小説におけるロジックの脆弱性に言及している点などは麻耶作品そのものといってもよいほどです。したがって、日本の新本格が好きな人にとっては興味深く読むことができるのではないでしょうか。一方、本作ならではのオリジナリティとしてはミステリーの謎解きに連続体仮説やグランディ級数といった数学理論を持ち込んでいる点にあります。なかでも、読者がミステリーを読む際に前提して無意識に考えていることを数学の公理に置き換えていくくだりが印象的です。それに加え、おなじみの百合要素が散りばめられているのもこの著者ならではの特徴だといえるでしょう。特に、本作の場合は下品になる一歩手前の絶妙なバランスで描いているところが秀逸です。ただ、最終結論が投げっぱなしだったり、現実の事件に遭遇した場合はロジックが通用しなかったりといった展開に関しては、中途半端ととるか、既存のミステリーに対するカウンターととるかで賛否が分かれるかもしれません。いずれにしても、挑戦的なそのスタイルは大いに評価したいところです。
地の告発(アン・クリーヴス)本格
ペレス警部は過去の事件で重要な役割を果たし、旧知の間柄でもあるマグナス老人の葬儀に参列する。ところが、葬儀の最中に大規模な地滑りが発生し、墓地と周辺の農地が大量の土砂に呑みこまれてしまう。しかも、周辺の被害状況を確認していたところ、土砂の直撃した農家の家から赤いドレスの女の死体が出てきたのだ。女は土砂の下敷きになって亡くなったわけではない。その首には明らかな絞殺痕が残されていた。すぐさま捜査が始まるが、犯人を特定するには最初に突き止めなければならないことがあった。そもそもこの女は何者なのか?
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イギリス最北端に位置するシェトランド諸島を舞台にしたペレスシリーズの第7弾。島で暮らす人々の人間模様の描写と端正な謎解きを高いレベルで両立している点が持ち味のシリーズですが、本作でもその魅力は健在です。美しい島の自然を背景としてさまざまな人間模様が巧みに描かれ、それぞれのドラマと謎の解明が一体となって進行していく展開に思わず引き込まれていきます。特に、被害者である女性の正体を巡って二転三転する前半のくだりは非常にスリリングです。中盤はやや中弛みを感じないではありませんが、後半になるとペレスとウィローの恋模様などを絡ませながら物語を盛り上げてくれます。最後に意外な犯人が明らかになり、本格ミステリとしてもなかなかの完成度を誇っています。相変わらず安定感のある面白さを提供してくれるシリーズですが、ついに次巻で完結とのことで、果たしてどのような結末を迎えるのかが今から非常に気になるところです。
素晴らしき世界(マイクル・コナリー)
ハリウッド分署で深夜勤務を担当している女刑事レネイ・バラードは殺人事件の現場検証を終えて署に戻ってきたところ、見知らぬ初老の男が過去の事件ファイルを漁っているのを目にする。それは元ロス市警刑事のハリー・ボッシュだった。15歳の家出少女が殺害された9年前の事件を個人的に調べているのだという。レネイはボッシュを追いだすが、次第にその事件に興味を持ち始める。そして、ボッシュに協力を申し込み、お互いの仕事の空き時間を利用して過去の資料を2人で精査するようになるのだが.......。
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本作はハリー・ボッシュシリーズ第20弾『汚名』の続編であると同時に、『レイトショー』に続く女刑事レネイ・バラードシリーズの第2弾でもある作品です。主人公2人が力を合わせて真相を追っていくという展開はやはりワクワクするものがあります。ボッシュが第三者の視点から描かれているのが新鮮ですし、面識のなかった2人が捜査協力をしていくうちにどんどん信頼関係が強まっていくのもムネアツです。ただ、主人公2人が別々に捜査をするために少々散漫な印象を受け、また、それぞれが別の事件も複数受け持っているのでストーリー的に冗長な感は否めません。それでも最後はしっかり盛り上げてくれますし、冗長だと思える部分もファンであれば、シリーズものならではの味わいとして楽しむことができるのではないでしょうか。コナリーの熟練の味を堪能できる安定の佳品です。
猿の罰(J・D・バーカー)
前代未聞の殺人鬼”四猿”を追うベテラン刑事のサム・ポーター。だが、彼には過去の記憶が一部欠落しているという問題があるうえに、かつて四猿と知り合いだったことを匂わせる写真まで発見される。捜査本部は騒然となり、ポーターは訳もわからないままに拘留されてしまう。一方、そんな混乱をよそに、四猿は着実に凶行を重ねていた。「父よ、お許しください」という句が添えられた”祈りの死体”が各地で次々と発見される。四猿による最後の審判がいま始まろうとしていた.......。
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四猿シリーズ3部作の完結編です。ノンストップノベルとして怒涛の展開が続いていたこのシリーズですが、ここにきてさらにギアが一段上がります。罠また罠の展開で状況が二転三転していきますし、主人公だったサム・ポーターまでもが信頼できない語り手だと判明したために、一体誰が味方で誰が敵なのかも判然としない状況が続きます。とにかく衝撃展開の連続です。これぞ極上のサスペンスミステリーといえるのではないでしょうか。ただ、あまりにも風呂敷を広げ過ぎたために畳み切れなかった部分があるのが少々残念です。それから、シリーズを通しての登場人物が多すぎるので1冊ごとに間を空けて読むと誰が誰だかわからなくなるおそれがあります。したがって、まだ未読の人は1~3巻までを一気に読んでしまうことをおすすめします。
ガン・ストリート・ガール(エイドリアン・マッキンティ)
高級住宅地で富豪の夫婦が殺害されるという事件が起きる。当初は家族間の争いによる単純な事件だと考えられ、犯人と目されたのは被害者夫婦の息子だった。やがて、その息子も崖の下から死体となって発見される。状況は犯行を苦にしての自殺を示唆しており、実際、遺書も残されていた。だが、彼の過去を調べたショーン・ダフィ警部補はそこに引っ掛かるものを覚え、駆け出し刑事の部下と共に事件の謎を追う。だが、事件の関係者がまたしても自殺と思しき状況で死を遂げ........。
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80年代の北アイルランドを舞台にしたシリーズ第4弾です。内戦と大不況の続く当時の北アイルランドの世相が克明に描かれ、作中の事件も史実と絡めて展開していくので興味深く読むことができます。また、今回のダフィは一匹狼ではなく、チームの一員として動いており、そのことによってキャラとしての深みがより一層増しています。さらに、新人刑事をはじめとする脇を固める登場人物もみな魅力的で、これぞ警察小説といった面白さです。一方、ミステリーとしての完成度も高く、謎がどんどん広がっていき、意外な結末へと至る展開が実に良くできています。シリーズ最高傑作といっても過言ではない出来映えです。しかも、次作にはエドガー賞受賞作である『レイン・ドックス』が控えており、シリーズに対する期待はますます膨らむばかりです。
網内人(陳浩基)
2015年の香港。両親を早くに亡くしたアイは、唯一の肉親である妹のシウマンを飛び降り自殺によって失ってしまう。自殺の原因はSNSの書き込みにあった。アイは自殺する前年に痴漢被害に遭っており、目撃者の通報によって文房具屋の店主が逮捕される。これで一見落着と思われたが、翌年の4月にインターネットのとある掲示板で叔父をハメたクソ女としてアイが告発されたのだ。自殺はその人物に扇動されたネット民に追い詰められた結果だった。納得のいかないアイは知人からハイテク探偵と呼ばれるアニエを紹介してもう。彼女は妹を死に追いやった人物を突き止めてもらおうとするが、アニエはなかなか仕事を引き受けようとしない。彼は依頼者を値踏みし、その人格を丸裸にしたうえで依頼を引き受けるか否かを決めていたのだ。しかも、アニエには探偵の他に、復讐請負人というもう一つの顔があり......。
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ネットの闇を描いたサスペンスミステリーである本作は、妹を死に追いやった張本人をつきとめる前半のフーダニットと、後半の復讐譚の2部構成になっています。このうち特に面白いのが前半部の犯人探しです。ハイテク探偵のアニエが魅力的で、ネットの仕組みを逆手に取りつつ、真相に迫っていくプロセスは非常に興味深いものがあります。その名探偵ぶりは上質な本格ミステリを読んでいるかのようです。それに対して、後半になるとサイドストーリーとしてIT業界の物語が絡み、それ自体はなかなか面白くはあるものの、ストーリーの焦点がぼやけて散漫な印象を受けてしまいます。ところが、そこにも巧妙な仕掛けが施されており、終盤のどんでん返しには思わず唸らされます。本作は良質なサスペンスミステリーであると同時に、日本の新本格に通じる謎解きの面白さを併せ持ち、さらに、ネット社会における現代人の善と悪の問題を鋭く問うた社会派ミステリーとしても秀逸です。ボリュームたっぷりの物語の中にさまざまな魅力を詰め込んだ陳浩基の新たなる傑作です。
その裁きは死(アンソニー・ホロヴィッツ)本格
実直さが取り柄の離婚専門の弁護士・プライスがワインのボトルで頭を殴られたうえで、その破片で喉を掻き切られて自宅で殺害される。それは作家のアキラ・アノンが離婚裁判に敗れた腹いせに夫側の弁護士であるプライスに向かって口走った脅し文句とそっくりの方法だった。しかも、現場の壁にはペンキで”182”という謎の文字が殴り書きされていたのだ。警察は当然のことながらアキラに疑惑の目を向けるが、元刑事の私立探偵ホーソーン及び彼の活躍を本にして出す契約を結んでいるアンソニー・ホロヴィッツが事件解明に乗り出すと、まもなく意外な事実が判明する。プライスにはリチャードスンとテイラーという大学時代の友人がおり、よく一緒に洞窟探検をしていた。しかし、6年前の探検中にリチャードスンが事故で命を落とし、テイラーもプライスに続いて地下鉄の駅で列車に轢かれて亡くなっていたのだ。果たして一連の事件の関連性は?◆◆◆◆◆◆
『メインテーマは殺人』に続くホーソーンシリーズの第2弾です。相変わらず、クラシックミステリーのオマージュやメタ発言などを挟みながら王道的フーダニットミステリーに仕上げてています。単純だと思われた事件の謎がどんどん膨れ上がっていくさまにはワクワクしますし、散りばめられた伏線を回収しての解決も見事です。驚くべきトリックなどはありませんが非常に丁寧に作られた豊潤な香りがする本格ミステリの傑作だといえるでしょう。それに、海外作品の割にテンポよくサクサク読めるのも美点です。ただ、これは、嫌な人物を描かせたら一流という著者の長所ではあるのですが、警官や女刑事などの態度の悪さには読んでいてイライラするかもしれませんし、そのために物語がやや冗長になっている気もします。ミステリファンなら間違いなく楽しめる1冊なのですが、その点だけは賛否の分かれるところです。
ストーンサークルの殺人(M・W・クレイヴン)
英国カンブリア州のストーンサークルで次々と高齢者の焼死体が発見される。死体は無残に損壊されており、猟奇殺人であることは明らかだった。しかも、3番目の被害者の遺体には、不祥事を起こして現在休職中のNCA(国家犯罪対策庁)の刑事、ワシントン・ポーの名前と5の数字が刻まれていたのだ。全く心当たりのないポーだったが、上司の判断によって彼は停職を解かれ、捜査班と合流する。そして、かつての部下であるフリン警部、天才分析官のティリー、幼馴染の地元刑事のキリアンらと捜査に当たるが、新たな犠牲者が発見され.......。
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過激な猟奇描写を除けば本作は伝統的な英国ミステリーであり、特に序盤はよくいえば王道、悪くいえばテンプレ的な展開が続きます。主人公のポーも現代ミステリーではよく見かける典型的なはみ出し刑事で、個性不足は否めません。それに加え、発端となる事件が派手な割に、その後は地道な捜査の繰り返しです。一つ間違えば酷く退屈な作品になってしまうところですが、主人公とコンビを組む分析官のティリー・ブラットショーのキャラクターがそれを救っています。彼女は分析官として天才的な頭脳を有しているものの、それ以外のことに関しては全くのポンコツです。そのティリーとポーの凸凹コンビのやり取りが微笑ましく、物語に潤いを与えてくれます。そして、捜査の進展とともに友情が育まれていくプロセスは上質なバディものとして読み応えありです。また、長年の友である主人公とキリアンとの熱い友情シーンは読む者の胸を打ちます。一方、ミステリーとしては伏線の張り方が巧妙であり、それをきちんと手繰り寄せていけばミッシングリンクを始めとしたさまざまな謎がきちんと解けるようになっているのが秀逸です。ただ、それだけに勘の良い人は途中で真相に気付いてしまうかもしれません。それでも、丹念に証拠集めをしていくポーと天才型のティリーが協力し合って真相に迫っていくプロットは大いにそそられます。今後予定されているという続編も楽しみな佳品です。
2019年CWAゴールドダガー賞受賞
指差す標識の事例(イーアン・ペアーズ)
17世紀の半ば。オリバー・クロムウェルは王制を廃して独裁政権を敷くも、国民からの支持を得られず、彼の死後まもなくチャーズル二世が王政復古を果たす。それから3年が過ぎた1663年。医学を学ぶために、ヴェネツィアからオックスフォード大学に入学したコーラは、そこで大学講師毒殺事件に遭遇する。死因は講師の酒に混入していた砒素だということで、貧しい雑役婦の怨恨による犯行だと目された。コーラはその雑役婦のサラと面識があったため、逮捕された彼女をなんとか助けようと奔走するが......。
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本作は医者の卵のコーラを始めとして、父の汚名を晴らすために脱獄したジャック、オックスフォード大学の幾何学教授のジョン、歴史学者のアントニーという4人の手記から構成されている点に特徴があります。しかも、それぞれがいわゆる信用できない語り手であり、語り手がチェンジするたびに事件の様相ががらりと変わっていくところにミステリーとしての面白味があります。4人はそれぞれ淡々と客観的事実を述べているだけのようにみえますが、皆その時代に生きている故の偏見から逃れられておらず、それが現代人である読者のめくらましとして作用している点が見事です。しかも、事件の犯人だけではなく、語り手の一人である人物の意外な正体を最後に明らかにし、歴史的陰謀に結び付けていくプロットが秀逸です。謎解きの面白さと歴史ミステリーならではのスリリングさを味わえる希有な傑作だといえます。ただ、歴史ミステリーとしての完成度の高さは折り紙つきであるものの、それ故に、歴史描写の密度が濃いすぎてこの時代に詳しくない人は少々苦労するかもしれません。それになんといっても、4人の名だたる翻訳家を揃えてパートごとに訳してもらったという大作です。読み終えるのにはいささか骨が折れるかもしれませんが、歴史ミステリーが好きだという人なら、チャレンジするだけの価値は大いにあります。
三分間の空隙(アンデシュ・ルースルンド)
ピート・ホフマンはアメリカ麻薬取締局(DEA)に雇われ、世界一命の安い国と言われるコロンビアで麻薬犯罪ゲリラのPRCに潜入していた。大物幹部であるエル・メスティーソの用心棒として組織内部まで潜り込むことに成功したホフマンだったが、そのことを知るのはDEAの長官とDEAに彼を売り込んだストックホルム市警のウィルソンだけだ。そんな折、米国下院議長のクラウズは特殊部隊を率いてPRCの麻薬取引現場を急襲するも、逆に罠にはめられ、囚われの身となってしまう。大物議員が拉致されたことを知り、ホワイトハウスは色めき立った。早期解決が求められるなか、ホフマンはアメリカ合衆国に切り捨てられる。彼も敵として殺害リストに加えられたのだ。かくしてホフマンの命運は、ストックホルム市警のグレーンス警部に託されることになるが......。
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グレーンス警部シリーズの第7弾であると同時に、『三秒間の死角』に続くホフマン&グレーンスシリーズの第2弾です。前作はスウェーデン推理作家協会賞やCWAインターナショナルダガー賞などを受賞し、ハリウッドでも映画化された名作でしたが、本作はさらにスケールアップして読み応え満点の仕上がりとなっています。繰り広げられるバイオレンスに心を鷲掴みにされ、怒涛のアクションシーンに引き込まれていきます。それになんといっても、ホフマンの危機に立ちあがるグレーンス警部のかっこよさが最高です。長大な物語なのにそれを全く感じさせず、一気に読むことができます。臨場感や緊迫感では『三秒間の死角』に軍配が上がるものの、娯楽性の高さでは本作のほうが上ではないでしょうか。
葬られた勲章(リー・チャイルド)
元陸軍憲兵隊捜査官で今は流れ者のジャック・リーチャーはニューヨークの地下鉄で一人の女性に気付き、彼女から目が離せなくなってしまう。なぜなら、その女性は自爆テロを企てる者の特徴をすべて備えていたからだ。ジャックは惨劇を食い止めようとして彼女に話しかけるが、次の瞬間、その女性は所持していたマグナムで自殺を遂げる。彼女は国防総省に勤める民間の事務員だった。事情聴取を終えたジャックは女の死に責任を感じ、彼女の弟と共に真相を探っていく。すると、副大統領候補への指名を噂されている元陸軍少佐のサムソン下院議員の存在が浮かび上がり.....。
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本国アメリカでは20作以上の作品が発表され、100近い国で翻訳されている人気シリーズの第13弾です(日本ではランダムに翻訳されており、本作以降の作品も何作かは既に刊行済みです)。このシリーズの魅力といえばなんといっても派手なアクションシーンですが、それを期待して読むと前巻に関しては少々期待外れに感じるかもしれません。なぜなら、自殺した女性の謎を追う展開が続き、アクション小説というよりはどちらかといえば、サスペンスミステリーのような趣だからです。出だしの緊張感溢れるシーンには引き込まれますし、捜査パートもそれなりに面白くはあるものの、いつものジャック・リーチャーシリーズを期待していると物足りなさを覚えてしまいます。ところが、下巻に入ると様相が一変します。話のスケールが一気に大きくなり、アクションに次ぐアクションで息つく暇もなくなるほどです。残虐なシーンにぞっとしながらも、ヒーロー然としたジャック・リーチャーの活躍に胸が躍ります。まさに極上のエンタメ小説です。ただ、主人公があまりにもスーパーマンなのでリアリティに欠ける点については好みのわかれるところでしょう(もっとも、それはシリーズ全体にいえることであり、今回に限った話ではありませんが)。一方、本作はミステリーとしても優れており、推理パートの面白さと事件の全容の意外さには感心させられます。全体の完成度は極めて高く、シリーズの中でも1、2を争う傑作です。
汚名(マイクル・コナリー)
サンフェルナンド市警の嘱託刑事として未解決事件を手がけているハリー・ボッシュのもとをかつてのパートナーでロス市警本部強盗殺人課未解決事件班刑事のルシア・ソトがロス検事局のアレックス・ケネディ検事補とともに訪ねてくる。彼らの話によると、ボッシュが30年ほど前に連続殺人犯として逮捕し、現在も服役中の死刑囚プレストン・ボーダーズの再審請求が認められそうだという。それというのも、改めて証拠を検証し、被害者の一人の衣服に付着していた精液をDNA鑑定にかけたところ、すでに死亡している他の死刑囚のものだと判明したからだ。ボーダーズの弁護士は証拠物件の保管状況に問題がなかったことからボッシュが偽の証拠をでっちあげて不当逮捕をしたと主張しているらしい。しかも、喧嘩別れした経緯からロス市警の心証は最悪で、ボッシュに罪をかぶせる気満々だった。ボッシュはリンカーン弁護士ことミッキー・ハラーに相談し、彼の師匠であるリーガル・シーゲルの知恵を借りることになる。一方、サンフェルナンド市警の管轄では薬局を経営する親子が銃殺されるという事件が起きていた。人手が足りず、ボッシュも捜査に狩り出されることになるのだが........。
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2017年に発表されたシリーズ第20弾です。1992年の第1弾から四半世紀が過ぎ、働き盛りだったボッシュもすでに60代半ばに達しています。本作はそんなシリーズの歴史を感じさせる一編です。元パートナーだったルシア・ソトを始めとして懐かしの面々が次々と登場し、新たなドラマを展開していくさまにはグッとくるものがあり、一方で、ボッシュが初めて潜入捜査に挑むなど、ここにきて新たな魅力を付加することにも成功しています。不幸な身の上のエリザベスを救おうとするボッシュの行動はかっこよすぎですし、ミッキー・ハラーの法廷シーンも魅せてくれます。計3つの事件を解決に導いていくプロセスの中に、活劇あり、謎解きあり、リーガルサスペンスの要素ありと、多くの魅力を詰め込み、破綻なくまとめているのは見事としかいいようがありません。もやもやとした結末は賛否が分かれるかもしれませんが、それもまたこのシリーズの魅力だといえます。安定した面白さを提供してくれる佳品です。
死亡通知書 暗黒者(周浩暉)
公安局のベテラン刑事・鄭郝明が何者かに殺される。警察隊トップの韓灝が乗り出しての捜査の結果、鄭はとあるネットの書き込みに関する一件を追っており、それが原因で命を落としたという事実が浮かび上がってくる。そして、問題のネットの書き込みとは、エムメニデスと名乗る謎の人物のものだった。復讐の女神を意味するエムメニデスは法で裁かれない悪人の情報をネットで募り、彼らを自らの手によって制裁すると宣言していたのだ。省都警察は各地から精鋭たちを招集し、エムメニデス特別専従班を組織する。そのなかには18年前の警察学校時代にエムメニデスの名に絡んだ事件に巻き込まれ、人生の歯車を大きく狂わされた羅飛の姿もあった。一方、エムメニデスは大胆にもターゲットの名前と犯行日時を予告し、警察に対して挑戦状を叩きつける。万全の護衛態勢を敷く警察だったが、エムメニデスはその裏をかき、やすやすと犯行を成し遂げるのだった。果たしてエムメニデスVS特別専従班の勝負の行方は?
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中国の東野圭吾と呼ばれ、本国ではベストセラー作家の座を不動のものにしている周浩暉の初邦訳作品です。しかも、本作を含む死亡通知書三部作はドラマ化されて中国・台湾・韓国で大ヒットを記録し、2018年には英訳されたうえに英国サンデータイムスにて戦後ミステリーベスト100に選ばれるという快挙を達成しているのです。その第一弾である本作ですが、最初から最後までスリリングな展開が続き、ページをめくる手が止まらなくなるのはさすが大人気作品というだけのことはあります。リアリティという意味では結構ツッコミどころはあるものの、二転三転する展開や大胆なトリックには驚かされます。エンタメ要素に満ちた一気読み必至の傑作だといえるでしょう。ただ、話が派手な分、展開はやや大味な部分があり、その点は好みがわかれるかもしれません。いずれにしても、一刻も早い続編の発売が待たれるところです。
死んだレモン(フィン・ベル)
飲酒運転の末の自損事故によって車椅子での生活を余儀なくされたフィンは新しい生活を求めてニュージーランドの最南端に位置する町にやってくる。そして、人里離れたコテージに居を構えるのだが、その家は26年前に住んでいた少女が失踪したという曰くつきの物件だった。しかも、失踪から6週間後に隣家から彼女の骨の一部が発見され、そこに住んでいたゾイル三兄弟が逮捕されたのだが、結局証拠不十分で釈放されたという。フィンは好奇心からその事件を調べ始めるものの、数カ月後には思わぬ窮地に陥っていた。三兄弟に命を狙われた結果、海岸の絶壁で宙吊りになっていたのだ.....。
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原作にほれ込んだ翻訳家の持ち込み企画で出版が決まったというフィンランド発のサスペンスミステリーです。冒頭からいきなり絶体絶命のシーンで、一気に物語に引き込まれていきます。そこから過去と現代の話が交互に語られていき、謎を深めていきながら緊迫感を高めていく手法が見事です。そして、二転三転の展開が続き、驚きの結末へとなだれ込んでいくプロセスに思わず手に汗握ります。一方、事件の陰惨さに対して生き生きと描かれる登場人物たちの個性も作品の魅力を高めるよいスパイスとなっています。少々詰め込みすぎでしばしば話が横道に逸れるのが難だといえますが、主人公のキャラクター性に厚みを持たせるためには致し方ないところでしょう。冒頭の印象とは少々異なり、強烈なサスペンス性がウリというよりもどちらかといえば、閉塞状況にある主人公が自分の殻を破って成長する物語が主眼となっている印象を受けます。ニュージーランドの風土を交えて描かれたテンポの良いエンタメ作品です。
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中国の東野圭吾と呼ばれ、本国ではベストセラー作家の座を不動のものにしている周浩暉の初邦訳作品です。しかも、本作を含む死亡通知書三部作はドラマ化されて中国・台湾・韓国で大ヒットを記録し、2018年には英訳されたうえに英国サンデータイムスにて戦後ミステリーベスト100に選ばれるという快挙を達成しているのです。その第一弾である本作ですが、最初から最後までスリリングな展開が続き、ページをめくる手が止まらなくなるのはさすが大人気作品というだけのことはあります。リアリティという意味では結構ツッコミどころはあるものの、二転三転する展開や大胆なトリックには驚かされます。エンタメ要素に満ちた一気読み必至の傑作だといえるでしょう。ただ、話が派手な分、展開はやや大味な部分があり、その点は好みがわかれるかもしれません。いずれにしても、一刻も早い続編の発売が待たれるところです。
死んだレモン(フィン・ベル)
飲酒運転の末の自損事故によって車椅子での生活を余儀なくされたフィンは新しい生活を求めてニュージーランドの最南端に位置する町にやってくる。そして、人里離れたコテージに居を構えるのだが、その家は26年前に住んでいた少女が失踪したという曰くつきの物件だった。しかも、失踪から6週間後に隣家から彼女の骨の一部が発見され、そこに住んでいたゾイル三兄弟が逮捕されたのだが、結局証拠不十分で釈放されたという。フィンは好奇心からその事件を調べ始めるものの、数カ月後には思わぬ窮地に陥っていた。三兄弟に命を狙われた結果、海岸の絶壁で宙吊りになっていたのだ.....。
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原作にほれ込んだ翻訳家の持ち込み企画で出版が決まったというフィンランド発のサスペンスミステリーです。冒頭からいきなり絶体絶命のシーンで、一気に物語に引き込まれていきます。そこから過去と現代の話が交互に語られていき、謎を深めていきながら緊迫感を高めていく手法が見事です。そして、二転三転の展開が続き、驚きの結末へとなだれ込んでいくプロセスに思わず手に汗握ります。一方、事件の陰惨さに対して生き生きと描かれる登場人物たちの個性も作品の魅力を高めるよいスパイスとなっています。少々詰め込みすぎでしばしば話が横道に逸れるのが難だといえますが、主人公のキャラクター性に厚みを持たせるためには致し方ないところでしょう。冒頭の印象とは少々異なり、強烈なサスペンス性がウリというよりもどちらかといえば、閉塞状況にある主人公が自分の殻を破って成長する物語が主眼となっている印象を受けます。ニュージーランドの風土を交えて描かれたテンポの良いエンタメ作品です。
壊れた世界の者たちよ(ドン・ウィンズロウ)
警察一家に生まれたジミーは麻薬取引を潰したことからメキシコ系マフィアの恨みを買い、報復として弟を無残に焼き殺されてしまう。復讐の鬼と化したジミーはニューオリンズ市警最強の麻薬班を率い、手段を選ばない私刑に乗り出すが......。
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中編小説ばかりを集めた、総ページ数700超という圧倒的なボリュームの作品集です。しかも、そのクオリティは文句のつけようがなく、一編一編がウィンズロウの魅力を凝縮したような出来に仕上がっています。まず、表題作の苛烈で容赦のない復讐劇に読者は固唾を飲むことになります。特に、クライマックスの壮絶な銃撃戦は読んでいてめまいを覚えるほどです。続く『犯罪心得一の一』は独自の美学を持つ宝石泥棒とそれを追う警官の物語を双方の視点から描いたものです。名優スティーヴ・マックイーンのオマージュ作品となっており、古典的なクライムムービーを思わせる名画の味わいを堪能することができます。また、収録作品の中でもいささか異彩を放っているのが『サンディエゴ動物園』です。チンパンジーがリボルバーを振り回しながら動物園を脱走するという珍妙過ぎる事件を始めとして全編が軽妙な笑いとロマンスに包まれており、読んでいるうちにハッピーな気分にさせてくれます。こういったタイプのウィンズロウ作品はちょっと珍しいのではないでしょうか。そして、泣ける私立探偵小説『サンセット』、ウィンズロウ作品ではおなじみの登場人物たちが勢ぞろいするサービス満点の快作『パラダイス』を経て掉尾飾るに相応しいのが『ラスト・ライド』です。メキシコの国境警備局隊員と不法入国者である少女のドラマを通してアメリカに対する著者の怒りと悲しみがひしひしと伝わり、ラスト一行で泣かされることになります。以上6篇、ウィンズロウという作家のあらゆる要素が最高の形で詰め込まれた宝石箱のような傑作です。
時計仕掛けの歪んだ罠(アルネ・ダール)
ストックフォルムの高級住宅街に暮らす15歳の少女・エレンが何者かに誘拐される。サム・ベリエル警部は匿名の女性の通報に基づき、犯人の隠れ家と思われる家を捜索した。その結果、監禁の痕跡は発見されたものの、家の中はすでにもぬけの殻だった。ベリエルは調査を進め、過去にも15歳の少女が行方不明になった事件が2件あることを突き止める。彼は3件の事件は同一犯による誘拐殺人だと上司のアラン・グズムドソン警視に訴えるが、ありえないことだとあしらわれてしまう。しかし、ベリエルの主張は単なる憶測ではなく、彼しか知らない根拠があったのだ。ベリエルは独断で捜査を続け、ついに明らかになったのはどの現場にも自転車に乗った不審な女性がいたという事実だった。やがて、その女性を確保することに成功したベリエルは彼女を尋問するが.......。
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陰鬱なスウェーデンの風景を背景に人間の心と社会の闇に迫っていく警察小説。そういうと典型的な北欧ミステリーといった感じがします。しかし、本作はそんなうわべの印象を覆し、とんでもない方向に進んでいきます。それが顕著になるのは重要参考人である怪しげな女性の尋問を始めてからで、そこから、一時も目が離せない怒涛の展開が始まるのです。最初に真実と思われたものが次々とひっくり返され、事件の全体像が見えてくるまでは息つく暇もありません。騙しのテクニックが随所に盛り込まれ、ミステリーとしての充実度はかなりのものです。ただ、作中ではベリエル警部がやたらと焦燥感にかられて暴走を続けているのですが、読者にはその理由がなかなか明らかにされないため、読んでいて感情移入がしづらいのが難点だといえます。それから、終盤の展開が説明不足で分かりづらいのも否定できないところです。もっとも、本作はシリーズ第1弾という位置付けなので唐突なラストを含め、不明瞭な点に関しては続編で明らかになる可能性は残されています。いろいろ賛否の分かれそうな作品ではあるものの、魅力的な要素がたくさん詰まった力作であることは間違いのないところです。
発火点(C・J・ボックス)
とある裁定文書をワイオミング州まで届けるべく、コロラド州ディンヴァーにある環境保護局第8本部から2人の特別捜査官が出発する。だが、彼らはワイオミング州の猟区管理官・ブッチの所有地で死体となって発見される。ブッチは環境保護局から嫌がらせともとれる仕打ちを受けていたため、容疑者として浮上するが、そのとき彼はすでに姿を消していた。事件の朝にブッチと言葉を交わしていた猟区管理官のジョー・ピケットは否応なく追跡劇に巻き込まれることになる。さらに、ブッチに懸けられた賞金目当てに元保安官、スナイパー崩れ、元部下の3人がブッチを追うが........。
◆◆◆◆◆◆
ジョー・ピケットシリーズの第13弾です。今作から出版元が講談社から東京創元社に代わりましたが、訳者が同じであるため、違和感なく読むことができます。必ずしも有能とはいえないものの、愚直に自分の正義を貫くジョー・ピケットの人間臭い魅力は相変わらずですし、雄大な自然の描写を堪能することもできます。それになんといっても、山火事の中で追跡劇が繰り広げられる後半の展開が圧巻です。圧倒的な迫力と臨場感には思わず手に汗握ります。ただ、そうした派手な展開の割に事件そのものは意外とこじんまりとしていますし、あいかわらずすっきりとしない結末は好みの分かれるところです。とはいえ、トータルの完成度とインパクトという点で、本作はシリーズの中でもかなり上位の作品だといえるのではないでしょうか。
あの本は読まれているか(ラーラ・プレスコット)
東西冷戦の真っただ中にあった1950年代後半。CIAはある作戦を進めていた。それは、共産圏で禁じられている本や音楽をソ連で流布させ、体制を内部から揺さぶろうというものだった。いわゆるプロパガンダ戦略である。そこで、CIAが目を付けたのがロシア革命を批判したものだとして発禁処分になった『ドクトル・ジバゴ』だ。CIAはソ連移民の娘であるイリーナにスパイとしての才能を見出し、彼女に作戦実行に必要な訓練を受けさせる。一方、ソ連で暮らすオリガは『ドクトル・ジバゴ』の作者であるボリス・パステルナークの愛人であったことから、KGBに目を付けられ.......。
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冷戦終結後四半世紀を経て機密情報が解禁されたことから明らかになったCIAのドクトル・ジバゴ作戦。本作はその史実をベースにして描いたスパイ小説です。物語は東側と西側が交互に語られ、その中で当時の世界情勢や政治体制、風俗などといったものがリアルに浮かび上がってきます。つまり、一昔前の社会がどのようなものであったのかを知るには絶好の書だといえるわけです。また、圧倒的に男性主人公の多いスパイ小説というジャンルで女スパイを中心に据えた点も目を引きます。男尊女卑の意識の強かった時代においてイリーナとサリーという2人の女スパイがしたたかに生き抜く姿が印象的です。1冊の本を巡るスパイ小説としてよくできており、スリリングな展開は読み応え満点ですが、同時に本作は恋愛小説でもあります。国家間の暗闘が繰り広げられるなかで複数の愛の形が描かれ、余韻の残るラストへとつながっていきます。
カメレオンの影(ミネット・ウォルターズ)
英国軍中尉のチャールズ・アクランドは聡明で人当たりの良い好青年だった。だが、イラクで重傷を負って彼は変貌する。病院で目を覚ました彼は記憶を失っていた。そのうえ、爆弾で顔を吹き飛ばされて片目を喪失していたのだ。異形の姿となり、性格すら以前の面影をなくしてしまうチャールズ。女性を嫌悪し、体に触れられると暴力を振るうようになる。これは頭部の損傷によるものなのか?それともイラクでの体験が引き起こした精神的外傷なのか?医師たちはチャールズの心の闇に迫ろうとするが、結局それを果たせないまま退院となってしまう。その後、チャールズは一人暮らしを始めるものの、暴力的な性格はそのままで、しばしば酒場で揉め事を引き起こしていた。そんなとき、ロンドンで一人暮らしの男性を狙った連続殴打殺人事件が起きる。チャールズは容疑者として警察に拘束されるが......。
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イギリスを代表する女流ミステリー作家の5年ぶりの翻訳本です。その出来栄えはさすがの一言で、癖の強い登場人物の心理描写や背景を巧みに描き、読者をぐいぐいと物語世界に引きずり込んでいきます。硬質な文体で描かれる登場人物たちはみな一筋縄ではいかず、決して共感しやすいとはいいがたいものがあります。しかし、ストーリーテリングの妙に翻弄され、先の展開が気になり、ページをめくる手が止まらなくなってしまうのです。そして、張り巡らされた伏線が回収され、謎が解明される終盤の展開は見事という他ありません。事件の真相だけでなく、チャールズの変貌の秘密も明らかになり、彼に対する印象ががらりと変わるくだりには驚かされます。同時に、本作は事件を通して現代英国の病巣を浮かび上がらせる優れた社会派ミステリーでもあります。実にウォルターズらしい、ミステリーの新女王の名に恥じない傑作です。
弁護士ダニエル・ローリンズ(ヴィクター・メソス)
刑事弁護士のダニエル・ローリンズ、通称ダニは連日ひどい二日酔いを抱えて裁判所に出廷していた。離婚した元夫のステファンが再婚を決めてしまったからだ。ダニはまだ彼に未練たらたらだったため、その報せは相当なショックだった。しかも、再婚相手のペイトンは上流階級の女性で、それもまた気に食わなかったのだ。そんな折、麻薬密売の容疑をかけられた黒人の少年を弁護してほしいという依頼が舞い込んでくる。少年は重度の知的障害を患っており、とても密売などができたとは思えない。それなのに、検察も判事も有罪にする気満々だった。そのうえ、被告は17歳なのに少年裁判所ではなく、地方裁判所で裁かれようとしていたのだ。やがて裁判が始まり、ダニは検察や判事の悪辣な手口に苦戦を強いられるが.......。
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検事と弁護士の経歴を持つ作家だけあって、本作はリーガルサスペンスとして非常に読み応えのある作品に仕上がっています。作者の実体験に基づいて描かれたと思われるエピソードが散りばめられており、臨場感に溢れているのです。それになにより、主人公のダニが魅力的です。酒に逃げる弱い面を見せながらも、いざとなれば軽口を叩きながら巨悪に立ち向かっていく姿にはほれぼれします。また、重いテーマを扱っていながらも軽妙な語り口のおかげでサクサク読めるのも本作の美点です。さらに、脇を固める他のキャラクターも個性豊かで、物語に彩りを与えてくれます。エンタメとして非常に優れた作品です。ただ、後半になると作者の主張が前に出すぎて物語としての完成度を少々落としてしまった感があります。涙あり、笑いあり、社会問題に鋭く切り込んだテーマ性ありといった具合に、さまざまな魅力を内包した快作だけに、その点だけが惜しまれます。
嗤う猿(J・D・バーカー)
「見ざる、聞かざる、言わざる」に見立てて残虐な殺しを続ける猟奇殺人鬼の四猿。その四猿が忽然と姿を消してから4カ月が過ぎた頃、冬の公園で少女の凍った死体が発見される。少女の体には拷問の痕跡が残されており、その奇怪な手口から世間は四猿の再来だと騒ぎ立てるのだった。ポーター刑事の執念の捜査が続くが、そんな彼も狡猾な罠にはまり、次第に追い詰められていく......。
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前作『悪の猿』でリンカーン・ライムシリーズで知られるジェフリー・ディーヴァーの後継者と目された著者のシリーズ第2弾です。もっとも、前作の段階ではディーヴァーの模造品というイメージが強く、まだまだ習作といった感が拭えませんでした。しかし、本作では見違えるような進歩をみせています。お約束の展開と意表を突いた展開を巧みに織り交ぜ、ぐいぐいと読者の興味を引きつけていく手腕が見事です。レギュラーキャラも魅力的で、毒舌を交えた掛け合いは陰惨な事件の中で一服の清涼剤となっています。ボリュームはかなりあるものの、視点を変えながら語られていく物語は非常にテンポが良くてサクサクと読んでいくことができます。特に、事件がどんどんあらぬ方向へと転がっていく、後半の展開が秀逸です。そして、その果てにたどり着くラストに驚愕させられます。こうした一連のストーリーはディーヴァー作品とはまた違った面白さがあります。ちなみに、本作は三部作の第2弾ということなので、いまから完結編の発売が楽しみです。
ザリガニの鳴くところ(ディーリア・オーエンズ)
1950年代後半のアメリカ。幼いカイアはノースカロライナ州にある湿地帯の森の中に建てられた掘立小屋で家族と共に暮らしていた。だが、アルコール依存症である父親の暴力に耐えられなくなった母が家出をし、残された兄弟たちもそれに続く。やがて父もいなくなり、カイアは6歳にして一人で生きることを余儀なくされてしまうのだった。カイアは貝や魚を採取して生活費を稼ぐが、村の人々は彼女を”湿地の少女”と呼んで忌み嫌うようになっていた。唯一優しくしてくれたのはテイトという少年で、カイアは彼から読み書きを学ぶ。しかし、やがてテイトは大学進学のために村を去り、代わってプレイボーイとして有名なチェイスが彼女に接近する。そして、チェイスが不審な死を遂げたとき、カイアは殺人の容疑で裁判にかけられ.....。
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アメリカで500万部という売上を記録した大ベストセラーです。その実績はだてではなく、本作にはいくつもの魅力が詰まっています。まず、作者が動物学者というだけあって自然の描写が非常に美しく、それでいてリアリティ豊かです。また、その中で一人で生き抜いてゆく少女の姿を追っていくストーリーは冒険サバイバルとしての味わいもあります。さらに、貧富の差や差別問題といったアメリカの近代史を知るうえで絶好の書だともいえます。もちろん、ヒロインの成長物語としても感動的ですし、なんといっても、緊迫感あふれる法廷劇の末に驚きの結末を迎えるミステリー小説として秀逸です。見る角度によってさまざまな顔を見せる、まるで万華鏡のような名品です。
探偵コナン・ドイル(ブラッドリー・ハーパー)
1888年。ロンドンでは娼婦が全身を切り刻まれて殺されるという事件が続発していた。若い医師の元にその事件の調査依頼が舞い込む。依頼人は元首相で、依頼されたのは『緋色の研究』を発表したばかりのコナン・ドイルだった。元首相はシャーロック・ホームズの推理法を用いて事件の謎を解いてほしいという。そこで、ドイルはホームズのモデルで恩師のベル博士と犯行現場である下町に詳しい男装の女流作家、マーガレット・ハークネスの協力を求める。そして、彼らはのちに切り裂きジャックと呼ばれる殺人鬼との対決に挑むことになるのだが.........。
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切り裂きジャックとシャーロック・ホームズが対決するという作品は数多くありますが、本作の場合はホームズではなく、作者のコナン・ドイルを主人公に据えた点が新鮮です。もっとも、邦題に反し、ドイルはどちらかといえばワトソン役であり、探偵役は主にベル博士が務めています。ホームズのモデルとして有名なベル博士ですが、その詳細が語られることはほとんどありませんでした。それだけに、彼がドイルとコンビを組み、ホームズのような推理を働かせる物語は読んでいて非常にわくわくします。特に、シャーロキアンにとってはたまらない展開ではないでしょうか。一方で、もう一人の探偵役であるマーガレット・ハークネスの存在も物語を盛り上げるのに一役買っています。男装の麗人で鋭い知性の持ち主といった、この時代の登場人物としてはかなり特異なキャラクター設定ですが、そのことによって、物語に深い陰影を与えることに成功しています。シャーロック・ホームズのような謎解きメインではなく、どちらかといえば冒険譚といった趣のある作品です。しかし、当時のロンドンの雰囲気がよく描かれており、切り裂きジャックの正体についても意外性があります。ホームズのファン、あるいは切り裂きジャックの事件に興味があるという人なら、読んで損をするようなことはないでしょう。
シングルマザーのレイチェルが乳がんの定期検診のために病院へ向かっていると、その途中で電話がかかってくる。電話の主は娘を誘拐したという。しかも、犯人からの要求は身代金だけではなかった。ビットコインによる身代金の他に、他人の子どもを誘拐して自分と同じことをしろというのだ。もし、それが出来なかったり、警察に連絡したりした場合は娘の命はないと。こうしてレイチェルは見ず知らずの子どもの誘拐計画を練るはめに陥ってしまうが.....。
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被害者が一瞬にして加害者となり、どんどん被害を拡大させていく連鎖誘拐というアイディアが秀逸です。SNSを利用したいかにも現代的な犯罪が描かれています。そして、主人公の葛藤を描きつつ、予想外の出来事が次から次へと起きるのでページをめくる手が止まらなくなるのです。しかも、後半に入ると、アクション中心の展開へとシフトし、さらに畳みかけてきます。二転三転する物語といい、まさにザ・エンタメといった感じです。ただし、娯楽作品に徹した分、人物描写がどこか薄っぺらく、物語も深みに欠けている点は否めないところです。その辺りは短篇小説を膨らまして作ったことが影響しているのかもしれません。したがって、ずっしりと中身の詰まった重厚な作品を読みたいという人にとっては物足りなさを感じる可能性があります。良くも悪くもハリウッドの大作映画を彷彿とさせるエンタメミステリーです。
レイト・ショー(マイクル・コナリー)
レネイ・バラードはハワイ大学を卒業後、ロサンジェルスタイムスの事件記者を経てロス市警に入った女刑事だ。花形ポストである強盗殺人課特捜班で5年余り勤めあげるが、班長として新しく赴任したロバート・オリヴァス警部補からセクハラを受けて告発したところ、相棒のケン・チャスティン刑事の裏切りにあう。彼が保身のために目撃証言をしなかったためにセクハラ疑惑は不問とされ、逆に、レネイがハリウッド分署に飛ばされてしまったのだ。以来、彼女は新しい相棒と共に23時~7時までの深夜勤務を2年間続けてきたが、本格的な捜査は昼組にまかせ、深夜に起きた事件の初動捜査だけを行うという勤務内容にはやりがいを覚えられずにいた。そんなある日、一晩で3件の事件が起き、レネイはその処理に忙殺される。しかも、3件目はクラブで男が銃を乱射し、4人が即死するという重大事件だった。犯人は逃走し、やがて捜査班が現場に到着する。その指揮をとっているのはオリヴァスだった。彼はレネイを事件から遠ざけようとするが、彼女は銃の乱射事件と女装した男性が暴行を受けて昏睡状態に陥った2件目の事件を独自に調べ始める.......。
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ハリー・ボッシュの高齢化に伴い、シリーズの限界が見え隠れしているタイミングで発表された新シリーズの第1弾です。気になる主人公ですが、上からの圧力にも負けずに自分の信じる道を突き進む姿にはボッシュを彷彿とさせるものがあります。一方で、30代の女刑事ということで、近年のボッシュには欠けていたエネルギッシュなパワーを感じさせてくれます。とはいうものの、序盤は主人公の私生活をじっくり描くなど、キャラ付けの描写に尺をとっているため、少々退屈に感じるかもしれません。しかし、中盤からは物語も一気に盛り上がります。捜査に光明が差してきたと思えば、窮地に陥り、それをくぐり抜けると思わぬ罠が待っているといった具合に、手に汗握る展開が続くのです。その中にほろ苦いエピソードが挟まれており、ドラマに厚みを持たせることにも成功しています。そして、最後に一捻りあるのはさすがコナリー作品といったところです。今回はシリーズの土台固めといった感じの堅実な作品でしたが、今後どのように話が拡がっていくのか非常に楽しみです。
警部ヴィスティング カタリーナ・コード(ヨルン・リーエル・ホルスト)
ヴィリアム・ヴィスティング 警部はカタリーナという女性が謎の失踪を遂げた昔の事件の捜査資料を定期的に見返している。事件から24年が過ぎた今でも彼女の発見を諦めていなかったのだ。そして、事件を風化させないようにと、彼女が失踪した10月10日にはカタリーナの夫であるマッティン・ハウゲンの家を必ず訪ねるようにしている。ところが、今年は珍しくマッティンは不在だった。あくる日、未解決事件班の捜査官・アドリアン・スティレルがヴィスティング の元を訪ね、マッティン・ハウゲンが26年前に起きた少女誘拐事件の最有力容疑者に浮上した旨を告げる。最新技術によって身代金要求の手紙を再検査したところ、彼の指紋が出てきたというのだ。スティレルはヴィスティングに協力を要請する。それに対して、カタリーナ失踪事件にマッティン・ハウゲンが関与していることを疑っていたヴィスティングはその要請を快諾するのだった。事件の謎を解くカギはカタリーナ・コードと呼ばれる不可解なメモ。果たしてそれが意味するものとは?
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ヴィスティング シリーズの第12弾。日本ではガラスの鍵賞を受賞した第8弾の『猟犬』以来、4年ぶり2冊目の翻訳ということになります。本作は20年以上前に起きた2つの未解決事件の真相を暴いていく話なのですが、どんでん返しや衝撃の展開などといったものとは無縁です。犯人は最初から明白で、あとはいかにして犯行の事実を証明するかだけです。カタリーナ・コードの謎にしても、驚きの真相につながるようなものではありません。ある意味、すごく地味な話です。しかし、それにもかかわらず、これが実に読み応えのある作品に仕上がっているのです。特に、刑事と容疑者という関係でありながら、奇妙な友情で結ばれているヴィスティング 警部とマッティン・ハウゲンのやり取りは常に静かな緊張感を孕んでおり、手に汗握ります。地方都市の雰囲気や主人公を取り巻く人々の描写も味わい深く、渋みに満ちたその作風は大人のミステリーといった風格を感じさせてくれます。派手な仕掛けなどなくても面白いミステリーは書けるということを証明してみせた傑作です。
2019年英国ペトローナ賞受賞
あの日に消えたエヴァ(レミギウシュ・ムルス)
ヴェルネルは恋人のエヴァにプロポーズをするが、その直後、暴漢に襲われてしまう。そして、ヴェルネルの目前でレイプされたエヴァはそのまま消息を絶ってしまうのだった。失意の日々を過ごすヴェルネルは事件から10年が過ぎたある日、フェイスブックの写真にエヴァの姿が映っているのを見つける。ところが、その直後にヴェルネルは殺人の容疑をかけられ、追われる身となってしまう。彼は逃亡生活の中でチャットを通して知り合ったカサンドラの助力を得て、単身エヴァの行方を追い始めるが.......。
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物語は、失踪した婚約者を追うヴェルネルと調査会社の社長の妻で夫のDVに苦しめられているカサンドラの2つの視点によってテンポよく語られていきます。リーダビリティが高くてぐいぐい引き込まれていくうえに、読者の予想を裏切っていく筋運びが見事です。読み進めていくとまさかの展開が繰り返して起こり、ミステリーを読む快感に浸ることができます。散りばめた伏線を回収しつつ、最終章で怒涛の展開へと流れ込んでいくという、まさにサスペンスミステリーのお手本のような傑作です。ただ、読者を驚かすためにプロットを不自然にこねくり回した感もあり、その辺は好みのわかれるところです。
夕陽の道を北へゆけ(ジャーニン・カミンズ)
リディアは本好きが嵩じ、メキシコのアカプルコで書店の経営をしている32歳の女性だ。新聞記者の夫セバスチャンと8歳の息子のルカとともに平穏な日々を送っており、しかも、最近になって彼女は本について熱く語り合える男性客と巡り合う。彼女の生活はますます充実していくが、ある日を境にすべてが暗転する。セバスチャンがカルテルを告発する記事を書いた報復として彼を含む親族16人が皆殺しにされたのだ。生き残ったのはリディアとルカのみ。カルテルに買収されている可能性が高い警察は信用できず、彼女は幼い息子を連れて貨物列車の屋根に飛び乗る。逃走の途上で2人はさまざまな人々と出会いながら数千マイル離れたアメリカを目指す。だが、カルテルのボスはメキシコ全土に殺し屋を放っていた。果たして2人は無事逃げ延びることができるのか?
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メキシコの麻薬カルテルを描いた作品としてはドン・ウィンズロウの『犬の力』シリーズが有名ですが、あちらはカルテルと連邦麻薬捜査局との長きに渡る闘いを描いたものです。それに対して、本作は麻薬カルテルの現実を市井の人々の立場から描いた点が独自の味わいとなっています。数年の取材を経て執筆に取り掛かったというだけのことはあり、リアリティの豊かさは圧倒的です。そして、そのリアリティに支えられているからこそ、ヒロインの逃走劇が単なる絵空事とは思えなくなり、行く手を遮る試練や絶望が凄まじい臨場感を伴って読み手に迫ってくるのです。列車に飛び乗り、砂漠を渡り、さまざまな人間と出会うものの、誰ひとり信用することができない。すべての場面が緊張感に満ちており、手に汗握ります。エンタメ小説として読むにはいささか重い作品ですが、テンポ自体はよく、物語としてもよくできています。それに何といっても、苦難の果てに迎える旅の終わりのシーンが秀逸です。リアルさを前面に押し出しながらも極めてエモーショナル。ドン・ウィンズロウが激賞したというのも納得の傑作です。
黒と白のはざま(ロバート・ベイリー)白人至上主義団体クー・クラックス・クランの発祥の地であるテネシー州プラスキ。そこで生まれ育ったボーは5歳のときに父が殺されるのを目撃する。農場主のアンディが犯人だと確信したボーは彼に法による裁きを受けさせるべく弁護士を志すのだった。それから45年の歳月が過ぎ、アンディはボーの父の命日に殺され、同じ木に吊るされることになる。動機、状況証拠、物証の全てがボーの犯行であることを示していた。ボーは殺人の容疑で逮捕され、死刑を求刑される。老弁護士のトムは元教え子で恩人でもあるボーを救うべく、若き弁護士リックとともに無敗の女検事に立ち向かうことになるが........。
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『プロフェッサー』に続くシリーズ第2弾です。前作は主人公復活の物語にリーガルサスペンスを絡めた骨太のドラマでしたが、今回も読み応え満点の娯楽傑作に仕上がっています。特に、仲間のために勝ち目の薄い勝負に挑む展開はベタながらも感動的で、思わず目頭が熱くなってしまいます。また、前半は殺し屋ボーンとの対決に手に汗握り、終盤は意外な真相に驚かされるといった具合に、最初から最後まで山場の連続で飽きさせない作りになっているのが見事です。ただ、そつがない分、やや深みに欠けるのは難点だといえるかもしれません。ともあれ、面白さに関しては一級のシリーズであることには間違いなく、これからの展開も気になるところです。
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2020年発売!注目の国内SF&ファンタジー小説
最新更新日2020/12/24☆☆☆
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るん(笑)(酉島伝法)
結婚式場に勤める土屋は38度の熱を出し、こっそり解熱剤を飲もうとするが、妻の真弓にそれをはたき落とされる。彼女は怒りを露わにし、「なぜ自分の体を信じてあげないの!」と詰問する。薬の代わりに彼女は水をマドラーで一晩中かき混ぜて作った癒水を用意していた。世界的な伝染病によって医療崩壊を体験したのちに、この世界では医学よりも迷信を信じるスピリチュアルブームが巻き起こっていたのだ。一方、末期の蟠りで病院に入院していた真弓の母はすぐに退院させられ、るん(笑)と呼ばれる治療を始めることになるが........。
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『三十八度通り』『千羽びらき』『猫の舌と宇宙耳』の3編からなる連作短編集。科学を否定し、スピリチュアルなものに頼るようになった世界を描いた一種のデストピア小説です。ゲン担ぎやジンクスを大切にするといったことは私たちの周囲でも多かれ少なかれ行われていることですが、それを突き詰めていくといかに現実認識をゆがめることになるのかがわかり、ぞっとします。しかし、その一方で、風水、星座占い、日本古来のアニミズム信仰など、スピリチュアルなものをごった煮にした世界観はあまりにもカオスで独自の面白さがあります。造語を駆使して未知の異世界を構築してきた著者が、そのノウハウを用いて現実世界の一面を独自の切り口で分解・再構築してみせた異色作です。
10万を越える監視カメラや車両追跡システム、行動傾向分析システム、SNS・通話情報、それに武装ドローンを駆使して犯罪者を丸裸にする首都圏ビッグデータ保安システム特別法。通称CBMSと呼ばれるその法令が施行されたことにより、首都圏での凶悪犯罪は激減していた。そんな折、親の借金のかたに臓器を摘出される寸前だった三ノ瀬はフリーランスの犯罪者である五嶋と出会い、現金輸送車の襲撃計画を持ちかけられる。五嶋の立てた計画は、三ノ瀬が人工知能技術師として開発に関わっていたAIの心を読んで認識を欺く技術・Adversarial Exampleを用いたものだった。AIで完全制御されている無人の現金輸送車をAdversarial Exampleでこちらの意のままに操って誘拐するというのだ。選択の余地のない三ノ瀬はしぶしぶその計画に参加することになる。だが、三ノ瀬と五嶋の前には頑強なCBMSの壁が立ち塞がっていた。彼らはいかにしてこの難関を乗り越えるのか?
火星の地面をすくってその成分を研究していた科学者が従来の概念とは異なる生命体との邂逅を果たす表題作のほかに、超監視社会の中で人々が面白おかしく暮らしているパラレルワールドの日本が舞台の『たのしい超監視社会』、宇宙人に提供する奇想天外なラーメンを描いた『宇宙ラーメン重油味』など全6篇の短編集。
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第1回カクヨムweb小説コンテストSF部門大賞受賞作『横浜駅SF』でデビューした著者の初短編集です。『横浜駅SF』に通じるぶっ飛んだ発想の作品が多く、その発想に基づいて描かれる物語はシリアスからコミカル、思索小説からドタバタ劇と、バラエティに富んでいます。そんな中でも、常識をひっくり返してみせるというのが共通する作風でしょうか。そういう意味において、いかにもSFらしいSFを描いた作品集だといえます。1 話ごとのページ数が少なめで話のテンポが良いのでサクッと読んでしまえるところも魅力的です。どの作品もSFとしての面白さに満ちており、まさに粒ぞろいの傑作集です。
ツインスター・サイクロン・ランナウェイ(小川一水)
星系短絡機関「光貫環(クンヴァンファン)」の技術を人類が確立し、宇宙での活動範囲を大きく広げてから6000年。辺境に位置する巨大なガス惑星「フィット・ボール・ビーチ」では都市型宇宙船に住む周回者たちが、大気中を遊泳する昏魚(ベッシュ)を捕獲して生計を立てていた。昏魚はリチウム同位体や窒素・塩素・イオン・リン・鉄などから構成され、貴重な資源となるのだ。漁は男女2人の夫婦者が礎柱船(ピラーボート)に乗って行われる。ところが、見合いに失敗してばかりのテラは謎めいた家出少女のダイオードと出会い、女性ペアを組むことになる。そして、異色のペアは誰もが予想し得なかったとんでもない結果を出すことになるのだが.......。
坂下あたると、しじょうの宇宙(町屋良平)
高校生の毅には文才がなかった。雑誌に詩を投稿してもほとんど評価されることはない。一方、彼の親友であるあたるは文才に溢れていた。新人賞の最終選考に残ったこともあり、短歌や批評まで書いているのだ。それに、ネット上にあたるの熱烈なファンまでいる。おまけに、彼は毅が片想いしている女の子と付き合っているので、毅の心の中はあたるに対する劣等感でいっぱいだ。そんなある日、小説サイトにあたるの偽アカウントが作成される。犯人を探っていくとそれはなんとあたるを模したAIだったのだ。そのAIは小説を発表し続け、やがてあたるの才能を凌駕するようになっていくが......。
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AIを主題にしていますが、芥川賞作家の手によるものだけあってSF要素がメインの作品ではありません。作中で語られるのはSF的ロジックというよりはAIを絡めた文学論というのが正確なところです。しかし、そこには今日的なSF的テーマが内包されており、非常に興味深く読むことができます。また、登場人物がみな魅力的で瑞々しい群像劇としてもよくできています。極めて文学的でそれでいてエンタメ性も高い青春小説の傑作です。
天才科学者バビニクは「ハカセ、タイヘンです!」という声に目を覚まし、驚愕する。ロマンスグレーの男性だったはずの自分がいつの間にか美少女になっていたのだ。なぜそうなったかの記憶はなく、しかも人類はすでに滅んでいた。連日巨大ロボットが襲ってくる日常の中で、バビニクは美形アンドロイドのイチゴウと共に世界の謎を解き明かす旅に出るが......。
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冒頭から美少女と美形アンドロイドと巨大ロボットが登場し、ラノベのような軽いノリで始まる作品ですが、コメディかと思っていると、世界の秘密が明らかになるにつれて次第にその様相を変えていきます。絶望に打ちひしがれながらも、新たな希望を切り開いていくさまが実に瑞々しく描かれているのです。切なさの中に美しさをたたえた終末SFの傑作です。
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るん(笑)(酉島伝法)
結婚式場に勤める土屋は38度の熱を出し、こっそり解熱剤を飲もうとするが、妻の真弓にそれをはたき落とされる。彼女は怒りを露わにし、「なぜ自分の体を信じてあげないの!」と詰問する。薬の代わりに彼女は水をマドラーで一晩中かき混ぜて作った癒水を用意していた。世界的な伝染病によって医療崩壊を体験したのちに、この世界では医学よりも迷信を信じるスピリチュアルブームが巻き起こっていたのだ。一方、末期の蟠りで病院に入院していた真弓の母はすぐに退院させられ、るん(笑)と呼ばれる治療を始めることになるが........。
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『三十八度通り』『千羽びらき』『猫の舌と宇宙耳』の3編からなる連作短編集。科学を否定し、スピリチュアルなものに頼るようになった世界を描いた一種のデストピア小説です。ゲン担ぎやジンクスを大切にするといったことは私たちの周囲でも多かれ少なかれ行われていることですが、それを突き詰めていくといかに現実認識をゆがめることになるのかがわかり、ぞっとします。しかし、その一方で、風水、星座占い、日本古来のアニミズム信仰など、スピリチュアルなものをごった煮にした世界観はあまりにもカオスで独自の面白さがあります。造語を駆使して未知の異世界を構築してきた著者が、そのノウハウを用いて現実世界の一面を独自の切り口で分解・再構築してみせた異色作です。
人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル(竹田人造)
10万を越える監視カメラや車両追跡システム、行動傾向分析システム、SNS・通話情報、それに武装ドローンを駆使して犯罪者を丸裸にする首都圏ビッグデータ保安システム特別法。通称CBMSと呼ばれるその法令が施行されたことにより、首都圏での凶悪犯罪は激減していた。そんな折、親の借金のかたに臓器を摘出される寸前だった三ノ瀬はフリーランスの犯罪者である五嶋と出会い、現金輸送車の襲撃計画を持ちかけられる。五嶋の立てた計画は、三ノ瀬が人工知能技術師として開発に関わっていたAIの心を読んで認識を欺く技術・Adversarial Exampleを用いたものだった。AIで完全制御されている無人の現金輸送車をAdversarial Exampleでこちらの意のままに操って誘拐するというのだ。選択の余地のない三ノ瀬はしぶしぶその計画に参加することになる。だが、三ノ瀬と五嶋の前には頑強なCBMSの壁が立ち塞がっていた。彼らはいかにしてこの難関を乗り越えるのか?
