最新更新日2019/02/19☆☆☆☆

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富士見ファンタジア文庫を中心としてヒロイックファンタジーが全盛を誇っていたラノベ界にもやがて新しい波がやってきます。剣と魔法の世界に代わって、中二バトルや学園ハーレムといったジャンルが人気を博するようになったのです。それにともなって、今までラノベレーベルの3番手的なポジションだった電撃文庫が一気に業界トップに躍り出ます。とはいえ、他のレーベルが衰退していったというわけではありません。逆に、この時期にはファミ通文庫(1998年)、スーパーダッシュ文庫(2000年)、MF文庫(2002年)、GA文庫(2006年)、HJ文庫(2006年)、ガガガ文庫(2008年)、このライトノベルがすごい!文庫(2010年)といった具合に数多くのラノベレーベルが立ち上げられ、ライトノベルは全盛の時を迎えます。その黄金期にどのような作品が現れたのかを紹介していきます。
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1998年

ブギーポップは笑わない(上遠野浩平)
ある秋の日曜日。高校生の竹田啓司は交際相手である宮下藤花を待っていたが、彼女はなかなか現れない。その代わりに、黒い帽子を被って大きなマントをまとい、黒いルージュを引いた異様な人物が近づいてくる。しかも、そいつは宮下藤花にそっくりだったのだ。翌日の放課後、やはり藤花は待ち合わせの場所に現れず、代わりにまた黒帽子の怪人物に出くわす。そいつは追い掛ける啓司に足払いをくらわし、静かに言う。「僕は宮下藤花ではなく、ブギーポップだ」と。彼女は自分のことを異変が起きると自動的に現れる泡のような存在で、今は人を喰うものを探しているというが......。
第4回電撃ゲーム小説大賞大賞受賞作品。ライトノベルにおける中二バトルあるいはセカイ系の元祖であり、それまで中世ファンタジー風の冒険物語が多かったラノベのカルチャーシーンを書き換えた超重要作品です。また、本作は時系列を解体し、しかも、一章ずつ視点が変わるという当時のラノベとしては斬新なプロットを採用しています。そして、曖昧模糊とした断片的なシーンから次第に物語の全体像が浮かび上がってくるという仕掛けは、今までのラノベにはなかった読書体験を読者に提供することになったのです。謎解き要素と意味深なハッタリの連続は読者の中二魂に火を付け、ブギーポップシリーズは大ブレイク。一気にラノベ界の中心的存在に駆けのぼることになります。また、それまで富士見ファンタジア、角川スニーカーに続く3番手にすぎなかった電撃文庫が00年代にトップシェアを握ることになったのもこのシリーズがあったればこそです。ちょうど、富士見ファンタジアにおける『スレイヤーズ』と似たような立ち位置にある作品だといえるでしょう。
ブギーポップは笑わない
上遠野 浩平
KADOKAWA
2019-01-10


ラグナロク(安井健太郎)
舞台は大陸の辺境にあるアルパス。凄腕の傭兵・リロイは旧知の間柄であるレナから妹救出の依頼を受け、相棒である意志を持つ剣・ラグナロクと共に暗殺組織”深紅の絶望”に乗り込む。そこで待ち受けていたのは虎の姿をした組織の首領だった。彼はなぜかリロイのことを仲間呼ばわりするが.....。
第3回スニーカー大賞の大賞受賞作品です。デビュー作だけあって、文章や構成には荒さが見受けられますが、それをカバーするだけの面白さに満ちています。なんといっても素晴らしいのは戦闘シーンで、次々と襲いかかってくる敵をなぎ倒す描写は爽快感に満ちています。バトルの相手も怪物、エスパー、超兵器と言った具合にバラエティに富んでおり飽きさせません。物語の合間にバトルがあるのではなく、アクションを成立させるために最小限の物語が挿入されているといった感じの作品であり、バトル好きにはたまらないものがあります。主人公とラグナロクの掛け合いもウィットに富んでいて、ラノベというよりもどちらかといえば洋画アクションからの影響を色濃く受けていると思わせる作風です。ただ、物語の起承転結をがっつり楽しみたいという人にとっては単調でつまらないと感じる可能性もあるため注意が必要です。なお、本シリーズは本編11巻、外伝9巻が発売されていますが、未完のまま打ち切りになっています。その代わり、2017年よりリブート版が『ラグナロク:Re』のタイトルでオーバーラップ文庫から刊行が開始されています。


E.Gコンバット(秋山瑞人)
2029年。地球は未知の生物・プラネリアムの攻撃を受け、人類が営々と築き上げてきた近代産業文明はわずか数日で壊滅状態に追い込まれてしまう。人類の命運は風前の灯だと思われたが、プラネリアム襲撃から6カ月後に月からの救世軍が地球軍と合流。かろうじてプラネリアムを特定エリアに押し込むことに成功するのだった。調査の結果、プラネリアムは女性だけを狙うことが判明し、それを受けて全女性を月に移住させるジュリエット計画が発動される。時は過ぎて2067年。終わりの見えない戦いはいまだ続いていた。そんな中、若き英雄ルノア・キササゲ大尉はライバルの策略にはまって左遷され、月の訓練校で落ちこぼれたちの教官となるのだが.......。
ライトノベルにSFテイストを盛り込み、ラノベ界に新しい風を巻き起こした秋山瑞人のデビュー作です。文章に多少のぎこちなさはあるものの、著者の特徴である軽快な文体はすでに完成の域に近づいており、ぐいぐいと物語の中に引きずり込まれていきます。なんといってもオリジナリティの高い世界観が魅力的であり、その中で個性豊かなキャラクターたちを自在に動かしているのが見事です。メインのストーリーは落ちこぼれ部隊のスポ根ものというベタなものですが、ツボを押さえた展開によって、非常に盛り上がる内容になっています。ただ、残念なのは全4巻完結としているのに3巻までしか発売されておらず、完結編が出る見込みもないという点です。
E.G.コンバット (電撃文庫)
秋山 瑞人
メディアワークス
1998-06


風水街都 香港(川上稔)
人と人ならざるものが共に暮らす香港で、人間と天使のハイブリッドである匪天の少女・アキラは街を守るために日々奮闘していた。一方、人間から差別を受けている匪天たちのために立ち上がったアキラの兄・ダブルリーは風水紋章を起動させ、天界を復活させようとしていた。その影響を受けて香港は崩壊の危機を迎える。アキラとその弟の五行師・ガンマルンは兄の野望を打ち砕き、香港を守ることができるのか?
壮大なスケールの世界観を構築し、その中でさまざまな都市でのドラマが展開される”都市シリーズ”。本作は『パンツァーポリス1935』『エアリアルシティ』に続くシリーズ第3弾です。ただ、前2作はプロローグ的な色合いが強く、本作からが本格スタートといっても差し支えないでしょう。著者の原点ともいえる作品であり、その過剰な設定と伏線は必要以上に物語を難解にしてしまっている反面、読み込めば読み込むほど新しい発見があります。また、そうした作風はブギーポップと並んで電撃文庫の中二的傾向を深化させていくことになります。そういう意味ではこの時期の電撃文庫を語る上で欠かせない作品だといえるでしょう。


フルメタル・パニック!(賀東招二)
陣代高校に一人の少年が転校してくる。彼の名は相良宗介。何かというと銃器類をぶっ放し、ところかまわずトラップを仕掛けようとする危ない奴だ。実は彼の正体は傭兵であり、ある特殊能力を秘めている少女・千鳥かなめを守るために秘密組織ミスリルから派遣されたボディーガードだったのだ。しかし、幼い頃より戦場で生きてきた彼には平和な社会というものが理解できず、行く先々で騒動を巻き起こしていく。そんな中、ミスリルの敵対組織であるアマルガムがかなめを拉致するために動き出すが......。
ヒロイックファンタジーの人気に陰りが見え始めるに従い、『スレイヤーズ!』『魔術士オーフェン』などに代わって富士見ファンタジアの看板タイトルとなっていった作品です。本作には緻密な設定や壮大な世界観、個性的なキャラクターなど、さまざまな魅力が詰まっています。そして、学園ドタバタから軍事サスペンス、ロボットアクション、ボーイミーツガールまで、多様な要素を一つの作品に綺麗に落とし込み、テンポの良い娯楽作品に仕上げた手腕が見事です。また、ライトノベルの看板作品といえば何十巻も続いたりするものですが、本作は12巻という、ほどよい長さで終わっている点も完成度を高める結果につながっています。シリーズ累計売上は1000万部を超えており、まさに名作と呼ぶにふさわしい作品です。


