最新更新日2021/05/01☆☆☆


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1930年に『夜歩く』でミステリー作家としてデビューを果たしたジョン・ディクスン・カーは、次々と独創的なトリックを考案して不可能犯罪のバリエーションを広げていきました。それと並行してカーのフォロワーたちも登場し、不可能犯罪ミステリーは大きく花開きます。そんな時代のカーの主要な作品と同時代を生きたミステリー作家の不可能犯罪ものについて紹介をしていきます。

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1934年


プレーグ・コートの殺人(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)

1930年にデビューしてしばらくはチープなトリックが多かったカーですが、本作でようやく密室の帝王のふたつ名に恥じない傑作を発表。オリジナリティの高い密室トリックと幽霊屋敷での交霊術という怪奇ムード満点の舞台設定を組み合わせ、魅力的な密室殺人ミステリーを創造することに成功しています。
プレーグ・コートの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-4)
カーター・ディクスン
早川書房
1977-07T


白い僧院の殺人
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
犯行推定時刻には雪はやんでいたのに殺人現場へと続く足跡は、犯人ではありえない発見者のものしか残されていなかったという謎。足跡のない殺人をテーマにしたものの中では最高峰に位置する作品です。
白い僧院の殺人【新訳版】 (創元推理文庫)
カーター・ディクスン
東京創元社
2019-06-28


チャイナ橙の謎(エラリー・クイーン)
本作で密室殺人は起こりませんが、密室殺人に応用可能なちょっとインパクトのあるトリックが登場するため、よく密室トリックの代表例として紹介されています。また、犯行現場なものがすべてさかさになっている奇天烈な謎でも有名な作品です。
チャイナ蜜柑の秘密 (角川文庫)
エラリー・クイーン
KADOKAWA/角川書店
2015-01-24


1935年

神の灯(エラリー・クイーン)
一夜にして、一軒家を丸ごと消失させるという大トリックで有名な中編ミステリー。
エラリー・クイーンの新冒険【新訳版】 (創元推理文庫)
エラリー・クイーン
東京創元社
2020-07-22


三つの棺(ジョン・ディクスン・カー)

過去に考案された密室トリックのパターンを網羅した密室講義とふたつの不可能犯罪のインパクトによって、密室殺人ミステリーの最高峰に祭り上げられている作品です。しかし、あまりにも複雑怪奇で説得力のないトリックは、決してほめられたものではありません。それよりも、この作品の真価は、巧みなミスディレクションによって隠された意外すぎる犯人の正体にこそあります。ちなみに、密室のカーなどと呼ばれていますが、本作を除くと密室殺人あるいは不可能犯罪ものの代表作は、すべてカーター・ディクスン名義のものです。
三つの棺〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョン・ディクスン・カー
早川書房
2014-07-10


赤後家の殺人
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
密室殺人にしては珍しい毒殺による殺人。一夜を過ごせば必ず毒死する部屋という設定が秀逸で、怪奇ムードを盛り上げています。
赤後家の殺人 (創元推理文庫 119-1)
カーター・ディクスン
東京創元社
1960-01-15


処刑6日前(ジョナサン・ラティマー

別居中の妻殺しの容疑で逮捕された男。彼には不利な証拠が揃っており、発見当時密室になっていた部屋に出入りするには、彼の持っている鍵を使うしかなかったことが決定打となって死刑判決が下される。しかし、死刑の日が迫ってから新しい証人が現れ、男は弁護士と私立探偵に再調査を依頼するが・・・。
『幻の女』と『ユダの窓』を混ぜたような設定ですが、両者の先行作品です。しかも、ジャンルとしてはタフな探偵やギャングが登場するハードボイルド。さらに、ハードボイルでありながら最後は関係者を集めて謎解きをする本格ミステリでもあるという異色な作品です。ただ、謎解きには見るべき点があるものの、密室トリック自体は大したことありません。
処刑6日前 (創元推理文庫 129-1)
ジョナサン・ラティマー
東京創元社
1981T


