最新更新日2024/02/05☆☆☆

90年代から高い人気を保ち続け、2017年には第156回直木賞を受賞した恩田陸ですが、その作品の数はかなりの数に及び、これから挑戦しようという方にとってはどれから読めばよいのか迷うところでしょう。そこで、デビュー以来、30余年の間に発表されたものの中で主要作品といえるものを刊行順に紹介していきます。
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六番目の小夜子(1992)
デビュー作。
謎めいた転校生津村小夜子を中心に描かれる、進学校の生徒たちの間で密かに受け継がれてきた伝統行事”サヨコ”をめぐる1年間の物語。
不気味な雰囲気を漂わせつつも決定的なことは起きず、謎を残したまま物語が終わりを迎えるという恩田作品の特徴は、1作目から色濃く表れています。この独特の雰囲気にハマるか、一向に解明されない謎にモヤモヤするか、恩田作品の好き嫌いを決める試金石的作品ともいえるでしょう。なお、本作は栗山千秋、鈴木杏、山田孝之という今考えればかなりの豪華キャストで2000年にNHKでドラマ化されています。舞台は高校から中学へと変更され、しかも、原作には存在しなかった潮田玲という少女が主役を務めています。原作とドラマの両者を比較してみるのも面白いのではないでしょうか。


球形の季節(1994)
デビュー2作目。
「エンドウさんという子が宇宙人にさらわれる」という噂が学生たちの間で広まり、それは現実となる。町には異様な噂と事件が続き、やがて終末の時を迎えようとしていた。
ヒロインであるみのりの周辺では次々と不気味な出来事が起きますが、彼女自身が直接かかわった事件は皆無で、しかも、物語はクライマックスを前にして唐突に終わりを告げます。投げっぱなしジャーマンにもほどがあるといった作品ですが、これが良い味を出しています。物語の実態のつかめなさが、逆に、思春期特有の漠然とした不安を具現化し、ヒロインの心情と見事にシンクロしているのです。好き嫌いが大きく分かれる作品でしょうし、恩田作品の中ではマイナーな存在ですが、個人的にはイチオシの作品です。
球形の季節 (新潮文庫)
恩田 陸
新潮社
1999-01-28


三月は深き紅の淵を(1997)
ひとりに一晩だけ貸すことを許された幻の書物、『三月は深き紅の淵を』をめぐる数奇な物語。
恩田陸の名を世に知らしめた傑作です。2008年に発刊された『このミステリーがすごい!ベスト・オブ・ベスト』では宮部みゆき氏の『模倣犯』と並んで国内ミステリー19位に選出されています。本作は4つの短編からなる連作集ですが、それぞれの関係性はいずれも『三月は深き紅の淵を』という書物に言及しているという点だけであり、ストーリー的なつながりがありません。しかも、1章ではこの本は現実には存在しない架空の存在として扱われ、2章では実在の書物だとされ、4章では執筆中の作品として描かれるという具合にそれぞれに矛盾を孕んでいます。しかし、そのとらえどころのなさこそがこの作品の魅力です。つまり、本作は起承転結の王道ストーリーを楽しむ作品ではなく、見る角度によってさまざまな表情を浮かび上がらせる万華鏡のような存在なのです。断片を見ながらそれぞれのイメージを喚起できるか否かがこの作品を楽しむ鍵となります。
1998年度このミステリーがすごい国内編第9位
1998年度本格ミステリベスト10国内編第8位


光の帝国ー常野物語(1997)
予知能力や千里眼など超常的な力を持ちながら、弾圧の歴史ゆえに在野に紛れてひっそりと暮らす常野の人々の姿を描いた10篇からなる連作集。
”ライトな読書好きに絶大な人気を誇る作家”というポジションの割に読者を選ぶ作品が多い恩田氏ですが、比較的誰にでもすすめやすいのがこの光の帝国です。超能力一族を描いた作品は他にもありますが、これはその中でも最高峰のひとつでしょう。数百年生き続けているツル先生を中心にひとつひとつのエピソードの切り口も多彩で、時に楽しく、時に悲しい物語はどれも心に染み入るものばかりです。ちなみに、この常野一族の物語はシリーズ化されており、続編には直木賞候補にもノミネートされた『蒲公英草紙(2005)』及び『エンド・ゲーム(2006)』があります。
SFが読みたい!2001年版 1990年代ベスト第7位


