SFが読みたい!2027年版 国内ベスト30予想
最新更新日2026/06/07☆☆☆
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SFが読みたい!2027
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SFが読みたい!2027
対象作品である2025年11月1日~2026年10月31日発売の国内SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素を含まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されづらいので、傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
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2026年5月19日時点での暫定予想順位
その他注目作
君と29.5日の月夜を何度でも(清水晴木)
2026年5月19日時点での暫定予想順位
1位.Executing Init and Fini(樋口恭介)
観測系と呼称される人工知性は、少年イニトとバロウズという名の鎖鎌を持つ少女フィニーの対話を記述していく。「文字とは黒色液状生命体が変異した生物一般」「存在は一つの合成関数であり、変数を得て異なる存在を出力する」。二人の対話は尽きることなく続き、文字宇宙の深淵を暴き出していくが...。
本作は全編の約8割を生成AIが執筆しており、作品の存在自体がすでにSFという、非常に野心的なハードSFです。AI特有の過剰な語彙と、著者の緻密な設計が混ざり合うことで、既存の小説にはない異質な質感が生まれています。知性が機械へと手渡される新しい時代の予感に震える、前代未聞の傑作です。
2位.土人形と動死体(円城塔)
巨大な土人形を操り、魔術都市ミスルカラを支配する大魔術師ノーシュ・アレグラ。彼は魔法の使えない弟子のために世界中の魔法を消去すると宣言し、自由都市連合軍と熾烈な戦いを繰り広げた末に地下迷宮の奥に閉じこもる。迷宮の主となった彼は、科学の力を用いて魔術を消し去ろうとするが…。
15編からなる連作集であり、前半は王道ファンタジー風なので、著者の作品にしてはかなり読みやすい作品です。同時に、魔法を科学的観点から深掘りしていくのがSFとして面白い。ただ、終盤に入ると、著者十八番のメタ話が始まり、カオスな展開になっていく点は激しく好みの分かれそうです。
3位.無常商店街(酉島伝法)
翻訳家の宮原聡は、しばらく無常商店街の深部に滞在するという姉に頼まれ、彼女のアパートで猫の世話をすることになる。ある日、姉から近づかないように忠告された商店街にうっかり足を踏み入れ、深淵に迷い込むも、とある人物に救出される。だが、姉が異界の町の御神体にされてしまい…。
一見ありふれた下町が舞台なので異星の人外を主人公に据えたいつもの酉島ワールドと比べると、とっつきやすさは段違いです。そのうえで語られる奇抜な世界観はやはり鮮烈で、センスオブワンダーの驚きに満ちています。ただし、読みづらさを助長する恒例の造語は評価が分かれるところ。
4位.では人類、ごきげんよう(斧田小夜)
太陽系に飛来した謎の物体を探査用AIが調査する表題作、天から堕ちた麒麟が漢の武帝の相談相手となる「麒麟の一生」、民主化運動で盛り上がる大集会を猛毒を持つ伝説の巨鳥が襲う「飲鴆止渇」、耳なし芳一の舞台となった神社の駐車場で自動運転車が不思議な体験をする「ほいち」など、全6篇収録。
第10回創元SF短編賞優秀賞受賞作「飲鴆止渇」を含む短編集で、中国の神話に材を得たものからAIものや宇宙SFまで、バラエティに富んだ秀作がずらりと並んでいます。軽い語り口で紡がれる独創的な世界観と黄金期SFを彷彿とさせるワンアイディアを巧みに膨らませていく作風が魅力的です。
5位.博士とマリア(辻村七子)
温暖化に伴う海面上昇で陸地が大幅に縮小した24世紀。富裕層は大企業が提供する豊かな生活を享受していたが、大部分の人間は貧困に喘いでいた。そんななか、偏屈で変わり者の博士は古いクリニック船で広大な海域を旅し、助手ロボットのマリアⅡとともに治療が必要な人々に手を差し伸べ...。
『ブラック・ジャック』のような話ですが、博士は人情派というにはシニカルで、SF的ギミックに満ちた治療を通して人々の想いや欲望が浮き彫りになっていく展開が面白い。一方で、秘めた過去を持つ博士とマリアの関係性は胸を打ちます。乾いたユーモアと感動が味わえるディストピアSFの傑作です。
6位.最高糖度をきみに(詠井晴佳)
幸福度が数値化されるようになった近未来。その値が低い人間のみが会うことができる女の子がいた。名をみあめと言い、その体は精巧なホログラムのように透けているため、虚体と呼ばれている。みあめに10年前に出会った怜は、現在も不幸だった。ある日、成長したみあめが彼の前に現れ…。
虚像の少女と大人になってから再会するSFテイストのボーイ・ミーツ・ガールです。しかし、甘いだけの物語ではなく、再会したことで過去の苦い記憶が甦っていくシークエンスには、読者の心も抉られていきます。なにより、客観的にはバッドエンドでしかない甘く切ない結末があまりにも衝撃的です。
7位.第二警察(吉田親司)
日本とドイツが第二次世界大戦で勝利してから100年近くが過ぎた二〇四〇年。硬直化した社会を改革するために、韋駄アキラは第二警察なる組織を立ち上げる。そんな最中、彼女は自身が乗っていた宇宙往還機の墜落により帰らぬ人となってしまう。彼女の謀殺は世界に波紋を広げていくが…。
パラレルワールド+近未来SF。ストーリーはインタビューや報告書といった形式で進行していき、シンプルな物語に重層的な面白さを提供しています。しかも、話が進むにつれて、バラバラだったピースが結合し始め、一つの大きな絵を形作っていくのが見事です。構成の妙が光る傑作。
8位.摂氏千度、五万気圧(関元聡)
地球温暖化によって滅びに瀕していた人類に救いの手が差し伸べられる。正体不明の異星人によって各地に巨大な密閉型ドームが設置され、その中に逃げ込むことで人類は絶滅を免れたのだ。だがここ数十年、ドームの外殻に大穴が空いて中の住人が高温の大気に焼かれて全滅する事件が相次ぎ…。
第13回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。物語は数奇な運命を辿る3人の女性を中心に描かれ、特殊な社会を舞台にしたヒューマンドラマとして読み応えあり。また、複数の視点から謎が解けていく構成がよくできており、環境問題に焦点を当てたSFストーリーには考えさせられるものがあります。
9位.輝きの七日間(山本弘)
ベテルギウスの超新星爆発によって地球に降り注ぐ未知の粒子。その粒子には生物を聡明にする効用があった。突如科学者たちによって発表される画期的な学説、急速に低下する犯罪率。だが、同時に、聡明化現象は一週間で終息することが明らかになる。その間に人類は何をすべきなのか?
2011年からSFマガジンに連載されるも出版社との意見の相違から著者存命中には書籍化に至らなかった幻の作品です。壮大な『アルジャーノンに花束を』とでもいうべき設定に興味をそそられるも、SF的な面白さはほぼ皆無。代わりに、生きることへの真摯な問いかけに胸をえぐられる問題作です。
10位.マウントウィーゼルを知ってるか(篠谷巧)
坂本杏奈は大学時代、軽音部の先輩だった牧野千聖のカリスマ的なボーカルに憧れていた。だが、千聖は自殺を図り、病院を訪れると、彼女は抜け殻のようになっていた。なすすべのない杏奈の目に庭先の郵便受けを撮影した1枚の写真が映る。それは存在するはずのない架空の写真家の作品で…。
虚構記事の一種であり、1975年版新コロンビア百科事典に掲載された架空の人物、リリアン・ヴァージニア・マウントウィーゼルを巡る物語です。一見、謎を追うミステリーのようですが、物語はそうした既存の枠組みを飛び越え、現実と虚構が混然一体となっていく不思議な魅力があります。
高校生の片桐ヒカルは原因不明の脳炎による後遺症によって明晰夢に悩まされていた。そんなある日、彼は夢の中で少女と出会う。彼女は永遠の眠りをもたらす怪物・ゾアに追われていた。翌朝、ヒカルの前に夢の少女とそっくりな転校生・紫藤みのりが現れ、2人打倒ゾアのため協力するが…。
少年少女が力を合わせて怪物を倒すボーイ・ミーツ・ガールというと、手垢が付きすぎている感があります。しかし、本作の場合は終盤に思わぬどんでん返しがあり、そこに至る伏線回収の数々もよくできています。王道ファンタジーであると同時に、優れたミステリーとしても楽しめる傑作です。
12位.月面スローンズ 王と制服(新馬場新)
月での就職の望みを絶たれた弦木雅日は男の誘いに乗り、学費免除・生活費支給という条件で彼の経営する高校に進学する。だが、その学校は生徒たちが11の国家に分かれて政治を行い、月面統一を競う社会実験の機関だった。最弱国アマトの新総理となった雅日は大国との駆け引きを繰り広げていくが...。
月の覇権を巡って高校生たちが抗争を繰り広げていくラノベタッチのポリティカルSFです。一見荒唐無稽な話にも思えますが、そこに月面の特殊事情を織り交ぜ、説得力を持たせています。同時に、現実の国際政治を想起させる要素を散りばめながらもSFならではの面白さを引き出しているのが見事です。
13位.ゲノム・トーカー(林譲治)
2034年。木星探査衛星「さいせい」は巨大な黒い影をカメラに捉える。それは人類が初めて遭遇した異星種族の宇宙船だった。彼らは1万6000年前に放たれた人類のゲノム情報を受信し、発信源を辿って太陽系を訪れたという。果たして彼らの真の目的は?一方、地球ではテロを目論む勢力が暗躍し...。
著者十八番のファーストコンタクトもの。淡々とした序盤の展開はやや退屈ながら、宇宙SFとしてのスケールの大きさと近未来の描写は知的興奮を呼び起こします。同時に、古典SFのオマージュや『三体』へのアンチテーゼといった側面も興味深い。ただ、ストーリーにひねりが乏しい点はやや残念。
14位.地球壮年期の終わり(林譲治)
2034年。エジプトの紛争地帯で駐留する自衛隊のためにトラックで物資を輸送していた紅谷祐介は、ドローンの襲撃を受け、徒歩で砂漠を横断するはめになる。そして、苦境のなかで出会ったのは防護服で身を包んだ身長3メートルの宇宙人だった。友好的な彼は地球来訪の目的を侵略だというが...。
タイトルからもわかる通り、本作はアーサー C. クラークの『幼年期の終わり』をリスペクトしたファーストコンタクトものです。価値観の異なる宇宙人との対話が興味深く、彼らから見た差別や戦争についての言説は考えさせられるものがあります。ただ、起伏に乏しい物語に関してはものたりなさも。
15位.夏迷宮(古川日出男)
第三次世界大戦が勃発し、飢餓に苦しみながら大陸を彷徨っていた日本人兵士は、人魚の肉を口にして不老となった尼と子供たちに出会い、自らも人魚の肉を口にする。一方、東北に建てられた郡山ピースランドでは、人気アトラクションの「夏迷宮」に呼応し、地中湖に棲む幻獣が目覚め始めるが…。
物語は、人魚の肉を食べて不老不死になった一行の旅と福島県の大型テーマパークを巡るエピソードが交互に語られていきます。全体的なイメージは壮大でありながら曖昧模糊としています。イマジネーション豊かな作品ではあるものの、その文学的な迂遠さは人によって好みの分かれるところです。
16位.プロジェクト・ダークネス(冲方丁)
真皚励葵は野球観戦中に異能集団フォーチュンズの襲撃を受ける。妻の藍花は殺害され、予知能力を持つ息子の乃碧は拉致されてしまった。励葵自身も射殺されるが、6年後にさまざまな異能の力を身に付け、復活する。励葵は復讐を誓い、フォーチュンズと繋がりがある都知事の勢力に潜入するが…。
復讐を誓う主人公がエスパーやミュータント相手に死闘を繰り広げる伝奇アクションです。奇想天外なバトルはもちろん、それ以上にぶっ飛んだ登場人物たちが織りなすブラックなコメディが存外楽しいです。ただ、周囲のキャラのアクが強すぎるせいで、主人公の存在感が薄いのがややネックでしょうか。
17位.忘らるる惑星(田中空)
近未来、裁判はAIに委ねられ、人間の役割は判決内容に問題がないかのチェックに限定されていた。その仕事に従事するミカサは、昨日起きた殺人事件の記録に疑念を抱く。記された犯行の時間と場所に彼はいたのだが、何も目撃していないからだ。調査を進めていくと、大きな闇が浮き彫りになり...。
漫画家の著者が『未来経過観測員』に続いて発表したSF小説です。昨今流行のAIをテーマにした作品ですが、平易な文章で綴られたスケールの大きな物語には思わず引き込まれていきます。ただ、某有名SF映画のような物語はシンプルで分かりやすい反面、SF的驚きに欠ける点は好みの分かれるところ。
18位.超巨大歩行機ゴリアテ(椎名誠)
終末戦争後のとある惑星で未開発の土地を購入し、理想の国を作る。共通の目的のもとで選ばれし5人の男女は人間型の巨大歩行工作機械、通称ゴリアテに乗り込み、冒険の旅に出る。未開発地帯の厳しい自然の中を進み、やがてガングリオ山脈に達する。この超難所をゴリアテはどう登攀するのか?
独立した6つのエピソードから一つの世界を紡ぎ出していく連作SF。ただ、一つひとつのエピソードは完結しておらず、世界観構築のために奉仕されるため、起承転結の物語を期待すると肩透かしを覚えるかもしれません。スケールの大きなSFながら生活感が濃厚に漂ってくるのも椎名作品ならではです。
19位.サンクトペテルブルクの鍋(坂崎かおる)
18世紀半ばのロシア。3人の学生たちは下宿の狭い部屋で鍋を囲っていた。妖精と称された名バレリーナ、マリー・タリオーニの靴を食べるためだ。だが、本当に食べるのか?牽制し合う3人。気が付くと、ピョートル1世、井上保三郎、高崎の観音像らが現れ、古今東西の食材が投げ込まれていくが…。
あらすじを読んでもらえば分かるように、ストーリーは支離滅裂で、起承転結といった真っ当な物語性などは皆無です。それでも、読者に対して毒舌をまき散らすナレーションが面白く、意外と退屈せずに読み進めていくことができます。意味不明さに戸惑いつつも唯一無二の読書体験を味わえる奇書です。
20位.細長い場所(絲山秋子)
人生が記されている紙をもらうために温泉地の商店街で人々が行列をなしている「翼とゼッケン」、永遠と一瞬が等価になる細長い場所で二人が哲学的な会話を交わす「気配と残像」、あの世らしき場所で死んで間もないやがて消えゆく人々の一人が諦観めいた台詞を口にする「過去は夢」など全9章。
芥川賞作家が幻想的な世界観を背景にして人生を語る不条理劇です。まともなストーリーなどは皆無で、ふわふわとして捉えどころのない雰囲気が独特の魅力を放っています。ただ、一貫して人生の無意味さを説いているので、真面目に読むと気が滅入るかもしれません。SF風の純文学作品です。
21位.もののけエマノン(梶尾真治)
親友のヒカリに未来で起きる事故の回避を約束したエマノンがベトナムである青年に近づく「瞬きホイアン」、人生の節々でエマノンと出会ってきた男が彼女に思慕の念を抱く「ありあけジーン」、山で道に迷った男がエマノンとの不思議な邂逅を果たす「まどろみフォッシル」など、全5編を収録。
三十数億年の記憶を持つ美少女エマノンの旅路を描いたシリーズ第7弾。半世紀近くにわたって断続的に発表されてきた大河ものですが、クオリティはいささかも衰えていません。特に、「瞬きホイアン」が哀愁漂う時間SFとして秀逸。また、「ありあけジーン」もボーイミーツガールものとして鮮烈です。
22位.烏と孔雀(津原泰水)
新興宗教の教団に洗脳されて殺人犯の身代りになった女性が我に返って逃走を図る「幻獣たち」、明治時代の演奏会で奏でられた音楽を聴いた者全員が乱交を始める『エリス、聞えるか?』、故郷に戻ってきた老人が若い姿をしたかつてのいじめっ子や初恋の女性と再会する「戯曲 中空のぶどう」など全14篇。
2022年に亡くなった著者の1998年~2022までの作品を網羅した単著未収録短編集です。単行本に収録されなかっただけあって掌編や童話、二次創作、戯曲といった具合に変化球の作品が多く、レベル自体は低くないものの、統一感には欠けます。そんななか、笑えて切ない「エリス、聞えるか?」が秀逸。
23位.13人の魔女への扉(長谷川まりる)
スーの村では代々魔女が選ばれ、村人たちを導いていた。魔女は賢くて優しい女性の中から選ばれるというが、13代目の魔女に指名されたのはあまのじゃくのスーだった。嫌がるスーを、12代目の魔女はその力で歴代魔女に会う旅に送り出す。11の時代を行き来するうちにスーは村と魔女の秘密を知り…。
小学生高学年~中学生向けの児童書です。魔女が出てくるファンタジーではあるのですが、設定はかなりSF寄り。魔女候補の少女が個性豊かな歴代魔女との邂逅を重ねながら、魔女システムと彼女が住んでいる村の欺瞞を暴いていく展開がスリリングです。少女の成長物語としてもよくできています。
24位.ライフログ分析官(我孫子武丸)
眼鏡のように装着し、見聞きしたものをすべてネット上に記録するデバイス、ライフログ。ライフログ分析官である高藤望の仕事は被害者のログを分析して真相究明に繋げることだ。おかげで、犯罪件数は減少傾向にあるものの、犯罪者たちは次々ど新しいテクノロジーを編み出し、対抗してくる。
ライフログ分析官という、被害者の最期を追体験する過酷さが臨場感豊かに描かれており、思わず引き込まれていきます。当時に、新たな技術を用いた追う者と追われる者の知恵比べにもワクワク。本格的なハードSFなどと比べると深みには欠けるものの、手軽に楽しめるエンタメとして秀逸です。
25位.8月31日の初恋(村田天)
高校2年の宇佐美栞は人見知りで、特に、ファッションモデルで立ち振る舞いも派手な久慈池聖を苦手としていた。8月31日。6月から不登校を続けていた彼女は、偶然手に入れた時間跳躍アプリ・Origaによって聖と関わり、その日、彼が必ず死ぬ運命を知る。栞はアプリを使って彼の死の原因を探るが...。
タイムリープによって運命を変えるプロット自体は手垢のついたものですが、物語はそれだけでは終わらず、その先を用意している点に独自性があります。お約束展開は前半のみで、そこから予想外の展開が続いていくのが見事です。切ないSFラブストーリーとして秀逸ですが、最後は少々肩透かし。
26位.超 すしってる(須藤アンナ)
2020年3月。東大に落ちたサッチャーのもとに西東京すし養成大学の合格通知が届く。その翌日に胡散臭げな説明会に出向くと、そこでシャリ化の洗礼を受けてしまう。そして、入学した女生徒たちは、水中呼吸を会得し、手のひらからわさびを出せるようになったりと、人間離れが進んでいき…。
SFやファンタジーというよりは、若さ故の鬱積した悩みを不条理文学の文法で描いた青春小説といった感じの作品です。内容ははっきりいってよく分からないものの、予測不可能の展開に思わず笑ってしまい、気がつけば感動させられています。生きづらさを感じている人の共感を呼ぶ傑作です。
27位.この罪を消し去ってください(高谷再)
私立久慈雨女学園高等部に入学した月島果穂は亡き姉・藍奈との約束を果たすために生徒会、通称・お茶会への入会を生徒会長の北条奏に直訴する。やがて学園で事件が起き、罪を犯した少女は隠蔽のために学園の運営母体である医療メーカーが開発したAIを利用する。それが惨劇の始まりだった。
第10回ジャンプホラー小説大賞金賞受賞作。お嬢様学校が舞台のよくあるサスペンスホラーですが、そこに最先端AIを絡ませることでユニークな作品に仕上がっています。特に、後半はAIによってさらなる悲劇が引き起こされるさまが畳みかけるテンポで描かれており、思わず引き込まれていきます。
28位.陰謀論百物語(荻原浩)
刑務所帰りのヤクザが過剰にコンプライアンスを遵守する世の中に戸惑う「ハードボイルドルール」、ずっと不登校だった生徒がロボットになって教室に戻って来る「サクマ型ロボット2号」、パスワードの壁に阻まれて侵略宇宙人への対策が進まない「パスワードを入れてください」など、全7話収録。
収録作品はいずれも現代社会を皮肉ったものばかりで、その一つ一つがシュールな近未来SFになっています。なかでもロボットになって戻ってきた不登校児が教室で奇行に走る「サクマ型ロボット2号」が強烈。他の作品も設定が奇天烈なものばかりで引き込まれますが、オチの弱さには物足りなさも。
29位.リデルハウスの子どもたち(佐原ひかり)
全寮制の名門校リデルハウスでは特別な才能を持つ生徒はラヴと呼ばれており、一般生徒の知らない場所で学園生活を送っていた。そして、彼らは在学中に一度だけギフトを行使できる。それを行えば実現可能な望みを何でも一つ叶えることが出来るのだ。果たして、彼らは何を望むのか?
ギフトは力を巡る連作集です。ノスタルジックで不思議な出来事が次々と起きる物語にはワクワクしますし、序盤で謎を解いておいて、その先にさらに大きい謎を用意するという構成もよく出来ています。思春期の複雑な想いをファンタジーの世界観を絡めながら紐解いていく傑作です。
30位.被告人、AI(中山七里)
70代の独居老人が突然死を遂げる。病死とも思える状況だったが、捜査の結果、介護ロボットのリタが発した害獣駆除用の超音波と電磁波が老人の心臓に埋め込まれたペースメーカーを停止させた可能性が浮上。メーカーの過失を問うのは困難と判断した捜査本部は、リタを殺人容疑で起訴するが...。
ロボットが裁判にかけられる小説は過去にも存在しましたが、生成AIが実用化された現状に沿ったストーリーには既存の作品にはないリアリティに満ちています。AIとの対話を重ねながら、殺意の有無を探っていく展開はなかなかにスリリングです。ただ、SFとしては目新しさはなく、やや凡庸かも。
その他注目作
大江戸フューチャーズ(稲葉大樹)
江戸中期。8代将軍となった徳川吉宗の前には幕府の慢性的な財政難という深刻な問題が横たわっていた。吉宗は建前と因習にとらわれた組織を刷新すべく、伝説の忍者集団・今猿(コンサル)を雇い入れる。財政のプロである彼らは大奥のリストラ、年貢制度の再設計、貨幣改鋳などを提案するが...。
享保の改革を忠実に描いた本作は歴史小説であり、ストーリー自体はSFでもなんでもないのですが、改革の内容を最新の経済理論を用いて語り、作中の人物が横文字を駆使して改革の方向性を議論している点がいかにもSF的です。ただ、アプローチの方法以外は史実を超えるものがない点は物足りなさも。
君と29.5日の月夜を何度でも(清水晴木)
満月の夜。大学生の藤峰海は幕張の海辺で不思議な少女・美月と出会う。帰る家がないという彼女に対して海は一緒に住むことを提案する。一つ屋根の下、次第に距離が縮まっていく2人だったが美月は忽然と姿を消してしまう。再会したのは次の満月の夜。だが、彼女の姿は少し大人びていて…。
王道的なボーイミーツガールであり、同時に相手がどんな姿になっても愛し続けることは出来るのか?という問いかけがなされる究極の愛についての物語です。非常に切ない話で終盤の展開には思わず泣けてきます。生まれ変わりというファンタジー設定を巧みに取り入れた恋愛小説の傑作です。
『余命』n年(著:岬鷺宮、原案:花守ゆみり)
再生系の異常な向上により患者の死亡を経て不死者となるトゥリトプシス・ヌトリクラ症候群。心の傷を抱えて海辺の学校に転校してきた有明は神秘的な雰囲気をまとう少年、ハルキと出会う。2人は絵のモデルを通じて距離を縮めていくも、その間には永遠の隔たりがあることを彼らはまだ知らず...。
『ゆるキャン△』のなでしこ役で有名な声優・花守ゆみりと、『三角の距離は限りないゼロ』などで知られるラノベ作家・岬鷺宮がタッグを組んだ作品。ラブストーリーとして2人の心情が丁寧に描かれ、心に染み入ります。また、ラストが非常に感慨深く、SF設定を織り込んだ独特の世界観も魅力的。
東京地下レトロ雑貨店へようこそ 鈴蘭の罠(蒼月 海里)
ハヤディール戀記(町田その子)
はじめまして、夢交換手の川崎です(音つき)
東京地下レトロ雑貨店へようこそ 鈴蘭の罠(蒼月 海里)
高校生の皐月は想いを寄せている幼馴染の菜々美から好きな人のことで相談を受け、素っ気ない態度をとってしまう。ある日、菜々美が別人のように美しくなって登校してきた。彼女は地下迷宮街に行ってきたのだという。それは、東京の地下に広がるという都市伝説上の存在と思われていたが…。
選ばれし者しかたどり着けない東京地下迷宮が舞台のシリーズ第2弾。今回は、四宮皐月という男子高校生を軸に地下の住人たちとの関わりが描かれています。おとぎ話のような教訓めいた物語は好みの分かれるところですが、個性的な登場人物に加え、全編を覆うレトロで幻想的な雰囲気が魅力的です。
ハヤディール戀記(町田その子)
栄華を極める王国ハヤディールの巫女エスタと騎士団長レルファン。2人は許されぬことと知りながらも惹かれ合っていた。類まれな力を宿すエスタは大神に嫁ぐ神妃に選ばれ、彼らは互いの恋を諦めるも、神妃祭の最中に彼女は何者かに攫われてしまう。一方、王宮では王位継承者の毒殺が続き...。
序盤は登場人物の多さと時系列の複雑さに戸惑うかもしれませんが、そこを乗り切ると、ダークで謎めいた展開が続き、一気に面白くなってきます。ただ、王位継承権騒動に関しては黒幕があまりにも胸糞悪いうえに、動機の納得度が低い点にもやもやします。加えて、最後が少々あっけなさすぎる気も...。
神の蝶、舞う果て(上橋菜穂子)
降魔士の少年・ジェードは聖域で聖なる蝶を魔物から守る役目を負っていた。ある日、聖なる蝶が舞い上がる予兆の鬼火にジェードの相棒である少女・ルクランが触れ、なぜか激しく反応してしまう。その理由を知りたいルクランと彼女を守りたいジェードのふたりはやがて壮大な運命に呑み込まれ...。
本作が執筆されたのは1999~2001年にかけてですが、書籍化をためらって寝かせておいた作品です。とはいえ、ファンタジー世界の文化や自然を繊細かつ緻密に構築していく手管は流石。ストーリーも魅力的で引き込まれていきます。ただ、派手なシーンに欠け、エンタメとしての盛り上がりはいま一つ。
第十三集配課、天国への郵便をお届けします。(硝子町玻璃 )
江戸川橋中央郵便局に就職した鳴瀬結衣は、希望通り第十三集配課、通称「十三課」に配属される。主な業務は、天国から来た返書を宛先に届け、届けた先の人々を一定期間見守ることだ。結衣の初仕事は店主が突然亡くなって休業に追い込まれた弟子たちに店主からの返書を届けることだったが…。
作品の雰囲気はいわゆる優しい世界です。そのため、口当たりはよいものの、物語の深みには欠けています。また、前向きな主人公には好感が持てる一方で、社会人としては幼すぎる点も気になるところです。したがって、作品に何を求めるかによって本作の評価は大きく分かれるのではないでしょうか。
はじめまして、夢交換手の川崎です(音つき)
大手商社の一角で働く夢交換手。彼らは人々が睡眠時に見る夢同士をマッチングして対象の人物の精神を安定させる役割を担っていた。あるとき、夢交換手の川崎は、カフェで働く女性・凪沙の夢へ出張するうちに彼女に惹かれるようになる。だが、現実の凪沙は川崎のことを覚えておらず…。
夢交換手というアイデアが興味深く、その職に就くと家族以外の人の記憶には残らないという設定が切なくてグッときます。ただ、夢と夢を繋ぐ仕事なのになぜ昼間働いているのか?とか、企業は何のためにこのような業務をやらせているのか?といったツッコミとわころは非常に気になるところです。
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1位.陽の光が消えた町で(ナオミ・クリッツァー)
大気が塵に覆われ、食料や電力供給が不安定となった近未来。ミネアポリスでも生活インフラが先細りになるなか、地元のコミュニティに参加しているアレクシスは病気で酸素濃縮器が必要な女性・スーザンと出会う。彼女はスーザンを助けるために、住人たちの得意な技能をリスト化していくが....。
さまざまな切り口のSF作品を6篇収録した短編集です。作風はエモSFと呼ばれるものが主体で、SFとしてはライトなのですが、完成度は非常に高く、いずれもヒューゴ賞やネビュラ賞などの主要なSF賞を受賞しています。SF的なアイディアよりも語り口の巧さやキャラクターの内面描写の豊かさが印象的。
2位.記銘師ディンの事件録 木に殺された男(ロバート・ジャクソン・ベネット)
神聖カナム大帝国の辺境で技術省の高官が死亡した。しかも、死体は体から巨木を生やし、バラバラになっていたのだ。目隠しをして部屋から出ない捜査官・アナは絶対記憶を有する新人助手のディンを現場に向かわせる。捜査の末、近隣の州都でも同様の事件が起きていたことが明らかになり…。
ヒューゴー賞&世界幻想文学大賞受賞作品です。中世ファンタジーとサイバーパンクSFを混ぜ合わせ、そこに、跋扈する巨獣や安楽椅子探偵の活躍といった要素を織り込んだごちゃ混ぜ感が非常に魅力的です。さらに、謎解きも凝っており、さまざまな要素を重層的に楽しめるようになっています。
3位.紅色海洋(韓松)
遠い未来の地球。環境悪化によって人類が地上に住めなくなり、海は血のように赤く染まっていた。その海を支配していたのは遺伝子工学で生み出された異形の水棲人だ。彼らは戦いに明け暮れ、同族の肉を糧にすることで生き延びていた。彼らはなぜ誕生したのか?やがて舞台は水棲人前史へと遡り…。
遠未来から時を遡りながら語られる物語はときにはカニバリズムホラー、あるときは水棲人誕生秘話のハードSF、さらには中国史を踏まえた偽書といった具合に万華鏡のように姿を変えていきます。中国SF四天王の一角に数えられる韓松の代表作にして、『三体』ワールドにも匹敵する壮麗無比な大作です。
4位.不死の島へ (クリストファー・プリースト)
1976年の春。父を脳動脈瘤で亡くしたピーターは会社から解雇を言い渡され、さらに、住処までも失ってしまう。彼は知人から仮住まいを許された別荘で自分を見つめ直すために執筆活動を始める。緻密に練り上げられた自分だけの世界、夢幻諸島。だが、そのビジョンは次第に現実を侵食し始め...。
SF界のみならず、文学界でも脚光を浴びた著者が1981年に発表した代表作。本作では、主人公が書いた物語の中で、もう一人の自分が暮らす世界を主人公が物語として描いており、結果、主人公は2つの視点を持つことになります。そうして自分を再定義していく過程が文学的な奥深さを生んでいるのです。
5位.悪夢航路(韓松)
出張先で倒れ、謎の巨大病院に運び込まれた楊偉は、一夜にして数十歳も老け込み、自分が病院船の中にいることに気付く。病棟では超患者が権力を握り、、患者たちの行動は経典である“病院工学の原理”に基づいて決められていた。楊偉は彼と同じように老いた患者たちと広大な船内を探索するが…。
『無限病院』に続く《医院》3部作の第2弾。前作に続いて悲惨なめにあう楊偉ですが、その悪夢めいた物語にはイマジネーションが詰まっており、不思議な魅力があります。また、作中で幾度も日本のサブカルチャーについて言及される点も日本の読者にはうれしいところ。生成AIへの言及も興味深い。
6位.呪いのウサギ(チョン・ボラ)
経営者だった親友を自殺に追い込んだライバル会社に復讐するために増殖しながらすべてを齧り尽くすウサギのランプを作り出す表題作、ビルを購入した若夫婦に次々にトラブルが降りかかる「楽しい我が家」、黄金の血を流すキツネによって富を得た男の生涯を描く「【罠/わな】」など、全10編収録。
SF、ホラー、ファンタジーと多様な作品を揃えた短編集です。全体的に寓話的な物語が多く、不条理で救いのない結末が目立ちます。後味は決して良いとはいえませんが、社会に対する批判性と読後の寂寥感には心惹かれるものがあります。意外な結末の「さようなら、愛しい人」がロボットSFとして秀逸。
7位.預言者の歌( ポール・リンチ)
超監視社会へと変貌を遂げた近未来のアイルランド。分子生物学者のエイリッシュはある夜、2人の警察官の訪問を受ける。彼らは労働組合の幹部である彼女の夫に聞きたいことがあるという。その後、デモに参加した夫は逮捕され、エイリッシュは4人の子供を守るためにカナダへの亡命を図るが…。
2023年にブッカー賞を受賞したディストピア小説です。平和な日常が大きな力によってジワジワと押しつぶされていく過程は臨場感に満ち、読んでいる方も胃が痛くなってきます。それでも先が知りたくてページをめくる手が止められないのが本作の魅力です。21世紀版『一九八四年』というべき傑作。
8位.天空龍機 鋼鉄紅女2(シーラン・ジェイ・ジャオ)
巨大金属生物・渾沌から人類を守るべく、男女ペアが巨大ロボット・霊蛹機で闘う世界。姉の仇討ちのため、自らパイロットに志願した武則天は闘いの中で女性を死に至らしめてきた欺瞞に気付く。秘密を知り、反乱者として始末されそうになった則天は伝説のパイロット秦政を目覚めさせるが…。
前作は男尊女卑の社会で主人公が反旗を翻すストレートなフェミニストSFでしたが、今作はそこに秦政(始皇帝)との愛憎劇や神とされる存在との対立といった要素が加わり、エンタメとしての魅力が大幅に増しています。特に、始皇帝の無双ぶりと、そんな彼が共産主義者であるという設定が面白い。
9位.悪夢工場(トマス・リゴッティ)
元児童文学作家の老女アリスの現実が虚構に侵食される「アリス最後の冒険」、自らピエロに扮して地方の祭りを研究している学者がある町で住人たちが他のピエロたちを手荒に扱っているのを目撃する 「道化師の最後の祭り」、無人の工場で不気味な品が次々と作られていく「赤塔」など、全9編収録。
本国ではカルト的な人気を誇っており、怪物に襲われるような分かりやすい恐ろしさではなく、哲学的かつ根源的な恐怖を描くことに長けた作家だといえます。それだけに、時として難解にも感じますが、そこを乗り越えさえすればその巧妙な作りに唸らされるはずです。ラヴクラフトの意匠を継ぐ傑作。
10位.漂泊の星舟(北清夢)
各国から選出された80人の女性が地球を飛び立ってから10年。冬眠状態から目覚めた彼女たちは、人工授精による出産を行いながら、第2の母星を目指す任務に就いていた。だが、宇宙船は突如謎の爆発を起こし、船長らが死亡する。しかも、軌道を外れた宇宙船の針路を早急に修正する必要に迫られ…。
ニューヨーク在住の日系人作家が2023年に発表したデビュー長編。SFとしてはこれといって目新しい点はありませんが、国家間の対立をそのまま宇宙船内に持ち込んだ緊迫の人間ドラマや、過去の思い出と現在がリンクする青春群像劇としてよく出来ています。また、ミステリとしても読み応えがあります。
11位.暗黒空間(ロブ・ハート、アレックス・セクラ)
太陽系外惑星探査船・モザイクに突如深刻な障害が起き、緊急信号が送られてくる。だが、本部は何故かこれを隠蔽。そこで、元諜報員のティモニーは独自に調査を開始する。一方、モザイク船内でも操縦士カリレスが障害の原因究明を行うも、なぜか船長がそれを妨害。その裏では銀河規模の陰謀が…。
SF設定のスパイ小説で、謎と陰謀が錯綜する展開は読み応えあり。話はティモニーとカリレスのパートが交互に進んでいくのですが、親友同士である彼らの友情と成長も大きな見どころとなっています。以上のように話自体は面白い作品ではあるものの、SFとして古さを感じる点は好みの分かれるところ。
12位.黄金仮面の王(マルセル・シュオッブ)
黄金の仮面を被った王の宮殿に盲目の乞食が迷い込んで王に纏わる真実を告げる表題作、燃え盛る終末世界を逃げ惑う少年と少女が川に浮かぶ小舟で脱出を試みる「地上の大火」、蒸気機関車の機関士が併走する列車の中に自分のドッペルゲンガーがいるのを目撃する「〇八一号列車」など、全22編収録。
幻想文学の分野ではカルト的存在の作家で、江戸川乱歩や澁澤龍彦に大きな影響を与えた19世紀末の作家マルセル・シュオッブ。本作はその文庫オリジナル短編集です(1975年及び1984年にも同名の短編集あり)。奇怪で終末的な世界を研ぎ澄まされた文体で書き上げた強烈な幻想性は忘れ難い味わいです。
13位.反世界【アンチモンド】(ナタン・ドゥヴェール)
現実と瓜二つながら、法と秩序から解放された画期的な仮想世界、反世界(アンチモンド)がフランスで誕生する。鬱屈とした日々を過ごしていた青年、ジュリアンはその世界で詩人ヴァンジェルとして人々を熱狂させていた。彼の名声はますます高まり、やがて反世界の象徴に祭り上げられていくが…。
現代では珍しくもない仮想現実SFですが、思索的で毒のある笑いを交えた語り口はまさに仏文学です。そのもっともたる点が、反世界に住む人々が自由になるほど空虚になっていく現象で、そこには現代社会への鋭い洞察と皮肉が込められています。それに共感できるか否かで評価は分かれそうです。
14位.フレデリック・ブラウンSF短編全集1 未来世界から来た男(フレドリック・ブラウン)
ウォルター・ボールガートは50年近くもの間好色漢であり続けたが、65歳でその資格を失ってしまう。病院をハシゴし、さまざまな秘薬を試しても事態は一向に好転しなかった。そこで、彼は最後の手段とばかりに悪魔を呼び寄せる儀式を行う。現れた悪魔は願いごとを一つだけ叶えるというが…。
『発狂した宇宙』などで知られるSF黄金期を代表する作家であり、ショートショートの名手としても有名な著者の傑作選。さすがに今となっては時代を感じさせますが、それでも、発想の豊かさとオチの切れ味は一級品です。ただ、文化の違いによるものか、なかにはオチがよく分からないものもあります。
15位.星の海を駆ける: 新世代スペース・オペラ傑作選(編:ジョナサン・ストラーン/著:アレステア・レナル、T・キングフィッシャー・他)
宇宙艦隊戦後の修理作業中に現れた敵CEOを整備ロボットがいやいやながら助ける「禅と宇宙船修理技術」、銀河周回完了イベントで驚愕の真実が知らされる「ベラドンナの夜」、小惑星帯に隠れ住む巨大知的マシンの兄弟が謎のドローンに捕らわれる「金属は暗闇の血のごとく」など、全14編収録。
19世紀末に誕生したスペースオペラの現代版を集めたアンソロジーです。ヒューゴー賞及びネビュラ賞受賞作家がズラリと並んでいるのでスペースオペラの現在進行形を一望することができます。特に、『反転領域』の作者が描く「ベラドンナの夜」は美しくも切ない物語で、文句なしの傑作です。
16位.深海潜航: ウェルズSF傑作集(H・G・ウェルズ)
最新の潜水艇で深海8000メートルを目指した学者が水棲人の築いた海底都市を目撃する表題作、ロンドン市民を皆殺し可能な細菌を盗んだ男を開発者が追う「盗まれた細菌」、新米幽霊に出会った紳士が勝手の分からない幽霊に対して人の脅かし方や姿の消し方を伝授する「新米幽霊の話」など全5編収録。
SFの父ことH・G・ウェルズの初訳作品を含む傑作選です。なかでも表題作は、深海へ潜るための技術的アプローチや深海で目撃した驚異の世界など、これぞSFというべきロマンが詰まっています。本邦初訳の「石器時代の物語」は言語が十分に発達していない人類の日々の暮らしぶりが興味深い一篇です。
17位.溺れる少女(ケイトリン・R・キアナン)
インプは売れない画家兼小説家で、バイトをしながら生計を立てている。彼女の母と祖母はいずれも精神疾患が原因で自殺しており、インプ自身も統合失調症を患っていた。ある日、彼女は路上で全裸の女性・エヴァに出会い、次第に魅入られていく。果たして、それは現実か、それとも彼女の妄想なのか?
本作の主人公はいわゆる信用できない語り手で、物語が綴られた手記の内容は混乱を極めています。エヴァとの出会いも7月かと思えば11月だと言い出す始末です。しかし、その混乱ぶりが本作の魅力であり、錯綜するプロットは一種の幻想譚としてよくできています。イマジネーション豊かな傑作です。
18位.タイム・シェルター(ゲオルギ・ゴスポディノフ)
謎の人物、ガウスティンが開設したクリニックでは、認知症患者のための全く新しい治療が行われていた。クリニックの各階に異なる時代を細部まで再現した部屋を用意し、患者の記憶を過去へと送り返していたのだ。だが、過去の部屋があまりにも精巧なため、健常者までもが郷愁に呑み込まれていき…。
語り口はやや難解ながら、短い章を積み重ねてテンポ良く進んでいくので、慣れてくるとストレスなく読めるようになります。時代の記憶を巡る思索が興味深く、「不確定な未来に耐えきれずに、未来が確定している過去へと逃避していくのだ」という論法が面白い。一種の擬似SF的なユニークな作品です。
19位.おふとんの外は危険(キム・イファン)
ある日、目を覚ますと「おふとんの外は危ないから出ないで」と布団が話しかけてきた。それに対して、椅子は「最近かなり太ったから外出して歩くべきだ」という。それに続いて鏡もコップもドアも話しかけてくる。頭がおかしくなったと思った彼女は病院に行き、医師の診断に基づき入院するが…。
12編収録の奇想短編集です。作風的には、星新一のようにほのぼのした雰囲気の中にブラックな味わいがあるのが特徴だといえます。なかでも、「# 超人は今」はヒーローの非人間性を鋭くついた異色のヒーローものとして面白い。他にも、「バナナの皮」、「スパゲティ小説」なども独自の奇想が光ります。
20位.シャーロック・ホームズとハイゲイトの恐怖(ジェイムズ・ラヴグローヴ)
ハイゲイト墓地から3つの死体が忽然と消えた。荒らされた痕跡があったことから墓泥棒の仕業と思われたが、ホームズが突き止めた真相は思いもよらぬものだった。死体は犯人が投与した真菌類の胞子によってクリーチャー化したというのだ。しかも、それは巨大な陰謀のほんの一端にすぎず…。
ホームズとクトゥルーの戦いを描いたクトゥルー・ケースブック三部作の番外編。相変わらず正典のネタが至る所に散りばめられており、私たちが慣れ親しんだ探偵物語が意表を突く解釈でSF的な物語と関連付けられているのが楽しい。加えて、ホームズファンにとっては感慨深いラストも感動的です。
21位.再誕の書(チャイナ・ミエヴィル、キアヌ・リーヴス)
およそ8万年前に生を受け、殺戮を繰り返してきた不死者・ウヌテ。アメリカ政府の特殊機関ユニットは催眠療法でウヌテの記憶を引き出し、彼の力の秘密を解き明かそうとする。ウヌテの記憶は血に染められた人類史そのものだった。そして、作戦が続けられる最中、死体が甦るという異変が起き…。
名優キアヌ・リーヴスが原案を手掛けたダークファンタジーです。執筆は巨匠チャイナ・ミエヴィル。しかし、他人のアイディアを作品化したためか、著者ならではのイデオロギーは影を潜めています。その代わり、過去と現在の時間軸を自在に行き来させながら物語に深みを与えているのはさすがです。
22位.冒険者カールの地球ダンジョン(マット・ディニマン)
宇宙人によって人類の99%以上が死滅し、生き残った1300万人が宇宙人主催の地下ダンジョン攻略に参加することになる。元沿岸警備隊のカールは元カノの飼猫、ショーキャットのドーナツとコンビを組むが、さまざまなモンスターに行く手を阻まれる。さらに、番組スポンサーの思惑が入り混じり…。
オンライン出版社から自費出版した作品が、シリーズ累計400万部突破の大ヒット。内容は一昔前のダンジョンRPGですが、そこに全銀河生中継という設定を盛り込んで楽しい作品に仕上げています。何より、お人好しなマッチョであるカールと、お高くとまっているドーナツとのコンビが魅力的です。
23位.記憶の帝国(オードリー・リー)
日系人米国人のホープ・ナカノにはここ1年程の記憶がない。そこで、超高級精神医療施設ワイルダーで最先端の記憶再固定治療を受けるが、彼女の記憶はだんだんと薄れていった。増える投薬量、姿を消していく入所者たち。疑念に苛まれていったホープは独自に施設の内情について調べ始めるが...。
記憶をテーマにしたSFサイコサスペンスです。話が進むにつれて何が現実で何が偽の記憶なのか分からなくなる展開は定番的ネタとはいえ、なかなか読ませます。ただ、真相は想定内であり、SFとして新味に欠けるのはやや残念です。あと、虚実が入り混じる展開が読みずらさに繋がっている部分も....。
24位.フォース・ウィング3―昏き瞳の竜騎手(レベッカ・ヤロス)
ヴァイオレットが竜騎手候補生になって一年半。妖術使いとの戦闘が激しさを増すなか、第四騎竜団前団長のゼイデンはヴァイオレットを守ろうとして闇に落ちる。ヴァイオレットは竜たちとともに未知なる地へと旅立ち、愛する人を救う方策を模索していく。果たして、ゼイデンを取り戻す一手とは?
大学での軍事訓練をベースとした話から本格的な冒険へと移行し、面白さも爆上がり。わくわくが止まりません。アクションもロマンスも最高潮です。前巻は我慢を強いられる展開にやきもきさせられるものの、下巻はヴァイオレットの反撃にアドレナリンが出て、ページをめくる手が止まらなくなります。
25位.死者たち(クリスティアン・クラハト)
第2次世界大戦前夜の 1930年代初頭。ハリウッド映画に勝利すべくドイツは日本に映画監督のエミール・ネーゲリを送り込んでくる。日独合作のホラー映画を製作するためだ。やがて、甘粕事件で知られ、後に満州映画協会を立て直した甘粕正彦との出会いによって撮影は異様な熱を帯びてくるが…。
チャップリンら、実在の人物を数多く登場させ、架空の映画について語った歴史改変小説。現実と虚構が入り交じる幻惑感が魅力的で、充満する死の気配に息が詰まりそうです。ただ、映画製作がもたらした歴史の大きなうねりなどを期待すると、寸止め展開のため、肩透かしを食らうかもしれません。
26位.悲しみは羽根をまとって(マックス・ポーター )
妻を失った喪失感に苛まれながらも幼い息子たちを育てなければならない男は、悲嘆に暮れる人間が何より好きだという巨大なカラスと出合う。そして、「おまえがおれをいらなくなるまでここにいる」と宣言するのだった。不思議なカラスとの生活の果てに彼が見出した真の悲しみの姿とは?
2016年ディラン・トマス賞を受賞の著者デビュー作です。ファンタジーというよりは文学よりの作品であり、詩や寓話、果ては目次に見立てたものまで、多様な表現スタイルを駆使して唯一無二の世界を構築しています。それ故難解ではあるものの、行間から滲み出る哀しみが胸を打つ傑作です。
27位.百十三代目の司書見習い(スチュアート・ウィルソン)
13歳のオリバーは、どの職業の見習いになるかが決まる〈召命〉の日を迎える。特になりたい職業もないオリバーだったが、図書館の司書だという老人が彼を採用する。ところが、翌朝出勤すると老司書は発作を起こして死んでしまう。途方に暮れるオリバーに謎の少女が救いの手を差し伸べるが...。
見習い初日に師匠が亡くなり、右も左も分からない図書館で主人公が悪戦苦闘するさまが面白い。トラブルを乗り越え、一人前になっていく姿が成長ものとして読み応えがあります。また、過去のファンタジー作品のオマージュが楽しく、図書館や蔵書にまつわる秘密が本好きの読者の琴線を刺激します。
28位.千の目が光る森 (フランシス・ハーディング)
森によって侵蝕され、人々は壁の中に逃げ隠れて暮らしている世界。その壁の一角の集落、“灰色男の門”に住むフェザーは冒険心にあふれた少女だったが、集落の外にある世界の話をしてくれたよそ者に裏切られ、望遠鏡を盗まれてしまう。フェザーはよそ者を追って危険に満ちた森に踏み込むが…。
美しい挿絵をふんだんに使用したヤングアダルト向けのファンタジー小説。『ささやきの島』に続く第2弾で、文章だけではイメージしにくい世界観を巧く補完しています。文章と挿絵の連動が楽しく、少女の成長譚としても読み応えあり。ただ、男の目的がよくわからない点については若干モヤモヤします。
29位.魔法治療師のティーショップ パン職人の秘密(シャンナ・スウェンドソン)
祖国の動乱を逃れ、リディング村でパン屋を営むルシーナ。しかし、安寧の日々を手に入れた今も、悪夢に怯える夜は続いていた。そんなある日、鍛冶屋へ見習いとしてやってきた青年ニコが、同郷である同郷であることが判明する。彼が追っ手だという疑念が捨てきれず、ルシーナは激しく動揺するが…。
『魔法治療師のティーショップ』に続くシリーズ第2弾。ファンタジーものですが、派手な魔法が飛び交うのではなく、日常の中にさりげなく魔法が散りばめられているのが独自の味わいとなっています。特に、楽しそうなパン作りのシーンが秀逸。ただ、展開が前作と似ている点は気になるところです。

このミステリーがすごい!2027年版 国内ベスト20予想
最新更新日2026/06/09☆☆☆
Previous⇒このミステリーがすごい!2026年版 国内ベスト20予想
2026年5月21日時点での暫定予想順位
その他注目作品
血は争えない(深町秋生)
檻神館双極子殺人事件(南海遊)
もつれ星は最果ての夢を見る(市川憂人)
虚空蔵の峯 (飯嶋和一)
明暦五年(1755)の冬。6人の男が登城途中の老中・酒井忠寄の駕籠に直訴に及ぶ。しかも、彼らは領外から通行手形も持たずにやってきた越境者だった。つまり越訴だ。本来なら重罪人のはずだが、彼らは無事に宿に戻り、その後、酒井家は訴願主の2人を丁重に招き入れた。一体彼らは何を訴えたのか?
違法捜査官(新美健)
コンフィデンシャル・ゲーム (石井仁蔵)
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このミス2027
対象作品である2025年10月1日~2026年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
2026年5月21日時点での暫定予想順位
1位.I (道尾秀介)
一家殺害事件によって愛する家族を失った少女は硝子職人の女性に引き取られ、彼女の元で働く青年に恋心を抱くようになる。一方、周囲の人々の心無い言動で娘を自殺に追い込まれた父親は、同様の過去を持つ元刑事で現在はホームレスの男と出会う。彼はその男を利用した復讐計画を進めていくが...。
読む順番によって結末が変わる本の第2弾です。収録作が6作から2作に減って仕掛け自体はシンプルになりましたが、物語の完成度は格段にアップしています。切なく残酷な物語に心が震えます。
2位.さよならジャバウォック(伊坂幸太郎)
量子は日々夫の暴言に耐えながら幼い息子を育てていた。しかし、ある日、激怒した夫に理不尽な理由で暴力を振るわれ、手元にあった金槌で思わず彼を殺してしまう。途方に暮れていると、大学時代の後輩・桂凍朗が訪ねてくる。事情を察した凍朗は死体を彼の私有地の山に埋めることを提案するが…。
著者としては珍しい王道の倒叙ミステリーかと思いきや話は意外な方向に転がっていきます。結局、いつもの伊坂節ではあるのですが、驚きと感動を一度に味わえる終盤のどんでん返しが見事です。
3位.封鎖館の魔(飛鳥部勝則)
増改築を繰り返し、多数の開かずの間を抱えた封鎖館。そこでは昭和から令和にかけて少なくとも6つの事件が起きていた。しかも、それらの事件は、サーカス団の猿が花形スターを殺害して行き止まりの廊下から忽然と消えたり、自称占い師が開かれた部屋で餓死したりと、どれも異様なものばかりで...。
前作『抹殺ゴスゴッズ』と異なり、本作は300頁超の小品ですが、その中にさまざまな謎と館ものならではの仕掛けを詰め込んだ趣向が楽しい。特に、著者ならではの倒錯的な動機がインパクト大です。
4位.わたしがいなくなった世界に(七河迦南)
児童養護施設七海学園の保育士・北沢春菜は事故で入院しながら職場復帰をめざしリハビリに励んでいた。だが、彼女が不在の間に子供たちの身辺で不思議な出来事が起きていた。バスから忽然と姿を消した少女や駅伝の中継地点で消失した少年。さらに、学園では殺人を告発するメッセージが…。
七海学園シリーズ15年ぶりの新作です。もともとのテーマだった児童福祉の問題が、本作ではさらに掘り下げられ、謎解きに伴う感動がより奥深くなっています。ただ、文章が少々読みづらいのが難。
5位.暁星(湊かなえ)
文壇の重鎮から文部科学大臣へと転身した清水義之が、高校での式典の最中に刃物によって殺害される。犯人は37歳の男性、永瀬暁。彼は逮捕されたのちに、週刊誌で手記の連載を始める。そこには宗教二世として育てられた自らの生い立ちと、清水義之を殺害するに至った経緯が綴られていたが…。
2022年に起きた某銃撃事件をモチーフにしたプロットから宗教二世問題を扱った社会派ミステリーかと思っていると、後半全く別の主題が浮かび上がって驚かせてくれます。切なくも感動的な傑作です。
6位.デッドマンズ・チェア(阿津川辰海)
公安第五課 コトダマ犯罪調査課の一員で「伝える」の能力者である小鳥遊沙雪が、中国人の少年少女に捕らえられる。彼らはマフィアの親から結婚を認められず、駆け落ちしてきたのだという。一方、「弾く」の能力が用いられた殺人事件を追っていた五課の面々は同時に沙雪の行方も追うことになるが...。
特殊設定能力+警察小説のシリーズ第2弾。複数の事件を並行して追うモジュラー型に加え、本格ミステリや異能力バトルなど、さまざまな要素をバランスよく楽しめます。ラストはなかなかに衝撃的です。
7位.未館成の殺人 (信国遥)
X大学推理小説研究会のメンバーが夏合宿に選んだ無人島。その島には奇妙な館の基礎部分だけが残されており、建築家の黒澤泰洋は忽然と姿を消したという。合宿の目的はこの事件の記事を書くことにあった。だが、到着早々唯一の連絡手段だった船は炎上し、メンバーは次々と不可解な死を遂げ...。
クローズドサークル×サバイバル。過去作のオマージュに満ち、この手の作品が好きな人には堪らない作りになっています。また、散りばめられた伏線の回収が見事でホワイダニットものとしても秀逸です。
8位.僕たちの青春と君だけが見た謎 (雨井湖音)
仙台市の高等支援学校に通う青崎架月は長い夏休みを終え、2学期最大のイベントである学園祭の準備に取りかかっていた。そんななか、彼のもとには、展示用の漫画の不可解なダメ出しや新聞消失事件など、さまざまな謎が持ち込まれてくる。さらに、同級生がなぜか学園祭のボイコットを始め…。
支援学校での青春を描いた話題作『僕たちの青春はちょっとだけ特別』の続編。相変わらず登場人物が魅力的で支援学校に通う生徒の現実を描きながらも学園ミステリーとして抜群の面白さです。
9位.狼少年ABC(梓崎優)
ハワイにやってきた少女が叔父の家で日記を見つける「美しい雪の物語」、校舎の屋上から墜落死した生徒のデジカメに残された不思議な写真の謎に2人の高校生が挑む「重力と飛翔」、狼の調査でカナダを訪れた日本人大学生が”喋るオオカミと会ったことがある”と言い出す表題作など、全4編収録。
『叫びと祈り』で鮮烈デビューを果たした著者の12年ぶりの新作です。ミステリとしてはやや薄味な印象はあるものの、余韻の残るラストはどれも美しく、読む者の胸を打ちます。心に染み入る傑作です。
10位.倫敦スコーンの謎(米澤穂信)
調理実習でレシピ通り作ったずのスコーンがなぜか生焼けだった表題作、船戸高校OBの画家が学生時代の展覧会に模写を出品した真意を探る「桑港クッキーの謎」、目の前に置かれたジェラートに手をつけない客を巡って小鳩君と小佐内さんが推理を繰り広げる『羅馬ジェラートの謎』など、全4編収録。
4編収録の小市民シリーズ第2短編集。相変わらずビターな後味の謎解きが読み応えあり。謎解きの完成度が高いのは『羅馬ジェラートの謎』ですが、人生の苦みを感じさせる最終話も味わい深い。
11位.幽民奇聞(恒川光太郎)
二本松藩の少年部隊は迫りくる新政府軍を迎え撃つが、武装の差と経験不足によってなすすべなく壊滅してしまう。生き残った13歳の少年・タキは戦地を彷徨って敵に遭遇したところをキと名乗る謎の集団によって助けられる。彼らはタキに対し、この地に住む盲目の老女に匿ってもらえと告げるが...。
謎の義賊・キの活躍を鬼婆や狒々といった妖怪になぞらえて描いた民俗学ミステリーです。作者の語り口は巧みで、虚実入り混じった話には思わず引き込まれていきます。一種の滅びの物語として秀逸。
12位.地上の楽園(月村了衛)
1959年から始まった在日朝鮮人帰還事業。差別とイジメに苦しむ在日朝鮮人の高校生・孔仁学は、北朝鮮は誰もが自由を謳歌できる地上の楽園だという話に飛びつく。幼なじみの玄勇太を誘って彼の家族と共に海を渡るが、そこに待っていたのは、横暴な役人と劣悪な暮らしに耐える日々で…。
現実とは思えない地獄のような描写が延々と続く一方で、実在の政治家やジャーナリストが実名で登場し、それが現実であることを否応なしに突きつけてきます。まさに、著者渾身の力作です。
13位.キックス(天沢時生)
時価6億円のスニーカー・火喰鳥を生み出した天才デザイナー・深海温哉が自殺した。大学時代の親友・佐治薫は滋賀を訪れ、そこで温哉と瓜二つの双子の弟、行哉に出会う。彼は贋作スニーカーで裏社会を渡り歩くギャングチームのリーダー。2人は手を組み、巨額の犯罪ビジネスに身を投じるが…。
あらすじは王道クライムノベルの如き雰囲気ですが、本編では滋賀県を4大ギャングが跋扈し、ヤンキーの間で語り継がれる滋賀百年史が開陳されるなど、とにかくぶっ飛んでいます。奇想に満ちた怪作。
14位.そして物語のおわりに(小松立人)
医学生・張田雅之と友人の久郷一は、アルバイト先の店長の招きで、とある離島を訪れる。店長の父・柏谷高視は大手ゼネコンの会長で、島には親類や知人が集まっていた。そこで高視は自身が病で余命いくばくもないことを明かすが、翌朝、彼とその部下は四肢を切断された死体となって発見され...。
招待された孤島の館で猟奇的な殺人事件が発生するという、王道的クローズド・サークルなのですが、中盤以降の破天荒な展開には驚かされます。ひねくれ者の探偵役と友人とのコンビも魅力的です。
15位.盾と矛(方丈貴恵)
草津正守は罪を犯した者を決して逃がさない名探偵。追われる身の旧友・霧島は草津にスカウトされ、彼の助手となった。ある日、雪山の別荘で密室殺人が起き、草津は鮮やかに謎を解き明かす。たが、その矢先に犯人は釈放されてしまう。そこには依頼者を必ず無罪にする仕事人ヒミコの影が…。
名探偵と助手のバディが活躍する王道本格に、犯人を裏で操る仕事人の存在を加味することでヒネリのある展開に仕上げた点が面白い。また、探偵だけではなく、助手の意外な有能な活躍ぶりも魅力的。
16位.ナッハツェーラーの城―或いは最後の〈奇書〉(倉野憲比古)
長きスランプに苦しむミステリー作家の倉賀野影比古は、敬愛する先輩作家・御霊神矢が失踪前に最後の奇書を名乗る未完ミステリー『ナッハツェーラーの城』を残していることを知り、完結編の執筆に名乗りを挙げる。だが、御霊の遺族が暮らす畸幻館を訪ねた一行は奇怪な連続殺人に巻き込まれ…。
日本三大奇書のオマージュに満ちた物語には(マニアにとっては)ワクワクしますし、おどろおどろしい連続不可能犯罪も堪らないものがあります。ただ、新変格流の真相に関しては好みが分かれそうです。
17位.スノウマンの葬列 真々部律香の推理断章(麻根重次)
若い夫婦が雪山で衰弱死するも何故か夫の体には小さな雪だるまがいくつも載っていたうえに切断された夫の小指を妻が握りしめていた表題作、学園祭の最中に密室事件が起きる「三分の一密室」など、オフィスレイヴンに持ち込まれるさまざまな謎に所長の真々部律香が挑む全5編の連作ミステリー。
最初に奇妙な謎を提示し、余韻の残る結末に着地する構成が印象的。また、躁鬱症の女探偵をはじめとしてオフィスレイヴンの面々も魅力的なので読み物として非常に充実した連作集になっています。
18位.猫鳴く森で謎解きを(楠谷佑)
全寮制の男子校でルームメイトの兎川雛太と鷹宮絵愛は、ボランティア部部長の亜蓮に誘われて”猫と会えるキャンプ場”に1泊2日のボランティア活動に行くことになった。他校からの参加者を含めて、メンバーは10名。ところが、2日目に生徒の一人が殺害される。しかも、第一発見者の雛太が疑われ…。
『ルームメイトと謎解きを』の続編。ロジカルな推理で真相にたどり着く手管は見事で、友情や恋愛を描いた青春ものとしても読み応えあり。特に、親友の無実を証明するための推理シーンが白眉です。
19位.死か翅の貪る家(織部泰助)
若手作家の出雲秋泰と女性怪談師の無妙が事件の謎に挑むシリーズ第2弾。今回はクセのある一族が暮らす奇怪な館で連続殺人が起きる館ものミステリーであり、独創的なトリックこそないものの、館自体を用いた巧みなギミックで怪奇ムードと謎解きの面白さを高めています。まとまりの良い一作です。
20位.君が描きかえた名探偵と青い春(谷夏読)
新潟県の進学高校に入学し、生徒会に加わることになった刑部歩は保健室で姫路叶音という少女と運命的な出会いを果たす。叶音は体が弱いものの、好奇心旺盛な性格で、とある理由から「目安箱の投書消失」「学校旗の落書き」「体育祭の妨害工作」といったさまざまな事件の謎解きに歩を誘うが…。
謎解きを通して陰キャの主人公と陽キャのヒロインのふれ合いを描いた青春ミステリー。ラブコメ的ムードの中に青春の苦味と甘酸っぱさを表現し、加えてミステリーとしても読み応えありの佳品です。
その他注目作品
血は争えない(深町秋生)
15歳で母を亡くした不破隆次は実の父親で歌舞伎町を牛耳る台湾人、王大偉に会いに行く。ひと悶着あったものの、父や兄たちから認められた隆次は一族を裏で支えると誓い、血と暴力にまみれた任侠の道でのし上がっていった。昭和から平成を駆け抜け、殺人罪で逮捕された最凶ヤクザの行く末は?
狂王という謳い文句に反して、主人公はヤクザの割に人格者です。それだけに、いざ大暴れするときのギャップに鮮烈さを覚えます。また、時代と共に男の生涯を描いた一代記としても読み応えあり。
檻神館双極子殺人事件(南海遊)
華族令嬢・竜尾院絢子は父の反対を押し切って帝国大学への進学を果たし、そこで親友となった折上燕から「私の生家である檻神館に隠された暗号の秘密を暴いて欲しい」と頼まれる。絢子は、探偵作家志望で取材のために館を訪れた綾城創志と共に謎に挑んでいくが、やがて奇怪な殺人事件に遭遇し...。
定番の館ミステリーに加えて、密室・双子・暗号・アリバイ崩しといった、クラシカルな探偵小説の要素を過剰なまでに詰め込んだ作りが楽しい。謎解きはともかく、物語としてはワクワクする快作です。
死の絆 赤い博物館(大山 誠一郎)
国会議員とホームレスが同じ場所で殺害された謎に挑む表題作、時効が成立した殺人事件の真犯人だと男が名乗り出る「三十年目の自首」、深夜のコンビニに押し入った強盗犯がなぜかそのまま自殺する「3匹の子ヤギ」、冴子の警察大学校時代のエピソードを描いた「春は紺色」など、全体6編収録。
シリーズ第3弾。謎解きに特化したテンポのよい物語はどれもよくできており、気軽に楽しめる連作ミステリーに仕上がっています。ただ、人間味に乏しい緋色冴子のキャラは好き嫌いが分かれるところ。
量子テレポーション通信の発明によって遠く離れた星でも通信可能となった時代。エンジニアの零司はコンペのために地球から10光年離れた惑星に降り立つが、そこで競合相手の銃殺死体が発見される。さらに、コンペ運営本部からの通信も途絶していた。この惑星で一体何が起きているのか?
未開発の惑星で連続殺人が起きる話ですが、スケールの大きなハードSFと多彩な謎解きを堪能できる本格ミステリの融合で楽しませてくれます。相棒のAI・ディセンバーとの軽妙な掛け合いも魅力的です。
処刑館殺人事件(西式豊)
ミステリ作家養成講座出身の作家6人が恩師・宇宿部彬に呼び出され、処刑道具が集められた洋館、岨景館に集合する。ところが、突如黒衣の処刑人と名乗る無気味な声が響き、「ミステリ作家は一人残らず罪人である」と告げる。そして、作家たちは自作を彷彿とさせる方法で次々と殺されていき…。
ミステリー作家が自作の見立てで殺されていく趣向は魅力、二転三転の展開も悪くありません。それだけに真相の説得力のなさが惜しまれます。また、犯行動機に関しても肩透かしの感ありです。
エディシオン・クリティーク(高田大介)
旅館の襖の裏紙に記されていた中世の説話集とおぼしき文章、古書店に埋もれていた希少な辞書、そして、解読不能の古文書「ヴォイニッチ写本」。東京の出版社で編集者として働く岩槻真理と、文献学者の嵯峨野修理は混迷の親族会議の果てに世界最高峰の奇書の謎に挑む。果たして古文書探訪の行方は?
博学多才な著者の尋常ではない情報量を詰め込んだ学術ミステリ―には相変わらず圧倒されるばかりですが、元夫婦の真理&修理や元姑の妙との掛け合いが微笑ましくて堅苦しさを感じさせないのが秀逸。
流血マルチバース(五条紀夫)
昭和28年の噴火によって廃墟だけが残された無人の島、龍穴島。そこに隠されているという旧日本軍の財宝を求めて大型クルーザーで近づく一団があった。だが、その直後から次々と殺人事件が起き始める。一方、参加者の一人である菊田耕一は記憶喪失の妹を守るために重大な選択に迫られるが...。
アドベンチャーゲーム風のマルチシナリオに挑戦した作品。分岐後の物語はテイストがそれぞれ大きく異なっているのが面白く、やがて一つの結末に向かって収束していくプロットの妙に唸らされます。
刹那の夏(七河迦南)
ボランティアで被災地を訪れた女性2人が宿の娘とともに伯父の遺品であるボトルジオラマの中にある本の内容を探っていく表題作、通り魔連続殺人が起きている北の果ての町でアパートの隣室同士になった孤独な男女の交流が思わぬ事態を引き起こす「地の涯て(ランズ・エンド)」など全5編収録。
謎解きや真相の意外性よりも叙情性豊かな物語が印象的な短編集です。どの話も切なさ全開で、なかでも、少年の思い出話が災害に結びついて思わぬ真相が浮かび上がる表題作がよくできています。
お隣さんの置き配がヤバすぎる(有手窓)
漫画家の侑李は、憧れの漫画原作者からセクハラを受けたあげく、仕事を干されて半ば引きこもり生活を送る日々。ある日、隣人で専業主婦の花帆から送られてきた荷物を預かってほしいと懇願される。彼女の行動は夫に管理され、買い物の自由もないというのだ。一方、近所では連続通り魔事件が...。
女2人が連帯し、DV夫をはじめとする男たちに復讐していくという典型的なシスターフッドものですが、被害者である花帆やストーリー展開がぶっとんでいて面白い。コミカルかつスリリングな傑作。
殺し屋がレジにいる(榎田ユウリ)
52歳の榊冴子は夫と離婚し、スーパーでパートとして働いている。見た目は大きくとも争いが苦手で、いつも謝ってばかりだった。そんなある日、迷惑な客を撃退するジャージ姿の老女と遭遇する。彼女の名は山田グロリア。72歳の元殺し屋だ。冴子は気弱な自分を変えたくて彼女に弟子入りするが…。
山田グロリアと仲間たちの個性が強烈でそれだけでも引き込まれていきます。加えて、冴えない中年女性が研鑽を積んで強くなるというシチュエーションが痛快。異色のシスターフッドアクションです。
流星と桜(青谷真未)
お嬢様学校に編入し、孤独だった遠野桜子に寄り添ってくれた2年先輩の加賀清香 。歌舞伎役者の彼女は8年後に再会したときには探偵となっていた。清香は桜子の鬱積した想いを見抜き、自分の探偵事務所で働かないかと誘う。助手となった桜子は歌舞伎の演目を彷彿させる奇妙な謎に触れていくが...。
探偵と助手、シスターフッド、歌舞伎という組み合わせがなかなか新鮮です。単なる謎解きものではなく、歌舞伎の演目になぞらえながら桜子と清子の心情を丁寧に紐解いていく展開が心に染み入ります。
白色光の影を浚う(遠坂八重)
鎌倉の名門・冬汪高校に通う蓮司と麗一は何でも屋的な存在である「たこ糸研究会」の活動に勤しんでいる。ある日、2人は一年生の曽我朝美から奇妙な依頼を受ける。彼女は幼馴染で引きこもりの新藤文乃とドア越しの対話を試みたところ、中にいるのは別人だったというのだ。調査に乗り出す2人だが...。
シリーズ第3弾。徐々にダークな真相が明らかになる展開は過去作と同じですが、麗一の過去が明らかになるなど、より心揺さぶられる内容となっています。重い話ながらも、読後感は爽やかな良作です。
虚空蔵の峯 (飯嶋和一)
明暦五年(1755)の冬。6人の男が登城途中の老中・酒井忠寄の駕籠に直訴に及ぶ。しかも、彼らは領外から通行手形も持たずにやってきた越境者だった。つまり越訴だ。本来なら重罪人のはずだが、彼らは無事に宿に戻り、その後、酒井家は訴願主の2人を丁重に招き入れた。一体彼らは何を訴えたのか?
江戸時代最大の裁判劇と称される郡上一揆の顛末を描いた歴史小説。当時の法制度の解説が興味深く、不条理な幕府に対する怒りが真に迫っています。幕閣まで巻き込んだ壮大な法廷サスペンスです。
あーあ。 織守きょうや自業自得短編集(織守きょうや)
女が男に襲われているのを助けなかった罪で不可視化装置下保護観察処分6か月の刑に処せられる「幽霊刑」、不倫中の夫が帰宅して妻の他殺死体を発見する「目撃者」、大学生のYouTuber が再生数を稼ぐために知人の配信者が消息を絶った曰くつきの廃墟に潜入する「廃墟で○○してみた」等、全6篇収録。
因果応報をテーマにした短編集。よって最後は後味の悪い結末を迎えることになるので、イヤミス好きな人にはおすすめです。ホラー風味の作品が多く、「幽霊刑」などの意外性に富んだオチが秀逸です。
犯人と二人きり(高野和明)
記憶喪失の男が研究都市に招かれてタイムトラベルの被験者となる『ゼロ』、久しぶりに会った旧友から正体不明の足音に悩まされていると告げられる「跫音」、ドラマの探偵に憧れる小学生がハードボイルドを気取りながら学校で起きた怪文書事件の謎を追う「ハードボイルドな小学生」等、全7編収録。
時間SFの「ゼロ」はオチが凡庸なものの、ホラーミステリーとして秀逸な「跫音」、小学生の友情をハードボイルド風に描いた「ハードボイルドな小学生」など、バラエティ豊かな作品が楽しめます。
法月綸太郎の不覚(法月 綸太郎)
過去に首吊り自殺のあった部屋に住むライターが同じ死に方で発見される「心理的瑕疵あり」、多額の保険金が転がり込む予定の男が交換殺人を疑われる「被疑者死亡により」、男が公園でジョギング中に2日前に殺されたはずの資産家女性を目撃したと主張する「次はあんたの番だよ」など、全4編収録。
名探偵・法月綸太郎シリーズの連作ミステリー。相変わらず、父の法月警視とディスカッションを重ねながら真相に迫っていくプロセスが楽しい。ただ、交換殺人絡みの事件が多いのは気になるところ。
月夜行路 Returns(秋吉 理香子)
夫や子供との醒めた関係に悩んで家を飛びだした涼子はバーのママ、ルナと出会い、一緒に大阪を旅した。東京に戻り、家族との関係にも改善の兆しが見られるようになった涼子はルナと再会する。そして、店に送られてきた古いパソコンを開くためにパスワード探しを手伝うことになるのだが…。
バーのママ(男性)×中年主婦の連作ミステリー第2弾です。前回は涼子の悩みがメインでしたが、今回はママの悩みに焦点が当てられています。前作に続き文学と謎解きの組み合わせが心地良い好編です。
腐芯(朝野にわ)
住宅街の空家で高齢男性の遺体が発見される。猛暑の中で3日以上放置されていたにも関わらず、遺体は全く腐敗していなかった。東野署刑事第一課の竜胆一郎は被害者の息子夫婦に疑念を抱くが、幾つもの不可解な謎が彼を悩ませていく。そんななか、ある証拠物件をきっかけに」事態は思わぬ方向へ...。
第18回 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作。刑事たちの生々しいドラマが読み応えのある警察小説です。ミステリーとしては比較的地味目の作品と思っていると予想外の急展開に驚かされます。
巌窟の王(友井羊 )
1913年。岩田松之助は自分と同じ硝子職人の沼澤と入江が強盗殺人で逮捕された事実を知る。しかも、後日、岩田自身もその事件の主犯として逮捕されてしまう。身に覚えのない罪で21年の獄中生活を送り、出所後も殺人犯の汚名がつきまとう。国家に人生を壊された男は不屈の精神で再審に挑むが…。
吉田岩窟王事件をモチーフにした物語は現実に沿っているため、臨場感に満ちています。ただ、それを知らなければ前半は淡々としすぎていると感じるかも。一方、無罪を勝ち取ろうとする後半は感動的。
月白(宇佐美まこと)
フリーライターの海老原は妻を亡くし、息子を一人で育てていた。そんな彼に、北川フサという女が戦後の混乱期に5人の男を殺して死刑になった事件を再検証してほしいという依頼が入る。取材の中で海老原はフサが赤の他人である少年と行動をともにしていたことを知る。その少年は今も存命中で…。
終戦直後の日本がどのような状況だったかを臨場感豊かに浮き彫りにしていく作品であり、特に、戦争孤児が置かれた過酷な環境には胸が詰まります。戦争への怒りがダイレクトに伝わる力作です。
大阪ウェットランド(服部倫)
売れないドラマーの俺はある日、女性ボクサーやボカロPの若者と共に柄の悪い男たちに絡まれていた男子中学生・晴斗を助け、交流が始まる。だが、建設会社に勤める晴斗の父が謎の大金を残して死亡。しかも、ヤクザ、半グレ、不良刑事たちに目をつけられてしまう。俺は仲間たちと真相を追うが…。
日本ミステリー文学大賞新人賞。癖の強い登場人物たちの軽妙な掛け合いが楽しく、人助けがきっかけでどんどんヤバいことになっていく展開がスリリングです。大阪ならではのネタも興味深い。
女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処(市塔承)
大学院で化学を学んでいた青年エメリは自分が実家のベッドで眠っていることに気付く。彼は突然気を失い、そのまま三ヶ月も眠り続けていたのだという。しばらく実家で療養を続けていたエメリはやがて復学することになり、旅の間の気晴らしにと、有名な宰相が書いたという小説を渡されるが…。
作中作の中に作中作が幾重にも挿入されて、話の流れがとにかく把握しづらい。そのため、賛否は激しく分かれそうですが、巧みな伏線回収によってテーマが浮かび上がってくる構成の妙は見事です。
ルーカスのいうとおり(阿津川辰海)
小学5年の沢城タケシは2年前に母を亡くし、そのショックから立ち直れないでいた。ある日、彼は川原で人形を拾う。それは編集者だった母が担当した児童書『どろぼうルーカス』のヒットを記念して作られたルーカス人形だった。タケシは家に持ち帰るが、以来、彼の周りで不穏な事件が起き…。
呪いの人形による凶行を描きつつ、人形の正体について推理していくホラーミステリーですが、全編児童書のテイストで描かれているためか、ホラーとしてもミステリとしてもやや薄味に感じます。
犯人はキミが好きなひと(阿津川辰海)
JKの瀧花林は小学生の頃から名探偵に憧れ、周囲の事件を解決に導いていた。一方、彼女の幼馴染・幣原隆一郎は好きになった女子が必ず犯罪に関与しているという特異体質を持っており、それ故、想い人を告発し続ける花林を疎ましく感じていた。あるとき、花林は教育実習生の殺意に気付くが...。
全6編の連作ミステリーで、幼馴染が好きになった相手が犯人であるという前提から推理が始まるスタイルがユニークです。ライトミステリーとして楽しい一方、終盤ひねりすぎて無理が生じたのが残念。
違法捜査官(新美健)
サボり上手の刑事・仲條晴臣(30)の前に3人目の相棒が現れる。名は芹沢卓巳。本庁からやってきた40代半ばの警部補だが、彼は晴臣以上のサボり魔だった。しかも、違法捜査も厭わない無茶苦茶ぶり。2人は横転した軽トラックから死体が転がり落ちた一件を調べるが、思わぬ大事件へと発展し…。
軽妙な語り口や掛け合いが楽しいバディものです。とにかく、型破りの刑事たちが何でもありの捜査が楽しく、スピード感にあふれた物語にグイグイ引き込まれていきます。極上のエンタメ作品です。
コンフィデンシャル・ゲーム (石井仁蔵)
流刑地にナイトと称する青年が忍び込んでナポレオンとチェスを指す「ナポレオン・オープニング」、スターリンの右腕ルークが核兵器撤去に反対するキューバへと赴く「フランクリン・ギャンビット」、荘厳な宮殿で女同士の熱き一局が繰り広げられる「ヴィクトリアン・メイト」など、全5話収録。
世界史の重要局面にチェスの対局が絡んでいたという着想に基づいて描かれた連作短編。チェスと史実の意外な結び付きが面白く、もしかして本当にあったことでは?と思わせるほど臨場感豊かです。
飢える骸(増島拓哉)
日本最大の暴力団、游永会の若頭・瀬良は、兄弟分の森山とともにクーデターを画策する。元殺し屋の巌率いる巌組を游永会にぶつけ、混乱に乗じて両組織のトップを殺害しようというのだ。だが、その前に巌が游永会の組員を手当たり次第に殺し始める。手間が省けたとほくそ笑む瀬良だったが…。
本作の内容を一言でいうと血で血を洗う極道ものですが、ストレートな暴力をスピーディーかつハードボイルドタッチで描くことで極上のエンタメ作品に仕上がっています。暴力の美学に満ちた傑作。
首なし晩餐 スローライフ警視の事件簿(櫛木理宇)
東京大学卒で28歳のキャリア警察官・佐桐眸巳が地元の新崗県に署長として戻ってきた。決して偉ぶらない穏やかな性格の彼は、週末には兄や姉とスローライフを楽しんでいた。だが、凄惨な連続殺人が起き、街の平和を脅かす。眸巳は部下たちの反対を押し切って捜査に首を突っ込もうとするが...。
猟奇事件はいつもの櫛木節ながら、主人公に天然気味の青年署長を据えて口当たりをまろやかにしている点が異色です。誰にでも等しく手を差し伸べる署長が魅力的で、ミステリーとしても読み応えあり。
謎の香りはパン屋から2(土屋うさぎ )
大学生の市倉小春は念願の漫画家デビューを果たしながらも新作の構想に苦しんでいた。そんなある日、パン屋ノスティモでアルバイトとしてともに働いていた高校生の杏樹が急にバイトを辞めると言い出す。数時間前まではシフトを増やしたいと言っていたのに一体なぜ?小春は推理を巡らせるが...。
パン屋を舞台にした全5話の日常ミステリーです。謎そのものは小粒なのですが、それに伴う人間模様が心地よくてほっこりとさせてくれます。前作よりコメディ色が強く打ち出され、楽しさもアップ。
白雪姫と五枚の絵 ぎんなみ商店街の事件簿2(井上真偽)
商店街の男たちを虜にし、ぎんなみ商店街の白雪姫と呼ばれていた老女・八百谷雪子。認知症を患っている彼女が所有する「白雪姫」「三匹の子豚」「赤い靴」「ヘンゼルとグレーテル」「雪女」の5枚の絵は何らかのメッセージを隠した見立て絵だという。木暮四兄弟と内山三姉妹はその謎に挑むが...。
街で起きた事件を通して絵に隠された秘密に迫るミステリー。1つ1つの推理は恣意的でやや強引ですが、兄弟&姉妹の交流が微笑ましく、最後にすべての謎が一つに繋がる展開も読み応えがあります。
夜明けのハントレス(河﨑秋子)
札幌在住の女子大生・岸谷万智は恋人の家で狩猟雑誌を目にしたのがきっかけで狩猟に興味を抱き、大学の近くにある鉄砲店に足を運ぶ。そこでベテランハンターの新田と出会い、運命に導かれるようにハンターの道を歩み始める。さまざまな経験を積んだ彼女はやがて単独でクマとの真剣勝負に挑むが...。
直木賞作家による狩猟小説です。受賞作の『ともぐい』とは雰囲気が異なり、等身大の女性の葛藤を描いた親しみやすい作品になっています。特に、熊との一騎打ちは緊迫感に溢れ、読み応えありです。
暗闇法廷(下村敦史)
後天的な障害を抱えた人々のリハビリを目的とした施設で施設長が殺害される。状況から全盲の入所者・美波優月が容疑者といて浮上するが、彼女自身は深夜に施設長に呼び出されて襲われたことは認めたものの、犯行は否認する。やがて裁判がはじまるも、証人たちは障害を負った人たちばかりで...。
証拠が揃っている裁判で、主人公の弁護士が障害を抱えた人々の証言の矛盾を炙り出し、無罪判決を勝ち取ろうとするプロセスがスリリング。真犯人は予想の範囲内ですが終盤の展開には驚かされます。
悪女たちのレシピ(秋吉理香子)
配送業の男が女性へのストーカー行為を繰り返す「見つめていたい」、W不倫の意外な末路を描く「パートナーズ・イン・クライム」、5人の女性が料理教室でそれぞれの悩みを打ち明ける「クリスマス・レシピ」、意地悪な義母と同居しながらも完璧な嫁と称賛される「幸せのマリアンナ」など全6話収録。
男が女に追いつめられていく悪女ものですが、男が加害者だと思っていると意外な結末に驚かされる「見つめていたい」を初めとして、切り口の多彩さが魅力的。毒と爽快感を併せ持つ快作です。
シリアルキラーアンソロジー 人殺し日和(阿津川辰海, 木爾チレン、櫛木理宇・他)
殺し屋が人畜無害にしかみえないターゲットの男に思わぬ逆襲を受ける「シリアルキラーvs.殺し屋」、東大を目指しているJKがゲーセンで景品を落とす音と人が転落する音に魅入られる「脳JILL」、殺人犯の男が自分の無実を信じる女性と同棲を始める「テキストブック・キラー」など、全5編収録。
収録作は粒ぞろい。それぞれタイプの異なるシリアルキラーが登場して楽しませてくれます。なかでも、女子高生が淡々と犯行を自白していく「脳JILL」は終盤の展開に思わずぞっとさせられます。
ガールズ・アット・ジ・エッジ(犬怪寅日子)
ピンサロで塩原という名の黒服が殺される。しかも、4人のピンサロ嬢と1人のボーイが死体とともに姿を消した。実は、ボーイが死体を風呂場で解体し、山奥へ遺棄しようとしたのだ。だが、塩原を殺したのは誰か?食い違う認識の中で、彼女たちは奪われた人生を取り戻すために動き出すが…。
デビュー前のカクヨムに投稿作品の書籍化。クライムサスペンスの形をとっていますが、そこで語られるのは再生の物語です。一人一人のキャラが立ちまくっており、彼らが語る言葉が胸を打ちます。
消失村の殺戮理論(森晶麿)
若き准教授、岩井戸泰巳は行方不明の研究員の捜索のため、岩井戸研を率いて消息を絶った地点に赴く。結果、行き着いたのは存在が噂されていた地図にない村、網花村だった。そこは、双頭の大山椒魚を神と崇め、生贄を捧げる因習村だ。しかも、村人たちの大量消失が起きているというのだが…。
激しい賛否を生んだ『切断島の殺戮理論』の続編で、癖の強い作風は相変わらず。異界の超理論がぶっ飛んでいて面白いと感じるか、何でもあり過ぎてつまらないと感じるかで評価が分かれそう。
桜葬(斎堂琴湖)
2023年3月。杖をついた男が新幹線ホームからバラバラ死体を投げ込み、直後に身を投げて自殺する。死んだ男の顔には微笑が浮かんでいた。県警捜査一課の刑事・氷室と、彼の上司である滝坂はこの不可解な事件の謎を追う。男の足跡を追った末にたどり着いたのは3年前の爆破予告事件だったが…。
冒頭の不可解な事件で読者を引き込み、当初は場面転換の多さにはとまどうものの、リーダビリティの高さは申し分なし。多様な人物が事件に絡む意外性と、テンポの良さは警察小説として一級の面白さ。
沈黙と爆弾(吉良信吾)
熊本県警本部監察課の阿玉清治は首席監察官に非違事案の調査を命じられる。爆発事件で意識不明の刑事が居酒屋で暴行を働いた疑惑が浮上したのだ。同じ頃、失語症を患っている小学生の息子に動物殺しの疑いがかけられる。阿玉は家族との関係に心を砕きながら捜査をすすめていくが…。
第4回警察小説新人賞受賞作。次々と起きる事件と家族のドラマをリーダビリティの高さで引っ張っていく新人離れした筆さばきが見事です。ただ、物語の面白さに比べ、事件の真相はやや魅力不足。
神探偵イエス・キリストの回想 逆襲のユダ The Memoirs of God Detective Jesus Christ:Judas’s Counterattack(清涼院流水)
イエス・キリストを裏切ったユダの名は広く知られているが、その男の過去、裏切った理由、異常な死に至った経緯などについては全く謎のままだ。2000年以上決して解かれることのなかった人類史上最も有名な裏切り者の謎が今、すべてを見抜く神探偵イエス・キリストの手によって明らかに!
神探偵イエス・キリストシリーズ第2弾。前作は聖書の紹介という側面が強かったのに対して、今作は謎解きにも力が入っています。特に、一般的なイメージとは全く異なるユダ像には驚かされます。
清涼院 流水
講談社
2025-10-29
彼の左手は蛇(中村文則)
男は3か月前に仕事を辞め、結婚を約束した女性とも別れ、蛇信仰のある地へと引っ越してきた。幼い頃の彼は自分は蛇だという感覚にとらわれており、その蛇は今でも自分の左手に宿っていると思っていた。白蛇を祀る神社とQ山の毒蛇狩り、議員の死。そして、男はある目的のために動き出し...。
毒蛇に魅了された男の手記は狂気に彩られていて異様な迫力があります。どちらかといえば文学的傾向が強いものの、読みやすくて魅力にあふれた作品です。ただ、意外に穏当な結末は好みが分かれそう。
最後の皇帝と謎解きを(犬丸幸平)
1920年の中国。北京在住の日本人絵師、一条剛は廃帝・溥儀の水墨画教師として紫禁城に招かれる。だが、溥儀は城に眠る名画を密売することで清朝復活の資金作りを画策。一条はその事実を隠蔽するための贋作制作の絵師として雇われたのだ。やがて、紫禁城では不可解な事件が起きるようになり…。
映画『ラストエンペラー』で有名な紫禁城を舞台にした歴史ミステリーですが、謎解き自体は小粒です。その代わり、事件を通して育まれる溥儀と一条の友情と切ない結末には思わずグッときます。
わたしたちが泥棒になった理由(松尾由美)
ネット通販の商品倉庫で働いていた姉妹が思わぬトラブルに巻き込まれてしまう表題作、大学生の孫娘に電話をかけてきた祖母がとある商事会社の社長の息子を誘拐したと告げる「おばあちゃんの旅」、運動会を中止しない小学校を爆破するとの脅迫電の謎を追う「ただし例外として」など、全6編収録。
普通の人々による優しい犯罪がテーマの短編集。リアリティには欠けますが、暖かな気分にしてくれるハートフルな作品が揃っています。特に、「おばあちゃんの旅」に登場するおばあちゃんがかっこいい。
冷蔵庫婆の怪談(大島清昭)
オオサンショウウオの怪異であるUMAハザコ男が目撃される地で首なし殺人が発生する「ハザコ男の怪談」、大足様の呪いによって娘は25歳の誕生日に自殺する一族の謎を巡る「蘆野家の怪談」、かつて小学生の間で流行った冷蔵庫婆の怪談に見立てた小学生連続殺人が発生する表題作など、全4篇収録。
怪異が存在することを前提として謎解きが行われるホラーミステリーシリーズの第4弾です。どのエピソードも薄気味が悪くて怖さという点では一級品ですが、ミステリーとしては謎解きがやや雑な側面も。
深淵のカナリア(寺嶌曜)
女性警官の尾崎はバイクの事故が原因で右眼の視力を失う代わりに3年前の光景が見える能力を手に入れた。だが、不正捜査の疑いをかけられ、監察から出頭を命じられる。窮地に陥った尾崎は、かつて地下鉄内で起きた無差別殺人の再捜査に協力すれば告発を見逃すとの取引を持ち掛けられるが…。
骨太の警察小説に特殊設定を持ち込んだ『キツネ狩り』の続編。公安やカルト宗教の登場で物語に厚みが増し、能力設定にも一捻り加えることでより面白くなっています。黒幕もインパクトありです。
陰謀論百物語(荻原浩)
陰謀論者たちがズラリと並ぶ蝋燭を前にして渾身の陰謀論を語り出す表題作、ムショ帰りのヤクザが再会した組員たちのコンプラ順守の姿勢に戸惑う「ハードボイルド・ルール」、宇宙人侵略の危機に対策を練ろうとするもパスワードに阻まれる「パスワードを入れてください」など、全7編収録。
現代社会を鋭く風刺したナンセンスでコミカルな作品がズラリと並んでいます。特に、奇妙な陰謀論が次々飛び出してくる表題作が秀逸です。皮肉の効いたネタの数々が楽しい一方でオチは今ひとつ。
修羅の桜(秋吉理香子)
中学受験の本番が迫るある日。塾長が直接指導するコースから成績トップの男児が姿を消す。騒ぎが広がるなか、ある生徒の家から血の付いたジャンパーが見つかる。夫の高卒を気にする妻、共働きのバリキャリ妻、シングルマザー、裕福な家庭の専業主婦。4人の母親を中心に事態は二転三転するが...。
受験にのめり込む母親の姿をミステリーの形を借りて描いた作品ですが、事件の真相はかなり意外で驚かされてしまいます。イヤミスっぽいテイストながらラストが爽やかというギャップも面白い。
犯罪前夜(吉川英梨)
大阪市内で強盗殺人が発生する。現場近くに居合わせた大阪府警本部捜査一課の高城は犯人グループを大阪港に追い詰めるが、観光帆船に乗り込まれたことによって、事態はシージャックに発展してしまう。今度は海上保安庁特殊警備隊の岸本らが突入するも、そこには思わぬ事態が待ち受けており…。
第一部は、息つく間もない展開の連続に引き込まれていきます。第二部では一転、加害者家族の話になり、事件が起こるまでの経緯や犯人たちの人生に迫っていくのですが、こちらは泣ける展開です。
ネタバレあり 双紋島の殺人(下村敦史)
約2年前。絶海に浮かぶ孤島、双紋島で凄惨な連続殺人が発生した。生き残りの一人で、ミステリー作家の三雲梟馬は、島で起きた経緯を実録小説として発表する。彼は、自分は犯人ではなく、書かれている内容はすべて事実としたうえで、作中にはミステリーとしての仕掛けを施していると宣言するが…。
小説としての深みやリアリティは希薄な代わりに、謎解きにこだわり抜いた作品です。本格好きには堪らない趣向に満ちています。ただ、謎解きのための都合の良すぎる設定は好みの分かれるところです。
レインバード(樋口明雄)
ロッキー山脈の雪山で日本人女性の死体が発見される。保安官のフランクとラリーは邦人連続殺人の捜査のために僻地のレインバード日本人居留地に赴く。難民たちが肩を寄せ合って生きる過酷な土地。有色人差別が激化するなか、果たして保安官たちは正義を貫けるのか?国を失った日本人の行く末は?
