最新更新日2021/01/08☆☆☆

Previous⇒2019年発売!注目の海外SF&ファンタジー小説

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サハリン島(エドゥアルド・ヴェルキン)
北朝鮮に端を発した核の使用はたちまち全世界を核戦争へと巻き込んでいった。おまけに人をゾンビ化させる恐るべき伝染病が大流行し、人類は瞬く間に破滅へと突き進んでいく。しかし、日本だけはパンデミック発生前から鎖国政策を実施し、先進国で唯一生き残ることに成功する。そして、自衛隊幕僚幹部が支配する軍事国家となり、大日本帝国の復活を宣言。太平洋全域の支配に乗り出すのだった。そんな中、帝大の未来学者・シレーニは調査のため、大陸と日本本土との緩衝地帯となっているサハリン島に潜入する。そこで彼女が見たものとは?
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日本では樺太と呼ばれ、北方領土問題の焦点にもなっている(作中にも北方領土問題に対する言及あり)サハリンを舞台にした風変わりなSF小説です。核戦争後の世界・パンデミック・ゾンビの大量発生と一つ一つはありきたりなネタなのですが、地獄のようなサハリン島の描写を始めとして、あまりにも現実離れしている世界観からなるこの作品は、一見とんでも小説の類に見えるかもしれません。しかし、それらのトンデモ要素をこれ以上ないほどの緻密な筆致で描いているため、読者に強いインパクトを与えることに成功しているのです。強いていうならば、「デストピア小説+ゾンビ映画」といった感じの作品ですが、そうした単純なカテゴライズはあまり意味がありません。とにかく、全編が狂気のオーラで包まれており、続けて読むと眩暈を覚えてくるほどです。その濃密な世界描写は数ある終末SFの中でも群を抜いているのではないでしょうか。しかも、本作の場合、イマジネーションの豊かさだけではなく、物語としてのメリハリも絶妙で、読み始めるとページをめくる手が止まらなくなってしまいます。「10年で最高のロシアSF」という謳い文句が決して誇張ではないと感じさせる大傑作です。
サハリン島
エドゥアルド・ヴェルキン
河出書房新社
2020-12-22


わたしたちが光の速さで進めないなら(キム・チョヨプ)
争いのない平和で豊かな村なのに18歳の時に”始まりの地”へ巡礼の旅に行くと必ず帰らないことを選択する者が出てくる『巡礼者たちはなぜ帰らない』、寿命が数年しかない異星人の不思議な生態を彼らが棲息する惑星に漂着した地球人の目を通して語られる『スペクトラム』、家族のいる星に帰るためにもう出ることのない宇宙船を寂れた宇宙停留所で待っている老女にまつわる物語を描いた表題作など、全7編を収録。
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1993年生まれの韓国人の新人作家によるSF短編集です。しかし、現代のSF作家にありがちな小難しいハードSFではなく、古典SFのような敷居の低さが魅力となっています。異星人とのファーストコンタクト、ワームホール、コールドスリープ、マインドアップロードなどといったSF的な設定を詰め込みながらも、それを平易な文章で綴り、誰でも理解できる普遍的な物語に仕上げているのです。さらに、全編を覆う詩情や幻想味が読む者の心を揺さぶっていきます。派手な展開こそありませんが、科学的好奇心と物語に対する感受性を同時に満たしてくれる希有な作品集です。
わたしたちが光の速さで進めないなら
キム チョヨプ
早川書房
2020-12-03


黒魚都市(サム・J・ミラー)
異常気象が続き、世界中の多くの都市が水没した近未来。各国政府の力は衰え、国家による秩序は次々と崩壊していった。しかも、度重なる戦争によって世界のネットワークも分断され、人々はクローズドネットワークの社会で生きることを余儀なくされていた。アメリカ合衆国も例外ではなく、故郷の荒廃によって行き場をなくした難民たちの多くは北極圏に建てられた洋上巨大都市・クアヌークへと逃げ込む。深海熱噴出孔の上に作られたその都市は地熱と、廃棄物をメタンに変えることでエネルギー供給をしているエコの街だった。共通言語は存在せず、完全な報道の自由が保障されており、都市の保有する富は最新のAIによって平等に管理されていた。一見、理想郷とも思える街であったが、そこには大きな問題が秘められている。まず、富の平等というのはあくまでも建て前であり、実際はこの都市の建設に金を出した株主が都市機能のプログラムを操作していたのだ。そのうえ、クアヌークではブレイクスと呼ばれる伝染病が蔓延していた。性交によって感染すると、関係を持った相手の記憶が流れ込み、やがて死に至るという病である。そんななか、シャチとホッキョクグマを引き連れた謎の女性がクアヌークを訪れるが........。
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巨大海上都市を舞台にした近未来SFの王道というべき作品です。水没した世界、AI都市、死に至る謎の病、動物と意思の疎通を可能にするナノマシンといった具合にさまざまなギミックを散りばめ、SFマインド溢れる作品に仕上げています。また、大富豪の孫、政治家の側近、八百長格闘家、街を駆け巡るメッセンジャー、街の外からやってきたオルカ使いの女性といった性別も立場も異なる5人の語り手を配したことで世界観に奥行きを与えることにも成功しています。そして、ピースの断片だったそれらの要素が結合し合い、物語の全体像が明らかになっていくプロセスこそが本作の最大の読みどころです。そのため、最初は話が見えにくくてじれったさを感じるかもしれませんが、そこはじっくりと腰を据えて取り組むことをおすすめします。物語の中核を成す謎の伝染病についてやや説明不足なのはSFとしての物足りなさを感じるものの、近未来の都市やそこで暮らす人々が魅力的に描かれているという点では一級の出来映えだといえます。人々の分断と融和という現代に連なる問題をSFという形を借りて描いた傑作です。


