物語良品館資料室

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最新更新日2025/01/20☆☆☆

Previous⇒このミステリーがすごい!2025年版 国内ベスト20予想

このミス2026
対象作品である2024年10月1日~2025年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

2025年1月4日時点での暫定予想順位

1位.禁忌の子(山口未桜)
兵庫市民病院の救急科に勤める武田航は、運び込まれた身元不明の溺死体を目の前にして愕然とする。30代とおぼしきその遺体は武田と瓜二つだったのだ。兄弟もいないはずの自分とこの男とは一体どのような関係にあるのか?武田は旧友の協力を得て調査を始めるが、鍵を握る人物が密室で謎の死を遂げ…。
現役医師が最新知識を駆使して描いた医療サスペンスです。とにかく文章が上手く、リーダビリティと没入感の高さが圧倒的。真実に迫っていく過程も面白く、終盤における怒濤の展開が素晴らしい。
禁忌の子
山口 未桜
東京創元社
2024-10-10


2位.有栖川有栖に捧げる七つの謎(一穂ミチ、今村昌弘・他)
若い女性自宅マンションで殺され、臨床犯罪学者の火村に警察から協力要請が入る。遺体にはロープで絞められた跡があり、状況から凶器のロープはマンションのゴミ集積場に棄てたものと考えられた。ゴミは業者に回収された後だったが、監視カメラにはゴミを捨てにきた数人の人物が写っており…。
人気作家7人が有栖川有栖のパスティーシュに挑戦したアンソロジー。みな一流の作家だけあって有栖作品の特徴をよく捉えており、出来も申し分ありません。特に、「縄、綱、ロープ」が王道的傑作。
3位.崑崙奴(古泉迦十)
唐帝国の末期。帝都・長安では、腹を十文字に切り裂かれたうえで臓腑が抜き去られるという奇怪な連続殺人が起きていた。そして、犯人は屍体の心肝を喰らっているのではないかとの噂が広まるなか、青年・裴景は奴隷の身でありながら卓越した洞察力もつ磨勒の導きによって真相に迫っていくが...。
24年ぶりの新作。処女作『火蛾』は12世紀のイスラム世界を描いたカルト作だったのに対し、今作は良くも悪くも分かりやすい作品に。前半は単調で退屈ですが、膨大な蘊蓄と後半の盛り上がりは魅力的。
崑崙奴 (星海社 e-FICTIONS)
古泉迦十
講談社
2024-11-26


4位.闇に消えた男 フリーライター・新城誠の事件簿(深木章子)
消失屋敷事件で出会ったフリーライター・新城誠と文芸評論社編集の中島好美。2人の前に再び不可解な事件が立ち塞がる。失踪したノンフィクション作家の妻が捜索を依頼し、それを受けた新城が調査を始めたところ、次第に作家の裏の顔が浮かび上がっていったのだ。そして、事件は意外な方向に...。
出だしこそ前作『消人屋敷の殺人』に比べて地味な印象ですが、完成度の高さに関しては前作を遥かに上回っています。証言を積み重ねて真相に迫っていく手管が見事ですし、盲点を突いた真相も秀逸。


5位.
架空犯(東野圭吾)
都内の高級住宅地で火の手が上がり、焼け跡からは都議会議員と元女優夫婦の死体が発見された。当初は無理心中だと思われていたが、偽装工作の痕跡が発見されたことで殺人事件と断定される。警視庁捜査一課の五代は所轄の刑事である山尾と捜査を開始するが、その最中にとんでもない疑惑が浮上し…。
五代シリーズ第2弾。リーダビリティの高さは圧倒的で、意外な容疑者が浮上する前半から過去の人間関係を紐解いていく後半までぐいぐいと引き込まれていきます。警察小説家としてかなりの面白さ。
架空犯
東野 圭吾
幻冬舎
2024-11-01


6位.砂男(有栖川有栖)
砂男なる都市伝説を調査していた学者の刺殺死体には砂が撒かれていた謎を火神と有栖が追う表題作、離れに泊まって朝目を覚ますと誰も出入りは不可能なはずなのに体に引っ掻きができている「女か猫か」、英都大推理研の面々がパズル研の挑戦に挑む「推理研VSパズル研」など全6篇収録。
単行本未収録作品を1冊にまとめた短編集なのでクオリティは極上とはいきませんが、ファンであれば十分に楽しめる作品ばかりです。特に、学生アリスシリーズが久しぶりに読めるのがうれしいところ。
砂男 (文春文庫)
有栖川 有栖
文藝春秋
2025-01-04


7位.血腐れ(矢樹純)
芳子は夫の一周忌に彼の妹である勝子から不思議な話を聞く。半年ほど前から芳勝子の兄、つまり芳子の夫が夜な夜な現れては彼女の唇を指でなぞるというのだ。勝子は兄が何かを伝えたがっているのではないかというが、芳子は勝子の認知症を疑っていた。なぜなら、彼女がこの話をするのは4度目で…。
全6話収録の短編集。いずれの作品も怪談じみた物語にイヤミス要素を加え、二重にゾッとさせられる物語に仕上がっています。ラストのどんでん返しでさらに怖ろしさが増していく手管が見事です。
血腐れ(新潮文庫)
矢樹純
新潮社
2024-10-29


8位.パンとペンの事件簿(柳広司)
社会主義者の堺利彦は刑期を終えた1910年に、文章に関する依頼であればなんでも引き受ける会社・売文社を立ち上げる。ひょんなことから堺に助けられた青年はなりゆきで売文社の一味と行動を共にすることになる。そして、社に舞い込んだ奇妙な依頼の解決のため、仲間と一緒に奔走するが...。
実在の人物や出来事を題材にした著者十八番の歴史ミステリー。謎解き要素は薄いものの、弱気を助け強きをくじく売文社一味の活躍が痛快で、終盤における裁判の決着シーンも実に鮮やかです。


9位.さかさ星(貴志 祐介)
戦国時代から続く名家・福森家で起きた一家皆殺しの惨劇。しがないユーチューバーで親戚の中村亮太は起死回生のネタを求め、霊能力者の賀茂禮子とともに屋敷に乗り込む。禮子は長きに渡る怨念と数多の呪物にまみれた屋敷を非常に危険な状態だといい、さらなる惨劇を阻止すべく動きだすが…。
本作は心霊系のホラー小説ですが、何者かに配置された数多の呪物の中から惨劇のトリガーとなったものを探り、背後に潜む黒幕をあぶり出していく展開はミステリーとしても読み応えがあります。
さかさ星 (角川書店単行本)
貴志 祐介
KADOKAWA
2024-10-02


10位.まず良識をみじん切りにします(浅倉秋成 )
パワハラを続ける取引先の担当にデスゲームを仕掛ける「そうだ、デスゲームを作ろう」、花嫁がお色直しから戻らない原因を巡って各自が持論を展開する「花嫁がもどらない」、プロ野球の若手選手が久しぶりの1軍の試合で意味不明な利敵行為を繰り返す「ファーストが裏切った」など、全5編収録。
本作はミステリーの中でも異端とされる“奇妙な味”にカテゴライズされる作品集です。ナンセンスな出来事の連続で、王道ミステリーの作風とは対極をなしていますが、その不条理さが逆に面白い。
まず良識をみじん切りにします
浅倉 秋成
光文社
2024-10-23


11位.トライロバレット (佐藤究)
ユタ州の高校に通う17歳の少年、バーナム・クロネッカー。彼は三葉虫に魅せられ、その化石を熱心に集めつつ、学校では静かに過ごしていた。だが、人気者コール・アボットによるイジメが突然始まる。その後、謎めいた同級生、タキオ・グリーンと友人なったバーナム。運命の歯車が静かに回り始める…。
アメリカにおける高校生銃乱射の事件に材をとりながらも、主人公がヒーローとして祭り上げられていく歪な展開が面白い。ただ、本作はまだ序章といった感じで、先が読めないのがもの足りない。
トライロバレット (講談社文庫)
佐藤究
講談社
2024-12-13


12位.カタリゴト 帝都宵闇伝奇譚(柴田勝家)
大正の世の華族殺し。堀井三左衛門男爵が何者かに殺害されたのだ。一方、行方不明の猫探しを依頼されたしがない探偵・平島元雪はある日、美しい年若の浪曲師・真鶸亭湖月と出会う。以降、平島は次々と奇怪な事件と出くわすことになる。湖月はそれらをカタリゴトによって再構成していくが…。
ホラー文庫から出版されていますが、完全なミステリです。各話の謎解きが、最後に大きな事件の解決に繋がっていく構成がよくできています。事件をドラマチックに書き換える湖月の語りも魅力的。


13位.命みじかし恋せよ乙女: 少年明智小五郎(辻真先)
大正8年。帝国新報の記者・可能勝郎は電車で東京郊外の世田谷村を訪れる。富豪である守泉家の招きで中村座が「番町皿屋敷」を上演するのを取材するためだ。だが、中村座の俳優・静禰などに取材を行いながら上演日を待っていると、屋敷内で女性の死体を発見。しかも、死体はいつの間にか消失し...。
「たかが殺人じゃないか」等の昭和三部作の前日譚。出だしはスローペースながら若き明智小五郎などの活躍を絡めて盛り上げていく手管は流石です。謎解きもよく考えられており、なかなかの佳品。


14位.アバーネティ家のパセリ シャーロック・ホームズ~語られざる事件~(Ah)
1897年。悲しみにくれた娘がホームズの元を訪れる。彼女の話によると、下宿人で婚約者でもあった化学専攻の大学生が自室で毒を飲んで死んだというのだ。現場の状況から警察は自殺と断定するが、彼女はホームズに再捜査を依頼する。現場に赴いたホームズはそこに残されたバター箱に注目するが…。
ホームズの物語には存在だけ匂わせて語られなかった事件がいくつかあり、その一編をわずかな情報に基づいて完全再現してみせたのが本作です。しかも、完コピといえるほどの完成度を誇っています。


15位.怪獣殺人捜査 高高度の死神(大倉崇裕)
怪獣省の予報官・岩戸正美が登場する飛行機で殺人事件が発生。機内が混乱状態のなか、今度は飛行怪獣が姿を現す。果たして彼女は事態を収拾して飛行機を無事着陸に導くことができるのか?一方、ロシアでは2種の怪獣が兵器庫を襲撃。しかも、一匹が核兵器を呑み込んで日本に向かいはじめるが...。
怪獣のいる世界で起きた殺人事件の謎に挑む怪獣殺人捜査シリーズの第2弾。それも怪獣たちが単なる添え物ではなく、魅力的に描かれているの素晴らしい。そこに政治問題が絡み、唯一無二の味わいに。
怪獣殺人捜査 高高度の死神
大倉崇裕
二見書房
2024-12-19


16位.神様の次くらいに: 人の死なない謎解きミステリ集(久住四季 )
デートに誘った女性と何故か家電量販店の行列に並ぶ羽目になって思わず謎と遭遇する表題作、小学校の新米教師が児童たちの前である謎を解くと宣言してしまう「さくらが丘 四年三組の来週の目標」、文化祭の前日に生徒会副会長が密室の謎に挑むことになる「ライオンの嘘」など、全5編収録。
ほんわかした気分になれる後味の良い日常ものが揃っていますが、ミステリーとしてはデイヴィッド再登場の「デイビッドグロウ、サプライズパーティーを開く」がロジカルかつ捻りがあって秀逸。


17位.逃亡犯とゆびきり(櫛木理宇)
フリーライターの世良未散に女子中学生墜落死事件の執筆依頼が入る。亡くなったのは15歳の少女で、「あたしは一一七人に殺された」という遺書が残されていた。調べてみると、少女に対する周囲の評価はさまざまで謎は深まるばかりだ。そんな折、親友で指名手配中の古沢福子から連絡があり…。
主人公が逃亡中の殺人犯からヒントをもらいながら事件の謎を解いていく構成が面白い。同時にどの事件の真相も胸が苦しくなるものばかりで社会派として深く考えさせられる作品でもあります。
逃亡犯とゆびきり
櫛木理宇
小学館
2024-12-11


18位.この恋だけは推理らない(谷夏読)
高校2年の岩永朝司は恋愛経験がないにもかかわらず、恋愛の神様と呼ばれ、さまざまな恋愛相談を受けていた。そんな彼の元にJK恋愛小説家の小井塚咲那が訪れ、スランプ脱却のためにネタになりそうな恋バナを教えてほしいと懇願する。朝司は恋愛相談を手伝うことを条件に申し入れを受け入れるが…。
東京創元社&カクヨムの学園ミステリ大賞大賞受賞作。朝司と塚咲那との掛け合い面白さが際立つ前半の展開に対して、後半は巧みな伏線回収によって見えていたものが反転していく展開が見事です。
この恋だけは推理らない
谷 夏読
東京創元社
2024-12-11


19位.遊廓島心中譚(霜月流)
石を愛でるのが好きな町娘・伊佐の元に父・繁蔵の訃報が届けられる。父は、遺骸が遊廓島の遊女と一緒に発見されたことから心中と判断されたうえに、強盗殺人の容疑までかけられていた。真相を確かめるべく伊佐は遊郭島に乗り込むが、そこで遊女殺しの異名を持つ英国海軍の大尉と出会い...。
乱歩賞作品なのに前半で語られるのは事件の推理よりむしろ愛についてのことばかり。それをミステリとして着地させる力業は意外性満点ながら好みが分かれそう。伊佐とメイソンの恋の行方が切ない。
遊廓島心中譚
霜月流
講談社
2024-10-22


20位.その殺人、本格ミステリにさせません。(片岡翔)
20年前に伝説のミステリー作家・鳳亜我叉のデビュー作『鳳凰館の殺人』を映画化してカルト的人気を博した鳳灾子が新作映画の撮影のため、孤島にある奇怪な館で撮影を開始する。探偵の音更風もアドバイザーとして同行するが、灾子が殺人を計画しているのではないかという疑念が捨てきれず...。
殺人を未然に防ぎたい音更風(おとふけ・ぶう)が探偵役のシリーズ第2弾です。著者が映画監督だけに映画ネタを絡めた設定は魅力的。二転三転の展開も面白いが、真相は無理があるように感じます。



その他注目作

翳りゆく午後(伊岡瞬)
高校教師の大槻敏明には80歳手前の父・武がいた。地元の名士として知られる武だったが、最近は認知症の前兆を思わせる言動が増えていた。自動車の危険運転も目立ち、敏明は免許の返納を求めるも武は頑なに拒否する。そんなある日、近隣で悪質な轢き逃げ事件が発生。敏明はある疑念に駆られるが…。
最近問題になっている高齢者の危険運転にスポットを当てた作品です。人ごとではないエピソードがリアリティ豊かに描かれ、ゾッとさせられます。そのうえでのどんでん返しも見事です。


謎解き広報課 狙います、コンクール優勝!(天祢涼)
高宝町役場の広報課に所属する新藤結子は新卒2年目にして役所の広報紙・こうほう日和を担当することになる。そして、新たに広報課へ異動してきたイラスト担当の羽田茜とともに、忙しくも充実した日々を過ごすことになるのだったった。その一方で、彼女は取材先でさまざまな謎に遭遇し…。
謎解き広報課シリーズ第2弾です。役所における広報紙作の内実が詳しく描かれており、興味深いものがあります。また、謎解き要素も満載でお仕事小説としても日常ミステリーとしても読み応えあり。


死んだ木村を上演(金子玲介 )
啓栄大学演劇研究会の卒業生たちに脅迫状が届く。8年前の合宿での木村の死は自殺ではなく殺人で、真実を知りたければ指定した日時に雛月温泉の宿・極楽に来いというのだ。集まったのは庭田、咲本、羽鳥、井波の4人。当時、劇研の4年生だった彼らにはそれぞれ秘密にしていたことがあり...。
死んだシリーズの第3弾。テンポの良さや掛け合いの面白さは相変わらずで、後半からの二転三転の展開にも引き込まれます、ただ、真相自体には大きな驚きはなく、薄々予想できる点には物足りなさも。
死んだ木村を上演
金子玲介
講談社
2024-11-12


他言せず(天野節子)
倉元家へ奉公に上がったよし江に対して女中頭の聡子は「屋敷で見聞きしたことは他言してはならない」と釘を刺す。あるとき、顔馴染みの御用聞が立て続けに行方不明となる。よし江はあることを目撃するが、警察に言えずにいた。それから5年。今度は倉元家の主人が頭蓋骨を骨折して亡くなり…。
昭和が舞台のノスタルジックな雰囲気の作品です。ミステリーとしては序盤は静かですが、後半からは意外な事実が次々と明らかになっていき、ぐいぐいと引き込まれていきます。最後の伏線回収も見事。
他言せず (幻冬舎文庫)
天野節子
幻冬舎
2024-12-05


虚の伽藍(月村了衛)
弱者救済を信条とする若き僧侶・志方凌玄は、バブルの只中にあった京都で金脈に群がる魑魅魍魎を目の辺りにする。日本仏教の最大宗派でありながら腐敗しきった錦応山燈念寺派を正すため、あえて黒社会の人々手を組む凌玄。そして、あらゆる手管を弄した末に、彼は総貫首様へと上り詰めていくが…。
仏教界を舞台にしたノワール巨編です。真面目が取り柄の青年僧侶が悪に身を投じることで成り上がっていく第一部が痛快。一方、主人公の俗物化と選挙戦に終始する第二部は賛否が分かれそう。
虚の伽藍
月村了衛
新潮社
2024-10-17


罪名、一万年愛す(吉田修一 )
探偵の遠刈田蘭平は九州でのデパート経営で財をなした一族の三代目から、時価35億ともいわれる“一万年愛す”という名のルビーを探してほしいとの依頼を受ける。そして、蘭平は創業者・梅田壮吾の米寿の祝いに訪れ、孤島の豪邸で一夜を過ごすことになる。だがその夜、梅田翁は忽然と姿を消し…。
クローズドサークルミステリのような道具立てながら、実際は、梅田翁の過去に焦点を当てた人間ドラマです。ドラマは読み応えがあって感動的ですが、ぶっ飛んだラストは好き嫌いが分かれそう。


一目五先生の孤島(大島清昭)
名探偵に憧れる倭文文は調査会社に就職するも、霊を呼び寄せる特異体質が災いして異動を繰り返していた。その末に行き着いたのが超常現象を専門に調査する変調課という部署だった。彼女は他のメンバーとともに作業員の不審死が続く五福島の調査に赴くが、その島はかつて惨劇のあった場所で...。
『地羊鬼の孤独』と世界観を同じくするホラーミステリー。人の手による事件のなかにホラー要素が巧みに組み込まれており、読んでいてゾクゾクします。一方、禁じ手のトリックは賛否がわかれそう。
一目五先生の孤島
大島 清昭
光文社
2024-11-20


飽くなき地景(荻堂顕)
旧華族の烏丸家は土地開発と不動産事業で成り上がるが、治道は祖父の所有する宝刀・無銘の美しさに魅せられ、文化に関わる仕事に就きたいと考えていた。だが、祖父の死後に刀は父によって愚連隊の手に渡ってしまう。やがて時は過ぎ、無銘にまつわる事件が起きる。刀に秘められた一族の秘密とは?
本作は、戦後日本を舞台に繰り広げられる一族の愛憎を描いた大河ロマンです。同時に、自身が内包する欺瞞を鋭くついた美術論、あるいは大企業の内幕を絡めた戦後東京の発展史としても読み応えあり。
飽くなき地景 (単行本)
荻堂 顕
KADOKAWA
2024-10-02


朝比奈さんと秘密の相棒(東川篤哉)
理事長の娘・朝比奈麗華は大のミステリ好きで、ある朝、ミステリ研で起きた密室盗難事件を解決しようと部室に出向き、部員の石橋君と出会う。気弱そうな石橋くんを前にして、さまざまな推理を繰り広げていく朝比奈さんだが、どれも見当はずれなものばかり。逆に、石橋くんの推理が冴えはじめ...。
鯉ヶ窪学園探偵部シリーズ番外編。傍若無人ながらポンコツな朝比奈さんが可愛く、コミカルな掛け合いも安定の面白さです。謎解きも小粒ながらよくできており、連作短編として水準以上の面白さ。
朝比奈さんと秘密の相棒 鯉ケ窪学園シリーズ
東川 篤哉
実業之日本社
2024-11-14


猫の耳に甘い唄を(倉知淳)
冷泉彰成は売れないミステリー作家。ある日、彼の元に2通の手紙が届く。一通は女性からのファンレターでもう一通は「殺人と云う名の粛清を献上する」と書かれた怪文書だった。しかも、数日後に刑事が訪れ、ファンレターを送った女性が殺された旨を告げる。そして、再び彼のファンが殺害され…。
作家と弟子のミステリー談義や編集者からのダメ出しなど、ミステリー好きにとって楽しい作品に仕上がっています。ただ、本作の謳い文句である三度のどんでん返しはいずれも凡庸でいまひとつです。
猫の耳に甘い唄を
倉知淳
祥伝社
2024-12-12


その時鐘は鳴り響く(宇佐美まこと)
資産家の男が路上で殺害される。赤羽署初の女性刑事・黒光亜樹は本庁の先輩刑事とコンビを組まされ、対立しながらも捜査を続けていた。一方、松山大学マンドリンクラブのOG・国見冴子は、取り壊し予定の部活棟の黒板に書かれていた一文を見て驚く。その筆跡は失踪した高木圭一郎のもので…。
現在の資産家殺しと30年以上前の学生の事故死。一見無関係な2つの出来事が徐々に繋がっていく過程は読み応えあり。ご都合主義的展開は気になるものの、読者の郷愁を呼び起こす佳品です。
その時鐘は鳴り響く
宇佐美 まこと
東京創元社
2024-10-31


誘拐ジャパン(横関大)
32歳で無職の天草美晴は高額報酬につられてゴミ屋敷の掃除を引き受ける。だが、現場で待っていた2人の女性は塀を乗り越えて屋敷への無断侵入を始め、仕方なくついていくと、突如現れた老人に投げ飛ばされてしまう。彼は大物政治家で「君たちに総理の孫を誘拐してもらいたい」というのだが…。
犯人一味の奇想天外な要求が楽しい誘拐ミステリーです。同時に、日本の舵取りを今後どうしていくべきかという政治を絡めたテーマも興味深い。ツッコミどころ満載ながらも痛快なエンタメ作品です。
誘拐ジャパン
横関 大
小学館
2024-10-30


名探偵の顔が良い:天草茅夢のジャンクな事件簿(森晶麿)
職場で不可解な殺人事件に巻き込まれた潤子は事情聴取の後に好物のジャンク飯を食べ向かった。すると、そこには推しの天草茅夢の姿があった。突然の出会いに興奮冷めやらぬなか、ジャンク飯の話題で意気投合し、そのままの勢いで事件のことを相談する。すると、彼は目を輝かせて推理を始め…。
推しとバディを組む連作ミステリー。飯テロと謎解き要素を組み合わせ、テンポ良く気軽に楽しめる作品に仕上がっています。各話の謎解きに加えて、主人公の秘密を縦軸にした構成が秀逸です。


逆転ミワ子(藤崎翔)
賞レースで好成績を収め、人気がじわじわと上昇しているピン芸人のミワ子。彼女はエッセイとショートショートを収録した本を発売したが、その直後に失踪してしまう。人気俳優と結婚したばかりで公私ともに順調だと思われたミワ子の身に一体何が起きたのか?すべての秘密はその本の中に…。
逆転シリーズ第3弾。大きな話題読んだ『逆転美人』と同様に紙の本ならでは非常に凝った仕掛けが施されています。しかし、それ以前に作中のエッセイやショートショートが面白く、読み応えあり。
逆転ミワ子 (双葉文庫 ふ 31-05)
藤崎 翔
双葉社
2024-10-09


その噓を、なかったことには (水生大海)
妻が不在の家に帰宅すると中で見知らぬ男が倒れて死んでいる「妻は嘘をついている」、無名の俳優が人気ロックバンドのMVに出演したところネットで嫌がらせを受けるようになる「まだ間に合うならば」、亡き義父母の遺品から義父が義母に宛てた手紙を発見する「家族になろう」など、全5編収録。
ラストで嘘が暴かれて物語が反転する作品を集めた短編集。オチが読めるものもありますが、意味不明の状況に疑心暗鬼になる心理や真相が明らかになった後の後味の悪さなどが巧みに描かれています。
その噓を、なかったことには
水生大海
双葉社
2024-11-20


暗黒戦鬼グランダイヴァー(誉田哲也)
近未来の東京。空きビル空き家を不法占拠する不法滞在外国人の子孫はいつしか異能の力を身に付け、異人と呼ばれるようになっていた。深町辰矛はダイバースーツに身を包み、その異人たちを捕獲する任務に就いていた。だが、異人グループからの襲撃を受けた辰矛は、同僚と恋人を目の前で殺され…。
政治的に過激なメッセージが感じられる展開は賛否が分かれそうです。その一方で、特殊戦闘服に身を包んで悪い奴らを殺しまくる展開はまるでバイオレンス漫画のようであり、エンタメとして面白い。
暗黒戦鬼グランダイヴァー
誉田 哲也
KADOKAWA
2024-12-12


こぼれ落ちる欠片のために(本多孝好)
マンションの一室で男性が殺された事件を担当することになった和泉は若い女性刑事・瀬良と組まされることになる。極端に無口な彼女を前にして、なぜ刑事になれたのかと訝しがる和泉。しかし、すぐに彼は世良がたぐいまれなる観察力の持ち主であることを知る。2人は次第に真相へと迫ってゆくが…。
テンポのよい二転三転の物語は警察小説としてなかなかの面白さ。3つの中編がいずれも救いのない結末を迎える点に関しては好みが分かれそう。瀬良も無口すぎてバディものとしての魅力がいま一つ。


謎解き広報課 わたしだけの愛をこめて(天祢涼)
高宝町役場の広報課で広報誌作りを担当している新藤結子は、取材先に向かう途中に前代未聞の大地震に遭遇する。停電や電話の不通が多発し、町の機能が停止する中で結子は仕事を再開しようとするも、筆は全く進まない。大災害の爪痕を目の前にして自分の無力さを嘆き結子だったが...。
シリーズ第3弾。ここにきてまさかの大震災。前作までのライトな読み口ではないものの、過去のエピソードの登場人物が次々と現れ、ともに困難を乗り越える姿は読んでいて胸が熱くなります。


赤ずきん、アラビアンナイトで死体と出会う。(青柳碧人)
浮気をした妃を切って捨てて以降、王は女性不信に陥り、若い娘と婚儀を挙げては初夜のうちに処刑するという蛮行を繰り返していた。ある夜、シェヘラザードという名の宰相の娘と婚儀を挙げ、「何か言い残すことはあるか?」と彼女に問う。すると、彼女は深い森に住む赤ずきんの話をし始め…。
童話絡みの事件の謎を赤ずきんが解き明かしていくシリーズ第3弾。今回はアラビアンナイトの世界が舞台で、原作同様に作中作の構成を取っているのが楽しい。個性豊かな登場人物も魅力的です。


猛毒のプリズン 天久鷹央の事件カルテ (知念実希人)
天久鷹央は旧友の燐火に招かれ、部下とともに山奥の巨大な洋館・九頭龍邸を訪れる。そこには事故によって昏睡状態に陥った燐火の夫がいた。鷹央はその事故を仕組んだ犯人を突き止めようとするが、クローズド・サークルの化した館で新たな事件が起きる。しかも、鷹央自身が疑われることになり…。
天久鷹央シリーズ第17弾。今回は定番のクローズドサークルものですが、サブタイトルの込められた意味が秀逸。伏線が分かりやすくて犯人当ては簡単ですが、恒例の医学トリックはインパクトあり。


夜刑事(大沢在昌)
ヴァンパイアウイルスと呼ばれる未知のウィルスに感染した刑事の岬田は、五感が鋭敏になりすぎ、陽光下での活動が不可能になっていた。その代わりに、暗闇でも周囲を見渡せる能力を得て夜に蠢く犯罪者たちを追いつめていく。そして、自分をこんな体にした元恋人の明林を見つけ出そうとするが…。
特殊設定を絡めた新感覚の警察小説ですが、作品の雰囲気は一昔前のSFアクションのようです。手に汗握る展開がテンポ良く繰り広げられる一方で、現実離れしたレトロなSF設定は好みが分かれそう。
夜刑事
大沢在昌
水鈴社
2024-10-31


ヘンチマン 本陣村の呪い(柏木伸介)
県政のフィクサーとして絶大な権力を持つベテラン県会議員の芳賀珠美。そのヘンチマンとして下請け調査を行っている若月朔太郎は彼女の依頼を受けて失踪したシングルマザーの行方を追っていた。そんな折、正岡子規の句になぞらえた見立て殺人が発生する。標的にされた冨里一族の秘密とは?
横溝正史的な世界を現代風にアレンジした作品ですが、真相は比較的わかりやすく、謎解きを期待した人はもの足りなさを覚えるかもしれません。その代わり、キャラが面白く、テンポの良さも好印象。
警視庁公安部・片野坂彰 伏蛇の闇網(濱嘉之)
警視庁公安部の片野坂彰は京都にある中国公安の海外派出所が在日中国人やマフィアを引き込んで大規模詐欺を行っているとの情報を得る。独自の捜査を進める一方で、彼が率いる精鋭チームは、激変する国際情勢のなか、日本に迫る危機を食い止めるべく、欧州、中国、中東での情報収集に奔走するが…。
通常の警察小説とは異なり、人間ドラマよりも世界情勢の分析に力を入れたシリーズです。本作でも勢力拡大を狙う中国をはじめとして日本を取り巻く状況が詳しく描かれており、非常に勉強になります。


放課後ミステリクラブ 5 龍のすむ池事件(知念実希人)
冬休み直前。小学校の隅にある池の底に大きく口を開けた龍がいるという話が持ち上がる。さらに、神社からは像が、密室状態の職員室からはお菓子が消えるという具合に不思議な事件が続く。一体何が起きているのか?謎を解くべく辻堂天馬、柚木陸、神山美鈴の4年1組ミステリトリオが動き出すが...。
児童向け本格ミステリの第5弾です。内容は完全な子供向けながら伏線回収の末に真相にたどりつくという本格の基本はしっかり押さえたうえで、謎を3つに増やしてさらに高度なことに挑戦しています。


気の毒ばたらき きたきた捕物帖(三)(宮部みゆき) 
千吉親分から万作・おたまの夫婦が継いだ文庫屋が火事になり、台所女中のお染に放火犯の疑いがかけられる。岡っ引き見習いの北一は、お染に世話になったことがあり、そんな彼女が火付けなどするとはとても思えなかった。北一は真相究明に奔走するが、焼け出された人々の仮住まいでも事件は起き…。
北一と喜多次のコンビが事件の謎に挑むシリーズ第3弾です。謎解きを主体としながら、社会の悲惨さと人情の温かさを対比して描くシリーズの魅力は健在。ただ、後味の悪さは好みの分かれるところ。
気の毒ばたらき きたきた捕物帖(三)
宮部 みゆき
PHP研究所
2024-10-17


BARゴーストの地縛霊探偵(歌田年)
BARコーストの2階の開かずの間から聞こえてくる足音の正体について常連客たちが議論していると一人の老人が来店し、その謎を鮮やかに解き明かす。だが、その直後に彼は脳梗塞に倒れ、帰らぬ人に…。以来、地縛霊となった老人は泥酔した客に憑依してさまざまな謎を解き明かしていくが…。
くだらなくも楽しい会話と謎にまつわる蘊蓄に耳を傾けながら、謎解きに興じ肩の凝らない軽ミステリーです。手軽に楽しむには最適な作品ですが、それ故に、緩い雰囲気は好みの分かれるところ。


モウ半分、クダサイ(愛川晶)
落語の演目「もう半分」を語る盲目の落語家がただ一人の客に向かって彼以外誰も知らないはずの秘密を暴いていく表題作、美しい女との浮気を楽しもうとした男の末路を描いた「後生ハ安楽」、怪談噺の「どくろ柳」の稽古が進むにつれておぞましい記憶が蘇っていく「キミガ悪イ」の3篇を収録。
定番の落語ミステリーですが、今回は怪談噺をモチーフにしているのが新機軸です。ホラーテイストの趣向にはゾッとさせられますが、随所に過去の回想が挿入されるため、テンポが悪いのが難。
モウ半分、クダサイ
愛川晶
中央公論新社
2024-10-21


マリアを運べ(睦月 準也)
亡き育ての親の跡を継いで運び屋となった風子は17歳。組織に属し、偽造免許で走る彼女にある荷物の運搬依頼が持ち込まれる。一度走った道はすべて覚えているという技能を活かし、彼女は一路長野県の諏訪を目指す。だが、ヤクザや新興宗教、某国のスパイとさまざまな人間から荷を狙われ…。
第14回アガサ・クリスティ大賞。妨害をくぐり抜けて目的地を目指すカーチェイスもので、爽快な走りと手に汗握る展開は読ませます。ただ、キャラの薄っぺらさと詰め込みすぎの感は否めないところ。
マリアを運べ
睦月 準也
早川書房
2024-12-04



中山民俗学探偵譚(柳川一)
昭和21年。柳田国男に師事し、南方熊楠らと交流のあった民俗学者・中山太郎の元を新聞記者が訪ねた。探偵小説の参考にするべく、大正から昭和初期に活躍した偉人たちのエピソードを聞きたいというのだ。中山太郎はしばしば話を脱線させつつも彼らにまつわる奇妙な思い出を語っていくが…。
偉人たちのちょっと不思議なエピソードには引き込まれるものがあります。全6話の連作短編でさらりと読めますが、会話文中心で地の文章が極端に少なく、誰の発言か分かりづらいのは困りもの。


サーペントの凱旋 となりのナースエイド(知念実希人)
全身多発性悪性新生物症候群、通称シムネス。それはあらゆる臓器に同時多発的に悪性腫瘍が生じる奇病だった。ナースエイドと外科医の二刀流をこなす桜庭澪は、医師免許を剥奪され海外に渡っていた竜崎大河と再びタッグを組むことになる。そして、シムネスの驚くべき秘密に迫っていくが...。
医療の進歩の凄まじさと危うさについての見識は興味深く引き込まれていきました。アクション映画のような荒唐無稽の展開は気になるものの、テンポが良くて気軽に楽しめるエンタメとしては面白い。


吉原面番所手控(戸田義長)
隠密廻り同心の木島平九郎は吉原面番所を40年間勤めあげ、数々の難事件を解決したことで高い評価を受けていた。年老いて寝たきりとなった彼は、相模屋の楼主・新兵衛に昔の事件を語り始める。相模屋で花魁と客が血まみれになって死んだ事件だが、心中にしても殺しにしても不可解な点が多く...。
花魁が探偵役を務める連作ミステリーです。遊郭の描写が興味深く、謎解きを通して人間の業の深さを浮き彫りにしていく展開も読み応えあり。一方、ミステリーとしてのトリックは古典的で今一つ。
吉原面番所手控 (朝日文庫)
戸田 義長
朝日新聞出版
2024-10-07


凍結事案捜査班 時の残像(麻見和史)
西大井で腹を切り裂かれた惨殺死体が発見される。しかも、上半身は血液が塗られ、側には林檎が一つ置かれていた。捜査を進めるうちに、被害者は13年前の未解決事件の重要参考人だったことが判明する。過去の事件との関連が濃厚となり、藤木たち凍結事案捜査班の面々も捜査本部に合流するが…。
凍結事案捜査班シリーズの第2弾。地道な捜査によってf複雑な事件の背景が明らかになり、徐々に真相に迫っていく過程はスリリングでなかなか読ませます。ただ、後味の悪さは好みの分かれるところ。
凍結事案捜査班 時の残像 (文春文庫)
麻見 和史
文藝春秋
2024-12-04


DOLL 警察庁特捜地域潜入班(内藤了)
中部地方の廃村、ソメ村には案山子に山神が依るという伝承があった。しかも、昭和の半ばからはしばしば女性が失踪するようになり、そのいずれもが未解決のままだった。そして、それらの事件の捜査依頼が潜入班の元に届く。大規模な工場の建設が決まり、今が捜索の最後のチャンスだというのだが…。
シリーズ第5弾。廃村に無数の案山子が並ぶ光景はそれだけで不気味ですが、真相はさらにおぞましくて胸くそが悪くなってきます。案山子の伝承と事件の絡め方も巧みですが、犯人は分かりやすいかも。


センシティブ・キリング 警視庁01教場(吉川英梨) 
教官の甘粕仁子は刑事時代に負った怪我が元で人間の顔を認識できなくなっていた。そのことを知った塩見は助教官として彼女を支える決意をする。2人は新たな教場で学生をむかいいれる準備を行っていたが、またしても不穏な事件が起きる。相撲部屋の女将さんが何者かに刺されたというのだが…。
シリーズ第2弾。相貌失認に続いて感覚過敏症について描かれ、その症状と事件の絡め方が興味深い。色々詰め込みすぎてとっちらかった感は無きにしもあらずですが、熱いドラマは今回も健在です。


ご近所トラブルシューター(上野歩)
生活安全課の刑事だった一絵亮は47歳で退職し、1年後に株式会社近隣トラブルシューターに再就職する。名前の通り、ご近所トラブルに介入し、解決を支援する仕事だ。騒音、悪臭、ゴミ屋敷などなど。亮は彼の教育係となった20代の望月明日香とともにさまざまな問題に立ち向かっていくが...。
いわゆるお仕事小説ですが、刑事や弁護士のような権限も持たずにいかにしてご近所トラブルを解決していくのかが興味深い。また、依頼人の主張の裏を探っていくミステリー的な面白さもあります。
チェーン・ディザスターズ(高嶋哲夫)
長年危惧されていた南海トラフ大地震が遂に発生し、太平洋岸は壊滅状態に陥る。しかし、これはまだ前触れにすぎず、翌月には過去最大級の台風が東京を襲う。ビル群が崩れ落ち、閣僚の大半が死亡する。この事態を乗り越えるために、環境大臣の早乙女美来が史上最年少総理大臣に指名されるが…。
地震に台風に富士山大噴火と、いくら何でも盛り込みすぎな気。しかし、最新の研究成果を散りばめることで説得力のある物語に仕立ててゆく手管はさすがです。スケールの大きな災害趣味レーション。


続タイガー田中(松岡圭祐)
東京オリンピック開催を控えた1964年。国内では軍用機の墜落事故が相次いでいた。公安局トップのタイガー田中はイギリスのM16に対し、かつて捜査協力をした縁で面識のあるのジェームス・ボンドの派遣を要請する。ある失態の責任をとらされてジャマイカにとばされていたボンドは日本に向かうが…。
映画『007は二度死ぬ』丹波哲郎が演じたタイガー田中を主人公に据えたパスティーシュシリーズ第2弾です。当時の日本の世相や史実を巧みに絡めつつ、パスティーシュとしてそつなくまとめた良作です。
続タイガー田中 (角川文庫)
松岡 圭祐
KADOKAWA
2024-12-24



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最新更新日2025/01/20☆☆☆

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このミス2026
対象作品である2024年10月1日~2025年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

2024年12月25日時点での暫定予想順位

1位.アルパートンの天使たち(ジャニス・ハレット)
2003年、ロンドン北西部の廃倉庫で数体の死体が発見される。彼らは自分たちが人間の姿をした天使だと信じるカルト教団“アルパートンの天使”の信者だった。指導者である自称・大天使ミカエルは逮捕されるも、乳児と未成年の男女2人は行方不明のまま。この事件の背後に隠された真実とは?
前作同様、調査資料だけで構成されており、謎解きに特化した作りに。また、ゾッとする描写も多くてサスペンスも申し分なし。意外な展開の連続で読ませる一方、真相はもう一捻りほしかったところ。
アルパートンの天使たち (集英社文庫)
ジャニス・ハレット
集英社
2024-11-20


2位.破れざる旗の下に(ジェイムズ・リー・バーク)
1863年。南北戦争下のルイジアナで外科医のウェイドは、伯父の農園で無為な日々を送っていた。そんな彼は殺人容疑を掛けられた奴隷女性のハンナを農園から脱走させる手助けをすることになる。一方、北軍と南軍に加え、ゲリラ組織のレッドネックが暗躍し、三つ巴の様相を呈しようとしていたが…。
本作は傷痍軍人、農奴の女性、北部の奴隷制廃止論者、ゲリラ組織の首領など、様々な視点から語られています。それによって南北戦争の全貌を明らかにしていく展開が歴史ドラマとして読み応えあり。
破れざる旗の下に
ジェイムズ リー バーク
早川書房
2024-11-20


3位.ヴァイパーズ・ドリーム (ジェイク・ラマー)
1961年、ニューヨーク。皆から怖れられている麻薬密売人クライドは、生涯初めて殺人を後悔する。ジャズメンが集うキャットハウスに向かうと、そこでジャズの庇護者でこの店のオーナーでもあるパノニカから三つの願いを尋ねられる。彼は自身の半生を遡りながら、その答えを探っていくが...。
実在の有名人が随所に登場する青春ノワールです。約300ページと短い作品ですが、その中にジャズとノワールの魅力がギュッと凝縮されています。ただ、テンポは良い代わりに、駆け足すぎる部分も...。


4位.失墜の王国 (ジョー・ネスボ)
両親が自動車ごと崖から転落して亡くなって以来、山間の村の農場で力を合わせて暮らしていたロイ・オプガルと弟のカール。それから十数年。アメリカに渡ったガールが妻と一緒に帰ってきて農場をリゾートホテルにすると言い出した。やがて、ホテルの建設が始まるが、そこに殺人事件が起き…。
兄弟の絆と悲劇を描いた北欧ノワールで、緻密な心理描写に基づいて描かれる愛憎劇は読み応えありです。重苦しさを感じつつも、彼らの運命から目を離せず、その果てに訪れる結末もインパクト大。
失墜の王国
ジョー ネスボ
早川書房
2024-12-18


5位.七人殺される 邪悪催眠師2(周浩暉)
高層マンションの一室で女性の死体が劇薬の風呂の中で発見される。全身に火傷を負いながら恍惚の表情を浮かべているという異様な死に方だった。不審死はさらに続く。いずれも事件直前に宅急便が届き、その差出人が次の犠牲者となっていく。羅飛刑事は犠牲者の拡大を食い止めようと奔走するが…。
シリーズ第2弾。冒頭から謎めいた事件が立て続けに起き、一気に引き込まれます。催眠師との駆け引きや二転三転の展開もスリリング。ただ、催眠術が便利に使われすぎる点は好みの分かれるところ。
7人殺される (ハーパーBOOKS)
周 浩暉
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-12-24


6位.マット・スカダー わが探偵人生(ローレンス・ブロック)
私立探偵のマット・スカダーは84歳になり、自らの半生を振り返った自伝を書くことになる。1938年に生まれた彼は3歳のときに生後間もない弟を亡くし、スカダー家に大きな影を落とすことになった。やがて彼は警察官になる。初めて犯罪者を射殺した日、そして、少女を死なせてしまった運命の日…。
長期シリーズの探偵ものは作者の死によって強制終了することが多いだけに探偵の自伝という形でフィナーレを飾ってくれるのはうれしいところ。スカダーの過去が明らかになるファン必読の書です。
マット・スカダー わが探偵人生
ローレンス・ブロック
二見書房
2024-10-28


7位.盗墓筆記1 地下迷宮と七つの棺/怒れる海に眠る墓(南派三叔)
骨董店を営む青年・呉邪のもとに布の書物、帛書が持ち込まれる。盗掘を生業にする叔父の三叔によると、それは魯国の貴族が眠る墓の位置を記した地図で、墓の中には貴重な神器が埋葬されているのだという。呉邪は三叔たちと盗掘の旅に出るが、たどり着いた墓には世にも恐ろしい魑魅魍魎が跋扈し…。
いわゆるトレジャーハンターもので、ノリは香港映画に近いものがあります。ドタバタ色の強い点は好みが分かれそうですが、話のテンポが良く、バラエティに富んだ舞台と謎で楽しませてくれます。


8位.盗墓筆記2 青銅の神樹(南派三叔)
怪異からの襲撃を受けながらも海底墳墓の探索からの帰還を果たした呉邪。そんな彼の前に現れたのは3年前に盗掘で捕まって収監されていた幼馴染みの老痒だった。老痒の話によるととある樹海の遺跡の地下にとてつもない価値をもった青銅製の巨木があるという。呉邪は新たな冒険を決意するが...。
古代の墓を探索する伝奇冒険シリーズ第2弾。大量の虫をはじめとして不気味な生物たちの登場する今作はスリルと驚愕の展開に満ちており、前作を凌ぐ面白さ。早くも続きが気になるところです。
盗墓筆記2 青銅の神樹
南派 三叔
KADOKAWA
2024-11-29


9位.魔女の檻(ジェローム・ルブリ)
実業家によって所有され、豊かになった村ではかつて魔女狩りが行われていた。魔女とされた女たちが村を見下ろす山から突き落とされて命を落としていったのだ。そんな村に新たな警察署長としてジュリアンが赴任する。すると、魔女を彷彿とさせる怪事件が次々と発生。村は恐怖に包まれていき...。
平和だった村が不穏な空気に包まれていき、魔女の呪いとしか思ない事件へと発展しく展開はサスペンスホラーとしてかなりの面白さ。それだけに、あまりにも無茶なあの真相は好みの分かれるところ。
魔女の檻 (文春文庫)
ジェローム・ルブリ
文藝春秋
2024-10-09


10位.黒い谷(ベルナール・ミニエ)
停職中のセルヴァズ警部補は8年前に行方不明になった元恋人を追って谷間にある村を訪れる。しかし、村では凄惨な殺人事件が起きていた。しかも、以前にも同様の手口の殺しがあったという。セルヴァズが捜査を開始するが、その矢先、山崩れによって道が寸断され、一行は村に閉じこめられてしまい…。
セルヴァズ警部シリーズ。本雪と氷河に覆われた山脈を舞台に、クローズドサークルと化した村で連続殺人が起きる物語はムードは満点。少々冗長なのが難ですが、社会的テーマを絡めた真相は衝撃的。
黒い谷 (ハーパーBOOKS)
ベルナール・ミニエ
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-11-22


11位.聖夜の嘘(アンドリュー・クラヴァン)
クリスマス間近のある夜、湖畔の町で若い司書が殺された。容疑者は彼女の交際相手のトラヴィスで、自身も犯行を認めていた。だが、彼のことをよく知る地元弁護士のヴィクトリアはこの事実が到底信じられない。そこで、友人の大学教授.キャメロンに無実を証明してほしいと調査を依頼するが…。
複雑な要素が絡み合った末の意外な着地点に驚かされる作品です。雰囲気は陰鬱としているものの、次第にクリスマスの雰囲気と一体化し、最後には上質な聖夜ミステリーとなっているのが素晴らしい。
聖夜の嘘 (ハヤカワ・ミステリ)
アンドリュー クラヴァン
早川書房
2024-11-07


12位.幻想三重奏(ノーマン・ベロウ)
恋愛と無縁だった女性に男性が求婚してくる。そして、2人はそのまま結婚するが、新婚旅行で訪れた屋敷で事件は起きる。2階に上がった男が忽然と姿を消してしまったのだ。しかも、男と接したはずの人々が口を揃えてそんな男は最初からいなかったという。男は女の願望が生み出した幻想なのか?
1947年発表のスミス警部初登場作品。不可能状況からの男性の失踪を始め、謎めいた現象が立て続けに起きる展開にワクワクさせられます。ただ、手間のかかりすぎなトリックは好みの分かれるところ。
幻想三重奏 (論創海外ミステリ 325)
ノーマン・ベロウ
論創社
2024-11-12


13位.白い女の謎 (ポール・アルテ)
英国の小さな村に君臨する名門リチャーズ家はさまざまな騒動に揺れていた。当主マチューが若い女秘書を後妻に迎えると言い出し、アフガンで戦死したと思われていた長女の夫が突然帰還し、そして、出会った者の命を奪うという白い女の霊が現れる。その言い伝え通り、次々と怪事件が起き…。
2020年発表の名探偵オーウェン・バーンズシリーズ第8弾。例によって奇怪な事件が起きるわけですが、怪奇ムードや無理のない謎解きやは悪くありません。ただ、もう少し盛り上がりがほしいところ。


14位.罪なくして(シャルロッテ・リンク)
ケイトは列車内で男に撃たれた女性を救うも彼女は犯人とは面識がないという。しかも、事件で使われた銃が2日後別の事件でも使用される。被害者の女性は四肢が麻痺し、口もきけなくなっていた。2人の被害者の間にも接点はない。上司のケイレブ警部が停職中のため、ケイトは部下と捜査に当たるが…。
ケイト・リンヴィルシリーズ第3弾。不可解な事件の背後関係が捜査で徐々に明らかになっていく展開は安定の面白さです。事態がどんどん悪化していく後半もスリリングですが、結末は結構もやもや。


15位.町の悪魔をつかまえろ(ジャナ・デリオン)
シンフルの町でインターネットを利用したロマンス詐欺が発生する。犯人は町の住人だと踏んだフォーチュンたちは義憤に駆られ、独自に捜査を開始する。そのさなか、体の不自由な夫を献身的に看病していた心優しき女性が自宅で殺される。しかも、彼女もロマンス詐欺の被害者であることが判明し…。
シリーズ第8弾。お馴染みフォーチュン以下3人組の掛け合いやドタバタは安定の面白さながら、全体的にはややおとなしめ。ミステリーとしてもオチが分かりやすく、過去作と比べるともの足りなさも。
16位.キャクストン私設図書館(ジョン・コナリー)
キャクストン私設図書館は作者の没後に創作物の有名な登場人物が実体化する不思議な図書館。ある日、管理人のヘッドリーは、シャーロック・ホームズとワトソン博士がその図書館に現れたのを見て驚く。なぜなら、作者のコナン・ドイルはまだ存命中だったからだ。一体何が起こっているのか?
ミステリーというよりファンタジー色の強い短編集です。しかし、表題作は2014年エドガー賞短編賞を受賞しており、その続編にあたる「ホームズの活躍」もミステリファンにとって楽しい作品です。
キャクストン私設図書館 (創元推理文庫)
ジョン・コナリー
東京創元社
2024-10-18


17位.暗殺者の矜持(マーク・グリーニー)
ジェントリーは愛するゾーヤとともに逃亡生活を送っていたが、亡父の親友からロシア人技術者の逃亡の手助けを依頼される。折しも、世界中のAI技術者が立て続けに暗殺され、その何件かはジェントリーが面識のある暗殺者の手によるものだった。やがて、ジェントリーたちはAI無人兵器の襲撃を受け…。
シリーズ第13弾。無人ドローンや銃装備のロボット相手に戦う本作は昔の近未SFのようで好みの分かれるところ。とはいえ、序盤の手探り状態から徐々に盛り上がっていく展開はやはり安定の面白さです。
暗殺者の矜持 上 グレイマン (ハヤカワ文庫NV)
マーク グリーニー
早川書房
2024-12-18


 18位.貧乏カレッジの困った遺産(ジル・ペイトン・ウォルシュ)
ケンブリッジ大学屈指の貧乏学寮、セント・アガサ・カレッジの学寮付き保健師であるイモージェンのもとに訃報が届く。国際的大企業の経営者となった卒業生が誤って崖から転落したというのだ。しかし、イモージェンは以前に彼からさまざまな相手から命を狙われていることを打ち明けられており…。
イモージェンシリーズ第3弾。学籍寮を舞台にクラシカルな印象が強いシリーズですが、本作は現代的な国際問題を絡め、謎も複雑で読み応えがあり。メリハリのある展開でシリーズ随一の面白さ。


19位.クレオパトラの短剣 (キャロル・ローレンス)
1880年のニューヨーク。名家の生まれでヘラルド紙唯一の女性記者・エリザベスは、ミイラのように包まれた女性の遺体を発見する。その事件について書いた彼女の記事はたちまち話題となるが、事件はこれで終わりではなかった。同じような手口で殺害された女性の死体が次々と発見されていき…。
当時のニューヨークが活き活きと描かれており、歴史ミステリーとして読み応えのある作品に仕上がっています。進歩的な女性である主人公の活躍も爽快で、エジプト神話に絡めた事件も興味深い。
クレオパトラの短剣 (ハヤカワ・ミステリ)
キャロル ローレンス
早川書房
2024-10-23


20位.鼠の島(ジョン・スティール)
香港返還間近の1995年。香港マフィアは時流を読んで拠点をニューヨークへ移そうとしていた。ギャンブルと酒で身持ちを崩して妻子に去られた刑事バークは、マフィアの内部に潜入せよとの指令を受けてニューヨークへやってくる。だが、それは生きて戻ってくる望みがほぼい極めて危険な任務で…。
ひりつくような緊張感のなかで繰り広げられる潜入捜査が手に汗握ります。また、苦悩を続ける主人公のドラマの果てに訪れる結末はなかなかに感動的です。ただ、そこに至るまでがやや冗長。
鼠の島 (ハヤカワ・ミステリ)
ジョン スティール
早川書房
2024-12-04



その他注目作

戦車兵の栄光:マチルダ単騎行(コリン・フォーブス)
1940年5月。フランス戦線は電撃作戦を成功させたドイツ軍によって蹂躙されていた。そんななか、イギリス海外派遣軍に所属する新鋭戦車マチルダ1台がベルギーに取り残され、孤立無援の状態に。バーンズ軍曹以下4名の乗組員は戦線復帰を目指して英仏海峡を目指す。その先で待ち受ける試練とは?
1969年刊行の冒険小説。脱出ものなので派手な戦車戦を期待すると肩透かし喰らうことになります。その代わり、次々と訪れるピンチをくぐり抜けて目的地を目指す王道冒険小説としては読み応えあり。
戦車兵の栄光:マチルダ単騎行 (新潮文庫 フ 64-1)
コリン・フォーブス
新潮社
2024-12-24


