最新更新日2020/04/25☆☆☆
昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングから外れてしまったものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!(ベスト20)』及び『本格ミステリベスト10』の2つをピックアップし、これらのランキングにランクインしていない、それどころか下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2020年版 国内ベスト20予想
本格ミステリベスト10・2020年国内版予想

虎を追う(櫛木理宇)
30年前に起きた幼女連続殺人。2人組の男が逮捕され、死刑囚として収監されていたが、その内一人が癌で死亡した。この事件に引っかかりを感じていた元刑事の星野は、孫やその友人たちの協力を得て、独自に再調査を始めるが......。
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よくある冤罪ものですが、インターネットを駆使した調査方法がリアルに描かれている点が斬新です。それに、真犯人の残虐性をこれでもかというほど描写する一方で、主人公サイドの執念の捜査も克明に描かれており、その対比によって犯人を追いつめるプロセスを盛り上げることに成功しています。小さなサプライズを散りばめて先が気になる作りになっている点にもうまさを感じます。夢中になって読むことのできる捜査小説の傑作です。
虎を追う (光文社文庫)
櫛木 理宇
光文社
2022-06-14


少女葬(櫛木理宇)
16歳の少女・綾希は毒親からの虐待に耐えかね、保証人不要のシェアハウスに飛び込んだ。そこで、似た境遇の少女・槇実と出会い、共同生活を始める。苦しい生活の中で待ち受けていたのは残酷な運命だった.....。
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学園ホラー小説の『ホーンテットキャンパス』シリーズで著名な著者がリアルな社会問題に材を取り、貧困ビジネスの恐怖を描いた力作です。わずかなチャンスをものにし、貧困から抜け出すものがいる一方で、悲惨な末路を迎える登場人物の描写は想像を絶します。かなり陰鬱とした物語ですが、一度読みだしたらページをめくる手を最後まで止められない牽引力があります。ただ、貧困の現実をリアルに描いている割に、主人公の現実対処能力が高すぎるのは全体のリアリティを損ないかねないものであり、賛否の分かれるところです。
少女葬 (新潮文庫)
櫛木 理宇
新潮社
2019-04-26


その日、朱音は空を飛んだ(武田綾乃)
川崎朱音は学校の屋上から飛び降り、命を絶った。しかし、一体何故?そもそもこれは自殺なのか?やがて、その自殺映像がネットにあげられるが、その動画を撮影したのは一体誰なのか?
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アニメ化もされた『響け!ユーフォニアム』の著者による学園ミステリーです。視点が次々と代わり、次第に核心に迫っていく構成が『告白』を連想させます。視点人物一人一人が非常に生々しく描かれ、読んでいると自分の学生時代を思い出して心に突き刺さるものがあります。少しずつ真実が明らかになっていくプロセスもミステリーとしてうまくまとめられていますが、なんといっても白眉なのがラストです。油断していると思わず鳥肌が立つような衝撃に襲われることになります。青春の残酷さを描いたイヤミスの傑作です。
その日、朱音は空を飛んだ
武田 綾乃
幻冬舎
2018-11-22


微光星(黒谷丈巳)
洋食店を営む檜垣には小学3年生になる孫娘がいた。だが、彼女はある日突然、殺されてしまう。犯人は逮捕されたものの、判決は無期懲役。なぜ死刑ではないのかという想いと共に檜垣はある行動に出るが.....。
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死刑制度という重いテーマを題材にしながらも読みやすい文章と意外性に富んだテンポのよい物語にぐいぐい引き込まれていきます。また、作者の主張をしっかりと盛り込みながらも独善的にはならず、多様な意見に耳を傾ける姿勢にも好感が持てます。いろいろと考えさせられる社会派ミステリーの傑作です。
微光星
黒谷 丈巳
幻冬舎
2019-01-31


