最新更新日2018/5/23☆☆☆

本格ミステリにおいて動機はなにかと軽んじられがちです。中には「謎解きを主題としたミステリーに動機など不要!」と断じる人もいます。しかし、犯人の動機というものは扱い方ひとつで謎解きの立派な一要素となる魅力的なガジェットなのです。たとえば、ミッシングリンクの謎です。被害者になんの関係も見いだせない無差別殺人と思われていたものが、実は1本の糸でつながっていたことが判明した瞬間などには謎解きとしてのカタルシスを感じます。ここではそうしたホワイダニットの謎を主題とした作品の中でも、特におすすめの本格ミステリを紹介していきます。


1928年

プレード街の殺人(ジョン・ロード)
ごくありふれた平凡な街は突如恐怖に包まれる。青物商、パン職人、詩人と一見何の関連もない人たちが次々と殺されていったのだ。彼らをつなぐ糸は一体どこにあるのか。プリストリー博士がこの難事件に立ち向かう。
本作はミッシングリンクの謎を主題として描いたおそらく世界最初の作品です。しかも、その殺害方法が青酸爆弾、カリウム弾丸などといった具合にオリジナリティに富んでおり、サスペンスを盛り上げるのに一役買っています。テンポがよく、前半は本当に楽しめる出来となっています。しかし、後半になるとやや失速してしまうのが残念です。探偵役のプレストリー博士に推理の冴えがなく、もたもたしている印象を抱いてしまうのです。それに、ミッシングリンク以外のサブトリックも凡庸で冴えがありません。とはいえ、十分個性的でユニークな作品であることは間違いなく、古典だという割り切りがあれば一読に値する作品だとはいえます。
1934年

三幕の殺人(アガサ・クリスティ)
引退した俳優が主催したパーティーの最中に牧師が毒死する。彼が飲んだマティーニに毒が仕掛けられていたのだ。しかし、死んだ牧師は善良そのもので他人から恨みをかっていたとは思われなかった。牧師が死んで利益を得るものもいない。彼は一体なぜ殺されたのか?
本作は動機の謎を主題とした本格ミステリとしては最初期の作品ではないでしょうか。それだけに現代の読者からするとその解答は単純すぎるときらいがあります。真相だけを聞くとおそらくほとんどの人は肩すかしをくらうでしょう。しかし、そこはさすがにクリスティです。語り口のうまさに引き込まれ、ポワロの語る真相に思わず納得をしてしまいます。
三幕の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ クリスティー
早川書房
2003-10-01


1936年

ABC殺人事件(アガサ・クリスティ
名探偵エルキュール・ポワロの元にABCと名乗る人物から挑戦状が届く。そこには「6月21日、アンドリューを警戒せよ」と書かれていた。そして、予告通りに事件は起きる。アンドリューに住むアリス・アッシュアーという名の老婆が殺されたのだ。やがて、「ベクスヒルを警戒せよ」という第2の挑戦状が届く。無差別殺人とも思える犯人の目的は一体どこにあるのか?
ミッシング・リンクというジャンルを一気に有名にした記念碑的作品です。これも三幕の殺人と同様で今読むとどうということもないトリックなのですが、巧みなプロットで物語の中に読者を引きこんでいく手腕はさすがに一級品です。また、ミスディレクションも巧みで単純な仕掛けながら真相が容易に見破られない作りになっています。娯楽性もふんだんに盛り込まれており、非常によくできた古典ミステリーの傑作です。
ABC殺人事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ・クリスティー
早川書房
2003-11-11


