最新更新日2020/01/19☆☆☆

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大絶滅恐竜タイムウォーズ(草野原々)
生物種の進化史を賭けた戦いでネコ宇宙に勝利した星智彗女学院3年A組の面々たちだったが、デスゲームはそれで終わりではなく、さらなるステージへと進んでいく。今回は6600万年前の白亜紀末期に訪れ、知性化鳥類と戦争をしなければならないという。しかも、知性化鳥たちは宇宙に進出するほどの進化を遂げていたのだ。とはいうものの、技術文明を生みだすことなく、鳥たちは一体どのようにして宇宙進出を果たしたというのだろうか。少女たちはその答えを求めて”卵の塔”を登り始めるが......。
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『大進化動物デスゲーム』に続くシリーズ第2弾です。前作は、『最後にして最初のアイドル』でその奇想ぶりを存分に発揮した著者にしては大人しい印象を受けたのですが、本作を読むと前作が単なるまえふりに過ぎなかったことを思い知らされます。とんでも理論を炸裂させて物語構造を破壊し、悪ふざけに悪ふざけを重ねて「ついてこれる奴だけついてこい!」と言わんばかりの疾走を繰り広げていきます。一言でいえば無茶苦茶ですが、その無茶苦茶さに波長が合えば、めくるめく恍惚の世界を体験することができるはずです。まさに、これぞ純度100%の原々ワールドというべき怪作です。


裏世界ピクニック4 裏世界夜行(宮澤伊織)
季節は冬。空魚や鳥子、DS研の汀たちは民間軍事会社のメンバーとともにカルト集団の本拠地だった牧場へと向かう。そこは有名な怪談、「山の牧場」になぞらえて作られた施設だった。いくつかの部屋は裏世界に通じており、そこには裏世界に接触し、変わり果てた姿となった第四種接触者もいた。第四種をなんとか倒し、施設から離れようとする汀だったが、空魚は鳥子と共にこの施設の管理人になりたいといいだす。果たして空魚の目的は?
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4つのエピソードから構成された裏世界シリーズ第4弾です。主人公2人がどんどん裏世界に順応していっているため、初期にあった未知の存在に対する恐怖といった要素は薄まってきていますが、その分、このシリーズのもう一つの柱である百合要素は大充実の一冊に仕上がっています。空魚と鳥子の関係性が生々しいほどに濃密に描写されていますし、2人の間で交わされた会話やリアクションの一つ一つが非常に愛おしく感じられます。特に、鳥子の可愛らしさは絶品です。一方、ホラー要素も初期の強烈なインパクトは失われたとはいえ、裏世界が日常へと侵食していく狂気の描写にはやはり読んでいてゾクゾクするものがあります。中でも、空魚にまとわりつく「赤い人」の薄気味悪さはかなりのものです。百合とホラー要素がバランスよく混じり合い、百合SFの本領が十二分に発揮された快作です。


思い出の修理工場(石井朋彦)
こちらではない向こうの世界には、傷ついた思い出を美しい思い出に作り替える修理工場や役目を終えた思い出が眠る博物館がある。ある日、友達をうまく作ることのできない少女ピピはその世界に迷い込み、小鬼のズッキ、白ヒゲの親方ジサマ、朝は少女で夜は老婆になるレディ・ミス・ミセス・マダムといった不思議な人々と出会う。彼女は工場で働き始め、そこで初めて仲間を得るのだった。しかし、工場を閉鎖に追い込み、人々から思い出を奪おうとする”黒いエージェント”が現れる。ビビは仲間たちと一緒に”黒いエージェントに立ち向かおうとするが.......。
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スタジオジブリの元プロデューサーが描いたファンタジー小説です。それだけに奇妙な修理工場で少女が働くシーンなどは『千と千尋の神隠し』を彷彿とさせます。食事のシーンが美味しそうなところもいかにもジブリです。しかし、単なる焼き直しというわけではなく、独立した作品として素晴らしいクオリティを誇っています。まず、細部の表現が細やかで読んでいるとそれぞれのシーンが頭の中に浮かび上がってきます。ヒロインの心情も良く描かれており、物語もテンポよく進んでいくので、小説というよりもまるで映像作品を観ているかのようです。また、登場人物たちが口にする仕事に対する哲学にも考えさせられるものがあります。数々の教訓が説教臭くなく、さりげなく盛り込まれている点もよくできています。2019年屈指のファンタジー小説であり、将来的にはアニメ映画化も期待したいところです。
思い出の修理工場
石井朋彦
サンマーク出版
2019-12-11


イヴの末裔たちの明日 松崎有理短編集(松崎有理)
AI搭載のロボットが普及した結果、多くの人は職を失い、ベーシックインカムでの生活を余儀なくされていた。しかも、ベーシックインカムで支給されるのは生きていくのがやっとの金額にすぎなかった。そんな世界で職を失い、困窮した男は治験のアルバイトを始めるが.........。
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近未来を舞台にしたSF小説を中心に、中短編を収録した作品集です。5つの収録作品はどれもSFとしてのアイディアに優れており、文章が読みやすく、間口の広さを感じさせてくれます。SF小説の入門書としては最適の1冊だといえるのではないでしょうか。同時に、SF小説を読み慣れたマニアにとっても十分楽しめる奥深さを兼ね備えています。中でも、デストピアな未来をほのかなユーモアを交えながら描く表題作、未来人を名乗る囚人が監獄内でタイムマシンの開発に取り組む姿に哀愁を感じずにはいられない『未来への脱獄』が秀逸です。ただ、この2作はアンソロジー集である『GENESIS 一万年の午後』と『時を歩く 書き下ろし時間SFアンソロジー』にそれぞれ収録されているため、購入の際には注意が必要です。


