最新更新日2017/01/10☆☆☆

2017年版このミステリーがすごい!において見事第1位をゲットした竹本健治氏は、40年のキャリアを誇るベテラン作家です。そこで、初の1位を記念して、過去に書かれた作品の中でおすすめのものを紹介していきます。


匣の中の失楽 (1978)
『ドラマグラマ』、『黒死館殺人事件』、『虚無への供物』は探偵小説における三大奇書と呼ばれていますが、そこに本書を加えて四大奇書と呼ばれる場合もあります。そんな作品をわずか23歳でものにしたというのですから著者のポテンシャルには驚くばかりです。ちなみに、本書は東西ミステリーベスト100において85年度版では26位に2012年度版では40位にランクインしています。そのあらすじは以下の通りです。
ミステリー好きのグループのひとりである曳間がナイフを胸に刺された状態で発見され、他の仲間は彼の身に何が起きたかについて推理合戦をしようとする。ところが、曳間が死んだのはグループ仲間の少年、ナイズルこと片城成が書いた小説の中のできごとであり、現実世界の曳間はピンピンしている。そして、この小説をもとに推理合戦をしようとすると大学生の真沼が鍵のかかった部屋から忽然を消す。しかし、これはナイズルの書いた小説でのできごとであり、現実の世界では曳間の死から始まった事件は、連続殺人の様相を呈してくるのだった。
この作品では、現実の世界と登場人物の書いた小説のふたつの世界があり、それが並行して描かれています。しかも、お互いの世界は入れ子細工のようになっており、どちらが小説世界でどちらが現実世界なのか分からなくなるという趣向です。作中、推理合戦がさかんに行われますが、だからと言って、それによって徐々に真相が明らかになってくるということは全くありません。それどころか、推理を繰り返すほどに事件は混沌の度合いを増し、五里霧中となっていきます。この作品はミステリーの謎から生じる幻惑性だけを誇張し、「どんな魅力的な謎も最後には探偵によって解かれてしまう」というお約束を破壊にかかっているのです。そこには永遠に謎と戯れていたいという願望が見てとれます。
したがって、普通にミステリーを楽しみたい人にとって、この作品のどこが面白いのかわからないといった代物となり果てる可能性があります。また、作者の若さ故に鼻につく、作りものめいた登場人物や閉鎖的な世界観も作品を楽しむ上でのマイナス要因になるかもしれません。しかし、このペタンドリーに富んだ濃密な世界は他では味わえないものであり、一度ハマると抜け出せない魅力があるのも確かです。


 
定本・ゲーム殺人事件(1991)
竹本健治氏の初期作品であるゲーム三部作を1冊にまとめた書籍です。
『囲碁殺人事件』、『将棋殺人事件』、『トランプ殺人事件』の他に書き下ろし短編の『チェス殺人事件』が収録されています。 
定本 ゲーム殺人事件
竹本 健治
ピンポイント
1992-10

 
囲碁殺人事件(1980)
囲碁棋士のタイトル戦で槇野9段は優位な状況で1日目を終える。しかし、その翌日、いつまでたっても彼は対局室に現れない。やがて、近くにある滝の岩棚で首なし死体となった槇野9段が発見される。
デビュー2作目は著者の得意な囲碁を題材にしたものですが、『匣の中の失楽』から一転して極めてオーソドックスな本格ミステリに仕上がっています。ミステリーとしての出来も標準的で特筆すべき点はありません。しかし、囲碁に関する蘊蓄は興味深く、また、このミス1位の『涙香迷宮』の探偵役である牧場智久が、12歳のあどけない姿で初登場するのもこの作品のポイントです。
囲碁殺人事件 (創元推理文庫)
竹本 健治
東京創元社
2004-02