1999年

ザ・サード(星野亮)
大戦を経て各地で砂漠化が進んでいる世界。2度とあのような不幸が起きないように人類の技術進化は3番目の赤い瞳を宿す新人類”ザ・サード”によって管理されていた。そんな中、なんでも屋の少女・火乃香は砂漠で立ち往生している美しい青年・イクスを救う。そして、その邂逅によって火乃香は時代の奔流へと巻き込まれていくことになるのだった。
第10回ファンタジア長編小説大賞準入選作品。ラノベではよくある戦う女性をメインに据えたSFファンタジーですが、今風のものと比べるとヒロインに確固とした芯があるのが印象的です。また、SF作品として世界観がしっかりと作り込まれており、その上で迫力のあるアクションシーンが展開されるので非常に読み応えがあります。終末的世界観と過剰にラノベっぽくない等身大のヒロイン。この2つの要素に惹かれる人におすすめしたい作品です。


僕の血を吸わないで(阿智太郎)
花丸森写歩郎は長野県の高校に通うお人好しの少年。ある日、窓から美少女が飛び込んでくるが、その正体は齢180歳の吸血鬼だった。吸血鬼ハンターに追われているという吸血鬼・ジルに対して森写歩郎は同居を申し出る。そのジルを狙って次々と花丸家に押し寄せてくる吸血鬼ハンターたち。一方、森写歩郎の優しさに惹かれたジルは彼を仲間にすべく、なんとか血を吸おうとするが.....。
第4回電撃ゲーム小説大賞銀賞受賞作品。シュールなボケと淡々とした語りのギャップが笑いを生むドタバタコメディです。ストーリー自体は冴えない少年が突然美少女に惚れられるという古典的なラブコメであり、深みやヒネリなどといったものは一切存在しません。その代わり、勢いのある文章、インパクト満点の比喩など、独特のギャグセンスは忘れ難い味わいがあります。デビュー作だけあって粗削りな部分もありますが、その荒々しさが結果として作品の勢いを加速させる結果となっています。ギャグラノベの金字塔というべき傑作です。
僕の血を吸わないで (電撃文庫)
阿智 太郎
KADOKAWA / アスキー・メディアワークス
2015-09-26


2000年

キノの旅 the Beautiful World(時雨沢恵一)
さまざまな都市国家が点在している世界。その中を男装の少女・キノは相棒である、言葉をしゃべるバイクと共に旅を続けていく。一方、王である父によって国を追われたシズはその7年後に父の暴政によって荒廃した祖国に舞い戻り、参加者がトーナメント形式で殺し合うコロシアムに参加する。そこで優勝して父を暗殺する機会を得ようというのだ。シズは日本刀を武器に順調に勝ち進み、決勝で銃を武器に戦うキノと対戦するが......。
本シリーズは『ガリバー旅行記』や『銀河鉄道999』のように主人公が毎回奇妙な国を訪れてはさまざまな体験をするという寓話的な物語です。また、00年代前半においてブギーポップシリーズと並んで電撃レーベルの人気を決定付けた作品でもあります。キノの訪れる国はいずれも歪な部分が強調されており、現代社会の風刺と取れないこともありません。しかし、キノ自身はそうした諸国の問題に深くかかわることはなく、あっさりと受け流したり、時にはバッサリと切り捨てたりする点に独自の面白みがあります。つまり、結構重たいテーマを、主人公が傍観者に徹することによって、ドライかつ軽いタッチで描いている点がこの作品の魅力となっているのです。1話1話も短いので気軽に楽しむことができ、それでいて色々と考えさせられる、奥の深い名作です。
キノの旅 the Beautiful World (電撃文庫 し 8-1)
時雨沢恵一
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
2000-07-10


ストレイト・ジャケット(榊一郎
ストレイト・ジャケットはモールドと呼ばれる鎧を身につけて魔族と戦う戦術魔術師だ。だが、同時に、魔族化するリスクも持つ存在として人々から恐れられている。その中でもレイオットは凄腕で一匹狼的な存在だった。魔族に強姦されて生まれてきた子どもであるCSAの少女と一緒に暮らしていることを自身に対する罰だと語り、彼は孤独な戦いへと身を投じていくが.......。
陰鬱な世界を舞台に繰り広げられるハードボイルドタッチの作品です。設定と世界観の作り込みが濃厚でそこが魅力でもあるのですが、キャラありきのラノベに慣れている人はその辺で取っつきにくさを感じるかもしれません。ちなみに、あらすじだけを読むと悲壮感たっぷりの作品のように思うかもしれませんが、主人公はあまり苦悩を顔に出さない飄々としたタイプであり、コンビを組むちょっとポンコツ気味な女性キャラとかもいたりするので口当たりは意外と軽やかです。そういった部分も含め、ライトノベル的ハードボイルドの代表的な作品だといえるでしょう。


時空のクロス・ロード(鷹見一幸)
富子市の高校生、木梨幸水は平和な日々を満喫していたが、ある日不思議な老人から時空転移装置なるものを渡される。そのスイッチを押した彼は並行世界の富子市へと転移する。そこは三日熱という病が蔓延し、この世の地獄と化した世界だった。
少年少女が謎の組織に導かれて並行世界を旅し、その世界を滅亡の危機から救うというオムニバス作品です。主人公はエピソードごとに変わり、キャラクターよりも世界観や物語性に重きを置いているため、ラノベというよりもジュブナイル色が強いのが特徴だといえます。したがって、電撃文庫的なものを求めると期待はずれに終わる可能性があります。とはいえ、恋に冒険にと娯楽要素は満載で読み応えのあるシリーズであることは確かです。ちょっと懐かしい味のする良質なエンタメ作品を読みたいという人におすすめです。
時空のクロス・ロード ピクニックは終末に (電撃文庫)
鷹見 一幸
KADOKAWA / アスキー・メディアワークス
2014-10-11


猫の地球儀(秋山瑞人)
遥か遠い未来。宇宙コロニーに住んでいた人類はすでに滅び、知性を持った猫たちがAIロボットを使って生活をしていた。その中の一匹、黒猫の幽は幼い時に森ではぐれたところを雌猫の円に拾われる。そして、彼女の死を契機に幽はスカイウォーカーとなって禁忌とされる地球行きを目指すようになっていた。ある日、彼は先代のスカイウォーカー・朧の相棒だった少女型ロボット・クリスマスを発見するが.....。
可愛い猫と少女ロボットの登場する一見愛らしい作品のように思わせておいて、実にシビアな物語が展開していきます。夢を追う主人公というのは娯楽作品における王道ですが、夢を追うことの残酷さをここまで赤裸々に描いた作品もなかなかないのではないでしょうか。表層的には非常にキュートな作品だけにその残酷さとのギャップに涙しそうになります。ハッピーエンドともバッドエンドともとれるラストといい、忘れ難い読後感をもたらしてくれるライトノベルSFの傑作です。
猫の地球儀 焔の章 (電撃文庫)
秋山 瑞人
メディアワークス
2000-01-01


