最新更新日2020/01/17☆☆☆

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2019年に発売されたおすすめライトノベルの内、第1巻のみの限定レビューです。
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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ(紙城境介)
学校では変人扱いされている孤高のゲーマー、古霧坂里央と学園のアイドル的存在である美少女、真里峰桜。一見なんの接点もなさそうな先輩と後輩だったが、VRMMOの”マギックエイジ・オンライン”の世界では最強コンビとして名を馳せていた。ある日、2人は秘境の温泉クエストに向かったものの、そこはすでに廃墟と化していた。そのため、彼らはお化け屋敷気分で廃墟探索を楽しむが.......。
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『継母の連れ子が元カノだった』の著者によるVRMMOものです。ゲーム内の設定は細かく作り込まれ、ストーリー展開にも意外性があってなかなか楽しめます。しかし、本作の面白さの中核をなしているのはあくまでもイチャラブです。やはり、微妙な関係にある主人公とヒロインのイチャラブを描かせるとこの著者は天下一です。ピッタリと息の合った2人が甘い雰囲気を漂わせつつも、周囲から冷やかされるとカップルである事実を全力で否定するさまに終始ニヤニヤさせられます。特に、温泉での混浴イベントにおけるイチャつきぶりは最高です。また、『継母の連れ子が元カノだった』と同様に、物語が主人公とヒロインの交互の視点から描かれているのもうれしいところです。互いの心情が読者にさらけ出されているため、ニヤニヤ度がより一層高まっていきます。糖分が高めのイチャラブが好きだという人におすすめの快作です。


娘じゃなくて私が好きなの!?(望公太)
歌枕綾子は亡くなった姉夫婦の娘、美羽を引き取り、女手一つで育て始める。そして、10年の月日が過ぎ、高校生になった美羽は最近、幼馴染で大学生の左沢巧とよい感じだ。彼はとても良い子なので綾子としても美羽との交際は大賛成だったのだが、ある日、巧は綾子に衝撃の事実を告げる。彼が好きなのは美羽ではなく、綾子だというのだ。10年前からずっと綾子ママのことが好きだったといい、交際を申し込む巧だったが......。
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『ちょっぴり年上でも彼女にしてくれますか?』で15歳の少年と27歳の女性の恋愛を描いた作者による新たな年の差ラブコメです。はっきりいって前作の焼き直し感満載なのですが、書きたいものが決まっており、それをストレートに書くという姿勢には潔さが感じられ、マンネリズムが決してマイナスには働いていません。それに、かなり年上なのに天然キャラで可愛いというヒロインの魅力には一層磨きがかかり、年の差を気にするヒロインの心理的葛藤もよく描けています。設定は特異ではあるものの、展開は王道でテンポ良く読める良作です。


101メートル離れた恋(こまつれい)
男子高校生の浅田ユヅキがある朝目を覚ますと、女の子の人形になっていた。なんと、ユヅキは美少女型サービス人形オートマタとして転生してしまったのだ。オートマタの役割は話し相手、家事、警備、果ては性行為にまで及ぶ。セブンスと名付けられたユヅキは連日、男どもの性処理をさせられて神経をすり減らしていく。そんな日々の中で、セブンスは高校生のイチコと出会い、互いに惹かれあっていくが.......。
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第8回講談社ラノベ文庫新人賞大賞受賞作。お約束の転生に加え、TSF、百合、ピグマリオンコンプレックスと、設定だけを並べてみるとなんだかとんでもなくカオスなことになっていますが、中身はオーソドックスなラブストーリーです。しかし、ドタバタラブコメやイチャラブものが多い昨今のラノベ界においてこうしたオーソドックスな純愛小説は逆に新鮮な感じがします。また、オーソドックスといっても決してテンプレなストーリーではなく、話はどんどん意外な展開へと転んでいくので読んでいて飽きません。会話文中心でサクサク読めるのも好印象です。世界観もよく考えられており、意外なオチにも驚かされます。ただ、TSFや百合要素に過剰な期待を抱くと肩透かしを食らうため、先入観は捨てて手に取るのが吉です。
カノジョに浮気されていた俺が、小悪魔な後輩に懐かれています(御宮ゆう)
羽瀬川悠太はクリスマス直前に彼女に浮気をされて傷心のただ中にあった。しかし、そんな彼がサンタの格好でバイトをしていた年下の少女、志乃原真由と出会う。それ以来、真由は妙に悠太に懐き、連日のように彼の家に遊びに来るようになる。傷心の彼をからかい、酔って帰ってきたときには介抱をし、おまけに食事まで作ってくれるのだ。果たして彼女の本心は?
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第4回カクヨムweb小説コンテスト・ラブコメ部門特別賞受賞。高校生か、最近ではサラリーマンの転生者が多かったラノベ主人公の中にあって、本作は比較的珍しい大学生が主人公の物語です。その分、高校生特有の甘酸っぱい恋愛とはまた違った苦みと生々しさが微妙にブレンドされている点が持ち味となっています。それに、大学生のキャンパスライフが丁寧に描かれている点も既存のラノベとの差別化を図るうえで効果的に機能しています。また、真由の小悪魔的な可愛らしさはいうに及ばず、気の合う同級生ポジションの彩華も非常に魅力的なキャラとして描かれており、さらに、何やら訳ありげな元カノの存在も気になるところです。この3人が今後主人公にどう絡んでくるのか。高校生ラブコメとはまた一味違った展開を期待したいところです。


お隣さんと始める節約生活。(くろい)
一人暮らしの高校生、間宮哲郎は隣に住む一つ年上の山野さんとふとしたきっかけで仲良くなる。しかし、2人にはある共通する悩みがあった。それは、生活に困っているわけではないけれど、もう少し遊ぶためのお金がほしいというものだった。ちなみに通っている高校はバイト禁止。そこで思いついたのが、協力し合っての節約生活である。まず、外食をやめて自炊をしたり、巨大なパンをシェアしてみたりしたものの、効果はいま一つ。そうこうしているうちに夏が近づいてきた。本格的に夏になると冷房代などでさらに出費がかさむことになる。そんなとき、山野さんがとんでもない提案をする。「一緒の部屋で暮らせば、電気代を半分にできるじゃない」と。こうしてドキドキの同居生活が始まるのだが.......。
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第4回カクヨムweb小説コンテストラブコメ部門特別賞受賞作。最近流行りのイチャイチャ同居ラブコメですが、終始微笑ましい感じなので読んでいて癒されます。これといった大きなイベントはないものの、次第に恋心が芽生えて相手を意識するさまが非常にうまく描かれているのです。もちろん、同居ものならではのラッキースケベなイベントも完備されており、その辺も抜かりはありません。また、何でもソツなくこなすのに恋心はうまく伝えることができない主人公や一見しっかり者なのに妙なところで天然なヒロインにも好感が持てます。お互いの恋心はどんどん高まっているのにも関わらず、全く仲が進展しない点にはじれったさを感じる人もいるかもしれませんが、そのじれったさも含め、同居ラブコメとしての完成度の高さはかなりのものです。