1949年

九尾の猫(エラリー・クイーン)
ニューヨークで不気味な連続殺人が発生する。被害者はすでに5人。いずれも絹の紐で絞殺され、明らかに同一人物の犯行だった。それにも関わらず、被害者同士のつながりは何一つ見つけられないのだ。犯人は猫と呼ばれ、無差別とも思われる犯行はニューヨークを恐怖のどん底に陥れる。一方、「十日間の不思議」事件での大失敗を引きずっているエラリー・クイーンは探偵業からの引退までほのめかすあり様だった。しかし、ニューヨーク市長直々に事件解決の要請があり、ようやく重い腰を上げるが......。
これまでのクイーン作品とがらりと作風を変え、サイコサスペンス風に仕上げてきた著者中期の代表作です。精神分析に関する蘊蓄や殺人鬼に対する恐怖から巻き起こる暴動などといった時代性がミステリー部分とよくマッチしており、雰囲気を盛り上げてくれます。ミッシンクリンクの真相もなかなか意表をつくものであり、古典の中では「ABC 殺人事件」と双璧をなす作品だといえるでしょう。
九尾の猫〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
エラリイ・クイーン
早川書房
2015-08-21




1961年

細い赤い糸(飛鳥高)
汚職に手を染めた公団職員、強盗犯の青年、恋人とよりを戻したいOL、病院の経営に行き詰まる副院長。一見何のつながりもない人たちが次々に殺されていく。手がかりは凶器に使用された赤い糸だけ。
肝心のミッシングリンクの答えは平凡で本格ミステリとしての驚きはありませんが、全編を通して流れる暗いサスペンスが物語の牽引力となって読者の興味を引っ張っていきます。ケレン味のない淡々とした文章も作品の雰囲気によくマッチしています。ちなみに、本作にトリックらしいトリックは皆無です。しかし、被害者にまつわる4つのエピソードを描き、そのあと結末に向けて事件を一気に収斂させていくプロットはよくできており、ラストの着地も見事に決まっています。ミッシングリンクを主題とした作品ですが、本格ミステリというよりは社会派サスペンスといった方がしっくりとくる佳作です。
第15回日本探偵作家クラブ賞受賞作


1962年

鏡は横にひび割れて(アガサ・クリスティ)
ミス・マープルの住む村にも今や近代化の波が押し寄せ、次々と新興住宅が建つようになっていた。そこに越してきた引退した映画女優のマリーナとその夫である映画監督がパーティを催す。ところが、招待客の一人であるパドコック夫人が毒入りのカクテルを飲んで急死を遂げてしまう。しかも、もともとそのカクテルはマリーナが飲むはずのものだったのだ。一体、誰がなんのために彼女を狙ったのか?
アガサ・クリスティ72歳の時に書きあげた円熟の作品です。『三幕の殺人』を連想させるパーティ会場での毒殺事件を扱っていますが、本作ではまた違ったアプローチで動機の謎を構成しています。牧歌的な日常描写の多い地味な作品で、あっと驚くような仕掛けがあるわけでもありません。しかし、さりげなく伏線を散りばめて意外な殺人動機を浮き彫りにしていくプロセスの巧さはさすがにミステリーの女王です。小品ながらもミス・マープルものとしては最高傑作の一つに数えられる秀作に仕上がっています。


1967年

切断(ジョイス・ポーター)
休暇中のドーヴァー警部と一緒に旅行にでかけた彼の妻は、海に身投げする男の姿を目撃する。彼女は嫌がるドーヴァーと一緒に警察署を訪れ、その事実を告げる。身投げした男は地元の警察官で、クラブ経営者が四肢を切断されて殺されるという奇怪な事件の担当者だった。それにしても若い警察官が捜査に行き詰った程度で自殺をするものだろうか?ドーヴァーは署長の依頼を受け、しぶしぶ事件の担当を引きうけることになるが......。
横暴で無神経で不潔で女性蔑視などといった具合にさまざまな欠点を持ち、ミステリー史上最悪の名探偵といわれる
ドーヴァー警部。彼が登場する作品はどれもドタバタ喜劇で彩られ、そのユーモアを楽しんでいる内に事件が解決してしまうという構成になっています。本作はその中でも最高傑作といわれる作品であり、いつものドタバタに加えてブラックな味わいが加味されています。それがなぜ犯人は被害者の体をバラバラにしたのかという謎です。その解答がなかなか強烈です。数ある本格ミステリの中でも屈指のインパクトを持つ動機だといえるのではないでしょうか。
切断 (ハヤカワ・ミステリ文庫 32-1)
ジョイス・ポーター
早川書房
1976-08


