最新更新日2021/06/20☆☆☆

日本のライトノベルはSFやファンタジー要素を含んだジュブナイル小説から発展したものであり、やがてそこにハーレムラブコメの要素が加味されていきます。つまり、ジャンル的にいえばSF・ファンタジー・ラブコメというのがラノベの3大要素といっても過言ではないわけです。ところが、21世紀に入るとそこに新しい流れが加わります。ライトノベルとミステリーを融合しようという試みが行われるようになったのです。それは最初、ごくささやかなムーブメントにすぎなかったのですが、今ではラノベ界のみならず、ミステリー界においても無視できない存在になりつつあります。どのような過程を経てそうなったのかを代表的なラノベミステリーを紹介しつつ、解説していきます。
なお、ラノベミステリーの起源を厳密に探っていけば、赤川次郎、栗本薫、辻真先らの若手時代まで遡る必要がありますが、ここではジャンルとして注目され始めた平成以降の作品を取り上げるものとします。ちなみに、ラノベミステリーと一言でいっても、みな似たような作風というわけではありません。特に象徴的なものとしては2つのタイプがあります。一つは痛々しいほどに中二要素満載の中二病ミステリーであり、もう一つは赤川次郎を起源とする一般文芸をライトな読み味にしたライトミステリーです。両者は同じラノベミステリーでもテイストがかなり異なります。そこで、中二要素満載の作品のタイトルを赤色で、ライト文芸色が強い作品のタイトルを青色、どちらともいえないもの(ある意味標準的なラノベミステリー)を緑色で表示してみました。絶対的な基準というわけではなく、もちろん両者の要素が入り混じったものも存在します。したがって、色分けはあくまでも目安程度ですが、本を選ぶ際などの参考にしてみてください。
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1995年

タイム・リープ ーあしたはきのう(高畑京一郎)
高校2年の鹿島翔香は、優等生でイケメンながらも女嫌いとして有名な若松和彦とキスをする夢を見て目を覚ました。なぜそんな夢を見たのか不思議だったが、遅刻しそうだったのでとりあえず、急いで学校に向かう。ところが、学校に到着した彼女は当惑する。月曜日だと思っていたのに、火曜日の授業が始まったからだ。つまり、翔香は昨日の記憶をすべて失っていたのだ。わけのわからないままに、手掛かりを求めて自分の日記帳を見る。すると、そこには、「何が起きているのか知りたければ若松くんに相談しなさい。彼は頼りになる人だから」と書かれてあった。意を決して和彦に相談すると、彼女の話を本気にせず、冷たくあしらわれてしまう。だが、翔香に起きた不思議な現象を彼自身が目のあたりにしたことで、一緒にその謎に挑むことになる。和彦は翔香がタイムリープ現象に陥っていることを突き止め、複雑怪奇な時間パズルの解明に取り組むが......。
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少女がタイムリープを繰り返すジュブナイル小説といえば、多くの人は『時をかける少女』を思い浮かべるのではないでしょうか。本作も一見、それと似たような作品にみえます。しかし、あの作品と異なるのは、タイムリープの謎をロジカルに解き明かそうとしている点です。つまり、『時をかける少女』は純然たるSF作品であるのに対して、本作は謎解きに重きを置いたSFミステリーになっているのです。しかも、そのミステリーの部分が実によくできています。タイムトラベルものにつきもののタイムパラドックスの問題を解消させたうえで、縦横無尽に張り巡らせた伏線を回収し、一部の隙もないロジックによって意外な真相を浮かび上がらせていく手管が見事です。そのロジックの美しさはため息がでるほどで、「ライトノベルの割には」などといったレベルを遥かに超えています。00年代に始まったラノベミステリーの台頭とはまた違った座標軸に位置する傑作です。


2000年

M.G.H 楽園の鏡像(三雲岳斗)
大学院生の鷲見崎凌と従妹の森鷹舞衣は日本初の多目的宇宙ステーション白鳳を訪れる。新婚夫婦を白鳳に御招待という政府の企画に偽装結婚をして潜り込んだのだ。白鳳には彼らのほかに自腹で旅行をしている金持ち夫婦や女優とミュージシャンのお忍びカップル、ステーション内の研究施設で働くスタッフなどがいた。そんななか、ステーション内で墜落死したと思われる死体が発見される。しかし、無重力状態にある白鳳内部で墜落するなどということ自体がありえないはずだ。果たしてこれは事件なのか、事故なのか?凌たちは独自に調査を始めるが.......。
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本作は日本SF作家クラブ主催の第1回日本SF新人賞の受賞作品であり、SF小説とライトノベルの中間的なレーベルとしてこの年に創刊された、徳間デュアル文庫から発売されています。著者の三雲岳斗は今でこそ『ストライク・ザ・ブラッド』を始めとする正統派ライトノベルの書き手というイメージが強いですが、初期には『海底密室』や『少女ノイズ』といった謎解きミステリーの色が強い作品を発表していたのです。本作はその代表的存在だといえるでしょう。なんといっても無重力状態で墜落死した死体の謎が魅力的です。しかも、初歩的な理系知識だけで解明可能なトリックがなかなかよくできています。難点を挙げるとすれば、今読むとSF的ガジェットが少々古臭く感じられてしまう点でしょうか。いずれにせよ、未だラノベミステリーというジャンルが確立されていなかった時期に書かれた先駆的な佳品であることは確かです。
殺竜事件ーa case of dragonslayer(上遠野浩平)
魔法の発達したその世界は最大の通商連合である七海連合によって実質的に支配されていた。その七海連合に所属し、重要な役割を担っているのが特殊戦略軍師の戦地調停士だ。彼らは、弁舌と謀略であらゆる国際問題を鎮静化させるトラブル処理のスペシャリストである。あるとき、有史以前から存在していたとされる不死身の竜が刺殺されたという情報が飛び込んでくる。戦地調停士の一人であるエドは、事件の謎を解くために、世界中に散らばった関係者を訪ねて回るが.......。
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ブギーポップシリーズによってラノベ界に一大センセーションを巻き起こした著者によるファンタジーミステリーです。いかにもといった中二設定をこれでもかというほど盛り込んでおり、中二病型ラノベミステリーの先駆的な作品となっています。とはいえ、全体的にはミステリーというよりもファンタジー要素のほうが強く、物語の大半がさまざまな国を巡りながら独自の世界観を構築していくことに費やされています。そのため、ファンタジーとしてはそれなりに読み応えはあるのですが、ミステリー要素の扱いがいささか軽くなってしまった感は否めません。一応意表を突いた真相も用意されているものの、不死身の竜が殺されるという魅力的な謎に対して、真相の衝撃度がどうにも薄すぎるのです。ただ、本作はあくまでもシリーズの導入部分であり、世界観とキャラクターの紹介に、より重きを置いているのは計算のうえでのことでしょう。そう考えれば、ミステリーとしての薄さも致し方ないといえるのかもしれません。
殺竜事件 (講談社ノベルス)
上遠野 浩平
講談社
2000-06-06


Dクラッカーズ 接触ーtouchー(あさぎり耕平)
街には不思議な噂が広まっていた。カプセルと呼ばれるドラックを飲めば天使や悪魔が現れ、どんな願いでも叶えてくれるというのだ。その頃、7年ぶりに帰国した姫木梓は幼馴染の物部景と再会するが、弟のようになついていたかつての想い出がまるで偽りだったかのように、梓に対して冷淡な態度を見せる。やがて、景と同じ高校に転入した梓は、彼がカプセルの常用者であるという噂を耳にする。彼女は景に真偽を問いただすが、彼は何も答えようとはしなかった。そんなとき、カプセルを常用していた女子高生の飛び降り自殺が発生する。梓は級友の海野千絵らと共に真相究明に乗り出すが......。
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80年代末から巻き起こった新本格ブームは90年代後半になると一段落し、代わって謎解きよりもキャラクターや世界観に重きをおいた新新本格と呼ばれる作品群が登場します。その中には、ライトノベル的な要素を含んだものも少なくありませんでした。そうしたムーブメントに乗る形で、00年代に入ると今度はミステリー要素を取り込んだラノベを売り出そうとする動きが出てきます。そして、その先鞭をつけたのが2000年にレーベルを立ち上げた富士見ミステリー文庫です。ただ、当時のラノベ作家でミステリーの書き方を心得ている者はほとんどいなかったため、このレーベルから発売された作品の出来はおしなべて低調でした。同レーベルの最初の人気作になった『Dクラッカーズ』にしても第1巻である本作は無理矢理ミステリー要素を組み込んだ感が強く、いささか窮屈そうです。しかし、本シリーズは巻を追うごとにミステリー要素を削ぎ落していき、アクションやバトルに特化していくことでぐっと面白くなっていきます。したがって、ミステリーを期待して読むとがっかりしてしまうことになりかねません。その代わり、初期のラノベミステリーがどのようなものであったのかを知るうえでは極めて重要な作品だといえます。ちなみに、エロティックな展開がウリだった新井輝の『ROOM NO.1301』や名探偵カードを手に入れたことで異世界に飛ばされた主人公がカード戦争に巻き込まれる野梨原花南の『マルタ・サギーは探偵ですか?』などもミステリー文庫の看板作品であったにも関わらず、ミステリーとはほぼ関係のない話でした。


