物語良品館資料室

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最新更新日2024/06/20☆☆☆

Previous⇒このホラーがすごい! 2024年版 国内ベスト20予想

『このホラーがすごい!』は2024年に初めて刊行されたものであり、果たしてこれが単発企画なのか、それとも来年以降も続けていく予定なのかはどこにも明記されていませんでした。ただ、個人的にはミステリー・SFに続いてホラーのランキングもあると自分の読書範囲をほぼすべて網羅してくれるので非常にありがたいなと思っています。そこで、とりあえずは来年以降も続くものと仮定してランキング予想を行っていくことにします。

このホラーがすごい! 2025
対象作品である2024年4月1日~2025年3月30日発売の国内ホラー小説の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
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2024年6月5日時点での暫定予想順位

1位.領怪神犯3(木古おうみ)
領怪神犯特別調査課に新人が配属される。どこか浮世離れしているが、抜群の記憶力を持つ女性・穐津だ。彼女は宮木がかつて所属していたある部署から来たという。一方、上層部の切間は知られずの神の調査に進展がみられないことから体制の一新を決定する。そして、大々的な実施調査が行われるが...。
3部作の完結編。調査課の組織としての秘密が明らかになっていく展開は読み応えあり。ホラーとしても凶悪度を増した神々のおぞましさはインパクト抜群です。物語は、前巻からの伏線をほぼすべて回収しつつ大団円を迎えますが、切なくも美しいラストが心に染みます。伝奇ホラーの傑作です。
領怪神犯3 (角川文庫)
木古 おうみ
KADOKAWA
2024-04-25


2位.悪い月が昇る(海藤文字)
フリー編集者の正木和也は、妻と5歳の息子が列車事故で負ったトラウマを癒す目的で、ひと夏を避暑地の別荘で過ごすことになる。その別荘は知人の精神科医が好意で貸してくれたものだ。墓地で和也は少女に出会い、子を攫う妖鬼の伝説を聞かされる。そして、夏祭りの日、息子の蒼太が姿を消し…。
小説投稿サイト・エブリスタと竹書房が主催する最恐小説大賞の第4回受賞作です。家族揃って過ごす楽しい避暑地での生活のなかに、不穏な空気が立ちこめていく描写が素晴らしい。一方、節々で感じる違和感がどんでん返しの布石となっているのですが、そのオチが予想しやすいのが惜しい。
悪い月が昇る
海藤文字
竹書房
2024-05-23


3位.斬首の森(澤村伊智)
怪しげな企業、Tは新入社員を陰鬱な暗い森にある合宿所に集めて洗脳教育を施していた。そのヤバさに気が付いた男女5人は脱走を試みるも森の中で迷ってしまう。翌朝、彼らの一人が死体となって発見される。切断された頭部に奇怪な装飾が施され、供物のように古木の根元に置かれた状態で...。
比嘉姉妹シリーズのような心霊系とは趣がことなり、グロテスクさを前面に押し出したクトゥルフ系のホラーです。グロさの割に恐怖はそれほどでもありませんが、何が起きているのかがなかなか見えてこないために先が気になってぐいぐいと引き込まれていきます。そして最後に明らかになる真相が衝撃的。
斬首の森
澤村 伊智
光文社
2024-04-24


4位.祓い師笹目とウツログサ(ほしおさなえ)
物心ついた頃から自分の傍らにぽっかりと開いた穴が見える「アナホコリ」、不倫相手から別れを告げられた女性の体から彼女しか見えない花が咲き乱れる「オモイグサ」、亡くなった父に処分するようにといわれた白紙の本から次第に文字が浮かび上がってくる「ツヅリグサ」、など全5編収録。
植物の妖怪ことウツログサが、人間の欲望を触媒にして変容していく姿を描いた連作短編です。全体的に淡々とした雰囲気でホラーとしての怖さはあまりありません。その代わり、人間の業ゆえに怪異に魅入られていくドラマは切なくてぐっときます。祓い師が積極的に怪異を祓わないのも新鮮。
祓い師 笹目とウツログサ (文春文庫)
ほしお さなえ
文藝春秋
2024-06-05


5位.祈願成就(霜月透子)
凄惨な事故死を遂げた郁美の葬儀に幼なじみの4人が集まるが、彼らには小学生のころ、願いを叶えるために郁美が行っていたおまじないの儀式に参加していたという共通点があった。そして、彼女の死を境に不気味な影に悩まされ、さらには、おぞましい事故や原因不明の災厄に見舞われ…。
新潮文庫nex賞。おまじないや秘密基地といった子供時代の無邪気な遊びが、大人に成長したのちに悲惨な結末をもたらすという展開にゾッとさせられます。息付く暇もない厄災の連鎖と和製ホラーらしい湿度の高さがたまりません。ただ、呪いの対価に脈絡がなく展開がワンパターンに感じられたのは残念。
祈願成就(新潮文庫)
霜月透子
新潮社
2024-05-29


6位.黒仏 警視庁異能処理班ミカヅチ(内藤了)
銀座で通り魔事件が発生する。犯人は刃物を振り回して人々に襲いかかり、人々の耳を食いちぎって食べていた。その肩には黒い影が見える。怪異事件の隠蔽を目的とするミカヅチ班は調査を開始するも謎は深まるばかりだった。やがて、民話の里である岩手に謎を解く鍵があることを突き止めるが…。
ホラーミステリーシリーズの第5弾。怪異の黒仏がかなりおぞましく、その正体にはゾッとさせられます。怜と赤ハッチとのバディも魅力であり、そのうえ、怪異の歴史的背景などの描写も興味深い。


7位.警視庁呪詛対策班 出向陰陽師と怪異嫌いの刑事(竹林七草)
法では裁けぬ呪詛や呪術による犯行。それに対抗すべく誕生したのが警視庁呪祖対策班、通称・呪詛対だ。その役割は、蛇に共食いさせ蠱毒を仕掛ければ動物愛護管理法違反といった具合に、呪いによる犯行を現行法に落とし込むことだ。怪異嫌い大場と元陰陽師刑事の芦屋が呪法の悪用に挑む!
呪いを現行法で裁くという発想が斬新で面白い。その一方で、人間ドラマに主眼が置かれているため、ホラーミステリーを期待すると肩透かしを覚えるかも。刑事のキャラも設定の割にはやや弱め。


8位.コドクな彼女(北田龍一)
大学生の叶のもとに身元不明な少女が転がり込んできた。ただならぬ気配に身の危険を感じる叶だったが、少女は「一人は嫌、一緒にいて」悲痛な声を漏らす。その言葉に彼女を迎え入れた叶は赤瀬奈紺と名付けられた少女と共同生活を始める。ある日、2人は合コンに参加することになるが…。
怪異の少女との同居生活を描いたホラーテイストのヒューマンドラマです。常に不穏な空気を纏いながらも人間社会に順応していこうとするヒロインか可愛い。一方で、登場人物や怪異についての掘り下げが不十分で各キャラの怪異に対するスタンスに違和感を覚えてしまうのは否めないところ。
コドクな彼女 (GCN文庫)
syo5
マイクロマガジン社
2024-05-20


9位.裏世界ピクニック 9 第四種たちの夏休み(宮澤伊織)
大学の夏休み。恋人の関係になったばかりの空魚と鳥子はDS研から、“山の牧場”を用いた民間軍事会社の対裏世界用訓練にアドバイザーとして参加してほしいとの依頼を受ける。しかしそこには、かつて異能の力で人々を操っていた元怪談動系女子高生YouTuber・潤巳るなの姿もあり…。
このところ話が空魚と鳥子の関係にフォーカスしていたこともあり、久しぶりに本筋に戻ってきた印象を受けます。前半はマヨイガの続きと正体不明の幼女・霞を小桜が養子にする話で後半は異世界でのブートキャンプ。まだまだ前哨戦の色合いが強いですが、それだけに今後の展開が楽しみです。


10位.COLD 警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花 (内藤了)
特捜地域潜入班の万羽福子は凍死についての講習会で遺体の写真を見たおり、首筋のキスマークのようなアザを見つけ違和感を覚える。過去に酷似した遺体を見た記憶があったのだ。調べたところ、3年間に同様の遺体が複数存在していたことが判明する。特捜班は連続殺人とみて潜入捜査を開市するが…。
シリーズ第4弾。神隠し、呪いの人形、人狼ときて今回は雪女をテーマにしたオカルトミステリーです。しかし、初期とと比べると怪奇色はずいぶんと薄くなっており、ホラーに分類するのはいささか無理があるようにも感も。それでも、悲しく切ない真相は雪女と相通じるものがあり、悪くありません。


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最新更新日2024/06/17☆☆☆

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『このホラーがすごい!』は2024年に初めて刊行されたものであり、果たしてこれが単発企画なのか、それとも来年以降も続けていく予定なのかはどこにも明記されていませんでした。ただ、個人的にはミステリー・SFに続いてホラーのランキングもあると自分の読書範囲をほぼすべて網羅してくれるので非常にありがたいなと思っています。そこで、とりあえずは来年以降も続くものと仮定してランキング予想を行っていくことにします。

このホラーがすごい! 2025
対象作品である2024年4月1日~2025年3月30日発売の海外ホラー小説の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
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2024年6月05日時点での暫定予想順位

1位.死者は嘘をつかない(スティーヴン・キング)
母親と二人暮らしの少年、ジェイミーは幼い頃から死者の霊が視えていた。しかも、彼には死者と話す能力も備わっており、今までの経験から死者は嘘をつけないことを知っていた。その能力が役立つこともあったが、母の親友である女性刑事の捜査に協力したことで爆弾魔の霊につきまとわれ…。
死者が視える子供の話はもはや手垢がついた感がありますが、そこはキング。巧みなプロットと語り口でぐいぐいと読者を引き込んでいきます。ただ、霊との意思疎通が可能なこともあり、あまり怖くはありません。その代わり、少年の成長をエモーショナルに描いた作品として一級の出来映えです。
死者は嘘をつかない (文春文庫)
スティーヴン キング
文藝春秋
2024-06-05


2位.いろいろな幽霊 (ケヴィン・ブロックマイヤー)
法律相談事務所を出ては入るという行為を延々と繰り返す思い詰めた表情を浮かべた女幽霊の107年前から続く過去への妄執を浮き彫りにしていく「注目すべき社交行事」、相談しにきた女生徒に導かれて進路相談カウンセラーが幽霊の群れの元に案内される「進路相談カウンセラー」など、全100編収録。
幽霊をテーマにした掌編集です。いわゆるゴーストストーリーですが、全100編というだけあってその内容は多岐にわたっています。怖い話の他にも、悲しい話、可笑しい話、哲学的な話とメリハリに富んでおり、飽きさせません。短編の名手の名に恥じることない、作者ならではの名人芸が光る1作です。
いろいろな幽霊 (海外文学セレクション)
ケヴィン・ブロックマイヤー
東京創元社
2024-04-18


3位.シャドウプレイ(ジョセフ・オコーナー)
1800年代後半、若きブラム・ストーカーは、人気俳優で劇場経営者のヘンリー・アーヴィングに雇われ、ライシアム劇場の支配人となる。忙しい日々のなか、彼の脳裏には怪奇小説『吸血鬼ドラキュラ』の構想が形をなしていった。それにつれ、ドラキュラの存在は次第に現実世界にも影を落とし始め...。
怪奇小説の名作『吸血鬼ドラキュラ』の誕生秘話を虚実交えて描いた実録小説。全然ホラーではないのですが、切り裂きジャックのエピソードが盛り込まれ、当時の演劇界の実情やストーカーの私生活などの描写などもなかなかに興味深い。ドラキュラについてもっと深く知りたいという人にもおすすめ。
シャドウプレイ
ジョセフ・オコーナー
東京創元社
2024-05-11


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最新更新日2024/06/13☆☆☆

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SFが読みたい!2025
対象作品である2023年11月1日~2024年10月31日発売の国内SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素の絡まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されずらいので傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
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2024年5月31日時点での暫定予想順位

1位.奏で手のヌフレツン(酉島伝法)
球地(たまつち)の凹面世界では落人(おちうど)と呼ばれる知的生命体が小さな聚楽に分かれて暮らしていた。球地のエネルギー源は地上の黄道を巡る複数の太陽だが、あるとき太陽消失の危機が迫る。太陽に抗った聚落の子孫であるヌフレツンは、目前の危機を前に禁断の旋律を奏でようとするが…。
著者十八番の異形の生物を主人公に据えた非人間SFです。それ故に最初は情景が思い浮かべづらいのですが、緻密に描かれる日常描写はイマジネーション豊かであり、次第に引き込まれていきます。加えて壮大なクライマックスと余韻を残すラストも感動的。音楽小説としても素晴らしい傑作です。
奏で手のヌフレツン
酉島 伝法
河出書房新社
2023-12-04


2位.ここはすべての夜明けまえ(間宮改衣)
わたしは生まれつき体が弱くて父とのおしゃべりが唯一の楽しみだった。そして、25歳のときに融合手術を受けて永遠に老化しない体を手に入れる。それから100年がすぎ、唯一の話し相手だったシンちゃんを失ったわたしは退屈しのぎに家族との思い出などを綴った手記を書き始めるが…。
第11回ハヤカワSFコンテスト特別賞。ひらがなを多用した手記が次第に大人びてきて再びひらがな中心になっていく構成が『アルジャーノンに花束を』を彷彿とさせます。しかし、本作の場合、文体の変化を語り手が意識的に行っている点がユニークです。人のあり方生について考えさせられる逸品。
ここはすべての夜明けまえ
間宮 改衣
早川書房
2024-03-06


3位.未来経過観測員(田中空 )
両親を事故で亡くし、借金返済の目処も立たないモリタは未来経過観測員の職に就く。それは、超長期睡眠によって長き眠りにつき、100年ごとに目覚めて1カ月間未来の様子を観測するというものだった。だが、3回目に目覚めたとき、人類はバイと呼ばれる敵によって絶滅の危機に瀕していた…。
漫画家・田中空の小説デビュー作です。短編一編併録。100年ごとに目覚めるたびに人類社会がダイナミックな変化を遂げている点にセンスオブワンダーな面白さがあり、著者独自の発想や切り口も魅力的です。ハードSFの難解な内容を平易な言葉で分かりやすく説明している点も好印象。


4位.感傷ファンタスマゴリィ(空木春宵)
19世紀末のパリで硝子板職人のノアが鏡だらけの屋敷で暮らしている青年から5年前に亡くなった妹を甦らせたてほしいという依頼を受ける表題作、衣装のセンスで社会的なステイタスが決まる星系で服飾局に務める主人公が衣装スコアが極端に低い女性と出会う「さよならも言えない」など全5編収録。
2021年のSFが読みたいで3位にランクインした『感応グラン=ギニョル』に続く第2短編集です。思春期の少女を主役に据え、痛みのなかでの開放を描くという主題は前作同様。そこにオカルトやゴシックの要素を織り交ぜ、見事なまでに退廃的なSF作品に仕上げています。イマジネーション豊かな傑作。


5位.
不夜島〈ナイトランド〉(荻堂顕)
終戦直後、沖縄最西端に位置する与那国島は密貿易によって栄えていた。台湾人で全身義体の密貿易人・武庭純は謎のアメリカ人女性から含光”なる代物を手に入れろという奇妙な依頼を受ける。殺人鬼騒動もあって武は相棒の島人とともに奔走するが、やがて巨大な陰謀に巻き込まれていき…。
世界大戦時、すでにサイボーグや電脳技術が存在した世界をハードボイルドタッチで描いた歴史改変SF。主人公がサイボーグである設定を活かした活劇シーンなど、山場の連続で読み応えがあります。ただ、抜群に面白い前半と比べると、後半は設定を消化し切れていないことによる不完全燃焼感も。
不夜島(ナイトランド)
荻堂顕
祥伝社
2023-12-18


6位.射手座の香る夏(松樹凛)
意識の転送技術を乱用して違法の〈動物乗り〉に興じていた若者たちが不可解な事件に巻き込まれる表題作、少女が憂鬱な夏休みに影たちを引き連れた少年と出会う「影たちのいたところ」、人工知性の少年少女が自らの身体性に思い悩む「さよなら、スティールヘッド」など、全4編を収録。
第12回創元SF短編賞受賞の表題作を含む著者のデビュー短編集。いずれの作品も鮮烈な夏のイメージにSF的ガジェットを織り込み、魅力的な幻想世界を描き出しています。ノスタルジックな味わいの「十五までは神のうち」やSF的アイデアが光る「さよなら、スチールヘッド」など、秀作揃いです。
射手座の香る夏 (創元日本SF叢書)
松樹 凛
東京創元社
2024-02-29


7位.わたしは孤独な星のように(池澤春菜)
共感能力をもたらす菌を脳に埋め込むことが常識となった世界での青春譚を描いた「糸は赤い、糸は白い」、SFプロトタイピングからAIが生まれる「Yours is the Earth and everything that’s in it」、滅びゆくコロニーで2人の女性が叔母の弔いのためにささやかな旅に出る表題作など、全7編収録。
声優でエッセイスト、加えて第20代日本SF作家クラブ会長でもある著者初の小説集です。SF作品に対する造詣の深さに裏付けされた多彩な作品はどれも完成度が高く、文章が読みやすいのも好印象。特に、表題作は読後深い余韻に浸れる名品です。オタクネタが多いのは好みの分かれるところか。
わたしは孤独な星のように
池澤 春菜
早川書房
2024-05-09


8位.少女小説とSF(編:日本SF作家クラブ、作:新井素子、皆川ゆう、若木未生、他)
天才作曲家の少年と彼を支える編曲家の前に鎮魂歌を求める青年が現れる「ロストグリーン」、目覚めると少女の首に奇妙な頸輪装着されている「一つ星」、みな双子として生まれてくる惑星でひとり生まれてきた少女の運命を描いた「わたしと「わたし」」など、コラム一編を含む全10編を収録。
少女小説で一世を風靡した女性作家たちによる書き下ろしアンソロジーです。本当に錚々たる顔ぶれでどの作品も読み応えがあります。なかでも、純然たるSF小説として完成度の高い『或る恋人達の話』が秀逸。思春期の少女の想いをSF的アイディアを絡めて描いた「わたしと「わたし」」なども。
少女小説とSF (星海社 e-FICTIONS)
辻村七子
講談社
2024-03-27


9位.ホライズン・ゲート 事象の狩人(矢野アロウ)
宇宙連邦創生期に発見された超巨大ブラックホール〈ダーク・エイジ〉。それが人工物でことを知った科学者たちは地平面探査基地を建設し、特異点の調査を開始する。分断された右脳に伝説の祖神を宿すヒルギス人の狙撃手・シンイーは、時を見通す力を持つパメラ人の少年・イオとともに、別の宇宙へと続くゲートの探索を続けるが…。
第11回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。ブラックホールを舞台にしたハードSFですが、難解さは最小限に抑えられ、門外漢にも分かるようにかみ砕いた解説をしてくれるのが好印象。同時に狙撃手を中心としたハードボイルドの雰囲気の物語を甘いラブストーリーに着地させるギャップも魅力的。
ホライズン・ゲート 事象の狩人
矢野 アロウ
早川書房
2023-12-20


10位.対怪異アンドロイド開発研究室(饗庭淵)
アリサは、人が怪異の調査を行うと呪いの影響を受け、機械が調査を行うとそもそも怪異の出現しないという両者の欠点を克服するために白川研究室が開発した対怪異アンドロイドだ。ある夜、怪談スポットとして有名な山奥の廃村を調査しいる最中、アリサはチャラそうな青年と出くわすが…。
第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉特別賞受賞。恐怖の対象として語られる怪異を恐怖を感じないアンドロイドが調査を行うギャップが面白い。基本的に無感情ながら妙に自意識が高く、また、意外にポンコツだったりするアリサのキャラも魅力的。心霊ホラーをSFの文脈で語った傑作です。


11位.地球へのSF(編:SF作家クラブ、作:春暮康一、柴田勝家・他)
漢の劉安が学者を集めてこの世の理を次々と明らかにしていく「Rose Malade, Perle Malade」、文明崩壊後の地球が舞台のSLGで人類復興を競い合う「一万年後のお楽しみ」、巨大な人工生物が地球の環境保全を行う「竜は災いに棲みつく」、9歳と90歳の交流を描いた「誕生日」など、全22篇収録。
地球の気候変動をテーマにしたアンソロジーです。バラエティに富んだ作品が並ぶなか、スケールの大きな生物描写に圧倒される「竜は災いに棲みつく」や新たな生態系の誕生を感動的に描いた「ワタリガラスの墓標」などが印象的。また、柴田勝家の「一万円後のお楽しみ」なども安定の面白さです。


12位.ウィンズテイル・テイルズ 時不知の魔女と刻印の子(門田充宏)
120年前に黒い巨大な物体が地上に現れ、中から漆黒のゴーレム・徘徊者が出てきた。徘徊者は人間を石英化し、あらゆる文明を異界へと呑み込んでいった。残された人々は防衛拠点・ウィンズテイルを築くある日、うなじに特殊な刻印を持つ少年・リンディの前に突然、巨大な徘徊者が現れ…。
刻印を持つ少年少女が強大な敵と戦う冒険ジュブナイルファンタジーであり、王道的なボーイミーツガールとしても読み応えがあります。しかし、その一方で、SFとしての設定もしっかりしている点がうれしいところ。加えて、相棒の頭の良い犬や見た目12歳で125歳の義母などキャラも魅力的です。


13位.嘘つき姫(坂崎かおる)
19世紀末のニューヨークで不死身の魔女と噂される女性が当時導入されたばかりの電気椅子で人体実験やサーカスのショーを行う「ニューヨークの魔女」、静かに佇む電信柱に思いを寄せる女性を描いた「電信柱より」、戦争のなかで嘘が2人の関係を紡いでいく「嘘つき姫」など、全9編収録。
SF風味の奇譚集です。電柱に恋する女性を描いて第3回百合文芸コンテストでSFマガジン賞を受賞した「電信柱より」を始め、ぶっ飛んだ発想が楽しい。理路整然とした語り口で紡がれる不思議な物語に思わず引き込まれていきます。独自の世界観が魅力的な一方で、理解不能という人もいるかも。
嘘つき姫
坂崎かおる
河出書房新社
2024-03-27


14位.夏目漱石ファンタジア(零余子)
創作の自由を脅かす政府に反旗を翻した夏目漱石は1910年に暗殺された。だが、彼は森鴎外による禁忌の医術・脳移植により、樋口一葉となって蘇る。一体、夏目漱石を殺したのは誰か?なぜ鴎外は彼を助けたのか?一方、漱石の協力者だと思われていた闇医者の野口英世が独自の思惑で動き出し...。
第36回ファンタジア大賞受賞の文豪バトルファンタジー。いかにもラノベらしいバトル展開の中に文豪たちのトリビアを織り込み、史実とフィクションが混然一体となっているさまが楽しい。荒唐無稽な物語でありながら文豪たちに対するリスペクトが感じられるのも好印象。エンタメSFの怪作です。


15位.生命活動として極めて正常(八潮久道)
老人ホームで姫として君臨するおじいさんが唯一彼になびかない男を篭絡しようとする『老ホの姫』、追放マニアの男がパーティから追放されたくて無能を演じるも何故かより無能な若者の教育を任される『追放されるつもりでパーティに入ったのに班長が全然追放してくれない』など全7編収録。
78歳のおじいさんが老人ホームの姫だったり、シンデレラの世界が体育会系だったりとシュールすぎる世界観は唯一無二。展開も意表をつくもの多く、意外な着地点に驚かされます。味わいが独特すぎて好みは分かれるかもしれませんが、オリジナリティの高い作品を求めている人にはおすすめです。


16位.野球SF傑作選 ベストナイン2024(著:小松左京、新井素子・他/編:齋藤隼飛)
阪神ファンの夫婦が21年ぶりの優勝が近づくにつれて不吉な予感に囚われていく「阪神が勝ってしまった。」、突如侵略を開始した異星人との絶望的な戦いの最中にかつて広大な宇宙をグラウンドに見立てて行われた野球の思い出が語られる「星野球」など、短編小説9作にコラム&エッセイを収録。
野球をテーマにしたSFというニッチな題材だけにアプローチの仕方もさまざま。結果として非常にユニークなアンソロジーに仕上がっています。小松左京と新井素子の両巨匠の作品はさすがの面白さですし、結末でゾッとさせる「継承」や怪作「終末少女と八岐の球場」といった新鋭の作品も魅力的。


17位.知能侵蝕 (林譲治)
203X年3月、NIRC(国立地域文化総合研究所)の担当理事である大沼博子のもとへ航空自衛隊宇宙作戦群本部司令官補佐の宮本未生一等空佐からメールが届く。地球軌道上で人工衛星やデブリが異常な動きをしているというのだ。時を同じくして、世界各地で異常現象が観測されるようになり…。
ファーストコンタクトものの新シリーズ。異星人がなかなか正体を現さないな、徐々に不穏な空気が高まっていく過程ががよく描けています。また、少子高齢化によって組織が機能不全を起こしているなかで未曾有の事態にどのように対応していくのかも興味深い。2巻でついに始まる戦闘の行方にも注目。
知能侵蝕 1 (ハヤカワ文庫JA)
林 譲治
早川書房
2024-01-24
知能侵蝕 2 (ハヤカワ文庫JA)
林 譲治
早川書房
2024-04-23



18位.播磨国妖綺譚 伊佐々王の記(上田早夕里)
室町時代。蘆屋道満の子孫として民とともに暮らす薬師と僧侶の兄弟。ある日、ガモウダイゴと名乗る男が2人を訪ねてきた。彼の目的は弟の式神・あきつ鬼を我が物にすることだった。強大な術の使い手である蒲生は自分の方が主に相応しいという。だが、あきつ鬼はその要求をきっぱりと拒否し…。
シリーズ第2弾。室町の時代背景や人の営みを絡めた陰陽師ものとして面白さは相変わらずです。それに加えて、今回は陰陽師兄弟やあきつ鬼の宿敵となるであろうガモウダイゴと伊佐々王が登場することで、先の気になる作りとなっています。ワクワクが止まらない和風ファンタジーの傑作です。
播磨国妖綺譚 伊佐々王の記
上田 早夕里
文藝春秋
2023-12-08


19位.国歌を作った男(宮内悠介 )
孤独な少年が幼い頃から親しんできたプログラミングと音楽のスキルを駆使してアメリカを熱狂させるゲームを作り上げる表題作、パワハラで仕事を辞めた男が実家の寂れたジャンク屋を継ぐ『ジャンク』、留守の家に上がり込んで勝手に料理を作る事件を追う『料理魔事件』など、全13編を収録。
SF・純文学・ミステリとバラエティ豊かな品揃えながら、ノスタルジックな味わいはどの作品にも顕著です。『ラウリ・クースクを探して』の原型となる表題作がその代表例ですし、ベトナム戦争時に独自技術から生まれたSNSが思わぬ騒動が巻き起こす「パニック ―― 一九六五年のSNS」なども秀逸。
国歌を作った男
宮内悠介
講談社
2024-02-14


20位.沙を噛め、肺魚 (鯨井あめ)
砂漠と化した世界。人々は地下鉄や地下道を利用して生活し、いつしか遠出することもなくなり、街に閉じこもって生きるようになっていた。だが、第9オアシスの少女ロピは周囲の大人の反対を押し切って自分の音楽を追い求める。一方、少年ルウシュは母と同じ気象予報士を目指していたが…。
音楽家などのクリエイティブな仕事を夢見るも、さまざまな障壁に阻まれてうまくいかないというのは現実世界でもよくある話です。しかし、緩やかに滅びに向かっている終末世界を舞台にすることで、より心に染み入る作品に仕上がっています。また、AIと創造の問題も今日的で興味深い。
沙を噛め、肺魚
鯨井あめ
講談社
2024-05-28


21位.羅刹国通信(津原泰水)
左右田理恵は小学6年生のときに叔父を崖から突き落として殺した。その4年後に理恵は電車で出会った少年から「人殺しのくせに自分が鬼だと気づいていない」と言われ、それ以降、亡者とともに地獄を彷徨う夢を見るようになる。そこで少年と再会した理恵は彼からこの世界について説明を受けるが...。
2001年の雑誌連載以降、初めて単行本化された幻の作品です。なんといっても、凄惨な地獄の風景が凄まじく、かなりのインパクトがあります。加えて、主人公がいわゆる信用できない語り手であり、どこまでが現実なのか曖昧になってくる幻惑的な要素も幻想小説としての面白さを引き上げています。
羅刹国通信
津原 泰水
東京創元社
2024-04-30


22位.異形見聞録(藤白圭)
3習村に引っ越してきた少年はそこら中にいる異形の存在に恐怖を覚える。しかし、村人たちとの交流を深めていくうちに、彼らが必ずしも人に害をなすものではないことを知っていく。やがて、少年は村人たちと異形の存在が共存している様子を異形見聞録というブログで紹介するようになるが…。
本作は児童書という扱いになっていますが挿入されているカラーイラストはどれもグロテスクで大人が見てもゾッとします。物語も常に不穏さを纏いながらも、先が気になる面白さがあります。特に、醜悪な人魚と文化祭のエピソードが秀逸です。
異形見聞録
藤白 圭
PHP研究所
2024-02-06


23位.君の余命、買い占めました(青井青)
余命の売買が可能になった世界。なかには、そのシステムを利用して余命を元手に投資をし、増えたお金で余命を買い戻す人もいた。そんななか、カラオケ店でバイトをしている若者は病気の母の治療費を捻出するために自分の余命を切り崩していく。やがて、彼の余命が尽きようとしたとき…。
全12編。いずれも、現代社会の生きづらさをテーマにしており、そこから捻りのある展開で切ない感動を呼び起こす手管が見事です。なかでも、臨場感溢れる死刑の描写から思いもよらぬ結末へと着地する「死刑執行」と、アンドロイドを彼女にする話がやがて感動と結びつく「三代目彼女」が秀逸。
君の余命、買い占めました (PASH!文庫)
青井青
主婦と生活社
2024-05-17


24位.裏世界ピクニック 9 第四種たちの夏休み(宮澤伊織)
正式に恋人となった鳥子と空魚にDS研から依頼が入る。“山の牧場”を使った民間軍事会社の対裏世界用の訓練を行うのでアドバイザーとして参加してほしいというのだ。しかも、その訓練には人を操る声で騒動を起こし、長らく昏睡状態だった元高校生YouTuberの潤巳るなも参加するというのだが...。本巻は鳥子と空魚の関係がひと段落したあとの間幕劇といった感じで、小桜邸を訪ねたり、ゲスト扱いでDS研の訓練に参加したりと軽めの話が続くます。そのなかにあって、潤巳るなの新たな能力が発動するくだりは読み応えあり。地味ながら今後の展開に繋がる事実が明らかになっていく重要回。


25位.カーテンコール(筒井康隆)  
幼い頃より娘に寄り添ってきた白蛇が年とともにどんどん巨大化していく「白蛇姫」、総理の本音を聞き出そうと一人の記者が早朝から官邸前で待ち伏せをする「官邸前」、街に出没したクマを駆除するべく猟師たちが借り出されるも犠牲者の数ばかり増えていく「羆」など、全25編収録の掌編集。
2015年『モナドの領域』での最後の長編宣言に続き、本作では最後の作品集宣言をしています。実験精神旺盛だった往年の作品と比べるとストレートすぎてもの足りなさを覚えますが、饒舌でドタバタな作風は著者ならでは。特に、過去の人気キャラが一挙登場する「プレイバック」は泣かせる名品です。
カーテンコール
筒井康隆
新潮社
2023-11-01


26位.ヒトは一度しか死ねないのだから(桜井直樹)
600年後の地球。そこは四季がなく、雨も降らない灼熱の世界だった。神から見捨てられたかのような地獄の世界で人類は万能に近いロボットたちと奇妙な共生生活を送っていた。そんななか、少年と天才科学者が思わぬ邂逅を果たし、運命の輪は廻り始める。その果てに待ち受けるものとは?
本作は単にデストピアSFに留まらない魅力が詰まっています。壮大でオリジナリティに満ちた世界観はまさにセンスオブワンダーですし、笑いあり、涙ありの物語はエンタメ小説として申し分のない出来です。なにより、人はいかに生きるべきかという真摯な問いかけが読むものの胸を突き刺します。
ヒトは一度しか死ねないのだから
桜井直樹
みらいパブリッシング
2024-02-27


27位.ニュー・サバービア(波木銅)
原発のある片田舎で小説家になることを夢見ていた馬車道ハタリは高校卒業とともに上京。だが、夢はかなえられず、フードデリバリーで生活費を稼ぐ日々を過ごしていた。ある日、彼女のもとに見知らぬ作家の私小説原稿が届く。それを読んだハタリは原発事故で壊滅した故郷を自転車で目指すが…。
現代日本の閉塞感をデストピア小説の形を借りて描いた作品ですが、主人公が社会不適合者っぽくも魅力的で引き込まれます。物語的にはロードノベルの色が強い一方で、いきなり未知の生物が大暴れする展開には驚かされます。終末感溢れる世界を舞台に生きる意味について考えさせられ問題作です。
ニュー・サバービア
波木 銅
太田出版
2024-01-19


28位.AIを生んだ100のSF(監修・編:大澤博隆 )
『2001年宇宙の旅』を始めとしてAIが印象的に描かれたSF作品は数多く存在します。しかも、それらは単に読者を楽しませるだけでなく、未来の研究者たちに強いインスピレーションを与え続けてきました。本書では実際に研究者たちにインタビューを行い、SFの持つ影響力について探っていきます。
研究者へのインタビュー集ですが、単にSF小説の世界に憧れたといった話ではありません。将来の研究に繋がる発想をどのように得たかについても語られており、その内容の深さに驚かされます。また、研究者に影響を与えた作品が列挙されてれているため、優れたガイドブックとしての側面も。


29位.SF作家はこう考える 創作世界の最前線をたずねて(編:日本SF作家クラブ, 宮本道人・他)
60年以上の歴史を誇る日本SF作家クラブ。本書では、そこに所属するSF作家たちがどやってデビューし、作品のインスピレーションをどこから得ているのかなど、創作の秘密が赤裸々に語られています。さらに、編集者や校正者などといった作家を支える職業や本の製作過程までもを完全網羅。
SF作家のアイデア創出術なども大いに参考になりますが、それ以上に役立ちそうなのがコンテストやネット投稿の活用法です。特に、大森望の「SF作家になるには」と、門田充宏の「戦略的にコンテストに参加しよう さなコンスタディーズ 2021-2023」が読み応えという点で頭一つ抜けています。


30位.SFマンガで倫理学 ―何が善くて何が悪いのか(萬屋博喜)
SF作品ではしばしば我々の想像を超えた超科学の世界が描かれます。そして、そうした世界を体験することでなにが善でなにが悪なのかという問題をより深く考えられるのではないでしょうか。AIの自動生成など、今やSF的世界が身近なものになりつつあり、その必要性は高まっているといえます。
本作では倫理について考えるうえで、優れたテキストとなり得る21作のSFマンガが紹介されています。ちなみに、紹介されているのは『火の鳥』をはじめとしてどれも名作ばかりです。したがって、SFマンガ初心者にとっては優れたガイドブックにもなっています。逆に、SF作品に詳しい人が倫理学を学ぶ足がかりとしても絶好の書です。



その他注目作

クトゥルフ神話生物解剖図鑑(著・画:山田剛毅/編:朱鷺田祐介)
クトゥルフ神話とはにかという説明に始まり、登場する生物の相互関係を一目で分かるように図解で表示。さらに、「邪神とその眷属」「独立種族」「奉仕種族」「旧神」という4つのカテゴリーに分けてより詳細な説明をしています。さらに目撃&生息地MAPに用語解説と、まさに至れり尽くせり!
同人誌として人気を博した『帰ってきた!クトゥルフ神話生物図鑑』を大幅加筆したものです。本作の一番の魅力はなんといっても怪獣百科ノリの解剖図がふんだんに用いられている点にあります。子供の頃を思い出してワクワクしますし、それをクトゥルフ神話で行うというギャップも面白い。
クトゥルフ神話生物解剖図鑑
朱鷺田祐介
秀和システム
2024-05-28


クック・トゥ・ザ・フューチャー 3Dフードプリンターが予測する24 の未来食(石川 伸一 、石川 繭子 )
ペースト状にした食材をノズルから射出しながら料理を形作っていく3Dフードプリンター。そこには介護食や災害時の非常食などを始めとしてさまざまな可能性があります。本書では食の未来を「かたちが変わる」「原材料が変わる」などの4ステージに分け、全24の食シーンを提言していきます。
一部ではすでに実用化が始まっている3Dフードプリンターですが、本書ではより大胆な利用法を提言することで未来の可能性を膨らませています。なかでも胃の中で動き回って満腹中枢を刺激するダイエット食がインパクト大です。たっぷりと用意されたイラストも読者のイマジネーションを刺激します。


竜の医師団(庵野ゆき)  
竜は創造を司るものだが、その竜が病んでしまうと破壊をもたらしてしまう。それを阻止するために竜の病を退ける者が〈竜の医師団〉だ。虐げられし民ヤポネ人の少年リョウは、飛行船の発着場をに向かう途中で自分と同じように竜の医師団を目指す上流階級のお坊ちゃんレオニートに出会い…。
気候に影響を及ぼすほどの巨大な竜が棲息するスケールの大きいなファンタジー世界が素晴らしく、設定の膨らませ方も巧みです。特に、数千年の寿命を持つ竜が死にゆくドラマは読ませます。加えて、主人公も魅力的。ユーモラスな語り口が楽しい一方で、竜に向ける暖かな気持ちにじんときます。
竜の医師団1 (創元推理文庫)
庵野 ゆき
東京創元社
2024-02-29
竜の医師団2 (創元推理文庫)
庵野 ゆき
東京創元社
2024-03-18


小説 GAMERA -Rebirth- (瀬下寛之)
小学6年生のボコとその友人であるジョーは突然街に現れた怪獣・ギャオスに襲われ、絶体絶命のところを大怪獣・ガメラに助けられる。どうやら怪獣は子供たちを狙っているらしく、その理由を調べるためにポコとジョーは与那国島の基地で検査を受けることになる。だが、そこに巨獣・ギロンが現れ...。
2023年にNetflixで配信された『GAMERA -Rebirth- 』のノベライズ作品です。怪獣たちの思考や細かな仕草が描写されているのが特徴で、映像作品とはまた違った味わいがありまます。ただ、ストーリー的には陳腐で、『ゴジラ S.P』のようなハードSF的展開を期待すると肩透かしを食らうでしょう。


マガツキ(神永学 ) 
2人の女子高生が殺される事件が起きて以降、巷では「その身体、私にちょうだい」と言って襲いかかる“それ”の噂が広まっていた。大学生の陽咲は友人の夏菜からその話を聞くも単なる都市伝説だと一笑に付す。ところが、夏菜が不可解な失踪を遂げた後に陽咲にも“それ”の気配を感じるようになり…。
都市伝説ホラーとみせかけたSFホラーですが、現代の最先端技術をテーマにしていながらSF的アイディアにさほどの目新しさはありません。展開も大味で全体的にB級感を漂わせています。その一方で、恐怖の対象が徐々に明らかになっていくくだりや外連味たっぷりの展開は読みごたえありです。
マガツキ
神永 学
PHP研究所
2024-03-25


壊胎(黒十字 )
瞳子が目を覚ますと暗闇のなかにいた。どうやら監禁されているらしい。やがて自分と同じ境遇の若い男女に出会うが、彼らもなぜ自分たちがこんな所にいるのか分からないという。調べて分かったのはここが大海原を漂う船の中ということだけだった。3人はなんとか情報を集めようとするが…。
クトゥルフ神話をテーマにした同名TRPGシナリオブックのノベライズです。元がシナリオだけあってサクサクとテンポ良く楽しめます。クトゥルフと人間の真っ正面からの闘いが読みどころ。
壊胎
黒十字
KADOKAWA
2024-01-22


追放された商人は金の力で世界を救う(駄犬)
商人職のトラオは戦闘の役には立たない反面、資金難に陥ったSランク冒険パーティーを救った実績があった。しかし、金の使い込みがバレてクビになってしまう。仕方なく金の使い込み先だった女子達と組んで魔王討伐を果たそうとするも、手段を選ばぬトラオのやり口に彼女達はドン引きし…。
RPGなどては脇役になりがちな商人にスポットを当てた作品であり、軽快な語り口に加えて、全滅したパーティーからの装備回収や魔王軍を薬漬けといったネタがブラックユーモアとして秀逸です。一方、後半になると物語の舞台裏がかつての仲間たちの視点で語られていくのですが、これが感動的。


をんごく(北沢陶)
大正末期。画家の壮一郎は震災で亡くなった妻・倭子を忘れられず、巫女に降霊を依頼する。だが、降霊は失敗し、巫女からは「奥さんの霊は普通ではない」と警告を受ける。やがて、壮一郎のもとに倭子の霊が現れるが、その声や気配は歪なものだった。ある日、彼は死霊を喰らう不思議な男に出会い...。
第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞等3賞同時受賞。きわめて完成度の高い怪異譚で淀みのない語り口はベテラン作家の風格さえ感じさせてくれます。なんだかんだといいながら世話を焼いてくれる巫女やこの世に未練を残す霊を喰らう退魔師のエリマキといったキャラも魅力的。人情ホラーの傑作です。
をんごく (角川書店単行本)
北沢 陶
KADOKAWA
2023-11-06


食べると死ぬ花(芦花公園)
姑との同居に疲れ果てた美咲がカフェで美しい青年に出会って楽しい時間を過ごしたのちにある荷物を預かる「大歳の棺」、ひとり息子を失った桜子がカウンセラーから不思議な壺を渡されたうえで「3つの約束さえ守れば息子が帰ってくる」と告げられる『帰還の壺』など全7話収録の連作短編。
久根ニコライなる人物から贈り物をもらい、それによって事態が好転したかに見えるも最後には絶望が待ってるという『笑ゥせぇるすまん』的な話です。全編におぞましさが充満しており、すべての元兇であるニコライに悪意が一切ないのが、逆に禍々しく感じます。最終話の手記には絶句。
食べると死ぬ花
芦花公園
新潮社
2023-11-01


みんなこわい話が大すき(尾八原ジュージ)ひかりの家の押し入れにはナイナイがいる。形もなければ声も発しないが彼女の唯一の友達だった。ある日、ナイナイをいじめっ子のありさちゃんと会わせると、彼女に対して親友のようにふるまいだし、母親までひかりを甘やかすようになるの。数年後、霊能者の志朗貞明のもとにある依頼が…。
第8回カクヨムWeb小説コンテストのホラー部門大賞受賞作。どこか愛らしさを感じさせるナイナイですが、その正体や誕生の経緯にゾッとさせられます。 怪異そのものよりもそれを生み出した人間が怖い作品です。ホラー度はかなり高い一方で飄々としたシロの存在が適度な軽さを演出しています。
みんなこわい話が大すき (角川書店単行本)
尾八原 ジュージ
KADOKAWA
2023-12-22


ゆうずどの結末(滝川さり)
大学1回生の菊池斗真はサークル仲間の宮原が投身自殺を図る瞬間を目撃してしまう。遺書があったことから彼女の死は自殺だと断定されるも、真はサークルの先輩から赤黒い染みのある本を手渡される。それは宮原が自殺の瞬間に手にしていた小説だった。しかも、今度はその先輩が自殺し...。
読むと死ぬ本をテーマにした全5章の連作短編です。臨場感が半端なく、ホラー小説として圧倒的な怖さを誇っています。しかも、読み進めていくにつれて恐怖が増していく構成が見事です。特に、第4章の絶望感は半端ありません。それだけに最終章の仕掛けがあからさまでイマイチに感じたのが残念。
ゆうずどの結末 (角川ホラー文庫)
滝川 さり
KADOKAWA
2024-02-22


すみせごの贄(澤村伊智) 
父が編集長を務める雑誌の副編集長・野崎の取材に同行した不登校の中学生が鍾馗の像を門柱に置く習俗がある土地で不気味な影を目撃する「たなわれしょうき」、カレー専門店で一口だけカレーを食べて残りは持ち帰る客の後を追うと墓地の前で忽然と姿を消してしまう「火曜夕方の客」など、全6編収録。
比嘉姉妹シリーズ3番目の短編集です。痛みとおぞましさの描写が忘れ難い「たなわれしょうき」、ラストの切なさが胸を打つ「火曜夕方の客」、ミステリー仕立ての表題作のど、良品質かつバラエティに富んだ作品が揃っています。また、シリーズのファンにとっては辻村ゆかりの再登場もうれしいところ。


極楽に至る忌門(芦花公園)
四国の山奥にある小さな村。帰省する友人の匠と一緒にその村を訪れた隼人は、匠の祖母から暖かな歓迎を受け、夕飯をともにする。だが、「仏を近づけた」という祖母の言葉を聞いた瞬間、匠は顔色を変え、その夜に行方を断ってしまうのだった。さらに、隼人の周辺でも奇妙な出来事が起き始め…。
閉鎖的な村を舞台に昭和、平成、令和の3つの時代に現れた怪異を描く因習ホラーです。おぞましい過去が次々と明らかになっていく展開にぞっとしますし、救いのない結末には読んでいるこちら側が打ちのめされてしまいます。一方で、各エピソードの結末が不明瞭な点は好みの分かれるところ。
極楽に至る忌門 (角川ホラー文庫)
芦花公園
KADOKAWA
2024-03-22


致死率十割怪談(晴海春海水亭 )
夏休みの間、祖父の家に預けられる小学生の兄弟は、致死率十割神社だけは絶対に行くなと祖父から念を押される。そこには八尺様とくねくねの巣窟と化しており、彼らに見つかれば絶対に助からないというのだ。ところが、妖怪の存在を信じない兄は弟の制止を振り切って神社に向かってしまい…。
カクヨム「ご当地怪談」読者人気賞受賞。ネット小説らしいおふざけやアニメネタなどをぶち込んだ作風は好みの分かれるところ。一方で、ギャグテイストのなかに本気で怖いエピソードが混ざっており、そのギャップが生み出す効果はなかなかです。特に、「ホラーのオチだけ置いておく」が秀逸。
致死率十割怪談 (角川書店単行本)
春海水亭
KADOKAWA
2024-03-26


歪つ火 (三浦 晴海)
ソロキャンプが趣味の友美は、初めてのキャンプ場で複数のグループと知り合い、交流を深めていく。しかし、次の日になると何故かキャンプ場から出られなくなっていた。しかも、昨日知り合ったはずの人たちは、彼女に対して初対面のように接してくる。ただならぬ状況に友美は恐怖するが…。
序盤は退屈ですが、楽しいキャンプがだんだんと狂気に染まっていく展開にゾッとさせられます。また、主人公が少しずつ違和感に気が付いていく展開もよく出来ています。オチは途中で予想がつくものの、丁寧な伏線回収には好印象。なにより、恐怖を煽った末の切ないラストが心に染み入ります。
歪つ火 (角川ホラー文庫)
三浦 晴海
KADOKAWA
2024-01-23



Previous⇒SFが読みたい!2024年版 国内ベスト30予想




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最新更新日2024/06/08☆☆☆

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SFが読みたい!2025
対象作品である2023年11月1日~2024年10月31日発売の国内SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素の絡まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されずらいので傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

2024年5月22日時点での暫定予想順位

1位.恐るべき緑 ーエクス・リブリスー (ベンハミン・ラバトゥッツ) 
第2次世界大戦時にナチの高官らが所持した青酸カリと西欧近代における青色顔料をめぐる歴史、第一次世界大戦の塹壕戦で用いられた毒ガス兵器の開発者フリッツ・ハーバー、ブラックホールの存在を初めて示唆した天文学者シュヴァルツシルトの知られざる人生などなど、科学史に基づくフィクション。
前半はほぼ史実に沿った科学者たちの物語なのですが、これが抜群の面白さを誇っています。天才たちのエキセントリックなエピソードは非常に興味深く、知的好奇心を刺激します。また、それらの史実に基づいて描かれる虚構の物語も読み応え満点。実験的なスタイルによる異形の傑作です。
恐るべき緑 (エクス・リブリス)
ベンハミン・ラバトゥッツ
白水社
2024-02-18


2位.妄想感染体(デイヴィッド・ウェリントン)
防衛警察の警部補サシャはパイロットや医師はを伴って植民惑星パラダイス‐1の調査に赴く。そこで待ち受けていたのは妄想に溺れ、ゾンビと化した人々だった。しかも、その妄想は感染し、AIまでもが同様の妄想に取り憑かれていたのだ。恐るべき病原体バジリスク。果たしてその正体とは?
ハードSFから怒濤のノンストップホラーへと変化していくさまが痛快でページをめくる手が止まらなくなります。非武装の主人公たちが絶体絶命の危機をどう乗り切るかが読みどころとなっており、冒険アクションとしても秀逸。ちなみに、本作は三部作の第1弾という位置付けになっています。
妄想感染体 上 (ハヤカワ文庫SF)
デイヴィッド ウェリントン
早川書房
2024-01-10


3位.赦しへの四つの道(アーシュラ・K・ル・グィン)
自由民が隠遁者として暮らす第3惑星イェイオーウェイの寂れた集落で、孤独な老女がかつて革命の英雄と讃えられた人物と出会う「裏切り」、第4惑星エクーメンの使節が男女差別のはびこるイェイオーウェイに赴いて女奴隷の訴えを聞く「ア・マン・オブ・ザ・ピープル」など、全4作収録。
名作『闇の手』でお馴染みのハイニッシュ・ユニバースが舞台の連作短編集。90年代発表のジェンダーSFであり、両性具有を描くことでジェンダーの問題にアプローチした『闇の手』と比べてテーマ性がよりストレートです。人間の愚かしさを描いたうえで一筋の希望を持たせるドラマは読み応えあり。
赦しへの四つの道 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
アーシュラ K ル グィン
早川書房
2023-11-15


4位.宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選(顧適, 何夕etc)
いずれ解体される運命に無情を感じたロボットたちの間で禅宗ブームが起きる「仏性」、少女の奇妙な日常を日記形式で綴った「円環少女」、自己増殖する人工生命体の研究成果を相続した男が水星での繁殖計画を練る「水星播種」、時間が喪失した世界を描いた「時の点灯人」など、全15編収録。
中華SF紹介の第一人者・立原透耶が『時のきざはし』に続いて編纂したアンソロジー第2弾。前作同様レベルの高い作品が並んでいます。なかでも、壮大な計画をいかに実現するかを突き詰めた「水星播種」や時間の喪失と復活をロジカルかつロマン豊かに描いた「時の点灯人」などが秀逸。


5位.星、はるか遠く: 宇宙探査SF傑作選(フレッド・セイバーヘーゲン、キース・ローマー他)
資源探査のために太陽系の彼方を目指していた男女が針のように細長く巨大な構造物を発見する「故郷への長い道」、神の概念を知らない唯物論者の異星人たちのもとに地球の神父が布教に訪れる「異星の十字架」、荒野にぽっかりとあいた巨大な穴をひたすら下っていく「地獄の口」など全9編収録。
宇宙探査をテーマした1970年以前の英米SFを集めたアンソロジー集です。なかでも目玉なのが初翻訳作品の「故郷への長い道」と「地獄の口」。前者は謎の構造物の航法手段に驚かされますし、後者は悪夢的な地底探険に息をのむ傑作です。また、残酷な結末の「異星の十字架」も印象的。
星、はるか遠く: 宇宙探査SF傑作選 (創元SF文庫)
セイバーヘーゲン、ローマー他
東京創元社
2023-12-18


6位.闇の中をどこまで高く(セコイア・ナガマツ)
シベリアの永久凍土の中で眠るで3万年前の少女の遺体が発見される。しかし、彼女の体には恐るべき病原菌が潜んでおり、やがてそれは世界各地で未曾有のパンデミックを引き起こす。北極病と名付けられた恐るべき伝染病は、海面上昇現象とともに人類社会の崩壊を加速させていき…。
パンデミックをテーマにした連作集であり、終末世界における人々や社会の変化が主題となっています。安楽死遊園地や地球を捨てて旅立つ宇宙移民船など、様々なシチュエーションで描かれる物語はなかなかに興味深い。ただ、別れをテーマしたものが多くて、話のバリエーションに乏しいのが難。
闇の中をどこまで高く (海外文学セレクション)
セコイア・ナガマツ
東京創元社
2024-03-11


7位.ロボットの夢の都市(ラヴィ・ティドハー)
太陽系全域を巻き込んだ大戦から数百年後。都市ネオムの花屋で働くマリアムは花に見とれているロボットと出会う。そのロボットは奇妙な問答をかわした後にマリアムからダマスクローズ受け取り、砂漠へ向かう。その目的はゴールデンマンと呼ばれた兵器を発掘して再起動することにあった…。
中東出身の作家が現在サウジアラビアで建設中の計画都市ネオムの未来を描いた作品です。原題はそのものズバリ『NEOM』。最先端の都市が古びた街として登場する哀愁を漂わせます。個性豊かなロボットが魅力的で、人間とのふれ合いを描いたレトロな物語も心に染み入りる佳品です。
ロボットの夢の都市 (創元海外SF叢書)
ラヴィ・ティドハー
東京創元社
2024-02-13