タツモリ家の食卓(古橋秀之)
ホトケ顔の高校生・龍守忠介はある日一人の女の子を拾うが、それは宇宙を駆ける超生命体・リヴァイアサンの幼態だった。強大な力を持つリヴァイアサンが地球にいることを知った銀河連邦とその敵対国家はなんとか自陣営に引き入れようと画策する。その結果、兄と妹の2人暮らしだった龍守家は宇宙人の溜まり場となっていく......。
SF志向の強い著者がライトノベル的設定の中にSF的アイディアをふんだんに盛り込んだお茶の間スペースオペラです。その結果、主人公はホトケ顔でヒロインは見た目が3歳の幼女の地球外生命体というラノベとしてはいささかニッチすぎる作品に仕上がっています。その代わり、本来ハードSFで扱うべきテーマを分かりやすいコメディに落とし込んでいるのは見事です。SF入門にピッタリの異色傑作だといえるでしょう。


R.O.DーREAD OR DIE(倉田英之)
都立高校の産休教師としてやってきた英国人とのハーフの女性・読子・リードマン。しかし、その正体は紙を自在に操ることができる特殊能力者であり、英国大英図書館のエージェントだったのだ。一方、13歳でデビューした天才少女作家の菫川ねねねは読子の正体を知り、彼女の後を追い掛けるようになるが.......。
主人公の読子・リードマンは紙を武器にして敵をなぎ倒すスーパーヒロインですが、普段は極度のビブリオマニアで収入のほとんどを書籍代に投入しているために常に困窮状態にあるという生活破綻者です。そのギャップが愛らしく、この作品の大きな魅力になっています。また、激しいアクションが満載である一方で、書籍に関する蘊蓄も多くて幅の広い楽しみ方が可能です。特に、本好きの人なら共感できる部分が多いのではないでしょうか。なお、本作は全13巻完結の予定ですが、2006年に11巻が発売されて以降、10年間新作の発売がストップしていました。2016年にようやく12巻が刊行され、あとは最終巻の発売が待たれるところです。

陰陽ノ京(渡瀬草一郎)
陰陽師の名門に生まれながらも家業を継がず、文筆業の道に進んだ青年・慶滋保胤。彼は安倍晴明の依頼で外法師の素性について調べ始めることになる。だが、それは魑魅魍魎の渦巻く大事件の入口にすぎなかった......。
ライトノベルレーベルから出版された作品ですが、中身は一般小説と区別のつかない本格的な伝奇作品に仕上がっています。ストーリーも本格的で重々しいテーマを扱っているものの、登場人物はみな軽やかで読みやすさをキープしているあたりにラノベっぽさがかろうじて残っているといった感じです。しかも、軽さを演出しながらも平安時代の雰囲気はしっかりと醸し出している点に巧さを感じます。ちなみに、本作にはこの手の作品ではお約束の安倍晴明ががっつりと登場しますが、イケメンの美青年でもなく、威厳に満ちた老人でもなく、ただの中年オヤジというのがなかなか斬新ではあります。
陰陽ノ京 (電撃文庫)
渡瀬 草一郎
メディアワークス
2001-02-01


トリニティブラッド(吉田直)
核兵器や細菌兵器の飛び交う戦争はやがて世界中を巻き込み、文明社会は崩壊した。人類の生存権もヨーロッパ周辺のみとなり、生活水準は中世の時代まで後退する。それに追い打ちをかけるようにヴァンパイアが出現し、人類に戦いを挑んでくる。かろうじて勝利した人類だったが、ヴァンパイアは滅んだわけではなかった。彼らは真人類帝国を築き、未だ人類と小競り合いを続けていたのだ。そして、長い時が過ぎ、自由都市イシュトヴァーンに一人の巡回神父が降り立つ。彼の名はアベル・ナイトロード。その正体はヴァンパイアすら凌ぐ戦闘力と生命力を有するクールスクスであり、教皇庁国務聖省長官カテリーナ・スフォルツァの命令によって動く派遣執行官だった。
『吸血鬼ハンターD』『ヘルシング』などを彷彿とさせるいわゆるヴァンパイアものです。中二病設定満載でいかにもこの時代のライトノベルといった感じですが、卓越した文章力でそれを物語として分かりやすく描いている点が秀逸です。ちなみに、この手の作品の主人公は耽美でクールなタイプが多く、表紙絵からもそうしたイメージが滲み出ています。しかし、実際は内に実力を秘めながらも普段はお人好しでヘタレなタイプなので、『吸血鬼ハンターD』や『ヘルシング』のような主人公を期待すると肩すかしを喰らうかもしれません。とはいっても、内容の濃さや展開のスムーズさは申し分なく、壮大な世界観も相まって同時代のラノベの中では抜きんでた完成度を誇っています。それだけに、未完のまま作者が夭折したことが惜しまれます。


アウトニア王国奮戦記 でたまか(鷹見一幸)
貧乏貴族のマイド・ガーナッシュは士官学校を優秀な成績で卒業し、薔薇色の未来に心ときめかせるが、配属されたのは宇宙の果ての惑星アウトニアだった。しかも、弱小艦隊を率いて強大な敵に立ち向かわなくてはならないのだ。そこで彼の立案した作戦とは?
『銀河英雄伝説』のヤン・ウエンリーのように天才的な用兵家である主人公が強大な敵に打ち勝つといった話ですが、その作戦のハチャメチャぶりが良くも悪くもラノベ的です。また、第二部の『アウトニア人王国再興録』からは魅力的なキャラが増え、主人公のメインストーリーの他に脇役たちのサイドストーリーも楽しむことができます。この辺りは群像劇ならではの面白さです。さらに、第三部の『アウトニア王国人類戦記録』では未知の異星人との戦争が始まるという意表をついた展開になります。この辺りは突飛過ぎてついていけないという人がいるかもしれませんが、その違和感を軽妙な語り口で納得させてしまうのはさすがです。数少ない和風スペースオペラの佳作の一つです。


ランブルフィッシュ(三雲岳斗)
1990年代初頭に登場した人型陸戦兵器レイドフレームは従来の兵器を遥かに凌駕する戦闘力を有し、世界の軍事バランスを崩しかねない存在になっていた。ただ、その開発には莫大な資金が必要となるため、各国は費用捻出のためにRFトーナメントと呼ばれる公認ギャンブルを開催していた。そして日本では、その競技の技術者育成のために「恵理谷闘騎技術専門校」が設立される。そこでRF設計士を目指していた実習生の志村瞳子は、ある日、編入生の少年・高雄沙樹と出会う。彼は時代錯誤のヤンキーで試験に受かったのが不思議なくらいのド素人。しかも、手違いで瞳子のルームメイトになってしまう......。
ライトノベルとしては珍しい、ロボットをメインとした作品です。バトルだけでなく、ロボットの製作過程の描写にも重点が置かれているため、ロボット好きの人にとってはより興味深い内容に仕上がっています。かなりの数にのぼる登場人物も書き分けがしっかりとできており、群像劇としての面白さもあります。テンポの良さや伏線の妙も相まってロボットをテーマにしたラノベとしては一歩抜きんでた作品だといえるでしょう。


パラサイトムーン(渡瀬草一郎)
人間の感情が色として見える高校生・希崎心弥は幼馴染の露草弓と共に彼女の祖父が暮らす徒帰島へ向かう。だが、その島は迷宮神群と呼ばれる神々の支配下にあった。その上、迷宮神群を狩ろうとする集団が現れ、2人は否応なしにその争いに巻き込まれていくことになる。
各巻ごとに主人公が異なるオムニバス形式のシリーズです。ちなみに、イラストの絵から連想されるようなよくある萌えラノベではありません。その中身は人と神の相容れない異質さを浮き彫りにしていく極めてシリアスなものです。そこにはぞっとする恐怖があり、また、主人公たちが抱く、異能力を持った故の苦悩も痛々しいまでにリアルに描き出されていきます。それだけに表紙絵とのミスマッチが惜しまれます。民話やクトゥルフ神話などに興味がある人には特におすすめの作品です。
パラサイトムーン―風見鳥の巣 (電撃文庫)
渡瀬 草一郎
メディアワークス
2001-05