2001年

激アルバイター・美波の事件簿~天使が開けた密室~(谷原秋桜子)
行方不明になった写真家の父を探す資金を貯めるべく、高校生の倉西美波は母に内緒でバイトに励んでいた。しかし、彼女は壊滅的に要領が悪く、すぐにバイトをクビになってしまうのだった。そんなとき、寝ているだけで一晩5000円、立っていれば1日2万円というなんとも怪しいバイトを紹介される。おいしい話に思わず飛びついた美波だったが、案の定トラブルに巻き込まれる。なんと、バイト先で密室殺人が発生し、その容疑者にされてしまったのだ。
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なんちゃってミステリーの多かった初期の富士見ミステリー文庫にしては珍しく、本格ミステリとしてしっかりと楽しめる作品になっています。それもそのはずで、著者の谷原秋桜子はミステリー作家である愛川晶の別名義だったのです。本職の書いた作品はやはり一味違います。密室殺人の謎を本格ミステリのフォーマットに沿って解明していくプロセスはなかなかの面白さです。それに、愛川晶は美少女探偵・根津愛シリーズなどといったラノベっぽい作品を書いていたのでライトノベルとしても違和感はありません。直感で推理する江戸っ子気質の直美やお嬢様でミステリーマニアのかの子といったキャラが魅力的で楽しく読むことができます。知名度はあまり高くないものの、クオリティ的にはレーベル初期を代表するといっても過言ではない佳品です。


氷菓(米澤穂信)
神山高校1年の折木奉太郎は何事にも積極的に取り組もうとしない省エネ主義をもっとーとしていたが、姉の頼みで古典部に入部することになる。部員のいない古典部は廃部寸前であり、部の存続のために入部してほしいというのだ。だが、部室に行ってみると同じ1年の千反田えるがおり、彼女も古典部に入部するという。さらに、親友の福部里志や彼に想いを寄せている伊原麻耶花も入部し、古典部はその活動目的もわからないままに復活することになるのだった。そんなある日、えるは幼少時代に伯父から聞かされた古典部に関する不可思議な出来事を思い出し、奉太郎に相談する。その謎を解くカギは古典部の文集『氷菓』にあるらしいのだが.......。
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本作は第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受賞し、角川スニーカー文庫内に新設されたスニーカーミステリー倶楽部というレーベルから発売されました。前年に創設された富士見ミステリー文庫がライトノベルにミステリー風味の味付けをしたものだったのに対し、このレーベルではライトノベルというより、赤川次郎を祖とするライトミステリーの方向に舵を切った点が目を引きます。残念ながら、レーベル自体はこれといって話題になることもなく消えてしまったのですが、今やミステリー界を牽引する存在となった米澤穂信を輩出した功績は小さくないでしょう。ちなみに、この『氷菓』は古典部シリーズの第1弾にあたり、2012年にはテレビアニメにもなった人気作です。その内容はというと、探偵役の折木奉太郎を中心とした古典部の面々が学校生活で体験したさまざまな謎に挑んでいくというもので、日常の謎を中心に据えた学園ミステリーの形を取っています。折木奉太郎、千反田える、福部里志、伊原麻耶花といった魅力的なキャラクターが織りなすこの物語は、ライトミステリーというジャンルを代表するものだといっても過言ではありません。ただ、本作に限っていえば、ミステリーとしてはいささか弱すぎるのは否めないところです。まず、発端となる謎に魅力が乏しいので物語に引き込まれず、真相もやはり地味なのでどうにもカタルシスに欠けるのです。したがって、シリーズ1作目の本作はキャラクター紹介編だと割り切って読むのが無難でしょう。
氷菓 (角川文庫)
米澤 穂信
KADOKAWA
2001-10-28


2002年

愚者のエンドロール(米澤穂信)
高校1年の夏休みの終盤。折木奉太郎たち古典部の面々は、自主製作映画の試写会に招待される。文化祭出展のために2年F組が制作したものだ。ところが、それには結末部分が描かれておらず、映画は中途半端なところで終わっていた。実は、脚本を担当していた生徒が病気で倒れ、事件の真相が不明のままだという。そもそも、古典部を試写会に招待したのは、映画を完成させるために事件の真相を推理してもらうためだった。あまり乗り気ではない奉太郎だったが、えるが映画の結末が気になるといいだしたため、探偵役を志願した2年F組の生徒たちのオブザーバーとしてそれぞれの推理を検証することになるが......。
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古典部シリーズ第2弾。謎の魅力が乏しかった前作とは異なり、映画の中とはいえ殺人事件を扱っていることでミステリー的興味はぐっと高まっています。今回は多重解決ものになっており、2転3転するプロットはなかなか読み応えがあります。しかも、探偵役の奉太郎が見事な推理を披露したのちに、もうひとひねり加えているところが秀逸です。ただ、映画の完成を急いでいるのにもかかわらず、なぜ1日に一人ずつ推理をしていくという悠長なことをしているのか?などといった具合に、物語の展開に整合性を欠いているのが惜しまれます。とはいえ、学園ミステリーとしては短いながらも完成度が高く、ミステリー好きの人が読んでも満足できる作品に仕上がっています。
愚者のエンドロール (角川文庫)
米澤 穂信
KADOKAWA
2002-07-28


クビキリサイクル~青色サヴァンと戯言遣い~(西尾維新)
日本海に浮かぶ鴉の濡れ羽島。そこは赤神財団の保有する孤島であり、現在は本家から永久追放された赤神イリアが4人のメイドと共に暮らしている。彼女は日々の退屈を紛らわせるべくあらゆる分野の天才を招待し続けていた。その一人として鴉の濡れ羽島に招かれた機械の天才、玖渚友と彼女の付き添いでやってきた戯言遣いこといーちゃんは、滞在2日目にして密室首無殺人事件に遭遇する。イリアは警察の介入を頑なに拒み、事件はもうすぐこの島を訪れる哀川潤なる人物が解決してくれると断言するのだった。一方、友といーちゃんは一刻も早く真相を突き止めるべく、独自に捜査を開始するが.......。
◆◆◆◆◆◆
第23回メフィスト賞受賞作品にして、戯言シリーズの第1弾です。講談社ノベルから発売されたことから、レーベル的には一般文芸に分類すべき作品だといえます。しかし、中二病を煮詰めたような舞台設定、萌えキャラの大量投入思わせぶりな持って回った台詞等といった具合に、その中身はライトノベルそのものです。したがって、この手の作品に慣れていない人にとっては、独自の作風に抵抗を覚えるかもしれません。しかし、その反面、ミステリーとしては驚くほど正統派です。トリックは小粒ではあるものの、よく考えられていますし、首切りの理由にも説得力があります。終盤のどんでん返しも堂に入っており、本格ミステリとしての完成度は決して低くないのです。ただ、過剰な設定に対してミステリーの部分が正統派過ぎてコジンマリとしているため、その辺をアンバランスに感じる人もいるのではないでしょうか。