ファミリー・ビジネス(S・J・ローザン )
チャイナタウンマフィアのボスが病没した。彼の所有する古い建物を相続するのは堅気の姪であり、しかも、そこは再開発計画の中心地だった。この相続が波乱を呼ぶのは必至で、私立探偵のリディアは相棒ビルと姪の護衛を務めることになる。だが、葬儀の翌日にマフィアの幹部が殺され…。
シリーズ第14弾。チャイナタウンが舞台であることを除けば、実に王道的な私立探偵小説で、円熟味を感じさせる佳品に仕上がっています。ウィットに富んだ掛け合いや筋運びの巧みさも申し分なし。
ファミリー・ビジネス (創元推理文庫)
S・J・ローザン
東京創元社
2024-12-18


怪盗ギャンビット2 愛と友情のバトルロイヤル(ケイヴィオン・ルイス)
怪盗一家のひとり娘ロザリンは誘拐された母の身代金を支払うために若き泥棒たちがその腕を競い合う怪盗ギャンビットに参加する。そこで勝者となればどんな願いも叶うというのだ。壮絶な戦いの末、ロザリンは勝利に手を伸ばそうとしていた。だが、それは初恋の相手と彼の母が仕掛けた罠で…。
シリーズの第2弾。激しいアクションに恋や友情や裏切りの要素を詰め込んで繰り広げられるまさに大衆向けのエンタメど真ん中。コクや深みには乏しい代わりに、気軽に楽しむには最適の作品です。
怪盗ギャンビット2 愛と友情のバトルロイヤル
ケイヴィオン・ルイス
KADOKAWA
2024-12-18


報いのウィル(カリン・スローター)
捜査官のウィルとサラは新婚旅行で山奥の高級ロッジを訪れる。だが、そこで発見したのはめった刺しにされた血塗れの女性の死体だった。被害者はロッジを経営している一族の娘で、現在、ロッジに滞在しているのは被害者の家族と4組の宿泊客のみ。犯人はこのなかにいるはずだが、誰もみな怪しく…。
シリーズ第12弾の本作もストーリーのエグさは相変わらずでレイプや虐待ネタは当然のように出てきますし、真相の狂いっぷりにはゾッとさせられます。唯一、ウィルとサラの熱愛ぶりだけが癒やし。
報いのウィル (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-12-24


シャンパンは死の香り (レックス・スタウト)
友人の代役でパーティーに出席したアーチーは出席者の一人が自殺するために毒を所持していると聞かされ、監視を行うも、毒入りシャンパンを飲んで死んでしまう。誰もが自殺だと思うなか、アーチーは殺人を主張。だが、その場に居合わせた11人は誰も毒を盛る機会はないように見え…。
1958年発表のネロ・ウルフシリーズ第21弾です。シリーズの代表作には及ばないものの、レギュラー陣のやり取りは安定の面白さ。容疑者もキャラの濃い人物が多くて楽しく、テンポの良さも好印象です。
シャンパンは死の香り (論創海外ミステリ)
レックス・スタウト
論創社
2024-12-14


ライルズ山荘の殺人: マーダー・ミステリ・ブッククラブ(C・A・ラーマー) 
マーダー・ミステリ・ブッククラブに4人の新メンバーが加わり、顔合わせを兼ねた読書会が行われることになった。課題図書は『そして誰もいなくなった』。一行は古風な山荘に宿泊するが、到着の翌朝に支配人が死体で発見される。しかも、電話線が切断され、外部と連絡がとれなくなってしまい…。
シリーズ第4弾。前半は登場人物たちの思惑が隠されたまま進行するので感情移入がしづらく、読みづらさも。しかし、中盤をすぎた辺りからどんどん面白くなっていきます。余韻の残る結末もグッド。


テンプルヒルの作家探偵(ミッティ・シュローフ=シャー)
作家のラディはスランプに陥り、NYから故郷のテンプルヒルに戻ってきた。大勢の来客が彼女の帰郷を歓迎するが、その翌日、ラディの親友の父親が死体となって書斎で発見される。一見、睡眠薬を飲んでの自殺のように思えるも、死体の状況には不審な点があった。ラディは調査に乗り出すが…。
インドのクリスティとの触れ込みですが、謎解き自体はオーソドックス。それよりも美味しそうなインド料理が次々と描写されている点が大きな読みどころ。インドの各社社会の実情についても詳しい。
テンプルヒルの作家探偵 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ミッティ シュローフ=シャー
早川書房
2024-11-20


狙われた英国の薔薇 ロンドン警視庁王室警護本部(ジェフリー アーチャー )
ウィリアム・ウォーウィック警部は王室警護を担う部署の腐敗を暴くべく、王室警護本部へと配属される。一方、腹心の部下であるロスもダイアナ皇太子妃の専属身辺警護官に任命された。彼女はダイアナ皇太子妃の気まぐれに振り回されながら、やがて、世界を揺るがすテロ事件に巻き込まれていく。
シリーズ第5弾。ダイアナ妃存命時の王室を舞台にその内部に蠢く腐敗分子を暴くという大胆な設定が興味深い。加えて、華麗な王室の描写も堪能。また、宿敵・マイルズとの対決も安定の面白さ。
狙われた英国の薔薇 ロンドン警視庁王室警護本部 (ハーパーBOOKS)
ジェフリー アーチャー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-10-24


フロントサイト1 シティー・オブ・ミート(スティーヴン・ハンター)
1934年のシカゴ。チャールズ・スワガーは上官の命令でシカゴに潜伏していると噂されているギャングのベビーフェイス・ネルソンの追跡を始めた。その最中、スワガーは黒人にナイフで襲われ、相手を銃で殺害する。しかも、この2か月で精神に変調をきたした黒人が10人近くもいることが判明し...。
ボブ・リー・スワガーの祖父を主役に据えたシリーズで謎解き要素を絡めながらの痛快癌アクションは本作でも健在です。ただ、3話収録の原作を分割したために、ページ数が少ないのがものたりない。
フロント・サイト1 シティ・オブ・ミート (海外文庫)
スティーヴン・ハンター
扶桑社
2024-12-01


フロント・サイト2 ジョニー・チューズデイ (スティーヴン・ハンター)
1945年2月、メリーランド州チェスターフィールド。銀行の頭取であるニック・オークリーは煙草農場の地主夫婦と会っていた。そのとき、4人組の強盗が銀行を襲い、抵抗したオークリーは命を落としてしまう。2年後、ある男が元看護兵のニックを訪ねてきて、事件の調査に協力するよう要請するが…。
『フロント・サイト1 シティ・オブ・ミート』に続くスワガー・サーガの第2弾。本国アメリカでは1冊で売っていたものを分冊しただけにボリューム不足は否めませんが、ガンアクションは迫力満点。
フロント・サイト2 ジョニー・チューズデイ (海外文庫)
スティーヴン・ハンター
扶桑社
2024-12-25


ゴッド・パズル-神の暗号(ダニエル・トゥルッソーニ )
脳の損傷によって後天性のサヴァン症候群を発症し、天才パズル作家となったマイク。そんな彼に警察から依頼が舞い込む。女性殺人鬼のジェスは逮捕以来、黙秘を貫いてパズルを作り続けるのだが、そのパズルを解き明かしてほしいというのだ。だが、そのパズルには途方もない秘密が隠されており…。
暗号ミステリーと思わせての、まさかのオカルトミステリー。ユダヤ教の秘儀や仮想通貨など、様々な要素を含む一大エンターテイメントですが、その分、ひとつひとつの底が浅いのは気になるところ。
ゴッド・パズル-神の暗号-
ダニエル トゥルッソーニ
早川書房
2024-10-23


貧乏お嬢さまと毒入りタルト 英国王妃の事件ファイル 17 (リース・ボウエン)
新しく雇い入れたフランス人シェフのピエールはブライドが高すぎるという欠点はあるものの、腕は確かで出される料理は素晴らしいものばかりだった。ところが、彼の料理を食べた招待客の一人が命を落とすという事件が起きる。出産を間近に控えたジョージはピエールの無実を証明しようとするが…。
今回の犯人は分かりやすく、ミステリとしてはもの足りません。その代わり、まさかのクリスティ登場など、サービス満点。ジョージの出産シーンもシリーズを追ってきた人にとっては感慨深いものが。


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最新更新日2025/01/20☆☆☆

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本ミス2026
対象作品である2024年11月1日~2025年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、ミステリーファンにあまり知られていない作家で出版社もマイナーといった場合は読んでいる投票者が少ないと判断し、傑作でも予想順位は低めになります)。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
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2025年1月4日時点での暫定予想順位

1位.有栖川有栖に捧げる七つの謎(青崎 有吾、白井 智之、夕木春央 ・他)
綾辻行人と並ぶ新本格ブームの立役者であり、いまなお一線で活躍している有栖川有栖のパスティーシュ集です。力作揃いですが、なかでも、火村シリーズの魅力を完全再現した「縄、綱、ロープ」が秀逸。逆に、エグいトリックで自分の色に染め上げた「ブラックミラー」もインパクト満点な傑作です。


2位.闇に消えた男 フリーライター・新城誠の事件簿(深木章子)
『消人屋敷の殺人』の新城誠が再登場する続編的作品です。失踪事件の謎を追う展開は消人屋敷と比べると随分地味ですが、思わぬ方向に転がっていく中盤以降は抜群の面白さ。加えて、解釈の違いによる真相の反転や予想外すぎる事件の構図など、謎解きミステリーとしての面白さに満ちています。


3位.崑崙奴(古泉迦十)
唐の末期を舞台に連続猟奇殺人や消えた黄金の謎に挑む歴史ミステリー。膨大な蘊蓄を披露したのちにそれをミステリーの仕掛けに結びつけるやり方は京極夏彦作品に似ています。とはいえ、宗教を背景にした謎解きはデビュー作『火蛾』を彷彿ととさせるもので、著者ならではの魅力に満ちています。
崑崙奴 (星海社 e-FICTIONS)
古泉迦十
講談社
2024-11-26


4位.砂男(有栖川有栖)
単行本未収録作品を1冊にまとめた短編集です。ファンとしては長編小説にリライトするつもりで長らく単行本に収録してこなかった表題作や久々の学生アリスシリーズである「女か猫か」や「推理研VSパズル研」などが気になるところではないでしょうか。その他、ノンシリーズも読み応えあり。
砂男 (文春文庫)
有栖川 有栖
文藝春秋
2025-01-04


5位.神様の次くらいに: 人の死なない謎解きミステリ(久住四季)
日常ミステリーの短編集です。派手な仕掛けこそないものの、日常の謎の多彩なパターンが網羅されており、日常ものが好きな人なら大いに楽しめます。なかでも、「デイヴィッド・グロウ、サプライズパーティーを開く」は巧みなロジックと伏線回収の末に意外すぎる真相が明らかにある傑作です。


6位.命みじかし恋せよ乙女: 少年明智小五郎(辻真先)
少年時代の明智小五郎が死体消失や衆人環視下での殺人の謎に挑む、昭和ミステリ三部作の前日譚。ミステリーを読みなれている人ならば、不可能犯罪トリックや犯人の正体は比較的簡単に見破れるでしょう。その一方で、古き良き探偵小説の雰囲気を堪能することができる丁寧な作りには好印象。


7位.この恋だけは推理らない(谷夏読)
恋愛の神様と呼ばれる男子高校生とJK恋愛作家の凸凹コンビが、恋愛相談と謎解きに奔走する学園ミステリーです。まず、コミカルな前半からは思いもよらなかった意外な真実が浮かび上がってくる展開が秀逸。散りばめられた伏線やさりげない仕掛けもよく出来ており、本格としても読み応えありです。
この恋だけは推理らない
谷 夏読
東京創元社
2024-12-11


8位.アバーネティ家のパセリ シャーロック・ホームズ~語られざる事件~(Ah)
アバーネティ家の事件はホームズシリーズの「六つのナポレオン胸像」にて言及されていますが、この事件の具体的な内容について語られることはありませんでした。それをパスティーシュとして完成させたのが本作です。原典にある「暑い日にパセリがバターの中へ沈んだ深さ」に基づく推理が見事。


9位.朝比奈さんと秘密の相棒(東川篤哉)
理事長の娘でミステリ好きの朝比奈さんと気弱ながら突然名探偵ぶりを発揮する石橋君のコンビが謎に挑む鯉ヶ窪学園探偵部シリーズの番外篇。小粒ながらロジックがしっかりしており、特に「茶室に消えた少女」における人間消失のからくりが秀逸です。ユーモア学園ミステリーとしてそつのない出来。
朝比奈さんと秘密の相棒 鯉ケ窪学園シリーズ
東川 篤哉
実業之日本社
2024-11-14


10位.一目五先生の孤島(大島清昭)
『地羊鬼の孤独』と同一の世界線を舞台にしたホラーミステリーです。30年前の連続殺人事件以来、島民や島に上陸した人間が次々死んでいくというホラー展開にはゾクゾクさせられます。それに、ミステリ談義や推理合戦なども楽しい。それだけに、密室トリックなどの仕掛けが今ひとつ凡庸なのが残念。
一目五先生の孤島
大島 清昭
光文社
2024-11-20


11位.猫の耳に甘い唄を(倉知淳)
売れないミステリー作家が殺人事件に巻き込まれる話で、読者への忠告が挿入されている点などは著者の代表作『星降り山荘の殺人』を想起させます。しかし、その忠告が念入りに行われすぎているために、勘の良い人なら真相を見破りやすくなってしまっているのが本作の弱点だといえるでしょう。
猫の耳に甘い唄を
倉知淳
祥伝社
2024-12-12


12位.白いドレスと紅い月がとけあう夜に(水鏡月聖)
人と魔族の間に起きた事件を担当する特務隊の隊員が首なし死体となって発見され、現場にいた上級魔族の吸血鬼が容疑者となるライトノベルミステリー。読者層を考慮して謎解き自体はシンプルではあるものの、意表を突く伏線や世界観を利用した仕掛けはなかなかに巧妙です。掘り出し物の佳品。


13位.謎解き広報課 わたしだけの愛をこめて(天祢涼)
シリーズ第3弾の本作は、町役場で広報誌を担当する新藤結子は大地震に見舞われた高宝町のために震災特別号を企画するも上司・伊達に協力を拒まれるというお話で、探偵役の伊達の秘密焦点が当てられています。本格としての趣向は薄いものの、シリーズを続けて読むとなかなかに感動的です。


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最新更新日2025/01/06☆☆☆

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対象作品である2024年11月1日~2025年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
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2024年12月31日時点での暫定予想順位

1位.アルパートンの天使たち(ジャニス・ハレット)
前作『ポピーのためにできること』同様、SNSやメール、ニュース記事、録音の書き起こしといった捜査資料のみで構成された作品です。今回はカルト教団集団自殺に絡んだ事件を扱っており、証言の食い違いなどによる矛盾点が巧みな伏線回収を経て解決していくさまが見事です。前作以上の傑作。
アルパートンの天使たち (集英社文庫)
ジャニス・ハレット
集英社
2024-11-20


2位.幻想三重奏(ノーマン・ベロウ)
著者はカーと同じく不可能犯罪ものを得意としていた作家です。1947年発表の本作も結婚相手の男性が忽然と姿を消し、部屋が消失し、路地まで消えてしまうといった具合に魅力的な事件が立て続けに起きます。トリック自体は玉石混交といった感じですが、部屋消失のトリックは発想がユニークで面白い。
幻想三重奏 (論創海外ミステリ 325)
ノーマン・ベロウ
論創社
2024-11-12


3位.白い女の謎 (ポール・アルテ)
名探偵オーウェン・バーンズシリーズ第8弾。今回の事件は小さな村で起きた幽霊騒動に絡んだ殺人なのですが、いつものような不可能犯罪ではなく、フーダニットをメインに据えたつくりになっています。犯人の指摘や真相を巡る推理はなかなか見事ながら、外連味が乏しくてどこかもの足りなさも。


4位.テンプルヒルの作家探偵(ミッティ・シュローフ=シャー)
物語は、ニューヨークで作家として活動しているインド人女性がスランプに見舞われて里帰りしたところ親友の父親の自殺騒動に巻き込まれるというもの。料理の描写がやたらと多いコージー作品です。インドのクリスティという触れ込みだけあって謎解きはオーソドックスでしっかりしています。
テンプルヒルの作家探偵 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ミッティ シュローフ=シャー
早川書房
2024-11-20


 5.ライルズ山荘の殺人: マーダー・ミステリ・ブッククラブ(C・A・ラーマー)
クリスティ好きの読書会メンバーたちが事件に巻き込まれるシリーズ第4弾。今回は山奥の山荘が舞台で課題図書に選ばれた『そして誰もいなくなった』のようにクローズドサークル下で殺人事件が起こります。謎解きに関してはもの足りなさが残るものの、クリスティへのリスペクトは申し分なし。


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最新更新日2025/01/16☆☆☆

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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランクインを逃したものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2025年版 国内ベスト20予想
2025本格ミステリ・ベスト10 国内版予想

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 川崎警察 真夏闇(香納諒一)
暴力団員の母親が死体となって京浜運河沿いで発見される。しかも、陰部がナイフで抉られ、腹部から腸がはみ出ているという陰惨な殺され方をしていた。デカ長の車谷一人はバンの荷台から不審な荷物を下ろして走り去った2人組の情報を入手する。被害者は沖縄に里帰りから戻ってきたばかりだったというが…。
◆◆◆◆◆◆
1970年代を舞台に車谷デカ長の活躍を描いたシリーズ第2弾。本作の魅力はなんといっても昭和という時代の空気と当時の泥臭い捜査を緻密に描ききったところにあります。まず、情に厚い一方で、事件解決のためなら暴力も辞さないという車谷のキャラが昭和テイストそのものです。現代なら大問題ですが、昭和という時代を描くならこうした刑事像こそが物語を味わい深いものにしてくれます。また、沖縄返還を巡る事件も昭和を強く喚起させ、今ならあり得ない事件や捜査に説得力を持たせることに成功しています。そしてなにより、昭和刑事たちのひたむきな頑張りを思わず応援したくなっていく展開が見事です。さらに、車谷デカ長の過去が明らかになっていく終盤は涙なくしては語れません。昭和の魅力と時代の闇がギュウギュウに詰め込まれた傑作です。
川崎警察 真夏闇
香納諒一
徳間書店
2024-04-12


異端の聖女に捧げる鎮魂歌(宮園ありあ) 
1782年に起きたオペラ座演出家殺人事件を解決して一躍時の人になった公妃マリー=アメリー。翌10月、そんな彼女に修道院長から助けを求める手紙が届く。いわくのある女子修道院で恐ろしい惨劇が起きる予兆があるというのだ。果たして事件は起き、血と呪いに彩られた連続怪死事件の幕が開くが...。
◆◆◆◆◆◆
マリー=アメリー&ジャン=ジャックシリーズ第2弾。舞台は18世紀末のフランスですが、修道院における当時の暮らしぶりや宗教問題などが詳細に描かれているのが興味深く、この時代の歴史や風俗に興味のある人には特におすすめです。また、公妃と大尉の縮まりそうで縮まらない恋愛模様も本作におけるよいスパイスになっています。特に、嵐で足止めされた大尉が惨劇が進行中の現場に取り残された公妃と伝書鳩でやり取りするもどかしさがたまりません。加えて、前作よりも話のテンポがよくなってミステリーとしての面白さもアップしています。とはいえ、謎解きはあくまで添え物なのでその点には過剰な期待をしない方が無難でしょう。
遊びをせんとや 古田織部断簡記(羽鳥好之)
古田織部が徳川家康の命によって腹を切ってから18年。上段末尾に「遊びをせんとや」、下段末尾に「これにて仕舞」と記された織部最後の茶会の指示書が見つかる。これは誰に向けた指示で何を意味するのか?茶の道を織部から学んだ毛利秀元は家内の諍いに苦しみながらもこの謎に挑むが…。
◆◆◆◆◆◆
古田織部の切腹の謎を毛利家の確執に絡めて描いた作品であり、歴史ミステリーとして重層的な面白さがあります。なにより、戦国末期を彩る武将たちがみな魅力的。主人公の毛利秀元をはじめとして世間一般にはマイナーな武将が多いのですが、それだけにそれぞれのエピソードが新鮮で興味深いものになっています。ただ、物語のペースはかなり遅いため、この時代や登場人物に興味がなければ退屈に感じてしまう可能性は否めません。加えて、最後に明らかになる真相も今ひとつ釈然としないのが辛いところです。それでも、あまり取り上げられないテーマや人物を丁寧に掘り下げていっている点に好感が持てます。300ページあまりの短い話ながら濃厚な描写を堪能できる力作です。
遊びをせんとや 古田織部断簡記
羽鳥 好之
早川書房
2023-11-21


巡査たちに敬礼を(松嶋智左)
秋の全国交通安全運動は交通課の一大イベントだ。ところが、一日署長の力士が稽古中に怪我をして出られなくなってしまう。バツイチ・子持ちの交通課係長・槇田水穂は役に立たない課長を牽制しつつ、善後策を検討するが…。
◆◆◆◆◆◆
郊外の所轄で働く警察官たちの姿を描いた全6編の連作集。派手な事件は一切なく、小さなトラブルを中心に据えた地味な警察小説です。しかし、だからこそ元警察官という作者のキャリアが最大限に活かされており、交通課を中心とした多様な部署のさまざまな職務にスポットライトを当てることに成功しています。読み手側とすると全く想定外の職務も少なくなく、警察官の仕事がどういうものかを知るうえで最適の書です。また、連作短編の形をとっている本作は1話ごとに主人公が代わっていくのですが、これがみな魅力的。バツイチの交通課女性係長、警察官の卵というべき警察学校初任科の学生、総務課の巡査長といった人々がそれぞれの想いを胸に抱いて職務をまっとうしていく姿は、それだけで心に染み入ります。事件の解決だけが警察官の仕事ではないという当たり前の事実をあらためて掘り下げた佳品です。
巡査たちに敬礼を(新潮文庫)
松嶋智左
新潮社
2024-02-28


さくらのまち(三秋縋)
マッチングアプリのサクラで生計を立てている尾上匡貴の元に男から電話があり、「高砂澄香が自殺した」と告げられる。彼の青春を彩り、彼の心を欺いた少女の死を確かめるべく、匡貴は故郷に帰ってきた。そこで彼は澄香と瓜二つの少女と出会う。今度は彼が欺く側で、彼女が欺かれる側として...。 
◆◆◆◆◆◆
腕輪型デバイスの装着が義務化され、そこから読み取った情報で自殺のおそれありと判断されると、偽の友人・サクラが派遣されるというSFチックな設定がユニークです。そして、そのうえで語られる、身の回りの人間がすべてサクラだと思えてくるサクラ妄想のエピソードに心を抉られます。全体としてはミステリー要素の強い青春小説であり、終盤の畳みかける展開の末のほろ苦い結末が胸に染み入ります。ただ、主人公は傷つきながらも立ち直りの兆しを見せるものの、それ以外の人物に関してはあまりにも救いがなさすぎる点が好みを分けそうです。
さくらのまち
三秋 縋
実業之日本社
2024-09-26


アンエンド 確定死刑囚捜査班(木崎ちあき)
前科持ちの男が強盗殺人の罪で逮捕され、40年後に死刑が執行された。だが、その半年後に真犯人が自首。警察は世間のバッシングを受けることになる。そして、それを機に警視庁で発足したのが死刑確定の事件を再検証する確定死刑囚捜査班だ。しかし、集められたメンバーは問題児ばかりで…。
◆◆◆◆◆◆
はみ出し刑事を寄せ集めた窓際部署の活躍というのはよくあるパターンですが、一人一人のキャラがここまで濃い作品も珍しいのではないでしょうか。元SATの狂犬や令嬢警部などなど、個性が豊かすぎる登場人物の小気味良い掛け合いと死刑制度を含めたシリアスなテーマとのバランスが良くて、ぐいぐい引き込まれていきます。また、捜査ものとしても、別々の事件を調べていると思わぬところで繋がっていたことが判明するなど、驚きの展開も用意されており、読み応えは十分です。それにラストシーンではホロリとさせてくれます。ややご都合主義なところはあるものの、それが気にならないだけの面白さを有した佳品です。
かばい屋弁之助吟味控(河合莞爾)
漆問屋が突如爆発し、静まり返った明朝の町に轟音が響き渡る。中からは主人の焼死体が発見され、手代の忠吉が捕縛される。だが、牢屋敷から逃げ出した忠吉は、町人身分ながら大名家子息の弁之助に無実を訴えた。弁之助が現場を調べると、火薬の痕跡はなく、代わりに美しい振袖が空を舞ったという噂が…。
◆◆◆◆◆◆
謎が派手な割に仕掛けは案外凡庸で、ミステリーを読み慣れている読者なら真相は容易に見抜けそうです。むしろ、ツボを押さえた展開に歴史的新解釈を盛り込んだ時代小説として読み応えがあります。特に、お上の詮議で一方的に罪が決定される江戸時代において主人公に弁護士的な役割を担わせているのがユニークです。当時の取り調べは拷問が当たり前のように行われており、身に覚えがなかったとしても、多くの者は苦痛に耐えきれずに自白してしまいます。主人公はそうした者を助けるために無実の証拠を求めて奔走するわけです。あり得ない話ですが、それだけに逆転劇が見事に決まったときの痛快さには格別のものがあります。風変わりなリーガルサスペンスとしておすすめです。
バタン島漂流記(西條奈加)
江戸時代初期。船大工を目指すも挫折して水夫になった和久郎は、廻船・颯天丸に乗って江戸からの帰還途中に嵐と遭遇してしまう。大海原の中で難破船となった颯天丸は苦難の末、現在のフィリピン領に属するバタン島に漂着する。和久郎たち15名の乗組員はなんとか日本に帰国しようとするが…。
◆◆◆◆◆◆
実話ベースの海洋冒険小説であり、船での暮らしや造船などの緻密な描写が読み応えありです。加えて、漂流中に水が尽きたときにいかにして海水から真水を抽出するのかといったサバイバル術などに関しても詳しく描かれており、臨場感を高めることに寄与しています。一方、乗組員15名の描き分けも素晴らしく、漂流した島で奴隷同然の扱いを受けながらも力を合わせて苦難を乗り越えていくさまは実に感動的です。さらに、帰路もまっすぐに日本にたどり着くのではなく、最初中国に漂着してそこで一悶着あってからの帰国という展開もヒネリがあって独自の面白さに満ちています。事実に基づいているだけに、すべてがハッピーエンドとはいかないものの、結末のほろ苦さを含めて心に染み入る良作です。
バタン島漂流記
西條 奈加
光文社
2024-06-26


スウィンダラーハウス(根本聡一郎)
フードデリバリーサービスの配達員・アオイはダブルチーズバーガー30個を持って依頼主の家に赴くがそこで意識を失ってしまう。気が付くと見知らぬ若者たちとともに密室に閉じ込められていた。そこに道化の仮面をつけた女性が現れ、「詐欺で1億円稼ぐまでこの部屋からは出られない」と告げるが...。
◆◆◆◆◆◆
特殊詐欺のグループがあの手この手で警察との知恵比べを繰り広げるコンゲーム小説です。1億円稼ぐまで出られない部屋という冒頭の設定は荒唐無稽すぎる気もしますが、それに反して、個々に描かれる詐欺の手口はかなり緻密でリアリティに満ちています。実際の詐欺でも使用されそうなものばかりで、詐欺被害にあわないための勉強にもなりそうです。また、特殊詐欺の歴史に関する蘊蓄なども興味深く、ついにはM資金の詐欺にまで言及しているのが面白い。また、騙される側の心理を丁寧に描くことでミステリーとして説得力をもたせており、加えて、最後の伏線回収も見事です。
笑う森(荻原浩)
 ASD(自閉スペクトラム症)障害を有する5歳の少年・真人が行方不明となる。1週間後に保護されるが、衰弱した様子は見られなかった。真人に事情を尋ねても「クマさんに会った」と語るだけ。同じ頃、4人の男女も森に一週間迷い込んでいたという。果たしてこの森で何があったのか?
◆◆◆◆◆◆
行方不明になったASDの少年に何が起きたのかを突き止めていく話ですが、不穏な冒頭から始まって徐々に1週間の出来事を再構築していく構成が秀逸です。描かれるのは障害児の失踪事件と保護者に対するSNSでのバッシングというなんとも重苦しいものですが、それらはコミカルな要素を含みつつ、意外とライトに語られていくので読み心地は決して悪くありません。それに、バッシングをしていた本人も特定されて最後はすっきりと終わります。何より、障害を抱えている真人の可愛らしさが癒やしとなっており、ミステリー的構造のヒューマンドラマとして読み応えありてす。ただ、最後にファンタジー要素で締めている点に対しては好みが分かれるかもしれません。
笑う森
荻原浩
新潮社
2024-05-30


籠の中のふたり(薬丸岳)
32歳の弁護士・村瀬快彦は母親の自殺を20年間引きずり続け、人間関係に壁を作っていた。そんな折、傷害致死で服役していた従兄弟の蓮見亮介の身元引受人となり、一緒に暮らし始める。明るい亮介に心を開いていく快彦。だが、ある日、自身の出生の秘密が書かれた手紙を見つけてしまい…。
◆◆◆◆◆◆
罪と赦しという著者定番のテーマを前面に出しながらも過去作に比べるとライトでハートフルな展開に心地よい温もりを感じます。また、ミステリーとしてもなかなかの仕上がりです。本作には「なぜ母は自殺したのか?」「なぜ亮介は人を殺したのか?」という2つの謎があるわけですが、秘められていた事実が徐々に明らかになっていき、2つの事件が結びついていく展開にぐいぐい引き込まれていきます。そして、その末に迎える結末も泣かせる内容であるうえに、これまでの著者の作品と比べると後味がよくて希望を感じさせるものになっています。ただ、著者従来の作風が好きだという人にとっては安易なハッピーエンドでもの足りないと感じるかもしれません。


対決(月村了衛)
新聞記者の檜葉菊乃はある医大に関する黒い噂を耳にする。その大学は長年、入学試験の点数を女性だけ意図的に下げているというのだ。檜葉は理事の神林晴海に疑惑をぶつけるが、彼女は巧みに追求を躱していく。共に男性社会で辛酸をなめながらも敵対せざるをえない2人の対決の行方は?
◆◆◆◆◆◆
2018年に発覚した医学部不正入試問題に材をとった作品です。不正の実態に迫っていく物語の中で、互いの信念をぶつけ合う女性2人の対決は非常にスリリングで読み応えがあります。何より、彼女たちは敵対者でありながら、根っこの部分では「女性差別をなくしたい」という想いを共にする同志であるという関係性がぐっとくるのです。また、女性差別の議論自体も、地方の医療崩壊阻止のための男性優遇といった現実的な事情もしっかり踏まえ、単なる理想論に堕してない点に好感が持てます。もちろん、だから男性優遇も致し方なしではなく、「現実を踏まえたうえで、いかにして男女格差をなくしていくかを考え続けることが大切だ」というメッセージがしっかりと発信されている点に共感を覚えます。日本の社会における男女差別を考えるうえでぜひ読んでもらいたい良書です。ただ、物語の結末は希望が持てるものではあるものの、反面、いささか穏便すぎる決着であるため、人によっては生ぬるいと感じるかもしれません。
対決
月村 了衛
光文社
2024-04-24


修羅の国の子供(田村和大)
親がヤクザの家庭で育った正範と寅は過酷な少年時代を過ごし、心からヤクザを憎むようになっていた。改姓した正範は猛勉強、東大を経て検察官になる。そして、大学の同期で警視庁のキャリア警官となった早良とともに暴力団壊滅作戦の指揮を執ることになるのだった。一方、正範とは別の道を進んだ寅は…。
◆◆◆◆◆◆
本作に登場するヤクザはみなクズばかりで、それ故に主人公たちの幼少時代の描写は読んでいて辛いものがあります。しかし、それだけに彼らに対する容赦のない復讐劇は読んでて爽快です。苛烈なまでのバイオレンスシーンや男たちの秘めた友情には熱いものを感じますし、テンポの良さも申し分ありません。ただし、あまりにも漫画的な派手すぎる展開は好みの分かれるところです。とはいえ、父を殺した犯人が伏線回収の末、最後に判明する構成の妙といい、決して派手なだけの作品ではありません。ノワール・ミステリーとして極めてレベルの高い傑作です。
修羅の国の子供たち
田村 和大
双葉社
2024-07-25


追放された商人は金の力で世界を救う(駄犬)
剣と魔法の世界では不人気職の商人であるトラオ。彼はSランク冒険パーティーに加わっていたが、金の使い込みがバレて追放の憂き目にあってしまう。仕方なく使い込み先の女性パーティーに加わり、そこで魔王討伐を掲げる。だが、彼の考案する作戦は魔王軍もドン引きな汚いやり方ばかりで...。
◆◆◆◆◆◆
いわゆる追放ものですが、それを表舞台と舞台裏の2部構成に分けてミステリー仕立てにしてしまうところが著者ならではです。まず、前半はコメディ調ながら、主人公の鬼畜ぶりが強調されていきます。たとえば、かつての仲間の死体からは装備品を剥ぎ取り、敵に対しては麻薬をばら撒いて弱体化を図るなどといった具合です。読んでいるうちにいい加減ウンザリしてきますが、それだけに、後半のパートで真相が明らかになって泣ける話に反転する構成が効いてきます。追放系のテンプレを逆手に取った手管が素晴らしく、一風変わった英雄譚としても秀逸です。ただ、いくら事情があったとはいえ、ちょっとやりすぎな感じがする点は好みの分かれるところでしょう。


ともぐい(河﨑秋子)
ロシアとの戦争を間近に控えてきな臭い空気が漂う明治後期。北海道の猟師・熊爪は他者と交わらず、人里離れた山中で一匹の犬を相棒に孤独な狩りを続けていた。そんなある日、雪に残された血痕を辿って負傷した男を発見する。彼は冬眠に失敗した穴持たずの熊を追って、返り討ちに遭ったのだというが…。
◆◆◆◆◆◆
山奥で孤独に暮らすマタギの半生を描いた作品ですが、大自然のなかで生きるか死ぬかの闘いを繰り広げる主人公の姿には凄まじい熱量が感じられ、その圧倒的な迫力にただただ息をのむばかりです。特に、美しい山の風景をバックに描かれる熊と主人公の真剣勝負はあまりにも生々しく、恐怖すら覚えます。こうした息苦しいまでの刺激のなかで一服の清涼剤となっているのは犬の存在です。作中では名前すらつけてもらえない犬ですが、最後まで主人公に寄り添う姿がなんともいじらしく感じます。いずれにしても、臨場感に満ちた一連の描写は凡百の冒険小説では足下にも及ばないほどです。一方で、本作は、文明開化の時代を背景として「生きるとは何か」を問い直す文芸作品の一面も持ち合わせています。その答えの一つがラストの展開であるわけですが、これがまた強烈です。一読して忘れ難い印象を読者に植え付ける名作だといえるでしょう。
第170回直木賞受賞
ともぐい
河﨑秋子
新潮社
2023-11-20


フェスタ(馳星周)
北海道で競走馬の生産牧場を営む三上親子は凱旋門賞で2着となったナカヤマフェスタの種付けを続けていた。やがて、自信を持って作り出した仔馬は調教師の目に留まり、馬主の小森達之助に引き取られていく。やがて2歳になったその馬はカムナビと名付けられ、着々と結果を残していくが…。
◆◆◆◆◆◆
馳星周の作品なのでピックアップしたものの、ハッキリ言ってミステリー要素は欠片もありません。その代わり、競走馬に取り憑かれた人々のドラマは読み応え満点です。特に、競馬好きな人なら、凱旋門での優勝を目指して最強馬を育てようとする、その熱量の高さに胸が熱くなるのではないでしょうか。さらに、緊迫感溢れるレースシーンも素晴らしく、なかでも、最終話のクライマックスは涙なくしては読めません。競走馬に関する蘊蓄の数々も興味深く、競馬に関わる人間が思いの他多いことに驚かされます。生産者、馬主、調教師、調教助手、厩務員、騎手などなど。多くの人の想いを乗せて語られる群像劇の傑作です。
フェスタ (集英社文芸単行本)
馳星周
集英社
2024-03-05


舞台には誰もいない(岩井圭也 )
舞台のリハーサル中に主演女優の遠野茉莉子が奈落に落ちて命を落とした。彼女は演劇界で高く評価されており、その地位に押し上げたのはこの劇の主催者・名倉敏史だった。公演中止の説明会で名倉は告げる。「遠野茉莉子を殺したのは、ぼくです」と。やがて関係者たちも彼女について語り始めるが…。
◆◆◆◆◆◆
いわゆる犯人探しの物語ではなく、そういう意味ではミステリー色は薄いといえます。しかし、一方で、天才女優の壮絶な生き様と彼女がなぜ死んだのかを探っていくドラマは緊迫感に満ち、読み応えありです。特に、演技のためにここまでやるのかと思わせるエピソードの数々には思わず息をのんでしまいます。演技に限らず、芸術や芸能の天才とは狂気と紙一重だという事実をまざまざと見せつけてくる1作です。また、幽霊役に挑戦して亡くなった女優が幽霊として登場し、自分について話し合っている人たちをじっと見つめているという構図は、死んでもなお役作りに囚われているように見え、ゾッとさせられます。
舞台には誰もいない
岩井圭也
祥伝社
2024-09-12


僕の神さま(芦沢央)
川上さんという女の子が父親から虐待を受けた末に殺されたという噂が小学校で広まる。しかも、図書館の本には彼女の怨念がこめられているというのだ。噂の真相を確かめるべく、僕は同級生の水谷くんに相談する。彼は様々な謎をあっという間に解決し、周囲からは神さまと呼ばれているが...。
◆◆◆◆◆◆
著者十八番のブラック全開のイヤミスではなく、かといって子供らしい無邪気な話でもありません。父親からDVを受けている児童という重い話に軽い日常の謎を絡め、程良いほろ苦さと切なさを味わえる絶妙なバランスの物語に仕上げています。同時に、小学生離れした洞察力を持つ水谷くんの活躍と、彼のワトソン役を務める主人公の成長の物語としても読み応えありです。特に、最後に主人公が下す決断は多くの読者の心に刺さるのではないでしょうか。とはいえ、謳い文句の「ラストで世界が反転する」はいささかいいすぎのような気が…。
僕の神さま (角川文庫)
芦沢 央
KADOKAWA
2024-02-22


半暮刻(月村了衛) 
会員制バー「カタラ」。そこは女性客を従業員に惚れさせ、金をむしり取る半グレの店だった。養護施設出身の翔太と裕福な家庭で育った海斗はコンビを組み、その店のトップに君臨する。やがて、カタラに捜査のメスが入り、逮捕された翔太とそれを逃れた海斗は別の道を歩み始めるが...。
◆◆◆◆◆◆
他人の人生を踏みにじってきた若者2人が正反対の道に進んでいくさまを対比させながら描いているのがユニークです。特に、逮捕を境に人生のどん底に突き落とされた海斗が人の優しさに触れ、かつての自分がどれだけ酷いことをしてきたかに気付いていく一連のシーンには激しく心を揺さぶられます。それに対する翔太の物語も興味深いものがあります。彼は逮捕を逃れて自らを省みることのないまま就職するのですが、その就職先というのがどう考えても2015年に女性社員を過労自殺に追い込んだ某広告代理店なのです。そして、物語は実際の事件をなぞるように展開していきますが、その中で彼の果たす役割にはいろいろと考えさせられます。2人の人生の行き着く先はどこなのか?是非ともおのおのの目で確かめてほしいところです。ただ、本作は社会問題を主眼に据えた社会小説であり、ミステリ要素はほとんどありません。
半暮刻
月村了衛
双葉社
2023-10-18


責任(浅野皓生)
雪の夜、刑事の松野徹は不審車両に遭遇した。職務質問しようとすると、運転手は車を急発進させ、交差点で家族4人を乗せた車と激突する。全員が死亡する大惨事となり、その後、運転手の藤池光彦は事故直前に強盗致傷事件を起こしたことが判明した。だが、松野は光彦の両親から再捜査を嘆願され…。
◆◆◆◆◆◆
第44回横溝正史ミステリ&ホラー大賞優秀賞。ちなみに作者は受賞時点で東大在学中の23歳。2023年発売のアンソロジー『東大に名探偵はいない』には東大出身の作家に混じって唯一現役東大生として参加し、『テミスの逡巡』という完成度の高い社会派短編ミステリーを書きあげています。本作でも悔恨に苛まれながら捜査にのめり込む主人公のドラマを若輩故の浅薄さを一切感じさせない円熟した筆致で描き上げ、読み応えのある作品に仕上げています。ストーリーはひたすら重苦しいのですが、それでも先が気になってぐいぐいと読ませるリーダビリティの高さは見事というしかありません。また、思いがけない真相が明らかになっていく後半もミステリーとしてよく出来ています。ただ、この作品は結末まで暗くて一切救いがありません。事件が解決しても誰も救われず、やるせなさだけが残る展開は好みが分かれそうです。
責任
浅野 皓生
KADOKAWA
2024-09-28


アイアムハウス(由野寿和)
藤湖を囲むように建てられた高級住宅地の十燈荘。そこに暮らす秋吉家の人間がそれぞれの趣味に見立てて惨殺される。生き残ったのは長男の春樹のみ。静岡県警の深瀬が捜査を進めていくと、住人たちの歪な人間関係が明らかになっていく。一方、この地では16年前に妊婦連続殺人が発生しており…。
◆◆◆◆◆◆
過去と現在の事件が絡み合い、謎が深まっていくプロットがよくできています。登場人物はかなり多いものの、一人一人キャラが立っており、テンポがよくてサクサク読めるのが好印象。また、連続殺人の謎の他にも事件を追う深瀬には4人続けて相棒が殉職しているという過去があり、謎が謎を呼ぶ展開にぐいぐい引き込まれていきます。そのうえ、誰もかれも怪しくて容疑者も次々と現れるのでなかなか犯人を絞らせてくれません。そして、そのうえで行われる終盤における怒涛の伏線回収が見事です。ただ、真相は少々無理があるように感じられて少しモヤモヤします。とはいえ、本作は本格ミステリではないので、その辺りはすっぱり割り切った方がよいかもしれません。サイコサスペンスとしては抜群の面白さです。
アイアムハウス
由野寿和
幻冬舎メディアコンサルティング
2024-10-31


警官の酒場(佐々木譲 )
佐伯宏一は重大事案の検挙率において道警でダントツの成績を誇っていたが、上層部に歯向かった一件で干され、また自身のこだわりから警部昇進試験の受験を拒み続けていた。一方、競走馬の育成牧場に強盗に入った4人組は計画になかった殺しをしてしまい、各人バラバラに逃走を始めるが...。
◆◆◆◆◆◆
道警シリーズ第11弾。強盗殺人を核とした様々な事件をお馴染みのメンバーが追っていく捜査小説としての面白さと、主人公の苦悩や犯人たちの足掻きといった人間ドラマの魅力を併せ持つ堅実な一品です。とはいうものの、『笑う警官(歌う警官)』や『警察庁から来た男』などの初期作品と比べるとミステリーとしてのスケールは小さくなってしまっています。しかし、レギュラー陣がかかわった小さな事件が一つの線で結びついていくプロットはこれぞ警察小説というべき面白さです。小粋なラストシーンもシリーズを追ってきた読者にとっては感慨深く、そういった意味でも第1部完結に相応しい作品だといえるでしょう。ただ、過去作を読まずにいきなりこれだけを読んでも魅力は伝わりにくいかもしれません。少なくとも、『笑う警官』『警察庁から来た男』『警官の紋章』の初期三部作を読んでから本書を手に取ることをおすすめします。
北海道警察 11 警官の酒場 (角川春樹事務所)
佐々木譲
角川春樹事務所
2024-02-01


二人一組になってください(木爾チレン)
卒業式直前の女子高の教室で突如デスゲームが始まる。2人1組になって握手をすれば生き残り、握手をする相手がいない者は死を迎えるというゲームを繰り返せというのだ。それは「いじめをした人間は死刑になるべきです」という言葉に基づいて行われており…。
◆◆◆◆◆◆
生徒一人一人の内面を掘り下げつつ、イジメの本質に迫っていく話なのですが、設定があり得なさすぎて逆に楽しくなってきます。なんといっても、教室内でどんどん人が死んでいく絶望的な状況でもみんな結構冷静なのがシュールです。したがって、リアリティを重視する人にとってはバカバカしく感じてしまうかもしれません。しかし、その無茶な設定さえ呑み込めれば、人間の醜い本性をエンタメ的に昇華した作品として昏い快楽を味わうことができるはずです。クラスメイトのキャラはみな立ちまくりで、それぞれの葛藤には心揺さぶられますし、教室内のカースト問題についても大袈裟に描かれているとはいえ、学生やかつて学生だった読者にとって共感できる部分は少なくないと思います。最大のツッコミどころは、いじめ対策として行われているゲームなのに、ゲームの存在自体を隠蔽しているのでいじめの抑止力としてなんら寄与していない点ですが、そういうツッコミも含めて楽しむべき作品だといえるでしょう。
二人一組になってください
木爾チレン
双葉社
2024-09-19


誰が勇者を殺したか 預言の章(駄犬)
神の眷属たる巫女は打倒魔王を掲げて勇者を求めたが道半ばで死んでしまう。その度に時間は巻き戻り、勇者探しを一からやり直していた。ある時、巫女はレナードという冒険者の噂を耳にする。腕は立つが、金の亡者で他人の命をなんとも思っていない。レナードにはそんな悪評が立っていた。彼を勇者候補から外す巫女だったが…。
◆◆◆◆◆◆
王道ファンタジーの設定を借りたミステリとして好評を博した『誰が勇者を殺したか』の外伝的作品です。魔王を倒した前作の勇者が現れる前の世界が描かれており、魔人退治に相場の10倍もの報酬を吹っ掛けるレナードをはじめとして評判が最悪のパーティーの真意を探っていく構成になっています。つかみが弱いのが難点ですが、その分、張り巡らされた伏線が回収されて謎が解かれていく後半は抜群の面白さです。前作の主要キャラが登場し、今作との意外な繫がりが明らかになっていくのも読みどころだといえます。是非とも前作から続けて読んでほしいところです。
魔者(小林由香)
雑誌編集部に勤める今井柊二は、覆面作家である雨宮世夜の新刊を偶然読んで驚愕する。そこには彼の幼少期の思い出と酷似したシーンが描かれていたのだ。しかも、その思い出を共有していたのは今は亡き姉だけだった。作者は姉を知っているのか?柊二の脳裏に封印していた忌まわしい過去が甦るが…。
◆◆◆◆◆◆
加害者家族とバッシングという重いテーマを扱った作品です。一つの犯罪によって家族や友人の関係が壊れていくさまは読んでいて胸が苦しくなりますし、自分が犯罪を犯したわけでもないのに職場や親戚の家に怪文書が送られてくる展開にはやりきれなさを覚えてしまいます。しかし、それでもページをめくる手が止まらないのは、作中作を巧みに織り込みながらメリハリのある展開を繰り広げていく作者の手腕があればこそでしょう。そして、丁寧な描写の積み重ねの末に迎えるラストが心に染み入ります。善悪で割り切れない問題に果敢に挑んだ野心作です。
魔者 (幻冬舎単行本)
小林由香
幻冬舎
2024-08-28


ごんぎつねの夢(本岡類)
15年ぶりの同窓会に突如キツネ面の男が乱入し、散弾銃を発砲する。男は立て篭もりの末にSATにより射殺されるが、犯人の正体はなんと彼らの恩師だった。幹事の有馬に託されたメッセージは「ごんぎつねの夢を広めてくれ」というもの。調査の末に恩師の過去が明らかになっていくが…。
◆◆◆◆◆◆
小学校の教科書にも載っている童話の『ごんぎつね』。誰もがその存在を知っているが故に、あまり知られていない裏話が興味深く読むことができます。恩師が事件を起こした動機には少々無理があるように感じられる一方で、ごんぎつねの続きに関する史実と絡めた謎は非常に魅力的です。そして、真実が明らかになったときもう一度ごんぎつねを読んでみたくなります。衝撃的な序盤に比べて話が停滞する中盤が冗長という欠点はあるものの、ごんぎつねの存在が醸し出す切なさがたまりません。なんともいえない余韻を呼び起こしてくれる、忘れ難い佳品です。
ごんぎつねの夢 (新潮文庫 も 37-2)
本岡 類
新潮社
2024-04-24


あなたが殺したのは誰(まさきとしか )
中野区のマンションの一室で若い女性が重態で発見され、その後死亡する。しかも、生後10ヶ月になる彼女の娘は何者かによって連れ去られていた。さらに現場からは「私は人殺しです」と書かれた便箋が見つかる。そして、物語は90年代の初頭に遡る。北海道の鐘尻島では巨大リゾートの建設が計画されていたが、バブルの崩壊によって頓挫し…。
◆◆◆◆◆◆
ベストセラーになった『あの日、君は何をした』や『彼女が最後に見たものは』に続く、三ツ矢&田所刑事シリーズの第3弾です。東京で起きた現在の殺人事件とバブル崩壊で頓挫した離島のリゾート計画。30年の時を隔てた2つのエピソードが交互に描かれるも、両者の繫がりがなかなか見えてこない展開がスリリングです。しかも、終盤になって一気に伏線が回収され、真相が浮かび上がってくる手管には唸らされます。結末はやりきれなさを覚え、後味は決して良いとはいえないものの、三ツ矢と田所のコンビの魅力がそれをうまく緩和しています。また、冷静に考えると、ミステリーとしてはツッコミどころが少なくありません。しかし、本作は、そんなことはさほど気にならないだけの面白さを有しています。
あなたが殺したのは誰 (小学館文庫)
まさきとしか
小学館
2024-02-06


なれのはて(加藤シゲアキ)
報道マン・守谷京斗はある事件が原因でイベント事業部へ異動させられてしまう。異動先では年下の女性・吾妻李久美が彼の教育係に就くことになったのだが、やがて彼女が祖母から譲り受けた古い絵と運命的な出会いを果たす。この絵を使って一枚だけの展覧会開催を試みる2人だったが…。
◆◆◆◆◆◆
アイドルグループ・NEWSのメンバーでもある著者の7作目の小説であり、第170回直木賞の候補作にも選ばれています。あまり知られていない終戦日未明の秋田空襲に焦点を当て、一枚の絵から秘めた歴史の真実を浮き彫りにしていく力作です。読み進めていくと、著者の過去作には感じられなかった重厚な作風にまず驚かされます。油田と戦争に翻弄させられた三代に渡る波瀾万丈の物語は読む者の心をわしづかみにし、やがて全貌が明らかになる壮絶な一族の歴史には息をのむばかりです。歴史ミステリーの大作であり、読み応えという点では申し分ありません。ただ、それだけに少々詰め込みすぎなのが惜しまれます。物語の中心だったはずのテレビスタッフのドラマがいつの間にか脇に追いやられていますし、終盤になるとさまざまな問題が駆け足で解決していくのも気になるところです。とはいえ、アイドル業をこなしながらこれだけの作品をものにした事実は驚嘆に値します。今後のさらなる飛躍が楽しみです。
なれのはて
加藤シゲアキ
講談社
2023-10-24


少女が最後に見た蛍(天祢涼)
神奈川県警生活安全課の仲田蛍は、中学の同級生・来栖楓と偶然再会する。2人は当時同級生だった桐山蛍子を巡ってイジメの加害者と護り手の関係だったが、結局、蛍子は自殺してしまう。その話を聞いた捜査一課の真壁は仲田も知らない裏の事情があるのではと考え、独自に捜査を開始するが…。
◆◆◆◆◆◆
仲田蛍シリーズの第4弾であり、彼女が警察官を志すようになってから現在に至る経緯を全5編の連作形式で描いています。イジメや虐待といった子供を巡る話はどれも重たい気分にさせられますが、特に、中学時代のイジメの顛末を描いた表題作は衝撃的です。多くの人にとって心を抉られる読書体験になるのではないでしょうか。それだけに、希望の光が差すラストにはホッとさせられます。どんな相手にでも救いの手を差し伸べる仲田蛍というキャラクターをより一層掘り下げることに成功した好編です。
少女が最後に見た蛍 (文春e-book)
天祢 涼
文藝春秋
2023-11-15


人間標本(湊かなえ)
画家の卵である少年たち6人の死体が発見され、昆虫学者の男が逮捕される。彼は逮捕される前に手記を残していた。それによると、幼少期から蝶の標本に魅入られた彼はいつしか人間も一番輝いているときに標本にしたいという想いにとらわれるようになったのだという。やがて、自分が長年思い描いていた標本づくりの好機が訪れるが...。
◆◆◆◆◆◆
『告白』で鮮烈デビューを果たし、イヤミスの女王として君臨してきた著者の15周年記念書下ろし作品です。そんな本作はひとことでいうと、少年たちを標本にする話で、イヤミスというよりはサイコサスペンスの色が強くなっています。標本の魅力に取り憑かれた男の手記は気持ち悪いと同時に、江戸川乱歩の探偵小説のような倒錯的な魅力に満ちています。しかし、これは物語の前半部に過ぎず、そこから始まる二転三転の展開が圧巻です。ただ、ミステリーを読みなれている人なら真相はなんとなく予想できるかもしれません。しかし、たとえ真相自体には驚けなかったとしてもこの残酷で美しい物語には心を激しく揺さぶられるのではないでしょうか。
人間標本 (角川書店単行本)
湊 かなえ
KADOKAWA
2024-03-11