8位.マッドアダム(マーガレット・アトウッド)
正体不明のウイルスにより、人類は一握りの人々を残して絶滅した。生き残りのひとりであるゼブは荒廃した街のなかで兄アダムの手がかりを探す。一方、トビーは凶悪犯に対抗するため、かつての敵と手を組むことになる。ウイルスの正体とは?科学技術と環境破壊による破滅の行き着く果ては?
『洪水の年』『オリクスとクレイク』に続くマッドアダムの物語三部作の完結篇です。前2作が破滅への黙示録だったのに対して今作は新たな創造神話となっています。人間の善なる部分を集めて創られた人造人間クレーカーなどのある種奇妙な存在たちによって闇の中に光が差していく展開が素晴らしい。
マッドアダム (上)
マーガレット・アトウッド
岩波書店
2024-03-25


9位.シリコンバレーのドローン海賊: 人新世SF傑作選(編:ジョナサン・ストラーン/作:メグ・エリソン、グレッグ・イーガン・他)
巨大通販物流企業がドローンによる配送を始めることを知った青年がドローンにおける防犯システムの脆弱性に目を付けてドローン専門の盗賊団を目指す表題作、電子ネットワワークの構築を頑なに拒否する山村の人々に対して歌い手の娘がある儀式を提案する「菌の歌」、など全10編収録。
人間の営みがいかに地球の環境に影響を及ぼしているかについて描いた作品を集めたアンソロジーです。未来に対して楽観的だったり、悲観的だったりと、それぞれの作家性の特徴の出た作品が揃っています。なかでも、奇妙な風習に絡めたSF的アイディアが素晴らしい「菌の歌」が秀逸です。
シリコンバレーのドローン海賊 人新世SF傑作選 (創元SF文庫)
ジェイムズ・ブラッドレー
東京創元社
2024-05-11


10位.創元SF文庫総解説(東京創元社編集部)
1963年9月に創刊されて以降、60年の歴史を誇る創元SF文庫。本書では、フレドリック・ブラウンの『未来世界から来た男』に始まり現代に至るまで約800作品のレビューを収録しています。加えて、草創期の秘話や装幀をめぐる対談、創元SF文庫史概説なども収めたSFファン必携の一冊です。
現存する最古のSF文庫の歴史が一望できる、SFファンにとっては非常に貴重な一冊です。既読本に想いを馳せればノスタルジックな気分に浸ることが出来ますし、未読本をチェックすればまだ見ぬセンスオブワンダーの世界にワクワクします。『ハヤカワ文庫SF総解説』も併せて読みたいところ。
創元SF文庫総解説
東京創元社
2023-12-25






11位.
呪いを解く者(フランシス・ハーディング)
原野(ワイルズ)という沼の森を有する国・ラディス。その地では小さな仲間と呼ばれる生き物が呪いによって人々に大きな影響力を与えていた。呪いを解くことを生業するほどき屋の少年・ケレンは継母に呪いで鳥にかえられた少女・ネトルを相棒に、呪いに悩む人々の依頼をこなしていくが…。
英国SF協会賞YA部門受賞。怪異が跋扈するオリジナリティ豊かな世界観がとにかく魅力的です。加えて、危機また危機の冒険ファンタジーとしてもよく出来ています。それに、呪いの存在を通して人間の本質について学んでいく少年の成長譚として秀逸。重いテーマをエンタメとして描いた傑作です。
呪いを解く者
フランシス・ハーディング
東京創元社
2023-11-30


12位.シャーロック・ホームズとサセックスの海魔 クトゥルー・ケースブック(ジェイムズ ラヴグローヴ)
ホームズたちと古き神々との対決から30年。50代後半となったホームズはサセックスで農場を営んでいた。あるとき、ホームズは3人の女性の失踪事件を調査することになるも、そこには邪神として蘇ったモリアーティの影が…。ヨーロッパが戦争へと突き進むなか、ホームズは最後の戦いに挑むが…。
ホームズ&ワトスンとクトゥルとの闘いを描いたシリーズ三部作の完結篇です。ホームズシリーズのファンにとっては衝撃的なシーンから始まる本作ですが、「最後の挨拶」を下敷きにしつつも、その中にクトゥル神話の設定を存分に盛り込み、パスティーシュとして楽しい作品に仕上がっています。


13位.メアリ・ジキルと囚われのシャーロック・ホームズ (シオドラ・ゴス)
メアリ―・ジギルをはじめとしたマッドサイエンティストの娘たち、アテナ・クラブの面々はヨーロッパでの大冒険からの帰還を果たした。だが、久しぶりのロンドンで直面したのは、メアリの雇用主であるシャーロック・ホームズとメイドのアリスが宿敵モリアーティに囚われるという事件だった...。
アテナクラブシリーズの完結編。怪奇小説の古典的名作の要素をごった煮してエンタメに徹した物語は相変わらずの楽しさです。シリーズ最大の魅力であるモンスター娘たちによるチャットの面白さも健在。ただ、ホームズが囚われっぱなしでモリアーティもあっさり退場してしまうのは好みのは残念。


14位.レッド・アロー(ウィリアム・ブルワー)
新人作家のウィリアム・ブルワーは詩集の『I Know Your Kind』で思わぬ高評価を受けるが、何故か彼の心は満たされない。次作の契約も決まるも原稿は進まず、うつ病に悩まされる始末だ。そんな彼のもとに物理学者の自伝代筆の仕事が舞い込んでくる。しかし、肝心の物理学者が失踪してしまい...。
うつ病に苛まれる主人公の精神世界を描いた思索小説です。その語りはヒリヒリとした焦燥感に彩られながらも独特のユーモアがあり、ほとんど意味不明ながら幻覚剤療法や量子重力論などが入り乱れる迷宮ごとき物語に身を任せれば不思議と心地よい酩酊感を味わえます。非常に尖った問題作です。
レッド・アロー
ウィリアム ブルワー
早川書房
2024-01-29


15位.潜水鐘に乗って(ルーシー・ウッド)
海の事故で亡くなった夫と48年ぶりの再会を果たすべく老婦人が旧式の潜水鐘で海に潜る表題作、ある女性が自身の体が石になることを予期しながら最後の一日を過ごす「石の乙女たち」、巨人になる定めを背負った少年と人間の少女の何気ない一日を活写した「巨人の墓場」など、全12編収録。
イングランド最南端に位置するコーンウォールの昔話をモチーフにした短編集です。昔話を現代風にアレンジして多くの読者の心に響く物語へと再構築した作者の手腕似は目を見張るものがあります。収録作はいずれも、決別のやるせなさのなかに仄かな暖かさを感じさせてくれる好編揃いです。
潜水鐘に乗って
ルーシー・ウッド
東京創元社
2023-12-18


16位.まじめにエイリアンの姿を想像してみた(アリク・カーシェンバウム)
エリアンの姿に関しては人類が宇宙に目を向けるようになって以降、さまざまな想像図が提示されてきました。しかし、実際のところはどうなのでしょうか?本書では地球外の環境を踏まえ、そこで生活する生物がどのような姿をしているのかを進化論やゲーム理論をベースにして科学的に考えていきます。
本書は環境と進化の関係性に基づき、科学的に正しいエイリアンの姿とはどのようなものかを考察した学術書です。まずは生命の誕生は必ず地球と同じ道筋を辿るのかを検証し、そのうえでさまざまな可能性について言及しています。空中を浮遊する生物など、SFファンにとって楽しい話題が盛り沢山。
まじめにエイリアンの姿を想像してみた
アリク カーシェンバウム
柏書房
2024-04-15


17位.お城の人々(ジョーン・エイキン)
おとぎ話の言い伝えにになぞらえて妖精の王女と結ばれた若い医者の運命を描いた表題作、少女が5歳の時に偶然出会った犬と奇妙な絆で結ばれる「ロブの飼い主」、お城に住む伯爵夫人が音楽教師を相手にピントのずれたせめぎ合いを行う「よこしまな伯爵夫人に音楽を」など、全10編収録。
童話作家である著者の短編集第3弾。奇妙で切なくてちょっぴりダークな作品世界を存分に堪能することが出来る好著です。今回は切ない話が多めで、特に犬好きの人にとって「ロブの飼い主」は大いに泣ける作品となっています。「足の悪い王」や「ワトキン、コンマ」なども泣ける佳品です。
お城の人々
ジョーン・エイキン
東京創元社
2023-12-11


18位.親愛なる八本脚の友だち(シェルビー・ヴァン・ペルト)
マーセラスという名のミズダコは水槽のガラスの向こうから人間たちを観察し続け、彼らの言葉を理解できるようになっていた。ある夜、水槽から抜け出して夜の散歩を楽しんでいたところ、清掃員のトーヴァに見つかってしまう。マーセラスは30年に前に息子を失った彼女と心を通わせていくが...。
人間並みの知能を有するタコの一人語りが印象的なファンタジー作品です。夜の水族館という舞台がミステリアスな雰囲気を高め、死期の近いタコが孤独な老女のために奮闘する姿には泣けてきます。ただ、人間視点のパートもあり、タコがウリの作品の割にはタコの出番が意外と少ない点は残念。
親愛なる八本脚の友だち (扶桑社BOOKSミステリー)
シェルビー・ヴァン・ペルト
扶桑社
2023-12-22


19.戦士強制志願(J・N・チェイニー、ジョナサン・P・ブレイジー)
惑星セーフハーバーの青年・レヴは交通違反で有罪判決を受けてしまう。判決は25年の強制労働か3年の兵役。彼は海兵隊に志願するが、現在の人類は異星種族であるケンタウルス人の戦闘メカと交戦状態にあった。レヴは過酷な訓練と身体拡張を受け、ボディアーマーを装備して戦場へと向かうが...。
本国では、現代版『宇宙の戦士』と触れ込みで多数の続刊が発売されている人気シリーズです。ただ、続編を前提としているためかボディーアーマーの活躍はあまりありませんし、登場人物も掘り下げ不足が目立ちます。テンポの良さと伏線らしき要素は評価できるので今後の展開に期待したいところ。
戦士強制志願 (ハヤカワ文庫SF)
ジョナサン P ブレイジー
早川書房
2024-04-05


20位.技術革新と不平等の1000年史 (ダロン・アセモグル, サイモン・ジョンソン他) 
技術の発展は人々に豊かさをもたらすと一般的には考えられてきました。しかし、過去1000年の歴史を振り返ってみると、技術革新による恩恵を受けているのは多くの場合、資本家や権力者だけです。むしろ、戦後数十年における庶民の著しい生活水準の向上が例外的だといえます。そして、現在…。
過去1000年における技術史を紹介しつつ、技術の進歩が貧富の差を拡大していくことを実例を挙げながら説明しています。これを覆すには労働者の団結が不可欠であるとの主張を含め、考えさせられる点の多い労作です。後半はAIの発展と貧富の差の拡大についての話でSF的観点からも読みごたえあり
技術革新と不平等の1000年史 上
サイモン ジョンソン
早川書房
2023-12-20


21位.生と死を分ける翻訳: 聖書から機械翻訳まで(アンナ・アスラニアン)
機械翻訳の発展に伴い、誰でも気軽に世界中の言語を翻訳できるようになりました。しかし、かつては翻訳一つに多くの命がかかっているというケースも少なくなかったのです。聖書の翻訳や戦後の国際裁判などがその代表例でしょう。命を賭けた翻訳家たちの奮戦と機械翻訳の未来を紹介します。
ジャーナリスト兼翻訳家の著者が紹介すろ歴史的な誤訳はどれも興味深く、国際的な場において翻訳がいかに重要で難しい代物であるかを教えてくれます。特に、フルシチョフがロシアの慣用句やことわざを乱発して通訳を悩ませたエピソードが印象的です。翻訳の本質を知るための最適な1冊。
生と死を分ける翻訳: 聖書から機械翻訳まで
アンナ・アスラニアン
草思社
2024-02-20


22位.温暖化に負けない生き物たち:気候変動を生き抜くしたたかな戦略(ソーアソーア・ハンソン )
昨今は、急激な気候変動がもたらす動植物のダメージが懸念されていますが、環境の変化に対して柔軟に適応し、繁殖を続けているものも少なくありません。例えば、体のサイズを小さくしたり、食事の内容をガラリと変えたりといった具合です。その多彩な生存戦略を紹介していきます。
絶滅を免れるために、餌を変え、体の大きさを変え、手足の形状までも変ていく生物たち。その生存戦略の多彩さに驚かされます。しかし、絶滅を免れた種が存在する一方で、環境の変化に適応できずに滅んでしまった種も数多く存在します。両者を分ける要因についての考察が興味深い。


23位.AI覇権 4つの戦場(ポール・シャーレ)
近年におけるAIの進化は目覚ましく、さまざまな分野で大きな成果を上げています。それは軍事の分野でも同様であり、AIの覇権を握るものが軍事競争の最終的な勝者となるといっても過言ではないほどです。本書ではAI時代の世界覇権の行方を左右4つの要素から闘いの現状を炙り出していきます。
10年ほど前まで米国防総省でAI兵器における倫理問題の研究に携わっていた著者が軍事アナリストとしての立場で発表した著者です。本書では各国のAI開発における加熱競争の末に戦争はどう変わっていくのかを丁寧に紐解いてくれており、AIと軍事の関係を知るうえで絶好の入門書だといえます。
AI覇権 4つの戦場
ポール シャーレ
早川書房
2024-05-22


24位.ノトーリアス/スカーレット&ブラウン 2(ジョナサン・ストラウド)
銀行強盗として名を馳せるスカーレットとアルバートは、ついに難攻不落と噂されるウォリック信仰院の地下金庫室からも財宝を奪う。そんな折、2人を追うハンド同業組合によって仲間のジョーとエティが捕まってしまう。人質解放の条件として2人はノーサンブリアの埋没都市へと向かうが...。
荒れ果てた未来のイングランドが舞台の冒険ファンタジーの第2弾です。徐々に明かされていくスカーレットの過去やさまざまな対決を経て深まっていくブラウンとの絆など、今回も読みごたえ満点。ジョーやエディ、さらにはマロリーといった他のキャラも魅力的に次巻の展開が気になるところです。
ノトーリアス (スカーレット&ブラウン 2)
ジョナサン・ストラウド
静山社
2024-02-22


25位.ある晴れたXデイに: カシュニッツ短編傑作選(マリー・ルイーゼ・カシュニッツ )
非行の末に命を落とした養子に何故か怯える妻とその裏に潜む秘密を描く「雪解け」、痛みを感じない故に手足に痣や傷が増えていく女性の生活が異様さを増していく「火中の足」、滅びが近づくなかである母がXデイに起こるであろう事柄を日記として詳細に綴っていく表題作など、全15篇収録。
戦前戦後に活躍したドイツ人作家の作品集。幻想的なシチュエーションを纏った物語が多い割に超常的な要素は意外と少なく、どちらかといえば人間の狂気について描いた作品集だといえます。そういう意味ではSF色は薄いのですが、そのイマジネーションの豊かさには捨てがたい魅力があります。
ある晴れたXデイに カシュニッツ短編傑作選
マリー・ルイーゼ・カシュニッツ
東京創元社
2024-04-30


26位.伝説とカフェラテ: 傭兵、珈琲店を開く(トラヴィス・バルドリー) 
20年以上も傭兵として冒険を続けてきた女オークのヴィヴは、幸運を引き寄せる石を手に入れたことで珈琲店の店主へと転身する。厩をリフォームした店は、最初こそ閑古鳥が鳴いていたものの、サキュバスのタンドリを迎え、絶品のパンを焼く小鼠人のシンブルを雇うことで次第に繁盛を始め…。
異世界を舞台にしたファンタジー作品です。派手さには欠けますが、個性豊かなな仲間や店のメニューが増えていくプロセスにはほのぼのとした面白さがあります。また、マッチョな女オークが珈琲店を始めるなど、捻りのあるキャラクター設定も魅力的。ただ、百合展開は好みの分かれるところ。
伝説とカフェラテ 傭兵、珈琲店を開く (創元推理文庫)
トラヴィス・バルドリー
東京創元社
2024-05-20


27位.生贄の門(マネル・ロウレイロ)
ガリシア地方の小さな村。そこにある岩の建造物から心臓を抉り出された若い娘の死体が発見された。赴任してきたばかりの女性捜査官・ラケルは相棒のフアンとともに事件の謎を追うが、その末に行き着いたのは異界から何者かが訪れるという門の存在とそれを封じるための恐ろしい儀式だった。
スペインでベストセラーとなったスパニッシュ・ホラー。ケルト人の因習をオカルト要素と結びつけた趣向が興味深く、周囲から隔絶した田舎ならではの閉塞感がうまく雰囲気を盛り上げてくれます。ホラーといいながら途中まではミステリ的な展開が続くのですが、それだけにラストは衝撃的です。
生贄の門 (新潮文庫 ロ 19-1)
マネル・ロウレイロ
新潮社
2023-11-29


28位.大仏ホテルの幽霊(カン・ファギル)
1950年代後半。米軍の無差別爆撃で家族を亡くしたヨンヒョンは仁川の港で宿泊目的の客を大仏ホテルに案内する仕事をしていた。大仏ホテルは外国人客を対象とした朝鮮初の西洋式ホテルだ。だが、そのホテルも次第に廃れていき、悪霊に取り憑かれていると噂されるようになるのだが....。
かつて韓国に実在し、1978年に解体されたホテルを舞台にしたゴシックホラーです。韓国独自の価値観である恨を基調とした物語であり、多くの登場人物の悪意が錯綜するなかでじわじわと恐怖が広がっていきます。ただ、多くの独白が入り乱れるために全体像をつかみづらいという面はあるかも。
大仏ホテルの幽霊 (エクス・リブリス)
カン・ファギル
白水社
2023-11-26


29位.ロンドン幽霊譚傑作集 (W・コリンズ、E・ネズビット他 )
舞台は19世紀のロンドン。そこは産業の発展目覚ましい大都会であると同時に、犯罪譚や怪談に事欠かない魔都でもあった。白昼の公園で幽霊に遭遇した美しき寡婦を巡る愛憎劇を描いた「ザント夫人と幽霊」、愛人を催眠術で殺した医師が降霊会に参加する「降霊会の部屋にて」など全13篇収録。
古典的な怪談ストーリーを集めたアンソロジーですが、全13編中、12編が初訳です。男性に酷い目にあわされた女性が幽霊になって復讐するというメロドラマ+サスペンといった要素が濃く、怪奇要素がそれほど高くありません。「シャーロット・クレイの幽霊」や「黒檀の額縁」などが秀逸です。


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最新更新日2023/06/14☆☆☆

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このミス2025
対象作品である2023年10月1日~2024年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

2024年5月31日時点での暫定予想順位

1位.地雷グリコ(青崎有吾) 
射守矢真兎は勝負事の強さを友人から買われ、文化祭の場所取りを賭けたギャンブルトーナメントに駆り出される。そして、順調に勝ちを重ねていくも、決勝の相手は2年連続で優勝している生徒会メンバーの椚迅人だった。種目は地雷グリコ。勝負が始まり、椚が終始真兎を圧倒したまま進んでいくが...。
オリジナルのギャンブル勝負が描かれる全5話の連作集です。天才ギャンブラーにして飄々としたJK・射守矢真兎、理論派の椚先輩などキャラは皆魅力的。手に汗握るギャンブルミステリーの傑作です。
地雷グリコ (角川書店単行本)
青崎 有吾
KADOKAWA
2023-11-27


2位.冬期限定ボンボンショコラ事件(米澤穂信 )
小鳩常悟朗はひき逃げに遭い、病院に搬送される。右足を骨折して大学受験が絶望的となった彼は、ベッドの上で小市民を志すきっかけとなった中学時代のひき逃げ事件のことを思い返す。ふと気が付くと、同じく小市民を志す小佐内ゆきからの「犯人を許さない」というメッセージが残されており…。
小市民シリーズ完結篇。苦い思い出である中学時代のひき逃げ事件と、現在の事件を並行して描くことで2人の関係性と成長を浮かび上がらせていく構成に唸らされます。青春ミステリーの傑作です。
3位.1947(長浦京)
英国陸軍中尉のイアンは戦争で不当に斬首された兄の仇を討つべく日本に赴く。そして、仇の手がかりを求めて奔走するが、人種差別者でプライドの高い彼は行く先々で軋轢を生んでしまう。GHQ、CIA、ヤクザ、戦犯将校とさまざまな思惑が入り乱れるなか、イアンは復讐を遂げられるのか?
1947年の日本を舞台に英国中尉の復讐を描いたバイオレンスアクション。敵味方の区別もつかない状況が、ヒリヒリとした緊張感を生み、混沌とした状況の中でのエゴのぶつかり合いは読み応え満点です。
1947
長浦 京
光文社
2024-01-24


4位.兎は薄氷に駆ける(貴志祐介)
嵐の夜に資産家の男が一酸化炭素中毒で命を落とし、彼の甥である日高英之が逮捕される。英之は罪を認めて起訴されるも、裁判では一転無罪を主張する。英之を弁護するのは15年前の事件で彼の父親も弁護した本郷弁護士だった。やがて始まった裁判は二転三転の末に意外な方向へと転がっていき…。
裁判シーンが痛快でリーガルサスペンスとして抜群の面白さです。真相は簡単に予想できるものの、そこからのヒネりが衝撃的。ただ、これを唐突だと感じる人もおり、その点が賛否を分けそうです。
兎は薄氷に駆ける
貴志 祐介
毎日新聞出版
2024-03-04


5位.歌われなかった海賊へ(逢坂冬馬)
1944年。ナチスにより父を処刑された少年ヴェルナーは自暴自棄になっていたが、ある日、エーデルヴァイス海賊団を名乗るレオとフリーデに出会う。彼らは名士の息子と将校の娘という立場でありながらナチスに反旗を翻していたのだ。やがて彼らは市内に敷設された線路の先で究極の悪を目撃し...。
前半が説明過多で物語に入り込みにくい、現代の価値観を当時の登場人物の口を借りて語らせすぎといった問題はあるものの、心揺さぶられる後半のドラマは感動的。余韻が残るラストも見事です。
歌われなかった海賊へ
逢坂 冬馬
早川書房
2023-10-18


6位.サロメの断頭台(夕木春央)
油絵画家の井口は泥棒に転職した蓮野を連れ、発明家で大富豪のオランダ人・ロデウィック氏の元を訪れる。後日、ロデウィック氏は井口の絵を見て、同じ絵をアメリカでも見たという。未発表の彼の絵が剽窃されいたのだ。井口は盗作の犯人を捜すが、彼の周囲でサロメに見立てた連続殺人が…。
蓮野&井口シリーズ第3弾。前半やや冗長に感じられるものの、魅力的な謎がいくつもの散りばめられており、殺人が起きたあたりからぐっと面白くなってきます。意外な結末とやるせない結末も印象的。
サロメの断頭台
夕木春央
講談社
2024-03-13


7位.黄土館の殺人(阿津川辰海)
元名探偵の飛鳥井光流に招待され、世界的なアーティストである土塔雷蔵の館・荒土館に向かう名探偵の葛城輝義とその友人たち。しかし、土砂崩れによって葛城は荒土館へのルートを断たれてしまう。そして、それは雷蔵を殺しに来た小笠原も同じだった。そんな彼が交換殺人を持ち掛けられ…。
館四重奏の第3弾。名探偵一行が分断され、名探偵不在のなかで残りメンバーの頑張りが読みどころとなっています。特に、飛鳥井の復活劇は感動的。ただ、犯人が分かりやすい点はもの足りなさも。


8位.乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび (芦辺 拓、江戸川 乱歩)
実業家の未亡人が土蔵の2階で全裸死体となって発見される。現場は密室で、死体には多数の傷が残されていた。そして、その傍には奇妙な記号を描いた紙片が。その後、彼女の死は霊媒師の少女によって預言されていたとが明らかになる。真相に迫るべく、一同は霊媒師を囲んで降霊会を行うが...。
江戸川乱歩が1933年に連載を始めたものの、わずか3回で中絶した『悪霊』の真相に迫ろうとする労作です。事件の真相もさることながら、『悪霊』が未完に終わった理由付けもされている点が秀逸。


9位.シャーロック・ホームズの凱旋(森見登美彦)
シャーロック・ホームズがスランプに陥って1年。ワトソンはなんとかホームズを立ち直らせようとするも、本人はすっかりやる気をなくしていた。ある日、ジェームズ・モリアーティという男がホームズと同じ下宿に引っ越してくる。ワトソンは怪しげな彼を尾行してみようホームズに提案するが…。
舞台はヴィクトリア朝京都という架空世界。ミステリというよりファンタジーですが、シリーズでお馴染みの人物たちが意外な活躍をするのが楽しく、パスティーシュとして非常によくできています。
シャーロック・ホームズの凱旋
森見登美彦
中央公論新社
2024-01-22


10位.Q(呉勝浩)
執行猶予中の町谷亜八(ハチ)にはキュウという弟がいる。彼にはダンスの才があり、華々しいデビューを飾ったばかりだ。だが、血の繋がらない姉・ロクの話によるとキュウを脅す人物が現れたという。ハチとロクが犯したスキャンダル不可避な過去の罪。ハチはキュウのために立ち上がるが…。
キュウというアイドルに翻弄される人々の姿が狂気や暴力とともに描き出され、加速していく物語に圧倒されます。ただ、疾走感の末に辿り着く結末は物足りないか、心に染み入るか意見の分かれところ。
Q
呉勝浩
小学館
2023-11-08


11位.六色の蛹(櫻田智也)
鹿狩りの最中の山で起きた銃撃事件の謎を追う「白が揺れた」、時季外れのポインセチアをほしがった少女の真意を花屋の店主との会話から紐解いていく「赤の追憶」、遺跡の発掘現場から白骨が発掘される「黒いレプリカ」、消えた楽譜の行方をピアニストの遺品から推理する「青い音」など全6編収録。
魞沢が探偵役のシリーズ第3弾。謎を解くことにより思わぬドラマが浮き彫りになり、胸が熱くなる展開がよくできています。単なる昆虫好きの変人キャラから1作ごとに深みを増している魞沢も魅力的。
六色の蛹 サーチライトと誘蛾灯
櫻田 智也
東京創元社
2024-05-31


12位.鼓動(葉真中顕)
死体が燃やされているという通報に駆けつけた警察は18年引きこもり生活を続けていた草鹿秀郎をホームレスの老女殺害の容疑で逮捕する。しかも、彼の自宅からは父親の惨殺死体も発見される。素直に犯行を認める秀郎だったが、裏付け捜査を行っていた奥貫綾乃の脳裏にある疑念が芽生え始め...。
奥貫綾乃シリーズ第3弾。引きこもりと育児放棄の2つを中心に平成という時代を描いた社会派ミステリーの秀作です。特に、綾乃と秀郎の想いがぶつかり合うクライマックスには心震わされものが...。
鼓動
葉真中 顕
光文社
2024-03-21


13位
.不夜島(ナイトランド) (荻堂顕)
終戦直後、米軍占領下の琉球。その最西端に位置する与那国島では密貿易か盛んに行われていた。そこで腕利きのサイボーグ密貿易人・武庭純はとんでもない話を耳にする。殺人鬼と化した元憲兵がこの島に上陸したというのだ。同じ頃、武は正体不明のアメリカ女性から奇妙な依頼を受け…。
沖縄・台湾の歴史や米中対立を踏まえて描いたポリティカルなハードボイルドですが、そこにサイバーパンクを絡めた世界観が魅力的。ただ、沖縄編はワクワクしたものの、後半の台湾編が尻すぼみ。
不夜島(ナイトランド)
荻堂顕
祥伝社
2023-12-18


14位.ジェンダー・クライム(天童荒太)
全裸の中年男性の他殺死体が土手下で発見される。死体には「目には目を」というメッセージが残されていた。やがて、彼の息子が3年前に起きた集団レイプ事件の加害者だったことが判明する。これは被害者家族による報復なのか?捜査一課の志波と所轄の鞍岡が真相を追う。しかし、新たな殺人が...。
ジェンダーの問題を複数の視点から多角的に描いており、社会派ミステリーとして読み応えがあります。特に、加害者の一人の心の変化にグッときます。また、刑事2人のハディものとしても秀逸。
ジェンダー・クライム (文春e-book)
天童 荒太
文藝春秋
2024-01-15


15位.帝国妖人伝(伊吹亜門)
時は明治。作家志望の那珂川二坊は尾崎紅葉に師事するも目か出ずに三文記事を書いて糊口を凌いでいた。そんなある日、徳川公爵邸に侵入した盗人が逃走中に塀から落ちて死亡したという話を食堂で耳にする。客たちが推理を披露しあうが、その謎を解いたのは福田房次郎と名乗る青年で…。
全5話の連作集ですが、探偵役を務める人物は毎回異なり、そのいずれもが実在の著名人という趣向が楽しい。史実との絡ませ方も絶妙で歴史好きな人におすすめです。反面、ミステリとしては小粒。
帝国妖人伝
伊吹亜門
小学館
2024-02-15


16位.永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした(南海遊)
没落貴族であるブラッドベリ家の長男・ヒースクリフは母の危篤を知り、3年ぶりに生家の永劫館に帰ってきた。だが、母の死に目には会えず、そのうえ、妹のコーディが密室で殺されてしまう。嵐で陸の孤島と化した永劫館。ヒースクリスは魔女の死に戻りの能力を利用して真相を探っていくが...。
タイムリープを用いた特殊設定ミステリであり、同時にSF色の強い物語も面白い。本格ミステリとしてもよくできており、伏線回収による怒涛の真相解明は圧巻。マニアックな発想が楽しい傑作です。
17位.それは令和のことでした、(歌野晶午)
ふとしたきっかけで認知症の老婦人と知り合った大学生の青年が彼女を殺した犯人とみなされて警察から厳しい追及を受ける「君は認知障害で」、母親のいいなりの人生を送ってきた女性が自身の息子に対しても同じことをしてしまい夫と対立する「死にゆく母にできること」など、全8篇を収録。
令和を象徴するような事件を描いた短編集です。時代の鏡のような物語はどれも読みごたえがあり、考えさせられます。そのうえで、ミステリとしての仕掛けがきっちり組み込まれているのが見事です。
それは令和のことでした、
歌野晶午
祥伝社
2024-04-11





18位.
悪逆(黒川博行)
広告代理店の元経営者が自宅で殺害される。しかも、死体には拷問の跡が残されていた。大阪府警捜査一課の舘野と箕面北署のベテラン刑事・玉川のコンビは事件を追うが、さらに被害者の知人が同じように自宅で殺される。2人には詐欺的な行為で莫大な財産を築いていたという共通点があり…。
著者十八番のバディものの捜査小説で徐々に真相に迫っていくプロセスは読み応え十分です。一方で、コンビの刑事が個性不足で過去の代表作ほどキャラ立ちしていない点はもの足りなさも。
悪逆
黒川 博行
朝日新聞出版
2023-10-06


19位.涜神館殺人事件(手代木正太郎)
かつて悪魔崇拝が行われていた涜神館にイカサマ霊媒師のグリフィスが招待される。彼女の他にも館には帝国が誇る名だたる霊媒師が招かれていたが、ある者は密室で、ある者は首を刎ねられて次々と殺されていく。果たしてグリフィスはこの難事件を論理的に解き明かすことができるのか?
異世界が舞台のゴシックホラーミステリー。おどろおどろしい雰囲気に満ちながらも語り口はライトでサクサク読めます。霊能者たちのキャラも立っており、ミステリとしての仕掛けも一級品です。
涜神館殺人事件 (星海社 e-FICTIONS)
手代木正太郎
講談社
2023-10-17


20位.ぼくらは回収しない(真門浩平)
数十年に一度の日食が起きた日に名門大学の学生寮で学生寮が亡くなっているのが発見される。現場は密室だったことから自殺と考えられたが、彼女は才気溢れる女性であり、作家としても活躍していた。そんな人間が死を選ぶだろうか?3年間を共に過ごした寮生たちは独自に事件を調べ始めるが...。
第19回ミステリーズ!新人賞を受賞の「ルナティック・レトリーバー」を含む全5編の短編集。現代社会の歪みのようなものをテーマにしつつ、二段構えの謎解きによって明かされる意外な真相が秀逸。



その他注目作

ひとつの祖国(貫井徳郎)
ドイツの如く東西分断後に再統一されたもうひとつの日本。統一後も西との格差に苦しむ東日本で一条昇は図らずもテロ組織に加わることになってしまう。一方、昇の幼なじみで自衛隊特務連隊に所属する辺見公佑は相棒の香坂衣梨奈ともにそのテロ組織が関わっている事件を密かに追うが…。
今日的な社会問題を、パラレルワールドの日本というSF的な舞台を用いて語る物語はスケールが大きくて読み応え十分。登場人物も皆魅力的。ただ、大風呂敷を畳んでない点は賛否の分かれるところ。
ひとつの祖国
貫井 徳郎
朝日新聞出版
2024-05-07


にわか名探偵 ワトソン力(大山誠一郎)
警視庁捜査一課の和戸宋志はSAT隊員の片瀬つぐみからゾンビ映画に誘われる。映画館は閑散としており、観客は5人ほどしかいない。終幕後、館内の照明が点くとその観客の一人が殺されていた。しかも、扉には細工が仕掛けられており、外にでられなくなっていた。そのとき宋志のワトソン力が発動し...。
周囲の人間の推理力を飛躍的に高めることが出来る刑事が主人公のシリーズ第2弾。勝手に推理合戦が始まる定番展開は安定の面白さ。特に、ヤクザたちが推理する『ニッポンカチコミの謎』が秀逸。
にわか名探偵~ワトソン力~
大山 誠一郎
光文社
2024-05-22


災厄の宿(山本 巧次)
昭和51年。台風接近に伴う豪雨のなか、弁護士事務所の嘱託調査員である上坂徹郎は休暇で人里離れた徳島の旅館を訪れていた。だが、そこに散弾銃と爆破物~手にした男が押し入り、警察が包囲した旅館で籠城を始めてしまう。さらに、不可解な殺人が起き、河川の氾濫や土砂崩れの危機も迫り…。
さまざまな危機が次々と起こり、手に汗握ります。一種のクローズドサークルですが、複数の謎に対して人質サイドと警察サイドが異なるアプローチで迫っていくことで物語に深みを与えています。
災厄の宿 (集英社文庫)
山本 巧次
集英社
2024-01-19


案山子の村の殺人 (楠谷佑)
宇月理久と篠倉真舟は従兄弟同士で推理小説の合作者。ある日、大学の友人から創作のヒントになればと、彼の故郷である宵待村に招待される。そこは案山子だらけの奇妙な村だった。しかも、その案山子に毒矢が射込まれたり、案山子が消え失せたりと不屈な出来事が続く。そして、ついに殺人が...。
奇妙な村で起きた密室殺人にエラリー・クインじみた探偵が挑むというクラシックなスタイルの本格ミステリであり、巧みなロジックや伏線回収の妙に唸らされる一級の作品に仕上がっています。


ごんぎつねの夢(本岡類)
15年ぶりの同窓会に突如キツネ面の男が乱入し、散弾銃を発砲する。男は立て篭もりの末にSATにより射殺されるが、犯人の正体はなんと彼らの恩師だった。幹事の有馬に託されたメッセージは「ごんぎつねの夢を広めてくれ」というもの。調査の末に恩師の過去が明らかになっていくが…。
童話の『ごんぎつね』には続きが存在するという話を巡って二転三転する展開がスリリング。一見無関係なものが思わぬところから繫がりが見えてくる展開もよく出来ています。切ない結末も印象的。
ごんぎつねの夢 (新潮文庫 も 37-2)
本岡 類
新潮社
2024-04-24


バイバイ、サンタクロース 麻坂家の双子探偵(真門浩平)
入院している少女の病室の前で生い茂っていた葉が一夜にして消失する「最後の数千葉」、イブの夜にサンタクロースの絡んだ殺人が発生する「サンタクロースがいる世界」、学校で金魚が殺された事件を推理する「誰が金魚を殺したのか」など、小学生の双子による推理を描いた全6編を収録。
 第3回Kappa-Two受賞作。捻りを効かせたロジックミステリとして読み応えあり。ただ、小学生の語り手が大人のような言葉づかいなのはかなりの違和感。衝撃の結末も好みが分かれるところです。


毒入り火刑法廷(榊林銘)
数十年前に突如現れた魔女は文明社会の秩序を脅かす存在として取り締まりの対象となる。それを実行する場が火刑法廷であり、裁判で魔女と認定された者は火炙りにされるのだ。あるとき、犯人が空を飛んだとしか思えない死亡事故が起きる。結果、少女カラーは魔女の疑いをかけられ、被告となるが...。
被告が魔女か否かを巡って火刑審問官と弁護士がロジックバトルを繰り広げる特殊設定リーガルミステリーです。真相を明らかにするのではなく、いかにして自分の陣営に有利なロジックを構築するかを主眼としている点に独自の面白さがあります。ただ、ちょっとゴチャゴチャしすぎている感はあり。
毒入り火刑法廷
榊林 銘
光文社
2024-02-21


斬首の森(澤村伊智)
森の中の合宿所で新入社員の研修が行われていた。やがて、5人の男女は自分たちが洗脳されかかっていると気づき、火事に紛れて脱走を図る。だが、異様な雰囲気の森から脱出することはかなわず、翌朝、一人が死体となって発見される。しかも、切断された頭部に奇怪な装飾がされた状態で...。
森の中で正体不明の存在に襲われるオカルトミステリーです。グロテスクな描写が多いものの、ぞっとするような恐怖はあまりありません。ただ、真相が明らかになった時の衝撃はなかなかのものです。
斬首の森
澤村 伊智
光文社
2024-04-24


時空に棄てられた女 乱歩と正史の幻影奇譚(長江俊和)
何者かによって監禁された青年はほどなくして解放されるが、自分の鞄を検めると、中から原稿用紙と美女の生首が出てくる。原稿の内容は探偵小説の巨匠である江戸川乱歩と横溝正史が猟奇殺人に巻き込まれていくというものだった。ならばこの生首は猟奇殺人の被害者だとでもいうのだろうか?
猟奇殺人の謎に挑む江戸川乱歩と横溝正史の姿を史実を交えながら描いた物語は探偵小説好きにとって堪らないものがあります。また、ミステリとしての仕掛けもシンプルながらよく出来ていまます。


燃える氷華(斎堂琴湖)
大宮署の刑事・蝶野未希は17年前に息子の遥希を亡くしていた。何者かによって廃工場の冷蔵庫に閉じ込められた結果による死だったが、事件は未だ未解決のままだ。ある日、遥希の葬儀を執り行なった葬儀社の社員が車の爆破事故で命を落とす。しかも、数日後にはその社員の元同僚が刺殺され...。
第27回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。関連性の不明な2つの事件が意外なところで繋がっていく展開が見事です。テンポもよく新人の書いた警察小説としてはかなり読み応えがある作品。
燃える氷華
斎堂 琴湖
光文社
2024-03-21


密室法典(五十嵐律人)
霞山大学の法学部から、同大学のロースクールへと進学した古城行成はそこで奇妙な不可能犯罪を目撃する。密室状況にある模擬法廷の証言台の前で恐竜の着ぐるみを着せられた学生が縛られて倒れていたのだ。しかも、SNS上で犯人から挑戦状が投稿されバズっていた。果たして犯人の目的は?
前作のテーマだった法知識を用いての推理要素がきれいさっぱりなくなり、主役だった古城の出番も少なめ。各キャラを掘り下げた番外編的な作品ですが、法理を絡んだ事件の謎解きは安定の面白さ。
密室法典 (角川書店単行本)
五十嵐 律人
KADOKAWA
2024-04-24


家族解散まで千キロメートル(浅倉秋成 )
29歳月の喜佐周(きさ・めぐる)とその姉は実家暮らしを続けていたが、家が取り壊されることになり、それぞれ独立することに。ところが、引っ越し直後に物置から青森の神社で盗まれたはずのご神体が発見される。犯人は父だと考えた彼らはご神体を返却して許しを請おうとするが…。
過去の出来事が原因でギクシャクとした関係の家族がピンチを前に一致団結する物語は笑いあり、サスペンスありで読み応え十分。ただ、エピローグの家族論めいた話は説得力があまり感じられず。


なれのはて(加藤シゲアキ)
報道マン・守谷京斗はある事件が原因でイベント事業部へ異動させられてしまう。異動先では年下の女性・吾妻李久美が彼の教育係に就くことになったのだが、やがて彼女が祖母から譲り受けた古い絵と運命的な出会いを果たす。この絵を使って一枚だけの展覧会開催を試みる2人だったが…。
あまり知られていない終戦日未明の秋田空襲に焦点を当て、一枚の絵から秘めた歴史の真実を浮き彫りにしていく力作です。ただ、詰め込みすぎの感があり、終盤が駆け足になってしまったのが残念。
なれのはて
加藤シゲアキ
講談社
2023-10-24


幽玄F(佐藤究)
易永透は子供の頃、いつも空高く飛ぶ飛行機を追いかけていた。空を自由に飛びたいとという想いは大きくなっても消えることはなく、努力を重ねて航空自衛隊に入隊する。厳しい訓練を経てF35-Bを自在に操る航空宇宙自衛隊のエースパイロットにまで上り詰める透。だが、ある悲劇が彼を襲い...。
少年期から自衛隊エースパイロットになるまでは骨太な青春ドラマとして、後半は数奇な運命を辿る人生ドラマとして読み応えがあり。そしてラストにゾクリ。冒険小説ではなく、文学色の強い作品です。
幽玄F
佐藤究
河出書房新社
2023-10-19


あなたが殺したのは誰(まさきとしか )
中野区のマンションの一室で若い女性が重態で発見され、その後死亡する。生後10ヶ月になる彼女の娘は何者かによって連れ去られていた。さらに現場からは「私は人殺しです」と書かれた便箋が見つかる。そして、物語は90年代の初頭に遡る。北海道の鐘尻島では巨大リゾート建設が頓挫し…。
三ツ矢&田所刑事シリーズ第3弾。悲劇的な重いい話を扱いながら一見無関係な2つの事件が複線を回収しながら繋がっていく展開はミステリとして安定の面白さ。しがらみの怖さを感じさせる作品。
あなたが殺したのは誰 (小学館文庫)
まさきとしか
小学館
2024-02-06


半暮刻(月村了衛) 
会員制バー「カタラ」。そこは女性客を従業員に惚れさせ、金をむしり取る半グレの店だった。養護施設出身の翔太と裕福な家庭で育った海斗はコンビを組み、その店のトップとして君臨する。やがて、カタラに捜査のメスが入り、逮捕された翔太とそれを逃れた海斗は別の道を歩み始めるが...。
他人の人生を踏みにじってきた若者2人が正反対の道に進んでいくさまを描いたドラマは読み応えあり。ただ、本作は社会問題を主眼に据えた社会小説であり、ミステリ要素はほとんどありません。
半暮刻
月村了衛
双葉社
2023-10-18


きこえる(道尾秀介)
若くして死んでしまったシンガーソングライターが残したデモテープを聞いていると曲の終わりに、収録されていないはずの彼女の声が聞こえてくる「聞こえる」、家庭に問題を抱える少女の家のから盗聴器を通して生活音らしき音がが聞こえてくる「にんげん玉」など、全5編収録の短編集。
『いけない』シリーズが写真を用いた謎解きなのに対して本作ではそれをQRコードによる音声に置き換えています。意味の分かりにくいものもありますが、写真に比べて恐怖度はよりアップしています。
きこえる
道尾秀介
講談社
2023-11-21


真夜中法律事務所(五十嵐律人)
検事の印藤累は夜道で幽霊の存在に気付く。そこに架橋昴と名乗る青年が現れ、自分はこの世に未練を遺す幽霊をある場所に導く案内人だという。彼が案内したのは真夜中のみ開かれる弁護士事務所だった。その法律事務所では冤罪で無念の死を遂げた幽霊たちの相談に乗っているのだというが…。
幽霊を成仏させるために真犯人を捜すという設定がユニークでテンポの良い展開も好印象。また、幽霊設定を用いての仕掛けも秀逸です。ただ、成仏のルールがややご都合主義な気もします。
真夜中法律事務所
五十嵐律人
講談社
2023-11-14


聖乳歯の迷宮 (本岡類)
考古学者の夏原圭介はナザレでイエスの乳歯らしき歯を発掘。しかも、DNA鑑定の結果、ホモサピエンスのものではないことが判明したのだ。神の実在が証明されたと宗教ブームが巻き起こるなか、大学時代に夏原と同じサークルだった沼修司が源為朝の鬼退治伝説を調査中、謎の事故死を遂げ…。
宗教学、考古学、人類学などを縦断しつつ、真相に迫っていく日本版ダヴィンチコードです。ストーリーのまとまりが良く、精緻な謎解きも見事ですが、壮大な物語を期待した人には肩透かしかも。
聖乳歯の迷宮 (文春文庫)
本岡 類
文藝春秋
2023-11-08


VR浮遊館の謎:探偵AIのリアル・ディープラーニング(早坂吝)
人工知能の探偵・相似と人間の助手・輔は世界初のフルダイブ型VRのテストプレイに参加した。ところが、すべてが浮遊する魔法の館で殺人事件が発生する。しかも、テストの中断を申し出ても外部からの反応はなし。迫りくる殺人鬼。果たして2人は浮遊館の謎を解き、無事に脱出できるのか?
探偵AIが活躍するシリーズ第4弾。VR空間のテストプレイに紛れ込んだ殺人鬼という設定が面白く、特殊設定を利用したトリックも見事です。なにより、探偵AIの相似と犯人AIの似相がかわい。


クスノキの女神(東野圭吾) 
不思議な力を宿した楠とそれを管理する玲斗。ある日、女子高生の佑紀奈がその楠がある神社に詩集を置かせてくれと頼みにくる。一方、記憶障害の少年・元哉は、佑紀奈の詩集を見てインスピレーションを感じる。玲斗が2人を引き合わせたところ、彼らは意気投合してある計画を立ち上げるが…。
『クスノキの番人』に続くシリーズ第2弾。巧みな語り口で紡がれるハートフルで切ない話は読者の涙を誘います。また、一見無関係な強盗事件のエピソードと最後にリンクさせる手管も見事です。
クスノキの女神
東野 圭吾
実業之日本社
2024-05-23


ファラオの密室(白川尚史)
古代エジプト。死後にミイラとなった神官のセティは心臓の一部が欠けているために冥界の審判を受けられないと神々に告げられる。そこで、仮初めの命によって蘇り、自分の死の真相を調べ始める。だが、その最中に先王のミイラが玄室から忽然と消えて大神殿で発見されるという事件が起き…。
第22回『このミステリーがすごい!』大賞大賞受賞作品。ミステリとしてはやや弱いものの、神話じみた物語と謎解き要素のバランスが良く、エンタメとして読み応えある作品に仕上がっています。
ファラオの密室
白川尚史
宝島社
2024-01-09


ミステリー小説集 脱出(阿津川辰海、斜線堂有紀・他)
天文観測を行っていた中学生たちが学校の屋上に閉じ込められる「屋上からの脱出」、研究所で目を覚ますと記憶を失っていた「サマリア人の血潮」、人を喰う巫女が棲むという神社を女が訪れる「罪喰の巫女」、魔女狩りが横行する町で女が囚われの身になってしまう「鳥の密室」など、計5編収録。
脱出をテーマにしたアンソロジーです。各作家の個性を生かしたバラエティに富んだ作品が揃っていますが、なかでも「鳥の密室」のトリックと「罪喰の巫女」の痛みを伴う世界観がインパクト大。
ミステリー小説集 脱出 (単行本)
斜線堂 有紀
中央公論新社
2024-05-22


1ーONEー(加納朋子 )
玲奈は大学合格のお祝いに送られた子犬をゼロと名付けて溺愛し、ついには彼を主人公にした小説を小説投稿サイトにアップする。それを気に入った読者から感想が届き、DMでやりとりをするようになっていく。ところが、それからしばらくして玲奈の周りに不審人物が現れるようになり…。
駒子シリーズの番外篇的な作品です。過去作と比べると謎解き要素はかなり薄くなったものの、ほっこりして少し切ないシリーズならではの雰囲気は健在。健気で可愛らしい犬たちも魅力的です。


ミノタウロス現象(潮谷験) 
世界各地で身長3メートルを超えるミノタウルスが忽然と出現し、眉原市の史上最年少女性市長である利根川翼も対応に追われることになる。そんなある日、翼はミノタウルスに襲われ、かろうじてピンチから脱出するも、その直後に他殺死体が出現したことにより、容疑者の一人になってしまい…。
世界中でミノタウロスが出現という著者ならではの特殊設定が面白い。市長と秘書の掛け合いも楽しく、ケンタウロス出現に関する考察も興味深いものがあります。ただ、肝心のミステリ部分が小粒。


負けくらべ(志水辰夫)
初老の介護士・三谷孝はギフテッドであり、対人能力や調整力などに関して極めて高い能力を有していた。その力を用いて認知症患者の心を次々と開いていく彼の前にベンチャー企業の経営者・大河内牟禮が現れ、交流が始まる。大河内はグループの傘下を抜け、グローバル企業を立ち上げたいというが...。
著者86歳の新作で円熟の筆致には凄みさえ感じられます。しかも、枯れた作風を予想していると、派手なハードボイルド展開に驚かされます。ただ、それ故にリアリティがないと感じる人もいるかも。
負けくらべ
志水 辰夫
小学館
2023-10-03


少女が最後に見た蛍(天祢涼)
神奈川県警生活安全課の仲田蛍は、中学の同級生・来栖楓と偶然再会する。2人は当時同級生だった桐山蛍子を巡ってイジメの加害者と護り手の関係だったが、結局、蛍子は自殺してしまう。その話を聞いた捜査一課の真壁は仲田も知らない裏の事情があるのではと考え、独自に捜査を開始するが…。
仲田シリーズ第4弾であり、全5編収録の短編集。仲田蛍の過去を中心とした構成になっており、子供たちを巡る問題はどれも考えさせられるものばかりです。特に、表題作は読む者の胸をえぐります。
少女が最後に見た蛍 (文春e-book)
天祢 涼
文藝春秋
2023-11-15


人間標本(湊かなえ)
画家の卵である才能に溢れた少年たち6人の死体が発見され、昆虫学者の男が逮捕される。彼は逮捕される前に手記を残していた。それによると、幼少期から蝶の標本に魅入られた彼はいつしか人間も一番輝いているときに標本にしたいという想いにとらわれたという。やがて、その好機が訪れるが...。
まるで乱歩作品を思わせる倒錯的な手記から始まり、そこから二転三転する展開は読み応えあり。ただ、どんでん返しによる驚きはイマイチで、作者本来の毒があまり感じられない点に物足りなさも。
人間標本 (角川書店単行本)
湊 かなえ
KADOKAWA
2024-03-11


女と男、そして殺し屋 (石持浅海)
中小企業向け経営コンサルタントを営む富澤允とインターネット通販業者の鴻池知栄。2人はともに殺し屋という副業をもっていた。依頼内容にはどちらかを殺してほしい、交通事故の加害者と被害者を両方殺してほしいといった奇妙なものもあり、彼らは依頼対象の調査とともに謎解きを始めるが…。
殺し屋が探偵役を務める異色のシリーズ第3弾。短編4作、中編1作の全5編収録で商売敵である別の殺し屋も登場。交互に推理を行って最終話で一つに繋がるプロットが秀逸。全話水準以上の面白さ。


帆船軍艦の殺人(岡本好貴)
18世紀末。フランスとの戦いで慢性的な兵士不足に陥っている英国海軍は強制徴募した若者でそれを補っていた。そんな折、北海を目指す戦列艦ハルバート号で不可解な殺人事件が起きる。新月の夜に衆人環視下で水兵が何者かに殺害されたのだ。しかも、同様の不可能状況下での殺人が続き…。
第33回鮎川哲也賞受賞。過酷な船上での生活が臨場感豊かに描かれており、海洋冒険小説として読み応えがあります。また、設定を活かした謎解きも見事で、なかなかの良作に仕上がっています。
帆船軍艦の殺人
岡本 好貴
東京創元社
2023-10-10


あなたの大事な人に殺人の過去があったらどうしますか(天祢涼)
藤沢彩は引っ込み思案で人付き合いが苦手だったが、悩みを真摯に聞いてくれた1年先輩の心葉に惹かれていく。同期の佐藤千暁とも交流が深まり、3人はかけがえのない存在になっていく。だが、会社の朝礼で彼が「ぼくは人を殺したことがあります」と発言したことで兄を殺された過去を持つ千暁は...。
少年犯罪の加害者と被害者遺族の心情を各視点からじっくりと描き、贖罪とは赦しとは何かを問うていく物語は非常に読み応えがあります。また、ミステリとしても意外な真相に驚かされる良作です。





奇岩館の殺人(高野結史)
天涯孤独の青年・佐藤は孤島の屋敷で数日過ごすだけで高額の報酬をもらえるバイトに採用されるも、そこで殺人事件に巻き込まれてしまう。だが、それは金持ちに探偵役を楽しんでもらうために企画されたリアル推理ゲームだった。佐藤はその被害者役として雇われ、殺される運命だったが…。
犯人を暴けば解決というわけではなく、探偵も証人も全員敵という状況の中で、生き残るために悪戦苦闘する展開がユニーク。一方、推理ゲームもトラブル続出でぐだぐだになっていくのが面白い。
奇岩館の殺人 (宝島社文庫)
高野結史
宝島社
2024-02-06


変な家 2 ~11の間取り図~(雨穴)
私は、主婦の根岸弥生に自宅の件で相談を持ち掛けられる。長年住んでいる家の間取りが変だという。間取り図を見せてもらうと2つの部屋に挟まれる形で廊下が伸びていた。しかし、その廊下の先は行き止まりでどこにもいくことが出来ないのだ。しかも、奇妙な間取りの家は他にも、続々と現れ...。
今回は見ているだけで不安定になりそうな間取り図が立て続けに11の出てくることで否応なしでサスペンス感を高めています。推理もスリリングですが、最後の推理はちょっと強引さが目立つような。
変な家2 ~11の間取り図~
雨穴
飛鳥新社
2023-12-15