クビシメロマンチスト~人間失格・零崎人識~(西尾維新)
鴉の濡れ羽島の事件から2週間。大学生活に戻ったいーちゃんは学食でハイテンションな女の子・葵井巫女子と出会う。クラスメイトだというが、入学以来ほとんど大学に行っていなかったいーちゃんには彼女の記憶はなかった。それでも強引に誘われて巫女子の親友である江本智恵子の誕生日パーティに参加するいーちゃんだったが、そこで再び事件に巻き込まれる。パーティの翌日、智恵子が他殺死体となって発見されたのだ。一方その頃、いーちゃんの住む京都では連続通り魔殺人が世間を賑わせていた。
◆◆◆◆◆◆
戯言シリーズの第2弾です。前作の『クビキリサイクル』が設定てんこ盛りなコテコテ中二病ミステリーだったのに比べると、本作は随分と大人しい印象を受けます。主要な登場人物は平凡な大学生ですし、事件そのものもそれほど派手ではありません。とはいえ、平凡というのはあくまでも前作に比べればの話であって、それを抜きにして考えると登場人物はみんな十分個性的です。特に、葵井巫女子のエキセントリックなキャラクターは忘れ難いものがあります。少なくとも、前半はそのインパクトでラブコメめいた物語を牽引しているといっても過言ではないほどです。ところが、中盤のある事件を境にして物語はがらりとその風景を変えます。ダークな色合いが一気に増し、意外な真相が明らかになると同時に怒涛のラストへと流れ込んでいくのです。この前半と後半のギャップこそが本作最大の読みどころといえます。それになにより、最後の一行がミステリーのどんでん返しとはまた違った意味で衝撃的です。発売当初、本作は”新青春エンタ”のキャッチフレーズで売り出されていましたが、その肩書に負けないだけの新しさを有しています。ただ、このシリーズは6作目まで続くものの、次作以降はミステリー色がかなり薄くなり、中二バトルのほうに大きく舵を切ることになります。本作でもメインストーリーとは全く関係ない殺人鬼一族の零崎人識が登場しており、そのことに対して違和感を覚えるかもしれませんが、それはシリーズの路線変更の布石だったわけです。


2003年

タクティカル・ジャッジメント ~逆転のトリックスター!~(師走トオル)
山鹿善行は若いながらも不利な裁判を次々と無罪判決にしてきた有名弁護士だ。しかし、その実態は勝利のためには非合法スレスレの手段も厭わない、正義感とモラルの欠如した不良弁護士だった。ある日、幼馴染の水澄雪奈が殺人事件の容疑者として逮捕される。圧倒的に不利な状況の中で善行は弁護を開始するが........。
◆◆◆◆◆◆
ライトノベルとしては珍しい法廷ミステリーです。文章が平易で話がテンポよく進むのでサクサク読める点が美点だといえます。ただ、その反面、テンプレ的な展開が目立ち、人物描写も深みに欠けるので本格的なリーガルサスペンスを期待しているとかなり物足りなさを覚えるはずです。どちらかというと、逆転裁判などが好きな人向けの作品といった感じです。とはいえ、詭弁を交えた駆け引きや痛快などんでん返しを味わえる展開は悪くありません。裁判ものを小難しい話抜きで気軽に楽しみたいという人におすすめです。なお、シリーズは全9巻と短編集4冊が発売されています。


きみとぼくの壊れた世界(西尾維新)
高校3年の櫃内様刻は同じ高校に通うひとつ年下の妹、夜月を溺愛し、夜月も様刻にべったりと依存していた。その関係はシスコン・ブラコンなどといった言葉に収まるものではなく、様刻の友人である迎槻箱彦に心配されるほどだった。ある日、様刻は夜月にクラスの女子と仲良くしてほしくないと言われ、彼は自分のことが好きなクラスメイトの琴原りりすと絶交宣言をしてしまう。その後、様刻は元登校拒否児の病院坂黒猫に呼び出され、妹のクラスメイトである数沢六人が夜月にちょっかいを出している事実を知らされる。彼女は保健室登校をしている身ながら、学校一の情報通なのだ。黒猫の話を聞いた様刻は夜月のクラスに行き、数沢六人に対して制裁を加える。ところが、その翌日、六人は校内で死体となって発見される。様刻は黒猫に付き合わされて、事件の謎を追うことになるが.......。
◆◆◆◆◆◆
全5巻からなる世界シリーズの第1弾です。一見殺人事件の謎を追う本格ミステリの形式をとっているものの、本作の主眼はそこにはありません。実際、ミステリーとしての仕掛けは小粒でそれに期待すると肩透かしを食らうでしょう。その代わり、タイトルの如く登場人物が全員壊れており、その壊れっぷりが物語の進行に伴って次第に明らかになっていくのが大きな読みどころとなっています。元々、西尾維新の作品に登場する人物は変人が多いのですが、本作のキャラはそれらと比べても異常っぷりが突き抜けているのです。ちなみに、本作はもんだい編、探偵編、かいけつ編の3部構成になっており、探偵編は比較的オーソドックスなミステリーの形をとっています。しかし、かいけつ編に至り、壊れた世界はその本性を露わにし、読者は暗澹たる気分にさせられることになります。萌えキャラが大挙して登場する典型的な学園ラノベと思わせておいて物語の本質はどこまでも暗い、暗黒ライトミステリーとでもいうべき異色作です。


GOSICK(桜庭一樹)
1924年のヨーロッパ。日本からの留学生・久城一弥は、ソヴィール王国にある聖マルグレット学園で美しい少女・ヴィクトリカと出会う。彼女は天才的な頭脳を有しており、学園の内外で遭遇する難事件を次々と解決に導いていった。当初は気まぐれでわがままなヴィクトリカに振り回される一弥だったが、可愛らしい素顔を知ることで少しずつ彼女に惹かれるようになっていく。一方、ヴィクトリカも一弥を憎からず思っていた。しかし、世界情勢が緊迫の色を深めていくなかで、ソヴィール王国の闇が若い2人を飲み込んでいく。ヴィクトリカの実家であるブロワ侯爵家が王国内で暗躍し、侯爵家に反旗を翻すヴィクトリカの母ゴルデリア・ギャロと謎の奇術師ブライアン・ロスコーも不穏な動きを見せ始めたのだ。一弥とヴィクトリカは時代の波に翻弄されながらも、自らの運命を切り開くために彼らと対峙していく.......。
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2008年に『私の男』で直木賞を受賞することになる桜庭一樹がラノベ作家時代に書いた人気シリーズです。桜庭一樹といえば、『赤×ピンク』や『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』などのように、鬱屈した少女の心理をリアルに描いた、ライトノベルらしからぬ作風が印象的でした。しかし、本作は架空の国を舞台にした正統派冒険譚に仕上がっており、そういう意味では著者の異色作ともいえます。恋あり冒険ありサスペンスありといった具合にエンタメ要素が過不足なく散りばめられており、気楽に楽しめる作品に仕上がっています。ただ、色々な要素を散りばめた分、ミステリーとしては薄味です。難事件に遭遇してその謎を解くといったフォーマットは本格ミステリそのものではあるのですが、トリックやプロットに新鮮味がないので生粋のミステリーファンは物足りなさを覚えるでしょう。とはいうものの、ヒロインのヴィクトリカが非常にキュートなことも含め、少年少女の活躍を描いた冒険譚としてはなかなかに魅力的な佳品です。
GOSICK―ゴシック (富士見ミステリー文庫)
桜庭 一樹
富士見書房
2003-12T


2004年

心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている(神永学)
大学生の小沢晴香は幽霊に憑依された友人を救うために映画同好会を訪ねた。そこに不思議な力を持つ男がいると聞いたからだ。しかし、彼女を出迎えたのはひどく眠たそうな顔をしたすかした青年だった。彼の名は斉藤八雲といい、死者の魂を見る能力があるという。晴香は八雲に信用しきれないものを感じながらも思い切って相談を持ちかけるが......。
◆◆◆◆◆◆
軽い文体と魅力的なキャラクターに引っ張られてサクサクと読める点がウリとなっており、現代的なライトミステリーのスタイルを完成させた作品でもあります。ただ、ツンデレ主人公とツンデレヒロインの掛け合いと、死者の魂を見る能力を生かして事件を解決する展開に主眼が置かれているため、本格的な謎解きミステリーを期待した人にとっては物足りなさを覚えるかもしれません。また、ツンデレなイケメン主人公と元気でひたむきなヒロインのコンビというのも今読むとベタすぎると感じる可能性があります。それでも、パイオニアとして大いに評価すべき作品であることは確かです。ちなみに、本作は『赤い隻眼』のタイトルで自費出版したものが編集者の目にとまり、大幅リニューアルのうえで再出版されたものです。その結果、予想外の大ヒットを記録し、人気シリーズ作品となっていきます。