ぽけっと・えーす!(蒼山ザク)
カジノが解禁されたのに伴い、ギャンブル後進国としての遅れを取り戻すべく、日本は初等教育にカジノを取り入れていた。一方、森本和羅はプロ育成のため、お嬢様学校でポーカークラブの顧問を務めることになる。部員は、冷静沈着で圧倒的な強さを誇る二階堂朱梨と脅威の洞察力を持つ木之下留子、そして、純粋無垢なお嬢様でど素人の笹倉巴の3人だ。だが、彼女たちがギャンブルを通して成長を遂げていく裏では大人たちの陰謀が蠢いていた.....。
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『ロウきゅーぶ!』で小学生×バスケット、『天使の3P!』で小学生×バンドの世界を描いた著者による小学生×ギャンブルな作品です。さすがはJSラノベの第一人者だけあって小学生のキャラ立ては職人芸の域に達しています。メインの3人は皆個性豊かに描かれており、異才ともいえるギャンブラーとしての強さと普通の女の子としての可愛らしさのギャップが最高です。一方、物語のほうは日本では馴染みのないテキサスホールデムポーカーを扱っているために最初は少々とまどうかもしれませんが、初心者向けにイラスト付きの解説などが挿入されているので読んでいる内にルールを理解できる仕組みになっています。また、ギャンブルシーンもまだまだ死闘といった感じではありませんが、ルール説明を兼ねながら少女たちの成長を描き、キャラクターに感情移入させていく作りがよくできています。もっとも、1巻の段階では少々盛り上がりに欠けると感じる人もいるかもしれません。しかし、物語はまだまだ助走の段階なのでこれは致し方ないところでしょう。裏で蠢く大人たちの陰謀の行方も含め、これからの展開が気になる作品です。


アキトはカードを引くようです(川田両悟)
アキトは炭鉱で働く労働者だったが、カードマスターになって世界の覇権を争うという野望を持っていた。とほうもない夢だが、女神が人類に与えたカードの力次第でその夢は実現可能となる。アキトは重労働に従事する者のために用意された重労働ガチャに挑戦した結果、1枚のカードを引き当てる。それが金銭特化の秘書カード、キャロル・オールドリッチだった。そして、その出会いが大いなるカードバトルの幕開けとなり......。
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本作もまたやる夫スレ発の作品で、原作の雰囲気を残しつつ、オリジナルの魅力で肉付けしたキャラクターの造形が見事です。もともと原作に登場するキャラクターの多くは版権キャラだったため、書籍化は不可能といわれていたのですが、その難問をあっさりとクリアしています。また、キャラ同士の掛け合いも原作に負けず劣らず、テンポよくまとめられており、しっかりと笑わせてくれます。そのうえ、作品の肝となる戦闘描写も非常にわかりやすく描かれていて、AAスレのノベル化としては文句なしの出来栄えです。ちなみに、続刊は来月発売されることがすでに決まっています。熱いバトルが楽しめる作品として今後の展開が非常に楽しみです。


クレイジー・キッチン(荻原数馬)

洋食屋”ひだるまキッチン”の店主、日野洋二はひたすら飯を作って飯を食べ、それを繰り返して人生を終えていくのが何よりの目標だった。それ以外のことに煩わされないようにするべく、彼は店を最小限の大きさにして食券販売機を設置する。掃除の手間がかからず、食い逃げの心配をしないですむようにするためだ。自分の代わりに接客をしてくれる従業員も雇う。だが、それでも解決しきれない問題が一つあった。それは客のために料理を作っている間は彼自身は飯を食えないことだった。しかし、彼は自分の欲望を満たすためには手段を選ばない。注文無視に始まり、果ては監禁までなんでもありだ。一方、客たちも黙っていない。こうして、飲食業界の常識を凌駕した騒動が巻き起こるが.......。
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本作も『朝比奈若葉と○○な彼氏』と同じく、2ちゃんのやる夫スレ発の作品です。やはり、AAスレが元になっているだけにテンポの良さは折り紙つきです。キャラクターがみなぶっ飛んでいながらも、一人一人が魅力的なのもやる夫スレ発ならではでしょう。しかも、単にドタバタコメディが面白いだけの作品ではありません。料理の描写も読んでいる内にその味が想起できるほどまでにしっかりしており、グルメ小説として楽しむこともできます。そのうえ、元のAAにはなかったエピソードや台詞回しも追加されているので、元ネタを知っているという人にも楽しめる作りになっています。AAスレを見事にラノベに翻訳した傑作です。


朝比奈若葉と○○な彼氏(間孝史)
内気な性格でイジメを受けている朝比奈若葉は罰ゲームとして学校一の嫌われ者、入間晴斗に告白し、そのうえそのまま交際することを強要される。そして、しばらく付き合い、彼がカップルになったと信じた頃に全てヤラセだったとバラせというのだ。最初は嫌でたまらなかった若葉だったが、次第に晴斗の魅力に気づいていき、彼女の憂鬱な日々は青春の輝きを帯びてくる.......。
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本作は10年ほどまえに2ちゃんのやる夫スレで公開されていたものをラノベ化したものです。そのためか、テンポのよいわかりやすい物語に仕上がっています。それになんといっても登場人物が魅力的です。まず、ヒロインと付き合うことになる晴斗がラノベにありがちな平凡で何のとりえもない男子高校生ではなく、ちゃんと個性的に描かれている点に好感が持てます。しかも、一見メタボのオタクのようで、実はコミュ力の塊というギャップがたまりません。元のやる夫のキャラが少し残っているのもいい味になっています。一方、ヒロインで語り手でもある朝比奈さんも晴斗に恋をすることで、どんどん可愛くなっていきます。極めて上質な王道的ラブコメです。ただ、終盤になるにしたがって朝比奈さんの心の闇が見え隠れし始め、物語は不穏な空気を含みつつ次巻に続くという展開になっているため、一体どのような結末を迎えるのかが気になるところです。



わたしの知らない、先輩の100コのこと(兎谷あおい)

高校2年の井口慶太と高校1年の米山真春は同じ電車で毎日顔を合わせていたが、通っている学校は別であり、最寄りの駅が同じということ以外接点がなかった。ある日、慶太は真春の落とした財布を拾う。そのことがきっかけで2人はある約束を交わす。それは1日1問だけ、どんな質問でも絶対に正直に答えるというものだった。最初、
慶太はグイグイ押してくる真春に戸惑いを覚えていたが、次第に2人の距離は縮まってきて.......。
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小悪魔系後輩とのイチャラブラノベです。とにかく糖度が高く、人によっては胸やけを感じるかもしれませんが、ショートエピソードの積み重ねでテンポよく読める構成が秀逸です。また、先輩視点と後輩視点が交互に入れ替わり、それぞれの心の内が描かれているのも読みやすさにつながっています。全体的にほのぼのして可愛らしい作品ですが、特に、普段は攻勢一辺倒の真春がたまに反撃されて平静を保てなくなってしまうところなどは非常にキュートです。テンポのよいラブコメが好きだという人にはおすすめの作品です。


妖姫ノ夜 月下ニ契リテ幽世ヲ駆ケル(渡瀬草一郎)
大正13年。田舎から上京してきた少年、捫雪緒は妖相手に商売をしている化猫堂に下宿し、その主である夜鳴川夜霧の仕事を手伝うことになる。そして、初日の夜に美しい白蛇に出会うのだった。白蛇の正体は妖の姫で、父が勝手に決めた縁談から逃げるために助力を求めに来たのだという。雪緒は夜霧と猫のミタマ様と共に、妖の棲む常夜之町に行き、姫の縁談を白紙にするべく駆け回るが.....。
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人と妖の交流を描いた和風ファンタジーです。ベテラン作家だけあって文章は達者で、独特の世界観をわかりやすく魅力的に描いています。そのため、読者は混乱したり、退屈したりすることなくスムーズに物語の中に入っていくことができます。それに、相当な数の登場人物が入り乱れるさまを巧みに描き分け、それぞれのキャラを立たせている点も見事です。特に、
雪緒の何事にも動じない悠然としたキャラクター性は、ラノベ主人公としては珍しく、変にウジウジしたり、斜に構えたりしたりしない点に好感がもてます。ヒロインも可愛らしく、また、物語もユーモアと爽快感に富んでいます。日本情緒に富んだ情景描写にしっとりとした雰囲気を持たせながらも、決して陰鬱になることはない、極めて質の高いエンタメ作品です。