オーラリメイカー(春暮康一)
遠い未来。人類は銀河に存在する知的生命体と水―炭素生物連合(アライアンス)を結び、人工知性の文明ネットワークである知能流(ストリーム)に対抗していた。あるとき、銀河の辺境に位置する恒星系のひとつが人工的な軌道運動を描いていることが明らかとなる。つまり、そこに高い技術力を有する文明が存在しているのだ。オーラリメイカー(星系儀製作者)と名付けられたその存在を連合に迎え入れるべく、合同調査団がその恒星系を訪れる。だが、星系内をいくら探しても文明らしきものは何一つ発見できなかった。調査員の一人であるイーサーはオーラリメイカーが知的生命体とは異なる別の存在ではないかと考え、ストリームに加入して捜査を続けるが......。
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第7回ハヤカワSFコンテスト優秀賞を受賞した表題作に短編『虹色の蛇』を加えた2本立て。まず、表題作はグレッグ・イーガンの作品を連想させるハードSFで、数万年単位の時代を包括したスケールの大きな物語に仕上がっています。しかも、SF的設定がこれでもかというほど緻密に構築されており、オーラリーメイカーを巡る謎解きにはワクワクさせられます。ただ、ハードSF的趣向が全面に出すぎているため、人間ドラマとしての面白さは希薄です。そのため、無味乾燥な味わいに読みにくさを感じるかもしれません。一方、『虹色の蛇』のほうは『オーラリメイカー』と同じ世界を舞台にしているものの、地球人の一人称で綴られた比較的スケールの小さな物語です。しかし、その分、情感たっぷりに語られ、ドラマ性は遥かに充実しています。放電する雲のような生命の生態に関しても興味深いものがあり、情緒的なハードSFとして秀逸です。
オーラリメイカー
春暮 康一
早川書房
2019-11-20


宇宙船の落ちた町(根本聡一郎)
田舎町の宇多莉町で育った青砥佑太は14歳のときに巨大なUFOが墜落するのを目撃する。それは902人のフーバー星人を乗せた宇宙船だった。その10年後。フーパー星人たちが地域社会に溶け込んでいく一方で、佑太は避難区域となった宇多莉町から都会の舞楼市に移り住み、フリーターをしながら無気力な日々を送っていた。だが、あるアイドルの握手会を契機として、彼の生活は一変することになり.....。
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宇宙人や宇宙船墜落といったSF的ガジェットが移民問題や原発事故という現代日本が抱える問題のメタファとなっており、優れた風刺小説として成立しています。しかも、ストレートに書けば重苦しくて説教臭い話になるところを国民的アイドル宇宙人との同棲ラブコメ要素を付加することで非常に読みやすい物語に仕上げているところが秀逸です。ただ、物語全体が楽観主義に大きく傾いている点は辛気臭くなくてよいととるか、テーマの扱いが表層的で深みがないととるかで評価がわかれそうです。
宇宙船の落ちた町 (ハルキ文庫)
根本聡一郎
角川春樹事務所
2019-11-15


白銀の墟、玄の月 ~十二国記~(小野不由実)
虚海に浮かぶ四極国の一つ戴国の泰王・乍驍行は登極から半年で消息を絶つ。そして、泰王の麒麟である泰麒も姿を消した。王の不在が6年間続いた結果、偽王の台頭に国は乱れ、飢えと寒さが領民を襲う。一方、李斎将軍は他国の王の助力を得て泰麒を連れ戻すことに成功するものの、泰王は行方知れずのままだ。泰麒は泰王の行方を追うが......。
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カルト的な人気を誇るファンタジー大河小説の実に18年ぶりの新作です(もっとも2013年に番外編的な短編集は発売されていますが)。さすがは日本を代表するファンタジー小説だけあって読みごたえは十分です。読み進めていくと重厚な世界観と情緒的な描写、魅力的な登場人物たちにすっかり魅了されていきます。そして、展開がゆったりとしていた1、2巻に対し、後半の怒涛の展開には手に汗握るものがあります。ただ、逆にいうと、全4巻の内、最初の2巻は似たような描写の繰り返しが多く、いささか冗長です。また、人によっては後半が駆け足過ぎると感じる人もいるでしょう。それに何より、間が空き過ぎたので作品の雰囲気が若干変わってしまっている点が気になるところです。十分に面白い作品ではあるのですが、シリーズに対する期待値が高かっただけにその辺は賛否のわかれるところではないでしょうか。