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第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作品。遠い未来の出来事ではなく、数年後には実現しそうな、現実と地続きのテクノロジーを用いて物語を構成していく手法は藤井太洋の作品と相通じるものがあります。そのため、SFにセンスオブワンダーを期待している人にとっては物足りなさを感じるかもしれませんが、最先端のテクノロジーを分かりやすく解説しており、その手の話に関心のある人にとっては非常に興味深い内容に仕上がっています。しかも、物語はスリリングでありながら爽快感に溢れ、一人一人のキャラがしっかり立っているのも好印象です。深みや余韻といったものとは無縁の作品ですが、エンタメ小説としては申し分ありません。気楽に楽しみたいときにはもってこいだといえる近未来クライムサスペンスの佳品です。
ヴィンダウス・エンジン(十三不塔)
韓国人の青年、キム・テフンは2031年に韓国で特定疾患の認定を受けた奇病・ヴィンダウス症に侵される。この病にかかると静止しているものが全く見えなくなってしまう。街に出ても見えるのは動いている人間や車だけで、風景があるはずの空間には空白が広がっているだけだ。しかも、やっかいなことにその病には自動補正機能まで備わっており、首を左右に振ったり、全身で飛び跳ねたりしても静止物は視界から消えたままなのだ。テフンは試行錯誤の末、ヴィンダウス症を患ったままでも静止物が視認可能な寛解状態を保つことに成功する。そして、そのことにより、中国の四川生化学総合研究所からある実験の協力を要請される。それはヴィンダウス症の寛解者と都市機能AIを接続するというとてつもないものだった。
第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作品。遠い未来の出来事ではなく、数年後には実現しそうな、現実と地続きのテクノロジーを用いて物語を構成していく手法は藤井太洋の作品と相通じるものがあります。そのため、SFにセンスオブワンダーを期待している人にとっては物足りなさを感じるかもしれませんが、最先端のテクノロジーを分かりやすく解説しており、その手の話に関心のある人にとっては非常に興味深い内容に仕上がっています。しかも、物語はスリリングでありながら爽快感に溢れ、一人一人のキャラがしっかり立っているのも好印象です。深みや余韻といったものとは無縁の作品ですが、エンタメ小説としては申し分ありません。気楽に楽しみたいときにはもってこいだといえる近未来クライムサスペンスの佳品です。
ヴィンダウス・エンジン(十三不塔)
韓国人の青年、キム・テフンは2031年に韓国で特定疾患の認定を受けた奇病・ヴィンダウス症に侵される。この病にかかると静止しているものが全く見えなくなってしまう。街に出ても見えるのは動いている人間や車だけで、風景があるはずの空間には空白が広がっているだけだ。しかも、やっかいなことにその病には自動補正機能まで備わっており、首を左右に振ったり、全身で飛び跳ねたりしても静止物は視界から消えたままなのだ。テフンは試行錯誤の末、ヴィンダウス症を患ったままでも静止物が視認可能な寛解状態を保つことに成功する。そして、そのことにより、中国の四川生化学総合研究所からある実験の協力を要請される。それはヴィンダウス症の寛解者と都市機能AIを接続するというとてつもないものだった。
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第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作品。ヴィンダウス症という独創的なガジェットを巧みに用いて描かれる近未来SFの世界に思わず引き込まれます。いろいろな要素を詰め込みすぎて消化不良気味な点は評価の分かれるところですが、怒涛の勢いで展開していく物語に身を任せれば、それもあまり気にならないのではないでしょうか。何より、軽快な語り口のおかげで読んでいて全くストレスを感じさせないのが秀逸です。また、電脳都市として描かれた中国も印象的で、特に、そこで展開されるAIとの戦闘シーンは思わず手に汗握ります。リアリティに欠ける中国描写など、まだまだ荒削りな部分はあるものの、それをカバーして余りある魅力を有した力作です。
SIGNAL シグナル(山田宗樹)
地球の外から送信された電波を電波天文台が受信する。送信元は地球から300万光年離れたM33さんかく座銀河からだった。慎重に検討を重ねた結果、その電波は宇宙のどこかで発生した自然現象などではなく、何者かによる人工電波であることが明らかになる。しかも、300万光年離れた星まで電波を飛ばせる科学力は地球のそれを遥かに凌駕するものだった。つまり、歴史上初めて地球外知的生命体の存在が確認されたのだ。中学2年の芦川翔はそのニュースを聞いて興奮する。だが、クラスメイトたちの反応はみなピントはずれなものばかりで、世紀の大発見に対する感動を分かち合うことはできなかった。そんなとき、さんかく座銀河からの電波解読に関わっている天文学者を母に持つ生徒・朱鷺丘昴が高等部に在籍しているとの情報を耳にする。彼とならこの感動を共有できるに違いない。そう思った翔は昴に会いにいくが、彼は極端に無口な変人で.......。
第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作品。ヴィンダウス症という独創的なガジェットを巧みに用いて描かれる近未来SFの世界に思わず引き込まれます。いろいろな要素を詰め込みすぎて消化不良気味な点は評価の分かれるところですが、怒涛の勢いで展開していく物語に身を任せれば、それもあまり気にならないのではないでしょうか。何より、軽快な語り口のおかげで読んでいて全くストレスを感じさせないのが秀逸です。また、電脳都市として描かれた中国も印象的で、特に、そこで展開されるAIとの戦闘シーンは思わず手に汗握ります。リアリティに欠ける中国描写など、まだまだ荒削りな部分はあるものの、それをカバーして余りある魅力を有した力作です。
SIGNAL シグナル(山田宗樹)
地球の外から送信された電波を電波天文台が受信する。送信元は地球から300万光年離れたM33さんかく座銀河からだった。慎重に検討を重ねた結果、その電波は宇宙のどこかで発生した自然現象などではなく、何者かによる人工電波であることが明らかになる。しかも、300万光年離れた星まで電波を飛ばせる科学力は地球のそれを遥かに凌駕するものだった。つまり、歴史上初めて地球外知的生命体の存在が確認されたのだ。中学2年の芦川翔はそのニュースを聞いて興奮する。だが、クラスメイトたちの反応はみなピントはずれなものばかりで、世紀の大発見に対する感動を分かち合うことはできなかった。そんなとき、さんかく座銀河からの電波解読に関わっている天文学者を母に持つ生徒・朱鷺丘昴が高等部に在籍しているとの情報を耳にする。彼とならこの感動を共有できるに違いない。そう思った翔は昴に会いにいくが、彼は極端に無口な変人で.......。
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前半はファーストコンタクトものの基本を踏まえながら宇宙に夢を馳せる少年の青春物語として楽しく読むことができます。それに対して、17年後を描いた後半は宇宙からの声を感知するM33レスプターが登場し、オカルト色が濃くなります。しかし、いずれにしてもSF小説としての派手さには欠け、スペクタクルな展開などは皆無です。300ページに満たない物語のなかで繰り広げられるのは、電波の正体についての議論だけで決定的な出来事は何も起こりません。しかし、それにも関わらず、実に読ませる作品に仕上がっているのです。電波を発した宇宙人は友好の徒なのか、それとも侵略者なのか?それだけのシンプルな話なのにぐいぐいと惹き込まれていきます。読みやすく、爽やかな雰囲気に終始しているのも好印象です。山田宗樹の作品にしては堅実で王道的な仕上がりになっており、『代体』や『百年法』といった大作に挑戦する前の入門書、あるいはそれらを読み終わったあとの箸休めとしても最適ではないでしょうか。古き良き時代の古典SFの味わいを満喫できる佳品です。
人類が滅びようとしている世界で、ネクロマンサー(死霊術師)の男は自ら生成したゾンビ少女のユメコと楽しい日々を過ごしていた。店には防腐魔法をかけられた食料が溢れており、電気やガスも魔法で供給可能だ。本やDVDも無断で借り放題なのでなかなか快適な生活だといえる。また、ユメコも術者の彼を父親のように慕ってくれている。ただ、困るのが辺りには本能の赴くままに徘徊する野生のゾンビで溢れていることで、結界魔法をうっかり掛け忘れると、唯一の生者であるネクロマンサーに向かって襲いかかってくるのだ。その場合はユメコと一緒にゾンビ退治をすることになるのだが......。
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大量のゾンビに取り囲まれて時々襲撃を受けるというアポカリプス全開な世界の日常をほのぼのとした文体で読ませる終末小説です。世界の終わりという絶望的な状況と主人公を取り巻くのほほんとした空気感のギャップが絶妙で、切なくも心地よい物語世界を満喫することができます。終末やゾンビ少女という言葉に惹かれる人なら読んで損のない傑作です。
オクトローグ 酉島伝法作品集成(酉島伝法)
未知の鳥類がやってくるまで(西崎憲)
ホテル・アルカディア(石川宗生)
ホテル・アルカディアの支配人にはプルデンシアという娘がいた。その娘は大学に入学して親と離れて暮らしていたのだが、突然帰郷し、離れのコテージに引きこもってしまった。彼女は言葉を発することもできず、時折裏山で泣いているという。どうしてそんなことになったのか誰も理由を知らなかった。ホテルに逗留中だった7人の芸術家はその話を耳にし、娘に同情を寄せる。なんとか彼女を元気づけようと考え、始まったのがコテージの外から物語を語って聞かせる朗読会だった。何千年も昔から天に向かって伸び続けるタワーマンションを調査する『チママンダの街』、本から抜け出した挿絵が部屋に住みつく『本の挿絵』、人間の身体に極小の動物たちが住みついてやがてヒトへと進化する『代理戦争』などといった具合に、摩訶不思議な話が芸術家たちの口から紡がれていく。それから80年後。そのエピソードは伝説となり、廃墟となったホテルには今でもその話のファンたちが聖地巡礼に訪れている。朗読会のあと、果たして7人の芸術家とプルデンシアはどうなったのだろうか?
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その突き抜けた奇想ぶりで読者の度肝を抜いたSF短編集『半分世界』。本作はその著者の初長編作品です。とはいっても作中作の形で20以上の短編小説が組み込まれており、石川宗生ならではのぶっとんだアイディアを存分に楽しむことができます。しかも、SF、怪談、おとぎ話に現代劇と話のふり幅が非常に大きくてバラエティに富んでいる点も驚かされます。まさにアイディアの宝庫です。内容的には少々難解なエピソードもあるものの、どれもショートショート程度の長さなのでサクサクと読み進めていくことができます。それぞれのエピソードが微妙に重なり合い、大きな迷宮世界を構築していくプロットも見事です。物語の海に溺れる愉悦を心の底から満喫することができる、現代の千夜一夜物語とでもいうべき傑作です。
約束の果て:黒と紫の国(高丘哲次)
大国である伍州の科学院考古学研究員、梁斉河は持ち込まれた古い装身具に「壙」と「臷南」という聞いたことない2つの国名が記されているのを見つける。斉河は膨大な文献をあさり、『南朱列国演義』と『歴世神王拾記』という2つの書物にそれらの国の記述があるのを探しあてる。だが、一つは偽書とされており、もう一つは小説だった。そこには2つの国を巡る恋物語とそれに端を発した部族の抗争の物語が記されていたのだ。それらは時代や国境を越えて読み解かれていく。そして、書に導かれるようにして約束の地へとたどり着いた私が見たものとは?
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2019年日本ファンタジーノベル大賞の大賞受賞作品です。古代中国を思わせる舞台で繰り広げられるファンタジー小説ですが、プロットが凝っており、何世代にも渡って5000年前の物語を徐々に解き明かしていくプロセスが実にスリリングです。ファンタジー小説というのは最初は面白くてもその世界観に慣れてくるとだんだん退屈になってくることも多いのですが、本作は徐々に舞台の全容が明らかになってくるので、先が気になってページをめくる手がとまらなくなります。それに、独立した2つの話に密接なつながりがあるとわかってくる中盤以降から物語も密度を増してきて面白さが何倍にも跳ね上がります。結末へと至る展開も見事というほかありません。細部まで考え抜かれた傑作です。
前半はファーストコンタクトものの基本を踏まえながら宇宙に夢を馳せる少年の青春物語として楽しく読むことができます。それに対して、17年後を描いた後半は宇宙からの声を感知するM33レスプターが登場し、オカルト色が濃くなります。しかし、いずれにしてもSF小説としての派手さには欠け、スペクタクルな展開などは皆無です。300ページに満たない物語のなかで繰り広げられるのは、電波の正体についての議論だけで決定的な出来事は何も起こりません。しかし、それにも関わらず、実に読ませる作品に仕上がっているのです。電波を発した宇宙人は友好の徒なのか、それとも侵略者なのか?それだけのシンプルな話なのにぐいぐいと惹き込まれていきます。読みやすく、爽やかな雰囲気に終始しているのも好印象です。山田宗樹の作品にしては堅実で王道的な仕上がりになっており、『代体』や『百年法』といった大作に挑戦する前の入門書、あるいはそれらを読み終わったあとの箸休めとしても最適ではないでしょうか。古き良き時代の古典SFの味わいを満喫できる佳品です。
終末世界はふたりきり(あまひらあすか)
人類が滅びようとしている世界で、ネクロマンサー(死霊術師)の男は自ら生成したゾンビ少女のユメコと楽しい日々を過ごしていた。店には防腐魔法をかけられた食料が溢れており、電気やガスも魔法で供給可能だ。本やDVDも無断で借り放題なのでなかなか快適な生活だといえる。また、ユメコも術者の彼を父親のように慕ってくれている。ただ、困るのが辺りには本能の赴くままに徘徊する野生のゾンビで溢れていることで、結界魔法をうっかり掛け忘れると、唯一の生者であるネクロマンサーに向かって襲いかかってくるのだ。その場合はユメコと一緒にゾンビ退治をすることになるのだが......。
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大量のゾンビに取り囲まれて時々襲撃を受けるというアポカリプス全開な世界の日常をほのぼのとした文体で読ませる終末小説です。世界の終わりという絶望的な状況と主人公を取り巻くのほほんとした空気感のギャップが絶妙で、切なくも心地よい物語世界を満喫することができます。終末やゾンビ少女という言葉に惹かれる人なら読んで損のない傑作です。
アメリカン・ブッダ(柴田勝家)
未曾有の大災害と流行病によって荒廃した近未来のアメリカ。多くの国民は現実世界を捨て、仮想空間に構築された新大陸に移り住んでいた。そんななか、現実世界にとどまったインディアンの青年は国民に「救済」を語り、現実世界への帰還を呼び掛ける。彼の所属するアゴン族は仏陀の教えを信仰する唯一のインディアンだというが.......。
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全6篇収録の著者初の短編集です。収録作の多くは著者のバックボーンである民俗学をSF的趣向で味付けしたものであり、特に、増改築を繰り返した家の壁から白骨死体が発見される『邪義の壁』が民俗ホラーならではのぞっとする感覚を味わうことができ、インパクトという点で頭一つ抜けています。また、『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』も一生VRの世界で暮らす部族という奇妙な設定を元に忘れ難い読後感を読者に与えることに成功している秀作です。さらに、他の作品もみなオリジナリティの高い濃厚な世界観が味わえる良作揃いで、極めてレベルの高いSF短編集に仕上がっています。
歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ(菅浩江)
未曾有の大災害と流行病によって荒廃した近未来のアメリカ。多くの国民は現実世界を捨て、仮想空間に構築された新大陸に移り住んでいた。そんななか、現実世界にとどまったインディアンの青年は国民に「救済」を語り、現実世界への帰還を呼び掛ける。彼の所属するアゴン族は仏陀の教えを信仰する唯一のインディアンだというが.......。
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全6篇収録の著者初の短編集です。収録作の多くは著者のバックボーンである民俗学をSF的趣向で味付けしたものであり、特に、増改築を繰り返した家の壁から白骨死体が発見される『邪義の壁』が民俗ホラーならではのぞっとする感覚を味わうことができ、インパクトという点で頭一つ抜けています。また、『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』も一生VRの世界で暮らす部族という奇妙な設定を元に忘れ難い読後感を読者に与えることに成功している秀作です。さらに、他の作品もみなオリジナリティの高い濃厚な世界観が味わえる良作揃いで、極めてレベルの高いSF短編集に仕上がっています。
歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ(菅浩江)
地球の衛星軌道上に浮かぶ巨大な博物館・アフロディーテには全世界の芸術品や動植物が集められている。その膨大なデータはAIによって管理されていた。また、動植物担当のセクション・デメテルではAIを頭脳に接続した学芸員たちが、分析保存の作業と共に美の追求に取り組んでいる。そして今、博物館惑星は、アフロディーテ創立50周年フェスティバルを開催しようとしていた。そんななか、新人自警団員の兵藤健は、同じ新人で総合管轄部署・アポロン配属の尚美・シャハムらとともに国際的な贋作組織の摘発に挑むが......。
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『永遠の森 博物館惑星』『不見の月 博物館惑星Ⅱ』に続くシリーズ第3弾です。このシリーズはさまざまな芸術品を魅力的に描いている点が大きな読みどころになっているわけですが、本作ではそういった描写があえて抑え気味になっています。贋作組織との対決がメインで今までのシリーズとは雰囲気がかなり違います。ファンの人はそうした点を物足りなく思うかもしれません。しかし、その分、最終章で描かれる創立50周年フェスティバルにおけるイメージの奔流に圧倒されることになります。まさに歓喜の歌であり、シリーズのクライマックスに相応しいシーンだといえます。シリーズ中に散りばめられたさまざまな謎も解き明かされたことからも、おそらくこれで完結ということなのでしょう。さすがに全体的な完成度では、名作と名高いシリーズ1作目には及びませんが、それでも十分読み応えのある佳品に仕上がっているのは間違いないところです。
大学3年の夏を迎えた私にいまだかつてない危機が訪れていた。こともあろうか、コーラーをぶちまけてクーラーのリモコンを壊してしまったのだ。電気屋に持ち込んでみたものの、エアコンの型が古すぎて修理は不可能だといわれてしまう。しかも、問題はそれだけでなく、私が想いを寄せている明石さんが8月16日の送り火に誰かと一緒に出掛けるらしいのだ。そんななか、私の住むアパートの廊下にいかにもといった形のタイムマシーンが置かれていることに気付く。もちろん、最初はみんな半信半疑だったものの、悪友の小津が実際に使ってみせたことで本物であることが証明される。だとすると、壊れる前のクーラーのリモコンをタイムマシーンで取ってくれば問題は解決するのではないか?私たちは軽い気持ちでタイムマシーンを使用するが、それが宇宙消滅の危機につながることになり......。『永遠の森 博物館惑星』『不見の月 博物館惑星Ⅱ』に続くシリーズ第3弾です。このシリーズはさまざまな芸術品を魅力的に描いている点が大きな読みどころになっているわけですが、本作ではそういった描写があえて抑え気味になっています。贋作組織との対決がメインで今までのシリーズとは雰囲気がかなり違います。ファンの人はそうした点を物足りなく思うかもしれません。しかし、その分、最終章で描かれる創立50周年フェスティバルにおけるイメージの奔流に圧倒されることになります。まさに歓喜の歌であり、シリーズのクライマックスに相応しいシーンだといえます。シリーズ中に散りばめられたさまざまな謎も解き明かされたことからも、おそらくこれで完結ということなのでしょう。さすがに全体的な完成度では、名作と名高いシリーズ1作目には及びませんが、それでも十分読み応えのある佳品に仕上がっているのは間違いないところです。
四畳半タイムマシンブルース(原案:上田誠/文:森見登美彦)
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2010年に深夜アニメとして放映され、文化メディア芸術祭大賞を受賞した森見登美彦の小説『四畳半神話大系』の登場人物と、2005年に映画化され、SFコメディの傑作として話題になった上田誠の戯曲『サマータイムマシンブルース』の基本プロットを合体させたコラボ作品です。内容的には台詞も含めてかなり忠実に『サマータイムマシンブルース』をなぞっており、それでいながら、『四畳半神話大系』らしさが少しも損なわれていないことに驚かされます。小津、明石さん、樋口師匠といったおなじみの面々も生き生きと描かれており、少しも違和感がないのです。それだけ、作品としての両者の相性が良いということなのでしょう。実に理想的なコラボ作品であり、『四畳半神話大系』と『サマータイムマシンブルース』のどちらが好きな人にもおすすめです。
2010年に深夜アニメとして放映され、文化メディア芸術祭大賞を受賞した森見登美彦の小説『四畳半神話大系』の登場人物と、2005年に映画化され、SFコメディの傑作として話題になった上田誠の戯曲『サマータイムマシンブルース』の基本プロットを合体させたコラボ作品です。内容的には台詞も含めてかなり忠実に『サマータイムマシンブルース』をなぞっており、それでいながら、『四畳半神話大系』らしさが少しも損なわれていないことに驚かされます。小津、明石さん、樋口師匠といったおなじみの面々も生き生きと描かれており、少しも違和感がないのです。それだけ、作品としての両者の相性が良いということなのでしょう。実に理想的なコラボ作品であり、『四畳半神話大系』と『サマータイムマシンブルース』のどちらが好きな人にもおすすめです。
オクトローグ 酉島伝法作品集成(酉島伝法)
宇宙で暮らす無機生命体の少年が滋味豊かな彗星の成分採取に初めて参加する様子を綴った『彗星狩り』、海で覆われた惑星を探査する人類を異星生物の視点から描いた『ブロッコリー神殿』、印刷会社に勤める男が仕事に忙殺されるなかで知らぬ間に世界が変容していく『金星の蟲』など、全8篇の短編を収録。
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卓越した言語センスで異形に彩られた未知の世界を描き切り、わずか2作で日本SF界の寵児となった酉島伝法の短編集です。初めての人は造語の多さに難解だと感じるかもしれませんが、じっくりと噛み砕いて読んでいるうちにその豊潤な世界が鮮烈なイメージとなって脳内に広がっていくはずです。基本的には著者が得意とする不気味な姿をしている異星生物や陰惨な異世界の話が多いものの、一編一編に独自の要素を盛り込んでさまざまな切り口で楽しませてくれます。たとえば、『彗星狩り』はブラッドベリのような叙事詩SFですし、『金星の蟲』はSF版蟹工船、『痕の祀り』は怪獣の死体処理に焦点を当てたウルトラマン秘話、といった感じです。バラエティに富んでいながらも、いずれもこれぞ酉島ワールドといえるハードで濃厚な作品が揃っています。
幽霊を創出したのは誰か? Who Created the Ghost?(森博嗣)
小高い丘の上にある古い城跡には許されぬ恋を悲観して心中した男女の幽霊がさ迷っているという。その噂を耳にした楽器職人のグアトと、彼と一緒に暮らしている女性技師のロジはピクニックがてら問題の地に赴く。果たして幽霊らしき男女が現れ、グアトは会話をかわすことにすら成功するのだった。しかし、話はそれだけで終わりではない。2人の元を幽霊になった男の弟だと名乗る老人が訪れ、しかも、彼は兄が生存している可能性を探っているというのだが.....。
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『キャサリンはどのように子供を産んだのか?How Did Catherine Cooper Have a Child?』に続くWWシリーズの第4弾です。死がほぼ存在しなくなった世界を舞台に幽霊を再定義するという極めて思索度の高い作品に仕上がっています。まず、バーチャルが当たり前の世界で幽霊は存在し得るのかという問題提議が興味深く感じられ、ぐいぐいと引き込まれていきます。そして、最終的には人類はバーチャルの世界に移行すべきなのかという究極の問いかけが知的好奇心をどこまでも刺激していくのです。全体的に淡々とした話であり、手に汗握る展開を期待した人にとっては物足りなさが残るかもしれませんが、示唆に富み、なかなか考えさせられる佳品です。
文豪宮本武蔵(田中啓文)
宮本武蔵は巌流島の決闘前夜に刺客の襲撃を受け、海上ではワニザメに行く手を阻まれながらもなんとか船島にたどり着き、死闘の末に佐々木小次郎を打ち倒す。しかし、それにも関わらず、仕官がかなうことはなく、武蔵は不遇の日々を送り続けていた。そんな武蔵が大阪の陣の合戦中に意識を失い、なぜか明治時代の東京にタイムスリップしてしまうのだった。そこで佐々木小次郎の妹にそっくりな樋口一葉に出会い、それがきっかけとなって夏目漱石や正岡子規といった文人たちとも知り合うことになる。武蔵は彼らに対してうっかり小説家志望だといってしまい.....。
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卓越した言語センスで異形に彩られた未知の世界を描き切り、わずか2作で日本SF界の寵児となった酉島伝法の短編集です。初めての人は造語の多さに難解だと感じるかもしれませんが、じっくりと噛み砕いて読んでいるうちにその豊潤な世界が鮮烈なイメージとなって脳内に広がっていくはずです。基本的には著者が得意とする不気味な姿をしている異星生物や陰惨な異世界の話が多いものの、一編一編に独自の要素を盛り込んでさまざまな切り口で楽しませてくれます。たとえば、『彗星狩り』はブラッドベリのような叙事詩SFですし、『金星の蟲』はSF版蟹工船、『痕の祀り』は怪獣の死体処理に焦点を当てたウルトラマン秘話、といった感じです。バラエティに富んでいながらも、いずれもこれぞ酉島ワールドといえるハードで濃厚な作品が揃っています。
幽霊を創出したのは誰か? Who Created the Ghost?(森博嗣)
小高い丘の上にある古い城跡には許されぬ恋を悲観して心中した男女の幽霊がさ迷っているという。その噂を耳にした楽器職人のグアトと、彼と一緒に暮らしている女性技師のロジはピクニックがてら問題の地に赴く。果たして幽霊らしき男女が現れ、グアトは会話をかわすことにすら成功するのだった。しかし、話はそれだけで終わりではない。2人の元を幽霊になった男の弟だと名乗る老人が訪れ、しかも、彼は兄が生存している可能性を探っているというのだが.....。
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『キャサリンはどのように子供を産んだのか?How Did Catherine Cooper Have a Child?』に続くWWシリーズの第4弾です。死がほぼ存在しなくなった世界を舞台に幽霊を再定義するという極めて思索度の高い作品に仕上がっています。まず、バーチャルが当たり前の世界で幽霊は存在し得るのかという問題提議が興味深く感じられ、ぐいぐいと引き込まれていきます。そして、最終的には人類はバーチャルの世界に移行すべきなのかという究極の問いかけが知的好奇心をどこまでも刺激していくのです。全体的に淡々とした話であり、手に汗握る展開を期待した人にとっては物足りなさが残るかもしれませんが、示唆に富み、なかなか考えさせられる佳品です。
文豪宮本武蔵(田中啓文)
宮本武蔵は巌流島の決闘前夜に刺客の襲撃を受け、海上ではワニザメに行く手を阻まれながらもなんとか船島にたどり着き、死闘の末に佐々木小次郎を打ち倒す。しかし、それにも関わらず、仕官がかなうことはなく、武蔵は不遇の日々を送り続けていた。そんな武蔵が大阪の陣の合戦中に意識を失い、なぜか明治時代の東京にタイムスリップしてしまうのだった。そこで佐々木小次郎の妹にそっくりな樋口一葉に出会い、それがきっかけとなって夏目漱石や正岡子規といった文人たちとも知り合うことになる。武蔵は彼らに対してうっかり小説家志望だといってしまい.....。
◆◆◆◆◆◆
第一章がおなじみの巌流島の決闘の話になっており、それはそれでよくできているのですが、次の章からいきなりSF仕立ての展開になるので驚かされます。明治時代にタイムスリップした宮本武蔵が作家を目指すという展開が意表をついていますし、何より、明治の文豪と宮本武蔵という意外性満点の絡みは、著者のペンの冴えもあって、大いに楽しむことができます。史実に基づいたエピソードを挿入し、随所に小ネタを散りばめながらも、剣よりペンを選んだ武蔵野姿を説得力をもって描き切ったのが見事です。歴史好きの人に特におすすめしたい痛快SF時代小説です。
100文字SF(北野勇作)
「戦争で人と武器が滅び、楽器だけが残った世界」「ずっと火星だと思ってた星がそうではないことに気づいた男」「幾度となく襲来を繰り返す人喰い怪獣への対策として打ち出された巨人化計画」などなど、1話100文字で語られる掌編集。
◆◆◆◆◆◆
本作は、もともとtwitterで発表していた1編100文字のSF小説約2000の中から200本を厳選した傑作選です。さすがに100文字ではプロットに膨らみがないので、物語の豊潤な香りを味わいたい人にとっては物足りないかもしれません。しかし、その一方で、次から次へと飛び出してくるイマジネーションの奔流には驚かされます。短いだけあってサクサク読めるのに、振り返ってみるとそこには濃厚な世界が広がっているのです。まさに、SF小説の原液といった感じです。ハードSF、ホラー小説、ホロリとくる感動ものといった具合に、ジャンルも多彩で、バラエティに富んだ物語風景を堪能することができます。
パライゾ(阿川せんり)
突然、周囲の人間が鳥の形状に似た黒いぶよぶよの物体に変わり、飛び跳ねるだけの存在になってしまうという現象が発生する。その中で、人間の形状を保っていられるのは人を殺した経験のある者だけだった。しかし、残された彼らにも安息の日々は訪れない。電気を始めとするライフラインがストップし、各所で火災が起こり始める。崩壊していく日常の中で残された者たちは最後に何を選ぶのか?
◆◆◆◆◆◆
人間が突然得体のしれないものになってしまうという不条理な状況を描いた連作小説です。急速に滅びへと突き進んでいくという設定は、ある意味究極のデストピア小説といえるかもしれません。しかし、その割には悲壮感などはさほどなく、殺人者の視点から淡々と滅びゆく世界が描かれていきます。このなんともいえない奇妙でブラックな味わいが一種の求心力となって物語に引き込まれていくのです。この世界で生きながらえるすべはなく、ラストではみな悲惨な最期を遂げてしまいます。ところが、それが後味の悪さにつながっておらず、清冽な印象さえ感じるところが本作ならではの持ち味だといえるでしょう。ただ、この物語は現象の謎には一切触れずに、登場人物の個人的な問題に終始しています。そのため、本格的なSF小説を期待した人は肩透かしを喰らうかもしれません。また、収録されている10篇の短篇は結構同じパターンが繰り返されるので、やや冗長に感じてしまうのも難点だといえます。
タイタン(野崎まど)
第一章がおなじみの巌流島の決闘の話になっており、それはそれでよくできているのですが、次の章からいきなりSF仕立ての展開になるので驚かされます。明治時代にタイムスリップした宮本武蔵が作家を目指すという展開が意表をついていますし、何より、明治の文豪と宮本武蔵という意外性満点の絡みは、著者のペンの冴えもあって、大いに楽しむことができます。史実に基づいたエピソードを挿入し、随所に小ネタを散りばめながらも、剣よりペンを選んだ武蔵野姿を説得力をもって描き切ったのが見事です。歴史好きの人に特におすすめしたい痛快SF時代小説です。
100文字SF(北野勇作)
「戦争で人と武器が滅び、楽器だけが残った世界」「ずっと火星だと思ってた星がそうではないことに気づいた男」「幾度となく襲来を繰り返す人喰い怪獣への対策として打ち出された巨人化計画」などなど、1話100文字で語られる掌編集。
◆◆◆◆◆◆
本作は、もともとtwitterで発表していた1編100文字のSF小説約2000の中から200本を厳選した傑作選です。さすがに100文字ではプロットに膨らみがないので、物語の豊潤な香りを味わいたい人にとっては物足りないかもしれません。しかし、その一方で、次から次へと飛び出してくるイマジネーションの奔流には驚かされます。短いだけあってサクサク読めるのに、振り返ってみるとそこには濃厚な世界が広がっているのです。まさに、SF小説の原液といった感じです。ハードSF、ホラー小説、ホロリとくる感動ものといった具合に、ジャンルも多彩で、バラエティに富んだ物語風景を堪能することができます。
パライゾ(阿川せんり)
突然、周囲の人間が鳥の形状に似た黒いぶよぶよの物体に変わり、飛び跳ねるだけの存在になってしまうという現象が発生する。その中で、人間の形状を保っていられるのは人を殺した経験のある者だけだった。しかし、残された彼らにも安息の日々は訪れない。電気を始めとするライフラインがストップし、各所で火災が起こり始める。崩壊していく日常の中で残された者たちは最後に何を選ぶのか?
◆◆◆◆◆◆
人間が突然得体のしれないものになってしまうという不条理な状況を描いた連作小説です。急速に滅びへと突き進んでいくという設定は、ある意味究極のデストピア小説といえるかもしれません。しかし、その割には悲壮感などはさほどなく、殺人者の視点から淡々と滅びゆく世界が描かれていきます。このなんともいえない奇妙でブラックな味わいが一種の求心力となって物語に引き込まれていくのです。この世界で生きながらえるすべはなく、ラストではみな悲惨な最期を遂げてしまいます。ところが、それが後味の悪さにつながっておらず、清冽な印象さえ感じるところが本作ならではの持ち味だといえるでしょう。ただ、この物語は現象の謎には一切触れずに、登場人物の個人的な問題に終始しています。そのため、本格的なSF小説を期待した人は肩透かしを喰らうかもしれません。また、収録されている10篇の短篇は結構同じパターンが繰り返されるので、やや冗長に感じてしまうのも難点だといえます。
タイタン(野崎まど)
2250年。AIの進化によって人類は労働から解放され、自由を謳歌していた。必要な労働は知能拠点であるタイタンによって管理された自律機械が効率的に処理しており、かつて仕事と呼ばれていたものは一部の人間が趣味でしているに過ぎなかった。ある日、発達心理の研究をし、趣味で論文を発表していた内匠成果のもとにほんの一握りの就労者であるナレインが訪れる。そして、北海道にある第二知能拠点・コイオスが機能不全に陥った事実を告げるのだった。しかも、機能低下の原因が全くわからないという。この現状を打破するために、成果は、コイオスをカウンセリングするという仕事を半ば強制的に請け負わされるが........。
◆◆◆◆◆◆
あまりにも発達しすぎて人間の技術力では手に負えなくなったAIに対し、カウンセリングという原始的な方法論で対峙しようとするプロセスがスリリングです。特に、人格的には子ども同然だったコイオスが次第に自我を形成し、「仕事とは何か?」という問いかけを繰り返し行うところなどは今日的なテーマを含んでおり、非常に興味深いものがあります。もっとも、導き出された結論は案外凡庸なものなので、物足りなく感じる人もいるかもしれません。しかし、その末にたどり着く最後のオチが鮮烈です。SFとしては世界観が十分に描かれていないという不満はあるものの、エンタメ小説としては心地よいサプライズと読後感が味わえる極上の1冊です。
ピュア(小野美由紀)
遠い未来。衛星軌道上にある学園星ユングでは国家維持のために女性の出産が義務付けられていた。だが、環境汚染の影響で人類の出生率は著しく低下し、昔ながらのやり方では妊娠は望めない。人類存続のために遺伝子改良を試み続けた結果、妊娠をするには地上で暮らす男性を捕えて犯し、そのうえで、犯した男性を食べなければならなくなっていたのだ。多くの女性はその事実を当たり前のように受け入れていたが、ユミという名の少女は他の生き方もあるのではないかと思うようになり.......。
◆◆◆◆◆◆
エロとグロにまみれた極めて濃厚な作品集です。5つの短編はいずれも性と生をテーマにしていますが、そのなかでも特に強烈なインパクトを放っているのが表題作です。性交後にメスがオスを喰らうという残酷きわまりない世界をポップで軽い文体によって綴っており、そのギャップにぐいぐい引き込まれていきます。また、表題作と同じ世界を舞台にしつつも、それを男性視点から描いた『エイジ』も合わせて読みたい佳品です。他の3篇もみな印象深く、鮮烈なイメージの中にテーマ性をくっきりと浮かび上がらせたフェミニズムSFの傑作に仕上がっています。
絶対猫から動かない(新井素子)
現在56歳の大原夢路は両親の介護のために校正の仕事を辞めて現在無職だった。しかも、認知症を患っている義父母の存在が重くのしかかっている。夫とはそれなりに仲良くやっているのが救いだったが、ストレスに苛まれる現実はそれだけではいかんともしがたかった。ある日、気晴らしに友人と展覧会に出掛けた彼女は、帰りの電車で地震に遭遇する。緊急停止した電車はすぐに動き出したものの、その影響からか毎晩奇妙な夢を見るようになる。地震で停止した電車から出られなくなった夢で、一緒に閉じ込められているのは友人の冬美と、中年会社員に老人や中学生といった人たちだ。そうして、彼らは結界を破るために人の生気を喰らう三春ちゃんと対峙するのだが.....。
◆◆◆◆◆◆
著者の新井素子は1960年生まれ。17歳でデビューし、現役女子高生作家として騒がれた彼女も今ではすっかり大御所の貫禄です。しかし、当時の若者言葉を積極的に取り入れた口語体の文章は本作でも健在で、「50代になってもこんな文章を書き続けていたら気持ち悪い」と新人賞で評されたことを思えば隔世の感があります。確かに、現在でも50代の語り手がこの文体というのは多少の違和感はあるものの、人間が主に変化するのは表面を取り繕うすべだけであり、その本質は20代の頃からあまり変わっていないという事実を考えると、ある意味リアルともいえます。さて、肝心の中身ですが、登場人物がそれぞれ重い現実を抱えているのに、決して雰囲気が重苦しくならないのはさすが新井素子です。毎夜繰り返される地下鉄の夢が舞台というのもユニークで引き込まれるものがあります。人間を捕食してしまう三春ちゃんという怪物が恐いながらも可愛らしく描かれているのにも、ギャップが魅力となっている点が秀逸です。そして、絶対悪はいないという結論にも著者らしさを感じます。独創的な設定と先の気になるストーリーが光る、いかにも新井素子らしい佳品です。ただし、同じような描写の繰り返しが多く、全体的にかなり冗長なので、著者独自の魅力が理解できなければ読み進めるのが苦痛になるかもしれません。その点については好みの分かれるところです。
未知の鳥類がやってくるまで(西崎憲)
校正の仕事をしているみか子は社外への持ち出しを禁じられている校正刷りを紛失してしまう。それは昨夜の送別会で営業の原田から「興味がありそうだから」と手渡してくれたものだった。バックに入れたはずなのに跡形もなく消えていたのだ。慌てて送別会を開いた店に電話すると確かにそれらしき封筒があるという。閉店間際ということもあって男性店員が駅まで封筒を届けてくれるが、その店員からお礼として金銭か一緒に飲みに行くことを要求される。みか子は要求を拒絶し、男から逃れようとしたところで気を失ってしまう.....。
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書き下ろし表題作を含めた10の短編を収録した作品集です。摩訶不思議な物語が並んでいますが、SFやファンタジーというよりは、どちらかというと寓話といった趣があります。現実世界を起点としながらも、そこから少しずれた世界を不穏なムードと共に提示していく手法がなんともスリリングです。中でもイメージの奔流に圧倒される『行列』は一読して忘れ難い印象を与えてくれます。また、『箱』や『閉会式』の不気味さも捨てがたい味わいがあります。それに、簡潔かつ美しい文章で綴られているので、全編を通じて非常に読みやすいのが好印象です。まさに珠玉の作品集という言葉がピッタリな傑作です。
ホテル・アルカディア(石川宗生)
ホテル・アルカディアの支配人にはプルデンシアという娘がいた。その娘は大学に入学して親と離れて暮らしていたのだが、突然帰郷し、離れのコテージに引きこもってしまった。彼女は言葉を発することもできず、時折裏山で泣いているという。どうしてそんなことになったのか誰も理由を知らなかった。ホテルに逗留中だった7人の芸術家はその話を耳にし、娘に同情を寄せる。なんとか彼女を元気づけようと考え、始まったのがコテージの外から物語を語って聞かせる朗読会だった。何千年も昔から天に向かって伸び続けるタワーマンションを調査する『チママンダの街』、本から抜け出した挿絵が部屋に住みつく『本の挿絵』、人間の身体に極小の動物たちが住みついてやがてヒトへと進化する『代理戦争』などといった具合に、摩訶不思議な話が芸術家たちの口から紡がれていく。それから80年後。そのエピソードは伝説となり、廃墟となったホテルには今でもその話のファンたちが聖地巡礼に訪れている。朗読会のあと、果たして7人の芸術家とプルデンシアはどうなったのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
その突き抜けた奇想ぶりで読者の度肝を抜いたSF短編集『半分世界』。本作はその著者の初長編作品です。とはいっても作中作の形で20以上の短編小説が組み込まれており、石川宗生ならではのぶっとんだアイディアを存分に楽しむことができます。しかも、SF、怪談、おとぎ話に現代劇と話のふり幅が非常に大きくてバラエティに富んでいる点も驚かされます。まさにアイディアの宝庫です。内容的には少々難解なエピソードもあるものの、どれもショートショート程度の長さなのでサクサクと読み進めていくことができます。それぞれのエピソードが微妙に重なり合い、大きな迷宮世界を構築していくプロットも見事です。物語の海に溺れる愉悦を心の底から満喫することができる、現代の千夜一夜物語とでもいうべき傑作です。
約束の果て:黒と紫の国(高丘哲次)
大国である伍州の科学院考古学研究員、梁斉河は持ち込まれた古い装身具に「壙」と「臷南」という聞いたことない2つの国名が記されているのを見つける。斉河は膨大な文献をあさり、『南朱列国演義』と『歴世神王拾記』という2つの書物にそれらの国の記述があるのを探しあてる。だが、一つは偽書とされており、もう一つは小説だった。そこには2つの国を巡る恋物語とそれに端を発した部族の抗争の物語が記されていたのだ。それらは時代や国境を越えて読み解かれていく。そして、書に導かれるようにして約束の地へとたどり着いた私が見たものとは?
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2019年日本ファンタジーノベル大賞の大賞受賞作品です。古代中国を思わせる舞台で繰り広げられるファンタジー小説ですが、プロットが凝っており、何世代にも渡って5000年前の物語を徐々に解き明かしていくプロセスが実にスリリングです。ファンタジー小説というのは最初は面白くてもその世界観に慣れてくるとだんだん退屈になってくることも多いのですが、本作は徐々に舞台の全容が明らかになってくるので、先が気になってページをめくる手がとまらなくなります。それに、独立した2つの話に密接なつながりがあるとわかってくる中盤以降から物語も密度を増してきて面白さが何倍にも跳ね上がります。結末へと至る展開も見事というほかありません。細部まで考え抜かれた傑作です。
人間たちの話(柞刈湯葉)
火星の地面をすくってその成分を研究していた科学者が従来の概念とは異なる生命体との邂逅を果たす表題作のほかに、超監視社会の中で人々が面白おかしく暮らしているパラレルワールドの日本が舞台の『たのしい超監視社会』、宇宙人に提供する奇想天外なラーメンを描いた『宇宙ラーメン重油味』など全6篇の短編集。
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第1回カクヨムweb小説コンテストSF部門大賞受賞作『横浜駅SF』でデビューした著者の初短編集です。『横浜駅SF』に通じるぶっ飛んだ発想の作品が多く、その発想に基づいて描かれる物語はシリアスからコミカル、思索小説からドタバタ劇と、バラエティに富んでいます。そんな中でも、常識をひっくり返してみせるというのが共通する作風でしょうか。そういう意味において、いかにもSFらしいSFを描いた作品集だといえます。1 話ごとのページ数が少なめで話のテンポが良いのでサクッと読んでしまえるところも魅力的です。どの作品もSFとしての面白さに満ちており、まさに粒ぞろいの傑作集です。
ツインスター・サイクロン・ランナウェイ(小川一水)
星系短絡機関「光貫環(クンヴァンファン)」の技術を人類が確立し、宇宙での活動範囲を大きく広げてから6000年。辺境に位置する巨大なガス惑星「フィット・ボール・ビーチ」では都市型宇宙船に住む周回者たちが、大気中を遊泳する昏魚(ベッシュ)を捕獲して生計を立てていた。昏魚はリチウム同位体や窒素・塩素・イオン・リン・鉄などから構成され、貴重な資源となるのだ。漁は男女2人の夫婦者が礎柱船(ピラーボート)に乗って行われる。ところが、見合いに失敗してばかりのテラは謎めいた家出少女のダイオードと出会い、女性ペアを組むことになる。そして、異色のペアは誰もが予想し得なかったとんでもない結果を出すことになるのだが.......。
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2019年発売の百合アンソロジー『アステリズムに花束を』に収録されていた一編を長編化した作品です。百合アンソロジーに収録されていただけあって元々百合色が強い作品だったのですが、長編化する際に設定を組み直し、より濃厚な百合世界を構築しています。辺境宇宙の共同体を封建的なムラ社会と位置付け、男尊女卑な世界観の中でその古い価値観を女性同士が手を取り合って打破していく姿を読み応えのある物語として描いているのです。それに加え、ガス惑星で漁業をするというSF要素にも惹かれるものがあり、漁の様子を描いた幻想的な描写に思わず引き込まれていきます。そして、なんといっても、クライマックスで一気に盛り上がる疾走感がたまりません。ぶっきらぼうで可愛らしいダイオードを始めとしてキャラもみな魅力的で、非常によくできたエンタメSFに仕上がっています。
2019年発売の百合アンソロジー『アステリズムに花束を』に収録されていた一編を長編化した作品です。百合アンソロジーに収録されていただけあって元々百合色が強い作品だったのですが、長編化する際に設定を組み直し、より濃厚な百合世界を構築しています。辺境宇宙の共同体を封建的なムラ社会と位置付け、男尊女卑な世界観の中でその古い価値観を女性同士が手を取り合って打破していく姿を読み応えのある物語として描いているのです。それに加え、ガス惑星で漁業をするというSF要素にも惹かれるものがあり、漁の様子を描いた幻想的な描写に思わず引き込まれていきます。そして、なんといっても、クライマックスで一気に盛り上がる疾走感がたまりません。ぶっきらぼうで可愛らしいダイオードを始めとしてキャラもみな魅力的で、非常によくできたエンタメSFに仕上がっています。
ポロック生命体(瀬名秀明)
AIの進歩によって世界は大きく変わろうとしていた。AI棋士が将棋で永世名人を破り、映画や小説は、AI作家が物語を数値化して分析することによって誰もが楽しめる傑作を生み出せるようになっていったのだ。しかも、老いとは無縁のAIは学習によってその才能をどこまでも伸ばしていくことができる。果たしてその先にあるものとは?
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『負ける』『144C』『君に読む物語』『ポロック生命体』の4編からなる短編集です。テーマはいずれもAIが人間を越えたとき、その先に何があるのかを描いたもので、人間とAI関係をリアリティ豊かに描き出している点が読みどころとなっています。こうしたテーマは先行作品がいくつもありますが、本作は一昔前によくあったコンピューターが人間に対して反乱を起こすなどといったサスペンスフルな物語ではありません。むしろストーリーは淡々としており、その中で、AIが台頭してくる新しい世界を鮮烈なイメージで浮かび上がらせていく手法が見事です。特に、AIが人間を越える小説を書くエピソードには非常に興味深いものがあります。AIや人工知能というものに興味のある人にはぜひ読んでもらいたい佳品です。
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『負ける』『144C』『君に読む物語』『ポロック生命体』の4編からなる短編集です。テーマはいずれもAIが人間を越えたとき、その先に何があるのかを描いたもので、人間とAI関係をリアリティ豊かに描き出している点が読みどころとなっています。こうしたテーマは先行作品がいくつもありますが、本作は一昔前によくあったコンピューターが人間に対して反乱を起こすなどといったサスペンスフルな物語ではありません。むしろストーリーは淡々としており、その中で、AIが台頭してくる新しい世界を鮮烈なイメージで浮かび上がらせていく手法が見事です。特に、AIが人間を越える小説を書くエピソードには非常に興味深いものがあります。AIや人工知能というものに興味のある人にはぜひ読んでもらいたい佳品です。
キャサリンはどのように子供を産んだのか?How Did Catherine Cooper Have a Child?(森博嗣)
VR技術の発達でリアルがヴァーチャルに侵食されつつある世界。国家反逆罪に問われていたキャサリン・クーパ博士は、彼女の元を訪ねていた検事局の人間8人と共に忽然と姿を消す。キャサリン博士は研究所に軟禁状態になっていたのに加え、先天的な疾患によって無菌室から出ることができない体だった。しかも、研究室は人工知能による監視下に置かれていたのだ。一体、彼女たち9人はどこに消えたというのか?謎を探っていたグアトは、キャサリン博士が無菌室で出産し、母子2人で暮らしていたという情報を得るのだが........。
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リアルとヴァーチャルの境界が曖昧になった未来世界を描いたWWシリーズの第3弾です。私たちにとってすっかり身近なものとなったVRの世界ですが、本作ではその現実から一歩も二歩も踏み込み、リアルとヴァーチャルの区別のつかなくなった世界で、子孫を残すことに一体何の意味があるのかについての探求を行っています。そして、そこから生命とは何か、そもそも存在するとはどういうことかといった命題につながっていくのが刺激的です。また、著者のデビュー作であり、ミステリー小説として高い評価を得ている『すべてがFになる』を想起させる展開で始まりながら、SFとして転化していくプロットにも興味深いものがあります。同書を読了済みの人ならこの作品をセルフパロディとしても楽しめるのではないでしょうか。ミステリー的なフォーマットを用いつつ、SF的アプローチで生命の根源について問いかける意欲作です。
坂下あたると、しじょうの宇宙(町屋良平)
高校生の毅には文才がなかった。雑誌に詩を投稿してもほとんど評価されることはない。一方、彼の親友であるあたるは文才に溢れていた。新人賞の最終選考に残ったこともあり、短歌や批評まで書いているのだ。それに、ネット上にあたるの熱烈なファンまでいる。おまけに、彼は毅が片想いしている女の子と付き合っているので、毅の心の中はあたるに対する劣等感でいっぱいだ。そんなある日、小説サイトにあたるの偽アカウントが作成される。犯人を探っていくとそれはなんとあたるを模したAIだったのだ。そのAIは小説を発表し続け、やがてあたるの才能を凌駕するようになっていくが......。
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AIを主題にしていますが、芥川賞作家の手によるものだけあってSF要素がメインの作品ではありません。作中で語られるのはSF的ロジックというよりはAIを絡めた文学論というのが正確なところです。しかし、そこには今日的なSF的テーマが内包されており、非常に興味深く読むことができます。また、登場人物がみな魅力的で瑞々しい群像劇としてもよくできています。極めて文学的でそれでいてエンタメ性も高い青春小説の傑作です。
ハカセ、タイヘンです!(あまひらあすか)
天才科学者バビニクは「ハカセ、タイヘンです!」という声に目を覚まし、驚愕する。ロマンスグレーの男性だったはずの自分がいつの間にか美少女になっていたのだ。なぜそうなったかの記憶はなく、しかも人類はすでに滅んでいた。連日巨大ロボットが襲ってくる日常の中で、バビニクは美形アンドロイドのイチゴウと共に世界の謎を解き明かす旅に出るが......。
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冒頭から美少女と美形アンドロイドと巨大ロボットが登場し、ラノベのような軽いノリで始まる作品ですが、コメディかと思っていると、世界の秘密が明らかになるにつれて次第にその様相を変えていきます。絶望に打ちひしがれながらも、新たな希望を切り開いていくさまが実に瑞々しく描かれているのです。切なさの中に美しさをたたえた終末SFの傑作です。
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最新更新日2021/01/08☆☆☆
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きらめく共和国(アンドレス・バルバ)
南米に位置するサンクリストバルは、貧しくも緑豊かなジャングルに囲まれた美しい町だった。だが、1994年のある日を境に、その町は32人の子供たちによって蹂躙されることになる。先住民らしい彼らは突然町に姿を現し、理解不能な言葉で互いにコミュニケーションをとっていた。最初は物乞いをしながら暮らしていたのだが、徐々にひったくりや盗みに手を染めるようになり、ついにはスーパーを襲撃してナイフで大人たちを殺傷し始めたのだ。地元警察が乗り出し、子供たちが潜んでいると思われるジャングルを捜索するも彼らの居場所を突き止めることはできなかった。そうこうしているうちに数カ月が過ぎ、子供たちの死体が発見される。果たして彼らは一体どこからやってきて、なぜ一斉に死ぬことになったのか?
