最新更新日2023/07/23☆☆☆

最近ではさすがに斬新なアイディアも尽き、密室トリックが評判になるミステリーもほとんどなくなってきましたが、それでも密室という響きはミステリーファンにとってはなんとも言えないロマンを感じさせてくれるものです。できれば密室トリックを扱った作品ばかりを存分に味わってみたいという人もいるでしょう。そこで密室をテーマにしたアンソロジー本の中で代表的なものを紹介していきます。
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1974年

密室殺人傑作選(中島河太郎・編)
収録作品
偽装自殺(大谷羊太郎)  
降霊術(山村正夫)  
妻恋岬(藤村正太)
悪魔の函(鷲尾三郎) 
雪の犯罪(楠田匡介)  
高天原の犯罪(天城一)  
密室の鎧(戸板康二)  
密室学入門(土屋隆夫 )
ミステリー評論の第一人者である中島河太郎によるアンソロジー。当時一線で活躍していた作家の作品を中心とした編纂となっています。そんななか、ひときわ光っているのがアマチュア作家として知る人ぞ知る存在だった天城一の「高天原の犯罪」です。心理的盲点を突いたチェスタトン的なトリックが光る名品なのですが、当時は著者の単著が存在しなかったため、本書はそれを読むことができる貴重な存在でした。また、密室派として知られていた大谷羊太郎の「偽装自殺」もなかなかの良作です。


1975年

13の密室ー密室推理傑作選ー(渡辺剣次・編)

収録作品
火縄銃(江戸川乱歩)
蜘蛛(甲賀三郎)
完全犯罪(小栗虫太郎)
石塀幽霊(大阪圭吉)
犯罪の場(飛鳥高)
不思議の国の犯罪(天城一)
影なき女(高木彬光)
立春大吉(大坪砂男)
赤い密室(鮎川哲也)
完全犯罪(加田伶太郎)
密室の裏切り(佐野洋)
梨の花(陳舜臣)
聖父子(中井英夫)

戦前から戦後にかけて、数十年間の国内ミステリーの中から不可能犯罪を扱った短編を集めたアンソロジーです。初出は1975年。収録作品の中でも白眉といえるのは、なんといっても鮎川哲也の
赤い密室でしょう。アリバイ崩しがお家芸の著者ですが、本作は長短編合わせて国内を代表する密室トリックの一つに数えられているほどに秀でています。一方、小栗虫太郎の完全犯罪は戦前の作品であり、今の基準で見ればバカミスの類でしょう。しかし、その密室トリックには独特の幻想味があり、当時は大反響を呼んだ作品です。なお、加田伶太郎は純文学作家の福永武彦の別名で、タイトルが同じ完全犯罪なのは特に意味はありませんが、これもなかなかの良作です。また、その他の注目作品としては、同時期に海外でも同系統の密室トリックが複数発表されたことで有名な乱歩の火縄銃があります。


1976年

続13の密室ー推理ベストコレクションー
(渡辺剣次
・編
収録作品
何者(江戸川乱歩)
坑鬼(大阪圭吉)
赤いネクタイ(杉山平一)
密室の魔術師(双葉十三郎)
密室のヴィナス(渡辺啓介)
二重密室の謎(山村正夫)
妖婦の宿(高木彬光)
罪深き死の構図(土屋隆生)
妖女の足音(楠田匡介)
みかん山(多岐川恭)
明日のための犯罪(天城一)
水色の密室(斉藤栄)
大密室(佐野洋)
『13の密室』の翌年に発売されたシリーズ第2弾です。本作には心理的密室トリックの傑作として名高い高木彬光の
妖婦の宿が収録されています。また、大阪圭吉氏の坑鬼は正確には密室殺人ではありませんが、閉ざされた地下炭坑を舞台に異様な迫力に満ちた本格ミステリの異色傑作です。逆に、何者は乱歩にしては珍しく装飾をはぎ落したスマートな本格ミステリに仕上がっています。