そして誰かがいなくなる(下村敦史) 
人気作家の御津島磨朱李が作家や編集者、文芸評論家などを招いて作家生活10周年記念を兼ねた新邸のお披露目会を行う。大雪で閉ざされた館に集まったのはみなミステリに憑かれた人々だった。そして、その館にはアンティークが設えられ、いかにもといった雰囲気が漂っている。やがて夜も更け....。
本作は、雪で閉ざされた館でも殺人事件という王道かつ荒唐無稽な話なのですが、舞台が作者の自宅であり、写真付きで紹介している点が妙なリアリティを生んでいます。トリックもなかなかユニーク。
そして誰かがいなくなる
下村敦史
中央公論新社
2024-02-21


切断島の殺戮理論(森晶麿)
帝旺大学人文学部文化人類学科の最強頭脳集団・桐村研がフィールドワークで赴いたのは鳥喰島と呼ばれる孤島だった。〈鷲族〉と〈鴉族〉が存在するその島は江戸時代の流刑地として知られ、体を切断する成人儀礼を始めとする奇習が現代に伝えられていた。そんな島で奇怪な連続殺人が発生し...。
次々に起きる奇怪な殺人に対して謎解きを試みるロジカルな展開は謎解きとして面白い。ただ、途中で伝奇小説の色が強くなるのは好みのわかれるところ。真相もご都合主義が目立ってイマイチ。


怪談刑事(青柳碧人 )
刑事一筋32年の只倉が本庁地下4階にある第二種未解決事件整理係、通称・呪われ係に配属される。そこは、呪いや心霊絡みの未解決事件を捜査する部署だった。おまけに同僚も怪しい人ばかり。オカルト系が嫌いな只倉は渋々捜査を始めるが、そこに娘の彼氏である怪談師が現れ…。
6話収録の連作集。登場人物の濃さに加え、主人公と怪談師の掛け合いが面白い。ミステリとしても怪異の仕業だと主張する怪談師の意見を否定する形で合理的真相を導き出す過程ががよくできています。
怪談刑事
青柳 碧人
実業之日本社
2024-03-28


時の睡蓮を摘みに(葉山博子)
1936年。旧弊な日本の社会に馴染めない滝口鞠は綿花交易を営む父を頼ってフランス領のインドシナに渡り、そこで地理学を学ぶ。そして、外務書記生の植田、暗躍する商社マンの紺野、憲兵の前島といった人々との関わり合いのなかで、彼女は植民地の非情な現実を知ることになるのだが…。
第13回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作品。日本軍進駐前後のハノイを活き活きと描いており、時代の空気感を見事に再現しています。人権を無視した植民地支配に対する登場人物たちの怒りの物語として読み応えのある力作です。
時の睡蓮を摘みに
葉山 博子
早川書房
2023-12-20


彼女が遺したミステリ(伴田音 )
婚約者の一花が病気でこの世を去った。哀しみにうちひしがれる僕のもとに一通の手紙が届く。送り主は生前の一花。そこに綴られていたのは散りばめられたヒントを頼りに彼女自身が遺したメッセージを探してというものだった。そして、謎を解くたびに彼女の想いが明らかになっていくが…。
第6回双葉文庫ルーキー大賞受賞作。遺された人たちの心の隙間を埋めるために故人が用意した謎という設定が泣かせます。謎解き自体は楽しく、切なくも最後には温かな気持ちになれる好編です。


ブラック・ショーマンと覚醒する女たち(東野圭吾)
ハワイに別荘を持っているという男に口説かれている女に対してバーのマスターである元マジシャンがある忠告をする「トップハンド」、医者と不倫をしていた女が彼の死後に別の愛人がいたのではないかと疑う「マボロシの女」、婚活女性の前に理想の男性が現れる「査定する女」など、全6篇収録。
シリーズ第2弾。元マジシャンの神尾武史と姪の真世が女性の悩みを解決する連作集です。ミステリとしてはそこそこですが、2人の凸凹コンビぶりが楽しく、一筋縄ではいかない展開も読みごたえあり。


僕の神さま(芦沢央)
川上さんという女の子が父親から虐待を受けた末に殺されたという噂が小学校で広まる。しかも、図書館の本には彼女の怨念が呪いとこめられているというのだ。噂の真相を確かめるべく、僕は同級生の水谷くんに相談する。彼は様々な謎をあっという間に解決し、周囲からは神さまと呼ばれているが...。
著者十八番のブラック全開のイヤミスではなく、かといって子供らしい無邪気な話でもない。小学生ながらほろ苦く切ないドラマが印象的。ただ、謳い文句のラスト世界が反転するはいいすぎのような。
僕の神さま (角川文庫)
芦沢 央
KADOKAWA
2024-02-22


テミスの不確かな法廷(直島翔)
裁判官の安堂清春は小学生のときに発達障害と診断され、以来、内なる衝動を手なずけながら日々を過ごしてきた。東京からY地裁に赴任た彼は、微笑を浮かべて夫殺害を告白する女性教師や娘は殺されたと主張する父親など、さまざまな事件の裁判を手掛けることになるが…。
3編収録の連作集。発達障害によって教官能力の低い裁判官が卓越した記憶力をフル活用して真相にたどり着くプロセスは読み応えあり。また、そんな彼に寄り添う人々も魅力的に描かれています。
テミスの不確かな法廷
直島 翔
KADOKAWA
2024-03-26


人狩人(長崎尚志)
神奈川県警捜査一課の桃井小百合は森林公園で発見された死体の捜査に従事していた。しかし、県警本部に呼び出され、迷宮入り事件専門の赤堂栄一郎警部補と組むようにいわれる。赤堂は汚職の疑いのある汚れ刑事でもあった。2人は現場を再調査し、複数の遺体が埋められているのを発見するが…。
生真面目な女性刑事と不良刑事のコンビはバディものとして安定の面白さ。加えて、日本の闇に迫っていく展開にも引き込まれるものがあります。ただ、不良刑事の秘密についてはちょっと無理が。
人狩人 (角川春樹事務所)
長崎尚志
角川春樹事務所
2024-02-29


追放された商人は金の力で世界を救う(駄犬)
剣と魔法の世界では不人気職の商人であるトラオ。彼はSランク冒険パーティーに加わっていたが、金の使い込みがバレて追放の憂き目にあってしまう。仕方なく使い込み先の女性パーティーに加わり、そこで魔王討伐を掲げる。だが、彼の考案する作戦は魔王軍もドン引きな汚いやり方ばかりで...。
前半は主人公の鬼畜ぶりをドタバタコメディとして描いて楽しませ、後半のパートで真相が明らかになって泣ける話に反転する構成が素晴らしい。追放系のテンプレを逆手に取った傑作です。


ともぐい(河﨑秋子)
ロシアとの戦争を間近に控えてきな臭い空気が漂う明治後期。北海道の猟師・熊爪は人と交わらず、人里離れた山中で一匹の犬を相棒に孤独な狩りを続けていた。そんなある日、彼は雪に残された血痕を辿って負傷した男を発見する。彼は冬眠に失敗した穴持たずの熊が追っていたのだというが…。
大自然のなかで生きるか死ぬかの闘いを繰り広げる主人公の姿が凄まじい熱量とともに描かれており、その迫力には圧倒されるばかりです。同時に、生きると何かを問いかける哲学小説の一面も。
ともぐい
河﨑秋子
新潮社
2023-11-20


チワワ・シンドローム(大前粟生)
巷では知らない間にチワワのピンバッジ” が付けられていたというチワワテロなるものが広まっていた。琴美の想い人も被害者を受け、しかも、チワワテロの直後に失踪してしまう。「僕のことはもう信じないで」とメッセージを残して。琴美は親友のミアとともに、失踪とテロの謎を追うが…。
自分の弱さを認めてほしいという現代人の願望をミステリー仕立てで描いた作品です。次第に親友との関係性に疑問を持つくだりなどは大いに考えさせられます。彼女の内に秘めた孤独が切ない。
チワワ・シンドローム (文春e-book)
大前 粟生
文藝春秋
2024-01-26


死人の口入れ屋(阿泉来堂)
人を死なせたことに責任を感じて警察を辞した久瀬宗子は、ある人物の紹介で骨董品屋の面接を受けに来た。だが、そこはただの骨董品屋ではなく、霊の取り憑いた品、忌物を扱っているという。客たちはそれを用いて人には言えない怨みや憎しみをはたそうとするのだ…。果たしてその結末は?
霊の力を借りて恨みを晴らすホラー版仕事人のような話ですが、人間の狂気やおぞましさが描かれ、そこにどんでん返しを加味した物語は読み応えあり。著者十八番の胡散臭い男性キャラも魅力的。
死人の口入れ屋 (ポプラ文庫)
阿泉来堂
ポプラ社
2024-02-06


落語刑事サダキチ 埋蔵金と猫の恩返し(愛川晶)
神楽坂は筑土八幡町の工事現場で猫が天保小判を掘り起こし、飼い主は一躍時の人になる。しかも、その飼い主が落語家だったために彼の高座は大盛況。ところが、小判が発見された土地のオーナーの娘が誘拐されてしまう。ベテラン刑事の平林定吉と新人刑事の三崎優子は謎に挑むが…。
昭和50年代を舞台に落語絡みの事件を描いたシリーズ第3弾。相変わらず、昭和の空気がたっぷりと味わえ、落語の魅力が堪能できる作品に仕上がっています。ミステリーとしての完成度も文句なし。


最後の甲賀忍者(土橋章宏)
大政奉還によって江戸幕府は滅びたものの、それに不満を持つ旧幕府軍と薩摩・長州連合の間では雌雄を決する大戦が始まろうとしていた。一方、天下太平の世に不要な存在として武士の身分や領地を剥奪された甲賀の者たちは、手柄を挙げて武士に返り咲くチャンスと、里の若者たちを集めるが…。
『超高速! 参勤交代』などで知られている著者の忍者ものです。本作は、新政府軍に加わった甲賀隊の活躍を5人の若者を中心にコミカルに描いており、肩の凝らないエンタメ作品に仕上がっています。
最後の甲賀忍者 (角川春樹事務所)
土橋章宏
角川春樹事務所
2024-05-29


ビブリア古書堂の事件手帖IV ~扉子たちと継がれる道~ (三上延 )
川端康成を始めとした文士達が戦争末期に立ち上げた貸本屋・鎌倉文庫。そこには千冊を超す蔵書があったというが、現存を確認されているのはわずか数冊に過ぎない。そして、紛失した本の中には夏目漱石の初版本も含まれていた。昭和、平成、令和とビブリア古書堂の娘たちはその謎に挑むが…。
ビブリア古書堂シリーズ第11弾。3世代ヒロインがそれぞれの時代で鎌倉文庫の蔵書だった夏目漱石作品に関わり、謎を解いていく姿がファンにとっては感慨深く、各パートナーとの関係性の興味深い。


フェスタ(馳星周)
北海道で競走馬の生産牧場を営む三上親子は凱旋門賞で2着となったナカヤマフェスタの種付けを続けていた。やがて、自信を持って作り出した仔馬は調教師の目に留まり、馬主の小森達之助に引き取られていった。やがて2歳になったその馬はカムナビと名付けられ、着々と結果を残していくが…。
ミステリー要素は欠片もありませんが、競走馬に取り憑かれた人々のドラマは読み応えがあります。緊迫感溢れるレースシーンも素晴らしく、特に、最終話は感動的です。競走馬に関する蘊蓄も興味深い。
フェスタ (集英社文芸単行本)
馳星周
集英社
2024-03-05


怖いトモダチ(岡部えつ)
中井ルミンは熱狂的なファンを数多く有する人気エッセイストであり、オンラインサロンも主催している。そんな彼女に関わった人々を訪ね歩き、インタビューを行う人物がいた。そして、そこから徐々に明らかになっていく学生時代のエピソードや意外な実像。果たしてルミンは神か悪魔か?
神のように崇められている人物の実像が徐々に明らかになっていく話ですが、その本性があまりにも禍々しくて読んでいてゾッとします。一種のサイコサスペンスで後味最悪ながらインパクトは十分。
怖いトモダチ
岡部えつ
KADOKAWA
2024-02-16


観測者の殺人(松城明)
人気Vチューバ―の女性が生配信中に首を切って殺されるという衝撃な事件が発生。しかも、犯人は観測者と名乗り、今後1週間ごとに日本在住のフォロワー100人以上のアカウント主を無差別に殺していくと宣言したのだ。そして、その裏には人間を機械のように制御していく犯罪者・鬼界の影が....。
鬼界の暗躍を描いた『可制御の殺人』の続編です。観測者の正体は比較的早い段階で見当が付きますが、フーダニットにとどまらない二転三転の展開が面白い。グロい殺害描写は好みのわかれるところ。
観測者の殺人
松城明
双葉社
2024-02-21


卒業のための犯罪プラン(浅瀬明)
木津庭商科大学では構内に限ってポイントを現金のように使用できる制度を導入している。それを用いれば卒業に必要な単位でさえ購入できるのだ。家庭の事情であと半年で卒業しなくてはならない2回生の降町歩はポイント絡みの不正摘発を行う監査ゼミに所属し、効率よく稼ごうとするが…。
コンゲーム風の青春ミステリーですが、複雑や駆け引きや騙しのテクニックがあるわけではありません。ミステリーとしてよりも、個性豊かな登場人物が織りなす青春群像劇として読み応えありです。


推しの殺人(遠藤かたる)
大阪の地下アイドル3人組・ベイビー★スターライトはさまざまな問題を抱え、崩壊寸前だった。そんなある日、メンバー最年長のルイは一番人気のイズミから人を殺してしまったとの連絡をを受ける。ルイはアイドル活動を続けるために事件を隠蔽することを決意し、他の2人も賛同するが…。
アイドルを主人公に据えたクライムノベルです。あまり仲が良いとはいえなかった3人が、犯罪を通じて絆が深まっていく展開にグッときます。 テンポの良さに加え、ハードボイルドな結末も好印象。
推しの殺人 (宝島社文庫)
遠藤かたる
宝島社
2024-02-06


川崎警察 真夏闇(香納諒一)
暴力団員の母親が死体となって京浜運河沿いで発見される。しかも、陰部がナイフで抉られ、腹部から腸がはみ出ているという陰惨な殺され方をしていた。デカ長の車谷一人はバンの荷台から不審な荷物を下ろして走り去った2人組の情報を入手する。被害者は沖縄に里帰りした帰りだったというが…。
1970年代を舞台に車谷一人の活躍を描いたシリーズ第2弾。情に厚い代わりに事件解決のためなら暴力も辞さないという昭和テイストな車谷のキャラが魅力的です。沖縄返還を巡る事件も興味深い。
川崎警察 真夏闇
香納諒一
徳間書店
2024-04-12


有罪、とAIは告げた(中山七里)
過去の裁判記録を入力すれば新たな裁判で裁判官が出すであろう判決文を正確に予測するAI裁判官・法神2が、日中技術交流の一環として中国から提供された。新人裁判官の高遠寺円は法神2の検証を命じられる。その最中、18歳の少年が父親殺しの容疑で起訴されるが、法神2が出した判決は死刑で...。
生成AIが注目されている現在、その延長線上にあるAI裁判官を巡る物語は非常に興味深いものがあります。現時点におけるAIの利点と問題点がわかりやすく整理されているうえに、法神2の秘密をに迫るミステリとしても秀逸です。ただ、あの罪状で死刑を求刑されるのはリアリティに欠けるかも...。
有罪、とAIは告げた
中山七里
小学館
2024-02-14


魔女の後悔 (大沢 在昌)
売春の島で娼婦として売られた過去があり、今は闇のコンサルタントとして裏社会を生きる水原。ある日、彼女は13歳の少女・由乃を京都まで連れてきてほしいという依頼を受ける。だが、任務終了後に由乃が誘拐される。しかも、彼女の亡父は韓国財政界を震撼させた巨額詐欺事件の主犯で…。
魔女シリーズ第4弾。冒頭からサスペンスフルな展開でそこから続く一気呵成の物語に思わず引き込まれます。水原のスタイリッシュなアクションも満載で女性ハードボイルド屈指のカッコよさです。
魔女の後悔
大沢 在昌
文藝春秋
2024-04-19


イデアの再臨(五条紀夫)
朝起きたら壁に四角い穴が開いているた。しかも、異変はそれだけにとどまらず、壁に囲まれた空間から出入りする際に開け閉めする"あれ"が世界中からすべて消えていたのだ。だが、誰もその異変に気が付いていない。混乱する僕に同級生が告げる。ここは小説中で俺たちは登場人物なのだと。
筒井康隆の実験小説を彷彿とさせるメタ小説をミステリーとしても成立させてしまおうという野心的な作品です。小説という媒体を徹底的にネタにしている点は面白いがミステリとしてはやや強引か?
イデアの再臨 (新潮文庫nex こ 77-2)
五条 紀夫
新潮社
2024-04-24


夫恋殺 つまごいごろし(魚崎依知子)
かけつき職人澪子と刑事の真志は結婚して10年になる。しかし、刑事の仕事が忙しく、すれ違いの毎日だ。夫婦が不審死を遂げる事件が相次ぎ、真志はその捜査に異常な執念をみせる。一方、なにかと澪子に干渉する幼馴染の泰生。さらに、澪子は「殺して」という女性の声が聞こえるようになり....。
第8回カクヨムWeb小説コンテスト特別賞。主人公夫婦の周辺で奇怪な事件が起こり、不気味な怪異が現れますが、主題として描かれるのはあくまでも夫婦間の愛憎劇だという構成がユニークです。


龍の墓(貫井徳郎)
東京都町田市郊外で身許不明の焼死体が発見され、さらに第2の殺人が発生。しかも、ネットでは一連の事件が人気VRゲームの見立てではないかと囁かれていた。警視庁捜査一課の南条組んで捜査に当たっていた所轄の女刑事・保田真萩は、そのゲームをプレイ中の元同僚に協力を要請するが…。
メガネ型VRがスマホに代わって普及している近未来描写にワクワク。また、登場人物のキャラが立っており、警察小説としても魅力的です。ただ、ミステリとしてはVRなしでも成立するのが残念。
龍の墓
貫井徳郎
双葉社
2023-11-22


赤の女王の殺人(麻根重次)
市役所の市民相談室に勤務する六原あずさは、相談者である賢一郎の自宅で、彼の妻が2階の窓から墜落死するのを目撃する。死に際に残した「ナツミ」という言葉。それを手がかりにあずさの夫で刑事の具樹は捜査を開始する。一方、あずさの元には消えた骨壺など不思議な相談が次々と舞い込み…。
第16回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞。密室殺人に加えて日常ミステリーのような奇妙な謎が絡まり、全体像がなかなか掴めない展開がスリリングです。ただ、真相にあまり魅力を感じられず。
赤の女王の殺人
麻根 重次
講談社
2024-03-14


忍鳥摩季の紳士的な推理(穂波了)
忍鳥摩季は親戚の結婚式に参加するために一足早く岩手県を訪れ、ゲレンデでスキーを満喫していた。だが、宿泊する予定のペンションで不可解な現象が起きる。階段を下りていた先が客室になっているなどといった具合に空間がねじ曲がる現象が多発し始めたのだ。しかも、殺人事件が発生し...。超常現象絡みの事件に挑む全4篇の連作ミステリーです。超常現象と殺人に関する謎解きが良くできており、謎めいた存在である先生のキャラも魅力的。超常現象の調査が資格化されている設定も面白い。
忍鳥摩季の紳士的な推理
穂波了
双葉社
2024-04-17


ドリフター2 対消滅(梶永正史)
中国の秘密組織・浸透計画の東京テロを防いだ元自衛官の豊川亮平は、戦闘によるダメージの回復を図るために大阪の西成に潜伏する。だが、浸透計画の刺客に逃亡先が暴かれたばかりか、思考パターンまで読まれて大ピンチに。そんなか、豊川は新たなテロ計画を阻止すべく豪華客船に乗り込み…。
シリーズ第2弾。現実における日中の問題を絡め、臨場感溢れるアクションが繰り広げられていきます。特に、クライマックスである豪華客船での死闘はドパーミンが出まくりです。痛快エンタメ。


死霊魔術の容疑者(駄犬)
一代で大国ラーマを築いた武王が病の床についたことで各地で反乱が勃発する。王国は滅亡の淵に追いつめられるが、突如アンデットの軍団が現れて反乱軍を次々と鎮圧していく。禁忌とされる死霊魔術を使った魔術師を追う王国の騎士・コンラートは、ある村で赤い瞳の少女・ルナと出会うが...。
起伏の乏しい物語は好みが分かれるものの、各視点から語られるエピソードが矛盾を孕みながら進行していき、最後にすべてが繋がっていく構成の巧みさは流石です。物悲しいラストが印象的。
死霊魔術の容疑者 (GCノベルズ)
遠田志帆
マイクロマガジン社
2024-03-29


科捜研・久龍小春の鑑定ファイル 小さな数学者と秘密の鍵(新藤元気)
海老名市内にある養護施設が全焼し、特殊捜査班の熊谷は科捜研物理係の久龍小春とともに出火原因を調査する。結論はタバコの不始末による失火。しかし、そのタバコを始末した少年は行方不明になっていた。別の場所で彼の遺書が見つかるも、彼はまだ生きていると考えて2人は捜査を続けるが…。
第22回このミステリーがすごい!大賞の隠し玉。各キャラが立っているのに加え、元科捜研研究員という作者の経験を活かして描かれるディテール豊かな描写が魅力的です。ただ、少々詰め込みすぎ。


復讐は芸術的に(三日市零)
逆恨みでレストランに嫌がらせを繰り返すYouTuberを罠に嵌める「配信者」、業務中に急死した青年の母親から依頼を受けたエリスが真相を探るべく社長秘書として工場に潜入する「労災」、復讐の標的であるメイド喫茶の人気メイドが殺されて依頼者が疑われる「冤罪」など、全4編収録。
復讐シリーズ第2弾。女装美人のエリスを始め、相変わらずキャラクターが魅力的なので楽しく読むことが出来ます。ただし、まともに復讐をしているのは第1話だけで残りは普通のミステリーです。
復讐は芸術的に (宝島社文庫)
三日市零
宝島社
2024-05-07


女の国会(新川帆立)
与党議員の朝沼侑子が自殺したとの報が流れ、それにより、野党第一党の女性議員・高月馨は窮地に追い込まれる。彼女の厳しい叱責が朝沼を死に追い込んだと思われたからだ。だが、高月は朝沼の本性を知っており、そんなことで死を選ぶとは到底信じられなかった。彼女は独自に調査を始めるが...。
女性議員の死の謎を絡めながら、日本の政治における男性議員偏重の実態を暴いていく社会派ミステリー。事件の謎解き自体は薄味ですが、政治の裏舞台に関する描写が興味深く、考えさせられます。
女の国会 (幻冬舎単行本)
新川帆立
幻冬舎
2024-04-17


警官の酒場(佐々木譲 )
佐伯宏一は重大事案の検挙率において道警でダントツの検挙率を誇っていたが、上層部に歯向かった一件で干され、また自身のこだわりから警部昇進試験の受験を拒み続けていた。一方、競走馬の育成牧場に強盗に入った4人組は計画になかった殺しをしてしまい、各人バラバラに逃走を始めるが...。
道警シリーズ第11弾。強盗殺人を核とした様々な謎が一本の線で結ばれていく捜査小説としての面白さと主人公の苦悩や犯人の足掻きといった人間ドラマの魅力を併せ持つ堅実な一品だが、少々堅実すぎな面も。
北海道警察 11 警官の酒場 (角川春樹事務所)
佐々木譲
角川春樹事務所
2024-02-01


対決(月村了衛)
新聞記者の檜葉菊乃はある医大に関する黒い噂を耳にする。その大学は長年、入学試験の点数を女性だけ意図的に下げているというのだ。檜葉は理事の神林晴海に疑惑をぶつけるが、彼女は巧みに追求を躱していく。共に男性社会で辛酸をなめながらも敵対せざるをえない2人の対決の行方は?
2018年に発覚した医学部不正入試問題に材をとったと思われる作品です。不正の実態に迫っていく物語に加え、互いの信念をぶつけ合う女性2人の対決は非常にスリリングで読み応えがあります。
対決
月村 了衛
光文社
2024-04-24


笑う森(荻原浩)
 ASD(自閉スペクトラム症)障害を有する5歳の少年・真人が行方不明となる。1週間後に保護されるが、衰弱した様子は見らなかった。真人に事情を尋ねても「クマさんに会った」と語るだけ。同じ頃、4人の男女も森に一週間迷い込んでいたという。果たしてこの森で何があったのか?
少年の母親が息子に何が起きたのかを突き止めていく話ですが、不穏な冒頭から始まって徐々に1週間の出来事を再構築していく構成が秀逸。ミステリ的構造のヒューマンドラマとして読み応えがあり。
笑う森
荻原浩
新潮社
2024-05-30


天狗屋敷の殺人(大神晃)
超絶イケメンの古賀は大学で知り合った翠と交際を始めるが、彼女はとんでもないヤンデレだった。そんな彼女に婚約者として連れてこられた山奥の実家は遺産争いの真っ最中。亡くなったはずの当主の死体が忽然と消え、続いて連続殺人が始まる。その謎に挑むのは古賀の雇い主である何でも屋で...。
前編に横溝正史のオマージュがちりばめられており、クラシカルな探偵小説が好きな人には堪らない作りになっています。ブラックコメディ的な雰囲気も秀逸。ただ、真相がわかりやすいのが難。
天狗屋敷の殺人(新潮文庫nex)
大神晃
新潮社
2024-05-29


ドクター・デスの再臨(中山 七里 (著)
「帰宅したら母が死んでいた」という少女からの通報は警察に衝撃を走らせた。SNSを利用して安楽死を依頼したことが判明し、しかも、その手口が捜査一課の犬飼隼人が捕らえた連続殺人犯ドクター・デスの手口にそっくりだったからだ。ドクター・デスには共犯者がいるのか?それとも模倣犯か?
刑事犬養隼人シリーズの1篇である『ドクター・デスの遺産』の続編。積極的安楽死をテーマにした物語は今日的で大いに考えさせられます。ただ、ちょっと荒唐無稽な展開が多い点は気になるところ。


鬼の哭く里( 中山 七里)
岡山県津山市姫野村。人口300人にも満たない限界集落では未だに70年以上前の惨劇による呪縛に縛られていた。村人 6 人を惨殺した巌尾利兵衛の呪いによって数年に一度、村にある鬼哭山から咆哮が轟き、新たな犠牲者が出るというのだ。そして、一人の男の移住をきっかけに新たな犠牲者が…。
閉鎖的な集団の排他性と、それがもたらす恐怖をコロナの騒動を交えて臨場感豊かに描いた作品です。ラストのどんでん返しは予想しやすいものの、展開が面白く、リーダビリティの高さは一級品です。
鬼の哭(な)く里
中山 七里
光文社
2024-05-15


真贋(深水黎一郎)
警視庁に新設された美術犯罪課の課長代理・森越歩未と部下の馬原茜は、名家・鷲ノ宮家による名画コレクションの巨額脱税疑惑の捜査を進める。時価数百億円といわれるそのコレクションを鑑定にかけるも、結果はすべて贋作。しかも、捜査を進めるなか、絵の中で歳を重ねる美女の謎が浮上し...。
神泉寺瞬一郎が探偵役を務める芸術探偵シリーズの第9弾です。謎解き自体はシンプルですが、芸術に関する蘊蓄がわかりやすく語られているので興味深い。コミカルな雰囲気で読みやすいのも好印象。
真贋 (星海社 e-FICTIONS)
深水黎一郎
講談社
2024-05-21


COLD 警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花 (内藤了)
特捜班の万羽は偶然、首筋にキスマークのようなアザがついた凍死死体の写真を目にする。以前にも見た記憶があり、調べてみると3年以内に北海道・岩手・福島で同様の死体が発見されていた。連続殺人の可能性が高まったことで特捜班の捜査が始まるが、若手刑事・丸山勇の様子がどこかおかしく…。
シリーズ第4弾。ホラーじみた発端からミステリーに落とし込んでいく流れが相変わらず巧みです。人間ドラマも読み応えあり。ただ、初期より怪奇色が薄まっている点は好みの分かれるところ。


贋品(浅沢英)
佐村は画商だった亡き父の友人だという男から儲け話を持ち掛けられる。3Dプリンターでピカソの絵の贋作をつくり、売り捌こうというのだ。標的は中国のメガコレクター。騙し通せれば40億円以上の儲けだが、バレたら死が待っている。多額の負債を抱える佐村は危険な賭けに乗るが…。
ピカソの絵の贋作をつくるという設定が魅力的で冒頭から引き込まれます。騙し騙され、二転三転する展開もスピーディーで読み応えあり。ただ、主人公の借金話は腑に落ちない点も多く、蛇足気味。
贋品
浅沢英
徳間書店
2024-05-02


スリーアミーゴス バッドカンパニー III(深町秋生)
外国人の技能実習生が多く働いている建設会社に材派遣会社NASの社員・有本が派遣される。この会社は外国人差別や不当な過重労働が行われているともっぱらの噂だ。武闘派の有本、元エリート公安刑事の柴、大物政治家を親に持つ名門女子大生の美桜の3人が社会に蔓延る悪に鉄槌を下す。
シリーズ第3弾。細かいことは気にせず、バイオレンスかつ勧善懲悪な展開でスカッとするのは相変わらず。3人のキャラが立っており、テンポが良くてサクサク読めるのも好印象。安定の面白さです。


凶獣の村 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎(櫛木理宇)
元刑事の三ツ輪勝也が殺され、その孫娘・楓花が誘拐された。犯行の舞台となった胎岳村はかつて三ツ輪が追っていた少女殺害事件が起きた場所だった。しかも、その村は『十雪会』と名乗る新興宗教の拠点であり、警察と軋轢がある。果たして、鳥越恭一郎は無事楓花を救うことができるのか?
鳥越恭一郎シリーズ第3弾。新たにコンビを組むことになった長下部との掛け合いが面白く、バディものとしてよくできています。ただ、事件の方は色々詰め込みすぎでまとまりの悪さが目につきます。
ブラッドマーク(堂場瞬一)  
ニューヨークで探偵業を営んでいるジョーが引退を考え始めた頃、メジャー球団のヤンキースから依頼が舞い込む。獲得を目指している有望選手が抱えているトラブルについて調査してほしいというのだ。ところが、尾行中にジョーの目前で誘拐事件が発生し、さらに、スポーツ賭博の疑惑まで浮上し…。
探偵ジョー・スナイダーシリーズ第3弾。メジャーリーグにおける野球賭博の実態に斬り込んだ内容や当時の風俗描写がなかなかに興味深い。アメリカンなハードボイルドとして安定の面白さです。



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最新更新日2024/04/06/22☆☆☆

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このミス2025
対象作品である2023年10月1日~2024年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

2023年6月5日時点での暫定予想順位

1位.両京十五日(馬伯庸)
1425年。明の皇太子・朱瞻基は皇帝に命じられ、首都の北京から南京へと遣わされる。だが、朱瞻基を乗せた船が南京に到着した途端に爆破されてしまう。さらに、皇帝が危篤との報が届き、朱瞻基は捕吏・呉定縁、下級役人・于謙、女医・蘇荊渓らの力を借りて北京への帰還を目指すが...。
誰が味方で誰が敵なのかも分からないなかでの脱出行は非常にスリリング。中国の史実を踏まえながらもダイナミックに展開していく冒険行は読み応え満点。特に、後半の紫禁城攻略戦は手に汗握ります。


2位.ビリー・サマーズ(スティーヴン・キング)
ビリーは狙った獲物は決して逃さない凄腕の殺し屋であり、悪人以外の殺しを請け負わないことを信条としていた。そんな彼も引退を決意する日が訪れ、最後の仕事を引き受ける。標的は暴行と強姦未遂で収監中の男。ビリーは標的が裁判所に移送されるわずかな隙に狙撃を行うべく準備を進めていくが…。
作家デビュー50周年記念作品。話は、殺し屋の最後の仕事という定番ネタですが、作中作を挿入するなど、キングならではのディテールの細やかさが楽しい。哀切に満ちたラストも胸に染み入ります。
ビリー・サマーズ 上 (文春e-book)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2024-04-08


3位.すべての罪は血を流す(S・A コスビー)
アメリカ南部の小さな町のハイスクールで黒人の青年が発砲事件を起こし、教師を殺害する。犯人は射殺されたが、説得にあたっていた黒人保安官のタイタスに対しては「先生の携帯を見て」との言葉を残していた。被害者の携帯を調べてみると、狼のマスクを被った男たちによる殺人の記録が…。
アメリカ南部における黒人差別の現状を臨場感豊かに描いた作品で、登場人物たちの痛みがひしひしと伝わってきます。そのなかにあって、タフで高潔な主人公が魅力的。緊迫感あふれる傑作です。
すべての罪は血を流す (ハーパーBOOKS)
S・A コスビー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-05-17


4位.検察官の遺言(紫金陳)
大きなスーツケースを引いて駅へと向かった男は、中身のチェックを要求する警備員を振り切って逃げだした。男を拘束し、スーツケースの中身を確かめると江検察官の遺体が出てきた。犯行を認めた男・張弁護士は起訴されるも、裁判では一転無罪を主張する。彼には鉄壁のアリバイがあったのだ。
物語に深みがない反面、リーダビリティが高く、冒頭のから一気に惹き込まれていきます。逮捕された弁護士の不可解な言動に振り回されながらも事件の核心に迫っていく展開もスリリングです。高いエンタメ性を兼ね備えつつ、中国社会の腐敗に斬り込んだ社会派ミステリとしても読み応えあり。


5位.黒い錠剤 スウェーデン国家警察ファイル(パスカル・エングマン)
ストックホルムで発見された女性の刺殺死体。捜査線上に交際相手の男性が浮上する。彼は服役中だったが、事件当夜は仮釈放されていたのだ。だが、国家警察殺人捜査課の女性警部・ヴァネッサの元に彼の無罪を訴える女性が現れる。一方、人気TV司会者の愛人が失踪する事件が起き…。
北欧ミステリーらしい陰鬱な作品ながら、短いスパンでシーンが切り替わっていくのでテンポ良さは一級品です。群像劇仕立ての物語が伏線を回収しながら一点に収縮していく展開が読みどころ。


6位.DV8 台北プライベートアイ2(紀 蔚然)
私立探偵の呉誠は大家に家を追い出され、台北郊外の街・淡水に越してきた。ある日、行きつけのバー・DV8で安安という女性から人探しの依頼を受ける。だが、人探しをしているうちに、20年前に容疑者死亡で幕を閉じた連続殺人事件に関する疑惑が浮上する。呉誠は真相に迫っていくが…。
シリーズの第2弾。人間くさい呉誠のハードボイルドストーリーは相変わらず面白く、台湾独自の猥雑な空気感も魅力的です。地道な捜査で真相に迫っていくプロセスも捜査小説として読み応えあり。


7位.ウナギの罠 (ヤーン・エクストレム )
ウナギ漁に使う箱形の仕掛けの中で地元大地主の撲殺死体が発見された。しかも、入り口は施錠されていて、鍵は被害者のポケットに入っていた。つまり、現場は密室ということになる。しかも、事件の夜に被害者が奇妙な行動をしていたことが判明する。ドゥレル警部は様々な可能性を検討していくが...。
1967年発表の北欧ミステリー。村の人間関係が複雑で最初は読みづらさを覚えるものの、人間描写が巧みで次第に引き込まれていきます。密室殺人とそれに付随するプロットが秀逸な本格ミステリの傑作。
ウナギの罠 (海外文庫)
ヤーン・エクストレム
扶桑社
2024-03-27


8位.死刑執行のノート (ダニヤ・クカフカ)
死刑囚のアンセル・パッカーは刑の執行を12時間後に控えていたが、誰もが生きるチャンスを与えられるべきと考え、刑務官を丸め込んでの脱獄を企てていた。一方、母親のラヴェンダー、元妻の双子の妹であるヘイゼル、ニューヨーク州警察捜査官サフィの3人の女性が語る彼の46年の人生とは?
2023年度のエドガー賞で事件の当事者たちがそれぞれの人生に与えた影響を浮かび上がらせる文学性の強い作品。脱獄サスペンスを期待すると肩透かしですが、ずしりと重い人間ドラマとしては読み応えあり。
死刑執行のノート (集英社文庫)
ダニヤ・クカフカ
集英社
2024-01-11


9位.終わりなき夜に少女は (クリス・ウィタカー)
1995年。少女誘拐事件が頻発する町で15歳の少女・サマーが失踪する。書置きが残されていたことから家出だと結論付けられるも、双子の妹のレインは独自に姉を探し始める。自分を置いて独りで出ていくはずがないと考えていたからだ。だが、次第に自分の知らない姉の姿が浮かび上がっていき...。
双子の姉妹とレインをサポートする少年2人の心情が丁寧に描かれており、極上の青春ミステリに仕上がっています。鬱積したものを抱える警察署長のキャラも魅力的。ただ、事件そのものはやや不自然。
終わりなき夜に少女は
クリス ウィタカー
早川書房
2024-05-22


10位.恐怖を失った男(M・W・クレイヴン)
元連邦保安局SOGのベン・ケーニグは指名手配犯として拘束される。ベンの前に現れたのは連邦保安官局時代の上司、ミッチ・バリッジだった。彼の娘・マーサは行方不明となっており、その捜索をベンにしてほしいというのだ。ベンはマーサの行方を追って、ワシントンD.C.へと向かうが…。
一人称のモノローグとはいえ、主人公は銃や格闘技の蘊蓄を得々と語るような性格でカバー絵のイメージと随分違いますが、その蘊蓄が楽しい。ややご都合主義的ではあるものの、アクションも痛快。
恐怖を失った男 (ハヤカワ文庫NV)
M・W・クレイヴン
早川書房
2024-06-05


11位.あの夏が教えてくれた(アレン・エスケンス)
15歳のボーディは母とともに片田舎で暮らし始めるのが、学校に馴染めず、早く町から出ようとバイトにいそしんでいた。ある日、町最大の企業に勤める黒人女性が謎の失踪を遂げる。しかも、ボーディが慕っていた隣人のホークは彼女の元上司であり、2人の間には噂があったというのだが…。
『たとえ天が墜ちようとも』に弁護士として登場したボーディ・サンデンの少年時代を描いた青春ミステリです。人々との交流を通して成長していく展開は王道的ですが、もの悲しい結末が切なすぎます。
あの夏が教えてくれた (創元推理文庫)
アレン・エスケンス
東京創元社
2024-03-29





12位.
受験生は謎解きに向かない (ホリー・ジャクソン)
ピップたちは試験休みに友人宅に集まって犯人当てゲームを始める。ゲームの舞台は1924年。孤島に建てられた豪邸で大富豪が殺されるという設定だ。ゲームの参加者は7人。果たして誰が犯人なのか?受験が気になり、最初は乗り気でなかったピップも次第にゲームにのめり込んでいき…。
ピップ3部作の前日譚。巻が進むごとに深刻の度合いが増していった本編とは異なり、気軽に楽しめる仕上がりに。推理劇もメタ的なミステリとして面白い。ただ、175pで1冊は少々ボリューム不足。


13位.友情よここで終われ (ネレ・ノイハウス)
有名編集者のハイケが謎の失踪を遂げる。しかも、自宅の扉に血痕が残されており、2階には老人が鎖で繋がれていた。やがて、血痕はハイケのもので老人は彼女の父親であることが判明する。そして、捜査線上には彼女に作品の剽窃を暴かれたベストセラー作家が容疑者として浮上するが…。
オリヴァー&ピア・シリーズ第10弾。舞台となる出版界の描写が興味深い。登場人物が多すぎて読むのに苦労する面はあるものの、過去の出来事が次々と繋がっていく後半の展開はさすがの面白さ。


14位.悪なき殺人 (コラン・ニエル)
酪農が盛んなフランス山間部の村。父から牧場を譲り受けたアリスは、酪農農家を助ける福祉委員を務めていたが、やがて訪問先の男と不倫関係に陥ってしまう。一方、村にはパリで成功して戻ってきた男が暮らしているのだが、彼の妻が山へトレッキングに出掛けたまま行方知れずとなり…。
5人の視点から語られる心理サスペンス。話は地味ながら語り手が代わるたびに徐々に真相が明らかになっていく展開がスリリングです。さまざまな人間の思惑が絡み合った末の皮肉な結末も秀逸。
悪なき殺人 (新潮文庫 ニ 4-1)
コラン・ニエル
新潮社
2023-10-30


15位.ナッシング・マン(キャサリン・R・ハワード)
イヴは12歳のとき、ナッシング・マンと呼ばれている殺人鬼に家族を惨殺される。以来彼女は復讐を誓い、成人後に事件の経緯をまとめたノンフィクション小説『ナッシング・マン』を出版する。そして、偶然それを読んだ警備員ジム・ドイルは作者が思った以上に真相に肉薄していることを知り…。
被害者が犯人に追いつめられるだけでなく、手記を読んだ犯人が心理的に追いつめられるシーンを挿入することでサスペスに重層性を持たせることに成功しています。ただ、結末は少々モヤモ。
ナッシング・マン (新潮文庫 ハ 59-2)
キャサリン・R・ハワード
新潮社
2023-12-25


16位.車椅子探偵の幸運な日々(ウィル・リーチ)
難病を患い、車椅子での生活を送るダニエル。そんな彼の趣味は玄関のポーチから近所の様子を観察することだった。ある日、彼は以前から気になっていたアジア系の若い女性が男の運転するカマロに乗り込むのを目撃する。以降、彼女は消息を絶つ。ダニエルはネットを駆使して独自の捜査を始めるが…。
ミステリとしての驚きには欠けるものの、主人公が進行性の難病と闘いながら真相に迫っていくさまはサスペンスフルで読み応えがあり。ただ、アメリカならではのギャグやユーモアは好みが分かれそう。


17位.悪い男(アーナルデュル・インドリダソン)
アパートの一室で喉を掻き切られた若い男の死体が発見される。その男はバーやレストランで出会った女性をクスリで眠らせて犯す、レイプの常習犯だったらしい。犯罪捜査官エーレンデュルが行方不明のなか、同僚のエリンボルクは現場に落ちていたスカーフの香りを頼りに捜査を進めるが…。
シリーズ第7弾。ただ、肝心のエーレンデュルは登場せず、その点は肩透かし。一方、物語は北欧ミステリらしい重苦しさに包まれていますが、レイプ被害者に向ける暖かな眼差しには救われる思い。
悪い男
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2024-01-19


18位.誘拐犯(シャルロッテ・リンク)
ロンドン警視庁のケイト・リンヴィル刑事は父が惨殺された事件が解決したのち、現場となった生家を処分することにする。だが、今度は宿泊先の娘・アメリーが行方不明になる事件が発生し、同時に、1年前に失踪した少女が遺体となって発見されたのだ。果たして、2つの事件の繫がりとは?
上巻は事件が五里霧中のうえに、救出後何も語らないアメリー等、登場人物の言動にイライラ。しかし、下巻からは事件が大きく動き始め、一気に面白くなります。巧みな構成とラストの捻りが見事。
誘拐犯 上 (創元推理文庫)
シャルロッテ・リンク
東京創元社
2023-10-10


19位.屍衣にポケットはない(ホレス・マッコイ)
地方紙の新聞記者であるドーランは真実の追求よりも広告収入を気にする新聞社に失望して辞職を決意射する。そして、自ら雑誌を創刊し、患者殺しの医師や人種差別組織などを次々と告発していく。結果、多くの読者を獲得するも古巣の新聞社からの圧力や資金難など、さまざまな苦難に直面し....。
時代を先取りした、1937年発表のハードボイルドです。理想のためには妥協しない主人公の姿勢が尋常ではなく、その極端さも本作の魅力となっています。社会派として色々考えさせられる作品です。
屍衣にポケットはない (新潮文庫 マ 34-1)
ホレス・マッコイ
新潮社
2024-01-29


20位.夜の人々(エドワード・アンダースン)
殺人と強盗未遂の罪で14歳にして終身刑となったボウイはやがて青年となり、囚人仲間のTダブやチカモウとともに刑務所を脱獄する。チカモウの従兄・ディーの家に向かう3人。彼の家にはキーチーという娘がいてボウイと彼女は惹かれ合っていく。だが、ボウイの自動車事故がきっかけでチカモウが警官2人を射殺してしまい…。
ノワール小説の原点ともいわれている1937年の作品ですが、現代のノワール小説と比べると随分牧歌的な感じがします。しかし、それが古典としてのの味わいとなっており、サブキャラの面々も魅力的。
夜の人々 (新潮文庫 ア 28-1)
エドワード・アンダースン
新潮社
2024-03-28



その他注目作

悪魔が唾棄する街(アラン・パークス)
1973年グラスゴー。ハリー・マッコイは対立関係にあったレイバーン部長刑事によって、12歳の少女が失踪した事件の捜査から外されてしまう。そんな折、ロックスターがホテルで奇妙な死体となって発見される。さらに、マレー警部から頼まれた家出した姪捜しの最中に惨殺時代を発見し…。
悪徳刑事が自分なりの正義を貫くマッコイシリーズ第3弾。満身創痍の彼が4つの事件を同時に追う物語は密度が高く、シリーズ最高の出来栄え。マフィアのボス・クーパーとの変わらぬ友情も読みどころ。
悪魔が唾棄する街 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アラン・パークス
早川書房
2024-03-21


マクマスターズ 殺人者養成学校 (ルパート・ホームズ)
マクマスターズ校は謎の人物から多額の寄付金を受け、その資金を用いて殺人技術を教えていた。学校の場所は厳重に秘匿されており、学生でさえ所在を知らされていない。そして、マクマスターズ校が外界に出る方法は2つだけだ。すなわち、卒業するか、あるいは死体となって運び出されるか…。
本作は大きく前半と後半に分かれ、前半では学校の内部が詳細に描かれます。その独特の世界観も魅力的てわすが、白眉といえるのは後半です。卒業生3人の個々の活躍がスリラーとして読み応えあり。
マクマスターズ殺人者養成学校 (ハヤカワ・ミステリ)
ルパート・ホームズ
早川書房
2024-06-05


7月のダークライド( ルー・バーニー)
寂れた遊園地のアトラクションで働いていた青年ハードリーは、ガリガリに痩せた6、7歳の姉弟の肌に煙草の火傷痕を見つける。当局に通報するも相手にされなかったハードリーは見過ごすことができず、独自に調査を開始する。やがて、浮かび上がってきたのは裕福な家庭の裏に潜む麻薬組織の影で...。
気ままに生きてきた青年が事件を通して成長していく物語は青春ミステリーとして読み応えがありです。事件に関係ない描写が多い前半は冗長ながら終盤における怒涛の展開には引き込まれていきます。
7月のダークライド (ハーパーBOOKS)
ルー・バーニー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-02-16


夜間旅行者(ユン・ゴウン)
旅行会社ジャングルは戦場跡や被災地を巡るダークツアーを専門としている。企画担当のヨナはパワハラで業務を取り上げられ、不採算ツアーの査定を命じられる。身元を隠してベトナム沖の島ムイへのツアーに参加するヨナだったが、謎の一味かは新たなダークツアーを「捏造」するよう脅迫れ…。
異国に足を踏み入れた女性が悪夢めいた世界に呑み込まれていくというデビット・リンチ的な展開がスリリングです。また、現在社会の非人間性を暴く不条理社会派不条理ミステリーとしても秀逸。
夜間旅行者 (ハヤカワ・ミステリ)
ユン ゴウン
早川書房
2023-10-04


ポケミス読者よ信ずるなかれ(ダン・マクドーマン)
会員制狩猟クラブの集まりに何故か私立探偵であるマカニスが招待される。人里離れた会員用の別荘にたどり着くと、会員たちはクラブの存続問題で揉め始めた。やがて、湖で死体が発見された。しかも、折しもの嵐によって別荘は陸の孤島と化してしまう。こうして本格ミステリの舞台が整うが...。
物語は典型的なクローズドサークルものながら、常に作者の解説や蘊蓄が挿入されるメタミステリでもあります。真相自体は激しく好みが分かれそうですが、ミステリファンにとっては挿入部分が刺激的。
ポケミス読者よ信ずるなかれ (ハヤカワ・ミステリ)
ダン マクドーマン
早川書房
2024-04-05


ボストン図書館の推理作家(サラリー・ジェンティル)
作家志望のレオはボストン公立図書館を根城にし、オーストラリア在住の人気ミステリー作家・ハンナにメールで新作の進捗状況を尋ねていた。彼はハンナのベータ読者なのだ。一方、ボストン公共図書館の閲覧室で偶然隣り合わせた4人の男女は女性の悲鳴を耳にするが、悲鳴の主の姿はなく…。
現実と作中作が影響を及ぼし合いながら話が進んでいくメタミステリー。現実パートであるレオのメールが次第に不穏さを増し、作中作と現実との関係が次第に明らかになっていく展開がスリリングです。
ボストン図書館の推理作家 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サラーリ ジェンティル
早川書房
2024-03-06


もしも誰かを殺すなら(パトリック・レイン)
大富豪殺害の容疑で死刑になった新聞記者。その裁判の陪審員たちが雪深いの山荘に集まる。そこで、実は自分が犯人だという大富豪の弟の遺書が弁護士から公表される。しかも、彼の遺産は陪審員へ等分に分け与えるとも書かれていたのだ。それを契機に陪審員たちは次々と殺されていき…。
本作はB級ミステリーの女王ことアメリア・R・ロングの別名義作品です。作品の出来はその肩書きに違わぬもので荒削りながら、奇抜な殺害方法に推理合戦など、様々な趣向で楽しませてくれます。
もしも誰かを殺すなら (論創海外ミステリ 307)
パトリック・レイン
論創社
2023-12-06


ハーレム・シャッフル(コルソン ホワイトヘッド)
1959年ニューヨーク。アフリカ系アメリカ人のレイ・カーニーは数々の罪を重ねてきた父のようにはなるまいと、まっとうな生き方を心がけていた。だが、ある日強盗事件に巻き込まれ、ギャングと悪徳警官に目を付けられてしまう。自身と妻子をまもるため、カーニーは裏取引を重ねていくが…。
誠実な家具販売員でありながら、妻子を養うために裏で盗品取引を行っている主人公が、数々の窮地を乗り越えながらのし上がっていく物語。テンポがよくて読み応えのあるクライム小説の佳品です。
ハーレム・シャッフル
コルソン ホワイトヘッド
早川書房
2023-11-21


嵐にも負けず(ジャナ・デリオン )
嫌味なシーリアの新町長就任に加え、長年行方不明だった彼女の夫・マックスが現れたことで街は不穏な空気に包まれていた。そんな最中にハリケーンが襲来し、あとにはマックスの射殺死体と宙を舞う大量の偽札が残される。さらに、CIA工作員のフォーチュンは恋人のカーターに正体がバレてしまい...。
ワニ町シリーズも第7弾となり、物語は大きく動きます。お馴染みの面々が災厄に立ち向かうシリアス多めの展開ながら、笑いもきっちり盛り込み、おばあちゃんたちも大活躍の快作に仕上がってします。


身代りの女(シャロン・ボルトン)
中高一貫教育の名門に通う6人の男女が卒業間近にハメを外し、泥酔して車で道路を逆走。結果、母娘3人の命を奪う大事故を起こしてしまう。仲間の一人、メーガンはある約束を条件に罪を一人で引き受ける。20年後。刑期を終えた彼女は社会的な成功を収めた5人の前に現れる。果たしてその約束とは?
メーガンの不気味な存在感が圧倒的です。保身しか考えない登場人物にいらつきつつも、彼女によって追い込まれていくさまに引き込まれていきます。テンポが良く、その末にたどり着く結末も衝撃的。
身代りの女 (新潮文庫 ホ 25-1)
シャロン・ボルトン
新潮社
2024-04-24





ガラム・マサラ!(ラーフル・ライ)
24歳のラメッシュは金持ちの子息の代わりに入学試験を受ける替え玉受験請負人だ。
あるとき、サクセナ家の子息・ルディの代わりに全国統一試験を受験するが、なんと全国1位を取ってしまう。ルディが世間からの注目を集め、ラメッシュは彼のマネージャーとなるも、2人は何者かに誘拐され…。
ジャンル的には誘拐サスペンスということになりますが、とにかく主人公の饒舌な語りが楽しくて痛快な作品に仕上がっています。加えて、現代インドの実態を浮き彫りにしていく描写も興味深い。 
ガラム・マサラ! (文春e-book)
ラーフル・ライナ
文藝春秋
2023-10-24


ワインレッドの追跡者: ロンドン謎解き結婚相談所 (アリスン・モントクレア)
結婚相談所を営むアイリスは通勤中にワインレッドのコートを着た女に尾行される。しかも、部屋には情報部時代の同僚で元恋人がいて、しばらくここに潜伏するという。しかたなく、共同経営者であるグウェンの家に泊めてもらうが、その2日後にアイリスの部屋から若い女性の死体が発見され…。
戦後のロンドンを舞台に元スパイと未亡人がコンビを組んで事件の謎に挑むシリーズ第4弾。今回はスパイ小説の要素も強く、各国入り乱れての展開がスリリング。2人の掛け合いも安定の面白さ。


