更新終了☆☆☆

戦後の作家に比べ、あまりその存在が知られていない戦前の探偵小説作家についてまとめてみました。今となってはマイナーになってしまった作家にも意外と良作が隠れているものです。なお、この時期の作家は著作権が切れている場合が多いので、興味のある作家を見つけたならば、青空文庫に掲載されているか調べてみましょう。

作者名(ふりがな)生年―没年
発表年月日 作品名
解説

戦前の作家の作品については私自身も把握していない部分が多いので、ピックアップしている作品は適当に選んだものであり、代表作とは限りません

黒岩涙香(くろいわ・るいこう)1862-1920
1889年 無惨
1896年 六人の死骸
海外の小説を日本を舞台にして書き換える翻案の第一人者。代表作は『鉄仮面』『白髪鬼』『幽霊塔』『巌窟王』など。また、1889年に日本初の探偵小説『無惨』を発表したことでも知られる。世界初のミステリー小説である『モルグ街の殺人』から48年後のことであった。ちなみに、『緋色の研究』によってシャーロック・ホームズが誕生したのは前年の1888年。

大倉てる子/大倉燁子(おおくら・てるこ) 1886-1960
1935年 踊る影絵
1935年 殺人流線型(長篇)
二葉亭四迷や夏目漱石から教えを請い、若い時は岩田百合子名義で文芸作品を書いていたが、結婚後海外に渡り、シャーロック・ホームズなどの海外ミステリーに触れる。離婚後、ミステリーに転じ、日本初の女流探偵小説作家となった。丘みどり名義の作品もあり。

夢野久作(ゆめの・きゅうさく)1889-1936
1926年 あやかしの鼓
1928年 瓶詰め地獄
1928年 死後の恋
1929年 押絵の奇跡
1934年 少女地獄
1935年 ドグラ・マグラ(長篇)
日本三大奇書のひとつ『ドグラ・マグラ』を書き上げるもその翌年、脳溢血で没す。作家の他に陸軍少尉、農園業者、禅僧、能の教授、新聞記者、郵便局長と様々な経歴を持つ。狂気にまつわる話が多く、しばしば、書簡形式で物語を展開させる手法をとっているのが特徴。

山本禾太郎(やまもと・のぎたろう)1889-1951
1926年 窓
1928年 小坂町事件
1932年 小笛事件
1926年に夢野久作の『あやかしの鼓』に並んで『窓』が新青年懸賞で2位。ドキュメンタリータッチのリアリティが伴った犯罪小説を志し、しばしば、調書形式を用いる。一度筆を折り、再起した後はもともと得意だった幻想スリラーを中心とした作風に回帰した。

森下雨村(もりした・うそん)1890ー1965
1932年 呪の仮面(長篇)
1935年 丹那殺人事件(長篇)
1936
年 青斑猫
探偵小説で有名な雑誌である『新青年』の初代編集長で、江戸川乱歩を世に送り出したことで知られている。自身も探偵小説やスリラー小説を手がけていた。

小酒井不木(こさかい・ふぼく)1890-1929
1925年 呪はれの家
1926年 恋愛曲線
1926年 人工心臓
東北大学の医学部助教授を務めるなど長年医学の道を歩んできたが、自身は結核に苛まれるなど、しばしば病に苦しんでいた。30歳を過ぎた辺りから海外ミステリーの翻訳を初め、日本における探偵小説の普及に大きな役割を果たす。1925年からは自身も執筆を始めたが、人体破壊や陰惨なストーリーを得意としたため、江戸川乱歩や横溝正史らと並んで不健全派と呼ばれることになる。1929年、肺炎によって急逝。

山下利三郎(やました・りさぶろう)1892-1952
1922年 誘拐者
1923年 詩人の愛
1923年 頭の悪い男
1923年 君子の目
1923年 夜の呪い
1926年 藻くず
探偵小説黎明期に江戸川乱歩と共にその普及に貢献したが、地味な作風のため、乱歩の影に隠れる結果となる。実は、乱歩をもってして「侮りがたし」と言わしめた作家である。

平林初之輔(ひらばやし・はつのすけ)1892―1931
1926年 頭と足
1926年 予審調書
プロレタリア文学の翻訳及び評論を生業にしていたが、海外ミステリーの紹介にも力を入れ、ヴァン・ダインの作品などを翻訳し、探偵小説の普及に一役買う。また、本人もいくつかの探偵小説を残している。フランス留学中に出血性膵臓炎で没す。