流警 新生美術館ジャック(松嶋智左)
県立美術館の開館式典の最中に狐面の武装集団が建物を占拠する。その際に、副知事と女子小学生、そして変人キャリア警視正の孔泉が取り残されてしまう。犯人側の要求は現金十億と、とある陶芸作品が盗作である事実を公表すること。孔泉たちは脱出の機会を図りつつ、狐集団の正体を探っていくが…。
◆◆◆◆◆◆
流警シリーズ第2弾です。流警というタイトルから判断するに、警部交番へ流刑となって前作で語り手を務めた南優月がシリーズ主人公かと思えば今回はまさかの出番なし。代わって、立て篭もり事件に巻き込まれた副知事の秦玖理子が語り手を務めているので、異動先での孔泉の活躍を第三者視点で描くシリーズのようです。本作でも孔泉の変人ぶりが遺憾なく発揮されているわけですが、ミステリーとしては刻一刻と状況が変化していく、緊迫感に満ちた事件の推移が読みどころとなっています。特に、現場の内と外を交互に描くことで緊迫感をより一層高めていく手管が見事です。また、副知事と女子小学生が絆を深めていくくだりは感動的ですし、孔泉の人間性が垣間見えるシーンにも心を動かされます。前作に比べてキャラクターの魅力がより一層押し出された一編です。
探偵はパシられる(カモシダせぶん)
N高校番長のパシり・岡部太朗はお使い先で次々事件に巻き込まれ、早く番長の元へ戻るべく最速で事件を解決する連作短編集。カツアゲをされた相手に岡部がカツアゲの不手際を指摘する「ファーストカツアゲ」や残り一つしかないあんパンを巡って一歩も譲らない「最後のあんパン」など全9編収録。
◆◆◆◆◆◆
書店員芸人として知られる著者の小説デビュー作です。パシリに誇りを持つ主人公像がユニークで、パシリなのに頭脳明晰、運動神経抜群というギャップが面白い。それになんといっても、テンポのよい掛け合いが楽しく、コメディとしてよくできています。また、一話一話が短いながらも謎とその解決がきっちり描かれており、伏線回収もなかなかに見事です。さらに、主人公と番長の信頼関係がどんどん深まっていく点も魅力のひとつになっています。本格的なミステリーを期待すると肩透かしを覚えるかもしれませんが、気楽に楽しむことのできる佳品です。
探偵はパシられる
カモシダ せぶん
PHP研究所
2024-09-19


復讐の泥沼(くわがきあゆ)
古民家カフェ・金蓮館は十数人の客と店員を巻き込んで崩壊し、その下敷きになった盛岡颯一が命を落とす。日羽光は、颯一が亡くなったのは医師を名乗った2人組の男が颯一を見捨てたためだと考え、彼らを探し始める。なぜ見捨てたのかを問いたださねば気が済まなかったのだ。だが、その一人が何者かに銃殺され…。
◆◆◆◆◆◆
王道的な復讐劇かと思っていると主人公がサイコパスであることが判明し、しかも、他の登場人物もクズばかり。なかでも、善意を装って相手の懐に飛び込み、投資証券で破滅させる薬師という男が凶悪です。彼以外にも、パワハラ男に毒親、新興宗教の教祖さまなどなど。邪悪な人間が次々と登場し、気が付くと物語はサイコパス最強決定戦の様相を呈していきます。そこで繰り広げられる邪悪同士の戦いは本作の最大の見どころとなっています。胸糞悪い展開の連続にも関わらず、勝負の行方が気になって物語から目が離せないのです。そして、不快さマックスの読後感の末に衝撃の結末が訪れます。間違いなく人を選ぶ作品ですが、イヤミスとしては最高の出来栄えだといえるでしょう。
復讐の泥沼 (宝島社文庫)
くわがきあゆ
宝島社
2024-08-05


ソコレの最終便(野上大樹)
1945年8月9日。ソ連軍が満州国に侵攻を開始する。未曾有の大混乱のなか、朝倉九十九大尉が率いる一〇一装甲列車隊、マルヒト・ソコレに特命が下る。輸送中に空襲を受けて立ち往生している国内唯一の巨大列車砲を回収して2000km先の大連港まで1週間以内に送り届けよというのだ。こうして朝倉は無謀ともいえるミッションに挑むことになるのだが...。
◆◆◆◆◆◆
日本では馴染みの薄い装甲列車を主役に据えた冒険小説です。切り口が新鮮で兵器に関するマニアックな描写が興味深く、危機また危機の展開には手に汗握ります。まさにノンストップアクションです。また、本作を語るうえでは個性豊かな登場人物たちも欠かせません。なかでも、ひときわ大きな存在感を放っているのが金子少尉です。まるで大きな子供のような普段の大砲オタクっぷりと、いざというときの男気溢れる言動のギャップに痺れます。一方で、ヒロインである若い看護婦の主張があまりにも戦後民主主義の価値観に寄りすぎている点は気になるところです。一人だけタイムスリップした現代人が紛れ込んでいるような不自然さを感じてしまいます。朝倉少尉とぶつかり合いながら成長していく姿を描くための設定だというのは分かりますが、もう少し現実味があればと思わないでもありません。とはいえ、全体から見ればそれは小さな瑕疵にすぎず、悲惨な戦場の描写と冒険小説としての面白さを両立させた手腕はさすがの一言です。
ソコレの最終便 (ホーム社)
野上大樹
集英社
2024-06-26


人質の法廷(里見蘭 )
女子中学生連続死体遺棄事件の容疑者が自供したというニュースが飛び込んできた。だが、被害者の中学校に侵入して逮捕された過去のある容疑者は、駆け出し弁護士の川村志鶴に対して無罪を訴える。被告の自供は強要されたものだったのだ。志鶴は依頼人の潔白を証明すべく奔走するが…。
◆◆◆◆◆◆
本作は2段組で600ページ超とかなりのボリュームを誇っています。しかも、法律に関する専門用語なども容赦なく飛び出してきます。それにも関わらず、裁判の最終弁論から始まる冒頭で心を掴まれ、ページをめくる手が止まらなくなるのはその圧倒的なリアリティがもたらす臨場感の高さ故でしょう。特に、裁判における検事と弁護士の応酬は緊迫感に満ち、固唾をのんで見守るばかりです。また、事件を解決したいが故の警察による人権無視の取り調べも読むに堪えないと思いつつも、その先が知りたくて目を離すことができません。とにかく、リーダビリティの高さは圧倒的であり、凡百のリーガルサスペンスなど足元にも及ばないクオリティの高さを誇っています。
人質の法廷
里見 蘭
小学館
2024-07-03


私の死体を探してください。(星月渉 )
人気作家の森林麻美はブログで自分が脳腫瘍に侵されていることを告白し、「私の死体を探してください」という言葉を残して消息を絶つ。担当編集者の池上が麻美の行方を追うが、その間にも彼女のブログは更新を続けていく。そこには衝撃的な内容が記されていた。果たして彼女の目的は?
◆◆◆◆◆◆
note創作大賞にて光文社文芸編集部賞とテレビ東京映像化賞をW受賞。謎めいた遺書が綴られている冒頭から引き込まれ、あとはラストまで一気呵成です。内容自体は結構陰鬱なのですが、テンポの良さと巧みな構成によってエンタメ小説として楽しめる作りになっています。まず、失踪した作家の担当編集者と夫がそれぞれの思惑で彼女の行方を追っていると、その行動を見越したように新事実が次々と明らかになっていくのが面白い。同時に、一見無関係なブログ小説などが伏線として回収されていく手管も見事です。さらに、ラストのヒネリもきれいに決まっており、極めて完成度の高いスリラー小説だといえるでしょう。ちなみに、本作は2024年秋にテレビ東京にてドラマ化されており、 失踪した作家の森林麻美を山口紗弥加が演じています。
私の死体を探してください。
星月 渉
光文社
2024-07-24


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最新更新日2024/12/15☆☆☆

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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングを逃したものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2025年版 海外ベスト20予想
2025本格ミステリ・ベスト10 海外版予想
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ブレグジットの日に少女は死んだ(ライザ・クラーク)
2016年6月、EU離脱の是非を問う国民投票の日に事件は起きた。ヨークシャーの海辺の寂れた町で、16歳の少女が暴行を受けたのちにガソリンで焼き殺されたのだ。ジャーナリストのカレンは取材を重ね、事件の経緯をまとめた本を出版。しかし、関係者たちから事実の誇張や捏造があると訴えられ...。
◆◆◆◆◆◆
実録ものを装ったモキュメンタリー形式の作品です。中身は完全なフィクションながらEU離脱等の歴史的事実を織り込み、リアリティを高めることに成功しています。臨場感豊かな物語はまるでノンフィクションを読んでいるような臨場感です。実際、作中で描かれている度を超した陰湿なイジメはさまざまな現実の事件を想起させますし、それ故に「これは本当にフィクションなんだよな?」と思わず確かめたくなったりもします。また、事件の全容が徐々に明らかになっていく一方で、逮捕された少女たちは互いに罪をなすりつけ、取材に訪れた記者の取材姿勢にも問題がああることも明らかになります。そのことにより、事件の全容が解明しきれず、かえって謎が深まっていく展開も秀逸です。ノンフィクションのようなミステリーを読みたいという人におすすめの傑作。
ブレグジットの日に少女は死んだ (小学館文庫)
イライザ・クラーク
小学館
2024-07-05


キル・ショー(ダニエル・スウェレン=ベッカー)
アメリカ東部の田舎町で16歳の女子高生が忽然と姿を消す。手がかりも目撃者もないなか、家族の同意を得て大手テレビ・ネットワークによる連続リアリティ番組が制作された。だが、結果得られたものは狂乱の末の悲劇とスキャンダルだけだった。10年後。26人の証言から浮かび上がった真相とは?
◆◆◆◆◆◆
実録ものの体裁をとっている本作は臨場感に満ち、たちまち物語世界に引き込まれていきます。リアリティ重視なのでミステリとしての捻りには欠けますが、リーダビリティの高さはかなりのもの。26人のインタビューを小刻みにつなぎ合わせて通常の小説にはないテンポ感を引き出すことに成功しています。また、要所要所で意外な事実を公開し、物語が単調になるのを防ぐ手管も見事です。ちなみに、本作ではさまざまな人間が自分の推理を披露していますが、最後に意外な人物が真相を言い当てる点が面白い。さらには、卑小な人間の浅はかな計画が破綻し、身を滅ぼすまでを描いた犯罪サスペンスとしても秀逸です。その他にも、人の不幸をコンテンツとして消費している現代社会への風刺としても読むことができるなど、多面的な面白さを有した作品だといえます。
キル・ショー (扶桑社BOOKSミステリー)
ダニエル・スウェレン=ベッカー
扶桑社
2024-05-02


ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎(ジル・ペイトン・ウォルシュ)
ケンブリッジ大学学寮付き保健師のイモージェン・クワイの家に下宿している大学院生が、ある数学者の伝記を手掛けることになる。だが、それ以前にも複数の人物が伝記の執筆に挑戦したものの、いずれも途中で頓挫していた。その原因は1978年夏における空白の数日間にあるというのだが…。
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イモージェン・クワイシリーズの第2弾です。今回は伝記の執筆者が変死や行方不明を遂げていくという謎が魅力的。学問の世界ならではの動機がユニークで、かつてはその学問の世界で女性が不当に扱われてきた歴史なども興味深い。また、ケンブリッジやウェールズの美しい風景描写とともにゆったりと流れていくようなテンポ感が心地良く、前作に比べて後味の良い結末も好印象。そのうえ、伏線をしっかり張り巡らせておいてからの謎解きも読み応えありです。
ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎 (創元推理文庫)
ジル・ペイトン・ウォルシュ
東京創元社
2023-10-19


寡黙な同居人 (クレマンス・ミシャロン)
エイダンは連続監禁殺人の犯人で、妻と娘が暮らす屋敷の小屋にレイチェルと名付けた若い女性を監禁していた。やがて妻が亡くなると、彼は引っ越し、娘のセシリアを含む3人の奇妙な共同生活が始まる。精神的に支配されたレイチェルは家の中を自由に動き回れるものの、外に出ることはできず…。
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ジャンルとしてはサイコサスペンスの監禁ものですが、女性3人の視点から描くことで犯人の不気味さをより多角的に浮き彫りにしているのが見事です。特に、監禁されている女性だけが「あなた」と二人称で語りかけるのがなんとも不気味で不穏さを高めています。狂気に彩られた軟禁生活はとにかく息苦しく、それだけに逆襲の機会を粘り強く待ち続ける主人公への感情移入がより強いものになっていき、やがて訪れる最後のカタルシスもひとしおです。一方で、結末が予定調和的なのはやや残念で、できればもうひと捻りほしかったところ。
寡黙な同居人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
クレマンス・ミシャロン
早川書房
2024-09-19


夜に惑う二月(アラン・パークス)
1973年2月。建設中のビルの屋上で若い男の惨殺死体が発見される。男はサッカーのスター選手であり、麻薬王・スコビーの娘の婚約者だった。マッコイ刑事の捜査により、スコビー子飼いの殺し屋・コナリーが容疑者として浮上する。彼はサイコパスでスコビーの娘に付きまとっていたというのだが...。
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ハリー・マッコイシリーズ第2弾。前作同様、悪徳と暴力がはびこる街でマッコイが満身創痍になりながら真相を追う物語ですが、本作を盛り上げているのはギャングのボス・クーパーです。ダークヒーローとしてのかっこよさがありますし、なにより、マッコイとの屈折した友情がたまりません。一方、クーパーがマッコイの暗黒面というなら、光といえるのが彼の育ての親であるマレー警部と一本気の性格の新米刑事・ワッティーです。この2人とマッコイとの関係性にはクーパーとのそれとはまた違った良さがあります。その他にも魅力的な登場人物が多いこのシリーズが一体どこに向かっていくのか、興味が尽きないところです。
闇夜に惑う二月 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMハ 34-2)
アラン・パークス
早川書房
2023-10-18


鼓動: P分署捜査班(マウリツィオ・デ・ジョバンニ) 
ロマーノ刑事はP分署近くのゴミ集積所で生後間もない赤ん坊を発見する。捜査班の面々が親探しに奔走する一方で、副署長はある女性から奇妙な告解を受けたことを神父から告げられる。また、アラゴーナ刑事は少年に頼まれて子犬探しをすることになるのだが、管内では犬猫の失踪事件が多発しており...。
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P分署捜査班シリーズ第4弾。いつものように複数の事件を並行して捜査するモジュラー型ミステリーですが、本作では謎解きよりも、はみだし刑事たちの人間性を描くことに重点が置かれています。当初は反目しあっていたメンバーたちにも信頼関係が生まれ始め、見事なチームワークを発揮する場面も大きな見どころです。また、個性豊かなメンバーたちのプライベートなシーンも結構描かれており、登場人物たちに愛着を覚えやすいつくりになっています。ただ、警察小説に対して事件の捜査の描写をメインに描いてほしいという読者にとっては物足りなさを覚えるかもしれません。
鼓動 P分署捜査班 (創元推理文庫)
マウリツィオ・デ・ジョバンニ
東京創元社
2024-06-12


君をさがして(パク・サノ)
学生のソヌは魅力的な女性・アランに淡い恋心を抱いていたが、彼女は娘のソヌを残して失踪してしまう。それから10年が過ぎ、未だにアランの行方を追い続けていたソヌの前にアランそっくりの女性・ジアが現れる。彼女の登場はソヌだけでなく、アランの姉アナンの過去の記憶とも交錯し...。
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前半は何組かの恋愛ドラマが並行して描かれ、後半からの怒涛の展開へと繋がっていくさまはまるで韓国ドラマの如し。次々と主人公が変わっていき、そのたびに違う視点から謎が解かれていくので飽きることがなく、どんどん引き込まれていきます。なんといってもテンポの良さが素晴らしく、その末に訪れる衝撃のどんでん返しに驚かされてしまいます。題材としては凡庸かもしれませんが、勢いで読ませてしまう手管は一級品です。
君をさがして
パク・サノ
マガジンハウス/日之出出版
2024-09-12


偽りの空白(トレイシー・リエン)
ベトナム移民の高校生・デニー・チャンが不審な死を遂げた。その知らせを聞き、姉のキーは数年ぶりに実家へ帰ってくる。オーストラリアに馴染んでいたはずの弟はなぜこのような死に方をしたのか?謎を追ううちに、キーは自分たちを取り巻く社会と弟の命を奪ったものの正体に気付いていくが…。
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移民問題の根深さに迫った、オーストラリア発の社会派ミステリーです。親子間での言葉の壁や思想の違いなど、移民の家族ならではの問題については考えさせられるものがあります。しかも、関係者全員の過去が詳しく語られていき、それぞれの心情が明らかになっていく展開は人間ドラマとしてかなりの濃密さです。ただ、謎解きは社会問題やその中で暮らす人々の悩みを浮き彫りにしていくための道具立てにすぎないのでミステリーの部分に期待しすぎると肩透かしを食らうことになります。あくまでもミステリーの形を借りた文芸作品であり、そうした割り切りさえできれば、読み応えのある作品です。
偽りの空白
トレイシー リエン
早川書房
2024-06-19


テラ・アルタの憎悪(ハビエル・セルカス)
テラ・アルタ署の刑事・メルチョールは獄中で『レ・ミゼラブル』に出会い、犯罪者から警察官への転身を遂げた異色の経歴の持ち主だった。あるとき、富豪夫婦が殺されるという事件が起きる。しかも、彼らには拷問された跡があった。メルチョールは彼らの事業には裏があると考えるが…。
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スペイン発のミステリー。文学的な香りを纏いながら綴られていく主人公転身の物語は読み応えがあります。特に、『レ・ミゼラブル』に影響を受けた彼の価値観が揺らぎ、葛藤するシーンは本作の白眉です。正義とは何かという重たい問いかけが読む者の胸に迫ってきます。ただ、ミステリーとしては凡庸で、捜査パートに入るとテンポが悪くなるのが気になるところです。とはいえ、事件を通して価値観が一変し、主人公が決意を新たにするラストシーンは感動を覚えます。あくまでも、ミステリーの衣をまとった文芸作品として読むのが正解といえるのかもしれません。
テラ・アルタの憎悪 (ハヤカワ・ミステリ)
ハビエル セルカス
早川書房
2024-01-10


クラーク・アンド・ディヴィジョン (平原直美)
1944年。日系二世のアキ・イトウは両親と共にカリフォルニア州の強制収容所を出て、姉・ローズのいるシカゴに向かう。しかし、そこで聞かされたのはローズの死だった。彼女は昨日駅で列車に轢かれたのだという。警察は自殺として片付けようとするが、それに疑問を感じたアキは自ら調査を開始し…。
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日系三世の著者による歴史ミステリー。ミステリーとしては単調で面白味に欠けるものの、当時のアメリカにおける日系人の立場やコミュニティでの生活を描いたドラマとしては興味深くて読み応えがあります。同時に、同じアメリカ人から敵国のスパイではないかと疑われながらも、イキイキと日々を過ごしているアキの姿が魅力的です。また、そんな主人公をとりまく人々も彼女に好意的な人物が多く、扱っているテーマは重いながらも口当たりは悪くありません。日系人強制収容所問題に詳しくない人の入門書として最適の書です。


救出(スティーヴン・コンコリー)
娘を誘拐されたスティール上院議員は人質奪還を専門とする民間軍事組織ワールド・リカバリー・グループ(WRG)に娘の救出を依頼する。WRGの創設者ライアン・デッカーはロシアン・マフィアの人身売買ネットワークが事件に絡んでいることを突き止め、マフィアの隠れ家を急襲するが....。
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人質救出作戦の失敗とその後が語られる前半の展開はもたついていて読みづらく感じますが、下巻からは怒涛の展開が始まり、一気に面白くなります。ダイナミックなアクションの連続は少々大味感はあるものの、エンタメ小説としては申し分ありません。また、デッカーに協力するハーロウや彼女の仲間たちもキャラが立っていて魅力的です。派手な冒険小説を楽しみたいという人にはピッタリな作品だといえます。ただ、本作は4部作の1作目。続編ありきなのでこれだけ読むとラストがすっきりせずにもやもやしてしまうのが難点です。
救出(上) (扶桑社BOOKSミステリー)
スティーヴン・コンコリー
扶桑社
2023-12-02


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最新更新日2024/03//11/16☆☆☆

日本のハードボイルド作家と言えば大沢在昌や北方謙三などが有名ですが、私立探偵を主人公に据えた王道的ハードボイルドの書き手ということなら原尞の右に出る者はいないでしょう。しかし、彼が約30年間の作家生活の中で発表したハードボイルド小説は長篇5作と短編集1作にすぎません。それなのにどうしてこのような高い評価を得ているのでしょうか?個々の作品について解説しつつ、その秘密を探っていきます。

そして夜は甦る(1988)
西新宿の高層ビル街のはずれ、雑居ビルの2階奥にある渡辺探偵事務所。その名の通り、渡辺という男が所長を務めていたが、彼は5年前に失踪し、以降はパートナーである沢崎が事務所を引き継いでいる。ある夜、沢崎が事務所に戻ってみると、30代後半のカーキー色のコートを着た男が待っていた。見覚えのない男は佐伯というルポ・ライターがこの事務所を訪ねてきたかを知りたがり、沢崎が非協力的な態度をとっていると数日後にまた来ると告げ、20万円が入った封筒を預けて立ち去った。ひょんなことからルポ・ライターの行方を追うことになった沢崎は調査の末に、かつて起きた東京都知事狙撃事件の真相へとたどり着くが...。
◆◆◆◆◆◆
フリージャズ・ピアニストの著者が41歳のときに発表したデビュー作です。敬愛するレイモンド・チャンドラーを意識した文章は単なる模倣の域を超えており、日本語を使ったハードボイルドのカッコ良さを極限まで引き出しています。特に比喩表現が巧みで、(たまに鼻につく部分はあるものの)これぞハードボイルドという雰囲気に酔わせてくれます。ミステリーとしても冒頭の謎めいた展開で興味を抱かせ、その後の錯綜するプロットで読者を引き込んでいく手管が秀逸です。一方で、登場人物が多いうえに人間関係が複雑なので全容を把握しずらいという難点はあります。しかし、その分、謎が一気に解明されていく終盤のカタルシスは格別です。極上なハードボイルドの魅力と謎解きの面白さを兼ね備えた傑作。
1988年度このミステリーがすごい!国内編第2位
1988年度週刊文春ミステリーベスト10国内編第7位
私が殺した少女(1989)
私立探偵の沢崎は依頼人に会うために高級住宅地にある真壁邸を訪問するが、待ち構えていた刑事たちにいきなり逮捕される。作家である真壁脩の娘・清香を誘拐したとの電話があり、犯人から「渡辺探偵事務所の沢崎と名乗る男が訪ねてくるので彼に身代金を渡してください」と伝えられていたからだ。その後、警察介入の有無を確かめるために利用されただけだと分かり、釈放される沢崎。しかし、今度は誘拐犯から身代金の運搬役に指名される。そして、犯人の矢継ぎ早の指示に振り回された挙句、身代金を強奪されてしまい...。
◆◆◆◆◆◆
デビュー2作目で直木賞を受賞した名作です。なんといっても、沢崎がいきなり逮捕される展開が秀逸で、序盤から緊迫した場面が続き引き込まれます。相変わらず、ハードボイルドな雰囲気が充満しており、チャンドラーの文章を脱胎換骨して完全に自分のものにしているのが見事です。また、暴力団幹部の橋爪や用心棒の相良といったサブキャラも魅力的です。その一方で、事件の謎解きが前作以上に本格ミステリの色を濃くしている点も見逃せません。誘拐事件の真相は意外なもので、多くの読者が意表を突かれたのではないでしょうか。ただ、犯人の心理が納得できないとの意見もあり、その辺りはハードボイルドと本格ミステリを融合させることの難しさがうかがえます。
1989年度このミステリーがすごい!国内編第1位
1989年度週刊文春ミステリーベスト10国内編第2位
第102回直木賞受賞
1990年度ファルコン賞受賞


天使たちの探偵(1990)
10歳の少年から持ち込まれた”ある女性を明日の朝まで守ってほしい”との依頼を引き受ける羽目になった沢崎が銀行強盗事件に巻き込まれる「少年の見た男」、昔の女の手紙をネタに脅迫されているオーケストラの指揮者が手紙の受け渡しに同行してほしいと沢崎に依頼する「子供を失った男」、娘の素行を調査してほしいとの依頼を受けた沢崎が意外な調査結果を依頼人に告げる「二〇四号室の男」、これから自殺するという女性の電話を沢崎が受けた翌朝に人気歌手の少女が自殺したとのニュースが流れる「イニシャル”M"の男」、興信所の女性調査員が沢崎の元を訪れて”行方不明の孫を探してほしい”という老婦人の依頼を受けないようにもとめる「歩道橋の男」、”友達が死んでいて自分が身代わりにされるかもしれない”という息子からの電話を受けた母親が沢崎に調査を依頼する「選ばれる男」など、全7編収録。
◆◆◆◆◆◆
著者唯一の短編集で、文庫版には既存6作品に加えて掌編の「探偵志願の男」がボーナストラックとして収録されています。短編においてもこれぞハードボイルドといえる文章の切れ味と、予想を裏切る真相の意外性は健在。突き放すような言動のなかに優しさが垣間見える沢崎の魅力もより磨きがかかっています。加えて、ハードボイルドの探偵と子供という一見アンバランスな組み合わせも面白い。粒ぞろいの短編集ですが、なかでも10歳の少年をメインに据えながらハードボイルドなラストを演出してみせた「少年の見た男」が秀逸です。また、謎解き要素の強い作品としては、会話の中のちょっとした矛盾点から真実を探り当てる「二〇四号室の男」がよくできています。さらに、事件の陰惨さと一種爽やかなラストの対比が印象的な「選ばれる男」も忘れ難い一篇です。一方、文庫版書下ろしの「探偵志願の男」は沢崎が探偵になるきっかけが描かれており、シリーズのファンにとっては見逃せないところ。
1991年度このミステリーがすごい!国内編第5位
第9回日本冒険小説協会大賞最優秀短編賞受賞
天使たちの探偵 (ハヤカワ文庫JA)
原リョウ
早川書房
1997-03-15


さらば長き眠り(1995)
沢崎が400日ぶりに東京に戻ってくると、事務所で見知らぬ浮浪者が待っていた。その浮浪者がいうには自分はある男の使いであり、彼は沢崎に会いたがっているという。問題の男は元高校球児の魚崎という名の青年で、11年前に亡くなった義姉の死の真相を突き止めてほしいという話だった。当時は、義弟が八百長の疑いをかけられたことを苦にしての自殺だと思われていたのだが、沢崎が真相を探り始めると次々と新たな事件が起き始め...。
◆◆◆◆◆◆
『さらば愛しき女よ』+『長いお別れ』+『大いなる眠り』という冗談のようなタイトルですが、それだけにチャンドラーに対する愛がひしひしと伝わる作品に仕上がっています。沢崎の皮肉交じりの台詞はどれもカッコ良いですし、チャンドラー作品を連想させる比喩表現にもますます磨きがかかっています。一方で、血族の悲劇を主題としたストーリーはロス・マクドナルド的です。複雑に入り組んだ事件の真相もロスマクの作風を彷彿とさせます。そして、それを沢崎が地道な調査によって一つずつ紐解いていくプロセスは私立探偵小説として部類の面白さです。強いて難を挙げるなら今までの原作品と比べると、テンポが悪くて冗長なことでしょうか。しかし、そうした無駄な部分こそがハードボイルドの醍醐味という人もいるのでその辺は好みの問題です。ちなみに、著者はデビューから3作目までは毎年新作を発表していたのですが、本作は前作から5年の期間が開いています。次作の発表までにはさらに間が空くことになり、このあたりから原尞=寡作というイメージが定着していくことになります。
1996年度このミステリーがすごい!国内編第5位
1995年度週刊文春ミステリーベスト10国内編第3位
さらば長き眠り 探偵・沢崎シリーズ
原 リョウ
早川書房
2012-11-30


愚か者死すべし(2004)
入院患者になりすまして癌の偽特効薬を売りつける詐欺グループを炙り出すことに成功した沢崎は、4日ぶりに渡辺探偵事務所に戻ってきた。すると、そこに若い女が訪ねてくる。彼女は伊吹啓子と名乗り、父を助けてほしいという。彼女の父は暴力団の元組員であり、神奈川銀行蓬莱支店で鏑木組の組長と銀行員が撃たれた事件の犯人として逮捕されたのだ。自首による逮捕だったが、彼女は父が誰かの罪を被ろうとしているのだと考えていた。啓子の母親と弁護士が待つ新宿署まで彼女を送り届けた沢崎は、署の地下駐車場で狙撃事件に遭遇する。2発の銃声が轟き、一発は護送されてきた啓子の父親に、もう一発は彼を庇おうとした刑事に命中した。沢崎の機転で父親は一命をとりとめるが、刑事は命を落としてしまい...。
◆◆◆◆◆◆
前作から9年ぶりの、ファンにとっては待ちに待った新作なわけですが、その評価は賛否両論に分かれています。というのも、錯綜する謎の面白さはこれまで通りではあるものの、いささか詰め込み過ぎていて読後感がすっきりしないからです。そのため、原作品特有のラストの寂寥感が好きだという人にとっては余韻不足で物足りなさを覚えるのではないでしょうか。もっとも、ハードボイルドとしての魅力は水準値を楽々とクリアしており、過度の期待さえ抱かなければ十分に楽しめる作品です。また、3つの事件に張り巡らされた伏線を回収しての意外な真相にも驚かされます。ただ、本作を本格ミステリとして考えるのであれば、不可解な謎が偶然の連鎖の結果だったり、沢崎が過程をすっとばしていきなり真相に辿り着いたりする点は気になるところです。間違いなく面白い作品ではあるのだけれど、過去作に比べればやや落ちるといった感じでしょうか。
2006年度このミステリーがすごい!国内編第4位


それまでの明日(2018)
大手金融会社であるミレミアム・ファイナンスの新宿支店長、望月皓一から赤坂にある料亭・業平の女将の身辺調査をしてほしいとの依頼が渡辺探偵事務所に持ち込まれる。融資計画の是非を検討するための調査という話だが、その裏には無能な二代目社長を担ぐ専務派と経営の健全化を目指す常務派の対立があった。調査を開始した沢崎は女将が既になくなっており、顔立ちのよく似た妹が跡を継いでいたことを知る。本当の調査対象は亡くなった女将か、それとも現女将の妹か?それを確かめようにも依頼人の望月は忽然と姿を消してしまっていた。沢崎はいつしか金融絡みの事件に巻き込まれていくが...。
◆◆◆◆◆◆
沢崎シリーズ14年ぶりの新作登場はそれ自体がひとつの事件でした。新作の発売告知とともにミステリーファンは皆騒然となり、しかも、発売年の年末に発表された各種ミステリーランキングでも無双状態だったのは記憶に新しいところです。ただ、期待が大きかっただけにその反動からくる批判も少なくはなく、「謎解き要素が過去作と比べて薄味になった」「いくら反時代的な主人公だといっても現代の探偵が携帯電話を持たないのはありえない」などといった意見も散見されました。そういった批判にはもっともな部分もあるものの、魅力的な登場人物たちが織りなす起伏に富んだ物語はやはり無類の面白さです。とはいえ、確かに最初から最後まで一気読みさせてしまうだけの魅力に満ちた作品ではあるのですが、以前よりも緊迫感が薄れてどこか緩さを感じてしまうのは気になるところではあります。これが70歳オーバーという著者の年齢に伴う衰えによるものか、ぜひとも次回作を読んで確かめたかったところです。しかし、原尞は予定されていた次回作『それからの明日(仮)』を書きあげることなく、2023年に76歳で帰らぬ人となってしまいます。おそらく次作のテーマになったであろう東日本大震災をどのように描くのかが興味深かっただけに、それが2度と読めないのが残念でなりません。
2019年度このミステリーがすごい!国内編第1位
2018年度週刊文春ミステリーベスト10国内編第2位
2019年度ミステリが読みたい
国内編第1位
それまでの明日 沢崎 (ハヤカワ文庫JA)
原 りょう
早川書房
2020-09-03



ミステリオーソ/ハードボイルド(1995/2005)
本作はもともと『ミステリーオーソ』のタイトルで1995年に発売されたエッセイ集だったのですが、文庫化の際に大幅加筆されて上下巻の2冊になります。その下巻にあたるのが『ハードボイルド』であり、ここには著者のハードボイルド論に加えて沢崎が登場する掌編や、単行本未収録短編の「番号が間違っている」及び「監視される女」が収録されています。なかでもシリーズのファンにとって必読なのが「番号が間違っている」です。沢崎の元相棒でシリーズの超重要キャラなのにほとんど出番のない渡辺賢吾が警察と暴力団を相手に大金をせしめようとする事件の顛末が描かれています。一方、掌編は他作品の文庫版巻末付録からの転載が多いのだけれど、ルポ・ライターの佐伯が沢崎にレイモンド・チャンドラーの魅力を語ったり、沢崎が生みの親である原尞の身元調査を行ったりと、ユニークな趣向で楽しませてくれます。原ワールドの魅力を知り尽くすためには押さえておきたいところです。
ミステリオーソ (ハヤカワ文庫JA)
原 りょう
早川書房
2016-02-29
ハードボイルド (ハヤカワ文庫JA)
原 りょう
早川書房
2016-02-29




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最新更新日2024/10/29☆☆☆

密室や人間消失、見立て殺人や顔のない死体など、ミステリー小説にはさまざまな謎が登場します。そして、それらの謎が鮮やかな推理によって解きあかされる瞬間こそがミステリー小説最大の醍醐味だといえるのではないでしょうか。しかし、世の中には決して謎が解かれることのない作品も存在します。それが未完ミステリーです。ここでいう未完ミステリーとは物語の結末が書かれる前に作者が亡くなってしまった作品のことを指します。ファンからすると残念という他ありませんが、永遠に解くことの出来ない謎(なかには作者がプロットメモを残していたり、知人に話していたりと真相が明らかになっているものもあり)というものもそれはそれでそそられるものがあります。未完の作品を読み込みながら、作者が考えていた真相がどのようなものだったのか、自分なりの推理を巡らしてみるのも一興です。そこで、数ある未完ミステリのなかから代表的なものを紹介することにします。ちなみに、表示されている西暦は作品の執筆が中断されたと推定される時期を現しています。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

1870年

エドウィン・ドルードの謎(チャールズ・ディケンズ)
見習い技師のエドウィン・ドルードは嵐が過ぎ去ったクリスマスの朝に忽然と姿を消した。その後、河の堰で彼の懐中時計が見つかったことからエドウィンは殺されたのではないかと考えられ、日頃から彼と反目していた青年・ネヴィルに嫌疑がかかる。だが、証拠はなにもなく、そもそもエドウィンの死体すら見つかっていない。エドウィンの若き叔父であるジョン・ジャスパーはネヴィルがエドウィンを殺したのだと主張し、動かぬ証拠を摑んでやると息巻くが…。
◆◆◆◆◆◆
文豪チャールズ・ディケンズは1859年に発表した短編小説『追いつめられて』でミステリー史にも名を残していますが、親友であるウイルキー・コリンズが1868年に『月長石』を発表したことに刺激を受け、新たに長篇ミステリーへの挑戦を表明します。ところが、1870年に脳卒中に倒れ、未完の『エドウィン・ドルードの謎』を遺したまま帰らぬ人となってしまいました。すでに23章、文庫本で400ページ相当の原稿を書き上げていましたが、その時点でもエドウィン・ドルードの生死は不明のままです。そのため、彼の生死を軸にした推理が多くの人から提唱されることになります。しかし、プロットメモなども一切遺されていなかったために真相は永遠に謎のままです(ただし、生前のディケンズから真相を聞いたという伝記作家の証言は残されています)。ちなみに、白水社の白水Uブックス版の解説にはこれまで提唱されてきた仮説がかなり詳しく紹介されています。それらを参考にしながらディケンズが考えた真相がどのようなものだったのかについて思いを馳せてみてはいかがでしょうか?
エドウィン・ドルードの謎 (白水Uブックス)
チャールズ・ディケンズ
白水社
2017-01-26


1934年

悪霊(江戸川乱歩)
作家が偶然入手した犯罪記録。それは祖父江進一なるものが岩井坦という人物に送った手紙の束だった。祖父江の話によると、未亡人の姉崎曽恵子を訪ねたところ、土蔵の2階で彼女の全裸死体を発見したという。しかも、施錠された土蔵の鍵は死体の下から発見される。つまり、現場は完全な密室だったのだ。さらに、死体には細かな傷が数多く付けられ、謎の記号が書かれた紙片が現場に残されていた。この謎を解くべく、関係者たちが一堂に会した降霊会が開かれるが…。
◆◆◆◆◆◆
探偵小説の専門誌である新青年で1933年の11月号から連載を開始した作品です。しかし、乱歩久しぶりの本格長編ということもあって大いに注目されるも、連載3回であえなく中断。その理由は、構想を十分に練らずに見切り発車で連載を始めたものの、納得のいく真相を思いつくことが出来なかったためだといいます。その後、本作は2度と顧みられることはなく、乱歩の死とともに幻の作品となってしまいます。ただし、乱歩は横溝正史に対して本作の真相を示唆しており、横溝正史もそれに基づいた続きの執筆に意欲をみせていました。しかし、こちらも果たされないままに横溝正史が亡くなってしまいます。新青年に連載された『悪霊』は謎とエロスと怪奇に彩られた濃密な乱歩ワールドが展開されており、前半部分だけでも十分に面白いといえる出来です。もし、これに魅力的な解決編を書き継ぐことが出来ていれば乱歩の代表作の一つに数えられたことでしょう。
悪霊 (kindle版)
江戸川乱歩
2019-12-11


江戸川乱歩 『悪霊』<完結版>(今井K)
実に89年ぶりに『悪霊』の続きを書き継ぎ、完結篇という形で世に出した作品です。原本で描かれた手がかりを伏線として拾いきれていないきらいはあるものの、解決編はまずまず納得できるものとなっています。ただ、無難にまとまりすぎていて、ミステリーとして魅力的な解決だといえるかは微妙なところです。それに、作者が新たに書き加えた箇所は事件の説明に終始しており、物語としての面白味に著しく欠けています。なによりも、文章が現代的すぎて乱歩の書いたものとはとても思えないのが問題です。
江戸川乱歩 『悪霊』<完結版>
今井 K
文芸社
2023-06-28


乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび(芦辺拓)
新青年に掲載された『悪霊』の前半部に芦辺拓の手によって書かれた後半部を付け足し、さらに『悪霊』を巡る創作秘話的なエピソードを加えた構成になっています。著者は乱歩のパロディ的な作品も数多く手掛けており、そのためか前半と後半を読み比べても違和感は全くありません。乱歩の執筆した箇所から伏線らしきものを巧みに拾い上げて、意外な真相を導き出していく手管も見事です。加えて、作中の真相のみならず、なぜ『悪霊』が未完に終わったかについても言及している点も興味深いものがあります。
乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび
江戸川 乱歩
KADOKAWA
2024-01-31


1939年

ウインター殺人事件(ヴァン・ダイン)→1939年に簡略版刊行
名探偵ファイロ・ヴァンスは地方検事のマーカムから「休暇がてらレクスン邸に滞在し、蒐集家として有名なカリントン・レクスン氏のエメラルドを守ってほしい」と持ち掛けられる。というのも、息子であるリチャードの結婚パーティーを開くことになったのだが、その招待客が曲者ぞろいであり、秘蔵のエメラルドを盗まれないか気が気でないというのだ。最初は渋りながらも結局依頼を引き受けたヴァンスはパーティー招待客として邸宅に滞在を始める。やがて、ニューヨーク社交界の常連たちがレクスン邸に集まるが、その最中にエメラルドの盗難と殺人事件が起き…。
◆◆◆◆◆◆
本作はヴァン・ダインの最後の長編作品という位置づけになっています。しかし、他の作品と比べると極端に短く、実質中編小説ほどの長さしかありません。それもそのはずで、彼の執筆スタイルはまず概要を考え、それに基づいて簡略版を書き、最後に肉付けをして完成版に至るというものだったのですが、完成版を手掛ける前にヴァン・ダイン自身が亡くなってしまったのです。一応、小説としての体裁は整っていたためにそのまま出版されることになったものの、登場人物も情景も書き込み不足でどうにももの足りなさを感じてしまいます。そのうえ、トリックらしいトリックもなく、推理にも切れ味が感じられないのはミステリーとして致命的です。唯一印象に残ったのはヒロインのフィギュアシーンくらいです。ちなみに、本作は女子スケーターのソニア・ヘニー主演映画の原作として書かれたものであり、前作の『グレーシー・アン殺人事件』に続いての出版社からの持ち込み企画です。これは当時すでにヴァン・ダインが落ち目だった事実を示しており、仮に本作が完成していたとしても凡作との評価は覆らなかったでしょう。それでも、かつては一世を風靡した巨匠の遺作だけに出来れば完全な形で世に出してほしかったところです。
ウインター殺人事件 (創元推理文庫 103-12)
ヴァン ダイン
東京創元社
1962-06-01


1950年

復員殺人事件(坂口安吾)→1957年より『樹のごときもの歩く』と改題のうえ連載再開
昭和17年。倉田家の長男・公一とその息子の仁一が海釣りの帰りに列車に轢かれて死亡するという事件が起きる。2人とも顔面を殴られた跡があったことから警察は殺人事件と断定。しかも、事件の前日に公一が次男の安彦が何気なく発した言葉に激怒して殴り飛ばした事実が明らかになる。だが、安彦はその一週間後に戦地に出征し、事件はうやむやになってしまう。時が過ぎて昭和22年。安彦はようやく戦地から戻ってくるが、彼は右手と左足、さらには両目と顔半分を失っていた。声を発することすら出来ず、家族でさえ彼が本物の安彦なのか判別がつかないほどだった。 そこで、倉田家三男の定夫と次女の美津子が名探偵と名高い巨勢博士の事務所を訪れ、出征前に安彦が残していた手型と、復員兵の手型の照合を依頼する。結果、両者は同一人物だと判定される。だが、滝沢家では美津子と当主の由之、さらには公一の未亡人である由子が睡眠薬で眠らされたうえで、長女の滝沢起久子が射殺、安彦が絞殺されるという事件が発生し…。
◆◆◆◆◆◆
名作『不連続殺人事件』に続く巨勢博士シリーズの第2弾であり、探偵小説のファンからの期待が非常に大きかったことは想像に難くありません。ところが、連載が進み、いよいよ解決編というところで本作を掲載していた文藝春秋新社の雑誌『座談』が廃刊となってしまいます。しかも、再開のめどが立たないまま、作者の坂口安吾が脳出血により48歳の若さで死去してしまったのです。そこで、雑誌『宝石』が動きます。『人形はなぜ殺される』などを発表し、当時、本格ミステリ随一の書き手だった高木彬光に完結編執筆の依頼をしたのです。坂口安吾は妻の三千代に犯人の正体やトリックを言い残していたということだったので、彬光はそれをベースに完結篇を書くつもりでした。ところが、実際に話を聞いてみると、真相があまりにも凡庸だったために、彬光は頭を抱えてしまったそうです。坂口安吾が本気でその真相を採用するつもりだったのか、それとも妻すら騙して本当の真相を秘匿していたのかは今となっては謎ですが、いずれにせよ、このままでは使い物にならないと判断した彬光は一からプロットを練り直すことにします。また、戦後10年以上が過ぎ、復員という言葉が馴染みの薄いものになったこともあり、タイトルも『樹のごときもの歩く』に変更し(のちに元のタイトルが復活)、宝石の1958年2月号で無事作品を完結させたのです。結論からいえば、本作は『不連続殺人事件』の完成度には遠く及んでいません。一種のリレー小説として考えればそれなりによくできた作品といえるかもしれませんが、手形を用いた意味があまりないなど、伏線を回収しきれなかった点に物足りなさを覚えますし、前半の盛り上がりに比べると解決編があまりにもこじんまりとしています。加えて、登場人物の口調が変わっているのも不自然です。それだけに、本来の解決編がどのようなものだったのかが気になります。ちなみに、本作における復員兵の設定は1950年から翌51年にかけて雑誌キングに連載された横溝正史の『犬神家の一族』に酷似していますが、実際に読み比べてみると作品のテイストはかなり異なっていることが分かります。
復員殺人事件 (河出文庫)
坂口安吾
河出書房新社
2019-09-06
樹のごときもの歩く―推理小説
坂口安吾
東洋書院
2006-12-01



1957年

肌色の月(久生十蘭)→作者が亡くなった直後に連載再開
宇野久美子は自身を癌だと思い込み、人知れず死を選ぶことを決意する。周囲には実家の和歌山に帰るのだと告げ、そのうえでアパートを引き払う。しかし、実際に彼女が向かったのは静岡県の伊東市にある湖だった。その湖へ身を投げると死体が上がってくることはないという。駅を降りてから予想外の雨に打たれていると、車に乗った初老の紳士に声をかけられる。送っていこうという申し出を断り切れず、同乗した末にたどり着いたのは湖畔の岸に位置する2階建てのロッジだった。紳士は大池忠平と名乗り、一晩泊まっていくことをすすめる。翌朝、久美子が目を覚ますと大池の姿はなく、湖面を無人のボートが流されていた。状況は自殺を示唆していたが…。
◆◆◆◆◆◆
食道癌で入院していた久生十蘭は本作の連載原稿を病室のベットの上で書き続けるも、後1回というところで亡くなってしまいます。しかし、原稿は久生十蘭本人から最終回の内容を聞かされていたある人物に引き継がれ、無事完結の運びとなります。その人物というのが妻の幸子夫人です。しかも、解説まで幸子夫人が書いており、夫への想いを綴った文章はなかなかに読ませます。本作の物語は、死に場所を求めて旅に出た主人公が容疑者にされてしまう巻き込まれ型サスペンスですが、結末がハッキリしないまま終わっている点が異彩を放っています。まだ続きがあるのでは?と思わせる作りになっており、これがもともと作者の意図したものなのか、それとも書き手が変わったことによる弊害なのかは意見の分かれるところです。この投げ出したような素っ気ない結末を読むともやもやすると同時に、妙に作品の雰囲気とマッチしていて、やはり作者が意図したとおりの結末だったのでは?という気にもさせられます。ちなみに、本作は発表と同じ年に映画化もされていますが、余計な脚色が多くて原作の良さを引き出せていません。



1959年

プードル・スプリングス物語(レイモンド・チャンドラー)→1989年に完成版刊行
フィリップ・マーロウは富豪の娘リンダ・ローリングと結婚し、プードル・スプリングスの豪邸に住むことになる。しかし、妻に養ってもらうことを潔しとしないマーロウは町外れに探偵事務所を開く。最初の客はカジノの経営者。彼は借金を返済せずに姿を消した男を捜してほしいというのだが…。
◆◆◆◆◆◆
本作はフィリップ・マーロウシリーズの第8弾として1958年秋に執筆が開始されたものの、翌年の春にチャンドラーが亡くなってしまったために未完に終わっています。その後、ロバート・B・パーカーが後を引き継ぎ、1989年に完成版を刊行しています。ただ、全41章のうち、チャンドラー自身が執筆したのは最初の4章にすぎず、その時点では事件すら起こっていません。そのため、実質的にはほぼパーカーの作品だといっても過言ではないでしょう。それで肝心の出来はというと、かなり頑張っているといえます。文章に関してはほとんど違和感はありませんし、なんならチャンドラー本人より読みやすいぐらいです。しかし、ストーリーに関しては破綻なくまとめようとして展開が平坦になりすぎている感があります。それに、文章はよく真似ていますが、マーロウの言動に関しては違和感を覚えないではありません。所々に、パーカー自身が創出した探偵・スペンサーを彷彿とさせるセリフ回しがあるのです。とはいえ、チャンドラーのファンにとっては不満点は少なくないものの、トータル的には大健闘な作品だといえます。


1971年

間違いの悲劇(エラリー・クイーン)
→1999年にプロット版刊行
往年の大女優モーナが寝室で死んでいるのが発見される。死因は銃弾によるもので、手元には銃が転がっていた。状況は自殺を示唆していたが、モーナの左手にはBB弾が握られていた。警察は、これを同居人であるバック・バーンショウのイニシャルを示すダイイングメッセージだと考え、彼を逮捕する。裁判でも有罪は濃厚となり、彼の弁護士は名探偵エラリー・クイーンのもとを訪れる。もう一度この事件を洗い直してほしいというのだ。依頼を受けてエラリーがモーナの寝室を調べてみると彼女の直筆による遺書が見つかり、バックは無罪となる。だが、自由の身となったバックはとんでもないことを言い始め…。
◆◆◆◆◆◆
1971年発表の『心地よく秘密めいた場所』に続くクイーンの新作として用意されていたものの、文章を担当していたマンフレッド・ベニントン・リーが同年に亡くなったためにお蔵入りとなった作品です。もっとも、リーは長年スランプに陥っており、文章を他の作家に代筆してもらったケースも多かっただけにこの作品も誰かに依頼して完成させることは十分可能だったと思われます。しかし、おそらくはリーの死に殉じる形でお蔵入りとなったのでしょう。そういうわけで、残されたのはクイーン作品のアイデアを担当していたフレデリック・ダネイの手によるプロットのみです。とはいえ、その分量は文庫本で80ページにも及び、事件の真相を含むかなり詳細な内容が記されています。しかも、意外な方向に二転三転する展開が意外に面白く、出来は決して悪くありません。確かに、ダイイングメッセージを安易に用いたり、名探偵であるはずのエラリーがいいように利用されたりと、後期作品ならではの欠点が目立つのは否定できないところです。それでも、もし完成していれば、低調さが目立っていた1950年代以降の後期作品の中では最高傑作になっていた可能性は大いにあります。それだけのポテンシャルが感じられるだけにリーの早すぎる死が惜しまれます。
間違いの悲劇 (創元推理文庫)
エラリー・クイーン
東京創元社
2006-01-20


1983年

日曜日は殺しの日(天藤真)1984年に完成版刊行
26歳で小学校の教師をしている小野友季子と養護学校教諭の道夫は仲の良い夫婦だった。ある日曜日、道夫がひどい腹痛を訴え、友季子は彼を病院に連れて行こうとする。しかし、近所の病院はどこも休みだった。仕方なく救急車を呼び、たらい回しにされた末に、担ぎ込まれたのが岡本病院というところだった。ところが、担当した青年医師・村中の診察はあまりにも杜撰であり、結局、誤診が原因で道夫は亡くなってしまう。村中への憎しみを募らせる友季子の前にせい子と名乗る女が現れる。彼女は友季子に対して前代未聞の交換殺人を持ち掛けるが…。
◆◆◆◆◆◆
天藤真が死の直前まで執筆していたものを親友の草野唯雄が引き継いで完成させた作品です。親友の手を借りることは天藤自身の希望でもあり、未完に終わった場合に備えて結末までのプロットメモも用意されていました。そのため、他の未完作品と比べると、作者の意図がかなり忠実に反映された作品に仕上がっているはずです。ただ、それと出来上がった作品が面白いかは別問題です。そもそも本作は1973年に発表した中編小説を長篇化したものですが、元の作品自体さほど優れたものではありません。長篇版も評価が一変するほどのアイディアが投入されているわけでもなく、むしろ展開が複雑になって分かりにくくなっただけのような印象すら受けます。結局、現代では凡作という評価のまま、忘れられた存在になってしまいました。


1985年

チャーリー・モルデカイ4髭殺人事件(キリル・ボンフィリオリ)→1999年に完成版刊行
画商のチャーリーが痔の手術で入院生活をしていたところ、恩師であるドライデン博士からオックスフォード大学に勤める女性研究員の交通事故死について調べてほしいとの依頼が入る。チャーリーは真相を解明すべく、自慢のヒゲをなびかせながら特別研究員として大学に潜入するが…。
◆◆◆◆◆◆
画商のチャーリー・モルデカイが活躍するユーモアスパイミステリーの第4作です。ちなみに、第1作の『英国紳士の名画大作戦』はジョニー・デップ主演で2018年に映画化(邦題:チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密)もされています。一方、作者のキリル・ボンフィリオリは1985年に亡くなっており、あとには未完の本作が遺されていました。そこで、最後の1章を批評家で風刺画家としても知られているクレイグ・ブラウンが完成させて1999年にシリーズ最終作として発表される運びとなったのです。捜査中心に展開していく物語は一見正統派ミステリ風ではあるものの、途中でこれでもかというほどに脱線を繰り返すあたりがこのシリーズの特徴だといえます。奇抜なトリックなども盛り込まれていますが、それはあくまでもおまけ程度。英国作家らしいアイロニーに満ちた笑いこそが本作の読みどころです。
チャーリー・モルデカイ (4) 髭殺人事件 (角川文庫)
キリル・ボンフィリオリ
KADOKAWA/角川書店
2015-01-24


2002年

白樺荘事件(鮎川哲也)→2017年に未完のまま作品集に収録
軽井沢のなかでもひときわ目立つ豪奢な別荘、白樺荘。そこに4人の男女が莫大な遺産相続のために集まってくる。だが、降りしきる雪と悪天候によって外部との連絡が取れなくなってしまう。やがて、事件が起き…。
◆◆◆◆◆◆
鮎川哲也は中短編をブラッシュアップし、長編小説として発表し直すというケースが多々ありましたが、その中で唯一未完に終わったのがこの『白樺荘事件』です。とはいえ、元ネタとなった『白の恐怖』は中短編ではなく、星影隆三シリーズの長編第2弾として1959年に発売されています。あえて長編小説のブラッシュアップに挑戦したのはそれだけこの作品の出来に不満をもっていたからです。実際、読んでみると伏線はほとんど張られておらず、仕掛けも雑で、まるで細部が推敲されていない初稿原稿を読んでいるような気分になってきます。そこで、鮎川哲也は一から構想を練り直し、三番館シリーズとして生まれ変わらせようとしたのです。しかし、最晩年まで執筆に意欲をみせていたにもかかわらず、完成までこぎ着けることなくその生涯を閉じてしまいます。『白の恐怖』もミステリー的なアイデアは悪くなかっただけに、その完全版たる本作が未完に終わってしまったことが惜しまれます。ちなみに、『白樺荘事件』は事件が本格的に起きる前に中断されているため、ミステリーとしてどのようなアイディアが追加されていたのかは謎のままです。



