最新更新日2018/12/11☆☆☆

ポール・アルテはフランスのディクスン・カーと称され、海外のミステリー作家としては今時珍しい極めてクラシカルなタイプの本格派です。商業デビューは1987年と日本の新本格ブーム到来と同じ年なのも因縁めいたものを感じます。ちなみに、日本でディクスン・カーのような作風というと二階堂黎人、加賀美雅之、柄刀一の3氏辺りが想起されますが、ポール・アルテの場合はどのような作品を発表し、その出来はどうなのでしょうか。これまで日本で紹介されている作品について解説をしていきます。
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第四の扉(1987)
オックスフォード近郊に建っている一軒の屋敷では数年前に奇怪な事件が起きていた。そこに住んでいた夫人が屋根裏部屋で全身を切り刻まれて殺されていたのだ。しかも、現場は内側から鍵がかけられており、完全な密室状態だった。その事件以降、屋敷には幽霊が出るという噂が広まっていた。しかも、霊能力を持つと称する夫婦が引っ越してくると、奇怪な事件が起き始める。隣人が何者かに襲われ、その息子が失踪。しかも彼は数日後の同時刻に全く別の場所で目撃される。そして、ついに新たな殺人事件が起きる......、
著者の商業デビュー作にして、シリーズ探偵であるツイスト博士の初登場作品。250ページほどの短い物語の中で不可思議な出来事が次々起き、魅力的な謎が盛りだくさんの前半は非常によくできています。しかし、新人にありがちなアイディアの詰め込み過ぎで後半の解決編がごちゃごちゃしすぎているのが難だといえます。肝心の密室トリックも決して独創的なものとは言えず、カー以上のものを期待していると肩すかしをくらうでしょう。しかし、本作の神髄は個々のトリックよりもストーリー全体に仕掛けられたプロット上の罠にあります。この世界が反転するような感覚を味わえるどんでん返しはなかなかに見事です。さらに、ラストで炸裂する文字通りの最後の一撃にもかなりの衝撃度があります。ちなみに、本作はフランスのミステリー新人賞であるコニャック・ミステリー大賞を受賞しています。日本ではあまりなじみのない賞ですが、これはピエール・ルメートルが2006年にデビュー作「悲しみのイレーヌ」で受賞したのと同じ賞です。
第四の扉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ポール アルテ
早川書房
2018-08-21


死が招く(1988)
内側から鍵のかかった密室の中でミステリー作家が死体となって発見される。しかも、煮えたぎった鍋の中に顔と両手を突っ込み、その手には銃が握られているという異様な状態だった。さらに、その状況は作家が構想中だったミステリー小説「死が招く」と全く同じであることが明らかになる。
1920年代のイギリスを舞台にしたツイスト教授シリーズの第2弾。短い物語の中で奇怪な事件が次から次へと起こるのは1作目と同じです。そのため、スピーディでテンポがよい反面、詰め込み過ぎで消化不良を起こし気味なのも前作と共通しています。密室トリックも新味に欠け、それほど感心できるものではありません。その上、全体的に装飾過多であり、大して意味のない謎や演出が多々あります。しかし、その反面、2転3転の末に意外な犯人にたどり着くフーダニットとしての仕掛けはなかなか秀逸です。フランスのディクスン・カーと呼ばれ、自身もカーを愛してやまないポール・アルテですが、こうして見るとカー的な要素は単なる装飾にすぎず、その本質はどちらかというとクリスティのようなプロットで読ませるタイプの作家である気がします。


赤い霧(1988)
1887年英国。シドニー・マイルズは10年前の密室殺人を解決するために、新聞記者を装って故郷の村へと帰ってきた。しかし、当時の関係者の協力を得て本格的な調査を始めようとした矢先に新たな事件が起きる。
ツイスト教授シリーズを2作続けたアルテですが、3作目はノンシリーズの独立作品となっています。舞台もツイスト教授が活躍する時代よりさらに半世紀ほど昔です。相変わらず密室殺人の謎を解くという物語であるのになぜ独立した作品にしたのかと思っていると途中から意表をついた展開になります。クラシックな本格ミステリだと思っていると事件はページ半ばで解決してしまい、それから全く趣向の異なる物語が始まってしまうのです。これをトリップ感覚満点のカルト小説ととるか、構成がチグハグな失敗作と解釈するかで評価は変わってくるでしょう。ちなみに、密室トリックは全く評価できないのでそれを期待して読むと肩すかしをくらうことになります。かなり異端というべき作品ですが、本国ではフランス冒険大賞を受賞しています。この賞はフランス人作家以外でも受賞ができるのが特徴であり、アルテの前年度に受賞したのは英国作家のピータ-・ラヴゼイ、翌年に受賞したのが日本人作家の夏樹静子です。


