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年末のミステリーランキングの発表が近づいてということで2016年5月~10月までに発売された国内ミステリーの注目作品を紹介すると共に、このミス、本ミスのランクイン作品を予想していきます。海外ミステリーとは対照的に大不作と言われる国内ミステリーですが、後半戦の巻き返しはあったのでしょうか?


2017本格ミステリ・ベスト10
探偵小説研究会
原書房
2016-12-05


佐藤究氏の『QJKJQ』は第62回江戸川乱歩賞受賞作品。江戸川乱歩賞と言えば、一昨年の受賞作でこのミス3位に輝いた下村敦史氏の『闇に香る嘘』が記憶に新しいところですが、本作も平成の『ドラマ・ラグラ』との声もあり、期待感が高まります。まず、主人公が17歳の女子高生ながら殺人鬼家族の一員でもあるという設定が尋常ではなく、前半はグロテスクな殺人描写が続くところなどはインパクト大です。少なくとも、乱歩賞の中ではかなりの異色作と言えるでしょう。しかも、ぶっとんでいる設定とは対照的に文章は非常に丁寧で読みやすく、序盤は登場人物の紹介が延々と続く展開にも関わらず、退屈させずに読ませてしまうのは新人離れした筆力です。しかし、ストリー展開もミステリー的展開も伏線の張り方も丁寧すぎる故に物語としてのダイナニズムには欠けているのが問題です。さくさくと読めるのですが、ミステリーとして楽しめるかとというと、それとこれとは全くの別問題です。結局、出オチに近い作品で、設定以上にインパクトのある展開は皆無でした。ただ、ミステリーとしては凡庸な一方で、思弁的な幻想小説として高く評価している人も少なからずおり、ミステリーだという先入観にこだわない方が楽しめる作品なのかもしれません。いずれにしても、このミスベスト10にランキングするタイプの作品ではないでしょう。
第62回江戸川乱歩賞受賞

QJKJQ
佐藤 究
講談社
2016-08-09


一方、第26回鮎川哲也賞受賞作品である市川憂人氏の『ジェーリーフィッシュは凍らない』はQJKJQのドラマグラマに対して21世の『そして誰もいなくなった』との呼び声が高い作品です。物語は特殊技術によって開発された小型飛行船・ジェリーフィッシュが、試験飛行中に暴走し、飛行船ごと雪山に閉じ込められた乗組員が何者かに殺されるというもの。あらすじだけ聞くと手垢のついたリスペクト作品ですが、21世紀のそして誰もいなくなくなったのふたつ名は伊達はなく、魅力的な数々の謎と大胆なトリックによって構成された新本格の傑作に仕上がっています。登場人物が記号的で感情移入がしづらいため、サスペンスが盛り上がらないという声もありますが、本格ミステリに真正面から挑んだ本作は、そんな弱点を補ってあまりある魅力に満ちています。不作の今年ならこのミスベスト入りの可能性もあるかもしれません。しかし、それ以上に注目なのが本ミスです。本年度の第1位最有力候補だといっても過言ではないでしょう。
第26回鮎川哲也賞受賞

ジェリーフィッシュは凍らない
市川 憂人
東京創元社
2016-10-11


かつて、西澤保彦氏はSF設定を用いて本格ミステリの謎を構築するのを得意としていましたが。それを鬼畜ホラー設定で行っているのが、白井智之氏です。デビュー作の『人間の顔は食べずらい』では、食肉用クローン人間が普及した世界で、出荷用の首なしクローンのケースから生首が発見される事件を描き、2作目の『東京結合人間』では、人間の男女が交わると肉体が融合し、決して嘘がつけない結合人間が生まれるというエログロ全開の設定に基づいて驚くほど緻密な推理が展開されます。この東京結合人間は一部のミステリーファンに強烈なインパクトを与え、去年の本ミス8位、このミス16位にランクインしました。そして、独自のグロテスクな設定にさらに磨きをかけたのが『おやすみ人面瘡』です。舞台は人の顔の形をした瘤ができる人瘤病という奇病が蔓延する日本。物語は人瘤病患者が顔を潰された惨殺死体となって発見され、その事件の真相を見抜いたと思われた男も逆上した中学生によって命を落とすが、男の体にはいくつもの人瘤が現れてそれぞれがしゃべりだすというもの。相変わらずぶっとんだ設定ですが、前作までと比べると設定の構築がしっかりし、ミステリーとホラーの融合もよりスマートになっています。また、いくつもの謎を積み重ねた上で、後半に膨大な数の伏線を一気に回収しつつどんでん返しを繰り返すさまは本格ファンにとってはたまらない趣向でしょう。ただ、何しろ描写が非常にグロいのでその手の描写が苦手な人はそこを乗り越えられるかが問題になります。本作はその完成度の高さから、ランキングも前作以上に上がるのではないかと予想します。

