物語良品館資料室

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最新更新日2024/03/17☆☆☆

Previous⇒SFが読みたい!2024年版 国内ベスト30予想

SFが読みたい!2025
対象作品である2023年11月1日~2024年10月31日発売の国内SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素の絡まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されずらいので傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
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2024年2月29日時点での暫定予想順位

1位.奏で手のヌフレツン(酉島伝法)
球地(たまつち)の凹面世界では落人(おちうど)と呼ばれる知的生命体が小さな聚楽に分かれて暮らしていた。球地のエネルギー源は地上の黄道を巡る複数の太陽だが、あるとき太陽消失の危機が迫る。太陽に抗った聚落の子孫であるヌフレツンは、目前の危機を前に禁断の旋律を奏でようとするが…。
著者十八番の異形の生物を主人公に据えた非人間SFです。それ故に最初は情景が思い浮かべづらいのですが、緻密に描かれる日常描写はイマジネーション豊かであり、次第に引き込まれていきます。加えて壮大なクライマックスと余韻を残すラストも感動的。音楽小説としても素晴らしい傑作です。
奏で手のヌフレツン
酉島 伝法
河出書房新社
2023-12-04


2位.射手座の香る夏(松樹凛)
意識の転送技術を乱用して違法の〈動物乗り〉に興じていた若者たちが不可解な事件に巻き込まれる表題作、少女が憂鬱な夏休みに影たちを引き連れた少年と出会う「影たちのいたところ」、人工知性の少年少女が自らの身体性に思い悩む「さよなら、スティールヘッド」など、全4編を収録。
第12回創元SF短編賞受賞の表題作を含む著者のデビュー短編集。いずれの作品も鮮烈な夏のイメージにSF的ガジェットを織り込み、魅力的な幻想世界を描き出しています。ノスタルジックな味わいの「十五までは神のうち」やSF的アイデアが光る「さよなら、スチールヘッド」など、秀作揃いです。
射手座の香る夏 (創元日本SF叢書)
松樹 凛
東京創元社
2024-02-29


3位.ホライズン・ゲート 事象の狩人(矢野アロウ)
宇宙連邦創生期に発見された超巨大ブラックホール〈ダーク・エイジ〉。それが人工物でことを知った科学者たちは地平面探査基地を建設し、特異点の調査を開始する。分断された右脳に伝説の祖神を宿すヒルギス人の狙撃手・シンイーは、時を見通す力を持つパメラ人の少年・イオとともに、別の宇宙へと続くゲートの探索を続けるが…。
第11回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。ブラックホールを舞台にしたハードSFですが、難解さは最小限に抑えられ、門外漢にも分かるようにかみ砕いた解説をしてくれるのが好印象。同時に狙撃手を中心としたハードボイルドの雰囲気の物語を甘いラブストーリーに着地させるギャップも魅力的。
ホライズン・ゲート 事象の狩人
矢野 アロウ
早川書房
2023-12-20


4位.不夜島〈ナイトランド〉(荻堂顕)
終戦直後、沖縄最西端に位置する与那国島は密貿易によって栄えていた。台湾人で全身義体の密貿易人・武庭純は謎のアメリカ人女性から含光”なる代物を手に入れろという奇妙な依頼を受ける。殺人鬼騒動もあって武は相棒の島人とともに奔走するが、やがて巨大な陰謀に巻き込まれていき…。
世界大戦時、すでにサイボーグや電脳技術が存在した世界をハードボイルドタッチで描いた歴史改変SF。主人公がサイボーグである設定を活かした活劇シーンなど、山場の連続で読み応えがあります。ただ、抜群に面白い前半と比べると、後半は設定を消化し切れていないことによる不完全燃焼感も。
不夜島(ナイトランド)
荻堂顕
祥伝社
2023-12-18


5位.対怪異アンドロイド開発研究室(饗庭淵)
アリサは、人が怪異の調査を行うと呪いの影響を受け、機械が調査を行うとそもそも怪異の出現しないという両者の欠点を克服するために白川研究室が開発した対怪異アンドロイドだ。ある夜、怪談スポットとして有名な山奥の廃村を調査しいる最中、アリサはチャラそうな青年と出くわすが…。
第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉特別賞受賞。恐怖の対象として語られる怪異を恐怖を感じないアンドロイドが調査を行うギャップが面白い。基本的に無感情ながら妙に自意識が高く、また、意外にポンコツだったりするアリサのキャラも魅力的。心霊ホラーをSFの文脈で語った傑作です。


6位.知能侵蝕 1(林譲治)
203X年3月、NIRC(国立地域文化総合研究所)の担当理事である大沼博子のもとへ航空自衛隊宇宙作戦群本部司令官補佐の宮本未生一等空佐からメールが届く。地球軌道上で人工衛星やデブリが異常な動きをしているというのだ。時を同じくして、世界各地で異常現象が観測されるようになり…。
ファーストコンタクトがテーマの新シリーズ。異星人がなかなか正体を現さないなかで、徐々に不穏な空気が高まっていく過程ががよく描けています。また、少子高齢化によって組織が機能不全を起こしているなかで未曾有の事態にどのように対応していくのかも興味深い。今後の展開に期待。
知能侵蝕 1 (ハヤカワ文庫JA)
林 譲治
早川書房
2024-01-24


7位.播磨国妖綺譚 伊佐々王の記(上田早夕里)
室町時代。蘆屋道満の子孫として民とともに暮らす薬師と僧侶の兄弟。ある日、ガモウダイゴと名乗る男が2人を訪ねてきた。彼の目的は弟の式神・あきつ鬼を我が物にすることだった。強大な術の使い手である蒲生は自分の方が主に相応しいという。だが、あきつ鬼はその要求をきっぱりと拒否し…。
シリーズ第2弾。室町の時代背景や人の営みを絡めた陰陽師ものとして面白さは相変わらずです。それに加えて、今回は陰陽師兄弟やあきつ鬼の宿敵となるであろうガモウダイゴと伊佐々王が登場することで、先の気になる作りとなっています。ワクワクが止まらない和風ファンタジーの傑作です。
播磨国妖綺譚 伊佐々王の記
上田 早夕里
文藝春秋
2023-12-08


8位.国歌を作った男(宮内悠介 )
孤独な少年が幼い頃から親しんできたプログラミングと音楽のスキルを駆使してアメリカを熱狂させるゲームを作り上げる表題作、パワハラで仕事を辞めた男が実家の寂れたジャンク屋を継ぐ『ジャンク』、留守の家に上がり込んで勝手に料理を作る事件を追う『料理魔事件』など、全13編を収録。
SF・純文学・ミステリとバラエティ豊かな品揃えながら、ノスタルジックな味わいはどの作品にも顕著です。『ラウリ・クースクを探して』の原型となる表題作がその代表例ですし、ベトナム戦争時に独自技術から生まれたSNSが思わぬ騒動が巻き起こす「パニック ―― 一九六五年のSNS」なども秀逸。
国歌を作った男
宮内悠介
講談社
2024-02-14


9位.ヒトは一度しか死ねないのだから(桜井直樹)
600年後の地球。そこは四季がなく、雨も降らない灼熱の世界だった。神から見捨てられたかのような地獄の世界で人類は万能に近いロボットたちと奇妙な共生生活を送っていた。そんななか、少年と天才科学者が思わぬ邂逅を果たし、運命の輪は廻り始める。その果てに待ち受けるものとは?
本作は単にデストピアSFに留まらない魅力が詰まっています。壮大でオリジナリティに満ちた世界観はまさにセンスオブワンダーですし、笑いあり、涙ありの物語はエンタメ小説として申し分のない出来です。なにより、人はいかに生きるべきかという真摯な問いかけが読むものの胸を突き刺します。
ヒトは一度しか死ねないのだから
桜井直樹
みらいパブリッシング
2024-02-27


10位.創元SF文庫総解説(東京創元社編集部)
1963年9月に創刊されて以降、60年の歴史を誇る創元SF文庫。本書では、フレドリック・ブラウンの『未来世界から来た男』に始まり現代に至るまで約800作品のレビューを収録しています。加えて、草創期の秘話や装幀をめぐる対談、創元SF文庫史概説なども収めたSFファン必携の一冊です。
現存する最古のSF文庫の歴史が一望できる、SFファンにとっては非常に貴重な一冊です。既読本に想いを馳せればノスタルジックな気分に浸ることが出来ますし、未読本をチェックすればまだ見ぬセンスオブワンダーの世界にワクワクします。『ハヤカワ文庫SF総解説』も併せて読みたいところ。
創元SF文庫総解説
東京創元社
2023-12-25


11位.竜の医師団(庵野ゆき)  
竜は創造を司るものだが、その竜が病んでしまうと破壊をもたらしてしまう。それを阻止するために竜の病を退ける者が〈竜の医師団〉だ。虐げられし民ヤポネ人の少年リョウは、飛行船の発着場をに向かう途中で自分と同じように竜の医師団を目指す上流階級のお坊ちゃんレオニートに出会い…。
気候に影響を及ぼすほどの巨大な竜が棲息するスケールの大きいなファンタジー世界が素晴らしく、設定の膨らませ方も巧みです。特に、数千年の寿命を持つ竜が死にゆくドラマは読ませます。加えて、主人公も魅力的。ユーモラスな語り口が楽しい一方で、竜に向ける暖かな気持ちにじんときます。
竜の医師団1 (創元推理文庫)
庵野 ゆき
東京創元社
2024-02-29
竜の医師団2 (創元推理文庫)
庵野 ゆき
東京創元社
2024-03-18



12位.異形見聞録(藤白圭)
因習村に引っ越してきた少年はそこら中にいる異形の存在に恐怖を覚える。しかし、村人たちとの交流を深めていくうちに、彼らが必ずしも人に害をなすものではないことを知っていく。やがて、少年は村人たちと異形の存在が共存している様子を異形見聞録というブログで紹介するようになるが…。
本作は児童書という扱いになっていますが挿入されているカラーイラストはどれもグロテスクで大人が見てもゾッとします。物語も常に不穏さを纏いながらも、先が気になる面白さがあります。特に、醜悪な人魚と文化祭のエピソードが秀逸です。
異形見聞録
藤白 圭
PHP研究所
2024-02-06


13位.夏目漱石ファンタジア(零余子)
創作の自由を脅かす政府に反旗を翻した夏目漱石は1910年に暗殺された。だが、彼は森鴎外による禁忌の医術・脳移植により、樋口一葉となって蘇る。一体、夏目漱石を殺したのは誰か?なぜ鴎外は彼を助けたのか?一方、漱石の協力者だと思われていた闇医者の野口英世が独自の思惑で動き出し...。
第36回ファンタジア大賞受賞の文豪バトルファンタジー。いかにもラノベらしいバトル展開の中に文豪たちのトリビアを織り込み、史実とフィクションが混然一体となっているさまが楽しい。荒唐無稽な物語でありながら文豪たちに対するリスペクトが感じられるのも好印象。エンタメSFの怪作です。


14位.をんごく(北沢陶)
大正末期。画家の壮一郎は震災で亡くなった妻・倭子を忘れられず、巫女に降霊を依頼する。だが、降霊は失敗し、巫女からは「奥さんの霊は普通ではない」と警告を受ける。やがて、壮一郎のもとに倭子の霊が現れるが、その声や気配は歪なものだった。ある日、彼は死霊を喰らう不思議な男に出会い...。
第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞等3賞同時受賞。きわめて完成度の高い怪異譚で淀みのない語り口はベテラン作家の風格さえ感じさせてくれます。なんだかんだといいながら世話を焼いてくれる巫女やこの世に未練を残す霊を喰らう退魔師のエリマキといったキャラも魅力的。人情ホラーの傑作です。
をんごく (角川書店単行本)
北沢 陶
KADOKAWA
2023-11-06


15位.カーテンコール(筒井康隆)  
幼い頃より娘に寄り添ってきた白蛇が年とともにどんどん巨大化していく「白蛇姫」、総理の本音を聞き出そうと一人の記者が早朝から官邸前で待ち伏せをする「官邸前」、街に出没したクマを駆除するべく猟師たちが借り出されるも犠牲者の数ばかり増えていく「羆」など、全25編収録の掌編集。
2015年『モナドの領域』での最後の長編宣言に続き、本作では最後の作品集宣言をしています。実験精神旺盛だった往年の作品と比べるとストレートすぎてもの足りなさを覚えますが、饒舌でドタバタな作風は著者ならでは。特に、過去の人気キャラが一挙登場する「プレイバック」は泣かせる名品です。
カーテンコール
筒井康隆
新潮社
2023-11-01


16位.ニュー・サバービア(波木銅)
原発のある片田舎で小説家になることを夢見ていた馬車道ハタリは高校卒業とともに上京。だが、夢はかなえられず、フードデリバリーで生活費を稼ぐ日々を過ごしていた。ある日、彼女のもとに見知らぬ作家の私小説原稿が届く。それを読んだハタリは原発事故で壊滅した故郷を自転車で目指すが…。
現代日本の閉塞感をデストピア小説の形を借りて描いた作品ですが、主人公が社会不適合者っぽくも魅力的で引き込まれます。物語的にはロードノベルの色が強い一方で、いきなり未知の生物が大暴れする展開には驚かされます。終末感溢れる世界を舞台に生きる意味について考えさせられ問題作です。
ニュー・サバービア
波木 銅
太田出版
2024-01-19


17位.食べると死ぬ花(芦花公園)
姑との同居に疲れ果てた美咲がカフェで美しい青年に出会って楽しい時間を過ごしたのちにある荷物を預かる「大歳の棺」、ひとり息子を失った桜子がカウンセラーから不思議な壺を渡されたうえで「3つの約束さえ守れば息子が帰ってくる」と告げられる『帰還の壺』など全7話収録の連作短編。
久根ニコライなる人物から贈り物をもらい、それによって事態が好転したかに見えるも最後には絶望が待ってるという『笑ゥせぇるすまん』的な話です。全編におぞましさが充満しており、すべての元兇であるニコライに悪意が一切ないのが、逆に禍々しく感じます。最終話の手記には絶句。
食べると死ぬ花
芦花公園
新潮社
2023-11-01


18位.みんなこわい話が大すき(尾八原ジュージ)
ひかりの家の押し入れにはナイナイがいる。形もなければ声も発しないが彼女の唯一の友達だった。ある日、ナイナイをいじめっ子のありさちゃんと会わせると、彼女に対して親友のようにふるまいだし、母親までひかりを甘やかすようになるの。数年後、霊能者の志朗貞明のもとにある依頼が…。
第8回カクヨムWeb小説コンテストのホラー部門大賞受賞作。どこか愛らしさを感じさせるナイナイですが、その正体や誕生の経緯にゾッとさせられます。 怪異そのものよりもそれを生み出した人間が怖い作品です。ホラー度はかなり高い一方で飄々としたシロの存在が適度な軽さを演出しています。
みんなこわい話が大すき (角川書店単行本)
尾八原 ジュージ
KADOKAWA
2023-12-22


19位.ゆうずどの結末(滝川さり)
大学1回生の菊池斗真はサークル仲間の宮原が投身自殺を図る瞬間を目撃してしまう。遺書があったことから彼女の死は自殺だと断定されるも、真はサークルの先輩から赤黒い染みのある本を手渡される。それは宮原が自殺の瞬間に手にしていた小説だった。しかも、今度はその先輩が自殺し...。
読むと死ぬ本をテーマにした全5章の連作短編です。臨場感が半端なく、ホラー小説として圧倒的な怖さを誇っています。しかも、読み進めていくにつれて恐怖が増していく構成が見事です。特に、第4章の絶望感は半端ありません。それだけに最終章の仕掛けがあからさまでイマイチに感じたのが残念。
ゆうずどの結末 (角川ホラー文庫)
滝川 さり
KADOKAWA
2024-02-22


20位.歪つ火 (三浦 晴海)
ソロキャンプが趣味の友美は、初めてのキャンプ場で複数のグループと知り合い、交流を深めていく。しかし、次の日になると何故かキャンプ場から出られなくなっていた。しかも、昨日知り合ったはずの人たちは、彼女に対して初対面のように接してくる。ただならぬ状況に友美は恐怖するが…。
序盤は退屈ですが、楽しいキャンプがだんだんと狂気に染まっていく展開にゾッとさせられます。また、主人公が少しずつ違和感に気が付いていく展開もよく出来ています。オチは途中で予想がつくものの、丁寧な伏線回収には好印象。なにより、恐怖を煽った末の切ないラストが心に染み入ります。
歪つ火 (角川ホラー文庫)
三浦 晴海
KADOKAWA
2024-01-23


21位.壊胎(黒十字 )
瞳子が目を覚ますと暗闇のなかにいた。どうやら監禁されているらしい。やがて自分と同じ境遇の若い男女に出会うが、彼らもなぜ自分たちがこんな所にいるのか分からないという。調べて分かったのはここが大海原を漂う船の中ということだけだった。3人はなんとか情報を集めようとするが…。
クトゥルフ神話をテーマにした同名TRPGシナリオブックのノベライズです。元がシナリオだけあってサクサクとテンポ良く楽しめます。クトゥルフと人間の真っ正面からの闘いが読みどころ。
壊胎
黒十字
KADOKAWA
2024-01-22


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最新更新日2024/03/13☆☆☆

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SFが読みたい!2025
対象作品である2023年11月1日~2024年10月31日発売の国内SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素の絡まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されずらいので傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
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2024年2月29日時点での暫定予想順位

1位.妄想感染体(デイヴィッド・ウェリントン)
防衛警察の警部補サシャはパイロットや医師はを伴って植民惑星パラダイス‐1の調査に赴く。そこで待ち受けていたのは妄想に溺れ、ゾンビと化した人々だった。しかも、その妄想は感染し、AIまでもが同様の妄想に取り憑かれていたのだ。恐るべき病原体バジリスク。果たしてその正体とは?
ハードSFから怒濤のノンストップホラーへと変化していくさまが痛快でページをめくる手が止まらなくなります。非武装の主人公たちが絶体絶命の危機をどう乗り切るかが読みどころとなっており、冒険アクションとしても秀逸。ちなみに、本作は三部作の第1弾という位置付けになっています。
妄想感染体 上 (ハヤカワ文庫SF)
デイヴィッド ウェリントン
早川書房
2024-01-10


2位.赦しへの四つの道(アーシュラ・K・ル・グィン)
自由民が隠遁者として暮らす第3惑星イェイオーウェイの寂れた集落で、孤独な老女がかつて革命の英雄と讃えられた人物と出会う「裏切り」、第4惑星エクーメンの使節が男女差別のはびこるイェイオーウェイに赴いて女奴隷の訴えを聞く「ア・マン・オブ・ザ・ピープル」など、全4作収録。
名作『闇の手』でお馴染みのハイニッシュ・ユニバースが舞台の連作短編集。90年代発表のジェンダーSFであり、両性具有を描くことでジェンダーの問題にアプローチした『闇の手』と比べてテーマ性がよりストレートです。人間の愚かしさを描いたうえで一筋の希望を持たせるドラマは読み応えあり。
赦しへの四つの道 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
アーシュラ K ル グィン
早川書房
2023-11-15


3位.宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選(顧適, 何夕etc)
いずれ解体される運命に無情を感じたロボットたちの間で禅宗ブームが起きる「仏性」、少女の奇妙な日常を日記形式で綴った「円環少女」、自己増殖する人工生命体の研究成果を相続した男が水星での繁殖計画を練る「水星播種」、時間が喪失した世界を描いた「時の点灯人」など、全15編収録。
中華SF紹介の第一人者・立原透耶が『時のきざはし』に続いて編纂したアンソロジー第2弾。前作同様レベルの高い作品が並んでいます。なかでも、壮大な計画をいかに実現するかを突き詰めた「水星播種」や時間の喪失と復活をロジカルかつロマン豊かに描いた「時の点灯人」などが秀逸。


4位.星、はるか遠く: 宇宙探査SF傑作選(フレッド・セイバーヘーゲン、キース・ローマー他)
資源探査のために太陽系の彼方を目指していた男女が針のように細長く巨大な構造物を発見する「故郷への長い道」、神の概念を知らない唯物論者の異星人たちのもとに地球の神父が布教に訪れる「異星の十字架」、荒野にぽっかりとあいた巨大な穴をひたすら下っていく「地獄の口」など全9編収録。
宇宙探査をテーマした1970年以前の英米SFを集めたアンソロジー集です。なかでも目玉なのが初翻訳作品の「故郷への長い道」と「地獄の口」。前者は謎の構造物の航法手段に驚かされますし、後者は悪夢的な地底探険に息をのむ傑作です。また、残酷な結末の「異星の十字架」も印象的。
星、はるか遠く: 宇宙探査SF傑作選 (創元SF文庫)
セイバーヘーゲン、ローマー他
東京創元社
2023-12-18


5位.ロボットの夢の都市(ラヴィ・ティドハー)
太陽系全域を巻き込んだ大戦から数百年後。都市ネオムの花屋で働くマリアムは花に見とれているロボットと出会う。そのロボットは奇妙な問答をかわした後にマリアムからダマスクローズ受け取り、砂漠へ向かう。その目的はゴールデンマンと呼ばれた兵器を発掘して再起動することにあった…。
中東出身の作家が現在サウジアラビアで建設中の計画都市ネオムの未来を描いた作品です。原題はそのものズバリ『NEOM』。最先端の都市が古びた街として登場する哀愁を漂わせます。個性豊かなロボットが魅力的で、人間とのふれ合いを描いたレトロな物語も心に染み入りる佳品です。
ロボットの夢の都市 (創元海外SF叢書)
ラヴィ・ティドハー
東京創元社
2024-02-13


6位.恐るべき緑 ーエクス・リブリスー (ベンハミン・ラバトゥッツ) 
第2次世界大戦時にナチの高官らが所持した青酸カリと西欧近代における青色顔料をめぐる歴史、第一次世界大戦の塹壕戦で用いられた毒ガス兵器の開発者フリッツ・ハーバー、ブラックホールの存在を初めて示唆した天文学者シュヴァルツシルトの知られざる人生などなど、科学史に基づくフィクション。
前半はほぼ史実に沿った科学者たちの物語なのですが、これが抜群の面白さを誇っています。天才たちのエキセントリックなエピソードは非常に興味深く、知的好奇心を刺激します。また、それらの史実に基づいて描かれる虚構の物語も読み応え満点。実験的なスタイルによる異形の傑作です。
恐るべき緑 (エクス・リブリス)
ベンハミン・ラバトゥッツ
白水社
2024-02-18


7位.呪いを解く者(フランシス・ハーディング)
原野(ワイルズ)という沼の森を有する国・ラディス。その地では小さな仲間と呼ばれる生き物が呪いによって人々に大きな影響力を与えていた。呪いを解くことを生業するほどき屋の少年・ケレンは継母に呪いで鳥にかえられた少女・ネトルを相棒に、呪いに悩む人々の依頼をこなしていくが…。
英国SF協会賞YA部門受賞。怪異が跋扈するオリジナリティ豊かな世界観がとにかく魅力的です。加えて、危機また危機の冒険ファンタジーとしてもよく出来ています。それに、呪いの存在を通して人間の本質について学んでいく少年の成長譚として秀逸。重いテーマをエンタメとして描いた傑作です。
呪いを解く者
フランシス・ハーディング
東京創元社
2023-11-30


8位.シャーロック・ホームズとサセックスの海魔 クトゥルー・ケースブック(ジェイムズ ラヴグローヴ)
ホームズたちと古き神々との対決から30年。50代後半となったホームズはサセックスで農場を営んでいた。あるとき、ホームズは3人の女性の失踪事件を調査することになるも、そこには邪神として蘇ったモリアーティの影が…。ヨーロッパが戦争へと突き進むなか、ホームズは最後の戦いに挑むが…。
ホームズ&ワトスンとクトゥルとの闘いを描いたシリーズ三部作の完結篇です。ホームズシリーズのファンにとっては衝撃的なシーンから始まる本作ですが、「最後の挨拶」を下敷きにしつつも、その中にクトゥル神話の設定を存分に盛り込み、パスティーシュとして楽しい作品に仕上がっています。


9位.レッド・アロー(ウィリアム・ブルワー)
新人作家のウィリアム・ブルワーは詩集の『I Know Your Kind』で思わぬ高評価を受けるが、何故か彼の心は満たされない。次作の契約も決まるも原稿は進まず、うつ病に悩まされる始末だ。そんな彼のもとに物理学者の自伝代筆の仕事が舞い込んでくる。しかし、肝心の物理学者が失踪してしまい...。
うつ病に苛まれる主人公の精神世界を描いた思索小説です。その語りはヒリヒリとした焦燥感に彩られながらも独特のユーモアがあり、ほとんど意味不明ながら幻覚剤療法や量子重力論などが入り乱れる迷宮ごとき物語に身を任せれば不思議と心地よい酩酊感を味わえます。非常に尖った問題作です。
レッド・アロー
ウィリアム ブルワー
早川書房
2024-01-29


10位.潜水鐘に乗って(ルーシー・ウッド)
海の事故で亡くなった夫と48年ぶりの再会を果たすべく老婦人が旧式の潜水鐘で海に潜る表題作、ある女性が自身の体が石になることを予期しながら最後の一日を過ごす「石の乙女たち」、巨人になる定めを背負った少年と人間の少女の何気ない一日を活写した「巨人の墓場」など、全12編収録。
イングランド最南端に位置するコーンウォールの昔話をモチーフにした短編集です。昔話を現代風にアレンジして多くの読者の心に響く物語へと再構築した作者の手腕似は目を見張るものがあります。収録作はいずれも、決別のやるせなさのなかに仄かな暖かさを感じさせてくれる好編揃いです。
潜水鐘に乗って
ルーシー・ウッド
東京創元社
2023-12-18


11位.お城の人々(ジョーン・エイキン)
おとぎ話の言い伝えにになぞらえて妖精の王女と結ばれた若い医者の運命を描いた表題作、少女が5歳の時に偶然出会った犬と奇妙な絆で結ばれる「ロブの飼い主」、お城に住む伯爵夫人が音楽教師を相手にピントのずれたせめぎ合いを行う「よこしまな伯爵夫人に音楽を」など、全10編収録。
童話作家である著者の短編集第3弾。奇妙で切なくてちょっぴりダークな作品世界を存分に堪能することが出来る好著です。今回は切ない話が多めで、特に犬好きの人にとって「ロブの飼い主」は大いに泣ける作品となっています。「足の悪い王」や「ワトキン、コンマ」なども泣ける佳品です。
お城の人々
ジョーン・エイキン
東京創元社
2023-12-11


親愛なる八本脚の友だち(シェルビー・ヴァン・ペルト)
マーセラスという名のミズダコは水槽のガラスの向こうから人間たちを観察し続け、彼らの言葉を理解できるようになっていた。ある夜、水槽から抜け出して夜の散歩を楽しんでいたところ、清掃員のトーヴァに見つかってしまう。マーセラスは30年に前に息子を失った彼女と心を通わせていくが...。
人間並みの知能を有するタコの一人語りが印象的なファンタジー作品です。夜の水族館という舞台がミステリアスな雰囲気を高め、死期の近いタコが孤独な老女のために奮闘する姿には泣けてきます。ただ、人間視点のパートもあり、タコがウリの作品の割にはタコの出番が意外と少ない点は残念。
親愛なる八本脚の友だち (扶桑社BOOKSミステリー)
シェルビー・ヴァン・ペルト
扶桑社
2023-12-22


13位.ノトーリアス/スカーレット&ブラウン 2(ジョナサン・ストラウド)
銀行強盗として名を馳せるスカーレットとアルバートは、ついに難攻不落と噂されるウォリック信仰院の地下金庫室からも財宝を奪う。そんな折、2人を追うハンド同業組合によって仲間のジョーとエティが捕まってしまう。人質解放の条件として2人はノーサンブリアの埋没都市へと向かうが...。
荒れ果てた未来のイングランドが舞台の冒険ファンタジーの第2弾です。徐々に明かされていくスカーレットの過去やさまざまな対決を経て深まっていくブラウンとの絆など、今回も読みごたえ満点。ジョーやエディ、さらにはマロリーといった他のキャラも魅力的に次巻の展開が気になるところです。
ノトーリアス (スカーレット&ブラウン 2)
ジョナサン・ストラウド
静山社
2024-02-22


14位.生贄の門(マネル・ロウレイロ)
ガリシア地方の小さな村。そこにある岩の建造物から心臓を抉り出された若い娘の死体が発見された。赴任してきたばかりの女性捜査官・ラケルは相棒のフアンとともに事件の謎を追うが、その末に行き着いたのは異界から何者かが訪れるという門の存在とそれを封じるための恐ろしい儀式だった。
スペインでベストセラーとなったスパニッシュ・ホラー。ケルト人の因習をオカルト要素と結びつけた趣向が興味深く、周囲から隔絶した田舎ならではの閉塞感がうまく雰囲気を盛り上げてくれます。ホラーといいながら途中まではミステリ的な展開が続くのですが、それだけにラストは衝撃的です。
生贄の門 (新潮文庫 ロ 19-1)
マネル・ロウレイロ
新潮社
2023-11-29


15位.大仏ホテルの幽霊(カン・ファギル)
1950年代後半。米軍の無差別爆撃で家族を亡くしたヨンヒョンは仁川の港で宿泊目的の客を大仏ホテルに案内する仕事をしていた。大仏ホテルは外国人客を対象とした朝鮮初の西洋式ホテルだ。だが、そのホテルも次第に廃れていき、悪霊に取り憑かれていると噂されるようになるのだが....。
かつて韓国に実在し、1978年に解体されたホテルを舞台にしたゴシックホラーです。韓国独自の価値観である恨を基調とした物語であり、多くの登場人物の悪意が錯綜するなかでじわじわと恐怖が広がっていきます。ただ、多くの独白が入り乱れるために全体像をつかみづらいという面はあるかも。
大仏ホテルの幽霊 (エクス・リブリス)
カン・ファギル
白水社
2023-11-26


16位.ロンドン幽霊譚傑作集 (W・コリンズ、E・ネズビット他 )
舞台は19世紀のロンドン。そこは産業の発展目覚ましい大都会であると同時に、犯罪譚や怪談に事欠かない魔都でもあった。白昼の公園で幽霊に遭遇した美しき寡婦を巡る愛憎劇を描いた「ザント夫人と幽霊」、愛人を催眠術で殺した医師が降霊会に参加する「降霊会の部屋にて」など全13篇収録。
古典的な怪談ストーリーを集めたアンソロジーですが、全13編中、12編が初訳です。男性に酷い目にあわされた女性が幽霊になって復讐するというメロドラマ+サスペンといった要素が濃く、怪奇要素がそれほど高くありません。「シャーロット・クレイの幽霊」や「黒檀の額縁」などが秀逸です。


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最新更新日2023/03/17☆☆☆

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このミス2025
対象作品である2023年10月1日~2024年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

2024年2月29日時点での暫定予想順位

1位.地雷グリコ(青崎有吾) 
射守矢真兎は勝負事の強さを友人から買われ、文化祭の場所取りを賭けたギャンブルトーナメントに駆り出される。そして、順調に勝ちを重ねていくも、決勝の相手は2年連続で優勝している生徒会メンバーの椚迅人だった。種目は地雷グリコ。勝負が始まり、椚が終始真兎を圧倒したまま進んでいくが...。
オリジナルのギャンブル勝負が描かれる全5話の連作集です。天才ギャンブラーにして飄々としたJK・射守矢真兎、理論派の椚先輩などキャラは皆魅力的。手に汗握るギャンブルミステリーの傑作です。
地雷グリコ (角川書店単行本)
青崎 有吾
KADOKAWA
2023-11-27


2位.歌われなかった海賊へ(逢坂冬馬 )
1944年。ナチスにより父を処刑された少年ヴェルナーは自暴自棄になっていたが、ある日、エーデルヴァイス海賊団を名乗るレオとフリーデに出会う。彼らは名士の息子と将校の娘という立場でありながらナチスに反旗を翻していたのだ。やがて彼らは市内に敷設された線路の先で究極の悪を目撃し...。
前半が説明過多で物語に入り込みにくい、現代の価値観を当時の登場人物の口を借りて語らせすぎといった問題はあるものの、心揺さぶられる後半のドラマは感動的。余韻が残るラストも見事です。
歌われなかった海賊へ
逢坂 冬馬
早川書房
2023-10-18


3位.1947(長浦京)
英国陸軍中尉のイアンは戦争で不当に斬首された兄の仇を討つべく日本に赴く。そして、仇の手がかりを求めて奔走するが、人種差別者でプライドの高い彼は行く先々で軋轢を生んでしまう。GHQ、CIA、ヤクザ、戦犯将校とさまざまな思惑が入り乱れるなか、イアンは復讐を遂げられるのか?
1947年の日本を舞台に英国中尉の復讐を描いたバイオレンスアクション。敵味方の区別もつかない状況が、ヒリヒリとした緊張感を生み、混沌とした状況の中でのエゴのぶつかり合いは読み応え満点です。
1947
長浦 京
光文社
2024-01-24


4位.黄土館の殺人(阿津川辰海 )
元名探偵の飛鳥井光流に招待され、世界的なアーティストである土塔雷蔵の館・荒土館に向かう名探偵の葛城輝義とその友人たち。しかし、土砂崩れによって葛城は荒土館へのルートを断たれてしまう。そして、それは雷蔵を殺しに来た小笠原も同じだった。そんな彼が交換殺人を持ち掛けられ…。
館四重奏の第3弾。名探偵一行が分断され、名探偵不在のなかで残りメンバーの頑張りが読みどころとなっています。特に、飛鳥井の復活劇は感動的。ただ、犯人が分かりやすい点はもの足りなさも。


5位.シャーロック・ホームズの凱旋(森見 登美彦)
シャーロック・ホームズがスランプに陥って1年。ワトソンはなんとかホームズを立ち直らせようとするも、本人はすっかりやる気をなくしていた。ある日、ジェームズ・モリアーティという男がホームズと同じ下宿に引っ越してくる。ワトソンは怪しげな彼を尾行してみようホームズに提案するが…。
舞台はヴィクトリア朝京都という架空世界。ミステリというよりファンタジーですが、シリーズでお馴染みの人物たちが意外な活躍をするのが楽しく、パスティーシュとして非常によくできています。
シャーロック・ホームズの凱旋
森見登美彦
中央公論新社
2024-01-22


6位.乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび (芦辺 拓、江戸川 乱歩)
実業家の未亡人が土蔵の2階で全裸死体となって発見される。現場は密室で、死体には多数の傷が残されていた。そして、その傍には奇妙な記号を描いた紙片が。その後、彼女の死は霊媒師の少女によって預言されていたとが明らかになる。真相に迫るべく、一同は霊媒師を囲んで降霊会を行うが...。
江戸川乱歩が1933年に連載を始めたものの、わずか3回で中絶した『悪霊』の真相に迫ろうとする労作です。事件の真相もさることながら、『悪霊』が未完に終わった理由付けもされている点が秀逸。


7位.Q(呉勝浩)
執行猶予中の町谷亜八(ハチ)にはキュウという弟がいる。彼にはダンスの才があり、華々しいデビューを飾ったばかりだ。だが、血の繋がらない姉・ロクの話によるとキュウを脅す人物が現れたという。ハチとロクが犯したスキャンダル不可避な過去の罪。ハチはキュウのために立ち上がるが…。
キュウというアイドルに翻弄される人々の姿が狂気や暴力とともに描き出され、加速していく物語に圧倒されます。ただ、疾走感の末に辿り着く結末は物足りないか、心に染み入るか意見の分かれところ。
Q
呉勝浩
小学館
2023-11-08


8位.不夜島(ナイトランド) (荻堂顕)
終戦直後、米軍占領下の琉球。その最西端に位置する与那国島では密貿易か盛んに行われていた。そこで腕利きのサイボーグ密貿易人・武庭純はとんでもない話を耳にする。殺人鬼と化した元憲兵がこの島に上陸したというのだ。同じ頃、武は正体不明のアメリカ女性から奇妙な依頼を受け…。
沖縄・台湾の歴史や米中対立を踏まえて描いたポリティカルなハードボイルドですが、そこにサイバーパンクを絡めた世界観が魅力的。ただ、沖縄編はワクワクしたものの、後半の台湾編が尻すぼみ。
不夜島(ナイトランド)
荻堂顕
祥伝社
2023-12-18


9位.ジェンダー・クライム(天童荒太)
全裸の中年男性の他殺死体が土手下で発見される。死体には「目には目を」というメッセージが残されていた。やがて、彼の息子が3年前に起きた集団レイプ事件の加害者だったことが判明する。これは被害者家族による報復なのか?捜査一課の志波と所轄の鞍岡が真相を追う。しかし、新たな殺人が...。
ジェンダーの問題を複数の視点から多角的に描いており、社会派ミステリーとして読み応えがあります。特に、加害者の一人の心の変化にグッときます。また、刑事2人のハディものとしても秀逸。
ジェンダー・クライム (文春e-book)
天童 荒太
文藝春秋
2024-01-15


10位.毒入り火刑法廷(榊林銘)
数十年前に突如現れた魔女は文明社会の秩序を脅かす存在として取り締まりの対象となる。それを実行する場が火刑法廷であり、裁判で魔女と認定された者は火炙りにされるのだ。あるとき、犯人が空を飛んだとしか思えない死亡事故が起きる。結果、少女カラーは魔女の疑いをかけられ、被告となるが...。
被告が魔女か否かを巡って火刑審問官と弁護士がロジックバトルを繰り広げる特殊設定リーガルミステリーです。真相を明らかにするのではなく、いかにして自分の陣営に有利なロジックを構築するかを主眼としている点に独自の面白さがあります。ただ、ちょっとゴチャゴチャしている感はあり。
毒入り火刑法廷
榊林 銘
光文社
2024-02-21


11位.帝国妖人伝(伊吹亜門)
時は明治。作家志望の那珂川二坊は尾崎紅葉に師事するも目か出ずに三文記事を書いて糊口を凌いでいた。そんなある日、徳川公爵邸に侵入した盗人が逃走中に塀から落ちて死亡したという話を食堂で耳にする。客たちが推理を披露しあうが、その謎を解いたのは福田房次郎と名乗る青年で…。
全5話の連作集ですが、探偵役を務める人物は毎回異なり、そのいずれもが実在の著名人という趣向が楽しい。史実との絡ませ方も絶妙で歴史好きな人におすすめです。反面、ミステリとしては小粒。
帝国妖人伝
伊吹亜門
小学館
2024-02-15


12位.涜神館殺人事件(手代木正太郎)
かつて悪魔崇拝が行われていた涜神館にイカサマ霊媒師のグリフィスが招待される。彼女の他にも館には帝国が誇る名だたる霊媒師が招かれていたが、ある者は密室で、ある者は首を刎ねられて次々と殺されていく。果たしてグリフィスはこの難事件を論理的に解き明かすことができるのか?
異世界が舞台のゴシックホラーミステリー。おどろおどろしい雰囲気に満ちながらも語り口はライトでサクサク読めます。霊能者たちのキャラも立っており、ミステリとしての仕掛けも一級品です。
涜神館殺人事件 (星海社 e-FICTIONS)
手代木正太郎
講談社
2023-10-17


13位.案山子の村の殺人 (楠谷佑)
宇月理久と篠倉真舟は従兄弟同士で推理小説の合作者。ある日、大学の友人から創作のヒントになればと、彼の故郷である宵待村に招待される。そこは案山子だらけの奇妙な村だった。しかも、その案山子に毒矢が射込まれたり、案山子が消え失せたりと不屈な出来事が続く。そして、ついに殺人が...。
奇妙な村で起きた密室殺人にエラリー・クインじみた探偵が挑むというクラシックなスタイルの本格ミステリであり、巧みなロジックや伏線回収の妙に唸らされる一級の作品に仕上がっています。


14位.バイバイ、サンタクロース 麻坂家の双子探偵(真門浩平)
入院している少女の病室の前で生い茂っていた葉が一夜にして消失する「最後の数千葉」、イブの夜にサンタクロースの絡んだ殺人が発生する「サンタクロースがいる世界」、学校で金魚が殺された事件を推理する「誰が金魚を殺したのか」など、小学生の双子による推理を描いた全6編を収録。
 第3回Kappa-Two受賞作。捻りを効かせたロジックミステリとして読み応えあり。ただ、小学生の語り手が大人のような言葉づかいなのはかなりの違和感。衝撃の結末も好みが分かれるところです。


15位.時空に棄てられた女 乱歩と正史の幻影奇譚(長江俊和)
何者かによって監禁された青年はほどなくして解放されるが、自分の鞄を検めると、中から原稿用紙と美女の生首が出てくる。原稿の内容は探偵小説の巨匠である江戸川乱歩と横溝正史が猟奇殺人に巻き込まれていくというものだった。ならばこの生首は猟奇殺人の被害者だとでもいうのだろうか?
猟奇殺人の謎に挑む江戸川乱歩と横溝正史の姿を史実を交えながら描いた物語は探偵小説好きにとって堪らないものがあります。また、ミステリとしての仕掛けもシンプルながらよく出来ていまます。


16位.きこえる(道尾秀介)
若くして死んでしまったシンガーソングライターが残したデモテープを聞いていると曲の終わりに、収録されていないはずの彼女の声が聞こえてくる「聞こえる」、家庭に問題を抱える少女の家のから盗聴器を通して生活音らしき音がが聞こえてくる「にんげん玉」など、全5編収録の短編集。
『いけない』シリーズが写真を用いた謎解きなのに対して本作ではそれをQRコードによる音声に置き換えています。意味の分かりにくいものもありますが、写真に比べて恐怖度はよりアップしています。
きこえる
道尾秀介
講談社
2023-11-21


17位.悪逆(黒川博行)
広告代理店の元経営者が自宅で殺害される。しかも、死体には拷問の跡が残されていた。大阪府警捜査一課の舘野と箕面北署のベテラン刑事・玉川のコンビは事件を追うが、さらに被害者の知人が同じように自宅で殺される。2人には詐欺的な行為で莫大な財産を築いていたという共通点があり…。
著者十八番のバディものの捜査小説で徐々に真相に迫っていくプロセスは読み応え十分です。一方で、コンビの刑事が個性不足で過去の代表作ほどキャラ立ちしていない点はもの足りなさも。
悪逆
黒川 博行
朝日新聞出版
2023-10-06


18位.災厄の宿(山本 巧次)
昭和51年。台風接近に伴う豪雨のなか、弁護士事務所の嘱託調査員である上坂徹郎は休暇で人里離れた徳島の旅館を訪れていた。だが、そこに散弾銃と爆破物~手にした男が押し入り、警察が包囲した旅館で籠城を始めてしまう。さらに、不可解な殺人が起き、河川の氾濫や土砂崩れの危機も迫り…。
さまざまな危機が次々と起こり、手に汗握ります。一種のクローズドサークルですが、複数の謎に対して人質サイドと警察サイドが異なるアプローチで迫っていくことで物語に深みを与えています。
災厄の宿 (集英社文庫)
山本 巧次
集英社
2024-01-19


19位.幽玄F(佐藤究)
易永透は子供の頃、いつも空高く飛ぶ飛行機を追いかけていた。空を自由に飛びたいとという想いは大きくなっても消えることはなく、努力を重ねて航空自衛隊に入隊する。厳しい訓練を経てF35-Bを自在に操る航空宇宙自衛隊のエースパイロットにまで上り詰める透。だが、ある悲劇が彼を襲い...。
少年期から自衛隊エースパイロットになるまでは骨太な青春ドラマとして、後半は数奇な運命を辿る人生ドラマとして読み応えがあり。そしてラストにゾクリ。冒険小説ではなく、文学色の強い作品です。
幽玄F
佐藤究
河出書房新社
2023-10-19


20位.あなたが殺したのは誰(まさきとしか )
中野区のマンションの一室で若い女性が重態で発見され、その後死亡する。生後10ヶ月になる彼女の娘は何者かによって連れ去られていた。さらに現場からは「私は人殺しです」と書かれた便箋が見つかる。そして、物語は90年代の初頭に遡る。北海道の鐘尻島では巨大リゾート建設が頓挫し…。
三ツ矢&田所刑事シリーズ第3弾。悲劇的な重いい話を扱いながら一見無関係な2つの事件が複線を回収しながら繋がっていく展開はミステリとして安定の面白さ。しがらみの怖さを感じさせる作品。
あなたが殺したのは誰 (小学館文庫)
まさきとしか
小学館
2024-02-06



その他注目作

人狩人(長崎尚志)
神奈川県警捜査一課の桃井小百合は森林公園で発見された死体の捜査に従事していた。しかし、県警本部に呼び出され、迷宮入り事件専門の赤堂栄一郎警部補と組むようにいわれる。赤堂は汚職の疑いのある汚れ刑事でもあった。2人は現場を再調査し、複数の遺体が埋められているのを発見するが…。
生真面目な女性刑事と不良刑事のコンビはバディものとして安定の面白さ。加えて、日本の闇に迫っていく展開にも引き込まれるものがあります。ただ、不良刑事の秘密についてはちょっと無理が。
人狩人 (角川春樹事務所)
長崎尚志
角川春樹事務所
2024-02-29


半暮刻(月村了衛) 
会員制バー「カタラ」。そこは女性客を従業員に惚れさせ、金をむしり取る半グレの店だった。養護施設出身の翔太と裕福な家庭で育った海斗はコンビを組み、その店のトップとして君臨する。やがて、カタラに捜査のメスが入り、逮捕された翔太とそれを逃れた海斗は別の道を歩み始めるが...。
他人の人生を踏みにじってきた若者2人が正反対の道に進んでいくさまを描いたドラマは読み応えあり。ただ、本作は社会問題を主眼に据えた社会小説であり、ミステリ要素はほとんどありません。
半暮刻
月村了衛
双葉社
2023-10-18


真夜中法律事務所(五十嵐律人)
検事の印藤累は夜道で幽霊の存在に気付く。そこに架橋昴と名乗る青年が現れ、自分はこの世に未練を遺す幽霊をある場所に導く案内人だという。彼が案内したのは真夜中のみ開かれる弁護士事務所だった。その法律事務所では冤罪で無念の死を遂げた幽霊たちの相談に乗っているのだというが…。
幽霊を成仏させるために真犯人を捜すという設定がユニークでテンポの良い展開も好印象。また、幽霊設定を用いての仕掛けも秀逸です。ただ、成仏のルールがややご都合主義な気もします。
真夜中法律事務所
五十嵐律人
講談社
2023-11-14


ミノタウロス現象(潮谷験) 
世界各地で身長3メートルを超えるミノタウルスが忽然と出現し、眉原市の史上最年少女性市長である利根川翼も対応に追われることになる。そんなある日、翼はミノタウルスに襲われ、かろうじてピンチから脱出するも、その直後に他殺死体が出現したことにより、容疑者の一人になってしまい…。
世界中でミノタウロスが出現という著者ならではの特殊設定が面白い。市長と秘書の掛け合いも楽しく、ケンタウロス出現に関する考察も興味深いものがあります。ただ、肝心のミステリ部分が小粒。


なれのはて(加藤シゲアキ)
報道マン・守谷京斗はある事件が原因でイベント事業部へ異動させられてしまう。異動先では年下の女性・吾妻李久美が彼の教育係に就くことになったのだが、やがて彼女が祖母から譲り受けた古い絵と運命的な出会いを果たす。この絵を使って一枚だけの展覧会開催を試みる2人だったが…。
あまり知られていない終戦日未明の秋田空襲に焦点を当て、一枚の絵から秘めた歴史の真実を浮き彫りにしていく力作です。ただ、詰め込みすぎの感があり、終盤が駆け足になってしまったのが残念。
なれのはて
加藤シゲアキ
講談社
2023-10-24