まぶらほ(築地俊彦)
魔法が存在するパラレルワールドの日本には葵学園というエリート魔術師養成学校があった。式森和樹はそこの生徒だったが、彼自身は成績のぱっとしない劣等生である。そんな彼がなぜ、エリート校に入学できたかというと、彼の祖先には偉大な魔術師が多数存在しており、和樹の中には最強の遺伝子が秘められているからだ。和樹自身は落ちこぼれでも、彼との間にできた子供は最強の魔術師になるという。そして、その遺伝子を狙う3人の美少女が和樹に近づいてくるのだが.......。
いわゆるハーレムラノベの走りとなった作品です。ただ、ドタバタラブコメを想像して読むと本編は意外とシリアスなので驚くかもしれません。むしろ、本領を発揮しているのは短編シリーズの方であり、個性豊かなキャラが入り乱れての上質なラブコメディを楽しむことができます。今となってはいささか古臭さを感じてしまいますが、ラノベの歴史を語る上では欠かせない作品だといえるでしょう。




イリヤの空、UFOの夏(秋山瑞人)

浅羽直之はゲリラ新聞部に所属する中学2年生。彼は夏休みの間、完璧超人だが変人の部長・水前寺邦弘と共に裏山でUFO探しをしていた。その山ではUFOの目撃談が後を絶たず、水前寺はそこにある空軍基地が怪しいとにらんでいたのだ。夏休み最後の日、せめてもの思い出にと直之は夜のプールに忍び込むが、そこで伊理野と名乗る不思議な雰囲気の美少女と出会う。翌日、伊理野は彼のクラスに転校してきた。伊理野はある事件をきっかけにクラスで孤立し、そんな彼女を気にかける直之だったが、やがて彼女のとんでもない秘密が明らかになっていく。
『ブギーポップは笑わない』から始まったセカイ系ラノベの頂点に立つ作品です。ボーイミーツガールの物語の裏に壮大な設定が秘められている点はこの手の作品のテンプレというべきものですが、特徴的な文体によって紡がれる独特の世界観には比類なき魅力があります。また、シリアスな物語だけでなく、バカバカしくも楽しいサブエピソードもよくできており、それがクライマックスに向けて押し寄せてくる切なさを一層胸に迫るものにしています。そして、この作品を忘れ難いものにしているのが物語が終わった後に感じるすさまじいまでの喪失感です。ライトノベルの枠を超えて語られるべき、屈指の名作です。


リバーズ・エンド(橋本紡)
瀬川拓己は14歳の誕生日に「あなたの町に海はありますか?」と書かれたメールを受け取った。とまどう拓己だったが、やがてメールの送り主である藤木唯と出会い、心を通わせるようになる。だが、幸せな時間は長くは続かなかった。彼らの周囲では不可解なことが起こり始め、破滅のときは着実に近づこうとしていた。
『イリヤの空、UFOの夏』と同じく、セカイ系に属する作品で、その世界観はどこか『最終兵器彼女』を彷彿とさせます。全体的に非常に感傷的な雰囲気で満たされており、陰鬱な世界を丁寧に描写している点に文学作品のような味わいがあります。思春期ならではの感情の揺れを繊細に描いた作品としては希有の傑作です。ただ、卓越した心理描写に対して、SF的要素に練り込み不足が感じられ、壮大な設定の割にオチが安易である点は賛否の分かれるところです。
リバーズ・エンド (電撃文庫)
橋本 紡
アスキー・メディアワークス
2001-12


2002年

風の聖痕(山門敬弘)

地火水風の四大精霊の力を借りて能力を発現させる精霊術師の中でも炎術師は最大の攻撃力を誇っていた。和麻はその名門である神凪家に生まれたものの、炎術の才能を全く持ち合わせていなかった。18歳の時に後継者争いに敗れたことで父から勘当され、和麻は香港に渡る。それから4年が過ぎ、超一流の風術師となって日本に戻ってきた和麻だったが、そこで彼は身内殺しの嫌疑をかけられる。そして、彼の元に神凪家分家最強の2人が刺客として送り込まれ.....。
第13回ファンタジア長編小説大賞準入選作品。最強主人公が無双する、俺tueee系の走りとでもいうべき作品です。今となってはよくある設定ですが、ストーリー構成や伏線の張り方が巧みで非常に完成度の高い物語に仕上がっています。また、ヒロインよりもむしろ主人公が魅力的な点なども含め、雰囲気的になろう小説を彷彿とさせます。陰陽道などの和風テイストを西洋魔法と融合させた設定も巧みであり、いろいろな意味で時代の先をいっていた傑作です。それだけに、未完のまま作者が亡くなってしまったことが残念でなりません。


クビキリサイクル(西尾維新)

19歳の大学生であるぼくは幼馴染の玖渚友の付き添いで、日本海に浮かぶ鴉の濡れ場島を訪れる。そこには玖渚友を始めとする5人の女性が招待されていた。いずれも各分野で名の知られている天才たちであり、彼女たちを招待したのは赤神財閥のご令嬢で、この島の女主人でもある赤神イリヤだ。だが、その天才たちの一人が首なし死体となって密室状態で発見される。当然、警察を呼ぶべきだが、警察嫌いのイリヤはそれを拒否し、事件は哀川潤なる人物が解決してくれると豪語する。ところが、哀川潤は一向に姿を見せない。しかたなく、ぼくは玖渚友と共に事件を収拾すべく動き出すが........。
第23回メフィスト賞受賞作品。のちに戯言シリーズの第1作として知られるようになった本作は講談社ノベルスから発売されました。そのことからも分かる通り、もともとは一般文芸のミステリー小説として扱われていたのです。しかし、極めて萌え度の高いキャラクター群や盛り込み過ぎの中二設定などはライトノベルそのものであり、その語り口の面白さも相まってたちまちラノベファンから高い人気を博するようになります。実際、2005年から始まったこのライトノベルがすごい!では「ライトノベルか一般文芸かは意見の分かれるところである」としながらも、『涼宮ハルヒの憂鬱』に次いでいきなり2位にランクインされます。そして、その翌年には見事1位を記録するのです。ここにきて本シリーズがライトノベルであるという認識は不動のものとなり、西尾維新はラノベ界のトップランナーとして認識されるようになります。一方、『クビキリサイクル』はライトノベルとしてだけでなく、本格ミステリとしても高い評価を得ています。ハッタリの効きすぎた設定の割には、真相がこじんまりとまとまりすぎている感はあるものの、トリックや伏線は良く練られています。続くシリーズ第2弾の『クビシメロマンチスト』もミステリーとしてユニークな試みがなされた意欲作であり、この時点ではミステリー作家として期待する声もありました。しかし、その後、本シリーズはミステリーとしての要素をバッサリと切り捨て中二バトルものの色を濃くしていきます。


悪魔のミカタ(うえお久光)
高校2年の堂島コウが学校から帰ってくると、そこに昔宇宙人にさらわれた妹そっくりの少女がいた。彼女は悪魔のアトリと名乗り、願いをかなえた見返りに魂を回収しにきたという。全く身に覚えのないコウは濡れ衣を晴らすために、自らが所属するみすてりぃーサークル、通称みークルの面々と共に真相解明に乗り出すが......。
第8回電撃ゲーム小説大賞銀賞受賞作品。「ミステリー色の強いラノベ」「過剰に盛り込まれた設定」「メタ感の強い会話劇」「軽い語り口や萌えキャラ大集合な作風とは不釣り合いな死や狂気の香り」といった具合に、ほぼ同時期にデビューした西尾維新の戯言シリーズとやたらと共通点の多い作品です。おまけに、ミステリー要素が次第に薄くなっていき、中二バトルに移行していくプロセスまで同じです。ある意味、本作はもう一つの戯言シリーズといっても過言ではないのではないでしょうか。一方、シュールでクレイジーなのに妙にドライで淡泊といったギャップの強さは西尾維新以上で、かなり癖のある作風です。好き嫌いが大きく分かれそうなところですが、発表当時は独特な作風に魅せられた人が多く、電撃文庫を代表する作品の一つにまでのぼりつめました。ちなみに、第1回このライトノベルがすごい!では2位の戯言シリーズに続いて3位にランクインしています。
悪魔のミカタ―魔法カメラ (電撃文庫)
うえお 久光
メディアワークス
2002-02


