最新更新日2016/06/09☆☆☆

1930年に『夜歩く』でミステリー作家としてデビューを果たしたジョン・ディクスン・カーは、次々と独創的なトリックを考案して不可能犯罪のバリエーションを広げていきました。それと並行してカーのフォロワーたちも登場し、不可能犯罪ミステリーは大きく花開きます。そんな時代のカーの主要な作品と同時代を生きたミステリー作家の不可能犯罪ものについて紹介をしていきます。


1934年


プレーグ・コートの殺人(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)

1930年にデビューしてしばらくはチープなトリックが多かったカーですが、本作でようやく密室の帝王のふたつ名に恥じない傑作を発表。それまでにない独創的な密室トリックを考案しています。


白い僧院の殺人
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
犯行推定時刻には雪はやんでいたのに殺人現場と続く足跡は、犯人ではありえない発見者のものしか残されていなかったという謎。足跡のない殺人をテーマにしたものの中では最高峰に位置する作品。
白い僧院の殺人 (創元推理文庫 119-3)
カーター・ディクスン
東京創元社
1977-10-20


チャイナ橙の謎(エラリー・クイーン)
本作で密室殺人は起こりませんが、密室殺人に応用可能なちょっとインパクトのあるトリックが登場するため、よく密室トリックの代表例として紹介されています。
チャイナ橙の謎 (創元推理文庫 104-12)
エラリー・クイーン
東京創元社
1960-01-01


 
1935年

神の灯(エラリー・クイーン)
一夜にして、一軒家を丸ごと消失させるという大トリックで有名な中編ミステリー。
エラリー・クイーンの新冒険 (創元推理文庫)
エラリー・クイーン
東京創元社
1961-07


三つの棺(ジョン・ディクスン・カー)

過去に考案された密室トリックのパターンを網羅した密室講義とふたつの不可能犯罪のインパクトによって、密室殺人ミステリーの最高峰に祭り上げられている作品です。しかし、あまりにも複雑怪奇で説得力のないトリックは、決してほめられたものではありません。それよりも、この作品の真価は、巧みなミスディレクションによって隠された意外すぎる真相にこそあります。ちなみに、密室のカーなどと呼ばれていますが、本作を除くと密室殺人あるいは不可能犯罪ものの代表作は、すべてカーター・ディクスン名義のものです。
三つの棺〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョン・ディクスン・カー
早川書房
2014-07-10


赤後家の殺人
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
密室殺人にしては珍しい毒殺による殺人。一夜を過ごせば必ず毒死する部屋という設定が秀逸で、怪奇ムードを盛り上げます。
赤後家の殺人 (創元推理文庫 119-1)
カーター・ディクスン
東京創元社
1960-01-15


処刑6日前(ジョナサン・ラティマー

別居中の妻殺しの容疑で逮捕された男。彼には不利な証拠が揃っており、発見当時密室になっていた部屋に出入りするには、彼の持っている鍵を使うしかなかったことが決定打となって死刑判決が下される。しかし、死刑の日が迫ってから新しい証人が現れ、男は弁護士と私立探偵に再調査を依頼するが・・・。『幻の女』と『ユダの窓』を混ぜたような設定ですが、両者の先行作品です。しかも、ジャンルとしてはタフな探偵とギャングが登場するハードボイルルド。さらに、ハードボイルでありながら最後は関係者を集めて謎解きをする本格ミステリでもあるという異色な作品です。ただ、謎解きには見るべき点があるものの、密室トリック自体は大したことありません。
処刑6日前 (創元推理文庫 129-1)
ジョナサン・ラティマー
東京創元社
1981


1936年

三人の名探偵のための事件(レオ・ブルース)

村の屋敷で起こった密室殺人事件を嗅ぎつけてやってきたのは、ブラウン神父、ピーター・ウィムジィ卿、エルキュール・ポアロがモデルの3人の名探偵たち。彼らはそれぞれに自分の推理を披露するが、最後に真相を突き止めたのは平凡な警察官であるビーフ巡査部長だったという作品です。密室トリックそのものよりも、名探偵たちの堂々たる推理を冴えない警察官が豪快にひっくり返すという、従来の探偵小説を皮肉った構図がユニークです。ビーフ巡査部長は本作が初登場で、以後シリーズ探偵として活躍します。
三人の名探偵のための事件
レオ ブルース
新樹社
1998-12


