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年間ミステリーランキングの発表がが近づいてきたということで2016年5月~2016年10月までに発売された候補作品を順次紹介し、下半期のランクイン予想を行っていきます。上半期において、近年例をみないほどの大豊作だった海外ミステリーは、下半期もその勢いは衰えることを知らず、話題作、注目作を出し続けてきました。


2017本格ミステリ・ベスト10
探偵小説研究会
原書房
2016-12-05


まずは、このミス常連作家のジェイムス・エルロイによる『背信の都』です。エルロイは、 このミス91で『ブラック・ダリア』が3位になったのを皮切りに、『ホワイト・ジャズ』、『アメリカン・タブロイド』、『アメリカン・デス・トリップ』、『アンダー・ワールドUSA』と5作品をこのミスの5位以内にランクインさせています。アメリカの歴史の暗部を描くクライムミステリーの書き手として知られ、電文体と呼ばれる熱病じみた文章が特徴です。その作風は本作でも健在で、第二次世界大戦初期のアメリカをを舞台に50人以上の登場人物が入り乱れる錯綜したプロットが展開されます。
物語は1941年のロサンジェルスで、日系農園主の一家ハラキリ事件が起きたところから始まる。現場の状況を調べた日系2世で監視官のヒデオ・アシダは、無理心中にしては不可解な点があるとの判断をするが、その翌日、アメリカ全土を揺るがす大事件が起こる。日本軍が真珠湾を奇襲し、宣戦布告を行ったいうのだ。たちまち、ロサンジェルスは日系人に対するヘイトが燃え上がり、多くの日系人が強制収容される。そんな中、警察内部でも、日系人の事件をまともに取り扱う必要があるかとの声があがるが、上層部は自らの正当性を立証するために、捜査を行うことを決定するのだった。ただし、犯人は適当な変質者か日系人をスケープゴートとして見繕えばいいだけだという。その意を受けて巡査部長のダドリー・スミスが動き出す。
ヒデオとダドリーを中心に物語は展開しますが、 過去のエルロイ作品に登場したキャラクターが一挙に登場し、ファンにとってはたまらない作品に仕上がっています。その一方で、登場人物が多すぎるため、展開ががごちゃごちゃし過ぎとの声もあり、その辺りで賛否が分かれそうです。ランクイン予想としては、エルロイの作品の中でも少々クセの強い作品で、好きと嫌いが真っ二つに分かれそうなため、このミスでのベスト10入りは微妙といったところです。
背信の都 上
ジェイムズ エルロイ
文藝春秋
2016-05-28


続いては大御所スティーブン・キングです。ホラー小説の巨匠として数々の名作を書き上げ、このミスでも、『ミザリー』、『IT』、『グリーンマイル』、『ザ・スタンド』と名だたる傑作がベスト10にランクインしています。そして、このミス2014では、『11/22/63』が見事に1位に輝いており、その創造力には全く衰えを感じさせません。しかも、今年日本で翻訳された『ミスター・メルセデス』はホラー要素のない純然たるサスペンスミステリーであり、年間で最も優れたミステリー小説に送られるエドガー賞を受賞しているのです。物語は異常なひき逃げ事件を起こす犯人を主人公が追うといった典型的な探偵ものです。前巻はキングの小説ではおなじみである登場人物の濃厚な描写が続くために話は遅々として進みませんが、下巻に入ると物語は怒涛の展開を見せ始め、ページをめくる手が止まらなくなります。娯楽小説としては間違いなく一級品です。しかし、ただ、その反面、登場人物やプロットはやや類型的でキングファンにとっては若干物足りなさを感じるかもしれません。また、ミステリーとしても特に新味はなく、エドガー賞は過剰評価という声もちらほら聞こえてきます。決して悪い出来ではないのですが、過去の名作群に比べるとやや弱いということでこのミスベスト10のランクインはなしと予想します。
2015年 エドガー賞長編賞受賞
ミスター・メルセデス 上
スティーヴン・キング
文藝春秋
2016-08-22