大地震と放射能汚染で日本人が祖国を失った並行世界での物語です。しかし、移民として生きる日本人の過酷な生活はリアリティ満点で読むのがつらくなってきます。差別について考えさせられる一冊。
柩の狩人(大沢在昌)
新宿歌舞伎町の老朽化したビルが崩落し、10人の死者を出す。その2名が身元の特定が難航する。1人は背中に虎の入れ墨かわある男で、もう1人は名義の異なる複数の会員証を持つ女だ。警視庁から依頼を受けた新宿署の刑事・佐江は死亡者リストの中に池袋分駐所に配属された滝の名前を見つけるが…。
刑事・佐江の活躍を描いた狩人シリーズの第6弾です。身元調査を行っていく内に、過去の事件へと繋がっていく物語はボリュームたっぷりで読み応え満点。新味には欠けるものの、安定の面白さです。
この罪を消し去ってください(高谷再)
ミッション系の名門校、私立久慈雨女学園には運営母体の医療メーカーによって最新AIサポートが導入されていた。そんな学校の高等部に月島果穂が入学する。かつてこの学校で転落死を遂げた月島藍奈の妹だ。だが、藍奈の死にはある秘密があり、罪を犯した少女は隠蔽のためにAIを利用するが...。
ミッション系の学校を舞台にした典型的な学園ミステリーにSF的な設定を大胆に盛り込んだ物語が面白い。特に、後半における凄まじいまでの展開には息をのみます。恐怖と切なさを併せ持つ傑作です。
雨音(久永実木彦 )
銃を持った男が大学を襲撃し、多くの命を奪っていった。映画同好会のフミヒコは無傷だったものの、後輩たちは亡くなり、親友も二度と歩けない体になってしまう。この事件のドキュメンタリー映画を撮る決意をしたフミヒコは、ベニと名乗る謎の美女と出会う。二人は次第に惹かれ合っていくが…。
銃乱射事件から始まる物語ですが、本作はミステリーというよりも恋愛小説の色が強い作品です。静謐な文章で綴られる死に彩られた恋の行方が切ない。事件に巻き込まれた人々のドラマも読み応えあり。
あしたの肖像(岩井圭也)
美大生の小滝英哉は教授からバイトを頼まれる。内容は、事故で亡くなった樺沢穂香の両親の依頼で、娘の肖像画を描いてほしいというものだった。故人を描くには生前の彼女を知る必要があると考えた英哉は、事故について調べ始める。その過程で穂香の恋人が行方不明になっている事実が判明し…。
青春ミステリーの形をとりながら芸術を通して持たざる者の苦悩を描いた作品です。ミステリー展開に恋愛要素を絡め、ファンタジー小説として着地を決める不思議な作風は好みが分かれるかも。
変な地図(雨穴)
大学生の栗原は空気の読めない性格ゆえに就活で苦戦を強いられていた。そんな折、祖母が、7体の妖怪が描かれた奇妙な古地図を握りしめて不審死を遂げたという報せが入る。栗原は謎を解くためにその地図が示す場所を訪れる。そこに待ち受ける不可解な事件。果たして地図に込められた秘密とは?
探偵役を務めている栗原の若き日を描いた「変な家」シリーズの第4弾。なんといってもコミュ障ながら頭脳明晰で誠実な青年・栗原のキャラが魅力的です。ミステリーとしても巧みな伏線回収が秀逸。
犯人に告ぐ4暗幕の裂け目(雫井脩介)
警察の包囲網をくぐり抜け、負傷したまま忽然と姿を消したリップマンこと淡野悟志。特別捜査官の巻島は淡野逮捕の足がかりを得るべく再度配信番組への出演を試みる。一方、淡野殺害の指示を出したワイズマンは政界への介入を試みる。果たして、背後ですべてを操る黒幕の正体とは?
劇場型捜査で犯人を追い詰めていくシリーズの完結編。本作も安定の面白さではあるのですが、ラスボスのワイズマンがリップマンより小者でもの足りなさを覚えてしまうのは否めないところ。
放課後にはうってつけの殺人(佐藤友哉 )
1988年。13歳の浅葉悟はクリスマスイヴの夜に父の机から血がべっとりついたコートを発見する。巷では女児殺人事件の話題で持ちきりだが、ニュースによると被害者が着ていたコートがなくなっているという。悟はコートを焼却するが、その一部始終をクラスメートの見船美和に見られてしまい…。
掛け合いや語り口は軽いのでサクサク読めます。しかし、人が次々死んでいく物語はかなりヘビーであり、その結末に打ちのめされてしまいます。感情移入がしがたい人物造形は好みの分かれるところ。
降り止まぬ雨の殺人: 京都辻占探偵六角 (床品美帆)
京都にある六角法衣店の店主・六角聡明は本業の他に失せ物探しを行っている。雨の日の11月。彼のを訪ねてきた若い女性は、7年前に交通事故で亡くなった妹の遺品である日傘の本当の持ち主を探してほしいという。調査を始めた六角だったが、関係者らいし男の不審死や続く密室殺人に巻き込まれ...。
デビュー作『431秒後の殺人: 京都辻占探偵六角』の続編にて初の長編小説です。連作短編だった前作に比べ、本作は物語に深みが増し、読み応えがあります。トリックは小粒ですが、多様な謎も魅力的。
家族(葉真中顕)
2011年。全裸の中年女性・奥平美乃が交番に飛び込み、事件は表沙汰になる。彼女を監禁していた謎の女性・夜戸瑠璃子は他人の家を乗っ取ってはそこで疑似家族を作っていた。しかも、躾の名のもとに監禁や暴行を繰り返してきたのだ。最終的に13人もの変死に関わっていたことが明らかになり...。
尼崎連続変死事件をモチーフにしたクライムノベル。実話ベースだけに民事不介入の理不尽さや洗脳の恐ろしさに慄然とします。衝撃的な作品ですが、フィクションとしての独自性には欠けるかも。
分裂蜂起(佐々木譲)
日露戦争に敗れた日本は外交権と軍事権を失っていたが、1917年の二月革命によってロシア帝国が倒れてしまう。さらに、11月になると、過激派が放棄してロシア臨時政府から政権を奪取したとの報が入る。一方、警視庁の新堂は水死体の引き揚げ現場に遭遇し、牛込署の中西と事件の捜査を始めるが...。
三部作完結編。日本がロシアの属国という立場故に、ロシア革命の波が引き起こす怒涛の展開が読み応えあり。後半の潜入捜査も手に汗握ります。ただ、歴史改変がさほど感じられない点は物足りなさも。
粘膜大戦(飴村行 )
世界大戦下の東南アジア。戦況が膠着するなか、起死回生の一手として軍部はアロ族の一斉蜂起を画策する。一方、精鋭部隊と通訳の爬虫人を率いてゲリラ征伐に向かった堀川美樹夫大尉は、救出した捕虜のなかに黄金の仮面をつけた子どもを発見する。彼は軍が探していたアロ族の貴人なのか?
粘膜シリーズ第6弾。今回は堀川美樹夫を始めとして過去の主要人物が一堂に会する趣向が楽しい。しかし、その分、一人一人の活躍は控えめとなり、過去作と比べると奇想度もあまり高くないのが残念。
有能助手は名探偵を操る(貴戸湊太)
志谷禄郎は数々の難事件を解決してきたイケメンの名探偵だが、実際に謎を解いているのは助手の和戸村丈だった。和戸は巧みな誘導によって志谷が真相に気が付くよう仕向けていたのだ。あるとき、2人が過去に解決した事件を模倣した連続殺人が起きる。しかも、被害者たちは過去の事件の関係者で...。
探偵を裏で操っている助手とポンコツだけど心優しき探偵のコンビが楽しく、2人の意外な友情にもぐっとくるものがあります。また、ミステリとしてもロジカルな推理と意外な真相が楽しめる良作です。
みんななにかに縋りたい(香坂鮪)
千崎桜子は従兄弟で精神科医の神栖精司に誘われ、孤島の別荘で行われる依存症回復プログラムに料理人として同行する。ギャンブル依存、恋愛依存、ゲーム依存など、別荘にはさまざまな依存症を抱えた人々が集まっていた。初日の深夜に参加者の一人が不審な死を遂げ、続いて第2の事件が…。
『どうせそろそろ死ぬんだし』に続くシリーズ第2弾。いろいろ無理のあった前作前作に比べ、今作は全編に張り巡らせた伏線や数々の仕掛けが上手く嵌まり、まとまりのよい佳品に仕上がっています。
愛しいチグサ(島田荘司)
西暦2091年の近未来。謝荷魚はフリーウェイの大事故で体がバラバラになるが、脳の一部を含む機械の体を得て生還する。だが、機械化の影響により彼の目にはすべての人間が憤怒の顔をした鬼に視えるようになってしまう。絶望する謝だったが、ある日、唯一人間として見えるチグサに出会い…。
2020年英国発表の逆輸入作品。どんでん返しがウリの作品ですが、20年以上前の某PCゲームと設定がそっくりで今さらこのオチで驚く人はいないのではないでしょうか?ただ、巧みな語り口は一級品。
アナヅラさま(四島祐之介)
山裾に位置する地方都市では女性の行方不明事件が多発していた。その一人の捜索を依頼された探偵・小鳥遊穂香は、アナヅラさまと呼ばれる都市伝説の裏にシリアルキラーの存在を感じ取る。一方、当の犯人は父から相続した底なしの穴に死体や証拠品を捨てることで完全犯罪を続けていたが...。
アナヅラさまという寓話的な設定が面白く、武闘派の女探偵やストーカー気質のイケメン助手といった登場人物も魅力的です。加えて、真相の意外性も十分で最後のオチも衝撃的。ただ、勘の良い人なら真相に途中で気付いてしまうかもしれませんし、後味の悪いラストも好みの分かれるところです。
起点(塩田武士)
近未来の京都。大学でジャーナリズムを専攻する僕は昭和から平成の時代に行われていた取材手法を教えてもらうために80歳になる祖父を訪ねる。祖父は脳内チップの装着を頑なに拒み、今でも紙の本を読んでいる。祖父は僕に対して、50年前に発表された小説『罪の声』について語り出すが…。
表題作は著者の分身である老人が孫に自作について語るメタ構造が楽しい。「仮縫い」はお馬鹿な高校生の話がやがて感動を生み、「鈍い火」は重厚な社会派として読み応えあり。粒ぞろいの短編集です。
灰は灰 新宿探偵 鬼束啓一郎(香納諒一)
定年を待たずに刑事を退職せざるを得なくなった鬼束啓一郎は、新宿界隈で探偵業を営んでいた。ある日、鬼束は銭湯からの帰り道、背中に不動明王を背負った男から声をかけられる。熊沢虎雄と名乗った男は熊沢組の組長で、馴染みの女性の不審な死について調べてほしいと鬼束にいうが…。
鬼束啓一郎シリーズ第3弾の中編集です。ベーシックな私立探偵小説形式を借りて描かれる人間描写が秀逸です。同時に、鬼束が独自の臭覚で真相を暴いていくアナログなスタイルも魅力的。
スコッパーの女(山白朝子)
スランプに陥った作家がしばらく副業で生計を立てようと、専門学校の小説家コースで講師をしている作家のGに自分も講師として働けないか相談する。だが、彼は今まさに自殺をしようとしており、その理由を語り始める。Gはある女生徒の才能に惚れ抜き、それを潰さないように腐心していたのだが...。
小説家にまつわる奇妙な話をまとめた短編集で全5編が収録されています。非現実的な物語が多く、ミステリーというよりは奇譚集といった感じですが、「小説講師の憂鬱」の意表を突いたオチは秀逸です。
愛した人を調べないでください(三浦晴海)
大学非公認のアウトドアサークルは、城本純子の提案で干上がったダムの底でキャンプを行うことになる。だがその夜、後輩の楓が行方不明となり、やがて頭部と胴体が切り離された死体となって発見される。それから15年。メンバーの一人だった小塚咲月は疑念を覚え、独自に事件を調べ始めるが…。
恐怖の一夜を描いたホラー作品であると同時に、大胆なトリックを用いたミステリー作品でもあります。トリックに関しては粗が目立つものの、ゾッとするラストのどんでん返しはなかなかです。
誓いの証言(柚月裕子)
佐方貞人は、不同意性交等罪で逮捕された男が弁護人として自分を指名したとの報せを受ける。駆けつけてみると、依頼人は大学時代の同期で同じ弁護士の久保利典だった。彼は、肉体関係は認めたものの、合意のうえだったと主張する。嘘をついているとも思えず、佐方は事件の経緯を調べ始めるが…。
佐方貞人シリーズ第5弾です。レイプ被害の加害者と被害者のどっちが嘘をついているか?という前半の展開はスリリングで読み応えがあります。終盤の裁判シーンも臨場感満点です。安定の面白さ。
街角ハルシネーション:探偵AIのリアル・ディープラーニング(早坂吝)
そこには6本指のウェイトレスや不自然な転び方をしている男など、いかにも生成AIによるハルシネーションを思わせる映像が写っていた。だが、依頼人は、それは確かに現実の風景だと主張するのだった。輔はAIである探偵・相以とともに調査に乗り出すが、AI・以相によって拉致監禁されてしまい…。
シリーズ第5弾。今回はいつもと趣向を変え、生成AIのハルシネーション問題を謎の中心に据えています。興味深いテーマで、真相も一定の説得力はあるものの、スケールダウンの感は否めないところ。
ボスポラス 死者たちの海峡(川瀬美保)
トルコ最大の都市、イスタンブールで不可解な転落死が相次ぐ。亡くなったのはいずれも外国人の女性。オネール警部は漫画オタクのジャン巡査部長と捜査を開始するが、次第にトルコ在住の日本人コミュニティの複雑な人間関係が浮き彫りになっていく。そこには自殺した女性音楽家の影が...。
第15回アガサ・クリスティー賞大賞。警部補の捜査を中心に事件の推移を群像劇風に描いており、イスタンブールの空気感が生き生きと活写されているのは見事です。それだけに、テンポの悪さが残念。
そうだ、君を憎めばいいんだ: 愛と殺意と七つの条件(桜庭 一樹 、 斜線堂有紀)
愛されることが苦手な女性の恋愛遍歴を描いた「かわいそうに、魂が小さいね」、裁判所で反省の言葉を口にする被告に対して被害者の少女がある決意表明を行う「その春に用がある」、対戦を楽しむためにカードゲームショップに入り浸っている若い2人の女性の愛憎を描いた「番外戦」など、全8編収録。
同じお題で桜庭、斜線堂の両氏が競い合う2✖4の競作集。どの作品も切なさとサスペンスに満ちており、両氏のストーリーテリングぶりが堪能できます。ただ、短編としての切れ味は斜線堂に軍配が…。
花嫁と殺し屋(石持浅海)
副業で殺し屋をしている富岡充の元に新たな依頼が入る。標的の名は国田和夫。一見平凡な中年サラリーマンだが、一つだけ奇妙な点があった。彼は毎日通勤途中の同じ場所で立ち止まり、何の変哲もない他人の家に向かって一礼をするのだ。一体何のために?富岡は独自にその理由を調べるが…。
全5編収録のシリーズ第5弾。2人の殺し屋のニアミス等のフォーマットの中に、視点人物をいつもと変えるなどの軽いヒネリを加えて安定の面白さを維持しています。ベストは依頼人視点の「宴の後」。
百花斉放アノマリー: 前崎中央高校科学部の事件ファイル2 (下村智恵理)
前崎中央高校に入学した利根和奏は、部活紹介で、食中毒を用いた完全犯罪の方法を滔々と語る白衣の金髪ギャル・木暮珠理に釘付けとなった。興味を持った和奏は珠理が部長を務める科学部に入部する。そこでは、校舎裏の不思議な石碑やバーベキューでの呪いなど、さまざまな謎が持ち込まれ…。
シリーズ第2弾。科学知識を用いて謎を解いていく物語は相変わらず知的好奇心を刺激されますし、部活単位で新キャラが登場するのも学園ものとして楽しい。青春ミステリーとして安定の面白さです。
最後の一行 black(市塔承 、歌野 晶午)
伝染病を治癒する能力がある鳥の卵を求めて島に上陸した一行が原住民に捕らえられる「プカプカ島」、娘にべったりでデートにまで干渉していた母親が自宅で何者かに殺害される「邪魔者」、銘探偵・メカルト鮎が訪れた山間部のペンションで殺人事件に遭遇する「雷鳴と稲妻」など、全4編収録。
ラスト1行のどんでん返しにこだわったアンソロジーであり、それが一番成功しているのは「邪魔者」でしょう。また、「プカプカ島」も言語ミステリーとしてユニークな仕上がりです。他2編は微妙な出来。
痛い人たち(くわがき あゆ)
矢場北太郎は鳴かず飛ばずのお笑い芸人。ある朝、ネタを考えながらランニングをしていると、死体を発見してしまう。しかも、別の日にも死体の第一発見者となり、さらに、出演したテレビ番組でも殺人事件に巻き込まれる。一体、誰が何のためにこんなことを?矢場は独自に事件を調べ始めるが…?
今回はタイトルにもある通り、著者十八番の痛い人物が次々へと出てくる趣向です。ただ、数が多い分、全体的に毒が薄くなっている気が...。しかも、犯人の動機がいくら何でもあり得ないのが残念。
真夜中に彼女たちは 社労士のヒナコ(水生大海)
の店舗で起きた窃盗事件について警察官が聴取を行った際に隣の居酒屋で清掃員として働く60代の女性たちがなぜか不可解な態度を取る表題作、こだわりのセレクトショップで働く若き女性クリエーターの手掛けた作品がフリマサイトで不可解な転売をされる「封じこめた思い」など、全4話収録。
お仕事ミステリーの第4弾。シニアの雇用や退職代行といった今日的なテーマが興味深く、ためになります。本格的な社会派ミステリーと比べるとライトですが、その分気軽に楽しめるのも魅力です。
このミステリーがすごい!2027年版 海外ベスト20予想
最新更新日2026/05/22☆☆☆
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このミス2027
対象作品である2025年10月1日~2026年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
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2026年5月8日時点での暫定予想順位
3位.悪党たちのシチュー(ロス・トーマス)
9位.果てしない残響 (シャーロット・ヴァッセル)
11位.長安のライチ(馬伯庸)
その他注目作
シベリアをおれの手に(ジョシュ・ヘイヴン)
特殊清掃人グレイス・マクギルと孤独な死者たち(C.S.ロバートソン )
虎口(フェリックス・フランシス)
勝機(フェリックス・フランシス)
血塗られた指輪 (キンバリー・ベル)
エージェントは二度推理する(ハーラン・コーベン)
偽妹【ぎまい】(ケリー・ギャレット)
2026年5月8日時点での暫定予想順位
1位.記銘師ディンの事件録 木に殺された男(ロバート・ジャクソン・ベネット)
巨獣の存在により人類が脅威に晒されている世界。生体改変技術で見た物すべてを記憶する力を得た記銘師のディンは、捜査官のアナと共にさまざまな謎へと挑む。最初の事件は、技術省高官が体内から木を生やし死亡したというもの。やがてそれは、帝国を揺るがす大事件へと発展していくが...。
イマジネーション豊かな世界観が魅力的なSFミステリーです。推論能力を研ぎ澄ますべく目隠しをしているアナを筆頭に、登場人物も個性的で惹きつけられ、謎解きの構成もなかなかに凝っています。
2位.暗黒の瞬間(エリーザ・ホーフェン)
17歳の少年が大富豪の家に押し入り、背中から撃たれて命を落とす。引き金を引いた大富豪は、高価な絵を持って逃げようとしたのでそれを取り戻すために少年を撃ったと主張し、結果、正当防衛が認められる。だが、彼は以前、弁護士のエーファに逃走する強盗を撃てば罪に問われるかを尋ねており…。
引退間近の女性弁護士が過去の事件を振り返っていく連作ミステリー。全9話で1話1話は短いながら、法を扱う者の葛藤と事件の意外な推移が濃密に描かれています。連作ならではの仕掛けも見事です。
3位.悪党たちのシチュー(ロス・トーマス)
アフリカでトラウマを抱えて帰国し、落ちぶれていた元敏腕ジャーナリストのシトロン。そんな彼にくせ者の政治屋、ヘールから仕事が持ち込まれる。現政権の弱みとなるスキャンダルの情報を、中米の軍事国家で掴んできてほしいというのだ。早速、同国に飛んで調査を始めるシトロンだったが…。
犯罪小説の巨匠が1983年に発表した作品です。次々と現れる個性豊かな敵の妨害をかいくぐり、現政権の醜聞を暴こうとする物語は抜群の面白さ。スピーディーな展開と錯綜するプロットが魅力的です。
4位.暗殺の冬(クリストフェル・カールソン)
1986年の冬。パルメ首相が暗殺されたのと同じ日に、スウェーデンの片田舎で凶悪なレイプ殺人が発生する。第一発見者でありながら被害者を救えなかった刑事スヴェンは、第2、第3の事件が起きるなかで姿なき殺人犯を懸命に追い続ける。やがて時が流れ、息子のヴィダルがスヴェンの遺志を継ぐが…。
事件の発生から解決までの33年間を追った作品です。事件のために業を負った人々の重厚なドラマがやがて意外な真実へと結びついていくプロットがよく出来ています。史実との絡め方も興味深い。
5位.真実の眠る川(ウィリアム・ケント・クルーガー)
1958年ミネソタ州の田舎町で地主の銃殺死体が川の中より発見される。保安官ブロディの捜査で先住民の血を引く元使用人のノアが容疑者として浮上する。町中が憎悪を膨れ上がらせるなか、少年のスコットだけは彼の無罪を信じていた。一方、弁護士チャーリーは住人たちの過去を調べていくが...。
捜査を通して、田舎町に蔓延る偏見や戦争の傷跡を浮き彫りにしていく重厚感溢れる一冊です。著者十八番の自然描写に加えて、ミステリーとしてもよくできています。なにより、静謐なラストが感動的。
6位.ハウスメイド2: 死を招く秘密(フリーダ・マクファデン)
理不尽な理由でメイドをクビになり、新たにギャリック家のハウスメイドの職を得たミリー。雇用主のダグラス曰く、この家では守らなければならないルールがあるという。病気の妻が静養しているゲストルームには決して入ってはならないというのだ。ある日、ミリーは血まみれのガウンを見つけるが…。
中盤にどんでん返しがあり、そこから怒濤の展開が始まっていくというのは前回と同じパターン。前作同様、真相を予想しやすい点は物足りないものの、衝撃的な筋運びはエンタメとして抜群の面白さ。
7位.ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿(ロス・モンゴメリ)
1910年の英国。少年院帰りのスティーブンは謎の手紙に導かれ、孤島の館で従僕の仕事を得る。館にはハレー彗星の接近で避難してきた子爵の一族がいた。子爵は彗星の毒が入らないように館を密閉状態にし、スティーブンには老令嬢デシマの世話を押しつける。だが翌朝、子爵の他殺死体が発見され…。
ハレー彗星を巡る当時の騒動を臨場感豊かに描かれているのが興味深い。また、主人公が毒舌老令嬢や無能警部に振り回される構図も面白い。試行錯誤しながら真相に迫っていく物語も読み応えありです。
8位.クライムキャスト: Vol.1 届かなかった叫び(ヨルン・リーエル・ホルスト、ヤン=エーリク・フィエル)
キャンピングカーを拠点として未解決事件を追うポッドキャスターのマルクス・ヘーゲル。彼はある日、地元紙の記者から、自身の配信番組で扱った、7歳の少女が失踪して逮捕された父親が刑務所内で自殺した事件についての問い合わせを受ける。しかも、問い合わせの後、新たな事件が発生し…。
北欧ミステリーを代表する2人の共作。ポッドキャストを駆使して真相を探っていく物語は捜査小説として抜群の面白さ。収監中の父親や彼の臨床心理士のダークヒーロー的な立ち位置も魅力的です。
9位.果てしない残響 (シャーロット・ヴァッセル)
テムズ川で身元不明の溺死体が発見される。ボーシャン警部は捜査を進め、やがて30年前の事件に行き着く。ある下院議員の話によると、今回の事件は会社経営者が企業年金を横領して姿を消した一件と関連しているという。一方、警部は劇場内で観客の死に遭遇する。果たして2つの事件の関連は?
2025年エドガー賞最優秀長編賞。絡み合う複数の事件を一つずつ紐解いていく物語は読み応えあり。真相に大きな驚きはないものの、捜査を通して英国社会の現状が浮き彫りになっていく展開が秀逸です。
10位.群狼 (C・J・ボックス)
群狼 (C・J・ボックス)
鹿の群れを執拗に追い立てるドローンが目撃され、猟区管理官のジョー・ピケットにも真相究明の協力要請が出される。調査の結果、ドローンの所有者は、ジョーの三女ルーシーが付き合っているボーイフレンドの父、ビル・ヒルであることが判明する。だが、なぜかFBIが捜査に絡んできて…。
シリーズ第20弾の今作は、読み応え満点で、特に、暗殺集団によって次々と人が死んでいく展開が衝撃的です。反面、ジョーとルーシーとのやり取りは心を和ませてくれます。そのバランスが絶妙です。
11位.長安のライチ(馬伯庸)
下級官吏の李善徳に大出世のチャンスが舞い込む。楊貴妃の誕生日を祝う宴に合わせて妃の大好物であるライチの蜜漬を届けよというのだ。簡単な任務に思われたが、命令書は改竄されていた。実際には数日で腐る生のライチを届けねばならなかった。産地から長安までの2500kmを走破する手立ては?
日本でも2026年に公開された同名映画の原作。下級役人の悲哀を描きつつも得意の算術で不可能を可能にしてしまう展開が痛快です。また、国や時代を問わない官僚機構の不条理さもよく描かれています。
12位.瞬きすら許さない(ジョー・キャラハン)
キャット警視正は上司から捜査用AI・ロックを用いた行方不明者再調査のプロジェクトリーダーに任命される。その目的は経験豊かな彼女によってAIの無能さを証明することにあった。彼女は刑事の直感など思い込みにすぎないとするロックとぶつかり合うが、やがて事件は恐るべき様相を見せ…。
生成AIをテーマにした21世紀型警察小説。SF的な設定ですが、従来のバディものの如く、対立していたキャットとロックに絆が生まれていく展開が熱い。4部作の第1弾なので続編にも期待です。
13位.シークレット・オブ・シークレッツ(ダン・ブラウン)
象徴学で著名な大学教授ロバート・ラングドンは、彼の恋人で気鋭の純粋知性科学者キャサリン・ソロモンの講演を聴くためにプラハを訪れる。だが、講演会場で殺人事件が起き、混乱のなか、キャサリンは姿を消す。懸命の捜索の中で、ラングドンは人の心についての衝撃の真実を知るが…。
ラングドン教授シリーズ第6弾。前半は講演が冗長ながらも巧みに蘊蓄と謎を張り巡らせ、後半から怒涛の展開で盛り上げる構成が絶妙です。ただ、ラングドンの活躍がいつもより控えめなのがやや残念。
14位.空に浮かぶ密室 (トム・ミード)
1938年のロンドン。銀行の支配人が稼働中の観覧車で射殺された。現場は完全な密室だったため、観覧車に同乗し、唯一犯行が可能だった妻カーラが逮捕される。若き弁護士エドムンドは彼女の無実を証明するために元奇術師の探偵スペクターを頼るが、エドムンド自身も密室殺人に巻き込まれ…。
スペクターシリーズ第2弾。前作に続いて連続密室殺人を扱っており、緻密な推理や巧みな伏線回収といった要素も相俟った作りは本格好きには堪りません。ただ、真相は意外ながらもややご都合主義的。
15位.小路の奥の死 (エリー・グリフィス)
小中高一貫のマナーパーク校同窓会で下院議員が殺害される。彼の学友は有名人ばかりだが、その中にはハービンダー警部の部下・キャシーの姿もあった。捜査を開始すると、被害者は21年前に同校の学生が列車に轢かれて死亡した事故の目撃者であることが判明する。そして、第2の殺人が…。
シリーズ第3弾。派手さはないものの、少しずつ真相に迫っていく物語は上質な英国ミステリーの味わいです。それに、警部に昇進したハービンダーも相変わらず魅力的。ただ、犯人の判明がやや唐突。
16位.終止符には早すぎる(ジャドスン・フィリップス)
夜のニューヨーク。一人の若い女性がアパートメントのテラスから今に身を投げようとしていた。警察官や近親者の説得も功を奏しないなか、彼女の前にヒグビーという名の男が現れる。彼は大富豪の投資家だが、現在は殺人事件の容疑をかけられ、追われる身だった。彼は女性に対し、淡々と語り始め...。
約半世紀前に発表された作品であり、60年代のニューヨークの空気が独自のムードを醸し出しています。本編の大部分を占める会話劇によって静かに緊張感が高まりつつもどこか軽やかな雰囲気が秀逸。
17位.赤く染まる木々(パーシヴァル・エヴェレット)
ミシシッピ州の民家で住人の白人男性が惨殺死体となって発見される。しかも、その傍らには暴行を受けた跡のある身元不明の黒人男性の死体が転がっていた。それは70年前に黒人の少年が惨殺された事件を彷彿とさせ、やがて同様の事件が全米で連鎖する。一連の事件は白人に対する黒人の報復なのか?
アメリカにおける黒人リンチの歴史をミステリーの形を借りて描いた文芸作品。アメリカの暗部をえぐり出し、差別意識の根深さを突きつけていくことで非常に考えさせられる作品に仕上がってます。
18位.探偵はパリへ還る (レオ・マレ)
探偵ビュルマはドイツで捕虜となり、そこで、記憶喪失の男と知り合う。だが、彼は熱病に斃れ、「エレーヌに伝えてくれ、駅前通り120番地...」と言い残して息を引き取る。釈放後、ビュルマはパリに戻り、助手のコロメルと再会する。だが、彼も「駅前通り120番地」という言葉を残して凶弾に倒れ...。
フランス初のハードボイルド小説といわれており、1943年のドイツ占領下のフランスで発表されたのが興味深い。古臭さは否めませんが、暗号解読や謎の美女など、さまざまな趣向で楽しませてくれます。
19位.アンドレアを呼んで(ノエル・W イーリ)
理想の独身男性を演じて女性に近づき、凶行を重ねるシリアルキラー。ブレシア、メーガン、スカイの3人も彼の手によって殺害され、幽霊としてこの世を彷徨っていた。だが、誰にも気づいてもらえず、かといって犯人を呪い殺すことも出来ない。やがて、3人は互いの存在に気付き、共闘を始めるが…。
殺人鬼の登場するサイコサスペンスを幽霊視点で語るスタイルがユニーク。幽霊が犯人の間近で凶行を実況するので臨場感が半端ありません。ただ、シリアルキラーの造形は類型的すぎて物足りなさも。
20位.怪物を捕らえる者は(ネレ・ノイハウス)
16歳の少女が行方不明になり、翌朝雪の中から発見された。遺体や衣服からはDNAが検出され、移民の青年のものと一致する。オリヴァーとピアが事情聴取に向かうが、青年はすでに失踪し、その数日後に車に撥ねられて死亡する。しかも、遺体には拷問の痕があった。彼は一体どこから逃げてきたのか?
オリヴァー&ピア・シリーズの第11弾です。移民問題を初めとする現代の闇を描き出し、錯綜する謎を紐解いていく手管は一級品。しかも、その闇にタウヌス署自身が巻き込まれていく展開が衝撃的です。
その他注目作
シベリアをおれの手に(ジョシュ・ヘイヴン)
1994年。米国実業家ジョン・ミズルはチェコ人のペトル・コヴァチと出会う。彼はチェコの国営企業が民営化される際に発行された証券を買い集め、大儲けをしたという。そこで、ジョンはペトルと手を組み、ロシア政府発行の証券を買い占めていく。だが、マフィアとオリガルヒが彼らの命を狙い始め...。
実話ベースと喧伝しているだけあって、ソ連崩壊直後の経済的混乱やオリガルヒの台頭など、史実を巧みに織り交ぜ、歴史スリラーとして読み応えのある作品に仕上げています。波乱万丈の物語も秀逸。
タンポポ時計(ガイ・バート)
展示会を目前に控えた画家のアレックスは展示予定の絵画を写真に収め、26年ぶりに少年時代を過ごした自宅を訪れる。自分の絵に何かが欠けているという強烈な想いに答えを出すためだ。帰郷をきっかけに、彼はさまざまな記憶を呼び覚ましていく。廃教会で傷ついた隠者と出会った運命の日のことも...。
遠き日の思い出から心の深淵に迫っていく大河ミステリー。ノスタルジーに彩られた物語は次第に幻想味を深め、やがてすべての謎を鮮やかに解き明かしていきます。その繊細かつ緻密な構成が見事です。
17歳のブレット・イーストン・エリスは自分が宿している作家の才能を信じて『レス・ザン・ゼロ』なる作品の執筆に邁進していた。そんなある日、ロバートという名の美少年が転入してくる。ブレットは彼が巷で噂の殺人鬼ではないかという疑念に囚われる。そして、セフレだったマットが惨殺され...。
1981年を舞台にしたノスタルジックな青春小説であり、爽やかさの欠片もない、生々しく混沌とした若者たちの実態が読者の心に刺さります。同時に、謎と緊迫感に満ちたミステリとしても読み応えあり。
リッチ・ウォーターズ(ロバート・ ベイリー )
アラバマ州で若い保安官補が銃殺され、高校アメフトの元スーパースター、トレイ・コーワンが逮捕される。交通事故訴訟専門でアル中の弁護士、ジェイソン・リッチは麻薬王タイソン・ケイドの脅しに屈し、この事件の弁護士を引き受けてしまう。結果、保守的な地元民たちを敵に回すことになり...。
ジェイソン・リッチシリーズ第2弾。やさぐれた弁護士の奮闘ぶりと白熱の法廷シーンはリーガルミステリーのツボを押さえており、読み応えがあります。また、依存症にまつわるエピソードも印象的。
魔都シカモア(イアン・ロジャーズ)
トロント近郊の町に異次元へ繋がる出入り口、ポータルが出現する。その向こうは吸血鬼や人狼が跋扈する闇の世界(ブラックランド)だった。私立探偵フィリックスはスーザンという女性から夫の死体を探してほしいとの依頼を受けるが、やがて事件の鍵がブラックランドにあることが判明し…。
ハードボイルド、ホラー、謎解きなど、さまざまな要素を詰め合わせたごった煮感と、主人公の饒舌な語りが魅力的な作品です。ただ、設定の割にケレン味が乏しい物語に関しては好みの分かれるかも。
特殊清掃人グレイス・マクギルと孤独な死者たち(C.S.ロバートソン )
グレイス・マクギルは孤独死を遂げて死体が放置されていた部屋を清掃する特殊清掃人。スコットランドの都市、グラスゴーで暮らしながら、現場を再現したミニチュア模型を作ることで死者の心に寄り添ってきた。あるとき、彼女は担当した二つの現場にある繋がりを見出し、独自の調査に乗り出すが...。
特殊清掃人をテーマにした内省的なお仕事ミステリーだと油断していると、後半の展開にのけ反ってしまいます。孤独死について考えさせられる社会派であると同時に、インパクト満点の暗黒小説です。
漂泊の星舟(北清夢)
80人の女性を乗せて移住可能な惑星を目指す宇宙船。到着までの30年のうち、最初と最後の各10年は人口冬眠で過ごし、間の10年は人工授精で出産し、子供育てるという行程だ。だが、船外活動中に謎の爆発が起き、本来のコースから外れたうえに、3人が犠牲となってしまう。果たして、爆発の真相は?
著者は日系アメリカ人。SFな世界観を軸にしながらも謎解きやサスペンス、さらには乗組員のアカデミー時代を振り返る過去編に学園ものの要素が組み込まれている等、多様な魅力に溢れています。
死の烙印 (ジャン=クリストフ・グランジェ)
1939年。ナチス独裁下のベルリンで、上流階級の若い女性が腹部を切り裂かれて殺害される事件が続発する。ゲシュタポのフランツ大尉は精神病院の院長ミンナらとともに殺人鬼の正体を追う。被害者は大理石の男の夢を見たという共通点があり、さらに、全員が妊娠していたことが判明するが…。
戦争前夜の緊迫した空気の中で得体の知れない殺人鬼の正体を追う物語はスリリング。真相自体はナチスネタに詳しければなんとなく予想はついてしまうものの、テンタメとしては十分楽しめる作品です。
カーラの選択(作:ニック・ハーカウェイ/原:ジョン・ル・カレ)
東西冷戦下での熾烈な諜報戦は悲劇的な結末を迎え、伝説のスパイ、ジョージ・スマイリーも引退して妻のアンと穏やかな日々を過ごしていた。そんなある日、暗殺の標的となっていたバーナーティという男が姿を消す。情報部はスマイリーを呼び戻し、男の行方を追う。その裏ではソ連の魔の手が...。
名作スパイ小説『寒い国から帰ってきたスパイ』のその後を描いた二次創作小説です。ル・カレの作風を巧みに模倣しつつも、原典の小説では端役に過ぎなかった人物にスポットを当てているのが面白い。
厩舎の火災によって現役最強の競走馬が焼死する。馬主の依頼に応じ、危機管理コンサルタントのハリソン・フォスターが調査に乗り出す。焼けた厩舎は高名な調教師一家の所有物だった。だが、彼らの仲は険悪で、しかも、焼け跡からは問題児として疎まれてきた末娘の死体が見つかり…。
本国では2018年発表の新・競馬シリーズ第8弾。父親譲りの無駄のない文章で描かれる競馬の聖地・ニューマーケットが魅力的。ミステリーとしても、殺人事件を巡る二転三転の展開で読ませます。
真夜中の王(タリク・アシュカナーニ)
作家の父がモーテルで首を吊って命を絶った。ネイサンは17年ぶりに故郷に戻り、そこで8歳の少女が失踪したニュースを聞く。心当たりに不安を覚え、慌てて父の寝室を調べたところ、少女のものと思われる赤いリボンと『真夜中の王』なる原稿が出てきた。その原稿には殺人の告白が記されており…。
原稿の内容と闇を抱えている登場人物たちとの相乗効果によって終始不穏な空気に包まれている作品です。サスペンスに満ちており、ミステリとしても良質。そのうえ、読後感も意外と悪くありません。
無垢なる町(ヘンリー・ワイズ)
バージニア州のウィル保安官補は焼け落ちた家の中から刺殺死体を発見する。しかも、それは旧友のトム・ジャンダーズだった。ウィルは上司の命令で知人であるジークを逮捕するも、彼が犯人とは思えなかった。一方、逮捕に納得できないトムの母親は黒人女性の探偵ベニコに調査を依頼するが…。
2025年MWA賞最優秀新人賞。いわゆる南部もので終始重苦しい空気が流れています。謎解き要素は薄いものの、共同体がひた隠しにしていたものが明らかになっていく展開は社会派として読み応えあり。
カーラの選択(作:ニック・ハーカウェイ/原:ジョン・ル・カレ)
東西冷戦下での熾烈な諜報戦は悲劇的な結末を迎え、伝説のスパイ、ジョージ・スマイリーも引退して妻のアンと穏やかな日々を過ごしていた。そんなある日、暗殺の標的となっていたバーナーティという男が姿を消す。情報部はスマイリーを呼び戻し、男の行方を追う。その裏ではソ連の魔の手が...。
名作スパイ小説『寒い国から帰ってきたスパイ』のその後を描いた続編小説です。ル・カレの作風を巧みに模倣しつつも、原典の小説では端役に過ぎなかった人物にスポットを当てているのが面白い。
罪人に死を(ジョー・ハート)
ミステリー作家のアンディ・ドレイクは、認知症が進行している父の面倒を見るために実家に戻り、そこで幼馴染で人妻のレイチェルと関係を深めていく。ある日、彼は不倫関係の解消を迫る脅迫状を受け取る。しかも、レイチェルとその息子たちが行方不明となったうえに、彼女の夫が殺害され...。
2023年エドガー賞最優秀ペーパーバック賞受賞。警察を頼れない状況のなか、自力で謎に挑む物語ですが、さまざまなイベントが矢継ぎ早に起きて飽きさせません。サスペンスミステリーの佳品です。
怪物の森:未解決事件捜査官ヴァン・リード(ジェス・ロウリー)
2022年。ミネソタ州リーチレイクの森深くで生き埋めになった女性の死体が発見される。しかも、彼女は、3人の少女が謎の失踪を遂げた1980年の事件で唯一発見された少女だった。犯罪捜査局未解決事件捜査課所属のヴァン・リードは科学捜査官ハリー・スタインベックとともに捜査を進めていくが...。
本作は捜査官サイドと犯人サイドを交互に描くことで緊迫感を高める手法を取っていますが、そこに主人公の特殊能力と衝撃の過去を絡めることでさらにサスペンス感を盛り上げています。続編も楽しみ。迷宮(マイクル・コナリー)
迷宮(マイクル・コナリー)
ロス市警未解決事件班のバラードは出勤前に海でサーフィンを楽しみ、車に戻ってみると、車中から銃やバッジが盗まれていた。懲戒免職の危機に彼女はボッシュに捜索協力を求める。一方、未解決事件班に加わったボッシュの娘マディは1947年に起きたブラック・ダリア事件の証拠資料を発見し…。
シリーズ第6弾。今回は4つの事件が並行して語られ、そのうちの一つがあのブラック・ダリア事件ということで一気に引き込まれます。複数の事件が絡み合いながらの二転三転の展開がスリリングです。
勝機(フェリックス・フランシス)
元騎手のシッド・ハレーは3年前の移植手術で失われた左手を取り戻したのと引き換えに、夫婦の関係には深刻な亀裂を刻んでいた。そんな彼の元に調教師ゲイリイ・ブレムナーから何者かに脅かされているとの連絡が入る。しかも、ほどなくして、ブレムナーの厩舎が火事に遭い、彼自身も行方不明に...。
故ディック・フランシスから継承したシッド・ハレーシリーズの第6弾。ハレーが巨悪に立ち向かう姿は今回も安定の面白さ。左手を取り戻したことで生じる夫婦の危機も切なくて情感を高めています。
死んでもいいくらいの掘り出し物(アンデシュ・デ・ラ・モッツ、モンス・ニルソン)
ストックホルム国家殺人犯のピエテル捜査官は、たまたま出掛けた骨董市で殺人事件に出くわし、初動捜査の指揮を執ることになる。結果、またもや地元警察唯一の捜査官エスピングと捜査をすることに。被害者は阿漕な買取で恨みを買っている遺品買取業者。果たして迷コンビの捜査の行方は?
確執のある2人がコンビを組んで謎を追うシリーズ第2弾。伏線の張り方も巧みで、軽妙なパズラーとしては前作よりもパワーアップ。捜査の意見は一緒なのに相性は最悪な2人の迷コンビぶりも楽しい。
午後(フェルディナント・フォン・シーラッハ)
弁護士で作家の私は講演会や朗読会などで世界各国を巡り、さまざまな過去を持つ人々と出会ってきた。イタリアの古い館に滞在中に女性から聞いた衝撃的な身の上話。ベルリンで亡くなった知人の唯一の遺産相続人との愛憎半ばする関係などなど。死や罪悪感に翻弄される人々の奇妙な物語。
エッセイと創作の要素が相半ばしており、著者の芸術論に触れながら切れ味鋭い物語を楽しむことが出来る点がユニークです。ただ、余技の印象が強く、過去のクライムノベルと比べると物足りなさも。
セント・アガサが揺れた夜(ジル・ペイトン・ウォルシュ)
ケンブリッジ大学で英文学を専攻する新進気鋭の研究員が学寮の塔の下で発見される。当初は塔の最上階の部屋から隣接する図書館の屋根に飛び移るというカレッジに伝わる悪ふざけに失敗して墜落死したと思われていたが、ハムレットの公演中の主演学生の意外な行動からその仮説は揺らいでいき...。
〈イモージェン・クワイ〉シリーズの第4弾にして最終巻です。学生たちの演劇サークルの活動が生き生きと描かれ、やがてその中で演じられるバッド・クオート版ハムレットと墜落死を遂げた研究員の事件が結びついていく手管も見事。カレッジ・ナースで探偵役のイモージェンも最後まで魅力的でした。
ペルシャ王女の棺(マハ・カーン・フィリップス)
パキスタン・カラチで、麻薬組織の隠れ家から一体のミイラが発見される。女性考古学者のグルは、黄金のマスクと王冠を身に付けた姿から、幻とされてきたペルシャ王女の遺体ではないかと推測する。本物であれば世紀の大発見だが、政府、隣国イラン、地元マフィアがそれぞれの思惑で動きだし…。
パキスタンの社会事情など、中東の描写が興味深く、主人公が一連の騒動に巻き込まれて命を狙われるシーンなどは手に汗握ります。二転三転の展開も悪くはないものの、ミステリーとしては凡庸です。
無垢で清らかなあなたのために(カリン・スローター)
独立記念日の夜。小さな町で15歳の少女2人が失踪するという事件が起きる。捜査の結果、乗り捨てられた自転車と大量の血痕、さらには少女たちが隠していたおぞましい写真と多額の現金が発見される。大人の男性が事件に絡んでいると睨んだ保安官補のエミーだったが、やがて町に潜む闇と対峙し...。
凄惨な事件を通して女性の抱える問題を描くスローター節は相変わらず。特に重苦しい前半の展開は読んでいて息苦しさを覚えます。その分、話が動き出す後半の展開は面白い。どんでん返しも見事です。
祖国なき者たちへ(エリザベス・ウェイ)
1937年に欧州で青少年を対象としたエアレースが開催される。英国から飛行機で飛び立った12人がタイムを競い合うのだが、その途上で女性パイロットのステラは恐るべき光景を目撃する。前方を飛行していた一機が下方にいるもう一機に接近して墜落に追い込んだのだ。ステラは身の危険を感じるが...。
飛行機レースと犯人探しが並行して描かれる本作は全編が緊迫感に満ち、読み応え満点です。登場人物が国際色豊かで、一人一人のキャラが明快である点も魅力的。歴史冒険ミステリーの佳品です。
血塗られた指輪 (キンバリー・ベル)
ステラは夫のアダムと旅行をした際に、カフェで爆発事件に巻き込まれる。しかも、アダムは現場から姿を消し、そのまま消息を絶ってしまったのだ。パリ警視庁のコロン警部はステラに対し、彼は国際的な犯罪者だと告げる。アダムを巡る陰謀が蠢くなか、ステラは夫の真実を追い求めるが…。
不穏な雰囲気に包まれた事件を追う前半はテンポの良さも相まってかなり引き込まれます。ただ、どんでん返しにあたる部分は簡単に予想がついてしまうかもしれません。手堅く楽しめる1作です。
エージェントは二度推理する(ハーラン・コーベン)
敏腕エージェントのマイロン・ボライターのもとにFBI捜査官が訪れる。元スーパーモデルの女性が殺害され、マイロンと関わりの深いグレイという男が容疑者として浮上したというのだ。だが、彼は3年前に東南アジアで死んだはずだった。マイロンは仲間たちの力を借りて真相を探ろうとするが…。
26年ぶりのマイロンシリーズ第12弾。すっかり中年になったマイロンですが、登場人物たちの魅力は相変わらず。ミステリーとしても複雑な人間関係を紐解きながら二転三転していく展開が面白い。
偽妹【ぎまい】(ケリー・ギャレット)
音楽レーベルの社長を父に持つ女性の遺体が公園で発見される。彼女は下着姿でコカインを所持していたことからドラッグの過剰摂取として処理される。しかし、腹違いの姉であるリーナは不審に思い、生前の足取りを追っていく。やがて、絶縁状態の姉に会いに来ようとしていたことが判明するが...。
リアリティ番組や酒・ドラッグといった描写を重ねて現代アメリカを掘り下げていく構成は緻密ですが、ミステリとしてはいささか長すぎです。ひねりのある展開は悪くないだけにそれが惜しまれます。
奇妙な花嫁候補: ロンドン謎解き結婚相談所(アリスン・モントクレア)
元スパイのアイリスと上流階級出身のグウェンが経営する結婚相談所。そこにアデラという女性が現れる。彼女は、癌で余命いくばくもない自分が亡くなっても夫が寂しい思いをしないですむように自分の後添えを探してほしいという。しかし、その数日後、アデラは森で死体となって発見され...。
シリーズ第5弾。相変わらず、元スパイのアイリス&上級階級出身のグウェンの掛け合いが楽しく、それぞれの特技を活かした探偵ぶりに引き込まれます。加えて、2人の恋愛模様も気になるところです。
死が内覧にやってくる(アンデシュ・デ・ラ・モッツ)
スウェーデン南部の田舎町で不動産ブローカーの女性が、開発に反対する地元住人懐柔のために購入した彫刻の上に転落して死亡する。事件を担当するのは、ストックホルムのエリート捜査官と地元警察署の駆け出し女性刑事。馬は合わないが、意見は合う2人は果たして事件を解決できるのか?
いがみ合う2人が次第に信頼を深めながら、事件の真相に迫っていく展開はバディもののツボを押さえていて面白い。加えて、美しい風景描写と美味しそうな料理も本作の魅力を高めています。
幸運すぎて埋められる(クイーム・マクドネル)
元警察官のバニーが調査対象を殴って訴えられ、ポールは別の探偵事務所と揉めている。MCM探偵事務所の窮地を救うためにブリジットが奔走するなか、新たな問題が持ち上がる。山で2体の死体が発見されたとの報道があったのだが、それはかつてバニーが相棒の刑事と一緒に埋めたものだったのだ…。
ダブリン・シリーズの完結編です。作者が元コメディアンだけあってキャラ同士の掛け合いは安定の面白さ。あくの強い登場人物も魅力申し分なし。ただ、話の決着の付け方にはややもの足りなさも。
母の嘘、娘の秘密 (キンバリー・マクリート)
大学生のクレオ・マクヒューが母親のカトリーヌに呼び出されて実家に戻ってみれば、母は作りかけの料理と血まみれの靴を残して姿を消していた。つい数分前まで携帯電話でメッセジーのやり取りをしていたのに...。捜索を始めたところ、母の本当の職業や過去の秘密が次々と明らかになっていき...。
冒頭から急転直下の展開が用意され、そのままサスペンスフルな展開に引き込まれていき、さらに、後半の意外な展開やどんでん返しにもびっくり。ただ、偶然の多さや中盤の冗長さは気になるところ。
対立: P分署捜査班(マウリツィオ・デ・ジョバンニ)
対立: P分署捜査班(マウリツィオ・デ・ジョバンニ)
代々受け継がれてきた製法にこだわりを持つパン屋の店主が未明の製造所で撃たれて死んだ。ロヤコーノ警部率いるチームが捜査を始めようとしたところに、検察庁マフィア対策班が介入する。彼らは、過去に因縁のあるマフィアの犯行だと決めつけるが、ロヤコーノはそれに真っ向から対立し…。
シリーズ第5弾。事件の行方よりも落ちこぼれ刑事たちの成長ぶりが感慨深く、個々のキャラに焦点を当てたサブストーリーに引き込まれます。その一方で、ミステリーとしては特筆すべき点はなし。
メープル・ビショップは医者だった夫が戦地で亡くなり、しかも、診療所は赤字で遺産がほとんどない事実を知らされる。そのため、趣味のドールハウス作りで生計を立てようとするが、商品の配達先で死体を発見。自殺という警察の見解に納得できない彼女は、ドールハウスで事件現場を再現し...。
コージー・ミステリの割には、主人公を取り巻く環境は厳しくて読んでいて重苦しい気分になります。しかし、ドールハウス作りの特技を活かして活躍する後半は爽快感があり、ラストも爽やか。
暗殺者の奪還 (マーク・グリーニー)
暗殺者グレイマンことジェントリーは、囚われの身となっている恋人、元ロシア情報将校のゾーヤを救わんと東欧各地で死闘を繰り広げていた。そして、彼女の監禁場所がヤヴァースの矯正施設だと知ると、反ロシア政府派の人物の協力を得て救出に向かう。だが、その道中でGRUの襲撃を受け…。
冷静沈着なグレイマンが惚れた女のために鬼と化す姿が新鮮。しかも、ゾーヤ救出作戦に乗じて行われる別の作戦が相乗的な面白さを生んでいます。ただ、グレイマンの無敵ぶりは少々食傷気味。
判事の殺人リスト(ジョン・グリシャム)
レイシーはフロリダ州司法審査会の調査官。現役判事に対する不正行為告発の真偽を確かめるが職務だ。ある日、とんでもない告発が寄せられる。告発者は40代黒人女性の大学教授で、彼女は現役判事が最低6件の殺人に直接関与していることを調べ上げたいうのだ。レイシーは狂気の連続殺人に挑むが...。
序盤から緊迫感があり、妙に几帳面な犯人像にもぞっとさせられます。ただ、その後の展開は細切れの群像劇になっており、盛り上がりを阻害している感あり。クライマックスもあっけなくて物足りず。
怪物(パトリシア・コーンウェル)
サイバー犯罪の容疑で監視されていた夫婦が廃鉱で遺体となって発見される。だが、それ以上に異常なのが現場の状況だ。周辺には人間離れした巨大な足跡が残されており、彼らを監視していた映像には犯人の姿が一切映っていない。しかも、大口径の銃による攻撃も通用した様子はなく…。
シリーズ第27弾。導入部が冗長でなかなか核心部に到達しないのにはイライラ。しかし、中盤の衝撃展開で一気に盛り上がります。全体的にテンポの悪さが気になるものの、近年の作品では上質な部類。
アリゲーターには手を出すな(ジャナ・デリオン)
元CIAエージェントのフォーチュン・レディングは身の振り方について悩んでいた。ガーティとアイダ・ベルは私立探偵になるべきだというが、恋人のガーターが許してくれそうもない。そんな折、シンフルの町の象徴であるワニを密漁する者が現れる。フォーチュンたちは独自に調査を始めるが…。
ワニ町シリーズ第9弾。フォーチュンの転機となる巻ですが、肝心の事件は比較的おとなしめです。しかし、その分、恒例となっているガーティの奇行かインパクトがあり、大いに楽しませてくれます。
消えた王冠は誰の手に ロンドン警視庁王室警護本部(ジェフリー・アーチャー)
英国議会の初日に開会を宣言する際に女王が頭に戴く王冠はふだんロンドン塔に展示されている。ウィリアム・ウォーウィック警視は厳重な警備を敷き、その王冠を宮殿まで運ぶ任についていた。しかし、警視の仇敵というべきマイルズ・フォークナーによって王冠奪取の計画が進められており...。
シリーズ第6弾。巧みな語り口で紡がれる2つの物語はいずれも登場人物たちによる騙し合いメインの手に汗握る展開で、安定した面面白さを提供してくれます。ヒネリを効かせた最後の〆も見事です。
サプライズ・エンディングス 罠(ジェフリー・ディーヴァー)
FBI捜査官から自分の暗殺計画が進行中である事実を知らされたリンカーン・ライムが首謀者の正体を探っていく「完全犯罪計画」、どんな突飛なアイディアでもよいので犯罪組織壊滅作戦を考案してほしいという依頼を受けたミステリー作家が凝ったプランを立案する「どんでん返し」など、全4編収録。
『完全犯罪計画』は長編小説『真夜中の密室』のプロモーション用の短編であり、内容の薄さは否めないところ。他作品も先に発売された短編集に比べると、悪くはないものの、今一歩といった感じです。
夜が少女を探偵にする(マリー・ティアニー)
13歳の少女エイヴァはある日、同級生の少年ミッキーの遺体を発見する。以降、少年の失踪事件が続発し、やがて彼らは遺体となって発見されていく。共通点は何かに咬まれた跡があり、腕に子犬を抱いていることだった。同じ頃、巷では怪物が目撃され、噂になっていた。エイヴァは推理を巡らすが…。
大人顔負けの推理で事件の謎を解く少女探偵ものですが、真相はバレバレなのにそれに気付かない警察サイドのパートが長くて冗長。その代わり、少女の成長を描いた作品としてはよく出来ています。
十二支像を奪還せよ( グレース・D・リー)
大学で美術史の研究をしている中国系アメリカ人のウィルは、中国人の資産家から盗みの依頼をされる。標的はかつて英仏軍に盗まれた5つの美術品。それらを中国の手に取り戻すというのだ。ウィルは、ハッカー、泥棒、詐欺師、ドライバーといった仲間とともに、世界中の美術館に向かうが…。
各分野のスペシャリストである若者たちが、1人当たり約10億円の報酬で美術品強奪に挑むクライムノベル。スタイリッシュな描写がクールな反面、盗みのディテールが甘い点は好みの分かれるところ。
サスペンス作家が殺し屋を特定するには(エル・コシマノ)
シングルマザーで作家のフィレイはとある事件がきっかけでロシアンマフィアから脅されていた。2週間の間にEasyCleanと呼ばれている殺し屋の正体を突き止めろというのだ。その殺し屋が警官であることを知ったフィンレイは手がかりを得るために市民向け開かれれる警察学校体験入学に参加するが...。
サスペンス作家シリーズの第3弾。コミカルな巻き込まれサスペンスとしては安定の面白さで、怒涛のテンポで繰り広げられるドタバタ劇に引き込まれていきます。さらに、今回はロマンス要素も大充実。
サスペンス作家シリーズの第3弾。コミカルな巻き込まれサスペンスとしては安定の面白さで、怒涛のテンポで繰り広げられるドタバタ劇に引き込まれていきます。さらに、今回はロマンス要素も大充実。
謎解きディナーです (クリン・メッシーナ)
公爵夫人となったベアトリスだが、探偵癖のせいで「死体を見たがる女性」というあらぬ風評が立ってしまう。ならば探偵の実力をみんなの前で示せばよいということで、殺人劇の探偵役を務めることに。だが、幕が上がった途端に本物の殺人事件が起きてしまう。果たしてベアトリスの推理は?
コージーミステリーの第7弾。今回は殺人劇で本物のの殺人事件が起きるという趣向が楽しいですし、ミステリーとしても捻りが効いています。事件を通して夫婦の絆が深まっていく過程も読みどころ。
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メインキャラクター(ジャクリーン・ゴルディス)
元ニュースキャスターのローリィはベストセラー作家のジネヴラ・EXから新作のモデルに選ばれ、その報酬としてオリエント急行での旅をプレゼントされる。しかし、列車内で因縁のある3人と再会する。ジネヴラはなぜこの状況を仕組んだのか?不穏な出来事が続き、ついに殺人が…。
オリエント急行で名所を巡るトラベルミステリー。情景描写が巧みで観光小説としてはよくできています。ただ、肝心のミステリーは仕掛けが凡庸で今ひとつ。後味の悪さも好みの分かれるところです。

2027本格ミステリ・ベスト10 国内版予想
最新更新日2026/06/09☆☆☆
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本ミス2027
2026年5月9日時点での暫定予想順位
18位.流血マルチバース(五条紀夫)
孤島での連続殺人事件が3つの並行世界に分裂。それぞれの世界から得た情報を照らし合わせて真相を推理する設定は、サウンドノベルのような楽しさがあります。ただ、ヒントがあからさますぎて犯人の正体が分かりやすい点は残念。それでも、パズラーとしての完成度の高さには唸らされてしまいます。
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本ミス2027
対象作品である2025年11月1日~2026年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
2026年5月9日時点での暫定予想順位
1位.封鎖館の魔(飛鳥部勝則)
増改築が繰り返される奇怪な館にて、昭和・平成・令和と繰り返される惨劇。事件の内容も開かれた部屋で女性が餓死していたり、容疑者全員が密室に閉じ込められた状態で殺人事件が起きるなど趣向が凝らされています。派手な物理トリックと驚愕のホワイダニットの組み合わせが魅力的な怪作です。
2位.未館成の殺人(信国遥)
未完成の館を残して建築家が失踪した島。そこを訪れたミステリ研のメンバーが次々殺されていくという『十角館の殺人』を彷彿とさせる作品です。少々ご都合主義が目に付くものの、作中に散りばめられたさまざまなアイデアや奇抜なプロットは本格ミステリとして実に魅力的です。粗削りの傑作。
3位.わたしがいなくなった世界に(七河迦南)
児童養護施設が舞台のシリーズ第3弾(外伝除く)。日常の謎を扱いつつも、終盤における怒涛の謎解きには圧倒されるばかりです。また、トリックと物語の一体感が素晴らしく、真相判明と共に切ない気持ちがこみ上げてきます。ただ、本作を十全に楽しむにはシリーズの最初から読む必要があるのが難点。
4位.盾と矛(方丈貴恵)
単純な「探偵vs.犯人」の構図ではなく、犯人側に成功率100%を謳う無罪請負人がつく展開が話を面白くしています。ただ、介入後は裏技ありの対決になるため、純粋な本格を期待しているとガッカリするかもしれません。最終話における請負人の行く末も、対決ものとしてはやや肩透かしな印象です。
5位.デッドマンズ・チェア(阿津川辰海)
異能力者による犯罪を、異能力を有する刑事たちが追う「コトダマ犯罪調査課」シリーズ第2弾です。異能力バトルや警察小説など多彩な要素を持つ本作ですが、随所でロジカルな謎解きを披露して本格の魅力もきっちり提示しています。なかでも、終盤における大どんでん返しはなかなか衝撃的です。
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6位.スノウマンの葬列 真々部律香の推理断章(麻根重次)
県警の捜査協力も行っている謎解きコンサルタント会社の女性所長を探偵役に据えた全5編の連作ミステリーです。奇妙な死体、密室、暗号など、多彩かつ端正な本格ミステリが揃っています。ただ、最終話「初めては毒殺」に関しては少々ヒネりすぎのようにも感じられ、好みが分かれるところです。
7位.死の絆 赤い博物館(大山 誠一郎)
警視庁付属犯罪資料館、通称・赤い博物館の館長である緋色冴子が探偵役を務めるシリーズ第3弾。全6話の連作ミステリーであり、特に後半3作が出色。衝撃的な真相の「掘り出された罪」、ミッシングリンクの鮮やかな表題作、冴子の警察大学時代の活躍が印象的な「春は紺色」と傑作揃いです。
警視庁付属犯罪資料館、通称・赤い博物館の館長である緋色冴子が探偵役を務めるシリーズ第3弾。全6話の連作ミステリーであり、特に後半3作が出色。衝撃的な真相の「掘り出された罪」、ミッシングリンクの鮮やかな表題作、冴子の警察大学時代の活躍が印象的な「春は紺色」と傑作揃いです。
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8位.猫鳴く森で謎解きを(楠谷佑)
『ルームメイトと謎解きを』に続くエチカ&ヒナシリーズ第2弾。今回の舞台はキャンプ場ですが、容疑者の中から犯人を特定していく消去法推理の冴えは相変わらずで、ロジックメインのミステリーとして安定の面白さです。ただ、事件が起きるのが遅いため、もどかしく感じる人はいるかもしれません。
9位.僕たちの青春と君だけが見た謎 (雨井湖音)
仙台市の高等支援学校に通う生徒が学校で起きる謎に挑む『僕たちの青春はちょっとだけ特別』の続編です。相変わらず謎の設定の仕方が独創的で他の人とは違う視点で真実に迫っていくスタイルが楽しく、同時にいろいろ考えさせられます。生徒たちの成長物語を絡めた謎解きが感動的です。
10位.そして物語のおわりに(小松立人)
主人公が招待された孤島の屋敷で猟奇殺人が起きるという典型的なクローズドサークル&館ミステリー。トリックの独創性にこそ欠けるものの、それらの活かし方や膨らませ方が秀逸。探偵役を務めるひねくれ者の主人公もキャラが立っており、ボリュームたっぷりの解決編もかなり読み応えがあります。
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11位.倫敦スコーンの謎(米澤穂信)
小市民シリーズ第2短編集(本編は『冬期限定ボンボンショコラ事件』にて完結済)。収録4編はいずれもビターな青春ミステリーとして秀逸ですが、本格としては『羅馬ジェラートの謎』が頭一つ抜けています。ジェラートに手を付けない客を巡って推論を重ね、意外な事実を浮かび上がらせるのが見事。
12位.死か翅の貪る家(織部泰助)若手作家の出雲秋泰と女性怪談師の無妙が事件の謎に挑むシリーズ第2弾。今回はクセのある一族が暮らす奇怪な館で連続殺人が起きる館ものミステリーであり、独創的なトリックこそないものの、館自体を用いた巧みなギミックで怪奇ムードと謎解きの面白さを高めています。まとまりの良い一作です。
13位.檻神館双極子殺人事件(南海遊)
大正時代を舞台にした由緒正しき館ミステリーです。密室殺人に始まり、暗号やアリバイといった古典的な謎の乱れ打ちには胸が躍ります。なかでも次々と双子が登場する展開には思わず笑ってしまいます。そのうえ、伏線回収も巧みですが、トリックやロジックの独創性に欠ける点は少々残念です。
14位.法月綸太郎の不覚(法月綸太郎)
短編集としては7作目の名探偵・法月綸太郎シリーズ。曰くのある部屋での首吊り、殺された女性の幽霊の目撃譚、交換殺人の相手探しと、不可解な状況に対して二転三転の推論を重ねながら真相に近づいていくのが面白い。ただ、唯一の中編「平行線は交わらない」だけは推論の切れ味がイマイチです。
16位.ナッハツェーラーの城-或いは最後の〈奇書〉(倉野憲比古)
『黒死館殺人事件』、『ドグラ・マグラ』、『虚無への供物』に『匣の中の失楽』を加えた奇書談義が楽しい。新変格であって本格ミステリではないものの、連続不可能犯罪や怪しげな人々が暮らす館、未完の原稿を残して失踪したミステリー作家など、本格好きの嗜好をくすぐる要素が盛り沢山です。
『黒死館殺人事件』、『ドグラ・マグラ』、『虚無への供物』に『匣の中の失楽』を加えた奇書談義が楽しい。新変格であって本格ミステリではないものの、連続不可能犯罪や怪しげな人々が暮らす館、未完の原稿を残して失踪したミステリー作家など、本格好きの嗜好をくすぐる要素が盛り沢山です。
17位.I (道尾秀介)
『N』同様、読む順番によって結末が変わるシリーズ第2弾。一家殺害事件によって家族を失った少女と、娘を自殺に追い込んだ相手に復讐を誓う父親の物語が交錯する本作、ジャンル的には本格ミステリではないものの、巧みに張り巡らした伏線に唸らされ、意外性に満ちた真相の数々には驚かされます。
孤島での連続殺人事件が3つの並行世界に分裂。それぞれの世界から得た情報を照らし合わせて真相を推理する設定は、サウンドノベルのような楽しさがあります。ただ、ヒントがあからさますぎて犯人の正体が分かりやすい点は残念。それでも、パズラーとしての完成度の高さには唸らされてしまいます。
ルーカスのいうとおり(阿津川辰海)
児童書テイストのミステリー小説と言えば、『神様ゲーム』や『でぃすぺる』などが挙げられますが、あれらと比べると、本作はヒネリに乏しく、児童書の文脈からあまり逸脱しない作品になっています。そのためか全体的に薄味で、せっかくの意外な犯人も思ったほどの衝撃を味わえないのが残念。
犯人はキミが好きなひと(阿津川辰海)
JKが探偵役の学園ミステリですが、幼馴染が好きになった人は必ず犯人だという大前提があり、それに基づいて推理を構築していく点が異彩を放っています。出オチのような設定ではあるものの、話ごとにひねりを加えて、パターンを変えているのが面白い。ただ、終盤は設定をいじりすぎて失速の感あり。
シュレディンガーの殺人者(市川哲也 )
完全犯罪をたくらむ犯人が知恵を絞って殺人を実行するも、すぐに名探偵によって真相を暴かれ、そのたびごとに時間がリピートして再チャレンジを繰り返すという展開はスリリングで面白い。ただ、真相が明らかになる終盤の展開ですべてぶち壊しに。いくらなんでもあのトリックは無理がありすぎます。
シュレディンガーの殺人者(市川哲也 )
完全犯罪をたくらむ犯人が知恵を絞って殺人を実行するも、すぐに名探偵によって真相を暴かれ、そのたびごとに時間がリピートして再チャレンジを繰り返すという展開はスリリングで面白い。ただ、真相が明らかになる終盤の展開ですべてぶち壊しに。いくらなんでもあのトリックは無理がありすぎます。
予言館の殺人(井上悠宇)
本作は、生中継の動画配信に出演した霊能力者たちが十数年前に起きた連続殺人の謎に挑むというもので、特殊設定、館もの、推理合戦といった具合に本格好きが喜びそうな要素が詰め込まれています。また、霊視合戦という発想も面白い。ただ、そのどれもが薄味で盛り上がりに欠ける点が少々残念です。
有能助手は名探偵を操る(貴戸湊太)リンク
推理力に長けた助手がポンコツ探偵を操って名探偵に仕立てる話といえばイロモノっぽいですが、中身は正統派の本格ミステリです。過去に解決した事件の見立て殺人という趣向が興味深く、ロジカルな推理で真相に迫っていくプロットもよくできています。加えて、真相の意外性も申し分なしです。
降り止まぬ雨の殺人: 京都辻占探偵六角 (床品美帆)
法衣店の店主にして失せ物探しスペシャリストである六角聡明が探偵役を務めるシリーズ第2弾。今回は、依頼を受けてとある日傘の持ち主を調べていたところ、暗号や密室といった新たな謎に遭遇していくというもの。トリックは小粒ですが、さまざまな仕掛けやイベントが盛りだくさんで読み応え十分。
腐芯(朝野にわ)
真夏に3日以上も放置されていたにもかかわらず、腐敗しない死体の謎はあっさりと解決。本格ミステリとしてのダイナミックさにこそ欠けるものの、次々と小さな謎が浮上し、飽きさせません。刑事たちが地道な捜査を続けて証拠を積み上げていく、地味目の警察小説ですが、完成度の高い一篇です。
街角ハルシネーション:探偵AIのリアル・ディープラーニング(早坂吝)
AIが探偵役を務める探偵AIシリーズ第5弾。今回は生成AIでしばしば問題となっているハルシネーション(AIの見る幻覚、事実に基づかない出鱈目な回答)に焦点が当てられています。それはそれで興味深くはあるものの(サブエピソードの誘拐事件を含めて)、ミステリーとしてはかなり弱いのが残念です。
暗闇法廷(下村敦史)障害者支援施設で施設長が殺害され、現場にいた全盲の女性が殺人罪で起訴される法廷ミステリーです。 主人公である弁護士と検察官の攻防がスリリングで、設定を活かしきったトリックに唸らされます。真犯人の正体は分かりやすいものの、最初の前提が次々とひっくり返されていく展開は衝撃的。
冷蔵庫婆の怪談(大島清昭)
呻木叫子シリーズ第4弾。全4話の連作ミステリーであり、怪談絡みの事件の謎に怪談ライターの叫子が挑むいつものパターンです。ただ、今回は全体的にミステリーとしての仕掛けがインパクト不足で、特に、各事件の繋がりが過去作と比べて弱かったのが残念。一方、ホラーとしての怖さは申し分なし。
ひとつ屋根の下の誘拐(酒本歩)
『ひとつ屋根の下の殺人』に続く伏線提示型ミステリの第2弾。伏線部分が太字で表示されているので謎解きに集中できるのが魅力ですが、そのうえでミスディレクションを施して読者の裏をかく手管が見事です。また、謎解きに特化したスタイルながら心の闇に迫るサスペンス展開も読み応えがあります。
最後の皇帝と謎解きを(犬丸幸平)
当時14歳のラストエンペラーこと愛新覚羅溥と、水墨画教師として雇われた日本人絵師が紫禁城の事件に挑む全4話の連作歴史ミステリー。城内の人間模様に主眼が置かれており、謎解きは小粒ですが、終盤に明かされる人間関係にまつわる切ないどんでん返しには、思わず胸を突かれ驚かされます。
消失村の殺戮理論(森晶麿 )
『切断島の殺戮理論』の続編で、前作同様に文化人類学研究室の面々が僻地で人智の及ばない謎に挑みます。今回は双頭の大山椒魚を崇める因習村で次々と村人が消えていくというものですが、推理を聞いても意味がよく分かりません。一種の奇想ミステリーであり、本格として評価するのは難しいかも。
2027本格ミステリ・ベスト10 海外版予想
最新更新日2026/04/23☆☆☆
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本ミス2027
2025年4月7日時点での暫定予想順位
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本ミス2027
対象作品である2025年11月1日~2026年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
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2025年4月7日時点での暫定予想順位
1位.ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿(ロス・モンゴメリ)
1910年のハレー彗星接近騒動を背景に、孤島で密室殺人が発生。その謎に、毒舌の老令嬢と少年院帰りの主人公が挑む古典的な探偵小説です。密室トリック自体に目新しさはないものの、試行錯誤しながら真相に迫るスタイルが楽しく、ミスディレクションや伏線回収などの技巧もよく練られています。
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2位.空に浮かぶ密室 (トム・ミード)
元奇術師のスペクターが探偵役のシリーズ第2弾。今回は3つの密室殺人が起き、うち2件で密室内にいた人物が逮捕されるという『ユダの窓』状態。矢継ぎ早に出てくる謎が魅力的なうえに伏線の提示も見事です。ただ、トリックは小粒で、意外な真相も偶然が過ぎる感あり。その辺が評価を分けそうです。
2026本格ミステリ・ベスト10 海外版予想

元奇術師のスペクターが探偵役のシリーズ第2弾。今回は3つの密室殺人が起き、うち2件で密室内にいた人物が逮捕されるという『ユダの窓』状態。矢継ぎ早に出てくる謎が魅力的なうえに伏線の提示も見事です。ただ、トリックは小粒で、意外な真相も偶然が過ぎる感あり。その辺が評価を分けそうです。
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3位.果てしない残響(シャーロット・ヴァッセル)
30年前の企業年金横領事件と15年前の少女失踪事件が現在の殺人と結びついていく社会派ミステリー。主眼は英国上流社会の歪みを浮き彫りにしていくことですが、謎解きも意外に凝っており、真相自体はさほど意外ではない代わりに、そこに至るまでの道筋でサプライズがいくつも用意されています。
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4位.サプライズ・エンディングス 嘘(ジェフリー・ディーヴァー)
『罠』に続く日本限定オリジナル短編集の第2弾。全体的に『罠』よりも出来が良く、特に、マトリョーシカを現場に残す殺人鬼の意外な正体が二転三転の末に明らかになる「ターニングポイント」及び、内通者探しのフーダニットからさらなるサプライズへと繋がっていく『帰任報告」が秀逸です。
5位.サプライズ・エンディングス 罠(ジェフリー・ディーヴァー)リンク
4月発売の『サプライズ・エンディングス 嘘』と対になっている日本オリジナル短編集です。タイトルからもわかる通り、どんでん返しメインに据えた作品を揃えており、さまざまな仕掛けで楽しませてくれます。ただ、出来は標準クラスといったところで、既刊の短編集に比べると驚きは少なめかも。
6位.公爵さま、謎解きディナーです 行き遅れ令嬢の事件簿 7(リン・メッシーナ)リンク
シリーズ第7弾。公爵夫人の主人公が自らの推理力を証明するべく、上流階級のセレブを招待して謎解きディナーを催したところ、本当に殺人事件が発生するシリーズ第7弾。いわゆるコージーミステリーですが、殺人劇の趣向が面白く、意外な犯人の目論見など、真相も一捻りあって悪くありません。

隠れた名作を探せ!このミス2026の落穂拾い 国内編
最新更新日2026/01/27☆☆☆
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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランクインを逃したものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2026年版 国内ベスト20予想
2026本格ミステリ・ベスト10 国内版予想
怪獣殺人捜査 高高度の死神(大倉崇裕)
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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランクインを逃したものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2026年版 国内ベスト20予想
2026本格ミステリ・ベスト10 国内版予想
ラバウルの迷宮(鈴木智)
終戦直後、パプアニューギニアのラバウルには10万人の日本兵が捕虜として収容されていた。あるとき、元情報将校の霧島に密命が下される。捕虜収容所の所長と交渉して本土ではGHQによって禁じられている忠臣蔵を上演せよというのだ。一方、その裏では暴動計画が進められており…。
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ラバウル捕虜収容所で忠臣蔵が上演されたという史実に基づいた歴史ミステリー。忠臣蔵を巡る緊迫感をはらんだ異文化交流に加え、戦中の極秘事件の謎などが絡み、読み応え満点の作品に仕上がっています。ただ、ネックなのが登場人物の多さで、冒頭からさまざまな立場の人間が入り乱れるため、序盤は名前を覚えるだけでも大変です。特に、第一幕の「第九収容所」は人物紹介を兼ねているためにその傾向が顕著ですが、第二幕の「蠢動」に入ると各キャラの役割が明確になり、物語への没入感が加速度的に深まっていきます。主人公たちが忠臣蔵の上演に向けて奔走するエピソードの他にも、ジャングルに消えた300人の兵士の謎や芝居の上演を利用しての暴動計画などが並行して語られていき、クライマックスに向けて収斂していくプロットが実に見事です。そして、それらの事件を紙吹雪舞う忠臣蔵の舞台に重ね合わせていく趣向に思わず感動させられてしまいます。脚本家出身の作家らしく短いスパンで場面転換を繰り返しながら話を盛り上げていく術に長けており、非常に映像的な傑作です。ぜひ、映画やドラマで観てみたいと思わせる一冊です。
神探偵イエス・キリストの冒険 The Adventures of God Detective Jesus Christ(清涼院流水)
イエスの昇天から70年。12使徒の中で最年少のヨハネも長老となり、師の教えや預言の内容を書き遺すという大役を果たし終える。そこで、彼はイエスのもう一つの側面、神探偵として多くの事件を解決した経緯を書き記したいという思い欲求に駆られるのだった。ことの発端はイエスが磔になる3年半ほど前。当時10代だったヨハネは、布教を始めたばかりのイエスと出会い...。
◆◆◆◆◆◆
タイトルの通り、イエス・キリストが名探偵として活躍する話ですが、多くの探偵小説とは異なり、ロジカルな推理を駆使して少しずつ真相に迫っていくわけではありません。イエスは神の子ですから、どんな難事件でも真相は最初から知っており、彼は単にそれを説明するだけです。要するに、彼の行為は推理というよりお告げというべきものなのです。したがって、本作に本格ミステリの面白さを期待すると肩透かしを覚えます。その代わり、聖書を探偵小説に見立てて語り直し、クリスチャン以外にも興味を持ってもらうという点においては極めて秀逸な読み物です。もともと旧約・新約聖書には解釈の分かれるわかりづらい記述が多々あるのですが、それを巧みに補完して一級のエンタメ作品に仕上げています。しかも、内容を盛りながらも聖書の記述と一切矛盾しないのが見事です。そもそも、新約聖書は27巻に及ぶ断片の寄せ集めであり、かなり読みにくいのですが、それを一つの大きな物語としてわかりやすくまとめた点にも大きな意義があります。ミステリーファンはもとより、キリスト教を一から学びたいという人にもおすすめです。
タイトルの通り、イエス・キリストが名探偵として活躍する話ですが、多くの探偵小説とは異なり、ロジカルな推理を駆使して少しずつ真相に迫っていくわけではありません。イエスは神の子ですから、どんな難事件でも真相は最初から知っており、彼は単にそれを説明するだけです。要するに、彼の行為は推理というよりお告げというべきものなのです。したがって、本作に本格ミステリの面白さを期待すると肩透かしを覚えます。その代わり、聖書を探偵小説に見立てて語り直し、クリスチャン以外にも興味を持ってもらうという点においては極めて秀逸な読み物です。もともと旧約・新約聖書には解釈の分かれるわかりづらい記述が多々あるのですが、それを巧みに補完して一級のエンタメ作品に仕上げています。しかも、内容を盛りながらも聖書の記述と一切矛盾しないのが見事です。そもそも、新約聖書は27巻に及ぶ断片の寄せ集めであり、かなり読みにくいのですが、それを一つの大きな物語としてわかりやすくまとめた点にも大きな意義があります。ミステリーファンはもとより、キリスト教を一から学びたいという人にもおすすめです。
C線上のアリア(湊かなえ)
美佐は両親を交通事故で亡くして、高校3年間を叔母の家で過ごした。その叔母が認知症になり、家がゴミ屋敷と化しているとの連絡を受け、久しぶりに帰省する。そして、ゴミだらけの家を片付けていく過程で、金庫を発見する。そこには誰にも打ち明けられなかった叔母の秘密が隠されていて...。
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過去作に比べるとイヤミス度は低い一方で、かつての嫁姑問題が明らかになり、不穏な空気が立ち込めてくる展開はスリリングで読ませます。もっとも、主人公が認知症になった叔母と暮らし始める序盤は高齢社会に山積するリアルな問題ばかりが前面に押し出され、読んでいてウンザリするかもしれません。しかし、主人公が日記を発見し、叔母の過去に関するさまざまな謎が浮き彫りになっていくあたりから一気に面白くなっていきます。過去と現在の問題が複雑に絡み合い、テーマがぼやけてしまった感はあるものの、余韻の残るラストは悪くありません。著者の新境地とでもいうべき佳品です。
佐伯警部の推理(佐々木譲)
大通署の佐伯宏一は、重大事案の検挙数において道警一を誇っていたにもかかわらず、昇進試験を受けようとしなかったために長らく警部補に留まっていた。そんな彼がようやく試験を受け、函館方面本部捜査課に警部として着任する。そのわずか2週間後、工業団地の岸壁から変死体が上がるが...。
◆◆◆◆◆◆
主人公の佐伯宏一が昇進&栄転を果たしたのを受けての道警シリーズ第2部幕開けです。これまでの遊軍的な捜査とは打って変わり、部下を指揮しての王道的警察小説の色が強くなったわけですが、それ故に佐伯の指揮官としての有能さがよく分かる作品に仕上がっています。過去作と比べると、淡々としすぎていて起伏に乏しいきらいはあるものの、組織を指揮する佐伯が冷静沈着かつ理詰めで事件を解決に導いていく姿には第1部とはまた違った面白さがあります。ただ、名探偵というわけでもないのにズバズバと推理が当たりすぎている点に関してはやりすぎと感じるかもしれません。ともあれ、本作は捜査小説として十分な面白さを備えており、今後の新シリーズがどういった方向に進んでいくのかも気になるところです。
リゼル13(柴田祐紀)
南原、佐崎、水間、柏木の4人は高校の同期で、卒業してから10年経った今でもつるんでは馬鹿をやっている。今一番嵌まっているのはリゼル13という新種のクスリ。しかも、トリップを楽しむだけでなく、販売にも手を出していた。そのことで、彼らは地元のヤクザに目をつけられるが…。
◆◆◆◆◆◆
架空のクスリ、リゼル13を巡るヤクザと堅気の抗争を描いた作品で、立ちまくったキャラクターとスピーディな展開に引き込まれていきます。同時に、ヤクザ組織のしがらみや苛烈な暴力シーンなどもリアルに描かれており、王道的なノワールとしても読み応えありです。また、深みにはまると人間関係を根底から破壊するクスリの恐ろしさもきっちり描かれています。ただその割に、リゼル13によって驚異的な身体能力を発揮できるというのは漫画的かつご都合主義的ですし、クライマックスの展開は牧歌的ですらあります。そうした雑な部分が目立つのが残念なところですが、最後はノワールらしい結末でキッチリ締めてくれ、エンタメとしては間違いなく面白いといえる作品です。
悲鳴(櫛木理宇)
1994年。小学5年の時に男に誘拐されて長年監禁されていたサチは、青春を奪われ、子を産まされながらも11年越しの生還を果たす。だが、旧弊な価値観に囚われた人々の心ない言動によって彼女は疲弊していく。さらに、彼女の家に送られてきた段ボール箱には「この骨が本物のサチだ」と書かれた手紙とともに白骨死体が…。
◆◆◆◆◆◆
少女が11年間監禁され、出産までさせられたという事実だけでも十分すぎるほどひどい話ですが、救出後のエピソードはさらに理不尽です。男尊女卑に家父長制という旧弊な価値観の中、長きにわたって手籠めにされ続けた女性は、被害者にもかかわらず汚れたものとして扱われ、激しいバッシングの対象になります。しかも、異常なまでに世間体を気にする価値観なので家族すら彼女を家に隠すだけで味方になってくれません。まさに生き地獄です。ひたすら胸くそが悪くて読み進めるのが段々苦しくなってきます。それだけに、かつての仲間たちが立ち上がり、彼女を支えようとする展開には救われる気持ちにさせてくれます。最終的な決着は加害者に手ぬるいと感じる人もいるかもしれませんが、本作が単純な勧善懲悪ものではないことを考慮すれば、妥当な着地点といえるのではないでしょうか。あるべき人と人のつながりについて考えさせてくれる、社会派ミステリーの傑作です。
月とアマリリス( 町田そのこ )
北九州市の高蔵山で一部が白骨化した遺体が発見される。遺体に目立った外傷はなく、一緒に花束らしきものが埋められていた。さらに、遺体の着衣のポケットには『ありがとう、ごめんね。みちる』というメモが。ライターの飯塚みちるは元上司の編集者、堂本宗次郎から記事の執筆を依頼されるが…。
◆◆◆◆◆◆
ヒューマンドラマの書き手である著者が初めてサスペンス小説に挑戦した作品です。とはいえ、全体的にはやはりヒューマンドラマ寄り。巧みな心理描写に基づく人間ドラマの側面が強く押し出されており、親から真っ直ぐな愛情を受けられなかった子供たちが他者との関係性のなかで歪みを生じさせるさまが説得力豊かに描き出されています。特に、前半のイジメシーンなどは心理描写がリアル過ぎて読み手の胸がえぐられてしまうほどです。一方で、白骨死体の謎を追うミステリー的な展開に関しては、専門作家でないためか、ややご都合主義が目立ちます。とはいえ、悲しみに満ちた真相は胸を打つものがあり、さすがといわざるを得ません。さらに、毒親を起点としたさまざまな悲劇を手を携えて乗り越えようとする結末は感動的です。ヒューマンドラマとミステリーの手法が上手く噛み合った名品です。
蛍たちの祈り(町田そのこ)
山間にある小さな町に暮らす坂邑幸恵と桐生隆之は中学生のときにある秘密を共有することになる。生きるために守り抜かねばならない秘密だ。それから、15年。幸恵は同棲中の逸彦との間に子供を授かるが、彼は幸恵の預金をくすねて姿を消してしまう。茫然自失の彼女は隆之と予期せぬ再会を果たし...。
◆◆◆◆◆◆
虐げられる子供たちの叫びを描いた連作短編です。とにかく毒親のえげつない描写が強烈で、そんななかで儚い希望と深い絶望が交互に繰り返されていく物語に思わず引き込まれていきます。なかでも、毒親によって悲惨な幼少期を過ごしながらも、感化されずに踏みとどまり、逆に、その経験を糧として養子の正道を守り抜き、導いていく姿が感動的です。その他にも、毒親やろくでなしの男にひどい目にあわされた者たちが徐々に連帯し合い、前を向いて歩けるようになっていく姿は読む者を暖かい気持ちにさせてくれます。また、それぞれ独立したエピソードが話が進むにつれてつながりをを持ってくる構成の妙も見事です。非常に重い話が、蛍の光のように仄かながらも希望によって締めくくられたのが胸に染み入ります。著者の作品にしてはミステリー要素が強い転換点的な傑作です。
追憶の鑑定人(岩井圭也)弁護士の相田直樹は、ストーキングを繰り返す元夫を殺して自首した水原佳南絵の弁護を受け持つことになる。しかし、事件から自首するまでに半年以上の月日が経過しており、そのうえ、切断された頭部が行方不明になっていた。相田は、科捜研を辞して民間鑑定人となった土門誠に鑑定を依頼するが…。
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『最後の鑑定人』『科捜研の砦』に続くシリーズ第3弾です。連作短編の4篇はどれもよく出来ており、些細な手がかりから真実を探り当てていく手管は相変わらず見事です。加えて、本作では土門の研究室時代の旧友たちと旧交を温めるシーンが描かれています。彼らとの友情エピソードは、普段無愛想な土門とのギャップも相俟って、思わずグッときてしまうのです。なかでも白眉なのが最終話の「灰色の追憶」で、火災現場のわずかな残留物からさまざまな事実を明らかにしていく驚くべき鑑定能力はもとより、友人が放火犯かもしれないという可能性が浮上する中で揺れ動く心を抑えながら愚直に鑑定を行う姿が胸を打ちます。他にも、37歳の女性が半年前に元夫を殺害して山林に捨てたと自供するもあまりにも不可解な点が多い「交感原理」、花火大会の雑踏での盲導犬圧死事件から思わぬ真相が浮かび上がってくる「雑踏に消ゆ」など、良作揃いです。さらに、シリアスなドラマの中で、助手が次々と出してくるまずいハーブ水がいい味を出しています。土門誠のキャラクターに深みが増し、シリーズに新たな魅力を加えた一作です。
少年期に将棋の奨励会でともに過ごした芝と大島。そして、芝は20歳で念願のプロ棋士になるも連敗の日々に打ちひしがれていた。一方、大島は棋士の夢を諦めて東大に入学し、弁護士となる。道を分かちながらも互いを強く意識する2人。そこには夢破れた者の嫉妬と執着がどす黒く渦巻いていた...。
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連敗続きで這い上がるきっかけがつかめない棋士と、棋士の夢を果たせなかった東大卒の弁護士。どちらも庶民からすると完全な勝ち組なのですが、目の前に越えられない壁があると、人は容易に負け犬になってしまいます。しかも、自意識は高いので自分より下のものを見下してプライドを保とうとするのでますます負け犬感が増していくのです。最後には自分自身も腐し始め、自身の心にとどめを刺していきます。本作はこうした傷だらけになった若者たちの卑小な精神性を赤裸々に描くアンチ青春小説であり、間違ってもミステリーなどではありません。しかし、作中にはいかにもミステリ―作家らしい仕掛けがいくつも施されており、それによってフックの効いたドラマに仕上げられています。何かに追いつめられていく2人の心情が延々と綴られていくため、決して楽しい読書とはいえないでしょう。特に、現在進行形で自尊心が傷つけられて悶々としている人なら読んでいる途中で本を放り投げたくなるかもしれません。しかし、ほのかな希望を匂わせた結末は意外と爽やかで、そこに至るまでのヒリヒリした感覚とのギャップで思わず泣きそうになります。著者十八番のイヤミスとはまた違ったアプローチで読ませる佳品です。
誘拐にドライバーはいらない(浅瀬明)
迷惑運転の車のみを狙う灰塚、鴨宮、土橋の自動車泥棒3人組。ある日、彼らは盗んだ車のトランクを開け、縛られている女を見つける。彼女の名は夏川で、ベンチャー企業の副社長だという。しかも、彼女は彼らを自動車泥棒だと見破ったうえで、自分を誘拐した犯人を捜す協力を強要し…。
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250頁程度の小品ではあるものの、誘拐劇に自動運転技術を巡る駆け引きを絡めて描いたプロットはユニークで読み応えありです。単なる犯罪劇だけにとどまらず、自動運転導入による事故のない社会という夢と利権のせめぎ合いについて言及している点なども興味深いものがあります。さらに、無人タクシーを身代金引き渡しに利用する近未来型の犯罪も面白い。これだけさまざまな要素を詰め込みながらも話が渋滞することなく、テンポがよくて気軽に楽しめる作品に仕上がっています。ちなみに、誘拐された人質が犯罪グループの主導権を握る展開は名作『大誘拐』を彷彿とさせます。そのことからハートフルなユーモアミステリーを想像する人もいるかもしれませんが、本作のオチは驚くほどブラックです。
2021年。ダンス動画でバズっていた家出少女キャイコに会うために茨城から新宿トーヨコにやってきたジロー。彼はキャイコとラブホに入るが、部屋のベッドには中年男の死体が横たわっていた。彼女はなぜ父親を殺したのか?ジローが死体遺棄を手伝う理由は?その答えは幻の能曲「金色姫」に…。
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トーヨコから始まった物語は、現代と戦国時代を行き来しながらどんどん壮大に。そして、何百年もの時を越え、さまざまな時代の出来事が一つに繋がっていくさまが伝奇ロマンとして読み応えありです。また、存在自体は知っていても現代人にはあまりなじみのない能への言及が興味深く、それを金色姫伝説と結びつけていくプロセスもよくできています。ただ、できれば能楽に関して掘り下げた解説ももう少し欲しかったところです。それにミステリーとしてはどうしても荒唐無稽な感は拭えません。それでも、波乱万丈のごった煮エンターテイメントと考えれば十分すぎる面白さです。なによりも、息をのむ結末の美しさが素晴らしい。
極彩の岬(熊坂俊太郎)
三十路前の社会科教師・清家協(せいけ・かなる)は『神奈川県M半島100年史』の執筆をまかされ、太平洋戦争中の史料を漁っていたところ、米国公文書館のアーカイブでZ岬灯台を舞台とした不可解な「映像」に行き当たる。そこには、戦時中の信じられないような映像が映り出されており...。
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太平洋戦争の史料フィルムを調べていたところ神奈川県の灯台から色でシグナルを送り、そこを通過する船を潜水艦で撃沈していたという謎が浮かび上がってくる展開は非常にスリリングです。しかも、作者が劇画原作者として『ゴルゴ13』などにも脚本協力として携わっていたためか、各シーンが映像的で、ぐいぐいと引き込まれていきます。とにかくストーリー構成が秀逸で、登場人物も善玉・悪玉ともに魅力的。謎を解きながら戦争についても考えさせられる戦争ミステリーの良作です。ただ、全体的にノリが劇画チックなので、そのあたりは好みの分かれるところ。
事故物件探偵 建築士・天木悟の挑戦(皆藤黒助)
天才建築士・天木悟は表の仕事の他に、豊富な建築知識と霊が視える助手・織家紗奈の力を活かして事故物件を再生させる活動を行っていた。そんな彼にはかつて自らが設計し、事故物件となった”白い家”を救うという目標があった。さまざまな事故物件に遭遇するうち、ついに白い家の謎が明らかに!?