アリソン(時雨沢恵一)
巨大な大陸で2つの勢力が戦争を続けている世界。大陸の東側で暮らす17歳の少女伍長・アリソンとその幼馴染のウィルはある日、ホラ吹きで有名な老人から、戦争を終わらせることが可能な宝の話を聞かされる。ところが、老人は役人を名乗る男によって連行されてしまう。それを誘拐だと見抜いた2人は犯人を追跡するが.....。
時雨沢恵一は『キノの旅』の作者として有名ですが、それと双璧をなす存在が本作を端緒とする”一つの大陸の物語”シリーズです。同一の大陸を舞台にして複数の主人公がそれぞれの時代で活躍する大河ストーリーとなっており、通して読むと重層的な物語を楽しむことができます。また、本作はラノベならではの過剰な設定やキャラ付けなどはなく、良質なジュブナイルといえる完成度の高い冒険ファンタジーに仕上がっています。じっくりと物語の芳香を味わいたいという人におすすめのシリーズです。
アリソン (電撃文庫)
時雨沢 恵一
メディアワークス
2002-03-01


灼眼のシャナ(高橋弥七朗)
坂井悠二は平凡な高校生だったが、ある日、異世界の存在である紅世の徒に襲われる。紅世の徒は人の存在を喰らう魔人であり、悠二も自覚のないままその命を落としていた。突如現れた謎の少女はその事実を悠二に告げ、彼を守るために一緒に生活を始める。彼女は人喰いの徒を討ち滅ぼす使命を負ったフレイムヘイズだというが、彼女自身に名前はなかった。そんな彼女に、悠二はシャナという名を与える。最初は反発しあう悠二とシャナだったが、激しい戦いを経る内に次第に2人は惹かれあっていき.......。
「うるさい、うるさい、うるさい」というヒロインのセリフと共に、ラノベにおけるツンデレブームの端緒となった作品です。主人公とヒロインの関係性の変化が細やかに描かれており、ボーイミーツガールの物語としても楽しめる作品に仕上がっています。一方、メインストーリーは複雑な設定に基づく中二バトルものであり、迫力のある戦闘シーンが印象的です。00年代のラノベを代表する一作だといえるでしょう。ただ、この手の作品全般にいえることですが、独自の専門用語や抽象的な表現の多さは気になります。そこが良いという人もいる一方で、読みにくいと感じる人も少なくないでしょう。
灼眼のシャナ (電撃文庫)
高橋 弥七郎
KADOKAWA
2002-11-08


2003年

いぬかみっ!(有沢まみず)
高校生の川平啓太は犬神使いの一族の末裔だったが、能力不足や素行の悪さなどが原因で家を勘当されてしまう。そんな折り、当主である祖母に呼び出された彼はようこと名乗る犬神と引き合わされる。容姿抜群で性格も従順ということで早速主従の契りを結ぶ啓太だったが、その本性は今までどの犬神使いもコントロールできなかった大問題児だったのだ。煩悩の固まりである啓太と暴れまわるのが好きで嫉妬深いようこは騒々しい日々を繰り返すが.......。
テンポよく繰り広げられるドタバタ劇が楽しいスラップスティックコメディです。登場人物もみな魅力的ですが、特筆すべきは主人公である啓太のキャラクター性でしょう。やたらと斜に構えた主人公が多いラノベにあって、前向きで女好きで情に厚いといった王道キャラは意外と貴重な存在であり、素直に好感が持てるキャラクターに仕上がっています。また、変態ネタの多いのが本作の特徴でもあるのですが、全体的に陽性の作風であるため、嫌みなく笑い飛ばすことができます。気軽に楽しむにはピッタリの作品だといえるでしょう。
いぬかみっ! (電撃文庫)
有沢 まみず
メディアワークス
2003-01


されど罪人は竜と踊る(浅井ラボ)
ガユスとギギナはプランク定数hを操作し、さまざまな現象を引き起こす咒式士だ。彼らは掃き溜めの町エリダナで咒式事務所を開いているが、やってくるのは頭のイカれた依頼人ばかり。ある時、事務所の財政難を解消するべく、役所の下請け仕事を引き受けるが、待ち受けていたのは900歳になろうかという巨大竜だった。
ひねくれ者の主役2人の掛け合いが楽しいバディものです。また、文体もひねくれており、やたら回りくどい表現は読者を選ぶ一方で、一度ハマると癖になる魅力に満ちています。ファンタジーとしては魔法を科学的に解釈している点が目新しく、アクションシーンも迫力があります。ただ、グロい描写が多い点は好き嫌いが分かれるところではないでしょうか。


赤×ピンク(桜庭一樹)
廃校となった小学校では毎夜、非合法のガールズファイトが繰り広げられていた。SMの女王ミーコ、女性恐怖症の空手家・皐月、そして、21歳ながら14歳のブルマ少女として人気を博しているマユ。彼女たちはそれぞれの想いを胸に秘め、激しい戦いの中に身を投じていくが......。
後に直木賞作家となる桜庭一樹が注目されるきっかけとなった作品です。ヒロインたちが戦う物語といえば、いかにもラノベ的ですが、異能者や達人級の幼女がでてくるわけではありません。ヒロインたちはあくまでも等身大の人物で、それぞれが抱える悩みがリアリティ豊かに描かれており、その雰囲気はどちらかというと一般文芸に近いものがあります。また、女性たちの心の脆さとそこはかとなく漂う悲壮感はいかにも桜庭作品といった感じです。決して明るい話ではありませんが、読後感は悪くなく、ラノベ臭がキツくない作品を読みたいという人にはおすすめです。
赤×ピンク (ファミ通文庫)
桜庭 一樹
エンターブレイン
2003-01


七姫物語(高野和子)
王が急逝したことにより、大陸の片隅にある東和という地域の7つの主要都市は、王の隠し子だといわれる7人の姫を次々に擁立していく。その内、西端の新興都市・七宮カセンでは野心家の青年トエルとテンによって孤児院の少女・カラスミが姫として祭り上げられていた。政治的に利用されながらも幸せな日々を過ごすカラスミだったが、12歳になったとき、四宮ツヅミからの侵攻が始まり、七宮カセンは窮地に追い込まれる....。
第9回電撃ゲーム小説大賞金賞受賞作品。幼い姫の視点から城の内外や儀式などの様子が丁寧に描かれており、ファンタジーでありながら、歴史文学のような趣がある作品です。中国と日本の文化が入り混じったような独自の世界観にも惹かれるものがあります。また、物語はあくまでもカラスミメインなのですが、時折、他の6人の姫の視点も挿入され、そのことで群像劇としても面白く読むことができます。戦乱の時代を描きながらも常に優しい空気をまとっているのが魅力であり、戦記ものとしては異色の作品だといえるでしょう。なお、このシリーズは6巻で完結していますが、物語的にはまだまだ途上にすぎず、できればその先が読みたいところです。
七姫物語 (電撃文庫)
高野 和
メディアワークス
2003-02-01


バッカーノ(成田良悟)
禁酒法時代のニューヨーク。マルティージョーファミリーに所属する少年フィーロ&幹部のマイザー、泥棒カップルのアイザック&ミリア、マフィアのガンドール3兄弟。彼らはお互いに関わりのない人生を送っていたが、やがて不死の酒を巡って馬鹿騒ぎを繰り広げることになる。
第9回電撃ゲーム小説大賞金賞受賞作品。さまざまな登場人物の視点から物語の断片が描かれていき、やがて一つのストーリーが浮かび上がってくるという、いわゆるグランドホテル形式のライトノベルです。登場人物が多く、場面が次々と変わっていくために最初は物語を追い掛けるので精一杯ですが、慣れてくると畳みかけるような怒涛の展開に引き込まれていきます。登場人物もみな個性的なので名前とキャラが一致し出すと話が一気に面白く感じてくるはずです。伏線を張り巡らせてからの回収も圧巻で、ラノベの新たな可能性を示したシリーズだといえるでしょう。
バッカーノ! The Rolling Bootlegs (電撃文庫 な 9-1)
成田 良悟
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
2003-02-10