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本のタイトルや表紙の絵はまるで児童書のようですが、中身はその真逆といってもよい内容になっています。子供目線の物語ではなく、大人の視点から神出鬼没で残忍な子供たちの姿を描いているのです。しかも、22年前の出来事を淡々と述べていく語り口からは、ノンフィクションを読んでいるような臨場感が立ちのぼってきます。そこに描かれているのは無邪気さと表裏一体を成している子供の残忍さであり、同時に、未知のものを恐れる大人たちの心の弱さです。幻想譚の形を借りながら人間の本質を暴きだしていく、一種の文明論的な作品です。
誓願(マーガレット・アトウッド)近未来の北米。テロによって誕生したキリスト教原理主義国家ギレアデ共和国の体制にも綻びが見え始めていた。政治を操る立場まで上り詰めたリディア小母は密かに国家転覆を画策し、一方、養父母をギレアデのテロリストに殺されたニコールはリディア小母に託された文書を持ってカナダから共和国に潜入する。さらに、司令官の養女に迎え入れられるも望まぬ結婚を拒んで自ら養成施設に入ったアグネスは、そこでリディア小母との運命の出会いを果たす。この3人の女性を中心に今、時代が動こうとしていた......。
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1985年に発表され、世界的なベストセラーとなったデストピア小説『侍女の物語』の続編です。前作は一貫して主人公であるオブフレッドの視点から物語が語られていきました。舞台になっているのも(一部のエリートがすべてを支配し、女性の権利は徹底的に剥奪されたデストピアではあるものの)安定期といえる時代の出来事です。それに対して、本作はギレアデ崩壊前夜を舞台にしてその崩壊に直接関わった3人の視点から描かれています。デストピアそのものをSFチックに描いた前作と比べると歴史のうねりを感じさせる骨太なドラマに仕上がっており、娯楽性の高さという点でもなかなかのものです。特に、ギレアデで絶大な権力をふるいながらも国家転覆の機会を虎視眈々と狙っているリディア小母の老獪さに痺れます。また、扱われているテーマの割に語り口が妙に軽やかであり、閉塞感に満ちた前作との対比も印象的です。もし、『侍女の物語』を未読なのであれば、前作から通して読んでみるのも一興なのではないでしょうか。
2019年ブッカー賞受賞
シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(ラヴィ・ティドハー他)
先祖の記憶を引き継ぎ、その記憶をいつでも引き出せる一族の物語を描いた『オレンジ畑の香り』、加速促進幼児成長技術の普及した世界であえてスローな人生を送ることを選択したスロー一族の女と彼らを未開人と蔑む研究者との認識の差を浮き彫りにしていく『スロー一族』、死者に触れることで生前の記憶を読み取ることのできる少女が死体の娘の記憶に魅了されて暴走を始める『完璧な娘』など、全16篇を収録。
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日本ではあまりなじみのないイスラエルのSF小説を集めたアンソロジー短編集です。『黒き微睡みの囚人』や『完璧な夏の日』などの著者であるラヴィ・ティドハーは日本のSFファンの間でも有名ですが、その他の作家は、少なくとも日本ではほとんど知られていないのではないでしょうか。しかし、そのクオリティはどれも素晴らしいものばかりです。なんといっても、日本の作家ではあまり見られないような奇抜な発想がとても新鮮です。たとえば、『エルサレムの死神』では”ガス室”の死神とユダヤ人の対話がユーモアたっぷりに描かれていたり、『ろくでもない秋』では女に捨てられて自殺しようと思っている男の前にUFOが降りてきてロバがしゃべりだしたりといった具合に大胆な設定の話が続きます。しかも、良い意味で先の読めない展開が続くのでワクワクしながら読むことができるのです。それに、イスラエルの文化や歴史に基づいた物語にも興味深いものがあります。作風としては決して明るいとは言い難く、一抹の寂しさを感じさせるものが多いのですが、それがイスラエルならではの特徴なのかもしれません。また、SFといってもサイエンスを全面に押し出すのではなく、観念的な思索に重きを置いている印象を受けます。その辺りは巻末の『イスラエルSFの歴史』に詳しいので、合わせて読むと面白さも倍増です。昨今は中華SFに注目が集まっているものの、世界には日本でSF小説が紹介されていない国ががまだまだ沢山あります。そして、その中には私たちにとって未知の魅力を秘めた作品が数多く眠っているのだという事実をこのアンソロジーは教えてくれているのです。
サイバー・ショーグン・レボリューション(ピーター・トライアス)
第2次世界大戦で敗北を喫したアメリカは日独によって分割統治され、それに伴い、日本とドイツは反目を深めていく。2019年。大日本帝国陸軍のメカパイロットである守川励子は現政権の打倒を目指す秘密組織、〈戦争の息子たち〉に参加する。大日本帝国の仇敵であるナチスドイツと癒着する多村大悟総督が許せなかったからだ。やがて、多村総督打倒作戦は成功し、革命政府が樹立される。だが、同時に、革命に協力的でなかった者への粛清が始まり、内部組織の対立が表面化し始める。しかも、革命の立役者だった暗殺者ブラディマリーが離反し、新政府に対するテロ活動を始めたのだ。さらに、その背後にはナチスドイツの影が見え隠れし......。
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第二次世界大戦で枢軸国が勝利したパラレルワールドを描いた三部作の完結編です。21世紀版『高い城の男』というべき設定に日本アニメから影響を受けたと思われる巨大ロボットものの要素を加味し、2作連続で星雲賞を受賞するなど、日本SF界ではかなり話題になりました。名作SFと日本のアニメを融合した設定それ自体がマニアをワクワクさせる要素に満ちていますが、それに加え、1作ごとに作風を大胆に変えて違った面白さを常に提示し続けている点も大きな魅力となっています。たとえば、1作目の『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』では巨大ロボットの活躍は控えめで、主に占領国家の暗部を暴きだすポリティカルサスペンス風だったのに対して、2作目の『メカ・サムライ・エンパイア』では巨大ロボットが大活躍する学園ロボットアニメ風の作品になっているといった具合です。そして、3作目である本作では、巨大ロボットを駆使しての市街地戦が存分に描かれています。謀略アクション+戦争小説を巨大ロボットもので味付けしており、怒涛のメカアクションを堪能することができます。1作目のポリティカルな部分と2作目の派手なアクションというシリーズの良いとこどりをした集大成的な作品に仕上がっているのです。また、単純な痛快娯楽作というわけでもなく、シリーズを通しての世界観はあくまでも権力闘争を繰り返す大日本帝国と人体実験やり放題のナチスドイツが覇権を争っているデストピアです。このデストピア要素は少々稚気が過ぎるこの物語のよいスパイスとなっています。ただ、前作と比べてグロさと残酷さがかなり増しているのでその辺りはこのみのわかれるところではないでしょうか。なお、本シリーズは一応本作で完結しましたが、物語として特に大きな結末を迎えたわけではありません。番外編の短編を発表する予定もあるそうなので、今後の展開もまだまだ目が離せないところです。
時間旅行者のキャンディボックス(ケイト・マスカレナス)
1967年。4人の女性科学者がアトロポジウムと呼ばれる放射性物質を用いたタイムマシーンの開発に成功する。ところが、発表会見の場で科学者の一人であるバーバラが躁鬱症を発症させ、支離滅裂な言動を繰り返す。彼女は度重なる時間旅行によって精神に深刻なダメージを受けていたのだ。結局、バーバラは研究チームから追放され、残った3人は時間移動を厳格に管理すべく、特定の国家に縛られない超法規的なタイムマシーン運用組織、コンクレーヴを設立する。その後、組織による管理によって時間旅行は順調に行われているかにみえた。だが、2018年に密室状態のボイラー室で全身に銃弾を撃ち込まれた身元不明の女性の死体が発見される。その事件はバーバラの孫娘を巻き込み、やがて、タイムマシーンを巡る恐るべき事実が明らかになるのだが......。
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通常のタイムトラベルものというのはほとんどの場合、未来改変が大きなテーマとなっています。過去に行って愛する人の死を回避しようなどというのがその典型的なパターンです。ところが、本作の場合、歴史干渉による未来改変の問題などはほとんど言及されていないのです。過去の自分に会ってはいけないなどといったタブーも存在しません。その代わり、本作では時間旅行を繰り返すことによって人間の価値観がどのように変容し、精神にどういった影響を与えるのかといった問題を丹念に追っています。同時に、殺人事件を巡るミステリー仕立てにもなっており、タイムトラベルが精神にもたらす悪影響に殺人事件の謎が巧みに絡んでくる構成が見事です。もっとも、SF設定自体は結構粗いため、ハードSFを期待した人にとっては物足りなさを感じるかもしれません。その一方で、人間の心理の変容を緻密に描き上げた、一種の心理小説として秀逸な作品です。それから、この手のSF小説としては珍しく、主要人物がほとんど女性というのも興味深いものがあります。同性愛なども描写され、著者のジェンダー観が色濃く反映された作品だといえるでしょう。
宇宙へ【そら】へ(メアリ・ロビネット・コワル)
1952年。ワシントンD.Cの沿岸海上に突如巨大隕石が落下する。その衝撃と津波で半径数百kmは壊滅状態となり、ワシントンで議会開会中であったため、国家の中枢を担う政治家たちもほとんどが死んでしまう。さらに、隕石衝突時に発生した大量の水蒸気は大気中に留まり、地球に深刻な温暖化をもたらしていった。このままでは地球は死の星となってしまうと考えた元米軍女性パイロットのエルマ・ヨークは、得意の計算能力を活かして地球脱出計画を立案する。こうして、人類は生き残りをかけて宇宙開発へと乗り出すことになるのだが......。
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この作品、序盤のイメージと最後まで読み切ったときの印象はかなり違ったものになるはずです。たとえば、ハリウッド映画の『ディープインパクト』や『アルマゲドン』のような人類滅亡の危機に敢然と立ち向かう勇気ある人々を描いた作品、みたいなのを期待すると肩透かしを喰らうことになるでしょう。なぜなら、人類滅亡の危機といいながら、滅亡の兆しはなかなか現れず、危機感や緊迫感といったものはきわめて希薄だからです。どちらかというと、主人公が当時の女性差別の壁を乗り越え、女性たちが中心となって宇宙を目指す話となっています。はっきりいって、人類滅亡ものとしてはいろいろ物足りないのは確かです。その代わり、差別の壁を乗り越えて、いかに自分の夢をかなえていくかという社会派サクセスストーリー、あるいは歴史改変ものとしては非常に読み応えがあります。地球滅亡の危機に人類全体が立ち向かっていく話ではなく、あくまでもエルマ・ヨーク個人の物語であることを押さえてうえで読むのが吉です。
2019年ヒューゴ賞受賞
2019年ネビュラ賞受賞
2019年ローカス賞受賞
ウォーシップ・ガール(ガレス・L・パウエル)
AI宇宙船のトラブル・ドッグは重巡洋艦として軍役に就いていたが、知的生命体の殲滅作戦に関わったのがトラウマとなり、退役して人命救護団体「再生の家」に参加するようになっていた。ある日、彼女は遭難信号を受信する。7つの惑星すべてに謎の彫刻が施されているというギャラリー星系で民間船が何者かの襲撃を受けたというのだ。現場に急行するも、そこでトラブル・ドッグたちは銀河の命運を賭けた戦いに巻き込まれることになり......。
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あらすじだけを読めば、AI宇宙船のトラブルドッグが主人公のように思えますが、実際のところ、14歳の少女だという彼女は脇役にすぎません。物語の大半はベテラン女艦長のサリーと民間船の生き残りで詩人のオナ・スダクの目を通して語られていきます。したがって、アン・マキャフリーの『歌う船』のような物語を期待すると肩透かしを喰らうことになるでしょう。しかし、その一方で、登場人物はみな個性的で魅力があり、星系を舞台にした騒乱を描いたスペースオペラとしては非常に読み応えがあります。特に、後半から始まる戦闘シーンでの攻防戦は手に汗握る面白さです。本作は3部作の第1弾ということで、一刻も早い続刊の発売が待たれるところです。
ウィトゲンシュタインの愛人(デヴィット・マークソン)
人類はことごとく死に絶え、最後の生き残りとなったケイト。彼女はアメリカのとある海辺で暮らしながら日々の出来事や家族との思い出などを綴っていく。そして、あるときは生存者を探して世界中を旅したり、訪れた地にメッセージを残したりする。暇をもてあますと家を燃やしたりもした。彼女は孤独でそして、その孤独には終わりがなかったのだ......。
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本作は1988年に著者が60歳のときに発表したもので、アメリカにおける実験小説の頂点とも称されたことのある作品です。どの辺が実験小説なのかというと、記述者である女性がすでに精神を蝕まれており、正気ではないらしいという点にあります。深い教養に裏づけされているために一見知的な文章に思えるものの、読み進めていくうちに読者はどうも書き手の精神が普通ではないことに気付かされます。たとえば、現代の出来事と過去の出来事が混同されて時系列が滅茶苦茶になっていたり、延々と脱線をくりかえした話が再び最初の地点に戻ってきたりなどといった具合です。そもそも、生きている人間は彼女一人しかいないため、正気と狂気の境を区別する基準すらこの世界には一切ないのです。しかし、だからこそ、彼女の手記は制約の多い既存の文学の不自由さから解き放たれて鮮烈なイメージを放っています。常識の枷が外れた内容であるために、決して読みやすい物語ではありません。ただ、論理的ではない代わりに、綴られている文章には独自のリズムがあり、そのリズムに乗るとテンポよく読み進めていけます。読む人の資質が激しく問われる作品ではありますが、波長を合わせることにさえ成功すれば、イメージの奔流に身を任せる快感を得られるはずです。実験小説の頂点という通り名に恥じない怪作だといえるでしょう。
保健室のアン・ウニョン先生(チョン・セラン)
私立M高校にアン・ウニョンという名の養護教諭が新たに赴任してくる。しかし、彼女はただの養護教諭ではなかった。アン・ウニョンは霊能力を有しており、出勤初日から学校に何かがいることを感じていた。案の定、原因不明の怪奇現象が次々と起きる。彼女はBB弾の銃と折りたたみ式のおもちゃの剣を武器に、漢文教師のホン・インピョとともにさまざまな怪異に立ち向かっていく。果たして、この学校にはどんな秘密が隠されているのか?
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高校を舞台に30代の女性教諭が怪異と戦う物語が全10篇の連作短編として語られていきます。とはいえ、バイオレンスホラーとか伝奇アクションなどといった大層なものではありません。教師や生徒たちの抱える悩みを丹念に描き出し、それを怪異と絡めて解決していく、いわば日常怪異譚とでもいうべきつくりになっています。日常描写に重きを置いており、なかには全く怪異の登場しないエピソードもあるほどです。物語も怪異譚につきもののドロドロした感じは希薄で、後味のよい結末で締めくくられているのも好印象です。登場人物はみな愛らしく、それぞれのキャラの成長物語としても良くできています。全体的にキュートな雰囲気が漂っており、日本の学園ラノベにも通じるものがあります。ぶっ飛んだ設定と心温まる物語のコントラストの妙が堪能できる快作です。
月の光 現代中国SFアンソロジー(編:ケン・リュウ)
未来の自分が地球の命運を左右する情報を電話で伝えてくる表題作のほかに、嘘つきの王様の命令で史上最大の嘘を求めて世界中を旅する『ほら吹きロボット』、十世紀の五代十国時代に大軍に包囲されながらも奇妙な発明をする老人のおかげでかろうじて侵略を防いでいる都を描いた『普陽の雪』など、全16篇を収録。
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現代を代表するSF作家の一人であるケン・リュウによって編纂された中国SFアンソロジーの第2弾です。第1弾の『折りたたみ北京』がストレートな王道SFを中心に集められていたのに対して、本作はかなり変化球を駆使した曲者作品が多くなっています。たとえば、天下統一を成し遂げた始皇帝が引きこもってテレビゲーム三昧の日々を送る『始皇帝の休日』、北京オリンピックやSARSの流行というふうに時間を逆行しながら中国が貧しくなっていく『金色昔日』などといった具合です。そのイマジネーションの豊かさとエンタメ小説としての面白さは決して欧米SFに引けを取るものではありません。全体の完成度でいえば『折りたたみ北京』のほうに軍配が上がりますが、本作に収録されている作品はすべて2010年以降のものであり、同時に、前作以上に作風の幅が広くとられています。したがって、中国SFの今を知るには絶好の書だといえるでしょう。
彼女の体とその他の断片(カルメン・マリア・マチャド)
ジェニーは幼いときよりずっと緑色のリボンを首に巻いていた。ボーイブレンドのアルフレッドはそれが気になってしつこく尋ねるが、ジェニーは決してその理由を教えようとはしなかった。やがて、2人は結婚し、共に老いていく。そして、ジェニーはいまわの際になってようやくリボンにまつわる秘密を打ち明けるのだった。果たしてその秘密とは?
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8つの中短編を収録した本書は極めてシリアスな現実問題を幻想的な手法で表現したマジックリアリズムの傑作です。作者のマチャドはデビュー作である本書で全米図書賞を始めとする10の文学賞の最終候補となり、そのうち9つの賞を受賞しています。どの作品も鮮烈なイメージで彩られており、読む者の想像力を刺激していきますが、それぞれ異なる作者の作品では?と思うほどに一作一作の印象が異なっているのには驚かされます。悪夢的だったり、悲しみに満ちていたり、一風変わったユーモアに彩られていたりと、振り幅の大きな作風に読者はすっかり幻惑させられることになるのです。しかし、その根底にあるのは、いずれも社会にはびこる差別に対する怒りです。それをストレートに文字にするのではなく、自在な表現方法を駆使して魅力的な文学作品として昇華しているのが見事です。王道的なファンタジーや幻想文学とは趣が異なるものの、現代文学の今を知るうえで必読の書だといえます。
荒潮(陳楸帆)
中国南東部に位置するシリコン島には世界中から電子ゴミが集まってくる。そのゴミを回収し、価値のあるパーツを分離して収入を得るゴミ人と呼ばれる人々がいた。彼らは中国全土から出稼ぎにやってきた最下層に属する民だ。電子ゴミのリサイクルは金にはなるが、呼吸器や循環器の障害の原因となり、癌の発生率も高いハイリスクな仕事である。しかも、ゴミ人たちは代々島を支配してきた御三家によって厳しい労働を強いられていた。ところが、この島に大手リサークル企業のコンサルタントであるスコット・ブランダルが商談に訪れ、環境再生計画の提案をしたことによってすべてが変わり始める。一方、ゴミ人の米米(ミーミー)はスコットの通訳である陳開宗と恋に落ちるが.......。
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中国SFの躍進が著しい昨今ですが、本作もまたそうした現状を裏付ける会心の一作に仕上がっています。まずなんといっても、アジアンテイストなサイバーパンクの世界が魅力的です。『攻殻機動隊』を連想させる義体の存在や敵を自動認識して攻撃する大型犬の存在などは一見ありがちではあるのですが、描写のリアリティが細部まで行き届いているため、読んでいるとワクワクしてきます。特に、義体の描写は単なる『攻殻機動隊』の模倣に終わっておらず、生化学の最新情報を取り入れている点が手柄だといえます。また、未来のディストピアの世界を描きながらも現代の中国と国際社会との関係性についての鋭い批判を内包している点も見逃せません。しかも、単なる社会派SFというわけではなく、後半になると派手なメカアクションも用意されており、エンタメSFとしても読み応え満点です。デビュー作で力が入りすぎたせいか、いささか詰め込みすぎな感はなきにしもあらずですが、そのリーダビリティの高さには新人離れしたものを感じさせてくれます。2020年度SF界の台風の目になる可能性を秘めた傑作です。
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サハリン島(エドゥアルド・ヴェルキン)
北朝鮮に端を発した核の使用はたちまち全世界を核戦争へと巻き込んでいった。おまけに人をゾンビ化させる恐るべき伝染病が大流行し、人類は瞬く間に破滅へと突き進んでいく。しかし、日本だけはパンデミック発生前から鎖国政策を実施し、先進国で唯一生き残ることに成功する。そして、自衛隊幕僚幹部が支配する軍事国家となり、大日本帝国の復活を宣言。太平洋全域の支配に乗り出すのだった。そんな中、帝大の未来学者・シレーニは調査のため、大陸と日本本土との緩衝地帯となっているサハリン島に潜入する。そこで彼女が見たものとは?
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日本では樺太と呼ばれ、北方領土問題の焦点にもなっている(作中にも北方領土問題に対する言及あり)サハリンを舞台にした風変わりなSF小説です。核戦争後の世界・パンデミック・ゾンビの大量発生と一つ一つはありきたりなネタなのですが、地獄のようなサハリン島の描写を始めとして、あまりにも現実離れしている世界観からなるこの作品は、一見とんでも小説の類に見えるかもしれません。しかし、それらのトンデモ要素をこれ以上ないほどの緻密な筆致で描いているため、読者に強いインパクトを与えることに成功しているのです。強いていうならば、「デストピア小説+ゾンビ映画」といった感じの作品ですが、そうした単純なカテゴライズはあまり意味がありません。とにかく、全編が狂気のオーラで包まれており、続けて読むと眩暈を覚えてくるほどです。その濃密な世界描写は数ある終末SFの中でも群を抜いているのではないでしょうか。しかも、本作の場合、イマジネーションの豊かさだけではなく、物語としてのメリハリも絶妙で、読み始めるとページをめくる手が止まらなくなってしまいます。「10年で最高のロシアSF」という謳い文句が決して誇張ではないと感じさせる大傑作です。
わたしたちが光の速さで進めないなら(キム・チョヨプ)
争いのない平和で豊かな村なのに18歳の時に”始まりの地”へ巡礼の旅に行くと必ず帰らないことを選択する者が出てくる『巡礼者たちはなぜ帰らない』、寿命が数年しかない異星人の不思議な生態を彼らが棲息する惑星に漂着した地球人の目を通して語られる『スペクトラム』、家族のいる星に帰るためにもう出ることのない宇宙船を寂れた宇宙停留所で待っている老女にまつわる物語を描いた表題作など、全7編を収録。
北朝鮮に端を発した核の使用はたちまち全世界を核戦争へと巻き込んでいった。おまけに人をゾンビ化させる恐るべき伝染病が大流行し、人類は瞬く間に破滅へと突き進んでいく。しかし、日本だけはパンデミック発生前から鎖国政策を実施し、先進国で唯一生き残ることに成功する。そして、自衛隊幕僚幹部が支配する軍事国家となり、大日本帝国の復活を宣言。太平洋全域の支配に乗り出すのだった。そんな中、帝大の未来学者・シレーニは調査のため、大陸と日本本土との緩衝地帯となっているサハリン島に潜入する。そこで彼女が見たものとは?
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日本では樺太と呼ばれ、北方領土問題の焦点にもなっている(作中にも北方領土問題に対する言及あり)サハリンを舞台にした風変わりなSF小説です。核戦争後の世界・パンデミック・ゾンビの大量発生と一つ一つはありきたりなネタなのですが、地獄のようなサハリン島の描写を始めとして、あまりにも現実離れしている世界観からなるこの作品は、一見とんでも小説の類に見えるかもしれません。しかし、それらのトンデモ要素をこれ以上ないほどの緻密な筆致で描いているため、読者に強いインパクトを与えることに成功しているのです。強いていうならば、「デストピア小説+ゾンビ映画」といった感じの作品ですが、そうした単純なカテゴライズはあまり意味がありません。とにかく、全編が狂気のオーラで包まれており、続けて読むと眩暈を覚えてくるほどです。その濃密な世界描写は数ある終末SFの中でも群を抜いているのではないでしょうか。しかも、本作の場合、イマジネーションの豊かさだけではなく、物語としてのメリハリも絶妙で、読み始めるとページをめくる手が止まらなくなってしまいます。「10年で最高のロシアSF」という謳い文句が決して誇張ではないと感じさせる大傑作です。
わたしたちが光の速さで進めないなら(キム・チョヨプ)
争いのない平和で豊かな村なのに18歳の時に”始まりの地”へ巡礼の旅に行くと必ず帰らないことを選択する者が出てくる『巡礼者たちはなぜ帰らない』、寿命が数年しかない異星人の不思議な生態を彼らが棲息する惑星に漂着した地球人の目を通して語られる『スペクトラム』、家族のいる星に帰るためにもう出ることのない宇宙船を寂れた宇宙停留所で待っている老女にまつわる物語を描いた表題作など、全7編を収録。
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1993年生まれの韓国人の新人作家によるSF短編集です。しかし、現代のSF作家にありがちな小難しいハードSFではなく、古典SFのような敷居の低さが魅力となっています。異星人とのファーストコンタクト、ワームホール、コールドスリープ、マインドアップロードなどといったSF的な設定を詰め込みながらも、それを平易な文章で綴り、誰でも理解できる普遍的な物語に仕上げているのです。さらに、全編を覆う詩情や幻想味が読む者の心を揺さぶっていきます。派手な展開こそありませんが、科学的好奇心と物語に対する感受性を同時に満たしてくれる希有な作品集です。
黒魚都市(サム・J・ミラー)
1993年生まれの韓国人の新人作家によるSF短編集です。しかし、現代のSF作家にありがちな小難しいハードSFではなく、古典SFのような敷居の低さが魅力となっています。異星人とのファーストコンタクト、ワームホール、コールドスリープ、マインドアップロードなどといったSF的な設定を詰め込みながらも、それを平易な文章で綴り、誰でも理解できる普遍的な物語に仕上げているのです。さらに、全編を覆う詩情や幻想味が読む者の心を揺さぶっていきます。派手な展開こそありませんが、科学的好奇心と物語に対する感受性を同時に満たしてくれる希有な作品集です。
黒魚都市(サム・J・ミラー)
異常気象が続き、世界中の多くの都市が水没した近未来。各国政府の力は衰え、国家による秩序は次々と崩壊していった。しかも、度重なる戦争によって世界のネットワークも分断され、人々はクローズドネットワークの社会で生きることを余儀なくされていた。アメリカ合衆国も例外ではなく、故郷の荒廃によって行き場をなくした難民たちの多くは北極圏に建てられた洋上巨大都市・クアヌークへと逃げ込む。深海熱噴出孔の上に作られたその都市は地熱と、廃棄物をメタンに変えることでエネルギー供給をしているエコの街だった。共通言語は存在せず、完全な報道の自由が保障されており、都市の保有する富は最新のAIによって平等に管理されていた。一見、理想郷とも思える街であったが、そこには大きな問題が秘められている。まず、富の平等というのはあくまでも建て前であり、実際はこの都市の建設に金を出した株主が都市機能のプログラムを操作していたのだ。そのうえ、クアヌークではブレイクスと呼ばれる伝染病が蔓延していた。性交によって感染すると、関係を持った相手の記憶が流れ込み、やがて死に至るという病である。そんななか、シャチとホッキョクグマを引き連れた謎の女性がクアヌークを訪れるが........。
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巨大海上都市を舞台にした近未来SFの王道というべき作品です。水没した世界、AI都市、死に至る謎の病、動物と意思の疎通を可能にするナノマシンといった具合にさまざまなギミックを散りばめ、SFマインド溢れる作品に仕上げています。また、大富豪の孫、政治家の側近、八百長格闘家、街を駆け巡るメッセンジャー、街の外からやってきたオルカ使いの女性といった性別も立場も異なる5人の語り手を配したことで世界観に奥行きを与えることにも成功しています。そして、ピースの断片だったそれらの要素が結合し合い、物語の全体像が明らかになっていくプロセスこそが本作の最大の読みどころです。そのため、最初は話が見えにくくてじれったさを感じるかもしれませんが、そこはじっくりと腰を据えて取り組むことをおすすめします。物語の中核を成す謎の伝染病についてやや説明不足なのはSFとしての物足りなさを感じるものの、近未来の都市やそこで暮らす人々が魅力的に描かれているという点では一級の出来映えだといえます。人々の分断と融和という現代に連なる問題をSFという形を借りて描いた傑作です。
2000年代海外SF傑作選(編:橋本輝幸/作:劉慈欣、N・K・ジェミシン、グッレグ・イーガン他)
1万人のクローン人間を生成した罪で逮捕された男を救おうとするペットの犬と猫の遠大な計画を描いた『懐かしき主人の声』、肺をやられて死んでいく炭鉱夫の悲劇を繰り返さないために開発された技術が新たな悲劇を生みだす『地火』、サイバー・バイオ・核などの同時多発テロによって世界が壊滅していく中で唯一被害を免れたサイバー分散共和国に集結するシスアド(システム管理者)たちの奮闘を描いた『シスアドが世界を支配するとき』、確率的に極めて低いとされている事象がごく日常的に起きるようになったニューヨークに奇蹟を求めて人々が押し寄せる『可能性はゼロじゃない』など全9編のSF作品を収録。
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SF界において名アンソロジーとして知られる『80年代SF傑作選』とその続編である『90年代SF傑作選』の意匠を継いだ新たな傑作選です。10年遅れでまとめられたアンソロジーですが、そのおかげで『三体』でブレイクした劉慈欣の『地火』が収録されたのは僥倖だというべきでしょう。泥臭くもエンタメ性に富んだ傑作です。また、00年代を代表するSF作家であるグレッグ・イーガンの『暗黒整数』も数論モデルによる異世界戦争というわけのわからなさがいかにもイーガンといった感じで、その難解さにたじたじになりながらも妙に引き込まれるものがあります。さらに、米ソの冷戦にクトゥルフ神話を絡めて世界の滅亡を描く『コルダー・ウォー』はインパクト十分ですし、犬と猫が未来都市で大冒険を繰り広げる『懐かしき主人の声』もカオスな楽しさに満ちています。一方で、『シスアドが世界を支配するとき』のように、インターネットに対して楽観的すぎるスタンスを目にするとさすがに古さを感じますが、そうした時代性を肌で感じることができるのも時代別アンソロジーの醍醐味です。なお、本書に続いて『2010年代海外SF傑作選』も発売されたので作風の変化などを意識しつつ、読み比べてみるのも一興ではないでしょうか。
きらめく共和国(アンドレス・バルバ)
南米に位置するサンクリストバルは、貧しくも緑豊かなジャングルに囲まれた美しい町だった。だが、1994年のある日を境に、その町は32人の子供たちによって蹂躙されることになる。先住民らしい彼らは突然町に姿を現し、理解不能な言葉で互いにコミュニケーションをとっていた。最初は物乞いをしながら暮らしていたのだが、徐々にひったくりや盗みに手を染めるようになり、ついにはスーパーを襲撃してナイフで大人たちを殺傷し始めたのだ。地元警察が乗り出し、子供たちが潜んでいると思われるジャングルを捜索するも彼らの居場所を突き止めることはできなかった。そうこうしているうちに数カ月が過ぎ、子供たちの死体が発見される。果たして彼らは一体どこからやってきて、なぜ一斉に死ぬことになったのか?
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本のタイトルや表紙の絵はまるで児童書のようですが、中身はその真逆といってもよい内容になっています。子供目線の物語ではなく、大人の視点から神出鬼没で残忍な子供たちの姿を描いているのです。しかも、22年前の出来事を淡々と述べていく語り口からは、ノンフィクションを読んでいるような臨場感が立ちのぼってきます。そこに描かれているのは無邪気さと表裏一体を成している子供の残忍さであり、同時に、未知のものを恐れる大人たちの心の弱さです。幻想譚の形を借りながら人間の本質を暴きだしていく、一種の文明論的な作品です。
バグダードのフランケンシュタイン(アフマド・サアダーウィー)
2005年。イラクの首都であるバグダードでは連日爆破テロが続いていた。第2次イラク戦争でフセイン政権を倒したアメリカが暫定政権を敷いていたものの、現政府と旧政府勢力の対立は激化するばかりで、そこに多数の勢力が入り乱れて混沌とした状態になっていたのだ。そんなある日、古物商のハーディは爆破に巻き込まれて四散した友人の肉片を集め、それらを縫い合わせて元の体にしようとする。しかし、どうしてもパーツが足りないのでそこは他の死体から補っていった。最後の鼻のパーツを付け終わるとハーディは友人の死体を残して古物商の仕事に出掛ける。ところが、仕事から帰ってみると死体は忽然と姿を消していた。それからというもの、街では次々と奇怪な殺人事件が起きるようになる。そして、恐怖におののくバーディの元に彼が姿を現すのだった。自身の創造主を殺すために.......。
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本書は2013年にイラクで刊行され、アラブ小説国際賞を受賞しました。そのうえ、ブッカー賞やアーサー・C・クラーク賞の候補となるなど、国際的にも高い評価を受けています。ただ、ディストピアSFと銘打たれているのはいささか看板に偽りありです。本書におけるフランケンシュタインの怪物は科学者の手によって創造されたのではなく、死体に霊魂が憑依したものです。したがって、SFというよりはファンタジーホラーやダークファンタジーというのが正確なところでしょう。さらにいうなら、物語が進むにつれて怪物そのものよりも、彼を救世主あるいは反政府の象徴とみなす人々にフォーカスが当てられていくので、ファンタジーの形を借りた政治的群像劇でもあります。いずれにせよ、当時のイラクの不安定な世情を殺人を繰り返す怪物という形を借りて描いているのが秀逸です。しかも、その怪物は自分を殺した相手に復讐をしているのですが、新たな死体を継ぎ足すたびに復讐リストが増え、収集のつかないことになっていくのもユニークです。暗い世情を反映しているとはいえ、決して重苦しいだけの物語ではありません。寓話的エンタメ作品として非常によくできています。
わるい夢たちのバザールⅠ&Ⅱ(スティーヴン・キング)
2005年。イラクの首都であるバグダードでは連日爆破テロが続いていた。第2次イラク戦争でフセイン政権を倒したアメリカが暫定政権を敷いていたものの、現政府と旧政府勢力の対立は激化するばかりで、そこに多数の勢力が入り乱れて混沌とした状態になっていたのだ。そんなある日、古物商のハーディは爆破に巻き込まれて四散した友人の肉片を集め、それらを縫い合わせて元の体にしようとする。しかし、どうしてもパーツが足りないのでそこは他の死体から補っていった。最後の鼻のパーツを付け終わるとハーディは友人の死体を残して古物商の仕事に出掛ける。ところが、仕事から帰ってみると死体は忽然と姿を消していた。それからというもの、街では次々と奇怪な殺人事件が起きるようになる。そして、恐怖におののくバーディの元に彼が姿を現すのだった。自身の創造主を殺すために.......。
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本書は2013年にイラクで刊行され、アラブ小説国際賞を受賞しました。そのうえ、ブッカー賞やアーサー・C・クラーク賞の候補となるなど、国際的にも高い評価を受けています。ただ、ディストピアSFと銘打たれているのはいささか看板に偽りありです。本書におけるフランケンシュタインの怪物は科学者の手によって創造されたのではなく、死体に霊魂が憑依したものです。したがって、SFというよりはファンタジーホラーやダークファンタジーというのが正確なところでしょう。さらにいうなら、物語が進むにつれて怪物そのものよりも、彼を救世主あるいは反政府の象徴とみなす人々にフォーカスが当てられていくので、ファンタジーの形を借りた政治的群像劇でもあります。いずれにせよ、当時のイラクの不安定な世情を殺人を繰り返す怪物という形を借りて描いているのが秀逸です。しかも、その怪物は自分を殺した相手に復讐をしているのですが、新たな死体を継ぎ足すたびに復讐リストが増え、収集のつかないことになっていくのもユニークです。暗い世情を反映しているとはいえ、決して重苦しいだけの物語ではありません。寓話的エンタメ作品として非常によくできています。
わるい夢たちのバザールⅠ&Ⅱ(スティーヴン・キング)
廃墟と化したパーキングエリアに停まっている車のおそるべき正体を描いた『マイル81』、この世に存在しない作品が読める電子書籍リーダーの謎を巡る『UR』、死期の近づいた老人が法廷弁護士である息子を呼んで遺書を作成したのちにある秘密を語る『砂丘』、酔っ払いが湖の向こう岸の一家と花火合戦を繰り広げた末にとんでもない事態に陥る『酔いどれ花火』、野球黎明期の名キャッチャーが野球史から抹消された意外な理由が明らかにされる『鉄壁ビリー』、滅びゆく世界を2人の男と一匹の犬が静かに見つめる『夏の雷鳴』など、全20話を収録した作品集。
◆◆◆◆◆◆
モダンホラーの第一人者であり、恐怖の帝王として半世紀に渡ってホラー界に君臨し続けているスティーヴン・キングの最新短編集です。とはいえ、作品の原型自体はかなり古い時代に書かれたというものも含まれており、図らずもキングの創作の歴史を辿る形になっているところになんともいえない味わいがあります。また、各話の冒頭で著者による創作秘話が述べられているのもファンにとってはうれしいところです。収録作品すべてがホラーというわけではないものの、いずれの作品もこれぞキングといった要素に満ちています。たとえば、巻頭の『マイル81』はキングが脚本を手掛けたオムニバスホラー映画の『クリープショー』を彷彿とさせますし、パラレルワールドを扱った『UR』はキングのライフワークである『ダーク・タワー』の変奏曲ともいえる作品です。また、父と子の愛に思わずジンとくる『バットマンとロビン、激論を交わす』や掉尾を飾る『夏の雷鳴』で描かれる静謐な世界などもキングならではです。その他にも、ブライム・ストーカー賞を受賞した『ハーマン・ウォークはいまだ健在』、シャーリイ・ジャクスン賞受賞の『モラリティー』など、高品質な作品がずらりと並んでいます。収録作品の中には一般小説に分類されるものも多く含まれており、ホラー小説の帝王の二つ名の範疇を越え、キングがアメリカ文学の巨匠というべき域にまで達したことを実感させてくれます。珠玉の作品集と呼ぶにふさわしい傑作です。
誓願(マーガレット・アトウッド)
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1985年に発表され、世界的なベストセラーとなったデストピア小説『侍女の物語』の続編です。前作は一貫して主人公であるオブフレッドの視点から物語が語られていきました。舞台になっているのも(一部のエリートがすべてを支配し、女性の権利は徹底的に剥奪されたデストピアではあるものの)安定期といえる時代の出来事です。それに対して、本作はギレアデ崩壊前夜を舞台にしてその崩壊に直接関わった3人の視点から描かれています。デストピアそのものをSFチックに描いた前作と比べると歴史のうねりを感じさせる骨太なドラマに仕上がっており、娯楽性の高さという点でもなかなかのものです。特に、ギレアデで絶大な権力をふるいながらも国家転覆の機会を虎視眈々と狙っているリディア小母の老獪さに痺れます。また、扱われているテーマの割に語り口が妙に軽やかであり、閉塞感に満ちた前作との対比も印象的です。もし、『侍女の物語』を未読なのであれば、前作から通して読んでみるのも一興なのではないでしょうか。
2019年ブッカー賞受賞
シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(ラヴィ・ティドハー他)
先祖の記憶を引き継ぎ、その記憶をいつでも引き出せる一族の物語を描いた『オレンジ畑の香り』、加速促進幼児成長技術の普及した世界であえてスローな人生を送ることを選択したスロー一族の女と彼らを未開人と蔑む研究者との認識の差を浮き彫りにしていく『スロー一族』、死者に触れることで生前の記憶を読み取ることのできる少女が死体の娘の記憶に魅了されて暴走を始める『完璧な娘』など、全16篇を収録。
◆◆◆◆◆◆
日本ではあまりなじみのないイスラエルのSF小説を集めたアンソロジー短編集です。『黒き微睡みの囚人』や『完璧な夏の日』などの著者であるラヴィ・ティドハーは日本のSFファンの間でも有名ですが、その他の作家は、少なくとも日本ではほとんど知られていないのではないでしょうか。しかし、そのクオリティはどれも素晴らしいものばかりです。なんといっても、日本の作家ではあまり見られないような奇抜な発想がとても新鮮です。たとえば、『エルサレムの死神』では”ガス室”の死神とユダヤ人の対話がユーモアたっぷりに描かれていたり、『ろくでもない秋』では女に捨てられて自殺しようと思っている男の前にUFOが降りてきてロバがしゃべりだしたりといった具合に大胆な設定の話が続きます。しかも、良い意味で先の読めない展開が続くのでワクワクしながら読むことができるのです。それに、イスラエルの文化や歴史に基づいた物語にも興味深いものがあります。作風としては決して明るいとは言い難く、一抹の寂しさを感じさせるものが多いのですが、それがイスラエルならではの特徴なのかもしれません。また、SFといってもサイエンスを全面に押し出すのではなく、観念的な思索に重きを置いている印象を受けます。その辺りは巻末の『イスラエルSFの歴史』に詳しいので、合わせて読むと面白さも倍増です。昨今は中華SFに注目が集まっているものの、世界には日本でSF小説が紹介されていない国ががまだまだ沢山あります。そして、その中には私たちにとって未知の魅力を秘めた作品が数多く眠っているのだという事実をこのアンソロジーは教えてくれているのです。
サイバー・ショーグン・レボリューション(ピーター・トライアス)
第2次世界大戦で敗北を喫したアメリカは日独によって分割統治され、それに伴い、日本とドイツは反目を深めていく。2019年。大日本帝国陸軍のメカパイロットである守川励子は現政権の打倒を目指す秘密組織、〈戦争の息子たち〉に参加する。大日本帝国の仇敵であるナチスドイツと癒着する多村大悟総督が許せなかったからだ。やがて、多村総督打倒作戦は成功し、革命政府が樹立される。だが、同時に、革命に協力的でなかった者への粛清が始まり、内部組織の対立が表面化し始める。しかも、革命の立役者だった暗殺者ブラディマリーが離反し、新政府に対するテロ活動を始めたのだ。さらに、その背後にはナチスドイツの影が見え隠れし......。
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第二次世界大戦で枢軸国が勝利したパラレルワールドを描いた三部作の完結編です。21世紀版『高い城の男』というべき設定に日本アニメから影響を受けたと思われる巨大ロボットものの要素を加味し、2作連続で星雲賞を受賞するなど、日本SF界ではかなり話題になりました。名作SFと日本のアニメを融合した設定それ自体がマニアをワクワクさせる要素に満ちていますが、それに加え、1作ごとに作風を大胆に変えて違った面白さを常に提示し続けている点も大きな魅力となっています。たとえば、1作目の『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』では巨大ロボットの活躍は控えめで、主に占領国家の暗部を暴きだすポリティカルサスペンス風だったのに対して、2作目の『メカ・サムライ・エンパイア』では巨大ロボットが大活躍する学園ロボットアニメ風の作品になっているといった具合です。そして、3作目である本作では、巨大ロボットを駆使しての市街地戦が存分に描かれています。謀略アクション+戦争小説を巨大ロボットもので味付けしており、怒涛のメカアクションを堪能することができます。1作目のポリティカルな部分と2作目の派手なアクションというシリーズの良いとこどりをした集大成的な作品に仕上がっているのです。また、単純な痛快娯楽作というわけでもなく、シリーズを通しての世界観はあくまでも権力闘争を繰り返す大日本帝国と人体実験やり放題のナチスドイツが覇権を争っているデストピアです。このデストピア要素は少々稚気が過ぎるこの物語のよいスパイスとなっています。ただ、前作と比べてグロさと残酷さがかなり増しているのでその辺りはこのみのわかれるところではないでしょうか。なお、本シリーズは一応本作で完結しましたが、物語として特に大きな結末を迎えたわけではありません。番外編の短編を発表する予定もあるそうなので、今後の展開もまだまだ目が離せないところです。
時間旅行者のキャンディボックス(ケイト・マスカレナス)
1967年。4人の女性科学者がアトロポジウムと呼ばれる放射性物質を用いたタイムマシーンの開発に成功する。ところが、発表会見の場で科学者の一人であるバーバラが躁鬱症を発症させ、支離滅裂な言動を繰り返す。彼女は度重なる時間旅行によって精神に深刻なダメージを受けていたのだ。結局、バーバラは研究チームから追放され、残った3人は時間移動を厳格に管理すべく、特定の国家に縛られない超法規的なタイムマシーン運用組織、コンクレーヴを設立する。その後、組織による管理によって時間旅行は順調に行われているかにみえた。だが、2018年に密室状態のボイラー室で全身に銃弾を撃ち込まれた身元不明の女性の死体が発見される。その事件はバーバラの孫娘を巻き込み、やがて、タイムマシーンを巡る恐るべき事実が明らかになるのだが......。
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通常のタイムトラベルものというのはほとんどの場合、未来改変が大きなテーマとなっています。過去に行って愛する人の死を回避しようなどというのがその典型的なパターンです。ところが、本作の場合、歴史干渉による未来改変の問題などはほとんど言及されていないのです。過去の自分に会ってはいけないなどといったタブーも存在しません。その代わり、本作では時間旅行を繰り返すことによって人間の価値観がどのように変容し、精神にどういった影響を与えるのかといった問題を丹念に追っています。同時に、殺人事件を巡るミステリー仕立てにもなっており、タイムトラベルが精神にもたらす悪影響に殺人事件の謎が巧みに絡んでくる構成が見事です。もっとも、SF設定自体は結構粗いため、ハードSFを期待した人にとっては物足りなさを感じるかもしれません。その一方で、人間の心理の変容を緻密に描き上げた、一種の心理小説として秀逸な作品です。それから、この手のSF小説としては珍しく、主要人物がほとんど女性というのも興味深いものがあります。同性愛なども描写され、著者のジェンダー観が色濃く反映された作品だといえるでしょう。
宇宙へ【そら】へ(メアリ・ロビネット・コワル)
1952年。ワシントンD.Cの沿岸海上に突如巨大隕石が落下する。その衝撃と津波で半径数百kmは壊滅状態となり、ワシントンで議会開会中であったため、国家の中枢を担う政治家たちもほとんどが死んでしまう。さらに、隕石衝突時に発生した大量の水蒸気は大気中に留まり、地球に深刻な温暖化をもたらしていった。このままでは地球は死の星となってしまうと考えた元米軍女性パイロットのエルマ・ヨークは、得意の計算能力を活かして地球脱出計画を立案する。こうして、人類は生き残りをかけて宇宙開発へと乗り出すことになるのだが......。
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この作品、序盤のイメージと最後まで読み切ったときの印象はかなり違ったものになるはずです。たとえば、ハリウッド映画の『ディープインパクト』や『アルマゲドン』のような人類滅亡の危機に敢然と立ち向かう勇気ある人々を描いた作品、みたいなのを期待すると肩透かしを喰らうことになるでしょう。なぜなら、人類滅亡の危機といいながら、滅亡の兆しはなかなか現れず、危機感や緊迫感といったものはきわめて希薄だからです。どちらかというと、主人公が当時の女性差別の壁を乗り越え、女性たちが中心となって宇宙を目指す話となっています。はっきりいって、人類滅亡ものとしてはいろいろ物足りないのは確かです。その代わり、差別の壁を乗り越えて、いかに自分の夢をかなえていくかという社会派サクセスストーリー、あるいは歴史改変ものとしては非常に読み応えがあります。地球滅亡の危機に人類全体が立ち向かっていく話ではなく、あくまでもエルマ・ヨーク個人の物語であることを押さえてうえで読むのが吉です。
2019年ヒューゴ賞受賞
2019年ネビュラ賞受賞
2019年ローカス賞受賞
ウォーシップ・ガール(ガレス・L・パウエル)
AI宇宙船のトラブル・ドッグは重巡洋艦として軍役に就いていたが、知的生命体の殲滅作戦に関わったのがトラウマとなり、退役して人命救護団体「再生の家」に参加するようになっていた。ある日、彼女は遭難信号を受信する。7つの惑星すべてに謎の彫刻が施されているというギャラリー星系で民間船が何者かの襲撃を受けたというのだ。現場に急行するも、そこでトラブル・ドッグたちは銀河の命運を賭けた戦いに巻き込まれることになり......。
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あらすじだけを読めば、AI宇宙船のトラブルドッグが主人公のように思えますが、実際のところ、14歳の少女だという彼女は脇役にすぎません。物語の大半はベテラン女艦長のサリーと民間船の生き残りで詩人のオナ・スダクの目を通して語られていきます。したがって、アン・マキャフリーの『歌う船』のような物語を期待すると肩透かしを喰らうことになるでしょう。しかし、その一方で、登場人物はみな個性的で魅力があり、星系を舞台にした騒乱を描いたスペースオペラとしては非常に読み応えがあります。特に、後半から始まる戦闘シーンでの攻防戦は手に汗握る面白さです。本作は3部作の第1弾ということで、一刻も早い続刊の発売が待たれるところです。
ウィトゲンシュタインの愛人(デヴィット・マークソン)
人類はことごとく死に絶え、最後の生き残りとなったケイト。彼女はアメリカのとある海辺で暮らしながら日々の出来事や家族との思い出などを綴っていく。そして、あるときは生存者を探して世界中を旅したり、訪れた地にメッセージを残したりする。暇をもてあますと家を燃やしたりもした。彼女は孤独でそして、その孤独には終わりがなかったのだ......。
◆◆◆◆◆◆
本作は1988年に著者が60歳のときに発表したもので、アメリカにおける実験小説の頂点とも称されたことのある作品です。どの辺が実験小説なのかというと、記述者である女性がすでに精神を蝕まれており、正気ではないらしいという点にあります。深い教養に裏づけされているために一見知的な文章に思えるものの、読み進めていくうちに読者はどうも書き手の精神が普通ではないことに気付かされます。たとえば、現代の出来事と過去の出来事が混同されて時系列が滅茶苦茶になっていたり、延々と脱線をくりかえした話が再び最初の地点に戻ってきたりなどといった具合です。そもそも、生きている人間は彼女一人しかいないため、正気と狂気の境を区別する基準すらこの世界には一切ないのです。しかし、だからこそ、彼女の手記は制約の多い既存の文学の不自由さから解き放たれて鮮烈なイメージを放っています。常識の枷が外れた内容であるために、決して読みやすい物語ではありません。ただ、論理的ではない代わりに、綴られている文章には独自のリズムがあり、そのリズムに乗るとテンポよく読み進めていけます。読む人の資質が激しく問われる作品ではありますが、波長を合わせることにさえ成功すれば、イメージの奔流に身を任せる快感を得られるはずです。実験小説の頂点という通り名に恥じない怪作だといえるでしょう。
メアリ・ジキルとマッドサイエンティストの娘たち(シオドラ・ゴス)
ヴィクトリア朝時代のロンドン。21歳のメアリ・ジキルは父に続いて母も亡くして途方に暮れていた。ジギル家は元々使用人を何人も雇っているような資産家だった。しかし、父が亡くなったときに調べてみるとジキル家の資産はすべて消えてしまっている事実が判明する。それでも母は彼女の父親が残した遺産を元手にやりくりをしていたのだが、母の死によってそのツテも消えてしまった。つまり、メアリは完全に破産してしまったのだ。しかし、その後、彼女は弁護士から、母は別の銀行口座を所持しており、そこにプールしているお金をハイド氏の世話という名目でとある施設に送金していたという事実を告げられる。ハイドというのは父の元助手で殺人事件を起こして姿をくらました男の名だ。母はなぜそのような男に送金をしていたのか?その謎を解くために、メアリはかつてその事件に関わったことのあるシャーロック・ホームズに相談を持ちかけるのだが......。
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『ジキル博士とハイド氏(1885)』『フランケンシュタイン(1818)』『モロー博士の島(1896)』という19世紀の英国文学が生み出した、日本でもおなじみのマットサイエンティストたちに娘がいたという設定のヤングアダルト小説です。そこに、日本ではちょっとマイナーな『ラパチーニの娘(1844)』とヴィクトリア朝時代のロンドンの顔ともいえるシャーロック・ホームズ&ワトソン博士が加わって奇怪な連続娼婦殺人事件の謎に挑むというのがメインのストーリーで、いかにもヤングアダルトらしい賑やかな作品に仕上がっています。たとえば、娘たちはみな父親の所業のせいで不幸な境遇にありながらも悲嘆に暮れるわけでもなく、逆に、不幸をバネにして前に突き進んでいこうとします。そのバイタリティの豊かさが実に痛快です。また、本作はモローの娘による回顧録という形をとっているのですが、他の娘たちがことあることにツッコミを入れてきます。それもまた若い女性たちが集まってワイワイやっている感じがよく出ていて読んでいて楽しくなってくるのです。ホームズのキャラがやや類型的という不満はあるものの、次から次に登場する娘たちの書き分けがきちんとされており、それぞれのキャラの掘り下げが巧みになされている点は感心させられます。原典の設定もうまく作中に取り込んでいるので、19世紀の怪奇小説やシャーロック・ホームズに興味のあるという人は読んで損のない作品だといえるのではないでしょうか。ちなみに、本作は3部作の第1弾にあたり、次作ではイギリスを離れて欧州に舞台を移すとのことなので、どんな展開が待ち受けているのか今からそれが非常に楽しみです。
時のきざはし 現代中華SF傑作選(編:立原透耶)
宇宙飛行士候補生の2人が小型船で探査訓練を行っている最中に突如母船が爆発し、生き残るために必要な冬眠装置が一つしかないなかで決断を迫られる『太陽系に別れを告げる日』、時の流れを加速させることで通常の数十倍の速さで作物が収穫できる巨大農場における生物の異常進化をモンスターパニックとして描いた『異域』、VRが発達したアメリカで中国の青年が仮想空間であることを見破るゲームにチャレンジする『七重のSHELL』など全17編を収録。
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もはや、レベルの高さは折り紙つきになりつつある中華SFアンソロジーですが、その中においてもこの『時のきざはし』のSFとしての面白さには驚かされるものがあります。バラエティ豊かで、しかも、どの作品も卓越したアイディアを高いレベルで物語としてまとめあげているのです。そこには現代の日本SFや西洋SFにはない、ジャンル勃興期ならではの豊潤なイマジネーションに満ちています。そういう意味では、かつての西洋古典SFや日本の昭和SFの味わいに似ているといえなくもありません。どの作品も読み応え満点ではあるものの、読後感のインパクトという意味では走り続ける地下鉄での騒動を描いた『地下鉄の驚くべき変容』が頭一つ抜けています。筒井康隆を彷彿とさせるドタバタ劇なのですが、この結末を予測できる読者はさすがにいないのではないでしょうか。中華SFのこれからがますます楽しみになってくる極めて完成度の高いアンソロジーです。
影を呑んだ少女(フランシス・ハーディング)
母を亡くしたのちに父方の一族に引き取られた少女、メイクピースは幽霊を頭の中に収納しておくことができる能力の持ち主だった。その力は彼女が生まれる前に亡くなった父の力を継いだものであり、しかも、父の血族であるフェルモット一族自体が不思議な力で歴史に影響力を及ぼし続けていた古き民だったのだ。メイクピークは彼らの不気味さに耐え切れす、屋敷からの脱出を図る。だが、彼女が兄のように慕ってきた人物が彼らの手に落ちたとき、メイクピースはフェルモット一族を滅ぼすために戦乱の世に身を投じる決意をするのだった。
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『嘘の木』や『カッコーの歌』が翻訳されたことにより、日本でも児童文学作家として高い評価を受けているフランシス・ハーディングの3作目の翻訳本です。ファンタジー要素として死者の魂を脳内に収納しておける能力というのが出てくるのですが、その設定をSF小説並みに事細かく理屈づけている点に既存のファンタジー小説とはまた違った面白さがあります。特に、クマの幽霊が憑依して最初は全く意思疎通ができなかったのに、次第に友情を育んでいく展開などは非常にユニークです。一方で、見逃せないのがこの物語が史実とリンクした歴史ファンタジーであるという点です。清教徒革命を背景とし、古い価値観が打ち壊される激動の時代を生き抜くなかで、かよわき少女だったヒロインがタフで知的な女性へと成長していくプロセスは非常に読み応えがあります。豊潤なイマジネーションと歴史物語としての面白さを兼ね備えた傑作です。
三つの太陽を持つ三体世界の異星人は新天地を求めており、千隻を超える侵略艦隊が地球に向かって侵攻中だという。彼らが地球に到達するのは四百数十年後。未曾有の危機に直面した人類は国連惑星防衛理事会(PDC)を創設し、対策を練る。だが、人類の行動は、世界中にばら撒かれた極小の人工知能・智子(ソフォン)によって監視されていた。つまり、人類の作戦はすべて異星人に筒抜けであり、このままでは勝ち目がない。そこで、人類が考え出したのが面壁計画だった。それは人類の中から卓越した頭脳の持ち主を選出し、彼らに対エイリアン作戦に関する全権限を委託するというものだ。選ばれた人間は異星人はもちろん、作戦に従事するスタッフにもその真意を悟らせずに、自分の頭の中だけで計画を組み立てていくことになる。やがて、元米国国防長官、現職のベネズエラ大統領など、4人の人物が選出されるが......。
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全世界で累計売上3000万部を記録したSF三部作の第2弾です。その面白さはぶっとんだ荒唐無稽の発想を理系的思考によってあくまでも理詰めで追及している点にあります。つまり、本シリーズにはハードSFの原初的な魅力がたっぷりとつまっているのです。そのうえ、魅力的な登場人物とテンポの良さも申し分ありません。結果として、小難しい話だとは感じさせず、極上のエンタメ小説として成立させることに成功しているのです。そして、今回のシリーズ第2弾では三体世界の異星人に対する起死回生の作戦”面壁計画”を中心に語られていきます。この「人類を救うには全人類を騙さなければならない」という設定がまた秀逸であり、壮大なスケールのコンゲームとして読み応え満点です。同時に、科学知識を随所に散りばめたSF小説としても興味深く、人類滅亡の日が着実に近づいていることから生まれるサスペンス感もなかなかのものです。壮大すぎるスケール故にご都合主義を感じてしまう点がないではありませんが、本作はそういった小さな不満など吹き飛ばしてしまうほどに面白さに満ちています。それだけに、次作でどのような結末を迎えるのかが気になるところです。
第五の季節(N・K・ジェミシン)
この世界では数百年に1度の周期で第五の季節と呼ばれる破滅的な天変地異が起き、文明を滅ぼしてきた。しかし、第五の季節によって全ての文明が滅びるわけではなく、熱や運動エネルギーを操作するオロジェンと呼ばれる能力者の活躍によって一部の国家は長きに渡る存続を勝ち取ってきたのだ。だが、次に訪れる第五の季節は数百年から数千年に及ぶという。果たしてそのとき人類はどうなってしまうのか?
宇宙飛行士候補生の2人が小型船で探査訓練を行っている最中に突如母船が爆発し、生き残るために必要な冬眠装置が一つしかないなかで決断を迫られる『太陽系に別れを告げる日』、時の流れを加速させることで通常の数十倍の速さで作物が収穫できる巨大農場における生物の異常進化をモンスターパニックとして描いた『異域』、VRが発達したアメリカで中国の青年が仮想空間であることを見破るゲームにチャレンジする『七重のSHELL』など全17編を収録。
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もはや、レベルの高さは折り紙つきになりつつある中華SFアンソロジーですが、その中においてもこの『時のきざはし』のSFとしての面白さには驚かされるものがあります。バラエティ豊かで、しかも、どの作品も卓越したアイディアを高いレベルで物語としてまとめあげているのです。そこには現代の日本SFや西洋SFにはない、ジャンル勃興期ならではの豊潤なイマジネーションに満ちています。そういう意味では、かつての西洋古典SFや日本の昭和SFの味わいに似ているといえなくもありません。どの作品も読み応え満点ではあるものの、読後感のインパクトという意味では走り続ける地下鉄での騒動を描いた『地下鉄の驚くべき変容』が頭一つ抜けています。筒井康隆を彷彿とさせるドタバタ劇なのですが、この結末を予測できる読者はさすがにいないのではないでしょうか。中華SFのこれからがますます楽しみになってくる極めて完成度の高いアンソロジーです。
影を呑んだ少女(フランシス・ハーディング)
母を亡くしたのちに父方の一族に引き取られた少女、メイクピースは幽霊を頭の中に収納しておくことができる能力の持ち主だった。その力は彼女が生まれる前に亡くなった父の力を継いだものであり、しかも、父の血族であるフェルモット一族自体が不思議な力で歴史に影響力を及ぼし続けていた古き民だったのだ。メイクピークは彼らの不気味さに耐え切れす、屋敷からの脱出を図る。だが、彼女が兄のように慕ってきた人物が彼らの手に落ちたとき、メイクピースはフェルモット一族を滅ぼすために戦乱の世に身を投じる決意をするのだった。
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『嘘の木』や『カッコーの歌』が翻訳されたことにより、日本でも児童文学作家として高い評価を受けているフランシス・ハーディングの3作目の翻訳本です。ファンタジー要素として死者の魂を脳内に収納しておける能力というのが出てくるのですが、その設定をSF小説並みに事細かく理屈づけている点に既存のファンタジー小説とはまた違った面白さがあります。特に、クマの幽霊が憑依して最初は全く意思疎通ができなかったのに、次第に友情を育んでいく展開などは非常にユニークです。一方で、見逃せないのがこの物語が史実とリンクした歴史ファンタジーであるという点です。清教徒革命を背景とし、古い価値観が打ち壊される激動の時代を生き抜くなかで、かよわき少女だったヒロインがタフで知的な女性へと成長していくプロセスは非常に読み応えがあります。豊潤なイマジネーションと歴史物語としての面白さを兼ね備えた傑作です。
三体Ⅱ 黒暗森林(劉慈欣)
三つの太陽を持つ三体世界の異星人は新天地を求めており、千隻を超える侵略艦隊が地球に向かって侵攻中だという。彼らが地球に到達するのは四百数十年後。未曾有の危機に直面した人類は国連惑星防衛理事会(PDC)を創設し、対策を練る。だが、人類の行動は、世界中にばら撒かれた極小の人工知能・智子(ソフォン)によって監視されていた。つまり、人類の作戦はすべて異星人に筒抜けであり、このままでは勝ち目がない。そこで、人類が考え出したのが面壁計画だった。それは人類の中から卓越した頭脳の持ち主を選出し、彼らに対エイリアン作戦に関する全権限を委託するというものだ。選ばれた人間は異星人はもちろん、作戦に従事するスタッフにもその真意を悟らせずに、自分の頭の中だけで計画を組み立てていくことになる。やがて、元米国国防長官、現職のベネズエラ大統領など、4人の人物が選出されるが......。
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全世界で累計売上3000万部を記録したSF三部作の第2弾です。その面白さはぶっとんだ荒唐無稽の発想を理系的思考によってあくまでも理詰めで追及している点にあります。つまり、本シリーズにはハードSFの原初的な魅力がたっぷりとつまっているのです。そのうえ、魅力的な登場人物とテンポの良さも申し分ありません。結果として、小難しい話だとは感じさせず、極上のエンタメ小説として成立させることに成功しているのです。そして、今回のシリーズ第2弾では三体世界の異星人に対する起死回生の作戦”面壁計画”を中心に語られていきます。この「人類を救うには全人類を騙さなければならない」という設定がまた秀逸であり、壮大なスケールのコンゲームとして読み応え満点です。同時に、科学知識を随所に散りばめたSF小説としても興味深く、人類滅亡の日が着実に近づいていることから生まれるサスペンス感もなかなかのものです。壮大すぎるスケール故にご都合主義を感じてしまう点がないではありませんが、本作はそういった小さな不満など吹き飛ばしてしまうほどに面白さに満ちています。それだけに、次作でどのような結末を迎えるのかが気になるところです。
第五の季節(N・K・ジェミシン)
この世界では数百年に1度の周期で第五の季節と呼ばれる破滅的な天変地異が起き、文明を滅ぼしてきた。しかし、第五の季節によって全ての文明が滅びるわけではなく、熱や運動エネルギーを操作するオロジェンと呼ばれる能力者の活躍によって一部の国家は長きに渡る存続を勝ち取ってきたのだ。だが、次に訪れる第五の季節は数百年から数千年に及ぶという。果たしてそのとき人類はどうなってしまうのか?
