最新更新日2018/8/27☆☆☆

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70年代半ばから80年代半ばにかけてSF界の中心的存在だった山田正紀氏は80年代後半から突如本格ミステリを書き始めます。これには正直驚きました。それまでもSF作家が余技でミステリーを発表した例はありますが、SF界のトップ集団にいた人がここまでがっつりとミステリー小説を量産し始めたケースは例がないからです。そこで、初期の冒険小説なども含め、実際どのようなミステリーを書いているのか、その一部を紹介していきます。
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謀殺のチェスゲーム(1976)
電子工学の粋を集めて開発された対潜哨戒機PS-8が忽然とレーダーから消えた。大々的な捜査網が敷かれたのにもかかわらず、何の手がかりもつかめない。一方、自衛隊に所属する若き天才・新戦略専門家の宗像は事件の裏にかつての同僚・藤野の影を見る。理論の天才といわれながらも酒によって脱落した男だ。しかし、なぜ彼がそんな事件を起こしたのか?やがて、PS-8を賭けた壮絶なゲームがスタートするが.......。
2人の天才がお互いの手の内を読み合いながら繰り広げる頭脳戦が手に汗握ります。しかも、佐伯や立花など、彼らの駒となって動く登場人物も魅力的なので頭脳戦と現場のアクションを並行して楽しむことができます。つまり、面白さも2倍です。その上、やくざの抗争なども物語に絡み合ってきて、息つく暇もないハイテンポな冒険スリラーに仕上がっています。神三部作を書いていた裏側で全くタイプの異なるこのような傑作をものにしているわけで、著者の創作力の高さには全く驚かされます。ただ、舞台が作品を発表した70年代から見て、微妙に近未来に設定されているため、現代の読者が読むと逆に、その辺りに古臭さを感じてしまうかもしれません。また、最近はこの手の頭脳戦を扱った作品も増えているため、手垢がついた題材と感じてしまう面もあります。そういった意味では時代の流れに淘汰されかかっている部分がなきにしもあらずです。
謀殺のチェス・ゲーム (ハルキ文庫)
山田 正紀
角川春樹事務所
2014-10-15


火神を盗め(1977)
日本の商社に勤める工藤はインドに出張中、偶然、ヒマラヤ山系に建設された最新原子力発電所火神(アグニ)の秘密を知ってしまう。その結果、彼はCIAと中国諜報部の暗闘に巻き込まれ、命の危機にさらされることになった。そこで、工藤は逆襲に転じるために、仲間を集めてアグニへの潜入を試みようとする。目的は原子力発電所に設置された爆弾の撤去だ。しかし、その仲間というのが彼の作戦を妨害するために会社から送り込まれた須永を除けば、万年係長の仙田や宴会係の桂といった落ちこぼればかり。果たして鉄壁の警備が敷かれているアグニに対し、彼らはいかにして立ち向かおうというのか。
サラリーマン版ミッションインポシブルとでもいうべき冒険小説です。とにかく、設定がありえなさすぎてリアリティはゼロなのですが、この作品にはそれを補ってあまりある熱量があります。特に、落ちこぼれのサラリーマンたちが追い詰められてボロボロになりながら、最後に逆襲に転じるシーンが最高です。これほどのカタルシスを感じる山田正紀作品というのは唯一無二かもしれません。多くの人に読んでもらいたい傑作です。
火神(アグニ)を盗め (ハルキ文庫)
山田 正紀
角川春樹事務所
1999-06