レームダックの村(神林長平)
パワーローダーを身に付けた人間による無差別テロは多くの市民の命を奪うことになった。さらに、世界同時多発テロによってネット環境が破壊され、金融システムが崩壊する。正体不明の敵から経済テロを仕掛けられ、金の流れを止められた人類はゆっくりと滅びへと向かっていた。一方、新聞記者の真嶋は信州での取材の途中でいきなり見知らぬ男女に拉致され、奥地の村に連行される。そこで、彼が見たものとは?
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神林流黙示録を描いた『オーバーロードの街』の続編的作品です。都会が主な舞台だった前作に対して、本作では古い因習が残る山間部の村を舞台にして文明が滅びゆく世界を描いたという点がユニークです。一見、世俗から隔絶しているように見える秘境の村も世界との強いつながりがあって、滅びとは無関係ではいられないというプロットは社会派小説としてよくできています。村の奇妙な生活や個性的な登場人物もじっくりと描かれており、引き込まれるものがあります。中でも名前しか登場しない有羽の存在感が強烈です。終末SFとして大いに楽しめる作品だといえますが、結末がいささか唐突だったのは賛否の分かれるのではないでしょうか。ストーリー的にはまだまだ続きそうな感じなので、続編の有無も気になるところです。
レームダックの村
神林 長平
朝日新聞出版
2019-11-07


戦争獣戦争(山田正紀)

1994年。北朝鮮の核燃料保有施設を訪れたIAEA(国際原子力機関)の核特別査察官である蒔野亮子は使用済核燃料の沈むプールで未知の生物を目撃する。それは戦争によって人類が負のエントロピーを清算する際に誕生する四次元生命体≪戦争獣≫だった。亮子の体には生まれつき睡蓮の花の刺青が刻まれており、その刺青を持つ者は戦争獣を目にすることができるのだ。死態系の頂点に立つ彼らを扱えるのは、永遠の闘争に明け暮れる種族・異人(ホカヒビト)だけだという。そして、舞台は1950年の朝鮮戦争、1968年のベトナム・ソンミ村、1995年の北朝鮮・寧辺の核施設と目まぐるしく変化していく。果てしない闘争の果てに待ち受けるものとは?
◆◆◆◆◆◆
デビュー作の『神狩り』以来、著者が一貫して追い続けている〝想像できないものを想像する”というテーマに真正面から挑戦した骨太のハードSFです。話自体はかなり難解で、しかも、時空を次から次へと跳躍しながら展開していくので、振り落とされないようにしがみついているのが精一杯です。到底、完全に理解出来たとはいえません。しかし、その一方で、南の島のローカルな守護神に過ぎなかった存在が、第二次世界大戦を経て変異し、宇宙の存亡を左右しかねない存在になっていくという壮大なスケールの物語には圧倒され、引き込まれるものがあります。難解でありながらも退屈だとは感じないのは、それだけ物語の牽引力が強いからでしょう。デビューから半世紀近くを経ても全く衰えることを知らない創造力の高さに驚嘆を禁じ得ない一冊です。
戦争獣戦争 (創元日本SF叢書)
山田 正紀
東京創元社
2019-10-30


嘘と正典(小川哲也)
米ソ冷戦時代の最中、
CIAモスクワ支局に勤めるジェイコブ・ホワイトはモスクワ電波電子研究所の上級エンジニアであるアントン・ペトロフからコンタクトを受ける。ペトロフによると、静電加速器を使った反重力場生成の研究過程で偶然、過去に電子を飛ばす方法を発見したというのだ。つまり、その原理を利用すれば過去の人物にメッセージを送れることになる。ちなみに、ペトロフがその研究成果をCIA職員であるホワイトに打ち明けたのは、彼がソ連の非合理性に強い不満を抱いており、自分の研究成果を生かせるのは合理性を重んじるアメリカのほうではないかと考えるようになったからだ。一方、ホワイトはその技術を用いれば、共産主義国家そのものをなかったことにできるのではないかと考える。その方法というのが、過去の人物に情報提供をしてマルクスの盟友であるエンゲルスを裁判で有罪にしてしまおうというものだった。そうすれば、共産党宣言は発表されず、ロシア革命も起きないはずなのだが.......。
◆◆◆◆◆◆
『ゲームの王国』で日本SF大賞と山本周五郎賞をダブル受賞した著者による短編集です。収録されている6篇はどれもSF小説ですが、小難しいものではなく、エンタメ小説として非常に優れているものばかりです。まず、タイムマシンを使ったマジックショーというネタを畳みかけるようなテンポで語る『魔術師』の物語構造が見事ですし、流行に流される社会を風刺し、特攻服に身を包んで大企業に乗り込む主人公の姿を描いた『最後の不良』も楽しい一編に仕上がっています。そして、歴史改編の可能性を探る表題作や『時の扉』も時間SFとして秀逸です。特に、『時の扉』の仕掛けの鮮やかさには思わず唸らされてしまいます。どの作品も物語世界にぐいぐいと引き込んでいく力を感じさせる傑作です。
2020年版SFが読みたい!国内部門4位
嘘と正典 (ハヤカワ文庫JA)
小川 哲
早川書房
2022-07-06