AGI-アギ- バーチャル少女は恋したい(午島志季)
西機守は平凡で穏やかな人生を望む青年。彼は大学の研究室で人工知能開発の手伝いをしていたが、ある日、自分のスマホの中にいる電脳アシスタント少女・アギのプログラムがいつのまにか自らの意志を持つスーパーAIに進化していることに気がつく。守をマスターだと認識したアギは彼の役に立とうとしてさまざまな騒動を巻き起こし.....。
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 第25回電撃小説大賞最終候補作。AI少女の登場するラノベといえば甘いラブコメを想像しがちですが、本作はAIの可能性と危うさを描いたかなりSF寄りの作品に仕上がっています。AIについてはかなり詳しく調べられており、人工知能の今を手軽に学びたいという人にとっては絶好の良書になっています。AI少女アギも純粋すぎる故の可愛らしさと怖さを兼ね備えており、SFヒロインとして申し分ありません。そのうえ、切ないラストには涙腺を刺激するものがあります。ただ、最新のトピックスをテーマにした割に、物語の枠組みが超古典的なのは賛否の分かれるところです。電撃小説大賞で最終候補作どまりだったのもその辺りに原因があるのではないでしょうか。


吸血鬼に天国はない(周藤蓮)
大戦と禁酒法によってモラルが地に落ちた時代。シーモア・ロードは非合法な運び屋を営んでいた。ある日、彼は狼のような男からルーミア・スパイクという名の美しい少女を指定の場所まで届けるようにとの依頼を受ける。ところが、目的地に到着すると、待ち伏せていた男たちの襲撃を受けるのだった。ルーミアは銃弾の雨を浴びて絶命し、シーモアは彼女の遺体を車の後部座席に乗せてその場から逃走を図る。だが、その途中、彼は背後から声をかけられ、驚愕する。ルーミアが体に風穴を開けたままの状態で生き返ったのだ。彼女は吸血鬼で、その正体を知られたせいでマフィアから追われているのだという。こうして、シーモアは行く当てのない彼女と共同生活を始めることになるが.......。
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第一次大戦後のアメリカを舞台にした歴史ファンタジー風の作品です。大人びた中に子どもっぽさをのぞかせる主人公には好感が持てますし、カーチェイスから始まるツボを押さえた展開で序盤から盛り上げてくれます。ただ、大戦前後を舞台にした吸血鬼や妖怪の物語というのはファンタジー小説の世界では割と王道で、そういう意味ではあまり新鮮味はないかもしれません。ところが、そう思うのは前半までで、後半に入るとヒロインの印象が一転し、そこから加速度的に面白さが増していきます。それまでの王道的ストーリーがひっくり返る怒涛の展開には驚かされますし、最後にヒロインが選んだ切ない決断にもグッとくるものがあります。単なるボーイミーツガールに収まらない、人と人ならざる者の出会いを鮮烈に描いた傑作です。


全肯定奴隷少女(佐藤真登)
中堅冒険者のパーティに加わったレンは、初日だということもあって荷物持ちをしていた。ところが、戦闘中に荷物をぶちまけるという大失態を演じてしまう。激しく落ち込みながら帰途についたレンは、街の広場で首輪をしてプラカードを掲げた美少女を発見する。そのプラカードには『全肯定奴隷少女1回10分1000リン』と書かれていた。不審に思っているとそこに教会のシスターがやってきて少女に金を払い、まくしたてるように愚痴を言い始める。それに対して、少女はひたすらシスターの発言を肯定し続けていくのだった。それからというもの、リンは少女と客のやり取りに時々耳を傾けていたが、やがて、彼自身が全肯定奴隷少女にハマっていき....。
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ファンタジーな世界観を基底としながらも、主人公が冒険によってではなく、一種のカウンセリングによって成長していくというプロットがなんとも斬新です。また、相談者の悩みというのは現代社会にも通じるものがあり、奴隷少女の力強い励ましは読者の心にも響いてきます。しかも、短い章ごとに話が完結しており、連作短編のごとくさくさく読んでいけるので、歯切れの良い怒涛のトークがより一層心地よく感じられるのです。さらに、物語はほぼ日常生活に限定されていますが、その背後に魅力的で壮大な世界観が見え隠れしているのも興味をそそられます。ありきたりなファンタジーラノベには食傷気味だという人におすすめの異色傑作です。


黒猫のおうて!(八奈川景晶)
奨励会三段リーグ全勝優勝という偉業を成し遂げた天才棋士・長門成海は理由も告げずに将棋界を去った。日本中が驚愕する中、女流棋士である三河美弦は強くなりたい一心で彼の元を訪れ、弟子入りを志願する。ゴスロリ猫耳姿の彼女の勢いに押されて半ば強制的に将棋の指導を行うことになった成海だったが......。
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『りゅうおうのおしごと!』を連想させる将棋ノベルですが、あちらと比べるとラブコメ要素は限りなく薄く、よりストレートに将棋の世界が描かれています。コスプレをしないと力を発揮できないというのはいかにもな設定ですが、逆にいえば、ラノベ要素はそのくらいで、あとは極めてまじめに将棋をしています。そのため、ラノベファンにとっては物足りないかもしれませんが、登場人物たちの将棋に対する情熱は非常に熱く、対局シーンも読みごたえがあります。インパクト勝負の『りゅうおうのおしごと!』に比べ、こちらは落ち着いた癖のない作りといった感じです。いずれにしても、将棋に興味のある人なら読んで損はない作品です。


上流学園の暗躍執事 お嬢様を邪魔するやつは影から倒してカースト制覇(桜目弾斗)
星人学園には一般生徒は上流階級の子息の執事となるという風習があった。そこに入学することになった片平遊鷹は一見平凡な少年だが、実は著名な執事を輩出している名門の血筋を受け継いでいた。彼に執事としての才能を見出した財閥令状の黒露は彼を執事に指名し、今後の学園生活を大きく左右する学級代表選挙選に挑む。買収・脅迫なんでもありの選挙戦において不利だと思われていた黒露の状況を遊鷹は奇策を用いてひっくり返していくが......。
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さまざまな苦難を主人公のチート能力ではなく、機転だけでひっくり返していく展開が爽快です。しかも、相手を陥れていくダークな物語と思いきや随所にギャグが散りばめられており、気軽に楽しめる読み物に仕上がっています。また、男前な主人公とそこはかとなくポンコツ臭がただようお嬢様の距離感が絶妙です。特に、日常シーンでの2人の会話劇が軽妙でかなり笑えます。文章もサクサクと読みやすく、極めて上質なエンタメ小説だといえるのでではないでしょうか。


夏へのトンネル、さよならの出口(八目迷)
海のある田舎町に住む香崎はある日、タイムトンネルの噂を耳にする。そのトンネルに入ればほしいものが何でも手に入るのだが、その代償としてトンネルの中で1秒過ごすごとに現実の世界では40分経過してしまうというのだ。しかも、単なる都市伝説だと思われていたそのトンネルを香崎は見つける。そこで、彼は5年前に亡くした妹を生き返らせるべく、ウラシマトンネルの利用方法について検証を始めるのだった。ところが、クラスでは浮いた存在である転校生の花城あんずにその事実を知られてしまう。2人はお互いの願いをかなえるために協力関係を結ぶが......。
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田舎を舞台にしたボーイミーツガールものですが、まず海のある田舎町の描写が素晴らしくて引き込まれます。それに、風景描写だけでなく、流麗な文章で綴られた登場人物たちの繊細な心理描写もまた見事です。特に、妹を失った十字架を背負いながら血のつながらない父と暮らす主人公の日常描写などはせつなくて心に染み入ります。一方、周囲の人間を容易に近寄らせない超然としたヒロインの造形も印象的であり、そんな彼女が後半どんどん可愛くなっていくのがたまりません。ライトノベルというよりもどこかジュブナイルの味わいを感じさせてくれる極上のボーイミーツガールものです。ただ、他人を寄せ付けなかったヒロインがなぜ急にデレ始めたのかが今ひとつはっきりしないので、その辺りは唐突さを感じる人もいるかもしれません。