カオスレギオン(冲方丁)
天界と堕界の狭間に位置するアルカーナ大陸。黒印騎士団に所属するジークは左腕に刻まれた聖印によって死者を招くことができ、それ故、ただ一人の軍団(レギオン)と呼ばれていた。ジークはかつての上官であり、友でもあったドラクロワ討伐の命を受けるが......。
壮大なスケールのヒロイックファンタジーですが、ゲームとのメディアミックスが前提の企画だったために本編は1巻のみです。そのため、後の
冲方作品を想起させるようなエッセンスは十分楽しめるものの、少々詰め込み過ぎのきらいがありました。ところが、それを補完するかのように発表された前日譚、『カオスレギオン00-05』の6冊が群像劇として実によい作品に仕上がっています。本編である『カオスレギオン 聖戦魔軍篇』にいかにつながっていくのかという興味でぐいぐいと物語に引き込まれていきます。結末を知っているからこそ楽しめる希有なシリーズです。
終わりのクロニクル(川上稔)
第2次世界大戦の裏側では11の並行世界が生き残りをかけて概念戦争と呼ばれる戦いを繰り広げていた。その戦いに勝利したのはLow-Gと呼ばれる世界だったが、終戦から60年が過ぎた時、ある問題が起きる。Low-Gが所有するマイナス概念が活性化したことで世界は滅びに向けて進み始めたのだ。それを防ぐには各世界の生き残りと交渉して10のGの概念を手に入れなければならない。そして、その交渉の任に指名されたのが、尊秋多学園副会長・佐山御言だ。彼は果たして多くの遺恨を残した概念戦争の戦後処理という使命を果たすことができるのだろうか?
これでもかというほど事細かく世界観が作り込まれ、それを倒置法を駆使した独特の文体で構築しているので、感性が合わなければ恐ろしく読みずらい作品になっています。その反面、他では味わえない独創的で濃密な世界が広がっているため、一度ハマるとどこまでものめり込んでいく魅力に満ちています。キャラクターもみな個性的でギャグからシリアスまでバラエティに富んだ掛け合いの面白さを楽しめるのもグッドです。ついでにエロチックな描写も結構多く、色々な意味で魅力いっぱいのカルト的な傑作に仕上がっています。


涼宮ハルヒの憂鬱(谷川流)
ごく平凡な少年であるキョンは高校に入学早々、とんでもない人物と邂逅することになる。それは涼宮ハルヒという名のクラスメイトで、自己紹介の際に「ただの人間には興味はありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら私のところに来なさい」と宣言したのだ。美人ではあるものの、あまりの変人ぶりに彼女はクラスで孤立し、ハルヒ自身もそんなクラスメイトには興味がなさそうだった。だが、なぜかキョンに対してだけは積極的に話しかけてくる。そして、自分が楽しめる部活がないことを嘆いたハルヒはキョンを巻き込み、学校未公認の同好会・SOS団を発足させるのだった。団員もハルヒとキョンの他に、唯一の文芸部員である長門有希、巨乳で気弱な上級生・朝比奈みくる、イケメンの転校生・古泉一樹の3人を確保する。ところが、しばらくしてキョンはその3人の正体が宇宙人・未来人・超能力者である事実を知ることになる。しかも、彼らが一度に現れたのは偶然ではなく、ハルヒが関係しているというのだ......。
あまりにも有名なライトノベルの金字塔です。本作は第8回角川スニーカー大賞において大賞を受賞し、1年後には1巻だけで売上が10万部を超えるという快挙を達成しています。これはラノベ作家のデビュー作としては規格外の大ヒットです。その上、第1回となる、2005年度このライトノベルがすごい!ではいきなり1位にランクインし、ラノベ界の顔として君臨するようになります。続く2006年には京都アニメーションによってアニメ化され、その完成度の高さによって一大ブームを巻き起こすことになるのです。それまではどちらかといえば、低クオリティの代名詞のように思われてきたラノベアニメのクオリティが一気にアップしたのもこの作品のアニメ化がきっかけです。以上のように、ラノベ界に計り知れない影響を与えた本作ですが、その魅力は一見典型的な学園ハーレムのようでいて、SF要素が巧みに散りばめられている点にあります。個性的なキャラが騒動を巻き起こす気楽なラノベとしての楽しさと、知的好奇心が刺激されるセンス・オブ・ワンダーの世界が同時に味わえ、娯楽小説として深みを与えることに成功しています。ちなみに、シリーズ累計売上は2000万部を超え、2011年に発売された『涼宮ハルヒの驚愕』は初版発行部数が上下巻ともに51万部を記録しています。これはラノベ史上最高記録です。ただ、それ以降、新刊は発売されていません。2018年10月に短篇が発表されたのみであり、果たして完結編を読める日がくるかが気になるところです(※その後、2020年11月に『涼宮ハルヒの直観』が発売されましたが、番外編的な内容でした。物語を締めにかかっている気配は微塵もなく、完結を危惧される状態は変わらずといったところでしょうか)。
撲殺天使ドクロちゃん(おかゆまさき)
中学2年の少年、草壁桜の前にある日、天使のドクロちゃんが現れる。机の引き出しからやってきた彼女の目的は桜の抹殺だったが、なんやかんやあって彼の部屋の押し入れに居着いて桜を暗殺者の手から守るようになる。しかし、感情が高まるとついつい彼女自身が桜をエスカリボルグで撲殺してしまうのだった。
自由すぎる文章に意味不明なドクロちゃんの行動といった具合に、とにかくその型破りな作風で話題となった異色作です。小説としての完成度は高いとは言えませんが、そもそも、完成度を云々するような作品ではありません。破綻したプロットと予測不能の展開で構成されたその滅茶苦茶ぶりこそを楽しむべき作品です。読んでいると脳が解けそうになる感覚に襲われ、その感覚を楽しめるかどうかが評価の分かれ目だといえるでしょう。
撲殺天使ドクロちゃん (電撃文庫)
おかゆ まさき
メディアワークス
2003-06


銀盤カレイドスコープ(海原零)
桜野タズサは16歳の女子高生にして日本屈指の実力を持つフィギアスケート選手だ。だが、その一方で、高飛車な態度と毒舌ぶりも突出していたため、”氷上の悪夢”と陰口を叩かれ、スポーツ界では忌み嫌われている存在でもあった。そんな彼女がある国際大会で惨敗し、トリノ五輪が遠のいたと意気消沈していた頃、突然、頭の中に男性の声が響いてくる。それはタスサが国際大会に出場した日に事故死を遂げ、彼女に憑依したカナダ人の少年の霊だった。しかも、その後も少年の霊はタズサの体に憑依したままになり、彼女のプライバシーは筒抜けの状態になってしまう。タズサは突然の事態に戸惑いながらも、五輪出場に向けて多忙な日々をこなしていくが.......。
ラノベとしては珍しいスポ根作品です。しかも、誰もが知っているようで、ルールなどの中身はあまり知られていないフィギアスケートをテーマにしながら、誰でも楽しめる作品に仕上げている点が見事です。また、高飛車なヒロインの視点から語られる物語というのもラノベとしては珍しく、他作品にはない刺激的な面白さを味わうことができます。特に、偏見に満ちたマスコミを実力と毒舌で黙らせていくさまは痛快です。同時に、憑依した少年との交流を通してタズサの心の弱さも描かれており、ヒロインの成長物語としても読み応えがあります。極めて完成度の高い傑作です。