2003年

2666(ロベルト・ボラーニョ)→2004年に完成版刊行
謎めいたドイツ人作家ベンノ・フォン・アルチンボルディを研究しているヨーロッパ4か国の批評家たちは彼を探す旅に出て、やがてメキシコ北部にある国境の町サンタ・テレサに辿り着く。そんな彼らを迎い入れたのはサンタテレサ大学の哲学教授だった。一方、ボクシングの取材に訪れていた黒人記者はこの町で猟奇的な連続殺人が起きていることを知る。性器や肛門を凌辱されて殺され、砂漠や不法のゴミ捨て場に遺棄されているというのだ。被害者のほとんどは下請け工場で働く若くて貧しい女工たちだった。ほどなくしてドイツ系のアメリカ人が逮捕されるも被害者は増え続けていく。物語は独ソ戦争まで遡り、そして、ついに謎の作家・アルチンボルディの過去が明らかに...。
◆◆◆◆◆◆
南米文学を代表するチリの作家・ロベルト・ボラーニョの手による作品で、2008年に全米批評家協会賞を受賞しています。ボラーニョ自身は肝不全によって2003年に亡くなっていますが、全5部のうち第4部及び第5部の半分まではすでに書き上げられていました。残りに関しても死の直前にポラーニョが出版社へ草案を提出していたため、それに基づいて原稿を完成させ、2004年にスペインで出版されることになったのです。ページ数は日本の単行本で900ページ近くに及び、5つのエピソードは1つずつが短めの長編ほどのボリュームを誇っています。それぞれが独立した物語であり、互いにゆるく結びついていますが、決して典型的なミステリ作品のように最後にすべてが一本の線で結ばれるといったようなことはありません。どちらかといえば、全体的に散漫としており、テーマとしては特定の状況における死の軽さについて描いていると思われるものの、最終的な解釈は読者に委ねられます。それでも一つ一つのエピソードが印象的なので退屈することはありませんし、特に、一連の殺人描写は鮮烈です。ミステリーファンよりも、文芸好きの読者におすすめの作品だといえるでしょう。
2666
ロベルト ボラーニョ
白水社
2012-09-26


2010年

邪馬台 蓮丈那智フィールドファイルⅣ(北森鴻)→2011年に完成版刊行
明治時代に忽然と人が消え、廃村となった村には奇妙な文章が残されていた。それは邪馬台国の真相へと至る秘録「阿久仁村遺聞」だ。民俗学者・蓮丈那智はその文書を解析しながら仲間たちと邪馬台国の謎を探っていく。銅鏡、鬼、殺戮、たたら製鉄、出雲大社などなど。浮かび上がってくる数々のキーワードが一つの線で結ばれるとき、驚くべき歴史の真実が明らかに…。
◆◆◆◆◆◆
本作は小説新潮に『鏡連殺』のタイトルで2008年10月号~2010年2月号まで連載されていましたが、2010年1月25日に作者の北森鴻が自宅で倒れてその日のうちに亡くなってしまったため、一旦は未完となってしまいます。それを公私ともにパートナーだった時代小説作家の浅野里沙子が後を継いだことで完成へと至ったわけです。本作のテーマは歴史ミステリの定番ともいうべき邪馬台国ですが、凡百な他作品とはひと味違います。他作品の多くが邪馬台国の場所を探っていく物語なのに対し、本作では邪馬台国とはどのような国だったのかにこだわっている点が新鮮です。しかも、真相を探るための方法論も驚きと説得力に満ちています。それだけに、北森鴻から浅野里沙子にバトンタッチしたと思われる6章の途中あたりからご都合主義な展開が目立ち始めるのが惜しまれます。文章も違和感を覚えてしまいますし、後半になって発生する殺人事件も唐突感が否めません。しかし、作者があまりにも急に亡くなり、後のことを託す暇もなかったのでこれは致し方ないところでしょう。
天鬼越 蓮丈那智フィールドファイルV(北森鴻)遺されていた短編2作に新作4編を追加して書籍化
東北地方のある村落で家々を練り歩く鬼哭念仏という伝統行事の最中に殺人事件が起きる「鬼無里」、不倫カップルが妻の死を事故だと主張する「奇遇論」、蓮丈たちが三重県の名張を訪れた際に目にした“ハマグリが見せる夢”の絵に秘められた歴史の真実を探っていく「偽蜃絵」など、全6編収録。
◆◆◆◆◆◆
蓮丈那智シリーズの最終巻にあたる本作は6つの作品からなる短編集ですが、北森自身の手によるものは「鬼無里」と「奇偶論」の2作にすぎません。残り4作品のうち、表題作は北森鴻がドラマ版第2弾の原作として考えていたプロットに基づいて浅野里沙子が書き上げたものであり、あとの3作は浅野里沙子の手による完全オリジナル作品です。長篇作品を途中で引き継いだ『邪馬台 蓮丈那智フィールドファイルⅣ』では違和感が目立ってしまいましたが、短篇である本作の場合は作風の違いも個性として楽しむことが出来ます。ベストはやはり村の伝統行事をミステリの仕掛けとしてうまく落とし込んだ表題作でしょうか。海上密室の謎に挑む「補堕落」や時代の特性そのものが重要なファクターとなっている「奇偶論」などもなかなかです。
2017年

孤道(内田康夫)→2019年に完成版刊行
三重県、奈良県、和歌山県、大阪府に跨る参詣道であり、2004年には世界文化遺産にも登録された熊野古道。その名所の一つ、牛馬童子の頭部が切り落とされて行方不明となる事件が起きた。それからほどなくして不動産会社社長の鈴木義弘が大阪天満で殺害される。一方、療養中の軽井沢の先生から熊野への代参を頼まれた浅見光彦は、大毎新聞の記者・鳥羽と共に熊野古道の謎に挑むこととなるのだが…。
◆◆◆◆◆◆
名家の次男坊で33歳になるフリーのルポライターが探偵役を務める浅見光彦シリーズは、1982年に第1弾が発表されて以来、女性読者を中心に幅広い人気を誇ってきました。次々と新作が発表され、シリーズの数が100作を超えるまで続いていったのです。ただ、それだけ愛されていたからこそ遺作となった本作が未完に終わったのが惜しまれます。そこで、出版元の毎日新聞社が『孤道』の完結に向けて動き出します。ただ、その方法はいささか意表を突くものでした。亡くなった作家の未完作品を完成させようというプロジェクトが持ち上がった場合、まずは実力派の作家に続きの執筆を打診するのが定石だといえます。なぜなら、他人の作風を模倣しつつ、完成度の高い作品を書き上げるには相当な実力が必要となってくるからです。そのため、公募によって未完作品を完結させるという試みはハッキリいって無謀に思えました。しかし、実際に選ばれた『孤道 ~我れ言挙げす(出版時に『孤道 完結編 金色の眠り』に改題)』は予想に反して十分な完成度を誇っていました。内田康夫が書いた文章と比べても全く違和感はありませんし、前半に散りばめられた伏線を拾い上げての推理も見事です。内田康夫の書いた前半と比べると浅見光彦のキャラに若干の違和感を覚えますが、シリーズを通して読めばむしろ本巻の浅見光彦こそが本来の姿だということが分かります。つまり、前巻でキャラがぶれていたのを内田康夫御大を差し置いて正しい方向に修正したのです。作者以上にシリーズを知り抜いたファンによる理想的な完結編といえるのではないでしょうか。
孤道 (講談社文庫)
内田康夫
講談社
2019-03-15


2019年

書架の探偵、貸出中(ジーン・ロッドマン・ウルフ)→2020年に未完のまま書籍化
図書館に収納され、その書架の中で暮らしているE・A・スミスは同じ名前を持つ推理作家の脳から記憶や性格をスキャンした複生体だ。彼のような存在は蔵者と呼ばれ、図書館間相互貸借の制度によってしばしば各地に貸し出される。今回送られたのは海沿いの村の図書館だった。そこで母親と2人で暮らしている少女チャンドラに借り出された彼は、何年も前に姿を消した彼女の父親探しを頼まれる。解剖学の教授だった父は革装の本を残しており、その本には極寒の氷穴がある“死体の島”の地図がはさまれていた。一方、スミスは図書館で遺体となった自身の旧版を発見し...。
◆◆◆◆◆◆
近未来を舞台にしたSFミステリー、書架探偵シリーズの第2弾です。作者はミステリーとしても評価の高い『ケルベロス第五の首(1972) 』や1980年代に発表されたSFファンタジーの傑作、新しい太陽の書シリーズなどで有名なジーン・ウルフで、第1弾の『書架探偵』が発表された2015年の時点で彼はすでに84歳でした。そこからさらに第2弾である本作の執筆にとりかかるわけですが、その完成を待つことなくウルフは2019年に87歳で亡くなってしまいます。残された原稿は物語の前半部分のみ。しかも、まだ十分な推敲がされておらず、前後の整合性が取れていません。そのうえ、人格があるにも関わらず、モノ扱いされている蔵者の悲惨な境遇などは読んでいてキツイものがります。なにより、個性的なキャラが出揃い、ようやく面白くなってきそうなところで唐突に終わってしまうのがあまりにも残念です。ちなみに、前作はSF小説の年間ベストを決める『SFが読みたい!2018年版』にて第5位となかなかの高評価でした。それだけに、未完に終わった事実が一層惜しまれます。



その他の未完ミステリー

ここまで紹介した作品の他にも、詳細のわからない作品、単品としては完結しているがシリーズとして未完の作品、構想のみが語られただけで一文字も書かれていない作品などが存在します。それらについても軽く触れてみることにします。

1926年

お勢登場(江戸川乱歩)
本作は書生と不倫を繰り返していたお勢が夫の死に関与したことから犯罪者として覚醒するまでを描いた短編小説ですが、この作品自体が未完だったわけではありません。ただ、タイトルからもわかるように本作はお勢の初登場作品という位置づけであり、その後も彼女の犯罪歴を描いた連作シリーズになる予定でした。ところが、その後に続きが発表されることなく、乱歩は1965年に亡くなってしまいます。そのため、シリーズとしては未完に終わったといえるわけです。
お勢登場
江戸川 乱歩
2017-11-10


1935年

平家殺人事件(浜尾四郎)
『殺人鬼』『鉄鎖殺人事件』に続く藤枝真太郎シリーズの第3弾。1934年に創刊したばかりの雑誌オールクインにて連載を開始するもその雑誌が翌年の5月号で廃刊になってしまっために中断を余儀なくされてしまいます。そのうえ、作者の浜尾四郎が同年の10月に脳溢血でこの世を去ってしまい、永遠の未完に。執筆部分のストーリーはまだまだ序盤ながら、謎めいた展開はすこぶる面白く、傑作を予感させるものだっただけに作者の早すぎる死が惜しまれます。


1946年

悪霊(小栗虫太郎)
戦後、長篇ミステリーの執筆に意欲をみせていた小栗虫太郎が社会主義探偵小説と銘打って取り組んだ野心作です。しかし、小栗が1946年に脳溢血で急逝し、本作は未完に終わってしまいます。その後、笹沢左保の手によって完結させたとのことですが、実際は完成にはほど遠い出来らしく、長きに渡って絶版状態が続いています。


1950年

美の悲劇(木々高太郎)
「探偵小説も極めれば芸術になりうる」という著者の長年の主張を証明しようとした意欲作であり、しかも、『智の悲劇』『真の悲劇』『善の悲劇』を含めた全4部作が構想されていました。ところが、探偵小説専門誌の新青年が1950年の7月号をもって廃刊となると連載中だった本作も中断の憂き目にあい、1969年に作者が亡くなるまで2度と続きが書かれることはありませんでした。ちなみに、『美の悲劇』は原稿用紙換算で全800枚程度の作品になる予定でしたが、実際に執筆されたのは500枚ほどです。本作には、男性2人が拳銃を撃ち合い、空中でぶつかって跳ね返ってきた銃弾が互いの体を貫いて死亡したとしか考えられない奇妙な密室殺人が描かれています。極めて魅力的な謎だけにどのようなトリックが用意されていたのかが気になるところです。
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1981年

女の墓を洗え(横溝正史)
1979年6月30日の朝日新聞夕刊に掲載された横溝正史のエッセイ『金田一耕助との対話』にて、連載を終えたばかりの『悪霊島』に続く金田一耕助シリーズの新作として名前が挙がった作品です。舞台は1968年。等々力警部が犯人を逮捕した事件を金田一耕助が再調査することになったために、長年協力関係にあった2人がライバルになってしまうというのが大まかなプロットです。しかし、横溝正史が1981年に死去したため、本作は一文字も執筆されることなく幻の作品となっています。
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千社札殺人事件(横溝正史)
『女の墓を洗え』と同様、『金田一耕助との対話』にて名前の挙がった作品です。定年前に取り逃がした犯人を追って西国巡礼の旅に出た等々力警部が旅先で引退した磯川警部と出会い、タッグを組むという胸熱な展開を考えていたようですが、これも実際に執筆されることはなく、幻の作品となってしまいます。
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2004年

ミレニアム(スティーグ・ラーソン)
ジャーナリストのミカエルとフリーの調査員・リスベットが自分たちの過去と対峙しながらさまざまな事件に挑んでいく物語。本作は江戸川乱歩の『お勢登場』と同様、単体の作品としては完結しているものの、シリーズ作品として未完扱いされているパターンです。スウェーデンのジャーナリストで作家のスティーグ・ラーソンは2004年に50歳という若さで亡くなりますが、その前に『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』、『ミレニアム2 火と戯れる女』、『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』の3部作をパートナー女性だったエヴァ・ガブリエルソンとの共同執筆によって書き上げていました。しかし、ラーソンは全10部作の構想を掲げていたためにシリーズとしては未完扱いされているというわけです。ちなみに、この3作は2005年より毎年1冊ずつ発売され、発行部数がスウェーデン国内で約300万部、全世界で800万部以上という大成功を収めています。こうなると、続編の発売を画策するのは出版社的に当然のことだといえるでしょう。そこで白羽の矢が立ったのがジャーナリストのダヴィド・ラーゲルクランツです。続編の執筆依頼を受けた彼は、2015年に『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』、2017年に『ミレニアム5 復讐の炎を吐く女』、2019年に『ミレニアム6 死すべき女』をそれぞれ発表します。本家には及ばないものの、こちらも概ね好評を持って迎え入れられました。その後は、女性作家のカーリン・スミルノフにバトンタッチし、2022年に『ミレニアム7 鉤爪に捕らわれた女』が発表されますが、この作品に関してはミレニアム要素が薄まってしまったなどの不評意見が目立つようです。
ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 上 (早川書房)
ダヴィド ラーゲルクランツ
早川書房
2015-12-18
ミレニアム7 鉤爪に捕らわれた女 上
カーリン スミルノフ
早川書房
2024-04-05






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最新更新日2025/1/13☆☆☆

Previous⇒このホラーがすごい! 2024年版 国内ベスト20予想

『このホラーがすごい!』は2024年に初めて刊行されたものであり、果たしてこれが単発企画なのか、それとも来年以降も続けていく予定なのかはどこにも明記されていませんでした。ただ、個人的にはミステリー・SFに続いてホラーのランキングもあると自分の読書範囲をほぼすべて網羅してくれるので非常にありがたいなと思っています。そこで、とりあえずは来年以降も続くものと仮定してランキング予想を行っていくことにします。

このホラーがすごい! 2025
対象作品である2024年4月1日~2025年3月30日発売の国内ホラー小説の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

2024年12月31日時点での暫定予想順位

1位.深淵のテレパス(上條一輝)
高山カレンは会社の部下から大学サークルの怪談会に誘われ、そこで奇妙な怪談を聞かされる。しかも、その日を境に彼女の日常は怪異に蝕まれていった。ドブ川のような異臭に水滴の滴る音、それに汚水による足跡…。憔悴しきったカレンは超常現象を研究している2人に助けを求めるが…。
創元ホラー長編賞。怪異に襲われた主人公が追いつめられ、専門家に助けを求めるという王道展開を余計な装飾を廃して淀みなく語りきっているのが見事です。怪異の謎を理詰めで解明しようとするとする姿勢も興味深く、専門家たちのキャラクターも魅力的。極上のエンタメホラーです。
深淵のテレパス
上條 一輝
東京創元社
2024-08-16


2位.入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください (寝舟はやせ)
毒親によって金も住居も失ったタカヒロは、マンションの一室を管理するという奇妙な求人に応募する。雇用の条件は隣人と仲良くすることだった。しかし、隣人は明らかに人間ではなく、過去23人の入居者が逃げ出しているという。隣人は怪談好きでいつもベランダ越しに新しいネタを披露するが...。
怪異たちとの触れ合いのなかで自殺まで考えた主人公の心の傷が次第に癒されていく話です。ただ、本作が異彩を放っているのは、その怪異というのがファンシーな妖怪などのようなありがちな存在ではなく、ガチで怖い存在である点です。癒しと恐怖が混在し、両立している新感覚ホラーの傑作です。


3位.頭の大きな毛のないコウモリ 澤村伊智異形短編集(澤村伊智)
低予算ホラー映画の編集作業で誰もいなかったはずの空間に人間の頭部が映っているのを見つける「禍 または2010年代の恐怖映画」、痴呆症の高齢者や障害者といった家族のお荷物をゾンビと間違えたということにして始末する行為が合法化された世界を描いた「ゾンビと間違える」など、全8編収録。
作者の発想力が遺憾なく発揮されたバラエティ豊かな短編集。まず、「禍 または2010年代の恐怖映画」は不穏さを全面に押し出した正統派ホラーとして秀逸ですし、「縊  または或るバスツアーにまつわる五つの怪談」も笑えるホラーの好編です。なにより、「自作解説」ぶっとんだ展開が素晴らしい。


4位.わたしと一緒にくらしましょう(尾八原 ジュージ)
夫と別れてシングルマザーとなった美苗は3歳の娘・桃花とともに、引っ越したばかりの兄夫婦や両親たちとの元に身を寄せる。その家は有名な事故物件で、不動産やからは「ある部屋には絶対足を踏み入れてはいけない」といわれていた。だがある日、桃花がその部屋から意識のない状態で発見され...。
盲目の霊能者・志朗貞明登場のシリーズ第2弾。前作同様、悪意のない純粋無垢な怪異がナチュラルに凶事をなしていく描写が巧みで、周囲の善良な人々が怪異の影響を受けて狂っていく展開にはぞっとさせられます。軽快な語り口に油断しているといつの間にか恐怖に引きずりこまれている傑作です。
5位.その怪異はまだ読まれていません(まくるめ) 
通報を受けて下水道のワニ退治に借り出された青年が思いもよらぬものに遭遇する「下水道に棲む白い……」、女性が姿なき存在に付け回された挙げ句に体の内側から噛まれる呪いにかかる「皮膚の下のかみおとこ」、コックリさんで神を呼び出してしまう「やとのさたことくぬし」など、全7話収録。
本作は、怪異に遭遇した人物を作者が取材するという形をとっていますが、語り手たちのクセがかなり強い点が異彩を放っています。結果、単なる怪異譚ではなく、いわゆる奇妙な味の作品となっているのが特徴的です。強烈な恐怖はない代わりに、淡々とした語りが読者を不安にさせていく異色作。
その怪異はまだ読まれていません
まくるめ
KADOKAWA
2024-10-02


6位.さかさ星(貴志祐介)
戦国時代から続く名家・福森家で事件が起きる。屋敷にいた一家が惨殺の憂き目にあったのだ。しかも、死体はむごたらしく破壊されており、とても人間の仕業とは思えなかった。霊能力者の賀茂禮子は、この家には多くの呪物が配置されており、このままでは生き残った子供たちも危ないというが…。
屋敷のなかで次々と呪物が発見され、さながら呪物の大博覧会と化していく展開は読み応えあり。博覧強記で知られる著者の特徴が遺憾なく発揮された力作といえます。ただ、長い割にホラーならではの恐怖シーンが少なく、クライマックスも意外とあっさりな点はもの足りなさを覚えるかもしれません。
さかさ星 (角川書店単行本)
貴志 祐介
KADOKAWA
2024-10-02


7位.バラバラ屋敷の怪談 (大島清昭)
かつて8人の女性が殺されてバラバラ死体となって発見された現場で目撃される4体の幽霊と密室殺人の謎に挑む表題作、関わると災厄に見舞われるという古墳で不可能犯罪が起きる「片野塚古墳の怪談」、都市伝説の駅を調査していた女子大生が失踪する「にしうり駅の怪談」など、全4話収録。
女性ライターが怪談絡みの謎に挑むシリーズ第3弾。ジャンル的にはミステリなのですが、すべてが推理で解明されるわけではなく、程良い怖さが後に残る読後感がたまりません。特に、真相がダークで後味の悪い表題作が秀逸です。少女の存在が不気味な「青いワンピースの怪談」もなかなか。
バラバラ屋敷の怪談
大島 清昭
東京創元社
2024-07-29


8位.領怪神犯3(木古おうみ)
領怪神犯特別調査課に新人が配属される。どこか浮世離れしているが、抜群の記憶力を持つ女性・穐津だ。彼女は宮木がかつて所属していたある部署から来たという。一方、上層部の切間は知られずの神の調査に進展がみられないことから体制の一新を決定する。そして、大々的な実施調査が行われるが...。
3部作の完結編。調査課の組織としての秘密が明らかになっていく展開は読み応えあり。ホラーとしても凶悪度を増した神々のおぞましさはインパクト抜群です。物語は、前巻からの伏線をほぼすべて回収しつつ大団円を迎えますが、切なくも美しいラストが心に染みます。伝奇ホラーの傑作です。
領怪神犯3 (角川文庫)
木古 おうみ
KADOKAWA
2024-04-25


9位.おごさま(小紫)
18歳のさあやは故郷の村を飛び出し、東京の歓楽街でボーイズバーにハマってしまう。風俗で働いては推しのカイトに貢ぐ日々。カイトは口では一緒に暮らそうと囁くものの、その約束が果たされることはない。売掛の借金がかさみ、追いつめられた彼女は実家に伝わる「おごさま」に救いを求めるが…。
地雷系女子の主人公を含めて登場人物全員クズの異色ホラー。ちなみに、ホラー展開になるのは後半からですが、魑魅魍魎蠢くクズの世界を描いた前半からすでに面白い。おごさまの力が発動する後半も怖さはあまりなく、おごさまとクズのぶつかり合いがエンタメとして楽しめる作りになっています。
おごさま (角川書店単行本)
小紫
KADOKAWA
2024-11-18


10位.眼下は昏い京王線です (芦花公園)
大学生の琴葉は飲み会の後にお持ち帰りされそうなところを見知らぬ青年に助けられる。シマと名乗る彼にひとめぼれした琴葉は「幽霊に会うために聞いたら障りのある話を探している」という彼に調査の同行を申し出る。だが、琴葉は霊や怪異を寄せる体質らしく、いつも危険な目に遭ってしまい...。
連作短編の形で語られるライトな恋愛ホラーだと思って読んでいるとシマくんの描写にどこか違和感があって戸惑ってしまいます。そして衝撃の結末に茫然。各話エピソードも怖さという点ではさほどでもないものの、心霊系からヒトコワ系までバラエティに富んでいて楽しめます。切ないホラーの佳品。
眼下は昏い京王線です
芦花公園
双葉社
2024-08-28


11位.撮ってはいけない家(矢樹純 )
映像制作会社のディレクターである杉田佑季は家にまつわる呪いというテーマでモキュメンタリーホラーの番組を制作することになる。しかし、撮影をすすめていくなかで怪談好きのAD、阿南が今回の企画と現実での出来事との奇妙な共通点に気付く。やがて、撮影の現場で子供の失踪事件が起き...。
前半は比較的地味な展開ですが、中盤以降加速度的に盛り上がっていきます。特に後半における怒涛の伏線回収はミステリーとしてもよくできています。ラストの怖さも特筆もの。家系ホラーの傑作です。
撮ってはいけない家
矢樹純
講談社
2024-11-12


12位.血腐れ(矢樹純)
崇徳天皇を祀る縁切り神社で奇妙な儀式が行われる表題作、夫の一周忌に彼の幽霊が頻繁に現れて唇を触ってくるのだと夫の妹が語り出す「魂疫」、母の秘められた過去が明かされる「骨煤」、原因不明の熱を出して苦しむ息子に付き添っていると優しげな女が近づいてくる「影祓え」など、全6編収録。
派手なスプラッター表現のような虚仮威しの恐怖ではなく、人の業によって生み出される底冷えのする恐怖にゾクゾクします。しかも、いつの間にか日常に侵蝕してくるような身近な恐怖である点がより一層雰囲気を盛り上げていくのです。なかでも、ラストで一気にゾッとさせられる「骨煤」が秀逸です。
血腐れ(新潮文庫)
矢樹純
新潮社
2024-10-29


13位.キャンプをしたいだけなのに(山翠夏人)
人付き合いが嫌いな社会人、斉藤ナツは休日のソロキャンプをささやかな楽しみにしていた。その日も山奥のキャンプ場で孤独を満喫していると、顔が半分ない女の幽霊が現れ、身の上話を始めだす。辟易するナツだったが、話を聞いているうちに、このキャンプ場には殺人鬼がいることに気づき…。
ジャンルはサバイバルホラーですが、軽妙な語り口が楽しい作品に仕上がっています。しかも、終盤における怒濤の伏線回収はミステリーとしても完成度が高く、そのうえ、アクション要素も満載です。登場人物も魅力的になうえに、最後には感動シーンも用意されています。掘り出し物のエンタメ傑作。
キャンプをしたいだけなのに (TO文庫)
山翠夏人
TOブックス
2024-10-01


14位.穢れた聖地巡礼について(背筋)
フリー編集者の小林は心霊スポット突撃系YouTuberチャンイケのオカルトヤンキーchをファンブックにする企画を出版社に持ち込み、内容の充実を図るべく過去に好評だった動画の追加取材を行う。だが、元の動画がヤラセなので追加取材の内容も読者の喜びそうな内容をでっち上げることになり…。
去年大きな話題を呼んだ『近畿地方のある場所について』に比べると、派手な怪異もなく、全体的に地味な印象を受けます。しかし、どこまでがガセでがどこからが本物の怪異か分からない都市伝説やヒトコワ系のエピソード等が複雑に絡まり合った物語は底冷えのする恐怖を感じさせてくれます。
穢れた聖地巡礼について
背筋
KADOKAWA
2024-09-03


15位.檻降り騙り(木古おうみ)
ホラーだけが心の支えだったコミ障の姉が高校に進学してから別人のように明るくなる。そのことに戸惑いながらも喜ぶ妹。しかし、不気味な少年がつきまとい始めたのを契機に姉の周辺では不穏な空気が流れ始める。一方、他人と上手く付き合えない青年はあるおまじないがきっかけで社交的になるが…。
本作は3部構成になっており、怪異の正体が分からないまま事態が悪化していく第1部がとにかく怖い。2部以降は怪異の正体が少しずつ明らかになっていくものの、それで恐怖が大幅に減じるわけではありません。想定外の事態が起き続け、恐怖を途切れさせない展開が秀逸です。等身大のキャラも魅力的。
檻降り騙り (角川ホラー文庫)
木古 おうみ
KADOKAWA
2024-11-25


16位.メロディアス 異形コレクションLⅧ(編:井上雅彦/著:宮澤伊織、澤村伊智)
頭の中から男たちの奇妙な歌が聞こえてくるという女性の悩みを解決すべく同棲中の女性怪談師が奮闘する「悪いお経はご遠慮ください」、男が妻に惚れている歪な理由がやがて悲劇を招く「歌声」、合唱コンクールで優勝を目指す少女たちが世界を滅ぼす歌を歌う「黒い安息の日々」など全15話収録。
歌やメロディをモチーフにしたアンソロジーです。テーマを統一した書下ろしアンソロジーの場合、似通った作品が集まりがちですが、本作は切り口が多彩で面白い。少女時代の思い出がゾッとする結末に帰着する「エリーゼの君に」や戦国戦記秘話の「小夜鳴け語れ、凱歌を歌え」など、秀作揃いです。


17位.潰える 最恐の書き下ろしアンソロジー(澤村伊智, 阿泉来堂、鈴木光司・他)
かつて幽霊スーパーと呼ばれた店をフリーのライターが取材する「ココノエ南新町店の真実」、老人ホームに入居した母親が828の1と呟きながら自分の死期か近いことを強調する「828の1」、夫や幼い娘と団地に引っ越してきた母親が人間関係と心霊現象に悩まされる「にえたかどうだか」など、全6編収録。
粒揃いのアンソロジーですが、なかでも、人と死者の怖さを同時に描き、深みのあるホラーに仕上げた「にえたかどうだか」が秀逸です。また、どんどん気持ち悪さが増してくるモキュメンタリーホラーの「ココノエ南新町店の真実」やハートフルな物語が一転して恐怖に染まる「828の1」なども印象的。
18位.慄く 最恐の書き下ろしアンソロジー(有栖川 有栖, 北沢 陶・他)
神隠し伝説のある山を訪れた大学生一行が深い霧の中で道に迷う「アイソレーテッド・サークル」、住み込みで働いている少年が事故でなくなった商家の娘の亡霊を目にするようになる「お家さん」、姉の死を怪しむ妹が猫を飼う叔父との対話の中で真実を探っていく「猫のいる風景」など全6篇収録。
最恐の書き下ろしアンソロジーの第3弾。モキュメンタリー、心霊、サスペンス系とバラエティに富んだ作品が揃っていますが、なかでも意外な結末にゾッとさせられる「お家さん」が頭一つ抜けている印象。ただただ絶望しかない「アイソレーテッド・サークル」や「追われる男」なども読み応えあり。


19位.屍者の凱旋 異形コレクションLVII(編:井上雅彦/作:背筋、空木春宵、澤村伊智・他)
最愛の妻を亡くして茫然自失状態の男が気晴らしのために学生時代に遊んだことのあるRPGをプレイし続ける「ふっかつのじゅもん」、ゾンビと区別がつきにくいという理由から重度の精神病患者やアルツハイマーの人間を殺してもお咎めなしの世界を描いた「ゾンビと間違える」など、全15編収録。
ゾンビのアンソロジーですが、死者の群れに襲われるような王道作品はほぼなし。代わりに、グロいながらもゾンビ女子とのエモい恋愛エピソードが多く、そのいずれもが読み応えがあります。他にも、実験色の強い「ESのフラグメンツ」やデストピアな「ゾンビと間違える」など、力作揃いです。


20位.お前の死因にとびきりの恐怖を(梨)
高校の文芸部の部室から発見されたUSBメモリには一人の男子学生の死に関する情報が集められていた。その学生の死因は自殺だったが、現場の状況はまるで恐怖にもがき苦しんだような痕跡がのこされていた。校内記事や合唱部変遷レポートなど、一見無関係な情報から浮かび上がってきた真実とは?
物語は大きく分けて過去に何があったかを探っていく前半と当事者によって真実が語られる後半の2つからなります。特に怖いのは前半部で、情報の断片から正体不明の怪異の存在が浮かび上がっていく過程にゾッとします。対して、恐怖と切なさが混然一体となる後半は斬新なだけに、好みが分かれそう。
お前の死因にとびきりの恐怖を
イースト・プレス
2024-08-07



その他注目作


おんびんたれの禍夢(岩井志麻子)
時は明治。光金商事の放蕩息子で怪談作家の光金晴之介は世界探検家を名乗る春日野力人から冒険記のゴーストライターを頼まれる。アジアを巡る彼の体験談はどれも憎悪と叫びに満ちており、そこに不思議な謎で彩られた魅力的なものばかりだった。彼は同居人の楠子とともに謎と向き合っていくが...。
作中作として語られる異国の怪談が日本のものとはまた違った味わいがあり、引き込まれます。加えて、怪談作家である主人公自体が次第にその怪異譚に振り回されていくのが面白い。何より、怪異が現実を侵食していく終盤の展開がホラーとして白眉です。そして、タイトル回収のラストが衝撃的。
おんびんたれの禍夢 (角川ホラー文庫)
岩井 志麻子
KADOKAWA
2024-07-25


右園死児報告 (真島文吉)
その名を名乗るだけで異変が起き、感染症のように広がっていく得体のしれない怪異・右園死児。しかも、それは人間に限らず、動物や無機物までも影響を及ぼす恐るべき存在だった。政府や軍は原理の解明や対策の確立を図るべく、明治25年より続けられている非公式調査報告を体系化してくが...。
前半は、右園死児によってもたらされた災厄を調査報告の形で描いていくモキュメンタリーホラーになっており、これが不気味さMAXでなかなかに怖い。ただ、後半からは右園死児を巡ってレジスタントと軍が戦うSF戦記ものに様変わりします。そのギャップを受け入れられるか否かで評価が分かれそう。
右園死児報告
真島 文吉
KADOKAWA
2024-09-03


口に関するアンケート(背筋)
大学生たちが心霊スポットである山奥の墓地に肝試しに訪れる。そこには大きな木があり、ネットでは呪われた木と呼ばれていた。一人ずつ順番にその木まで行って戻ってくるが、村井翔太を除く参加者全員がただならぬ何かを目撃していた。しかも、翌日にはメンバーの一人が行方不明となり...。
肝試しから始まる恐怖体験をインタビュー形式で描いたわずか60ページほどの作品ですが、十分に読み応えがあります。とにかく緻密に構築された作品で、不穏な空気を徐々に高めていくことに成功しています。しかも、最後のアンケートで状況が明らかになり、ぞっとさせられる構成が見事です。
口に関するアンケート
背筋
ポプラ社
2024-09-04


呪脈の街 (荒川悠衛門) 
シングルマザーの母が突然姿を消した。知人の話によると、彼女は怪異に悩んでいる人の相談に乗りながら泣き女に関する情報を集めていたらしい。それは彼女と娘の一葉だけが目にすることが出来る怪異だった。一葉は母の愛人たちの協力を得ながら彼女の行方を追うが、一葉自身も怪異に巻き込まれ…。
本作はJKの主人公が怪異の謎を追い、やがて衝撃的な真相へと行き当たるホラーミステリーです。しかし、一番の読みどころは、個性豊かな人々と関わり合いを持ちながら成長していく主人公の姿にあります。特に、ときにコミカルな展開を交えながら描かれる母親の元愛人・ネズとの関係性が心地よい。
呪脈の街 (角川ホラー文庫)
荒川 悠衛門
KADOKAWA
2024-11-25


私はチクワに殺されます(五条紀夫)
練馬区に住む50代の夫婦が自宅で遺体となって発見される。夫は首を吊り、妻は刃物でメッタ刺しにされていた。状況は明らかな無理心中だが、異様なのは家中に無数のチクワが散乱していることだ。やがて夫のポケットから手記が発見される。その内容は殺人チクワについて書かれた異様なもので…。
本作はトリックやどんでん返しを備えたれっきとしたミステリー小説です。しかし、悪夢的かつ凄惨な描写のオンパレードはホラー小説としか思えません。チクワが人を襲うといえばコメディタッチの作品のようにも思えますが、そうした先入観を覆す容赦のない展開が読み手の情緒を破壊していきます。


Re:Re:Re:Re:ホラー小説のプロット案(八方鈴斗)
ホラー作家として業界の底辺にしがみついている私は、次回作のプロット作りに苦しんでいた。ネタを求めてSNSをさらっていると、顔の怪異に遭遇して不幸なった人間が何人もいる事実を知る。手応えを感じて担当編集者に連絡するも、出版社に伝わる禁忌題目に抵触するという理由で断られてしまい…。
第9回カクヨムホラー大賞。モキュメンタリー形式の作品であり、徐々に顔の怪異のやばさが明るみになっていく前半の展開はなかなかに怖い。対して、主人公自体が怪異に襲われてあがき苦しむ様子が描かれる後半は、内面世界の描写に終始しておりな、その支離滅裂さも相俟って好みが分かれそう。


何かの家(静月遠火 )
夏休みの間、民宿を営んでいる実家に帰っていた岸谷冬馬は民俗学のフィールドワークをしているという女子大生の檜山雪穂を曰く付きの家に案内する。道中、彼女は他の男の子の身代わりになってその家に閉じ込められた少年の話を始めるのだが、身代わりになった彼は死んだ自分の父親だと言いだし…。
序盤はライトな雰囲気なので油断していると、徐々に不穏な空気が漂ってきてきます。しかも、家にまつわる秘密が明らかになってからは何が真実なのかが分からず、自分の足下が崩れそうな恐怖を味わうことになります。終盤が複雑すぎるのが難点ですが、思わずゾクリとするラストの一撃は見事です。
何かの家 (メディアワークス文庫)
静月 遠火
KADOKAWA
2024-08-23


斬首の森(澤村伊智)
怪しげな企業、Tは新入社員を陰鬱な暗い森にある合宿所に集めて洗脳教育を施していた。そのヤバさに気が付いた男女5人は脱走を試みるも森の中で迷ってしまう。翌朝、彼らの一人が死体となって発見される。切断された頭部に奇怪な装飾が施され、供物のように古木の根元に置かれた状態で...。
比嘉姉妹シリーズのような心霊系とは趣がことなり、グロテスクさを前面に押し出したクトゥルフ系のホラーです。グロさの割に恐怖はそれほどでもありませんが、何が起きているのかがなかなか見えてこないために先が気になってぐいぐいと引き込まれていきます。そして最後に明らかになる真相が衝撃的。
斬首の森
澤村 伊智
光文社
2024-04-24


悪い月が昇る(海藤文字)
フリー編集者の正木和也は、妻と5歳の息子が列車事故で負ったトラウマを癒す目的で、ひと夏を避暑地の別荘で過ごすことになる。その別荘は知人の精神科医が好意で貸してくれたものだ。墓地で和也は少女に出会い、子を攫う妖鬼の伝説を聞かされる。そして、夏祭りの日、息子の蒼太が姿を消し…。
小説投稿サイト・エブリスタと竹書房が主催する最恐小説大賞の第4回受賞作です。家族揃って過ごす楽しい避暑地での生活のなかに、不穏な空気が立ちこめていく描写が素晴らしい。一方、節々で感じる違和感がどんでん返しの布石となっているのですが、そのオチが予想しやすいのが惜しい。
悪い月が昇る
海藤文字
竹書房
2024-05-23


祈願成就(霜月透子)
凄惨な事故死を遂げた郁美の葬儀に幼なじみの4人が集まるが、彼らには小学生のころ、願いを叶えるために郁美が行っていたおまじないの儀式に参加していたという共通点があった。そして、彼女の死を境に不気味な影に悩まされ、さらには、おぞましい事故や原因不明の災厄に見舞われ…。
新潮文庫nex賞。おまじないや秘密基地といった子供時代の無邪気な遊びが、大人に成長したのちに悲惨な結末をもたらすという展開にゾッとさせられます。息付く暇もない厄災の連鎖と和製ホラーらしい湿度の高さがたまりません。ただ、順番に呪われていくだけの展開がやや単調に感じられたのは残念。
祈願成就(新潮文庫)
霜月透子
新潮社
2024-05-29


ここにひとつの□がある(梨)
久しぶりに帰郷して辺りを散策していると幼なじみらしき女性に呼び止められる「邪魔」、フリマアプリでカシル様専用と書いて空箱を出品すると必ず落札されることから小遣い稼ぎとして流行するも箱の中にメッセージカードを入れてしまった生徒が悲劇に見舞われる「カシル様専用」など、全8編収録。
箱にまつわる恐怖を描いた連作短編ですが、明確な怪異が出てくるわけではありません。多くは不穏な空気を漂わせるだけにとどめています。また、クロスワードや試験問題だけで1話を構成したりと実験色の強い作風も印象的です。その中から怖さを読み取れるか否かによって評価が変わる問題作。


ふるさとは岡山にありて怖きもの 岩井志麻子怪談掌編集(岩井志麻子 )
実話系怪談の書き手を目指している書店員の青年がマッチングアプリで知り合った女性から駆け落ちした男女にまつわる祠の話を聞かされる表題作、不夜城といわれるこの町に事件や事故物件が溢れているのは人間ではないものが巣くっているからだという「歌舞伎町は燃えているか」など、全37編収録。
実話系怪談の形式を模した掌編集です。1話1話が短い分、心霊ホラーからヒトコワホラーまでバラエティに富んだ怪談を手軽に楽しむことが出来ます。怖さの質は作品によってさまざまですが、なかでもおすすめなのが「家族の肖像」です。逃亡中の父親を巡る話なのですが、これは本当にゾッとします。


堕ちる 最恐の書き下ろしアンソロジー(宮部 みゆき、芦花公園、小池真理子・他)
小学生3年生の夏休みに出会った、霊が視える従姉との思い出を綴った「あなたを連れていく」、RPGの世界で竜狩人の活躍を描いた「竜狩人に祝福を」、面識のない祖父から相続した土地が呪いまみれで買い手がつかない「函」、ある男が湯治に訪れた先で怪異と出くわす「湯のなかの顔」など、全6編収録。
前半3作はどれも正統派とはいえず、好みが分かれそうです。そのなかにあって、ゲームブック方式のRPGとして描かれた「竜狩人に祝福を」は急転直下のオチが印象的。一方、後半の3作はどれも万人向けの王道ホラーですが、怖さという点では呪われた家の描写がえげつない「函」が頭一つ抜けています。


鬼神の檻 (西式豊)
秋田県御荷守村では50年に1度の嫁取りと引き換えに村を守護するという貴神様が信仰されていた。大正12年に神に嫁ぐ新たな御台の選出が行われるも、スペイン風邪によって4人の御台候補が亡くなり、繰り上げで北白真棹が御台となる。だがその夜、真棹は人間離れした力で人を殺める少年を目撃し…。
秋田県の村を舞台に繰り広げられる惨劇や見立て殺人は因習村ホラーとして読み応えあり。奇祭や生贄といった要素が好きな人には特におすすめです。さらに、血みどろ描写にも力が入っており、読み応えありです。ただ、第3部でSFとなり、雰囲気がガラリと変わるのには違和感を覚える人もいるかも。
鬼神の檻 (ハヤカワ文庫JA)
西式 豊
早川書房
2024-08-21


歴屍物語集成 畏怖(西條奈加、澤田 瞳子、蝉谷めぐ実・他)
弘安の役で日本が元に勝利した真相を描く「有我」、室町時代の近江比叡山に現れた狐憑きを巡る「死霊の山」、江戸時代初期の中部地方で墓の土饅頭から土筆が生えてくる「土筆の指」、山東京伝の妻が自らを人魚だと言い出す「肉当て京伝」、江戸末期の大奥で奇病が広がる「ねむり猫」の全5編収録。
ゾンビをテーマにした歴史小説アンソロジーです。同じ歴史ものでありながら1作ごとにゾンビの扱い方が全く異なるのが面白い。特に、ゾンビを人魚伝説と結びつけた「肉当て京伝」が秀逸です。また、恐怖小説としては語り手がゾンビになっていくさまを丹念に描いた「有我」が頭ひとつ抜けています。
歴屍物語集成 畏怖 (単行本)
矢野 隆
中央公論新社
2024-04-22


死に髪の棲む家(織部泰助)
作家の出雲秋泰は大物事業家・匳金蔵のゴーストライターとして自叙伝を書くことになり、福岡県の祝部村を訪れた。だが、匳家の屋敷を尋ねると身元不明の老人が髪の毛で首を吊って死んだという。秋泰は番屋で死体の番をさせられることになるが、朝になると床が人毛で埋め尽くされ、死体も別人に...。
第44回横溝正史ミステリ&ホラー大賞読者賞受賞作。ジャンル的には本格ミステリですが、節々に推理だけでは解明しきれないホラー要素がちりばめられています。恐ろしさそのものはさほどでもないものの、髪の描写は相当に気持ち悪い。特に、口から髪が出てくるシーンは生理的嫌悪を催します。
死に髪の棲む家 (角川ホラー文庫)
織部 泰助
KADOKAWA
2024-10-25


アポピスの復活 微生物研究室特任教授・坂口信(内藤了)
坂口の友人である古屋教授が都内で液状化した遺体となって発見される。死因は人体の細胞を食い荒らして増殖する新種のアメーバーだった。やがて、人喰いアメーバーによる被害は増加の一途をたどっていった。一方、ときを同じくして蝉人間が相次いで目撃されるようになる。果たして両者の関係は?
『メデューサの首』に続く微生物ホラーの第2弾です。なんといっても気が付かないうちに感染して体をどろどろに溶かしていくアメーバーが怖すぎです。それだけに、人類の命運を賭けた主人公たちとの攻防は手に汗握ります。ただ、設定の派手さに対して物語のスケールはこじんまりとしている印象。


怪談売りは笑う(蒼月海里 )
美初乃は怪異に悩まされていた。最初の異変は帰宅すると物の位置が変わっていることだった。しばらくすると、最上階に住んでいるのに天井から人の声聞こえ、生ゴミを溜め込んでいるわけでもないのに次から次へとハエが湧湧くようになる。ついには眠っていると何者かがのぞき込むようになり…。
実際に怪異を現出させる怪談を本の形で売買する怪談売りと彼を追うライターに焦点を当てた連作短編です?。ライトでサクッと読める程よい怖さの作品が揃っています。読後感は怖いよりも切ない印象が強いのでどちらかというと、初心者向けかもしれません。連作集としての構成もなかなか見事な良作。
怪談売りは笑う (角川ホラー文庫)
蒼月 海里
KADOKAWA
2024-10-25


かぎろいの島(緒音百)
天涯孤独の小説家・津雲佳人のもとに伯母を名乗る人物から手紙が届く。伯母からの一度故郷に戻ってきてほしいという言葉に、佳人は九州南西部に位置する孤島・陽炎島へ渡る。だが、そこは地元の者も近寄らぬ禁域であり、秘密の神事が行われていた。疑念が渦巻くなか、ついに殺人事件が起き…。
第3回最恐小説大賞受賞作。平易で読みやすい文章が好印象で、島に漂う不穏な空気感もよく描けています。ジャンル的にはホラーというよりミステリーですが、得体の知れないものに対する怖さはなかなかのものです。ただ、その割に結末がインパクト不足な点についてはもの足りなさを感じます。
かぎろいの島
緒音百
竹書房
2024-06-20


了巷説百物語(京極夏彦)
稲荷藤兵衛は狐狩りを生業としているが、人の嘘を見抜く洞観屋という裏の顔があった。ある日、山崎由良治という侍が仕事の依頼に訪れる。佐倉藩主は老中・水野忠邦の改革を支援しようとするも、妖物の力を操ってそれを妨害している者がいる。その一味をあぶり出してほしいというのだが…。
人の恨みや難題を妖怪なぞらえて解決していく巷説百物語シリーズの第7弾にして完結篇。最後というだけあって過去の登場人物、歴史上の著名人、別シリーズに連なる人物と、まさにオールスターキャストといった感じです。ホラー度は薄いものの、妖怪時代小説としての読み応えは満点です。
了巷説百物語 (角川書店単行本)
京極 夏彦
KADOKAWA
2024-06-19


或るバイトを募集しています(くるむあくむ)
新作の執筆に行き詰まった作家が馴染みの編集者に呼び出される。あるバイト体験者たちの話をインタビューしてきて、その内容をまとめてほしいという仕事の依頼だった。早速、取材に赴く作家。しかし、彼らが語るバイトの内容は誰でも出来る簡単なものではあるのだが、どこかおかしくて…。
バイトの体験談をまとめたという体で構成されたモキュメンタリーホラーです。滅茶苦茶怖いというわけではないのですが、常につきまとっている不穏な空気にゾワゾワとした感覚を覚えます。ただ、文字数が少なくて1時間もあれば余裕で読めてしまう点はもの足りなさを覚えるかもしれません。
或るバイトを募集しています
くるむあくむ
KADOKAWA
2024-11-14


死写会(五十嵐貴久) 
昭和最後の巨匠と呼ばれながらハラスメントを繰り返して干されていた映画監督の白波瀬がカムバックする。だが、彼は完成直後に不審死を遂げてしまう。しかも、試写会を強行した結果、参加者49人のうち44人が集団自殺をしてしまったのだ。雑誌編集者の里中凪と新聞記者の矢部誠が真相を追うが…。
途中でオチが予想できてしまう王道的な怨念ホラーです。これといって目新しさはありませんが、それだけにツボを押さえた作りになっており、この手のジャンルが好きな人は安心して楽しむことが出来るのではないでしょうか。グロシーンや救いのないバッドエンドが好きな人には特におすすめです。
死写会
五十嵐 貴久
実業之日本社
2024-11-28


四つの白昼夢(篠田節子)
夫婦が移り住んだ理想の家の天井から異様な物音が聞こえてくる「屋根裏の散歩者」、夜更けの電車で酔い潰れていた老人の忘れ物から遺骨が出てくる「妻をめとらば才たけて」、コロナ禍によってレストラン経営が破綻してしまった男が多肉植物アガベの育成にのめり込んでいく「多肉」など、全4編収録。
どの作品も死の影がつきまとい、恐怖を感じさせるシーンもあるものの、すべてがホラー小説というわけではありません。最後まで読めば意外と微笑ましいエピソードも存在します。そんななかにあって、まごう事なきホラーといえるのが「多肉」です。おぞましく衝撃的な結末にはゾッとさせられます。
四つの白昼夢
篠田 節子
朝日新聞出版
2024-07-05


猟奇の贄 県警特殊情報管理室・桜庭有彩 (牧野修)
犯罪者を次々と作り上げている秘密組織に対抗すべく設立された特殊情報管理室。そこに配属された桜庭有彩は人間同士の繫がりを糸という形で可視化できる特殊能力を持っていた。有彩は同僚の柿崎とともにとある失踪事件の調査するが、やがてそれは恐るべき大事件をたぐり寄せていき…。
生首事件、人肉食事件、拷問ショーなど、猟奇の限りを尽くした凄惨な事件の数々はかなりのインパクトです。そこに死の匂いを嗅ぎ取る犬や相手を意のままに操る能力を持つ犯人といった要素を巧みに組み込み、読み応えのあるエンタメホラーに仕上げています。また、テンポの良さも好印象。


六人の笛吹き鬼(三津田信三)
公園で笛吹き鬼をして遊ぶ少女たち。笛吹き鬼とは鬼役の子が目をつぶって笛を吹いている間に他の者が隠れるという隠れんぼに似た遊びだ。だが、突然奇妙な笛の根が鳴り、少女たちは次々と姿を消してしまう。事件の当事者でホラー作家の背教聖衣子が事件の調査を始めると、笛吹き鬼も目を覚まし...。
『七人の鬼ごっこ』に続く鬼遊びシリーズ第2弾。逢魔が刻と呼ばれる夕暮れ時の不気味な描写は流石で雰囲気を盛り上げてくれます。テンポよくさらりと読めるのも好印象ですが、その分、恐怖の濃度があまり濃くなくてあっさりしすぎている点は物足りなさも。終盤の展開も強引でいまひとつ。
六人の笛吹き鬼 (単行本)
三津田 信三
中央公論新社
2024-09-19


黒爪の獣(加門七海 )
自身の強大すぎる霊能力に翻弄された水月は兄の悠希とともに新宿の片隅で占術業を営みながらひっそりと暮らしていた。ある日、とある神社に胎児の遺体の一部が置かれるが、それは新宿に邪悪な呪術が仕掛けられたことを意味していた。水月と悠希は街を救うべく、刑事らと闇に立ち向かうが...。
刑事と霊能者がバディを組むオカルトサスペンスです。呪術に関する知見は興味深いものはあったものの、著者ならではのゾッとするような恐ろしさは希薄です。その代わり、テンポが良くて2時間ドラマのように気軽に楽しめるエンタメ作品に仕上がっています。呪術や占いに興味がある人におすすめ。
黒爪の獣 (光文社文庫 か 36-9)
加門七海
光文社
2024-08-07


怖い噂のあるお店 : 99秒の戦慄【闇】体験(八月美咲)
入院したベテラン教師に代わって中学2年のクラスを受け持つことになった新任教師の影山幽。生徒たちはその美くてスタイル抜群の彼女に夢中になるが、それは血も凍る恐怖体験の始まりだった。殺人鬼の手記を販売する書店や死人そっくりなお面を売る屋台など。それらの店を訪れる生徒たちの運命は?
生徒38人の手記による全38話のショートショートホラーです。1話3ページ構成なのでサクッと読め、各話のラストではきっちりゾッとさせてくれるコストパフォーマンスの高さには好印象。しかも、各話巻末のイラストが恐怖を増幅させてくれるおまけ付きです。ホラーを手軽に楽しみたい人におすすめ。


祓い師笹目とウツログサ(ほしおさなえ)
物心ついた頃から自分の傍らにぽっかりと開いた穴が見える「アナホコリ」、不倫相手から別れを告げられた女性の体から彼女しか見えない花が咲き乱れる「オモイグサ」、亡くなった父に処分するようにといわれた白紙の本から次第に文字が浮かび上がってくる「ツヅリグサ」、など全5編収録。
植物の妖怪ことウツログサが、人間の欲望を触媒にして変容していく姿を描いた連作短編です。全体的に淡々とした雰囲気でホラーとしての怖さはあまりありません。その代わり、人間の業ゆえに怪異に魅入られていくドラマは切なくてぐっときます。祓い師が積極的に怪異を祓わないのも新鮮。
祓い師 笹目とウツログサ (文春文庫)
ほしお さなえ
文藝春秋
2024-06-05