将棋殺人事件(1981)
地震による土砂崩れの中からふたつの死体が発見される。そこには「恐怖の問題」という都市伝説との奇妙な符号の一致があった。それに興味を覚えた天才少年・牧場智久は都市伝説の発生源を調べ始めるが…。
ゲーム3部作の第2弾ですが、はっきりいって評判は芳しくありません。なぜなら、事件の真相にある意味、反則と言えるネタを使っているからです。確かに、本格ミステリとしての出来を期待した人にはがっかりでしょう。しかし、竹本作品の真骨頂はそのプロセスにあります。噂の発生源を推理するという物語には他の作品にはない独特の面白さがありますし、五里霧中の状況から謎が断片的に現れ。そこから醸し出されるサスペンス性や怪奇性は著者ならではのものです。広くおすすめできる作品ではありませんが、個人的にはかなり好きな作品です。
将棋殺人事件 (創元推理文庫)
竹本 健治
東京創元社
2004-05-31


トランプ殺人事件(1981) 
仲間が集まってコントラクトブリッジを楽しんでいる中、二階にいた女性が鍵のかかった部屋から忽然と姿を消した。その場に居合わせた精神科医の天野は事件の顛末を小説にし、牧場姉弟や須藤に見せる。小説を読みながら真相解明に取り組む3人だったが、彼らはその中に奇妙な暗号を発見する。
本作は現実世界と小説世界が交錯するという『匣の中の失楽』と同趣向の作品です。ただし、失楽が胸やけしそうな濃厚な味わいなのに対して、本作はすっきりとした仕上がりになっています。ミステリーとしての面白さと著者独自の幻惑性に満ちた魅力にもバランスが取れており、竹本ワールドの入門編としておすすめの作品です。
トランプ殺人事件 (創元推理文庫)
竹本 健治
東京創元社
2004-09-22


 狂い壁、狂い窓(1983)
 元産婦人科病院の樹影荘は妖しい雰囲気の立ち上るアパートだ。壁からは無数の蟲が這い出てきて、窓の外からは不審な物音が響く。やがて、その洋館は狂気に彩られ、6組の住人に恐怖が襲いかかってきた。
いつもの竹本作品とはまた違ったジメジメとした描写が読者の神経を逆なでしていくホラーミステリーの傑作です。謎解きには特筆すべき点はありませんが、この雰囲気だけでも一読の価値ありです。


腐蝕(1986)
航空エンジニアとして宇宙に旅立つことが決まった17歳のティナ。しかし、黒い不気味な影を目撃した時から彼女の世界は変容を始める。知人たちが消失し、しかも、他の人々の記憶からは彼らの存在自体が消し去られているのだ。一体彼女の周囲で何が起こっているというのか?
これはミステリーでなく、SFホラーです。恐怖がストレートに伝わってき、また、そんな状況に対してけなげに立ち向かうヒロインが魅力的に描かれているため、非常に分かりやすい娯楽作品となっています。同時に、著者の持ち味を存分に発揮した傑作でもあります。初心者にもっともすすめやすい竹本作品と言えるでしょう。
竹本 健治
角川書店
1994-07


ウロボロスの偽書(1991)
世間を騒がせている殺人鬼。竹本健治が連載中のミステリーを保存しているワープロには、その殺人鬼の手記が時々紛れ込むようになっていた。そして、連載が進むにつれて何者かによる小説への干渉は激しくなり、次第に何が現実で何が虚構なのかもわからなくなる。島田荘司、綾辻行人、新保博久など当時のミステリー界の主役たちが登場する幻惑の実名ミステリー。
本書は1992年度版このミステリーがすごい!において10位になランクインした作品です。しかし、同時に、竹本作品の中でも特に賛否両論が激しい作品でもあります。否定派の意見として多いのは、「『匣の中の失楽』の二番煎じであり、思い付きだけで書いた、ミステリーとしての解決を放棄した行き当たりばったりの作品」というものです。確かに、その意見には否定しがたいものがあります。ただ、本作には新本格ブームだった当時の状況が興味深く描かれており、作中作のトリック芸者シリーズもバカミスとして秀逸であり、その他にも何が飛び出してくるかわからない面白さがあります。その楽しさにハマった読者が多かったことが、このミス10位という結果につながったのでしょう。また、虚構が現実を侵食するという読者をクラクラとさせる感覚、著者ならではの幻惑性も健在です。さらに、解決を途中で投げ出すのは、本格ミステリファンにとっては怒り心頭でしょうが、竹本作品愛読者からするとそれそれで独自の味わいとなっています。
ちなみに、個人的には夢中になって何度も読み返した作品であり、国内ミステリーの中でも五指に入るほどのお気に入りです。ただ、明らかにファン向けであり、竹本作品未体験者にはあまりおすすめできないのは確かです。
閉じ箱(1993)
ホラー風味の強い短編集であり、竹本作品ならではの幻想と狂気に満ちたテイストをたっぷりと味わうことができます。特に彼の代表作のひとつである『恐怖』の完成度の高さは特筆ものです。