雨に消えた向日葵(吉川英梨)
ある雨の日に小学5年生の少女が失踪した。最後に目撃されたのは豪雨の中を傘を差して歩く姿。1カ月前に彼女につきまとっていた男。電車で発見される私物。果たしてこれは事件、事故、家出のいずれなのか?家族の焦燥がつのる中、時が過ぎていく.......。
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普通のミステリーと異なり、ほとんどの手掛かりは事件と無関係で空振りに終わるさまがリアルで臨場感があります。進展しない捜査に対する焦りや家族の焦燥感なども事細かに描かれており、事件の行方が気になってどんどん引き込まれていきます。ここまで事件のリアリティにこだわり抜いたミステリー作品もなかなかないのではないでしょうか。警察の執念の捜査も手に汗握ります。ただ、リアルさにこだわり抜いているだけあって事件の真相も極めて凡庸です。したがって、ミステリーに意外性を求めている人には全くおすすめできません。その代わり、ラストシーンはミステリーとしての意外性などとは別の意味で強く印象に残ります。ミステリーというよりも人間ドラマとして読んでほしい作品です。
雨に消えた向日葵 (幻冬舎文庫)
吉川英梨
幻冬舎
2022-03-09


夜のアポロン(皆川博子)
場末のサーカスで重力に逆らうような凄まじい芸を披露する青年は仲間からアポロンと呼ばれていた。その青年が避暑地でひと夏の恋に溺れる。一方、青年に恋するサーカス娘は一世一代の勝負に出るが......。
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90歳を迎え未だ現役の著者の未収録短編集です。初期作品を中心に集めていますが、いずれも皆川作品らしい退廃的なムードが漂っており、人の心に巣食う深淵を垣間見るようなぞっとする作品が続きます。特に、著者の戦争体験をベースに後味の悪い物語に仕上げた『冬虫夏草』が秀逸です。また、ホラーじみたラストの『致死量の夢』や母娘の壮絶な相克が描かれる『沼』なども強く印象に残ります。そして、緊張感を高めておいて最後にユーモア幻想譚である『塩の娘』を持ってくる構成の妙にも唸らされます。寄せ集め短編集ながら皆川ワールドが堪能できる逸品です。
夜のアポロン
皆川 博子
早川書房
2019-03-20


出航(北見崇史)
平凡な主婦だった母が突然家出をする。それ以来、見る見る荒んでいく家族を見かね、大学生の私は母を連れ戻すべく、彼女がいるはずの漁師の町を目指す。だが、そこは観たこともないグロテスクな世界だった。
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第39回横溝正史ミステリー&ホラー大賞優秀賞受賞作。日本ホラー大賞と合併して初めての横溝正史賞ですが、今回は思いっきりホラー寄りの作品が選ばれることになりました。いや、ホラーというよりも不条理小説といったほうが適当かもしれません。最初から最後まで一貫してグロテスクな描写が続き、現代の日本を舞台にしながらも現実感のない、神話的な物語が続いていきます。独特の世界観の下で展開されるブラックユーモアを交えたスピーディな展開には惹かれるものがありますが、スプラッター描写が苦手な人は手に取らないほうが無難でしょう。激しく賛否の分かれそうな作品です。
出航
北見 崇史
KADOKAWA
2019-10-31


腸詰小僧(曽根圭介)
女性をソーセージにしてマスコミに送りつけた腸詰小僧。日本中が騒然とする中、記者の西嶋は腸詰小僧の独占インタビューに成功する。ところが、その記事を掲載したことによって、彼は思わぬ窮地に追い込まれ......。
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全7編からなる短編集。悪趣味な設定で読者の興味を引き、そこからヒネリを効かせた展開で思わぬ結末へと導く手腕はさすがの巧さです。登場人物が悪人ばかりなのも不気味さを漂わせる作風とマッチしており、妙な爽快感さえ覚えます。さらっと読めてしまう平易な文章も好印象で、ブラックなテイストの作品が好きな人には特におすすめの佳品です。
彼女は死んでも治らない(大澤めぐみ)
沙紀ちゃんはすごく可愛くて、そしてすぐに殺されてしまう女の子。彼女のことが尋常じゃないくらい好きな神野羊子は高校入学早々に沙紀の死体を発見する。羊子は彼女を生き返らせるために推理を巡らせ、犯人を特定しようとするが.....。
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犯人を推理して被害者を生き返らせるという設定がユニークです。しかも、ハイテンションで過剰なまでに饒舌な語り口の中、ぶっとんだ展開が繰り広げられるので非常にカオスな作品に感じます。しかし、滅茶苦茶な話だなと油断していると、張り巡らされた伏線が回収されて、きちんと解決へと導かれるので驚かされます。なんとも風変わりな傑作です。ただ、伏線自体は人によっては簡単すぎると思うかもしれません。