甲賀三郎(こうが・さぶろう)1893-1945
1923年 真珠塔の秘密
1924年 琥珀のパイプ
1926年 ニッケル文鎮
1926年 悪戯
1927年 荒野
1927年 支倉事件(長篇)
1928年 緑色の犯罪
1929年 奇声山
1933年 体温計殺人事件
本格派の名付け親。本人自身も謎解きを中心としたミステリーを量産し、人気作家となるが、科学知識に頼ったトリックが多いため、現代においても評価される作品は乏しい。しかし、当時は、乱歩の本格系作品より甲賀の作品の方がウケはよかった。また、江戸川乱歩、大下宇陀児、木々高太郎らを変格派として、しばしば論戦を挑んでいたことでも有名。1945年2月、九州からの帰途の際、列車の中で急性肺炎を発症。終戦を待つことなく急逝してしまう。

江戸川乱歩(えどがわ・らんぽ)1894-1965
1923年 二銭銅貨
1925年 D坂の殺人事件
1925年 心理試験
1925年 屋根裏の散歩者
1925年 人間椅子
1926年 パノラマ島奇談
1928年 陰獣
1929年 芋虫
1929年 孤島の鬼(長篇)
1929年 押絵と旅をする男
1930年 蜘蛛男(長篇)
1934年 黒蜥蜴(長篇)
探偵小説を日本に広めた最大の功労者として語られることが多い。本人は本格派志向だったが、乱歩のそうした作品に対して当時の読者の反応は薄く、倒錯的な犯罪小説ばかりが支持された。そのため、30年代以降は、名探偵明智小五郎と謎の怪人物が対決するような、通俗スリラーが創作の中心となる。戦後は創作量も減り、海外ミステリーの紹介や新人発掘など、プロデューサー的な役割に徹した。

大下宇陀児(おおした・うだる)1896-1966
1925年 金口の巻煙草
1927年 闇の中の顔(長篇)
1929年 蛭川博士
1930年 情獄
1936年 凧
1937年 鉄の舌
1937年 悪女
トリックの創出よりも事件を通して人間心理を描くことを重視。そのため、甲賀三郎に論戦をふっかけられる。戦後、『石の下の記録』で第4回探偵作家クラブ賞を受賞。

濱尾四郎/浜尾四郎(はまお・しろう)1896‐1935
1929年 彼が殺したか
1929年 殺された天一坊
1931年 殺人鬼(長篇)
1933年 鉄鎖殺人事件(長篇)
検事を務め、弁護士に転身し、その後、貴族院議員にも当選した。子爵の爵位を持ち、当時としては珍しい上流階級に属する探偵小説作家である。その法律知識を生かし、上質な本格ミステリを書き続けた。また、謎解きの面白さだけではなく、司法家として、人が人を裁く法の限界をテーマとして追求し続ける。生来の虚弱体質であり、40歳で脳溢血に倒れ、帰らぬ人となった。ちなみに、ヴァン・ダインの熱烈な信奉者であり、その影響が色濃く出た傑作が『殺人鬼』である。


海野十三(うんの・じゅうざ)1897-1949
1928年 電気風呂の怪死事件
1937年 十八時の音楽浴
1938年 怪塔王(長篇)
1939年 火星兵団(長篇)

探偵小説作家というよりはSF作家として有名。また、探偵小説においても、SF的なアイデアに基づくSFミステリーを得意とした。1942年、徴兵令により、出兵するも健康を害して帰国。1949年に結核によって没する。

木々高太郎(きぎ・たかたろう)1897-1969
1934年 網膜脈視症
1936年 人生の阿呆(長篇) 第4回直木賞受賞
探偵小説も極めれば芸術作品となりうるという探偵小説芸術論を提唱し、探偵小説はあくまでも通俗小説にすぎないとする甲賀三郎と論争。1945年に『新月』にて第1回探偵作家クラブ賞短編賞を受賞する

小栗虫太郎(おぐり・むしたろう)1901-1946
1927年 ある検事の遺書
1933年 完全犯罪
1933年 後光殺人事件
1933年 聖アレキセイ寺院の惨劇
1934年 黒死館殺人事件(長篇)
1934年 夢殿殺人事件
1934年 失楽園殺人事件
1935年 オフェリヤ殺し
1939年―1941年 人外魔境シリーズ
日本三大奇書の中でも最も難解な作品である『黒死館殺人事件』を著す。病に倒れた横溝正史の代打で掲載した『完全犯罪』が大きな反響を呼び、人気作家となった。事件そのものすら埋没してしまいそうな怒涛の衒学趣味が特徴だが、当局から探偵小説が禁じられた後期にはロマンあふれる冒険小説を数多く書いている。戦後、本格ミステリ執筆への情熱を見せ、『悪霊』の連載を始めるも脳溢血によって没す。