処刑少女の生きる道(バージンロード)ーそして彼女は蘇るー(佐藤真登)
この世界では時折、日本という国から迷い人がやってくる。しかも、過去には迷い人が暴走して世界が大規模災害に見舞われるという悲劇があった。それ以降、迷い人は必ず処刑することになっていたのだ。彼らを処分するのは処刑人と呼ばれている能力者。その1人、メノウはある日、迷い人の少女・アカリと遭遇し、躊躇なく彼女を殺す。だが、確実に命を奪ったはずなのに彼女は平然と復活をしてくる。途方に暮れたメノウはアカリを滅ぼす手段を見つけるために、彼女と共に旅をすることになるが.....。
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第11回GA大賞の大賞受賞作品です。ちなみに、同賞で大賞を受賞したのは過去に第4回の『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているのだろうか』しかないので本作は7年ぶりの快挙ということになります。それだけに、完成度の高さは新人としては飛びぬけています(もっとも、作者は他の出版社からすでに本を出しているので純粋な新人というわけではありませんが)。まず、過去の大災厄とそれに伴って誕生したという処刑人の設定が練りこまれており、序盤から引き込まれていきます。設定があまりにも緻密なのでファンタジーノベルの皮を被ったSF小説といった感すらあります。それに、ばらまいた伏線を回収する手管も見事です。内容的には百合もの異能バトルといった感じですが、戦闘シーンも世界観とリンクさせつつ、理詰めによって描かれています。そのため、凡百のラノベにありがちな、大味な感じがまったくないのです。キャラクターも読者が感情移入しやすいように描かれている点にうまさを感じます。ただ、ヒロインの内面だけが(おそらく意図的ではあるのでしょうが)ほとんど描かれていない点がラノベとしては賛否の分かれるところかもしれません。ともあれ、物語はまだまだ始まったばかりであり、今後どのようにストーリーが膨らんでいくのか期待は高まるばかりです。


賢勇者シコルスキ・ジーライフの大いなる探求~愛弟子サヨナのわくわく冒険ランド~(有象利路)
賢者を祖父に、勇者を父に持つ賢勇者シコルスキ・ジーライフ。彼は愛弟子のサヨナと共にダンジョンを抜けた先の草原で暮らしていた。そんな彼の元に時折相談に訪れる者たちがいる。いずれも、周囲の人間に悩みを打ち明けることのできない、地位も立場もある者ばかりだった。その日、相談にやってきたのは騎士ハマジャックと名乗る歴戦の戦士を思わせる男であり、サヨナはその威風堂々とした姿に感銘を受ける。一方、ハマジャックの前に現れたシコルスキは一糸まとわぬ全裸だった。あまりに不遜な態度にハマジャックはシコルスキを睨みつけて言う。「同志とお見受けいたす」と。彼は先日、国内外の重鎮が集まる中で”呪文ひとつで着脱可能な鎧”の実演を行い、その際に全裸を披露して窮地に立たされていたのだ。王様に実演会のやり直しを命じられた彼は、シコルスキに全裸を超える衣裳を作ってほしいというのだが........。
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本作は全7話の連作短編集の形をとっているのですが、とにかく最初から最後までふざけ倒しています。まともなエピソードはひとつもなく、ひたすら下ネタ、パロディ、メタギャグのオンパレードが続くのです。特に、登場人物は皆変態である故に、下ネタのひどさは目を覆わんばかりです。唯一まともだと思われていたツッコミ役のサヨナもエピソードを重ねるごとに段々染まっていき、ますます収拾のつかないことになっていきます。極めてお下劣な作品ですが、キャラ同士の掛け合いはギャグが冴えまくっていて一級の面白さです。その代わり、後半はメタネタ一辺倒になり、展開がグダグダになっていくのは賛否の分かれるところかもしれません。いずれにしても、激しく読者を選ぶ作品であることは確かです。


幼なじみが絶対に負けないラブコメ(二丸修一)
ある日、未晴は幼馴染の
志田黒羽に告白される。だが、茶見賞受賞作家で美少女の可知白草に惚れていた未晴は黒羽を振ってしまう。自分に好意的な白草に脈ありと感じた未晴は、彼女に告白するつもりだったのだ。ところが、その前に、彼女はイケメン俳優の阿部先輩と付き合い始めてしまう。失意のどん底に突き落とされた未晴に対して黒羽が囁きかける。「そんなにつらいのなら復讐しよう」と。
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ラノベの世界において負けポジションが定位置の幼馴染をクローズアップした作品です。しかも、その幼馴染がおそろしく魅力的なのです。いわゆるお姉さん属性なのですが、ちっちゃくて攻められると弱いというギャップがたまりません。一方で、ライバル的ポジションの白草も黒髪クールビューティキャラにありがちなこじらせっぷりがいい味をだしています。とはいえ、決してキャラの魅力だけが取り柄の作品というわけではありません。なんといっても、トリッキーなストーリー展開が見事で、予想外の結末には驚かされます。ただ、タイトルに反して、幼馴染が完全勝利する話ではないので、そういうものを期待するとがっかりするかもしれません。いずれにしても、ラブコメとしてはかなり完成度の高い傑作であることは確かです。


リベンジャーズ・ハイ(呂暇郁夫)
砂塵という名の有害物質による災厄によって人類は文明崩壊の憂き目にあう。しかし、復興した世界では砂塵を体内に取り込んで異能力に変換できる砂塵異能力者が出現していた。一方、裏社会で暗殺業を営みながら復讐の相手を追っていたチューミーは教会で治安維持組織の大物であるボッチ・タイダラに身柄を拘束されてしまう。絶体絶命のチューミーだったが、そこでボッチから司法取引を持ちかけられる。解放する代わりにスマイリーという猟奇殺人者を追えというのだ。そして、シルヴィという名の
パートナーをあてがわれるが、シルヴィはパートナーを解消されてばかりいるわけありで........。
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第13回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作品。ダークな世界を舞台にした復讐譚で、砂塵能力を駆使したバトルは迫力満点です。特に、刀を片手に敵を一刀両断する主人公のたたずまいはスタイリッシュで絵になっています。また、はじめは反発し合いながらも次第に絆を深めていく主人公とヒロインというのもベタながら、キャラクターの魅力で読ませていきます。ただ、サイバーパンクSFとしては既視感のある物語なので、ラノベやSF小説を読み慣れた人にとっては新鮮さに欠けるかもしれません。逆にいえば、王道作品として非常によくできています。伏線回収も巧みで、物語に力強さがある点も好印象です。肝心の復讐相手がインパクト不足な点は賛否の分かれるところですが、それを差し引いても極めて完成度の高い傑作であることは確かです。


リビルドワールドⅠ〈上〉誘う亡霊(ナフセ)
科学文明崩壊後の再構築世界では旧文明の遺産を求めて数多のハンターたちがしのぎを削っていた。その中の一人、新米ハンターのアキラはスラムの生活から抜け出すため、命を賭して危険な遺跡に足を踏み入れる。そこで見つけたのは全裸で佇む謎の美女・アルファだった。彼女は不思議な力を持っており、仕事の手伝いをする代わりにある遺跡を攻略してほしいとアキラに持ちかけるが.......。
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文明の滅んだ世界でトレジャーハンターの少年が美女と出会って冒険を繰り広げるという極めて王道的な物語です。設定的に凝った部分もなく、悪く言えば非常にベタです。しかし、その代わり、文章力が卓越しており、テンポの良い物語には読者をぐいぐいと引っ張っていく力があります。精緻に構築された世界観と魅力的なキャラクターも備わっており、心地よく読書をすすめていくことができます。主人公の成長物語としてもよくできていて、王道冒険ファンタジーとしてはかなりの完成度です。俺tueee系ラノベに飽きたという人には特におすすめです。