1937年

孔雀の羽根
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
カーの中ではマイナーな作品ですが、銃を使ったユニークな密室トリックを考案しています。ただ、得意の怪奇趣味で多少の無理はねじ伏せるタイプの作品でもないため、トリックの危うさがダイレクトに浮き出てしまっているのが低評価の原因でしょうか。
孔雀の羽根 (創元推理文庫 119-4)
カーター・ディクスン
東京創元社
1980-12-19


1938年

ユダの窓
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
『三つの棺』が密室殺人の最高峰と言われているのに対して、本作は密室トリックの最高峰と称される作品です。ただし、そのトリックは巧妙ではあるもののそこまで突出しているものではありません。その代わり、「犯人はユダの窓から出入りした」、「ユダの窓はどこにでもあるが、皆気付かない」という謎めいたフレーズが作品全体をスリリングなものにし、鮮やかな解決によってカタルシスを生み出すことに成功しています。
ユダの窓 (創元推理文庫)
カーター・ディクスン
東京創元社
2015-07-29


曲がった蝶番
(ジョン・ディクスン・カー)
密室殺人ものの人気投票をするとちょくちょく上位に顔をだす作品です。しかし、ストーリーはすこぶる面白いものの、衆人環視下での殺人トリックはバカミスの類でまともに評価できるものではありません。カーは独創的なトリックの数々を生みだしている反面、時々こうした荒唐無稽なトリックを持ち出してきます(もとっともカーの場合、独創性と荒唐無稽は常に隣り合わせの綱渡りだったりしますが)。しかし、本作は作品の雰囲気とトリックが妙にマッチしていて、その無茶苦茶さも味になっているから不思議です。その辺りがこの作品の人気の秘密なのでしょう。
曲った蝶番 (創元推理文庫 118)
ディクスン・カー
東京創元社
1966-04


帽子から飛び出した死(クレイトン・ロースン)

著者の本業がマジシャンというだけあって、騙しのテクニックを駆使した巧妙な密室殺人を作り上げています。さらに、作中では『三つの棺』の改良版密室講義も披露し、この時代の密室ミステリーとして重要作品のひとつに数えられるものです。ただ、密室トリック自体に独創的な発想はなく、手品的な小技に頼ったものなので、ネタを明かされても驚きに欠けるという難点があります。
ポアロのクリスマス(アガサ・クリスティ)
ミステリーの女王クリスティが書いたおそらく唯一の密室殺人もの。クリスティの作品の中ではあまり有名ではありませんが、巧みに張り巡らせた伏線を回収して意外な真相へと至る隠れた秀作です。
ただ、現代読者からすると、トリックにおける科学的矛盾がひっかかるかもしれません。


1939年

読者よ欺かるることなかれ(
カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
本作の不可能犯罪は、密室ではなく衆人環視の中で男が死ぬが、その死因が全く分からないというもの。カーの騙しのテクニックが存分に味わえる作品です。


そして誰もいなくなった(アガサ・クリスティ)
黄金期ミステリーの金字塔というべき名作で、物語の終盤で大きな不可能状況が提示されます。トリック自体はどうということはありませんが、ミスディレクションによって読者をミスリードして真相を覆い隠すテクニックが見事です。


殺人者なき六つの殺人(ピエール・ポワロー)
フランスの作家ポワロー・ナルスジャックは、ヒッチコック監督の『めまい』の原作者として有名ですが、実はこの作家はエラリー・クイーンと同じでふたりの作家の合作名です。そして、その片割れが相方と出会う前に書いた作品が本書だというわけです。フランスのミステリー作家としては珍しくバリバリの本格派で、後のポール・アルテのごとく不可能犯罪に並々ならぬこだわりをみせています。本書もタイトルが示す通り、不可能状態での殺人が間髪置かずに起こり続けるという非常にマニアックでサービス満載の作品です。ただ、トリックはどれも古典的なものばかりで、プロットも後半にいくにつれて甘くなるため、熱意に実力が追いついていない感が強く浮き出た作品になっています。フランスにもこの時代に密室派の作家がいたという事実を示す意味では貴重な作品だと言えるでしょう。


1940年

密室の魔術師(H・H・ホームズ)