春期限定いちごタルト事件(米澤穂信)
船戸高校1年の小鳩常悟朗と小佐内ゆきは、中学時代の手痛い失敗から目立つことを避け、小市民に徹することを心掛けていた。そして、目的を同じくする2人は互いをフォロし合うため、互恵関係を結んでいたのだ。そんなある日、常悟朗は小学時代の同級生である堂島健吾に、紛失した女生徒のポシェットを探すのを手伝ってほしいと頼まれる。他のメンバーとともに校内を捜索するがめぼしい手掛かりは得られなかった。その後、常悟朗は昇降口前でゆきと合流する。彼はポシェットのある場所の見当はすでについているといい、ゆきに自分の推理を聞かせるが......。
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小市民シリーズの第1弾であり、著者の学園ミステリーとしては古典部シリーズと双璧をなす存在です。本作には5つの短編が収録されており、いずれも事件とは呼べない小さな謎に対して巧みに伏線を散りばめ、きっちりと解決に導いていく手管が見事です。特に、『おいしいココアの作り方』はこれぞ日常ミステリーのお手本というべき完成度の高さを誇っています。ただ、どの作品もミステリーの謎としては地味なものばかりなので、その点に物足りなさを感じる人もいるかもしれません。また、互恵という奇妙な関係で結ばれている主人公とヒロインも古典部シリーズのそれとは違った魅力があるのですが、両者とも癖があるキャラだけに苦手だと感じる人もいるのではないでしょうか。
春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)
米澤 穂信
東京創元社
2004-12-18


2005年

クドリャフカの順番(米澤穂信)
神山高校最大のイベントであるカンヤ祭。古典部はこれまでの伝統にならって文集・氷菓を出品することになる。ところが、30部の予定のはずが手違いで200部も発注してしまったのだ。普通にしていたのではとうていさばける数ではない。古典部の面々は少しでも多くの文集を売るために、壁新聞部に宣伝をしてもらえるよう交渉したり、売り場拡張を総務委員会に掛け合ったりと、関係各所を駆け回る。一方、その頃、校内では連続窃盗事件が発生し、十文字なる者が犯行声明を出していた。それを知った古典部の面々は「犯人の最終ターゲットは古典部である」という噂を流すことで氷菓への注目度を高めようとする。そんななか、奉太郎は偶然入手した手掛かりから十文字事件の真相に迫っていくが......。
◆◆◆◆◆◆
古典部シリーズの第3弾。今回は次々に窃盗事件が起こるものの、どれも金銭的価値がないものばかりで、犯人の意図がわからないという謎を扱っています。一種のミッシンクリンクものであり、伏線を巧みに張り巡らせてうまくまとめた感があります。ただ、シリーズ第1弾の『氷菓』と同じく、謎自体に魅力が乏しいため、ミステリーとして読むと肩透かしを喰らうかもしれません。その一方で、学園を舞台にしたキャラクター小説としてはすこぶる楽しい作品に仕上がっています。視点人物が章ごとに代わることもあって、主要人物の意外な面が明らかになり、それぞれのキャラの魅力が今まで以上に伝わってきます。特に、メインヒロインである千反田えるの可愛らしさは特筆ものです。それに、料理対決をはじめとする文化祭ならではのイベントも盛りだくさんで、登場人物と一緒になってイベントを楽しんでいるような気分にさせてくれます。ミステリーとしての出来は前作の『愚者のエンドロール』には及びませんが、ライトノベルとしての面白さはシリーズ中で本作がベストでしょう。
クドリャフカの順番 (角川文庫)
米澤 穂信
KADOKAWA
2008-05-23


キリサキ(田代裕彦)
17歳にして命を落とした俺の前に現れたのはフードをかぶった女だった。亡くなった姉にそっくりな彼女は自分のことを案内人だと名乗り、あなたにはまだ寿命が残っているので現世に魂を戻すという。こうして俺は、自殺した女子高生・霧崎いづみの肉体を借りて生まれ変わることになった。やがて、いづみとしての新たな生活が始まるが、クラスメイトの一人が殺されるという事件が起きる。しかも、犯人は世間を騒がせている殺人鬼”キリサキ”だというのだ。だが、それはありえない。なぜなら、俺がキリサキだからだ。俺は真相を突き止めるべく、事件を調べ始めるが.......。
◆◆◆◆◆◆
ファンタジー設定にサイコサスペンス風味の味付けをしたTSものですが、謎解きミステリーとしてもなかなか読み応えのある作品に仕上がっています。特に、後半のどんでん返しのつるべ打ちは圧巻です。ただ、少々やり過ぎた感も否めず、どんでん返しをしすぎたせいで登場人物の言動やリアクションに矛盾が生じる結果となってしまっています。そのことに対するフォロも十分ではなく、物語の根幹が揺らいでしまったのが惜しまれます。とはいえ、その志は高く、富士見ミステリー文庫から発売された作品群の中ではかなりの力作であることは確かです。
キリサキ (富士見ミステリー文庫)
田代 裕彦
富士見書房
2005-02-01


トリックスターズ(久住四季)
魔術が存在し、魔学によって研究開発が行われている世界。日本で唯一の魔学機関である城翠大学魔学部に入学した天乃原周はそこで客員教授である佐杏冴奈と出会う。やがて、2人は20世紀最大の魔術師、アレイスター・クロウリーを名乗る人物が仕掛ける殺人ゲームに巻き込まれていくが......。
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魔術が存在する世界を舞台に謎解きを行う、いわゆる特殊設定ミステリーです。そうなると、読み手としては魔術とトリックを関連付けて考えがちですが、それとは全く異なるベクトルに最後の大ネタを用意しているのが見事です。また、その他にも、さまざまなトリックが仕掛けられており、謎解きの面白さを存分に味わうことができます。ただ、伏線があまりにもあからさまなため、謎を解くのはそれほど難しくありません。したがって、ミステリーマニアが読むと物足りなさを感じるのではないでしょうか。どちらかといえば、ミステリー初心者の入門書といった感じの作品です。ちなみに、探偵役の佐杏冴奈は元々女性でしたが、2016年にメディアワークス文庫から発売された改訂版ではまさかの性転換を果たしており、男性として描かれています。
トリックスターズ (電撃文庫)
久住 四季
メディアワークス
2005-06T


2006年

トリックスターズD(久住四季)
城翠大学の一大イベントである3日連続の学園祭の最中、天乃原周と三嘉村凛々子は推理研の面々とともに異様な閉鎖空間に閉じ込められてしまう。なんとか脱出しようとするものの、闇の壁がそれを阻む。しかも、厳重に封印されていたはずの幻の魔器・ロセッティの写本が発動し、恐るべきものが召喚されるのだった。彼らは一連の出来事が魔術師の手によるものであり、しかも、魔術師の息のかかった裏切り者が自分たちの中にいることを知る。一体誰が?疑心暗鬼に陥るなか、閉じ込められた面々は一人また一人と姿を消していく.......。
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トリックスターズシリーズの第3弾です。本作は一種のクローズドサークル的な趣向となっており、人々が姿を消していく中で、残された推理研の面々が推理を巡らしていく展開はミステリーとしてなかなか読みごたえがあります。また、過去作の『トリックスターズ』と『トリックスターズL』が本作においては実名小説として扱われ、虚構のできごとだとされているのがユニークです。まるで竹本健治の『匣の中の失楽』のような趣向ですが、その設定自体がミスディレクションとして機能しており、真相を隠す役割を担っているのには驚かされます。したがって、本作の魅力を存分に味わおうと思えば、1作目から順番に読んでいくことをおすすめします。少々強引でご都合主義な部分もないではないですが、壮大な仕掛けが見事な傑作です。


文学少女と死にたがりの道化(野村美月)
高校2年生の井上心葉は中学生時代の事件がトラウマとなり、それ以降は”君子危うきに近寄らず”をモットーにし、他人となるべく関わらない生き方を心掛けていた。ところが、3年生の天野遠子が本に書かれた文字を紙ごと食べるのを目撃したことから、彼女一人しかいない文芸部に引きずり込まれてしまう。そんなある日、文芸部に恋の相談が持ち込まれる。相談に訪れたのは聖条学園1年の竹田千愛という少女で、ラブレターの代筆をお願いしたいというのだ。遠子に押し付けられる形で代筆を請け負うことになった心葉だが、やがて千愛の想い人であるはずの片岡愁二が学園に在籍していない事実が明らかになり......。
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”このライトノベルがすごい!2009”において1位に選ばれるなど、00年代後半に絶大な人気を誇ったライトノベルシリーズの第1弾です。有名な文学作品をモチーフにしながらコメディとシリアス展開を激しく繰り返す、ふり幅の大きな作風が魅力となっています。本作でも心葉と遠子の掛け合いが笑いを誘う一方で、太宰治の人間失格を引用しながら人が抱える心の闇を巧みにあぶり出している点が秀逸です。また、ミステリーとしては謎が解けたと思わせておいてからの反転が見事です。ただ、伏線回収やロジックによって事件を解決するタイプの作品ではなく、遠子の推理も想像にすぎないため、決して本格的な謎解きミステリというわけではありません。また、ファンタジー要素の全くない作品にも関わらず、本を破りながら文字を食べるヒロインなどといった設定が平然と出てくるため、この手のライトノベルを読み慣れていない人にとっては面食らうおそれがあります。そういった意味ではラノベ初心者とっては少しばかりハードルが高い作品かもしれません。