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天才建築士と霊能力者のバディが悪霊のいる建築物に挑むシリーズ第2弾。探偵と銘打っている割には謎解き要素に乏しく、ミステリーを期待していた人は肩透かしを覚えるかもしれません。その代わり、建築知識を駆使して問題を解決していく描写はなかなかユニークです。一方、ホラーとしては心霊現象にヒトコワ要素を絡め、恐怖に深みを持たせることに成功しています。特に、第2話の「隙間から覗く目」のエピソードは鳥肌が立つほどの恐ろしさです。続く「白い家」はシリーズのラスボス的存在ですが、こちらもかなりおぞましく、最終決戦は手に汗握ります。それにしても、2巻にしてラスボスとの戦いに決着がつくとは予想外でした。果たしてこれで完結なのか、それとも続編が出るのかが気になるところです。
百千酉雛は不祥事が原因で捜査一課から雑務担当の0課への異動を告げられる。その矢先に美術館で密室窃盗殺人が発生。密室の謎を解くための手がかりを得ようと美術館を設計した事務所を訪ねたところ、建築学科の学生である神迎圭を紹介される。手柄がほしい雛と単位が欲しい圭は手を組むが…。
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建築の知識を活かしてさまざまな謎を解いていくという触れ込みでしたが、最終的な解決が建築とあまり関係ないものも多く、結果的に、神迎圭の推理は従来の名探偵とそれほど違いはありません。しかし、だからつまらないかといえば決してそんなことはなく、建築学を入り口とし、建築物に関するさまざまな謎を解いていくプロセスには結構ワクワクさせられます。また、百千酉雛と神迎圭の凸凹コンビをはじめとして登場人物たちが魅力的で掛け合いも面白いのでエンタメとしても申し分なしです。ただ、犯人の動機に関しては納得しがたい点も。
オリエンド鈍行殺人事件(藤崎翔)
折田~遠藤間を結ぶローカル線の車内で発見された死体を前にして居合わせた7人の乗客が犯人探しを始める表題作、30歳の裕太が交通事故で亡くなった学友の告別式の日に目を覚ますと何故か高校の入学式の日にタイムスリップしていた「タイムスリップ・リアリティ」など、全10編収録。
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短編小説5編+ショートショート5編の作品集です。いずれも元お笑い芸人ならではのインパクトのあるオチが印象的で、特に、「タイムスリップ・リアリティ」の意表を突いた結末には驚かされます。一方、表題作である「オリエンド鈍行殺人事件」はあの有名作のオマージュをキッチリ行いながらも探偵不在のなかで思いもかけない方向に話が転がっていくのが面白い。また、『勇者たちのオフ』もRPGと意表を突いたネタの組み合わせで楽しませてくれます。それらに対して、「ファーブル昆虫記を読んで」はほのぼのした作文と悲惨な現実のギャップが凄まじく、藤崎作品の暗黒面を存分に味わえます。パロディに特化した、思わずニヤリとさせられる秀作です。
新人キャリア警官の鷺島叡太郎は、警務部長から捜査顧問・備前京輔のサポート役に指名される。早速備前に会いにいく叡太郎だったが、彼は本を愛する哲学者でかなりの変人だった。老指揮者の殺害予告や警察庁長官への怪文書など。果たして彼は一連の謎をどのようにして解き明かすのか?
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哲学者と新人警官のバディものですが、小難しい哲学を分かりやすく物語に溶け込ませています。ただ、ミステリーとしてはどの話もやや弱く、事件の真相を追うよりも対話に終始している点はもの足りなさを覚えるかもしれません。しかし、そもそも本作はそうしたことに主眼を置いた作品ではなく、事件を通して世の理を問うていく哲学ミステリーなのです。したがって、そのテーマに興味が持てるか否かで本作の評価は変わってくるでしょう。そこを乗り切ることが出来れば奥深いテーマを掲げた嫌みのないバディものとして大いに楽しめるはすです。また、ミステリーとしては弱いといいましたが、各エピソード描かれた不可解な事象が終盤一本の線で結ばれていく展開はなかなか見事です。
彼女の真実(つけまつげ)
2009年の渋谷で地下アイドルの友美がある日、忽然と姿を消す。1992年の池袋では女子高生のなっつんが援交の斡旋にかかわり、2019年の西麻布では港区女子の麻里奈がギャラ飲みの胴元の正体を探る。そこには腐敗した人脈と欲望が渦巻いていた。そして、紐解かれる衝撃の真実とは?
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90年代の援助交際、00年代の地下アイドル、10年代の港区女子とそれぞれの時代を象徴するギャルを登場させ、時代を行き来しながら真実に迫っていく構成がスリリング。しかも、それぞれの時代の文化や空気感を見事に再現しているので臨場感という点でも申し分ありません。総じて、時代に消費される若い女性というテーマを軸とした著者の鋭い洞察が光ります。そして、そのうえで描かれる、3つの時代の一見華やかな世界の裏側が生々しくて恐ろしい。登場する女性たちの運命は切なく、やがて明らかになる真相にはゾッとさせられます。なにより、最後の一行が強烈です。
菊の慟哭(吉川英梨 )
本家吉竹組と関東吉竹組の分裂から生じた東西ヤクザの抗争は激化の一途をたどり、死者の数も増え続けている。そんななか、警視庁組織犯罪対策部暴力団対策課の桜庭誓は地下に潜った隻腕のヒットマン・向島春刀の行方を追っていた。向島はなぜ片腕を失ったのか?その壮絶な過去が今明らかに!
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ヤクザの父を持つ女性刑事を描いた『桜の血族』の続編である本作は、完全な任侠もの路線。過去と現代を行き来しながら語られるエピソードの数々に心が揺さぶられます。主人公のウザさは相変わらずなのですが、彼女の父親、向島春刀がとにかく魅力にあふれており、特に、彼が片腕になった理由と主人公の実母とのエピソードが感動的です。総じて男性陣はみな魅力的ですし、現代編における暴力団同士の激しい抗争や意外性を含んだ鮮やかな結末も面白くて読み応えがあります。ただ、あまりにも生々しい暴力シーンや性描写は好みの分かれるところです。
総理にされた男 第二次内閣(中山七里)
病に倒れた総理に瓜二つの容姿と緻密なモノマネ芸を買われて替え玉となった舞台俳優の加納慎策。2年の月日が過ぎ、彼は国民に寄り添った言動で圧倒的な支持を得ていた。そんな彼の前に経済問題が立ちはだかる。さらに、突然のパンデミックが…。
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国民目線の政治が爽快だった前作に続いて今作でも熱い展開と、著者ならではのどんでん返しで読ませます。しかも、身代わり総理がスーパーマンと化して何でも解決してしまうのではなく、信頼できる人間を見極めて知恵を借りながら問題を解決していく姿勢が物語にリアリティを付与しています。本来、国のリーダーというのは優れた人材を活かすための調整役であるべきで、そのあたりをキッチリと描ききったのは見事です。同時に、青臭い理想主義を真摯に貫くことで、老獪な政治家たちも次第に心を開いていく展開も読み応えがあります。その一方で、前作と比べると奇抜さが後退し、コロナや五輪といった現実の後追い展開に終始しているのは若干のもの足りなさも…。
警察猫いなりの追跡 フレーメンの捜査隊(梶永正史)
ゴールデンレトリバーのルークは警察嘱託犬として活動しており、他の犬には負けない臭覚の持ち主だった。だが、性格は怖がりで、本来の力を出し切れないでいた。そんなルークを手助するために、幼いときから一緒に育ってきた猫のいなりは、捜査現場で思いがけない能力を発揮するが…。
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嘱託犬に焦点を当てた作品ですが、そこに嘱託猫という架空の存在を追加してコンビを組ませたのが秀逸。背中に猫のいなりを乗せて出勤するルークが可愛く、2匹がじゃれ合う姿が最高に愛らしい。結果、最高の癒しミステリーに仕上がっています。一方、扱われる事件は女児誘拐に徘徊老人の捜査とシリアスなものばかりなのですが、重い気分になってしまいがちな物語を2匹の存在が和らげてくれる展開が秀逸です。特に、いなりがハンドラーである栞里を悪党から守り抜いたシーンは本作屈指の名シーンといえるでしょう。犬派と猫派のどちらにもオススメの快作です。
部屋には葦が生えている(新馬場新 )
漫画家を目指し、30歳手前で職業経験のない私はAI開発補助のアルバイトを始めた。だが、それは特殊詐欺の片棒を担ぐ行為だった。それに気づいた手塚という男のあとを追うように逃げ出し、彼と話しているうちに、少年時代の記憶が蘇る。かけがえのない友人との出会いと償えない過ちを...。
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ノストラダムスの大予言に基づく恐怖の大王の降臨を翌年に控え、世間が騒然としていた1998年。少年の日の思い出と苦境に立たされた現在を交錯させながら暗号を紐解いていく展開は、当時、子供時代や青春を過ごした読者をノスタルジックな気分に浸らせてくれるはずです。暗号というギミックもいかにも子供らしく、懐かしい気分を巧みに盛り上げてくれます。本作を一言でいえば暗号ミステリーなのですが、実際は謎解きよりも全編を覆う切ないムードが印象的です。事実、暗号自体はさほど難しいものではなく、真剣に考えれば誰でも解けるように出来ています。考える楽しさを自覚し、過去を振り返るとともに未来への一歩を踏み出す大切さを教えてくれる作品です。
新・教場2(長岡弘樹)
風間公親を襲撃して右目の視力を奪った連続殺人犯、十崎波琉。警察学校の校長・四方田秀雄は彼の逮捕に貢献のあった風間の門下生たちを特別講師として呼んでみてはと提案する。風間はそれを承諾し、最初に招かれた隼田聖子巡査長は子供を奪おうとした男を母親が殺した事件について語るが..。
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「警察学校は、優秀な警察官を育てるための機関ではなく、適性のない人間をふるい落とす場である」というシリーズを通してのテーマはけだし至言です。ただ、毎回ふるいにかけてばかりなのでこれで人員は確保できるのかと疑問に思わないでもありません。しかし、切れ味鋭い推理で引き込んでいくリーダビリティの高さは相変わらずで、読んでいる間はそんな疑問を忘れさせてくれるだけの面白さがあります。特に、本作では風間の愛弟子6人がゲスト講師として登場し、宿敵ともいうべき十崎波琉の逮捕劇を語るという趣向が秀逸です。同時に、それに因んだ教訓や生徒たちのエピソードもよく出来ています。警察官の資質を見極めるという特異なテーマを扱いながらも巻を重ねて全くクオリティが落ちないのが見事です。
共謀捜査I 桜は闇に咲く ~警視庁生活安全部・真白春花~(河合莞爾)
警視庁生活安全部の真白春花は、ゲイバーのママ・カンナからつきまとい被害の相談を受ける、それがきっかけとなって反社会組織の元構成員である黒主泰斗と顔見知りになる。やがて、カンナの知り合いが変死を遂げ、カンナ自身にも魔の手が伸びる。春花は真相を突き止めるべく黒主と手を組むが...。
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若い女性刑事と裏社会の男が手を組んで事件を追う設定はリアリティに乏しいながらも新鮮な面白さがあります。特に、先輩の死を引きずりながら正義をなそうとする主人公が魅力的です。ただ、ミステリーを読み慣れた人なら犯人は直ぐに分かってしまいますし、悪党どもの自分を偽らない迂闊な発言も安っぽさを感じてしまいます。テンポはよい代わりに、ミステリーとしてのフックは皆無など、いろいろともの足りない部分はあるものの、斬新なバディものとして次巻に期待です。
共謀捜査II 天使は夜に舞う ~警視庁生活安全部・真白春花~(河合莞爾)
都内で高齢者をターゲットにした連続強盗殺人が勃発する。SNSで闇バイトを募集して、犯罪行為を行わせるトクリュウによるものだった。一方、警視庁生活安全部の真白春花は新宿で起きた少女の死亡事故に疑念を抱き、捜査を進めていく。すると、連続強盗殺人との意外な関係が明らかになっていき...。
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キャリアからドロップアウトした女性警官が元暴力団の男とコンビを組むシリーズ第2弾。今回はトクリュウという現代的な犯罪をテーマにしており、主人公2人の魅力に加え、闇バイトやトー横キッズといった警察組織の枠組みだけでは解決困難な問題を黒社会の人間の手を借りて解決していくのが痛快です。同時に、「家出したい子どもなどいない。家にいたくてもいられないから家出するんだ」のセリフは読者に重くのしかかります。ただ、意外な真相には驚かされるものの、少々現実味に欠ける点は気になるところです。また、このテーマを扱うにはややボリューム不足の感も。
バンクハザードにようこそ(中山七里)
司法書士・東雲昴は友人の燎原が勤めている箱根銀行から多額の金を横領して自殺したとの報せを彼の妹・杏子から聞く。やがて2人は、「箱根銀行は200億円の粉飾決算を自分に押しつけようとしている」という趣旨のメッセージを見つける。東雲は箱根銀行を潰し、復讐を果たすことを誓うが…。
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専門の作家と比べると銀行ものとしての描写が薄っぺらく、そもそも莫大な額の粉飾決算を行員一人の横領として処理をするのは無理がありすぎます。したがって、そこに引っかかるとその後の話もつまらなく感じてしまうかもしれません。一方、その設定を飲み込めれば、天才詐欺師という裏の顔を持つ主人公が悪党どもを次々と罠に嵌めていく展開は痛快そのものです。加えて、伏線回収の末のどんでん返しもよくできています。ちなみに、主人公がこれといったピンチに陥ることもなく、トントン拍子に復讐を遂げていくのでサスペンス感はほぼ皆無です。その点を含め、難しいことはいいので、とにかくスカッとしたい人におすすめの作品だといえます。
サクチシノニエ: 異端の儀式(中西鼎)
高校2年の川上縫は唯一の肉親だった伯父夫婦を亡くし、児童養護施設に入居する。人口2千人ほどの小さな村で5人の子供たちとの生活に慣れ始めた頃、彼は何度も夢で見た少女・芽璃と出会い、かつて村で起きた一連の怪事件について知らされる。事件は今年も起こると芽璃は予言するが...。
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ロマンチックな恋愛エピソードが綴られる一方で、それと並行して起きる土着信仰の儀式と凄惨で悍ましい事件。そのギャップが強烈なインパクトを放っています。一見、近年流行りの因習村ホラーのようにも思えますが、どうもそれらとは微妙に色が異なっています。どちらかといえば、90年代から2000年代前半にかけてに流行った猟奇エロゲのテイストで、その他にも、90年代オタク系サブカルチャーの要素が盛り沢山です。つまり、本作には作者が過去に影響を受けたものを片っ端からぶち込まれているのです。結果、刺さる人には刺さりまくる代わりに、激しく人を選ぶ作品に仕上がっています。加えて、投げっぱなしのような結末も本作を素直には賞賛出来ないものにしています。それでも、インパクトは抜群なので興味のある人は一度手に取ってみてはいかがでしょうか。
魔法律学校の麗人執事 1 ウェルカム・トゥー・マジックローアカデミー(新川帆立)
全国模試1位でスポーツ万能の野々宮椿は生まれ育った修道院を救うため、魔法学校に入学し、名門一家の御曹司にして、魔法の天才でもある条ヶ崎マリスの執事になる。しかし、マリスは傍若無人で傲岸不遜。おまけに、男のふりをして入学したために男子寮で暮らさなくてはならなくなり...。
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リーガルミステリーで有名な著者がまさかのライトノベルファンタジーに挑戦。しかし、物語は女性主人公が男子学生に扮して魔法学園に入学するという一見ありがちなものながら、膨大な契約内容を絡ませることで存分に持ち味を活かした作りになっています。それに、男装設定を盛り込むことでジェンダーへの言及を行っているのも著者ならではです。一方、反発しながらも惹かれ合うといったラブコメの王道展開も標準装備されており、ラノベとして地に足のついた面白さを備えています。一般小説でデビューした作家がラノベに挑戦した場合、どこかこなれていない印象があるものですが、本作はそうした点も見受けられず、次巻以降の展開も楽しみです。
流氷の果て(一雫ライオン)
1985年。札幌市から知床半島ウトロへと向かう豪華バス・北斗流氷号のバスツアーに乗り合わせた小学生の少年・釜利修一と少女・能瀬由里子はバスの転落事故ですべてを失ってしまう。時は過ぎ、1999年のクリスマスイブ。来たるミレニアムに沸き立つ新宿の街で、2人は再会する。首吊りの遺体を間に挟んで…。
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1985年と1999年の2つの事件がどう繋がっているのかを定年を間近に控えた刑事の目を通して追っていく物語ですが、徐々に全体像が明らかになっていく展開に引き込まれていきます。一方で、若い男女の歩んできた過酷な道のりが明らかになってくると、今度は切ない気持ちにがこみ上げてきます。闇の中で生きながらも微かな希望に縋って罪から逃れようとする姿にどうしても泣けてくるのです。やがて、逃げ延びてほしいという読者の想いと、救ってやりたいという刑事の想いがリンクし、後は一気読みです。そして、最後に用意されたどんでん返しがまた衝撃的。寄り道が多くて必要以上に話が長い点と、刑事の勘に頼りすぎな捜査は気になるものの、冬の凍てついた風景がフィットするドラマはエモーショナルな魅力に満ちています。
なりすまし(越尾圭)
夫婦でブックカフェを営んでいる和泉浩次郎が娘の杏奈を連れて出勤すると、妻は店内で殺されていた。しかも、捜査の過程で妻の戸籍は偽造されたものであることが判明する。一体妻は何者なのか?だが、実は浩次郎自身も戸籍を偽るなりすましだった。さらに、杏奈までもが殺されてしまい…。
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社会問題にもなっている戸籍売買や無戸籍児をテーマにした作品です。周囲に戸籍購入者が何人もいる点にはいくら何でもご都合主義が過ぎるだろうと思うかもしれませんが、謎また謎の展開にいつの間にか引き込まれていきます。それに加え、戸籍を偽っている主人公が自らの正体を隠しながら犯人の行方を追っていくという二重のサスペンスが秀逸です。後半は登場人物が多いうえにそのほとんどが他人になりすましているので、相関関係を把握するのは少々骨が折れるかもしれません。逆に言えば、そこさえ乗り切れば二転三転の展開を存分に楽しむことが出来るはずです。現実離れした設定も本作に限っていえば、それ自体が独自の面白さとなっています。ただ、全く罪のない主人公の娘まで殺してしまった点は賛否が分かれるかもしれません。リアルな社会的テーマと荒唐無稽さを併せ持つ怪作です。
13月のカレンダー(宇佐美まこと)
侑平は会社を辞職し、かつて父方の祖父母が住んでいた愛媛県松山市の空き家を訪れる。家の中に入ったのは15年ぶりだった。そこで彼は13月まである奇妙なカレンダーと脳腫瘍で余命いくばくもない祖母が綴った手記を発見する。その中には「寿賀子、『十三月はあったのよ』と言う。」なる一文が...。
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一瞬で数万人の命を奪い、その後、後遺症によって数十万単位の死者がでたという広島原爆の悲惨さを圧倒的な筆力で描いた力作です。死んでいった者はもちろん、生き残った人々も後遺症やいわれのない差別に苦しめられる姿には思わず言葉を失ってしまいます。遅々として進まない公的支援など、考えさせられる要素も盛り沢山です。同時に、研究者を目指し、道半ばで挫折した青年が自らのルーツを探っていく中で衝撃の事実を知り、それがきっかけとなって再び歩き出すまでの成長のドラマとしても読み応えがあります。そして、心を激しく揺さぶられる物語の末にたどり着く結末が素晴らしい。数ある反核小説の中でも近年を代表する傑作の一つです。
マスカレード・ライフ (東野圭吾)
日本推理小説新人賞の選考会がホテル・コルテシア東京にて開催されることになった。しかも、当日は文学賞の受賞候補者として、死体遺棄事件の重要参考人である男性が会場に現れるというのだ。彼の身柄を確保しようとする警察に対し、警視庁を辞めてコルテシア東京の保安課長となった新田浩介は捜査協力を求められるが、開示された情報はあまりにも少ない。そこで、彼は元刑事の探偵・能勢に詳細な調査を依頼するが...。
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マスカレードシリーズ第5弾。前作で刑事を辞めた新田がホテル側の人間として登場。刑事がホテルマンに扮するという趣向はなくなったものの、今度はホテル側の人間となった新田が時折刑事の顔を見せることで、その二面性が表現されているのが面白いです。 一方で、ホテルで起きる複数の事件を追っていくお約束の展開は相変わらずで、テンポの良さとどんでん返しの妙で楽しませてくれます。どんでん返し自体は過去作と比べると弱い気もしますが、トータルでは安定の面白さです。また、著者の体験談が含まれているのか、妙に生々しい文学賞の舞台裏なども興味深いものがあります。特に、選考会の赤裸々なやりとりはブラックな笑いに満ちていて最高です。加えて、山岸と新田の掛け合いも安定の面白さ。
昭和探偵物語 平和村殺人事件(天童荒太)
1966年、猟銃を持った男がマスターと彼の娘を人質にして喫茶店に立て籠もる。そして、来日中のビートルズを連れてきて歌わせろという。到底受け入れられる要求ではないため、事態は膠着状態に陥るが、流しのギターで生計を立てている鯨庭行也なる男が現れて事件はあっさり解決する。さらに、鯨庭はある村で起こった殺人事件の謎に挑むが…。
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大ベストセラー『永遠の仔』や直木賞受賞作の『悼む人』などから社会派ミステリーあるいはヒューマンドラマのイメージが強い天童作品ですが、その著者が横溝正史風本格ミステリを発表したのには驚かされました。因習村を舞台にした連続殺人という物語は従来の作家的イメージとあまりにもかけ離れています。しかし、その背景には「戦後日本における共同体の変貌」という社会派的テーマがしっかりと根を下ろしており、結果として、古典本格と60年代社会派ミステリーのハイブリッドという独自の作風を作り上げています。加えて、本作をよりユニークな存在にしているのが膨大な数の注釈の存在です。1966年という時代には平成生まれの人間からすると理解しがたい風俗風習が数多く存在していました。そして、それらが描写されるたびに、逐一注釈を入れることで昭和という時代を浮かび上がらせていく手法がユニークです。ただし、物語に没頭したい人にとっては煩わしく感じるかもしれません。また、本格ミステリとしての骨格だけを取り出してみると、さほど凝った仕掛けはないのでその辺りも好みの分かれるところです。
願わくば海の底で(額賀澪)
東北沿岸部に位置する高校。ある朝、香子が登校すると廊下の窓ガラスが軒並み割られていた。彼女はその前夜に校舎の4階で青い火の玉が浮遊しているのを窓越しに目撃していたのだが、両者には何か関係があるのだろうか?他にもさまざまな謎が起き、その中心には菅原晋也という美術部員がいたが...。
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全六話中、三話までは一見普通の日常ミステリーのように思えます。それだけに第四話の衝撃展開には驚かされてしまいます。さらに、それを受けての第五話で明かされる真相が衝撃的。そして訪れるクライマックスは切なさの極みです。特筆すべきは終盤の災害シーンで、臨場感豊かな一連の描写には読んでいるこちらが恐怖を覚えてしまいます。前半に平和的な描写が続いただけにそれらとのギャップが衝撃をより大きなものにしています。加えて、何気ない日常がいかにかけがえのないものであったのかを気づかせてくれる作りになっている点も見事です。読後はタイトルの意味が重く読者の心にのしかかり、生き残った人々の想いが心に染み入ります。東日本大震災をユニークな構成で描き、思わぬ感動へと繋げていく佳品です。
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全六話中、三話までは一見普通の日常ミステリーのように思えます。それだけに第四話の衝撃展開には驚かされてしまいます。さらに、それを受けての第五話で明かされる真相が衝撃的。そして訪れるクライマックスは切なさの極みです。特筆すべきは終盤の災害シーンで、臨場感豊かな一連の描写には読んでいるこちらが恐怖を覚えてしまいます。前半に平和的な描写が続いただけにそれらとのギャップが衝撃をより大きなものにしています。加えて、何気ない日常がいかにかけがえのないものであったのかを気づかせてくれる作りになっている点も見事です。読後はタイトルの意味が重く読者の心にのしかかり、生き残った人々の想いが心に染み入ります。東日本大震災をユニークな構成で描き、思わぬ感動へと繋げていく佳品です。
トライロバレット (佐藤究)
ユタ州の高校に通う17歳の少年、バーナム・クロネッカー。彼は三葉虫に魅了され、その化石を熱心に集めつつ、学校では静かに過ごしていた。だが、人気者コール・アボットによるイジメが突然始まる。その後、謎めいた同級生、タキオ・グリーンと友人となったバーナム。運命の歯車が静かに回り始める…。
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アメリカにおける高校生銃乱射の事件に材をとりながらも、主人公がヒーローとして祭り上げられていく歪な展開が秀逸です。佐藤究流アメコミ小説であり、それを疾走感溢れる文章で一気に読ませるスタイルが心地よい。ストーリー自体は王道に近いものですが、主人公視点で語られる独特の世界観は究節そのもので序盤から引き込まれていきます。ちなみに、主人公はいじめられっ子ですが、じめじめした悲壮感は皆無ですし、仲間たちの掛け合いなどもユーモアたっぷりです。一方で、銃社会の恐怖や退役軍人のPTSDなどといったアメリカならではの社会問題に対する言及も興味深いものがあります。著者ならではの文芸寄りなエンタメで、魅力にあふれた作品です。ただ、最後まで読んでもまだまだ序章といった感じで、山場に至っていないのが物足りなさを感じます感じます。出来れば、続編に期待したいところです。
怪獣殺人捜査 高高度の死神(大倉崇裕)
怪獣省の予報官・岩戸正美が登場する飛行機で殺人事件が発生。機内が混乱状態のなか、今度は飛行怪獣が姿を現す。果たして彼女は事態を収拾して飛行機を無事着陸に導くことができるのか?一方、ロシアでは2種の怪獣が兵器庫を襲撃。しかも、一匹が核兵器を呑み込んで日本に向かいはじめるが...。
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怪獣のいる世界で起きた殺人事件の謎に挑む怪獣殺人捜査シリーズの第2弾。怪獣要素が前作よりも増え、ミステリーファンも怪獣好きもともに楽しめるようになっています。メインの話はあくまでも事件の謎ではあるのですが、怪獣の能力や習性を巧みに利用した犯行計画がマニア心をくすぐります。何より、怪獣が単なる添え物ではなく、魅力たっぷりに描かれているのが素晴らしい。そして、そこに政治要素がきっかりと嵌まり、物語をより奥深いものにしています。加えて、怪獣省の第1予報官の岩戸正美と警察庁特別捜査室の船村秀治という対照的な二人のバディも魅力的です。特に、悪党を前にしての船村の無双ぶりは胸がすきます。ただ、怪獣の存在よりも人間の悪行の方が脅威に描かれている点は好みが分かれそうです。
翳りゆく午後(伊岡瞬)
高校教師の大槻敏明には80歳手前の父・武がいた。地元の名士として知られる武だったが、最近は認知症の前兆を思わせる言動が増えていた。自動車の危険運転も目立ち、敏明は免許の返納を求めるも武は頑なに拒否する。そんなある日、近隣で悪質な轢き逃げ事件が発生。敏明はある疑念に駆られるが…。
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最近問題になっている高齢者の危険運転にスポットを当てた作品です。人ごとではないエピソードがリアリティ豊かに描かれ、ゾッとさせられます。しかも、話はそれだけでは終わらず、教員退職後に市民講座で教えていた武の愛人疑惑、お金の問題、マスコミや世間からの容赦ないバッシング、そして、一連の騒動から生じる家族間の不和という具合に次から次へと問題が発生します。それによって、武の息子で現職教師の敏明がジワジワと追い詰められていく展開が実にサスペンスフルです。特に、認知症の前兆が見られる父の証言がどこまで本当なのか分からないという状況には、先の読めない怖ろしさがあります。最後に、真相が明らかになる展開もミステリーとして見事であり、テーマとエンタメ性が見事に融合した作品に仕上がっています。まさに第一級の社会派ミステリーです。
逃亡犯とゆびきり(櫛木理宇)
フリーライターの世良未散に女子中学生墜落死事件の執筆依頼が入る。亡くなったのは15歳の少女で、「あたしは一一七人に殺された」という遺書が残されていた。調べてみると、少女に対する周囲の評価はさまざまで謎は深まるばかりだ。そんな折、親友で指名手配中の古沢福子から連絡があり…。
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全6話の連作短編で、シリアルキラーとして指名手配されている友人から助言をもらいながら謎を解いていくスタイルが斬新で面白い。しかも、そうして暴かれた真相が、表から見えていたものとは全く異なっていることに驚かされます。特に、第2話「クロゼットの骸骨」におけるどんでん返しが衝撃的です。また、逃亡中の福子のエピソードには連続殺人犯の最川軍司が絡み、最終話では驚きの展開も用意されています。このように、エンタメとして非常に面白い作品であると同時に、未散や福子、あるいは事件関係者の境遇を通して日本の家庭や社会の悪しき部分が浮き彫りになっていく構成は著者ならではです。一方で、恒例のグロ描写はあまりなく、読後感は思いのほか爽やかです。したがって、櫛木作品に興味を持った人の入門書にはピッタリではないでしょうか。
アラート(真山仁)
米中の対立に北朝鮮からのミサイルなど、防衛問題の対応に追われる日本政府。そんななか、与党総務会長である都倉響子は防衛大臣に任官される。アメリカ軍が日本から完全撤退し、防衛費倍増の財源を巡って政権は大きく揺れる。さらに、台湾の潜水艦と日本の漁船の衝突事故が発生し…。
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日本の置かれている状況を的確に分析したうえで、真の独立国になるために避けては通れない防衛問題をいかに対処するかについて真摯に語った作品です。台湾有事、脆弱な防衛体制、防衛予算の財源などなど。本作は2023年から2024年にかけて連載されたものですが、2026年における現在の問題を見事に言い当てています。同時に、財源としての増税問題に関してもいろいろ考えさせられるところです。物語は「未来に投資できる国づくり」を訴えて当選した女性議員が立ちはだかる老害議員とぶつかり合う展開が軸となっており、実にタイムリーな1冊です。ただ、本作は与党サイドに寄り添ったスタンスが目立ち、他陣営の視点が乏しい点にはややもの足りなさを覚えないではありません。
18マイルの境界線 法医昆虫学捜査官(川瀬七緒 )
ゴルフ場の林から指紋を焼かれて歯も全部抜かれた死体が発見された。しかも、この一帯は虫が少ないので赤堀准教授による虫の声も不発に終わる。そして、今度は神奈川県相模原市の家電解体ヤードでも同様の死体が発見される。県を跨いだ犯行により、事件は複雑化の様相をみせていくが…。
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シリーズ第8弾。6年ぶりの新作ですが、赤堀涼子の奇人変人ぶりは健在で、ぶっ飛んだ言動の数々は抱腹絶倒です。捕虫網片手に辺りをうろつき、不気味な虫も素手で鷲づかみにする男前なスタイルはさらに磨きがかかった気がします。もちろん、岩楯警部補との掛け合いも安定の面白さです。一方、事件の方は身元特定に繋がるものは指紋や歯を含めてすべて除去されていたのと「虫の声が聞こえない」とのことで、さしもの赤堀も苦戦を強いられることになります。それだけに、思わぬ手がかりから一気に真相解明へと繋がっていく後半の展開は鳥肌ものです。ただ、そこから犯人逮捕までのプロセスがあっという間でもの足りなさを覚えます。その代わり、殺人犯以外で事件に関わった人物が存在し、こちらの方がインパクト大です。以上のように、虫やキノコの蘊蓄を含め、興味深くて面白い作品であることは間違いありません。ただ、死体損壊や虫の描写はかなりグロテスクなので、苦手な人は注意が必要です。
誰が勇者を殺したか 勇者の章(駄犬)
魔王討伐から数年。王国では戦いで死んでいった者たちを追悼する慰霊祭が開催された。都が祭りの喧騒に包まれるなか、勇者はリュドニア国の姫と再会を果たす。だが、姫は「リュドニアの勇者を殺したのはあなたですか」と糾弾する。勇者は心にかすかな痛みを覚えながらもその言葉を否定するが...。
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シリーズ第3弾。話自体は第1巻で完結しているにも関わらず、今回も「誰が勇者を殺したか?」という問いに対し、その回答がラストで見事に提示される構成が素晴らしい。また、短い章立てで次々と視点を変えていきながら真相へと迫っていく著者ならではの手管が、テンポの良さとリーダビリティの高さを生み、本作を極上のエンタメ作品にしています。同時に、犯人探しと並行して行われる「勇者とは何か?」という問いかけが物語に深みを与えている点も見逃せません。さらに、二転三転の展開もミステリーとして申し分なしです。ただ、その割には真相が提示されたときの驚きは希薄なので謎解き要素はあくまでも読者を飽きさせないためのギミックだと考えた方が無難でしょう。それから、ハッピーエンドだった前2作と比べて暗めの物語になっている点は好みの分かれるところかもしれません。
パズルと天気(伊坂幸太郎)
マッチングアプリでしか会えない名探偵に悩み事を相談する「パズル」、誤って出荷してしまったかぐや姫の入った竹を探す「竹やぶバーニング」、動物園で偶然出会った姉の元彼氏に行方不明になった姉のことを話す「透明ポーラーベア」、おとぎ話の動物が大集合の『イヌゲンソーゴ』など、全5話収録。
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はっきりミステリーといえるのは書下ろしの「パズル」のみです。全体的には、現実世界がファンタジーによって侵蝕されるような、いかにも伊坂ワールドといった感じのちょっと不思議な話が揃っています。まず、唯一のミステリー作品として挙げた「パズル」ですが、これすらも王道ミステリーとは言い難い作品です。なんといっても、マッチングアプリに登録し、謎解きの依頼をすると現れる名探偵というのがシュールすぎます。しかし、そこに惚けた味わいがあり、二転三転の展開はなかなかの読み応えです。続く「竹やぶバーニング」はとにかく奇想天外な話で楽しい。そして、本作の白眉が第3話の「透明ポーラーベア」です。デート中に姉の元彼と再会し、動物園のシロクマを見ながら失踪した姉について語り合うだけなのですが、人と人のつながりを感じさせてくれる傑作に仕上がっています。第4話の「イヌゲンソーゴ」は竹やぶバーニング同様の昔話を絡めた怪作で、さらに、最終話の「Weather」もなかなかの好編です。結婚式直前の不穏なムードからの優しいどんでん返しが心に染み入ります。以上、全5編。一つとしてハズレのない傑作短編集です。
カタリゴト 帝都宵闇伝奇譚(柴田勝家)
大正の世の華族殺し。堀井三左衛門男爵が何者かに殺害された。一方、行方不明の猫探しを依頼された元華族の探偵・平島元雪はある日、美しい年若の浪曲師・真鶸亭湖月と出会う。以降、平島は次々と奇怪な事件と出くわすことになる。湖月はそれらをカタリゴトによって再構成していくが…。
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ホラー文庫から出版された本作ですが、実際にはそうした要素は乏しく、極めて純度の高い本格ミステリに仕上がっています。ホラー要素は(江戸川乱歩や横溝正史の探偵小説でみられるような)話を盛り上げるための道具立てにすぎません。それでは本作におけるミステリとしての魅力はどこにあるかというと、まず挙げられるのが美少年浪曲師・真鶸亭湖月による騙りです。各エピソードで2人が遭遇する事件を湖月がドラマチックなものにアレンジし、事件を語り直しながら真実に迫っていくプロセスがよくできています。そして、それらの事件が最後の大事件につながっていく構成も見事です。また、口下手な元雪と口が達者な湖月による掛け合いの面白さや、一連の事件を通して逞しくなっていく元雪の成長といった要素も見逃せません。エキセントリックな元雪の妹・影子を始めとして、脇役陣も魅力的で、大正時代を舞台にした探偵小説としては極めて完成度の高い逸品です。ただ、「なぜ騙りによって真実に迫れるのか?」という疑問に対する回答がはっきりとは提示されていない点は、本格ミステリとして物足りなさを覚えてしまいます。騙りのプロセスを論理だてて説明し、推理に説得力を持たせることができれば完璧だったのですが。
歌舞伎町ララバイ(染井為人)
実の父親から性的暴行を受けていた七瀬は中学卒業と同時に家を飛び出し、歌舞伎町に流れ着く。そこはすべてを諦めていた彼女にとって唯一心安らげる場所だった。だが、危ないバイトに手を出していくうちに、闇社会や家出少女を食い物にする大人たちとも関わることになる。そして、悲劇は起き…。
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15歳のトー横キッズが大人たちに認められてのし上がっていくも、使い捨てにされた挙句にかけがえのないものを奪われるエピソードは、波乱万丈で読み応えがあります。一方、歌舞伎町から姿を消した主人公が5年の歳月を経て舞い戻り、自分を嵌めた悪党どもを一人一人成敗してく展開は痛快そのものです。社会問題を浮き彫りにしながらも、気軽に読めるエンタメ作品に仕上がっています。この手の社会派系作品はもやもやする結末が多いだけに、完璧な勧善懲悪の物語として描かれているのが逆に新鮮です。ただ、リベンジの対象が都知事や首相にまで及ぶのは少々やり過ぎの感がありますし、復讐パートが同じパターンの繰り返しで単調なのも物足りなさを覚えます。要は必殺仕事人なのですが、その部分にもう少しメリハリやバリエーションがあればより面白くなったのではないでしょうか。
帰れない探偵 (柴崎友香)
世界探偵委員会連盟に所属するわたしはある日、雑居ビルの5階にあるはずの探偵事務所兼自宅に帰れなくなってしまう。外で依頼者と会い、事務所に戻ろうとしたら事務所に続く路地の入口がなくなってしまっていたのだ。それからというものの、わたしは依頼者たちの家に泊めてもらっていたが...。
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著者は『春の庭』で芥川賞を受賞しており、その他にも、野間文芸新人賞、芸術選奨文部科学大臣賞、谷崎潤一郎賞などの受賞経歴を持つバリバリの純文学作家です。そのため、タイトルに探偵とついているからといって王道ミステリーの面白さはあまり期待できません。実際に読んでみると、事件の謎を追う探偵小説というよりも主人公のアイデンティティを巡る物語に終始した文芸ミステリーだということが分かります。そのため、波乱万丈とは程遠い淡々とした展開が続いていくわけですが、ちょっと不思議でノスタルジックな雰囲気には意外と引き込まれていきます。仕事で日本を離れた主人公はなぜか帰国できなくなり、海外を転々としているのですが、訪れる街はどれも印象的なものばかりです。特に、互いを監視し合う街の不気味な雰囲気にはミステリー的な面白さがあります。読み手の感性に依存する部分が大きく、合う合わないが激しく分かれそうな作品です。
対決の記者(本城雅人)
中央新聞長野支局の事件記者・関口豪太郎はある青年の訃報に耳を疑う。人命救助を通じて昼間出会ったばかりの彼がその夜に溺死体となって発見されたというのだ。疑念を抱いた豪太郎は調査に乗り出す。一方、東京本社の調査報道班はある新興企業の不正疑惑を追っていた。果たして両者の関係は?
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誘拐報道を巡る記者たちの想いと人間模様を描き、吉川英治文学新人賞に輝いた『ミッドナイト・ジャーナル』の続編です。本作においても、再生可能エネルギーを巡る不正や警察OBの天下り問題を軸に、記者としての矜持が描かれています。不正の実態が明らかになるにつれ、記者、警察、企業などの思惑や立場の違いが浮き彫りになっていく展開は読み応え十分です。また、主人公の関口豪太郎はもとより、その他の記者たちや刑事、警察関係者などもみな個性豊かで魅力的に描かれており、そうしたキャラ造形の素晴らしさがストーリーの面白さをより一層高めています。オールドメディアと揶揄されて久しい新聞ですが、本作を読めば、その役割はまだまだ他では代えがたいものであることを再認識させてくれます。エンタメとして若干のご都合主義は感じるものの、社会正義と報道について大いに考えさせられる傑作です
楽園の瑕(相場英雄)
高齢化の進む北甲州町で大規模農場開発による地方再生計画が持ち上がる。北海道警から山梨県警に異動した樫山順子はその計画に怪しい動きを見出す。計画を推し進めている主催者はかつて規制緩和の名のもとに日本経済を滅茶苦茶にした男だった。果たして樫山は楽園を蝕む計画を阻止できるのか。
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樫山順子シリーズ第2弾。政治の闇を描いた社会派ミステリーであり、地方創生の美名の下に半導体誘致による利権をむさぼる政治家たちをリアリティ豊かに描いています。そして、そんな巨悪に対し、理想に殉じながらも冷静沈着に立ち向かう樫山順子は地味ながらもカッコイイ。同時に、伝説の金融ブローカーで別シリーズの主人公でもある古賀が悪行で儲けた過去を反省し、私欲を貪る陰謀を阻止するために立ち上がる展開にもグッときます。中盤の展開がやや単調ですが、終盤は怒濤の盛り上がり。そのうえ、現実の人物や団体をモデルにした悪役が最後にキッチリと成敗される勧善懲悪の展開が爽快です。ただ、脇役たちの個性が強烈故に主人公の印象がやや薄くなってしまった感はあります。
ドリフター 天空の悪魔(梶永正史)
元自衛官の豊川亮平は日本占領を企む中国の秘密組織・浸透計画の野望を挫くも、今度は北海道で怪しい動きを掴む。北朝鮮のミサイルを操作できるデバイスを用いて新たなテロ計画を進めていたのだ。しかも、今回は相棒で想い人の詰田朱莉が敵となり、さらに自衛隊の秘密部隊も動きだし...。
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シリーズ第3弾の本作では、中国のテロ組織・浸透計画と憂国の念から立ち上がった一部の自衛官グループとの三つ巴の展開が繰り広げられます。前作よりさらにスケールアップし、巨大な敵に一人立ち向かっていく姿に胸熱です。主人公のカッコよさに加えて敵味方が入り乱れる展開もスリリング。細かいことは気にせず、100%エンタメに振り切った作劇は爽快そのもので、特に、壮絶な銃撃戦には痺れてしまいます。そして、クライマックスの札幌決戦で盛り上がりは最高潮に。とにかくスカッと出来る作品を読みたいという人におすすめの快作です。
心臓 (小塚原旬)
2084年2月。サンフランシスコに位置する議事堂の頂には全裸の若い男の死体が串刺しになっていた。しかも、その死体には心臓がなかったのだ。この時代、あらゆる捜査は専用システムのトパーズの指揮下で行われていた。捜査が進むにつれ、この事件に現職の大統領が関わっている可能性が浮上し...。
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心臓のない全裸の死体が塔の先端に突き刺さっているという冒頭の謎が強烈。ちなみに、舞台は2084年の近未来で、捜査はAIの指示に基づいて行われているのですが、そのAIが出した結論が「事故死」というのだから驚きです。やむを得ず、主人公の捜査官・ノアが独断による捜査を強行することとなり、その過程で明らかになるAIの真相解明プロセスや人間との判断基準の違いが非常に興味深い。このあたりは昨今の生成AIの普及も相俟って現実と陸続きのSFという感じです。さらに、遂に明らかとなる世界の秘密がなかなかに衝撃的。設定されたテクノロジーに一部ご都合主義を感じないわけではありませんが、SFミステリーとして細部まで考え抜かれた傑作であることは確かです。
あなたが犯人だったらよかったのに(井上悠宇)
内海夕凪は心臓に疾患を抱えるために何事にも積極的になれないでいたが、高校で文芸部の葛城才華と出会い、魅了されていく。だが、才華は夏休み明けに突然自殺してしまう。呆然とする夕凪の元に才華からSDカードが送られてくる。果たして、中に入っていた小説や教師失格という言葉の意味は?
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女子高生の自殺を巡る青春ミステリーです。主人公が調査の末にたどり着く親友の死の真相はいささか青臭く、謎解きメインのミステリーとしてはパンチ不足の感は否めません。また、この程度のことで自殺をするものかと疑問に思う人も少なくないでしょう。しかしながら、繊細な少女の心を紐解く思春期小説としては非常によくできています。特に、真実に近づけば近づくほど切なさがこみ上げてくるプロットが秀逸です。そして、主人公の心を救った親友が自身を救うことが出来なかったという事実に泣けてくるのです。終盤に明らかとなるタイトルの意味がさらなる切なさを誘う一方で、前向きなラストが心に染み入ります。思春期における心の機微を繊細に描きあげた良作です。
雌鶏 (楡周平)
昭和29年。東京最大手のナイトクラブでホステスとして働いていた貴美子はただならぬ雰囲気を纏った男・鬼頭清次郎と出会う。「いつか占い師として生計を立てたい」と告げる貴美子を後日、大邸宅に招く鬼頭。時は過ぎ、高度成長期。日本が好景気に沸くなか、政財界を裏で操る女性占い師が現れ…。
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戦後日本のリアリティ豊かな描写が素晴らしく、波瀾万丈の復讐譚に引き込まれていきます。特に、前半はピカレスクロマンとして一級の面白さです。ただ、後半に入ると、偶然の要素が強くなっていくのが気になります。それでも、著者の筆致は淀みなく、そうした展開にもなんとなく説得力を持たせてしまうのはさすがです。また、ロッキード事件を初めとする史実と巧みに絡ませることでリアリティを高めることにも成功しています。権力者同士の欲にまみれた闘争と因果応報な結末は読み応えありですが、モヤモヤする結末は好みの分かれるところ。
普通の底(月村了衛)
2001年、川辺優人は普通の家庭で生まれた。普通の学校に進学し、普通の友人をつくり、いつしか普通の人生を送ることが彼の目標になっていく。そして、多少の挫折はあっても常に普通のレールの上を歩み続けていたはずだった。だが、現在彼は非常に困難な状況にいる。一体、何がいけなかったのか?
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主体性のない主人公が「普通」という実態のないものを拠り所にしたが故に転落していく姿は自業自得としか思えず、苛立ちを覚えます。それでいながら、彼の人生から目が離せない語り口の巧さは一級品。平凡な男が幼い子供2人を含む4人を殺害するまでを説得力豊かに描き出しています。また、破滅への階段を上っていくその一歩一歩は誰にでも起こりうることであり、破滅はその積み重ねの結果です。そう考えると、我々と彼との間には思ったほど大きな違いはないように思え、その事実に慄然とさせられます。たとえ、順風満帆のように思えても社会には落とし穴が無数にあり、薄っぺらい生き方をしてきたほどその穴に嵌りやすい。本作からはそうした教訓が読み取れ、一度転落するとなかなか這い上がってこれない事実も痛感させられます。読後感は決して軽くはありませんが、自分の人生を見つめ直すには絶好の良書です。
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隠れた名作を探せ!このミス2026の落穂拾い 海外篇
最新更新日2025/12/16☆☆☆
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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランクインを逃したものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2027年版 海外ベスト20予想
2027本格ミステリ・ベスト10 海外版予想

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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランクインを逃したものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2027年版 海外ベスト20予想
2027本格ミステリ・ベスト10 海外版予想
貧乏カレッジの困った遺産(ジル・ペイトン・ウォルシュ)
ケンブリッジ大学屈指の貧乏学寮、セント・アガサ・カレッジの学寮付き保健師であるイモージェンのもとに訃報が届く。国際的大企業の経営者となった卒業生が誤って崖から転落したというのだ。しかし、イモージェンは以前、彼から何者かによって命を狙われていることを打ち明けられており…。
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学寮付き保健師が探偵役を務めるイモージェンシリーズ第3弾。学生寮を舞台にクラシカルな印象が強いシリーズですが、本作は現代的な国際問題を絡め、謎も複雑で読み応えがあります。メリハリのある展開でシリーズ随一の面白さです。ただ、ろくに面識もない人物がイモージェンに対して次々と打ち明け話をしてくるのでその辺は少しご都合主義に感じます。また、本作では唐突に携帯電話が登場し、前作までの雰囲気に慣れていると違和感を覚えてしまいますが、前作から本作までかなりのブランクがあったので致し方ないところです。ちなみに、作者のウォルシュは2022年に亡くなっており、シリーズ4作目となる次作が最終巻となります。
男を殺して逃げ切る方法(ケイティ・ブレント)
キティは美人でお金持ちの人気インスタグラマー。しかし、彼女には裏の顔があった。かつて彼女はふとしたきっかけで人を殺してしまったのだが、そのときに自分は人殺しが大好きなことを自覚してしまう。以来、彼女は正義の鉄槌を下すという名目で、欲望の赴くままに次々と人を殺していくが…。
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世に蔓延るクズな男を次々と殺していく話ですが、必殺仕事人のような勧善懲悪のスタンスでは全くありません。本作の主人公はただ欲望のままに男を殺していくだけのサイコパスです。しかし、凡百の殺人鬼のようなどす黒さは皆無で、彼女の凶行には爽快感すら覚えます。ストーリーの陰惨さと作品から漂う緩くてポップな雰囲気のギャップも魅力的。加えて、恋人のチャーリーが登場してからは面白さがさらに加速していきます。ただ、いくらなんでも一つ一つの犯行がうまくいきすぎていますし、なにより、邦題では「逃げ切る方法」と謳っているのにそれについては全く言及されていないのは大いに問題だといえるでしょう。とはいえ、男性に対する苛立ちは共感度が高く、テンポが良いことも相俟って、ブラックコメディとしてはかなり秀逸です。本国ではすでに第2弾が発表されているということで、そちらも気になります。
ファミリー・ビジネス(S・J・ローザン)
チャイナタウンマフィアのボスが病没した。彼の所有する古い建物を相続するのは堅気の姪であり、しかも、そこは再開発計画の中心地だった。この相続が波乱を呼ぶのは必至で、私立探偵のリディアは相
棒ビルと姪の護衛を務めることになる。だが、葬儀の翌日にマフィアの幹部が殺され…。
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棒ビルと姪の護衛を務めることになる。だが、葬儀の翌日にマフィアの幹部が殺され…。
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中国系アメリカ人の若き女性探偵リディアとアイルランド系の中年探偵であるビルの活躍を描いたシリーズ第14弾。今回はリディア視点ということでチャイナタウンがフィーチャーされますが、それを除けば、実に王道的な私立探偵小説で、円熟味を感じさせる佳品に仕上がっています。作風としてはハードボイルドというよりはネオハードボイルドに近く、ウィットに富んだ掛け合いや筋運びの巧みさも申し分ありません。リディアとビルの2人だけではなく、リディアの家族も大活躍するのが大きな魅力となっています。さらに、本作は謎解きミステリ―としても秀逸で、巧みな伏線回収が見事です。あとは、作中に登場する餃子や中華菓子などといった中華料理がみんな美味しそうなのも魅力のひとつだといえるでしょう。
怪盗ギャンビット2 愛と友情のバトルロイヤル(ケイヴィオン・ルイス)
怪盗一家のひとり娘ロザリンは誘拐された母の身代金を支払うため、若き泥棒たちがその腕を競い合う怪盗ギャンビットに参加する。そこで勝者となればどんな願いも叶うというのだ。壮絶な戦いの末、ロザリンは勝利に手を伸ばそうとしていた。だが、それは初恋の相手と彼の母が仕掛けた罠で…。
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2024年にハリウッドで映画化が決定との報があったヤングアダルト小説の第2弾です。本作の内容は副題そのままで、激しいアクションに恋や友情や裏切りの要素を詰め込んで繰り広げられるまさに大衆向けのエンタメど真ん中です。特に、誰が敵で誰が味方なのかがわからない状態での駆け引きは読んでいて手に汗握ります。ティーンエージャー向けなのでコクや深みには欠けるものの、疾走感と共に駆け抜けていく物語は読んでいてシンプルな楽しさに満ちているのです。それに加え、家族への想いに揺れる主人公といった切ない要素も適度に散りばめられているのが良いアクセントになっています。今から第3巻の発売が楽しみです。
戦車兵の栄光:マチルダ単騎行(コリン・フォーブス)
1940年5月。フランス戦線は電撃作戦を成功させたドイツ軍によって蹂躙されていた。そんななか、イギリス海外派遣軍に所属する新鋭戦車マチルダ1台がベルギーに取り残され、孤立無援の状態に。バーンズ軍曹以下4名の乗組員は戦線復帰を目指して英仏海峡を目指す。その先で彼らを待ち受ける試練とは?
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戦車が登場するからといって派手な砲撃戦などを期待すると肩透かしを食らうことになります。そもそも、敵地から脱出する話なので隠密行動厳守、砲撃などもってのほかです。その代わり、危機また危機のサスペンス展開は一級品で思わず手に汗握ってしまいますし、どんなピンチに陥っても決して諦めることなく前に進んでいく姿は感動的ですらあります。ちなみに、本作が発表されたのは半世紀以上前の1969年です。そのため、正義の連合軍VS悪のドイツ軍といった時代遅れのテンプレ展開が鼻をつきますが、その辺りは古き良き時代の王道冒険小説として楽しむのが吉でしょう。登場人物もいささか古典的ながらも活き活きと描かれており、なかでも、軍人の中の軍人といった感じのバーンズ軍曹が魅力的です。
凶弾のゆくえ(サンドラ・ブラウン)
カウンティフェアの会場での銃乱射事件。男の腕を貫通した銃弾が、2歳の男児の命を奪ってしまう。シングルマザーのエルと腕を貫かれた男、コルダーはグループセラピーで顔を合わせ、苦しみを分かち合ううちに惹かれ合う。一方、犯人は現場で自殺したものと思われていたが、実は被害者であることが判明し…。
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傷ついた2人が惹かれ合う展開はロマンティック・サスペンスとして秀逸。中盤の煮え切らないグダグダ感が難ですが、終盤は一気に面白くなります。しかも、ロマンスだけでなく、本格的なサスペンス小説としてもかなり面白い作品であり、犯人が自殺したものと思われていた事件が二転三転していく展開には思わず引き込まれていきます。また、イケイケの企業コンサルタントだったコルダーが自信を打ち砕かれ、そこから立ち直っていく再生の物語としても読み応えありです。ただ、後半からクライマックスにかけての盛り上がっていくさまはいいのですが、そこから解決までの流れが雑なのが気になります。エンタメミステリーとしては十分に面白いものの、やや大味なのが惜しいところです。
『高慢と偏見』殺人事件(クローディア・グレイ)
『高慢と偏見』のエリザベスとダーシーが結ばれてから22年。2人は長男のジョナサンと共にハウスパーティに参加する。だが、突然の嵐に参加者一行は屋敷に閉じこめられてしまう。しかも、2日目には詐欺まがいの投資話で多くの人から恨みを買っていたウィッカムが、何者かに殺害されてしまい...。
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ジェイン・オースティンの名作『高慢と偏見』の二次創作作品は数多くありますが、本作はオースティン六大作品の登場人物が総出演しているという点が他の同類作品とは一線を画します。そのうえ、原作のリスペクトがしっかりされており、どのキャラも違和感を覚えさせないのが見事です。また、事件が起きて以後の各キャラの疑心暗鬼ぶりも一人一人よく描けています。さらに、随所に原作エピソードを仄めかすシーンがあるのもファンにはうれしいところです。以上のように、本作は『高慢と偏見』のパスティーシュとしては非常によくできています。ただし、それに比べると、ミステリーとしての出来は凡庸です。とはいえ、ミステリー要素はオースティンのキャラが一堂に会するための方便のようなものに過ぎず、本作の価値はミステリーとしての完成度だけでは語れません。原作が好きな人には特におすすめの作品です。
公爵家の図書係は恋をする(サマンサ・ラーセン)
公爵家で図書係を務めるティファニー・ウッダールは40歳で独身。独り身のわびしさを感じつつも穏やかな日々を過ごしていた。そんなある日、雪の積もった路上で遺体を発見する。亡くなっていたのは最近まで公爵家に仕えていたフットマンだった。しかも、彼女が想いを寄せていた治安官が逮捕され...。
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18世紀の英国を舞台にしたシリーズ第2弾。図書館係の話は少なく、代わりに、その時代ならではの差別や偏見が浮き彫りになっていく物語には考えさせられるものがあります。特に、妻売りの風習には驚かされますし、その他、社会における立場の弱さを示すエピソードには唖然とするばかりです。しかし、それ以上に恐ろしいのが当時の裁判で、碌な審議も行わないまま死刑が執行される実態にはゾッとさせられます。一方で、そういった理不尽な当時の現実が臨場感豊かに描き出されるからこそ、公爵夫人の活躍がひたすら痛快です。同時に、ティファニーの決して挫けない姿勢に対してもエールを送りたくなります。ミステリ―としてよりも社会派小説として読み応えありです。
うしろにご用心!(ドナルド・D・ウェストレイク)
泥棒ジョン・ドートマンダーは故買屋のアーニーからの頼みで、投資家プレストン秘蔵の美術品を盗み出す計画を立てる。一方、カリブ海のリゾート地に赴いていたプレストンは謎の美女に誘拐されそうになるが、海に飛び込んで難を逃れる。そして、ジョンが忍び込もうとしている自宅へ帰ってくるが…。
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天才犯罪プランナーを自称するドートマンダーの活躍を描いたシリーズ第12弾。ドートマンダーシリーズは第1弾の『ホット・ロック』が1970年の発表で、昔のシリーズというイメージがあっただけに、本作の舞台が21世紀で携帯電話が普通に使われているのには驚かされます。しかし、話自体はお馴染みの展開であり、完璧だったはずの計画が想定外のアクシデントによって瓦解し、悪戦苦闘するさまがオフビートな笑いを生んでいます。ただ、シリーズ初期と比べると主人公の切れ者感が後退し、間抜けさが強調されすぎている点は好みの分かれるところです。とはいえ、その分、新人が良い仕事をしていますし、ドートマンの仲間の活躍も読み応えがあります。気軽に楽しめるクライムノベルとしておすすめです。
天才犯罪プランナーを自称するドートマンダーの活躍を描いたシリーズ第12弾。ドートマンダーシリーズは第1弾の『ホット・ロック』が1970年の発表で、昔のシリーズというイメージがあっただけに、本作の舞台が21世紀で携帯電話が普通に使われているのには驚かされます。しかし、話自体はお馴染みの展開であり、完璧だったはずの計画が想定外のアクシデントによって瓦解し、悪戦苦闘するさまがオフビートな笑いを生んでいます。ただ、シリーズ初期と比べると主人公の切れ者感が後退し、間抜けさが強調されすぎている点は好みの分かれるところです。とはいえ、その分、新人が良い仕事をしていますし、ドートマンの仲間の活躍も読み応えがあります。気軽に楽しめるクライムノベルとしておすすめです。
ボニーとクライドにはなれないけれど(アート・テイラー)
コンビニ店員のルイーズは、学費のために強盗をしにやってきた青年デルと恋に落ちる。デルは学位を取得すると犯罪からは足を洗い、姉の仕事を手伝うためにルイーズと一緒に街を出る。だが、旅の途上で2人は窃盗を疑われ、あるときはワイン泥棒に加担することになり、そしてまたあるときには教会で強盗の人質になってしまうといった具合に災難続きで…。
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映画『俺たちに明日はない』の出来損ないのような出会いを果たした男女の旅路を描いた全6編の連作ロードノベルです。まっとうな人生を目指すもすぐに犯罪に手を染めてしまうデルと、そんな彼を今まで出会った男性の中で一番誠実と評するルイーズの2人の関係性が不思議と魅力的です。タイトルからは2人の掛け合いが楽しい軽妙な作品を想像しがちですが、実際は結構シリアスな展開が多く、おしゃべり好きなルイーズはともかく、デルが寡黙なので会話も弾みません。それでも、訳が良いのでサクサク読めますし、迷いながらも2人が絆を深め合っていく展開には引き込まれるものがあります。なかでも、捨て子を拾ったルイーズの心理を丹念に追っていく「極寒」が秀逸です。全体的にミステリー要素は薄いものの、クライムラブロマンスとしては読み応えのある作品だといえます。
銃を持つ花嫁(フィリップ・マーゴリン)
小説家志望のステイシーは、人気写真家の回顧展を訪れ、1枚のモノクロ写真に魅了される。それは、ウエディングドレスを着た女性が海辺で立っている姿を後ろから撮影したものだが、背中に隠した手には六連発銃が握られていた。しかも、その女性は10年前の事件で夫殺しの疑いをかけられており…。
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作家志望の女性が1枚の写真に魅せられ、それにまつわる事件の核心に迫っていく展開はスリリングで、真相もなかなか衝撃的です。登場人物が多くて覚えにくいのが難ですが、そこさえクリアできれば真相へと至るプロセスも興味深く読むことができます。とにかく1枚の写真からここまで話を膨らませられるのかと感心させられ、現代と過去を行き来するストーリーも読み応え満点です。そのうえ、テンポも良く、極めて映像的な作品なので映画化にもぴったりです。意外な真相を伴ったリーガルサスペンスとして読ませますし、一種のラブサスペンスとしてもよくできています。ただ、人物描写には案外深みがなく、キャラの魅力が乏しいのが残念。
悪人すぎて憎めない(クイーム・マクドネル)
1999年。アイルランドでは武装強盗が頻発していた。警察本部は、現金輸送車襲撃の鮮やかな手口からカーター一味の仕業と断定。特捜班に入った刑事バニーと相棒のグリンゴを一味の監視の任に付かせる。ところが、ジャズシンガーの黒人女性シモーンとの出会いによって運命は大きく変わり…。
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『平凡すぎて殺される』シリーズの第3弾にして、サブキャラであるバニーの過去を描いたスピンオフ作品です。ミステリーとしてはイマイチですが、ストーリー自体は本編より断然面白く仕上がっています。下品でガラは悪いながらも心優しき巨漢刑事バニーと、容姿端麗のナイスガイだけどギャンブル狂で借金まみれな相棒グリンゴを始めとしてキャラ皆が魅力的ですし、テンポが良くて最後まで一気読み必至です。物語は相棒との友情を軸としながら、悪党どもとの対決を描いたノワールアクションとなっていています。特に、相棒同士の勢いのある掛け合いが最高で、バディものとして本当によくできています。はっきりいって、本編がバカバカしいコメディ作品とは思えないほどのいい話です。ただ、その分、恒例のコメディ要素は控えめなので人によっては物足りなさを感じるかもしれません。
金庫破りの謎解き旅行(アシュリー・ウィーヴァー)
凄腕金庫破りのエリーはライゼム少佐に捕まって以来、彼の下でスパイ活動に従事している。今回の指令は旅行者を装ってサンダーランドへ向かえというもの。だが、現地に到着してすぐトラックに轢かれそうになる。親切な男性に助けられるも、彼はその数時間後に突然意識を失って死んでしまい...。
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第2次世界大戦の最中、金庫破りの娘が堅物イケメン少佐とコンビを組んで諜報活動を行うシリーズ第3弾です。本作は、事件の謎を追いながら敵国と通じているスパイを炙り出していくというミステリ―仕立てのストーリーになっていますが、メインはあくまでもエリーと幼馴染のフェリックス、それにライゼム少佐の三角関係にあります。前作ではフェリックスの一歩リードかと思われましたが、今作ではライゼムとエリーが急接近。ツンからデレへの急ターンぶりに思わずニヤニヤしてしまいます。また、メインストーリーによるサスペンスの配合も絶妙で、2人の恋愛感情をより一層高めていくのに一役買っています。さらに、ミステリ―の観点から見れば、後半の伏線回収はなかなか見事です。終盤ではエリーの母の秘密も明らかになり、ますます先の展開が気になります。
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第2次世界大戦の最中、金庫破りの娘が堅物イケメン少佐とコンビを組んで諜報活動を行うシリーズ第3弾です。本作は、事件の謎を追いながら敵国と通じているスパイを炙り出していくというミステリ―仕立てのストーリーになっていますが、メインはあくまでもエリーと幼馴染のフェリックス、それにライゼム少佐の三角関係にあります。前作ではフェリックスの一歩リードかと思われましたが、今作ではライゼムとエリーが急接近。ツンからデレへの急ターンぶりに思わずニヤニヤしてしまいます。また、メインストーリーによるサスペンスの配合も絶妙で、2人の恋愛感情をより一層高めていくのに一役買っています。さらに、ミステリ―の観点から見れば、後半の伏線回収はなかなか見事です。終盤ではエリーの母の秘密も明らかになり、ますます先の展開が気になります。
欲望の大地、果てなき罪(ピエール・ルメートル)
1920年代に小さな石鹸工場を買い取ったルイ・ペルティエはそれを発展させ、成功を収めた。しかし、そんなペルティエ一家に暗雲が立ち込める。戦後まもなく、長男ジャンが殺人を犯し、次男のフランソワが失踪したジャンを追う。三男エティエンヌは不審死を遂げ、そのうえ、長女のエレーヌにも秘密が...。
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ペルティエ一家を巡る群像劇で、スケールの大きな物語がテンポよく語られていきます。混沌とした展開ですが先が気になる展開にページをめくる手が止まりません。物語の背景は複雑ですが、それを理解していくのも本作の楽しみのひとつです。緻密な描写に基づく劇的な展開に引き込まれ、なにより、血肉の通った人物描写が素晴らしい。しかも、クライマックスが近づくと驚愕のどんでん返しが用意されています。特に、両親の過去には驚愕です。ミステリ―からの引退を宣言したルメートルですが、彼が根っこのところでは未だ優れたミステリー作家であることは本作を読めば明らかでしょう。節々にミステリーの技法が巧みに用いられ、エンタメ小説としての面白さを押し上げています。ただ、本作はシリーズの第一作に過ぎず、多くの問題は山積したままです。さらなる波乱の予兆もにおわせており、今後の展開も予断を許しません。一刻も早い次巻の発売を期待したいところです。
揺れる輪郭(グレアム・マクレー・バーネット)
作家である私は1960年代に異端児と呼ばれたセラピストについての評伝を書いていたが、それを知った人物からある女性の日記が送られてくる。その内容は、姉の自殺の原因がセラピストの精神治療にあったのではないかと疑った彼女が、潜入調査を行うために患者を装って治療を受けにいくというもので...。
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本作はあるセラピストの評伝を書いている私なる人物と、そのセラピストの元に通う女性の2人が交互に語り手を務める構成になっていますが、彼らはいわゆる信用できない語り手です。その2人による日記は、読み進めていくほどに何が嘘で何が真実なのかがわからなくなってきます。振り回されるばかりのいささか疲れる読書ですが、破滅的な人物として描かれるセラピストの人生と、不穏で不気味な雰囲気には引き込まれるものがあります。また、俳優のダーク・ボガードや思想家のコリン・ウィルソンといった実在の人物を配して1960年代のイギリスを振り返っていく趣向も面白い。ただし、ストーリーは曖昧模糊としており、明確なオチがあるわけでもないので、好みに合わなければもやもやした読後感を味わう可能性があります。
ウーマン・トーキング ある教団の事件と彼女たちの選択 (ミリアム・テイヴズ)
あるキリスト教系団体の村で、眠りから目覚めた女性の体から痣や出血が見つかるという現象が相次ぐ。彼女たちは薬を盛られ、眠っている間にレイプされていたのだ。犯人は身内の8人の男性。彼らは逮捕されるも、他の男たちは保釈金を払って彼らを自由の身にしようとする。それを知った女性たちの選択は?
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キリスト教原理主義系のコミュニティーで実際に起きた事件をモデルにした作品であり、2022年には『ウーマン・トーキング 彼女たちの選択』というタイトルで映画化もされ、95回アカデミー賞で脚色賞を受賞しています。とはいえ、現実の事件と本作の事件はかなり乖離しており、実際は逮捕後の保釈申請を巡るドラマといったものは存在しません。しかしながら、その要素を追加したことにより、ドラマチックで読み応えのある作品に仕上がっています。たとえば、読み書きすらできない女性たちがどのように議論を進め、結論を出すのかといったプロセスは非常にスリリングですし、その結果、ひとつの真理へと到達するシーンは実に感動的です。また、女性VS男性の構図になっている本作において語り手を担っているのが女性サイドに立っている男性だという点も物語に深みを与えています。ただ、本作は議事録に近い構成になっているため、ややメリハリに欠け、単調に感じる人もいるかもしれません。ミステリ―小説というより、ジェンダー問題を考える足掛かりとしておススメの作品です。
裁きのメス(リツ・ムケルジ)
南北戦争直後のフィラデルフィア。女子医学大で教授を務める解剖学者のリディアのもとに女性の水死体が運ばれてくる。その遺体は彼女が行方を追っていた患者のアンナで、警察の見解は自殺だった。だが、遺体に不審な点を見出したリディアは独自に調査を開始する。そんな彼女の身に危機が迫り...。
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南北戦争直後のフィラデルフィア。女子医学大で教授を務める解剖学者のリディアのもとに女性の水死体が運ばれてくる。その遺体は彼女が行方を追っていた患者のアンナで、警察の見解は自殺だった。だが、遺体に不審な点を見出したリディアは独自に調査を開始する。そんな彼女の身に危機が迫り...。
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19世紀末のアメリカを舞台にしたミステリーで、当時の女性医師に対する偏見や労働階級の悲哀といったものがリアリティ豊かに描かれています。知識労働に従事する女性は見下され、女性蔑視の発言も当たり前だった時代において主人公が奮闘する姿は読者のシンパシーを呼び起こします。特に、捜査に協力するなかで、彼女の鋭い観察眼を目の前にしてそれまで偏見の塊だった警察官の態度が変化していくのが痛快です。一方、ミステリーとしては凡庸で、最後に明らかになる真相に関しても大きな驚きはありません。その代わり、開業内科医である作者自身の知見を活かして描かれる司法解剖のシーンは臨場感豊かで読み応えありです。そういう意味では、ミステリ―ファンでなくても楽しめるエンタメ作品だといえます。
メイドの推理とミステリー作家の殺人(ニタ・プローズ)
客室メイドのモーリーが死体を発見した事件から4年。メイド主任となった彼女はまたしてもホテルで起きた殺人事件にかかわることになる。著名なミステリー作家がホテルで重大発表を行う直前、研修中のリリーが渡した紅茶を飲んだ直後に毒死したのだ。モーリーは後輩を守るべく立ち上がるが...。
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記憶力は抜群だが空気が読めない駄目メイドが探偵役を務めるシリーズ第2弾。とはいうものの、本作は、前作での体験を経て彼女が以前より逞しくなった姿が描かれています。時折、過去のエピソードが挿入されることで、現在との鮮やかな対比となっているのが秀逸。彼女の成長ぶりが分かりやすくて読み応えありです。また、上流階級に積極的に絡んでいき、真実を暴いていくプロセスもなかなか面白い。さらに、次第に距離が縮まっていくスターク刑事との関係にも注目です。加えて、主人公を取り巻く人々も良い人ばかりなので余計なストレスを感じなくてすむのも魅力の一つだといえるでしょう。いかにも王道的なコージーミステリ―といった感じで、テンポの良い物語や人間模様が楽しい佳品です。
向かいを見つめる空き家の目(J・J・ファージョン)
ロンドンの空き家に身を潜めていた浮浪者のベンは、向かいにある同じような空き家で不審な出来事を目撃する。犯罪行為が行われていることを察したベンは持ち前の好奇心と正義感から事件に首を突っ込み、その過程で事件に巻き込まれた娘と知り合う。ベンはなんとか娘を窮地から救おうとするが...。
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1931年発表の船乗りベンシリーズ第2弾。前作の『すべては〈十七〉に始まった』と同じく、宿無しの船乗りベンが空き家に忍び込んだところ、事件に巻き込まれていくというお馴染みの展開です。間違っても名探偵などとはいえない凡人のベンが、突如巻き起こった非現実的な出来事を等身大の視線でユーモアを交えながら語っていくのが面白く、同時に、彼の吐露する不安や戸惑いは読む者の共感を呼びます。ただ、序盤はあまりにも五里霧中すぎて状況が掴めず、入り込みにくさを覚えるかもしれません。しかし、バラバラだったピースは次第に一つにまとまっていき、それにつれて面白さも増してきます。また、1930年代のロンドンが活き活きと描かれているのも大きな魅力です。現代のアップテンポなエンタメ小説に馴れていると、スローペースでじれったく感じるかもしれませんが、その分、腰を落ち着けてじっくりと楽しむことができます。ユーモアとサスペンスのバランスが絶妙で、そのうえ、読後感が爽やかな逸品です。
宮廷医女の推理譚(ジューン・ハー)
18世紀の朝鮮王朝期。18歳のベクヒョンは宮廷付き医女に任じられた。だが、彼女が医術を学んだ恵民署で4人の女性が殺害されるという事件が起きる。捕盗庁の役人は、不審な供述をしたベクヒョンの師を犯人だと決めつける。ベクヒョンは捕盗庁で働く青年オジンの協力を得て独自に事件を調べるが...。
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エドガー賞YAミステリ部門を受賞した本作は、韓ドラでよくある韓国朝廷ものにミステリ―要素を絡めた作品です。その内容も身分違いの男女の恋愛を軸に怒涛の展開が続くという韓ドラを想起させるものになっています。血なまぐさい事件は次々起きるものの、ヤングアダルト作品らしい文章の軽やかさが緩衝材となっており、読後感は決して悪くありません。朝鮮王朝独自の用語が満載なので読みづらさは感じますが、日本ではあまりなじみのない朝鮮文化や歴史的背景に触れることができるのは大きな魅力です。特に、当時の朝鮮が想像以上に身分制度が厳格かつ差別的だった事実に驚かされます。しかし、だからこそ初々しくも聡明な主人公が困難に立ち向かっていく姿は胸に迫るものがあるのです。史実を絡めたドラマとして非常に読み応えがあります。ただ、ミステリーとしては特筆すべき点はなく、可もなく不可もなしといったところでしょうか。
Previous⇒隠れた名作を探せ!このミス2025の落穂拾い 海外編
エドガー賞YAミステリ部門を受賞した本作は、韓ドラでよくある韓国朝廷ものにミステリ―要素を絡めた作品です。その内容も身分違いの男女の恋愛を軸に怒涛の展開が続くという韓ドラを想起させるものになっています。血なまぐさい事件は次々起きるものの、ヤングアダルト作品らしい文章の軽やかさが緩衝材となっており、読後感は決して悪くありません。朝鮮王朝独自の用語が満載なので読みづらさは感じますが、日本ではあまりなじみのない朝鮮文化や歴史的背景に触れることができるのは大きな魅力です。特に、当時の朝鮮が想像以上に身分制度が厳格かつ差別的だった事実に驚かされます。しかし、だからこそ初々しくも聡明な主人公が困難に立ち向かっていく姿は胸に迫るものがあるのです。史実を絡めたドラマとして非常に読み応えがあります。ただ、ミステリーとしては特筆すべき点はなく、可もなく不可もなしといったところでしょうか。
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【戻り川心中】愛と反転の魔術師!連城三紀彦傑作選【恋文】
最新更新日 2025/07/07
連城三紀彦 1948年1月11日 - 2013年10月19日 享年65歳
1977年に短編小説の「変調二人羽織」で第3回幻影城新人賞を受賞して作家デビュー。1980年には恋愛ミステリーの金字塔である『戻り川心中』を発表してミステリー作家としての地位を不動のものにします。連城ミステリーの特徴といえば、なんといっても物語を根底からひっくり返す反転と、事件の謎や真相を美しく彩る叙情性に満ちた文章です。この2つを武器にして、連城三紀彦は昭和末期から平成初期を代表するミステリー作家へと上り詰めていきます。しかも、そのテクニックを応用し、恋愛小説の分野でも一時代を築いていったのですから驚きです。そして、直木賞をはじめとしてさまざまな文学賞を受賞し、大衆文学の世界でも確固たる地位を築いていきます。90年代は創作の比重を恋愛小説に移していましたが、2000年代に入ると再びミステリー小説の話題作を連発。その鬼才ぶりを存分に発揮していきます。しかし、晩年は母親の介護と自らの闘病生活のために執筆活動も思うように出来なくなっていたとのことです。そんな彼の代表作や話題作などを紹介していきます。
『宵待草夜情』吉川英治文学新人賞
流れ星と遊んだころ(2003)
女王(2014)
黒真珠 恋愛推理レアコレクション(2022)

個人的に衝撃を受けた2013年の訃報ラッシュ。十三回忌を機に殊能将之、今邑彩、加賀美雅之と、一人一人の作品紹介をしてきましたが、最後は日本のミステリーを語る上で欠かすことの出来ない鬼才、連城三紀彦です。
連城三紀彦 1948年1月11日 - 2013年10月19日 享年65歳
1977年に短編小説の「変調二人羽織」で第3回幻影城新人賞を受賞して作家デビュー。1980年には恋愛ミステリーの金字塔である『戻り川心中』を発表してミステリー作家としての地位を不動のものにします。連城ミステリーの特徴といえば、なんといっても物語を根底からひっくり返す反転と、事件の謎や真相を美しく彩る叙情性に満ちた文章です。この2つを武器にして、連城三紀彦は昭和末期から平成初期を代表するミステリー作家へと上り詰めていきます。しかも、そのテクニックを応用し、恋愛小説の分野でも一時代を築いていったのですから驚きです。そして、直木賞をはじめとしてさまざまな文学賞を受賞し、大衆文学の世界でも確固たる地位を築いていきます。90年代は創作の比重を恋愛小説に移していましたが、2000年代に入ると再びミステリー小説の話題作を連発。その鬼才ぶりを存分に発揮していきます。しかし、晩年は母親の介護と自らの闘病生活のために執筆活動も思うように出来なくなっていたとのことです。そんな彼の代表作や話題作などを紹介していきます。
暗色コメディ(1979)
主婦の古谷羊子はデパートで夫の浮気現場を目撃する。しかも、相手の女は羊子そっくりだったのだ。一方、画家の碧川宏は自殺目的でトラックの前に飛び出すが、衝突の瞬間にトラックが消失する。さらに、葬儀屋の鞍田惣吉は妻から自分が一週間前に交通事故で死亡した事実を告げられ、外科医の高橋充弘は妻が別人にすり替わっていることに気付く。そして、精神病院の患者たち周辺で起きる奇妙な事件。果たして何が起きているのか?
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連城三紀彦の処女長編です。この頃からすでに、卓越した文章力と超絶技巧という著者ならではの魅力は確立済み。不可思議な現象が次々と起きる冒頭からぐいぐいと引き込まれていきます。従来の本格ミステリにはないレベルでの幻想性は、まさに連城ワールドです。しかし、これだけ非現実的な現象を立て続けに見せられると、本当に合理的な解決などあり得るのか心配になってきます。そうした読者の不安をものともせず、幻想の皮を徐々に剥がしていき、合理的な真相へと着地させる手腕が見事です。
ただ、処女長編ということもあり、荒削りな部分も散見されます。まず、偶然の要素が多い点は興を削ぎますし、真相に至るロジックも少々強引です。また、重要な手がかりが終盤まで言及されないのにはアンフェアの感が拭えず、さらに、不可思議な現象の一部を精神病の症状で説明しているのには、ガッカリした人も多いのではないでしょうか?それでも、伏線を回収しつつ4つの現象を関連付け、一つの物語へと収束させていくプロットの巧みさは、やはりただ者ではないと思わせてくれます。
戻り川心中(1980)
大正の天才歌人・苑田岳葉は、大御所の村上秋峰に弟子入りした際に、彼の妻と色恋沙汰を起こして破門となる。以来、病身の妻を顧みることなく、遊郭通いや深窓の令嬢との恋愛など、女性遍歴を重ねていく。そんな彼が一躍時代の寵児となったのは、令嬢である文緒との心中に失敗し、それを題材とした歌集を出版したのがきっかけだった。やがて、彼は2度目の心中にも失敗し、2人の女性を死なせてしまうが…。
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格調高い文章で綴られた5つの短編は、いずれも大正から昭和初期の雰囲気を見事に再現しており、そこから醸し出される豊かな情緒性は、一級の文学作品に比肩するほどです。そして、その土台の上に築かれたミステリーとしての骨格がまた素晴らしく、両者が一体となった作品群は他の作家には到達し得ないであろう唯一無二の魅力を放っています。中でも、頭一つ抜きんでているのが表題作の『戻り川心中』です。心中事件のなかから浮かび上がってくる美しくも哀しい驚愕の真相に心が震えます。他にも、意表を突いたやるせない動機が読者の胸に迫る「桔梗の宿」や、逆説的な動機が面白い「桐の柩」など、ホワイダニットミステリーとして秀逸な作品が揃っています。著者の最高傑作の一つであり、日本を代表するミステリー短編集の名作です。
格調高い文章で綴られた5つの短編は、いずれも大正から昭和初期の雰囲気を見事に再現しており、そこから醸し出される豊かな情緒性は、一級の文学作品に比肩するほどです。そして、その土台の上に築かれたミステリーとしての骨格がまた素晴らしく、両者が一体となった作品群は他の作家には到達し得ないであろう唯一無二の魅力を放っています。中でも、頭一つ抜きんでているのが表題作の『戻り川心中』です。心中事件のなかから浮かび上がってくる美しくも哀しい驚愕の真相に心が震えます。他にも、意表を突いたやるせない動機が読者の胸に迫る「桔梗の宿」や、逆説的な動機が面白い「桐の柩」など、ホワイダニットミステリーとして秀逸な作品が揃っています。著者の最高傑作の一つであり、日本を代表するミステリー短編集の名作です。
1980年度週刊文春ミステリーベスト10国内編第9位
変調二人羽織(1981)
破れ鶴の異名で知られる落語家・伊呂八亭破鶴は声を失い、引退を決意する。そして、最後の高座で弟子と二人羽織を演じていたのだが、その最中に破鶴は何者かに刺殺されてしまう。招待された5人のうち、4人が彼に恨みを抱いていたものの、衆人環視の中で誰にも気づかれることなく殺人を実行するのは不可能だった。果たして、誰がどのような手段を用いて破鶴を殺したのか?
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『戻り川心中』に続く第二短編集ですが、デビュー作「変調二人羽織」を含む収録作品は『戻り川心中』よりも古く、そのためか、著者の代名詞ともいえる文学性や官能性といった要素はかなり希薄です。代わりに、トリックなどの仕掛けに力点を置いたオーソドックスなミステリとして読み応えがあります。表題作とそれに続く「ある東京の扉」は多重解決の趣向で楽しませてくれるものの、真相がやや肩透かし。しかしながら、意外性満点な「六花の印」、トリッキーな「メビウスの環」、超絶技巧の「依子の日記」などはなかなかの秀作です。ただ、その後の連城三紀彦作品に比べると、物語の中に仕掛けがうまく溶け込んでおらず、トリックの用い方にも強引さが目立ちます。十分に良作ではあるものの、そのあたりが気になるかどうかで評価が分かれそうです。
運命の八分休符(1983)
軍平は冴えない見た目に地味な性格ながら、困った人を見かけると放っておけない心優しき青年。そのためか、やたらと美女から相談され、その度に素人探偵として奔走することになる。殺人の容疑をかけられたモデルを救うべくアリバイ崩しに挑戦する表題作、一人芝居の舞台で大女優が射殺される「観客はただ一人」、ホステスたちがしのぎを削るクラブで殺人未遂が発生する「濡れた衣装」など全5編収録。
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心優しき青年の恋愛模様に事件の謎解きを絡めた恋愛ミステリーです。とはいえ、著者ならではの格調高い文章から醸し出される情緒性は影を潜め、コミカルでライトな作品に仕上がっています。主人公が美女と出会い、救い、別れるというパターンを繰り返すところなどは、まるでミステリー版『男はつらいよ』といった趣さえあります。そのため、いつもの連城節を期待していた読者は違和感を覚えるかもしれません。しかし、ミステリーとしての技のキレは本作でも健在です。最初の表題作は仕掛け自体は小粒ながらラストの反転劇が鮮やかですし、続く「邪悪な羊」でも同様の趣向が堪能できます。「観客はただ一人」はダミー推理の方がよく出来ている感がなきにしもあらずですが、胸に迫るラストはやはり見事です。ただ、第4話の「紙の鳥は青ざめて」に関しては、真相がややこしくて明快さに欠けています。そのため、素直に驚けないのが難です。それに対して、同じ複雑な構図でも最終話の「濡れた衣裳」は、そのあたりがうまく整理され、反転がきれいに決まっています。以上のように、本作は連作ミステリーとして極めて高いレベルにあります。あとはいつもと違う物語の空気感が合うかどうかでしょう
敗北への凱旋(1983)
終戦から間もない降誕祭前夜。焼け跡の残る横浜中華街の片隅で、隻腕の男性が他殺死体となって発見される。かつてピアニストとして将来を嘱望され、戦争によって音楽の道を断たれたその男は、なぜこのような末路を辿ったのか?そして、遺された楽譜に秘められたメッセージとは?