2000年代海外SF傑作選(編:橋本輝幸/作:劉慈欣、N・K・ジェミシン、グッレグ・イーガン他)
1万人のクローン人間を生成した罪で逮捕された男を救おうとするペットの犬と猫の遠大な計画を描いた『懐かしき主人の声』、肺をやられて死んでいく炭鉱夫の悲劇を繰り返さないために開発された技術が新たな悲劇を生みだす『地火』、サイバー・バイオ・核などの同時多発テロによって世界が壊滅していく中で唯一被害を免れたサイバー分散共和国に集結するシスアド(システム管理者)たちの奮闘を描いた『シスアドが世界を支配するとき』、確率的に極めて低いとされている事象がごく日常的に起きるようになったニューヨークに奇蹟を求めて人々が押し寄せる『可能性はゼロじゃない』など全9編のSF作品を収録。
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SF界において名アンソロジーとして知られる『80年代SF傑作選』とその続編である『90年代SF傑作選』の意匠を継いだ新たな傑作選です。10年遅れでまとめられたアンソロジーですが、そのおかげで『三体』でブレイクした劉慈欣の『地火』が収録されたのは僥倖だというべきでしょう。泥臭くもエンタメ性に富んだ傑作です。また、00年代を代表するSF作家であるグレッグ・イーガンの『暗黒整数』も数論モデルによる異世界戦争というわけのわからなさがいかにもイーガンといった感じで、その難解さにたじたじになりながらも妙に引き込まれるものがあります。さらに、米ソの冷戦にクトゥルフ神話を絡めて世界の滅亡を描く『コルダー・ウォー』はインパクト十分ですし、犬と猫が未来都市で大冒険を繰り広げる『懐かしき主人の声』もカオスな楽しさに満ちています。一方で、『シスアドが世界を支配するとき』のように、インターネットに対して楽観的すぎるスタンスを目にするとさすがに古さを感じますが、そうした時代性を肌で感じることができるのも時代別アンソロジーの醍醐味です。なお、本書に続いて『2010年代海外SF傑作選』も発売されたので作風の変化などを意識しつつ、読み比べてみるのも一興ではないでしょうか。
2000年代海外SF傑作選 (ハヤカワ文庫SF)
アレステア レナルズ
早川書房
2020-11-19


きらめく共和国(アンドレス・バルバ)
南米に位置するサンクリストバルは、貧しくも緑豊かなジャングルに囲まれた美しい町だった。だが、1994年のある日を境に、その町は32人の子供たちによって蹂躙されることになる。先住民らしい彼らは突然町に姿を現し、理解不能な言葉で互いにコミュニケーションをとっていた。最初は物乞いをしながら暮らしていたのだが、徐々にひったくりや盗みに手を染めるようになり、ついにはスーパーを襲撃してナイフで大人たちを殺傷し始めたのだ。地元警察が乗り出し、子供たちが潜んでいると思われるジャングルを捜索するも彼らの居場所を突き止めることはできなかった。そうこうしているうちに数カ月が過ぎ、子供たちの死体が発見される。果たして彼らは一体どこからやってきて、なぜ一斉に死ぬことになったのか?
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本のタイトルや表紙の絵はまるで児童書のようですが、中身はその真逆といってもよい内容になっています。子供目線の物語ではなく、大人の視点から神出鬼没で残忍な子供たちの姿を描いているのです。しかも、22年前の出来事を淡々と述べていく語り口からは、ノンフィクションを読んでいるような臨場感が立ちのぼってきます。そこに描かれているのは無邪気さと表裏一体を成している子供の残忍さであり、同時に、未知のものを恐れる大人たちの心の弱さです。幻想譚の形を借りながら人間の本質を暴きだしていく、一種の文明論的な作品です。
きらめく共和国
アンドレス・バルバ
東京創元社
2020-11-11


バグダードのフランケンシュタイン(アフマド・サアダーウィー)
2005年。イラクの首都であるバグダードでは連日爆破テロが続いていた。第2次イラク戦争でフセイン政権を倒したアメリカが暫定政権を敷いていたものの、現政府と旧政府勢力の対立は激化するばかりで、そこに多数の勢力が入り乱れて混沌とした状態になっていたのだ。そんなある日、古物商のハーディは爆破に巻き込まれて四散した友人の肉片を集め、それらを縫い合わせて元の体にしようとする。しかし、どうしてもパーツが足りないのでそこは他の死体から補っていった。最後の鼻のパーツを付け終わるとハーディは友人の死体を残して古物商の仕事に出掛ける。ところが、仕事から帰ってみると死体は忽然と姿を消していた。それからというもの、街では次々と奇怪な殺人事件が起きるようになる。そして、恐怖におののくバーディの元に彼が姿を現すのだった。自身の創造主を殺すために.......。
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本書は2013年にイラクで刊行され、アラブ小説国際賞を受賞しました。そのうえ、ブッカー賞やアーサー・C・クラーク賞の候補となるなど、国際的にも高い評価を受けています。ただ、ディストピアSFと銘打たれているのはいささか看板に偽りありです。本書におけるフランケンシュタインの怪物は科学者の手によって創造されたのではなく、死体に霊魂が憑依したものです。したがって、SFというよりはファンタジーホラーやダークファンタジーというのが正確なところでしょう。さらにいうなら、物語が進むにつれて怪物そのものよりも、彼を救世主あるいは反政府の象徴とみなす人々にフォーカスが当てられていくので、ファンタジーの形を借りた政治的群像劇でもあります。いずれにせよ、当時のイラクの不安定な世情を殺人を繰り返す怪物という形を借りて描いているのが秀逸です。しかも、その怪物は自分を殺した相手に復讐をしているのですが、新たな死体を継ぎ足すたびに復讐リストが増え、収集のつかないことになっていくのもユニークです。暗い世情を反映しているとはいえ、決して重苦しいだけの物語ではありません。寓話的エンタメ作品として非常によくできています。
バグダードのフランケンシュタイン
柳谷 あゆみ
集英社
2020-10-26


わるい夢たちのバザールⅠ&Ⅱ(スティーヴン・キング)
廃墟と化したパーキングエリアに停まっている車のおそるべき正体を描いた『マイル81』、この世に存在しない作品が読める電子書籍リーダーの謎を巡る『UR』、死期の近づいた老人が法廷弁護士である息子を呼んで遺書を作成したのちにある秘密を語る『砂丘』、酔っ払いが湖の向こう岸の一家と花火合戦を繰り広げた末にとんでもない事態に陥る『酔いどれ花火』、野球黎明期の名キャッチャーが野球史から抹消された意外な理由が明らかにされる『鉄壁ビリー』、滅びゆく世界を2人の男と一匹の犬が静かに見つめる『夏の雷鳴』など、全20話を収録した作品集。
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モダンホラーの第一人者であり、恐怖の帝王として半世紀に渡ってホラー界に君臨し続けているスティーヴン・キングの最新短編集です。とはいえ、作品の原型自体はかなり古い時代に書かれたというものも含まれており、図らずもキングの創作の歴史を辿る形になっているところになんともいえない味わいがあります。また、各話の冒頭で著者による創作秘話が述べられているのもファンにとってはうれしいところです。収録作品すべてがホラーというわけではないものの、いずれの作品もこれぞキングといった要素に満ちています。たとえば、巻頭の『マイル81』はキングが脚本を手掛けたオムニバスホラー映画の『クリープショー』を彷彿とさせますし、パラレルワールドを扱った『UR』はキングのライフワークである『ダーク・タワー』の変奏曲ともいえる作品です。また、父と子の愛に思わずジンとくる『バットマンとロビン、激論を交わす』や掉尾を飾る『夏の雷鳴』で描かれる静謐な世界などもキングならではです。その他にも、ブライム・ストーカー賞を受賞した『ハーマン・ウォークはいまだ健在』、シャーリイ・ジャクスン賞受賞の『モラリティー』など、高品質な作品がずらりと並んでいます。収録作品の中には一般小説に分類されるものも多く含まれており、ホラー小説の帝王の二つ名の範疇を越え、キングがアメリカ文学の巨匠というべき域にまで達したことを実感させてくれます。珠玉の作品集と呼ぶにふさわしい傑作です。
マイル81 わるい夢たちのバザールI (文春文庫)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2020-10-21
夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールII (文春文庫)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2020-10-21