楽園の真下(荻原浩)
日本の南方に位置する志手島は天国に一番近い島と呼ばれる自然の豊かな場所で、観光地として知られていた。その島で全長17センチの巨大カマキリが発見さたという。それが本当なら世紀の大発見だということで、雑誌の編集部からフリーライターの藤間が送り込まれる。だが、彼にはその島に向かうもう一つの理由があった。志手島では近年、自殺と思われる水死体の発見が相次いでいる。その数があまりにも多いので、死出島と呼ばれるようになっているほどだ。藤間は妻を自殺で失って以降、人はなぜ自ら命を断つのかという問題を考え続けており、自殺の名所を取材することでその答えに近づけるような気がしていたのだ。島に到着した藤間は野生生物研究センター長である秋村准教授の協力を得て、島のカマキリの実態を調べ始める。そこで明らかになったのは、想像を超えた恐るべき実態だった.....。
◆◆◆◆◆◆
サメ、ワニ、クマ、ネズミ、ハチ、鳥と、動物パニックサスペンスの世界ではさまざまな動物が人に襲いかかってきますが、カマキリを扱った作品というのは珍しいのではないでしょうか。隠密行動が得意で、場合によっては自分より体の大きな鳥やヘビなども襲うカマキリが、巨大化して人間に襲いかかってくるかと思うと、それだけでゾッとしてしまいます。しかも、本作で恐怖の対象となるのはカマキリだけではありません。生理的嫌悪感が半端ないもう一つの巨大生物が人類に牙を剥いてくるのです。はっきりいって、その恐怖は巨大カマキリのそれを遥かに凌駕しています。この2段構えの構造が本作の印象を忘れ難いものにしているのです。また、生物に関する蘊蓄も豊富で、生き物好きの人は興味深く読み進めることができるのではないでしょうか。ただ、虫嫌いな人は注意が必要です。かなりえぐい描写もあるので、下手に手を出すと、悪夢にうなされるおそれがあります。
楽園の真下
荻原 浩
文藝春秋
2019-09-11


エンタングルガール(高島雄哉)
映画監督志望の守凪了子は舞浜南高校に入学すると同時に映画研究部に入部し、夢の実現への第一歩を踏み出す。部長の河能亨からは「君は映画監督にはなれない」といわれるが、それは彼女の才能を否定する意図の発言ではなかった。この世界にはある秘密が隠されていたのだ。ともあれ、了子は映画研究部の中で映画製作に着手する。彼女が映画の題材に選んだのは
舞浜南高校に伝わる学校の七不思議だった。
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本作は2006年にテレビアニメとして放映された『ゼーガペイン』のヒロイン、守凪了子を主人公に据えたスピンオフ作品です。もともと『ゼーガペイン』はSF設定の見事さが高く評価された作品であるのですが、その味わいが、ハードSF小説の旗手である高島雄哉によって見事に再現されています。最初は青春小説として始まり、そこから虚実皮膜や量子力学などの話を通じて次第に壮大な世界観が浮き彫りになっていくというプロセスにはアニメ版と同様にワクワクする感覚を覚えます。一級のSFアニメとSF作家が幸せな出会いを果たした傑作です。


星砕きの娘(松葉屋なつみ)
弦太は豪族の跡取り息子だったが、幼いときにこの地に跋扈する鬼に浚われ、それ以来、鬼の砦で囚われの身となっていた。ある日、弦太が川で拾った蓮の蕾を砦に持って帰ると、驚いたことにそれは赤ん坊に姿を変える。蓮華と名付けられた赤ん坊はすくすくと成長し、強く美しい娘となる。だが、明けの星が空に昇るとなぜか赤ん坊の姿に戻るのだった。やがて、7年が過ぎ、都からはようやく鬼の討伐隊が派遣される。こうして自由の身になった弦太と蓮華だったが.......。
◆◆◆◆◆◆
第4回創元ファンタジー新人賞受賞作。重厚な雰囲気を纏いながらも非常にテンポよく読める和風ファンタジーです。可愛らしさと強さが共存するヒロインの蓮華を始めとして、キャラクターが魅力的なので、鬼の正体や蓮華の秘密といった謎めいた展開にぐいぐいと引き込まれていきます。また、主人公とヒロインの別離と再会、地獄の亡者との死闘といった具合に見どころが満載で、過酷な運命に抗う2人の姿には素直に感動させられます。新人離れしたうまさを感じさせてくれる1冊です。
星砕きの娘
松葉屋 なつみ
東京創元社
2019-08-29


先をゆくもの達(神林長平)

人工知能による支配を良しとせず、地球から火星へと移住した女性たち。それから、200年の月日が過ぎた。異端のリーダー、ナミブ・コマチは地球人が残していった全地球情報機械を探索するのが生き甲斐だった。やがて、彼女はそれまでタブーとされてきた男児を火星で初めて産み落とすが........。
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80年代以降の日本SF界をリードしてきた著者の作家デビュー40周年記念作品であり、その名に恥じない円熟の味を感じさせる佳品に仕上がっています。ただ、序盤の展開は靄がかかったように曖昧模糊としており、読者はとまどいを覚えるかもしれません。しかし、中盤を過ぎると読者の認識を揺るがす怒涛の展開が続くことになります。火星と地球、人間と機械などといった対立項を用いながらアイディンティティを巡る物語が切れ味鋭く語られていきます。特に、意識とは何かという問いかけは、人類の普遍的テーマに通じる非常に興味深い内容です。この辺りは他の作家では味わえない神林作品ならではの魅力だといえるでしょう。しかも、初期作品と読み比べてみると、そこで語られる内容はより深みを帯びていることに気づかされます。それ故に、やや難解であり、神林作品の初心者は内容を咀嚼するのに苦労するかもしれません。しかし、それを乗り越えて読破すべき価値は大いにあります。
2020年版SFが読みたい!国内部門8位
先をゆくもの達
神林 長平
早川書房
2019-08-20