今年8月に日本で発売された『終わりなき道』の作者は、『川は静かに流れ』と『ラスト・チャイルド』で2作連続エドガー賞に輝いたジョン・ハートです。両作はいずれもこのミスベスト10にランクインし、7位と5位という高い評価を受けています。ハートの作品は驚くような謎があるわけでも波乱万丈な物語が展開されるわけでもなく、心に傷を負った登場人物たちの陰鬱な心情を丹念に追い、それをじっくと読ませるのが持ち味です。本書では、少女監禁犯を拷問のあげく射殺したとしてバッシングを受ける女刑事と彼女の同僚で、女性殺しの罪を認めて服役していた男の物語を軸に展開していきます。やはり、ミステリー的な謎は大したことはありませんが、登場人物の想いが強く読者に迫ってくる実に読み応えのある作品です。ただ、じっくり描きすぎるあまり、物語のテンポは早いとは言えず、しかも、アメリカ独自の価値観に基づいたやや類型的な家族小説の傾向が強いため、この小説の面白さが分からないという読者も少なからず存在します。とは言っても、それはハートの過去作にも言えることなので、順位を予想する上では大きなマイナス要素ではないでしょう。ということで本作は、このミスベスト10の有力候補に挙げておきます。


その先は想像しろ』はフランスの新鋭作家、エルヴェ・コメールによる群像ミステリーです。第1章では、マフィアの金を盗んだふたりのチンピラの逃走劇を描き、2章ではある人物の立身出世の物語を描きといった具合に1章ごとに主人公が変わっていくのですが、それがどうつながっていくのか、全く見当もつきません。しかし、巧みな文章でぐいぐいと読者を引っ張っていき、フレンチミステリーらしいひねりの効いた着地を決めるところは、卓越した手腕を感じさせます。ただ、巧妙な割に、ミステリー的な驚きには乏しく、物語がどこに向かっているのかわからないゆえに、中だるみ感じてしまうのが難点だと言えるでしょう。注目すべき作品ではありますが、作者の知名度とミステリー的評価などを合わせて考えるとこのミスベスト10入りはなさそうです。
その先は想像しろ (集英社文庫)
エルヴェ コメール
集英社
2016-07-20


フランスの作家、ピエール・ルメートルは、2014年に翻訳された『その女アレックス』で年末のミステリーランキングの1位を独占し、さらに、翌年発表されたルメートルのデビュー作『悲しみのイレーヌ』でも文春1位、このミス2位を記録するなど、海外ミステリー界で現在、最も注目されている作家のひとりだと言えます。そして、今年日本で発売されたのが、前2作に続くカミーユ警部シリーズの第3弾にして完結編の『傷だらけのカミーユ』です。超人気シリーズが一体どのような結末を迎えるのか?非常に高い注目を集めています。
カミーユ警部の新しい恋人アンヌが銀行強盗に巻き込まれ、重傷を負う。しかも、犯人は目撃者である彼女の命を執拗に狙ってくるのだった。彼女の命を何としても守りたいカミーユは強引な捜査で犯人の早期逮捕をもくろむが、彼の思惑は外れる。犯人の逮捕には失敗し、しかも、独断専行の捜査方法が問題視され、カミーユはカミーユは孤立を余儀なくされるのだった。
もともと、サディスティック全開の作風が特徴の作者ですが、本作では主人公であるカミーユをこれまでになく精神的に痛めつけていきます。しかも、優秀な部下だったアルマンは物語が始まった時点ですでに鬼籍に入ってっており、気心の知れた部長は昇進し、彼の代わりにやってきたのは厳格な女部長。まさに孤立無援の状態です。その後も、救いのない壮絶な人間ドラマが展開され、さすがに読んでいてカミーユに同情がが禁じえなくなっていきます。それでいながら、先が気になって読ませる筆力はさすがにルメートルと言ったところです。ただ、前2作に比べてミステリー的な仕掛けが弱いのが残念なところ。勘の良い読者なら犯人は途中で分るでしょう。ドラマ的には充実しているものの、ミステリーとしては凡庸という点が評価の分かれるところです。それでも、本作は英国推理作家協会がその年最も優れた翻訳ミステリーに与えるインターナショナルダガー賞を受賞しており、(ルメートルは『その女、アレックス』『天国でまた会おう』でも同賞を受賞)決して海外での評価は低くありません。それに、これだけの話題作なら、多少の批判があっても例年なら楽にベスト10にランクインしていたでしょう。しかし、今年の海外ミステリーは空前の大豊作。総合的に考えて、本作のベスト10入りは当落線ぎりぎりだと予想します。
2015年 インターナショナルダガー賞受賞