誓願(マーガレット・アトウッド)
近未来の北米。テロによって誕生したキリスト教原理主義国家ギレアデ共和国の体制にも綻びが見え始めていた。政治を操る立場まで上り詰めたリディア小母は密かに国家転覆を画策し、一方、養父母をギレアデのテロリストに殺されたニコールはリディア小母に託された文書を持ってカナダから共和国に潜入する。さらに、司令官の養女に迎え入れられるも望まぬ結婚を拒んで自ら養成施設に入ったアグネスは、そこでリディア小母との運命の出会いを果たす。この3人の女性を中心に今、時代が動こうとしていた......。
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1985年に発表され、世界的なベストセラーとなったデストピア小説『侍女の物語』の続編です。前作は一貫して主人公であるオブフレッドの視点から物語が語られていきました。舞台になっているのも(一部のエリートがすべてを支配し、女性の権利は徹底的に剥奪されたデストピアではあるものの)安定期といえる時代の出来事です。それに対して、本作はギレアデ崩壊前夜を舞台にしてその崩壊に直接関わった3人の視点から描かれています。デストピアそのものをSFチックに描いた前作と比べると歴史のうねりを感じさせる骨太なドラマに仕上がっており、娯楽性の高さという点でもなかなかのものです。特に、ギレアデで絶大な権力をふるいながらも国家転覆の機会を虎視眈々と狙っているリディア小母の老獪さに痺れます。また、扱われているテーマの割に語り口が妙に軽やかであり、閉塞感に満ちた前作との対比も印象的です。もし、『侍女の物語』を未読なのであれば、前作から通して読んでみるのも一興なのではないでしょうか。
2019年ブッカー賞受賞
誓願
マーガレット・アトウッド
早川書房
2020-10-01


シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選(ラヴィ・ティドハー他)
先祖の記憶を引き継ぎ、その記憶をいつでも引き出せる一族の物語を描いた『オレンジ畑の香り』、加速促進幼児成長技術の普及した世界であえてスローな人生を送ることを選択したスロー一族の女と彼らを未開人と蔑む研究者との認識の差を浮き彫りにしていく『スロー一族』、死者に触れることで生前の記憶を読み取ることのできる少女が死体の娘の記憶に魅了されて暴走を始める『完璧な娘』など、全16篇を収録。
◆◆◆◆◆◆
日本ではあまりなじみのないイスラエルのSF小説を集めたアンソロジー短編集です。『黒き微睡みの囚人』や『完璧な夏の日』などの著者であるラヴィ・ティドハーは日本のSFファンの間でも有名ですが、その他の作家は、少なくとも日本ではほとんど知られていないのではないでしょうか。しかし、そのクオリティはどれも素晴らしいものばかりです。なんといっても、日本の作家ではあまり見られないような奇抜な発想がとても新鮮です。たとえば、『エルサレムの死神』では”ガス室”の死神とユダヤ人の対話がユーモアたっぷりに描かれていたり、『ろくでもない秋』では女に捨てられて自殺しようと思っている男の前にUFOが降りてきてロバがしゃべりだしたりといった具合に大胆な設定の話が続きます。しかも、良い意味で先の読めない展開が続くのでワクワクしながら読むことができるのです。それに、イスラエルの文化や歴史に基づいた物語にも興味深いものがあります。作風としては決して明るいとは言い難く、一抹の寂しさを感じさせるものが多いのですが、それがイスラエルならではの特徴なのかもしれません。また、SFといってもサイエンスを全面に押し出すのではなく、観念的な思索に重きを置いている印象を受けます。その辺りは巻末の『イスラエルSFの歴史』に詳しいので、合わせて読むと面白さも倍増です。昨今は中華SFに注目が集まっているものの、世界には日本でSF小説が紹介されていない国ががまだまだ沢山あります。そして、その中には私たちにとって未知の魅力を秘めた作品が数多く眠っているのだという事実をこのアンソロジーは教えてくれているのです。


サイバー・ショーグン・レボリューション(ピーター・トライアス)
第2次世界大戦で敗北を喫したアメリカは日独によって分割統治され、それに伴い、日本とドイツは反目を深めていく。2019年。大日本帝国陸軍のメカパイロットである守川励子は現政権の打倒を目指す秘密組織、〈戦争の息子たち〉に参加する。大日本帝国の仇敵であるナチスドイツと癒着する多村大悟総督が許せなかったからだ。やがて、多村総督打倒作戦は成功し、革命政府が樹立される。だが、同時に、革命に協力的でなかった者への粛清が始まり、内部組織の対立が表面化し始める。しかも、革命の立役者だった暗殺者ブラディマリーが離反し、新政府に対するテロ活動を始めたのだ。さらに、その背後にはナチスドイツの影が見え隠れし......。
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第二次世界大戦で枢軸国が勝利したパラレルワールドを描いた三部作の完結編です。21世紀版『高い城の男』というべき設定に日本アニメから影響を受けたと思われる巨大ロボットものの要素を加味し、2作連続で星雲賞を受賞するなど、日本SF界ではかなり話題になりました。名作SFと日本のアニメを融合した設定それ自体がマニアをワクワクさせる要素に満ちていますが、それに加え、1作ごとに作風を大胆に変えて違った面白さを常に提示し続けている点も大きな魅力となっています。たとえば、1作目の『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』では巨大ロボットの活躍は控えめで、主に占領国家の暗部を暴きだすポリティカルサスペンス風だったのに対して、2作目の『メカ・サムライ・エンパイア』では巨大ロボットが大活躍する学園ロボットアニメ風の作品になっているといった具合です。そして、3作目である本作では、巨大ロボットを駆使しての市街地戦が存分に描かれています。謀略アクション+戦争小説を巨大ロボットもので味付けしており、怒涛のメカアクションを堪能することができます。1作目のポリティカルな部分と2作目の派手なアクションというシリーズの良いとこどりをした集大成的な作品に仕上がっているのです。また、単純な痛快娯楽作というわけでもなく、シリーズを通しての世界観はあくまでも権力闘争を繰り返す大日本帝国と人体実験やり放題のナチスドイツが覇権を争っているデストピアです。このデストピア要素は少々稚気が過ぎるこの物語のよいスパイスとなっています。ただ、前作と比べてグロさと残酷さがかなり増しているのでその辺りはこのみのわかれるところではないでしょうか。なお、本シリーズは一応本作で完結しましたが、物語として特に大きな結末を迎えたわけではありません。番外編の短編を発表する予定もあるそうなので、今後の展開もまだまだ目が離せないところです。