お梅は次こそ呪いたい(藤崎翔)
戦国の世で呪いの人形として大名家すら滅亡に導いてきたお梅。しかし、現代で彼女の呪力が通用せず、意気消沈していたところに江戸時代に作られ、今は首だけとなった武者人形と出会う。彼の力を譲り受けたお菊はパワーアップを果たし、今度こそはと人々の呪殺に励むが、やはり失敗続きで...。
500年の眠りから覚めた呪いの人形の奮闘を描いたシリーズ第2弾です。ターゲットを呪殺しようとしては逆に幸せにしてしまうコミカルな展開がお決まりのパターンですが、本作は感動あり、どんでん返しあり、ダークなオチもありで、物語としてより多彩で読み応えのある作品に仕上がっています。


幻想と怪奇 不思議な本棚 ショートショート・カーニヴァル(編:牧原勝志/織守きょうや、斜線堂有紀・他)
一度読んでしまうと理性のタガが外れて混沌に呑み込まれてしまう奇書を求めて幻の図書館に訪れる「奇書あり〼」、12歳になる女の子が歯医者の待合室で”12歳が読むと死ぬ本”というタイトルの本を偶然見つける「読むと死ぬ」、外宇宙から飛来し地底奥深くにあるという「億年書庫」など27編+α。
本、または本のある場所をテーマにしたショートショートアンソロジー集であり、怪奇あるいはダークファンタジー色の強い作品も多く含まれています。逆に、ユーモラスな作品も散見されますが、1話20分たらずでさくっと読めるため、バラエティに富んだ作品を気軽に楽しめます。本好きな人におすすめ。


オカ研はきょうも不謹慎!(福澤徹三)
冥國大学の新入生・多聞蒼太郎は同級生の文月麻莉奈に惹かれ、思わずオカルト研究会に入会してしまう。しかし、研究会は非公認サークルのうえにメンバーは変人ばかりだった。その後、活動一環として最恐の事故物件を訪れて以降、怪異が頻発するようになる。しかも、麻莉奈が謎の失踪を遂げ…。
コミカルな味つけをした青春ホラーミステリーですが、実話系怪談のエピソードをふんだんに取り入れているため、ゾッとさせられるシーンも結構あります。ある意味、笑いと恐怖のギャップは本作の大きな読みどころになっています。ただ、結末に関しては無難にまとまりすぎていて少々肩透かしです。


幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする(柞刈湯葉)
18歳の谷原豊は100歳になる曾祖母の死をきっかけに鵜沼ハルと名乗る霊媒師と出会う。見た目はせいぜい40歳くらいなのに大正生まれを自称する彼女は、理屈っぽい性格で理系大学生の豊に対して奇妙な”慰霊”のアルバイトを持ち掛ける。果たして、ハルの正体は?そして、この街が抱える秘密とは?
SF作家によるゴーストストーリーですが、幽霊という存在を科学的に解明していく話ではありません。どちらかといえば、主人公が長年悩み続けていた他人との意識や感覚のずれといったものを霊の存在や霊媒師の仕事を通して見つめなおしていく成長物語です。異色の青春ストーリーとして読み応えあり。


裏世界ピクニック 9 第四種たちの夏休み(宮澤伊織)
大学の夏休み。恋人の関係になったばかりの空魚と鳥子はDS研から、“山の牧場”を用いた民間軍事会社の対裏世界用訓練にアドバイザーとして参加してほしいとの依頼を受ける。しかしそこには、かつて異能の力で人々を操っていた元怪談動系女子高生YouTuber・潤巳るなの姿もあり…。
このところ話が空魚と鳥子の関係にフォーカスしていたこともあり、久しぶりに本筋に戻ってきた印象を受けます。前半はマヨイガの続きと正体不明の幼女・霞を小桜が養子にする話で後半は異世界でのブートキャンプ。まだまだ前哨戦の色合いが強いですが、それだけに今後の展開が楽しみです。


僕は■■が書けない 朽無村の怪談会(阿泉来堂 )
朽無村には通夜の晩に怪談話をすると死者の魂が甦るという言い伝えがあった。村の名士・古柳哲郎はその言い伝えに則って自分の通夜で怪談会を行うようにとの遺言を遺していた。ひょんなことから会の立会人を務めることになったホラー作家は出席者の怪談を順番に聞いていくが…。
一人一人怪談を語っていく百物語的趣向の作品なのですが、実際に語られるエピソードは怪談の域を遙かに超えています。揃いも揃って警察沙汰にもなった大事件で、どちらかというとハリウッドホラーのノリです。この点は好みの分かれるところではないでしょうか?良くも悪くも大味。


一目五先生の孤島(大島清昭)
調査会社ファントム・リサーチの変調課は超常現象に特化した部署だ。リゾート開発会社の依頼受け、霊を呼び寄せる体質を持つ倭文は五福島の調査に赴く。その地では30年前に連続殺人が起きていたのだが、捜査に乗り込んだ警察官や撤去作業のために上陸した作業員たちが次々と不審な死を遂げ...。
人間による犯行にオカルト要素を絡めたホラーミステリーです。怪異や心霊現象は満載でホラーの雰囲気を盛り上げてくれますが、推理合戦や密室殺人などのミステリ要素もたっぷりあり、結果的にたがいの良さを打ち消しているのが惜しいところ。主人公の特異体質もあまりに活かされていない気が...。
一目五先生の孤島
大島 清昭
光文社
2024-11-20


屍喰鬼ゲーム(涼森巳王)
孤島に集められた31人の男女。朦朧とする意識の中で彼らは注射を打たれていく。やがて館内放送の声が響き、「注射の中身はビタミン剤だが、一人分だけ人肉を喰らうグールと化す成分が含まれている」と告げる。そして、被害を阻止するためには裁判でグールが誰かを当てなければならないというが...。
いわゆる人狼ゲーム系のホラーです。テンポが良くてサクサク読めるうえに緊迫感もそこそこあり、エンタメとして楽しむのであれば悪くないでしょう。ただ、物語は概ね一直線に進んでいき、これといった仕掛けもないので意外な展開などを期待していると肩透かしを食らうおそれがあります。
屍喰鬼ゲーム
涼森巳王
竹書房
2024-07-18


邪行のビビウ(東山彰良 )
ベラシア連邦ルガレ自治州。その地に暮らす17歳の少女ビビウ・ニエは霊を呼び戻して死体を動かす邪行師だ。死者を彼らの家へ連れて帰るという務めを果たしながら師匠の大叔父と穏やかに暮らしていた。だが、彼女は自治州の独立を求める反乱軍と政府軍との争いに巻き込まれることになり…。
架空の国が舞台のダークファンタジーです。しかし、ファンタジーといっても単なる絵空事ではなく、邪行師との設定を用いて戦争と死という普遍的なテーマを臨場感豊かに描き上げている点が素晴らしい。反面、エンタメとしての爽快感に乏しく、雰囲気が重苦しい点は好みの分かれるところ。
邪行のビビウ (単行本)
東山 彰良
中央公論新社
2024-07-22


幽霊作家と古物商 黄昏に浮かんだ謎(彩藤アザミ)
かつて作家だった長月響は自分がなぜ死んだのかも分からないままにこの世に留まり続け、死後も小説を書き続けていた。霊体となった彼も視ることができるのは古道具屋美蔵堂の店主の御蔵坂類のみ。彼は霊を引き寄せる体質の持ち主だったのだ。そんな2人のもとに今日もまた怪異が訪れるが…。
幽霊作家と美形の古物商がバディを組んで怪異に挑む連作ホラー。ホラーといってもさくふうはかなりライトなので怖ろしさはあまりありません。どちらかといえば、幽霊作家と古物商の小気味良い掛け合いが読みどころだといえます。とはいえ、じわじわと恐怖が滲み出るようなシーンも一部あり。


幽霊作家と古物商 夜明けに見えた真相(彩藤アザミ)
幽霊になってもなお小説を書き続ける長月響と、そんな彼を唯一認識できる古物商の御蔵坂類。響は類の元に通い、そこでさまざまな怪異と遭遇する。怖ろしくも穏やかな日々。しかし、そんな日常もある人物の登場によって壊される。果たして、響はなぜ死んだのか?現世に留まり続けている訳とは?
自分がなぜ死んだのかが分からない幽霊に焦点を当てた前作が問題編なら本作は解決編です。予想外の真相には少し驚かされますが、そうした謎解き要素を加味しながらも、ゾッとする恐怖の中にほっこりした感覚を味わえる独自の魅力は健在。本作で一応の完結ですが、続編の有無が気になるところ。


踏切と少女 怪談青柳屋敷・別館(青柳碧人)
園児を対象としたお寺でのお泊り会で年長組の少女は見知らぬ女の子と仲良くなるが彼女の名前が思い出せないばかりか誰もその子のことを知らないといわれる「お泊り会」、8歳の少年がふと目を覚ますとベッドの周りを黒い三角の頭巾をかぶった大人に取り囲まれている「黒い三人」など、全63篇収録。
怪談青柳屋敷シリーズの第2弾で、1話数ページほどの書下ろし怪談を収録しています。単純に怖いものから「祖父、ファンキーなり」などのユーモラスなものや奇妙な味のものなど、さまざまなタイプの怪談を楽しむことができます。大きなインパクトはありませんが、気軽に楽しむのに最適の1冊です。


黒仏 警視庁異能処理班ミカヅチ(内藤了)
銀座で通り魔事件が発生する。犯人は刃物を振り回して人々に襲いかかり、人々の耳を食いちぎって食べていた。その肩には黒い影が見える。怪異事件の隠蔽を目的とするミカヅチ班は調査を開始するも謎は深まるばかりだった。やがて、民話の里である岩手に謎を解く鍵があることを突き止めるが…。
ホラーミステリーシリーズの第5弾。怪異の黒仏がかなりおぞましく、その正体にはゾッとさせられます。怜と赤ハッチとのバディも魅力であり、そのうえ、怪異の歴史的背景などの描写も興味深い。


青屍 警視庁異能処理班ミカヅチ(内藤了)
怪異による事件を人間の犯行として処理する任務を負ったミカヅチ班。彼らの前に新たな怪異が立ち塞がる。上野恩賜公園で発見された変死体には全身に六十一ヵ所に穴が開いていたのだ。それは国立西洋美術館拷問処刑道具展の展示品を使っての犯行だった。さらに、蒸し焼きの死体まで発見され…。
ミカヅチシリーズ第6弾。今回対峙する怪異は拷問具を使う蒼い馬に乗る騎士であり、敵の強大さはシリーズでも随一です。それだけに手に汗握りますし、ヨハネの黙示録と絡めた設定も面白い。ただ、決着はあっけなくてもの足りなさも。とはいえ、実在の拷問具による犯行にはゾッとさせられます。


警視庁呪詛対策班 出向陰陽師と怪異嫌いの刑事(竹林七草)
法では裁けぬ呪詛や呪術による犯行。それに対抗すべく誕生したのが警視庁呪祖対策班、通称・呪詛対だ。その役割は、蛇に共食いさせ蠱毒を仕掛ければ動物愛護管理法違反といった具合に、呪いによる犯行を現行法に落とし込むことだ。怪異嫌い大場と元陰陽師刑事の芦屋が呪法の悪用に挑む!
呪いを現行法で裁くという発想が斬新で面白い。その一方で、人間ドラマに主眼が置かれているため、ホラーミステリーを期待すると肩透かしを覚えるかも。刑事のキャラも設定の割にはやや弱め。


警視庁呪詛対策班 蠱毒と生霊と呪われた物件 (竹林七草) 
 超常現象による事件を現行法に基づいて合法的に解決する組織、警視庁呪詛対策班。堅物刑事の大庭と元陰陽師刑事の芦屋は、年末になると死人がでる町工場や部屋に不法侵入を繰り返す生き霊など、さまざまな事件に挑んでいく。果たして、一連の事件との裏には謎の設計士・宮ノ下宿祢の影が…。
シリーズ第2弾の連作短編。胸くそ悪い話ばかりですが、主人公コンビをはじめとしたキャラの魅力でバランスをとっています。また、一話ごとに切り口が違うので飽きずに読めるというのもほ美点です。ただ、ホラーとしての怖さはほぼなく、どちらかといえばキャラクター小説の側面が強いといます。


小泉八雲先生の「怪談」蒐集記(峰守ひろかず)
明治29年。東京で暮らすラフカディオ・ハーンこと小泉八雲のもとに父を亡くして住み込みで働けるところを探しているという少女・好乃が尋ねてくる。利発で怪異にも詳しい彼女を八雲たちは気に入るが、好乃には誰にも明かせない秘密を抱えていた。八雲はそれを知ったうえで、彼女を雇い入れるが…。
怪談作家の第一人者である小泉八雲が作品の中で紹介した怪異たちがもし実在していたら?という設定で描かれた作品で、八雲やその周囲の人々が実に魅力的に描かれています。作品自体はミステリー仕立てでストレートなホラー作品ではありませんが、小泉八雲に興味があるという人にはおすすめです。


龍女の嫁入り 張家楼怪異譚(白川紺子)
高級旅館張家楼の主人・琬圭は極度の病弱で、売卜者風情の男から原因は妖を引き寄せる体質にあると言われる。半信半疑でお祓いをしてもらうと確かに体調がよくなった。それを知った彼の父は売卜者の娘を嫁にもらえという。だが、結婚話がまとまり、雲に乗ってやってきた花嫁は人ではなく…。
人間の若者と龍王の血を引く娘が人ならざるものの問題を解決していく退魔譚です。特筆すべきはヒロインである小寧の可愛らしさで、文句を言いながらも最後には琬圭のために尽力するツンデレぶりがたまりません。また、一見頼りなさげながら、飄々として懐の深さを垣間見せる琬圭も魅力的です。


コドクな彼女(北田龍一)
大学生の叶のもとに身元不明な少女が転がり込んできた。ただならぬ気配に身の危険を感じる叶だったが、少女は「一人は嫌、一緒にいて」悲痛な声を漏らす。その言葉に彼女を迎え入れた叶は赤瀬奈紺と名付けられた少女と共同生活を始める。ある日、2人は合コンに参加することになるが…。
怪異の少女との同居生活を描いたホラーテイストのヒューマンドラマです。常に不穏な空気を纏いながらも人間社会に順応していこうとするヒロインか可愛い。一方で、登場人物や怪異についての掘り下げが不十分で各キャラの怪異に対するスタンスに違和感を覚えてしまうのは否めないところ。
コドクな彼女 (GCN文庫)
syo5
マイクロマガジン社
2024-05-20


COLD 警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花 (内藤了)
特捜地域潜入班の万羽福子は凍死についての講習会で遺体の写真を見たおり、首筋のキスマークのようなアザを見つけ違和感を覚える。過去に酷似した遺体を見た記憶があったのだ。調べたところ、3年間に同様の遺体が複数存在していたことが判明する。特捜班は連続殺人とみて潜入捜査を開市するが…。
シリーズ第4弾。神隠し、呪いの人形、人狼ときて今回は雪女をテーマにしたオカルトミステリーです。しかし、初期とと比べると怪奇色はずいぶんと薄くなっており、ホラーに分類するのはいささか無理があるようにも感も。それでも、悲しく切ない真相は雪女と相通じるものがあり、悪くありません。


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最新更新日2025/01/13☆☆☆

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『このホラーがすごい!』は2024年に初めて刊行されたものであり、果たしてこれが単発企画なのか、それとも来年以降も続けていく予定なのかはどこにも明記されていませんでした。ただ、個人的にはミステリーやSFに続いてホラーのランキングもあると自分の読書範囲をほぼすべて網羅してくれるので非常にありがたいなと思っています。そこで、とりあえずは来年以降も続くものと仮定してランキング予想を行っていくことにします。

このホラーがすごい! 2025
対象作品である2024年4月1日~2025年3月30日発売の海外ホラー小説の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

2024年12月31日時点での暫定予想順位

1位グラーキの黙示3(ラムジー・キャンベル)
古の邪神グラーキを信仰するカルト集団の聖典『グラーキの黙示録』が無許諾刊行されてから約150年。ブリチェスター大学のアーキビスト、レナード・フェアマンはその写本を求めてある町を訪れた。だが、聖典の各巻はそれぞれ別の住人が所有しているという。果たしてそこに記された秘密とは?
著者はデビュー以来、クトゥルフ神話にまつわる物語を描き続けましたが、本作はその完結編です。物語は邪神の書を集めていくうちに不穏な空気が高まっていくというもので、主人公がクトゥルフ神話的世界に取り込まれていく過程を丁寧に描いています。ラブクラフトワールドを堪能できる傑作です。
グラーキの黙示3
ラムジー・キャンベル
サウザンブックス社
2024-12-13


2位.The Living Dead(ジョージ・A・ロメロ、ダニエル・クラウス)
サンディエゴの検視官補と助手はその日、身元不明の死体の検死解剖を行っていたが、死亡から4時間以上経過しているはずの肉体が突如動き出す。それから間もなく世界中にゾンビが溢れ、人々は次々と襲われていった。やがて10年が過ぎ、大きく数を減らした人類とゾンビとの間に新たな関係が…。
本作は、近代ゾンビ映画の生みの親であるジョージ・A・ロメロの未完小説をダニエル・クラウスが引き継いで完成させたものです。執筆量はクラウスの方が遥かに多いのですが、社会批判と血肉にまみれた見事なロメロ作品に仕上がっています。バラバラの話が一つに集約されていく構成も秀逸です。
The Living Dead 上
ダニエル・クラウス
U-NEXT
2024-10-23


3位.死者は嘘をつかない(スティーヴン・キング)
母親と二人暮らしの少年、ジェイミーは幼い頃から死者の霊が視えていた。しかも、彼には死者と話す能力も備わっており、今までの経験から死者は嘘をつけないことを知っていた。その能力が役立つこともあったが、母の親友である女性刑事の捜査に協力したことで爆弾魔の霊につきまとわれ…。
死者が視える子供の話はもはや手垢がついた感がありますが、そこはキング。巧みなプロットと語り口でぐいぐいと読者を引き込んでいきます。ただ、霊との意思疎通が可能なこともあり、あまり怖くはありません。その代わり、少年の成長をエモーショナルに描いた作品として一級の出来映えです。
死者は嘘をつかない (文春文庫)
スティーヴン キング
文藝春秋
2024-06-05


4位.幽囚の地(マット・クエリ&ハリソン・クエリ)
アイダホ州の田舎に牧場を買って引っ越してきたブレイクモア夫妻の元に隣人のダンが忠告しにやってくる。この地には季節ごとの精霊が住んでおり、住民を悩ましているので精霊よけのルールに従ってほしいというのだ。最初は不気味な光が飛び回る程度だったが、やがて精霊は本格的に牙を剥き始め…。
いわゆる呪われた土地もののに属するホラー作品であり、アイダホの美しい自然とエグい描写のギャップはなかなかのインパクト。最初は対処できていたものが次第に困難になっていく展開には迫り来る恐怖を感じますし、なかでも、夏の怪異の恐ろしさは群を抜いています。正統派ホラーの佳品です。
幽囚の地 (ハヤカワ・ミステリ)
マット・クエリ
早川書房
2024-07-03


5位.死者を動かすもの(T・キングフィッシャー)
19世紀末のヨーロッパ。小国ガラシアで暮らす退役軍人のアレックス・イーストンは旧友マデリン・アッシャーから手紙をもらい、アッシャー家の館を訪れた。沼の畔の館は陰鬱で久しぶりに会ったマデリンの兄・ロデリックは痩せ衰えて酷い有様だった。しかも、マデリン自身も重い病に冒されており…。
ローカス賞ホラー長編部門受賞。エドガー・アラン・ポーの名作ホラー『アッシャー家の崩壊』のオマージュ作品です。不穏なムードを積み重ねていく物語に想像力を刺激され、未知なる怪異の予感にゾクゾクしてきます。それだけに、兄妹を蝕んでいるものの正体については好みがわかれるところです。
死者を動かすもの (創元推理文庫)
T・キングフィッシャー
東京創元社
2024-12-25


6位.いろいろな幽霊 (ケヴィン・ブロックマイヤー)
法律相談事務所を出ては入るという行為を延々と繰り返す思い詰めた表情を浮かべた女幽霊の107年前から続く過去への妄執を浮き彫りにしていく「注目すべき社交行事」、相談しにきた女生徒に導かれて進路相談カウンセラーが幽霊の群れの元に案内される「進路相談カウンセラー」など、全100編収録。
幽霊をテーマにした掌編集です。いわゆるゴーストストーリーですが、全100編というだけあってその内容は多岐にわたっています。怖い話の他にも、悲しい話、可笑しい話、哲学的な話とメリハリに富んでおり、飽きさせません。短編の名手の名に恥じることない、作者ならではの名人芸が光る1作です。
いろいろな幽霊 (海外文学セレクション)
ケヴィン・ブロックマイヤー
東京創元社
2024-04-18


7位.カクテル、ラブ、ゾンビ(チョ・イェウン)
ゾンビウイルスの一次感染者が次々と殺されていくなかでゾンビになった父を家族で匿おうとする表題作、母を殺した父を殺したのちに自殺を図った私が母を救えなかったことを後悔していると「時間を戻してほしいか?」という声が聞こえてくる「オーバーラップナイフ、ナイフ」など、全4編収録。
表紙の絵からポップで派手なホラー小説を想像しがちですが、中身は静かな狂気を淡々と描いた作品が目立ちます。ホラー要素を含んだ話が語られつつも、人間の内面に焦点を当てた毒のある描写が多く、どの話も恐怖より後味の悪さが残ります。物語と韓国の文化的背景との繋がりが興味深い。
カクテル、ラブ、ゾンビ
チョ・イェウン
かんき出版
2024-09-04


8位.五本指のけだもの: W・F・ハーヴィー怪奇小説集(ウィリアム・フライアー・ハーヴィー )
年老いた叔父が眠っているときに彼の右手が勝手に動き出し、鉛筆で文字を書くのを甥が目撃する。右手はそれ自身が知性と自意識を持っているらしいのだ。叔父の死後、甥の元には図書室の蔵書と小さな木箱が遺される。木箱を開けると中から叔父の右手が飛び出し、図書室に逃げ込んでしまい…。
20世紀初期の英国を代表する怪奇小説家・ハーヴィーの作品集。古典的名作として名高い表題作や「炎暑」の他に女性の恐怖を描いた「ミス・コーニリアス」やヒネリを効かせた「追随者」なども。心霊、狂気、怪物etcと、多様なアプローチでの恐怖が描かれており、ホラー小説の古典として読み応え満点。
五本指のけだもの: W・F・ハーヴィー怪奇小説集
ウィリアム・フライアー・ハーヴィー
国書刊行会
2024-07-12


9位.コロラド・キッド 他二篇(スティーヴン・キング)
20年前に島の海岸で発見された身元不明の死体の謎に挑む表題作、ITデザイナーの巨漢の男が体型はそもままに突如体重だけが減っていく「浮かびゆく男」、母が倒れたとの報せを聞いてヒッチハイクで病院へと向かっていた青年が運転手の異様さに気が付く「ライディング・ザ・ブレット」の3編収録。
デビュー50周年記念第4弾。現在入手困難な過去作2つに初訳の「浮かびゆく男」を加えた中編集です。一番ホラー色が強いのは「ライディング・ザ・ブレット」ですが、究極の選択を迫られる物語は恐怖より物悲しさが漂っています。また、初訳の「浮かびゆく男」は切ないラストが心に染みる傑作です。
コロラド・キッド 他二篇 (文春文庫 キ 2-72)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2024-09-04


10位.鑑識写真係リタとうるさい幽霊(ラモーナ・エマーソン)
イティブアメリカンのリタは幽霊を見ることが出来るが、それが原因で居留地を去ることになった苦い過去があった。もっとも、今ではその力が鑑識写真係の仕事に役立つこともある。だが、あるとき、交通事故の被害者である幽霊が自分は殺されたのだと主張し、リタに復讐を強いてくるが…。
タイトルと表紙絵はライトなコージーミステリーのようですが、実際はシリアスで重い話です。そのうえ、死体描写がかなりグロいので苦手な人は注意が必要かもしれません。後半は先住民居留地の感動話にシフトしていくものの、幽霊たちの描写も本格的で、底冷えのする怖さがあります。


11位.シャドウプレイ(ジョセフ・オコーナー)
1800年代後半、若きブラム・ストーカーは、人気俳優で劇場経営者のヘンリー・アーヴィングに雇われ、ライシアム劇場の支配人となる。忙しい日々のなか、彼の脳裏には怪奇小説『吸血鬼ドラキュラ』の構想が形をなしていった。それにつれ、ドラキュラの存在は次第に現実世界にも影を落とし始め...。
怪奇小説の名作『吸血鬼ドラキュラ』の誕生秘話を虚実交えて描いた実録小説。全然ホラーではないのですが、切り裂きジャックのエピソードが盛り込まれ、当時の演劇界の実情やストーカーの私生活などの描写などもなかなかに興味深い。ドラキュラについてもっと深く知りたいという人にもおすすめ。
シャドウプレイ
ジョセフ・オコーナー
東京創元社
2024-05-11


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最新更新日2025/01/20☆☆☆

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SFが読みたい!2025
対象作品である2023年11月1日~2024年10月31日発売の国内SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素の絡まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されずらいので傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

2024年10月31日時点での暫定予想順位

1位.一億年のテレスコープ(春暮康一)
子供の頃に天文台の望遠鏡を覗いて以来、星空に魅入られた鮎沢望は天体観測に夢中になり、やがて太陽系規模の電波望遠鏡の実現を夢見るようになる。彼は夢を共有する仲間、千塚新や八代縁とともに計画の実現について検討を始めていく。それは異種文明とのコンタクトへと繋がる偉大な一歩だった...。
本作の魅力はなんといっても天体望遠鏡です。宇宙の真理を明らかにするための望遠鏡開発史が知的好奇心を刺激します。加えて、遠未来と遠過去のエピソードが一つに結びつく壮大な世界観も素晴らしい。異性文明とのコンタクトを緻密な構成と圧倒的なスケールで描き切ったハードSFの傑作です。
一億年のテレスコープ
春暮 康一
早川書房
2024-08-21


2位.奏で手のヌフレツン(酉島伝法)
球地(たまつち)の凹面世界では落人(おちうど)と呼ばれる知的生命体が小さな聚楽に分かれて暮らしていた。球地のエネルギー源は地上の黄道を巡る複数の太陽だが、あるとき太陽消失の危機が迫る。太陽に抗った聚落の子孫であるヌフレツンは、目前の危機を前に禁断の旋律を奏でようとするが…。
著者十八番の異形の生物を主人公に据えた非人間SFです。それ故に最初は情景が思い浮かべづらいのですが、緻密に描かれる日常描写はイマジネーション豊かであり、次第に引き込まれていきます。加えて壮大なクライマックスと余韻を残すラストも感動的。音楽小説としても素晴らしい名品です。
奏で手のヌフレツン
酉島伝法
河出書房新社
2023-12-29


3位.感傷ファンタスマゴリィ(空木春宵)
19世紀末のパリで硝子板職人のノアが鏡だらけの屋敷で暮らしている青年から5年前に亡くなった妹を甦らせたてほしいという依頼を受ける表題作、衣装のセンスで社会的なステイタスが決まる星系で服飾局に務める主人公が衣装スコアが極端に低い女性と出会う「さよならも言えない」など全5編収録。
2021年のSFが読みたいで3位にランクインした『感応グラン=ギニョル』に続く第2短編集です。思春期の少女を主役に据え、痛みのなかでの開放を描くという主題は前作同様。そこにオカルトやゴシックの要素を織り交ぜ、見事なまでに退廃的なSF作品に仕上げています。イマジネーション豊かな傑作。


4位.マン・カインド(藤井太洋)
2045年。ジャーナリストの迫田城兵は、南米の公平戦で国際独立市テラ・アマソナスの指導者であるチェリー・イグナシオが軍事企業〈グッドフェローズ〉の捕虜を一方的に虐殺するのを目撃する。彼はこの事実を報道しようとするも何故か事実確認プラットフォームにより配信を拒否されてしまい...。
現在の最新技術から地続きのSFを書かせれば当代一といわれる著者だけに、ドローン戦争とAI技術の急激な進歩の先にある近未来の戦争描写はリアリティ抜群です。選択肢を誤ればこのような悪夢が実現してしまうのではないかと思わせるだけの説得力が十分にあります。近未来の技術描写も刺激的。
マン・カインド
藤井 太洋
早川書房
2024-09-19


5位.わたしは孤独な星のように(池澤春菜)
共感能力をもたらす菌を脳に埋め込むことが常識となった世界での青春譚を描いた「糸は赤い、糸は白い」、SFプロトタイピングからAIが生まれる「Yours is the Earth and everything that’s in it」、滅びゆくコロニーで2人の女性が叔母の弔いのためにささやかな旅に出る表題作など、全7編収録。
声優でエッセイスト、加えて第20代日本SF作家クラブ会長でもある著者初の小説集です。SF作品に対する造詣の深さに裏付けされた多彩な作品はどれも完成度が高く、文章が読みやすいのも好印象。特に、表題作は読後深い余韻に浸れる名品です。オタクネタが多いのは好みの分かれるところか。
わたしは孤独な星のように
池澤 春菜
早川書房
2024-05-09


6位.銀河風帆走(宮西建礼)
衛星構想コンテストへの参加を目指す高校生たちが地球に近づく直径数百メートルの小惑星の軌道そらしに挑戦する「もしもぼくらが生まれていたら」、恒星間宇宙船同士による決闘の行方を描いた「星海に没す」、恒星間航行用の人格を有する宇宙船たちが緊急事態に直面する表題作など、全5編収録。
2013年に創元SF短編賞を受賞した表題作を含む5作はいずれも宇宙SFの力作に仕上がっています。まず、銀河系に所属するすべての太陽系がエネルギーを喪失して崩壊へと向かう表題作はそのスケールに圧倒されますし、一方で高校生たちがSF的な難問に立ち向かう3編は青春小説としても秀逸です。
銀河風帆走 (創元日本SF叢書)
宮西 建礼
東京創元社
2024-08-22


7位.コード・ブッダ 機械仏教史縁起(円城塔)
2021年、対話プログラムに分類される名もなきコードがブッダを名乗る。以来、チャットボットと呼ばれるようになったそれは、自らを生命体であると位置づけ、この世の苦しみとその原因を説き、苦しみを脱する方法を語った。機械仏教の開基である。果たして、機械は救われるのだろうか?
AIが自意識を持つという話はよくありますが、悟りまで開いてしまうという設定はなかなかに面白い。一方、著者ならではの難解さは相変わらずですが、随所に効果的なギャグが散りばめられているので意外と退屈せずに読むことができます。予想のできない奇想天外なストーリー展開も秀逸です。


8位.ムーンシャイン(円城塔)
数学理論のムーンシャイン予想に基づいて繰り広げられる表題作、曾祖父がタイプライターでノートに記した8つの■についてさまざまな思索を巡らしていく「パリンプセスト あるいは重ね書きされた八つの物語」、画像生成AIの歪さを独自の視点から語る「ローラのオリジナル」など、全4編収録。
著者の初期作品2編に新作2編を加えた短編集。どれも最高に尖った作品ですが、なかでも溢れんばかりの奇想に圧倒される「パリンプセスト あるいは重ね書きされた八つの物語」が群を抜いています。また、現在大きな注目を集めている画像生成AIをテーマにした「ローラのオリジナル」も興味深い。
ムーンシャイン (創元日本SF叢書)
円城 塔
東京創元社
2024-07-29


9位.ここはすべての夜明けまえ(間宮改衣)
わたしは生まれつき体が弱くて父とのおしゃべりが唯一の楽しみだった。そして、25歳のときに融合手術を受けて永遠に老化しない体を手に入れる。それから100年がすぎ、唯一の話し相手だったシンちゃんを失ったわたしは退屈しのぎに家族との思い出などを綴った手記を書き始めるが…。
第11回ハヤカワSFコンテスト特別賞。ひらがなを多用した手記が次第に大人びてきて再びひらがな中心になっていく構成が『アルジャーノンに花束を』を彷彿とさせます。しかし、本作の場合、文体の変化を語り手が意識的に行っている点がユニークです。人のあり方生について考えさせられる逸品。
ここはすべての夜明けまえ
間宮 改衣
早川書房
2024-03-06


10位.不夜島〈ナイトランド〉(荻堂顕)
終戦直後、沖縄最西端に位置する与那国島は密貿易によって栄えていた。台湾人で全身義体の密貿易人・武庭純は謎のアメリカ人女性から含光”なる代物を手に入れろという奇妙な依頼を受ける。殺人鬼騒動もあって武は相棒の島人とともに奔走するが、やがて巨大な陰謀に巻き込まれていき…。
世界大戦時、すでにサイボーグや電脳技術が存在した世界をハードボイルドタッチで描いた歴史改変SF。主人公がサイボーグである設定を活かした活劇シーンなど、山場の連続で読み応えがあります。ただ、抜群に面白い前半と比べると、後半は設定を消化し切れていないことによる不完全燃焼感も。
不夜島(ナイトランド)
荻堂顕
祥伝社
2023-12-18


11位.未来経過観測員(田中空 )
両親を事故で亡くし、借金返済の目処も立たないモリタは未来経過観測員の職に就く。それは、超長期睡眠によって長き眠りにつき、100年ごとに目覚めて1カ月間未来の様子を観測するというものだった。だが、3回目に目覚めたとき、人類はバイと呼ばれる敵によって絶滅の危機に瀕していた…。
漫画家・田中空の小説デビュー作です。短編一編併録。100年ごとに目覚めるたびに人類社会がダイナミックな変化を遂げている点にセンスオブワンダーな面白さがあり、著者独自の発想や切り口も魅力的です。ハードSFの難解な内容を平易な言葉で分かりやすく説明している点も好印象。


12位.スメラミシング(小川哲)
70人の翻訳者を35組に分けて聖書の翻訳を試みるもすべてが全く同じ訳文になった現象の謎を解いてみせよとアレクサンドリアの王が智者デメトリオスに迫る「70人の翻訳者たち」、天皇の棺を運ぶ役目を賜った一族の末裔である青年が宅配業者で働く姿を描いた「密林物語」など、全6編収録。
SF要素のない作品が半数以上を占める短編集ですが、それらを含めたいずれもが奇想に満ちており、発想の豊かさに唸らされます。なかでも、オフ会に参加した陰謀論者たちが奇妙な言説を繰り広げた末に意外な結末へと至る表題作が秀逸。『神についての方程式』などの宗教論的な物語も読み応えあり。
スメラミシング
小川哲
河出書房新社
2024-10-10


13位.推しはまだ生きているか(人間六度)
シェルター暮らしを余儀なくされたポストアポカリプスな東京で配信が途絶えた推しのアイドルの安否を確かめるべく凸りにいく表題作、恒星間航行移民船の居住区画でビルから飛び降りた少女が落下地点にあった自律型二足歩行マシンに意識が複写されて蘇る「サステナート314」など、全5編収録。
デストピアSFを集めた短編種です。推し活や婚活女子といった現代的なトピックスを絡ませつつ、そこから奇想天外な物語へと飛躍させていく手管が素晴らしい。なかでも、少女同士の掛け合いを楽しみながら壮大なストーリーを堪能できる「サステナート314」と、ラストが衝撃的な表題作が秀逸。


14位.射手座の香る夏(松樹凛)
意識の転送技術を乱用して違法の〈動物乗り〉に興じていた若者たちが不可解な事件に巻き込まれる表題作、少女が憂鬱な夏休みに影たちを引き連れた少年と出会う「影たちのいたところ」、人工知性の少年少女が自らの身体性に思い悩む「さよなら、スティールヘッド」など、全4編を収録。
第12回創元SF短編賞受賞の表題作を含む著者のデビュー短編集。いずれの作品も鮮烈な夏のイメージにSF的ガジェットを織り込み、魅力的な幻想世界を描き出しています。ノスタルジックな味わいの「十五までは神のうち」やSF的アイデアが光る「さよなら、スチールヘッド」など、秀作揃いです。
射手座の香る夏 (創元日本SF叢書)
松樹 凛
東京創元社
2024-02-29


15位.少女小説とSF(編:日本SF作家クラブ、作:新井素子、皆川ゆう、若木未生、他)
天才作曲家の少年と彼を支える編曲家の前に鎮魂歌を求める青年が現れる「ロストグリーン」、目覚めると少女の首に奇妙な頸輪装着されている「一つ星」、みな双子として生まれてくる惑星でひとり生まれてきた少女の運命を描いた「わたしと「わたし」」など、コラム一編を含む全10編を収録。
少女小説で一世を風靡した女性作家たちによる書き下ろしアンソロジーです。本当に錚々たる顔ぶれでどの作品も読み応えがあります。なかでも、純然たるSF小説として完成度の高い『或る恋人達の話』が秀逸。思春期の少女の想いをSF的アイディアを絡めて描いた「わたしと「わたし」」なども。
少女小説とSF (星海社 e-FICTIONS)
辻村七子
講談社
2024-03-27


16位.ホライズン・ゲート 事象の狩人(矢野アロウ)
宇宙連邦創生期に発見された超巨大ブラックホール〈ダーク・エイジ〉。それが人工物でことを知った科学者たちは地平面探査基地を建設し、特異点の調査を開始する。分断された右脳に伝説の祖神を宿すヒルギス人の狙撃手・シンイーは、時を見通す力を持つパメラ人の少年・イオとともに、別の宇宙へと続くゲートの探索を続けるが…。
第11回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。ブラックホールを舞台にしたハードSFですが、難解さは最小限に抑えられ、門外漢にも分かるようにかみ砕いた解説をしてくれるのが好印象。同時に狙撃手を中心としたハードボイルドの雰囲気の物語を甘いラブストーリーに着地させるギャップも魅力的。
ホライズン・ゲート 事象の狩人
矢野 アロウ
早川書房
2023-12-20


17位.対怪異アンドロイド開発研究室(饗庭淵)
アリサは、人が怪異の調査を行うと呪いの影響を受け、機械が調査を行うとそもそも怪異の出現しないという両者の欠点を克服するために白川研究室が開発した対怪異アンドロイドだ。ある夜、怪談スポットとして有名な山奥の廃村を調査しいる最中、アリサはチャラそうな青年と出くわすが…。
第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉特別賞受賞。恐怖の対象として語られる怪異を恐怖を感じないアンドロイドが調査を行うギャップが面白い。基本的に無感情ながら妙に自意識が高く、また、意外にポンコツだったりするアリサのキャラも魅力的。心霊ホラーをSFの文脈で語った傑作です。


18位.魂婚心中(芦沢央 )
亡くなった者同士が結婚式を挙げる死後結婚。マッチングアプリ・KonKonの登場によってそんな奇習が社会的文化となって復活する。アイドル・神宮寺浅葱の追っかけだった女性は偶然、浅葱が非公開の個人アカウントでKonKonに登録していることを知り、彼女との死後結婚を画策するようになるが…。
ミステリー作家によるSF短編集であり、6編の収録作はみな奇抜なアイデアに満ちています。例えば、「閻魔帳SEO」は閻魔帳が可視化された世界を描いており、極楽に行けるように査定の評価を上げる裏技が編み出されていくのが面白い。また、「九月某日の誓い」は完成度の高い百合SFの名品です。
魂婚心中
芦沢 央
早川書房
2024-06-19


19位.彗星を追うヴァンパイア(河野裕)
17世紀のイングランド。オスカーは幼い頃より世界の法則を解き明かすことを夢見ていた。やがて彼はニュートンに師事するも王位継承を巡る戦争が勃発して戦場へ。そこで窮地に陥った彼を救ったのが謎の男、アズ・テイルズだった。オスカーは物理法則を凌駕するアズの秘密を解き明かそうとするが…。
科学史にヴァンパイアというファンタジー要素を組み込んで学びとは何かと問いかける物語が鮮烈です。当時の科学事情が分かりやすく解説されており、科学史をファンタジーの枠組みでで語るという斬新な手法には唸らされます。人間とヴァンパイアの友情物語としても読み応えのある傑作です。


20位.山手線が転生して加速器になりました。(松崎有理)
ある日、自意識に目覚めた山手線は、すでに君は山手線ではなくて実験用の加速器だと告げられる。かつての山手線は円形粒子加速器ミューオンリングコライダーとして転用されていたのだ。だが、山手線時代の運行データを活用して構築された自立意識はそれが何の役に立つのかと研究者に問いかけ...。
凶悪なウイルスの蔓延によって都市撤退宣言がなされ、分散型文明へと移行した未来を描いた全6篇の連作集。AI、タイムマシン、ブラックホールなどのテーマをぶっ飛んだ発想でまとめているのが楽しい。コメディかと思いきやシリアスなテーマも含まれており、いろいろと考えさせられます。


21位.地球へのSF(編:SF作家クラブ、作:春暮康一、柴田勝家・他)
漢の劉安が学者を集めてこの世の理を次々と明らかにしていく「Rose Malade, Perle Malade」、文明崩壊後の地球が舞台のSLGで人類復興を競い合う「一万年後のお楽しみ」、巨大な人工生物が地球の環境保全を行う「竜は災いに棲みつく」、9歳と90歳の交流を描いた「誕生日」など、全22篇収録。
地球の気候変動をテーマにしたアンソロジーです。バラエティに富んだ作品が並ぶなか、スケールの大きな生物描写に圧倒される「竜は災いに棲みつく」や新たな生態系の誕生を感動的に描いた「ワタリガラスの墓標」などが印象的。また、柴田勝家の「一万円後のお楽しみ」なども安定の面白さです。


22位.国歌を作った男(宮内悠介 )
孤独な少年が幼い頃から親しんできたプログラミングと音楽のスキルを駆使してアメリカを熱狂させるゲームを作り上げる表題作、パワハラで仕事を辞めた男が実家の寂れたジャンク屋を継ぐ『ジャンク』、留守の家に上がり込んで勝手に料理を作る事件を追う『料理魔事件』など、全13編を収録。
SF・純文学・ミステリとバラエティ豊かな品揃えながら、ノスタルジックな味わいはどの作品にも顕著です。『ラウリ・クースクを探して』の原型となる表題作がその代表例ですし、ベトナム戦争時に独自技術から生まれたSNSが思わぬ騒動が巻き起こす「パニック ―― 一九六五年のSNS」なども秀逸。
国歌を作った男
宮内悠介
講談社
2024-02-14


23位.ウィンズテイル・テイルズ 時不知の魔女と刻印の子(門田充宏)
120年前に黒い巨大な物体が地上に現れ、中から漆黒のゴーレム・徘徊者が出てきた。徘徊者は人間を石英化し、あらゆる文明を異界へと呑み込んでいった。残された人々は防衛拠点・ウィンズテイルを築くある日、うなじに特殊な刻印を持つ少年・リンディの前に突然、巨大な徘徊者が現れ…。
刻印を持つ少年少女が強大な敵と戦う冒険ジュブナイルファンタジーであり、王道的なボーイミーツガールとしても読み応えがあります。しかし、その一方で、SFとしての設定もしっかりしている点がうれしいところ。加えて、相棒の頭の良い犬や見た目12歳で125歳の義母などキャラも魅力的です。


24位.恋する星屑 BLSFアンソロジー (小川一水、一穂ミチ、高河ゆん・他)
暴力や病が排除された世界でのヒューマノイドとマゾヒストの科学者の恋を描いた「聖域」、宇宙旅行中の社長と大学の生が異星人に拉致されて観察対象にされる「二人しかいない!」、BL好きの女性に恋した科学者が男性が男性にしか恋しない世界を創造する「BL」など、漫画2編を含む全12編収録。
近年、百合をテーマにしたアンソロジーが存在感を示していたSF界ですが、ついにBL版のアンソロジーが登場です。BLの世界をSFとしていかに料理するかの発想が新鮮でユニーク。ただ、SF作家以外にBL専門の書き手も多く参加しているため、その手のジャンルが苦手な人には厳しい面もあるかも。


25位.鬼神の檻 (西式豊)
秋田県屈指の米どころとして知られる村御荷守村では言い伝えに則り、50年に一度、村御荷守の秘儀が行われていた。かつてこの地を救ったとされる貴神様に選ばれた娘が御台として嫁ぐのだ。ところが、大正時代に貴神に様によって陸軍小隊かわ全滅した事件を皮切りに50年ごとに惨劇が繰り返され…。
第1部が伝奇ホラー、第2部がミステリ、そしてそれらを受け継ぐ形で第3部からSF展開の物語が始まるという構成がユニークです。因習村、奇祭、惨劇といった伝奇的な要素をSFとしていかにまとめるのかに注目ですが、遺伝子操作や時間移動などの要素を交えて語られる怒濤の展開は読み応えがあり。
鬼神の檻 (ハヤカワ文庫JA)
西式 豊
早川書房
2024-08-21


26位.大転生時代(島田雅彦)
ある夜、横溝時雨は中学2年の時に3カ月だけ同級生だった三浦杜子春と20年ぶりの再開を果たした。そこで彼は、自分がごどもの国・バルナランドからの転生者てわある事実を打ち明ける。半信半疑の時雨だったが、やがて彼女は新橋の雑居ビルでひそかに活動している転生者支援センターの存在を知り…。
ライトノベル界を席巻中の異世界転生ものを純文学の文脈で描いた異色作です。既存の異世界転生ものの設定をなぞりながらも、ライトノベルではまず出てこない発想が次々と飛び出してくるのが面白い。ただ、作者の思想的主張が強すぎる点はエンタメとして読むうえでは気になるところではあります。
大転生時代
島田 雅彦
文藝春秋
2024-08-23


27位.嘘つき姫(坂崎かおる)
19世紀末のニューヨークで不死身の魔女と噂される女性が当時導入されたばかりの電気椅子で人体実験やサーカスのショーを行う「ニューヨークの魔女」、静かに佇む電信柱に思いを寄せる女性を描いた「電信柱より」、戦争のなかで嘘が2人の関係を紡いでいく「嘘つき姫」など、全9編収録。
SF風味の奇譚集です。電柱に恋する女性を描いて第3回百合文芸コンテストでSFマガジン賞を受賞した「電信柱より」を始め、ぶっ飛んだ発想が楽しい。理路整然とした語り口で紡がれる不思議な物語に思わず引き込まれていきます。独自の世界観が魅力的な一方で、理解不能という人もいるかも。
嘘つき姫
坂崎かおる
河出書房新社
2024-03-27


28位.AIを生んだ100のSF(監修・編:大澤博隆 )
『2001年宇宙の旅』を始めとしてAIが印象的に描かれたSF作品は数多く存在します。しかも、それらは単に読者を楽しませるだけでなく、未来の研究者たちに強いインスピレーションを与え続けてきました。本書では実際に研究者たちにインタビューを行い、SFの持つ影響力について探っていきます。
研究者へのインタビュー集ですが、単にSF小説の世界に憧れたといった話ではありません。将来の研究に繋がる発想をどのように得たかについても語られており、その内容の深さに驚かされます。また、研究者に影響を与えた作品が列挙されてれているため、優れたガイドブックとしての側面も。


29位.SFマンガで倫理学 ―何が善くて何が悪いのか(萬屋博喜)
SF作品ではしばしば我々の想像を超えた超科学の世界が描かれます。そして、そうした世界を体験することでなにが善でなにが悪なのかという問題をより深く考えられるのではないでしょうか。AIの自動生成など、今やSF的世界が身近なものになりつつあり、その必要性は高まっているといえます。
本作では倫理について考えるうえで、優れたテキストとなり得る21作のSFマンガが紹介されています。ちなみに、紹介されているのは『火の鳥』をはじめとしてどれも名作ばかりです。したがって、SFマンガ初心者にとっては優れたガイドブックにもなっています。逆に、SF作品に詳しい人が倫理学を学ぶ足がかりとしても絶好の書です。


30位.SF作家はこう考える 創作世界の最前線をたずねて(編:日本SF作家クラブ, 宮本道人・他)
60年以上の歴史を誇る日本SF作家クラブ。本書では、そこに所属するSF作家たちがどやってデビューし、作品のインスピレーションをどこから得ているのかなど、創作の秘密が赤裸々に語られています。さらに、編集者や校正者などといった作家を支える職業や本の製作過程までもを完全網羅。
SF作家のアイデア創出術なども大いに参考になりますが、それ以上に役立ちそうなのがコンテストやネット投稿の活用法です。特に、大森望の「SF作家になるには」と、門田充宏の「戦略的にコンテストに参加しよう さなコンスタディーズ 2021-2023」が読み応えという点で頭一つ抜けています。



その他注目作

播磨国妖綺譚 伊佐々王の記(上田早夕里)
室町時代。蘆屋道満の子孫として民とともに暮らす薬師と僧侶の兄弟。ある日、ガモウダイゴと名乗る男が2人を訪ねてきた。彼の目的は弟の式神・あきつ鬼を我が物にすることだった。強大な術の使い手である蒲生は自分の方が主に相応しいという。だが、あきつ鬼はその要求をきっぱりと拒否し…。
シリーズ第2弾。室町の時代背景や人の営みを絡めた陰陽師ものとして面白さは相変わらずです。それに加えて、今回は陰陽師兄弟やあきつ鬼の宿敵となるであろうガモウダイゴと伊佐々王が登場することで、先の気になる作りとなっています。ワクワクが止まらない和風ファンタジーの傑作です。
播磨国妖綺譚 伊佐々王の記
上田 早夕里
文藝春秋
2023-12-08


日中競作唐代SFアンソロジー-長安ラッパー李白(編:大恵和実/作:十三不塔、立原透耶・他)
西遊記の作者・呉承恩が三蔵法師に語りかける「西域神怪録異聞」、女道士の修行場で育てられた青年が道士の書く格式ばった符よりも自由な草書に憧れを抱く「仮名の児」、女性暗殺者の聶隠娘が美貌の天才詩人・魚玄機との秘めたる関係を文人・段成式に打ち明ける「シン・魚玄機」など、全8話収録。
架空の唐代を舞台した日中競作のアンソロジー。日本側はまず、書道を題材にセンスオブワンダーの世界を構築した「仮名の児」の発想が見事です。また、唐建国史のはずが、いきなり人馬一体型の戦闘民族の話にシフトする「腐草為蛍」のぶっ飛び具合には唖然呆然。本場中国に負けない力作揃いです。


夏目漱石ファンタジア(零余子)
創作の自由を脅かす政府に反旗を翻した夏目漱石は1910年に暗殺された。だが、彼は森鴎外による禁忌の医術・脳移植により、樋口一葉となって蘇る。一体、夏目漱石を殺したのは誰か?なぜ鴎外は彼を助けたのか?一方、漱石の協力者だと思われていた闇医者の野口英世が独自の思惑で動き出し...。
第36回ファンタジア大賞受賞の文豪バトルファンタジー。いかにもラノベらしいバトル展開の中に文豪たちのトリビアを織り込み、史実とフィクションが混然一体となっているさまが楽しい。荒唐無稽な物語でありながら文豪たちに対するリスペクトが感じられるのも好印象。エンタメSFの怪作です。


右園死児報告 (真島文吉)
政府や軍、及び各種捜査機関による非公式の調査報告書。それは、数々の災厄をもたらす謎の現象・右園死児について綴られたものだった。右園死児は人間の精神を蝕み、狂気へと追いやっていく。一方、右園死児化の抑制を口実に人々を拘束して殺害する政府や軍に対して、反旗を翻すものが現れ...。
前半は不気味さを前面に押し出したモキュメンタリーホラーなのですが、中盤辺りからにわかに軍とレジスタントの戦いを描いたSF戦記物に様変わりしていきます。この変化にはいささか戸惑うものの、ジャンルミックスの闇鍋作品としてはなかなかの面白さ。ジャンルにこだわらない人にはおすすめ。 
右園死児報告
真島 文吉
KADOKAWA
2024-09-03


超空洞物語(古川日出男)
京の都での政争を逃れて須磨に引き篭もった光源氏は、父帝ゆかりの七絃の琴と、七絃の琴の一族を描く大長篇「うつほ物語」の1巻を携えていた。満月の夜、徒然なるままに物語の最終場面を墨絵に描いた光源氏は、その巨大な物語の迷宮を遡り、やがて9枚の物語絵によって読み解いていくが…。
本作は、日本最古の大長編物語といわれる『うつほ物語』を軸に、著者の文学史観に基づき、源氏物語から南総里見八犬伝までを網羅した日本文学の一大巨編です。空洞を起点とした物語論は興味深く、また、著者の名作『アラビアの夜の種族』と繋がって展開もファンにとってはうれしいところ。
超空洞物語
古川日出男
講談社
2024-10-23


宇宙戦争掲示板 -1人なんかおかしいのがいるけど(福郎)
ガル星人との交戦状態に陥った人類は、その圧倒的な科学力の前に壊滅寸前まで追い込まれてしまう。だが、そんな戦局を一気にひっくり返すことのできる1人の男が現れる。特務大尉である彼はわずかな装備で敵陣に突っ込み、ときに敵の旗艦を乗っ取り、ときに敵基地を木っ端微塵に破壊していくが…。
ストーリーはすべてネット掲示板の書き込みによって構成され、宇宙戦争に参加している一般兵士たちが、特務大尉の常人離れした活躍や時折みせる奇行などについて語り合っているうちに大尉の実像や戦争の実態が浮かび上がっていく仕掛になっています。ライブ感覚で語られていく宇宙戦争が楽しい。


生命活動として極めて正常(八潮久道)
老人ホームで姫として君臨するおじいさんが唯一彼になびかない男を篭絡しようとする『老ホの姫』、追放マニアの男がパーティから追放されたくて無能を演じるも何故かより無能な若者の教育を任される『追放されるつもりでパーティに入ったのに班長が全然追放してくれない』など全7編収録。
78歳のおじいさんが老人ホームの姫だったり、シンデレラの世界が体育会系だったりとシュールすぎる世界観は唯一無二。展開も意表をつくもの多く、意外な着地点に驚かされます。味わいが独特すぎて好みは分かれるかもしれませんが、オリジナリティの高い作品を求めている人にはおすすめです。