三人の『馬』‐東京が震撼した悪夢の48時間‐/虚栄の都市(1982)
深夜の品川区を皮切りに突如破壊工作を始めた3人のゲリラ兵たち。大企業のビル、変電所、地下街と、彼らは次々と東京の主要部を爆破し、その機能を停止させていく。警察や政府が対応に追われる中、自衛隊は治安出動の発動を目論むが......。
もし、東京がゲリラの襲撃を受けたらという仮定の元で描かれたポリティカルフィクションです。綿密な取材に基づいたストーリーはリアリティと緊迫感があります。しかも、警察VSゲリラのストーリーにとどまらず、政府はどう対応するのか、自衛隊はどう動くのか、そして何よりも、市井の人々の生活にどのような影響があるのかといったところまでテンポよく描いているため、シミュレーション小説として非常に読み応えがあります。ただ、ゲリラ兵たちはそういった状況を作り出すための駒にすぎず、その正体は最後まで明らかにされません。そのため、ゲリラVS警察、ゲリラVS自衛隊の真正面からの戦いを期待して読むとがっかりします。あくまでも本作は、危機的状況に陥ったときに人々がどのように決断し、どういった行動を取るのかを描いた群像劇です。また、そういったジャンルでは類を見ない完成度を誇る傑作だといえます。ちなみに、『三人の馬
‐東京が震撼した悪夢の48時間‐』というのは文庫化の際に改題されたもので元々のタイトルは『虚栄の都市‐東京を襲った悪夢の48時間‐』です。
3人の『馬』―東京が震撼した悪夢の48時間 (ノン・ポシェット)
山田 正紀
祥伝社
1986-04




たまらなく孤独で熱い街(1984)

世界に秩序をもたらすために殺人を繰り返す「彼」。その彼がいつも聞いているラジオ番組のDJ・新里沙智。「彼」が最初に犯した殺人事件の第一発見者となった河合鋭夫。連続殺人事件の捜査を続ける浜田泰二巡査部長。彼らはみな孤独であり、それぞれの魂はお互い魅かれ合っていくが......。
一見、ミステリー仕立ての作品ですが、事件を巡る謎のようなものはありません。登場人物たちの心理を丁寧に追っていった普通小説に近い作品です。先鋭的なアイディアを軸にして書くことの多い著者にしては珍しく、設定の面白さよりも曖昧模糊としたムードが前面に押し出しています。そのため、合わない人にとっては何が面白いのか理解に苦しむかもしれません。しかし、その一方で、破滅願望に満ちたサイコサスペンス的な雰囲気は波長の合う人にはずしりと心に残るインパクトをもたらします。要はいつもの山田正紀作品からアイディア的なものを排除し、キャラクター性だけを煮詰めたような作品だといえます。著者の作品を何作か読み、その雰囲気やキャラクターが好きという人だけにおすすめしたい異色作です。


人喰いの時代(1988)
船上で着替えをする死体、バスから忽然と姿を消す乗客と運転手、谷底から消失する墜落死体など、昭和初期を舞台にし、放浪の若者・呪師霊太郎が遭遇した不思議な事件を描いた連作集。
著者の本格ミステリデビュー作です。それも、新本格ブームが起こったタイミングでの発表というのが符号めいたものを感じさせてくれます。その内容も次々と奇怪な不可能犯罪が起きるというもので、そういった点も新本格的です。ただ、トリックはどれも大したことはなく、そこに期待すると肩すかしを喰らうでしょう。一方で、昭和初期という時代性と事件を巧みに結びつけた時代ミステリーとしては見事な仕上がりになっています。傑作『ミステリ・オペラ』に通じるものがあり、この時代本格ミステリとでもいうべき作風が著者ならではの持ち味なのでしょう。一種のホワイダニットものとして読み応えのある佳品です。
人喰いの時代 (ハルキ文庫)
山田 正紀
角川春樹事務所
1999-02-01


ブラックスワン(1989)
閑静な住宅街にあるテニスクラブで女性の焼死体が発見される。しかも、彼女は18年前に行方不明になっていた事実が判明する。当時、女子大生だった彼女は仲間たちと湖に白鳥を見に行ったあと、忽然と姿を消したのだ。彼女の身に何があったのか?そして、18年後の焼死事件との関係は?
事件関係者の手記を通して過去の事件の真相に迫る回想型ミステリーです。ミステリー的な仕掛けによって演出される真相の意外性もなかなかですが、それよりも、関係者の手記を通して過去に何があったかが抒情豊かに浮かび上がってくるプロットが秀逸です。また、単に犯人が用意したアリバイを崩すのではなく、なぜアリバイ工作をする必要があったのかというホワイダニットが問題となっている点も他のミステリーにはないユニークさを感じさせてくれます。
ブラックスワン (ハルキ文庫)
山田 正紀
角川春樹事務所
1999-03-01