お隣の天使様にいつの間にかダメ人間にされた件(佐伯さん)
藤宮周(あまね)は高校に進学してから一人暮らしを始め、自堕落な生活を送っていた。一方、同じマンションの隣の部屋では学校一の美少女である椎名真昼が暮らしていたが、特に交流があるわけではなかった。そんなある日、周は真昼が雨の中でずぶ濡れになっているのを見かけ、彼女に傘を貸したことから2人の不思議な交流が始まる。真昼は自堕落な周を見かねて彼の部屋の掃除をしたり、食事の用意をしたりと、何かと世話をするようになったのだ。周と真昼はなかなか素直になれないながらも次第に距離を縮めていくが......。
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ジャンル的にはボーイミーツガールのラブコメといったところですが、特に大きなイベントがあるわけではありません。極めて淡々としたストーリーでどちらかというと地味な日常アニメといった趣です。しかし、決してつまらないというわけではありません。それどころか、ヒロインの愛らしさが凡百のラノベとは比較にならないほど突き抜けており、ページをめくる手が止まらなくなるほどです。話は非常にスローテンポであり、本当に少しずつ少しずつ距離が縮まっていくエピソードを積み重ねているだけなのですが、それがちっとも退屈ではないのです。ちなみに、作者はこれまで女性向けの作品を数多く発表しています。既存のハレームラノベでは味わえない繊細さを感じるのはそのためかもしれません。恋愛ラノベとしては超一級の傑作です。


やがてうたわれる運命の、ぼくと殲姫の反逆譚(藍月要)
うたうたいとは歌によって男性の戦闘力をアップさせる加護の力を持つ者のことをいう。だが、うたうたいのオルカはたぐいまれなる能力を持つ魔物狩りであるにもかかわらず、女性だという理由でパーティの男性たちから紛い物扱いをされていた。男性でありながら、うたうたいに憧れるレンはそのことが何よりも歯がゆかった。そして、レンは報われないオルカの癒しになるべく、彼女に歌を歌って聞かせるのだが.....。
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少年とヒロインの出会いから冒険が始まるオーソドックスなファンタジー作品ですが、オルカを始めとする3姉妹のキャラが立っていて引き込まれます。特に、おねショタ好きの人にはおすすめです。長女オルカが年下のレンに対して素直になれないさまが非常に愛らしく描かれています。一方、レンの芯の強い真っすぐなキャラにも好感がもてます。また、うたうたいという設定と透明感のある文章がよくマッチしているのもグッドです。ただ、3姉妹とのオネショタハーレムにページを割き過ぎてメインストーリーがあまり進んでいない点には物足りなさを感じるかもしれません。その辺りは次巻に期待といったところでしょうか。


罪人楽園(水城水城)
グレイルラント大陸の地下には全土に渡って大迷宮が広がっていた。その全貌は未だ解明できておらず、また、凶暴な魔物たちの巣窟にもなっているにもかかわらず、一攫千金を狙う冒険者が後を絶たない。ある日、刑務所での暴動をきっかけに300人の罪人がその迷宮に迷い込む。一方、仲間を全滅させながらも30階層を超える地下迷宮から生還を果たしたことのあるウィル・ロウエンは罪人の中にパーティーを全滅に追いやった仇敵がいることを知り、再び迷宮に飛び込むのだった。殺人鬼、警察官、冒険者。それぞれの思惑が交錯する中、血と狂乱のパーティが始まる。
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美少女キャラでも容赦なく無残に殺される、ゴア描写上等のライトノベルです。しかも、一瞬の油断が即死につながるため、緊迫感が半端ありません。とはいえ、シリアス一辺倒の作品ではなく、コミカルなシーンも適度に挿入されており、メリハリのある読みやすい作品になっています。キャラ同士の軽妙な掛け合いも結構楽しむことができます。ただ、色々な要素を詰め込み過ぎて散漫な印象になっている点がやや残念です。また、お気に入りのキャラがいてもあっという間に死んでしまうのも(インパクトはあるものの)賛否が分かれるところです。
罪人楽園【電子特典付き】 (MF文庫J)
水城 水城
KADOKAWA / メディアファクトリー
2019-05-25


家に帰るとカノジョが必ずナニかしています(柚本悠斗)
母親はすでに亡く、山籠りを続ける父親とも疎遠になっていた颯人は孤高を極め、おひとり様生活を謳歌していた。しかし、そんな彼の元に見知らぬ美少女・朱莉がやってくる。
颯人の父親から誕生日プレゼントとして派遣されたレンタル家族だというのだ。しかも、彼女自身も颯人との共同生活に前向きの様子だった。学校では優等生なのだが、家では風呂を覗いたり、バスタオル一枚で迫ってきたりと問題行動が多い朱莉。その上、同居の秘密がクラスメイトにばれて事態はますますややこしいことに......。
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主人公がある日、美少女と共同生活を始めるという手あかのついた設定ですが、ヒロインが主人公の使用済み下着をくんかするような変態という点が独自性でしょうか。わき役もクセ者ぞろいで、キャラのインパクトはかなりのものです。話のテンポもよく、エキセントリックなヒロインながらもラブコメとしてのツボはきっちりと押さえている点は高く評価できます。また、主人公の父親がユーチューバーで、その投稿動画が物語に絡んでくるというプロットもユニークです。ただ、”レンタル家族”という設定はまだ活かしきれていない感があるので、その辺りは次巻以降に期待したいところです。


勇者の剣の〈贋作〉をつかまされた男の話(書店ゾンビ)
異形の化け物に母親を殺された青年・ジュール。彼は詐欺師に偽物の勇者の剣を掴まされるが、なんとその刀で母の仇を見事に討ち果たすのだった。そして、その怪物が元々は人間だったと知り、すべての元凶を突き止めるために旅立つ。その途上で仲間に裏切られ、無二の友を失うことになるが、彼は決して絶望には屈しなかった。なぜなら、彼の胸には常に勇者の心が秘められていたからだ。
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昨今のラノベとしては珍しく、英雄譚を真正面から描いた正統派ファンタジーです。勇者の生きざまが熱く描かれていて、最初から最後まで全くダレることがありません。特に、中盤の絶望から後半の反撃へと至る展開の熱量にはこちらが圧倒されそうになるほどです。また、相棒もかっこよくてキャラが立っており、物語に厚みを持たせることに成功しています。これぞ王道ど真ん中といった感じの傑作です。


路地裏に怪物はもういない(今慈ムジナ)
高度に発達した文明社会は路地裏から闇を駆逐し、その結果、幻想が入り込む余地はどこにもなくなってしまっていた。そんな時代の夏至の日、彼は15歳の少年という姿でこの世に生を受ける。彼には一般教養や社会常識は備わっているものの、過去の記憶が一切なかったのだ。彼は自分が世界に残された最後の怪異であり、夏の終わりと共に消滅するのだという事実を理解していた。怪異殺しの少女・神座椿姫、空想を終わらせる男・左右流・そして、世界最後の幻想・夏野幽。3人は何かに導かれるように集い、怪異ならぬ乖異事件に関わっていくことになるのだが......。
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ストーリーは『月姫』や『空の境界』を彷彿とさせ、言葉遊びや二つ名は『化物語』や『戯言シリーズ』を連想させる中二伝奇ファンタジーです。とはいえ、人気作品のうわべだけを真似た安易な模倣ではなく、オリジナルの物語として非常によくできています。「本物の吸血鬼がいるといわれるお茶会」「溺れる者が続出しているというのに死傷者ゼロのナイトプール」「寂れているはずなのに急に繁盛し始めた商店街」といった具合に、一章ごとに奇妙な事件に遭遇し、最終章できれいに伏線回収されるさまは見事というしかありません。夏野幽を始めとするキャラクターは魅力的ですし、全体的に儚さを感じさせる雰囲気にもグッとくるものがあります。『平成最後の新伝奇』の謳い文句に偽りなしの傑作です。