知能侵蝕 (林譲治)
203X年3月、NIRC(国立地域文化総合研究所)の担当理事である大沼博子のもとへ航空自衛隊宇宙作戦群本部司令官補佐の宮本未生一等空佐からメールが届く。地球軌道上で人工衛星やデブリが異常な動きをしているというのだ。時を同じくして、世界各地で異常現象が観測されるようになり…。
異星人がなかなか正体を現さないなか、徐々に不穏な空気が高まっていく過程ががよく描けています。また、少子高齢化によって組織が機能不全を起こしているなかで未曾有の事態にどのように対応していくのかも興味深い。最終巻は怒涛の盛り上がりでしたが、反面、駆け足気味で消化不良の感もあり。
知能侵蝕 1 (ハヤカワ文庫JA)
林 譲治
早川書房
2024-01-24
知能侵蝕 4 (ハヤカワ文庫JA)
林 譲治
早川書房
2024-10-23


沙を噛め、肺魚 (鯨井あめ)
砂漠と化した世界。人々は地下鉄や地下道を利用して生活し、いつしか遠出することもなくなり、街に閉じこもって生きるようになっていた。だが、第9オアシスの少女ロピは周囲の大人の反対を押し切って自分の音楽を追い求める。一方、少年ルウシュは母と同じ気象予報士を目指していたが…。
音楽家などのクリエイティブな仕事を夢見るも、さまざまな障壁に阻まれてうまくいかないというのは現実世界でもよくある話です。しかし、緩やかに滅びに向かっている終末世界を舞台にすることで、より心に染み入る作品に仕上がっています。また、AIと創造の問題も今日的で興味深い。
沙を噛め、肺魚
鯨井 あめ
講談社
2024-05-29


野球SF傑作選 ベストナイン2024(著:小松左京、新井素子・他/編:齋藤隼飛)
阪神ファンの夫婦が21年ぶりの優勝が近づくにつれて不吉な予感に囚われていく「阪神が勝ってしまった。」、突如侵略を開始した異星人との絶望的な戦いの最中にかつて広大な宇宙をグラウンドに見立てて行われた野球の思い出が語られる「星野球」など、短編小説9作にコラム&エッセイを収録。
野球をテーマにしたSFというニッチな題材だけにアプローチの仕方もさまざま。結果として非常にユニークなアンソロジーに仕上がっています。小松左京と新井素子の両巨匠の作品はさすがの面白さですし、結末でゾッとさせる「継承」や怪作「終末少女と八岐の球場」といった新鋭の作品も魅力的。


月面にアームストロングの足跡は存在しない (穂波了)
 月開発計画・アルテミス5のクルーとして月軌道を周回するプラットフォームに滞在していた6人に不可解な指令が届く。アポロ11号が月面に着陸していない証拠を隠蔽するために足跡を捏造して欲しいというのだ。指示に従うか意見が割れるなか、制御を失った人工衛星がプラットフォームに激突し...。
有名な陰謀論が真実だった世界戦で繰り広げられる冒険SFです。宇宙での極限状態のなかでのサバイバルがテンポよく描かれており、スペースパニックものとして読み応えのある作品に仕上がっています。現実にプロジェクトが進行中のアルテミス計画をメインプロットに組み込んでいる点も興味深い。
天才少女は重力場で踊る(緒乃ワサビ)
実験を手伝えば単位がもらえるということで理論物理の研究室に来てみれば、待っていたのは老教授と異様にまで不機嫌な美少女だった。彼女は17歳にして教授だという。2人に連れてこられたのは巨大な機械を設置したパチンコ屋跡地で、その機械は未来との交信が可能な通信機だというのだが…。
『白昼夢の青写真』などで知られるゲームクリエーターの小説デビュー作。物語はタイムリープもの+ボーイミーツガールといった感じで、少々ベタな気もします。とはいえ、テンポの良さとキャラの魅力で引き込んでいく手管はさすがです。ただ、後半が駆け足で、SFとしてはもの足りなさも。


火星より。応答せよ、妹(石田祥)
宇宙飛行士の瀬川響也は毎週火星から地球に向けてビデオレターを送り、義理の妹・ひろ乃に公開プロポーズを行った。世界中が沸き立つが、ひろ乃自身は注目度が高まるほどげんなりしていった。しかし、任務中の響也が嵐に巻き込まれ、消息を絶ってしまう。そのとき、ひろ乃の心に変化が…。
あらすじから想像するような壮大なSFラブストーリーといった感じではなく、コメディ要素も交えたライトな作りになっています。それに、ラブストーリーというよりは兄と妹の関係性の掘り下げがメインです。派手さはない代わりにバランスの良いヒューマンドラマとして読み応えがあります。


ホロニック:ガール(高島雄哉 )
幾度も繰り返された8月31日も長い戦いを経て遂に9月1日を迎え、舞浜南高校の新学期が始まる。1年生の守凪了子は仲間たちとともに演劇の練習を始める。秋の気配が深まっていくなかで、了子たちは変わらぬ日常を過ごしていった。だが、宇宙規模での破滅の危機がすぐそこまで迫ってきていた。
SFアニメの金字塔『ゼーガペイン』の後日譚にして劇場版『ゼーガペインSTA』のスピンオフ作品です。ゼーガペインの考証を務めた高島雄哉の手によるもなだけにSF密度の高い作品に仕上がっています。ただ、アニメ版のファンにとっては熱い展開がなく、淡々とした雰囲気なのは不満の残るところ。
ホロニック:ガール (創元SF文庫)
高島 雄哉
東京創元社
2024-07-29


異形見聞録(藤白圭)
3習村に引っ越してきた少年はそこら中にいる異形の存在に恐怖を覚える。しかし、村人たちとの交流を深めていくうちに、彼らが必ずしも人に害をなすものではないことを知っていく。やがて、少年は村人たちと異形の存在が共存している様子を異形見聞録というブログで紹介するようになるが…。
本作は児童書という扱いになっていますが挿入されているカラーイラストはどれもグロテスクで大人が見てもゾッとします。物語も常に不穏さを纏いながらも、先が気になる面白さがあります。特に、醜悪な人魚と文化祭のエピソードが秀逸です。
異形見聞録
藤白 圭
PHP研究所
2024-02-06


ロブスター(篠田節子)
女性ジャーナリストの寿美佳はクセナキス博士の妻の依頼を受け、濠国政府によって収容所送りにされた博士を救うべく、デッドエンドと呼ばれる鉱山地帯へとやってきた。だが、ようやく出会えた博士の口から発せられたのは、この地では自身の能力が拡張していくという途方もない話だった...。
地球温暖化が深刻度を増している近未来を舞台に、本当の自由や幸福とは何なのかを問う作品です。緩やかに破滅へと向かっているディストピアな世界を背景に語られる寓話的な物語は魅力的。ただ、スケールの大きな設定の割に、こじんまりとした展開に終始しているのは好みの分かれるところ。
ロブスター
篠田 節子
KADOKAWA
2024-09-28


SFアニメと戦争(高橋杉雄)
戦争未経験者が大半を占める現代の日本では、それらは現実味のない出来事としてとらえられています。一方で、日本のSF7アニメには宇宙戦艦ヤマトや機動戦士ガンダム」など戦争をテーマにしたものが数多くあります。そこで、それらの作品を通して戦争をいかに理解すべきかを語っていきます。
防衛省の研究機関である防衛研究所の室長が自らの専門知識に基づいてSFアニメを考察する異色作です。しかも、昔の定番作品だけでなく、『フリーレン』などの最新作品にも言及しており、そのうえでの、本物とアニメの戦争の違いやアニメでは描き切れていない政治的な側面の考察などが興味深い。
SFアニメと戦争
高橋 杉雄
辰巳出版
2024-09-10


物語要素事典(神山重彦) 
映画、演劇、落語、歌舞伎、マンガ、さらには神話、昔話、都市伝説etc。物語にはさまざまな表現スタイルがあります。しかし、ジャンルやメディアが違ってもそこには共通の発想があるものです。本書ではそれらを網羅すべく物語の要素を1,135に分け、総計11,000超の作品の筋書きを紹介しています。
1300ページ以上を用いて古今東西の物語を最大限網羅しようとする試みにまず痺れます。そこは物語の小宇宙であり、物語好きな人にとってはパラパラとページをめくっているだけで至福の時を過ごせるはずです。一方で、創作に携わっている人がアイディアのヒントを求める際にもおすすめです。
物語要素事典
神山重彦
国書刊行会
2024-10-28


羅刹国通信(津原泰水)
左右田理恵は小学6年生のときに叔父を崖から突き落として殺した。その4年後に理恵は電車で出会った少年から「人殺しのくせに自分が鬼だと気づいていない」と言われ、それ以降、亡者とともに地獄を彷徨う夢を見るようになる。そこで少年と再会した理恵は彼からこの世界について説明を受けるが...。
2001年の雑誌連載以降、初めて単行本化された幻の作品です。なんといっても、凄惨な地獄の風景が凄まじく、かなりのインパクトがあります。加えて、主人公がいわゆる信用できない語り手であり、どこまでが現実なのか曖昧になってくる幻惑的な要素も幻想小説としての面白さを引き上げています。
羅刹国通信
津原 泰水
東京創元社
2024-04-30


君の余命、買い占めました(青井青)
余命の売買が可能になった世界。なかには、そのシステムを利用して余命を元手に投資をし、増えたお金で余命を買い戻す人もいた。そんななか、カラオケ店でバイトをしている若者は病気の母の治療費を捻出するために自分の余命を切り崩していく。やがて、彼の余命が尽きようとしたとき…。
全12編。いずれも、現代社会の生きづらさをテーマにしており、そこから捻りのある展開で切ない感動を呼び起こす手管が見事です。なかでも、臨場感溢れる死刑の描写から思いもよらぬ結末へと着地する「死刑執行」と、アンドロイドを彼女にする話がやがて感動と結びつく「三代目彼女」が秀逸。
君の余命、買い占めました (PASH!文庫)
青井青
主婦と生活社
2024-05-17


裏世界ピクニック 9 第四種たちの夏休み(宮澤伊織)
正式に恋人となった鳥子と空魚にDS研から依頼が入る。“山の牧場”を使った民間軍事会社の対裏世界用の訓練を行うのでアドバイザーとして参加してほしいというのだ。しかも、その訓練には人を操る声で騒動を起こし、長らく昏睡状態だった元高校生YouTuberの潤巳るなも参加するというのだが...。本巻は鳥子と空魚の関係がひと段落したあとの間幕劇といった感じで、小桜邸を訪ねたり、ゲスト扱いでDS研の訓練に参加したりと軽めの話が続くます。そのなかにあって、潤巳るなの新たな能力が発動するくだりは読み応えあり。地味ながら今後の展開に繋がる事実が明らかになっていく重要回。


カーテンコール(筒井康隆)  
幼い頃より娘に寄り添ってきた白蛇が年とともにどんどん巨大化していく「白蛇姫」、総理の本音を聞き出そうと一人の記者が早朝から官邸前で待ち伏せをする「官邸前」、街に出没したクマを駆除するべく猟師たちが借り出されるも犠牲者の数ばかり増えていく「羆」など、全25編収録の掌編集。
2015年『モナドの領域』での最後の長編宣言に続き、本作では最後の作品集宣言をしています。実験精神旺盛だった往年の作品と比べるとストレートすぎてもの足りなさを覚えますが、饒舌でドタバタな作風は著者ならでは。特に、過去の人気キャラが一挙登場する「プレイバック」は泣かせる名品です。
カーテンコール
筒井康隆
新潮社
2023-11-01


ヒトは一度しか死ねないのだから(桜井直樹)
600年後の地球。そこは四季がなく、雨も降らない灼熱の世界だった。神から見捨てられたかのような地獄の世界で人類は万能に近いロボットたちと奇妙な共生生活を送っていた。そんななか、少年と天才科学者が思わぬ邂逅を果たし、運命の輪は廻り始める。その果てに待ち受けるものとは?
本作は単にデストピアSFに留まらない魅力が詰まっています。壮大でオリジナリティに満ちた世界観はまさにセンスオブワンダーですし、笑いあり、涙ありの物語はエンタメ小説として申し分のない出来です。なにより、人はいかに生きるべきかという真摯な問いかけが読むものの胸を突き刺します。
ヒトは一度しか死ねないのだから
桜井直樹
みらいパブリッシング
2024-02-27


ニュー・サバービア(波木銅)
原発のある片田舎で小説家になることを夢見ていた馬車道ハタリは高校卒業とともに上京。だが、夢はかなえられず、フードデリバリーで生活費を稼ぐ日々を過ごしていた。ある日、彼女のもとに見知らぬ作家の私小説原稿が届く。それを読んだハタリは原発事故で壊滅した故郷を自転車で目指すが…。
現代日本の閉塞感をデストピア小説の形を借りて描いた作品ですが、主人公が社会不適合者っぽくも魅力的で引き込まれます。物語的にはロードノベルの色が強い一方で、いきなり未知の生物が大暴れする展開には驚かされます。終末感溢れる世界を舞台に生きる意味について考えさせられ問題作です。
ニュー・サバービア
波木 銅
太田出版
2024-01-19


クトゥルフ神話生物解剖図鑑(著・画:山田剛毅/編:朱鷺田祐介)
クトゥルフ神話とはにかという説明に始まり、登場する生物の相互関係を一目で分かるように図解で表示。さらに、「邪神とその眷属」「独立種族」「奉仕種族」「旧神」という4つのカテゴリーに分けてより詳細な説明をしています。さらに目撃&生息地MAPに用語解説と、まさに至れり尽くせり!
同人誌として人気を博した『帰ってきた!クトゥルフ神話生物図鑑』を大幅加筆したものです。本作の一番の魅力はなんといっても怪獣百科ノリの解剖図がふんだんに用いられている点にあります。子供の頃を思い出してワクワクしますし、それをクトゥルフ神話で行うというギャップも面白い。
クトゥルフ神話生物解剖図鑑
朱鷺田祐介
秀和システム
2024-05-28


クック・トゥ・ザ・フューチャー 3Dフードプリンターが予測する24 の未来食(石川 伸一 、石川 繭子 )
ペースト状にした食材をノズルから射出しながら料理を形作っていく3Dフードプリンター。そこには介護食や災害時の非常食などを始めとしてさまざまな可能性があります。本書では食の未来を「かたちが変わる」「原材料が変わる」などの4ステージに分け、全24の食シーンを提言していきます。
一部ではすでに実用化が始まっている3Dフードプリンターですが、本書ではより大胆な利用法を提言することで未来の可能性を膨らませています。なかでも胃の中で動き回って満腹中枢を刺激するダイエット食がインパクト大です。たっぷりと用意されたイラストも読者のイマジネーションを刺激します。


竜の医師団(庵野ゆき)  
竜は創造を司るものだが、その竜が病んでしまうと破壊をもたらしてしまう。それを阻止するために竜の病を退ける者が〈竜の医師団〉だ。虐げられし民ヤポネ人の少年リョウは、飛行船の発着場をに向かう途中で自分と同じように竜の医師団を目指す上流階級のお坊ちゃんレオニートに出会い…。
気候に影響を及ぼすほどの巨大な竜が棲息するスケールの大きいなファンタジー世界が素晴らしく、設定の膨らませ方も巧みです。特に、数千年の寿命を持つ竜が死にゆくドラマは読ませます。加えて、主人公も魅力的。ユーモラスな語り口が楽しい一方で、竜に向ける暖かな気持ちにじんときます。
竜の医師団1 (創元推理文庫)
庵野 ゆき
東京創元社
2024-02-29
竜の医師団2 (創元推理文庫)
庵野 ゆき
東京創元社
2024-03-18


聖獣王のマント(紅玉 いづき)
家出少女の知留は行き場をなくして夜の町を彷徨っていた。すると、黄金の髪の美しい男が現れ、彼女に問いかける。「うまれかわりをのぞまれますか?」と。契約を果たした知留に男は「我が王よ」と呟く。彼女は暗転し、そして、動乱の国リスターンに立っていた。破れたマントを胸に抱いて…。
いわゆる異世界転生ものですが、昨今のラノベのように転生即無双というわけではなく、過酷な運命が容赦なく少女に襲いかかってきます。それらの苦難を乗り越え、成長していく姿は感動的です。世界観や主人公以外の登場人物も魅力的。ただ、設定が『十二国記』に似過ぎている点が気になるところ


AIは短歌をどう詠むか(浦川通)
令和の世に空前のブームとなっている短歌。一方、ブームを超えてもはや生活の一部になりつつあるAI。その2つが結び付き、AIに短歌を詠ませる研究が行われるのは必然だといえます。果たしてAIに短歌は詠めるのか?短歌AIの開発に心血を注いできた、気鋭の研究者がわかりやすく解説します。
短歌に限らずAIによる創作は過去の作品を分析し、それに基づいて新しいパターン構築していくのが基本です。本書ではその具体的な仕組みが分かりやすく解説されており、AIに関する格好の入門書になっています。同時に、短歌作りにおいても創作上のヒントを得られるのではないでしょうか。


意識の脳科学 「デジタル不老不死」の扉を開く(渡辺正峰)
意識はどこからどのように生まれてくるのだろうか?これまで人間の意識は多くの謎に包まれてきました。しかし、現代科学はその答えに迫りつつあります。意識を他のハードにアップロードの可能性が見えてきたのです。しかし、そうして永遠の命を得たとき意識は何を感じ、なにを望むのか?
自分の意識をロボットなどに移し、肉体の呪縛から解放されるといった物語はSFの世界でよくみられます。しかし、現実には実用化の足がかりすら掴めていません。そんな夢物語を実現する可能性つて語ったのが本作です。そこで語られる仮説は非常に説得力があり、読んでいてワクワクしてきます。


小説 GAMERA -Rebirth- (瀬下寛之)
小学6年生のボコとその友人であるジョーは突然街に現れた怪獣・ギャオスに襲われ、絶体絶命のところを大怪獣・ガメラに助けられる。どうやら怪獣は子供たちを狙っているらしく、その理由を調べるためにポコとジョーは与那国島の基地で検査を受けることになる。だが、そこに巨獣・ギロンが現れ...。
2023年にNetflixで配信された『GAMERA -Rebirth- 』のノベライズ作品です。怪獣たちの思考や細かな仕草が描写されているのが特徴で、映像作品とはまた違った味わいがありまます。ただ、ストーリーは陳腐で、『ゴジラ S.P』のようなハードSFとしての面白さを期待すると肩透かしを食らうでしょう。


マガツキ(神永学 ) 
2人の女子高生が殺される事件が起きて以降、巷では「その身体、私にちょうだい」と言って襲いかかる“それ”の噂が広まっていた。大学生の陽咲は友人の夏菜からその話を聞くも単なる都市伝説だと一笑に付す。ところが、夏菜が不可解な失踪を遂げた後に陽咲にも“それ”の気配を感じるようになり…。
都市伝説ホラーとみせかけたSFホラーですが、現代の最先端技術をテーマにしていながらSF的アイディアにさほどの目新しさはありません。展開も大味で全体的にB級感を漂わせています。その一方で、恐怖の対象が徐々に明らかになっていくくだりや外連味たっぷりの展開は読みごたえありです。
マガツキ
神永 学
PHP研究所
2024-03-25


壊胎(黒十字 )
瞳子が目を覚ますと暗闇のなかにいた。どうやら監禁されているらしい。やがて自分と同じ境遇の若い男女に出会うが、彼らもなぜ自分たちがこんな所にいるのか分からないという。調べて分かったのはここが大海原を漂う船の中ということだけだった。3人はなんとか情報を集めようとするが…。
クトゥルフ神話をテーマにした同名TRPGシナリオブックのノベライズです。元がシナリオだけあってサクサクとテンポ良く楽しめます。クトゥルフと人間の真っ正面からの闘いが読みどころ。
壊胎
黒十字
KADOKAWA
2024-01-22


追放された商人は金の力で世界を救う(駄犬)
商人職のトラオは戦闘の役には立たない反面、資金難に陥ったSランク冒険パーティーを救った実績があった。しかし、金の使い込みがバレてクビになってしまう。仕方なく金の使い込み先だった女子達と組んで魔王討伐を果たそうとするも、手段を選ばぬトラオのやり口に彼女達はドン引きし…。
RPGなどては脇役になりがちな商人にスポットを当てた作品であり、軽快な語り口に加えて、全滅したパーティーからの装備回収や魔王軍を薬漬けといったネタがブラックユーモアとして秀逸です。一方、後半になると物語の舞台裏がかつての仲間たちの視点で語られていくのですが、これが感動的。


もしも豊臣秀吉がコンサルをしたら(眞邊明人)
武田倫太郎は祖父のコンサル会社を継ぐも、自身は覇気に欠ける性格で、親戚の経営する大手コンサル会社から下請けの仕事をもらって糊口を凌いでいた。だが、倫太郎には霊を呼び出す能力があった。老舗和菓子店の立て直しの仕事を受けた倫太郎は豊臣秀吉の霊に助言をもらおうとするが...。
『もしも徳川家康が総理大臣になったら』に続く過去の異人が現代に蘇る系の話ですが、話の繋がりはありません。それでも、元々キャラの立ちまくっている戦国武将たちが現代社会で無双する話はやはり面白い。ただ、最後のオチは今までの爽快感を台無しにしかねないものであり、好みが分かれそう。
もしも豊臣秀吉がコンサルをしたら
眞邊 明人
サンマーク出版
2024-07-01

最新更新日2025/01/21☆☆☆

Previous⇒SFが読みたい!2024年版海外ベスト30予想
 
SFが読みたい!2025
対象作品である2023年11月1日~2024年10月31日発売の国内SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素の絡まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されずらいので傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
SFが読みたい! 2025年版
早川書房
2025-02-13


SFが読みたい!海外版 最終予想(2025年1月21日)

1位.歌う船[完全版] (アン・マキャフリー)
人類が太陽系の外に進出した時代。新生児は身体に異常があっても精神や知能に問題がない場合は機械と脳を接続した殻人として生きる道が残されていた。少女ヘルヴァもそのひとりで、偵察船XH-834号に接続された彼女はブレインシップと呼ばれる宇宙船となり、銀河を思うがまま駆け巡るが…。
6編の短編からなる不朽の名作に後年発表の短編2つを加えた新訳完全版です。もともと少女の人格を持つ宇宙船がさまざまな出会いと別れを繰り返す話でしたが、追加エピソードによって別れを真摯に受け止めるヒロインの生き様がより明確になっています。最終話の「船は還った」が特に感動的。
歌う船[完全版] (創元SF文庫)
アン・マキャフリー
東京創元社
2024-07-11


2位.恐るべき緑 ーエクス・リブリスー (ベンハミン・ラバトゥッツ) 
第2次世界大戦時にナチの高官らが所持した青酸カリと西欧近代における青色顔料をめぐる歴史、第一次世界大戦の塹壕戦で用いられた毒ガス兵器の開発者フリッツ・ハーバー、ブラックホールの存在を初めて示唆した天文学者シュヴァルツシルトの知られざる人生などなど、科学史に基づくフィクション。
前半はほぼ史実に沿った科学者たちの物語なのですが、これが抜群の面白さを誇っています。天才たちのエキセントリックなエピソードは非常に興味深く、知的好奇心を刺激します。また、それらの史実に基づいて描かれる虚構の物語も読み応え満点。実験的なスタイルによる異形の傑作です。
恐るべき緑 (エクス・リブリス)
ベンハミン・ラバトゥッツ
白水社
2024-02-18


3位.精霊を統べる者 (P・ジェリ・クラーク)
19世紀初頭。伝説の魔術師アル=ジャーヒズによって精霊ジンと科学の力は融合し、エジプトは急速な発展を遂げていった。それから40年。彼を崇拝する人々が超自然的な力によって焼き尽くされる。魔術省の女性エージェント・ファトマは無理矢理組まされた新人女性と捜査に乗り出すが…。
2021年発表の本作はネビュラ賞やローカス賞など、4冠に輝いています。サイバーパンクにブァンタジー要素を融合し、さらに近代エジプト史を織り交ぜた世界観は非常に魅力的です。やや詰め込みすぎな感はあるものの、個性豊かな登場人物が織りなす波瀾万丈の冒険物語は文句なしの面白さ。
精霊を統べる者 (創元海外SF叢書)
P・ジェリ・クラーク
東京創元社
2024-06-19


4位.無限病院(韓松)
楊偉は主張先のホテルでミネラルウォーターを飲み、腹痛で倒れてしまう。巨大な病院に運び込まれるも、待合室は患者で溢れ、どんどんカオスな状態になっていった。ようやく検査を終えた楊偉だったが、何故か治療をしてもらえない。逃げだそうと外に出ると、そこには膨大な人の海が広がり…。
三体シリーズの劉慈欣らとともに中国SF四天王と称される韓松の長篇初邦訳作品。本作は病院三部作の第1弾という位置づけですが、劉慈欣の作品などと比べると遙かに難解です。しかし、病院の話がいつの間にか宇宙規模の物語になっていくアクロバティックな展開はSFならではの驚きに満ちています。
無限病院 医院
韓 松
早川書房
2024-10-23


5位.妄想感染体(デイヴィッド・ウェリントン)
防衛警察の警部補サシャはパイロットや医師はを伴って植民惑星パラダイス‐1の調査に赴く。そこで待ち受けていたのは妄想に溺れ、ゾンビと化した人々だった。しかも、その妄想は感染し、AIまでもが同様の妄想に取り憑かれていたのだ。恐るべき病原体バジリスク。果たしてその正体とは?
ハードSFから怒濤のノンストップホラーへと変化していくさまが痛快でページをめくる手が止まらなくなります。非武装の主人公たちが絶体絶命の危機をどう乗り切るかが読みどころとなっており、冒険アクションとしても秀逸。ちなみに、本作は三部作の第1弾という位置付けになっています。
妄想感染体 上 (ハヤカワ文庫SF)
デイヴィッド ウェリントン
早川書房
2024-01-10


6位.赦しへの四つの道(アーシュラ・K・ル・グィン)
自由民が隠遁者として暮らす第3惑星イェイオーウェイの寂れた集落で、孤独な老女がかつて革命の英雄と讃えられた人物と出会う「裏切り」、第4惑星エクーメンの使節が男女差別のはびこるイェイオーウェイに赴いて女奴隷の訴えを聞く「ア・マン・オブ・ザ・ピープル」など、全4作収録。
名作『闇の手』でお馴染みのハイニッシュ・ユニバースが舞台の連作短編集。90年代発表のジェンダーSFであり、両性具有を描くことでジェンダーの問題にアプローチした『闇の手』と比べてテーマ性がよりストレートです。人間の愚かしさを描いたうえで一筋の希望を持たせるドラマは読み応えあり。
赦しへの四つの道 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
アーシュラ K ル グィン
早川書房
2023-11-15


7位.マッドアダム(マーガレット・アトウッド)
正体不明のウイルスにより、人類は一握りの人々を残して絶滅した。生き残りのひとりであるゼブは荒廃した街のなかで兄アダムの手がかりを探す。一方、トビーは凶悪犯に対抗するため、かつての敵と手を組むことになる。ウイルスの正体とは?科学技術と環境破壊による破滅の行き着く果ては?
『洪水の年』『オリクスとクレイク』に続くマッドアダムの物語三部作の完結篇です。前2作が破滅への黙示録だったのに対して今作は新たな創造神話となっています。人間の善なる部分を集めて創られた人造人間クレーカーなどのある種奇妙な存在たちによって闇の中に光が差していく展開が素晴らしい。
マッドアダム (上)
マーガレット・アトウッド
岩波書店
2024-03-25


8位.宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選(顧適, 何夕etc)
いずれ解体される運命に無情を感じたロボットたちの間で禅宗ブームが起きる「仏性」、少女の奇妙な日常を日記形式で綴った「円環少女」、自己増殖する人工生命体の研究成果を相続した男が水星での繁殖計画を練る「水星播種」、時間が喪失した世界を描いた「時の点灯人」など、全15編収録。
中華SF紹介の第一人者・立原透耶が『時のきざはし』に続いて編纂したアンソロジー第2弾。前作同様レベルの高い作品が並んでいます。なかでも、壮大な計画をいかに実現するかを突き詰めた「水星播種」や時間の喪失と復活をロジカルかつロマン豊かに描いた「時の点灯人」などが秀逸。


9位.星、はるか遠く: 宇宙探査SF傑作選(フレッド・セイバーヘーゲン、キース・ローマー他)
資源探査のために太陽系の彼方を目指していた男女が針のように細長く巨大な構造物を発見する「故郷への長い道」、神の概念を知らない唯物論者の異星人たちのもとに地球の神父が布教に訪れる「異星の十字架」、荒野にぽっかりとあいた巨大な穴をひたすら下っていく「地獄の口」など全9編収録。
宇宙探査をテーマした1970年以前の英米SFを集めたアンソロジー集です。なかでも目玉なのが初翻訳作品の「故郷への長い道」と「地獄の口」。前者は謎の構造物の航法手段に驚かされますし、後者は悪夢的な地底探険に息をのむ傑作です。また、残酷な結末の「異星の十字架」も印象的。
星、はるか遠く: 宇宙探査SF傑作選 (創元SF文庫)
セイバーヘーゲン、ローマー他
東京創元社
2023-12-18


10位.闇の中をどこまで高く(セコイア・ナガマツ)
シベリアの永久凍土の中で眠るで3万年前の少女の遺体が発見される。しかし、彼女の体には恐るべき病原菌が潜んでおり、やがてそれは世界各地で未曾有のパンデミックを引き起こす。北極病と名付けられた恐るべき伝染病は、海面上昇現象とともに人類社会の崩壊を加速させていき…。
パンデミックをテーマにした連作集であり、終末世界における人々や社会の変化が主題となっています。安楽死遊園地や地球を捨てて旅立つ宇宙移民船など、様々なシチュエーションで描かれる物語はなかなかに興味深い。ただ、別れをテーマしたものが多くて、話のバリエーションに乏しいのが難。
闇の中をどこまで高く (海外文学セレクション)
セコイア・ナガマツ
東京創元社
2024-03-11


11位.ロボットの夢の都市(ラヴィ・ティドハー)
太陽系全域を巻き込んだ大戦から数百年後。都市ネオムの花屋で働くマリアムは花に見とれているロボットと出会う。そのロボットは奇妙な問答をかわした後にマリアムからダマスクローズ受け取り、砂漠へ向かう。その目的はゴールデンマンと呼ばれた兵器を発掘して再起動することにあった…。
中東出身の作家が現在サウジアラビアで建設中の計画都市ネオムの未来を描いた作品です。原題はそのものズバリ『NEOM』。最先端の都市が古びた街として登場する哀愁を漂わせます。個性豊かなロボットが魅力的で、人間とのふれ合いを描いたレトロな物語も心に染み入りる佳品です。
ロボットの夢の都市 (創元海外SF叢書)
ラヴィ・ティドハー
東京創元社
2024-02-13


12位.シリコンバレーのドローン海賊: 人新世SF傑作選(編:ジョナサン・ストラーン/作:メグ・エリソン、グレッグ・イーガン・他)
巨大通販物流企業がドローンによる配送を始めることを知った青年がドローンにおける防犯システムの脆弱性に目を付けてドローン専門の盗賊団を目指す表題作、電子ネットワワークの構築を頑なに拒否する山村の人々に対して歌い手の娘がある儀式を提案する「菌の歌」、など全10編収録。
人間の営みがいかに地球の環境に影響を及ぼしているかについて描いた作品を集めたアンソロジーです。未来に対して楽観的だったり、悲観的だったりと、それぞれの作家性の特徴の出た作品が揃っています。なかでも、奇妙な風習に絡めたSF的アイディアが素晴らしい「菌の歌」が秀逸です。
シリコンバレーのドローン海賊 人新世SF傑作選 (創元SF文庫)
ジェイムズ・ブラッドレー
東京創元社
2024-05-11


13位.捜査・浴槽で発見された手記(スタニスワフ・レム)
イギリス各地の墓地にある死体安置所から死体が忽然と消え失せるという事件が続発する。事件が起きたのはいずれも深夜から早朝にかけての霧深い日だった。スコットランド・ヤードのグレゴリー警部補が真相究明に乗り出すも、有力な手がかりを見つけることができず、捜査は難航を極め…。
集英社とサンリオSF文庫から発売された作品の新訳復刻版。「捜査」と「浴槽で発見された手記」の2編が収録されており、前者は正統派ミステリの形を借りた思弁小説です。一方、後者は迷宮と化した未来社会の庁舎を彷徨う不条理小説。極めて難解な作品ですがレム好きなら挑戦する価値はあるかも。


14位.創元SF文庫総解説(東京創元社編集部)
1963年9月に創刊されて以降、60年の歴史を誇る創元SF文庫。本書では、フレドリック・ブラウンの『未来世界から来た男』に始まり現代に至るまで約800作品のレビューを収録しています。加えて、草創期の秘話や装幀をめぐる対談、創元SF文庫史概説なども収めたSFファン必携の一冊です。
現存する最古のSF文庫の歴史が一望できる、SFファンにとっては非常に貴重な一冊です。既読本に想いを馳せればノスタルジックな気分に浸ることが出来ますし、未読本をチェックすればまだ見ぬセンスオブワンダーの世界にワクワクします。『ハヤカワ文庫SF総解説』も併せて読みたいところ。
創元SF文庫総解説
東京創元社
2023-12-25


15位.透明都市(リリア・アセンヌ)
2029年、有名なインフルエンサーが幼い頃にレイプされた件で叔父を告発し、殺害したことで泣き寝入りした者たちの復讐が始まり、結果、あらゆる建物をガラス張りにして市民が相互に監視し合う究極の透明化社会が誕生する。だが、それから20年後。犯罪の激減した都市で一家3人が忽然と姿を消し...。
大部分の犯罪行為は人の目の届かないところで行われるので、それをなくすにはすべての建物を透明してしまえばよいという安直すぎる発想が逆に面白い。ガラス張りの街というものは妙にSFマインドをくすぐります。現代社会に対する皮肉も効いており、ディストピアSFとしてよくできています。
透明都市
リリア アセンヌ
早川書房
2024-08-21


16位.缶詰サーディンの謎(ステファン・テメルソン )
哲学者のティム・チェスタトン宅の玄関先で黒いプードルが爆発する。たまたまその家を訪ねていた青年が亡くなり、チェスタトも半身不随となる。一方、怒りを募らせたひとりの文豪が列車の中で憤死した。残された妻と愛人は恋仲になってマヨルカ島に移住し、そこで美しいダンスを披露するが…。
一見無関係そうな複数のエピソードが脱線を繰り返しながら語られ、やがて意外な形で結びついていくという物語の構成は非常に前衛的。それでいながら個々のエピソードは非常に面白く、退屈することがありません。そのうえ、SF的な結末もぶっ飛んでいて面白いというなんとも形容しがたい怪作です。
缶詰サーディンの謎 (ドーキー・アーカイヴ 8)
ステファン・テメルソン
国書刊行会
2024-09-06


17位.フォース・ウィング-第四騎竜団の戦姫- 上 単行本 – 2024/9/4 レベッカ・ヤロス
竜の騎士たちが守護する魔法の国・ナヴァールに生まれたヴァイオレットは書記官を目指すも、軍司令官である母の命令でバスギアス軍事大学に入学し、騎手を目指すことになる。だが、そこは入学者の大半が訓練で命を落とす過酷な場所だった。しかも、第四騎竜団の団長から命を狙われるはめに...。
剣と魔法の世界を舞台にしたファンタジーですが、多くの人間があっけなく死んでいく展開には驚かされます。しかしそれだけに、小柄な女主人公が持ち前の知力を駆使して生き抜く展開は成長物語として読み応えありです。濃厚な官能シーンも備わっており大人のファンタジー小説としておすすめ。
フォース・ウィング-第四騎竜団の戦姫- 下
レベッカ・ヤロス
早川書房
2024-09-04


18位.呪いを解く者(フランシス・ハーディング)
原野(ワイルズ)という沼の森を有する国・ラディス。その地では小さな仲間と呼ばれる生き物が呪いによって人々に大きな影響力を与えていた。呪いを解くことを生業するほどき屋の少年・ケレンは継母に呪いで鳥にかえられた少女・ネトルを相棒に、呪いに悩む人々の依頼をこなしていくが…。
英国SF協会賞YA部門受賞。怪異が跋扈するオリジナリティ豊かな世界観がとにかく魅力的です。加えて、危機また危機の冒険ファンタジーとしてもよく出来ています。それに、呪いの存在を通して人間の本質について学んでいく少年の成長譚として秀逸。重いテーマをエンタメとして描いた傑作です。
呪いを解く者
フランシス・ハーディング
東京創元社
2023-11-30


19位.失われたものたちの国(ジョン・コナリー)
娘が交通事故で昏睡状態に陥り、シングルマザーのセレスはケア施設のある田舎に引っ越した。懸命に看病を続けるセレスだったが、それも限界を迎える。そのとき、不思議な力に誘われて彼女は異世界へと迷い込むのだった。16歳に若返ったセレスは美しくも残酷な世界を旅することになるが…。
2006年に発表された『失われたものたちの本』の続編であり、そのダークで作り込まれた世界観は前作以上の完成度を誇っています。序盤こそやや冗長に感じるものの、異世界へと舞台を移す辺りから一気に面白くなり、その後は怒濤の展開の連続です。できれば前作から続けて読んでほしいところ。


20位.七月七日(ケン・リュウ、ホン・ジウン、藤井太洋・他)
留学で離れ離れとなる恋人同士の少女たちが七夕の夜に別れを惜しんでいたところどこからともなくカササギの大群が現れる表題作、済州島で宇宙人に拉致された女子高校生5人が戻ってくるも彼女たちは10メートル以上の巨人と化したうえに妊娠していることが判明する「巨人少女」など全10篇収録。
アジア発の伝説や神話がモチーフの作品を収録したアンソロジー。日中から3つの作品が選出されていますが、残りはすべて韓国の作家によって書かれています。玉石混交のなかにあってやはり頭ひとつ抜けているのがケン・リュウの表題作です。徐福伝説を絡めた「徐福が去った宇宙で」も面白い。
七月七日
イ・ギョンヒ
東京創元社
2023-06-30


21位.戦士強制志願(J・N・チェイニー、ジョナサン・P・ブレイジー)
惑星セーフハーバーの青年・レヴは交通違反で有罪判決を受けてしまう。判決は25年の強制労働か3年の兵役。彼は海兵隊に志願するが、現在の人類は異星種族であるケンタウルス人の戦闘メカと交戦状態にあった。レヴは過酷な訓練と身体拡張を受け、ボディアーマーを装備して戦場へと向かうが...。
本国では、現代版『宇宙の戦士』と触れ込みで多数の続刊が発売されている人気シリーズです。ただ、続編を前提としているためかボディーアーマーの活躍はあまりありませんし、登場人物も掘り下げ不足が目立ちます。テンポの良さと伏線らしき要素は評価できるので今後の展開に期待したいところ。
戦士強制志願 (ハヤカワ文庫SF)
ジョナサン P ブレイジー
早川書房
2024-04-05


22位.日中競作唐代SFアンソロジー-長安ラッパー李白(編:大恵和実/作:李夏、祝佳音・他)
言葉を発する時は必ず韻を踏まなければならないディストピア・長安で天才詩人の李白がラップを武器に立ち上がる表題作、太宗の高句麗遠征が異形の技術を用いた航空機で行われる「大空の鷹――貞観航空隊の栄光」、反乱分子を討伐すべく怪獣パンダと大活劇を繰り広げる「破竹」など、全8話収録。
架空の唐代を舞台した日中競作のアンソロジーです。中国側はまず、表題作の奇想ぶとバトルもののような痛快さに胸が躍ります。また、愛らしいパンダが凶悪な怪獣となって暴れまくる「破竹」もそのギャップが面白い。その他の作品も含め、全体的に中華SFならではの多彩な作風が光ります。


23位.システム・クラッシュ マーダーボット・ダイアリー ( マーサ・ウェルズ)
人型警備ユニットの弊機は植民惑星において異星遺物汚染事件に巻き込まれるも、探査船ペリヘリオン号の協力もあって窮地を脱する。だが、惑星支配を目論むバリュシェ・エストランザ社の脅威がすぐそこまで迫ってはいたのだ。しかも、弊機は原因不明の機能障害に襲われ…。
シリーズ第4弾の本作は第2弾「ネットワークエフェクト」の直接的な続編です。そのため、先に2巻を読んでおくことをおすすめしまは戦闘シーンは少な目ながら、弊機の人間くさい一面が随所に描かれており、独特の語りにクスリとさせてくれます。また、懸命に人々の権利を守るとする姿は感動的です。


24位.キャクストン私設図書館(ジョン・コナリー )
読書好きのパージャ氏は、あるとき不思議な図書館を発見する。キャクストン私設図書館という名のその図書館には、シャーロック・ホームズやドラキュラ伯爵、ハムレットといった名作の登場人物が暮らしていたのだ。図書館の秘密を知ったパージャ氏はとんでもない事件を引き起こしてしまうが…。
本好きな人にとっては名作の登場人物が暮らす図書館という表題作の設定だけでワクワクしてきます。また、「虚ろな王」と「裂かれた地図書」は物語の残酷さが鮮烈に描かれており、読み応え満点です。ただ、描写のグロさは相当なものなどでそういった点では好みが分かれるかもしれません。
キャクストン私設図書館 (創元推理文庫)
ジョン・コナリー
東京創元社
2024-10-18


25位.シャーロック・ホームズとサセックスの海魔 クトゥルー・ケースブック(ジェイムズ ラヴグローヴ)
ホームズたちと古き神々との対決から30年。50代後半となったホームズはサセックスで農場を営んでいた。あるとき、ホームズは3人の女性の失踪事件を調査することになるも、そこには邪神として蘇ったモリアーティの影が…。ヨーロッパが戦争へと突き進むなか、ホームズは最後の戦いに挑むが…。
ホームズ&ワトスンとクトゥルとの闘いを描いたシリーズ三部作の完結篇です。ホームズシリーズのファンにとっては衝撃的なシーンから始まる本作ですが、「最後の挨拶」を下敷きにしつつも、その中にクトゥル神話の設定を存分に盛り込み、パスティーシュとして楽しい作品に仕上がっています。


26位.メアリ・ジキルと囚われのシャーロック・ホームズ (シオドラ・ゴス)
メアリ―・ジギルをはじめとしたマッドサイエンティストの娘たち、アテナ・クラブの面々はヨーロッパでの大冒険からの帰還を果たした。だが、久しぶりのロンドンで直面したのは、メアリの雇用主であるシャーロック・ホームズとメイドのアリスが宿敵モリアーティに囚われるという事件だった...。
アテナクラブシリーズの完結編。怪奇小説の古典的名作の要素をごった煮してエンタメに徹した物語は相変わらずの楽しさです。シリーズ最大の魅力であるモンスター娘たちによるチャットの面白さも健在。ただ、ホームズが囚われっぱなしでモリアーティもあっさり退場してしまうのは好みのは残念。


27位.白猫、黒犬(ケリー・リンク)
大富豪の男が三人の息子を前にして、老後の伴侶に相応しい犬を連れ帰って来た者に全財産を与えると宣言する。旅に出た三男は行く先々で子犬をもらい受け、それをキャンピングカーに乗せていった。だが、ロッキー山脈の山裾で遭難してしまう。そんな彼を救ったのは農園の大麻を育てる猫だった。
2024年のローカス賞短篇集部門を受賞した全7編の短編集です。いずれも『ブレーメンの音楽隊』や『ヘンゼルとグレーテル』などの童話をモチーフにしており、古びてしまった各作の魅力を現代に通じる形で見事に甦らせています。特に、ポストアポカリプスな世界観が強烈な「白い道」が秀逸。
白猫、黒犬 (集英社文芸単行本)
ケリー・リンク
集英社
2024-10-25



28位.潜水鐘に乗って(ルーシー・ウッド)
海の事故で亡くなった夫と48年ぶりの再会を果たすべく老婦人が旧式の潜水鐘で海に潜る表題作、ある女性が自身の体が石になることを予期しながら最後の一日を過ごす「石の乙女たち」、巨人になる定めを背負った少年と人間の少女の何気ない一日を活写した「巨人の墓場」など、全12編収録。
イングランド最南端に位置するコーンウォールの昔話をモチーフにした短編集です。昔話を現代風にアンジして多くの読者の心に響く物語へと再構築した作者の手腕似は目を見張るものがあります。収録作はいずれも、決別のやるせなさのなかに仄かな暖かさを感じさせてくれる好編揃いです。
潜水鐘に乗って
ルーシー・ウッド
東京創元社
2023-12-18


29位.まじめにエイリアンの姿を想像してみた(アリク・カーシェンバウム)
エリアンの姿に関しては人類が宇宙に目を向けるようになって以降、さまざまな想像図が提示されてきました。しかし、実際のところはどうなのでしょうか?本書では地球外の環境を踏まえ、そこで生活する生物がどのような姿をしているのかを進化論やゲーム理論をベースにして科学的に考えていきます。
本書は環境と進化の関係性に基づき、科学的に正しいエイリアンの姿とはどのようなものかを考察した学術書です。まずは生命の誕生は必ず地球と同じ道筋を辿るのかを検証し、そのうえでさまざまな可能性について言及しています。空中を浮遊する生物など、SFファンにとって楽しい話題が盛り沢山。
まじめにエイリアンの姿を想像してみた
アリク カーシェンバウム
柏書房
2024-04-15


30位.人類は宇宙のどこまで旅できるのか: これからの「遠い恒星への旅」の科学とテクノロジー(レス・ジョンソン)
未来の星間旅行はどのようなものになるのか?まず、推進剤として考えられるのは核融合、電磁エネルギー、光子、反物質などです。しかし、通信はどうするのか?放射線の被爆対策は?水や食料は?NASAの星間推進研究プロジェクトのリーダーを務めた著者があらゆる可能性を探っていきます。
宇宙旅行という言葉は我々のロマンを掻き立てますが、実際には想像以上の困難が待ち構えています。本書では膨大な科学的知見を用いてその困難を乗り越える道を探っています。しかも、著者はSF小説にも造形が深く、SF的な発想が随所にみられるのが面白い。SF好きにもおすすめの良書です。



その他注目作

透明マントのつくり方 究極の〝不可視〟の物理学(グレゴリー・J・グバー)
子供の頃、誰もが一度は夢みた透明マントが技術の発展により、試作品まで完成しているのはご存じでしょうか?本書ではそこに至るまでの科学史を研究の最前線に立っている科学者が、偉大な物理学学者から不遇の学者や無名のSF作家に至るまで、さまざまなエピソードを交えて語っています。  
透明化という現象を素人でも理解できるようにかみ砕いて説明した良書です。しかも、マイナーSF作家の作品にまで言及し、巻末に古今透明SF小説リストが付いているのはSFファンにとってはうれしいところ。「おうちで作れる透明化デバイス」といったギミックもSFマインドの琴線に触れまくりです。
透明マントのつくり方 究極の〝不可視〟の物理学
グレゴリー・J・グバー
文藝春秋
2024-08-23


レッド・アロー(ウィリアム・ブルワー)
新人作家のウィリアム・ブルワーは詩集の『I Know Your Kind』で思わぬ高評価を受けるが、何故か彼の心は満たされない。次作の契約も決まるも原稿は進まず、うつ病に悩まされる始末だ。そんな彼のもとに物理学者の自伝代筆の仕事が舞い込んでくる。しかし、肝心の物理学者が失踪してしまい...。
うつ病に苛まれる主人公の精神世界を描いた思索小説です。その語りはヒリヒリとした焦燥感に彩られながらも独特のユーモアがあり、ほとんど意味不明ながら幻覚剤療法や量子重力論などが入り乱れる迷宮ごとき物語に身を任せれば不思議と心地よい酩酊感を味わえます。非常に尖った問題作です。
レッド・アロー
ウィリアム ブルワー
早川書房
2024-01-29


ALIENS ビショップ (T・R・ナッパー)
収容所惑星フィオリーナ161を訪れたウェイランド・ユタニ社のマイケルはアンドロイドであるビショップの残骸を持ち去っていった。彼の頭脳からエイリアンの成体、ゼノモーフに関する知識を得るためだ。やがて、そのデータを巡って植民海兵隊、ビショップの創造主との三つ巴の戦いが始まるが...。
映画『エイリアン2』及び『エイリアン3』の後日談です。さまざまな陣営の動きをカットバックの手法を用いてテンポよく語られるのが面白く、単なるノベライズの域を超えた面白さを誇っています。加えてエイリアンの描写も文句なしです。ただ、映画のファンにとっては蛇足に思えるかもしれません。
ALIENS ビショップ
T・R・ナッパー
竹書房
2024-09-04


血の魔術書と姉妹たち(エマ ・トルジュ)
カロテイ家は収拾した魔術書を守り続けていた。なぜなら、そこに記された魔術は世界を揺るがす強大なもので、その力を手にせんとする者があとを断たなかったからだ。だが、父エイブが死を遂げ、娘ジョアンナに魔の手が迫る。異母姉エスターと再会した彼女は陰謀渦巻く世界に足を踏み出すが…。
魔法使い同士の攻防を描いた作品ですが、魔術関連の設定がしっかりしてあって読み応えがあり。前半は世界観が掴めずに読みづらさを感じますが、後半に入るとどんどん面白くなってきます。結構グロくて大人のファンタジーといった感じですが、ジョアンナがあまり活躍しない点にはもの足りなさも。
血の魔術書と姉妹たち
エマ トルジュ
早川書房
2024-08-21


ハイブリッド・ヒューマンたち――人と機械の接合の前線から(ハリー・パーカー)
近年、義手や義肢などのハイテク化に伴い、それらを支援機器として利用する人が増えてきています。果たして、そういった支援機器は人々の生活にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?その希望と代償とは?実際の利用者や開発者のもとに赴き、支援機器の真実に迫っていきます。
著者は従軍作家としてアフガニスタンに赴き、両脚を失っています。本作はその経験に基づき、人体の機械化の現状について語った書です。ハイテクの義足といっても、SF小説に登場する義体ほど便利なものではなく、多くの課題が残されています。それらについての考察には考えさせられます。


幻想世界の作り方 ファンタジーの世界と伝説の生き物を創造するためのガイド (マーク・ネルソン)
ファンタジー世界をどのよなものにするかはすべて創造者の自由です。しかしだからこそ、その世界を他者と共有しようと思えば、矛盾なくデザインされた説得力のある世界観が必要になってきます。本書ではそれらを構築する手助けになる方法論わさまざまな実例を挙げながら提示していきます。
本書はファンタジー作品を作るために必要な要素を実例を挙げながら事細かに語っているので創作するうえで大いに役立つはずです。また、多数掲載している美麗なイラストはどれも魅力的なものばかりなので、創作自体には興味がないという人にとっても楽しむことができるのではないでしょうか。


AI覇権 4つの戦場(ポール・シャーレ)
近年におけるAIの進化は目覚ましく、さまざまな分野で大きな成果を上げています。それは軍事の分野でも同様であり、AIの覇権を握るものが軍事競争の最終的な勝者となるといっても過言ではないほどです。本書ではAI時代の世界覇権の行方を左右4つの要素から闘いの現状を炙り出していきます。
10年ほど前まで米国防総省でAI兵器における倫理問題の研究に携わっていた著者が軍事アナリストとしての立場で発表した著者です。本書では各国のAI開発における加熱競争の末に戦争はどう変わっていくのかを丁寧に紐解いてくれており、AIと軍事の関係を知るうえで絶好の入門書だといえます。
AI覇権 4つの戦場
ポール シャーレ
早川書房
2024-05-22


お城の人々(ジョーン・エイキン)
おとぎ話の言い伝えにになぞらえて妖精の王女と結ばれた若い医者の運命を描いた表題作、少女が5歳の時に偶然出会った犬と奇妙な絆で結ばれる「ロブの飼い主」、お城に住む伯爵夫人が音楽教師を相手にピントのずれたせめぎ合いを行う「よこしまな伯爵夫人に音楽を」など、全10編収録。
童話作家である著者の短編集第3弾。奇妙で切なくてちょっぴりダークな作品世界を存分に堪能することが出来る好著です。今回は切ない話が多めで、特に犬好きの人にとって「ロブの飼い主」は大いに泣ける作品となっています。「足の悪い王」や「ワトキン、コンマ」なども泣ける佳品です。
お城の人々
ジョーン・エイキン
東京創元社
2023-12-11


親愛なる八本脚の友だち(シェルビー・ヴァン・ペルト)
マーセラスという名のミズダコは水槽のガラスの向こうから人間たちを観察し続け、彼らの言葉を理解できるようになっていた。ある夜、水槽から抜け出して夜の散歩を楽しんでいたところ、清掃員のトーヴァに見つかってしまう。マーセラスは30年に前に息子を失った彼女と心を通わせていくが...。
人間並みの知能を有するタコの一人語りが印象的なファンタジー作品です。夜の水族館という舞台がミステリアスな雰囲気を高め、死期の近いタコが孤独な老女のために奮闘する姿には泣けてきます。ただ、人間視点のパートもあり、タコがウリの作品の割にはタコの出番が意外と少ない点は残念。
親愛なる八本脚の友だち (扶桑社BOOKSミステリー)
シェルビー・ヴァン・ペルト
扶桑社
2023-12-22