おやすみ人面瘡
白井 智之
KADOKAWA
2016-10-01


分かれ道ノストラダムス』は去年の『戦場のコックたち』でこのミス2位に輝き、直木賞候補にもなるなど、一躍名を馳せた深緑野分氏の新作。第2次世界大戦中のフランスを舞台にした翻訳調の前作とは一転、16歳の女子高生を主人公にした青春ミステリーに挑戦しています。舞台はノストラダムスが恐怖の大王がやってくると予言した1999年。前半はクラスメイトの少年と共に2年前に亡くなった初恋の相手が死なずにすむ道はなかったのかと、その可能性を探るという日常ミステリーめいた展開であるものの、後半になるとカルト宗教が暗躍するサスペンスものに変貌します。前半から後半の転調以降めまぐるしい展開で読ませますが、少々詰め込みすぎで散漫な印象も受けます。また、ミステリーとしても特にひねりがあるわけでもなく、真相は想定の範囲内です。娯楽小説としては十分面白い出来ではあるものの、前作と比べると小品で、ベスト10入りする作品ではないでしょう。
分かれ道ノストラダムス
深緑 野分
双葉社
2016-09-21


小林泰三氏による『クララ殺し』はこのミス2014で4位に、本ミス2014で6位にランクインした『アリス殺し』の続編です。前作は『不思議の国のアリス』の世界と現代の日本を行き来するダークファンタジーミステリーだったのですが、今回はアルプスの少女ハイジ・・・ではなく、マリー・クララ・マーシャがヒロインの『くるみ割人形』の世界が舞台となっています。前作の名バイプレイヤーだった蜥蜴のビルが主人公を務めており、頭の悪い会話が延々と続く面白さは健在です。しかし、一方で、ふしぎの国のアリスの知名度に比べ、くるみ割り人形になじみのない読者も多いため、舞台にすんなり入り込めないのがネックになっています。また、アリス殺しのウリだった残虐表現が大きく後退したのは好き嫌いがあるとしても、肝心のミステリーの仕掛けが複雑すぎてよくわからないのは明らかにマイナスです。さらに、前作を読んでいることを前提の作りになっているため、単体の作品としては評価しずらい面もあります。結局、前作から続く独特の世界観は楽しめるものの、ミステリーとしての完成度としては前作には及ばす、このミス、本ミスともにベスト10入りは厳しいでしょう。


『恋と禁忌の述語論理』で第51回メフィスト賞を受賞し、続く『その可能性はすでに考えた』によって前年度本ミス5位、このミス14位に輝いたロジック派の新鋭・井上真偽氏。彼が上笠丞シリーズ第2弾として発表したのが『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』です。前作では歩く首なし聖人の謎と対峙した探偵・上笠丞ですが、今回は同じ盃で回し飲みをした8人中3人と一匹の犬が毒死するという事件に挑みます。謎のスケールは小さくなりましたが、ロジックに対するこだわりはさらにパワーアップしています。重箱の隅をつつくような細かすぎるロジックは興味がない人には辟易でしょうが、ロジック好きな人には感嘆のあまり酩酊感すら覚えるでしょう。物語は果てのない仮定と反証の繰り返しです。屁理屈寸前のものもあり、すべてのロジックが納得できるわけではありませんし、小説としては稚拙な部分もあいかわらず目立ちます。しかし、確実に特定のファンの心を掴んでおり、今年のランキングでも健闘が予想されます。