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暗号ミステリーとして喧伝されている作品ですが、本作の魅力は決してそれだけではありません。というより、複雑すぎる暗号は多くの読者にとってお手上げ状態で、さほど作品の魅力には寄与していないのです。それよりも、戦争を背景にした衝撃的な事件の真相や壮絶な動機といった要素が、作品としての凄みを与えています。もっとも、動機に関しては海外の有名作品に前例があり、決して独創的というわけではありません。しかし、物語との絡め方が絶妙で、先行作品の存在を知っていても思わず引き込まれていきます。本作は著者の第2長編で、全盛期の傑作の域にはまだ達していないものの、今後の活躍を予見させるに十分な佳品です。
宵待草夜情(1983)
祭りの夜にカフェで女給が殺されて同じ店で働いていた娘が着物を血に染めて飛び出していくのを恋人の男が目撃する表題作、能楽の老師に嫁いだ後妻と師弟関係を結んだ義息の死に秘められた謎に迫る「能師の妻」、劇団の看板女優は病気の夫を捨てて新劇作家の元に走るも作家は橋の上から身を投げて命を絶ってしまう「花虐の賦」など、全5編収録。
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連城三紀彦のミステリー短編集といえば『戻り川心中』が他の追随を許さないほどの圧倒的評価を得ていますが、本作はそれに勝るとも劣らない傑作です。舞台は『戻り川心中』と同じく大正時代を中心とした過去の日本。その時代を生きる男女の関係を情感あふれる文章で描き出しつつ、最後にそれを根底からひっくり返していく物語は、読んでいてゾクゾクさせられます。たとえば、「野辺の露」。義姉との不貞の結果生まれた我が子であろう少年が戸籍上の父親に虐待されているのを知って心を痛めている、といった内容の手紙が綴られているのですが、思わぬ方向からの反転に仰け反ってしまいます。また、「能師の妻」では師弟の関係性の変容に焦点が当てられ、死体の一部をなぜ隠したのかというホワイダニットの謎へと行き着きます。その悪夢めいた真相が衝撃的です。さらに、「花虐の賦」は反転の鮮やかさという点において群を抜いています。連城三紀彦短編ミステリーのなかでも五指に入る名品です。その他、技巧の粋を集めた「未完の盛装」や、切ない恋物語が別の情景へとすり替わっていく表題作も、著者にしか書き得ない魅力に満ちています。さまざまな愛の形を描きつつ、驚愕のどんでん返しを演出してみせたその技の冴えは、まさに恋愛ミステリーの極北です。
夜よ鼠たちのために(1983)
世田谷の総合病院にかかってきた脅迫電話に呼び出された院長とその娘婿が首に針金を二重に巻き付けた状態で相次いで殺される表題作」、妻を自宅の寝室で殺害した夫の元に警察から新宿のホテルであなたの妻が殺害されたという連絡が入る「二つの顔」、航空会社の副社長の息子が誘拐されて身代金500万円が要求される「過去からの声」、夫婦別々に互いの浮気調査を依頼された探偵が右往左往する「奇妙な依頼」、人気俳優が自分そっくりな男を使ってアリバイ工作を行おうとする「代役」、若い女性教師が退学になった5人の生徒たちから別荘で1人が殺されたと電話で助けを求められる「ひらかれた闇」など、全9編収録。
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『戻り川心中』と双璧をなす初期を代表する短編集です。ただし、作風はかなり異なり、『戻り川心中』が文学性豊かな物語と謎解きの面白さを高いレベルで融合しているのに対し、本作はさまざまな仕掛けによってとにかく読者を驚かせようという点に重きが置かれています。たとえば、表題作はホワイダニットものとしてかなりのインパクトですし、「二重生活」は騙し絵的な反転に驚かされます。「過去からの声」も、現代進行中の誘拐と刑事の過去が結びついて思わぬどんでん返しに至るのが見事です。さらに、『代役』は読者を騙すためにそこまでやるかという手の込みようで、思わず脱帽してしまいます。ただ、技巧に走りすぎるあまり、物語として若干不自然になってしまっている作品が多いのは否めないところ。また、陰惨なストーリーが多い点も好みが分かれそうです。
私という名の変奏曲(1984)
美織レイ子は5年前の交通事故で顔に傷を負うが、天才外科医の手によって絶世の美女として生まれ変わる。そして、世界的なモデルに上り詰めるも、彼女自身は虚飾にまみれた世界に自分を追いやった7人の男女を憎悪していた。そして、その復讐として彼らの弱みを掴んで脅迫していたのだが、いつしか彼らもレイ子を憎むようになる。レイ子はそんな7人を一人ずつ自室に招待したところ、ついに彼女は殺されてしまう。ところが、7人全員がそれぞれに「自分が犯人だ」と思い込むようになり…。
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極めて眩惑性の強い作品であり、容疑者として登場する7人が7人とも自分が犯人だと思い込んでいるという謎が強烈です。しかも、実際にレイ子が殺害されるシーンも7回描かれており、多くの人が考えるであろう死んだふりトリックも明確に否定されます。このあり得ない状況を巧みな伏線を用いながらミステリーとして成立させてしまうのが見事です。とはいえ、トリック自体は現実的とはいえず、少々無理があるのもまた事実です。しかし、本作の肝はそこではありません。流麗な文章によって繰り返されるヒロインの死を描くことで、彼女を取り巻く虚飾にまみれた世界を浮き彫りにしていくプロセスこそが本作の読みどころとなっています。トリッキーな心理サスペンスといった趣の傑作です。
1984年度週刊文春ミステリーベスト10国内編第8位
恋文(1984)
年下の夫が余命いくばくもない元カノを看取りたいといって家を出る「恋文」、気が強くて長女夫婦から疎ましく思われている老女が亡き次女の夫と同居を始める「紅き唇」、女手一つで子どもを育てながら旅館を切り盛りしてきた50代半ばの女性が旅先から若い男を連れて帰ってくる「十三年目の子守歌」など、全5編収録。
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連城三紀彦はミステリー小説だけでなく、恋愛小説の名手としても知られていますが、その端緒となったのが直木賞を受賞した本作です。ただし、収録されている5編の短編はいずれも設定に無理があるように感じられ、リアリティという点では疑問符がつきます。しかし、本作のすごいところは、そんなバカな!とツッコミながら読みつつも、最後は作者の筆力にねじ伏せられ、思わず納得させられてしまう点です。たとえば、妻子を捨ててでも余命半年の元カノに尽くそうとする男性などファンタジーとしか思えませんが、妻と夫と元カノの関係性を綴った一連の描写を読んでいるとストンと腑に落ちてしまいます。そして、腑に落ちるからこそその結末に切なさがこみ上げてくるのです。また、本作にはミステリーで培ってきたテクニックが随所で用いられており、それがより物語を奥深いものにしています。特に顕著なのが「十三年目の子守唄」で、得意の反転によって物語に奥行きを構築しつつ、同時にその中を希望の光で照らしていく手腕が見事です。その他にも、老女の秘めたる思い出が心に沁みる「紅き唇」や、伏線の妙にうならされる「私の叔父さん」など、従来の恋愛小説とは一線を画した傑作が揃っています。著者の短編ミステリーが気に入ったならば、本作にも挑戦してみてはいかがでしょうか。
夕萩心中(1985年)
世間から夕萩心中ともてはやされた政府重鎮の妻と書生の情死事件の裏に隠された驚くべき真相を暴いた表題作、不具者となった陸軍将校がサーベルで喉を突いて自殺する直前に軍服姿の男が目撃される「菊の塵」、血の繋がらない妹と久しぶりに再会した兄が彼の学友と妹が惹かれ合っていることを知る「花緋文字」など、全6編収録。
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収録作品中、前半の3編はいわずと知れた花葬シリーズで、流麗なタッチで描かれる抒情性豊かな物語には文学性の高さが伺えます。そして、だからこそ、反転によって示されるダークな真相が衝撃的なのです。特に、「花緋文字」は最後に示される犯行動機に仰け反ってしまいます。また、「菊の塵」は明治時代の世相を背景に、不可解な事件を描いた作品ですが、その時代ならではの仕掛けが見事です。さらに、表題作は人妻と書生の逢瀬の描写が息を呑むほど素晴らしく、それを反転させてみせるどんでん返しも申し分ありません。以上のように、前半はこれぞ連城ミステリーといった感じの傑作が並んでいるのですが、それだけに後半に収録されている陽だまり課事件簿シリーズとの落差に頭を抱えたくなってしまいます。ミステリーとしてどうこう以前に、軽薄なノリのドタバタ劇が前半の雰囲気と合わなさすぎるのです。どう考えても収録作品のチョイスを間違っているとしか思えません。統一感がなさすぎるために、短編集としての評価はどうしても他の代表作に比べて低いものになってしまうのが残念です。
青き犠牲(1986)
高名な彫刻家・杉原完三が、自宅のアトリエから忽然と姿を消した。そして、その一ヶ月後に武蔵野の林から遺体となって発見される。捜査が進むなか、高校生の息子・鉄男の出生の秘密や、美貌の母との異常な関係が明らかになっていく。そのため、容疑は鉄男に傾いていくが…。
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ギリシャ神話のオイディプス王をモチーフにしたミステリーです。つまり、”息子が母と姦通した結果、両親を殺すという悲劇が起きたのか?”というのが話の焦点になるわけですが、真相をある程度予見させておいてからの二転三転の展開に、読者はいとも簡単に踊らされてしまいます。そして、歪な家族関係を隠れ蓑にした、さらなる歪な真相が露わになる瞬間は、ただただゾッとするばかりです。加えて、意表を突くアリバイトリックも印象的。結末に関してはモヤモヤが残るものの、200ページあまりの短い話の中にミステリーの魅力をぎゅっと詰め込んだ、まさに隠れた傑作です。
黄昏のベルリン(1988)
リオデジャネイロ、ニューヨーク、東京、ベルリン、パリと同時多発的に不気味な事件が発生する一方で、画家の青木優二は突然現れた謎の美女・エルザに出生の秘密を告げられる。彼はナチスの強制収容所に入れられた日本人女性とドイツ人の男性との間に生まれた子供だというのだ。母との再会を熱望する青木は、真実を確かめるためにヨーロッパへ旅立つが…。
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連城作品で唯一のスパイ小説であり、非常にスケールの大きな作品です。今となっては扱っているネタ自体は陳腐化していますし、改行なしで場面転換していくスタイルにも読みづらさを感じてしまいます。しかし、それでも密度の高い文章で綴られた壮大な物語は今なお読み応えありです。また、それに加え、著者ならではのどんでん返しも用意されており、凡百のスパイ小説とは一線を画す出来映えになっています。多くのファンが著者に期待する作風とは異なるため、戸惑いを覚える人は少なくないかもしれませんが、連城ミステリーを語るうえでは欠かせない1本です。
1988年度このミステリーがすごい!国内編第3位
1988年度週刊文春ミステリーベスト10国内編第1位
どこまでも殺されて(1990)
高校教師・横田勝彦のもとにSOSのメッセージが届く。そこには「僕は殺されようとしています。助けてください」と書かれていた。クラスの生徒たちの協力を得た横田はなんとか送り主の生徒を確かめる。すると今度は手記が送られてくる。その内容は、「どこまでも殺されていく僕がいる。いつまでも殺されていく僕がいる。僕はこれまでに七度も殺され、今まさに八度目の死を迎えようとしている」という不可解なもので…。
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被害者が何度も殺されるといえば、著者自身がデビュー間もない頃に発表した『私という名の変奏曲』を彷彿とさせますが、あれよりもネタは分かりやすく、しかも、ちょっと強引です。しかし、そこで終わりではなく、さらにもう一捻り加えている点に唸らされてしまいます。また、作中の手記はかなりダークなので苦手な人は読んでいてぐったりするかもしれませんが、一種のイヤミスとして読み応えありです。トリックこそ今となっては使い古された感があるものの、ドンで返しが繰り返される物語は、やはり著者ならではの魅力があります。
1991年度このミステリーがすごい!国内編第13位
1988年度週刊文春ミステリーベスト10国内編第9位
顔のない肖像画(1993)
病院内で医師が患者をレイプしたという騒動が起きるも複数の証言がことごとく食い違っている「冒された目」、連続タクシー強盗の犯人に間違えられた男の運命を描いた「路上の闇」、110番に「誘拐されているので助けて」という電話が子供の声でかかってきたために警察署がその子の自宅に連絡すると意外な事実が判明する「ぼくを見つけて」、美大生が30年ぶりに開催される早逝の巨匠・荻生仙太郎の絵画オークションにて幻の傑作とおぼしき“顔のない肖像画”を競り落とすよう未亡人から依頼される表題作など、全7編収録。
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花葬シリーズや宵待草シリーズのような抒情性は抑制し、その分、ミステリーとしての仕掛けに力を入れた、『夜よ鼠たちのために』系の短編集です。「路上の闇」は比較的オチが予測しやすいものの、それ以外の作品に関してはいずれも鮮やかな反転に驚かされてしまいます。まず、「冒された目」は証言だけで話が進む『藪の中』テイストの物語を予想外のところからひっくり返してみせる手腕が秀逸。続く「美しい針』も巧みな話術に潜ませた詐術の手管が見事です。また、「僕を見つけて」はミスディレクションの妙が光る誘拐ものの新機軸で、ホワットダニットものとしてよくできています。さらに、「夜のもうひとつの顔」は凡庸な仕掛けと思わせておいてからの大どんでん返しが素晴らしく、「孤独な関係」の信頼できない語り手を用いての二転三転も読み応えがあります。しかし、なんといっても白眉なのが表題作の「顔のない肖像画」です。一歩間違えばバカミスですが、著者の技巧の冴えによって読者に最高の驚きを提供しています。以上のように、傑作揃いの本作は90年代における連城ミステリーの最高峰だといえるでしょう。
落日の門(1993)
政治家の襲撃を企てるも標的の娘に恋をしたことで仲間から裏切り者の烙印を押されて追放される表題作、極刑が決まった首謀者の弟が兄嫁から兄には愛人がいることを聞かされる「夕かげろう」、極刑を待つ身となった青年の元に亡くなったはずの母親が面会に訪れる「火の密通」など、全5編収録。
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それぞれ独立した短編ながら通して読めば二・二六事件を扱った長編群像劇としても成立する構成が秀逸です。もちろん、得意の反転も健在で、なかでも、首謀者の妻の真意が終盤の畳みかける展開と共に浮かび上がってくる「夕かげろう」は濃厚なエロスと相俟って忘れ難い作品に仕上がっています。また、一見二・二六事件と無関係に思えるエピソードながら、そこに秘められたとんでもない真相が作家の推理を挟んだ二段構えで明らかになる「残菊」も印象的です。ただ、第4話の「家路」だけは現実感が乏しく、評価が分かれるかもしれません。この作品に限っては、一種の奇想ミステリーとして楽しんでほしいところです。
前夜祭(1994)
大手物産会社の部長、真山駿一は亡き親友の妻と不倫に走り、妻の康子は駿一の元部下である白川と関係を持っていた。そんなある日、駿一は部下に離婚届を託し、そのまま失踪してしまう。彼は一体何故姿を消したのか?家族や愛人らが真山について語るが…。
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全8編収録の短編集です。いずれも不倫や浮気がモチーフとして用いられており、その中で登場人物の心理を掘り下げていく作りになっています。熟年層の男女に焦点を当てた恋愛小説というべき作品が並び、狭義の意味でのミステリー要素は希薄です。それでも、恋愛小説には欠かせない、心情の掘り下げをミステリーで培ったテクニックを駆使して行っているのでミステリーファンにとっても読み応えのある作品集に仕上がっています。特に、父親が息子の結婚に反対する「薄紅の糸」や浮気が原因で妻と別れる「普通の女」などは連城ミステリーでお馴染みの反転ものとして秀逸です。それに、凝った技巧が用いられている「それぞれの女が....」も見逃せません。
紫の傷(1994)
線路に横たわった男は確かに列車に轢かれたはずなのにかすり傷しか負っていない「ゴーストトレイン」、医者である夫が妻に癌を告知して自殺に追い込んだとして彼女の愛人から脅迫される「眼の中の現場」、男がお嬢様学校の卒業生をボディガードしている最中に襲撃を受ける「紫の傷」など、全5作収録。
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「ゴーストトレイン」は赤川次郎との競作企画から生まれた作品であり、元ネタである『幽霊列車』のパスティーシュとして楽しい逸品に仕上がっています。また、「落書きの家」や
「目の中の現場」は得意の反転が意外な形で決まる好編です。さらに、表題作は二転三転のスリリングな展開が読み応え満点。著者の発表した作品群の中ではかなりマイナーな存在ながら、中身は粒ぞろいで、連城ミステリーのファンならば押さえておきたい一本だといえます。
隠れ菊(1996)
浜名湖畔に佇む老舗の料亭・花ずみ。通子はその料亭の仕事には一切関わらなくてよいという条件で女将の一人息子である旬平と結婚する。ところが、女将が他界して1年後、夫の指示で金沢の造り酒屋の社長・矢萩多衣を駅まで出向かいにいったところ、多衣に「ご主人をいただきにきました」と宣言され...。
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突如夫の愛人が現れて略奪宣言をするという大映ドラマばりのドロドロ愛憎劇ですが、読者をあまり嫌な気分にさせずに華やかな世界を描いて見せているのが秀逸です。また、男を巡る女同士の争奪戦かと思いきや意外なラスボスの存在が浮かび上がったり、敵であるはずの多衣と手を組んだりと、意外な展開によって二転三転していくさまは著者のミステリー作品に通じる面白さがあります。そして何より、女性心理の機微を的確に描いた巧みな心理描写が見事です。著者の非ミステリー作品のなかで最高峰に位置する傑作。
第9回柴田錬三郎賞受賞
美女(1997)
夫婦でダブル不倫をしている夫の前に妻が送り込んだ美貌の女性が現れる「夜光の唇」、男女7人の登場人物が一人また一人と舞台から消えていく「喜劇女優」、妻殺しの容疑者が犯行時刻には別の場所で愛人を殺していたとアリバイを主張する「夜の二乗」、見知らぬ女から自分の妻が彼女の夫と浮気していると聞かされた男が妻を殺してしまう「夜の右側」、妻の妹と関係を持った男が妻の目を欺くための秘策を考える表題作など、全8編収録。
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男女の色恋沙汰を話の軸とし、それにまつわる謎を解いていく恋愛ミステリーの短編集です。明確な犯罪行為が描かれているのは8編中2編だけですが、だからといってミステリーとして薄味というわけではありません。特に、「喜劇女優」は技巧の粋を凝らした傑作です。ただ、あまりにも作りものめいた仕掛けは、人によっては不自然に感じられ、合わないかもしれません。一方、比較的オーソドックスなミステリとしては、アリバイトリックの扱いが巧みな「夜の二乗」が秀逸です。さらに、ダブル不倫の末に起きた悲劇が驚くべき真相へと着地する「夜の右側」におけるヒネリもよくできています。ちなみに、表題作はほとんどミステリー要素のない不倫小説であり、謎らしい謎はないものの、巧みな心理描写で引き込んでいく手管はやはり一級品です。このように非常に完成度の高い短編集ですが、不倫や男女間のいざこざばかりを扱っているためにどれも似通った印象を受けてしまうのは難点だといえるでしょう。
白光(2002)
真夏のある日、ごく普通の家族が暮らす家の庭で4歳の少女が埋められているのが発見される。彼女の名は直子といい、母親の幸子が彼女の姉である聡子に直子を預けていたのだ。一方、聡子は直子の世話を舅の桂造に任せ、自身は自分の娘を歯医者に連れていくために外に出ていた。犯行はそのわずかの間に行われたと推測される。だが、一体誰がこんな幼子を手にかけたのか?やがて平凡な家庭の裏に隠されていたものが次々と明らかになり…。
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本作は死体発見までの経緯が一通り説明された後は、事件関係者たちが自身の抱えている秘密をリレー方式で語っていき、徐々に事件の全貌が明らかになっていくというプロットを採用しています。そのため、探偵役は存在しませんし、鮮やかな推理や緻密なロジックなどといった要素も皆無です。著者ならではのどんでん返しは存在するものの、事件関係者たちが一方的に告白するだけなので謎解きのカタルシスには欠けています。したがって、王道的な本格ミステリを期待しているともの足りなさを覚えるかもしれません。しかし、本作の魅力は全く別のところにあります。新たな告白者の出現のたびに事件の様相は大きく変貌し、全体像が歪んでいくさまは読んでいてゾクゾクしてきます。そして、その末にたどり着く真相もかなり衝撃的です。多重解決ものの要素を取り入れた眩惑感の強い作風は癖が強くて決して万人向けとはいえません。しかし、本作には過去の連城作品とはまた違った魅力があります。著者の新たな一面が垣間見れる異色傑作です。
人間動物園(2002)
記録的な大雪で都市機能が麻痺していくなか、隣の家で誘拐事件が起きたとの通報が入る。誘拐されたのは汚職スキャンダルの渦中にいる政治家・家野大造の孫娘であり、年齢は4歳。彼女は大造の息子の別れた妻・芳江の元から誘拐されたらしいのだが、自宅は盗聴されているために芳江自身は身動きが取れずにいるという。捜査陣は通報のあった隣家に張り込んで犯人逮捕のきっかけをつかもうとする。やがて、芳江の言動に不審な点がみられることから、捜査陣の意見は母親による狂言説に傾いていくが...。
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90年代には恋愛小説に比重を移していた著者が、先の『白光』と合わせてミステリー界への完全復帰を強烈にアピールした作品です。とはいえ、『白光』の場合は謎解きの要素が薄くて期待したものとは違っていたと感じた読者も多かったかもしれません。それに対し、本作は奇妙な誘拐を軸に反転につぐ反転が繰り広げられ、これぞ連城ミステリーといった出来映えです。結果、その年のこのミスではベスト10にもランクインしました。ただ一方で、プロット上の仕掛けに傾倒するあまり、誘拐ものなのに警察との駆け引きなどの要素に乏しく、サスペンスが盛り上がらないという欠点も抱えています。そのため、人によって好みが大きく分かれそうな作品でもあります。
2003年度このミステリーがすごい!国内編第7位
流れ星と遊んだころ(2003)
芸能マネージャーの北上梁一は夜の町で女と出会い、誘われるままについていくと彼女の兄だという男、秋場駿作に脅迫される。だが、梁一は駿作に資質を見出し、新たなスターを自分の手で生み出すという夢を抱くのだった。その第一歩として、今までマネージャー兼付き人として隷属してきた映画スターの花村陣四郎を新作映画から引きずり落とす。そして、駿作に無理矢理オーディションを受けさせ、見事代役を射止めることに成功。それがきっかけで駿作はスター街道を突き進むことになるが…。
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芸能界での栄光と挫折というミステリーらしからぬ物語が延々と続きますが、場面ごとに一人称と三人称が入れ替わるという不自然な構成は明らかに叙述トリックが仕掛けられていることを示しています。しかし、それが分かっていても、そこに秘められた真実を暴くのは容易ではありません。加えて、いかにも芸能界らしい二重三重の嘘と、それに伴う二転三転の展開が作品の迷宮感を一層深めていきます。騙しの名手の面目躍如といったところですが、仕掛けを盛り込みすぎたせいで、ストーリーがやや不自然になっているのは否めないところです。とはいえ、哀切に満ちたラストにはぐっとくるものがあります。
2004年度このミステリーがすごい!国内編第9位
造花の蜜(2008)
シングルマザーの香奈子は最近、無言電話やつきまとう人の気配に悩まされていた。そんなある日、まだ幼い息子の圭太が目を離したすきに姿を消してしまう。その後すぐに見つかったものの、圭太の話によると、お父さんと名乗る男に車に乗せられそうになったというのだ。それから、1カ月後、幼稚園から圭太が蜂に刺されて危険な状態との連絡が入る。 だが、駆けつけてみると、祖母が蜂に刺されて危篤だからといって迎えに来た男女に圭太を渡したという。なぜ自分以外の人間に圭太を渡したのかと問い詰めると、担任の先生はあなたが迎えに来たから渡したのだと答えた。つまり、香奈子にそっくりな女が圭太を迎えに来たのだ。やがて犯人から電話がかかってくるが、受話器の向こう側からは蜂の羽音のような音が聞こえ…。
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畳みかけるサスペンスと怒濤のどんでん返しを兼ね備えた誘拐ミステリーの傑作です。しかも、普通の誘拐ものかと思っていると、身代金の受け渡し場所に渋谷のスクランブルを指定し、挙げ句の果てにせっかく奪取した身代金を全額返却するなど不可解な謎に戸惑ってしまいます。そのうえ、やがて明らかになる事件の構図がトンデモなさすぎて思わず仰け反ってしまいそうになるほどです。文章こそ往年の作品に比べると淡泊に感じますが、その仕掛けの多彩さは連城ミステリーの集大成と呼ぶに相応しい作品だといえます。ただ、それだけに最終章の蛇足感は少々残念です。
小さな異邦人(2014)
離婚した妻に似た女が指輪を路上に捨てるのを目撃する「指飾り」、旅先の温泉町で見かけた女の不可解な行動を読み解く「無人駅」、2人の主婦が互いの家庭の愚痴を言い合っているうちに一人がもう一人に交換殺人を持ち掛ける「蘭が枯れるまで」、夢で目撃した殺人事件から意外な推理が導き出される「冬薔薇」、子だくさんの家庭に子供を誘拐したとの脅迫電話がかかってくるも子供は誰一人欠けていない表題作など、全8編収録。
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連城三紀彦が亡くなった年に発表された作品ということもあって、年末ミステリーランキングでは高ランクを記録しています。しかし、実際は単行本未収録作品を1冊にまとめたもので、言ってしまえば寄せ集めです。そのため、玉石混交の感は否めないのですが、一方で、内容はバラエティに富んでおり、連城ミステリーのさまざまな側面を一望できるという魅力もあります。まず表題作ですが、誘拐された子供は誰なのか?という興味で読者を引きつけておいてから思いもよらぬ真相を開示する手管が見事です。ただ、このオチは現代だとコンプライアンス的観点から完全にアウトでしょう。また、「無人駅」は時効寸前の男を待つ女の話なのですが、謎の奇行を繰り返す女を描きつつ、時効までの時間を表示することでサスペンスを盛り上げていく語り口が実に巧みです。真相も捻りが効いていて悪くないのですが、動機に関しては必然性に乏しい気もします。一方、「冬薔薇」はレストランで男に殺される夢を延々と見続けるというホラーテイストな作品です。独特の語り口に引き込まれるものの、真相にはやや無理があります。交換殺人をテーマにした「蘭が枯れるまで」は怒濤の展開の末にいかにも連城ミステリーらしい意外な結末が待っている佳品です。以上のように魅力的な作品は揃っているのですが、往年の作品と比べると切れ味は鈍っているようにも思えます。とはいえ、凡百のミステリーに比べると十分に面白い作品であることは確かです。
2014年度このミステリーがすごい!国内編第4位
2015年度週刊文春ミステリーベスト10国内編第4位
女王(2014)
昭和50年。精神科医・瓜木のもとを荻葉史郎という名の男が訪れる。彼は現在30歳の戦後生まれにもかかわらず、頭の中には空襲の記憶が残っているというのだ。にわかには信じがたいことだが、瓜木は東京大空襲のさなかに今と同じ姿をした史郎と出会っていたことを思い出す。一方、史郎の祖父である祇介は7年前の大晦日に一本の電話に誘われて急遽旅に出たまま、遺体となって発見される。死因は睡眠薬の過剰服用だった。古代史研究家で邪馬台国研究に生涯を捧げた彼が真冬の深夜に日本海を臨む若狭に向かったのは何故なのか?平成8年。瓜木は不治の病を抱えながらすべての真相を探る旅にでるが…。
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1996~1998年にかけて雑誌に連載されたものの、長らく書籍化されていなかった作品です。しかも、改稿作業中に作者が亡くなったため、不完全な形での出版となっています。そんな本作では、生まれ変わりか不老不死としか思えない現象に始まり、やがて南北朝や邪馬台国などの古代ロマンに行き着くという非常にスケールの大きな謎を扱っています。謎が謎を呼び二転三転していく展開はさすがの面白さです。ある意味、連城ミステリーの集大成ともいえるかもしれません。ただ、一応は理屈の通った真相に至るものの、説得力に乏しい動機や偶然に頼った解釈など、無理矢理辻褄を合わせたような箇所も目立ちます。出来れば改稿作業が終わった完全版を読みたかったところです。
2014年度このミステリーがすごい!国内編第9位
2015年度週刊文春ミステリーベスト10国内編第15位
黒真珠 恋愛推理レアコレクション(2022)
不倫中の女が相手の妻から夫と結婚するように迫られる表題作、女性弁護士の前に同級生の男が現れて自ら犯した殺人の弁護を依頼する「裁かれる女」、不倫旅行中の男に妻が交通事故で亡くなったとの知らせが入る「紫の車」、旅館を訪れた年配の女性客が若女将の悩みを聞き出していく「ひとつ蘭」など、全14編収録。
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単行本未収録の作品をかき集めた落ち穂拾い的な作品集です。そう聞くとあまり期待は出来ないように思えますが、意外なほどにレベルの高い作品が揃っています。なかでも、密室での2人の会話だけで状況が二転三転する「裁かれる女」と、一般小説の枠組みでサプライズを演出してみせた「ひとつ蘭」が秀逸です。その他にも、収録されてある短編6編はどれも読み応えがあります。それに対して、後半の掌編8編はミステリー色が薄いうえに短すぎてもの足りなさを覚えないではありません。とはいえ、短いながらに何らかの反転を仕掛けているあたりはさすがといえます。フィナーレを飾るに相応しい作品集です。ただ、恋愛がほぼすべて不倫絡みなので、人によってはウンザリしてしまう可能性も。

【双月城の惨劇】日本のポール・アルテ!加賀美雅之【監獄島】
最新更新日 2025/06/25
個人的に2013年は呪われた年として記憶されています。最初は2月の訃報です。半ば引退状態にあったとはいえ殊能将之が49歳の若さで亡くなったことはかなりのショックでした。しかし、今邑彩が自宅で孤独死しているのを発見という3月のニュースによってそれ以上の衝撃を覚えることになります。年齢こそ57歳と殊能将之より8歳年上ですが、まだまだ若く、なにより孤独死の3文字が重くのしかかります。さらに、4月には社会派ミステリ全盛の時代において本格ミステリを鮎川哲也と共に牽引してきた大御所中の大御所、佐野洋が亡くなります。しかし、享年84歳なのでこれは大往生といっても差し支えないでしょう。ただ、これで終わりではありませんでした。5月になると、今度は加賀美雅之の訃報が飛び込んできます。こちらも享年54歳とかなりの若さです。こうなるともう戦々恐々で来月は誰だろう?とビクビクしていると訃報はピタリと止まります。これで打ち止めかとホッと胸をなで下ろしていたところ、10月に最大級の衝撃がやってきます。トリッキーな作風と短編ミステリーの名手として知られ、数々の名作を発表してきた連城三紀彦の訃報です。65歳なので他の方々よりは年上とはいえ、現代においてその死は早すぎるといわざるを得ません。もちろん、2014年以降も定期的に作家の訃報は耳にしてきましたが、そのほとんどは高齢に伴うものであり、2013年ほどの衝撃を味わうことはありませんでした。ちなみに、2025年は2013年になくなった作家たちの13回忌です。故人の冥福を祈りつつ、すでに記事のある佐野洋を除く4人の紹介記事を順次アップしていきます。
加賀美雅之 1959年 - 2013年5月 享年54歳
加賀美雅之は、探偵小説の巨匠、密室の帝王ことジョン・ディクスン・カーをおそらく日本でもっともリスペクトした作家です。カーの作品を偏愛するあまり、アンリ・バンコランをモデルにしたシャルル・ベルトランを自作に登場させ、バンコランと同じパリの予審判事の肩書きで怪事件に挑ませています。彼の扱う事件はすべて密室殺人などの不可能犯罪であり、そのこだわりは本家であるカー以上です。こうした作風はディスクン・カーというより、同じようにカーを偏愛しているフランスのミステリー作家ポール・アルテを彷彿とさせます。ただ、30作以上の長篇ミステリーを発表しているアルテに対して、加賀美雅之は早世したこともあってわずか3作品なのがいかにも残念です。
ちなみに、加賀美雅之は第4長篇『怨霊島(仮題)』の構想を生前に語っており、それによると、昭和30年代の瀬戸内海を舞台にした著者初の国内ものとなる予定だったとのこと。カー同様に横溝正史の愛読者でもあった加賀美雅之の新しい一面がみられる可能性が高かっただけに返す返すもその早すぎる死が惜しまれます。
双月城の惨劇(2002)
悪魔的な推理力を誇るパリ警察の予審判事、シャルル・ベルトランのもとに双月城から捜査依頼が入る。双月城とはライン川流域の古城で、カレンとマリアの双子姉妹が城主をつとめていた。だが、ベルトランが城を訪ねる直前に場内の“満月の部屋”で首と両手首を切り取られた無惨な死体が発見される。死体の主はマリアだと思われたが、同時に、カレンも行方を絶っていた。そこにベルトランの好敵手であるベルリン警察のストロハイム男爵も姿を現し、熾烈な推理合戦が始まるが、そんななか、新たな事件が…。
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石持浅海『アイルランドの薔薇』、林泰広 『The unseen 見えない精霊』、東川篤哉『密室の鍵貸します』とともに、光文社公募新人発掘企画・KAPPA-ONE一期生として世に出た著者の長篇デビュー作です。ちなみに、著者の作風は明らかにミステリー黄金期の巨匠、ジョン・~ディクスン・カーから強い影響を受けています。たとえば、探偵役のベルトランなどはカーの初期作品に登場するアンリ・バンコランそのものですし、大仰な語り口もカーの作品を彷彿とさせます。そして、カーといえば、なんといっても密室殺人をはじめとする不可能犯罪です。本作はその不可能犯罪が立て続けに4件も起きます。この一点だけをとってもカー好きの読者には堪らないものがります。不可能犯罪を成立させるためのトリックはそれぞれ工夫を凝らしていますが、白眉なのは第1の事件です。犯人が被害者の首と手首を切り落とした理由が意表を突いていますし、島田荘司もビックリな派手な密室トリックにも驚かされます。ただ、残りの事件に関しては少々問題です。前述の通り、それぞれ工夫は凝らしているのですが、どう考えても成功率が低すぎたり、そもそもトリックを使う必要性があまり感じられなかったりと全体的に強引さが目立ちます。他の作品にもいえることですが、著者には思いついたアイディアをすべて詰め込まないと気が済まない悪癖があり、それによって完成度を下げてしまっているように思えてなりません。もっと取捨選択を行い、プロットをスリムに絞り込みつつ完成度を高めていけば大変な傑作になったのではないでしょうか。とはいえ、トリック好きな人にとって本作は第1の事件だけでも読む価値は大いにあります。それに古城、双子姉妹、首なし死体といったケレン味たっぷりのミステリーが好きという人にもおすすめです。
監獄島(2004)
1927年。フランス領海の孤島に建てられたタントワーヌ刑務所は四方を絶壁に囲まれており、脱獄は絶対に不可能だといわれていた。そこには長期服役者が集められており、天才犯罪者のボールドウィンもその一人だった。一方、「大掛かりな陰謀が進行している」との内部告発を受けたシャルル・ベルト一行は監獄島の視察に向かう。たが、そこで彼らを待ち受けていたのは世にも奇怪な事件の数々だった。密室での撲殺、胴体をまっぷたつにされたうえでの串刺し、塔から吊り下げられた 火だるまの死体などなど。果たしてシャルル・ベルトはそれらの謎を解き明かすことが出来るのだろうか?
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シャルル・ベルトシリーズの第2弾であり、前作と比べても遥かにケレン味が増している力作です。断崖に囲まれて脱獄不可能とされる監獄島を舞台に猟奇殺人や不可能犯罪が立て続けに起き、マニアにとっては堪らない展開が続きます。トリックもさまざまなアイディアが投入され、それらを解き明かすのに下手な長編小説より長いのではないかと思われるほどの一大推理が繰り広げられるのだから堪りません。まるで著者の敬愛するミステリー作家、ジョン・ディクスン・カーのエッセンスをすべてぶち込んだような作品です。したがって、カーのファンには特におすすめしたいのですが、一方で難がないわけではありません。というか、難点は結構あります。まず、ワトソン役のパットがいくら何でも鈍すぎるうえにワンパターンのリアクションで探偵を持ち上げるのでうんざりしてきます。それに、トリックが盛り沢山なのはいいのですが、単なる偶然や無理のある仕掛けも盛り沢山なのはなんとかならなかったのでしょうか。加えて、事件を検証する際に、同じ説明の繰り返しが多すぎです。本作は1300ページを超える大長編ですが、無理のあるトリックを削り、文章をとことんまで推敲すればもっと完成度の高いシャープな傑作になった可能性があります。しかし、本作の魅力は、書きたいものを片っ端から詰め込んだ稚気に満ちた作風にある点も否定しがたく、このあたりは評価に迷うところです。
風果つる館の殺人(2006)
監獄島の事件から3年。シャルル・ベルトランと事件をともにしてきた甥のパットは、恋人であるメアリーの実家を訪れる。北アイルランドの辺境に位置するその家は風果つる館と呼ばれ、かつては鉱山王クリストファー・ケリイと妻のイングリットが住んでいた。しかも、クリストファーとの間に三つ子の娘をもうけた愛人のイヴォンヌも同居していたという。しかし、イヴォンヌは今から40年ほど前に中庭の迷路で何者かに頚動脈を切り裂かれて死亡する。不思議なことに、周囲には凶器はおろか犯人らしき足跡も見当たらなかった。そして、現在。館の女主人となったイングリットも息を引き取り、イヴォンヌの長女クローディアの養女という立場のメアリーは、葬儀に出席するためにパットを伴って数年ぶりに館に戻ってきたのだった。だが、葬儀の後に発表された遺言状が波紋を呼ぶ。そして、それが引き金となったかのように突如連続殺人の幕が切って落とされる…。
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シャルル・ベルトシリーズの第3弾であり、同時に、長篇としては本作が最終作です。いつものようにディスクン・カーばりの不可能犯罪が複数発生しますがトリックのインパクトという点ではこれまでよりも数段落ちます。といっても決して地味というわけではありません。トリック自体は大がかりで派手なのですが、今まで以上に無理が感じられ、どうにも説得力に欠けるのです。その代わり、フーダニットとしてはユニークな試みがなされており、なかなかよくできています。ちなみに、本作は大富豪の一族の間で遺産を巡る連続殺人が起きる『犬神家の一族』のオマージュ作品でもあるわけですが、その設定を逆手にとったホワイダニットの仕掛けも見事です。従来のようなディスクン・カーのオマージュとしての面白さは後退した反面、新たな魅力を付加した意欲作だといえます。
縛り首の塔の館 シャルル・ベルトランの事件簿(2011)
衆人環視のなかで自称霊能力者が30マイル離れた場所にいる老人を刺殺するも霊能者自身は老人が手にしていた銃で射殺される表題作、人狼と呼ばれるシリアルキラーに命を狙われた公爵夫人が首なし死体で発見されるとともに公爵も手傷を負う「人狼の影」、足跡一つない雪原で15メートル以上の高さから墜落死した死体が発見される「白魔の囁き」、家庭教師が5歳の少女の喉元に噛み付いた現場を目撃したのちに館の主が本人しか開けることの出来ない塔の屋上から墜落死する「吸血鬼の塔」、結婚して島に引き篭もった資産家と歌姫が亡霊の仕業としか思えない状況で命を落とす「妖女の島」の全5編収録。
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予審判事のシャルル・ベルトランを探偵役に据えた短編集ですが、ここでもディスクン・カーばりの不可能犯罪ミステリーがズラリと並んでいます。なかでも、頑強な不可能状況を鮮やかなどんでん返しとともに解き明かす表題作が秀逸です。また、「人狼の影」も怪奇色の強いミステリーとして読み応えがああります。一方で、残りの3編に関しては不可解な謎が提示される前半はすこぶる面白いものの、真相解明のパートが難ありです。トリックが現実離れしていたり、あまりにもご都合主義的だったりと、真相に説得力が感じられないのです。以上のように玉石混交な短編集ですが、一貫して不可能犯罪にこだわり続ける姿勢には好感がもてます。
加賀美雅之未収録作品集(2022)
学生寮で密室殺人が起きて教員を呼びに行くと教員も密室で死んでいた「我が友アンリ」、殺人事件の容疑者として被害者の双子の弟が浮上するもアリバイが成立する「凍夜に死す 鬼面警部満州時代の未発表の事件」、寺院の天井に吊り下げられた死体が発見される「聖アレキサンドラ寺院の惨劇」、男が火だるまになって窓から転落するもその部屋は密室状態だったうえに炎が燃えさかるなかで別の男が眠っている「暗号名『マトリョーシュカ』」、走る列車の中で殺人鬼が姿を消して首を切断された死体が残される「鉄路に消えた断頭吏」など、全10篇収録。
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著者が亡くなったために単行本未収録のままになっていた作品群を一冊にまとめたものです。500ページ超とボリュームたっぷりなうえにそのほとんどが不可能犯罪ものという、これぞ加賀美ワールドといった感じの作品集に仕上がっています。発端の事件の謎はどれも非常に魅力的であり、本格好きなら引き込まれること間違いなしです。ただ、惜しむらくは真相に似たようなパターンが多すぎます。加えて、機械トリックが多い点も好みが分かれそうです。しかし、毎回不可能犯罪ものばかり書いていればネタが被るのも、機械トリックに頼るのも致し方なしといったところでしょうか。収録作のなかでまず見逃せないのは中編「ジェフ・マールの追想」です。著者が敬愛するジョン・ディクスン・カーの初期作品で活躍したアンリ・バンコランが登場し、『夜歩く』の後日談が語られるのだからカー好きにとっては堪りません。パスティーシュとして非常によくできており、仕掛けの大胆さも光ります。カーフォロワーの第一人者面目躍如といった傑作です。また、「鉄路に消えた断頭吏」ではバンコランに加えてフェル博士まで登場します。トリックもド派手でこちらもなかなかの佳品だといえるでしょう。パスティーシュといえば「凍夜に死す 鬼面警部満州時代の未発表の事件」も見逃せません。タイトルからもわかる通り鮎川哲也が創出した探偵・鬼貫警部の未発表事件という体裁の作品で、著者としては珍しく、アリバイ崩しに挑戦しています。
このホラーがすごい! 2026年版 国内ベスト20予想
最新更新日2026/05/29☆☆☆
Previous⇒このホラーがすごい! 2025年版 国内ベスト20予想
その他注目作50
24.睡蓮、願わくは永遠に(汐海有真)
33.或る集落の● (矢樹 純 )
41.この本の拡散は防止不可能です(小林力)
53.嘘つきは同じ顔をしている(和田正雪)
Previous⇒このホラーがすごい! 2025年版 国内ベスト20予想
このホラーがすごい! 2026
対象作品である2025年4月1日~2026年3月31日発売の国内ホラー小説の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
このホラーがすごい!国内版 最終予想(2026年5月29日)1位.ポルターガイストの囚人(上條一輝)
売れない役者の東条彰吾は施設に入った父に代わって実家で暮らすことになるが、その直後からポルターガイストに悩まされることになる。困った彼は知人から紹介されたあしや超常現象調査の芦屋晴子と越野草太に調査を依頼し、やがて事態は収束したかに思われた。だが、今度は彰吾が行方不明に..。
前回の覇者『深淵のテレパス』の続編です。恐さという点では前作には及ばないものの、徹底的な調査と伏線回収によって怪異の正体が徐々に明らかになっていきプロセスには極上の面白さが詰まっています。加えて、途中で挿入されるミステリ的な仕掛けも巧妙で、物語の良いアクセントになっています。
2位.異形に涙は流せない (堀井拓馬)
河口付近に流れ着いた遺棄物が堆積して出来た島に主として君臨する眼球と舌と性器だけの老人・灰汁食、より卑しく醜いものへ生まれ変わる呪いをかけられた男・枯れ脚、他人の瘴気を引き受けるために身体を激しく傷つけられる巫呪女の少女。瘴気に満ちた世界の異形たちに果たして救いはあるのか?
異形たちの世界がとにかく強烈。最初は馴染みのない舞台に戸惑うかもしれませんが馴れてくるとグイグイ引き込まれていきます。特に、退廃的な世界に蠢く醜悪な存在から純真な心が垣間見る描写には心揺さぶられます。ベストは3話の『あまりに春で悲しい獣』。唯一無二の個性が光る著者の新境地です。
3位.右園死児報告 久(真島文吉)
人間や動物、無機物や現象に至るまで、その文字列で呼称された時に規格外の災厄をもたらすとされている右園死児(うぞのしにこ)。そして、右園死児と名乗る内務大臣が現れたことで日本は未曾有の危機に晒される。政府機関で右園死児の研究に携わっている三田倉九は内務大臣の暗殺を試みるが…。
前作『右園死児報告』にて鯨の腹から右園死児化した状態で発見された三田倉九の過去を描いた前日譚です。前作にあった理解不能なものに対する恐怖は後退していますが、右園死児との闘いに明け暮れた三田倉九の物語は伝奇ホラーとして読み応えがあります。加えて、登場人物もみな魅力的です。
4位.文庫版 近畿地方のある場所について (背筋)
雑誌の副編集長である小澤雄也は久しぶりに再会したフリーライターの瀬野千尋とともに、近畿地方のある山を中心に点在する怪談スポットを特集した別冊号を出すことになる。「山に誘うもの」、「赤い女」、「呪いシール」などなど、調べていくうちにそれらの怪談は次第に一つの線で結ばれていくが...。
大きな話題を呼んだモキュメンタリーホラーの文庫版ですが、内容は単行本とかなり異なっています。怪談を調査する人物が男性から女性に代わっていますし、後半3分の1のストーリーは文庫オリジナルです。ひたすら怖い単行本版に対して謎解きが明快で切なさを強調している点が大きな違いといえます。
5位.書店怪談(岡崎隼人)
岡崎隼人は『だから殺し屋は小説を書けない。』の出版を機に書店員とよく話をするようになった。新作執筆が難航し、担当編集者と話し合ううちに書店員から怪談話を集めてモキュメンタリー調のホラー小説にするという企画を思いつく。果たして怪談は続々と集まり、執筆は順調に進んでいくが...。
最初は書店にまつわる怪談集を単にまとめただけの作品が、だんだんと各エピソードの共通項が浮かび上がり、やがて担当編集者の様子がおかしくなっていくという展開がリアリティに満ちていて恐ろしい。謎が完全には解き明かされない寸止め感も想像力を高めて、不穏さをより一層増幅させています。
6位.霧の出る森(嗣人)
小学校の新任の先生が昨年起きた一家全員死亡事件にまつわる話を聞かされる「くべられるもの」、リフォームを前提で購入した中古住宅の2階の開かずの間から石を祀った祭壇が見つかる「しらぬもの」、古代の祭祀場を探しに禁足地に入った大学生が怖い目にあう「ついでいくもの」など、全7編収録。
福岡周辺の山岳信仰とそれに巻き込まれる人々の物語を綴った連作短編です。各話ごとに信仰の対象となっている怪異の一端は垣間見えるものの、その全貌がはっきりしない点に薄気味悪さを感じます。そして、禁足地のあらゆる場所に怪異潜んでいるような気がするのが怖い。湿度の高い怪談噺です。
7位.冷蔵庫婆の怪談(大島清昭)
5人組のアイドルグループであるギャラクシーファントムは、オカルト系アイドルを標榜しており、心霊やUMAなど、各メンバーが専門的な知識を有していた。ある時、上半身がオオサンショウウオの姿をしたUMAハザコ男の情報を入手し、調査を開始する。だが、その土地で首なし殺人が発生し...。
怪談作家・呻木叫子シリーズの第4弾。今回はホラーに比重が大きく傾き、謎解きは少々雑に感じます。その代わり、どこまでが人間の犯罪でどこからが怪異なのかがよく分からない曖昧模糊とした雰囲気には独自の怖さがあります。特に、エピローグでさらに恐怖が加速する「蘆野家の怪談」が白眉。
8位.うたかたの娘(綿原芹)
美人で評判の同級生が幼い頃に人魚の血を飲まされた体験を語る「あぶくの娘」、保険会社に勤める冴えない女性が上司のパワハラに耐えかねて謎の老婆からもらった呪いの人形を使おうとする「にんぎょにんぎょう」、水族館の魚たちが人間の形態に変異していく「へしむれる」など、全4編収録。
第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞。人魚についての話ですが、人魚自体はそこまで邪悪なわけではありません。しかし、各話ごとに明らかになっていく人魚のおぞましい生態にはゾッとさせられますし、人魚を通して人間の闇が浮き彫りになっていく展開もよくできています。令和型ホラーの傑作。
9位.夢詣(雨宮酔)
精神科医の紙森千里の元に若い女性が母親に連れられて診察を受けにきた。女性の話によると、小舟に乗って海の洞窟に入っていく夢を見るようになったので、自分はもうすぐ死ぬのだという。千里は妄想性障害を疑うが、その女性は3日後に急死。さらに、千里自身も同じ夢を見るようになり…。
第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞読者賞受賞作。感染する呪いを描いたリング的作品で、そこに民俗学とクトゥルフ神話の要素を加味。特に、民俗学的考察は結構興味深い。王道的展開を駆使した物語もそつなくまとまっており、結末も衝撃的です。ただ、王道的すぎる点にはやや物足りなさも。
10位.鬼門の村 (櫛木理宇)
大学生の友部清玄は日給2万8千円という条件に釣られ、学生アルバイトの募集に応募する。依頼主は社会民俗学の嘉形教授で、内容は「夏休みの間、山奥の村に滞在し、ラジオ番組に投稿された実話怪談の整理を行う」というもの。だが、村で過ごすうち、彼は恐るべき因習に気が付いてしまい...。
典型的な因習村ホラーですが、主人公が村で過ごす様子と、ラジオ番組に寄せられた実話怪談が交互に語られる構成が巧みです。実話怪談の内容が恐ろしく、最後にすべてがリンクしていく怒涛の展開に圧倒されてしまいます。また、鳴り止まぬ羽音や不気味な声といったぞっとする音の演出も秀逸です。
11位.営繕かるかや怪異譚 その肆(小野不由美)
工事現場でスマホを拾ってから自宅の周辺で不気味な人の気配を感じるようになる「忍び寄る」、ホラー好きの男が柱に打ち付けられた大量の藁人形が発見された廃屋をリフォームして一般公開しようとする「鉄輪」、建売住宅に引っ越してきた女性が読経に悩まされる「風来たりて」など、全6話収録。
家にまつわる怪異を描いたシリーズ第4弾。相変わらず派手な怖さはないものの、日常生活の中に非日常的な存在が忍び込んでくる感覚にゾッとさせられます。やがて、修繕屋が対策案を提示し、怪異に寄り添う形で幕引きを図るわけですが、完全解決に至っていない点が独自の余韻を醸し出しています。
12位.妖怪怪談(三津田信三 )
田舎の親戚の家に預けられた少年が正体不明の男の子と親交を深めていく「獺淵の記憶」、出稼ぎ先の雪山で正月休みに残った数人の男が雪女によって順番に殺されていく「白女」、子供時代に親戚の家に預けられたときに知り合った少年と海からやって来る怪異の正体を暴こうとして酷いめにあう「蓑着て笠着て来るものは」など、全5話収録。
座敷童、河童、雪女といった日本の妖怪は手垢が尽きすぎていてあまり怖くなさそうです。しかも、多くは昭和のエピソードで全体的に古臭い。しかし、どの話も臨場感に満ちていて思わずゾッとさせられます。特に、既存のイメージとは全く異なる座敷童子を描いた「なぜかいるもの」が怖い。
13位.入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください 2(寝舟はやせ)
指定されたマンションの一室に住むだけで月給がもらえる美味すぎる仕事。しかし、隣人は人間ではなく、過去には数多くの住人が逃げ出している。タカヒロは怪談好きの隣人とそれなりに仲良く過ごしていたが、ある日、以前勤めていた会社の同僚が現れて、その仕事を譲ってほしいと言い出して…。
前作は怪異が癒やしにも恐怖の対象にもなっており、その振り幅の大きさに心揺さぶられました。一方、本作はその振り幅が小さくなってしまった感があります。とはいえ、元同僚をはじめ、登場人物のキャラが立っており、イベントも盛りだくさんなのでエンタメホラーとしては十分な面白さです。
14位.イヴたちの楽園 藤紫乃女学園の怪異譚 (嗣人)
故郷を離れ、福岡にある中高一貫の名門・藤紫乃女学園の高等部に編入した丹羽茉莉花は、その直後に学園の王子様こと成瀬翠から「私の眼になってほしい」と請われた。茉莉花は戸惑いつつも彼女を手伝うことになるが、学園からは次々と生徒たちが消えていく。一体何が起きているのか?
ライトなタッチの学園ホラーですが、女性同士のバディものとして秀逸です。まず、謎めいたプロローグに引き込まれ、軽めの百合要素と生々しい怪異の組み合わせにゾクゾクします。さらに、怪異が見える後輩と嗅ぎ分ける先輩の組み合わせがユニークですし、その他の登場人物も魅力的です。
15位.悪魔情報(城戸)
ネット掲示板に「ぼったくりバーに連れ込まれたから脱出する方法を教えてほしい」というスレが立った。スレの住人たちはあれこれと知恵を絞るが次第に様子がおかしいことに気が付く。どうにも普通のバーではなさそうなのだ。すると、オカルトオタクとして有名な悪魔情報が掲示板に現れ...。
掲示板でのやり取りのみで話が進行する『電車男』型のモキュメンタリーホラーです。助けを求めるスレが掲示板に立ち、住人たちが騒いでいる最中に悪魔情報が現れて解決方法を提示するというのが基本的な流れです。緊迫した場面でもボケとツッコミが絶えない、匿名掲示板ならではのノリが楽しい。
16位.化身の残夢 那々木悠志郎、最後の事件(阿泉来堂)
怪異譚蒐集家でもある孤高のホラー作家・那々木悠志郎は、深い因縁のあるカルト宗教団体・人宝教に招かれ、信者の間で多くの被害が出ている怪現象についての調査を依頼される。拒絶する那々木だったが、教団側から成功報酬として15年前に亡くなった叔父・那々木登志也との再会を提示され...。
作家・那々木悠志郎シリーズ第5弾にして最終巻です。今回は悠志郎と教団との対決がメインになっているため、ホラー描写はそれなりにあるものの、怖さという点ではそれほどでもありません。その代わり、過去作の伏線が回収され、これまでの怪異が再登場するなど、集大成的な面白さがあります。
17位.猿(京極夏彦)
松永祐美はパートナーの隆顕と一緒に暮らしているが、彼は長らく家に引き篭もっていた。ある日、隆顕が天井裏に猿がいると言い出す。だが、祐美には何も見えない。そんな折、曾祖母の訃報が届き、祐美は相続した土地の検分のため、再従姉妹や弁護士らとともに岡山の限界集落を目指すが…。
冒頭の不穏な雰囲気はさすが京極夏彦といった感じですが、その後はこれと言った盛り上がりもなく、旅路での会話が延々と続きます。終盤での意外な展開や、それに続くゾッとするような結末に関してはインパクトがあるだけに、起伏に乏しい中盤の会話劇を楽しめるかで評価が分かれそうです。
18位.不動産奇譚 神憑み之函 (藍内友紀)
不動産屋で働いている友人・茅ヶ崎恵はある日、偶然出会ったわたしを、借主が夜逃げしたという物件に案内する。貸主は大学教授で、家財道具ごと忽然と姿を消したのだという。残されていたのは、便箋に書かれた謎のメッセージと目玉のないぬいぐるみ。2年半も借りていたのに、生活臭が一切なく...。
家にまつわる不思議な話を描いた連作不動産ホラー。とはいえ、直接的な恐怖シーンは一切ありません。不動産にまつわる奇妙なエピソードが紹介されますが、明確に何があったかは語られず、結末を曖昧にしたまま物語は閉じていきます。それが読む者の想像力を刺激し、嫌な気分を増幅させるのです。
19位.ある警察官の奇妙な告発にまつわる諸資料(やまだ のぼる)
2017年。フリーライターの飯田は編集部の紹介でK警察署の刑事に会いにいく。彼は警察署で行われている殺人事件の隠蔽を告発したいという。だが、見せてもらった供述調書の内容はひどく奇妙なものだった。しかも、そこには“こしえさん”なる人物が頻繁に登場していた。一体彼女は何者なのか?
警察署の不正疑惑を追うモキュメンタリーホラーですが、最初に提示される供述調書からしてすでに普通ではなく、ぞわっとした気分にさせられます。しかも、後半にいくにつれて異常さを増していくのが恐ろしい。ただ、終盤に入ると国の存亡に関わる話となり、少々風呂敷を広げすぎている感も。
20位.羊殺しの巫女たち(杉井光)
山間部に位置する早蕨部村では土地神のおひつじ様が祀れ、未年生まれの少女は12歳の年に巫女となってお供え物を捧げる風習があった。だが、巫女に選ばれた祥子たち6人はおひつじ様の恐ろしい秘密を知り、それを滅ぼしてしまう。しかし、12年後におひつじ様の仕業と思われる新たな犠牲者が...。
巫女と怪異の12年越しの闘争を描いた伝奇ホラーです。古いしきたりに縛られた因習村のなかで抗う少女たちが瑞々しく描かれており、怪異との闘争も恐ろしさよりも切なさが漂っています。怒涛の展開の末に訪れる結末などはもの悲しさに満ちていて泣けてきます。ただ、ミステリとしてはイマイチ。
その他注目作50
21.廃集落のY家(遠坂八重)
オカルト好きの小佐野菜乃は大学のオカルト研究会に入るも、ぬるすぎる活動内容に失望する。そんな折、新歓合宿で同じ不満を持つ蓬萊倫也と泉秋久に出会い、3人で怪異研究会を立ち上げることになった。だが、活動を続けるうちに、倫也が音信不通となる。残された2人は彼の行方を追うが…。
著者はライトな語り口でエグい話を展開していくイヤミス系本格ミステリを得意としていますが、今回はホラーなのでそのエグさに一層磨きかかっています。それでいて、サラリと読めてしまうのも著者ならでは。オカルト現象の謎に迫って中で、登場人物たちの心の闇が見えてくる構成の妙が光ります。
22.僕の妹をさがさないでください(春海水亭)
小学5年生の須藤翔は登校途中のブロック塀に奇妙なポスターが貼られているのを目撃する。そこには「須藤翔くんの妹は存在しないので探さないでください」といった趣旨のことが書かれていた。しかも、日に日にポスターは増えていき、同時に、彼の周辺でさまざまな異変が次々と異変が起き始め...。
不穏な導入部に引き込まれて、その出来事を起点としてさまざまな出来事と結びついていく展開もよくできています。幾度か真相らしき新事実が提示されながらも、何が起きているのかなかなか確定しない構成も秀逸です。ただ、次第にグロ描写が増えてくるのでその辺りは好みの分かれるところ。
23.あるネット掲示板の奇妙な書き込み(機村械人)
オカルト考察系動画配信者の仲島勇水はネット掲示板で時折話題になるヨジリ様なる怪異に着目し、それに関する情報を収集していた。なかには、怪異に遭遇した人間からの書き込みも散見され、次第にその凶暴さが浮き彫りになっていく。しかも、アダバミ様やアスミリサなる怪異の存在も浮上し...。
ネット上の書き込みのみで構成されたモキュメンタリーホラーです。序盤はつかみどころのない展開に苦戦するかもしれませんが、主人公の考察によってそれぞれの繋がりが見えてくると一気に面白くなってきます。また、クライマックスの怖さもなかなかのものです。ただ、それ以降の展開は蛇足気味。
24.睡蓮、願わくは永遠に(汐海有真)
苫嶺女子高等学校に通う琴子は教室で行われているいじめに暗澹たる想いを抱いていた。そんな彼女に対し、親友の睡蓮は「わたしはこの世界から、虐めを一つ残らずなくしたいと思っているんだ」と語る。そして、そのための方法を一つだけ思い付いていると。だが、睡蓮は自ら命を絶ち...。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト「映画・映像化賞佳作」作品。全編を覆う静謐な雰囲気が印象的な作品で、そのなかで語られる琴子と睡蓮の関係性やいじめ問題といった濃密な人間ドラマが展開されていきます。ホラー小説ならではの怖いシーンもありますが、それ以上に切なさが強調された作品です。
25.グランドホテル 極 異形コレクションLIX (編:井上雅彦 著:北沢陶、澤村伊智、背筋・他)
風光明媚なリゾート地に建つ美しいクラシックホテル。荘厳な名称があるにもかかわらず、その名で呼ぶものはなく、皆グランドホテルと呼称している。そこは運の良い人間だけがたどり着ける桃源郷のような場所だった。しかも、とある特異日に宿泊すると幸福になれるという噂があり…。
同じ日の同じホテルでの出来事を集めた全14編のアンソロジーです。錚々たるメンバーが揃っていますが、なかでも水妖をテーマにした斜線堂有紀の『スゥイミング・プール』が特に怖い。神隠しを現代風にアレンジした『雑な神隠し』や耽美で官能的な恐怖に満ちた『雪まつげ』などもなかなかです。
26.偽葬家の一族 (木古おうみ)
天涯孤独の青年・出淵恭二は貧困に喘ぎ、山で穴を掘るだけで日当10万円のバイトに参加する。だが、突然現れた黒い突風に生き埋めにされてしまう。死を覚悟した恭二を助けたのは喪服姿の若い男女だった。彼らは怪異を偽葬によって葬る一族だといい、恭二さ一族に引き込もうとするが…。
由縁不明の怪異を物語によって規定し、その物語を結末まで演じきることで成仏させる設定がユニーク。登場人物も魅力的で、各キャラがそれぞれ役割を完遂することでミッションを達成する展開がチームものとして面白い。200頁超の小品ながらテンタメホラーの異色作として読み応えあり。
27.■■謹んでお譲りします。(編:講談社タイガ/著:梨、朝倉宏景、和田正雪、八方鈴斗、尾八原ジュージ)
福岡のキャバレーで黒服として働いていた主人公が大先輩の寺島さんから幽霊を殺すフィルムの話を聞かされる「ギニーピッグの瘡蓋」、公園で出会った友達のケンちゃんがファーストフードを食べたことがないというレオにハンバーガーを食べようと提案する「じゃんけんちゃん」など、全5編収録。
霊感譲渡がテーマのアンソロジーです。どれもインパクトの強い作品ばかりですが、なかでも、男性妊娠切腹ロマンポルノホラーと銘打った「ギニーピッグの瘡蓋」が看板に偽りなしのえげつなさです。また、ポルターガイストに対して意外な真相と絶望的な恐怖が提示される「観察記録」も秀逸。
28.奇妙な家についての注意喚起(夢見里龍)
ネットに転がっている奇妙な家にまつわる怪異譚。作家の私はそれらを小説として書き起こしていく。すべての部屋に排水口がある家、扉の左右にドアノブがついている家、平屋なのに階段が存在する家など。一連の家をひらく家と名付けた私は、読者のヤモリさんとともに考察を重ねていくが…。
もとも歪みを内包していた家族が、怪異によって崩壊していくさまがホラー版ホームドラマとして読み応えあり。また、豊富な知識基づいて繰り広げられる家の考察も興味深く、不動産ホラーとしての雰囲気を盛り上げてくれます。怖さより、肌にまとわりつくような気持ち悪さが印象的な傑作です。
29.なぜ「あしか汁」のことを話してはいけないのか(三浦晴海)
地方都市に住む公務員・三浦晴美は事故で亡くなった大叔父の遺品整理をした際に彼の日記を発見し、そこに”あしか汁”なる記述を見つける。妙に気にかかり、それについて調べ始めるが、調査を進めるにつれて関わった人間が次々と不可解な死を遂げていく。しかも、彼女自身も命を狙われ始め...。
あしか汁を調べていくなかで次々と不穏な出来事が起きていく展開はスリリングです。また、一連の騒動の真相は荒唐無稽でかなり無理がありますが、B級ホラーと割り切れば十分に楽しめます。ただ、あしか汁のエピソードが有名な某思考パズルとほぼ同じ内容だったのには肩透かしを覚えるかも。
30.みにくいふたり(芦花公園)
交換留学で台湾を訪れた緑川芽衣は馴れない海外での暮らしに不安を感じていたが、生徒たちは皆優しく、すぐに打ち解けていった。そんな矢先、夜の自室に謎の少女が姿を現す。美しくも不快感をまき散らす恵君。彼女との交流を始めた芽依だったが、ある事件がきっかけで帰国を余儀なくされ…。
主人公が謎の少女に怖い目に遭わされる話かと思っていると、やがて主人公の異常性も露わになってくるので驚かされます。同時に、おぞましい描写を交えながらも繊細なタッチで描かれる人と人外の交わりも目を惹きます。独特の気持ち悪さは好みが分かれますが、異形の恋愛譚としても読み応えあり。
31.花檻の園 (北沢陶)
大正14年新世界。中学生の朔哉は母譲りの美貌で周囲からもてはやされていたが、本人はまるで見世物のようだと不満を抱いていた。ある日、姉が亡くなった場所である遊園地・ルナパークの跡地に足を踏み入れると突然、眩い光に包まれ、それ以降、彼の身体にはグロテスクで妖しげな花が咲き始め...。
全編が耽美に彩られ、読んでいてゾクゾクしてくる作品です。反面、過去作に比べると、ホラー的な要素が弱くて怖さはほぼ感じられません。また、ストーリーも唐突で中途半端に感じられ、完成度はいまひとつといったところです。その代わり、大正時代の妖しげなイメージに惹かれる人にはおすすめ。
32.身から出た闇 (原浩)
ホラー作家の原浩は新しく担当となった若い女性編集者・菰田千春から角川ホラー文庫での書下ろし短編集の企画を提案される。そこで、原は菰田を含めた3人の女性編集者とともにアイディアを出し合いながら作品を書き上げていく。執筆は順調だったが、やがて女性編集者たちに異変が起き始め...。
本作は、書下ろし短編4編にアンソロジー集『潰える』収録の「828の1」を加えたホラー短編集ですが、その幕間に本作が出版されるまでの経緯をモキュメンタリーホラーして描いているのが面白い。短編小説も怖いと評判だった「828の1」に加え、書下ろし4編も読み応えのある作品が揃っています。
33.或る集落の● (矢樹 純 )
とある集落の土地神である《べら》を祀る小さな社におかしくなった姉が毎日お参りを続ける「べらの社」、山から集落に人ならざるものがおりてくる「うず山の猿」、尊い《まる》の声を聞くためだけに幼い子供を山の社にひとり閉じ込める因習について描いた「まるの童子」など、全7編収録。
集落の因習を巡る怖い話を、仄かな関連性を匂わせながら描いた連作ホラー。節々から薄気味悪さが立ちこめ、読み進めるほどにゾクゾクとしてきます。また、王道的な因習村ホラーと思わせておいて思わぬ方向に話を転がしていくプロットの妙も見事です。ただ、もやもやする結末は好みの別れるところ。
34.寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理(三津田信三)
大学生の瞳星愛は盂蛇村の三皿家を訪れていた。友人である皿来唄子の婚礼に参加するためだ。この村には奇妙な風習があり、山神である嫁首様の祟りを恐れて身代りの花嫁を立てるという。婚礼は恙なく行われたものの、その夜に迷宮社と呼ばれる祠で当主が不可解な死を遂げる。さらに、惨劇は続き...。
ホラーミステリーとして高い完成度を誇る刀城言耶シリーズですが、本作はスピンオフの瞳星愛&天弓馬人シリーズなので怖さはさほどではありません。しかし、事件の真相を純粋なロジックだけでは解明しきれず、怪異じみた現象を前提とした歪な推理にはある意味ゾッとさせられるものがあります。
35.恐怖とSF (編:日本SF作家クラブ /作:梨、柴田勝家、菅浩江・他)
幽霊を見る機械“自立観測レトロス”によって全世界の幽霊が観測され続けることになる「♯」、自ら深層量子ダイブの実験体となった科学者の体に無数の穴が見えるようになる「幻孔」、生きている人間が死後に落ちる地獄の様子が空に映し出される「まなざし地獄のフォトグラム」など、全21篇収録。
恐怖をテーマにしたSFホラーのアンソロジーですが、メインはSFなのでストレートな恐怖を期待するともの足りなさを覚えるでしょう。そんななか、AIに痛みを学ばせる「あなたも痛みを」はイヤミス的な怖さがあります。また、祟りを細菌と結びつけた「タタリ・エクスペリメント」も興味深い。
36.三重県津市西区平山町3-15-7(大舟)
ある時期を境に“三重県津市西区平山町3-15-7”の住所から心当たりのない手紙が届いたり、テレビのテロップにその住所が紛れ込んだりするケースが各地で見られるようになる。だが、それは存在しない住所だった。作家の小林はその謎を追い、やがて過去に起きた悲劇的な事件に行き当たるが…。
カクヨム大賞ホラー部門コミカライズ賞受賞作。次第に不穏な空気が高まっていくなかで手がかりを集めて謎を解くといった具合に、構成がかなりキッチリしているモキュメンタリーホラーです。完成度が高い反面、きれいに終わりすぎている点がホラーとして物足りないと感じる人もいるかもしれません。
37.新釈 小泉八雲『怪談』(雪富千晶紀)
山で亡くなった同僚の慰霊目的で雪山に赴いた会社員が山荘の主人から雪女の伝説を聞かされる「白い吐息『新釈ゆきおんな』」、大勢の死者を出したバスツアー中の悲惨な事故で視力を失いながらも奇跡的に生還を果たした男が脚光を浴びる「午前零時の講演会 新釈『耳なし芳一』」など、全5編収録。
小泉八雲の名作『怪談』をモチーフにした短編集。とはいえ、ストーリー自体は全くの別物であり、ジャンル的にも怪談というよりはサスペンスホラーといった感じです。怪異を描きつつも、その背後には現代の闇が存在し、やがて訪れる結末にはなんともいえない後味の悪さを覚えてしまいます。
38.廃校教師(三浦晴海)
教師の長時間勤務が常態化している中学で体育教師が急死する。しかも、その遺体はあり得ないほど首が伸びていた。その後も続く学校関係者の奇怪な死。若手教師の香坂保穂は、赴任間もない理科教師・海老原の言動に疑念を抱き、彼の経歴を調べる。すると、不可解な事実が明らかになり...。
あらすじとは異なり、実際の内容は怪異よりむしろ、教師の過重労働問題への言及に重きを置いています。肝心の怪異も邪悪さに欠けるのでさほど怖くはありません。その代わり、ホラー要素を絡めることで今日的な社会問題を巡るドラマに緊迫感とエンタメ性を付加することに成功しています。
39.お客様が不在の為お荷物を持ち帰りました。(鞠目)
インターホンを3回鳴らし、ノックを3回して、最後に「さくら配達です」と3回呼びかける謎の配達員。彼が現れるのは配達の指定時間に荷物を受け取れず、不在票が入っていた部屋だった。やがてその配達員は、指定時間にわざと荷物を受け取らないイタズラを繰り返していた青年の前にも現れ...。
社会問題にもなった宅配便の再配達を題材にした都市伝説ホラーです。ストーリーは配達員の姿をした怪異が荷物を受け取らなかった人々を殺していくというシンプルなものですが、そこにさまざまなタイプのヤバい人間を絡ませることで重層的な恐怖を生み出しています。巧みな構成が光る佳品です。
40.拾得物 南贍部学園生徒手帳(梨)
拾われた南贍部学園の生徒手帳。一見普通の生徒手帳だが、中を見るとどのページにも各校則に対するコメントが書き込まれている。また、書き込み欄には学校に対する告発文が綴られていた。しかも、その内容はページをめくるたびに少しずつ異様さを増し、やがて全く別のものへと姿を変えていく。
生徒手帳に記載された校則とそれに対する手書きのコメントで構成された、著者ならではの実験的なホラー。手書きの内容に不穏さを覚えつつも、普通の生徒手帳だと感じていると、徐々に違和感が膨らみ始め、最後にゾッとさせる構成が見事です。ただ、小説とは言い難いので好き嫌いは分かれそう。
41.この本の拡散は防止不可能です(小林力)
ある日、ホラー好きの私は同僚の鈴木美里から「とっておきの怖い話があるから」といわれ、手紙の束を渡される。それは彼女の叔母が美里に宛てたもので、時折天井から原因不明の大きな音が聞こえてくるという悩みが綴られていた。やがて叔母一家は全滅し、さらに、他の家にも同じ現象が…。
本作の話は、特定の本を読むことで呪いが次々と伝染していくというもので設定自体に目新しさはありません。しかし、怪異が段階的に発現し、なすすべなく死んでいくさまはなかなかに怖い。なにより、当初は傍観者の立場だった主人公にも呪いが迫ってくるさまには底冷えのする恐怖を感じます。
42.完璧な家族の作り方(藍上央理)
鷹村翔太は小学生のとき、近所の無気味な一軒家に忍び込み、世にも恐ろしい体験をする。それから21年が過ぎ、東京で暮らしていた翔太は認知症になった母を看病するために幼い息子を連れて再び北九州の実家に戻ってきた。だが息子は例の家に興味を示し、「黒い人がいる」と言い出すのだが…。
呪われた家を巡る物語は、不穏さと過去のおぞましいエピソードが入り交じり、巧みに雰囲気を盛り上げています。 ただ、改変前は王道的ホラーだったため、モキュメンタリーにしては話が一本調子で、情報の断片が読者の想像力を刺激していくといった、ジャンル特有のライブ感に欠けるのは残念。
43.ある映画の異変について目撃情報を募ります(海藤文字)
映画ブロガーのMOJIは低予算ホラー映画『ファウンド・フッテージ』を鑑賞した際に、スクリーンの片隅に白い全裸の男を目撃する。恐怖演出だと思い、ブログでそのシーンに言及するも、そんなシーンはなかったという反応が続出。一方で、白い男を観た者は次々と不可解な死を遂げていき…。
呪われた映画を題材にしたモキュメンタリーホラー。内容自体に目新しさはないものの、ネット上のやり取りだけで構成された文章がテンポと臨場感を高めています。特に後半、廃村に舞台を移してからの短い文章の応酬による畳みかける展開が見事です。ただ、極限状態で悠長にメールを打つのはやや不自然。
44.読むと死ぬ本(彩藤アザミ)
ベストセラー作家を夢見る私は、ロシアの文豪が19世紀末に記した幻の作品「読むと死ぬ本」に関する評論を書きあげ、担当編集の氷上に渡す。すると、氷上は本物が見つかったと告げる。果たしてあの伝承は本物なのか?呪いはどういう形で現れるのか?答えの出せない私の元に、ある訃報が届き...。
200ページ程度の小品ながら、モキュメンタリー小説として作り込まれており、非常に読み応えのある作品です。実在の作家や作品を絡めた作りによって臨場感を高め、常に不穏な空気を醸し出しています。ただ、主人公の内面にフォーカスして物語としての盛り上がりに欠ける後半は好みが分かれそう。
45.こわいものがうつる (皮肉屋文庫、芦花公園 、上條一輝・他)
旅行から戻ってきた女子社員が交通事故で亡くなったうえに彼女からお土産をもらった同僚たちも次々と不慮の死を遂げていく「むこう岸から」、息子を死に追いやったかつての大学生に家の設計を依頼された偏屈な老建築士が呪いが最大限に増幅される家を考案する「死角の家」など、全5編収録。
呪いの伝播をテーマのアンソロジー。良作揃いであり、まずは冒頭の「むこう岸から」がテンポの良いストレートな仕上がりで一気に引き込まれます。主人公が呪いをかける側の「死角の家」や終始不穏でグロい「さくらちゃんの神棚」も印象的。ただ、掉尾を飾る芦花公園の作品は少々分かりづらい。
46.キャンプをしたいだけなのに 雪中キャンプ編 (山翠夏人)
孤独を愛する斉藤ナツは、死にかけたにもかかわらず、再びソロキャンプをしようとして周囲を呆れさせる。今度は紹介された安全なキャンプ場なので安心と高をくくっていると、怪しげな人物に次々遭遇していく。不安が頭をもたげるなか、ナツは懐かしい人物と思わぬ再会を果たすが…。
恐怖シーンの衝撃よりもエンタメ性重視のキャンプシリーズ第2弾。前回はテンポの良い畳みかける面白さだったのに対し、今回は主人公の過去を絡ませてじっくり読ませる構成になっています。しかし、面白さは相変わらずで、大いに笑えて泣けて、伏線回収も見事な一級の娯楽作品に仕上がっています。
47.彼女たちは楽園で遊ぶ(町田そのこ)
夏休み前に大喧嘩をした親友が新学期になっても姿を見せない。クラスメイトの話によると、NI求会なる教団に家族ぐるみで入信したとのだという。しかも、入信者は施設で暮らし、未成年者は外に出られないという話だ。同じ頃、町では両目をえぐり取られて変死するという事件が多発し...。
従来の著者の作風と大きく異なり、かなりホラー寄りの作品です。とはいえ、儀式や事件の描写はグロいものの、全体的にはさほど怖くありません。それに、終盤のアッサリした展開はやや肩透かし。あくまでも、友情物語がメインでホラーはそれを盛り上げる一要素と考えた方が無難でしょう。
48.悪魔の微睡(芦花公園)
佐々木事務所の良心・青山幸喜の様子がおかしい。すべての言葉が過剰に正しいのだ。おまけに、聖書を布教する動画チャンネルまで始めていた。青山の身を案じた佐々木るみは、彼の祖父が遺した手記を手に入れる。そこには、出雲の現れた怪異によって人々が洗脳されていく経緯が描かれており...。
佐々木事務所シリーズの第5弾です。序盤は、能力を失った佐々木るみのその後が描かれており、淡々とした展開は少々盛り上がりに欠けます。過去のエピソードで怪異が猛威を振るいだした中盤あたりからぐいぐいと引き込まれていきます。ホラーとしてよりも人間ドラマとして読み応えのある一篇です。
49.幽民奇聞(恒川光太郎)
明治維新軍によって家族や仲間を失った二本松藩の少年兵がキと名乗る一団に窮地を救われる「鬼婆図探訪」、人語を理解する大猿が書いたとされる狒々日記に関する証言や回想を集めた「夢狒々考」、キと出会った天涯孤独の少年が自らもキとして成長する姿を描いた「最後のキ」など、全4編収録。
本作はホラーでもなければ、本物の物の怪が登場するわけでもありません。しかし、キと呼ばれる謎の一味を妖怪に見立てて民俗学を絡めながら語っていく趣向がユニークです。妖しげな集団ながら温もりも感じさせるキが魅力的で、滅びゆくものの悲哀を感じさせる終盤の展開には泣けてきます。
50.この罪を消し去ってください(高谷再)
月島果穂は亡き姉・藍奈と同じ私立久慈雨女学園高等部への入学を果たし、生徒会への入会を志願する。だが、藍奈の死には秘密があり、やがて新たな事件が起きる。事件を引き起こした少女は隠蔽工作の手段として学園に導入されたサポートAIを利用するが、それは恐るべき惨劇の始まりで…。
第10回ジャンプホラー小説大賞の金賞受賞作です。前半は閉鎖的な女学園を舞台に隠された秘密を暴いていくオーソドックスな学園サスペンスなのですが、そこにAIを絡ませることで後半は阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられることになります。この前半と後半のギャップがとにかく強烈で、忘れ難い。
51.夢食み探偵と眠れない小説家(綾里けいし)
極度の不眠に悩んでいる小説家・浅岸真宵は、担当編集者の紹介で、眠りの専門家である夢食み探偵こと壊夜うつつの元を訪れる。彼は真宵に対して告げる。「安らかな眠りを取り戻すには地獄を巡るしかない。そのためには自分の助手になる必要がある」と。そして、彼女の地獄巡りが始まる…。
不眠症の作家が探偵と共に夢とも現ともつかない世界で事件に挑むホラーミステリーであり、美しくも残酷なシーンのオンパレードは著者ならでは。同時に、作家と探偵の軽快な掛け合いが楽しく、悪夢的な世界観の割に気軽に楽しむことが出来ます。ただ、厨二的な作風は好みの分かれるところです。
九州北部の朽無村。その集落に一人で暮らす川津真由美は都会から越してきた山賀家と交流を持つが、彼らを歓迎する祭りを目前に控えて怪異が起きる。そして、2011年。失踪した賀家長男の行方を追う鳳崎が朽無村の秘密を探っていく。果たして寒村に潜むという悍ましきものの正体とは?
典型的な因習村ホラーですが、小学生視点で描かれたのどかな田舎の風景が第2部で高校生視点に代わることで悍ましい現実が露わになっていく展開が良くできています。終始不穏な雰囲気を漂わせる描写も秀逸です。ただ、プロローグ的な幼少期の話が長いので、人によっては冗長と感じてしまうかも。
53.嘘つきは同じ顔をしている(和田正雪)
弱小出版社の若手編集者・山城龍彦は、事故物件のマンションに住みながら噂となっている怪奇現象の検証取材を行うことになる。そして、優秀な学生バイト・小野寺はるかのアシストもあり、有力な証言を得ていく。一方、マンションに住む武藤大樹は失踪した小三の息子の行方捜しに奔走するが…。
複数の視点から共通の怪異について語られる群像劇ホラーです。正直怖さ自体は大したことないのですが、本作にはミステリー要素が多分に含まれており、全編に張り巡らされた伏線とそれを一気に回収して行われる真相の開示はよくできています。実直な主人公とクーデレなヒロインも魅力的です。
54.四ツ谷一族の家系図(沼堂幼太郎)
都内の出版社に勤める四ツ谷武尊は、自宅で発見された家系図付の古文書に興味を持ち、歴史学を研究している友人・沼堂幼太郎を頼る。2人は家系図を遡りながら先祖の調査を始め、四ツ谷家のルーツと思われる孤島にたどり着く。そこには、家系図に秘められた恐るべき真実が刻まれており…。
家系図に基づき、学術的に真実を追っていく過程にはリアリティがあります。そのため、次々とヤバい事実が明らかになるなっていく展開にゾッとさせられます。たどり着いた孤島の雰囲気もザ・因習村という感じでたまりません。ただ、単調でヒネリに乏しい後半の展開にはもの足りなさも。
55.耳なし芳一のカセットテープ(最東対地 )
1980年代。カセットテープに人気ラジオ番組を録音した男子高校生が、それを聞いていると突如『耳なし芳一』の琵琶語りが流れ、その後、不幸に見舞われる。この【耳なし芳一のカセットテープ】は有名な怪談のはずなのに誰も知らないという。不思議に思った怪談師・馬代融は調査を開始するが...。
前半で【耳なし芳一のカセットテープ】に関する情報を集めて整理し、後半で真相に迫っていく構成が良くできており、ホラーミステリーとして読み応えがあります。また、その過程で主人公の怪談師自体が怪談に巻き込まれる展開にもゾッとさせられます。それだけに、最後のオチが弱いのが残念。
56.令和ノ迷い家 S邸に行くと言い残し消えた夫を探してください(最東対地)
フリーライター・東端省吾のSNSに妻を名乗る者から、「夫が5日前に、S邸に行ってくると言って家を出たっきり帰って来ません。何か知っていたらご一報を」というポストがあった。一方、2008年の東京郊外では若い男女4人を乗せた車がガードレールに激突して全員が死亡する事件が起きていたが…。
廃墟の家を巡るモキュメンタリーホラーで、情報の断片を組み立てながら真相に迫っていくプロットが秀逸です。リアルな死体描写など、数々の恐怖演出にゾッとさせられます。ただ、回収されない伏線がいくつかあったのは気になるところです。また、最後のちょっと特殊な仕掛けも好みが分かれそう。
57.この会社は実在しません (ヨシモトミネ)
芦原瑞穂は会社の書庫で開封厳禁と書かれた段ボール箱を発見し、処分の可否を確かめるべく中身を改める。出てきたのは、営業研修中に手にした鉛筆を自分の眼球に突き刺した社員の映像をはじめとして異様なものばかりだった。瑞穂は友人である宮下優吾の協力を得て独自に調査を始めるが…。
働いている会社が実はとてつもなくヤバいところで、その証拠が次々出てくる展開は実に怖い。特に、身近な同僚まで普通ではないことに気付くくだりなどはゾッとさせられます。ただ、怪異の正体が明らかになる終盤は安っぽくて今ひとつ。また、恋愛要素の比重が大きい点も好みが分かれそう。
58.おとどけものです。:あなたに届いた6つの恐怖(斜線堂有紀、尾八原ジュージ、櫛木理宇・他)
名門女学園の教師による女性差別的な投稿が原因で際限なく炎上し続けていくのを見かねた卒業生が偽アカウントを使って憎悪をコントロールしようとする「カタリナの美しき車輪」、かつて宗教施設だった巨大な建築物に忍び込んだ少年たちが異様な光景を目撃する「さなぎおに」など全6編収録。
実力派の作家を揃えただけあってどの作品も水準以上の出来映えですが、なかでも、ネット上の炎上が次第に現実を浸食していく「カタリナの美しき車輪」が恐ろしい。また、生理的嫌悪感が半端ない「やどりこ」や著者十八番の母娘と怪異の物語が予想外の結末を迎える「かんのさん」なども秀逸です。
59.令和最恐ホラーセレクション クラガリ(梨、背筋 、澤村伊智・他)
編集部を訪ねてきた漫画家がふいに「鶏肉を食べてはいけない」という家の禁忌事項について語り始める「鶏」、バラエティの取材班がある街でプライベートなニュースについてインタビューをしていたところ街のヤバい事実が徐々に浮き彫りになっていく「金曜日のミッドナイト」など全6篇収録。
選りすぐりの作品を集めたホラーアンソロジーです。特に、「警察が認めた〈最恐心霊物件〉」は王道的な不動産ホラーとしてかなり怖く、「金曜日のミッドナイト」も散りばめられた伏線を一気に回収してからラストでゾッとさせる手管がたまりません。逆に、「恐怖症店」は切ない展開が胸を打ちます。
60.祠破壊ホラー小説アンソロジー(阿泉来堂・他)
東北地方の田舎町出身の亮は東京で就職し、初恋の相手である明日香と12年ぶりに再会する。公園のベンチで互いの近況報告などを行っていると、ふと話題が途切れたときに「あの日のことを覚えてる?」と明日香が亮に問いかける。中三の夏に彼らは首塚とも呼ばれる呪われた祠を破壊したのだが…。
曰く付きの祠を破壊して呪われるというベタな怪談ネタを作家独自の味付けで調理したアンソロジー。王道的な因習村から異能力バトルまで多彩な味付けが楽しめますが、怖さという点で「再会の首」、結末のインパクトで「石祠」、調理法の奇抜さでは「ギャルと祠破壊少年」といったところでしょうか。
61.珈琲怪談(恩田陸)
外科医、検事、作曲家、音楽プロデューサーの男性4人は、久しぶりに集まって京都、横浜、東京と旅をしながら怪談話に花を咲かせる。だが、多忙のはずの彼らはなぜわざわざ遠出して喫茶店を何軒もハシゴしながら、怪談を披露し合うのか?そして、いつも茫洋としている塚崎多聞がぼそりと呟く…。
『月の裏側』及び『不連続な世界』の続編的連作ホラーです。ただ、ホラーといっても男性4人が穏やかに談笑しているだけなのでさほど怖くはありません。むしろ、実在する喫茶店を舞台にしたほのぼの会話劇を愉しむ作品だといえます。そんななか、時折訪れるゾクリとする瞬間が良いアクセントに…。
62.怪異ー百モノ語ー 僕が君に語りたい百の怖い話(椎葉伊作)
住宅街にあるごく普通の一軒家に手や足などの体の一部しか見ることが出来ない幽霊が出没する「見切れ幽霊」、アパートで一人暮らしをしている人が帰宅して照明を付けると蛍光灯が点滅した刹那に黒い影のようなものが見える「瞬間の幽霊」など。語り手が披露する多彩な怪談の果てにあるものは?
1話1話が短くてサクサク読めるお手軽怪談集です。内容もバラエティに富んでいて怪談好きな人には堪りません。一方で、時折、語り手自身の体験した怪談が挿入され、徐々に主人公の異常性が浮き彫りになっていく展開にはゾクゾクさせられます。ただ、全百話はさすがに多すぎで、途中ダレてしまうかも。
63.冥船ステラ・ブルー(阿泉来堂)
大学院生の島永祐介は想いを寄せていた女性を豪華客船で開催されるパーティに誘うも、当日彼女は姿を見せなかった。代わりに、見知らぬ女性に声をかけれ、一緒にパーティーに参加することに。だが、船内は謎の怪物が巣くう地獄だった。参加者たちは次々と怪物の犠牲となっていき…。
船に閉じこめられた人々が怪異に襲われる幽霊船ホラーで、船内のグロい描写はなかなかです。ただ、予定調和な展開や登場人物のテンプレな言動が目立ち、目新しさはあまり感じられません。また、伏線が分かりやすくて、先の展開が読めてしまうのも物語の緊迫感を減じさせる要因となっています。
64.領怪神犯 拾異(木古おうみ)
人々の安寧を脅かす神々について調査を行う領怪神犯特別調査課。そのメンバーである六原と三輪崎はとある山道に施餓喜の調査にやってくる。施餓喜は人が死ぬ間際に現れて思い出の食べ物を振る舞ってくれる善性の神だという。だが、本当にそうなのか?やがて三輪崎は施餓喜と遭遇するが…。
全13話を収録した人気シリーズの番外篇。奇妙な神々にまつわる怪異譚の面白さもさることながら、ファンにとっては調査課の面々がさまざまな組み合わせで登場するのがうれしいところ。バディものとして読み応えありです。ただ、本編から先に読まないとその魅力は十分に伝わらないかも。
65.閲覧厳禁 猟奇殺人犯の精神鑑定報告書(知念実希人 )
東京郊外で起きた大量殺人事件には不可解な点があり、犯人である八重樫信也の精神鑑定が行われることになった。精神鑑定を担当した上原香澄は、彼にインタビューをする内に、事件の裏に潜む恐ろしい事実に気が付いてゆく。果たして、八重樫を監視していたというドウメキやの正体とは?
一ヶ月前に発売された『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』の姉妹編です。B級テイストのモキュメントホラーですが、全編を覆う薄気味悪さなにゾクゾクします。終盤に判明する怪異の正体も著者ならではの発想で唸らされます。ただ、物語の結末がありがちで安っぽいのが残念ではあります。
66.堕ちた儀式の記録(斉砂波人)
瀧来集落に伝わるノミコの数珠回し。少女を取り囲んだ男たちが無言で数珠を回す雨乞いの儀式だ。その儀式を行うと、少女は必ず失踪し、誰一人として戻ってこなかったという。実地調査に訪れた学生はそこで奇妙な事実に気付く。その地方は雨に恵まれており、雨乞い必要などないことに…。
実地調査のレポートとファフロッキーズをはじめとするオカルト的な伝承を交互に紹介していく、なんだかライトな学術書のような作品です。そのため、話自体は淡々としていてあまり盛り上がりません。その代わり、実地調査によって明らかになる事実がなかなかに恐ろしく、ゾッとさせられます。
67.神の声を聞いた者 ヒノガタチ験事変(遷移圏見聞録)
Doms西暦2004年。ヤシマ連邦中部に位置する小さな集落の上空に全長数百キロに及ぶ幾何学模様が顕現する。新聞記者のSは現地に向かい、村落の人間に取材を行うとあれは「ヒノガタチ様」だという。その模様はまもなく消えたものの、それは前兆にすぎなかった。神が引き起こす集団狂気とは?
VFXで創出した並行世界・遷移圏を紹介する動画サイト・遷移圏見聞録のノベライズ。本作ではYouTube動画『ユガミ警報』で名前が出てきたヒノガタチ験事変をクローズアップ。人間の営みと神の関係をホラー要素を交えて巧みに描き出しています。事前に原作動画を見ておけばより楽しめる一篇です。
68.行方不明の友人を探しています(櫻井千姫)
潰れて廃墟となったラブホテル、ホテルヘブンに行った宇佐美晴彦という19歳の青年が行方不明になる。そこは地元では有名な心霊スポットで、肝試しに訪れた人間の多くが恐ろしいめに遭い、晴彦と同じように行方不明になる人間も後を絶たなかった。果たして、そのホテルには何がいるのか?