1977年

鮎川哲也の密室探求(鮎川哲也・編)
収録作品
灯台鬼(大阪圭吉)
殺人演出(島田一男)
山荘殺人事件(左右田謙)
盛装(藤村正太)
草原の果て(豊田寿秋)
悪魔の映像(渡辺剣次)
二粒の真珠(飛鳥高)
密室の妖光 問題編(大谷羊太郎)
密室の妖光 解答編(鮎川哲也)
右腕山上空(泡坂妻夫)
朽木教授の幽霊(天城一)
扉(山沢晴雄)
本作は名アンソロジー『13の密室』の編者で1976年に亡くなった渡辺剣次の遺志を継ぐような形で組まれたもので、実質『13の密室』シリーズの第3弾というべき存在です。そのため、どうしてもネタ切れ感が否めません。めぼしい作品はすでに収録済なので、重複を避けようと思えば、選出作品は必然的に小粒になってしまいます。そんななかにあって、出色なのが泡坂妻夫の「右腕山上空」です。亜愛一郎シリーズの一編でトリック自体は大したことはないのですが、空中密室という趣向の面白さに加えて、力業のトリックを成立させているストーリーテリングの妙が光ります。また、「二粒の真珠」もバカミス寸前の大胆なトリックが印象深く、密室マニアにはおすすめです。さらに、「山荘殺人事件」は限られた枚数で複数のトリックを盛り込んだ贅沢さが目を引きます。
密室探求 (第1集) (鮎川哲也・編)
1977年に発売された『鮎川哲也の密室探求』と同一のアンソロジーですが、文庫化の際に改題。『盛装(藤村正太)』を削り、藤村正太の『妻恋岬の密室事件』と加納一郎の『箱のなかの箱』を追加しています。
1984年

密室探求 (第2集) 
収録作品
京鹿子娘道成寺(酒井嘉七)
銀座幽霊(大阪圭吉)
月世界の女(高木彬光)
三つの樽(宮原龍雄)
木箱(愛川純太郎)
白鳥の秘密(梶龍雄)
冬の時代の犯罪(天城一)
鎌倉の密室(渡辺剣次、松村喜雄)
密室のショパン(霜月信二郎)
少女は密室で死んだ(山村美紗)
金門橋の自殺者(花屋治)
密室の夜(山沢晴雄)
第1集が機械トリック中心のラインナップだったため、こちらは心理トリックにこだわったセレクションとなっています。特に素晴らしいのが「白鳥の秘密」で、入院患者が事件の記事を読んで真相を推理する安楽椅子探偵ものかと思わせておいてから二転三転するプロットが見事です。密室トリックも複数用意されており、捻りが効いています。また、少々詰め込みすぎのきらいはあるものの、「三つの樽」も錯綜したプロットが楽しめる好篇です。


密室大集合(エドワード・D・ホック
・編
収録作品
山羊の影(ジョン・ディクスン・カー)
火星のダイヤモンド(ポール・アンダースン)
子供たちが消えた日(ヒュウ・ペンティコースト)
クロワ・ルー8ス街の小さな家(ジョルジュ・シムノン)
皇帝のキノコ秘密(ジェイムズ・ヤッフェ)
この世の外から(クレイトン・ロースン)
鏡もて見るごとく(ヘレン・マクロイ)
七月の雪つぶて(エラリー・クイーン)
ニュートンの卵(ピーター・ゴドフリー)
三重の密室(リリアン・デ・ラ・トーレ)
真珠色の密室(アイザック・アシモフ)
魔術のように(ジュリアン・シモンズ)
不可能窃盗(ジョン・F・スーター)
ストラング先生と博物館見学(ウイリアム・ブルテン)
お人好しなんてごめんだ(マイクル・コリンズ)
アローンモント監獄の謎(ビル・フロンニージ)
箱の中の箱(ジャック・ニッチー)
魔の背番号12(ジョン・L・ブーリン)
奇術師の妻(J・F・ピアス)
有蓋橋事件(エドワード・D・ホック)