東山彰良氏は『ブラックライダー』がこのミス2014で3位に輝き、去年発表の『流』はこのミス5位にランクインした上、直木賞も受賞したという現在極めて注目度の高い作家です。そして、今年の5月にはブラックライダーの前日譚である『罪の終わり』が発売されました。大災厄後のアメリカが舞台という点は前作と同じですが、本作は前作より100年前の小惑星激突直後の混乱期を描いており、食料のない極寒の世界で食人が横行する中、黒騎士(ブラックライダー)ことナサニエル・ヘイレンが救世主に祭り上げられていく物語です。人はなぜ神や宗教を必要にするのかというテーマをひたすら内省的に描いた重い作品ですが、それを練り上げられたストリートと卓越した文章力でエンタメ小説として成立させているのはさすがです。登場人物もそれぞれ二面性を伴った魅力があり、独特の世界観にはその中に引きずり込まれそうな引力を感じます。ただ、惜しむらくはこの壮大な物語を描くには300ページ足らずの物語は少々ボリューム不足です。大ボリュームのブラックライダーに比べると、どうしてもよくまとまった小品という印象を免れません。このミスベスト10に関しては当落ぎりぎりといったところではないでしょうか。
罪の終わり
東山 彰良
新潮社
2016-05-20


法月倫太郎氏はこのミスの第1回にデビュー作『密閉教室』が8位にランクインし、現代まで一線で書き続きているという、ある意味このミスと共に歩んできた作家です。以後、このミス95で『二の悲劇』が10位を記録したのちはしばらくランキングとは縁がありませんでしたが、このミス2005の『生首に聞いてみろ』がいきなり1位にランクインします。その後、『怪盗クリフィン、絶体絶命』と『キングを探せ』の8位を挟んでこのミス2014の『ノックスマシン』で再び1位を獲得。しかし、このノックスマシン1位には驚かされました。ミステリーのパロディという意匠をまとったハードSF小説であり、ミステリー小説とSF小説の両方に通じていないと面白さどころか意味もわからないという超ニッチな層をピンポイントで狙った作品だったからです。極めて実験性の強い作品が1位をとったことに驚嘆を禁じえなかったわけですが、今年発売された『挑戦者たち』はさらにその上を行きます。本作はミステリー小説では定番である読者への挑戦がテーマになっています。ただし、推理すべき事件は描かれておらず、もちろん解決編も存在しません。ただ、99通りの読者への挑戦が繰り返されるだけです。ある時は俳句で、ある時は鏡文字で、読者への挑戦をネタにしてどれだけのパターンの文章が書けるのかに挑戦した苦行にも似た作品で、筒井康隆の実験小説に通ずるものがあります。もしかしたらミステリー的な仕掛けがどこかに潜んでいるのかもしれませんが、一読したかぎりではミステリーどころか、小説と呼べるかどうかも微妙です。ユニークな試みではありますが、さすがにミステリーランキングとは無縁の作品でしょう・・・とは思うもののノックスマシンで1位を獲得した作者だけにもしやという思いはぬぐいきれないところです。
挑戦者たち
法月 綸太郎
新潮社
2016-08-31


三津田信三氏は、ミステリー作家兼ホラー作家。ディスクン・カーや横溝正史のように単なる雰囲気づくりとして事件に怪奇ムードを盛り込むのではなく、心底震え上がるホラーテイストとロジカルな本格ミステリという本来なら相反する要素を高いレベルで融合させた稀有な作家です。このミスでも彼の代表作である刀城言耶シリーズのうち、『首無の如き祟るもの』、『山魔の如き嗤うもの』、『水魑の如き沈むもの』、『幽女の如き怨むもの』の4作品がベスト10にランクインしています。そして、新作の『黒面の狐』にはお馴染みの刀城言耶ではなく、満洲の大学生から学徒動員によって身を落とし、北九州の炭鉱に流れ着いた物理波矢多が新しい探偵役として登場します。「闇に潜む黒い狐面の人影が炭鉱夫たちを震え上がらせる。やがて起きる謎の連続密室殺人」と、あらすじを聞いたかぎりではいつもの三津田節なのですが、本編を読むと案外ホラー要素が薄くて刀城言耶シリーズを読みなれた読者には物足りなさを感じるかもしれません。それに、前半の多くが戦後日本の復興描写や炭鉱の歴史、朝鮮人の強制連行など歴史問題に費やされおり、読みにくい上に冗長。このあたりは『幽女の如き怨むもの』に通じるものがあります。その代り、後半に入ると矢継ぎ早に連続殺人が起こり、物理波矢多が刀城言耶ばりの怒涛の多重推理を披露するのですが、犯人はミステリー通ならすぐに見当がつくテンプレートなものです。密室の謎に関しても特筆するものはありません。全体的に凡庸な出来であり、このミス・本ミス共にベスト10入りはちょっと厳しい感じです。
黒面の狐
三津田 信三
文藝春秋
2016-09-13