象と耳鳴り(1999)
「象を見ると耳鳴りがする」という老婦人の言葉から意外な真実を導き出す表題作、「海にいるのは人魚じゃなくて土左衛門さ」という少年のセリフをもとに一家心中事件の真相を推理する『海にゐるのは人魚じゃない』、数枚の写真を手掛かりにそこに写っている部屋の主を言い当てようとする『机上の論理』など、謎と推論の面白さに満ちた傑作ミステリー。
恩田作品としては淡々とした雰囲気で彼女ならではの情緒性やイマジネーションには欠けますが、その分、わずかな手掛かりをこねくりまわして真相を看破しようとする知的ゲームとしての楽しさがあります。しかも、淡々としながらも物語の中には毒が含まれ、提示された解答も結局は仮説にすぎず、真相は曖昧模糊のままという趣向は、やはり恩田作品ならではのものでしょう。ちなみに、本作で探偵役を務めるのは、『六番目の小夜子』の主要キャラクターの関根秋の父親で元判事の関根多佳雄とその一家です。
2001年度このミステリーがすごい国内編第6位
2001年度本格ミステリベスト10国内編第5位





麦の海に沈む果実(2000)
3月以外の転校生は破滅するという噂がある閉鎖的な全寮制の学園に2月最後の日に転入してきた理瀬。それ以降、彼女の周囲では不可解な事件が起こり始める。しかもこの学園では彼女の転校前にすでにふたりの生徒が失踪しているという…。
耽美な少女漫画の雰囲気が漂う作品です。同時に、幻想的な舞台設定、魅力的なキャラクター、謎めいたストーリーと、恩田作品の魅力もたっぷりと詰まっており、熱烈なファンが多い作品でもあります。ただし、後味の悪いラストについては賛否が分かれているようです。また、本書の登場人物の名前の多くは、『三月は深き紅の淵を』の第4章『回転木馬』の作中作に登場する人物と共通しており、その関連性が取りざたされています。



月の裏側(2000)
地方都市で人が突如失踪し、しばらくしてから戻ってくるという事件が多発する。しかも、失踪中に何があったかはみな記憶にないというのだ。興味を持った元大学教授はその教え子や彼の娘とともに事件について調べ始めるが、やがて人ならざるものの存在に気付き.....。
平凡な日常が未知の存在に侵食されていく不気味さを描いた『盗まれた街』系のSFホラーです。ノスタルジックな水郷都市の描写や直接的なホラー描写は何もないのに読んでいるとぞわっとする感覚が味わえるのはいかにも著者らしい作品だといえます。静寂と不安が巧みに描かれており、これぞ恩田ワールドといった感じです。著者のファンなら間違いなくたのしめる佳品です。ただ、よくいえば余韻を残す、悪くいえば打ち切りのような煮え切らない結末が待っているため、物語に明確な起承転結を求める人には不向きかもしれません。
2001年度このミステリーがすごい国内編第11位
SFが読みたい!国内編2000年度版4位

月の裏側
恩田陸
幻冬舎
2013-12-06


ネバーランド(2000)
全国でも有数の進学校として知られる私立男子校に松籟館という寮がある。冬休みを迎えてほとんどの生徒は帰郷していたが、3人の生徒だけはそれぞれの事情を抱えて寮に残っていた。クリスマスイブの夜に通学組の生徒が一人加わり、四人は軽い気持ちで告白ゲームなる余興を始める。しかし、それが彼らの過去のトラウマを掘り起こすことになり......。
思春期の物語を描く場合は少女が中心になることが多い恩田作品としては珍しい、男子高校生に焦点を当てた作品です。しかし、少女が少年に代わっても青春時代の瑞々しい描写は健在で、読み始めると物語の中に一気に引き込まれていきます。少年の口から語られるエピソード自体は結構重いものばかりなのですが、それぞれの心の機微が的確にとらえられており、そのうえで描かれる生徒同士の絶妙な距離感が読み手の青春時代を想起させてくれるのです。終始緊張感を伴いながらもテンポよく語られる青春小説の秀作です。なお、本作は2001年にジャニーズアイドル主演でドラマ化もされています。
ネバーランド (集英社文庫)
恩田陸
集英社
2017-04-28


上と外(2000)
中学生の楢崎練は両親の離婚によって、父と離れて暮らしていたが、年に一度、夏休みに会うことになっていた。ところが、考古学者の父のいる南米の某国に訪れたところ、軍事クーデターに巻き込まれ、一家は散り散りになってしまう。小学生の妹と共にジャングルを彷徨う練。しかも、密林の奥では謎の儀式が行われていて......。
スティーブン・キングの『グリーン・マイル』に触発されて執筆したという6巻分冊の冒険小説です。連載形式にし、ライブ感覚を重視した作りになっており、次々と起きるイベントにワクワクします。その反面、相当に荒唐無稽な話であり、登場人物にもリアリティが感じられない点は好みのわかれるところです。ただ、本作は細かいことは最初から度外視し、意図的に勢い重視で書かれているので、そういった点にツッコミを入れるのは野暮だといえるでしょう。あらかじめそのことを理解したうえで、読むかどうかを決めるのが吉です。
上と外(上) (幻冬舎文庫)
恩田陸
幻冬舎
2013-11-20