時間旅行者のキャンディボックス(ケイト・マスカレナス)
1967年。4人の女性科学者がアトロポジウムと呼ばれる放射性物質を用いたタイムマシーンの開発に成功する。ところが、発表会見の場で科学者の一人であるバーバラが躁鬱症を発症させ、支離滅裂な言動を繰り返す。彼女は度重なる時間旅行によって精神に深刻なダメージを受けていたのだ。結局、バーバラは研究チームから追放され、残った3人は時間移動を厳格に管理すべく、特定の国家に縛られない超法規的なタイムマシーン運用組織、コンクレーヴを設立する。その後、組織による管理によって時間旅行は順調に行われているかにみえた。だが、2018年に密室状態のボイラー室で全身に銃弾を撃ち込まれた身元不明の女性の死体が発見される。その事件はバーバラの孫娘を巻き込み、やがて、タイムマシーンを巡る恐るべき事実が明らかになるのだが......。
◆◆◆◆◆◆
通常のタイムトラベルものというのはほとんどの場合、未来改変が大きなテーマとなっています。過去に行って愛する人の死を回避しようなどというのがその典型的なパターンです。ところが、本作の場合、歴史干渉による未来改変の問題などはほとんど言及されていないのです。過去の自分に会ってはいけないなどといったタブーも存在しません。その代わり、本作では時間旅行を繰り返すことによって人間の価値観がどのように変容し、精神にどういった影響を与えるのかといった問題を丹念に追っています。同時に、殺人事件を巡るミステリー仕立てにもなっており、タイムトラベルが精神にもたらす悪影響に殺人事件の謎が巧みに絡んでくる構成が見事です。もっとも、SF設定自体は結構粗いため、ハードSFを期待した人にとっては物足りなさを感じるかもしれません。その一方で、人間の心理の変容を緻密に描き上げた、一種の心理小説として秀逸な作品です。それから、この手のSF小説としては珍しく、主要人物がほとんど女性というのも興味深いものがあります。同性愛なども描写され、著者のジェンダー観が色濃く反映された作品だといえるでしょう。
時間旅行者のキャンディボックス (創元推理文庫)
ケイト・マスカレナス
東京創元社
2020-09-10


宇宙へ【そら】へ(メアリ・ロビネット・コワル)
1952年。ワシントンD.Cの沿岸海上に突如巨大隕石が落下する。その衝撃と津波で半径数百kmは壊滅状態となり、ワシントンで議会開会中であったため、国家の中枢を担う政治家たちもほとんどが死んでしまう。さらに、隕石衝突時に発生した大量の水蒸気は大気中に留まり、地球に深刻な温暖化をもたらしていった。このままでは地球は死の星となってしまうと考えた元米軍女性パイロットのエルマ・ヨークは、得意の計算能力を活かして地球脱出計画を立案する。こうして、人類は生き残りをかけて宇宙開発へと乗り出すことになるのだが......。
◆◆◆◆◆◆
この作品、序盤のイメージと最後まで読み切ったときの印象はかなり違ったものになるはずです。たとえば、ハリウッド映画の『ディープインパクト』や『アルマゲドン』のような人類滅亡の危機に敢然と立ち向かう勇気ある人々を描いた作品、みたいなのを期待すると肩透かしを喰らうことになるでしょう。なぜなら、人類滅亡の危機といいながら、滅亡の兆しはなかなか現れず、危機感や緊迫感といったものはきわめて希薄だからです。どちらかというと、主人公が当時の女性差別の壁を乗り越え、女性たちが中心となって宇宙を目指す話となっています。はっきりいって、人類滅亡ものとしてはいろいろ物足りないのは確かです。その代わり、差別の壁を乗り越えて、いかに自分の夢をかなえていくかという社会派サクセスストーリー、あるいは歴史改変ものとしては非常に読み応えがあります。地球滅亡の危機に人類全体が立ち向かっていく話ではなく、あくまでもエルマ・ヨーク個人の物語であることを押さえてうえで読むのが吉です。
2019年ヒューゴ賞受賞
2019年ネビュラ賞受賞
2019年ローカス賞受賞

宇宙【そら】へ 上 (ハヤカワ文庫SF)
メアリ ロビネット コワル
早川書房
2020-08-20


ウォーシップ・ガール(ガレス・L・パウエル)
AI宇宙船のトラブル・ドッグは重巡洋艦として軍役に就いていたが、知的生命体の殲滅作戦に関わったのがトラウマとなり、退役して人命救護団体「再生の家」に参加するようになっていた。ある日、彼女は遭難信号を受信する。7つの惑星すべてに謎の彫刻が施されているというギャラリー星系で民間船が何者かの襲撃を受けたというのだ。現場に急行するも、そこでトラブル・ドッグたちは銀河の命運を賭けた戦いに巻き込まれることになり......。
◆◆◆◆◆◆
あらすじだけを読めば、AI宇宙船のトラブルドッグが主人公のように思えますが、実際のところ、14歳の少女だという彼女は脇役にすぎません。物語の大半はベテラン女艦長のサリーと民間船の生き残りで詩人のオナ・スダクの目を通して語られていきます。したがって、アン・マキャフリーの『歌う船』のような物語を期待すると肩透かしを喰らうことになるでしょう。しかし、その一方で、登場人物はみな個性的で魅力があり、星系を舞台にした騒乱を描いたスペースオペラとしては非常に読み応えがあります。特に、後半から始まる戦闘シーンでの攻防戦は手に汗握る面白さです。本作は3部作の第1弾ということで、一刻も早い続刊の発売が待たれるところです。
ウォーシップ・ガール (創元SF文庫)
ガレス・L・パウエル
東京創元社
2020-08-12