名探偵の父親に憧れ、自らを不思議殺しと称する少女・アリスは、10歳の誕生日にバーチャル空間で行う推理ゲームを見知らぬ青年にプレゼントされる。彼女はゲームの世界に入り込み5つの謎に挑戦するが……。
アリス・ザ・ワンダーキラー』は不思議の国のアリスをモチーフにした本格ミステリであり、早坂吝のノンシリーズ作品です。早坂吝と言えば今年はすでに、上木らいちシリーズ第3弾『誰も僕を裁けない』が発売されていますが、本作は10歳の少女が主人公とあってさすがにらいちシリーズのようなエロチック展開はなしです。その代り、本格ミステリとしてのロジックはしっかりしており、ダイイングメッセージ、犯人当て、密室トリックなど魅力的な謎と推理は十分楽しめる出来です。さらに、世界観に関する大きな謎が現れ、どんでん返しを繰り返しながら着地を決めるさまも見事に決まっています。ただ、らいちシリーズのぶっとんだオチと比べるとおとなしいというかまともな仕掛けなので、あちらに慣れた読者は物足りなさを感じるかもしれません。後は、アリスの言動が10歳には感じられない点や物語の舞台がゲームの世界に終始している人工性の高さは好みが分かれるところでしょう。しかし、全体的によくできた本格ミステリであり、本ミスベスト10にランクインしてもおかしくない作品ですが、先行作品である『誰も僕を裁けない』とどちらが選ばれるかが問題です。もしかすると、票を分けあって、両方ともランク外、なんていうこともあるかもしれません。



藤田宜永氏は、ハードボイルや冒険小説を中心に活躍している小説家。1986年に『野望のラビリンス』デビューし、『ダブルスチール』がこのミス9位,『還らざるサハラ』でこのミス8位を記録します。作家デビューする前の10年ほどは、パリでフランスミステリーを翻訳していたこともあって、初期の作品はパリを舞台にした冒険小説が中心でした。1996年には『鋼鉄の騎士』でこのミス2位と日本推理作家協会賞を受賞。結局、これがこの路線でのキャリアの頂点となります。その翌年からは、渋い大人の恋愛小説に路線変更し、2001年の『愛の領分』で直木賞受賞。その後は恋愛小説に加えて中年探偵が活躍する軽ミステリーを中心に発表していたものの、初期作品と比べると小粒感が否めませんでした。しかし、2014年に久々に大作感のあるハードボイルド作品『喝采』を発表してこのミス14位、続く2015年の『血の弔旗』がlこのミス9位にランクインします。いずれも、昭和が舞台のノスタルジーあふれる作品です。そして、今年新作として発表したのが『亡者たちの切り札』。時代は少し下って90年代初期が舞台ですが、懐かしの時代背景が色濃く描かれているのは先行2作と同じです。物語はバブル崩壊で5千万の借金を背負った男が銀行の不正融資にまつわる事件に巻き込まれ、その真相を追うといったもので、読みごたえのあるハードボイルド大作に仕上がっています。スピーディに展開する痛快活劇は王道そのもので懐かしさ覚えます。ただ、登場人物が多すぎて覚えきれないのと結末があっけなさに不満の声もあるようです。評価的には前2作と同程度かやや劣るくらいであり、ベスト10入りするかどうかは他の競合作品次第でしょう。
亡者たちの切り札
藤田宜永
祥伝社
2016-05-11