マーリ・アルメイダの七つの月(シェハン・カルナティラカ)
1990年、内戦が続くスリランカのコロンボ。戦場カメラマンにしてゲイのアルメイダは、気が付くと冥界にいた。どうやら彼は死んだらしいのだが、内戦を終わらせるための重要な写真を公開するまでの猶予として1週間の期限が与えられる。しかし、彼の前にはさまざまな困難が立ち塞がり…。
ファンタジー要素を交えてスリランカの悲惨な実情を描いた作品です。しかし、その語り口は疾走感に満ち、ときにコミカルでさえあります。そのギャップが一種異能な迫力を醸し出している傑作。
マーリ・アルメイダの七つの月 上
シェハン・カルナティラカ
河出書房新社
2023-12-26


孔雀屋敷: フィルポッツ傑作短編集(イーデン・フィルポッツ)
過去の幻影を見る力がある孤独な女性教師と屋敷に住む老人とのふれ合いを描いた表題作、一夜に起きた3件の変死事件を鮮やかに解き明かす「三人の死体」、取るに足らないことに異常な執着を見せる男が鉄で出来たパイナップルの魅力に取り憑かれる「鉄のパイナップル」など、全6編収録。
名作『赤毛のレドメイン家』で知られる著者の初訳&新訳短編集。クラシカルで味わい深い作品が揃っていますが、なかでも犯人の異常心理を独自のタッチで描いた「鉄のパイナップル」が強烈。
孔雀屋敷 フィルポッツ傑作短編集 (創元推理文庫)
イーデン・フィルポッツ
東京創元社
2023-11-30


暗殺者の屈辱(マーク・グリーニー)
ジェントリーは敵対関係にあるはずのCIAから依頼を受ける。彼をターゲットにすることをやめる代わりに、米露両国の極秘情報を収めたデータの端末を確保してほしいというのだ。だが、結果はGRUの工作員マタドールに先を越されて失敗。ジェントリーは端末を追ってヨーロッパに渡るが...。
グレイマンシリーズの第12弾です。今回もアクションに次ぐアクションで読み応え満点。ロシアの裏金を巡ってロシア、アメリカ、ウクライナの工作員が繰り広げる三つ巴の戦いは手に汗握ります。
暗殺者の屈辱 上 グレイマン (ハヤカワ文庫NV)
マーク グリーニー
早川書房
2023-12-20


傷を抱えて闇を走れ (イーライ クレイナー)
貧困と義父からの虐待に耐えかねていた高校生のビリーは、劣悪な環境から脱出するために自らの才能を活かしてプロのアメフト選手を目指していた。だが、新シーズンが始まった日に自宅で義父の死体が発見される。しかも、その前日に義父と喧嘩をしていたビリーに嫌疑が向いてしまい…。
アメリカの陰鬱な田舎町の様子がリアルに描き出されるうえに堕ちていく人間を主題としているので読後はやるせない気持ちになってしまいます。爽快感は皆無ながらノワールとしては読み応えあり。
傷を抱えて闇を走れ (ハヤカワ・ミステリ)
イーライ・クレイナー
早川書房
2023-12-05


怪盗ギャンビット1 若き“天才泥棒”たち(ケイヴィオン・ルイス)
伝説的な怪盗一家の一人娘・ロザリンは盗みの才能に恵まれるも自身の望みは稼業から足を洗って普通の人生を送ることだった。ある日、ロザリンのミスで母親がつかまってしまい、10億ドルの身代金を要求される。途方に暮れる彼女の元に、盗みの技を競い合う、怪盗ギャンビットへの招待状が届き…。
ハリウッドで映画化決定のエンタメ色の強い作品です。読者を楽しませることに特化しており、敵味方がめまぐるしく変わっていくなかで盗みの技を競い合う大会は部類の面白さ。ただ、少々漫画的。


暗闇のサラ (カリン・スローター)
車で救急車に激突した女性が病院に搬送された。彼女は医学生で目が覚めたら車の中にいたという。そして、「あいつを止めて」との言葉を当直医のサラに残して息絶える。やがて男子学生が起訴されるが、彼の母親は研修医時代のサラの同僚だった。そして、この一件は15年前の事件と結びつき...。
ウィル・トレントシリーズ第11弾。今回は若い女性を標的とした連続レイプ事件を扱っており、性被害の深刻さに胸をえぐられます。一方、ミステリとしては犯人による手の込んだトリックが読みどころ。
暗闇のサラ 〈ウィル・トレント〉シリーズ (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター
ハーパーコリンズ・ジャパン
2023-12-15


蜘蛛の巣の罠(ラーシュ・ケプレ)
最凶のシリアルキラー、ユレック・ヴァルテルとの長き闘いに終止符が打たれたかに思われた矢先、療養中のサーガのもとに連続殺人を仄めかす絵葉書が届く。それから3年。国家警察長官マルゴット・シルヴェルマンが突如失踪し、後に体で発見される。それは葉書の記述と全く同じ状況で…。
ヨーナ・リンナ刑事シリーズの第10弾。今回は人が死にすぎでグロテスクで陰鬱な展開が続きます。衝撃度ではシリーズ随一ですが、ここまで死者が多いと、シリーズの行く末が心配になってきます。
蜘蛛の巣の罠(上) (扶桑社BOOKSミステリー)
ラーシュ・ケプレル
扶桑社
2024-03-02


生贄の門(マネル・ロウレイロ)
女性捜査官のラケルは幼い息子が脳腫瘍に侵されていると医師から告げられる。なんとか息子を救おうと奔走し、末期癌患者を何人も完治させたという療法士に行き当たる。息子に療法士の治療を受けさせるために僻村に転属したラケルだったが、肝心の療法士は失踪し、奇怪な殺人事件まで起き...。
ホラー小説でありながら奇怪な事件が起きてその謎を追うという物語の骨格はミステリそのものです。さらに伏線を回収した末に明かされるサプライズ付。ミステリ好きにおすすめのホラーです。
生贄の門 (新潮文庫 ロ 19-1)
マネル・ロウレイロ
新潮社
2023-11-29


ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎(ジル・ペイトン・ウォルシュ)
ケンブリッジ大学学寮付き保健師のイモージェン・クワイの家に下宿している大学院生が、ある数学者の伝記を手掛けることになる。だが、それ以前にも複数の人物が伝記の執筆に挑戦したものの、いずれも途中で頓挫していた。その原因は1978年夏における空白の数日間にあるというのだが…。
イモージェン・クワイシリーズの第2弾です。今回は伝記の執筆者が変死や行方不明を遂げていくという謎が魅力的。学問の世界ならではの動機が興味深く、前作に比べて後味の良い結末も好印象。


ザ・ロング・サイド(ロバート・ベイリー)
テネシー州プラスキの高校がアメフトの試合でライバル校に歴史的勝利を収め、町は熱狂に包まれた。しかし、その翌朝、試合後にコンサートを行った地元人気バンドのカリスマシンガーが遺体となって発見される。容疑者として彼女の恋人で地元アメフトチームのスター選手のオデルが浮上するが…。
弁護士ボーセフィスシリーズ完結編。登場人物がほぼ黒人というのが異色ながら、熱いドラマに引き込まれていきます。前作で未解決の件が絡んでくるのもシリーズファンにとっては読みどころ。
ザ・ロング・サイド (小学館文庫)
ロバート・ベイリー
小学館
2024-02-06


キル・ショー(ダニエル・スウェレン=ベッカー)
アメリカ東部の田舎町で16歳の女子高生が忽然と姿を消す。手がかりも目撃者もないなか、家族の同意を得て大手テレビ・ネットワークによる連続リアリティ番組が制作される。だが、結果得たものは狂乱の末の悲劇とスキャンダルだけだった。10年後。26人の証言から浮かび上がる真相とは?
実録ものの体裁をとっている本作は臨場感に満ち、たちまち物語世界に引き込まれていきます。リアリティ重視なのでミステリとしての捻りには欠けますが、リーダビリティの高さはかなりのもの。
キル・ショー (海外文庫)
ダニエル・スウェレン=ベッカー
扶桑社
2024-05-02


ギャングランド(チャック・ホーガン)
かつてシカゴを牛耳っていたギャング組織のアウトフィット。その絶対的なボスとして君臨していたトニー・アッカルドは1957年にその座をサム・ジアンカーナに譲り、自身は相談役として組織に留まる。だが、2人の関係は次第に険悪なものとなり、1975年にジアンカーナは何者かに暗殺されるが...。
実在のギャング組織の内実をニッキー・パッセロという架空の人物の視点から描いたノワール。ボウリング場経営者でギャングの汚れ仕事もこなし、FBIの情報屋でもあるニッキーの行方が読みどころ。
ギャングランド (ハヤカワ・ミステリ文庫)
チャック ホーガン
早川書房
2024-05-22


ザ・メイデンズ ギリシャ悲劇の殺人(アレックス・マイクリーディーズ)
セラピストのマリアナのもとにケンブリッジ大学に通う姪のゾーイから連絡があり、親友が惨殺死体となって発見されたという。しかも、ゾーイはギリシャ悲劇を専門とするカリスマ教授が犯人だと主張するのだった。マリアナは独自に真相を探っていくが、凄惨な事件はその後も繰り返され...。
ギリシア悲劇や謎の集団等の道具立てが興味深く、誰も彼もが怪しくみえる展開に引き込まれていきます。ただ、詰め込みすぎなうえに真相もこじつけっぽいのが難。後味の悪さも好みの分かれるところ。
ザ・メイデンズ ギリシャ悲劇の殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アレックス マイクリーディーズ
早川書房
2024-02-21


スリー・カード・マーダー(J・L・ブラックハースト)
男の死体が空から降ってきた。現場に面した集合住宅の5階の一室から落下したものた思われるも、その部屋の玄関は内側から釘と板で封鎖されていた。一方、テス・フォックス警部補は現場を見て愕然とする。そこには彼女が過去に犯した殺人を示唆するチラシが残されていたのだ…。
粗筋だけ読むと重い話を想像するかもしれませんが、実際は刑事の姉と詐欺師の妹が活躍する軽快な作品です。やや軽すぎながらも本格オタな趣向と人間ドラマのミスマッチ感に独特の面白さが。
スリー・カード・マーダー (創元推理文庫)
J・L・ブラックハースト
東京創元社
2024-03-29


有名すぎて尾行ができない(クイーム・マクドネル)
平凡すぎる顔の持ち主ポールは恋人や元刑事と組んで探偵事務所を立ち上げようとするなか、謎の美女が浮気調査の依頼に訪れる。調査対象は国中が注目する不動産開発詐欺事件の被告人3人組の1人。だが、尾行相手を見失ってしまったうえに、3人組の1人で調査対象とは別の男を殺されてしまい…。
アイルランドミステリー「平凡すぎて殺される」の続編です。ドタバタコメディに社会風刺を織り交ぜた作品としてなかなかよく出来ています。ただ、下品なネタが多いのは好みの分かれるところ。
有名すぎて尾行ができない (創元推理文庫)
クイーム・マクドネル
東京創元社
2024-02-29


夜に惑う二月(アラン・パークス)
1973年2月。建設中のビルの屋上で若い男の惨殺死体が発見される。男はサッカーのスター選手で、麻薬王・スコビーの娘の婚約者だった。マッコイ刑事の捜査により、スコビー子飼いの殺し屋・コナリーが容疑者として浮上する。彼はサイコパスでスコビーの娘に付きまとっていたというのだが...。
前作同様、悪徳と暴力がはびこる街でマッコイが満身創痍になりながら真相を追う物語ですが、本作を盛り上げているのはギャングのボス・クーパーです。マッコイとの屈折した友情がたまりません。


内なる罪と光(ジョアン・トンプキンス) 
16歳のダニエルが突如失踪してから8日後。幼馴染のジョナはダニエルを殺害したことと死体の隠し場所だけを書き残して自殺した。動機は不明だった。一人残されたダニエルの父親・アイザックが失意に沈むなか、彼の住む町に謎の少女が現れる。どうやら彼女はお腹に赤ん坊を宿しているようで...。
主人公の息子を含めて登場人物の大半が嫌な奴なので読んでいて苦痛を覚えます。しかし、だからこそ、赦しというテーマが際立ち、主人公と少女の再生の物語が読者の胸を打つわけです。ただ、ミステリー色は極めて薄いのでその点に期待すると肩透かしを覚えるでしょう。宗教色の強い作品。
内なる罪と光 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョアン トンプキンス
早川書房
2024-01-24


叫びの穴(A・J・リース)
第一次世界大戦の最中、英国東部に位置するノーフォーク州で考古学者が殺害される。遺体は叫びの穴と呼ばれるいわくつきの縦穴に隠されており、彼の所持金を奪って逃走中と思われる若者が指名手配される。やがて若者は逮捕されて死刑判決を下されるも彼は沈黙を守り続けていた。その真意とは?
1919年発表。陰鬱な湿地帯を舞台にした重厚感あふれる作品、古い探偵小説とは思えないほどドラマ性に溢れています。謎解きも一級品で、細かな手掛かりに基づいて真相に迫る過程は読み応え十分。
叫びの穴 (論創海外ミステリ 305)
アーサー・J・リース
論創社
2023-10-27


ゴア大佐の推理(リン・ブロック)
1922年。探検家のゴア大佐は長年過ごした中央アフリカから久しぶりに帰国した。そして、幼なじみのバーバラを訪ねてリンウッドの町に赴き、そこで年の離れた彼女の夫を始め、多くの知己を得るのだった。だが、リンウッドにはなにか秘密が隠されており、ついに死人まで出てしまう…。
1924年発表のゴアシリーズ第1弾。書かれた時代を考えると真相の意外性はなかなかのもの。精力的なゴア大佐のギャラも魅力的です。反面、話がまわりくどく、読んでいてイライラする場面も。
ゴア大佐の推理 (ゴア大佐の事件)
リン・ブロック
Independently published
2024-01-21


姿なき招待主(グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング)
街の名士として知られる8人が謎めいた電報によって摩天楼のペントハウスにおびき寄せられる。しかも、正体不明の招待主はこれから行うゲームに勝たなければ1時間ごとに1人ずつ殺していく」と告げる。脱出不可能な密閉空間で進行する殺人計画。果たして犯人は誰なのか?そしてその目的は?
『そして誰もいなくなった』の元ネタとの説もある1930年発表の作品であり、姿なき犯人の存在に登場人物たちが疑心暗鬼に陥っていく展開はサスペンスに満ちています。特異な犯人像も印象的。
姿なき招待主(ホスト) (海外文庫)
グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング
扶桑社
2023-12-02


象られた闇(ローラ・パーセル)
切り絵作家のアグネスは巡査部長のレッドメインの訪問を受け、仕事の依頼者が殺されたことを知らされる。しかも、事件はそれだけにとどまらず、彼女に肖像画を依頼した客が次々と謎の死を遂げているのだ。アグネスは若干11歳の霊媒師・パールを頼り、死者の口から犯人の名前を聞こうとするが...。
ミステリーとしての仕掛けはわかりやすく、勘の良い人らすぐ真相に気が付くでしょう。しかし、陰鬱な雰囲気を纏った物語には読者を引き込む力があり、クライマックスの盛り上げ方もなかなかです。
象られた闇
ローラ パーセル
早川書房
2024-02-21


誰も悲しまない殺人 (キャット・ローゼンフィールド)
メイン州の田舎町で女性が顔を潰されて殺害されるという凄惨な事件が発生する。被害者の名はリジー・ウーレット。周囲から阻害され、嫌われ者として生きてきた彼女を殺したのは果たして誰なのか?行方不明の夫と、被害者と因縁のある人気インフルエンサーの女性が捜査線上に浮上するが…。
被害者の人生を追い、犯人の心情を掘り下げることで滲み出る哀しみが読後に何とも言えない余韻を残します。ただ、犯行自体は都合良くいきすぎ、ご都合主義に感じてしまう点にはもの足りなさも。
誰も悲しまない殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
キャット ローゼンフィールド
早川書房
2023-12-05


狼の報復(ジャック・ボーモント)
フランス対外治安総局の工作員パイヤンはシチリア島のパレルモで移民申請絡みの任務に従事していたが失敗に終わる。そして、原因究明もままならいままに、生物兵器の開発者を確保する作戦に向かい、またしても失敗。陰謀に巻き込まれたパイヤンはパキスタンから決死の脱出を試みるが…。
粗筋を読むと典型的なスパイアクションを想像するかもしれませんが、元スパイの手による本作はリアリティ重視で非常に地味です。現実的で淡々とした駆け引きが続く物語は好みの分かれるところ。
狼の報復 (ハヤカワ文庫NV)
ジャック ボーモント
早川書房
2023-10-18


夜明けを探す少女は (ジュリアナ・グッドマン)
シカゴの高校に通う黒人の少女・ボー。彼女は卒業とともに犯罪が横行するこの町から出ていこうと決めていた。だが、ある冬の日に、姉の姉のカティアが不法侵入の疑いで警官に射殺されるという事件が起きる。姉がそんなことをするはずがない。ボーは姉の無罪を信じ、独自に調査を始めるが...。
黒人の貧困問題やドラックといったアメリカの現実とともに綴られる少女の怒りと悲しみが胸を打ちます。黒人を取り巻く不条理を描いたYA小説として読み応えありですが、ミステリ要素は希薄。
夜明けを探す少女は (創元推理文庫)
ジュリアナ・グッドマン
東京創元社
2024-03-18


テラ・アルタの憎悪(ハビエル・セルカス)
テラ・アルタ署の刑事・メルチョールは獄中で『レ・ミゼラブル』に出会い、犯罪者から警察官への転身を遂げた異色の経歴の持ち主だった。あるとき、富豪夫婦が殺されるという事件が起きる。しかも、彼らには拷問された跡があった。メルチョールは彼らの事業には裏があると考えるが…。
スペイン発のミステリー。文学的な香りを纏いながら綴られていく主人公転身の物語は読み応えがあり。ただ、ミステリーとしては凡庸で、捜査パートに入るとテンポが悪くなるのが気になるところ。
テラ・アルタの憎悪 (ハヤカワ・ミステリ)
ハビエル セルカス
早川書房
2024-01-10


いきすぎた悪意(サンドラ・ブラウ)
暴行を受け、そのまま意識の戻らなくない女性。彼女の元夫でアメフト選手のザックは延命治療の決定権を持つ代理人に指名されてしまう。マスコミを避けて山奥で隠遁生活をする彼の元に検事のケイトが訪ねてくる。彼女はザックに対し、事件の加害者が減刑されてすでに出所したと告げるが…。
犯人と被害者が両方ともクズで直接関係ない元夫が巻き込まれるという設定が新鮮。ただ、犯人に対しては不快さが恐怖を凌駕しており、そのため、サスペンスとしての盛り上がりはいまひとつです。
いきすぎた悪意 (集英社文庫)
サンドラ・ブラウン
集英社
2023-12-20


殺人は展示する: 初版本図書館の事件簿(マーティ・ウィンゲイト)
ヘイリー・バークは初版本協会の駆け出し学芸員。この協会は初版本の蒐集家が設立したもので、協会所有の図書館には数多くのミステリ初版本が収められていた。ヘイリーは協会の知名度を向上させるため、講演会の企画をスタートさせる。ところが、雇ったマネージャーが殺されてしまい…。
シリーズ第2弾。今回はセイヤーズの『殺人は広告する』の本に絡んだ事件を描いており、ミステリの小ネタを散りばめられているのがミステリ好きとってはうれしいところ。ただ、内容は軽め。
殺人は展示する 初版本図書館の事件簿 (創元推理文庫)
マーティ・ウィンゲイト
東京創元社
2023-12-18


解剖学者と殺人鬼(アレイナ・アーカート)
ジェレミーは過去の愚かなシリアルキラーたちとは違って明晰な頭脳を有していることを自負し、大胆に犯行を重ねていく。一方、解剖学者のレンは立て続けに起きる猟奇殺人の検視解剖を行っていくが、死体には次の殺人のヒントが残されていた。こうして2人の対決の幕が切って落とされるが…。
本職の解剖医だけあって検死場面は臨場感満点。解剖学者と殺人鬼の2視点による物語はテンポよく、第2部のサプライズも秀逸です。ただ、続編ありきの結末と案外凡庸な殺人鬼にもの足りなさが。
解剖学者と殺人鬼 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アレイナ アーカート
早川書房
2023-11-07


ミレニアム7 鉤爪に捕らわれた女(カーリン・スミルノフ)
ミカエル・ブルムクヴィストは娘の結婚式に出席するためにスウェーデン北部にある小さな町・ガスカスへと向かう。娘の結婚相手であるヘンリィ・サロはガスカスの町長だったのだ。やがて、その町で密かに進行していた陰謀が凄惨な暴力となって噴出したとき、ミカエルはリスベットと再会するが...。
作者死亡によって4部から他作者の手に移った物語をさらにバトンタッチ。そのためのか、どこか盛り上がりに欠け、内容的にイマイチです。リスベットの肉親ネタもまたかといった感じがします。
ミレニアム7 鉤爪に捕らわれた女 上
カーリン スミルノフ
早川書房
2024-04-05


善人は二度、牙を剝く(ベルトン・コッブ)
アーミテージ巡査部長はダイヤモンド強盗事件の真相を推理するも、上司のバーマン警部からは根拠に乏しいとして受け入れてもらえない。そこで、強盗犯の共犯者とにらんでいる一家の貸間に身分を隠して下宿し、潜入捜査を試みる。だが、アーミテージは車に轢き殺されそうになり…。
1965年発表のアーミテージシリーズ第1弾。人間味溢れるアーミテージが魅力的で、失敗しながらも奮闘する姿がユーモラスに描かれています。別シリーズの主役であるバーマンとの共演も読みどころ。
善人は二度、牙を剝く (論創海外ミステリ 315)
ベルトン・コッブ
論創社
2024-03-30


わたしの名前を消さないで(ジャクリーン・バブリッツ)
アリスは人生を再スタートさせるべく、18歳の誕生日にわずかなお金と盗んだカメラを手にしてニューヨークにやっていきた。だが、その1カ月後に身元不明の遺体となって発見される。一方、36歳のルビ
ーも人生の再出発を図ってニューヨークに移り住む。ある日、彼女はハドソン川でアリスを発見し...。
殺された少女の視点から孤独な女性の生活を描く異色の作品です。殺人者が忍び寄るサスペンス要素はあるものの、淡々とした物語は好みの分かれるところ。どちらかといえば人間ドラマがメイン。
わたしの名前を消さないで (新潮文庫 ハ 61-1)
ジャクリーン・バブリッツ
新潮社
2024-02-28


救出(スティーヴン・コンコリー)
娘を誘拐されたスティール上院議員は人質奪還を専門とする民間軍事組織ワールド・リカバリー・グループ(WRG)に娘の救出を依頼する。WRGの創設者ライアン・デッカーはロシアン・マフィアの人身売買ネットワークが事件に絡んでいることを突き止め、マフィアの隠れ家を急襲するが....。
人質救出作戦の失敗とその後が語られる前半の展開はもたついていて読みづらく感じますが、下巻からは怒涛の展開が始まり、一気に面白くなります。ただ、続編ありきなのでラストはすっきりせず。
救出(上) (扶桑社BOOKSミステリー)
スティーヴン・コンコリー
扶桑社
2023-12-02





コールド・リバー(サラ・パレツキー)
私立探偵のヴィクが発見した湖の岩場に倒れていた少女。彼女は「ナギー」と呟いて意識を失った。そして、病院に搬送されるも、数日後に姿を消してしまう。ヴィクは警察に少女から渡されたものを渡すように迫られるが、心当たりはなかった。さらに、マフィアも少女を追っていることを知り…。
V・I・ウォーショースキー シリーズ第22弾。弱者を守るために警察やマフィアといった強大な相手にも一歩も引かないヴィク節は今作でも健在。女探偵もののハードボイルドとして安定の面白さ。
コールド・リバー 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サラ・パレツキー
早川書房
2024-02-06


ミステリーしか読みません(イアン・ファーガソン & ウィル・ファーガソン)
15年前にテレビドラマの「フラン牧師の事件簿」で一世を風靡した女優のミランダも今は落ちぶれ、ついにエージェントから解雇を申しわされてしまう。再起を図るべく、彼女は別居中の夫が暮らす町の劇団公演に参加するが、出演者の一人が舞台上で小道具のシャンパンを飲んだ直後に死んでしまい...。
事件発生が物語の後半からとかなりスローテンポな作品ですが、癖の強い登場人物の言動が楽しくて退屈せずに読むことができます。ただ、あくまでもコージーなのでミステリとしては物足りなさも
ミステリーしか読みません (ハーパーBOOKS)
イアン・ファーガソン & ウィル・ファーガソン
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-04-18


クリスマスカードに悪意を添えて シェフ探偵パールの事件簿 (ジュリー・ワスマー)
クリスマスを前にしてパールは大忙し。クリスマスの準備自体何も終わっていないのだ。そんななか、友人のネイサンから新聞の文字を切り貼りした中傷目的のクリスマスカードを受け取ったとの相談を受ける。しかも、同様のカードが他の人間にも届いていたのだ。パールは調査を始めるが…。
シェフ兼探偵のパールが活躍する海外ドラマ『港町のシェフ探偵パール』シリーズの原作小説第2弾です。小出しにされる謎とともに美味しそうな料理も次々と登場し、思わず引き込まれていきます。


ブランディングズ城の救世主(P・G・ウッドハウス)
エムズワース伯爵は都会からブランディグズ城に戻ってくるも、湖畔でキャンプをする少年団や口うるさい妹のせいで心が安まらない。そのうえ、城に滞在中のダンスタブル公爵は伯爵の愛豚を盗み出そうと画策していた。次々と起きる珍騒動を円満解決に導こうとフレッド叔父さんが奮戦するが…。
1915年から始まったブランディングズ城 シのサーガの長編第八弾です。ほのぼのとしたユーモアは安定のクオリティですが、欧米のユーモア小説にありがちなまわりくどさは好みの分かれるところ。



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最新更新日2024/06/14☆☆☆

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本ミス2025
対象作品である2023年11月1日~2024年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、ミステリーファンにあまり知られていない作家で出版社もマイナーといった場合は読んでいる投票者が少ないと判断し、傑作でも予想順位は低めになります)。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

2024年5月31日時点での暫定予想順位

1位.地雷グリコ(青崎有吾) 
高校生たちがオリジナルのギャンブルで勝負する話ですが、各話には相手を欺くトリックや手の内を読み合う推理などがふんだんに盛り込まれており、その構造は本格ミステリとしての魅力に満ちています。どの勝負もワクワクするものばかりで、鮮やかに決まる逆転劇が痛快です。青崎有吾の異色傑作。
地雷グリコ (角川書店単行本)
青崎 有吾
KADOKAWA
2023-11-27


2位.サロメの断頭台(夕木春央)
大正時代を舞台に元泥棒の蓮野が探偵役を務めるシリーズの第3弾。一見冗長に思える前半部分から巧みに伏線を散りばめつつ、贋作事、盗撮事件、サロメに見立てた殺人などの謎を一つの線で繋げていく手管が見事です。それに、殺人の動機やサロメの劇に見立てた理由などもホワイダニットとして秀逸。
サロメの断頭台
夕木春央
講談社
2024-03-13


3位.永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした(南海遊 )
嵐によって陸の孤島と化した永劫館で起きる密室殺人。それを魔女による死に戻りの力を用いて解決しようとする特殊設定ミステリーです。時間ループとミステリーとしての仕掛けが有機的に結びついている点が見事で、巧みな伏線回収には思わず唸らされしまいます。考え抜かれた密室トリックも秀逸。


4位.乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび (芦辺 拓、江戸川 乱歩)
なんといっても、江戸川乱歩の未完作『悪霊』の真相に挑む!という趣向がワクワクします。そのうえ、乱歩が遺した前半部分の文章から伏線らしきものを巧みに拾い上げ、意外な真相へと導いていく手管も見事です。さらに、事件の真相が連載中断の理由とリンクしている点にも唸らされます。


5位.黄土館の殺人(阿津川辰海 )
館四重奏第3弾の本作は、旅先で名探偵とその他一行が分断されて別々の事件に挑む『双頭の悪魔』形式の作品です。とはいえ、あくまでもメインは名探偵不在のなかで起きる連続殺人の方ですが、それ以外の部分も伏線として機能しており、本格として読み応え満点。ただ、犯人はわかりやすいかも。


6位.冬期限定ボンボンショコラ事件(米澤穂信 )
小市民シリーズ第5弾。ひき逃げ事件自体はミステリーの謎としては小粒ながら、過去と現在の事件を対比させつつ、タイプの異なる真相を浮かび上がらせていく手管が見事です。また、小鳩の探偵ぶりを描いた中学篇は名探偵の失敗ものとして読み応えがあります。なにより、青春ミステリーとして秀逸。


7位.案山子の村の殺人(楠谷佑)
探偵役はエラリー・クイーンのような従兄弟同士のコンビ作家で、事件は案山子だらけの村で案山子にまつわる不可解な出来事が続発し、やがて雪密室の殺人が起きるというもの。密室トリックは大したことないものの、そこから派生するミスディレクションが秀逸です。精密なロジックも素晴らしい。


8位.バイバイ、サンタクロース 麻坂家の双子探偵(真門浩平)
 第3回Kappa-Two受賞作品。小学生とは思えない大人びた語り口には終始違和感が付きまといましたが、ロジックにこだわりぬいた作風は好印象。特に、アンチミステリ的な手法に意表を突かれる「黒い密室」や解くべき謎が二転三転する「だれが金魚を殺したか」が秀逸です。まさかの最終話も衝撃的。


9位.ぼくらは回収しない(真門浩平)
第19回ミステリーズ!新人賞の「ルナティック・レトリーバー」を含む5編を収録しており、著者ならではのロジカルな謎解きを楽しめる短編集に仕上がっています。なかでも、消去法推理における意外な決め手が印象的な「カエル殺し」や唖然とするロジックが忘れ難い受賞作などが秀逸。


10位.六色の蛹(櫻田智也)
昆虫マニアの青年・魞沢泉が探偵役を務めるシリーズ第3弾の連作集。真相がわかりやすいものがいくらかあった点には物足りなさを覚えるものの、謎を解くことによって秘めた人間ドラマが浮かび上がっていく構図にはグッときます。なかでも、「黒いレプリカ」と回想ものの「赤の追憶」が秀逸。
六色の蛹 サーチライトと誘蛾灯
櫻田 智也
東京創元社
2024-05-31


11位.にわか名探偵 ワトソン力(大山誠一郎)
周囲にいる人間の推理力を飛躍的に高めることができる刑事が主人公を務めた『ワトソン力』の続編。全7編の収録作には突出した作品こそないものの、突然推理合戦が始まるシチュエーションの面白さは折り紙付きです。強いていえば複合的に謎を解いていく『電影パズル』が頭一つ抜けているかも。
にわか名探偵~ワトソン力~
大山 誠一郎
光文社
2024-05-22


12位.それは令和のことでした、(歌野晶午)
全8話の短編集。令和を象徴するような事件を描くことで読者を引き込み、巧みなミスリードによって騙していく手管に唸らされます。なかでも、老女殺しの意外な顛末を描く「君は認知障害で」と、母の言いなりになってきた娘の物語が衝撃的な結末を迎える「死にゆく母にできること」などが秀逸。
それは令和のことでした、
歌野晶午
祥伝社
2024-04-11

13位.帝国妖人伝(伊吹亜門)
明治、大正、昭和と移りゆく時代の中で語り手の作家がさまざまな事件に遭遇する連作集。本作がユニークなのは探偵役が一話ごとに異なり、そのいずれもが歴史上の人物だという点にあります。そして、その人物ならではの推理が楽しめるのが魅力的です。ただし、本格としての仕掛けは小粒。
帝国妖人伝
伊吹亜門
小学館
2024-02-15


14位.そして誰かがいなくなる(下村敦史)
大雪で閉ざされた館で殺人事件が起きるという王道ミステリながら、舞台が作者の自宅という点がユニークです。また、章ごとに語り手を変えることでミスリードさせ、最後に怒涛の伏線回収によって真相を明らかにしていくプロットもよくできています。ただ、捻りすぎてすっきりしない面もあり。
そして誰かがいなくなる
下村敦史
中央公論新社
2024-02-21


15位.毒入り火刑法廷(榊林銘)
魔女が実在する架空世界で魔女裁判にかけられた少女を巡って火刑審問官と弁護士が論戦を繰り広げる特殊設定ミステリ。裁判自体にリアリティはなく、捻くれたロジックのオンパレードですが、ミステリとしてのアイディアの多さに唸らされます。ただ、詰め込みすぎによるまとまりのなさが惜しいところ。
毒入り火刑法廷
榊林 銘
光文社
2024-02-21


16位.奇岩館の殺人(高野結史)
孤島の豪邸に宿泊すれば高額報酬というバイトに採用されるも実は、富裕層を探偵役として接待するためのリアル推理ゲームの被害者役だったという設定が面白い。トラブル続出による運営側のぐだぐだ具合を含めて探偵小説の良質なパロディになっており、犯人判明後に一捻りがあるのもグッド。
奇岩館の殺人 (宝島社文庫)
高野結史
宝島社
2024-02-06


17位.時空に棄てられた女~乱歩と正史の幻影奇譚~(長江俊和)
江戸川乱歩と横溝正史のコンビが猟奇殺人の謎に挑む物語は完成度が高く、彼らのファンにとっては堪らない作品に仕上がっています。また、2人の間に起きた実際のエピソードが随所に盛り込まれているのも興味深いものがあります。さらに、ミステリとしての仕掛けもなかなかユニークな佳品です。


18位.女と男、そして殺し屋 (石持浅海)
殺し屋が依頼にまつわる謎を推理する連作ミステリーの第3弾。主人公の殺し屋の他に前作で登場した女殺し屋が加わり、謎の検証を多視点で描くことで謎解きに深みがでています。特に、表題作の中編は交通事故の加害者と被害者を同時に殺すという奇妙な依頼の謎に潜む狂気じみたロジックが秀逸です。


19位.落語刑事サダキチ 埋蔵金と猫の恩返し(愛川晶)
昭和50年代が舞台の落語ミステリー。収録作3編のうち、誘拐の目的が意表を突く表題作や万引き事件の意外な真相に驚かされる「反魂香奇談」も良いですが、白眉なのは「熊の皮騒動」でしょう。次々と起きる意外な展開をユーモアたっぷりに描き、その末に至るどんでん返しが見事です。


20位.真夜中法律事務所(五十嵐律人)
真犯人が罪を償わなければ被害者が成仏できないという設定がユニーク。成仏という非現実な現象をロジカルに突き詰めていくことで唯一無二の面白さを創出しています。また、その設定を活かしたトリックも本格ミステリとして魅力的ですが、トリックのための設定という側面がやや露骨な感も。
真夜中法律事務所
五十嵐律人
講談社
2023-11-14



その他注目作

ファラオの密室(白川尚史)
第22回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作品。本作にはピラミッドからのミイラ消失など、大きな謎がいくつかありますが、トリック自体は大したことありません。一方、神々の存在する古代エジプトを舞台にした伝奇小説と謎解きの要素がうまくかみ合い、読み物としてはなかなかの面白さです。
ファラオの密室
白川尚史
宝島社
2024-01-09


密室法典(五十嵐律人)
霞山大学無料法律相談所の面々の活躍を描いた『六法推理』の続編。前作の六法を用いた推理といった要素は消え、純粋に法律絡みの事件の謎を解く物語になっています。表題作は密室トリックよりもその裏に潜む動機に唸らされる佳品。同じく、『閉鎖官庁』もホワイダニットものとして秀逸です。
密室法典 (角川書店単行本)
五十嵐 律人
KADOKAWA
2024-04-24


兎は薄氷に駆ける(貴志祐介)
15年前の事件で有罪判決を受けて獄中死した男の息子が殺人罪で起訴される物語は、リーガルサスペンスとしては文句なしの面白さです。ただ、正直本格要素はあまり高くありません。しかし一方で、本格ミステリでお馴染みの××狙いかと思わせてから明かになる犯人の真意はなかなかに衝撃的です。
兎は薄氷に駆ける
貴志 祐介
毎日新聞出版
2024-04-10


きこえる(道尾秀介)
前衛的スタイルのミステリ小説創出に情熱を傾けている著者ですが、本作ではQRコードから読み取った音声を用いた謎解きに挑戦しています。なかには音でしか説明不能な仕掛けも施されており、(意味のわかりずらいオチがあるのは難ですが)ミステリの可能性を広げてくれる作品だといえるでしょう。
きこえる
道尾秀介
講談社
2023-11-21


忍鳥摩季の紳士的な推理(穂波了)
全4篇の連作ミステリーであり、物語の骨子は超常現象に遭遇した主人公が殺人事件に巻き込まれるというパターンで統一されています。殺人事件だけなく、超常現象の解明にもスポットを当てている点が特殊設定ミステリとしてよくできています。なかでも、「月夜のストップ」のロジックが秀逸。
忍鳥摩季の紳士的な推理
穂波了
双葉社
2024-04-17


真贋(深水黎一郎)
芸術探偵シリーズの第9弾。今回は名家の名画コレクションがすべて贋作になり、美女の絵が次第に老けていくという謎を扱っていますが、仕掛け自体はかなりシンプルでものたりません。その代わり、芸術に関する蘊蓄がユーモアを交えながら語られるのが楽しい。ちなみに、大癋見警部の出番はなし。
真贋 (星海社 e-FICTIONS)
深水黎一郎
講談社
2024-05-21


変な家 2 ~11の間取り図~(雨穴)
奇妙な間取り図に基づいてその裏に秘められた意図を推理していく謎解きミステリです。推理といっても根拠に乏しい仮説にすぎませんが、読者をぞっとさせるような怖い結論を導き出していくプロセスには捨てがたい魅力があります。とはいえ、11の家の秘密を一本の線で結ぶ推理はちょっと無理が...。
変な家2 ~11の間取り図~
雨穴
飛鳥新社
2023-12-15


龍の墓(貫井徳郎)
メガネ型VRがスマホ並に普及した近未来が舞台のSFミステリーであり、VRゲームのイベントに見立てた連続殺人とシンプルながら巧妙な仕掛けは悪くありません。ただ、犯人が無実を主張するためにとった行動はあまりにも迂闊です。また、別にVRがなくてもミステリとして成立してしまう点も残念。
龍の墓
貫井徳郎
双葉社
2023-11-22


あなたに聞いて貰いたい七つの殺人(信国遥)
第3期カッパ・ツーを『バイバイ、サンタクロース 麻坂家の双子探偵』と同時受賞。インターネットラジオで殺人を実況するラジオマーダーに対して探偵側もラジオ探偵で対抗するという発想が楽しい。ただ、真相はややご都合主義でミステリとしての仕掛けも凡庸の域を出ていないのが惜しいところ。


天狗屋敷の殺人(大神晃)
山奥の村で遺産絡みの連続殺人が起きるという横溝正史のオマージュ作品です。基本的にライトな語り口のブラックコメディといった感じですが、探偵小説好きには堪らない道具立ては十分に揃っており、雰囲気は悪くありません。ただ、犯人やトリックが比較的わかりやすい点には物足りなさも。
天狗屋敷の殺人(新潮文庫nex)
大神晃
新潮社
2024-05-29


ごんぎつねの夢(本岡類)
中学の同窓会にキツネの面を被った元恩師が散弾銃を持って乱入し、SATに射殺されるという冒頭の展開に衝撃を覚え、その後は童話・ごんぎつねの謎にぐいぐいと引き込まれていきます。大小さまざまな謎解きを小出しにして読者を飽きさせない手管が見事。史実の謎に人間ドラマを絡めた佳品です。
ごんぎつねの夢 (新潮文庫 も 37-2)
本岡 類
新潮社
2024-04-24


斬首の森(澤村伊智)
カルト企業の洗脳合宿からの脱出を図った5人の男女が次々殺されていくホラーミステリーです。基本的にはグロテスクさを前面に押し出したホラー重視の作品なのですが、謎が次々と出てきてやがて恐るべき真相が明らかになる展開にミステリーっぽさがあります。特に、最後に明かされる事実が衝撃的。
斬首の森
澤村 伊智
光文社
2024-04-24


怪談刑事(青柳碧人 )
オカルト嫌いのベテラン刑事が呪いや心霊現象絡みの未解決を捜査する部署に配属されるユーモアミステリーですが、娘の彼氏でオカルト肯定派の怪談師の意見を否定しながら合理的解決にたどり着く展開がよくできています。なかでも、巧みな伏線回収と意外な展開の「対決・仏像怪談」が秀逸です。
怪談刑事
青柳 碧人
実業之日本社
2024-03-28


ミノタウロス現象(潮谷験)
世界各地で半獣半人のミノタウロスが出現し、その最中に死体を獣人に偽装した殺人事件が起きるという設定が非常にユニーク。ただ、話はテンポが良くて面白いものの、殺人事件の扱いが小さくて謎解きの説得力も低い点にもの足りなさがあります。むしろ、ミノタウロスに関する考察の方が魅力的。


家族解散まで千キロメートル(浅倉秋成 )
青森の神社のご神体がなぜか主人公宅の物置から出てきて、返却のために青森を目指す物語はロードムービー風冒険譚としてなかなかの面白さです。また、旅の終わりと同時に始まる二転三転の展開も多重解決ものとしてのユニークがあります。ただ、肝心の真相自体に面白味がないのが残念。


鼓動(葉真中顕)
18年間引きこもっていた男が父親とホームレスの殺害容疑で逮捕された事件の裏付け調査を行っていくうちに、さまざまな事実が明らかになっていく奥貫綾乃シリーズの第3弾。引きこもりと育児放棄をテーマにした社会派ミステリーですが、そこに伏線を忍ばせて意外な真相を提示した手腕が見事です。
鼓動
葉真中 顕
光文社
2024-03-21


不死探偵・冷堂紅葉 02.君に遺す『希望』(零雫)
異能力×本格ミステリのシリーズ第2弾。いわゆる特殊設定ミステリながら前作は異能力設定を上手く活かせてなかった感が強かったのですが、本作ではその点を改善。特殊設定を絡めたハウダニットものとして読み応えのある作品に仕上がっています。ただ、ホワイダニットに関しては強引さも。


赤の女王の殺人(麻根重次)
第16回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞。密室殺人の捜査と並行して奇妙な謎が次々と現れる展開はワクワクするものがあります。加えて、二転三転の末に二段構えの真相が用意されており、すべてが繋がっていく構成も秀逸です。ただ、肝心の真相がイマイチで、脱力を覚えてしまうのが難。
赤の女王の殺人
麻根重次
講談社
2024-03-13


切断島の殺戮理論(森晶麿)
かつての流刑地で身体の一部を切断する通過儀礼が行われている怪しげな島を舞台に起きる連続殺人は、さまざまな要素を織り交ぜた伝奇ミステリーとして読み応えがあります。それを踏まえたうえでのロジックも光るものあり。ただ、ちゃぶ台返しの真相についてはがっかりする人も多そうです。


助手が予知できると、探偵が忙しい (秋木真)
やる気がない探偵と予知能力を持つJKのコンビが不可解な事件に挑む全3編の連作集。特殊設定ミステリーの一種であり、予知能力を活かした事件の解決法にひねりを加えている点が面白い。探偵と助手の掛け合いも楽しく、派手さはないものの、なかなかの良作です。ただ、最後ははネタ切れ感も…。


double〜彼岸荘の殺人〜(彩坂美月)
タイトルから連想される通り、幽霊屋敷を舞台にした本格ミステリではあるのですが、調査に乗り込んだ超能力者たちが怪異に襲われるホラー展開が延々続くため、ミステリを期待した読者は戸惑ってしまいます。終盤には鮮やかな伏線回収に基づく謎解きもあるものの、ボリューム不足は否めないところ。
double〜彼岸荘の殺人〜 (文春文庫)
彩坂 美月
文藝春秋
2024-02-06


殺める女神の島(秋吉理香子)
イヤミスの女王がクローズドサークルに挑戦した作品であり、登場人物がほぼ若い女性だけというのも異彩を放っています。ミステリとしてはぶっ飛んだ動機がインパクトあり。それに、最後のどんでん返しもなかなかです。ただ、殺人計画があまりにも現実離れしており、説得力に欠けるのが難。
殺める女神の島
秋吉 理香子
KADOKAWA
2024-03-04


イデアの再臨(五条紀夫)
世界から特定の物や言葉が次々と消えていき、挙句の果てには登場人物が「ここは小説の世界だ!」と宣言する。まるで筒井康隆の実験小説を髣髴とさせるメタSFな世界観を用いた物語はハチャメチャな楽しさがあります。ただ、ミステリの仕掛けとしては案外凡庸でその点に物足りなさを覚えます。
イデアの再臨 (新潮文庫nex こ 77-2)
五条 紀夫
新潮社
2024-04-24


博士はオカルトを信じない (東川篤哉)
ドッペルゲンガーや幽体離脱などの怪異に見える現象を女性学者の暁ヒカルが科学的に解き明かしていく連作ミステリです。中学生の少年と女性学者のバディで不可能犯罪に挑んでいく物語は興味をそそるものの、ネタは古典的なものばかりで本格ミステリとしての面白みに欠けている点が難。
博士はオカルトを信じない
東川篤哉
ポプラ社
2024-02-21


復讐は芸術的に(三日市零)
『復讐は合法的に』に続くシリーズ第2弾の連作集。タイトル通り本来は復讐もののはずが、今回は第1話を除いてフーダニットミステリーに。全4話のうち「冤罪」はミステリーを読み慣れた人なら真相はすぐにわかるでしょう。一方で、青年の死を巡る意外な真相を描いた「労災」はなかなかの出来。
復讐は芸術的に (宝島社文庫)
三日市零
宝島社
2024-05-07


雛森寧子のミステリな日々 コンビ作家の誕生(紺野天龍)
トリック創出能力皆無のミステリー作家志望者と、文章が壊滅的なトリックメーカーが日常の謎に挑む連作ミステリー。探偵役のヒロインが可愛らしく、話のテンポもよくてライトなエンタメ作品としては申し分ありません。有名ミステリーを模した遊び心も楽しい。ただ、肝心の謎解きが今ひとつ。


中野のお父さんと五つの謎(北村薫 )
文芸編集者の娘と国語教師で生き字引の父が身の回りの謎に挑む日常ミステリーの第4弾です。今回も相変わらず父娘の掛け合いが楽しく、夏目漱石をはじめとした文豪にまつわる謎には興味深いものがあります。ただ、あくまでも蘊蓄中心の謎解きなので本格ミステリとしての魅力は乏しいかも。
中野のお父さんと五つの謎
北村 薫
文藝春秋
2024-02-09


放課後ミステリクラブ 3 動くカメの銅像事件(知念実希人)
本屋大賞で初めて候補作に選ばれた児童書シリーズの第3弾。話は、重すぎて人の手では動かせない亀の銅像が移動した謎に小学生たちが挑むというもの。中身は完全な子供向けながら、ミステリとしの基本要素はきっちりと押さえられています。ミステリの魅力を知る第一歩になり得る良書です。


僕の殺人計画(やがみ)
ホラー系人気ユーチューバーの書籍デビュー作。物語は、ミステリ小説のヒット作を数多く手掛けた元敏腕編集者がファンを名乗る人物から完全犯罪の標的とされるというもので、二転三転の展開は悪くありません。ただ、事件の真相は無理に無理を重ねた感が強く、説得力に欠けているのか残念。
僕の殺人計画
やがみ
KADOKAWA
2023-11-07


双子探偵ムツキの先廻り(ひたき)
探偵が訪れる先で必ず事件が起きるというミステリのお約束を逆手に取り、事件を引きつける体質の探偵が事件前から犯人に罠を仕掛けて証拠を確保するという発想がユニーク。一種のアンチミステリーとして読み応えありです。ただ、証拠確保の手段がワンパターンな点がもの足りなく感じます。


大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 抹茶の香る密室草庵 (山本巧次)
シリーズ第10弾。江戸時代の茶室で起きた密室殺人の謎を解くためにドローン、ファイバースコープ、地中レーダーといった現代の科学技術を惜しみなく投入していくやりすぎ感が楽しい。歴史上の人物が絡んでくる物語も相変わらず魅力的。ただ、密室の真相は狙いはわかるものの、かなりの肩透かしです。


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最新更新日2024/04/30☆☆☆

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本ミス2025
対象作品である2023年11月1日~2024年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

2024年5月12日時点での暫定予想順位

1位.ウナギの罠 (ヤーン・エクストレム )
スウェーデンのディクスン・カーによる1967年の作品です。密室トリックは力業ながら著者の二つ名に恥じないインパクトがあり、それ以上に、密室にした理由や密室を巡る推理など、密室の扱い方が秀逸です。それにしても、60年代の北欧でここまで本格度の高い作品が存在ていた事実に驚かされます。
ウナギの罠 (海外文庫)
ヤーン・エクストレム
扶桑社
2024-03-27


2位.ポケミス読者よ信ずるなかれ(ダン・マクドーマン)
嵐の別荘で殺人が起きる典型的なクローズドサークルものであり、作者による解説や蘊蓄を散りばめたメタミステリーでもあります。作者のミステリ愛がひしひと感じられ、ミステリファンなら小ネタの数々にニヤリとするのではないでしょうか。ただ、バカミス的結末は迷作と紙一重ではあります。
ポケミス読者よ信ずるなかれ (ハヤカワ・ミステリ)
ダン マクドーマン
早川書房
2024-04-05


3位.もしも誰かを殺すなら(パトリック・レイン)
1945年発表。死刑判決を下した裁判員が人里離れた山荘で次々と殺されていくクローズドミステリーです。犯罪論議で各々が提案した方法で殺されるという趣向がユニークで、途中の推理合戦もかなり楽しめます。テンポの良さも申し分なしですが、真相の面白さは標準レベルといったところ。
もしも誰かを殺すなら (論創海外ミステリ 307)
パトリック・レイン
論創社
2023-12-06


4位.受験生は謎解きに向かない (ホリー・ジャクソン)
175ページの中編小説で女子高生が探偵役を務めるポップ3部作の前日譚。前日譚ということで殺人事件などは起きませんが、1920年代の孤島を舞台にした謎解きゲームはこれはこれでわくわくするものがあります。ゲームに興じるポップたちが微笑ましく、ゲームならではの皮肉の効いた真相もユニーク。


5位.スリー・カード・マーダー(J・L・ブラックハースト)
物語は、刑事の姉と詐欺師の妹が密室の謎に挑むというもので、タイプの異なる3つの不可能犯罪が次々と起きるのが魅力的。トリック自体は独創性に欠けるものの、第1の事件におけるミスリードなどはなかなかに巧みです。ただ、姉妹の人間ドラマ中心で本格としてはやや薄味なのが惜しいところ。
スリー・カード・マーダー (創元推理文庫)
J・L・ブラックハースト
東京創元社
2024-03-29


6位.ボストン図書館の推理作家(サラリー・ジェンティル)
物語は、豪州在住の人気作家・ハンナに彼女のベータ読者であるレオがメールを送るという形で進行していくのですが、ハンナの作中作がレオの助言によって変化していくのがユニーク。現実と作中作が繋がっていき、次第に不穏さを増す展開もスリリングです。ただ、あともう一捻りほしかったところ。
ボストン図書館の推理作家 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サラーリ ジェンティル
早川書房
2024-03-06


7位.姿なき招待主(グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング)
2023年9月に奇想天外の本棚シリーズの1作として発売された戯曲『九番目の招待客』の原作小説です。1930年発表。6『そして誰もいなくなった』の元ネタとされる作品としては最古のものとなります。1人づつ殺されていくサスペンス展開はなかなかですが、結末はあっけなくて物足りない。
姿なき招待主(ホスト) (海外文庫)
グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング
扶桑社
2023-12-02


8位.ゴア大佐の推理(リン・ブロック)
1924年に発表され、ヴァン・ダインから「冗長なれど巧緻」と評された作品です。その言葉の通り、テンポの悪さは否めないものの、ミステリとしての仕掛けは発表された時代を考えるとなかなかなに見事です。ただ、伏線の欠如は現代の読者からするともの足りないところ。
ゴア大佐の推理 (ゴア大佐の事件)
リン・ブロック
Independently published
2024-01-21


9位.アゼイ・メイヨと三つの事件(P・A・テイラー)
1942年発表の中編集。本格ミステリの形式は踏襲しているものの、黄金期の代表的な作家と比べて伏線回収やロジカルな推理といった要素は希薄。どちらかといえば気軽に楽しめる捕物帖といった感じがします。とはいえ、「白鳥ボート事件」はミスディレクションの巧みさが光る好編です。
10位.カラス殺人事件 (サラ・ヤーウッド・ラヴェット)
荘園領主殺害の嫌疑をかけられた女性生物学者が専門知識を駆使して真相に迫るコージーミステリです。生態学の蘊蓄が楽しくて読みやすいのは好印象。ただ、コージーだけにロマンス要素強めで、犯人の正体が比較的簡単にわかってしまうのは物足りない。生態学も事件解決に思ったほど寄与せず。
カラス殺人事件 (角川文庫)
法村 里絵
KADOKAWA
2023-11-24






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最新更新日2024/01/03☆☆☆

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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングから外れてしまったものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2024年版 国内ベスト20予想
2024本格ミステリ・ベスト10 国内版予想