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史上初の3年連続ヒューゴ賞受賞という快挙を達成したThe Broken Earth三部作の第1弾です。その魅力は、なんといっても緻密な世界観にあります。巻末の設定資料集及び用語集だけで20ページ近くあり、舞台となる星の文明・社会システム・歴史といったものを徹底的に練り上げています。そのことによって、読むほどに豊潤なイマジネーションが湧き上がってくる極上の物語を構築することに成功しているのです。特に、世界各所に滅んだ文明の遺跡が残っているさまは滅びの美学に満ちており、廃墟マニアにとっては堪らない情景だといえるのではないでしょうか。そして、それらの要素に加え、並行して語られる3つの物語の息つく暇もない怒涛の展開にも引き込まれていきますし、その末にそれぞれのエピソードが1つに集約していくプロセスがまた見事です。天変地異が惑星規模ということで破滅SFとしてのスケール感も申し分ありません。近年発表されたSF小説の中でもリーダビリティの高さでは1、2位を争う大傑作であり、これから話がどのように転がっていくのかが気になるところです。ただし、抽象的な言い回しで構成されたプロローグは非常に読みにくいので、その点だけは注意が必要です。
史上初の3年連続ヒューゴ賞受賞という快挙を達成したThe Broken Earth三部作の第1弾です。その魅力は、なんといっても緻密な世界観にあります。巻末の設定資料集及び用語集だけで20ページ近くあり、舞台となる星の文明・社会システム・歴史といったものを徹底的に練り上げています。そのことによって、読むほどに豊潤なイマジネーションが湧き上がってくる極上の物語を構築することに成功しているのです。特に、世界各所に滅んだ文明の遺跡が残っているさまは滅びの美学に満ちており、廃墟マニアにとっては堪らない情景だといえるのではないでしょうか。そして、それらの要素に加え、並行して語られる3つの物語の息つく暇もない怒涛の展開にも引き込まれていきますし、その末にそれぞれのエピソードが1つに集約していくプロセスがまた見事です。天変地異が惑星規模ということで破滅SFとしてのスケール感も申し分ありません。近年発表されたSF小説の中でもリーダビリティの高さでは1、2位を争う大傑作であり、これから話がどのように転がっていくのかが気になるところです。ただし、抽象的な言い回しで構成されたプロローグは非常に読みにくいので、その点だけは注意が必要です。
科学が発展し、魔法の力が衰えた世界。かつて人々に恐れられていたドラゴンも偉大な魔術師との協定によってドラゴンランドの中に引きこもっている。しかも、徐々に数を減らしていき、今や生き残っているのは一頭だけ。一方、唯一ドラゴンに対抗しうる存在だったドラゴンスレイヤーもその役割を終えてすっかり姿を見せなくなっていた。残った魔術師たちは魔法の絨緞でピザを配達したり、魔法の力で配線工事をしたりしてかろうじて生計を立てていた。15歳の少女、ジェニファー・ストレンジはそんな魔術師たちを抱えるカザム魔法マネージメント社の代理社長である。気難しい魔術師たちに振り回されながらもなんとか頑張っていたが、最後のドラゴンの死が予知されて以降、魔術師たちの魔法が増大していっていることに気づく。ジェニファーは真相を調査すべくドラゴンスレイヤーに会いにいき、そこで自分こそが最後のドラゴンスレイヤーだという事実を知らされるのだった。それからというもの、CMの出演依頼は殺到するわ、ドラゴンランドの争奪戦に巻き込まれるわで、ジェニファーは資本主義の荒波にもまれることになり.......。
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人々が冬眠をするなか、ナイトウォーカーが人肉を求めて徘徊する世界を描いた『雪降る夏空にきみと眠る』が紹介されたことで日本のSFファンからも注目される存在となったジャスパー・フォードが2010年に発表した作品です。『雪降る夏空にきみと眠る』とはまったく雰囲気の異なる作品で、ドラゴンや魔法といったファンタジー要素と資本主義に毒された現代社会という舞台を融合させた独特な世界観に引き込まれます。魔法は存在するのに夢や希望はなくて、魔法使いは資本主義の歯車に組み込まれているという設定から紡がれる物語は、皮肉の効いたユーモアに満ちています。また、それでいながらヒロイックファンタジーの王道を外していない点がまた見事です。文章は軽快で読み心地も問題ありません。なにより、本当にドラゴンを殺すのか?殺したときに何が起きるのか?といった興味で読者を引っ張り、クライマックスで極上のカタルシスを味あわせてくれる、その綿密に計算されたプロットには思わず唸らされます。ちなみに、本国イギリスではすでに複数の続編が発表されています。それらの日本での紹介が待たれるところです。
アンドロメダ病原体ー変異ー(ダニエル・H・ウィルソン)
かつて人類存亡の危機を招いた未知の病原体・アンドロメダ因子に4人の科学者が立ち向かった”アンドロメダ事件”から50年。フェアチャイルド空軍基地では事件の再発を防ぐべく長期にわたる監視が続けられていた。そして、監視体制が解除される直前になってブラジルのジャングルから六角柱の形をした奇妙な物質を検出する。それはアンドロメダ因子と同じ性質を持っており、近寄った人間をすべて死に追いやっていたのだ。しかも、その物質は次第に巨大化していく。明らかにアンドロメダ事件の再来だった。政府は世界中から専門家を招集し、ブラジルに派遣するが.......。
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映画『ジェラシック・パーク』の原作者として知られるマイケル・クライトンのもう一つの代表作『アンドロメダ病原体』の50年ぶりの続編です。とはいえ、マイケル・クライトン自身は2008年に亡くなっているので、本作は遺族の許可を得て書いた別作者の作品です。ちなみに、オリジナルの『アンドロメダ病原体』は通常の小説とは異なり、事件終息後に書かれた報告書のような体裁をとっており、図や写真なども挿入することで独特なリアリティを獲得することに成功しています。そうしたスタイルは本作でも踏襲していて、前作の雰囲気を上手く再現しています。また、スタイルが似ていても中身がつまらなければどうしようもないのですが、その点も問題ありません。前作のエッセンスを巧みに掬いあげたうえに、それを見事に現代の物語としてアップデートしているのです。登場人物のキャラもよく立っており、特に、女性の活躍が目立つのは前作にはなかったオリジナルの魅力だといえるでしょう。ただ、映画化を見越してなのか、密林での冒険などといったハリウッド的な見せ場を挿入しているのはいささか蛇足のようにも感じます。そうした小さな不満点を除けば続編としては文句なしの出来栄えです。もちろん、本作だけでも十分楽しめますが、前作を未読の人はぜひ合わせて読んでほしいところです。
空のあらゆる鳥を(チャーリー・ジェーン・アンダーズ)
動物と会話が出来る魔法使いの少女、パトリシアと天才科学少年のローレンスは運命の邂逅を果たし、周囲に疎まれている者同士で友情を育んでいく。だが、近い将来、魔法と科学の対立から大戦争が起きることを予見した秘密結社は、その中心人物となる2人のもとに暗殺者を送る。そして、それが原因となって仲たがいをしたパトリシアとローレンスはそれぞれ別の道を歩みだすことになるが......。
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ジャンル的にはSFファンタジーに分類され、いかにもといったSF用語も頻出するのですが、物語的にはほぼファンタジーといって差し支えない作品です。したがって、本格的なサイエンスフィクションを期待して読むと肩透かしを喰らうことになります。また、地球を破滅に追い込みかねない環境汚染が主題の一つとなっているものの、話としては非常に単純化されているので、テーマ性に関してもいささか物足りないものがあります。一方で、暗殺者神殿や50人委員会などといった奇妙な設定や個性的な登場人物などが次々と出てくるため、一種の寓話だと割り切って読めば非常に楽しい作品です。それに、魔法と科学が手を取り合うという展開もなかなか新しいのではないでしょうか。あらすじだけを読むと重い内容のようにも思えますが、中身は意外と軽妙洒脱な作りになっています。独特の世界観に惹かれるものがある、独創性の高い佳品です。
2017年ネビュラ賞受賞
2017年ローカス賞SF長編部門・ファンタジー長編部門ダブル受賞
保健室のアン・ウニョン先生(チョン・セラン)
私立M高校にアン・ウニョンという名の養護教諭が新たに赴任してくる。しかし、彼女はただの養護教諭ではなかった。アン・ウニョンは霊能力を有しており、出勤初日から学校に何かがいることを感じていた。案の定、原因不明の怪奇現象が次々と起きる。彼女はBB弾の銃と折りたたみ式のおもちゃの剣を武器に、漢文教師のホン・インピョとともにさまざまな怪異に立ち向かっていく。果たして、この学校にはどんな秘密が隠されているのか?
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高校を舞台に30代の女性教諭が怪異と戦う物語が全10篇の連作短編として語られていきます。とはいえ、バイオレンスホラーとか伝奇アクションなどといった大層なものではありません。教師や生徒たちの抱える悩みを丹念に描き出し、それを怪異と絡めて解決していく、いわば日常怪異譚とでもいうべきつくりになっています。日常描写に重きを置いており、なかには全く怪異の登場しないエピソードもあるほどです。物語も怪異譚につきもののドロドロした感じは希薄で、後味のよい結末で締めくくられているのも好印象です。登場人物はみな愛らしく、それぞれのキャラの成長物語としても良くできています。全体的にキュートな雰囲気が漂っており、日本の学園ラノベにも通じるものがあります。ぶっ飛んだ設定と心温まる物語のコントラストの妙が堪能できる快作です。
月の光 現代中国SFアンソロジー(編:ケン・リュウ)
未来の自分が地球の命運を左右する情報を電話で伝えてくる表題作のほかに、嘘つきの王様の命令で史上最大の嘘を求めて世界中を旅する『ほら吹きロボット』、十世紀の五代十国時代に大軍に包囲されながらも奇妙な発明をする老人のおかげでかろうじて侵略を防いでいる都を描いた『普陽の雪』など、全16篇を収録。
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現代を代表するSF作家の一人であるケン・リュウによって編纂された中国SFアンソロジーの第2弾です。第1弾の『折りたたみ北京』がストレートな王道SFを中心に集められていたのに対して、本作はかなり変化球を駆使した曲者作品が多くなっています。たとえば、天下統一を成し遂げた始皇帝が引きこもってテレビゲーム三昧の日々を送る『始皇帝の休日』、北京オリンピックやSARSの流行というふうに時間を逆行しながら中国が貧しくなっていく『金色昔日』などといった具合です。そのイマジネーションの豊かさとエンタメ小説としての面白さは決して欧米SFに引けを取るものではありません。全体の完成度でいえば『折りたたみ北京』のほうに軍配が上がりますが、本作に収録されている作品はすべて2010年以降のものであり、同時に、前作以上に作風の幅が広くとられています。したがって、中国SFの今を知るには絶好の書だといえるでしょう。
彼女の体とその他の断片(カルメン・マリア・マチャド)
ジェニーは幼いときよりずっと緑色のリボンを首に巻いていた。ボーイブレンドのアルフレッドはそれが気になってしつこく尋ねるが、ジェニーは決してその理由を教えようとはしなかった。やがて、2人は結婚し、共に老いていく。そして、ジェニーはいまわの際になってようやくリボンにまつわる秘密を打ち明けるのだった。果たしてその秘密とは?
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8つの中短編を収録した本書は極めてシリアスな現実問題を幻想的な手法で表現したマジックリアリズムの傑作です。作者のマチャドはデビュー作である本書で全米図書賞を始めとする10の文学賞の最終候補となり、そのうち9つの賞を受賞しています。どの作品も鮮烈なイメージで彩られており、読む者の想像力を刺激していきますが、それぞれ異なる作者の作品では?と思うほどに一作一作の印象が異なっているのには驚かされます。悪夢的だったり、悲しみに満ちていたり、一風変わったユーモアに彩られていたりと、振り幅の大きな作風に読者はすっかり幻惑させられることになるのです。しかし、その根底にあるのは、いずれも社会にはびこる差別に対する怒りです。それをストレートに文字にするのではなく、自在な表現方法を駆使して魅力的な文学作品として昇華しているのが見事です。王道的なファンタジーや幻想文学とは趣が異なるものの、現代文学の今を知るうえで必読の書だといえます。
荒潮(陳楸帆)
中国南東部に位置するシリコン島には世界中から電子ゴミが集まってくる。そのゴミを回収し、価値のあるパーツを分離して収入を得るゴミ人と呼ばれる人々がいた。彼らは中国全土から出稼ぎにやってきた最下層に属する民だ。電子ゴミのリサイクルは金にはなるが、呼吸器や循環器の障害の原因となり、癌の発生率も高いハイリスクな仕事である。しかも、ゴミ人たちは代々島を支配してきた御三家によって厳しい労働を強いられていた。ところが、この島に大手リサークル企業のコンサルタントであるスコット・ブランダルが商談に訪れ、環境再生計画の提案をしたことによってすべてが変わり始める。一方、ゴミ人の米米(ミーミー)はスコットの通訳である陳開宗と恋に落ちるが.......。
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中国SFの躍進が著しい昨今ですが、本作もまたそうした現状を裏付ける会心の一作に仕上がっています。まずなんといっても、アジアンテイストなサイバーパンクの世界が魅力的です。『攻殻機動隊』を連想させる義体の存在や敵を自動認識して攻撃する大型犬の存在などは一見ありがちではあるのですが、描写のリアリティが細部まで行き届いているため、読んでいるとワクワクしてきます。特に、義体の描写は単なる『攻殻機動隊』の模倣に終わっておらず、生化学の最新情報を取り入れている点が手柄だといえます。また、未来のディストピアの世界を描きながらも現代の中国と国際社会との関係性についての鋭い批判を内包している点も見逃せません。しかも、単なる社会派SFというわけではなく、後半になると派手なメカアクションも用意されており、エンタメSFとしても読み応え満点です。デビュー作で力が入りすぎたせいか、いささか詰め込みすぎな感はなきにしもあらずですが、そのリーダビリティの高さには新人離れしたものを感じさせてくれます。2020年度SF界の台風の目になる可能性を秘めた傑作です。
怪物ーブッツァーティ短篇集3-(ディーノ・ブッツァーティ)
家政婦として働く女性が屋根裏で恐ろしい怪物を見つけるが家の者は誰ひとりとしてその存在を認めようとしない表題作、反体制主義者や厭世主義者といった国家の敵のみが感染する官製インフルエンザの話を聞いた大佐が追い詰められていく『流行り病』、エッフェル塔の高さは324mではなく、実はとんでもない高さだったという神話じみた物語が語られていく『エッフェル塔』など、幻想と寓話に満ちた18篇。
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画家や詩人でもあり、作家としては1940年に発表した『タタール人の砂漠』で知られるディーノ・ブッツァーティの日本オリジナル短編集の第3弾です。収録されている作品はどれも10~30ページ程度の短いものばかりですが、読み応えのある傑作がずらりと並んでいます。日常が崩壊していく不安を具現化させたような作風は、悪夢めいていながらも、その強烈な幻想性に強く心惹かれます。特に、熱に浮かされたように男たちが塔を上へ上へと積み上げていく『エッフェル塔』、兄弟たちが揃うと悪魔がやってくるという物語を聞いたことで兄弟の間で不和と恐怖が広がっていく『5人の兄弟』、怪物そのものではなく、怪物に対する反応を通して周囲の人々の奥底に潜んでいた不気味さを浮かび上がらせる『怪物』などのイメージが鮮烈です。どのエピソードもさくっと読める長さなので思考が煮詰まった時の気分転換に一話ずつ読んでいくのもよいのではないでしょうか。ちなみに、すでに発売済みの『魔法にかかった男』と『現代の地獄への旅』も同じくハイクオリティな短編集なのでおすすめです。
Previous⇒2019年発売!注目の海外SF&ファンタジー小説
2020年下半期発売!おすすめライトノベル初巻限定レビュー
最新更新日2020/12/31☆☆☆
Previous⇒2020年上半期発売!おすすめライトノベル初巻限定レビュー
2020年に発売されたおすすめライトノベルの内、第1巻のみの限定レビューです。
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古き掟の魔法騎士(羊太郎)
聖王アルスルの元で無数の武勲をあげ、最強の名を残す伝説の騎士・シド。そんな彼も残虐非道の行いの末に聖王自らの手によって討たれたという。そして、1000年の月日が過ぎた。聖王アルスルの血を引くキャルバニア王国の王子・アルヴィンは王都周辺地域の視察に訪れた際にオープス暗黒教団の暗黒騎士であるジーザの襲撃を受ける。護衛は全滅し、追い詰められたアルヴァンは代々口伝によって伝えられてきた転生復活の魔法でシドを蘇らせようとするが.......。
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強くてカッコイイ騎士と健気で凛々しい姫が活躍するヒロイックファンタジーという今時ちょっとありえないくらいクラシカルな物語ですが、ツボを押さえた作りになっているため、非常に読みやすくて物語世界にぐいぐいと引き込まれていきます。主人公とヒロインの絆を深めるプロセスを描くために最初はギスギスさせるといったこともなく、終始良好な関係である点も好感が持てます。物語自体は手垢がついたものであっても、設定を丁寧に構築し、語り口に淀みがないのが安定した面白さにつながっているのでしょう。終盤には感動的な展開も用意されており、思わず胸が熱くなります。ヒロイックファンタジーが好きな人にとっては安心して楽しむことのできる佳品です。
〆切前には百合が捗る(平坂読)
白川愛結は同性愛的な志向を持つ高校2年生。ある日、そのことを親友にカミングアウトしたところ、クラス全員にばらされて偏見の目にさらされることになる。親からの理解も得られずに、家を飛び出した愛結は東京の出版社に勤めている従妹の白川京を頼る。絶対家には帰りたくないという愛結に対して、京が紹介したのは人気作家である海老原ヒカリの身の回りの世話を住み込みでするという仕事だった。愛結は破天荒なヒカリに振り回されながらも、そんな日々に幸せを感じるようになっていく。一方、ヒカリも愛結に対して特別な感情が芽生えていくのを自覚するようになり.....。
百合に挟まれてる女って罪ですか(みかみてれん)
地元を取り仕切る神枝組と久利山組は長年持ちつ持たれつの間柄だったが、その関係にも次第にひずみが入り、上下関係をはっきりさせるべく抗争状態に入っていた。とはいえ、堅気には迷惑を掛けられないということで発案されたのが組員代表による7番勝負だった。飲み比べやカラオケ大会などの熾烈な戦いの末に勝負は最終決戦にもつれ込む。最後のお題は「組長の一人娘たちがターゲットを誘惑し、先に籠絡させた方が勝ち」というものだった。そして、女組長である母親に頭を下げられた神枝楓は喜んでその任を引き受けるものの、ターゲットの写真を見て怪訝な顔をする。17歳の楓はこの日のために男を落とすあらゆるテクニックを叩きこまれてきたのだが、写真に写っているのはどうみても若い女性だった。訝しがる楓に対し、組長は大事な一人娘を万が一にもキズものにするわけにはいかないから、女性のターゲットを選んだのだという。こうして神枝楓とその幼馴染である久利山火凛による女だらけのハニートラップ合戦の幕が切って落とされた。一方、ターゲットに選ばれた23歳の朝川茉優はメイド喫茶で働く元アイドルだったが、不運続きで心が弱り切っており......。
聖剣士さまの魔剣ちゃん(藤木わしろ)
青年・ケイル・シュタットは国家を守護する誉れ高き聖剣士に任命される。そして、聖剣士が所有すべき聖剣選定の儀に臨んだのだが、彼が一本の剣を引き抜くと、それは可憐な少女に姿を変えた。ケイルが選んだのは聖剣ではなく、魔剣だったのだ。その可愛らしい姿に心奪われた彼は王に向かって聖剣士の座を返上すると告げる。そして、あろうことか「この魔剣ちゃんに生涯を捧げる」と宣言するのだった。こうして、ケイルは魔剣ちゃんことリーシュ・ブルードと共に王都を離れ、辺境の地で冒険者を始めることになったのだが......。
失恋後、険悪だった幼馴染が砂糖菓子みたいに甘い(七烏未奏)
一人暮らしをしている男子高校生、沢渡悠は年上の彼女に振られ、そのショックで熱を出して寝込んでしまう。すると、ふいに隣の部屋に住む白雪心愛が訪ねてきた。彼女はずっと学校を休んでいる悠を心配して看病をしにきたのだという。だが、彼の頭の中には疑問符がよぎる。なぜなら、心愛とは元々仲の良い幼馴染ではあったものの、ここ数年来は険悪な雰囲気になっており、高校に入学してからはわずかな会話すらなかったからだ。とはいえ、立ち上がるのもおっくうな悠にはそれを断る気力すらなく、大人しく看病をしてもらうことにする。そして、その日以降、2人は再び心の距離を近づけていく。やがて、悠は心愛のことを異性として好きになっていくが......。
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失恋から始まる恋物語であり、メインヒロインの幼馴染がすごく可愛いのですが、それ以上に、わずかなページしか登場しない元カノの存在感が圧倒的です。それだけに、失恋後の喪失感が真に迫り、同時に、幼馴染との甘い触れ合いにはほっとするような暖かさを感じます。基本的には甘いラブコメではあるのですが、そこに意外と重い設定が絡んできて、絶妙なほろ苦さを醸し出しているのです。ラブコメは好きだけど甘いだけの物語には食傷気味だという人におすすめなビタースイートな傑作です。
川上稔 短編集 パワーワードのラブコメが、ハッピーエンドで五本入り(川上稔)生まれたときから人の心が読め、それが普通だと思っていたことから自然と口数が少なくなっていった無口系少女の不器用な初恋を描いた『恋知る人々』、学校で3年間幽霊を続けている全裸の少年の前にある日、彼が見える後輩が現れる『嘘でかなえる約束』、漫画家を目指している美術部員の挫折と恋の物語を綴った『未来の正直』など、5本のラブコメを収録した作品集。
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『境界線上のホライゾン』や『終わりのクロニクル』など、壮大なスケールのSFファンタジーで有名な著者によるラブコメ短編集です。読み手にしてみれば、ジャンルの違いに戸惑うかもしれませんが、ハイテンションな語り口と独特の言葉選びは相変わらずで、その手法が甘い甘いラブストーリーと妙にマッチしています。著者の持ち味を存分に活かしながらハッピーエンドの王道ラブコメにまとめているのが見事です。川上稔の作品には興味があるものの、どれも分厚くて手を出しかねているという人なら、入門編として最適ではないでしょうか。
あなたのことならなんでも知ってる私が彼女になるべきだよね(藍月要)
超絶美少女の久城紅は全国模試がいつも1位のうえに凄腕プログラマーとして荒稼ぎしているスーパー女子高生だった。自称人間嫌いの彼女は自分から他人に話しかけることは滅多になかったが、隣の席の宮代空也に対してだけは例外的に10日に1度のペースで話題をふってくる。実は、彼女は空也に恋していたのだ。初めての感情に戸惑う彼女は、いつしか自らのスキルを駆使して空也の個人情報を収集するストーカー女子と化していく。一方、人間の感情を視覚化できる能力の持ち主である空也はとっくに彼女の恋心に気が付いており......。
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過去のトラウマに苦しむ主人公とその彼をスト―キングするヤンデレヒロインというとかなりドロドロした物語を連想しがちですが、意外にも軽い語り口で、気軽に楽しめる作品に仕上がっています。なかでも、最初はクールビューティな理系女子といった佇まいで登場したのに、次第にポンコツストーカーと化していくヒロインの可愛らしさが特筆ものです。一方で、もう一人のヒロインである幼馴染の翠香も最初は天真爛漫な少女然としていたのにもかかわらず、後半で全く異なるキャラに変貌していったのには驚かされます。終盤はかなりシリアスになるものの、そこに熱い展開が待っていて大いに引き込まれていきます。2人のやばすぎるヒロインが織りなす空回りラブコメの傑作です。
いつか僕らが消えても、この物語が先輩の本棚にあったなら(永菜葉一)
無職で暴力的な父の元で灰色の人生を送っている柊海人。彼はバイトに明け暮れることでなんとか日常生活を維持していた。一方、天谷浩太は幼い頃から望むものはすべて与えられ、自身も才に恵まれていたためにバラ色の人生を送っている。そんな2人に名家のお嬢さまにして文芸部部長の神楽坂朱音は小説の素晴らしさを説く。そして、囁くのだった。「君たちのどちらかがプロデビューして私を奪ってほしい」と。こうして、海人と浩太は共にMF文庫J新人賞に挑むことになるのだが......。
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プロの作家を志したり、アマチュアでもネットを利用して自身の作品を発表したりしている人は数多くいるはずです。本作はそういった創作に携わったことのある人なら、大いに共感できる作品に仕上がっています。いかにしてプロを目指すかというノウハウの類もたっぷり語られており、勉強になります。また、ライバル同士が競い合う熱い物語としても秀逸です。しかも、決して相手を蹴落とそうとするのではなく、お互い高め合う関係として描かれている点に好感が持てます。なかには、描写が少々クサすぎると感じる人もいるかもしれませんが、その辺は好みでしょう。一方、ヒロインはおっとり系ではなく、エキセントリック系のほうの年上お姉さんなので、そういったキャラが好きな人にもおすすめです。あえて難をいうなら、ヒロイン以外の女性キャラの描写が不足気味なところですが、その辺は2巻以降に期待といったところでしょうか。
ホラー女優が天才子役に転生しました(鉄箱)
実力派ホラー女優の鶫は30歳の若さで交通事故にあって死んでしまう。気が付くと、彼女はお金持ちの御令嬢で金髪碧眼のハーフであるつぐみに転生していた。つぐみの両親は5歳とは思えない彼女の演技力を目のあたりにし、テレビドラマの子役オーディションを受けさせる。恵まれた家庭環境と天使のような容姿を得た幸運に感謝し、つぐみは誓うのだった。「今度こそハリウッド女優になってみせる」と。そして、彼女の5歳とは思えない妖艶な演技は現場の監督やスタッフを驚愕させることになるのだが.......。
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おなじみの転生ものですが、異世界ではなく現実世界の20年後に転生し、大女優を目指すという着眼点が異彩を放っています。しかも、妖艶な演技で周囲を虜にする魔性の幼女というヒロインの設定が強烈すぎです。そして、その演技シーンが情感豊かに描かれ、つぐみというキャラに説得力を持たせている点が見事です。芸能界の荒波で幼女が無双する話なので、ある意味、異世界転生俺tueee系の変奏曲といえるかもしれません。また、3人のリアル幼女を含め、他のキャラたちもいい味をだしています。過去に例のない、斬新なアイディアを見事に形にした意欲作です。
幼馴染の妹の家庭教師を始めたら(すかいふぁーむ)
藤野康貴と学年一の美少女と噂される高西愛沙は幼馴染でかつ両親も仲が良く、幼い頃はよく一緒に遊んでいたのだが、大きくなるにつれて次第に疎遠になっていった。しかも、高校で久しぶりに同じクラスになったと思えば、塩対応をされる始末だ。しかし、勉強が苦手な愛沙の妹・まなみの家庭教師を康貴がすることになったことで2人の関係に変化が見られ始め........。
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第5回カクヨムweb小説コンテストラブコメ部門特別賞受賞作。この作品の肝はヒロインの愛沙に尽きます。序盤のツンツンと後半のデレデレのギャップがとにかく可愛いのです。それに対して、天真爛漫で姉思いのまなみは可愛くはあるものの、トラブルメーカー的なところを許容できるかどうかで好き嫌いが分かれそうです。一方、主人公はこの手のラブコメにありがちな鈍感さを有している点は多少イラつかないでもありませんが、真っすぐな性格には好感が持てます。それから、ストーリーに関しては安心して読める反面、意外性がなさすぎる点に物足りなさを感じるかもしれません。ともあれ、王道的なラブコメが好きだという人には非常に満足度の高い一編だといえるでしょう。
たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして(藍藤唯)
生まれたときから有している天性の職業によって人生が決まる世界。その世界でフウタはコロッセオの最強チャンピオンとして君臨していた。だが、それにも関わらず、職業が〈無職〉であったために民衆からは蔑まれていた。しかも、自らの武を誇りとして戦うのではなく、相手と同じ武器を手にした上で叩き伏せるというやり方に対しても反感を持たれていたのだ。世間の厳しい声に疲れ果てたフウタは、八百長試合に手を染めて追放される。そして、放浪の末に王女ライラックとの邂逅を果たすのだった。第一王女ながら剣の達人でもある彼女はフウタに興味を持ち、彼を食客として招き入れるのだが......。
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落ちぶれた闘士が王女に拾われて新たな人生を切り開いていく話です。タイトルの軽いノリに反して主人公の悩みが結構深刻なのですが、最後にきちんと救われるので後味の悪さはありません。また、底の見えないところのあるヒロインも生真面目な主人公と好対照をなしていて魅力的ですし、そんな彼女が最後に本音をぶちまけるシーンは大いに心を揺さぶられます。居場所を失った青年と誰にも心を許すことの出来なかった王女が出会い、絆を結んでいく物語は非常に感動的です。一方で、本筋にはほぼ絡んでこないメイドのコローナによる軽妙なトークは読む者の心を和ませ、物語に緩急をつける役割を果たしています。ある意味、俺tueee系ではあるのですが、その中で主人公の苦悩もきっちりと描ききった異色作です。
とってもカワイイ私とつきあってよ!(三上こた)
部類のRPG好きでクラスではぼっちの陰キャラとして認識されている和泉大和はある日、クラスいちのリア充女子である七峰結朱から告白を受ける。「不本意ですが私と付き合ってください」と。話を詳しく聞くと、見た目が可愛くて人当たりも良い結朱はモテすぎて周囲からの反感を買いそうになっているので、あえてダサい男子と交際することで人間関係のいざこざを解消したいのだという。面倒事に巻き込まれるのが嫌で一度は断った大和だったが、前から欲しかったプレミアが付いているゲームソフトを交換条件に出されてしぶしぶOKしてしまうのだった。こうして2人の形だけの交際が始まったものの、超ナルシストの結朱の言動は非常にうざい。しかし、周囲を欺くためにデートを重ねていくうちに、2人の距離は次第に近づいていき.......。
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普段は猫を被っている超ナルシストのヒロインが非常にキュートな作品です。一番可愛いのは自分だと信じて疑わず、主人公を常に見下す言動自体はうざいものの、そうした態度と意外に初心な面が垣間見られるシーンとのギャップがたまりません。2人の軽妙な掛け合いも会話劇として秀逸です。また、物語としては、全くタイプの違う男女が次第に心を通わせていくというラブコメの王道がそつなく描かれており、その手の作品が好きな人は大いに楽しめるのではないでしょうか。ベタではあるものの、極めて完成度の高い佳品です。
俺は星間国家の悪徳領主(三嶋与夢)
善良さだけが取り柄の平凡な男は妻と上司に裏切られ、すべてを失ってしまう。そんな彼の前に案内人と名乗る男が現れ、星間国家のアルグランド帝国の貴族の子として転生させられるのだった。前世では善人だから損をしたのだと考えた転生者リアムは、今度は悪徳領主として生きようと決意する。だが、5歳にして彼が継がされた領地は搾取などとうていできそうもない、荒れ果てた地だった。そこで、彼は搾取をしても大丈夫なようにと、領地改革に乗り出していく。その結果、リアムは領民からの支持を集め、名君と称えられるようになり......。
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一種の勘違いコメディですが、周りが主人公のことを勘違いするだけでなく、主人公も悪徳領主の本質を勘違いしているので相乗効果でより笑える作品に仕上がっています。しかも、精一杯悪ぶっていても根が善人なので悪人になりきれない主人公が魅力的です。また、この主人公は武力でもかなりの強さを誇っているのですが、チートスキルではなく、努力によってそれを手に入れているところに好感が持てます。さらに、彼を支えるメイド・天城の可愛らしさも申し分ありません。一方で、リアムを絶望のどん底に落としたい案内人と前世でリアムが飼っていた犬との密かな戦いも気になるところです。勘違いものと俺tueee系をうまく組み合わせた傑作です。
辺境都市の育成者(七野りく)
現実でラブコメできないとだれが決めた?(初鹿野創)
長坂耕平はラノベに夢中な中学生で、ラノベの定番ともいえるラブコメ展開な恋をすることを夢見ていた。だが、彼には妹もいなければ、可愛い幼馴染もいない。アイドル的存在のクラスメイトも、ミステリアスな先輩も、人懐っこい後輩もいない。それどころか、男性の親友キャラすら存在しないのだ。こんな日常をただ漫然と過ごしていても劇的な青春イベントなど起きるはずがない。そこで彼は思い立つ。起こらないのなら自分でラブコメの舞台を作り上げるしかないと。こうして彼は高校に入学するまでの1年間、ラブコメを実現するための分析調査とラノベ主人公になりきるための反復練習をひたすら繰り返した。こうして高校入学の日を迎えた耕平だったが、現実は自分の想定通りには動いてくれず......。
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現実の世界でラブコメをするという大馬鹿な計画を大真面目に描いているところに独特の面白さがある作品です。とにかく、主人公がラブコメを実現するために行う調査&分析の徹底ぶりは読んでいるほうが唖然とするレベルであり、そこには狂気すら感じられます。ただ、それだけの情熱を傾けても現実でラブコメするなどという夢はそう簡単にかなうはずもありません。理屈倒れになって空回りばかりしているところに登場する本作のヒロイン、上野原彩乃がいい味を出しているのです。とあるきっかけで主人公の相方となり、計画をアレンジして現実的なものに落とし込んでいく敏腕ぶりに痺れます。また、2人の軽妙な掛け合いも楽しく、一方で、主人公がメインヒロインに設定した清里芽衣がとんでもない本性を隠し持っていたことが明らかになるなど、予測不可能な展開もスリリングです。これまでにない、新機軸のラブコメとして今後の展開にも期待したいところです。
オーク英雄物語 忖度列伝(理不尽な孫の手)
かつてヴァストニア大陸全土が戦場となった長い長い大戦争があった。ヒューマンとデーモンの争いが発端となったその戦争は12の種族を巻き込み、5000年以上続いたのだ。そして、一時はデーモンの英雄・ディケンズ王によって率いられた七種連合が優位に戦いを進めるも、ディケンズ王がヒューマンの王子に討たれたことによって七種連合は総崩れとなってしまう。結局、戦争はヒューマンが率いる四種連合の勝利に終わり、ようやく平和が訪れた。そんな時代、先の戦争でヒーローの称号を得たオーク族のバッシュは旅に出る。オーク族にとっては戦いで手に入れた敵の首の数と女に産ませた子供の数が何よりの勲章だった。しかし、バッシュは戦による手柄こそ圧倒的ではあったものの、実は童貞なのだ。ちなみに、オーク族は基本的に雄しか生まれないので、他種族を孕ませなければ繁殖できない。繁殖場に繋がれている奴隷を使えば童貞を捨てることは簡単だったが、それでは童貞であることがバレてしまう。つまり、今回の旅の目的は嫁を探して密かに童貞を捨てることにあったのだ。こうして、バッシュはさまざまな種族の雌たちと邂逅を果たすことになるのだが.........。
Previous⇒2020年上半期発売!おすすめライトノベル初巻限定レビュー
2020年に発売されたおすすめライトノベルの内、第1巻のみの限定レビューです。
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古き掟の魔法騎士(羊太郎)
聖王アルスルの元で無数の武勲をあげ、最強の名を残す伝説の騎士・シド。そんな彼も残虐非道の行いの末に聖王自らの手によって討たれたという。そして、1000年の月日が過ぎた。聖王アルスルの血を引くキャルバニア王国の王子・アルヴィンは王都周辺地域の視察に訪れた際にオープス暗黒教団の暗黒騎士であるジーザの襲撃を受ける。護衛は全滅し、追い詰められたアルヴァンは代々口伝によって伝えられてきた転生復活の魔法でシドを蘇らせようとするが.......。
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強くてカッコイイ騎士と健気で凛々しい姫が活躍するヒロイックファンタジーという今時ちょっとありえないくらいクラシカルな物語ですが、ツボを押さえた作りになっているため、非常に読みやすくて物語世界にぐいぐいと引き込まれていきます。主人公とヒロインの絆を深めるプロセスを描くために最初はギスギスさせるといったこともなく、終始良好な関係である点も好感が持てます。物語自体は手垢がついたものであっても、設定を丁寧に構築し、語り口に淀みがないのが安定した面白さにつながっているのでしょう。終盤には感動的な展開も用意されており、思わず胸が熱くなります。ヒロイックファンタジーが好きな人にとっては安心して楽しむことのできる佳品です。
〆切前には百合が捗る(平坂読)
白川愛結は同性愛的な志向を持つ高校2年生。ある日、そのことを親友にカミングアウトしたところ、クラス全員にばらされて偏見の目にさらされることになる。親からの理解も得られずに、家を飛び出した愛結は東京の出版社に勤めている従妹の白川京を頼る。絶対家には帰りたくないという愛結に対して、京が紹介したのは人気作家である海老原ヒカリの身の回りの世話を住み込みでするという仕事だった。愛結は破天荒なヒカリに振り回されながらも、そんな日々に幸せを感じるようになっていく。一方、ヒカリも愛結に対して特別な感情が芽生えていくのを自覚するようになり.....。
◆◆◆◆◆◆
百合をテーマにした作品は今やライトノベルでもごく普通に見かけるようになってきました。しかし、その多くはどちらかというとお気軽なもので、同性愛者であることの葛藤などはあまり描かれてきませんでした。それに対して、本作ではカミングアウトの結果、学校や家庭で居場所を失うというところから物語が始まるのがなかなか衝撃的です。その騒動が一段落してからは著者お得意の日常ラブコメが始まるわけですが、合間合間に考えさせられる内容も挿入されており、メリハリの効いた構成になっています。このギャグとシリアスの絶妙なバランスがさすが平坂読といったところです。一方、キャラクター的には、『妹さえいればいい。』のメインキャラである白川京が再登場するのがファンにとってはうれしいところではないでしょうか。さらに、でたらめな性格のヒカリと田舎育ちでピュアすぎる愛結との会話劇もいかにも著者らしい安定の面白さです。第1巻はまだまだキャラ紹介といった感じですが、これからどのように話が転がっていくのかが非常に楽しみです。
殺したガールと他殺志願者(森林梢)
高校3年生の淀川水面は自分を愛してくれる女性に殺されたいという願望を持っていた。ある日、廃ビルの屋上で佇んでいると、死神を自称する謎めいた美女が現れてその願いを叶えてあげるという。彼女が自分を殺してくれるのかと思う水面だったが、そうではなく、女の子を紹介してあげるというのだ。果たして数日後に引き合わされたのは浦見みなぎという黒髪ロングの小柄な少女だった。彼女には最愛の人を殺したいという願望があり、このままでは殺意だけが高まってどうでもいい男を殺してしまいそうなのだと彼に打ち明ける。水面にとっては願ってもない話だったが、彼の願望をかなえるためには彼自身が彼女にとって心から愛せる人間になってもらわなければならないという。そして、みなぎは水面に向かって宣言するのだった。「殺したいほど魅力的な男性にしてあげますから覚悟してください」と。
◆◆◆◆◆◆
第16回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞受賞作品。かなり重いテーマを扱いながらも、コミカルな掛け合いがその重さを打ち消してサクサクと読むことができます。ヒロインのみなぎも結構サイコでかなり口の悪い女の子ですが、言動の節々で平凡な少女の一面が垣間見える点がギャップ萌えです。歪んでいるようで歪み切れていない点に可愛らしさがあります。ちょっと風変わりなラブコメとして良くできている作品だといえるのではないでしょうか。ただ、もっとサイコでぶっ飛んだ話を期待していた人にとっては意外と無難にまとめられた結末に物足りなさを感じるかもしれません。しかし、これで終わりではなく、どうやら2巻が発売されるらしいので、その辺りは続刊に期待といったところです。
世界一かわいい俺の幼馴染が今日も可愛い(青季ふゆ)
百合をテーマにした作品は今やライトノベルでもごく普通に見かけるようになってきました。しかし、その多くはどちらかというとお気軽なもので、同性愛者であることの葛藤などはあまり描かれてきませんでした。それに対して、本作ではカミングアウトの結果、学校や家庭で居場所を失うというところから物語が始まるのがなかなか衝撃的です。その騒動が一段落してからは著者お得意の日常ラブコメが始まるわけですが、合間合間に考えさせられる内容も挿入されており、メリハリの効いた構成になっています。このギャグとシリアスの絶妙なバランスがさすが平坂読といったところです。一方、キャラクター的には、『妹さえいればいい。』のメインキャラである白川京が再登場するのがファンにとってはうれしいところではないでしょうか。さらに、でたらめな性格のヒカリと田舎育ちでピュアすぎる愛結との会話劇もいかにも著者らしい安定の面白さです。第1巻はまだまだキャラ紹介といった感じですが、これからどのように話が転がっていくのかが非常に楽しみです。
殺したガールと他殺志願者(森林梢)
高校3年生の淀川水面は自分を愛してくれる女性に殺されたいという願望を持っていた。ある日、廃ビルの屋上で佇んでいると、死神を自称する謎めいた美女が現れてその願いを叶えてあげるという。彼女が自分を殺してくれるのかと思う水面だったが、そうではなく、女の子を紹介してあげるというのだ。果たして数日後に引き合わされたのは浦見みなぎという黒髪ロングの小柄な少女だった。彼女には最愛の人を殺したいという願望があり、このままでは殺意だけが高まってどうでもいい男を殺してしまいそうなのだと彼に打ち明ける。水面にとっては願ってもない話だったが、彼の願望をかなえるためには彼自身が彼女にとって心から愛せる人間になってもらわなければならないという。そして、みなぎは水面に向かって宣言するのだった。「殺したいほど魅力的な男性にしてあげますから覚悟してください」と。
◆◆◆◆◆◆
第16回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞受賞作品。かなり重いテーマを扱いながらも、コミカルな掛け合いがその重さを打ち消してサクサクと読むことができます。ヒロインのみなぎも結構サイコでかなり口の悪い女の子ですが、言動の節々で平凡な少女の一面が垣間見える点がギャップ萌えです。歪んでいるようで歪み切れていない点に可愛らしさがあります。ちょっと風変わりなラブコメとして良くできている作品だといえるのではないでしょうか。ただ、もっとサイコでぶっ飛んだ話を期待していた人にとっては意外と無難にまとめられた結末に物足りなさを感じるかもしれません。しかし、これで終わりではなく、どうやら2巻が発売されるらしいので、その辺りは続刊に期待といったところです。
世界一かわいい俺の幼馴染が今日も可愛い(青季ふゆ)
米倉透は趣味でネット小説を書いている高校2年生。彼には浅倉凛という10年来の幼馴染がいる。透は容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀な彼女に恋心を抱いていたが、その想いを告げられずにいた。そんなある日、透はもやもやした気持ちを吐き出したくてSNS上で自分の想いをぶちまける。自分の小説の読者であるニラさんに対して自分がどれだけ幼馴染が好きかを熱く語ったのだ。「俺は幼馴染が超超超大好きなんだあああああー!!!!」と。恥ずかしすぎる台詞を見知らぬ読者にぶつけたことを後悔する透だったが、それからというもの、なぜか凛の様子が変わり始める。クールな毒舌キャラだったのに、手料理をふるまってくれたり、デートに誘ったり、ついには「私とハグしてみますか?」などと言い始め......。
◆◆◆◆◆◆
幼馴染ならではの感情の機微がよく描かれており、巷に溢れる幼馴染ものの中でもかなり上位に位置する作品です。10年来の付き合いの中で積み重ねられてきたお互いに対する想いが実に丁寧に描かれています。序盤は毒舌混じりの軽妙な掛け合いで読者を楽しませ、2人の関係から生じるさまざまな葛藤を経て爽やかなラストへと至る構成も見事です。毒舌ながら主人公にデレデレのヒロインやそんなヒロインの想いに応えようと懸命に頑張る主人公、さらには生意気で愛らしい主人公の妹など、キャラクターの魅力も申し分ありません。甘々幼馴染ものが読みたいという人には特におすすめです。
幼馴染をフッたら180度キャラがズレた(青季ふゆ)
天野照彦は12歳のときに幼馴染の月本六華から告白されるが、自分に自信が持てないこともあって彼女を振ってしまう。照彦はその直後に県外に引っ越し、六華とはそれっきりだった。ところが、それから3年が過ぎた高校入学式の日、見知らぬ美少女が照彦に向かって「いやっはー」と声をかけてくる。よく見るとそれは六華だった。オドオドした内向的な女の子だった彼女がやたらとハイテンションなギャルに変身していたのだ。とまどう照彦に対して六華は宣言する。「今度こそ私に惚れさせてみせる」と。
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お互いに相手が好きな、いわゆる両片想いものです。主人公・ヒロインとも魅力的に描かれているのですが、特にインパクト満点なのがヒロインの方です。オドオド系少女からハイテンションギャルへと変身したことによるギャップとキャラの勢いが半端なく、軽妙な掛け合いも相まって一気に物語の中に引き込まれていきます。それに、王子こと峰岸紗霧をはじめとして、サブキャラもいい味を出しており、ラブコメとして申し分のない出来です。しかし、勢いまかせのラブコメかと思っていると、後半になって意外な真相が明らかになり、思わずぐっときてしまいます。終盤には急展開も用意されており、次巻以降がどうなるかも非常に気になるところです。百合に挟まれてる女って罪ですか(みかみてれん)
地元を取り仕切る神枝組と久利山組は長年持ちつ持たれつの間柄だったが、その関係にも次第にひずみが入り、上下関係をはっきりさせるべく抗争状態に入っていた。とはいえ、堅気には迷惑を掛けられないということで発案されたのが組員代表による7番勝負だった。飲み比べやカラオケ大会などの熾烈な戦いの末に勝負は最終決戦にもつれ込む。最後のお題は「組長の一人娘たちがターゲットを誘惑し、先に籠絡させた方が勝ち」というものだった。そして、女組長である母親に頭を下げられた神枝楓は喜んでその任を引き受けるものの、ターゲットの写真を見て怪訝な顔をする。17歳の楓はこの日のために男を落とすあらゆるテクニックを叩きこまれてきたのだが、写真に写っているのはどうみても若い女性だった。訝しがる楓に対し、組長は大事な一人娘を万が一にもキズものにするわけにはいかないから、女性のターゲットを選んだのだという。こうして神枝楓とその幼馴染である久利山火凛による女だらけのハニートラップ合戦の幕が切って落とされた。一方、ターゲットに選ばれた23歳の朝川茉優はメイド喫茶で働く元アイドルだったが、不運続きで心が弱り切っており......。
◆◆◆◆◆◆
百合コメディの第一人者であるみかみてれんの新作ですが、今回も新機軸に挑戦しながらも高水準をキープしているのが見事です。魅力的なWヒロインに挟まれて翻弄される主人公という構図は男主人公のラブコメではよくあるパターンです。しかし、本作の場合は主人公があまりにもチョロすぎてどちらにも簡単になびいてしまうせいで、逆にWヒロインの方も翻弄されてしまいがちなところに独自の面白さがあります。一方で、2人の間で右往左往する主人公も可愛らしく、話のテンポが良くてサクサク読めるのも好印象です。また、茉優がターゲットに選ばれた理由や恋の決着の付け方などもよく考えられています。ただ、これといった劇的な展開があるわけではないので、ディープな百合ものを期待していると肩透かしを喰らうかもしれません。その辺りは好みが分かれるものの、みかみてれんワールドが存分に堪能できる快作であることは確かです。
百合コメディの第一人者であるみかみてれんの新作ですが、今回も新機軸に挑戦しながらも高水準をキープしているのが見事です。魅力的なWヒロインに挟まれて翻弄される主人公という構図は男主人公のラブコメではよくあるパターンです。しかし、本作の場合は主人公があまりにもチョロすぎてどちらにも簡単になびいてしまうせいで、逆にWヒロインの方も翻弄されてしまいがちなところに独自の面白さがあります。一方で、2人の間で右往左往する主人公も可愛らしく、話のテンポが良くてサクサク読めるのも好印象です。また、茉優がターゲットに選ばれた理由や恋の決着の付け方などもよく考えられています。ただ、これといった劇的な展開があるわけではないので、ディープな百合ものを期待していると肩透かしを喰らうかもしれません。その辺りは好みが分かれるものの、みかみてれんワールドが存分に堪能できる快作であることは確かです。
聖剣士さまの魔剣ちゃん(藤木わしろ)
青年・ケイル・シュタットは国家を守護する誉れ高き聖剣士に任命される。そして、聖剣士が所有すべき聖剣選定の儀に臨んだのだが、彼が一本の剣を引き抜くと、それは可憐な少女に姿を変えた。ケイルが選んだのは聖剣ではなく、魔剣だったのだ。その可愛らしい姿に心奪われた彼は王に向かって聖剣士の座を返上すると告げる。そして、あろうことか「この魔剣ちゃんに生涯を捧げる」と宣言するのだった。こうして、ケイルは魔剣ちゃんことリーシュ・ブルードと共に王都を離れ、辺境の地で冒険者を始めることになったのだが......。
◆◆◆◆◆◆
一見、王道的なヒロイックファンタジーのようですが、実際はぶっとんだ展開のお笑いファンタジーというのが正確なところです。主人公を始めとして頭のおかしなキャラが多く、ツッコミどころ満載のストーリーが紡がれていきます。一方で、魔剣ちゃんの可愛らしさも特筆ものです。素直で健気な性格なのに魔剣故に血の殺戮を求めるというギャップがたまりません。また、他の登場人物も皆キャラが立っており、テンポも良いのでさくさく読むことができます。ドタバタラブコメディとして非常に完成度の高い作品です。
現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変(二日市とふろう)
ブラック企業で低賃金労働を強いられて野垂れ死んだ女性が、大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢・桂華院瑠奈として生まれ変わる。この世界は現実の平成日本と酷似しているものの、華族制と財閥が残っており、彼女は桂華院財閥中興の祖である祖父とロシア人女性の血を引く訳あり令嬢だった。しかも、財閥の経済破綻は目の前に迫っており、このままでは破滅は免れない。瑠奈は前世の記憶を駆使して生き残りを掛けたマネーゲームに身を投じるが.......。
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悪役令嬢ものは数あれど、舞台が中世ヨーロッパ風ではなくて現代日本のパラレルワールドというのは珍しいのではないでしょうか。しかも、イケメンとの恋の鞘当という定番展開もあるにはありますが、それは表面的なものにすぎず、主題となっているのはもうひとつの平成日本を舞台にした経済ドラマです。もちろん、ラスボスは乙女ゲームのヒロインでもモンスターでもありません。倒すべき敵はリーマンショックなのです。かなり本格的に経済について言及しており、とてもラノベとは思えないほどですが、堅苦しさを感じさせない軽い語り口で綴られているので経済に詳しくない人でも楽しく読める仕様になっています。2巻以降の展開も楽しみな異色傑作です。
小国キャンパスフェローは決して豊かとはいえないものの、善良な領民たちが穏やかに暮らす平和な国だった。だが、その平和が破られようとしている。王国アメリアの女王が多くの魔術師を独占し、圧倒的な力を背景に領土拡大を続けていたのだ。このままではキャンパスフェローが蹂躙されるのは目に見えている。そこで、領主のバド・グレースは一か八かの奇策に打って出る。大陸全土に散らばる凶悪な魔女を集め、王国アメリアに対抗しようというのだ。そして、まず目を付けたのが隣国のレーヴェだった。レーヴェでは王を誘惑して王妃の座に就こうとしていた鏡の魔女が正体を暴かれて拘束されており、バドはその身柄を譲り受けるべく、従者を引き連れて旅立つ。そして、その一行の中にはあらゆる殺人術を叩きこまれた暗殺者の少年・通称”黒犬”の姿があった......。
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本作を読み始めると、凡百のラノベファンタジーとは異なり、かなり本格的に中世風の世界観を構築している点に気付かされます。昨今のラノベにありがちな、世界観は出来合いのもので間に合わせてキャラクターの魅力だけに力を注いでいるのとは異なり、世界そのものの息遣いが感じられる点に心惹かれるのです。物語としても三国の思惑が交錯し、虚実が入り混じりながら事態が二転三転するさまは非常に読み応えがあります。ただ、その反面、今風のテンポよく話が進むラノベを読み慣れている読者にとっては前半の展開が重厚すぎて起伏に乏しく、少々退屈かもしれません。しかし、中盤を過ぎると物語は一気に動き出し、謀略・虐殺・戦闘といった具合に怒涛の展開をみせます。この辺りはまさに息つく暇もない面白さです。また、陰鬱とした雰囲気の中で主要人物と思われたキャラが容赦なく死んでいくという、ダークファンタジーの王道といった作品なので、その手の作品が好きな人には特におすすめです。
僕の軍師は、スカートが短すぎる(七条剛)
ブラック企業に勤める史樹は頼みごとが断れない性格が災いし、連日夜遅くまで残業を続けていた。そんな彼の前に現れたのがお腹を空かせた女子高生・穂春だった。彼女は助けてくれたお礼にと、史樹の抱えていたトラブルをたちどころに解決してしまう。そして、そのことがきっかけで彼女は史樹と同居を始めることになる。身を寄せる場所を探していた穂春に対して、なんとか定時に帰りたい史樹は衣食住を提供する代わりに彼女のアドバイスを頼ることにするが.......。
一見、王道的なヒロイックファンタジーのようですが、実際はぶっとんだ展開のお笑いファンタジーというのが正確なところです。主人公を始めとして頭のおかしなキャラが多く、ツッコミどころ満載のストーリーが紡がれていきます。一方で、魔剣ちゃんの可愛らしさも特筆ものです。素直で健気な性格なのに魔剣故に血の殺戮を求めるというギャップがたまりません。また、他の登場人物も皆キャラが立っており、テンポも良いのでさくさく読むことができます。ドタバタラブコメディとして非常に完成度の高い作品です。
現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変(二日市とふろう)
ブラック企業で低賃金労働を強いられて野垂れ死んだ女性が、大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢・桂華院瑠奈として生まれ変わる。この世界は現実の平成日本と酷似しているものの、華族制と財閥が残っており、彼女は桂華院財閥中興の祖である祖父とロシア人女性の血を引く訳あり令嬢だった。しかも、財閥の経済破綻は目の前に迫っており、このままでは破滅は免れない。瑠奈は前世の記憶を駆使して生き残りを掛けたマネーゲームに身を投じるが.......。
◆◆◆◆◆◆
悪役令嬢ものは数あれど、舞台が中世ヨーロッパ風ではなくて現代日本のパラレルワールドというのは珍しいのではないでしょうか。しかも、イケメンとの恋の鞘当という定番展開もあるにはありますが、それは表面的なものにすぎず、主題となっているのはもうひとつの平成日本を舞台にした経済ドラマです。もちろん、ラスボスは乙女ゲームのヒロインでもモンスターでもありません。倒すべき敵はリーマンショックなのです。かなり本格的に経済について言及しており、とてもラノベとは思えないほどですが、堅苦しさを感じさせない軽い語り口で綴られているので経済に詳しくない人でも楽しく読める仕様になっています。2巻以降の展開も楽しみな異色傑作です。
魔女と猟犬(カミツキレイニー)
小国キャンパスフェローは決して豊かとはいえないものの、善良な領民たちが穏やかに暮らす平和な国だった。だが、その平和が破られようとしている。王国アメリアの女王が多くの魔術師を独占し、圧倒的な力を背景に領土拡大を続けていたのだ。このままではキャンパスフェローが蹂躙されるのは目に見えている。そこで、領主のバド・グレースは一か八かの奇策に打って出る。大陸全土に散らばる凶悪な魔女を集め、王国アメリアに対抗しようというのだ。そして、まず目を付けたのが隣国のレーヴェだった。レーヴェでは王を誘惑して王妃の座に就こうとしていた鏡の魔女が正体を暴かれて拘束されており、バドはその身柄を譲り受けるべく、従者を引き連れて旅立つ。そして、その一行の中にはあらゆる殺人術を叩きこまれた暗殺者の少年・通称”黒犬”の姿があった......。
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本作を読み始めると、凡百のラノベファンタジーとは異なり、かなり本格的に中世風の世界観を構築している点に気付かされます。昨今のラノベにありがちな、世界観は出来合いのもので間に合わせてキャラクターの魅力だけに力を注いでいるのとは異なり、世界そのものの息遣いが感じられる点に心惹かれるのです。物語としても三国の思惑が交錯し、虚実が入り混じりながら事態が二転三転するさまは非常に読み応えがあります。ただ、その反面、今風のテンポよく話が進むラノベを読み慣れている読者にとっては前半の展開が重厚すぎて起伏に乏しく、少々退屈かもしれません。しかし、中盤を過ぎると物語は一気に動き出し、謀略・虐殺・戦闘といった具合に怒涛の展開をみせます。この辺りはまさに息つく暇もない面白さです。また、陰鬱とした雰囲気の中で主要人物と思われたキャラが容赦なく死んでいくという、ダークファンタジーの王道といった作品なので、その手の作品が好きな人には特におすすめです。
僕の軍師は、スカートが短すぎる(七条剛)
ブラック企業に勤める史樹は頼みごとが断れない性格が災いし、連日夜遅くまで残業を続けていた。そんな彼の前に現れたのがお腹を空かせた女子高生・穂春だった。彼女は助けてくれたお礼にと、史樹の抱えていたトラブルをたちどころに解決してしまう。そして、そのことがきっかけで彼女は史樹と同居を始めることになる。身を寄せる場所を探していた穂春に対して、なんとか定時に帰りたい史樹は衣食住を提供する代わりに彼女のアドバイスを頼ることにするが.......。
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主人公がブラック企業に勤めているのは昨今のラノベではよくあるパターンですが、それを異世界転生で逃げるのではなく、美少女軍師のアドバイスによって現実を変えていくという展開が新鮮でした。なんといっても、最大の読みどころはヒロインの軍師っぷりで、心理学などの理論を駆使し、話術や交渉術を叩きこんで主人公をどんどん変えていくプロセスには思わず引き込まれます。女子高生を拾う系のラノベにしては中身は意外に硬派なお仕事小説といった印象です。また、後半にはヒロインに教えられたノウハウを用いて、逆にヒロインのピンチを主人公が救うという熱い展開もあります。頭が良くてキュートなヒロインと、成長してどんどんかっこよくなる主人公の魅力も申し分ありません。ラノベだけに少々ご都合主義な部分はなきにしもあらずですが、話のテンポが良く、爽やかな読後感が味わえる快作です。
君が、仲間を殺した数(有象利路)
塔と呼ばれるその建築物がいつから建っているのかは誰も知らなかった。ただ、塔がもたらす恩恵によって周囲の街が発展していったことはまぎれもない事実である。そして、いつしか昇降者と呼ばれる人々が富と名声を求めて塔に挑むようになっていた。昇降者たちはギルドを形成し、そのなかから数名のパーティを選んで塔に挑んでいたが、男は卓越した技能を持ち合わせているにも関わらず、ギルドに所属していなかった。あるとき、男はギルドの頭目であるアツギに仲間にしてほしい旨を告げ、実力を見せるために彼と一緒に塔の三階層へと挑む。だが、塔から戻ってきたのは男だけであり、しかも、アツギの存在自体が人々の記憶から消え去ってしまっていたのだ。一体男は何者なのか?