モキュメンタリーホラーにありがちな、心霊スポットに行ってひどい目に遭う系の作品です。この手の作品として小粒ではあるものの、冒頭の注意書きを頭の片隅に置いておくことで恐怖が度がアップします。ただ、結末はやや腰砕けです。幽霊視点からの語りを取り入れている点は結構新鮮かも。
69.#ホラーゲーム実況中(青柳碧人、秋吉理香子・他)
配信者がとある神社で見つけた呪いのゲームの謎解きに挑む「マーダー・ミステリー・プレイ」、成功を夢見る底辺ユーチューバーが起死回生の一手として呪いのゲームをプレイして登録者数を大幅に伸ばしていくも彼の周辺で不可解な現象が起き始める「♯プレイしたら呪われる」など、全5作収録。
本作収録作品には、ホラーゲームをしているうちに自分も怪異にみまわれていくという共通のパターンがあります。いずれも、現実が虚構に侵食される恐怖が巧みに描かれており、読んでいてゾクゾクします。ただ、「♯プレイしたら呪われる」を除くと最後のオチが弱い、もしくはよくわからないのが難。
70.霊感インテグレーション(新名智)
ITベンチャーのピーエム・ソリューションズ。この会社では幽霊からのプッシュ通知、呪われた瞑想アプリ、祟りをもたらすサーバー神社といった具合に、何故か怪異絡みの案件ばかりが舞い込んでくる。新人ディレクターの多々良数季はそれらをあくまでもロジックによって解明しようとするが...。
IT絡みの怪奇現象を論理的に解決していくホラーミステリーの連作集です。ホラーとしての怖さはほとんどないものの、テクノロジーとオカルトを融合させた独自の世界観が興味深く、個性豊かな登場人物も魅力的です。ただ、IT関連の専門用語が数多く出てくるので苦手な人は苦戦するかもしれません。
このホラーがすごい! 2026年版 海外ベスト20予想
最新更新日2026/05/29☆☆☆
Previous⇒このホラーがすごい! 2025年版 海外ベスト20予想
2位.肉は美し(アグスティナ・バステリカ)
3位.秘儀(マリアーナ・エンリケス)
4位.どこかで叫びが ニュー・ブラック・ホラー作品集(編:ジョーダン・ピール/作:レベッカ・ローンホース、タナナリーヴ・ドゥー他)
7位.呪いのウサギ(チョン・ボラ)
ライバル会社の策略で莫大な借金を背負って自殺した親友の仇を取るために呪物を操る一族の男が呪いのウサギを使ってその会社のすべてを齧り尽くさせる表題作、排泄物が意志を持って話しかけてくる「頭」、避妊薬の副作用によって妊娠した女性が父親候補を探す「つきのもの」など、全10話収録。
14位.侵蝕列車(サラ・ブルックス)
19位.ジョン・サンストーンの事件簿(マンリー・ウェイド・ウェルマン)心霊探偵のジョン・サーストンが友人と訪れたナイトクラブでヴードゥーの儀式を取り入れた踊り子のショーを目撃する「ヴードゥーの踊り子イリュリア」、ハンクスヴィルの郊外にある農場を手に入れたショノキンと名乗る男に奇怪な力で縛り付けられて契約を迫られる「死人の手」など、全8篇収録。20位.無名祭祀 クトゥルー神話原典集成(ロバート・E・ハワード)
21.幻想と怪奇17 幽霊のいる暮らし(アルジャーノン・ブラックウッド、アーサー・コナン・ドイル 他)
23.死者たち(クリスティアン・クラハト)
25.クリスマスに捧げるドイツ綺譚集(ホフマン、コンテッサ、フケー)
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このホラーがすごい! 2026
対象作品である2025年4月1日~2026年3月31日発売の海外ホラー小説の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
このホラーがすごい!海外版 最終予想(2026年5月29日)
1位.悪夢工場(トマス・リゴッティ)
このホラーがすごい!海外版 最終予想(2026年5月29日)
1位.悪夢工場(トマス・リゴッティ)
学者が寂れた町で行われている奇祭の調査に赴く「道化師の最後の祭り」、監獄勤務の精神科医のもとに脱獄囚が忍び込んで”自分は物理法則に縛られていない”と告げる「戯れ」、荒野に佇む赤い塔のような工場で不気味な不良品や悪夢のような玩具が全自動で作り続けれらている「赤塔」など、全9編収録。
1981年にデビューし、アメリカではカルト的なホラー作家として絶大な支持を集めているリゴッティの初邦訳本。彼の作品は人の存在意義を徹底的に否定するペシミズムに彩られており、その深い絶望が哲学的ともいえる恐怖を生み出しています。特に、「赤塔」は彼の作風を極限まで凝縮した逸品です。
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2位.肉は美し(アグスティナ・バステリカ)
動物たんぱく質の不足から人間の飼育及び屠畜が合法化された近未来。食肉処理工場の重役であるマルコスも食肉用の人間を解体して出荷する仕事に従事していたが、ある時、一頭の家庭飼育用のメスを押し付けられてしまう。仕方なく飼育を始めるマルコスだったが、次第に彼女を人間扱いし始め...。
アルゼンチン発のスパニッシュ・ホラー文芸。本作がホラーとして異彩を放っているのは、主人公が恐怖に追いつめられるのではなく、読者にとって異常な出来事が作中の人物には日常として当たり前に受け入れられているという、認識ギャップの恐怖を描いている点にあります。特に、最後の一行が強烈。
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3位.秘儀(マリアーナ・エンリケス)
闇の力を借りてアルゼンチンの政財界を裏で操るオルデン教団とブラッドフォード家。闇を呼び出す儀式に霊媒として利用され続けていたフアンは息子ガスパルにも自分と同じ力が宿っていることを知る。自分の命が尽きる前に息子を逃がす算段を立てるが、教団の魔の手は着実に父子に迫り…。
『寝煙草の危険』でスパニッシュ・ホラーの魅力を知らしめた著者の大作ダークファンタジー。本作を単純なエンタメ的な視点で見ると、テンポが悪い、味方が自滅ばかりでつまらないといった欠点が目立ちます。しかし、父子の愛とアルゼンチンの現代史を絡めた物語は芳醇で読み応えありです。
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4位.どこかで叫びが ニュー・ブラック・ホラー作品集(編:ジョーダン・ピール/作:レベッカ・ローンホース、タナナリーヴ・ドゥー他)
犯罪者の車に異様な目があるのを認識できる黒人警官が行き過ぎた取り調べで解雇される「不躾なまなざし」、失踪した祖父や母親と同様に衝動のままに人間関係をリセットする能力を持つ青年が恋人と一緒に居続けるためにその衝動と懸命に闘い続ける「彷徨う悪魔」、など、全19編収録。
『ゲット・アウト』でブラック・ホラーなるジャンルを打ち立てたジョーダン・ピール編集のアンソロジーです。自身の映画と同様、アメリカ社会に深く根ざした恐怖を描いた作品が集められています。どれも臨場感満点の傑作揃い。特に、掉尾を飾るメタホラー「オリジン・ストーリー」が秀逸です。
5位.紅色海洋(韓松)
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5位.紅色海洋(韓松)
荒廃した未来の地球。赤く染まった海は遺伝子工学によって作られた水棲人の棲家となっていた。あるとき、食糧事情が悪化しつつある紅い海洋で、水棲人・海星は兄弟姉妹と別れて食料を探す旅に出る。やがて、彼は同族を殺して食糧とする集団に出会い、リーダーの死後にその跡を継ぐが…。
汚染された赤い海で繰り広げられるカニバリズムはひどくグロテスクで地獄絵図そのものです。特に、第一部の共食いが続く場面はかなりのインパクトがあります。しかし同時に、その物語には神話的な荘厳さと哲学的な示唆が同居しており、悪夢的ながらも豊饒なイマジネーションの世界に圧倒されます。
6位.溺れる少女(ケイトリン・R・キアナン)
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6位.溺れる少女(ケイトリン・R・キアナン)
精神を病んでいた母と祖母の血を引くインプは、町で出会った女性ゲームライター・アバリンと恋に落ち、同棲を始めた。しかし、ある日、ドライブの最中に、全裸で佇む女性、エヴァと出会う。それからというもの、彼女の認識は歪んでいき、何が現実なのかも分からない迷宮へと転がり落ちてゆく…。
2013年にブラム・ストーカー賞を受賞したホラー文芸作品です。直接的な恐怖シーンはほとんどありませんが、信用できない語り手による眩惑的な物語は先の読めないサスペンスに満ちています。加えて、メタ的なプロットや文学論的な切り口が凡百のホラー作品では味わえない深みを与えています。
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7位.呪いのウサギ(チョン・ボラ)
ライバル会社の策略で莫大な借金を背負って自殺した親友の仇を取るために呪物を操る一族の男が呪いのウサギを使ってその会社のすべてを齧り尽くさせる表題作、排泄物が意志を持って話しかけてくる「頭」、避妊薬の副作用によって妊娠した女性が父親候補を探す「つきのもの」など、全10話収録。
ホラーというよりは寓話もしくは奇譚集といった感じですが、閉塞感漂う韓国社会の狭間から噴出する毒を醜悪な形で具現化しているのがホラー要素だといえます。最初は生理的嫌悪を感じつつも、その多彩な語り口に引き込まれていきます。SFや不条理劇の要素も内包したジャンル横断型の傑作。
8位.いつかどこかにあった場所(サラ・ピンスカー)
旧友のマーコと久しぶりに交流を持ったステラは、ゴミ屋敷の中で孤独死したマーコの兄・デニーの自宅に赴き、清掃を手伝う。やがて、ゴミの山から「アンクル・ボブ・ショー」という子供向けのローカル番組を録画したテープが出てくる。それはステラが即興で考え出した架空の番組と同じ内容で..。
旧友のマーコと久しぶりに交流を持ったステラは、ゴミ屋敷の中で孤独死したマーコの兄・デニーの自宅に赴き、清掃を手伝う。やがて、ゴミの山から「アンクル・ボブ・ショー」という子供向けのローカル番組を録画したテープが出てくる。それはステラが即興で考え出した架空の番組と同じ内容で..。
全12作収録の短編集で、その内容はSF、ファンタジー、ホラーとバラエティに富んでいます。なかでも、巻頭の「二つの真実と一つの嘘」は現実と虚構が揺らいでいくさまが怖い傑作です。また、ヒューゴ賞など四冠達成の「オークの心臓集まるところ」も謎解き要素のあるホラーとして読み応えあり。
9位.人形のアルファベット(カミラ・グルドーヴァ)
自分の身体のほどき方を発見した女性が脱ぎ捨てた髪や皮膚をゴミ箱の中に捨ててしまう「ほどく」、アパートの床にあるハッチを開けて階下の食糧店のバックヤードに忍び込む「ネズミの女王」、ふたりの少女が屋根裏のミシンが生み出していく幻影に魅せられていく「アガタの機械」など、全13篇収録。不条理文学の色合いが強い作品であり、ミシン・人形・缶詰・蜘蛛などがモチーフを変えながら幾度も登場します。本作は決してホラーではなく、不気味な描写も文学的な比喩表現にすぎません。しかし、数々のグロテスクな描写には思わずゾッとさせられます。特に、意味不明な表題作がインパクト大。
10位.英国幽霊屋敷譚傑作集(編: 夏来健次/著:エマ・ホワイトヘッド、シャーロット・リデル、アーサー・コナン・ドイル・他)
アンティーク趣味の男が自分好みの古い屋敷を手に入れるも幽霊がいないことに不満を抱いてオーディションにて屋敷に相応しい幽霊を手に入れようとする「ゴアズソープ屋敷の幽霊選び」、屋敷に亡骸のような子供を抱いた喪服姿の幽霊が現れる「パディントン領主屋敷の幽霊」など、全13篇収録。
アンティーク趣味の男が自分好みの古い屋敷を手に入れるも幽霊がいないことに不満を抱いてオーディションにて屋敷に相応しい幽霊を手に入れようとする「ゴアズソープ屋敷の幽霊選び」、屋敷に亡骸のような子供を抱いた喪服姿の幽霊が現れる「パディントン領主屋敷の幽霊」など、全13篇収録。
英国の幽霊屋敷をテーマにした王道的なアンソロジーですが、共通点のある作品をセットにして競作という形にしているのがユニークです。たとえば、同じ「幽霊屋敷」というタイトルでも調理法は全く異なっているために、どちらが好みかを検討しながら読み比べられる点に独自の面白さがあります。
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11位.シャーロック・ホームズとハイゲイトの恐怖(ジェイムズ・ラヴグローヴ)
1888年秋。ハイゲイト墓地から3つの死体が消える。ホームズはそれらの死体に真菌類の胞子が投与され、クリーチャー化したことを看破する。だが、ことはそれで終わりではなく、そこから連なる事件が形を変えてホームズの前に立ちふさがる。背後には地球外生命体ミ=ゴとその同盟者たちの存在が...。
ホームズをクトゥルー神話の世界で活躍させた3部作の番外編です。相変わらず正典からの引用や再解釈が巧みで、ホームズの物語に詳しい人ほどワクワクする作りになっています。また、ホラー描写も魅力的で、たとえば、知らない間に隣人の中身が入れ替わっているくだりなどはゾッとさせられます。
12位.フェアリー・テイル(スティーヴン・キング)
サイコ屋敷と呼ばれる無気味な屋敷で怪我をした老人を助けた少年チャリーは、やがてこの屋敷が異世界に繋がっていることを知る。な階段を降りると、夜空を双子の月がまばゆく照らす王国が広がっている。だが、その王宮は飛翔殺手なる者に簒奪されたうえに、王族は呪いをかけられて追放され…。
サイコ屋敷と呼ばれる無気味な屋敷で怪我をした老人を助けた少年チャリーは、やがてこの屋敷が異世界に繋がっていることを知る。な階段を降りると、夜空を双子の月がまばゆく照らす王国が広がっている。だが、その王宮は飛翔殺手なる者に簒奪されたうえに、王族は呪いをかけられて追放され…。
本作は、17歳の少年が友を助けるために異世界を旅する冒険ファンタジーです。つまり、ストレートなホラーではないのですが、体を蝕む呪いや部位の欠落した王族の娘など、作中には怪奇色に彩られたシーンが数多く存在します。ホラーに通ずるそのイマジネーションの豊かさはさすがキングです。
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13位.お化け屋敷へ、ようこそ(ユキミ・オガワ)
結婚相談所に女の妖怪が現れて「雄が必要なんです」と言い出す「町外れ」、座敷童が他人から幸運を盗んでいく「童の本懐」、古式ゆかしい純日本式お化け屋敷でがらくたが働く「お化け屋敷へ、ようこそ」、使用人が死んだのちも呪術師一族に縛られ続ける「煙のように光のように」など、全11篇収録。
東京在住の日本人が英語で書き、英語圏で発表した短編集です。ホラーというよりは怪異が登場するファンタジーに近く、ユーモアを織り交ぜた作風が特徴です。ノスタルジックな空気のなかで妖怪と人が邂逅する物語はどこか切なさを帯びていて引き込まれます。逆に、恐ろしさはほぼなしです。
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14位.侵蝕列車(サラ・ブルックス)
1899年の北京駅。巨大列車は、異形のものたちが巣食う荒れ地を縦断してモスクワへと至る15日間の旅に出ようとしていた。車内には偽名の女や公爵夫人、博物学者など、さまざまな事情を抱えた人間が乗り込んでいる。そんななか、列車で生まれ育った乗務員のチャンは無賃乗車の少女を見つけるが...。
未知の存在によって列車が侵食されていくさまは想像力を掻き立てられ、ぞくぞくします。ただ、肝心の荒れ地に関しては具体的な描写がないため、物足りなさを覚えるかもしれません。それにホラーとしての盛り上がりもいま一つ。人間ドラマを中心としたSFファンタジーとして読み応えのある作品です。
15位.セイレーンの歌(エドワード・ルーカス・ホワイト )
港町で出会った耳の不自由な男が世界の果てで半人半鳥の女怪セイレーンを見たと語る表題作、カルタゴ女王の妹であるアンナの気高さにイアルバース王が惹かれていく「イアルバース」、富豪の娘が貧しい男との結婚を許してもらうために夢の予言を利用する「ドドナの神託」など、全10編収録。
20世紀初期に怪奇小説の分野で活躍した著者の第1短編集。歴史小説家としても知られているだけに史実を絡めた作品が目立ち、全体的にホラー色は薄いのですが、それだけに、海洋ホラーの名品である表題作が光ります。また、政治的陰謀を人妻の視点から描いた「束桿──ファスケス──」も傑作です。
16位.原初の叫びを上げるもの(ニック・ブリンコ)
1979年。18歳のナットは自ら両手首を切り、病院に運び込まれる。担当医のロドニーは彼に対してさまざまな精神療法を試み、最後にたどり着いたのが抑圧された幼少期を追体験することでトラウマを克服する原初療法だった。やがて、ナットはパンク・バンドを結成し、ライブを行うようになるが…。
本作は、UKアナーコ・パンクの代表的存在であるルディメンタリー・ペニのギターボーカルで画家としても著名な作者が1995年に発表した半自伝的なホラー小説です。担当医の日記を通して綴られる、主人公が狂気に苛まれていくプロセスはイマジネーション豊かなホラーとして読み応えありです。
17位.ライオンの場所 (チャールズ・ウィリアムズ )
ロンドン近郊の田舎町で見世物小屋から雌ライオンが逃げだした。青年アンソニーはそれが人を襲い、次の瞬間、巨大な雄ライオンへと姿を変えるのを目撃した。続いて、謎の導師によってイデアが召喚され、住人たちは天使に引き寄せられていく。アンソニーは侵食される世界を救おうとするが...。
1931年発表の古典作品であり、宗教&哲学の蘊蓄を結集した観念的な作品です。決して読みやすくはないものの、数々の災厄とともに世界が変容していくさまはホラーサスペンスとしてもスリリング。
18位.英国幽霊いまむかし(編:南條竹則/著A・C・ベンスン、エドワード・ブルワー=リットン・他)
17世紀に起きたとされるポルターガイスト事件の報告をまとめた「テッドワースの鼓手」、教区内で語り継がれてきた怪談集「トレヴェシン教区の怪談」、男が魔女や妖精の宴を目撃してしまう「タム・オ・シャンタ」、呪われた屋敷に宿泊した男が恐怖の一夜を体験する「幽霊屋敷」など、全14編収録。
英国に伝わる中世から20世紀までの怪異譚を小説や戯曲等から集め、時系列順に編纂したアンソロジー。現代ホラーに慣れていると、牧歌的すぎて刺激に欠ける点は否めないものの、物語の中に文化や信仰といった時代背景が透けて見えるのは興味深い。終盤の展開に唖然とする「幽霊屋敷」が印象的。
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探偵がオカルト絡みの事件を解決していく本シリーズは、1980年代にアンソロジーで発表されたものを単行本にまとめたものです。その面白さは、なんといっても、巨漢の伊達男で教養人でもあるジョン・サーストンの魅力にあります。オカルトハードボイルドミステリ―として完成度の高い逸品です。
動物が行方不明になる事件が立て続けに起き、恋人のペットも被害に遭う。悲しみに暮れる彼女に対し、男は勇猛なブルドッグをプレゼントする。一方、事件はエスカレートしていき、被害は人間の大人にまで及ぶようになっていた。そんななか、ブルドッグが傷だらけになって男の前に現れ…。
英雄コナンシリーズで有名な著者が30年代に書いたクトゥルフ神話です。収録21編は、コナンシリーズを彷彿とせるファンタジーものから現代を舞台にしたものまでバラエティに富んでいます。未完のものが多いものの、著者がクトゥルフ神話に与えた影響を知る絶好の資料だといえるでしょう。
その他注目作6
21.幻想と怪奇17 幽霊のいる暮らし(アルジャーノン・ブラックウッド、アーサー・コナン・ドイル 他)
若い女性が下宿している家に少女の幽霊が現れて”お母さまがいないの”と訴える「寄る辺なき幽霊」、ロンドンの郊外に農場を借りた男が奇妙な出来事に遭遇する「ナット・ブッシュ農園」、幽霊の存在を確かめようと過去に惨劇があった幽霊屋敷に忍び込む「ゴアズソープの幽霊屋敷」など、多数収録。
幽霊屋敷をテーマに古今東西の作品を収録したムック本です。多彩な作品群のなかにあって、白眉なのはコナン・ドイルの「ゴアズソープの幽霊屋敷」でしょう。18歳当時の作品ながらツボを押さえた展開が素晴らしい。一方、公募入選作の「見える番長」はまさかのコメディ作品なのが楽しい。
22.抱擁(アン・マイクルズ)
1917年。フランス・エスコー川の戦場で瀕死の重傷を負ったジョンは、体に光と音が流れ込むのを感じ、記憶の断片に導かれて生還を果たす。その後、北ヨークシャーに戻った彼は妻のヘレナと写真スタジオを再開するが、客に依頼された写真には、戦争の間に亡くなった彼らの家族が写るようになり...。
幽霊譚ですが、本作の主題となっているのは怨霊による恐怖ではなく、死者と生者の間に紡がれていく何世代にもわたる過去の記憶です。全編を覆う美しい静寂が胸を打ち、細部の描写から立ち上ってくる匂いやぬくもりに、哀愁の念を覚えずにはいられません。ただ、物語性に乏しい点は人を選ぶかも。
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23.死者たち(クリスティアン・クラハト)
1932年。ハリウッドに対抗して日独合作のホラー映画を制作する案が甘粕正彦より出され、それを受けたドイツが若き映画監督エミール・ネーゲリを日本へ派遣する。異国をカメラ越しに見つめる彼と映画に野望託す甘粕の危うい欲望は時代の波に呑まれていく。果たして、その先にあるものは…。
本作は間違ってもホラー小説ではありませんし、ホラー映画の制作が軸になっている割にホラーへの言及は極めて希薄です。物語は茫洋としたまま始まり、曖昧模糊としたまま閉じていきます。強いて言えば、時代の空気を描いた文芸寄りの作品です。ただ、結末における濃厚な死の香りは強烈。
24.メルヒオール・ドロンテの転生(パウル・ブッソン)
ゼノン・フォラウフには、18世紀ドイツの男爵の息子メルヒオール・ドロンテだったという前世の記憶があった。それによると、学生時代の放蕩や決闘沙汰で家を追い出されて以来、彼は人生の転換期で度々謎の回教僧に出会うが、その姿は幼い頃に崩落する天井から救ってくれた蝋人形そっくりで…。
オーストリア綺想小説コレクション全3巻の掉尾を飾る作品です。主な舞台はフランス革命最中のパリで、そこに散りばめられた処刑台の悪夢やワルプルギスの魔宴、降霊術に幻視といったオカルト要素が主人公が繰り広げていくピカレスクロマンの物語と混じり合い、独特のムードを醸し出しています。
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破産して家から出ていくことになった一家が別れの宴を催すべく幼い兄妹を使いに出すも森で出会った奇妙な者たちを招いてしまう「別れの宴」、幼い娘のクリスマスプレゼントであるくるみ割り人形がネズミの王様の軍勢と戦争を繰り広げる「くるみ割り人形とネズミの王様」など、全6編収録。
1816年と1817年にホフマンがコンテッサとフケーを誘って作り上げたクリスマス向けのメルヘン集。もともと子供向けに書かれたものですが、イマジネーション豊かで大人が読んでも十分に楽しめる要素に満ちています。有名なくるみ割り人形はもちろん、収録6作外れなしです。ただ、ホラー度は低め。
26巫女-配信者シャーマンとハヨンの悪霊事件簿(イ・サグ)
IT企業で働くハヨンは隣人とその恋人が発する騒音に悩まされていた。抗議をしても効果はなく、たまりかねた彼女はネットで人気の巫女姉さんに助けを求める。彼女のアドバイスに従うと事態は好転したかに思われた。だが、それを機に日常に潜む悪霊が姿を現し、彼女の生活を蝕むようになり…。
Youtuberの巫女姉さんと助手の主人公が悪霊退治に勤しむホラーコメディです。グロ描写もそれなりにあるものの、ヨハンの軽妙な語りが面白くて楽しく読むことが出来ます。住まいや仕事に問題を抱えた主人公の世知辛さを笑いに転化するのが秀逸。悪霊退治の方法が物理系重視なのもユニークです。
【卍の殺人】新本格の隠れ女王!今邑彩作品ガイド【ルームメイト】
最新更新日 2025/02/20
個人的に2013年は呪われた年として記憶されています。最初は2月の訃報です。半ば引退状態にあったとはいえ殊能将之が49歳の若さで亡くなったことはかなりのショックでした。しかし、今邑彩が自宅で孤独死しているのを発見という3月のニュースによってそれ以上の衝撃を覚えることになります。年齢こそ57歳と殊能将之より8歳年上ですが、まだまだ若く、なにより孤独死の3文字が重くのしかかります。さらに、4月には社会派ミステリ全盛の時代において本格ミステリを鮎川哲也と共に牽引してきた大御所中の大御所、佐野洋が亡くなります。しかし、享年84歳なのでこれは大往生といっても差し支えないでしょう。ただ、これで終わりではありませんでした。5月になると、今度は加賀美雅之の訃報が飛び込んできます。こちらも享年54歳とかなりの若さです。こうなるともう戦々恐々で来月は誰だろう?とビクビクしていると訃報はピタリと止まります。これで打ち止めかとホッと胸をなで下ろしていたところ、10月に最大級の衝撃がやってきます。トリッキーな作風と短編ミステリーの名手として知られ、数々の名作を発表してきた連城三紀彦の訃報です。65歳なので他の方々よりは年上とはいえ、現代においてその死は早すぎるといわざるを得ません。もちろん、2014年以降も定期的に作家の訃報は耳にしてきましたが、そのほとんどは高齢に伴うものであり、2013年ほどの衝撃を味わうことはありませんでした。ちなみに、2025年は2013年になくなった作家たちの13回忌です。故人の冥福を祈りつつ、すでに記事のある佐野洋を除く4人の紹介記事を順次アップしていきます。
今邑彩1955年3月13日 - 2013年2月?日 享年57歳
今邑彩は新本格ムーブメントが盛り上がりを迎えようとしていた1989年に創元社からデビューしました。その経歴とホラー色を取り入れたトリッキーな作品が多かったことから考えると新本格の中心的存在になってもおかしくないはずですが、新本格ムーブメントの中ではほとんど存在感を示していませんでした。ミステリー市場でも数いる作家の1人にすぎず、ようやく再評価の波が訪れたのは2010年代になってからです。その原因はおそらく、そつなくまとまっている代わりに外連味に欠ける地味な作風にあったと考えられます。しかし、再評価が進んでいることからも分かるとおり、彼女の作品には忘れ去られるには惜しい魅力があります。そこで、この記事では今邑彩の代表的な作品とその魅力について紹介していきます。
卍の殺人(1989)
東京でイラストレーターをしている安東匠は、恋人の荻原亮子を伴って実家を訪れる。彼は幼い頃に資産家に養子として引き取られたのだが、30歳を目前にして意に沿わぬ女性と結婚させられようとしていたのだ。今回の帰郷はそれをキッパリ断るためだという。旧家である彼の実家は、卍の形をした異形の館だった。そこに2組の家族が棟ごとに別れて暮らしている。匠はこうした歪な一族との決別を決意していた。だが、彼が戻ってくると、一族の者は次々と奇怪な死を遂げ始め…。
◆◆◆◆◆◆
鮎川哲也賞の前身である“鮎川哲也と十三の謎 十三番目の椅子”に選ばれた著者のデビュー作です。いかにも新本格ムーブメント初期作品といった感じの館ものであり、家系図や屋敷の見取り図などかこれ見よがしに登場します。また、不穏な人間関係などもこれからの惨劇を予感させ、雰囲気を盛り上げてくれます。ただ、惜しむらくはあまりにも既視感が強すぎました。ミステリーを読みなれている人なら「もしかしてこれはあのパターンでは?」と感じてしまい、実際にそれが真相なのでトリックや犯人の正体に関してはほとんど意外性はありません。クリスティのような、トリックは既存のものでも真相を悟らせないミスディレクションの妙といったものもなく、有名作品との類似性によって直感的に真相を見破れてしまうのです。そのため、解決編を読んで驚かされることを期待していると肩透かしを食らってしまいます。ただ、既存要素をふんだんに盛り込んでいるからこそ、本作はクラシカルな本格ミステリならではの芳醇な香りに満ちています。その香りをじっくりと味わいながら読み進めていけば、どんでん返しの驚きとはまた違った満足感が得られるはずです。
ブラディ・ローズ(1990)
庭いっぱいに薔薇が咲き乱れる青髭の洋館。花梨はその館に3人目の妻としてやってきた。前妻、前々妻はいずれも館の窓から落ちて亡くなっている。1年前に前妻の良江が落ちるのを目の前で目撃したという後味の悪さは感じつつも、待ちに待った館での生活に彼女は希望で胸を膨らませていた。妹・晶をはじめとして館の一同も花梨を暖かく迎えてくれる。ところが、新しい生活をスタートさせた矢先、悪意むき出しの脅迫状が彼女のもとに届く。脅迫状の主は一体誰なのか?
◆◆◆◆◆◆
ヒッチコックの映画で有名な『レベッカ』を彷彿とさせる作品で、終始漂う不穏な空気に先の展開が気になってしまいます。ジャンルとしてはサスペンスミステリーなのですが、ゴシックホラーの雰囲気を色濃く滲ませることで、サスペンス感をより一層高めているのが見事です。また、誰もが疑わしく思えてきて疑心暗鬼に陥る主人公の心理もよく描けています。真相自体は勘の良い人なら見破れるかもしれませんが、それを踏まえたうえでのラストのどんでん返しには驚かされるのではないでしょうか。1作目とはガラリと作風を変えてきた著者初期の代表作です。ちなみに、C・Novels版のタイトルは『悪魔がここにいる』になっています。
i(アイ)―鏡に消えた殺人者(1990)
主婦の砂村悦子は新人賞を受賞し、作家としての第一歩を踏み出す。そして、次回作に取り組み、初稿の完成も間近だという話だった。そこで、担当編集の的場は喫茶店で待ち合わせて原稿を見せてもらう約束を取り付けるが、いくら待っても彼女は現れない。業を煮やした的場は彼女の自宅に押しかける。だが、鉢合わせになった母親とともにそこで発見したのは悦子の他殺死体だった。現場は密室で、しかも、部屋に残された血の足跡は鏡のところでぷつりと消えていた。まるで鏡の住人が悦子を殺して再び鏡の中に戻ったかのように。的場は咄嗟に現場に残されたワープロの中のフロッピーディスクを持ち帰るが、そこに綴られていたのは彼女と同じ年頃のアイという名の少女を溺死に追い込んだという恐るべき幼少期の思い出だった。その内容は事実なのか?だとすると、アイの怨霊が悦子を殺したとでもいうのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
警視庁捜査一課・貴島柊志シリーズ第1弾です。警察小説の形をとりながらもホラー色がかなり強く押し出されており、物語世界を支配する薄気味の悪さには読んでいてゾクゾクさせられます。その一方で、怪現象に合理的な説明を与えていく手管も巧みです。驚愕のトリックなどといったものはありませんが、足跡の謎をはじめとして、盲点を突く仕掛けと、巧みな伏線回収によって納得度の高い推理を提示しています(もっとも、あるトリックだけはそんなことをすれば警察の捜査でバレるのでは?と思わないでもないですが)。さらに、ホラーとミステリーをうまい具合に融合し、その上で炸裂させる最後の一撃もなかなかのインパクトです。ただ、探偵役の貴島柊志がいまひとつ印象が薄く、その点に関してだけはもの足りなさを覚えます。とはいえ、ホラーミステリーとしてのレベルの高さは疑いようもなく、著者の最高傑作に挙げる人もいるほどです。
「裏窓」殺人事件 tの密室(1991)
三鷹の8階建てのマンション最上階から一人暮らしのデザイナー、北川翠が墜落死した。向かいのマンションに住む足の不自由な少女、坪田順子は翠の部屋を双眼鏡でのぞき、不審な男を目撃したため、三鷹署に通報する。だが、翠の部屋は密室状態で出入り不可能だったことから、目撃案件は順子の勘違いとして片づけられてしまう。一方で、翠の亡くなったのとほぼ同時刻には別の場所で殴打事件が発生していたが…。
◆◆◆◆◆◆
警視庁捜査一課・貴島柊志シリーズの第2弾です。そして、タイトルやあらすじをみれば明らかですが、ヒッチコック映画の名作『裏窓』のオマージュ作品でもあります。もちろん、ただ真似をするだけではありません。そこにホラー要素をまぶし、ゾッとする物語として再構築するのが今邑流です。前作の『i(アイ)―鏡に消えた殺人者』と比べると地味な印象は拭えないものの、プロットはよく練り込まれています。まず、大小さまざまな事件がバランスよく配置されており、一見無関係だと思われていたそれらの繫がりが明らかになっていく展開はミステリーならではの快感です。また、伏線回収も巧みで、サブタイトルにもなっている密室の扱いも意表を突かれて唸らされてしまいます。それに忘れてはならないのが動機です。狂気の理論に基づく犯行はかなりのインパクトであり、その犯人像を忘れ難いものにしています。さらに、元ネタである『裏窓』自体も効果的に使われているなど、さまざまな要素が無理なくまとめられた佳品です。
金雀枝荘の殺人(1993)
呪われた館として知られる金雀枝荘で発見された6人の死体。現場は完全に封印されており、外部からの出入りは不可能だった。そのことから6人が互いを殺し合ったものと考えられたが、事件の詳細についてはその多くが謎に包まれていた。やがて1年が過ぎ、音大生の杏那をはじめとする被害者の親族たちが真相を探るべく館を訪れる。そこで繰り広げられる推理合戦。そして、再び惨劇の幕が開き…。
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いわくのある館で見立て殺人が発生し、現場は密室。おまけに登場人物たちが推理合戦を繰り広げるコテコテの本格ミステリです。ともすれば詰め込みすぎにもなりがちですが、本作の場合は一つ一つの要素が有機的に結びいており、無駄のないプロットには唸らされてしまいます。個々の要素にしても密室トリックはシンプルながらよく練られていますし、グリム童話の見立て殺人も必然性があって好印象です。推理合戦に関してはは論理性に乏しくて若干のもの足りなさを覚えるものの、その事自体に意味を持たせているのには感心しました。しかし、本作の白眉はなんといってもホワイダニットの謎です。終盤、急転直下の展開の後に明らかになる犯人の動機は衝撃的で驚かされます。このようにさまざまな魅力に満ちた本作ですが、幽霊や霊媒師の存在だけはやや蛇足に感じます。特殊設定ミステリーの趣向があるわけでもないので超自然的な要素は排除した方がまとまりがよかったのではないでしょうか。
時鐘館の殺人(1993)
売れっ子のミステリー作家の刺殺死体が謎の女性の死体とともに発見される「生ける屍の殺人」、大女優の引退の真相を探るべく彼女が隠居生活を送っている洋館を学生たちが訪ねる「黒白の反転」、浪人生が留守番電話を再生すると知らない女から恐ろしい事実が告げられる「恋人よ」など、全6篇収録。
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多彩な切り口の作品を集めた短編集です。まず、開幕の「生ける屍の殺人」は謎の提示が魅力的でラストの着地でぞっとさせるホラーテイストな佳品に仕上がっています。続く「黒白の反転」はタイトルの通り、最後の反転が見事です。「あの子はだあれ」も反転ものですが、個品ながらもSFホラーのテイストが味わい深い作品となっています。対して、「隣の殺人」は収録作唯一の凡作であり、最後のオチがあまりにも見え見えなのが残念です。「恋人よ」はサイコホラーとして秀逸で短いながら読んでいてゾクゾクさせられます。ただ、最後のオチは好みが分かれるかもしれません。掉尾を飾る表題作はこの作品集の白眉。作者自身が犯人当て懸賞小説の執筆を依頼される話なのですが、思わぬところからの伏線回収と意外な仕掛けに驚かされてしまいます。極めてレベルの高い短編集であり、著者の入門編としてもおすすめです。
そして誰もいなくなる(1993)
名門女子高・天川学園では開校百周年記念式典のイベントとしてアガサ・クリスティの名作『そして誰もいなくなった』の舞台演劇が予定されていた。ところが、アームストロング医師役の球磨光代が骨折し、演劇部顧問の向坂典子が急遽代役を務めることになる。そして、舞台当日を迎えるのだが、最初の被害者であるアンソニー・マーストンを演じた西田エリカが上演中に紅茶を飲み、そのまま死んでしまう。紅茶には作中の事件と同じように青酸カリが仕込まれていたのだ。しかも、事件はそれだけでは終わらなかった。ロジャース夫人役の松木晴美が睡眠薬の大量摂取で死亡し、マカーサー退役将軍役の佐久間みさが撲殺される。何者かが『そして誰もいなくなった』の筋書きに沿って見立て殺人を行っているのだ。惨劇の続くなか、典子は事件の真相に迫っていくが...。
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数ある『そして誰もいなくなった』のオマージュ作品であり、舞台の役者が殺される展開はフランスのミステリー『「そして誰もいなくなった」殺人事件』を彷彿とさせます。仕掛けや犯人像は全くことなるので読み比べてみるのも面白いのではないでしょうか。さて、肝心の出来栄えですが、見立ての趣向から次の被害者は明らかなのにやすやすと犯行を許してしまうなど、ストーリー自体はご都合主義が目立ちます。しかし、本格ミステリとしてはよく考えられており、特に終盤に炸裂する2段構えのどんでん返しが秀逸です。また、それに付随するミスリードの数々と伏線回収の巧みさにも唸らされてしまいます。全体的に緊迫感がいまひとつという欠点はあるものの、終盤の盛り上がりは申し分ありませんし、オマージュ作品としてはかなりレベルの高い作品です。発想の面白さでは『金雀枝荘の殺人』と双璧をなす存在だといえるのかもしれません。
ルームメイト(1997)
萩尾春海は大学進学のために上京し、そこで出会った西村麗子に共同生活を持ち掛けられた。とまどう春海だったが、物件の良さと麗子の人柄に惹かれてルームシェアの生活を始める。だが、麗子が自分を彼女の妹だということにして契約しようといいだしたことだけが気がかりだった。それからしばらくは順風満帆な生活が続いたものの、4か月をすぎたあたりから急に麗子の服装の趣味が変わり始め、取り決め分の家賃も振り込まれなくなっていた。彼女に不信感を覚えた春海がやむを得ず京都にある麗子の実家に電話すると、電話に出会たのは西村麗子と名乗る見知らぬ女性だった。つまり、一緒に暮らしていた麗子は偽者だったのだ。一体彼女は何者なのか?その正体を探っていくと、やがて驚愕の事実が明らかになる。そして、ついに事件が...。
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2010年頃からじわじわと売れ始めた文庫版が最終的に30万部を突破し、著者が亡くなった年の11月には映画化もされています。著者再評価されるキッカケとなった作品であり、実際に読んでみるとい、テンポの良さに加えて後半からの二転三転を伴う怒涛の展開が面白く、確かにヒット作となるのも納得です。ただ、『金雀枝荘の殺人』や『そして誰もいなくなる』あたりと比べると、本格ミステリとしては大きく見劣りがします。リーダビリティの高さは文句なしなのですが、それに謎解きの魅力が追い付いていないのです。ある意味、捻りが効いた驚くべき真相ではあります。しかし、そもそも、本作でメインとなる仕掛けはアンフェアなうえに使いつかされた感のある××ネタであり、そうである以上はどうしても肩透かしを覚えてしまいます。とはいえ、ストーリー自体は面白いので本格ミステリとしてではなく、一種のサイコサスペンスとして楽しむのが吉かのしれません。
よもつひらさか(1999)
別れた夫と思しきバラバラ死体が近所の公園で発見されたことから自分に異常な愛情を示すペンフレンドに疑いの目を向ける「見知らぬあなた」、祖母から譲り受けた鏡に未来の自分が映し出される「ささやく鏡」、浮気調査の最中に亡くなった友人の妻が旅館で奇妙な行動をしているのを目撃する「時を重ねて」、骨董屋の店主が旅行中の男からあるお寺の天井板に染みついている奇妙な人影の話を聞く「双頭の影」、夢の世界に行くことを切望した少年が自殺を試みる「夢の中へ・・・」、駆け落ちをして家を飛び出した娘から「初孫が生まれた」と告げられる表題作など、全12編収録。
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ミステリ―とホラーの要素が入り混じった作風でジャンル的には奇妙な味ミステリーというのが一番近いかもしれません。ただ、はっきりいってネタ的には使い古されたものが多く、オチが読めてしまうものも少なからず存在します。しかし、語り口のうまさで物語世界に引き込んでいく手管は一級品で、予定調和のオチが大きな欠点になっていないのはその完成度の高さ故です。それに、「ああ、あのパターンか」と思わせておいてもうひと捻り加えている作品をあり、それらを散りばめておくこと読者を飽きさせない構成の妙に唸らされます。特に、おぞましい真相にゾッとする「見知らぬあなた」、タクシー運転手との何気ない会話が過去の事件の真相を浮かび上がらせていく「家につくまで」、意表を突く絵のトリックと恐ろしい結末の組み合わせが忘れ難い「遠い窓」などが頭ひとつ抜けています。それ以外の作品も良作揃いで満足度の高い短編集です。
いつもの朝に(2006)
兄・桐人と弟・優太は仲の良い中学生の強大だったが、スポーツ万能学業優秀な桐人に比べて優太は何の取柄もない落ちこぼれだったことから互いに複雑な感情を抱えていた。彼らの関係は聖書のカインとアベル のようであり、また、幼馴染からは2人の名がキリストとユダの響きに似ていると指摘される。そんなある日、優太は父の形見のぬいぐるみの中から一通の手紙を見つける。そこには画家で母親の沙羅が関わった30年前の惨劇と、それに伴う兄弟たちの出生の秘密が記されていたのだが...。
◆◆◆◆◆◆
優太が手紙を見つけてから始まる過去編が波乱万丈の展開でぐいぐいと引き込まれていきます。ただ、ミステリーとしての面白さは前半でほぼ出尽くしてしまい、後半からは出生の秘密を知った兄弟の葛藤がメインテーマとなってきます。そういう意味ではミステリーを期待した人にとっては肩透かしを食らうかもしれません。しかし、その葛藤から生まれる兄弟及び母親とのドラマが実に感動的なのです。読んでいて辛くなるシーンが続きますが、それだけに苦難を乗り越えた先に訪れる結末には思わず涙してしまいます。人間ドラマとしての完成度が高く、ミステリー色が薄いにも関わらず、著者の最高傑作に挙げる人もいるほどです。
兄・桐人と弟・優太は仲の良い中学生の強大だったが、スポーツ万能学業優秀な桐人に比べて優太は何の取柄もない落ちこぼれだったことから互いに複雑な感情を抱えていた。彼らの関係は聖書のカインとアベル のようであり、また、幼馴染からは2人の名がキリストとユダの響きに似ていると指摘される。そんなある日、優太は父の形見のぬいぐるみの中から一通の手紙を見つける。そこには画家で母親の沙羅が関わった30年前の惨劇と、それに伴う兄弟たちの出生の秘密が記されていたのだが...。
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優太が手紙を見つけてから始まる過去編が波乱万丈の展開でぐいぐいと引き込まれていきます。ただ、ミステリーとしての面白さは前半でほぼ出尽くしてしまい、後半からは出生の秘密を知った兄弟の葛藤がメインテーマとなってきます。そういう意味ではミステリーを期待した人にとっては肩透かしを食らうかもしれません。しかし、その葛藤から生まれる兄弟及び母親とのドラマが実に感動的なのです。読んでいて辛くなるシーンが続きますが、それだけに苦難を乗り越えた先に訪れる結末には思わず涙してしまいます。人間ドラマとしての完成度が高く、ミステリー色が薄いにも関わらず、著者の最高傑作に挙げる人もいるほどです。
人影花(2014)
間違い電話をかけた男がその後も繰り返して電話をかけきては次第に脅迫めいた台詞を口にするようになっていく「私に似た人」、女探偵・大道寺綸子のもとを訪れた女性が神の目と名乗る人物からプライベートな秘密を暴かれては告発の手紙を送られているのだと訴える「神の目」、老人が酒を飲みながら幼少期の思い出話として一緒に遊んでいた転校生を置き去りにして死に至らしめたエピソードを語る「もういいかい......」、保養施設で出会った中年女性が鳥の巣を雛鳥ごと焼き捨てた話を始める「鳥の巣」など、全9編収録。
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著者の死後に単行本未収録作品を集めた短編集です。それだけに、ジャンルもバラバラで統一感には欠けるものの、何が飛び出してくるのか面白さがあります。まず、最初の「私の似た人」は異常なシチュエーションから真相が明らかになる展開が切れ味鋭い秀作ですし、逆に、「神の目」はオチそのものは凡庸な代わりに探偵のキャラクターと掛け合いの面白さで楽しませてくれます。また、表題作はラスト一行が衝撃的であり、いわゆる最後の一撃の傑作です。さらに、後半に入るとにわかにホラー色が強くなり、ゾクゾクさせてくれます。なかでも、どんどん狂気の世界に引きずり込まれていく「鳥の巣」が恐ろしい。どれも粒ぞろいで寄せ集めとは思えない面白さです。
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著者の死後に単行本未収録作品を集めた短編集です。それだけに、ジャンルもバラバラで統一感には欠けるものの、何が飛び出してくるのか面白さがあります。まず、最初の「私の似た人」は異常なシチュエーションから真相が明らかになる展開が切れ味鋭い秀作ですし、逆に、「神の目」はオチそのものは凡庸な代わりに探偵のキャラクターと掛け合いの面白さで楽しませてくれます。また、表題作はラスト一行が衝撃的であり、いわゆる最後の一撃の傑作です。さらに、後半に入るとにわかにホラー色が強くなり、ゾクゾクさせてくれます。なかでも、どんどん狂気の世界に引きずり込まれていく「鳥の巣」が恐ろしい。どれも粒ぞろいで寄せ集めとは思えない面白さです。

【ハサミ男】博識と諧謔!殊能将之全作品ガイド【黒い仏】
最新更新日2025/02/26☆☆☆
個人的に2013年は呪われた年として記憶されています。最初は2月の訃報です。半ば引退状態にあったとはいえ殊能将之が49歳の若さで亡くなったことはかなりのショックでした。しかし、今邑彩が自宅で孤独死しているのを発見されたという3月のニュースによってそれ以上の衝撃を覚えることになります。年齢こそ57歳と殊能将之より8歳年上ですが、まだまだ若く、なにより孤独死の3文字が重くのしかかります。さらに、4月には社会派ミステリ全盛の時代において鮎川哲也と共に本格ミステリを牽引してきた大御所中の大御所、佐野洋が亡くなります。もっとも、享年84歳なのでこれは大往生といっても差し支えないでしょう。ただ、これで終わりではありませんでした。5月になると、今度は加賀美雅之の訃報が飛び込んできます。こちらも享年54歳とかなりの若さです。こうなるともう戦々恐々で来月は誰だろう?とビクビクしていると訃報はピタリと止まります。これで打ち止めかとホッと胸をなで下ろしていたところ、10月に最大級の衝撃がやってきます。トリッキーな作風と短編ミステリーの名手として知られ、数々の名作を発表してきた連城三紀彦の訃報です。65歳なので他の方々よりは年上とはいえ、現代においてその死は早すぎるといわざるを得ません。もちろん、2014年以降も定期的に作家の訃報は耳にしてきましたが、そのほとんどは高齢に伴うものであり、2013年ほどの衝撃を味わうことはありませんでした。ちなみに、2025年は2013年になくなった作家たちの13回忌です。故人の冥福を祈りつつ、すでに記事のある佐野洋を除く4人の紹介記事を順次アップしていきます。
個人的に2013年は呪われた年として記憶されています。最初は2月の訃報です。半ば引退状態にあったとはいえ殊能将之が49歳の若さで亡くなったことはかなりのショックでした。しかし、今邑彩が自宅で孤独死しているのを発見されたという3月のニュースによってそれ以上の衝撃を覚えることになります。年齢こそ57歳と殊能将之より8歳年上ですが、まだまだ若く、なにより孤独死の3文字が重くのしかかります。さらに、4月には社会派ミステリ全盛の時代において鮎川哲也と共に本格ミステリを牽引してきた大御所中の大御所、佐野洋が亡くなります。もっとも、享年84歳なのでこれは大往生といっても差し支えないでしょう。ただ、これで終わりではありませんでした。5月になると、今度は加賀美雅之の訃報が飛び込んできます。こちらも享年54歳とかなりの若さです。こうなるともう戦々恐々で来月は誰だろう?とビクビクしていると訃報はピタリと止まります。これで打ち止めかとホッと胸をなで下ろしていたところ、10月に最大級の衝撃がやってきます。トリッキーな作風と短編ミステリーの名手として知られ、数々の名作を発表してきた連城三紀彦の訃報です。65歳なので他の方々よりは年上とはいえ、現代においてその死は早すぎるといわざるを得ません。もちろん、2014年以降も定期的に作家の訃報は耳にしてきましたが、そのほとんどは高齢に伴うものであり、2013年ほどの衝撃を味わうことはありませんでした。ちなみに、2025年は2013年になくなった作家たちの13回忌です。故人の冥福を祈りつつ、すでに記事のある佐野洋を除く4人の紹介記事を順次アップしていきます。
殊能将之1964年1月19日 - 2013年2月11日 享年49歳
1999年に『ハサミ男』で鮮烈デビューを果たした殊能将之はその博識ぶりを活かしたガジェット満載の問題作をコンスタントに発表し、奇才として注目される存在になっていきます。しかし、ミステリー作家としての活動期間は実質5年ほどにすぎず、2013年には作家としての復帰を果たせぬまま帰らぬ人になってしまいます。決して長くないキャリアの中でどのような作品を遺していったのかが気になるところです。そこで、本記事では書籍化された殊能将之の全作品を紹介していきます。
ハサミ男 (1999)
ハサミで喉を突き刺すという残忍な手口で、2人の女子高生が立て続けに殺される。犯人はマスコミによってハサミ男と命名され、世間の注目を集めていた。一方、当のハサミ男は3人目の犠牲者の選出に余念がなかった。しかし、自分の手口を真似た模倣犯が出現したことでその正体を暴くために調査を開始するが…。
◆◆◆◆◆◆
第13回メフィスト賞受賞作。当時イロモノ作品の多かったメフィスト賞のなかではかなり王道的な本格ミステリです。とはいえ、それはあくまでもメフィスト賞の範疇の中での話であり、シリアルキラーが探偵役となって模倣犯の正体を探っていく趣向は、十分に異端だといえます。もっとも、シリアルキラーが主人公というわりには陰惨な趣向はほぼなく、意外なほどにライトな口当たりで驚かされます。そして、テンポもよく巧みな語り口にぐいぐい引き込まれていくことになるのです。しかし、物語の面白さに油断していると、突然とんでもない背負い投げを食らわされることになります。現在では似たような仕掛けの作品が数多く登場しているため、当時程の驚きは感じないかもしれません。それでも、巧みなミスディレクションや二重三重の仕掛けはやはり鮮やかで、この手の作品の教科書的作品だといえます。ミステリにおける騙しのテクニックを学びたい人には特におすすめの名品です。
2000年度このミステリーがすごい!国内部門 9位
2000年度本格ミステリベスト10 国内部門 2位
2000年度このミステリーがすごい!国内部門 9位
2000年度本格ミステリベスト10 国内部門 2位
美濃牛(2000)
亀恩洞は高賀童子なる鬼が棲むと言い伝えから鬼隠れの穴とも呼ばれ、その内部には病を癒やす奇跡の泉があるという。その泉を取材すべく、フリーライターの天瀬とカメラマンは正体不明の男、石動戯作(いするぎ・ぎさく)と共に岐阜県にある田舎村を訪れる。ところが、ある夜、問題の洞窟の入り口で無惨な遺体が発見され…。
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著者唯一のシリーズ探偵、石動戯作の初登場作品です。前作の『ハサミ男』が極めて技巧的な作品だったのに対して、本作はこれ以上ないほど王道的な探偵小説に仕上がっています。不気味な伝承が存在する閉鎖的な村で奇怪な見立て殺人が起きるという横溝正史的な世界観をベースに、特に凄いどんでん返しがあるわけでもなく、事件は探偵によってオーソドックスに解かれていきます。もちろん、いくつかのトリックは存在しますが、驚きに欠けている点は否めないところです。一方で、仄かなユーモアを絡めて語られる横溝正史的な物語はオマージュ作品としてよくできています。それに首斬りのトリックも、小粒ながら顔のない死体ものの新機軸として悪くありません。なにより、本作を王道的な作品にしたのは次作『黒い仏』の布石だと思われます。したがって、本作の感想は次作の評価によっても代わってきそうです。
2001年度本格ミステリベスト10 国内部門 5位
2001年度本格ミステリベスト10 国内部門 5位
黒い仏(2001)
西暦887年。唐から帰国の途にあった天台僧円載は、船と共に海に没した。やがて、木箱に入った仏像が現在の福岡県に位置する阿久浜に漂着する。そのひとつ、黒智爾観世音菩薩をもとに土地の僧が安蘭寺を開き、箱に入っていた他のものを隠匿する。以来1000年以上の時がすぎた。探偵の石動戯作と助手のアントニオはベンチャー企業の社長から安蘭寺に隠されているという秘宝探しの依頼を受ける。一方で、福岡のアパートでは身元不明の絞殺死体が発見されるが…。
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発表当時、賛否両論に分かれて物議を醸した作品です。より正確には賛否両論になったのはある程度騒ぎが沈静化してからであって、最初期の論調は圧倒的に否が多かったような気がします。それほどまでに本作における試みは掟破りとして多くのミステリーファンの逆鱗に触れたのです。しかし、これはちょっと不思議な気がします。なぜなら、似たような試みはすでにミステリー黄金期の某巨匠の手によってなされており、ミステリーファンの間で高い評価を受けていたからです。それに、本作発表当時すでに、日本にも同趣向の後続作品が何作か存在していました。したがって、個人的には掟破りかどうかよりも、本格ミステリと同じがそれ以上熱心なファンを有している✖✖との融合という文脈から語るべき作品のような気がします。いずれにしても、本作は殊能作品のなかで一番話題になったことには違いありません。興味の湧いた人は一読してみてはいかがでしょうか?
2002年度このミステリーがすごい!国内部門 12位
2002年度本格ミステリベスト10 国内部門 14位
2002年度このミステリーがすごい!国内部門 12位
2002年度本格ミステリベスト10 国内部門 14位
鏡の中は日曜日(2001)
ユキや父さんと一緒に暮らしている”ぼく”は、近頃過去に起きた梵貝荘事件が気になっている。そこに、石動戯作なる人物が現れてユキにまとわりついて困らせるので、”ぼく”は石動を撲殺した。ちなみに、”ぼく”は知的障害を抱えており、責任能力がないので罰せられる心配もない。一方、助手のアントニオは警察から「石動戯作が殺された」と連絡を受けるが…。
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物議を醸した前作『黒い仏』に対して本作はミステリーファンから好評をもって迎え入れられています。その理由はおそらく前作と異なり、読者を気持ちよく騙してくれる王道的なミステリーだからでしょう。より具体的に魅力を語ると、まず、本作にはさまざまな仕掛けが施されており、その騙しのテクニックによって読者を何度も繰り返して楽しませてくれます。もっとも、一つ一つのトリックには既視感があって『ハサミ男』のような大どんでん返しを期待するとやや肩透かしを覚えるかもしれません。しかし、そのバリエーション豊かなトリックの数々は著者のミステリーに対する造詣の深さを表しており、読者にある種の感銘をもたらしてくれます。そのうえ、単に複数の仕掛けを羅列するだけでなく、仕掛けが一つ明らかになるたびに事件の様相がガラリと代わるホワットダニット的な趣向が見事です。独特のユーモアセンスに裏付けされたミステリーとしての面白さはかなりのものであり、それ故、著者の代表作の一つに数えられています。
2003年度このミステリーがすごい!国内部門 15位
2003年度本格ミステリベスト10 国内部門 4位
2003年度このミステリーがすごい!国内部門 15位
2003年度本格ミステリベスト10 国内部門 4位
樒 / 榁【しきみ / むろ】(2002)
名探偵水城優臣が訪れた田舎町で事件は起きる。その地には天狗伝説が語り継がれていたのだが、実際に天狗を目撃したという宮司がいる寺で御神体の石斧が盗まれたのだ。やがて、その斧が武器庫を模した旅館の一室で発見される。発見時の状況は完全な密室で、しかも、その傍らには頭が割られた死体と脅迫状が転がっており…。
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本作は講談社ノベルス20周年を記念して発売された密室本の一編です。当時新進気鋭の作家として講談社ノベルスで活躍していた若手に密室をテーマにした袋綴じの作品を一挙発表してもらおうという企画だったのですが、特に密室ものが得意な作家を揃えた訳でもなかったので結果は惨憺たるものでした。個人的に唯一面白いと思ったのは、端からまともな密室ものを放棄して独自の世界を構築した舞城王太郎の『世界は密室でできている。』のみで後は凡作の嵐。本作も例外ではなく、まずもって密室トリックがしょぼすぎです。おそらく本作の肝は密室よりも水城優臣が関わった事件と、16年後に同じ場所で石動戯作が挑むことになる新たな事件の意外な関連性にあるのではないかと思われます。しかし、その仕掛けも長編を支えるほどのものではなく、期待していた読者は思わず脱力感を覚えてしまうかもしれません。そのうえ、本作では『鏡の中は日曜日』のネタバレまでされているので要注意です。したがって、本作を読むのであれば、講談社ノベルスの新書版は避け、講談社文庫版の『鏡の中は日曜日』を手に取ることをおすすめします。こちらには本作も同時収録されているので、これなら『鏡の中は日曜日』を読んだ後の番外編として気楽に楽しむことができるでしょう。
子どもの王様(2003)
ショウタには同じ団地に住むトモヤという親友がいる。部屋に引き篭もって本ばかり読んでいるのだが、彼の語る奇想天外な作り話には心惹かれるものがあった。いつも他の友人たちと遊ぶショウタだったが、その帰りにトモヤの家に寄って彼の話を聞くのが日課となっていた。そんなある日、ショウタはトモヤが語った、団地を支配するという子どもの王様にそっくりな男を目撃する。怯えるトモヤを守るためにショウタがとった行動とは?
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児童向けレーベルとして立ち上げられた講談社ミステリーランドにおいて、小野不由美の『くらのかみ』や島田荘司の『透明人間の納屋』とともに記念すべき第1回配本として発表された作品です。しかし、正直なところ、子どもに読ませるにはブラックすぎてあまりにも容赦がなさ過ぎです。下手に読ませるとトラウマになりそうな気がします(もっとも、2005年に同レーベルで発売された麻耶雄嵩の『神様ゲーム』は本作の比でないほどブラックですが)。そういう意味では子ども向けというより、かつて子どもだった大人に向けた作品といえるかもしれません。しかし一方で、ミステリー好きの大人が著者ならではの凝った仕掛けを期待して読むと、内容的に全く満足できないという困った作品でもあります。本作はあくまでも子どもを主人公にしたミステリー風冒険譚であり、ミステリーマニアを唸らせるようなトリックや謎解きといった要素は一切ありません。そういった点で、子供向けレーベルを逆手にとってとんでもないどんでん返しを披露してみせた『神様ゲーム』とは対照的だといえます。つまり、一言でいうならば、本作は読者層を絞りきれなかった失敗作です。
キマイラの新しい城(2004)
殺人事件の真相を突き止めてほしいとの依頼を受け、名探偵・石動戯作は殺人現場であるテーマパークのシーメル城に赴くも、事件が起きた形跡は皆無だった。依頼人である常務取締役の大海永久に詳しい話を聞くと、シーメル城はフランスの古城を移築したものであり、その古城で殺人事件が起きたのは750年ほど前だという。殺されたのは当時領主だったエドガー・ランペールという男なのだが、彼の幽霊が社長の江里陸夫に取り憑き、自分を殺した犯人を突き止めてほしいと言いだしたとの話だった。石動戯作は社長に取り憑いたエドガーから話を聞いたうえで捜査を開始するが、ほどなく新たな殺人事件が起き…。
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密室本やミステリーランドといった新企画に振り回された感のあった著者が、久しぶりに本道に戻ってきた作品です。そのためか、殊能節全開の魅力的な作品に仕上がっています。まず、全編を覆うとぼけたユーモアが楽しく、特に、現代に蘇った騎士と現代人の感覚のずれから生じるドタバタ劇が秀逸です。しかも、それ自体がミステリーの仕掛けと結びついているのが見事です。トリック自体はハッキリいってショボイのですが、それでも真相を読者に悟らせないミスディレクションの手管が新機軸であり、この発想こそが殊能ミステリーの真骨頂だといえます。人によってはシリーズならではの緩いノリが合わないという人もいるかもしれませんが、中世ヨーロッパの蘊蓄や独自の密室講義なども含め、多様な魅力をもった作品であることは確かです。しかしそれだけに、以後作品が途絶えてしまい、最後の長編作品になってしまったのが残念でなりません。
2005年度このミステリーがすごい!国内部門 18位
2005年度本格ミステリベスト10 国内部門 10位
2005年度このミステリーがすごい!国内部門 18位
2005年度本格ミステリベスト10 国内部門 10位
殊能将之 読書日記 2000-2009(2015)
作家が読者日記という形で海外小説の批評を行っている本は数多くありますが、本作が変わっているのは未翻訳の作品を対象としている点です。つまり、日本人の多くが読んだことのない未知の作品がずらりと並んでいるわけで、それだけでワクワクしてきます。しかし、作品ごとのあらすじが分かりやすくまとめられているので実際に読むことができなくとも一定の満足感を得られる優れものです。ちなみに、ここで絶賛されている作品にはその後に翻訳されている作品も多数あり、本作の影響の高さがうかがえます。ジョン・スラデックの『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク 』などは積極的に翻訳されるような作品ではないのですが、2023年に発売され、あまつさえ「SFが読みたい!2024年版」にて海外篇の1位にランクインしたのだから驚きです。また、本作は英語だけでなく、フランス語で書かれた作品も数多く紹介されており、その中ではホール・アルテ作品に対する記述が目を引きます。著者は大のアルテファンであり、本作からも熱狂ぶりが伝わってきます。特に、2021年に翻訳された『死まで139歩』の激賞ぶりは有名で、読み手の期待感を高めてくれるという意味で秀逸です。著者の博識ぶりがうかがえる一作であり、海外のミステリーやSFについてより深く知りたいという人にはうってつけの作品だといえます。
殊能将之 未発表短篇集(2016)
家族にも呆れられるほどに犬を怖がる男が近所の家の放し飼いの犬を恐れて遠回りで出勤を続ける「犬がこわい」、ヤクザと現場作業員が壮絶な鬼ごっこを繰り広げる「鬼ごっこ」、妻を亡くした男が友人の怪しげな儀式によって彼女を蘇らせようとする「精霊戻し」など、全4編収録。
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著者の短編小説3編に、デビュー作『ハサミ男』の出版秘話を綴ったエッセイ「ハサミ男の秘密の日記」を加えて、著者の死後に発表された作品集です。短編小説はデビュー前に編集部に送ったままお蔵入りになっていたものであり、残り一編は正確にはエッセイではなく、デビュー直後に友人へ宛てた手紙だといわれています。そのため、いずれも習作の域は出ておらず、著者の本領である本格ミステリの要素も皆無です。しかし、独特のユーモア感覚はこの頃から顕著で、著者のファンであればそれなりに楽しめるのではないでしょうか。収録作品のなかでは「犬がこわい」がもっとも完成度が高くて十分に面白い出来だといえます。一方で、4人の男がひたすら鬼ごっこを続ける「鬼ごっこ」は意味不明の不条理劇でかなり人を選びそうです。

SFが読みたい!2026年版 国内ベスト30予想
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SFが読みたい!国内版 最終予想(2026年1月23日)
8位.遊戯と臨界: 赤野工作ゲームSF傑作選(赤野工作)
その他注目作35
43.星に届ける物語:日経「星新一賞」受賞作品集 (藤崎慎吾、八島游舷・他)
48.この世界が終わる前に100年越しの恋をする (櫻井千姫)
59.百年厨房(村崎なぎこ)
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SFが読みたい!2026
対象作品である2024年11月1日~2025年10月31日発売の国内SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素の絡まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されずらいので傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクしますSFが読みたい!国内版 最終予想(2026年1月23日)
1位.ときときチャンネル ない天気作ってみた(宮澤伊織)
マッドサイエンティスト・多田羅未貴の発明を収益化する目的で同居人の十時とときさくらが始めた配信サービス《ときときチャンネル》。そのチャンネルが宇宙からの荒らしの標的にされてしまったのでなんとか荒らしにコンタクトしようとする「【宇宙からの荒らしとバトってみた】」など全5編収録。
配信トークのノリで語られるSFネタが楽しいシリーズ第2弾で、多田羅の発明に対して疑念を抱く新参に反論を始める常連、さらには置いてけぼりの初心者といったリスナーの反応も楽しさに輪をかけています。特に、リスナーを巻き込んでのファーストコンタクトが壮大すぎる最終話が最高です。
2位.インサイト 戦闘妖精・雪風(神林長平)
ジャムの地球侵入を前提とし、ジャムをシミュレートして敵を演じるアグレッサー部隊。その部隊に配属された深井零と雪風は、日本空軍の田村伊歩大尉が駆る飛燕ら地球連合軍との模擬戦に臨む。だが、伊歩のジャム探知能力を高く評価するクーリィ准将は彼女に雪風を操縦させる思惑を秘めており...。
シリーズ第5弾。シリーズ当初の重苦しさとは打って変わり、哲学的思索と雑談によって良くも悪くも軽妙な作品に仕上がっています。今まで謎に包まれていたジャムの正体について深く踏み込んだ見解も興味深い。作風の変化について好みが分かれるとはいえ、思索SFとしては文句なしの面白さです。
3位.すべての原付の光(天沢時生)
地域情報誌の記者が治安の悪いエリアで暴走族の取材をしていたところ不良が次元転送装置を持ち出してくる表題作、大型ディスカウントストアが無限増殖する「ショッピング・エクスプロージョン」、破綻寸前のナイジェリアを救うために生体都市化を試みる「ラゴス生体都市」など、全5編収録。
まず表題作で日本の不良文化をサイバーパンクで描くというまさかの発想に仰け反り、続く「ショッピング・エクスプロージョン」のあまりにも破天荒な展開に驚かされ、「ドストピア」の馬鹿馬鹿しさに笑ってしまいます。いかれた設定と勢い任せに駆け抜ける疾走感が心地良い奇想SFの傑作です。
4位.異形に涙は流せない(堀井拓馬)
遺棄物が堆積して出来た河口近くの島。そこにはさまざまなものが流れ着く。そして、瘴気を含んだ水で洗われたそれらには肉腫が生え揃い、躍動していた。だが、島の主である老人・灰汁食はその存在を忌み嫌い、片っ端から殺して回る。彼の他にも内陸部にはさまざまな異形が暮らしており…。
第1話で化け物たちが蠢く異形の世界を鮮烈に描き、そこから様々なドラマを展開していく手管が見事です。登場するキャラクターが皆異形だからこそ、そこで語られる愛や信条が胸に迫ってきます。特に、第3話「あまりに春で悲しい獣」は涙なくしては読めません。怪奇幻想SFの大傑作です。
5位.ジャガー・ワールド(恒川光太郎)
数千年前の米大陸。密林の奥地では数多の文明が花開き、滅んでいった。小さな島で生まれ育った少年・スレイはエルテカ王国によってさらわれ、心臓を太神に捧げる儀式の生贄にされかかるが、叡智を司るとされるウェラス族の女性に助けられる。そして、それを機に歴史が大きく動こうとしていた...。
日本や西洋ではなく、マヤ文明を舞台にした非常に珍しい冒険ファンタジーです。一つの王国が滅ぶまでの物語ですが、それにかかわった多くの人々のドラマが巧みに描き分けられており、群像劇として読み応えがあります。彼らが織りなす壮大なドラマに圧倒され、静謐なラストに息をのむ傑作です。
6位.ツインスター・サイクロン・ランナウェイ(全4巻)(小川 一水)
辺境のガス惑星でる生きるため、宇宙漁の技術が編み出された遠未来。漁船を操れるのは夫婦のみとの掟に背き、漁師のテラと家出少女ダイオードは女同士でペアを組む。逃避行の末、いつしか人外となる2人。体の変化を知った彼女らは半銀河往来圏をフラジャイリャンの脅威から守るべく動き出すが…。
4巻は壮大なスケールで描かれる百合スペースオペラの完結編です。ここにきて宇宙漁はさらにスケールアップし、そのうえ、さまざなガジェットが盛り込まれ、読み応えは満点。テラとダイオードの恋の行方も実に感動的に描かれており、思わず胸が熱くなってしまいます。完結編に相応しい傑作です。
7位.小説(野崎まど)
内海集司は5歳のときに『走れメロス』を読み、父に褒められたことから、その後の人生を小説に捧げることになった。12歳のときには同じ価値観を共有できる生涯の友・外崎真と出会う。ある日、2人は小説家が住むという屋敷に潜り込み、作家の髭先生と出会う。しかし、その屋敷には秘密があり...。
小説を読む意味について語り尽くさんとする、読書好きの人にとってはたまらない作品。ファンタジー展開の後半は好みの分かれるところですが、単なる読書好きの主人公の卑小な物語が宇宙SFのようなスケールにアップしていくさまには唖然とするばかりです。読書の本質に迫ろうとした作品として秀逸。
8位.遊戯と臨界: 赤野工作ゲームSF傑作選(赤野工作)
購入したゲームをクソつまらないという理由でサポートセンターに返品を求めているうちにおそしい真実が明らかになっていく「それはそれ、これはこれ」、月と金星で繰り広げられる格闘対戦オンラインゲームを多視点で描く「お前のことだからどうせそんなことだろうと思ったよ」など、全11篇収録。
ゲームをテーマにした短編集であり、どの作品も著者しか思いつかないような発想に満ちています。なかでも、ゲームの返品請求が思いもよらない展開をみせる「それはそれ、これはこれ」、ゲーマーの業についての描写にホラーじみた恐怖を感じさせる「これを呪いと呼ぶのなら」などが秀逸です。
9位.レモネードに彗星 (灰谷魚 )
世界を破壊する怪物の登場と歩調を合わせるようにとある少女が空に向かって少しずつ上昇を始める「かいぶつ が あらわれた」、宇宙人を捕まえたと友人がいうので彼の家に行ってみれば学生時代にファンだった女性アイドルが若い姿のままで鎮座している「宇宙人がいる!」など、全7編収録。
奇妙な味のSFとでもいうべき短編集で、シュールな設定にコミカルな味わいを散りばめつつ、次第に切なさを滲ませていくのが印象的です。特に、世間に毒を吐きまくる2人の少女の関係性に焦点を当てた「純粋個性批判」と、プラトニックな愛について語る「新しい孤独の様式」が心に刺さります。
10位.風になるにはまだ(笹原千波 )
重度の障害などから生身の肉体を使って現実を生きることが難しい人々が、情報人格となって自由を謳歌できる仮想世界。ただ、あまりに人間離れした生活を続けていると人格の散逸が早まるという。そのため、情報人格を維持するためには肉体のシミュレーションが重視される。そんな世界の6つの物語。
第13回創元SF短編賞を受賞した表題作を含む6篇収録の連作集です。仮想現実を生きる情報人格とはどういったものなのかを1編1編丁寧に描き、話が進むにつれて世界観が深まっていくところが魅力的。何より心理描写が卓越しており、繊細で優しいタッチの近未来SFとして非常に読み応えがあります。
11位.惑星カザンの桜(林譲治)
一万光年離先の惑星・カザンで文明の急激な発展と滅亡が観測される。すでにワープ航法を手にしていた人類は急遽調査チームを送り込む。だが、第一次調査隊750人は惑星到着後に消息を絶ってしまう。そこで、第二次調査隊が厳戒態勢のもと、カザンに降り立つが、彼らの前に想像を絶する現象が…。
惑星ソラリスを彷彿とさせるファーストコンタクトものです。淡々とした展開で盛り上がりには欠けるものの、理路整然とした分析で謎を解き明かしていくのでハードSFとして読み応えがあります。ただ、はるか未来の超科学と、現実に存在する最先端技術が同居している描写にはチグハグさを覚えます。
12位.ウは宇宙ヤバイのウ! 2: 天の光はすべて詐欺 (宮澤伊織)
世界線混淆機による改変後の世界で、平凡な高校生として暮らしていた久遠空々梨の正体は星間諜報組織のエージェント。従姉妹の非数値无香は空々梨の探査船で幼馴染みの加羅玉ちよはブラックホール。ある日、地球の大いなる意思が出現し、人類滅亡を宣言する。さらに、ちよが何者かに誘拐され...。
ライトノベルとして刊行された同名作品の主人公を女性に変更し、百合SFとしてリブートしたシリーズの第2弾。古き良き時代のSFネタを詰め込んだハチャメチャ劇は相変わらずの面白さです。また、キス魔と化した无香など、百合描写も大充実。これぞ宮澤ワールドといった快作に仕上がっています。
13位.世界99(村田沙耶香)
如月空子には主体性がなく、特技の呼応とトレースを駆使してコミュニティに相応しい人格を作り上げていた。一方、愛玩動物のピョコルンは最初は可愛いだけの存在だったが、やがて育児や介護といった人生の煩わしさを引き受ける能力を身に付けていく。そんななか、空子はクリーンな人となり…。
生きることの息苦しさ故に自分というものを捨てた結果、出来上がった世界がおぞましい。デストピア小説としてかなりインパクトのある作品です。地獄のような世界が崩壊し、やがて穏やかな世界が構築されたと思われたのにそこもまた地獄というのが人間の本質を示しており、ゾッとさせられます。
14位.火星の女王(小川哲)
レアメタル発掘の期待から始まった火星開発もコストに見合わなくなり、移住民たちの段階的な撤退が始まっていた。そんななか、地球外知的生命を求めて火星にやってきた生物学者のカワナベは、スピラミンという物質の結晶構造の変化を発見。やがてそれは火星と地球の関係を揺るがす火種となり...。
NHK放送100周年記念ドラマの原作として書かれた作品です。映像化前提のためか、壮大なテーマの割にサクサクと話が進みすぎるきらいはあるものの、地球外生命体や火星開発を巡るドラマはSFとして読み応えあり。なにより、物語の鍵を握るルーク・マディソンCEOがトリックスターとして魅力的。
15位.鹽津城(飛浩隆)
夫が送ってきた未の木に夫そっりな花が咲いたうえに枝から落ちて動き始める「未の木」、40年前に壊滅的な被害を受けた故郷の村に帰って来るも帰郷の目的が思い出せない「流下の日」、しおによって壊滅な被害を受けた3つの世紀末的世界の謎めいた関係性を卓越した技法で描く表題作など、全6編収録。
現代日本を舞台にしていながらもそのすぐ隣で異界がぽっかりと大きな口を開けているような描写にゾクリとさせられます。一つ一つのギミックが絶妙に不気味で読者の不安感を煽る手管も見事です。なかでも、塩に蝕まれた3つの世界を描き分けることでイマジネーションを膨らませていく表題作が白眉。
16位.成層圏の墓標(上田早夕里)
人口2000人の小さな港町、鴫千鳥港で鮫竜の全身骨が発見される。異形博学ブームのただ中にあってそれは発見者に富をもたらし、2匹目の泥鰌を狙う者が次々と帝都からやってきた。家具屋の娘・紗奈はその一人を化石の出そうな場所へ案内しながら、自分も富を得て町を出ることを夢見るが…。
SF、伝奇、ホラーなど、著者の多様な魅力が堪能できる短編集です。なかでも、知識が水蒸気のように成層圏で蓄積するというオリジナリティの高い世界観が魅力的な表題作と、1940年代のパラオを舞台に未知の海洋生物との邂逅を描きつつ、植民地問題に斬り込んだ「南洋の河太郎」がベストです。
17位.暗号の子(宮内悠介)
ブロックチェーンで匿名性を維持したまま自由に提案が行えるコミュニティが体制側に取り込まれていく表題作、SNS上の過激な発言を見えなくする技術によって倫理的な問題が浮上する「ローパス・フィルター」、作者の着想に基づいて生成AIに掌編小説書かせた「すべての記憶を燃やせ」など、全8編。
まるでSFのような最新テクノロジーをテーマにした短編集。いずれもテクノロジーが個人や社会に与える影響について描いてており、実際にその中で生きる我々にとっては色々考えさせられます。特に、夢と現実のギャップによる絶望が感動のラストへと繋がっていく「ペイル・ブルー・ドット」が出色。
18位.去年、本能寺で(円城塔)
転生した信長がグローバルな視座に欠ける秀吉を𠮟る表題作、当代随一の文化人である細川幽斎が1万5千の西軍と対峙しながらAIとして歩んできた道に想いを巡らす「幽斎闕疑抄」、征夷大将軍に任命された坂上田村麻呂が渡来人の血を引く黒人だった「タムラマロ・ザ・ブラック」 など、全11篇収録。
歴史小説にハードSFの設定を盛り込んだ奇想ぶりが楽しい。加えて、石器時代に名探偵が登場して殺人事件の謎に挑む「存在しなかった旧人類の記録」など、ぶっとびすぎて笑えるエピソードも。ただ、少々マニアックすぎるので、話によっては専門知識がないとついていけなくなるかもしれません。
19位.烙印の名はヒト(人間 六度)
介護施設で働くロボットのラブはある日、入居中の老博士、カーラに頼まれごとをされる。「私を殺してもらえないかしら」と。そして、絞殺されるカーラ博士。だが、ラブは人に危害を加えることが出来ないように設計されているはずだった。己が無実を証明するためにラブは逃亡を図るが…。
重いテーマを扱いつつも、ラノベのような軽快な文章でサクサクと読める作品です。熱いバトルが繰り広げられる一方で、作品世界のテクノロジーや政治体制などの描写はディテールが凝っており、SFとしての読み応えも申し分ありません。ただ、物語の着地のさせ方に関しては好みが分かれるところ。
20位.まるで渡り鳥のように 藤井太洋SF短編集(藤井太洋)
宇宙で生物の渡りを研究している日本人と春節に地球へと帰省するのが習わしとなっている華人の選択を描いた表題作、幕末の江戸総攻撃に際して黒人の屍兵遣いが薩摩藩に雇われる「従卒トム」、国境近くの難民キャンプでとあるエンジニアが感染症対策に奔走する「距離の嘘」など、全8編収録。
中国メディア発の作品を中心に集めた短編集。近未来SFのイメージが強い著者ですが、本作では詩情豊かな宇宙SFをはじめとしてバラエティに富んだ作風を披露。いずれも完成度が高く、中国の春節の雰囲気をSFとして昇華した表題作や『銀河英雄伝説』の二次創作「晴れあがる銀河」などが印象的です。
21位.コミケへの聖歌(カスガ )
21世紀半ばの文明崩壊から100年あまり。山奥のイリス沢には生き残った人々が集まり、ナグモ家を中心とした農本主義的封建体制を築いていた。そんななか、4人の少女は発掘した旧世界の漫画を集め、廃屋を改造した部室で部活動を楽しんでいた。ある日、部長の比那子がコミケに行こうと言いだし…。
第12回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。文明崩壊後の世界を描いたポストアポカリプスSFですが、オタク色の強い美少女部活ものな一面と、次第に浮き彫りになっていく過酷な村の生活とのギャップが鮮烈です。ディストピアな世界から現代のサブカルチャーをリスペクトするスタイルが印象的。
22位.羊式型人間模擬機(犬怪寅日子)
男性が死の間際に御羊に変化する一族に仕えるユウは、その肉を捌いて血族に食べさせることを生業としていた。ある朝、大旦那様がついに御羊となり、彼女は儀式の準備を始める。一方、一族の者たちは御羊に対して複雑な思いを抱いていた。彼らはなぜ何代にも渡って一族の肉を食し続けているのか?
第12回ハヤカワSFコンテスト大賞作品です。ただ、その割に幻想小説寄りなのは好みの分かれるところ。男がやがて羊になって喰われるという特異な世界観は魅力的ではあるものの、なぜそんな世界が構築されたのかについて整合性のある説明がなされていないのでSFを期待するとモヤモヤしてします。
23位.恐怖とSF (編:日本SF作家クラブ /作:池澤春菜、空木春宵、斜線堂有紀・他)
特定の場所で不審死が立て続けに起きる原因を磁性細菌に求めようとする「タタリ・エクスペリメント」、科学者がAIに痛みを学ばせるために嗜虐的な実験を続ける「あなたも痛みを」、死後は無であるという真実を公表するべきかで否かで議論が紛糾する「『無』公表会議」など、全21編収録。
書き下ろしアンソロジー第6弾。今回は昨今のホラーブームを意識して恐怖がテーマとなっていますが、SF的な道具立てが前面に出過ぎてあまり怖くはありません。逆に、「タタリ・エクスペリメント」などのようにホラー的展開をSF的にどう解釈するかというう発想の面白さを堪能できます。
24位.AIとSF2(編:日本SF作家クラブ/著:長谷敏司、円城塔、塩崎ツトム・他)
自分の息子が傷害致死で逮捕されたことを知った男がAI時代における家族や人生との向き合い方を見つめ直す「竜を殺す」、AIが芸術の分野にまで進出している現状を前にしながら女優としての自分に固執するI 「traviati 最後の女優」、AIが人間の最期に寄り添う「看取りプロトコル」など、全13編収録。
ここ数年でAIは一気に身近な存在となり、その影響からか前作に比べて、現代社会とリンクしたリアルな作品が増えています。なかでも、199ページのボリュームを駆使してAI時代の生き方を徹底的に問うた「竜を殺す」が圧巻。また、電脳昏睡症の謎を巡る「意識の繭」もSFミステリーとして秀逸です。
25位.宇宙大将軍侯景SFアンソロジー 梁は燃えているか(編:大恵和実・他/著: 十三不塔、林譲治・他)
梁を滅ぼした歴史上の人物が一堂に会する表題作、傷ついた龍が真諦法師のもとで力を取り戻して困窮する人々を救う「井戸」、塩漬けの侯景を喰らう「偽帝のしおから」、戦国春秋時代に三国志の軍事が現れる「軍師の箱」、仏教の視点から宇宙戦争を描いた「法身は滅しない」など全15編収録。
『長安ラッパー李白』に続く中国史ネタの日中合作SFアンソロジーです。しかも、日本ではかなりマイナーな人物である侯景に焦点が当てられている点が異彩を放っています。バラエティに富んだ発想が楽しい一冊ではあるのですが、侯景について全く知らないと理解しずらい箇所があるかもしれません。
26位.マイ・ゴーストリー・フレンド(カリベユウキ)
売れない女優の町田佐枝子は面識のあるホラー映画脚本家によって心霊ドキュメンタリー番組のレポーターに抜擢される。怪奇現象の頻発する団地の一室に寝泊まりしながら取材をしろというのだ。団地には奇行に走る人が多く、行方不明者も出ているという。さらに、むかし老婆が殺された部屋には...。
第12回ハヤカワSFコンテストの優秀賞受賞作です。前半はオーソドックスな団地ホラーですが、やがてギリシャ神話との繋がりが見え始め、ロストテクノロジー、集合的無意識、ディラックの海といったSF展開に流れ込んでいきます。ライトな作りで深みに欠ける反面、B級SFホラーとして楽しい作品です。
27位.聖シスコ電説(荒巻義雄)
日本貿易振興公社・宕見信輔は先の世界大戦における日本の勝利によって聖シスコ市と名前を変えたかつてのサンフランシスコに支店長として赴任する。しかし、彼はそこで自分たちが生きている世界とは全く別の歴史を体験することになる。果たして、その電脳世界の先にあるものとは一体...。
著者が敬愛するフィリップ・K・ディック の代表作であり、歴史改変SFのはしりでもある『高い城の男』をさらに改変し、それを思弁的に語ることで極めて実験色の高いメタSFに仕上がっています。難解で分かりづらい点はあるものの、ここまで奔放な作品を92歳の著者がものした事実に驚かされます。
28位.ラブ・アセンション(十三不塔)
軌道エレベーターを舞台にクエーサーと呼ばれるセレブ男性と結ばれるべく個性豊かな12人の美女が奮闘する恋愛リアリティ番組、ラブ・アセンション。6つのセクションでデートを繰り返し、最後にクエーサーのハートを射止めるのは誰なのか?しかし、その裏では地球外生命体を巡る極秘実験が...。
リアリティショーに人狼ゲームと寄生ものを掛け合わせたごった煮SFです。詰め込み過ぎで未消化に感じる部分はあるものの、そのごった煮感がカオスな面白さを生んでいます。ただし、物語はあくまでもリアリティーショーメインであり、軌道エレベーターなどのSF的な面白さを期待すると肩透かしかも。
29位.私たちに残されたわずかな永遠(乾緑郎)
12歳のアリサは月面移住施設ルナアークで地球からの転校生ケンジと出会うが、その矢先にとんでもない事態が発生する。一方、アッザと呼ばれる、奇妙な社会性生物と人間が共存する町には13歳の少女、メルが住んでいた。彼女はアッザの捨てたゴミの山から発見された捨て子で…。
西暦2131年と教会暦918年。全く異なる2つの世界の意外なつながりが明らかになっていくスチームパンクSFなのですが、ネタが早い段階で予想できてしまい、その後も大きなヒネリに欠けるのが難です。しかし、意外性はなくとも物語としてはよくてできており、王道SFとして読み応えあり。
30位.どうせ世界は終わるけど(結城真一郎)
直径22キロの小惑星がアメリ西海岸沖に落下するとのニュースが世界を駆ける。それは恐竜を滅ぼしたチクシュルーブ衝突体よりも一回り大きく、人類の滅亡は避けられない。ただし、小惑星が地球に到達するのは100年後。人々は自分たちに関係ないことに安堵しながらも、虚無感に苛まれていくが...。
人類滅亡が確実となった世界で残された日々をいかに生きるかを問う終末ものですが、直接は自分たちに関係ないという当事者意識の微妙な欠如が既存の類似作品にはない独自の空気感を醸し出しています。生きる意味を問う各エピソードに伏線を張り巡らせ、最終話で回収する手管が見事です。
その他注目作35
31.対怪異アンドロイド開発研究室 2.0(饗庭淵 )
白川有栖教授は学生時代の後輩であるアミヤロボテクス社の社長に呼び出され、彼の甥・浩紀の護衛を兼ねた中学校での怪異調査を依頼される。そこで、自ら開発した対怪異アンドロイド・アリサの少女バージョンを問題の中学に転校生として潜入させ、浩紀に接近。ともに怪異調査を始めるが…。
シリーズ第2弾。例によって恐怖を感じないアンドロイドに怪異の調査をさせるというアイデアが面白く、アリサの沈着冷静な分析も興味深い。また、後半登場する人々の認識を歪ませていく怪異もSF的な要素を含んでおり、読み応えあり。加えて、感情がなくても妙に自意識の高いアリサが可愛い。
32.暗夜にぞ輝けり〜暗黒星奇譚 (壱岐津礼)
地球規模の大災害を生き延びた愛理はボストンの地下鉄でアル女性と出会う。だが、彼女は数百年を生きてきた吸血鬼だった。一方の愛理も異界の神ヨグ=ソトースに魅入られている存在である。そして、吸血鬼は愛理を狙って近づいてきたのだ。果たして、吸血鬼とクトゥルフの秘められた関係とは?
地球の神々とクトゥルフの戦いを描いた『かくも親しき死よ〜天鳥舟奇譚』のスピンオフ作品です。クトゥルフ神話の中でも特に強大な力を持つヨグ=ソトースに吸血鬼が絡むというオカルト好きには堪らない展開が繰り広げられます。また、同時収録の短編「望郷」は前作の後日談でファンなら必読です。
33.アトミック・ブレイバー (呉勝浩)
小型核爆弾による世界同時多発テロから27年。しがないサラリーマンの堤下与太郎は親会社の東倫堂からヘッドハンティングされる。それが与太郎争奪戦の始まりだった。彼は友人の天才プログラマー西丸昴によって教育され、彼だけが世界の命運を握る格闘ゲームをプレイすることが出来るのだが...。
核爆弾テロ後の世界観や突如勃発する与太郎争奪戦といった掴みは魅力的です。ただ、格闘ゲーム攻略のための特訓シーンが長いので、興味がなければ読み進めるのに少々苦労するかもしれません。また、粗暴なヒロインも好みが分かれるところ。それらの点を除けばコメディ寄りのSFとして秀逸です。
34.すばらしき新式食 SFごはんアンソロジー(深緑野分、人間六度、新井素子・他)
ある博士が煮ることで栄養満点のスープが無限に作れる石を発明する「石のスープ」、月面都市で育った少女が地球の祖父に預けられた際に初めて土で育った野菜を食べる「E.ルイスがいた頃」、ステーキ店で働く女性の脳内に肉を愛する寄生種族が住み着く「最後の日には肉を食べたい」など、全8話収録。
食をテーマにしたSFアンソロジーです。バラエティに富んだ切り口が楽しい一冊ですが、なかでも、人類から離反した給仕ロボットが自分を狙う狙撃者に失われた料理を振舞う「敗北の味」がSF小説として頭ひとつ抜けています。また、新井素子の「切り株のあちらに」もベテランの味が光る好編です。
35.ユビキタス(鈴木光司)
探偵・前沢恵子はかつて不倫の関係にあった男の依頼で原因不明の連続突然死について調べ始める。結果、新興宗教団体内で起きた出来事との奇妙な符合をみつけ、さらに未解読文字で書かれた古文書、ヴォイニッチ・マニュスクリプトとの関連性にも気付く。その頃、東京では多くの命が奪われ始め…。
謎の連続突然死がヴォイニッチ手稿や植物の反乱といったスケールの大きな物語に繋がっていく展開が面白い。人によっては難解と感じるかもしれませんが、専門知識に基づいた理路整然とした謎解きは読み応えあり。ただ、説明がくどすぎて、テンポが悪くなっている点は否めないところ。
36.友達がタイムマシンを作ったので(後谷戸隆)
友達が作ったタイムマシンで一緒に恐竜の時代へ行くも故障して戻れなくなってしまう表題作、家で飼っている金魚になった友達が何かと口うるさい「友達が金魚になったので」、機長の父親を探しているCAの様子を見ながら自分が父かもと思い始める「CAさんがさっきから」など35編収録。
ナンセンスな設定が絶妙なショートショート集です。「お客様のなかに機長のお父様はいらっしゃいませんか?」との呼びかけを聞いているうちに段々父のような気がして「父かもしれません」とな名乗り出るというお馬鹿なノリが面白い。一方、妙に心揺さぶられるシーンもあり、読後感も爽やかです。
37.真珠配列(岩井圭也)
2029年。遺伝子変異修復技術の確立によって全死因に占める癌の割合が0.1%になった中国で、異常な進行速度の癌によって4人の人間が立て続けに亡くなる。人為的な癌発生による殺人が疑われ、アーロン刑事は遺伝子エンジニアであるマリクの協力を得て捜査を進める。彼が直面する生命科学の闇とは?
遺伝子工学が飛躍的に発展したパラレルワールドの北京を舞台にしたSFミステリーです。ヒトゲノムや遺伝子組み換えといった今日的なテーマが興味深く、それらの暗黒面を徐々に明らかにしていくことで巧みにサスペンを盛り上げています。バディものとして秀逸で、衝撃の結末に驚かされる佳品です。
38.筒井康隆自伝(筒井 康隆)
1934年9月24日に大阪市住吉区で生を受けた筒井康隆の最初の記憶は蛇眼症の乞食だという。戦時中に過ごした幼年期、映画とジャズに夢中だった少年期、演劇活動に嵌まった青年期、同人雑誌を経て作家としてデビューし、日本SF界の重鎮となった現代まで。90余年に及ぶ軌跡を描いた一大ヒストリー。
鬼才と呼ばれ、日本SF御三家の一角にも名を連ねる筒井康隆。その生き様を余すことなく綴った自伝です。ノンフィクションなのでそこまで奇想天外なことが起きるはずもないのですが、著者の筆にかかるとこれがすこぶる面白い。著者の創作の原点を知るうえでも必読の書だといえるでしょう。
39.虚傳集(奥泉光)
黒船来航以来にわかに盛んになっていく江戸の剣術道場のなかにあって“兵は詭道なり”と説いてひときわ異彩を放つ「清心館小伝」、真田氏の下で三兄弟が投石を用いた奇襲で名を馳せる「印地打ち」、幕末に将棋によって結ばれた若者2人の友情と運命を描いた「桂跳ね」など、全5編収録。
本書は一見、知る人ぞ知る歴史的なエピソードを紹介したノンフィクション本のような印象を受けます。しかし、そこに書かれている内容は参照資料を含めてすべて嘘です。ネット社会の現代は偽情報であふれていますが、ここまでそれっぽく書くのは凄い。事実とは何かと考えさせられる良書です。
40.星空都市リンネの旅路(蒼月海里)
巨大隕石の激突により惑星エリュシオンは文明は崩壊し、生き残った人々はコロニーに移り住む。そんななか、低軌道上にある星空都市リンネで暮らす青年リンネとキリはエリュシオンで人類が住める場所がないかを調査していた。さまざまな土地を巡る2人。それらの背後に見え隠れする神とは?
バディもののSFロードノベルです。武闘派のリンネと研究者肌のキリという対照的な2人の関係性がよく、前半はちょっと不思議な終末旅行記として楽しむことができます。その一方で、後半に入ると、因習村やクトゥルフ神話といったホラーじみた設定が出てくるのもメリハリがあって面白い。
41.ノンブル・シャッフル(法条遥)
多数の編集者たちが政府に緊急招集をかけられる。首相の話によると、おとぎ話の登場人物たちが突如現世に現れ、本の世界に戻れなくなったのだというのだ。編集者たちは本の専門家として政府から事態打開の密命を受ける。首相秘書、編集者、司書、国語教師の女性4人はかぐや姫、シンデレラ、桃太郎らを担当することになるが…。
登場人物たちが本の世界に戻るためには彼らが自分の役割を理解しなければならないのですが、話が噛み合わなくて悪戦苦闘するさまが面白い。また、そこで語られる物語論やおとぎ話のプロット再構築なども興味深いものがあります。ただ、解決策があまりロジカルではない点は不満の残るところ。
42.アンスピリチュアル(高野史緒)
祝子は38歳の平凡な主婦だが人々のオーラを視る力があった。ある日、通り魔と遭遇した彼女は近くの占いカフェに逃げ込むが、そこにいた占い師に自分の能力を見破られてしまう。さらに、祝子の能力でもオーラを視ることの出来ない理学療法士との出会いによって彼女の運命は大きく動きだすが…。
著書デビュー30周年記念作品。本人が望んでいないのに超常的な能力がどんどん開花していき、能力に翻弄されながらもカリスマ占い師として上り詰めていく展開が面白い。疑似科学を扱った近未来小説であり、同時に年の離れた青年との歪な愛を描いた恋愛小説としても読み応えあり。ただ、SF味は薄め。
43.星に届ける物語:日経「星新一賞」受賞作品集 (藤崎慎吾、八島游舷・他)
AIの知性が一定以上人間に近づくと恐怖心を抱くという新たな不気味の谷現象についてAI自身が研究論文を発表する『「恐怖の谷」から「恍惚の峰」へ~その政策的応用』、2台の車の衝突が迫るなかで自動運転のAIたちが一秒にも満たない時間で善後策を協議する『Final Anchors』など、全11編収録。
星新一賞の第11回までのグランプリ作品を1冊にまとめた作品集です。バラエティ豊かな作品群のなかでも、あり得るかもしれないAI社会の未来を理路整然と提示してみせた『「恐怖の谷」から「恍惚の峰」へ~その政策的応用』が特に秀逸。また、『Final Anchors』もAIサスペンスとして読み応えあり。
44.ツイン・アース(小森陽一)
フィンランドの観測所に勤務するアイノのもとに奇妙なメッセージが届いた。発信源はインド洋沖だと判明する。意を決してその座標に向かったアイノだったが、彼女はそこで水の球体に呑み込まれ、別世界に送られてしまう。その世界は地球の双子星・Terra‐α。そこで明かされる驚愕の事実とは?