傷だらけのカミーユ (文春文庫) (文春文庫 ル 6-4)
ピエール・ルメートル
文藝春秋
2016-10-07


『ブレンダ呼ばれた少年』の著者として知られるジャーナリストのジョン・コラピントは、ミステリー作家としても非凡な才能を見せ、『著者略歴』ではこのミス2003で18位に選ばれ、文春ミステリーベスト10では10位にランクインしています。そして、アメリカでは議論百出の問題作として、前2作以上に大きな話題となっているのが、『無実』です。
しがないミステリー作家だったジャスパーは、全身麻痺の妻と幼い娘との生活を本にして出版したところ大ベストセラーになり、一躍時の人になる。一方、思春期の少女しか愛せない性癖のせいで弁護士や教師の職を追われたデスは彼の恋人の死んだ母親がかつてジャスパーと性的関係を持っていたことを知り、姦計を巡らす。17歳の恋人・クロエを操り、彼女に自分はジャスパーの娘だと名乗らせたのだ。身に覚えのあるジャスパーは責任を感じ、クロエを引き取ろうとするが、彼女と会ったジャスパーは、クロエの魅力に心乱される。
物語は、罠を仕掛ける側と罠にはまり、追い詰められる側の視点が交互に描かれていきますが、視点が頻繁に切り替わることによる読みづらさはありません。非常にテンポよく進み、心理描写が卓越しているなため、良質のサスペンスが味わえます。ただ、後半になると物語はずしりと重くなり、読者の中には嫌悪感を感じる人もでてくるでしょう。というのも、近親相姦の問題がクローズアップされるからです。アメリカで問題視されたのもこの宗教的ダブーを真正面から描いているのがその一因です。しかし、それでもページ数が残り少なくなると結末が気になってページをめくる手がとまらなくなってしまいます。読者の心を鷲掴みにする衝撃作であり、極めて完成度の高い犯罪小説の傑作です。このミスベスト10でも有力候補のひとつだと言えるでしょう。
無実 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョン・コラピント
早川書房
2016-06-08


熊と踊れ』は注目度急上昇中の北欧ミステリー。物語は暴力的な父親によって家庭の崩壊を経験した3兄弟が成長し、前代未聞の連続銀行襲撃事件を起こすというもの。90年代初期にスウェーデンで起きた事件を題材にした実話ベースのフィクションなのですが、作者のアンディシュ・ルースルンドはジャーナリストとしてこの事件を報道した体験があり、しかも、共著に名を連ねているステファン・トゥンベリは犯人の兄弟だというのです。ルースルンドは2年に渡ってトゥンベリを取材し、それを小説として再構築して本作は完成しました。出来上がったのは、暴力に彩られながらも歪んだ絆で結ばれた家族の物語です。兄弟同士の絆、父と子の愛憎。そのドラマチックな展開は上下巻1000ページ以上の物語を一気に読ませる力があります。間違いなく、今年度のこのミスベスト10有力候補でしょう。
熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンド
早川書房
2016-09-08