1936年

三人の名探偵のための事件(レオ・ブルース)

村の屋敷で起こった密室殺人事件を嗅ぎつけてやってきたのは、ブラウン神父、ピーター・ウィムジィ卿、エルキュール・ポアロがモデルの3人の名探偵たち。彼らはそれぞれに自分の推理を披露するが、最後に真相を突き止めたのは平凡な警察官であるビーフ巡査部長だったという作品です。密室トリックそのものよりも、名探偵たちの堂々たる推理を冴えない警察官が豪快にひっくり返すという、従来の探偵小説を皮肉った構図がユニークです。ビーフ巡査部長は本作が初登場で、以後シリーズ探偵として活躍します。

三人の名探偵のための事件 (海外文庫)
レオ ブルース
扶桑社
2017-09-02


1937年

孔雀の羽根
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
厳重な監視下にあり、誰も出入りをしていないはずの部屋で男が至近距離から銃で撃たれて殺されていたという謎を扱っています。カーの中ではマイナーな作品ですが、銃を使った密室トリックはなかなかユニークです。ただ、得意の怪奇趣味で多少の無理はねじ伏せるタイプの作品でもないため、ご都合主義の設定がダイレクトに浮き出てしまっている感があります。それに、単調な捜査が続くストーリーも少々冗長で、その辺りが低評価の原因ではないかと思われます。
孔雀の羽根 (創元推理文庫 119-4)
カーター・ディクスン
東京創元社
1980-12-19


1938年

ユダの窓
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
『三つの棺』が密室殺人を扱ったミステリーの最高峰といわれているのに対して、本作は密室トリックの最高峰と称される作品です。物語は、内側から施錠された完全な密室で他殺死体と一緒に発見された男の無罪を証明するためにHM卿が裁判で奮闘するというもので、法廷ミステリーとして一級の面白さを誇っています。
ただし、密室トリック自体は巧妙ではあるものの、そこまで凄いというわけではありません。その代わり、「犯人はユダの窓から出入りした」、「ユダの窓はどこにでもあるが、誰も気付かない」という謎めいたフレーズが作品全体をスリリングなものにし、鮮やかな解決によってカタルシスを生み出すことに成功しています。最高の密室トリックというのはその辺を含めての評価なのでしょう。
ユダの窓 (創元推理文庫)
カーター・ディクスン
東京創元社
2015-07-29


曲がった蝶番
(ジョン・ディクスン・カー)
密室殺人ものの人気投票をするとちょくちょく上位に顔を出す作品です。しかし、タイタニック号の沈没事故や自動人形などを絡めたストーリーはすこぶる面白いものの、衆人環視下での殺人トリックはバカミスの類でまともに評価できるものではありません。カーは独創的なトリックの数々を生みだしている反面、時々こうした荒唐無稽なトリックを持ち出してきます(もっともカーの場合、独創性と荒唐無稽は常に隣り合わせの綱渡りだったりしますが)。しかし、本作は作品の雰囲気とトリックが妙にマッチしていて、その無茶苦茶さも味になっているから不思議です。その辺りがこの作品の人気の秘密なのでしょう。
曲がった蝶番【新訳版】 (創元推理文庫)
ジョン・ディクスン・カー
東京創元社
2012-12-21


帽子から飛び出した死(クレイトン・ロースン)