ドミノ(2001)

子役のオーディションで下剤を盛られた少女、契約書類の到着を待つ保険会社、爆弾を運んでいるテロリスト、退職した元刑事、推理力を競い合っている大学生などなど。昼下がりの東京駅を舞台に今、予想不可能なドラマが始まろうとしていた。
それぞれ面識のない登場人物が知らない間に影響を及ぼし合って話が転がっていくというまさにドミノ倒しのような作品です。主要人物が27人と1匹に及ぶため、覚えるのが大変ですが、個々のエピソードが繋がり合って線となり、物語が紡がれていくさまには得も言われぬ快感があります。ジェットコースターのようなスピード感が味わえるザ・エンタメです。良く考えれば強引な展開も結構あるものの、そのスピードに身を任せている間は全く気になりません。著者の新境地を切り開いた1作です。
2002年度このミステリーがすごい国内編第12位
ドミノ (角川文庫)
恩田 陸
KADOKAWA
2004-01-23


黒と茶の幻想(2001)

大学卒業後、十数年ぶりに再会した4人の男女は、心に闇を抱えたまま、雄大な自然が残るY島へと旅に出る。
本書は4章に分かれており、主要人物4人が語り手役をリレーしながらそれぞれの視点で過去の秘密を解き明かしていくという構成をとっています。そうはいっても、それほどサスペンスな出来事が起きるわけでもなく、表面上は4人がとりとめのない話をしながら旅を続けていくだけなのですが、それでもぐいぐいと読ませるのところが作家としての力量なのでしょう。また、美しい自然描写が物語の情感を静かに盛り上げることに成功しています。地味ながら心に響く作品です。

ちなみに、『三月は深き紅の淵を』に登場する同名タイトルの作中作第1章の名前が『黒と茶の幻想』です。さらに、本書では作家が『黒と茶の幻想』というタイトルの小説を書き始めるところで終わっていますが、その話の内容が『麦の海に沈む果実』であるといういささか複雑な構造になっています。
2003年度このミステリーがすごい国内編第14位


ねじの回転-FEBRUARY MOMENT-(2002)
時間旅行が可能となった近未来。人類は過去に干渉し、世界大戦をはじめとする数々の歴史的悲劇をなかったことにしていった。だが、その影響から奇病が全世界に蔓延し、人類は存亡の危機に立たされてしまう。そこで、今度は歴史干渉をなかったことにし、正史へと戻すプロジェクトが開始される。そのプロジェクトの一環として選ばれたのが2・26
事件だった。国連技術者たちが過去の日本に赴き、事件の首謀者たちを決起へと誘導しようとするのだが、事態は彼らの思うようには進んでくれず.......。
歴史改変はSFではよくあるネタですが、すでに改変済みの歴史を元に戻そうとする展開がユニークです。しかも、
2・26事件をセレクトした点が秀逸で、日本人なら誰もが知っているようで実はよくわかっていない事件が掘り下げて描かれているので非常に興味深く読むことができます。ただ、タイムパラドックスに関するSF設定がややこしいのと、あっけない結末は賛否の分かれるところです。特に、ファンタジーやホラーならともかく、こういった本格的なSF作品でいつものようなラストを持ってこられると不満に感じる人も多いのではないでしょうか。しかし、そこに至るまでの展開は抜群に面白い作品です。
SFが読みたい!国内編2003年度版9位


蛇行する川のほとり(2003)
演劇部に所属する少女たちが共に夏合宿を過ごすうちに過去の事件が浮かび上がってくる青春ミステリー。
『麦の海に沈む果実』と同じく少女漫画的雰囲気が色濃くでた作品であり、少年少女たちの揺れ動く心理が織りなす、美しくも残酷な世界が実に鮮明に描き出されています。