※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします


罪の境界(薬丸岳)
明香里は雑踏で無差別殺人の標的にされるも、見知らぬ男性が身を挺して庇ってくれたお陰で一命を取り留める。「約束は守った…伝えてほしい」。それが男の最後の言葉だった。だが、一体誰に伝えればよいのか?一方、犯人の生い立ちにシンパシーを感じた風俗ライターの省吾は犯人への取材を試み…。
◆◆◆◆◆◆
貧困が毒親を生み、虐待された子供がさらなる虐待や犯罪に走る。終わりなき負の連鎖に心が痛みます。連鎖を断ち切れた者とそうでない者の違いはどこにあるのか?色々考えさせられる社会派ミステリの力作です。特に、どんなに苦しくても越えてはいけない一線があるという一言に強いメッセージを感じます。そしてそれ故に、その一線を前にして自ら踏みとどまり、前向きに生きていこうとする姿が読者の胸を打つわけです。ただ、一線を越えた人物に対し、その原因を作った当人が先のメッセージを口にしている点については「お前が言うな」という感じでモヤモヤするかもしれません。
罪の境界 (幻冬舎単行本)
薬丸岳
幻冬舎
2022-12-14


あなたに心はありますか? (一本木透)
東央大工学部特任教授・胡桃沢宙太はかつて交通事故で家族を失い、自身も車椅子での生活を余儀なくされる。以来、そうした悲劇をなくそうとAI研究に没頭していくが、ある講演会で教授の一人が壇上に倒れ、帰らぬ人となる。さらに、胡桃沢を含む他の三人の教授たちにも殺害予告が届き…。
◆◆◆◆◆◆
綿密な取材に基づいて描かれたAIとの共存のテーマには興味深いものがあります。一昔前ならここで書かれている内容は単なる絵空事だと思われていたかもしれませんが、チャットAIや画像生成AIなどの登場によって一気に現実味を帯びてきました。そういう意味で本作は非常に今日的な作品だといえます。しかも、それとは別にミステリーとしても一級品で、張り巡らされた伏線を回収してのとんでん返しが見事です。知的興奮と感動を同時に味わえる社会派ミステリの傑作。
あなたに心はありますか?
一本木透
小学館
2023-09-21


殲滅特区の静寂 警察庁怪獣捜査官(大倉崇裕)
度重なる巨大生物の襲来に政府は怪獣省を設置し、発見から殲滅までの撃退プログラムを確立する。そんななか、怪獣予報官の岩戸正美は任務中、怪獣にまつわるさまざまな事件と遭遇する。そして、そこには必ずある中年男が現れるのだった。彼は自身を怪獣関連の事件を扱う特別捜査官だというが...。
◆◆◆◆◆◆
全3話収録の連作集です。怪獣の設定が凝っており、それに対する国家組織の対応もリアリティがあって怪獣好きには堪らない作りになっています。特に、怪獣出現から迎撃までの描写はかなり力が入っており、大人のための怪獣ものとしておすすめです。また、そこに刑事ドラマを結びつけた作風もユニークで興味をそそられます。ただ、そこまでやっておきながら、怪獣とミステリの結びつきが意外に弱いのがやや残念。
殲滅特区の静寂 警察庁怪獣捜査官
大倉 崇裕
二見書房
2023-06-01


サイケデリック・マウンテン(榎本憲男)
有名投資家の鷹栖祐二を刺殺した犯人は、渋谷でLSDを散布する事件を起こした新興宗教団体・一真行の元信者だった。動機を一切語らない犯人にテロ対策セクションの弓削啓史はマインドコントロールを疑う。NCSC兵器研究開発セクションの井澗紗理奈らと検証を続けるなか新たな事件が…。
◆◆◆◆◆◆
マインドコントロールという、実態がよく分からないものの正体にミステリー仕立てで迫っていくプロセスがスリリングです。また、マインド・コントロールの仕組みや解除法、脳科学、宗教問題、経済発展のジレンマなど、作中に散りばめられたさまざまな蘊蓄も興味深く、読み応え満点の作品に仕上がっています。ただ、人によってはその蘊蓄の部分が冗長だと感じる人もいるかもしれません。しかし、それを差し引いても登場人物か魅力的で重厚な物語が楽しめる一級のエンタメ作品であることは確かです。
サイケデリック・マウンテン
榎本 憲男
早川書房
2023-05-23


散り花(中上竜志)
立花は国内最大のメジャー団体に所属するプロレスラーだ。かつては将来を嘱望されていたものの、親友を再起不能に追いやった負い目から現在は中堅の一人に甘んじている。だが、スター候補の若手に負けることを求められたことで、立花の闘志に火が点る。彼は掟破りのセメント試合を仕掛け...。
◆◆◆◆◆◆
第14回日経小説大賞を受賞したプロレスハードボイルド。プロレス興行の実態を敷衍しつつ、レスラーの生きざまを描いた物語は熱く、読み応えありです。特に、ブックという名の八百長がどのように行われるかをを緻密に描き、そのうえで実際の試合の激しさや痛みを臨場感豊かに伝える筆のさえは見事という他ありません。後半がやや冗長なきいはあるものの、プロレス好きにはぜひ読んでもらいたい傑作です。
散り花 (日本経済新聞出版)
中上竜志
日経BP
2023-02-25


闘え! ミス・パーフェクト (横関大)
総理の娘の真波莉子に舞い込む様々な依頼。ある寂れた村の町興しのために村全体を使ったキャンプ場を企画して新たな雇用を創出しようとする「限界集落である某村を活性化させなさい」の他、給食センターの異物混入事件やハラスメントの横行するバレーチームの意識改革など、全4話収録。
◆◆◆◆◆◆
ミス・パーフェクト シリーズの第2弾です。テンポが良いうえに手強いライバルキャラが登場する等、エンタメ作品としてさらに読み応えのある作品に仕上がっています。難問に対する意表を突く解決法は相変わらず痛快で、そのうえ、それに付随した問題も一緒に解決してしまう隙のなさに唸らされてしまいます。絵に描いたような勧善懲悪ものなのでその点がドラマとして単純と感じる人もいるかもしれませんが、完璧主人公を描きつつもそれを嫌みに感じさせないのは大きな美点です。
ウェルテルタウンでやすらかに (西尾維新)
ミステリー作家の言祝寿永は町おこしコンサルタントを名乗る男から町おこしのための小説を依頼される。小説の力で寂れた安楽市を自殺の名所として蘇らそうというのだ。言祝は依頼を承諾しつつも、内心ではその計画を阻止しようとしていた。なぜなら、安楽市は彼の生まれ故郷だからだ。
◆◆◆◆◆◆
著者ならではの言葉遊びや常識のネジが外れた奇抜なキャラクターの魅力は本作でも健在。加えて、深刻の一途をたどる過疎化や高齢者社会という極めてシリアスな問題を安楽死の導入で解決しようという過激な提案が読者の度肝を抜きます。しかも、それをポップな文章で軽妙に描くというギャップが堪りません。同時に、単にブラックユーモアを楽しむだけでなく、自らの死生観を見つめ直すうえでも価値のある一冊です。ただ、扱われているテーマに対して、ラストがあっさりしすぎているのには物足りなさも。
ウェルテルタウンでやすらかに
西尾維新
講談社
2023-07-25


龍のはらわた(吉田恭教)
一家皆殺しの惨劇のなかを唯一生き残った少女。それから16年が過ぎ、犯人の一人が白骨死体となって発見される。さらに3年後。鏡探偵事務所を突然辞めた早瀬未央がその数ヶ月後に失踪する。そして、白骨死体が発見された家の関係者が何者かに毒殺され…。
◆◆◆◆◆◆
槇野・東條シリーズ第8弾。今回はオカルト要素やグロ描写が控えめだったのでそういったものを期待していた人は肩透かしを覚えるかもしれません。その代わり、一家惨殺事件と元女性探偵の失踪が徐々に繋がっていく展開はミステリーとしてなかなかの面白さです。そして、やがて明らかになる真相のおぞましさにゾッとさせられます。また、警察と探偵がタッグを組むという現実ではあり得ない趣向も面白くて読み応えありです。しかし、なんといっても、ひとつの失踪事件からここまで話が広がっていく大風呂敷の広げ具合が本作最大の魅力だといえます。ただ、その分、話が大味にかんじる人もいるかもしれませんが…。
龍のはらわた
吉田恭教
南雲堂
2023-04-26


黒い糸(染井為人)
結婚相談所で働くシングルマザーの平山亜紀は女性会員の理不尽なクレームに悩まされていた。そんな折、息子のクラスメイトである小学6年生の女子児童が謎の失踪を遂げる。新たに担任となった長谷川祐介は委員長の倉持莉世からクラスメイトの母親が犯人だという推理を聞かされるが...。
◆◆◆◆◆◆
結婚相談所のクレイマー、DVで別れた元夫、学校のモンスターペアレンツに新興宗教一家といった具合にやばい奴らが次々登場し、事件が錯綜するさまはサスペンスとして読み応え満点です。そのうえ、大人びた美少女小学生やしきりに遺伝の重要性を説く変人兄貴といった探偵役も個性豊かで魅力的。特に、小学教師の兄が「生まれは関係ない」というきれい事に囚われず、遺伝の役割を公平に評価するべきだと主張するシーンは含蓄に富んでおり、考えさせられます。一方、サスペンス小説としては、クライマックスに向けて狂気の度合いがどんどん増していくのも大きな読みどころです。ただ、犯人の正体は比較的見破りやすく、勘の良い人であれば途中で気が付くかもしれません。


メロスの翼(横関大 )
第1回東京レガシー卓球が開催中の東京アリーナには世界中から強豪選手が集結していた。しかし、そんな彼らを押しのけ、一身に注目を集めていたのが本来補欠で急遽出場となった中国の毛利翼(マオリーイー)という選手だった。彼のユニフォームの背中にはなぜか日の丸が縫い付けられていたのだ。果たしてその理由とは?
◆◆◆◆◆◆
中国の補欠選手が世界3位の強豪を一蹴し、しかもその背中にはなぜか日の丸を背負っているという謎めいたシーンが秀逸で一気に惹き込まれます。その後は、過去と現在を激しく行き来する展開が続きますが、読みづらさは一切感じさせず、逆に、それぞれのエピソードがどう繋がっているのかが気になってページをめくる手が止まらなくなるほどです。主人公が卑劣な人間によって運命を狂わされるさまに心乱される一方で、人との繋がりや絆の力で困難を乗り越えていく姿には思わず泣けてきます。ミステリーとしての弱さは否めませんし、割と話はベタです。しかし、人物描写に深みがあり、素直に感動できる作品に仕上がっています。本を読んで思いっきり泣きたいという人におすすめの傑作です。
メロスの翼
講談社
2023-05-23


白い闇の獣 (伊岡瞬)
2001年。小学6年生の少女・朋美は父を迎えにいったまま行方を断ち、翌日他殺死体となって発見された。3人の少年が逮捕されるも少年法によって再び社会に解き放たれる。それから4年の歳月が過ぎ、犯人の一人が転落死する。果たしてこれは失踪中の父・俊彦の手による復讐劇の始まりを意味するのか?
◆◆◆◆◆◆
改正前の少年法を材にとった作品で、胸糞悪い話しながらもテンポの良さに惹き込まれていきます。そして、作者自身がいうように、ストーリーは少年法の是非を問うものではなく、あくまでもエンタメメインです。前半は謎解きの要素で読者の興味を引き、そのまま怒濤のクライマックスへと流れ込んでいきます。人間に巣食う心の闇をえぐり出す描写が鮮烈な一方、ラストには救いも用意されており、エンタメとしてのバランス感覚にも優れています。一気読み必至の傑作です。
白い闇の獣 (文春文庫)
伊岡 瞬
文藝春秋
2022-12-06


縁切り上!離婚弁護士松岡紬の事件ファイル(新川帆立)
松岡紬は鎌倉で縁切寺の向かいに事務所を構える離婚専門の弁護士。彼女の元には離婚を望む人が次々と駆け込んでくる。ある日、夫の浮気とモラハラに耐えかねた牧田聡美は生後の10カ月の息子を抱えて家を飛び出した。追いかけてきた夫に見つかりそうになったところを紬に助けられるが…。
◆◆◆◆◆◆
身近で深刻な離婚問題を、紬というユニークなキャラを中心に据えることにより、軽いタッチで語ることに成功しています。しかも、単に離婚だけにとどまらず、専門知識を分かりやすく解説しながらDV、養育費、慰謝料、同性婚といった離婚に付随する問題にも切り込んでいくので非常に勉強になります。のほほんとした天然キャラにみえて実は有能な紬をはじめとして登場人物も皆魅力的。気軽に楽しめるお勉強ミステリーとしてなかなかの良作です。


逆転正義 (下村敦史)
学校で行われているイジメを見かねた生徒がその証拠映像をSNSにアップする「見て見ぬふり」、逮捕されたコカインの売人が仕入れ先を警察に洩らさず黙秘を続ける「完黙」、若者たちが刑務所から出てきた男にまとわりつきながら社会のごみ掃除と称して再就職を妨害し続ける「死は朝、羽ばたく」など全6篇収録。
◆◆◆◆◆◆
正義とは何かという社会派テーマに加え、短編ミステリーならではの切れ味鋭いどんでん返しの面白さが味わえる好編です。正直言って社会的テーマについてはそれほど目新しさは感じられず、なかには正義の定義に首をひねりたくなるものもあります。しかし、どんでん返しの方はなかなかに鮮やかです。特に、反転の末に感動がこみ上げてくる「死は朝、羽ばたく」が秀逸。他にも、鮮やかな逆転劇に驚かされる「完黙」や読者の先入観を逆手に取った「保護」など、ミステリーとして質の高い作品が揃っています。
逆転正義 (幻冬舎単行本)
下村敦史
幻冬舎
2023-08-23


沈没船で眠りたい(新馬場新 )
量子コンピューターの実用化に伴い、人間の仕事は次々とAIに奪われていった。そうした現状を憂いた人々は機械を打ち壊し、反機械運動を展開する。そんななか、22歳の女学生が機械を抱いて海に飛び込むという事件が発生する。なぜ彼女は機械と心中まがいの事件を起こしたのか?
◆◆◆◆◆◆
一見、デストピア的な近未来を舞台にしたSF小説のようですが、それだけには留まらないさまざまな魅力に満ちた作品です。たとえば、現代と過去を行き来しながら進行し、そこから真実が徐々に浮かび上がってくるプロットはミステリーとしてよく出来ています。また、青春小説としての側面もあり、なにより、過酷な運命に直面する主人公・千鶴と同級生・悠の物語はシスターフット小説として読み応えありです。さらに、2040年の近未来を舞台にし、AIがもたらす社会の変化を描いた描写の数々は、一種のシミュレーション小説として興味深いものがあります。衝撃的な結末も含め、いろいろと考えさせられる佳品です。
沈没船で眠りたい
新馬場新
双葉社
2023-08-18


桜の血族(吉川英梨)
伝説のマル暴刑事を父に持ち、自身もかつてマル暴刑事だった仲野誓。現在は専業主婦に落ち着いていた彼女だったが、ある日、同じくマル暴刑事の夫を目の前で撃たれてしまう。犯人逮捕のため、刑事に復活した誓。そんな折、日本最大の暴力団・吉竹組の元組員の会社宅で爆破事件が発生するが...。
◆◆◆◆◆◆
マル暴一家の仲野誓子と警視庁初の女マル暴刑事・薮哲子がコンビを組むバディもの。彼女達が極道相手に怯むことなく立ち向かっていくのが爽快です。女マル暴の活躍を軸にしつつ、そこから広がっていく劇画タッチの物語にぐいぐい引き込まれていきます。とはいえ、前半は冗長に感じる部分もあるのですが、後半から終盤にかけてはまさに怒濤の展開です。ただ、自意識過剰な主人公は好みが分かれるかもしれません。むしろ、昔ながらの任侠を重んじるヤクザの向島など、脇役が魅力的です。なお、本作は最後まで明らかになっていない謎も多いため、続編が出るのかも気になるところ。
桜の血族
吉川英梨
双葉社
2023-08-18


ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 IX 人の死なないミステリ (松岡圭祐)
本屋大賞にノミネートされたことで作家としての評価が高まった杉浦李奈に、老舗の鳳雛社から新作執筆のオファーが舞い込む。そこで彼女が書き上げたのが長篇小説『十六夜月』だった。だが、結末変更の要請を断ったことでその作品はお蔵入りになってしまう。そして、そこから思わぬ事件が...。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ第9弾。ミステリーとしては薄味ですが、代わりに出版社の裏事情のエピソードが興味深く描かれています。文壇や書店の実情について掘り下げていく展開は本好きの人にとってなかなか興味深いものがあるのではないでしょうか。特に、日本における安易なメディアミックスを皮肉ったくだりが秀逸です。ちなみに、引き合いに出される出版社や書籍はほとんどが実在するものなのでノンフィクション的な味わいもあります。虚実を巧みに織り交ぜた業界ミステリーの佳品です。
真珠とダイヤモンド(桐野夏生)
1986年春。短大卒の小島佳那と高卒の伊東水矢子は福岡の証券会社で出会う。貧しい家の出である2人はともに東京で成功する夢を持っていた。やがて、同期で野心家の望月昭平に見込まれた佳那はマネーゲームの世界に身を投じていく。一方、本命の大学に落ちた水矢子は東京で失意の日々を送るが…。
◆◆◆◆◆◆
バブルに踊らされた人々の物語はお決まりの展開ではあるものの、凡百の作品とは臨場感が違います。当時の人々の浮かれっぷりがリアリティ豊かに描き出され、それ故にその後の没落ぶりが読んでいる者の胸に迫ってくるのです。そこには実録ものを読んでいるような迫力があります。しかも、非常にテンポが良く、長さを感じさせないのが見事です。読み応えがあると同時に、やるせない結末にはいろいろと考えさせられます。
真珠とダイヤモンド 上
桐野 夏生
毎日新聞出版
2023-03-03


キツネ狩り(寺嶌曜)
警察官の尾崎冴子はバイクの事故で婚約者と右目の視力を失う。3年後。事故現場を訪れた冴子は見えないはずの右目で3年前の事故を目撃する。彼女が得た過去視の能力を知った署長の深澤は、尾崎が信頼を寄せる弓削警部補とともに3年前に起きた一家4人殺しの再捜査に乗り出すが…。
◆◆◆◆◆◆
第9回新潮ミステリー大賞受賞作。過去の殺人事件を右眼で見るシーンがこの作品の白眉です。目前で起きているのに止めることのできない惨劇に戦慄を覚えます。また、右眼の能力で得た情報から真相に迫っていく展開もミステリーとして秀逸です。ただ、犯人が姿を現す後半からは特殊能力の出番が全くなくなってしまい、普通のサスペンススリラーになってしまう点はもの足りなさを覚えます。それでも、キャラクターが魅力的でテンポもよいので読み応え自体は申し分ありません。高い没入感を味わうことが出来る力作です。
キツネ狩り
寺嶌曜
新潮社
2023-03-29


復讐は合法的に(三日市零)
6年間付き合った恋人に裏切られた麻友は雨の街でエリスと名乗る美女に出会う。復讐を手伝ってあげるといわれ、休日に彼女の営む法律探偵事務所に訪れた麻友だったが、事務所の奥から出てきたエリスはなんと男性だった。エリスは女装した男性で、しかも、合法復讐屋という裏の顔があり…。
◆◆◆◆◆◆
全4話の連作集。いわゆる復讐稼業の話ですが、法を犯さずにいかに復讐を遂げるかという点が他の作品とは一線を画しています。加えて、テンポがよくて最後はスカッとする展開も好印象です。女装男子のエリスや小学4年生で助手を務めているメープルなど、登場人物も魅力的ですし、プロットも1話ごとに工夫を凝らして飽きない作りになっています。ただ、内容が軽すぎてもの足りなかったり、エピソードによっては少々ご都合主義に感じたりする人もいるかもしれません。そのあたりは好みの分かれるところです。
復讐は合法的に (宝島社文庫)
三日市零
宝島社
2023-07-06


サクラサク、サクラチル(辻堂ゆめ)
高校3年生の高志は東大合格のために両親から勉強漬けの生活を強いられていた。一方、クラスメイトの少女・星は貧困家庭で育ち、親からは放置されていた。彼らが互いの境遇を知り、それぞれ異なる虐待を受けていることを自覚したとき、自分たちを追いつめた親に対する復讐計画を始動させる…。
◆◆◆◆◆◆
虐待の内容があまりにも苛烈なため、前半は読んでいるだけで胸が苦しくなってきます。しかも、生まれたときからそういった環境に置かれていたために自分が虐待されていることに気付かないという事実によって、一層のいたたまれなさを感じてしまうのです。それだけに、虐待されていることに気付いてからの逆襲劇には胸がすく思いがします。2人の主人公が異なるタイプの虐待をされていたことで、互いの虐待に気づき合えたという展開も秀逸。少々上手くいきすぎな感もなきにしもあらずですが、爽やかなラストが胸を打つ感動作です。
サクラサク、サクラチル
辻堂ゆめ
双葉社
2023-07-26


残奏 (佐藤青南)
人気ロックバンドのメンバーが何者かに襲われ、殺害される。音楽絡みの事件ということで音楽隊採用の刑事・鳴海桜子も捜査に加わり、捜査一課刑事の音喜多弦とともに被害者の故郷である北海道苫小牧へ飛ぶ。彼の母校の吹奏楽部を訪ね、そこで事件の背景となる20年前の出来事を知るのだが…。
◆◆◆◆◆◆
鳴海桜子シリーズ第3弾。絶対音感を持つ鳴海刑事の活躍を描いた物語は今回も安定のクオリティです。まず、思ったことを何でも口にしてしまう桜子と彼女に心酔している音喜多弦の掛け合いが抜群の面白さです。一方、吹奏楽部の闇が徐々に明らかになっていく展開は読んでいて胸くそが悪くなりますが、そうした負の要素を桜子の愉快なキャラクター性が上手い具合に中和しています。謎解きはやや凡庸ながら、食いしん坊の桜子が北海道の名物に舌鼓を打ちつつ、真相に迫っていく展開は捜査小説として十分魅力的。特に、音楽絡みの捜査はこのシリーズならではです。
残奏 (中公文庫)
佐藤青南
中央公論新社
2023-07-21


少年籠城(櫛木理宇) 
温泉街の河原で子供の惨殺死体が発見された。捜査線上には小児猥褻事件を繰り返す15歳の少年・当真が浮上する。だが、警察官が職務質問を行ったところ、当真は拳銃を強奪し、子分と共に食堂に立て籠もってしまう。そして、自分は無罪であり、人質の命が惜しければ真犯人を捕まえろというが…。
◆◆◆◆◆
物語が進むに連れて育児放棄や児童の性的虐待といった子供たちの悲惨な現状が浮き彫りになっていく展開は、読む者の胸を締め付けます。一方で、作者ならではの猟奇性や暴力性は本作では抑え気味。その分、社会派ミステリーとしてのテーマ性が明確に浮かび上がり、考えさせられる作品に仕上がっています。とはいえ、テーマ性に特化した娯楽性の薄い作品というわけではなく、ノンストップで繰り広げられるサスペンス小説としても読み応え満点です。加えて、最後に明らかになる真相のおぞましさにはゾッとさせられます。
少年籠城 (集英社文芸単行本)
櫛木理宇
集英社
2023-05-10


贋物霊媒師2 彷徨う魂を求めて(阿泉来堂)
霊と話せても祓うことはできない中年霊媒師・櫛備十三はテレビに出演して以来、全国各地で引っ張りだこだ。生霊の美幸の他に十三の熱烈なファンである青年・瀬戸修平が助手として加わり、3人はさまざまな事件にかかわっていく。あるとき、ガールズバーに女の霊が出るとの相談を受け...。
◆◆◆◆◆◆
全4話からなるシリーズ第2弾です。ホラー小説と銘打ちながらも怖いシーンはほとんどありません。逆に、人情もの路線の比重が大きく、どちらかといえば泣かせにかかっています。したがって、ホラー小説のファンにとっては肩透かしなシリーズだといえますが、ミステリーとしてはなかなかの充実度です。叙述トリックをはじめとしてさまざまな仕掛けが施されており、ホラー設定を組み込んだ謎解きを楽しむことが出来ます。なかには仕掛けが見え透いているものもありますが、ストーリーテリングのうまさでカバーしているのはさすがです。
急行霧島: それぞれの昭和(山本巧次)
昭和30年代半ば。美里は父に会うために鹿児島発東京行きの急行霧島に乗っていた。同じ二等席の向かいの席にはお嬢さん風の女性。さらに、伝説のスリを追う2人の公安職員や傷害犯を探す2人の警察官も霧島に乗り込んでいた。やがて、さまざまな騒動が巻き起こり、彼らの人生が交錯する…。
◆◆◆◆◆◆
ユーモアを基調にしつつも前半はサスペンスタッチで盛り上げ、後半は人情噺でうるりとさせるメリハリの効いた構成が見事です。長旅での一期一会のドラマは人情ものとしてよく出来ていますし、さまざまな思惑が絡み合う群像劇としても秀逸。一方、ミステリーとしては列車内の構造を利用した仕掛けに唸らされます。加えて、昭和中期のノスタルジックな雰囲気をたっぷりと味わえるのも読みどころのひとつだと言えるでしょう。数多くの魅力を味わいながら旅情気分に浸れる好編です。
協力者ルーシー(越尾圭)
高校受験を終えたばかりの樫山瑠美は2つ下の妹・彩矢香と買い物に出掛け、その帰り道にナイフを持った男に拉致される。犯人は山小屋で彩矢香を刺殺したのちに逃走。その場にいながら妹を守れなかった瑠美は生涯をかけて犯人を追うことを誓う。そして、警視庁と極秘契約を結んだ「プロの協力者」として犯人を捜す道を選ぶが…。 
◆◆◆◆◆◆
捜査協力者という着眼点がユニークで、捜査権のない主人公がいかにして真相に迫っていくかが大きな読みどころ。特に、何の後ろ盾もないまま、犯罪組織に潜入するシーンは手に汗握ります。ちなみに、ルーシーとは樫山瑠美のコードネームです。彼女は体を張って麻薬の密売 や特殊詐欺といった社会の闇を暴き出していくわけですが、真の黒幕へと近づいていく展開が最高にスリリングです。なお、物語は本作だけでは終わらず、『シスター・ムーン 協力者ルーシー 2』に続きます。こちらも、本作に負けず劣らず読み応え満点です。
協力者ルーシー (ハルキ文庫)
越尾圭
角川春樹事務所
2023-05-15


四日間家族(川瀬七緒)
ネットで知り合った4人の男女は車で夜の山道を進んでいた。人知れず練炭自殺をするためだ。ところが、捨てられた赤ん坊を拾ったことで、彼らの運命は一転。母親を名乗る女性から証拠動画の投稿とともに誘拐犯として糾弾されるハメに陥ってしまったのだ。ネットの特定班らによって追われる身となった4人は暴走する正義から逃げまどうが...。
◆◆◆◆◆◆
ネット社会の身勝手な正義に追われる描写がリアルなうえに、メインの4人がいけすかない人物なので最初は読んでいてストレスを感じてしまいます。しかし、そうした負の感情をすべて浄化してくれるのが赤ん坊の存在です。命を狙われているらしい赤ちゃんを守ろうと奮闘していくなかで、自身を見つめ直して新たな一歩を踏み出すという展開はベタではあるものの、読ませます。また、団結した4人がそれぞれの特技を活かして困難を乗り越える姿がテンポ良く描かれ、思わず引き込まれていきます。前半と後半でキャラが代わりすぎと思わないではありませんが、王道エンタメとして満足度の高い一品です。
四日間家族 (角川書店単行本)
川瀬 七緒
KADOKAWA
2023-03-01


異人の守り手(手代木正太郎)
慶応元年(1865)。世界周遊の途上にあった実業家のハインリヒは横浜で怪しい日本人に尾行される。尊王攘夷派が外国人を襲う事件が多発するご時世、不安を覚えたハインリヒは外国語に堪能な青年・湊漣太郎をガイドとして雇う。彼と行動を共にするなかで、ハインリヒは外国人を陰ながら守る日本人たちの噂を耳にするが...。
◆◆◆◆◆◆
幕末の空気をリアリティ豊かに再現しつつ、浪漫溢れる物語を構築したエンタメ時代劇の傑作です。岸田吟香、高橋佁之介、フランスお政といった登場人物たちもみな個性豊かでキャラが立ちまくっているのですが、その多くが実在の人物という事実に驚かされます。そして、そのことを踏まえて読むと、幕末の知られざる偉人の逸話にワクワクしますし、虚実交えたストーリーテリングのうまさにも思わず唸らされてしまいます。
異人の守り手 (小学館文庫)
手代木正太郎
小学館
2023-03-07


赤ずきんの森の少女たち(白鷺あおい)  
神戸に住むかりんはお菓子作りが得意な高校生。あるとき、従兄の彗が祖母の遺品であるドイツ語の絵本を譲り受け、それを一緒に読むことになる。19世紀末の寄宿学校を舞台に赤ずきん伝説の森や幽霊狼などを絡めた少女たちの物語。しかし、読み進めていくうちに現実との奇妙な符号に気が付き...。
◆◆◆◆◆◆
日本の学生が童話の謎を読み解く構成になっていますが、メインはあくまでも作中作の方です。ドイツ郊外にある寄宿学校を舞台に3人の少女たちの生活が生き生きと描かれており、仄かな恋模様などを交えながら語られていく不思議な事件はファンタジー小説として非常に読み応えがあります。また、ミステリとしてはそれぞれのエピソードに伏線を絡ませ、最後に意外な形で現実と作中作を繋げる手管が見事です。少々詰め込みすぎな気がしないでもありませんが、逆に、それだけ多くの魅力が凝縮された宝石箱のような作品ともいえます。
赤ずきんの森の少女たち (創元推理文庫)
白鷺 あおい
東京創元社
2023-02-13


拡散希望 その炎上、濡れ衣です(冨長御堂)
藍原ひかるは29歳の ウェディングプランナー。ある日、トラブルだらけの披露宴に出くわし、騒ぎを収集するべく手助けをする。ところが、SNS上で有名人だった新婦が式当日の杜撰な対応をネット上で糾弾し、騒ぎが拡散されてしまう。しかも、式場の責任者としてなぜか藍原の名前が挙げられており...。
◆◆◆◆◆◆
第9回ネット小説大賞。本作では現実でも問題になっている炎上の過程が詳しく描かれており、特に前半は実際に起きても全然おかしくない(というか、現実世界ですでに起きている)ネットトラブルの博覧会と化しています。読者としては大いに勉強になる一方で、留まることをしらない炎上によって主人公が追いこまれる展開は、読んでいてつらいものがあります。しかしそれだけに、民事裁判を交えた後半の逆転劇は痛快そのものです。現実でもこうあってほしいという理想を体現しつつ、物語として上手く説得力を持たせています。ネット社会の怖さについて学びたいという人におすすめの作品です。
探偵は田園をゆく(深町秋生)
元警察官の椎名留美は山形市で娘と暮らしながら探偵業を営んでいた。ある日、知り合いの風俗嬢から行方不明の息子の捜索を依頼される。調査の結果、たどり着いたのは地域密着の慈善活動で名前が知られ、地方議会への進出も噂される女性だった。果たして彼女が失踪事件の鍵を握っているのか?
◆◆◆◆◆◆
シングルマザー探偵シリーズ第2弾。山形弁を基調にしたソフトタッチな私立探偵小説で、バイオレンスを得意とする著者の作品としてはかなりハートフルです。主人公にしても、探偵だけでは食べていけなくて何でも屋と化しているという設定に親近感を覚えます。しかし、キャラクターとしては主人公よりむしろ彼女の助っ人で、元ヤンの畑中夫婦の方が魅力的です。特に、終盤の暴れっぷりは、やりすぎ感満載で逆に笑ってしまいます。
スクラップ・ライアー 警察庁組織犯罪対策部の嘘つき捜査官(幸村明良)
刑事の橘涼真は虚言癖が災いし、福岡県警から追い出された挙句、ヤクザに命を狙われる身となっていた。そんな彼を警察庁の組織犯罪対策部がスカウトする。「任務として嘘つきをやらないか」と。要するに潜入捜査官になれということだった。こうして橘は阿頼組5代目の一人娘に接近するが...。
◆◆◆◆◆◆
2022年『この文庫がすごい!』大賞受賞。ピンチにつぐピンチを主人公が嘘で切り抜ける場面がテンポ良く描かれており、癖になる面白さがあります。ただ、嘘をつくのが上手いというよりも、バレそうになったら嘘に嘘を重ねるタイプなのですぐに正体がバレそうな気もします。しかし、そこを意表を突く嘘で誤魔化しきってしまうのがユニークです。設定が荒唐無稽ではあるものの、スピーディな展開のコメディ作品としては十分読み応えがあります

最新更新日2023/12/15☆☆☆

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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングから外れてしまったものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2024年版 海外ベスト20予想
2024本格ミステリ・ベスト10 海外版予想
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

完璧な秘書はささやく(ルネ・ナイト)
2013年。クリスティーンは大手スーパーマーケットの社長マイナの個人秘書として働いていた18年間を振り返っていた。彼女は社長の忠実な部下として完璧に仕事をこなし、故にお互いが深い信頼関係で結ばれていると思っていた。しかし、ある出来事がきっかけで2人の間には不穏な空気が漂い始め…。
◆◆◆◆◆◆
前半は主人公の仕事ぶりが描かれるだけで事件らしい事件は起きず退屈です。しかも、憧れのマイナに気に入ってもらおうと仕事にのめり込んで家庭を蔑ろにしたうえ、悪事にまで手を染めていくのでなかなかの胸くそ展開でもあります。しかし、社長との関係に不穏な空気が漂い、裁判が始まる辺りから俄かに面白くなってきます。緊迫感が高まり、ぐいぐいと引き込まれていくのです。そして、なんといってもラストが怖い。サスペンスたっぷりのイヤミス的良作です。
完璧な秘書はささやく (創元推理文庫)
ルネ・ナイト
東京創元社
2022-12-20


悪しき正義をつかまえろ ロンドン警視庁内務監察特別捜査班(ジェフリー・アーチャー)
ウィリアム・ウォーウィックはロンドン警視庁の警部補に昇進し、新設された内務監察特捜班の指揮を命じられる。最初の任務は、マフィアとの関わりが囁かれる所轄の花形刑事・サマーズの調査だった。だが、百戦錬磨のサマーズには囮捜査も通用しない。ウィリアムは第2の作戦を計画するが...。
◆◆◆◆◆◆
ウィリアム・ウォーウィックシリーズ第3弾です。汚職疑惑意外に、麻薬王ラシディが再登場するなど二重三重の展開で読ませますが、今回はなんといっても法廷シーンがスリリング。ラシディの裁判に対してサー・ジュリアンとブース・ワトソンの激突ジーンは手に汗握ります。肝心のウィリアムの活躍が少ないのはファンにとっては残念かもですが、登場人物はみなキャラクターが立ちまくりです。そして、このレベルの作品を80歳を超えて発表し続ける著者に驚かされます。これからの展開が楽しみなシリーズです。
悪しき正義をつかまえろ ロンドン警視庁内務監察特別捜査班 (ハーパーBOOKS)
ジェフリー アーチャー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2022-10-15


二度死んだ女 (レイフ・GW・ペーション)
ベックストレーム警部を師と仰ぐ10歳の少年がサマーキャンプに訪れた島で人間の頭蓋骨を発見する。それはアジア系の女性のもので死後2週間程度経過していた。ところが、身元が判明したその女性は12年前にタイで津波に巻き込まれて亡くなっていたのだ。ベックストレーム警部が謎を追うが…。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ第4弾。ベックストレームの偏見に満ちた破天荒ぶりは今作でも健在で読者を唖然とさせつつも楽しませてくれます。とはいえ、前作までのように品性下劣一辺倒等というわけではなく、少年に対する真摯な姿勢など、意外な一面を見せるのが印象的です。反面、ベックストレーム警部の悪態ぶりを楽しみにしていた人にとっては物足りないかもしれませんが。一方、事件の証拠集めは意外と緻密に行われ、捜査小説としても読み応えがありでます。ただ、事件発覚から解決までが結構長いので人によっては冗長に感じてしまうかも。
二度死んだ女 〈ベックストレーム警部シリーズ〉 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2023-06-12


ウィンダム図書館の奇妙な事件(ジル・ペイトン・ウォルシュ)
1992年朝。ケンブリッジ大学の貧乏学寮のカレッジ・ナースであるイモージェン・クワイのもとに学寮長が駆けこんでくる。彼にせかされ、風変わりな規約で知られるウィンダム図書館に向かうと学生が血まみれになって息絶えていた。机の角に頭をぶつけたことによる死。果たしてこれは事故なのか?それとも事件なのか?
◆◆◆◆◆◆
1993年発表の〈イモージェン・クワイ〉シリーズ第1弾。ミステリーとして派手な仕掛けなどはありませんが、落ち着いた筆致で描かれる人間模様や歴史を感じさせるカレッジの風景に引き込まれます。同時に、温厚で洞察力な優れた主人公が魅力的で、学寮付き保健師という職業も興味深いものがあります。ただ、微妙に後味の悪い結末にはモヤモヤするかもしれません。懐かしい雰囲気のする英国ミステリの佳品です。

鏡の男 (ラーシュ・ケプレル)
雨の降りしきる朝。ストックホルムの公園でジャングルジムに吊された少女の死体が発見される。現場に駆けつけたヨーナ・リンナは遺体を見て驚愕する。彼女は5年前に起きた誘拐事件の被害者だったのだ。やがて、監視カメラの映像から現場近くを犬を連れて歩いていた男を逮捕するが…。
◆◆◆◆◆◆
ヨーナ・リンナ刑事シリーズ第8弾。事件の陰惨さはさらにエスカレートし、誘拐・拷問・虐殺と何でもありです。その辺りは好みの分かれるところですが、リーダビリティの高さは相変わらず。特に、少女たちを次々と監禁していく謎の男・シエサルとの対決には手に汗握ります。最終章で感動させておいて最後の最後でゾッとさせる手管もさすがです。スリラー、警察小説、サイコホラーとさまざまな要素を詰め込んだシリーズ屈指の傑作です。
鏡の男 (上) (扶桑社BOOKSミステリー)
ラーシュ・ケプレル
扶桑社
2023-02-02


アーマード 生還不能(マーク・グリーニー)
民間軍事会社の元警護員ジョシュ・ダフィーは3年前にベイルートでの警護任務で敵の急襲に見舞われ、片足を失ってしまう。以来、ショッピングセンターの警備員として糊口をしのいでいたが、そこでかつての戦友と再会する。そして、メキシコの麻薬紛争地帯での要人警護の任務に誘われるが...。
◆◆◆◆◆◆
『暗殺者グレイマン』でお馴染みの著者による新シリーズ第1弾。序盤の大迫力な戦闘シーンや下巻における怒涛の展開は読み応え満点です。ただ、家族持ちでアットホームなヒーロー像は好みの分かれるるところ。著者の代表作であるグレイマンシリーズのように超人的な一匹狼が無双する話が好きな人はもの足りなさを覚えるかもしれません。しかし、人柄が良くて情にも厚く、的確な判断でチームを率いていく今回の主人公にはグレイマンとはまた違った良さがあります。特に、犠牲者が増えていくなかでなんとか仲間を守ろうと知略を巡らす一連のシークエンスにはぐっときます。続編にも期待したい傑作です。
アーマード 生還不能 上 (ハヤカワ文庫NV)
マーク グリーニー
早川書房
2023-06-20


生存者(アレックス・シュルマン)
3人の兄弟と両親は毎年夏になると湖畔のコテージで休暇を過ごすのが習わしになっていた。だが、ある年に起きた悲劇を境に彼らはぷっつりと姿を消す。それから20年が過ぎ、兄弟が戻ってきた。そして、母親の遺灰を湖に撒きながら、彼らはあの夏の真実と対峙する。あの時、一体何が起きたのか?
◆◆◆◆◆◆
過去と現在を交互に描きながら家族の歩みについて描いた普通小説に近い作品です。しかし、20年前の夏の思い出はノスタルジーな美しさに包まれているように見えてどこが違和感がつきまといます。たとえば、仲の良さそうな三兄弟が唐突に喧嘩を始めたり、両親が妙に情緒不安定だったりといった具合です。そうしただならぬ雰囲気は裏に潜む秘密を暗示させ、否応なしにミステリ興味を高めていきます。そして、その末に不意打ち気味に真相を明かすプロットが秀逸です。終盤でのたった一行ですべてが腑に落ち、余韻を残したままラストへとつなげていく手管は見事としかいいようがありません。ミステリマインドを有する非ミステリ作品とでもいうべき傑作です。
生存者
アレックス シュルマン
早川書房
2023-07-19


暗殺者たちに口紅を(ディアナ・レイバーン)
暗殺集団・美術館はかつてはナチスの残党狩り組織だったが、現在は犯罪者全般を標的としている。そのメンバーであるメリーたち4人は社会の害虫退治に半生を捧げ、引退の時を迎えていた。ところが、組織からプレゼントされたカリブ海クルーズ旅行に出掛けたところ、なぜか組織に命を狙われ…。
◆◆◆◆◆◆
60歳の女性4人が裏切られた組織に逆襲する痛快活劇。物語は命を狙ってくる元同僚に立ち向かう現代パートと新米の殺し屋から一人前に成長していく過去を交互に繰り返す構成をとっていますが、いずれもしゃれた会話やテンポの良さにつられてサクサク読んでいるうちにぐいぐいと引き込まれていきます。ただし、スマートすぎて深みに欠ける点は物足りなさを感じるかもしれません。ややご都合主義な面も感じられますが、痛快なエンタメスリラーを楽しみたいという人にはおすすめです。
暗殺者たちに口紅を (創元推理文庫)
ディアナ・レイバーン
東京創元社
2023-05-31


カリフォルニア独立戦争(ジェイムズ・バーン)
元傭兵のデズ・リメリックはカリフォルニアのホテルで女性が武装集団に誘拐されそうになっている場面に遭遇し、偶然助けることになる。彼女は世界的民間軍事会社創業者の娘であり、武装集団はカリフォルニア州の分離独立を目論む白人至上主義者だった。デズはその野望を阻止せんとするが...。
◆◆◆◆◆◆
現代のアメリカの世相を反映しつつも、現実離れしたチートなヒーローが活躍するアクション小説です。テンポよく語られる派手なアクションは痛快ですが、無敵すぎて大したピンチにも陥らず、楽々とミッションをこなす主人公に対しては好みの分かれるところ。とはいえ、お約束満載のB級ハリウッドアクションが好きな人には問題なくおすすめできる力作です。ちなみに、本作はマッチョな男性ヒーローが活躍する一見古臭い物語にみえるものの、警察官や政治家といった主人公の協力者たちは女性ばかりであり、そのあたりは今風のテイストになっています。
カリフォルニア独立戦争 (ハヤカワ文庫NV)
ジェイムズ バーン
早川書房
2022-12-21


薬屋の秘密 (サラ/ペナー)
18世紀末。ロンドンの路地裏には男に苦しめられてきた女性に救いの手を差し伸べる薬屋があった。店主ネッラが女性たちのために毒を処方していたのだ。一方、現代を生きるキャロラインは夫の浮気が判明し、一人ロンドンを訪れる。彼女はかつて謎の薬屋が犯した連続殺人を調べ始めるが...。
◆◆◆◆◆◆
200年の時を経て男を殺すために毒を処方し続けた薬屋の女性と夫の不貞に傷ついた現代女性の運命が交錯する物語がスリリングです。ファンタジー的な要素の強い作品ですが、女性のおかれた立場を過去と現代の時代背景を交えながら描いていく社会的な側面もあります。また、女性同士の絆を描いたシスターフッド的な物語としても読みごたえありです。ミステリーとしてはご都合主義的な展開はやや気になるものの、二転三転の物語は面白く、最後の展開にも驚かされます。
薬屋の秘密 (ハーパーBOOKS)
サラ ペナー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2023-09-15


もっと遠くへ行こう。(イアン・リード)
寂れた農場で暮らす夫婦の前に突然、テランスという男が現れ、夫のジュニアに向かって「宇宙移住プロジェクトの候補者に選ばれた」と告げる。プロジェクトに正式採用されると一定期間宇宙で暮らすことになるらしい。そうなると、妻のヘンはこの地に一人で取り残されることになるのだが...。
◆◆◆◆◆◆
近未来舞台にしつつも、人里張られた農場でのほぼ3人だけのドラマはSFというより不条理サスペンスといった趣です。読者は閉塞感に満ちた不穏なドラマに次第に引き込まれ、ページをめくる手が止まらなくなります。ただ、その末にたどり着くオチに関しては勘の良い人であれば、比較的簡単に気付いてしまうかもしれません。しかし、本作の真価はどんでん返しそのものよりもそこに至るまでの過程にあります。登場人物たちの心の襞を繊細に描き上げ、やるせない結末がなんともいえない余韻を残す佳品です。


帝国の亡霊、そして殺人(ヴァシーム・カーン)
1949年の大晦日。インドのボンベイで英国外交官が殺される。現場にあった金庫は空になっており、死体の上着からは暗号のようなメモが見つかった。捜査に当たるのはインド初の女性刑事であるペルシス・ワディア警部。彼女は偏見の壁に阻まれながらも国家を揺るがす大事件に立ち向かうが…。
◆◆◆◆◆◆
英国推理作家協会賞ヒストリカル・ダガー賞受賞。謎解きに特筆すべき点はありませんが、混沌とした当時のインドを生き生きと描いており、男尊女卑の社会に敢然と立ち向かう主人公が魅力的です。また、現存する世界最古の宗教・ゾロアスター教とその他の宗教との対立、あるいは長年植民地支配続けてきた英国人に対する国民感情などなど、日本ではあまり知られていないインドについての実態が多角的に描かれている点にも興味深いものがあります。
帝国の亡霊、そして殺人 (ハヤカワ・ミステリ)
ヴァシーム カーン
早川書房
2023-02-07


スウェーディッシュ・ブーツ(ヘニング・マンケ) 
元医師のフレドリックは孤島で一人暮らしていたが、就寝中に火の手が上がり住む場所を失ってしまう。警察の調べで放火であることが判明するも、自分で自分の家に火を付けたのではないかと疑われしまう。そのうえ、パリで警察に捕まっているので助けてほしいとの連絡が娘から入り…。
◆◆◆◆◆◆
『イタリアンシューズ』の続編であると同時に、北欧ミステリーの帝王と呼ばれる著者の遺作です。ミステリー興味こそ薄いものの、主人公を中心に繰り広げられる人間模様には味わい深いものがあります。特に、火災によって全てを失った主人公の心情は晩秋の描写と相俟って、読者の胸に深く突き刺さります。派手な展開やどんでん返しなどはない代わりに、老いについてじっくりと向き合い、孤独や死を恐れている人間の本質を赤裸々に描きあげた佳品です。
ステイト・オブ・テラー(ヒラリー・クリントン/ ルイーズ・ペニー )
新たな大統領ラス・ウイリアムスは政敵のエレン・アダムスを国務長官に選ぶ。彼女のなすべきことは前政権がボロボロにした他国との関係を修復することだ。そんな折、国務省南・中央アジア局の女性職員のデスクに奇妙なメールが届き、その夜にロンドンで大規模な爆破事件が起きる。そして...。
◆◆◆◆◆◆
クリントン元大統領の『大統領失踪』に続き、その妻で元国務長官が発表したポリティカルサスペンスです。さすがに政治の中枢にいた人間の作品はひと味違います。実体験に基づいたエピソードがふんだんに盛り込まれおり、凡百の作家では太刀打ちできないリアリティを感じさせてくれるのです。トランプをモデルにした前大統領を愚劣な人物として描いているのには私怨が見て取れますが、そのあたりはご愛敬でしょう。また、かなり長大な作品にもかかわらず、テンポがよくてぐいぐい引き込まれていく点も大きな美点です。ただ、確かに細部のリアリティは申し分ないのですが、全体的にはハリウッド映画的なお約束的展開が満載なのでもっとリアルでドロドロした政治闘争や手に汗握る政治的駆け引きの物語を期待したした人にはもの足りなさを覚えるかもしれません。
ステイト・オブ・テラー
ルイーズ・ペニー
小学館
2022-10-28


鏡の迷宮 パリ警視庁怪事件捜査室(エリック・フアシエ )
19世紀、七月革命直後の政情不安定なパリ。下院議員の息子が夜会の最中に突如身を投げて自殺するという事件が発生する。パリ警視庁風紀局の若き警部ヴァランタン・ヴェルヌは風紀局から治安局への異動を命じられ、この事件を担当することになる。やがて、秘密結社と謎の女の存在が浮上し...。
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19世紀のパリの風俗が上流階級から下町まで臨場感豊かに描かれており、まるで実際に当時のパリをさ迷っているような気分を味わえます。また、20歳で早逝した天才数学学者のガロワや世界初の私立探偵といわれているヴィドックが重要な役割で登場している点も歴史好きとっては魅力的な要素です。以上のような点から本作は歴史ものとして非常に読み応えがある作品だといえます。ただ、それ故に歴史に詳しくない人にとっては読みづらさを感じるかもしれません。一方、ミステリーとしては謎解きよりも冒険活劇が中心の作りとなっています。ちなみに、主人公は当時進歩が著しかった化学知識を用いた捜査を行います。それはそれで興味深いのですが、ちょっと万能すぎてご都合主義に感じてしまうのがやや難です。
彼女は水曜日に死んだ(リチャード・ラング)
ギャングによる殺人を目撃した女性が報復を恐れて通報を躊躇する「ベイビー・キラー」、8人の子供を殺した凶悪犯と刑務所の看守との奇妙な交流を描いた「ボルドーの狼」、メキシコから密入国する親戚を救うべく父と少年が山火事の国境地帯に足を踏み入れる「灰になるまで」など全10篇収録。
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ミステリーというよりはノワール風の文学作品といった作品が並んでいます。謎解きや派手なアクションなどを期待すると、肩透かしを食ううえに、思いのほか重厚な文体を前にしてたじろいでしまうことにもなりかねません。しかし、それをじっくりと咀嚼していくと、淡々した筆致で描かれる哀切に満ちた物語が浮かび上がってきます。本作で描かれているのは、ままならない人生を打破しようとしてきがつけは気が付けば犯罪の世界に足を踏み入れてしまった人々の姿です。現代社会の縮図ともいえるそのシークエンスを美化することなく、真摯に描く姿勢は読む者の胸を打ちます。卓越した筆力から生まれた傑作短編集です。
彼女は水曜日に死んだ
リチャード・ラング
東京創元社
2022-10-31


ペインフル・ピアノ (サラ・パレツキー)
女探偵のヴィクはシカゴの環境問題の集会に参加した帰り道で玩具のピアノを弾く女性と出会う。彼女はかつて一世を風靡した歌姫だったが声を失い、ホームレスに落ちぶれていた。そこに、クープという大男が現れ、奇妙な警告をする。その後、ヴィクはシカゴを揺るがす大事件に巻き込まれ...。
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1982年発表の『サマータイム・ブルース』から始まったV・I・ウォーショースキーシリーズも本作で21作目を数えます。その間読者と共に年齢を重ねてきた女探偵のヴィクですが、持ち前のタフさは今作でも健在で、警察の腐敗や法曹界の闇などといったアメリカ社会が抱えいる問題に果敢に挑んでいく姿は読者を爽快な気分にさせてくれます。謎が謎を呼ぶ展開はミステリとしても読み応えがありますが、それらの謎をロジックではなく、体を張って解き明かしていくのがヴィク流です。満身創痍になりながらも真実を暴いていく怒涛の展開は相変わらずの面白さ。今後がますます楽しみなシリーズです。


その罪は描けない(リディア  | S・J・ローザン)
私立探偵のビルのもとをかつての依頼人が銃を片手に訪ねてくる。その男は殺人を犯して収監されていたが、檻の中で絵の才能を開花させ、現在は画家として活躍している。そんな彼が2件の女性殺害事件を自分の犯罪だと証明してくれというのだ。ビルは相棒のリディアと調査に乗り出すが…。
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ビル&リディアシリーズ第13弾。いつものやるせない雰囲気は希薄ですが、その代わり、主役2人やリディアのお母さんとの軽妙なやりとり、あるいいはハードボイルドな魅力は健在です。ミステリーとしても真相に大きな驚きはないものの、伏線が丁寧に回収されていく心地よさがあります。加えて、平易な文章で綴られたうえに話のテンポが良くてサクサク読めるといった点も大きな美点だといえるでしょう。安定の面白さです。
その罪は描けない (創元推理文庫)
S・J・ローザン
東京創元社
2023-06-30


円周率の日に先生は死んだ (ヘザー・ヤング)
3月14日、円周率の日に小さな田舎町の丘で焼死体が発見される。被害者は数学教師のアダム、第一発見者は彼の教え子で12歳の少年サル・プレンティスだった。サルは死体を見つけたのは偶然だといったきり口を閉ざしてしまう。そんな彼に社会科教師のノラ・ウィートンは疑念を抱くが…。
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複数の視点から数学教師と少年の関係を描き、真相を浮かび上がらせる回想型ミステリー。閉鎖的な田舎町でのドラマは緊張感に溢れ、読み応えあり。 特に、過酷な環境の中で懸命に生き抜こうとするも、自分勝手な大人たちに振り回されるサルの存在が印象的です。優しい心根と理知的な頭脳の持ち主だけに彼を襲う悲劇には読んでいて胸が張り裂けそうになります。そうしてたどり着いた結末はビターな味わいながらも深い余韻を感じさせてくれる点が秀逸です。以上のように小説としては非常に優れた作品なのですが、ミステリーとしての弱さは否めないところ。


エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬(S・J・ベネット )
EU離脱問題で揺れる2016年の英国。バッキンガム宮殿の屋内プールで王室家政婦のミセス・ハリスが謎の失血死を遂げる。最初は事故だと思われていたものの、彼女が脅迫状を受け取っていた事実が判明。殺人の可能性が浮上し、エリザベス女王は秘書官補ロージーとともに極秘の捜査に乗り出すが...。
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世界中から愛され、2022年に96歳で没したエリザベス2世。本作は90歳当時の彼女を探偵役に据えたシリーズの第2弾です。ただ、ミステリーとしては強引な部分が目立ち、正直高い点数はつけられません。その代わり、実際の女王としての職務や世界情勢を交えた虚実入り乱れた構成には大いに興味をそそられます。チャーミングかつ聡明で常にユーモアを忘れないエリザベス女王の魅力も相変わらず。前作同様安、英国王室について楽しく学びたいという人にとっては格好の一冊だといえるでしょう。


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最新更新日2023/11/13☆☆☆

その巨大さと突如絶滅してしまった事実から多くの人のロマンを掻き立ててきた恐竜。当然、古くから映画の題材にもされてきました。しかし、その描き方も撮影技術の進歩や古生物学の研究成果によって大きく変わってきています。そこで、恐竜映画はどのように進歩してきたかを時系列順に紹介していきます。まずは前時代とでもいうべき『ジュラシックパーク』以前の作品の紹介です。なお、正確には恐竜ではないのですが、翼竜や首長竜といった恐竜と同時代を生きた大型爬虫類が登場する作品も恐竜映画として扱うものとします。
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1925年

ロスト・ワールド(監督:ハリー・O・ホイト)
太古の生物が跋扈するロストワールド。その存在を信じるチャレンジャー教授は探険に同行するメンバーを応募する。集まったのは昆虫学者のサマーリー教授、著名なハンターであるロクストン卿、新聞記者のエドワード・マローン、それから、探検家の娘でロストワールドに行って恐竜を見たことがあるというポーラ・ホワイトの4人だった。彼らがカヌーで密林を進むと巨大な台地にたどり着く。そこは、プテラノドンが空を飛び回り、ブロントサウルスが大地を闊歩する太古の世界だった。彼らはたどり着いたロストワールドのなかを探索するが…。
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長編実写映画としては本格的に恐竜が登場する最初期の作品です。原作は1912年に発表されたコナン・ドイルの同名小説(邦題:失われた世界)であり、恐竜を映像化する技法としては、人形をコマ撮りで撮影するストップモーションアニメを用いています。ちなみに、特撮を担当しているのは本作がデビュー作となるウィリス・オブライエンです。今観るとギクシャクとしていて作り物感が強いですが、それでも1925年という時代を考えれば驚くべき技術だといえます。一方、肝心のストーリーはメリハリがなく、恐ろしく退屈な代物です。恐竜を見せるため、義務的に物語が進行している感すらあります。55分の上映時間のうち約3分の1が恐竜のシーンで占められているので、実際にそういう意図で作られたのかもしれません。したがって、鑑賞する際には物語に対する期待は捨て、クラシカルな味わいのする恐竜サファリーパークの映像を楽しむぐらいの割り切りが大切です。アロサウルス、プテラノドン、ブロントサウルス、トリケラトプス、ステゴサウルスといった有名な恐竜や翼竜は一通り登場するので古代生物好きの人であれば、それなりに楽しめるのではないでしょうか。
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2011-05-27


1933年

キング・コング(監督:メリアン・C・クーパー、アーネスト・B・シュードサック)
秘境映画で知られる監督のカール・デナムは新作の撮影のために船を手配するが、徹底的な秘密主義を貫き、蒸気船の乗組員にすら行き先を秘密にしていた。そのため、出演を承諾してくれる女優が見つからず、デナムは女優探しに奔走する。そんなとき、彼は町でアン・ダロウという美しい娘に出会う。彼女は失業中で映画出演もエキストラの経験があるだけだったが、女優になりたいという強い意志があった。そこで、デナムはアンと契約し、スタッフとともに目的地に出発する。彼が目指したのはスマトラ沖南西にある髑髏島と呼ばれる島だった。海図にも載っていない謎の島だが、漂流していた原住民から話を聞いたところ、その地にはコングと呼ばれる恐ろしい怪物がいるという。デナムの目的はそのコングをフィルムに収めることだった。一方、アンは航海の途上で船員のジャック・ドリスコルと親密な関係になっていく。髑髏島に到着したデナムたちは島に上陸し、原住民がコングに捧げる生贄の儀式を行っているのを目撃する。一行に気付いた原住民たちはアンをコングの生贄として譲ってほしいと申し出るが、ジャックはこれを拒否。しかし、原住民たちは夜の闇に紛れて蒸気船に乗り込み、アンを連れ去ってしまう。そして、生贄として捧げられたアンの前についにコングが姿を現した。それは体長10メートルはあろうかという巨大な猿だった。コングはアンを捕まえると、そのままジャングルに姿を消す。ジャックたちはアンを救うべく、コングの足跡を頼りに追跡を開始するが...。
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『ロスト・ワールド』の8年後に上映された作品であり、「特撮監督はウィリス・オブライエン」、「恐竜が跋扈する秘境映画」「後半はニューヨークでモンスターが大暴れ」など、両者の共通点は少なくありません。しかし、映像の進化は著しく、無声映画からトーキー映画に変わったことも相俟って臨場感が大幅にアップしています。ウィリス・オブライエンによるストップモーションアニメの技術も格段に進化しており、『ロスト・ワールド』とは迫力が段違いです。そのうえ、物語としても手に汗握る展開が続き、100分間の上映時間を無駄なく使いきっています。特に、ティラノサウルスとの死闘から始まるコングVS古代生物3連戦はこの映画の白眉でしょう。後半のニューヨークを舞台にして大暴れするシーンも迫力満点で、まさに文句のつけようのない名作中の名作です。ちなみに、本作の上映からわずか9か月後に続編の『コングの復讐』が公開されましたが、急ピッチで製作が進められたためにこちらは凡作となってしまっています。
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2011-02-14


コングの復讐(監督:アーネスト・B・シュードサック)
あの騒動から1ヶ月。コングをニューヨークに連れてきたデナムは莫大な損害賠償を求められ、窮地に陥っていた。同じく船を差し押さえられて困窮している船長と酒を飲んでいると、髑髏島の地図を譲ってもらったヘルストロームに出くわす。彼の話によると、髑髏島には原住民が隠した宝があるというのだ。2人は一攫千金を狙って再び髑髏島へと向かうが、島に上陸したところで船員の反乱に遭い、デナムたちは島に取り残されてしまう。そんな一行が遭遇したのは沼に落ちてもがいている子供のコングだった。デナムはちびコングを助け、すっかり懐かれてしまう。突然襲ってきた大熊に対しても果敢に戦ってデナムたちを守ろうとしたのだ。こうしてティムはちびゴングとともに探索を続け、ついに宝を発見する。しかし、そのとき、巨大な恐竜が姿を現し…。
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『キングコング』の記録的な大ヒットを受けて急遽制作された続編です。とはいえ、肝心のキングコングは前作で死んでいるのでそれに代わって息子(とおぼしき)ミニサイズのコングを登場させています。凶暴だったコングとは違い、人懐っこくて主人公とは最後まで良好な関係を保っていた点が印象的です。しかし実際のところ、この映画の評判はあまりヨロシクありません。その原因としてまず挙げられるのがテンポの悪さです。上映時間が70分しかないのになかなか髑髏島にたどり着きません。そのくせ島にたどり着いたら今度は慌ただしくストーリーが転がり、強引な決着であっという間にラストを迎えてしまいます。とにかく、起承転結のバランスが悪すぎるのです。それに、ちびゴングに愛嬌がありすぎて話に緊迫感がない点も好みが分かれるところです。一方、オブライエンによる特撮はそれなりに見応えがあります。しかし、ちびゴングと闘うのが大きな熊やよく分からないドラゴンもどきなので恐竜映画としてもやはりいまひとつです。
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1940年

紀元前百万年(監督:ハル・ローチ)
ときは紀元前100万年。ロック族の族長であるアコバとその息子トゥマクは食べ物を巡って争いになる。トゥマクは崖から落下し、一命こそ取り留めたものの、気を失って川の下流に流されてしまう。彼はシェル族の女性・ロアナに救われ、彼女の部族たちとともに暮らすことになるのだった。しかし、トゥマクは食料を平等に分け与える彼らのやり方が理解できず、独り占めしようとしてしまう。そんなトゥマクも次第に彼らの作法を理解し、協力して仕事をしていくことを学んでいく。ある日、肉食恐竜が現れ、少女を襲う事件が起きた。トゥマクはオターオという若者の槍を使って恐竜を倒し、一躍英雄となる。だが、オターオの槍が気にいってそれを奪おうとしたために、族長から追放を言い渡されてしまうのだった。トゥマクはロアナを伴い、故郷へと向かう。そこで待っていたのは父アコバを殺して新たな族長となった兄サカナとの戦いだった...。
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ハリウッド映画では原始人と恐竜が同時に存在するという時代考証無視の作品がしばしば登場しますがその元祖的作品です。また、本作の恐竜はストップモーションアニメではなく、本物のワニやトカゲにディメトロドンのような帆などの装飾を施して恐竜に見立てています。しかし、着飾ってみせてもトカゲはトカゲ、ワニはワニです。どうあがいても恐竜にはみえません。とはいえ、合成技術によってそれらを巨大化させて大激闘を演じさせる手法はそれはそれでユニークです。その証拠にこのシーンは後年の恐竜映画でしばしば使いまわされています。実際のところ、恐竜特撮よりもより大きな問題は着ぐるみを使った二足歩行の肉食恐竜の方です。こちらの方はまごうことなき低クオリティな仕上がりで、カットごとに恐竜の大きさが違いますし、場面によっては人間と同サイズに見えてしまうので観ている方が頭を抱えたくなります。これでは最大の見せ場であるはずの人間VS肉食恐竜のシーンが台無しです。それでも、話自体はテンポよく進むので退屈することはありませんし、溶岩が人を呑み込むシーンなどはなかなかの迫力です。特撮映画の過渡期的作品として一見の価値があるのではないでしょうか。


1948年

ジュラシック・アイランド(監督:ジャック・バーンハード)
第2次世界大戦の最中に恐竜の棲息する島を偶然発見したテッドはその島が確かにあることを証明し、名声を得たいと考えていた。終戦後、婚約者のキャロルとシンガポールに渡ったテッドはそこで船をチャーターし、目的の島へと向かう。上陸して早々にブロントサウルスを発見するも、案内人がケラトサウルスの犠牲になってしまう。さらに、メガテリウムが現れてケラトサウルスと闘いを始めるが…。
◆◆◆◆◆◆
記念すべき恐竜映画初のカラー作品です。しかし、肝心のクオリティはお世辞にも高いとはいえません。今回主役を張る恐竜は定番のティラノサウルスではなく、鼻の上の角が特徴の中型肉食恐竜・ケラトサウルスなのですが、これが不格好な着ぐるみで全身から安っぽさがにじみ出ています。しかし、それ以上に問題なのがケラトサウルスの対戦相手として登場するメガテリウムです。メガテリウムはつい1万年前まで南アメリカに生息していた巨大なナマケモノなのですが、映画に出てくるそれはどう見てもビックフットにしかみえません。両者の戦いも巨大感が全く感じられず、迫力皆無。これならグダグダな低予算番組として有名な『ウルトラファイト』の方が見応えがあるくらいです。また、ストーリーの方もラブロマンスメインの構成になっており、恐竜の方は完全な添え物扱いになっているのが解せません。すべてがゆるくて見どころの乏しい作品です。
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1951年

燃える大陸(監督:サム・ニューフィールド)
試験飛行中の原子力ロケットが南太平洋の上空で行方不明になる。捜索隊が航空機を使って捜索するも、ロケットが消息を絶った地点で突如操縦不能となってしまう。なんとか近くの孤島に着陸するが、そこは古代の植物が生い茂り、恐竜が跋扈する失われた大陸だった。
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約80分と短めの映画ですが、その内、40分以上は飛行機と登山のシーンが延々と続くため、恐竜目当てで鑑賞するとかなりの我慢を強いられることになります。1時間近くたってようやく恐竜が登場するも、ストップモーションアニメで描かれたそれはいかにも作りものといった感じがするうえに、造形が可愛すぎて迫力皆無です。一応、トリケラトプスの登場シーンが本作最大の見どころになっているのですが、キュートな顔つきで人を襲うギャップがシュールな空気を醸し出しています。ハッキリ言って恐竜映画としてはパッとしません。もし、恐竜に拘らないのであれば、前半のロッククライミングシーンの方が見応えがあるくらいです。
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2008-08-29


1954年

前世紀探検(監督:カレル・ゼマン)
4人の少年がボートに乗って巨大な川の中を進んでいく。それは古代へとつながる時間の川だった。やがて彼らはブロントサウルスやティラノサウルスといった生きた恐竜たちに遭遇するが....。
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宮崎駿をはじめとし、さまざまなクリエーターに影響を与えたといわれる人形アニメの巨匠カレル・ゼマンが手掛けた恐竜映画です。少年たちが太古の世界を旅するジュブナイルのような作品で、雰囲気としては絶滅生物を紹介していく教育番組に近いものがあります。少年たちはほぼ傍観者なので物語としてのメリハリには欠けますが、カレル・ゼマンの人形アニメで表現された恐竜たちは幻想的で詩的な味わいがあります。特に、夕暮れの大地で行われるティラノサウルスとステゴザウルスの死闘は見ごたえありです。


1956年

動物の世界(監督:アーウィン・アレン)
今から20億年前。地球で初めて生命が誕生する。それは極めて原始的なものだったが、数千年の時を経て原生生物と呼ばれる単細胞生物へと変化していった。そこから急速な発展を遂げた生命は多種多様の形態に枝分かれしていく。3億年前のデボン紀には地上に植物が茂り、両生類が動物として初めて陸地へ進出していった。そして進化の末に爬虫類が誕生すると、温暖な気候のなかで彼らは巨大化し、ついに恐竜の時代がやってくる。恐竜の他にも海の魚竜、空の翼竜などが誕生し、巨大なトカゲは地球を支配するようになった。彼らは長きにわたって生命の頂点に君臨するが、その時代にもやがて終わりの時が訪れ...。
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ナレーション付きの映像で生命の進化を追ったドキュメンタリータッチの作品です。上映時間80分のなかで恐竜パートは10分ほど。ストップモーションアニメによって例の如くティラノサウルス、ステゴサウルス、トリケラトプス、ブロントサウルスといったおなじみの面々が描かれるわけですが、注目はウィリス・オブライエンの弟子であるレイ・ハリーハウゼンが特撮を手掛けている点です。1949年にオブライエンと共に『猿人ジョー・ヤング』の制作に参加したハリーハウゼンは1953年の『原子怪獣現わる』で特撮監督として本格デビューを果たし、ダイナメーションと呼ばれるよりリアルで迫力のある撮影技法を確立していきます。本作においてもそうした技法を駆使し、従来とは一味違う恐竜描写を実現しています。ちなみに、この作品はオブライエンとハリーハウゼンの師弟で最後にコンビを組んだ作品です。
Animal World
John Storm
Warner Archives
2010-09-07


1957年

知られざる大陸(監督:ヴァージル・W・ヴォーゲル)
南極に温暖なオアシスがあることが明らかになり、調査隊が派遣される。船団で流氷群を抜け、陸地からはヘリコプターでの移動になるが、目的地に近づいたとき、突如姿を現した翼竜と接触し、操縦不能に陥ってしまう。なんとか不時着したものの、そこは海抜から2500フィート以上も低い地底の世界だった。気温は30度を超え、湿度にいたっては100パーセントに近い。周辺を探索していた一人が巨大な翼竜の死体を発見する。それを見た一行はこの辺りに危険な捕食者がいることを知るのだった。そのとき、巨大恐竜が姿を現し…。
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本作ではさまざまな特撮技法を用いて恐竜を表現しています。たとえば、模型のプレシオサウルスや実物のオオトカゲなどです。しかし、問題なのは着ぐるみのティラノサウルスです。これがあまりにも出来が悪くてすべてを台無しにしています。その代わり、プレシオサウルスの方はなかなか不気味な仕上がりで、人間との闘いもそれなりに見応えありです。ただ、肝心のストーリーは男女の色恋沙汰が延々と続く感じでハッキリいって面白くありません。それでも、着ぐるみのひどさにさえ目をつぶれば、恐竜の見どころはそれなりにありますし、この時代の作品としては可もなく不可もなしといった感じでしょうか。
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2015-12-25


1960年

最後の海底巨獣(監督:アーヴィン・ショーテス・イヤワース・Jr)
南海の孤島では海底工事が進められていたが、ダイナマイトで海底を爆破したところ、氷漬けの恐竜2体が発見される。そのまま海岸に引き上げられるティラノサウルスとブラキオサウルス。しかし、落雷によって氷が溶け、息を吹き返した恐竜たちが暴れはじめる。人々は恐竜の脅威から逃れるべく、島からの脱出を試みるが…。
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ストップモーション・アニメで撮影された恐竜はオブライエンやハリーハウゼンのそれと比べると動きがぎこちなく、造形もかなり安っぽく感じてしまいます。しかし、物語自体はテンポがよくて悪くありません。少年が原始人と友情を深めたり、ブラキオサウルスの背中に乗って冒険をしたりするくだりなどはジュブナイル作品としてよくできています。クライマックスのティラノサウルスとショベルカーとの戦いも案外見応えありです。
最後の海底巨獣 DINOSAURUS! [DVD]
ポール・ルカザー
オルスタックピクチャーズ
2008-12-26


失われた世界(監督:アーウィン・アレン)
英国の動物学者・チェンジャー博士は「アマゾン上流には紀元前1億5000万年前の恐竜が生息するロストワールドが存在する」と発表した。学界からは一笑に付されるが、博士はロストワールド探索の志願者を募集する。集まったのは道楽者のハンター・ロックストン卿、アメリカのジャーナリスト・ジェニファとその兄デイヴィッド、新聞記者でカメラマンも兼ねているエド、それにチェンジャーと対立関係にあったサマリー教授の5人だった。さらに、現地でヘリコプターの操縦士・ゴメツと道案内のコスタが加わった。一行はヘリコプターで目的地に向かう。しかし、着陸したヘリコプターは巨大な恐竜によって岸壁の下にたたき落とされてしまう。彼らは危険な古代生物の襲撃を躱しながらロストワールドを進んでいくが、遭遇した原住民によって捕らわれの身となり…。
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1925年に公開された『ロストワールド』のリメイク作品です。ちなみに、1950年にも同名タイトル(原題は『TWO LOST WORLDS』)の映画が上映されていますが、こちらは『紀元前百万年』のトカゲ特撮のシーンが5分ほど流用されただけの海賊映画にすぎません。一方、本作は正式なリメイク作品だけあって物語はアレンジを加えながらも原典に沿ったものとなっています。ただ、恐竜のシーンは残念ながらトカゲ特撮です。つぶらな瞳をしたトカゲがかぶり物を身につけて暴れ回る姿はCGが当たり前になった現代においては逆に新鮮かもしれません。しかし、本物の蜘蛛を人食い巨大蜘蛛に見立てた雑な合成はなんとかならなかったのでしょうか?しかも、話が進むにつれて、人間ドラマに比重が移っていき、恐竜(トカゲ)がフェイドアウトしていくのもいただけません。B級映画としての面白さはそれなりにあるものの、恐竜映画としての魅力は35年前に作られた『ロストワールド』の方がはるかに上です。
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1966年

恐竜100万年(監督:ドン・チャフィ)
黒髪のロック族の族長・アコバにはサカナとトゥマクという2人の息子がいた。なかでも、弟のトゥマクは一人でイノシシを倒してしまうほどの勇猛さを誇っていた。しかし、食事を巡ってアコバと争いになった際に崖から落ちてしまう。一命を取り留め、さ迷うトゥマクだったが、空腹に耐えかね、ついに倒れてしまった。そんな彼を助けたのは金髪のシェル族の娘・ロアナだった。シェル族はロック族よりも優れた文化を有しており、食料もみんなで平等に分け与えていた。シェル族と一緒に暮らしはじめたトゥマクは彼らの武器に興味を示し、モリで魚を獲る練習を始める。そんな折、シェル族の集落にアロサウルスが襲来し…。
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1940年に公開された『紀元前百万年』のリメイク作品です。基本的なストーリーは同じですが、ハリーハウゼンの参加によって特撮のレベルが大幅にアップしています。冒頭こそリメイク元のオマージュとしてトカゲ特撮が採用されているものの、その後、ストップモーション・アニメで描かれる恐竜の出来映えはさすがの一言です。特に、アロサウルスやプテラノドンと人間との闘いは従来の恐竜VS恐竜とはまた違った面白さがあります。特撮以外ではロアナを演じたラクエル・ウェルチのセクシーさも見逃せません。おそらく彼女以上に原始人ビキニの似合う女優はいないのではないでしょうか。以上のようにB級映画として極めて魅力的な作品なのですが、惜しむらくは人間同士の争いのシーンがあまり面白くありません。あとは、トカゲ特撮とストップモーション・アニメが同一作品に存在する違和感も気になるところです。
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1969年

恐竜グワンジ(監督:ジェームズ・オコノリー)
20世紀の初頭のメキシコ。ふとしたことから禁断の谷と呼ばれる渓谷に絶滅動物の生き残りが棲息していることを知ったサーカスの団員たち。見世物にして一儲け出来ると考え、道案内のジプシーを伴って禁断の谷へと向かう。ところが、そこは恐るべき怪物たちの巣窟だった。特に、グワンジと呼ばれる肉食恐竜は凶暴で殺戮を繰り返していた。団員にも犠牲者が出るが、グワンジは落ちてきた岩の下敷きになり、一行は生け捕りに成功する。早速見世物にするも、グワンジが逃げ出してしまい、町は大パニックに…。
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ストーリーはありきたりですが、それを補ってあまりあるのが特撮の素晴らしさです。恐竜が大暴れするシーンは迫力満点ですし、ストップモーション・アニメなのに人間と恐竜が同一フレームに収まっていても全く違和感がないのには驚かされます。特に、投げ縄のシーンが白眉です。また、アフリカゾウとの闘いも見応えがあり、なにより、グワンジの壮絶な最期は心震わされる名シーンです。ハリーハウゼンの代名詞といえるダイナメーションの到達点であり、ストップモーション・アニメを用いた恐竜映画の最高峰といっても過言ではありません。
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1970年

恐竜時代(監督:ヴァル・ゲスト)
原始時代。荒れ狂う自然を鎮めるため、山の部族は司祭の指示のもと、天に生贄を捧げようとしていた。生贄は3人の金髪娘だったが、その一人であるサンナは暴風によって縛めが解け、そのまま逃げ出してしまう。崖から飛び降り、海に落ちるサンナ。彼女を助けたのは筏に乗って漁に出ていた別の部族だった。その一人であるタラは美しいサンナに夢中になっていく。一方で、山の部族のリーダー・キングソルは天の異変を逃げ出したサンナの責任だとし、彼女を捕らえようと追っ手を差し向けていた。追っ手の姿を見たサンナは森の奥深くに逃げ込むが、そこは怪物たちの巣窟で…。
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『恐竜100万年』と同じく恐竜のいる石器時代ものです。こちらは原始人たちのラブロマンスが物語の縦軸をなしているのですが、登場人物が原始人語しか喋らないことも相俟ってどうにも冗長に感じてしまいます。しかし、その欠点を補ってあまりあるのがクオリティの高い特撮です。ハリーハウゼンの弟子であるジム・ダンフォースがゴーモーションと呼ばれる手法で撮影した恐竜たちの動きは師匠の作品にも負けていません。恐竜以外では巨大蟹の襲撃シーンも見どころのひとつです。それに、極小ビキニを身につけた女性たちのセクシーショットも密かなセールスポイントになっています。ちなみに、この映画でもトカゲ特撮のシーンが登場しますが、これは『失われた世界(1960)』からの流用です。
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1974年

恐竜の島(監督:ケビン・コナー)
第一次世界大戦最中の1916年6月。大西洋を航行中の連合軍輸送船がドイツのUボートに撃沈される。救命ボートで脱出したアメリカ人船長のボウエン・タイラーやイギリス人生物学者のリサ・クレイトンらは、整備のために海上へ浮上したUボートの甲板に乗り移り、そのまま艦内を制圧。ところが、今度は連合国軍側の艦艇から攻撃を受け、Uボートは流氷とともに漂流する羽目になってしまう。やがて、流れ着いたのは海図にもない謎の島だった。近づいてUボートを浮上させるが、甲板に出た途端、怪物の襲撃を受ける。それは太古の海に棲息していた首長竜だった。さらに、島に上陸するとそこには原始人や恐竜が闊歩する太古の世界が広がっており…。
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単純な冒険譚ではなく、第一次世界大戦を舞台にすることで戦争映画の要素を加味している点が秀逸です。島に上陸後も連合国側とドイツ側の対立や裏切りが描かれ、作品に程良い緊迫感を与えています。原始人の襲撃などもサスペンスを盛り上げる要素として悪くありません。ただ、肝心の特撮はかなりチープです。本作の恐竜はストップモーションアニメではなく、パペットや実物大のハリボテを採用しています。しかし、恐竜などのデザインが悪く、動きも本物らしさを出せていないので作り物っぽさが強調されてしまっているのが難です。(ちなみに、ストップモーションアニメは70年代には下火になってしまったため、『ジュラシックパーク』でCGによる特撮が可能となるまで恐竜の描写はパペットや着ぐるみによる特撮が中心になっていきます)。とはいえ、いかにも70年代らしいビターなラストを含め、ドラマの充実度はなかなかのものです。そのため、本作は70年代を代表する恐竜映画のひとつに数えられています。


1977年

続・恐竜の島(監督:ケビン・コナー)
ボウエン・タイラーの失踪から3年。瓶に入った彼の手紙がスコットランドに漂着した。タイラーの生存を確信した英国海軍は救助隊を編成。リーダーはタイラーの親友でもあるマクブライド大佐だ。水陸両用の複葉機でタイラーの記した島へと向かうが、途中で謎の怪鳥に襲われ、かろうじて島に不時着する。1人に機体の修理を任せ、タイラーの捜索に向かう一行だったが、その途中、恐竜に襲われていた原始人の娘を救う。彼女は自らをアジョーと名乗る。驚くべきことに彼女は英語でコミュニケーションをとっていた。アジョーはそれをタイラーから学んだというが…。
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『恐竜の島』のその後を描いた作品ですが、前作からわずか3年で島が大変なことになっています。まず、毛むくじゃらな原始人しかいないはずなのに現代風の美女が現地人として登場し、英語をペラペラと喋りはじめます。さらに、馬に乗った鎧武者の軍団まで闊歩している始末です。もちろん、彼らも英語を喋ります。一応、タイラーが英語を教えたという説明があるものの、それにしたって文明の発展速度が滅茶苦茶です。そもそも、あの大量の馬をどこから見つけてきたのでしょうか?謎は深まるばかりです。一方、肝心の恐竜はデザインの稚拙さは相変わらずですが、実物大のハリボテを使った撮影が増えたことで恐竜の巨大感はうまく表現されています。しかし、後半に入ると、恐竜よりも髑髏城でのチャンバラがメインとなるので恐竜映画というよりはヒロイックファンタジーを観ている気分です。おまけに、そこまで変えておいてラストのオチが前作とほぼ同じという事実に驚かされます。恐竜好きな人には全くおすすめ出来ない迷作です。
続・恐竜の島 (日本語吹替収録版) [DVD]
サラ・ダグラス
ランコーポレーション
2020-08-21


極底探険船ポーラーボーラ(監督:小谷承靖、アレックス・グラスホフ)
石油会社の社長マステン・トラストは地底探険艇での油田調査を行っていた。ところが、ポーラボーラ5号が活火山の下を掘り進んでいくと、地下が空洞になっており、そこに棲息する恐竜・ティラノサウルスに襲われてしまう。ハンティングが趣味のマステン社長は自分がそのティラノサウルスを仕留めたいという欲求に駆られる。そこで彼はポーラボーラの開発者・川本博士を含めた探索チームを結成し、ポーラボーラで現地調査に向かうのだが…。
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公開時の邦題は『最後の恐竜』。円谷プロダクションが製作を務めた日米合作映画です。ティラノサウルスの特撮は円谷プロらしく、怪獣映画でお馴染みの着ぐるみが採用されています。しかし、これが恐ろしくダサいのです。体型がぽっちゃりしているうえにモコモコとした質感が一層着ぐるみっぽさを強調しています。トリケラトプスの造形は頑張っているだけに余計にそのダサさが際立っているのです。また、日本人が演じる原始人も安っぽく、まるでバラエティ番組のようです。以上のように、特撮の面では長年恐竜映画を撮り続けてきた米国との技量の差が如実に表れています。おまけにシナリオも低調で、特に、ハタ迷惑な主人公の行動は説得力皆無です。ただし、地位も名誉もなげうってティラノサウルスとの対決にすべてを賭けるクライマックスだけはグッとくるものがあります。なにより、バックで流れる哀愁に満ちたテーマ曲が秀逸です。ここが大いに盛り上がる名シーンだけに全体の低調なクオリティが惜しまれます。

恐竜・怪鳥の伝説(監督:倉田準二 )
1977年夏。富士の樹海で巨大な卵を見たという目撃証言がニュースとなる。石材会社の嘱託社員で学生時代は地質学を専攻していた芦沢節は、そのニュースを耳にして急遽富士山麓へと向かう。実は彼の父は著名な古生物学者だったのだが、富士山麓に恐竜が棲息しているとの説を唱え、学界追放の憂き目にあっていた。芦沢は父の説が正しかったことを知り、いてもたってもいられなくなったのだ。一方、富士五湖近くでは馬の首なし死体が見つかるなど、怪事件が相次いでいた。芦沢の恋人で女性カメラマンの小佐野亜希子と助手の園田淳子が現地に取材に向かう。しかし、水中撮影中の亜希子をボートで待っていた淳子が突然現れた首長竜に襲われ、下半身を食いちぎられてしまう。増え続ける被害に地元警察は湖に爆雷を投下して首長竜を駆除しようとするが…。
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非常に貴重な純日本産の恐竜映画(正確にいえば本作に登場するのは恐竜ではなく、翼竜と首長竜)なのですが、これが壊滅的に面白くありません。ツッコミどころ満載の人間ドラマはともかく、肝心の首長竜がまんまハリボテでろくに動かないのはどうしたものでしょうか。そのうえ、クライマックスのはずの翼竜VS首長竜のシーンもミニチュアを使っているので互いに微動すらせず、全く盛り上がらないのです。そして、とどめとばかりに昭和歌謡丸出しの挿入歌が流れ、クライマックスの緊張感を削いでいきます。最後は投げっぱなしジャーマンを決めてエンドマークと、恐竜映画としてはまるで良いところがないのです。ただ、スプラッターシーンは意外に充実しているのでその手の作品が好きな人であれば一見の価値はあるかもしれません。
恐竜・怪鳥の伝説 [DVD]
諸口あきら
東映ビデオ
2005-04-21


火山湖の大怪獣(監督:ウィリアム・R・ストロンバーグ) 
アメリカの片田舎には先住民の住みかと思われる洞窟があり、そのなかで壁画が発見される。しかも、そこに描かれていた絵は恐竜に酷似していた。同じ頃、近くの火山湖に小型の隕石が落下。その影響か、しばらくして魚が全く獲れなくなってしまう。さらに、釣りに来ていた男が生首となって発見されたり、牛が行方不明になったりといった奇怪な事件が続発するようになっていた。事態を重く見た保安官のスティーブは壁画の調査を行ったカルキンズ博士に真相究明を依頼する。すると、遺体から未知の生物の歯形が発見される。そしてついにその正体が明らかになるが...。
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日本でテレビ放映されたときは『魔の火山湖・甦えった巨大生物の恐怖』、初ソフト化の際には『U.M.A.2002 レイク・モンスター』と、タイトルが幾度も変わっている作品です。ちなみに、DVD版のパッケージにはティラノサウルスらしきシルエットが映っていますが、本編ではそんなものは一度として出てきません。登場するのはプレシオサウルス一匹だけです。しかも、首長竜なのに首は短くてあまりかっこよくありません。ストップモーションによる動きもカクカクしていますし、なにより弱すぎます。終盤近くでようやく本格登場したかと思えば、パワーショベルに対してなすすべなく瞬殺されてしまうのはあんまりではないでしょうか。それでも話が面白ければまだよかったのですが、本筋を放置したままやたらと横道にそれるため、冗長を絵に描いたような作品に仕上がっています。一言でいえば、ツッコミどころ満載の駄目映画です。
火山湖の大怪獣 [DVD]
ケイシー・コッブ
有限会社フォワード
2013-12-20


1978年

恐竜の惑星(監督:ジェームズ・K・シェア)
宇宙船オデッセイ号は大気を有する惑星を発見するも、機械トラブルによって偵察機による不時着を余儀なくされる。降り立った地上の風景は地球に酷似していたが、湖の中から現れた怪物によって隊員が一人食い殺されてしまう。一行は安全な場所を求めてさ迷い、渓谷にたどり着く。しかし、そこで目撃したのは巨大な恐竜たちの姿だった。この惑星は太古の地球と全く同じ環境だったのだ。やがて隊員たちは、恐竜から隠れて救援を待つか、恐竜を倒してこの星で生きていく術を手に入れるかで対立を深めていくが…。
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レイ・ハリーハウゼンが大好きな若手スタッフが結集して作った同人的映画です。そのため、ストップモーションアニメで描かれた恐竜たちは気合いの入った出来に仕上がっています。モーションの細やかさなどは感涙ものです。その代わり、人間ドラマの方はいかにも適当でツッコミどころが山ほどあります。まあ、作品の性格上、そこは目をつぶるにしてもヘッポコなBGMだけはいただけません。のっぺりとした安いシンセの音が緊張感を完全に削いでしまっています。それでも、特撮だけは本当に素晴らしいので恐竜映画好きな人であれば、一見の価値ありです。
恐竜の惑星 [DVD]
シャーロット・スピアー
有限会社フォワード
2021-05-28


1981年

おかしなおかしな石器人(監督:カール・ゴットリーブ)
石器人のアトゥークたちは粗暴な族長・トンダに率いられ、洞窟で暮らしていた。だが、アトゥークはトンダのセクシーな妻・ラナに横恋慕。夜這いをかけたのがバレて部族を追放されてしまう。彼は同じく部族から見捨てられたラーと合流し、放浪の旅に出る。道中で底なし沼から抜け出せなくなった女性と全盲の老人を助けるなどして次第に仲間を増やしていくアトゥーク。彼らは苦難の旅を通して火の使い方を覚えたり、音楽の楽しさを知ったりと、人類としての進化を遂げていく。やがて故郷に戻ってきたアトゥークはトンダと対決を迫られることになるが...。
◆◆◆◆◆◆
原始人と恐竜が同時に存在する世界をコミカルに描いた作品で、劇中のセリフは意味不明な原始人の言語が用いられています。主演は元ビートルズのリンゴ・スター。しかし、なぜ彼がこんなB級コメディに出演したのかは全くの謎です。ちなみに、登場する恐竜は2体。1体はおなじみのティラノサウルスで、もう1体はトリケラトプス......のはずなのですが、その姿はどう見ても出来損ないのカメレオンです。これは脚本家がトリケラトプスを知らなかったためだといわれています。脚本に角トカゲと書いた結果、あんな姿になってしまったのだというのです。一方、ティラノサウルスはティラノサウルスで着ぐるみがチープすぎて愛らしさすら漂ってきます。2体とも原始人相手に大暴れするわけですが、迫力や緊迫感などといったものは皆無です。そもそも作品自体が緩いコメディ映画なので、そんなものは必要ないのかもしれません。そういった意味ではチープな見た目も映画の雰囲気にマッチしているといえます。なお、原始人語が意味不明でつまらないという場合は、広川太一郎のアドリブが炸裂する吹き替え版がおすすめです。
おかしなおかしな石器人 [DVD]
バーバラ・バック
エスピーオー
2003-11-28


1982年

怒りの湖底怪獣/ネッシーの大逆襲(監督:ラリー・ブキャナン)
ネス湖でネッシー探しをしていたダイバーが湖底に墜落した第2次世界大戦時のドイツ爆撃機とネッシーの卵を発見する。そのまま卵を持ち帰るが、怒り狂ったネッシーが現れてダイバーを食い殺してしまう。ダイバーを雇った興行主は卵を持ってその場から逃走。その後、学者がネス湖を訪れ、ネッシーの捜索を開始する。時を同じくして、爆撃機を秘密裏に処理すべく軍も姿を見せる。一方、ネッシーは卵を求めて陸上をさ迷い、遭遇した人間を次々と血祭りに上げていくが…。
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UFOやバミューダトライアングルと並んでかつて世界的なブームを巻き起こしたネッシーですが、それを題材とした映画は意外と多くありません。本作はその数少ない例外です。ネッシーを真正面から描いた作品としてUMA好きには注目の一本といえます。しかし、実際に観てみると、ほとんどの人は失望を禁じ得ないでしょう。それほどまでにクオリティが低いのです。まず、ストーリーはやたらと横道に逸れて散漫としすぎています。それに、主人公が大した活躍もせず、ずっと傍観者なのもどうかと思います。しかし、そんなことよりも最大の問題はネッシーそのものです。次々人を襲うのはよいのですが、画面に映っているのは常に首から上だけです。しかも、首を上下に振る以外の動きを全くしようとはしません。そう、お察しの通りこの映画、首のハリボテだけでネッシーを撮っているのです。その結果、ネッシーの登場シーンはすべてチープな絵ずらとなっています。特に、微動すらしないネッシーの口の中でもがき苦しむシーンはあまりにもシュールです。
画像データなし

1985年

恐竜伝説ベイビー(監督:ビル・L・ノートン)
敏腕スポーツ記者のジョージは休暇がてら、新進気鋭の古生物学者である妻・スーザンとともにアフリカでの古生物調査に参加していた。ところが、会社から国際電話で帰国命令が下る。時を同じくして恐竜らしき動物の骨が発見されたとの報が飛び込んできた。独断でジャングル奥深くに入っていったスーザンを心配したジョージはクビを覚悟で彼女の跡を追う。スーザンと合流したジョージはそこでこの地域に住む原住民と出会う。そして、原住民との友好関係を構築した2人は、彼らの協力のおかげで恐竜の親子を発見することに成功するのだった。しかし、そのとき、調査隊の隊長であるエリックが軍隊を引き連れて姿を現し…。
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アフリカのUMAとして有名なモケーレ・ムベンから着想を得た作品で、本作ではその正体を竜脚類の恐竜として描いています。従来の作品の多くが恐竜の凶暴さを強調してきたのに対して本作は恐竜を悪人から守ろうとする『のび太の恐竜』路線です。ただ、その割に、ショーン・ヤングが演じるヒロインが終盤近くまで恐竜の捕獲にこだわっている点に矛盾を感じてしまいます。また、このヒロインはかなり自己中な性格をしており、観る者をイラつかせるところも大きなマイナスだといえます。CGがまだないなかで赤ん坊恐竜の可愛らしさはそれなりにうまく表現できているだけに、人間サイドのキャラクター性についても十分に練り込んでほしかったところです。
恐竜伝説ベイビー
パトリック・マクグーハン
ウォルト・ディズニー・ホームビデオ・プロジェクト


1992年

ロスト・ワールド/失われた世界(監督:ティモシー・ボンド)
新聞記者のマーロンは、学会の異端児として有名な動物学者のチャレンジャー博士からアマゾンの奥地にあるロストワールドについて聞かされる。そこには恐竜をはじめとする絶滅生物が今もなお生息しているというのだ。とても信じられない話だったが、マーロンは冒険心を掻き立てられ、博士の調査団に加わることになる。そして、冒険家のクストン卿やチャレンジャーとは対立関係にあるサマリー教授らとともにロストワールドと呼ばれる地に足を踏み入れるが....。
◆◆◆◆◆◆
幾度も映画化されたコナン・ドイルの小説を今度はテレビ映画としてリメイクしたものです。予算の関係からさすがに安っぽさはぬぐえませんが、ストーリーの根幹がしっかりしているので飽きずに観ることができます。数ある『ロストワールド』の映像化作品のなかでも冒険心をくすぐられるという点ではこれが一番ではないでしょうか。『ジェラシックパーク』前夜に作られた隠れた佳品です。なお、同じ年に続編の『ロスト・ワールド2/続・失われた世界』が放映されていますが、こちらも出来は悪くありません。
ロスト・ワールド~失われた世界~ [VHS]
ジョン・リス・デイビス
東北新社
1993-08-27



★★★
以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。

キングコング(字幕版)
ロバート・アームストロング
2019-05-03
恐竜グワンジ (字幕版)
リチャード・カールソン
2015-04-30
恐竜・怪鳥の伝説
諸口あきら
2017-03-29




最新更新日2023/03/08☆☆☆

新本格といえば多くの人は1987年の『十角館殺人事件』発表が契機となって巻き起こった若手作家による本格ミステリ復興ムーブメントを想起するのではないでしょうか。しかし、新本格という言葉自体はそれ以前にも様々な局面で使われてきました。まず、江戸川乱歩がニコラス・ブレイクやマイケル・イネスらの英国教養派の作品を旧来の英国ミステリと対比して、新本格と呼んでいましたし、戦後の横溝正史や高木彬光らの作品を戦前の探偵小説と比較して新本格と呼称した時期もありました。さらに、1960年代末に社会派ミステリーが形骸化し始めた頃には松本清張が行き過ぎた謎解き軽視の風潮を反省し、あるべきミステリーの姿をネオ本格(新本格)と定義したりもしています。そんななかにあって、新本格のホープと呼ばれ、社会派ミステリー全盛の時代において新しい本格ミステリの形を模索し続けたのが伝説的時代劇『木枯し紋次郎』の原作者でもある笹沢左保です。一時期忘れられた作家になった感もありましたが、“有栖川有栖選 必読!Selection"の刊行などによって再び注目を集めています。そこで、これから笹沢左保の作品を読んでみようと考えている人の参考になるように、おすすめの作品を発表順に紹介していきます。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

招かれざる客(1960) 
省庁の組合幹部が人気のない非常階段で殺されるという事件が起きる。彼は省庁の労働組合を崩壊に追いやったスパイだったのだ。警察は当初、彼に裏切られた組合員の犯行とみて捜査を開始する。だが、続いて意外な人物が殺害され…。
◆◆◆◆◆◆
労働組合がらみの殺人ということで、出だしこそ当時台頭しつつあった社会派ミステリの雰囲気を漂わせていますが、じきにガチガチの本格ミステリへと装いを変えていきます。まず、物語を報告書の形式に落とし込むことで過剰な装飾を削ぎ落として読者が推理に集中できる構成になっています。加えて、事件の謎も暗号、凶器消失、アリバイ、動機と盛りだくさんです。本格好きの人にとっては堪らない作りになっています。ただ、トリックがどれも前例のあるものばかりで新味に欠ける点は物足りないかもしれません。それでも、本格ミステリとしてのガジェットの多さは魅力的で丁寧な作りにも好感が持てます。著者の本格愛がひしひしと感じられる佳品です。


霧に溶ける(1960) 
杉静子は交通事故で片腕を失った幼馴染の男・小牧と暮らすため、賞金目当てで応募したミスOLに最終候補として選ばれる。ところが、小牧との密会現場が何者かに盗撮されてしまう。候補者には純潔なイメージが求められるため、これが公表されれば優勝は絶望的だ。やがて、最終審査を前にして予選を突破した候補者が次々と謎の死を遂げていくが...。
◆◆◆◆◆◆
発表当初はデビュー作の『招かれざる客』と日本推理作家協会賞の『人喰い』に挟まれて比較的目立たない存在でしたが、現在では著者の最高傑作との評価を受けています。まず、事故か殺人かが判然としない連続怪死事件という趣向が魅力的です。中毒死・崩落死・窒息死といった具合に死因はそれバラバラなうえに、仮にそれらを殺人と考えればどれも不可能犯罪になってしまう点に興味をそそられます。そして、その不可能犯罪を成立させるために多彩なトリックが惜しみなく投入されている点が堪りません。まさにトリックの見本市です。そのうえ、個々のトリックだけでなく、事件全体の構図にも仕掛けが施されており、意外な真相に驚かされます。ただ、リアリティには乏しく、バカミスに片足を突っ込んでいる作品であることも確かです。発表当初はさほど高い評価を得られなかったのもその辺りが原因だと考えられる一方で、平成の新本格に慣れ親しんだ人なら大いに楽しめるのではないでしょうか。
霧に溶ける (祥伝社文庫)
笹沢左保
祥伝社
2020-10-15


結婚って何さ(1960) 
万里石油東京支社で臨時雇いのOLとして働く20歳の遠井真弓は、上司である係長からパワハラを受けていた。妻子持ちなのにもかかわらず彼女に求愛してきた彼をふったのが原因だ。服装や行動に逐一難癖をつける係長にキレて会社を辞める真弓。同僚の疋田三枝子も彼女に付き合う形で辞職し、2人は夜の街に繰り出す。酔っぱらった彼女たちはバーで森川と名乗る眼帯の男と意気投合し、同じ宿に泊まることになる。ところが、目を覚ますと男はソファの上で絞殺死体となっており...。
◆◆◆◆◆◆
本作は、巻き込まれ型サスペンスとしての物語に不可能状況での殺人の謎やアリバイ崩しの要素を絡ませてジャンルミックスな作品に仕上げています。おまけにクライマックスでは派手なカーアクションのおまけつきです。しかし、色々と詰め込んだ結果、本格ミステリとしては薄味になってしまい、同年発表された傑作群と比べると軽量級の感は否めません。また、用いられたトリックも前例があるうえに小粒です。それでも、容易に真相を悟らせないプロットやシンプルなトリックを最大限に活かした手管はなかなかに巧みで、特に、現場を密室状況にした理由がきちんと説明されているところには感心させられました。ただ、主人公が自らを窮地に追い込むような選択をしたり、推理ではなく犯人の自白で真相が明らかになる点は物足りなさを覚えてしまいます。長短併せ持った非常に惜しい作品です。
人喰い(1960) 
本多銃砲火薬店の従業員・花城由記子が遺書を残して失踪する。遺書は妹の佐紀子に宛てて書かれたものであり、それによると、彼女は社長の一人息子である本多昭一と付き合っていたが、一族の反対や嫌がらせにあって心中を決意したというのだ。だが、やがて発見されたのは本多昭一の遺体だけだった。由記子の生死がはっきりとしないまま、本多銃砲火薬店の爆破や殺人といった事件が立て続けに起きる。そして、ついに由記子は殺人容疑で指名手配される。姉の無実を信じる佐紀子は恋人の豊島とともに事件の真相を探り始めるが、事件の現場近くで由記子の姿が目撃され....。
◆◆◆◆◆◆
著者が標榜する本格ミステリとロマンの融合が色濃く反映された作品です。本作は『招かれざる』と同様に多くのトリックが盛り込まれていますが、一つ一つはそれほど大したものではありません。大技といえるトリックもあるものの、海外作品に前例があり、それらを先に読んでいればネタはバレバレです。しかし、丁寧に張られた伏線を回収しつつ、二転三転する推理を交えながら犯人の正体に迫っていくプロセスはよくできていますし、その末に迎える哀愁漂うラストは深い余韻を読者に与えます。初期の代表作のなかでは本格ミステリとしての出来はやや劣る一方で、物語としての読み応えはかなりのものです。本格ミステリとロマンの融合という著者の目指した理想形の最初の到達点だといえるのではないでしょうか。
第14回日本推理作家協会賞
人喰い (双葉文庫)
笹沢 左保
双葉社
2018-05-10


空白の起点(1961)
大手広告会社の秘書課に勤務する小梶鮎子は出張からの帰りに、男が崖から落ちるのを急行列車の窓から目撃する。驚くべきことに墜落死したのは彼女の父親である美智雄だった。偶然、鮎子と同じ列車に乗り合わせていた協信生命の調査員・新田純一は死の直前に被害者が多額の生命保険に加入していたことを知り、東日生命の調査員である佐伯初子と共に調査に乗り出す。果たして、鮎子が父親の死を目撃したのは偶然だったのか?
◆◆◆◆◆◆
旧題『孤愁の果て』。実父の死を遠くから目撃するという冒頭のシーンが鮮烈で一気に引き込まれます。そのうえ、高額の保険金の存在や人間関係が交錯するなかでの容疑者の死といった具合に、サスペンスドラマ的な面白さにはことかかない作品です。主人公をはじめとする陰影のある人物描写も作品に深みを与えてくれます。一方、ミステリとしては冒頭の事件に大きなトリックが施されています。ただ、これが少々凡庸に感じられるのが残念です。トリックとしての独創性に乏しいうえに、そんなにうまくいくものだろうか?と思ってしまうのです。とはいえ、衝撃的な動機には驚かされますし、哀愁に満ちたラストも心に染み入ります。トリックだけをクローズアップすれば物足りなさを覚えるかもしれませんが、総合的な評価としては著者が掲げる本格とロマンの融合をさらに一歩進めた佳品だといえるでしょう。


炎の虚像(1961)
大女優・野末千登勢がテレビドラマ初主演という触れ込みで製作が始まった『女二代』。だが、撮影当日、演出を務めることになっていた大物プロデューサー・加古川洋介が姿をみせない。撮影は若手女性演出家・瀬戸秋路の手によって行われる一方で、番組のスポンサー企業である山川電機の宣伝課長・北見慎一郎は旧友でもある加古川から事情を聞く。彼の話によると、撮影当日に交通事故に遭い、丸一日意識を失っていたというのだ。加害者とされる若手女優の魚津麗子と若手俳優の和泉タカ男もその事実を認め、殊勝な態度で謝罪する。ところが、麗子が密室状態のマンションから墜落して死亡し、次いでタカ男も自宅で変死を遂げる。北見は瀬戸秋路の従姉妹である阿久津綾子とともに事件の真相を探り始めるが...。
◆◆◆◆◆◆
旧題『火の虚像』。テレビ業界の裏側を描いた社会派風の趣がある一方で、本格ミステリとしてもかなり魅力的なガジェットを盛り込んでいます。まず、第一の事件では現場が密室状態であるうえに容疑者には鉄壁のアリバイがあり、第2の事件では被害者の遺書が残されているといった具合に謎のオンパレードです。容疑者が少ないために犯人は最初から見当がつく代わりに、ハウダニットに関してはかなり工夫を凝らした作品です。とはいえ、不可能犯罪のトリックに関しては偶然の要素に頼りすぎているため、物足りなさを覚えるかもしれません。どちらかといえば、本作の目玉はアリバイ崩しの方です。これがテレビ業界の仕組みを逆手にとったものでなかなかユニークです。それに加えて最後のサプライズにも驚かされます。
炎の虚像 (講談社文庫)
笹沢左保
講談社
2021-02-26


真昼に別れるのはいや(1961)
妻子を亡くして長らく元気のなかった春彦はやがて社長令嬢と交際を始め、ようやく明日への一歩を歩み始める。ところが、それも束の間、奥多摩で謎の死を遂げてしまうのだった。警察は自殺と結論づけるが、妹の多美子は納得できない。一方、交通事故で妻子を亡くしたテレビプロデューサーの富田は交通事故の取材で熱くなり、謹慎を命じられていた。そんな折、社への投書で名指しされていた人物が奥多摩で自殺したことを新聞記事で知る。引っ掛かりを覚えた富田は確認のため現地での警察に向かう。そこで多美子と出会い、共に事件を洗い直すことになるが....。
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有栖川有栖のアリバイ講義にも取り上げられた非常に特殊なアリバイが登場します。当時としては唯一無二ともいえるトリックの扱い方であり、それが大きなポイントとなってはいるのですが、現代のミステリーファンにとってみればさほどの目新しさは感じられないかもしれません。それよりも、むしろ、犯人の動機を巡るホワイダニットの巧妙さが目を引きます。本作は全体的に恋愛ロマンの要素が強い作品に仕上がっているのですが、それらの描写が絶妙なミスディレクションとなっており、真の動機を巧妙に隠蔽しているのです。ラストも余韻を残す素晴らしいもので、作者が標榜していたロマンと推理の融合が高いレベルで結実した佳品だといえるでしょう。
真昼に別れるのはいや (徳間文庫)
笹沢 左保
徳間書店
1982-11T


暗い傾斜(1962)
汐見ユカの両親は彼女が8歳のときに事業に失敗して自ら命を絶ってしまう。以来ユカは成功を掴むために努力を重ね、若くして太平製作所を立ち上げる。ところが、空中窒素の固定化実現のために素人発明家の三津田に2千万円を投資するも、研究は失敗。しかも、その2千万は大株主の矢崎から借りたものであり、そのうえ、金を渡した三津田は失踪してしまう。ユカは三津田の行方を追うが、直後に三津田と矢崎の2人が死体となって発見される。そして、ユカは2件の殺人事件の容疑者にされてしまい…。
◆◆◆◆◆◆
様々な思惑が交錯するサスペンスミステリーといった趣の本作ですが、それらはすべてトリックに説得力を持たせるための前振りにすぎません。逆にいえば、普通に用いれば無理のあるトリックを成立させてしまうところに作者の剛腕ぶりが伺えます。トリックそのものは前例があるものの、それをアリバイ工作に用いた点がユニークです。ただ、現代の本格ミステリを読み慣れた人なら、このトリックに気づくのはそれほど難しくはないでしょう。