利他的なマリー(御影瑛路)
カスミシティでは若者たちを株式会社のように市場に上場するという制度が採用されていた。そして、上場された若者は時価によって自らの価値を決定されるのだ。その街で暮らすユウスケは突出した才能もなく、大した時価もつかない中学生だった。ある日、彼は正体不明のアプリが若者のディバイスにインストールされている事実に気づく。そのアプリは街をバトルフィールドに変え、相手を倒すことで他社の価値を奪うというものだった。ユウスケもその戦いに巻き込まれるが、危機一髪のところでクラスメイトのマリーに助けられる。マリーに惹かれるユウスケは彼女が行おうとしていることに協力する。果たして彼女の目的とは?
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サイバーパンク風の世界観を基軸として、そこにバトルもの、ARゲーム、経済学、純愛といったさまざまな要素をぶち込んだ怪作です。自分の価値を可視化できる故に起きる歪みという設定をうまく活かして物語を展開させており、陰鬱なディストピアの世界を見事に活写しています。また、ストーリーの大筋が見えてきたところでの、後半の急展開にも驚かされます。次第に明らかになるヒロインの秘密にも思わず息を飲むような狂気が秘められており、とにかく読みどころ満載の作品です。あえて難をいうなら、盛り込み過ぎの設定が序盤で一気に語られるため、最初はかなりとっつきにくさを感じるところでしょうか。それから、全体的にダークな雰囲気で残酷なシーンも多いため、好き嫌いの分かれる作品であることも確かです。逆にいえば、その手の作品が好きな人には大いにおすすめです。
利他的なマリー (電撃文庫)
御影 瑛路
KADOKAWA / アスキー・メディアワークス
2019-04-08


信者ゼロの女神サマと始める異世界攻略(犬崎アイル)
ゲーム中毒の高月マコトは合宿帰りに事故に巻き込まれ、クラスメイトともども異世界に転移してしまう。一行は転移した時点でチート能力を付与されるが、なぜかマコトだけが極端に能力の低い魔法使い見習いになってしまう。
そこにマイナー女神のノアが現れ、自分の信者になるように声をかけてくるが......。
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昨今のライトノベルは主人公が転移してチート能力を授かるといったものが主流ですが、本作の場合は他の転生者がチートで主人公だけ能力的に見劣りするという設定が目を引きます。しかも、そんな逆境の中でも飄々として創意工夫を重ねながら成長していく主人公がなかなか魅力的です。展開そのものはテンプレではあるものの、ディテールに独自色が感じられ、熱血ファンタジーというべき物語のよいスパイスになっています。女神サマの思惑など、今後の展開も気になる良作です。


異世界最強トラック召喚、いすゞ・エルフ(八薙玉造)
女子高生のナギは内気で周囲になじめないコミュ症な女の子だった。しかし、ある日、憧れのファンタジー世界に導かれ、しかも、ドラゴンにさえ打ち勝つ最強の召喚魔法まで身につけることになる。これぞ夢に思い描いた理想の世界と思いきや、召喚されたのはハイビームやクラクションで敵を蹴散らすいすゞの小型トラックだったのだ。想定外のできごとに愕然としながらもナギは理想の異世界生活を目指してトラックを走らせるが.......。
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異世界でトラックを召喚という出落ち感満載の設定ですが、それだけでは終わっておらず、特異な設定を軸にして展開されるヒロインの成長物語として意外とよくできています。それに、キャラクター同士の掛け合いも軽妙で心地よい読書感を味わうことができます。また、随所に百合的展開も用意されているため、百合好きの人にもおすすめです。それに、読んでいるとトラックへの造詣が深まっていくのも密かな魅力だといえるでしょう。ぶっとんだ笑いと百合と成長物語がほどよくブレンドされた良作です。
鏡のむこうの最果ての図書館 光の勇者と偽りの魔王(冬月いろり)
過去の記憶がないウォレスはいつからか、最果ての図書館の館長を務め、感情を持たないメイドのリィリと共に暮らしていた。ある日、倉庫の鏡がはじまりの街にある、
魔女見習いルチアの家の鏡とつながる。彼女との交流に心が癒されていくのを感じたウォレスだったが、世界は魔王の脅威にさらされていた。そして、「勇者様の魔王討伐を手伝いたい」というルチアに対してウォレスは智恵を貸すことになるが......。
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第25回電撃小説大賞銀賞受賞作品。読んでいると優しい気持ちになれる癒し系ファンタジーです。ストーリーは王道で奇想天外な物語を読みたいという人には物足りないかもしれませんが、丁寧に積み重ねられた世界観が魅力的で、良質なお伽噺を読んでいるような気分にさせてくれます。それに、勇者と魔王との戦いを描きながらも、ストーリーの焦点が主人公の成長譚に当てられているというプロットも意表をついており、興味深く読むことができます。RPG的な世界を下敷きにしつつも、清涼感あふれる物語に仕上げた良作です。ただ、魅力的な世界観に比べ、ルチアもリィリもメインヒロインとしては少々印象が薄いのが残念なところです。
鏡のむこうの最果て図書館 光の勇者と偽りの魔王 (電撃文庫)
冬月いろり
KADOKAWA / アスキー・メディアワークス
2019-03-11


異世界再建計画(南野雪花)
エイジはごく平凡な公務員であり、30歳にして結婚を控えていた。ところがある日、突然、異世界に召喚される。彼が召喚された世界は勇者の活躍によって平和を取り戻していたのだが、その勇者が別の災厄を持ち込んでしまっていたのだ。そのおかげで異世界は今、崩壊の危機を迎えていた。平凡な公務員だったエイジは果たしてこの世界の救世主となることができるのだろうか。
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魔王の侵攻などによって世界に危機が訪れるのではなく、勇者がよかれと思ってしたことがきっかけで思わぬ災厄が起きるという設定がユニークです。しかも、その危機に対して、栄養学・経済学・歴史などといった現代知識で立ち向かうというのが基本プロットであるため、読んでいて非常にためになる本でもあります。しかし、だからといって、決して難しい内容ではなく、簡潔な文章でわかりやすく描かれているところに好感がもてます。ただ、サブカルチャーネタが多くて、必要以上にマニアックに走っている点は賛否の分かれるところでしょうか。ともあれ、着眼点とテーマは非常に素晴らしく、異世界モノに新たな切り口を提示した力作であることは間違いのないところです。


聖なる騎士の暗黒道(坂石游作)
世界を司る女神に聖戦士に指名されながらもなぜか暗黒騎士を目指すことになったレイン。メイドのメアリと共に王立魔法学園の門をくぐるが、闇魔法がまったく使えないのに場違いな格好をしていることですっかり変人扱いされてしまう。そんな彼は、光の一族に生まれたのにもかかわらず、火属性の魔法しか使えないクラスメイトのアリシアに共感を覚える。そこで、迷宮の奥に眠るという聖剣を探す冒険に協力することになるのだが.......。
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第12回HJ文庫大賞金賞受賞作品。聖騎士として最強の力を持っているのにも関わらず、あくまでも暗黒騎士にこだわって悪戦苦闘する主人公の中二病感がいい味出をしています。また、密かに主人公を慕っているメイドとの掛け合いも楽しくてサクサクと読むことができます。基本的にはギャグテイストでコメディとして高いレベルをキープしている上に、時折挿入されるシリアス展開がよいアクセントになっていてグッドです。全体的に現代ラノベの王道を行く秀作だといえるでしょう。ただ、主人公がなぜ暗黒騎士を目指すようになったのかなど、伏線が未消化な部分も多いため、続刊の登場を期待したいところです。
聖なる騎士の暗黒道 (HJ文庫)
坂石游作
ホビージャパン
2019-03-01