文学少女と飢え渇く幽霊(野村美月)
天野遠子が学校の中庭に勝手に設置した恋愛相談ポストに不可解な投函が相次ぐ。”憎い””幽霊が”などといったおどろおどろしい言葉を書き綴った紙片や意味不明の数字の羅列が書かれたメモといったものが入っていたのだ。「これは私たちに対する挑戦ね」と勝手に断じた遠子は心葉に張り込みを命じる。深夜に問題のポストを見張っていると校舎の明りが点滅し、辺りにラップ音が響き始める。そして、古い制服を着た少女が現れ、ノートに文字を書いてはそれをちぎってポストに入れ出したのだ。少女は九條夏夜乃と名乗り、悩みがあるなら相談に乗るという遠子に対して「すでに死んでいるから無駄だ」と答えるが.....。
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前作の『人間失格』に続いて『嵐が丘』をモチーフとした文学少女シリーズの第2弾です。1作目と同じく心葉と遠子のコメディパートを頻繁に挿入することで雰囲気の中和を図っていますが、物語自体は相当に重くドロドロしています。特に、後半の推理パートから愛憎劇の決着までの一連の流れは息を飲むほどです。ラストまで息が抜けない、激流のような作品だといえます。また、モチーフである『嵐が丘』にヒネリを加えた展開も見事です。


2007年

嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん~幸せの背景は不幸~(入間人間)
まーちゃんこと御薗マユは8年前に誘拐され、その影響で精神を病んでいた。彼女は同じく8年前の誘拐の被害者だったみーくんのことが大好きで、いつか再会すると信じて高校に通い続けている。そして、遂にまーくんと名乗る少年と巡り合い、同棲生活を始める。だが、そこには小学生の兄妹もいた。彼らは警察が行方を追っている、誘拐事件の被害者だった。まーちゃんはなぜ、幼い彼らを誘拐したのだろうか?一方、この街では立て続けに2人が殺されるという連続殺人事件も発生していたのだが......。
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西尾維新の戯言シリーズからの強い影響がみられる中二要素満載の作品です。とはいえ、戯言シリーズの場合は少なくとも途中までは真っ当な本格ミステリだったのに対して、本作はそこまで謎解きの要素は高くありません。強いていえば、どんでん返しのあるサイコサスペンスといった感じでしょうか。ヒロインが狂っており、語り手である主人公も一見正常に見えて実はちっともまともではないので、物語は終始異様な雰囲気に包まれています。それをラノベ特有の軽い語り口で描いているところが持ち味となっています。ただ、設定が極端で文章にも癖があるのでかなり人を選びそうです。ある意味、ラノベミステリーの極北ともいえる作品です。なお、本作はその後シリーズ化され、本編は10巻で完結をむかえています。


2008年

退出ゲーム(初野晴)
清水南高校に入学したチカこと穂村千夏は中学のときにはバレー部に所属していたが、女らしくなりたくて吹奏楽部に入部する。しかし、その吹奏楽部にはほとんど部員がおらず、廃部寸前だった。チカは入部早々部員集めに奔走することになり、そうした日々の中で新しく吹奏楽部の顧問となった草壁先生に惹かれていく。一方、9年ぶりに再開した幼馴染のハルこと上条春太も同性ながら草壁先生に片想いをしていることが発覚。図らずも恋のライバルとなった2人は卒業までは抜け駆けしないという協定を結びつつ、全国吹奏楽コンクール出場のために協力し合う。だが、そんな彼らの周辺ではさまざまな事件が起こり......。
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ハルチカシリーズの第1弾であり、吹奏楽で全国大会を目指すという青春小説と、身の周りの不思議な事件を解き明かしていくという日常ミステリーを融合したハイブリッド作品です。ヒロインによる語り口が軽妙でハルたちとの掛け合いもユーモアが効いているので、さわやかな青春小説として楽しむことができます。一方、ミステリーとしても少々小粒ではあるものの、どれもよく考えられています。特に、即興劇対決にミステリーの要素を絡めた表題作が秀逸です。本シリーズはアニメ化や映画化もされており、学園青春ミステリーとしては古典部シリーズと双璧をなす存在だといえます。
退出ゲーム (角川文庫)
初野 晴
角川書店
2010-07-24


2009年

浜村渚の計算ノート(青柳碧人)
少年犯罪の急増によって日本では学校教育が見直され、道徳や芸術などの授業に重きが置かれるようになっていた。一方で、数学はものの価値を画一的に決めてしまう悪しき学問だとして軽視されるようになってしまう。そうした政府のやり方に異を唱えたのがテロ組織である黒い三角定規だった。彼らは政府に対して数学の地位向上を要求し、さまざまなテロ行為を行っていく。テロの手口は数学の理論を応用した高度なものばかりであり、対抗するすべを持たない警視庁対策本部は頭を抱えていた。そのとき、対策本部に救世主が現れる。それが中学生にして数学の天才である浜村渚だったのだ。
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数学をテーマにしたミステリーですが、決して小難しい内容ではなく、素人が読んでもすぐに理解できるように書かれています。そのため、数学嫌いを克服するにはうってつけの作品だといえます。また、軽い文章と肩の凝らないユーモラスな内容のおかげでサクサク読めるのもうれしいところです。シリーズ化されており、コミック版も発売されているので、数学を勉強するきっかけがほしいという人は一読してみてはいかがでしょうか。ただ、数学に詳しい人にとっては底が浅くて物足りないと感じる可能性があるので、その点は注意が必要です。
浜村渚の計算ノート (講談社文庫)
青柳 碧人
講談社
2011-06-15


秋期限定栗きんとん事件(米澤穂信)
小佐内ゆきの誘拐事件を機に、常悟朗とゆきは小市民を目指すための互恵関係を解消する。そして、2学期になると常悟朗は仲丸十希子に告白され、交際を始めるのだった。常悟朗は十希子と過ごすなかで遭遇する謎を解きながらも、彼女との交際を楽しんでいた。一方、ゆきのほうも新聞部の瓜野高彦に告白されて付き合い始める。高彦は野心家で、市内で起きている連続放火事件をスクープするだけでなく、犯人を自分たちの手で捕まえようとしていた。一方、常悟朗のほうも、放火犯のターゲットとなって燃やされた車がゆきの誘拐に使われたものだと知り、事件に首を突っ込んでいく......。
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『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルカフェ事件』に続く小市民シリーズの第3弾です。本作は高校2年秋から3年秋までの1年間を描いた長大な物語になっているのですが、ストリーテリングの妙で飽きさせないのはさすがです。一方で、犯人は分かりやすく、ミステリーとして大きな驚きはありません。しかし、本作の主眼はそこではなく、事件の謎に挑む側のドラマにあります。探偵役が事件の謎を解き明かそうとしたとき、張り巡らされた伏線が収束され、その末に至るクライマックスが圧巻です。ヒロインの暗黒面が存分に描かれており、底意地の悪いドラマが展開されるのは米澤作品ならではです。特に、最後の一行には著者しか書き得ないインパクトがあります。