ウィトゲンシュタインの愛人(デヴィット・マークソン)
人類はことごとく死に絶え、最後の生き残りとなったケイト。彼女はアメリカのとある海辺で暮らしながら日々の出来事や家族との思い出などを綴っていく。そして、あるときは生存者を探して世界中を旅したり、訪れた地にメッセージを残したりする。暇をもてあますと家を燃やしたりもした。彼女は孤独でそして、その孤独には終わりがなかったのだ......。
◆◆◆◆◆◆
本作は1988年に著者が60歳のときに発表したもので、アメリカにおける実験小説の頂点とも称されたことのある作品です。どの辺が実験小説なのかというと、記述者である女性がすでに精神を蝕まれており、正気ではないらしいという点にあります。深い教養に裏づけされているために一見知的な文章に思えるものの、読み進めていくうちに読者はどうも書き手の精神が普通ではないことに気付かされます。たとえば、現代の出来事と過去の出来事が混同されて時系列が滅茶苦茶になっていたり、延々と脱線をくりかえした話が再び最初の地点に戻ってきたりなどといった具合です。そもそも、生きている人間は彼女一人しかいないため、正気と狂気の境を区別する基準すらこの世界には一切ないのです。しかし、だからこそ、彼女の手記は制約の多い既存の文学の不自由さから解き放たれて鮮烈なイメージを放っています。常識の枷が外れた内容であるために、決して読みやすい物語ではありません。ただ、論理的ではない代わりに、綴られている文章には独自のリズムがあり、そのリズムに乗るとテンポよく読み進めていけます。読む人の資質が激しく問われる作品ではありますが、波長を合わせることにさえ成功すれば、イメージの奔流に身を任せる快感を得られるはずです。実験小説の頂点という通り名に恥じない怪作だといえるでしょう。
ウィトゲンシュタインの愛人
デイヴィッド・マークソン
国書刊行会
2020-07-17


メアリ・ジキルとマッドサイエンティストの娘たち(シオドラ・ゴス)
ヴィクトリア朝時代のロンドン。21歳のメアリ・ジキルは父に続いて母も亡くして途方に暮れていた。ジギル家は元々使用人を何人も雇っているような資産家だった。しかし、父が亡くなったときに調べてみるとジキル家の資産はすべて消えてしまっている事実が判明する。それでも母は彼女の父親が残した遺産を元手にやりくりをしていたのだが、母の死によってそのツテも消えてしまった。つまり、メアリは完全に破産してしまったのだ。しかし、その後、彼女は弁護士から、母は別の銀行口座を所持しており、そこにプールしているお金をハイド氏の世話という名目でとある施設に送金していたという事実を告げられる。ハイドというのは父の元助手で殺人事件を起こして姿をくらました男の名だ。母はなぜそのような男に送金をしていたのか?その謎を解くために、メアリはかつてその事件に関わったことのあるシャーロック・ホームズに相談を持ちかけるのだが......。
◆◆◆◆◆◆
『ジキル博士とハイド氏(1885)』『フランケンシュタイン(1818)』『モロー博士の島(1896)』という19世紀の英国文学が生み出した、日本でもおなじみのマットサイエンティストたちに娘がいたという設定のヤングアダルト小説です。そこに、日本ではちょっとマイナーな『ラパチーニの娘(1844)』とヴィクトリア朝時代のロンドンの顔ともいえるシャーロック・ホームズ&ワトソン博士が加わって奇怪な連続娼婦殺人事件の謎に挑むというのがメインのストーリーで、いかにもヤングアダルトらしい賑やかな作品に仕上がっています。たとえば、娘たちはみな父親の所業のせいで不幸な境遇にありながらも悲嘆に暮れるわけでもなく、逆に、不幸をバネにして前に突き進んでいこうとします。そのバイタリティの豊かさが実に痛快です。また、本作はモローの娘による回顧録という形をとっているのですが、他の娘たちがことあることにツッコミを入れてきます。それもまた若い女性たちが集まってワイワイやっている感じがよく出ていて読んでいて楽しくなってくるのです。ホームズのキャラがやや類型的という不満はあるものの、次から次に登場する娘たちの書き分けがきちんとされており、それぞれのキャラの掘り下げが巧みになされている点は感心させられます。原典の設定もうまく作中に取り込んでいるので、19世紀の怪奇小説やシャーロック・ホームズに興味のあるという人は読んで損のない作品だといえるのではないでしょうか。ちなみに、本作は3部作の第1弾にあたり、次作ではイギリスを離れて欧州に舞台を移すとのことなので、どんな展開が待ち受けているのか今からそれが非常に楽しみです。


時のきざはし 現代中華SF傑作選(編:立原透耶)
宇宙飛行士候補生の2人が小型船で探査訓練を行っている最中に突如母船が爆発し、生き残るために必要な冬眠装置が一つしかないなかで決断を迫られる『太陽系に別れを告げる日』、時の流れを加速させることで通常の数十倍の速さで作物が収穫できる巨大農場における生物の異常進化をモンスターパニックとして描いた『異域』、VRが発達したアメリカで中国の青年が仮想空間であることを見破るゲームにチャレンジする『七重のSHELL』など全17編を収録。
◆◆◆◆◆◆
もはや、レベルの高さは折り紙つきになりつつある中華SFアンソロジーですが、その中においてもこの『時のきざはし』のSFとしての面白さには驚かされるものがあります。バラエティ豊かで、しかも、どの作品も卓越したアイディアを高いレベルで物語としてまとめあげているのです。そこには現代の日本SFや西洋SFにはない、ジャンル勃興期ならではの豊潤なイマジネーションに満ちています。そういう意味では、かつての西洋古典SFや日本の昭和SFの味わいに似ているといえなくもありません。どの作品も読み応え満点ではあるものの、読後感のインパクトという意味では走り続ける地下鉄での騒動を描いた『地下鉄の驚くべき変容』が頭一つ抜けています。筒井康隆を彷彿とさせるドタバタ劇なのですが、この結末を予測できる読者はさすがにいないのではないでしょうか。中華SFのこれからがますます楽しみになってくる極めて完成度の高いアンソロジーです。
時のきざはし 現代中華SF傑作選
滕野
新紀元社
2020-06-26