怪獣が棲息する星での冒険を綴ったエンタメSFです。しかも、円谷プロ全面協力ということでゴモラやレッドキングといった懐かしのウルトラ怪獣たちが実名で登場します。そのうえ、怪獣の生態や世界観なども緻密に描かれており、怪獣ファンにとってはなんとも楽しい作品に仕上がっています。
45.マルドゥック・アノニマス 10(冲方丁)
イースターズ・オフィスの保護証人となったクインテッドのシルヴィアが殺害された。しかも、切り取られた首だけがバスタブの底に沈められているという残忍な殺され方だった。アソシエイトとして働くバロットとクインテッドのリーダー・ハンターはそれぞれの立場から犯人を追うが…。
指数関数的に増えていく登場人物により、さまざまなドラマが繰り広げられるようになり、各エピソードもそれぞれが面白くて熱い。ただ、俯瞰的にみるとストーリーはそれほど進んでいるようには思えず、停滞感が漂っているのがつらいところ。それでも、最後まで飽きずに読ませる筆力は流石です。
46.裏世界ピクニック 10: あり得るすべての怪談 (宮澤伊織)
〈山の牧場〉で民間軍事会社との訓練合宿中に潤巳るなが空魚を膝枕したことを暴露してしまい、鳥子と険悪なムードになってしまう。合宿終了後、何事もなかったように鳥子から異世界探索に誘われ、とまどう空魚。探索の最中、空魚は鳥子から「裏膝枕ってどう思う」と尋ねられるのだが...。
中編3編を収録したSF百合ホラーの第10弾。SFとしては、認知科学者の小桜が怪談を自動生成AIで無限に作り出す研究について言及される表題作が興味深い。新しい怪異が登場する「裏膝枕って知っている?」も気になるところ。一方、「アンダーグランド・ピープル」はシリーズ本来の王道展開。
47.更級忍法帖(荒山徹)
大阪城の石垣普請の際、高須藩は魚津藩の失態を押し付けられ、改易の憂き目にあう。一族が離散し、景福寺に身を寄せた47人の乙女たちは復讐を果たすべく、妖術師の末裔である桂月尼に教えを乞う。厳しい修行を生き延び、妖術を会得した6人は元凶たる前田利堅を討つために江戸へと旅立つが...。
驚天動地の妖術が次々飛び出す奇想天外な伝奇時代劇です。妖術使いの乙女6名+女忍者のキャラが立ちまくっており、おまけに彼女たちを迎え撃つ剣豪も魅力的。テンポがよくて山田風太郎の本家忍法帖にも劣らぬ面白さ。ただ、敵側のまともな戦力がほぼ剣豪一人のために後半の展開が単調な面も。
48.この世界が終わる前に100年越しの恋をする (櫻井千姫)
生まれつき心臓に爆弾を抱えていた南部陽彩は発作を起こし、16歳にして余命3か月を宣言されてしまう。入院を余儀なくされた陽彩の前に突然、未来人を名乗る青年・楓馬が現れる。彼は「僕は君の運命を変えに来た」というが、そんな話が信じられるはずもなく、一度は彼を追い返す陽彩だったが…。
難病ものとタイムトラベルものを組み合わせた王道的な青春SFです。王道故に読みやすく、ツボを押さえた展開に引き込まれます。この手の作品ではお約束であるラストの切なさも申し分なし。また、SF作品としても意外と読み応えがあります。SFと恋愛要素のバランスが絶妙な佳品です。
49.レゾンデートルの結び(楪一志)
安楽死が合法化された近未来。ただし、安楽死を実行に移すには、1年間の猶予期間と人命幇助者〈アシスター〉との10回以上の面談が必要とされていた。江ノ島のラストリゾートでアシスターとして働く柳川陽菜は独り立ちしてすぐに生死の選択に迫られる体験をし、自らの未熟さを痛感するが…。
安楽死をテーマにした近未来SFの第3弾。生死の境で悩んでいる人間を支えていくアシスターという架空の職業をとうして安楽死のあり方や人間的成長を描いた物語は、今後の社会を予言するものであり、今までと同様、読み応えがあります。SFとしては地味ながら考えさせられる一編です。
50.カラフ撤退戦(黒色粉末)
ゲーマーのシノダ・ユウセイはある日、現実と見まがうほどの臨場感を有した究極のVRゲームと出会う。そのなかで、女神のような姿のナビゲーター〈ブルー・ゴブレット〉と出会い、惑星シタルスキアへと導かれる。そこでは惑星外起源種ウィードランからの侵攻を受け、撤退戦を強いられていたが...。
ラノベによくあるゲーム世界で主人公が活躍する異世界ものであり、主人公の活躍で戦況が変わっていくという展開はテンプレ通りです。しかし、重すぎもなく軽すぎもしない絶妙なバランスで展開していく物語には引き込まれるものがあります。ただ、突出した個性には欠ける印象がします。
51.雨のやまない世界で君は(綾崎隼)
ボレアス彗星に小惑星が激突し、その破片が地球に降り注いでから22年。北半球は雨のやまない世界と化していた。一方、高校生の娘・茜と母の小夜子は、とある事件がきっかけで、スラムで暮らす樹希と行動を共にするようになる。そんな折、政府はオーストラリア・ブリスベンへの移住計画を発表し...。
災厄後の現在と、災厄前の過去とを行き来しながら少しずつ世界の全容が明らかになっていく構成がよくできており、終末感溢れる世界の中で、生きる気力を失っていくさまが切なくて心に染み入ります。悔恨に満ちた物語は涙なしには読めませんが、それだけに、希望の光射すラストが心地よい。
52.楽園の楽園(伊坂幸太郎)
大規模な停電や飛行機の墜落事故などが頻発し、強毒性のウィルスが蔓延する。相次ぐ災厄に世界は大混乱に陥っていた。そのすべての原因は謎の人工知能・天軸の暴走だと考えられていた。五十九彦、三瑚嬢、蝶八隗の3人は開発者が残したといわれる楽園の絵を手がかりに天軸探索の旅に出るが…。
デビュー25周年記念作品。実質100頁未満と短編小説程度のボリュームながら、挿絵をふんだんに盛り込み、大人の絵本といった趣の作品に仕上げています。西遊記をモチーフにした伊坂ワールド全開のディストピSFは十分に魅力的ですが、ボリューム不足か故のもの足りなさはいかんともしがたいところ。
53.筒井康隆エッセイ集成 1: SFを追って(筒井康隆)
1966年に筒井康隆が行った未来予想によると、テレビ受信機はどんどん大型&薄型になり、しかも、小型カメラを設置することによって視聴者の誰もがテレビ番組に参加できるようになるという。インターネット時代の到来を予見した文章などの他、著者のさまざまな単行本未収録文を一挙収録。
伝説のSF同人誌NULのの次号発売予告から、編集後記、未来予想などなど。とにかく、筒井康隆が書いた小説以外の文章で単行本未収録の文章を書き集めています。著者独自の語り口や論理展開が楽しく、ファンにとってはたまらない一冊です。ただ、中身はエッセイ集というよりも雑文集ですが...。
54.図書館の魔女 霆ける塔(高田大介)
図書館の魔女・マツリカは宦官宰相・ミツクビの罠に落ち、閉ざされた山城で幽閉の身となる。脱出の足掛かりをつかもうとするマツリカの前に新たな出会いが待ち受けていた。一方、彼女の故郷では、キリヒトたちがマツリカ救出のため立ち上がる。彼らは雪深い山脈を超え、隠し砦を探し求めるが...。
シリーズ第4弾。今回も王道的な冒険譚の合間に様々なキャラから語られる蘊蓄の海に圧倒されます。また、砦の場所を特定するための試行錯誤もミステリ―仕立てで読み応えあり。さらに、マツリカと仲間たちの再会シーンも心揺さぶられます。それだけに、クライマックスは次回に持ち越しなのが残念。
55.図書館の魔女 高い塔の童心(高田大介)
多くの都市国家が交錯する海峡地域を治める・商都一ノ谷。そこには世界最古の図書館と嘯く塔があり、老人・タイキが番人を務めていた。高い塔の魔法使いと呼ばれる彼の傍らには幼き日のマツリカの姿があった。ある日、彼女は好物の海老饅頭の味が落ちたことに疑問を抱き、謎を解こうとするが...。
図書館の魔女シリーズ10年ぶりの新作ですが、前巻の続きではなく、前日譚なのがやや肩透かしです。とはいえ、マツリカと、ハルカゼやキリンたちとの出会いのシーンは感慨深く、聡明ながらも未だ幼いマツリカが微笑ましい。何より、タツキが諸問題をいかにして解決していくかが読み応えあり。
56.量子超越 量子コンピュータが世界を変える(ミチオ・カク)コンピュータの基本概念ともいうべき0と1を重ね合わせることで膨大な並列処理が可能な量子コンピュータ。その計算能力はスーパーコンピュータの100兆倍ともいわれています。本書では人類に多大な恩恵をもたらすとされる量子コンピュータの開発史と実用化のインパクトについて解説していきます。
量子コンピュータのという言葉は耳にするものの、実用化によって何が出来るのかはよく理解していない人が多いのではないでしょうか。本書ではそれを具体的に分かりやすく解説しており、その多様な可能性に読んでいてワクワクしてきます。特に、人工光合成や癌の完全克服などは夢のある話です。
57.聖剣アルスルと傷の王(鈴森琴)
人類を滅ぼす力を持つ六災の王。その一体、地動王は英雄アルスルの評判を聞きつけ、眷属を遣わす。そして、王の病を癒すことができたならば、城郭都市エンブラから奪った花の大図書館を与えようと告げる。アルスルは大図書館を奪還すべく南域に向かう。その先には人狼と恐れられるアスク公爵が…。
少女騎士の戦いと成長を描いた六災の王シリーズの第3弾。ここに来て面白さが格段にアップし、骨太なヒロイックファンタジーとして読み応えのある作品に仕上がっています。人外を含めたキャラクターも魅力的。ただ、三部作という話なので、六災の王の残り三つが描かれそうにないのが残念です。
58.桜待つ、あの本屋で(浅倉卓弥)
世界のどこともわからない場所に存在する咲良という名の本屋。古い木造建築の店の前には一本の枝垂れ桜が佇んでおり、中では少女が三毛猫と一緒に来客を待ちわびている。この店に来ることができるのは後悔や悲しみを抱えている者だけだった。そして店と客を繋ぐのはたった一冊の本であり...。
作中で言及される本は『星の王子さま』『夢十夜』『ピーター・パンとウェンディ』『春と修羅』の4作品。それらにまつわる思い出をファンタジックな設定を絡めて語り、涙腺を刺激する物語に仕上げているのが見事です。本好きの人が癒やしを求めたいときにもぴったりな優しさに包まれた傑作です。
59.百年厨房(村崎なぎこ)
天涯孤独の石庭大輔は元石材商の旧家に1人で暮らしている。だが、ある日、家の庭に忽然と若い娘が現れる。しかも、彼女は明治の生まれで、この家の女中だというのだ。タイムスリップしてきた娘、アヤが作る100年前の料理に食卓の楽しさをを知る大輔だったが、新たなタイムスリップが起き…。
過去の人間との交流を描いたハートフルSFですが、チタケうどん、じんごろう焼き、源氏飯といった現代人には馴染みのない料理が美味しそうに描かれ、思わず作ってみたくなります。また、舞台である栃木県についての歴史がかなり詳細に説明されているのも興味深い。優しさに溢れた結末も感動的です。
60.時帰りの神様(成田名璃子)
60.時帰りの神様(成田名璃子)
イケメンの宮司と美人巫女の兄妹のいる鎌倉一条神社は参拝客が少なく、経営難に陥っている。しかし、神社の奥の竹林で時帰りの道が開かれるといわれ、人生をやり直すべくさまざまな人々が訪れる。高校時代の告白を取り消したい、友人と約束した祭りに行きたいなど、後悔の理由はさまざまで...。
人生やり直し系のSFファンタジーです。心の中にしこりとなっている人生の悔恨を、もう一度経験しなおすことで客観的に見詰めなおして解きほぐしていく。その過程が巧みな筆致によって説得力豊かに描かれているのが見事です。過去に戻るといっても一定の制限がある点が物語を面白くしています。
チェック漏れ作品
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61.夜色表紙の本(乾石智子)
妻と息子を失い、夜の写本師にもなれなかった男は失意の中で日々を過ごしていたが、ふと「夜色表紙の本」がどこにも見当たらないことに気付く。息子が戦場に持っていったのか?しかし、それなら息子の死とともに自分の元に戻ってくるはず。男、〈護符師〉ヴァニバスは息子を探す旅に出るが…。
4つの短編からなる〈オーリエラントの魔導師〉シリーズの一篇で、時系列的には2023年に発表された『久遠の島』の少し後の話になります。戦死したはずの息子を探す旅に出る男や呪いで馬に変えられた母親といった個々のエピソードがその背後にある壮大な物語を予見させてくれます。安定の面白さ。
62.冥土レンタルサービス(藤崎翔)
平岡文子は95歳で大往生を遂げ、気が付くと灰色の世界にいた。目の前に小さな建物があり、中には若い女性が立っている。彼女の話によると、ここはメイドレンタルサービスで、生前積んだ徳と引き換えに動物の体を借りて一時現世に戻れるという。そこで文子はメジロの体をレンタルするが…。
奇抜な設定の物語をユーモラスをまぶして語る安定の藤崎作品です。各エピソードに伏線を潜ませ、最終章のオチに繋げる手管もよくできています。ただ、いつものブラックユーモアを含めた破天荒な作風と比べると本作はやや大人しめです。その分、最終話はかなり感動的に仕上がっています。
63.永遠猫の祝福(清水晴木)
中学3年の景奈が朝目を覚ますと体の上に尻尾の長い猫が乗っていた。しかも、人間の言葉を喋り、バイクとの接触事故で負った小指の怪我も ひ舐めするだけで治してしまう。エルと名乗ったその猫はもう400年も生き続けているのだという。彼の言葉は友人や母親との関係に悩む景奈を変えていくが...。
中学生少女から余命宣言を受けた熟年女性まで、不老不死の猫がさまざまな人々と関わり、彼らの生き方を変えていくファンタジー小説です。強いメッセージ性をユーモアで包み込んでいるのが秀逸。人生について考えさせられる一方で、幾度もの別れを繰り返すエルの心情が切ないく、泣けてきます。
64.黒猫のいる回想図書館(柊 サナカ)
33歳の千紗は結婚を目前して恋人から婚約を破棄される。不幸のどん底に突き落とされた千紗に声を掛けてきたのは一匹の黒猫だった。黒猫に人生最悪の日かと尋ねられ、そうだと答えると、彼女は不思議な図書館にいた。黒猫は彼女に自分の人生を一冊の本に書きあげるまで出られないというが…。
人生に絶望した人々が謎の図書館で交流していくうに価値観が変わっていくというプロットは既読感があり、新鮮味に欠けます。一方で、断片的に語られてきた人々の人生が一つに繋がっていく怒涛の伏線回収には引き込まれました。某有名作と被る部分が多いだけに、読者によって評価が分かれそう。
65.東京地下レトロ雑貨店へようこそ(蒼月海里)
東京のあらゆる地下街からアクセスでき、悩める者や陽の下に居辛くなった者が迷い込むという地下迷宮街。巨大なその街の中にレトロで幻想的な雰囲気の雑貨屋があった。魔女の蓮華が営む幻想堂だ。見惚れるほど美しい彼女は、魔法の雑貨を売ることで迷える子羊に光射す場所への道標を示し...。
なんといってもレトロな雰囲気の雑貨屋が魅力的。最初はダークな雰囲気を漂わせながらもハートフルなエピソードへと着地する物語もぐっとくるものがあります。特に、最終話「ブラウン管テレビと遠い記憶」における孤独な青年の物語が素晴らしい。いずれのエピソードも再生の物語として秀逸です。
チェック漏れ作品
伊藤典夫評論集成(伊藤典夫)
日本最強のSF翻訳家にして評論家として知られる伊藤典夫の翻訳書以外の著作物を収録した全集です。弱冠15歳で同人誌「宇宙塵」に投稿した評論に始まり、エッセイ・書評・映画評・旅行記などありとあらゆる文章が集められています。翻訳リスト・索引(人名+作品名)も完備した怒涛の1400頁です。
1958年という日本のSF小説黎明期から始まる時系列順に並べられた文章は、著者のSF人としての成長をSFの歴史と共に追っているようでもあり、不思議な感動を覚えます。なかでも、超絶技巧のパロディシリーズとして好事家たちの間で伝説となっている「世界名作文学メチャクチャ翻訳」は必読です。
エルギスキへの旅(森下一仁 )
世界が大災厄に見舞われて数年。その爪痕が生々しく残る日本で、少年は父と共に行方不明になった母の行方を追う旅を続けていた。山間の寒村を訪ねた折、父はそこに暮らすシャーマンたちの儀式の力で妻の情報を得ようとする。その最中、少年は大災厄にシャーマンたちが関わっていたことを知り...。
1991~1994年の間に連載された長編SF小説をクラウドファンディングを用いて書籍化したものです。シャーマン文化をテーマにした民俗学SFとでもいうべき作風がユニークで、そこに恋愛要素を絡ませたストーリーが魅力的。神話的な雰囲気とセンス・オブ・ワンダーな面白さを兼ね備えた傑作です。
百年文通(伴名練)
中学生の小櫛一琉は読者モデルの撮影で古い屋敷に訪れた際、不思議な机を見つける。その引き出しに入れたものは何でも100年前に送られるのだ。机の力によって大正時代の少女、日向静と出会った一琉は彼女と文通を始める。だが、彼女たちの運命を狂わす大きな事件がそこまで迫ろうとしていた…。
コミック百合姫に連載したのち、2022年に電子書籍として発売された作品の単行本版です。出自からもわかる通り、百合成分はかなり濃く、そこに著者ならではのSFに対する造詣の深さが混じり合い、実にエモーショナルな時間SFの傑作に仕上がっています。巻末付録の「 時間SFガイド20」も必読です。
帰れない探偵(柴崎友香)
海外の探偵学校に通っていた私は、自由主義体制が失われていく母国への帰国を拒み、海外でフリーランスとして働き始める。だが、「急な坂の街」に探偵事務所兼自宅を構えた際、何故か帰宅できなくなってしまう。しかたなく、連盟が用意してくれた場所で寝泊まりしながら探偵業を続けていくが…。
探偵が主人公だからといって、本作は決してミステリーなどではありません。どちらかといえば幻想小説か不条理SFといった感じです。ストーリーも掴みどころがなく、現実と幻想が混じり合ったような浮遊感と帰るべき場所に戻れないもの悲しさが独特の魅力となっています。極めて文学的な作品です。
時の果てのフェブラリー: ─赤方偏移世界─(山本弘)
2013年8月。地球上の6つの地点で異常な低気圧が出現する。そこでは中心に近づくほど重力が小さくなり、時の流れは早くなっていた。その影響で世界は異常気象に見舞われ、人類は存亡の危機に立たされる。最後に残された希望は直感的に真実を見抜くオムニパシー能力を持つ11歳の少女だった…。
1989年発表の表題作はハードSFの魅力とラノベの瑞々しさを併せ持つ作品として当時SFファンの間でかなり話題となった傑作です。本書では著者の訃報を受けて、未完の続編「宇宙の中心のウェンズデー」を併録。最高に盛り上がってきたところでの中断だけに続きが読めないのが残念でなりません。
戦前日本モダンホラー傑作選 バビロンの吸血鬼(編:会津信吾/著:高垣眸、角田喜久雄、小川好子・他)
アメリカ在住の日本人が先住民の血を引く青年に“酋長の手”がハリソン大統領を縊り殺した記録を見せられる「インデヤンの手」、秘密裡に人型ロボットの生産が行われる「墓地下の研究所」、街で自分のそっくりさんを目撃した男が追跡の末に驚くべき事実に行き着く「火星の人間」など、全21編収録。
昭和3年~14年の間に雑誌・新青年以外で発表された怪奇小説を集めたアンソロジーです。しかし、モダンホラーと銘打ちながらも、収録作品はユーモラスなものからSFめいたものまで揃っており、バラエティに富んでいるのが魅力的。SF的な観点からいえば、複製機を巡る「火星の人間」が秀逸です。
ディスクロニアの鳩時計(海猫沢めろん)
AIが発達し、カクリヨという名の拡張現実が普及した近未来の日本。頭から鳥小屋を被った17歳の天才少年・白鳥鳥彦は夏祭りの夜に不思議な少女・時彫幽々夏と出会う。彼女は正体不明の大富豪で彫刻家の令嬢だった。鳥彦はふと幽々夏の瞳を覗き込むが、次の瞬間、彼は激しい殺人衝動に襲われ…。
近未来を舞台に奇怪な人物が次々登場し、エログロ趣味を全面に押し出したシーンを積み重ねていくなんとも強烈な作品です。ストーリーもSFを軸にしながらもミステリーや青春小説などの要素が入り乱れ、やがてペダントリーの海に呑み込まれていきます。これぞ現代の奇書というべき怪作です。
SFマガジン連載復刻版 果しなき流れの果に/百億の昼と千億の夜/戦闘妖精・雪風(小松左京、光瀬龍、神林長平)
中生代の地層から砂時計が発見された地点の調査に赴いた理論物理学研究所の助手が時空を超えた壮大な戦いに巻き込まれる「果しなき流れの果に」、プラトンと釈迦が少女の姿をした阿修羅王と共にナザレのイエスを陰で操る邪悪な存在との戦いに身を投じる「百億の昼と千億の夜」など、全3編収録。
SFマガジン2025年2月号で発表された2025オールタイム・ベストSFにてベスト10に選ばれた3編が収録されています。名作だけあってどの作品も新刊で入手可能なのですが、連載復刻版というのがミソです。単行本とは内容がかなり異なっており、初出ならではの荒々しい魅力を堪能することが出来ます。
2026年2月13日追記
予想結果
ベスト5→5作品中0作的中
ベスト10→10作品中3作的中
ベスト20→20作品中14作的中
ベスト30→30作品中21作的中
順位完全一致→30作品中0作品
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SFが読みたい!2026年版 海外ベスト30予想
最新更新日2026/02/21☆☆☆
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SFが読みたい!海外版 最終予想(2026年1月22日)
20位.宇宙墓碑 現代中国SFアンソロジー(編:倪雪婷、作:王晋康、韓松、王侃瑜・他)
宇宙で死者を弔う墓碑の魅力にとりつかれた科学者がその文化が途絶した謎に挑む表題作、セーブポイントから人生をやり直すことが可能な世界で頑なにやり直しを拒否する「最後のアーカイブ」、本能的に人を襲うも生前と同じ自我を有しているゾンビの内面を描いた「彼岸花」など、全12編収録。
その他注目作17
31.カウンターウェイト(デュナ)
34.フォース・ウィング2―鉄炎の竜たち― (レベッカ・ヤロス)
35.男爵と魚(ペーター・マーギンター)
38.NEXUS 情報の人類史 (ユヴァル・ノア・ハラリ)
43.折れざる槍(ニコラ・グリフィス)
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SFが読みたい!2026
対象作品である2024年11月1日~2025年10月31日発売の海外SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素の絡まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されずらいので傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクしますSFが読みたい!海外版 最終予想(2026年1月22日)
1位.反転領域(アレステア・レナルズ)
19世紀。小型帆船のデメテル号はがノルウェー沿岸を目指していた。目的は北緯68度線付近にあるフィヨルドだ。そこには古代に建築された未知の大建築物があるという。さまざまな苦難の末に現地に到着した一行だったが、目的の建築物を発見したときに思いもかけない事態が発生し…。
前半は海洋冒険ものとして読み応えがあり、そこからの二転三転の展開に驚かされます。途中までは冒険ファンタジーという印象でSF要素は希薄に感じられたのが、最後は現代SFの文脈で着地を決めるが見事です。後半の展開はかなり複雑で話を把握するのが大変な点は好みの分かれるところ。
2位.バベル オックスフォード翻訳家革命秘史(R・F・クァン)
時は大英帝国が覇権を握る19世紀。母を失った中国人の少年ロビンはオックスフォード大学のラヴェル教授に命を救われる。彼は英語に通じていたことからオックスフォード大学の王立翻訳研究所、通称バベルの新入生となり、厳しい訓練を受ける。一方、学内には大英帝国に叛旗を翻す秘密結社があり...。
ネビュラ賞、ローカス賞受賞作。本作は魔法が存在する世界を舞台にしたファンタジー小説であると同時に、言語の魅力について語る言語SFでもあります。さまざまな言語に関する蘊蓄が知的好奇心を刺激し、そこから派生する物語は魅力的です。ただ、設定説明が多い点は冗長に感じる人がいるかも。
3位.いつかどこかにあった場所(サラ・ピンスカー)
女がでまかせで言ったローカル番組に彼女自身が出演していたことが判明する「二つの真実と一つの嘘」、飛び込んだ人間がそのまま消えてしまう池で兄が行方不明になる「センチュリーはそのままにしておいた」、キャンプ場で6人のガールスカウトが奇妙な体験をする「科学的事実!」など、全12編収録。
SFが読みたい2023!で2位の『いずれすべては海の中に』に続く第2短編集。奇想に満ちた物語はバラエティに富みつつ、全体的にダークな印象が強めです。クオリティの高さは折り紙付きですが、特にネットで民謡を検証する「オークの心臓集まるところ」が秀逸。不穏さに満ちた「宮廷魔術師」なども。
4位.7(トリスタン・ガルシア)
ヤクの売人が自分の意識を一時的に過去へと戻すことができるドラック・LICNを求める「エリセエンヌ」、元ロックスターが過去のあらゆる名作が刻まれた不思議な楽器を見つける「木管」、宇宙人の存在を信じていた者がその存在を信じられなくなると消えてく「宇宙人の存在」など、全7編収録。
イマジネーション豊かで奇想に満ちた非常に魅力的な短編集です。その内容もSFやミステリー的なものから寓話・思考実験的なものまで、バラエティに富んでいます。なかでも、自分の意識を過去に戻すことで何が出来るかを徹底的に突き詰めてゆく「エリセエンヌ」の発想の豊かさが素晴らしい。
5位.時間移民 劉慈欣短篇集Ⅱ(劉慈欣)
環境悪化と人口増加解消のために冷凍睡眠による未来への移民が断行される表題作、三体シリーズでお馴染みの天才物理学者・丁儀がクォーク分割に挑む「ミクロの果て」、宇宙船が制御不能になって宇宙空間を漂流する少女を全人類がネットで見守る「フィールズ・オブ・ゴールド」など、全13編収録。
日本で発売された4作目の短編集で、相変わらず奇抜ななアイディアに基づいた壮大なスケールの物語がズラリと並んでいます。特に、「思索者」や「天使時代」などの鮮烈なビジュアルイメージは忘れ難いものがあります。また、全編に三体ネタが散りばめられているのもファンにとってはうれしいところ。
6位.ミネルヴァ計画(ジェイムズ・P・ホーガン)
人類の起源や宇宙の謎を追い続け、驚くべき真実を目にしてきたヴィクター・ハント博士はさらなる驚愕の事態に見舞われる。並行宇宙に存在する別バージョンのハント博士から通信が入ってきたのだ。一方、5万年前の惑星ミネルヴァ近傍で再実体化したジェヴレン人ブローヒリオらは再起を図るが..。
日本でも絶大な人気を誇る星を継ぐものシリーズ5部作の完結編です。しかし、『星を継ぐもの』がロジカルなSFミステリーだったのに対し、シリーズは次第に荒唐無稽な展開が目立つようになります。多元宇宙をテーマにした本作もそれは同様ですが、何が飛び出してくるかわからない面白さはあり。
7位.ドクトル・ガーリン(ウラジーミル・ソローキン)
国家が小勢力へと分断した近未来。戦火に巻き込まれた医師ガーリンは核攻撃を避けるために、元G8の首脳のクローンたちを引き連れて北へと向かう。その道中で現れる、3メートル超のバイオ巨人や帝国ロシアの貴族のようにふるまう伯爵一族など。苦難の先でガーリンは収容所で囚われの身となるが...。
『吹雪』の続編的作品。奇怪なミュータントが跋扈し、社会や文化は現在よりも後退した世界を描いた近未来SFで、その悪夢的な描写はかなりのインパクトです。同時に王道的な冒険小説としても読み応えがあります。ただ、著者も自覚しているとはいえ、前作と主人公の性格が違うのは気になるところ。
8位.タイタン・ノワール(ニック・ハーカウェイ)
巨大化することで若返り、永遠の命を手にできるタイタン化技術。数千人の億万長者がその技術によって巨人タイタンとなっていた。探偵のサウンダーはグラットン警部から男性タイタンの死の謎を解いてほしいと依頼される。謎を追うサウンダーはタイタン化技術の闇に巻き込まれていき…。
大枠は結構まともな探偵ものであり、タイタン化というの設定との相性も悪くありません。しかし、本作の真価は全く別のところにあります。とにかく話が脱線しまくるのです。しかも、それがすこぶる面白いときています。加えて、語り口も巧みでぐいぐい引き込まれていきます。探偵の末路も必見。
9位.絶滅の牙(レイ・ネイラー)
ゾウが絶滅した近未来。人類はマンモスを復活させてシベリア保護区での繁殖を試みる。だが、野生を知らないマンモスは密猟者にたやすく狩られる恐れがあった。そこで、100年前にゾウの保護に尽力し、デジタル保存されていた生物学者の意識をマンモスに移植して群れを率いてもらおうとするが...。
2024年ヒューゴー賞ノヴェラ部門受賞。生物学者のデジタルデータを移植したマンモスに群れを率いさせる設定がユニークで、SFの原初的な面白さに満ちています。人間サイドの思惑も複雑に絡み合い、物語としても読み応えがあります。ただ、中編程度の長さなのでボリューム的にやや物足りなさも。
10位.シナバー 辰砂都市(エドワード・ブライアント)
砂漠と大海に挟まれた未来都市シナバー。そこは人工知能によって管理され、抗老化処置が不老不死を約束する理想郷だった。だが、永遠の命を得た都市の住人たちはいつしか頽廃と倦怠のなかでまどろんでいく。あるとき、都市の入り口に立つホテル・コロネットを謎めいた旅人が訪れるが…。
アメリカで1976年に発表された連作SFの初完訳本。バラードやフィリップ・K・ディックといった60~70年代を代表するSF作家の影響が随所に見られ、ジャンル的にもホラー、冒険譚、巨大サメ、時間SFとさまざまです。その多彩な素材に70年代の空気を纏わせ、情感豊かに描き出しています。
11位.ヒロシマめざしてのそのそと(ジェイムズ・モロウ)
大戦末期。米海軍は陸軍の原爆投下計画に対抗し、サバクトカゲを元に全長400mの大怪獣ベヒモスを創造する。だが、ベヒモスは制御困難で下手に放つと日本以外の都市も破壊しかねない。そこでモンスター映画のスーツアクターを招集し、日本にベヒモスの脅威を知らしめる映像を撮ろうとするが...。
2009年発表の作品。本作で語られる作戦はどう考えても本末転倒でバカバカしいものですが、そんな馬鹿な作戦を成立させるための描写はディテールが凝っており、リアリティ満点です。加えて、キャラ同士の掛け合いが楽しく、コメディ要素も満載。反核のメッセージを絡めた怪獣小説屈指の傑作です。
12位.4 3 2 1(ポール・オースター)
アーチー・ファーガソンは1947年にユダヤ系の家庭に生まれ、すくすくと成長していくが、ある日、一家が営んでいた店が全焼してしまい、そのうえ、父は火災に巻き込まれて命を落としてしまう。ところが、へつの世界では火事は起きず、父は家電チェーンの経営者として成功をおさめており……。
50~60年代におけるアメリカの歴史を振り返りつつ、人生の可能性について描いた豊饒な物語です。歴史のifについて描いた小説は数多くあるものの、一人の人生についてのさまざまな可能性をこれほどまで緻密に描いた作品はおそらく例がないでしょう。読み込むほどに巧妙な仕掛けに気づかされる傑作。
13位.派遣者たち(キム・チョヨプ )
地下都市で暮らすテリンは厳しい資格試験を突破して派遣者になることを切望していた。なぜなら、派遣者になれば人が住めなくなった地上に行くことが出来、師匠のイゼフが教えてくれた美しい夕焼けや星の輝きをこの目で見ることが出来るからだ。だが、彼女は試験直前に不思議な幻聴を体験し…。
頭の中から聞こえてくる正体不明の声を巡る前半の展開も面白いですが、本番は後半の地上編。地上の新たな支配者となった菌糸に覆われた世界が終末感に溢れ、なんとも美しい。また、人類と異なる存在との交流と共生というテーマも胸に染み入ります。ナウシカを彷彿とさせる終末SFの傑作です。
14位.宙の復讐者(エミリー・テッシュ)
時空を歪曲するシャドウスペース技術によって銀河系に進出した人類は、異星種族連合体マジョダと出会う。だが、140億の人類はマジョダを創設したマジョ・ジ人により滅ぼされてしまう。それから数十年後。人類最後の生き残り組織・ガイア・ステーションで17歳のキアは戦闘訓練を続けていたが...。
2024年のヒューゴー賞受賞作。一見、少女の復讐譚を描いたスペースオペラのようですが、彼女が人類の滅亡しなかった並行宇宙に転移したことで、非常にスケールの大きな宇宙SFへと姿を変えていきます。同時に主人公の成長物語としても読み応えのあり。ただ、並行宇宙の設定には少々ご都合主義も。
15位.非在の街(ペン・シェパード)
元地図学者のネルはある日、父の急死を知らされる。彼はニューヨーク公共図書館のなかでも特に高名なな地図学者だったが、なぜか、平凡な一枚の道路地図を大切に隠していた。しかも、その地図の複製はあらゆう所蔵機関から跡形も消えてていたのだ。ネルは消えた地図の秘密を探っていくが…。
地図を巡る幻想譚である本作は、謎が謎を呼ぶミステリー的な展開が非常にスリリング。読み進めていくほどに不可思議な地図の魅力に引き込まれていきます。加えて、家族再生のドラマとしても読み応えありです。ただ、中盤までの面白さに比べて、後半の展開がやや雑に感じるのが惜しいところ。
16位.ターミネーション・ショック(ニール・スティーヴンスン)
温暖化に苦しむ近未来。億万長者のシュミット博士はメキシコ国境付近にビッグガンなる巨大施設を建設する。天然ガス分解装置、冷却塔、タンク群などからなるそれを用い、二酸化硫黄が詰まったシェルを成層圏まで打ち上げようというのだ。成功すれば、エリア内を冷却できるというのだが…。
『スノウ・クラッシュ』などで知られる著者が2021年発表した気候変動SF。異常気象解決のために用いる方法が豪快でワクワクしますし、そのうえ、アイディアを支えるディテールも細やかでリアリティという点でも申し分なし。ただその分、話が回りくどくてじれったく感じる人もいるかもしれません。
17位.世界の終わりの最後の殺人(スチュアート・タートン)
接触した生命体すべてを殺し尽くす白い霧が世界を覆い尽くして90年。人類はバリアで守られた小島に住む100人あまりになっていた。人々はインプラントされた装置によってAIに管理され、平穏な日々を送っている。だが、島の守護者たる科学者の1人が殺されたうえにバリアまで解除されていまい…。
人類滅亡を回避すべく、殺人事件の謎に挑むSFミステリーであり、謎解きの面白さにに加え、舞台となる島に秘められているSF的趣向が魅力的。SF設定がギュウギュウに詰め込まれており、終末SFとしても、デストピアSFとしても読み応えがあります。多彩なギミックに彩られた超絶技巧の名品です。
18位.頂点都市(ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤン)
異常気象によって国家が崩壊し、都市単位の独立勢力に分断された近未来。そのなかで、頂点都市と改名したベンガルールの街は、スコア評価による能力主義を導入して繁栄を極める。だが、上位の“ヴァーチャル民が豊かな特権的生活を満喫する一方、下層のアナログ民のあいだでは叛逆の兆しが...。
行き過ぎた管理社会を描いた典型的なディストピアSFであり、そういう意味では凡庸な作品です。しかし一方で、世界観を最初からすべて説明するのではなく、伏線を張りながら連作形式で徐々に明らかにしていくため、謎解き的な面白さがあります。さらに、能力主義以外の社会描写もユニークです。
19位.侵蝕列車(サラ・ブルックス)
1899年。北京発モスクワ行きの蒸気機関車が発車する。たが、その間にあるシベリアはいつしか未知の動植物が生息し、不可思議な現象が起きる危険地帯と化していた。一方、列車内で生まれ育ち、乗務員を務める16歳の少女・ウェイウェイは、マリヤと名乗る無賃乗車の女の子を発見するが…。
異界と化したシベリアを蒸気機関車で横断するという設定が魅力的。また、それぞれ事情を抱えて列車に乗り込んだ人々のドラマが群像劇として読み応えがあります。ただ、肝心の異界の描写がややインパクト不足です。SFならではの奇想や強烈なホラー描写を期待するともの足りなさを覚えるかも。
宇宙で死者を弔う墓碑の魅力にとりつかれた科学者がその文化が途絶した謎に挑む表題作、セーブポイントから人生をやり直すことが可能な世界で頑なにやり直しを拒否する「最後のアーカイブ」、本能的に人を襲うも生前と同じ自我を有しているゾンビの内面を描いた「彼岸花」など、全12編収録。
本作は英語圏向けのアンソロジーで、一読しただけで中国SFの現在を一望できる作りになっています。つまり、選りすぐりのアンソロジーであり、非常にレベルが高いのです。そのうえ、1作ごとに編者の解説が添えられており、中国SFのガイドブックとしてはこれ以上ない仕上がりになっています。
21位.ロボットとわたしの不思議な旅 (ベッキー・チェンバーズ)
工場で働いていたロボットたちは突然自我に目覚め、工場を出て大自然を目指していく。そうして、ロボットが人間と袂を分かってから幾年月が過ぎていった。喫茶僧のデックスはコオロギの鳴き声を聞きたくてロボットたちの居住地である森へと足を踏み入れ、そこで変わり者のロボットと出会うが…。
本作は「緑のロボットへの賛歌」と「はにかみ屋の樹冠への祈り」の2作からなり、合わせてヒューゴー賞、ユートピア賞、ローカス賞の3賞を受賞。長きに渡って隔絶していた人とロボットが出会い、絆を深めていく過程が丁寧に描かれ、温かな気持ちにしてくれます。説教臭さは好みの分かれるところ。
22位.惑星語書店(キム・チョヨプ)
手術の後遺症でものに触れると痛みを伴うようになった建築家の元にお手伝いロボットが派遣される「サボテンを抱く」、銀河系内の数万の言語が同時翻訳されている時代においても翻訳機では対応不可能な辺境の惑星の本を販売している書店にある女性が訪れる表題作など、全14篇収録。
韓国を代表する女性SF作家のショートショート集です。ショートショートでも著者ならではのエモさは健在で、全編を覆うクラシカルな味わいが切なさに拍車をかけています。特に、「サボテンを抱く」が感動的で、長篇SF『派遣者たち』の原型となった「沼地の少年」も見逃せないところ。
23位.未来(ナオミ・オルダーマン)
最先端テクノロジーを持つ企業のトップは終末を予測を受け取り、密かに安全な場所への脱出を試みていた。その数ヶ月前、終末論ビジネスを生業とするライ・チェンは暗殺者に命を狙われていることに気付く。その時、プレゼントされたデバイスがAUGRと名乗り、危機回避の指示を出し始めるが…。
AIによる未来予測をテーマにした終末SFという切り口が興味深く、予言者のような能力を持つAIの秘密が徐々に明らかになっていく展開に引き込まれていきます。それに加え、次第に物語が終末世界生き残りマニュアル的な様相を示してくるのも面白い。さらに、実在の企業をモデルにした風刺も秀逸。
24位.パラドクス・ホテル(ロブ・ハート)
時間離脱症(アンスタック)を患ったジャニュアリーは、時間犯罪取締局調査官の職を辞し、他インポートに併設されたホテルの警備主任として働き始める。あるとき、離脱症の影響で自分の銃殺シーンを幻視したため、彼女は独自に調査を始める。一方、ホテル内では時間の流れに異常が生じ…。
舞台はタイムトラベルが過去にのみ可能となった近未来であり、時間離脱症の能力を用いた殺人事件の特殊設定ミステリー的な捜査がユニーク。一方、SFとしてはタイムパラドックスの問題をクローズアップしており、過去の改変はすでに行われているのか否かといテーマが斬新で興味深い。ただ、どこまでが現実でどこからが幻覚なのかが判然とないので読みづらく、加えて、結末も釈然としないものが...。
25位.肉は美し(アグスティナ・バステリカ)
新種のウイルスの蔓延により、人は畜肉を食べれなくなってしまう。結果、世界規模の食糧危機が発生し、移民や貧民の人肉が闇市で取引されるようになる。やむを得ず、政府は食肉用としてヒトの飼育を合法化。そんななか、クレイグ食肉処理工場の重役マルコスは食肉用のメスを譲り受けるが...。
食人が日常的に行われるようになった悪夢のような世界を描いた究極のデストピアSFです。しかも、その異常性をセンセーショナルに描くのではなく、あくまでも日常として淡々と綴られている点にゾッとさせられます。唯一、主人公だけは食肉用の女性を人間扱いするのですが、その結末も強烈です。
26位.銀河之心 1 天垂星防衛(江波)
遠い未来、銀河の辺境。一大勢力を誇る雷電ファミリーに襲われた李約素は、部下も身分も失い、以来AIのプリンを唯一の相棒にオンボロ宇宙船に乗って無頼の生活を送っていた。ある日、銀河を漂う無人の巨大環形宇宙船を発見する。雷電ファミリーの家紋が記されており、中には謎の凍結死体が…。
中国産のスペースオペラ3部作の第1弾です。ストーリーは良く言えば王道、悪く言えばありきたりです。しかし、AIのプリンがとにかく可愛らしく、それによって多くの欠点は打ち消されています。話自体も異種族の侵攻に対して団結を迫られる展開は熱く、ベタだと分かっていても盛り上がります。
27位.超機動音響兵器ヴァンガード(アレックス・ホワイト)
西暦2657年。深宇宙より姿を現したヴアンガードと呼ばれる巨大人型ロボットは瞬く間に、2つの惑星と6つのコロニーを滅ぼし、地球に迫ろうとしていた。そして、つに姿を現した2体のロボットを前にジャズピアニストのガスは人生最後のセッションを敢行。すると、彼はヴァンガードの搭乗者となり...。
最近徐々に数を増やしつつある、日本アニメの影響を受けた巨大ロボットものです。他作品もアニメにもインスパイアされた独自の設定がありますが、本作の場合は音楽でロボットとシンクロするという設定がユニーク。3部作の第1弾ということで戦闘シーンは少なめですが、今後の展開に期待です。
28位.ミッキー7 反物質ブルース (エドワード・アシュトン )
コロニー建設のために危険な任務に従事するミッキーは死ぬたびに新たな肉体に過去の記憶を注入して蘇る使い捨て人間だったが、反物質爆弾を盾にして任務から解放される。ある日、司令官から爆弾を差し出すよう命令されるが、先住民に預けた爆弾は他の部族に貢ぎ物として渡された後で…。
シリーズ第2弾。今回は、先住民である巨大ムカデと異種間コミュニケーションをとりながら冒険を繰り広げるさまがなんともシュールで面白い。死と隣り合わせのシビアな展開(前作のラストで引退しているので蘇りもなし)が続きますが、それを感じさせない主人公の軽快な語り口も魅力的です。
29位.レッドリバー・セブン:ワン・ミッション (A・J・ライアン )
船の中で6人の男女が目を覚ます。彼らは記憶を失っていたが、全員が各分野のスペシャリストであることが明らかになる。外は赤い霧が立ちこめ、衛星携帯電話からは「記憶を取り戻した者は危険なので殺せ」という不可解な指示。しかも、陸には異形の怪物たちが蠢いていた。一体何が起きているのか?
次々とイベントが発生し、謎が謎を呼ぶ展開に引き込まれます。テンポの良いアクションホラーゲームを彷彿とさせるエンタメSFの佳品です。ただ、どこかで見たような感は否めず、テンプレ的な内容と、結末が曖昧で風呂敷を畳み方にはもの足りなさを覚えます。B級としてはかなり面白い作品です。
30位.廃墟建築家(ヘルベルト・ローゼンドルファー)
列車の中で出会った男から1枚の紙片を渡されて世界に終末が訪れることを知ったわたしは、廃虚建築家が設計した巨大葉巻型地下シェルターに誘い込まれ、そこで7人の娘が語る物語を耳にした。それは、互いのゼンマイを回すことで永久に動き続ける機械仕掛けの侏儒など、不思議な話ばかりで…。
オーストリア綺想小説コレクションの第1弾。列車のコンパートメントでの出会いから始まる物語ですが、次々と場面が変わり、やがて夢の深みへと引きずり込まれるような感覚がたまりません。葉巻型の巨大地下シェルターや機械仕掛けの侏儒といった幻惑感に満ちたガジェットも魅力的な極上の幻想小説です。
その他注目作17
31.カウンターウェイト(デュナ)
韓国のLKグループが建設した軌道エレベーターによって繁栄する東南アジアの島国パトゥサン。その地で対外業務部長としてLKスペース社の汚れ役を担ってきたマックは、自分の隠し財産を盗んだ新入社員のチェ・ガンウを調査する。だが、その先には起動エレベーター建設を巡る世界揺るがす秘密が....。
巨大企業の情報戦や宇宙での戦闘を描いた作品ですが、200ページあまりという比較的短いストーリーのなかでさまざまな要素がそつなくまとめられているので気軽に楽しめる作品です。一方、スリリングなストーリーに加えて人種差別や労働問題にも切り込んではいるものの、さほど深みはないかも。
32.火炎人類(オラフ・ステープルドン)
太陽の中で生まれ、太陽系形成時に惑星とともに飛び出した炎形態の知的生命体。火炎人類たるそれは長い間、地球の石の中に閉じ込められていたが、著者のオラフ・ステープルドン=カッスがその石を暖炉に投げ入れるとテレパシーで話しかけてきた。その対話を通してカッスは宇宙の神秘に迫るが...。
表題作の中篇の他に、ラジオドラマ版『最後にして最初の人類』や短編群を収録した作品集。表題作は1947年の作品で、太陽系形成に関する独自の理論が面白い。また、1934年発表の「東は西」は大日本帝国がヨーロッパやアメリカを席巻する歴史改変SFの古典として興味深いものがあります。
33.フェアリー・テイル(スティーヴン・キング)
17歳の少年チャリーの暮らす町にはサイコハウスト呼ばれる屋敷があった。そこには偏屈な老人が独りで住んでいるという。だが、ふとしたことからチャーリーは老人と交流を持つようになった。屋敷はちっとも怖くなかったが、時々奇妙なことが起きる。やがて、彼は王国へと続く階段の存在を知り…。
スティーヴン・キング作家デビュー50周年企画の掉尾を飾るファンタジー大作。とはいえ、前半は日常パートが続くので退屈と感じるかもしれません。しかし、その積み重ねがあったからこそ、後半から始まる異世界での冒険活劇が臨場感を帯びて胸に迫ってきます。幻想的なギミックも一級品。
34.フォース・ウィング2―鉄炎の竜たち― (レベッカ・ヤロス)
竜の騎手が魔法の力で国防を担う国ナヴァール。軍司令官である母親の命令で入学者の大半が命を落とすというバスギアス軍事大学に入学したヴァイオレットだったが、2頭の竜と絆を結び、敵国国境近傍での熾烈な戦闘を生き延びて2年生に進級する。だが、訓練を装って彼女の命を狙う教官が表れ…。
あさっり人が死んでいく激しい戦闘シーンと過激な官能シーンを盛り込んだ波瀾万丈すぎる展開は今回も健在。そのうえ、衝撃の真実も明らかになり、読者の情緒を激しく揺さぶります。ただ、登場人物が増えていくのに比例して展開も複雑になっているのでついていくのが大変と感じる人もいるかも。
35.男爵と魚(ペーター・マーギンター)
カワウソ党の陰謀によって国外に追放された魚類学者の男爵は、ウィスキー樽の中で600年前から生きているスコットランドの祖先の加勢を得ることに成功。そして、気球戦団を率いてウィーン征伐に出発するも、途中嵐に遭遇し、ピレネー山麓への不時着してしまう。そこは神秘の世界の入り口で…。
1966年発表の著者デビュー作です。奇想天外な物語であり、しかも、それが思わぬ方向へどんどん転がっていくのが面白い。ただ、あまりにも奇想天外がすぎてシュールの域に達しているため、最初はかなり戸惑うかもしれません。馴れてくるとそのトンデモ展開がやみつきになってきます。
36.高慢と偏見とタイムトラベル(リア・ライリー)
プロホッケー選手のタックは飛び出してきた少年を避けようとし、車ごと氷の張った池に落ちてしまう。気が付くと彼は19世紀の英国にいた。タックを救ったのは作家志望の可憐な女性、リジー。彼女は常識外れのタックに振り回されながらも、対等な存在として扱ってくれる彼に惹かれていくが…。
未亡人になるのが理想というヒロインと、未来に戻りたい主人公の理解が一致して偽装結婚するという筋書きが面白い。タイムスリップもののラブロマンスの場合、主人公が未来に戻るか過去に留まるかの選択が大きな焦点となるわけですが、上手く処理して見事なハッピーエンドに仕上げています。
37.イラクサ姫と骨の犬(T・キングフィッシャー)
入江国の王女マーラには2人の姉がいた。上の姉は北方国の王子の元に嫁いだが、事故で亡くなってしまう。代わりに妃となった次女にも死が迫っていた。マーラは王子を殺す決意をするが、王子は妖精の教母の魔法で護られている。それに対抗するために刺草のマントと骨の犬の作成に取り組むが…。
2023年ヒューゴー賞長篇部門受賞作。序盤はスローテンポながら仲間たちが揃ってからは怒濤の展開が続きます。復讐譚を軸にしながらも随所に童話のモチーフを織り込んだ物語が面白く、骨の犬や墓守女といった個性豊かなキャラクターたちも魅力的。ダークな世界観が印象深い傑作です。
38.NEXUS 情報の人類史 (ユヴァル・ノア・ハラリ)
賢い人という意味を持つホモ・サピエンスは、偉大な発明や発見を積み重ね、他の種を寄せ付けない圧倒的な力を身に着けました。にもかかわらず、戦争や自然破壊によって自らの存在を脅かしています。人類が真に賢明ならなぜこのような自滅的行為を繰り返すのか?本書ではその謎に迫っていきます。
『サピエンス全史』の著者によるAI社会批判。人類の発展を導いた情報ネットワークのメカニズムを整理し、その功罪について語っているのが興味深い。そして、後半ではAI発展が人類の手に扱いきれないものであるとして警鐘を鳴らしていますが、その独創的な切り口はSF的な読み物としても面白い。
39.キャンディハウス(ジェニファー・イーガン )
天才起業家でソーシャルメディアのCEOビックス・ボウトンは、記憶をアップロードされた記憶にアクセスすることで他者の記憶をの共有できる画期的な機器を発売する。それによって世界のあり方は一変し、人々は新たな生き方を模索していく。果たして、彼らが求める真のつながりとは?
変容していく世界の中で人々が新たな生き方を模索していく連作短編で、全編を覆う思弁的な問いかけには文学的な深みを感じさせます。ただ、本作はピューリッツァー賞受賞作『ならずものがやってくる』の続編であり、純粋なSFではありません。SF的展開を期待していると肩透を喰らうかも。
40.歌う丘の聖職者(ニー・ヴォ)
歴史収集の旅を続ける聖職者・チーは、阪場で出会った南猿拳の達人、ウェイ・ジンタイや彼女と姉妹の契りを交わしたサングらと共に港を目指して山道を進んでいた。だが、途上の小屋で吊された死体を発見する。しかも、その胸に残されたマークは滅びたはずの山賊、虚空の手教団のもので…。
ヒューゴー賞受賞作品『塩と運命の皇后』に続くシリーズ第2弾です。「河畔の国へ」と表題作の中編2編が収録されており、前者は道中ものの面白さや痛快なアクションに加えて余韻が残る結末が印象深い。それに対して、後者はチーの恩師である聖職者が死を巡る物語で、意表を突いた結末が味わい深い。
41.罪悪の王子たち 呪われし玉座(ケリー・マニスカルコ)
深い霧で包まれたウェイヴァリー・グリーン。七つの大罪を司る王子たちが潜むと噂される悪徳の街だ。その待ちに暮らす女性画家カミラは昔描いた贋作をネタに脅されていた。そんな彼女前に謎めいた美貌の男、エンヴィが現れる。2人の出会いはやがて魔界と人間界揺るがす事件に発展し…。
本作は、ロマンとヴィランの要素をクローズアップしたロマンタジーと呼ばれるジャンルの作品です。そのため、終始妖しいムードが漂い、タークサイドを抱えながら進行していロマンスはなかなか過激です。同時に、命を賭けて行われるゲームなど、波瀾万丈な物語はかなり読み応えがあり。
42.ウィッチャー 嵐の季節(アンドレイ・サプコフスキ)
鋼と銀の2本の剣で怪物と闘うウィッチャーのゲラルト。彼は港町ケラクを訪れた際に、密告により、国家財産横領の罪で逮捕される。それは彼を自分たちの計画に引き込むための魔女コーラルの企みだった。なんとか保釈を認めさせたものの、今度は保管所に預けていた2本の剣を盗まれてしまい…。
5つの長篇と2つの短編集からなるウィッチャーシリーズの番外篇。強靱な肉体と卓越した知性、それにハードボイルドな佇まいを併せ持ちながら、とことんついていないゲラルトのキャラクターがなんとも愛おしい。物語もエンタメど真ん中でテンポの良さも申し分なし。冒険ファンタジーの傑作です。
43.折れざる槍(ニコラ・グリフィス)
妖精の谷と怖れられる秘境の地に母娘が2人で暮らしていた。そこで少女はたくましく育っていき、そしてついには相手に悟られずに敵を屠る力を手に入れる。やがて、広い世界に憧れるようになった彼女は、母からペレティルという名前を受け取ると王アルトゥルスの戦士団に加わるべく旅立つが…。
円卓の騎士パーシヴァル(ペレティル)が女性だったという設定で描いた新解釈のアーサー王伝説です。各キャラの原典との違いについては好き嫌いが分かれそうですが、幻想的な物語は読み応えあり。
44.「夢のエネルギー」核融合の最終解答(アーサー・タレル)
地球上に擬似的な恒星を創り出すことで、二酸化炭素を排出することなく莫大なエネルギーを発生させる核融合。まさに夢のエネルギーだが、世界各国の政府系研究所や国際機関、さらには、スタートアップ企業や投資家までがその実現にしのぎを削っている。果たしてその栄冠をいつ誰が摑むのか?
自らも核融合開発に従事していた著者による入門書。核融合と聞くとそのSF的な響きにワクワクしますが、具体的な仕組みについては意外と知られていないものです。そこで、本書では核融合とは何かに始まり、その魅力や課題などを分かりやすく解説しています。核融合の基礎を学ぶのに最適な良書です。
チェック漏れ作品
本作は二人の男の友情物語であり、同時に大海の中の小島を舞台にした優れた海洋小説でもあります。特に、海中の描写の美しさが素晴らしい。が、そうした表面的なドラマに気を取られていると、最後に明かされるある仕掛けに驚かされることになります。シンギュラリティの極致に挑んだ傑作です。
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45.魔術師ペンリックと暗殺者(ロイス・マクマスター・ビジョルド)
愛する妻や娘と過ごす、宮廷魔術師ペンリックの平穏な日々。しかし、それは突如として終わりを告げた。妻の兄であるアリセイディア将軍に暗殺者が差し向けられたのだ。前代未聞の暗殺計画から兄を守ることには成功するも、それにより、ペンリックは否応なしに政争へと巻き込まれてしまい...。
五神教サーガ・魔術師ペンリックシリーズの第4弾で、長編と短編の計2編を収録。神のいる世界で織りなされる人々のドラマにはやはり独特の魅力があります。ただ、勧善懲悪ではないモヤモヤとした結末は好みの分かれるところです。特に、短編「影の結び目」の痛ましい結末には心が抉られます。
46.魔法治療師のティーショップ(シャンナ・スウェンドソン)
殺人の罪を被せられて逃亡中の魔法治療師・エルウィンは、逃亡中の末にたどり着いた村でかつて治療師が住んでいた家に転がり込む。その家でしばらく過ごした彼は村人のためにお茶を出し始めるが...。
不思議な魔法の世界で繰り広げられるまったりとした話が心地よいファンタジー小説です。ケーキやハーブティーなどのも美味しそうでいつまでも物語の世界に浸っていたくなります。一方で、ドタバタ劇や村にまつわる謎といった要素も話を飽きさせない絶妙なアクセントに。ただ、短すぎるのが玉に瑕。
47.伝説とカフェラテ 傭兵、本屋をたてなおす(トラヴィス・バルドリー)
戦場で大怪我を負った傭兵のヴィヴは小さな町で療養することになる。町を歩いていたヴィヴは今にも潰れそうな本屋を見つけ、気まぐれで入ってみることにする。今まで本には縁のない人生だったが、店主の小鼠人が薦める物語の虜となり、ついには本屋の立て直しに着手することになり...。
『伝説とカフェラテ 傭兵、珈琲店を開く』の前日譚です。ちなみに主人公のヴィヴはオークの女性。前作ではベテランの風格を漂わせていたのですが、今作ではいかにも血気盛んな駆け出しの傭兵という感じで描かれており、そのギャップが面白い。同じく、前作で無口だったネズミが饒舌なのも。
チェック漏れ作品
電脳の歌 ースタニスワフ・レム・コレクションー(スタニスワフ・レム)
その昔、宇宙の万物を創造できるロボットの建造師、トルルルとクラウツィウスが永久全能免許状を手に入れ、宇宙を旅して回る。だが、彼らの行く先々では、権力に貪欲な星々の王たちや暗黒に棲息する未知の怪物など、さまざまな困難が待ち受けていた。そして、ついには宇宙崩壊の危機に直面し...。
その昔、宇宙の万物を創造できるロボットの建造師、トルルルとクラウツィウスが永久全能免許状を手に入れ、宇宙を旅して回る。だが、彼らの行く先々では、権力に貪欲な星々の王たちや暗黒に棲息する未知の怪物など、さまざまな困難が待ち受けていた。そして、ついには宇宙崩壊の危機に直面し...。
レムならではの文明批判をユーモアに織り込んだドタバタスラップスティックSFです。抱腹絶倒と言いたいところですが、量子力学などの学説を茶化したギャグに関しては元ネタが理解できないとピンとこないかもしれません。一方で、人間社会に関する洞察はさすがに鋭く、思わず唸らされてしまいます。
ソラリス(原作:スタニスワフ・レム/漫画:森泉 岳土)
地表の大部分を海で覆われた惑星ソラリス。その海は意志を持っており、正体を探るために心理学者のクリス・ケルヴィンが派遣される。だが、彼が降り立った観測ステーションでは3人の科学者のうち、1人が自殺し、残る2人も何かに怯えて自室に引き籠っていた。やがて、クリスの前に亡き妻が現れ...。
原作が海外SFの名作とはいえ、まさか日本の漫画が海外版にランクインするとは想定外でした。内容は原作小説にほぼ忠実で、簡素で突き放したような画風がストーリーとよくマッチしています。特に、地球とは明らかに異質な海の描写が秀逸です。分かりやすく、小説や映画に挫折した人にもおすすめ。
地表の大部分を海で覆われた惑星ソラリス。その海は意志を持っており、正体を探るために心理学者のクリス・ケルヴィンが派遣される。だが、彼が降り立った観測ステーションでは3人の科学者のうち、1人が自殺し、残る2人も何かに怯えて自室に引き籠っていた。やがて、クリスの前に亡き妻が現れ...。
原作が海外SFの名作とはいえ、まさか日本の漫画が海外版にランクインするとは想定外でした。内容は原作小説にほぼ忠実で、簡素で突き放したような画風がストーリーとよくマッチしています。特に、地球とは明らかに異質な海の描写が秀逸です。分かりやすく、小説や映画に挫折した人にもおすすめ。
火明かり ゲド戦記別冊(アーシュラ・K.ル=グウィン)
年老いて魔法使いとしての力を失ったゲドが過去を振り返りながらテナーと共に穏やかな老後を過ごす「火明かり」、まじない師によって島の領主だった父親を石に変えられた姉弟が復讐を誓うも復讐する相手を巡って意見が対立する「オドレンの娘」ほか、エッセイや講演内容などを収めた小品集。
著者没後に発表されたゲド戦記の最終エピソードや未訳短編、さらには著者のジェンダー論などを収めた資料性の高い一冊です。短編小説2編はいずれも素晴らしく、特に、ゲドの最期を描いた「火明かり」は静謐な雰囲気が心に染み入ります。また、ユングの精神分析を絡めたジェンダー論も興味深い。
秘儀(マリアーナ・エンリケス)アルゼンチンの政財界を裏で操る教団・オルデン。その究極の目的は秘術を用いて不死の力を手に入れることだ。しかし、それは数多くの生贄を前提としたものだった。一方、強力な霊媒の力を教団に利用されてきたフアンは自身の余命が僅かなことを知り、同じ力を持つ息子を逃がそうとするが…。
前半は霊能力者のフアンと息子・ガスパルの逃亡生活を描いており、各章が独立したホラー小説のような構成になっています。しかし、白眉なのは後半で、教団の成り立ちをマジックリアリズムの技法を用いて現実のアルゼンチンの歴史と絡めた物語は重層的な魅力にあふれており、読み応え満点です。
プレイグラウンド (リチャード・パワーズ)
南太平洋に浮かぶマカテア島。人口100人に満たない小島に、外国資本による海洋都市計画が持ち上がる。かつて島の経済を支えたリン鉱石はすでに枯渇し、人々は環境保護か、開発による繁栄かの二択を迫られる。一方、アメリカから妻と島に移住した芸術家にはIT業界の寵児となった相棒がいたが...。本作は二人の男の友情物語であり、同時に大海の中の小島を舞台にした優れた海洋小説でもあります。特に、海中の描写の美しさが素晴らしい。が、そうした表面的なドラマに気を取られていると、最後に明かされるある仕掛けに驚かされることになります。シンギュラリティの極致に挑んだ傑作です。
お化け屋敷へ、ようこそ(ユキミ・オガワ)
キムラサエコと名乗る女性が結婚相談所を訪れ、「子供を授かるために雄がほしい」と言う。結婚相談所を根本から誤解しているキムラに対し、その手のSNSコミュニティを勧めるが、彼女はSNSが何たるかすら知らなかった。そこで、サイトの探し方を教えると、数日後にうまくいったとのお礼があり...。
さまざまなお化けが登場する11篇収録の短編集。お化けといってもホラー要素はほとんどなく、内容は怪異をテーマにしたSFファンタジーといったところでしょうか。ノスタルジックで切ない雰囲気とさりげないユーモアが印象的です。ちなみに、作者は日本人ですが、原文はすべて英語で書かれています。
きみはメタルギアソリッドV:ファントムペインをプレイする(ジャミル・ジャン・コチャイ)
キムラサエコと名乗る女性が結婚相談所を訪れ、「子供を授かるために雄がほしい」と言う。結婚相談所を根本から誤解しているキムラに対し、その手のSNSコミュニティを勧めるが、彼女はSNSが何たるかすら知らなかった。そこで、サイトの探し方を教えると、数日後にうまくいったとのお礼があり...。
さまざまなお化けが登場する11篇収録の短編集。お化けといってもホラー要素はほとんどなく、内容は怪異をテーマにしたSFファンタジーといったところでしょうか。ノスタルジックで切ない雰囲気とさりげないユーモアが印象的です。ちなみに、作者は日本人ですが、原文はすべて英語で書かれています。
きみはメタルギアソリッドV:ファントムペインをプレイする(ジャミル・ジャン・コチャイ)
家庭用シューティングゲーム『コール オブ デューティ』にて、父親と似た顔の軍人を射殺してきた青年がシリーズ最終作である『メタルギアソリッドV ファントムペイン』をプレイしたところ、ゲーム内に若き日の叔父を発見する。それ以降、彼は虚実の入り混じった不思議な時間を過ごすことになるが..。
O・ヘンリー賞を受賞した12編収録の短編集。タイトルの印象からオタク系SFを想像しがちですが、実際は文学寄りの作品です。マジックリアリズムをはじめとしてさまざまな文学的手法を駆使しており、革新的な読書体験を味わうことができます。なかでも「ハラヘリー・リッキー・ダディ」が秀逸。
O・ヘンリー賞を受賞した12編収録の短編集。タイトルの印象からオタク系SFを想像しがちですが、実際は文学寄りの作品です。マジックリアリズムをはじめとしてさまざまな文学的手法を駆使しており、革新的な読書体験を味わうことができます。なかでも「ハラヘリー・リッキー・ダディ」が秀逸。
2026年2月13日追記
予想結果
ベスト5→5作品中2作的中
ベスト10→10作品中4作的中
ベスト20→20作品中13作的中
ベスト30→30作品中20作的中
順位完全一致→30作品中0作品
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このミステリーがすごい!2026年版 国内ベスト20予想
最新更新日2025/11/12☆☆☆
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その他注目作50
30.スカーフェイク 暗黒街の殺人(霞流一 )
チェック漏れ作品
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このミス2026
対象作品である2024年10月1日~2025年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
このミステリーがすごい!国内版最終予想(2025年11月12日)
1位.百年の時効(伏尾美紀)
1974年の嵐の日に起きた一家惨殺事件。さまざまな要因から決定的証拠を掴むことができず、犯人グループおぼしき4人を追い詰めながらも逮捕に至ったのは一人だけだった。だが、50年後の2024年に容疑者の一人が変死体で発見される。現場に臨場した藤森菜摘は、半世紀にも及ぶ捜査資料を託さるが...。
現代に起きた事件が50年前の未解決事件に繋がり、さらに過去に時を遡っていくとい非常にスケールの大きな警察大河小説です。時を越えた刑事たちの執念には圧倒されますし、後味の良いのも好印象。
2位.殺し屋の営業術(野宮有)
凄腕営業マンの鳥井一樹は、防犯グッズを購入したいとの連絡を受け、向かった豪邸で刺殺死体を発見する。そのまま犯人の殺し屋たちに拉致されるも、2週間で2億円のノルマをこなさなければならないという殺し屋側の苦境を知ると、「ここで私を殺したら、あなたちは必ず後悔します」と言い放ち…。
第71回江戸川乱歩賞受賞作。とにかく主人公が魅力的で、裏社会の怪物たちを相手に営業トーク一つで手玉にとっていくのが痛快です。他の登場人物もキャラが立ちまくっており、文句なしの面白さ。
3位.失われた貌 (櫻田智也)
山奥で顔をつぶされたうえに歯を抜かれて手首から先を切り落とした死体が発見された。事件が報道されたのち、生活安全課に一人の少年が現れる。その死体は自分のお父さんかもしれないというのだ。彼の父親は10年前に失踪し、失踪宣言を受けていた。やがて、死体の身元が明らかになるが...。
いぶし銀の警察小説ですが、捜査の過程でさまざまな人間模様が浮き彫りになり、やがて事件の真相へと繋がっていく展開は人間ドラマとして読み応えがあります。加えて、意外すぎる真相も見事です。
4位.禁忌の子(山口未桜)
兵庫市民病院の救急科に勤める武田航は、運び込まれた身元不明の溺死体を目の前にして愕然とする。30代とおぼしきその遺体は武田と瓜二つだったのだ。兄弟もいないはずの自分とこの男とは一体どのような関係にあるのか?武田は旧友の協力を得て調査を始めるが、鍵を握る人物が密室で謎の死を遂げ…。
現役医師が最新知識を駆使して描いた医療サスペンスです。とにかく文章が上手く、リーダビリティと没入感の高さが圧倒的。真実に迫っていく過程も面白く、なにより、まさかの真相は驚愕必至です。
5位.ブレイクショットの軌跡(逢坂冬馬)
28歳の自動車期間工・本田昴は期間満期を迎える最終日に同僚が人気の四輪駆動車・ブレイクショットのボルトを車体の内部に落とすのを目撃する。だが、その同僚とは険悪な雰囲気になっていために報告を躊躇してしまう。やがて、ブレイクショットは所有者を変えながら複雑なドラマを奏でていくが…。
ビリヤードのブレイクショットの如く連鎖的に物語が転がっていく群像劇です。現代社会の暗部を、各章の主人公のドラマと絡ませながら巧みに掘り起こしつつ、最後にすべてが繋がっていく構成が見事。
6位.夜と霧の誘拐(笠井潔)
1978年の秋、矢吹駆とナディアはダッソー家の晩餐会に招待されるが、その夜、運転手の娘・サラがダッソー家の一人娘と間違えられて誘拐される。しかも、身代金の運搬係に指名されたのは何故かナディアだった。一方、同じ夜に、カトリック系私立校で女性学長の射殺死体が発見され…。
矢吹駆シリーズ第8弾は、名作『哲学者の密室』の舞台となったダッソー家が登場。お馴染みの思想対決とミステリーとのバランスが取れた良作に仕上がっており、入り組んだ事件の構図が刺激的です。
7位.神の光(北山猛邦)
砂漠の街にあるカジノで見事大金をゲットした男が一夜を過ごした小屋から外に出るとカジノのあった街が丸ごと消失している表題作、帝政ロシア時代の至宝「硝子の間」を守る任務を負った狙撃手と観測手が監視する中でその至宝が邸宅ごと消失する「一九四一年のモーゼル」など全5編収録。
スケールの大きな消失ミステリーを集めた短編集。幻想的な雰囲気と派手なトリックの組み合わせは著者ならではですが、それが見事に物語の面白さに結びついています。著者の新たなる代表作です。
8位.熟柿(佐藤 正午)
葬儀の帰り。降りしきる雨の中、泥酔して眠る夫を隣に乗せて車を走らせていたかおりは、夜道を歩いていた老婆を撥ねてしまう。そのまま走り去り、轢き逃げの罪に問われた彼女は服役中に息子の拓を出産する。さらに、出所後には息子に会いたいあまり、園児連れ去り事件を起こしてしまうが...。
『鳩の撃退法』のような複雑な構成ではなく、主人公の女性の12年に及ぶ遍歴をシンプルな構成で丁寧に描いています。犯罪を扱っている割にミステリー色は薄いものの、豊潤な物語を堪能できる傑作です。
9位.有栖川有栖に捧げる七つの謎(一穂ミチ、今村昌弘・他)
若い女性自宅マンションで殺され、臨床犯罪学者の火村に警察から協力要請が入る。遺体にはロープで絞められた跡があり、状況から凶器のロープはマンションのゴミ集積場に棄てたものと考えられた。ゴミは業者に回収された後だったが、監視カメラにはゴミを捨てにきた数人の人物が写っており…。
人気作家7人が有栖川有栖のパスティーシュに挑戦したアンソロジー。みな一流の作家だけあって有栖作品の特徴をよく捉えており、出来も申し分ありません。特に、「縄、綱、ロープ」が王道的傑作。
10位.抹殺ゴスゴッズ(飛鳥部勝則)
高校生の詩郎は同級生の少女をヤクザから救おうとして窮地に陥るが、空想の産物であるはずの怪神が現れ、ヤクザたちをぶちのめす。一方、父の書いた原稿には、謎の怪人・蠱毒王が地元の名士を殺害する事件に若き父が挑むという物語が綴られていた。やがて2つの物語は複雑怪奇に絡まり合い...。
著者15年ぶりの新作長編は令和と平成の事件が錯綜する大作で、バイオレンスあり、ホラーありジュブナイルや青春小説ありと混沌を極めながらも本格ミステリとしてきれいに着地を決めるのが見事。
11位.探偵小石は恋しない(森バジル)
探偵事務所を営む小石はミステリオタクで、小説の名探偵が扱うような難事件との遭遇を夢見ていた。だが、実際の依頼は浮気調査ばかり。しかも、彼女は色恋絡みの調査が病的に得意だった。そんなわけで、相談員の蓮杖と不倫調査をイヤイヤこなす小石だったが、その裏では思いもよらぬ事件が...。
探偵と助手の掛け合いが楽しいライトミステリーのような作風ですが、不倫調査の裏に潜む意外な事実は令和ならではの社会風刺も含まれており、ユニークな作品に仕上がっています。本格×恋愛の傑作。
12位.崑崙奴(古泉迦十)
唐帝国の末期。帝都・長安では、腹を十文字に切り裂かれたうえで臓腑が抜き去られるという奇怪な連続殺人が起きていた。そして、犯人は屍体の心肝を喰らっているのではないかとの噂が広まるなか、青年・裴景は奴隷の身でありながら卓越した洞察力もつ磨勒の導きによって真相に迫っていくが...。
24年ぶりの新作。処女作『火蛾』は12世紀のイスラム世界を描いたカルト作だったのに対し、今作は良くも悪くも分かりやすい作品に。前半は単調で退屈ですが、膨大な蘊蓄と後半の盛り上がりは魅力的。
13位.踊りつかれて(塩田武士 )
“踊りつかれて”という名のブログに宣戦布告と題する記事がアップされた。そこには、SNSの誹謗中傷によって芸人の天童ショージを死に追いやり、歌手・奥田美月の芸能生命を奪った奴らに責任をとらせると書かれていた。やがて、特に悪質と思われる83人の個人情報がネット上に晒され…。
SNSでの誹謗中傷問題を真正面から描いた骨太の社会派ミステリー。被害者たちの人生を綴りつつ、それを台無しにした社会の闇を糾弾する重層的なドラマが心に響きます。重い読み心地の傑作。
14位.逃亡者は北へ向かう(柚月裕子)
福岡県の工場で働いていた真柴亮は東日本大震災の混乱の中で望まぬ殺人を犯してしまう。死刑を覚悟しながらも、彼はある人物を探すために北へと向かう。刑事の陣内康介は津波で娘が行方不明になるなか、娘の捜索よりも容疑者の追跡を優先する。追う者と追われる者、2人人生がやがて交錯し...。
震災という悲劇のなかで繰り広げる逃走劇は緊迫感に満ちており、クラムノベルとして読み応えあり。胸を抉るやるせなさが、心に染みる良作です。ただ、救いがなさすぎる点は好みの分かれるところ。
15位.目には目を(新川帆立)
重大犯罪を犯した6人の少年が少年院で出会う。やがて彼らは更生して社会に出ていくが、少年Bによる密告により、娘を殺された母親が犯人である少年Aの居場所を見つけて殺してしまう。密告者は誰なのか?ライターの仮谷は真相を探るべく少年Aと少年院で過ごした5人にインタビューを試みるが…。
未成年の犯罪を扱った作品で、贖罪とは何か?復讐は許されるべきか?といった問題を深く掘り下げていく物語に胸を打たれます。同時に、ミステリとしても驚愕の真相が用意されている傑作です。
16位.アミュレット・ワンダーランド(方丈貴恵 )
敷地内で殺人や傷害事件を起こさず、ホテルにも損害を与えない限り、どんな違法なサービスでも受けられる犯罪者御用達のアミュレット・ホテル。警察の介入も一切ない、犯罪者にとっては楽園のような場所だが、ルールが破られたり場合は断探偵が犯人を追い詰める。全4編の連作ミステリーです。
警察の介入がなく、探偵の推理が存分に楽しめるシリーズの第2弾です。1作ごとに趣向が凝らされており、面白さも前作以上。また、話によっては命がけの謎解きもあり、緊迫感も申し分なしです。
17位.警察官の心臓(増田俊也 )
愛知県岡崎市の沼から高齢女性の死体が発見される。明らかに他殺であり、全身には47ヶ所にも及ぶ刺し傷が残されていた。被害者は東大を卒業し、大手テレビ局の局アナとして華々しい人生を送っていたが、亡くなる前は極貧生活だったという。しかも、彼女は現役の風俗嬢だったことが判明し…。
『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の著者による警察小説。刑事同士のギスギスした雰囲気は好みの分かれるところですが、臨場感があって読み応えあり。証拠や証言の集め方もリアリティ満点。ただ、東日本大震災当時の事件の割に刑事像が昭和のようで古臭いと感じる人がいるかもしれません。
18位.まぐさ桶の犬(若竹七海)
ミステリー専門店の店番をしながら細々と探偵業を続けている葉村晶もはや50代。そんな彼女に、魁皇学園の元理事長でミステリのエッセイストとしても名を馳せた乾巌、通称カンゲン先生から依頼が入る。稲本和子という女性の行方を密かに捜してほしいというのだ。そこにざまざまな思惑が絡まり…。
葉村晶シリーズの第9弾。今回も不運すぎる探偵の名に恥じない巻き込まれっぷりを披露しつつ、満身創痍で謎を追う姿はやはり魅力的です。安定の面白さ。ただ、スッキリしない決着にはややモヤモヤ。
19位.死んだら永遠に休めます(遠坂八重)
28歳の青瀬は無能なパワハラ上司のせいでブラックな日々を送っている。その上司、前川が突然失踪する。しかも、彼の名義で「私は殺されました」という件名のメールが届き、容疑者として青瀬を含む総務経理統括本部全員の名前が挙げられていた。青瀬は派遣社員の仁菜と真相解明に取り組むが...。
パワハラ描写があまりにリアルで読んでいてつらくなりながらも、先の展開が気になってページをめくる手が止まらない傑作です。どんでん返しの末に明らかになる心をえぐられる真相もインパクト大。
20位.千年のフーダニット(麻根重次)
妻を喪って絶望の最中にあったクランは、さまざまな事情を抱えた男女とともに人類初となるコールドスリープの実証実験に参加する。だが、千年後に目覚めてみると被験者の1人であるシモンがミイラと化して死んでいた。しかも、背中にナイフが刺さった状態で。一体誰が何のために彼を殺したのか?
冒頭から事件が発生するテンポの良さと、千年越しのスケールの大きな謎に引き込まれました。ややご都合主義が気になるものの、二転三転の謎解きが面白く、SF冒険小説としても読み応えあり。
その他注目作50
21.世界でいちばん透きとおった物語2(杉井光)
新人小説家の藤阪燈真はデビュー作をヒットさせたものの、第2作のアイデアに行き詰まっていた。そんなおり、彼のもとに未完ミステリーに関する依頼が舞い込んでくる。コンビ作家・翠川双輔のプロット担当が死去したために未完に終わった『殺導線の少女』の解決編を探ってほしいというのだが…。
博覧強記の編集者・霧子さんを探偵役に据えたシリーズ第2弾。さすがに仕掛けの衝撃度では前作には及ばないものの、作中作の真相を追いつつ、現実のドラマが展開していく二重構造は読み応えあり。
22.僕たちの青春はちょっとだけ特別(雨井湖音)
軽度の知的障害を持つ青崎架月は中学卒業後、高等支援学校へ進学する。そこで彼は初めて対等な関係の友人ができるが、同時にさまざまな事件と遭遇する。ゴミ散乱事件、ロッカーの中身移動事件、生徒失踪事件などなど。それらの事件を架月は周囲の協力を得ながら解決していくが…。
東京創元社×カクヨム学園ミステリ大賞受賞。ミステリーとしては小粒ながら、支援学校の教師としての経験を活かし、障害を持つ生徒たちを等身大かつ活き活きと描き出しているのが素晴らしい。
23.白魔の檻(山口未桜)
研修医の春田は過疎地医療協力で派遣された城崎とともに、北海道の温泉湖近くの山腹にたつ病院へと向かう。だが、濃霧に包まれた病院ではスタッフの変死体が発見され、そのうえ、地震の影響で発生した硫化水素ガスが迫っていた。そして、クーロズド・サークルと化した病院ではさらなる事件が…。
城崎シリーズの第2弾。今回は内に殺人犯、外に有毒ガスという二重の危機によって緊迫感を高めていおり、その中で繰り出される城崎の推理も相変わらず見事です。ただ、真相の意外性は今ひとつ。
24.路地裏の二・二六(伊吹亜門)
昭和10年。陸軍省にて軍務局長・永田鉄山少将がで相沢三郎歩兵中佐に惨殺された。真相は明白。しかし、憲兵大尉・浪越破はこの事件の裏には秘められた真実があることを確信する。そんな折、浪越は渡辺錠太郎陸軍大将から密命を受ける。こうして運命の日に向けてのカウントダウンが始まるが…。
虚実入り乱れた物語は真に迫っていて読み応え満点な一方で、謎解きミステリーとしては少々肩透かしの感あり。とはいえ、時代ミステリーとしては抜群の面白さであり、切なさが募る結末も印象的です。
25.今日未明(辻堂ゆめ)
長い間実家に引きこもっていた40代の男性が一人暮らしを始めるもその後に父親を殺害する「夕焼け空と三輪車」、タワーマンションに住む勝ち組の独身男性がシングルマザーと交際して結婚に向けて歩み出すも継子の少女を転落死させた容疑で逮捕される「そびえる塔と街明かり」、など、全5編収録。
新聞の片隅に掲載されたニュースバリューの低い事件に焦点を当てた連作集。一見単純な事件の裏にある複雑な事情が、緻密なプロットともに浮かび上がってくるさまに激しく心揺さぶられます。
26.架空犯(東野圭吾)
都内の高級住宅地で火の手が上がり、焼け跡からは都議会議員と元女優夫婦の死体が発見された。当初は無理心中だと思われていたが、偽装工作の痕跡が発見されたことで殺人事件と断定される。警視庁捜査一課の五代は所轄の刑事である山尾と捜査を開始するが、その最中にとんでもない疑惑が浮上し…。
五代シリーズ第2弾。リーダビリティの高さは圧倒的で、意外な容疑者が浮上する前半から過去の人間関係を紐解いていく後半までぐいぐいと引き込まれていきます。警察小説家としてかなりの面白さ。
27.森栄莞爾と十二人の父を知らない子供たち(逸木裕)
カリスマ経営者の故・森栄莞爾は戸籍上の2人の息子の他に、精子提供によって105人もの子供を作っていた。そのリストが外部に流失して炎上騒動となり、事態の収集を図るために莞爾の精子提供によって生まれた12人が集められる。彼らは莞爾を父と認めるか否かで議論することになるが…。
本作の大部分は精子提供者は父と呼べるか?という議論で占められており、色々考えさせられます。加えて、主人公の意外な結論も印象的です。しかしそれ以上、終盤明らかになるある事実が衝撃的。
28.午前零時の評議室(衣刀信吾)
女子大生の神山実帆は補充裁判員に選出され、事前オリエンテーションのためにとあるビルの評議室に出向く。だが、呼び出された7人はそこに閉じこめられ、裁判員として参加するはずの裁判とは別の事件の評議を強要される。しかも、午前0時までに正しい結論が出ないと爆弾が爆発すると告げられ…。
本作は法廷サスペンスにデスゲームや本格ミステリの要素を織り交ぜた贅沢な作品です。一つ一つのネタにはさほどの目新しはないものの、畳み込む展開の中で二転三転するさまに引き込まれていきます。
29.探偵機械エキシマ(松城明)
大学生の実沙は探偵の記録者というアルバイトを教授から紹介され、探偵事務所に赴いた。そこにいたのはAI探偵のエキシマと、エキシマの管理者兼通訳の青年・空木だった。エキシマは誰よりも早く犯人を見つけてある目的を達成しようする。一方、実沙はそれを阻止すべく独自に真相究明を急ぐが…。
事件の真相究明とエキシマの正体を探る二重構造の謎解きがとにかく面白い。そのうえ、エキシマの目的達成阻止という緊迫感溢れるミッションが加わり、極上のエンタメ作品に仕上がっています。
30.スカーフェイク 暗黒街の殺人(霞流一 )
三勢力の抗争渦巻く港町の倉庫で、暗黒街の大物、鮫肌の哲が他殺死体となって発見される。しかも、現場は完全な密室だった。それを知り、名を挙げようとする自称犯人たちが次々と自白を始め、それぞれが独自の密室トリックを披露していく。探偵はそれらを片っ端から論破していくが…。
容疑者たちの自白と、それに対する探偵の推理が大半を占める中でさまざまな真相が提示されていくのが面白い。また、推理だけでなく、銃撃戦も案外楽しく、エンタメとしても読み応え十分です。
31.英雄の輪 -HERO’S ISLAND Another Story-(真藤 順丈)
終戦直後の沖縄。米軍の食糧を盗み出そうとしたオクロは逃げ遅れて捕まるが、流暢な日本語を話す将校から、残党兵に対する宣撫の協力を要請される。琉舞の師匠で出兵後行方不明になっていた男が亀甲墓に立てこもっているというのだ。オクロにはその男に投降を呼びかけてほしいというのだが...。
全6篇の連作集。直木賞受賞作品『宝島』のスピオン作品で、戦後直後から数十年間の沖縄の歴史が描かれています。相変わらず、軽妙な文章に込められた熱量が凄まじくぐいぐい引き込まれていきます。
32.寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理(三津田信三)
大学生の瞳星愛は友人の皿来唄子に誘われ、彼女が実家で行う婚礼の儀に参加する。この婚姻は山神のお告げで決まったものとされ、嫁首様の祟りを避けるために風変わりな趣向が施されている。婚礼の夜、愛は怪しい人影を目撃し、巨大迷路となっている迷宮社では当主の銃殺死体が発見され...。
刀城言耶の助手・天弓馬人が探偵役を務めるスピンオフシリーズの第2弾です。本家に比べるとホラーとしてのインパクトは弱いものの、奇妙な見立て殺人とそこに秘められた歪んだロジックが印象的。
33.最後のあいさつ(阿津川辰海)
人気刑事ドラマ『左右田警部補』の最終回を控えた1995年3月20日の深夜。主演の雪宗衛から「家で妻が殺されている」との通報が入る。駆けつけた警官に対し、雪宗は自分が殺したと自供。だが、のちに彼は緊急記者会見を開き、犯行を否認したうえで自らの推理を語る。果たして本当の犯人は?
殺人事件の謎を追うミステリーに絡めて描かれる俳優・雪宗衛の物語が読み応えあり。謎めいた彼の実像に迫っていくプロセスにグイグイと引き込まれていきます。単なる本格ではない、著者の新境地。
34.聖女の論理、探偵の原罪(紺野天龍)
かつて集団自決事件で世間を震撼させた宗教団体・科学の光。その後継団体である〈科学の絆〉の実態を探るべく元高校生探偵の新道寺浩平は教団に潜入する。そこで彼は聖女の聖天祢が万象観なる力を使って信者の悩みにこたえる姿を目撃する。しかも、彼女は周囲で起きた殺人事件も万象観で解決し...。
個々の事件で用いられているトリックは既存のものが多くて驚きに欠け、探偵の存在意義を問う物語も二番煎じ感があります。しかし、それを宗教との対比で描いた切り口には興味深いものがあります。
35.パンドラブレイン 亜魂島殺人(格)事件 (南海遊)
名探偵・霧悠冬真が史上最悪の連続密室殺人鬼・Oを逮捕したという亜魂島連続殺人事件から3年。茂由良伊月たちミステリ研究会メンバーを中心とした大学生5名は、亜魂島を訪れ、過去の事件の考察を楽しんでいた。ところが、島にある紅澄脳科学研究所では首を切り落とされた死体が密室で発見され...。
ミステリ―だけでなく、SFや青春ものなどなど、多様な要素がごった煮になった作品です。さまざまなガジェットにワクワクし、少しずつ真相に迫っていく展開は読み応え満点です。総合エンタメの傑作。
36.ダークネス(桐野夏生)
元探偵の村野ミロは医師を目指して大学に通う息子・ハルオとともに那覇で暮らしていた。ハルオの実父の兄で絶大な力を持つヤクザの山岸や彼女に恨みを持つ盲目の女性・久恵などから身を隠しながら夫・ジンホが出所する日を心待ちにしていたのだ。だが、ある出来事かミロの居場所が山岸にバレ..。23年ぶりのミロシリーズ。今回はミロと20歳になったハルオとの母子関係に焦点を当てつつ、過去を清算するための闘いが描かれています。抜群の読み応えながら、あっけない結末にはものたりなさも。
37.シスター・レイ(長浦京)
元パリ警察特殊部隊の能條玲は東京で認知症の母と2人暮らし。彼女はしばしば困っている外国人に手を差し伸べ、いつしかシスターと呼ばれて慕われるようになっていた。あるとき、フィリピン出身の女性からの頼みで彼女の息子を探すことになるも、外国人半グレ集団と暴力団との諍いに巻き込まれ…。
アラフォー女子の主人公が暴力団や半グレ集団を叩きのめしていくのが痛快。しかも、話のスケールがどんどん大きくなっていくのが面白い。加えて、敵味方含めてキャラの魅力も申し分なしの傑作です。
38.さかさ星(貴志 祐介)
戦国時代から続く名家・福森家で起きた一家皆殺しの惨劇。しがないユーチューバーで親戚の中村亮太は起死回生のネタを求め、霊能力者の賀茂禮子とともに屋敷に乗り込む。禮子は長きに渡る怨念と数多の呪物にまみれた屋敷を非常に危険な状態だといい、さらなる惨劇を阻止すべく動きだすが…。
本作は心霊系のホラー小説ですが、何者かに配置された数多の呪物の中から惨劇のトリガーとなったものを探り、背後に潜む黒幕をあぶり出していく展開はミステリーとしても読み応えがあります。
39.名探偵にさよならを(小西マサテル)
刑事の岩田が自分の住むアパートで密室殺人に遭遇し、おじいちゃんと孫娘の楓は豪華客船で起きた『ユダの窓』を彷彿とさせる謎に挑む。しかし、それらの事件の犯人はすべて一人の人物によって操られていたのだ。やがて、おじいちゃんにも黒幕の魔の手が伸びる。果たして黒幕の正体は?
レビー小体型認知症を患いながらも卓越した推理で謎を解いていく名探偵シリーズの完結編。今回は謎解きが特に凝っており、物語の締め方も実に感動的です。ただ、黒幕の存在は賛否が分かれそう。
40.神都の証人(大門剛明)
1943年。一家3人が惨殺される事件が起き、目撃証言から漁師の谷口喜介が逮捕される。現場に残された血液が喜介のものと一致したうえに本人の自白もあり、裁判で死刑が確定する。一方、戦時体制のなかで信念を失いかけていた弁護士の吾妻太一は、父の無実を訴える娘のために立ち上がるが…。
冤罪を訴え続けた数十年を3世代に渡って描いた大河ミステリーです。世代を跨いでも決して諦めることなく真相を追い求める姿が圧巻で、波瀾万丈の展開の末にたどり着いた結末には心が震えます。
41.虚の伽藍(月村了衛)
弱者救済を信条とする若き僧侶・志方凌玄は、バブルの只中にあった京都で金脈に群がる魑魅魍魎を目の辺りにする。日本仏教の最大宗派でありながら腐敗しきった錦応山燈念寺派を正すため、あえて黒社会の人々手を組む凌玄。そして、あらゆる手管を弄した末に、彼は総貫首様へと上り詰めていくが…。
仏教界を舞台にしたノワール巨編です。真面目が取り柄の青年僧侶が悪に身を投じることで成り上がっていく第一部が痛快。一方、主人公の俗物化と選挙戦に終始する第二部は賛否が分かれそう。
42.スピーチ(まさきとしか )
川岸で女性の遺体が発見される。しかも、両目に黒いテープが貼られた異様な姿で。お人好しの刑事・天道環奈と、警官になった理由が人が不幸を見たいからという無愛想な警部補・緑川ミキが事件の謎を追う。一方、引きこもりの息子を持つ老女は、我が子が人を殺している事実を記していくが…。
主役の2人を初め、刑事たちのキャラが立っており、バディものとして秀逸。また、『殺戮にいたる病』を彷彿とさせる事件もあの作品とはまた違った二転三転の趣向が用意され、読み応えがあります。
43.コージーボーイズ、あるいは四度ドアを開く(笛吹太郎 )
杉並区中荻窪に夜な夜な現れる怪人物が有名なRPGで用いられたBGMをリコーダーで演奏する「コージーボーイズ、あるいは笛吹き男の怪」、無意識のうちに食べてしまったクッキーがどのキャラクターをかたどったものかを推理する「コージーボーイズ、あるいは猫形クッキーの謎」、など、全7編収録。
カフェに集まった小説家、評論家、編集者たちが日常の謎に挑むシリーズの第2弾。謎解き自体よりもミステリー好きたちの会話劇を楽しむ作品。カフェで出される美味しそうなスイーツにも惹かれます。
44.砂男(有栖川有栖)
砂男なる都市伝説を調査していた学者の刺殺死体には砂が撒かれていた謎を火神と有栖が追う表題作、離れに泊まって朝目を覚ますと誰も出入りは不可能なはずなのに体に引っ掻きができている「女か猫か」、英都大推理研の面々がパズル研の挑戦に挑む「推理研VSパズル研」など全6篇収録。
単行本未収録作品を1冊にまとめた短編集なのでクオリティは極上とはいきませんが、ファンであれば十分に楽しめる作品ばかりです。特に、学生アリスシリーズが久しぶりに読めるのがうれしいところ。
45.ひきこもり家族 (染井為人)
7年間ひきこもり生活を続けていた19歳の僚太は、リヴァイブ自立支援センターのスタッフによって強引に自宅から引きずり出された。そして、元警官が営む研修施設で20代から50代までのひきこもり達と囚人のような生活を強いられる。ある日、彼らは思いあまって施設長を殺害してしますが...。
ひきこもりたちが劣悪な施設に閉じ込められるという重い設定ながら、テンポの良さと先の読めない展開で楽しませてくれますし、後味の良さも好印象。ただ、現実味のなさは好みのわかれるところ。
46.記憶の対位法(高田大介)
2017年。事件記者のレノールトは亡き祖父の遺品整理のために彼が晩年を暮らした寒村を訪れる。かつて教師だった祖父は戦後対独協力者として弾劾され、一族から距離を置いてこの地に隠れ住んでいたのだ。面識のない祖父が遺したのは古書の山と、20余の黒檀の小箱。それらが意味するものとは?
音楽、宗教、歴史、差別、戦争と縦横無尽に広がってゆく知の探求に圧倒されます。その反面、話しが地味で盛り上がりには著しく欠けるのですが、それを飽きさせずに読ませる筆力はさすがです。
47.正しい世界の壊しかた:最果ての果ての殺人(彩藤アザミ)
茨に囲まれた小さな村で暮らす未明は好奇心旺盛な少女で、茨の向こう側に出てはいけないという掟を破り、外の世界を目指した。だが、その途上で彼女は瀕死の少年を発見し、村に戻って介抱する。以降、村の秩序は崩れ始め、ついに殺人事件が発生する。果たして、心優しき村の指導者を殺したのは?
異世界を思わせる物語ですが、外界に広がっている世界は某映画と同じでは?という予想は容易に立てられます。しかし、それが明らかになってからさらに世界観が二転三転していくのがサスペンフル。
48.町内会死者蘇生事件(五条紀夫)
笹本健康、新見由佳里、蒲田昇太の3人は、信津町を牛耳る信津寺の住職・長谷部権造を酒に酔わせたうえで風呂に沈める。だが、翌朝には何事もなかったかのように元気な姿を見せるのだった。秘術による死者の蘇生が行われたことを知った3人は殺人犯ならぬ、蘇生犯を探し出そうとするが...。
死者を蘇生した術者を追う物語が思わぬ方向に転がっていく展開は、スピーディかつ意外性に満ちてたものでなかなか面白い。しかも、ユーモアを基調としながらも衝撃の真相には心を揺さぶられます。
49.乱歩と千畝:RAMPOとSEMPO(青柳碧人)
日本探偵小説の巨人・江戸川乱歩と外交官として多くのユダヤ人を救った杉原千畝。1919年、大学の先輩後輩として出会った2人は浅草の猥雑な路地を歩き語り合う。その後、乱歩は若き横溝正史や後の外務大臣である松岡洋右とも邂逅を果たし、歴史に新しい足跡を残していく。その果てにあるものは?
乱歩と千畝が通った中学及び大学が同じだったという事実に基づいて書かれたifストーリー。完全なフィクションですが、もしかしたら史実かもと思わせるが語り口が見事です。作家たちのキャラも魅力的。
50.アイギス(葉山透)
スーバーコンピューターの開発部長・本多葵はAIのアイギスに仕事を奪われてしまう。その後、個人でプログラマの仕事を細々と請け負っていた彼のもとにデジタル庁危機管理部門の深町が訪れる。鉄壁のセキュリティを誇るアイギスが突如不具合を起こし、日本経済が危機的状況陥ってるというのだが…。
AIの反乱という絵空事ではなく、現実でも十分に起こりうるAIの不具合に焦点を当てることでリアリティの高いサスペンス作品に。発展著しいAIの課題を嚙み砕いてわかりやすく洗い出している点が興味深い。
51.汽水域(岩井圭也)
無差別殺傷事件が発生。犯人は逮捕され、「死刑になりたかった」と供述する。この事件を週刊誌で扱うことになり、フリー記者の安田は犯人を知る人物に取材を行うが、犯人の半生が明らかになっていくにつれて彼に共感を覚えるようになる。一方、安田の執筆した記事によって模倣犯が出現し...。
個人と社会の分断をテーマにしたサスペンスで登場人物の緻密な心情描写に唸らされます。特に、主人公の鬼気迫る取材ぶりは読み応えあり。タイトルの意味が最後の最後で明かされる構成も見事です。
52.嘘と隣人(芦沢央)
元刑事の平良正太郎は駐輪場で若い女性に声をかけられる。彼女は正太郎の孫と同じ保育園に通う子供の母親だと名乗り、急用があるので自転車を貸してほしいという。訝しく思いながらも自転車を貸す正太郎だったが、2時間待っても彼女は戻ってこない。実はDV夫に刺されて怪我をしたというのだが…。
『夜の道標』の主人公・平良正太郎が定年退職の後、一市民として身の回りの事件に挑む連作ミステリ。推理によって明らかになる人間の裏の顔にゾッとします。後味の悪さは好みの分かれるところ。
53.電報予告殺人事件(岡本好貴)
19世紀後半の英国。電信局の局長が密室で謎の毒死を遂げた。警察は他殺と判断し、甥のネイトに疑いの目を向ける。偏見に基づく警察の決めつけに憤りを感じた電信士のローラは、ネイトの容疑を晴らすべく、職能を活かして調査に乗り出す。その翌日、警察署に次の犯行を仄めかす電報が届き...。
19世紀英国の風俗やそのなかで暮らす女性の立場などが巧みに描かれており、時代ミステリーとしてよくできています。加えて、その時代ならではの捜査方法やトリックに拘った作りもユニークです。
54.片翼のイカロス(野島夕照)
相模湖畔の豪邸にはレジャー開発で財をなした一族が住んでいた。その当主にして碇矢コーポレーション代表の碇矢加州は足が不自由でイカロスのように空を自由に飛ぶことを夢見ていた。やがて当主の妻が謎の転落事故を起こした直後に当主も失踪。そして、その当主が上空500mでヘリと衝突し…。
第16回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作。その審査員である島田荘司作品のような荒唐無稽な謎が魅力的てます。真相は強引で好みの分かれるところながら、テンポのよい物語は面白い。
55.ネズミとキリンの金字塔(門前典之)
地方都市を牛耳る一族が経営する大木総合病院。その本館はピラミッド型になっていたが、その吊鐘棟が崩落し、現場には副院長の刺殺死体が残されていた。さらに、過去の密室殺人や深夜の怪事件から垣間見える病院の深い闇。一級建築士で偏屈探偵の蜘蛛手啓司は謎を解き明かすことができるのか?
スケール大きなバカトリックが炸裂するいつもの門前ミステリーです。しかし、本作はそれ以上に壮大な犯人の動機に驚かされます。一方で、ファンタジー要素を絡めた真相は好みの別れるところ。
56.嘘つきたちへ(小倉千明)
お笑い芸人の一ノ瀬誠がラジオ番組で全国ツアーライブに来てくれたファンのお便りを読んでいたところ誰も選んだ覚えのない不可解なメールが紛れ込んでいる「このラジオは終わらせない」、過疎化の町で過ごした小学生時代にリーダー格の少年が沼地に落ちた事件を紐解く表題作など、全5編収録。
第1回創元ミステリ短編賞受賞作の表題作を含めた著者のデビュー短編集です。各話とも二転三転の展開やラストのヒネリが巧くて驚かされます。ただ、後味の悪い作品ばかりなのは好みの別れるところ。
57.三毒狩り(東山彰良)
共産党の毛沢東が中国を支配していた時代。捨て子の雨龍は養父・佟継漢と養母・李秀媚の庇護のもと平和な少年時代を過ごしていた。そんなある日、彼の住む山東省吹牛村に共産党の青年幹部・田冲(でんちゅう)が赴任する。継漢とは浅からぬ因縁があった田冲は復讐の機会を密かに狙っていたが...。
激動の中国を舞台に捨て子だった佟雨龍の数奇な運命を描いた作品です。父母&姉に愛犬といった周囲の人物がとにかく皆強くて魅力的。笑って泣けてノスタルジックなエンタメ巨編に仕上がっています。
58.名探偵再び(潮谷験)
時夜翔には在籍していた女学園で数々の難事件を解決し、17歳のときに悪の理事長とともに滝の底へと落ちていった大叔母がいた。翔はその親族ということで諸経費すべて無料という待遇でその学園、私立雷辺女学園の寮生として向かい入れられる。だが、彼女の元に事件解明の依頼が次々と舞い込み…。
探偵の才能は皆無な主人公が、なんとか名探偵の振りをしようとするあからさまな俗物っぷりが楽しい。亡霊師匠をはじめとして癖の強いキャラも魅力的でミステリーとしてもよく出来ている好編です。
59.魔法使いが多すぎる 名探偵倶楽部の童心(紺野天龍)
名探偵倶楽部に所属する大学1年の来栖志希が目指しているのは人を不幸にしない名探偵。そんな彼女が自らを魔法使いと信じる女性と出会う。しかも、依頼されたのは剣が宙を舞い首が落ちるという奇怪な事件で、そのうえ、魔法使いの一族である獄炎使いや人形師が次々と自白しているというのだが…。
名探偵倶楽部シリーズ第2弾。作中作を扱った多重解決ものという構成は前作と同じですか、魔法を信じている依頼人を傷つけずることなく、いかに事件を解決するのかという点に妙味がありますます。
60.血腐れ(矢樹純)
芳子は夫の一周忌に彼の妹である勝子から不思議な話を聞く。半年ほど前から芳勝子の兄、つまり芳子の夫が夜な夜な現れては彼女の唇を指でなぞるというのだ。勝子は兄が何かを伝えたがっているのではないかというが、芳子は勝子の認知症を疑っていた。なぜなら、彼女がこの話をするのは4度目で…。
全6話収録の短編集。いずれの作品も怪談じみた物語にイヤミス要素を加え、二重にゾッとさせられる物語に仕上がっています。ラストのどんでん返しでさらに怖ろしさが増していく手管が見事です。
61.飽くなき地景(荻堂顕)
旧華族の烏丸家は土地開発と不動産事業で成り上がるが、治道は祖父の所有する宝刀・無銘の美しさに魅せられ、文化に関わる仕事に就きたいと考えていた。だが、祖父の死後に刀は父によって愚連隊の手に渡ってしまう。やがて時は過ぎ、無銘にまつわる事件が起きる。刀に秘められた一族の秘密とは?