◆◆◆◆◆◆
作者は、あの『賢勇者シコルスキ・ジーライフシリーズ』で暴走の限りを尽くした有象利路ですが、そんな彼が本作を一分のおふざけすら入る余地のない圧倒的なダークファンタジーに仕上げています。前作との振り幅があまりにも大きすぎて続けて読むとめまいを起こしてしまいそうです。ちなみに、主人公の仲間たちはみな魅力的ではあるものの、冒頭で行く末が予想できるため、楽しげな場面ですら物悲しく感じてしまいます。その辺りもダークファンタジーとしてよくできており、さらに、伏線を張り巡らせたうえで、物語を悲劇的なクライマックスへと向けて収斂させていく手管も見事です。序章でありながら、本巻だけでも一つの物語としてきれいに完結しているこのシリーズが今後どのような方向へと進んでいくのかが気になるところです。
主人公がブラック企業に勤めているのは昨今のラノベではよくあるパターンですが、それを異世界転生で逃げるのではなく、美少女軍師のアドバイスによって現実を変えていくという展開が新鮮でした。なんといっても、最大の読みどころはヒロインの軍師っぷりで、心理学などの理論を駆使し、話術や交渉術を叩きこんで主人公をどんどん変えていくプロセスには思わず引き込まれます。女子高生を拾う系のラノベにしては中身は意外に硬派なお仕事小説といった印象です。また、後半にはヒロインに教えられたノウハウを用いて、逆にヒロインのピンチを主人公が救うという熱い展開もあります。頭が良くてキュートなヒロインと、成長してどんどんかっこよくなる主人公の魅力も申し分ありません。ラノベだけに少々ご都合主義な部分はなきにしもあらずですが、話のテンポが良く、爽やかな読後感が味わえる快作です。
君が、仲間を殺した数(有象利路)
塔と呼ばれるその建築物がいつから建っているのかは誰も知らなかった。ただ、塔がもたらす恩恵によって周囲の街が発展していったことはまぎれもない事実である。そして、いつしか昇降者と呼ばれる人々が富と名声を求めて塔に挑むようになっていた。昇降者たちはギルドを形成し、そのなかから数名のパーティを選んで塔に挑んでいたが、男は卓越した技能を持ち合わせているにも関わらず、ギルドに所属していなかった。あるとき、男はギルドの頭目であるアツギに仲間にしてほしい旨を告げ、実力を見せるために彼と一緒に塔の三階層へと挑む。だが、塔から戻ってきたのは男だけであり、しかも、アツギの存在自体が人々の記憶から消え去ってしまっていたのだ。一体男は何者なのか?
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作者は、あの『賢勇者シコルスキ・ジーライフシリーズ』で暴走の限りを尽くした有象利路ですが、そんな彼が本作を一分のおふざけすら入る余地のない圧倒的なダークファンタジーに仕上げています。前作との振り幅があまりにも大きすぎて続けて読むとめまいを起こしてしまいそうです。ちなみに、主人公の仲間たちはみな魅力的ではあるものの、冒頭で行く末が予想できるため、楽しげな場面ですら物悲しく感じてしまいます。その辺りもダークファンタジーとしてよくできており、さらに、伏線を張り巡らせたうえで、物語を悲劇的なクライマックスへと向けて収斂させていく手管も見事です。序章でありながら、本巻だけでも一つの物語としてきれいに完結しているこのシリーズが今後どのような方向へと進んでいくのかが気になるところです。
失恋後、険悪だった幼馴染が砂糖菓子みたいに甘い(七烏未奏)
一人暮らしをしている男子高校生、沢渡悠は年上の彼女に振られ、そのショックで熱を出して寝込んでしまう。すると、ふいに隣の部屋に住む白雪心愛が訪ねてきた。彼女はずっと学校を休んでいる悠を心配して看病をしにきたのだという。だが、彼の頭の中には疑問符がよぎる。なぜなら、心愛とは元々仲の良い幼馴染ではあったものの、ここ数年来は険悪な雰囲気になっており、高校に入学してからはわずかな会話すらなかったからだ。とはいえ、立ち上がるのもおっくうな悠にはそれを断る気力すらなく、大人しく看病をしてもらうことにする。そして、その日以降、2人は再び心の距離を近づけていく。やがて、悠は心愛のことを異性として好きになっていくが......。
◆◆◆◆◆◆
失恋から始まる恋物語であり、メインヒロインの幼馴染がすごく可愛いのですが、それ以上に、わずかなページしか登場しない元カノの存在感が圧倒的です。それだけに、失恋後の喪失感が真に迫り、同時に、幼馴染との甘い触れ合いにはほっとするような暖かさを感じます。基本的には甘いラブコメではあるのですが、そこに意外と重い設定が絡んできて、絶妙なほろ苦さを醸し出しているのです。ラブコメは好きだけど甘いだけの物語には食傷気味だという人におすすめなビタースイートな傑作です。
氷の令嬢の溶かし方(高峰翔)
高校1年の氷室冬華は容姿端麗、文武両道、品行方正の完璧超人ながらも心を閉ざして他人を寄せ付けないところから、いつしか氷の令嬢と呼ばれるようになっていた。ちなみに、令嬢とは周囲の勝手なイメージであり、別に大金持ちのお嬢様というわけではない。一方、ぶっきらぼうながらも世話焼きな性格の火神朝陽は偶然、同級生の冬華とマンションの隣室同士になるが、それ以上の接点があるわけではなかった。ところが、ある日、熱を出して倒れた冬華を介抱したところ、朝陽は彼女の意外な面を知ることになる。そして、そのことがきっかけとなり、2人は徐々に距離を縮めていくが.....。
高校1年の氷室冬華は容姿端麗、文武両道、品行方正の完璧超人ながらも心を閉ざして他人を寄せ付けないところから、いつしか氷の令嬢と呼ばれるようになっていた。ちなみに、令嬢とは周囲の勝手なイメージであり、別に大金持ちのお嬢様というわけではない。一方、ぶっきらぼうながらも世話焼きな性格の火神朝陽は偶然、同級生の冬華とマンションの隣室同士になるが、それ以上の接点があるわけではなかった。ところが、ある日、熱を出して倒れた冬華を介抱したところ、朝陽は彼女の意外な面を知ることになる。そして、そのことがきっかけとなり、2人は徐々に距離を縮めていくが.....。
◆◆◆◆◆◆
第8回ネット小説大賞受賞作品。隣人同士の男女が仲良くなっていく系の物語も最近多くなってきましたが、本作の場合は仲良くなるまでのプロセスが丁寧に描かれており、関係性が徐々に変わってくるディテールの細やかさに惹かれるものがあります。それに、交流を深めるにつれてどんどん可愛らしくなっていくヒロインが魅力的です。完璧超人に見えて実際はかなりポンコツだったというそのギャップがたまりません。一方、大人びた性格ながらも時折、高校生らしい一面を見せる主人公にも好感が持てます。そんな2人の関係は未だ途上で、次巻以降どんな展開が待っているのかが気になるところです。
美少女と距離を置く方法(丸深まろやか)
楠葉廉には友達がいない。友達ができないのではない。人付き合いが煩わしくてあえて友達を作らないのだ。そんな彼が体育館の裏でぼんやりしていると、同級生の橘理華が男子生徒に告白されている現場に出くわす。理華は申し出をきっぱりと断ってその場から立ち去ろうとするも、男子生徒はしつこく食い下がり、ついには腕力に訴えようとし始めた。人と関わり合いになるのを避けてきた廉もこれを見て見ぬふりはできず、とっさに彼女を助けてしまう。とはいえ、彼女とはその場限りの関係のはずだった。しかし、翌日彼女が教室を訪ねてきて何かお礼をしたいと言い始めたのだ。廉は「そんなものはいらない」と拒絶するが、理華は「そういうわけにはいかない」と一歩も引かない。そこでしかたなく、明日の昼飯を奢ってほしいといったところ、彼女は弁当を作ってきて人気のない場所で一緒に食べようと提案する。こうして接点を持った2人はその後も何かと行動を共にするようになり、お互いの距離を縮めていくが.......。
◆◆◆◆◆◆
人との付き合いを避けてきた者同士の不器用な恋愛が非常にもどかしくも愛らしく思える作品です。ぼっち主人公というのはよくあるパターンですが、ヒロインもぼっちなクール美女という組み合わせが新鮮です。また、最初はクールに見えたヒロインも主人公と仲良くなっていくにつれて怖がったり恥じらったりといった表情を見せるようになり、どんどん可愛らしくなっていきます。しかも、2人の親密度が高まっていくプロセスが丁寧に描かれているので、ラブコメ好きな人にとってはかなり魅力的な作品だといえるのではないでしょうか。終盤が近付くにつれてラブコメ度がどんどん高くなり、2人の関係が甘々になっていく構成もグッドです。
経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。(長岡マキ子)
高校2年の白河月愛(しらかわ・るな)は華やかな雰囲気を纏った学年一の美少女で、クラスメイトの加島龍斗にとっては憧れの存在だった。話によると、彼女はエッチが大好きで一人の男では満足できずに次々と彼氏を取り換えているという。そんな噂に男子生徒たちは色めき立ち、自分にもワンチャンあるかもと果敢にアタックをかけていたが、龍斗はその中に加わる気はなかった。なぜなら、彼は自分が陰キャラであることを自覚しており、太陽のような彼女とはとうてい釣り合いが取れるとは思えなかったからだ。ところが、ある日、友人たちに強制された罰ゲームで月愛に告白しなければならなくなってしまう。しかたなく、玉砕前提で月愛に告白する龍斗だったが、彼女は今フリーだという理由だけであっさりとOKする。実際に交際を始めてみると、お互い何もかも違うことに戸惑いを感じつつも、次第に心を通わせていき......。
◆◆◆◆◆◆
学園一の美少女と陰キャラの主人公が愛を育んでいくという昨今のラノベではあまりにも定番すぎる物語です。しかし、ディテールが丁寧に描かれており、同種の作品のなかでは頭一つ抜き出た存在となっています。ヒロインが主人公の不器用ながら誠実な面に惹かれていくプロセスにも説得力がありますし、何よりビッチなギャルである彼女が主人公を本当に好きになっていくにつれて、恥ずかしがったり泣いたりといった意外な表情を見せるようになるという、そのギャップがたまりません。また、一見頼りなげにみえながらも、いざとなると懸命に彼女を守ろうとする主人公の姿にもぐっとくるものがあります。終盤には気になる展開も用意されており、続刊の発売が非常に楽しみです。
わたし以外とのラブコメは許さないんだからね(羽場楽人)
第8回ネット小説大賞受賞作品。隣人同士の男女が仲良くなっていく系の物語も最近多くなってきましたが、本作の場合は仲良くなるまでのプロセスが丁寧に描かれており、関係性が徐々に変わってくるディテールの細やかさに惹かれるものがあります。それに、交流を深めるにつれてどんどん可愛らしくなっていくヒロインが魅力的です。完璧超人に見えて実際はかなりポンコツだったというそのギャップがたまりません。一方、大人びた性格ながらも時折、高校生らしい一面を見せる主人公にも好感が持てます。そんな2人の関係は未だ途上で、次巻以降どんな展開が待っているのかが気になるところです。
美少女と距離を置く方法(丸深まろやか)
楠葉廉には友達がいない。友達ができないのではない。人付き合いが煩わしくてあえて友達を作らないのだ。そんな彼が体育館の裏でぼんやりしていると、同級生の橘理華が男子生徒に告白されている現場に出くわす。理華は申し出をきっぱりと断ってその場から立ち去ろうとするも、男子生徒はしつこく食い下がり、ついには腕力に訴えようとし始めた。人と関わり合いになるのを避けてきた廉もこれを見て見ぬふりはできず、とっさに彼女を助けてしまう。とはいえ、彼女とはその場限りの関係のはずだった。しかし、翌日彼女が教室を訪ねてきて何かお礼をしたいと言い始めたのだ。廉は「そんなものはいらない」と拒絶するが、理華は「そういうわけにはいかない」と一歩も引かない。そこでしかたなく、明日の昼飯を奢ってほしいといったところ、彼女は弁当を作ってきて人気のない場所で一緒に食べようと提案する。こうして接点を持った2人はその後も何かと行動を共にするようになり、お互いの距離を縮めていくが.......。
◆◆◆◆◆◆
人との付き合いを避けてきた者同士の不器用な恋愛が非常にもどかしくも愛らしく思える作品です。ぼっち主人公というのはよくあるパターンですが、ヒロインもぼっちなクール美女という組み合わせが新鮮です。また、最初はクールに見えたヒロインも主人公と仲良くなっていくにつれて怖がったり恥じらったりといった表情を見せるようになり、どんどん可愛らしくなっていきます。しかも、2人の親密度が高まっていくプロセスが丁寧に描かれているので、ラブコメ好きな人にとってはかなり魅力的な作品だといえるのではないでしょうか。終盤が近付くにつれてラブコメ度がどんどん高くなり、2人の関係が甘々になっていく構成もグッドです。
経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。(長岡マキ子)
高校2年の白河月愛(しらかわ・るな)は華やかな雰囲気を纏った学年一の美少女で、クラスメイトの加島龍斗にとっては憧れの存在だった。話によると、彼女はエッチが大好きで一人の男では満足できずに次々と彼氏を取り換えているという。そんな噂に男子生徒たちは色めき立ち、自分にもワンチャンあるかもと果敢にアタックをかけていたが、龍斗はその中に加わる気はなかった。なぜなら、彼は自分が陰キャラであることを自覚しており、太陽のような彼女とはとうてい釣り合いが取れるとは思えなかったからだ。ところが、ある日、友人たちに強制された罰ゲームで月愛に告白しなければならなくなってしまう。しかたなく、玉砕前提で月愛に告白する龍斗だったが、彼女は今フリーだという理由だけであっさりとOKする。実際に交際を始めてみると、お互い何もかも違うことに戸惑いを感じつつも、次第に心を通わせていき......。
◆◆◆◆◆◆
学園一の美少女と陰キャラの主人公が愛を育んでいくという昨今のラノベではあまりにも定番すぎる物語です。しかし、ディテールが丁寧に描かれており、同種の作品のなかでは頭一つ抜き出た存在となっています。ヒロインが主人公の不器用ながら誠実な面に惹かれていくプロセスにも説得力がありますし、何よりビッチなギャルである彼女が主人公を本当に好きになっていくにつれて、恥ずかしがったり泣いたりといった意外な表情を見せるようになるという、そのギャップがたまりません。また、一見頼りなげにみえながらも、いざとなると懸命に彼女を守ろうとする主人公の姿にもぐっとくるものがあります。終盤には気になる展開も用意されており、続刊の発売が非常に楽しみです。
わたし以外とのラブコメは許さないんだからね(羽場楽人)
有坂ヨルカは学年一の美少女だが、人間不信気味で他人を寄せ付けないところがあった。同じクラスの瀬名希墨はそんな彼女に恋をし、高校1年の最終日に思い切って告白する。すると、意外なことに彼女も以前から希墨のことが好きだったというのだ。こうしてめでたくカップルになった2人だったが、ヨルカは周囲の人に冷やかされるのが恥ずかしいから、他の人には交際していることは内緒にしてほしいという。それから、秘密の関係ながらも熱々カップルな日々が続く。しかし、そんな彼らに恋敵が現れて.......。
◆◆◆◆◆◆
カップル成立の段階からスタートするラブコメですが、ヒロインの面倒くさい性格ゆえの可愛らしさがたまりません。また、主人公も、定番といえる取り柄のない非モテ男子ではなく、そこそこ女子からの人気があるという設定が物語をより面白くしています。恋のライバルが現れ、ヒロインが嫉妬することになるのですが、その嫉妬さえもが可愛いのです。さらに、単なるイチャコメではなく、2人の成長物語としても読み応えがあります。作品として独創的な何かがあるわけではないものの、王道ラブコメとして十二分に満足できる傑作です。
虎木由良は現代日本でひっそりと生きる吸血鬼。太陽の光を浴びると灰になってしまい、復活まで時間がかかるので仕事はずっと深夜のコンビニバイトを続けている。ある日、バイトの帰り道で女が男たちに絡まれる場面に出くわし、彼女を助けたところ、男の一人は吸血鬼で女性はファントム狩りの組織に所属する白人のシスターだった。吸血鬼は小物だったが、シスター・アイリスは男性恐怖症(人間限定)だったために、吸血鬼に操られていた人間の男性にびびって苦戦していたというのだ。このままでは組織からお払い箱になりかねないということで、英国から赴任してきたばかりのアイリスは由良を強引に彼女の協力者にしようとする。おまけに、男性恐怖症でまともに住む部屋も探せないアイリスは由良の部屋に転がり込む。こうして、2人の奇妙な共同生活が始まるが......。
◆◆◆◆◆◆
魔王が飲食店で働く『はたらく魔王さま!』に続く和ヶ原聡司の新作は、吸血鬼が深夜のコンビニで働く『ドラキュラやきん!』です。シチュエーションは似ていますが、最強の魔王様に対して本作の主人公は基本的には強いのだけれど日光を浴びると速攻で灰になってしまう、日中は激しい眠りに襲われるなど、弱点が多いことで差別化が図られています。そして、なにより、ポンコツシスターの可愛らしさが最高です。ファントムとの闘いでは有能なのに、日常生活では役立たずで人間の男性にビビりまくるというギャップがたまりません。そんな彼女と主人公との掛け合いも楽しく読むことができます。他のキャラも魅力的で、今後の展開にも期待できる佳品です。
川上稔 短編集 パワーワードのラブコメが、ハッピーエンドで五本入り(川上稔)
◆◆◆◆◆◆
『境界線上のホライゾン』や『終わりのクロニクル』など、壮大なスケールのSFファンタジーで有名な著者によるラブコメ短編集です。読み手にしてみれば、ジャンルの違いに戸惑うかもしれませんが、ハイテンションな語り口と独特の言葉選びは相変わらずで、その手法が甘い甘いラブストーリーと妙にマッチしています。著者の持ち味を存分に活かしながらハッピーエンドの王道ラブコメにまとめているのが見事です。川上稔の作品には興味があるものの、どれも分厚くて手を出しかねているという人なら、入門編として最適ではないでしょうか。
あなたのことならなんでも知ってる私が彼女になるべきだよね(藍月要)
超絶美少女の久城紅は全国模試がいつも1位のうえに凄腕プログラマーとして荒稼ぎしているスーパー女子高生だった。自称人間嫌いの彼女は自分から他人に話しかけることは滅多になかったが、隣の席の宮代空也に対してだけは例外的に10日に1度のペースで話題をふってくる。実は、彼女は空也に恋していたのだ。初めての感情に戸惑う彼女は、いつしか自らのスキルを駆使して空也の個人情報を収集するストーカー女子と化していく。一方、人間の感情を視覚化できる能力の持ち主である空也はとっくに彼女の恋心に気が付いており......。
◆◆◆◆◆◆
過去のトラウマに苦しむ主人公とその彼をスト―キングするヤンデレヒロインというとかなりドロドロした物語を連想しがちですが、意外にも軽い語り口で、気軽に楽しめる作品に仕上がっています。なかでも、最初はクールビューティな理系女子といった佇まいで登場したのに、次第にポンコツストーカーと化していくヒロインの可愛らしさが特筆ものです。一方で、もう一人のヒロインである幼馴染の翠香も最初は天真爛漫な少女然としていたのにもかかわらず、後半で全く異なるキャラに変貌していったのには驚かされます。終盤はかなりシリアスになるものの、そこに熱い展開が待っていて大いに引き込まれていきます。2人のやばすぎるヒロインが織りなす空回りラブコメの傑作です。
いつか僕らが消えても、この物語が先輩の本棚にあったなら(永菜葉一)
無職で暴力的な父の元で灰色の人生を送っている柊海人。彼はバイトに明け暮れることでなんとか日常生活を維持していた。一方、天谷浩太は幼い頃から望むものはすべて与えられ、自身も才に恵まれていたためにバラ色の人生を送っている。そんな2人に名家のお嬢さまにして文芸部部長の神楽坂朱音は小説の素晴らしさを説く。そして、囁くのだった。「君たちのどちらかがプロデビューして私を奪ってほしい」と。こうして、海人と浩太は共にMF文庫J新人賞に挑むことになるのだが......。
◆◆◆◆◆◆
プロの作家を志したり、アマチュアでもネットを利用して自身の作品を発表したりしている人は数多くいるはずです。本作はそういった創作に携わったことのある人なら、大いに共感できる作品に仕上がっています。いかにしてプロを目指すかというノウハウの類もたっぷり語られており、勉強になります。また、ライバル同士が競い合う熱い物語としても秀逸です。しかも、決して相手を蹴落とそうとするのではなく、お互い高め合う関係として描かれている点に好感が持てます。なかには、描写が少々クサすぎると感じる人もいるかもしれませんが、その辺は好みでしょう。一方、ヒロインはおっとり系ではなく、エキセントリック系のほうの年上お姉さんなので、そういったキャラが好きな人にもおすすめです。あえて難をいうなら、ヒロイン以外の女性キャラの描写が不足気味なところですが、その辺は2巻以降に期待といったところでしょうか。
ホラー女優が天才子役に転生しました(鉄箱)
実力派ホラー女優の鶫は30歳の若さで交通事故にあって死んでしまう。気が付くと、彼女はお金持ちの御令嬢で金髪碧眼のハーフであるつぐみに転生していた。つぐみの両親は5歳とは思えない彼女の演技力を目のあたりにし、テレビドラマの子役オーディションを受けさせる。恵まれた家庭環境と天使のような容姿を得た幸運に感謝し、つぐみは誓うのだった。「今度こそハリウッド女優になってみせる」と。そして、彼女の5歳とは思えない妖艶な演技は現場の監督やスタッフを驚愕させることになるのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
おなじみの転生ものですが、異世界ではなく現実世界の20年後に転生し、大女優を目指すという着眼点が異彩を放っています。しかも、妖艶な演技で周囲を虜にする魔性の幼女というヒロインの設定が強烈すぎです。そして、その演技シーンが情感豊かに描かれ、つぐみというキャラに説得力を持たせている点が見事です。芸能界の荒波で幼女が無双する話なので、ある意味、異世界転生俺tueee系の変奏曲といえるかもしれません。また、3人のリアル幼女を含め、他のキャラたちもいい味をだしています。過去に例のない、斬新なアイディアを見事に形にした意欲作です。
幼馴染の妹の家庭教師を始めたら(すかいふぁーむ)
藤野康貴と学年一の美少女と噂される高西愛沙は幼馴染でかつ両親も仲が良く、幼い頃はよく一緒に遊んでいたのだが、大きくなるにつれて次第に疎遠になっていった。しかも、高校で久しぶりに同じクラスになったと思えば、塩対応をされる始末だ。しかし、勉強が苦手な愛沙の妹・まなみの家庭教師を康貴がすることになったことで2人の関係に変化が見られ始め........。
◆◆◆◆◆◆
第5回カクヨムweb小説コンテストラブコメ部門特別賞受賞作。この作品の肝はヒロインの愛沙に尽きます。序盤のツンツンと後半のデレデレのギャップがとにかく可愛いのです。それに対して、天真爛漫で姉思いのまなみは可愛くはあるものの、トラブルメーカー的なところを許容できるかどうかで好き嫌いが分かれそうです。一方、主人公はこの手のラブコメにありがちな鈍感さを有している点は多少イラつかないでもありませんが、真っすぐな性格には好感が持てます。それから、ストーリーに関しては安心して読める反面、意外性がなさすぎる点に物足りなさを感じるかもしれません。ともあれ、王道的なラブコメが好きだという人には非常に満足度の高い一編だといえるでしょう。
たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして(藍藤唯)
生まれたときから有している天性の職業によって人生が決まる世界。その世界でフウタはコロッセオの最強チャンピオンとして君臨していた。だが、それにも関わらず、職業が〈無職〉であったために民衆からは蔑まれていた。しかも、自らの武を誇りとして戦うのではなく、相手と同じ武器を手にした上で叩き伏せるというやり方に対しても反感を持たれていたのだ。世間の厳しい声に疲れ果てたフウタは、八百長試合に手を染めて追放される。そして、放浪の末に王女ライラックとの邂逅を果たすのだった。第一王女ながら剣の達人でもある彼女はフウタに興味を持ち、彼を食客として招き入れるのだが......。
◆◆◆◆◆◆
落ちぶれた闘士が王女に拾われて新たな人生を切り開いていく話です。タイトルの軽いノリに反して主人公の悩みが結構深刻なのですが、最後にきちんと救われるので後味の悪さはありません。また、底の見えないところのあるヒロインも生真面目な主人公と好対照をなしていて魅力的ですし、そんな彼女が最後に本音をぶちまけるシーンは大いに心を揺さぶられます。居場所を失った青年と誰にも心を許すことの出来なかった王女が出会い、絆を結んでいく物語は非常に感動的です。一方で、本筋にはほぼ絡んでこないメイドのコローナによる軽妙なトークは読む者の心を和ませ、物語に緩急をつける役割を果たしています。ある意味、俺tueee系ではあるのですが、その中で主人公の苦悩もきっちりと描ききった異色作です。
とってもカワイイ私とつきあってよ!(三上こた)
部類のRPG好きでクラスではぼっちの陰キャラとして認識されている和泉大和はある日、クラスいちのリア充女子である七峰結朱から告白を受ける。「不本意ですが私と付き合ってください」と。話を詳しく聞くと、見た目が可愛くて人当たりも良い結朱はモテすぎて周囲からの反感を買いそうになっているので、あえてダサい男子と交際することで人間関係のいざこざを解消したいのだという。面倒事に巻き込まれるのが嫌で一度は断った大和だったが、前から欲しかったプレミアが付いているゲームソフトを交換条件に出されてしぶしぶOKしてしまうのだった。こうして2人の形だけの交際が始まったものの、超ナルシストの結朱の言動は非常にうざい。しかし、周囲を欺くためにデートを重ねていくうちに、2人の距離は次第に近づいていき.......。
◆◆◆◆◆◆
普段は猫を被っている超ナルシストのヒロインが非常にキュートな作品です。一番可愛いのは自分だと信じて疑わず、主人公を常に見下す言動自体はうざいものの、そうした態度と意外に初心な面が垣間見られるシーンとのギャップがたまりません。2人の軽妙な掛け合いも会話劇として秀逸です。また、物語としては、全くタイプの違う男女が次第に心を通わせていくというラブコメの王道がそつなく描かれており、その手の作品が好きな人は大いに楽しめるのではないでしょうか。ベタではあるものの、極めて完成度の高い佳品です。
俺は星間国家の悪徳領主(三嶋与夢)
善良さだけが取り柄の平凡な男は妻と上司に裏切られ、すべてを失ってしまう。そんな彼の前に案内人と名乗る男が現れ、星間国家のアルグランド帝国の貴族の子として転生させられるのだった。前世では善人だから損をしたのだと考えた転生者リアムは、今度は悪徳領主として生きようと決意する。だが、5歳にして彼が継がされた領地は搾取などとうていできそうもない、荒れ果てた地だった。そこで、彼は搾取をしても大丈夫なようにと、領地改革に乗り出していく。その結果、リアムは領民からの支持を集め、名君と称えられるようになり......。
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一種の勘違いコメディですが、周りが主人公のことを勘違いするだけでなく、主人公も悪徳領主の本質を勘違いしているので相乗効果でより笑える作品に仕上がっています。しかも、精一杯悪ぶっていても根が善人なので悪人になりきれない主人公が魅力的です。また、この主人公は武力でもかなりの強さを誇っているのですが、チートスキルではなく、努力によってそれを手に入れているところに好感が持てます。さらに、彼を支えるメイド・天城の可愛らしさも申し分ありません。一方で、リアムを絶望のどん底に落としたい案内人と前世でリアムが飼っていた犬との密かな戦いも気になるところです。勘違いものと俺tueee系をうまく組み合わせた傑作です。
辺境都市の育成者(七野りく)
家を飛び出して2年。16歳になったレベッカは辺境都市の冒険者としてそれなりに名をあげていたが、最近悩みを抱えるようになっていた。順調にレベルアップしていた能力値がこの半年間完全にストップしてしまったのだ。剣術も魔法スキルも全く上がらない。どうしたものかと思案していたところ、彼女は廃教会で、育成者を自称する青年・ハルと出会う。伝説級の戦士や魔術師を育ててきたという彼の指導によってレベッカはたちまち秘めた能力を開花させていくが.......。
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いわゆる師弟ものですが、著者の人気作である『公女殿下の家庭教師』とは 真逆で弟子側の視点から描いている点に特徴があります。しかし、いずれにしても、伸び悩んでいる少女の前に凄腕の師匠が現れて、才能を引き出してくれるという構図は共通しています。そして、その定番の展開からのキャラ描写はさすがの巧さです。コミカルな掛け合いを交えつつ、弟子が師匠に対して心を開いていく物語は鉄板の面白さですし、表情をコロコロ変えるレベッカの可愛らしさにも惹かれるものがあります。特に、最初は不信感を抱いていた師匠に対してデレる瞬間が最高です。ただ、ストーリー的には方向性が定まっておらず、少々ごちゃついている感があったのが気になるところではあります。とはいえ、物語的に本巻はプロローグにすぎないため、2巻以降の展開に期待したいところです。
現実でラブコメできないとだれが決めた?(初鹿野創)
長坂耕平はラノベに夢中な中学生で、ラノベの定番ともいえるラブコメ展開な恋をすることを夢見ていた。だが、彼には妹もいなければ、可愛い幼馴染もいない。アイドル的存在のクラスメイトも、ミステリアスな先輩も、人懐っこい後輩もいない。それどころか、男性の親友キャラすら存在しないのだ。こんな日常をただ漫然と過ごしていても劇的な青春イベントなど起きるはずがない。そこで彼は思い立つ。起こらないのなら自分でラブコメの舞台を作り上げるしかないと。こうして彼は高校に入学するまでの1年間、ラブコメを実現するための分析調査とラノベ主人公になりきるための反復練習をひたすら繰り返した。こうして高校入学の日を迎えた耕平だったが、現実は自分の想定通りには動いてくれず......。
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現実の世界でラブコメをするという大馬鹿な計画を大真面目に描いているところに独特の面白さがある作品です。とにかく、主人公がラブコメを実現するために行う調査&分析の徹底ぶりは読んでいるほうが唖然とするレベルであり、そこには狂気すら感じられます。ただ、それだけの情熱を傾けても現実でラブコメするなどという夢はそう簡単にかなうはずもありません。理屈倒れになって空回りばかりしているところに登場する本作のヒロイン、上野原彩乃がいい味を出しているのです。とあるきっかけで主人公の相方となり、計画をアレンジして現実的なものに落とし込んでいく敏腕ぶりに痺れます。また、2人の軽妙な掛け合いも楽しく、一方で、主人公がメインヒロインに設定した清里芽衣がとんでもない本性を隠し持っていたことが明らかになるなど、予測不可能な展開もスリリングです。これまでにない、新機軸のラブコメとして今後の展開にも期待したいところです。
オーク英雄物語 忖度列伝(理不尽な孫の手)
かつてヴァストニア大陸全土が戦場となった長い長い大戦争があった。ヒューマンとデーモンの争いが発端となったその戦争は12の種族を巻き込み、5000年以上続いたのだ。そして、一時はデーモンの英雄・ディケンズ王によって率いられた七種連合が優位に戦いを進めるも、ディケンズ王がヒューマンの王子に討たれたことによって七種連合は総崩れとなってしまう。結局、戦争はヒューマンが率いる四種連合の勝利に終わり、ようやく平和が訪れた。そんな時代、先の戦争でヒーローの称号を得たオーク族のバッシュは旅に出る。オーク族にとっては戦いで手に入れた敵の首の数と女に産ませた子供の数が何よりの勲章だった。しかし、バッシュは戦による手柄こそ圧倒的ではあったものの、実は童貞なのだ。ちなみに、オーク族は基本的に雄しか生まれないので、他種族を孕ませなければ繁殖できない。繁殖場に繋がれている奴隷を使えば童貞を捨てることは簡単だったが、それでは童貞であることがバレてしまう。つまり、今回の旅の目的は嫁を探して密かに童貞を捨てることにあったのだ。こうして、バッシュはさまざまな種族の雌たちと邂逅を果たすことになるのだが.........。
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人間基準からすると倫理観がぶっ壊れているオーク族の英雄が主人公であるという点が、凡百のラノベとはかけ離れていてユニークです。そして、重厚な世界観の中で、いかに童貞を捨てるかというしょーもないエピソードが展開されるわけですが、周囲が勝手に勘違いしてシリアスな物語が構築されていくというギャップがまた笑いを誘います。さらに、各種族の文化や風習の違いが勘違いの元になっており、カルチャーギャップものとしても秀逸です。とにかく、シリアスかと思えばコメディ、コメディかと思えばその裏に壮大な物語が秘められているといった具合に、捉え方一つで軽くも重くもなる作風には独特の味わいがあります。勘違いコメディとしても英雄譚としても一級の傑作です。
紙山さんの紙袋の中には(江ノ島アビス)
人間基準からすると倫理観がぶっ壊れているオーク族の英雄が主人公であるという点が、凡百のラノベとはかけ離れていてユニークです。そして、重厚な世界観の中で、いかに童貞を捨てるかというしょーもないエピソードが展開されるわけですが、周囲が勝手に勘違いしてシリアスな物語が構築されていくというギャップがまた笑いを誘います。さらに、各種族の文化や風習の違いが勘違いの元になっており、カルチャーギャップものとしても秀逸です。とにかく、シリアスかと思えばコメディ、コメディかと思えばその裏に壮大な物語が秘められているといった具合に、捉え方一つで軽くも重くもなる作風には独特の味わいがあります。勘違いコメディとしても英雄譚としても一級の傑作です。
紙山さんの紙袋の中には(江ノ島アビス)
平凡な少年、小湊波人は高校生活初日のホームルームで紙山さみだれの後ろの席になる。180センチを超える長身でグラマラスなプロポーションの持ち主の彼女はなぜか全身がずぶ濡れになっていた。しかも、それ以上に目を引いたのが頭から紙袋を被っていることだ。恥ずかしくて紙袋を取れないという彼女に対し、波人は会話部という部活を立ち上げて彼女の人見知り克服に協力する。やがて、人当たりの良い美人だが制服の話になると人が変わる新井日陽、見た目に反してパネルの魔法少女しか友達がいない天野春雨と、彼の周りには残念美少女ばかりが集まってきて......。
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第13回HJ文庫大賞金賞受賞作です。他者とのコミュニケーションに難のある残念美少女を集めて部活を立ち上げる展開はもろに『僕は友達が少ない』なのですが、本作のヒロインたちは残念を通り越してアブナイ領域に達しており、それだけに読んでいて非常にインパクトがあります。一方で、主人公は至って普通の少年ながらも、周りがあまりにもぶっとんでいるので、その普通属性が逆に個性として成立しているのがユニークです。そんななかで、最初は異常性だけが際立っていたヒロインたちが問題を抱えながらも一生懸命頑張ろうとする姿が描かれ、次第に可愛く見えてくるのがこの作品の最大の魅力だといえます。また、会話劇も非常に面白く、初巻のつかみとしては申し分ありません。ありきたりではない強烈なヒロインが登場するラブコメが読みたいという人には特におすすめです。
2020年上半期発売!おすすめライトノベル初巻限定レビュー
最新更新日2020/10/30☆☆☆
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2020年に発売されたおすすめライトノベルの内、第1巻のみの限定レビューです。
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あなたを諦めきれない元許嫁じゃダメですか?(桜目弾斗)
城木翼と天海七渡は幼馴染で気の合う友人同士だった。しかし、小学4年生のときにお互いの父親が酔った勢いで許嫁宣言をしたことがきっかけで関係がぎくしゃくし始め、小学5年のときに七渡が東京に引っ越して離れ離れとなる。それから5年。2人は東京の高校で再会する。その間、翼は七渡のことをずっと想い続けてきたのだ。だが、七渡の隣には容姿端麗なイマドキギャル・地葉麗菜がいた。互いの気持ちを知った翼と麗菜は「彼に告白させた方が勝ち」という協定を結び、七渡に対してアプローチを仕掛けていくが........。
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ラノベの恋愛ものは主人公が複数の女性からアプローチをかけられるハーレムものと、主人公と単一ヒロインがひたすらイチャイチャするイチャラブものに大別されます。しかし、本作はそのどちらでもなく、主人公と女性2人の三角関係を基軸にした、昔ながらのラブコメです。ある意味、古き良き時代の王道作品といった趣がありますが、ヒロイン2人の視点をこまめに挿入することによって、彼女たちがいかに主人公のことが好きかがわかるようになっています。その辺りが、なぜ主人公がモテるのかいまひとつ納得のいかない凡百のハーレム作品とは異なりますし、恋心を掘り下げることでヒロインたちの愛らしさがより一層際立っています。また、2人の主人公に対する初々しいアプローチも可愛らしく、その辺りも本作の読みどころです。一方で、ただ可愛らしいだけではなく、女の子のリアルな感情が垣間見られるのも良いアクセントとなっています。1巻は非常に気になるところで終わっているだけに、続刊の発売が楽しみです。
ワーウルフになった俺は意思疎通ができないと思われている(比嘉智康)
ある日突然、異世界へと転生し、ワーウルフになってしまった竜之介。しかも、闘技場に連れ出され、ブレイクという名の魔法剣士の噛ませ犬にされようとしていたのだ。彼は自分の言葉が人間に伝わらない代わりに人の言葉そのものは理解できるという利点を生かして窮地を凌いだものの、どこにも行く当てはなかった。そのとき、竜之介の前に一人の少女が現れる。彼女の名はエフデ・クリスティアといい、ワーウルフを調教するワーウルフテイマーだった。エフデは竜之介に対して「君はどうしたい?」と尋ねる。こうして、彼女からキズナという名を与えられた竜之介は、言葉が通じないまま主従の関係を結ぶことになるが.......。
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著者独自のユーモアセンスが光る異世界ファンタジーです。主人公が人間の言葉をしゃべれないという設定を上手く活かしており、場面場面で意思の疎通ができたりできなかったりするさまを面白おかしく描いています。飄々とした作風は独特の心地よさを感じさせてくれますし、一本筋の通った主人公にも好感が持てます。それになんといっても、少しズレたヒロインの可愛らしさが特筆ものです。その他のキャラクターも魅力的に描かれており、今後の展開が大いに期待できる作品だといえます。
シンデレラは探さない。(天道源)
母親を早くに亡くし、父親と妹の3人で暮らしている高校生の荒木陣。ある日、妹の舞が熱を出して陣が看病をしていると、学園のアイドルである真堂礼がプリントを届けにやってくる。おとぎ話にあこがれる舞は彼女をお姫様だと勘違いし、それをきっかけに陣と礼は親交を深めていく。そして、陣は気付くのだった。彼女はお姫様でも学園のアイドルでもなく、普通の女の子であることに......。
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人気のweb小説を訂正加筆しての書籍化作品です。いわゆるラブコメですが、ポイントはなんといっても主人公とヒロインの魅力にあります。クールに見えて実はポンコツなヒロインは非常にキュートですし、大人びているようでかなり天然系の主人公も良い味を出しています。そこに、無邪気な妹キャラが加わり、掛け合いの面白さを存分に味あわせてくれるのです。ラブコメとしての密度が高く、そのうえで、アットホームな雰囲気にほっこりとさせてくれる好編です。
社畜男はB人のお姉さんに助けられて―(櫻井春輝)
ブラック企業の社畜として働いている柳大樹は、駅の階段で足を踏み外して落下してきた美女を助ける。そのあと間をおかず、帰宅途中の夜道でさきほどの美女、如月玲華と再会するも、日頃の激務が祟って眩暈を起こしてしまう。玲華の部屋で介抱され、その流れで一緒に食事をしようということになる2人。しかし、大樹は冷蔵庫を見て驚く。その中にはお酒しか入っていなかったのだ。おまけに、買いそろえてある調理器具もほとんど使用した形跡がない。彼女の食生活を心配した大樹は得意の手料理をふるまう。そして、それが玲華の胃袋とハートをがっちりと掴み........。
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料理描写が非常に優れた飯テロ作品です。大して豪華なわけでもないのですが、出てくる料理が本当に美味しそうに描かれています。ヒロインだけでなく、読者の胃袋もわしづかみにされ、読んでいるとお腹がすいてきます。そのうえ、ラブコメパートも秀逸です。やり手の女社長でありながら私生活ではポンコツな年上ヒロインが愛らしく、そんな彼女と料理が得意な主人公が徐々に距離を縮めていくプロセスは非常に微笑ましいものがあります。ラノベとしては珍しい、社会人ラブコメの傑作です。
亡びの国の征服者(不手折家)
財産はそれなりにあるものの、家族の愛を知らずに空しい人生を送っていた男が川で溺れている少女を助けてそのまま命を落としてしまう。彼は異世界に転生し、両親からユーリという名を与えられる。両親の愛を一身に受けてすくすくと育っていくユーリだったが、その裏で、彼が暮らす国家群は大陸の広域を支配するもう一つの人類から侵攻を受けて絶滅の危機に瀕していた。そして、名門騎士団の頭領だった叔父が戦死したことで、殺し合いを嫌って隠遁生活を送っていたユーリの父は騎士の世界へと引き戻され、ユーリ自身も騎士育成所への入学を余儀なくされる。これが後に魔王と呼ばれる男の覇道の第一歩だった。
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毎度おなじみの異世界転生ものですが、主人公にチート能力が与えられるわけではなく、俺tueee要素もほぼありません。前世の知識を活かした合理的思考のみでのし上がっていくので、チート能力で無双する話に食傷気味な人には新鮮に感じるのではないでしょうか。また、チート能力がないからといって話自体が地味でつまらないなどといったことはありません。壮大な世界観はワクワクするものがありますし、軽妙な語り口のおかげでさくさく読むことができます。1巻の段階では主人公が未だ少年期で物語は序盤も序盤といった感じですが、ここからいかにして壮大な戦記物へ発展していくのか、今後の展開が非常に楽しみな作品です。
昨日の春で、君を待つ(八目迷)
甘織れな子はぼっちだった中学生時代を反省して高校生デビューを果たし、クラスでもカーストトップのグループに属することに成功する。けれど、根が陰キャラなためにリア充な雰囲気になじめずに息苦しさを感じていた。そんなある日、屋上で一服していると学園のスーパースター・王塚真唯が現れて、ある勘違いをきっかけにお互いの悩みを共有する仲となる。ようやく心を許せる友人ができたと思いきや、真唯から「君に恋をしてしまったんだ」と愛の告白をされてしまい........。
スパイ養成学校の落ちこぼれである7人の少女はある日突然、仮卒業を言い渡され、凄腕スパイのクラウスが創設した不可能任務専門機関ー灯ーに配属される。そして、クラウスの指導を受けたのち、死亡率9割を超える不可能任務を果たさなくてはならないというのだ。しかも、肝心のクラウスが人にものを教えるのが壊滅的に下手だという事実が判明する。陽炎ハウスで共同生活を送りながら訓練に励む少女たちは果たして任務を成し遂げることができるのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
第32回ファンタジア大賞の大賞受賞作品です。ストーリーは、落ちこぼれスパイである少女たちの成長とミッションインポッシブルな任務への挑戦を描いた王道的なものです。しかしながら、笑いあり、アクションあり、サスペンスありの展開を平易でわかりやすい文章で綴っており、かなり読ませる作品に仕上がっています。また、凄腕スパイのクラウスもクールでありながら情に篤いという魅力的なキャラで好感が持てます。全体的な評価としては間違いなく上質なエンタメだといえる作品です。ただ、続編が前提となっているためか、キャラの掘り下げが十分でなく、クラウスと本エピソードのメインキャラであるリリィ以外は誰が誰だかわかりずらいという難点があります。また、ストーリーそのものにトリックが仕掛けられているのですが、それが今ひとつ有効に機能していない点もやや残念です。とはいえ、間違いなく才能のある書き手であり、作家として今後どのように成長していくかが楽しみです。
転生王女と天才令嬢の魔法革命(鴉ぴえろ)
パレッティア王国第一王女であるアニスフィア・ウィン・パレッティアは生まれながらにして魔法の使えない体質ながらも魔力だけは十分に備えていた。そこで、自分でも使える魔法を開発すべく、前世の知識を生かして独自魔法の”魔学”を開発していく。そのための実験や奇行ぶりから問題児扱いされていたアニスだったが、ある日彼女は弟のアルガルドが婚約者であるユニフィアに汚名を着せたうえで婚約破棄を突き付ける場面に遭遇してしまう。アニスはユフィの名誉を回復させようと、彼女を自分の助手にするが.......。
◆◆◆◆◆◆
まず、主人公であるアニスのぶっ飛んだキャラがインパクト大です。そして、そんなアニスの助けによって絶望の淵から立ち直り、成長していくユフィの姿が印象に残ります。ちなみに、物語はアニスとユフィの両方の視点から描かれていくため、互いが惹かれあっていくプロセスがわかりやすく読者に提示されている点も、百合ラノベとして秀逸です。一方で、キテレツ王女のアニスと王位継承者のアル王子の確執と政治的駆け引きに関しても今後の展開が気になるつくりになっています。全体的にはまだまだ荒削りではあるものの、作品としての勢いは素晴らしく、次巻以降も大いに期待したいところです。
ひきこまり吸血鬼の悶々(小林湖底)
学校でイジメを受けたことが原因でひきこもりになってしまった吸血鬼少女のテラコマリ。ある日、彼女が目を覚ますと帝国の将軍に抜擢されていた。しかも、彼女が率いなければならないのは血なまぐさい荒れくれどもの部隊だった。吸血鬼の家系に生まれながら血を見るのが嫌いで運動音痴なうえに、魔法も使えないコマリは途方に暮れる。すべては父親の策略だと知ったコマリはなんとか将軍の座から降りようとするが、すでに皇帝と正式な契約が交わされており、逃げると彼女の首が(物理的に)飛ぶというのだ。絶望するコマリに対して、メイドのヴィルが言う。「部下たちにコマリ様を最強の将軍だと勘違いさせてみせる」と。
◆◆◆◆◆◆
第11回GA大賞優秀賞受賞作。ダメダメな主人公がハッタリやメイドのアシストによって手柄を挙げていく話ですが、成長物語としてよくできています。とはいうものの、あくまでもギャグが主体の作品であり、次々現れる変態キャラのボケに主人公がツッコミを入れるというのが基本スタイルです。一人一人の個性が際立っており、勢いのあるコメディとして楽しめます。その一方で、後半になると熱い展開が用意されているなど、ギャグとシリアスの配分も絶妙です。クライマックスの盛り上げ方なども新人ながらこなれた巧さを感じさせてくれます。そして、何より、実際は弱っちいのに虚勢を張って大物ぶっているコマリが可愛すぎです。物語は1巻できれいにまとめられていますが、出来ればぜひとも続きを読んでみたいものです。
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2020年に発売されたおすすめライトノベルの内、第1巻のみの限定レビューです。
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むすぶと本。『外科室』の一途(野村美月)
ある日、榎本むすぶが駅の改札を出ると、「お願い、わたしをハナちゃんのところに連れてって」という可愛らしい声が聞こえてきた。声の主は待合室の貸し本コーナーに置かれた『長くつ下のピッピ』という児童文学書だったが、彼は少しも驚く様子がない。むすぶはものごころついた頃から本の声を聞くことができ、こうした現象はごく日常的な出来事だったのだ。『長くつ下のピッピ』から詳しく話を聞くと、彼女はハナちゃんの本だったのだが、中学1年のときにハナちゃんが自分を駅のベンチに忘れて帰ってしまったために貸し本になるはめになってしまったのだという。むすぶは他の本にかまけていることで恋人の『夜長姫』に嫉妬されながらも、なんとかハナちゃんを探し当てることに成功するのだが........。
◆◆◆◆◆◆
本を食べるヒロインが印象的だった大ヒット作”文学少女シリーズ”。その著者である野村美月の新作は、本の声が聞こえる少年の物語です。シリーズ第1弾の本作は5つの短編から構成されており、登場する本も児童文学からラノベ、明治文学、冒険小説と幅広いジャンルを網羅しているのがうれしいところです。そして、それらの本が擬人化されており、それぞれが個性豊かなキャラクターとして描かれている点が読みどころとなっています。しかも、恋人までが本であり、いつも主人公の”浮気”に嫉妬しているさまがとにかく可愛いのです。考えてみればかなりシュールな状況ではあるものの、愛書家にとっては、ある意味理想的な世界だといえるのではないでしょうか。ストーリーも作中に登場する本の内容とうまく絡めながら、感動話あり、サスペンスありとバラエティ豊かな展開で飽きさせません。本好きな人にはぜひ手に取ってもらいたい傑作です。
星降る夜になったら(あまさきみりと)
高校3年生の花菱准汰は卒業を数カ月後に控えながらも、将来の展望もないまま無為な日々を過ごしていた。ある日、彼は担任教師の登坂から放課後に美術の補習を受けるようにと告げられる。もしバックレたら留年は免れないというので、しぶしぶ美術室に向かうと、そこには一心不乱に風景画を描く少女がいた。その絵の不思議な魅力に衝撃を受ける准汰に対し、少女はおもむろに謎の言葉を発する。「おじさん!ベタチョコ!」と。それが、美術部部長で1つ年下の渡良瀬佳乃との出会いだった。その後、2人は交流を深めていき、やがて恋にも似た感情を抱くようになる。だが、佳乃は謎の奇病に伏してしまう。准汰は彼女を助けるため、祈ったものに希望と慰めを与えるというスノードロップ彗星に願いを託すが.......。
◆◆◆◆◆◆
ボーイミーツガールから始まる物語ですがいかにもラノベといったコミカルな描写は皆無です。卓越した文章力によって紡がれる淡い恋物語は、読み進めるほどに切なさの色を深め、読者の胸を締め付けていきます。そして、それ故に人の温もりが心に沁みいる作品に仕上がっているのです。不器用なヒロインの生きざまや、そんな彼女の幸せを一心に願う主人公の姿は儚くも美しさに満ちています。ハッピーエンドとは呼べない物語ですが、読み終わった際の読後感は決して悪いものではありません。心に深い余韻を残す感動作です。
シュレディンガーの猫探し(雪森寧々)
探偵嫌いの高校生・令和には妹がいて、彼女はある事件の犯人として疑われていた。なぜなら、犯人しか知り得ない情報を知っていたからだ。実は、令和の妹は”知り得ない情報を知ることができる”という能力を有しているのだが、そんな言い訳が通用するはずもない。しかも、事件を解決するために名探偵が動いているという。一刻も早くなんとかしなければならない状況のなか、文芸部唯一の部員で、学園一の傑物として知られる芥川くりすが紹介したのは、”迷宮落としの魔女”と名乗る焔螺だった。紫の髪とオッドアイを持つ彼女の役割は事件を迷宮入りにしてしまうことだというが.......。
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第14回小学館ライトノベル大賞において審査員特別賞を受賞した作品ですが、これは大きく好みがわかれそうです。持って回った台詞回しや中二病感満載な設定は往年の西尾維新や入間人間を彷彿とさせますし、事件の謎だけ提示しておいて録に解決しようとしないのは00年代前半に流行ったファウスト系ミステリーそのものです。また、中二病ミステリーにありがちな、謎が壮大な割にトリックがしょぼいという欠点も併せ持っています。非常に癖があり、苦手な人はとことん合わない作品だといえるでしょう。その一方で、中二病ラノベが好きな人にとっては最初から最後まで夢中になれる要素に溢れています。”迷宮落としの魔女”という言葉だけでワクワクしてきますし、文章に使用されているる言葉の選択が秀逸で美しさすら感じてしまいます。それに、ミステリーの枠組みを用いながらも、壮大なファンタジーとして描き切っているのが見事です。ちなみに、この物語は2部構成になっており、事件の最終的な解決は下巻へと持ち越しています。本作の真の評価はそれを読んでからになりそうです。
サンタクロースを殺した。そして、キスをした。(犬君雀)
クリスマスを控えた12月の初旬。大学2回生のぼくは1年以上付き合ってきた先輩に振られた。一人佇んで駅前のイルミネーションを見ているうちにどうしようもない苛立ちと悲しみを覚え、「クリスマスなんてなくなればいいのに」という呟きが口からこぼれ落ちる。「出来ますよ。クリスマスを無くすこと」そう返事をしたのは、いつの間にか僕の前に立っていた高校生くらいの少女だった。彼女の意図がなんであれ、関わらないのが無難だとその場を離れようとすると、少女はぼくからスリ取った手帳を見せ、協力しないとこの中に書かれている秘密をばらすと脅し始める。とりあえず、彼女をぼくの部屋に泊めることになり、詳しい話を聞くと、少女は「望まない望みを叶えるノート」を持っているという。つまり、クリスマスを消すにはクリスマスを好きにならなければならないのだ。そして、少女はぼくにいう。クリスマスを好きになるために「私と疑似的な恋人になってください」と。
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14回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作品。ラブコメめいたドタバタ要素など皆無のシリアスドラマです。読んでいくほどに切なさが募っていくため、ラノベに楽しさを求める人にはおすすめできません。その代わり、独特の退廃的ムードには、抗いがたい魅力があり、この手の作品が好きな人に取ってはお気に入りの一冊になる可能性があります。過去と現代の時系列が入り乱れ、ずっと霧のかかったような展開が続きますが、それだけに、ラストで希望が垣間見えるシーンが心に沁み入ります。読者の心を鋭く切り裂くほどに清冽な青春物語の傑作です。
貴腐人ローザは陰から愛を見守りたい(中村颯希)
伯爵令嬢のローザ・ファン・ラングハイムは私腹を肥やす父・ラングハイム伯爵とは異なり、その儚げな天使のような美貌と自己犠牲を厭わない慈悲深さから”薔薇の天使”と呼ばれ、領民たちから慕われていた。彼女は孤児たちに読み書きを教え、私費を修道院に寄付し、領民に重税を課そうとする父親を懸命に押しとどめているという。しかし、領民たちが思い描くローザは本当の彼女とは全くかけ離れていた。ローザは齢5歳にして男性同士の恋愛に胸躍らせた筋金入りの貴腐人だったのだ。そして、14歳になった彼女は千年に1度の逸材というべき理想の〝受け”と出会う。父が連れてきた異母弟のベルナルドだ。彼女はすぐさま”ベルたん総受け計画”を立案し、それを実行に移そうとするが.......。
◆◆◆◆◆◆
見た目は完全無欠の淑女なのに中身は根本から腐りきっている腐女子というローザのキャラが強烈で、そのインパクトに一気に引き込まれていきます。ローザは常にボーイズラブのことで頭が一杯で、彼女の行動はすべて内なる萌えを満たすためのものなのですが、周りが勝手に勘違いしてどんどん聖女化していく展開が面白すぎです。シリアスに盛り上がる周囲のキャラクターたちと男×男の妄想で24時間脳内バラ色のローザとの認識のずれにはすさまじいものがあり、それなのに両者の想いが不思議とかみ合って物語が進んでいくところが本作の妙だといえるでしょう。勘違いコメディとして非常に完成度の高い作品です。次巻では百合豚の叔父も登場する気配があり、今後どういった展開になるのかが気になるところです。
夢見る男子は現実主義者(おけまる)
伯爵令嬢のローザ・ファン・ラングハイムは私腹を肥やす父・ラングハイム伯爵とは異なり、その儚げな天使のような美貌と自己犠牲を厭わない慈悲深さから”薔薇の天使”と呼ばれ、領民たちから慕われていた。彼女は孤児たちに読み書きを教え、私費を修道院に寄付し、領民に重税を課そうとする父親を懸命に押しとどめているという。しかし、領民たちが思い描くローザは本当の彼女とは全くかけ離れていた。ローザは齢5歳にして男性同士の恋愛に胸躍らせた筋金入りの貴腐人だったのだ。そして、14歳になった彼女は千年に1度の逸材というべき理想の〝受け”と出会う。父が連れてきた異母弟のベルナルドだ。彼女はすぐさま”ベルたん総受け計画”を立案し、それを実行に移そうとするが.......。
◆◆◆◆◆◆
見た目は完全無欠の淑女なのに中身は根本から腐りきっている腐女子というローザのキャラが強烈で、そのインパクトに一気に引き込まれていきます。ローザは常にボーイズラブのことで頭が一杯で、彼女の行動はすべて内なる萌えを満たすためのものなのですが、周りが勝手に勘違いしてどんどん聖女化していく展開が面白すぎです。シリアスに盛り上がる周囲のキャラクターたちと男×男の妄想で24時間脳内バラ色のローザとの認識のずれにはすさまじいものがあり、それなのに両者の想いが不思議とかみ合って物語が進んでいくところが本作の妙だといえるでしょう。勘違いコメディとして非常に完成度の高い作品です。次巻では百合豚の叔父も登場する気配があり、今後どういった展開になるのかが気になるところです。
夢見る男子は現実主義者(おけまる)
佐城渉は人並みにおしゃれに気を使い、可愛い女の子との交際に憧れるどこにでもいる少年だった。そんな彼が夢中になっていたのが同じ学年の夏川愛華だ。気の強い美少女であり、中学時代に交際を申し込んだ際にはばっさりと断られている。それでも諦めきれない彼は猛勉強をして彼女と同じ高校に合格すると、そこでもアタックを繰り返していた。ところが、ある日、渉はふと我に返る。「超絶美少女の愛華と平凡な自分ではつり合いが取れないのではないか」と。急に恋から覚めた渉は愛華へのアタックをやめて、クラスメイトとしての適切な距離感を保つようになる。しかし、そんな彼の急変ぶりに今度は愛華がモヤモヤし始め.......。
◆◆◆◆◆◆
HJネット小説大賞の大賞受賞作品。ツンツンしていたヒロインが主人公に距離を取られることによってあたふたし出すのが可愛いラブコメ作品です。恋を諦めてしまった主人公と本当は好きなのに素直になれないヒロインとの距離感が絶妙で、読んでいてニヤニヤしてしまいます。話のテンポも良く、ラブコメの掴みとしては満点に近いできでしょう。ただ、この1巻ではキャラが多すぎて多少消化不良の感がありました。そのキャラクターたちがメインストーリーとどう絡み、話がどういった方向に膨らんでいくのかは2巻以降のお楽しみといった感じです。
探偵くんと鋭い山田さんー俺を挟んで両隣の双子姉妹が勝手に推理してくれるー(玩具堂)
戸村和は高校での自己紹介で、親が探偵事務所を経営している事実を口走ったために女子から彼氏の浮気調査を依頼されてしまう。女子グループに囲まれ、半ば強制的に調査を引き受ける羽目になる和。だが、探偵の息子だからといって彼自身に調査能力があるわけではないのだ。途方に暮れていると、隣の席の山田雨音がその話に興味を持ち、調査に加わることになる。そして、なんと女子グループの証言を聞いただけで浮気の真相を解き明かしてしまうのだった。それからというもの、探偵の息子の和と勘の鋭い雨音、それに彼女の双子の妹で状況整理に長けた山田雪音の3人でさまざまな謎に挑むことになるが........。
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本作は日常の謎を扱った学園ミステリーですが、それをラノベ特有のとぼけた会話劇で構成した点に独自の味わいがあります。なにより、探偵役を務めるちょっとずれたヒロインが魅力的です。すらすらと気楽に読むことができ、それでいながらミステリーとしての完成度が結構高い点にも驚かされます。物語的にも、ミステリーらしいロジカルな展開あり、バカ話あり、ほろ苦い結末ありとバラエティに富んでいる点が目を引きます。特に、ノックスの十戒と本のカバーを見ただけでミステリー小説の犯人を推理するエピソードが愉快です。ミステリー好きな人にも学園ラノベが好きな人にもおすすめできる佳品です。
吸血鬼は僕のために姉になる(景詠一)
「丘の上の屋敷には盲目の吸血鬼が住んでいる」そんな噂を耳にしたのは波野日向がまだ幼い頃だった。その後、両親を事故で亡くし、唯一の肉親だった祖父とも死に別れた彼は天涯孤独の身の上となった。だが、祖父の残した遺書に従い、丘の上の屋敷を訪ねると霧雨セナという若い女性が彼を出迎え、これから家族として一緒に暮らすと告げる。こうして、新しい生活が始まったのだが、セナはおせっかい焼きで物理的な距離が常に近いので日向をいつも戸惑わせる。それに、彼女の周りには常に一つ目モンスターや犬の郵便屋などといった怪異に溢れていた。そして、それを見ることができる日向にも特別な力が宿っているらしく.....。
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第8回集英社ライトノベル新人賞銀賞受賞作。伝説の存在である”幻想種”、その幻想種と人間の懸け橋となる〝幻想管理人”、誰にも記憶されることがない〝虚構種”といった設定が非常に魅力的なファンタジー小説です。全体的にしっとりとした優しい雰囲気に包まれており、読み手の心を癒してくれます。ただ、タイトルや粗筋などから濃厚な姉ものを期待していると、セナ自体の出番が思ったほど多くないので肩透かしを喰らうかもしれません。少なくとも、1巻を読む限りでは決してラブコメといった雰囲気ではなく、どちらかというと、心に沁みいる青春ファンタジーといった感じです。いずれにしても、独特の魅力が備わっている作品であることは確かなので、今後どういった方向に物語が進んでいくのかに注目したいところです。
アンフィニシュトの書ー悲劇の物語に幸せの結末をー(浅白深也)
「丘の上の屋敷には盲目の吸血鬼が住んでいる」そんな噂を耳にしたのは波野日向がまだ幼い頃だった。その後、両親を事故で亡くし、唯一の肉親だった祖父とも死に別れた彼は天涯孤独の身の上となった。だが、祖父の残した遺書に従い、丘の上の屋敷を訪ねると霧雨セナという若い女性が彼を出迎え、これから家族として一緒に暮らすと告げる。こうして、新しい生活が始まったのだが、セナはおせっかい焼きで物理的な距離が常に近いので日向をいつも戸惑わせる。それに、彼女の周りには常に一つ目モンスターや犬の郵便屋などといった怪異に溢れていた。そして、それを見ることができる日向にも特別な力が宿っているらしく.....。
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第8回集英社ライトノベル新人賞銀賞受賞作。伝説の存在である”幻想種”、その幻想種と人間の懸け橋となる〝幻想管理人”、誰にも記憶されることがない〝虚構種”といった設定が非常に魅力的なファンタジー小説です。全体的にしっとりとした優しい雰囲気に包まれており、読み手の心を癒してくれます。ただ、タイトルや粗筋などから濃厚な姉ものを期待していると、セナ自体の出番が思ったほど多くないので肩透かしを喰らうかもしれません。少なくとも、1巻を読む限りでは決してラブコメといった雰囲気ではなく、どちらかというと、心に沁みいる青春ファンタジーといった感じです。いずれにしても、独特の魅力が備わっている作品であることは確かなので、今後どういった方向に物語が進んでいくのかに注目したいところです。
アンフィニシュトの書ー悲劇の物語に幸せの結末をー(浅白深也)
輝馬はなんの取り柄もない平凡な高校生。彼は主人公という言葉に憧れていたが、そんなものにはなれるはずもないと思っていた。だが、ある日、スマホでバイトを探していると、”主人公募集”という言葉が目に飛び込んでくる。怪しいと思いつつも、好奇心にあらがえずに申し込みをすると、若い執事がやってきて山の中の洋館に案内される。その館の女主人、霧ヶ峰絵色が提示した仕事はアンフィニシュトの書という本の世界に入り、ヒロインをハッピーエンドに導くというものだった。だが、1度目のチャレンジはヒロインの惨殺という形で幕を閉じてしまう。輝馬は再チャレンジをするべく、再び本の世界に入っていくが......。
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悲劇的な結末を回避するために主人公がトライ&エラーを繰り返す、一種のループものです。どうすればバッドエンドを回避することができるかを主人公と一緒に考えながら読み進めることになり、真相を読み解くための伏線もしっかりと張られているため、ミステリーとして読み応えがあります。また、何度チャレンジしてもバッドエンドを覆えせない悲痛さも物語に緊迫感を与えることに成功しています。しかも、ヒロインを殺していた犯人の正体を見破って終わりではなく、そこからひとひねり加えているのが秀逸です。文章が少々冗長なのは難ですが、現実世界とファンタジー世界を交互に繰り返し、シリアスストーリーの合間にコメディパートを挿入することで物語が間延びするのを回避しています。ファンタジー、ミステリー、ループという、三要素の組み合わせの妙が楽しめる佳品です。
日和ちゃんのお願いは絶対(岬鷺宮)
瀬戸内海に面し、観光名所として知られる尾道市。そこで暮らす高校生の頃橋深春はある日、クラスメイトの葉群日和から告白される。明日返事をするといった深春は最初、彼女の告白を断るつもりでいた。彼女のことを可愛いとは思っていたものの、そこまで好きだという気持ちがないのに付き合うのは誠実ではないと考えたからだ。だが、日和の落としたお願いノートを拾ったことで運命は変わる。彼女はその気になってお願いすれば、相手を意のままに操ることのできる能力者だったのだ。日和のことをもっと知りたいという感情に突き動かされた深春は告白を受け入れる。こうして交際が始まり、楽しい日々を過ごす2人。しかし、その幸せも長くは続かなかった。彼女の背後には世界の命運を左右しかねないある組織の存在が見え隠れし、穏やかだった日々は次第に不穏なものへと変わっていく.......。