月見月理解の探偵殺人(明月千里)
高校2年の都築初はある日、車椅子に乗った転校生の美少女・君筒木衣理香と出会う。唯我独尊な態度で周囲を圧倒する彼女は月見月理解というもう一つの名前を持っていた。それはネットゲームで不敗を誇っていた伝説的な人物であり、しかも、そんな彼女に唯一土をつけたのが初だったのだ。彼女は初に自分が大財閥の月見月家から派遣された探偵である事実を打ち明ける。そして、この学校にいる人殺しに関する調査の協力を要請するとともに、初に対してある勝負を持ちかけてくる.......。
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第1回GA文庫大賞奨励賞受賞作品です。ちなみにこの作品、一見探偵を中心とした謎解きミステリーの体裁を取っていますが、実際のところミステリー要素は希薄です。謎らしい謎は存在せず、読者を意外な真相へと導くような仕掛けもありません。ヒロインが中二設定満載の俺様キャラであることも含め、典型的な中二病ラノベといった感じです。ある意味、『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』あたりの作風と相通じるものがあるかもしれません。というわけで、ミステリーを期待して読むとがっかりしてしまいますが、個性的なキャラが織りなす、かなり歪んだ学園青春ストーリーとしてよくできています。キャラクターの掛け合いが面白くて楽しめますし、人狼ゲームを模したと思われる騙し合いのなかで、それぞれの黒い部分が浮かび上がってくるのが秀逸です。ちなみに、本シリーズは5巻まで発売されていますが、能力者たちが次々と登場し、次第に中二バトルものと化していくのは戯言シリーズ的でもあります。
月見月理解の探偵殺人 (GA文庫)
明月 千里
SBクリエイティブ
2009-12-15


鷲見ヶ原うぐいすの論証(久住四季)
高校2年の麻生丹譲は定期試験では常に最下位の劣等生だったが、普通の人間には知覚できない現象を捉えることができる知覚直感(プレモニ)という能力を有していた。一方、クラスメイトの鷲見ヶ原うぐいすは図書室に引きこもって全く授業に出ないにもかかわらず、学年1位をキープしているというひねくれ者の優等生であり、ある事件がきっかけとなって譲との交流が続いていた。そんな彼女に奇妙な依頼が舞い込む。天才数学者の霧生賽馬が魔術師か否かを問い質してほしいというのだ。霧生博士のいる館を訪れるうぐいすと譲だったが、その翌日、博士は首なし死体となって発見される。館にいる関係者は全員無罪という奇妙な状況に陥るなかで、うぐいすはいかにしてことの真実を論証していくのか?
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館で起きた奇怪な殺人事件の謎に挑むという、典型的な館もののフォーマットに沿って物語は進んでいきますが、本格的な謎解きミステリーを期待すると肩透かしを喰らうことになります。なぜなら、使用されているトリックは使い古されたものばかりであり、新鮮味を感じないからです。その一方で、魔術師の存在を巡って幾度となく行われる論理学的考証は、既存の推理合戦などとはまた違った新しい面白さがあります。魔術や悪魔といった存在を論理学的に解体していこうというアプローチがスリリングなのです。また、異能力設定を用いて一種の不可能犯罪的状況を作り出すやり方にもうまさを感じます。そのうえ、ヒロインであるうぐいすが非常に可愛らしく、キャラクター小説としても秀逸です。ただ、事件の謎が一部未解決で終わるなど、本格ミステリとしての完成度は決して高くありません。読み手が何を求めるかによって大きく評価が変わってくる作品です。
鷲見ヶ原うぐいすの論証 (電撃文庫)
久住 四季
アスキーメディアワークス
2009-08-10


2010年

万能鑑定士Qの事件簿(松岡圭祐)
23歳の凛田莉子は絵画・宝石から映画・漫画に至るまであらゆるものを即座に鑑定できる知識を有しており、鑑定家として神田川の雑居ビルに店を構えていた。高校時代は劣等生だったのだが、ある勉強法を習得したことで、ディスカウントショップの花形店員を経て20歳の若さで自分の店を持つに至ったのだ。一方、東京23区の各所では不気味な力士シールが一面に貼られるという奇妙な事件が続出する。単なるいたずらか?それとも何か特別な意図があるのだろうか?雑誌記者の小笠原は”万能鑑定士Q”の看板を掲げた店で莉子と出会い、共に事件の謎を追うことになるが.......。
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全12巻からなる第1部は1年半という短期間で刊行され、しかも、シリーズ累計発行部数が刊行1年で200万部を突破した大ヒット作品です。2014年には綾瀬はるか主演で映画化もされています。次々と起こる事件に対して、ヒロインがさまざまな蘊蓄を披露しながら謎を解いていくというのがおなじみのパターンです。軽快な文章なのでサクサクと読むことができ、読み終わると賢くなったような気分にさせてくれるところが魅力だといえます。ただ、冷静に読めばいくらなんでもリアリティがなさすぎるという展開も多いため、その辺りを許容できるかどうかが評価の分かれ目でしょう。また、謎を解くには専門知識を知っていることが前提となるので、本格ミステリ的な要素を期待していると肩透かしを喰らうことになります。作者と知恵比べをするのではなく、ヒロインの活躍を見守りながら蘊蓄の数々に耳を傾けるのが本来の楽しみ方です。なお、Qシリーズには事件簿の他にも『万能鑑定士Qの推理劇』『万能鑑定士Qの短編集』『特等搭乗員αの難事件』などがあり、それらも好評を博しています。


死なない生徒殺人事件~識別組子とさまよえる不死(野崎まど)
生物教師の伊藤は女子高である私立鳳凰学園に着任し、そこで不死の生徒がいるとの噂を耳にする。しかも、それからしばらくして永遠の命を持っていると自ら名乗る生徒、識別組子に遭遇する。その高度な知性と老練な言葉遣いは確かに不死者を思わせるものがあった。だが、その2日後、彼女は何者かによって首を斬り落とされて死んでしまう。果たして識別組子の語る永遠の命とは何を意味していたのか?そして、彼女を殺した犯人の目的とは?
◆◆◆◆◆◆
アニメ化された『バビロン』などでも知られる鬼才・野崎まどの初期作品ですが、本作を本格ミステリとして読んだ場合、仕掛けが単純すぎて多くの人は物足りなさを感じるでしょう。しかし、一方で、不死の定義については緻密なロジックが用意されており、思わず感心してしまいます。さらに、巧みに張り巡らされた伏線を回収しながら行われる動機の解明が秀逸です。鮮やかな反転に驚嘆の念を禁じ得ない新感覚ミステリーの傑作です。


2011年

小説家の作り方(野崎まど)
駆け出し作家の物実は初めてもらったファンレターの差出人から奇妙な頼まれごとをされる。今までに5万冊の本を読み、この世で一番面白い小説のアイディアを思いついたのだが、それを文章にすることができないので書き方を教えてほしいというのだ。物実は半信半疑で待ち合わせ場所の喫茶店に出向き、そこで世間知らずの女子大生・紫と出会う。ファンレター以外に全く文章を書いたことがないという紫に対し、物実は小説の書き方を指導していくが......。
◆◆◆◆◆◆
途中までは初歩的な小説の書き方がとぼけたユーモアを交えながら語られていき、まるで小説形式のハウツウ本のようです。少なくともミステリーらしさはみじんも感じられません。ところが、唐突に謎の女性が現れ、物語は思わぬ方向に転がっていきます。それからの展開が実にスリリングです。とにかく、中盤までと後半からの雰囲気のギャップが半端ないのです。しかも、それが単に奇をてらった思い付きなどといったものではなく、序盤から伏線がさりげなく張られている点にも驚かされます。本格ミステリではないものの、意外性満点の終盤の展開は大いに楽しむことができます。ただ、それだけに、結末が予定調和なものとなり、小さくまとまってしまったのがいささか残念です。


ビブリア古書堂の事件手帖(三上延)
三浦大輔は小学生時代のトラウマが原因で活字恐怖症に悩まされていた。本に対しては愛着があるにもかかわらず、長時間文章を読むと体調を崩してしまうのだ。そんな彼も大学を卒業し、就職する予定でいたのだが、内定が決まっていた会社が倒産したために無職の身になってしまう。ある日、祖母の遺品である漱石全集の1冊に夏目漱石のサインが入っているのを発見する。大輔はその真贋を判定してもらうために本をビブリア古書堂という古本屋に持ち込むが、店主はケガで入院しているという話だった。病院に行けば会えると言われて訪ねてみると、そこには高校時代からビブリア古書堂で見かけ、ずっと気になっていた女性がいた。彼女の名は篠川栞といい、店主だった父が昨年亡くなったので店を継いだのだという。大輔は漱石のサインを栞に見せるが、結局それは偽物だった。だが、ことはそれだけでは終わらず、サインに関する新たな事実が判明し.......。
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全7巻で700万部近い発行部数を誇るベストセラー作品です。本シリーズの大ヒットによってライトノベルから派生したライトミステリーというジャンルは一気に注目度を高めることになります。また、2009年に創刊されたメディアワークス文庫をライトミステリーの代表的レーベルへと押し上げた功績も見逃せません。肝心の内容も一見ライトな雰囲気ながらも日常ミステリーとしてのプロットがしっかりと練られており、4つの短編が最後で一つにつながっていく仕掛けが見事です。また、キャラクター的には、スレンダーな美人でありながら、極度の上がり症のために他人とまともに話すことが出来ず、それでいて本の話題になると途端に雄弁になるというヒロイン像が魅力的です。いわゆるギャップ萌えという奴ですが、そういったキャラ設定が物語に軽快さをもたらし、読みやすさを高めることにつながっています。それに加え、古書の魅力を分かりやすく描いているので、これから古典に挑戦してみようと思っている人にはガイドブックとしてもおすすめです。ミステリーマニアにとってはいささか謎が小粒に感じるかもしれませんが、日常ミステリーとしてはむしろこのくらいのほうが物語の雰囲気にマッチしているともいえます。強烈なインパクトこそないものの、ある意味、ライトミステリーの理想形とでもいうべき傑作です。なお、現在は本シリーズの7~8年後を描いた第2部の刊行が始まっているのでそちらのほうもどういった展開になるのかが注目されます。