崩壊の森(本城雅人)
1987年。新聞記者の土井垣侑は特派員としてモスクワに降り立つが、ソ連当局の圧力によって自由な取材ができない。そこで土井垣は市民の生の声を拾うべく、夜な夜な行われている町のパーティーに参加するが......。
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著者得意の記者ものを今回は外部記者にスケールアップさせています。現地で人脈を築きながら、スクープをものにしていくプロセスは真に迫っており、非常に読み応えがあります。飾り気のない平易な文章も読みやすく、市井の人々の生活を含めた歴史の裏側を臨場感豊かに描いているのが見事です。ソ連崩壊という激動の時代を記者の目を通して活写した社会派小説の傑作です。
崩壊の森
本城 雅人
文藝春秋
2019-03-20


九度目の十八歳を迎えた君と(浅倉秋成)
通勤途中の駅で僕は高校の同級生の姿を目撃する。だが、彼女は18歳の姿そのままだった。周囲の人間もそのことを不思議だとは感じないらしい。僕だけが違和感を覚えているのだ。その謎を解くために、僕はかつての学友や恩師を訪ねていくが......。
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ノスタルジーたっぷりに描かれたファンタジー要素を含んだ青春ミステリーです。「年齢を患う」というユニークな設定に基づいてその原因を探っていく物語なのですが、巧みに張り巡らされた伏線によって、心地よい驚きを与えてくれます。また、年齢を患うというおよそ現実味のない設定を淡々とした文章で描くことによって説得力のようなものを醸し出すことにも成功しています。青春時代の甘酸っぱさや切なさが心に響く良作です。
闇夜の底で踊れ(増島拓哉)
パチンコ依存症の伊達雅樹はソープ嬢に入れ込み、所持金が底を突く。そこで、身分を偽って闇金の金を踏み倒すが、素性が割れて襲撃を受ける。窮地に陥った伊達の前に現れたのは、かつて兄弟の盃を交わした関川組若頭の山本だった。
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第31回小説すばる新人賞受賞作。関西弁での軽快な掛け合いが心地よく、読者を飽きさせない工夫が随所に見受けられます。ジャンル的にはノワールということになるのでしょうが、そのジャンルにつきものの悲壮感や重苦しさなどは皆無です。登場人物のキャラが立っており、テンポよく物語が進んでいくあたりなどはまさにエンタメ小説のお手本という感じです。しかも、この作品を書いたのが19歳の新人だという事実に驚かされます。もちろん、作者の若さからくる描写の浅さが気になる部分もなきにしもあらずですが、溢れんばかりの才気を目の前にしては些細な問題だといえます。著者のこれからの成長が非常に楽しみだと思わせてくれるだけの魅力を有した快作です。
闇夜の底で踊れ (集英社文庫)
増島 拓哉
集英社
2021-01-20


育休刑事(似鳥鶏)
秋月春風は県警本部捜査一課の巡査部長。生後三カ月の息子・蓮くんのために刑事として初めての育休に挑戦する。だが、蓮くんを抱えて外出していた際に質屋の強盗に巻き込まれ、人質になってしまう......。
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刑事と育児をテーマに描いた連作集です。ミステリーとしてはいささかトリックが分かりやすいきらいがありますが、リアリティ豊かな育児描写と赤ちゃんの可愛らしさには引き込まれるものがあります。特に、育児問題についてはかなり詳しく描かれているので、将来父親になる人にとっては大いに参考になるのではないでしょうか。ドラマ化しても面白いかもと思わせてくれる佳品です。
育休刑事 (角川文庫)
似鳥 鶏
KADOKAWA
2022-08-24


99の羊と20000の殺人(植田文博)
副業で探偵を営む新本慶一と佐々木綴の元に入院中の息子の病名を調べてほしいという依頼が舞い込む。調査をしていくと奇妙な連続病死事件の存在が浮かび上がり、さらに江戸時代から伝わるある一族の謎の風習につながっていくのだが......。
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凸凹探偵コンビの掛け合いが楽しい作品です。ただ、テンポの良さは感じるものの、少々既視感もあり、探偵の個性という点では今ひとつかもしれません。そのかわり、江戸時代の風習や因習などの蘊蓄に関しては興味深く語られ、なかなか引き込まれるものがあります。また、そうした話が現代の事件と繋がり、恐るべき真相が浮かび上がっていく展開はインパクト大です。重いテーマの内容をキャラクターの軽快さでさらりと読ませることに成功した佳品だといえます。
99の羊と20000の殺人 (実業之日本社文庫)
植田 文博
実業之日本社
2019-08-03