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付き合っている彼女がすごい能力の持ち主で、主人公と愛を育んでいる裏側で世界の危機と深くかかわっているという、もろに『最終兵器彼女』を彷彿とさせるセカイ系ラノベです。ただ、典型的なセカイ系が思春期特有の傷つきやすい自意識にフォーカスを当てているのに対し、本作の主人公は真っすぐな性格で読者の好感が得られやすい仕様となっています。したがって、セカイ系主人公のウジウジした言動が苦手だという人にもおすすめです。また、文章が平易で、世界観を序盤から丁寧に構築しているので物語の流れが分かりやすく、サクサク読める点も評価できます。そして何より、基本設定である”お願い”を伏線として絡めながら物語を組み立て、終盤のクライマックスへと至る展開が秀逸です。一方で、繊細な心が傷ついてボロボロになっていく少年少女などといった描写には乏しく、全編通して割とふわっとした雰囲気であるため、セカイ系が大好きだという人にとっては物足りなさを感じるかもしれません。とはいえ、読みやすくて完成度の高い作品であることは確かです。セカイ系初心者の人が入門編として手に取るにはもってこいの作品だといえるのではないでしょうか。
楽園ノイズ(杉井光)
村瀬真琴は自分で作った曲を演奏動画としてネットにアップしていたが、再生数が伸びずに悩んでいた。そんなとき、姉にそそのかされて女装姿での動画をアップしてみたところ、思いの他大きな反響が返ってくる。謎のJKミュージシャンとして一躍有名になってしまったのだ。身バレの心配はないだろうとたかをくくっていたものの、たまたま動画を見ていた音楽教師の花園美沙緒にあっさりと正体を見抜かれてしまう。弱みを握られて美沙緒にこき使われる真琴だったが、彼女を通して卓越した音楽の才能を持つ3人の少女に出会うことになり........。
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著者が得意とする音楽もので、その持ち味を存分に生かした良作に仕上がっています。とにかく音楽描写が素晴らしく、読んでいるだけでメロディが脳内再生されるような錯覚を覚えるほどです。また、各ヒロインが音楽と向かい合うことで、それぞれの悩みを乗り越え、お互いの絆を深めていく一連の流れは素晴らしいセッションのようです。一方で、ヒロインたちと真摯に接しながら彼女たちが抱える問題を解決していこうとする主人公にも好感が持てます。さらに、コメディパートでの、主人公とヒロインたちの掛け合いも大いに楽しめる出来です。ちなみに、主人公は別に女装趣味というわけではないので、女装男子ものの要素はそれほど強くありません。したがって、そういったものを期待して読むと肩透かしを喰らう可能性があります。それから、音楽に関する専門用語が多いので、人によっては読みにくさを感じるかもしれません。しかし、逆に言えば、青春音楽小説といったジャンルに興味のある人にとっては魅力満載の作品だといえます。
かくりよ神獣紀 異世界で神様のお医者さんはじめます。(糸森環)
現代日本から亥雲の国に転生した八雲。彼女は巫女として村の祭事を取り仕切っていたが、前世の記憶を有している故にこの世界での生活になじみきれずにいた。そんなある日、近隣の村との集団結婚が催されることになる。八雲も合同結婚式に参加することになるのだが、その村に向かう途中で朧者と呼ばれる化け物に襲われる。囮として見捨てられ、絶体絶命のピンチに陥った八雲を救ったのはかつて神だったという金虎・亜雷だった。亜雷に助けられた八雲は、彼の弟である栖伊を探す手伝いをすることになる。だが、ようやく見つけ出した栖伊は奇現という病に侵され、異形と化そうとしていた。亜雷は他の者とは異なる魂を持つ八雲なら栖伊の病気を治せるというのだが.......。
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本作の魅力は何と言っても濃厚な世界観にあります。基本的には和風ファンタジーといった趣なのですが、古代日本とその時代に紡がれた神話を想わせる世界の描写は緻密で、凡百のファンタジー小説にはない奥深さを感じさせてくれます。そのため、読み進めていくほどにどんどん物語世界に引き込まれていくのです。また、著者ならではの言葉遊びもセンスの良さが感じられ、読んでいると楽しくなってきます。さらに、ホラーじみた怪異の描写もぞっとするような雰囲気がにじみ出ており、秀逸です。一方で、キャラクター的には巫女として凛とした佇まいを見せながらも根は活発な少女である八雲が魅力的ですし、その彼女と俺様キャラである亜雷との掛け合いも大いに楽しめます。ファンタジー小説としては他に類を見ない、極めてオリジナリティの高い傑作です。
あなたを諦めきれない元許嫁じゃダメですか?(桜目弾斗)
城木翼と天海七渡は幼馴染で気の合う友人同士だった。しかし、小学4年生のときにお互いの父親が酔った勢いで許嫁宣言をしたことがきっかけで関係がぎくしゃくし始め、小学5年のときに七渡が東京に引っ越して離れ離れとなる。それから5年。2人は東京の高校で再会する。その間、翼は七渡のことをずっと想い続けてきたのだ。だが、七渡の隣には容姿端麗なイマドキギャル・地葉麗菜がいた。互いの気持ちを知った翼と麗菜は「彼に告白させた方が勝ち」という協定を結び、七渡に対してアプローチを仕掛けていくが........。
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ラノベの恋愛ものは主人公が複数の女性からアプローチをかけられるハーレムものと、主人公と単一ヒロインがひたすらイチャイチャするイチャラブものに大別されます。しかし、本作はそのどちらでもなく、主人公と女性2人の三角関係を基軸にした、昔ながらのラブコメです。ある意味、古き良き時代の王道作品といった趣がありますが、ヒロイン2人の視点をこまめに挿入することによって、彼女たちがいかに主人公のことが好きかがわかるようになっています。その辺りが、なぜ主人公がモテるのかいまひとつ納得のいかない凡百のハーレム作品とは異なりますし、恋心を掘り下げることでヒロインたちの愛らしさがより一層際立っています。また、2人の主人公に対する初々しいアプローチも可愛らしく、その辺りも本作の読みどころです。一方で、ただ可愛らしいだけではなく、女の子のリアルな感情が垣間見られるのも良いアクセントとなっています。1巻は非常に気になるところで終わっているだけに、続刊の発売が楽しみです。
ワーウルフになった俺は意思疎通ができないと思われている(比嘉智康)
ある日突然、異世界へと転生し、ワーウルフになってしまった竜之介。しかも、闘技場に連れ出され、ブレイクという名の魔法剣士の噛ませ犬にされようとしていたのだ。彼は自分の言葉が人間に伝わらない代わりに人の言葉そのものは理解できるという利点を生かして窮地を凌いだものの、どこにも行く当てはなかった。そのとき、竜之介の前に一人の少女が現れる。彼女の名はエフデ・クリスティアといい、ワーウルフを調教するワーウルフテイマーだった。エフデは竜之介に対して「君はどうしたい?」と尋ねる。こうして、彼女からキズナという名を与えられた竜之介は、言葉が通じないまま主従の関係を結ぶことになるが.......。
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著者独自のユーモアセンスが光る異世界ファンタジーです。主人公が人間の言葉をしゃべれないという設定を上手く活かしており、場面場面で意思の疎通ができたりできなかったりするさまを面白おかしく描いています。飄々とした作風は独特の心地よさを感じさせてくれますし、一本筋の通った主人公にも好感が持てます。それになんといっても、少しズレたヒロインの可愛らしさが特筆ものです。その他のキャラクターも魅力的に描かれており、今後の展開が大いに期待できる作品だといえます。
シンデレラは探さない。(天道源)
母親を早くに亡くし、父親と妹の3人で暮らしている高校生の荒木陣。ある日、妹の舞が熱を出して陣が看病をしていると、学園のアイドルである真堂礼がプリントを届けにやってくる。おとぎ話にあこがれる舞は彼女をお姫様だと勘違いし、それをきっかけに陣と礼は親交を深めていく。そして、陣は気付くのだった。彼女はお姫様でも学園のアイドルでもなく、普通の女の子であることに......。
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人気のweb小説を訂正加筆しての書籍化作品です。いわゆるラブコメですが、ポイントはなんといっても主人公とヒロインの魅力にあります。クールに見えて実はポンコツなヒロインは非常にキュートですし、大人びているようでかなり天然系の主人公も良い味を出しています。そこに、無邪気な妹キャラが加わり、掛け合いの面白さを存分に味あわせてくれるのです。ラブコメとしての密度が高く、そのうえで、アットホームな雰囲気にほっこりとさせてくれる好編です。
社畜男はB人のお姉さんに助けられて―(櫻井春輝)
ブラック企業の社畜として働いている柳大樹は、駅の階段で足を踏み外して落下してきた美女を助ける。そのあと間をおかず、帰宅途中の夜道でさきほどの美女、如月玲華と再会するも、日頃の激務が祟って眩暈を起こしてしまう。玲華の部屋で介抱され、その流れで一緒に食事をしようということになる2人。しかし、大樹は冷蔵庫を見て驚く。その中にはお酒しか入っていなかったのだ。おまけに、買いそろえてある調理器具もほとんど使用した形跡がない。彼女の食生活を心配した大樹は得意の手料理をふるまう。そして、それが玲華の胃袋とハートをがっちりと掴み........。
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料理描写が非常に優れた飯テロ作品です。大して豪華なわけでもないのですが、出てくる料理が本当に美味しそうに描かれています。ヒロインだけでなく、読者の胃袋もわしづかみにされ、読んでいるとお腹がすいてきます。そのうえ、ラブコメパートも秀逸です。やり手の女社長でありながら私生活ではポンコツな年上ヒロインが愛らしく、そんな彼女と料理が得意な主人公が徐々に距離を縮めていくプロセスは非常に微笑ましいものがあります。ラノベとしては珍しい、社会人ラブコメの傑作です。
亡びの国の征服者(不手折家)
財産はそれなりにあるものの、家族の愛を知らずに空しい人生を送っていた男が川で溺れている少女を助けてそのまま命を落としてしまう。彼は異世界に転生し、両親からユーリという名を与えられる。両親の愛を一身に受けてすくすくと育っていくユーリだったが、その裏で、彼が暮らす国家群は大陸の広域を支配するもう一つの人類から侵攻を受けて絶滅の危機に瀕していた。そして、名門騎士団の頭領だった叔父が戦死したことで、殺し合いを嫌って隠遁生活を送っていたユーリの父は騎士の世界へと引き戻され、ユーリ自身も騎士育成所への入学を余儀なくされる。これが後に魔王と呼ばれる男の覇道の第一歩だった。
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毎度おなじみの異世界転生ものですが、主人公にチート能力が与えられるわけではなく、俺tueee要素もほぼありません。前世の知識を活かした合理的思考のみでのし上がっていくので、チート能力で無双する話に食傷気味な人には新鮮に感じるのではないでしょうか。また、チート能力がないからといって話自体が地味でつまらないなどといったことはありません。壮大な世界観はワクワクするものがありますし、軽妙な語り口のおかげでさくさく読むことができます。1巻の段階では主人公が未だ少年期で物語は序盤も序盤といった感じですが、ここからいかにして壮大な戦記物へ発展していくのか、今後の展開が非常に楽しみな作品です。
昨日の春で、君を待つ(八目迷)
東京の高校に通っていた船見カナエは父親との喧嘩が原因で家出をし、中学のときまで暮らしていた離島に戻ってくる。そこで幼馴染の保科あかりと再会するのだが、それから間もなく不思議な現象に巻き込まれる。午後6時を告げるチャイムが島内に鳴り響くなか、彼の意識は4日後に飛ばされ、そこであかりの兄である保科彰人が亡くなった事実を知らされるのだった。困惑するカナエに対してあかりは告げる。「カナエくんはこれから1日ずつ時を遡って空白の4日間を埋めていくの」と。ロールバックと呼ばれるその現象を理解したカナエは、時間を逆行しながらなんとか彰人を救おうとするが.....。
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高い評価を得た著者のデビュー作『夏へのトンネル、さよならの出口』と同じく、ほろ苦い青春物語にタイムリープの要素を絡めた作品です。文章は前作と同様に平易で読みやすく、流麗さにはさらに磨きがかかっています。心情描写が非常に細やかで、そこに美しい風景描写が重なることによって物語を情感豊かに盛り上げているのです。また、『夏へのトンネル、さよならの出口』は前半の素晴らしさに対して後半やや尻すぼみだという弱点があったのですが、本作の場合はその逆で、前半に張り巡らされた伏線が回収される後半の展開が見事です。特に、時間を遡るごとに今まで謎だったことが判明していくくだりはミステリー小説に通じる面白さがあります。ただ、ロールバックという設定がいささか込み入っているので、後半の展開を存分に楽しむにはその辺をじっくりと整理しながら読み進めていく必要があります。それさえクリアできれば極上の物語を堪能することができるはずです。
カノジョの妹とキスをした。(海空りく)
佐藤博通は高校2年にして初めて彼女ができる。相手は演劇部の才川晴香。小学生のときに同じ学校だった彼女が博通に告白をしたのだ。以来、彼の学園生活はバラ色だった。非常に初心な2人ではあったが、交際1カ月目にして手を握ることにも成功する。ところが、その日、父親から再婚することと博通に義理の妹ができた事実が伝えられる。しかも、父は再婚相手と一緒にアメリカに行くことになったので、面識のない義妹と2人きりで暮らせというのだ。さらに、博通は義妹の時雨と会って驚愕する。彼女の見た目が晴香にそっくりだったからだ。それもそのはずで、時雨は両親が離婚して離れ離れになった晴香の双子の妹だった。以来、博通は晴香と愛を育みながらも、小悪魔な時雨に振り回される日々を送ることになるが........。
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年頃の男女がひょんなきっかけで一つ屋根の下で暮らし始めるというのはよくあるパターンですが、相手が恋人の双子の妹だという点がユニークです。彼女とは清い交際を続けながらも、その彼女と同じ顔をした義妹に迫られるというシチュエーションには得も言われぬ背徳感があります。連作短編の形をとっており、テンポよくサクサク読めるのも好印象です。もちろん、天使と小悪魔という正反対の魅力を持つダブルヒロインの可愛らしさも申し分ありません。それになんといっても、前半で軽いラブコメものだと思わせておいてからの、終盤に至る怒涛の展開が秀逸です。若干キモくて煮え切らない主人公は好き嫌いが分かれるかもしれませんが、これからの展開が非常に気になる作品であることは確かです。
きみって私のこと好きなんでしょ?とりあえずお試しで付き合ってみる?(望公太)
メンバーが2人だけの文芸同好会に所属している黒矢藤吉は、部長にして校内美少女四天王のひとりに数えられている白森霞先輩に恋心を抱いていた。藤吉は陰キャラで本さえ読めれば幸せという性格だったが、ある日、白森先輩に彼女に対する気持ちに気づかれてしまう。どうなってしまうかと戦々恐々とする藤吉だったが、白森先輩は意外な反応をみせる。「じゃあ、試しに付き合ってみない?」とお試し交際を申し込まれるのだった。こうして、めでたく憧れの先輩と付き合うことになったのだが、その後も藤吉は白森先輩にからかわれるばかりで一向に恋人らしい関係にはならなかった。果たして2人の恋の行方は.?
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著者の十八番である年上ものです。しかし、今回は高校の先輩後輩の間柄であり、今まで描いてきた10歳以上離れた年の差カップルものと比べるとごく普通のラブコメといった感じです。それだけに、著者の作品の持ち味であった背徳感がなくなってしまったのは残念ですが、その代わり、王道的なイチャラブものとしてしっかり楽しめる出来に仕上がっています。特に大きなイベントがあるわけではないものの、たわいもないおしゃべりをしたり、一緒に下校をしたりといった何げない出来事が読み手に取って非常に心地よく感じられるのです。それに加え、一見小悪魔的な性格で主人公のことをからかってばかりのヒロインが、実は彼に以前から恋心を抱いていたとわかるくだりなどはかなりぐっとくるものがあります。それに加え、一見頼りない主人公が無意識に先輩のハートを射抜く天然ジゴロぶりもヒロインの可愛らしさをより一層引き立てる結果となっています。一方、シリアスな要素もないわけではありませんが、ほどほどに抑えられており、イチャラブ展開に水を差すほどではありません。ラブコメとして読み応えがあり、気持ちの良い読後感を得られる好編です。
転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?(木鈴カケル)
世界一かんたんなヒロインの攻略しかた(織笠遊人)
才色兼備な姫野実衣奈に片想いをしている早乙女乙綺はある日、階段から落ちそうになった実衣奈を助ける。ところが、その際の衝撃で、実衣奈の思念体であるミーナが彼女の肉体から飛び出し、乙綺に憑依してしまったのだ。乙綺は自分の体に戻りたいミーナに協力すべく、姫野実衣奈攻略作戦を実行に移す。なんといっても、彼女自身の思念体が味方についているのだから、ごく簡単なミッションだと思われたが.....。
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第32回ファンタジア大賞金賞受賞作。幽霊になったヒロインが主人公に取り憑くという話であれば漫画やラノベなどで割とありそうですが、本作の場合は思念体が取り憑き、ヒロイン自身は普通に生活しているという設定が異彩を放っています。読みどころはなんといっても、主人公ともう一人のヒロインであるミーナとの掛け合いです。主人公自体はかなり卑屈な性格で、まともに書けば読者をイライラさせかねないところですが、ミーナの的確なツッコミによって笑える場面へと巧みに転化させています。また、実衣奈を理想の女性だと思っている乙綺と彼女の実態を知っているミーナとの認識のギャップも逆に、ヒロインの魅力を引き出す結果となっています。いわゆるギャップ萌えというやつです。さらに、ストーリー自体も綺麗にまとまっており、ラブコメとして極めて満足度の高い1冊に仕上がっています。
嘘嘘嘘、でも愛してる(川田戯曲)
少年が目を覚ますとそこは病室だった。やがて、3人の少女が見舞いにやってくる。彼女たちは少年に対して3人のなかで誰が一番タイプかと迫ってくるが、そもそも少年には彼女たちに関する記憶がない。少年は車にはねられ、記憶喪失になっていたのだ。彼の名前はくー助で父親と2人暮らしをしているらしかったが、その記憶もきれいさっぱり消えていた。それでも、少女たちと一緒に下校したり、デートをしたりしているうちに徐々に記憶を取り戻していく。だが、同時にとんでもないことにも気づいてしまう。車の事故は意図的に仕組まれたものであり、犯人は3人の少女のうちのいずれかである可能性が濃厚であることに。黒髪巨乳で大人びた雰囲気の色町紙織、幼馴染でスポーツ万能の花屋敷花蓮、小柄で貧乳な毒舌少女の雪縫霙。果たして彼を殺そうとした犯人は誰なのか?
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第32回ファンタジア大賞金賞受賞作品です。著者の川田戯曲は第4回講談社ラノベ文庫新人賞優秀賞を受賞した『アフターブラック』によって2015年にデビューしています。したがって、本作は再デビュー作品ということになります。それだけに、文章やプロットは手慣れており、安心して読める作品に仕上がっています。まず、三者三様のヒロインたちと織りなす日常生活でのやり取りが秀逸です。3人とも可愛らしく、ラブコメとしてよくできています。一方で、主人公の記憶が戻ってくるにつれて緊迫感が増してくる展開も見事であり、ミステリーとしても読み応えのある作品です。ただ、3人中2人については実は非常にヤバい性格であることが判明してくるので、その辺は好みの分かれるところではないでしょうか。ちなみに、話自体は1巻できれいに畳まれているのですが、まだ続きがあるとのことで、これからどういった展開を見せるのかが気になるところです。
カノジョの妹とキスをした。(海空りく)
佐藤博通は高校2年にして初めて彼女ができる。相手は演劇部の才川晴香。小学生のときに同じ学校だった彼女が博通に告白をしたのだ。以来、彼の学園生活はバラ色だった。非常に初心な2人ではあったが、交際1カ月目にして手を握ることにも成功する。ところが、その日、父親から再婚することと博通に義理の妹ができた事実が伝えられる。しかも、父は再婚相手と一緒にアメリカに行くことになったので、面識のない義妹と2人きりで暮らせというのだ。さらに、博通は義妹の時雨と会って驚愕する。彼女の見た目が晴香にそっくりだったからだ。それもそのはずで、時雨は両親が離婚して離れ離れになった晴香の双子の妹だった。以来、博通は晴香と愛を育みながらも、小悪魔な時雨に振り回される日々を送ることになるが........。
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年頃の男女がひょんなきっかけで一つ屋根の下で暮らし始めるというのはよくあるパターンですが、相手が恋人の双子の妹だという点がユニークです。彼女とは清い交際を続けながらも、その彼女と同じ顔をした義妹に迫られるというシチュエーションには得も言われぬ背徳感があります。連作短編の形をとっており、テンポよくサクサク読めるのも好印象です。もちろん、天使と小悪魔という正反対の魅力を持つダブルヒロインの可愛らしさも申し分ありません。それになんといっても、前半で軽いラブコメものだと思わせておいてからの、終盤に至る怒涛の展開が秀逸です。若干キモくて煮え切らない主人公は好き嫌いが分かれるかもしれませんが、これからの展開が非常に気になる作品であることは確かです。
きみって私のこと好きなんでしょ?とりあえずお試しで付き合ってみる?(望公太)
メンバーが2人だけの文芸同好会に所属している黒矢藤吉は、部長にして校内美少女四天王のひとりに数えられている白森霞先輩に恋心を抱いていた。藤吉は陰キャラで本さえ読めれば幸せという性格だったが、ある日、白森先輩に彼女に対する気持ちに気づかれてしまう。どうなってしまうかと戦々恐々とする藤吉だったが、白森先輩は意外な反応をみせる。「じゃあ、試しに付き合ってみない?」とお試し交際を申し込まれるのだった。こうして、めでたく憧れの先輩と付き合うことになったのだが、その後も藤吉は白森先輩にからかわれるばかりで一向に恋人らしい関係にはならなかった。果たして2人の恋の行方は.?
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著者の十八番である年上ものです。しかし、今回は高校の先輩後輩の間柄であり、今まで描いてきた10歳以上離れた年の差カップルものと比べるとごく普通のラブコメといった感じです。それだけに、著者の作品の持ち味であった背徳感がなくなってしまったのは残念ですが、その代わり、王道的なイチャラブものとしてしっかり楽しめる出来に仕上がっています。特に大きなイベントがあるわけではないものの、たわいもないおしゃべりをしたり、一緒に下校をしたりといった何げない出来事が読み手に取って非常に心地よく感じられるのです。それに加え、一見小悪魔的な性格で主人公のことをからかってばかりのヒロインが、実は彼に以前から恋心を抱いていたとわかるくだりなどはかなりぐっとくるものがあります。それに加え、一見頼りない主人公が無意識に先輩のハートを射抜く天然ジゴロぶりもヒロインの可愛らしさをより一層引き立てる結果となっています。一方、シリアスな要素もないわけではありませんが、ほどほどに抑えられており、イチャラブ展開に水を差すほどではありません。ラブコメとして読み応えがあり、気持ちの良い読後感を得られる好編です。
オーバーライト ―ブリストルのゴースト(池田明季哉)
イギリス西部港湾都市のブリストル。留学中の日本人、ヨシはバイト先のゲーム店の壁に落書きを発見する。それはグラフィティと呼ばれるアートの一種だった。ヨシは美人で絵に詳しい先輩のブーディシアと共に落書きの犯人を探すことになる。そして、ヨシは彼女がかつてブリストルのゴーストと呼ばれた天才的なグラフィティの描き手であったことを知るのだった。彼女はなぜグラフィティをやめてしまったのか?やがて、ヨシはグラフィティを撲滅しようとする市議会との争いに巻き込まれることになるが......。
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日本ではあまりなじみのないグラフィティという路上芸術をテーマにした作品ですが、その魅力をあますことなく描いた表現力の豊かさに驚かされます。そのうえ、実際の留学経験に基づいたイギリスの描写はリアリティに満ち、読んでいると街の情景が頭に浮かんでくるほどです。また、登場人物はライトノベルにしてはリアルよりで、共感を得やすい作りになっています。伏線の張り方も巧みであり、物語としての完成度も申し分ありません。ボーイミーツガールを主軸とした非常に良質な青春小説です。ただ、過度にエキセントリックなキャラクターやぶっ飛んだ設定といった要素は皆無なので、いまどきのライトノベルを読み慣れている人にとっては刺激が足りないと感じるかもしれません。そういった意味では、ラノベというよりジュブナイルとして読まれるべき作品だといえます。
転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?(木鈴カケル)
高校卒業と同時に妹に監禁された兄。それから5年。ようやく外に出ることに成功するものの、彼はトラックに跳ねられて死んでしまう。そして、異世界でジャックとして転生する。優しい両親とメイドのアネリの愛情をたっぷりと受け、彼は幸せな毎日を満喫していた。だが、妹もまたこの世界に転生していたのだ。名前も容姿もわからない妹がどこかに潜んでいる。ジャックは神から授かった強大な力で妹を返り討ちにし、今の幸せを守り抜こうとするが......。
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タイトルだけだとヤンデレ妹との萌えラブコメのようですが、本作はそんな生易しいものではありません。妹の性格がマジでヤバいのです。ヤンデレ萌えとかいうレベルではなく、監禁生活の描写などはまさにサイコサスペンスの世界です。それに対して、転生後は一転していかにもラノベといった甘々な恋やバトルが続き、王道ラノベとしてもちゃんと面白い作品に仕上がっています。それだけに、正体を現さない妹が転生した兄にジワジワと忍び寄っていく展開はサスペンス感が半端ありません。その一方で、他のキャラクターたちもなかなか魅力的で、今後彼らが兄と妹の暗闘にどう絡んでくるのかも興味深いところです。
超高度かわいい諜報戦~とっても奥手な黒姫さん~(方波美咲)
高校生でありながら諜報機関を指揮する立場にいる橘黒姫。彼女はとある出来事がきっかけで男子生徒の凡田純一に恋心を抱く。そして、彼のハートを射止めるべく、諜報機関の調査能力を駆使して凡田のことを調べ上げるのだった。すると、凡田に接近する女性の存在が浮かび上がってくる。芹沢明希星という少女が凡田に対して積極的にアタックをかけているのだ。実は彼女は暗殺者であり、とある組織の命令で彼に接近していたのだが......。
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JKが諜報機関の中枢にいるという中二要素満載の設定と、それを自分の恋愛成就のために使用するというせせこましさのギャップが楽しい作品です。完全な公私混同ぶりが笑えますし、冷徹なスパイなのに恋に対してはポンコツな黒姫の可愛らしさを満喫することができます。また、中盤からはもう一人のヒロインである明希星が本格参戦し、3人の視点を入れ替えながら物語が進んでいきます。これも、それぞれの思惑のすれ違いっぷりがなかなか愉快です。さらに、終盤になると今度は意外とシリアスな諜報戦が展開されるのですが、これはこれでそれまでの雰囲気とのギャップを楽しむことが出来ます。最後まで読むとラブコメというよりはあくまでも諜報戦がメインの作品であることがわかります。ややスロースタートで本格的に面白くなるのに時間がかかるのが難点ですが、今後の展開が大いに期待できる佳品です。
豚のレバーは加熱しろ(逆井卓馬)
友人のすすめで食べた豚の生レバーにあたって激痛で倒れた理系オタクの男。気を失い、意識を取り戻すとなぜか豚小屋の中にいた。なんと、異世界に転生し、自身が豚になっていたのだ。彼は周りの豚たちにもみくちゃにされるが、ジェスという名の少女に助けられる。彼女は人の心を読むことができるイェスマという種属であり、掟に従い、豪族の小間使いとして働くために王都に向かうという。同時に、彼は自分を人間に戻せる可能性があるのは魔法使いの末裔である王家の者だけだという事実を知らされるのだった。こうして少女と豚は一緒に王都を目指して旅立つのだが、その先にはさまざまな苦難が待ち受けていた........。
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第26回電撃小説大賞金賞受賞作品です。主人公が動物に転生するというタイプのラノベも最近では珍しくはないものの、本作の場合は主人公が言葉をしゃべることが出来ず、その代わりにヒロインが豚の心を読むことでコミュニケーションを成立させているという点が異彩を放っています。ちなみに、主人公の豚はヒロインとの会話以外にも地の文でいろいろ独りごちていますが、それがすべてヒロインに筒抜けになっているところに独特のおかし味があります。ヒロインが純粋無垢な性格のため、豚の自虐ネタやエロ思考に対してもいちいち真面目に返答するのがなんとも可愛らしいのです。また、一見奇をてらった作品のように見えますが、ストーリー自体は王道的なファンタジー冒険小説として読み応えがあります。設定の突飛さとオーソドックスな物語性のギャップが魅力の作品だといえるでしょう。ただ、主人公がすごい能力を持っているわけではなく、機転のみで危機を乗り越えていくため、わかりやすいカタルシスには欠ける面があるかもしれません。それから、ヒロインがあまりにも純真で主人公に対して献身的すぎる点も好みが分かれそうです。
わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!ー※ムリじゃなかった!?ー(みかみてれん)甘織れな子はぼっちだった中学生時代を反省して高校生デビューを果たし、クラスでもカーストトップのグループに属することに成功する。けれど、根が陰キャラなためにリア充な雰囲気になじめずに息苦しさを感じていた。そんなある日、屋上で一服していると学園のスーパースター・王塚真唯が現れて、ある勘違いをきっかけにお互いの悩みを共有する仲となる。ようやく心を許せる友人ができたと思いきや、真唯から「君に恋をしてしまったんだ」と愛の告白をされてしまい........。
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2人のキャラが恋人になるか、親友の関係に留まるかで密かにバトルを繰り広げる学園百合ラブコメです。陰キャラのれな子と王子様系の真唯という両極端なキャラを配し、互いに異なる個性がぶつかり合う掛け合いが秀逸です。そのうえ、れな子視点での語りも非常にコミカルなので楽しく読むことができます。おまけに、サブキャラの紫陽花も非常にキュートで、ラブコメとしては文句なしの出来栄えです。ただ、正統派百合小説を期待していた人にとっては男口調でしゃべる女性キャラに戸惑いを覚えるかもしれません。その点だけは賛否が分かれるところです。
さよなら異世界、またきて明日(風見鶏)
その世界ではいつしか魔術は廃れ、蒸気文明が誕生し、そして滅びに転じていった。人々が結晶化し、次々と姿を消しているのだ。地上は白い砂漠に呑まれようとしている。そんな中、異なる次元からこの世界に迷い込んだケースケは、元の世界に戻る手掛かりを求めて蒸気自動車に乗って旅をしていた。途中でエルフの少女ニトに出会い、探し物を手伝うことになるが.......。
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寂寥感溢れる世界を背景にして描かれるほっこりとした物語が胸に染みわたります。大きな事件が起きるわけでもなく、極めて地味な作品です。しかし、文章が巧みで、食事をしたり絵を描いたりといった何げないシーンの一つ一つが非常に印象的なのです。終末ものが好きな人は読んで損はないのではないでしょうか。ただ、物語的には起伏に乏しく、伏線回収もあっさりしすぎているという不満点があります。続きがあるのであれば、ここからどのようにストーリーが転がっていくのかに注目したいところです。
女同士とかありえないでしょと言い張る女の子を百日間で徹底的に落とす百合の本(みかみてれん)
クラスでも人気者の女子高生・榊原鞠香はある日、友人から「女子から告白されたらどうする?」と聞かれて「ありえないでしょ」と一笑に付す。何気ない会話だったが、その話を聞いていたクラスメイトの不破絢が声をかけてきた。彼女は孤高を貫いているクール系美少女で、向こうから話しかけてくること自体が珍しかった。話があるというので放課後に指定されたカフェに行ってみると、いきなり100万円を差し出される。そして、唖然としている鞠香に向かって「女同士の恋愛がありえないかどうかを試すために、あなたの100日間を100万円で買う」というのだ。金欠の鞠香はついついその賭けに乗ってしまう。こうして、放課後に不破絢の家に行き、2人だけで過ごす日々が始まるのだが......。
2人のキャラが恋人になるか、親友の関係に留まるかで密かにバトルを繰り広げる学園百合ラブコメです。陰キャラのれな子と王子様系の真唯という両極端なキャラを配し、互いに異なる個性がぶつかり合う掛け合いが秀逸です。そのうえ、れな子視点での語りも非常にコミカルなので楽しく読むことができます。おまけに、サブキャラの紫陽花も非常にキュートで、ラブコメとしては文句なしの出来栄えです。ただ、正統派百合小説を期待していた人にとっては男口調でしゃべる女性キャラに戸惑いを覚えるかもしれません。その点だけは賛否が分かれるところです。
さよなら異世界、またきて明日(風見鶏)
その世界ではいつしか魔術は廃れ、蒸気文明が誕生し、そして滅びに転じていった。人々が結晶化し、次々と姿を消しているのだ。地上は白い砂漠に呑まれようとしている。そんな中、異なる次元からこの世界に迷い込んだケースケは、元の世界に戻る手掛かりを求めて蒸気自動車に乗って旅をしていた。途中でエルフの少女ニトに出会い、探し物を手伝うことになるが.......。
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寂寥感溢れる世界を背景にして描かれるほっこりとした物語が胸に染みわたります。大きな事件が起きるわけでもなく、極めて地味な作品です。しかし、文章が巧みで、食事をしたり絵を描いたりといった何げないシーンの一つ一つが非常に印象的なのです。終末ものが好きな人は読んで損はないのではないでしょうか。ただ、物語的には起伏に乏しく、伏線回収もあっさりしすぎているという不満点があります。続きがあるのであれば、ここからどのようにストーリーが転がっていくのかに注目したいところです。
女同士とかありえないでしょと言い張る女の子を百日間で徹底的に落とす百合の本(みかみてれん)
クラスでも人気者の女子高生・榊原鞠香はある日、友人から「女子から告白されたらどうする?」と聞かれて「ありえないでしょ」と一笑に付す。何気ない会話だったが、その話を聞いていたクラスメイトの不破絢が声をかけてきた。彼女は孤高を貫いているクール系美少女で、向こうから話しかけてくること自体が珍しかった。話があるというので放課後に指定されたカフェに行ってみると、いきなり100万円を差し出される。そして、唖然としている鞠香に向かって「女同士の恋愛がありえないかどうかを試すために、あなたの100日間を100万円で買う」というのだ。金欠の鞠香はついついその賭けに乗ってしまう。こうして、放課後に不破絢の家に行き、2人だけで過ごす日々が始まるのだが......。
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導入部は一見ありがちな百合小説ですが、ページをめくるごとにどんどん百合描写が濃厚になっていく点に驚かされます。もはや百合小説の域を超えて官能レズ小説といった感じです。どう考えても一般ラノベレーベルの域を超えています。さすがは元同人作品といったところでしょうか。しかし、かといって、決してエロ描写だけがウリの作品というわけではありません。言葉では同性愛を否定しながらも、魅惑の世界にどんどんハマっていく鞠香の戸惑いや葛藤の心理なども巧みに描かれており、百合小説ならではの魅力も兼ね備えているのです。また、肉体の関係から始まって、徐々に2人の間に絆が生まれてくる展開も好感が持てます。百合好きの人にとっては見逃せない傑作です。
漫画、アニメ、ゲーム、ラノベとオタクライフを満喫している少年、中村カイ。彼は高校入学初日に出会った御屋川ジュンと趣味の話で意気投合し、たちまち仲良くなっていく。それからというもの、カイは毎日ジュンと2人で遊び続けていた。趣味の話で盛り上がることができるジュンと一緒にいると、時間が過ぎるのも忘れるほど楽しかったのだ。ところが、学年一の美少女と噂されるジュンとオタクのカイが仲良くしているのを快く思わない連中がいて........。
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異性でありながらも趣味が合ってワイワイ盛り上がれる楽しさがよく伝わってきて、読んでいるとこちらまで気分がよくなってきます。実在のゲームやアニメ作品が多数登場するのも趣味を同じくする人にとってはうれしいところではないでしょうか。また、意外と男気のある主人公やタイトルにたがわぬ可愛らしさを発揮するヒロインと、キャラの魅力も申し分ありません。それになんといっても、この作品のテーマだと思われる「恋人よりも友達のほうが大切」という感じが非常によく描けています。ただ、その割にサービスシーンや互いを異性として意識する場面も多く、今後どのような方向に転がっていくのかが気になるところです。それから、いちゃいちゃ一辺倒のイチャラブものとは異なり、中盤に他の登場人物たちとのギスギスした場面もあるのですが、それをメリハリのある展開と取るか、雰囲気に一貫性のないちぐはぐな展開に感じるかで評価が分かれそうな気がします。
導入部は一見ありがちな百合小説ですが、ページをめくるごとにどんどん百合描写が濃厚になっていく点に驚かされます。もはや百合小説の域を超えて官能レズ小説といった感じです。どう考えても一般ラノベレーベルの域を超えています。さすがは元同人作品といったところでしょうか。しかし、かといって、決してエロ描写だけがウリの作品というわけではありません。言葉では同性愛を否定しながらも、魅惑の世界にどんどんハマっていく鞠香の戸惑いや葛藤の心理なども巧みに描かれており、百合小説ならではの魅力も兼ね備えているのです。また、肉体の関係から始まって、徐々に2人の間に絆が生まれてくる展開も好感が持てます。百合好きの人にとっては見逃せない傑作です。
俺の女友達が最高に可愛い。(あわむら赤月)
漫画、アニメ、ゲーム、ラノベとオタクライフを満喫している少年、中村カイ。彼は高校入学初日に出会った御屋川ジュンと趣味の話で意気投合し、たちまち仲良くなっていく。それからというもの、カイは毎日ジュンと2人で遊び続けていた。趣味の話で盛り上がることができるジュンと一緒にいると、時間が過ぎるのも忘れるほど楽しかったのだ。ところが、学年一の美少女と噂されるジュンとオタクのカイが仲良くしているのを快く思わない連中がいて........。
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異性でありながらも趣味が合ってワイワイ盛り上がれる楽しさがよく伝わってきて、読んでいるとこちらまで気分がよくなってきます。実在のゲームやアニメ作品が多数登場するのも趣味を同じくする人にとってはうれしいところではないでしょうか。また、意外と男気のある主人公やタイトルにたがわぬ可愛らしさを発揮するヒロインと、キャラの魅力も申し分ありません。それになんといっても、この作品のテーマだと思われる「恋人よりも友達のほうが大切」という感じが非常によく描けています。ただ、その割にサービスシーンや互いを異性として意識する場面も多く、今後どのような方向に転がっていくのかが気になるところです。それから、いちゃいちゃ一辺倒のイチャラブものとは異なり、中盤に他の登場人物たちとのギスギスした場面もあるのですが、それをメリハリのある展開と取るか、雰囲気に一貫性のないちぐはぐな展開に感じるかで評価が分かれそうな気がします。
歌種やすみこと佐藤由美子は現役JKにしてキャリア3年のプロの声優である。そんな彼女に新しい仕事が舞い込む。やすみと同じ現役JK声優で人気急上昇中の夕暮夕日とのラジオ番組だ。新しい仕事に緊張しながら現場に向かう由美子だったが、夕日と顔合わせをして驚く。彼女は由美子のクラスメイト・渡辺千佳だったのだ。しかも、ギャルの由美子とは正反対の根暗な性格で、学校での仲は最悪だった。こうして、嫌々ながら仕事で仲良しコンビを演じることになった2人だったが、果たして彼女たちはラジオ番組を成功に導くことができるのか?
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第26回電撃小説大賞大賞受賞作品。性格の違う2人が反発し合いながらも絆を深めていくという、ありがちなコンビものですが、心理描写が丁寧で物語の根幹が非常にしっかりしています。そして、そのうえで繰り広げられる番組トークと本音トークのギャップが凄まじくて笑えます。とにかく、掛け合いもストーリー展開もスピーディかつ破綻なくまとめられているのが見事です。また、ラジオ番組関連の描写もいかにもありそうなネタが散りばめられており、興味深く読むことが出来ます。さらに、コミカルな部分だけではなく、困難を乗り越えて2人が精神的成長を遂げていく後半の展開も胸が熱くなるものがあります。全体的にストーリー展開が少々駆け足気味なのが難ですが、テンポの良さを優先するのであればそれも致し方ないところではないでしょうか。声優に興味がある、あるいはお仕事ものが好きだという人には特におすすめの傑作です。
スパイ教室(竹町)スパイ養成学校の落ちこぼれである7人の少女はある日突然、仮卒業を言い渡され、凄腕スパイのクラウスが創設した不可能任務専門機関ー灯ーに配属される。そして、クラウスの指導を受けたのち、死亡率9割を超える不可能任務を果たさなくてはならないというのだ。しかも、肝心のクラウスが人にものを教えるのが壊滅的に下手だという事実が判明する。陽炎ハウスで共同生活を送りながら訓練に励む少女たちは果たして任務を成し遂げることができるのだろうか?
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第32回ファンタジア大賞の大賞受賞作品です。ストーリーは、落ちこぼれスパイである少女たちの成長とミッションインポッシブルな任務への挑戦を描いた王道的なものです。しかしながら、笑いあり、アクションあり、サスペンスありの展開を平易でわかりやすい文章で綴っており、かなり読ませる作品に仕上がっています。また、凄腕スパイのクラウスもクールでありながら情に篤いという魅力的なキャラで好感が持てます。全体的な評価としては間違いなく上質なエンタメだといえる作品です。ただ、続編が前提となっているためか、キャラの掘り下げが十分でなく、クラウスと本エピソードのメインキャラであるリリィ以外は誰が誰だかわかりずらいという難点があります。また、ストーリーそのものにトリックが仕掛けられているのですが、それが今ひとつ有効に機能していない点もやや残念です。とはいえ、間違いなく才能のある書き手であり、作家として今後どのように成長していくかが楽しみです。
転生王女と天才令嬢の魔法革命(鴉ぴえろ)
パレッティア王国第一王女であるアニスフィア・ウィン・パレッティアは生まれながらにして魔法の使えない体質ながらも魔力だけは十分に備えていた。そこで、自分でも使える魔法を開発すべく、前世の知識を生かして独自魔法の”魔学”を開発していく。そのための実験や奇行ぶりから問題児扱いされていたアニスだったが、ある日彼女は弟のアルガルドが婚約者であるユニフィアに汚名を着せたうえで婚約破棄を突き付ける場面に遭遇してしまう。アニスはユフィの名誉を回復させようと、彼女を自分の助手にするが.......。
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まず、主人公であるアニスのぶっ飛んだキャラがインパクト大です。そして、そんなアニスの助けによって絶望の淵から立ち直り、成長していくユフィの姿が印象に残ります。ちなみに、物語はアニスとユフィの両方の視点から描かれていくため、互いが惹かれあっていくプロセスがわかりやすく読者に提示されている点も、百合ラノベとして秀逸です。一方で、キテレツ王女のアニスと王位継承者のアル王子の確執と政治的駆け引きに関しても今後の展開が気になるつくりになっています。全体的にはまだまだ荒削りではあるものの、作品としての勢いは素晴らしく、次巻以降も大いに期待したいところです。
ひきこまり吸血鬼の悶々(小林湖底)
学校でイジメを受けたことが原因でひきこもりになってしまった吸血鬼少女のテラコマリ。ある日、彼女が目を覚ますと帝国の将軍に抜擢されていた。しかも、彼女が率いなければならないのは血なまぐさい荒れくれどもの部隊だった。吸血鬼の家系に生まれながら血を見るのが嫌いで運動音痴なうえに、魔法も使えないコマリは途方に暮れる。すべては父親の策略だと知ったコマリはなんとか将軍の座から降りようとするが、すでに皇帝と正式な契約が交わされており、逃げると彼女の首が(物理的に)飛ぶというのだ。絶望するコマリに対して、メイドのヴィルが言う。「部下たちにコマリ様を最強の将軍だと勘違いさせてみせる」と。
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第11回GA大賞優秀賞受賞作。ダメダメな主人公がハッタリやメイドのアシストによって手柄を挙げていく話ですが、成長物語としてよくできています。とはいうものの、あくまでもギャグが主体の作品であり、次々現れる変態キャラのボケに主人公がツッコミを入れるというのが基本スタイルです。一人一人の個性が際立っており、勢いのあるコメディとして楽しめます。その一方で、後半になると熱い展開が用意されているなど、ギャグとシリアスの配分も絶妙です。クライマックスの盛り上げ方なども新人ながらこなれた巧さを感じさせてくれます。そして、何より、実際は弱っちいのに虚勢を張って大物ぶっているコマリが可愛すぎです。物語は1巻できれいにまとめられていますが、出来ればぜひとも続きを読んでみたいものです。
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2020年発売!おすすめコミック初巻限定レビュー
最新更新日2020/12/24☆☆☆
Previous⇒2019年発売!おすすめコミック初巻限定レビュー(kindle版)
2020年に発売されたおすすめのコミックの内、第1巻のみの限定レビューです。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
おとなりに銀河(雨隠ギド)
久我一郎は若くして両親を亡くし、幼い妹弟を一人で養うことになる。両親から相続したアパートの管理人をしながら本業である少女漫画家の仕事を精力的にこなしていく日々。だが、あるとき、辞めていったアシスタントの代わりが見つからず、原稿を落としそうになる。そんな窮地を救ってくれたのが新しいアシスタントとしてやってきた五色しおりだ。彼女はアシスタントをするのはこれが初めてといいつつ、信じられない手際の良さで原稿を仕上げていく。原稿が完成し、ほっとする一郎だったが、ふと見るとしおりのお尻にペンらしきものが刺さっていた。一郎は慌てて引き抜こうとそのペンに触るも、しおりはそれがペンではなく棘だと指摘する。そして、彼女は宣言するのだった。「わたしは流れ星の民の姫。あなたと婚姻関係の契りが結ばれた」と......。
◆◆◆◆◆◆
『甘々と稲妻』で高い評価を得た雨隠ギドの新作です。しかし、『甘々と稲妻』が恋愛要素を織り交ぜながらも家族愛を中心に描かれていたのに対し、本作の場合はその真逆で、家族の絆を描きつつもストレートなラブコメに仕上がっています。そのせいで、前作を気に入っている人にとってはいささか話が薄っぺらく感じてしまうかもしれません。しかし、その一方で、作品全体が優しい空気に包まれているうえに、やや天然っぽい謎めいたヒロインがとても可愛らしいのでほっこりとした気分で読むことができます。また、今のところ恋敵のようなキャラは登場しておらず、ただ2人の交流を描くだけでラブコメとしての面白さを表現できているのが見事です。キャラクターが魅力的で安定した面白さがあるだけに、流れ星の民の末裔という設定が今後どのように話に絡んでくるかが気になるところです。
友達として大好き(ゆうち巳くみ)
ギャルな女子高生・沙愛子は周りの男子を片っ端からたぶらかし、その結果、女子たちから嫌われまくっていた。ある日、人の男に手を出したことでイジメを受けていた沙愛子は生徒会室に逃げ込み、そこで生徒会長の結糸と出会う。イケメンでクールな彼にヒトメボレをしてしまい、思わず「付き合ってください」と口走る沙愛子だったが、速攻で断られてしまう。結糸にとって何よりも大切なのは校則を守ることであり、それに反する不純異性交遊はできないというのだ。それなら友達から始めたいという沙愛子に対して、結糸は「こちらが提示したルールが守れれば友達として認める」というのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
貞操観念がゆるゆるで頭もゆるいヒロインに最初はイラッとくるかもしれません。しかし、彼女とは正反対で堅物すぎる生徒会長と出会うことで、お互いに足りないものを補い合って成長していくというプロットはよくできており、不器用ながらも周囲との人間関係を修復していこうとするヒロインの姿には思わず応援したくなります。学校という閉鎖空間での人間関係のモヤモヤと、その中でいかにしてうまくコミュニケーションを築いていくかという問題を、既存の学園漫画とはまた違った形で描いた傑作です。
シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~(硬梨菜・作/不二涼介・画)
ゲーム業界においてフルダイブ型のVRゲームが主流となった近未来。革新的なテクノロジーにゲーム性が追い付いていないゲームが大量に発売され、世の中にはクソゲーが溢れていた。高校2年生の陽務楽郎はそんなクソゲーをこよなく愛するクソゲーハンターだった。ある日、究極のクソゲーといわれるフェアリア・クロニクル・オンラインをクリアーした楽郎は次にプレイするゲームを求めてなじみのゲームショップを訪れる。すると、店長の岩巻真奈からクソゲーを真に楽しむためには良作をプレイすることも大事と、大人気ゲームのシャングリラ・フロンティアをすすめられる。こうして、久しぶりに神ゲーをプレイすることになった楽郎は自分のゲームスタイルを踏まえ、キャラメイキングにおいて「二刀流で戦う鳥頭の半裸男」というキテレツなキャラを選択するのだった。だが、クソゲーで培った独自のプレイスタイルは次第に周囲の注目を集めることになり........。
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原作は大人気なろう小説なのですが、書籍化される前にコミカライズの連載が始まるという異色の展開をみせています。しかも、本作は原作の魅力をうまくコミックに落とし込んでいる良作に仕上がっているのです。高い画力による軽快なアクション漫画として楽しめますし、フルダイブゲームのゲーム内描写も申し分ありません。特に、夜襲のリューカオーンとの戦闘描写が秀逸です。ただ、本巻で描かれているのは長大な物語の序盤も序盤であり、クソゲーで鍛えられた主人公のチート能力が発揮されたり、他のキャラとの本格的な絡みはまだまだこれからということになります。物語自体の面白さはなろうで証明済みであるだけに、今後の展開が非常に楽しみです。
おかえりアリス(押見修造)
亀川洋平、室戸彗、三谷結衣の3人は仲の良い幼馴染で、中学ではみなテニス部に所属していた。そんなある日、洋平は彗からオナニーのやり方を教えてもらう。それからの彼は密かに想いを寄せていた結衣をズリネタにしてオナニーをやりまくるようになっていた。しかし、洋平は結衣が彗に告白している現場を目撃してしまう。しかも、彗は洋平が見ているのに気付きながらも、結衣にキスをするのだった。こうして、幼馴染としての3人の関係は壊れ、彗は何も言わずに北海道に引っ越していく。3年後。洋平は結衣と同じ高校に進学し、もう一度青春をやり直そうと心に誓うが、そんな矢先に金髪美少女が彼の前に現れる。そして、彼女は洋平の耳元で囁く。「ずーっと三谷でオナニーしていたの?」と。少女の正体は女装した彗だったのだ。
◆◆◆◆◆◆
『惡の華』『ハピネス』『血の轍』などで知られる押見修造の作品です。昨今の風潮に乗ってか、LGBTが全面に押し出されていますが、一筋縄ではいかないのが押見作品です。いつものように巻き込まれ型の主人公を中心に添えつつ、いびつで屈折した物語が展開していきます。同様のテーマの作品は多々あるものの、性と性欲を独自のタッチで解体していく手法はこの作家ならではのものです。1巻では3年を経て大きく変わった彗と周囲の反応に焦点が当てられていますが、今後はその彗に関わることで洋平や結衣が変容していく姿も描かれていくものと思われます。それがどのような形になるのかが非常に気になるところです。
突如発生した赤い霧は地表を覆い、草木や動物を異形のものへと変えていく。その影響で人類は滅亡の時を迎えようとしていた。小人の少女・ヤコーネはそんな世界で人間の仲間を求めて六脚ネズミのヤコやAIロボットIのネイと共に旅を続ける。その旅路で彼女はさまざまな経験をしていくのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
ほのぼのとしたポップな絵柄に反し、そこに描かれているのは怪物たちが跋扈するなんとも救いのない世界です。しかし、それだけにヤコーネやヤコの可愛らしさに思わず癒されます。一方、物語としては過酷ながらもゆるーい雰囲気の旅ものであると同時に、SF的な面白さも兼ね備えています。特に、随所に散りばめられている謎が今後どのようにして明らかになっていくのかは非常に気になるところです。『少女終末旅行』や『旅とごはんと終末世界』などに連なる、終末漫画の期待作です。
カラオケ行こ!(和山やま)
合唱部部長の岡聡美は中学生活最後の合唱コンクールのあとで見知らぬ男にカラオケに誘われる。そこで渡された名刺には「四代目風林組若頭補佐 成田狂児」と書かれてあった。ヤクザが自分に何の用があるのかと訝しんでいると、狂児はおもむろに歌がうまくなるコツを教えてくれと言い始める。彼の話によると、年に4回組長主催のカラオケ大会があり、そこで最下位になるとダサい刺青を彫らされるのだという。要するに、狂児はどうしてもその罰ゲームを回避したいのだ。こうして、聡美は嫌々ながら狂児に対して歌唱指導を始めるが......。
◆◆◆◆◆◆
同人作家時代の作品を加筆再編集したものですが、その面白さは他の代表作と比べても全く遜色がありません。さすがは鬼才・和山やまといったところです。物語はヤクザが中学生に歌のレッスンの依頼をするところから始まるという荒唐無稽なものではあるものの、それを独自のセンスとテクニックを駆使し、読者を作品世界に引きずり込んでいく手管が見事です。ヤクザと中学生のシュールな絡みにはなんともいえないおかしみがある一方で、奇妙な友情の形にちょっと胸が熱くなったりもします。『夢中さ、君に』や『女の園の星』などに比べるとギャグは少なめですが、その分、ストーリーテラーとしての上手さが存分に発揮されています。これもまた、和山やまにしか描き得ない傑作です。
塀の中の美容室(原作:桜井美奈/画:小日向まるこ)
週刊誌記者の芦原志穂は編集長から髪を切ってこいと命じられる。しかも、女子刑務所内にある職業訓練用の美容室に行けというのだ。要するに、女子刑務所の取材をしてこいということだった。志穂は取材のために久しぶりのデートを潰されたことに不満を抱きながらも刑務所を訪れ、刑務官に美容室へと案内される。自分の髪を切る美容師が重犯罪者ということで志穂は思わず身構えるが、現れたのは優しげな表情の美人だった。とても重い罪を犯したようには思えない。そして、彼女に髪を切ってもらっている内に、志穂の心の中にある変化が芽生え始め.......。
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桜井美奈が2018年に発表した同名小説のコミカライズ作品です。取材に訪れた記者、刑務官、美容師の家族と、1話ごとに違った角度から刑務所内で美容師をしている女性の真実に迫っていくというのが大まかなストーリーだといえます。全編が優しい雰囲気に満ちており、刑務所が舞台になっているのにも関わらず、読んでいると次第に心が癒されていきます。そして最後に、決して押しつけがましくない、静かな感動が広がっていく点が秀逸です。全4篇の連作短編の形をとっていますが、すべて完成度が高く、極上のヒューマンドラマに仕上がっています。読後の余韻に浸ることが出来る素敵な作品です。
ときめきのいけにえ(うぐいす祥子)
中学生の神業寺マリはマンガが大好きで将来漫画家になることを夢見ていた。そして、いつも教室の片隅でマンガ好きのクラスメイト2人とひっそりマンガの話に嵩じる日々を過ごしていたのだった。そんな彼女が密かに想いを寄せているのはクラスの人気者でイケメンの花水木シゲル。トリオ・ザ・ダークネスと呼ばれている自分とは釣り合いがとれないと思い、遠くから眺めるだけで満足だと思っていた。ある日、学校からの帰り道、マリはシゲルが交通事故にあって倒れている現場に遭遇する。救急車を呼んで彼を救ったところ、なんと病院から退院してきたシゲルから告白されたのだ。しかし、マリはその告白を即座に断ってしまう。彼女には異性とは付き合えない家庭の事情があり......。
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昭和の怪奇漫画を思わせるレトロなタッチと血まみれの描写満載ながらも、微笑ましいラブコメに仕上げた異色作です。胸キュンとスプラッタを同時に楽しめる作品などなかなかないのではないでしょうか。特に、常に場を和ませてくれるボンクラ少年の花水木と、にこやかでバイオレンスな家政婦・安田さんがいい味を出しています。マリと花水木の恋の行方が気になる一方で、神業寺家の方では生贄の女性を神に捧げる儀式をしているは、地下牢に監禁していた殺人鬼の兄が脱走するは、とやばい話が続きます。いろいろな要素がギュウギュウに詰め込まれていながらも決して散漫となることはなく、突き抜けた面白さを保ち続けている点が見事です。物語としてはまだまだ序盤といったところなので今後の展開が非常に気になるところです。
満州アヘンスクワッド(原作:門馬司/画:鹿子)
昭和12年。関東軍の兵士になるために満州に渡った日方勇は地獄のような訓練に耐えて一人前の兵士に成長するも、戦地で民間人に扮したゲリラの少年兵から銃弾を受け、左目の視力を失ってしまう。そのことで、戦力外の烙印を押された彼は軍の食料を作る農業義勇軍に回され、上官に虐げられる日々を送ることになるのだった。ある日、農場の片隅でアヘンの原料であるケシが栽培されていることに気づいた勇は、病気の母を救うためにアヘンの密売に手を染めることを決意する。しかし、その決断は彼の運命ばかりか満州の行く末をも大きく変えていくことになるのだった.....。
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女の園の星(和山やま)
国語教師の星先生はとある女子校で2年生のクラスを受け持ち、とりとめのない日常を送っていた。生徒たちの間で流行っている学級日誌を使っての絵しりとりに翻弄されたり、教室で犬の世話をすることになったり、同僚たちと飲みにいったり。こうして星先生の平凡でちょっと奇妙な日々は今日も続いていく......。
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デビュー作『夢中さ、君に』が”このマンガがすごい2020 オンナ編"で2位にランクインするなど、一躍注目の的となった和山やまの初連載作品です。本作においても独特の笑いのセンスは健在で、どうみてもくだらないネタを他の漫画家では描き得ない絶妙な間と意表を突いたボケで笑いへと転化することに成功しています。また、星先生はいかにもギャグ漫画の主人公といった派手なリアクションなどは一切ないのですが、ボケるときもツッコむときも常にまとわりついているトボけた雰囲気がいい味を出しているのです。しかも、他のキャラも皆どこかずれていて、隙あらば平凡な日常をすぐに混沌たるコント場に変異させようとします。唯一無二といえる才能に彩られたシュールギャグ漫画の傑作です。
そのへんのアクタ(稲井カオル)
リエゾン ーこどものこころ診療所ー(原作:竹村優作/漫画:ヨンチャン)
ブクロキックス(松木いっか)
池袋の整体院で働く青年、小山田は生まれついての全盲で全く目が見えない。ある日、日韓ハーフの女の子、ジヘに誘われ、同僚のハルカと共にブラインドサッカーを始めることになる。ブラインドサッカーとは目隠をしたうえで音の出るボールと選手の発する声で位置関係を把握しながら行う5人制のサッカーのことだが、そこでハルカは恐るべき才能を発揮するのだった。こうして、ジヘたちはゲイバーのママと妻に逃げられた中年男を含めた5人のチームを結成することになる。その頃、最強チームの呼び声高い”玉帝新宿”に勝てば賞金1000万円がもらえるという噂が東京中を駆け回っていた......。
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落ちこぼれチームが意外な奮闘を見せるという、スポーツものの定型パターンを踏襲しているようにも見える作品ですが、主人公に関しては最初から天才ぶりを遺憾なく発揮しており、そのカッコ良さが光ります。試合そのものも通常のサッカーとは異なるルールの中で、個性豊かなチームがぶつかり合う展開が面白くて引き込まれていきます。これまでにない異色のサッカー漫画として注目したい作品です。
竜女戦記(都留泰作)
たかは生まれ故郷の氷向の国で武士である夫・与一郎と3人の子供とともに平穏な生活を送っていた.。だが、三蛇と呼ばれる3人の王が跋扈する隣国・陀国の急襲によって氷向の国は占拠されてしまう。父親の犠牲と与一郎の活躍によって辛くも敵の手から逃れたたかたちは新天地・桜都で長屋暮らしを始める。だが、温厚だった与一郎の様子が次第におかしくなり、家族全員が呪いに囚われてしまうのだった。天下取りの相があるといわれたたかは、家族を救うために女の身でありながら天下を目指すことになるが........。
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風俗や登場人物の姿はどう見ても江戸時代そのものなのに、日本とは全く異なる架空の国が舞台という摩訶不思議な世界観が魅力的なファンタジー戦記です。巻頭に舞台となる国の地図が事細かく描かれており、それを見ただけでわくわくしてきます。レイプなどの残虐描写が結構ある点については好みが分かれるものの、そういった地獄絵図もまた、ストーリーの悲壮さを盛り上げるのに一役買っています。物語はまだまだ始まったばかりですが、ここからどんどん面白くなっていきそうな予感のする期待作です。
鯨井は東洋の魔窟と称される九龍城砦の不動産会社で働く32歳の女性。彼女はガサツで大人げない性格の同僚、工藤とぶつかり合いながら次第に彼に惹かれていく。一方、政府は地球外にもう一つの地球を創造するジェネリック地球(テラ)計画を進めていたが......。
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『恋は雨上がりのように』で中年男と女子高生の恋を描いた作者が、今度は30代同士の大人のラブロマンスに挑戦するのかと思えば、いきなりSF設定が飛び出してきくるのでかなり面喰います。1巻の段階では伏線を散りばめている状態ですが、九龍での日常、登場人物たちの感情の機微、今後物語の焦点になっていくであろう謎などが丁寧に描かれていて思わず引き込まれていきます。それに、色っぽさと可愛らしさを兼ね備えたヒロインも魅力的です。切ないラブロマンスとSFファンタジーのワクワク感が同時に味わえそうな期待作です。
不思議なゆうなぎ(大庭直仁)
ゆうの友達のなぎは不思議なことに遭遇すると目から星が出るちょっと変わった女の子だ。ゆうはなぎのことをとても大切に思っているの一方で、なぎが自分のことをどう思っているのかわからなくて不安な気持ちを抱いていた。そんなある日、ゆうは新しいメガネを買うのだが、それをかけるとなぜかなぎだけが裸に見えるという現象が起きてしまう。こっそり親友の裸を見てドキドキするゆうだったが......。
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ほんわかした絵柄で描かれた日常生活の中でちょっと不思議なことが起きるファンタジーコメディです。一見とりとめのない話が続いていくのですが、読み進めていく内に世界観が緻密に組み立てられていることに気づき、次第に引き込まれていきます。また、不思議なことが起きるたびにちょっとずつゆうとなぎの絆が深まっていくという百合的趣向がほどよいアクセントになっています。微妙に百合で微妙にファンタジー、それでいて微エロもあるという絶妙なさじ加減があとを引く魅力を醸し出しているのです。独特の感覚が癖になる佳品です。
推しのアイドルが隣の部屋に引っ越してきた(脊髄引き抜きの刑)
アイドルオタクの青年、マサキは引っ越しの挨拶にやってきた隣人を見て驚く。そこに自分の推しアイドルであるミカが立っていたからだ。まさかの神展開に歓喜するマサキ。だが、それもつかの間、壁の向こうから聞こえてくる喘ぎ声に彼は絶望することになる。ミカには男がいるのだと思い込んだマサキだったが、その声はわざと彼に聞かせるために用意した偽の音声だった。ミカは根っからのドSで、握手会で何度か会ったマサキを気に入り、自分のおもちゃにするために隣の部屋に引っ越してきたのだ。果たしてマサキはドSアイドルの精神攻撃にどこまで耐えることができるのか?