渡辺啓助(わたなべ・けいすけ)1901-2002
1929年 偽目のマドンナ
1933年 地獄横丁
1937年 聖悪魔
新青年の「映画俳優による探偵小説競作」という企画にて人気俳優・岡田時彦のゴーストライターとして『偽目のマドンナ』を執筆。これが処女作になる。戦後には第4代探偵作家クラブ会長も務める。

横溝正史(よこみそ・せいし)1902-1981
1921年 恐ろしき四月馬鹿

1935年 鬼火
1935年 蔵の中
1936年 真珠郎
意外なことに処女作は江戸川乱歩よりも早く、学生の時、懸賞に応募した作品が入選。しかし、その後、専業作家にはならず、編集の道へと進む。編集長を務めながらポツポツと創作を続けていたが、30年代になると会社を辞め、創作に専念。作品の中には、本格推理にこだわった短編も少なからず認められるものの、全体的には耽美色の強い通俗スリラーというのが、この時期の著者の作風である。金田一耕助は未だ誕生しておらず、主に、白髪の老紳士・
由利麟太郎が探偵役を務める。しかし、この頃はまだ、横溝正史の名に突出した人気はなく、彼が国内本格ミステリの顔となったのは戦後のことである。

久生十蘭(ひさお・じゅうらん)1902-1957
1935年 黄金遁走曲(長篇)
1936年 金狼(長篇)
1937年 魔都(長篇)
1937年 湖畔
1939年 キャラ子さん(長篇)
1942年 顎十郎捕者帳(長篇)
1942年 平賀源内捕者帳(長篇)
1944年 内地へよろしく(長篇)
探偵小説専門の作家ではなく、時代劇、ユーモア小説、ノンフィクションと多彩なジャンルを手掛けた。ふたつ名は小説の魔術師。ミステリー作家としては、国王暗殺の陰謀を巡る24時間の出来事を1冊の長篇にまとめた『魔都』が有名。

葛山二郎(くずやま・じろう)1902―1994
1923年 噂の真相
1923年 利己主義
1929年 赤いペンキを買った女
本格ミステリの他、怪奇小説、犯罪小説、ユーモアミステリーと作風の幅は広い。「赤いペンキを買った女」は江戸川乱歩から戦前のベスト短編ミステリーと称された。

渡辺温(わたなべ・おん)1902-1930
1927年 父を失う話
1929年 アンドロギュノスの裔
1930年 兵隊の死
横溝正史編集長の元で編集に携わりながら小説を書いていたが、創作に専念するため、1928年に退社。しかし、その2年後に乗っていた車が列車事故に遭い急逝。若干27歳だった。

水谷準(みずたに・じゅん)1904-2001
1922年 好敵手
1932年 獣人の獄
1922年に新青年の懸賞に出した『好敵手』が1位を取り、1929年から長きに渡って同誌の編集長を務める。横溝正史とは大の親友だった。

西尾正(にしお・ただし)1907-1949
1934年 陳情書
怪奇色の強い短編ミステリーを執筆。代表作は『骸骨』『海蛇』『青い鴉』など。1949年、結核にて死去。

蒼井雄(あおい・ゆう)1909-1975

1934年 狂操曲殺人事件
1935年 船富家の惨劇(長篇)
1936年 瀬戸内海の惨劇(長篇)
春秋社の長篇探偵小説懸賞において『犯罪魔』が江戸川乱歩の絶賛を受けて1等に輝き、『船富家の惨劇』と改題の上で出版。本作は日本で初めての鉄道を使ったアリバイ崩しモノであり、戦後ミステリーに大きな影響を与えた。しかし、蒼井雄自身は、その後、本作に比肩する作品を生み出すことはできず、専業作家として花開くことはなかった。

九鬼紫郎(くき・しろう)1910-1997
1931年 現場不在証明
甲賀三郎の書生として1年余りを過ごし、1931年に『現場不在証明』でデビュー。その後、探偵雑誌『ぷろふいる』の編集長を務めるなどしながら創作活動を行っていたが、その内容については定かではない。1950年代以降はミステリーや時代劇小説の作品を数多く残している。

大阪圭吉(おおさか・けいきち)1912ー1945
1932年 デパートの絞刑史
1934年 とむらい機関車
1936年 あやつり裁判
1937年 坑鬼
若干20歳でデビューし、質の高い短編本格ミステリを数多く残したが、当時の世評は必ずしも高いものではなかった。1945年、ルソン島にて病死。日本で本格ミステリが花開いた戦後の活躍を見られなかったのが残念な作家である。
探偵小説作家