海外の密室短編ミステリーを集めたアンソロジーであり、編者は『長い墜落』やサム・ホーソン医師シリーズなど、本人も不可能犯罪を扱った短編ミステリーの名手として知られるエドワード・D・ホックです。このアンソロジーの最大の特徴は巻末にホック自身が批評家や作家からアンケートをとった長編密室ミステリーのベスト15が収録されている点です。本書が日本で発売された当時は入手しずらい作品も多かったのですが、現在ではネットを使って簡単に手に入れられるようになりました。
また、収録作品の中ではマジシャンでもあるロースンが考案した目張りの密室の「この世の外から
、有名な長編ミステリー『暗い鏡の中で』の元ネタでこっちの方が面白いと評判の「鏡もて見るごとく、スクールバスが走行途中に消えるという飛びきりの不可能状況を提示しながら物語の焦点がハウダニットからホワイダニットへシフトしていくペンティコーストの「子供たちが消えた日などが有名です。また、カーの最初期の密室ものである「山羊の影も資料価値の高い作品だといえるでしょう。そして、最後の収録作品「有蓋橋事件はホック自身が最初に書いた不可能犯罪もので橋の途中で馬車が消えるという魅力的な謎を扱っています。


1985年

密室殺人傑作選(ハンス・スティファン・サンテッスン
・編
収録作品
ある密室(ジョン・ディクスン・カー)
クリスマスと人形(エラリー・クイーン)
世に不可能事なし(クレイトン・ロースン)
うぶな心が張り裂ける(クレイグ・ライス)
犬のお告げ(G・K・チェスタント)
囚人が友を求める時(モリス・ハーシュマン)
ドゥームドーフの謎(メルヴィル・デヴィスン・ポースト)
ジョン・ディクスン・カーを読んだ男(ウィリアム・ブルテン)
長い墜落(エドワード・D・ホック)
時の網(ミリアム・アレン・ディフォード)
執行猶予(ローレンス・G・ブロックマン)
たばこの煙が充満する部屋(アンソニイ・バウチャー)
海児魂(ジョセフ・カミングス)
北イタリア物語(トマス・フラナガン)

名品が数多く収録されたアンソロジーです。まずは、「ジョン・デクスン・カーを読んだ男
。カーの熱烈なファンで自身も完璧な密室トリックを考案して殺人を実行。しかし、思わぬ落とし穴があってというパロディミステリーの傑作です。一方、カー自身も「ある密室でユニークな密室トリックを考案しています。実現性はとにかくこの発想はカーならではでしょう。エドワー・D・ホックの「長い墜落も有名な作品です。窓から落ちた男が忽然と姿を消し、数時間後に地上に激突するという不可思議な謎を扱っています。ブラン神父ものの「犬のお告げはトリック自体はたいしたことはないですが、ささいな出来事が解釈次第で全く違った事実を導き出すという逆説がすばらしい古典的名作です。「ドゥームドーフの謎』も銃を使った密室トリックの古典的名品で創元社推理文庫の『世界短編傑作集2』にも「ズームドルフ事件」のタイトルで収録されています。また、ロースンの「この世に不可能事なしはマジシャンらしい小道具使い方が光る銃殺による密室トリックの佳作です。他にもすぐれた作品盛りだくさんですが、ただ、いささか有名作が集中しすぎているためにミステリをある程度読んでいる人にとっては既読作品が多いかもしれません。逆に、初心者が手っ取り早く密室の魅力を知りたいという場合には最良の1冊となるでしょう。


1997年

これが密室だ!(ロバート・エイディー
・編
収録作品
一六独房の問題(エドワード・D・ホッグ)
見えないアクロバットの謎(
エドワード・D・ホッグ)
高台の家(ヘイク・タルボット)
裸の壁(フランシス・マーテル)
放送された肉体(グレヴィルロビンズ)
ガラスの部屋(モートン・ウォルソン)
トムキンソンの鳥の話(E・V・ノックス)
罠(サミュエル・W・テイラー)
湖の伝説(ジョセフ・カミングス)
悪魔のひじ(ジョセフ・カミングス)
ブラスバンドの謎(ソチュアート・パルマー)
消えうせた家(ウィル・スコット)
見えない凶器(ニコラス・オールド)
メッキの百合(ヴィンセント・コーニア)
死は八時半に訪れる(クリストファー・セント・ジョン・スプリッグ)
謎の毒殺(マックス・アフォード)
危険なタリスマン(C・デイエイー・キング)
ささやく影(ジョン・ディクスン・カー)