花面祭(1995)
昭和22年。華道唐松流の先代家元・挿花はまるで花にとりつかれた如く密室状態で変死する。そして、40年後、次期家元の藍草は自らを
挿花の生まれ変わりだと信じていたが、再び惨劇の幕は開こうとしていた.......。
本作は1990年に発表した4つの短編にプロローグと最終章を付けて、一つの大きな物語にまとめあげた連作集です。全体的に幻想的な妖しい雰囲気に包まれており、事件の神秘性を盛り上げるのに成功しています。短編一つ一つに仕掛けられたアイディアも見事ですが、白眉なのはプロローグとエピローグがきれいにつながるプロットです。もともとバラバラだった短篇を見事に一つの物語として収斂させることに成功しています。


女囮捜査官1.触覚(1996)
品川駅の女子トイレでスカートをはぎ取られ、首を絞められた女の死体が発見される。しかも、事件はそれだけでは終わらず、若い女性を標的にした同一犯と思われる事件が立て続けに起きる。囮捜査官・北見志穂は自らの美貌と肉体を容疑者たちの前にさらし、捨て身の捜査を敢行するが.......。
旧題は『
女囮捜査官1.触姦』。まるで官能小説のタイトルのようですが、れっきとしたフーダニットミステリーです。しかも、囮捜査の要素をからめてうまく二転三転を演出するプロットが見事です。山田正紀ミステリーといえば幻想味の強い雰囲気作りが持ち味ですが、本シリーズではそうしたものは排除され、乾いたハードボイルドタッチのムードで統一されています。本作はシリーズ1作目ということでまだ小手試しの感が強いものの、それでも謎とサスペンスが上手く絡まり合った読み応えのある佳作に仕上がっています。


女囮捜査官2.視覚(1996)
首都高のパーキングエリアに突っ込んできたトラックがタンクローリーに激突し、周囲は火の海と化す。多数の死傷者を出す中、現場に倒れていた30代後半とおぼしき白髪の男は傍らにあった女の右足と共に救急車で運ばれた。しかし、彼は血痕の残った救急車だけを残して救急隊員と共に姿を消す。一方、首都高の各所では次々と女性の体の部位が発見され、バラバラ殺人事件の様相を深めていく。しかも、被害者の女性は囮捜査官・北見志穂の大学時代の同級生だったのだ。
シリーズ第2弾。全体的にサイコサスペンスの色が強い作風ながらも、驚愕のどんでん返しあり、派手な不可能犯罪あり、精緻なパズラー要素もありといった具合に、本格ミステリとしても極めて贅沢で高い完成度を誇っています。シリーズの中でもその出来はベストの一つです。ただ、サスペンス色が強いため、謎に対する演出が弱く、謎解きのカタルシスが十分に得られなかった点はやや残念だといえます。


女囮捜査官3.聴覚(1996)
囮捜査官の北見志穂は殺人犯を射殺したことが原因で軽い神経症に悩まされていた。カウンセリング治療によって回復の兆しを見せていたが、そんな折、生後2週間の赤ん坊を誘拐して身代金を要求する事件が発生する。しかも、犯人は身代金の運搬役に事件と無関係のはずの北見志穂を指名してきたのだ。一体、犯人の意図はどこにあるのか?
本作は狡知な誘拐犯との駆け引きがスリリングで、誘拐ミステリーとしてだけでもかなり楽しめるようになっています。その上、主人公の北見志穂に対する疑惑も浮かび上がり、さらにサスペンスを盛り上げてくれます。おまけに、最後には思わぬどんでん返しもあるなど、前作に引けを取らない贅沢な出来です。終盤に差し掛かると犯人の正体が見えやすくなってくるのが難ですが、最後に明らかになる犯人像にはその欠点を補ってあまりあるインパクトがあります。