ヘレン・マクロイは前半で『二人のウィリング』を紹介しましたが、本命はこちらの『ささやく真実』の方になりそうです。物語は発端は、いたずら好きの美女が研究室から盗み出した自白剤をパーティーの飲み物に混ぜてふるまったところ、深夜になって彼女が何者かに殺されてしまうというもの。1941年の作品ですが、今まで翻訳されなかったのが最大のミステリーだと思えるほどに完成度の高いフーダニットです。自白剤入りの飲み物を飲んだパーティー客が暴露大会を始めるという突拍子もない導入部で読者を物語の世界に引きずり込んでいく上に、その中に散りばめられている伏線とミスリードがまた見事と言うほかありません。最後の探偵の推理も申し分なく、まさにザ・本格ミステリといった感じてす。今年の本ミス海外版の文句なしの大本命でしょう。
ささやく真実 (創元推理文庫)
ヘレン・マクロイ
東京創元社
2016-08-31


J.J.コニントンは1880年生まれ。ヴァン・ダインと同じ年にミステリー作家としてレビューし、しかも、アガサ・クリスティーより10歳年上です。完全に黄金時代に分類される作家だけにその作品は新奇性には欠けるものの、良質なよき時代の香りがします。そんな彼の代表作のひとつと言われるのが1929年の作品で今年日本で翻訳れた『九つの解答』です。タイトルの意味は、発見されたふたつの死体にはそれぞれ事故、自殺。殺人の3つの可能性が考えられ、トータルで3×3で9通りの解決が考えられるというところからきています。ストリーの大半は情報収集と仮説の構築に費やされ、真相解明までのプロセスが丁寧に描かれています。非常に緻密な推理を堪能できるクラッシックミステリーです。イメージ的には古典版コリン・デクスターといった趣でしょうか。派手さはありませんが、堅実に本ミスベスト10に入ってきそうな作品です。
九つの解決 (論創海外ミステリ)
J.J. コニントン
論創社
2016-07


オーストラリアのディクスン・カー(と見せかけたエラリー・クイーン)ことマックス・アフォード。前回翻訳されたデビュー作『百年祭の殺人』の評判はいまひとつでしたが、彼の代表作と目されている1938年の作品、『闇と静謐』はそれなりの作品に仕上がっています。生放送のラジオドラマに出演中の女優が原因不明の死を遂げるというもので、密室の謎は登場するものの、トリック自体は大したことありません。それよりも、真犯人をめぐって二転三転するプロセスが結構読みごたえありです。つっこみどころも多々ありますが、この時代の本格ミステリとしては十分楽しめる出来です。このミスベスト10にはぎりぎり入るかどうかといったところでしょうか。
闇と静謐 (論創海外ミステリ)
マックス アフォード
論創社
2016-06


虚構の男』はL.P.ディヴィスというイギリスのミステリー作家が1965年に発表したSF風サスペンス小説。
1966年の英国の小さな村。小説家のアランは記憶障害を患っているためにその村にひきこもって暮らしていた。現在、彼が書いているのは2016年を舞台にした近未来小説だ。田園風景の中でのおだやかな生活が続く。だが、彼の前にカレントいう名の女が現われて彼の生活に関するつじつまの合わない点について指摘を始める。
冒頭からいかにも仕掛けありげな設定ですが、物語は読者の予想を飛び越え、右へ左へと縦横無尽に駆け回ります。味方だと思った人物が敵だと思ったら実は味方と思ったら話がとんでもない方向にぶっとんでいくといった具合にどんでん返しにつぐどんでん返しで読者を振り回して飽きさせません。さまざまなジャンルを横断し、着地点が見えない混沌のジャンルミックス作品なのです。そのとらえどころなさ故、今まで忘れられた作家となっていたわけですが、発表から50年後の現代の目で見ると意外なまでの完成度の高さに驚かされます。昔の作品のため、アイディアが陳腐化した部分もありますが、それでも娯楽小説としての面白さは現代の傑作にも全く引けはとりません。これは意外な掘り出し物でこのミスベスト10入りも十分あるのではないでしょうか。
虚構の男 (ドーキー・アーカイヴ)
L.P. デイヴィス
国書刊行会
2016-05-27