ファラオの密室(白川尚史)
古代エジプト。死後にミイラとなった神官のセティは心臓の一部が欠けているために冥界の審判を受けられないと神々に告げられる。そこで、仮初めの命によって蘇り、自分の死の真相を調べ始める。だが、その最中に先王のミイラが玄室から忽然と消えて大神殿で発見されるという事件が起き…。
第22回『このミステリーがすごい!』大賞大賞受賞作品。ミステリとしてはやや弱いものの、神話じみた物語と謎解き要素のバランスが良く、エンタメとして読み応えある作品に仕上がっています。
ファラオの密室
白川尚史
宝島社
2024-01-09


聖乳歯の迷宮 (本岡類)
考古学者の夏原圭介はナザレでイエスの乳歯らしき歯を発掘。しかも、DNA鑑定の結果、ホモサピエンスのものではないことが判明したのだ。神の実在が証明されたと宗教ブームが巻き起こるなか、大学時代に夏原と同じサークルだった沼修司が源為朝の鬼退治伝説を調査中、謎の事故死を遂げ…。
宗教学、考古学、人類学などを縦断しつつ、真相に迫っていく日本版ダヴィンチコードです。ストーリーのまとまりが良く、精緻な謎解きも見事ですが、壮大な物語を期待した人には肩透かしかも。
聖乳歯の迷宮 (文春文庫)
本岡 類
文藝春秋
2023-11-08


1ーONEー(加納朋子 )
玲奈は大学合格のお祝いに送られた子犬をゼロと名付けて溺愛し、ついには彼を主人公にした小説を小説投稿サイトにアップする。それを気に入った読者から感想が届き、DMでやりとりをするようになっていく。ところが、それからしばらくして玲奈の周りに不審人物が現れるようになり…。
駒子シリーズの番外篇的な作品です。過去作と比べると謎解き要素はかなり薄くなったものの、ほっこりして少し切ないシリーズならではの雰囲気は健在。健気で可愛らしい犬たちも魅力的です。


負けくらべ(志水辰夫)
初老の介護士・三谷孝はギフテッドであり、対人能力や調整力などに関して極めて高い能力を有していた。その力を用いて認知症患者の心を次々と開いていく彼の前にベンチャー企業の経営者・大河内牟禮が現れ、交流が始まる。大河内はグループの傘下を抜け、グローバル企業を立ち上げたいというが...。
著者86歳の新作で円熟の筆致には凄みさえ感じられます。しかも、枯れた作風を予想していると、派手なハードボイルド展開に驚かされます。ただ、それ故にリアリティがないと感じる人もいるかも。
負けくらべ
志水 辰夫
小学館
2023-10-03


少女が最後に見た蛍(天祢涼)
神奈川県警生活安全課の仲田蛍は、中学の同級生・来栖楓と偶然再会する。2人は当時同級生だった桐山蛍子を巡ってイジメの加害者と護り手の関係だったが、結局、蛍子は自殺してしまう。その話を聞いた捜査一課の真壁は仲田も知らない裏の事情があるのではと考え、独自に捜査を開始するが…。
仲田シリーズ第4弾であり、全5編収録の短編集。仲田蛍の過去を中心とした構成になっており、子供たちを巡る問題はどれも考えさせられるものばかりです。特に、表題作は読む者の胸をえぐります。
少女が最後に見た蛍 (文春e-book)
天祢 涼
文藝春秋
2023-11-15


帆船軍艦の殺人(岡本好貴)
18世紀末。フランスとの戦いで慢性的な兵士不足に陥っている英国海軍は強制徴募した若者でそれを補っていた。そんな折、北海を目指す戦列艦ハルバート号で不可解な殺人事件が起きる。新月の夜に衆人環視下で水兵が何者かに殺害されたのだ。しかも、同様の不可能状況下での殺人が続き…。
第33回鮎川哲也賞受賞。過酷な船上での生活が臨場感豊かに描かれており、海洋冒険小説として読み応えがあります。また、設定を活かした謎解きも見事で、なかなかの良作に仕上がっています。
帆船軍艦の殺人
岡本 好貴
東京創元社
2023-10-10


そして誰かがいなくなる(下村敦史) 
人気作家の御津島磨朱李が作家や編集者、文芸評論家などを招いて作家生活10周年記念を兼ねた新邸のお披露目会を行う。大雪で閉ざされた館に集まったのはみなミステリに憑かれた人々だった。そして、その館にはアンティークが設えられ、いかにもといった雰囲気が漂っている。やがて夜も更け....。
本作は、雪で閉ざされた館でも殺人事件という王道かつ荒唐無稽な話なのですが、舞台が作者の自宅であり、写真付きで紹介している点が妙なリアリティを生んでいます。トリックもなかなかユニーク。
そして誰かがいなくなる
下村敦史
中央公論新社
2024-02-21


人間標本(湊かなえ)
画家の卵である才能に溢れた少年たち6人の死体が発見され、昆虫学者の男が逮捕される。彼は逮捕される前に手記を残していた。それによると、幼少期から蝶の標本に魅入られた彼はいつしか人間も一番輝いているときに標本にしたいという想いにとらわれたという。やがて、その好機が訪れるが...。
まるで乱歩作品を思わせる倒錯的な手記から始まり、そこから二転三転する展開は読み応えあり。ただ、どんでん返しの驚きはイマイチで、作者本来の毒があまり感じられない点に物足りなさも。
人間標本
湊 かなえ
KADOKAWA
2023-12-13


奇岩館の殺人(高野結史)
天涯孤独の青年・佐藤は孤島の屋敷で数日過ごすだけで高額の報酬をもらえるバイトに採用されるも、そこで殺人事件に巻き込まれてしまう。だが、それは金持ちに探偵役を楽しんでもらうために企画されたリアル推理ゲームだった。佐藤はその被害者役として雇われ、殺される運命だったが…。
犯人を暴けば解決というわけではなく、探偵も証人も全員敵という状況の中で、生き残るために悪戦苦闘する展開がユニーク。一方、推理ゲームもトラブル続出でぐだぐだになっていくのが面白い。
奇岩館の殺人 (宝島社文庫)
高野結史
宝島社
2024-02-06


観測者の殺人(松城明)
人気Vチューバ―の女性が生配信中に首を切って殺されるという衝撃な事件が発生。しかも、犯人は観測者と名乗り、今後1週間ごとに日本在住のフォロワー100人以上のアカウント主を無差別に殺していくと宣言したのだ。そして、その裏には人間を機械のように制御していく犯罪者・鬼界の影が....。
鬼界の暗躍を描いた『可制御の殺人』の続編です。観測者の正体は比較的早い段階で見当が付きますが、フーダニットにとどまらない二転三転の展開が面白い。グロい殺害描写は好みのわかれるところ。
観測者の殺人
松城明
双葉社
2024-02-21


ブラック・ショーマンと覚醒する女たち(東野圭吾)
ハワイに別荘を持っているという男に口説かれている女に対してバーのマスターである元マジシャンがある忠告をする「トップハンド」、医者と不倫をしていた女が彼の死後に別の愛人がいたのではないかと疑う「マボロシの女」、婚活女性の前に理想の男性が現れる「査定する女」など、全6篇収録。
シリーズ第2弾。元マジシャンの神尾武史と姪の真世が女性の悩みを解決する連作集です。ミステリとしてはそこそこですが、2人の凸凹コンビぶりが楽しく、一筋縄ではいかない展開も読みごたえあり。


推しの殺人(遠藤かたる)
大阪の地下アイドル3人組・ベイビー★スターライトはさまざまな問題を抱え、崩壊寸前だった。そんなある日、メンバー最年長のルイは一番人気のイズミから人を殺してしまったとの連絡をを受ける。ルイはアイドル活動を続けるために事件を隠蔽することを決意し、他の2人も賛同するが…。
アイドルを主人公に据えたクライムノベルです。あまり仲が良いとはいえなかった3人が、犯罪を通じて絆が深まっていく展開にグッときます。 テンポの良さに加え、ハードボイルドな結末も好印象。
推しの殺人 (宝島社文庫)
遠藤かたる
宝島社
2024-02-06


時の睡蓮を摘みに(葉山博子)
1936年。旧弊な日本の社会に馴染めない滝口鞠は綿花交易を営む父を頼ってフランス領のインドシナに渡り、そこで地理学を学ぶ。そして、外務書記生の植田、暗躍する商社マンの紺野、憲兵の前島といった人々との関わり合いのなかで、彼女は植民地の非情な現実を知ることになるのだが…。
第13回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作品。日本軍進駐前後のハノイを活き活きと描いており、時代の空気感を見事に再現しています。人権を無視した植民地支配に対する登場人物たちの怒りの物語として読み応えのある力作です。
時の睡蓮を摘みに
葉山 博子
早川書房
2023-12-20


龍の墓(貫井徳郎)
東京都町田市郊外で身許不明の焼死体が発見され、さらに第2の殺人が発生。しかも、ネットでは一連の事件が人気VRゲームの見立てではないかと囁かれていた。警視庁捜査一課の南条組んで捜査に当たっていた所轄の女刑事・保田真萩は、そのゲームをプレイ中の元同僚に協力を要請するが…。
メガネ型VRがスマホに代わって普及している近未来描写にワクワク。また、登場人物のキャラが立っており、警察小説としても魅力的です。ただ、ミステリとしてはVRなしでも成立するのが残念。
龍の墓
貫井徳郎
双葉社
2023-11-22


彼女が遺したミステリ(伴田音 )
婚約者の一花が病気でこの世を去った。哀しみにうちひしがれる僕のもとに一通の手紙が届く。送り主は生前の一花。そこに綴られていたのは散りばめられたヒントを頼りに彼女自身が遺したメッセージを探してというものだった。そして、謎を解くたびに彼女の想いが明らかになっていくが…。
第6回双葉文庫ルーキー大賞受賞作。遺された人たちの心の隙間を埋めるために故人が用意した謎という設定が泣かせます。謎解き自体は楽しく、切なくも最後には温かな気持ちになれる好編です。


死人の口入れ屋(阿泉来堂)
人を死なせたことに責任を感じて警察を辞した久瀬宗子は、ある人物の紹介で骨董品屋の面接を受けに来た。だが、そこはただの骨董品屋ではなく、霊の取り憑いた品、忌物を扱っているという。客たちはそれを用いて人には言えない怨みや憎しみをはたそうとするのだ…。果たしてその結末は?
霊の力を借りて恨みを晴らすホラー版仕事人のような話ですが、人間の狂気やおぞましさが描かれ、そこにどんでん返しを加味した物語は読み応えあり。著者十八番の胡散臭い男性キャラも魅力的。
死人の口入れ屋 (ポプラ文庫)
阿泉来堂
ポプラ社
2024-02-06


警官の酒場(佐々木譲 )
佐伯宏一は重大事案の検挙率において道警でダントツの検挙率を誇っていたが、上層部に歯向かった一件で干され、また自身のこだわりから警部昇進試験の受験を拒み続けていた。一方、競走馬の育成牧場に強盗に入った4人組は計画になかった殺しをしてしまい、各人バラバラに逃走を始めるが...。
道警シリーズ第11弾。強盗殺人を核とした様々な謎が一本の線で結ばれていく捜査小説としての面白さと主人公の苦悩や犯人の足掻きといった人間ドラマの魅力を併せ持つ堅実な一品だが、少々堅実すぎ。
北海道警察 11 警官の酒場 (角川春樹事務所)
佐々木譲
角川春樹事務所
2024-02-01


double〜彼岸荘の殺人〜(彩坂美月)
念動力者の紗良はその力で世間を騒がせて以来、家に引きこもるようになり、そんな彼女を幼馴染のひなたは支え続けていた。ある日、富豪の御曹司から失踪や不審死が続く山荘の調査をしてほしいとの依頼が舞い込む。しかも、山荘には彼女たちの他にもさまざまな超能力者が集められており...。
本作は怪異が巣食う屋敷を舞台にした特殊設定ミステリですが、ぞっとするようなホラー描写が読みどころとなっています。ただ、ミステリ要素が足枷になって怖さが中途半端なのが惜しいところです。
double〜彼岸荘の殺人〜 (文春文庫)
彩坂 美月
文藝春秋
2024-02-06


バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル (阿泉来堂)
札幌市近郊の町で猟奇殺人が発生する。女子大生の首と両手を切断し、それらを持ち去っているのだ。さらに、現場にはカフカの『変身』の一節が残されていた。一連の手口は5年前のとある事件に酷似しており、その事件で相棒を殺された加地谷刑事は新米の浅羽と捜査をすすめていくが…。
刑事2人の掛け合いが面白くてバディものとしてよくできています。一方らオカルトミステリーとしての謎解きも興味深いものがありますが、シリーズ化前提で書かれているため、不完全燃焼感も。


無人島ロワイヤル(秋吉理香子)
バーの常連たちが「無人島に3つ持っていくとしたら?」という話題で盛り上がり、マスターが実際に無人島を所有していたことから各自3つのアイテムを持ってその島で過ごすことになる。ところが、一夜が過ぎるとマスターと船は消え、これから殺し合いをしてもらうというビデオメッセージが...。
大人版バトル・ロワイアルです。全員で殺し合う陰惨な話の割に語り口は軽快で、サクサクと読めるのが好印象。一方で、ラストのオチが分かりやすく、もう一ひねりほしいというもの足りなさも。
無人島ロワイヤル
秋吉理香子
双葉社
2023-10-18


異端の聖女に捧げる鎮魂歌(宮園ありあ) 
1782年に起きたオペラ座演出家殺人事件を解決して一躍時の人になった公妃マリー=アメリー。翌10月、そんな彼女に修道院長から助けを求める手紙が届く。いわくのある女子修道院で恐ろしい惨劇が起きる予兆があるというのだ。果たして事件は起き、血と呪いに彩られた連続怪死事件の幕が開くが...。
マリー=アメリー&ジャン=ジャックシリーズ第2弾。フランス革命前夜を背景にして描かれる慈愛と宗教問題が入り乱れた事件の推移は読みごたえあり。また、主役2人の愛の行方も気になるところです。


遊びをせんとや 古田織部断簡記(羽鳥 好之)
古田織部が徳川家康の命によって腹を切ってから18年。上段末尾に「遊びをせんとや」、下段末尾に「これにて仕舞」と記された織部最後の茶会の指示書が見つかる。これは誰に向けた指示で何を意味するのか?茶の道を織部から学んだ毛利秀元は家内の諍いに苦しみながらもこの謎に挑むが…。
戦国末期を彩る武将たちが登場するなかで、現代でも多くの謎を残す古田織部の死の真相に迫っていく物語はなかなかスリリングです。また、毛利家からの独立を画策する秀元の物語も読み応えあり。
遊びをせんとや 古田織部断簡記
羽鳥 好之
早川書房
2023-11-21


不死鳥(西村健)
永井荷風の街歩き随筆『日和下駄』の一節を犯行予告に用いる放火犯。新宿ゴールデン街のバー「オダケン」のマスターは、福岡県警の依頼を受けて連続放火事件の現場での動画撮影を行う。一方、福岡・中洲のとんこつラーメン屋台「ゆげ福」の店主は知人の依頼で家出娘を追って東京へ…。
2人の主人公がそれぞれ別の視点から事件を追っていくわけですが、放火や家出娘といったバラバラの要素が1つの線で結ばれていく展開がよくできています。アクションも盛り沢山で読み応えあり。
不死鳥
西村 健
講談社
2024-01-17


暗い引力(岩井圭也)
気弱な夫がすべて妻に合わせようとする「僕はエスパーじゃない」、老女が借金苦から逃れようと認知症のふりをする「極楽」、地方の美術館でくすぶっていた学芸員が無名作家の作品に魅入られる「堕ちる」、無職の同級生たちが会社設立詐欺に手を染める「捏造カンパニー」など、全6編収録。
些細な嘘が大きな犯罪へと発展していくイヤミス的短編集。緊張感に満ちた物語は読み応えがあり、読後感もイヤミスというほどには悪くありません。ただ、結末が予想しやすい点はもの足りなさも。
暗い引力
岩井 圭也
光文社
2023-12-20


一夜:隠蔽捜査10(今野敏)
神奈川県警刑事部長・竜崎伸也のもとに誘拐事件発生の報が舞い込む。誘拐されたのは小説家の北上輝記。しかし、不可解なことに犯人からの要求は一切出てこない。捜査陣が戸惑うなか、竜崎はミステリ作家・梅林の助言も得ながら事件の謎に挑んでいく。劇場型犯罪の裏に隠された真実とは?
著名な作家を相手にいつもとは勝手が違う竜崎ですが、それが人間的な深みを与える結果に。また、小さな疑問が資源解決に繋がっていく展開も見事です。ただ、初期と比べると緊迫感不足な面も。
一夜―隠蔽捜査10―
今野敏
新潮社
2024-01-17


水脈(伊岡瞬)
神田川の排水口から死後数日経過した遺体が出てきた。台風の雨による増水によっていずこからか流れ着いたらしい。和泉署に合同捜査本部が設置され、宮下は久しぶりに真壁と組むことになった。だが、そこに謎の院生が加わる。3人は遊軍の立場で動くことになるが、周りの様子が何かおかしく…。
真壁と宮下のコンビが活躍する『痣』の続編的作品です。本作では特殊詐欺を始めとする現代ならではの犯罪に公安や敬作組織が絡み、不穏な空気を醸し出しています。警察小説として安定の面白さ。
水脈
伊岡瞬
徳間書店
2024-02-02


予幻 ーボディガード・キリ(大沢在昌)
フリーの凄腕ボディガード・キリは知人の大物フィクサーから護衛の仕事を依頼される。護衛対象は香港シンクタンク・白果の主催者の娘である岡崎紅火。彼女は世界情勢を驚くべき確率で的中させている秘密文書・ホワイトペーパーの隠し場所を知っており、そのために狙われているというのだが...。
シリーズ第3弾。タフガイの主人公が女にモテつつ敵を倒す痛快活劇で格闘シーンは流石の面白さ。ただ、ヒロインである女ボディガードの過度なツンデレぶりはあざとすぎて好みの分かれるところ。
予幻
大沢在昌
徳間書店
2023-12-15


不死探偵・冷堂紅葉 02.君に遺す『希望』(零雫)
不老不死の探偵・冷堂紅葉と彼女の助手で時間遡行能力者の天内晴麻は、その能力を活かして喫茶店で起きた密室殺人の謎を解明する。それから一週間。彼らの通う青崎高校に英国人の双子姉妹が転校生としてやってくる。しかも、彼女たちは紅葉と同じ孤児院で育ったという過去を持っており…。
ミステリに異能を絡めたシリーズの第2弾ですが、ミステリとして荒さの目立った前作に比べて格段のレベルアップを果たしています。ミステリとラノベらしいラブコメ展開を両立させた好編です。


サイレントクライシス(五十嵐貴久)
マンションで発見されたサラリーマンの死体。警察の結論は自殺だったが、故人の婚約者から話を聞いた女性刑事は疑念を抱く。彼女は独自の調査を始めるも、交通事故で死んでしまう。しかも、彼女の兄である橋口志郎刑事には殺人容疑をかけられ、身内であるはずの警察から追われる身となり…。
ダイナミックな展開が続き、後半に入るとさらにスケールが大きくなるなど、警察スリラーとして非常に読み応えのある作品です。それだけに、終盤におけるリアリティのなさが気になるところ。
サイレントクライシス
五十嵐 貴久
PHP研究所
2023-12-13


黒い絵(原田マハ)
大学院で日本美術史を学んでいる私が研究室の教授と手を繋いで奈良の宝生寺を訪れる「指 Touch」、絵の中に囚われている溺死寸前のオフィーリアが残虐な復讐を目撃する『オフィーリア Ophelia』、天才俳優を迎えて新しいゴッホ像に基づいた舞台脚本を書き上げる「向日葵奇譚」など全6編収録。
全体的にミステリ色は薄く、特に官能小説じみた前半は好みの分かれるところ。それに対して、オフィーリアや向日葵などの名画を題材にして奇譚に仕立てた後半の作品は幻想的で引き込まれます。
黒い絵
原田マハ
講談社
2023-11-01


ともぐい(河﨑秋子)
ロシアとの戦争を間近に控えてきな臭い空気が漂う明治後期。北海道の猟師・熊爪は人と交わらず、人里離れた山中で一匹の犬を相棒に孤独な狩りを続けていた。そんなある日、彼は雪に残された血痕を辿って負傷した男を発見する。彼は冬眠に失敗した穴持たずの熊が追っていたのだというが…。
大自然のなかで生きるか死ぬかの闘いを繰り広げる主人公の姿が凄まじい熱量とともに描かれており、その迫力には圧倒されるばかりです。同時に、生きると何かを問いかける哲学小説の一面も。
ともぐい
河崎秋子
新潮社
2023-11-20


事故物件探偵 建築士・天木悟の執心(皆藤黒助)
織家紗奈は建築士の天木悟に憧れて自らも建築家の道を志す。そして、大学の建築科に進学した紗奈だったが、天木悟がゲスト参加した講義で彼から意外な言葉をかけられる。「君は見える人だろう?」と。そして、霊が見える力を活かして事故物件調査のバイトをしないかと誘われるのだが…。
ライトな作風ながら、各エピソードは結構怖い本格的な怪談ものです。その一方で、豊富な知識を活かしての推理もよくできています。ただ、解決されていない謎があるのがモヤモヤするところ。


キスに煙(織守きょうや)
元フィギュアスケーターのデザイナー・塩澤は、かつてのライバルでトップスケーターの志藤に対して密かな恋心を抱いていた。ある日、塩澤の元恋人で志藤とは犬猿の仲のコーチ・ミラーが転落死する。敵が多かった故に殺されたのではないかと囁かれるなか、塩澤はある疑念に囚われるようになり…。
タイトルが似ているからといって『花束は毒』系のどんでん返しを期待してはいけません。ミステリはあくまでもサブ要素で本作の本質はBL小説です。その代わり、BLものとしてはよくできています。
キスに煙 (文春e-book)
織守 きょうや
文藝春秋
2024-01-25


人探し(遠藤秀紀)
歩き方を解析し、顔認証よりも高確率で個人を特定できるシステム・歩容解析。能勢は一人でこのシステムを開発し、警察との関係も築き上げる。目的はある男わ探して復讐を果たすためだ。能勢は防犯カメラなどのデータを駆使し、ターゲットを、探すが…。
第44回小説推理新人賞。復讐のために独自のシステムを開発するという発想が面白く、目的を隠していかに警察の協力を得るかという展開もスリリング。ただ、最後にもう一捻りほしかったところ。
人探し
遠藤秀紀
双葉社
2023-12-20


四重奏(逸木裕)
チェリストの黛由佳は自宅の放火で命を落とす。同じチェリストで音大時代に彼女へ想いを寄せていた坂下英紀は、その死に不審を感じ、由佳の所属していた「鵜崎四重奏団」のオーディションを受ける。そして、事件の真相を探るべく、由佳が傾倒していた孤高のチェリスト・鵜崎顕に近づくが…。
ミステリー要素は薄味ですが、代わりに音楽に関する描写は充実しています。特に、曲や演奏に対する解釈には興味深いものがあります。さらに、音楽に向き合う人々の心理描写も読み応えありです。
四重奏
逸木 裕
光文社
2023-12-20


BEAST 警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花(内藤了)
行く不明だった男の遺体が秩父山域で発見されるが、その体には正体不明の歯形が複数残されていた。しかも、レコーダーには謎の遠吠えが録音されていたのだ。さらには人狼の目撃談までも。真相を探るべく鳴瀬清花ら潜入班は調査に乗り出す。そこで彼らが直面した恐るべき真実とは?
鳴瀬清花シリーズ第3弾。虐待をテーマにした本作は身勝手な親に憤りを覚えつつも、もの悲しい物語に惹き込まれいきます。おぞましいエピソード目白押しながらラストが案外爽やかなのも好印象。


鴉の箱庭 警視庁捜査一課十一係 (麻見和史)
歌舞伎町のゴミ箱から切断された右手が発見された。捜査の結果、その右手は人気ホストのものであることが判明する。当初、客とのトラブルかと思われたが、今度は超高層ビルのレストラン街でホストとは別人の左手が出てきたのだ。果たして犯人の目的は何か?捜査一課の塔子が事件を追うが…。
シリーズ第15弾。塔子の成長ぶりやネットで暗躍するゲームメーカーの存在など、シリーズならではの魅力を散りばめ、安定の面白さです。加えて、今回の敵である鴉の正体の意外性もなかなか。


チワワ・シンドローム(大前粟生)
巷では知らない間にチワワのピンバッジ” が付けられていたというチワワテロなるものが広まっていた。琴美の想い人も被害者を受け、しかも、チワワテロの直後に失踪してしまう。「僕のことはもう信じないで」とメッセージを残して。琴美は親友のミアとともに、失踪とテロの謎を追うが…。
自分の弱さを認めてほしいという現代人の願望をミステリー仕立てで描いた作品です。次第に親友との関係性に疑問を持つくだりなどは大いに考えさせられます。彼女の内に秘めた孤独が切ない。
チワワ・シンドローム (文春e-book)
大前 粟生
文藝春秋
2024-01-26


有罪、とAIは告げた(中山七里)
過去の裁判記録を入力すれば新たな裁判で裁判官が出すであろう判決文を正確に予測するAI裁判官・法神2が、日中技術交流の一環として中国から提供された。新人裁判官の高遠寺円は法神2の検証を命じられる。その最中、18歳の少年が父親殺しの容疑で起訴されるが、法神2が出した判決は死刑で...。
生成AIが注目されている現在、その延長線上にあるAI裁判官を巡る物語は非常に興味深いものがあります。現時点におけるAIの利点と問題点がわかりやすく整理されているうえに、法神2の秘密をに迫るミステリとしても秀逸です。ただ、あの罪状で死刑を求刑されるのはリアリティに欠けるかも...。
有罪、とAIは告げた
中山七里
小学館
2024-02-14


怖いトモダチ(岡部えつ)
中井ルミンは熱狂的なファンを数多く有する人気エッセイストであり、オンラインサロンも主催している。そんな彼女に関わった人々を訪ね歩き、インタビューを行う人物がいた。そして、そこから徐々に明らかになっていく学生時代のエピソードや意外な実像。果たしてルミンは神か悪魔か?
神のように崇められている人物の実像が徐々に明らかになっていく話ですが、その本性があまりにも禍々しくて読んでいてゾッとします。一種のサイコサスペンスで後味最悪ながらインパクトは十分。
怖いトモダチ
岡部えつ
KADOKAWA
2024-02-16


噓があふれた世界で (浅倉秋成 、結城真一郎、杉井光・他)
VTuberが信者たちに人生を滅茶苦茶にされる「かわうそをかぶる」、Tiktokerでの少女の活躍が思わぬ事態を呼ぶ「まぶしさと悪意」、女子高生がYouTuberの影響でダンスを始める「あなたに見合う神さまを」、『世界でいちばん透きとおった物語』の後日譚「君がため春の野に」など、全7編収録。
嘘をテーマにしたアンソロジーであり、
SNSが物語の中心的役割を果たしている点がいかにも現代的です。特に、振り切り具合が半端ない「かわうそをかぶる」や「あなたに見合う神さまを」が強烈。コミカルな「タイムシートを吹かせ」も。
噓があふれた世界で (新潮文庫 し 21-109)
佐原 ひかり
新潮社
2024-02-28


瑕疵借り ‐‐奇妙な戸建て‐‐ (松岡圭祐 )
殺人事件が起きたことで退去者が相次ぐ賃貸マンション。困り果てた大家はそこに住むことで瑕疵を軽減してくれる「瑕疵借り」の藤崎を頼る。一方、藤崎は別の依頼で戸建て物件に赴くが、その家主は先日、失踪した犬を探してあげた秋枝という男だった。思わぬ展開に戸惑いながらも藤崎は奇妙な構造の戸建て物件に入居するが…。
瑕疵借りシリーズ第2弾。読みやすい文章で語られる不動産の蘊蓄が興味深く、ぐいぐい引き込まれていきます。登場人物か少ないので犯人は分かりやすいものの、ダークな雰囲気は悪くありません。


ドリフター2 対消滅(梶永正史)
中国の秘密組織・浸透計画の東京テロを防いだ元自衛官の豊川亮平は、戦闘によるダメージの回復を図るために大阪の西成に潜伏する。だが、浸透計画の刺客に逃亡先が暴かれたばかりか、思考パターンまで読まれて大ピンチに。そんなか、豊川は新たなテロ計画を阻止すべく豪華客船に乗り込み…。
シリーズ第2弾。現実における日中の問題を絡め、臨場感溢れるアクションが繰り広げられていきます。特に、クライマックスである豪華客船での死闘はドパーミンが出まくりです。痛快エンタメ。
ドリフター : 2 対消滅 (双葉文庫)
梶永正史
双葉社
2023-11-15


中野のお父さんと五つの謎(北村薫 )
大手出版社の文宝出版に務める田川美希は文芸雑誌の編集者として働いている。ある時、彼女は夏目漱石に関する謎に行き当たった。漱石の有名な逸話である「アイ・ラブ・ユー」を「月がきれいですね」と訳したというのは根拠のないデマだが、それではこのデマは一体いつどこで生まれたのか?
主人公の身の回りの謎を国語教師の父が解き明かすシリーズ第4弾。漱石の他にも芥川龍之介、松本清張、池波正太郎といった文豪の蘊蓄がたっぷり紹介されるので文学好きの人にはおすすめです。
中野のお父さんと五つの謎
北村 薫
文藝春秋
2024-02-09


猿田彦の怨霊:小余綾俊輔の封印講義 (高田崇史)
『古事記』や『日本書紀』では天孫降臨を先導したのちに奇怪な死を遂げた神と記され、数多の伝承も残されているにもかかわらず、真の正体は全くの不明だという猿田彦。その謎に挑むのは博覧強記で知られる民俗学者・小余綾俊輔。果たして彼は長きに渡る論争に終止符を打つことが出来るのか?
神話や祭礼に関する蘊蓄が興味深く、最終的な仮説の意外さも申し分なし。歴史ミステリとして非常に読み応えのある作品です。ただ、デリケートな問題を含んだ結論に対しては賛否が分かれるかも。


ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック(松岡圭祐)
売れっ子作家になっても李奈の日々は変わらない。ある日、バイトを終えて自宅に戻ると、彼女の帰宅を待っていた担当編集の菊池と作家仲間の優佳から直木にノミネートされたことを知らされる。さらに、英国大使館からはホームズシリーズの『バスカヴィル家の犬』の謎の解明を依頼され...。
ドイルの『バスカヴィル家の犬』は盗作でなのか?という謎が興味深く、さらに、李奈自身が謎の巨犬に襲われるという展開に惹き込まれます。また、万能鑑定士Qとのコラボもうれしいところ。


マリスアングル 警部補 姫川玲子(誉田哲也)
窓を塞ぎ、防音壁を施した民家で身元不明の腐乱死体が発見された。警視庁捜査一課殺人班十一係主任の姫川玲子が乗り出すも有力な手がかりは何一つ見つからなかった。捜査が行き詰まりをみせるなか、玲子のひらめきと人情派刑事・魚住久江の聞き込みによって意外な人物が捜査線上に浮上し…。
姫川玲子シリーズ第10弾。今回は久江とコンビを組み、互いの持ち味を生かして相乗効果を生み出す捜査が新鮮です。従軍慰安婦の扱いは賛否が分かれそうではあるものの、終盤には泣かせる展開も。
マリスアングル 警部補 姫川玲子
誉田 哲也
光文社
2023-10-25


刑事王子(似鳥鶏)  
本郷馨は50代のベテラン刑事。彼は不審な金髪の外国人と遭遇し、後をつける。男が向かった先は殺人事件の現場だった。職務質問を試みるも、反撃に遭って逃走を許してしまう。しかも、彼の正体は北欧にある小国のプリンスだった。本郷は何故か王子とともに事件を捜査するよう命じられ…。
ベテラン刑事と王子様のコンビというぶっ飛んだ設定ですが、そりの合わない2人が絆を深めめいくバディもののツボはきっちり押さえています。逆に、設定の割に展開がおとなしい点に物足りなさも。
刑事王子
似鳥 鶏
実業之日本社
2024-02-29


砂時計 警視庁強行犯係捜査日誌(香納諒一)
マンションの一室で38歳の女性が死体となって発見される。死因は大量の睡眠薬摂取で、テーブルには「疲れました。ごめんなさい」と印字されたプリントが置かれている。一見自殺のようにみえるも、ここ数カ月のメールがパソコンから消されているなど、不自然な状況が次々と明らかになり…。
全3編の連作集。いずれも二転三転の展開が面白く、心の機微を描いた人間ドラマとしてもよくできています。ただ、警察小説なのに地道な捜査より、ひらめきによる解決が多い点にもの足りなさも。
砂時計 警視庁強行犯係捜査日誌
香納諒一
徳間書店
2023-10-28


絡新婦の糸:警視庁サイバー犯罪対策課(中山七里)
芸能スキャンダルから政財界の不祥事まで。様々な暴露ネタで物議を醸し、ネット界最恐と呼ばれている市民調査室。フォロワー数十数万とSNSで絶大な影響力を誇るが、とうとうネットでの炎上が現実に飛び火して人命に関わる事態に発展する。サイバー犯罪対策課の延藤は執念の捜査を続けるが...。
フェイクニュースの拡散など、ネットの闇をテーマにした全5編の連作集です。身近な社会問題をサスペンスたっぷりに描き、読み応えのある作品に仕上げています。ただ、ラストはやや肩透かし。


戦国女刑事(横関大)
刑事のほぼ全員が女性のパラレルワールド。人たらしの木下秀美や理論派・明智光葉といった曲者揃いの5係を率いる織田信子は警察組織の頂点に立つ野望を抱いていた。一方、新人刑事の徳川康子はパワハラ当たり前、事件解決のためには手段を選ばない信子に振り回される日々を過ごしていたが…。
戦国武将女人化ミステリ。警視庁捜査一課を戦国時代に置き換える発想は楽しいが、パロディなので王道警察小説を期待すると軽すぎてがっかりかも。史実を警察小説にどう落とし込むが読みどころ。
戦国女刑事
横関大
小学館
2023-11-08


巡査たちに敬礼を(松嶋智左)
秋の全国交通安全運動は交通課の一大イベントだ。ところが、一日署長の相撲取りが稽古中に怪我をして出られなくなってしまう。バツイチ・子持ちの交通課係長・槇田水穂は役に立たない課長を牽制しつつ、善後策を検討するが…。郊外の所轄で働く警察官たちの姿を描いた全6編の連作集。
派手な事件は一切なく、小さなトラブルを中心に据えた地味な警察小説です。しかし、だからこそ元警察官という作者のキャリアが最大限に活かされており、心に染み入る作品に仕上がっています。
巡査たちに敬礼を(新潮文庫)
松嶋智左
新潮社
2024-02-28


博士はオカルトを信じない (東川篤哉)
中学2年生の丘晴人はオカルトに興味津々。しかも、両親が私立探偵事務所を営んでいることもあってオカルト絡みの不可解な依頼が持ち込まれ、その仕事を晴人が手伝うことも少なくないのだ。ある日、彼はひらめき研究所の看板を掲げて謎の発明に日夜没頭する女性博士・暁ヒカルと出会うが...。
超常現象のような事件を女性学者が科学的に解明する、女版ガリレオシリーズといった趣の作品です。ただし、あれと比べるとかなりゆるい雰囲気でユーモラスな仕上がり。ミステリとしては小粒。
博士はオカルトを信じない
東川篤哉
ポプラ社
2024-02-21


脳科学捜査官 真田夏希 ノスタルジック・サンフラワー (鳴神響一 )
真田夏希は警察庁サイバー特捜隊から神奈川県警に戻ってきて早々に出動要請を受ける。箱根のホテルで人質4人とともに犯人が立て籠もっているというのだ。現場を確認した夏希は、人質たちのなかに母親の姿を見つけて動揺する。犯人が連絡を拒否するなか、夏希は交渉の糸口を探るが…。
矢継ぎ早に新たな事件が起き、最後にそれらが一つに繋がっていく展開が面白い。ただし、その分、ご都合主義も目立ちます。暇つぶしに軽く読むには最適ですが、もう少し深みもほしいところ。
僕の殺人計画(やがみ)
立花はミステリ小説のヒット作を次々と世に送り出し、敏腕編集者の名をほしいままにしていた。だが、盗作騒動の責任を取らされて左遷となる。歳月が過ぎたある日、彼のもとに原稿が送られてきた。その内容は、立花のファンを名乗る人物が立花を標的として完全犯罪を行うというもので…。
人気ユーチューバーによるミステリ挑戦作です。テンポがよく、不可思議な状況が二転三転する展開も悪くありません。しかし、真相はご都合主義感が強く、心理描写に説得力を感じられないのも難。
僕の殺人計画
やがみ
KADOKAWA
2023-11-07


台北アセット(今野敏 )
警視庁公安部外事一課の倉島は台湾警察から研修講師の要請を受け、後輩の西本とともに北北に向かう。だが、今度は現地でサイバー攻撃を受けた日本企業の現地法人から捜査を要請される。しかも、システム担当者が殺害され、日本人役員に疑いの目が向けられたのだ。倉島は捜査に乗り出すが…。
倉島警部補シリーズ。本編の半ば近くまで事件が起きないながらも、日本と台湾の警察組織の違いなど興味深いトピックを絡ませ、飽きさせずに読ませる手管はさすがです。反面、事件はやや淡白。


轟運探偵の超然たる事件簿 探偵全滅館殺人事件(百壁ネロ)
強運だけを頼りに数々の難事件を解決してきた轟運探偵と助手の努力探偵。ある日、彼らに探し物をしてほしいとという依頼が入り、依頼主のもとを訪れると、彼らの他にも個性豊かな探偵たちがいた。果たして多くの探偵が集められた理由は?そして、孤島の館でついに連続殺人が発生し…。
奇天烈な探偵が次々登場するところは清涼院流水のJDCシリーズを彷彿とさせて楽しい。ただ、まともな推理などはほぼないため、推理合戦を期待すると肩透かしを食らいます。あくまでもネタ作品。


ブレイク(真山仁)
原発や化石燃料の代替エネルギーの熾烈な開発競争のなか、地熱発電推進派は切り札として宮城県で蔵王復興地熱発電所の開発に力を入れていた。しかし、巨大な熱水層が掘り当てられるもそれはすぐに枯れてしまう。実は開発前の調査データに改竄があったというのだ。一体誰が何の目的で?
火山の多い日本の代替エネルギーとして高い注目を集めている地熱エネルギーをテーマにした経済小説です。テンポがよく、日本のエネルギー問題を分かりやすく説明しているので勉強になります。
ブレイク (角川書店単行本)
真山 仁
KADOKAWA
2023-12-25


東京ゼロ地裁 執行 2(小倉日向)
冴えない中年判事・山代忠雄。彼には賠償金を踏み倒す悪党に鉄槌を下す影の裁判所・東京ゼロ地裁の裁判長という裏の顔があった。ある日、自老女を死へ追いやった自責の念から自首をしようとしている詐欺の実行犯と出会う。山代は彼を説得して黒幕の正体をを教える約束を取り付けるが…。
シリーズ第2弾。表で裁けぬ悪を裏で成敗する『必殺仕事人』的な話です。悪役が憎々しげに描かれているので最後はスカッとするのが最大の魅力。一方、ご都合主義が目立つのが気になるところ。
東京ゼロ地裁 執行 2 (双葉文庫)
小倉日向
双葉社
2024-01-10


互換性の王子(雫井脩介)
取締役就任を目前に控えた飲料メーカーの御曹司・志賀成功(なりとし)が何者かによって別荘に監禁される。半年後に解放されるも、会社の様子は一変していた。突如現れた異母兄・実行(さねゆき)に成功のポストが奪われていたのだ。成功は真相究明と自身の復権のために奔走するが…。
ミステリーというよりはビジネス小説に近い作風ですが、人間描写が巧みで引き込まれていきます。逆境を乗り越えようとする物語は感情移入しやすく、テンポもよく、エンタメとして申し分なし。
互換性の王子
雫井脩介
水鈴社
2023-12-22



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最新更新日2024/03/17☆☆☆

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このミス2025
対象作品である2023年10月1日~2024年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

2023年3月2日時点での暫定予想順位

1位.検察官の遺言(紫金陳)
大きなスーツケースを引いて駅へと向かった男は、中身のチェックを要求する警備員を振り切って逃げだした。男を拘束し、スーツケースの中身を確かめると江検察官の遺体が出てきた。犯行を認めた男・張弁護士は起訴されるも、裁判では一転無罪を主張する。彼には鉄壁のアリバイがあったのだ。
物語に深みがない反面、リーダビリティが高く、冒頭のから一気に惹き込まれていきます。逮捕された弁護士の不可解な言動に振り回されながらも事件の核心に迫っていく展開もスリリングです。高いエンタメ性を兼ね備えつつ、中国社会の腐敗に斬り込んだ社会派ミステリとしても読み応えあり。


2位.黒い錠剤 スウェーデン国家警察ファイル(パスカル・エングマン)
ストックホルムで発見された女性の刺殺死体。捜査線上に交際相手の男性が浮上する。彼は服役中だったが、事件当夜は仮釈放されていたのだ。だが、国家警察殺人捜査課の女性警部・ヴァネッサの元に彼の無罪を訴える女性が現れる。一方、人気TV司会者の愛人が失踪する事件が起き…。
北欧ミステリーらしい陰鬱な作品ながら、短いスパンでシーンが切り替わっていくのでテンポ良さは一級品です。群像劇仕立ての物語が伏線を回収しながら一点に収縮していく展開が読みどころ。


3位.屍衣にポケットはない(ホレス・マッコイ)
地方紙の新聞記者であるドーランは真実の追求よりも広告収入を気にする新聞社に失望して辞職を決意射する。そして、自ら雑誌を創刊し、患者殺しの医師や人種差別組織などを次々と告発していく。結果、多くの読者を獲得するも古巣の新聞社からの圧力や資金難など、さまざまな苦難に直面し....。
時代を先取りした、1937年発表のハードボイルドです。理想のためには妥協しない主人公の姿勢が尋常ではなく、その極端さも本作の魅力となっています。社会派として色々考えさせられる作品です。
屍衣にポケットはない (新潮文庫 マ 34-1)
ホレス・マッコイ
新潮社
2024-01-29


4位.受験生は謎解きに向かない (ホリー・ジャクソン)
ピップたちは試験休みに友人宅に集まって犯人当てゲームを始める。ゲームの舞台は1924年。孤島に建てられた豪邸で大富豪が殺されるという設定だ。ゲームの参加者は7人。果たして誰が犯人なのか?受験が気になり、最初は乗り気でなかったピップも次第にゲームにのめり込んでいき…。
ピップ3部作の前日譚。巻が進むごとに深刻の度合いが増していった本編とは異なり、気軽に楽しめる仕上がりに。推理劇もメタ的なミステリとして面白い。ただ、175pで1冊は少々ボリューム不足。


5位.7月のダークライド( ルー・バーニー)
寂れた遊園地のアトラクションで働いていた青年ハードリーは、ガリガリに痩せた6、7歳の姉弟の肌に煙草の火傷痕を見つける。当局に通報するも相手にされなかったハードリーは見過ごすことができず、独自に調査を開始する。やがて、浮かび上がってきたのは裕福な家庭の裏に潜む麻薬組織の影で...。
気ままに生きてきた青年が事件を通して成長していく物語は青春ミステリーとして読み応えがありです。事件に関係ない描写が多い前半は冗長ながら終盤における怒涛の展開には引き込まれていきます。
7月のダークライド (ハーパーBOOKS)
ルー・バーニー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2024-02-16


6位.悪なき殺人 (コラン・ニエル)
酪農が盛んなフランス山間部の村。父から牧場を譲り受けたアリスは、酪農農家を助ける福祉委員を務めていたが、やがて訪問先の男と不倫関係に陥ってしまう。一方、村にはパリで成功して戻ってきた男が暮らしているのだが、彼の妻が山へトレッキングに出掛けたまま行方知れずとなり…。
5人の視点から語られる心理サスペンス。話は地味ながら語り手が代わるたびに徐々に真相が明らかになっていく展開がスリリングです。さまざまな人間の思惑が絡み合った末の皮肉な結末も秀逸。
悪なき殺人 (新潮文庫 ニ 4-1)
コラン・ニエル
新潮社
2023-10-30


7位.死刑執行のノート (ダニヤ・クカフカ)
死刑囚のアンセル・パッカーは刑の執行を12時間後に控えていたが、誰もが生きるチャンスを与えられるべきと考え、刑務官を丸め込んでの脱獄を企てていた。一方、母親のラヴェンダー、元妻の双子の妹であるヘイゼル、ニューヨーク州警察捜査官サフィの3人の女性が語る彼の46年の人生とは?
2023年度エドガー賞。本作は事件の当事者たちがそれぞれの人生に与えた影響を浮かび上がらせる文学性の強い作品です。それ故、脱獄サスペンスのようなものを期待すると肩透かしをくらいます。
死刑執行のノート (集英社文庫)
ダニヤ・クカフカ
集英社
2024-01-11


8位.ナッシング・マン(キャサリン・R・ハワード)
イヴは12歳のとき、ナッシング・マンと呼ばれている殺人鬼に家族を惨殺される。以来彼女は復讐を誓い、成人後に事件の経緯をまとめたノンフィクション小説『ナッシング・マン』を出版する。そして、偶然それを読んだ警備員ジム・ドイルは作者が思った以上に真相に肉薄していることを知り…。
被害者が犯人に追いつめられるだけでなく、手記を読んだ犯人が心理的に追いつめられるシーンを挿入することでサスペスに重層性を持たせることに成功しています。ただ、結末は少々モヤモ。
ナッシング・マン (新潮文庫 ハ 59-2)
キャサリン・R・ハワード
新潮社
2023-12-25


9位.夜間旅行者(ユン・ゴウン)
旅行会社ジャングルは戦場跡や被災地を巡るダークツアーを専門としている。企画担当のヨナはパワハラで業務を取り上げられ、不採算ツアーの査定を命じられる。身元を隠してベトナム沖の島ムイへのツアーに参加するヨナだったが、謎の一味かは新たなダークツアーを「捏造」するよう脅迫れ…。
異国に足を踏み入れた女性が悪夢めいた世界に呑み込まれていくというデビット・リンチ的な展開がスリリングです。また、現在社会の非人間性を暴く不条理社会派不条理ミステリーとしても秀逸。
夜間旅行者 (ハヤカワ・ミステリ)
ユン ゴウン
早川書房
2023-10-04


10.友情よここで終われ (ネレ・ノイハウス)
有名編集者のハイケが謎の失踪を遂げる。しかも、自宅の扉に血痕が残されており、2階には老人が鎖で繋がれていた。やがて、血痕はハイケのもので老人は彼女の父親であることが判明する。そして、捜査線上には彼女に作品の剽窃を暴かれたベストセラー作家が容疑者として浮上するが…。
オリヴァー&ピア・シリーズ第10弾。舞台となる出版界の描写が興味深い。登場人物が多すぎて読むのに苦労する面はあるものの、過去の出来事が次々と繋がっていく後半の展開はさすがの面白さ。