著者の本業がマジシャンというだけあって、騙しのテクニックを駆使した巧妙な密室殺人を作り上げています。また、密室以外にも、タクシーに乗っていた容疑者の消失、雪密室での殺人と多彩な謎を創出しているのが魅力的です。さらに、作中で『三つの棺』の改良版密室講義も披露しており、本作はこの時代の不可能犯罪ミステリーとして重要作品のひとつに数えられています。ただ、トリック自体に独創的な発想はなく、手品的な小技に頼ったものなので、ネタを明かされても驚きに欠けるのが難です。
ポアロのクリスマス(アガサ・クリスティ)
クリスマスイブの夜に人が争っているような物音と絶叫が響き渡り、施錠されたドアを破ると屋敷の当主が喉を切り裂かれて死んでいたという謎が描かれています。クリスティの作品の中ではあまり有名ではありませんし、密室トリック自体も大したことはないものの、巧みに張り巡らせた伏線を回収しながら意外な真相へと至るプロセスはさすがクリスティです。ミステリーの女王の隠れた秀作だといえるでしょう。
ただ、現代読者からすると、トリックにおける科学的矛盾がひっかかるかもしれません。
ポアロのクリスマス (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ・クリスティー
早川書房
2003-11-11


1939年

読者よ欺かるることなかれ(
カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
本作の不可能犯罪は、密室ではなく衆人環視の中で男が死ぬが、その死因が全く分からないというもの。容疑者が念力による遠隔殺人をしたとうそぶき、不能犯無罪を主張するハッタリが不可能興味を盛り上げてくれます。カーの騙しのテクニックが存分に味わえる力作です。
読者よ欺かるるなかれ (ハヤカワ・ミステリ 409)
カーター・ディクスン
早川書房
1983-01T


そして誰もいなくなった(アガサ・クリスティ)
黄金期ミステリーの金字塔というべき名作で、孤島に集められた10人が次々に死んでいくというサスペンス感満点の展開は空前絶後の面白さです。そして、その物語の終盤で大きな不可能状況が提示されます。トリック自体はどうということはありませんが、ミスディレクションによって読者をミスリードして真相を覆い隠すテクニックが見事です。


殺人者なき六つの殺人(ピエール・ポワロー)
フランスの作家ポワロー・ナルスジャックは、ヒッチコック監督の『めまい』の原作者として有名ですが、実はこの作家はエラリー・クイーンと同じでふたりの作家の合作名です。そして、その片割れが相方と出会う前に書いた作品が本書だというわけです。フランスのミステリー作家としては珍しくバリバリの本格派で、後のポール・アルテのごとく不可能犯罪に並々ならぬこだわりをみせています。本書もタイトルが示す通り、不可能状態での殺人が間髪置かずに起こり続けるという非常にマニアックでサービス満載の作品です。ただ、トリックはどれも古典的なものばかりで、プロットも後半にいくにつれて甘くなるため、熱意に実力が追いついていない感が強く浮き出た作品になっています。フランスにもこの時代に密室派の作家がいたという事実を示す意味では貴重な作品だと言えるでしょう。
P・ボアロー
講談社
1985-03

1940年


密室の魔術師(H・H・ホームズ)

ミステリー評論家として有名なアントニー・バウチャーの別名義作品。『三つの棺』と『帽子から飛び出した死』を意識した密室講義は犯行の時間を軸にして密室トリックを分類していて、ふたつの先行作品と比べると大胆なまでにシンプルにまとめています。他にも、登場人物のひとりがディクスン・カーの熱烈なファンであるなどいかにもミステリーマニアが書いた作品といった印象です。小説としては素人っぽさが残るものの、大胆な密室トリックが使われており、発表当時は一定の評価を得ていたようです。ただ、日本では翻訳に恵まれず、マイナーな作品に留まっています。※その後、別冊宝石99号(1960年5月)に収録されていた高橋泰邦・訳の作品を62年越しで書籍化。