ランキング争いも終盤になってからまたまた北欧から本命候補が登場!ノルウェーの人気ミステリー作家であるジョーネスボ著・『その雪と血を』は殺し屋が主人公のノワール小説。不貞を働いたという妻の始末をボスに頼まれたオーラヴだったが、彼はボスの妻をひと目見た瞬間、恋に落ちてしまう。雪に染まるノルウェーを舞台に繰り広げられる血と静謐のバイオレンス。暴力的でありながら非常に美しい物語がわずか200ページ足らずの中に凝縮されています。まさに、逸品というべき作品です。おそらく、このミス1位争いの一角をなすでしょう。

19世紀末にオープンし、恐怖と悪趣味をウリにして大成功をおさめたグラン・ギニョール劇場。その看板作家だったアンドレ・ド・ロルドの22の作品を1冊にまとめたのが『ロルドの恐怖劇場』です。恐怖劇場といっても怪談ではなく、その多くは人間の狂気や残忍さについて描いたています。しかし、さすがに100年前の作品だけあって、現代の感覚では身の毛のよだつほどの恐怖ありませんし、話もオチが読めるものが大半です。その一方で、昔の白黒映画を見ているようなある種の古き良き芳醇さを感じさせてくれ、その辺が味わいでしょうか。時代性も含めて雰囲気を楽しむ作品であるため、賛否は大きく分かれそうです。評論家筋の評判は意外とよいのですが、個人的にはベスト10入りはないと予想します。
ロルドの恐怖劇場 (ちくま文庫)
アンドレ・ド ロルド
筑摩書房
2016-09-07


チャールズ・ウィルフォードは映画『マイアミ・ブルース』の原作者と知られ、ノワール作品の書き手としてタランティーノやローレンス・ブロックなどからも絶賛されています。『拾った女』は彼の1955年の作品。画家崩れの元教師とアル中寸前の女が出会い、破滅への道へと突き進んでいくという典型的なファム・ファタールものです。しかし、アメリカの当時の風俗や人物描写がよく描けていてシンプルながらも読ませる力のある物語に仕上がっています。しかも、ラストにはとんでもない仕掛けが待っているという一度で2度おいしい作品です。実によい掘り出し物であり、超豊作の海外ミステリーの中にあって、十分ベスト10争いに加われる存在だと言えるでしょう。
拾った女 (扶桑社文庫)
チャールズ ウィルフォード
扶桑社
2016-07-02


マーク・グリーニ―はトム・クランシーの共著者としても知られている軍事&スパイスリラーの書き手です。その最新作である『暗殺者の反撃』は、暗殺者グレイマンシリーズの第5弾。凄腕暗殺者のグレイマンことジェントリーは、突如CIAを解雇され、命を狙われるハメになる。本作では追われ続けていたジェントリーが反撃に転じ、ようやく命を狙われる理由が明らかになるなど話に一応のピリオドが打たれます。アクションに継ぐアクション。そして、ストーリーも緻密かつひねりのあるもので、娯楽小説としては、申し分ない出来です。ただ、悪人以外は殺さない暗殺者、しかも、敵をひとりも殺さずに制圧するといった展開がご都合主義に感じる人もいるかもしれません。グレイマンシリーズは第4弾の『暗殺者の復讐』がこのミス2015の9位に入っており、このまま2作連続ランクインといきたいところですが、今年は超豊作だけあってベスト10入りは難しいかもしれません。
暗殺者の反撃〔上〕 (ハヤカワ文庫 NV)
マーク・グリーニー
早川書房
2016-07-22