半分の月がのぼる空(橋本紡)
高校生の戒崎裕一は肺炎を患い、冬休みを前にして緊急入院するはめになってしまう。入院生活はあまりにも退屈で、夜な夜な病室を抜け出しては看護師の谷崎亜希子に叱られる日々を過ごしていた。そんなある日、裕一は亜希子から部屋を抜け出してもいい代わりに、同じ病院に入院している秋庭里香の話し相手になってほしいという提案を持ちかけられる。里香は美人で聡明な少女ではあるものの、ワガママでまるで王女様のようだった。当初、彼女に振り回されていた裕一だが、次第に2人の距離は近づいていき、里香は彼に対して誰にも見せることのなかった笑顔を向けるようになる。そして、里香は裕一に告げる。自分の命がもう長くはないことを。
いわゆる難病ものであり、ファンタジー要素は一切ない作品です。無力な高校生がヒロインの死と向かい合うという繊細なストーリーがラノベとしてはとても新鮮に感じます。心理描写も秀逸であり、ごく普通の少年少女の物語をラノベとしてここまで感動的に描ける手腕は見事としかいいようがありません。実際、作品としての評判も非常に高く、アニメ化はもとより実写映画化や実写ドラマ化までされています。おまけに、原作小説の方も2種類のリメイク版まで存在するのです。特に、映画はラノベの実写化としては珍しく、高い評価を受けています。それぞれを比較してみるのも一興ではないでしょうか。
半分の月がのぼる空―looking up at the half‐moon (電撃文庫)
橋本 紡
アスキー・メディアワークス
2003-10-01


空ノ鐘の響く惑星で(渡瀬草一郎)
空に御柱と呼ばれる巨大な柱がある世界。いつしか、深夜になるとその柱から女の姿が浮かび上がるという噂が広まっていた。アルセイフ王国第4皇子のフェリオがその噂を確かめにいくと、柱の中から男装の少女の姿が現れる。やがて、この邂逅が歴史の流れに大きなうねりを与えることになるのだが......。
基本的には中世ヨーロッパを連想させる舞台なのですが、時折異世界からの来訪者が現れ、近未来的な技術が持ち込まれるという設定が加味されています。そのため、ジャンル的にはファンタジーとSFの中間のような作品になっています。ストーリーはゆっくりと進み、決してテンポがよいとはいえません。その反面、王道的な戦記ものとしての完成度が高く、キャラクターや世界観の作り込みにも目を見張るものがあります。じっくりと腰を据えて読むにはピッタリのシリーズだといえるでしょう。
空ノ鐘の響く惑星で (電撃文庫)
渡瀬 草一郎
メディアワークス
2003-12-01


2004年

塩の街-wish on my precious(有川浩)
羽田空港沖に落下した巨大な塩化ナトリウムの結晶はそれを目視した人々を塩に変えていき、東京は塩で埋め尽くされていった。ある日、元航空自衛隊二等空尉の秋庭高範は女子高生・小笠原真奈が暴漢に襲われているところに出くわし、彼女を救う。真奈には身寄りがないことから秋庭は彼女と一緒に暮らすことになる。崩壊寸前の東京で厳しくも穏やかな日々が過ぎていくが、彼らの前に一人の男が現れたことで運命は大きく動き始める。
第10回電撃ゲーム小説大賞の大賞受賞作品であり、『図書館戦争』で有名な有川浩のデビュー作です。同時に、本作は『空の中』『海の底』へと続く自衛隊三部作の1作目でもあります。有川浩はライトノベルの賞を受賞してデビューしながらも2作目でいきなり一般文芸に転向しており、歴代の受賞作家の中でもかなり異色な存在だといえます。物語としては滅びゆく世界での甘く切ない恋愛が展開されつつも、臨場感のある戦闘シーンに手に汗握るといったものです。このように、デビュー作からすでに著者ならではの特徴が色濃く現れています。なお、本作はのちに一般レーベルからも発売されますが、追加ストーリーやカットしたシーンなどがあり、内容がかなり変わっています。興味のある人はぜひ読み比べてみてください。
塩の街―wish on my precious (電撃文庫)
有川 浩
メディアワークス
2004-02-01


デュラララ!!(成田良悟)
都会に憧れる少年・竜ケ峰帝人は幼馴染の紀田正臣に誘われて池袋の高校に進学する。そして、上京した初日に都市伝説として世間で噂されている首なしライダーを目撃するのだった。それを機に彼はさまざまな事件に巻き込まれることになるのだが......。
『バッカーノ』と同じように群像劇のスタイルで描かれたライトノベルです。さまざまな人物の視点から物語が語られ、次第に全体像が見えてくるというプロットには、やはり独特の面白さがあります。しかも、一人一人のキャラが濃く、ストーリー展開も意外性に満ちている点が秀逸です。それに、シリーズを通しての主人公である、首なしライダーことセルティが見た目の怖さに反して非常に可愛らしい点も作品に彩りを与えてくれています。娯楽性の高さからいえば『バッカーノ」以上ではないでしょうか。
デュラララ!! (電撃文庫 な 9-7)
成田良悟
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
2004-04-10


とある魔術の禁書目録(鎌池和馬)
才能のある生徒を集め、超能力の開発に取り組む学園都市。その街に住む高校生・上条当麻はレベル0の無能力者だった。だが、ある日、純白のシスターがベランダにぶら下がっているのを見つけた日から彼の日常は一変する。シスターは自らをインデックスと名乗り、魔術師に追われていると訴えるが.....。
本作は第9回電撃ゲーム小説大賞の第3次予選で落選した作品が原型となっています。それが後の担当編集者の目に留まり、出版にこぎつけるべく作者と共に思考錯誤を繰り返した結果、今の形となったわけです。発売後の反響はすさまじく、たちまち電撃文庫の看板作品に上り詰めていきます。そして、電撃文庫レーベルで初めて累計1000万部を突破したシリーズとなったのです。その魅力は中二バトル、ハーレム展開、学園都市といった具合に、00年代型ラノベの基本要素をすべて詰め込み、その完成形を提示したところにあります。キャラクターも敵味方ともみな個性的かつ魅力的です。いかにも中二的なかっこいい決め台詞なども人気を高めた要因でしょう。ただ、最初の方は文章がこなれていないので読むのに苦労をするかもしれません。また、キャラ付けのための奇抜過ぎる口調や語尾がうざいと感じる人もいるでしょう。ともあれ、ライトノベル史において非常に大きな足跡を残した作品であることは確かです。ちなみに、本作は22巻で完結していますが、その続編にあたる『新約 とある魔術の禁書目録』が20巻を超えて今なお刊行中です。(※2020年3月30日追記:その後
『新約とある魔術の禁書目録』も完結し、現在は『創約 とある魔術の禁書目録』が刊行中です)
とある魔術の禁書目録 (電撃文庫)
鎌池 和馬
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
2004-04-10


ゼロの使い魔(ヤマグチノボル)
平凡な高校生だった平賀才人はある日突然、異世界に召喚されてしまう。召喚したのは魔法学園の生徒であるルイズだった。彼女にはまるで魔法の才能がなく、使い魔召喚で人間を呼びよせてしまうという間抜けっぷりを笑われてしまう。それを屈辱に感じたルイズは才人を犬扱いして邪険にする。一方、そんなルイズに対して才人も反発を深めていった。だが、さまざまな出来事を通して次第に2人の距離は縮まっていき.......。
剣と魔法の世界を描いたヒロイックファンタジーですが、ファンタジーとしての本作は案外凡庸です。世界観に目を見張るものは何もなく、登場する魔法やモンスターもどこかで見たものばかりです。それではなぜ本作が有名になったかというと、一つには文章が平易で話の展開も単純明快であるため、初心者でも読みやすい作品だったことが挙げられます。しかし、それ以上に大きな要因だといえるのがルイズのキャラクター性でしょう。いわゆるツンデレキャラなのですが、ツンとデレとの振り幅が非常に大きく、そのギャップが純度の高い萌えを生み出しているのです。その魅力故、ルイズはたちまちツンデレキャラの代名詞となっていきます。ちなみに、ツンデレキャラそのものの人気も本作が有名になった頃が全盛期であり、その後はツンデレキャラの暴力性がやたら強調されるようになったこともあって、次第に支持を失っていきます。なお、作者のヤマグチノボルは2013年にシリーズ未完のまま亡くなってしまいますが、先に完成していたプロットに基づき、後を継いだ作家がシリーズを完結させています。
ゼロの使い魔 (MF文庫J)
ヤマグチ ノボル
KADOKAWA/メディアファクトリー
2004-06-22