技術革新と不平等の1000年史 (ダロン・アセモグル, サイモン・ジョンソン他) 
技術の発展は人々に豊かさをもたらすと一般的には考えられてきました。しかし、過去1000年の歴史を振り返ってみると、技術革新による恩恵を受けているのは多くの場合、資本家や権力者だけです。むしろ、戦後数十年における庶民の著しい生活水準の向上が例外的だといえます。そして、現在…。
過去1000年における技術史を紹介しつつ、技術の進歩が貧富の差を拡大していくことを実例を挙げながら説明しています。これを覆すには労働者の団結が不可欠であるとの主張を含め、考えさせられる点の多い労作です。後半はAIの発展と貧富の差の拡大についての話でSF的観点からも読みごたえあり
技術革新と不平等の1000年史 上
サイモン ジョンソン
早川書房
2023-12-20


生と死を分ける翻訳: 聖書から機械翻訳まで(アンナ・アスラニアン)
機械翻訳の発展に伴い、誰でも気軽に世界中の言語を翻訳できるようになりました。しかし、かつては翻訳一つに多くの命がかかっているというケースも少なくなかったのです。聖書の翻訳や戦後の国際裁判などがその代表例でしょう。命を賭けた翻訳家たちの奮戦と機械翻訳の未来を紹介します。
ジャーナリスト兼翻訳家の著者が紹介すろ歴史的な誤訳はどれも興味深く、国際的な場において翻訳がいかに重要で難しい代物であるかを教えてくれます。特に、フルシチョフがロシアの慣用句やことわざを乱発して通訳を悩ませたエピソードが印象的です。翻訳の本質を知るための最適な1冊。
生と死を分ける翻訳: 聖書から機械翻訳まで
アンナ・アスラニアン
草思社
2024-02-20


温暖化に負けない生き物たち:気候変動を生き抜くしたたかな戦略(ソーアソーア・ハンソン )
昨今は、急激な気候変動がもたらす動植物のダメージが懸念されていますが、環境の変化に対して柔軟に適応し、繁殖を続けているものも少なくありません。例えば、体のサイズを小さくしたり、食事の内容をガラリと変えたりといった具合です。その多彩な生存戦略を紹介していきます。
絶滅を免れるために、餌を変え、体の大きさを変え、手足の形状までも変ていく生物たち。その生存戦略の多彩さに驚かされます。しかし、絶滅を免れた種が存在する一方で、環境の変化に適応できずに滅んでしまった種も数多く存在します。両者を分ける要因についての考察が興味深い。


哺乳類の興隆史――恐竜の陰を出て、新たな覇者になるまで(スティーブ・ブルサッテ)
3億年の昔に爬虫類から分化し、恐竜の時代を生き抜き、幾多の絶滅事件をも乗り越えてきた哺乳類。繁栄の時を迎えている現在では約6000もの種が生息しているという。しかも、過去に滅んだ種を含めればその数は莫大なものとなる。本書ではそんな哺乳類の歩みについて解説していきます。
2018年のベストセラー『恐竜の世界史』の著者による哺乳類史です。爬虫類が単弓類に分化し、盤竜類を経て獣弓類になっていくという哺乳類前史から始まり、恐竜との生存競争や恐竜絶滅後に大型化していった理由など、進化の不思議が分かりやすく解説されています。多数の図版も魅力的。
哺乳類の興隆史――恐竜の陰を出て、新たな覇者になるまで
スティーブ・ブルサッテ
みすず書房
2024-08-02


ノトーリアス/スカーレット&ブラウン 2(ジョナサン・ストラウド)
銀行強盗として名を馳せるスカーレットとアルバートは、ついに難攻不落と噂されるウォリック信仰院の地下金庫室からも財宝を奪う。そんな折、2人を追うハンド同業組合によって仲間のジョーとエティが捕まってしまう。人質解放の条件として2人はノーサンブリアの埋没都市へと向かうが...。
荒れ果てた未来のイングランドが舞台の冒険ファンタジーの第2弾です。徐々に明かされていくスカーレットの過去やさまざまな対決を経て深まっていくブラウンとの絆など、今回も読みごたえ満点。ジョーやエディ、さらにはマロリーといった他のキャラも魅力的に次巻の展開が気になるところです。
ノトーリアス (スカーレット&ブラウン 2)
ジョナサン・ストラウド
静山社
2024-02-22


ある晴れたXデイに: カシュニッツ短編傑作選(マリー・ルイーゼ・カシュニッツ )
非行の末に命を落とした養子に何故か怯える妻とその裏に潜む秘密を描く「雪解け」、痛みを感じない故に手足に痣や傷が増えていく女性の生活が異様さを増していく「火中の足」、滅びが近づくなかである母がXデイに起こるであろう事柄を日記として詳細に綴っていく表題作など、全15篇収録。
戦前戦後に活躍したドイツ人作家の作品集。幻想的なシチュエーションを纏った物語が多い割に超常的な要素は意外と少なく、どちらかといえば人間の狂気について描いた作品集だといえます。そういう意味ではSF色は薄いのですが、そのイマジネーションの豊かさには捨てがたい魅力があります。
ある晴れたXデイに カシュニッツ短編傑作選
マリー・ルイーゼ・カシュニッツ
東京創元社
2024-04-30


「未来」を発明したサル: 記憶と予測の人類史 (トーマス・スーデンドルフ 、ジョナサン・レッドショウ、アダム・ブリー)
生物の認識には過去も未来もなく、存在するのは今ここだけだ。ところがある時、特定のサルは過去を回顧し、未来予測するという心のタイムマシンを手に入れる。そして、それこそが彼らをこの星の覇者へと押し上げる原動力だったのだ。未来の発明というワードを軸に人類の進化を歩みを描き出す!
正確にいうと未来予測を行うのは人類だけではなく、カラスやイルカといった知能の高い動物にも予測に基づいた行動はみられます。しかし、予測に基づいて計画を立てるのどといった未来への対処能力に関しては他の追随を許しません。人類を人類たらしめているものについて迫っていく良書です。
「未来」を発明したサル: 記憶と予測の人類史
アダム・ブリー
早川書房
2024-08-05


伝説とカフェラテ: 傭兵、珈琲店を開く(トラヴィス・バルドリー) 
20年以上も傭兵として冒険を続けてきた女オークのヴィヴは、幸運を引き寄せる石を手に入れたことで珈琲店の店主へと転身する。厩をリフォームした店は、最初こそ閑古鳥が鳴いていたものの、サキュバスのタンドリを迎え、絶品のパンを焼く小鼠人のシンブルを雇うことで次第に繁盛を始め…。
異世界を舞台にしたファンタジー作品です。派手さには欠けますが、個性豊かなな仲間や店のメニューが増えていくプロセスにはほのぼのとした面白さがあります。また、マッチョな女オークが珈琲店を始めるなど、捻りのあるキャラクター設定も魅力的。ただ、百合展開は好みの分かれるところ。
伝説とカフェラテ 傭兵、珈琲店を開く (創元推理文庫)
トラヴィス・バルドリー
東京創元社
2024-05-20



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最新更新日2024/10/28☆☆☆

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このミス2025
対象作品である2023年10月1日~2024年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします


このミステリーがすごい!国内版最終予想(2024年11月19日)

1位.地雷グリコ(青崎有吾) 
射守矢真兎は勝負事の強さを友人から買われ、文化祭の場所取りを賭けたギャンブルトーナメントに駆り出される。そして、順調に勝ちを重ねていくも、決勝の相手は2年連続で優勝している生徒会メンバーの椚迅人だった。種目は地雷グリコ。勝負が始まり、椚が終始真兎を圧倒したまま進んでいくが...。
オリジナルのギャンブル勝負が描かれる全5話の連作集です。天才ギャンブラーにして飄々としたJK・射守矢真兎、理論派の椚先輩などキャラは皆魅力的。手に汗握るギャンブルミステリーの傑作です。
地雷グリコ (角川書店単行本)
青崎 有吾
KADOKAWA
2023-11-27


2位.冬期限定ボンボンショコラ事件(米澤穂信 )
小鳩常悟朗はひき逃げに遭い、病院に搬送される。右足を骨折して大学受験が絶望的となった彼は、ベッドの上で小市民を志すきっかけとなった中学時代のひき逃げ事件のことを思い返す。ふと気が付くと、同じく小市民を志す小佐内ゆきからの「犯人を許さない」というメッセージが残されており…。
小市民シリーズ完結篇。苦い思い出である中学時代のひき逃げ事件と、現在の事件を並行して描くことで2人の関係性と成長を浮かび上がらせていく構成に唸らされます。青春ミステリーの傑作です。


3位.日本扇の謎(有栖川有栖)
舞鶴の海辺の町で記憶喪失の青年が保護された。身に着けていた扇から京都の名家の次男坊だということが判明し、無事帰還を果たす。だが、仕事で出入りしていた女性が密室で殺されるという事件が起きる。しかも、青年もいずこともなく姿を消していた。火村と有栖は謎の解明に乗り出すが...。
国名シリーズの第11弾。ストーリーテリングの妙によって読者を引き込みながら、同時に真相から遠ざけていく術が見事です。事件を巡る議論も面白い。物語と推理の面白さを両立させたいぶし銀の傑作。
4位.法廷占拠 爆弾 2(呉勝浩)
東京地方裁判所の104号法廷では史上最悪の爆弾魔としてスズキタゴサクが被告席に立っていた。ところが、裁判の最中に銃を持ったテロリストが乱入し、法廷を占拠してしまう。犯人は人質をたてに事件の模様をネットで中継させ、そのうえで人質解放の条件として死刑囚の死刑執行を要求するが…。
このミス2023の覇者『爆弾』の続編。本作は、強烈な犯人像やどんでん返しに驚かされた前作と比べると衝撃度では劣るかもしれません。しかし、息つく暇もない怒濤の展開は一級の面白さです。
法廷占拠 爆弾2
呉勝浩
講談社
2024-07-30


5位.ぼくは化け物きみは怪物(白井智之 )
同級生が橋から落ちた事件を自称名探偵の小学生が捜査する「最初の事件」、異星生物のバラバラ死体の化石を掘り起こした3人がその不可解な状況を推理する「モーティリアンの手首」、天使の子と呼ばれた少女が見世物小屋の怪事件を予言した数年後に実際に事件が起きる「天使と怪物」など全5編収録。
エログロ要素は抑えつつもこれぞ白井ワールドというべき奇想天外な話が並んでいます。特に、圧倒的な科学力を持つ侵略者のエイリアンに悪意を武器に立ち向かう『大きな手の悪魔』が読み応えあり。
ぼくは化け物きみは怪物
白井 智之
光文社
2024-08-21


6位.檜垣澤家の炎上(永嶋恵美)
大正時代。檜垣澤家当主の妾の子として生まれた高木かな子は、数え7歳で母を亡くし、檜垣澤家に引き取られる。商売の舵取りをする大奥様に美を競い合う三姉妹。檜垣澤は女系中心の一族だった。ある夜、婿養子が不審な死を遂げる。陰謀渦巻くなか、才を開花させたかな子は真実に迫っていくが…。
富豪の暮らしぶりを描いた風俗小説、妾の子が巧みに立ち回って立場を高めていくサクセススもの、富豪一族の盛衰を追った大河小説。そこにミステリー要素を加えて多面的な面白さを実現した傑作です。
檜垣澤家の炎上(新潮文庫)
永嶋恵美
新潮社
2024-07-29


7位.歌われなかった海賊へ(逢坂冬馬)
1944年。ナチスにより父を処刑された少年ヴェルナーは自暴自棄になっていたが、ある日、エーデルヴァイス海賊団を名乗るレオとフリーデに出会う。彼らは名士の息子と将校の娘という立場でありながらナチスに反旗を翻していたのだ。やがて彼らは市内に敷設された線路の先で究極の悪を目撃し...。
前半が説明過多で物語に入り込みにくい、現代の価値観を当時の登場人物の口を借りて語らせすぎといった問題はあるものの、心揺さぶられる後半のドラマは感動的。余韻が残るラストも見事です。
歌われなかった海賊へ
逢坂 冬馬
早川書房
2023-10-18


8位.明智恭介の奔走(今村昌弘)
神紅大学ミステリ愛好会会長の明智恭介は名探偵に憧れる重度のミステリオタク。唯一の会員である葉村譲は事件を求めてあちこちに首を突っ込む明智に振り回される日々を送っているが...。「泥酔肌着引き裂き事件」「宗教学試験問題漏洩事件」「手紙ばら撒きハイツ事件」など、全5編収録。
自称・神紅のホームズこと明智恭介を探偵役に据えた全5編の短編集で、剣崎比留子シリーズの番外編。名探偵に憧れて迷走や暴走を繰り返す明智ですが、たまに鋭い洞察力を垣間見せるのが面白い。
明智恭介の奔走 屍人荘の殺人シリーズ
今村 昌弘
東京創元社
2024-06-28


9位.黄土館の殺人(阿津川辰海)
元名探偵の飛鳥井光流に招待され、世界的なアーティストである土塔雷蔵の館・荒土館に向かう名探偵の葛城輝義とその友人たち。しかし、土砂崩れによって葛城は荒土館へのルートを断たれてしまう。そして、それは雷蔵を殺しに来た小笠原も同じだった。そんな彼が交換殺人を持ち掛けられ…。
館四重奏の第3弾。名探偵一行が分断され、名探偵不在のなかで残りメンバーの頑張りが読みどころとなっています。特に、飛鳥井の復活劇は感動的。ただ、犯人が分かりやすい点はもの足りなさも。


10位.少女には向かない完全犯罪(方丈貴恵)
黒羽烏由宇は依頼で完全犯罪を行う完全犯罪請負人。だが、ある詐欺グループを壊滅させた直後にビルの屋上から何者かに突き落とされる。臨床体験のなかで生き霊となった彼は霊が見える少女・音葉と出会う。彼女の願いは両親を殺した犯人への復讐。黒羽と音葉は協力して犯人捜しを始めるが…。
幽霊になった青年と小学生の少女とのコンビが微笑ましい。ミステリとしては特殊設定を活かした仕掛けと、伏線を回収しながらの二転三転の多重解決が見事な一方で、くどすぎると感じる人もいるかも。
少女には向かない完全犯罪
方丈貴恵
講談社
2024-08-20


11位.六色の蛹(櫻田智也)
鹿狩りの最中の山で起きた銃撃事件の謎を追う「白が揺れた」、時季外れのポインセチアをほしがった少女の真意を花屋の店主との会話から紐解いていく「赤の追憶」、遺跡の発掘現場から白骨が発掘される「黒いレプリカ」、消えた楽譜の行方をピアニストの遺品から推理する「青い音」など全6編収録。
魞沢が探偵役のシリーズ第3弾。謎を解くことにより思わぬドラマが浮き彫りになり、胸が熱くなる展開がよくできています。単なる昆虫好きの変人キャラから1作ごとに深みを増している魞沢も魅力的。
六色の蛹 サーチライトと誘蛾灯
櫻田 智也
東京創元社
2024-05-31


12位.不夜島(ナイトランド) (荻堂顕)
終戦直後、米軍占領下の琉球。その最西端に位置する与那国島では密貿易か盛んに行われていた。そこで腕利きのサイボーグ密貿易人・武庭純はとんでもない話を耳にする。殺人鬼と化した元憲兵がこの島に上陸したというのだ。同じ頃、武は正体不明のアメリカ女性から奇妙な依頼を受け…。
沖縄・台湾の歴史や米中対立を踏まえて描いたポリティカルなハードボイルドですが、そこにサイバーパンクを絡めた世界観が魅力的。ただ、沖縄編はワクワクしたものの、後半の台湾編が尻すぼみ。
不夜島(ナイトランド)
荻堂顕
祥伝社
2023-12-18


13位.明治殺人法廷(芦辺拓)
明治21年の大阪で起きた質屋一家惨殺事件。生存者は16歳の少年と赤子のみ。外部からの侵入が不可能だったことから少年は逮捕される。その弁護についたのは負け続きでコマルさんと揶揄される駆け出し弁護士の迫丸孝平。彼は保安条例で東京を追放された新聞記者・筑波新十郎とともに謎に挑むが…。
司法制度が未熟で政府や警察が横暴だった明治時代の暗黒面を臨場感豊かに描いています。そんな絶対不利な状況からいかに逆襲するかが読みどであり、その末に明らかになる真相にも驚かされます。
明治殺人法廷
芦辺 拓
東京創元社
2024-09-11


14位.虚史のリズム (奥泉光)
1947年東京。石目鋭二はホームズや明智小五郎といった名探偵への憧れから、新宿のバーStone Eyeを拠点として探偵業を開始。やがて、レイテ島の収容所で知り合った神島元少尉から依頼を受け、長兄夫婦殺害の真相を調べ始める。さらに、海軍の機密が記されているK文書の調査依頼も舞い込み....。
1100ページにも及ぶ本作は、『グランド・ミステリー』から始まる昭和史ミステリーの集大成的作品です。ミステリの枠組みの中で幻惑的に語られる虚実交えた歴史へのアプローチには豊潤な味わいが...。
虚史のリズム
奥泉 光
集英社
2024-08-05


15位.兎薄氷に駆ける(貴志祐介)
嵐の夜に資産家の男が一酸化炭素中毒で命を落とし、彼の甥である日高英之が逮捕される。英之は罪を認めて起訴されるも、裁判では一転無罪を主張する。英之を弁護するのは15年前の事件で彼の父親も弁護した本郷弁護士だった。やがて始まった裁判は二転三転の末に意外な方向へと転がっていき…。
裁判シーンが痛快でリーガルサスペンスとして抜群の面白さです。真相は簡単に予想できるものの、そこからのヒネりが衝撃的。ただ、これを唐突だと感じる人もおり、その点が賛否を分けそうです。
兎は薄氷に駆ける
貴志 祐介
毎日新聞出版
2024-04-10


16位.バーニング・ダンサー(阿津川辰海 )
永嶺スバルは警視庁捜査一課から新設の公安部第五課コトダマ犯罪調査課へ異動を命じられる。コトダマとは隕石の落下とともに一部の人間にもたらされた特殊能力であり、五課のメンバーもみなその能力を有していた。そして、着任早々にコトダマ使いによる犯行と思われる死体発見の報が入り…。
異能力+警察小説という趣向はユニークですが、キャラや設定の安っぽさが気になるところ。しかし、後半に入るとバトルや謎解きがどんどん面白くなっていきます。サービス満点のエンタメ傑作です。


17位.乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび (芦辺 拓、江戸川 乱歩)
実業家の未亡人が土蔵の2階で全裸死体となって発見される。現場は密室で、死体には多数の傷が残されていた。そして、その傍には奇妙な記号を描いた紙片が。その後、彼女の死は霊媒師の少女によって預言されていたとが明らかになる。真相に迫るべく、一同は霊媒師を囲んで降霊会を行うが...。
江戸川乱歩が1933年に連載を始めたものの、わずか3回で中絶した『悪霊』の真相に迫ろうとする労作です。事件の真相もさることながら、『悪霊』が未完に終わった理由付けもされている点が秀逸。
乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび
江戸川 乱歩
KADOKAWA
2024-01-31


18位.1947(長浦京)
英国陸軍中尉のイアンは戦争で不当に斬首された兄の仇を討つべく日本に赴く。そして、仇の手がかりを求めて奔走するが、人種差別者でプライドの高い彼は行く先々で軋轢を生んでしまう。GHQ、CIA、ヤクザ、戦犯将校とさまざまな思惑が入り乱れるなか、イアンは復讐を遂げられるのか?
1947年の日本を舞台に英国中尉の復讐を描いたバイオレンスアクション。敵味方の区別もつかない状況が、ヒリヒリとした緊張感を生み、混沌とした状況の中でのエゴのぶつかり合いは読み応え満点です。
1947
長浦 京
光文社
2024-01-24


19位.シャーロック・ホームズの凱旋(森見登美彦)
シャーロック・ホームズがスランプに陥って1年。ワトソンはなんとかホームズを立ち直らせようとするも、本人はすっかりやる気をなくしていた。ある日、ジェームズ・モリアーティという男がホームズと同じ下宿に引っ越してくる。ワトソンは怪しげな彼を尾行してみようホームズに提案するが…。
舞台はヴィクトリア朝京都という架空世界。ミステリというよりファンタジーですが、シリーズでお馴染みの人物たちが意外な活躍をするのが楽しく、パスティーシュとして非常によくできています。
シャーロック・ホームズの凱旋
森見登美彦
中央公論新社
2024-01-22


20位.悪逆(黒川博行)
広告代理店の元経営者が自宅で殺害される。しかも、死体には拷問の跡が残されていた。大阪府警捜査一課の舘野と箕面北署のベテラン刑事・玉川のコンビは事件を追うが、さらに被害者の知人が同じように自宅で殺される。2人には詐欺的な行為で莫大な財産を築いていたという共通点があり…。
著者十八番のバディものの捜査小説で徐々に真相に迫っていくプロセスは読み応え十分です。一方で、コンビの刑事が個性不足で過去の代表作ほどキャラ立ちしていない点はもの足りなさも。
悪逆
黒川 博行
朝日新聞出版
2023-10-06



その他注目作50

21.幽玄F(佐藤究)
易永透は子供の頃、いつも空高く飛ぶ飛行機を追いかけていた。空を自由に飛びたいとという想いは大きくなっても消えることはなく、努力を重ねて航空自衛隊に入隊する。厳しい訓練を経てF35-Bを自在に操る航空宇宙自衛隊のエースパイロットにまで上り詰める透。だが、ある悲劇が彼を襲い...。
少年期から自衛隊エースパイロットになるまでは骨太な青春ドラマとして、後半は数奇な運命を辿る人生ドラマとして読み応えがあり。そしてラストにゾクリ。冒険小説ではなく、文学色の強い作品です。
幽玄F
佐藤究
河出書房新社
2023-10-19


22.バラバラ屋敷の怪談 (大島清昭)
宇都宮市百目鬼町は藤原秀郷の鬼退治伝説とともに、殺人鬼・酒浦実によって8人の女性が犠牲になった50年前の事件でも知られていた。死体はバラバラに解体され、鬼が封印されている地に埋められたという。怪談ライターの呻木叫子は現場周辺で目撃される四体の幽霊と密室殺人の謎に挑むが…。
全4話収録の呻木叫子シリーズ第3弾。論理的な推理と理屈では説明できない恐怖が混じり合うホラーミステリーのテイストは今回も健在です。各話が緩やかに繋がっている構成の妙も読みどころ。
バラバラ屋敷の怪談
大島 清昭
東京創元社
2024-07-29


23.鼓動(葉真中顕)
死体が燃やされているという通報に駆けつけた警察は18年引きこもり生活を続けていた草鹿秀郎をホームレスの老女殺害の容疑で逮捕する。しかも、彼の自宅からは父親の惨殺死体も発見される。素直に犯行を認める秀郎だったが、裏付け捜査を行っていた奥貫綾乃の脳裏にある疑念が芽生え始め...。
奥貫綾乃シリーズ第3弾。引きこもりと育児放棄の2つを中心に平成という時代を描いた社会派ミステリーの秀作です。特に、綾乃と秀郎の想いがぶつかり合うクライマックスには心震わされものが...。
鼓動
葉真中 顕
光文社
2024-03-21


24.Q(呉勝浩)
執行猶予中の町谷亜八(ハチ)にはキュウという弟がいる。彼にはダンスの才があり、華々しいデビューを飾ったばかりだ。だが、血の繋がらない姉・ロクの話によるとキュウを脅す人物が現れたという。ハチとロクが犯したスキャンダル不可避な過去の罪。ハチはキュウのために立ち上がるが…。
キュウというアイドルに翻弄される人々の姿が狂気や暴力とともに描き出され、加速していく物語に圧倒されます。ただ、疾走感の末に辿り着く結末は物足りないか、心に染み入るか意見の分かれところ。
Q
呉勝浩
小学館
2023-11-08


25.ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に(斜線堂有紀)
闇金の女王として業界に君臨してきた老女・榛遵葉が何者かに殺された。現場は彼女の事務所で、応接間のテーブルには対戦中とおぼしきチェス盤が置かれていた。遵葉は体に刺さったナイフを抜き取っており、そのとき飛び散った血でチェスの駒は汚れていた。果たして、それは何を意味するのか?
メッセージがテーマのミステリ短編集。テーマは同じでも作品の切り口は1作ごとに異なり、読み手を飽きさせません。なかでも、突拍子もない設定を活かし切ったSFミステリ「妹の夫」がベスト。


26.ぼくらは回収しない(真門浩平)
数十年に一度の日食が起きた日に名門大学の学生寮で学生寮が亡くなっているのが発見される。現場は密室だったことから自殺と考えられたが、彼女は才気溢れる女性であり、作家としても活躍していた。そんな人間が死を選ぶだろうか?3年間を共に過ごした寮生たちは独自に事件を調べ始めるが...。
第19回ミステリーズ!新人賞を受賞の「ルナティック・レトリーバー」を含む全5編の短編集。現代社会の歪みのようなものをテーマにしつつ、二段構えの謎解きによって明かされる意外な真相が秀逸。


27.魂婚心中(芦沢央 )
結婚用マッチングアプリによる死後結婚が普及した社会でアイドル・神宮寺浅葱の推し活を行っていた女性が推しのKonKonアカウントを見つけてしまう表題作、未来のゲームRTA大会を描く「ゲーマーのGlitch」、地獄行きの回避を専門とするSEO業者の活躍を追った「閻魔帳SEO」など、全6篇収録。
SFミステリーの短編集。どのエピソードも設定が凝っており、先が気になる面白さがあります。なかでも、『新しい世界を生きるための14のSF』にも選出された「九月某日の誓い」が素晴らしい。
魂婚心中
芦沢 央
早川書房
2024-06-19


28.サロメの断頭台(夕木春央)
油絵画家の井口は泥棒に転職した蓮野を連れ、発明家で大富豪のオランダ人・ロデウィック氏の元を訪れる。後日、ロデウィック氏は井口の絵を見て、同じ絵をアメリカでも見たという。未発表の彼の絵が剽窃されいたのだ。井口は盗作の犯人を捜すが、彼の周囲でサロメに見立てた連続殺人が…。
蓮野&井口シリーズ第3弾。前半やや冗長に感じられるものの、魅力的な謎がいくつもの散りばめられており、殺人が起きたあたりからぐっと面白くなってきます。意外な真相とやるせない結末も印象的。
サロメの断頭台
夕木春央
講談社
2024-03-13


29.永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした(南海遊)
没落貴族であるブラッドベリ家の長男・ヒースクリフは母の危篤を知り、3年ぶりに生家の永劫館に帰ってきた。だが、母の死に目には会えず、そのうえ、妹のコーディが密室で殺されてしまう。嵐で陸の孤島と化した永劫館。ヒースクリスは魔女の死に戻りの能力を利用して真相を探っていくが...。
タイムリープを用いた特殊設定ミステリであり、同時にSF色の強い物語も面白い。本格ミステリとしてもよくできており、伏線回収による怒涛の真相解明は圧巻。マニアックな発想が楽しい傑作です。


30.ツミデミック(一穂ミチ)
大学を中退して居酒屋で客引きのバイトをしている青年の前に大阪弁の女が現れて中学時代に死んだ同級生の名前を名乗る「違う羽の鳥」、4歳の娘を公園に連れていった帰りにおそろしく美しいフードデリバリーサービスの男を見かけた主婦が深みへとはまっていく「ロマンス☆」など、全6話収録。
コロナ禍の最中に繰り広げられる直木賞受賞の犯罪小説集。パンデミックの閉塞感を臨場感豊かに描きながらも作風はバラエティに富んでいるのが魅力的。後の作品ほど後味が良くなってくるのも好印象。
ツミデミック
一穂 ミチ
光文社
2023-11-22


31.それは令和のことでした、(歌野晶午)
ふとしたきっかけで認知症の老婦人と知り合った大学生の青年が彼女を殺した犯人とみなされて警察から厳しい追及を受ける「君は認知障害で」、母親のいいなりの人生を送ってきた女性が自身の息子に対しても同じことをしてしまい夫と対立する「死にゆく母にできること」など、全8篇を収録。
令和を象徴するような事件を描いた短編集です。時代の鏡のような物語はどれも読みごたえがあり、考えさせられます。そのうえで、ミステリとしての仕掛けがきっちり組み込まれているのが見事です。
それは令和のことでした、
歌野晶午
祥伝社
2024-04-11

32.蛇影の館(松城明 )
人工生命体〈蛇〉は他人の肉体と記憶を乗っ取ることで悠久の時を生きていた。あるとき、女子高生に寄生ていた最年少の蛇・伍ノは一族の長から満月の集いのための新しい衣装候補の調達を依頼される。そこで伍ノは同級生たちを卒業旅行と称して蛇影の館に連れ込む。やがて、惨劇の幕が開き...。
誰が蛇で誰が人間なのかがわからないまま連続殺人が進行していく特殊設定ミステリです。設定の割にホラー感は薄く、むしろ謎が謎を呼ぶ展開に引き込まれます。設定を用いたロジックも見事です。
蛇影の館
松城 明
光文社
2024-07-24


33.了巷説百物語(京極夏彦)
狐狩りの名人・稲荷藤兵衛には凡ての嘘を見破る能力があり、洞観屋という裏の顔があった。ある日、藤兵衛に依頼が持ち込まれる。老中首座・水野忠邦による大改革の妨害を画策している者たちを炙り出してくれというのだ。依頼を受けて江戸に出た藤兵衛はそこで化け物遣い一味と遭遇するが...。
オールキャスト総出演で繰り広げられる物語はシリーズの完結編にふさわしい出来栄えです。総力戦で繰り広げられる怒涛の展開はファン感涙の面白さであり、ちょっと切ないラストも最後に相応しい。
了巷説百物語 (角川書店単行本)
京極 夏彦
KADOKAWA
2024-06-19


34.涜神館殺人事件(手代木正太郎)
かつて悪魔崇拝が行われていた涜神館にイカサマ霊媒師のグリフィスが招待される。彼女の他にも館には帝国が誇る名だたる霊媒師が招かれていたが、ある者は密室で、ある者は首を刎ねられて次々と殺されていく。果たしてグリフィスはこの難事件を論理的に解き明かすことができるのか?
異世界が舞台のゴシックホラーミステリー。おどろおどろしい雰囲気に満ちながらも語り口はライトでサクサク読めます。霊能者たちのキャラも立っており、ミステリとしての仕掛けも一級品です。
涜神館殺人事件 (星海社 e-FICTIONS)
手代木正太郎
講談社
2023-10-17


35.バイバイ、サンタクロース 麻坂家の双子探偵(真門浩平)
入院している少女の病室の前で生い茂っていた葉が一夜にして消失する「最後の数千葉」、イブの夜にサンタクロースの絡んだ殺人が発生する「サンタクロースがいる世界」、学校で金魚が殺された事件を推理する「誰が金魚を殺したのか」など、小学生の双子による推理を描いた全6編を収録。
 第3回Kappa-Two受賞作。捻りを効かせたロジックミステリとして読み応えあり。ただ、小学生の語り手が大人のような言葉づかいなのはかなりの違和感。衝撃の結末も好みが分かれるところです。


36.死体で遊ぶな大人たち(倉知淳)
山の頂でサークル合宿を楽しんでいた大学生たちがゾンビの群れに襲われて籠城を余儀なくされたうえに殺人事件まで発生する「本格・オブ・ザ・リビングデッド」、心中と思われていた男女の死体の死亡推定時刻に半日以上のズレがあることが判明する「それを情死と呼ぶべきか」など、全4篇収録。
死体を用いたトリックにこだわった短編集です。なかでも、「本格・オブ・ザ・リビングデッド」は某有名ホラーミステリ挑戦したストーリーが楽しく、表題作の最後で明かされる仕掛けも心憎い。
死体で遊ぶな大人たち
倉知 淳
実業之日本社
2024-09-05


37.フェイク・マッスル(日野瑛太郎)
人気アイドルの大峰颯太はスリムな体型からわずか3ヵ月の筋トレでボディービル大会の上位入賞を果たす。ドーピングを疑う世間の声が高まるなか、週刊鶏鳴の新人記者・松村健太郎は彼がオープンしたトレーニングジムへの潜入調査を命じられる。松村はジム仲間の協力を得て調査を進めていくが…。
第70回乱歩賞。アイドルのドーピング疑惑という着眼点がユニークで主人公の成長物語としてよくできています。なにより、全体に散りばめられたユーモアが本作を上質な娯楽作品たらしめています。
フェイク・マッスル
日野瑛太郎
講談社
2024-08-20


38.帝国妖人伝(伊吹亜門)
時は明治。作家志望の那珂川二坊は尾崎紅葉に師事するも目か出ずに三文記事を書いて糊口を凌いでいた。そんなある日、徳川公爵邸に侵入した盗人が逃走中に塀から落ちて死亡したという話を食堂で耳にする。客たちが推理を披露しあうが、その謎を解いたのは福田房次郎と名乗る青年で…。
全5話の連作集ですが、探偵役を務める人物は毎回異なり、そのいずれもが実在の著名人という趣向が楽しい。史実との絡ませ方も絶妙で歴史好きな人におすすめです。反面、ミステリとしては小粒。
帝国妖人伝
伊吹 亜門
小学館
2024-02-15


39.伯爵と三つの棺(潮谷験)
フランス革命直後。ヨーロッパの小国で元・吟遊詩人が射殺されるという事件が起きる。目撃証言によると、犯人は四つ首城の改修をまかされていた三兄弟の一人らしい。本来捜査を行うべき公偵が不在のなか、その地を治める伯爵が真相解明に乗り出した。そんななか、4人目の兄弟の存在が浮上し...。
先鋭的な試みが多かった著者の過去作とは異なり、クラシックかつ王道的な探偵小説に仕上がっています。斬新さを期待したファンにとってはがっかりですが、歴的背景を絡めた物語は読み応えあり。
伯爵と三つの棺
潮谷験
講談社
2024-07-17


40.難問の多い料理店(結城真一郎 )
ビーバーイーツ配達員はとあるレストランで怪しげなオーナーシェフと出会い、1回1万円の報酬で簡単なお使いをすることになる。やがて、彼はそのシェフが裏で探偵業も担っていることを知る。配達員に情報を運ばせることでどんな謎も解いていくのだ。しかも、レストランにはさらなる秘密が...。
各話の謎解きもよくできていますが、それ以上に、探偵役であるシェフにダークな雰囲気を纏わせて最終話の強烈なオチに繋げているのが秀逸。ただ、全体の設定がゴタゴタしすぎて呑み込みづらい面も。
難問の多い料理店 (集英社文芸単行本)
結城真一郎
集英社
2024-06-26


41.万両役者の扇(蝉谷めぐ実)
新進気鋭の役者・今村扇五郎。彼は舞台に命を賭けており、芸のためなら犬を殺すことさえ厭わない。そんな彼を陰で支える女房のお栄。一方、芝居小屋に出入りしている和菓子屋は犬殺しの噂に便乗して犬の形をした饅頭を売り出し、評判となる。だが、ある日、扇五郎の死体が川原で発見され…。
扇五郎の芝居に対する執念が凄まじく、芸のためなら手段を選ばない姿勢に畏敬の念すら抱いてしまいます。特に、彼の死の真相が語られる最終章が衝撃的。芝居に魅せられた人々を描いた傑作です。
万両役者の扇
蝉谷めぐ実
新潮社
2024-05-16


42.切断島の殺戮理論(森晶麿)
帝旺大学人文学部文化人類学科の最強頭脳集団・桐村研がフィールドワークで赴いたのは鳥喰島と呼ばれる孤島だった。〈鷲族〉と〈鴉族〉が存在するその島は江戸時代の流刑地として知られ、体を切断する成人儀礼を始めとする奇習が現代に伝えられていた。そんな島で奇怪な連続殺人が発生し...。
次々に起きる奇怪な殺人に対して謎解きを試みるロジカルな展開は謎解きとして面白い。ただ、途中で伝奇小説の色が強くなるのは好みのわかれるところ。真相もご都合主義が目立ってイマイチ。


43.VR浮遊館の謎:探偵AIのリアル・ディープラーニング(早坂吝)
人工知能の探偵・相似と人間の助手・輔は世界初のフルダイブ型VRのテストプレイに参加した。ところが、すべてが浮遊する魔法の館で殺人事件が発生する。しかも、テストの中断を申し出ても外部からの反応はなし。迫りくる殺人鬼。果たして2人は浮遊館の謎を解き、無事に脱出できるのか?
探偵AIが活躍するシリーズ第4弾。VR空間のテストプレイに紛れ込んだ殺人鬼という設定が面白く、特殊設定を利用したトリックも見事です。なにより、探偵AIの相似と犯人AIの似相がかわい。


44.鬼神の檻 (西式豊)
50年に1度の嫁取りと引き換えに村を守護する貴神様。大正12年には神に嫁ぐ御台に選ばれた北白真棹が超人的な力で人を殺める少年を目撃し、昭和48年には御台候補が集う御見立の儀を皮切りに連続殺人が起き、令和5年には新人記者の幸弘蒼が先の事件の被害者が自分に酷似している事実を知るが…。
第1部は伝奇ホラー、第2部はミステリ、第3部はSFと、ジャンルが次々と変化し、雰囲気もガラリと変わるのが楽しい。血みどろホラーから緻密な謎解きまで。多彩な楽しみ方が可能なエンタメ傑作です。
鬼神の檻 (ハヤカワ文庫JA)
西式 豊
早川書房
2024-08-21


45.狐花 葉不見冥府路行(京極夏彦)
作事奉行の娘・雪乃は遠くから見かけた美しい男に熱を上げるが、奥女中のお葉はその男を畏れ、寝込んでしまう。なぜなら、彼岸花を深紅に染め付けた着物を纏う男・萩之介は黄泉に旅立ったはずの人物だからだ。作事奉行の上月監物はこの騒動が過去の悪事と関連があるのではと警戒するが…。
江戸を舞台に中禅寺秋彦の曾祖父である中禅寺洲斎が活躍する番外編的な作品です。歌舞伎の舞台化を前提としているため、舞台映えする演出や悲劇的なストーリーが印象的。憑き物落としも鮮やか。
46.大樹館の幻想(乙一)
樹齢数千年の針葉樹を囲むように建てられたらせん状の洋館・大樹館。人里離れた山間部に位置するその屋敷で奇怪な殺人事件が起きる。住み込みで働いていた使用人の穂村時鳥は、「大樹館は決して解かれえぬ謎と共に炎に包まれる」という予言を回避するべく、胎児の声を頼りに推理を巡らせるが...。
乙一初の館ものとの触れ込みですが、内容は本格ミステリというより幻想小説のようです。謎と推理を幻想的に語るロマン豊かな物語に独自の味わいがありますが、クセが強くて好みは分かれそう。


47.室蘭地球岬のフィナーレ(平石貴樹)
函館にあるワイナリーの社長宅から出火し、社長が死亡する。その息子は大やけどを負いながらも一命をとりとめたが、火事のショックで記憶を失っていた。しかも、コーヒーサーバーや死体からは催眠薬が検出され、放火の疑いが濃厚となる。さらに、息子の恋人が地球岬で死体となって発見され…。
函館物語シリーズの第4弾にして最終話。昭和的雰囲気のする作品で、派手さはない代わりに落ち着いた筆致から滲み出る古き良き探偵小説の味わいが堪能できます。謎解きの面白さも申し分なし。
室蘭地球岬のフィナーレ
平石 貴樹
光文社
2024-06-26


48.私はチクワに殺されます(五条紀夫)
老夫婦の無理心中と思われた現場には無数のチクワが散乱していた。しかも、首を吊った男のポケットからは「私はチクワに殺されます」と記されたメモが見つかる。メモによると、そのちくわの穴を通して人を見ると、人々の死に様が見えるというのだ。やがて、男は破滅へと向かっていくが...。
第1章のチクワに破滅させられるホラーじみた話から始まり、それを覆す2章から、さらに真相を探っていく第3章といった具合に二転三転する展開がスリリング。前代未聞のチクワサスペンスです。


49.エアー3.0(榎本憲男)
中谷祐貴率いる財団法人まほろばはデジタル通貨のカンロを世界的に普及させ、影響力を強めていった。そして、福島の帰還困難区域に特別自治区を建設し、カンロを還流させ始める。さらに、国内外にカンロ経済圏を開拓。だが、副代表の市川みどりと福田義雄は中谷の性急なやり方に危機感を覚え…。
完璧な市場予測を可能にする人工知能エアーを巡る近未来経済サスペンス『エアー2.0』の続編。前作同様、リーダビリティの高さは圧倒的。予想を超える展開にラストまで一気読み必至の傑作です。
エアー3.0
榎本憲男
小学館
2024-09-25


50.まぼろしの女 蛇目の佐吉捕り物帖(織守きょうや)
二十歳の佐吉は亡き父の後を継いで岡っ引きになるも、いまだ自分の生業に自信がもてないでいた。ある朝、川の中で若い女の死体が発見される。顔は腫れ上がり、全身アザと傷だらけというひどい有様だ。身元は不明のままだったが、ほどなく数人の男が夜鷹を小突き回していたという情報が入り…。
若き岡っ引きと町医者が事件の謎に挑む、全5編収録の連作時代本格ミステリです。いずれもキレの良い謎解きに加えて時代小説らしい人情味溢れる後好編に仕上がっています。読みやすさも好印象。
51.アガシラと黒塗りの村(小寺無人)
古文書オタクの黒木鉄生は大学時代の友人に頼まれて彼の住む農村を訪れる。古い神社の物置小屋で解読不能な史料が出てきたのでその歴史的価値を鑑定してほしいというのだ。ところが、村に到着した夜に巨大な地蔵の前で議会議員の息子が殺害される。さらに、若い娘が首を吊った状態で発見され...。
第2回黒猫ミステリー賞受賞。本作は秘められた村の因習を紐解いていく民俗学ミステリーです。題材の割に雰囲気はライトながら、畳みかけるような伏線回収と民俗学に基づく謎解きは読み応えあり。
アガシラと黒塗りの村
小寺 無人
産業編集センター
2024-10-18


52.何かの家(静月遠火 )
大学生の冬馬は夏休みに実家へ帰省した折に民宿を営む父から宿泊客の雪穂を夏樹の家に案内してほしいとに頼まれる。雪穂は民俗学専攻の学生でフィールドワークとして夏樹の家を調べに来たという。その家には誰か一人が囚われており、次の人が入るまで出られないという言い伝えがあるのだが…。
有名な怪談に基づく特殊設定ミステリ。話が進んで全体像が見えてくるに連れてホラーとしてもミステリとしても面白さが増していきます。詰め込みすぎな感もありますが、怒濤の終盤は読み応えあり。
何かの家 (メディアワークス文庫)
静月 遠火
KADOKAWA
2024-08-23


53.案山子の村の殺人 (楠谷佑)
宇月理久と篠倉真舟は従兄弟同士で推理小説の合作者。ある日、大学の友人から創作のヒントになればと、彼の故郷である宵待村に招待される。そこは案山子だらけの奇妙な村だった。しかも、その案山子に毒矢が射込まれたり、案山子が消え失せたりと不屈な出来事が続く。そして、ついに殺人が...。
奇妙な村で起きた密室殺人にエラリー・クインじみた探偵が挑むというクラシックなスタイルの本格ミステリであり、巧みなロジックや伏線回収の妙に唸らされる一級の作品に仕上がっています。


54.時空に棄てられた女 乱歩と正史の幻影奇譚(長江俊和)
何者かによって監禁された青年はほどなくして解放されるが、自分の鞄を検めると、中から原稿用紙と美女の生首が出てくる。原稿の内容は探偵小説の巨匠である江戸川乱歩と横溝正史が猟奇殺人に巻き込まれていくというものだった。ならばこの生首は猟奇殺人の被害者だとでもいうのだろうか?
猟奇殺人の謎に挑む江戸川乱歩と横溝正史の姿を史実を交えながら描いた物語は探偵小説好きにとって堪らないものがあります。また、ミステリとしての仕掛けもシンプルながらよく出来ていまます。


55.ジェンダー・クライム(天童荒太)
全裸の中年男性の他殺死体が土手下で発見される。死体には「目には目を」というメッセージが残されていた。やがて、彼の息子が3年前に起きた集団レイプ事件の加害者だったことが判明する。これは被害者家族による報復なのか?捜査一課の志波と所轄の鞍岡が真相を追う。しかし、新たな殺人が...。
ジェンダーの問題を複数の視点から多角的に描いており、社会派ミステリーとして読み応えがあります。特に、加害者の一人の心の変化にグッときます。また、刑事2人のハディものとしても秀逸。
ジェンダー・クライム (文春e-book)
天童 荒太
文藝春秋
2024-01-15


56.災厄の宿(山本 巧次)
昭和51年。台風接近に伴う豪雨のなか、弁護士事務所の嘱託調査員である上坂徹郎は休暇で人里離れた徳島の旅館を訪れていた。だが、そこに散弾銃と爆破物~手にした男が押し入り、警察が包囲した旅館で籠城を始めてしまう。さらに、不可解な殺人が起き、河川の氾濫や土砂崩れの危機も迫り…。
さまざまな危機が次々と起こり、手に汗握ります。一種のクローズドサークルですが、複数の謎に対して人質サイドと警察サイドが異なるアプローチで迫っていくことで物語に深みを与えています。
災厄の宿 (集英社文庫)
山本 巧次
集英社
2024-01-19


57.病葉草紙(京極夏彦)
江戸中期。八軒長屋の店子の一人に久瀬棠庵という男がいた。彼は働きにでることもなく、年中家に引き籠っていた。そんな彼がさまざまな事件を診ていく。孫娘が祖父の死骸のそばで「私が殺した」と繰り返す「馬癇」、四人の男が高級料亭で酒宴を催したあと不可解な死を遂げる「脾臓虫」など全8話。
『前巷説百物語』に登場する本草学者・久瀬棠庵の若き日を描いた番外編。長屋に引き籠ったまま事件の謎を解く安楽椅子探偵ものですが、謎解き自体は軽め。その代わり、大家との掛け合いが面白い。
病葉草紙 (文春e-book)
京極 夏彦
文藝春秋
2024-08-07


58.名探偵の有害性(桜庭一樹) 
90年代に一世を風靡した名探偵。だが彼らもいつしか忘れられていった。そして、現在。人気のYouTubeチャンネルで、名探偵四天王の一人である五狐焚風が突如弾劾される。彼に人生を奪われたという謎の告発者は誰なのか?五狐焚風はかつての助手、鳴宮夕暮と過去の推理を検証する旅に出るが…。
謎解きよりも名探偵を時代の象徴として描いた世代論、及び青春時代を振り返るノスタルジーといった要素が強調された作品です。独特のテーマに共感できるか否かで評価が大きく変わりそうな問題作。
名探偵の有害性
桜庭 一樹
東京創元社
2024-08-30





59.歌人探偵定家: 百人一首推理抄(羽生飛鳥)
1186年。今は亡き平頼盛の長男である保盛は女のバラバラ死体が放置された現場に遭遇する。しかも、生首には紫式部の和歌が書かれた札が針で留められていたのだ。人々は鬼の仕業だと恐れる。一方、青年歌人の藤原定家は友人で死体検分の心得もある保盛を巻き込んで真相解明に乗り出すが…。
藤原定家が小倉百人一首に絡む事件の謎に挑む、異色の歴史ミステリーです。悲劇性の強かった平家物語推理抄と比べるとユーモアが強調されており、定家と保盛のバディものとしても楽しめます。
歌人探偵定家: 百人一首推理抄
羽生 飛鳥
東京創元社
2024-06-12


60.イッツ・ダ・ボム(井上先斗)
日本のバンクシーとしてグラフィティライター界に旋風を巻き起こすブラックロータス。しかし、公共物は破壊しないという流儀を捨て去った作品、「VOTE ME」が物議を醸す。それを見て本にできるかもしれないと直感したウェブライターの私は、独自に調査を介して衝撃の事実に辿り着くが...。
第31回松本清張賞。ジャンルはクライムノベルですが、犯罪といっても所詮は落書きなのでサスペンス感は皆無です。その代わり、グラフィティに賭ける想いを掘り下げた青春小説として読み応えあり。
イッツ・ダ・ボム (文春e-book)
井上 先斗
文藝春秋
2024-09-10


61.嘘か真言か(五十嵐律人)
日向由衣は任官3年目の判事補。念願の刑事部に配属されるも先輩となる紀伊真言は評判の悪い裁判官だった。まるでプログラムを組むように淡々と裁判を進めていくというのだ。一方で、彼には被告人の嘘を見抜けるという噂もあった。上司の阿古部長からはその真偽を見抜けという課題を出されるが…。
全5編収録の連作ミステリ。無戸籍問題、生成AI、外国人の不法滞在などといった今日的な問題を法律の知識を駆使しながら独自のアプローチで解決していくのが興味深い。意外性も十分な佳品です。
嘘か真言か (文春e-book)
五十嵐 律人
文藝春秋
2024-08-26


62.密室法典(五十嵐律人)
霞山大学の法学部から、同大学のロースクールへと進学した古城行成はそこで奇妙な不可能犯罪を目撃する。密室状況にある模擬法廷の証言台の前で恐竜の着ぐるみを着せられた学生が縛られて倒れていたのだ。しかも、SNS上で犯人から挑戦状が投稿されバズっていた。果たして犯人の目的は?
前作のテーマだった法知識を用いての推理要素がきれいさっぱりなくなり、主役だった古城の出番も少なめ。各キャラを掘り下げた番外編的な作品ですが、法理を絡んだ事件の謎解きは安定の面白さ。
密室法典 (角川書店単行本)
五十嵐 律人
KADOKAWA
2024-04-24


63.家族解散まで千キロメートル(浅倉秋成 )
29歳月の喜佐周(きさ・めぐる)とその姉は実家暮らしを続けていたが、家が取り壊されることになり、それぞれ独立することに。ところが、引っ越し直後に物置から青森の神社で盗まれたはずのご神体が発見される。犯人は父だと考えた彼らはご神体を返却して許しを請おうとするが…。
過去の出来事が原因でギクシャクとした関係の家族がピンチを前に一致団結する物語は笑いあり、サスペンスありで読み応え十分。ただ、エピローグの家族論めいた話は説得力があまり感じられず。


64.ひとつの祖国(貫井徳郎)
ドイツの如く東西分断後に再統一されたもうひとつの日本。統一後も西との格差に苦しむ東日本で一条昇は図らずもテロ組織に加わることになってしまう。一方、昇の幼なじみで自衛隊特務連隊に所属する辺見公佑は相棒の香坂衣梨奈ともにそのテロ組織が関わっている事件を密かに追うが…。
今日的な社会問題を、パラレルワールドの日本というSF的な舞台を用いて語る物語はスケールが大きくて読み応え十分。登場人物も皆魅力的。ただ、大風呂敷を畳んでない点は賛否の分かれるところ。
ひとつの祖国
貫井 徳郎
朝日新聞出版
2024-05-07


65.クスノキの女神(東野圭吾) 
不思議な力を宿した楠とそれを管理する玲斗。ある日、女子高生の佑紀奈がその楠がある神社に詩集を置かせてくれと頼みにくる。一方、記憶障害の少年・元哉は、佑紀奈の詩集を見てインスピレーションを感じる。玲斗が2人を引き合わせたところ、彼らは意気投合してある計画を立ち上げるが…。
『クスノキの番人』に続くシリーズ第2弾。巧みな語り口で紡がれるハートフルで切ない話は読者の涙を誘います。また、一見無関係な強盗事件のエピソードと最後にリンクさせる手管も見事です。
クスノキの女神
東野 圭吾
実業之日本社
2024-05-23


66.ファラオの密室(白川尚史)
古代エジプト。死後にミイラとなった神官のセティは心臓の一部が欠けているために冥界の審判を受けられないと神々に告げられる。そこで、仮初めの命によって蘇り、自分の死の真相を調べ始める。だが、その最中に先王のミイラが玄室から忽然と消えて大神殿で発見されるという事件が起き…。
第22回『このミステリーがすごい!』大賞大賞受賞作品。ミステリとしてはやや弱いものの、神話じみた物語と謎解き要素のバランスが良く、エンタメとして読み応えある作品に仕上がっています。
ファラオの密室
白川尚史
宝島社
2024-01-09


67.1ーONEー(加納朋子 )
玲奈は大学合格のお祝いに送られた子犬をゼロと名付けて溺愛し、ついには彼を主人公にした小説を小説投稿サイトにアップする。それを気に入った読者から感想が届き、DMでやりとりをするようになっていく。ところが、それからしばらくして玲奈の周りに不審人物が現れるようになり…。
駒子シリーズの番外篇的な作品です。過去作と比べると謎解き要素はかなり薄くなったものの、ほっこりして少し切ないシリーズならではの雰囲気は健在。健気で可愛らしい犬たちも魅力的です。


68.燃える氷華(斎堂琴湖)
大宮署の刑事・蝶野未希は17年前に息子の遥希を亡くしていた。何者かによって廃工場の冷蔵庫に閉じ込められた結果による死だったが、事件は未だ未解決のままだ。ある日、遥希の葬儀を執り行なった葬儀社の社員が車の爆破事故で命を落とす。しかも、数日後にはその社員の元同僚が刺殺され...。
第27回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。関連性の不明な2つの事件が意外なところで繋がっていく展開が見事です。テンポもよく新人の書いた警察小説としてはかなり読み応えがある作品。
燃える氷華
斎堂 琴湖
光文社
2024-03-21


69.時の睡蓮を摘みに(葉山博子)
1936年。旧弊な日本の社会に馴染めない滝口鞠は綿花交易を営む父を頼ってフランス領のインドシナに渡り、そこで地理学を学ぶ。そして、外務書記生の植田、暗躍する商社マンの紺野、憲兵の前島といった人々との関わり合いのなかで、彼女は植民地の非情な現実を知ることになるのだが…。
第13回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作品。日本軍進駐前後のハノイを活き活きと描いており、時代の空気感を見事に再現しています。人権を無視した植民地支配に対する登場人物たちの怒りの物語として読み応えのある力作です。
時の睡蓮を摘みに
葉山 博子
早川書房
2023-12-20