密室ミステリーの研究者として有名な
ロバート・エイディーが編纂したアンソロジーです。それだけに、あまり知られていないマイナー作家の作品もカバーしているのがうれしいところです。ただ、その分、作品の質は玉石混合ですが、印象に残る作品としてはまず、サミュエル・W・テイラーの「」があります。2人の人物が交互に日記を書き合う中で、今まで真実と思われていたものが覆されていくサスペンス感がたまりません。また、最後の一言によって謎がきれいに解かれる「悪魔のひじ」もなかなかの秀作です。ジョセフ・カミングスはもう一作「湖の伝説」が収録されていますが、実はこの作家、エドワード・D・ホッグに並ぶ短編密室ミステリーの名手です。日本ではあまり知られていないだけに、今後の翻訳が待たれます。そして、巻末を飾るのが言わずと知れた密室の帝王、ジョン・ディクスン・カーです。本作に収録されている「ささやく影」はラジオドラマ用に書かれたもので会話文だけで構成されており、通常の小説とはまた違ったテンポの良さを味わうことができます。


2000年

密室殺人大百科 (二階堂黎人・編)
収録作品(上巻)
疾駆するジョーカー(芦辺拓)
罪なき人々VS・ウルトラマン(太田忠司 )
本陣殺人計画(折原一)
まだらの紐、再び(霧舎巧)
閉じた空(鯨統一郎)
五匹の猫(谺健二)
泥具根博士の悪夢(二階堂黎人)
密室をもっと楽しむために(二階堂黎人) 
密室ミステリ概論(ロバート・エイディー )
マーキュリーの靴(鮎川哲也)
クレタ島の花嫁・贋作ヴァン・ダイン (高木彬光)
デヴィルフィッシュの罠(ジョン・ディクスン・カー)
収録作品(下巻)
死への密室(愛川晶)
夏の雪、冬のサンバ(歌野晶午)
縛り首の塔の館(加賀美雅之)
らくだ殺人事件(霞流一)
答えのない密室(斎藤肇)
時の結ぶ密室(柄刀一)
チープ・トリック(西沢保彦)
密室講義の系譜(小森健太朗)
日本の密室ミステリ案内(横井司)
虎よ、虎よ、爛爛と―101番目の密室(狩久)
ブリキの鵞鳥の問題(エドワード・D・ホック)
新本格ブーム以降にデビューしたミステリー作家による14編に加え、古典5作及び評論4編を収録した大ボリュームのアンソロジーです。しかし、その分、玉石混交になってしまった感は否めません。そんななかにあって、注目すべき作品を挙げていくと上巻では、『本陣殺人計画(折原一)』と『泥具根博士の悪夢(二階堂黎人)』の2作が挙げられます。黒星警部シリーズの『本陣殺人計画』はパロディとして楽しい作品ですし、二階堂蘭子シリーズの『泥具根博士の悪夢』は冗長さはあるものの、五重密室の謎にワクワクさせられ、凝りに凝ったトリックに唸らされる力作です。下巻の方は『夏の雪、冬のサンバ(歌野晶午)』、『答えのない密室(斎藤肇』、『チープ・トリック(西沢保彦)』、『虎よ、虎よ、爛爛と―101番目の密室(狩久)』といった辺りが気になるところです。『夏の雪、冬のサンバ』はシンプルなトリックを最大限に活かした好編であり、『答えのない密室』は異様なトリックと寓話的な雰囲気が忘れ難い読後感を与えてくれます。『チープ・トリック』はアメリカを舞台した首切り事件を扱っており、密室トリックそのものはショボイものの、それを隠れ蓑にしたアクロバティックな真相に驚かされます。そして、本アンソロジーの最大の目玉といえるのが『虎よ、虎よ、爛爛と―101番目の密室』です。作者の狩久は知る人ぞ知るカルト作家で、その魅力は奇想と論理性のアンサンブルにあります。そして、そうした特長が分かりやすく体現されているのが本作というわけです。虎を使った殺人という奇想に逆密室のロジックを重ね、二転三転していく展開がたまりません。マニア必読の傑作です。


2001年

密室殺人コレクション(二階堂黎人、森英俊
・編
収録作品
つなわたりの密室(ジョエル・タウンズリー・ロジャース)
消失の密室(マックス・アフォード)
カスタネット、カナリア、それと殺人(ジョセフ・カミングス)
ガラスの橋(ロバート・アサー)
インド・ダイヤの謎(アーサー・ポージーズ)
飛んできた死(ポプキンズ・アダムズ)