BLACK BLOOD BROTHERS(あざの耕平)
1997年の香港で勃発した九龍の血統からなる吸血鬼と人類との戦いはかろうじて人類側が勝利をおさめた。その際、人類と共闘した吸血鬼にはシンガポール協定によって特区の設立が認められることとなる。それから10年。九龍王の復活を目論む魔の手が特区に迫る中、香港聖戦の英雄で100歳を超える吸血鬼のジローは10歳の弟・コタローを守るため戦いに身を投じていく......。
本作は吸血鬼もののお約束を寄せ集めた王道的ストーリーですが、調理の腕が確かなために、陳腐に陥ることなく、非常に質の高い作品に仕上がっています。特に、台詞回しのセンスの良さや硬軟とり合わせたメリハリのある展開はまさに名人芸です。それに加え、吸血鬼と人間の共存は可能か?というテーマの掘り下げによって物語に深みを与えることにも成功しています。数ある吸血鬼もののライトノベルの中でも屈指の傑作といえるのではないでしょうか。


乃木坂春香の秘密(五十嵐雄策)
渡瀬裕人は平凡な日々を過ごす普通の高校生だったが、ある日偶然、学園のアイドル的存在である乃木坂春香の秘密を知ってしまう。才色兼備な深窓の令嬢で”白銀の星屑”あるいは”銀盤上の姫君”などと称えられている彼女だったが、実は漫画やアニメをこよなく愛するアキバ系女子だったのだ。春香は過去のトラウマから自分の趣味が露見することを恐れており、それを知った裕人は彼女のフォロ役を務めるようになる。一方、春香は自分の趣味に対して偏見を持たずに接してくれる裕人に惹かれ始めるが.....。
今となってはテンプレともいえるヒロインがオタクという設定の先駆的作品です。当時は画期的な作品だったはずですが、今読むとヒロインがオタクというだけで大騒ぎする辺りに隔世の感を覚えます。ストーリーはオーソドックスなラブコメであり、完璧に見えて実はポンコツのヒロイン、凡人だけど男気のある主人公、いざという時に頼りになる悪友といった具合にツボを押さえた構成で安心して楽しむことができます。ただ、平成が終わろうとしている現代ではかなり古臭く感じてしまうのも事実です。なお、2018年からは乃木坂春香の娘が登場する『乃木坂明日夏の秘密』が刊行されており、こちらは非オタのヒロインがオタクを演じるという前作を反転させた設定になっています。
乃木坂春香の秘密 (電撃文庫)
五十嵐 雄策
KADOKAWA
2004-10-08


砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない(桜庭一樹)
鳥取の片田舎に住む山田なぎさは父を早くになくし、パートをしている母と引きこもりの兄の3人で暮らしていた。なぎさは早く今の生活から抜け出したいと考えており、中学を卒業したら自衛隊に入るつもりだった。そんなある日、東京から海野藻屑という少女が転校してくる。自分のことを人魚だと言い張り、なぎさに向かって「死んじゃえ」などと口走るが、紆余曲折の末、2人は次第に親交を深めていく。藻屑の父親は往年のアイドルである海野雅愛であり、彼女はその父から虐待を受けていた。彼女はそんな父親のことを愛しているというが、虐待は悪化の一途を辿っていき......。
引き籠りで美少年の兄やボクっ娘の転校生といったラノベ的要素を散りばめながらも極めてシリアスなテーマを扱った、限りなく一般文芸に近い作品です。しかも、藻屑のキャラを単なるラノベ的記号として扱うのではなく、なぜそういったキャラになったのかという点に必然性を与えているところが秀逸です。冒頭で藻屑の死が提示されることで、ラノベ要素はすべて痛々しさに転換され、読者は陰鬱な気持ちで物語と対峙することになります。短い作品で文体も軽いため、さくっと読める作品ですが、作者のエッセンスが詰め込められたその中身は極めて濃密です。ちなみに、2006年度このライトノベルがすごい!ではシリーズものではない単品作品としては異例の3位を記録しています。ラノベ要素を逆手に取ったアンチライトノベルというべき傑作です。


薔薇のマリア(十文字青)
巨大迷宮の上に作られた大都市エルデン。多くの住人は地下の迷宮からお宝を持ち帰ることで生計を立てていた。クランZOOのメンバーである性別不明のマリアもその一人であり、今日も仲間たちと一緒に迷宮に潜る。しかし、マリアは決して強くはなく、いつもピンチの連続。幾度も訪れる危機を潜り抜け、やがてパーティ一行が目にしたものとは?
本作は『ロードス島戦記』と同じようにファンタジーRPGを素材としたものです。世界観の作り込みの細やかさには感心させられるものの、物語は王道でヒネリがなく、発表当時すでに時代遅れの感がありました。しかし、シリーズを読み進めてみると、そこに描かれているのは従来のファンタジーRPGではなく、当時人気が出始めていたMMORPGの世界であることに気づかされます。全員がプレイヤー、すなわち全員が主人公であるMMORPGの世界を再現するために登場人物の視点が次々と代わり、誰もが饒舌に語り始めるのです。視点人物のキャラクターも実に多彩で、その特異なプロットが物語の重層性を生み出すことに成功しています。設定が詰め込みすぎで少々胸やけしてしまうかもしれませんが、そんな密度の濃い物語世界にずっぽり浸れるのが本シリーズならではの魅力だといえるでしょう。


All You Need Is Kill(桜坂洋)
40光年先の惑星から送り込まれたテラフォーミングのためのナノマシンは、地球の棘皮動物に取り込まれることで恐るべき怪物に進化した。そして、人類を惑星改造の障害だと判断して侵攻を始めたのだ。一方、人々は機動ジャケットと呼ばれるパワードスーツを装着し、決死の防衛線を展開する。そんな中、統合防疫軍に入隊したキリヤ・ケイジは初出撃で激戦区に送り込まれるのだった。絶望的な戦いの中、恐るべき戦闘力を有した少女兵リタ・ヴァラタスキの援護を受けてなんとか相打ちに持ち込んだものの、自身は死亡してしまう。ところが、死んだはずのキリヤは意識を取り戻す。しかも、なぜか出撃の日の朝に戻っていたのだ。そうした現象を何度も繰り返すことで彼は次第にリタに匹敵する戦闘力を身につけていくが.....。
2014年にトム・クルーズ主演で映画化され、一気に有名になった作品です。ライトノベルがハリウッドの大作映画になるなど前代未聞の出来事であるため、非常に大きな話題となりました。ちなみに本作は少年少女がメインキャラではあるものの、ライトノベルっぽさはあまりなく、文体も翻訳調のミリタリー小説といった感じです。また、映画化が決まるまで全くの無名作品だったというわけでもなく、発表当時に星雲賞の候補に挙げられ、筒井康隆から絶賛されるなど、SF畑からはそれなりに注目された存在ではありました。ストーリー的にはよくあるループものなのですが、死んで覚えるシューティングゲームの如く、主人公が段階的に戦いを攻略するプロセスに独自のユニークさがあります。戦場の描写も素晴らしく、日本の情緒的なSFと海外の乾いたハードボイルド小説のハイブリッドでもいうべき異色傑作です。

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