最新更新日2016/12/29☆☆☆

90年代から高い人気を保ち続け、2017年には第156回直木賞を受賞した恩田陸女史ですが、その作品の数はかなりの数に及び、これから挑戦しようという方にとってはどれから読めばよいのか迷うところでしょう。そこで、デビュー以来、四半世紀の間に発表されたものの中でおすすめ作品及び注目作を刊行順に紹介していきます。

六番目の小夜子(1992)
デビュー作。
謎めいた転校生津村小夜子を中心に描かれる、進学校の生徒たちの間で密かに受け継がれてきた伝統行事”サヨコ”をめぐる1年間の物語。
不気味な雰囲気を漂わせつつも決定的なことは起きず、謎を残したまま物語が終わりを迎えるという恩田作品の特徴は、1作目から色濃く表れています。この独特の雰囲気にハマるか、一向に解明されない謎にモヤモヤするか、恩田作品の好き嫌いを決める試金石的作品とも言えるでしょう。なお、本作は栗山千秋、鈴木杏、山田孝之という今考えればかなりの豪華キャストで2000年にNHKでドラマ化されています。舞台は高校から中学へと変更され、しかも、原作には存在しなかった潮田玲という少女が主役を務めています。原作とドラマの両者を比較してみるのも面白いのではないでしょうか。


球形の季節(1994)
デビュー2作目。
「エンドウさんという子が宇宙人にさらわれる」という噂が学生たちの間で広まり、それは現実となる。町には異様な噂と事件が続き、やがて終末の時を迎えようとしていた。
ヒロインであるみのりの周辺では次々と不気味な出来事が起きますが、彼女自身が直接かかわった事件は皆無で、しかも、物語はクライマックスを前にして唐突に終わりを告げます。投げっぱなしジャーマンにもほどがあるといった作品ですが、これが良い味を出しています。物語の実態のつかめなさが、逆に、思春期特有の漠然とした不安を具現化し、ヒロインの心情と見事にシンクロしているのです。好き嫌いが大きく分かれる作品でしょうし、恩田作品の中ではマイナーな存在ですが、個人的にはイチオシです。
球形の季節 (新潮文庫)
恩田 陸
新潮社
1999-01-28


三月は深き紅の淵を(1997)
恩田陸の名を世に知らしめた傑作。2008年に発刊された『このミステリーがすごい!ベスト・オブ・ベスト』では宮部みゆき氏の『模倣犯』と並んで国内ミステリー19位に選出されています。
ひとりに一晩だけ貸すことを許された幻の書物、『三月は深き紅の淵を』をめぐる数奇な物語。
本書は4つの短編からなる連作集ですが、それぞれの関係性はいずれも『三月は深き紅の淵を』という書物に言及しているという点だけであり、ストーリー的なつながりがありません。しかも、1章ではこの本は現実には存在しない架空の存在として扱われ、2章では実在の書物だとされ、4章では執筆中の作品として描かれるという具合にそれぞれに矛盾を孕んでいます。しかし、そのとらえどころのなさこそが本書の魅力です。本書は起承転結の王道ストーリーを楽しむ作品ではなく、見る角度によってさまざまな表情を浮かび上がらせる万華鏡のような存在なのです。断片を見ながらさまざまなイメージを喚起できるか否かがこの作品を楽しむ鍵となります。やはり、本書もかなり読者を選ぶ作品だと言えそうです。


光の帝国ー常野物語(1997)
予知能力や千里眼など超常的な力を持ちながら、弾圧の歴史ゆえに在野に紛れてひっそりと暮らす常野の人々の姿を描いた10篇からなる連作集。
”ライトな読書好きに絶大な人気を誇る作家”というポジションの割に読者を選ぶ作品が多い恩田氏ですが、比較的誰にでもすすめやすいのがこの光の帝国です。超能力一族を描いた作品は他にもありますが、これはその中でも最高峰のひとつでしょう。数百年生き続けているツル先生を中心にひとつひとつのエピソードの切り口も多彩で、時に楽しく、時に悲しい物語はどれも心にしみるものばかりです。また、この常野一族の物語はシリーズ化されており、続編に直木賞候補にもノミネートされた『蒲公英草紙(2005)』と『エンド・ゲーム(2006)』があります。