影を呑んだ少女(フランシス・ハーディング)
母を亡くしたのちに父方の一族に引き取られた少女、メイクピースは幽霊を頭の中に収納しておくことができる能力の持ち主だった。その力は彼女が生まれる前に亡くなった父の力を継いだものであり、しかも、父の血族であるフェルモット一族自体が不思議な力で歴史に影響力を及ぼし続けていた古き民だったのだ。メイクピークは彼らの不気味さに耐え切れす、屋敷からの脱出を図る。だが、彼女が兄のように慕ってきた人物が彼らの手に落ちたとき、メイクピースはフェルモット一族を滅ぼすために戦乱の世に身を投じる決意をするのだった。
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『嘘の木』や『カッコーの歌』が翻訳されたことにより、日本でも児童文学作家として高い評価を受けているフランシス・ハーディングの3作目の翻訳本です。ファンタジー要素として死者の魂を脳内に収納しておける能力というのが出てくるのですが、その設定をSF小説並みに事細かく理屈づけている点に既存のファンタジー小説とはまた違った面白さがあります。特に、クマの幽霊が憑依して最初は全く意思疎通ができなかったのに、次第に友情を育んでいく展開などは非常にユニークです。一方で、見逃せないのがこの物語が史実とリンクした歴史ファンタジーであるという点です。清教徒革命を背景とし、古い価値観が打ち壊される激動の時代を生き抜くなかで、かよわき少女だったヒロインがタフで知的な女性へと成長していくプロセスは非常に読み応えがあります。豊潤なイマジネーションと歴史物語としての面白さを兼ね備えた傑作です。
影を呑んだ少女 (創元推理文庫)
フランシス・ハーディング
東京創元社
2023-08-31


三体Ⅱ 黒暗森林(劉慈欣)
三つの太陽を持つ三体世界の異星人は新天地を求めており、千隻を超える侵略艦隊が地球に向かって侵攻中だという。彼らが地球に到達するのは四百数十年後。未曾有の危機に直面した人類は国連惑星防衛理事会(PDC)を創設し、対策を練る。だが、人類の行動は、世界中にばら撒かれた極小の人工知能・智子(ソフォン)によって監視されていた。つまり、人類の作戦はすべて異星人に筒抜けであり、このままでは勝ち目がない。そこで、人類が考え出したのが面壁計画だった。それは人類の中から卓越した頭脳の持ち主を選出し、彼らに対エイリアン作戦に関する全権限を委託するというものだ。選ばれた人間は異星人はもちろん、作戦に従事するスタッフにもその真意を悟らせずに、自分の頭の中だけで計画を組み立てていくことになる。やがて、元米国国防長官、現職のベネズエラ大統領など、4人の人物が選出されるが......。
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全世界で累計売上3000万部を記録したSF三部作の第2弾です。その面白さはぶっとんだ荒唐無稽の発想を理系的思考によってあくまでも理詰めで追及している点にあります。つまり、本シリーズにはハードSFの原初的な魅力がたっぷりとつまっているのです。そのうえ、魅力的な登場人物とテンポの良さも申し分ありません。結果として、小難しい話だとは感じさせず、極上のエンタメ小説として成立させることに成功しているのです。そして、今回のシリーズ第2弾では三体世界の異星人に対する起死回生の作戦”面壁計画”を中心に語られていきます。この「人類を救うには全人類を騙さなければならない」という設定がまた秀逸であり、壮大なスケールのコンゲームとして読み応え満点です。同時に、科学知識を随所に散りばめたSF小説としても興味深く、人類滅亡の日が着実に近づいていることから生まれるサスペンス感もなかなかのものです。壮大すぎるスケール故にご都合主義を感じてしまう点がないではありませんが、本作はそういった小さな不満など吹き飛ばしてしまうほどに面白さに満ちています。それだけに、次作でどのような結末を迎えるのかが気になるところです。
三体Ⅱ 黒暗森林(上)
劉 慈欣
早川書房
2020-06-18


第五の季節(N・K・ジェミシン)
この世界では数百年に1度の周期で第五の季節と呼ばれる破滅的な天変地異が起き、文明を滅ぼしてきた。しかし、第五の季節によって全ての文明が滅びるわけではなく、熱や運動エネルギーを操作するオロジェンと呼ばれる能力者の活躍によって一部の国家は長きに渡る存続を勝ち取ってきたのだ。だが、次に訪れる第五の季節は数百年から数千年に及ぶという。果たしてそのとき人類はどうなってしまうのか?
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史上初の3年連続ヒューゴ賞受賞という快挙を達成したThe Broken Earth三部作の第1弾です。その魅力は、なんといっても緻密な世界観にあります。巻末の設定資料集及び用語集だけで20ページ近くあり、舞台となる星の文明・社会システム・歴史といったものを徹底的に練り上げています。そのことによって、読むほどに豊潤なイマジネーションが湧き上がってくる極上の物語を構築することに成功しているのです。特に、世界各所に滅んだ文明の遺跡が残っているさまは滅びの美学に満ちており、廃墟マニアにとっては堪らない情景だといえるのではないでしょうか。そして、それらの要素に加え、並行して語られる3つの物語の息つく暇もない怒涛の展開にも引き込まれていきますし、その末にそれぞれのエピソードが1つに集約していくプロセスがまた見事です。天変地異が惑星規模ということで破滅SFとしてのスケール感も申し分ありません。近年発表されたSF小説の中でもリーダビリティの高さでは1、2位を争う大傑作であり、これから話がどのように転がっていくのかが気になるところです。ただし、抽象的な言い回しで構成されたプロローグは非常に読みにくいので、その点だけは注意が必要です。
第五の季節 〈破壊された地球〉 (創元SF文庫)
N・K・ジェミシン
東京創元社
2020-06-12