やがてはるか空をつなぐ(山之臨)
私立海歩総合高校の物理部ではバルーン実験の準備が進められていた。メンバーはロケットオタクの青桐七海、プログラマーの山花俊、天真爛漫で可愛い後輩の町田佐奈という3名だった。ある日、彼らは近くの高校に通う赤森遥と出会う。彼女は彼らの活動に興味があると言い、物理部への入部を希望する。実は遥にはどうしても校庭でモデルロケットを打ち上げたい理由があったのだ.....。
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第20回えんため大賞特別賞受賞作品。あらすじから想像されるようなガチガチの理系ラノベではありません。どちらかといえば文系色の強い青春群像劇です。メインキャラの5人が抱える思春期ならではの悩みが次第に浮き彫りになり、それがロケットを打ち上げることの意味へとつながっていくプロットがよくできています。読後感も爽やかで好印象。新人だけに多少粗削りな面はあるものの、いまどきのラノベでは珍しい真っ当な青春小説の佳作です。
やがてはるか空をつなぐ (ファミ通文庫)
山之 臨
KADOKAWA / エンターブレイン
2019-02-28


世界の闇と闘う秘密結社が無いから作った・半ギレ(黒留ハガネ)
高校生の佐護杵光はある日突然、念動力に目覚める。最初は数gのものを動かせる程度だったが、鍛錬の末にトラックやバスでも自在に持ち上げられるようになったのだ。だが、それほどまでの異能の力を身につけても意外と使い道がない。テレビでパフォーマンスを行えば有名人になれるかもしれないが、それは彼の望むものではなかった。
杵光の希望はサイキッカー同士のバトルなどといったロマンにあふれるものだ。しかし、大学に入学し、さらに、就職をしても念動力のうまい使い道を見つけられない。杵光はついに逆ギレをして秘密組織を自ら作ることを決意する。それが圧倒的なマッチポンプの始まりだった。
◆◆◆◆◆◆
いい大人たちがヒーローごっこに明け暮れるというバカバカしさが笑いを生むギャグラノベです。とにかく、平和な社会でなんとかヒーローになりたいという欲望のままに暴走する主人公たちが突き抜けていて爽快ですらあります。また、表面上は王道的な異能バトルの物語が語られる一方で、その舞台裏では別の物語が進行しているという仕掛けもよくできています。ラノベのご都合主義を揶揄したパロディ作品のようでもあり、笑いの裏で人生について考えさせられる面もあるという、非常に奥が深くて完成度の高い傑作です。
竜魔神姫ヴァルアリスの敗北(仁木克人)
魔界では王族の者は異界を滅ぼさなければならないという試練を課せられる。魔界最強の姫・ヴァルアリスはその義務を果たすために人間界に降り立った。だが、そこで彼女は最強の料理人たちが情熱を傾けて調理した料理に成すすべなく打ちのめされていく。果たしてヴァルアリスは誘惑に打ち勝ち、人類を滅ぼすことができるのだろうか?
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一言でいえばよくあるグルメ漫画に美少女ファンタジーラノベを足したような作品で、ありがちといえばありがちです。しかし、美味しい料理を食べて悶絶するヒロインの姿がとにかく可愛く、それだけで物語世界に引き込まれていきます。また、料理を作る側もキャラが立っており、料理そのものの描写も説得力があります。そして、なんといっても秋津透氏の作品を彷彿とさせるルビ芸がインパクト大です。自由すぎるルビの振り方がこの作品の面白さを増幅させることに成功しています。可愛い・美味しい・楽しいの三拍子そろった良作です。


フラレた後のファンタジー(マルチューン)
ロジオンは幼馴染で恋人のユーリーを守るために冒険者となり、盾の役目を全うし続けていた。だが、ユーリーには新しい恋人ができ、彼の元を去ってしまう。失意のうちに村へ帰ろうとするロジオンだったが、その途上で一人の
少女と瀕死の重傷を負った老人に出くわす。老人から少女・シエスの護衛を依頼されたロジオンは追手から彼女を守りつつ、新たな人生を踏み出していく。そして、幼い頃より監禁生活を強いられ、生きる気力さえ失っていたシエスも.......。
◆◆◆◆◆◆
古き良き時代のファンタジーをコンセプトにして2019年2月に創刊された新文芸レーベル、”ドラゴンノベルズ”の第1弾作品の一つです。本作は主人公が失意のどん底の状態、しかも、ヒロインも生きる希望を失っているため、かなり重い雰囲気で始まります。したがって、明るい話を読みたいという人には全くお勧めできません。その一方で、主人公の心理描写が巧みで、読者の共感を得やすい物語となっています。山場が随所にちりばめられ、娯楽作品としても秀逸です。ファンタジー小説としてとてもしっかりとしており、謎を小出しにすることで次巻以降の展開も非常に気になる作りになっています。
フラレた後のファンタジー 1 (ドラゴンノベルス)
マルチューン
KADOKAWA / 富士見書房
2019-02-05