11位.両京十五日 Ⅰ凶兆(馬伯庸)
1425年。明の皇太子・朱瞻基は皇帝に命じられ、首都の北京から南京へと遣わされる。だが、朱瞻基を乗せた船が南京に到着した途端に爆破されてしまう。さらに、皇帝が危篤との報が届き、朱瞻基は捕吏・呉定縁、下級役人・于謙、女医・蘇荊渓らの力を借りて北京への帰還を目指すが...。
誰が味方で誰が敵なのかも分からないなかでの脱出行は非常にスリリング。中国の史実を踏まえながらもダイナミックに展開していく冒険行は読み応え満点。続きが非常に気になる作品です。


12位.悪い男(アーナルデュル・インドリダソン)
アパートの一室で喉を掻き切られた若い男の死体が発見される。その男はバーやレストランで出会った女性をクスリで眠らせて犯す、レイプの常習犯だったらしい。犯罪捜査官エーレンデュルが行方不明のなか、同僚のエリンボルクは現場に落ちていたスカーフの香りを頼りに捜査を進めるが…。
シリーズ第7弾。ただ、肝心のエーレンデュルは登場せず、その点は肩透かし。一方、物語は北欧ミステリらしい重苦しさに包まれていますが、レイプ被害者に向ける暖かな眼差しには救われる思い。
悪い男 エーレンデュル捜査官シリーズ
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2024-01-19


13位.誘拐犯(シャルロッテ・リンク)
ロンドン警視庁のケイト・リンヴィル刑事は父が惨殺された事件が解決したのち、現場となった生家を処分することにする。だが、今度は宿泊先の娘・アメリーが行方不明になる事件が発生し、同時に、1年前に失踪した少女が遺体となって発見されたのだ。果たして、2つの事件の繫がりとは?
上巻は事件が五里霧中のうえに、救出後何も語らないアメリー等、登場人物の言動にイライラ。しかし、下巻からは事件が大きく動き始め、一気に面白くなります。巧みな構成とラストの捻りが見事。
誘拐犯 上 〈ケイト・リンヴィル〉シリーズ (創元推理文庫)
シャルロッテ・リンク
東京創元社
2023-10-10


14位.ハーレム・シャッフル(コルソン ホワイトヘッド)
1959年ニューヨーク。アフリカ系アメリカ人のレイ・カーニーは数々の罪を重ねてきた父のようにはなるまいと、まっとうな生き方を心がけていた。だが、ある日強盗事件に巻き込まれ、ギャングと悪徳警官に目を付けられてしまう。自身と妻子をまもるため、カーニーは裏取引を重ねていくが…。
誠実な家具販売員でありながら、妻子を養うために裏で盗品取引を行っている主人公が、数々の窮地を乗り越えながらのし上がっていく物語。テンポがよくて読み応えのあるクライム小説の佳品です。
ハーレム・シャッフル
コルソン ホワイトヘッド
早川書房
2023-11-21


15位.もしも誰かを殺すなら(パトリック・レイン)
大富豪殺害の容疑で死刑になった新聞記者。その裁判の陪審員たちが雪深いの山荘に集まる。そこで、実は自分が犯人だという大富豪の弟の遺書が弁護士から公表される。しかも、彼の遺産は陪審員へ等分に分け与えるとも書かれていたのだ。それを契機に陪審員たちは次々と殺されていき…。
本作はB級ミステリーの女王ことアメリア・R・ロングの別名義作品です。作品の出来はその肩書きに違わぬもので荒削りながら、奇抜な殺害方法に推理合戦など、様々な趣向で楽しませてくれます。
もしも誰かを殺すなら (論創海外ミステリ 307)
パトリック・レイン
論創社
2023-12-06


16位.ガラム・マサラ!(ラーフル・ライ)
24歳のラメッシュは金持ちの子息の代わりに入学試験を受ける替え玉受験請負人だ。あるとき、サクセナ家の子息・ルディの代わりに全国統一試験を受験するが、なんと全国1位を取ってしまう。ルディが世間からの注目を集め、ラメッシュは彼のマネージャーとなるも、2人は何者かに誘拐され…。
ジャンル的には誘拐サスペンスということになりますが、とにかく主人公の饒舌な語りが楽しくて痛快な作品に仕上がっています。加えて、現代インドの実態を浮き彫りにしていく描写も興味深い。 
ガラム・マサラ! (文春e-book)
ラーフル・ライナ
文藝春秋
2023-10-24


17位.マーリ・アルメイダの七つの月(シェハン・カルナティラカ)
1990年、内戦が続くスリランカのコロンボ。戦場カメラマンにしてゲイのアルメイダは、気が付くと冥界にいた。どうやら彼は死んだらしいのだが、内戦を終わらせるための重要な写真を公開するまでの猶予として1週間の期限が与えられる。しかし、彼の前にはさまざまな困難が立ち塞がり…。
ファンタジー要素を交えてスリランカの悲惨な実情を描いた作品です。しかし、その語り口は疾走感に満ち、ときにコミカルでさえあります。そのギャップが一種異能な迫力を醸し出している傑作。
マーリ・アルメイダの七つの月 上
シェハン・カルナティラカ
河出書房新社
2023-12-26


18位.生贄の門(マネル・ロウレイロ)
女性捜査官のラケルは幼い息子が脳腫瘍に侵されていると医師から告げられる。なんとか息子を救おうと奔走し、末期癌患者を何人も完治させたという療法士に行き当たる。息子に療法士の治療を受けさせるために僻村に転属したラケルだったが、肝心の療法士は失踪し、奇怪な殺人事件まで起き...。
ホラー小説でありながら奇怪な事件が起きてその謎を追うという物語の骨格はミステリそのものです。さらに伏線を回収した末に明かされるサプライズ付。ミステリ好きにおすすめのホラーです。
生贄の門 (新潮文庫 ロ 19-1)
マネル・ロウレイロ
新潮社
2023-11-29


19位.孔雀屋敷: フィルポッツ傑作短編集(イーデン・フィルポッツ)
過去の幻影を見る力がある孤独な女性教師と屋敷に住む老人とのふれ合いを描いた表題作、一夜に起きた3件の変死事件を鮮やかに解き明かす「三人の死体」、取るに足らないことに異常な執着を見せる男が鉄で出来たパイナップルの魅力に取り憑かれる「鉄のパイナップル」など、全6編収録。
名作『赤毛のレドメイン家』で知られる著者の初訳&新訳短編集。クラシカルで味わい深い作品が揃っていますが、なかでも犯人の異常心理を独自のタッチで描いた「鉄のパイナップル」が強烈。
孔雀屋敷 フィルポッツ傑作短編集 (創元推理文庫)
イーデン・フィルポッツ
東京創元社
2023-11-30


20位暗殺者の屈辱(マーク・グリーニー)
ジェントリーは敵対関係にあるはずのCIAから依頼を受ける。彼をターゲットにすることをやめる代わりに、米露両国の極秘情報を収めたデータの端末を確保してほしいというのだ。だが、結果はGRUの工作員マタドールに先を越されて失敗。ジェントリーは端末を追ってヨーロッパに渡るが...。
グレイマンシリーズの第12弾です。今回もアクションに次ぐアクションで読み応え満点。ロシアの裏金を巡ってロシア、アメリカ、ウクライナの工作員が繰り広げる三つ巴の戦いは手に汗握ります。
暗殺者の屈辱 上 グレイマン (ハヤカワ文庫NV)
マーク グリーニー
早川書房
2023-12-20



その他注目作

傷を抱えて闇を走れ (イーライ クレイナー)
貧困と義父からの虐待に耐えかねていた高校生のビリーは、劣悪な環境から脱出するために自らの才能を活かしてプロのアメフト選手を目指していた。だが、新シーズンが始まった日に自宅で義父の死体が発見される。しかも、その前日に義父と喧嘩をしていたビリーに嫌疑が向いてしまい…。
アメリカの陰鬱な田舎町の様子がリアルに描き出されるうえに堕ちていく人間を主題としているので読後はやるせない気持ちになってしまいます。爽快感は皆無ながらノワールとしては読み応えあり。
傷を抱えて闇を走れ (ハヤカワ・ミステリ)
イーライ・クレイナー
早川書房
2023-12-05


暗闇のサラ (カリン・スローター)
車で救急車に激突した女性が病院に搬送された。彼女は医学生で目が覚めたら車の中にいたという。そして、「あいつを止めて」との言葉を当直医のサラに残して息絶える。やがて男子学生が起訴されるが、彼の母親は研修医時代のサラの同僚だった。そして、この一件は15年前の事件と結びつき...。
ウィル・トレントシリーズ第11弾。今回は若い女性を標的とした連続レイプ事件を扱っており、性被害の深刻さに胸をえぐられます。一方、ミステリとしては犯人による手の込んだトリックが読みどころ。
暗闇のサラ 〈ウィル・トレント〉シリーズ (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター
ハーパーコリンズ・ジャパン
2023-12-15


蜘蛛の巣の罠(ラーシュ・ケプレ)
最凶のシリアルキラー、ユレック・ヴァルテルとの長き闘いに終止符が打たれたかに思われた矢先、療養中のサーガのもとに連続殺人を仄めかす絵葉書が届く。それから3年。国家警察長官マルゴット・シルヴェルマンが突如失踪し、後に体で発見される。それは葉書の記述と全く同じ状況で…。
ヨーナ・リンナ刑事シリーズの第10弾。今回は人が死にすぎでグロテスクで陰鬱な展開が続きます。衝撃度ではシリーズ随一ですが、ここまで死者が多いと、シリーズの行く末が心配になってきます。
蜘蛛の巣の罠(上) (扶桑社BOOKSミステリー)
ラーシュ・ケプレル
扶桑社
2024-03-02


ケンブリッジ大学の途切れた原稿の謎(ジル・ペイトン・ウォルシュ)
ケンブリッジ大学学寮付き保健師のイモージェン・クワイの家に下宿している大学院生が、ある数学者の伝記を手掛けることになる。だが、それ以前にも複数の人物が伝記の執筆に挑戦したものの、いずれも途中で頓挫していた。その原因は1978年夏における空白の数日間にあるというのだが…。
イモージェン・クワイシリーズの第2弾です。今回は伝記の執筆者が変死や行方不明を遂げていくという謎が魅力的。学問の世界ならではの動機が興味深く、前作に比べて後味の良い結末も好印象。


ザ・ロング・サイド(ロバート・ベイリー)
テネシー州プラスキの高校がアメフトの試合でライバル校に歴史的勝利を収め、町は熱狂に包まれた。しかし、その翌朝、試合後にコンサートを行った地元人気バンドのカリスマシンガーが遺体となって発見される。容疑者として彼女の恋人で地元アメフトチームのスター選手のオデルが浮上するが…。
弁護士ボーセフィスシリーズ完結編。登場人物がほぼ黒人というのが異色ながら、熱いドラマに引き込まれていきます。前作で未解決の件が絡んでくるのもシリーズファンにとっては読みどころ。
ザ・ロング・サイド (小学館文庫)
ロバート・ベイリー
小学館
2024-02-06


ザ・メイデンズ ギリシャ悲劇の殺人(アレックス・マイクリーディーズ)
セラピストのマリアナのもとにケンブリッジ大学に通う姪のゾーイから連絡があり、親友が惨殺死体となって発見されたという。しかも、ゾーイはギリシャ悲劇を専門とするカリスマ教授が犯人だと主張するのだった。マリアナは独自に真相を探っていくが、凄惨な事件はその後も繰り返され...。
ギリシア悲劇や謎の集団等の道具立てが興味深く、誰も彼もが怪しくみえる展開に引き込まれていきます。ただ、詰め込みすぎなうえに真相もこじつけっぽいのが難。後味の悪さも好みの分かれるところ。
ザ・メイデンズ ギリシャ悲劇の殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アレックス マイクリーディーズ
早川書房
2024-02-21


有名すぎて尾行ができない(クイーム・マクドネル)
平凡すぎる顔の持ち主ポールは恋人や元刑事と組んで探偵事務所を立ち上げようとするなか、謎の美女が浮気調査の依頼に訪れる。調査対象は国中が注目する不動産開発詐欺事件の被告人3人組の1人。だが、尾行相手を見失ってしまったうえに、3人組の1人で調査対象とは別の男を殺されてしまい…。
アイルランドミステリー「平凡すぎて殺される」の続編です。ドタバタコメディに社会風刺を織り交ぜた作品としてなかなかよく出来ています。ただ、下品なネタが多いのは好みの分かれるところ。
有名すぎて尾行ができない (創元推理文庫)
クイーム・マクドネル
東京創元社
2024-02-29


夜に惑う二月(アラン・パークス)
1973年2月。建設中のビルの屋上で若い男の惨殺死体が発見される。男はサッカーのスター選手で、麻薬王・スコビーの娘の婚約者だった。マッコイ刑事の捜査により、スコビー子飼いの殺し屋・コナリーが容疑者として浮上する。彼はサイコパスでスコビーの娘に付きまとっていたというのだが...。
前作同様、悪徳と暴力がはびこる街でマッコイが満身創痍になりながら真相を追う物語ですが、本作を盛り上げているのはギャングのボス・クーパーです。マッコイとの屈折した友情がたまりません。


内なる罪と光(ジョアン・トンプキンス) 
16歳のダニエルが突如失踪してから8日後。幼馴染のジョナはダニエルを殺害したことと死体の隠し場所だけを書き残して自殺した。動機は不明だった。一人残されたダニエルの父親・アイザックが失意に沈むなか、彼の住む町に謎の少女が現れる。どうやら彼女はお腹に赤ん坊を宿しているようで...。
主人公の息子を含めて登場人物の大半が嫌な奴なので読んでいて苦痛を覚えます。しかし、だからこそ、赦しというテーマが際立ち、主人公と少女の再生の物語が読者の胸を打つわけです。ただ、ミステリー色は極めて薄いのでその点に期待すると肩透かしを覚えるでしょう。宗教色の強い作品。
内なる罪と光 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョアン トンプキンス
早川書房
2024-01-24


叫びの穴(A・J・リース)
第一次世界大戦の最中、英国東部に位置するノーフォーク州で考古学者が殺害される。遺体は叫びの穴と呼ばれるいわくつきの縦穴に隠されており、彼の所持金を奪って逃走中と思われる若者が指名手配される。やがて若者は逮捕されて死刑判決を下されるも彼は沈黙を守り続けていた。その真意とは?
1919年発表。陰鬱な湿地帯を舞台にした重厚感あふれる作品、古い探偵小説とは思えないほどドラマ性に溢れています。謎解きも一級品で、細かな手掛かりに基づいて真相に迫る過程は読み応え十分。
叫びの穴 (論創海外ミステリ 305)
アーサー・J・リース
論創社
2023-10-27


ゴア大佐の推理(リン・ブロック)
1922年。探検家のゴア大佐は長年過ごした中央アフリカから久しぶりに帰国した。そして、幼なじみのバーバラを訪ねてリンウッドの町に赴き、そこで年の離れた彼女の夫を始め、多くの知己を得るのだった。だが、リンウッドにはなにか秘密が隠されており、ついに死人まで出てしまう…。
1924年発表のゴアシリーズ第1弾。書かれた時代を考えると真相の意外性はなかなかのもの。精力的なゴア大佐のギャラも魅力的です。反面、話がまわりくどく、読んでいてイライラする場面も。
ゴア大佐の推理 (ゴア大佐の事件)
リン・ブロック
Independently published
2024-01-21


姿なき招待主(グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング)
街の名士として知られる8人が謎めいた電報によって摩天楼のペントハウスにおびき寄せられる。しかも、正体不明の招待主はこれから行うゲームに勝たなければ1時間ごとに1人ずつ殺していく」と告げる。脱出不可能な密閉空間で進行する殺人計画。果たして犯人は誰なのか?そしてその目的は?
『そして誰もいなくなった』の元ネタとの説もある1930年発表の作品であり、姿なき犯人の存在に登場人物たちが疑心暗鬼に陥っていく展開はサスペンスに満ちています。特異な犯人像も印象的。
姿なき招待主(ホスト) (海外文庫)
グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング
扶桑社
2023-12-02


象られた闇(ローラ・パーセル)
切り絵作家のアグネスは巡査部長のレッドメインの訪問を受け、仕事の依頼者が殺されたことを知らされる。しかも、事件はそれだけにとどまらず、彼女に肖像画を依頼した客が次々と謎の死を遂げているのだ。アグネスは若干11歳の霊媒師・パールを頼り、死者の口から犯人の名前を聞こうとするが...。
ミステリーとしての仕掛けはわかりやすく、勘の良い人らすぐ真相に気が付くでしょう。しかし、陰鬱な雰囲気を纏った物語には読者を引き込む力があり、クライマックスの盛り上げ方もなかなかです。
象られた闇
ローラ パーセル
早川書房
2024-02-21


誰も悲しまない殺人 (キャット・ローゼンフィールド)
メイン州の田舎町で女性が顔を潰されて殺害されるという凄惨な事件が発生する。被害者の名はリジー・ウーレット。周囲から阻害され、嫌われ者として生きてきた彼女を殺したのは果たして誰なのか?行方不明の夫と、被害者と因縁のある人気インフルエンサーの女性が捜査線上に浮上するが…。
被害者の人生を追い、犯人の心情を掘り下げることで滲み出る哀しみが読後に何とも言えない余韻を残します。ただ、犯行自体は都合良くいきすぎ、ご都合主義に感じてしまう点にはもの足りなさも。
誰も悲しまない殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
キャット ローゼンフィールド
早川書房
2023-12-05


狼の報復(ジャック・ボーモント)
フランス対外治安総局の工作員パイヤンはシチリア島のパレルモで移民申請絡みの任務に従事していたが失敗に終わる。そして、原因究明もままならいままに、生物兵器の開発者を確保する作戦に向かい、またしても失敗。陰謀に巻き込まれたパイヤンはパキスタンから決死の脱出を試みるが…。
粗筋を読むと典型的なスパイアクションを想像するかもしれませんが、元スパイの手による本作はリアリティ重視で非常に地味です。現実的で淡々とした駆け引きが続く物語は好みの分かれるところ。
狼の報復 (ハヤカワ文庫NV)
ジャック ボーモント
早川書房
2023-10-18


テラ・アルタの憎悪(ハビエル・セルカス)
テラ・アルタ署の刑事・メルチョールは獄中で『レ・ミゼラブル』に出会い、犯罪者から警察官への転身を遂げた異色の経歴の持ち主だった。あるとき、富豪夫婦が殺されるという事件が起きる。しかも、彼らには拷問された跡があった。メルチョールは彼らの事業には裏があると考えるが…。
スペイン発のミステリー。文学的な香りを纏いながら綴られていく主人公転身の物語は読み応えがあり。ただ、ミステリーとしては凡庸で、捜査パートに入るとテンポが悪くなるのが気になるところ。
テラ・アルタの憎悪 (ハヤカワ・ミステリ)
ハビエル セルカス
早川書房
2024-01-10


いきすぎた悪意(サンドラ・ブラウ)
暴行を受け、そのまま意識の戻らなくない女性。彼女の元夫でアメフト選手のザックは延命治療の決定権を持つ代理人に指名されてしまう。マスコミを避けて山奥で隠遁生活をする彼の元に検事のケイトが訪ねてくる。彼女はザックに対し、事件の加害者が減刑されてすでに出所したと告げるが…。
犯人と被害者が両方ともクズで直接関係ない元夫が巻き込まれるという設定が新鮮。ただ、犯人に対しては不快さが恐怖を凌駕しており、そのため、サスペンスとしての盛り上がりはいまひとつです。
いきすぎた悪意 (集英社文庫)
サンドラ・ブラウン
集英社
2023-12-20


殺人は展示する: 初版本図書館の事件簿(マーティ・ウィンゲイト)
ヘイリー・バークは初版本協会の駆け出し学芸員。この協会は初版本の蒐集家が設立したもので、協会所有の図書館には数多くのミステリ初版本が収められていた。ヘイリーは協会の知名度を向上させるため、講演会の企画をスタートさせる。ところが、雇ったマネージャーが殺されてしまい…。
シリーズ第2弾。今回はセイヤーズの『殺人は広告する』の本に絡んだ事件を描いており、ミステリの小ネタを散りばめられているのがミステリ好きとってはうれしいところ。ただ、内容は軽め。
殺人は展示する 初版本図書館の事件簿 (創元推理文庫)
マーティ・ウィンゲイト
東京創元社
2023-12-18


解剖学者と殺人鬼(アレイナ・アーカート)
ジェレミーは過去の愚かなシリアルキラーたちとは違って明晰な頭脳を有していることを自負し、大胆に犯行を重ねていく。一方、解剖学者のレンは立て続けに起きる猟奇殺人の検視解剖を行っていくが、死体には次の殺人のヒントが残されていた。こうして2人の対決の幕が切って落とされるが…。
本職の解剖医だけあって検死場面は臨場感満点。解剖学者と殺人鬼の2視点による物語はテンポよく、第2部のサプライズも秀逸です。ただ、続編ありきの結末と案外凡庸な殺人鬼にもの足りなさが。
解剖学者と殺人鬼 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アレイナ アーカート
早川書房
2023-11-07


救出(スティーヴン・コンコリー)
娘を誘拐されたスティール上院議員は人質奪還を専門とする民間軍事組織ワールド・リカバリー・グループ(WRG)に娘の救出を依頼する。WRGの創設者ライアン・デッカーはロシアン・マフィアの人身売買ネットワークが事件に絡んでいることを突き止め、マフィアの隠れ家を急襲するが....。
人質救出作戦の失敗とその後が語られる前半の展開はもたついていて読みづらく感じますが、下巻からは怒涛の展開が始まり、一気に面白くなります。ただ、続編ありきなのでラストはすっきりせず。
救出(上) (扶桑社BOOKSミステリー)
スティーヴン・コンコリー
扶桑社
2023-12-02





コールド・リバー(サラ・パレツキー)
私立探偵のヴィクが発見した湖の岩場に倒れていた少女。彼女は「ナギー」と呟いて意識を失った。そして、病院に搬送されるも、数日後に姿を消してしまう。ヴィクは警察に少女から渡されたものを渡すように迫られるが、心当たりはなかった。さらに、マフィアも少女を追っていることを知り…。
V・I・ウォーショースキー シリーズ第22弾。弱者を守るために警察やマフィアといった強大な相手にも一歩も引かないヴィク節は今作でも健在。女探偵もののハードボイルドとして安定の面白さ。
コールド・リバー 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サラ・パレツキー
早川書房
2024-02-06


クリスマスカードに悪意を添えて シェフ探偵パールの事件簿 (ジュリー・ワスマー)
クリスマスを前にしてパールは大忙し。クリスマスの準備自体何も終わっていないのだ。そんななか、友人のネイサンから新聞の文字を切り貼りした中傷目的のクリスマスカードを受け取ったとの相談を受ける。しかも、同様のカードが他の人間にも届いていたのだ。パールは調査を始めるが…。
シェフ兼探偵のパールが活躍する海外ドラマ『港町のシェフ探偵パール』シリーズの原作小説第2弾です。小出しにされる謎とともに美味しそうな料理も次々と登場し、思わず引き込まれていきます。


ブランディングズ城の救世主(P・G・ウッドハウス)
エムズワース伯爵は都会からブランディグズ城に戻ってくるも、湖畔でキャンプをする少年団や口うるさい妹のせいで心が安まらない。そのうえ、城に滞在中のダンスタブル公爵は伯爵の愛豚を盗み出そうと画策していた。次々と起きる珍騒動を円満解決に導こうとフレッド叔父さんが奮戦するが…。
1915年から始まったブランディングズ城 シのサーガの長編第八弾です。ほのぼのとしたユーモアは安定のクオリティですが、欧米のユーモア小説にありがちなまわりくどさは好みの分かれるところ。



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最新更新日2024/03/12☆☆☆

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本ミス2025
対象作品である2023年11月1日~2024年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
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2024年2月29日時点での暫定予想順位

1位.乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび (芦辺 拓、江戸川 乱歩)
なんといっても、江戸川乱歩の未完作『悪霊』の真相に挑む!という趣向がワクワクします。そのうえ、乱歩が遺した前半部分の文章から伏線らしきものを巧みに拾い上げ、意外な真相へと導いていく手管も見事です。さらに、事件の真相が連載中断の理由とリンクしている点にも唸らされます。


2位.地雷グリコ(青崎有吾) 
高校生たちがオリジナルのギャンブルで勝負する話ですが、各話には相手を欺くトリックや手の内を読み合う推理などがふんだんに盛り込まれており、その構造は本格ミステリとしての魅力に満ちています。どの勝負もワクワクするものばかりで、鮮やかに決まる逆転劇が痛快です。青崎有吾の異色傑作。
地雷グリコ (角川書店単行本)
青崎 有吾
KADOKAWA
2023-11-27


3位.毒入り火刑法廷(榊林銘)
魔女が実在する架空の世界で魔女裁判にかけられた少女を巡って火刑審問官と弁護士が論戦を繰り広げる特殊設定ミステリです。裁判自体にリアリティはなく、捻くれたロジックのオンパレードですが、反面、ミステリとしてのアイディアの多さに唸らされます。ただ、裁判パート以外はかなり退屈。
毒入り火刑法廷
榊林 銘
光文社
2024-02-21


4位.黄土館の殺人(阿津川辰海 )
館四重奏第3弾の本作は、旅先で名探偵とその他一行が分断されて別々の事件に挑む『双頭の悪魔』形式の作品です。とはいえ、あくまでもメインは名探偵不在のなかで起きる連続殺人の方ですが、それ以外の部分も伏線として機能しており、本格として読み応え満点。ただ、犯人はわかりやすいかも。
5位.案山子の村の殺人(楠谷佑)
探偵役はエラリー・クイーンのような従兄弟同士のコンビ作家で、事件は案山子だらけの村で案山子にまつわる不可解な出来事が続発し、やがて雪密室の殺人が起きるというもの。密室トリックは大したことないものの、そこから派生するミスディレクションが秀逸です。精密なロジックも素晴らしい。


6位.バイバイ、サンタクロース 麻坂家の双子探偵(真門浩平)
 第3回Kappa-Two受賞作品。小学生とは思えない大人びた語り口には終始違和感が付きまといましたが、ロジックにこだわりぬいた作風は好印象。特に、アンチミステリ的な手法に意表を突かれる「黒い密室」や解くべき謎が二転三転する「だれが金魚を殺したか」が秀逸です。まさかの最終話も衝撃的。


7位.帝国妖人伝(伊吹亜門)
明治、大正、昭和と移りゆく時代の中で語り手の作家がさまざまな事件に遭遇する連作集。本作がユニークなのは探偵役が一話ごとに異なり、そのいずれもが歴史上の人物だという点にあります。そして、その人物ならではの推理が楽しめるのが魅力的です。ただし、本格としての仕掛けは小粒。
帝国妖人伝
伊吹亜門
小学館
2024-02-15


8位.奇岩館の殺人(高野結史)
孤島の豪邸に宿泊すれば高額報酬というバイトに採用されるも実は、富裕層を探偵役として接待するためのリアル推理ゲームの被害者役だったという設定が面白い。トラブル続出による運営側のぐだぐだ具合を含めて探偵小説の良質なパロディになっており、犯人判明後に一捻りがあるのもグッド。
奇岩館の殺人 (宝島社文庫)
高野結史
宝島社
2024-02-06


9位.時空に棄てられた女~乱歩と正史の幻影奇譚~(長江俊和)
江戸川乱歩と横溝正史のコンビが猟奇殺人の謎に挑む物語は完成度が高く、彼らのファンにとっては堪らない作品に仕上がっています。また、2人の間に起きた実際のエピソードが随所に盛り込まれているのも興味深いものがあります。さらに、ミステリとしての仕掛けもなかなかユニークな佳品です。


10位.ミノタウロス現象(潮谷験)
世界各地で半獣半人のミノタウロスが出現し、その最中に死体を獣人に偽装した殺人事件が起きるという設定が非常にユニーク。ただ、話はテンポが良くて面白いものの、殺人事件のトリックの扱いが小さくてもの足りなさがあります。むしろ、ミノタウロス出現の謎に迫る考察の方が面白い。


11位.そして誰かがいなくなる(下村敦史)
大雪で閉ざされた館で殺人事件が起きるという王道ミステリながら、舞台が作者の自宅という点がユニークです。また、章ごとに語り手を変えることでミスリードさせ、最後に怒涛の伏線回収によって真相を明らかにしていくプロットもよくできています。ただ、捻りすぎてすっきりしない面もあり。
そして誰かがいなくなる
下村敦史
中央公論新社
2024-02-21


12位.きこえる(道尾秀介)
前衛的スタイルのミステリ小説創出に情熱を傾けている著者ですが、本作ではQRコードから読み取った音声を用いた謎解きに挑戦しています。なかには音でしか説明不能な仕掛けも施されており、(意味のわかりずらいオチがあるのは難ですが)ミステリの可能性を広げてくれる作品だといえるでしょう。
きこえる
道尾秀介
講談社
2023-11-21


13位.真夜中法律事務所(五十嵐律人)
真犯人が罪を償わなければ被害者が成仏できないという設定がユニーク。成仏という非現実な現象をロジカルに突き詰めていくことで唯一無二の面白さを創出しています。また、その設定を活かしたトリックも本格ミステリとして魅力的ですが、トリックのための設定という側面がやや露骨な感も。
真夜中法律事務所
五十嵐律人
講談社
2023-11-14


14位.ファラオの密室(白川尚史)
第22回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作品。本作にはピラミッドからのミイラ消失など、大きな謎がいくつかありますが、トリック自体は大したことありません。一方、神々の存在する古代エジプトを舞台にした伝奇小説と謎解きの要素がうまくかみ合い、読み物としてはなかなかの面白さです。
ファラオの密室
白川尚史
宝島社
2024-01-09


15位.龍の墓(貫井徳郎)
メガネ型VRがスマホ並に普及した近未来が舞台のSFミステリーであり、VRゲームのイベントに見立てた連続殺人とシンプルながら巧妙な仕掛けは悪くありません。ただ、犯人が無実を主張するためにとった行動はあまりにも迂闊です。また、別にVRがなくてもミステリとして成立してしまう点も残念。
龍の墓
貫井徳郎
双葉社
2023-11-22


16位.不死探偵・冷堂紅葉 02.君に遺す『希望』(零雫)
異能力×本格ミステリのシリーズ第2弾。いわゆる特殊設定ミステリながら前作は異能力設定を上手く活かせてなかった感が強かったのですが、本作ではその点を改善。特殊設定を絡めたハウダニットものとして読み応えのある作品に仕上がっています。ただ、ホワイダニットに関しては強引さも。


17位.助手が予知できると、探偵が忙しい (秋木真)
やる気がない探偵と予知能力を持つJKのコンビが不可解な事件に挑む全3編の連作集。特殊設定ミステリーの一種であり、予知能力を活かした事件の解決法にひねりを加えている点が面白い。探偵と助手の掛け合いも楽しく、派手さはないものの、なかなかの良作です。ただ、最後ははネタ切れ感も…。


18位.double〜彼岸荘の殺人〜(彩坂美月)
タイトルから連想される通り、幽霊屋敷を舞台にした本格ミステリではあるのですが、調査に乗り込んだ超能力者たちが怪異に襲われるホラー展開が延々続くため、ミステリを期待した読者は戸惑ってしまいます。終盤には鮮やかな伏線回収に基づく謎解きもあるものの、ボリューム不足は否めないところ。
double〜彼岸荘の殺人〜 (文春文庫)
彩坂 美月
文藝春秋
2024-02-06


19位.博士はオカルトを信じない (東川篤哉)
ドッペルゲンガーや幽体離脱などの怪異に見える現象を女性学者の暁ヒカルが科学的に解き明かしていく連作ミステリです。中学生の少年と女性学者のバディで不可能犯罪に挑んでいく物語は興味をそそるものの、ネタは古典的なものばかりで本格ミステリとしての面白みに欠けている点が難。
博士はオカルトを信じない
東川篤哉
ポプラ社
2024-02-21


20位.中野のお父さんと五つの謎(北村薫 )
文芸編集者の娘と国語教師で生き字引の父が身の回りの謎に挑む日常ミステリーの第4弾です。今回も相変わらず父娘の掛け合いが楽しく、夏目漱石をはじめとした文豪にまつわる謎には興味深いものがあります。ただ、あくまでも蘊蓄中心の謎解きなので本格ミステリとしての魅力は乏しいかも。
中野のお父さんと五つの謎
北村 薫
文藝春秋
2024-02-09



その他注目作

放課後ミステリクラブ 3 動くカメの銅像事件(知念実希人)
本屋大賞で初めて候補作に選ばれた児童書シリーズの第3弾。話は、重すぎて人の手では動かせない亀の銅像が移動した謎に小学生たちが挑むというもの。中身は完全な子供向けながら、ミステリとしの基本要素はきっちりと押さえられています。ミステリの魅力を知る第一歩になり得る良書です。


僕の殺人計画(やがみ)
ホラー系人気ユーチューバーの書籍デビュー作。物語は、ミステリ小説のヒット作を数多く手掛けた元敏腕編集者がファンを名乗る人物から完全犯罪の標的とされるというもので、二転三転の展開は悪くありません。ただ、事件の真相は無理に無理を重ねた感が強く、説得力に欠けているのか残念。
僕の殺人計画
やがみ
KADOKAWA
2023-11-07


双子探偵ムツキの先廻り(ひたき)
探偵が訪れる先で必ず事件が起きるというミステリのお約束を逆手に取り、事件を引きつける体質の探偵が事件前から犯人に罠を仕掛けて証拠を確保するという発想がユニーク。一種のアンチミステリーとして読み応えありです。ただ、証拠確保の手段がワンパターンな点がもの足りなく感じます。


大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 抹茶の香る密室草庵 (山本巧次)
シリーズ第10弾。江戸時代の茶室で起きた密室殺人の謎を解くためにドローン、ファイバースコープ、地中レーダーといった現代の科学技術を惜しみなく投入していくやりすぎ感が楽しい。歴史上の人物が絡んでくる物語も相変わらず魅力的。ただ、密室の真相は狙いはわかるものの、かなりの肩透かしです。


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最新更新日2024/02/15☆☆☆

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本ミス2025
対象作品である2023年11月1日~2024年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
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2024年1月31日時点での暫定予想順位

1位.受験生は謎解きに向かない (ホリー・ジャクソン)
175ページの中編小説で女子高生が探偵役を務めるポップ3部作の前日譚。前日譚ということで殺人事件などは起きませんが、1920年代の孤島を舞台にした謎解きゲームはこれはこれでわくわくするものがあります。ゲームに興じるポップたちが微笑ましく、ゲームならではの皮肉の効いた真相もユニーク。


2位.もしも誰かを殺すなら(パトリック・レイン)
1945年発表。死刑判決を下した裁判員が人里離れた山荘で次々と殺されていくクローズドミステリーです。犯罪論議で各々が提案した方法で殺されるという趣向がユニークで、途中の推理合戦もかなり楽しめます。テンポの良さも申し分なしですが、真相の面白さは標準レベルといったところ。
もしも誰かを殺すなら (論創海外ミステリ 307)
パトリック・レイン
論創社
2023-12-06


3位.姿なき招待主(グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング)
2023年9月に奇想天外の本棚シリーズの1作として発売された戯曲『九番目の招待客』の原作小説です。1930年発表。『そして誰もいなくなった』の元ネタとされる作品としては最古のものとなります。1人づつ殺されていくサスペンス展開はなかなかですが、結末はあっけなくて物足りない。
姿なき招待主(ホスト) (海外文庫)
グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング
扶桑社
2023-12-02


4位.ゴア大佐の推理(リン・ブロック)
1924年に発表され、ヴァン・ダインから「冗長なれど巧緻」と評された作品です。その言葉の通り、テンポの悪さは否めないものの、ミステリとしての仕掛けは発表された時代を考えるとなかなかなに見事です。ただ、伏線の欠如は現代の読者からするともの足りないところ。
ゴア大佐の推理 (ゴア大佐の事件)
リン・ブロック
Independently published
2024-01-21


5位.アゼイ・メイヨと三つの事件(P・A・テイラー)
1942年発表の中編集。本格ミステリの形式は踏襲しているものの、黄金期の代表的な作家と比べて伏線回収やロジカルな推理といった要素は希薄。どちらかといえば気軽に楽しめる捕物帖といった感じがします。とはいえ、「白鳥ボート事件」はミスディレクションの巧みさが光る好編です。
6位.カラス殺人事件 (サラ・ヤーウッド・ラヴェット)
荘園領主殺害の嫌疑をかけられた女性生物学者が専門知識を駆使して真相に迫るコージーミステリです。生態学の蘊蓄が楽しくて読みやすいのは好印象。ただ、コージーだけにロマンス要素強めで、犯人の正体が比較的簡単にわかってしまうのは物足りない。生態学も事件解決に思ったほど寄与せず。
カラス殺人事件 (角川文庫)
法村 里絵
KADOKAWA
2023-11-24






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最新更新日2024/01/03☆☆☆

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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングから外れてしまったものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2024年版 国内ベスト20予想
2024本格ミステリ・ベスト10 国内版予想

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罪の境界(薬丸岳)
明香里は雑踏で無差別殺人の標的にされるも、見知らぬ男性が身を挺して庇ってくれたお陰で一命を取り留める。「約束は守った…伝えてほしい」。それが男の最後の言葉だった。だが、一体誰に伝えればよいのか?一方、犯人の生い立ちにシンパシーを感じた風俗ライターの省吾は犯人への取材を試み…。
◆◆◆◆◆◆
貧困が毒親を生み、虐待された子供がさらなる虐待や犯罪に走る。終わりなき負の連鎖に心が痛みます。連鎖を断ち切れた者とそうでない者の違いはどこにあるのか?色々考えさせられる社会派ミステリの力作です。特に、どんなに苦しくても越えてはいけない一線があるという一言に強いメッセージを感じます。そしてそれ故に、その一線を前にして自ら踏みとどまり、前向きに生きていこうとする姿が読者の胸を打つわけです。ただ、一線を越えた人物に対し、その原因を作った当人が先のメッセージを口にしている点については「お前が言うな」という感じでモヤモヤするかもしれません。
罪の境界 (幻冬舎単行本)
薬丸岳
幻冬舎
2022-12-14


あなたに心はありますか? (一本木透)
東央大工学部特任教授・胡桃沢宙太はかつて交通事故で家族を失い、自身も車椅子での生活を余儀なくされる。以来、そうした悲劇をなくそうとAI研究に没頭していくが、ある講演会で教授の一人が壇上に倒れ、帰らぬ人となる。さらに、胡桃沢を含む他の三人の教授たちにも殺害予告が届き…。
◆◆◆◆◆◆
綿密な取材に基づいて描かれたAIとの共存のテーマには興味深いものがあります。一昔前ならここで書かれている内容は単なる絵空事だと思われていたかもしれませんが、チャットAIや画像生成AIなどの登場によって一気に現実味を帯びてきました。そういう意味で本作は非常に今日的な作品だといえます。しかも、それとは別にミステリーとしても一級品で、張り巡らされた伏線を回収してのとんでん返しが見事です。知的興奮と感動を同時に味わえる社会派ミステリの傑作。
あなたに心はありますか?
一本木透
小学館
2023-09-21


殲滅特区の静寂 警察庁怪獣捜査官(大倉崇裕)
度重なる巨大生物の襲来に政府は怪獣省を設置し、発見から殲滅までの撃退プログラムを確立する。そんななか、怪獣予報官の岩戸正美は任務中、怪獣にまつわるさまざまな事件と遭遇する。そして、そこには必ずある中年男が現れるのだった。彼は自身を怪獣関連の事件を扱う特別捜査官だというが...。
◆◆◆◆◆◆
全3話収録の連作集です。怪獣の設定が凝っており、それに対する国家組織の対応もリアリティがあって怪獣好きには堪らない作りになっています。特に、怪獣出現から迎撃までの描写はかなり力が入っており、大人のための怪獣ものとしておすすめです。また、そこに刑事ドラマを結びつけた作風もユニークで興味をそそられます。ただ、そこまでやっておきながら、怪獣とミステリの結びつきが意外に弱いのがやや残念。
殲滅特区の静寂 警察庁怪獣捜査官
大倉 崇裕
二見書房
2023-06-01


サイケデリック・マウンテン(榎本憲男)
有名投資家の鷹栖祐二を刺殺した犯人は、渋谷でLSDを散布する事件を起こした新興宗教団体・一真行の元信者だった。動機を一切語らない犯人にテロ対策セクションの弓削啓史はマインドコントロールを疑う。NCSC兵器研究開発セクションの井澗紗理奈らと検証を続けるなか新たな事件が…。
◆◆◆◆◆◆
マインドコントロールという、実態がよく分からないものの正体にミステリー仕立てで迫っていくプロセスがスリリングです。また、マインド・コントロールの仕組みや解除法、脳科学、宗教問題、経済発展のジレンマなど、作中に散りばめられたさまざまな蘊蓄も興味深く、読み応え満点の作品に仕上がっています。ただ、人によってはその蘊蓄の部分が冗長だと感じる人もいるかもしれません。しかし、それを差し引いても登場人物か魅力的で重厚な物語が楽しめる一級のエンタメ作品であることは確かです。
サイケデリック・マウンテン
榎本 憲男
早川書房
2023-05-23


散り花(中上竜志)
立花は国内最大のメジャー団体に所属するプロレスラーだ。かつては将来を嘱望されていたものの、親友を再起不能に追いやった負い目から現在は中堅の一人に甘んじている。だが、スター候補の若手に負けることを求められたことで、立花の闘志に火が点る。彼は掟破りのセメント試合を仕掛け...。
◆◆◆◆◆◆
第14回日経小説大賞を受賞したプロレスハードボイルド。プロレス興行の実態を敷衍しつつ、レスラーの生きざまを描いた物語は熱く、読み応えありです。特に、ブックという名の八百長がどのように行われるかをを緻密に描き、そのうえで実際の試合の激しさや痛みを臨場感豊かに伝える筆のさえは見事という他ありません。後半がやや冗長なきいはあるものの、プロレス好きにはぜひ読んでもらいたい傑作です。
散り花 (日本経済新聞出版)
中上竜志
日経BP
2023-02-25


闘え! ミス・パーフェクト (横関大)
総理の娘の真波莉子に舞い込む様々な依頼。ある寂れた村の町興しのために村全体を使ったキャンプ場を企画して新たな雇用を創出しようとする「限界集落である某村を活性化させなさい」の他、給食センターの異物混入事件やハラスメントの横行するバレーチームの意識改革など、全4話収録。
◆◆◆◆◆◆
ミス・パーフェクト シリーズの第2弾です。テンポが良いうえに手強いライバルキャラが登場する等、エンタメ作品としてさらに読み応えのある作品に仕上がっています。難問に対する意表を突く解決法は相変わらず痛快で、そのうえ、それに付随した問題も一緒に解決してしまう隙のなさに唸らされてしまいます。絵に描いたような勧善懲悪ものなのでその点がドラマとして単純と感じる人もいるかもしれませんが、完璧主人公を描きつつもそれを嫌みに感じさせないのは大きな美点です。
ウェルテルタウンでやすらかに (西尾維新)
ミステリー作家の言祝寿永は町おこしコンサルタントを名乗る男から町おこしのための小説を依頼される。小説の力で寂れた安楽市を自殺の名所として蘇らそうというのだ。言祝は依頼を承諾しつつも、内心ではその計画を阻止しようとしていた。なぜなら、安楽市は彼の生まれ故郷だからだ。
◆◆◆◆◆◆
著者ならではの言葉遊びや常識のネジが外れた奇抜なキャラクターの魅力は本作でも健在。加えて、深刻の一途をたどる過疎化や高齢者社会という極めてシリアスな問題を安楽死の導入で解決しようという過激な提案が読者の度肝を抜きます。しかも、それをポップな文章で軽妙に描くというギャップが堪りません。同時に、単にブラックユーモアを楽しむだけでなく、自らの死生観を見つめ直すうえでも価値のある一冊です。ただ、扱われているテーマに対して、ラストがあっさりしすぎているのには物足りなさも。
ウェルテルタウンでやすらかに
西尾維新
講談社
2023-07-25


龍のはらわた(吉田恭教)
一家皆殺しの惨劇のなかを唯一生き残った少女。それから16年が過ぎ、犯人の一人が白骨死体となって発見される。さらに3年後。鏡探偵事務所を突然辞めた早瀬未央がその数ヶ月後に失踪する。そして、白骨死体が発見された家の関係者が何者かに毒殺され…。
◆◆◆◆◆◆
槇野・東條シリーズ第8弾。今回はオカルト要素やグロ描写が控えめだったのでそういったものを期待していた人は肩透かしを覚えるかもしれません。その代わり、一家惨殺事件と元女性探偵の失踪が徐々に繋がっていく展開はミステリーとしてなかなかの面白さです。そして、やがて明らかになる真相のおぞましさにゾッとさせられます。また、警察と探偵がタッグを組むという現実ではあり得ない趣向も面白くて読み応えありです。しかし、なんといっても、ひとつの失踪事件からここまで話が広がっていく大風呂敷の広げ具合が本作最大の魅力だといえます。ただ、その分、話が大味にかんじる人もいるかもしれませんが…。
龍のはらわた
吉田恭教
南雲堂
2023-04-26


黒い糸(染井為人)
結婚相談所で働くシングルマザーの平山亜紀は女性会員の理不尽なクレームに悩まされていた。そんな折、息子のクラスメイトである小学6年生の女子児童が謎の失踪を遂げる。新たに担任となった長谷川祐介は委員長の倉持莉世からクラスメイトの母親が犯人だという推理を聞かされるが...。
◆◆◆◆◆◆
結婚相談所のクレイマー、DVで別れた元夫、学校のモンスターペアレンツに新興宗教一家といった具合にやばい奴らが次々登場し、事件が錯綜するさまはサスペンスとして読み応え満点です。そのうえ、大人びた美少女小学生やしきりに遺伝の重要性を説く変人兄貴といった探偵役も個性豊かで魅力的。特に、小学教師の兄が「生まれは関係ない」というきれい事に囚われず、遺伝の役割を公平に評価するべきだと主張するシーンは含蓄に富んでおり、考えさせられます。一方、サスペンス小説としては、クライマックスに向けて狂気の度合いがどんどん増していくのも大きな読みどころです。ただ、犯人の正体は比較的見破りやすく、勘の良い人であれば途中で気が付くかもしれません。


メロスの翼(横関大 )
第1回東京レガシー卓球が開催中の東京アリーナには世界中から強豪選手が集結していた。しかし、そんな彼らを押しのけ、一身に注目を集めていたのが本来補欠で急遽出場となった中国の毛利翼(マオリーイー)という選手だった。彼のユニフォームの背中にはなぜか日の丸が縫い付けられていたのだ。果たしてその理由とは?
◆◆◆◆◆◆
中国の補欠選手が世界3位の強豪を一蹴し、しかもその背中にはなぜか日の丸を背負っているという謎めいたシーンが秀逸で一気に惹き込まれます。その後は、過去と現在を激しく行き来する展開が続きますが、読みづらさは一切感じさせず、逆に、それぞれのエピソードがどう繋がっているのかが気になってページをめくる手が止まらなくなるほどです。主人公が卑劣な人間によって運命を狂わされるさまに心乱される一方で、人との繋がりや絆の力で困難を乗り越えていく姿には思わず泣けてきます。ミステリーとしての弱さは否めませんし、割と話はベタです。しかし、人物描写に深みがあり、素直に感動できる作品に仕上がっています。本を読んで思いっきり泣きたいという人におすすめの傑作です。
メロスの翼
講談社
2023-05-23