ミステリー評論家として有名なアントニー・バウチャーの別名義作品。『三つの棺』と『帽子から飛び出した死』を意識した密室講義は犯行の時間を軸にして密室トリックを分類していて、ふたつの先行作品と比べると大胆なまでにシンプルにまとめています。他にも、登場人物のひとりがディクスン・カーの熱烈なファンであるなどいかにもミステリーマニアが書いた作品といった印象です。小説としては素人っぽさが残るものの、大胆な密室トリックが使われており、発表当時は一定の評価を得ていたようです。ただ、日本では翻訳に恵まれず、マイナーな作品に留まっています。

1941年

連続殺人事件
(ジョン・ディクスン・カー)
ふたつの密室殺人が起こりますが、これはそのトリックが素晴らしいというよりも、SF作家のアイザック・アシモフが使用されているトリックが実現不可能だと批判したことで有名になった作品です。それを除けば、本作はミステリーとしてすっきりまとまった佳作と言ったところです。ただ、問題のトリックは、可能か不可能かは置いとくとしても、運まかせな部分があり、あまり魅力的なものとは言えません。
連続殺人事件 (創元推理文庫 118-10)
ディクスン・カー
東京創元社
1961-07-21



1943年

貴婦人として死す
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
『白い僧院の殺人』では独創的なワンアイデアで雪密室を作り上げたカーですが、本作では小さなトリックを積みかさねて足跡のない殺人を演出しています。そして、ミステリーとしての切れ味では『白い僧院の殺人』をも凌ぐカーの中でも上位に位置する作品です。また、足跡のない殺人をテーマにした長編小説としては、他に『テニスコートの殺人(1939)』があります。これを合わせてカー3大足跡トリックミステリーと言いたいところですが、この作品は他と比べるとトリックが安易で、ミステリーの面白さも何ランクも落ちてしまうのが残念なところです。
貴婦人として死す (創元推理文庫)
カーター・ディクスン
東京創元社
2016-02-27


1944年

魔の淵(ヘイク・タルボット)

雪の山荘で交霊会が行われる中、さまざまな怪事件が起こるオカルトミステリー。1981年にエドワード・D.ホッグが編んだ密室アンソロジー『密室大集合』の巻末に、不可能犯罪ミステリー長編ランキングをアンケートによって決める企画がありました。結果は1位が『三つの棺』、そして2位が本書だったのです。当時、本書は未訳だったために長い間、幻の名作扱いされていました。しかし、いざ日本で発売されるとトリックがあまりにも小粒だったために肩透かしを覚えた人が多数。大トリックではなく、小技を重ねて雰囲気を盛り上げるタイプのミステリーで出来自体はよいのですが、不可能犯罪ミステリー第2位という肩書が無駄にハードルを上げてしまったようです。それに、カーのオカルト趣味にクレイトン・ロースンの奇術テクニックを取り入れたような内容で、ハッタリの効いた事件の割にトリックが地味というアンバランスさは確かにあります。
魔の淵 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ヘイク タルボット
早川書房
2001-04-05


爬虫類館の殺人
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
ミステリー作家のクレイトン・ロースンと親交が深かったカー。新しい密室トリックを思いついたとの彼からの手紙に刺激を受けて、ロースンの考えた密室トリックと同じシチュエーションで別の解答に挑戦したのが本作です。ドアや窓の隙間に内側からゴム引きの紙を貼りつけて出入りを出来なくした目張りの密室。ロースンとは全くアプローチの違うトリックが興味深く、そのトリックを執筆当時、戦時下だった状況とクロスさせた伏線の用い方も見事です。
爬虫類館の殺人 (創元推理文庫 119-2)
カーター・ディクスン
東京創元社
1960-10-28


1945年

大聖堂は大騒ぎ(エドマンド・クリスピン)
カーが有名になって以降増えた、不可能犯罪ものを偏愛する作家の代表格と言える存在です。しかし、トリック自体よりもドタバタコメディが印象に残る作家で、本作でもその独特の雰囲気が、バカミス寸前の大トリックをギリギリのところでミステリ作品の枠に収めています。エドマンド・クリスピンは黄金期以降の新本格作家を指す英国教養派に属し、1944年に『金蠅』でデビュー。作家を志したのは
カーの『曲がった蝶番』に感銘を受けたのがきっかけだといいます。不可能犯罪を扱った代表作としては他に『消えた玩具屋(1946)』、『白鳥の歌(1947)』などがあります。
大聖堂は大騒ぎ (世界探偵小説全集)
エドマンド・クリスピン
国書刊行会
2004-05-26