夜のピクニック(2004)
『六番目の小夜子』と並ぶ恩田氏初期の代名詞的作品です。
わずかな仮眠時間を除いて24時間80キロを歩き続けるという北高の伝統行事歩行祭。参加者のひとりである甲田貴子はその行事の間にクラスメイトの西脇融に話しかけるつもりでいた。融の亡き父には愛人がいて、ふたりの間にできた子供が貴子だと知って以来、彼が無視をし続けているからだ。そのいびつな関係に決着をつけようというのだ。一方、歩行祭には他の思惑をもって参加している生徒もいて…。
『黒と茶の幻想』以上に地味であり、本当に歩いてしゃべっているだけの作品です。それなのに、恩田作品の中で最も有名なのは、それだけ心理描写が巧みでキャラクターが魅力的だからでしょう。また、風景描写は相変わらずの素晴らしさで歩行祭に一緒に参加しているような臨場感を与えてくれます。青春を体現したような物語であり、そして、これだけさわやかな読後感が得られるのは恩田作品では珍しいかもしれません。そういった点も大きな支持を得た理由のひとつでしょう。なお、本作は2006年に多部未華子主演で映画化もされています。
第26回吉川英治文学新人賞受賞
第2回本屋大賞を受賞



ユージニア(2005)
旧家で行われた名士の誕生パーティー。しかし、その会場は一瞬のうちに大量毒殺事件の惨劇の場と変わる。17人が亡くなった現場に残されていたのはユージニアという言葉が出てくる意味不明の手紙だった。有力な手掛かりもなく、捜査は手詰まり状態だったが、3ヶ月後、精神を病んだ男が自分が犯人だという遺書を残して自殺したために事件は一応の解決をみる。しかし、その数十年後、この事件をテーマにした本がベストセラーになったことをきっかけに事件の関係者たちが新たな真実を語り始めていく。
本作は多くの推理小説に登場する目撃者がコンピューターのごとき精緻な記憶力を有していることへのアンチテーゼとなる作品です。人の記憶とは不確かなものであり、しかも、そこに主観による解釈が介入してきます。したがって、事件の証言をたくさん集めても完成したジグソーパズルのように全体像が浮かび上がるわけではなく、そこにはどうしても合わないピースが出てきます。そうした真実に対する不確かさをテーマにしたのが本作です。ひとつの証言は新たなる証言によって覆され、何が真実なのかわからないという感覚は、従来のミステリーにはないスリリングさを味わえます。その辺りがこの作品の妙味でしょう。ただし、恩田作品らしく最後まで真相には靄がかかったままなので、普通のミステリーを楽しみたかった人にとってはストレスに感じる可能性があります。
第59回日本推理作家協会賞受賞。
ユージニア (角川文庫)
恩田 陸
角川グループパブリッシング
2008-08-25


中庭の出来事(2006)
人気脚本家がホテルの中庭で謎の死を遂げる。容疑者は『告白』の主演女優候補の3人。しかし、それは脚本家が現在執筆中の『中庭の出来事』という脚本の中の出来事だった。
恩田作品では作品内で書かれた物語、いわゆる作中作がしばしば登場しますが、本作はそれが複雑怪奇な入れ子細工のようになっており、どれが現実の話でどれが劇中の話なのか判然としなくなります。その複雑な構造を読み解くのがこの作品の醍醐味でもあるのですが、大半の読者は歯が立たず、お手上げ状態になってしまいます。本作には恐ろしく高度な技巧が使われており、それが認められて山本周五郎賞を受賞したわけです。しかし、その一方で、あまりの難易度の高さから賛否両論が激しい問題作にもなっています。
2008年度このミステリーがすごい国内編第19位
第20回山本周五郎賞受賞。
中庭の出来事 (新潮文庫)
恩田 陸
新潮社
2009-07-28




きのうの世界(2008)
夢違(2011)
夜の底は柔らかな幻(2013)
3作とも直木賞候補にノミネートされた作品です。『夜のピクニック』以降、文学賞の受賞やノミネートが増えてきた恩田作品ですが、それに反して評判はいまひとつという世評との乖離が目立つようになりました。
殺人事件の調査を通じて時代に取り残されたような不思議な街の秘密を紐解く『きのうの世界』、予知夢を解析して災いを防ごうとする『夢違』、犯罪者たちが集まる治外法権の国に密入国する女性の壮絶な戦いを描いた『夜の底は柔らかな幻』。
いずれも、前半はドキドキワクワクする展開であるにも関わらず、後半で失速するというデビュー時からの特徴をさらにこじらせたような作品ばかりが目立ちます。このように、ある意味壁に行きあたった感もあった恩田氏でしたが、ついにそれを乗り凝る作品が登場しました。それが、6度目のノミネートで直木賞を受賞した『蜜蜂と遠雷』です。
『きのうの世界』2009年度このミステリーがすごい国内編第14位
夢違 (角川文庫)
恩田 陸
KADOKAWA/角川書店
2014-02-25
夜の底は柔らかな幻 上 (文春文庫)
恩田 陸
文藝春秋
2015-11-10