六本木心中(1962)
大学を休学中の青年・海老名昌章は六本木のバーで16歳の高校生・芥川千景と出会う。千景は昌章に自分のお腹には父親がわからない子供がいることを悪戯っぽい口調で告げる。共に孤独を抱える身の上だった2人は次第に惹かれあっていく。やがて、昌章はお腹の子の親が自分だということにして千景と結婚する決意をする。だが、彼女の親から激しく反対され...、
◆◆◆◆◆◆
全5篇の短編集であり、表題作は『人喰い』『空白の起点』に続いて3度目の直木賞候補に選ばれています。受賞確実といわれながらも落選の憂き目にあい、選評で本作を無視した木々高太郎との確執を生んだことでも有名です。同時に、デビュー以来一貫して本格ミステリを発表してきた著者が作風の幅を広げる契機となった作品でもあり、翌年には『六本木の夜 愛して愛して』のタイトルで映画化もされています。ちなみに、表題作以下「純愛碑」「向島心中」「鏡のない部屋」「銀座心中」の5篇はどれも謎解き要素は薄く、サスペンスタッチの人間ドラマというべき作品が並んでいます。そのため、本格ミステリを期待すると肩すかしを喰らうかもしれませんが、60年代の風俗描写とともに描かれる哀愁に満ちた男女の関係は胸に迫るものがあります。また、ミステリー要素が全くないというわけでもなく、ホワイダニットの謎に伴う反転はなかなかに見事です。表題作はもちろん、「純愛碑」における皮肉な結末やほろ苦さの残る「銀座心中」なども印象的。


突然の明日(1963)
食品衛生監視員の小山田晴光は白昼の銀座で不思議な光景を目撃する。交差点のど真ん中で知人の女性が忽然と消えたのだ。しかも、彼はその翌日に神楽坂のマンションの屋上から転落死し、同じマンションの一室からは毒死した男が発見される。男は料亭の主人で晴光が衛生監視員として調査をしていた人物だった。状況は晴光が男を殺害して自殺を図ったことを示唆していた。しかし、兄の無罪を信じる晴光の妹は、彼が銀座の交差点で目撃したという女性・久米緋紗江について調べ始め…。
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冒頭の人間消失の謎が強烈ですが、実はその謎の解明がメインというわけではありません。不本意な形で長男を失った家族の崩壊と再生のドラマこそが本作の軸であり、同時に、ミステリとしてはアリバイ崩しにカテゴライズされる作品です。昭和的な家族描写には古臭さを感じるものの、家庭崩壊の危機を乗り越えるべく父娘が奔走する姿にはぐっとくるものがあります。また、アリバイトリック自体は目新しさに欠ける一方で、聞き込みと推論を繰り返しながら真相に迫っていくプロセスは読み応えがあり、悪くありません。


盗作の風景(1964)
大手食品メーカーの白金食品の社主・江原庄吉郎には詐欺を働いて投獄された過去があった。詐欺の被害に遭ったのは庄吉郎の友人で大学教授の能坂明治であり、友人を信じて大学の金を横領した彼は自殺に追い込まれる。そして、現在。庄吉郎の元に過去を暴露するという脅迫文が送られてくる。送り主は28歳になった明治の息子・魚男だった。一方、父の過去を初めて知った庄吉郎の娘・麻知子は独断で魚男に会いに行き、彼に許しを乞う。そんな折、白金食品が絡んだ殺人事件が発生。容疑者として庄吉郎が浮上するも、彼は犯行時刻には北海道にいたとアリバイを主張する。しかも、それが事実だと証言したのは彼を憎んでいる魚男だったのだ…。
◆◆◆◆◆◆
アリバイ崩しを軸にしながらも二転三転する物語に引き込まれていきます。その末に明らかになる真相の意外性も申し分ありません。しかし、なにより、タイトルが秀逸です。ストーリーがかなり進んでも盗作の話など全く出てこないので読者は困惑することになりますが、事件の全貌が明らかになると同時にタイトルの意味に気付かされます。この仕掛けが真相の意外性と相俟って本作を味わい深いものにしているのです。知名度は決して高くないものの、著者の作品群のなかでも1、2を争う傑作です。
盗作の風景 (徳間文庫)
笹沢 左保
徳間書店
1983-10T


死人狩り(1965)
伊豆の西海岸を走っていたバスが海に転落する。乗っていた乗員乗客27名は全員死亡。しかも、バスには散弾銃が撃ち込まれており、運転手の体に当たっていた。静岡県の警警部補である浦上達郎の妻子もそのなかに含まれていた。達郎は悲しみを押し殺して捜査にあたり、この事件は死亡した乗員乗客のひとりを狙った犯行だと推測する。そして、犯人の標的となった人間を特定すべく、被害者たちの周辺を洗っていくが....。
◆◆◆◆◆◆
物語は連作短編の形をとっており、各章ごとに異なる被害者の過去や秘められた素性が明らかになっていきます。このように、犯人ではなく、被害者である死者たちに焦点を当てている点がユニークです。それぞれのドラマは古臭さを感じさせながらも、独特の味わい深さを有しています。事件の真相自体は比較的見当がつきやすいのですが、他人の人生を垣間見ているような下世話な面白さがあります。本格ミステリというよりは通俗ミステリーとして読み応えのある作品です。
死人狩り (徳間文庫)
笹沢左保
徳間書店
2018-02-10


孤独な彼らの恐しさ(1966)
友人たちと自動車修理工場を経営している32歳の三木秀彦は26歳の美女・水森麻衣子と婚約していた。ところが、内心では35歳の和風美人である姉の今日子に惹かれていたのだ。彼女はブドウ産業者を経営している47歳の宇佐美勉と離婚したばかりで自身は高級アクセサリー店を経営しているという。そんなある日、水森姉妹が何者かに襲われ、麻衣子は死亡し、今日子も重傷を負う。今日子の証言によると犯人は彼女のかつての許婚で戦死したはずの従兄だという。そして、その言葉を裏付けるように彼が恨みを抱いていた人物が次々と殺されていくのだった。一方、秀彦は婚約者が亡くなったことで今日子と結ばれるのではないかと密かに期待するが....。
◆◆◆◆◆◆
身勝手な主人公に感情移入することは難しいかもしれませんが、とにかくテンポがよく、事件と謎の波状攻撃には否応なく引き込まれていきます。謎に関しては答えが分かりやすいものもありますが、手数が多い故にすべての真相を見抜くことは困難です。最後に開示される推理には説得力に欠ける部分もあるものの、それを差し引いても魅力に満ちた作品であることは確かです。さらに、印象的な複数の女性を登場させることで作者の標榜する謎とロマンの融合に成功している点も見逃せません。トータルバランスに優れた佳品です。
孤独な彼らの恐しさ(電子復刻版)
笹沢左保
徳間書店
2018-01-13


さよならの値打ちもない(1968)
繊維会社の丸甲毛織は取引先の重役たちをヨーロッパ旅行に招待するも、スペインのマドリードで代役ホストを務めていた五味川澄江が毒死するという事件が発生する。彼女の夫で営業部長の五味川大作は病に伏していたが、妻が死の前日に書いた絵葉書が届いたことで事件の真相を探り始める。その葉書には偶然旧友と再会したと書かれていたのだ。ところが、やっと探し出した旧友の野添美沙子は2年前に亡くなっており、しかも、嫁入り先の造り酒屋で縊死したという。それでは妻がスペインで出会った人物は誰だったのか?解決の糸口がつかめぬままに関係者が次々と殺されていくが...。
◆◆◆◆◆◆
全編を通してロマンとサスペンスに満ちており、そこに大小さまざまなトリックを盛り込んだ著者ならではの作品に仕上がっています。ミステリーとしての仕掛けは比較的シンプルながらもとにかく手数が多く、それらのネタを縦横無尽に駆使して謎を組み上げていく手管が見事です。たとえば、物語が動き出す発端のシーンからしてすでに読者をミスリードするためのミスディレクションが施されていますし、途中で犯人が判明したのちもいくつかの謎が残されているといった具合に、プロットもよくできています。なにより、話がどんどん意外な方向に進んでいくために、ページをめくる手がとまらなくなるのです。作品としての密度の高さでは数ある笹沢ミステリーのなかでも屈指の傑作です。


真夜中の詩人(1972)
老舗百貨店の孫が誘拐され、続いて平凡なサラリーマン一家である浜尾家からも赤ん坊がさらわれる。犯人は電話で「生命の危険はない」と告げるのみで身代金の要求は一切なかった。赤ん坊の母である真紀は息子を助けたい一心で探偵の真似事を始めるが、今度は何かを知っていたらしい真紀の母が車にはねられて死んでしまう。
◆◆◆◆◆◆
誘拐サスペンスに分類される作品ですが、通常のそれとは異なり、身代金の受け渡しの駆け引きなどは一切ありません。その代わり、誘拐の謎に迫っていくと関係者が次々と死んでいくという展開が否応なしにサスペンスを盛り上げてくれます。また、ミステリーとしては動機が最大の焦点になるのですが、巧みなミスディレクションによって犯人の目的を読者に悟らせないようにする手管が見事です。中盤が冗長な点がやや気になるものの、それ以外はテンポもよく、リーダビリティの高さも申し分ありません。意外な真相に驚かされる傑作です。


遥かなりわが愛を(1976)
四国に住む人妻・宗方美紗子の元に幼なじみで殺人の前科がある元東大教授の高野からたびたび電話が掛かってくる。それを脅迫と受け取った美紗子は警察に相談。かつて高野を刑務所送りにした捜査一課主任の伊勢波邦彦は、これを自分への挑戦だと判断し、警戒を強める。しかし、美沙子は数日後に尾道で殺され、高野にはアリバイが成立する。しかも、そのアリバイの証人は伊勢波自身だったのだ。 
◆◆◆◆◆◆
旧題『暁の狩人』。180センチの長身で洒落者の刑事・伊勢波邦彦シリーズの第1弾であり、アリバイ崩しをメインに据えた本格ミステリでもあります。とはいえ、アリバイトリックそのものに特筆すべき点はありません。ミステリーを読み慣れている人なら比較的簡単に気付くレベルです。その代わり、本作には謎の提示のうまさがあります。冒頭の東日本を移動しながら何度も電話をかけてくるという不可思議な行為に始まり、次々と謎が浮かび上がっていく展開には思わず引き込まれていきます。それに加えて、高野が自分は高野長英の曾孫だと主張し、その真偽を巡って歴史ミステリの様相を示すといった意外性満点のストーリーも魅力の一つです。そのうえ、舞台が全国へと広がっていくトラベルミステリーの趣もあり、多様な楽しみ方が可能な作品に仕上がっています。
遥かなりわが愛を (角川文庫)
笹沢 左保
角川書店
1989-06T


他殺岬(1976)
ルポライターである天知昌二郎は美容業界のカリスマ・環千之介の悪徳商法を暴露した記事を発表する。その結果、千之介と娘のユキヨは相次いで死を遂げる。状況は明らかに追い詰められての自殺だった。残された娘婿の環日出夫は2人の死の原因をつくった天知への報復として5歳の息子の春彦を誘拐する。120時間の間、天知を精神的に苦しめたのちに春彦を殺害するというのだ。息子を救う唯一の手段はユキヨの死が自殺ではなく、他殺であった事実を証明することだ。タイムリミットが迫るなか、天知は真相にたどりつくことができるのか?
◆◆◆◆◆◆
誘拐サスペンスに謎解きの要素を加味したジャンルミックスな作品です。全体的に2時間もののサスペンスドラマのような安っぽさはあるものの、次から次へと起きる奇想天外な展開とトリッキーな仕掛けで楽しませてくれます。切れ目なく湧き出てくる謎に引き込まれていきますし、なによりも終盤において事件の構図が一変するプロットが見事です。真相の意外性も申し分なく、さすがに代表作のひとつに数えられているだけのことはあります。ただ、ユキヨの死については別に最初から他殺が疑われていたわけではなく、ましてや春彦の解放の条件として他殺の証拠の提示を求められたわけでもなく、他殺であることを証明できれば犯人は息子を解放するはずだというのは主人公の思い込みにすぎません(そもそも、最初の時点では他殺の根拠は何一つなかったのに、もし普通に自殺だったらどうするつもりだったのでしょうか?)。このぶっとんだ設定をバカミスだと割り切れるかどうかで本作の評価は変わってきそうです。


異常者(1978)
民事弁護士の波多野丈二は自殺した妻の命日に妹を失う。女性ばかりを狙う連続猟奇殺人の犠牲となったのだ。被害者の遺体は顔や胸に赤い塗料が吹きかけられ、局部に異物を挿入されるという共通点があった。波多野は刑事の山城とコンビを組み、執念の捜査の末に犯人を突き止めたかに思えたが…。
◆◆◆◆◆◆
女性をターゲットにした異常な犯行を描き、中盤で事件解決と思わせてからの二転三転の展開がスリリングです。また、エログロシーンを交えながらどんどん人が死んでいくのが恐ろしくも刺激的で、被害者の意外な共通点が明らかになるミッシングリンクものとしてもよく出来ています。官能サスペンスと謎解きの面白さを併せ持った佳品だといえるでしょう。ただ、これは著者の作品全般にいえることですが、女性像が昭和的偏見に満ちており、女性を巡るミステリーである本作では特にその傾向が顕著に表れています。それを許容できるかどうかで本作の評価は分かれそうです。
異常者 (祥伝社文庫)
笹沢左保
祥伝社
2019-09-12


求婚の密室(1978)
東都学院大学の西城教授は自分の誕生日に13人の客を軽井沢の別荘へ招待する。そこで養女である女優・西城富士子の婚約者を発表するというのだ。富士子は現在2人の男性から求婚されており、どちらが彼女の美貌と莫大な財産を手に入れることができるのかが注目されていた。だが、婚約者発表当日の朝、西城教授は密室と化した地下貯蔵庫で妻とともに服毒死体となって発見される。しかも、床にはWSという文字が残されていた。求婚者の医師と弁護士は婚約の権利を賭けて推理合戦を行うこととなり、富士子に対して密かに思いを寄せていたルポライターの天知晶二郎もそれに参戦するが...。
◆◆◆◆◆◆
『他殺岬』に続く天知晶二郎シリーズ第2弾です。サスペンスタッチのものが多い後期笹沢作品の中では本格度の高い作品であり、序盤で殺人が起きたのちは延々と推理合戦が繰り広げられます。とはいえ、肝心の推理は最後のものを除けばレベルが高いとはいえず、多重解決ものを期待していると肩すかしを覚えるでしょう。代わりに、各々の推理を通じて新たな事実が明らかになり、真相に迫っていくプロセスは正統派本格ミステリとして読み応えありです。そして、その結果明らかになる密室トリックがなかなかによくできています。リスクを伴う方法ではあるのですが、独創性の高さは大いに評価すべきでしょう。着想の素晴らしさは密室を扱った昭和ミステリの中でも屈指です。ただ、ダイイングメッセージに関しては少々無理があり、あれはなかった方がよかったのではないでしょうか。
後ろ姿の聖像~もしもお前が振り向いたら (1981)
パン工場の駐車場に停めてあったクルマの中から女性の絞殺死体が発見される。彼女は吉祥寺のバーを経営している元歌手で、8年前に盗作を巡って起きた殺人事件の目撃者だった。そのため、目撃証言が決め手となって逮捕され、最近出所したばかりの元作詞家・沖圭一郎に容疑がかけられる。沖はアリバイを主張するが、ベテラン刑事の荒牧とその相棒である御影が捜査の末にそれを崩すことに成功。すると、沖は列車に身を投げ、自ら命を絶ってしまうのだった。後味の悪さは残ったものの、容疑者の死によって事件は幕を閉じたかにみえた。だが、その矢先、新たな証言によって沖には鉄壁のアリバイがあることが証明される。彼はなぜ身の潔白を証明できる本当のアリバイを主張せずに死を選んだのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
笹沢左保には改題癖があり、複数のタイトルが存在する作品が少なくありません。本作も『後ろ姿の聖像』『もしもお前が振り向いたら』『魔の証言』という3つのタイトルを経た末、最終的にその内2つを統合して現在の形となっています。それ故か知名度はいまひとつですが、その面白さは80年代の笹沢ミステリーのなかでも屈指です。トリックこそ小粒ではあるものの、王道的なアリバイ崩しとみせかけて中盤から事件の様相が一変するというプロット上の面白さがあります。そして、刑事たちの丹念な捜査の末に、わずかな違和感を足がかりにして真相へとたどり着くプロセスが見事です。また、自殺した作詞家の歌詞が事件とリンクしていくつくりが秀逸で、皮肉な展開が物語における絶妙なアクセントとなっています。さらに、ベテラン刑事と若手刑事のコンビも魅力的に描かれており、ミステリーとしてのみならず娯楽作品としてもそつのない作りです。



アリバイの唄(1990)
38歳の夜明日出夫は3年前まで警視庁捜査一課の警部補だったが、今では孫悟空タクシーのドライバーを務めている。ある夜、彼は一組のカップルを乗せるも、その3週間後に女性の方が殺される。やがて、容疑者として美貌の女が浮かび上がるが、彼女は夜明の幼なじみだった。しかも、彼女には犯行時刻に逗子の豪邸にいたという鉄壁のアリバイがあり…。
◆◆◆◆◆◆
土曜ワイド劇場の看板シリーズとして24年間に渡って放映された『タクシードライバー推理日誌』。本作はその原作小説・夜明日出夫の事件簿シリーズの第1弾です。ドラマは人情ミステリーの色が濃かったのに対して、小説の方はアリバイ崩しを中心としたバリバリの本格ミステリに仕上がっています。なかでも、本作におけるアリバイトリックの壮大さには誰もが思わずのけぞるのではないでしょうか。とはいえ、あまりにも壮大すぎて費用対効果のバランスが取れていないのも確かです。どちらかと言えばバカミスの類いでしょう。しかし、本作が発表された1990年は新本格ブームの只中です。そんな時代に旧世代に属するベテラン作家が新本格の若手に負けない稚気に満ちた作品を発表していたことに驚かされます。完成度は決して高いとはいえないものの、著者の本格愛を知るためには押さえておきたい1本です。
アリバイの唄 (講談社文庫)
笹沢左保
講談社
2021-02-19


流れ舟は帰らず 木枯し紋次郎ミステリ傑作選(2018)
幼なじみの身代わりとなって殺しの罪で島送りとなった紋次郎が島抜けに参加しながら事件の真相を追う「赦免花は散った」、凶漢に刺された老商人の願いを聞いた紋次郎が彼の息子を探す途上で橋の架け替え事業を巡る不正に気付く表題作、足抜けした女郎が次々と変死を遂げていく「笛が流れた雁坂峠」、など全10編収録。
◆◆◆◆◆◆
1972年から73年にかけて放映され、大人気を博したテレビドラマ『木枯らし紋次郎』のイメージからその原作小説も典型的な旅またものだと思われがちですが、実際は著者の持ち味を存分に活かしたミステリ色の強いエピソードも数多くあります。そのなかでも選りすぐりの作品を集めたのが本作です。どれもレベルの高いものばかりですが、特に、二転三転の末にすべての謎がきれいに解けていく表題作の完成度は頭ひとつ抜けています。また、「赦免花は散った」「女人講の闇を裂く」「鬼が一匹関わった」などもどんでん返しが楽しめる好編です。その他の作品にもすべてミステリとしての仕掛けが施されており、これ1冊で本格ミステリとハードボイルドの骨格を有した異色時代劇の世界をたっぷり堪能することができます。




昭和のひとり新本格笹沢左保傑作選ー夜の街とタクシー

最新更新日2024/06/16☆☆☆

NEXT⇒このホラーがすごい! 2025年版 国内ベスト20予想

6月に宝島社より『このホラーがすごい!』が発売されると聞いて急遽ランキング予想の記事をアップしました。今回は間に合わせなので基本的に『SFが読みたい』『このミステリーがすごい!』からの流用記事で構成されていますが、来年以降もこの企画が続くようであれば独自の記事を書いていこうと思っています。
 
このホラーがすごい! 2024
対象作品である2023年4月1日~2024年3月31日発売の国内ホラー小説の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
このホラーがすごい!国内版 最終予想(2024年5月31日)

1位.をんごく(北沢陶)
大正末期。画家の壮一郎は震災で亡くなった妻・倭子を忘れられず、巫女に降霊を依頼する。だが、降霊は失敗し、巫女からは「奥さんの霊は普通ではない」と警告を受ける。やがて、壮一郎のもとに倭子の霊が現れるが、その声や気配は歪なものだった。ある日、彼は死霊を喰らう不思議な男に出会い...。
第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞等3賞同時受賞。きわめて完成度の高い怪異譚で淀みのない語り口はベテラン作家の風格さえ感じさせてくれます。なんだかんだといいながら世話を焼いてくれる巫女やこの世に未練を残す霊を喰らう退魔師のエリマキといったキャラも魅力的。人情ホラーの傑作です。
をんごく (角川書店単行本)
北沢 陶
KADOKAWA
2023-11-06


2位.近畿地方のある場所について(背筋)
新人編集者が怪談特集のムック本を編集することになる。予算もないことから過去の記事から使える情報を集めようとしたところ、近畿のある地域に怪異譚が集中している事実に気が付く。さらに情報を集め、現場にも取材にいくなかで次第にすべてが一つに繋がっていく。やがて彼は消息を絶ち...。
カクヨムに投稿された作品の書籍化です。物語の大半が過去の記事、インタビュー、ネット情報等で占められており、それによって臨場感とリアリティを高めること成功していますす。そして、そのなかでやばいものの存在が見え隠れしているのが恐ろしい。ただ、怪異の正体はややインパクト不足。


3位.本の背骨が最後に残る(斜線堂有紀)
物語の語り部が「本」と呼ばれる世界。本は一冊一つの物語を持っているのだが、稀にタイトルが同じなのに内容が微妙に異なっている異同という現象が生じることがある。その場合、どちらが正しいのかを決める版重ねが開かれるのだ。しかも、誤植と判断された本は焚書にされてしまい...。
美しくもグロテスクな世界を描いた全7話の短編集。どれも残酷な故に、背徳的で倒錯的な快感に満ちています。なかでも、雨に打たれ続けて次第に体がふやけていく女性の心理を描いた『金魚姫の物語』が秀逸。贅沢な暮らしをする代わりに民の痛みを一身に受け続ける「痛妃婚姻譚」もインパクトあり。
本の背骨が最後に残る
斜線堂 有紀
光文社
2023-09-21


4位.6(梨)
両親に連れられてデパートの屋上遊園地を訪れた少女が異世界に迷い込む「ROOFY」、怪談ライターが峠道で奇怪な石塔を目撃する「FIVE by five」、山道の途中でのみ受信できる奇怪なラジオについて語られる「FOURierists」、祖父母が目撃した幽霊が家を侵食していく「TWOnk」など、全6話収録。
一見独立しているエピソードが最後で一つに繋がる連作ホラー。一つ一つが怪談話としてよくできており、読んでいると体の芯が冷えていく感覚におそわれます。そして、最後まで読むと全体像が明らかになっていくわけですが、その練り込まれた構成が見事です。ただ、文章は若干の読みづらさも。
6
玄光社
2023-06-23


5位.ヨモツイクサ (知念実希人)
北海道旭川にアイヌから黄泉の森と呼ばれて恐れられた禁域があった。その一帯を大手ホテル会社が開発を始めたところ、作業員が行方不明になってしまう。しかも、現場には獣による蹂躙の痕跡が残されていた。一方、実家が禁域の近くにある外科医の佐原茜は7年前に家族が忽然と消える事件に遭遇し...。
著者初のバイオホラー。前半のヒグマの話だけでもなかなかの面白さですが、そこからさらなる恐怖へと突き落としていく2段構えの構成が見事です。また、二転三転する展開の末に衝撃的などんでん返し繋げる手管はミステリー作家ならでは。ただ、グロテスクな描写が苦手な人は要注意です。
ヨモツイクサ
知念実希人
双葉社
2023-05-17


6位.禍(小田雅久仁)
本を食べると食べたページに書かれていたことが体験できる「食書」、全裸の男が出現した電車の中で周囲の乗客も次々と服を脱ぎ始める「裸婦と裸夫」、鼻を育てる「農場」、他人の耳の中に潜り込んで人間を操る「耳もぐり」、髪を神として崇める宗教団体が世界を征服する「髪禍」等、全7編を収録。
奇想に満ちた短編集。ジャンル的には幻想ホラーに近いですが、行間から立ち上ってくる禍々しさが尋常ではありません。特に、発想の独創性や狂気じみた文章に結末の見事さと隙のない「食書」が絶品。また、読んでいてゾッとする「髪禍」や読者の身体感覚を大いに刺激する「農場」なども秀逸です。
禍
小田雅久仁
新潮社
2023-07-12


7位.食べると死ぬ花(芦花公園)
姑との同居に疲れ果てた美咲がカフェで美しい青年に出会って楽しい時間を過ごしたのちにある荷物を預かる「大歳の棺」、ひとり息子を失った桜子がカウンセラーから不思議な壺を渡されたうえで「3つの約束さえ守れば息子が帰ってくる」と告げられる『帰還の壺』など全7話収録の連作短編。
久根ニコライなる人物から贈り物をもらい、それによって事態が好転したかに見えるも最後には絶望が待ってるという『笑ゥせぇるすまん』的な話です。全編におぞましさが充満しており、すべての元兇であるニコライに悪意が一切ないのが、逆に禍々しく感じます。最終話の手記には絶句。
食べると死ぬ花
芦花公園
新潮社
2023-11-01


8位.みんなこわい話が大すき(尾八原ジュージ)
ひかりの家の押し入れにはナイナイがいる。形もなければ声も発しないが彼女の唯一の友達だった。ある日、ナイナイをいじめっ子のありさちゃんと会わせると、彼女に対して親友のようにふるまいだし、母親までひかりを甘やかすようになるの。数年後、霊能者の志朗貞明のもとにある依頼が…。
第8回カクヨムWeb小説コンテストのホラー部門大賞受賞作。どこか愛らしさを感じさせるナイナイですが、その正体や誕生の経緯にゾッとさせられます。 怪異そのものよりもそれを生み出した人間が怖い作品です。ホラー度はかなり高い一方で飄々としたシロの存在が適度な軽さを演出しています。
みんなこわい話が大すき (角川書店単行本)
尾八原 ジュージ
KADOKAWA
2023-12-22


9位.ゆうずどの結末(滝川さり)
大学1回生の菊池斗真はサークル仲間の宮原が投身自殺を図る瞬間を目撃してしまう。遺書があったことから彼女の死は自殺だと断定されるも、真はサークルの先輩から赤黒い染みのある本を手渡される。それは宮原が自殺の瞬間に手にしていた小説だった。しかも、今度はその先輩が自殺し...。
読むと死ぬ本をテーマにした全5章の連作短編です。臨場感が半端なく、ホラー小説として圧倒的な怖さを誇っています。しかも、読み進めていくにつれて恐怖が増していく構成が見事です。特に、第4章の絶望感は半端ありません。それだけに最終章の仕掛けがあからさまでイマイチに感じたのが残念。
ゆうずどの結末 (角川ホラー文庫)
滝川 さり
KADOKAWA
2024-02-22


10位.対怪異アンドロイド開発研究室(饗庭淵)
アリサは、人が怪異の調査を行うと呪いの影響を受け、機械が調査を行うとそもそも怪異の出現しないという両者の欠点を克服するために白川研究室が開発した対怪異アンドロイドだ。ある夜、怪談スポットとして有名な山奥の廃村を調査しいる最中、アリサはチャラそうな青年と出くわすが…。
第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉特別賞受賞。恐怖の対象として語られる怪異を恐怖を感じないアンドロイドが調査を行うギャップが面白い。基本的に無感情ながら妙に自意識が高く、また、意外にポンコツだったりするアリサのキャラも魅力的。心霊ホラーをSFの文脈で語った傑作です。


11位.領怪神犯 2(木古おうみ)
単純な善悪では測れないものの、人々の安寧を脅かす存在である領怪神犯。役所内に存在する公的秘密組織の領怪神犯特別調査課に所属する片岸は、部下の宮木とともに各地で起きるざまざまな現象に対処していた。ときには神を崇める危険な人間と対峙しながら、2人は領怪神犯を追っていくが...。
怪奇現象を調査する話ですが、一つ一つの事象に関してはすべてが明らかになることはなく、もやもやします。しかし、話が進むにつれて各エピソードが繋がっていき、徐々に恐怖が増していくプロットが見事です。2巻に入ると驚愕の結末がまっており、切ないラストには思わず泣かされてします。
領怪神犯2 (角川文庫)
木古 おうみ
KADOKAWA
2023-07-21


12位.奇病庭園(川野芽生)
翼を生やした妊婦があちこちに赤子を落としていく。森の木に産み落とされた赤子は鉤爪を持つ者たちに育てられ、やがて天使総督となる。一方、池に落ちた赤子を助けたのは有角老女頭部を抱えて文書館を逃げ出した若い写字生だった。文書館と有角老女は赤子を育てることにするのだが…。
ホラーというよりはダークファンタジーですが、奇病によって異形の者たちで溢れかえった世界はホラーに通ずるものがあります。首がポロリと落ちたり、むしった皮膚から鱗が現れたと怪奇な秒差のオンパレードで、そうしたシーンの断片から一つの大きな世界観を構築していく手管が見事です。
奇病庭園 (文春e-book)
川野 芽生
文藝春秋
2023-08-04


13位.最恐の幽霊屋敷(大島清昭)
探偵の獏田夢久は不動産会社を営む旧友から相談を受ける。会社で委託している賃貸住宅に最恐の幽霊屋敷を謳って人気を博している物件があるのだが、その家で洒落にならないほど人が死んでいるというのだ。彼は獏田に対し、幽霊を信じてない君の立場から原因を突き止めてほしいというが…。
冒頭で探偵に依頼が舞い込み、続いて依頼対象である過去の5つ事件が語られます。これがマジで怖い。冒頭の展開こそミステリーのようですが、実際はガチのホラーです。畳みかけるホラー描写にゾッとします。ミステリー要素もなくはないですが、おまけ程度です。結末がはっきりしないのがもやもや。
最恐の幽霊屋敷 (角川書店単行本)
大島 清昭
KADOKAWA
2023-07-21


14位.一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集(澤村伊智)
階段の踊り場からの飛び降りが自殺が異常に多いマンションについて語られる「名所」、ラブホテルの一室のノートにその部屋での怪異体験が次々と綴られていく「ねぼすけオットセイQ町店301号室のノート」、バイトリーダーが愚鈍なバイト仲間の人生相談に乗る「さきのばし」など、全21篇収録。
著者初のショートショート集。気軽に楽しめるテンポの良さのなかに、ひねりを加えて奥深い恐怖を感じさせてくれる点がさすが澤村ワールドです。特に、どたばたコメディのような物語からまさかの恐怖展開へと繋げていく「さきのばし」が秀逸。文面の変化にゾッとする「保護者各位」なども。
一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集
澤村伊智
宝島社
2023-06-27


15位.変な家 2 ~11の間取り図~(雨穴)
6歳の息子を持つ根岸弥生が私に見せた間取り図は少しばかり奇妙なものだった。玄関から少し進んで左に曲がった廊下はすぐに壁に突き当たり、どこにもたどり着けないのだ。しかも、それは始まりにすぎず、その後、次々と奇妙な家の間取り図は出てくる。果たして、その裏に秘められた秘密とは?
奇妙な間取り図に基づいてその裏に秘められた意図を推理していく謎解きミステリですが、同時に、真相(とはいってもあくまで仮説ですが)が明らかになることでぞっとさせる手管はなかなかのもの。都合主義やかなり強引な推理も含まれているものの、怪談として読めば大きな瑕疵ではないでしょう。
変な家2 ~11の間取り図~
雨穴
飛鳥新社
2023-12-15


16位.梅雨物語(貴志祐介)
元教師の老人がかつての教え子から「自殺した弟が残した句集に秘められたメッセージを読み解いてほしい」という依頼を受ける「皐月闇」、巨大な遊廓で花魁たちと遊ぶ夢が次第に悪夢へと変わっていく「ぼくとう奇譚」、庭一面に極彩色のキノコが生える謎に挑む「くさびら」の全3編収録。
『秋雨物語』に続くホラー作品集第2弾。なかでも、俳句の解釈を巡って不穏な空気がたちのぼってくる「皐月闇」が圧巻です。他の2編と違って怪異は登場しないのに一番ゾッとさせられます。不気味さが徐々にたちのぼってくる「ぼくとう奇譚」やミステリ要素を掛け合わせた「くさびら」もなかなか。
梅雨物語 (角川書店単行本)
貴志 祐介
KADOKAWA
2023-07-14

17位.極楽に至る忌門(芦花公園)
四国の山奥にある小さな村。帰省する友人の匠と一緒にその村を訪れた隼人は、匠の祖母から暖かな歓迎を受け、夕飯をともにする。だが、「仏を近づけた」という祖母の言葉を聞いた瞬間、匠は顔色を変え、その夜に行方を断ってしまうのだった。さらに、隼人の周辺でも奇妙な出来事が起き始め…。
閉鎖的な村を舞台に昭和、平成、令和の3つの時代に現れた怪異を描く因習ホラーです。おぞましい過去が次々と明らかになっていく展開にぞっとしますし、救いのない結末には読んでいるこちら側が打ちのめされてしまいます。一方で、各エピソードの結末が不明瞭な点は好みの分かれるところ。
極楽に至る忌門 (角川ホラー文庫)
芦花公園
KADOKAWA
2024-03-22


18位.夜行奇談(東亮太)
橋の両端にぞれぞれ1本ずつ生えている巨木の一つを切り倒したところその切り株に不思議な老人が座っているのが目撃されるされるようになる「切り株」、小学生が行方不明になって再び姿を現すもその間の記憶が全くない「子さらい」、頭上から叫び声が聞こえる「おーい」など全51話収録。
実話風の怪談話に妖怪の挿絵を挿入した掌編集。サクサクと読め、得体のしれない現象にぞっとするエピソードも少なくありません。また、各エピソードに明確なオチはないのですが、挿絵を見ながらあれこれと解釈を試みてみるのが面白いのではないでしょうか。オリジナリティの高い創作怪談集です。
夜行奇談
東 亮太
KADOKAWA
2023-08-02


19位.夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない(和田正雪)
大学に通いながら怪談ライターのバイトをしている大学生の米田は、取材の最中に乃亜という不思議な女性と出会う。彼女は大学院生であり、怪異の起こる場所に赴いては異界に続く道を探しているというのだ。あまりの変人ぶりにうんざりしていた米田だったが、やがて彼女に惹かれるようになり...。
美人だが超変人の乃亜と死んだ魚の目をしている米田のコンビが魅力的で、怪談スポットを取材する2人の掛け合いがなんとも楽しい。後半は一転、シリアスな雰囲気の恋愛ホラーへと移行し、切なさが募ります。ただ、シリアスへの切り替えがやや唐突に感じられ、感情がついていけない面もあり。


20位.すみせごの贄(澤村伊智) 
父が編集長を務める雑誌の副編集長・野崎の取材に同行した不登校の中学生が鍾馗の像を門柱に置く習俗がある土地で不気味な影を目撃する「たなわれしょうき」、カレー専門店で一口だけカレーを食べて残りは持ち帰る客の後を追うと墓地の前で忽然と姿を消してしまう「火曜夕方の客」など、全6編収録。
比嘉姉妹シリーズ3番目の短編集です。痛みとおぞましさの描写が忘れ難い「たなわれしょうき」、ラストの切なさが胸を打つ「火曜夕方の客」、ミステリー仕立ての表題作のど、良品質かつバラエティに富んだ作品が揃っています。また、シリーズのファンにとっては辻村ゆかりの再登場もうれしいところ。



その他注目作品27

21.自由慄(梨 )
降り続ける雨。私の前に友人の幽霊が現れるようになってから1か月ほどが経過するも彼女は一言も言葉を発しない。姿を現しては数秒後に消え、その際に必ず1枚の紙を残していった。あるとき、窓を打ち続ける水滴が特定の箇所だけ極端に少ない事実に気が付く。まるでそこに誰かがいるように...。
大半を自由律の句で紡いでいくという前衛的なホラー小説です。そのため、物語は常に朧気であり、細かい解釈は読者の想像にゆだねるという形をとっています。したがって、正統派のホラーを期待していると肩透かしを覚えますが、切なさと不気味さが見え隠れするその作りは唯一無二の味わいです。
自由慄
太田出版
2024-01-26


22.異形見聞録(藤白圭)
3習村に引っ越してきた少年はそこら中にいる異形の存在に恐怖を覚える。しかし、村人たちとの交流を深めていくうちに、彼らが必ずしも人に害をなすものではないことを知っていく。やがて、少年は村人たちと異形の存在が共存している様子を異形見聞録というブログで紹介するようになるが…。
本作は児童書という扱いになっていますが挿入されているカラーイラストはどれもグロテスクで大人が見てもゾッとします。物語自体はあくまでも子供向けに書かれてはいるものの、常に不穏さを纏っており、先が気になる面白さがあります。特に、醜悪な人魚と文化祭のエピソードが秀逸です。
異形見聞録
藤白 圭
PHP研究所
2024-02-06


23.乗物綺談~異形コレクションLVI~(編:井上 雅彦/作:大島清昭、澤村伊智、宮澤伊織・他)
移動販売車の音楽にまつわる都市伝説を描いた「くるまのうた」、女子2人がドンキの立体駐車場から出られなくなってしまう「ドンキの駐車場から出られない」、古くから伝わる火車の怪異が山形の辺境の地で蘇る「車の軋る町」、エスパーの子供たちが戦争に利用される「帰投」など、全16篇収録。
乗り物にまつわるホラー作品を集めたアンソロジーです。どれもレベルが高く、かつバラエティに富んだ作品が揃っています。思わずぞっとさせられる「くるまのうた」ユーモラスな掛け合いが楽しい「ドンキの駐車場から出られない」、イマジネーション豊かな「電車家族」などがおすすめ。


24.致死率十割怪談(晴海春海水亭 )
夏休みの間、祖父の家に預けられた小学生の兄弟は、致死率十割神社だけは絶対に行くなと祖父から念を押される。そこには八尺様とくねくねの巣窟と化しており、彼らに見つかれば絶対に助からないというのだ。ところが、妖怪の存在を信じない兄は弟の制止を振り切って神社に向かってしまい…。
カクヨム「ご当地怪談」読者人気賞受賞。ネット小説らしいおふざけやアニメネタなどをぶち込んだ作風は好みの分かれるところ。一方で、ギャグテイストのなかに本気で怖いエピソードが混ざっており、そのギャップが生み出す効果はなかなかです。特に、「ホラーのオチだけ置いておく」が秀逸。
致死率十割怪談 (角川書店単行本)
春海水亭
KADOKAWA
2024-03-26


25.ヴァケーション~異形コレクションLV~ (編:井上 雅彦/作:空木春宵、芦花公園・他)
巫女が人々の罪障を一身に背負って垂直の塔を下降していく「双葩の花」、夫婦で温泉旅行に出かけるも戸締りや洗濯物といった事柄に妻が不安を募らせていく「今頃、わが家では」、泡パーティーにあこがれてリゾートの島に訪れた若者がさまざまな制約を課せらる「島の幽霊」など全15話収録。
休暇に絡めたホラー小説を集めたアンソロジーです。ホラーというよりも幻想小説の色合いの強い作品も多く含まれていますが、恐怖とエンタメ性のバランスの取れた良作が多く収められています。なかでも妄想がどんどん暴走していく「今頃、わが家では」や美しくも残酷な「双葩の花」などが秀逸。


26.死人の口入れ屋(阿泉来堂)
人を死なせたことに責任を感じて警察を辞した久瀬宗子は、ある人物の紹介で骨董品屋の面接を受けに来た。だが、そこはただの骨董品屋ではなく、霊の取り憑いた品、忌物を扱っているという。客たちはそれを用いて人には言えない怨みや憎しみをはたそうとするのだ…。果たしてその結末は?
霊の力を借りて恨みを晴らすホラー版仕事人のような話ですが、必ずしも依頼した側が善とは限らない点が本作のミソです。人間の狂気やおぞましさが描かれ、そこにミステリーとしてのどんでん返しを加味した物語は一筋縄ではいかない面白さがあります。著者十八番の胡散臭い男性キャラも魅力的。
死人の口入れ屋 (ポプラ文庫)
阿泉来堂
ポプラ社
2024-02-06


27.蜘蛛の牢より落つるもの(原浩)
フリーライターの指谷はオカルト情報誌からの依頼で21年前の六河原村キャンプ場集団生き埋め死事件の特集記事を書くことになる。それは複数の人間が自ら掘った穴に埋められるという奇怪な事件だった。当時小学生だった生き残りの男性は「見知らぬ女が穴を掘るように指示した」と証言するが...。
生き残った関係者から語られる怪談じみた事件の様相がかなりの不気味さです。加えて現代パートで起きる事件によって恐ろしさはさらに増幅していきます。最後はミステリーとしての着地を見せるものの、そこに至るまでの過程で十分に恐怖を味わえます。ホラーミステリとして完成度の高い一遍。


28.歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理(三津谷信三)
刀城言耶に研究室の留守を任された青年作家の天弓馬人。彼は極度の怖がりで女子大生の瞳星愛が持ち込む怪異譚にひびりまくる。そして、恐怖から逃れるために一連の怪異に合理的な説明をつけようするのだった。陸に上がった亡者、子供の腹を裂く狐鬼、密室の座敷婆。果たして天弓の推理は?
刀城言耶シリーズのスピンオフ連作集。本家と比べるとミステリーとしてもホラーとしても物足りなさはあるものの、「歩く亡者」の不気味さや「腹を裂く狐鬼と縮む蟇家」における奇想天外な怪異等は三津田作品ならではです。ただ、どちらかといえば初心者向けの作品だといえるのではないでしょうか。


29.青瓜不動 三島屋変調百物語九之続(宮部みゆき) 
行く当てのない女達のため土から不動明王が生まれる表題作、悲劇に見舞われた少女の執念が悪代官の圧政から家族を守る人形を生む「だんだん人形」、描きたいものを自在に描ける不思議な筆「自在の筆」、身寄りのない子供たちの救いの場になっていた村を大噴火が襲う「針雨の里」の全4話収録。
百物語シリーズ第9弾。怪異譚のなかにこの時代ならではの切なさや理不尽さを盛り込んで泣ける話に仕上げる手管はさすがのうまさです。特に、里全体で孤児を育てル背景がが切ない「針雨の里」には思わず胸が痛みます。また、理不尽な物語のなかに人の優しさが滲み出る「だんだん人形」も印象的。
青瓜不動 三島屋変調百物語九之続
宮部 みゆき
KADOKAWA
2023-07-28


30.七人怪談(編・三津田信三/作・加門七海,、菊地秀行、澤村伊智・他)
少女が体験したという怪談話が雑誌に投稿されたことで新たな怪談が誕生する「サヤさん」、旅の武士が立ち寄る先々で奇怪な事態を引き起こす「旅の武士」、転職先で体験した怪異譚を綴った「会社奇譚」、久々に訪れた無人の実家に何者かの気配がたちこめる「何も無い家」など、全7編収録。
最も怖いと思う怪談を持ち寄ったアンソロジー作品。いうほど怖くはありませんでしたが、王道的な怪談話が現実を浸食していく「サヤさん」にはゾッとしました。また、転職にまつわる怪談を軽妙に語る「会社奇譚」は怖いというより面白い。他に、「貝田川」、「旅の武士」なども読み応えあり。
七人怪談 (角川書店単行本)
福澤 徹三
KADOKAWA
2023-06-21


31.戸張と御子柴 孤島の夜の黄泉還り(蒼月海里)
幻想小説家の戸張尚也は新作の売り上げが芳しくなくて編集者と対策会議をしているところ、大人気動画配信者の御子柴ユウに声を掛けられる。事情聞いた御子柴は心霊スポットへのロケを手伝う代わりにチャンネルで本を宣伝してもいいという。しかし、ロケ地は死者が蘇るという伝説がある無人島で....。
はっきりいって全然怖くはありませんが、男性2人のバディものとしては秀逸。陰キャの中年と陽キャの若者という全くタイプの異なる2人の掛け合いが面白く、次第に絆が深まっていく過程もよくできています。また、心霊に関する考察なども興味深いものがあります。ただ、後半の展開がやや急ぎすぎ。


32.夫恋殺 つまごいごろし(魚崎依知子)
かけつき職人澪子と刑事の真志は結婚して10年になる。しかし、刑事の仕事が忙しく、すれ違いの毎日だ。夫婦が不審死を遂げる事件が相次ぎ、真志はその捜査に異常な執念をみせる。一方、なにかと澪子に干渉する幼馴染の泰生。さらに、澪子は「殺して」という女性の声が聞こえるようになり....。
第8回カクヨムWeb小説コンテスト特別賞。主人公夫婦の周辺で奇怪な事件が起こり、不気味な怪異が現れますが、主題として描かれるのは夫婦と、妻の幼馴染による3人の愛憎劇だという構成がユニークです。ちなみに、幽霊自体は最後にベラベラと普通にしゃべりだすのであまり怖くありません。


33.ジャンル特化型 ホラーの扉 八つの恐怖の物語 (14歳の世渡り術) (澤村伊智, 芦花公園他・他)
誰もいないはずの廊下から不気味な男の子が教室をのぞき込む「みてるよ」、閉塞感漂う町がある出来事を境にどんどん狂気へと染まっていく「終わった町」、壮絶ないじめにあっている少年に拾われた猫が彼に代わっていじめっ子たちに復讐を果たす「さよならブンブン」など、全8編を収録。
当代一流のホラー作家をずらりと並べたアンソロジーです。しかも、同一テーマ作品を集めた通常のアンソロジーとは違い、本書は異なるジャンルのホラー小説をあえて1冊にまとめています。そのため、バラエティに富んだ恐怖を味わえます。ただし、間幕の解説はやや蛇足だったかも。


34.彼女はそこにいる  (織守きょうや )
春休みに母親と共に庭付きの一軒家に越してきた中学生の茜里は、新しい学校にもすぐに馴染み、充実した毎日を過ごしていた。ところが、テレビが勝手に消え、見知らぬ髪の毛が落ちているなど、気になる現象が立て続けに起き始める。しかも、不気味な現象は次第にエスカレートしていき…。
3部構成の作品で第1部は王道的怪談話としてよく出来ています。新鮮味には欠けるものの、一つ一つのシーンが十分に怖い。続く第2部はその家にまつわる怪異の謎に迫っていく過程が描かれており、ミステリとして読み応えありです。ただし、第3部が凡庸な出来で、急速に恐怖が薄れてしまうのが残念。
彼女はそこにいる (角川書店単行本)
織守きょうや
KADOKAWA
2023-06-30


35.祝福(高原英理)
批評家の手によよってまるで実在している書籍の如く語られる架空の小説、自傷行為を繰り返しながらネットに言葉を流す少女、あるブログの言葉を聖典として誕生した宗教などなど。ー「私は満ち足りているけど不要なものがひとつある。それは自分の心」その言葉から紡がれていく9つの物語。
状況説明を極限まで省き、言語の持つイマジネーションの連なりで物語を紡いでいったような極めて実験職の強い作品です。一種の言語SFであり、一作ごとに肌触りの全く異なる物語世界が構築されている点が大きな読みどころとなっています。明確に怖いシーンはないものの、全体的な不条理感がホラー的。
祝福
高原 英理
河出書房新社
2023-07-25


36.でぃすぺる(今村昌弘 )
小学校最後の半年。優等生のサツキと一緒に壁新聞係とになったコースケは、去年亡くなったサツキの従姉・マリ姉の死の真相を追うことになる。マリ姉の死体は雪の降り積もったグランドで発見され、凶器は未だ発見されていない。事件の謎を解く鍵は奥郷町の七不思議にあるらしいのだが…。
著者十八番のホラーミステリですが、主題は小学生の主人公たちが事件の謎解きを通じて成長していくというジュブナイル的ストーリーであり、ホラー描写がメインというわけではありません。しかしながら、謎解きの対象である奥郷町の七不思議は結構怖く、散りばめられた怪異描写にぞっとさせられます。
でぃすぺる (文春e-book)
今村 昌弘
文藝春秋
2023-09-21


37.涜神館殺人事件(手代木正太郎)
かつて悪魔崇拝が行われていた涜神館にイカサマ霊媒師のグリフィスが招待される。彼女の他にも館には帝国が誇る名だたる霊媒師が招かれていたが、ある者は密室で、ある者は首を刎ねられて次々と殺されていく。果たしてグリフィスはこの難事件を論理的に解き明かすことができるのか?
異世界が舞台のゴシックホラーミステリー。おどろおどろしい雰囲気に満ちながらも語り口はライトでサクサク読めます。霊能者たちのキャラも立っており、ミステリとしての仕掛けも一級品です。一方、ホラーの方も単なる雰囲気づくりにとどまらずエログロ描写満載でかなり読み応えがあります。
涜神館殺人事件 (星海社 e-FICTIONS)
手代木正太郎
講談社
2023-10-17


38.彼女の隣で、今夜も死人の夢を見る(竹林七草)
大学2年の奥津湊斗は幼い頃より霊たちが死んだ瞬間を夢としてリアルに体験するという力に悩まされてきた。そんな彼の前に神隠しにあって10年後に帰ってきたと噂される高原玲奈と出会う。彼女は特異な霊感を持っていた。やがて2人は玲奈に憑いた霊の死体が眠っている場所を探すことになるが...。
サクサクと読める作品ですが、霊たちの死を追体験するジーンはかなりグロくて好みの分かれるところ。それでも、全編を覆うダークな雰囲気はホラーミステリーとして悪くありません。また、シリーズ化しそうなこともあり、拗らせている主人公とヒロインの今後の関係性も気になるところ。


39.歪つ火 (三浦 晴海)
ソロキャンプが趣味の友美は、初めてのキャンプ場で複数のグループと知り合い、交流を深めていく。しかし、次の日になると何故かキャンプ場から出られなくなっていた。しかも、昨日知り合ったはずの人たちは、彼女に対して初対面のように接してくる。ただならぬ状況に友美は恐怖するが…。
序盤は退屈ですが、楽しいキャンプがだんだんと狂気に染まっていく展開にゾッとさせられます。また、主人公が少しずつ違和感に気が付いていく展開もよく出来ています。オチは途中で予想がつくものの、丁寧な伏線回収には好印象。なにより、恐怖を煽った末の切ないラストが心に染み入ります。
歪つ火 (角川ホラー文庫)
三浦 晴海
KADOKAWA
2024-01-23


40.マガツキ(神永学 ) 
2人の女子高生が殺される事件が起きて以降、巷では「その身体、私にちょうだい」と言って襲いかかる“それ”の噂が広まっていた。大学生の陽咲は友人の夏菜からその話を聞くも単なる都市伝説だと一笑に付す。ところが、夏菜が不可解な失踪を遂げた後に陽咲にも“それ”の気配を感じるようになり…。
都市伝説ホラーとみせかけたSFホラーですが、現代の最先端技術をテーマにしていながらSF的アイディアにさほどの目新しさはありません。展開も大味で全体的にB級感を漂わせています。その一方で、恐怖の対象が徐々に明らかになっていくくだりや外連味たっぷりの展開は読みごたえありです。
マガツキ
神永 学
PHP研究所
2024-03-25


41.禁じられた遊び ふたたび(清水カルマ)
惨劇から20年。比呂子はすでに亡く、亮次との娘・日菜多は18歳になっていた。そして、亮次もカケラ女に関する調査のさ中にくも膜下出血で急死する。以降、日菜多はさまざまな怪異に襲われる。一方、養父母から虐待を受けていた6歳の少女・乃愛は謎の声に導かれて”ママ”を蘇らそうとするが...。
「禁じられた遊び」「カケラ女」「忌少女」に続く第4弾。ゾッとする恐怖こそ薄れてきたものの、怪異の謎に迫る物語がテンポ良く語られエンタメとして申し分なし。最後の対決も迫力があって読み応え満点なのに加え、シリーズを通しての感動もあります。逆に本作だけ読むと分かりずらいかも。
禁じられた遊び ふたたび 禁じられた遊びシリーズ
清水カルマ
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2023-06-23


42.double〜彼岸荘の殺人〜(彩坂美月)
念動力者の紗良はその力で世間を騒がせて以来、家に引きこもるようになり、そんな彼女を幼馴染のひなたは支え続けていた。ある日、富豪の御曹司から失踪や不審死が続く山荘の調査をしてほしいとの依頼が舞い込む。しかも、山荘には彼女たちの他にもさまざまな超能力者が集められており...。
本作は怪異が巣食う屋敷が舞台の特殊設定ミステリであり、ぞっとするようなホラー描写が読みどころとなっています。ただ、物語の根本はあくまでも本格ミステリ。その関係上、せっかくの怖いシーンも惨劇までは至らずに寸止めで終わってしまっているのが残念です。両者の良さを潰し合っている感あり。
double~彼岸荘の殺人~ (文春文庫 あ 87-2)
彩坂 美月
文藝春秋
2024-02-06


43.怪談都市ヨモツヒラサカ (蒼月海里)
高校生の石津南美は周囲の人間を疎ましく思い、ずっと本を読んで過ごしていた。そんなある日、黒塚亜莉沙という美しく大人びた少女と出会い、彼女に夢中になる。だが、亜莉沙は異形の者がひしめく電車に乗り込み、そのまま消えてしまう。南美は彼女を救うべく、異界に続く場所を探すが...。
怪談シリーズ第5弾。街が冥界の入り口であるヨモツヒラサカと繋がり、そこに誘われた人々が次々と消えていくという話です。死者の声が聞こえるマンホールなどが登場するも怖さはさほどなく、現代人の抱える生きづらさがテーマとなっています。サクサクと読めるライトホラーといった感じです。
怪談都市ヨモツヒラサカ (PHP文芸文庫)
蒼月 海里
PHP研究所
2023-07-08