とめどなく囁く(桐野夏生)
海釣りにでかけた夫はそのまま消息を絶ち、8年が過ぎた。法律上では夫は死亡扱いになったため、早樹は30歳年上の金持ちと再婚をし、悠々自適の生活を始める。しかし、やがて、夫の影がちらつくようになり.....。
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夫の生死を巡るサスペンスよりも、物語の主軸となっているのはドロドロとした人間関係です。その生臭い描写は本来なら読んでいてストレスを感じるところですが、キャラクター造形が秀逸なため、重苦しいながらもなかなか読ませる作品に仕上がっています。ミステリーとして衝撃的な真相などを期待した人には肩透かしでしょうが、人生の苦みを感じさせるラストは悪くありません。著者ならではの観察眼や表現力の妙を堪能できる逸品です。
とめどなく囁く
桐野 夏生
幻冬舎
2019-03-27


高校事変(松岡圭介)
優莉結衣はテロで死刑になった男の娘。彼女が通う高校に総理大臣がお忍びで視察に訪れたとき、そこに武力勢力が乱入する。総理が人質にとられそうになる中、結衣は幼い頃より叩きこまれた銃器や化学の知識を武器にテロリストと戦うが........。
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女子高生版ダイハードといった趣の作品であり、容赦のないアクションとスピーディな展開でぐいぐいと読者を引っ張っていきます。女子高生が一人でテロリストを制圧していくということでツッコミどころは満載ですが、細かいところにはあまりこだわらず、勢いだけで読ませてしまう点が本作の美点だといえるでしょう。ただ、主人公が万能すぎて緊迫感に欠ける点は賛否のわかれるところです。少なくとも物語にリアリティを求める読者が読むべき作品ではありません。なお、本作はシリーズ化されており、続編を含め、気軽にB級アクションを楽しみたいという人におすすめです。
高校事変 (角川文庫)
松岡 圭祐
KADOKAWA
2019-05-24


バッドビート(呉勝浩)
ワタルとタカトはヤクザから仕事を請け負うチンピラだった。そして、今回、兄貴分に頼まれたのは総合カジノセンターがある地元の島に荷物を運ぶ簡単な仕事のはずだった。しかし、気がつくと目の前に3つの死体が転がっていて.....。
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著者の作品としては珍しく、思いっきりエンタメに振り切った作品です。漫画のような展開に無理を感じないではありませんが、とにかく、全編に渡って疾走感と熱量に満ちているため、ワクワクしながら読むことができます。一言でいえば、チンピラ2人による爽快感満点の奮闘劇であり、ギャンブルの駆け引きやアクションシーンには思わず手に汗握ります。脇役たちもみなキャラが濃くて魅力的です。ただ、いつもの著者の作品に慣れている読者はあまりの軽さにとまどってしまうかもしれません。『スワン』と同じ作者とは思えない異色作です。
バッドビート
呉 勝浩
講談社
2019-03-28


背中の蜘蛛(誉田哲也)
東京池袋で発見された男の刺殺死体。そして、その半年後に起きた麻薬取引現場での爆殺事件。どちらの事件の捜査も難航するが、ある日突然解決する。警視庁組織犯罪対策部の植木はあまりにも唐突な捜査の進展に違和感を抱くが、その裏には現代社会の闇が潜んでいた.......。
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本作は警察小説の形を借りて監視社会の恐怖を描いた社会派ミステリーであり、第162回直木賞候補にも選ばれています。3部構成になっており、最初はバラバラだったエピソードが最後に一つの線でつながっていく緻密な構成が見事です。陰影のある人物造形や緩急をつけながら盛り上げていくドラマ性にも熟練の味を感じさせてくれます。テーマ性と娯楽性が絶妙にブレンドされた、読んでいく内に感情が揺さぶられていく傑作です。
背中の蜘蛛 (双葉文庫)
誉田哲也
双葉社
2022-10-13