なめらかな世界と、その敵(伴名練)
第2次世界大戦終了と共に始まった米ソの冷戦は、やがて国の威信をかけた宇宙開発競争へと発展していく。1969年7月。アメリカのアポロ11号は見事月面着陸を果たす。しかし、国旗を月面に立てようとした宇宙飛行士が目にしたものは、スターリンの銅像だった。ソ連はアメリカよりも遥か以前に月へと達していたのだ。次の瞬間、全世界のテレビがハッキングされ、テレビ画面にブレジネフ書記長が姿を現す。そして、高らかに宣言するのだった。「我らソビエトの人工知能ヴォジャノーイは技術的特異点を突破した」と。一方、アメリカはそれに対抗して人工知能リンカーンを開発するが.......。
◆◆◆◆◆◆
本著は全6作からなる短編集ですが、本全体に独創的なアイディアが詰め込まれており、どの作品もSFならではの面白さに満ちています。しかも、卓越したプロットと鮮やかな文章表現を兼ね備え、全く隙のない作品世界を構築しているのです。特に、目まぐるしく変わる情景の末に至る結末が鮮やかな表題作とオールタイムベストとの呼び声高い『ひかりより速く、ゆるやかに』は素晴らしいとしかいいようがありません。ちなみに、作者の主な活動拠点は商業誌ではなく、同人誌です。それにも関わらず、多くの作品がメジャー出版社のアンソロジーに採用されているという事実が、いかに作品のクオリティが高いかを物語っています。
2020年版SFが読みたい!国内部門1位
ファミリーランド(澤村伊智)
誰もがデジタル製品を使いこなせるようになった近未来でスマートディバイスを駆使して姑が嫁を監視するようになった『コンピューターお義母さん』、薬を飲むことで金髪碧眼の優秀な子どもを産むことができる世界を描いた『翼の折れた金魚』、お葬式のあり方を問い直す『愛を語るよりも左記のとおり執り行おう』など、近未来の家族を巡る悪夢のような出来事を描いた全6篇の作品集です。
◆◆◆◆◆◆
ホラー界の旗手として知られる澤村伊智が、家族をテーマとして近未来SFに挑戦した短編集です。とはいえ、物語の軸となっているのはあくまでも恐怖です。現代と陸続きになっている未来の世界に時折悪夢めいた描写を織り交ぜることで、背筋が冷たくなるような恐怖を巧みに描き出しています。もしかしたら、近い将来こんな社会がやってくるかもと思わせる描写が実に巧妙です。そして、恐怖一辺倒ではなく、時折とぼけた味が見え隠れしているのも絶妙なアクセントとなっています。新しいジャンルながら、澤村作品ならではの技巧の冴えを堪能できる野心作です。
ファミリーランド
澤村 伊智
早川書房
2019-07-18


アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー(南義隆・小川一水・草野原々etc)
ソビエト連邦で暮らすエカチュリーナ姉妹はアルコール中毒の親から逃れ、モスクワでホームレス生活をしていた。だが、彼女たちは同じホームレスの老人の密告によって当局に捕縛され、国家が極秘で運営している宇宙開発のための施設で育てられることになる。施設では姉の持つ共感能力が注目され、研究が進められていくが、実験の失敗によって彼女は廃人となってしまい......。
◆◆◆◆◆◆
近年、漫画やアニメの世界では百合というジャンルが一大勢力となるまでに発展を遂げていますが、ついにその波はSF界にも押し寄せてきたのかといった感があります。ただ、百合SFといっても女性同士の恋愛が前面に押し出されているわけではありません。あくまでも女性同士の関係性を起点としてそこからSF的ガジェットに絡めていく作品が多いので、同性愛的なものが苦手な人でもそれほど抵抗なく手に取ることができるのではないでしょうか。逆に、濃厚なレズビアン的展開を期待して読むと大いに肩透かしを食らうことになります。一方、個々の作品としては、宇宙開発という国家の思惑によって踏みにじられる姉妹の関係性を冷徹な筆致で描いた『月と怪物』、百合ミステリー『元年春之祭』で中華ミステリーの新たな可能性を提示した陸秋槎が機械翻訳を通して人工知能とはなんたるかを描いた『色のない緑』、大正ロマンを舞台にして吸血鬼を登場させたある意味では正統派百合小説とでもいえる『彼岸花』など、個性豊かな作品が揃っています。SF小説としての読み応えはかなりなものなので、百合に拒絶感がなければ、読んで損はないアンソロジーです。


アトリと五人の王(菅野雪虫)
東琴国の姫であるアトリは継母から疎まれ、碌に教育を受けることなく育っていった。そして、鈍愚な彼女は厄介払いされるかのように、9歳で辺境の没落領主の元に嫁がされる。だが、病弱な夫は彼女を教え導き、アトリは次第に生来の利発さを取り戻していく。やがて、夫が亡くなり、アトリは故郷に帰ることになるのだが......。
◆◆◆◆◆◆
中央アジア風の架空の世界を舞台としたファンタジー小説です。序盤は親から育児放棄される姫という陰鬱な展開でいささかうんざりした気分になりますが、ヒロインが最初の夫と出会ったあたりからどんどん話に引き込まれていきます。ヒロインが8年の間に5人もの王に嫁ぎ、真摯な対話を通して王たちの記憶に残っていくという展開にはどこか千一夜物語にも通じる面白さがあります。決して明るい話ではありませんが、登場人物が生き生きと描かれているために、不思議と読後感は悪くありません。ただ、一章につき、1人の王との結婚生活が描かれているので、その点はテンポが良いと取るか、駆け足と取るかで意見の分かれるところではないでしょうか。ともあれ、切なくも心癒される傑作であることは間違いのないところです。
アトリと五人の王
菅野 雪虫
中央公論新社
2019-06-18