1941年

連続自殺事件
(ジョン・ディクスン・カー)
旧題『連続殺人事件』。ふたつの密室殺人が起こりますが、これはそのトリックが素晴らしいというよりも、SF作家のアイザック・アシモフが「そのトリックが実現不可能だ」と批判したことで有名になった作品です。それを除けば、本作はミステリーとしてすっきりまとまった佳作といったところです。ただ、内側から鍵が掛けられている状況で犯人はいかにしてその中にいる被害者を窓から突き落としたのか?という例のトリックは、可能か不可能かは置いておくとしても、偶然性が強すぎてあまり魅力的なものとはいえません。
密室殺人(ルパート・ペニー)
ルパート・ペニーは黄金期後期にあたる1936年にデビューし、6年間で8冊の長編ミステリーを残しています。いずれもエラリー・クイーンを彷彿とさせる凝りに凝ったパズラー小説なのですが、マイナー作家に留まっているのは作風が地味で物語としてあまり面白くないからでしょう。本作も密室殺人と銘打たれているにも関わらず、中盤を過ぎても殺人事件が起こらないのでかなりジリジリさせられます。その代わり、前半に張り巡らされた伏線が一気に回収される終盤の展開は見事です。独創性の高い密室トリックにも感心させられますし、トリックの解明のために幾枚もの見取り図を用いるのもマニア心をくすぐられます。密室にする必然性に乏しいのが難ですが、新しい密室トリックを創出したという意味では高く評価されるべき作品です。
密室殺人 (論創海外ミステリ)
ルーパート・ペニー
論創社
2019-07-03


1943年


貴婦人として死す
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
『白い僧院の殺人』では独創的なワンアイデアで雪密室を作り上げたカーですが、本作では小さなトリックを積みかさねて足跡のない殺人を演出しています。そして、ミステリーとしての切れ味では『白い僧院の殺人』をも凌ぐカーの中でも上位に位置する作品です。また、足跡のない殺人をテーマにした長編小説としては、他に『テニスコートの殺人(1939)』があります。これを合わせてカー3大足跡トリックミステリーと言いたいところですが、『
テニスコートの殺人』は他の2作品と比べるとトリックが安易で、ミステリーの面白さも何ランクも落ちてしまうのが残念なところです。
貴婦人として死す (創元推理文庫)
カーター・ディクスン
東京創元社
2016-02-27


1944年

魔の淵(ヘイク・タルボット)

雪の山荘で交霊会が行われる中、さまざまな怪事件が起こるオカルトミステリー。1981年にエドワード・D・ホッグが編んだ密室アンソロジー『密室大集合』の巻末に、不可能犯罪ミステリー長編ランキングをアンケートによって決める企画がありました。結果は1位が『三つの棺』、そして2位が本書だったのです。当時、本書は未訳だったために長い間、幻の名作扱いされていました。しかし、いざ日本で発売されるとトリックがあまりにも小粒だったために肩透かしを喰らった人が多数。大トリックではなく、小技を重ねて雰囲気を盛り上げるタイプのミステリーであり、出来自体は悪くないのですが、不可能犯罪ミステリー第2位という肩書が無駄にハードルを上げてしまったようです。それに、カーのオカルト趣味にクレイトン・ロースンの奇術テクニックを取り入れたような内容で、ハッタリの効いた事件の割にトリックが地味というアンバランスさは確かにあります。
魔の淵 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ヘイク タルボット
早川書房
2001-04-05


爬虫類館の殺人
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
ミステリー作家のクレイトン・ロースンと親交が深かったカー。新しい密室トリックを思いついたとの彼からの手紙に刺激を受けて、ロースンの考えた密室トリックと同じシチュエーションで別の解答に挑戦したのが本作です。ドアや窓の隙間に内側からゴム引きの紙を貼りつけて出入りを出来なくした目張りの密室。ロースンとは全くアプローチの違うトリックが興味深く、執筆当時に戦時下だった状況をうまく生かした伏線の用い方も見事です。
爬虫類館の殺人 (創元推理文庫 119-2)
カーター・ディクスン
東京創元社
1960-10-28