1973年

同名異人の四人が死んだ(佐野洋)
中央日報の社会部に届いた1通の投書。そこには流行作家・名原信一郎の書いた中編ミステリー「囁く達磨」に登場する被害者と同じ名前を持つ2人の人物が立て続けに変死した事実が指摘されてあった。それを読んだ新聞記者が半信半疑で調べ始めるが、やがて3件目の事件が発生する。そして4人目の被害者が....。事件は名原との接点をつかめぬまま謎を深めていく。
小説と同じ名前の人物が変死を遂げていくという不可思議な謎が牽引力となってぐいぐいと物語を引っ張っていく、なかなか読みごたえのある作品です。平易な文章のおかげでテンポよく読め、リーダビリティの高さという点でも申し分ありません。さらに、プロットの緻密さもミステリーとしての面白さを高めています。それだけに、解決編がやや腰砕けだったのが残念です。あと一歩で傑作になり得た非常に惜しい作品だといえるでしょう。


1979年

ホッグ連続殺人(ウィリアム・L・デアンドリア)
新聞記者のビューアルは運転中、前を走っていた車に看板が落下して2人が死亡する事故を目撃する。最初は不幸な事故だと思われたものの看板を固定していた針金には細工の跡が残されていた。やがて、HOGと名乗る謎の人物から犯行声明が送られてくる。しかも、事件はそれだけでは終わらなかった。次々と不可解な事件が起き、そのたびにHOGからの犯行声明が届くのだった。殺人鬼HOGの名にニューヨーク市民が震え上がる中、天才犯罪研究家のニッコロウ・ベネディティ教授が立ち上がる......。
本格ミステリというジャンルがすっかり衰退してしまった70年代のアメリカで、名探偵と狡猾な殺人犯との対決を真正面から描いた力作です。その魅力はミッシングリンクの謎に対してこれまでにない全く新しい解答を用意した点にあります。このトリックは秀逸ですし、「なぜストーブのそばで凍死したのか」「HOGの名に込められた意味とは何か」といったサブの謎もよく考えられています。ただ、優れたアイディアに対してその調理法は決してうまいとはいえず、ミステリーを読み慣れた読者であれば犯人やメイントリックについてすぐにピンときてしまう弱点があります。もう少し巧妙に書かれていれば大傑作になりえたという意味で、非常に惜しい作品です。
ホッグ連続殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ウィリアム・L. デアンドリア
早川書房
2005-01-01

1980年

終着駅殺人事件(西村京太郎)
7年前に青森県の高校を卒業した7人の同級生たち。その一人、宮本孝の呼びかけで寝台列車による2泊3日の里帰りの旅をみんなですることになった。しかし、宮本孝以下、川島史郎、片岡清之、町田隆夫、樋口まゆみ、村上陽子の6人が上野駅に集合したものの、残りの一人である安田章が姿を現さない。しかたなく、6人は寝台列車夕鶴7号に乗り込んだ。やがて、安田は上野駅のトイレで他殺死体となって発見される。しかも、列車の中ではいつの間にか川島が姿を消していたのだ.......。
十津川警部を探偵役に据えたトラベルミステリーの一編であり、いつのものように十津川警部が時刻表を用いたアリバイを見破っていきます。密室殺人も登場し、本格ミステリとして盛りだくさんの内容となっています。ただ、それらのトリックははっきりいって大したことはありません。犯人の正体にしても登場人物がほとんど殺されてしまうので意外性は皆無です。しかし、本作の主眼はそういった部分にあるのではなく、なぜ、犯人が多くの人間を次から次へと殺したかです。このホワイダニットに関する真相が意外性に満ちており、しかもそれが最後の最後でわかるため、ミステリーとして実に鮮やかな幕切れとなっています。これまでいろいろ書かれてきたホワイダニットものの中でも白眉の傑作といえる作品です。
第34回日本推理作家協会賞受賞作