白い闇の獣 (伊岡瞬)
2001年。小学6年生の少女・朋美は父を迎えにいったまま行方を断ち、翌日他殺死体となって発見された。3人の少年が逮捕されるも少年法によって再び社会に解き放たれる。それから4年の歳月が過ぎ、犯人の一人が転落死する。果たしてこれは失踪中の父・俊彦の手による復讐劇の始まりを意味するのか?
◆◆◆◆◆◆
改正前の少年法を材にとった作品で、胸糞悪い話しながらもテンポの良さに惹き込まれていきます。そして、作者自身がいうように、ストーリーは少年法の是非を問うものではなく、あくまでもエンタメメインです。前半は謎解きの要素で読者の興味を引き、そのまま怒濤のクライマックスへと流れ込んでいきます。人間に巣食う心の闇をえぐり出す描写が鮮烈な一方、ラストには救いも用意されており、エンタメとしてのバランス感覚にも優れています。一気読み必至の傑作です。
白い闇の獣 (文春文庫)
伊岡 瞬
文藝春秋
2022-12-06


縁切り上!離婚弁護士松岡紬の事件ファイル(新川帆立)
松岡紬は鎌倉で縁切寺の向かいに事務所を構える離婚専門の弁護士。彼女の元には離婚を望む人が次々と駆け込んでくる。ある日、夫の浮気とモラハラに耐えかねた牧田聡美は生後の10カ月の息子を抱えて家を飛び出した。追いかけてきた夫に見つかりそうになったところを紬に助けられるが…。
◆◆◆◆◆◆
身近で深刻な離婚問題を、紬というユニークなキャラを中心に据えることにより、軽いタッチで語ることに成功しています。しかも、単に離婚だけにとどまらず、専門知識を分かりやすく解説しながらDV、養育費、慰謝料、同性婚といった離婚に付随する問題にも切り込んでいくので非常に勉強になります。のほほんとした天然キャラにみえて実は有能な紬をはじめとして登場人物も皆魅力的。気軽に楽しめるお勉強ミステリーとしてなかなかの良作です。


逆転正義 (下村敦史)
学校で行われているイジメを見かねた生徒がその証拠映像をSNSにアップする「見て見ぬふり」、逮捕されたコカインの売人が仕入れ先を警察に洩らさず黙秘を続ける「完黙」、若者たちが刑務所から出てきた男にまとわりつきながら社会のごみ掃除と称して再就職を妨害し続ける「死は朝、羽ばたく」など全6篇収録。
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正義とは何かという社会派テーマに加え、短編ミステリーならではの切れ味鋭いどんでん返しの面白さが味わえる好編です。正直言って社会的テーマについてはそれほど目新しさは感じられず、なかには正義の定義に首をひねりたくなるものもあります。しかし、どんでん返しの方はなかなかに鮮やかです。特に、反転の末に感動がこみ上げてくる「死は朝、羽ばたく」が秀逸。他にも、鮮やかな逆転劇に驚かされる「完黙」や読者の先入観を逆手に取った「保護」など、ミステリーとして質の高い作品が揃っています。
逆転正義 (幻冬舎単行本)
下村敦史
幻冬舎
2023-08-23


沈没船で眠りたい(新馬場新 )
量子コンピューターの実用化に伴い、人間の仕事は次々とAIに奪われていった。そうした現状を憂いた人々は機械を打ち壊し、反機械運動を展開する。そんななか、22歳の女学生が機械を抱いて海に飛び込むという事件が発生する。なぜ彼女は機械と心中まがいの事件を起こしたのか?
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一見、デストピア的な近未来を舞台にしたSF小説のようですが、それだけには留まらないさまざまな魅力に満ちた作品です。たとえば、現代と過去を行き来しながら進行し、そこから真実が徐々に浮かび上がってくるプロットはミステリーとしてよく出来ています。また、青春小説としての側面もあり、なにより、過酷な運命に直面する主人公・千鶴と同級生・悠の物語はシスターフット小説として読み応えありです。さらに、2040年の近未来を舞台にし、AIがもたらす社会の変化を描いた描写の数々は、一種のシミュレーション小説として興味深いものがあります。衝撃的な結末も含め、いろいろと考えさせられる佳品です。
沈没船で眠りたい
新馬場新
双葉社
2023-08-18


桜の血族(吉川英梨)
伝説のマル暴刑事を父に持ち、自身もかつてマル暴刑事だった仲野誓。現在は専業主婦に落ち着いていた彼女だったが、ある日、同じくマル暴刑事の夫を目の前で撃たれてしまう。犯人逮捕のため、刑事に復活した誓。そんな折、日本最大の暴力団・吉竹組の元組員の会社宅で爆破事件が発生するが...。
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マル暴一家の仲野誓子と警視庁初の女マル暴刑事・薮哲子がコンビを組むバディもの。彼女達が極道相手に怯むことなく立ち向かっていくのが爽快です。女マル暴の活躍を軸にしつつ、そこから広がっていく劇画タッチの物語にぐいぐい引き込まれていきます。とはいえ、前半は冗長に感じる部分もあるのですが、後半から終盤にかけてはまさに怒濤の展開です。ただ、自意識過剰な主人公は好みが分かれるかもしれません。むしろ、昔ながらの任侠を重んじるヤクザの向島など、脇役が魅力的です。なお、本作は最後まで明らかになっていない謎も多いため、続編が出るのかも気になるところ。
桜の血族
吉川英梨
双葉社
2023-08-18


ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 IX 人の死なないミステリ (松岡圭祐)
本屋大賞にノミネートされたことで作家としての評価が高まった杉浦李奈に、老舗の鳳雛社から新作執筆のオファーが舞い込む。そこで彼女が書き上げたのが長篇小説『十六夜月』だった。だが、結末変更の要請を断ったことでその作品はお蔵入りになってしまう。そして、そこから思わぬ事件が...。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ第9弾。ミステリーとしては薄味ですが、代わりに出版社の裏事情のエピソードが興味深く描かれています。文壇や書店の実情について掘り下げていく展開は本好きの人にとってなかなか興味深いものがあるのではないでしょうか。特に、日本における安易なメディアミックスを皮肉ったくだりが秀逸です。ちなみに、引き合いに出される出版社や書籍はほとんどが実在するものなのでノンフィクション的な味わいもあります。虚実を巧みに織り交ぜた業界ミステリーの佳品です。
真珠とダイヤモンド(桐野夏生)
1986年春。短大卒の小島佳那と高卒の伊東水矢子は福岡の証券会社で出会う。貧しい家の出である2人はともに東京で成功する夢を持っていた。やがて、同期で野心家の望月昭平に見込まれた佳那はマネーゲームの世界に身を投じていく。一方、本命の大学に落ちた水矢子は東京で失意の日々を送るが…。
◆◆◆◆◆◆
バブルに踊らされた人々の物語はお決まりの展開ではあるものの、凡百の作品とは臨場感が違います。当時の人々の浮かれっぷりがリアリティ豊かに描き出され、それ故にその後の没落ぶりが読んでいる者の胸に迫ってくるのです。そこには実録ものを読んでいるような迫力があります。しかも、非常にテンポが良く、長さを感じさせないのが見事です。読み応えがあると同時に、やるせない結末にはいろいろと考えさせられます。
真珠とダイヤモンド 上
桐野 夏生
毎日新聞出版
2023-03-03


キツネ狩り(寺嶌曜)
警察官の尾崎冴子はバイクの事故で婚約者と右目の視力を失う。3年後。事故現場を訪れた冴子は見えないはずの右目で3年前の事故を目撃する。彼女が得た過去視の能力を知った署長の深澤は、尾崎が信頼を寄せる弓削警部補とともに3年前に起きた一家4人殺しの再捜査に乗り出すが…。
◆◆◆◆◆◆
第9回新潮ミステリー大賞受賞作。過去の殺人事件を右眼で見るシーンがこの作品の白眉です。目前で起きているのに止めることのできない惨劇に戦慄を覚えます。また、右眼の能力で得た情報から真相に迫っていく展開もミステリーとして秀逸です。ただ、犯人が姿を現す後半からは特殊能力の出番が全くなくなってしまい、普通のサスペンススリラーになってしまう点はもの足りなさを覚えます。それでも、キャラクターが魅力的でテンポもよいので読み応え自体は申し分ありません。高い没入感を味わうことが出来る力作です。
キツネ狩り
寺嶌曜
新潮社
2023-03-29


復讐は合法的に(三日市零)
6年間付き合った恋人に裏切られた麻友は雨の街でエリスと名乗る美女に出会う。復讐を手伝ってあげるといわれ、休日に彼女の営む法律探偵事務所に訪れた麻友だったが、事務所の奥から出てきたエリスはなんと男性だった。エリスは女装した男性で、しかも、合法復讐屋という裏の顔があり…。
◆◆◆◆◆◆
全4話の連作集。いわゆる復讐稼業の話ですが、法を犯さずにいかに復讐を遂げるかという点が他の作品とは一線を画しています。加えて、テンポがよくて最後はスカッとする展開も好印象です。女装男子のエリスや小学4年生で助手を務めているメープルなど、登場人物も魅力的ですし、プロットも1話ごとに工夫を凝らして飽きない作りになっています。ただ、内容が軽すぎてもの足りなかったり、エピソードによっては少々ご都合主義に感じたりする人もいるかもしれません。そのあたりは好みの分かれるところです。
復讐は合法的に (宝島社文庫)
三日市零
宝島社
2023-07-06


サクラサク、サクラチル(辻堂ゆめ)
高校3年生の高志は東大合格のために両親から勉強漬けの生活を強いられていた。一方、クラスメイトの少女・星は貧困家庭で育ち、親からは放置されていた。彼らが互いの境遇を知り、それぞれ異なる虐待を受けていることを自覚したとき、自分たちを追いつめた親に対する復讐計画を始動させる…。
◆◆◆◆◆◆
虐待の内容があまりにも苛烈なため、前半は読んでいるだけで胸が苦しくなってきます。しかも、生まれたときからそういった環境に置かれていたために自分が虐待されていることに気付かないという事実によって、一層のいたたまれなさを感じてしまうのです。それだけに、虐待されていることに気付いてからの逆襲劇には胸がすく思いがします。2人の主人公が異なるタイプの虐待をされていたことで、互いの虐待に気づき合えたという展開も秀逸。少々上手くいきすぎな感もなきにしもあらずですが、爽やかなラストが胸を打つ感動作です。
サクラサク、サクラチル
辻堂ゆめ
双葉社
2023-07-26


残奏 (佐藤青南)
人気ロックバンドのメンバーが何者かに襲われ、殺害される。音楽絡みの事件ということで音楽隊採用の刑事・鳴海桜子も捜査に加わり、捜査一課刑事の音喜多弦とともに被害者の故郷である北海道苫小牧へ飛ぶ。彼の母校の吹奏楽部を訪ね、そこで事件の背景となる20年前の出来事を知るのだが…。
◆◆◆◆◆◆
鳴海桜子シリーズ第3弾。絶対音感を持つ鳴海刑事の活躍を描いた物語は今回も安定のクオリティです。まず、思ったことを何でも口にしてしまう桜子と彼女に心酔している音喜多弦の掛け合いが抜群の面白さです。一方、吹奏楽部の闇が徐々に明らかになっていく展開は読んでいて胸くそが悪くなりますが、そうした負の要素を桜子の愉快なキャラクター性が上手い具合に中和しています。謎解きはやや凡庸ながら、食いしん坊の桜子が北海道の名物に舌鼓を打ちつつ、真相に迫っていく展開は捜査小説として十分魅力的。特に、音楽絡みの捜査はこのシリーズならではです。
残奏 (中公文庫)
佐藤青南
中央公論新社
2023-07-21


少年籠城(櫛木理宇) 
温泉街の河原で子供の惨殺死体が発見された。捜査線上には小児猥褻事件を繰り返す15歳の少年・当真が浮上する。だが、警察官が職務質問を行ったところ、当真は拳銃を強奪し、子分と共に食堂に立て籠もってしまう。そして、自分は無罪であり、人質の命が惜しければ真犯人を捕まえろというが…。
◆◆◆◆◆
物語が進むに連れて育児放棄や児童の性的虐待といった子供たちの悲惨な現状が浮き彫りになっていく展開は、読む者の胸を締め付けます。一方で、作者ならではの猟奇性や暴力性は本作では抑え気味。その分、社会派ミステリーとしてのテーマ性が明確に浮かび上がり、考えさせられる作品に仕上がっています。とはいえ、テーマ性に特化した娯楽性の薄い作品というわけではなく、ノンストップで繰り広げられるサスペンス小説としても読み応え満点です。加えて、最後に明らかになる真相のおぞましさにはゾッとさせられます。
少年籠城 (集英社文芸単行本)
櫛木理宇
集英社
2023-05-10


贋物霊媒師2 彷徨う魂を求めて(阿泉来堂)
霊と話せても祓うことはできない中年霊媒師・櫛備十三はテレビに出演して以来、全国各地で引っ張りだこだ。生霊の美幸の他に十三の熱烈なファンである青年・瀬戸修平が助手として加わり、3人はさまざまな事件にかかわっていく。あるとき、ガールズバーに女の霊が出るとの相談を受け...。
◆◆◆◆◆◆
全4話からなるシリーズ第2弾です。ホラー小説と銘打ちながらも怖いシーンはほとんどありません。逆に、人情もの路線の比重が大きく、どちらかといえば泣かせにかかっています。したがって、ホラー小説のファンにとっては肩透かしなシリーズだといえますが、ミステリーとしてはなかなかの充実度です。叙述トリックをはじめとしてさまざまな仕掛けが施されており、ホラー設定を組み込んだ謎解きを楽しむことが出来ます。なかには仕掛けが見え透いているものもありますが、ストーリーテリングのうまさでカバーしているのはさすがです。
急行霧島: それぞれの昭和(山本巧次)
昭和30年代半ば。美里は父に会うために鹿児島発東京行きの急行霧島に乗っていた。同じ二等席の向かいの席にはお嬢さん風の女性。さらに、伝説のスリを追う2人の公安職員や傷害犯を探す2人の警察官も霧島に乗り込んでいた。やがて、さまざまな騒動が巻き起こり、彼らの人生が交錯する…。
◆◆◆◆◆◆
ユーモアを基調にしつつも前半はサスペンスタッチで盛り上げ、後半は人情噺でうるりとさせるメリハリの効いた構成が見事です。長旅での一期一会のドラマは人情ものとしてよく出来ていますし、さまざまな思惑が絡み合う群像劇としても秀逸。一方、ミステリーとしては列車内の構造を利用した仕掛けに唸らされます。加えて、昭和中期のノスタルジックな雰囲気をたっぷりと味わえるのも読みどころのひとつだと言えるでしょう。数多くの魅力を味わいながら旅情気分に浸れる好編です。
協力者ルーシー(越尾圭)
高校受験を終えたばかりの樫山瑠美は2つ下の妹・彩矢香と買い物に出掛け、その帰り道にナイフを持った男に拉致される。犯人は山小屋で彩矢香を刺殺したのちに逃走。その場にいながら妹を守れなかった瑠美は生涯をかけて犯人を追うことを誓う。そして、警視庁と極秘契約を結んだ「プロの協力者」として犯人を捜す道を選ぶが…。 
◆◆◆◆◆◆
捜査協力者という着眼点がユニークで、捜査権のない主人公がいかにして真相に迫っていくかが大きな読みどころ。特に、何の後ろ盾もないまま、犯罪組織に潜入するシーンは手に汗握ります。ちなみに、ルーシーとは樫山瑠美のコードネームです。彼女は体を張って麻薬の密売 や特殊詐欺といった社会の闇を暴き出していくわけですが、真の黒幕へと近づいていく展開が最高にスリリングです。なお、物語は本作だけでは終わらず、『シスター・ムーン 協力者ルーシー 2』に続きます。こちらも、本作に負けず劣らず読み応え満点です。
協力者ルーシー (ハルキ文庫)
越尾圭
角川春樹事務所
2023-05-15


四日間家族(川瀬七緒)
ネットで知り合った4人の男女は車で夜の山道を進んでいた。人知れず練炭自殺をするためだ。ところが、捨てられた赤ん坊を拾ったことで、彼らの運命は一転。母親を名乗る女性から証拠動画の投稿とともに誘拐犯として糾弾されるハメに陥ってしまったのだ。ネットの特定班らによって追われる身となった4人は暴走する正義から逃げまどうが...。
◆◆◆◆◆◆
ネット社会の身勝手な正義に追われる描写がリアルなうえに、メインの4人がいけすかない人物なので最初は読んでいてストレスを感じてしまいます。しかし、そうした負の感情をすべて浄化してくれるのが赤ん坊の存在です。命を狙われているらしい赤ちゃんを守ろうと奮闘していくなかで、自身を見つめ直して新たな一歩を踏み出すという展開はベタではあるものの、読ませます。また、団結した4人がそれぞれの特技を活かして困難を乗り越える姿がテンポ良く描かれ、思わず引き込まれていきます。前半と後半でキャラが代わりすぎと思わないではありませんが、王道エンタメとして満足度の高い一品です。
四日間家族 (角川書店単行本)
川瀬 七緒
KADOKAWA
2023-03-01


異人の守り手(手代木正太郎)
慶応元年(1865)。世界周遊の途上にあった実業家のハインリヒは横浜で怪しい日本人に尾行される。尊王攘夷派が外国人を襲う事件が多発するご時世、不安を覚えたハインリヒは外国語に堪能な青年・湊漣太郎をガイドとして雇う。彼と行動を共にするなかで、ハインリヒは外国人を陰ながら守る日本人たちの噂を耳にするが...。
◆◆◆◆◆◆
幕末の空気をリアリティ豊かに再現しつつ、浪漫溢れる物語を構築したエンタメ時代劇の傑作です。岸田吟香、高橋佁之介、フランスお政といった登場人物たちもみな個性豊かでキャラが立ちまくっているのですが、その多くが実在の人物という事実に驚かされます。そして、そのことを踏まえて読むと、幕末の知られざる偉人の逸話にワクワクしますし、虚実交えたストーリーテリングのうまさにも思わず唸らされてしまいます。
異人の守り手 (小学館文庫)
手代木正太郎
小学館
2023-03-07


赤ずきんの森の少女たち(白鷺あおい)  
神戸に住むかりんはお菓子作りが得意な高校生。あるとき、従兄の彗が祖母の遺品であるドイツ語の絵本を譲り受け、それを一緒に読むことになる。19世紀末の寄宿学校を舞台に赤ずきん伝説の森や幽霊狼などを絡めた少女たちの物語。しかし、読み進めていくうちに現実との奇妙な符号に気が付き...。
◆◆◆◆◆◆
日本の学生が童話の謎を読み解く構成になっていますが、メインはあくまでも作中作の方です。ドイツ郊外にある寄宿学校を舞台に3人の少女たちの生活が生き生きと描かれており、仄かな恋模様などを交えながら語られていく不思議な事件はファンタジー小説として非常に読み応えがあります。また、ミステリとしてはそれぞれのエピソードに伏線を絡ませ、最後に意外な形で現実と作中作を繋げる手管が見事です。少々詰め込みすぎな気がしないでもありませんが、逆に、それだけ多くの魅力が凝縮された宝石箱のような作品ともいえます。
赤ずきんの森の少女たち (創元推理文庫)
白鷺 あおい
東京創元社
2023-02-13


拡散希望 その炎上、濡れ衣です(冨長御堂)
藍原ひかるは29歳の ウェディングプランナー。ある日、トラブルだらけの披露宴に出くわし、騒ぎを収集するべく手助けをする。ところが、SNS上で有名人だった新婦が式当日の杜撰な対応をネット上で糾弾し、騒ぎが拡散されてしまう。しかも、式場の責任者としてなぜか藍原の名前が挙げられており...。
◆◆◆◆◆◆
第9回ネット小説大賞。本作では現実でも問題になっている炎上の過程が詳しく描かれており、特に前半は実際に起きても全然おかしくない(というか、現実世界ですでに起きている)ネットトラブルの博覧会と化しています。読者としては大いに勉強になる一方で、留まることをしらない炎上によって主人公が追いこまれる展開は、読んでいてつらいものがあります。しかしそれだけに、民事裁判を交えた後半の逆転劇は痛快そのものです。現実でもこうあってほしいという理想を体現しつつ、物語として上手く説得力を持たせています。ネット社会の怖さについて学びたいという人におすすめの作品です。
探偵は田園をゆく(深町秋生)
元警察官の椎名留美は山形市で娘と暮らしながら探偵業を営んでいた。ある日、知り合いの風俗嬢から行方不明の息子の捜索を依頼される。調査の結果、たどり着いたのは地域密着の慈善活動で名前が知られ、地方議会への進出も噂される女性だった。果たして彼女が失踪事件の鍵を握っているのか?
◆◆◆◆◆◆
シングルマザー探偵シリーズ第2弾。山形弁を基調にしたソフトタッチな私立探偵小説で、バイオレンスを得意とする著者の作品としてはかなりハートフルです。主人公にしても、探偵だけでは食べていけなくて何でも屋と化しているという設定に親近感を覚えます。しかし、キャラクターとしては主人公よりむしろ彼女の助っ人で、元ヤンの畑中夫婦の方が魅力的です。特に、終盤の暴れっぷりは、やりすぎ感満載で逆に笑ってしまいます。
スクラップ・ライアー 警察庁組織犯罪対策部の嘘つき捜査官(幸村明良)
刑事の橘涼真は虚言癖が災いし、福岡県警から追い出された挙句、ヤクザに命を狙われる身となっていた。そんな彼を警察庁の組織犯罪対策部がスカウトする。「任務として嘘つきをやらないか」と。要するに潜入捜査官になれということだった。こうして橘は阿頼組5代目の一人娘に接近するが...。
◆◆◆◆◆◆
2022年『この文庫がすごい!』大賞受賞。ピンチにつぐピンチを主人公が嘘で切り抜ける場面がテンポ良く描かれており、癖になる面白さがあります。ただ、嘘をつくのが上手いというよりも、バレそうになったら嘘に嘘を重ねるタイプなのですぐに正体がバレそうな気もします。しかし、そこを意表を突く嘘で誤魔化しきってしまうのがユニークです。設定が荒唐無稽ではあるものの、スピーディな展開のコメディ作品としては十分読み応えがあります

最新更新日2023/12/15☆☆☆

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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングから外れてしまったものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2024年版 海外ベスト20予想
2024本格ミステリ・ベスト10 海外版予想
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

完璧な秘書はささやく(ルネ・ナイト)
2013年。クリスティーンは大手スーパーマーケットの社長マイナの個人秘書として働いていた18年間を振り返っていた。彼女は社長の忠実な部下として完璧に仕事をこなし、故にお互いが深い信頼関係で結ばれていると思っていた。しかし、ある出来事がきっかけで2人の間には不穏な空気が漂い始め…。
◆◆◆◆◆◆
前半は主人公の仕事ぶりが描かれるだけで事件らしい事件は起きず退屈です。しかも、憧れのマイナに気に入ってもらおうと仕事にのめり込んで家庭を蔑ろにしたうえ、悪事にまで手を染めていくのでなかなかの胸くそ展開でもあります。しかし、社長との関係に不穏な空気が漂い、裁判が始まる辺りから俄かに面白くなってきます。緊迫感が高まり、ぐいぐいと引き込まれていくのです。そして、なんといってもラストが怖い。サスペンスたっぷりのイヤミス的良作です。
完璧な秘書はささやく (創元推理文庫)
ルネ・ナイト
東京創元社
2022-12-20


悪しき正義をつかまえろ ロンドン警視庁内務監察特別捜査班(ジェフリー・アーチャー)
ウィリアム・ウォーウィックはロンドン警視庁の警部補に昇進し、新設された内務監察特捜班の指揮を命じられる。最初の任務は、マフィアとの関わりが囁かれる所轄の花形刑事・サマーズの調査だった。だが、百戦錬磨のサマーズには囮捜査も通用しない。ウィリアムは第2の作戦を計画するが...。
◆◆◆◆◆◆
ウィリアム・ウォーウィックシリーズ第3弾です。汚職疑惑意外に、麻薬王ラシディが再登場するなど二重三重の展開で読ませますが、今回はなんといっても法廷シーンがスリリング。ラシディの裁判に対してサー・ジュリアンとブース・ワトソンの激突ジーンは手に汗握ります。肝心のウィリアムの活躍が少ないのはファンにとっては残念かもですが、登場人物はみなキャラクターが立ちまくりです。そして、このレベルの作品を80歳を超えて発表し続ける著者に驚かされます。これからの展開が楽しみなシリーズです。
悪しき正義をつかまえろ ロンドン警視庁内務監察特別捜査班 (ハーパーBOOKS)
ジェフリー アーチャー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2022-10-15


二度死んだ女 (レイフ・GW・ペーション)
ベックストレーム警部を師と仰ぐ10歳の少年がサマーキャンプに訪れた島で人間の頭蓋骨を発見する。それはアジア系の女性のもので死後2週間程度経過していた。ところが、身元が判明したその女性は12年前にタイで津波に巻き込まれて亡くなっていたのだ。ベックストレーム警部が謎を追うが…。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ第4弾。ベックストレームの偏見に満ちた破天荒ぶりは今作でも健在で読者を唖然とさせつつも楽しませてくれます。とはいえ、前作までのように品性下劣一辺倒等というわけではなく、少年に対する真摯な姿勢など、意外な一面を見せるのが印象的です。反面、ベックストレーム警部の悪態ぶりを楽しみにしていた人にとっては物足りないかもしれませんが。一方、事件の証拠集めは意外と緻密に行われ、捜査小説としても読み応えがありでます。ただ、事件発覚から解決までが結構長いので人によっては冗長に感じてしまうかも。
二度死んだ女 〈ベックストレーム警部シリーズ〉 (創元推理文庫)
レイフ・GW・ペーション
東京創元社
2023-06-12


ウィンダム図書館の奇妙な事件(ジル・ペイトン・ウォルシュ)
1992年朝。ケンブリッジ大学の貧乏学寮のカレッジ・ナースであるイモージェン・クワイのもとに学寮長が駆けこんでくる。彼にせかされ、風変わりな規約で知られるウィンダム図書館に向かうと学生が血まみれになって息絶えていた。机の角に頭をぶつけたことによる死。果たしてこれは事故なのか?それとも事件なのか?
◆◆◆◆◆◆
1993年発表の〈イモージェン・クワイ〉シリーズ第1弾。ミステリーとして派手な仕掛けなどはありませんが、落ち着いた筆致で描かれる人間模様や歴史を感じさせるカレッジの風景に引き込まれます。同時に、温厚で洞察力な優れた主人公が魅力的で、学寮付き保健師という職業も興味深いものがあります。ただ、微妙に後味の悪い結末にはモヤモヤするかもしれません。懐かしい雰囲気のする英国ミステリの佳品です。

鏡の男 (ラーシュ・ケプレル)
雨の降りしきる朝。ストックホルムの公園でジャングルジムに吊された少女の死体が発見される。現場に駆けつけたヨーナ・リンナは遺体を見て驚愕する。彼女は5年前に起きた誘拐事件の被害者だったのだ。やがて、監視カメラの映像から現場近くを犬を連れて歩いていた男を逮捕するが…。
◆◆◆◆◆◆
ヨーナ・リンナ刑事シリーズ第8弾。事件の陰惨さはさらにエスカレートし、誘拐・拷問・虐殺と何でもありです。その辺りは好みの分かれるところですが、リーダビリティの高さは相変わらず。特に、少女たちを次々と監禁していく謎の男・シエサルとの対決には手に汗握ります。最終章で感動させておいて最後の最後でゾッとさせる手管もさすがです。スリラー、警察小説、サイコホラーとさまざまな要素を詰め込んだシリーズ屈指の傑作です。
鏡の男 (上) (扶桑社BOOKSミステリー)
ラーシュ・ケプレル
扶桑社
2023-02-02


アーマード 生還不能(マーク・グリーニー)
民間軍事会社の元警護員ジョシュ・ダフィーは3年前にベイルートでの警護任務で敵の急襲に見舞われ、片足を失ってしまう。以来、ショッピングセンターの警備員として糊口をしのいでいたが、そこでかつての戦友と再会する。そして、メキシコの麻薬紛争地帯での要人警護の任務に誘われるが...。
◆◆◆◆◆◆
『暗殺者グレイマン』でお馴染みの著者による新シリーズ第1弾。序盤の大迫力な戦闘シーンや下巻における怒涛の展開は読み応え満点です。ただ、家族持ちでアットホームなヒーロー像は好みの分かれるるところ。著者の代表作であるグレイマンシリーズのように超人的な一匹狼が無双する話が好きな人はもの足りなさを覚えるかもしれません。しかし、人柄が良くて情にも厚く、的確な判断でチームを率いていく今回の主人公にはグレイマンとはまた違った良さがあります。特に、犠牲者が増えていくなかでなんとか仲間を守ろうと知略を巡らす一連のシークエンスにはぐっときます。続編にも期待したい傑作です。
アーマード 生還不能 上 (ハヤカワ文庫NV)
マーク グリーニー
早川書房
2023-06-20


生存者(アレックス・シュルマン)
3人の兄弟と両親は毎年夏になると湖畔のコテージで休暇を過ごすのが習わしになっていた。だが、ある年に起きた悲劇を境に彼らはぷっつりと姿を消す。それから20年が過ぎ、兄弟が戻ってきた。そして、母親の遺灰を湖に撒きながら、彼らはあの夏の真実と対峙する。あの時、一体何が起きたのか?
◆◆◆◆◆◆
過去と現在を交互に描きながら家族の歩みについて描いた普通小説に近い作品です。しかし、20年前の夏の思い出はノスタルジーな美しさに包まれているように見えてどこが違和感がつきまといます。たとえば、仲の良さそうな三兄弟が唐突に喧嘩を始めたり、両親が妙に情緒不安定だったりといった具合です。そうしただならぬ雰囲気は裏に潜む秘密を暗示させ、否応なしにミステリ興味を高めていきます。そして、その末に不意打ち気味に真相を明かすプロットが秀逸です。終盤でのたった一行ですべてが腑に落ち、余韻を残したままラストへとつなげていく手管は見事としかいいようがありません。ミステリマインドを有する非ミステリ作品とでもいうべき傑作です。
生存者
アレックス シュルマン
早川書房
2023-07-19


暗殺者たちに口紅を(ディアナ・レイバーン)
暗殺集団・美術館はかつてはナチスの残党狩り組織だったが、現在は犯罪者全般を標的としている。そのメンバーであるメリーたち4人は社会の害虫退治に半生を捧げ、引退の時を迎えていた。ところが、組織からプレゼントされたカリブ海クルーズ旅行に出掛けたところ、なぜか組織に命を狙われ…。
◆◆◆◆◆◆
60歳の女性4人が裏切られた組織に逆襲する痛快活劇。物語は命を狙ってくる元同僚に立ち向かう現代パートと新米の殺し屋から一人前に成長していく過去を交互に繰り返す構成をとっていますが、いずれもしゃれた会話やテンポの良さにつられてサクサク読んでいるうちにぐいぐいと引き込まれていきます。ただし、スマートすぎて深みに欠ける点は物足りなさを感じるかもしれません。ややご都合主義な面も感じられますが、痛快なエンタメスリラーを楽しみたいという人にはおすすめです。
暗殺者たちに口紅を (創元推理文庫)
ディアナ・レイバーン
東京創元社
2023-05-31


カリフォルニア独立戦争(ジェイムズ・バーン)
元傭兵のデズ・リメリックはカリフォルニアのホテルで女性が武装集団に誘拐されそうになっている場面に遭遇し、偶然助けることになる。彼女は世界的民間軍事会社創業者の娘であり、武装集団はカリフォルニア州の分離独立を目論む白人至上主義者だった。デズはその野望を阻止せんとするが...。
◆◆◆◆◆◆
現代のアメリカの世相を反映しつつも、現実離れしたチートなヒーローが活躍するアクション小説です。テンポよく語られる派手なアクションは痛快ですが、無敵すぎて大したピンチにも陥らず、楽々とミッションをこなす主人公に対しては好みの分かれるところ。とはいえ、お約束満載のB級ハリウッドアクションが好きな人には問題なくおすすめできる力作です。ちなみに、本作はマッチョな男性ヒーローが活躍する一見古臭い物語にみえるものの、警察官や政治家といった主人公の協力者たちは女性ばかりであり、そのあたりは今風のテイストになっています。
カリフォルニア独立戦争 (ハヤカワ文庫NV)
ジェイムズ バーン
早川書房
2022-12-21


薬屋の秘密 (サラ/ペナー)
18世紀末。ロンドンの路地裏には男に苦しめられてきた女性に救いの手を差し伸べる薬屋があった。店主ネッラが女性たちのために毒を処方していたのだ。一方、現代を生きるキャロラインは夫の浮気が判明し、一人ロンドンを訪れる。彼女はかつて謎の薬屋が犯した連続殺人を調べ始めるが...。
◆◆◆◆◆◆
200年の時を経て男を殺すために毒を処方し続けた薬屋の女性と夫の不貞に傷ついた現代女性の運命が交錯する物語がスリリングです。ファンタジー的な要素の強い作品ですが、女性のおかれた立場を過去と現代の時代背景を交えながら描いていく社会的な側面もあります。また、女性同士の絆を描いたシスターフッド的な物語としても読みごたえありです。ミステリーとしてはご都合主義的な展開はやや気になるものの、二転三転の物語は面白く、最後の展開にも驚かされます。
薬屋の秘密 (ハーパーBOOKS)
サラ ペナー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2023-09-15


もっと遠くへ行こう。(イアン・リード)
寂れた農場で暮らす夫婦の前に突然、テランスという男が現れ、夫のジュニアに向かって「宇宙移住プロジェクトの候補者に選ばれた」と告げる。プロジェクトに正式採用されると一定期間宇宙で暮らすことになるらしい。そうなると、妻のヘンはこの地に一人で取り残されることになるのだが...。
◆◆◆◆◆◆
近未来舞台にしつつも、人里張られた農場でのほぼ3人だけのドラマはSFというより不条理サスペンスといった趣です。読者は閉塞感に満ちた不穏なドラマに次第に引き込まれ、ページをめくる手が止まらなくなります。ただ、その末にたどり着くオチに関しては勘の良い人であれば、比較的簡単に気付いてしまうかもしれません。しかし、本作の真価はどんでん返しそのものよりもそこに至るまでの過程にあります。登場人物たちの心の襞を繊細に描き上げ、やるせない結末がなんともいえない余韻を残す佳品です。


帝国の亡霊、そして殺人(ヴァシーム・カーン)
1949年の大晦日。インドのボンベイで英国外交官が殺される。現場にあった金庫は空になっており、死体の上着からは暗号のようなメモが見つかった。捜査に当たるのはインド初の女性刑事であるペルシス・ワディア警部。彼女は偏見の壁に阻まれながらも国家を揺るがす大事件に立ち向かうが…。
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英国推理作家協会賞ヒストリカル・ダガー賞受賞。謎解きに特筆すべき点はありませんが、混沌とした当時のインドを生き生きと描いており、男尊女卑の社会に敢然と立ち向かう主人公が魅力的です。また、現存する世界最古の宗教・ゾロアスター教とその他の宗教との対立、あるいは長年植民地支配続けてきた英国人に対する国民感情などなど、日本ではあまり知られていないインドについての実態が多角的に描かれている点にも興味深いものがあります。
帝国の亡霊、そして殺人 (ハヤカワ・ミステリ)
ヴァシーム カーン
早川書房
2023-02-07


スウェーディッシュ・ブーツ(ヘニング・マンケ) 
元医師のフレドリックは孤島で一人暮らしていたが、就寝中に火の手が上がり住む場所を失ってしまう。警察の調べで放火であることが判明するも、自分で自分の家に火を付けたのではないかと疑われしまう。そのうえ、パリで警察に捕まっているので助けてほしいとの連絡が娘から入り…。
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『イタリアンシューズ』の続編であると同時に、北欧ミステリーの帝王と呼ばれる著者の遺作です。ミステリー興味こそ薄いものの、主人公を中心に繰り広げられる人間模様には味わい深いものがあります。特に、火災によって全てを失った主人公の心情は晩秋の描写と相俟って、読者の胸に深く突き刺さります。派手な展開やどんでん返しなどはない代わりに、老いについてじっくりと向き合い、孤独や死を恐れている人間の本質を赤裸々に描きあげた佳品です。
ステイト・オブ・テラー(ヒラリー・クリントン/ ルイーズ・ペニー )
新たな大統領ラス・ウイリアムスは政敵のエレン・アダムスを国務長官に選ぶ。彼女のなすべきことは前政権がボロボロにした他国との関係を修復することだ。そんな折、国務省南・中央アジア局の女性職員のデスクに奇妙なメールが届き、その夜にロンドンで大規模な爆破事件が起きる。そして...。
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クリントン元大統領の『大統領失踪』に続き、その妻で元国務長官が発表したポリティカルサスペンスです。さすがに政治の中枢にいた人間の作品はひと味違います。実体験に基づいたエピソードがふんだんに盛り込まれおり、凡百の作家では太刀打ちできないリアリティを感じさせてくれるのです。トランプをモデルにした前大統領を愚劣な人物として描いているのには私怨が見て取れますが、そのあたりはご愛敬でしょう。また、かなり長大な作品にもかかわらず、テンポがよくてぐいぐい引き込まれていく点も大きな美点です。ただ、確かに細部のリアリティは申し分ないのですが、全体的にはハリウッド映画的なお約束的展開が満載なのでもっとリアルでドロドロした政治闘争や手に汗握る政治的駆け引きの物語を期待したした人にはもの足りなさを覚えるかもしれません。
ステイト・オブ・テラー
ルイーズ・ペニー
小学館
2022-10-28


鏡の迷宮 パリ警視庁怪事件捜査室(エリック・フアシエ )
19世紀、七月革命直後の政情不安定なパリ。下院議員の息子が夜会の最中に突如身を投げて自殺するという事件が発生する。パリ警視庁風紀局の若き警部ヴァランタン・ヴェルヌは風紀局から治安局への異動を命じられ、この事件を担当することになる。やがて、秘密結社と謎の女の存在が浮上し...。
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19世紀のパリの風俗が上流階級から下町まで臨場感豊かに描かれており、まるで実際に当時のパリをさ迷っているような気分を味わえます。また、20歳で早逝した天才数学学者のガロワや世界初の私立探偵といわれているヴィドックが重要な役割で登場している点も歴史好きとっては魅力的な要素です。以上のような点から本作は歴史ものとして非常に読み応えがある作品だといえます。ただ、それ故に歴史に詳しくない人にとっては読みづらさを感じるかもしれません。一方、ミステリーとしては謎解きよりも冒険活劇が中心の作りとなっています。ちなみに、主人公は当時進歩が著しかった化学知識を用いた捜査を行います。それはそれで興味深いのですが、ちょっと万能すぎてご都合主義に感じてしまうのがやや難です。
彼女は水曜日に死んだ(リチャード・ラング)
ギャングによる殺人を目撃した女性が報復を恐れて通報を躊躇する「ベイビー・キラー」、8人の子供を殺した凶悪犯と刑務所の看守との奇妙な交流を描いた「ボルドーの狼」、メキシコから密入国する親戚を救うべく父と少年が山火事の国境地帯に足を踏み入れる「灰になるまで」など全10篇収録。
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ミステリーというよりはノワール風の文学作品といった作品が並んでいます。謎解きや派手なアクションなどを期待すると、肩透かしを食ううえに、思いのほか重厚な文体を前にしてたじろいでしまうことにもなりかねません。しかし、それをじっくりと咀嚼していくと、淡々した筆致で描かれる哀切に満ちた物語が浮かび上がってきます。本作で描かれているのは、ままならない人生を打破しようとしてきがつけは気が付けば犯罪の世界に足を踏み入れてしまった人々の姿です。現代社会の縮図ともいえるそのシークエンスを美化することなく、真摯に描く姿勢は読む者の胸を打ちます。卓越した筆力から生まれた傑作短編集です。
彼女は水曜日に死んだ
リチャード・ラング
東京創元社
2022-10-31


ペインフル・ピアノ (サラ・パレツキー)
女探偵のヴィクはシカゴの環境問題の集会に参加した帰り道で玩具のピアノを弾く女性と出会う。彼女はかつて一世を風靡した歌姫だったが声を失い、ホームレスに落ちぶれていた。そこに、クープという大男が現れ、奇妙な警告をする。その後、ヴィクはシカゴを揺るがす大事件に巻き込まれ...。
◆◆◆◆◆◆
1982年発表の『サマータイム・ブルース』から始まったV・I・ウォーショースキーシリーズも本作で21作目を数えます。その間読者と共に年齢を重ねてきた女探偵のヴィクですが、持ち前のタフさは今作でも健在で、警察の腐敗や法曹界の闇などといったアメリカ社会が抱えいる問題に果敢に挑んでいく姿は読者を爽快な気分にさせてくれます。謎が謎を呼ぶ展開はミステリとしても読み応えがありますが、それらの謎をロジックではなく、体を張って解き明かしていくのがヴィク流です。満身創痍になりながらも真実を暴いていく怒涛の展開は相変わらずの面白さ。今後がますます楽しみなシリーズです。


その罪は描けない(リディア  | S・J・ローザン)
私立探偵のビルのもとをかつての依頼人が銃を片手に訪ねてくる。その男は殺人を犯して収監されていたが、檻の中で絵の才能を開花させ、現在は画家として活躍している。そんな彼が2件の女性殺害事件を自分の犯罪だと証明してくれというのだ。ビルは相棒のリディアと調査に乗り出すが…。
◆◆◆◆◆◆
ビル&リディアシリーズ第13弾。いつものやるせない雰囲気は希薄ですが、その代わり、主役2人やリディアのお母さんとの軽妙なやりとり、あるいいはハードボイルドな魅力は健在です。ミステリーとしても真相に大きな驚きはないものの、伏線が丁寧に回収されていく心地よさがあります。加えて、平易な文章で綴られたうえに話のテンポが良くてサクサク読めるといった点も大きな美点だといえるでしょう。安定の面白さです。
その罪は描けない (創元推理文庫)
S・J・ローザン
東京創元社
2023-06-30


円周率の日に先生は死んだ (ヘザー・ヤング)
3月14日、円周率の日に小さな田舎町の丘で焼死体が発見される。被害者は数学教師のアダム、第一発見者は彼の教え子で12歳の少年サル・プレンティスだった。サルは死体を見つけたのは偶然だといったきり口を閉ざしてしまう。そんな彼に社会科教師のノラ・ウィートンは疑念を抱くが…。
◆◆◆◆◆◆
複数の視点から数学教師と少年の関係を描き、真相を浮かび上がらせる回想型ミステリー。閉鎖的な田舎町でのドラマは緊張感に溢れ、読み応えあり。 特に、過酷な環境の中で懸命に生き抜こうとするも、自分勝手な大人たちに振り回されるサルの存在が印象的です。優しい心根と理知的な頭脳の持ち主だけに彼を襲う悲劇には読んでいて胸が張り裂けそうになります。そうしてたどり着いた結末はビターな味わいながらも深い余韻を感じさせてくれる点が秀逸です。以上のように小説としては非常に優れた作品なのですが、ミステリーとしての弱さは否めないところ。


エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬(S・J・ベネット )
EU離脱問題で揺れる2016年の英国。バッキンガム宮殿の屋内プールで王室家政婦のミセス・ハリスが謎の失血死を遂げる。最初は事故だと思われていたものの、彼女が脅迫状を受け取っていた事実が判明。殺人の可能性が浮上し、エリザベス女王は秘書官補ロージーとともに極秘の捜査に乗り出すが...。
◆◆◆◆◆◆
世界中から愛され、2022年に96歳で没したエリザベス2世。本作は90歳当時の彼女を探偵役に据えたシリーズの第2弾です。ただ、ミステリーとしては強引な部分が目立ち、正直高い点数はつけられません。その代わり、実際の女王としての職務や世界情勢を交えた虚実入り乱れた構成には大いに興味をそそられます。チャーミングかつ聡明で常にユーモアを忘れないエリザベス女王の魅力も相変わらず。前作同様安、英国王室について楽しく学びたいという人にとっては格好の一冊だといえるでしょう。


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最新更新日2023/11/13☆☆☆

その巨大さと突如絶滅してしまった事実から多くの人のロマンを掻き立ててきた恐竜。当然、古くから映画の題材にもされてきました。しかし、その描き方も撮影技術の進歩や古生物学の研究成果によって大きく変わってきています。そこで、恐竜映画はどのように進歩してきたかを時系列順に紹介していきます。まずは前時代とでもいうべき『ジュラシックパーク』以前の作品の紹介です。なお、正確には恐竜ではないのですが、翼竜や首長竜といった恐竜と同時代を生きた大型爬虫類が登場する作品も恐竜映画として扱うものとします。
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1925年

ロスト・ワールド(監督:ハリー・O・ホイト)
太古の生物が跋扈するロストワールド。その存在を信じるチャレンジャー教授は探険に同行するメンバーを応募する。集まったのは昆虫学者のサマーリー教授、著名なハンターであるロクストン卿、新聞記者のエドワード・マローン、それから、探検家の娘でロストワールドに行って恐竜を見たことがあるというポーラ・ホワイトの4人だった。彼らがカヌーで密林を進むと巨大な台地にたどり着く。そこは、プテラノドンが空を飛び回り、ブロントサウルスが大地を闊歩する太古の世界だった。彼らはたどり着いたロストワールドのなかを探索するが…。
◆◆◆◆◆◆
長編実写映画としては本格的に恐竜が登場する最初期の作品です。原作は1912年に発表されたコナン・ドイルの同名小説(邦題:失われた世界)であり、恐竜を映像化する技法としては、人形をコマ撮りで撮影するストップモーションアニメを用いています。ちなみに、特撮を担当しているのは本作がデビュー作となるウィリス・オブライエンです。今観るとギクシャクとしていて作り物感が強いですが、それでも1925年という時代を考えれば驚くべき技術だといえます。一方、肝心のストーリーはメリハリがなく、恐ろしく退屈な代物です。恐竜を見せるため、義務的に物語が進行している感すらあります。55分の上映時間のうち約3分の1が恐竜のシーンで占められているので、実際にそういう意図で作られたのかもしれません。したがって、鑑賞する際には物語に対する期待は捨て、クラシカルな味わいのする恐竜サファリーパークの映像を楽しむぐらいの割り切りが大切です。アロサウルス、プテラノドン、ブロントサウルス、トリケラトプス、ステゴサウルスといった有名な恐竜や翼竜は一通り登場するので古代生物好きの人であれば、それなりに楽しめるのではないでしょうか。
ロスト・ワールド [DVD]
アーサー・ホイト
IVC,Ltd.(VC)(D)
2011-05-27