1945年

大聖堂は大騒ぎ(エドマンド・クリスピン)
カーが有名になって以降増えた、不可能犯罪ものを偏愛する作家の代表格と言える存在です。しかし、トリック自体よりもドタバタコメディが印象に残る作家で、本作でもその独特の雰囲気が、バカミス寸前の大トリックをギリギリのところでミステリ作品の枠に収めています。エドマンド・クリスピンは黄金期以降の新本格作家を指す英国教養派に属し、1944年に『金蠅』でデビュー。作家を志したのは
カーの『曲がった蝶番』に感銘を受けたのがきっかけだといいます。不可能犯罪を扱った代表作としては他に『消えた玩具屋(1946)』、『白鳥の歌(1947)』などがあります。
大聖堂は大騒ぎ (世界探偵小説全集)
エドマンド・クリスピン
国書刊行会
2004-05-26


1946年

囁く影
(ジョン・ディクスン・カー)
不可能犯罪、オカルト趣味、ラブロマンスとカーの特色を存分に出しながら、あまりゴタゴタした印象を与えず、巧みなプロットですっきりまとめた佳作、であるのは確かです。ミステリーとしての謎に吸血鬼伝説などの怪奇性を絡めてサスペンスを盛り上げていく手管も堂に入っています。そのため、本作はカー中期の最高傑作だという声も少なくありません。しかしながら、トリックメーカーとしては衰えを感じさせる作品でもあります。特に、前年の『青銅ランプの呪い
(1945年』と続けて読むと、今さら感の強いトリックを大したアレンジも加えずに使っている姿勢が一層目立つのです。チープなトリックを使い続けていた初期のカーに戻ってしまった感があります。ただ、作者の特徴がはっきりと出ていて、物語としての完成度も高く、コンパクトにまとまっているのでカーの入門編としては鉄板の作品であることは確かです。
囁く影
ジョン ディクスン カー
早川書房
2015-04-30


1947年

妖魔の森の家
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
本作で扱っている謎は人間消失です。物語は、森の中の家で神隠しにあった少女が20年後にその家にピクニックで訪れ、HM卿の監視下の元で再び忽然と姿を消すというもの。随所に伏線を張りめぐらせた端正な本格ミステリで、冒頭の謎から驚愕の結末まで全く隙のない傑作です。そして、海外短編ミステリーのランキングを決める際には、必ず上位に名前が挙がることでも知られています。また、そのインパクトのあるトリックから、人間消失ミステリーの最高峰に位置する作品でもあります。
妖魔の森の家 (創元推理文庫―カー短編全集 2 (118‐2))
ジョン・ディクスン・カー
東京創元社
1970-12-11


天外消失(クレイトン・ロースン)
尾行中の犯人が、電話ボックスの中から忽然と姿を消す。『妖魔の森の家』に並ぶ、人間消失ミステリーの双璧。両者を比較すると、カーの力技のトリックとロースンらしい人間心理の裏をかいたトリックの対比がユニークです。


騙し絵(マルセル・ラントーム)
探偵小説マニアだったフランス人の著者が第2次世界大戦中に捕虜収容所で書き上げたといわれている作品です。物語は、令嬢が亡き祖父から相続した253カラットのダイヤモンドを結婚式の日にお披露目したところ、いつの間にか偽物にすり替えられていたというものです。しかも、保険会社によって選ばれた世界6カ国の警官による厳重な監視下にあったという設定がより一層不可能性を高めています。さらに、読者への挑戦つきのコテコテの本格ミステリなのがうれしいところです。はっきりいってトリックは実現性に乏しいものですが、一方で、その破天荒なまでの豪快さは一種のバカミスとして大いに楽しむことができます。
騙し絵 (創元推理文庫)
マルセル・ラントーム
東京創元社
2009-10-30


1948年

この世の外から
(クレイトン・ロースン)

過去にカーへ手紙を送り、新しい密室トリックを考案したといっていたのを形にしたのが本作です。同じ目張りの密室でも『爬虫類館の殺人』とは全く異なり、やはりマジシャンらしい解答を提示しています。