虚構推理  鋼人七瀬(城平京)
大学生の岩永琴子は名家の令嬢であり、11歳のときに神隠しにあっていた。その際に、怪異と契約を交わし、それ以来、知恵の神として怪異と人間社会の間で起こったトラブルの解決に尽力していた。ある日、琴子のもとに怪異からの依頼が持ち込まれる。真倉坂市で鋼人七瀬と呼ばれる怪異が暴れているので何とかしてほしいというのだ。琴子は真倉坂市に赴き、そこで出会った弓原紗季という女性警官と共に鋼人七瀬の謎を追うことになる。一方その頃、琴子の恋人である桜川九郎は失踪した従姉・六花の行方を追って真倉坂市に立ち寄り、そこで鋼人七瀬に遭遇することになるが......。
◆◆◆◆◆◆
2020年冬にテレビアニメにもなった作品で、事件の真相を推理するのではなく、怪異の事実を隠蔽するためにもっともらしいダミー推理をでっちあげるという趣向が斬新です。また、設定を十全に活かしたロジックの構築も見事で、さらに、ダミー推理の成立を阻止しようとする敵も存在するため、対決ものとしても読み応えがあります。ヒロインの岩永琴子が可愛らしく、キャラクター小説としてもよくできています。ただ、現実的な世界観の割にファンタジー設定を盛り込み過ぎているため、その辺りにアンバランスさを感じる人もいるのではないでしょうか。
2012年度本格ミステリベスト10国内部門4位
第12回本格ミステリ大賞受賞


六花の勇者(山形石雄)
今から1000年の昔。世界を滅亡の淵へと追いやった魔神は一輪の花を武器とする勇者によって封じ込められた。そして、勇者は「魔神はいずれ蘇るだろうが、私の力を引き継いだ6人の勇者によって再び封印されるだろう」という予言を残す。その言葉の通り、魔神は過去に2度目覚めるも、そのたびごとに選ばれし6人の勇者によって完全復活を阻止されてきた。そして、現在。3度目の復活の兆しに三度勇者たちが集結する。ところが、集まった勇者は7人いたのだ。しかも、強力な決壊によって7人は森の中に閉じ込められてしまう。7人の内の1人は敵によって送り込まれた偽物に違いないと一堂は確信する。しかし、一体誰が偽物なのか?
◆◆◆◆◆◆
典型的なヒロイックファンタジーの設定の中に偽勇者探しというフーダニットミステリーの要素を組み込んだ点に目新しさがあります。それに、序盤では不可能犯罪を描き、大胆なトリックを披露しているのがユニークです。もちろん、ずっと謎解きをしているわけではなく、途中からはヒロイックファンタジーらしくアクションシーンなども増えてきます。肝心の偽勇者探しは先延ばしにされますが、それでもストーリーテラーの上手さで飽きさせずに読ませるのはさすがです。それに、戦闘シーンも誰が敵で誰が味方かわからない中での駆け引きといったコンゲーム的な面白さがあります。ただ、偽勇者の正体が明らかになるのが文庫本の第5巻なのでミステリー要素だけを期待して読んでいるとじれったくなるかもしれません。
六花の勇者 (スーパーダッシュ文庫)
山形 石雄
集英社
2011-08-25



2012年

珈琲店タレーランの事件簿(岡崎琢磨)
恋人と喧嘩をした青野大和は京都の小路の片隅にひっそりと店を構えている珈琲店を見つける。珈琲に目がない彼はその店に入り、そこで理想の珈琲と魅力的な女性バリスタに出会う。彼女の名は切間美星といい、外見は高校生ぐらいにしか見えなかったが青山より一つ年上で、しかも卓越した推理力の持ち主だった。美星は常連となった青山の前で日々持ち込まれる日常の謎を鮮やかに解いてみせ......。
◆◆◆◆◆◆
本作は『ビブリア古書堂の事件手帖』と同じく、若い女性が身の回りの謎を解いていく日常ミステリーです。ビブリアと同様に大ヒット作品となり、シリーズ2作目の段階で累計発行部数100万部を突破しています。ただ、作品の出来自体はビブリアと比べると数段落ちます。文章がこなれていなくて読みにくさを感じる部分があるうえに、日常ものとはいえ、個々の謎があまりにも小粒です。また、漫画チックな極端なキャラクター設定も好みの分かれるところではないでしょうか。それから、珈琲の蘊蓄自体は楽しいのですが、ビブリアにおける古書とは異なり、事件と全く関係ない点が物足りなく感じます。ただ、そうした弱点はあるものの、最終章で明らかになる仕掛けには驚かされます。まだまだ習作といった感はぬぐえませんが、才気の片鱗は感じさせてくれる作品です。なお、本シリーズはその後も巻を重ね、累計発行部数は220万部を突破しています。


2013年

櫻子さんの足下には死体が埋まっている(太田紫織)
北海道旭川市在住の高校生、館脇正太郎はとある事件がきっかけで良家のお嬢様である九条櫻子と交流を持つことになる。彼女は20代半ばの美しい女性だが、人付き合いに興味がなく、その代わりに、骨を愛してやまないという変人だった。さまざまな動物の死骸を屋敷に持ち込んでは日々骨格標本の作成に取り組んでいるのだ。ある日、正太郎が櫻子の住む屋敷を訪れていると、アパートを経営している母から電話があり、連絡が付かない入居者の部屋を開けるので立ち会ってほしいという。以前、部屋の中から高齢者の死体が出てきたことがあったため、一人で部屋に入るのは嫌だということだった。人間の死体が見れるかもということで強引に付いてきた櫻子と一緒に問題の部屋に入ると、内部は激しく荒らされており、入居者の女性がベットの上で亡くなっていた。しかも、ドアにはチェーンが掛けられ、窓は内側から施錠されている。一体この部屋で何が起きたのか?櫻子は死体の様子からある可能性を指摘するが.......。
◆◆◆◆◆◆
男物のワイシャツとジーンズを身にまとい、さばさばした性格ながらも死体のことになると子どものように目を輝かせる。ミステリーの謎よりもヒロインの強烈なキャラクター性が印象に残る作品です。一種のキャラクター小説であり、主人公とのかみ合わない掛け合いは大いに楽しむことができます。一方、ミステリーとしての仕掛けはかなり小粒で、マニアにとっては物足りないものがあります。謎解きに過大な期待はせず、骨に関する蘊蓄に耳を傾けながらヒロインの変人ぶりを愛でるのが正しい楽しみ方だといえるのではないでしょうか。


2014年

掟上今日子の備忘録(西尾維新)
190センチを超える巨漢の青年、隠館厄介は次々と事件に巻き込まれるうえに犯人扱いされてしまう冤罪体質の持ち主だった。その日も研究室の助手として働いていると機密情報の入ったSDカードがなくなり、入社して紐浅い彼が疑われるハメになる。周囲から疑念の目で見られる中、隠館は「探偵を呼ばせてください!」と叫ぶ。彼はこういう場合の自衛手段として名探偵たちとのホットラインを確立していたのだ。隠館が選んだ探偵は掟上今日子。20代半ばと思しき女探偵だが前向性健忘症を患っており、眠るとそれまでの記憶をすべて忘れるため、今回のような機密性の高い事件の調査にはぴったりだった。彼女は持ち前の推理力で真相に迫っていくが、何者かによって睡眠薬で眠らされてしまい.......。
◆◆◆◆◆◆
全5話が収録された忘却探偵シリーズの第1弾です。中二病ラノベの雄というべき西尾維新が久しぶりに本格ミステリに挑戦した作品で、中二設定満載なのは相変わらずですが、メインストーリーそのものはかなり正統派の謎解きミステリーに仕上がっています。ミステリーとしてはやや小粒ながらも、堅実な仕上がりです。しかし、それよりもなによりも、秀逸なのが忘却探偵こと掟上今日子の造形です。天然でほんわかした雰囲気なのに意外とふてぶてしいところがキュートですし、記憶が1日しか維持できないので即日で事件を解決しなければならないという設定もよくできています。しかも、この設定を生かしたラストが感動的です。本作は人気作となり、その後も巻を重ねていきますが、ここで終わってもよかったのではないかと思えるほどです。なお、2015年には新垣結衣主演でテレビドラマにもなっています。