女囮捜査官4.嗅覚
(1996)
港区の公園では外車を狙った放火が相次いでいた。そこで警察は、罠を仕掛けて犯人をおびき出す作戦を決行する。囮捜査官の北見志穂も応援に駆り出されていた。ところが、張り込みの途中で停電が起き、辺りが暗闇に包まれる。混乱の最中、意外な場所から火の手があがる。しかも、停電から回復すると公園のベンチに女性の全裸死体が出現したのだ。女性の体にはしっかりと手入れをした跡があり、その姿は傍らに落ちていたユカちゃん人形にそっくりだった。
今回の物語で扱われている事件は放火事件の張り込みをしていたら、わけのわからない見立て殺人に遭遇してしまうという、シリーズの中でもかなり奇抜なものです。その他にも、さまざまな事件が起き、一種のモジュラー形式になっています。その狙いは、一連の捜査を通じて過ぎ去った昭和という時代が浮かび上がってくるところにあり、時代性とミステリーをからめるところなどはいかにも山田正紀流です。いろいろな要素を詰め込みすぎたために、ミステリーとしてはいささか焦点がぼやけてしまっているきらいはありますが、サービス満点で楽しめる作品に仕上がっていることは確かです。


女囮捜査官5.味覚
(1996)
新宿駅の地下通路で若い女性の上半身だけの死体が発見された。被害者はワインを持って誰かと待ち合わせをしていたという情報が入る。そして、ワインを持った女を見張れば犯人が現れるという密告を受け、捜査陣は張り込みを開始する。果たしてワインを持った女が姿を現した。ところが、あろうことか張り込み中の刑事が殺害され、高速バスに乗ったはずの女もボストンバッグの中から死体となって発見されたのだ。一体何が起きたというのだろうか.......。
囮捜査・サイコサスペンス・誘拐ミステリー・モジュラー型ミステリーと1作ごとに趣向を変えて楽しませてくれた本シリーズですが、最終作の本作ではこれまでの集大成とばかりにダイナミックにさまざまな謎や趣向を散りばめています。しかも、物語も後半に入ってくると、これまでとは違った強大な敵の姿が見えてくるという完結編らしい展開が待ち構えているのです。その上、全く予想外の壮絶なサプライズも用意されており、傑作シリーズの掉尾を飾るのにふさわしいラストが待っています。それにしても、本当にすごいシリーズです。これほどまでに質の高いミステリーシリーズを短期間で書きあげる著者の創作スキルには驚嘆すべきものがあります。


螺旋‐スパイラル‐(1997)
房総半島で建設中の地下水路・第二房総導水路。しかし、環境保護団体による激しい反対運動に加えて事業受注に絡んだ収賄疑惑まで浮上し、前途は多難だった。そんな中、環境調査に訪れていた学者が変死を遂げ、
収賄疑惑の渦中にいた都築社長まで殺される。しかも、第二房総導水路に流れ込んだ死体は完全な密室状態だった水路から消え失せてしまう。旧約聖書の内容と符合する数々の現象が意味するものとは?
著者の幻想ミステリーの中でも特にスケールの大きな作品です。リアリティを感じさせる前半の社会派ストーリーと聖書や古事記を引用しつつ展開される後半の狂気じみたロジックのギャップは幻想ミステリーの枠を超えてSF的ですらあります。舞台を『神宿る土地』と定義づけ、土地の特殊性とミステリーの謎が結びついている点も神秘性を高めてくれます。そして、何よりもスケールの大きなトリックが圧巻です。実はミステリーとしては看過できない穴があるらしいのですが、そんなことはどうでもよいと思えてくるほどにこの作品で描かれている幻想世界は魅力的です。


神曲法廷(
1998)
異端の建設家が作り上げた神宮ドームで火災が発生する。29人の死傷者を出し、防火責任者が業務上過失致死で逮捕された。ところが、公判直前に異様な事件が起きる。まず、東京地裁の控室で担当弁護士が刺殺される。絶対に凶器が持ち込めない状態にあったにも関わらずだ。続いて、10階の裁判官室にいたはずの判事がなぜか5階にある法廷の被告人席で絞殺される。これは司法に対する挑戦なのか?神の声を聞くことが出来る佐伯検事は真相を追い求めるが......。
神の声が聞こえるが、それは分裂症による妄想ではないかと恐れる主人公。そして、ダンテの神曲をモチーフにした物語展開。その雰囲気作りが秀逸です。悲劇的なムードが高まり、神曲の意匠と司法制度の問題をリンクさせることで異様な迫力を生んでいます。本作は著者が得意とする幻想ミステリーにおける一つの到達点だといえるでしょう。ただ、密室殺人などのトリックはあいかわらず大したことはないのでその点に期待するとがっかりしてしまいます。その代わり、全編を貫くホワイダニットの謎は強烈で、そこからつながる衝撃的なラストがインパクト大です。面白いかどうかという前に凄まじいという言葉がぴったりとくる大傑作です。
1999年度本格ミステリベスト10国内編第9位
神曲法廷 (講談社文庫)
山田 正紀
講談社
2001-01