ジェゼベルの死(クリスティアナ・ブランド)
観客が見守る中、演劇の舞台の上で女優が殺されてしまうという強烈な不可能犯罪で、なんといってもそのえげつないトリックが印象的。ポスト黄金期の代表格であるブランドの作品の中でも名品のひとつに数えられています。
ジェゼベルの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 57-2)
クリスチアナ・ブランド
早川書房
1979-01T


ワイルダー一家の失踪(レイノルド・フレイム)
過去から現在に至るまで一族の人間が次々と消えていくという、畳みかける謎がとにかく強烈。謎の提示という点では最高峰に位置する作品です。ただ、トリックのチープさでも有名で、その安易な謎解きはとても戦後に書かれたミステリーとは思えません。竜頭蛇尾とはまさにこのことでしょう。しかし、その竜の頭を見るためだけにでも一読の価値はある作品ではあります。それほどまでに謎のインパクトは強烈です。
ワイルダー一家の失踪 (ハヤカワ・ミステリ 104)
ハーバート・ブリーン
早川書房
1953-11T


1949年

くたばれ健康法!(アラン・グリーン)

健康法の教祖が密室状態で射殺された謎を扱っており、ユーモアの中にさりげなく伏線を忍ばせて、アクロバティックな密室トリックを成立させている不可能犯罪ミステリーの良作です。ただ、現代日本人にとってはユーモアミステリーとしての面白さが分かりづらく、中盤がかなり退屈に感じられるのが難点です。
くたばれ健康法! (創元推理文庫 165-1)
アラン・グリーン
東京創元社
1961-07-28


1950年

魔王の足跡(ノーマン・ベロウ)
一面に降り積もった雪の途中で蹄の足跡が突然出現し、それを追っていくと木の上で首をくくって死んでいる人間に行き当たり、足跡はそこでプツリと消えている。怪奇ムード満点な不可能犯罪を推論を重ねて解いていくという、ほぼ足跡トリック一点に絞った長編ミステリーです。作者のノーマン・ベロウは1930年代~1950年代に活躍したミステリー作家で、作品のほとんどが怪奇色の強い不可能犯罪をテーマにしています。ディクスン・カーを彷彿とさせる作風ですが、ミステリー作家としての腕前はさすがにカーの方が一枚も二枚も上手だったようです。それでも、本作は彼の代表作といわれる作品だけあってなかなか読みごたえがあります。あっと驚くような独創的なトリックがあるわけではないのですが、不可能と思われる現象を成立させるために色々と工夫をしている点に好感がもてます。ただ、伏線の張り方が甘く、勘の良い人ならなんとなく真相に気付いてしまう点が難点です。
魔王の足跡 世界探偵小説全集 (43)
ノーマン・ベロウ
国書刊行会
2006-01-01



魔女が笑う夜
(カーター・ディクスン<ジョン・ディクスン・カー>)
旧題は『笑う後家』。銃声が聞こえて目を覚ますと内側から施錠されているにも関わらず、部屋の中に恐ろしい姿をした後家が現れるという謎が描かれています。カーの作品の中でもかなりマイナーな作品でしたが、ミステリー評論家の瀬戸川猛資氏が1987年発売のミステリー評論集、『夜明けの睡魔』でその珍妙なトリックを紹介して以来、すっかりバカミスの代表的存在として有名になりました。カーらしい力技のトリックとも言えますが、同時に、その度をすぎた強引さは密室の帝王としての限界を示しているともいえるのではないでしょうか。これ以降、カーは創作のメインを歴史ミステリーに移行し、数々の不可能犯罪ミステリーの傑作を生みだしたカーター・ディクスン名義も1953年の『騎士の盃』を最後に封印してしまいます(正確には1956年に1作だけカーター・ディクスン名義で『恐怖は同じ』という歴史ミステリーを書いています)。
魔女が笑う夜 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-8)
カーター・ディクスン
早川書房
1982-09T



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