最新更新日2017/3/24☆☆☆

2016年は大豊作だった海外ミステリーですが、今年はどのような作品が登場するでしょうか?1年間かけて注目作品を少しずつ紹介していきます。


青鉛筆の女(ゴードン・マカルパイン)
2014年カリフォルニア。解体中の家の屋根裏から発見された3つの品。1945年に発売されたスパイ小説と未完の原稿と編集者からの手紙だ。反日感情高まる開戦当時のアメリカで作家デビューを望んだ日系アメリカ人の青年と彼にアドバイスの手紙を送る副編集長の女性の間で一体何があったのか。
本書は「韓国系アメリカ人のジミー・パークが日本の女スパイを追い詰める三文スパイ小説」、「日系アメリカ人のサム・スミダがタイムスリップし、真珠湾攻撃による日系人迫害に巻き込まれながらも妻殺しの真相に迫っていく未完のハードボイルド小説」、「小説の作者である日系アメリカ人のタクミ・サトーと女副編集長との手紙でのやりとり」という3つの要素が入り混じる非常に複雑な構成をとっています。しかも、煽り文句には「エドガー賞ノミネート」、「驚愕の結末」などと書いているため、当然、誰しもが、叙述トリックを予測するところです。しかし、この作品にはそのようなミステリー的サプライズは皆無です。
本書の主眼は3つの不可思議なテキストを用いながらそこには描かれていない歴史的悲劇(戦争によって引き起こされた日系人の苦難)を読者の頭の中に浮かび上がらせることにあります。非常に凝った仕掛けであり、じっくり咀嚼しながら読めばバカバカしい物語の奥に秘められたテーマ性に感銘を受ける人もいるはずの力作です。しかし、その仕掛けはあくまでも文学的な仕掛けであるため、ミステリーを期待して読むと怒りを覚えるかもしれません。賛否に大きく分かれそうな作品ですが、ミステリーとして評価できる部分はとぼしいため、このミスでのランクインはないと予想します。
青鉛筆の女 (創元推理文庫)
ゴードン・マカルパイン
東京創元社
2017-02-27


インヴィジブル・シティ(ジュリア・ダール)
ニューヨークの中にあって閉鎖的なユダヤ教徒のコミュニティ。そこでひとりの女性が殺される。だが、教徒たちは戒律を理由に検死も行わず、事件は闇に葬られようとしていた。かつてユダヤ教徒の母に捨てられた経験を持つ新米記者の記者のレベッカはユダヤ人警官ソールの協力を得て事件の真相を探ろうとするが…。
著者のジュリア・ダールは本書でシェイマス賞(アメリカ私立探偵作家クラブ賞)、マカヴィティ賞、バリー賞と、3つの賞の最優秀新人部門に選ばれた現在注目のミステリー作家です。アメリカではタイムリーな話題である人種や宗教的問題に深く切り込んだ作品で、その辺りが本国で評価された一因でしょう。日本人にとっても、ユダヤ教の教義やユダヤ人の歴史などを通じてコミュニティの特殊性を紐解いていく展開は現実とリンクしている部分でもあり、興味深く読むことができます。また、一面的な事実ではなく、複数の情報元から事件の本質を多角的に浮かび上がらせる手法には上手さも感じます。ただ、全体的に地味で盛り上がりに欠けるのがマイナス点でしょうか。インパクトのあるセールスポイントには欠けるものの、このミスではベスト20ぐらいは狙えそうな良作ではあります。


楽園の世捨て人(トーマス・リュダール)