1933年

キング・コング(監督:メリアン・C・クーパー、アーネスト・B・シュードサック)
秘境映画で知られる監督のカール・デナムは新作の撮影のために船を手配するが、徹底的な秘密主義を貫き、蒸気船の乗組員にすら行き先を秘密にしていた。そのため、出演を承諾してくれる女優が見つからず、デナムは女優探しに奔走する。そんなとき、彼は町でアン・ダロウという美しい娘に出会う。彼女は失業中で映画出演もエキストラの経験があるだけだったが、女優になりたいという強い意志があった。そこで、デナムはアンと契約し、スタッフとともに目的地に出発する。彼が目指したのはスマトラ沖南西にある髑髏島と呼ばれる島だった。海図にも載っていない謎の島だが、漂流していた原住民から話を聞いたところ、その地にはコングと呼ばれる恐ろしい怪物がいるという。デナムの目的はそのコングをフィルムに収めることだった。一方、アンは航海の途上で船員のジャック・ドリスコルと親密な関係になっていく。髑髏島に到着したデナムたちは島に上陸し、原住民がコングに捧げる生贄の儀式を行っているのを目撃する。一行に気付いた原住民たちはアンをコングの生贄として譲ってほしいと申し出るが、ジャックはこれを拒否。しかし、原住民たちは夜の闇に紛れて蒸気船に乗り込み、アンを連れ去ってしまう。そして、生贄として捧げられたアンの前についにコングが姿を現した。それは体長10メートルはあろうかという巨大な猿だった。コングはアンを捕まえると、そのままジャングルに姿を消す。ジャックたちはアンを救うべく、コングの足跡を頼りに追跡を開始するが...。
◆◆◆◆◆◆
『ロスト・ワールド』の8年後に上映された作品であり、「特撮監督はウィリス・オブライエン」、「恐竜が跋扈する秘境映画」「後半はニューヨークでモンスターが大暴れ」など、両者の共通点は少なくありません。しかし、映像の進化は著しく、無声映画からトーキー映画に変わったことも相俟って臨場感が大幅にアップしています。ウィリス・オブライエンによるストップモーションアニメの技術も格段に進化しており、『ロスト・ワールド』とは迫力が段違いです。そのうえ、物語としても手に汗握る展開が続き、100分間の上映時間を無駄なく使いきっています。特に、ティラノサウルスとの死闘から始まるコングVS古代生物3連戦はこの映画の白眉でしょう。後半のニューヨークを舞台にして大暴れするシーンも迫力満点で、まさに文句のつけようのない名作中の名作です。ちなみに、本作の上映からわずか9か月後に続編の『コングの復讐』が公開されましたが、急ピッチで製作が進められたためにこちらは凡作となってしまっています。
キング・コング [DVD]
フェイ・レイ
ファーストトレーディング
2011-02-14


コングの復讐(監督:アーネスト・B・シュードサック)
あの騒動から1ヶ月。コングをニューヨークに連れてきたデナムは莫大な損害賠償を求められ、窮地に陥っていた。同じく船を差し押さえられて困窮している船長と酒を飲んでいると、髑髏島の地図を譲ってもらったヘルストロームに出くわす。彼の話によると、髑髏島には原住民が隠した宝があるというのだ。2人は一攫千金を狙って再び髑髏島へと向かうが、島に上陸したところで船員の反乱に遭い、デナムたちは島に取り残されてしまう。そんな一行が遭遇したのは沼に落ちてもがいている子供のコングだった。デナムはちびコングを助け、すっかり懐かれてしまう。突然襲ってきた大熊に対しても果敢に戦ってデナムたちを守ろうとしたのだ。こうしてティムはちびゴングとともに探索を続け、ついに宝を発見する。しかし、そのとき、巨大な恐竜が姿を現し…。
◆◆◆◆◆◆
『キングコング』の記録的な大ヒットを受けて急遽制作された続編です。とはいえ、肝心のキングコングは前作で死んでいるのでそれに代わって息子(とおぼしき)ミニサイズのコングを登場させています。凶暴だったコングとは違い、人懐っこくて主人公とは最後まで良好な関係を保っていた点が印象的です。しかし実際のところ、この映画の評判はあまりヨロシクありません。その原因としてまず挙げられるのがテンポの悪さです。上映時間が70分しかないのになかなか髑髏島にたどり着きません。そのくせ島にたどり着いたら今度は慌ただしくストーリーが転がり、強引な決着であっという間にラストを迎えてしまいます。とにかく、起承転結のバランスが悪すぎるのです。それに、ちびゴングに愛嬌がありすぎて話に緊迫感がない点も好みが分かれるところです。一方、オブライエンによる特撮はそれなりに見応えがあります。しかし、ちびゴングと闘うのが大きな熊やよく分からないドラゴンもどきなので恐竜映画としてもやはりいまひとつです。
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2011-05-27


1940年

紀元前百万年(監督:ハル・ローチ)
ときは紀元前100万年。ロック族の族長であるアコバとその息子トゥマクは食べ物を巡って争いになる。トゥマクは崖から落下し、一命こそ取り留めたものの、気を失って川の下流に流されてしまう。彼はシェル族の女性・ロアナに救われ、彼女の部族たちとともに暮らすことになるのだった。しかし、トゥマクは食料を平等に分け与える彼らのやり方が理解できず、独り占めしようとしてしまう。そんなトゥマクも次第に彼らの作法を理解し、協力して仕事をしていくことを学んでいく。ある日、肉食恐竜が現れ、少女を襲う事件が起きた。トゥマクはオターオという若者の槍を使って恐竜を倒し、一躍英雄となる。だが、オターオの槍が気にいってそれを奪おうとしたために、族長から追放を言い渡されてしまうのだった。トゥマクはロアナを伴い、故郷へと向かう。そこで待っていたのは父アコバを殺して新たな族長となった兄サカナとの戦いだった...。
◆◆◆◆◆◆
ハリウッド映画では原始人と恐竜が同時に存在するという時代考証無視の作品がしばしば登場しますがその元祖的作品です。また、本作の恐竜はストップモーションアニメではなく、本物のワニやトカゲにディメトロドンのような帆などの装飾を施して恐竜に見立てています。しかし、着飾ってみせてもトカゲはトカゲ、ワニはワニです。どうあがいても恐竜にはみえません。とはいえ、合成技術によってそれらを巨大化させて大激闘を演じさせる手法はそれはそれでユニークです。その証拠にこのシーンは後年の恐竜映画でしばしば使いまわされています。実際のところ、恐竜特撮よりもより大きな問題は着ぐるみを使った二足歩行の肉食恐竜の方です。こちらの方はまごうことなき低クオリティな仕上がりで、カットごとに恐竜の大きさが違いますし、場面によっては人間と同サイズに見えてしまうので観ている方が頭を抱えたくなります。これでは最大の見せ場であるはずの人間VS肉食恐竜のシーンが台無しです。それでも、話自体はテンポよく進むので退屈することはありませんし、溶岩が人を呑み込むシーンなどはなかなかの迫力です。特撮映画の過渡期的作品として一見の価値があるのではないでしょうか。


1948年

ジュラシック・アイランド(監督:ジャック・バーンハード)
第2次世界大戦の最中に恐竜の棲息する島を偶然発見したテッドはその島が確かにあることを証明し、名声を得たいと考えていた。終戦後、婚約者のキャロルとシンガポールに渡ったテッドはそこで船をチャーターし、目的の島へと向かう。上陸して早々にブロントサウルスを発見するも、案内人がケラトサウルスの犠牲になってしまう。さらに、メガテリウムが現れてケラトサウルスと闘いを始めるが…。
◆◆◆◆◆◆
記念すべき恐竜映画初のカラー作品です。しかし、肝心のクオリティはお世辞にも高いとはいえません。今回主役を張る恐竜は定番のティラノサウルスではなく、鼻の上の角が特徴の中型肉食恐竜・ケラトサウルスなのですが、これが不格好な着ぐるみで全身から安っぽさがにじみ出ています。しかし、それ以上に問題なのがケラトサウルスの対戦相手として登場するメガテリウムです。メガテリウムはつい1万年前まで南アメリカに生息していた巨大なナマケモノなのですが、映画に出てくるそれはどう見てもビックフットにしかみえません。両者の戦いも巨大感が全く感じられず、迫力皆無。これならグダグダな低予算番組として有名な『ウルトラファイト』の方が見応えがあるくらいです。また、ストーリーの方もラブロマンスメインの構成になっており、恐竜の方は完全な添え物扱いになっているのが解せません。すべてがゆるくて見どころの乏しい作品です。
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フィリップ・リード
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2009-12-29


1951年

燃える大陸(監督:サム・ニューフィールド)
試験飛行中の原子力ロケットが南太平洋の上空で行方不明になる。捜索隊が航空機を使って捜索するも、ロケットが消息を絶った地点で突如操縦不能となってしまう。なんとか近くの孤島に着陸するが、そこは古代の植物が生い茂り、恐竜が跋扈する失われた大陸だった。
◆◆◆◆◆◆
約80分と短めの映画ですが、その内、40分以上は飛行機と登山のシーンが延々と続くため、恐竜目当てで鑑賞するとかなりの我慢を強いられることになります。1時間近くたってようやく恐竜が登場するも、ストップモーションアニメで描かれたそれはいかにも作りものといった感じがするうえに、造形が可愛すぎて迫力皆無です。一応、トリケラトプスの登場シーンが本作最大の見どころになっているのですが、キュートな顔つきで人を襲うギャップがシュールな空気を醸し出しています。ハッキリ言って恐竜映画としてはパッとしません。もし、恐竜に拘らないのであれば、前半のロッククライミングシーンの方が見応えがあるくらいです。
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2008-08-29


1954年

前世紀探検(監督:カレル・ゼマン)
4人の少年がボートに乗って巨大な川の中を進んでいく。それは古代へとつながる時間の川だった。やがて彼らはブロントサウルスやティラノサウルスといった生きた恐竜たちに遭遇するが....。
◆◆◆◆◆◆
宮崎駿をはじめとし、さまざまなクリエーターに影響を与えたといわれる人形アニメの巨匠カレル・ゼマンが手掛けた恐竜映画です。少年たちが太古の世界を旅するジュブナイルのような作品で、雰囲気としては絶滅生物を紹介していく教育番組に近いものがあります。少年たちはほぼ傍観者なので物語としてのメリハリには欠けますが、カレル・ゼマンの人形アニメで表現された恐竜たちは幻想的で詩的な味わいがあります。特に、夕暮れの大地で行われるティラノサウルスとステゴザウルスの死闘は見ごたえありです。


1956年

動物の世界(監督:アーウィン・アレン)
今から20億年前。地球で初めて生命が誕生する。それは極めて原始的なものだったが、数千年の時を経て原生生物と呼ばれる単細胞生物へと変化していった。そこから急速な発展を遂げた生命は多種多様の形態に枝分かれしていく。3億年前のデボン紀には地上に植物が茂り、両生類が動物として初めて陸地へ進出していった。そして進化の末に爬虫類が誕生すると、温暖な気候のなかで彼らは巨大化し、ついに恐竜の時代がやってくる。恐竜の他にも海の魚竜、空の翼竜などが誕生し、巨大なトカゲは地球を支配するようになった。彼らは長きにわたって生命の頂点に君臨するが、その時代にもやがて終わりの時が訪れ...。
◆◆◆◆◆◆
ナレーション付きの映像で生命の進化を追ったドキュメンタリータッチの作品です。上映時間80分のなかで恐竜パートは10分ほど。ストップモーションアニメによって例の如くティラノサウルス、ステゴサウルス、トリケラトプス、ブロントサウルスといったおなじみの面々が描かれるわけですが、注目はウィリス・オブライエンの弟子であるレイ・ハリーハウゼンが特撮を手掛けている点です。1949年にオブライエンと共に『猿人ジョー・ヤング』の制作に参加したハリーハウゼンは1953年の『原子怪獣現わる』で特撮監督として本格デビューを果たし、ダイナメーションと呼ばれるよりリアルで迫力のある撮影技法を確立していきます。本作においてもそうした技法を駆使し、従来とは一味違う恐竜描写を実現しています。ちなみに、この作品はオブライエンとハリーハウゼンの師弟で最後にコンビを組んだ作品です。
Animal World
John Storm
Warner Archives
2010-09-07


1957年

知られざる大陸(監督:ヴァージル・W・ヴォーゲル)
南極に温暖なオアシスがあることが明らかになり、調査隊が派遣される。船団で流氷群を抜け、陸地からはヘリコプターでの移動になるが、目的地に近づいたとき、突如姿を現した翼竜と接触し、操縦不能に陥ってしまう。なんとか不時着したものの、そこは海抜から2500フィート以上も低い地底の世界だった。気温は30度を超え、湿度にいたっては100パーセントに近い。周辺を探索していた一人が巨大な翼竜の死体を発見する。それを見た一行はこの辺りに危険な捕食者がいることを知るのだった。そのとき、巨大恐竜が姿を現し…。
◆◆◆◆◆◆
本作ではさまざまな特撮技法を用いて恐竜を表現しています。たとえば、模型のプレシオサウルスや実物のオオトカゲなどです。しかし、問題なのは着ぐるみのティラノサウルスです。これがあまりにも出来が悪くてすべてを台無しにしています。その代わり、プレシオサウルスの方はなかなか不気味な仕上がりで、人間との闘いもそれなりに見応えありです。ただ、肝心のストーリーは男女の色恋沙汰が延々と続く感じでハッキリいって面白くありません。それでも、着ぐるみのひどさにさえ目をつぶれば、恐竜の見どころはそれなりにありますし、この時代の作品としては可もなく不可もなしといった感じでしょうか。
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2015-12-25


1960年

最後の海底巨獣(監督:アーヴィン・ショーテス・イヤワース・Jr)
南海の孤島では海底工事が進められていたが、ダイナマイトで海底を爆破したところ、氷漬けの恐竜2体が発見される。そのまま海岸に引き上げられるティラノサウルスとブラキオサウルス。しかし、落雷によって氷が溶け、息を吹き返した恐竜たちが暴れはじめる。人々は恐竜の脅威から逃れるべく、島からの脱出を試みるが…。
◆◆◆◆◆◆
ストップモーション・アニメで撮影された恐竜はオブライエンやハリーハウゼンのそれと比べると動きがぎこちなく、造形もかなり安っぽく感じてしまいます。しかし、物語自体はテンポがよくて悪くありません。少年が原始人と友情を深めたり、ブラキオサウルスの背中に乗って冒険をしたりするくだりなどはジュブナイル作品としてよくできています。クライマックスのティラノサウルスとショベルカーとの戦いも案外見応えありです。
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2008-12-26


失われた世界(監督:アーウィン・アレン)
英国の動物学者・チェンジャー博士は「アマゾン上流には紀元前1億5000万年前の恐竜が生息するロストワールドが存在する」と発表した。学界からは一笑に付されるが、博士はロストワールド探索の志願者を募集する。集まったのは道楽者のハンター・ロックストン卿、アメリカのジャーナリスト・ジェニファとその兄デイヴィッド、新聞記者でカメラマンも兼ねているエド、それにチェンジャーと対立関係にあったサマリー教授の5人だった。さらに、現地でヘリコプターの操縦士・ゴメツと道案内のコスタが加わった。一行はヘリコプターで目的地に向かう。しかし、着陸したヘリコプターは巨大な恐竜によって岸壁の下にたたき落とされてしまう。彼らは危険な古代生物の襲撃を躱しながらロストワールドを進んでいくが、遭遇した原住民によって捕らわれの身となり…。
◆◆◆◆◆◆
1925年に公開された『ロストワールド』のリメイク作品です。ちなみに、1950年にも同名タイトル(原題は『TWO LOST WORLDS』)の映画が上映されていますが、こちらは『紀元前百万年』のトカゲ特撮のシーンが5分ほど流用されただけの海賊映画にすぎません。一方、本作は正式なリメイク作品だけあって物語はアレンジを加えながらも原典に沿ったものとなっています。ただ、恐竜のシーンは残念ながらトカゲ特撮です。つぶらな瞳をしたトカゲがかぶり物を身につけて暴れ回る姿はCGが当たり前になった現代においては逆に新鮮かもしれません。しかし、本物の蜘蛛を人食い巨大蜘蛛に見立てた雑な合成はなんとかならなかったのでしょうか?しかも、話が進むにつれて、人間ドラマに比重が移っていき、恐竜(トカゲ)がフェイドアウトしていくのもいただけません。B級映画としての面白さはそれなりにあるものの、恐竜映画としての魅力は35年前に作られた『ロストワールド』の方がはるかに上です。
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2015-01-21


1966年

恐竜100万年(監督:ドン・チャフィ)
黒髪のロック族の族長・アコバにはサカナとトゥマクという2人の息子がいた。なかでも、弟のトゥマクは一人でイノシシを倒してしまうほどの勇猛さを誇っていた。しかし、食事を巡ってアコバと争いになった際に崖から落ちてしまう。一命を取り留め、さ迷うトゥマクだったが、空腹に耐えかね、ついに倒れてしまった。そんな彼を助けたのは金髪のシェル族の娘・ロアナだった。シェル族はロック族よりも優れた文化を有しており、食料もみんなで平等に分け与えていた。シェル族と一緒に暮らしはじめたトゥマクは彼らの武器に興味を示し、モリで魚を獲る練習を始める。そんな折、シェル族の集落にアロサウルスが襲来し…。
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1940年に公開された『紀元前百万年』のリメイク作品です。基本的なストーリーは同じですが、ハリーハウゼンの参加によって特撮のレベルが大幅にアップしています。冒頭こそリメイク元のオマージュとしてトカゲ特撮が採用されているものの、その後、ストップモーション・アニメで描かれる恐竜の出来映えはさすがの一言です。特に、アロサウルスやプテラノドンと人間との闘いは従来の恐竜VS恐竜とはまた違った面白さがあります。特撮以外ではロアナを演じたラクエル・ウェルチのセクシーさも見逃せません。おそらく彼女以上に原始人ビキニの似合う女優はいないのではないでしょうか。以上のようにB級映画として極めて魅力的な作品なのですが、惜しむらくは人間同士の争いのシーンがあまり面白くありません。あとは、トカゲ特撮とストップモーション・アニメが同一作品に存在する違和感も気になるところです。
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1969年

恐竜グワンジ(監督:ジェームズ・オコノリー)
20世紀の初頭のメキシコ。ふとしたことから禁断の谷と呼ばれる渓谷に絶滅動物の生き残りが棲息していることを知ったサーカスの団員たち。見世物にして一儲け出来ると考え、道案内のジプシーを伴って禁断の谷へと向かう。ところが、そこは恐るべき怪物たちの巣窟だった。特に、グワンジと呼ばれる肉食恐竜は凶暴で殺戮を繰り返していた。団員にも犠牲者が出るが、グワンジは落ちてきた岩の下敷きになり、一行は生け捕りに成功する。早速見世物にするも、グワンジが逃げ出してしまい、町は大パニックに…。
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ストーリーはありきたりですが、それを補ってあまりあるのが特撮の素晴らしさです。恐竜が大暴れするシーンは迫力満点ですし、ストップモーション・アニメなのに人間と恐竜が同一フレームに収まっていても全く違和感がないのには驚かされます。特に、投げ縄のシーンが白眉です。また、アフリカゾウとの闘いも見応えがあり、なにより、グワンジの壮絶な最期は心震わされる名シーンです。ハリーハウゼンの代名詞といえるダイナメーションの到達点であり、ストップモーション・アニメを用いた恐竜映画の最高峰といっても過言ではありません。
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1970年

恐竜時代(監督:ヴァル・ゲスト)
原始時代。荒れ狂う自然を鎮めるため、山の部族は司祭の指示のもと、天に生贄を捧げようとしていた。生贄は3人の金髪娘だったが、その一人であるサンナは暴風によって縛めが解け、そのまま逃げ出してしまう。崖から飛び降り、海に落ちるサンナ。彼女を助けたのは筏に乗って漁に出ていた別の部族だった。その一人であるタラは美しいサンナに夢中になっていく。一方で、山の部族のリーダー・キングソルは天の異変を逃げ出したサンナの責任だとし、彼女を捕らえようと追っ手を差し向けていた。追っ手の姿を見たサンナは森の奥深くに逃げ込むが、そこは怪物たちの巣窟で…。
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『恐竜100万年』と同じく恐竜のいる石器時代ものです。こちらは原始人たちのラブロマンスが物語の縦軸をなしているのですが、登場人物が原始人語しか喋らないことも相俟ってどうにも冗長に感じてしまいます。しかし、その欠点を補ってあまりあるのがクオリティの高い特撮です。ハリーハウゼンの弟子であるジム・ダンフォースがゴーモーションと呼ばれる手法で撮影した恐竜たちの動きは師匠の作品にも負けていません。恐竜以外では巨大蟹の襲撃シーンも見どころのひとつです。それに、極小ビキニを身につけた女性たちのセクシーショットも密かなセールスポイントになっています。ちなみに、この映画でもトカゲ特撮のシーンが登場しますが、これは『失われた世界(1960)』からの流用です。
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1974年

恐竜の島(監督:ケビン・コナー)
第一次世界大戦最中の1916年6月。大西洋を航行中の連合軍輸送船がドイツのUボートに撃沈される。救命ボートで脱出したアメリカ人船長のボウエン・タイラーやイギリス人生物学者のリサ・クレイトンらは、整備のために海上へ浮上したUボートの甲板に乗り移り、そのまま艦内を制圧。ところが、今度は連合国軍側の艦艇から攻撃を受け、Uボートは流氷とともに漂流する羽目になってしまう。やがて、流れ着いたのは海図にもない謎の島だった。近づいてUボートを浮上させるが、甲板に出た途端、怪物の襲撃を受ける。それは太古の海に棲息していた首長竜だった。さらに、島に上陸するとそこには原始人や恐竜が闊歩する太古の世界が広がっており…。
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単純な冒険譚ではなく、第一次世界大戦を舞台にすることで戦争映画の要素を加味している点が秀逸です。島に上陸後も連合国側とドイツ側の対立や裏切りが描かれ、作品に程良い緊迫感を与えています。原始人の襲撃などもサスペンスを盛り上げる要素として悪くありません。ただ、肝心の特撮はかなりチープです。本作の恐竜はストップモーションアニメではなく、パペットや実物大のハリボテを採用しています。しかし、恐竜などのデザインが悪く、動きも本物らしさを出せていないので作り物っぽさが強調されてしまっているのが難です。(ちなみに、ストップモーションアニメは70年代には下火になってしまったため、『ジュラシックパーク』でCGによる特撮が可能となるまで恐竜の描写はパペットや着ぐるみによる特撮が中心になっていきます)。とはいえ、いかにも70年代らしいビターなラストを含め、ドラマの充実度はなかなかのものです。そのため、本作は70年代を代表する恐竜映画のひとつに数えられています。


1977年

続・恐竜の島(監督:ケビン・コナー)
ボウエン・タイラーの失踪から3年。瓶に入った彼の手紙がスコットランドに漂着した。タイラーの生存を確信した英国海軍は救助隊を編成。リーダーはタイラーの親友でもあるマクブライド大佐だ。水陸両用の複葉機でタイラーの記した島へと向かうが、途中で謎の怪鳥に襲われ、かろうじて島に不時着する。1人に機体の修理を任せ、タイラーの捜索に向かう一行だったが、その途中、恐竜に襲われていた原始人の娘を救う。彼女は自らをアジョーと名乗る。驚くべきことに彼女は英語でコミュニケーションをとっていた。アジョーはそれをタイラーから学んだというが…。
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『恐竜の島』のその後を描いた作品ですが、前作からわずか3年で島が大変なことになっています。まず、毛むくじゃらな原始人しかいないはずなのに現代風の美女が現地人として登場し、英語をペラペラと喋りはじめます。さらに、馬に乗った鎧武者の軍団まで闊歩している始末です。もちろん、彼らも英語を喋ります。一応、タイラーが英語を教えたという説明があるものの、それにしたって文明の発展速度が滅茶苦茶です。そもそも、あの大量の馬をどこから見つけてきたのでしょうか?謎は深まるばかりです。一方、肝心の恐竜はデザインの稚拙さは相変わらずですが、実物大のハリボテを使った撮影が増えたことで恐竜の巨大感はうまく表現されています。しかし、後半に入ると、恐竜よりも髑髏城でのチャンバラがメインとなるので恐竜映画というよりはヒロイックファンタジーを観ている気分です。おまけに、そこまで変えておいてラストのオチが前作とほぼ同じという事実に驚かされます。恐竜好きな人には全くおすすめ出来ない迷作です。
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極底探険船ポーラーボーラ(監督:小谷承靖、アレックス・グラスホフ)
石油会社の社長マステン・トラストは地底探険艇での油田調査を行っていた。ところが、ポーラボーラ5号が活火山の下を掘り進んでいくと、地下が空洞になっており、そこに棲息する恐竜・ティラノサウルスに襲われてしまう。ハンティングが趣味のマステン社長は自分がそのティラノサウルスを仕留めたいという欲求に駆られる。そこで彼はポーラボーラの開発者・川本博士を含めた探索チームを結成し、ポーラボーラで現地調査に向かうのだが…。
◆◆◆◆◆◆
公開時の邦題は『最後の恐竜』。円谷プロダクションが製作を務めた日米合作映画です。ティラノサウルスの特撮は円谷プロらしく、怪獣映画でお馴染みの着ぐるみが採用されています。しかし、これが恐ろしくダサいのです。体型がぽっちゃりしているうえにモコモコとした質感が一層着ぐるみっぽさを強調しています。トリケラトプスの造形は頑張っているだけに余計にそのダサさが際立っているのです。また、日本人が演じる原始人も安っぽく、まるでバラエティ番組のようです。以上のように、特撮の面では長年恐竜映画を撮り続けてきた米国との技量の差が如実に表れています。おまけにシナリオも低調で、特に、ハタ迷惑な主人公の行動は説得力皆無です。ただし、地位も名誉もなげうってティラノサウルスとの対決にすべてを賭けるクライマックスだけはグッとくるものがあります。なにより、バックで流れる哀愁に満ちたテーマ曲が秀逸です。ここが大いに盛り上がる名シーンだけに全体の低調なクオリティが惜しまれます。

恐竜・怪鳥の伝説(監督:倉田準二 )
1977年夏。富士の樹海で巨大な卵を見たという目撃証言がニュースとなる。石材会社の嘱託社員で学生時代は地質学を専攻していた芦沢節は、そのニュースを耳にして急遽富士山麓へと向かう。実は彼の父は著名な古生物学者だったのだが、富士山麓に恐竜が棲息しているとの説を唱え、学界追放の憂き目にあっていた。芦沢は父の説が正しかったことを知り、いてもたってもいられなくなったのだ。一方、富士五湖近くでは馬の首なし死体が見つかるなど、怪事件が相次いでいた。芦沢の恋人で女性カメラマンの小佐野亜希子と助手の園田淳子が現地に取材に向かう。しかし、水中撮影中の亜希子をボートで待っていた淳子が突然現れた首長竜に襲われ、下半身を食いちぎられてしまう。増え続ける被害に地元警察は湖に爆雷を投下して首長竜を駆除しようとするが…。
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非常に貴重な純日本産の恐竜映画(正確にいえば本作に登場するのは恐竜ではなく、翼竜と首長竜)なのですが、これが壊滅的に面白くありません。ツッコミどころ満載の人間ドラマはともかく、肝心の首長竜がまんまハリボテでろくに動かないのはどうしたものでしょうか。そのうえ、クライマックスのはずの翼竜VS首長竜のシーンもミニチュアを使っているので互いに微動すらせず、全く盛り上がらないのです。そして、とどめとばかりに昭和歌謡丸出しの挿入歌が流れ、クライマックスの緊張感を削いでいきます。最後は投げっぱなしジャーマンを決めてエンドマークと、恐竜映画としてはまるで良いところがないのです。ただ、スプラッターシーンは意外に充実しているのでその手の作品が好きな人であれば一見の価値はあるかもしれません。
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2005-04-21


火山湖の大怪獣(監督:ウィリアム・R・ストロンバーグ) 
アメリカの片田舎には先住民の住みかと思われる洞窟があり、そのなかで壁画が発見される。しかも、そこに描かれていた絵は恐竜に酷似していた。同じ頃、近くの火山湖に小型の隕石が落下。その影響か、しばらくして魚が全く獲れなくなってしまう。さらに、釣りに来ていた男が生首となって発見されたり、牛が行方不明になったりといった奇怪な事件が続発するようになっていた。事態を重く見た保安官のスティーブは壁画の調査を行ったカルキンズ博士に真相究明を依頼する。すると、遺体から未知の生物の歯形が発見される。そしてついにその正体が明らかになるが...。
◆◆◆◆◆◆
日本でテレビ放映されたときは『魔の火山湖・甦えった巨大生物の恐怖』、初ソフト化の際には『U.M.A.2002 レイク・モンスター』と、タイトルが幾度も変わっている作品です。ちなみに、DVD版のパッケージにはティラノサウルスらしきシルエットが映っていますが、本編ではそんなものは一度として出てきません。登場するのはプレシオサウルス一匹だけです。しかも、首長竜なのに首は短くてあまりかっこよくありません。ストップモーションによる動きもカクカクしていますし、なにより弱すぎます。終盤近くでようやく本格登場したかと思えば、パワーショベルに対してなすすべなく瞬殺されてしまうのはあんまりではないでしょうか。それでも話が面白ければまだよかったのですが、本筋を放置したままやたらと横道にそれるため、冗長を絵に描いたような作品に仕上がっています。一言でいえば、ツッコミどころ満載の駄目映画です。
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有限会社フォワード
2013-12-20


1978年

恐竜の惑星(監督:ジェームズ・K・シェア)
宇宙船オデッセイ号は大気を有する惑星を発見するも、機械トラブルによって偵察機による不時着を余儀なくされる。降り立った地上の風景は地球に酷似していたが、湖の中から現れた怪物によって隊員が一人食い殺されてしまう。一行は安全な場所を求めてさ迷い、渓谷にたどり着く。しかし、そこで目撃したのは巨大な恐竜たちの姿だった。この惑星は太古の地球と全く同じ環境だったのだ。やがて隊員たちは、恐竜から隠れて救援を待つか、恐竜を倒してこの星で生きていく術を手に入れるかで対立を深めていくが…。
◆◆◆◆◆◆
レイ・ハリーハウゼンが大好きな若手スタッフが結集して作った同人的映画です。そのため、ストップモーションアニメで描かれた恐竜たちは気合いの入った出来に仕上がっています。モーションの細やかさなどは感涙ものです。その代わり、人間ドラマの方はいかにも適当でツッコミどころが山ほどあります。まあ、作品の性格上、そこは目をつぶるにしてもヘッポコなBGMだけはいただけません。のっぺりとした安いシンセの音が緊張感を完全に削いでしまっています。それでも、特撮だけは本当に素晴らしいので恐竜映画好きな人であれば、一見の価値ありです。
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2021-05-28


1981年

おかしなおかしな石器人(監督:カール・ゴットリーブ)
石器人のアトゥークたちは粗暴な族長・トンダに率いられ、洞窟で暮らしていた。だが、アトゥークはトンダのセクシーな妻・ラナに横恋慕。夜這いをかけたのがバレて部族を追放されてしまう。彼は同じく部族から見捨てられたラーと合流し、放浪の旅に出る。道中で底なし沼から抜け出せなくなった女性と全盲の老人を助けるなどして次第に仲間を増やしていくアトゥーク。彼らは苦難の旅を通して火の使い方を覚えたり、音楽の楽しさを知ったりと、人類としての進化を遂げていく。やがて故郷に戻ってきたアトゥークはトンダと対決を迫られることになるが...。
◆◆◆◆◆◆
原始人と恐竜が同時に存在する世界をコミカルに描いた作品で、劇中のセリフは意味不明な原始人の言語が用いられています。主演は元ビートルズのリンゴ・スター。しかし、なぜ彼がこんなB級コメディに出演したのかは全くの謎です。ちなみに、登場する恐竜は2体。1体はおなじみのティラノサウルスで、もう1体はトリケラトプス......のはずなのですが、その姿はどう見ても出来損ないのカメレオンです。これは脚本家がトリケラトプスを知らなかったためだといわれています。脚本に角トカゲと書いた結果、あんな姿になってしまったのだというのです。一方、ティラノサウルスはティラノサウルスで着ぐるみがチープすぎて愛らしさすら漂ってきます。2体とも原始人相手に大暴れするわけですが、迫力や緊迫感などといったものは皆無です。そもそも作品自体が緩いコメディ映画なので、そんなものは必要ないのかもしれません。そういった意味ではチープな見た目も映画の雰囲気にマッチしているといえます。なお、原始人語が意味不明でつまらないという場合は、広川太一郎のアドリブが炸裂する吹き替え版がおすすめです。
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1982年

怒りの湖底怪獣/ネッシーの大逆襲(監督:ラリー・ブキャナン)
ネス湖でネッシー探しをしていたダイバーが湖底に墜落した第2次世界大戦時のドイツ爆撃機とネッシーの卵を発見する。そのまま卵を持ち帰るが、怒り狂ったネッシーが現れてダイバーを食い殺してしまう。ダイバーを雇った興行主は卵を持ってその場から逃走。その後、学者がネス湖を訪れ、ネッシーの捜索を開始する。時を同じくして、爆撃機を秘密裏に処理すべく軍も姿を見せる。一方、ネッシーは卵を求めて陸上をさ迷い、遭遇した人間を次々と血祭りに上げていくが…。
◆◆◆◆◆◆
UFOやバミューダトライアングルと並んでかつて世界的なブームを巻き起こしたネッシーですが、それを題材とした映画は意外と多くありません。本作はその数少ない例外です。ネッシーを真正面から描いた作品としてUMA好きには注目の一本といえます。しかし、実際に観てみると、ほとんどの人は失望を禁じ得ないでしょう。それほどまでにクオリティが低いのです。まず、ストーリーはやたらと横道に逸れて散漫としすぎています。それに、主人公が大した活躍もせず、ずっと傍観者なのもどうかと思います。しかし、そんなことよりも最大の問題はネッシーそのものです。次々人を襲うのはよいのですが、画面に映っているのは常に首から上だけです。しかも、首を上下に振る以外の動きを全くしようとはしません。そう、お察しの通りこの映画、首のハリボテだけでネッシーを撮っているのです。その結果、ネッシーの登場シーンはすべてチープな絵ずらとなっています。特に、微動すらしないネッシーの口の中でもがき苦しむシーンはあまりにもシュールです。
画像データなし

1985年

恐竜伝説ベイビー(監督:ビル・L・ノートン)
敏腕スポーツ記者のジョージは休暇がてら、新進気鋭の古生物学者である妻・スーザンとともにアフリカでの古生物調査に参加していた。ところが、会社から国際電話で帰国命令が下る。時を同じくして恐竜らしき動物の骨が発見されたとの報が飛び込んできた。独断でジャングル奥深くに入っていったスーザンを心配したジョージはクビを覚悟で彼女の跡を追う。スーザンと合流したジョージはそこでこの地域に住む原住民と出会う。そして、原住民との友好関係を構築した2人は、彼らの協力のおかげで恐竜の親子を発見することに成功するのだった。しかし、そのとき、調査隊の隊長であるエリックが軍隊を引き連れて姿を現し…。
◆◆◆◆◆◆
アフリカのUMAとして有名なモケーレ・ムベンから着想を得た作品で、本作ではその正体を竜脚類の恐竜として描いています。従来の作品の多くが恐竜の凶暴さを強調してきたのに対して本作は恐竜を悪人から守ろうとする『のび太の恐竜』路線です。ただ、その割に、ショーン・ヤングが演じるヒロインが終盤近くまで恐竜の捕獲にこだわっている点に矛盾を感じてしまいます。また、このヒロインはかなり自己中な性格をしており、観る者をイラつかせるところも大きなマイナスだといえます。CGがまだないなかで赤ん坊恐竜の可愛らしさはそれなりにうまく表現できているだけに、人間サイドのキャラクター性についても十分に練り込んでほしかったところです。
恐竜伝説ベイビー
パトリック・マクグーハン
ウォルト・ディズニー・ホームビデオ・プロジェクト


1992年

ロスト・ワールド/失われた世界(監督:ティモシー・ボンド)
新聞記者のマーロンは、学会の異端児として有名な動物学者のチャレンジャー博士からアマゾンの奥地にあるロストワールドについて聞かされる。そこには恐竜をはじめとする絶滅生物が今もなお生息しているというのだ。とても信じられない話だったが、マーロンは冒険心を掻き立てられ、博士の調査団に加わることになる。そして、冒険家のクストン卿やチャレンジャーとは対立関係にあるサマリー教授らとともにロストワールドと呼ばれる地に足を踏み入れるが....。
◆◆◆◆◆◆
幾度も映画化されたコナン・ドイルの小説を今度はテレビ映画としてリメイクしたものです。予算の関係からさすがに安っぽさはぬぐえませんが、ストーリーの根幹がしっかりしているので飽きずに観ることができます。数ある『ロストワールド』の映像化作品のなかでも冒険心をくすぐられるという点ではこれが一番ではないでしょうか。『ジェラシックパーク』前夜に作られた隠れた佳品です。なお、同じ年に続編の『ロスト・ワールド2/続・失われた世界』が放映されていますが、こちらも出来は悪くありません。
ロスト・ワールド~失われた世界~ [VHS]
ジョン・リス・デイビス
東北新社
1993-08-27



★★★
以下の作品はAmazon Prime Videoでも視聴可能です。希望の作品の画像をクリックするとPrime Videoの該当ページに行くことができます。

キングコング(字幕版)
ロバート・アームストロング
2019-05-03
恐竜グワンジ (字幕版)
リチャード・カールソン
2015-04-30
恐竜・怪鳥の伝説
諸口あきら
2017-03-29




最新更新日2023/03/08☆☆☆

新本格といえば多くの人は1987年の『十角館殺人事件』発表が契機となって巻き起こった若手作家による本格ミステリ復興ムーブメントを想起するのではないでしょうか。しかし、新本格という言葉自体はそれ以前にも様々な局面で使われてきました。まず、江戸川乱歩がニコラス・ブレイクやマイケル・イネスらの英国教養派の作品を旧来の英国ミステリと対比して、新本格と呼んでいましたし、戦後の横溝正史や高木彬光らの作品を戦前の探偵小説と比較して新本格と呼称した時期もありました。さらに、1960年代末に社会派ミステリーが形骸化し始めた頃には松本清張が行き過ぎた謎解き軽視の風潮を反省し、あるべきミステリーの姿をネオ本格(新本格)と定義したりもしています。そんななかにあって、新本格のホープと呼ばれ、社会派ミステリー全盛の時代において新しい本格ミステリの形を模索し続けたのが伝説的時代劇『木枯し紋次郎』の原作者でもある笹沢左保です。一時期忘れられた作家になった感もありましたが、“有栖川有栖選 必読!Selection"の刊行などによって再び注目を集めています。そこで、これから笹沢左保の作品を読んでみようと考えている人の参考になるように、おすすめの作品を発表順に紹介していきます。
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招かれざる客(1960) 
省庁の組合幹部が人気のない非常階段で殺されるという事件が起きる。彼は省庁の労働組合を崩壊に追いやったスパイだったのだ。警察は当初、彼に裏切られた組合員の犯行とみて捜査を開始する。だが、続いて意外な人物が殺害され…。
◆◆◆◆◆◆
労働組合がらみの殺人ということで、出だしこそ当時台頭しつつあった社会派ミステリの雰囲気を漂わせていますが、じきにガチガチの本格ミステリへと装いを変えていきます。まず、物語を報告書の形式に落とし込むことで過剰な装飾を削ぎ落として読者が推理に集中できる構成になっています。加えて、事件の謎も暗号、凶器消失、アリバイ、動機と盛りだくさんです。本格好きの人にとっては堪らない作りになっています。ただ、トリックがどれも前例のあるものばかりで新味に欠ける点は物足りないかもしれません。それでも、本格ミステリとしてのガジェットの多さは魅力的で丁寧な作りにも好感が持てます。著者の本格愛がひしひしと感じられる佳品です。


霧に溶ける(1960) 
杉静子は交通事故で片腕を失った幼馴染の男・小牧と暮らすため、賞金目当てで応募したミスOLに最終候補として選ばれる。ところが、小牧との密会現場が何者かに盗撮されてしまう。候補者には純潔なイメージが求められるため、これが公表されれば優勝は絶望的だ。やがて、最終審査を前にして予選を突破した候補者が次々と謎の死を遂げていくが...。
◆◆◆◆◆◆
発表当初はデビュー作の『招かれざる客』と日本推理作家協会賞の『人喰い』に挟まれて比較的目立たない存在でしたが、現在では著者の最高傑作との評価を受けています。まず、事故か殺人かが判然としない連続怪死事件という趣向が魅力的です。中毒死・崩落死・窒息死といった具合に死因はそれバラバラなうえに、仮にそれらを殺人と考えればどれも不可能犯罪になってしまう点に興味をそそられます。そして、その不可能犯罪を成立させるために多彩なトリックが惜しみなく投入されている点が堪りません。まさにトリックの見本市です。そのうえ、個々のトリックだけでなく、事件全体の構図にも仕掛けが施されており、意外な真相に驚かされます。ただ、リアリティには乏しく、バカミスに片足を突っ込んでいる作品であることも確かです。発表当初はさほど高い評価を得られなかったのもその辺りが原因だと考えられる一方で、平成の新本格に慣れ親しんだ人なら大いに楽しめるのではないでしょうか。
霧に溶ける (祥伝社文庫)
笹沢左保
祥伝社
2020-10-15


結婚って何さ(1960) 
万里石油東京支社で臨時雇いのOLとして働く20歳の遠井真弓は、上司である係長からパワハラを受けていた。妻子持ちなのにもかかわらず彼女に求愛してきた彼をふったのが原因だ。服装や行動に逐一難癖をつける係長にキレて会社を辞める真弓。同僚の疋田三枝子も彼女に付き合う形で辞職し、2人は夜の街に繰り出す。酔っぱらった彼女たちはバーで森川と名乗る眼帯の男と意気投合し、同じ宿に泊まることになる。ところが、目を覚ますと男はソファの上で絞殺死体となっており...。
◆◆◆◆◆◆
本作は、巻き込まれ型サスペンスとしての物語に不可能状況での殺人の謎やアリバイ崩しの要素を絡ませてジャンルミックスな作品に仕上げています。おまけにクライマックスでは派手なカーアクションのおまけつきです。しかし、色々と詰め込んだ結果、本格ミステリとしては薄味になってしまい、同年発表された傑作群と比べると軽量級の感は否めません。また、用いられたトリックも前例があるうえに小粒です。それでも、容易に真相を悟らせないプロットやシンプルなトリックを最大限に活かした手管はなかなかに巧みで、特に、現場を密室状況にした理由がきちんと説明されているところには感心させられました。ただ、主人公が自らを窮地に追い込むような選択をしたり、推理ではなく犯人の自白で真相が明らかになる点は物足りなさを覚えてしまいます。長短併せ持った非常に惜しい作品です。
人喰い(1960) 
本多銃砲火薬店の従業員・花城由記子が遺書を残して失踪する。遺書は妹の佐紀子に宛てて書かれたものであり、それによると、彼女は社長の一人息子である本多昭一と付き合っていたが、一族の反対や嫌がらせにあって心中を決意したというのだ。だが、やがて発見されたのは本多昭一の遺体だけだった。由記子の生死がはっきりとしないまま、本多銃砲火薬店の爆破や殺人といった事件が立て続けに起きる。そして、ついに由記子は殺人容疑で指名手配される。姉の無実を信じる佐紀子は恋人の豊島とともに事件の真相を探り始めるが、事件の現場近くで由記子の姿が目撃され....。
◆◆◆◆◆◆
著者が標榜する本格ミステリとロマンの融合が色濃く反映された作品です。本作は『招かれざる』と同様に多くのトリックが盛り込まれていますが、一つ一つはそれほど大したものではありません。大技といえるトリックもあるものの、海外作品に前例があり、それらを先に読んでいればネタはバレバレです。しかし、丁寧に張られた伏線を回収しつつ、二転三転する推理を交えながら犯人の正体に迫っていくプロセスはよくできていますし、その末に迎える哀愁漂うラストは深い余韻を読者に与えます。初期の代表作のなかでは本格ミステリとしての出来はやや劣る一方で、物語としての読み応えはかなりのものです。本格ミステリとロマンの融合という著者の目指した理想形の最初の到達点だといえるのではないでしょうか。
第14回日本推理作家協会賞
人喰い (双葉文庫)
笹沢 左保
双葉社
2018-05-10


空白の起点(1961)
大手広告会社の秘書課に勤務する小梶鮎子は出張からの帰りに、男が崖から落ちるのを急行列車の窓から目撃する。驚くべきことに墜落死したのは彼女の父親である美智雄だった。偶然、鮎子と同じ列車に乗り合わせていた協信生命の調査員・新田純一は死の直前に被害者が多額の生命保険に加入していたことを知り、東日生命の調査員である佐伯初子と共に調査に乗り出す。果たして、鮎子が父親の死を目撃したのは偶然だったのか?
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旧題『孤愁の果て』。実父の死を遠くから目撃するという冒頭のシーンが鮮烈で一気に引き込まれます。そのうえ、高額の保険金の存在や人間関係が交錯するなかでの容疑者の死といった具合に、サスペンスドラマ的な面白さにはことかかない作品です。主人公をはじめとする陰影のある人物描写も作品に深みを与えてくれます。一方、ミステリとしては冒頭の事件に大きなトリックが施されています。ただ、これが少々凡庸に感じられるのが残念です。トリックとしての独創性に乏しいうえに、そんなにうまくいくものだろうか?と思ってしまうのです。とはいえ、衝撃的な動機には驚かされますし、哀愁に満ちたラストも心に染み入ります。トリックだけをクローズアップすれば物足りなさを覚えるかもしれませんが、総合的な評価としては著者が掲げる本格とロマンの融合をさらに一歩進めた佳品だといえるでしょう。


炎の虚像(1961)
大女優・野末千登勢がテレビドラマ初主演という触れ込みで製作が始まった『女二代』。だが、撮影当日、演出を務めることになっていた大物プロデューサー・加古川洋介が姿をみせない。撮影は若手女性演出家・瀬戸秋路の手によって行われる一方で、番組のスポンサー企業である山川電機の宣伝課長・北見慎一郎は旧友でもある加古川から事情を聞く。彼の話によると、撮影当日に交通事故に遭い、丸一日意識を失っていたというのだ。加害者とされる若手女優の魚津麗子と若手俳優の和泉タカ男もその事実を認め、殊勝な態度で謝罪する。ところが、麗子が密室状態のマンションから墜落して死亡し、次いでタカ男も自宅で変死を遂げる。北見は瀬戸秋路の従姉妹である阿久津綾子とともに事件の真相を探り始めるが...。
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旧題『火の虚像』。テレビ業界の裏側を描いた社会派風の趣がある一方で、本格ミステリとしてもかなり魅力的なガジェットを盛り込んでいます。まず、第一の事件では現場が密室状態であるうえに容疑者には鉄壁のアリバイがあり、第2の事件では被害者の遺書が残されているといった具合に謎のオンパレードです。容疑者が少ないために犯人は最初から見当がつく代わりに、ハウダニットに関してはかなり工夫を凝らした作品です。とはいえ、不可能犯罪のトリックに関しては偶然の要素に頼りすぎているため、物足りなさを覚えるかもしれません。どちらかといえば、本作の目玉はアリバイ崩しの方です。これがテレビ業界の仕組みを逆手にとったものでなかなかユニークです。それに加えて最後のサプライズにも驚かされます。
炎の虚像 (講談社文庫)
笹沢左保
講談社
2021-02-26