塩田武士氏の『罪の声』は高村薫氏の名作『レディージョーカー』と同じくグリコ・森永事件を題材にしたミステリー小説です。ただ、レディー・ジョーカーがあくまでもグリコ・森永をモチーフにした架空のストーリーにすぎなかったのに対して、本作はメーカー名や人名こそ架空の名称になっていますが、史実通りに事件を丹念になぞり、事件全体の構造を再構築しています。膨大な情報に基づく丁寧な仮説と推論の繰り返しは圧倒的なリアリティがあり、ここに書かれた結論が実際の事件の真相ではなかと思えてくるほどです。物語は亡くなった父の遺品から自分の幼い頃の声を録音したテープを見つけ、その声が31年前に起きたグリコ・森永事件の脅迫に使われた子供の声と同一のものあることに気がついた主人公が、事件の謎を追うというもの。文章もうまくて非常に読みごたえのある骨太な作品です。強いて欠点をあげるとすれば、丁寧すぎて展開がやや冗長なことと真実にたどりつくまでの展開にご都合主義が感じられることでしょうか。あと、あくまでも現実の事件に基づいたミステリーなので、巧妙なトリックやあっと驚くようなどんでん返しなどはありません。とは言え、今年を代表するミステリーのひとつであるのは確かで、このミスのベスト10入りは間違いないところでしょう。
第7回山田風太郎賞受賞

罪の声
塩田 武士
講談社
2016-08-03


原進一氏の『アムステルダムの詭計』は、島田荘司氏が選考委員を務めるばらのまち福山ミステリー文学新人賞の第8回受賞作です。本作も罪の声と同じく、現実の未解決事件の真相を追うミステリー小説なのですが、同時に、松本清張氏の『アムステル運河殺人事件』の謎も追うという二重構造になっているのが特徴です。アムステルダム運河殺人事件とは実際に起きた事件である日本人商社員殺人事件の真相を、松本清張氏が自分の推理に基づいて書いたミステリー小説です。時系列的には、1965年に事件が起こり、1970年に松本清張氏が作品を発表し、1985年に本作の主人公がアムステルダムに赴任して、アムステル運河殺人事件の謎に行き当たるという流れになります。着想は凝っているのですが、物語展開としては非常に地味。虚実入り混じった物語に対するわくわく感もありません。ストーリーは淡々と進み、そのまま終わっていきます。ただ、その筆力は新人離れしており、プロットも破綻なく展開していくこともあって、地味なのに読ませます。躍動感あふれるフィクションの面白さではなく、出来の良いノンフィクションものを読んだような地に足の着いた充実感があるのです。玄人筋には受けそうな作品であり、案外このミスの台風の目になる可能性もあります。
第8回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞
アムステルダムの詭計
原 進一
原書房
2016-04-28


若竹七海氏はデビュー作である『ぼくのミステリな日常で」がこのミス92においていきなり6位にランクイン。その後もコンスタントに良作を発表し続けるが、なぜかこのミスには縁がなく、葉村晶シリーズ第2弾『依頼人が死んだ』が16位にランクインしたのみ。ところが、去年、13年ぶりに発表されたシリーズの第4弾の『さよならの手口が』突然、4位にランクイン。若竹七海氏がこのミスベスト10にランクインするのは、実に四半世紀ぶりのことです。しかし、こうなると、矢継ぎ早に発表されたシリーズ第5弾『静かな炎天』が俄然このミスベスト10有力候補に浮上します。葉村晶シリーズは、サザエさん時空と違い時間の経過とともに登場人物も年を重ねていくため、20代だった不運の女探偵・葉村晶もすでに40代。四十肩に悩まされながらも相変わらず獅子奮闘の活躍をみせてくれます。本作は6つの短編からなる連作集で、重量感という意味では前作に劣るものの、ユーモラスでシニカルな味わいはそのままに、そこに円熟の味を加味することで粒ぞろいの傑作に仕上がっています。2年連続ランクインはほぼ確実ではないでしょうか。
静かな炎天 (文春文庫)
若竹 七海
文藝春秋
2016-08-04


宮部みゆき氏は『火車』、『模倣犯』という2大傑作をはじめとしてこのミスベスト10に11作品をランクインさせたこのミスの女王とでもいうべき存在です。その中でも唯一のシリーズ作品が『名もなき毒』、『ペテロの葬列』と2作連続ランクインした杉村三郎シリーズです。そうなると、当然、新作の『希望荘』で3作連続ランクインを期待したところですが、本作はその期待にたがわぬ秀作に仕上がっています。前作で大きな転機を迎えた杉村三郎は、心機一転、東京に私立探偵事務所を開業します。そして彼が挑む4つの事件。どの作品も人の心の襞や業を丁寧に掘り下げ、短編とは思えない濃密な作品に仕上がっています。また、宮部作品ならではの人情味や毒味も備わっており、宮部みゆきファンなら安心して読める完成度の高い作です。それに、前作が冗長すぎたという人には、短編集のこっちの方が読みやすいかもしれません。不作の今年なら十分ベスト10を狙える作品ではないでしょうか。
希望荘
宮部 みゆき
小学館
2016-06-20