最後の竜殺し(ジャスパー・フォード)
科学が発展し、魔法の力が衰えた世界。かつて人々に恐れられていたドラゴンも偉大な魔術師との協定によってドラゴンランドの中に引きこもっている。しかも、徐々に数を減らしていき、今や生き残っているのは一頭だけ。一方、唯一ドラゴンに対抗しうる存在だったドラゴンスレイヤーもその役割を終えてすっかり姿を見せなくなっていた。残った魔術師たちは魔法の絨緞でピザを配達したり、魔法の力で配線工事をしたりしてかろうじて生計を立てていた。15歳の少女、ジェニファー・ストレンジはそんな魔術師たちを抱えるカザム魔法マネージメント社の代理社長である。気難しい魔術師たちに振り回されながらもなんとか頑張っていたが、最後のドラゴンの死が予知されて以降、魔術師たちの魔法が増大していっていることに気づく。ジェニファーは真相を調査すべくドラゴンスレイヤーに会いにいき、そこで自分こそが最後のドラゴンスレイヤーだという事実を知らされるのだった。それからというもの、CMの出演依頼は殺到するわ、ドラゴンランドの争奪戦に巻き込まれるわで、ジェニファーは資本主義の荒波にもまれることになり.......。
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人々が冬眠をするなか、ナイトウォーカーが人肉を求めて徘徊する世界を描いた『雪降る夏空にきみと眠る』が紹介されたことで日本のSFファンからも注目される存在となったジャスパー・フォードが2010年に発表した作品です。『雪降る夏空にきみと眠る』とはまったく雰囲気の異なる作品で、ドラゴンや魔法といったファンタジー要素と資本主義に毒された現代社会という舞台を融合させた独特な世界観に引き込まれます。魔法は存在するのに夢や希望はなくて、魔法使いは資本主義の歯車に組み込まれているという設定から紡がれる物語は、皮肉の効いたユーモアに満ちています。また、それでいながらヒロイックファンタジーの王道を外していない点がまた見事です。文章は軽快で読み心地も問題ありません。なにより、本当にドラゴンを殺すのか?殺したときに何が起きるのか?といった興味で読者を引っ張り、クライマックスで極上のカタルシスを味あわせてくれる、その綿密に計算されたプロットには思わず唸らされます。ちなみに、本国イギリスではすでに複数の続編が発表されています。それらの日本での紹介が待たれるところです。
最後の竜殺し (竹書房文庫)
ジャスパー・フォード
竹書房
2020-06-01


アンドロメダ病原体ー変異ー(ダニエル・H・ウィルソン)
かつて人類存亡の危機を招いた未知の病原体・アンドロメダ因子に4人の科学者が立ち向かった”アンドロメダ事件”から50年。フェアチャイルド空軍基地では事件の再発を防ぐべく長期にわたる監視が続けられていた。そして、監視体制が解除される直前になってブラジルのジャングルから六角柱の形をした奇妙な物質を検出する。それはアンドロメダ因子と同じ性質を持っており、近寄った人間をすべて死に追いやっていたのだ。しかも、その物質は次第に巨大化していく。明らかにアンドロメダ事件の再来だった。政府は世界中から専門家を招集し、ブラジルに派遣するが.......。
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映画『ジェラシック・パーク』の原作者として知られるマイケル・クライトンのもう一つの代表作『アンドロメダ病原体』の50年ぶりの続編です。とはいえ、マイケル・クライトン自身は2008年に亡くなっているので、本作は遺族の許可を得て書いた別作者の作品です。ちなみに、オリジナルの『アンドロメダ病原体』は通常の小説とは異なり、事件終息後に書かれた報告書のような体裁をとっており、図や写真なども挿入することで独特なリアリティを獲得することに成功しています。そうしたスタイルは本作でも踏襲していて、前作の雰囲気を上手く再現しています。また、スタイルが似ていても中身がつまらなければどうしようもないのですが、その点も問題ありません。前作のエッセンスを巧みに掬いあげたうえに、それを見事に現代の物語としてアップデートしているのです。登場人物のキャラもよく立っており、特に、女性の活躍が目立つのは前作にはなかったオリジナルの魅力だといえるでしょう。ただ、映画化を見越してなのか、密林での冒険などといったハリウッド的な見せ場を挿入しているのはいささか蛇足のようにも感じます。そうした小さな不満点を除けば続編としては文句なしの出来栄えです。もちろん、本作だけでも十分楽しめますが、前作を未読の人はぜひ合わせて読んでほしいところです。
アンドロメダ病原体-変異- 上
ダニエル H ウィルソン
早川書房
2020-05-26


空のあらゆる鳥を(チャーリー・ジェーン・アンダーズ)
動物と会話が出来る魔法使いの少女、パトリシアと天才科学少年のローレンスは運命の邂逅を果たし、周囲に疎まれている者同士で友情を育んでいく。だが、近い将来、魔法と科学の対立から大戦争が起きることを予見した秘密結社は、その中心人物となる2人のもとに暗殺者を送る。そして、それが原因となって仲たがいをしたパトリシアとローレンスはそれぞれ別の道を歩みだすことになるが......。
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ジャンル的にはSFファンタジーに分類され、いかにもといったSF用語も頻出するのですが、物語的にはほぼファンタジーといって差し支えない作品です。したがって、本格的なサイエンスフィクションを期待して読むと肩透かしを喰らうことになります。また、地球を破滅に追い込みかねない環境汚染が主題の一つとなっているものの、話としては非常に単純化されているので、テーマ性に関してもいささか物足りないものがあります。一方で、暗殺者神殿や50人委員会などといった奇妙な設定や個性的な登場人物などが次々と出てくるため、一種の寓話だと割り切って読めば非常に楽しい作品です。それに、魔法と科学が手を取り合うという展開もなかなか新しいのではないでしょうか。あらすじだけを読むと重い内容のようにも思えますが、中身は意外と軽妙洒脱な作りになっています。独特の世界観に惹かれるものがある、独創性の高い佳品です。
2017年ネビュラ賞受賞
2017年ローカス賞SF長編部門・ファンタジー長編部門ダブル受賞
空のあらゆる鳥を (創元海外SF叢書)
チャーリー・ジェーン・アンダーズ
東京創元社
2020-05-09


保健室のアン・ウニョン先生(チョン・セラン)
私立M高校にアン・ウニョンという名の養護教諭が新たに赴任してくる。しかし、彼女はただの養護教諭ではなかった。アン・ウニョンは霊能力を有しており、出勤初日から学校に何かがいることを感じていた。案の定、原因不明の怪奇現象が次々と起きる。彼女はBB弾の銃と折りたたみ式のおもちゃの剣を武器に、漢文教師のホン・インピョとともにさまざまな怪異に立ち向かっていく。果たして、この学校にはどんな秘密が隠されているのか?
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高校を舞台に30代の女性教諭が怪異と戦う物語が全10篇の連作短編として語られていきます。とはいえ、バイオレンスホラーとか伝奇アクションなどといった大層なものではありません。教師や生徒たちの抱える悩みを丹念に描き出し、それを怪異と絡めて解決していく、いわば日常怪異譚とでもいうべきつくりになっています。日常描写に重きを置いており、なかには全く怪異の登場しないエピソードもあるほどです。物語も怪異譚につきもののドロドロした感じは希薄で、後味のよい結末で締めくくられているのも好印象です。登場人物はみな愛らしく、それぞれのキャラの成長物語としても良くできています。全体的にキュートな雰囲気が漂っており、日本の学園ラノベにも通じるものがあります。ぶっ飛んだ設定と心温まる物語のコントラストの妙が堪能できる快作です。