真昼に別れるのはいや(1961)
妻子を亡くして長らく元気のなかった春彦はやがて社長令嬢と交際を始め、ようやく明日への一歩を歩み始める。ところが、それも束の間、奥多摩で謎の死を遂げてしまうのだった。警察は自殺と結論づけるが、妹の多美子は納得できない。一方、交通事故で妻子を亡くしたテレビプロデューサーの富田は交通事故の取材で熱くなり、謹慎を命じられていた。そんな折、社への投書で名指しされていた人物が奥多摩で自殺したことを新聞記事で知る。引っ掛かりを覚えた富田は確認のため現地での警察に向かう。そこで多美子と出会い、共に事件を洗い直すことになるが....。
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有栖川有栖のアリバイ講義にも取り上げられた非常に特殊なアリバイが登場します。当時としては唯一無二ともいえるトリックの扱い方であり、それが大きなポイントとなってはいるのですが、現代のミステリーファンにとってみればさほどの目新しさは感じられないかもしれません。それよりも、むしろ、犯人の動機を巡るホワイダニットの巧妙さが目を引きます。本作は全体的に恋愛ロマンの要素が強い作品に仕上がっているのですが、それらの描写が絶妙なミスディレクションとなっており、真の動機を巧妙に隠蔽しているのです。ラストも余韻を残す素晴らしいもので、作者が標榜していたロマンと推理の融合が高いレベルで結実した佳品だといえるでしょう。
真昼に別れるのはいや (徳間文庫)
笹沢 左保
徳間書店
1982-11T


暗い傾斜(1962)
汐見ユカの両親は彼女が8歳のときに事業に失敗して自ら命を絶ってしまう。以来ユカは成功を掴むために努力を重ね、若くして太平製作所を立ち上げる。ところが、空中窒素の固定化実現のために素人発明家の三津田に2千万円を投資するも、研究は失敗。しかも、その2千万は大株主の矢崎から借りたものであり、そのうえ、金を渡した三津田は失踪してしまう。ユカは三津田の行方を追うが、直後に三津田と矢崎の2人が死体となって発見される。そして、ユカは2件の殺人事件の容疑者にされてしまい…。
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様々な思惑が交錯するサスペンスミステリーといった趣の本作ですが、それらはすべてトリックに説得力を持たせるための前振りにすぎません。逆にいえば、普通に用いれば無理のあるトリックを成立させてしまうところに作者の剛腕ぶりが伺えます。トリックそのものは前例があるものの、それをアリバイ工作に用いた点がユニークです。ただ、現代の本格ミステリを読み慣れた人なら、このトリックに気づくのはそれほど難しくはないでしょう。


六本木心中(1962)
大学を休学中の青年・海老名昌章は六本木のバーで16歳の高校生・芥川千景と出会う。千景は昌章に自分のお腹には父親がわからない子供がいることを悪戯っぽい口調で告げる。共に孤独を抱える身の上だった2人は次第に惹かれあっていく。やがて、昌章はお腹の子の親が自分だということにして千景と結婚する決意をする。だが、彼女の親から激しく反対され...、
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全5篇の短編集であり、表題作は『人喰い』『空白の起点』に続いて3度目の直木賞候補に選ばれています。受賞確実といわれながらも落選の憂き目にあい、選評で本作を無視した木々高太郎との確執を生んだことでも有名です。同時に、デビュー以来一貫して本格ミステリを発表してきた著者が作風の幅を広げる契機となった作品でもあり、翌年には『六本木の夜 愛して愛して』のタイトルで映画化もされています。ちなみに、表題作以下「純愛碑」「向島心中」「鏡のない部屋」「銀座心中」の5篇はどれも謎解き要素は薄く、サスペンスタッチの人間ドラマというべき作品が並んでいます。そのため、本格ミステリを期待すると肩すかしを喰らうかもしれませんが、60年代の風俗描写とともに描かれる哀愁に満ちた男女の関係は胸に迫るものがあります。また、ミステリー要素が全くないというわけでもなく、ホワイダニットの謎に伴う反転はなかなかに見事です。表題作はもちろん、「純愛碑」における皮肉な結末やほろ苦さの残る「銀座心中」なども印象的。


突然の明日(1963)
食品衛生監視員の小山田晴光は白昼の銀座で不思議な光景を目撃する。交差点のど真ん中で知人の女性が忽然と消えたのだ。しかも、彼はその翌日に神楽坂のマンションの屋上から転落死し、同じマンションの一室からは毒死した男が発見される。男は料亭の主人で晴光が衛生監視員として調査をしていた人物だった。状況は晴光が男を殺害して自殺を図ったことを示唆していた。しかし、兄の無罪を信じる晴光の妹は、彼が銀座の交差点で目撃したという女性・久米緋紗江について調べ始め…。
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冒頭の人間消失の謎が強烈ですが、実はその謎の解明がメインというわけではありません。不本意な形で長男を失った家族の崩壊と再生のドラマこそが本作の軸であり、同時に、ミステリとしてはアリバイ崩しにカテゴライズされる作品です。昭和的な家族描写には古臭さを感じるものの、家庭崩壊の危機を乗り越えるべく父娘が奔走する姿にはぐっとくるものがあります。また、アリバイトリック自体は目新しさに欠ける一方で、聞き込みと推論を繰り返しながら真相に迫っていくプロセスは読み応えがあり、悪くありません。


盗作の風景(1964)
大手食品メーカーの白金食品の社主・江原庄吉郎には詐欺を働いて投獄された過去があった。詐欺の被害に遭ったのは庄吉郎の友人で大学教授の能坂明治であり、友人を信じて大学の金を横領した彼は自殺に追い込まれる。そして、現在。庄吉郎の元に過去を暴露するという脅迫文が送られてくる。送り主は28歳になった明治の息子・魚男だった。一方、父の過去を初めて知った庄吉郎の娘・麻知子は独断で魚男に会いに行き、彼に許しを乞う。そんな折、白金食品が絡んだ殺人事件が発生。容疑者として庄吉郎が浮上するも、彼は犯行時刻には北海道にいたとアリバイを主張する。しかも、それが事実だと証言したのは彼を憎んでいる魚男だったのだ…。
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アリバイ崩しを軸にしながらも二転三転する物語に引き込まれていきます。その末に明らかになる真相の意外性も申し分ありません。しかし、なにより、タイトルが秀逸です。ストーリーがかなり進んでも盗作の話など全く出てこないので読者は困惑することになりますが、事件の全貌が明らかになると同時にタイトルの意味に気付かされます。この仕掛けが真相の意外性と相俟って本作を味わい深いものにしているのです。知名度は決して高くないものの、著者の作品群のなかでも1、2を争う傑作です。
盗作の風景 (徳間文庫)
笹沢 左保
徳間書店
1983-10T


死人狩り(1965)
伊豆の西海岸を走っていたバスが海に転落する。乗っていた乗員乗客27名は全員死亡。しかも、バスには散弾銃が撃ち込まれており、運転手の体に当たっていた。静岡県の警警部補である浦上達郎の妻子もそのなかに含まれていた。達郎は悲しみを押し殺して捜査にあたり、この事件は死亡した乗員乗客のひとりを狙った犯行だと推測する。そして、犯人の標的となった人間を特定すべく、被害者たちの周辺を洗っていくが....。
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物語は連作短編の形をとっており、各章ごとに異なる被害者の過去や秘められた素性が明らかになっていきます。このように、犯人ではなく、被害者である死者たちに焦点を当てている点がユニークです。それぞれのドラマは古臭さを感じさせながらも、独特の味わい深さを有しています。事件の真相自体は比較的見当がつきやすいのですが、他人の人生を垣間見ているような下世話な面白さがあります。本格ミステリというよりは通俗ミステリーとして読み応えのある作品です。
死人狩り (徳間文庫)
笹沢左保
徳間書店
2018-02-10


孤独な彼らの恐しさ(1966)
友人たちと自動車修理工場を経営している32歳の三木秀彦は26歳の美女・水森麻衣子と婚約していた。ところが、内心では35歳の和風美人である姉の今日子に惹かれていたのだ。彼女はブドウ産業者を経営している47歳の宇佐美勉と離婚したばかりで自身は高級アクセサリー店を経営しているという。そんなある日、水森姉妹が何者かに襲われ、麻衣子は死亡し、今日子も重傷を負う。今日子の証言によると犯人は彼女のかつての許婚で戦死したはずの従兄だという。そして、その言葉を裏付けるように彼が恨みを抱いていた人物が次々と殺されていくのだった。一方、秀彦は婚約者が亡くなったことで今日子と結ばれるのではないかと密かに期待するが....。
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身勝手な主人公に感情移入することは難しいかもしれませんが、とにかくテンポがよく、事件と謎の波状攻撃には否応なく引き込まれていきます。謎に関しては答えが分かりやすいものもありますが、手数が多い故にすべての真相を見抜くことは困難です。最後に開示される推理には説得力に欠ける部分もあるものの、それを差し引いても魅力に満ちた作品であることは確かです。さらに、印象的な複数の女性を登場させることで作者の標榜する謎とロマンの融合に成功している点も見逃せません。トータルバランスに優れた佳品です。
孤独な彼らの恐しさ(電子復刻版)
笹沢左保
徳間書店
2018-01-13


さよならの値打ちもない(1968)
繊維会社の丸甲毛織は取引先の重役たちをヨーロッパ旅行に招待するも、スペインのマドリードで代役ホストを務めていた五味川澄江が毒死するという事件が発生する。彼女の夫で営業部長の五味川大作は病に伏していたが、妻が死の前日に書いた絵葉書が届いたことで事件の真相を探り始める。その葉書には偶然旧友と再会したと書かれていたのだ。ところが、やっと探し出した旧友の野添美沙子は2年前に亡くなっており、しかも、嫁入り先の造り酒屋で縊死したという。それでは妻がスペインで出会った人物は誰だったのか?解決の糸口がつかめぬままに関係者が次々と殺されていくが...。
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全編を通してロマンとサスペンスに満ちており、そこに大小さまざまなトリックを盛り込んだ著者ならではの作品に仕上がっています。ミステリーとしての仕掛けは比較的シンプルながらもとにかく手数が多く、それらのネタを縦横無尽に駆使して謎を組み上げていく手管が見事です。たとえば、物語が動き出す発端のシーンからしてすでに読者をミスリードするためのミスディレクションが施されていますし、途中で犯人が判明したのちもいくつかの謎が残されているといった具合に、プロットもよくできています。なにより、話がどんどん意外な方向に進んでいくために、ページをめくる手がとまらなくなるのです。作品としての密度の高さでは数ある笹沢ミステリーのなかでも屈指の傑作です。


真夜中の詩人(1972)
老舗百貨店の孫が誘拐され、続いて平凡なサラリーマン一家である浜尾家からも赤ん坊がさらわれる。犯人は電話で「生命の危険はない」と告げるのみで身代金の要求は一切なかった。赤ん坊の母である真紀は息子を助けたい一心で探偵の真似事を始めるが、今度は何かを知っていたらしい真紀の母が車にはねられて死んでしまう。
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誘拐サスペンスに分類される作品ですが、通常のそれとは異なり、身代金の受け渡しの駆け引きなどは一切ありません。その代わり、誘拐の謎に迫っていくと関係者が次々と死んでいくという展開が否応なしにサスペンスを盛り上げてくれます。また、ミステリーとしては動機が最大の焦点になるのですが、巧みなミスディレクションによって犯人の目的を読者に悟らせないようにする手管が見事です。中盤が冗長な点がやや気になるものの、それ以外はテンポもよく、リーダビリティの高さも申し分ありません。意外な真相に驚かされる傑作です。


遥かなりわが愛を(1976)
四国に住む人妻・宗方美紗子の元に幼なじみで殺人の前科がある元東大教授の高野からたびたび電話が掛かってくる。それを脅迫と受け取った美紗子は警察に相談。かつて高野を刑務所送りにした捜査一課主任の伊勢波邦彦は、これを自分への挑戦だと判断し、警戒を強める。しかし、美沙子は数日後に尾道で殺され、高野にはアリバイが成立する。しかも、そのアリバイの証人は伊勢波自身だったのだ。 
◆◆◆◆◆◆
旧題『暁の狩人』。180センチの長身で洒落者の刑事・伊勢波邦彦シリーズの第1弾であり、アリバイ崩しをメインに据えた本格ミステリでもあります。とはいえ、アリバイトリックそのものに特筆すべき点はありません。ミステリーを読み慣れている人なら比較的簡単に気付くレベルです。その代わり、本作には謎の提示のうまさがあります。冒頭の東日本を移動しながら何度も電話をかけてくるという不可思議な行為に始まり、次々と謎が浮かび上がっていく展開には思わず引き込まれていきます。それに加えて、高野が自分は高野長英の曾孫だと主張し、その真偽を巡って歴史ミステリの様相を示すといった意外性満点のストーリーも魅力の一つです。そのうえ、舞台が全国へと広がっていくトラベルミステリーの趣もあり、多様な楽しみ方が可能な作品に仕上がっています。
遥かなりわが愛を (角川文庫)
笹沢 左保
角川書店
1989-06T


他殺岬(1976)
ルポライターである天知昌二郎は美容業界のカリスマ・環千之介の悪徳商法を暴露した記事を発表する。その結果、千之介と娘のユキヨは相次いで死を遂げる。状況は明らかに追い詰められての自殺だった。残された娘婿の環日出夫は2人の死の原因をつくった天知への報復として5歳の息子の春彦を誘拐する。120時間の間、天知を精神的に苦しめたのちに春彦を殺害するというのだ。息子を救う唯一の手段はユキヨの死が自殺ではなく、他殺であった事実を証明することだ。タイムリミットが迫るなか、天知は真相にたどりつくことができるのか?
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誘拐サスペンスに謎解きの要素を加味したジャンルミックスな作品です。全体的に2時間もののサスペンスドラマのような安っぽさはあるものの、次から次へと起きる奇想天外な展開とトリッキーな仕掛けで楽しませてくれます。切れ目なく湧き出てくる謎に引き込まれていきますし、なによりも終盤において事件の構図が一変するプロットが見事です。真相の意外性も申し分なく、さすがに代表作のひとつに数えられているだけのことはあります。ただ、ユキヨの死については別に最初から他殺が疑われていたわけではなく、ましてや春彦の解放の条件として他殺の証拠の提示を求められたわけでもなく、他殺であることを証明できれば犯人は息子を解放するはずだというのは主人公の思い込みにすぎません(そもそも、最初の時点では他殺の根拠は何一つなかったのに、もし普通に自殺だったらどうするつもりだったのでしょうか?)。このぶっとんだ設定をバカミスだと割り切れるかどうかで本作の評価は変わってきそうです。


異常者(1978)
民事弁護士の波多野丈二は自殺した妻の命日に妹を失う。女性ばかりを狙う連続猟奇殺人の犠牲となったのだ。被害者の遺体は顔や胸に赤い塗料が吹きかけられ、局部に異物を挿入されるという共通点があった。波多野は刑事の山城とコンビを組み、執念の捜査の末に犯人を突き止めたかに思えたが…。
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女性をターゲットにした異常な犯行を描き、中盤で事件解決と思わせてからの二転三転の展開がスリリングです。また、エログロシーンを交えながらどんどん人が死んでいくのが恐ろしくも刺激的で、被害者の意外な共通点が明らかになるミッシングリンクものとしてもよく出来ています。官能サスペンスと謎解きの面白さを併せ持った佳品だといえるでしょう。ただ、これは著者の作品全般にいえることですが、女性像が昭和的偏見に満ちており、女性を巡るミステリーである本作では特にその傾向が顕著に表れています。それを許容できるかどうかで本作の評価は分かれそうです。
異常者 (祥伝社文庫)
笹沢左保
祥伝社
2019-09-12


求婚の密室(1978)
東都学院大学の西城教授は自分の誕生日に13人の客を軽井沢の別荘へ招待する。そこで養女である女優・西城富士子の婚約者を発表するというのだ。富士子は現在2人の男性から求婚されており、どちらが彼女の美貌と莫大な財産を手に入れることができるのかが注目されていた。だが、婚約者発表当日の朝、西城教授は密室と化した地下貯蔵庫で妻とともに服毒死体となって発見される。しかも、床にはWSという文字が残されていた。求婚者の医師と弁護士は婚約の権利を賭けて推理合戦を行うこととなり、富士子に対して密かに思いを寄せていたルポライターの天知晶二郎もそれに参戦するが...。
◆◆◆◆◆◆
『他殺岬』に続く天知晶二郎シリーズ第2弾です。サスペンスタッチのものが多い後期笹沢作品の中では本格度の高い作品であり、序盤で殺人が起きたのちは延々と推理合戦が繰り広げられます。とはいえ、肝心の推理は最後のものを除けばレベルが高いとはいえず、多重解決ものを期待していると肩すかしを覚えるでしょう。代わりに、各々の推理を通じて新たな事実が明らかになり、真相に迫っていくプロセスは正統派本格ミステリとして読み応えありです。そして、その結果明らかになる密室トリックがなかなかによくできています。リスクを伴う方法ではあるのですが、独創性の高さは大いに評価すべきでしょう。着想の素晴らしさは密室を扱った昭和ミステリの中でも屈指です。ただ、ダイイングメッセージに関しては少々無理があり、あれはなかった方がよかったのではないでしょうか。
後ろ姿の聖像~もしもお前が振り向いたら (1981)
パン工場の駐車場に停めてあったクルマの中から女性の絞殺死体が発見される。彼女は吉祥寺のバーを経営している元歌手で、8年前に盗作を巡って起きた殺人事件の目撃者だった。そのため、目撃証言が決め手となって逮捕され、最近出所したばかりの元作詞家・沖圭一郎に容疑がかけられる。沖はアリバイを主張するが、ベテラン刑事の荒牧とその相棒である御影が捜査の末にそれを崩すことに成功。すると、沖は列車に身を投げ、自ら命を絶ってしまうのだった。後味の悪さは残ったものの、容疑者の死によって事件は幕を閉じたかにみえた。だが、その矢先、新たな証言によって沖には鉄壁のアリバイがあることが証明される。彼はなぜ身の潔白を証明できる本当のアリバイを主張せずに死を選んだのだろうか?
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笹沢左保には改題癖があり、複数のタイトルが存在する作品が少なくありません。本作も『後ろ姿の聖像』『もしもお前が振り向いたら』『魔の証言』という3つのタイトルを経た末、最終的にその内2つを統合して現在の形となっています。それ故か知名度はいまひとつですが、その面白さは80年代の笹沢ミステリーのなかでも屈指です。トリックこそ小粒ではあるものの、王道的なアリバイ崩しとみせかけて中盤から事件の様相が一変するというプロット上の面白さがあります。そして、刑事たちの丹念な捜査の末に、わずかな違和感を足がかりにして真相へとたどり着くプロセスが見事です。また、自殺した作詞家の歌詞が事件とリンクしていくつくりが秀逸で、皮肉な展開が物語における絶妙なアクセントとなっています。さらに、ベテラン刑事と若手刑事のコンビも魅力的に描かれており、ミステリーとしてのみならず娯楽作品としてもそつのない作りです。



アリバイの唄(1990)
38歳の夜明日出夫は3年前まで警視庁捜査一課の警部補だったが、今では孫悟空タクシーのドライバーを務めている。ある夜、彼は一組のカップルを乗せるも、その3週間後に女性の方が殺される。やがて、容疑者として美貌の女が浮かび上がるが、彼女は夜明の幼なじみだった。しかも、彼女には犯行時刻に逗子の豪邸にいたという鉄壁のアリバイがあり…。
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土曜ワイド劇場の看板シリーズとして24年間に渡って放映された『タクシードライバー推理日誌』。本作はその原作小説・夜明日出夫の事件簿シリーズの第1弾です。ドラマは人情ミステリーの色が濃かったのに対して、小説の方はアリバイ崩しを中心としたバリバリの本格ミステリに仕上がっています。なかでも、本作におけるアリバイトリックの壮大さには誰もが思わずのけぞるのではないでしょうか。とはいえ、あまりにも壮大すぎて費用対効果のバランスが取れていないのも確かです。どちらかと言えばバカミスの類いでしょう。しかし、本作が発表された1990年は新本格ブームの只中です。そんな時代に旧世代に属するベテラン作家が新本格の若手に負けない稚気に満ちた作品を発表していたことに驚かされます。完成度は決して高いとはいえないものの、著者の本格愛を知るためには押さえておきたい1本です。
アリバイの唄 (講談社文庫)
笹沢左保
講談社
2021-02-19


流れ舟は帰らず 木枯し紋次郎ミステリ傑作選(2018)
幼なじみの身代わりとなって殺しの罪で島送りとなった紋次郎が島抜けに参加しながら事件の真相を追う「赦免花は散った」、凶漢に刺された老商人の願いを聞いた紋次郎が彼の息子を探す途上で橋の架け替え事業を巡る不正に気付く表題作、足抜けした女郎が次々と変死を遂げていく「笛が流れた雁坂峠」、など全10編収録。
◆◆◆◆◆◆
1972年から73年にかけて放映され、大人気を博したテレビドラマ『木枯らし紋次郎』のイメージからその原作小説も典型的な旅またものだと思われがちですが、実際は著者の持ち味を存分に活かしたミステリ色の強いエピソードも数多くあります。そのなかでも選りすぐりの作品を集めたのが本作です。どれもレベルの高いものばかりですが、特に、二転三転の末にすべての謎がきれいに解けていく表題作の完成度は頭ひとつ抜けています。また、「赦免花は散った」「女人講の闇を裂く」「鬼が一匹関わった」などもどんでん返しが楽しめる好編です。その他の作品にもすべてミステリとしての仕掛けが施されており、これ1冊で本格ミステリとハードボイルドの骨格を有した異色時代劇の世界をたっぷり堪能することができます。




昭和のひとり新本格笹沢左保傑作選ー夜の街とタクシー

最新更新日2024/03/04☆☆☆

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SFが読みたい!2024
対象作品である2022年11月1日~2023年10月31日発売の国内SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素の絡まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されずらいので傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
SFが読みたい!2024年版
早川書房
2024-02-09



SFが読みたい!国内版 最終予想(2024年1月20日)

1位.禍(小田雅久仁)
本を食べると食べたページに書かれていたことが体験できる「食書」、全裸の男が出現した電車の中で周囲の乗客も次々と服を脱ぎ始める「裸婦と裸夫」、鼻を育てる「農場」、他人の耳の中に潜り込んで人間を操る「耳もぐり」、髪を神として崇める宗教団体が世界を征服する「髪禍」等、全7編を収録。
奇想に満ちた短編集。ジャンル的には幻想ホラーに近いですが、行間から立ち上ってくる禍々しさが尋常ではありません。特に、発想の独創性や狂気じみた文章に結末の見事さと隙のない「食書」が絶品。また、読んでいてゾッとする「髪禍」や読者の身体感覚を大いに刺激する「農場」なども秀逸です。
禍
小田雅久仁
新潮社
2023-07-12


2位.走馬灯のセトリは考えておいて (柴田勝家)
元バーチャアイドルが敢行するこの世からの卒業ライブの舞台裏を描いた表題作、神社の神事だった福男を決めるマラソン大会が新型コロナの影響でVR化して独自の進化を遂げる「オンライン福男」、ある東洋美術学者が信仰が質量を持つとの持論を展開する「クランツマンの秘仏」など、全6編収録。
奇想に満ちた短編が揃っていますが、なかでも書き下ろしの表題作が秀逸。VR技術によって故人となったアイドルがファンのもとに再臨するエピソードなどぐっときます。一方、「オンライン福男」や「姫日記」などは著者のユーモア感覚が存分に発揮された快作です。その他も発想がユニークな良作揃い。


3位.わたしたちの怪獣(久永実木彦)
妹が父親を殺してしまったので高校生の姉は父の死体を怪獣が暴れている東京に棄てることを思いつく表題作、カルト人気を誇るZ級ホラー映画の上映中に街にゾンビが出現したので映画を観に来た面々は映画館に籠城しようとする「アタック・オブ・ザ・キラー・トマトを観ながら」など全4篇収録。
『七十四秒の旋律と孤独』で注目された著者の短編集です。ゾンビ・吸血鬼・怪獣などをモチーフにした作品は一見B級っぽくて楽しげですが、内容は意外とヘビー。みな人生に絶望しており、それをオタク的な設定で描いている点が独自の味わいとなっています。シュールな情緒性に満ちた異色傑作です。
わたしたちの怪獣 (創元日本SF叢書)
久永 実木彦
東京創元社
2023-05-31


4位.AIとSF (編集:日本SF作家クラブ/作:長谷敏司、高山羽根子、柞刈湯葉・他)
AI技術の爆発的な進歩によって大阪万博に用意した展示物がどんどん陳腐化していく「準備がいつまで経っても終わらない件」、亡くなった恋人の人格を彼女のSNS情報から再現する「AIになったさやか」、誤情報を出力してしまうAIをいかに矯正するかを描いた「Forget me, bot」など全22編収録。
『ポストコロナのSF』『2084年のSF』に続く近未来SFアンソロジーの第3弾。今作はAI進化のカンブリア大爆発ともいえる現実を前にしての発売であり、より身近に感じられる内容になっています。特に抱腹絶倒の「準備がいつまで経っても終わらない件」などは本当にありそうで困ります。


5位.ときときチャンネル 宇宙飲んでみた (宮澤伊織) 
十時(ととき)さくらは穀潰しの天才科学者・多田羅未貴と同居していたが、あるとき、未貴の研究や発明を配信で紹介し、生活費の足しにすることを思いつく。第1回は、5%の既知物質、27%のダークマター、68%のダークエネルギーからなる宇宙の一部をマグカップに入れて飲むというもので…。
女子2人の掛け合いが楽しくて百合色の強といった点はいかにも宮澤伊織作品です。しかし、ノリは軽くても語っている内容は難解な科学理論であり、そのギャップが異世界ピクニックとはまた違った魅力となっています。小難しいハードSFの世界を気軽に楽しめるという点で初心者にもおすすめです。


6位.アナベル・アノマリー(谷口裕貴)
サイキッカーが生まれるようになった近未来。そのなかでも、アナベルという少女は圧倒的な力を持っており、力業で現実をねじ曲げてしまう。そんな彼女を始末するのは6人の複合人格からなるサイキッカーシステムのSIXだ。しかし、SIXは周囲を瓦礫の山に変える一方で、アナベルは何度でも蘇り…。
少女禍と恐れられ、呪いのような存在のアナベルを巡る全4話の連作短編。悪夢のような物語は終末願望を満たすが如き魅力があり、特に破壊のカタルシスを感じさせる冒頭のエピソードは圧倒的な迫力です。後半はややトーンダウンを感じるものの、その濃密な世界観は唯一無二。カルト的な傑作です。
アナベル・アノマリー (徳間文庫)
谷口裕貴
徳間書店
2022-12-08


7位.バイオスフィア不動産(周藤蓮)
完全自給自足の住まい・バイオスフィアⅢ型建築の普及によって人類のほとんどは家に引きこもってしまう。そんななか、ユキオとサイボーグのアレイはバイオスフィアを管理する後香不動産の社員として住民のクレーム対応にあたっていた。しかし、そのクレーム内容はどれも奇妙なものばかりで…。
全5話の連作集。完全閉鎖系の住居というアイディアに加えて、予想外のクレームにいかに対処するかという点にSFとしての面白さがあります。また、法律をはじめとした社会の取り決めが意味をなさなくなったのにそれらが廃止されていないという世界観も秀逸。奇妙な味の終末SFとして読み応えあり。


8位.シュレーディンガーの少女(松崎有理)
例外なく65歳で死が訪れるようにプログラムされた世界で64歳の女性が孤児を拾う「六十五歳デス」、太った人間はテレビスタジオで公開デスゲームをやらされる健康至上主義の世界を描いた「太っていたらだめですか?」、数字の使用を禁じられた異世界に転生する「異世界数学」など、全6編収録。
少女とデストピアがテーマの短編集。ワンアイディアを徹底的に突き詰めていく作風が印象的で、特に、絶滅した秋刀魚の味を自由研究で再現しようとする「秋刀魚(さんま)、苦いかしょっぱいか」と数字が禁じられた世界を細部まで描き切った「異世界数学」が秀逸。読みやすい文章も好印象です。
シュレーディンガーの少女 (創元SF文庫)
松崎 有理
東京創元社
2022-12-12


9位.ドードー鳥と孤独鳥(川端裕人)
全国紙の科学記者である望月環はカリフォルニアで幼なじみのケイナと20年ぶりの再会を果たす。科学者となった環はゲノム編集技術を用いた脱絶滅の研究に取り組んでいるという。そんな彼女に触発された環は江戸時代に日本の長崎に来ていたというドードー鳥の行方を追う旅へと乗り出すが…。
前半はノスタルジックな物語として読み応えがあるものの、SF要素はなし。本番は絶滅動物を巡る研究や調査に焦点が当てられる中盤以降です。ノンフィクションかと勘違いしそうなディテールの細やかさが魅力的で、科学による絶滅種の復活という今日的なテーマには色々と考えさせられます。
ドードー鳥と孤独鳥
川端裕人
国書刊行会
2023-09-18


10位.回樹(斜線堂有紀)
死体を呑み込む謎の巨大物体・回樹を巡る女性同士の歪な愛を描いた「回樹」「回祭」、骨の表面に文字を刻む技術が思わぬ思想を生む「骨刻」、人間の死体が腐らず燃えず生前の姿を維持し続ける「永遠」、19世紀ののニューヨークな現れた宇宙人が黒人と白人の融和を果たす「奈辺」など6編収録。 
女性同士の愛、映画への愛、死者への愛、人種差別を超えた愛など様々な愛の形をSFとして描いた短編集です。思いもよらない独創的な設定が素晴らしく、それによってそれぞれの愛が鮮烈に浮かび上がってきます。特に、凡百の百合ものとはひと味違う「回樹」&「回祭」の愛と死の物語が強烈。
回樹
斜線堂 有紀
早川書房
2023-03-23


11位.かくも親しき死よ〜天鳥舟奇譚 (壱岐津礼)
恐るべき力を持つ邪神クトゥルフが復活の時を迎えようとしていた。それを予見していた地球の神々はクトゥルフやその眷属を迎え撃とうとする。だが、闘いには自分たちの器となる人間、すなわち牧童が必要だった。平凡な日常を過ごしていた若者たちはやがて、神と邪神の戦いに巻き込まれ…。
クトゥルフ殲滅を掲げて世界各国の英雄や神々が集結する展開にワクワクします。特に、頂上決戦ともいえる邪神クトゥルフと日本神話最恐女神イザナミノミコトのドリームマッチは必読です。一方で、そうした壮大なスケールの戦いと対比するかの如く描かれる若者たちの日常パートも魅力的。


12位.星の航海者1: 遠い旅人(笹本祐一)
冷凍睡眠を用いて長きに渡り宇宙を旅している恒星記録員のメイア。彼女の半生は人類の宇宙進出史そのものだ。一方、人類が初め太陽系外で開発に成功した惑星・ディープブルーで暮らす惑星記録員のミランダは宇宙酔いが克服できず地上勤務に甘んじていたが、ある時、メイヤのアテンダを命じられ...。
星のパイロットシリーズのキャラも登場する番外編的作品。大宇宙を旅をするのにワープなどの超科学的な手段に頼らず、冷凍睡眠という比較的リアルな方法に徹し、また奇想天外な物語ではなく、技術や医学的な問題を中心に描いている点にハードSFとしての面白さがあります。今後が楽しみな良作です。
星の航海者1 遠い旅人 (創元SF文庫)
笹本 祐一
東京創元社
2023-03-30


13位.コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝 (林譲治)
ドルドラ星系の荒れ果てた惑星・シドンで空を漂っている恒星間宇宙船が発見される。この星にはもともとヒューマノイドの知的生命ビチマが存在していたのだが、150年前に入植した人々によって奴隷のように扱われてきた。彼らの人権回復が図られる最中、ビチマの惨殺死体が発見されるが…。
工作艦明石の孤独・外伝と銘打たれていますが、世界観が同じというだけで物語は全くの別物です。本作は、人類の人種差別の歴史をSFとして描いたものであり、政治・歴史・生態学など、さまざまな蘊蓄を絡めた思索が興味深い。また、ミステリタッチの物語にも引き込まれるものがあらます。


14位.アブソルート・コールド(結城充考 )
生命工学及び情報技術の独占によって見幸市を牛耳る大企業・佐久間種苗は細菌テロの標的となり、100名以上の研究員が犠牲となる。佐久間種苗の内情を探っていた元刑事の尾藤はテロの要因となった機密の存在を知る。一方、少女コチは電気連合組合からある記憶装置の回収を命じられるが…。
まず、3人のメインキャラを始めとする登場人物がみな魅力的。そして、そんな彼らが繰り広げる物語はめまぐるしくも刺激的で、まさにセンスオブワンダーの世界です。サイバーパンクの魅力がぎっりつまっているうえに、ポップな軽さも兼ね備えたており、幅広い層におすすめできる傑作です。
アブソルート・コールド
結城 充考
早川書房
2023-04-25


15位.あなたは月面に倒れている (倉田 タカシ)
人型のスパムが古典的な詐欺の手口を駆使して人の家に入り込んで個人情報や預金を抜き取っていく「二本の足で」、言葉をしゃべる猫としりとりをしながら過去のトラウマと向き合う「おうち」、タイポグラフィを駆使した実験小説「夕暮にゆうくりなき声満ちて風」など、全9編収録。
円城塔推薦というだけあって実験的な作品がずらりと並んでいます。ナンセンスで突飛な設定から始まる物語はイマジネーションを刺激される一方で、社会風刺なども盛り込まれ、さまざまな楽しみ方が可能です。ただし、起承転結がきっちりとした物語が好きな人にはとっつきにくいかもしれません。


16位.標本作家(小川楽喜)
西暦80万2700年。人類はすでに滅亡し、地球は玲伎種(れいきしゅ)と呼ばれる知的生命体によって支配されていた。多くの面で人類を凌駕する玲伎種だったが、唯一芸術だけは人類に劣るとされていた。そのため、”終古の人籃”という施設を設立し、蘇生した文豪たちに小説を執筆させていたのだが...。
第10回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作品。『サロメ』や『フランケンシュタイン』の作者をモデルとした文豪たちを文人十傑として復活させ、創造の探求と挫折を描いていく物語は小説好きの人間にとってはそそられるものがあります。ただ、そこで語られる文学論などがやや凡庸なのが惜しいところ。
標本作家
小川 楽喜
早川書房
2023-01-24


17位.ダイダロス(塩崎 ツトム)
1973年。文化人類学者アラン・スナプスタインと医師のベン・バーネイズはアマゾンの奥地へと進んでいく。残酷な人体実験を繰り返したナチスの生物学者ヨシアス・マウラーの居場所を突き止めるためだ。途中で日系人の青年ヒデキと出会った彼らはある月の夜に奇怪な刺青をした少女を目撃すが...。
第10回ハヤカワSFコンテスト特別賞。ナチハンターやマッドサイエンティストといった昔のB級映画のノリが楽しい。テンポは遅めですが、細部までよく練り込まれたマジックリアリズムの佳品です。
ダイダロス
塩崎 ツトム
早川書房
2023-02-21


18位.WALL (周木律)
日本の北方で船や飛行機が突如消息を絶つ。自動運転によって空港に着陸した機体もあったが、乗客乗員の姿はどこにもない。原因は長さ数千キロにも及ぶ半透明の壁。それに触れると人間だけが消えてしまうのだ。日本列島に迫る壁に対して、日本政府は科学者を集めて善後策を協議させるが...。
『日本沈没』のような未曾有の危機を描いたパニックSF小説です。女性科学者、新聞記者、迫る壁から逃げ惑う単身赴任の男性をメインに末、未曾有を災厄をテンポ良く描いています。壁を巡る謎やそれぞれの視点で描かれるドラマはよくできています。それだけに結末のあっけなさがやや残念。
WALL (角川文庫)
周木 律
KADOKAWA
2023-04-24


19位.そして、よみがえる世界。(西式豊)
テレパスという技術により、障害者でも代替身体を遠隔操作して自身の介護を行えるようになった近未来。脳神経外科医の牧野も四肢麻痺に陥りながらもテレパスを駆使して医師であり続けようとする。そんな彼が恩師からの依頼で少女の視力回復の手術を代行する。だが、その直後から異変が起き…。
第12回アガサ・クリスティー賞大賞。前半はVRやロボット工学と統合した近未来の医療技術がディテール豊かに描かれ、興味深く読むことができます。また、不可解な事件をホラー的に描き、ゾッとさせられます。なにより、ミステリ的な事件をSFのガジェットを用いて解き明かしていく手管が見事です。
そして、よみがえる世界。
西式 豊
早川書房
2022-11-16


20位.トゥモロー・ネヴァー・ノウズ(宮野優)
殺された娘の敵を討つために母親の私は犯人が入院している病院へ向かう。そして、足を折って動けないない彼をめった刺しにするのだった。だが、時は巻き戻り、私は再び犯行当日の朝を迎える。何度殺してもリセットされ、果たされることのない復讐。しかし、あるとき転機が訪れ…。
ループをテーマにした連作集です。全5話が収録されていますが、ベストは第1話の「インフェルノ」。単純なループものと思わせてからの仄暗い爽快感を感じさせる逆転劇が秀逸です。一方、第2話の「ナイトウォッチ」でJKの視点から世界の変容を描いており、ラブコメ風味な味わいが楽しい。


21位.NOVA 2023年夏号 (編集:大森望 /作者:池澤春菜、斜線堂有紀、高山羽根子・他)
どんなに努力しても1グラムたりとも痩せない女性がネットでアドバイスを募った結果とんでもない事実が判明する「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」、豪華客船で起きた殺人事件の犯人を名探偵が指摘するも時間がループして永遠に惨劇が繰り返される「ヒュブリスの船」など、全13編収録。
女性作家の作品を集めたアンソロジー。いずれも読み応えありですが、なかでもユーモアたっぷりの「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」と悪夢の地獄巡りを見せられる「ヒュブリスの船」が強烈。また、調書形式の「刑事第一審訴訟事件記録 玲和五年(わ)第四二七号」もSFリーガルとして印象的です。
NOVA 2023年夏号 (河出文庫)
河出書房新社
2023-04-05


22位.工作艦明石の孤独(林譲治)
突如ワープ航法が不能となり、宇宙の孤児と化したセラエノ星系150万の民は異星知性体のコミュニケーションを図りつつ、新たな文明の形を模索していく。一方、工作艦明石の椎名ラパーナも知性体イビスとのファーストコンタクトを展開していく。そして、未知の技術だったワープ航法の真実が…。
ワープ航法とファーストコンタクトをテーマにした本作は謎が謎を呼ぶ展開に読んでいてワクワクします。ただ、広げた風呂敷をたたむために最終巻がバタバタしてしまった感があります。特に、ワープ航法の謎が十分に解明できておらず、消化不良気味だったのが残念。非常に惜しい作品です。

23位.ヘルメス (山田宗樹)
2029年。巨大な小惑星が地球に接近し、あわや衝突という危機に見舞われる。その体験は人類に強烈なトラウマを植え付けた。人々は再びの危機に備えて地下3000mに巨大シェルターを建設し、そこでの生活実験が行われる。だが、実験終了直前に、被験者たちは地上に出たくないと抵抗を始め...。
近い将来、実際に起こりそうな問題を平易な文章でテンポ良く描いており、謎めいた展開も相俟ってぐいぐい引き込まれていきます。ただ、その分、テンポが速すぎて駆け足になっている感もあり。思わぬ展開に驚かされる一方、解明されていない謎があるなど消化不良な面もあり、好みの分かれるところ。
ヘルメス
山田宗樹
中央公論新社
2023-08-21


24位.「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門 (冬木糸一)
AI・メタバース・気候変動など、現代を生きる我々が未来を考えるうえで重要なトピックスをピックアップし、それらに関連した本を紹介していくというスタンスのガイドブックです。ただ、SFが未来を知るための教養だというのは飛躍がすぎると感じる人がいるかもしれません。しかし、本書ではノンフィクションも紹介することでSF小説と現実の橋渡しをしている点が上手いところです。本文も分かりやすい文章で書かれており、個々の作品の魅力がストレートに伝わってきます。本書のコンセプトに対する賛否を別にすれば誰にでも勧めやすい、良質のガイドブックだといえるでしょう。


25位.ヨモツイクサ (知念実希人)
北海道旭川にアイヌから黄泉の森と呼ばれて恐れられた禁域があった。その一帯を大手ホテル会社が開発を始めたところ、作業員が行方不明になってしまう。しかも、現場には獣による蹂躙の痕跡が残されていた。一方、実家が禁域の近くにある外科医の佐原茜は7年前に家族が忽然と消える事件に遭遇し...。
著者初のバイオホラー。前半のヒグマの話だけでもなかなかの面白さですが、そこからさらなる恐怖へと突き落としていく2段構えのの構成が見事です。また、二転三転する展開の末に衝撃的などんでん返し繋げる手管はミステリー作家ならでは。ただ、グロテスクな描写が苦手な人は要注意です。
ヨモツイクサ
知念実希人
双葉社
2023-05-17


26位.無限の月(須藤古都離)
睡眠中の脳を繋げて生体コンピューターとして用いる技術を確立させたIT経営者。その彼が別居中の妻の元を久しぶりに訪ねてきた。ところが、妻はすぐに違和感を覚え、目の前にいる男性が夫ではないことに気が付く。すると、夫そっくりな男は自分の身の上に起きた出来事を語り始めるが…。
最新アプリによって他人の記憶が流れ込み、自分自身が失われていく展開は大いに読み応えあり。ただ、壮大な物語を期待したら登場人物の身の回りの話だけで完結してしまったのには肩透かし感も。エピローグはなかなか壮大なのですが、SFとしてはそこをじっくりと描いてほしかったところ。
無限の月
須藤古都離
講談社
2023-07-11


27位.大阪SFアンソロジー:OSAKA2045(北野勇作、牧野修・他 )
夢洲の科学館でロボットの澪標ミオとコンビを組んで子供向け科学ショーを行っているサイエンスコミュニケーターが人間とロボットのあるべき関係を模索する「みをつくしの人形遣いたち」、荒野と化した夢洲を舞台に2人の女がDV男たちを叩きのめす「復讐は何も生まない」など、全10篇収録。
大阪にゆかりのある作家10人が2045年の大阪を描いたSFアンソロジーです。まずなんといっても、ロボットの澪標ミオが可愛く、お仕事小説としての魅力を前面に押し出した「みをつくしの人形遣いたち」が面白い。また、牧野修らしいバイオレンスが炸裂する「復讐は何も生まない」も秀逸です。
大阪SFアンソロジー:OSAKA2045 (Kaguya Books)
藤崎ほつま
Kaguya Books
2023-08-31


28位.祝福(高原英理)
批評家の手によよってまるで実在している書籍の如く語られる架空の小説、自傷行為を繰り返しながらネットに言葉を流す少女、あるブログの言葉を聖典として誕生した宗教などなど。ー「私は満ち足りているけど不要なものがひとつある。それは自分の心」その言葉から紡がれていく9つの物語。
状況説明を極限まで省き、言語の持つイマジネーションの連なりで物語を紡いでいったような極めて実験職の強い作品です。一種の言語SFであり、一作ごとに肌触りの全く異なる物語世界が構築されている点が大きな読みどころとなっています。反面、話の盛り上がりを期待すると肩すかしかも。
祝福
高原 英理
河出書房新社
2023-07-25


29位.水都眩光 幻想短篇アンソロジー(高原 英理、石沢麻依、吉村萬壱・他)
蔵の整理中に仮面を被った人々が住む東欧の都市・ラサンドーハの物語を記した文書を見つける「ラサンドーハ手稿」、出張先で車に乗り合わせた奇妙な若者との道中記「茶会」、  友人の妹の葬儀のために赴いた廃墟の街で同じ顔をした6人の妹に出会う「マルギット・Kの鏡像」など、全9編収録。
文学界2023年5月号に掲載された幻想短編特集12編のなかから9編を収録したアンソロジー集です。幻想小説と一言でいっても、その内容は王道的な幻想譚から身の回りのちょっと不思議な話までバラエティに富んでいます。なかでも、独特の語り口に引き込まれる「ニトロシンドローム」が印象的。
水都眩光 幻想短篇アンソロジー
谷崎 由依
文藝春秋
2023-09-25


30位.夜勤~夜に産まれた者だけが戦う世界~(友浦乙歌)
生まれた時間帯によって運命が大きく変わる世界。昼間に生まれた者は一般人として生活できるが、夜に生まれた者は日光が猛毒となり、夜にしか生きられないのだ。そのうえ、彼らは夜に街に出没する死獣と戦う義務を負わされる。その一人である滝本一琉はある日、謎の少女との出会い...。
オリジナリティの高い練りこまれた世界観にぐいぐいと引き込まれていきます。死獣との戦闘シーンも臨場感たっぷりで登場人物も魅力的です。そのなかでもイチオシは委員長こと寺本和美。彼女の演説は読むもの胸を打ちます。ハードボイルドタッチのSF作品として完成度の高い佳品です。



その他注目作36

31.京都SFアンソロジー:ここに浮かぶ景色(井上彼方 、千葉集・他)
1945年に京都が一夜にして消失してから数十年のちに存在しないはずの京都を視たという人々が現れる「京都は存在しない」、聖地を巡って観光視点とそこで生きる人々の視点を対比させた「聖地と呼ばれる町で」、本来の価値を失った舘間を巡る考察を描いた「立看の儀」など全9編収録。
京都ゆかりの作家による京都SFアンソロジーです。はっきりいって玉石混淆の感が強く、出来不出来に大きな差があります。そのなかでは存在さない京都を巡る複雑な設定をコンパクトかつ分かりやすくまとめた「京都は存在しない」、独自の京都論が印象的な「聖地と呼ばれる町で」などが秀逸。



32.ツインスター・サイクロン・ランナウェイ 3 (小川一水)
新天地を求めて故郷の巨大ガス惑星を飛び出したテラとダイは脱出船に新居を構えてしばらく甘い生活を満喫していたが、すぐにさまざまな困難に直面する。想定外のトラブルに対し、宇宙漁師の技術を活かして一つずつ乗り越えていく彼女たち。やがて、旅の果てに明かされる衝撃の事実とは!?
シリーズ第3弾。超大型宇宙船都市や個体惑星などの個性豊かな星系を巡りながら、本作の世界観が掘り下げられていくのがSFとして読み応えがあります。それに、百合小説ならではのヒロイン2人のイチャイチャもたっぷり堪能できます。そして、衝撃のラスト。次巻の展開が非常に気になります。


33.マイ・リトル・ヒーロー(冲方丁)
暢光は底抜けのお人好しで騙されてばかり。ついに妻から離婚を宣言され、中2の息子と小3の娘とはオンラインゲームが唯一の交流の場となっていた。そんなある日、息子が交通事故に遭い、意識が戻らなくなってしまう。悲嘆に暮れる暢光だったが、彼の元にゲーム内から息子のメッセージが届き....。
ゲーム内に閉じ込められた息子を救出するために家族が団結するというSFホームドラマ作品です。登場人物が皆生き生きと描かれており、特に、お人好しの主人公と凶暴で可愛らしい小3の娘が印象的。目的に向かって協力し合うことで家族の絆を取り戻すという展開がベタながらも読ませます。
マイ・リトル・ヒーロー (文春e-book)
冲方 丁
文藝春秋
2023-03-24