本作は、戦後日本を舞台に繰り広げられる一族の愛憎を描いた大河ロマンです。同時に、自身が内包する欺瞞を鋭くついた美術論、あるいは大企業の内幕を絡めた戦後東京の発展史としても読み応えあり。
62.ブレイクダウン(砂川文次)
2001年。日本最東端の小さな港町・枝室。そこにある官舎で暮らしている陸上自衛官の市瀬三尉のもとを屈強な中年男が訪ねてきた。その男、佐川曹長の話によると、交通事故で亡くなった市川の兄はあることを探っていて殺されただという。そして、事件を探り始めた2人人の身にも危機が迫り…。
芥川賞作家によるエンタメ大作です。町ぐるみの犯行にゲリラ戦のスペシャリストである佐川が立ち向かう物語は痛快ですが、彼の過去が語られる中盤が長く、テンポ感を損なっているのが惜しい。
63.パンとペンの事件簿(柳広司)
社会主義者の堺利彦は刑期を終えた1910年に、文章に関する依頼であればなんでも引き受ける会社・売文社を立ち上げる。ひょんなことから堺に助けられた青年はなりゆきで売文社の一味と行動を共にすることになる。そして、社に舞い込んだ奇妙な依頼の解決のため、仲間と一緒に奔走するが...。
実在の人物や出来事を題材にした著者十八番の歴史ミステリー。謎解き要素は薄いものの、弱気を助け強きをくじく売文社一味の活躍が痛快で、終盤における裁判の決着シーンも実に鮮やかです。
64.まず良識をみじん切りにします(浅倉秋成 )
パワハラを続ける取引先の担当にデスゲームを仕掛ける「そうだ、デスゲームを作ろう」、花嫁がお色直しから戻らない原因を巡って各自が持論を展開する「花嫁がもどらない」、プロ野球の若手選手が久しぶりの1軍の試合で意味不明な利敵行為を繰り返す「ファーストが裏切った」など、全5編収録。
本作はミステリーの中でも異端とされる“奇妙な味”にカテゴライズされる作品集です。ナンセンスな出来事の連続で、王道ミステリーの作風とは対極をなしていますが、その不条理さが逆に面白い。
65.一次元の挿し木(松下龍之介 )
かつてヒマラヤ山中で発見された200年前の少女の人骨。そのサンプルが今になって日本に送られてきた。大学院で遺伝学を学ぶ悠は恩師の教授からDNA鑑定を頼まれるが、4年前に失踪した義妹のものと一致してしまう。教授に相談しようとするも、彼は何者かに殺害される。さらに人骨も盗まれ…。
人骨を巡る謎が魅力的で、テンポの良い物語にも引き込まれます。ストーリーの転がし方も一級品ですが、後半のご都合主義的展開と安易な真相は残念です。また、残酷描写も好みのわかれるところ。
66.片腕の刑事(竹中篤通)
12月24日。三重県警の紀平徳人は「右腕が切断された死体がある」との報を受け、相棒の倉城賢剛とともに現場に向かう。だが、紀平は何者かに襲われ、気が付くと右腕を切断された倉代が倒れていた。しかも、襲撃犯は密室から煙のように消えていたのだ。紀平は倉代の仇を討つことを決意するが...。
ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞。猟奇殺人と思われた事件の意外な背景が徐々に明らかになっていく展開が捜査小説して面白い。作者が医者ということもあり医療現場の描写も見応えあり。
67.誘拐劇場(潮谷験)
小学生の間で薬物が蔓延するという衝撃的な事件が起きる。県は薬物撲滅のキャンペーンを展開し、イメージキャラクターに選ばれたカリスマ俳優の師道一正は鮮やかな推理で薬物事件を解決してみせる。その後、政界に進出した師道は黒い噂が囁かれるようになり、2人の若者が真相に迫ろうとするが...。
女性が誘拐される話ですが、メインテーマは誘拐そのものよりも師道一正は善か悪かという点に焦点がおかれています。新しい試みに挑戦した意欲作ではあるものの、テーマが観念的すぎて空回り感があり。
68.謎の香りはパン屋から(土屋うさぎ)
漫画家志望の市倉小春はノスティモというパン屋でアルバイトをしている。あるとき、バイト仲間で親友の由貴子から、一緒に行くはずだったライブビューイングをドタキャンされてしまう。彼女から誘ってきたのに一体なぜ?小春は由貴子の行動を振り返っているうちに意外な真相にたどり着くが…。
第23回このミス大賞の大賞受賞作品です。全5話の日常の謎ものです。謎に絡んだほのぼのとした物語が展開され、読む者の心を暖かくしてくれます。ただ、謎解き自体は小粒で、スパイス程度の味わい。
69.遊廓島心中譚(霜月流)
石を愛でるのが好きな町娘・伊佐の元に父・繁蔵の訃報が届けられる。父は、遺骸が遊廓島の遊女と一緒に発見されたことから心中と判断されたうえに、強盗殺人の容疑までかけられていた。真相を確かめるべく伊佐は遊郭島に乗り込むが、そこで遊女殺しの異名を持つ英国海軍の大尉と出会い...。
乱歩賞作品なのに前半で語られるのは事件の推理よりむしろ愛についてのことばかり。それをミステリとして着地させる力業は意外性満点ながら好みが分かれそう。伊佐とメイソンの恋の行方が切ない。
70.マリアを運べ(睦月 準也)
亡き育ての親の跡を継いで運び屋となった風子は17歳。組織に属し、偽造免許で走る彼女にある荷物の運搬依頼が持ち込まれる。一度走った道はすべて覚えているという技能を活かし、彼女は一路長野県の諏訪を目指す。だが、ヤクザや新興宗教、某国のスパイとさまざまな人間から荷を狙われ…。
第14回アガサ・クリスティ大賞。妨害をくぐり抜けて目的地を目指すカーチェイスもので、爽快な走りと手に汗握る展開は読ませます。ただ、キャラの薄っぺらさと詰め込みすぎの感は否めないところ。
チェック漏れ作品
エレガンス(石川智健)
1945年1月。空襲が激化する東京で、警視庁写真室勤務の石川光陽は戦禍の街並みや管内の事件現場をフィルムに収める任務に従事していた。折しも、女性4名の連続首吊り自殺が報じられており、しかも、全員珍しい洋装姿で亡くなっていた。ある日、光陽は上層部から事件の再捜査を命じられるが…。
事件は謎めいていますが、謎解きや犯人探しにはさほど重きを置いていません。壮絶な空襲の描写に息をのみ、あっけなく失われていく命の意味について考えさせられる社会派ミステリーの力作です。
ポルターガイストの囚人(上條一輝)
ある日、あしや超常現象調査の芦屋晴子と越野草太は、亡き父から相続した家に住み始めて以来、ポルターガイストに悩まされているという俳優からの調査依頼を受ける。現象に一定の法則があることを突き止め2人はそれを利用して現象を収束させるも、しばらくすると、今度は依頼者が失踪し…。
あしや超常現象調査シリーズ第2弾。話自体は完全なホラーですが、調査によって真相に迫っていくプロットはミステリーに近いものがあります。さらに、本作では本格ミステリ顔負けの大仕掛けも。
2025年12月6日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中7作的中
ベスト20→20作品中15作的中
順位完全一致→20作品中3作
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このミステリーがすごい!2026年版 海外ベスト20予想
最新更新日2025/11/11☆☆☆
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このミス2026
対象作品である2024年10月1日~2025年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
4位.スパイたちの遺灰 (マシュー・リチャードソン)
6位.西遊記事変(馬伯庸)
その他注目作50
21.GB84(デイヴィッド・ピース)
22.タイタン・ノワール(ニック・ハーカウェイ)
70.暴風雪(C・J・ボックス)
このミステリーがすごい!海外版最終予想(2025年11月11日)
1位.マーブル館殺人事件(アンソニー・ホロヴィッツ)
ロンドンに帰ってきたスーザンがフリーランスの編集者として活動を始めたところ、思わぬ依頼が舞い込んできた。名探偵ピュントの新作を亡きアランに代わって若手作家が手掛けているのでその編集をしてほしいいうのだ。原稿を読んだ彼女は登場人物に作者の家族が繁栄している事実に気づくが...。
スーザン・ライランド シリーズ第3弾。完結したはずのピュントシリーズの新作が作中作として挿入されていますが、これがすごぶる面白い。現実の事件との絡め方も絶妙で、ラストの着地も見事です。
2位.夜明けまでに誰かが(ホリー・ジャクソン)
高校生のレッドは友人3人に友人の兄とその恋人の2人を加え、キャンピングカーで旅行にでかけていた。だが、人里離れた場所で突如狙撃され、車内に閉じこめられてしまう。狙撃犯はレッドたちに対し、6人のうちの一人が抱えている秘密を夜明までに明らかにすれば助けてやるというのだが…。
舞台はほぼ車内のみながら、刻一刻と変化する状況と疑心暗鬼の中での心理戦が面白く、ページをめくる手が止まらなくなります。さまざまな謎が錯綜し、終盤それらが一気に解けていく展開も見事です。
3位.デスチェアの殺人(M・W・クレイヴン)
カルト教団<ヨブの子供たち>の主席指導者が木に縛られ、石打ちによって殺害される。しかも、遺体には謎の暗号が刻まれていた。部長刑事のワシントン・ポーは鍵を握ると思われる教団の調査に赴く。同じ頃、ポーの所属する重大犯罪分析課にある嫌疑かかり、上層部からスパイが送り込まれるが...。
ワシントン・ポーシリーズ第6弾。短い章立てで謎を散りばめていき、読者を飽きさせないテクニックが見事です。特に、後半は手に汗握るサスペンス展開とどんでん返しの連続に引き込まれていきます。
諜報史を研究している准教授マックス。マニアックなテーマ故に大学での立場はパッとしなかったが、そんな彼のもとにMI6の伝説の女スパイ、スカーレット・キングからの依頼が入る。彼女の半世紀に渡るスパイ活動を綴った手記を出版したいというのだ。だが、彼女は何者かに殺害され…。
650ページ超の長大な作品ですが、前半はスパイ史秘話、後半はMI5.VSスパイオタクの主人公という二段構えの構成になっていて飽きさせません。スパイの世界を虚実両面から描いた集大成的な傑作です。
5位.ハウスメイド(フリーダ・マクファデン)
車上生活者のミリーは前科があることを隠して住み込みの仕事を手に入れる。狭いながらも屋根裏に自分の部屋まで与えられ、彼女は満足だった。だが、その家は何かがおかしい。不可解な言動を繰り返す妻のニーナと、異常なまでに生意気な娘のセシリア。果たしてこの家族にまつわる秘密とは?
裕福な家庭に見え隠れする違和感が気になって読み進んでいくと中盤にどんでん返しがあって一気に引き込まれていきます。そして、そこからさらなる反転が...。リーダビリティが極めて高い秀作です。
玄奘三蔵の箔付けために西天取経を目的とした天竺への旅が企画される。仙界に住む李長庚は三蔵法師に課せられる八十一の試練の管理を押し付けられる。そこには仙界の大物たちによるある目論見が見え隠れしていた。人間界も巻き込んだ壮大な計画。その成否の鍵は孫悟空にあるというのだが...。
有名な三蔵法師の旅を成功させるために裏方がてんやわんやというコメディタッチのお仕事ミステリーです。西遊記ネタに現代社会への皮肉をシニカルに絡め、第一級のエンタメ作品に仕上げています。
7位.失墜の王国 (ジョー・ネスボ)
両親が自動車ごと崖から転落して亡くなって以来、山間の村の農場で力を合わせて暮らしていたロイ・オプガルと弟のカール。それから十数年。アメリカに渡ったカールが妻と一緒に帰ってきて農場をリゾートホテルにすると言い出した。やがて、ホテルの建設が始まるが、そこに殺人事件が起き…。
兄弟の絆と悲劇を描いた北欧ノワールで、緻密な心理描写に基づいて描かれる愛憎劇は読み応えありです。重苦しさを感じつつも、彼らの運命から目を離せず、その果てに訪れる結末もインパクト大。
8位.穢れなき者へ(マイクル・コリータ)
メイン州の島の沖合いを漂うヨットから、対立する上院議員候補2人を含む7人の惨殺死体を発見される。発見者のイズレルは、数ヶ月前まで父親殺しの罪で服役していたために、第一容疑者としてマークされることになる。一方、別の島では12歳の少年ライマンが手斧を持った謎の娘と出会うが…。
美しい自然を背景に繰り広げられる謎と謀略に満ちた物語はサスペンスたっぷりで読み応えがあり。加えて、父親殺しの罪人と、父から虐待を受けている少年の人生が交錯していくドラマが感動的です。
9位.アルパートンの天使たち(ジャニス・ハレット)
2003年、ロンドン北西部の廃倉庫で数体の死体が発見される。彼らは自分たちが人間の姿をした天使だと信じるカルト教団“アルパートンの天使”の信者だった。指導者である自称・大天使ミカエルは逮捕されるも、乳児と未成年の男女2人は行方不明のまま。この事件の背後に隠された真実とは?
前作同様、調査資料だけで構成されており、謎解きに特化した作りに。また、ゾッとする描写も多くてサスペンスも申し分なし。意外な展開の連続で読ませる一方、真相はもう一捻りほしかったところ。
10位.世界の終わりの最後の殺人(スチュアート・タートン)
その小島はバリアで死の霧を寄せ付けない人類最後の砦であり、100人あまりの住人はAIにで管理されていた。だが、科学者の1人、ニエマが殺害され、事件当夜の住人の記憶が消去される。しかも、バリアも解除され、霧が島に迫っていた。バリアを再起動するためには犯人を見つけるしかないのだが…。
序盤は状況がつかめず読みずらさを覚えますが、謎が謎を呼ぶ展開にぐいぐい引き込まれていきます。終末SF、ディストピアな理想郷、特殊設定ミステリーなどなど、多彩な魅力併せ持った傑作です。
11位.スパイダー・ゲーム(ジェフリー・ディーヴァー , イザベラ・マルドナー)
蜘蛛のタトゥーを持ち、スパイダーと称される連続殺人犯。国家安全保障省の捜査官カーメン・サンチェスの妹も命を狙われ、サンチェスはサイバー犯罪のエキスパートであるジェイク・ヘロン教授に捜査協力を要請する。こうして、サンチェスが情報集め、教授が推理するというコンビが誕生し...。
ジェフリー・ディーヴァーが元法執行官のサスペンス作家イザベル・マルドナードとタッグを組んだ新シリーズです。怪人VS名探偵の頭脳戦や伏線回収の末のどんでん返しの妙は相変わらずの面白さです。
12位.私立探偵マニー・ムーン(リチャード・デミング)
依頼人である弁護士の事務所で彼の刺殺死体を発見したムーンが唯一犯行が可能だった女性の無実を証明しようと奮闘する「フアレスのナイフ」、麻薬中毒の美女が勝手に薬を手に入れようとしないように監視する依頼を受けるも彼女は何者かに殺されてしまう「ラスト・ショット」など、全7篇収録。
戦後から1960年代の作品を集めた中編集で、主人公は戦場で片足を失ったハードボイルド探偵。悪漢どもを殴り飛ばす一方で、最後は関係者を集めて見事な推理を披露するハイブリッドぶりが魅力的です。
13位.風起隴西 三国密偵伝 (馬伯庸)
古代中国。蜀は恐るべき連射能力を誇る寛頭弩機を開発し、数で勝る魏に対抗していた。一方、蜀の間諜・陳恭は、魏の間諜が蜀へ潜入している事実を知る。「もしや新兵器の機密が目的か?」と考えた彼は急ぎ情報を蜀に伝える。それを受け、反諜工作機関従事の荀詡は機密を守るべく対策を練るが...。
三国志世界のスパイ小説です。軽妙な筆致で描かれるスリリングな展開は読み応え十分。スパイの悲しみもしっかり描かれているうえに、三国志キャラが大挙して登場するのファンには特におすすめ。
14位.孔雀と雀 アラブに消えゆくスパイ(I・S・ベリー)
2012年のバーレンで反政府テロと思われる爆破事件が発生する。その事件を調査するシェーンは52歳。CIA中東分析局に所属し、これが最後の任務だった。引退前に大きな成果を上げたいと思っていたシェーンは反政府運動の動きを探っていく。ところが、国王による自作自演の可能性が浮上し...。
エドガー賞他、7冠に輝いた話題作。異国のスパイの目から民主化運動の最中にある中東の現実がじっくり描かれる前半はやや退屈ながら、後半は緊迫感に満ち、二転三転の末のサプライズ展開には驚愕。
15位.闇より暗き我が祈り(S・A・コスビー)
白人の父と黒人の母を持つネイトは元保安官補で今はいとこの葬儀社を手伝っていた。ある日、牧師が殺された事件を調べてほしいとの信者からの依頼が舞い込む。調査を行うと、牧師の裏の顔が明らかになっていく。しかも、事件の鍵を握るUSBを手に入れたことで命を狙われるハメになってしまい…。
著者のデビュー作。テーマ性や重厚さに欠けるものの、ユーモアを交えたその軽妙さがエンタメ系のハードボイルドとしての面白さに繋がっています。特に、主人公の親友で殺し屋のスカンクが魅力的。
16位.罪の水際(ウィリアム・ショー)
休職中の女性刑事アレックスはランチタイムに花嫁同士の同性婚に遭遇。そこに山刀を持った中年女性が乱入し、「人殺し!」と叫ぶ。彼女の話によると、片方の花嫁の元夫が7年前に行方不明になったのは花嫁が殺したからだというのだ。しかも、これは複雑に絡み合った事件のほんの序章にすぎず…。
シリーズ5弾なのですが、本作が初翻訳のため、過去作で何が起きたのかがわからないのが辛いところ。しかし、語り口は巧く、物語にはグイグイと引き込まれていきます。二転三転の展開も秀逸。
17位.イーストレップス連続殺人(フランシス・ビーディング )
ノーフォーク海岸沿いの保養地、イーストレップスで殺人事件が発生する。老婦人が友人宅からの帰宅途中に、こめかみを刺されて命を落としたのだ。しかも、同様の手口で第2、第3の殺人が繰り返される。謎の殺人鬼によって町が恐怖のどん底に突き落とされるなか、有力な容疑者が浮上するが…。
1931年発表の古典ながら、テンポ良く事件が起き、そのまま白熱した法廷シーンになだれ込む展開は現代の作品に通じる面白さがあります。キャラも立っており、最後まで読者を飽きさせません。
18位.アンジェリック(ギヨーム・ミュッソ)
パリ・オペラ座バレエ団の元トップダンサー、ステラ・ぺトレンコが6階から転落した。その死に疑念を抱く17歳の娘・ルイーズは元刑事のタイユフェールに調査協力を依頼する。調査を進めると、上の階に住む画家も同時期に病死していたことが明らかになる。やがて明らかになるコロナ禍の陰謀とは?
前半は生意気な小娘と偏屈な刑事の掛け合いが楽しい反面、展開はやや平板。しかし、中盤以降の怒涛の展開で一気に引き込まれていきます。詰め込みすぎな面もあるものの、魅力的なエンタメ作品です。
19位.真犯人はこの列車のなかにいる (ベンジャミン スティーヴンソン)
アーネスト・カニンガムは自分の体験をもとに小説を書き上げ、ミステリー作家としてデビューする。すると、推理作家協会主催の50周年イベントに招待され、錚々たる作家たちとともに3泊4日の豪華列車の旅へ。ところが、作家の一人が列車の中でで殺されてしまう。さらに、第2の殺人が…。
シリーズ第2弾は、『オリエント急行殺人事件』のオマージュ的な趣向になっており、その他にもミステリーオタクが喜びそうな小ネタが盛り沢山。ただ、本格としての面白さは前作よりも落ちるかも。
20位.捜索者の血(ハーラン・コーベン)
デイヴィッドは3歳の息子を惨殺した罪で終身刑となる。身に覚えがなかったものの、喪失感に苛まれた彼は無実を訴えることなく服役する。5年後。元妻の妹が面会に訪れ、1枚の写真を彼に見せる。そこには成長した息子の姿が写っていた。デイヴィッドは真相を突き止めるべく脱獄を決意するが…。
冒頭からぐいぐいと引き込まれ、あとはラストまで一気読み。スピード感と緊迫感を兼ね備えた一級の脱獄サスペンスに仕上がっています。そのうえ、終盤には驚愕の真相も用意されている傑作です。
その他注目作50
21.GB84(デイヴィッド・ピース)
1984年。サッチャー首相率いるイギリス政府は大規模な炭鉱の閉鎖を決定する。それに伴う失業者は2万人に上るとみられ、労働組合NUMのトップ、アーサー・スカーギルは即座にストライキを実施した。一方、始末屋のニール・フォンテインはサッチャーの意を受けてスト潰しのために暗躍するが…。
2004年ジェイムズ・テイト・ブラック記念賞受賞。史実ベースのクライムノベルで、重厚で乾いた文章から醸し出される臨場感が素晴らしい。ノワールの枠組みで歴史の再解釈を試みた傑作です。
22.タイタン・ノワール(ニック・ハーカウェイ)
体を巨大化(タイタン化)させることで不老不死を実現させた近未来。だが、タイタンになれるのは一部の特権階級のみ。そのタイタンが殺される。被害者は91歳で身長2.36mの男。タイタン絡みの事件が起きると警察からお呼びがかかる私立探偵のキャルは、真相を求めて悪徳の街に足を踏み入れるが…。
SFであると同時に優れた私立探偵小説でもあり、満身創痍になりながらもユーモアを忘れずに粘り強く真実を追い続ける主人公が魅力的。SFミステリーならではのトリックや真相も印象的な傑作です。
23.9人はなぜ殺される(ピーター・スワンソン)
9人の男女に送られてきた彼ら9人のリスト。だが、互いに面識はなく、住んでいる場所もバラバラだった。送り主の目的も不明だったが、やがて、リストの人物が次々と殺されていく。 自身にもリストが送られてきた捜査官のジェシカは、リストを受け取った人物を特定しようとするが…。
リストに載っている人物が一人ずつ殺されていく展開はテンポもよくサスペスフル。随所にヒネリのある展開が用意されており、飽きさせません。ただ、ホワイダニットに関しては好みの別れるところ。
24.沈黙 (アン・クリーヴス)
ガラス職人のイヴは父・ナイジェルの遺体を発見した。首を切り裂かれており、凶器にはイヴが作った花瓶が使用されていた。ノース・デヴォン患者協会で働いていた彼は死の直前に国民保険サービスへの苦情について調査を進めていたという。マシュー警部らが捜査を進めるなか、新たな殺人が…。
マシュー警部シリーズの第2弾。美しい風景描写が素晴らしく、複雑に絡み合う人間関係を丹念に紐解いていく重厚なドラマの読み応えも相変わらず。ただ、スローテンポな展開は好みの分かれるところ。
25.マット・スカダー わが探偵人生(ローレンス・ブロック)
私立探偵のマット・スカダーも84歳になり、自らの人生を振り返った自伝を書くことになる。1938年に生まれた彼は3歳のときに生後間もない弟を亡くし、スカダー家に大きな影を落とすことになった。やがて彼は警察官になる。初めて犯罪者を射殺した日、そして、少女を死なせてしまった運命の日…。
長期シリーズの探偵ものは作者の死によって強制終了することが多いだけに探偵の自伝という形でフィナーレを飾ってくれるのはうれしいところ。スカダーの過去が明らかになるファン必読の書です。
26.19号室(マルク・ラーベ)
ベルリン国際映画祭の開会式場で前代未聞の出来事が起きる。女性が実際に殺害されている映像がスクリーンで流れたのだ。被害者は女優志望の市長の娘であり、目出し帽の人物によって上映を強要されたのだという。トム・バビロン刑事は映像に映された19号室の文字を手掛かりに捜査を始めるが...。
『17の鍵』に続く刑事トム・バビロンシリーズの第2弾です。今回は旧東ドイツの暗部が徐々に明らかになっていく展開が重厚感に満ちており、テンポの良さも良さも相俟って非常に読み応えがあります。
27.本好きに捧げる英国ミステリ傑作選(編:マーティン・エドワーズ/著:A.A.ミルン、ニコラス・ブレイク、クリスチアナ・ブランド他)
亡くなった富豪が庭園に仕込んだ暗号に挑む「救いの天使」、探偵小説家たちが集う暗殺者クラブで実際に殺人が発生してしまう「暗殺者」、"灰色の幽霊は黒だった"という一文から謎解きが始まる「灰色の幽霊」。出版社勤務の英国人と本売りのヒンドゥー教徒と友情を描いた「名誉の書」など、全17編収録。
ビブリオミステリを集めたアンソロジー集です。どちらかといえば古典本格中心のセレクトですが、思わずゾッとさせられるブランドの「拝啓、編集者様」など、隠れた名品がずらりと並んでいます。
28.黒い空(アーナルデュル・インドリダソン)
犯罪捜査官のオーリは旧友から相談を持ち掛けられる。妻の姉夫婦がいかがわしい写真を撮られ、それをネタに脅されているというのだ。写真のデータを取り戻してほしいといわれ、恐喝者である女性の家に行ってみると、彼女は頭から血を流して倒れたいた。しかも、自身も何者かに襲われ…。
主人公不在が続くシリーズ第10弾。エーレンデュルに比べると深みに欠ける本作の主人公ですがそれを逆手にとって彼の心の成長を印象的に描いています。3つの話が1つに結びつく構成の妙も見事。
29.七人殺される 邪悪催眠師2(周浩暉)
高層マンションの一室で女性の死体が劇薬の風呂の中で発見される。全身に火傷を負いながら恍惚の表情を浮かべているという異様な死に方だった。不審死はさらに続く。いずれも事件直前に宅急便が届き、その差出人が次の犠牲者となっていく。羅飛刑事は犠牲者の拡大を食い止めようと奔走するが…。
シリーズ第2弾。冒頭から謎めいた事件が立て続けに起き、一気に引き込まれます。催眠師との駆け引きや二転三転の展開もスリリング。ただ、催眠術が便利に使われすぎる点は好みの分かれるところ。
30.眠れるアンナ・O (マシュー・ブレイク)
刃物でめった刺しにされた若い男女が屋外レジャー施設で発見される。2人は雑誌編集者で、親友の編集長・アンナやその家族と遊びに来ていたのだ。ほどなくアンナも発見されるが、彼女は凶器のナイフを握り、自白のメッセージを残して眠っていた。しかも何年たっても目覚めることはなく…。
殺人犯と覚しき若い女性が目覚めないという導入部が謎めいていて、一気に引き込まれます。二転三転の末の真相も衝撃的です。テンポはややスローながら最先端の心理学を織り込んだストーリーが秀逸。
31.骰を振る女神(ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ )
根っからの悪党であるルイス・コストヴェインは、甘いマスクで資産家の跡継ぎ娘を騙して結婚し、入念にアリバイ工作をしたうえで彼女を殺した。ルイスは莫大な資産を得るが、それだけでは飽き足らず、放殺人や略奪といった悪事を重ねていく。欲望を満たすためだけに突き進む彼の運命は?
1946年発表の3編収録中編集。いずれも悪党の犯罪とその顛末を描いたノワール小説なのですが、そこに女神ラケシスの存在を匂わすことで怪奇ムードを高めているのは著者ならでは。結末が強烈。
32.魔女の檻(ジェローム・ルブリ)
実業家によって所有され、豊かになった村ではかつて魔女狩りが行われていた。魔女とされた女たちが村を見下ろす山から突き落とされて命を落としていったのだ。そんな村に新たな警察署長としてジュリアンが赴任する。すると、魔女を彷彿とさせる怪事件が次々と発生。村は恐怖に包まれていき...。
平和だった村が不穏な空気に包まれていき、魔女の呪いとしか思ない事件へと発展しく展開はサスペンスホラーとしてかなりの面白さ。それだけに、あまりにも無茶なあの真相は好みの分かれるところ。
33.鎖された声(エミコ・ジーン)
2年前に誘拐された少女エリーが血まみれのシャツを着た姿で帰ってきた。さらに、一緒に誘拐された少女が死体で発見される。ある理由から誘拐事件を憎む刑事チェルシーは彼女に事情聴取を行うが、事件のことは何も語ろうとはしなかった。やがて、シャツの血液が死んだ少女のものだと判明し…。
事件が複数の視点から語られることでその痛ましさが深掘りされ、悲劇性を増していくのが身にしみます。加えて、後半明らかになっていく意外な事実も衝撃的。涙腺に訴えかける傑作です。
34.盗墓筆記2 青銅の神樹(南派三叔)
怪異からの襲撃を受けながらも海底墳墓の探索からの帰還を果たした呉邪。そんな彼の前に現れたのは3年前に盗掘で捕まって収監されていた幼馴染みの老痒だった。老痒の話によるととある樹海の遺跡の地下にとてつもない価値をもった青銅製の巨木があるという。呉邪は新たな冒険を決意するが...。
古代の墓を探索する伝奇冒険シリーズ第2弾。大量の虫をはじめとして不気味な生物たちの登場する今作はスリルと驚愕の展開に満ちており、前作を凌ぐ面白さ。早くも続きが気になるところです。
35.エージェント17(ジョン・ブロウンロウ)
暗殺専門のエージェント、17。彼は消息を絶った16の後任だった。ところが、とある作家の暗殺の指令を受けるが、どうもその作家の正体が16らしい。激しい死闘が続くなか、17は自分がハメられていたことを知る。さらに、中東を巡る国際的な陰謀にも巻き込まれ…ていく。果たして闘いの行方は?
ベタな展開と結末のご都合主義は気になるものの、巧みな語り口で語られる物語はテンポがよくて読み応えがありです。加えて、派手なバトルには思わず手に汗握ります。映画向きのエンタ傑作です。
36.ヴァイパーズ・ドリーム (ジェイク・ラマー)
1961年、ニューヨーク。皆から怖れられている麻薬密売人クライドは、生涯初めて殺人を後悔する。ジャズメンが集うキャットハウスに向かうと、そこでジャズの庇護者でこの店のオーナーでもあるパノニカから三つの願いを尋ねられる。彼は自身の半生を遡りながら、その答えを探っていくが...。
実在の有名人が随所に登場する青春ノワールです。約300ページと短い作品ですが、その中にジャズとノワールの魅力がギュッと凝縮されています。ただ、テンポは良い代わりに、駆け足すぎる部分も...。
37.黒い谷(ベルナール・ミニエ)
停職中のセルヴァズ警部補は8年前に行方不明になった元恋人を追って谷間にある村を訪れる。しかし、村では凄惨な殺人事件が起きていた。しかも、以前にも同様の手口の殺しがあったという。セルヴァズが捜査を開始するが、その矢先、山崩れによって道が寸断され、一行は村に閉じこめられてしまい…。
セルヴァズ警部シリーズ。本雪と氷河に覆われた山脈を舞台に、クローズドサークルと化した村で連続殺人が起きる物語はムードは満点。少々冗長なのが難ですが、社会的テーマを絡めた真相は衝撃的。
38.台北裁判(唐福睿)
台湾北部の基隆でアミ族の船長一家が惨殺され、船で働いていたインドネシア人の移民労働者が逮捕される。動機も証拠も揃っていたために1審では有罪となり、死刑判決が下された。だが、2審から弁護をすることになった同じアミ族の佟寶駒は検察の捜査に疑問を持ち、被告の冤罪を晴らそうとするが...。
本作はリーガルサスペンスというよりも、死刑制度の是非を問う社会派ミステリーです。その他にも、外国人労働者、先住民の文化、漁業の闇といったさまざまな問題に焦点を当てているのが興味深い。
39.グッド・シスター(サリー・ヘプワース)
二卵性双生児のファーンとローズはシングルマザーの母親がオーバードーズで入院して以降、里親を転々としていた。現在、ファーンは28歳。地元の図書館で働き、結婚したローズとも週に3回夕食を共にしている。ある日、ローズの不妊の悩みを知った彼女は、代理出産することを思いつくが…。
オーストラリア発の心理スリラーです。物語は現在のファーンとローズの日記の2つの視点から語られていきますが、2人の記憶に大きな齟齬があるのが恐ろしい。不穏な空気とユーモアの配分が絶妙。
40.#ニーナに何があったのか?(ダーヴラ マクティアナン)
恋人同士のニーナとサイモンは大学の休みを利用して山間の別荘を訪れていた。だが、帰ってきたのはサイモンだけだった。彼は別れ話になったので先に帰ってきたのだというが、そのままニーナは消息を絶ってしまう。騒ぎが大きくなり、憶測と誹謗中傷が飛び交うなか、驚くべき真実が明らかに…。
ニーナの生死を巡る謎で終盤まで引っ張るのかと思いきや真相は意外と早く明らかになります。代わりに、登場人物の心理描写が丁寧に描かれており、意外な方向に進んでいく物語に引き込まれます。
41.罪なくして(シャルロッテ・リンク)
ケイトは列車内で男に撃たれた女性を救うも彼女は犯人とは面識がないという。しかも、事件で使われた銃が2日後別の事件でも使用される。被害者の女性は四肢が麻痺し、口もきけなくなっていた。2人の被害者の間にも接点はない。上司のケイレブ警部が停職中のため、ケイトは部下と捜査に当たるが…。
ケイト・リンヴィルシリーズ第3弾。不可解な事件の背後関係が捜査で徐々に明らかになっていく展開は安定の面白さです。事態がどんどん悪化していく後半もスリリングですが、結末は結構もやもや。
42.密やかな炎(セレステ・イング)
オハイオ州の高級住宅地にあるリチャードソン家の邸宅が燃え落ちた。その一家は厳しい母によって管理されていたが、末娘のイジーだけが悩みの種だった。彼女は姿を消し、貸家に住んでいた芸術家ミアとパール母娘もどこかに行ってしまっていた。一体誰が何のために火をつけたのか?
一見、満ち足りた家庭のなかで人種差別、経済格差、性差別、スクールカーストといった問題が噴出し、崩壊していくさまは現在のアメリカの縮図のようで考えさせられます。群像劇の佳品です。
1863年。南北戦争下のルイジアナで外科医のウェイドは、伯父の農園で無為な日々を送っていた。そんな彼は殺人容疑を掛けられた奴隷女性のハンナを農園から脱走させる手助けをすることになる。一方、北軍と南軍に加え、ゲリラ組織のレッドネックが暗躍し、三つ巴の様相を呈しようとしていたが…。
本作は傷痍軍人、農奴の女性、北部の奴隷制廃止論者、ゲリラ組織の首領など、様々な視点から語られています。それによって南北戦争の全貌を明らかにしていく展開が歴史ドラマとして読み応えあり。
44.ゆるやかに生贄は(ドロシイ・B・ヒューズ)
研修医のヒューは姪の結婚式に出席するために母のキャデラックでフェニックスに向かっていた。途中、ヒッチハイクをしている若い娘、アイリス出会い、逡巡ののちに車に乗せる。そして、バス乗り場でアイリスを降ろすも、彼女はヒューに執拗につきまとい始める。果たして彼女の目的は?
1963年発表。前半に当時の読者の常識を逆手にとった反転がありますが、今となってはあまり驚けないかもしれません。しかし、それ以降の展開は社会派サスペンスとして十分に面白く、読み応えあり
45.キャクストン私設図書館(ジョン・コナリー)
キャクストン私設図書館は作者の没後に創作物の有名な登場人物が実体化する不思議な図書館。ある日、管理人のヘッドリーは、シャーロック・ホームズとワトソン博士がその図書館に現れたのを見て驚く。なぜなら、作者のコナン・ドイルはまだ存命中だったからだ。一体何が起こっているのか?
ミステリーというよりファンタジー色の強い短編集です。しかし、表題作は2014年エドガー賞短編賞を受賞しており、その続編にあたる「ホームズの活躍」もミステリファンにとって楽しい作品です。
46.獄門橋 (エイミー・チュア)
1944年、カリフォルニア。刑事のアル・サリヴァンは、大統領候補ウォルターが高級ホテルの一室で暗殺された事件を追いかけていた。やがて、同じホテルで10年前に少女が不審な死を遂げていたと知る。サリバンは、政治的圧力を受けながらも名家の影に隠された衝撃の真相を突き止めるが……。
本作は骨太な警察小説であると同時に、貧富の格差や人種差別といった当時のリアルなアメリカ社会を描き出した優れた歴史ミステリーでもあります。特に、緊迫感に満ちた後半の展開が読み応えあり。
47.ホワイトハートの殺人(クリス・チブナル)
海辺の村で他殺死体が発見される。被害者は村の名物パブ〈ホワイトハート〉の店主だった。しかも、彼は裸で縛られ、頭部に牡鹿の枝角が括りつけられていた。都会から転属してきた刑事ニコラは新米巡査と組まされ、事件解明に奔走するが、やがて100年前にも同様の事件があったことが判明し...。
地味ながら堅実な王道的な英国ミステリ―。なにか突出した面白さがあるわけではありませんが、キャラクターの魅力やストーリーテリングの妙にプロットの巧みさと、すべてが水準以上の良作です。
48.ミセス・ワンのティーハウスと謎の死体(ジェス・Q・スタント)
60歳になるミセス・ワンは中国茶専門店のオーナー。その日も朝早くに目覚め、開店の準備をするために店の扉を開けると、中に死体が転がっていた。彼女は警察が来る前に勝手に捜査を行い、死体が握っていたUSBメモリーを押収してしまう。しかも、容疑者に中国茶を振る舞いながら聞き込みを始め…。
2024年MWA最優秀ペイパーバック賞受賞作。主人公が警察を無視して勝手にどんどん捜査をすすめていくさまが面白い。また、容疑者たちが彼女との対話を通じて自分を省みるくだりは感動的。
49.奇術師の幻影(カミラ・レックバリ、ヘンリック・フェキセウス)
地下鉄トンネル内で発見された白骨死体に端を発した事件は、やがて予想だにしなかった大事件へと発展していく。ミーナの所属するストックホルム特捜班が奔走するなか、メンタリストとしてたびたび犯罪捜査に関わってきたヴィンセントの元にはパズルめいた挑戦状が次々と送られてきており…。
刑事ミーナ&メンタリスト・ヴィンセントの活躍を描いた三部作の完結編。本作は最後のどんでん返しに尽きます。ただし、1作目から伏線を仕込んでいるため、シリーズ順での読破が必須です。
50.聖夜の嘘(アンドリュー・クラヴァン)
クリスマス間近のある夜、湖畔の町で若い司書が殺された。容疑者は彼女の交際相手のトラヴィスで、自身も犯行を認めていた。だが、彼のことをよく知る地元弁護士のヴィクトリアはこの事実が到底信じられない。そこで、友人の大学教授.キャメロンに無実を証明してほしいと調査を依頼するが…。
複雑な要素が絡み合った末の意外な着地点に驚かされる作品です。雰囲気は陰鬱としているものの、次第にクリスマスの雰囲気と一体化し、最後には上質な聖夜ミステリーとなっているのが素晴らしい。
51.銃と助手席の歌(エマ・スタイルズ)
姉の恋人ダリルからインゴットを盗んだ少女チャーリーは、それを取り返しに来た彼と諍いになる。そして、正当防衛とはいえダリルを殺してしまい、偶然居合わせた女子大生のナオと逃避行を始める。しかも、インゴットがもともと盗品だったことから、2人は何者かに追われるはめになってしまい…。
シスターフッドロードノベル要素が濃いクライムノベルです。前半は2人の性格にイライラするも中盤からサスペンスが高まり、引き込まれます。ナオの成長やチャーリーの切ない姉妹関係も読みどころ。
52.こうしてぼくはスパイになった(デボラ・ホプキンソン)
1944年2月。ナチスによる空襲が続くロンドンで13歳のバーティは民間防衛隊伝令係の初任務を果たすべく自転車で街に飛び出していった。急いでいたために女の子とぶつかってしまうが、その後、通りで一冊のノートを拾う。それは女性諜報員のもので記載内容の後半は暗号になっていた…。
オレゴン図書賞受賞の児童文学。暗号などの謎を解き明かそうとする少年少女の姿がいきいきと描かれており、王道的冒険譚として読み応えがあります。主人公の相棒の救助犬・LRの活躍も印象的。
53.ビッグ・バウンス(エルモア・レナード )
流れ者のジャックは季節労働者として農場主のレイの元で働いていたが、あるとき、彼の愛人であるナンシーと出会う。彼女は不法侵入などの不法行為にスリルを求め、真面目に働いているジャックも巻き込もうとする。そしてついには、農場労働者の給料を盗む計画をもちかけられ…。
本国アメリカでは1969年に発表され、2004年には映画化もされたノワール小説。初期作品なので荒削りな点は否めませんが、脳天気で憎め人々たちが織りなす犯罪ドラマは一種の痛快さがあります。
54.17の鍵(マルク・ラーベ)
ベルリンの大聖堂にて、丸天井の下に目を抉られた女性牧師の死体が吊り下げられる事件が発生する。現場に駆けつけたトム・バビロン刑事は、死体の首にかけられたものを見て驚愕する。カバーに17と刻まれた鍵。それはトムが少年時代に川で発見したした死体のそばにあったものと同じ鍵だった。
四部作第1弾。登場人物が多くて最初は読むのに苦労しますが、馴れてくると、次々起きる派手な事件の連続に引き込まれていきます。ベルリンの壁崩壊に絡んだ謎にもゾクゾクする極上のエンタメ傑作。
55.罰と罪( チャン ガンミョン)
22年前に起きた女子大生殺害事件。犯人のDNAや防犯カメラの映像といった有力な手掛かりがあったにも関わらず、犯人逮捕には至っていない。班長の提案でその事件を再調査することになる。新米女性刑事のジヘが真相解明を目指し奔走し、結果、捜査線上には次々と疑わしい人物が浮上していくが...。
900ページに及ぶ韓国の大作警察小説。地道な捜査が大半を占め、やや冗長ではあるものの、主人公の語りと犯人のモノローグを交錯させることで緊張感を持続させて決して飽きさせない筆力が見事です。
56.盗墓筆記1 地下迷宮と七つの棺/怒れる海に眠る墓(南派三叔)
骨董店を営む青年・呉邪のもとに布の書物、帛書が持ち込まれる。盗掘を生業にする叔父の三叔によると、それは魯国の貴族が眠る墓の位置を記した地図で、墓の中には貴重な神器が埋葬されているのだという。呉邪は三叔たちと盗掘の旅に出るが、たどり着いた墓には世にも恐ろしい魑魅魍魎が跋扈し…。
いわゆるトレジャーハンターもので、ノリは香港映画に近いものがあります。ドタバタ色の強い点は好みが分かれそうですが、話のテンポが良く、バラエティに富んだ舞台と謎で楽しませてくれます。
57.円環(アルネ・ダール)
高速道路を走行中のBMWが暴走事故を起こし、運転していた大手製鉄会社の幹部が死亡する。続いて、広告会社の幹部が爆破事故で命を落とす。一方、国家作戦局(NOD)の主任警部エヴァ・ニーマンのもとに彼の元上司で15年前に警察を辞職したルーカス・フリセルらしき人物から犯行予告が届き…。
『時計仕掛けの歪んだ罠』の著者による北欧警察小説の新シリーズです。さすがに、一級の書き手だけあり、個性豊かな刑事たちに二転三転の展開とそつのない作りになっています。安心の佳品です。
58.逃げろ逃げろ逃げろ!(チェスター・ハイムズ)
クリスマスの近づくニューヨーク。白人警官のマット・ウォーカーは路上に停めた愛車が消えていることに気付く。泥酔状態だった彼は近くの食堂に勤務する黒人の清掃員が盗んだと思い込み、2人の黒人を射殺。ついで、地下室にいた3人目の黒人清掃員、ジミーも証拠隠滅のために殺そうとするが…。
1966年発表のパルプフィクション。黒人の主人公が白人の悪徳警官から逃げ続けるというシンプルな筋立てながら、当時の黒人差別を背景にした物語は社会派的な側面もあって意外と読み応えあり。
59.誰が星の王子さまを殺したのか?(ミシェル・ビュッシ)
『星の王子さま』の作者は1944年に偵察機で飛び立って消息を絶ち、後に死が確定する。飛行機整備士ヌヴァンと見習い探偵アンディは、カメルーン人の大富豪から彼の死の謎を解いてほしいとの依頼を受ける。早速、作者の熱烈なファンで構成されたクラブ612のメンバーから意見を聞く旅にでるが…。
『星の王子さま』の作者であるサン・テグジュペリの死を巡る物語は、虚実入り交わり、現代の寓話として面白い。ただし、ミステリー色は意外と薄く、いつものビュッシを期待すると肩透かしかも。
60.夜を駆ける女たち(ジェシカ・ノール)
1974年。フロリダ州立大学の女子寮で生徒2名が殺害される。犯人を目撃したパメラのもとに大陸の反対側からティナという女性が訪ねてくる。彼女は本件を友人が失踪した事件の犯人と同一犯と考えていたのだ。2人が協力して調査をしていくと、警察も知らない恐るべき連続殺人の実態が浮上し...。
31人の女性が殺害された現実の事件をモチーフにした作品。ただし、シリアルキラーの実像に迫るというより、犯人を追う側のドラマが重視されています。主人公の怒りと悲しみが交錯する傑作です。
61.パラドクス・ホテル(ロブ・ハート)
過去の世界に旅行できるタイムポートに隣接されたホテルで警備主任を勤めるジャニュアリー。彼女は時間離脱症を患って以来、過去や未来の死体を目なするようになっていた。ついには自分が銃殺される場面を目撃するに至り、彼女は捜査を開始する。一方、ホテルでは世界を揺るがす大事件が…。
タイムパラドックスをテーマにしたSF作品ですが、作中では殺人事件が起き、さまざまなミステリー要素も充実しています。特に、主人公の症状がミステリーの仕掛けとして機能している点が秀逸です。
62.覚悟(フェリックス・フランシス)
元騎手シッド・ハレーは落馬事故で左腕を失い、調査員に転身。競馬界最高の調査員との評判を得るが、それも6年前に引退して今は妻子と平穏な余生を過ごしていた。だが、疑惑レースの相談に訪れた競馬界の重鎮が変死を遂げたことでハレーは再び立ち上がる。その彼に敵の魔の手が…。
あの競馬シリーズをディック・フランシスの死後、次男が継承。本作はその中でも特に人気の高いハレーシリーズの第5弾ですが、作者が変わった違和感は皆無です。マンネリながらも安定の面白さ。
63.報いのウィル(カリン・スローター)
捜査官のウィルとサラは新婚旅行で山奥の高級ロッジを訪れる。だが、そこで発見したのはめった刺しにされた血塗れの女性の死体だった。被害者はロッジを経営している一族の娘で、現在、ロッジに滞在しているのは被害者の家族と4組の宿泊客のみ。犯人はこのなかにいるはずだが、誰もみな怪しく…。
シリーズ第12弾の本作もストーリーのエグさは相変わらずでレイプや虐待ネタは当然のように出てきますし、真相の狂いっぷりにはゾッとさせられます。唯一、ウィルとサラの熱愛ぶりだけが癒やし。
64.アーマード2 極限死境 (マーク・グリーニー)
米国国務省外交安全保障局警護官の職を得たジョシュ・ダフィーは、国務省に勤務する妻のニコールがガーナの米国大使館に配属されたのに伴い、同じ地に赴任することとなる。そして、ガーナへの援助の成果を確認すべく視察を行うが、目的地であるアコソンボ・ダムはテロの標的になっており...。
序盤からアクションに継ぐアクションが堪能できる娯楽大作です。しかも、主人公だけでなく、妻や子供の活躍も大きな見どころになっています。特に、クライマックスの死闘は手に汗握る面白さです。
65.町の悪魔をつかまえろ(ジャナ・デリオン)
シンフルの町でインターネットを利用したロマンス詐欺が発生する。犯人は町の住人だと踏んだフォーチュンたちは義憤に駆られ、独自に捜査を開始する。そのさなか、体の不自由な夫を献身的に看病していた心優しき女性が自宅で殺される。しかも、彼女もロマンス詐欺の被害者であることが判明し…。
シリーズ第8弾。お馴染みフォーチュン以下3人組の掛け合いやドタバタは安定の面白さながら、全体的にはややおとなしめ。ミステリーとしてもオチが分かりやすく、過去作と比べるともの足りなさも。
66.暗殺者の矜持(マーク・グリーニー)
ジェントリーは愛するゾーヤとともに逃亡生活を送っていたが、亡父の親友からロシア人技術者の逃亡の手助けを依頼される。折しも、世界中のAI技術者が立て続けに暗殺され、その何件かはジェントリーが面識のある暗殺者の手によるものだった。やがて、ジェントリーたちはAI無人兵器の襲撃を受け…。
シリーズ第13弾。無人ドローンや銃装備のロボット相手に戦う本作は昔の近未SFのようで好みの分かれるところ。とはいえ、序盤の手探り状態から徐々に盛り上がっていく展開はやはり安定の面白さです。
67.フロント・サイト3 ファイヴ・ドールズ(スティーヴン・ハンター)
1978年。アーカンソー州ホットスプリングスでは女性の死体を切り刻んでは内臓を取り出すという連続j猟奇殺人が起きていた。アーカンソー市警は解決の糸口を見いだすことが出来ず、市警本部長のベティガーは元海兵隊軍曹で天才的な狙撃手でもあるボブ・リー・スワガーに捜査協力を要請するが...。
スワガー一族の活躍を描いた三部作の完結編です。本作ではデビュー作である『極大射程』以前のボブの活躍を描いており、ガンアクションありのどんでん返しあり、良質な娯楽作品に仕上がっています。
68.フロント・サイト2 ジョニー・チューズデイ (スティーヴン・ハンター)
1945年2月、メリーランド州チェスターフィールド。銀行の頭取であるニック・オークリーは煙草農場の地主夫婦と会っていた。そのとき、4人組の強盗が銀行を襲い、抵抗したオークリーは命を落としてしまう。2年後、ある男が元看護兵のニックを訪ねてきて、事件の調査に協力するよう要請するが…。
『フロント・サイト1 シティ・オブ・ミート』に続くスワガー・サーガの第2弾。本国アメリカでは1冊で売っていたものを分冊しただけにボリューム不足は否めませんが、ガンアクションは迫力満点。
69.フロントサイト1 シティー・オブ・ミート(スティーヴン・ハンター)
1934年のシカゴ。チャールズ・スワガーは上官の命令でシカゴに潜伏していると噂されているギャングのベビーフェイス・ネルソンの追跡を始めた。その最中、スワガーは黒人にナイフで襲われ、相手を銃で殺害する。しかも、この2か月で精神に変調をきたした黒人が10人近くもいることが判明し...。
ボブ・リー・スワガーの祖父を主役に据えたシリーズで謎解き要素を絡めながらの痛快癌アクションは本作でも健在です。ただ、3話収録の原作を分割したために、ページ数が少ないのがものたりない。
70.暴風雪(C・J・ボックス)
猟区管理官ジョー・ピケットは州知事から英国大手広告会社社長の捜査を命じられる。彼女は、ジョーの娘が働く高級リゾート牧場に滞在したのちに空港へ向かう途中で忽然と姿を消したという。ジョーは鷹匠ネイトの協力を得て現地での知事の足取りを調べ始めるが、事態は予想外の展開を迎え…。
2018年発表のシリーズ第19弾。相変わらず雄大な自然の描写が素晴らしく、盟友ネイトとのバディは安定の面白さです。ただ、肝心の事件はいつもより小粒で少々もの足りなさが。アクションも少な目。
2025年12月6日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中6作的中
ベスト20→20作品中14作的中
順位完全一致→20作品中0作
2026本格ミステリ・ベスト10 国内版予想
最新更新日2025/12/13☆☆☆
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本ミス2026
対象作品である2024年11月1日~2025年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、ミステリーファンにあまり知られていない作家で出版社もマイナーといった場合は読んでいる投票者が少ないと判断し、傑作でも予想順位は低めになります)。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
1位.神の光(北山猛邦)
6位.有栖川有栖に捧げる七つの謎(青崎 有吾、白井 智之、夕木春央 ・他)
その他注目作50
21.最後のあいさつ(阿津川辰海)
33.路地裏の二・二六(伊吹 亜門)
チェック漏れ作品
ライアーハウスの殺人(織守きょうや)
ミステリ―オタクのJKが当然転がり込んできた莫大な遺産を使って孤島に惨劇用の館を建築したところ、彼女に先んじて何者かが連続殺人を始めるといった、リスペクト色の強い作品です。真相自体は驚くべきものではないものの、さまざまなギミックを配し、最後にひと捻りを加えた趣向が楽しい。
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本ミス2026
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本格ミステリベスト10国内版最終予想(2025年11月17日)
1位.神の光(北山猛邦)
収録作は皆スケールの大きな消失ミステリーで、内容も堅実な本格ミステリから幻想小説に近いものまでバラエティに富んでいます。奇想に満ちた非常に魅力的な短編集ではあるのですが、王道本格を期待すると肩透かしかも。本格としてのベストは消失を演出する手順が巧みな「一九四一年のモーゼル」。
2位.夜と霧の誘拐(笠井潔)
矢吹駆シリーズ第8弾の本作は600ページの大作ながら、誘拐発生後の二転三転の展開がスリリングで、ぐいぐい引き込まれていきます。事件に哲学者との思想対決を絡めた展開も安定の面白さで、今回は何より、複雑な誘拐&殺人のカラクリがミステリーとして秀逸です。近年のシリーズでは屈指の傑作。
3位.スカーフェイク 暗黒街の殺人(霞流一)
暗黒街の大物が密室で殺され、名を挙げようと、こぞって自白を始めるという趣向が楽しい。しかも、単にさまざなパターンの犯人や密室を羅列するだけでなく、そのなかに真相へとたどり着く手がかりを散りばめている点がよくできています。極めて完成度の高い、多重解決ミステリーの傑作です。
4位.失われた貌 (櫻田智也)
地道な捜査がメインの地味めの警察小説ですが、徐々に事件の核心に迫っていくプロセスは読み応えあり。特に、油断していると、突然、意外な真相が明らかになるシーンが秀逸です。仕掛け自体はさほど目新しくはないのですが、トリック解明と連動してドラマが大きく動くプロットがよくできています。
5位.抹殺ゴスゴッズ(飛鳥部勝則)
謎の怪神ゴスゴッズ降臨から始まり、高校生とやくざの暗闘、作中作では地下迷宮を跋扈する謎の怪人・蠱毒王と物語は混迷を極めます。これぞ飛鳥部ワールドというべきごった煮感ですが、そこから伏線を一気に伏線を回収して意外な真相を浮き彫りにしていく手管に痺れます。ラストも美しい。
6位.有栖川有栖に捧げる七つの謎(青崎 有吾、白井 智之、夕木春央 ・他)
綾辻行人と並ぶ新本格ブームの立役者であり、いまなお一線で活躍している有栖川有栖のパスティーシュ集です。力作揃いですが、なかでも、火村シリーズの魅力を完全再現した「縄、綱、ロープ」が秀逸。逆に、エグいトリックで自分の色に染め上げた「ブラックミラー」もインパクト満点な傑作です。
7位.探偵小石は恋しない(森バジル)
ミステリ―オタクの女探偵と助手の青年が依頼をこなしていく連作ミステリーですが、殺人事件などは一切起きず、不倫調査メインという趣向がユニークです。なにより、最終章で明かされる、意外な裏の真相に驚かされます。ただ、アイドルのエピソードだけは違和感が大きくて真相が分かりやすいかも。
8位.千年のフーダニット(麻根重次)
千年のコールドスリープから目覚めると7人の被験者の内1人が殺されているという謎がまず魅力的。そして、様々な仕掛けが楽しめるうえに、終盤における怒濤の伏線回収が見事です。タイトルではフーダニットを謳っていますが、むしろなぜ事件が起きたのかというホワイダニットがインパクトあり。
9位.さよならジャバウォック(伊坂幸太郎)
DV夫を金槌で殴り殺した妻が、学生時代の後輩の力を借りて山に死体を埋めにいくところまでは典型的な倒叙ミステリーのようです。しかし、そこからSF設定を交えた急転直下の展開を迎えます。一見、本格の要素など皆無に思えますが、散りばめられた伏線を回収してのどんでん返しには驚愕です。
10位.崑崙奴(古泉迦十)
唐の末期を舞台に連続猟奇殺人や消えた黄金の謎に挑む歴史ミステリー。膨大な蘊蓄を披露したのちにそれをミステリーの仕掛けに結びつけるやり方は京極夏彦作品に似ています。とはいえ、宗教を背景にした謎解きはデビュー作『火蛾』を彷彿ととさせるもので、著者ならではの魅力に満ちています。
11位.アミュレット・ワンダーランド(方丈貴恵)
犯罪者御用達のホテルで起きた事件の謎を、ホテル専属の探偵が解き明かしていくシリーズ第2弾です。前作と比べてさらに趣向が凝っており、斬新で奇抜な謎解きが楽しめます。なかでも、殺し屋たちがボトルロワイヤルを繰り広げるなかで謎解きが行われる「ようこそ殺し屋コンペへ」が秀逸。
12位.探偵機械エキシマ(松城明)
AIのエキシマが事件の謎を解く全5話の連作ミステリですが、エキシマ自身にも大きな謎が秘められていることによって単純なAI探偵ものにはない面白さがあります。また、個々の話も本格としての工夫が凝らされていて魅力的です。さらに、終盤に明らかになるとんでもない真相には驚かされます。
13位.寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理(三津田信三)
刀城言耶の助手である天弓馬人が探偵役を務めるスピンオフシリーズ第2弾。第1の事件である迷宮社での当主殺しの密室トリックに対しては「そんな馬鹿な!」と言いたくなりますが、それを始点とした見立て殺人の歪なロジックには唸らされるものがあります。二転三転の推理も著者ならでは。
14位.狼少年ABC(梓崎優)
全4話からなる中編集ですが、全体的に青春小説の色が強く、謎解きはその物語を支える一要素にすぎません。とはいえ、話を盛り上げるために、本格ミステリの技法がか巧く用いられていますし、なかでも、「スプリング・ハズ・カム」は真相の提示が感動をもたらす青春ミステリーの大傑作です。
15位.午前零時の評議室(衣刀信吾)
第28回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞です作。現役弁護士よるリアルな法廷サスペンスにデスゲームを大胆に融合。そのうえでの推理合戦が面白く、怒濤の伏線回収によって有罪判決を一気にひっくり返す手管も見事です。やや粗削りな部分はあるものの、謎解きの魅力に満ちた作品に仕上がってます。
16位.もつれ星は最果ての夢を見る(市川憂人)
未開の惑星で起きた連続殺人の謎を追う特殊設定ミステリ―です。また、ハードSFとしても読み応えがあり、それらのSF設定を利用して仕掛けを弄する手管も見事です。さらに、殺人事件以外にも大きなどんでん返しがあるのもSFミステリーならでは。ただし、中には少々ご都合主義的な真相も...。
17位.白魔の檻(山口未桜)
2024年末に大きな話題を呼んだ『禁忌の子』の続編です。今回は、有毒ガスが迫る山腹の病院というクローズド・サークルを舞台にし雰囲気を盛り上げています。次々と人が死んでいく緊迫した状況の中で行われる城崎の推理もロジカルで読み応えあり。ただ、いま一つ真相に驚きの要素が乏しいのが残念。
18位.森栄莞爾と十二人の父を知らない子供たち(逸木裕)
カリスマ経営者の精子提供によって生まれた12人の男女が集められ、彼を父親と呼べるか否かの議論を延々と続ける展開はミステリとしては面白味に欠ける感じるかもしれません。しかし、議論の最中に明らかになるある事実はかなり衝撃的。ホワイダニットものの異色傑作といえる逸品です。
19位.電報予告殺人事件(岡本好貴)
19世紀の大英帝国を舞台にした時代ミステリーであり、女性電信士を探偵役に据えた本格ミステリでもあります。物語は電信局の局長が殺されたのに続いて電報による連続予告殺人が起きるというものですが、事件の捜査方法も用いられたトリックの数々もすべて電報を用いているのがユニークです。
20位.死んだら永遠に休めます(遠坂八重)
失踪したパワハラ上司から「自分は殺された」という告発メールが届いたことで犯人探しが始まる限界会社員ミステリー。パワハラ上司やメンタルをやられる主人公たちのリアルな描写があまりにもキツい一方で、謎が謎を呼び、衝撃の真相が浮かび上がっていく終盤の展開はミステリとして読み応えあり。
その他注目作50
21.最後のあいさつ(阿津川辰海)
殺人事件のトリックやロジックは案外凡庸ですが、それらはギミックにすぎません。本作の焦点は、ドラマで左右田警部補を演じ、妻殺しの容疑者で、探偵役でもある雪宗衛自身です。彼の実像に迫っていくドラマは非常にスリリングですが、王道的な本格を期待した人にはもの足りないかもしれません。
22.嘘つきたちへ(小倉千明)
第1回創元ミステリ短編賞受賞作の表題作を含む全5編収録の短編集。とにかくどんでん返しの連続で驚かせてくれますが、それがあまりにもくどいので食傷気味になってしまう面があるのは否めないところです。それでも、話がどんどん予想外の方向に転がっていき、最後にぞっとさせる構成は面白い。
23.刹那の夏(七河迦南 )
切なくやるせない物語を集めた短編集ですが、なかでも、白眉なのが表題作の中編です。偶発的な要素を巧みに使い、衝撃的な真相を提示しています。また、『わたしとわたしの妹』のホラーじみた真相もインパクトあり。ただ、伏線が丁寧すぎて真相が分かりやすいエピソードがあったの少々残念。
24.世界でいちばん透きとおった物語2(杉井光)
今作も遺作を巡る話ですが、さすがに前作ほどの驚きはありません。それでも、作中作の未完ミステリーはスリリングで読み応えがあり、それに付随する謎が作中と作外の両面に仕掛けられているのも見事。また、探偵役のヒロインが語るミステリー論も興味深く、なかなかの佳品に仕上がっています。
25.コージーボーイズ、あるいは四度ドアを開く(笛吹太郎)
カフェに集まったミステリー好きの男たちがゲストが提供する謎に挑むも最後は店長が謎を解くという『黒後家蜘蛛の会』のリスペクト作品です。謎解きミステリ―としてひとつひとつは小粒ではあるものの、上質なお約束展開にはなんともいえない心地よさがあります。肩の凝らない読みやすさも魅力的。
26.ネズミとキリンの金字塔(門前典之)
ピラミッド型の病院で次々と起きる不可能犯罪ということで、いつものように著者十八番の物理トリックが炸裂します。冒頭で病院の見取り図が提示される趣向にもワクワク。ただ、問題は犯人の動機で、その壮大でいびつな計画は、あまりにもぶっ飛びすぎています。奇想ミステリ―問題作です。
27.月蝕島の信者たち(渡辺優)
新興宗教の信者たちが集められた孤島で首なし死体が発見され、次々と人が死んでいく典型的なクローズドサークルミステリーです。癖の強い面々も殺人劇を盛り上げてくれます。ただ、想定内の仕掛けが多いのは残念。それでも、様々なガジェットを散りばめた作りは楽しく、ぶっ飛んだ動機にも驚愕。
28.名探偵にさよならを(小西マサテル)
レビー小体型認知症のおじいちゃんが幻覚に悩まされながらも謎を解いていくシリーズの完結編です。古典からの引用が相変わらず楽しく、密室殺人を中心とした事件の謎もなかなか凝っています。すべてを裏から操っていた黒幕の正体も意外です。ただ、黒幕の設定にはちょっと無理があるような…。
29.聖女の論理、探偵の原罪(紺野天龍)
宗教団体に潜入した探偵がそこで出会った聖女とともに次々と起きる事件の謎を解いていく物語です。密室、アリバイ、死体移動トリックとさまざまな趣向で楽しませてくれるものの、肝心のトリックはどこかで見たことのあるものばかりで目新しさはありません。探偵と宗教の対比は興味深い。
30.パンドラブレイン 亜魂島殺人(格)事件 (南海遊)
かつて連続密室殺人を名探偵が解決した島にミステリ研究会のメンバーが訪れるという展開はコテコテの新本格を連想しますが、実際はSF色の強い中二エンタメです。そのため、永劫館のような端正な本格を期待すると肩透かしを食らうかも。とはいえ、密室トリックなどの本格ネタもそれなりにあります。
31.闇に消えた男 フリーライター・新城誠の事件簿(深木章子)
『消人屋敷の殺人』の新城誠が再登場する続編的作品です。失踪事件の謎を追う展開は消人屋敷と比べ地味ですが、思わぬ方向に転がっていく中盤以降は抜群の面白さ。加えて、解釈の違いによる真相の反転や予想外すぎる事件の構図など、謎解きミステリとして魅力的です。ただ、真相はやや無理あり。
32.町内会死者蘇生事件(五条紀夫)
若者3人が町を牛耳る悪徳坊主を殺害するも翌朝には何故か元気な姿で現れる。そのため、殺人犯たちが死体を蘇生さた人間を突き止めようとする特殊設定ミステリーです。設定のユニークさに加えて話がどんどん意外な方向に転がっていくのが面白い。なにより、衝撃的な真相がインパクトありすぎです。
33.路地裏の二・二六(伊吹 亜門)
二・二六事件にその伏線となった昭和10年夏の相沢事件を絡めた歴史ミステリー。密室トリックが肩透かしなど、謎解きミステリーとしては全体的にパンチの弱さを感じさせるものの、戦前の世情を踏まえたホワイダニットの真相などは興味深いものがあります。また、探偵役で一匹狼の堀越大尉も魅力的。
34.変な地図(雨穴)
シリーズ第4作。若き日の栗原が7体の妖怪の絵が描かれた奇妙な地図の謎に挑戦する本作は、ミステリ―としての完成度の高さで頭ひとつ抜けています。大掛かりなトリックを時代背景を絡めて説得力の高いものにしていますし、巧みな伏線回収や真相を悟らせないミスディレクションも見事です。
35.砂男(有栖川有栖)
単行本未収録作品を1冊にまとめた短編集です。ファンとしては長編小説にリライトするつもりで長らく単行本に収録してこなかった表題作や久々の学生アリスシリーズである「女か猫か」や「推理研VSパズル研」などが気になるところではないでしょうか。その他、ノンシリーズも読み応えあり。
36.名探偵再び(潮谷験)
名探偵の大叔母の血をひきながら推理力はからっきしな主人公が、滝で出会った亡霊師匠の協力を得て名探偵の振りをする設定がユニーク。全編に散りばめられたホームズネタも楽しく、ライトな作風の割にミステリとしてもよくできています。黒幕の正体はミエミエながらラストのどんでん返しには驚愕。
37.●●にいたる病(我孫子武丸 、神永学、背筋、真梨幸子・他)
我孫子武丸を含む6人の作家が『殺戮にいたる病』の叙述トリックに挑戦するアンソロジー。個性豊かな作品が揃っていますが、頭一つ抜けたいるのが「コンコルドにいたる病」てわす。作中作による叙述トリック乱れ打ちが楽しすぎます。衝撃の結末という点では「怪談にいたる病」もなかなか。
38.虚池空白の自由律な事件簿(森晶麿)
落書きやメモといった短い文章からさまざまな推理を繰り広げていく『九マイルは遠すぎる』方式の連作ミステリ。各話とも凝った作りで楽しめますが、なかでも、学生運動の時代背景を振り返りながら謎を解いていく「あかい雨降らば」の結末の余韻が素晴らしく、ミステリとしてもよくできています。
39.あかずめの匣(滝川さり)
呪われると閉鎖空間に閉じこめられて窒息死させられるあかずめの恐怖とともに人間の醜さを描いた連作ホラーですが、エビローグが始まるとともに本格ミステリとしての一面が顔を出します。全編に散りばめられていた伏線が一気に回収され、今まで見えていた風景が反転していくさまが見事です。
40.殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス(五条 紀夫)
『走れメロス』の主人公が行く先々で事件に巻き込まれるパロディ作品です。事件は密室殺人、アリバイ崩し、ダイイングメッセージとバラエティに富んでいますが、メロスの推理はどれもかなりぶっ飛んでいます。ハッキリ言ってバカミスです。しかし、最後の最後で明かされる真相には驚愕。
41.魔女裁判の弁護人 (君野新汰)
第23回『このミステリーがすごい!』大賞隠し玉受賞。通常のリーガルサスペンスとは異なり、舞台が中世の魔女裁判というのが異彩を放っています。理屈の通用しない裁判で無罪を勝ち取るための駆け引きがスリリングですし、独自のロジックもよくできています。二転三転の仕掛けを張り巡らせた傑作。
42.魔法使いが多すぎる 名探偵倶楽部の童心(紺野天龍)
名探偵倶楽部の活躍を描いた『神薙虚無最後の事件』の続編。作中作&多重解決という要素はそのままに、魔法が実在するという前提で嘘の真相を成立させようとする点に独自の面白さがあります。ただ、導き出された真相には辻褄合わせに終始した感があり、その点が本格としての完成度を下げています。
43.片翼のイカロス(野島夕照)
特殊能力を持つメイドが探偵役を務める第16回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作品。本作の魅力はなんといっても富豪一族の当主が500メートル上空でヘリと激突するというスケールの大きな謎です。それに対する真相はやや肩透かしではあるものの、伏線回収の妙はなかなか魅力的。
44.夏休みの殺し屋(石持浅海)
2人の殺し屋に奇妙な依頼が舞い込み、それぞれが推理を巡らすシリーズの第4弾。今回は表題作の中編と短編4作の全5話構成で、凝った構成の末に皮肉な真相が浮かび上がってくる表題作が秀逸です。一方で、いつもとは趣向を変えて明確な解答を示さない「残された者たち」も異色作としてユニーク。
45.朝からブルマンの男(水見はがね)
第1回創元ミステリ短編賞受賞の表題作を含む連作短編集。各話とも女子大生2人の掛け合いによる謎の提示が巧くて思わず引き込まれていきます。たた、真相は肩透かしだったり、回りくどかったりで今ひとつです。そんななか、シンプルかつ意表を突いた真相を提示してみせた表題作は頭一つ抜けてます。
46.バスカヴィル館の殺人(高野結史)
本当に人を殺していく富裕層のためのリアル推理ゲームを描いたシリーズ第2弾。アクシデント続出で主催者側があたふたするというコメディ的な面白さは前作には及ばないものの、ミステリーとしての仕掛けは数多く用意されています。ただ、玉石混交の感もあり、少し詰め込みすぎなのが難点です。
47.神様の次くらいに: 人の死なない謎解きミステリ(久住四季)
日常ミステリーの短編集です。派手な仕掛けこそないものの、日常の謎の多彩なパターンが網羅されており、日常ものが好きな人なら大いに楽しめます。なかでも、「デイヴィッド・グロウ、サプライズパーティーを開く」は巧みなロジックと伏線回収の末に意外すぎる真相が明らかにある傑作です。
48.蜘蛛屋敷の殺人(大神晃)
元カノ実家訪問系トラベルミステリと銘打たれたシリーズ第2弾です。20年前の殺人事件を巡っての推理合戦にはワクワクしますし、意表を突いた真相にも驚愕。ただ、推理合戦で提示された別解が凡庸すぎて面白味に欠けるうえに、イタコ推理に大して意味がなかったのにはちょっとガッカリです。
49.アバーネティ家のパセリ シャーロック・ホームズ~語られざる事件~(Ah)
アバーネティ家の事件はホームズシリーズの「六つのナポレオン胸像」にて言及されていますが、この事件の具体的な内容について語られることはありませんでした。それをパスティーシュとして完成させたのが本作です。原典にある「暑い日にパセリがバターの中へ沈んだ深さ」に基づく推理が見事。
50.みんななにかに縋りたい(香坂鮪)
孤島の別荘での依存症回復プログラムの最中に密室殺人が起きるクローズドサークルミステリーです。密室トリック自体は凡庸なものの、伏線や小道具の用い方が巧みでパズラーとして読み応えのある作品に仕上がっています。特に、犯人の意外な狙いが、ホワイダニットものとして秀逸です。
51.正しい世界の壊しかた:最果ての果ての殺人(彩藤アザミ)
茨で囲まれた小さな村で暮らす少女が少年を外界から連れ込んだことがきっかけで、村の秩序が乱れ、殺人事件に発展していく物語です。とにかく、二転三転する世界観がスリリング。そして、その揺れ動く世界観が目くらましとし、殺人事件に用いられたトリックを悟らせない手管が見事です。
52.名探偵たちがさよならを告げても(藤つかさ)
高校教師との二足のわらじを履いていた兼業ミステリー作家が遺した未完の遺稿に見立てた殺人事件。その謎に女子高生が挑む学園ミステリー。見立て殺人に密室、そして二転三転のどんでん返しといった派手な趣向に繊細な心理描写を絡めたプロットが見事です。加えて、大胆な伏線回収にも驚愕。
53.一目五先生の孤島(大島清昭)
『地羊鬼の孤独』と同一の世界線を舞台にしたホラーミステリーです。30年前の連続殺人事件以来、島民や島に上陸した人間が次々死んでいくというホラー展開にはゾクゾクさせられます。それに、ミステリ談義や推理合戦なども楽しい。それだけに、密室トリックなどの仕掛けが今ひとつ凡庸なのが残念。
54.名探偵 円朝 明治の地獄とマイナイソース(愛川晶)
近代落語の祖といわれる初代三遊亭円朝を探偵役に据えた連作ミステリーです。全3話のうち、第1話は基本設定の紹介に費やされ、ミステリーとしては少々薄味ですが、続く2話の幕臣殺しの推理はよくできています。続く3話も1話から張られた伏線の回収が鮮やかで、その末に至る真相に驚愕です。
55.命みじかし恋せよ乙女: 少年明智小五郎(辻真先)
少年時代の明智小五郎が死体消失や衆人環視下での殺人の謎に挑む、昭和ミステリ三部作の前日譚。ミステリーを読みなれている人ならば、不可能犯罪トリックや犯人の正体は比較的簡単に見破れるでしょう。その一方で、古き良き探偵小説の雰囲気を堪能することができる丁寧な作りには好印象。
56.その血は瞳に映らない (天祢涼)
『彼女はひとり闇の中』の主人公が同じの続編的な作品です。隣人の母娘を襲い、話の軸は、「死刑になりたかった」と供述する容疑者の真の動機を探っていくというもので、前作と比べると仕掛けの地味さは否めないところ。それでも、真相の意外性はなかなかで、著者ならではの伏線の妙も健在です。
57.明智卿死人を起す(小森収)
織田・豊臣・徳川の三家が日本を支配するパラレルワールドを舞台に名探偵と陰陽師のコンビが難事件に挑むシリーズ第2弾。用いられている仕掛け自体に目新しさはないものの、独特の世界観に散りばめられたミステリーの小ネタが楽しい。また、それらのネタが本筋に繋がっていく構成も面白い。
58.HIPS 機械仕掛けの箱舟(岡崎琢磨)
全5作の連作ミステリーである本作は、健康で文化的な生活を送れる最低限の資金を保証するというサービスが興味深く、トリックも話ごとに工夫を凝らしています。ただ、本格として評価すると、仕掛けがHIPSの設定とリンクしておらず、その設定なしでも成立してしまう点に物足りなさを感じます。
59.巫女は月夜に殺される (月原渉)
とある因習村で、儀式の最中に密室で首無し死体となって発見された巫女の謎に、外見が瓜二つの相似巫女が挑む幻想味の強い本作ミステリです。真相は意外にシンプルで肩透かしを覚えるものの、ロジカルな推理はそれなりの説得力。また、特殊な舞台を背景にしたホワイダニットものとして秀逸です。
60.不可解事件請負人火垂柚葉(萬 純一)
タイトル通りに不可能犯罪専門の女探偵が出てくるのですが、なかなか個性豊かでインパクトがあります。一方、肝心の不可能犯罪トリックは、ダミートリックがぶっ飛んでいる代わりに、真相の方が凡庸なのは少々残念。付録の「本格ミステリーを書きたい人のためのトリック作成法!」が面白い。
61.赤ずきん、イソップ童話で死体と出会う。(青柳碧人)
前作はアラビアンナイトの魔法が強力すぎてミステリーとしての面白さを削いでいた感がありました。それに対して、イソップ童話を扱った本作は特殊設定とリアティのバランが絶妙で、地に足のついた謎解きを楽しめるのが好印象。特に、ギャンブルものの「オオカミ少年ゲーム」が秀逸。
62.この恋だけは推理らない(谷夏読)
恋愛の神様と呼ばれる男子高校生とJK恋愛作家の凸凹コンビが、恋愛相談と謎解きに奔走する学園ミステリーです。まず、コミカルな前半からは思いもよらなかった意外な真実が浮かび上がってくる展開が秀逸。散りばめられた伏線やさりげない仕掛けもよく出来ており、本格としても読み応えありです。
63.朝比奈さんと秘密の相棒(東川篤哉)
理事長の娘でミステリ好きの朝比奈さんと気弱ながら突然名探偵ぶりを発揮する石橋君のコンビが謎に挑む鯉ヶ窪学園探偵部シリーズの番外篇。小粒ながらロジックがしっかりしており、特に「茶室に消えた少女」における人間消失のからくりが秀逸です。ユーモア学園ミステリーとしてそつのない出来。
64.図書館に火をつけたら(貴戸湊太)
主人公が関係者を全員集めて犯人ではありえない人物を一人一人除外していくシーンは本格ミステリの醍醐味です。しかも、捜査陣の裏をかいた可能性も踏まえたうえで推理を行っている点に独自性を感じます。とはいえ、犯人が動揺して非合理的な行動をとった可能性を考慮に入れていない点は片手落ち。65.「真」犯人(石持浅海)
アーティスト志望者を支援する芸術村には、9人の若者と一人の居候、それに4人のスタッフが同居していた。だが、ある日、発明家の”エジソン”が殺害される。状況から犯人は歌人の”小町”さんと思われたが、有望株の彼女を逮捕させないために、パトロンの村長さんは犯人をでっちあげるよう指示し...。
「芸術村にとって価値の低い者を犯人としてでっち上げよ」との無茶ぶりに主人公が右往左往するさまは面白く、ぶっ飛んいる思考の登場人物も著者ならでは。そこから捻くれたロジックによって意外な真相が浮き彫りになっていくわけですが、ロジックや真相の意外性に関しては小粒感が否めない。
66.片腕の刑事(竹中篤通)
第17回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作。猟奇殺人じみた冒頭の展開が面白く、作者が遺書ということもあり、医療現場の描写も臨場感に満ちています。ストーリーも面白い。ただ、本格としては冒頭の謎を魅力的で興味深いものがありますが、ネタ的には小粒で物足りなさがあります。
67.誘拐劇場(潮谷験)
カリスマ国会議員の黒い噂を調査していた若い男女の内、女性が何者かに誘拐されるサスペンスミステリー。アプリやSNSを用いた捜査はユニークではあるものの、謎解きやサスペンスとしては小粒でそれほど盛り上がらず。どちらかといえば、正義とはなにかといった社会派的側面が強い作品です。
68.猫の耳に甘い唄を(倉知淳)
売れないミステリー作家が殺人事件に巻き込まれる話で、読者への忠告が挿入されている点などは著者の代表作『星降り山荘の殺人』を想起させます。しかし、その忠告が念入りに行われすぎているために、勘の良い人なら真相を見破りやすくなってしまっているのが本作の弱点だといえるでしょう。
69.どうせそろそろ死ぬんだし(香坂鮪)
余命宣告を受けた人たちが集まった山奥の別荘で変死事件が起きる設定は面白く、多彩な仕掛けを盛り込ん作りは悪くありません。ただ、その仕掛けの多くうまく機能しておらず、盛り上がりに欠ける点は残念です。特に、本作最大の仕掛けであるどんでん返しが読者から見てバレバレなのが大問題。
70.伊根の龍神(島田荘司)
伊根湾に巨大な龍神が出現して自衛隊が出動という幻想的かつスケールの大きな謎は、いかにも島田ミステリーという感じで心躍るものがあります。しかし、島田作品を読みなれていれば、おおよその真相が予想できてしまうのがつらいところ。かといって初心者だと強引な真相に脱力してしまうかも。
チェック漏れ作品
僕たちの青春はちょっとだけ特別(雨井湖音)
高等支援学校を舞台に、軽度の知的障害有する主人公が探偵役を務める日常ミステリーです。ミステリーとしては小粒ではあるものの、各生徒たちが抱える問題と事件の謎が密接にリンクしている点がよくできています。同時に、謎解きを通して主人公が他者を理解していく成長物語としても秀逸です。
我孫子武丸犯人当て全集(我孫子武丸)
多様な媒体で行われた犯人当て企画を集めた作品集。ゲーム性に重きを置いているため、物語としての芳醇さに欠けていたり、難易度が低めに設定されていてもの足りなかったりする面はあります。しかし、試みは面白く、自作解説も楽しい。ベストはダークな結末が印象的な「幼すぎる目撃者」。
ライアーハウスの殺人(織守きょうや)
ミステリ―オタクのJKが当然転がり込んできた莫大な遺産を使って孤島に惨劇用の館を建築したところ、彼女に先んじて何者かが連続殺人を始めるといった、リスペクト色の強い作品です。真相自体は驚くべきものではないものの、さまざまなギミックを配し、最後にひと捻りを加えた趣向が楽しい。
2025年12月12日追記
的中結果
ベスト5→5作品中4作的中
ベスト10→10作品中7作的中
ベスト20→20作品中12作的中
順位完全一致→20作品中2作品
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2026本格ミステリ・ベスト10 海外版予想
最新更新日2025/11/16☆☆☆
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本ミス2026
対象作品である2024年11月1日~2025年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
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17.幻想三重奏(ノーマン・ベロウ)
21.読書会は危険?: 〈秘密の階段建築社〉の事件簿 (ジジ・パンディアン )
27.ライルズ山荘の殺人: マーダー・ミステリ・ブッククラブ(C・A・ラーマー)
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本ミス2026
対象作品である2024年11月1日~2025年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
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本格ミステリベスト10海外版最終予想(2025年11月16日)
1位.マーブル館殺人事件(アンソニー・ホロヴィッツ)
作中作の名探偵ピュントシリーズと、それを巡る事件の顛末を描いたシリーズ第3弾。今回は新しい作者の手による名探偵ピュントの新作が素晴らしい出来栄えで、逆説的な真相には思わず唸らされてしまいます。一方、現実の事件に関しても一族の秘密に迫り、意外な真相に至る展開がよくできています。
2位.デスチェアの殺人(M・W・クレイヴン)
ワシントン・ポーシリーズ第6弾。今回はカルト教団絡みの殺人が描かれていますが、白眉なのは下巻です。どんでん返しに次ぐどんでん返しの展開にぐいぐい引き込まれていきます。ただ、メインの2つのトリックは凡庸で、ミステリーを読み慣れている人ならすぐに気付いてしまう点がものたりません。
3位.イーストレップス連続殺人(フランシス・ビーディング )
ミステリー黄金期の1931年に発表された作品。早すぎた傑作と謳われている通り、シリアルキラーの登場するサスペンスとフーダニットミステリーの組み合わせは当時としてはかなり画期的です。さらに、後半は法廷ミステリーへとシフトし、二転三転の末に明かされる歪な動機も忘れ難いものがあります。
4位.私立探偵マニー・ムーン(リチャード・デミング)
デミングはエラリー・クイーン名義の『摩天楼のクローズドサークル』の作者としても知られ、ハードボイルドと本格の融合を得意としています。本作収録の中篇7作品はどれも読み応え満点。不可能犯罪ものが多く、なかでも意表を突くトリックを鮮やかに解き明かす「フアレスのナイフ」が秀逸です。
5位.アルパートンの天使たち(ジャニス・ハレット)
前作『ポピーのためにできること』同様、SNSやメール、ニュース記事、録音の書き起こしといった捜査資料のみで構成された作品。カルト教団集団自殺に絡んだ事件を扱っており、証言の食い違いなどによる矛盾点が巧みな伏線回収を経て解決していくさまが見事です。ただ、捻りのない真相はイマイチ。
6位.真犯人はこの列車のなかにいる (ベンジャミン・スティーヴンソン)
アーネスト・カニンガムシリーズ第2弾。今回は豪華列車で殺人事件が起きるといういかにもな展開ながら、ミステリーオタクの主人公が語るマニアックな小ネタや探偵小説のパロディ的展開が楽しい。ホワイダニット中心の謎解きも読み応えありですが、前作には今一歩及ばないといったところ。
7位.世界の終わりの最後の殺人(スチュアート・タートン)
人類を滅亡寸前に追い込んだ黒い霧を食い止めるべくバリアを張り巡らせた小島で殺人事件が起きる特殊設定ミステリ。探偵役の女性が謎に挑むも不可解な事実が次々と明らかになり、世界観ごとひっくり返しかねないどんでん返しが何度も繰り返される展開に痺れました。結末も衝撃的な傑作です。
8位.罪の水際(ウィリアム・ショー)
サスペンス色の強い警察小説ですが、謎解き要素も大充実。同性婚パーティーへの乱入者、夫婦の惨殺死体、7年前の行方不明事件、投資詐欺といった一見無関係な出来事が一本の線で結ばれる展開が見事です。ただ、シリーズ5作目にして初翻訳作品のため、話の流れがよく分からない点があるのが残念。
9位.本好きに捧げる英国ミステリ傑作選(編:マーティン・エドワーズ/著:A.A.ミルン、ニコラス・ブレイク、クリスチアナ・ブランド他)
本にまつわるミステリーを集めたアンソロジー集ですが。A.A.ミルン、ブランド、イネスなど、黄金期周辺の本格作品が多めに構成されています。暗号ものの「救いの天使」や結末が鮮やかな倒叙もの「ある男とその姑」、九マイルは遠すぎる風の「灰色の幽霊」などなど、バラエティ豊かな品揃え。
10位.9人はなぜ殺される(ピーター・スワンソン)
互いに面識がなく、住所もバラバラな9人のもとに彼らの名前を記したリストが届き、一人ずつ殺されていく展開はスリリングです。また、クリスティの『そして誰もいなくなった』や『ABC殺人事件』をリスペクトしたプロットもマニア心をくすぐります。ただ、理不尽すぎる動機は好みが分かれるかも。
その他注目作18
11.沈黙 (アン・クリーヴス)
マシュー・ヴェン警部シリーズ第2弾。英国南西部の美しい風景を背景にして語られる重厚な人間ドラマはもはや著者の名人芸というべきものであり、やはり魅力的です。一方、ミステリとしては派手さこそないものの、細やかなロジックの積み重ねによって真相に迫っていくプロセスは読み応えがあます。
12.白い女の謎 (ポール・アルテ)
名探偵オーウェン・バーンズシリーズ第8弾。今回の事件は小さな村で起きた幽霊騒動に絡んだ殺人なのですが、いつものような不可能犯罪ではなく、フーダニットをメインに据えたつくりになっています。犯人の指摘や真相を巡る推理はなかなか見事ながら、外連味が乏しくてどこかもの足りなさも。
13.アンジェリック(ギヨーム・ミュッソ)
元トップダンサーである母と隣人の画家の死を巡る謎を、17歳の少女と元刑事が追うバディものです。著者にしては比較的オーソドックスな設定から繰り出される中盤の意外な展開に驚かされ、その後も意外な真相の乱れ打ちに目が離せなくなってきます。やや強引ながらも読み応え満点な佳品です。
14.小路の奥の死 (エリー・グリフィス )
著名人が集う同窓会での殺人に21年前の学生の死が絡んでくるプロットは読み応えあり。被害者と学友たちの過去が明らかになっていく展開もスリリングです。上質な英国本格の味わいを堪能できる佳品ですが、トリックやロジックといった要素は皆無で、本格ミステリとして地味すぎる点は否めません。
15.骰を振る女神 (ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ)
1946年発表。本作は自分の欲望を満たすために悪逆非道な行為を繰り返す主人公の運命を描いた中編集であり、ジャンル的にはノワールかクライムノベルに相当します。しかし、『赤い右手』の著者ならではの熱にうなされたような文章は健在で、その雰囲気に絡めたトリッキーなプロットも見事です。
16.時計殺人事件(ルーファス・キング)
死んだと思われた男が蘇生し、二転三転していく展開は意外性に満ち、わずか半日の物語の章題を時刻で統一していることでテンポ感を高めることにも成功しています。1929年発表の作品で、トリックや犯人の意外性も当時としてはかなり秀逸です。ただ、論理性に乏しい点は好みの別れるところ。
17.幻想三重奏(ノーマン・ベロウ)
著者はカーと同じく不可能犯罪ものを得意としていた作家です。1947年発表の本作も結婚相手の男性が忽然と姿を消し、部屋が消失し、路地まで消えてしまうといった具合に魅力的な事件が立て続けに起きます。トリック自体は玉石混交といった感じですが、部屋消失のトリックは発想がユニークで面白い。
18.国会採決を告げる電鈴(エレン・ウィルキンソン)
当時珍しかった女性国会議員の著者が浪人中の1932年に発表した作品で、リアリティ豊かに描かれる政治の舞台裏は読み応えがあります。事件は、アメリカ経済界の大物が国会議事堂内で銃死するというものであり、ミステリとしての仕掛けはシンプルですが、巧みに配置された伏線とその回収が見事です。
19.タイタン・ノワール(ニック・ハーカウェイ)
一握りの富裕層が自らを巨大化させることでタイタンという不老長寿の存在になった近未来。そのSF設定とタフな探偵がタイタン殺しの真相を求めて街の暗部に足を踏み入れるハードボイルドとの組み合わせがすこぶる面白い。古典的なトリックをSF設定を用いてブラッシュアップしているのもユニーク。
20.修道女フィデルマの慧眼: 修道女フィデルマ短編集(ピーター・トレメイン )
他国に比べて女性の地位が高かった7世紀のアイルランドを舞台に、修道女で法廷弁護士のフィデルマの活躍を描いた第6短編集。謎解きミステリとしてはヒネリに乏しい感はあるものの、伏線はの妙やさりげない手がかりの隠し方には感心させられます。ベストは密室トリックがユニークな「尊者の死」。
21.読書会は危険?: 〈秘密の階段建築社〉の事件簿 (ジジ・パンディアン )
元イリュージョニストの女性が隠し部屋の建築を得意とする"秘密の階段建築社"の面々と不可能犯罪の謎に挑むシリーズ第2弾。今回は降霊会の最中に出現した死体の謎がメインになるわけですが、テンポの悪さは否めないところ。不可能犯罪への愛はひしひしと感じるものの、トリックも少々肩透かし。
22.誰が星の王子さまを殺したか?(ミシェル・ビュッシ)
飛行機整備士と見習い探偵が、『星の王子さま』に秘められた暗号との作者であるサン・テグジュペリの死の謎に挑む物語。そう聞くと面白そうで、実際話はかなり面白いものの、本格ミステリとしての魅力には欠けています。ロジカルな推理やいつものどんでん返しに期待するとものたりなさが…。
23.探偵はパリへ還る (レオ・マレ)
フランス初のハードボイルド小説と目される作品なのですが、「駅前通り120番地」と言い残した人物が立て続けに死んでいくダイイングメッセージの趣向の他に、暗号解読や関係者を集めての犯人指摘といった本格ミステリな要素も盛り沢山。さほど凝った仕掛けはないものの、波瀾万丈の展開は面白い。
24.骨と作家たち(キャロル・グッドマン)
25年前の大学教授の追悼式に参加するために集まった教え子たちが吹雪の山荘に閉じこめられて一人ずつ殺されていくという典型的なクローズドサークルミステリです。中盤以降は怒濤の展開でグイグイ読ませますが、徐々に明らかになっていく真相がすべて予想の範囲内なのは本格としては辛いところ。
25.テンプルヒルの作家探偵(ミッティ・シュローフ=シャー)
物語は、ニューヨークで作家として活動しているインド人女性がスランプに見舞われて里帰りしたところ親友の父親の自殺騒動に巻き込まれるというもの。料理の描写がやたらと多いコージー作品です。インドのクリスティという触れ込みだけあって謎解きはオーソドックスでしっかりしています。
26.雪山書店と愛書家殺し: クリスティ書店の事件簿(アン・クレア)
アガサ・クリスティの作品をこよなく愛し、自らもミステリー専門の書店を経営するエリーが主役のシリーズ第2弾。今回はクリスティの戯曲『ねずみとり』が重要な手掛かりとなり、それ以外にもさまざまなミステリーネタが組み込まれているのが楽しい。謎解きを絡めたドラマもよくできています。
27.ライルズ山荘の殺人: マーダー・ミステリ・ブッククラブ(C・A・ラーマー)
クリスティ好きの読書会メンバーたちが事件に巻き込まれるシリーズ第4弾。今回は山奥の山荘が舞台で課題図書に選ばれた『そして誰もいなくなった』のようにクローズドサークル下で殺人事件が起こります。謎解きに関してはもの足りなさが残るものの、クリスティへのリスペクトは申し分なし。
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28.ゴア大佐第二の事件(リン・ブロック)
1925年発表のシリーズ第2弾。今回はゴア大佐がゴルフ場で謎の血痕を見つけるとともに自分を見張っている男の存在に気が付き、さらに地元の名士が惨殺されるというもの。序盤から謎めいた事件が起き、意味ありげな手掛かりが提示されるので退屈はしませんが、真相がやたらとまわりくどいのが難。

隠れた名作を探せ!このミス2025の落穂拾い 国内編
最新更新日2025/01/16☆☆☆
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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランクインを逃したものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2025年版 国内ベスト20予想
2025本格ミステリ・ベスト10 国内版予想
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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランクインを逃したものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2025年版 国内ベスト20予想
2025本格ミステリ・ベスト10 国内版予想
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川崎警察 真夏闇(香納諒一)
暴力団員の母親が死体となって京浜運河沿いで発見される。しかも、陰部がナイフで抉られ、腹部から腸がはみ出ているという陰惨な殺され方をしていた。デカ長の車谷一人はバンの荷台から不審な荷物を下ろして走り去った2人組の情報を入手する。被害者は沖縄に里帰りから戻ってきたばかりだったというが…。
◆◆◆◆◆◆
1970年代を舞台に車谷デカ長の活躍を描いたシリーズ第2弾。本作の魅力はなんといっても昭和という時代の空気と当時の泥臭い捜査を緻密に描ききったところにあります。まず、情に厚い一方で、事件解決のためなら暴力も辞さないという車谷のキャラが昭和テイストそのものです。現代なら大問題ですが、昭和という時代を描くならこうした刑事像こそが物語を味わい深いものにしてくれます。また、沖縄返還を巡る事件も昭和を強く喚起させ、今ならあり得ない事件や捜査に説得力を持たせることに成功しています。そしてなにより、昭和刑事たちのひたむきな頑張りを思わず応援したくなっていく展開が見事です。さらに、車谷デカ長の過去が明らかになっていく終盤は涙なくしては語れません。昭和の魅力と時代の闇がギュウギュウに詰め込まれた傑作です。
異端の聖女に捧げる鎮魂歌(宮園ありあ)
1782年に起きたオペラ座演出家殺人事件を解決して一躍時の人になった公妃マリー=アメリー。翌10月、そんな彼女に修道院長から助けを求める手紙が届く。いわくのある女子修道院で恐ろしい惨劇が起きる予兆があるというのだ。果たして事件は起き、血と呪いに彩られた連続怪死事件の幕が開くが...。
◆◆◆◆◆◆
マリー=アメリー&ジャン=ジャックシリーズ第2弾。舞台は18世紀末のフランスですが、修道院における当時の暮らしぶりや宗教問題などが詳細に描かれているのが興味深く、この時代の歴史や風俗に興味のある人には特におすすめです。また、公妃と大尉の縮まりそうで縮まらない恋愛模様も本作におけるよいスパイスになっています。特に、嵐で足止めされた大尉が惨劇が進行中の現場に取り残された公妃と伝書鳩でやり取りするもどかしさがたまりません。加えて、前作よりも話のテンポがよくなってミステリーとしての面白さもアップしています。とはいえ、謎解きはあくまで添え物なのでその点には過剰な期待をしない方が無難でしょう。
遊びをせんとや 古田織部断簡記(羽鳥好之)
古田織部が徳川家康の命によって腹を切ってから18年。上段末尾に「遊びをせんとや」、下段末尾に「これにて仕舞」と記された織部最後の茶会の指示書が見つかる。これは誰に向けた指示で何を意味するのか?茶の道を織部から学んだ毛利秀元は家内の諍いに苦しみながらもこの謎に挑むが…。
◆◆◆◆◆◆
古田織部の切腹の謎を毛利家の確執に絡めて描いた作品であり、歴史ミステリーとして重層的な面白さがあります。なにより、戦国末期を彩る武将たちがみな魅力的。主人公の毛利秀元をはじめとして世間一般にはマイナーな武将が多いのですが、それだけにそれぞれのエピソードが新鮮で興味深いものになっています。ただ、物語のペースはかなり遅いため、この時代や登場人物に興味がなければ退屈に感じてしまう可能性は否めません。加えて、最後に明らかになる真相も今ひとつ釈然としないのが辛いところです。それでも、あまり取り上げられないテーマや人物を丁寧に掘り下げていっている点に好感が持てます。300ページあまりの短い話ながら濃厚な描写を堪能できる力作です。
巡査たちに敬礼を(松嶋智左)
秋の全国交通安全運動は交通課の一大イベントだ。ところが、一日署長の力士が稽古中に怪我をして出られなくなってしまう。バツイチ・子持ちの交通課係長・槇田水穂は役に立たない課長を牽制しつつ、善後策を検討するが…。
◆◆◆◆◆◆
郊外の所轄で働く警察官たちの姿を描いた全6編の連作集。派手な事件は一切なく、小さなトラブルを中心に据えた地味な警察小説です。しかし、だからこそ元警察官という作者のキャリアが最大限に活かされており、交通課を中心とした多様な部署のさまざまな職務にスポットライトを当てることに成功しています。読み手側とすると全く想定外の職務も少なくなく、警察官の仕事がどういうものかを知るうえで最適の書です。また、連作短編の形をとっている本作は1話ごとに主人公が代わっていくのですが、これがみな魅力的。バツイチの交通課女性係長、警察官の卵というべき警察学校初任科の学生、総務課の巡査長といった人々がそれぞれの想いを胸に抱いて職務をまっとうしていく姿は、それだけで心に染み入ります。事件の解決だけが警察官の仕事ではないという当たり前の事実をあらためて掘り下げた佳品です。
さくらのまち(三秋縋)
マッチングアプリのサクラで生計を立てている尾上匡貴の元に男から電話があり、「高砂澄香が自殺した」と告げられる。彼の青春を彩り、彼の心を欺いた少女の死を確かめるべく、匡貴は故郷に帰ってきた。そこで彼は澄香と瓜二つの少女と出会う。今度は彼が欺く側で、彼女が欺かれる側として...。
◆◆◆◆◆◆
腕輪型デバイスの装着が義務化され、そこから読み取った情報で自殺のおそれありと判断されると、偽の友人・サクラが派遣されるというSFチックな設定がユニークです。そして、そのうえで語られる、身の回りの人間がすべてサクラだと思えてくるサクラ妄想のエピソードに心を抉られます。全体としてはミステリー要素の強い青春小説であり、終盤の畳みかける展開の末のほろ苦い結末が胸に染み入ります。ただ、主人公は傷つきながらも立ち直りの兆しを見せるものの、それ以外の人物に関してはあまりにも救いがなさすぎる点が好みを分けそうです。
アンエンド 確定死刑囚捜査班(木崎ちあき)
前科持ちの男が強盗殺人の罪で逮捕され、40年後に死刑が執行された。だが、その半年後に真犯人が自首。警察は世間のバッシングを受けることになる。そして、それを機に警視庁で発足したのが死刑確定の事件を再検証する確定死刑囚捜査班だ。しかし、集められたメンバーは問題児ばかりで…。
◆◆◆◆◆◆
はみ出し刑事を寄せ集めた窓際部署の活躍というのはよくあるパターンですが、一人一人のキャラがここまで濃い作品も珍しいのではないでしょうか。元SATの狂犬や令嬢警部などなど、個性が豊かすぎる登場人物の小気味良い掛け合いと死刑制度を含めたシリアスなテーマとのバランスが良くて、ぐいぐい引き込まれていきます。また、捜査ものとしても、別々の事件を調べていると思わぬところで繋がっていたことが判明するなど、驚きの展開も用意されており、読み応えは十分です。それにラストシーンではホロリとさせてくれます。ややご都合主義なところはあるものの、それが気にならないだけの面白さを有した佳品です。
かばい屋弁之助吟味控(河合莞爾)
漆問屋が突如爆発し、静まり返った明朝の町に轟音が響き渡る。中からは主人の焼死体が発見され、手代の忠吉が捕縛される。だが、牢屋敷から逃げ出した忠吉は、町人身分ながら大名家子息の弁之助に無実を訴えた。弁之助が現場を調べると、火薬の痕跡はなく、代わりに美しい振袖が空を舞ったという噂が…。
◆◆◆◆◆◆
謎が派手な割に仕掛けは案外凡庸で、ミステリーを読み慣れている読者なら真相は容易に見抜けそうです。むしろ、ツボを押さえた展開に歴史的新解釈を盛り込んだ時代小説として読み応えがあります。特に、お上の詮議で一方的に罪が決定される江戸時代において主人公に弁護士的な役割を担わせているのがユニークです。当時の取り調べは拷問が当たり前のように行われており、身に覚えがなかったとしても、多くの者は苦痛に耐えきれずに自白してしまいます。主人公はそうした者を助けるために無実の証拠を求めて奔走するわけです。あり得ない話ですが、それだけに逆転劇が見事に決まったときの痛快さには格別のものがあります。風変わりなリーガルサスペンスとしておすすめです。
バタン島漂流記(西條奈加)
江戸時代初期。船大工を目指すも挫折して水夫になった和久郎は、廻船・颯天丸に乗って江戸からの帰還途中に嵐と遭遇してしまう。大海原の中で難破船となった颯天丸は苦難の末、現在のフィリピン領に属するバタン島に漂着する。和久郎たち15名の乗組員はなんとか日本に帰国しようとするが…。
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実話ベースの海洋冒険小説であり、船での暮らしや造船などの緻密な描写が読み応えありです。加えて、漂流中に水が尽きたときにいかにして海水から真水を抽出するのかといったサバイバル術などに関しても詳しく描かれており、臨場感を高めることに寄与しています。一方、乗組員15名の描き分けも素晴らしく、漂流した島で奴隷同然の扱いを受けながらも力を合わせて苦難を乗り越えていくさまは実に感動的です。さらに、帰路もまっすぐに日本にたどり着くのではなく、最初中国に漂着してそこで一悶着あってからの帰国という展開もヒネリがあって独自の面白さに満ちています。事実に基づいているだけに、すべてがハッピーエンドとはいかないものの、結末のほろ苦さを含めて心に染み入る良作です。
スウィンダラーハウス(根本聡一郎)
フードデリバリーサービスの配達員・アオイはダブルチーズバーガー30個を持って依頼主の家に赴くがそこで意識を失ってしまう。気が付くと見知らぬ若者たちとともに密室に閉じ込められていた。そこに道化の仮面をつけた女性が現れ、「詐欺で1億円稼ぐまでこの部屋からは出られない」と告げるが...。
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特殊詐欺のグループがあの手この手で警察との知恵比べを繰り広げるコンゲーム小説です。1億円稼ぐまで出られない部屋という冒頭の設定は荒唐無稽すぎる気もしますが、それに反して、個々に描かれる詐欺の手口はかなり緻密でリアリティに満ちています。実際の詐欺でも使用されそうなものばかりで、詐欺被害にあわないための勉強にもなりそうです。また、特殊詐欺の歴史に関する蘊蓄なども興味深く、ついにはM資金の詐欺にまで言及しているのが面白い。また、騙される側の心理を丁寧に描くことでミステリーとして説得力をもたせており、加えて、最後の伏線回収も見事です。
笑う森(荻原浩)
ASD(自閉スペクトラム症)障害を有する5歳の少年・真人が行方不明となる。1週間後に保護されるが、衰弱した様子は見られなかった。真人に事情を尋ねても「クマさんに会った」と語るだけ。同じ頃、4人の男女も森に一週間迷い込んでいたという。果たしてこの森で何があったのか?