44.ばけもの厭ふ中将 戦慄の紫式部(瀬川 貴次 )
時は平安。今源氏と噂される貴公子・雅平は超奥手な上総宮の姫君や廃屋で逢瀬を重ねる昼顔の君など女性と浮き名を流していた。だが、そんな彼を紫式部の祟りとおぼしき怪異が襲う。それはまるで源氏物語を彷彿とさせた。弱り果てた雅平は怪異好きの友人・宣能に助けを求めるが…。
左近衛中将宣能が主人公を務めるシリーズ『ばけもの好む中将』のスピンオフ作品。雅平が主人公の本作は本編とは異なり、本物の怪異が出現しまくるのが特徴で、それを宣能がバッサリと否定していくという皮肉な構図が面白い。源氏物語にちなんだ事件が続出し、古典の勉強になるのも楽しい。


45.きこえる(道尾秀介)
若くして死んでしまったシンガーソングライターが残したデモテープを聞いていると曲の終わりに、収録されていないはずの彼女の声が聞こえてくる「聞こえる」、家庭に問題を抱える少女の家のから盗聴器を通して生活音らしき音がが聞こえてくる「にんげん玉」など、全5編収録の短編集。
いけないシリーズが写真を用いた謎解きなのに対して本作ではそれをQRコードによる音声に置き換えています。意味の分かりにくいものもありますが、写真を用いたいけないシリーズに比べて恐怖度はよりアップしています。ただ、メインはあくまでも謎解きなのでホラーを期待すると物足りない部分も。
きこえる
道尾秀介
講談社
2023-11-21


46.ホーンテッド・キャンパス 黒い影が揺れる (櫛木理宇) 
オ研の森司とこよみがバレンタインデーを一緒に過ごすはずだった店を休業に追い込んだ怪異の謎に迫る「ショコラな恋人たち」、元銀行員の老人が黒い影の怪異に取り憑かれる「あなたのマグネット」、半世紀前に恋人と山に入りるも記憶を失い一人帰ってくる「かどわかしの山」の3話収録。
シリーズ第21弾。「ショコラな恋人たち」は主人公とヒロインの仲がようやく進展をみせ、ほのぼのとした雰囲気を堪能。一方、「かどわかしの山」は非常に胸くそが悪く、その温度差に風邪を引きそうです。全体的にはややマンネリですが、そのマンネリズムが安定した面白さに繋がっています。



47.ホラー小説大全 完全版(風間賢二)
西欧におけるホラーの歴史は18世紀のゴシック小説に始まり、映画黎明期のフランケンシュタインの怪物・吸血鬼・狼男の3大モンスターを経てホラーの帝王スティーブン・キングを輩出します。さらに、トゥルフ神話、ゾンビ、サイコホラーなども。本書はそんなホラーの世界を一望できる解説書です。
『ホラー小説大全』は1997年に発売され、第51回日本推理作家協会賞評論部門を受賞しています。本書はそんな名著のグレードアップ版ですが、元々274ページだったものが、2021年に発売された増補版を経て720ページと圧倒的なボリュームに。ただ、その割に21世紀の作品紹介が少ないのは残念。
ホラー小説大全 完全版
風間賢二
青土社
2023-07-26




チェック漏れ作品

わたしたちの怪獣(久永実木彦 )
町にゾンビが出現したためにミニシアターでカルト的Z級ホラーを観賞していた人々が館内に籠城しようとする「アタック・オブ・ザ・キラー・トマトを観ながら」、孤独な女子高生が吸血鬼の男性に血を吸われることで自らも吸血鬼となって町から出ていくことを願う「夜の安らぎ」など、全4編収録。
ホラー要素を多く含んだSF短編集です。怖いというよりは風変りなシチュエーションからの意外な展開が面白い。現代社会に生きづらさを感じる人々があがく描写には共感も。ベストは日本SF大賞候補作の表題作だが、ホラー絡みでは「アタック・オブ・ザ・キラー・トマトを観ながら」が読み応えあり。
わたしたちの怪獣 (創元日本SF叢書)
久永 実木彦
東京創元社
2023-05-31


きみはサイコロを振らない(新名智 )
高校生の志崎晴は中学時代の友人の死を引きずっていたが、ある日、同級生の莉久から呪いのゲームを探すのを手伝ってほしいといわれる。そのゲームを遊ぶと死ぬのだという。とりあえず、2人は呪いを研究している大学院生・葉月とともに不審な死を遂げたゲーマーの遺品を調べることになるが...。
呪いを解除する方法を探っていく『リング』のような設定の青春ホラーです。試行錯誤しながら解答を探ってく話は十分に面白いのですが、主人公が生にあまり執着していないために怖さ的にはいまひとつ。全体的にあっさりとした印象を受けます。伏線を張り巡らせたホラーミステリーとしては秀逸。
きみはサイコロを振らない
新名 智
KADOKAWA
2023-05-18


唐木田探偵社の物理的対応(似鳥鶏 )
都市伝説が実体を持ち、新種の怪異として人々に危害を与えるようになった世界。それに対抗すべく、怪異駆除の専門業者が誕生するが、戦闘班の10年生存率は25%にすぎなかった。唐木田探偵社の新入社員であるネズミは同僚たちからあらゆる戦闘方法を叩き込まれ、実戦に駆り出されるが....。
怪異に対して重火器等の物理攻撃で対抗する派手な戦闘シーンが爽快。また、探偵社のメンバーも個性的であり、対する怪異もバラエティに富んでいて魅力的。ホラーとしての怖さには乏しく、物語の捻りにも欠ける代わりに勢いで押し切る作風に徹しています。映像化を期待したいエンタメ傑作です。
飯野文彦異色幻想短編集 甲府物語(飯野文彦)
幼稚園で影踏みをしいた際に影を喰らう園児がいたことを娼婦に語る「影を喰らう」、還暦を迎えた売れない作家が生きてきた時代を行き来できるようになる「六十年タイムマシーン」、亡くなった作家のノートパソコンに綴られた日記の文章が日に日に増えていく「いない世界」、など、計16篇収録。
甲府舞台にした掌編連作集。老境に達した作家が過去と現在を交錯させながら語る私小説風の幻想譚であり、民俗学やジェンダー問題といったさまざまな要素を織り込みながら、何気ない日常を多角的に描いていく手管に引き込まれていきます。甲府という土地が徐々に魔界のように思えてくる傑作。
甲府物語
飯野文彦
SF ユースティティア
2023-09-01


小説家と夜の境界(山白朝子) 
リアリティの高さが評判のミステリー作家とパーティで顔を合わせた際にその作家が骨折した左腕を"実は自分で折ったんです"と打ち明ける「墓場の小説家」、触れた相手の考えを読み取れるベトナム人の青年に全身麻痺の文豪の新作を書き起こさせようとする「精神感応小説家」など全7話収録。
小説家の主人公が同業者である怪しげな作家たちの秘密を綴っていく連作短編です。長年、自らが向き合ってきた創作の苦しみとそこから生じる心の歪さを、怪しげな作家たちのエピソードとしてホラー小説の域まで昇華した手管に唸らされます。ちなみに、山白朝子というのは乙一の別名義です。
小説家と夜の境界
山白 朝子
KADOKAWA
2023-06-22



2024年6月16日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中5作的中
ベスト20→20作品中11作的中
順位完全一致→20作品中1作品

NEXT⇒このホラーがすごい! 2025年版 国内ベスト20予想



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最新更新日2024/06/22☆☆☆

Next⇒このホラーがすごい! 2025年版 海外ベスト20予想

6月に宝島社より『このホラーがすごい!』が発売されると聞いて急遽ランキング予想の記事をアップしました。今回は間に合わせなので基本的に『SFが読みたい』『このミステリーがすごい!』からの流用記事で構成されていますが、来年以降もこの企画が続くようであれば独立した記事を書いていこうと思っています。
 
このホラーがすごい! 2024
対象作品である2023年4月1日~2024年3月30日発売の海外ホラー小説の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

このホラーがすごい!海外版 最終予想(2024年5月31日)

1位.寝煙草の危険(マリアーナ・エンリケス)
庭に埋められていた祖母の妹にあたる赤ん坊の霊につきまとわれる「ちっちゃな天使を掘り返す」、憧れの少年にお近づきになりたい女子グループのなかで嫉妬の念が渦巻いてとんでもない悲劇へと至る「湧水池の聖母」、寝煙草の火で老婆が焼け死ぬ臭いで目覚める表題作など、全12編収録。
社会的なテーマや現実の不安をホラー小説の手法で描くスパニッシュ・ホラー文芸の旗手として知られるアルゼンチン作家の短編集。一編十数ページ程度の長さで映像的な作品ばかりなので映画のような鮮烈なイメージを味わえます。リアルな社会問題をぶっとんだ禍々しさで調理する手法が魅力的。
寝煙草の危険
マリアーナ・エンリケス
国書刊行会
2023-05-22


2位.最後の三角形: ジェフリー・フォード短篇傑作選(ジェフリー・フォード)
他人と感覚を共有できる共感覚の持ち主の少年がコーヒー味を通して少女と交流を深めていく「アイスクリーム帝国」、マッドサイエンティストが瓶の中にメトロポリス作り上げる「ダルサリー」、詩人・エミリー・ディキンスンが死神のから詩の創作依頼を受ける「恐怖譚」など、全14篇収録。
世界幻想文学大賞7回受賞のフォード日本オリジナル短編集第2弾。奇想に基づいた幻想小説というのがフォードの基本的なスタイルですが、泥酔した男たちが怪異に遭遇する「ナイト・ウィスキー」など、ホラー要素も色濃く散りばめられています。ジャンルミックスな点が最大の魅力である作品集です。


3位.異能機関 (スティーヴン・キング)
超能力者の子供を次々と拉致していく謎の組織。小さな物体なら手を触れずに動かせる12歳のルークも就寝中に誘拐され、監禁先の施設でさまざまな訓練や投薬を強いられる。しかも、子供たちのなかには連れて行かれ、2度と帰ってこない者もいるのだ。ルークは密かに脱出を計画するが…。
上巻はいつもの如くゆったりとした展開ながら、むごすぎる少年少女への虐待や戻ってこない子供たちの存在にゾッとさせられます。下巻に入ると怒濤の展開が始まり、迫る武装集団からの逃走劇は手に汗握ります。そして、阿鼻叫喚のクライマックスを迎えたあとの静謐なラストシーンが印象的。
異能機関 上 (文春e-book)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2023-06-26


4位.穏やかな死者たち: シャーリイ・ジャクスン・トリビュート (ケリー・リンク、ジェフリー・フォード・他 )
女の葬儀に参列して帰宅すると火葬されたはずの女がいて話しかけてくる「弔いの鳥」、所有者不在の売家に侵入して一泊する3人の女に怪異が忍び寄る「所有者直販物件」、卒論に悪戦苦闘する学生が友人から奇妙なルールの基づく留守番を頼まれる「スキンダーのヴェール」など、全18編収録。
「丘の屋敷」や「ずっとお城で暮らしてる」などで知られるシャーリイ・ジャクスンをリスペクトした作品を集めたアンソロジー集です。どの作品も標準以上の面白さですが、なかでも、家から滲み出る悪意にゾッとさせられる「所有者直販物件」と奇想に満ちた「スキンダーのヴェール」が秀逸。
穏やかな死者たち: シャーリイ・ジャクスン・トリビュート (創元推理文庫)
ジョイス・キャロル・オーツ 他
東京創元社
2023-10-10


5位.妄想感染体(デイヴィッド・ウェリントン)
防衛警察の警部補サシャはパイロットや医師はを伴って植民惑星パラダイス‐1の調査に赴く。そこで待ち受けていたのは妄想に溺れ、ゾンビと化した人々だった。しかも、その妄想は感染し、AIまでもが同様の妄想に取り憑かれていたのだ。恐るべき病原体バジリスク。果たしてその正体とは?
ハードSFからノンストップホラーへの移行が秀逸でページをめくる手が止まらなくなります。特に、宇宙船の人々が妄想に取り憑かれたシーンはかなりの恐ろしさです。同時に、絶体絶命の危機をどう乗り切るかといった冒険アクションとしても秀逸。ちなみに、本作は三部作の第1弾という位置づけです。
妄想感染体 上 (ハヤカワ文庫SF)
デイヴィッド ウェリントン
早川書房
2024-01-10


6位.ロバート・アーサー自選傑作集 幽霊を信じますか? (ロバート・アーサー)
呪いの屋敷でインチキ心霊番組をラジオ中継していたところ本物の怪異に襲われる表題作、真夜中の地下鉄で足音を耳にするが足音の主はどこにもいない「見えない足音」、誰かを身代わりにすれば死者を蘇らせることができるというベルをある夫婦が旅先で購入する「バラ色水晶のベル」など全10編収録。
ミステリーファンからは『ガラスの橋』で有名な著者のホラー系短編集。とはいっても本格的に怖い話はごく一部で、大部分の作品はオチにひねりを加えた軽妙な作品に仕上がっています。ドラゴンを巡る怪異譚にとぼけたユーモアを加えた「デクスター氏のドラゴン」などがその代表例だといえます。


7位.シャーロック・ホームズとミスカトニックの怪(ジェイムズ・ラヴグローヴ)
1895年。ホームズたちが邪神の存在を知ってから15年の月日が過ぎていた。怪物との戦いに明け暮れるなか、ホームズはルルイエ語を理解する奇怪な精神病患者と出会う。調査の結果、その正体がミスカトニック川上流の探検に同行した学者であることを突き止めるも、彼は何者かに連れ去られ…。
ホームズと邪神たちの戦いを描いたシリーズ第2弾。本作は後半が事件関係者の手記になっており、ホームズ目当ての読者には退屈と感じるかもしれません。しかし、ホラー好きの人にとってはここからが本番です。秘境での冒険譚はさまざまな怪異から構成されており、非常に読み応えがあります。


8位.ブラッド・クルーズ(マッツ ス・トランベリ)
スウェーデンとフィンランドをつなぐ大型クルーズ船は、1200人の乗客を乗せていつものように出航した。それぞれ事情を抱えながらも24時間の船旅を楽しむ乗客たち。しかし、船にはヴァンパイアが乗り込んでおり、人々を襲い始める。生き残った乗員と乗客は協力して脱出を試みるが…。
スウェーデンのスティーヴン・キングと称される著者が贈る北欧ホラーです。前半は登場人物の紹介をかなり丁寧に行うので退屈さを覚えてしまいます。しかし、後半に入ると怒濤の展開が始まり、逃げ場のない船内での阿鼻叫喚シーンに固唾をのむことになります。ただ、全体的に一本調子なのが難。
ブラッド・クルーズ 上 (ハヤカワ文庫NV)
マッツ ストランベリ
早川書房
2023-08-17


9位.幽霊ホテルからの手紙(蔡駿)
若き警察官・葉䔥の元には幼馴染で作家の周旋から手紙が届くようになっていた。彼は亡くなった伝統演劇の女優・田園の頼みで木の小箱を届けるために浙江省にある幽霊旅館を訪れていたのだ。彼の手紙には幽霊旅館に滞在する人々の様子やそこで起きた奇妙な出来事などが綴られていたが…。
著者は中国のスティーヴン・キングこと蔡駿。耽美系ゴシックホラーな雰囲気が魅力的でそこに錯綜した謎が加わることで独特の酩酊感を味わえます。ラストに向けての展開もスリリングな佳品。ただ、最初の印象ほどホラー色は濃くなく、どちらかといえば幻想メタミステリーといった感じでしょうか。


10位.生贄の門(マネル・ロウレイロ)
ガリシア地方の小さな村。そこにある岩の建造物から心臓を抉り出された若い娘の死体が発見された。赴任してきたばかりの女性捜査官・ラケルは相棒のフアンとともに事件の謎を追うが、その末に行き着いたのは異界から何者かが訪れるという門の存在とそれを封じるための恐ろしい儀式だった。
スペインでベストセラーとなったスパニッシュ・ホラー。ケルト人の因習をオカルト要素と結びつけた趣向が興味深く、周囲から隔絶した田舎ならではの閉塞感がうまく雰囲気を盛り上げてくれます。ただ、本作はいわゆる土俗ホラーなのですが、舞台が日本人にはピンとこない描写が多いかも。
生贄の門 (新潮文庫 ロ 19-1)
マネル・ロウレイロ
新潮社
2023-11-29





11位.暗い庭: 聖人と亡霊、魔物と盗賊の物語(ラモン・デル・バリェ=インクラン)
若者が聖堂内で怪異に遭遇する「恐怖」、悪魔憑きの娘を巡って事態が二転三転する「ベアトリス」、仮装行列の一行をもてなそうとした司祭の恐怖体験を描いた「仮面の王」、指輪を手に入れるために牢の格子から出たいた女の手を盗賊が切り落とす「夢のコメディア」など、全17編収録。
20世紀初頭のスペインを代表する作家の作品集。世紀末文学と銘打たれた作風はホラーというよりはダークファンタジー寄りです。しかし、「ベアトリス」などは巧妙な仕掛けを施したゴシックホラーとして読み応えがありますし、他にも随所にスパニッシュホラー文芸の萌芽がみられるのが興味深い。
暗い庭: 聖人と亡霊、魔物と盗賊の物語
ラモン・デル・バリェ=インクラン
国書刊行会
2023-06-25


12位.シャーロック・ホームズとサセックスの海魔 (クトゥルー・ケースブック(ジェイムズ ラヴグローヴ)
ホームズたちと古き神々との対決から30年。50代後半となったホームズはサセックスで農場を営んでいた。あるとき、ホームズは3人の女性の失踪事件を調査することになるも、そこには邪神として蘇ったモリアーティの影が…。ヨーロッパが戦争へと突き進むなか、ホームズは最後の戦いに挑むが…。
ホームズ&ワトスンとクトゥルとの闘いを描いたシリーズ三部作の完結篇です。ホームズシリーズの「最後の挨拶」を下敷きにしつつも、その中にクトゥル神話の設定を存分に盛り込み、パスティーシュとして楽しい作品に仕上がっています。どちらかといえば、ホラーよりもミステリー色の強い作品です。


13位.奇妙な絵(ジェイソン・レクラク )
ドラッグの依存症から抜け出したマロリーはベビーシッターとして働き始める。彼女が世話をしているのは絵を描くのが好きな5歳の男の子で名をテディという。ところが、彼の絵は次第に不気味さを増し、5歳児が描いたとは思えないほどリアルになっていく。果たして、その絵に隠された秘密とは?
雰囲気的にはホラーというよりはサスペンス寄りの作品です。しかし、随所にテディの描いた絵が挿絵として挿入されており、その不気味さにはゾッとさせられます。また、絵自体を伏線として用いる手管も見事です。ただ、後半はミステリ色が強くなるため、やはりホラーとしてはもの足りなさも。
奇妙な絵
ジェイソン レクーラック
早川書房
2023-11-21


14位.フランケンシュタインの工場(エドワード・D・ホック)
カリフォルニア沖に浮かぶ島には研究所が存在し、極秘裏に人造人間の実験が行われていた。冷凍保存している複数の死体から各部位を切り取り、つなぎ合わせて蘇らそうというのだ。コンピュータ検察局は研究所に疑念を抱き、捜査員を潜入させるが、島の医師たちが次々と遺体で発見され…。
1975年発表のSFホラーミステリー。本格ミステリの名手であるホックにしてはミステリとしての出来は今ひとつですが、一人ずつ殺されていく恐怖や謎が謎を呼ぶ展開など、話の面白さはなかなかのものです。B級SFとゴシックホラーを掛け合わせて独自の魅力をうまく引き出しています。
フランケンシュタインの工場 (奇想天外の本棚)
エドワード・D・ホック
国書刊行会
2023-05-27


15位.大仏ホテルの幽霊(カン・ファギル)
1950年代後半。米軍の無差別爆撃で家族を亡くしたヨンヒョンは仁川の港で宿泊目的の客を大仏ホテルに案内する仕事をしていた。大仏ホテルは外国人客を対象とした朝鮮初の西洋式ホテルだ。だが、そのホテルも次第に廃れていき、悪霊に取り憑かれていると噂されるようになるのだが....。
かつて韓国に実在し、1978年に解体されたホテルを舞台にしたゴシックホラーです。韓国独自の価値観である恨を基調とした物語であり、多くの登場人物の悪意が錯綜するなかでじわじわと恐怖が広がっていきます。ただ、多くの独白が入り乱れるために全体像をつかみづらいという面はあるかも。
大仏ホテルの幽霊 (エクス・リブリス)
カン・ファギル
白水社
2023-11-26


16位.マリーナ バルセロナの亡霊たち(カルロス・ルイス・サフォン)
1979年のバルセロナ。寄宿学校に通う15歳のオスカルは荒廃した城館に忍び込み、そこで暮らす少女マリーナと出会う。彼女の導きで人知れぬ墓地に訪れると、黒い蝶が彫られた墓碑に赤いバラを添える貴婦人を目撃する。2人は好奇心から貴婦人の後を追うがその先には決して覗いてはならない秘密が...。
ボーイミーツガールの物語を軸としたゴシックホラーであり、魔都バルセロナの怪しげな雰囲気に引き込まれます。全編がグロテスクな美で彩られており、幻想小説として読み応えあり。後半は一転して冒険小説の色が強くなりますが、活劇ものとしてもなかなかの面白さ。余韻が残るラストも好印象。
マリーナ バルセロナの亡霊たち (集英社文庫)
カルロス・ルイス・サフォン
集英社
2024-05-09


17位.ロンドン幽霊譚傑作集 (W・コリンズ、E・ネズビット他 )
舞台は19世紀のロンドン。そこは産業の発展目覚ましい大都会であると同時に、犯罪譚や怪談に事欠かない魔都でもあった。白昼の公園で幽霊に遭遇した美しき寡婦を巡る愛憎劇を描いた「ザント夫人と幽霊」、愛人を催眠術で殺した医師が降霊会に参加する「降霊会の部屋にて」など全13篇収録。
古典的な怪談ストーリーを集めたアンソロジーですが、全13編中、12編が初訳です。男性に酷い目にあわされた女性が幽霊になって復讐するというメロドラマ+サスペンといった要素が濃く、怪奇要素がそれほど高くありません。「シャーロット・クレイの幽霊」や「黒檀の額縁」などが秀逸です。


18位.幽霊綺譚: ドイツ・ロマン派幻想短篇集(ヨハン・アウグスト・アーペル・他)
悪魔に魂を売った男が破滅する「魔弾の射手」、貴族の館にある不気味な肖像画の秘密が明かされる「先祖の肖像画」、名門貴族の始祖が犯した罪によって子孫が悲惨な末路をたどる「死の花嫁」、鉱山に眠る財宝を巡ってそれを守る妖精たちと人間が交渉する「花嫁の宝飾」など、全15編収録。
『フランケンシュタイン』や『吸血鬼』誕生のきっかけとなったディオダティ荘の怪奇談義にて朗読されたという『ファンタスマゴリアーナ』の収録作品を中心に編纂したドイツ怪奇&幻想小説のアンソロジー。現代読者には類型的過ぎるきらいはあるものの、古典ならではの芳醇さが満喫出来ます。
幽霊綺譚: ドイツ・ロマン派幻想短篇集
ハインリヒ・クラウレン
国書刊行会
2023-07-24


19位.迷いの谷: 平井呈一怪談翻訳集成(A・ブラックウッド他)
両親を亡くした少年が異端信仰研究者に引き取られるも過去にも少年少女が同じように引き取られて行方不明になっていることを知る「消えた心臓」、研究者がかつての領主マグナス伯爵について調べていたところ、領内で起きた奇怪な出来事に行き着く「マグナス伯爵」など、全11編収録。
紀田順一郎や荒俣宏の師匠で『魔人ドラキュラ』や小泉八雲作品の翻訳などで知られる平井呈一の怪談翻訳集第2弾。さすがに現代のホラー小説と比べると刺激には欠けるものの、名作を揃えただけあってどれも味わい深いものばかりです。大胆なアレンジを効かせた平井節も読みどころ。
迷いの谷: 平井呈一怪談翻訳集成 (創元推理文庫)
A・ブラックウッド他
東京創元社
2023-05-31


20位.オレンジ色の世界(カレン・ラッセル)
パーティーに誘われた2人の少女が会場である山頂のロッジで怪異に遭遇する「探鉱者」、駆け落ちした女性が砂漠で希少種の花の花粉によって意識を支配される「悪しき交配」、水没したフロリダで禁忌とされる防波堤に行きたいという客をゴンドラに乗せる「ゴンドラ乗り」など、全8話収録。
いずれの話も世界観の説明などほぼなしで物語は進行し、それによって異形の世界にいきなり放り込まれたような感覚を味わうことができます。全体的には幻想小説といった趣なのですが、ホラーとしては正統派の幽霊屋敷ものである「探鉱者」や寄生ものとでもいうべき「悪しき交配」などが秀逸。
オレンジ色の世界
カレン・ラッセル
河出書房新社
2023-05-25



その他注目作2

21.森のロマンス(アン・ラドクリフ)
パリで華美な生活を続けた挙げ句、借金取りから逃げるは目になったラ・モット夫妻は、その途上で盗賊から美しい娘・アドリーヌを託される。ひとまず鬱蒼とした森の寂れた僧院に居を構えることにするが、そこにはおぞましい噂があった。やがてアドリーヌは騎士と運命の邂逅を果たすが…。
1791年発表のゴシック小説です。ヒロインがやたらと失神するのは時代がかっているものの、謎が次々と現れ、ピンチに次ぐピンチの物語はいまなお読み応えがあります。最後の逆転劇といい、大衆小説としてツボを押さえた作りが見事です。やたらと詩が挿入されるのは好みの分かれるところ。
森のロマンス
アン・ラドクリフ
作品社
2023-11-07


22.ホラーの哲学(ノエル・キャロル)
世の中には『ドラキュラ』『エクソシスト』『エイリアン』など、ホラー作品が数多く存在します。なぜ人は怖いと分かっているのに、それらに魅せられるのでしょうか?分析美学の第一人者であり、映画・大衆芸術の研究にも取り組んでいる著者が、哲学的観点からホラーの本質に迫っていきます。
人はホラー小説に登場するモンスターのような架空の存在を何故怖がり、同時にどうしてそれらに惹かれていくのかという命題に取り組んだ哲学書です。結論は極めてシンプルではあるものの、そこ至るまでのさまざまな仮説と考察が知的好奇心を刺激します。ホラー好きにとっては興味深い一冊です。
ホラーの哲学
ノエル・キャロル
フィルムアート社
2023-12-29




チェック漏れ作品

忘却の河(蔡駿)
1995年。高校教師の申明は殺害された生徒との恋愛関係を疑われた直後に背中を刺されて息絶える。事件は迷宮入りとなり、時は過ぎていく。2004年。申明の婚約者だった秋莎は天才少年の司望出会い、彼に執着していく。ある日、2人は廃車のトランクから死体を発見する。それは申明の旧友の死体で...。
何者かに殺された教師が転生して犯人を正体を追う物語は過去と現在の出来事が複雑に絡み合い、非常に読み応えがあります。ただ、それはサスペンスとしての面白さであり、ホラーといえる要素はほとんどありません。バタバタ人が死んでいくので、その辺りでホラー扱いされた要因でしょうか?


メアリ・ジキルと囚われのシャーロック・ホームズ (シオドラ・ゴス)
波乱万丈の欧州旅行から無事帰還を果たしたメアリたちだったが、ジギル家にメイドとして使えるアリスが何者かに誘拐されてしまう。メアリ以下アテナ・クラブの面々は事件の謎を追うが、時を同じくしてシャーロック・ホームズも行方不明になっていた。その裏には宿敵・モリアーティ教授の影が...。
モンスターやマッド・サイエンティストの娘たちが活躍するシリーズの完結編です。あらすじを読むとホームズVSモリアーティ教授の話に思えるかもですが、彼らはわき役にすぎません。ラスボスは怪奇小説の古典に登場する完結編にふさわしい大物です。ただ、登場人物が多すぎて詰め込みすぎの感も。


ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集(エルンスト・ラウパッハ 、カール・シュピンドラー他)
伯爵家に一夜の宿を求めにやってきた美女の魅力に夢中になった三男坊が日に日ににやつれていく「死人花嫁」、亡くなった妻を蘇らせた男の悲劇を語った「死人を起こすなかれ」、男嫌いの女性とヴァンパイア俳優の関係をコミカルに描いた「ヴァンパイアと駆け落ち」など、全7編収録。
1920~1930年代に起きた吸血鬼ブームの最中にドイツで発表された短編小説を集めたアンソロジーです。民間伝承に基づいたものが多く、ヴァンパイア小説がどのように発展したかについて知るには絶好の書だといえるでしょう。反面、現代ホラーに馴れている人にとっては少々刺激不足かも。
ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集 (ルリユール叢書)
フランツ・ゼーラフ・クリスマー
幻戯書房
2024-01-29


九月と七月の姉妹(デイジー・ジョンソン)
セプテンバーとジュライは10カ月違いの姉妹だが、内気で意志薄弱なジュライは残忍なセプテンバーの支配下に置かれていた。絵本作家の母親は精神的に不安定で、強固な繫がりを持つ姉妹の関係に介入出来ない。彼女たちはある事件をきっかけに彼女たちは亡父の生家に引っ越すことになるが…。
本作の主人公であるジュライは読み手に不安を感じさせるタイプの語り手であり、物語は常に不穏な雰囲気に包まれています。ジャンル的には家族の関係を描いた一種の家族小説といえなくもないですが、その歪さはまさにホラーです。そして、最後に明かされるどんでん返しもなかなかに衝撃的。

九月と七月の姉妹
デイジー・ジョンソン
東京創元社
2023-06-30


夜間旅行者(ユン・ゴウン) 
旅行会社ジャングルは戦場跡や被災地を巡るダークツアーを専門としている。企画担当のヨナはパワハラで業務を取り上げられ、不採算ツアーの査定を命じられる。身元を隠してベトナム沖の島ムイへのツアーに参加するヨナだったが、謎の一味かは新たなダークツアーを「捏造」するよう脅迫れ…。
異国に足を踏み入れた女性が悪夢めいた世界に呑み込まれていくというデビット・リンチ的な展開がスリリングです。ジャンルとしてはホラーよりもサスペンスに分類するのが妥当ではあるものの、彼女が被災地で体験する常軌を逸した出来事はホラーといっても差し支えないのではないでしょうか。
夜間旅行者 (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 1996)
ユン・ゴウン
早川書房
2023-10-04


呪いを解く者(フランシス・ハーディング)
呪いを解く者(フランシス・ハーディング)
原野(ワイルズ)という沼の森を有する国・ラディス。その地では小さな仲間と呼ばれる生き物が呪いによって人々に大きな影響力を与えていた。呪いを解くことを生業するほどき屋の少年・ケレンは継母に呪いで鳥にかえられた少女・ネトルを相棒に、呪いに悩む人々の依頼をこなしていくが…。
英国SF協会賞YA部門受賞。いわゆる異世界ファンタジーですが、英国における怪談等の伝承を巧みに取り入れつつ、怪異が跋扈するホラーテイスト豊かな世界観を構築しています。その一方で、ジュブナイルだけあって、少年少女が苦難に打ち勝って悪役に勝利する王道ストーリーとしても読み応えあり。
呪いを解く者
フランシス・ハーディング
東京創元社
2023-11-30


吸血鬼ヴァーニー 或いは血の饗宴 第1巻 (ジェームズ・マルコム・ライマー/トマス・ペケット・プレスト)
 雨と雹が降り注ぎ、雷鳴が鳴り響きく嵐の夜。バナーワース家の館で眠っていたフローラは、窓を破って侵入しようとするものの存在に気が付く。侵入者の唇は大きく裂け、中から鋭い牙をのぞかせていた。そして、咆哮をあげて近づくとフローラの喉笛に牙を突き立てる。彼女は悲鳴をあげるが…。
ヴァンパイア小説のフォーマットを作り上げた記念碑的な作品です。とはいえ、唐突に没落貴族の誇りや名誉の話になったりするので、現代的な作品を想像すると戸惑うことになります。また、肝心の吸血鬼気も気味悪いだけの小者でもの足りなさを覚えてしまいます。歴史的大作なので今後の展開に期待。
吸血鬼ヴァーニー 或いは血の饗宴 (第1巻) (奇想天外の本棚)
トマス・ペケット・プレスト
国書刊行会
2023-03-27



2024年6月16日追記
予想結果
ベスト5→3作品中1作的中
ベスト10→10作品中7作的中
ベスト20→20作品中13作的中
順位完全一致→20作品中2作品

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最新更新日2024/03/04☆☆☆

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SFが読みたい!2024
対象作品である2022年11月1日~2023年10月31日発売の国内SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素の絡まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されずらいので傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
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SFが読みたい!2024年版
早川書房
2024-02-09



SFが読みたい!国内版 最終予想(2024年1月20日)

1位.禍(小田雅久仁)
本を食べると食べたページに書かれていたことが体験できる「食書」、全裸の男が出現した電車の中で周囲の乗客も次々と服を脱ぎ始める「裸婦と裸夫」、鼻を育てる「農場」、他人の耳の中に潜り込んで人間を操る「耳もぐり」、髪を神として崇める宗教団体が世界を征服する「髪禍」等、全7編を収録。
奇想に満ちた短編集。ジャンル的には幻想ホラーに近いですが、行間から立ち上ってくる禍々しさが尋常ではありません。特に、発想の独創性や狂気じみた文章に結末の見事さと隙のない「食書」が絶品。また、読んでいてゾッとする「髪禍」や読者の身体感覚を大いに刺激する「農場」なども秀逸です。
禍
小田雅久仁
新潮社
2023-07-12


2位.走馬灯のセトリは考えておいて (柴田勝家)
元バーチャアイドルが敢行するこの世からの卒業ライブの舞台裏を描いた表題作、神社の神事だった福男を決めるマラソン大会が新型コロナの影響でVR化して独自の進化を遂げる「オンライン福男」、ある東洋美術学者が信仰が質量を持つとの持論を展開する「クランツマンの秘仏」など、全6編収録。
奇想に満ちた短編が揃っていますが、なかでも書き下ろしの表題作が秀逸。VR技術によって故人となったアイドルがファンのもとに再臨するエピソードなどぐっときます。一方、「オンライン福男」や「姫日記」などは著者のユーモア感覚が存分に発揮された快作です。その他も発想がユニークな良作揃い。


3位.わたしたちの怪獣(久永実木彦)
妹が父親を殺してしまったので高校生の姉は父の死体を怪獣が暴れている東京に棄てることを思いつく表題作、カルト人気を誇るZ級ホラー映画の上映中に街にゾンビが出現したので映画を観に来た面々は映画館に籠城しようとする「アタック・オブ・ザ・キラー・トマトを観ながら」など全4篇収録。
『七十四秒の旋律と孤独』で注目された著者の短編集です。ゾンビ・吸血鬼・怪獣などをモチーフにした作品は一見B級っぽくて楽しげですが、内容は意外とヘビー。みな人生に絶望しており、それをオタク的な設定で描いている点が独自の味わいとなっています。シュールな情緒性に満ちた異色傑作です。
わたしたちの怪獣 (創元日本SF叢書)
久永 実木彦
東京創元社
2023-05-31


4位.AIとSF (編集:日本SF作家クラブ/作:長谷敏司、高山羽根子、柞刈湯葉・他)
AI技術の爆発的な進歩によって大阪万博に用意した展示物がどんどん陳腐化していく「準備がいつまで経っても終わらない件」、亡くなった恋人の人格を彼女のSNS情報から再現する「AIになったさやか」、誤情報を出力してしまうAIをいかに矯正するかを描いた「Forget me, bot」など全22編収録。
『ポストコロナのSF』『2084年のSF』に続く近未来SFアンソロジーの第3弾。今作はAI進化のカンブリア大爆発ともいえる現実を前にしての発売であり、より身近に感じられる内容になっています。特に抱腹絶倒の「準備がいつまで経っても終わらない件」などは本当にありそうで困ります。


5位.ときときチャンネル 宇宙飲んでみた (宮澤伊織) 
十時(ととき)さくらは穀潰しの天才科学者・多田羅未貴と同居していたが、あるとき、未貴の研究や発明を配信で紹介し、生活費の足しにすることを思いつく。第1回は、5%の既知物質、27%のダークマター、68%のダークエネルギーからなる宇宙の一部をマグカップに入れて飲むというもので…。
女子2人の掛け合いが楽しくて百合色の強といった点はいかにも宮澤伊織作品です。しかし、ノリは軽くても語っている内容は難解な科学理論であり、そのギャップが異世界ピクニックとはまた違った魅力となっています。小難しいハードSFの世界を気軽に楽しめるという点で初心者にもおすすめです。


6位.アナベル・アノマリー(谷口裕貴)
サイキッカーが生まれるようになった近未来。そのなかでも、アナベルという少女は圧倒的な力を持っており、力業で現実をねじ曲げてしまう。そんな彼女を始末するのは6人の複合人格からなるサイキッカーシステムのSIXだ。しかし、SIXは周囲を瓦礫の山に変える一方で、アナベルは何度でも蘇り…。
少女禍と恐れられ、呪いのような存在のアナベルを巡る全4話の連作短編。悪夢のような物語は終末願望を満たすが如き魅力があり、特に破壊のカタルシスを感じさせる冒頭のエピソードは圧倒的な迫力です。後半はややトーンダウンを感じるものの、その濃密な世界観は唯一無二。カルト的な傑作です。
アナベル・アノマリー (徳間文庫)
谷口裕貴
徳間書店
2022-12-08


7位.バイオスフィア不動産(周藤蓮)
完全自給自足の住まい・バイオスフィアⅢ型建築の普及によって人類のほとんどは家に引きこもってしまう。そんななか、ユキオとサイボーグのアレイはバイオスフィアを管理する後香不動産の社員として住民のクレーム対応にあたっていた。しかし、そのクレーム内容はどれも奇妙なものばかりで…。
全5話の連作集。完全閉鎖系の住居というアイディアに加えて、予想外のクレームにいかに対処するかという点にSFとしての面白さがあります。また、法律をはじめとした社会の取り決めが意味をなさなくなったのにそれらが廃止されていないという世界観も秀逸。奇妙な味の終末SFとして読み応えあり。


8位.シュレーディンガーの少女(松崎有理)
例外なく65歳で死が訪れるようにプログラムされた世界で64歳の女性が孤児を拾う「六十五歳デス」、太った人間はテレビスタジオで公開デスゲームをやらされる健康至上主義の世界を描いた「太っていたらだめですか?」、数字の使用を禁じられた異世界に転生する「異世界数学」など、全6編収録。
少女とデストピアがテーマの短編集。ワンアイディアを徹底的に突き詰めていく作風が印象的で、特に、絶滅した秋刀魚の味を自由研究で再現しようとする「秋刀魚(さんま)、苦いかしょっぱいか」と数字が禁じられた世界を細部まで描き切った「異世界数学」が秀逸。読みやすい文章も好印象です。
シュレーディンガーの少女 (創元SF文庫)
松崎 有理
東京創元社
2022-12-12


9位.ドードー鳥と孤独鳥(川端裕人)
全国紙の科学記者である望月環はカリフォルニアで幼なじみのケイナと20年ぶりの再会を果たす。科学者となった環はゲノム編集技術を用いた脱絶滅の研究に取り組んでいるという。そんな彼女に触発された環は江戸時代に日本の長崎に来ていたというドードー鳥の行方を追う旅へと乗り出すが…。
前半はノスタルジックな物語として読み応えがあるものの、SF要素はなし。本番は絶滅動物を巡る研究や調査に焦点が当てられる中盤以降です。ノンフィクションかと勘違いしそうなディテールの細やかさが魅力的で、科学による絶滅種の復活という今日的なテーマには色々と考えさせられます。
ドードー鳥と孤独鳥
川端裕人
国書刊行会
2023-09-18


10位.回樹(斜線堂有紀)
死体を呑み込む謎の巨大物体・回樹を巡る女性同士の歪な愛を描いた「回樹」「回祭」、骨の表面に文字を刻む技術が思わぬ思想を生む「骨刻」、人間の死体が腐らず燃えず生前の姿を維持し続ける「永遠」、19世紀ののニューヨークな現れた宇宙人が黒人と白人の融和を果たす「奈辺」など6編収録。 
女性同士の愛、映画への愛、死者への愛、人種差別を超えた愛など様々な愛の形をSFとして描いた短編集です。思いもよらない独創的な設定が素晴らしく、それによってそれぞれの愛が鮮烈に浮かび上がってきます。特に、凡百の百合ものとはひと味違う「回樹」&「回祭」の愛と死の物語が強烈。
回樹
斜線堂 有紀
早川書房
2023-03-23


11位.かくも親しき死よ〜天鳥舟奇譚 (壱岐津礼)
恐るべき力を持つ邪神クトゥルフが復活の時を迎えようとしていた。それを予見していた地球の神々はクトゥルフやその眷属を迎え撃とうとする。だが、闘いには自分たちの器となる人間、すなわち牧童が必要だった。平凡な日常を過ごしていた若者たちはやがて、神と邪神の戦いに巻き込まれ…。
クトゥルフ殲滅を掲げて世界各国の英雄や神々が集結する展開にワクワクします。特に、頂上決戦ともいえる邪神クトゥルフと日本神話最恐女神イザナミノミコトのドリームマッチは必読です。一方で、そうした壮大なスケールの戦いと対比するかの如く描かれる若者たちの日常パートも魅力的。


12位.星の航海者1: 遠い旅人(笹本祐一)
冷凍睡眠を用いて長きに渡り宇宙を旅している恒星記録員のメイア。彼女の半生は人類の宇宙進出史そのものだ。一方、人類が初め太陽系外で開発に成功した惑星・ディープブルーで暮らす惑星記録員のミランダは宇宙酔いが克服できず地上勤務に甘んじていたが、ある時、メイヤのアテンダを命じられ...。
星のパイロットシリーズのキャラも登場する番外編的作品。大宇宙を旅をするのにワープなどの超科学的な手段に頼らず、冷凍睡眠という比較的リアルな方法に徹し、また奇想天外な物語ではなく、技術や医学的な問題を中心に描いている点にハードSFとしての面白さがあります。今後が楽しみな良作です。
星の航海者1 遠い旅人 (創元SF文庫)
笹本 祐一
東京創元社
2023-03-30


13位.コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝 (林譲治)
ドルドラ星系の荒れ果てた惑星・シドンで空を漂っている恒星間宇宙船が発見される。この星にはもともとヒューマノイドの知的生命ビチマが存在していたのだが、150年前に入植した人々によって奴隷のように扱われてきた。彼らの人権回復が図られる最中、ビチマの惨殺死体が発見されるが…。
工作艦明石の孤独・外伝と銘打たれていますが、世界観が同じというだけで物語は全くの別物です。本作は、人類の人種差別の歴史をSFとして描いたものであり、政治・歴史・生態学など、さまざまな蘊蓄を絡めた思索が興味深い。また、ミステリタッチの物語にも引き込まれるものがあらます。


14位.アブソルート・コールド(結城充考 )
生命工学及び情報技術の独占によって見幸市を牛耳る大企業・佐久間種苗は細菌テロの標的となり、100名以上の研究員が犠牲となる。佐久間種苗の内情を探っていた元刑事の尾藤はテロの要因となった機密の存在を知る。一方、少女コチは電気連合組合からある記憶装置の回収を命じられるが…。
まず、3人のメインキャラを始めとする登場人物がみな魅力的。そして、そんな彼らが繰り広げる物語はめまぐるしくも刺激的で、まさにセンスオブワンダーの世界です。サイバーパンクの魅力がぎっりつまっているうえに、ポップな軽さも兼ね備えたており、幅広い層におすすめできる傑作です。
アブソルート・コールド
結城 充考
早川書房
2023-04-25


15位.あなたは月面に倒れている (倉田 タカシ)
人型のスパムが古典的な詐欺の手口を駆使して人の家に入り込んで個人情報や預金を抜き取っていく「二本の足で」、言葉をしゃべる猫としりとりをしながら過去のトラウマと向き合う「おうち」、タイポグラフィを駆使した実験小説「夕暮にゆうくりなき声満ちて風」など、全9編収録。
円城塔推薦というだけあって実験的な作品がずらりと並んでいます。ナンセンスで突飛な設定から始まる物語はイマジネーションを刺激される一方で、社会風刺なども盛り込まれ、さまざまな楽しみ方が可能です。ただし、起承転結がきっちりとした物語が好きな人にはとっつきにくいかもしれません。


16位.標本作家(小川楽喜)
西暦80万2700年。人類はすでに滅亡し、地球は玲伎種(れいきしゅ)と呼ばれる知的生命体によって支配されていた。多くの面で人類を凌駕する玲伎種だったが、唯一芸術だけは人類に劣るとされていた。そのため、”終古の人籃”という施設を設立し、蘇生した文豪たちに小説を執筆させていたのだが...。
第10回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作品。『サロメ』や『フランケンシュタイン』の作者をモデルとした文豪たちを文人十傑として復活させ、創造の探求と挫折を描いていく物語は小説好きの人間にとってはそそられるものがあります。ただ、そこで語られる文学論などがやや凡庸なのが惜しいところ。
標本作家
小川 楽喜
早川書房
2023-01-24


17位.ダイダロス(塩崎 ツトム)
1973年。文化人類学者アラン・スナプスタインと医師のベン・バーネイズはアマゾンの奥地へと進んでいく。残酷な人体実験を繰り返したナチスの生物学者ヨシアス・マウラーの居場所を突き止めるためだ。途中で日系人の青年ヒデキと出会った彼らはある月の夜に奇怪な刺青をした少女を目撃すが...。
第10回ハヤカワSFコンテスト特別賞。ナチハンターやマッドサイエンティストといった昔のB級映画のノリが楽しい。テンポは遅めですが、細部までよく練り込まれたマジックリアリズムの佳品です。
ダイダロス
塩崎 ツトム
早川書房
2023-02-21


18位.WALL (周木律)
日本の北方で船や飛行機が突如消息を絶つ。自動運転によって空港に着陸した機体もあったが、乗客乗員の姿はどこにもない。原因は長さ数千キロにも及ぶ半透明の壁。それに触れると人間だけが消えてしまうのだ。日本列島に迫る壁に対して、日本政府は科学者を集めて善後策を協議させるが...。
『日本沈没』のような未曾有の危機を描いたパニックSF小説です。女性科学者、新聞記者、迫る壁から逃げ惑う単身赴任の男性をメインに末、未曾有を災厄をテンポ良く描いています。壁を巡る謎やそれぞれの視点で描かれるドラマはよくできています。それだけに結末のあっけなさがやや残念。
WALL (角川文庫)
周木 律
KADOKAWA
2023-04-24


19位.そして、よみがえる世界。(西式豊)
テレパスという技術により、障害者でも代替身体を遠隔操作して自身の介護を行えるようになった近未来。脳神経外科医の牧野も四肢麻痺に陥りながらもテレパスを駆使して医師であり続けようとする。そんな彼が恩師からの依頼で少女の視力回復の手術を代行する。だが、その直後から異変が起き…。
第12回アガサ・クリスティー賞大賞。前半はVRやロボット工学と統合した近未来の医療技術がディテール豊かに描かれ、興味深く読むことができます。また、不可解な事件をホラー的に描き、ゾッとさせられます。なにより、ミステリ的な事件をSFのガジェットを用いて解き明かしていく手管が見事です。
そして、よみがえる世界。
西式 豊
早川書房
2022-11-16


20位.トゥモロー・ネヴァー・ノウズ(宮野優)
殺された娘の敵を討つために母親の私は犯人が入院している病院へ向かう。そして、足を折って動けないない彼をめった刺しにするのだった。だが、時は巻き戻り、私は再び犯行当日の朝を迎える。何度殺してもリセットされ、果たされることのない復讐。しかし、あるとき転機が訪れ…。
ループをテーマにした連作集です。全5話が収録されていますが、ベストは第1話の「インフェルノ」。単純なループものと思わせてからの仄暗い爽快感を感じさせる逆転劇が秀逸です。一方、第2話の「ナイトウォッチ」でJKの視点から世界の変容を描いており、ラブコメ風味な味わいが楽しい。


21位.NOVA 2023年夏号 (編集:大森望 /作者:池澤春菜、斜線堂有紀、高山羽根子・他)
どんなに努力しても1グラムたりとも痩せない女性がネットでアドバイスを募った結果とんでもない事実が判明する「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」、豪華客船で起きた殺人事件の犯人を名探偵が指摘するも時間がループして永遠に惨劇が繰り返される「ヒュブリスの船」など、全13編収録。
女性作家の作品を集めたアンソロジー。いずれも読み応えありですが、なかでもユーモアたっぷりの「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」と悪夢の地獄巡りを見せられる「ヒュブリスの船」が強烈。また、調書形式の「刑事第一審訴訟事件記録 玲和五年(わ)第四二七号」もSFリーガルとして印象的です。
NOVA 2023年夏号 (河出文庫)
河出書房新社
2023-04-05


22位.工作艦明石の孤独(林譲治)
突如ワープ航法が不能となり、宇宙の孤児と化したセラエノ星系150万の民は異星知性体のコミュニケーションを図りつつ、新たな文明の形を模索していく。一方、工作艦明石の椎名ラパーナも知性体イビスとのファーストコンタクトを展開していく。そして、未知の技術だったワープ航法の真実が…。
ワープ航法とファーストコンタクトをテーマにした本作は謎が謎を呼ぶ展開に読んでいてワクワクします。ただ、広げた風呂敷をたたむために最終巻がバタバタしてしまった感があります。特に、ワープ航法の謎が十分に解明できておらず、消化不良気味だったのが残念。非常に惜しい作品です。

23位.ヘルメス (山田宗樹)
2029年。巨大な小惑星が地球に接近し、あわや衝突という危機に見舞われる。その体験は人類に強烈なトラウマを植え付けた。人々は再びの危機に備えて地下3000mに巨大シェルターを建設し、そこでの生活実験が行われる。だが、実験終了直前に、被験者たちは地上に出たくないと抵抗を始め...。
近い将来、実際に起こりそうな問題を平易な文章でテンポ良く描いており、謎めいた展開も相俟ってぐいぐい引き込まれていきます。ただ、その分、テンポが速すぎて駆け足になっている感もあり。思わぬ展開に驚かされる一方、解明されていない謎があるなど消化不良な面もあり、好みの分かれるところ。
ヘルメス
山田宗樹
中央公論新社
2023-08-21


24位.「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門 (冬木糸一)
AI・メタバース・気候変動など、現代を生きる我々が未来を考えるうえで重要なトピックスをピックアップし、それらに関連した本を紹介していくというスタンスのガイドブックです。ただ、SFが未来を知るための教養だというのは飛躍がすぎると感じる人がいるかもしれません。しかし、本書ではノンフィクションも紹介することでSF小説と現実の橋渡しをしている点が上手いところです。本文も分かりやすい文章で書かれており、個々の作品の魅力がストレートに伝わってきます。本書のコンセプトに対する賛否を別にすれば誰にでも勧めやすい、良質のガイドブックだといえるでしょう。


25位.ヨモツイクサ (知念実希人)
北海道旭川にアイヌから黄泉の森と呼ばれて恐れられた禁域があった。その一帯を大手ホテル会社が開発を始めたところ、作業員が行方不明になってしまう。しかも、現場には獣による蹂躙の痕跡が残されていた。一方、実家が禁域の近くにある外科医の佐原茜は7年前に家族が忽然と消える事件に遭遇し...。
著者初のバイオホラー。前半のヒグマの話だけでもなかなかの面白さですが、そこからさらなる恐怖へと突き落としていく2段構えのの構成が見事です。また、二転三転する展開の末に衝撃的などんでん返し繋げる手管はミステリー作家ならでは。ただ、グロテスクな描写が苦手な人は要注意です。
ヨモツイクサ
知念実希人
双葉社
2023-05-17


26位.無限の月(須藤古都離)
睡眠中の脳を繋げて生体コンピューターとして用いる技術を確立させたIT経営者。その彼が別居中の妻の元を久しぶりに訪ねてきた。ところが、妻はすぐに違和感を覚え、目の前にいる男性が夫ではないことに気が付く。すると、夫そっくりな男は自分の身の上に起きた出来事を語り始めるが…。
最新アプリによって他人の記憶が流れ込み、自分自身が失われていく展開は大いに読み応えあり。ただ、壮大な物語を期待したら登場人物の身の回りの話だけで完結してしまったのには肩透かし感も。エピローグはなかなか壮大なのですが、SFとしてはそこをじっくりと描いてほしかったところ。
無限の月
須藤古都離
講談社
2023-07-11


27位.大阪SFアンソロジー:OSAKA2045(北野勇作、牧野修・他 )
夢洲の科学館でロボットの澪標ミオとコンビを組んで子供向け科学ショーを行っているサイエンスコミュニケーターが人間とロボットのあるべき関係を模索する「みをつくしの人形遣いたち」、荒野と化した夢洲を舞台に2人の女がDV男たちを叩きのめす「復讐は何も生まない」など、全10篇収録。
大阪にゆかりのある作家10人が2045年の大阪を描いたSFアンソロジーです。まずなんといっても、ロボットの澪標ミオが可愛く、お仕事小説としての魅力を前面に押し出した「みをつくしの人形遣いたち」が面白い。また、牧野修らしいバイオレンスが炸裂する「復讐は何も生まない」も秀逸です。
大阪SFアンソロジー:OSAKA2045 (Kaguya Books)
藤崎ほつま
Kaguya Books
2023-08-31


28位.祝福(高原英理)
批評家の手によよってまるで実在している書籍の如く語られる架空の小説、自傷行為を繰