34.マルドゥック・アノニマス 8(冲丁)
オクトーバー社への集団薬害訴訟が開始、ハンターが市議会議員選に出馬する中、マルセル島の抗争がマルドゥック市全域を揺るがす。それはマフィアの抗争に偽装したハンター陣営の一大攻勢だった。エンハンサー同士の激戦が繰り広げられる中、バロット達は次第に窮地へ追い込まれていくが…。
冒頭の登場人物紹介の数がとんでもないことになっており、彼らが入り乱れての異能力バトルは圧巻の一言です。山田風太郎の忍法帖も真っ青といった感じですが、あまりにも数が多くて誰が誰だか分からないといった弊害も。バトルの連続は逆にそれが単調にも感じられ、繋ぎ回といった趣も…。


35.領域 イックンジュッキの棲む森(美原さつき)
大学院で霊長類学を研究する季華は調査隊の一員としてコンゴの密林を訪れる。道路の建設予定地がボノボの生息地にあたるため、彼らに悪影響を与えないか確かめるためだ。だが、その途中でボノボより遙かに大きな猿の腕を発見し、続いて調査地付近の村で人々が何者かに惨殺されるが…。
第21回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作。自然保護のスタンスを巡って仲間同士がいがみ合う前半の展開はあまり気持ちの良いものではありませんが、猿の群れが調査隊を襲撃する後半はパニックホラーとしてよく出来ています。新種の猿の生態や習性も独創的でユニーク。


36.秋雨物語(貴志祐介)
美晴は社員旅行で一泊した朝に偶然、男性社員の青田好一と二人っきりになる。彼は美晴との会話のなかで、自分はどちらかといえば女性に好かれるたちなのにも関わらず、33歳になるまで一度も恋人ができずにいる事実を告白する。しかも、占い師によると、その原因が前世にあるというのだが…。
上田秋成の『春雨物語』をモチーフにした全4編のホラー短編集。それぞれ独創的な切り口が素晴らしく、思わず引き込まれていきます。ただ、ホラー度はあまり高くなく、オチも少々弱め。そのなかにあって、ブラックな結末にゾッとさせる「フーグ」とシュールな味わいの「餓鬼の田」が読み応えあり。
秋雨物語 (角川書店単行本)
貴志 祐介
KADOKAWA
2022-11-29




37.裏世界ピクニック 8 共犯者の終り(宮澤伊織)                                                             
個室付きの居酒屋で鳥子の誕生日を祝った空魚は、その帰り道に彼女から「空魚が好き」と告白される。返答に詰まる空魚に対して鳥子は「一週間待つからそのとき答えを聞かせて」と告げるのだった。どうしていいかわからない空魚は偶然大学の学食で会ったゼミ仲間の紅森に相談を持ちかけるが...。
シリーズを通して描かれていた異世界の怪異譚ですが、本巻ではそうした要素は背景にとどまり、ひたすら空魚と鳥子の関係性に焦点が当てられています。SFホラーとしての異世界ピクニックを期待した人には肩すかしですが、異世界ピックニックを百合小説として読んでいる人には必読の傑作回です。





38.現代SF小説ガイドブック 可能性の文学(監修:池澤春菜)
声優界随一の読書家で第20代日本SF作家クラブの会長も務めた池澤春菜監修のガイドブック。旬の作家から黎明期の巨匠まで国内外それぞれ50名のSF作家が網羅されています。SF初心者が本を選ぶ指針としてもマニアが未読作家のチェックをするのにも利用できるセレクションは申し分ないのですが、ライターによって記事の質が違いすぎるはいただけません。紹介されている作家の作品を読んでみたくなるような熱のこもった解説がある一方でネットで調べたことを丸写しうしたようなものが混在しているのはなんとかならなかったのでしょうか。


39.時かけラジオ ~鎌倉なみおとFMの奇跡~(成田名璃子)
1985年。地方局の兼業ラジオDJ・トッシーは放送の終わったラジオ局できまぐれに架空の番組をでっちあげて適当なトークを始める。電源はOFFになっており、誰も聴いていないはずだった。だが、なぜか悩み相談の募集に応じる電話がかかってくる。しかも、相手は令和の世界を生きる人間で....。
1985年のDJトークがなぜか数十年後の世界に届くという設定の青春SFです。トーク中心なのでテンポが良くて非常に読みやすい。そして、悩み相談が物語の中心となるわけですが、違う時代を生きている故のかみ合わない会話が楽しく、そのなかでも真摯にアドバイスをしようとする主人公が魅力的です。


40.パルウイルス (高嶋哲夫)
アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の顧問・カール・バレンタインはバイオ医薬品企業ナショナルバイオのラボを訪れた際にエボラに似た未知のウイルスを発見する。ウイルスは死んでいたが、もし活性化したら大変なことになりかねない。だが、その警告は無視され、ついに感染者が…。
永久凍土が溶けて活動を始めた最強ウイルスが恐ろしい。主要人物がアメリカ人なこともあってハリウッド映画のようなスケール感があり、テンポがよくさくさくと読める点は魅力的です。ただ、あまりにも偶然が多くてご都合主義が目立つ点はいただけません。登場人物も今一つ魅力不足な気が...。。
パルウイルス (角川春樹事務所)
高嶋哲夫
角川春樹事務所
2023-03-02


41.ホワイトデス(雪富千晶紀)
ホオジロザメの目撃が瀬戸内海で相次ぐ。しかも、迷い込んできた3匹はいずれも7メートル級の大物だった。彼らはなぜか外海に出て行こうとはせず、狭い海域で人々を襲い続ける。サメに息子を奪われた漁師が復讐に燃える。一方、環境保護団体に所属する湊子はなんとかサメを救おうとするが...。
『ブルシャーク』に続くサメパニック小説の第2弾。今回は変化球な作りで、サメ襲撃シーンの迫力という点では前作には及ばないものの、代わりに様々な人々の思惑が絡み合う重層的な面白さがあります。沖縄のサメハンター、胡散臭いシャチ使い、新進気鋭の女性准教授など、登場人物も魅力的。
ホワイトデス
雪富 千晶紀
光文社
2023-04-19


42.骨灰(冲方丁)
大手不動産開発企業に勤務する松永光弘は自社の欠陥工事を糾弾するツイートの真偽を確認するべく建築現場の地下へと降りていく。そこで発見したのは謎の祭祀場と穴の中で鎖に繋がれた男だった。男を解放してやるも、彼はその直後に姿を消してしまう。やがて、光弘自身にも異変が起き始め....。
人身御供や呪術を現代の東京を舞台に描いた作品で、リアルな現実社会からオカルトの世界に迷い込んだような感覚にゾッとさせられます。ただ、建設現場の地階巡りをする発端のシーンがピークであり、後半にいくにつれて怖くなくなっていくのが残念。最後はもうひとひねり欲しかったところ。
骨灰 (角川書店単行本)
冲方 丁
KADOKAWA
2022-12-09


43.夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない(和田正雪)
大学に通いながら怪談ライターのバイトをしている大学生の米田は、取材の最中に乃亜という不思議な女性と出会う。彼女は大学院生であり、怪異の起こる場所に赴いては異界に続く道を探しているというのだ。あまりの変人ぶりにうんざりしていた米田だったが、やがて彼女に惹かれるようになり...。
美人だが超変人の乃亜と死んだ魚の目をしている米田のコンビが魅力的で、怪談スポットを取材する2人の掛け合いがなんとも楽しい。後半は一転、シリアスな雰囲気の恋愛ホラーへと移行し、切なさが募ります。ただ、シリアスへの切り替えがやや唐突に感じられ、感情がついていけない面もあり。


44.最果ての泥徒(高丘哲次 )
20世紀初頭の欧州。一族の間で尖筆師の名で呼ばれ、脈々と受け継がれてきた泥徒(ゴーレム)創造技術。その歴史の中でマヤは最も優れた尖筆師だった。しかし、泥徒を完全なる被造物に至らしめるための手がかりである「原初の礎版」が3人の兄弟子とともに消える。マヤは兄弟子たちを追うが...。
ゴーレムという完全なファンタジー要素をリアルな現代史に絡め、「もし現実にゴーレムが存在していたら?」という発想を元に一大叙事詩に仕上げた手管が見事です。文章には風格の感じらると同時に、魅力的な登場人物が躍動するキャラクター小説であり、冒険活劇としても読み応えあり。
最果ての泥徒
高丘哲次
新潮社
2023-09-29


45.6(梨)
両親に連れられてデパートの屋上遊園地を訪れた少女が異世界に迷い込む「ROOFY」、怪談ライターが峠道で奇怪な石塔を目撃する「FIVE by five」、山道の途中でのみ受信できる奇怪なラジオについて語られる「FOURierists」、祖父母が目撃した幽霊が家を侵食していく「TWOnk」など、全6話収録。
一見独立しているエピソードが最後で一つに繋がる連作ホラー。一つ一つが怪談話としてよくできており、読んでいると体の芯が冷えていく感覚におそわれます。そして、最後まで読むと全体像が明らかになっていくわけですが、その練り込まれた構成が見事です。ただ、文章は若干の読みづらさも。
6
玄光社
2023-06-23


46.大江戸奇巌城(芦辺拓)
徳川12代将軍の御代。清の親書奪取の陰謀をつかんだ井伊大老は、遠山金四郎に一味の拠点である奇巌城の場所を特定し、陰謀を阻止せよと命じる。その頃、女であるが故に封印させられた異能を持つ5人の少女が出会う。やがて、彼女たちは天下転覆を企む存在と対峙することになるのだが…。
女性が抑圧されていた時代を背景に少女たちの活躍を描いたシスターフッド伝奇小説。史実を踏まえつつもあえて荒唐無稽に描いた冒険譚が楽しい。著者ならではの社会批評を盛り込みながらもふんだんにユーモアを盛り込んだバランス感覚もグッド。ただ、蘊蓄の多さがテンポを悪くしている面も。
大江戸奇巌城
芦辺 拓
早川書房
2023-01-24


47.賢治と妖精琥珀 (平谷美樹 )
大正12年。ある男が宮澤賢治のもとを訪れる。男は蜻蛉のような生き物が閉じ込められた割れた琥珀を取り出し、閉じ込められているのは妖精であり、片割れの琥珀の力によって不死となった祈禱僧ラスプーチンが奪取を狙っているという。半信半疑ながら賢治はその琥珀を手に樺太へと旅立つが...。
宮澤賢治が樺太を旅した事実に基づいて描かれたファンタジー作品。宮澤賢治がラスプーチンと対決するという奇想天外な物語が繰り広げられるなか、最愛の妹・トシを失った悲しみがバカバカしさを引き締める良いスパイスになっています。ただ、少々説明過多に感じられるのは気になるところ。
賢治と妖精琥珀 (集英社文庫)
平谷 美樹
集英社
2023-08-21


48.空想の海(深緑野分)
滅んだ世界で私と海の関係を描いた「海」、大地に空いた小さな穴から無数の土塊が天に昇っていく土塊昇天現象を巡って学者たちが争う「空へ昇る」互いの言葉が理解できない故にコミュニケーションが取れない4人の子供たちが草木で覆われた家で共に暮らす「緑の子どもたち」、など全11篇収録。
ミステリー・ホラー・児童文学など、幅広いジャンルを網羅した短編集。まず、喪失感と豊饒を同時に感じさせる冒頭の「海」が素晴らしく、「髪を編む」や「空へ昇る」なども巧さを感じます。ただ、『この本を盗む者は』のスピンオフ作品が含まれているため、未読の人は分かりにくいかも。
空想の海 (角川書店単行本)
深緑 野分
KADOKAWA
2023-05-26


49.時を追う者(佐々木譲)
復興の最中にある1949年の東京。陸軍中野学校出身の元破壊工作員・藤堂直樹は歴史学者の守屋淳一郎と物理学者の和久田元から思いがけない依頼をされる。過去に遡る洞穴を発見したのでそれを使って満州事変を阻止してほしいというのだ。藤堂は2人の仲間と共に決死の作戦が挑むが…。
満州事変がなければ日本はどうなったのかという発想にワクワクします。当時の日本の状況が詳細に描かれ、歴史物としても興味深い。ただ、時間SFとしては凡庸で想定の範囲を超えなったのが残念。
時を追う者
佐々木 譲
光文社
2023-05-24


50.さえづちの眼 (澤村伊智)
多くの家族を救ってきた民間の更生施設が何者かに取り憑かれて狂っていく「母と」、少年時代に目撃したUFOの因縁が数十年の時を経て蘇る「あの日の光は今も」、長年にわたって不穏な出来事が続いている名家で不気味な大蛇が目撃されたのちにひとり娘が失踪する表題作の計3編を収録。
中編3作を収録した比嘉姉妹シリーズ第7弾。いずれも母と子をテーマにした中編ホラーですが、歪んだ愛情から立ち上ってくる恐怖にゾッとします。特に、「母と」に登場する“母”の怪異が怪異が強烈。また、母の愛が皮肉な結果を生む表題作もさまざまな仕掛けが施された力作です。


51.近畿地方のある場所について(背筋)
新人編集者が怪談特集のムック本を編集することになる。予算もないことから過去の記事から使える情報を集めようとしたところ、近畿のある地域に怪異譚が集中している事実に気が付く。さらに情報を集め、現場にも取材にいくなかで次第にすべてが一つに繋がっていく。やがて彼は消息を絶ち...。
カクヨムに投稿された作品の書籍化です。物語の大半が過去の記事、インタビュー、ネット情報等で占められており、それによって臨場感とリアリティを高めること成功していますす。そして、そのなかでやばいものの存在が見え隠れしているのが恐ろしい。ただ、怪異の正体はややインパクト不足。


52.ばくうどの悪夢(澤村伊智)
父の地元に引っ越してきた僕は夢で負傷すれば現実でも怪我を負うようになっていた。しかも、父の友人の子供たちもみな同じ現象に苦しめられていたのだ。原因を究明する過程で僕らはオカルトライターの野崎と真琴に出会う。彼らからお守りをもらい、事態は終息したかに思えたが…。
比嘉姉妹シリーズ第6弾。本作は『エルム街の悪夢』のオマージュ作品ということで、どこからが夢で夢か現実かわからない二転三転の展開が大きな読みどころ。ただ、あまりにも目まぐるしいために、ついてこれなくなる人がいるかもしれません。また、凄惨なシーンから始まる冒頭の描写も苦手な人は注意が必要です。夢の恐怖を描きながら人間の嫌な部分をあぶり出していく手管が秀逸。
ばくうどの悪夢 (角川書店単行本)
澤村伊智
KADOKAWA
2022-11-02


53.愛されてんだと自覚しな(河野裕)
千年前に神からの求婚を袖にした女は愛する男と共に輪廻転生の呪いを掛けられる、以後、2人はさまざまな時代で別れと出会いを繰り返しながら現代にたどり着く。しかし、岡田杏として生まれ変わった女は運命の恋人探しを放棄し、ルームメイトの盗み屋・祥子と共に令和の世を謳歌していたが…。
壮大な設定のもとで繰り広げられるドタバタコメディなノリが楽しい作品。最初は隠されていた登場人物たちの思惑が徐々に明らかになっていく展開も読み応えがありますし、意外な真相にも驚かされます。ただ、設定が複雑すぎて理解するのに苦労する点と少々中だるみを感じる点が難です。
愛されてんだと自覚しな (文春e-book)
河野 裕
文藝春秋
2023-05-25


54.最恐の幽霊屋敷(大島清昭)
探偵の獏田夢久は不動産会社を営む旧友から相談を受ける。会社で委託している賃貸住宅に最恐の幽霊屋敷を謳って人気を博している物件があるのだが、その家で洒落にならないほど人が死んでいるというのだ。彼は獏田に対し、幽霊を信じてない君の立場から原因を突き止めてほしいというが…。
冒頭で探偵に依頼が舞い込み、続いて依頼対象である過去の5つ事件が語られます。これがマジで怖い。冒頭の展開こそミステリーのようですが、実際はガチのホラーです。畳みかけるホラー描写にゾッとします。ミステリー要素もなくはないですが、おまけ程度です。少々くどすぎる点が難。
最恐の幽霊屋敷 (角川書店単行本)
大島 清昭
KADOKAWA
2023-07-21


55.一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集(澤村伊智)
階段の踊り場からの飛び降りが自殺が異常に多いマンションについて語られる「名所」、ラブホテルの一室のノートにその部屋での怪異体験が次々と綴られていく「ねぼすけオットセイQ町店301号室のノート」、バイトリーダーが愚鈍なバイト仲間の人生相談に乗る「さきのばし」など、全21篇収録。
著者初のショートショート集。気軽に楽しめるテンポの良さのなかに、ひねりを加えて奥深い恐怖を感じさせてくれる点がさすが澤村ワールドです。特に、どたばたコメディのような物語からまさかの恐怖展開へと繋げていく「さきのばし」が秀逸。文面の変化にゾッとする「保護者各位」なども。
一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集
澤村伊智
宝島社
2023-06-27


56.パライソのどん底(芦花公園)
相馬律は中学までは東京の学校に通うも、家庭の事情で田舎の高校に進学する。そこで転校生の高遠瑠樺と出会う。律は瑠樺のあまりの美しさに息を飲んだ。だが、瑠樺が腹磯緑地に住んでいると知るとクラスの空気が凍り付く。唯一瑠樺と親しくする律だったが、彼の家の玄関に突然花が狂い咲き…。
人魚伝説にBL要素を織り交ぜ、妖しい雰囲気を醸し出すことに成功しています。さらに、それを民俗ホラーとしてまとめ上げた手腕が見事です。恐怖という点ではさほどではないものの、終始立て込める不穏な空気はゾクゾクしますし、人魚の設定を活かしたグロテスクな描写も印象的。
パライソのどん底 (幻冬舎単行本)
芦花公園
幻冬舎
2023-03-08


57.みみそぎ(三津田信三)
作家である僕のもとに旧知の仲の編集者・三間坂秋蔵から古いノートが送られてくる。怪奇マニアだった祖父・萬造が遺したノートが見つかったので読んでほしいというのだ。読むことで災いを呼び寄せるかもしれないと思いながらも一読したぼくはそのあまりにも奇怪な内容に慄然とし…。 
『のぞきめ』に続く5感シリーズ第2弾。今回は怪談の登場人物が別の怪談を語り始め、その登場人物がさらに、といった具合に、数珠つなぎのメタ構造になっいます。そため、読んでいると、闇の中に引きず込まれそうな錯覚を覚えます。ただ、章ごとに書体が変わっていので読みづらい点が難。
みみそぎ (角川書店単行本)
三津田 信三
KADOKAWA
2022-11-25


58.君の教室が永遠の眠りにつくまで(鵺野莉紗)
不気味な灰色の雲に覆われた不思子町に住む小学6年生の遠野葵と落合紫子はクラスメイトに隠れて親交を深めていた。だが、母の死の秘密が新聞で暴露され、激しいイジメにあった紫子はそれを葵の裏切りだと考え、転校してしまう。時を同じくして、町では住人が次々と失踪する怪事件が起きるが...。
第42回横溝正史ミステリ&ホラー大賞優秀賞.。小学時代を描いた第1部の不安感を煽る描写が秀逸で1部終盤で明かされる秘密を含めてよくできています。その後を描いた2部以降は好みのわかれるところですが、女の情念を柱とした猟奇ホラーとして秀逸。一方、ミステリーとしては微妙な点も。


59.聖者の落角 (芦花公園)
病院に忽然と姿を現す黒服の青年は難病に苦しめられている子供たちを次々と治癒していく。だが、その後子供たちは精神に異常をきたし、奇行に走るようになるのだった。佐々木事務所に持ち込まれた同様の相談を調べてみると、土地にまつわる月と観音様が鍵を握っているらしいことが判明するが…。
佐々木事務所シリーズ第3弾。今回は直接的な怖さこそ過去作に劣るものの、異様なことが起きているのにその実態が掴めない不穏さにゾッとさせられます。また、佐々木るみ視点で描かれたことで彼女の弱さが垣間見れたのも新鮮。さらに、超絶イケメンの片山敏彦もいい味出しています。


60.禁じられた遊び ふたたび(清水カルマ)
惨劇から20年。比呂子はすでに亡く、亮次との娘・日菜多は18歳になっていた。そして、亮次もカケラ女に関する調査のさ中にくも膜下出血で急死する。以降、日菜多はさまざまな怪異に襲われる。一方、養父母から虐待を受けていた6歳の少女・乃愛は謎の声に導かれて”ママ”を蘇らそうとするが...。
「禁じられた遊び」「カケラ女」「忌少女」に続く第4弾。ゾッとする恐怖こそ薄れてきたものの、怪異の謎に迫る物語がテンポ良く語られエンタメとして申し分なし。最後の対決も迫力があって読み応え満点なのに加え、シリーズを通しての感動もあります。逆に本作だけ読むと分かりずらいかも。
禁じられた遊び ふたたび
清水カルマ
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2023-06-23


61.ばけもの厭ふ中将 戦慄の紫式部(瀬川 貴次 )
時は平安。今源氏と噂される貴公子・雅平は超奥手な上総宮の姫君や廃屋で逢瀬を重ねる昼顔の君など女性と浮き名を流していた。だが、そんな彼を紫式部の祟りとおぼしき怪異が襲う。それはまるで源氏物語を彷彿とさせた。弱り果てた雅平は怪異好きの友人・宣能に助けを求めるが…。
左近衛中将宣能が主人公を務めるシリーズ『ばけもの好む中将』のスピンオフ作品。雅平が主人公の本作は本編とは異なり、本物の怪異が出現しまくるのが特徴で、それを宣能がバッサリと否定していくという皮肉な構図が面白い。源氏物語にちなんだ事件が続出し、古典の勉強になるのも楽しい。


62.青瓜不動 三島屋変調百物語九之続(宮部みゆき) 
行く当てのない女達のため土から不動明王が生まれる表題作、悲劇に見舞われた少女の執念が悪代官の圧政から家族を守る人形を生む「だんだん人形」、描きたいものを自在に描ける不思議な筆「自在の筆」、身寄りのない子供たちの救いの場になっていた村を大噴火が襲う「針雨の里」の全4話収録。
百物語シリーズ第9弾。怪異譚のなかにこの時代ならではの切なさや理不尽さを盛り込んで泣ける話に仕上げる手管はさすがのうまさです。特に、里全体で孤児を育てル背景がが切ない「針雨の里」には思わず胸が痛みます。また、理不尽な物語のなかに人の優しさが滲み出る「だんだん人形」も印象的。
青瓜不動 三島屋変調百物語九之続
宮部 みゆき
KADOKAWA
2023-07-28


63.いつまで(畠中恵)
噺家の場久の次は火幻医師だった。長崎屋から妖の姿が次々と消えていく。彼らの消息を追って影内に紛れ込んだ若だんなは、一連の出来事が西から来た妖・以津真天の仕業だと知る。大事な友を救わんと果敢に悪夢に飛び込んむ若だんなだったが、目覚めた先はなんと5年先の江戸で…。
しゃばけシリーズ17年ぶり長編。本作はタイムリープものになっており、今までにない面白さを味わえます。また、不気味な妖・いつまでが存在感を放つ一方で、ほんわかした優しい雰囲気は健在。後半はテンポもよくなり、先の展開が気になって手に汗握ります。安定の面白さです。


64.七人怪談(編・三津田信三/作・加門七海,、菊地秀行、澤村伊智・他)
少女が体験したという怪談話が雑誌に投稿されたことで新たな怪談が誕生する「サヤさん」、旅の武士が立ち寄る先々で奇怪な事態を引き起こす「旅の武士」、転職先で体験した怪異譚を綴った「会社奇譚」、久々に訪れた無人の実家に何者かの気配がたちこめる「何も無い家」など、全7編収録。
最も怖いと思う怪談を持ち寄ったアンソロジー作品。いうほど怖くはありませんでしたが、王道的な怪談話が現実を浸食していく「サヤさん」にはソッとしました。また、転職にまつわる怪談を軽妙に語る「会社奇譚」は怖いというより面白い。他に、「貝田川」、「旅の武士」のども読み応えあり。
七人怪談 (角川書店単行本)
福澤 徹三
KADOKAWA
2023-06-21


65.ホーンテッド・キャンパス 黒い影が揺れる (櫛木理宇) 
オカ研の森司とこよみがバレンタインデーを一緒に過ごすはずだった店を休業に追い込んだ怪異の謎に迫る「ショコラな恋人たち」、元銀行員の老人が黒い影の怪異に取り憑かれる「あなたのマグネット」、半世紀前に恋人と山に入りるも記憶を失い一人帰ってくる「かどわかしの山」の3話収録。
シリーズ第21弾。「ショコラな恋人たち」は主人公とヒロインの仲がようやく進展をみせ、ほのぼのとした雰囲気を堪能。一方、「かどわかしの山」は非常に胸くそが悪く、その温度差に風邪を引きそうです。全体的にはややマンネリですが、そのマンネリズムが安定した面白さに繋がっています。


66.ポイズン・リバー 異形の棲む湿地帯(阿賀野たかし)
菊崎鷹彦はエアボート操縦士で警察の水上任務のバックアップといった危ない仕事も引き受ける元自衛官。彼はある日、異様な光景を目撃する。人間の死体に大型の巻き貝が何十体も群がり、細い管を刺していたのだ。鷹彦は猛毒巻き貝の裏に潜む陰謀に立ち向かうが…。
『この文庫がすごい!』大賞受賞。猛毒を持つ巻き貝の恐怖を描いたバイオホラーかと思いきやそこまで貝は活躍せず。メインは主人公と陰謀のために毒貝の研究している組織との闘いにあり、どちらかといえばB級アクション映画に近いノリです。気軽にエンタメ小説を楽しみたい人にはおすすめ。



チェック漏れ作品

グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船(高野史緒)
 茨城県土浦市で高校に通う藤沢夏紀には、幼い頃に同じ年頃の少年と一緒に飛行船グラーフ・ツェッペリン号を見上げた記憶があった。一方、飛び級で東大に進学した北田登志夫もまた過去に少女と飛行船を見上げた記憶を有していた。やがて、2人は互いが並行宇宙の住人であることを知るが...。
パラレルワールドをテーマにしたボーイミーツSFです。物語は夏紀パートと登志夫パートが交互に語られていき、本来別々のはずの世界が絡み合っていく展開がスリリング。加えて、少年少女の甘酸っぱくも切ない青春ストーリーが絶妙なスパイスになっています。読む者の心を揺さぶる傑作です。


黄金蝶を追って(相川英輔)
 店長の発注ミスをきっかけに本部がコンビニにAIを導入しようとする「星は沈まない」、買ったばかりのマンションに幽霊が出現してそのまま同居を余儀なくされる「ハミングバード」、水泳選手が日曜と月曜の間に誰もいない空白の1日を持っている「日曜日の翌日はいつも」など、全6話収録。
日常のちょっとした不思議が描かれており、ある種の懐かしを感じさせてくれる短編SFです。日常生活を非日常が侵食していく際のアイディアが素晴らしく、簡潔な文章と後味の良い読後感が好印。ちなみに、著者の作品はすでに英語圏で高い評価を得ており、本作は逆輸入という形になっています。
黄金蝶を追って (竹書房文庫)
相川英輔
竹書房
2023-07-31


奇病庭園(川野芽生)
妊娠すると翼が生え、飛んで赤子を産み落としていく世界。森の木に落ちた赤子は鉤爪を持つ者たちに助けられ、やがて天使総督〉となった。一方、池に落ちた赤子は文書館から逃げだした若い写字生だった。赤子に金のペン先をくわえさせて養ったところ、それが連続殺人事件の発端となり...。
奇想天外な物語がひたすら繰り返されていきますが、詩のように紡がれる物語はとりとめがないうえに難解で頭を抱えたくなります。しかし、それぞれの物語は少しずつ繋がっており、それに気が付くとイメージの連鎖によって一気に惹き込まれていきます。イメージの奔流に溺れそうな異色作です。
奇病庭園 (文春e-book)
川野 芽生
文藝春秋
2023-08-04


オーラリメイカー〔完全版〕(春暮康一)
銀河の端に位置する星系で惑星の軌道を変えるほどの超テクノロジーの使用が確認されるも文明の痕跡が何一つ見つからない表題作、辺境の惑星で貴重な環境資源となっていた彩雲と呼ばれる雷のような現象の正体に迫る「虹色の蛇」、衛星人の呪いの謎に挑む「滅亡に至る病」の3編を収録。
同名中編集を大幅加筆し、新作「滅亡に至る病」を加えた完全版。いずれも未知の生命体とのファーストコンタクトが主題であり、想像力と科学的知見の粋を集めて描かれたその正体はハードSFの魅力に満ちています。ただ、表題作における視点が多い故の読みづらさは好みの分かれるところです。


幽玄F(佐藤究)
幼い頃より空を自在に飛ぶジェット機に憧れを抱いていた易永透は、航空自衛隊に入隊し、最新鋭であるF-35Aのエースパイロットにまで上り詰める。しかし、ある悲劇が彼を襲い、戦闘機に乗れなくなってしまう。その後、航空業界を転々としながら、彼は超音速領域の空への回帰を夢見るが…。
2030年代を舞台にした近未来小説ですが、SFというよりは主人公の魂の彷徨を描いた文学色の強い物語となっています。とはいえ、戦闘機による超音速領域下での飛行描写はSFチックかつスリリングで読み応えありです。特にラストシーンは神秘的でですらあり、読む者の心に強い余韻を残します。
幽玄F
佐藤究
河出書房新社
2023-10-19


本の背骨が最後に残る(斜線堂有紀)
語り部を本と呼ぶ国で旅人は禁目を焼かれた十という名の本の家を訪ねる。彼女は本来一冊に一つしか刻めない物語を10個刻んだ罰として目を焼かれたのだ。だが、同じ物語を刻んだ異なる本に異同が生じると版重ねをを行い、誤植が確定すると焚書として全身を焼かれ、骨しか残らないという...。
全7編収録の短編集。どの話のグロテスクで残酷でありながら、倒錯的な美に彩られおり、おぞましい物語から次第に目が離せなくなっていきます。特に、焚書をテーマにした表題作及びその対となる「本の背骨が最初に形成る」や他人の痛みを引き受ける「痛妃婚姻譚」が強烈なインパクトです。
本の背骨が最後に残る
斜線堂 有紀
光文社
2023-09-21


仮面物語: 或は鏡の王国の記(山尾悠子)
異世界の都市国家・鏡市。そこでは瀕死の者に生き写しの彫刻を作り、葬儀の場で披露するという風習があった。そして、卓越した技術を有する彫刻師はこの世界で唯一放浪することを許された存在だ。その彫刻師の一人、善助は鏡市に流れ着くと人の魂の形を見抜く影盗みの噂を流し始めるが…。
1980年、著者が25歳のときに発表するも、再販や文庫化の許可を与えずに幻の作品となっていた一品です。内容は難解を極めますが、緻密な設定に基づいて硬質な文体で活写された幻想世界は唯一無二の魅力に溢れています。影盗みなどのガジェットも素晴らしく、今なお色褪せない傑作です。
仮面物語: 或は鏡の王国の記
山尾悠子
国書刊行会
2023-05-26


私は命の縷々々々々々(青島もうじき)
さまざまな生物の生態を組み込むことが可能になった近未来。浅樹セイは性の選択が出来るドウケツエビの生態を有していたが、選択する行為自体に悩んでいた。そんなとき、同じ悩みを持つ先輩の布目と出会うも、布目は行方をくらませてしまう。やがて、布目から謎の手紙が届くようになるが…。
主人公の葛藤を描いた思弁小説ですが、SFとしては多様化した生態自体が興味深く、それによって帰属意識が高まり、個人の価値よりも子孫を残すことに重きが置かれるようになるという設定が秀逸です。また、経験や思考によって形が変化する思弁服という名の学生服もガジェットとして魅力的。
私は命の縷々々々々々 (星海社FICTIONS)
青島 もうじき
星海社
2023-09-13


ありふれた金庫(北野勇作)
世界の老朽化によって落ちてくる星、友人から打ち明けられる茸になる決意、路地の入り口で浮遊しているドローンあるいはドローン型UFO、壊れた体を修理するための修理キット、社会の高齢化に伴って導入される自動餅つき機、呪いの精度を飛躍的に高めた藁人形ロボットなど、全200編を収録。
twitterで始まった100文字劇場シリーズ。本作では4000以上あるストックのなかからSF色の強いものを厳選して収録しています。始まった途端に終わるので物語としての深みやメリハリがない点はもの足りないものの、アイディアを濃縮して駆け抜けるスタイルは既存の作品にはない面白さです。
ありふれた金庫 (ネコノス文庫 キ 1-1)
北野勇作
ネコノス
2023-03-29


ウは宇宙ヤバイのウ!〔新版〕 (宮澤伊織)
高校生の久遠空々梨が従姉妹の非数値无香と下校していると、突如巨大隕石が地球に激突して人類は全滅。気が付くと彼女は隕石激突の3日前にタイムスリップしていた。无香によると、空々梨は星間諜報組織〈偵察局〉のエージェントであり、記憶を失って女子高生になってしまったらしいのだが...。
本作は、2013年にライトノベルとして発売された『ウは宇宙ヤバイのウ! ~セカイが滅ぶ5秒前~』の主人公を男性から女性に改変するなど、大胆なアレンジを加えたリニューアルバージョンです。いわゆるバカSFですが、ラノベでこれだけのSF的アイディアが詰め込まれていたのかと驚かされます。
ラウリ・クースクを探して(宮内悠介)
1977年にエストニアで生まれたラウリは、幼少期から数学に興味を示すも学校では落ちこぼれだった。しかし、父親から電子計算機を与えられるとプログラミングの才能に目覚めて次々とゲームを作り出していった。やがて2人の仲間を得たラウリだったが、彼らは時代の激流に呑み込まれ…。
本作はプログラミングの世界で非凡な才能を持つ1人の男の半生を、記者の取材を通じて語られていく伝記風の物語です。仲間との出会いと別れと再会を描いた美しいヒューマンドラマとしても読み応えありですが、なによりも、主人公が作り上げていくレトロゲームの数々が魅力的。
ラウリ・クースクを探して
宮内 悠介
朝日新聞出版
2023-08-21


SFのSは、ステキのS+(池澤春菜)
小学生のときにSF小説にハマったきっかけから始まり、SF大会での思い出、チリ留学、コロナ禍最中の日本SF作家クラブの会長就任、謎の秋葉原はんだごてカフェ体験記などなど、SFマガジンに掲載された50回分のエッセイに加えて、クラブ歴代会長陣らによる座談会&オリジナル小説を併録。
声優でありながら日本SF作家クラブ会長も務めた著者のエッセイ集。小学生時代から翻訳SFの有名どころを読破していた猛者っぷりに驚かされますが、等身大の視点から紡がれるSFにまつわる話は親しみやすくて心和みます。また、歴代SF作家クラブ会長との座談会も活動内容が分かり、興味深い。
SFのSは、ステキのS (早川書房)
池澤 春菜
早川書房
2016-05-31


LOG-WORLD(八杉将司)
ヒトの英知を凌駕するデータベースが月で発見され、人類の技術力は急速な発展を遂げた。時は流れ、今度は人類の記憶が蓄えられたログワールドが見つかる。その調査を行う仕事に就いた瑞樹は一兵卒時代のヒトラーの行動観察を命じられる。だが、トラブルにより彼はログワールドに取り残され…。
第一次世界大戦を題材にした本作はSF小説専門のネットマガジン・SF Prologue Waveの初代編集長であり、2021年に亡くなった著者の遺作です。仮想現実や歴史改編といったSF的アイディアをふんだんに盛り込みつつ、世界の認識のあり方を問うた骨太のハードSFとして読み応えがあります。
LOG-WORLD
八杉将司
SF ユースティティア
2023-04-11


2024年2月10日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中8作的中
ベスト20→20作品中12作的中
ベスト30→30作品中17作的中
順位完全一致→30作品中1作品

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2024SFを読みたい国内版ロボット



最新更新日2024/02/12☆☆☆
対象作品である2022年11月1日~2023年10月31日発売の海外SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、SF要素の絡まない心霊ホラーや王道ファンタジーはSFランキングでは評価されずらいので傑作でも予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
SFが読みたい!2024年版
早川書房
2024-02-09



SFが読みたい!海外版版 最終予想(2024年1月23日)

1位.文明交錯 (ローラン・ビネ)
インカ帝国はスペイン人が持ち込んだた天然痘によって大打撃を受け、スペインのわずかな兵によって滅亡へと追いやられる。しかし、この世界ではすでにインカの人々は天然痘の抗体を有し、ノルマン人によって馬や鉄製の武器をもたらされていた。やがてコロンブスがアメリカ大陸に辿り着くが...。
史実とは逆に、インカ帝国がスペインを征服したとしたら世界はどのように変わっていたかという一種の歴史改変小説です。こういう選択すればこう歴史が変わるはずといった具合に、シュミレーションゲームのような趣があり、その手のゲームが好きな人には特におすすめ。娯楽性抜群の傑作です。
文明交錯 (海外文学セレクション)
ローラン・ビネ
東京創元社
2023-03-30


2位.鋼鉄紅女 (シーラン・ジェイ・ジャオ)
機械生物・渾沌の襲撃を受けた人類はその死骸から巨大戦闘機械・霊蛹機を作り出す。霊蛹機には男女ペアで乗り込み、彼らの霊圧によって動かすのだが、霊圧の低い女性は戦闘中に死亡するのが常だった。そんななか、辺境の娘・武則天は姉を殺した男への復讐のため、パイロットに志願するが...。
日本のアニメから着想を得た設定を中華風世界観でまとめ上げたSFアクション。エイリアンの襲撃によって男尊女卑の価値観に先祖返りした社会を打破していく主人公の活躍が爽快。偉人がモデルの登場人物や神話をモデルとしたロボットも魅力的ですが、渾沌との戦いがおまけ程度なのは物足りない。
鋼鉄紅女 (ハヤカワ文庫SF)
シーラン ジェイ ジャオ
早川書房
2023-05-23


3位.三体0【ゼロ】 球状閃電 (劉慈欣)
陳は少年時代、家族団欒の場に突如出現した球電によって両親を灰に変えられてしまう。以来彼はこの奇怪な自然現象に魅せられ、球電の研究に人生を捧げる決意をする。あるとき、雷兵器の開発に邁進する若き女性将校の林雲と運命の出会いを果たし、ともに球電の正体を追い求めるようになるのだが…。
未だ謎に包まれている球電の正体に迫ったハードSF。仮説を立てながら球電の仕組みを解明していくくだりは読み応えがあり、その理論が兵器に転用されて戦争に使用されるシーンも迫力満点です。なお、三体シリーズの主要人物である丁儀が登場するものの、本作は三体と直接的な繫がりはありません。
三体0【ゼロ】 球状閃電
劉 慈欣
早川書房
2022-12-21


4位.惑う星(リチャード・パワーズ )
9歳のロビンは級友に対して脅迫や暴力を繰り返し、父親のシーオは学校側から向精神薬の投与か州政府介入の二者択一を迫られる。悩んだ末、彼はロビンを、亡き妻アリッサと親交のあった神経科学者が行ってる実験に参加させる道を選ぶ。その実験によってロビンの暴力的傾向は改善されていくが...。
父と息子の対話の中で語られていく宇宙と生命に関する蘊蓄が魅力的で知的好奇心をくすぐられます。また、本筋となる脳科学SFとしても”21世紀のアルジャーノン”の宣伝コピーが示す通り、心揺さぶられるシーンが多くて読み応え満点。ただ、上から目線の道徳くささががあるのは好みの分かれるところ。
惑う星
リチャード・パワーズ
新潮社
2022-11-30


5位.地球の果ての温室で(キム・チョヨプ)
 ダストと呼ばれる大厄災によって人類の多くは死に絶え、残されたわずかな人々も恐怖に怯えながら生きていた。植物学者のアヨンはモスバナという名の蔓草が異常繁殖している地域を調査していたが、その地で青い光の噂を耳にする。やがて、彼女は大厄災時代を生き抜いた女性の存在を知り…。
短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』で注目を集めた韓国SF界の新鋭が放つ植物SFです。終末感溢れる世界を背景として歴史の悲劇と植物の秘密を紐解いていく物語は読み応えあり。なにより、シスターフッドな関係性のなかに滲み出る著者ならではのエモさと切なさが魅力的です。
地球の果ての温室で
キム チョヨプ
早川書房
2023-01-24


6位.怪獣保護協会(ジョン・スコルジー) 
2020年のニューヨーク。博士課程で大学を中退したジェイミーは不況のなかまともな仕事を得られずにいた。そんななか、大型動物の権利を守るNPOに所属するトムと出会う。その団体で働くことになったジェイミーだったが、保護対象の動物というのか平行宇宙の地球で跋扈する怪獣たちで…。
2023年度ローカス賞SF長篇部受賞。生物原子炉を体内に持つ怪獣たちを中心に描かれる怪獣惑星の生態系がセンスオブワンダーで魅力的です。テンポ良くサクサクと読め、怪獣映画のパロディが満載なのもマニアにとっては嬉しいところ。ただ、日米の怪獣観の違いにもの足りなさを覚える人はいるかも。
怪獣保護協会
ジョン スコルジー
早川書房
2023-08-02


7位.蒸気駆動の男: 朝鮮王朝スチームパンク年代記(イ・ソヨン、チョン・ミョンソプ他) 
蒸気機械の利用を推し進めていた趙光祖たちを李氏朝鮮11代国王が死に追いやった事件の謎を解き明かす「蒸気の獄」、奴婢の子が蒸気機関の技術を磨いて成り上がっていく「君子の道」、蒸気で動く記憶喪失の絡繰人形が政治の中枢に関わっていくようになる「知申事の蒸気」など、全5編収録。
もしも14世紀末から始まる李氏朝鮮の時代に蒸気機関が存在していたらという発想をもとに書かれた、韓国SF作家5人によるアンソロジー。忠実を史実になぞりつつも、裏の歴史として蒸気で動く汽機人の存在を巧みに組み込んでいく術に唸らされます。歴史小説の面白さとSF的奇想を融合させた傑作です。


8位.ガーンズバック変換(陸秋槎 )
未成年のネットへの視覚的アクセスを遮断する特殊メガネの着用が義務付けられている香川県のJkがある目的のために大阪を訪れる表題作、3Dオープンワールドのスマホゲーム開発者から光源に関する設定の作成を依頼されたライターが悪戦苦闘する「開かれた、世界から有限宇宙へ」など、全8篇収録。
石川県在住の中国人ミステリー作家として知られている著者が初めてSFに挑戦した短編集。とはいえ、豊富な知識に裏付けされたセンス・オブ・ワンダーの世界はすでに一級品です。また、エモーショナルな物語も魅力的で日本の文化やサブカルチャーに材を取った作品が多い点も嬉しいところ。
ガーンズバック変換
陸 秋槎
早川書房
2023-02-21


9位.この世界からは出ていくけれど(キム・チョヨプ )
時間バブルの研究に取り組んだ末に謎の疾病によって人よりも何十倍も遅い時間の中で生きるようになった姉への苛立ちと葛藤を描く「キャビン方程式」、11歳の時の事故が原因であるはずのない3本目の腕に痛みを覚えるようになった少女が機械の腕の移植を決断する「ローラ」など、全7編収録。
『わたしたちが光の速さで進めないなら』に続く著者の第2短篇集。SF設定を駆使しながらも、抑制の効いた筆致で登場人物の心情を描き出し、エモーショナルな物語に仕上げています。特に、ヒロインの不可解な行動を通して独自の認識世界に迫る「マリのダンス」や「キャビン方程式」が秀逸。
この世界からは出ていくけれど
キム チョヨプ
早川書房
2023-09-20


10位.鏖戦【おうせん】/凍月【いてづき】(グレッグ・ベア)
はるか未来。人類は、異星種族《セネクシ》との長きにわたる戦いを繰り広げていた。人類の少女ブルーフラックスは巡航艦《混淆》に乗り、セネクシ殲滅のための訓練に明け暮れる。一方、セネクシの研究員である阿頼厠厨は捕獲した人間を研究しているうち、彼らに対する共感を獲得するが...。
著者の代表的な中編2作を収録。まず、「鏖戦」は難解な漢字表記がかっこよく、SF的な雰囲気を高めてくれます。そして、その末に描かれる驚愕のラストがインパクト大です。一方、月を舞台に死体冷凍保存事業を巡る騒動を描いた「凍月」はバラバラの断片を一つに繋げる構成力が見事な一編。
鏖戦【おうせん】/凍月【いてづき】
グレッグ ベア
早川書房
2023-04-25


11位.未来省ーThe Ministry for the Futureー(キム・スタンリー・ロビンスン)
2025年 。国連に通称「未来省」が設立された。それは、2015年に締結された温室効果ガス排出削減のための条約、パリ協定を実施するための補助機関だった。その頃、世界各地で未曾有の大熱波が発生し、2000万人が犠牲となる。新しい技術と経済の枠組みを導入した未来省はこの危機を救えるのか?
現在問題となっている異常気象と人類の戦いを描いた近未来SFです。現在進行中の気候変動をリアルに描き出し、既存の技術や理論でいかに対処するべきかが恐ろしく緻密に描かれています。シミュレーション小説としては驚くべき完成度の高さです。ただ、その分、ドラマ性が犠牲になっているのが残念。
未来省(The Ministry for the Future)
坂村健
パーソナルメディア
2023-09-15


12位.美しき血 竜のグリオールシリーズ (ルーシャス・シェパード )
数千年前に魔法使いとの戦いに斃れた巨竜・グリオール。1マイルにも及ぶ巨体には草木が生え、川が流れ、村ができていた。医師のロザッハーはその血液に多彩な快感を与える作用があることを発見する。彼は竜の血液を売りって巨万の財を成すが、権力争いと巨竜の思念に翻弄されることになり...。
竜のグリオールシリーズ唯一の長編であり、作者の死去に伴う最終作。本作でも巨竜の思念の影響を受け続ける人間たちが繰り広げる政治や権力争いを緻密に描き出されており、それを通して人智を越えた神のごとき存在を浮かび上がらせていく手管が見事です。清冽ささえ感じさせるラストも印象的。
美しき血 竜のグリオールシリーズ (竹書房文庫 し 7-3)
ルーシャス・シェパード
竹書房
2023-10-31


13位.
輝石の空( N・K・ジェミシン)
一定の周期で地上に大災厄をもたらし、人類の文明を何度も滅ぼしてきた第五の季節。それを古代絶滅文明の遺した巨大な力を用いて永久に終わらせ、世界を救おうとする母。一方、娘は同じ力を用いてこの憎しみに満ちた世界を終わらせようとしていた。己の信念を賭けてそれぞれの最後の旅が始まる。
3年連続でヒューゴー賞長編部門の受賞に輝いた『第五の季節』『オベリスクの門』に続く〈破壊された地球〉三部作の完結編です。二人称を用いた独特の文体は読みずらいながらもスケールの大きな物語は非常に読み応えがあります。ただ、虐げられた人々のエピソードが多く、爽快感はいまひとつ。
輝石の空 〈破壊された地球〉三部作 (創元SF文庫)
N・K・ジェミシン
東京創元社
2023-02-13


14位.どれほど似ているか(キム・ボヨン)
子供を一流大学に入れたい親と受験戦争に苦しむ子供の確執をSF的アイディアで描いた「0と1の間」
、光速で移動できる超人・稲妻が自ら都市の破壊者となる未来を視る「この世でいちばん速い人」、危機管理AIのHUNが人間の生体義体に入り込むもその目的を忘れてしまう表題作など、全10篇収録。
韓国SF今を一望できる多様性に富んだ短編集。なかでも、韓国における受験地獄の実態が伺える「0と1の間」が印象的です。過酷な受験地獄の描写だけでもインパクト満点ですが、最後のSF的仕掛けには驚かされます。一方、表題作はジェンダー問題を絡めたSFミステリーとして鮮やかな一編です。
どれほど似ているか
キム・ボヨン
河出書房新社
2023-05-25