カーテンの陰の死(1989)
マージョリー・コンウェイは深夜の街角で殺人の現場を目撃する。帽子を目深に被って顔を隠した男が女性を刺殺して頭皮を剥いでいたのだ。とっさに逃げ出したマージョリーは何とか下宿にたどり着くが、今度はそこで殺人犯と同じ服を身に付けた人物を目撃する。下宿に住む人々はみないわくありげな人物ばかりだがその中に殺人犯がいるというのだろうか?疑心暗鬼に駆られる中、住人の一人がカーテン越しの密室で刺殺されるという事件が起きる。
本作では得体のしれない住人が同じ屋根の下で暮らしているという下宿ものというべきジャンルを扱っており、その奇怪な導入部にはかなり引き込まれるものがあります。また、
75年前の同様事件との絡ませ方やエピローグの仕掛けといったプロットの巧さはさすがです。しかし、一方で、本格ミステリとしてはかなり問題のある作品です。特に、強烈な謎に対してトリックの質が追い付いていないといういつもの欠点は、本作においては看過できないほどのレベルに達しています。密室殺人のトリックが明らかになった時にはそのあまりの適当さに多くの人が脱力感を覚えるはずです。それ以外にも、思わせぶりなシーンに大した意味がないものが多く、読み終わった時のがっかり感は相当なものです。全体的に、アルテの特徴が最も悪い形で表出した作品だといえるでしょう。


狂人の部屋(1990)
ハットン荘の呪われた部屋。そこは100年前に奇怪な事件が起きた場所だった。引きこもりの文学青年が謎の死を遂げたのだ。死因は全くの不明で、現場の床の絨毯がびっしょりと水で濡れていたという。そして、開かずの間となっていたその部屋を開けた途端に怪異が襲いかかる。当主ハリスが不可解な状況で窓から落ちて死に、その直後に部屋を見た彼の妻が意識を失う。部屋の絨毯は100年前と同じように水で濡れていた。果たしてこの部屋には一体何があるというのだろうか。
ツイスト教授シリーズ第4弾にして現時点での最高傑作と名高い作品です。アルテの作品は謎の強烈さに対してトリックのしょーもなさ、粒の小ささが欠点として挙げられてきましたが、本作は(ところどころ無理矢理感はあるものの)謎に対する絵解きがきれいに決まっています。特に、本作の最大の仕掛けというべき予言の処理の仕方は秀逸です。エピローグをプロローグにうまく絡ませたプロットも見事に決まっています。その上、全体を覆う怪奇ムードも作品を盛り上げることに成功しており、フランスのディクスン・カーの名に恥じない力作となっています。


虎の首(1991)
休暇から帰ってきたツイスト博士をハースト警部は疲れた顔で出迎えた。郊外の村とロンドン駅で女性の腕と足の入ったスーツケースが発見されたのだという。ハースト警部からの捜査協力の要請を快諾するツイスト博士だったが、すぐに顔色が変わる。自分のスーツケースがいつの間にかすり替えられており、中なら女の首が出てきたのだ。一方、事件の発端となった村ではインド帰りの軍人が密室で殺害される。目撃者の話では犯人は杖から出現した魔神だというが......。
いつにも増して怪奇色の強い一作です。そして、次々と不可解な謎が現れる前半の展開は安定した面白さがあります。ただ、やはりこの作品もトリックは小粒で無理があります。また、偶然の要素が大きいのもマイナス点です。総合的にはシリーズの中でも下位に位置する作品ですが、ラストのツイスト博士のダークな行動はなかなか衝撃的です。多くの人は事件の真相よりもそちらの展開の方が印象に残るのではないでしょうか。
虎の首 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1820)
ポール・アルテ
早川書房
2009-01-09




七番目の仮説(1991)
1938年の夏の夜に巡回中の警官が奇妙な格好をした男たちを目撃する。つばの長い帽子とくちばしのついた白い仮面はまさに中世のペスト医者そのものだった。彼らはゴミ箱を漁っており、警官がそれをとがめて尋問するがゴミ箱に異常な点はなかった。ところが、その後もう一度ゴミ箱の蓋を開けるとさきほどなかったはずの死体が姿を現したのだ。しかし、その奇怪な出来事はまだ一連の事件の序章にすぎなかった。
奇怪な事件が次々起きる序盤の展開は相変わらずの安定度。事件の異様さを強調して読者を作品世界に引きずり込んでいく手管はさすがです。一方、トリックの安易さも相変わらずで事件の謎が物語の早い段階で解明されてしまうのも腰砕けです。しかし、事件の焦点は不可能犯罪から「犯人は一体何をたくらんでいるのか」というホワイダニットの問題へとシフトしていきます。この謎に対するアプローチはなかなか面白く、第2部で
ハースト警部が6つの仮説を挙げるところから
終盤で犯人とツイスト博士が心理的対決を繰り広げる場面までダレることなく読むことができます。数多くの突飛な謎を一つの答えへと収斂させるプロセスも手際よく、前半のごちゃごちゃした部分を除けばなかなかの佳作だといえるでしょう。