蜜蜂と遠雷(2016)
 「ここを制したものが世界を制する」と言われている芳ケ江ピアノコンクールの開催。そして、そこに集結する若きピアニストたち。父が養蜂家のために自分のピアノを持たずに各地を転々としている15歳の塵、卓越した演奏技術を持つ19歳のマサル、天才少女と言われながらも母の死後ピアノから遠ざかっていた20歳の亜夜、楽器店勤務で年齢制限ギリギリの28歳の明石。天才たちの熱き戦いが今始まる。
この作品のすごいところは、ほぼピアノコンクールの場面のみなのにもかかわらず、完成度の高い小説として成立している点です。音楽を言語化するという極めて難度の高い作業を全編にわたって行っており、しかも、最後まで全く飽きさせることがないのです。本作には恩田作品ならではの毒や思わせぶりな謎といったものは存在しません。すべてが王道で、すべてストレートの剛速球です。しかし、逆に言えば、著者が今までさまざまな技巧を培ってきたからこそ書き得た王道だともいえます。恩田作品の頂点に位置する傑作であり、おそらく2016年に書かれた国内小説の最高峰のひとつに数えられるでしょう。
156回直木賞受賞
第14回本屋大賞受賞
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)
恩田陸
幻冬舎
2019-04-10


ドミノ in 上海(2020)
日中米合作映画「霊幻城の死闘・キョンシーVSゾンビ」の撮影班は青龍飯に宿泊するが、監督の溺愛するイグアナのダリオが厨房に逃げ出した挙げ句、研究熱心な料理長によって調理されてしまう。ショックを受けた監督は引き篭もってしまい、映画の撮影は止まったままだ。その頃、コウモリの図柄が施された玉、通称「蝙蝠」を狙う美術品窃盗団GKは青龍飯の料理長が蝙蝠を所有していることを突き止める。手違いで蝙蝠がダリオの胃袋に詰め込まれ、それが料理長の手に渡ったというのだ。一方、上海動物公園から脱走したパンダの厳厳は屋台に紛れ込み、青龍飯店に辿り着く。他にも、映画関係者に注文を受けた寿司屋の社長、連絡員に間違えられた社長の妻、彫刻家に骨董品屋店主と、蝙蝠に引き寄せられるように次々と青龍飯店へ人が集まってくるが…。
『ドミノ』の19年ぶりの続編です。前作同様、大量の登場人物による群像劇が展開されていくわけですが、キャラの描き分けが巧みで読んでいて混乱することはありません。無関係な人々が互いに影響を与え合って騒動が大きくなっていくドタバタ劇の面白さはさらにパワーアップし、クライマックスが近づくにつれて加速していく疾走感にページをめくる手が止まらなくなります。登場人物もみなキャラが立っていますが、特に破天荒な活躍を見せるパンダの厳厳が魅力的です。ただ、スケールが大きくなり、動物にあり得ない活躍をさせた結果、リアリティという点では前作より後退しています。その辺りは好みの分かれるところです。
ドミノin上海 (角川文庫)
恩田 陸
KADOKAWA
2023-02-24


鈍色幻視行(2023)
小説『夜果つるところ』は映像化の企画が三度持ち上がるも、そのいずれもが撮影中の事故で死者を出し、中止を余儀なくされてしまう。以来、『夜果つるところ』は呪われた小説と呼ばれるようになる。しかも、著者である飯谷梓もまた多くの謎に包まれていた。一方、小説家の蕗谷梢はそれらの謎をテーマにした作品を書こうと決意する。そして、『夜果つるところ』の愛読者である夫・雅春の提案で、映画監督・プロデューサー・映画評論家・担当編集者・女優・漫画家など、作品の関係者が一堂に会する豪華客船で取材を行うことになる。取材の過程で次々と明らかになる新事実。だが、旅の半ば、『夜果つるところ』を読み返した梢はある違和感を覚え…。
呪われた小説を巡って様々な角度から語られる物語は本好きの身にとってはゾクゾクする面白さがあります。また、船上という密閉空間はサスペンスを盛り上げるのに最高の舞台です。事件こそ起きないものの、徐々に立ちこめてくる不穏な雰囲気がたまりません。取材の内容も興味深いものばかりで想像力をかき立ててくれます。ただ、多くの恩田作品にみられるような曖昧さが残る結末にはもやもやした読後感を覚える人も多いのではないてしょうか。ちなみに、作中で呪われた小説と呼ばれている『夜果つるところ』も本書から1カ月後遅れで発売されています。興味がある方はそちらもどうぞ。
2024年度このミステリーがすごい国内編第9位
鈍色幻視行 (集英社文芸単行本)
恩田陸
集英社
2023-05-26





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