1/2ーデュアル 死にすら値しない紅(森バジル)
殺された人間が生き返る現象が発生している近未来の日本。人間としての一部が欠落し、代わりに特殊能力を身につけている彼らは偽生者(ワナビー)と呼ばれて人々から恐れられていた。そんな世界で少年・限夏(きりか)は民間企業の職員としてワナビー狩りを行っている。ある日、彼は新しい相棒と組むことになる。しかしやってきたのはワナビーの少女だった。
名を伴といい、ワナビー化によって死が欠落した不死者だ。生き返りを許さない少年と自らの死を願うワナビーの少女。相容れないはずの2人が”ワナビーによる国家統一”を掲げるテロ集団に立ち向かう!
◆◆◆◆◆◆
第23回角川スニーカー大賞優秀賞作品。近未来SFであり、死者が特殊能力を持って蘇るという設定が魅力的です。能力自体もよく考えられており、いろいろな使い方を駆使してバトルシーンを盛り上げてくれます。一方で、たとえ善良な存在であっても、ワナビーという理由だけで容赦なく命を奪う主人公に最初は引っ掛かりを覚えるかもしれません。しかし、そうした行動原理に至った理由がしっかりと描かれているので、非常に読み応えのあるドラマに仕上がっています。その上、相容れない存在である少年と少女が戦いを通じて次第に絆を深めていくという展開もバディもの、ボーイミーツガールものとしてよくできています。不老不死故に幼さと老成した部分を併せ持つヒロインを始めとしてキャラクターも魅力的です。最後の伏線回収も見事であり、新人離れした非常に完成度の高い作品だといえます。
ダーウィン先生、ケモノ娘たちが学園でお待ちです(野々上大三郎)
英国の片田舎の学園では動物の耳や尻尾などを持つケモノ落ちと呼ばれる少女たちが集団生活を送っていた。そこにダーウィンという動物学者の青年が赴任する。彼はとにかく度の過ぎた研究馬鹿で、尻尾の付け根を確認するためにスカートの中に潜り込む、上着を脱がしてせん毛を始めるなどの行き過ぎた行動を繰り返す。だが、そんな彼の熱心さがやがて、ケモノ娘たちの悩みを解決していくのだった。
◆◆◆◆◆◆
一見、ケモナー趣味のエロコメという趣の作品であり、確かにそういった面からも楽しめる作品ではあります。しかし、その根底にあるのは身体的特徴に劣等感を持つ少女たちを偏見のない主人公が救っていくというヒューマンな物語であり、思わず感動させられます。また、彼女たちの悩みを解決する手法も動物学の知識に基づいており、蘊蓄小説として楽しむことも可能です。さらに、それぞれのキャラが立っており、ヒロインたちが魅力的に描かれている点も秀逸です。ただ、あえて難をいえば、ヒューマンな物語の中でエロティックなシーンが少々浮いているところでしょうか。この点に関しては好みの分かれるところです。
Unnamed Memory(古宮九時)
強国ファルサスの王太子オスカーは幼い頃、子孫を残せないという呪いをかけられる。やがて、凛々しい若者へと育ったオスカーは地上最強と謳われる魔女ティナーシャの元を訪れ、過酷な試練を乗り越えたのち、彼女と契約を結ぼうとする。だが、彼女の魔法を持ってしてもその呪いを解くことはできなかった。そこで、オスカーは発想の転換を図り、
ティナーシャにプロポーズする。彼女なら呪いをものともせず、子どもを産めると考えたからだ。即座に申し入れを断るディナーシャだったが、オスカーはめげることなく彼女を城に招待する。もちろん、彼女を籠絡して妻として迎えるためだ。だが、そのころ、城の周辺では怪しい動きが......。
◆◆◆◆◆◆
いま流行りの異世界転生ではなく、正統派ファンタジーに恋愛劇をほどよくブレンドした作品です。どちらかといえば、90年代を想起させる古典的なテイストな作品なので目新しさはありませんが、笑いあり、シリアスありで物語に引き込んでいく技巧は卓越しています。
特に、オスカーとティナーシャの夫婦漫才のような小気味よい掛け合いは秀逸です。キャラクターも主人公、ヒロイン共にいろいろな意味でたくましく、好感がもてます。ただ、女性作家ならではのキャラ造形が色濃く出ているため、ラノベに過剰な萌えを求めている人は好みに合わないかもしれません。あとは恋愛要素が多めなので、冒険アクションを期待していた人も物足りなさを感じる可能性があります。しかし、そうした好みの問題を除けば、その完成度は極めて高く、幅広い層にお勧めできる傑作だといえます。
34歳カードゲーマー和泉慎平(楽山)
地方の信用金庫に勤める和泉慎平の趣味はトレーディングカードゲームとアイドルの追っかけ。彼は社畜としてのつらい日々を送っていたが、ある日、不思議な美少年にカードゲームを挑まれ、それがきっかけでカードを使った能力が発現する。しかし、それがさらなる不幸の始まりだった。その能力のせいで慎平は魔法少女たちから命を狙われるハメになってしまったのだ。助かるには魔法少女を倒さなければならないのだが......。
◆◆◆◆◆◆
主人公はなろう系ラノベでありがちな社畜でオタクな中年男性ですが、従来のものと大きく異なっているのは転生してチート能力を得るわけではないという点です。とはいっても、とあることがきっかけで主人公が特殊能力を得るというイベントは存在します。しかし、決して俺tueeeするわけではなく、圧倒的な強さを誇る魔法少女を相手に非常に泥臭く必死にあがき続けていきます。こういったプロセスは読者の共感を得るためには必要なものですが、爽快感を与えることを重視した結果、なろう系では切り捨てられてきたわけです。確かに、主人公があがき、地べたをはいずり回るといった展開は凡百の作家が描くと読者のストレスになりかねません。そういった意味で俺tueee系が流行るというのも十分納得できる話です。一方で、本作の主人公の場合は泥臭くあがく姿というのが非常にかっこ良く、その点にこの作品ならではの魅力があります。読んでいる内にそんな彼の姿にどんどん引き込まれるようになります。共感とカタルシスを同時に得ることのできる希有な傑作だといえるでしょう。
JKでエロラノベ作家ですが何か?(わかつきひかる)
官能小説の大手レーベル・イタリア書院に勤める契約社員の鈴木遼平に鬼畜系ポルノ作家の美月トオルに萌え系学園ラブコメを書かせろという指令が下される。
特別ボーナスと正社員の座に釣られて依頼に向かった遼平だったが、なんと美月トオルは現役の女子高生だったのだ。しかも、彼女には鬼畜に対するこだわりがあり、イタリア書院からの依頼を拒否する。正社員の座を手に入れるため、遼平はなんとか依頼を引き受けてもらおうと奮闘するのだが.......。
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実際にヤングアダルト系ポルノ作家として活躍している作者の経験を活かして描いた作品です。女子高生がエロ作家という設定はぶっとんでいますが、業界ものとしてのリアリティは十分で読み応えのある作品に仕上がっています。作家と編集の間で起きるトラブルやそれを解決していく過程などは、経験者が書いているだけあって非常に説得力があります。それに、主人公とヒロインが愛らしく、読後感も爽やかです。ただ、ヒロインの家庭環境など若干消化不良な部分がある点に関してはひっかかりを覚える人がいるかもしれません。ちなみに、エロ小説をテーマにしていますが、本編中にエロい展開はないため、その点に期待すると肩すかしを喰らうことになってしまいます。
シキガミ×クエスト 異世界モンスターを式神にして強くなる(ヒツキノドカ)
水門アキラは妖怪と契約し、それを式神として使役する式神使いの末裔だ。だが、妖怪そのものが激減した現代では式神使いとしての能力を十分に発揮できないでいる。おまけに天才である幼馴染と比較され続け、アキラは忸怩たる思いで日々を過ごしていた。そんな時、彼は突然、異世界に転移する。元の世界にはいないモンスターにあふれかえる世界だ。アキラはここぞとばかりにモンスターを討伐し、自らの式神として契約をしていくが.......。
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第23回スニーカー大賞優秀賞作品。ラノベとしては珍しい少年漫画のバトルものっぽいノリの作品です。シンプルな物語がテンポよく語られ、キャラも立っているため、飽きることなくサクサクと読み進めていくことができます。設定を詰め込み過ぎで胃もたれを起こしそうな異能力バトルが苦手という人にはおすすめです。また、異世界で無双する主人公ですが、それより強い幼馴染の存在があるため、多くの俺tueee系と比べてその無双ぶりが嫌味になっていない点も美点だといえるでしょう。一方で、ストーリーにヒネリや意外性がない点は物足りなさを感じる人がいるかもしれません。良くも悪くも王道的といった作品です。


継母の連れ子が元カノだった(紙城境介)
伊理戸水都と綾井結女は中学時代にはイチャイチャの恋人同士だったが、些細なすれ違いが原因で溝ができ、卒業を機に別れてしまう。ところが、お互いの親同士が再婚したために、別れてからわずか2週間で兄妹となって再会することになってしまったのだ。最悪の再会を果たした彼らはことあるごとに衝突を繰り返すが.....。
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第3回カクヨムweb小説コンテスト・ラブコメ部門大賞受賞作品。素直になれない2人がツンツンしながらも次第に距離を縮めていく王道ラブコメです。一見ありがちな設定ではあるものの、雰囲気やキャラ作りが非常に巧みなので退屈せずに読み進めていくことができます。また、男性向けのラブコメでは男目線で物語が進んでいくことが多いのですが、本作は章ごとに視点が男女交互に入れ替わる構成を採用しています。つまり、表面ではツンツンしていても内心では相手のことが気になってしかたないことが読者にはバレバレなわけです。これが非常にうまく描かれており、大きなニヤニヤポイントになっています。さらに、別れたばかりのカップルが一つ屋根の下で暮らすことから生じるギクシャク感とそれを起点に巻き起こるドタバタ劇の描写も秀逸です。甘くて苦いツンデレ型ラブコメの新境地とでもいうべき傑作です。
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