マイクル・コナリーは2月にリンカーン弁護士シリーズの『証言拒否』を発表したばかりですが、今度はハリー・ボッシュシリーズの邦訳最新刊の登場です。ボッシュも定年の歳を迎えますが、定年延長制度を使い、まだまだ警察に居座ります。
今回扱う事件は1989年に起きた未解決の殺人と市議の息子の転落死。DNA 鑑定の結果、殺人事件の容疑者として浮かび上がったのは当時8歳の少年だった。そして市議の息子の死ははたして自殺なのか、殺しのか?
情感でじっくりと事件の捜査を描き、下巻に急転直下の展開と緊迫したアクションにページをめくる手が止まらないというボッシュシリーズならでは面白さは健在です。また、事件だけでなくシリーズを通しての権力者との闘争もいいスパイスになっています。ただ、新鮮な面白さという点は皆無なだけに超豊作の今年に関しては、このミスベスト10入りは至難の業でしょう。
転落の街(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー
講談社
2016-09-15


C・デイリー・キングの『厚かましいアリバイは』は1938年の作品でエジプト文明をモチーフにしたABC3部作の第2弾。洪水で孤立した町、消失した古代エジプト短剣、館での密室殺人、容疑者全員に鉄壁のアリバイと道具立ては派手なのですが、それに比べて真相がやや腰砕け。特に、メイントリックが現代人にとってピンとこないものである点は大きなマイナス点でしょう。しかし、本格ミステリに対する情熱はひしひしと感じられ、本格好きなら謎の提示の部分だけでもわくわくした楽しさを感じられるでしょう。ただ、本ミスベスト10入りは少し難しいかなといったところです。


オースティン・フリーマンはシャーロック・ホームズの最大のライバルと言われたソーンダイク博士の産みの親。『アンジェリー・フルードの謎』はそのソーンダイクシリーズの1作。しかし、本作が発表されたのは1924年であり、ホームズ時代はすでに終わりを告げ、黄金時代に到来を迎えていました。夫からDVを受けていた女性が失踪した事件を扱ったものであり、ソーンダイク博士は持ち前の科学知識を駆使して事件の謎に挑みますが、さすがに今の時代の目から見ると謎解きのレベルは厳しいものがあります。クラシカルな味わいだけを楽しむ作品でしょう。ちなみに、本作は戦前にも抄訳で日本に紹介されたことがありますが、その時は邦題で思いっきりネタばれをしています。本ミスベスト10入りはなさそうですが、競合作品次第では骨董価値で10位くらいにすべりこむ可能性もなきにしもあらずでしょうか。


レイ・レイスティンの『アックスマンのジャズ』は1919年のニューオーリンズの舞台にして実際のの未解決事件をモデルに描いたミステリー。
「ジャズを聴かない奴は殺す」と予告状を出し、斧を振り回して人を殺し続ける謎の殺人鬼。それをマフィアに依頼られた元刑事、黒人を妻にしていることを隠して捜査にあたる警部補、シャーロキアンの若い女性の3人が追う。
三者三様、それぞれの角度から真相に迫る中、エキゾチックな街、ニューオーリンズの暗部が浮かび上がって浮かび上がってくるところが読み応えあり。登場人物も魅力的で面白い読み物だがミステリーとしてはややとっちらかっていたように思います。このミスベスト20には入るかどうかといったところ。


ささやかな手記』はフランスの女流ミステリー作家・サンドリーヌ・コレットのレビュー作。刑務所帰りの男が、山中をさまよう中、老人の兄弟につかまり囚われの身になる物語。監禁生活が手記として綴られ、主人公の心身が次第に蝕まれていくさまがリアルに描かれていきます。高レベル厭ミスながらページがめくる手が止まらないのは著者の卓越した筆力によるものです。。しかし、あまりにもインパクトの強い作品ゆえ、この作者の作品は2度手に取らないと誓う読者も多いでしょう。ちょっと評価不能な作品です。
ささやかな手記 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
サンドリーヌ コレット
早川書房
2016-06-09