母国デンマークを捨て、スペイン領のカナリア諸島で惰性の人生を送っている67歳のエアハート。しかし、事故車の中から男児の遺体が発見され、その事件を警察が闇に葬り去ろうとした時、エアハートの魂に炎が宿り、真相究明へと走り出す。
まず気になるのが2段組みで600ページ近くあるという長さです。そして、長さの主因は細かすぎる描写にあります。特に、主人公に関しては執拗なまでに描き込みがなされており、そのため物語は遅々として進みません。おそらく、本国ではその描写の細やかさが評価されたのでしょうが、少なくとも、日本語訳で読む限りではそれが作品の主題をぼやけさせているような気がしてなりません。しかも、この主人公は読者が共感できるタイプでもないので、そのことが全体の冗長さをさらに強調している感があります。ストーリー的には、人生の敗残者が、ある事件をきっかけに再び立ち上がるといった王道ものです。しかし、その結果、後半になると主人公らしからぬ暴走が始まるので、このあたりも賛否の分かれるところでしょう。その暴走を支離滅裂な行動と取るか長年押し殺してきた熱い想いの発露と取るかが評価の分かれ道です。いずれにせよ、もう少しテンポよく描かれていればよかったのですが。
ちなみに、本書は北欧最高のミステリー賞である「ガラスの鍵賞」受賞作品です。日本で言えば推理作家協会賞、アメリカで言えばエドガー賞といったところでしょうか。過去の受賞作ではスティーグ・ライソンの『ミレミアム1』と『ミレミアム3』がこのミス2010の2位と10位に、アーナルデュル・インドリラソンの『湿地』がこのミス2013の4位、『緑衣の女』がこのミス2014の10位にそれぞれランクインしています。本書も近年躍進著しい北欧ミステリーである上に、同賞受賞作品なので大いに注目したいところですが、日本での評判はあまりよくありません。このミスベスト10入りは厳しいのではないでしょうか。
楽園の世捨て人 (ハヤカワ・ミステリ1915)
トーマス・リュダール
早川書房
2017-01-07


誰もがポオを読んでいた(アメリア・レイノルズ・ロング)

ロングは日本ではB級ミステリーの女王というふたつ名で紹介されていますが、さすがに、女王というだけあってストリーテリング巧みさでは凡百のB級作家の一歩も二歩も先を行っています。本書は1944年の作品。ミステリーの始祖であるエドガー・アラン・ポオの未発表原稿の発見と盗難、そして、ポオの作品に見立てた連続殺人をメインテーマとして扱っています。ミステリーファンの琴線に触れるテーマをうまく料理しながら抑制の効いた文章で静かにサスペンスを盛り上げる様はいかにも堂に入っており、作品のほとんどが貸本専門の読み捨て作家だったいうのが信じられないほどです。本格ミステリとしては甘いところもありますが、古典ミステリー好きには大いに楽しめる作品だと言えるでしょう。本ミスでのベスト10入りも期待したところです。
誰もがポオを読んでいた (論創海外ミステリ)
アメリア・レイノルズ ロング
論創社
2017-01-07


氷結(ベルナール・ミニエ)
本書はフランスのベストセラー。すでに14カ国で翻訳され映像化も決定、その上、著者のミニエは『その女、アレックス』でおなじみのピエール・ルメートルの後継者に目されているという話すら出ているほどです。
物語は標高2000メートルの雪に閉ざされた水力発電所で頭部のない馬が吊るされているのが発見されるところから始まります。さらに、その数日後には男が全裸で吊るされ、しかも、いずれの現場からも精神病院に収監されているはずの殺人鬼のDNAが発見されるという異様な状況に発展していきます。
確かに、ケレン味たっぷりの事件に魅力的な登場人物という組み合わせはルメートルとの共通点です。さらに、その他にも面白そうな要素が次から次へと投入され、後半の怒涛の展開にはかなり引き込まれます。ただし、いささか詰め込みすぎの感が強く、若干雑な部分が目立つのが残念なところです。このミスベスト10の可能性は薄く、ベスト20に入るかどうかといったところでしょう。
氷結 上 (ハーパーBOOKS)
ベルナール ミニエ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2016-11-25


虎狼(モー・ヘイダー)
モー・ヘイダーはサスペンスの新女王と呼ばれ、2012年には『喪失』によってエドガー賞を射止めています。共にノミネートされていた東野圭吾氏の『容疑者Xの献身』を打ち破っての受賞でした。また、『喪失』はキャフェリー警部シリーズの第5弾ですが、本作はその第7弾です。
物語の発端は人里離れた別荘を訪れた一家が刑事を装う二人組に監禁され、逃げ出した愛犬がキャフェリー警部と出くわして飼い主探しが始まるというもの。ヘイダーならではの情け容赦ない残酷描写は好みが分かれるところですが、随所にひねりを加えて読者の興味を引っ張っていく手腕はさすがにサスペンスの新女王と言われるだけのことはあります。ちなみに、本作も『喪失』に続いてエドガー賞にノミネートされましたが、スティーブン・キングの『ミスター・メルセデス』の前に惜しくも受賞を逃しています。ともあれ、ヘイダーは母国では押しも押されぬベストセラー作家なのですが、日本での人気はいまひとつ。このミスを始めとするミステリーランキングにも全く縁がありません。本作も良作ではあるものの、ランクインは厳しいのではないでしょうか。

虎狼 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
モー・ヘイダー
早川書房
2016-11-09


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