月の光 現代中国SFアンソロジー(編:ケン・リュウ)
未来の自分が地球の命運を左右する情報を電話で伝えてくる表題作のほかに、嘘つきの王様の命令で史上最大の嘘を求めて世界中を旅する『ほら吹きロボット』、十世紀の五代十国時代に大軍に包囲されながらも奇妙な発明をする老人のおかげでかろうじて侵略を防いでいる都を描いた『普陽の雪』など、全16篇を収録。
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現代を代表するSF作家の一人であるケン・リュウによって編纂された中国SFアンソロジーの第2弾です。第1弾の『折りたたみ北京』がストレートな王道SFを中心に集められていたのに対して、本作はかなり変化球を駆使した曲者作品が多くなっています。たとえば、天下統一を成し遂げた始皇帝が引きこもってテレビゲーム三昧の日々を送る『始皇帝の休日』、北京オリンピックやSARSの流行というふうに時間を逆行しながら中国が貧しくなっていく『金色昔日』などといった具合です。そのイマジネーションの豊かさとエンタメ小説としての面白さは決して欧米SFに引けを取るものではありません。全体の完成度でいえば『折りたたみ北京』のほうに軍配が上がりますが、本作に収録されている作品はすべて2010年以降のものであり、同時に、前作以上に作風の幅が広くとられています。したがって、中国SFの今を知るには絶好の書だといえるでしょう。


彼女の体とその他の断片(カルメン・マリア・マチャド)
ジェニーは幼いときよりずっと緑色のリボンを首に巻いていた。ボーイブレンドのアルフレッドはそれが気になってしつこく尋ねるが、ジェニーは決してその理由を教えようとはしなかった。やがて、2人は結婚し、共に老いていく。そして、ジェニーはいまわの際になってようやくリボンにまつわる秘密を打ち明けるのだった。果たしてその秘密とは?
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8つの中短編を収録した本書は極めてシリアスな現実問題を幻想的な手法で表現したマジックリアリズムの傑作です。作者のマチャドはデビュー作である本書で全米図書賞を始めとする10の文学賞の最終候補となり、そのうち9つの賞を受賞しています。どの作品も鮮烈なイメージで彩られており、読む者の想像力を刺激していきますが、それぞれ異なる作者の作品では?と思うほどに一作一作の印象が異なっているのには驚かされます。悪夢的だったり、悲しみに満ちていたり、一風変わったユーモアに彩られていたりと、振り幅の大きな作風に読者はすっかり幻惑させられることになるのです。しかし、その根底にあるのは、いずれも社会にはびこる差別に対する怒りです。それをストレートに文字にするのではなく、自在な表現方法を駆使して魅力的な文学作品として昇華しているのが見事です。王道的なファンタジーや幻想文学とは趣が異なるものの、現代文学の今を知るうえで必読の書だといえます。
彼女の体とその他の断片
カルメン・マリア・マチャド
エトセトラブックス
2020-03-10


荒潮(陳楸帆)
中国南東部に位置するシリコン島には世界中から電子ゴミが集まってくる。そのゴミを回収し、価値のあるパーツを分離して収入を得るゴミ人と呼ばれる人々がいた。彼らは中国全土から出稼ぎにやってきた最下層に属する民だ。電子ゴミのリサイクルは金にはなるが、呼吸器や循環器の障害の原因となり、癌の発生率も高いハイリスクな仕事である。しかも、ゴミ人たちは代々島を支配してきた御三家によって厳しい労働を強いられていた。ところが、この島に大手リサークル企業のコンサルタントであるスコット・ブランダルが商談に訪れ、環境再生計画の提案をしたことによってすべてが変わり始める。一方、ゴミ人の米米(ミーミー)はスコットの通訳である陳開宗と恋に落ちるが.......。
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中国SFの躍進が著しい昨今ですが、本作もまたそうした現状を裏付ける会心の一作に仕上がっています。まずなんといっても、アジアンテイストなサイバーパンクの世界が魅力的です。『攻殻機動隊』を連想させる義体の存在や敵を自動認識して攻撃する大型犬の存在などは一見ありがちではあるのですが、描写のリアリティが細部まで行き届いているため、読んでいるとワクワクしてきます。特に、義体の描写は単なる『攻殻機動隊』の模倣に終わっておらず、生化学の最新情報を取り入れている点が手柄だといえます。また、未来のディストピアの世界を描きながらも現代の中国と国際社会との関係性についての鋭い批判を内包している点も見逃せません。しかも、単なる社会派SFというわけではなく、後半になると派手なメカアクションも用意されており、エンタメSFとしても読み応え満点です。デビュー作で力が入りすぎたせいか、いささか詰め込みすぎな感はなきにしもあらずですが、そのリーダビリティの高さには新人離れしたものを感じさせてくれます。2020年度SF界の台風の目になる可能性を秘めた傑作です。


怪物ーブッツァーティ短篇集3-(ディーノ・ブッツァーティ)
家政婦として働く女性が屋根裏で恐ろしい怪物を見つけるが家の者は誰ひとりとしてその存在を認めようとしない表題作、反体制主義者や厭世主義者といった国家の敵のみが感染する官製インフルエンザの話を聞いた大佐が追い詰められていく『流行り病』、エッフェル塔の高さは324mではなく、実はとんでもない高さだったという神話じみた物語が語られていく『エッフェル塔』など、幻想と寓話に満ちた18篇。
◆◆◆◆◆◆
画家や詩人でもあり、作家としては1940年に発表した『タタール人の砂漠』で知られるディーノ・ブッツァーティの日本オリジナル短編集の第3弾です。収録されている作品はどれも10~30ページ程度の短いものばかりですが、読み応えのある傑作がずらりと並んでいます。日常が崩壊していく不安を具現化させたような作風は、悪夢めいていながらも、その強烈な幻想性に強く心惹かれます。特に、熱に浮かされたように男たちが塔を上へ上へと積み上げていく『エッフェル塔』、兄弟たちが揃うと悪魔がやってくるという物語を聞いたことで兄弟の間で不和と恐怖が広がっていく『5人の兄弟』、怪物そのものではなく、怪物に対する反応を通して周囲の人々の奥底に潜んでいた不気味さを浮かび上がらせる『怪物』などのイメージが鮮烈です。どのエピソードもさくっと読める長さなので思考が煮詰まった時の気分転換に一話ずつ読んでいくのもよいのではないでしょうか。ちなみに、すでに発売済みの『魔法にかかった男』と『現代の地獄への旅』も同じくハイクオリティな短編集なのでおすすめです。
怪物 (ブッツァーティ短篇集 3)
ディーノ ブッツァーティ
東宣出版
2020-01-10



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