殺す手紙(1992)
終戦直後のロンドン。空襲で妻を亡くし、働く当てもないラルフは無為な日々を過ごしていた。しかし、ある日、親友のフィリップから奇妙な指示が書かれた手紙を受け取る。その意図を図りかねながらも彼は指示通りに行動するが、警官隊に踏み込まれたり、死んだはずの妻に再会したりと次々と予想外の出来事に遭遇するのだった。一体何が起こっているのだろうか。
ツイスト博士が登場しないノンシリーズもので前半は本格ミステリというよりも巻き込まれ型サスペンスといった趣向になっています。次々起きる意外な事件に翻弄されながら、ようやく全体の構図が見え始めた時にフーダニットの本格ミステリに移行する構成になっており、読者を飽きさせません。密室殺人が起こらないのがアルテらしくなくて肩すかしな面もありますが、しょぼいトリックにがっかりすることもないので逆にまとまりがよくなったともいえます。一方、ポール・アルテのマニアックな作風とある程度のリアリティが必要なサスペンスミステリーとでは水と油なところがあり、作り物めいた物語になってしまったのはややマイナス点です。しかし、テンポがよく、さらっと読めてしまうので全体としてはまずまず楽しめる作品だといえるでしょう。


赤髯王の呪い(1995)
1948年。ロンドンでコックの修行をしていたエチエンヌは兄から衝撃的な内容の手紙を受け取る。16年前に赤髯王ごっこをして遊んでいた折りに、ドイツ人少女のエヴァが密室状態の物置小屋で呪い殺されたのを目撃したというのだ。その後、夜の電話ボックスでエヴァの亡霊を目撃したエチエンズは友人から紹介された犯罪研究者のツインズ博士に相談をする。
本作はもともと1986年に私家版として出版されたものを改めて出版し直したもので、実質的なポール・アルテのデビュー作です。しかも、この作品は当初、ディスクン・カーのフェル博士を探偵役に据えようとしたものの、権利関係の許可が取れなくて断念したという経緯があります。つまり、この作品は元々ディスクン・カーの世界を再現しようとして書かれた作品なのです。そのため、不可能犯罪と怪奇趣味のつるべ打ちといった具合にカーの特徴が誇張された形で再構成されています。この辺りはカーファンにとってはたまらないのではないでしょうか。しかし、1作品に不可能犯罪を4つも5つも盛り込んでそのすべてが高水準ということがありえるはずもなく、メインの1つを除いてはすべ拍子抜けレベルのものばかりです。メインのトリックはさすがによく考えられていますが、特に目新しいものではなく、カーの代表作品クラスとは比べるべくもありません。一方で、謎めいた事件や怪奇趣味といった雰囲気作りは悪くないのでカーの初期作品レベルの再現と思えばそれほどがっかりすることもないのではないでしょうか。また、本作には表題作以外にもツイスト博士ものの短編が3つ収録されており、ファンにとっては必読の書となっています。


あとがき
ポール・アルテの作風には他の多くのフランスミステリーと同様に、雰囲気優先でトリックの創出やロジカルな筋立ては二の次といったところが見受けられます。そのため、新本格を読み慣れた人にとっては物足りなく感じる部分があるのは確かです。実際、不可能犯罪の名手のような触れ込みだったのに、密室トリック自体に感心できるような作品はほぼ皆無です。しかし、フランスでこのような作風の作家が存在しているという事実は、本格好きな人にとっては、それだけでうれしいものではないでしょうか。また、日本の新本格との共通点、相違点をチェックしながら読んでみるのも一興です。チャレンジしてみるのなら、まずは世評の高い「第四の扉」「狂人の部屋」辺りから始めることをおすすめします。ちなみに、アルテの作品はツイスト教授ものだけで30作を超えるといわれており、日本で紹介されているものはそのほんの一部にすぎません。作品の翻訳も2010年以降ストップしているだけに、新しい動きに期待したいところです。

2018年12月11日追記

あやかしの裏通り(2005)
1900年代初頭のイギリス。アメリカ外交官のラルフは警察官に脱走犯と勘違いされ、夜の街を逃げ回ることになる。やがて、彼は見知らぬ裏通りに迷い込み、そこで殺人の現場を目撃する。一度は逃げ出したものの、大切なライターを忘れてきたことに気が付き、恐る恐る戻ってみると先ほどまであったはずの裏通りが忽然と消えてなくなっていたのだ。ラルフはあまりのことに驚愕し、名探偵と名高い旧友のオーウェン・バーンズに助けを求めるが........。
2010年以降音沙汰のなかったアルテ作品が8年ぶりに出版されました。しかも、今回はおなじみのハヤカワポケットミステリではなく、行舟文化という聞き慣れない出版社です。探偵役もツイスト博士ではなく、オーウェン・バーンになっており、こちらも本邦初公開です。しかし、ポール・アルテの作風はいささかも変わっていません。次々と魅力的な謎が現れ、摩訶不思議な物語がテンポよく語られていきます。以前のアルテなら謎の面白さに対して真相のショボさにがっかりすることも多かったのですが、本作はプロットがしっかりしており、伏線をうまく回収しながら意外な真相へと導いてくれます。作家的な成長が感じられる佳作であり、8年間待った甲斐があったというものです。トリックが少々複雑すぎるという難はあるものの、これは『狂人の部屋』と並ぶアルテの代表作といってもよいでしょう。なお、
行舟文化はこれからもオーウェン・バーンズシリーズの出版を続けていくということなのでそちらの方も楽しみです。




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