以上で海外下半期有力作品のピックアップは終了です。それでは、このミス、本ミスそれぞれベスト10にランクインしそうな作品をあげていきます。

このミステリーがすごい!ベスト10
終わりなき道(ジョン・ハート)
傷だらけのカミーユ(ピエール・ルメートル)
無実(ジョン・コラピント)
熊と踊れ(アンディッシュ・ルースルンド)
ささやく真実(ヘレン・マクロイ)
虚構の男(L.P.ディヴィス)
その雪と血を(ジョー・ネスボ)
拾った女(チャールズ・ウィルフィード)

本格ミステリベスト10
ささやく真実(ヘレン・マクロイ)
九つの解答(J.J.コニントン)
闇と静謐(マックス・アフォード)
アンジェリー・フードルの謎

前半から海外は超豊作と言ってましたが、後半になるとさらに勢いが増しましたね。とても10作には収まりそうにありません。これはやはり、海外版は北欧を始め、いろいろな国の作品が翻訳されるようになり、層が厚くなった影響でしょうか。現代ミステリーだけでなく過去の作品も次々と発掘されていますし。今後もどこの国からどんな作品が紹介されるのか非常に楽しみです。

チェック漏れの有力作品
ミステリーランキングの順位は高かったのに事前に有力作品として挙げていなかったチェック漏れの作品です。

宇宙探偵マグナス・リドルフ(ジャック・ヴァンス)
『魔王子シリーズ』、『竜を駆ける種族』、『最後の城』などで1960年代に大活躍をしたSF作家ジャック・ヴァンスが1984年に発表したSFミステリー。
宇宙を股にかけるトラブルシューターの老紳士・マグナス・リドルフが奇妙な星々で起きた奇妙な事件を奇妙な手段で解決をしていくオフビートな連作集。


扇動者(ジェフリー・ディーヴァー)
リンカーン・ライムシリーズと双璧をなすキャサリン・ダンスシリーズの第4弾。
左遷の憂き目にあったダンスが大衆を扇動して集団パニックを誘発させる愉快犯と対決する。

煽動者
ジェフリー ディーヴァー
文藝春秋
2016-10-14


ルーフォック・オルメスの冒険(カミ)
タイトル名からも分るとおり、『シャーロック・ホームズの冒険』のパロディ本です。発表が1926年というからコナン・ドイル生前の作品だということになります。しかし、その内容はあまりにもバカミスの方角に振り切れており、パロディ小説というよりはコント集の域に達しています。



ハイキャスル屋敷の死(レオ・ブルース)
『3人の名探偵のための事件』でこのミス4位となったレオ・ブルースの1956年の作品であり、歴史教師キャロラス・ディーンシリーズの第5弾です。事件が起きた後は聞き込みに終始する単調な展開でストーリーの面白さにはいまひとつですが、張り巡らせた伏線はきれいに回収されており、本格ミステリとしては完成度の高い作品です。

ハイキャッスル屋敷の死 (海外文庫)
レオ・ブルース
扶桑社
2016-09-02


浴室には誰もいない(コリン・ワトソン)
英国ではユーモア・ミステリーの書き手として知られるコリン・ワトソンの『愚者たちの棺』に続く日本上陸作。
家の住人が行方不明になり、浴槽には人を溶かした痕跡が……。死体なき殺人を巡る二転三転するプロットが面白く、真相を巧みに隠すミスディレクションの冴えも一級品です。ただ、当時流行っていたスパイ映画のパロディが今となっては分かりにくい点がマイナス要素でしょうか。

浴室には誰もいない (創元推理文庫)
コリン・ワトスン
東京創元社
2016-10-20


幻の屋敷(マージェリー・アリンガム)