偶然の聖地(宮内悠介)
プログラムのバグによってコンピューターが不調を起こすように、この世界にも旅春と呼ばれるさまざまなバグが存在する。幻の聖地であるイシュクト山もそんなバグの一つだった。そこにたどり着くことができれば願いをかなえてくれるが、その代わり、大切なものを奪われるという。男は変人の相棒と共にその山を目指す。一方、世界のバグを修正する世界医が殺され、その謎を刑事が追うが......。
◆◆◆◆◆◆
本作を読み始めて最初に目につくのは膨大な注釈です。トータルで400以上もの注釈があるので読む前から思わずげんなりしてしまいます。なぜなら、ハードSF調の物語に加えて、専門用語の注釈がそんなにある作品なんてどう考えても読むのに骨が折れるに決まっているからです。ところが、実際に読み始めて見ると、その注釈は決して専門用語の解説などではないことに気がつきます。それではなにかというと、この作品を書くに至った経緯を始めとする創作裏話がぎっしりと書きこまれているのです。最初は戸惑いますが、慣れてくるとそれが絶妙なスパイスとなり、エッセイ・メタフィクション・旅行記といった具合に、作品をいろいろな側面から楽しむことができるようになります。確かに、専門用語が多くてストーリーも入り組んでいるため、一読しただけでは完全には理解できないかもしれません。しかし、そんな細かいことは気にしなくても自分なりの楽しみ方を見つけることができる柔軟さがこの作品にはあります。読書の新しい魅力に出会うことができる実験的SFの傑作です。
2020年版SFが読みたい!国内部門5位
偶然の聖地
宮内 悠介
講談社
2019-04-25


飢え渇く神の地(鴇澤亜妃子)
飢えに苦しむ神・ダリアが豊穣の女神である妻・アシュタールを喰らうという神話が残る西の沙漠。そこで青年・カダムは遺跡の地図を作るという仕事を行いながら、10年前に砂漠に消えた家族の行方を追っていた。そんなある日、レオンという名の宝石商が砂漠の道案内に彼を雇いたいといってくる。その依頼を受け、無事目的地に着いたカダムだったが、彼の目の前に10年前に行方不明となったエレンにそっくりな少女が姿を現した。彼女は謎の組織、ガラ=シャーフ教団の使徒だという。少女に再び会いたいと考えたカダムは訳あって教団に潜入するというレオンに同行するが、そこには驚くべき秘密が待ち受けていた。
◆◆◆◆◆◆
ほぼ現実と同じような世界観の中に神話や砂漠の呪いといったファンタジー要素を盛り込んだ設定に引き込まれます。現代と古代、技術と呪術という相反する要素の絡め方が非常に巧みなのです。そのため、ロマン溢れる設定をリアリティ豊かに描くことに成功しています。地に足のついた王道ファンタジーの佳品です。
飢え渇く神の地 (創元推理文庫)
鴇澤 亜妃子
東京創元社
2019-04-24


ヒト夜の永い夢(柴田勝家)
1927年。稀代の博学博士であり、同時に粘菌研究者でもあった南方熊楠のところに超心理学者の福来友吉が訪ねてくる。彼の誘いで熊楠は秘密団体「昭和考幽学会」に加入することになった。ところが、その団体は匿名が前提であるため、全員が覆面をしており、活動内容も決まってないという。しかし、議論の中で天皇陛下即位の記念事業を行おうという話になる。彼らの研究の成果を陛下に見せ付けようというのだ。そして、開発したのが粘菌で動く、〝思考する自動人形”だった。完成した自動人形の少女は天皇機関と名付けられるが、やがて、彼らは混乱の226事件に巻き込まれていく.......。
◆◆◆◆◆◆
戦前の日本で粘菌を用いたAIロボットを開発するという絵空事を、南方熊楠や宮沢賢治といった当時の異才を集結させることで成立させてしまう力技に引き込まれていきます。これぞセンスオブワンダーの世界です。それに、昭和初期の一種いかがわしい雰囲気がたっぷり詰まっているので、伝奇小説としても満足度の高い逸品です。ホラ話なのにかなり説得力が感じられるのもSFとして良くできている証拠でしょう。ただ、第一部のクライマックスへと至る疾走感が素晴らしかっただけに、第二部がかなり冗長に感じられるのが少々残念です。
2020年版SFが読みたい!国内部門6位