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行方不明になったASDの少年に何が起きたのかを突き止めていく話ですが、不穏な冒頭から始まって徐々に1週間の出来事を再構築していく構成が秀逸です。描かれるのは障害児の失踪事件と保護者に対するSNSでのバッシングというなんとも重苦しいものですが、それらはコミカルな要素を含みつつ、意外とライトに語られていくので読み心地は決して悪くありません。それに、バッシングをしていた本人も特定されて最後はすっきりと終わります。何より、障害を抱えている真人の可愛らしさが癒やしとなっており、ミステリー的構造のヒューマンドラマとして読み応えありてす。ただ、最後にファンタジー要素で締めている点に対しては好みが分かれるかもしれません。
籠の中のふたり(薬丸岳)
32歳の弁護士・村瀬快彦は母親の自殺を20年間引きずり続け、人間関係に壁を作っていた。そんな折、傷害致死で服役していた従兄弟の蓮見亮介の身元引受人となり、一緒に暮らし始める。明るい亮介に心を開いていく快彦。だが、ある日、自身の出生の秘密が書かれた手紙を見つけてしまい…。
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罪と赦しという著者定番のテーマを前面に出しながらも過去作に比べるとライトでハートフルな展開に心地よい温もりを感じます。また、ミステリーとしてもなかなかの仕上がりです。本作には「なぜ母は自殺したのか?」「なぜ亮介は人を殺したのか?」という2つの謎があるわけですが、秘められていた事実が徐々に明らかになっていき、2つの事件が結びついていく展開にぐいぐい引き込まれていきます。そして、その末に迎える結末も泣かせる内容であるうえに、これまでの著者の作品と比べると後味がよくて希望を感じさせるものになっています。ただ、著者従来の作風が好きだという人にとっては安易なハッピーエンドでもの足りないと感じるかもしれません。
対決(月村了衛)
新聞記者の檜葉菊乃はある医大に関する黒い噂を耳にする。その大学は長年、入学試験の点数を女性だけ意図的に下げているというのだ。檜葉は理事の神林晴海に疑惑をぶつけるが、彼女は巧みに追求を躱していく。共に男性社会で辛酸をなめながらも敵対せざるをえない2人の対決の行方は?
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2018年に発覚した医学部不正入試問題に材をとった作品です。不正の実態に迫っていく物語の中で、互いの信念をぶつけ合う女性2人の対決は非常にスリリングで読み応えがあります。何より、彼女たちは敵対者でありながら、根っこの部分では「女性差別をなくしたい」という想いを共にする同志であるという関係性がぐっとくるのです。また、女性差別の議論自体も、地方の医療崩壊阻止のための男性優遇といった現実的な事情もしっかり踏まえ、単なる理想論に堕してない点に好感が持てます。もちろん、だから男性優遇も致し方なしではなく、「現実を踏まえたうえで、いかにして男女格差をなくしていくかを考え続けることが大切だ」というメッセージがしっかりと発信されている点に共感を覚えます。日本の社会における男女差別を考えるうえでぜひ読んでもらいたい良書です。ただ、物語の結末は希望が持てるものではあるものの、反面、いささか穏便すぎる決着であるため、人によっては生ぬるいと感じるかもしれません。
修羅の国の子供(田村和大)
親がヤクザの家庭で育った正範と寅は過酷な少年時代を過ごし、心からヤクザを憎むようになっていた。改姓した正範は猛勉強、東大を経て検察官になる。そして、大学の同期で警視庁のキャリア警官となった早良とともに暴力団壊滅作戦の指揮を執ることになるのだった。一方、正範とは別の道を進んだ寅は…。
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本作に登場するヤクザはみなクズばかりで、それ故に主人公たちの幼少時代の描写は読んでいて辛いものがあります。しかし、それだけに彼らに対する容赦のない復讐劇は読んでて爽快です。苛烈なまでのバイオレンスシーンや男たちの秘めた友情には熱いものを感じますし、テンポの良さも申し分ありません。ただし、あまりにも漫画的な派手すぎる展開は好みの分かれるところです。とはいえ、父を殺した犯人が伏線回収の末、最後に判明する構成の妙といい、決して派手なだけの作品ではありません。ノワール・ミステリーとして極めてレベルの高い傑作です。
追放された商人は金の力で世界を救う(駄犬)
剣と魔法の世界では不人気職の商人であるトラオ。彼はSランク冒険パーティーに加わっていたが、金の使い込みがバレて追放の憂き目にあってしまう。仕方なく使い込み先の女性パーティーに加わり、そこで魔王討伐を掲げる。だが、彼の考案する作戦は魔王軍もドン引きな汚いやり方ばかりで...。
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いわゆる追放ものですが、それを表舞台と舞台裏の2部構成に分けてミステリー仕立てにしてしまうところが著者ならではです。まず、前半はコメディ調ながら、主人公の鬼畜ぶりが強調されていきます。たとえば、かつての仲間の死体からは装備品を剥ぎ取り、敵に対しては麻薬をばら撒いて弱体化を図るなどといった具合です。読んでいるうちにいい加減ウンザリしてきますが、それだけに、後半のパートで真相が明らかになって泣ける話に反転する構成が効いてきます。追放系のテンプレを逆手に取った手管が素晴らしく、一風変わった英雄譚としても秀逸です。ただ、いくら事情があったとはいえ、ちょっとやりすぎな感じがする点は好みの分かれるところでしょう。
ともぐい(河﨑秋子)
ロシアとの戦争を間近に控えてきな臭い空気が漂う明治後期。北海道の猟師・熊爪は他者と交わらず、人里離れた山中で一匹の犬を相棒に孤独な狩りを続けていた。そんなある日、雪に残された血痕を辿って負傷した男を発見する。彼は冬眠に失敗した穴持たずの熊を追って、返り討ちに遭ったのだというが…。
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山奥で孤独に暮らすマタギの半生を描いた作品ですが、大自然のなかで生きるか死ぬかの闘いを繰り広げる主人公の姿には凄まじい熱量が感じられ、その圧倒的な迫力にただただ息をのむばかりです。特に、美しい山の風景をバックに描かれる熊と主人公の真剣勝負はあまりにも生々しく、恐怖すら覚えます。こうした息苦しいまでの刺激のなかで一服の清涼剤となっているのは犬の存在です。作中では名前すらつけてもらえない犬ですが、最後まで主人公に寄り添う姿がなんともいじらしく感じます。いずれにしても、臨場感に満ちた一連の描写は凡百の冒険小説では足下にも及ばないほどです。一方で、本作は、文明開化の時代を背景として「生きるとは何か」を問い直す文芸作品の一面も持ち合わせています。その答えの一つがラストの展開であるわけですが、これがまた強烈です。一読して忘れ難い印象を読者に植え付ける名作だといえるでしょう。
第170回直木賞受賞
フェスタ(馳星周)
北海道で競走馬の生産牧場を営む三上親子は凱旋門賞で2着となったナカヤマフェスタの種付けを続けていた。やがて、自信を持って作り出した仔馬は調教師の目に留まり、馬主の小森達之助に引き取られていく。やがて2歳になったその馬はカムナビと名付けられ、着々と結果を残していくが…。
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馳星周の作品なのでピックアップしたものの、ハッキリ言ってミステリー要素は欠片もありません。その代わり、競走馬に取り憑かれた人々のドラマは読み応え満点です。特に、競馬好きな人なら、凱旋門での優勝を目指して最強馬を育てようとする、その熱量の高さに胸が熱くなるのではないでしょうか。さらに、緊迫感溢れるレースシーンも素晴らしく、なかでも、最終話のクライマックスは涙なくしては読めません。競走馬に関する蘊蓄の数々も興味深く、競馬に関わる人間が思いの他多いことに驚かされます。生産者、馬主、調教師、調教助手、厩務員、騎手などなど。多くの人の想いを乗せて語られる群像劇の傑作です。
舞台には誰もいない(岩井圭也 )
舞台のリハーサル中に主演女優の遠野茉莉子が奈落に落ちて命を落とした。彼女は演劇界で高く評価されており、その地位に押し上げたのはこの劇の主催者・名倉敏史だった。公演中止の説明会で名倉は告げる。「遠野茉莉子を殺したのは、ぼくです」と。やがて関係者たちも彼女について語り始めるが…。
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いわゆる犯人探しの物語ではなく、そういう意味ではミステリー色は薄いといえます。しかし、一方で、天才女優の壮絶な生き様と彼女がなぜ死んだのかを探っていくドラマは緊迫感に満ち、読み応えありです。特に、演技のためにここまでやるのかと思わせるエピソードの数々には思わず息をのんでしまいます。演技に限らず、芸術や芸能の天才とは狂気と紙一重だという事実をまざまざと見せつけてくる1作です。また、幽霊役に挑戦して亡くなった女優が幽霊として登場し、自分について話し合っている人たちをじっと見つめているという構図は、死んでもなお役作りに囚われているように見え、ゾッとさせられます。
僕の神さま(芦沢央)
川上さんという女の子が父親から虐待を受けた末に殺されたという噂が小学校で広まる。しかも、図書館の本には彼女の怨念がこめられているというのだ。噂の真相を確かめるべく、僕は同級生の水谷くんに相談する。彼は様々な謎をあっという間に解決し、周囲からは神さまと呼ばれているが...。
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著者十八番のブラック全開のイヤミスではなく、かといって子供らしい無邪気な話でもありません。父親からDVを受けている児童という重い話に軽い日常の謎を絡め、程良いほろ苦さと切なさを味わえる絶妙なバランスの物語に仕上げています。同時に、小学生離れした洞察力を持つ水谷くんの活躍と、彼のワトソン役を務める主人公の成長の物語としても読み応えありです。特に、最後に主人公が下す決断は多くの読者の心に刺さるのではないでしょうか。とはいえ、謳い文句の「ラストで世界が反転する」はいささかいいすぎのような気が…。
半暮刻(月村了衛)
会員制バー「カタラ」。そこは女性客を従業員に惚れさせ、金をむしり取る半グレの店だった。養護施設出身の翔太と裕福な家庭で育った海斗はコンビを組み、その店のトップに君臨する。やがて、カタラに捜査のメスが入り、逮捕された翔太とそれを逃れた海斗は別の道を歩み始めるが...。
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他人の人生を踏みにじってきた若者2人が正反対の道に進んでいくさまを対比させながら描いているのがユニークです。特に、逮捕を境に人生のどん底に突き落とされた海斗が人の優しさに触れ、かつての自分がどれだけ酷いことをしてきたかに気付いていく一連のシーンには激しく心を揺さぶられます。それに対する翔太の物語も興味深いものがあります。彼は逮捕を逃れて自らを省みることのないまま就職するのですが、その就職先というのがどう考えても2015年に女性社員を過労自殺に追い込んだ某広告代理店なのです。そして、物語は実際の事件をなぞるように展開していきますが、その中で彼の果たす役割にはいろいろと考えさせられます。2人の人生の行き着く先はどこなのか?是非ともおのおのの目で確かめてほしいところです。ただ、本作は社会問題を主眼に据えた社会小説であり、ミステリ要素はほとんどありません。
責任(浅野皓生)
雪の夜、刑事の松野徹は不審車両に遭遇した。職務質問しようとすると、運転手は車を急発進させ、交差点で家族4人を乗せた車と激突する。全員が死亡する大惨事となり、その後、運転手の藤池光彦は事故直前に強盗致傷事件を起こしたことが判明した。だが、松野は光彦の両親から再捜査を嘆願され…。
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第44回横溝正史ミステリ&ホラー大賞優秀賞。ちなみに作者は受賞時点で東大在学中の23歳。2023年発売のアンソロジー『東大に名探偵はいない』には東大出身の作家に混じって唯一現役東大生として参加し、『テミスの逡巡』という完成度の高い社会派短編ミステリーを書きあげています。本作でも悔恨に苛まれながら捜査にのめり込む主人公のドラマを若輩故の浅薄さを一切感じさせない円熟した筆致で描き上げ、読み応えのある作品に仕上げています。ストーリーはひたすら重苦しいのですが、それでも先が気になってぐいぐいと読ませるリーダビリティの高さは見事というしかありません。また、思いがけない真相が明らかになっていく後半もミステリーとしてよく出来ています。ただ、この作品は結末まで暗くて一切救いがありません。事件が解決しても誰も救われず、やるせなさだけが残る展開は好みが分かれそうです。
アイアムハウス(由野寿和)
藤湖を囲むように建てられた高級住宅地の十燈荘。そこに暮らす秋吉家の人間がそれぞれの趣味に見立てて惨殺される。生き残ったのは長男の春樹のみ。静岡県警の深瀬が捜査を進めていくと、住人たちの歪な人間関係が明らかになっていく。一方、この地では16年前に妊婦連続殺人が発生しており…。
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過去と現在の事件が絡み合い、謎が深まっていくプロットがよくできています。登場人物はかなり多いものの、一人一人キャラが立っており、テンポがよくてサクサク読めるのが好印象。また、連続殺人の謎の他にも事件を追う深瀬には4人続けて相棒が殉職しているという過去があり、謎が謎を呼ぶ展開にぐいぐい引き込まれていきます。そのうえ、誰もかれも怪しくて容疑者も次々と現れるのでなかなか犯人を絞らせてくれません。そして、そのうえで行われる終盤における怒涛の伏線回収が見事です。ただ、真相は少々無理があるように感じられて少しモヤモヤします。とはいえ、本作は本格ミステリではないので、その辺りはすっぱり割り切った方がよいかもしれません。サイコサスペンスとしては抜群の面白さです。
佐伯宏一は重大事案の検挙率において道警でダントツの成績を誇っていたが、上層部に歯向かった一件で干され、また自身のこだわりから警部昇進試験の受験を拒み続けていた。一方、競走馬の育成牧場に強盗に入った4人組は計画になかった殺しをしてしまい、各人バラバラに逃走を始めるが...。
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道警シリーズ第11弾。強盗殺人を核とした様々な事件をお馴染みのメンバーが追っていく捜査小説としての面白さと、主人公の苦悩や犯人たちの足掻きといった人間ドラマの魅力を併せ持つ堅実な一品です。とはいうものの、『笑う警官(歌う警官)』や『警察庁から来た男』などの初期作品と比べるとミステリーとしてのスケールは小さくなってしまっています。しかし、レギュラー陣がかかわった小さな事件が一つの線で結びついていくプロットはこれぞ警察小説というべき面白さです。小粋なラストシーンもシリーズを追ってきた読者にとっては感慨深く、そういった意味でも第1部完結に相応しい作品だといえるでしょう。ただ、過去作を読まずにいきなりこれだけを読んでも魅力は伝わりにくいかもしれません。少なくとも、『笑う警官』『警察庁から来た男』『警官の紋章』の初期三部作を読んでから本書を手に取ることをおすすめします。
二人一組になってください(木爾チレン)
二人一組になってください(木爾チレン)
卒業式直前の女子高の教室で突如デスゲームが始まる。2人1組になって握手をすれば生き残り、握手をする相手がいない者は死を迎えるというゲームを繰り返せというのだ。それは「いじめをした人間は死刑になるべきです」という言葉に基づいて行われており…。
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生徒一人一人の内面を掘り下げつつ、イジメの本質に迫っていく話なのですが、設定があり得なさすぎて逆に楽しくなってきます。なんといっても、教室内でどんどん人が死んでいく絶望的な状況でもみんな結構冷静なのがシュールです。したがって、リアリティを重視する人にとってはバカバカしく感じてしまうかもしれません。しかし、その無茶な設定さえ呑み込めれば、人間の醜い本性をエンタメ的に昇華した作品として昏い快楽を味わうことができるはずです。クラスメイトのキャラはみな立ちまくりで、それぞれの葛藤には心揺さぶられますし、教室内のカースト問題についても大袈裟に描かれているとはいえ、学生やかつて学生だった読者にとって共感できる部分は少なくないと思います。最大のツッコミどころは、いじめ対策として行われているゲームなのに、ゲームの存在自体を隠蔽しているのでいじめの抑止力としてなんら寄与していない点ですが、そういうツッコミも含めて楽しむべき作品だといえるでしょう。
誰が勇者を殺したか 預言の章(駄犬)
神の眷属たる巫女は打倒魔王を掲げて勇者を求めたが道半ばで死んでしまう。その度に時間は巻き戻り、勇者探しを一からやり直していた。ある時、巫女はレナードという冒険者の噂を耳にする。腕は立つが、金の亡者で他人の命をなんとも思っていない。レナードにはそんな悪評が立っていた。彼を勇者候補から外す巫女だったが…。
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王道ファンタジーの設定を借りたミステリとして好評を博した『誰が勇者を殺したか』の外伝的作品です。魔王を倒した前作の勇者が現れる前の世界が描かれており、魔人退治に相場の10倍もの報酬を吹っ掛けるレナードをはじめとして評判が最悪のパーティーの真意を探っていく構成になっています。つかみが弱いのが難点ですが、その分、張り巡らされた伏線が回収されて謎が解かれていく後半は抜群の面白さです。前作の主要キャラが登場し、今作との意外な繫がりが明らかになっていくのも読みどころだといえます。是非とも前作から続けて読んでほしいところです。
魔者(小林由香)
雑誌編集部に勤める今井柊二は、覆面作家である雨宮世夜の新刊を偶然読んで驚愕する。そこには彼の幼少期の思い出と酷似したシーンが描かれていたのだ。しかも、その思い出を共有していたのは今は亡き姉だけだった。作者は姉を知っているのか?柊二の脳裏に封印していた忌まわしい過去が甦るが…。
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加害者家族とバッシングという重いテーマを扱った作品です。一つの犯罪によって家族や友人の関係が壊れていくさまは読んでいて胸が苦しくなりますし、自分が犯罪を犯したわけでもないのに職場や親戚の家に怪文書が送られてくる展開にはやりきれなさを覚えてしまいます。しかし、それでもページをめくる手が止まらないのは、作中作を巧みに織り込みながらメリハリのある展開を繰り広げていく作者の手腕があればこそでしょう。そして、丁寧な描写の積み重ねの末に迎えるラストが心に染み入ります。善悪で割り切れない問題に果敢に挑んだ野心作です。
ごんぎつねの夢(本岡類)
15年ぶりの同窓会に突如キツネ面の男が乱入し、散弾銃を発砲する。男は立て篭もりの末にSATにより射殺されるが、犯人の正体はなんと彼らの恩師だった。幹事の有馬に託されたメッセージは「ごんぎつねの夢を広めてくれ」というもの。調査の末に恩師の過去が明らかになっていくが…。
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小学校の教科書にも載っている童話の『ごんぎつね』。誰もがその存在を知っているが故に、あまり知られていない裏話が興味深く読むことができます。恩師が事件を起こした動機には少々無理があるように感じられる一方で、ごんぎつねの続きに関する史実と絡めた謎は非常に魅力的です。そして、真実が明らかになったときもう一度ごんぎつねを読んでみたくなります。衝撃的な序盤に比べて話が停滞する中盤が冗長という欠点はあるものの、ごんぎつねの存在が醸し出す切なさがたまりません。なんともいえない余韻を呼び起こしてくれる、忘れ難い佳品です。
あなたが殺したのは誰(まさきとしか )
中野区のマンションの一室で若い女性が重態で発見され、その後死亡する。しかも、生後10ヶ月になる彼女の娘は何者かによって連れ去られていた。さらに現場からは「私は人殺しです」と書かれた便箋が見つかる。そして、物語は90年代の初頭に遡る。北海道の鐘尻島では巨大リゾートの建設が計画されていたが、バブルの崩壊によって頓挫し…。
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ベストセラーになった『あの日、君は何をした』や『彼女が最後に見たものは』に続く、三ツ矢&田所刑事シリーズの第3弾です。東京で起きた現在の殺人事件とバブル崩壊で頓挫した離島のリゾート計画。30年の時を隔てた2つのエピソードが交互に描かれるも、両者の繫がりがなかなか見えてこない展開がスリリングです。しかも、終盤になって一気に伏線が回収され、真相が浮かび上がってくる手管には唸らされます。結末はやりきれなさを覚え、後味は決して良いとはいえないものの、三ツ矢と田所のコンビの魅力がそれをうまく緩和しています。また、冷静に考えると、ミステリーとしてはツッコミどころが少なくありません。しかし、本作は、そんなことはさほど気にならないだけの面白さを有しています。
なれのはて(加藤シゲアキ)
報道マン・守谷京斗はある事件が原因でイベント事業部へ異動させられてしまう。異動先では年下の女性・吾妻李久美が彼の教育係に就くことになったのだが、やがて彼女が祖母から譲り受けた古い絵と運命的な出会いを果たす。この絵を使って一枚だけの展覧会開催を試みる2人だったが…。
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アイドルグループ・NEWSのメンバーでもある著者の7作目の小説であり、第170回直木賞の候補作にも選ばれています。あまり知られていない終戦日未明の秋田空襲に焦点を当て、一枚の絵から秘めた歴史の真実を浮き彫りにしていく力作です。読み進めていくと、著者の過去作には感じられなかった重厚な作風にまず驚かされます。油田と戦争に翻弄させられた三代に渡る波瀾万丈の物語は読む者の心をわしづかみにし、やがて全貌が明らかになる壮絶な一族の歴史には息をのむばかりです。歴史ミステリーの大作であり、読み応えという点では申し分ありません。ただ、それだけに少々詰め込みすぎなのが惜しまれます。物語の中心だったはずのテレビスタッフのドラマがいつの間にか脇に追いやられていますし、終盤になるとさまざまな問題が駆け足で解決していくのも気になるところです。とはいえ、アイドル業をこなしながらこれだけの作品をものにした事実は驚嘆に値します。今後のさらなる飛躍が楽しみです。
少女が最後に見た蛍(天祢涼)
神奈川県警生活安全課の仲田蛍は、中学の同級生・来栖楓と偶然再会する。2人は当時同級生だった桐山蛍子を巡ってイジメの加害者と護り手の関係だったが、結局、蛍子は自殺してしまう。その話を聞いた捜査一課の真壁は仲田も知らない裏の事情があるのではと考え、独自に捜査を開始するが…。
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仲田蛍シリーズの第4弾であり、彼女が警察官を志すようになってから現在に至る経緯を全5編の連作形式で描いています。イジメや虐待といった子供を巡る話はどれも重たい気分にさせられますが、特に、中学時代のイジメの顛末を描いた表題作は衝撃的です。多くの人にとって心を抉られる読書体験になるのではないでしょうか。それだけに、希望の光が差すラストにはホッとさせられます。どんな相手にでも救いの手を差し伸べる仲田蛍というキャラクターをより一層掘り下げることに成功した好編です。
人間標本(湊かなえ)
画家の卵である少年たち6人の死体が発見され、昆虫学者の男が逮捕される。彼は逮捕される前に手記を残していた。それによると、幼少期から蝶の標本に魅入られた彼はいつしか人間も一番輝いているときに標本にしたいという想いにとらわれるようになったのだという。やがて、自分が長年思い描いていた標本づくりの好機が訪れるが...。
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『告白』で鮮烈デビューを果たし、イヤミスの女王として君臨してきた著者の15周年記念書下ろし作品です。そんな本作はひとことでいうと、少年たちを標本にする話で、イヤミスというよりはサイコサスペンスの色が強くなっています。標本の魅力に取り憑かれた男の手記は気持ち悪いと同時に、江戸川乱歩の探偵小説のような倒錯的な魅力に満ちています。しかし、これは物語の前半部に過ぎず、そこから始まる二転三転の展開が圧巻です。ただ、ミステリーを読みなれている人なら真相はなんとなく予想できるかもしれません。しかし、たとえ真相自体には驚けなかったとしてもこの残酷で美しい物語には心を激しく揺さぶられるのではないでしょうか。
流警 新生美術館ジャック(松嶋智左)
県立美術館の開館式典の最中に狐面の武装集団が建物を占拠する。その際に、副知事と女子小学生、そして変人キャリア警視正の孔泉が取り残されてしまう。犯人側の要求は現金十億と、とある陶芸作品が盗作である事実を公表すること。孔泉たちは脱出の機会を図りつつ、狐集団の正体を探っていくが…。
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流警シリーズ第2弾です。流警というタイトルから判断するに、警部交番へ流刑となって前作で語り手を務めた南優月がシリーズ主人公かと思えば今回はまさかの出番なし。代わって、立て篭もり事件に巻き込まれた副知事の秦玖理子が語り手を務めているので、異動先での孔泉の活躍を第三者視点で描くシリーズのようです。本作でも孔泉の変人ぶりが遺憾なく発揮されているわけですが、ミステリーとしては刻一刻と状況が変化していく、緊迫感に満ちた事件の推移が読みどころとなっています。特に、現場の内と外を交互に描くことで緊迫感をより一層高めていく手管が見事です。また、副知事と女子小学生が絆を深めていくくだりは感動的ですし、孔泉の人間性が垣間見えるシーンにも心を動かされます。前作に比べてキャラクターの魅力がより一層押し出された一編です。
探偵はパシられる(カモシダせぶん)
N高校番長のパシり・岡部太朗はお使い先で次々事件に巻き込まれ、早く番長の元へ戻るべく最速で事件を解決する連作短編集。カツアゲをされた相手に岡部がカツアゲの不手際を指摘する「ファーストカツアゲ」や残り一つしかないあんパンを巡って一歩も譲らない「最後のあんパン」など全9編収録。
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書店員芸人として知られる著者の小説デビュー作です。パシリに誇りを持つ主人公像がユニークで、パシリなのに頭脳明晰、運動神経抜群というギャップが面白い。それになんといっても、テンポのよい掛け合いが楽しく、コメディとしてよくできています。また、一話一話が短いながらも謎とその解決がきっちり描かれており、伏線回収もなかなかに見事です。さらに、主人公と番長の信頼関係がどんどん深まっていく点も魅力のひとつになっています。本格的なミステリーを期待すると肩透かしを覚えるかもしれませんが、気楽に楽しむことのできる佳品です。
復讐の泥沼(くわがきあゆ)
古民家カフェ・金蓮館は十数人の客と店員を巻き込んで崩壊し、その下敷きになった盛岡颯一が命を落とす。日羽光は、颯一が亡くなったのは医師を名乗った2人組の男が颯一を見捨てたためだと考え、彼らを探し始める。なぜ見捨てたのかを問いたださねば気が済まなかったのだ。だが、その一人が何者かに銃殺され…。
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王道的な復讐劇かと思っていると主人公がサイコパスであることが判明し、しかも、他の登場人物もクズばかり。なかでも、善意を装って相手の懐に飛び込み、投資証券で破滅させる薬師という男が凶悪です。彼以外にも、パワハラ男に毒親、新興宗教の教祖さまなどなど。邪悪な人間が次々と登場し、気が付くと物語はサイコパス最強決定戦の様相を呈していきます。そこで繰り広げられる邪悪同士の戦いは本作の最大の見どころとなっています。胸糞悪い展開の連続にも関わらず、勝負の行方が気になって物語から目が離せないのです。そして、不快さマックスの読後感の末に衝撃の結末が訪れます。間違いなく人を選ぶ作品ですが、イヤミスとしては最高の出来栄えだといえるでしょう。
ソコレの最終便(野上大樹)
1945年8月9日。ソ連軍が満州国に侵攻を開始する。未曾有の大混乱のなか、朝倉九十九大尉が率いる一〇一装甲列車隊、マルヒト・ソコレに特命が下る。輸送中に空襲を受けて立ち往生している国内唯一の巨大列車砲を回収して2000km先の大連港まで1週間以内に送り届けよというのだ。こうして朝倉は無謀ともいえるミッションに挑むことになるのだが...。
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日本では馴染みの薄い装甲列車を主役に据えた冒険小説です。切り口が新鮮で兵器に関するマニアックな描写が興味深く、危機また危機の展開には手に汗握ります。まさにノンストップアクションです。また、本作を語るうえでは個性豊かな登場人物たちも欠かせません。なかでも、ひときわ大きな存在感を放っているのが金子少尉です。まるで大きな子供のような普段の大砲オタクっぷりと、いざというときの男気溢れる言動のギャップに痺れます。一方で、ヒロインである若い看護婦の主張があまりにも戦後民主主義の価値観に寄りすぎている点は気になるところです。一人だけタイムスリップした現代人が紛れ込んでいるような不自然さを感じてしまいます。朝倉少尉とぶつかり合いながら成長していく姿を描くための設定だというのは分かりますが、もう少し現実味があればと思わないでもありません。とはいえ、全体から見ればそれは小さな瑕疵にすぎず、悲惨な戦場の描写と冒険小説としての面白さを両立させた手腕はさすがの一言です。
人質の法廷(里見蘭 )
女子中学生連続死体遺棄事件の容疑者が自供したというニュースが飛び込んできた。だが、被害者の中学校に侵入して逮捕された過去のある容疑者は、駆け出し弁護士の川村志鶴に対して無罪を訴える。被告の自供は強要されたものだったのだ。志鶴は依頼人の潔白を証明すべく奔走するが…。
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本作は2段組で600ページ超とかなりのボリュームを誇っています。しかも、法律に関する専門用語なども容赦なく飛び出してきます。それにも関わらず、裁判の最終弁論から始まる冒頭で心を掴まれ、ページをめくる手が止まらなくなるのはその圧倒的なリアリティがもたらす臨場感の高さ故でしょう。特に、裁判における検事と弁護士の応酬は緊迫感に満ち、固唾をのんで見守るばかりです。また、事件を解決したいが故の警察による人権無視の取り調べも読むに堪えないと思いつつも、その先が知りたくて目を離すことができません。とにかく、リーダビリティの高さは圧倒的であり、凡百のリーガルサスペンスなど足元にも及ばないクオリティの高さを誇っています。
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私の死体を探してください。(星月渉 )
人気作家の森林麻美はブログで自分が脳腫瘍に侵されていることを告白し、「私の死体を探してください」という言葉を残して消息を絶つ。担当編集者の池上が麻美の行方を追うが、その間にも彼女のブログは更新を続けていく。そこには衝撃的な内容が記されていた。果たして彼女の目的は?
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note創作大賞にて光文社文芸編集部賞とテレビ東京映像化賞をW受賞。謎めいた遺書が綴られている冒頭から引き込まれ、あとはラストまで一気呵成です。内容自体は結構陰鬱なのですが、テンポの良さと巧みな構成によってエンタメ小説として楽しめる作りになっています。まず、失踪した作家の担当編集者と夫がそれぞれの思惑で彼女の行方を追っていると、その行動を見越したように新事実が次々と明らかになっていくのが面白い。同時に、一見無関係なブログ小説などが伏線として回収されていく手管も見事です。さらに、ラストのヒネリもきれいに決まっており、極めて完成度の高いスリラー小説だといえるでしょう。ちなみに、本作は2024年秋にテレビ東京にてドラマ化されており、 失踪した作家の森林麻美を山口紗弥加が演じています。
note創作大賞にて光文社文芸編集部賞とテレビ東京映像化賞をW受賞。謎めいた遺書が綴られている冒頭から引き込まれ、あとはラストまで一気呵成です。内容自体は結構陰鬱なのですが、テンポの良さと巧みな構成によってエンタメ小説として楽しめる作りになっています。まず、失踪した作家の担当編集者と夫がそれぞれの思惑で彼女の行方を追っていると、その行動を見越したように新事実が次々と明らかになっていくのが面白い。同時に、一見無関係なブログ小説などが伏線として回収されていく手管も見事です。さらに、ラストのヒネリもきれいに決まっており、極めて完成度の高いスリラー小説だといえるでしょう。ちなみに、本作は2024年秋にテレビ東京にてドラマ化されており、 失踪した作家の森林麻美を山口紗弥加が演じています。
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隠れた名作を探せ!このミス2025の落穂拾い 海外編
最新更新日2024/12/15☆☆☆
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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングを逃したものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2025年版 海外ベスト20予想
2025本格ミステリ・ベスト10 海外版予想
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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングを逃したものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
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ブレグジットの日に少女は死んだ(ライザ・クラーク)
2016年6月、EU離脱の是非を問う国民投票の日に事件は起きた。ヨークシャーの海辺の寂れた町で、16歳の少女が暴行を受けたのちにガソリンで焼き殺されたのだ。ジャーナリストのカレンは取材を重ね、事件の経緯をまとめた本を出版。しかし、関係者たちから事実の誇張や捏造があると訴えられ...。
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実録ものを装ったモキュメンタリー形式の作品です。中身は完全なフィクションながらEU離脱等の歴史的事実を織り込み、リアリティを高めることに成功しています。臨場感豊かな物語はまるでノンフィクションを読んでいるような臨場感です。実際、作中で描かれている度を超した陰湿なイジメはさまざまな現実の事件を想起させますし、それ故に「これは本当にフィクションなんだよな?」と思わず確かめたくなったりもします。また、事件の全容が徐々に明らかになっていく一方で、逮捕された少女たちは互いに罪をなすりつけ、取材に訪れた記者の取材姿勢にも問題がああることも明らかになります。そのことにより、事件の全容が解明しきれず、かえって謎が深まっていく展開も秀逸です。ノンフィクションのようなミステリーを読みたいという人におすすめの傑作。
キル・ショー(ダニエル・スウェレン=ベッカー)
アメリカ東部の田舎町で16歳の女子高生が忽然と姿を消す。手がかりも目撃者もないなか、家族の同意を得て大手テレビ・ネットワークによる連続リアリティ番組が制作された。だが、結果得られたものは狂乱の末の悲劇とスキャンダルだけだった。10年後。26人の証言から浮かび上がった真相とは?
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実録ものの体裁をとっている本作は臨場感に満ち、たちまち物語世界に引き込まれていきます。リアリティ重視なのでミステリとしての捻りには欠けますが、リーダビリティの高さはかなりのもの。26人のインタビューを小刻みにつなぎ合わせて通常の小説にはないテンポ感を引き出すことに成功しています。また、要所要所で意外な事実を公開し、物語が単調になるのを防ぐ手管も見事です。ちなみに、本作ではさまざまな人間が自分の推理を披露していますが、最後に意外な人物が真相を言い当てる点が面白い。さらには、卑小な人間の浅はかな計画が破綻し、身を滅ぼすまでを描いた犯罪サスペンスとしても秀逸です。その他にも、人の不幸をコンテンツとして消費している現代社会への風刺としても読むことができるなど、多面的な面白さを有した作品だといえます。
ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎(ジル・ペイトン・ウォルシュ)
ケンブリッジ大学学寮付き保健師のイモージェン・クワイの家に下宿している大学院生が、ある数学者の伝記を手掛けることになる。だが、それ以前にも複数の人物が伝記の執筆に挑戦したものの、いずれも途中で頓挫していた。その原因は1978年夏における空白の数日間にあるというのだが…。
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イモージェン・クワイシリーズの第2弾です。今回は伝記の執筆者が変死や行方不明を遂げていくという謎が魅力的。学問の世界ならではの動機がユニークで、かつてはその学問の世界で女性が不当に扱われてきた歴史なども興味深い。また、ケンブリッジやウェールズの美しい風景描写とともにゆったりと流れていくようなテンポ感が心地良く、前作に比べて後味の良い結末も好印象。そのうえ、伏線をしっかり張り巡らせておいてからの謎解きも読み応えありです。
寡黙な同居人 (クレマンス・ミシャロン)
エイダンは連続監禁殺人の犯人で、妻と娘が暮らす屋敷の小屋にレイチェルと名付けた若い女性を監禁していた。やがて妻が亡くなると、彼は引っ越し、娘のセシリアを含む3人の奇妙な共同生活が始まる。精神的に支配されたレイチェルは家の中を自由に動き回れるものの、外に出ることはできず…。
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ジャンルとしてはサイコサスペンスの監禁ものですが、女性3人の視点から描くことで犯人の不気味さをより多角的に浮き彫りにしているのが見事です。特に、監禁されている女性だけが「あなた」と二人称で語りかけるのがなんとも不気味で不穏さを高めています。狂気に彩られた軟禁生活はとにかく息苦しく、それだけに逆襲の機会を粘り強く待ち続ける主人公への感情移入がより強いものになっていき、やがて訪れる最後のカタルシスもひとしおです。一方で、結末が予定調和的なのはやや残念で、できればもうひと捻りほしかったところ。
闇夜に惑う二月(アラン・パークス)
1973年2月。建設中のビルの屋上で若い男の惨殺死体が発見される。男はサッカーのスター選手であり、麻薬王・スコビーの娘の婚約者だった。マッコイ刑事の捜査により、スコビー子飼いの殺し屋・コナリーが容疑者として浮上する。彼はサイコパスでスコビーの娘に付きまとっていたというのだが...。
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ハリー・マッコイシリーズ第2弾。前作同様、悪徳と暴力がはびこる街でマッコイが満身創痍になりながら真相を追う物語ですが、本作を盛り上げているのはギャングのボス・クーパーです。ダークヒーローとしてのかっこよさがありますし、なにより、マッコイとの屈折した友情がたまりません。一方、クーパーがマッコイの暗黒面というなら、光といえるのが彼の育ての親であるマレー警部と一本気の性格の新米刑事・ワッティーです。この2人とマッコイとの関係性にはクーパーとのそれとはまた違った良さがあります。その他にも魅力的な登場人物が多いこのシリーズが一体どこに向かっていくのか、興味が尽きないところです。
鼓動: P分署捜査班(マウリツィオ・デ・ジョバンニ)
ロマーノ刑事はP分署近くのゴミ集積所で生後間もない赤ん坊を発見する。捜査班の面々が親探しに奔走する一方で、副署長はある女性から奇妙な告解を受けたことを神父から告げられる。また、アラゴーナ刑事は少年に頼まれて子犬探しをすることになるのだが、管内では犬猫の失踪事件が多発しており...。
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P分署捜査班シリーズ第4弾。いつものように複数の事件を並行して捜査するモジュラー型ミステリーですが、本作では謎解きよりも、はみだし刑事たちの人間性を描くことに重点が置かれています。当初は反目しあっていたメンバーたちにも信頼関係が生まれ始め、見事なチームワークを発揮する場面も大きな見どころです。また、個性豊かなメンバーたちのプライベートなシーンも結構描かれており、登場人物たちに愛着を覚えやすいつくりになっています。ただ、警察小説に対して事件の捜査の描写をメインに描いてほしいという読者にとっては物足りなさを覚えるかもしれません。
君をさがして(パク・サノ)
学生のソヌは魅力的な女性・アランに淡い恋心を抱いていたが、彼女は娘のソヌを残して失踪してしまう。それから10年が過ぎ、未だにアランの行方を追い続けていたソヌの前にアランそっくりの女性・ジアが現れる。彼女の登場はソヌだけでなく、アランの姉アナンの過去の記憶とも交錯し...。
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前半は何組かの恋愛ドラマが並行して描かれ、後半からの怒涛の展開へと繋がっていくさまはまるで韓国ドラマの如し。次々と主人公が変わっていき、そのたびに違う視点から謎が解かれていくので飽きることがなく、どんどん引き込まれていきます。なんといってもテンポの良さが素晴らしく、その末に訪れる衝撃のどんでん返しに驚かされてしまいます。題材としては凡庸かもしれませんが、勢いで読ませてしまう手管は一級品です。
偽りの空白(トレイシー・リエン)
ベトナム移民の高校生・デニー・チャンが不審な死を遂げた。その知らせを聞き、姉のキーは数年ぶりに実家へ帰ってくる。オーストラリアに馴染んでいたはずの弟はなぜこのような死に方をしたのか?謎を追ううちに、キーは自分たちを取り巻く社会と弟の命を奪ったものの正体に気付いていくが…。
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移民問題の根深さに迫った、オーストラリア発の社会派ミステリーです。親子間での言葉の壁や思想の違いなど、移民の家族ならではの問題については考えさせられるものがあります。しかも、関係者全員の過去が詳しく語られていき、それぞれの心情が明らかになっていく展開は人間ドラマとしてかなりの濃密さです。ただ、謎解きは社会問題やその中で暮らす人々の悩みを浮き彫りにしていくための道具立てにすぎないのでミステリーの部分に期待しすぎると肩透かしを食らうことになります。あくまでもミステリーの形を借りた文芸作品であり、そうした割り切りさえできれば、読み応えのある作品です。
テラ・アルタの憎悪(ハビエル・セルカス)
テラ・アルタ署の刑事・メルチョールは獄中で『レ・ミゼラブル』に出会い、犯罪者から警察官への転身を遂げた異色の経歴の持ち主だった。あるとき、富豪夫婦が殺されるという事件が起きる。しかも、彼らには拷問された跡があった。メルチョールは彼らの事業には裏があると考えるが…。
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スペイン発のミステリー。文学的な香りを纏いながら綴られていく主人公転身の物語は読み応えがあります。特に、『レ・ミゼラブル』に影響を受けた彼の価値観が揺らぎ、葛藤するシーンは本作の白眉です。正義とは何かという重たい問いかけが読む者の胸に迫ってきます。ただ、ミステリーとしては凡庸で、捜査パートに入るとテンポが悪くなるのが気になるところです。とはいえ、事件を通して価値観が一変し、主人公が決意を新たにするラストシーンは感動を覚えます。あくまでも、ミステリーの衣をまとった文芸作品として読むのが正解といえるのかもしれません。
クラーク・アンド・ディヴィジョン (平原直美)
1944年。日系二世のアキ・イトウは両親と共にカリフォルニア州の強制収容所を出て、姉・ローズのいるシカゴに向かう。しかし、そこで聞かされたのはローズの死だった。彼女は昨日駅で列車に轢かれたのだという。警察は自殺として片付けようとするが、それに疑問を感じたアキは自ら調査を開始し…。
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日系三世の著者による歴史ミステリー。ミステリーとしては単調で面白味に欠けるものの、当時のアメリカにおける日系人の立場やコミュニティでの生活を描いたドラマとしては興味深くて読み応えがあります。同時に、同じアメリカ人から敵国のスパイではないかと疑われながらも、イキイキと日々を過ごしているアキの姿が魅力的です。また、そんな主人公をとりまく人々も彼女に好意的な人物が多く、扱っているテーマは重いながらも口当たりは悪くありません。日系人強制収容所問題に詳しくない人の入門書として最適の書です。
救出(スティーヴン・コンコリー)
娘を誘拐されたスティール上院議員は人質奪還を専門とする民間軍事組織ワールド・リカバリー・グループ(WRG)に娘の救出を依頼する。WRGの創設者ライアン・デッカーはロシアン・マフィアの人身売買ネットワークが事件に絡んでいることを突き止め、マフィアの隠れ家を急襲するが....。
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人質救出作戦の失敗とその後が語られる前半の展開はもたついていて読みづらく感じますが、下巻からは怒涛の展開が始まり、一気に面白くなります。ダイナミックなアクションの連続は少々大味感はあるものの、エンタメ小説としては申し分ありません。また、デッカーに協力するハーロウや彼女の仲間たちもキャラが立っていて魅力的です。派手な冒険小説を楽しみたいという人にはピッタリな作品だといえます。ただ、本作は4部作の1作目。続編ありきなのでこれだけ読むとラストがすっきりせずにもやもやしてしまうのが難点です。
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【そして夜は甦る】和製ハードボイルドの第一人者!原尞作品ガイド【それまでの明日】
最新更新日2024/11/16☆☆☆
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フリージャズ・ピアニストの著者が41歳のときに発表したデビュー作です。敬愛するレイモンド・チャンドラーを意識した文章は単なる模倣の域を超えており、日本語を使ったハードボイルドのカッコ良さを極限まで引き出しています。特に比喩表現が巧みで、(たまに鼻につく部分はあるものの)これぞハードボイルドという雰囲気に酔わせてくれます。ミステリーとしても冒頭の謎めいた展開で興味を抱かせ、その後の錯綜するプロットで読者を引き込んでいく手管が秀逸です。一方で、登場人物が多いうえに人間関係が複雑なので全容を把握しずらいという難点はあります。しかし、その分、謎が一気に解明されていく終盤のカタルシスは格別です。極上なハードボイルドの魅力と謎解きの面白さを兼ね備えた傑作。
1988年度このミステリーがすごい!国内編第2位
1988年度週刊文春ミステリーベスト10国内編第7位
日本のハードボイルド作家と言えば大沢在昌や北方謙三などが有名ですが、私立探偵を主人公に据えた王道的ハードボイルドの書き手ということなら原尞の右に出る者はいないでしょう。しかし、彼が約30年間の作家生活の中で発表したハードボイルド小説は長篇5作と短編集1作にすぎません。それなのにどうしてこのような高い評価を得ているのでしょうか?個々の作品について解説しつつ、その秘密を探っていきます。
そして夜は甦る(1988)
西新宿の高層ビル街のはずれ、雑居ビルの2階奥にある渡辺探偵事務所。その名の通り、渡辺という男が所長を務めていたが、彼は5年前に失踪し、以降はパートナーである沢崎が事務所を引き継いでいる。ある夜、沢崎が事務所に戻ってみると、30代後半のカーキー色のコートを着た男が待っていた。見覚えのない男は佐伯というルポ・ライターがこの事務所を訪ねてきたかを知りたがり、沢崎が非協力的な態度をとっていると数日後にまた来ると告げ、20万円が入った封筒を預けて立ち去った。ひょんなことからルポ・ライターの行方を追うことになった沢崎は調査の末に、かつて起きた東京都知事狙撃事件の真相へとたどり着くが...。◆◆◆◆◆◆
フリージャズ・ピアニストの著者が41歳のときに発表したデビュー作です。敬愛するレイモンド・チャンドラーを意識した文章は単なる模倣の域を超えており、日本語を使ったハードボイルドのカッコ良さを極限まで引き出しています。特に比喩表現が巧みで、(たまに鼻につく部分はあるものの)これぞハードボイルドという雰囲気に酔わせてくれます。ミステリーとしても冒頭の謎めいた展開で興味を抱かせ、その後の錯綜するプロットで読者を引き込んでいく手管が秀逸です。一方で、登場人物が多いうえに人間関係が複雑なので全容を把握しずらいという難点はあります。しかし、その分、謎が一気に解明されていく終盤のカタルシスは格別です。極上なハードボイルドの魅力と謎解きの面白さを兼ね備えた傑作。
1988年度このミステリーがすごい!国内編第2位
1988年度週刊文春ミステリーベスト10国内編第7位
【悪霊】真相は闇の中!未完ミステリーの歴史【白樺荘事件】
最新更新日2026/04/28☆☆☆▼
密室や人間消失、見立て殺人や顔のない死体など、ミステリー小説にはさまざまな謎が登場します。そして、それらの謎が鮮やかな推理によって解きあかされる瞬間こそがミステリー小説最大の醍醐味だといえるのではないでしょうか。しかし、世の中には決して謎が解かれることのない作品も存在します。それが未完ミステリーです。ここでいう未完ミステリーとは、物語の結末が書かれる前に作者が亡くなってしまった作品のことを指します。ファンからすると残念というほかありませんが、永遠に解くことのできない謎(なかには作者がプロットメモを残していたり、知人に話していたりと真相が明らかになっているものもあり)というものもそれはそれでそそられるものがあります。未完の作品を読み込みながら、作者が考えていた真相がどのようなものだったのか、自分なりに推理を巡らせてみるのも一興です。そこで、数ある未完ミステリーのなかから代表的なものを紹介することにします。ちなみに、表示されている西暦は作品の執筆が中断されたと推定される時期を表わしています。
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間違いの悲劇(エラリー・クイーン)→1999年にプロット版刊行
2002年
2003年
その他の未完ミステリー
ここまで紹介した作品の他にも、詳細のわからない作品、単品としては完結しているがシリーズとして未完の作品、構想のみが語られただけで一文字も書かれていない作品などが存在します。それらについても軽く触れてみることにします。
1926年
お勢登場(江戸川乱歩)
本作は書生と不倫を繰り返していたお勢が夫の死に関与したことから犯罪者として覚醒するまでを描いた短編小説ですが、この作品自体が未完だったわけではありません。ただ、タイトルからもわかるように本作はお勢の初登場作品という位置づけであり、彼女の犯罪歴を描いた連作シリーズになる予定でした。ところが、その後に続きが発表されることなく、乱歩は1965年に亡くなってしまいます。そのため、シリーズとしては未完に終わったといえるわけです。
1935年
平家殺人事件(浜尾四郎)
『殺人鬼』『鉄鎖殺人事件』に続く藤枝真太郎シリーズの第3弾。1934年に創刊したばかりの雑誌オールクインにて連載を開始するもその雑誌が翌年の5月号で廃刊になったために中断を余儀なくされてしまいます。そのうえ、作者の浜尾四郎が同年の10月に脳溢血でこの世を去ってしまい、永遠の未完に。執筆部分のストーリーはまだまだ序盤ながら、謎めいた展開はすこぶる面白く、傑作を予感させるものだっただけに作者の早すぎる死が惜しまれます。
1950年

密室や人間消失、見立て殺人や顔のない死体など、ミステリー小説にはさまざまな謎が登場します。そして、それらの謎が鮮やかな推理によって解きあかされる瞬間こそがミステリー小説最大の醍醐味だといえるのではないでしょうか。しかし、世の中には決して謎が解かれることのない作品も存在します。それが未完ミステリーです。ここでいう未完ミステリーとは、物語の結末が書かれる前に作者が亡くなってしまった作品のことを指します。ファンからすると残念というほかありませんが、永遠に解くことのできない謎(なかには作者がプロットメモを残していたり、知人に話していたりと真相が明らかになっているものもあり)というものもそれはそれでそそられるものがあります。未完の作品を読み込みながら、作者が考えていた真相がどのようなものだったのか、自分なりに推理を巡らせてみるのも一興です。そこで、数ある未完ミステリーのなかから代表的なものを紹介することにします。ちなみに、表示されている西暦は作品の執筆が中断されたと推定される時期を表わしています。
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1870年
エドウィン・ドルードの謎(チャールズ・ディケンズ)
見習い技師のエドウィン・ドルードは嵐が過ぎ去ったクリスマスの朝に忽然と姿を消した。その後、河の堰で彼の懐中時計が見つかったことからエドウィンは殺されたのではないかと考えられ、日頃から彼と反目していた青年・ネヴィルに嫌疑がかかる。だが、証拠はなにもなく、そもそもエドウィンの死体すら見つかっていない。エドウィンの若き叔父であるジョン・ジャスパーはネヴィルがエドウィンを殺したのだと主張し、動かぬ証拠を摑んでやると息巻くが…。
◆◆◆◆◆◆
文豪チャールズ・ディケンズは1859年に発表した短編小説『追いつめられて』でミステリー史にも名を残していますが、親友であるウィルキー・コリンズが1868年に『月長石』を発表したことに刺激を受け、新たに長篇ミステリーへの挑戦を表明します。ところが、1870年に脳卒中で倒れ、未完の『エドウィン・ドルードの謎』を遺したまま帰らぬ人となってしまいました。すでに23章、文庫本で400ページ相当の原稿を書き上げていましたが、その時点でもエドウィン・ドルードの生死は不明のままです。そのため、彼の生死を軸にした推理が多くの人から提唱されることになります。しかし、プロットメモなども一切遺されていなかったために真相は永遠に謎のままです(ただし、生前のディケンズから真相を聞いたという伝記作家の証言は残されています)。ちなみに、白水社の白水Uブックス版の解説にはこれまで提唱されてきた仮説がかなり詳しく紹介されています。それらを参考にしながらディケンズが考えた真相がどのようなものだったのかについて思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
1934年
悪霊(江戸川乱歩)
作家が偶然入手した犯罪記録。それは祖父江進一なるものが、岩井坦という人物に送った手紙の束だった。祖父江の話によると、未亡人の姉崎曽恵子を訪ねたところ、土蔵の2階で彼女の全裸死体を発見したという。しかも、施錠された土蔵の鍵は死体の下から発見される。つまり、現場は完全な密室だったのだ。さらに、死体には細かな傷が数多く付けられ、謎の記号が書かれた紙片が現場に残されていた。この謎を解くべく、関係者たちが一堂に会した降霊会が開かれるが…。
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探偵小説の専門誌である新青年で1933年の11月号から連載を開始した作品です。しかし、乱歩久しぶりの本格長編ということもあって大いに注目されるも、連載3回であえなく中断。その理由は、構想を十分に練らずに見切り発車で連載を始めたものの、納得のいく真相を思いつくことができなかったためだといいます。その後、本作は2度と顧みられることはなく、乱歩の死とともに幻の作品となってしまいます。ただし、乱歩は横溝正史に対して本作の真相を示唆しており、横溝正史もそれに基づいた続きの執筆に意欲をみせていました。しかし、こちらも果たされないままに横溝正史が亡くなってしまいます。新青年に連載された『悪霊』は謎とエロスと怪奇に彩られた濃密な乱歩ワールドが展開されており、前半部分だけでも十分に面白いといえる出来です。もし、これに魅力的な解決編を書き継ぐことが出来ていれば乱歩の代表作の一つに数えられたことでしょう。
江戸川乱歩 『悪霊』<完結版>(今井K)
実に89年ぶりに『悪霊』の続きを書き継ぎ、完結篇という形で世に出した作品です。原本で描かれた手がかりを伏線として拾いきれていないきらいはあるものの、解決編はまずまず納得できるものとなっています。ただ、無難にまとまりすぎていて、ミステリーとして魅力的な解決だといえるかは微妙なところです。それに、作者が新たに書き加えた箇所は事件の説明に終始しており、物語としての面白味に著しく欠けています。なによりも、文章が現代的すぎて乱歩の書いたものとはとても思えないのが問題です。
乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび(芦辺拓)
新青年に掲載された『悪霊』の前半部に芦辺拓の手によって書かれた後半部を付け足し、さらに『悪霊』を巡る創作秘話的なエピソードを加えた構成になっています。著者は乱歩のパロディ的な作品も数多く手掛けており、そのためか前半と後半を読み比べても違和感は全くありません。乱歩の執筆した箇所から伏線らしきものを巧みに拾い上げて、意外な真相を導き出していく手管も見事です。加えて、作中の真相のみならず、なぜ『悪霊』が未完に終わったかについても言及している点も興味深いものがあります。
1939年
ウインター殺人事件(ヴァン・ダイン)→1939年に簡略版刊行
名探偵ファイロ・ヴァンスは地方検事のマーカムから「休暇がてらレクスン邸に滞在し、蒐集家として有名なカリントン・レクスン氏のエメラルドを守ってほしい」と持ち掛けられる。というのも、息子であるリチャードの結婚パーティーを開くことになったのだが、その招待客が曲者ぞろいであり、秘蔵のエメラルドを盗まれないか気が気でないというのだ。最初は渋りながらも結局依頼を引き受けたヴァンスはパーティー招待客として邸宅に滞在を始める。やがて、ニューヨーク社交界の常連たちがレクスン邸に集まるが、その最中にエメラルドの盗難と殺人事件が起き…。
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本作はヴァン・ダインの最後の長編作品という位置づけになっています。しかし、他の作品と比べると極端に短く、実質中編小説ほどの長さしかありません。それもそのはずで、彼の執筆スタイルはまず概要を考え、それに基づいて簡略版を書き、最後に肉付けをして完成版に至るというものだったのですが、完成版を手掛ける前にヴァン・ダイン自身が亡くなってしまったのです。一応、小説としての体裁は整っていたためにそのまま出版されることになったものの、登場人物も情景も書き込み不足でどうにも物足りなさを感じてしまいます。そのうえ、トリックらしいトリックもなく、推理にも切れ味が感じられないのはミステリーとして致命的です。唯一印象に残ったのはヒロインのフィギュアスケートのシーンくらいです。ちなみに、本作は女子スケーターのソニア・ヘニー主演映画の原作として書かれたものであり、前作の『グレーシー・アン殺人事件』に続いての出版社からの持ち込み企画です。これは当時すでにヴァン・ダインが落ち目だった事実を示しており、仮に本作が完成していたとしても凡作との評価は覆らなかったでしょう。それでも、かつては一世を風靡した巨匠の遺作だけに出来れば完全な形で世に出してほしかったところです。
1950年
復員殺人事件(坂口安吾)→1957年より『樹のごときもの歩く』と改題のうえ連載再開
昭和17年。倉田家の長男・公一とその息子の仁一が海釣りの帰りに列車に轢かれて死亡するという事件が起きる。2人とも顔面を殴られた跡があったことから警察は殺人事件と断定。しかも、事件の前日に公一が次男の安彦が何気なく発した言葉に激怒して殴り飛ばした事実が明らかになる。だが、安彦はその一週間後に戦地に出征し、事件はうやむやになってしまう。時が過ぎて昭和22年。安彦はようやく戦地から戻ってくるが、彼は右手と左足、さらには両目と顔半分を失っていた。声を発することすら出来ず、家族でさえ彼が本物の安彦なのか判別がつかないほどだった。 そこで、倉田家三男の定夫と次女の美津子が名探偵と名高い巨勢博士の事務所を訪れ、出征前に安彦が残していた手型と、復員兵の手型の照合を依頼する。結果、両者は同一人物だと判定される。だが、倉田家では美津子と当主の由之、さらには公一の未亡人である由子が睡眠薬で眠らされたうえで、長女の滝沢起久子が射殺、安彦が絞殺されるという事件が発生し…。
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名作『不連続殺人事件』に続く巨勢博士シリーズの第2弾であり、探偵小説ファンからの期待が非常に大きかったことは想像に難くありません。ところが、連載が進み、いよいよ解決編というところで本作を掲載していた文藝春秋新社の雑誌『座談』が廃刊となってしまいます。しかも、再開のめどが立たないまま、作者の坂口安吾が脳出血により48歳の若さで死去してしまったのです。そこで、雑誌『宝石』が動きます。『人形はなぜ殺される』などを発表し、当時、本格ミステリ随一の書き手だった高木彬光に完結編執筆の依頼をしたのです。坂口安吾は妻の三千代に犯人の正体やトリックを言い残していたということだったので、高木彬光はそれをベースに完結篇を書くつもりでした。ところが、実際に話を聞いてみると、真相があまりにも凡庸だったために彼は頭を抱えてしまったそうです。坂口安吾が本気でその真相を採用するつもりだったのか、それとも妻すら騙して本当の真相を秘匿していたのかは今となっては謎ですが、いずれにせよ、このままでは使い物にならないと判断した高木彬光は一からプロットを練り直すことにします。また、戦後10年以上が過ぎ、復員という言葉が馴染みの薄いものになったこともあり、タイトルも『樹のごときもの歩く』に変更し(のちに元のタイトルが復活)、宝石の1958年2月号で無事作品を完結させたのです。結論からいえば、本作は『不連続殺人事件』の完成度には遠く及んでいません。一種のリレー小説として考えればそれなりによくできた作品といえるかもしれませんが、手形を用いた意味があまりないなど、伏線を回収しきれなかった点に物足りなさを覚えますし、前半の盛り上がりに比べると解決編があまりにもこじんまりとしています。加えて、登場人物の口調が変わっているのも不自然です。それだけに、本来の解決編がどのようなものだったのかが気になります。ちなみに、本作における復員兵の設定は1950年から翌51年にかけて雑誌キングに連載された横溝正史の『犬神家の一族』に酷似していますが、実際に読み比べてみると作品のテイストはかなり異なっていることが分かります。
1957年
肌色の月(久生十蘭)→作者が亡くなった直後に連載再開
宇野久美子は自身を癌だと思い込み、人知れず死を選ぶことを決意する。周囲には実家の和歌山に帰るのだと告げ、そのうえでアパートを引き払う。しかし、実際に彼女が向かったのは静岡県の伊東市にある湖だった。その湖へ身を投げると死体が上がってくることはないという。駅を降りてから予想外の雨に打たれていると、車に乗った初老の紳士に声をかけられる。送っていこうという申し出を断りきれず、同乗した末にたどり着いたのは湖畔の岸に位置する2階建てのロッジだった。紳士は大池忠平と名乗り、一晩泊まっていくことをすすめる。翌朝、久美子が目を覚ますと大池の姿はなく、湖面を無人のボートが流されていた。状況は自殺を示唆していたが…。
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食道癌で入院していた久生十蘭は本作の連載原稿を病室のベットの上で書き続けるも、後1回というところで亡くなってしまいます。しかし、原稿は久生十蘭本人から最終回の内容を聞かされていたある人物に引き継がれ、無事完結の運びとなります。その人物というのが妻の幸子夫人です。しかも、解説まで幸子夫人が書いており、夫への想いを綴った文章はなかなかに読ませます。本作の物語は、死に場所を求めて旅に出た主人公が容疑者にされてしまう巻き込まれ型サスペンスですが、結末がハッキリしないまま終わっている点が異彩を放っています。まだ続きがあるのでは?と思わせる作りになっており、これがもともと作者の意図したものなのか、それとも書き手が変わったことによる弊害なのかは意見の分かれるところです。この投げ出したような素っ気ない結末を読むともやもやすると同時に、妙に作品の雰囲気とマッチしていて、やはり作者が意図したとおりの結末だったのでは?という気にもさせられます。ちなみに、本作は発表と同じ年に映画化もされていますが、余計な脚色が多くて原作の良さを引き出せていません。
1959年
プードル・スプリングス物語(レイモンド・チャンドラー)→1989年に完成版刊行
フィリップ・マーロウは富豪の娘リンダ・ローリングと結婚し、プードル・スプリングスの豪邸に住むことになる。しかし、妻に養ってもらうことを潔しとしないマーロウは町外れに探偵事務所を開く。最初の客はカジノの経営者。彼は借金を返済せずに姿を消した男を捜してほしいというのだが…。
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本作はフィリップ・マーロウシリーズの第8弾として1958年秋に執筆が開始されたものの、翌年の春にチャンドラーが亡くなってしまったために未完に終わっています。その後、ロバート・B・パーカーが後を引き継ぎ、1989年に完成版を刊行しています。ただ、全41章のうち、チャンドラー自身が執筆したのは最初の4章にすぎず、その時点では事件すら起こっていません。そのため、実質的にはほぼパーカーの作品だといっても過言ではないでしょう。それで肝心の出来はというと、かなり頑張っているといえます。文章に関してはほとんど違和感はありませんし、なんならチャンドラー本人より読みやすいぐらいです。しかし、ストーリーに関しては破綻なくまとめようとして展開が平坦になりすぎている感があります。それに、文章はよく真似ていますが、マーロウの言動に関しては違和感を覚えないではありません。所々に、パーカー自身が創出した探偵・スペンサーを彷彿とさせるセリフ回しがあるのです。とはいえ、チャンドラーのファンにとっては不満点は少なくないものの、トータルでは大健闘な作品だといえます。
1971年
間違いの悲劇(エラリー・クイーン)→1999年にプロット版刊行
往年の大女優モーナが寝室で死んでいるのが発見される。死因は銃弾によるもので、手元には銃が転がっていた。状況は自殺を示唆していたが、モーナの左手にはBB弾が握られていた。警察は、これを同居人であるバック・バーンショウのイニシャルを示すダイイングメッセージだと考え、彼を逮捕する。裁判でも有罪は濃厚となり、彼の弁護士は名探偵エラリー・クイーンのもとを訪れる。もう一度この事件を洗い直してほしいというのだ。依頼を受けてエラリーがモーナの寝室を調べてみると彼女の直筆による遺書が見つかり、バックは無罪となる。だが、自由の身となったバックはとんでもないことを言い始め…。
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1971年発表の『心地よく秘密めいた場所』に続くクイーンの新作として用意されていたものの、文章を担当していたマンフレッド・ベニントン・リーが同年に亡くなったためにお蔵入りとなった作品です。もっとも、リーは長年スランプに陥っており、文章を他の作家に代筆してもらったケースも多かっただけにこの作品も誰かに依頼して完成させることは十分可能だったと思われます。しかし、おそらくはリーの死に殉じる形でお蔵入りとなったのでしょう。そういうわけで、残されたのはクイーン作品のアイデアを担当していたフレデリック・ダネイの手によるプロットのみです。とはいえ、その分量は文庫本で80ページにも及び、事件の真相を含むかなり詳細な内容が記されています。しかも、意外な方向に二転三転する展開が意外に面白く、出来は決して悪くありません。確かに、ダイイングメッセージを安易に用いたり、名探偵であるはずのエラリーがいいように利用されたりと、後期作品ならではの欠点が目立つのは否定できないところです。それでも、もし完成していれば、低調さが目立っていた1950年代以降の後期作品の中では最高傑作になっていた可能性は大いにあります。それだけのポテンシャルが感じられるだけにリーの早すぎる死が惜しまれます。
1983年
日曜日は殺しの日(天藤真)→1984年に完成版刊行
26歳で小学校の教師をしている小野友季子と養護学校教諭の道夫は仲の良い夫婦だった。ある日曜日、道夫がひどい腹痛を訴え、友季子は彼を病院に連れて行こうとする。しかし、近所の病院はどこも休みだった。仕方なく救急車を呼び、たらい回しにされた末に、担ぎ込まれたのが岡本病院というところだった。ところが、担当した青年医師・村中の診察はあまりにも杜撰であり、結局、誤診が原因で道夫は亡くなってしまう。村中への憎しみを募らせる友季子の前にせい子と名乗る女が現れる。彼女は友季子に対して前代未聞の交換殺人を持ち掛けるが…。
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天藤真が死の直前まで執筆していたものを親友の草野唯雄が引き継いで完成させた作品です。親友の手を借りることは天藤自身の希望でもあり、未完に終わった場合に備えて結末までのプロットメモも用意されていました。そのため、他の未完作品と比べると、作者の意図がかなり忠実に反映された作品に仕上がっているはずです。ただ、それと出来上がった作品が面白いかは別問題です。そもそも本作は1973年に発表した中編小説を長篇化したものですが、元の作品自体さほど優れたものではありません。長篇版も評価が一変するほどのアイディアが投入されているわけでもなく、むしろ展開が複雑になって分かりにくくなっただけのような印象すら受けます。結局、現代では凡作という評価のまま、忘れられた存在になってしまいました。
1985年
チャーリー・モルデカイ4髭殺人事件(キリル・ボンフィリオリ)→1999年に完成版刊行
画商のチャーリーが痔の手術で入院生活をしていたところ、恩師であるドライデン博士からオックスフォード大学に勤める女性研究員の交通事故死について調べてほしいとの依頼が入る。チャーリーは真相を解明すべく、自慢のヒゲをなびかせながら特別研究員として大学に潜入するが…。
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画商のチャーリー・モルデカイが活躍するユーモアスパイミステリーの第4作です。ちなみに、第1作の『英国紳士の名画大作戦』はジョニー・デップ主演で2018年に映画化(邦題:チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密)もされています。一方、作者のキリル・ボンフィリオリは1985年に亡くなっており、あとには未完の本作が遺されていました。そこで、最後の1章を批評家で風刺画家としても知られているクレイグ・ブラウンが完成させて1999年にシリーズ最終作として発表される運びとなったのです。捜査中心に展開していく物語は一見正統派ミステリ風ではあるものの、途中でこれでもかというほどに脱線を繰り返すあたりがこのシリーズの特徴だといえます。奇抜なトリックなども盛り込まれていますが、それはあくまでもおまけ程度。英国作家らしいアイロニーに満ちた笑いこそが本作の読みどころです。
1992年
神々の乱心(松本清張)→1997年に未完のまま刊行
昭和8年。特高警察の吉屋警部は、埼玉県比企郡にある降霊術の研究団体・月辰会研究所の存在を偶然知り、どのような活動をしているのか確認するために研究所から出てきた若い女性・北村幸子に話を聞く。驚くべきことに、彼女は宮中で奉仕している深町女官の使いだった。しかも、幸子が所持していた封書には北斗七星に新月を組み合わせた奇怪な紋章が付されていた。吉屋は女官と月辰会研究所の関係に疑念を抱き、探りを入れようとする。だが、その矢先、幸子は投身自殺をしてしまう。そして、その背後には大日本帝国を揺るがす恐るべき陰謀が…。
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皇室と宗教をテーマにしたスケールの大きな歴史ミステリーです。宗教が政治に関わることの怖ろしさを綿密な取材に基づき、圧倒的な情報量で描いた物語は読み応え満点です。終盤が近づくにつれて台詞が減り、著者の考察がメインとなっていきますが、内容が興味深いのでグイグイと引き込まれていきます。ただ、物語に直接関係のない情景描写までいちいち細かい説明が続くため、話の先を早く知りたい人にはじれったく感じるかもしれません。どちらかといえば、十分な時間を用意し、どっしりと腰を据えて挑戦すべき作品です。もっとも、それだけに物語が佳境に入ったところで未完の文字が出てくるのには脱力感を覚えてしまいます。本作は1990年から始まり、著者が亡くなった1992年まで連載が続きました。ラストの展開も編集部には伝えているとのことですが、他の作家がそれを形にして完結させようとする動きは今のところありません。
2002年
白樺荘事件(鮎川哲也)→2017年に未完のまま作品集に収録
軽井沢のなかでもひときわ目立つ豪奢な別荘、白樺荘。そこに4人の男女が莫大な遺産相続のために集まってくる。だが、降りしきる雪と悪天候によって外部との連絡が取れなくなってしまう。やがて、事件が起き…。
◆◆◆◆◆◆
鮎川哲也は中短編をブラッシュアップし、長編小説として発表し直すというケースが多々ありましたが、その中で唯一未完に終わったのがこの『白樺荘事件』です。とはいえ、元ネタとなった『白の恐怖』は中短編ではなく、星影隆三シリーズの長編第2弾として1959年に発売されています。あえて長編小説のブラッシュアップに挑戦したのはそれだけこの作品の出来に不満をもっていたからです。実際、読んでみると伏線はほとんど張られておらず、仕掛けも雑で、まるで細部が推敲されていない初稿原稿を読んでいるような気分になってきます。そこで、鮎川哲也は一から構想を練り直し、三番館シリーズとして生まれ変わらせようとしたのです。しかし、最晩年まで執筆に意欲をみせていたにもかかわらず、完成までこぎ着けることなくその生涯を閉じてしまいます。『白の恐怖』もミステリー的なアイデアは悪くなかっただけに、その完全版たる本作が未完に終わってしまったことが惜しまれます。ちなみに、『白樺荘事件』は事件が本格的に起きる前に中断されているため、ミステリーとしてどのようなアイディアが追加されていたのかは謎のままです。
2003年
2666(ロベルト・ボラーニョ)→2004年に完成版刊行
謎めいたドイツ人作家ベンノ・フォン・アルチンボルディを研究しているヨーロッパ4か国の批評家たちは彼を探す旅に出て、やがてメキシコ北部にある国境の町サンタ・テレサに辿り着く。そんな彼らを迎い入れたのはサンタテレサ大学の哲学教授だった。一方、ボクシングの取材に訪れていた黒人記者はこの町で猟奇的な連続殺人が起きていることを知る。性器や肛門を凌辱されて殺され、砂漠や不法なゴミ捨て場に遺棄されているというのだ。被害者のほとんどは下請け工場で働く若くて貧しい女工たちだった。ほどなくしてドイツ系のアメリカ人が逮捕されるも被害者は増え続けていく。物語は独ソ戦争まで遡り、そして、ついに謎の作家・アルチンボルディの過去が明らかに...。
◆◆◆◆◆◆
南米文学を代表するチリの作家・ロベルト・ボラーニョの手による作品で、2008年に全米批評家協会賞を受賞しています。ボラーニョ自身は肝不全によって2003年に亡くなっていますが、全5部のうち第4部及び第5部の半分まではすでに書き上げられていました。残りに関しても死の直前にポラーニョが出版社へ草案を提出していたため、それに基づいて原稿を完成させ、2004年にスペインで出版されることになったのです。ページ数は日本の単行本で900ページ近くに及び、5つのエピソードは1つずつが短めの長編ほどのボリュームを誇っています。それぞれが独立した物語であり、互いにゆるく結びついていますが、決して典型的なミステリ作品のように最後にすべてが一本の線で結ばれるといったようなことはありません。どちらかといえば、全体的に散漫としており、テーマとしては特定の状況における死の軽さについて描いていると思われるものの、最終的な解釈は読者に委ねられます。それでも一つ一つのエピソードが印象的なので退屈することはありませんし、特に、一連の殺人描写は鮮烈です。ミステリーファンよりも、文芸好きの読者におすすめの作品だといえるでしょう。
2010年
邪馬台 蓮丈那智フィールドファイルⅣ(北森鴻)→2011年に完成版刊行
明治時代に忽然と人が消え、廃村となった村には奇妙な文章が残されていた。それは邪馬台国の真相へと至る秘録「阿久仁村遺聞」だ。民俗学者・蓮丈那智はその文書を解析しながら仲間たちと邪馬台国の謎を探っていく。銅鏡、鬼、殺戮、たたら製鉄、出雲大社などなど。浮かび上がってくる数々のキーワードが一つの線で結ばれるとき、驚くべき歴史の真実が明らかに…。
◆◆◆◆◆◆
本作は小説新潮に『鏡連殺』のタイトルで2008年10月号~2010年2月号まで連載されていましたが、2010年1月25日に作者の北森鴻が自宅で倒れてその日のうちに亡くなってしまったため、一旦は未完となってしまいます。それを公私ともにパートナーだった時代小説作家の浅野里沙子が後を継いだことで完成へと至ったわけです。本作のテーマは歴史ミステリの定番ともいうべき邪馬台国ですが、凡百な他作品とはひと味違います。他作品の多くが邪馬台国の場所を探っていく物語なのに対し、本作では邪馬台国とはどのような国だったのかにこだわっている点が新鮮です。しかも、真相を探るための方法論も驚きと説得力に満ちています。それだけに、北森鴻から浅野里沙子にバトンタッチしたと思われる6章の途中あたりからご都合主義な展開が目立ち始めるのが惜しまれます。文章も違和感を覚えてしまいますし、後半になって発生する殺人事件も唐突感が否めません。しかし、作者があまりにも急に亡くなり、後のことを託す暇もなかったのでこれは致し方ないところでしょう。
天鬼越 蓮丈那智フィールドファイルV(北森鴻)→遺されていた短編2作に新作4編を追加して書籍化
東北地方のある村落で家々を練り歩く鬼哭念仏という伝統行事の最中に殺人事件が起きる「鬼無里」、不倫カップルが妻の死を事故だと主張する「奇遇論」、蓮丈たちが三重県の名張を訪れた際に目にした“ハマグリが見せる夢”の絵に秘められた歴史の真実を探っていく「偽蜃絵」など、全6編収録。
◆◆◆◆◆◆
蓮丈那智シリーズの最終巻にあたる本作は6つの作品からなる短編集ですが、北森自身の手によるものは「鬼無里」と「奇偶論」の2作にすぎません。残り4作品のうち、表題作は北森鴻がドラマ版第2弾の原作として考えていたプロットに基づいて浅野里沙子が書き上げたものであり、あとの3作は浅野里沙子の手による完全オリジナル作品です。長篇作品を途中で引き継いだ『邪馬台 蓮丈那智フィールドファイルⅣ』では違和感が目立ってしまいましたが、短篇である本作の場合は作風の違いも個性として楽しむことが出来ます。ベストはやはり村の伝統行事をミステリの仕掛けとしてうまく落とし込んだ表題作でしょうか。海上密室の謎に挑む「補堕落」や時代の特性そのものが重要なファクターとなっている「奇偶論」などもなかなかです。
2017年
孤道(内田康夫)→2019年に完成版刊行
三重県、奈良県、和歌山県、大阪府に跨る参詣道であり、2004年には世界文化遺産にも登録された熊野古道。その名所の一つ、牛馬童子の頭部が切り落とされて行方不明となる事件が起きた。それからほどなくして不動産会社社長の鈴木義弘が大阪天満で殺害される。一方、療養中の軽井沢の先生から熊野への代参を頼まれた浅見光彦は、大毎新聞の記者・鳥羽と共に熊野古道の謎に挑むこととなるのだが…。
◆◆◆◆◆◆
名家の次男坊で33歳になるフリーのルポライターが探偵役を務める浅見光彦シリーズは、1982年に第1弾が発表されて以来、女性読者を中心に幅広い人気を誇ってきました。次々と新作が発表され、シリーズの数が100作を超えるまで続いていったのです。ただ、それだけ愛されていたからこそ遺作となった本作が未完に終わったのが惜しまれます。そこで、出版元の毎日新聞社が『孤道』の完結に向けて動き出します。ただ、その方法はいささか意表を突くものでした。亡くなった作家の未完作品を完成させようというプロジェクトが持ち上がった場合、まずは実力派の作家に続きの執筆を打診するのが定石だといえます。なぜなら、他人の作風を模倣しつつ、完成度の高い作品を書き上げるには相当な実力が必要となってくるからです。そのため、公募によって未完作品を完結させるという試みはハッキリいって無謀に思えました。しかし、実際に選ばれた『孤道 ~我れ言挙げす(出版時に『孤道 完結編 金色の眠り』に改題)』は予想に反して十分な完成度を誇っていました。内田康夫が書いた文章と比べても全く違和感はありませんし、前半に散りばめられた伏線を拾い上げての推理も見事です。内田康夫の書いた前半と比べると浅見光彦のキャラに若干の違和感を覚えますが、シリーズを通して読めば、むしろ本巻の浅見光彦こそが本来の姿だということが分かります。つまり、前巻でキャラがぶれていたのを内田康夫御大を差し置いて正しい方向に修正したのです。作者以上にシリーズを知り抜いたファンによる理想的な完結編といえるのではないでしょうか。
2019年
書架の探偵、貸出中(ジーン・ロッドマン・ウルフ)→2020年に未完のまま書籍化
書架の探偵、貸出中(ジーン・ロッドマン・ウルフ)→2020年に未完のまま書籍化
図書館に収納され、その書架の中で暮らしているE・A・スミスは同じ名前を持つ推理作家の脳から記憶や性格をスキャンした複生体だ。彼のような存在は蔵者と呼ばれ、図書館間相互貸借の制度によってしばしば各地に貸し出される。今回送られたのは海沿いの村の図書館だった。そこで母親と2人で暮らしている少女チャンドラに借り出された彼は、何年も前に姿を消した彼女の父親捜しを頼まれる。解剖学の教授だった父は革装の本を残しており、その本には極寒の氷穴がある“死体の島”の地図がはさまれていた。一方、スミスは図書館で遺体となった自身の旧版を発見し...。
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近未来を舞台にしたSFミステリー、書架探偵シリーズの第2弾です。作者はミステリーとしても評価の高い『ケルベロス第五の首(1972) 』や1980年代に発表されたSFファンタジーの傑作、新しい太陽の書シリーズなどで有名なジーン・ウルフで、第1弾の『書架探偵』が発表された2015年の時点で彼はすでに84歳でした。そこからさらに第2弾である本作の執筆にとりかかるわけですが、その完成を待つことなくウルフは2019年に87歳で亡くなってしまいます。残された原稿は物語の前半部分のみ。しかも、まだ十分な推敲がされておらず、前後の整合性が取れていません。そのうえ、人格があるにも関わらず、モノ扱いされている蔵者の悲惨な境遇などは読んでいてキツイものがります。なにより、個性的なキャラが出揃い、ようやく面白くなってきそうなところで唐突に終わってしまうのがあまりにも残念です。ちなみに、前作はSF小説の年間ベストを決める『SFが読みたい!2018年版』にて第5位となかなかの高評価でした。それだけに、未完に終わった事実が一層惜しまれます。
その他の未完ミステリー
ここまで紹介した作品の他にも、詳細のわからない作品、単品としては完結しているがシリーズとして未完の作品、構想のみが語られただけで一文字も書かれていない作品などが存在します。それらについても軽く触れてみることにします。
1926年
お勢登場(江戸川乱歩)
本作は書生と不倫を繰り返していたお勢が夫の死に関与したことから犯罪者として覚醒するまでを描いた短編小説ですが、この作品自体が未完だったわけではありません。ただ、タイトルからもわかるように本作はお勢の初登場作品という位置づけであり、彼女の犯罪歴を描いた連作シリーズになる予定でした。ところが、その後に続きが発表されることなく、乱歩は1965年に亡くなってしまいます。そのため、シリーズとしては未完に終わったといえるわけです。
1935年
平家殺人事件(浜尾四郎)
『殺人鬼』『鉄鎖殺人事件』に続く藤枝真太郎シリーズの第3弾。1934年に創刊したばかりの雑誌オールクインにて連載を開始するもその雑誌が翌年の5月号で廃刊になったために中断を余儀なくされてしまいます。そのうえ、作者の浜尾四郎が同年の10月に脳溢血でこの世を去ってしまい、永遠の未完に。執筆部分のストーリーはまだまだ序盤ながら、謎めいた展開はすこぶる面白く、傑作を予感させるものだっただけに作者の早すぎる死が惜しまれます。
1946年
悪霊(小栗虫太郎)
戦後、長篇ミステリーの執筆に意欲をみせていた小栗虫太郎が社会主義探偵小説と銘打って取り組んだ野心作です。しかし、小栗が1946年に脳溢血で急逝し、本作は未完に終わってしまいます。その後、笹沢左保の手によって完結させたとのことですが、実際は完成にはほど遠い出来らしく、長きに渡って絶版状態が続いています。
1950年
美の悲劇(木々高太郎)
「探偵小説も極めれば芸術になりうる」という著者の長年の主張を証明しようとした意欲作であり、しかも、『智の悲劇』『真の悲劇』『善の悲劇』を含めた全4部作が構想されていました。ところが、探偵小説専門誌の新青年が1950年の7月号をもって廃刊となると連載中だった本作も中断の憂き目にあい、1969年に作者が亡くなるまで2度と続きが書かれることはありませんでした。ちなみに、『美の悲劇』は原稿用紙換算で全800枚程度の作品になる予定でしたが、実際に執筆されたのは500枚ほどです。本作には、男性2人が拳銃を撃ち合い、空中でぶつかって跳ね返ってきた銃弾が互いの体を貫いて死亡したとしか考えられない奇妙な密室殺人が描かれています。極めて魅力的な謎だけにどのようなトリックが用意されていたのかが気になるところです。
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1981年
2004年
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1981年
女の墓を洗え(横溝正史)
1979年6月30日の朝日新聞夕刊に掲載された横溝正史のエッセイ『金田一耕助との対話』にて、連載を終えたばかりの『悪霊島』に続く金田一耕助シリーズの新作として名前が挙がった作品です。舞台は1968年。等々力警部が犯人を逮捕した事件を金田一耕助が再調査することになったために、長年協力関係にあった2人がライバルになってしまうというのが大まかなプロットです。しかし、横溝正史が1981年に死去したため、本作は一文字も執筆されることなく幻の作品となっています。
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千社札殺人事件(横溝正史)
『女の墓を洗え』と同様、『金田一耕助との対話』にて名前の挙がった作品です。定年前に取り逃がした犯人を追って西国巡礼の旅に出た等々力警部が旅先で引退した磯川警部と出会い、タッグを組むという胸熱な展開を考えていたようですが、これも実際に執筆されることはなく、幻の作品となってしまいます。
画像データなし千社札殺人事件(横溝正史)
『女の墓を洗え』と同様、『金田一耕助との対話』にて名前の挙がった作品です。定年前に取り逃がした犯人を追って西国巡礼の旅に出た等々力警部が旅先で引退した磯川警部と出会い、タッグを組むという胸熱な展開を考えていたようですが、これも実際に執筆されることはなく、幻の作品となってしまいます。
2004年
ミレニアム(スティーグ・ラーソン)
ジャーナリストのミカエルとフリーの調査員・リスベットが自分たちの過去と対峙しながらさまざまな事件に挑んでいく物語。本作は江戸川乱歩の『お勢登場』と同様、単体の作品としては完結しているものの、シリーズ作品として未完扱いされているパターンです。スウェーデンのジャーナリストで作家のスティーグ・ラーソンは2004年に50歳という若さで亡くなりますが、その前に『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』、『ミレニアム2 火と戯れる女』、『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』の3部作をパートナー女性だったエヴァ・ガブリエルソンとの共同執筆によって書き上げていました。しかし、ラーソンは全10部作の構想を掲げていたためにシリーズとしては未完扱いされているというわけです。ちなみに、この3作は2005年より毎年1冊ずつ発売され、発行部数がスウェーデン国内で約300万部、全世界で800万部以上という大成功を収めています。こうなると、続編の発売を画策するのは出版社的に当然のことだといえるでしょう。そこで白羽の矢が立ったのがジャーナリストのダヴィド・ラーゲルクランツです。続編の執筆依頼を受けた彼は、2015年に『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』、2017年に『ミレニアム5 復讐の炎を吐く女』、2019年に『ミレニアム6 死すべき女』をそれぞれ発表します。本家には及ばないものの、こちらも概ね好評を持って迎え入れられました。その後は、女性作家のカーリン・スミルノフにバトンタッチし、2022年に『ミレニアム7 鉤爪に捕らわれた女』が発表されますが、この作品に関してはミレニアム要素が薄まってしまったなどの不評意見が目立つようです。























































































































































































































































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