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タイトルだけ見るとアイドルとオタクの甘酸っぱいラブコメのようなものを連想しがちですが、そんな要素は欠片もありません。アイドルが自分のファンを嬉々として追い込んでいく姿が延々と描かれているだけです。本来ならホラーかサイコサスペンスに分類されそうなお話です。しかし、ミカに追い込まれるマサキが可愛く、マサキを追い込むミカも愛らしく描かれているのでなんとなくラブコメのような錯覚を覚えたりもします。そして、その異常性と可愛らしさのギャップこそが本作の読みどころとなっているのです。twitter発の作品だけにコマ割りが単調で絵も拙いなど、技術的には未熟な部分が目立ちますが、そうした欠点を補うだけの魅力が本作にはあります。Mな気のある男性には特におすすめです。
Shrink~精神科医ヨワイ~(原作:七海仁/作画:月子)
欧米と比較して精神病患者の数は少ないものの、自殺者数が突出している日本は隠れ精神病大国と呼ばれている。多くの人が悩みを抱えながら、医療機関を利用できずにいるのだ。そんな現状にあって、精神科医の弱井は優秀な人材であるのにも関わらず、エリートコースを捨て、新宿の片隅で診療所を営む道を選ぶ。そうして彼は日々、悩みを持って訪れる市井の人々に寄り添っていく.......。
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精神病という日本ではその実態があまりよく知られていない問題をユーモアを交えてわかりやすく描いた作品です。特定の症状がでたときに心療内科と精神科医のどちらに行くべきかなど、身近な疑問が解消できるつくりになっており、非常に勉強になります。また、主人公である弱井の患者を想う気持ちや丁寧な対応は心に染みいるものがあります。精神科医の日常を描いたヒューマンドラマの傑作です。
去勢転生(原作:宮月新/作画:おちゃう)
レイプ犯に幼なじみで想い人でもあった一ノ瀬由奈を殺された姉崎悟は復讐の鬼と化し、15人のレイプ犯の性器を切断したうえで殺していく。やがて逮捕されて絞首刑になる悟だったが、気がつくと死体の山の上にいた。悟は自分が並行世界に飛ばされたことに気づく。しかも、その世界では太陽フレアの異常により、すべての男性は女性を襲って食べるケダモノと化していたのだ。悟は生き残った女性たちと合流し、この世界にもいるはずの由奈を探し始めるが.....。
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生まれ変わると女性ばかりの世界だったというと典型的な異世界ハーレムものですが、男性はすべてゾンビのような化け物と化しているという着眼点がユニークです。さらに、主人公も生き残った女性たちも歪みを抱えていることで、凡百の異世界転生ものにはない絶望感にあふれています。形のうえではハーレム状態ではあるものの、主人公は性的な行為に対して憎悪すら抱いているために、女性に迫られても悪夢でしかありません。そんな狂った世界を分かりやすい形で描いており、ダークなエンタメ作品として非常に楽しめるものに仕上がっています。特に、サバイバルホラーが好きという人にはおすすめです。
水野と茶山 (西尾雄太)
水とお茶しか誇れるものがない小さな田舎町は、長年製茶業者の茶山家によって牛耳られていた。その鬱憤を晴らすかのように、曾川たちのグループは茶山家の娘である茶山さんを学校でいじめている。一方、茶山家の支配に対抗するべく町長に立候補した水野まさるの娘である水野さんは茶山さんと惹かれあい、逢瀬を重ねていた。しかし、水野さんの父が町長となり、茶山家と対立を深めることで、2人の関係にも暗雲が立ち込め........。
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田舎特有の閉塞感や学校での同調圧力といった息が詰まりそうな現実を描きながらも、それと対比をなすエモーショナルな百合の世界に心惹かれます。また、物語の焦点としては、さまざまな障害にさらされながら2人が最後にどういった選択をするのかという点にあるのですが、それに関しても見事な着地を決めています。全2巻と短い作品ながら、ストーリー、演出、作画の全てが一級品だといえる百合漫画の傑作です。
Previous⇒2019年発売!おすすめコミック初巻限定レビュー(kindle版)
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2020年に発売されたおすすめのコミックの内、第1巻のみの限定レビューです。
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百合オタに百合はご法度です。(U-temo)
百合オタ女子の渡辺冬は自分の欲望を満たすために猛勉強をし、お嬢様学校として名高い推花女学園への入学を果たす。ただ、彼女は自分が他の女学生と百合の関係になりたいわけではなかった。女の子同士の尊い関係を間近で見守ることができればそれで満足だったのだ。ところが、冬のクラスには明らかに周囲から浮いているギャルの高岡凛々花が在籍しており、楚々とした百合の世界観を片っ端からぶち壊していく。冬は自分の望む世界がこれ以上壊れないようにと、彼女自身が凛々花の友人になることで、他の女生徒との接触をシャットアウトしようとするのだが......。
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読者の視点に近い百合オタの主人公が百合の世界を守ろうとする話で、そのために百合オタの読者の共感を得やすい作りになっています。しかも、それと並行して地味系女子である主人公がギャルと百合の関係を構築していくという二重構造が秀逸です。百合漫画あるあるネタも随所に散りばめられており、百合好きなら必読の書だといえるのではないでしょうか。
悪役令嬢転生おじさん(上山道郎)
オーヴェルヌ公爵家の令嬢であるグレイスは落馬して頭を打ったショックで自分が転生者だという事実を思い出す。しかも、前世では屯田林憲三郎という名の冴えない中年男だったのだ。交通事故で命を落として娘が所有していた乙女ゲームの世界に転生したことは理解したものの、彼は特にその手のゲームに詳しいわけではなかった。どう考えてもミスキャストじゃないかと思いつつも、グレイス・オーヴェルヌこと屯田林憲三郎は公務員時代に培ったスキルを駆使して登場人物たちの心を掴んでいく......。
百合オタ女子の渡辺冬は自分の欲望を満たすために猛勉強をし、お嬢様学校として名高い推花女学園への入学を果たす。ただ、彼女は自分が他の女学生と百合の関係になりたいわけではなかった。女の子同士の尊い関係を間近で見守ることができればそれで満足だったのだ。ところが、冬のクラスには明らかに周囲から浮いているギャルの高岡凛々花が在籍しており、楚々とした百合の世界観を片っ端からぶち壊していく。冬は自分の望む世界がこれ以上壊れないようにと、彼女自身が凛々花の友人になることで、他の女生徒との接触をシャットアウトしようとするのだが......。
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読者の視点に近い百合オタの主人公が百合の世界を守ろうとする話で、そのために百合オタの読者の共感を得やすい作りになっています。しかも、それと並行して地味系女子である主人公がギャルと百合の関係を構築していくという二重構造が秀逸です。百合漫画あるあるネタも随所に散りばめられており、百合好きなら必読の書だといえるのではないでしょうか。
悪役令嬢転生おじさん(上山道郎)
オーヴェルヌ公爵家の令嬢であるグレイスは落馬して頭を打ったショックで自分が転生者だという事実を思い出す。しかも、前世では屯田林憲三郎という名の冴えない中年男だったのだ。交通事故で命を落として娘が所有していた乙女ゲームの世界に転生したことは理解したものの、彼は特にその手のゲームに詳しいわけではなかった。どう考えてもミスキャストじゃないかと思いつつも、グレイス・オーヴェルヌこと屯田林憲三郎は公務員時代に培ったスキルを駆使して登場人物たちの心を掴んでいく......。
◆◆◆◆◆◆
悪役令嬢ものといえば、乙女ゲームのプレイヤーである若い女性が悪役令嬢に転生するというのが一種のお約束でした。しかし、本作の場合、52歳の中年男が悪役令嬢として転生するという点が意表をついています。しかも、公務員のスキルで乙女ゲームの世界を攻略していくという展開が痛快です。悪役令嬢であるはずなのに何をやっても人のよいオヤジっぽさが滲み出ているのがいい味を出しています。とにかく、外見が公爵令嬢で中身が中年男というギャップが強烈で、時に面白おかしく、時にかっこ良く描かれているのが秀逸です。この手のジャンルとしては珍しく、恋愛問題が全く絡んでこないのも逆に新鮮だといえます。悪役令嬢という手垢のついたジャンルに新風を吹き込んだ意欲作です。
ダーウィン事変(うめざわしゅん)
悪役令嬢ものといえば、乙女ゲームのプレイヤーである若い女性が悪役令嬢に転生するというのが一種のお約束でした。しかし、本作の場合、52歳の中年男が悪役令嬢として転生するという点が意表をついています。しかも、公務員のスキルで乙女ゲームの世界を攻略していくという展開が痛快です。悪役令嬢であるはずなのに何をやっても人のよいオヤジっぽさが滲み出ているのがいい味を出しています。とにかく、外見が公爵令嬢で中身が中年男というギャップが強烈で、時に面白おかしく、時にかっこ良く描かれているのが秀逸です。この手のジャンルとしては珍しく、恋愛問題が全く絡んでこないのも逆に新鮮だといえます。悪役令嬢という手垢のついたジャンルに新風を吹き込んだ意欲作です。
ダーウィン事変(うめざわしゅん)
テロ組織・動物解放同盟(ALA)は生物科学研究所を襲撃し、その際に流産しかかっていたメスのチンパンジーを発見する。彼らはチンパンジーの命を救うべく、車で近くの動物病院まで運ぶ。さいわい赤ちゃんは無事だったものの、それはただのチンパンジーではなかった。チンパンジーと人間のDNAを併せ持つヒューマンジーだったのだ。しかも、遺伝子上の父親は失踪中の生物学者・グロスマン博士のものだと判明する。チャーリーと名付けられたヒューマンジーはチンパンジー研究の権威であるスタイン博士が引き取り、それから15年の月日が流れた。15歳になったチャーリーは高校に入学し、そこで陰キャラの優等生と噂されるルーシーという名の少女と出会うが.......。
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猿と人間のハイブリッドが主役だというと、人間社会に溶け込むことができずに苦悩の日々を重ねていくといった悲劇的な物語を連想しがちですが、少なくともこの1巻ではそうした要素は希薄です。どちらかといえば、ヒューマンジーという人ならざるものを主人公に据えることで、ニュートラルな視点から人間の本質を浮かび上がらせていくことが狙いのように思えます。しかも、感情が欠落しているのかと感じてしまうほどにチャーリーの表情の変化が乏しいことで、人とは異質なものである事実を印象付ける演出が秀逸です。物語はまだまだ序盤ですが、壮大なストーリーの予感に満ちています。それだけに、ALAの暗躍を含め、今後どのように話が転がっていくのかが非常に気になるところです。
私のジャンルに「神」がいます(真田つづる)
趣味で二次創作の同人小説を書いている大学生の七瀬はある日、投稿サイトで綾城という字書き(小説専門の同人作家)の作品を読んで衝撃を受ける。桁違いにクオリティが高かったのだ。人の心を鷲掴みにするような作品のパワーにすっかりまいってしまった七瀬は綾城のtwitterをフォロするが、当然のことながらフォローが返ってくることはなかった。しかも、綾城と親しいらしいおけけパワー中島なる人物の底の浅いツイートが彼女を激しく苛立たせるのだった。それからというもの、七瀬は人が変わったように創作活動にのめり込んでいく。やがて、研磨を積み重ねた彼女は7万8千文字の大作を完成させるのだが.......。
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本作は二次創作の同人小説を題材とした連作短編なのですが、その世界に足を突っ込んだことのある人なら一つ一つのシーンに強い共感を覚えるはずです。しかも、単に二次創作あるあるネタを集めただけではなく、そこからわき上がる悲喜こもごもな感情を、おけけパワー中島なるキャラを用いてうまく物語に落とし込んでいるのが見事です。ちなみに、おけけパワー中島は綾城と親しい関係にあるらしいのですが、作中では姿を一切見せません。それにも関わらず、わずか数行のツイートで同人女たちの心をかき乱していくなど、強烈な存在感を放っています。むしろ、おけけパワー中島の存在感がこの作品のすべてだといっても過言ではないほどです。既存の作品にはちょっと例のない立ち位置のキャラクターであり、それによって本作は、同人創作の本質を鋭く描くことに成功しています。同人であれ、それ以外のジャンルであれ、なんらかの形で創作に携わっているのなら、ぜひ読んでもらいたい異色傑作です。
おとなりに銀河(雨隠ギド)
久我一郎は若くして両親を亡くし、幼い妹弟を一人で養うことになる。両親から相続したアパートの管理人をしながら本業である少女漫画家の仕事を精力的にこなしていく日々。だが、あるとき、辞めていったアシスタントの代わりが見つからず、原稿を落としそうになる。そんな窮地を救ってくれたのが新しいアシスタントとしてやってきた五色しおりだ。彼女はアシスタントをするのはこれが初めてといいつつ、信じられない手際の良さで原稿を仕上げていく。原稿が完成し、ほっとする一郎だったが、ふと見るとしおりのお尻にペンらしきものが刺さっていた。一郎は慌てて引き抜こうとそのペンに触るも、しおりはそれがペンではなく棘だと指摘する。そして、彼女は宣言するのだった。「わたしは流れ星の民の姫。あなたと婚姻関係の契りが結ばれた」と......。
◆◆◆◆◆◆
『甘々と稲妻』で高い評価を得た雨隠ギドの新作です。しかし、『甘々と稲妻』が恋愛要素を織り交ぜながらも家族愛を中心に描かれていたのに対し、本作の場合はその真逆で、家族の絆を描きつつもストレートなラブコメに仕上がっています。そのせいで、前作を気に入っている人にとってはいささか話が薄っぺらく感じてしまうかもしれません。しかし、その一方で、作品全体が優しい空気に包まれているうえに、やや天然っぽい謎めいたヒロインがとても可愛らしいのでほっこりとした気分で読むことができます。また、今のところ恋敵のようなキャラは登場しておらず、ただ2人の交流を描くだけでラブコメとしての面白さを表現できているのが見事です。キャラクターが魅力的で安定した面白さがあるだけに、流れ星の民の末裔という設定が今後どのように話に絡んでくるかが気になるところです。
友達として大好き(ゆうち巳くみ)
ギャルな女子高生・沙愛子は周りの男子を片っ端からたぶらかし、その結果、女子たちから嫌われまくっていた。ある日、人の男に手を出したことでイジメを受けていた沙愛子は生徒会室に逃げ込み、そこで生徒会長の結糸と出会う。イケメンでクールな彼にヒトメボレをしてしまい、思わず「付き合ってください」と口走る沙愛子だったが、速攻で断られてしまう。結糸にとって何よりも大切なのは校則を守ることであり、それに反する不純異性交遊はできないというのだ。それなら友達から始めたいという沙愛子に対して、結糸は「こちらが提示したルールが守れれば友達として認める」というのだが.......。
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貞操観念がゆるゆるで頭もゆるいヒロインに最初はイラッとくるかもしれません。しかし、彼女とは正反対で堅物すぎる生徒会長と出会うことで、お互いに足りないものを補い合って成長していくというプロットはよくできており、不器用ながらも周囲との人間関係を修復していこうとするヒロインの姿には思わず応援したくなります。学校という閉鎖空間での人間関係のモヤモヤと、その中でいかにしてうまくコミュニケーションを築いていくかという問題を、既存の学園漫画とはまた違った形で描いた傑作です。
シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~(硬梨菜・作/不二涼介・画)
ゲーム業界においてフルダイブ型のVRゲームが主流となった近未来。革新的なテクノロジーにゲーム性が追い付いていないゲームが大量に発売され、世の中にはクソゲーが溢れていた。高校2年生の陽務楽郎はそんなクソゲーをこよなく愛するクソゲーハンターだった。ある日、究極のクソゲーといわれるフェアリア・クロニクル・オンラインをクリアーした楽郎は次にプレイするゲームを求めてなじみのゲームショップを訪れる。すると、店長の岩巻真奈からクソゲーを真に楽しむためには良作をプレイすることも大事と、大人気ゲームのシャングリラ・フロンティアをすすめられる。こうして、久しぶりに神ゲーをプレイすることになった楽郎は自分のゲームスタイルを踏まえ、キャラメイキングにおいて「二刀流で戦う鳥頭の半裸男」というキテレツなキャラを選択するのだった。だが、クソゲーで培った独自のプレイスタイルは次第に周囲の注目を集めることになり........。
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原作は大人気なろう小説なのですが、書籍化される前にコミカライズの連載が始まるという異色の展開をみせています。しかも、本作は原作の魅力をうまくコミックに落とし込んでいる良作に仕上がっているのです。高い画力による軽快なアクション漫画として楽しめますし、フルダイブゲームのゲーム内描写も申し分ありません。特に、夜襲のリューカオーンとの戦闘描写が秀逸です。ただ、本巻で描かれているのは長大な物語の序盤も序盤であり、クソゲーで鍛えられた主人公のチート能力が発揮されたり、他のキャラとの本格的な絡みはまだまだこれからということになります。物語自体の面白さはなろうで証明済みであるだけに、今後の展開が非常に楽しみです。
おかえりアリス(押見修造)
亀川洋平、室戸彗、三谷結衣の3人は仲の良い幼馴染で、中学ではみなテニス部に所属していた。そんなある日、洋平は彗からオナニーのやり方を教えてもらう。それからの彼は密かに想いを寄せていた結衣をズリネタにしてオナニーをやりまくるようになっていた。しかし、洋平は結衣が彗に告白している現場を目撃してしまう。しかも、彗は洋平が見ているのに気付きながらも、結衣にキスをするのだった。こうして、幼馴染としての3人の関係は壊れ、彗は何も言わずに北海道に引っ越していく。3年後。洋平は結衣と同じ高校に進学し、もう一度青春をやり直そうと心に誓うが、そんな矢先に金髪美少女が彼の前に現れる。そして、彼女は洋平の耳元で囁く。「ずーっと三谷でオナニーしていたの?」と。少女の正体は女装した彗だったのだ。
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『惡の華』『ハピネス』『血の轍』などで知られる押見修造の作品です。昨今の風潮に乗ってか、LGBTが全面に押し出されていますが、一筋縄ではいかないのが押見作品です。いつものように巻き込まれ型の主人公を中心に添えつつ、いびつで屈折した物語が展開していきます。同様のテーマの作品は多々あるものの、性と性欲を独自のタッチで解体していく手法はこの作家ならではのものです。1巻では3年を経て大きく変わった彗と周囲の反応に焦点が当てられていますが、今後はその彗に関わることで洋平や結衣が変容していく姿も描かれていくものと思われます。それがどのような形になるのかが非常に気になるところです。
世界が終わっても生きるって楽しい(鳥取砂丘)
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ほのぼのとしたポップな絵柄に反し、そこに描かれているのは怪物たちが跋扈するなんとも救いのない世界です。しかし、それだけにヤコーネやヤコの可愛らしさに思わず癒されます。一方、物語としては過酷ながらもゆるーい雰囲気の旅ものであると同時に、SF的な面白さも兼ね備えています。特に、随所に散りばめられている謎が今後どのようにして明らかになっていくのかは非常に気になるところです。『少女終末旅行』や『旅とごはんと終末世界』などに連なる、終末漫画の期待作です。
メダリスト(つるまいかだ)
中学生でフィギュアスケーターを志した司は始めるのが遅すぎたせいもあってシングルの選手としては芽が出なかったものの、20歳でアイスダンスに転向し、全日本選手権への出場を果たす。しかし、その後はプロに転向しようとするも、オーディションを受けては落ちる日々を繰り返していた。そんなある日、母親に反対されながらも内緒でフィギュアスケートの練習をしている少女・いのりと出会う。お互い前途は多難だったが、彼らにはスケートに対する熱い想いがあった。そんな2人がやがてタッグを組み、共に世界を目指していくことになるのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
ひたむきで健気で表情豊かなヒロイン、いのりを始めとしてキャラクターたちが非常に魅力的な作品です。そのうえ、話のテンポも良くてギャグとシリアスのメリハリも申し分ありません。なにより、スケートシーンが迫力満点で、スポーツ漫画としての説得力の高さが光ります。作者はこれがデビュー作とのことですが、にわかには信じがたいほどの完成度を誇っています。面白くて熱くて感動的な、スポーツ漫画を代表する名作に上り詰めていく予感に満ちた注目作です。
六畳一間の魔女ライフ(秋タカ)
魔女のマッジは都会の生活にあこがれて田舎から上京し、魔女組合関東支部を通して仕事の依頼を受けている。しかし、見た目が古臭くて魔法も地味なマッジは碌な仕事をもらえず、日々の暮らしにも窮するほどだった。一方、彼女とコンビを組んでいるリリカは魔女学院を出ており、見栄えも良いのだが、本人のやる気が著しく欠けていた。そんな2人もさまざまな経験を経て、魔女として少しずつ成長していくが......。
◆◆◆◆◆◆
魔法というファンタジックな題材を用いながらも決して派手さはなく、日々の小さな仕事をコツコツこなしていく姿が丁寧に描かれており、良質なお仕事漫画に仕上がっています。基本はコメディであり、ほのぼのとしたゆるい作品ですが、2人の成長物語としても惹かれるものがあります。とにかく読んでいると2人を応援したくなるのです。その点がこの作品の最大の魅力だといえるでしょう。
と、ある日のすごくふしぎ(宮崎夏次系)
中学生でフィギュアスケーターを志した司は始めるのが遅すぎたせいもあってシングルの選手としては芽が出なかったものの、20歳でアイスダンスに転向し、全日本選手権への出場を果たす。しかし、その後はプロに転向しようとするも、オーディションを受けては落ちる日々を繰り返していた。そんなある日、母親に反対されながらも内緒でフィギュアスケートの練習をしている少女・いのりと出会う。お互い前途は多難だったが、彼らにはスケートに対する熱い想いがあった。そんな2人がやがてタッグを組み、共に世界を目指していくことになるのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
ひたむきで健気で表情豊かなヒロイン、いのりを始めとしてキャラクターたちが非常に魅力的な作品です。そのうえ、話のテンポも良くてギャグとシリアスのメリハリも申し分ありません。なにより、スケートシーンが迫力満点で、スポーツ漫画としての説得力の高さが光ります。作者はこれがデビュー作とのことですが、にわかには信じがたいほどの完成度を誇っています。面白くて熱くて感動的な、スポーツ漫画を代表する名作に上り詰めていく予感に満ちた注目作です。
六畳一間の魔女ライフ(秋タカ)
魔女のマッジは都会の生活にあこがれて田舎から上京し、魔女組合関東支部を通して仕事の依頼を受けている。しかし、見た目が古臭くて魔法も地味なマッジは碌な仕事をもらえず、日々の暮らしにも窮するほどだった。一方、彼女とコンビを組んでいるリリカは魔女学院を出ており、見栄えも良いのだが、本人のやる気が著しく欠けていた。そんな2人もさまざまな経験を経て、魔女として少しずつ成長していくが......。
◆◆◆◆◆◆
魔法というファンタジックな題材を用いながらも決して派手さはなく、日々の小さな仕事をコツコツこなしていく姿が丁寧に描かれており、良質なお仕事漫画に仕上がっています。基本はコメディであり、ほのぼのとしたゆるい作品ですが、2人の成長物語としても惹かれるものがあります。とにかく読んでいると2人を応援したくなるのです。その点がこの作品の最大の魅力だといえるでしょう。
と、ある日のすごくふしぎ(宮崎夏次系)
学校の帰り道。一人の少女がもう一人の少女に向かって「もう友達でいるのはやめよう」といいだす。彼女は超能力者で子どもの頃は人気者だったが、力が衰えるにつれて周囲から疎まれるようになっていた。そして、唯一残った幼馴染の女の子とも関係を解消しようとしていたのだ。そんな彼女に対して、幼馴染の女の子は「わかった」といったあとで「やえちゃんは自分のことを特別だと思っているから嫌われるんだよ」と捨て台詞を残して去っていく。それから、15年が過ぎ、大人になったやえは幼馴染と再会するが.......。
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日常の中のちょっと不思議な物語を集めた全36篇のショートショート集です。ファンタジーという言葉だけでは収まりきれないシュールな空気感のなかに、優しさのスパイスを軽く振りかけ、読者の感情を揺さぶっていく手管が見事です。なかにはよく意味がわからない話もありますが、それでも繰り返して読み返したくなるような引力がこの作品にはあります。作者の集大成というべき傑作です。
カラオケ行こ!(和山やま)
合唱部部長の岡聡美は中学生活最後の合唱コンクールのあとで見知らぬ男にカラオケに誘われる。そこで渡された名刺には「四代目風林組若頭補佐 成田狂児」と書かれてあった。ヤクザが自分に何の用があるのかと訝しんでいると、狂児はおもむろに歌がうまくなるコツを教えてくれと言い始める。彼の話によると、年に4回組長主催のカラオケ大会があり、そこで最下位になるとダサい刺青を彫らされるのだという。要するに、狂児はどうしてもその罰ゲームを回避したいのだ。こうして、聡美は嫌々ながら狂児に対して歌唱指導を始めるが......。
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同人作家時代の作品を加筆再編集したものですが、その面白さは他の代表作と比べても全く遜色がありません。さすがは鬼才・和山やまといったところです。物語はヤクザが中学生に歌のレッスンの依頼をするところから始まるという荒唐無稽なものではあるものの、それを独自のセンスとテクニックを駆使し、読者を作品世界に引きずり込んでいく手管が見事です。ヤクザと中学生のシュールな絡みにはなんともいえないおかしみがある一方で、奇妙な友情の形にちょっと胸が熱くなったりもします。『夢中さ、君に』や『女の園の星』などに比べるとギャグは少なめですが、その分、ストーリーテラーとしての上手さが存分に発揮されています。これもまた、和山やまにしか描き得ない傑作です。
塀の中の美容室(原作:桜井美奈/画:小日向まるこ)
週刊誌記者の芦原志穂は編集長から髪を切ってこいと命じられる。しかも、女子刑務所内にある職業訓練用の美容室に行けというのだ。要するに、女子刑務所の取材をしてこいということだった。志穂は取材のために久しぶりのデートを潰されたことに不満を抱きながらも刑務所を訪れ、刑務官に美容室へと案内される。自分の髪を切る美容師が重犯罪者ということで志穂は思わず身構えるが、現れたのは優しげな表情の美人だった。とても重い罪を犯したようには思えない。そして、彼女に髪を切ってもらっている内に、志穂の心の中にある変化が芽生え始め.......。
◆◆◆◆◆◆
桜井美奈が2018年に発表した同名小説のコミカライズ作品です。取材に訪れた記者、刑務官、美容師の家族と、1話ごとに違った角度から刑務所内で美容師をしている女性の真実に迫っていくというのが大まかなストーリーだといえます。全編が優しい雰囲気に満ちており、刑務所が舞台になっているのにも関わらず、読んでいると次第に心が癒されていきます。そして最後に、決して押しつけがましくない、静かな感動が広がっていく点が秀逸です。全4篇の連作短編の形をとっていますが、すべて完成度が高く、極上のヒューマンドラマに仕上がっています。読後の余韻に浸ることが出来る素敵な作品です。
ときめきのいけにえ(うぐいす祥子)
中学生の神業寺マリはマンガが大好きで将来漫画家になることを夢見ていた。そして、いつも教室の片隅でマンガ好きのクラスメイト2人とひっそりマンガの話に嵩じる日々を過ごしていたのだった。そんな彼女が密かに想いを寄せているのはクラスの人気者でイケメンの花水木シゲル。トリオ・ザ・ダークネスと呼ばれている自分とは釣り合いがとれないと思い、遠くから眺めるだけで満足だと思っていた。ある日、学校からの帰り道、マリはシゲルが交通事故にあって倒れている現場に遭遇する。救急車を呼んで彼を救ったところ、なんと病院から退院してきたシゲルから告白されたのだ。しかし、マリはその告白を即座に断ってしまう。彼女には異性とは付き合えない家庭の事情があり......。
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昭和の怪奇漫画を思わせるレトロなタッチと血まみれの描写満載ながらも、微笑ましいラブコメに仕上げた異色作です。胸キュンとスプラッタを同時に楽しめる作品などなかなかないのではないでしょうか。特に、常に場を和ませてくれるボンクラ少年の花水木と、にこやかでバイオレンスな家政婦・安田さんがいい味を出しています。マリと花水木の恋の行方が気になる一方で、神業寺家の方では生贄の女性を神に捧げる儀式をしているは、地下牢に監禁していた殺人鬼の兄が脱走するは、とやばい話が続きます。いろいろな要素がギュウギュウに詰め込まれていながらも決して散漫となることはなく、突き抜けた面白さを保ち続けている点が見事です。物語としてはまだまだ序盤といったところなので今後の展開が非常に気になるところです。
満州アヘンスクワッド(原作:門馬司/画:鹿子)
昭和12年。関東軍の兵士になるために満州に渡った日方勇は地獄のような訓練に耐えて一人前の兵士に成長するも、戦地で民間人に扮したゲリラの少年兵から銃弾を受け、左目の視力を失ってしまう。そのことで、戦力外の烙印を押された彼は軍の食料を作る農業義勇軍に回され、上官に虐げられる日々を送ることになるのだった。ある日、農場の片隅でアヘンの原料であるケシが栽培されていることに気づいた勇は、病気の母を救うためにアヘンの密売に手を染めることを決意する。しかし、その決断は彼の運命ばかりか満州の行く末をも大きく変えていくことになるのだった.....。
◆◆◆◆◆◆
主人公が植物の知識を活かしてアヘンの密売に手を染め、裏社会でのし上がっていこうとするピカレスクロマンです。まだ物語は序盤も序盤ですが、テンポの良さとクセの強い悪党キャラのインパクトで読む者を引き込んでいきます。正直なところ、ダウナー系のはずのアヘンをキメた顧客がなぜかアッパー系のリアクションを取るなど、リアリティに関しては疑問符がつくところも少なくありません。しかし、絵の上手さとブラックユーモアのセンスの良さがその欠点を見事にカバーしています。また、主人公が手を組むことになる暗黒街のボスの娘、麗華の官能的なキャラも魅力の一つとなっており、これからの展開が非常に気になる作品です。
結婚するって本当ですか 365Days To The Wedding (若木民喜)
旅行代理店に入社して4年目の大原タクヤは何事もワンテンポ反応が遅く、上司から怒られてばかりの日々をすごしていた。一方、同じ企画部で一つ年上の本城寺リカは口下手で黙って人を凝視する癖があり、周囲からはちょっと怖そうな人だと思われている。そんなある日、本社の人間がやってきて新しくできるロシアのイルクーツク支店に独身者の誰かを支店長として派遣するという。どうしてもイルクーツクには行きたくないタクヤとリカは利害の一致から偽装結婚を企てるのだが........。
◆◆◆◆◆◆
作者は『神のみぞ知るセカイ』の若木民喜。最近多い偽装カップルものですが、ディテールを丁寧に作り込んでいるので読み応えのある作品に仕上がっています。特に、細やかな心情を掬いあげて描くのが上手く、恋愛ものでありながらベタベタしていないところにも好感が持てます。また、色恋沙汰に疎い2人が偽装結婚するので勝手がわからずにあたふたするところなども秀逸です。『神のみぞ知るセカイ』と比べると随分と落ち付いた作風ではあるものの、丁寧な人間描写は以前の作品にはなかった新たな魅力だといえます。実写ドラマ化が期待できそうな佳品です。
妹は猫(仙幸)
ごく普通の人間の少年である猫太は両親を早くに亡くして猫人間と一緒に暮らすことになる。身寄りのない彼を母の友人であるタマヨが引き取ってくれたのだ。彼以外の家族は全員猫人間だったが、みないい人だった。特に、義理の妹になった幼稚園児のねねこはべったり猫太になついている。そんな2人の日々は?
◆◆◆◆◆◆
ねねこと猫太の日々の交流を描いた日常漫画ですが、この作品はねねこの可愛さに尽きます。他のキャラクターは猫人間といっても見た目以外はほぼ人間なのに対して、ねねこだけは猫の習性を色濃く残しています。そのため、幼女の愛らしさと子猫のキュートさが合体しており、すさまじい破壊力を有しているのです。とにかく、ねねこの魅力で埋め尽くされている1冊です。
ケンシロウによろしく(ジャスミン・ギュ)
母子家庭で育った沼田孝一は10歳のときに母に捨てられる。木村というヤクザに母を奪われたのだ。復讐を誓った沼倉は家にあった北斗の拳を読み漁り、伝説の暗殺拳を習得しようとする。そして10年後。強靭な肉体を得た沼田は木村の前に立ちふさがる。しかし、あっさりと返り討ちにあってしまうのだった。そのときになってようやく北斗の拳を読んだだけでは正確なツボの位置がわからないことに気付き、本格的にツボの勉強をし始める。いつしかあん摩マッサージ指圧師免許を取得した沼田は、マッサージ店を営みながら木村への復讐の機会をうかがうが......。
◆◆◆◆◆◆
主人公の奇人変人ぶりが尋常ではなく、隙あらば『北斗の拳』の素晴らしさを語り始めます。講談社の作品なのに全編が『北斗の拳』のオマージュなのです。さすがは『Back Street Girls』のジャスミン・ギュの作品だけあって発想がぶっ飛んでいます。そして、暗殺拳の習得を目指しながら気が付けば指圧師になっていたという冒頭のエピソードを始めとして、超展開の連続に思わず笑ってしまいます。また、発想が異次元なのに対し、一つ一つのネタはギャグ漫画としてのセオリーをきっちり押さえてきれいにまとまっている点もグッドです。最高にくだらないネタと主人公の真摯な姿勢とのギャップが笑いを生む指圧師コメディの傑作です。
ご飯は私を裏切らない(heisoku)
彼女は29歳で中卒の女性フリーター。バイト以外に職歴はなく、複数のバイトの掛け持ちで糊口をしのぐ日々を続けていた。将来の展望は皆無であり、不安で押しつぶされそうな毎日のなかで、彼女の心にかすかな平穏をもたらしてくれるのが毎日の食事だった......。
◆◆◆◆◆◆
無能でもあまり怒られないし、大事にしてくれるから他の人がやりたがらない過酷な仕事が好きだという、精神的な追い詰められっぷりが半端ない女性が主人公のグルメ漫画です。とはいっても、凡百のグルメ漫画とはかなり性格を異にしています。壊れかけの精神を食を通していかに修復するかという話なので、読んでいるだけでこちらの精神が削られていきそうです。一方で、過剰にまで饒舌な語りには独特のユーモアセンスがあり、両者の掛け合わせが独自の味となっています。絶望を食というささやかな喜びでそっと包み込んだような、他では味わえない異色作です。
刷ったもんだ(染谷みのる)
元ヤンの真白悠は人生をやりなおすべく東京近郊の印刷会社に就職するが、目つきが悪くて周囲から誤解されがちなうえに普通の人付き合いに慣れていないため、人間関係には苦労していた。特に、企画デザイン課の黒瀬宏文はぶっきらぼうな性格で彼女とそりが合わず、天敵というべき存在だった。ところが、仕事上のトラブルで悠が窮しているときに黒崎が救いの手を差し伸べてくれて.....。
◆◆◆◆◆◆
印刷会社を舞台にしたお仕事漫画です。あるあるネタをうまくコメディに落とし込んでおり、ギスギスしそうな人間模様も絶妙なバランスでほっこりした展開に持ち込み、最終的に全員憎めないキャラとして描いている点にも好感が持てます。それに、ヒロインが元ヤンという肩書きに反して真面目な性格であり、しかも、アダルト同人誌の絵にたじろいでしまうような初心なところが可愛らしくてグッドです。1巻はほぼお仕事関連のエピソードだけに徹した感があるだけに、今後、どのように話が膨らんでいくのかにも期待したいところです。
【推しの子』(原作:赤坂アカ/画:横槍メンゴ)
地方都市の病院に勤める医師のゴローには推しのアイドルがいた。それはB小町のセンターのアイだ。もともとは病院に入院していたさりなという少女が推していたアイドルなのだが、難病を患っていた彼女は12歳のときに亡くなり、ゴローがその想いを継ぐ形でアイのファンになっていた。ところが、そのアイがお腹を膨らませてゴローの勤める病院にやってくる。診察の結果、双子を宿していることが明らかになるが、アイは父親が誰なのかを話そうとはしなかった。ゴローは、子供を産んでアイドルも続けるというアイの担当医になる。しかし、彼女の出産が間近に迫ったとき、ゴローは何者かに襲われて命を落としてしまう。そして、気が付くと彼はアイの生んだ双子の兄として転生していた。しかも、一緒に生まれてきた彼の妹はゴローと同じく転生を遂げたさりなだったのだ。こうして推しのアイドルの子供という立場を手にした2人だったが.......。
結婚するって本当ですか 365Days To The Wedding (若木民喜)
旅行代理店に入社して4年目の大原タクヤは何事もワンテンポ反応が遅く、上司から怒られてばかりの日々をすごしていた。一方、同じ企画部で一つ年上の本城寺リカは口下手で黙って人を凝視する癖があり、周囲からはちょっと怖そうな人だと思われている。そんなある日、本社の人間がやってきて新しくできるロシアのイルクーツク支店に独身者の誰かを支店長として派遣するという。どうしてもイルクーツクには行きたくないタクヤとリカは利害の一致から偽装結婚を企てるのだが........。
◆◆◆◆◆◆
作者は『神のみぞ知るセカイ』の若木民喜。最近多い偽装カップルものですが、ディテールを丁寧に作り込んでいるので読み応えのある作品に仕上がっています。特に、細やかな心情を掬いあげて描くのが上手く、恋愛ものでありながらベタベタしていないところにも好感が持てます。また、色恋沙汰に疎い2人が偽装結婚するので勝手がわからずにあたふたするところなども秀逸です。『神のみぞ知るセカイ』と比べると随分と落ち付いた作風ではあるものの、丁寧な人間描写は以前の作品にはなかった新たな魅力だといえます。実写ドラマ化が期待できそうな佳品です。
妹は猫(仙幸)
ごく普通の人間の少年である猫太は両親を早くに亡くして猫人間と一緒に暮らすことになる。身寄りのない彼を母の友人であるタマヨが引き取ってくれたのだ。彼以外の家族は全員猫人間だったが、みないい人だった。特に、義理の妹になった幼稚園児のねねこはべったり猫太になついている。そんな2人の日々は?