展望塔のラプンツェル(宇佐美まこと)
貧困と暴力が蔓延する街、多摩川市で身を寄せ合って暮らす未成年カップルが虐待の跡のある幼児を保護する。家庭に恵まれなかった2人はその子をハレと名付け、一緒に暮らし始めるが......。
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”本の雑誌が選ぶ2019年度ベスト10”において1位に選出された作品。1980年代のバブルの時代を背景として、3つの視点から描かれるた群像劇です。ミステリーとしての仕掛けはわかりやすいものの、陰鬱とした物語の中から希望を浮かび上がらせる筋運びには巧さを感じます。子を育てる側だけではなく、児童相談所職員の立場からの視点も盛り込まれており、児童虐待や貧困の問題についていろいろ考えさせられる作品です。ミステリーというよりは一般小説として評価したい傑作です。
展望塔のラプンツェル
宇佐美 まこと
光文社
2019-09-18


レフトハンド・ブラザーフッド(知念実希人)
事故によって双子の兄・海斗を失った高校生の岳人はそれ以来、左手が勝手に動くエイリアンシンドロームという脳障害の一種に悩まされるようになる。しかも、その腕から兄の声が聞こえるようになっていたのだ。精神病を疑われた岳人は家出をするが、その先で殺人事件に巻き込まれる。
◆◆◆◆◆◆
ご都合主義も目立ちますが、解離性同一性障害、ドラッグ、殺人事件と、さまざまな要素を盛り込んだノンストップミステリーとして楽しめます。とにかく、ストーリー展開が早くてどんでん返しもしっかりと用意されているなど、エンタメ系ミステリーのお手本のような作品です。かなり分厚い本ですが、一気読み必至です。
レフトハンド・ブラザーフッド
知念 実希人
文藝春秋
2019-03-14


彼女たちの犯罪(横関大)
昭和の末期、医者の妻である神野由香里が海で遺体となって発見される。これは夫の浮気と不妊に悩んだ末の自殺なのか?それとも夫の智明による殺人なのか?しかし、事件の裏にはある女たちの企みがあった......。
◆◆◆◆◆◆
本作には1人の男と3人の女が繰り広げる愛憎劇が描かれていますが、二転三転する物語が面白く、ぐいぐいと引き込まれていきます。そして、最後にすべての伏線が収束していく展開が見事です。話のテンポもよく、上質な2時間サスペンスドラマのような味わいを楽しむことができます。
彼女たちの犯罪
横関 大
幻冬舎
2019-10-10


黄金列車(佐藤亜紀)
1944年。連合軍が迫る中、ハンガリー王国ではユダヤ人から没収した財産を退避させるため、輸送用の黄金列車が編成された。大蔵省の役人、バログはドイツ軍敗走による混乱の中、培った交渉術によって財宝を狙って群がってくる有象無象どもと渡り合っていく。同時に、目前にあるユダヤ人たちの財産は否応なく彼を過去の思い出へと誘っていき.........。
◆◆◆◆◆◆
戦時下の混乱においても職務を全うしようとする役人たちの矜持が胸を打ち、失われた過去の思い出に目頭が熱くなります。戦時中を舞台とした冒険譚というよりも人の心の機微を描いたヒューマンドラマとしてよくできた傑作です。
黄金列車
佐藤 亜紀
KADOKAWA
2019-10-31


クサリヘビ殺人事件 蛇のしっぽがつかめない(越尾圭)
幼馴染の小塚恭平がクサリヘビに噛まれて死んだ。彼はペットショップを経営していたが、猛毒を有するその蛇はワシントン条約で取引が規制されている。一体なぜそんなものが彼の店にいたのか?獣医の遠野太一は独自に調査を始めるが.......。
第17回『このミステリーがすごい!』大賞の隠し玉受賞作品です。いわゆる佳作ですが、読者の評判はむしろ大賞作品よりもこちらの方が高いようです。まず、読みやすい文章と先が気になる展開で読者を引き込んでいく手管が見事です。希少動物を巡る密輸の話も興味深く描かれており、ページをめくる手が止まらなくなります。ただ、ミステリーとしては薄味で、全体的にリアリティを欠いている点が大賞を逃した原因ではないでしょうか。


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