2016年

六人の赤ずきんは今夜食べられる(氷桃甘雪)
かつて憲兵隊に所属していた男は名声を得るために一つの村を滅ぼし、罪の意識に苛まれて除隊する。その後、彼は猟師となり、各地を旅してまわっていた。そして、ある村に立ち寄った際に、村人から一匹の狼の話を聞かされる。それはジェヴォーダンの獣と呼ばれる怪物で、赤い満月の夜に現れては森で暮らす赤ずきんの少女を食い殺すというのだ。しかも、今日がその赤い満月の夜だった。村長は男に対して、決して赤ずきんたちを救おうとしてはいけないと警告する。だが、出会った赤ずきんの一人にかつて見殺しにした少女の面影を見た男は、彼女たちを守り抜くことを決意する。彼の考えた作戦は森の外れにある塔に6人の赤ずきんとともに立て籠り、朝まで籠城することだった。しかし、予想外のところから襲撃を受けて男は気付く。彼女たちの中に裏切り者がいることを.....。
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第12回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作。いかにもラノベといった感じの可愛らしい女の子が登場する一方で、サスペンスホラー的な味わいも楽しめるダークファンタジーミステリーです。赤ずきんの少女たちにはそれぞれ特性があり、それを生かした攻防はかなり読み応えがあります。また、裏切り者が誰なのかというフーダニットの謎もよく考えられています。とにかくサスペンス感に優れ、さまざまな工夫を凝らして最後まで飽きさせずに読ませる手管は見事です。ただ、文章自体はしっかりしているものの、赤ずきんたちの書き分けが十分でなく、途中で誰が誰だかわからなくなりがちなのが惜しまれます。それから、重要な手掛かりが後出しだったり、推理が少々強引だったりと本格ミステリを期待していた人には不満に感じる部分も少なくありません。とはいえ、さまざまな童話の要素を盛り込むなど、ダークファンタジーとしての雰囲気作りは一級品です。この手のジャンルが好きな人にとっては読んで損のない作品ではないでしょうか。


いまさら翼といわれても(米澤穂信)
高校2年の夏休み初日。折木奉太郎の元に同じ古典部の部員である伊原摩耶花から電話がかかってきた。そして、ちーちゃんの居場所を知らないかと尋ねられる。彼女の話によると、市が主催する合唱祭に出演予定の千反田えるがまだ来ていないという。えるの出番は18時からなので3時間以上時間はあるものの、本来なら舞台挨拶をするために13時30分に顔を出すはずだったのだ。えるはソロパートを担当しているので、彼女抜きで合唱をするわけにもいかない。とりあえず会場に向かった奉太郎は、わずかな手掛かりを元にえるの居場所と彼女が現れない理由を推理するが.......。
◆◆◆◆◆◆
6篇の短篇が収録された古典部シリーズの第6弾です。これまでのシリーズとは異なり、単に古典部の周辺で起きた謎を奉太郎が解いていくというよりも、古典部のメンバー自身の物語にフォーカスが当てられている点が目を引きます。結果として、青春小説としてなかなか読み応えのある作品に仕上がっています。特に、シリーズのファンにとっては非常に興味深い内容だといえるのではないでしょうか。一方で、ミステリーとしてはかなり小粒なので、謎解きを期待して読むと物足りなさを覚えてしまいます。それでも、卓越した文章力でぐいぐいと読ませてしまう力があり、その辺はさすが米澤穂信といったところです。
2017年度このミステリーがすごい!国内部門17位
2017年度本格ミステリベスト10国内部門16位


2018年

誰も死なないミステリーを君に(井上悠宇)
秀桜高校に通う遠見志穂は人の死を予見できる特異体質の持ち主だった。視線を合わせると死期の近い人の死線が見えてしまうのだ。だが、彼女が見ることができるのは自殺、事故死、殺人などといった寿命以外の不慮の死だけだったので、回避すること自体は不可能ではない。そこで、志穂が悲しい想いをしないようにと、予見された死を未然に防ぐのがぼくの役割だった。美穂はある日、秀桜高校を卒業した元文芸部の先輩たち4人と会い、その全員に死線を見てしまう。死の運命を回避するために、ぼくたちは死線が見えた全員を孤島に閉じ込めることにする。志穂が資産家である父親に無人島を購入してもらい、2人は先輩たちをそこに招待するが........。
◆◆◆◆◆◆
本作は登場人物を死から回避するためにクローズドサークルを作るという逆転の発想に基づいて書かれており、限られた情報の中でいかに死を予測して回避するかといった展開には引き込まれるものがあります。張り巡らされた伏線をきれいに回収していく手管も見事です。ただ、推理自体は少々強引で説得力に欠けています。適度なユーモアを交えたセンチメンタルな物語は十分に面白いので、本格ミステリというよりはミステリー風味の青春小説として読むのが賢明です。


2019年

不死人の検屍人 ロザリア・バーネットの検屍録~骸骨城連続殺人事件~(手代木正太郎)
アンデッドハンターのクライブが王都を出て依頼主のところに向かう途中、行方不明だった娘がコープスと呼ばれるアンデッドとなって川を流れてくるという事件に遭遇する。一見自殺かと思われたが、そこにアンデッド検屍人を名乗る少女・ロザリアが現れ、これは他殺であると看破する。翌日、依頼主の元にたどり着いたクライブだったが、ロザリアもまたその依頼主に呼ばれていた。領主の次男である依頼主・デュークによると、領内でコープスが大量発生し、被害が跡を絶たないという。早速調査を始める2人だったが、その頃、領主の居城であるエインズワース城には、長男の花嫁候補として4人の美しい娘たちが来訪していた。だが、嫁選びの儀式が行われるなか、娘たちが次々と殺され、コープス化していくという奇怪な事件が起きる。ロザリアは検屍解剖を行い、事件の真相を医学的見地から究明しようとするが.........。
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因習に縛られた一族を巡って起きる古城での連続殺人といった具合に、そのフォーマットは完全に館ものミステリーであり、そこに異世界設定を掛け合わせたところに独自の魅力があります。また、古城の設定を活かしてのトリックもなかなかユニークです。さらに、アンデッドが存在する世界にも関わらず、現代の医学知識に基づいた法医学ミステリーとして楽しめるのが秀逸です。しかし、読者にとって最大の衝撃といえるのが、異世界ならではの尋常ならざる殺人動機ではないでしょうか。それに、緻密なロジックを用いてその動機を解明するプロセスもよくできています。独自の世界観を活かし切った特殊設定ミステリーの傑作です。ちなみに、近年ではこうした異世界ファンタジーと本格ミステリを融合した作品が増えてきており、今後、大きな流れとなっていくのかが注目されます。


あとがき
富士見ミステリー文庫が立ち上げられた頃には、それらしい雰囲気をまぶしただけのなんちゃってミステリーに過ぎなかったラノベミステリーも現在では大きな発展を遂げています。ミステリーとして高く評価されている作品も少なくありませんし、それどころか、本格ミステリの年間ランキングなどでは、ライトノベルのテイストを取り込んだ一般ミステリーが上位を占めるといった逆転現象すら起きているのです。その傾向は2010年代から顕著となり、相沢沙呼、今村昌弘、早坂吝などをはじめとして、ラノベに近いテイストの作品を書く作家が増えてきています。今後は、ラノベミステリーと一般レーベルの本格ミステリはますますその距離を縮めていくものと考えられます。そのなかで、どのような作品が誕生するのかが興味深いところです。
medium 霊媒探偵城塚翡翠
相沢 沙呼
講談社
2019-09-12
魔眼の匣の殺人
今村 昌弘
東京創元社
2019-02-20