◆◆◆◆◆◆
ねねこと猫太の日々の交流を描いた日常漫画ですが、この作品はねねこの可愛さに尽きます。他のキャラクターは猫人間といっても見た目以外はほぼ人間なのに対して、ねねこだけは猫の習性を色濃く残しています。そのため、幼女の愛らしさと子猫のキュートさが合体しており、すさまじい破壊力を有しているのです。とにかく、ねねこの魅力で埋め尽くされている1冊です。
ケンシロウによろしく(ジャスミン・ギュ)
母子家庭で育った沼田孝一は10歳のときに母に捨てられる。木村というヤクザに母を奪われたのだ。復讐を誓った沼倉は家にあった北斗の拳を読み漁り、伝説の暗殺拳を習得しようとする。そして10年後。強靭な肉体を得た沼田は木村の前に立ちふさがる。しかし、あっさりと返り討ちにあってしまうのだった。そのときになってようやく北斗の拳を読んだだけでは正確なツボの位置がわからないことに気付き、本格的にツボの勉強をし始める。いつしかあん摩マッサージ指圧師免許を取得した沼田は、マッサージ店を営みながら木村への復讐の機会をうかがうが......。
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主人公の奇人変人ぶりが尋常ではなく、隙あらば『北斗の拳』の素晴らしさを語り始めます。講談社の作品なのに全編が『北斗の拳』のオマージュなのです。さすがは『Back Street Girls』のジャスミン・ギュの作品だけあって発想がぶっ飛んでいます。そして、暗殺拳の習得を目指しながら気が付けば指圧師になっていたという冒頭のエピソードを始めとして、超展開の連続に思わず笑ってしまいます。また、発想が異次元なのに対し、一つ一つのネタはギャグ漫画としてのセオリーをきっちり押さえてきれいにまとまっている点もグッドです。最高にくだらないネタと主人公の真摯な姿勢とのギャップが笑いを生む指圧師コメディの傑作です。
ご飯は私を裏切らない(heisoku)
彼女は29歳で中卒の女性フリーター。バイト以外に職歴はなく、複数のバイトの掛け持ちで糊口をしのぐ日々を続けていた。将来の展望は皆無であり、不安で押しつぶされそうな毎日のなかで、彼女の心にかすかな平穏をもたらしてくれるのが毎日の食事だった......。
◆◆◆◆◆◆
無能でもあまり怒られないし、大事にしてくれるから他の人がやりたがらない過酷な仕事が好きだという、精神的な追い詰められっぷりが半端ない女性が主人公のグルメ漫画です。とはいっても、凡百のグルメ漫画とはかなり性格を異にしています。壊れかけの精神を食を通していかに修復するかという話なので、読んでいるだけでこちらの精神が削られていきそうです。一方で、過剰にまで饒舌な語りには独特のユーモアセンスがあり、両者の掛け合わせが独自の味となっています。絶望を食というささやかな喜びでそっと包み込んだような、他では味わえない異色作です。
刷ったもんだ(染谷みのる)
元ヤンの真白悠は人生をやりなおすべく東京近郊の印刷会社に就職するが、目つきが悪くて周囲から誤解されがちなうえに普通の人付き合いに慣れていないため、人間関係には苦労していた。特に、企画デザイン課の黒瀬宏文はぶっきらぼうな性格で彼女とそりが合わず、天敵というべき存在だった。ところが、仕事上のトラブルで悠が窮しているときに黒崎が救いの手を差し伸べてくれて.....。
◆◆◆◆◆◆
印刷会社を舞台にしたお仕事漫画です。あるあるネタをうまくコメディに落とし込んでおり、ギスギスしそうな人間模様も絶妙なバランスでほっこりした展開に持ち込み、最終的に全員憎めないキャラとして描いている点にも好感が持てます。それに、ヒロインが元ヤンという肩書きに反して真面目な性格であり、しかも、アダルト同人誌の絵にたじろいでしまうような初心なところが可愛らしくてグッドです。1巻はほぼお仕事関連のエピソードだけに徹した感があるだけに、今後、どのように話が膨らんでいくのかにも期待したいところです。
【推しの子』(原作:赤坂アカ/画:横槍メンゴ)
地方都市の病院に勤める医師のゴローには推しのアイドルがいた。それはB小町のセンターのアイだ。もともとは病院に入院していたさりなという少女が推していたアイドルなのだが、難病を患っていた彼女は12歳のときに亡くなり、ゴローがその想いを継ぐ形でアイのファンになっていた。ところが、そのアイがお腹を膨らませてゴローの勤める病院にやってくる。診察の結果、双子を宿していることが明らかになるが、アイは父親が誰なのかを話そうとはしなかった。ゴローは、子供を産んでアイドルも続けるというアイの担当医になる。しかし、彼女の出産が間近に迫ったとき、ゴローは何者かに襲われて命を落としてしまう。そして、気が付くと彼はアイの生んだ双子の兄として転生していた。しかも、一緒に生まれてきた彼の妹はゴローと同じく転生を遂げたさりなだったのだ。こうして推しのアイドルの子供という立場を手にした2人だったが.......。
◆◆◆◆◆◆
『かぐや様は告らせたい』の赤坂アカと『クズの本懐』の横槍メンゴとの強力タッグによる話題作です。表紙の絵や「推しのアイドルの子供として転生!」というネタから判断しててっきりドタバタラブコメディのようなものを想像していたのですが全然違ってました。確かに、コミカルなシーンは多いものの、それらは前振りにすぎません。むしろ、コミカルなムードが破壊され、シリアスパートに移行していく後半からが本番だといえます。コメディからシリアスへの反転を含め、1巻には色々なアイディアが詰め込まれており、まさにジェットコースターコミックです。詰め込み過ぎといえるほどなのに、話が散漫になっておらず、つかみとしてはほぼ完璧な出来だといえます。ただ、それだけにこのテンションが2巻以降も維持できるのかが気になるところです。
君が肉になっても(とこみち)
ある日、高校生のひな子が夜道を歩いていると、路地裏で蠢く巨大な肉の塊を目撃する。しかも、側頭部に相当する部分に親友の真希がつけているのと同じピアスが引っ掛かっていた。翌日、真希に確認すると、自分が肉の塊になって夜道を徘徊し、通りすがりの人間を食べる夢を見たという。それは本当に夢だったのだろうか?しかも、ことはそれだけでは終わらず、事態は次第に悪化していき.......。
◆◆◆◆◆◆
女子高生が肉塊の怪物になって人を襲うというかなりグロテスクな話なのですが、当事者が日常四コマのような緩い絵と緩いノリなのがなんともシュールです。そして、容赦なく犠牲者が増えていくなかで、あくまでもほのぼの百合テイストを通していた物語も終盤に入ると、ヒロインの歪んだ愛が露わになり、ぞっとしてきます。インパクト満点の作品ですが、それだけに2人の行く末が確認できないままに完結してしまったことが惜しまれます。
スーサイドガール(中山敦支)
女子高生の青木ヶ原星はその目に一点の曇りもない自殺志願者だ。常に元気いっぱいに生きながら、16歳の誕生日に自殺することを夢見ている。そして、自殺サイト・スーサイドカフェに巡り合い、他のメンバーと共に自殺決行の日を迎える。ところが、ワゴンの中で練炭を燃やし、睡眠薬を飲んだはずなのに、彼らは誰も死んでいなかった。実は、スーサイドカフェは自殺志願者に生きる希望を与えることを目的としていたのだ。サイトの管理人が特別に調合した薬の効果によって、見違えるように元気になってその場を立ち去る他のメンバーに対し、青木ヶ原星は自殺できなかったことに失望する。それでも気を取り直して一人で自殺を決行しようとするがなぜか死ぬことができない。そこに管理人が現れ、彼女に告げるのだった。「あなたは年間3万人の自殺志願者の中から選ばれた存在であり、決して自分の意思で死ぬことはできない」と。こうして彼女は魔法少女となり、自殺志願者の命を救う使命を負うことになるのだが........。
◆◆◆◆◆◆
ヒロインが底抜けに明るい自殺志願者という設定がインパクト満点の魔法少女漫画です。また、自殺志願者を救うという使命を果たせないことも多々あるなど、冷静に考えれば暗澹たる気分になってもおかしくないとストーリーを妙に明るいノリで包み込み、全体の雰囲気をうまく中和しています。それに、まるでジェットコースターのような展開の浮き沈みは慣れてくると癖になる面白さに満ちています。その反面、笑いの中に時折、絶望が垣間見られ、ゾッとさせる演出も秀逸です。一筋縄ではいかない捻じれた感覚が魅力の異色作です。
『かぐや様は告らせたい』の赤坂アカと『クズの本懐』の横槍メンゴとの強力タッグによる話題作です。表紙の絵や「推しのアイドルの子供として転生!」というネタから判断しててっきりドタバタラブコメディのようなものを想像していたのですが全然違ってました。確かに、コミカルなシーンは多いものの、それらは前振りにすぎません。むしろ、コミカルなムードが破壊され、シリアスパートに移行していく後半からが本番だといえます。コメディからシリアスへの反転を含め、1巻には色々なアイディアが詰め込まれており、まさにジェットコースターコミックです。詰め込み過ぎといえるほどなのに、話が散漫になっておらず、つかみとしてはほぼ完璧な出来だといえます。ただ、それだけにこのテンションが2巻以降も維持できるのかが気になるところです。
君が肉になっても(とこみち)
ある日、高校生のひな子が夜道を歩いていると、路地裏で蠢く巨大な肉の塊を目撃する。しかも、側頭部に相当する部分に親友の真希がつけているのと同じピアスが引っ掛かっていた。翌日、真希に確認すると、自分が肉の塊になって夜道を徘徊し、通りすがりの人間を食べる夢を見たという。それは本当に夢だったのだろうか?しかも、ことはそれだけでは終わらず、事態は次第に悪化していき.......。
◆◆◆◆◆◆
女子高生が肉塊の怪物になって人を襲うというかなりグロテスクな話なのですが、当事者が日常四コマのような緩い絵と緩いノリなのがなんともシュールです。そして、容赦なく犠牲者が増えていくなかで、あくまでもほのぼの百合テイストを通していた物語も終盤に入ると、ヒロインの歪んだ愛が露わになり、ぞっとしてきます。インパクト満点の作品ですが、それだけに2人の行く末が確認できないままに完結してしまったことが惜しまれます。
スーサイドガール(中山敦支)
女子高生の青木ヶ原星はその目に一点の曇りもない自殺志願者だ。常に元気いっぱいに生きながら、16歳の誕生日に自殺することを夢見ている。そして、自殺サイト・スーサイドカフェに巡り合い、他のメンバーと共に自殺決行の日を迎える。ところが、ワゴンの中で練炭を燃やし、睡眠薬を飲んだはずなのに、彼らは誰も死んでいなかった。実は、スーサイドカフェは自殺志願者に生きる希望を与えることを目的としていたのだ。サイトの管理人が特別に調合した薬の効果によって、見違えるように元気になってその場を立ち去る他のメンバーに対し、青木ヶ原星は自殺できなかったことに失望する。それでも気を取り直して一人で自殺を決行しようとするがなぜか死ぬことができない。そこに管理人が現れ、彼女に告げるのだった。「あなたは年間3万人の自殺志願者の中から選ばれた存在であり、決して自分の意思で死ぬことはできない」と。こうして彼女は魔法少女となり、自殺志願者の命を救う使命を負うことになるのだが........。
◆◆◆◆◆◆
ヒロインが底抜けに明るい自殺志願者という設定がインパクト満点の魔法少女漫画です。また、自殺志願者を救うという使命を果たせないことも多々あるなど、冷静に考えれば暗澹たる気分になってもおかしくないとストーリーを妙に明るいノリで包み込み、全体の雰囲気をうまく中和しています。それに、まるでジェットコースターのような展開の浮き沈みは慣れてくると癖になる面白さに満ちています。その反面、笑いの中に時折、絶望が垣間見られ、ゾッとさせる演出も秀逸です。一筋縄ではいかない捻じれた感覚が魅力の異色作です。
女の園の星(和山やま)
国語教師の星先生はとある女子校で2年生のクラスを受け持ち、とりとめのない日常を送っていた。生徒たちの間で流行っている学級日誌を使っての絵しりとりに翻弄されたり、教室で犬の世話をすることになったり、同僚たちと飲みにいったり。こうして星先生の平凡でちょっと奇妙な日々は今日も続いていく......。
◆◆◆◆◆◆
デビュー作『夢中さ、君に』が”このマンガがすごい2020 オンナ編"で2位にランクインするなど、一躍注目の的となった和山やまの初連載作品です。本作においても独特の笑いのセンスは健在で、どうみてもくだらないネタを他の漫画家では描き得ない絶妙な間と意表を突いたボケで笑いへと転化することに成功しています。また、星先生はいかにもギャグ漫画の主人公といった派手なリアクションなどは一切ないのですが、ボケるときもツッコむときも常にまとわりついているトボけた雰囲気がいい味を出しているのです。しかも、他のキャラも皆どこかずれていて、隙あらば平凡な日常をすぐに混沌たるコント場に変異させようとします。唯一無二といえる才能に彩られたシュールギャグ漫画の傑作です。
そのへんのアクタ(稲井カオル)
2024年。地球外生命体・イズリアンが突如宇宙から飛来し、人々を襲い始める。東京・ニューヨーク・上海と、世界中の大都市が壊滅状態に陥り、まるでこの世の終わりが訪れたかのようだった。それに対し、人類は駆除隊を結成してイズリアンとの大戦争に突入する。それから7年。戦いは決着のつかぬまま、ダラダラと続いており、いつしかそれが人々の日常となっていた。戦いが落ち付いたことで、終末の英雄と呼ばれていた青年・芥はお払い箱となり、鳥取支部に左遷させられる。彼は戦い一筋に生きた朴訥な男だったが、百福副隊長を始めとする鳥取支部の緩い空気に触れていくうちに何かが変わり始め.......。
◆◆◆◆◆◆
戦いに明け暮れていた男が人々と触れ合ううちに徐々に人間性を取り戻していくという、ライトノベルの『フルメタル・パニック!』を彷彿とさせる作品です。舞台設定はいわゆる終末ものですが、終末と言い切るほどに絶望的なわけではありません。人類が滅びそうで滅ばない、でも滅ぶ可能性も少なからず残されているといったどっちつかずの世界観です。しかしながら、そのおかげで、ゆるさと切なさが入り混じったなんともいえない空気を形成し、ヒューマンコメディとしてこれまでにない雰囲気を醸し出すことに成功しています。また、ヒロイン役の百福副隊長も主人公とは対極に位置する人間味溢れるキャラクターとして、停滞しそうな物語をテンポよく引っ張ってくれます。それに、ボケ一辺倒の主人公に対し、必要に応じてボケとツッコミを自在にこなす多芸ぶりは、コメディエンヌとしても申し分ありません。他のキャラクターもみな魅力的で、終末の日常で繰り広げられるドラマを盛り上げてくれます。いろいろな要素が絶妙にブレンドされた傑作です。
対ありだった。~お嬢さまは格闘ゲームなんてしない~(江島絵理)
外部生としてお嬢様学校の黒美女学院高等部に特待生で入学した綾は即席ラーメンを愛する庶民。一方、同じ外部生でも蘭組の”白百合さま”は絶世の美女であるうえに所作の一つ一つが優美で全校生徒の憧れの的だった。綾はそんな彼女をうらやましく思いながらも、お嬢様たちとの寮生活にはなじめずにいた。そんなある日、綾は人気のない特別教室棟で汚い言葉を吐きながら学校で禁止されている対戦格闘ゲームに興じている白百合さまを目撃する。それに気付いた白百合さまから「先生には言わないで」と泣きながら哀願され、綾も誰にも口外しないと約束したものの、ことはそれだけでは終わらなかった。実は綾も格闘ゲームの熟練者だという事実を見抜かれ、白百合さまから対戦を申し込まれてしまい.......。
◆◆◆◆◆◆
お嬢様学校の生徒同士が対戦格闘ゲームを通じて仲を深めていくという、百合版『ハイスコアガール』といった趣の作品です。とはいえ、1巻の時点では女の子同士がイチャイチャするシーンなどは皆無なのですが、その代わり、主人公コンビのキャラがとても魅力的で、それが物語の牽引力になっています。特に、普段はコミュ障で無口なのに、ゲームのことになるとテンションが上がって暴走を始める白百合さまがインパクト大です。美少女ギャグ漫画として非常に勢いがあり、同時に、格ゲー漫画としてもプレイヤーたちがヒートアップしていく高揚感をうまく表現しています。ただ、『ハイスコアガール』とは異なり、著作権の関係なのか、登場する格闘ゲームが架空のものである点が少々残念です。ゲーマーあるあるネタとしてはよくできているだけに、これで実在のゲームが登場していれば完璧だったのですが。とはいえ、格ゲー好きな人にはぜひ読んでもらいたい傑作であることには違いありません。
リエゾン ーこどものこころ診療所ー(原作:竹村優作/漫画:ヨンチャン)
小児科の研修医である遠野志保はやる気はあるのにミスを連発し、色々なことに気を取られては遅刻をするといった具合に、何をやってもうまくいかない日々を繰り返していた。あまりの使えなさ加減にどこからも臨床研修の引き受けを断られた末に、ようやく決まった行先は田舎の小さな診療所だった。ところが、志穂はそこでも子供に対しておこなっていた心理的治療を児童虐待だと早とちりし、治療を妨害してしまう。平謝りする志穂だったが、診療所の主治医である佐山卓は穏やかな態度を崩さない。そして、志保が失敗が多いのは性格のせいではなく、凸凹が原因だというのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
子供の発達障害に焦点を当てた作品ですが、多くの取材に基づき、児童心理学医監修の元で描かれているので安心して読むことができます。そのうえ、凸凹を始めとして分かりやすい表現でおもしろおかしく説明をしてくれるため、読んでいるとすっと腑に落ちる点が秀逸です。また、実際にありそうな症例を取り上げているので勉強にもなります。昔と違って現代では発達障害の基準が拡大したため、診断を受ければ約1割の児童が発達障害と判定されるといわれています。しかし、実際には診断を受けないまま大人になっているケースが大部分を占めているのです。その場合、この作品のヒロインのように、一見問題はなさそうなのに、どうしても社会になじめないなどといったことになりかねません。それを防ぐには幼いときの教育やコミュニケーションが非常に重要になってきます。そうしたことを知る一助として本作は大いに参考となる作品だといえます。特に、小さなお子さんを育てている人におすすめです。
ブクロキックス(松木いっか)
池袋の整体院で働く青年、小山田は生まれついての全盲で全く目が見えない。ある日、日韓ハーフの女の子、ジヘに誘われ、同僚のハルカと共にブラインドサッカーを始めることになる。ブラインドサッカーとは目隠をしたうえで音の出るボールと選手の発する声で位置関係を把握しながら行う5人制のサッカーのことだが、そこでハルカは恐るべき才能を発揮するのだった。こうして、ジヘたちはゲイバーのママと妻に逃げられた中年男を含めた5人のチームを結成することになる。その頃、最強チームの呼び声高い”玉帝新宿”に勝てば賞金1000万円がもらえるという噂が東京中を駆け回っていた......。
◆◆◆◆◆◆
落ちこぼれチームが意外な奮闘を見せるという、スポーツものの定型パターンを踏襲しているようにも見える作品ですが、主人公に関しては最初から天才ぶりを遺憾なく発揮しており、そのカッコ良さが光ります。試合そのものも通常のサッカーとは異なるルールの中で、個性豊かなチームがぶつかり合う展開が面白くて引き込まれていきます。これまでにない異色のサッカー漫画として注目したい作品です。
竜女戦記(都留泰作)
たかは生まれ故郷の氷向の国で武士である夫・与一郎と3人の子供とともに平穏な生活を送っていた.。だが、三蛇と呼ばれる3人の王が跋扈する隣国・陀国の急襲によって氷向の国は占拠されてしまう。父親の犠牲と与一郎の活躍によって辛くも敵の手から逃れたたかたちは新天地・桜都で長屋暮らしを始める。だが、温厚だった与一郎の様子が次第におかしくなり、家族全員が呪いに囚われてしまうのだった。天下取りの相があるといわれたたかは、家族を救うために女の身でありながら天下を目指すことになるが........。
◆◆◆◆◆◆
風俗や登場人物の姿はどう見ても江戸時代そのものなのに、日本とは全く異なる架空の国が舞台という摩訶不思議な世界観が魅力的なファンタジー戦記です。巻頭に舞台となる国の地図が事細かく描かれており、それを見ただけでわくわくしてきます。レイプなどの残虐描写が結構ある点については好みが分かれるものの、そういった地獄絵図もまた、ストーリーの悲壮さを盛り上げるのに一役買っています。物語はまだまだ始まったばかりですが、ここからどんどん面白くなっていきそうな予感のする期待作です。
平成8年夏。気が弱くていじめられっ子だった青島将司は、実家の民宿に泊まりに来た謎めいた美女・あさこと出会う。小学5年生の将司は彼女の醸し出す都会的な大人の雰囲気に惹かれていく。そんな彼に対して、あさこはある条件と引き換えに「君を大人にしてあげる」と持ちかけるが......。
◆◆◆◆◆◆
物語は大人になった主人公が昔を回想するという形で語られていき、ノスタルジックな雰囲気が印象に残る作品に仕上がっています。同時に、少年が年上の女性に抱く憧れの気持ちを巧みに描き出しているのが見事です。また、少年と大人の女性の間に醸し出されるある種の背徳的なエロスや後半になるにつれて色濃くなるサスペンス展開も読み手の興味を引き付けていきます。絵の上手さも申し分なく、今後どのような展開になるのかが非常に気になるところです。
趣味のラブホテル(らば☆)
趣味でBL同人誌を描いている茶耶は作品のリアリティを高めるためにラブホテルの取材を行おうとするも、ホテルを目前にして怖気づいてしまう。そして、入口でウロウロしていたところを若い女性から声をかけられる。焦りながらも事情を話すと、なんとその女の子は一緒にホテルへ入ろうと提案するのだった。しかも、彼女の正体は背中に白い羽を持つ両性具有の天使で.......。
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実名こそ明かしてないものの、実在するラブホテルを紹介していく一種のルポ漫画です。1話でいきなり天使が登場するので面喰らいますが、それは物語に彩りを添えるためのアクセントにすぎません。ファンタジー的展開といったものはほとんどなく、テニスコート付きの部屋、オープンカーのベッド、レストラン並みの本格料理が食べられるホテルといった具合に、あくまでも個性的なラブホを紹介していくというのが基本コンセプトです。大人には見えない女の子のキャラデザとラブホという題材がアンバランスだったりもしますが、生々しさを抑えるという意味では効果的に作用しています。また、各エピソードの終わりには補足のための解説ページも挿入されており、作者のラブホ愛がヒシヒシと伝わってきます。風変わりな題材を丁寧に調理した佳品です。
田所さん(TASUBON)
高校2年の田所陰子は背が低くて性格も暗い地味な女の子。友達が一人もおらず、教室の片隅でこっそりと絵を描くことだけが楽しみだった。一方、容姿端麗で才色兼備な二階堂桜子はクラスの人気者。絶対に相容れない存在だと思われていた2人だったが、実は桜子は陰子に恋心を抱いていたのだ。なんとか彼女と仲良くなりたいと思う桜子だったが.........。
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接点のない2人が徐々に距離を縮めていくタイプのラブコメ漫画と思いきや、トントン拍子に話が進んでいき、あっという間に交際が始まってしまう展開に驚かされます。そのうえ、陰キャラだった田所さんが徐々に明るくなっていくのが可愛らしく感じる一方で、陽キャラポジだった二階堂さんがどんどん変態キャラと化していくのが笑えます。そんな二階堂さんの暴走ぶりを楽しみつつも、親密度を増していく2人にほっこりする百合漫画の快作です。
高校2年の田所陰子は背が低くて性格も暗い地味な女の子。友達が一人もおらず、教室の片隅でこっそりと絵を描くことだけが楽しみだった。一方、容姿端麗で才色兼備な二階堂桜子はクラスの人気者。絶対に相容れない存在だと思われていた2人だったが、実は桜子は陰子に恋心を抱いていたのだ。なんとか彼女と仲良くなりたいと思う桜子だったが.........。
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接点のない2人が徐々に距離を縮めていくタイプのラブコメ漫画と思いきや、トントン拍子に話が進んでいき、あっという間に交際が始まってしまう展開に驚かされます。そのうえ、陰キャラだった田所さんが徐々に明るくなっていくのが可愛らしく感じる一方で、陽キャラポジだった二階堂さんがどんどん変態キャラと化していくのが笑えます。そんな二階堂さんの暴走ぶりを楽しみつつも、親密度を増していく2人にほっこりする百合漫画の快作です。
君のことが大大大大大好きな100人の彼女(野澤ゆき子)
愛城恋太郎は勉強も運動もでき、人望があって顔も悪くないのにも関わらず、女の子からはふられまくっていた。中学卒業までに100回の失恋を経験した恋太郎の前にある日、恋の神様が現れる。そして、恋太郎に「高校で運命の人100人と出会うが、もし結ばれなければ相手は死んでしまう」と告げるのだった。こうして、恋太郎は100人全員との恋愛成就を目指すことになるのだが.........。
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ハーレムものというのはどれだけ多くの美少女が登場しても主人公と結ばれるのは一人だけです。それだけに、自分のお気に入りのヒロインが選ばれなければどうしても不満が生じてしまいます。一方、本作においては最初から全ヒロインとの恋愛成就を目指すと宣言している点が異彩を放っています。しかも、相手は100人です。無茶苦茶な設定ですし、実際の物語も頭の悪い展開が続きます。しかし、その馬鹿さ加減が楽しかったりするのです。それに、登場するヒロインはみな魅力的ですし、ギャグシーンの合間に時折挿入されるシリアスな恋愛描写も意外としっかりしています。そういうわけで、1巻はすこぶる面白かったのですが、このまま100人のヒロインが順番に登場するという展開はいくらなんでも無理があります。今後どのように話が転がっていくのかが非常に気になるところです。
怪異と乙女と神隠し(ぬじま)
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ハーレムものというのはどれだけ多くの美少女が登場しても主人公と結ばれるのは一人だけです。それだけに、自分のお気に入りのヒロインが選ばれなければどうしても不満が生じてしまいます。一方、本作においては最初から全ヒロインとの恋愛成就を目指すと宣言している点が異彩を放っています。しかも、相手は100人です。無茶苦茶な設定ですし、実際の物語も頭の悪い展開が続きます。しかし、その馬鹿さ加減が楽しかったりするのです。それに、登場するヒロインはみな魅力的ですし、ギャグシーンの合間に時折挿入されるシリアスな恋愛描写も意外としっかりしています。そういうわけで、1巻はすこぶる面白かったのですが、このまま100人のヒロインが順番に登場するという展開はいくらなんでも無理があります。今後どのように話が転がっていくのかが非常に気になるところです。
異世界失格(原作:野田宏/絵:若松卓宏)
文豪として知られる作家はその夜、愛する人とともに荒れ狂う玉川上水へとやってきた。入水自殺をするためである。ところが、突然トラックが闇夜から現れ、2人を轢いてしまう。気がつくと作家は見覚えのない教会の中にいた。しかも、司祭の格好をしたエルフが、「あなたはこの世界を救うために召喚された勇者です」という。そして、彼に使命を告げるのだが、作家は彼女の話に全く興味を示さず、睡眠薬を飲んで死んでしまおうとする。果たして彼はこの世界の救世主となりえるのだろうか?
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今や猫も杓子も異世界転生する時代ですが、本作では太宰治をモデルとした作家が召喚され、世界を救うために冒険の旅に出ることになります。とはいっても、この主人公、まったくやる気がありません。冒険そっちのけで新作の執筆に取り組んではスランプに陥り、すぐに死のうとするのです。最初はそういった極端なキャラクター性に頼ったコメディ風に展開していきます。それはそれで面白いのですが、本作の真骨頂はそこから先にあります。やる気のない太宰治風の作家を主人公に据えながらもきちんと正統派冒険ファンタジーとして成立させてしまっているのが見事です。太宰治という異物を異世界転生ものというジャンルへと見事に落とし込んだ傑作です。
怪異と乙女と神隠し(ぬじま)
首都圏に位置するやたらと警戒標識の多い街。その街のとある書店には怪談好きの緒川菫子と、無口だが彼女の前ではおしゃべりになる少年・化野蓮(あだしの・れん)が働いている。ちなみに、菫子は15歳のときに新人文学賞を受賞していたが、その後十数年間は鳴かず飛ばずだった。小説は書き続けているものの、ことごとく没になっていたのだ。そんな彼女の願いは少女時代の瑞々しい感性を取り戻すこと。ある日、店長から誕生日プレゼントとしてもらった古い本を読んだところ、彼女の体は次第に縮み始め、ついには子どもになってしまう。一体、彼女の身に何がおきたのか?
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都市伝説や怪談好きの人におすすめの怪奇ミステリーです。本作で描かれている怪異は基本的に出典のあるものばかりで、その辺りが知的好奇心をくすぐる作りになっています。特に、万葉集を引用することで、ぐっとリアリティが増している点が秀逸です。一方、怪異を読み解くことが主となる物語なので絵的には地味になりがちなのですが、幼児化や影舐めといったフェティズムな要素を盛り込み、適度な刺激を読者に与えることに成功しています。また、メインキャラの3人も、アラサー恵体美女の菫子を始めとして属性てんこ盛りで、キャラが立ちまくりです。フェチと怪異にまみれたこの物語が、今後どのように転がっていくのかが非常に気になるところです。
HGに恋するふたり(工藤マコト)
14歳のときに偶然テレビでガンダムSEEDの放送を目にした神崎さやかは、たちまちMS(モビルスーツ)の魅力にとりつかれる。しかし、親の理解は得られず、同世代の女の子にはガンダムSEEDのファンはそれなりにいたものの、出てくる話題はキャラクターのことばかりだった。屈折した想いを抱えたまま30歳になった彼女は、ある日ガンプラマニアの女子高生、高宮宇宙(そら)に出会う。さやかは宇宙から指南を受け、改めてMS愛を育んでいくが.......。
◆◆◆◆◆◆
マイナー趣味に対する肩身の狭さや同好の士を見つけたときの喜びなどを巧みに描いた作品です。好きなものを好きだといえる喜びがストレートに伝わってきます。自分の趣味を理解してもらえずに寂しい想いをするということは多かれ少なかれ誰にでもある話なので、ガンダム自体に興味がない人でも共感できる部分は多いのではないでしょうか。もちろん、ガンダム好きの人であれば、ガンダムにまつわるあるあるネタが散りばめられているこの作品をより一層楽しむことができるでしょう。ただ、一般的なコミックと比べるとかなり薄く、ガンプラもこの巻では一つしか作っていないため、読み応えという点では物足りなさを感じるかもしれません。そういった部分は今後に期待したいところです。
不器用な先輩。(工藤マコト)
鉄輪は美人だが性格がきつくて少し怖いと周囲から思われている27歳のOLだ。そんな彼女が新人社員である亀川の教育係をまかされることになる。亀川に厳しい態度で臨む鉄輪だったが、内心では彼のことが気になってしょうがなかった......。
◆◆◆◆◆◆
twitterで人気の作品を書籍化したオフィスラブコメディです。本作の魅力はなんといってもヒロインの可愛らしさにあります。表面的な言動はきついのに、内心では常に亀川のことを心配していて、しかも実態は結構ポンコツだというギャップがたまりません。テンパると思わず方言が出てしまうところも実にキュートです。一方で、厳しく振舞うヒロインに対しても屈託のない態度で接する亀川にも好感が持てます。読み手をほっこりした気分にさせてくれる佳品です。
猫を拾った話。(寺田亜太朗)
サラリーマンのイガイくんは家に帰る途中で子猫を拾う。彼は動物嫌いだったが、足が1本欠けていてヤニで目も開いていないその猫をどうしても見捨てることができなかったのだ。献身的に世話をした甲斐あって、猫はみるみる元気になっていく。ところが、それは猫ではなかった。単眼で尻尾の先に鼻があり、しかも1カ月足らずでヒグマ並みの大きさになっていく。どう考えても地球上の生命体とは思えない。戸惑いを隠せなイガイくんだったが、それでもなついてくるその生き物を愛おしく思うようになり.......。
◆◆◆◆◆◆
基本的な内容はよくある癒し系ペット漫画なのですが、この作品が特異なのはそのペットがもののけの類であるという点です。一見巨大な猫に見えて、仕草や主人公に甘えてくる姿なんかも非常にキュートではあるものの、ときどき得体の知れなさを垣間見せ、読み手をぞっとさせます。この癒し空間の中にホラー要素がわずかに混じっている点がほど良いアクセントとなっているのです。また、この”ネコ”だけでなく、主人公で天然系のイガイ君もなかなかの愛らしさを発揮してくれます。さらに、偶然”ネコ”を目撃してしまい、疑心暗鬼に陥っている同僚のサトウさんも可愛かったりします。癒し系ホラーとでもいうべき異色作です。
水溜まりに浮かぶ島(三部けい)
小学生の明神湊は幼い妹の渚と一緒にめったに帰ってこない母を待ちながら日々を送っていた。ある日、久しぶりに戻ってきた母は今から遊園地に行こうと言い出す。渚は大喜びだったが、あまりにも唐突な提案に湊は不安を募らせる。そして、その不安は意外な形で的中する。母を残して妹と2人で観覧車に乗ったところ、突然雷がゴンドラを直撃したのだ。しかも、気がつくと目の前には知らない女性の他殺死体が転がっており、湊自身も見覚えのない男の姿になっていた。どうやら雷の衝撃で湊とその男の体が入れ替わったらしい。ということは今、渚は殺人犯と一緒にいるということになる。湊はなんとか渚とコンタクトをとろうとするが......。
パリピ孔明(原作:四葉タト/画:小川亮)
西暦234年。五丈原の戦いの最中に病に倒れた諸葛孔明は、病状が回復することなく、そのまま命を落としてしまう。ところが、気が付くと彼はハロウィンで賑わう東京の街に立っていた。周囲の若者からコスプレだと勘違いされた孔明はダンスミュージックの鳴り響くクラブへ連れてこられ、そこでシンガーを目指す月見英子と出会う。その後、自分が1800年後の世界に飛ばされたことを理解した孔明は自身の知略を生かし、月子の売り出しに協力することになるのだが......。
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孔明が現代に転生してバーでバイトしているというだけでも面白いのですが、そのうえ、ヒロインのサクセスストーリーとしてしっかりと作り込んでいる点に感心させられます。三国志オタクのバーの店長とのやり取りは笑えますし、ヒロインを売り出すために繰り出す孔明ならではのぶっとんだ戦略にもニヤリとさせられます。孔明というキャラを十全に生かした傑作で、これからの展開も大いに気になるところです。
おむすびの転がる町(panpanya)
ある日、きのこ狩りをしていた女性の前にツチノコが現れる。彼女は機転を利かせてそのツチノコを捕獲し、1億円の懸賞金を目当てに町役場に持ち込んだ。しかし、担当職員は「これがツチノコだという証拠がなければ懸賞金は払えない」という。次に、ツチノコ学会に行って相談をすると、「学会に所属してツチノコの存在を証明する論文を発表しないか」と持ちかけられる。こうして、彼女は1億円を得るためにツチノコ研究者としての第一歩を踏み出すことになるのだが......。
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5話連作となる『筑波山観光不案内』と他10話の短編が収録された6冊目の作品集です。いずれも作者の分身と思しき主人公が語り手として据えられており、日常の中に広がるちょっと不思議な世界に読者を引き込んでいきます。この本を読んでいるとなんだか自分が住んでいる町もいたるところに不思議が隠されているような気分にさせられます。現実世界からのほどよい逸脱が心地よい、極めてオリジナリティの高い傑作です。
HGに恋するふたり(工藤マコト)
14歳のときに偶然テレビでガンダムSEEDの放送を目にした神崎さやかは、たちまちMS(モビルスーツ)の魅力にとりつかれる。しかし、親の理解は得られず、同世代の女の子にはガンダムSEEDのファンはそれなりにいたものの、出てくる話題はキャラクターのことばかりだった。屈折した想いを抱えたまま30歳になった彼女は、ある日ガンプラマニアの女子高生、高宮宇宙(そら)に出会う。さやかは宇宙から指南を受け、改めてMS愛を育んでいくが.......。
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マイナー趣味に対する肩身の狭さや同好の士を見つけたときの喜びなどを巧みに描いた作品です。好きなものを好きだといえる喜びがストレートに伝わってきます。自分の趣味を理解してもらえずに寂しい想いをするということは多かれ少なかれ誰にでもある話なので、ガンダム自体に興味がない人でも共感できる部分は多いのではないでしょうか。もちろん、ガンダム好きの人であれば、ガンダムにまつわるあるあるネタが散りばめられているこの作品をより一層楽しむことができるでしょう。ただ、一般的なコミックと比べるとかなり薄く、ガンプラもこの巻では一つしか作っていないため、読み応えという点では物足りなさを感じるかもしれません。そういった部分は今後に期待したいところです。
不器用な先輩。(工藤マコト)
鉄輪は美人だが性格がきつくて少し怖いと周囲から思われている27歳のOLだ。そんな彼女が新人社員である亀川の教育係をまかされることになる。亀川に厳しい態度で臨む鉄輪だったが、内心では彼のことが気になってしょうがなかった......。
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twitterで人気の作品を書籍化したオフィスラブコメディです。本作の魅力はなんといってもヒロインの可愛らしさにあります。表面的な言動はきついのに、内心では常に亀川のことを心配していて、しかも実態は結構ポンコツだというギャップがたまりません。テンパると思わず方言が出てしまうところも実にキュートです。一方で、厳しく振舞うヒロインに対しても屈託のない態度で接する亀川にも好感が持てます。読み手をほっこりした気分にさせてくれる佳品です。
猫を拾った話。(寺田亜太朗)
サラリーマンのイガイくんは家に帰る途中で子猫を拾う。彼は動物嫌いだったが、足が1本欠けていてヤニで目も開いていないその猫をどうしても見捨てることができなかったのだ。献身的に世話をした甲斐あって、猫はみるみる元気になっていく。ところが、それは猫ではなかった。単眼で尻尾の先に鼻があり、しかも1カ月足らずでヒグマ並みの大きさになっていく。どう考えても地球上の生命体とは思えない。戸惑いを隠せなイガイくんだったが、それでもなついてくるその生き物を愛おしく思うようになり.......。
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基本的な内容はよくある癒し系ペット漫画なのですが、この作品が特異なのはそのペットがもののけの類であるという点です。一見巨大な猫に見えて、仕草や主人公に甘えてくる姿なんかも非常にキュートではあるものの、ときどき得体の知れなさを垣間見せ、読み手をぞっとさせます。この癒し空間の中にホラー要素がわずかに混じっている点がほど良いアクセントとなっているのです。また、この”ネコ”だけでなく、主人公で天然系のイガイ君もなかなかの愛らしさを発揮してくれます。さらに、偶然”ネコ”を目撃してしまい、疑心暗鬼に陥っている同僚のサトウさんも可愛かったりします。癒し系ホラーとでもいうべき異色作です。
水溜まりに浮かぶ島(三部けい)
小学生の明神湊は幼い妹の渚と一緒にめったに帰ってこない母を待ちながら日々を送っていた。ある日、久しぶりに戻ってきた母は今から遊園地に行こうと言い出す。渚は大喜びだったが、あまりにも唐突な提案に湊は不安を募らせる。そして、その不安は意外な形で的中する。母を残して妹と2人で観覧車に乗ったところ、突然雷がゴンドラを直撃したのだ。しかも、気がつくと目の前には知らない女性の他殺死体が転がっており、湊自身も見覚えのない男の姿になっていた。どうやら雷の衝撃で湊とその男の体が入れ替わったらしい。ということは今、渚は殺人犯と一緒にいるということになる。湊はなんとか渚とコンタクトをとろうとするが......。
◆◆◆◆◆◆
『魍魎の揺りかご』『僕だけがいない街』などを発表し、SFサスペンスには定評のある三部けいの新作です。あいかわらず、導入部の巧さには素晴らしいものがあります。主人公の特殊な家庭事情がテンポよく描かれ、一通り説明が終わったところで、話が大きく動くので読者は一気に物語に引き込まれていきます。急転直下の展開に先が気になってページをめくる手が止まらなくなってしまうのです。そのうえ、絵の描き込みやディテール描写にも手抜きが一切ないのでドラマに厚みが感じられるのも大きな美点だといえるでしょう。入れ替わりサスペンスそのものはありがちな題材ですが、それを安っぽく感じさせない手腕が見事です。
妻と僕の小規模な育児(福満しげゆき)
『魍魎の揺りかご』『僕だけがいない街』などを発表し、SFサスペンスには定評のある三部けいの新作です。あいかわらず、導入部の巧さには素晴らしいものがあります。主人公の特殊な家庭事情がテンポよく描かれ、一通り説明が終わったところで、話が大きく動くので読者は一気に物語に引き込まれていきます。急転直下の展開に先が気になってページをめくる手が止まらなくなってしまうのです。そのうえ、絵の描き込みやディテール描写にも手抜きが一切ないのでドラマに厚みが感じられるのも大きな美点だといえるでしょう。入れ替わりサスペンスそのものはありがちな題材ですが、それを安っぽく感じさせない手腕が見事です。
妻と僕の小規模な育児(福満しげゆき)
漫画家の僕はようやく漫画一本でやっていける目途が立ち、妻の希望で赤ちゃんを作ることになる。そうして長男が生まれてくるのだが、いきなり「両耳が聴こえていない」という診断を受けてしまう。しかも、その後、定期健診にいけば、黄疸が悪化していて救急車で運ばれる始末。その後、次男も生まれるが子育てはわからないことだらけで.......。
◆◆◆◆◆◆
作者自身の経験を綴った育児漫画です。子育てという多くの人が経験する身近な話を、作者ならではのネガティブなユーモアで包みこみ、独特の味わいを醸し出すことに成功しています。障害や言葉の遅れ、集団生活への不適応といった身につまされる話で共感を誘いながらも、ときにナンセンスな展開で笑わせてくれるのがいかにも福満流といった感じです。福満しげゆきといえば、妻ものというイメージが強かったのですが、そうした作品群とはまた違った味わいを楽しむことができます。一方で、妻のキャラも相変わらず立ちまくっており、4人家族の日常を赤裸々に描いたエッセイとして秀逸です。
武士スタント逢坂くん!(ヨコヤマ・ノブオ)
寛政3年。絵師の逢坂総司郎は春画を描いて生計を立てていた。しかし、一部の愛好家からは高い人気を得ていたものの、彼が暮らす藩では春画を描くと死罪と定められていたため、とうとう捕えられてしまう。そして、打ち首にされようとしたその瞬間、何故か彼は現代の漫画家・宮上祐樹の仕事部屋にタイムスリップする。そこで初めて漫画を目にした逢坂はその表現の豊かさに感銘を覚え、宮上のアシスタントとして働き始めるが......。
◆◆◆◆◆◆
亀甲縛りにされた全裸の武士が漫画家の仕事部屋に出現するという冒頭のシーンがインパクト大なナンセンスギャグ漫画です。基本的にふざけ倒している作品ですが、主人公の絵に対する情熱は一貫しており、笑いながらもある種の感動を覚える作品に仕上がっています。また、漫画と春画の共通点や相違点、規制の話など、いろいろ勉強になる部分もあります。脇役もいい味を出しており、これからの展開が楽しみです。
久保さんは僕を許さない(雪森寧々)
高校1年の白石純太は存在感の希薄な少年で、卒業アルバムの集合写真では普通に写っているにも関わらず、欠席だと思われて顔写真を右上に合成されてしまうほどだった。教室にいても教師やクラスメイトから存在を忘れられることも珍しくない。そんな中で、絶世美少女の久保さんだけがなぜか純太を見つけてはちょっかいをかけてくる。彼女は明らかに純太に興味を持っているようだが、それを恋と呼ぶにはまだ遠く......。
◆◆◆◆◆◆
冴えない男子と学園のマドンナ的存在が恋に落ちるというパターンのラブコメなら星の数ほどありますが、本作の主人公の場合は”冴えない”とか”モブキャラ”とかいった次元を通り越してステルス機能を有している点が異彩を放っています。まるで『咲ーsakiー』のステルスモモのようです。そのこともあって、リアクションも今一つ薄い彼ですが、ぐいぐいくる久保さんに振り回されている内に、いろいろな表情を見せるようになります。その展開がほのぼのとしていて読んでいると思わず癒されていきます。一方、ヒロインである久保さんも無邪気でいながら、ちょっとSっ気のあるところが可愛すぎです。『からかい上手の高木さん』に通じる部分もありますが、あちらと比べると主人公に対するヒロインの愛情がよりストレートに伝わってくる点が好印象です。
九龍ジェネリックロマンス(眉月ジュン)
鯨井は東洋の魔窟と称される九龍城砦の不動産会社で働く32歳の女性。彼女はガサツで大人げない性格の同僚、工藤とぶつかり合いながら次第に彼に惹かれていく。一方、政府は地球外にもう一つの地球を創造するジェネリック地球(テラ)計画を進めていたが......。
◆◆◆◆◆◆
『恋は雨上がりのように』で中年男と女子高生の恋を描いた作者が、今度は30代同士の大人のラブロマンスに挑戦するのかと思えば、いきなりSF設定が飛び出してきくるのでかなり面喰います。1巻の段階では伏線を散りばめている状態ですが、九龍での日常、登場人物たちの感情の機微、今後物語の焦点になっていくであろう謎などが丁寧に描かれていて思わず引き込まれていきます。それに、色っぽさと可愛らしさを兼ね備えたヒロインも魅力的です。切ないラブロマンスとSFファンタジーのワクワク感が同時に味わえそうな期待作です。
不思議なゆうなぎ(大庭直仁)
ゆうの友達のなぎは不思議なことに遭遇すると目から星が出るちょっと変わった女の子だ。ゆうはなぎのことをとても大切に思っているの一方で、なぎが自分のことをどう思っているのかわからなくて不安な気持ちを抱いていた。そんなある日、ゆうは新しいメガネを買うのだが、それをかけるとなぜかなぎだけが裸に見えるという現象が起きてしまう。こっそり親友の裸を見てドキドキするゆうだったが......。
◆◆◆◆◆◆
ほんわかした絵柄で描かれた日常生活の中でちょっと不思議なことが起きるファンタジーコメディです。一見とりとめのない話が続いていくのですが、読み進めていく内に世界観が緻密に組み立てられていることに気づき、次第に引き込まれていきます。また、不思議なことが起きるたびにちょっとずつゆうとなぎの絆が深まっていくという百合的趣向がほどよいアクセントになっています。微妙に百合で微妙にファンタジー、それでいて微エロもあるという絶妙なさじ加減があとを引く魅力を醸し出しているのです。独特の感覚が癖になる佳品です。
推しのアイドルが隣の部屋に引っ越してきた(脊髄引き抜きの刑)
アイドルオタクの青年、マサキは引っ越しの挨拶にやってきた隣人を見て驚く。そこに自分の推しアイドルであるミカが立っていたからだ。まさかの神展開に歓喜するマサキ。だが、それもつかの間、壁の向こうから聞こえてくる喘ぎ声に彼は絶望することになる。ミカには男がいるのだと思い込んだマサキだったが、その声はわざと彼に聞かせるために用意した偽の音声だった。ミカは根っからのドSで、握手会で何度か会ったマサキを気に入り、自分のおもちゃにするために隣の部屋に引っ越してきたのだ。果たしてマサキはドSアイドルの精神攻撃にどこまで耐えることができるのか?
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タイトルだけ見るとアイドルとオタクの甘酸っぱいラブコメのようなものを連想しがちですが、そんな要素は欠片もありません。アイドルが自分のファンを嬉々として追い込んでいく姿が延々と描かれているだけです。本来ならホラーかサイコサスペンスに分類されそうなお話です。しかし、ミカに追い込まれるマサキが可愛く、マサキを追い込むミカも愛らしく描かれているのでなんとなくラブコメのような錯覚を覚えたりもします。そして、その異常性と可愛らしさのギャップこそが本作の読みどころとなっているのです。twitter発の作品だけにコマ割りが単調で絵も拙いなど、技術的には未熟な部分が目立ちますが、そうした欠点を補うだけの魅力が本作にはあります。Mな気のある男性には特におすすめです。
Shrink~精神科医ヨワイ~(原作:七海仁/作画:月子)
欧米と比較して精神病患者の数は少ないものの、自殺者数が突出している日本は隠れ精神病大国と呼ばれている。多くの人が悩みを抱えながら、医療機関を利用できずにいるのだ。そんな現状にあって、精神科医の弱井は優秀な人材であるのにも関わらず、エリートコースを捨て、新宿の片隅で診療所を営む道を選ぶ。そうして彼は日々、悩みを持って訪れる市井の人々に寄り添っていく.......。
◆◆◆◆◆◆
精神病という日本ではその実態があまりよく知られていない問題をユーモアを交えてわかりやすく描いた作品です。特定の症状がでたときに心療内科と精神科医のどちらに行くべきかなど、身近な疑問が解消できるつくりになっており、非常に勉強になります。また、主人公である弱井の患者を想う気持ちや丁寧な対応は心に染みいるものがあります。精神科医の日常を描いたヒューマンドラマの傑作です。
去勢転生(原作:宮月新/作画:おちゃう)
レイプ犯に幼なじみで想い人でもあった一ノ瀬由奈を殺された姉崎悟は復讐の鬼と化し、15人のレイプ犯の性器を切断したうえで殺していく。やがて逮捕されて絞首刑になる悟だったが、気がつくと死体の山の上にいた。悟は自分が並行世界に飛ばされたことに気づく。しかも、その世界では太陽フレアの異常により、すべての男性は女性を襲って食べるケダモノと化していたのだ。悟は生き残った女性たちと合流し、この世界にもいるはずの由奈を探し始めるが.....。
◆◆◆◆◆◆
生まれ変わると女性ばかりの世界だったというと典型的な異世界ハーレムものですが、男性はすべてゾンビのような化け物と化しているという着眼点がユニークです。さらに、主人公も生き残った女性たちも歪みを抱えていることで、凡百の異世界転生ものにはない絶望感にあふれています。形のうえではハーレム状態ではあるものの、主人公は性的な行為に対して憎悪すら抱いているために、女性に迫られても悪夢でしかありません。そんな狂った世界を分かりやすい形で描いており、ダークなエンタメ作品として非常に楽しめるものに仕上がっています。特に、サバイバルホラーが好きという人にはおすすめです。
水野と茶山 (西尾雄太)
水とお茶しか誇れるものがない小さな田舎町は、長年製茶業者の茶山家によって牛耳られていた。その鬱憤を晴らすかのように、曾川たちのグループは茶山家の娘である茶山さんを学校でいじめている。一方、茶山家の支配に対抗するべく町長に立候補した水野まさるの娘である水野さんは茶山さんと惹かれあい、逢瀬を重ねていた。しかし、水野さんの父が町長となり、茶山家と対立を深めることで、2人の関係にも暗雲が立ち込め........。
◆◆◆◆◆◆
田舎特有の閉塞感や学校での同調圧力といった息が詰まりそうな現実を描きながらも、それと対比をなすエモーショナルな百合の世界に心惹かれます。また、物語の焦点としては、さまざまな障害にさらされながら2人が最後にどういった選択をするのかという点にあるのですが、それに関しても見事な着地を決めています。全2巻と短い作品ながら、ストーリー、演出、作画の全てが一級品だといえる百合漫画の傑作です。
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隠れた名作を探せ!このミス2020の落穂拾い 国内編
最新更新日2020/04/25☆☆☆
昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングから外れてしまったものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!(ベスト20)』及び『本格ミステリベスト10』の2つをピックアップし、これらのランキングにランクインしていない、それどころか下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2020年版 国内ベスト20予想
本格ミステリベスト10・2020年国内版予想
このミステリーがすごい!2020年版 国内ベスト20予想
本格ミステリベスト10・2020年国内版予想
虎を追う(櫛木理宇)
30年前に起きた幼女連続殺人。2人組の男が逮捕され、死刑囚として収監されていたが、その内一人が癌で死亡した。この事件に引っかかりを感じていた元刑事の星野は、孫やその友人たちの協力を得て、独自に再調査を始めるが......。
◆◆◆◆◆◆
よくある冤罪ものですが、インターネットを駆使した調査方法がリアルに描かれている点が斬新です。それに、真犯人の残虐性をこれでもかというほど描写する一方で、主人公サイドの執念の捜査も克明に描かれており、その対比によって犯人を追いつめるプロセスを盛り上げることに成功しています。小さなサプライズを散りばめて先が気になる作りになっている点にもうまさを感じます。夢中になって読むことのできる捜査小説の傑作です。
少女葬(櫛木理宇)
16歳の少女・綾希は毒親からの虐待に耐えかね、保証人不要のシェアハウスに飛び込んだ。そこで、似た境遇の少女・槇実と出会い、共同生活を始める。苦しい生活の中で待ち受けていたのは残酷な運命だった.....。
◆◆◆◆◆◆
学園ホラー小説の『ホーンテットキャンパス』シリーズで著名な著者がリアルな社会問題に材を取り、貧困ビジネスの恐怖を描いた力作です。わずかなチャンスをものにし、貧困から抜け出すものがいる一方で、悲惨な末路を迎える登場人物の描写は想像を絶します。かなり陰鬱とした物語ですが、一度読みだしたらページをめくる手を最後まで止められない牽引力があります。ただ、貧困の現実をリアルに描いている割に、主人公の現実対処能力が高すぎるのは全体のリアリティを損ないかねないものであり、賛否の分かれるところです。
その日、朱音は空を飛んだ(武田綾乃)
川崎朱音は学校の屋上から飛び降り、命を絶った。しかし、一体何故?そもそもこれは自殺なのか?やがて、その自殺映像がネットにあげられるが、その動画を撮影したのは一体誰なのか?
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アニメ化もされた『響け!ユーフォニアム』の著者による学園ミステリーです。視点が次々と代わり、次第に核心に迫っていく構成が『告白』を連想させます。視点人物一人一人が非常に生々しく描かれ、読んでいると自分の学生時代を思い出して心に突き刺さるものがあります。少しずつ真実が明らかになっていくプロセスもミステリーとしてうまくまとめられていますが、なんといっても白眉なのがラストです。油断していると思わず鳥肌が立つような衝撃に襲われることになります。青春の残酷さを描いたイヤミスの傑作です。
微光星(黒谷丈巳)
洋食店を営む檜垣には小学3年生になる孫娘がいた。だが、彼女はある日突然、殺されてしまう。犯人は逮捕されたものの、判決は無期懲役。なぜ死刑ではないのかという想いと共に檜垣はある行動に出るが.....。
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死刑制度という重いテーマを題材にしながらも読みやすい文章と意外性に富んだテンポのよい物語にぐいぐい引き込まれていきます。また、作者の主張をしっかりと盛り込みながらも独善的にはならず、多様な意見に耳を傾ける姿勢にも好感が持てます。いろいろと考えさせられる社会派ミステリーの傑作です。
雨に消えた向日葵(吉川英梨)
ある雨の日に小学5年生の少女が失踪した。最後に目撃されたのは豪雨の中を傘を差して歩く姿。1カ月前に彼女につきまとっていた男。電車で発見される私物。果たしてこれは事件、事故、家出のいずれなのか?家族の焦燥がつのる中、時が過ぎていく.......。
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普通のミステリーと異なり、ほとんどの手掛かりは事件と無関係で空振りに終わるさまがリアルで臨場感があります。進展しない捜査に対する焦りや家族の焦燥感なども事細かに描かれており、事件の行方が気になってどんどん引き込まれていきます。ここまで事件のリアリティにこだわり抜いたミステリー作品もなかなかないのではないでしょうか。警察の執念の捜査も手に汗握ります。ただ、リアルさにこだわり抜いているだけあって事件の真相も極めて凡庸です。したがって、ミステリーに意外性を求めている人には全くおすすめできません。その代わり、ラストシーンはミステリーとしての意外性などとは別の意味で強く印象に残ります。ミステリーというよりも人間ドラマとして読んでほしい作品です。
夜のアポロン(皆川博子)
場末のサーカスで重力に逆らうような凄まじい芸を披露する青年は仲間からアポロンと呼ばれていた。その青年が避暑地でひと夏の恋に溺れる。一方、青年に恋するサーカス娘は一世一代の勝負に出るが......。
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90歳を迎え未だ現役の著者の未収録短編集です。初期作品を中心に集めていますが、いずれも皆川作品らしい退廃的なムードが漂っており、人の心に巣食う深淵を垣間見るようなぞっとする作品が続きます。特に、著者の戦争体験をベースに後味の悪い物語に仕上げた『冬虫夏草』が秀逸です。また、ホラーじみたラストの『致死量の夢』や母娘の壮絶な相克が描かれる『沼』なども強く印象に残ります。そして、緊張感を高めておいて最後にユーモア幻想譚である『塩の娘』を持ってくる構成の妙にも唸らされます。寄せ集め短編集ながら皆川ワールドが堪能できる逸品です。
出航(北見崇史)
平凡な主婦だった母が突然家出をする。それ以来、見る見る荒んでいく家族を見かね、大学生の私は母を連れ戻すべく、彼女がいるはずの漁師の町を目指す。だが、そこは観たこともないグロテスクな世界だった。
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第39回横溝正史ミステリー&ホラー大賞優秀賞受賞作。日本ホラー大賞と合併して初めての横溝正史賞ですが、今回は思いっきりホラー寄りの作品が選ばれることになりました。いや、ホラーというよりも不条理小説といったほうが適当かもしれません。最初から最後まで一貫してグロテスクな描写が続き、現代の日本を舞台にしながらも現実感のない、神話的な物語が続いていきます。独特の世界観の下で展開されるブラックユーモアを交えたスピーディな展開には惹かれるものがありますが、スプラッター描写が苦手な人は手に取らないほうが無難でしょう。激しく賛否の分かれそうな作品です。
腸詰小僧(曽根圭介)
女性をソーセージにしてマスコミに送りつけた腸詰小僧。日本中が騒然とする中、記者の西嶋は腸詰小僧の独占インタビューに成功する。ところが、その記事を掲載したことによって、彼は思わぬ窮地に追い込まれ......。
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全7編からなる短編集。悪趣味な設定で読者の興味を引き、そこからヒネリを効かせた展開で思わぬ結末へと導く手腕はさすがの巧さです。登場人物が悪人ばかりなのも不気味さを漂わせる作風とマッチしており、妙な爽快感さえ覚えます。さらっと読めてしまう平易な文章も好印象で、ブラックなテイストの作品が好きな人には特におすすめの佳品です。
彼女は死んでも治らない(大澤めぐみ)
沙紀ちゃんはすごく可愛くて、そしてすぐに殺されてしまう女の子。彼女のことが尋常じゃないくらい好きな神野羊子は高校入学早々に沙紀の死体を発見する。羊子は彼女を生き返らせるために推理を巡らせ、犯人を特定しようとするが.....。
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犯人を推理して被害者を生き返らせるという設定がユニークです。しかも、ハイテンションで過剰なまでに饒舌な語り口の中、ぶっとんだ展開が繰り広げられるので非常にカオスな作品に感じます。しかし、滅茶苦茶な話だなと油断していると、張り巡らされた伏線が回収されて、きちんと解決へと導かれるので驚かされます。なんとも風変わりな傑作です。ただ、伏線自体は人によっては簡単すぎると思うかもしれません。
崩壊の森(本城雅人)
1987年。新聞記者の土井垣侑は特派員としてモスクワに降り立つが、ソ連当局の圧力によって自由な取材ができない。そこで土井垣は市民の生の声を拾うべく、夜な夜な行われている町のパーティーに参加するが......。
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著者得意の記者ものを今回は外部記者にスケールアップさせています。現地で人脈を築きながら、スクープをものにしていくプロセスは真に迫っており、非常に読み応えがあります。飾り気のない平易な文章も読みやすく、市井の人々の生活を含めた歴史の裏側を臨場感豊かに描いているのが見事です。ソ連崩壊という激動の時代を記者の目を通して活写した社会派小説の傑作です。
九度目の十八歳を迎えた君と(浅倉秋成)
通勤途中の駅で僕は高校の同級生の姿を目撃する。だが、彼女は18歳の姿そのままだった。周囲の人間もそのことを不思議だとは感じないらしい。僕だけが違和感を覚えているのだ。その謎を解くために、僕はかつての学友や恩師を訪ねていくが......。
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ノスタルジーたっぷりに描かれたファンタジー要素を含んだ青春ミステリーです。「年齢を患う」というユニークな設定に基づいてその原因を探っていく物語なのですが、巧みに張り巡らされた伏線によって、心地よい驚きを与えてくれます。また、年齢を患うというおよそ現実味のない設定を淡々とした文章で描くことによって説得力のようなものを醸し出すことにも成功しています。青春時代の甘酸っぱさや切なさが心に響く良作です。
闇夜の底で踊れ(増島拓哉)
パチンコ依存症の伊達雅樹はソープ嬢に入れ込み、所持金が底を突く。そこで、身分を偽って闇金の金を踏み倒すが、素性が割れて襲撃を受ける。窮地に陥った伊達の前に現れたのは、かつて兄弟の盃を交わした関川組若頭の山本だった。
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第31回小説すばる新人賞受賞作。関西弁での軽快な掛け合いが心地よく、読者を飽きさせない工夫が随所に見受けられます。ジャンル的にはノワールということになるのでしょうが、そのジャンルにつきものの悲壮感や重苦しさなどは皆無です。登場人物のキャラが立っており、テンポよく物語が進んでいくあたりなどはまさにエンタメ小説のお手本という感じです。しかも、この作品を書いたのが19歳の新人だという事実に驚かされます。もちろん、作者の若さからくる描写の浅さが気になる部分もなきにしもあらずですが、溢れんばかりの才気を目の前にしては些細な問題だといえます。著者のこれからの成長が非常に楽しみだと思わせてくれるだけの魅力を有した快作です。
育休刑事(似鳥鶏)
秋月春風は県警本部捜査一課の巡査部長。生後三カ月の息子・蓮くんのために刑事として初めての育休に挑戦する。だが、蓮くんを抱えて外出していた際に質屋の強盗に巻き込まれ、人質になってしまう......。
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刑事と育児をテーマに描いた連作集です。ミステリーとしてはいささかトリックが分かりやすいきらいがありますが、リアリティ豊かな育児描写と赤ちゃんの可愛らしさには引き込まれるものがあります。特に、育児問題についてはかなり詳しく描かれているので、将来父親になる人にとっては大いに参考になるのではないでしょうか。ドラマ化しても面白いかもと思わせてくれる佳品です。
99の羊と20000の殺人(植田文博)
副業で探偵を営む新本慶一と佐々木綴の元に入院中の息子の病名を調べてほしいという依頼が舞い込む。調査をしていくと奇妙な連続病死事件の存在が浮かび上がり、さらに江戸時代から伝わるある一族の謎の風習につながっていくのだが......。
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凸凹探偵コンビの掛け合いが楽しい作品です。ただ、テンポの良さは感じるものの、少々既視感もあり、探偵の個性という点では今ひとつかもしれません。そのかわり、江戸時代の風習や因習などの蘊蓄に関しては興味深く語られ、なかなか引き込まれるものがあります。また、そうした話が現代の事件と繋がり、恐るべき真相が浮かび上がっていく展開はインパクト大です。重いテーマの内容をキャラクターの軽快さでさらりと読ませることに成功した佳品だといえます。
とめどなく囁く(桐野夏生)
海釣りにでかけた夫はそのまま消息を絶ち、8年が過ぎた。法律上では夫は死亡扱いになったため、早樹は30歳年上の金持ちと再婚をし、悠々自適の生活を始める。しかし、やがて、夫の影がちらつくようになり.....。
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夫の生死を巡るサスペンスよりも、物語の主軸となっているのはドロドロとした人間関係です。その生臭い描写は本来なら読んでいてストレスを感じるところですが、キャラクター造形が秀逸なため、重苦しいながらもなかなか読ませる作品に仕上がっています。ミステリーとして衝撃的な真相などを期待した人には肩透かしでしょうが、人生の苦みを感じさせるラストは悪くありません。著者ならではの観察眼や表現力の妙を堪能できる逸品です。
黄金列車(佐藤亜紀)
1944年。連合軍が迫る中、ハンガリー王国ではユダヤ人から没収した財産を退避させるため、輸送用の黄金列車が編成された。大蔵省の役人、バログはドイツ軍敗走による混乱の中、培った交渉術によって財宝を狙って群がってくる有象無象どもと渡り合っていく。同時に、目前にあるユダヤ人たちの財産は否応なく彼を過去の思い出へと誘っていき.........。
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戦時下の混乱においても職務を全うしようとする役人たちの矜持が胸を打ち、失われた過去の思い出に目頭が熱くなります。戦時中を舞台とした冒険譚というよりも人の心の機微を描いたヒューマンドラマとしてよくできた傑作です。
クサリヘビ殺人事件 蛇のしっぽがつかめない(越尾圭)
幼馴染の小塚恭平がクサリヘビに噛まれて死んだ。彼はペットショップを経営していたが、猛毒を有するその蛇はワシントン条約で取引が規制されている。一体なぜそんなものが彼の店にいたのか?獣医の遠野太一は独自に調査を始めるが.......。
第17回『このミステリーがすごい!』大賞の隠し玉受賞作品です。いわゆる佳作ですが、読者の評判はむしろ大賞作品よりもこちらの方が高いようです。まず、読みやすい文章と先が気になる展開で読者を引き込んでいく手管が見事です。希少動物を巡る密輸の話も興味深く描かれており、ページをめくる手が止まらなくなります。ただ、ミステリーとしては薄味で、全体的にリアリティを欠いている点が大賞を逃した原因ではないでしょうか。
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高校事変(松岡圭介)
優莉結衣はテロで死刑になった男の娘。彼女が通う高校に総理大臣がお忍びで視察に訪れたとき、そこに武力勢力が乱入する。総理が人質にとられそうになる中、結衣は幼い頃より叩きこまれた銃器や化学の知識を武器にテロリストと戦うが........。
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女子高生版ダイハードといった趣の作品であり、容赦のないアクションとスピーディな展開でぐいぐいと読者を引っ張っていきます。女子高生が一人でテロリストを制圧していくということでツッコミどころは満載ですが、細かいところにはあまりこだわらず、勢いだけで読ませてしまう点が本作の美点だといえるでしょう。ただ、主人公が万能すぎて緊迫感に欠ける点は賛否のわかれるところです。少なくとも物語にリアリティを求める読者が読むべき作品ではありません。なお、本作はシリーズ化されており、続編を含め、気軽にB級アクションを楽しみたいという人におすすめです。
バッドビート(呉勝浩)
ワタルとタカトはヤクザから仕事を請け負うチンピラだった。そして、今回、兄貴分に頼まれたのは総合カジノセンターがある地元の島に荷物を運ぶ簡単な仕事のはずだった。しかし、気がつくと目の前に3つの死体が転がっていて.....。
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著者の作品としては珍しく、思いっきりエンタメに振り切った作品です。漫画のような展開に無理を感じないではありませんが、とにかく、全編に渡って疾走感と熱量に満ちているため、ワクワクしながら読むことができます。一言でいえば、チンピラ2人による爽快感満点の奮闘劇であり、ギャンブルの駆け引きやアクションシーンには思わず手に汗握ります。脇役たちもみなキャラが濃くて魅力的です。ただ、いつもの著者の作品に慣れている読者はあまりの軽さにとまどってしまうかもしれません。『スワン』と同じ作者とは思えない異色作です。
背中の蜘蛛(誉田哲也)
東京池袋で発見された男の刺殺死体。そして、その半年後に起きた麻薬取引現場での爆殺事件。どちらの事件の捜査も難航するが、ある日突然解決する。警視庁組織犯罪対策部の植木はあまりにも唐突な捜査の進展に違和感を抱くが、その裏には現代社会の闇が潜んでいた.......。
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本作は警察小説の形を借りて監視社会の恐怖を描いた社会派ミステリーであり、第162回直木賞候補にも選ばれています。3部構成になっており、最初はバラバラだったエピソードが最後に一つの線でつながっていく緻密な構成が見事です。陰影のある人物造形や緩急をつけながら盛り上げていくドラマ性にも熟練の味を感じさせてくれます。テーマ性と娯楽性が絶妙にブレンドされた、読んでいく内に感情が揺さぶられていく傑作です。
展望塔のラプンツェル(宇佐美まこと)
貧困と暴力が蔓延する街、多摩川市で身を寄せ合って暮らす未成年カップルが虐待の跡のある幼児を保護する。家庭に恵まれなかった2人はその子をハレと名付け、一緒に暮らし始めるが......。
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”本の雑誌が選ぶ2019年度ベスト10”において1位に選出された作品。1980年代のバブルの時代を背景として、3つの視点から描かれるた群像劇です。ミステリーとしての仕掛けはわかりやすいものの、陰鬱とした物語の中から希望を浮かび上がらせる筋運びには巧さを感じます。子を育てる側だけではなく、児童相談所職員の立場からの視点も盛り込まれており、児童虐待や貧困の問題についていろいろ考えさせられる作品です。ミステリーというよりは一般小説として評価したい傑作です。
レフトハンド・ブラザーフッド(知念実希人)
事故によって双子の兄・海斗を失った高校生の岳人はそれ以来、左手が勝手に動くエイリアンシンドロームという脳障害の一種に悩まされるようになる。しかも、その腕から兄の声が聞こえるようになっていたのだ。精神病を疑われた岳人は家出をするが、その先で殺人事件に巻き込まれる。
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ご都合主義も目立ちますが、解離性同一性障害、ドラッグ、殺人事件と、さまざまな要素を盛り込んだノンストップミステリーとして楽しめます。とにかく、ストーリー展開が早くてどんでん返しもしっかりと用意されているなど、エンタメ系ミステリーのお手本のような作品です。かなり分厚い本ですが、一気読み必至です。
彼女たちの犯罪(横関大)
昭和の末期、医者の妻である神野由香里が海で遺体となって発見される。これは夫の浮気と不妊に悩んだ末の自殺なのか?それとも夫の智明による殺人なのか?しかし、事件の裏にはある女たちの企みがあった......。
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本作には1人の男と3人の女が繰り広げる愛憎劇が描かれていますが、二転三転する物語が面白く、ぐいぐいと引き込まれていきます。そして、最後にすべての伏線が収束していく展開が見事です。話のテンポもよく、上質な2時間サスペンスドラマのような味わいを楽しむことができます。
黄金列車(佐藤亜紀)
1944年。連合軍が迫る中、ハンガリー王国ではユダヤ人から没収した財産を退避させるため、輸送用の黄金列車が編成された。大蔵省の役人、バログはドイツ軍敗走による混乱の中、培った交渉術によって財宝を狙って群がってくる有象無象どもと渡り合っていく。同時に、目前にあるユダヤ人たちの財産は否応なく彼を過去の思い出へと誘っていき.........。
◆◆◆◆◆◆
戦時下の混乱においても職務を全うしようとする役人たちの矜持が胸を打ち、失われた過去の思い出に目頭が熱くなります。戦時中を舞台とした冒険譚というよりも人の心の機微を描いたヒューマンドラマとしてよくできた傑作です。
クサリヘビ殺人事件 蛇のしっぽがつかめない(越尾圭)
幼馴染の小塚恭平がクサリヘビに噛まれて死んだ。彼はペットショップを経営していたが、猛毒を有するその蛇はワシントン条約で取引が規制されている。一体なぜそんなものが彼の店にいたのか?獣医の遠野太一は独自に調査を始めるが.......。
第17回『このミステリーがすごい!』大賞の隠し玉受賞作品です。いわゆる佳作ですが、読者の評判はむしろ大賞作品よりもこちらの方が高いようです。まず、読みやすい文章と先が気になる展開で読者を引き込んでいく手管が見事です。希少動物を巡る密輸の話も興味深く描かれており、ページをめくる手が止まらなくなります。ただ、ミステリーとしては薄味で、全体的にリアリティを欠いている点が大賞を逃した原因ではないでしょうか。
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