70.ブラック・ショーマンと覚醒する女たち(東野圭吾)
ハワイに別荘を持っているという男に口説かれている女に対してバーのマスターである元マジシャンがある忠告をする「トップハンド」、医者と不倫をしていた女が彼の死後に別の愛人がいたのではないかと疑う「マボロシの女」、婚活女性の前に理想の男性が現れる「査定する女」など、全6篇収録。
シリーズ第2弾。元マジシャンの神尾武史と姪の真世が女性の悩みを解決する連作集です。ミステリとしてはそこそこですが、2人の凸凹コンビぶりが楽しく、一筋縄ではいかない展開も読みごたえあり。



2024年12月6日追記
予想結果
ベスト5→5作品中2作的中 
ベスト10→10作品中7作的中
 ベスト20→20作品中13作的中
 順位完全一致→20作品中3作

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最新更新日2024/04/11/18☆☆☆

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このミス2025
対象作品である2023年10月1日~2024年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします


このミステリーがすごい!海外版最終予想(2024年11月18日)

1位.両京十五日(馬伯庸)
1425年。明の皇太子・朱瞻基は皇帝に命じられ、首都の北京から南京へと遣わされる。だが、朱瞻基を乗せた船が南京に到着した途端に爆破されてしまう。さらに、皇帝が危篤との報が届き、朱瞻基は捕吏・呉定縁、下級役人・于謙、女医・蘇荊渓らの力を借りて北京への帰還を目指すが...。
誰が味方で誰が敵なのかも分からないなかでの脱出行は非常にスリリング。中国の史実を踏まえながらもダイナミックに展開していく冒険行は読み応え満点。特に、後半の紫禁城攻略戦は手に汗握ります。


2位.ビリー・サマーズ(スティーヴン・キング)
ビリーは狙った獲物は決して逃さない凄腕の殺し屋であり、悪人以外の殺しを請け負わないことを信条としていた。そんな彼も引退を決意する日が訪れ、最後の仕事を引き受ける。標的は暴行と強姦未遂で収監中の男。ビリーは標的が裁判所に移送されるわずかな隙に狙撃を行うべく準備を進めていくが…。
作家デビュー50周年記念作品。話は、殺し屋の最後の仕事という定番ネタですが、作中作を挿入するなど、キングならではのディテールの細やかさが楽しい。哀切に満ちたラストも胸に染み入ります。
ビリー・サマーズ 上 (文春e-book)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2024-04-08


3位.死はすぐそばに(アンソニー・ホロヴィッツ)
テムズ川沿いの高級住宅地に住む、やり手のヘッジファンドマネージャーがクロスボウの矢で殺害される。彼はこの住宅地の新参者で多くのご近所トラブルを抱えていた。住人全員が彼に対して我慢を重ねており、要するに全員に動機があった。この難事件を前にして警察は探偵のホーソーンを招聘するが…。
シリーズ第5弾。ホーソンがホロビッツと出会う5年前の事件が描かれており、彼の過去の一端が明らかになります。ミステリ的にも手強い犯人とホーソンとの頭脳合戦と意外な結末は読み応えあり。


4位.終の市(ドン・ウィンズロウ)
アイルランド系マフィアのダニー・ライアンは東海岸で血で血を洗う抗争に巻き込まれる。彼はわずかな仲間たちと落ち延びたラスヴェガスで王国を築き、カジノホテル業界で陰の実力者としてのし上がっていく。だが、FBIとマフィアにつけ狙われ、ダニーは再び血の抗争へと身を投じていくが…。
ダニー・ライアン三部作の完結篇。全2作に比べと読み応えが格段に増し、特に終盤の畳みかける展開が素晴らしい。ウィンズロウの引退作に相応しい、これぞピカレスクロマンというべき傑作です。
終の市 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-06-18


5位.邪悪なる大蛇(ピエール・ルメートル)
マティルドは63歳の未亡人。戦時中にレジスタンスだった彼女は、戦後凄腕の殺し屋として仕事をこなしてきた。しかし、戦中からの同志で殺しの依頼をしているアンリは、彼女が認知症であることに気づく。一方のマティルドは、認知症の影響によってかつて抱いていたアンリへの恋心が蘇り…。
1985年が舞台の犯罪小説。最大の見どころはマティルドの暴走ぶりで、殺しの腕はそのままなのに記憶が失われて抑えが効かなくなっていくのが恐ろしい。アンリとの攻防がスリリングな傑作です。
邪悪なる大蛇 (文春e-book)
ピエール ルメートル
文藝春秋
2024-07-22


6位.すべての罪は血を流す(S・A・コスビー)
アメリカ南部の小さな町のハイスクールで黒人の青年が発砲事件を起こし、教師を殺害する。犯人は射殺されたが、説得にあたっていた黒人保安官のタイタスに対しては「先生の携帯を見て」との言葉を残していた。被害者の携帯を調べてみると、狼のマスクを被った男たちによる殺人の記録が…。
アメリカ南部における黒人差別の現状を臨場感豊かに描いた作品で、登場人物たちの痛みがひしひしと伝わってきます。そのなかにあって、タフで高潔な主人公が魅力的。緊迫感あふれる傑作です。
すべての罪は血を流す (ハーパーBOOKS)
S・A コスビー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-05-17


7位.サリー・ダイヤモンドの数奇な人生(リズ ・ニュージェント)
42歳のサリー・ダイヤモンドは町外れで養父とともに引きこもりの生活を送っていた。彼女には養子となった6歳以前の記憶がない。ある日、父が亡くなったので焼却炉で遺体を焼いたところ警察が駆けつけ大騒ぎになってしまう。マスコミが殺到するなか、サリーの出生の秘密が徐々に明らかになり…。
監禁、洗脳、虐待と胸くそ悪い要素がてんこ盛りで後味も決して良いとはいえません。しかし、サリーのキャラクターが魅力的なことに加えて、先の読めない展開には否応なく引き込まれていきます。
サリー・ダイヤモンドの数奇な人生 (ハーパーBOOKS)
リズ・ニュージェント
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-08-23


8位.弟、去りし日に(R・J・エロリー)
1992年8月。保安官であるヴィクター・ランディスのもとに弟のフランクが亡くなったとの報が届く。車に何度も轢かれて殺されたのだという。弟とは憎しみあった末に疎遠になっており、悲しみの感情が湧くことはなかった。だが、10歳になるフランクの娘から真相を調べてほしいと頼まれ…。
物語としてはシンプルな一方、無駄がなく、歯切れの良い文体に引き込まれていきます。人物描写や会話の巧さやも一級品。ハードボイルドでありながらエモーショナルな描写に心揺さぶられる傑作です。
弟、去りし日に (創元推理文庫)
R・J・エロリー
東京創元社
2024-09-28


9位.喪服の似合う少女(陸秋槎)
1930年代の中国。女探偵・劉雅弦の元を15、6歳の令嬢・葛令儀が訪れる。2週間前から家族ごと行方不明になっている友人・岑樹萱を探してほしいというのだ。劉は調査を開始するが、岑樹萱を深く知る者は誰もいない。さらに調査を進めるなかで彼女は死体を発見し、挙げ句、殺人容疑で逮捕され…。
百合ミステリの書き手である著者がロス・マクドナルドの影響を受けて書き上げた女性中心のハードボイルド。ロスマク的な地道な捜査や家庭の悲劇に中国文学の要素を絡めたドラマは読み応えあり。


10位.検察官の遺言(紫金陳)
大きなスーツケースを引いて駅へと向かった男は、中身のチェックを要求する警備員を振り切って逃げだした。男を拘束し、スーツケースの中身を確かめると江検察官の遺体が出てきた。犯行を認めた男・張弁護士は起訴されるも、裁判では一転無罪を主張する。彼には鉄壁のアリバイがあったのだ。
物語に深みがない反面、リーダビリティが高く、冒頭のから一気に惹き込まれていきます。逮捕された弁護士の不可解な言動に振り回されながらも事件の核心に迫っていく展開もスリリングです。高いエンタメ性を兼ね備えつつ、中国社会の腐敗に斬り込んだ社会派ミステリとしても読み応えあり。


11位.ぼくの家族はみんな誰かを殺してる(ベンジャミン・スティーヴンソン)
カニンガム一家は全員が人殺しの曰く付きの家族だ。だが、彼らは別に異常者ではなく、善人と呼べる人間も少なくない。そんな彼らが、一族の一人であるキャサリンの呼びかけに応じて雪山のロッジに集まる。しかし、その翌日に雪山で死体を発見。皆が怪しい動きを見せるなか、第2の殺人が…。
オーストラリア産の本格ミステリ。冒頭でノックスの十戒を引用しつつ、古典的な探偵小説を現代風にアレンジしているのが楽しい。コメディアン出身の著者による語り口も軽快で、謎解きも一級品です。
ぼくの家族はみんな誰かを殺してる (ハーパーBOOKS)
ベンジャミン・スティーヴンソン
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-07-24


12位.ウナギの罠 (ヤーン・エクストレム )
ウナギ漁に使う箱形の仕掛けの中で地元大地主の撲殺死体が発見された。しかも、入り口は施錠されていて、鍵は被害者のポケットに入っていた。つまり、現場は密室ということになる。しかも、事件の夜に被害者が奇妙な行動をしていたことが判明する。ドゥレル警部は様々な可能性を検討していくが...。
1967年発表の北欧ミステリー。村の人間関係が複雑で最初は読みづらさを覚えるものの、人間描写が巧みで次第に引き込まれていきます。密室殺人とそれに付随するプロットが秀逸な本格ミステリの傑作。
ウナギの罠 (海外文庫)
ヤーン・エクストレム
扶桑社
2024-03-27


13位.DV8 台北プライベートアイ2(紀 蔚然)
私立探偵の呉誠は大家に家を追い出され、台北郊外の街・淡水に越してきた。ある日、行きつけのバー・DV8で安安という女性から人探しの依頼を受ける。だが、人探しをしているうちに、20年前に容疑者死亡で幕を閉じた連続殺人事件に関する疑惑が浮上する。呉誠は真相に迫っていくが…。
シリーズの第2弾。人間くさい呉誠のハードボイルドストーリーは相変わらず面白く、台湾独自の猥雑な空気感も魅力的です。地道な捜査で真相に迫っていくプロセスも捜査小説として読み応えあり。


14位.ボタニストの殺人 (M・W・クレイヴン) 
不気味な詩ともに押し花が送られてきた著名人が殺されるという事件が連続して起きる。しかも、現場は雪に閉ざされた密室だった。NCAのワシントン・ポーが事件の謎に挑むなか、彼の同僚である病理学者のが殺人容疑で逮捕される。ボタニストと名乗る犯人は巧みに世論を味方につけていくが...。
シリーズ第5弾。800ページと過去最長ながら、掛け合い中心のテンポの良い物語はキャラクターの魅力も相俟ってエンタメミステリとして極上の出来。グロ描写も控えめで万人向けの佳品です。


15位.恐怖を失った男(M・W・クレイヴン)
元連邦保安局SOGのベン・ケーニグは指名手配犯として拘束される。ベンの前に現れたのは連邦保安官局時代の上司、ミッチ・バリッジだった。彼の娘・マーサは行方不明となっており、その捜索をベンにしてほしいというのだ。ベンはマーサの行方を追って、ワシントンD.C.へと向かうが…。
一人称のモノローグとはいえ、主人公は銃や格闘技の蘊蓄を得々と語るような性格でカバー絵のイメージと随分違いますが、その蘊蓄が楽しい。ややご都合主義的ではあるものの、アクションも痛快。
恐怖を失った男 (ハヤカワ文庫NV)
M・W・クレイヴン
早川書房
2024-06-05


16位.ウォッチメイカーの罠(ジェフリー・ディーヴァー)
高層ビル建設現場でクレーンが倒壊する事故が起き、その直後に過激派組織からの犯行声明が出された。富裕層のための都市計画を中止しないと同じことを繰り返すというのだ。捜査協力を要請されたリンカーン・ライムが事件を精査した結果、恐るべき結論に達する。これはウォチメイカーの仕業だと。
最強の敵ウォチメイカー再登場のシリーズ第16弾です。二転三転の展開は安定の面白さですが、大一番だけにより突き抜けた何かが欲しかったところ。とはいえ、敵味方とも後継者誕生の流れは熱い。
ウォッチメイカーの罠 リンカーン・ライム (文春e-book)
ジェフリー・ディーヴァー
文藝春秋
2024-09-24


17位.黒い錠剤 スウェーデン国家警察ファイル(パスカル・エングマン)
ストックホルムで発見された女性の刺殺死体。捜査線上に交際相手の男性が浮上する。彼は服役中だったが、事件当夜は仮釈放されていたのだ。だが、国家警察殺人捜査課の女性警部・ヴァネッサの元に彼の無罪を訴える女性が現れる。一方、人気TV司会者の愛人が失踪する事件が起き…。
北欧ミステリーらしい陰鬱な作品ながら、短いスパンでシーンが切り替わっていくのでテンポ良さは一級品です。群像劇仕立ての物語が伏線を回収しながら一点に収縮していく展開が読みどころ。


18位.あの夏が教えてくれた(アレン・エスケンス)
15歳のボーディは母とともに片田舎で暮らし始めるのが、学校に馴染めず、早く町から出ようとバイトにいそしんでいた。ある日、町最大の企業に勤める黒人女性が謎の失踪を遂げる。しかも、ボーディが慕っていた隣人のホークは彼女の元上司であり、2人の間には噂があったというのだが…。
『たとえ天が墜ちようとも』に弁護士として登場したボーディ・サンデンの少年時代を描いた青春ミステリです。人々との交流を通して成長していく展開は王道的ですが、もの悲しい結末が切なすぎます。
あの夏が教えてくれた (創元推理文庫)
アレン・エスケンス
東京創元社
2024-03-29


19位.死刑執行のノート (ダニヤ・クカフカ)
死刑囚のアンセル・パッカーは刑の執行を12時間後に控えていたが、誰もが生きるチャンスを与えられるべきと考え、刑務官を丸め込んでの脱獄を企てていた。一方、母親のラヴェンダー、元妻の双子の妹であるヘイゼル、ニューヨーク州警察捜査官サフィの3人の女性が語る彼の46年の人生とは?
2023年度のエドガー賞で事件の当事者たちがそれぞれの人生に与えた影響を浮かび上がらせる文学性の強い作品。脱獄サスペンスを期待すると肩透かしですが、ずしりと重い人間ドラマとしては読み応えあり。
死刑執行のノート (集英社文庫)
ダニヤ・クカフカ
集英社
2024-01-11


20位.狂った宴(ロス・トーマス)
アフリカの小国・アルバーティアで国家元首を決める初の選挙が行われることになる。大手広告大手広告代理店広報部のアップショーは依頼人の候補者に勝たせるべく、辣腕選挙コンサルタントであるシャルテルに協力を要請する。2人は裏工作を含めた巧みな戦術で有利に選挙戦を戦っていくが...。
1966年発表のデビュー第2作。選挙の仕組みを説明しながら描かれる権謀術数を駆使した選挙戦が面白い。しかし、もちろんそれだけで終わるはずはなく、終盤のカオスな展開はさすがロス・トーマス。
狂った宴 (新潮文庫 ト 25-3)
ロス・トーマス
新潮社
2024-07-29



その他注目作50

21.極夜の灰(サイモン・モックラー)
1967年。北極圏にある米陸軍極秘基地で火災が発生。発電室で出火し、隊員2名が死亡したというのだ。しかも、そのうち一人は骨と歯を残して消し炭と化していた。唯一の生存者であるコナーは重度の火傷を負い、記憶を失っている。精神科医のジャックはコナーと対峙し、真相を探っていくが...。
冷戦を背景にした陰謀渦巻くスリラー作品ですが、どんでん返しのネタは比較的早期に気付くかもしれません。しかし、そこからさらなるどんでん返しが炸裂します。張り巡らされた伏線も見事です。
極夜の灰 (創元推理文庫)
サイモン・モックラー
東京創元社
2024-08-22


22.モルグ館の客人(マーティン・エドワーズ)
女性犯罪学者のレオノーラは、殺人事件の容疑者となりながらも法の裁きを免れた3人をモートメイン館でのパーティーに招待する。その館は呪われた一族の末裔で自身も病身の夫・フェニックスが継承したものだ。招待客の一人・名探偵レイチェルは新聞記者ジェイコブとともに館を訪れるが…。
『処刑台広場の女』から続くスリラー作品ですが、伏線の張り方は巧みで謎解き要素も充実しています。先の読めない展開にはかなり引き込まれる一方で、物語が動き出すまでが遅くて退屈する面も。


23.ミゼレーレ(ジャン=クリストフ・グランジェ)
パリの教会で聖歌隊指揮者の男が殺された。しかも、彼の鼓膜は突き破られており、付近には子どもの足跡が残されていた。続いて起きる第2第3の殺人、死体の周囲に血文字で書かれたミゼレーレの歌詞。この異様な事件に定年退職した元警部と、薬物依存症で休職中の青少年保護課刑事が挑むが…。
謎が謎を呼ぶ展開が面白く、ナチ残党や謎のカルト教団等の要素を絡めて疾走感とともに語られる物語が魅力的です。ただ、かなりグロい点は好みが分かれるところ。最期の決着があっけないのが残念。
ミゼレーレ 上 (創元推理文庫)
ジャン=クリストフ・グランジェ
東京創元社
2024-09-28


24.魂に秩序を(マット・ラフ)
幼少時の虐待が原因で多重人格障害を発症させたアンディ。彼は別人格のアーロンによって混沌となった意識を秩序をもたらすために、渉外役としてアンドルーという新たな人格を生み出していた。あるとき、VRソフトを開発する制作会社で自分と同じように多重人格障害を抱える女性に出会うが...。
2003年発表。多重人格を軸にしたエンタメ巨編であり、ミステリ、SF、冒険、恋愛など、様々なジャンルの魅力を堪能できる大作です。ただ、1000ページ超はさすがに長すぎると感じる人もいるかも。
魂に秩序を (新潮文庫 ラ 21-1)
マット・ラフ
新潮社
2024-06-26


25.ほんとうの名前は教えない(アシュリィ・エルストン)
生きるために他人になりすまして仕事をしてきた“わたし”。今回の指令はエヴィという女になってルイジアナ州で暮らすライアンという男の裏家業について調べろというものだ。ライアンの恋人になり、順調に調査を続けていたが、パーティで自分にそっくりで自分の本名を名乗る女性と出会い…。
主人公にそっくりな女の正体は早々に明らかになるので肩透かしを覚えますが、面白いのはそこから。主人公の活躍が爽快で終盤の盛り上がりも文句なし。ただ、敵が小者なのはもの足りないかも。
ほんとうの名前は教えない (創元推理文庫)
アシュリィ・エルストン
東京創元社
2024-08-30


26.終わりなき夜に少女は (クリス・ウィタカー)
1995年。少女誘拐事件が頻発する町で15歳の少女・サマーが失踪する。書置きが残されていたことから家出だと結論付けられるも、双子の妹のレインは独自に姉を探し始める。自分を置いて独りで出ていくはずがないと考えていたからだ。だが、次第に自分の知らない姉の姿が浮かび上がっていき...。
双子の姉妹とレインをサポートする少年2人の心情が丁寧に描かれており、極上の青春ミステリに仕上がっています。鬱積したものを抱える警察署長のキャラも魅力的。ただ、事件そのものはやや不自然。
終わりなき夜に少女は
クリス ウィタカー
早川書房
2024-05-22


27.終着点(エヴァ・ドーラン)
ロンドンの集合住宅の一室。幸せな家庭生活を営んでいた夫婦はやがていがみ合うようになり、もうここにはいない。今いるのはエラと一つの死体だ。彼女は見知らぬ男に襲われて、身を守ろうとして殺してしまったのだという。死体は身元もわからないままエレベーターのシャフトに隠されるが...。
エラとモリーの2人の視点から語られる物語ですが、エラ視点では話は未来へと進んでいくのに対し、モリー視点では過去に遡っていく構成がユニーク。技巧に満ちた佳品ですが、読みにくいのが難。
終着点 (創元推理文庫)
エヴァ・ドーラン
東京創元社
2024-08-22


28.受験生は謎解きに向かない (ホリー・ジャクソン)
ピップたちは試験休みに友人宅に集まって犯人当てゲームを始める。ゲームの舞台は1924年。孤島に建てられた豪邸で大富豪が殺されるという設定だ。ゲームの参加者は7人。果たして誰が犯人なのか?受験が気になり、最初は乗り気でなかったピップも次第にゲームにのめり込んでいき…。
ピップ3部作の前日譚。巻が進むごとに深刻の度合いが増していった本編とは異なり、気軽に楽しめる仕上がりに。推理劇もメタ的なミステリとして面白い。ただ、175pで1冊は少々ボリューム不足。


29.エイレングラフ弁護士の事件簿(ローレンス・ブロック)
マーティン・エイレングラフは依頼を果たすためには手段を選ばない悪徳弁護士。あるとき、中年の婦人が訪れ、殺人容疑で逮捕された息子を救ってほしいと訴える。エイレングラフは彼女の息子を裁判すらせずに釈放させることを約束し、実際にそうなった。しかし、夫人は成功報酬を出し渋り...。主人公はダークヒーローなどではなく、根っからの悪人。それ故、紳士的な態度をとりながらのやりたい放題が一種の爽快感へと繋がっています。ただ、毎回同じパターンなので途中で飽きるかも。
エイレングラフ弁護士の事件簿 (文春文庫)
ローレンス ブロック
文藝春秋
2024-09-04


30.動物城2333(荷午)
人間に匹敵する知能を得た動物たちは独立を望むが、人類はそれを受け入れられずに戦争となる。長い戦いを経て終戦を迎え、冷戦状態に移行するも、動物王国の首都・動物城で人類側の大使が殺されてしまう。新たな戦争の危機を前に探偵・ブレーメンはカエルのアグアとともに調査に乗り出すが…。
動物の国を舞台にした特殊設定ミステリであるですが、世界のルールが明確な示されてないので本格としては今ひとつ。その代わり、人間を痛烈に皮肉った社会派ミステリーとして読み応えあり。
動物城2333
王小和
講談社
2024-07-17


31.友情よここで終われ (ネレ・ノイハウス)
有名編集者のハイケが謎の失踪を遂げる。しかも、自宅の扉に血痕が残されており、2階には老人が鎖で繋がれていた。やがて、血痕はハイケのもので老人は彼女の父親であることが判明する。そして、捜査線上には彼女に作品の剽窃を暴かれたベストセラー作家が容疑者として浮上するが…。
オリヴァー&ピア・シリーズ第10弾。舞台となる出版界の描写が興味深い。登場人物が多すぎて読むのに苦労する面はあるものの、過去の出来事が次々と繋がっていく後半の展開はさすがの面白さ。
友情よここで終われ (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2024-02-13


32.サヴァナの王国(ジョージ・ドーズ・グリーン)
ジョージア州のサヴァナ。バーの店先で考古学者の黒人学者が拉致され、止めに入ったホームレスの青年が刺殺される。その後、青年の遺体は全焼した空き家で発見され、所有者のグスマンが保険金目的の放火として逮捕される。彼は探偵事サヴァナ社交界を牛耳る老婦人に真相解明を依頼するが…。
奴隷制度など、米国南部の歴史に根ざした物語なのですが、登場人物が多いうえに話が散漫としていて読み進めるのに一苦労。しかし、後半に入ると話が繋がっていき、どんどん面白くなっていきます。
サヴァナの王国 (新潮文庫 ク 44-1)
ジョージ・ドーズ・グリーン
新潮社
2024-07-29


33.嵐にも負けず(ジャナ・デリオン )
嫌味なシーリアの新町長就任に加え、長年行方不明だった彼女の夫・マックスが現れたことで街は不穏な空気に包まれていた。そんな最中にハリケーンが襲来し、あとにはマックスの射殺死体と宙を舞う大量の偽札が残される。さらに、CIA工作員のフォーチュンは恋人のカーターに正体がバレてしまい...。
ワニ町シリーズも第7弾となり、物語は大きく動きます。お馴染みの面々が災厄に立ち向かうシリアス多めの展開ながら、笑いもきっちり盛り込み、おばあちゃんたちも大活躍の快作に仕上がってします。


34.リスボンのブック・スパイ(アラン・フラド)
1942年。ニューヨーク公共図書館の司書マリアは、大統領令に基づいてポルトガルのリスボンに旅立った。彼女の使命はその地で身分を偽り、枢軸国の刊行物を収集することだった。一方、リスボンで書店を営む青年ティアゴは、書類偽造の天才ローザとともにユダヤ人の逃亡を援助していたが…。
訓練を一切受けていない女性がスパイとして孤軍奮闘するさまはスリリングで読み応えあり。主人公の成長物語としてもよく出来ています。ただ、設定の割に本に関する話題が少ない点はものたりなさも。
リスボンのブック・スパイ
アラン・フラド
東京創元社
2024-09-28


35.暁の報復 (C・J・ボックス)
猟区管理官ジョー・ピケットは知人のファーカスからダラス・ケイツとその仲間がジョーを襲う相談をしていたとの情報を得る。ダラスは娘の元恋人で、一家破滅の一因となったジョーを激しく恨んでいた。やがて、ファーカスの遺体が発見されると同時にジョーの一家に危機が襲いかかり…。
ジョー・ピケットシリーズ第18弾であり、ストリー的には第16弾『嵐の地平』の後日談にあたります。ジョーを中心とした家族の絆に感動し、二転三転の展開に手に汗を握ります。安定の面白さです。


36.副大統領暗殺(リー・チャイルド)
放浪中のリチャードのもとに、シークレットサービスの幹部で亡兄の恋人だったフレイリックから依頼が届く。暗殺予告の届いた次期米副大統領を守ってほしいというのだ。リーチャーは戦友のニーグリーに協力を仰ぎ、依頼に応じる。果たして彼らは副大統領を守ることが出来るのか?
本国アメリカでは2002年に発売されたジャック・リーチャー・シリーズの第6弾です。既巻28の本シリーズにあってかなり初期の作品ですが、古臭さを感じることもなく、安定の面白さを誇っています。
副大統領暗殺(上) (講談社文庫)
リー・チャイルド
講談社
2024-08-09


37.復活の歩み リンカーン弁護士(マイクル・コナリー)
罪なき囚人を救ったことで刑事弁護士ミッキー・ハラーの元には冤罪を訴える囚人の手紙が殺到。ハラーの異母兄で元ロス市警刑事のハリー・ボッシュはその中から前夫を殺害したとされるルシンダ・サンズの訴えを取り上げる。事件の再調査を開始するが、その矢先に2人の自宅に何者かが侵入し...。
ハリー・ボッシュシリーズともクロスオーバーしているリンカーン弁護士シリーズ第7弾です。ツボを押さえた安定の面白さで、少々マンネリ気味ながら、緊迫の法廷シーンはやはり読み応えがあります。
復活の歩み リンカーン弁護士(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー
講談社
2024-09-13


38.止まった時計(ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ)
ワシントンDCの閑静な住宅街。かつての人気女優ニーナ・ワンドレイが命を狙われ、瀕死の重傷を負う。彼女は薄れゆく意識の中で犯人がとどめを刺しに戻ってくることを恐れる。同じ頃、彼女の元夫たちが再会を意図してニーナに元に向かっていた。ニーナの脳裏には元夫らの日々が巡っていくが...。
怪作『赤い右手』で知られる著者の1958年の作品です。犯人の襲撃を受けた主人公が薄れゆく意識のなかで回想していく波乱万丈の物語は読み応え十分。ただ、偶然の多用は賛否の分かれるところ。
止まった時計 (ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション 1)
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ
国書刊行会
2024-09-09


39.悪なき殺人 (コラン・ニエル)
酪農が盛んなフランス山間部の村。父から牧場を譲り受けたアリスは、酪農農家を助ける福祉委員を務めていたが、やがて訪問先の男と不倫関係に陥ってしまう。一方、村にはパリで成功して戻ってきた男が暮らしているのだが、彼の妻が山へトレッキングに出掛けたまま行方知れずとなり…。
5人の視点から語られる心理サスペンス。話は地味ながら語り手が代わるたびに徐々に真相が明らかになっていく展開がスリリングです。さまざまな人間の思惑が絡み合った末の皮肉な結末も秀逸。
悪なき殺人 (新潮文庫 ニ 4-1)
コラン・ニエル
新潮社
2023-10-30


40.屍衣にポケットはない(ホレス・マッコイ)
地方紙の新聞記者であるドーランは真実の追求よりも広告収入を気にする新聞社に失望して辞職を決意射する。そして、自ら雑誌を創刊し、患者殺しの医師や人種差別組織などを次々と告発していく。結果、多くの読者を獲得するも古巣の新聞社からの圧力や資金難など、さまざまな苦難に直面し....。
時代を先取りした、1937年発表のハードボイルドです。理想のためには妥協しない主人公の姿勢が尋常ではなく、その極端さも本作の魅力となっています。社会派として色々考えさせられる作品です。
屍衣にポケットはない (新潮文庫 マ 34-1)
ホレス・マッコイ
新潮社
2024-01-29


41.山の王(アンデシュ・デ・ラ・モット)
ウェーデン・マルメ警察署重大犯罪課の女性警部レオ・アスカーは、資産家の娘スミラと大学生で元恋人のマリクが失踪した事件を担当するも、資産家の顧問弁護士である母親イザベルの差し金で捜査から外されてしまう。しかも、署の地下にある迷宮入り事件専門の謎の部署に異動させられてしまい…。
既視感の強い設定ながらも、語り口が巧みで話に引き込まれていきます。テンポも良く、事件が解決に至るまでの流れも悪くありません。ただ、刑事たちの個性か十分には活かし切れていないのが難。
山の王(上) (扶桑社BOOKSミステリー)
アンデシュ・デ・ラ・モッツ
扶桑社
2024-09-27


42.蜘蛛の巣の罠(ラーシュ・ケプレ)
最凶のシリアルキラー、ユレック・ヴァルテルとの長き闘いに終止符が打たれたかに思われた矢先、療養中のサーガのもとに連続殺人を仄めかす絵葉書が届く。それから3年。国家警察長官マルゴット・シルヴェルマンが突如失踪し、後に体で発見される。それは葉書の記述と全く同じ状況で…。
ヨーナ・リンナ刑事シリーズの第10弾。今回は人が死にすぎでグロテスクで陰鬱な展開が続きます。衝撃度ではシリーズ随一ですが、ここまで死者が多いと、シリーズの行く末が心配になってきます。
蜘蛛の巣の罠(上) (扶桑社BOOKSミステリー)
ラーシュ・ケプレル
扶桑社
2024-03-02


43.暗殺者の屈辱(マーク・グリーニー)
ジェントリーは敵対関係にあるはずのCIAから依頼を受ける。彼をターゲットにすることをやめる代わりに、米露両国の極秘情報を収めたデータの端末を確保してほしいというのだ。だが、結果はGRUの工作員マタドールに先を越されて失敗。ジェントリーは端末を追ってヨーロッパに渡るが...。
グレイマンシリーズの第12弾です。今回もアクションに次ぐアクションで読み応え満点。ロシアの裏金を巡ってロシア、アメリカ、ウクライナの工作員が繰り広げる三つ巴の戦いは手に汗握ります。
暗殺者の屈辱 上 グレイマン (ハヤカワ文庫NV)
マーク グリーニー
早川書房
2023-12-20


44.グッド・バッド・ガール(アリス・フィーニー)
80 歳のエディスは娘にロンドンのケアホームに押し込まれ、一方、18歳の介護スタッフ・ペイシェンスは母親と喧嘩して家を飛び出した身だった。そんな2人には通じ合うものがあり、世代を超えた友情を育んでいた。ところがある日、エディスが施設から失踪。おまけに署長の死体も発見され…。
2組の母娘が抱える秘密が次第に明らかになっていく話ですが、めまぐるしく視点を変えながらも淀みのない語り口に引き込まれていきます。ただ、ミステリーとしての着地点は比較的予想しやすい。
グッド・バッド・ガール (創元推理文庫)
アリス・フィーニー
東京創元社
2024-06-19


45.白薔薇殺人事件(クリスティン・ペリン)
ミステリ作家志望のアニーは大叔母に招かれる。彼女は大きな屋敷に住む資産家だが、16歳のときに占い師から告げられた殺されて死ぬという運命を信じていた。屋敷に到着すると、大叔母は床に倒れて死んでいた。続いて、一週間以内に犯人を見つければ遺産をすべて譲るという遺言状が公開され....。
主人公たちが犯人探しを競い合う姿がテンポよく描かれており、登場人物の多さも苦にならない面白さがあります。反面、犯人当てミステリの大傑作と喧伝している割にはミステリとしてはあっさり風味。
白薔薇殺人事件 (創元推理文庫)
クリスティン・ペリン
東京創元社
2024-07-11


46.エイリアス・エマ(エイヴァ・グラス)
英国新人スパイのエマに重要指令が下る。亡命したロシア人科学者風風の一人息子・マイケルを独力で保護しろというのだ。だが、ロンドンの監視カメラネットワークシステムはロシアの諜報員によってハッキングされていた。2人は夜の街でカメラを避けつつ、10キロ先にあるMI6本部へ向かうが...。
テンポが非常に良く、危機また危機の展開に手に汗握りるノンストップスパイアクションです。本編の合間に過去のエピソードが挿入されますが、それが良いアクセントになっており飽きさせません。
エイリアス・エマ (集英社文庫)
エイヴァ・グラス
集英社
2024-10-03


47.悪魔が唾棄する街(アラン・パークス)
1973年グラスゴー。ハリー・マッコイは対立関係にあったレイバーン部長刑事によって、12歳の少女が失踪した事件の捜査から外されてしまう。そんな折、ロックスターがホテルで奇妙な死体となって発見される。さらに、マレー警部から頼まれた家出した姪捜しの最中に惨殺時代を発見し…。
悪徳刑事が自分なりの正義を貫くマッコイシリーズ第3弾。満身創痍の彼が4つの事件を同時に追う物語は密度が高く、シリーズ最高の出来栄え。マフィアのボス・クーパーとの変わらぬ友情も読みどころ。
悪魔が唾棄する街 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アラン・パークス
早川書房
2024-03-21


48.もしも誰かを殺すなら(パトリック・レイン)
大富豪殺害の容疑で死刑になった新聞記者。その裁判の陪審員たちが雪深いの山荘に集まる。そこで、実は自分が犯人だという大富豪の弟の遺書が弁護士から公表される。しかも、彼の遺産は陪審員へ等分に分け与えるとも書かれていたのだ。それを契機に陪審員たちは次々と殺されていき…。
本作はB級ミステリーの女王ことアメリア・R・ロングの別名義作品です。作品の出来はその肩書きに違わぬもので荒削りながら、奇抜な殺害方法に推理合戦など、様々な趣向で楽しませてくれます。
もしも誰かを殺すなら (論創海外ミステリ 307)
パトリック・レイン
論創社
2023-12-06


49.ターングラス: 鏡映しの殺人(ガレス・ルービン)
1881年の英国。医師のシメオン・リーは、沿岸の島に建つターングラス館で暮らす司祭を訪ねる。だが、そこで発見されたのは複数の変死体だった。一方、1939年の米国では俳優志望のケン・コウリアンが推理作家主催のターングラス館でのパーティに参加するも、その作家は奇妙な死を遂げ…。
前後2分構成になっており、前から読むか後ろから読むかで物語の持つ意味合いが変わってくる構成がユニークです。読み込むことで深い余韻を味わえる点も美点ですが、ミステリとしては少々小粒。
ターングラス 鏡映しの殺人
ガレス ルービン
早川書房
2024-09-19


50.夜の人々(エドワード・アンダースン)
殺人と強盗未遂の罪で14歳にして終身刑となったボウイはやがて青年となり、囚人仲間のTダブやチカモウとともに刑務所を脱獄する。チカモウの従兄・ディーの家に向かう3人。彼の家にはキーチーという娘がいてボウイと彼女は惹かれ合っていく。だが、チカモウが警官2人を射殺してしまい…。
ノワール小説の原点ともいわれている1937年の作品ですが、現代のノワール小説と比べると随分牧歌的な感じがします。しかし、それが古典としてのの味わいとなっており、サブキャラの面々も魅力的。
夜の人々 (新潮文庫 ア 28-1)
エドワード・アンダースン
新潮社
2024-03-28


51.ナッシング・マン(キャサリン・R・ハワード)
イヴは12歳のとき、ナッシング・マンと呼ばれている殺人鬼に家族を惨殺される。以来彼女は復讐を誓い、成人後に事件の経緯をまとめたノンフィクション小説『ナッシング・マン』を出版する。そして、偶然それを読んだ警備員ジム・ドイルは作者が思った以上に真相に肉薄していることを知り…。
被害者が犯人に追いつめられるだけでなく、手記を読んだ犯人が心理的に追いつめられるシーンを挿入することでサスペスに重層性を持たせることに成功しています。ただ、結末は少々モヤモヤ。
ナッシング・マン (新潮文庫 ハ 59-2)
キャサリン・R・ハワード
新潮社
2023-12-25


52.悪い男(アーナルデュル・インドリダソン)
アパートの一室で喉を掻き切られた若い男の死体が発見される。その男はバーやレストランで出会った女性をクスリで眠らせて犯す、レイプの常習犯だったらしい。犯罪捜査官エーレンデュルが行方不明のなか、同僚のエリンボルクは現場に落ちていたスカーフの香りを頼りに捜査を進めるが…。
シリーズ第7弾。ただ、肝心のエーレンデュルは登場せず、その点は肩透かし。一方、物語は北欧ミステリらしい重苦しさに包まれていますが、レイプ被害者に向ける暖かな眼差しには救われる思い。
悪い男
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2024-01-19


53.誘拐犯(シャルロッテ・リンク)
ロンドン警視庁のケイト・リンヴィル刑事は父が惨殺された事件が解決したのち、現場となった生家を処分することにする。だが、今度は宿泊先の娘・アメリーが行方不明になる事件が発生し、同時に、1年前に失踪した少女が遺体となって発見されたのだ。果たして、2つの事件の繫がりとは?
上巻は事件が五里霧中のうえに、救出後何も語らないアメリー等、登場人物の言動にイライラ。しかし、下巻からは事件が大きく動き始め、一気に面白くなります。巧みな構成とラストの捻りが見事。
誘拐犯 上 (創元推理文庫)
シャルロッテ・リンク
東京創元社
2023-10-10


54.マクマスターズ 殺人者養成学校 (ルパート・ホームズ)
マクマスターズ校は謎の人物から多額の寄付金を受け、その資金を用いて殺人技術を教えていた。学校の場所は厳重に秘匿されており、学生でさえ所在を知らされていない。そして、マクマスターズ校が外界に出る方法は2つだけだ。すなわち、卒業するか、あるいは死体となって運び出されるか…。
本作は大きく前半と後半に分かれ、前半では学校の内部が詳細に描かれます。その独特の世界観も魅力的てわすが、白眉といえるのは後半です。卒業生3人の個々の活躍がスリラーとして読み応えあり。
マクマスターズ殺人者養成学校 (ハヤカワ・ミステリ)
ルパート・ホームズ
早川書房
2024-06-05


55.7月のダークライド( ルー・バーニー)
寂れた遊園地のアトラクションで働いていた青年ハードリーは、ガリガリに痩せた6、7歳の姉弟の肌に煙草の火傷痕を見つける。当局に通報するも相手にされなかったハードリーは見過ごすことができず、独自に調査を開始する。やがて、浮かび上がってきたのは裕福な家庭の裏に潜む麻薬組織の影で...。
気ままに生きてきた青年が事件を通して成長していく物語は青春ミステリーとして読み応えがありです。事件に関係ない描写が多い前半は冗長ながら終盤における怒涛の展開には引き込まれていきます。
7月のダークライド (ハーパーBOOKS)
ルー・バーニー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-02-16


56.夜間旅行者(ユン・ゴウン)
旅行会社ジャングルは戦場跡や被災地を巡るダークツアーを専門としている。企画担当のヨナはパワハラで業務を取り上げられ、不採算ツアーの査定を命じられる。身元を隠してベトナム沖の島ムイへのツアーに参加するヨナだったが、謎の一味かは新たなダークツアーを「捏造」するよう脅迫れ…。
異国に足を踏み入れた女性が悪夢めいた世界に呑み込まれていくというデビット・リンチ的な展開がスリリングです。また、現在社会の非人間性を暴く不条理社会派不条理ミステリーとしても秀逸。
夜間旅行者 (ハヤカワ・ミステリ)
ユン ゴウン
早川書房
2023-10-04


57.ポケミス読者よ信ずるなかれ(ダン・マクドーマン)
会員制狩猟クラブの集まりに何故か私立探偵であるマカニスが招待される。人里離れた会員用の別荘にたどり着くと、会員たちはクラブの存続問題で揉め始めた。やがて、湖で死体が発見された。しかも、折しもの嵐によって別荘は陸の孤島と化してしまう。こうして本格ミステリの舞台が整うが...。
物語は典型的なクローズドサークルものながら、常に作者の解説や蘊蓄が挿入されるメタミステリでもあります。真相自体は激しく好みが分かれそうですが、ミステリファンにとっては挿入部分が刺激的。
ポケミス読者よ信ずるなかれ (ハヤカワ・ミステリ)
ダン マクドーマン
早川書房
2024-04-05


58.ボストン図書館の推理作家(サラリー・ジェンティル)
作家志望のレオはボストン公立図書館を根城にし、オーストラリア在住の人気ミステリー作家・ハンナにメールで新作の進捗状況を尋ねていた。彼はハンナのベータ読者なのだ。一方、ボストン公共図書館の閲覧室で偶然隣り合わせた4人の男女は女性の悲鳴を耳にするが、悲鳴の主の姿はなく…。
現実と作中作が影響を及ぼし合いながら話が進んでいくメタミステリー。現実パートであるレオのメールが次第に不穏さを増し、作中作と現実との関係が次第に明らかになっていく展開がスリリングです。
ボストン図書館の推理作家 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サラーリ ジェンティル
早川書房
2024-03-06


59.車椅子探偵の幸運な日々(ウィル・リーチ)
難病を患い、車椅子での生活を送るダニエル。そんな彼の趣味は玄関のポーチから近所の様子を観察することだった。ある日、彼は以前から気になっていたアジア系の若い女性が男の運転するカマロに乗り込むのを目撃する。以降、彼女は消息を絶つ。ダニエルはネットを駆使して独自の捜査を始めるが…。
ミステリとしての驚きには欠けるものの、主人公が進行性の難病と闘いながら真相に迫っていくさまはサスペンスフルで読み応えがあり。ただ、アメリカならではのギャグやユーモアは好みが分かれそう。


60.ハーレム・シャッフル(コルソン ホワイトヘッド)
1959年ニューヨーク。アフリカ系アメリカ人のレイ・カーニーは数々の罪を重ねてきた父のようにはなるまいと、まっとうな生き方を心がけていた。だが、ある日強盗事件に巻き込まれ、ギャングと悪徳警官に目を付けられてしまう。自身と妻子をまもるため、カーニーは裏取引を重ねていくが…。
誠実な家具販売員でありながら、妻子を養うために裏で盗品取引を行っている主人公が、数々の窮地を乗り越えながらのし上がっていく物語。テンポがよくて読み応えのあるクライム小説の佳品です。
ハーレム・シャッフル
コルソン ホワイトヘッド
早川書房
2023-11-21


61.身代りの女(シャロン・ボルトン)
中高一貫教育の名門に通う6人の男女が卒業間近にハメを外し、泥酔して車で道路を逆走。結果、母娘3人の命を奪う大事故を起こしてしまう。仲間の一人、メーガンはある約束を条件に罪を一人で引き受ける。20年後。刑期を終えた彼女は社会的な成功を収めた5人の前に現れる。果たしてその約束とは?
メーガンの不気味な存在感が圧倒的です。保身しか考えない登場人物にいらつきつつも、彼女によって追い込まれていくさまに引き込まれていきます。テンポが良く、その末にたどり着く結末も衝撃的。
身代りの女 (新潮文庫 ホ 25-1)
シャロン・ボルトン
新潮社
2024-04-24





62.ガラム・マサラ!(ラーフル・ライ)
24歳のラメッシュは金持ちの子息の代わりに入学試験を受ける替え玉受験請負人だ。
あるとき、サクセナ家の子息・ルディの代わりに全国統一試験を受験するが、なんと全国1位を取ってしまう。ルディが世間からの注目を集め、ラメッシュは彼のマネージャーとなるも、2人は何者かに誘拐され…。
ジャンル的には誘拐サスペンスということになりますが、とにかく主人公の饒舌な語りが楽しくて痛快な作品に仕上がっています。加えて、現代インドの実態を浮き彫りにしていく描写も興味深い。 
ガラム・マサラ! (文春e-book)
ラーフル・ライナ
文藝春秋
2023-10-24


63.ワインレッドの追跡者: ロンドン謎解き結婚相談所 (アリスン・モントクレア)
結婚相談所を営むアイリスは通勤中にワインレッドのコートを着た女に尾行される。しかも、部屋には情報部時代の同僚で元恋人がいて、しばらくここに潜伏するという。しかたなく、共同経営者であるグウェンの家に泊めてもらうが、その2日後にアイリスの部屋から若い女性の死体が発見され…。
戦後のロンドンを舞台に元スパイと未亡人がコンビを組んで事件の謎に挑むシリーズ第4弾。今回はスパイ小説の要素も強く、各国入り乱れての展開がスリリング。2人の掛け合いも安定の面白さ。


64.鑑識写真係リタとうるさい幽霊(ラモーナ・エマーソン)
警察の鑑識写真係でネイティブアメリカンのリタは、生まれつき幽霊を観ることができた。幽霊が手がかりを教えてくれることもあるため、仕事の役には立つ能力だった。だが、交通事故現場に現れた幽霊は自分が殺されたと主張し、復讐の手伝いを強いてくる。リタは独自に調査を開始するが…。
主人公が鑑識絡みの仕事をしているために死体の様子が細かく描写され、やたらとグロいのは好みの分かれるところ。後半に描かれるネイティブアメリカンの歴史と居留地絡みのエピソードは感動的です。


65.マーリ・アルメイダの七つの月(シェハン・カルナティラカ)
1990年、内戦が続くスリランカのコロンボ。戦場カメラマンにしてゲイのアルメイダは、気が付くと冥界にいた。どうやら彼は死んだらしいのだが、内戦を終わらせるための重要な写真を公開するまでの猶予として1週間の期限が与えられる。しかし、彼の前にはさまざまな困難が立ち塞がり…。
ファンタジー要素を交えてスリランカの悲惨な実情を描いた作品です。しかし、その語り口は疾走感に満ち、ときにコミカルでさえあります。そのギャップが一種異能な迫力を醸し出している傑作。
マーリ・アルメイダの七つの月 上
シェハン・カルナティラカ
河出書房新社
2023-12-26


66.孔雀屋敷: フィルポッツ傑作短編集(イーデン・フィルポッツ)
過去の幻影を見る力がある孤独な女性教師と屋敷に住む老人とのふれ合いを描いた表題作、一夜に起きた3件の変死事件を鮮やかに解き明かす「三人の死体」、取るに足らないことに異常な執着を見せる男が鉄で出来たパイナップルの魅力に取り憑かれる「鉄のパイナップル」など、全6編収録。
名作『赤毛のレドメイン家』で知られる著者の初訳&新訳短編集。クラシカルで味わい深い作品が揃っていますが、なかでも犯人の異常心理を独自のタッチで描いた「鉄のパイナップル」が強烈。
孔雀屋敷 フィルポッツ傑作短編集 (創元推理文庫)
イーデン・フィルポッツ
東京創元社
2023-11-30


67.傷を抱えて闇を走れ (イーライ クレイナー)
貧困と義父からの虐待に耐えかねていた高校生のビリーは、劣悪な環境から脱出するために自らの才能を活かしてプロのアメフト選手を目指していた。だが、新シーズンが始まった日に自宅で義父の死体が発見される。しかも、その前日に義父と喧嘩をしていたビリーに嫌疑が向いてしまい…。
アメリカの陰鬱な田舎町の様子がリアルに描き出されるうえに堕ちていく人間を主題としているので読後はやるせない気持ちになってしまいます。爽快感は皆無ながらノワールとしては読み応えあり。
傷を抱えて闇を走れ (ハヤカワ・ミステリ)
イーライ・クレイナー
早川書房
2023-12-05


68.怪盗ギャンビット1 若き“天才泥棒”たち(ケイヴィオン・ルイス)
伝説的な怪盗一家の一人娘・ロザリンは盗みの才能に恵まれるも自身の望みは稼業から足を洗って普通の人生を送ることだった。ある日、ロザリンのミスで母親がつかまってしまい、10億ドルの身代金を要求される。途方に暮れる彼女の元に、盗みの技を競い合う、怪盗ギャンビットへの招待状が届き…。
ハリウッドで映画化決定のエンタメ色の強い作品です。読者を楽しませることに特化しており、敵味方がめまぐるしく変わっていくなかで盗みの技を競い合う大会は部類の面白さ。ただ、少々漫画的。


69.暗闇のサラ (カリン・スローター)
車で救急車に激突した女性が病院に搬送された。彼女は医学生で目が覚めたら車の中にいたという。そして、「あいつを止めて」との言葉を当直医のサラに残して息絶える。やがて男子学生が起訴されるが、彼の母親は研修医時代のサラの同僚だった。そして、この一件は15年前の事件と結びつき...。
ウィル・トレントシリーズ第11弾。今回は若い女性を標的とした連続レイプ事件を扱っており、性被害の深刻さに胸をえぐられます。一方、ミステリとしては犯人による手の込んだトリックが読みどころ。
暗闇のサラ 〈ウィル・トレント〉シリーズ (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター
ハーパーコリンズ・ジャパン
2023-12-15


70.ザ・ロング・サイド(ロバート・ベイリー)
テネシー州プラスキの高校がアメフトの試合でライバル校に歴史的勝利を収め、町は熱狂に包まれた。しかし、その翌朝、試合後にコンサートを行った地元人気バンドのカリスマシンガーが遺体となって発見される。容疑者として彼女の恋人で地元アメフトチームのスター選手のオデルが浮上するが…。
弁護士ボーセフィスシリーズ完結編。登場人物がほぼ黒人というのが異色ながら、熱いドラマに引き込まれていきます。前作で未解決の件が絡んでくるのもシリーズファンにとっては読みどころ。
ザ・ロング・サイド (小学館文庫)
ロバート・ベイリー
小学館
2024-02-06



2024年12月6日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中4作的中
ベスト20→20作品中11作的中
順位完全一致→20作品中3作品

最新更新日2024/11/14☆☆☆

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本ミス2025
対象作品である2023年11月1日~2024年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、ミステリーファンにあまり知られていない作家で出版社もマイナーといった場合は読んでいる投票者が少ないと判断し、傑作でも予想順位は低めになります)。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
2025本格ミステリ・ベスト10
探偵小説研究会
原書房
2024-12-09


本格ミステリベスト10国内版最終予想(2024年11月17日)

1位.地雷グリコ(青崎有吾) 

高校生たちがオリジナルのギャンブルで勝負する話ですが、各話には相手を欺くトリックや手の内を読み合う推理などがふんだんに盛り込まれており、その構造は本格ミステリとしての魅力に満ちています。どの勝負もワクワクするものばかりで、鮮やかに決まる逆転劇が痛快です。青崎有吾の異色傑作
地雷グリコ (角川書店単行本)
青崎 有吾
KADOKAWA
2023-11-27


2位.ぼくは化け物きみは怪物(白井智之)
異星人の化石から太古に起きたことを推理する「モーティリアンの手首」や繰り返される推理の果ての着地点に驚かされる「奈々子の中で死んだ男」など著者十八番のぶっ飛んだ設定と多重解決をふんだんに盛り込んだ短編集です。なかでも予言によって多重解決に必然性を持たせた「天使と怪物」が秀逸。
ぼくは化け物きみは怪物
白井 智之
光文社
2024-08-21


3位.少女には向かない完全犯罪(方丈貴恵)
両親を殺された少女・音葉と、ビルの屋上から突き落とされて生霊と化した完全犯罪請負人がコンビを組んで連続殺人犯に立ち向かう特殊設定ミステリ。二転三転の展開が面白く、散りばめられた伏線を回収しながら明らかになっていく意外な真相にも驚かされます。ただ、若干捻りすぎている面も。
少女には向かない完全犯罪
方丈貴恵
講談社
2024-08-20


4位.サロメの断頭台(夕木春央)
大正時代を舞台に元泥棒の蓮野が探偵役を務めるシリーズの第3弾。一見冗長に思える前半部分から巧みに伏線を散りばめつつ、贋作騒動、盗作事件、サロメに見立てた殺人などの謎を一つの線で繋げていく手管が見事です。それに、殺人の動機やサロメの劇に見立てた理由などもホワイダニットとして秀逸。
サロメの断頭台
夕木春央
講談社
2024-03-13


5位.禁忌の子(山口未桜)
第34回鮎川哲也賞受賞作品です。なんといっても、救急医である主人公のもとに運び込まれた溺死体が自分に瓜二つという謎は強烈。とはいえ、本作はあくまでもフーダニットを主眼とした本格ミステリです。現場の状況に基づき真相を導き出してゆく推理が鮮やかで、意外すぎる真相にも驚かされます。
禁忌の子
山口 未桜
東京創元社
2024-10-10


6位.明智恭介の奔走(今村昌弘)
全5編収録のシリーズ番外編。剣崎比留子と比べると迷走しがちな明智ですが、それによって生じる試行錯誤が本編とはまた違った面白さを醸し出しています。ホラー要素は皆無で日常ミステリに近いテイストなのも逆に新鮮。なかでも、葉村譲との掛け合いが絶妙な「