収録作品は6篇と少ないですが、いずれも入手困難な作品を集めているのが特徴です。
つなわたりの密室
は『赤い右手』がこのミステリーがすごい!98年度版で2位にランクインして一躍注目を浴びることとなったジョエル・タウンズリー・ロジャースの作品です。相変わらずの熱にうなされたような錯綜した文章によって真相をうまく覆い隠しています。
消失の密室
のマックス・アフォードはオーストラリアの作家です。部屋に入った人間が忽然と消えるという人間消失の謎を扱っていますが、今となってはありふれたトリックのパターンです。
スタネット、カナリア、それと殺人
は映画撮影中に俳優が殺され、フィルムに写っているはずの犯人がどこにも見えないという謎。バカミス全開のトリックがなんとも愉快です。
ガラスの橋
はロバート・アーサーの「五十一番目の密室」に並ぶ代表作で雪に囲まれた家からの人間消失を印象深いトリックで成立させています。この作品集の白眉でしょう。
インド・ダイヤの謎
はダイヤモンド消失の謎をコメディタッチで描いた楽しい作品でトリックの使い方も巧妙です。
最後の「飛んできた死
は世界で最初の足跡トリックと言われる1908年の作品で、さすがに現代読者の目から見れば他愛もないトリックです。しかし、犯人はプテラノドンという仮説を大真面目に検討するさまは古きよき時代ならではの味わいがあります


2006年

密室と奇蹟 J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー

収録作品
ジョン・ディクスン・カー氏、ギオン・フェル博士に会う(芦辺拓)
少年バンコラン!夜歩く犬(桜庭一樹)
忠臣蔵の密室(田中啓文)
鉄路に消えた断頭吏(加賀美雅之)
ロイス殺し(小林泰三)
幽霊トンネルの怪(鳥飼否宇)
ジョン・D・カーの最終定理(柄刀一)
亡霊館の殺人(二階堂黎人)

密室の帝王の異名を持つジョン・ディクスン・カーの生誕百周年を記念して日本のミステリー作家たちが、カーと不可能犯罪にちなんだ作品を書き下ろしたアンソロジーです。
ラジオドラマの最中に起きた事件解決のために原作者のカーが立ち上がる「ジョン・ディクスン・カー氏、ギオン・フェル博士に会う
、忠臣蔵とカーの意外な関係を描いた「忠臣蔵の密室、走行中の列車でトイレに逃げ込んだ犯人が消え失せ、代わりに被害者の首が発見される「鉄路に消えた断頭吏、カーの残したメモの意味を読み解きながら未解決事件を推理していく「ジョン・D・カーの最終定理などなど、作品の出来不出来はありますが、どれもカーへの愛に満ち溢れており、カーファンには必読の書だと言えるでしょう。


2011年

密室晩餐会(二階堂黎人・編
収録作品
少年と少女の密室(大山誠一郎)
楢山鍵店、最後の鍵(天祢涼)
密室からの逃亡者(小島正樹)
峡谷の檻(安萬純一)
寒い朝だった(麻生荘太郎)
ジェフ・マールの追想(加賀美雅之)
当時新進気鋭だったミステリー作家5人の書き下ろし作品に、単行本未収録作の「ジェフ・マールの追想」を加えたアンソロジー。「ジェフ・マールの追想」はディクスン・カーの処女作『夜歩く』の後日談という設定のパスティーシュであり、全編にカーに対する愛が溢れています。バカミスっぽいトリックもカーの世界にマッチしていますし、バンコランをはじめとしてキャラが魅力的に描かれているのも好印象です。「峡谷の檻」はトリックそのものよりも時代劇との組み合わせが秀逸。忍法帖の世界に不可能犯罪を持ちこむことで独特の雰囲気を醸し出すことに成功しています。そして、収録作品中ベストといえるのが「少年と少女の密室」です。1935年を舞台にした衆人環視下における密室殺人を扱った作品ですが、意表を突くトリックといい、緻密な伏線といい非常によくできています。ただ、伏線が丁寧過ぎて仕掛けに気づかれやすいのが難といえば難。