スペース金融道』は宮内悠介氏のSF作品。太陽系外惑星にある金融会社支社に勤める主人公が、型破りな上司と共にアンドロイドなどの人外相手にいかに借金を取り立てるのかというもの。ハードSFを中心に活躍している作者だけにSF的なアイディアには難解な部分もあるものの、本筋はシンプルな取り立てものなので、誰でも楽しめるコメディ作品に仕上がっています。ただ、過去に『盤上の夜』でこのミス10位にランクインの経験があるとは言え、SFコメディでのこのミスベスト10ランクインは少々ハードルが高いような気がします。
スペース金融道
宮内 悠介
河出書房新社
2016-08-29



許されようとは思いません』は去年映画化もされた『罪の余白』で2012年にデビューした芦沢央氏の短編集。表題作が第68回日本推理作家協会賞の短編賞候補になっています。若手営業マンが自分のミスを隠蔽しようとして破滅の道を突き進む『目撃者はいなかった』、孫娘可愛さのあまりに自分のコントール下に置こうとした祖母の行く末を描いた『ありがとう、ばあば』など日常的に起こりうるちょっとした歪みををきっかけにどんどん深みに落ちていく人間を鋭い心理描写で描いたイヤミスです。どの作品も最後に仕掛けがあり、ミステリーとしても楽しめますが、我が身にも降りかかりそうなシチュエーションだけに、心当たりのある方は読んでいてなんとも言えない圧迫感を感じるかもしれません。このミスベスト20には入りそうな作品です。あとは、ジャンル的にミステリーといえるかどうか微妙なラインだけに、競合作品との兼ね合いでベスト10に入るかどうかといったところでしょう。


平石貴樹氏は1985年発表の『誰もがポオを愛していた』でミステリーファンを瞠目させた本格ミステリの書き手です。東京大学名誉教授の肩書を持ちながら、最近は松谷警部シリーズを書き続けていましたが、それもシリーズ第4作の『松谷警部と向島の血」で完結です。毎回スポーツにまつわる事件を扱ってきた松谷警警部。定年間近の今回は大相撲を舞台に容疑者たちのアリバイ崩しに挑みます。本格ミステリとしてクオリティの安定したシリーズで、本ミス2014では『松谷警部と三鷹の石」が10位にランクインした実績もあるところから、本作も他の競合作品次第では有終の美を飾るランクインの可能性もあるのではないでしょうか。
松谷警部と向島の血 (創元推理文庫)
平石 貴樹
東京創元社
2016-09-26


後は、その他の注目作をさらりと挙げておきます。
大癋(べし)見警部の事件簿 リターンズ 大癋見vs.芸術探偵』。昨年度本ミス1位の深水黎一郎氏の新作。さらっと読めてさらっと楽しめる馬鹿ミスですが、軽すぎてこのミスや本ミスにひっかる作品ではありません。深水黎一郎氏の本命は『倒叙の四季』の方でしょう。
『果断:隠蔽捜査2』でこのミス4位にもランキングしたこともある今野敏氏の人気シリーズ。『就:捜査6 』も安定した面白さ。不作のことしならもしかしベスト10もあるかも。
ビビビ・ビ・バップ』はSFとミステリーと文学のボーダーライン上のような作風で知られる奥泉光氏の新作。近未来の世界を舞台に、アンドロイドの猫が語り部を務めるSF版『吾輩が猫である』の如き趣向作品です。過去に『グランドミステリー』、『シューマンの指』がこのミスベスト10にランキングしていますが、この作者の場合、何がランクインするかがいまひとつ分かりません。
クロコダイル路地』は皆川博子氏86歳の新作です。1巻ではフランス革命の混迷を描き、2巻では革命に翻弄された人たちの彷徨と復讐譚を描くという二重構造になっています。ただ、圧倒的な迫力の1巻に比べて2巻が一気にスケールダウした感が強いのが残念なところです。