閉じ箱 (角川ホラー文庫)
竹本 健治
角川書店
1997-11


ウロボロスの純正音律(2006)

漫画制作のために古びた洋館を訪れた竹本健治。そして、ミステリ作家、評論家、編集者たちも同じ館へと集結する。やがて起きる連続殺人。モルグ街の見立て殺人は果たして何を意味するのか?ミステリー界の豪華メンバーを揃えて繰り広げる実名ミステリーの第3弾。
『ウロボロスの偽書』は賛否両論でしたが、その続編『ウロボロスの基礎論』は明らかに否の意見が多い作品でした。 おもちゃばこをひっくり返したような混沌さが偽書の魅力だったわけですが、基礎論ではカオスの度合いが限界突破してしまい、多くの読者がついていけなくなったからです。しかし、シリーズ完結編の『ウロボロスの純正音律』は意外にも好意的な意見が多くみられます。それは多くの人がこのシリーズに不満に感じていた解決の放棄がなく、本格ミステリとしてまっとうな作りになっているからでしょう。もちろん、シリーズ特有の本編そっちのけでの雑談大会は健在で、囲碁、少女漫画、音楽とさまざまな話題が飛び交いますが、物語のプロットしては前2作と比べてすっきりとした仕上がりとなっています。それに、実名登場人物も北村薫、京極夏彦、倉坂鬼一郎、西澤保彦、喜国雅彦など、過去最大の数を誇っているため、ミステリーマニアのファンブックとしても楽しめる1冊です。

 
涙香迷宮(2016)
 卓越した推理力を持った天才囲碁棋士牧場智久は、刑事から殺人事件の助言を求められる。その数日後、彼は恋人の類子と一緒に明治の巨人、黒岩涙香の隠れ家に訪れるが、そこにはいろは歌を用いた前代未聞の暗号が待ち構えていた。黒岩涙香が用意した究極の暗号に牧場智久はどう立ち向かうのか?
いろは歌とは、いろはにほへとの48文字をすべて1度ずつ使用して作る歌で、頭にくる文字をずらしながら48首作って完成となります。本書のすさまじいところは、作中に登場するいろは歌がすべて竹本健治氏の創作だという点です。いろは歌を1首作るだけでも普通の人なら大変な手間を必要とします。それに暗号を組み込んだ歌を48首揃えるとなると考えただけでめまいがする労力です。まさに労作という言葉がふさわしい作品です。しかも、作中で示される暗号の解法はためいきが出るほどに美しく雄大なものになっています。このミステリー小説1冊で日本語の魅力と可能性を存分に味わえるのです。このミスで1位という評価も納得せざるを得ないでしょう。ただ、その反面、「殺人事件がおざなりにされている、それ以前に暗号が複雑すぎて話に入り込めなかった」という声も多く、1位を獲得しても相変わらず読者を選ぶ点はこれが竹本作品であることを実感させてくれます。やはり問題作であってこその竹本作品だという感じです。近年、これといった作品がなかった著者ですが、これをきっかけにまた新たなる問題作を次々と発表していってもらいたいものです。
涙香迷宮
竹本 健治
講談社
2016-03-10


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