マージェリー・アリンガムはその文学的な香りから本国イギリスでは女流ミステリー作家としてドロシー・セイヤーズと並び称される存在です。本書は彼女の創出した探偵・アルバート・キャピオンが活躍する1938年から1955年までの作品を集めた日本オリジナル編集の短編集です。派手な展開はないもののやわらかなユーモアに包まれた機知にとんだ物語が楽しめます。その中でも、心理的トリックによる密室犯罪を扱った『見えないドア』、凶器消失の謎を扱った、『ある朝、絞首台に』、消える屋敷という魅力的な謎に引き込まれる表題作などが秀逸です。
幻の屋敷 (キャンピオン氏の事件簿2) (創元推理文庫)
マージェリー・アリンガム
東京創元社
2016-08-20







死者は語らずとも(フィリップ・カー)
ナチス政権下で活躍する私立探偵というコンセプトで書かれたベルンハルト・グンターシリーズの新作。
一部ではベルリンオリンピックを直前に控え、オリンピック会場不正問題に絡む陰謀を追うグンターとアメリカ人女性作家の姿を、第二部では20年後にキューバで明らかになる事件の真相を描いています。旧作と時代が前後しているため、シリーズのファンにとってはニヤリとする場面も多いのがうれしいところです。

死者は語らずとも (PHP文芸文庫)
フィリップ・カー
PHP研究所
2016-09-10


ハリー・オーガスト、15回目の人生(クレア・ノース)
自分の命が尽きると生前の記憶を有したまま最初から人生をやり直すというループもの。主人公は完璧な記憶力を持っており、人生を繰り返すたびにより高い困難に挑んでいくところが大きな見所です。そして、ハリーは最終目的である『世界の終焉の回避』を成し遂げることができるのでしょうか?

ハリー・オーガスト、15回目の人生 (角川文庫)
クレア・ノース
KADOKAWA/角川書店
2016-08-25


ラスト・ウェイ・アウト(フェデリコ・アシャット)
自殺寸前の主人公の前にひとりの男が現れたところから物語が始まり、夢か現実かさえも判然としない奇想天外な出来事が続く迷宮の如き奇書。しかも、意味不明のまま終わるのではなく、最後にはきっちり伏線を回収し、着地を決めている点が見事です。

ラスト・ウェイ・アウト (ハヤカワ・ミステリ文庫)
フェデリコ・アシャット
早川書房
2016-08-24


ジョイ・ランド(スティーブン・キング)
遊園地のお化け屋敷に出没する殺人鬼と対決する大学生の主人公。ノスタルジックなキング節が冴えわたる青春ミステリー。

ジョイランド (文春文庫)
スティーヴン キング
文藝春秋
2016-07-08


テロ(フェルディナント・フォン・シーラッハ)
7万人の観客で沸くサッカースタジアムにハイジャックした飛行機をぶつけようとするテロリスト。7万人の観客を守るために164人の乗客が乗った飛行機を撃墜した空軍少佐。彼は果たして無罪なのか有罪なのか?壮大な思考実験。
テロ
フェルディナント・フォン・シーラッハ
東京創元社
2016-07-11


生か、死か(マイケル・ロボサム)
現金輸送車襲撃事件の共犯として10年の刑に服していたオーディ・パーマーはなぜ、出所1日前に脱獄したのか?臨場感たっぷりの文章の魅力で読ませる王道ストーリー。

生か、死か (ハヤカワ・ミステリ)
マイケル ロボサム
早川書房
2016-09-15


悪徳小説家(ザーシャ・アランゴ)
世界的ベストセラー作家のヘンリーは愛人関係にあった女編集者から懐妊を告げられる。そこでヘンリーは…。犯人視点の倒叙ミステリーだが、テンプレート通りには話はすすまず、どんどん意外な方向に向かうのが読みどころ。ただ、その割に結末は薄味な感もあります。

悪徳小説家 (創元推理文庫)
ザーシャ・アランゴ
東京創元社
2016-07-21


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