象と耳鳴り(1999)
ファンタジーだけではなく、本格ミステリ作家としても才能を開花させた1作。このミステリーがすごい!2001で6位、2000年の本格ミステリベスト10では5位にランクインしています。
「象を見ると耳鳴りがする」という老婦人の言葉から意外な真実を導き出す表題作、「海にいるのは人魚じゃなくて土左衛門さ」という少年のセリフをもとに一家心中事件の真相を推理する『海にゐるのは人魚じゃない』、数枚の写真を手掛かりにそこに写っている部屋の主を言い当てようとする『机上の論理』など、謎と推論の面白さに満ちた傑作ミステリー。
恩田作品としては淡々とした雰囲気で彼女ならではの情緒性やイマジネーションには欠けますが、その分、わずかな手掛かりをこねくりまわして真相を看破しようとする知的ゲームとしての楽しさがあります。しかも、淡々としながらも物語の中には毒が含まれ、提示された解答も結局は仮説にすぎず、真相は曖昧模糊のままという趣向は、やはり恩田作品ならではのものでしょう。。ちなみに、本作で探偵役を務めるのは、『六番目の小夜子』の主要キャラクターの関根秋の父親で元判事の関根多佳雄とその一家です。






麦の海に沈む果実(2000)
3月以外の転校生は破滅するという噂がある閉鎖的な全寮制の学園に2月最後の日に転入してきた理瀬。それ以降、彼女の周囲では不可解な事件が起こり始める。しかもこの学園では彼女の転校前にすでにふたりの生徒が失踪しているという…。
耽美な少女漫画の雰囲気が漂う作品です。同時に、幻想的な舞台設定、魅力的なキャラクター、謎めいたストーリーと、恩田作品の魅力もたっぷりと詰まっており、熱烈なファンが多い作品でもあります。ただし、後味の悪いラストについては賛否が分かれているようです。また、本書の登場人物の名前の多くは、『三月は深き紅の淵を』の第4章『回転木馬』の作中作に登場する人物と共通しており、その関連性が取りざたされています。



黒と茶の幻想(2001)
大学卒業後、十数年ぶりに再会した4人の男女は、心に闇を抱えたまま、雄大な自然が残るY島へと旅に出る。
本書は4章に分かれており、主要人物4人が語り手役をリレーしながらそれぞれの視点で過去の秘密を解き明かしていくという構成をとっています。そうはいっても、それほどサスペンスな出来事が起きるわけでもなく、表面上は4人がとりとめのない話をしながら旅を続けていくだけなのですが、それでもぐいぐいと読ませるのところが作家としての力量なのでしょう。また、美しい自然描写が物語の情感を静かに盛り上げることに成功しています。地味ながら心に響く作品です。

ちなみに、『三月は深き紅の淵を』に登場する同名タイトルの作中作第1章の名前が『黒と茶の幻想』です。さらに、本書では作家が『黒と茶の幻想』というタイトルの小説を書き始めるところで終わっていますが、その話の内容が『麦の海に沈む果実』であるといういささか複雑な構造になっています。


蛇行する川のほとり(2003)
演劇部に所属する少女たちが共に夏合宿を過ごすうちに過去の事件が浮かび上がってくる青春ミステリー。
『麦の海に沈む果実』と同じく少女漫画的雰囲気が色濃くでた作品であり、少年少女たちの揺れ動く心理が織りなす、美しくも残酷な世界が実に鮮明に描き出されています。



夜のピクニック(2004)
第26回吉川英治文学新人賞と第2回本屋大賞を受賞。『六番目の小夜子』と並ぶ恩田氏の代名詞的作品です。
わずかな仮眠時間を除いて24時間80キロを歩き続けるという北高の伝統行事歩行祭。参加者のひとりである甲田貴子はその行事の間にクラスメイトの西脇融に話しかけるつもりでいた。融の亡き父には愛人がいて、ふたりの間にできた子供が貴子だと知って以来、彼が無視をし続けているからだ。そのいびつな関係に決着をつけようというのだ。一方、歩行祭には他の思惑をもって参加している生徒もいて…。
『黒と茶の幻想』以上に地味であり、本当に歩いてしゃべっているだけの作品です。それなのに、恩田作品の中で最も有名なのは、それだけ心理描写が巧みでキャラクターが魅力的だからでしょう。また、風景描写は相変わらずの素晴らしさで歩行祭に一緒に参加しているような臨場感を与えてくれます。青春を体現したような物語であり、そして、これだけさわやかな読後感が得られるのは恩田作品では珍しいかもしれません。そういった点も大きな支持を得た理由のひとつでしょう。なお、本作は2006年に多部未華子主演で映画化もされています。