ミステリ・オペラ(
2001)
平成元年。ビルの屋上から投身自殺を図った編集者の荻原祐介は、しばらく空中浮遊をしてから落下したという。一方、妻の荻原規子は彼の死を受け入れられず、平行世界へと落ちていく。そこは『宿命城殺人事件』と銘打たれた未完の探偵小説の世界だった。昭和13年の満州。善知鳥良一はオペラ『魔笛』を元にした映画を撮影するために奥地にある宿命城に向かっていた。しかし、彼はやがてその城で奇怪な殺人事件に巻き込まれることになり.......。
とにかく話のスケールが壮大で、その上、ミステリーのガジェットが目白押しの作品です。空中浮遊・密室殺人・列車消失・暗号・首なし死体と魅力的な謎が現れては読むものをワクワクさせてくれます。ただ、トリック自体は例によって大したことがないのでそこに期待するとしょぼい作品と感じてしまうでしょう。しかし、そういった要素は飾りにすぎず、この作品の肝はミステリーとSFという2つの形を借りて昭和という時代を総括することにあります。いわば、これは、著者がこだわり続けた幻想ミステリーと時代ミステリーの集大成というべき作品なのです。まさに、一大絵巻であり、オペラです。したがって、その世界観そのものに浸れることができなければ、どこが面白いのかわからないということになってしまいます。そういう意味ではアンチミステリーの名作である『黒死館殺人事件』や『虚無への供物』に近いものがあるかもしれません。実際、毀誉褒貶の激しい作品であるので山田正紀初心者は手を出さない方が無難です。軽量級の作品を何冊か読んで山田正紀ワールドが自分に合うかどうかを確認してからチャレンジすることをおすすめします。
2002年度このミステリーがすごい国内編第3位
2002年度本格ミステリベスト10国内編第1位
第55回日本推理作家協会賞受賞
第2回本格ミステリ大賞受賞



僧正の積木唄(2002)
かの有名なマザーグース殺人事件を名探偵ファイロ・ヴァンスが見事に解決して数年。新たな惨劇が起きる。事件の現場を久々に訪れた関係者が殺害されたのだ。郵便受けにはあのときと同じように僧正のサインが入った紙片が見つかり、現場にはなぜかアインシュタインの数式が残されていた。時代は第2次世界大戦前夜。反日感情が高まる中で捜査陣は被害者の給仕人として働いていた日系人を殺人容疑で逮捕する。日系人に対する不当な差別を憂慮した資産家の久保銀造は米国に滞在中の金田一耕助を呼び寄せ、真相解明を要請するが......。
数ある古典ミステリーの中でも名作中の名作として知られる『僧正殺人事件』。しかし、ファイロ・ヴァンスの推理は間違っていて真犯人は別にいたのだ。その真犯人と対決するのは日本が誇る名探偵・金田一耕助!そう聞くと昔の探偵小説が好きな人ならワクワクしてくるはずです。ただ、ファイロ・ヴァンスVS金田一耕助の推理合戦などといったいかにもな展開を期待すると肩すかしをくらいます。なぜなら、ファイロ・ヴァンスは早々に舞台から退場しますし、古き良きクラシックパズラーの味わいも極めて希薄だからです。その代わり、黄禍論に端を発する日系人差別や原爆開発といった当時の時代背景がうまく事件と結びついており、いかにも著者らしい時代ミステリーに仕上がっています。また、原典ではほとんど明らかにされることのなかった金田一耕助の過去についてもいろいろと言及されており、そういう意味で横溝正史のファンにとってはおすすめの作品です。一方で、ぼかしているとはいえ、『僧正殺人事件』の真相に言及する場面があるので未読の人は注意が必要です。

2003年度本格ミステリベスト10国内編第6位
僧正の積木唄 (文春文庫)
山田 正紀
文藝春秋
2005-11-10




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