1992年

法月綸太郎の冒険(法月綸太郎
拘置所で死刑の執行が行われようとしていた。目隠しをされ、首に絞縄を通された死刑囚はもはやその瞬間を待つだけだった。ところが、その彼が急に苦しみ始め、死刑執行の前に絶命してしまう。最後に飲んだお茶の中に毒物が混入していたのだ。すでに死を目前にしていた男を一体誰がなんのために殺したというのだろうか。
動機の謎を中心に添えた作品が多く集めれた短編集ですが、やはり白眉は「死刑囚パズル」でしょう。死刑囚を死刑執行日に殺すというホワイダニットの謎に対して、あくまでもフーダニットの観点からロジックを武器にして真相に迫るプロセスが実に鮮やかです。もちろん、最後に明らかになる動機も意表を突くものであり、読者に強い印象を与えることに成功しています。


2004年

リピート(乾くるみ)
大学4年生の毛利圭介の元に奇妙な電話がかかってくる。見ず知らずの男の声で1時間後に地震が起きると告げたのだ。いたずら電話だと思っているとぴったり1時間後に地震が起きた。震度や震源地も彼のいった通りだった。再び男から連絡があり、自分は風間というもので未来から来たという。そして、ある日時にある場所に行けば10カ月前の自分の肉体に現在の自分の意識を飛ばせるというのだ。風間は彼を始めとする9人の男女に自分と一緒に過去に戻ってみないかと提案する。やがて、風間に導かれて10カ月前に戻ってきた9人だったが、その内の一人は過去に戻った直後に交通事故で死んでしまう。トラックを運転中だった彼はカーブに差し掛かったタイミングで意識を戻されたためにカーブを曲がり切れなかったのだ。それは不幸な事故だと思われたが、ことはそれだけでは終わらなかった。過去に戻った人々が次々と不審な死に方をしていくのだ。果たしてこれは何者かによる連続殺人のなのか?圭介はその謎を追う一方で、彼自身も不気味な無言電話に悩まされていた。
SF要素と謎解きを融合したSFミステリーですが、過去に戻ってきた人間がなぜ次々と殺されていくのかというミッシングリンクの謎が非常によくできています。SF設定を巧みに利用した意外性に満ちた真相を用意しており、個人的にはミッシンクリンクものの最高傑作ではないかと考えています。ただ、惜しむらくは本書が本格ミステリではなく、サスペンス主体で書かれている点です。つまり、謎解きのシーンがあっさりと流され、サプライズ感に欠けてしまっているのです。そのため、本格ミステリとしてはカタルシスが十分得られなという難点があります。しかし、その分、ストーリーのテンポがよく、SFサスペンスミステリーとしては上々のできです。総合ポイントの高いエンタメ小説としておすすめしたい作品です。
リピート (文春文庫)
乾 くるみ
文藝春秋
2007-11-01


2010年

叫びと祈り(梓崎優)
雑誌記者としてサハラ砂漠の塩の道について取材をしていた斉木は、砂漠を旅するキャラバンの一行に同行する。しかし、その旅の途中連続殺人が起こる。しかも、砂漠のルートに詳しい者の死はキャラバン全体の生還を危うくすることを意味していた。一体、なぜ犯人はこのタイミングで犯行を行ったのか?
本書は世界中を駆け回るジャーナリストの斉木が、その国々で遭遇した事件の顛末を綴ったものです。事件の背景にはそれぞれの土地の風俗や伝承がなどが深くかかわっており、やがて読者にとって驚きの動機が浮かび上がってくるという仕掛けになっています。その中でも衝撃度で一歩抜きんでいるのが「砂漠を走る船の道」です。全く予想外の動機であり、それでいてロジックとして首尾一貫している点は美しさすら感じます。また、「叫び」における異様な動機も読み手に強いインパクトを残すものであり、なかなかの佳作だといえるでしょう。
2011年度このミステリーがすごい!国内部門3
2011年度本格ミステリベスト10国内部門 2位
叫びと祈り (創元推理文庫)
梓崎 優
東京創元社
2013-11-29


ホワイダニット