流れよわが涙、と孔明は言った(三方行成)
孔明は泣きながら馬謖を斬ろうとしたが、斬れなかった。なぜなら、馬謖の首は硬かったからだ。鉄よりもダイヤモンドよりも。ノコギリを使っても酸を使っても万力を使っても全く斬れないのだ。しかも、馬謖は増殖を始め、孔明はその対処を考えなくてはならなくなるが.....。
◆◆◆◆◆◆
シンデレラや竹取物語といった誰もが知っているお伽噺をサイバーパンクSFの文脈に改変し、意味不明な世界へと誘う『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』で衝撃のデビューを飾った著者の第2作品集。冒頭から表題作や『走れメデス』などのボケ倒しのパロディ作品が続き、あまりのバカバカしさに笑ってしまうのは前作と同じです。メニューが折り紙しかない『折り紙食堂』も全くの意味不明です。したがって、てっきりこの調子で最後までいくのかと思えば、続く『闇』は人が死ぬと電柱になるという奇想天外な設定を用いながらもシリアスな雰囲気でまとめあげています。この振り幅の大きさには驚かされます。そして、白眉といえるのが最後の『竜とダイヤモンド』です。竜が車と交尾をし始めるという、これもまたどう考えてもバカ話なのですが、それを大真面目に語り、感動的なラストへと結びつけているのです。まさに、SF界に突如現れた奇才としかいいようがありません。これからの活躍にも大いに注目したいところです。


リラと戦禍の風(上田早夕里)
泥沼の様相を呈してきた第一次世界大戦。ドイツ軍兵士のイェルクは塹壕の中で死に瀕していた。そこに伯爵と呼ばれる謎の男が現れ、命を救う見返りとしてリラという少女の護衛をしてほしいという。伯爵の魔術によって虚体となり、イェルクは要求どおりにリア護衛の任につくことになった。一方、故郷を焼き尽くしたドイツを憎むリラは最初、イェルクを拒絶する。しかし、さまざまな出会いを経て、リラとイェルクは互いに心を寄せ合うようになっていく。悲惨な戦禍を目撃し続けた2人はやがてある決意を抱くが.....。
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第一次世界大戦史をリアルに描き、その中に魔物たちの物語をうまく絡めた歴史ファンタジーです。戦争というものを魔物たちの視点から浮き彫りにする手法が巧妙で、それによって、戦争の要因となっている人間の怨嗟、欲望、想像力の欠如などが浮かび上がってくる仕組みになっているのです。戦時中の兵士の実態や庶民の暮らしぶりなどもリアルに描かれており、戦争文学の味わいもします。戦争の負の連鎖をいかにすれば断ちきれるのかという重いテーマを突きつけながらも、希望につながるラストにほっとさせられます。色々と考えさせられる奥の深い傑作です。
2020年版SFが読みたい!国内部門7位
リラと戦禍の風
上田 早夕里
KADOKAWA
2019-04-18


不見【みず】の月 博物館惑星2(菅浩江)
地球の衛星軌道上に浮かぶ巨大な博物館・アフロディーテには全世界の芸術品や動植物が集められている。その膨大なデータはAIによって管理されていた。そして、動植物担当のセクション、デメテルではAIを頭脳に接続した学芸員たちが、分析保存の作業と共に美の追求に取り組んでいる。そんな中、新人警備員の兵藤健が赴任してくる。彼は同期である総合管轄担当の尚美・シャハムとときに張り合い、ときに協力し合いながらさまざまな問題に対応していくが......。
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本作は6篇からなる連作集であり、同時に、2000年に発表され、日本推理作家協会賞や星雲賞を受賞した『永遠の森 博物館惑星』の続編にあたる作品です。ちなみに、前作の主人公は今作では新しい主人公の上司となっています。そして、本作の読みどころはなんといっても、次から次へと登場する架空の芸術品の素晴らしさをSFガジェットを駆使して語り尽くすところにあります。むしろ、物語はそのための添え物にすぎません。こうした点は前作とほぼ同じ趣向です。ただ、今回は主人公とヒロインの関係性に重点が置かれているために、より人間くさく、ウェットな味わいになっています。周りの人々との絡みも楽しく、前作とはまた違った面白さが加味されているのです。この機会に読み比べてみるのも一興ではないでしょうか。
2020年版SFが読みたい!国内部門10位
アップルと月の光とテイラーの選択(中濱ひびき)
15歳の少女テイラーは父親を交通事故で亡くし、しかも、その死がスキャンダラスに報道される。それ以降、テイラーは精神状態が不安定になった母親と2人で孤独な生活を続けていた。そんなある日、テイラーは強盗に襲われ、危篤状態に陥ってしまう。幽体離脱をして混乱状態のテイラーの前に現れたのは幼い頃一緒に遊んだ空想上の友達・ジョイだった。ジョイは彼女に2つの人生を提示し、どちらかを選ぶようにという。一つは後遺症を抱えて生きる人生、もう一つは転生して地球最後の日を見届ける人生だった。それぞれの人生でさまざまな体験をし、最終的にテイラーの選んだ道とは?
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若干16歳の著者が書き上げた壮大なスケールのファンタジー小説です。作品全体に豊富な知識が散りばめられており、その博識ぶりには驚かされます。しかも、上っ面の知識ではなく、それらがしっかりと物語の中に組み込まれているのです。とても16歳の少女が書いた作品とは信じられないほどです。現代の社会問題などに触れながらも次第に神秘的な彩りを帯びてくる展開にも心惹かれるものがあります。特に、地球最後の瞬間の描写が印象的です。なお、作者は日本人ですが、イギリス育ちであり、そのため、原文は英語で書かれています。全編から海外文学の香りがするのはそのためでしょう。