去就: 隠蔽捜査6
今野 敏
新潮社
2016-07-29

ビビビ・ビ・バップ
奥泉 光
講談社
2016-06-23

クロコダイル路地1
皆川 博子
講談社
2016-04-20


そういうわけで、下半期の注目作品の中からこのミス、本ミスでそれそれベスト10にランクインしそうな作品をピックアップしてみました。

このミステリーがすごい!
ジェーリーフィッシュは凍らない
おやすみ人面瘡
罪の終わり
亡者たちの切り札
罪の声
静かな炎天
希望荘
アムステルダムの詭計

本格ミステリーベスト10
ジェリーフィッシュは凍らない
おやすみ人面瘡
聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた
アリス・ザ・ワンダー・キラー


前半は本当に10作揃うのか?というほどの不作でしたが、1年たてばなんとか数は揃ったという感じです。しかしながら、本命と呼べる作品は最後まで現れず、いつも以上に小粒な印象が強い1年でした。その分、予想も難しいわけですが、去年の惨敗にめげずに今年もベスト10予想にチャレンジしてみます。

チェック漏れの有力作品
ミステリーランキングの順位は高かったのに事前に有力作品として挙げていなかったチェック漏れの作品です。

半席(青木文平)
『妻をめとらば』で直木賞を受賞した作者の連作時代小説。
主に監査や内定を行う若き徒目付である片岡直人が、犯人は明らかだが、動機不明事件に挑むホワイダニットもの。ただ、ミステリー色はそろほど色濃くはなく、メインとなるのはあくまで武家社会にまつわる人間ドラマです。
半席
青山 文平
新潮社
2016-05-20


望み(雫井脩介)
息子が殺人事件の加害者か被害者か分からない状況で、父は息子の無実を願い、母は息子の生存を願う。ミステリーといってもミステリー楽しむたぐいのものではなく、どちらに転んでも絶望しかない極限状態での濃密な心理描写にただただ圧倒される作品。
望み
雫井 脩介
KADOKAWA/角川書店
2016-09-05


パイル・ドライバー(長崎尚志)
長崎尚志氏は『マスターキートン』や『20世紀少年』などの脚本を務めたコミック原作者。
本書は15年前の一家惨殺事件とそっくりな事件が起き、30代の刑事とかつてパイルドライバーと呼ばれた元刑事がコンビを組んでふたつの事件を追うというもの。謎を小出しにしながら徐々に真相を明らかにするプロセスにうまさを感じる警察小説の佳作。
パイルドライバー
長崎 尚志
KADOKAWA
2016-09-30


12人の死にたい子供(沖方丁)
初対面同士の子供たちが安楽死を実行すために廃業した病院跡に集まる。しかし、そこにはすでに少年の死体が横たわっていた。一体、彼は誰で、ここで何が起きたのか?
13人目の死体をめぐるミステリーいうよりそれぞれの個性がぶつかり合う群像劇といった印象の作品。



猫に推理はよく似合う(深木章子
弁護士事務所に勤めるヒロインはしゃべる猫と一緒に頭の中で架空の事件をでっちあげ、妄想推理を繰り返していた。しかし、そのうち意外な事実が判明し、事態は二転三転を繰り返す。凝った構成からなる意欲的な本格ミステリ。
猫には推理がよく似合う (角川書店単行本)
深木 章子
KADOKAWA / 角川書店
2016-09-02


遠い唇(北村薫)
暗号を中心とした7つの謎の物語。ミステリーとして若干物足りなさも感じなながらも、名人芸の域に達した語り口は読者の心に沁み入ります。そして、最終話で『冬のオペラ』の名探偵が再登場するのもファンとしてはふれしいところです。

遠い唇
北村 薫
KADOKAWA
2016-09-30


慈雨(柚月裕子)
定年退職した元刑事が悔恨を残した16年前の事件を彷彿とさせる幼女殺人事件に遭遇し、謎を追う物語。ミステリーでありながら、刑事とは?夫婦とは?人間とは?といった人間ドラマに重点をおいた作品です。

慈雨
柚月 裕子
集英社
2016-10-26



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