1946年

囁く影
(ジョン・ディクスン・カー)
不可能犯罪、オカルト趣味、ラブロマンスとカーの特色を存分に出しながら、あまりゴタゴタした印象を与えず、巧みなプロットですっきりまとめた佳作、であるのは確かです。円熟の味、カー中期の最高傑作いう声も多いですが、しかしながら、トリックメーカーとしては衰えを感じさせる作品でもあります。特に、前年の『青銅ランプの呪い
(1945年』と続けて読むと、今さら感の強いトリックを大したアレンジすらせずに使っている姿勢が一層目立つのです。チープなトリックを使い続けていた初期のカーに戻ってしまった感があります。ただ、作者の特徴がはっきりと出ていて、物語としての完成度も高く、コンパクトにまとまっているのでカーの入門編としては鉄板の作品です。
囁く影 (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-8)
ジョン・ディクスン・カー
早川書房
1981-06


1947年

妖魔の森の家
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
随所に伏線を張りめぐらせた端正な本格ミステリで、冒頭の謎から驚愕の結末まで全く隙のない傑作。海外短編ミステリーのランキングを決める際には、必ず上位に名前が挙がる名品です。また、そのインパクトのあるトリックから、人間消失ミステリーの最高峰に位置する作品でもあります。
妖魔の森の家 (創元推理文庫―カー短編全集 2 (118‐2))
ジョン・ディクスン・カー
東京創元社
1970-12-11


天外消失(クレイトン・ロースン)
尾行中の犯人が、電話ボックスの中から忽然と姿を消す。『妖魔の森の家』に並ぶ、人間消失ミステリーの双璧。カーの力技のトリックとロースンらしい人間心理の裏をかいたトリックの対比が面白い。
天外消失 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1819)
クレイトン・ロースン
早川書房
2008-12-10


1948年

この世の外から
(クレイトン・ロースン)

過去にカーへ手紙を送り、新しい密室トリックを考案したといっていたのを形にしたのが本作です。同じ目張りの密室でも『爬虫類館の殺人』とは全く異なり、やはりマジシャンらしい解答を提示しています。


ジェゼベルの死(クリスティアナ・ブランド)
観客が見守る中、演劇の舞台の上で女優が殺されてしまうという強烈な不可能犯罪で、なんといってもそのえげつないトリックが印象的。ポスト黄金期の代表格であるブランドの作品の中でも名品のひとつに数えられています。
ジェゼベルの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 57-2)
クリスチアナ・ブランド
早川書房
1979-01


ワイルダー一家の失踪(レイノルド・フレイム)
過去現在に渡って一族の人間が次々と消えていく畳みかける謎がとにかく強烈。謎の提示という点では最高峰に位置する作品です。しかし、トリックのチープさでも有名で、その安易な謎解きはとても戦後に書かれたミステリーとは思えません。竜頭蛇尾とはまさにこのことでしょう。しかし、その竜の頭を見るためだけにでも一読の価値はある作品ではあります。それだけ、謎のインパクトは強烈です。

1949年

くたばれ健康法!(アラン・グリーン)

ユーモアの中にさりげなく伏線を忍ばせて、アクロバティックな密室トリックを成立させている不可能犯罪ミステリーの良作です。ただ、現代日本人にとってはユーモアミステリーとしての面白さが分かりづらく、中盤がかなり退屈に感じられるのが難点です。
くたばれ健康法! (創元推理文庫 165-1)
アラン・グリーン
東京創元社
1961-07-28


1950年

魔女が笑う夜(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
旧題は『笑う後家』。カーの作品の中でもかなりマイナーな作品でしたが、ミステリー評論家の瀬戸川猛資氏が1987年発売の『夜明けの睡魔』でその珍妙なトリックを紹介して以来、すっかりバカミスの代表的存在として有名になりました。カーらしい力技のトリックとも
言えますが、同時に、その度をすぎた強引さは密室の帝王としての限界も示していまいます。これ以降、カーは創作のメインを歴史ミステリーに移行し、数々の不可能犯罪ミステリーの傑作を生みだしたカーター・ディクスン名義も1953年の『騎士の盃』を最後に封印してしまいます。

カーター・ディクスン
早川書房
1982-09


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