宿借りの星(酉島伝法)
遥か未来。その惑星には人類を滅亡に追い込んだ殺戮生物たちが縄張りのような国を形成して暮らしていた。そうした中にあってマガンダラは脚が4本、目が4つあるズァングク蘇倶であり、それなりに高い地位を得ていたが、罪を犯して追放の憂き目にあってしまう。放浪の末、彼は絶滅したはずの人類=卑徒の恐るべき野望を知ることになり......。
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2013年に日本SF大賞を受賞した酉島伝法氏の初長編作品です。極めてオリジナリティの高い世界を構築しており、しかも、文章には造語が数多く含まれているため、最初は読み進めるだけでも一苦労です。しかし、その言葉ひとつひとつにイマジネーションが凝縮されていて、慣れてくると造語からイメージを想起する作業が楽しくなってきます。また、本作に登場する異形の生物同士の関係や人間との因縁が明らかになっていくプロセスもセンスオブワンダーの楽しさに溢れています。とにかく、作者の想像力の豊さには驚かされるばかりです。人ならざる登場人物たちに感情移入させる手管も見事であり、まさに鬼才と呼ぶにふさわしい傑作です。
2020年版SFが読みたい!国内部門2位
宿借りの星 (創元日本SF叢書)
酉島 伝法
東京創元社
2019-03-29


放課後地球防衛軍2(笹本祐一)
岩江高校天文部の祥兵・雅樹・マリア、そして、流星群と共に宇宙から地球へと降り立った少女・三日月悠美。彼らは宇宙人の侵略から地球を守るべく星岸警備隊を結成していた。ただ、強大な力を持つ侵略者に彼らだけで立ち向かうのは不可能である。あくまでも、彼らは組織の末端であり、その任務は宇宙人の残したオパーツをチェックすることにあった。今回のミッションは瞬間移動する市松人形・”鞠子さん”の正体を探ることだ。オカルト好きの委員長や電波研のメンバーたちを巻き込み、やがてたどり着いた意外な真実とは?
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昔懐かしのジュブナイル小説を現代風にアレンジした作風が読んでいてわくわくします。今回は怪談としか思えない現象を科学的に解釈していくくだりがよく出来ており、好奇心を刺激するつくりとなっています。全体的にゆるい雰囲気をまといながらも、密度の濃いSF作品に仕上がっているのが秀逸です。一癖も二癖もあるキャラクターも魅力的であり、シリーズとしての展開も気になるところです。


Jeanne the Bystander(河合莞爾)
近未来の日本。少子高齢化によって人口は5000万人まで減少していた。それに伴う弊害を克服すべく、政府の主導で家事用ロボットの開発が行われる。そして、2060年代にはヒューマノイドロボットの存在は何ら珍しいものではなくなっていた。ところが、ジャンヌという名のロボットが主人を殺すという事件が起きる。ありえないことだった。なぜなら、ロボットにはすべて書き換え不可能な形でロボット三原則がプログラミングされていたからだ。原因を究明すべく警視丁の相崎刑事は製造元のJE社にジャンヌを護送するが、その途上で謎の武装集団の襲撃を受ける。絶体絶命の窮地の中、彼を救ったのはなんとジャンヌだった。
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アイザック・アシモフの『鋼鉄都市』以来、すっかりおなじみとなったロボット三原作。その定番テーマを現代の日本社会を取り巻く問題とうまく結びつけたSFミステリーです。”なぜ殺せたのか?”というハウダニットの問題については観念的すぎてミステリーとしてはちょっと期待はずれかもしれません、しかし、SFとしてはなかなか興味深い解答となっています。しかも、刑事とロボットがコンビを組む、バディものとしても秀逸です。コミカルな掛け合いと激しいアクションを盛り込み実に楽しい作品に仕上がっています。テーマ性と娯楽性がバランス良くブレンドされたなかなかの傑作です。


言鯨【イサナ】16号(九岡望)
全土が砂漠と化した世界。その世界は神である言鯨によって創造されたと言われており、人々はその言鯨の遺骸の周辺に鯨骨街を作って暮らしていた。そして、この砂上文明を支えているのが、さまざまな用途に使用できる言骨だ。旗魚(カジキ)はその言骨を各地から集めて加工工場に運び込む骨摘みという仕事を生業としている。旅の途上、旗魚は裏の運び屋である鯱と憧れの歴史学者・浅蜊に出会い、彼らと一緒に十五番鯨骨街で蔓延している、砂になって死ぬという奇病の調査に赴くことになるが.....。
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砂漠を行きかう船、囁く骨の森、物の形すら操ることのできる言葉の力といった具合に、前半はファンタジー色の強い壮大な世界観が提示され、その魅力に浸るだけでも読書の悦びを得ることができます。しかも、後半になると、世界観そのものに伏線が張り巡らされていたことが分かり、2転3転のどんでん返しにつながっていくのが見事です。スケールの大きなSF作品であり、世界の秘密が徐々に判明していくところなどは冒険譚のワクワク感と謎解きミステリーのような知的好奇心を同時に味わうことができます。しかも、その末にたどり着く切なくも優しい結末がまた絶品です。「SFはやはり世界観が命!」という人にはぜひとも読んでほしい傑作です。


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