2014年

THE 密室(山前譲・編)
収録作品
犯罪の場(飛鳥高)
白い密室(鮎川哲也)
球形の楽園(泡坂妻夫)
不透明な密室(折原一)
梨の花(陳瞬臣)
降霊術(山村正夫)
ストリーカーが死んだ(山村美沙)

数多くのアンソロジーを編んできたミステリー研究家の山前譲氏が昭和の作品を中心に集めた、クラシックな香りのするアンソロジーです。収録作品も奇をてらわないオーソドックスな選出で、そのために一部『13の密室』と被っているものの、昭和の密室ミステリーを気軽に一望できる作りになっています。したがって、『13の密室』が入手困難な場合は代わりに本書を手にとってみるのもよいのではないでしょうか。また、収録作のなかでおすすめ作品を挙げるとすれば、まずは折原一の「不透明な密室
です。常人にはちょっと思いつかないような意表をついた発想が良い味をだしています。それから、堅牢な密室とスケールの大きなトリックでワクワクさせてくれる泡坂妻夫の「球形の楽園も読み応えありですが、赤川次郎の某作品と仕掛けが被っている点が惜しまれます。
THE 密室 (実業之日本社文庫)
山村 美紗
実業之日本社
2016-10-06


2018年

鍵のかかった部屋 5つの密室 (新潮社・編)
収録作
このトリックの問題点(似鳥鶏 )
大叔母のこと(友井羊)
神秘の彼女(彩瀬まる)
薄着の女(芦沢央)
世界にただひとりのサンタクロース(島田荘司)
新しい密室トリックを考えるのではなく、全員同じトリックを用いて異なる物語の創作に挑戦するという異色の密室アンソロジーです。しかも、お題のトリックは、部屋の内側のクレセント錠に巻きつけた紐を引っ張って外側から施錠するという手垢の付きまくったものであり、それで話を面白くするにはかなりの工夫が必要となってきまます。ミステリーとしては意表をついた二転三転の展開が楽しい「このトリックの問題点」がベストでしょうか。「薄着の女」も芦沢央らしいイヤミス的展開からのオチが秀逸です。「世界にただひとりのサンタクロース」は御手洗潔シリーズの長篇をわざわざ短編に書き直したものであり、面白さは文句なしなのですが、アンソロジーのテーマから逸脱しているのが少々残念。


2023年

密室ミステリーアンソロジー 密室大全(千街晶之・編)
収録作
密室龍宮城(青柳碧人)
佳也子の屋根に雪ふりつむ(大山誠一郎)
ある映画の記憶(恩田陸)
歪んだ箱(貴志祐介)
要介護探偵の冒険(中山七里)
霧ヶ峰涼の屋上密室(東川篤哉)
密室荘(麻耶雄嵩)
招き猫対密室(若竹七海)
新本格ムーブメント以降にデビューし、現在でも一線で活躍している作家の作品を集めたアンソロジーです。昭和の作品とは異なり、人気シリーズからの選出が目立つという特徴があります。たとえば、「密室龍宮城」は幅広い人気を博した昔ばなしシリーズの一編で、竜宮城の特性を生かした特殊設定ミステリーという点がいかにも現代風です。それに対して、「佳也子の屋根に雪ふりつむは2013年本格ミステリベスト10において2位にランクインした連作短編『密室蒐集家』からの一編であり、既存のトリックを応用して雪密室を構築してみせたオーソドックな仕上がりとなっています。また、鯉ヶ窪学園シリーズから選出された「霧ヶ峰涼の屋上密室はユーモアミステリーとしてよくできており、皮肉なオチが印象的な一編です。さらに、本アンソロジー最大の問題作といえるが銘探偵メルカトル鮎シリーズの「密室荘で、いかにも麻耶雄嵩らしいアンチミステリーに仕上がっています。そんななかにあって、ベストを一つ選ぶとしたら防犯探偵・榎本シリーズの「歪んだ箱でしょう。欠陥住宅を利用した密室トリックで完全犯罪を目論む犯人を描いた倒叙ミステリーなのですが、犯人と対峙した探偵による密室トリック解明のプロセスが読み応え満点です。




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