ユージニア(2005)
第59回日本推理作家協会賞受賞。第133回直木賞候補
旧家で行われた名士の誕生パーティー。しかし、その会場は一瞬のうちに大量毒殺事件の惨劇の場と変わる。17人が亡くなった現場に残されていたのはユージニアという言葉が出てくる意味不明の手紙だった。有力な手掛かりもなく、捜査は手詰まり状態だったが、3ヶ月後、精神を病んだ男が自分が犯人だという遺書を残して自殺したために事件は一応の解決をみる。しかし、その数十年後、この事件をテーマにした本がベストセラーになったことをきっかけに事件の関係者たちが新たな真実を語り始めていく。
本作は推理小説に登場する目撃者がコンピューターのごとき精緻な記憶力を有していることへのアンチテーゼとなる作品です。人の記憶とは不確かなものであり、しかも、そこに主観による解釈が介入してきます。したがって、事件の証言をたくさん集めても完成したジグソーパズルのように全体像が浮かび上がるわけではなく、そこにはどうしても合わないピースが出てきます。そうした真実に対する不確かさをテーマにしたのが本作です。ひとつの証言は新たなる証言によって覆され、何が真実なのかわからないという感覚は、従来のミステリーにはないスリリングさを味わえます。その辺りがこの作品の妙味でしょう。ただし、恩田作品らしく最後まで真相には靄がかかったままなので、普通のミステリーを楽しみたかった人にとってはストレスに感じる可能性があります。
ユージニア (角川文庫)
恩田 陸
角川グループパブリッシング
2008-08-25


中庭の出来事(2006)
第20回山本周五郎賞受賞。
人気脚本家がホテルの中庭で謎の死を遂げる。容疑者は『告白』の主演女優候補の3人。しかし、それは脚本家が現在執筆中の『中庭の出来事』という脚本の中の出来事だった。
恩田作品では作品内で書かれた物語、いわゆる作中作がしばしば登場しますが、本作はそれが複雑怪奇な入れ子細工のようになっており、どれが現実の話でどれが劇中の話なのか判然としなくなります。その複雑な構造を読み解くのがこの作品の醍醐味でもあるのですが、大半の読者は歯が立たず、お手上げ状態になってしまいます。本作には恐ろしく高度な技巧が使われており、それが認められて山本周五郎賞を受賞したわけです。しかし、その一方で、難易度があまりにも高いために、賛否両論が激しい問題作にもなっています。

中庭の出来事 (新潮文庫)
恩田 陸
新潮社
2009-07-28


きのうの世界(2008)
夢違(2011)
夜の底は柔らかな幻(2013)

3作とも直木賞候補にノミネートされた作品です。『夜のピクニック』以降、文学賞の受賞やノミネートが増えてきた恩田作品ですが、それに反して評判はいまひとつという世評との乖離が目立つようになりました。
殺人事件の調査を通じて時代に取り残されたような不思議な街の秘密を紐解く『きのうの世界』、予知夢を解析して災いを防ごうとする『夢違』、犯罪者たちが集まる治外法権の国に密入国する女性の壮絶な戦いを描いた『夜の底は柔らかな幻』。
いずれも、前半はドキドキワクワクする展開であるにも関わらず、後半で失速するというデビュー時からの特徴をさらにこじらせたような作品ばかりが目立ちます。このように、しばらくスランプとも思える時期が続いていた恩田氏でしたが、ついに完全復活を思わせる作品が登場しました。それが、6度目のノミネートで直木賞を受賞した『蜜蜂と遠雷』です。


夢違 (角川文庫)
恩田 陸
KADOKAWA/角川書店
2014-02-25


 
蜜蜂と遠雷(2016)
著者の新たなる代表作。156回直木賞受賞作。
 「ここを制したものが世界を制する」と言われている芳ケ江ピアノコンクールの開催。そして、そこに集結する若きピアニストたち。父が養蜂家のために自分のピアノを持たずに各地を転々としている15歳の塵、卓越した演奏技術を持つ19歳のマサル、天才少女と言われながらも母の死後ピアノから遠ざかっていた20歳の亜夜、楽器店勤務で年齢制限ギリギリの28歳の明石。天才たちの熱き戦いが今始まる。
この作品のすごいところは、ほぼピアノコンクールの場面のみなのにもかかわらず、完成度の高い小説として成立している点です。音楽を言語化するという極めて難度の高い作業を全編にわたって行っており、しかも、最後まで全く飽きさせることがないのです。本作には恩田作品ならではの毒や思わせぶりな謎といったものは存在しません。すべてが王道で、すべてストレートの剛速球です。しかし、逆に言えば、著者が今までさまざまな技巧を培ってきたからこそ書き得た王道だとも言えます。恩田作品の頂点に位置する傑作であり、おそらく2016年に書かれた国内小説の最高峰のひとつに数えられるでしょう。

蜜蜂と遠雷
恩田 陸
幻冬舎
2016-09-23

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