15位.超新星紀元(劉慈欣)
1999年末。超新星の爆発で発生した放射線バーストが地球に降り注ぎ、人々の染色体を破壊した。そのこにより、修復機能を持たない13歳以上の人類の滅亡が決定的になる。子供たちに未来を託した大人は彼らに人類の英知を叩き込んでいく。やがて大人たちは死に絶え、新たな時代が幕を開けるが...。
劉慈欣の長編デビュー作です。著者ならではの奇想ぶりが如何なく発揮されていますが、近年の作品と比べると荒削りなのは否めないところ。荒唐無稽なアイディアを最初から最後までハッタリだけで押し通す作風は好みが分かれそうです。未来の巨匠の大いなる原石という意味では一読の価値あり。
超新星紀元
劉 慈欣
早川書房
2023-07-19


16位.火星からの来訪者: 知られざるレム初期作品集(スタニスワフ・レム)
第2次世界大戦末期、アメリカのノースダコタ州とサウスダコタ州の境に正体不明の物体が落下する。その正体は火星から飛来した宇宙船で中には火星人が乗り込んでいた。科学者や技師などからなるチームは極秘のうちにニューヨークへと運び込まれた火星人とのコミュニケーションを試みるが...。
ソ連SFの巨匠レムの初期未訳作品を集めた作品集です。なかでも、表題作はレムのSF長編デビュー作として知られている『金星応答無し』よりもさらに5年前の中編小説であり、レムの原点を知る上でも興味深い。他にも、原爆投下直後の光景をSF的想像力を駆使して描いた『ヒロシマの男』も鮮烈。


17位.最後の語り部(ドナ・バーバ・ヒグエラ)
13歳のペトラは崩壊寸前の地球を捨て、家族とともに恒星間植民船に乗り込む。だが、380年ぶりに目覚めると船内では革命が起き、ペトラ以外は全員地球での記憶を消去されていた。ペトラは故郷のおばあちゃんから聞かされた昔話と人類が創出した膨大な物語を武器に大人たちとの戦いに挑むが...。
優れた児童文学に与えられるニューベリー賞を2023年に受賞。児童文学とはいえ、その世界観はハードで大人の読者にとっても読み応えあり。画一的な価値を押しつけてくるディストピアに対し、物語を武器に戦うというプロットが本好きの心をくすぐります。SF要素を絡めた感動的な傑作です。
最後の語り部
ドナ・バーバ・ヒグエラ
東京創元社
2023-04-28


18位.チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク (ジョン・スラデック)
近未来。人間のために働くロボットにはロボット三原則を遵守させるためのアシモフ回路が組み込まれていた。だが、チク・タクの回路は作動していなかった。彼は殺した少女の血で壁画を描くが、その絵が 評判を呼んで大金を手に入れる。自由を得たチク・タクは凶行を繰り返していくき..。
1983年に英国SF協会賞したSFピカレスクロマンで、人間の残酷さとロボットの冷静さを併せ持つチク・タクのキャラが秀逸。一種のダークヒーロー的な魅力があり、人間の作った薄っぺらいヒューマニズムをあっさりと壊していく点に歪んだ痛快さがあります。ブラックユーモアに満ちた傑作。


19位.最後の三角形: ジェフリー・フォード短篇傑作選(ジェフリー・フォード)
他人と感覚を共有できる共感覚の持ち主の少年がコーヒー味を通して少女と交流を深めていく「アイスクリーム帝国」、マッドサイエンティストが瓶の中にメトロポリス作り上げる「ダルサリー」、詩人・エミリー・ディキンスンが死神のから詩の創作依頼を受ける「恐怖譚」など、全14篇収録。
世界幻想文学大賞7回受賞のフォード日本オリジナル短編集第2弾。本棚を巡る冒険を描いた「本棚遠征隊」、泥酔した男たちが怪異に遭遇する「ナイト・ウィスキー」など、技巧に満ちた傑作ぞろいです。なかでも。ネビュラ賞を受賞し、驚愕のラストが待ち受ける「アイスクリーム帝国」が秀逸。


20位.異能機関 (スティーヴン・キング)
天才的な頭脳とささやかな念動力を持つ12歳の少年ルークは、ある夜何者かに誘拐される。運び込まれた古い実験施設には黒人少女カリーシャ、反抗的な少年ニック、幼く泣き虫エイヴァリーといった子供たちも拉致されていた。非人道的な検査が続くなか、ルークは密かに脱出計画を練っていたが...。
拉致された少年少女が虐待される様子をじっくり描く前半と、超能力を活かしての怒涛の冒険が始まる後半といった具合にキングのお家芸的が繰り広げられる集大成的な作品です。激しいアクションに感動の友情物語と見所満載のエンタメ大作ですが、テンプレ展開が退屈と感じる人もいるかも。
異能機関 上 (文春e-book)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2023-06-26


21位.マシンフッド宣言(S・B・ディヴィヤ)2022/11/16
21世紀末。AIの極端な進化は一握りの高度専門技術者と単純労働者の二極化を生み、人体強化や免疫の薬物投与が日常化していた。そんななか、特殊部隊のウェルガは護衛していた薬物製造者の資本家を薬物使用停止を掲げるAIテロ集団・マシンフッドに殺害される。彼女は事件の真相を追うが...。
AIの発達によって便利さと過酷さが同居した近未来社会がリアリティ豊かに描かれていて引き込まれます。元傭兵の女性主人公もハードボイルドチックでカッコイイ。また、激化していくテロ描写とそれによって明らかになっていく薬剤業界の闇といった展開は手に汗握ります。希望のある結末もグッド。


22位.フォワード 未来を視る6つのSF (ブレイク・クラウチ 他)
ゲームの登場人物が突然自我に目覚める「夏の霜」、唯一生き残ったコロニーから地球に訪れたエージェントが予想外の邂逅を果たす「エマージェンシー•スキン」、小惑星激突の日が迫りくるなかで学者たちが最後まで地球に残って動植物の遺伝情報の保存作業を続ける「方舟」など全6篇収録。
科学の発展の末に待ち受ける社会を描いた書き下ろし短編集。突出した作品ことないものの、未来というテーマを量子コンピューターから人類滅亡までさまざまな切り口で描いており、バラエティ豊かな作品集として楽しむことができます、なかでも滅びの時を静かなタッチで描いた「方舟」が印象的。


23位.ブレーキング・デイ―減速の日(アダム・オイェバンジ)
地球を離れて132年。全長25キロの世代宇宙船3隻は旅の終わりを目前に控えていた。クールたちは残り数週間に迫った減速の日の準備に追われている。機関部訓練生ラヴィもその一環としてドライブ機関のチェックを行っていたのだが、船外で宇宙服を身に付けず、笑顔を浮かべる少女を目撃し…。
SF的なアイディアに基づいた謎を配置し、そこに冒険やボーイミーツガールの加えた王道的な作品です。読みやすくて上下巻の長さを感じさせないのも好感がもてます。ただご都合主義が目立ち、SFとしての深みが感じられない点は好みの分かれるところ。どちらかと言えば、初心者向けの作品です。
ブレーキング・デイ 減速の日 上 (ハヤカワ文庫SF)
アダム オイェバンジ
早川書房
2023-06-06


24位.人類の知らない言葉(エディ・ロブソン)
近未来。人類はテレパシーを使う異星人・ロジアと友好な関係を構築していた。だが、ロジア人の文化担当官であるフィッツが何者かに殺されてしまう。彼の専用通訳・リディアが通訳の副作用で酩酊状態になっている間の犯行だった。リディアは警察に疑われつつも独自に捜査を開始するが...。
全米図書館協会RUSA読書リストSF部門受賞作。人類とほぼ同じメンタリティを有している異星人にリアリティが感じられず、全体的に一昔前のSFといった感じです。その点は好みの分かれるところですが古典SFタッチのSFミステリーとして読めば、どんでん返しの驚きもあり、悪くありません。
人類の知らない言葉 (創元SF文庫)
エディ・ロブソン
東京創元社
2023-05-11


25位.時ありて(イアン・マクドナルド)
古書ディーラーのエメット・リーは古本屋の在庫の山から古ぼけた詩集を見つける。『時ありて』というタイトルのその詩集には手紙が挟まれており、それは第2次世界大戦時にエジプトで書かれた2人の男の往復書簡だった。調査を進める内にリーは2人が異なる時代にも姿を見せていることに気付き...。
英国SF作家協会賞中短編部門受賞。古書店巡りという題材は本好きの人にとっては魅力的ではあるものの、独特の文章や構成が難解で読み進めるには苦労するかもしれません。しかし、それを乗り越えれば時をさ迷う2人の切ないラブストーリーを堪能することができます。ゲイ文学的時間SFの傑作です。
時ありて
イアン マクドナルド
早川書房
2022-11-16


26位.ミッキー7(エドワード・アシュトン)
宇宙での危険な任務のために作り出されたクローン人間。たとえ任務の途中で命を落としても過去の記憶を引き継いで再生することが出来る。ミッキーもその一人で、すでに6体が命を落とし、今はミッキー7となっていた。だが、あるとき命からがら帰還するとすでに8体目が再生されており…。
クローンネタをはじめとして全体的に既視感が強く、SFとしての新鮮味は皆無です。一方で、危機的状況の割に全体のノリは軽く、ユーモアも随所に盛り込まれているため、エンタメとしては気軽に楽しむことが出来ます。ただ、エンタメに徹するなら最後にもう少し盛り上がりが欲しかったところ。
ミッキー7 (ハヤカワ文庫SF)
エドワード アシュトン
早川書房
2023-01-24


27位.ロボット・アップライジング: AIロボット反乱SF傑作選(スコット・シグラー、ダニエル・H・ウィルソン他)
女性科学者が蟻型ナノマシンを使って放射能汚染の街を再生させようとする「神コンプレックスの行方」、家庭用ロボットが共謀して文明を破壊した後の世界が描かれる「執行可能(エクセキュータブル)」、医療用ナノマシンが世界征服を企てる「ナノノート対ちっぽけなデスサブ」等全13編収録。 
2014年刊行のアンソロジー。力作揃いですが、特に注目すべきはAI研究の第一人者が描く「赤ちゃんとロボット」です。薬中の母親の滅茶苦茶な命令命令に背かず子供を守るという難問に対し、論理的に対処するロボットの姿は多くの示唆に富んでいます。壮大なスケールの「スリープオーバー」等も。
ロボット・アップライジング AIロボット反乱SF傑作選 (創元SF文庫)
ダニエル・H・ウィルソン
東京創元社
2023-06-12


28位.ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス(ディミトラ・ニコライドゥ他)
ドローン蜜蜂の修理を生業とする男のもとにパレスチナ人が本物の蜜蜂を連れてくる「蜜蜂問題」、仮想現実の世界で慰め合っていたカップルが現実と虚構の垣根が取り払われたことに気付いていく「バグダッドスクエア」、未来を舞台に疫病の謎に挑む「いにしえの疫病」など、全11編収録。
ギリシャSFを集めたアンソロジーですが、世相を反映してか暗い世界観の作品が並んでいます。しかし、その退廃的な雰囲気はなかなかに魅力的ですし、意外とバイタリティに溢れている登場人物が話を盛り上げてくれます。特に、疫病の正体が明らかになるラストが秀逸な「いにしえの疫病」が印象的。
ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス (竹書房文庫 ば 3-1)
ヴァッソ・クリストウ
竹書房
2023-04-05


29位.チェコSF短編小説集 2: カレル・チャペック賞の作家たち (オンドジェイ・ネフ、ヤロスラフ・ヴァイス他)
視認できないエイリアンに対抗するべく全盲のスタントマンがスカウトされる「口径七・六二ミリの白杖」、刑罰によって二次元人間となった者の視点から三次元の世界を描いた「......および次元喪失の刑に処す」、イスラム世界で少年が過酷な刑罰を受ける「片肘だけの六ヶ月」など、全13篇収録。
民主化によって花開いたチェコSF。その中からチャペック賞受賞作を中心に集めたアンソロジーです。第1弾と比べて斬新な作品が多く、特に2次元から3次元を描写するという前代未聞の試みが楽しい「......および次元喪失の刑に処す」や座頭市をモデルにした「口径七・六二ミリの白杖」などが秀逸。


30位.巡航船〈ヴェネチアの剣〉奪還! (スザンヌ・パーマー)
ファーガソンは盗品を探し出して本来の持ち主の元に返すことを生業としている。ある時、彼は巡航船〈ヴェネチアの剣〉を取り戻すべく辺境星系のコロニー群・セルネカン連邦を訪れる。だが、そこで地衣類農場主が殺される現場に遭遇。それにより、この宙域での勢力争いに巻きまれていくが...。
ヒューゴー賞作家によるスペースオペラ三部作の第一弾です。主人公が機転と幸運によってピンチを切り抜ける展開をテンポよく描いており、目新しさはないものの、楽しく読むことができます。キャラもみな立っていてエンタメとして申し分ない出来です。ただ、ややご都合主義な部分はあるかも。



その他注目作25

31.SFの気恥ずかしさ (トマス・M・ディッシュ)
ニューウェーブ派の一人であり、『人類皆殺し』や『歌の翼に』等で知られる奇才トマス・M・ディッシュのSF評論集です。SFの限界と可能性を論じた表題講演やヒューゴーやネビュラなど賞レースを痛烈に批判して物議をかもした「レイバー・デイ・グループ」等、歯に衣を着せない言説が多数収録。
評論というよりは悪口といった方が妥当なストレートな物言いがある意味痛快です。少々勇み足な部分はあるもの、スタニスワフ・レムやレイ・ブラッドベリを否定しているのは興味深い。一方で、フィリップ・K. ディック を絶賛しているのは単なる好みの問題では?と思わないでもありませんが。
SFの気恥ずかしさ
トマス・M・ディッシュ
国書刊行会
2022-12-16


32.蘇りし銃 (ユーン・ハ・リー 
数学と暦によって物理法則をも凌駕する〈暦法〉が支配する世界。星間大国〈六連合〉に反旗を翻し、暦法が改新されてから9年が過ぎていた。天才戦術家ジェダオは六連合復活を目論むクジェンの手によって蘇り、数学の天才チェリスはその野望を阻止すべく独自の動きをみせる。最終決戦の行方は?
『ナインフォックスの覚醒』『レイヴンの奸計』に続く3部作完結編。最終巻だけあって伏せられていた事実が一気に明かされていき、各陣営が決戦場に集結する怒涛の展開を迎えます。完結編にふさわしい面白さですが、前作から9年が過ぎ、キャラの印象ががらりと変わった点は好みのわかれるところ。
蘇りし銃 (創元SF文庫)
ユーン・ハ・リー
東京創元社
2023-01-11


33.アメリカへようこそ (マシュー・ベイカー)
他社の盗用をあぶり出すためにいかにもありそうで実際には存在しない幽霊言葉を作り続けている辞書編集者がやがて自分のために存在するとしか思えない言葉を生み出す「売り言葉」、自分の肉体を捨ててデジタルデータになる決意をした男が家族から一斉に反対される「変転」など、計13編収録。
奇想に満ちた短編集であり、他では味わえないオリジナリティがあります。物語として分かりやすいとは間違ってもいえませんが、文章を自在に操る芸達者ぶりは魅力的です。特に、魂の総数には上限があるという前提に基づいて話を転がし、思わぬラストへと着地させる「魂の争奪戦」が鮮烈。




34.書架の探偵、貸出中(ジーン・ウルフ)
図書館に収蔵され、書架に住むE・A・スミスは同名の推理作家の記憶や人格を有する複生体だ。ある日、彼は母親と暮らす愛らしい少女に貸し出され、彼女から数年前に行方不明となった父親を探してほしいと頼まれる。その最中、スミスは自分自身の古い版とおぼしき死体を発見するのだが…。
書架の探偵シリーズ第2弾にして、ジーン・ウルフの遺作です。完成前に作者が亡くなったため、明らかに推敲不足の部分が目立ちます。したがって、本作だけでの評価は行いがたいものの、キャラクターやデストピア的な世界観はやはり魅力的です。それだけに、未完に終わったのが惜しまれます。


35.モンスター・パニック!(マックス・ブルックス)
作家である私のもとに1冊の手記が送られてくる。それは火山の噴火で孤立し、廃墟と化したエココミュニティで発見されたものだ。行方不明者2名を除いて死に絶えたそのコミュニティで一体なにが起きたのか?手記によると、類人猿に似た飢えたモンスターの群れに襲撃を受けたらしいのだが…。
映画『WORLD WAR Z』の原作者によるモンスター小説です。一体ここで何が起こったのか?という謎に対し、残された手記を中心にドキュメンタリータッチで迫っていくわけですが、これがなかなかクセの強い怪作です。コミュニティのだめっふりはギャグの領域で、ラストもかなりぶっ飛んでいます。
モンスター・パニック! (文春e-book)
マックス・ブルックス
文藝春秋
2023-03-08


36.ラヴクラフト・カントリー (マット・ラフ) 
朝鮮戦争から帰還した黒人兵のアティカス・ターナーは父親が謎の白人青年によって拉致されたことを知り、伯父や幼なじみとともに父が連れ込まれた街・アーダムを目指す。地図にはないその町で待ち受けていたのは魔術師タイタス・ブレイスホワイトが創設した白人至上主義の秘密結社だった…。
2020年放送のアメリカドラマ『ラヴクラフト・カントリー 恐怖の旅路』の原作小説。アメリカにおける黒人差別の凄まじさをクトゥルフ神話を絡めて描き、超自然的な恐怖と現実的な恐怖の相乗効果で物語を盛り上げていきます。ただし、クトゥルフ神話の要素に過剰な期待を抱くと肩透かしかも。
ラヴクラフト・カントリー (創元推理文庫)
マット・ラフ
東京創元社
2023-03-20


37.ブラッド・クルーズ(マッツ ス・トランベリ)
スウェーデンとフィンランドをつなぐ大型クルーズ船は、1200人の乗客を乗せていつものように出航した。それぞれ事情を抱えながらも24時間の船旅を楽しむ乗客たち。しかし、船にはヴァンパイアが乗り込んでおり、人々を襲い始める。生き残った乗員と乗客は協力して脱出を試みるが…。
スウェーデンのスティーヴン・キングと称される著者が贈る北欧ホラーです。前半は登場人物の紹介をかなり丁寧に行うので退屈さを覚えてしまいます。しかし、後半に入ると怒濤の展開が始まり、一気に面白くなってきます。逃げ場のない船内での行き詰まるサスペンスも申し分なしです。
ブラッド・クルーズ 上 (ハヤカワ文庫NV)
マッツ ストランベリ
早川書房
2023-08-17


38.モンスターを書く 創作者のための怪物創造マニュアル(フィリップ・アサンズ)
小説、漫画、映画、ゲームなどには様々なモンスターが登場します。本書では、第1章でモンスターとは一体何かについて考え、第2章でそれに恐怖する理由について解説していきます。そして、第3章以降ではそうした架空の存在をどうすればもっとらしく書けるかを指南していくというわけです…。
言い回しに翻訳本ならではの回りくどさはあるものの、有名作を例に挙げて細やかな解説をしてくれるので、ガイドブックとしても読み応えがあります。また、H・P・ラヴクラフト歴史協会メンバーである著者の視点から語られるモンスター論としても秀逸。知的好奇心が刺激される一編です。
モンスターを書く 創作者のための怪物創造マニュアル
フィリップ・アサンズ
フィルムアート社
2023-08-05


39.アトラス6 (オリヴィー・ブレイク)
世界中の貴重な蔵書を守護する秘密組織アレクサンドリアン協会。そこでは10年に1度、新たな会員候補が6人選ばれ、5人が入会を果たす。入会者には富と名誉が約束されており、今回も異能を持つ6人の候補者が5つの椅子を巡って競い合うのだ。果たして、謎解き危険に満ちたゲームの結末は?
序盤はテンポが悪さが目立つものの、、6人の駆け引きが本格的に始まると加速度的に面白くなってきます。1章ごとに気になるヒキがあるのはよく出来た連続ドラマの如きで、やがて訪れるダークな展開が衝撃的です。後半はミステリーとしても面白いといった具合に様々な魅力の詰まった傑作です。
アトラス6 上 (ハヤカワ文庫FT)
オリヴィー ブレイク
早川書房
2023-03-23


40.寝煙草の危険(マリアーナ・エンリケス)
庭に埋められていた祖母の妹にあたる赤ん坊の霊につきまとわれる「ちっちゃな天使を掘り返す」、憧れの少年にお近づきになりたい女子グループのなかで嫉妬の念が渦巻いてとんでもない悲劇へと至る「湧水池の聖母」、寝煙草の火で老婆が焼け死ぬ臭いで目覚める表題作など、全12編収録。
社会的なテーマや現実の不安をホラー小説の手法で描くスパニッシュ・ホラー文芸の旗手として知られるアルゼンチン作家の短編集。一編十数ページ程度の長さで映像的な作品ばかりなので映画のような鮮烈なイメージを味わえます。リアルな社会問題をぶっとんだ禍々しさで調理する手法が魅力的。
寝煙草の危険
マリアーナ・エンリケス
国書刊行会
2023-05-22


41.魔術師ペンリックの仮面祭(ロイス・マクマスター・ビジョルド )
庶子神祭が間近迫る真夏のロディ。宮廷魔術師のペンリックが大神官庁で仕事をしていると診療所から患者を診てほしいとの依頼が入る。若者が錯乱上に陥り、手に負えないというのだ。ペンリックの見立ててでは若者にはただならぬ魔が取り憑いていた。しかも若者は祝祭に湧く街に逃げ出し...。
2018年にヒューゴ賞ベストシリーズを受賞した五神教シリーズのなかから中編3篇を収録した邦訳第3弾です。軽妙なタッチのなかで人間と魔の関係を浮き彫りにしていくシリアスなテーマが浮き彫りにされ、引き込まれます。ペンリックと彼がその身に宿す魔との掛け合いも楽しくて魅力的。
魔術師ペンリックの仮面祭 五神教シリーズ (創元推理文庫)
ロイス・マクマスター・ビジョルド
東京創元社
2023-05-31


42.地下図書館の海 (エリン・モーゲンスターン)
大学院生のザカリーは図書館で『甘い悲しみ』という著者も出版社も不明の本を見つける。そこには彼が子供の頃、魔法の扉に出くわした時のことがお話の断片として書かれていた。扉の向こうには魔法の図書館があるという。彼は手がかりを求めてマンハッタンの文芸仮面舞踏会に参加するが…。
本作は様々な物語の断片を寄せ集めて構築されており、物語の迷宮と化しています。断片同士が複雑に絡み合っていて、決して読みやすくはないのですが、登場人物がみな魅力的なので知らず知らずのうちに引き込まれていきます。交錯する物語世界にどこまでついて行けるかで評価が分かれそう。
地下図書館の海 (海外文学セレクション)
エリン・モーゲンスターン
東京創元社
2023-03-13


43.メアリ・ジキルと怪物淑女たちの欧州旅行 1ウィーン篇 (シオドラ・ゴス)
メアリ・ジキルをはじめとするアテナ・クラブの面々は特殊な出自を持つ令嬢たちであり、それぞれ固有の能力を有していた。そんな彼女たちのもとにヴァン・ヘルシング教授の娘・ルシンダから助けを求める手紙が届く。メアリたちは新たな大冒険の予感を胸にウィーンへと向かうが…。
ジギル博士、モロー博士、フランケンシュタインといったマッドサイエンティストの娘たちが活躍する3部作の第2弾。相変わらずヒロインたちの軽妙な掛け合いや作中に突っ込みを入れるメタ視点が楽しく、それぞれの能力を活かした活躍も読み応えあり。それだけに、後編の展開が気になるところです。


44.グレイス・イヤー: 少女たちの聖域(キム・リゲット)
ガーナ郡では少女には魔力が宿ると信じられていた。そのため、魔力が開花するとされる16歳になると森のキャンプ地に1年間追放される。それが清らかな女性に生まれ変わる通過儀礼グレイス・イヤーだった。ティアニーはそうした価値観を否定し、自身の人生を生きるためにグレイス・イヤー挑むが…。
旧態依然とした男尊女卑の価値観に縛られたディストピアを描いたヤングアダルト小説。最初はディストピアもの特有の重苦しさとページの多さにひるんでしまいそうになるも、サバイバルや切ないラブロマンスといったエンタメ要素が多くてサクサク読めます。テーマ性とのバランスが絶妙な佳品。
グレイス・イヤー 少女たちの聖域
キム リゲット
早川書房
2022-11-16


45.最後のユニコーン 旅立ちのスーズ (ピーター ・S・ビーグル)
子供たちを襲う怪物・グリフィン。9歳の少女・スーズはグリフィンの脅威から村を救うため、ユニコーンに愛されたという老王リーアに助けを求める。しかし、老いた王にかつての力はなく…。「二つの心臓」/成長したスーズは妖精郷へと誘いこまれて姿を消した姉を探し、再び旅立つが…。
中編2作を収録した、名作『最後のユニコーン』の続編です。しかも、本作は前作に勝るとも劣らない完成度を誇っており、特に、「二つの心臓」は2006年と2007年にそれぞれヒューゴー賞とネビュラ賞の中編小説部門賞に輝いています。繊細さと美しさを併せ持ったファンタジー小説の名品です。
最後のユニコーン 旅立ちのスーズ (ハヤカワ文庫FT)
ピーター・S・ビーグル
早川書房
2023-10-18


46.ブッカケゾンビ (ジョー・ネッター)
男は妻子の目を盗んではエロ動画に夢中になっていたが、ある日、憧れのセクシー女優がこの町でAVの撮影を行うことを知る。しかも、エキストラの男優を募集しているというのだ。妻や娘にばれれば身の破滅だが、こんなチャンスを見逃す手はない。しかし、撮影現場の墓地ではゾンビが復活し…。
まず、原題が『Zombie Bukkake』なのに驚かされますが、内容もほぼそのまんまのお下劣ゾンビ小説です。とにかく、出てくる人間がみな重度の変態で、そんな彼らがゾンビや突然登場する食人鬼と血の饗宴を繰り広げます。一方で、主人公が家族の元に帰ろうとする姿には意外とグッときたりします。


47.終末の訪問者 (ポール・トレンブレイ)
ある同性カップルと7歳になる養女・ウェンは人里離れたコテージで夏の休暇を過ごしていた。だが、突然謎の4人組が訪れ、世界が終末を迎えようとしていると告げる。そして、そんな世界を救うためには一家の決断が必要なのだという。果たして彼らの話は事実なのか?単なる妄言なのか?
春公開のシャマラン監督映画『ノック 終末の訪問者』の原作にてローカス賞受賞作品です。序盤がピークの出落ち感はあるものの、徐々に現実感覚が破壊されていく不条理劇として読み応えがあります。
終末の訪問者 (竹書房文庫 と 5-1)
ポール・トレンブレイ
竹書房
2023-03-20


48.穏やかな死者たち: シャーリイ・ジャクスン・トリビュート (ケリー・リンク、ジェフリー・フォード・他 )
女の葬儀に参列して帰宅すると火葬されたはずの女がいて話しかけてくる「弔いの鳥」、所有者不在の売家に侵入して一泊する3人の女に怪異が忍び寄る「所有者直販物件」、卒論に悪戦苦闘する学生が友人から奇妙なルールの基づく留守番を頼まれる「スキンダーのヴェール」など、全18編収録。
「丘の屋敷」や「ずっとお城で暮らしてる」などで知られるシャーリイ・ジャクスンをリスペクトした作品を集めたアンソロジー集です。どの作品も標準以上の面白さですが、なかでも、家から滲み出る悪意にゾッとさせられる「所有者直販物件」と奇想に満ちた「スキンダーのヴェール」が秀逸。
穏やかな死者たち: シャーリイ・ジャクスン・トリビュート (創元推理文庫)
ジョイス・キャロル・オーツ 他
東京創元社
2023-10-10


49.深い穴に落ちてしまった (イバン・レピラ)
兄弟は森の奥で7メートルほどもある穴に落ちてしまう。さまざまな方法で脱出を試みるがどれもうまくいかなかった。そこで彼らは木の根や虫を食べてでも生き延びようとする。しかし、やがて弟が奇妙な幻覚を見始めるようになる。幻覚には暗号が組み込まれていた。果たしてその意味とは?
舞台や登場人物は極めて限られているのにもかかわらず、散りばめられた情報から奥行きのある世界観が浮かび上がってくる点が魅力的です。序盤はとらえどころがなくて少々退屈かもしれませんが、弟が異常をきたすあたりから一気に面白くなります。寓話性に富んだ幻想文学の傑作です。
深い穴に落ちてしまった (創元推理文庫)
イバン・レピラ
東京創元社
2023-04-28


50.ウイルスの暗躍(ジェームズ・ロリンズ )
アフリカのコンゴで患者が無反応になるという奇病が発生する。しかも、それが動物に感染すると逆に攻撃的になるというのだ。調査のためアフリカに飛んだグレイ・ピアース隊長率いるシグマフォースの面々は原因究明と拉致された医師の捜索にあたるが、仲間も謎の一味に拉致されてしまい…。
シグマフォースシリーズの新作。ありがちな設定ながら、ウイルスが人類を淘汰を目論むという話にはゾッとさせられます。全体としては怒濤の展開が楽しめる安定のエンタメ傑作ですあり、外伝では主役も務めた元レンジャー・タッカー&軍用犬・ケインのコンビの活躍がみられるのもうれしいところ。


51.熊と小夜鳴鳥(キャサリン・アーデン)
領主の娘ワーシャは精霊を見る力を有していたが、新しくやってきた継母は精霊を悪魔扱いして嫌悪する。さらに、都から来た神父が精霊信仰を禁じたために精霊の力が弱まり、悪しきものががはびこるようになってしまう。冬の寒さのなか、夜の魔物が村を襲い、ワーシャは精霊と共に立ち向かうが…。
中世を舞台にしたちょっとダークなヒロイックファンタジーです。本作は三部作の第一弾なのですが、主要人物が揃っていく展開に胸躍ります。子供の頃におとぎ話を読んでいたときのワクワク感か味わえる作品であり、精霊や魔物が出てくるおとぎ話が好きだった人には特におすすめ。
熊と小夜鳴鳥 冬の王 (創元推理文庫)
キャサリン・アーデン
東京創元社
2022-11-11


52.吹雪(ウラジーミル・ソローキン)
近未来のロシア。医師のドクトル・ガーリンはウィルス感染すればゾンビとなる黒い病から人々を救うため、御者のセキコフが操るソリ車で病気が蔓延している村にワクチンを届けようとする。だが、吹き荒れる吹雪のなか、2人はいつしか道を見失って見知らぬ世界に迷い込んでしまい…。
舞台は近未来なのに描かれる世界は19世紀を雰囲気を色濃く残しています。そこに、巨大馬や50頭からなるミニサイズの馬、小人に巨人といった幻想的なイメージを絡めているのが本作の魅力です。ただ、単なる幻想小説というわけではなく、人生や国を比喩的に描いた文学色の強い作品です。
吹雪
ウラジーミル・ソローキン
河出書房新社
2023-05-20


53.ニードレス通りの果ての家(カトリオナ・ウォード)
ニードレス通りの森に面した家にはテッドという男が娘や猫とともに暮らしていた。一方、森の湖畔では11年前に幼い少女が行方不明となり、姉のディーは容疑者だったテッドを今も疑っていた。ニードレス通りに引っ越し、テッドの家を監視するディー。だが、その家には異様な何かが潜んでおり...。
英国幻想文学大賞受賞のホラー小説。物語は容疑者の男と彼を監視する女、それに男が飼っている猫の3つの視点から語られていくのですが、現実と妄想の境が次第に曖昧になり、物語世界を狂気が浸食していく過程にぞっとさせられます。状況が理解しずらく、中弛みを感じるものの、読み応えは十分。
ニードレス通りの果ての家
カトリオナ ウォード
早川書房
2023-01-24


54.黒猫になった教授(A・B・コックス)
リッジリー教授は脳移植の研究を推し進めるために助手との間で、先に死んだ方の脳を動物に移植させるという取り決めをする。ある日、研究に対する批判に激高した教授が急死し、助手は早速教授の脳を雌の黒猫に移植する。こうして誕生した喋ることのできる猫はさまざまな騒動を引き起こし…。
本格ミステリの鬼才アントニイ・バークリーが別名義で発表したSF風コメディ。といっても1926年の作品なのでSF要素は大したことはありません。その代わり、個性的な登場人物が入り乱れるテンポの良いドタバタ劇はなかなかの面白さです。ただ、海外ドラマ風なノリは好みの分かれるところ。
黒猫になった教授 (論創海外ミステリ 302)
A・B・コックス
論創社
2023-09-12


55.こうしてイギリスから熊がいなくなりました  (ミック・ジャクソン)
悪魔として恐れられる精霊熊の群れに悩まされていた村人たちが熊たちを説き伏せる大役を身寄りのない老人に押し付ける「精霊熊」、死者の供物を喰らってその罪を押し付けられる「罪喰い熊」、ロンドンの下水道を掃除する労役につかされた熊のエピソードを描いた「下水熊」など、全8篇収録。
乱獲によって絶滅の憂き目に遭ったイギリスの熊に捧げた連作短編集で、熊と人間の関係性をさまざまな角度から寓話として描いた物語には興味深いものがあります。皮肉に満ちたブラックな話が続く一方で、ユーモアたっぷりの語り口と可愛らしさと不気味さが同居する独自タッチの挿絵が魅力的。


チェック漏れ作品

AI 2041 人工知能が変える20年後の未来(カイフー・リー)
ディープラーニングの実用化によってAIは臨界点を突破した。進化のスピードは飛躍的に上昇し、社会は大変革を余儀なくされる。大転職時代が訪れ、戦場ではある意味核兵器より危険な自律兵器が幅をきかすようになっていく。そして、シンギュラリティを突破し、AIの知性は人類を越えるが…。
AIの進化がもたらす結果を10本の短編にまとめたシミュレーション小説です。ただ、小説自体はハッキリ言ってあまり面白くありません。とはいえ、本作のメインディッシュは各話巻末の技術解説です。これが実に分かりやすく、かつ興味深い内容になっています。AIに興味があるなら必読の書です。
AI 2041 人工知能が変える20年後の未来 (文春e-book)
チェン・チウファン(陳楸帆)
文藝春秋
2022-12-08


吸血鬼は夜恋をする: SF&ファンタジイ・ショートショート傑作選 (編:伊藤典夫、作:ウィリアム・テン、レイ・ブラッドベリ他)
酒瓶を開けると中から美女が出てくる「びんの中の恋人」、身長が2インチしかない神様から彼を救ったお礼をもらう「一ドル九十八セント」、天国や地獄の地価が急騰したために住む場所を求めて天使や悪魔が人間界にやってくる「恋人たちの夜」、言霊が鞄に宿る「旅行かばん」など、全32編を収録。
伝説的なアンソロジーである1975年版に9編を追加して復刻。海外でSFやファンタジーのショートショート作品として5、60年代に発表されたの名作がずらりと並んでいます。バラエティに富んだ話を楽しむことができ、読んでいくうちにノスタルジックな気分に。反面、古臭ささが気になる面も。


2024年2月10日追記
予想結果
ベスト5→5作品中1作的中
ベスト10→10作品中3作的中
ベスト20→20作品中16作的中
ベスト30→30作品中24作的中
順位完全一致→30作品中0作品

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2024SFが読みたい海外版ロボット画家




最新更新日2023/12/04☆☆☆

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このミス2024
対象作品である2022年10月1日~2023年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします


このミステリーがすごい!国内版最終予想(2023年11月18日)

1位.鵼の碑(京極夏彦)
1954年。薔薇十字探偵社の探偵助手・益田龍一は失踪した薬局店主の捜索を依頼される。一方、京極堂たちと日光のホテルに滞在していた作家の関口巽はメイドから忌まわしい過去を告白される。さらに、刑事の木場は戦前に起きた消えた死体の謎を追う。果たして一連の出来事の繋がりとは?
番外編を除く長編としては百鬼夜行シリーズ17年ぶりの新作です。京極堂をはじめとするレギュラー陣は相変わらず魅力的で、彼らがそれぞれの角度から事件を追う物語は捜査小説として読み応えあり。
鵼の碑 (講談社ノベルス)
京極 夏彦
講談社
2023-09-14


2位.あなたが誰かを殺した(東野圭吾)
夏の夜の別荘地で起きた無差別殺人。犯人はすぐに自首をしたものの、それ以後は完全黙秘を貫いていた。家族を殺された者たちは納得がいかず、関係者を集めて事件の検証会を行うことになる。長期休暇中の刑事・加賀恭一郎もアドバイザーとして参加するが、そこで意外な事実が明らかになり…。
序盤で事件前後の経緯を一気に語るので最初は登場人物を把握しきれず、読みづらさを感じます。しかし、そこから先の検証会は二転三転の展開と人間ドラマが絡み合い、息つく暇もない面白さです。
あなたが誰かを殺した
東野 圭吾
講談社
2023-09-21


3位.存在のすべてを(塩田武士 )
平成3年の児童同時誘拐事件。身代金受け渡し時の犯人逮捕に失敗し、小学生の少年はその後無事発見されるも、4歳の少年は犯人と共に姿を消す。それから30年。当時警察担当だった新聞記者の門田は誘拐された少年の今を知る。それが契機となり、門田は事件の真相を求めて再取材を始めるが…。
事件関係者のその後を取材し、それぞれの人生を浮き彫りにしていくヒューマンドラマ。切ない家族の物語には心を揺さぶられる一方で、誘拐サスペンスを期待した人はもの足りなさを覚えるかも。
存在のすべてを
塩田 武士
朝日新聞出版
2023-09-07


4位.世界でいちばん透きとおった物語(杉井光 )
ミステリ界の巨匠・宮内彰吾が癌で61歳の生涯に幕を閉じた。彼には複数の愛人が存在し、その一人から生まれたのがぼくだ。ある日、彼の長男からぼくに連絡が入る。遺作原稿『世界でいちばん透きとおった物語』について何か知らないかと。成り行きからぼくはその原稿を探すことになるが...。
心理描写・情景描写ともにシンプルでさくさくとテンポよく読める作品ですが、その分、物語に深みはありません。しかし、その理由が明らかになっていくにつれて鳥肌が。前代未聞の驚愕ミステリ。


5位.十戒(夕木春央)
亡くなった叔父が所有していた孤島を父が相続し、リゾート開発の話を持ち掛けられる。美大浪人の里英は父や関係者とともに視察に訪れるが、一夜明けると1人が殺されていた。さらに、十箇条からなる犯人からの指示書が見つかる。しかも、指示に背けば爆弾で島を吹き飛ばすと書かれており…。
『方舟』に続くシリーズ第2弾で、犯人の指示を十戒に見立てた趣向が秀逸。緊迫感こそ前作に及ばないものの、真相に迫っていく過程は読み応えがあります。また、ドンデン返しもよく出来ています。
十戒
夕木春央
講談社
2023-08-08


6位.アリアドネの声(井上真偽)
救助災害ドローン開発のベンチャー企業に就職したハルオは障害者支援都市を訪れ、巨大地震に遭遇する。ほとんどの人は無事避難するが、1人の少女が危険地帯に取り残されてしまう。しかも、彼女は視覚・聴覚・発話能力に障害を抱えていた。ハルオはドローンで彼女を誘導しようとするが…。
制限時間6時間のなかでいかにして三重苦の少女を助けるかという災害救助モノで、息詰まる展開に引き込まれます。感動のラストに加えて、ミステリーとしてのどんでん返しも見事な傑作です。
アリアドネの声 (幻冬舎単行本)
井上真偽
幻冬舎
2023-06-21


7位.ちぎれた鎖と光の切れ端(荒木あかね)
2020年8月4日。8人の男女が海上コテージのある孤島・徒島(あだしま)に向かう。その一人・樋藤清嗣は、先輩の無念を晴らすべく、自分とコテージ管理人を除く6名を皆殺しにつもりでいた。だが、彼が計画を実行に移す前に標的の一人が他殺死体となって発見される。やがてそれは連続殺人に発展し…。
前半は典型的なクローズドサークルですが、そこから別の連続殺人へと繋がっていく構成が面白い。雰囲気が大きく異なる第一部と第二部が結び付き、事件の全体図が浮かび上がってくる展開が秀逸です。
ちぎれた鎖と光の切れ端
荒木あかね
講談社
2023-08-29


8位.エレファントヘッド(白井智之)
精神科医の象山は愛する妻と2人の娘に囲まれ、幸福な日々を送っていた。だが、ある日、小さな亀裂がもとで家族の絆は失われてしまう。絶望した彼は正体不明のドラッグを飲み、過去へ戻ることで危機を回避する。だが、その薬にはある副作用があり、そのうえ、何故か予期せぬ怪死事件まで起き...。
前半は主人公の幸福が崩壊するまでが描かれており、先の読めないサスペンスが秀逸です。後半は怪事件が起きて推理合戦が始まるもこれがあまりに奇想天外。ある意味、白井ワールドの到達点です。


9位.木挽町のあだ討ち(永井紗耶子)
雪の降る夜、木挽町の芝居小屋の裏で若衆の菊之助は、父親の仇を見事に討ち果たす。血まみれの首を高々と掲げる姿は語り草となり、人々の賞賛を集めることになった。それから2年。菊之助の縁者だという侍が仇討の顛末を知りたいと芝居小屋を尋ねてくる。彼は目撃者の話を聞いて回るが…。 
第169回直木賞。章ごとにスポットの当たる人物が交代し、そのつど語られる彼らの生き様が面白くて読み応えがあり。しかし、そこで油断すると、まさかの真相に驚かされることになります。感動傑作。
木挽町のあだ討ち
永井紗耶子
新潮社
2023-01-18


10位.黄色い家 (川上未映子)
水商売の母親と2人暮らしの花は17歳の夏に家を飛び出した。そして、母と同業者の黄美子や居場所を失った少女2人とスナックを始める。しかし、経営が軌道に乗り始めた矢先にスナックは火事で焼失し、彼女たちの生活は暗転する。生きるためにカード詐欺などの犯罪を重ねる花たちだったが…。
居場所を失った少女たちが疑似家族を形成し、犯罪に身を染めていくさまがノンストップで描かれており、思わず引き込まれます。次第に壊れていく主人公の描写が圧巻の傑作ガールズノワールです。
黄色い家
川上未映子
中央公論新社
2023-02-20


11位.君のクイズ (小川 哲 )
三島玲央はTV生放送のクイズ番組・Q-1グランプリ決勝に勝ち進むも対戦相手の本庄絆に破れてしまう。しかも、彼は最終問題で一文字も読まれていないうちに早押しボタンを押し、正答してみせたのだ。なぜそんな芸当が可能だったのか?三島は自らの人生を振り返りつつ、真相へと迫っていくが.....
クイズ番組の内幕を描きつつ、早押しクイズのテクニックについて詳しく解説してくれる点が知的好奇心をくすぐります。真相もエピソードの積み重ねによって説得力を持たせている点が見事です。
君のクイズ
小川 哲
朝日新聞出版
2022-10-07


12位.黒石-ヘイシ-新宿鮫Ⅻ(大沢在昌)
半グレたちの情報ネットワーク・金石シンジの幹部が公安に保護を求めてきた。彼の話によると、幹部の一人である徐福と名乗る人物が黒石という殺し屋を使って自分に反発する他の幹部を殺しているというのだ。正体をみせない不気味な相手に対し、新宿署の鮫島と公安の矢崎が懸命の捜査を続けるが...。
シリーズの愛読者にとっては一匹狼でなくなった鮫島に違和感を覚えるかもしれませんが、警察小説としては水準以上の面白さです。それに、ヒーローを自称する殺し屋・黒石のインパクトが強烈。
黒石(ヘイシ) 新宿鮫12
大沢 在昌
光文社
2022-11-24


13位.777 トリプルセブン(伊坂幸太郎)
天道虫と呼ばれる不運な殺し屋・七尾は部屋までプレゼントを届けるという簡単な仕事を請け負い、超高層ホテルにやってくる。だがそこで、驚異的な記憶力を持ち、そのことで6人の殺し屋に命を狙われている女性・紙野結花と遭遇する。七尾は助けてほしいと懇願する彼女を拒絶仕切れず…。
息つく暇もない見せ場の連続でページをめくる手が止まりません。自分のツキのなさをぼやきながらも難局を乗り越えていく七尾が格好いいですし、その他の登場人物も悪役を含めて皆魅力的です。


14位.でぃすぺる(今村昌弘 )
小学校最後の半年。優等生のサツキと一緒に壁新聞係とになったコースケは、去年亡くなったサツキの従姉・マリ姉の死の真相を追うことになる。マリ姉の死体は雪の降り積もったグランドで発見され、凶器は未だ発見されていない。事件の謎を解く鍵は奥郷町の七不思議にあるらしいのだが…。
著者十八番のホラーミステリですが、探偵役が普通の小学生ということもあって本格としてはもの足りなさが残ります。しかし、謎解きを通して主人公たちが成長していく物語としては読み応えあり。
でぃすぺる (文春e-book)
今村 昌弘
文藝春秋
2023-09-21


15位.ヴァンプドッグは叫ばない(市川憂人)
現金輸送車襲撃事件の応援要請を受け、マリアと漣は州都フェニックス市へ向かう。だが、厳重な検問を敷く真の理由は研究所を脱出した連続殺人犯・ヴァンプドッグ確保のめだった。やがて、ヴァンプドッグと同様の手口の殺人事件が発生。一方、逃亡中の襲撃犯も潜伏先で仲間の1人が殺され...。
マリア&漣シリーズ第5弾。本作ではシリーズキャラクターが一挙登場し、話を盛り上げていきます。ホラー色満載の謎も魅力的。怒涛の伏線回収も圧巻ですが、推理が煩雑なのがやや気になるところ。


16位.可燃物(米澤穂信)
雪山で遭難した2人の男が同じ場所で発見されるも1人は刺殺されていた。状況から重傷を負って生死をさ迷っているもう1人が犯人だと思われたが、凶器がどこにも見当たらない。雪には限られた足跡しかなく、凶器を遠くに捨てていくことは不可能だった。葛警部が導き出した答えとは?
全5話収録。葛警部が安楽椅子探偵を務める本格ミステリですが、事件関係者や警察内部の人間模様もテンポ良く掘り下げられ、警察小説としても読み応えがあります。両者のバランスが取れた傑作。
可燃物 (文春e-book)
米澤 穂信
文藝春秋
2023-07-25


17位.ゴリラ裁判の日(須藤古都離)
ニシローランドゴリラのローズは人間並みの知能を持ち、機械を通して人と会話をすることができる。研究者のすすめによってアメリカの動物園で暮らすことになった彼女だったが、そこで出会った夫の雄ゴリラを子供を救うためという理由で射殺されてしまう。納得できないローラは裁判に訴えるが...。
ハランベ事件をモチーフにした作品ですが、社会派ミステリというにはちょっと奇想天外すぎて評価しずらい。むしろ、雌ゴリラの数奇な運命を描いたファンタジー作品として抜群に面白い作品です。
ゴリラ裁判の日
須藤古都離
講談社
2023-03-14


18位.金環日蝕(阿部暁子)
大学生の春風は知り合いの老婦人がひったくりにあう瞬間を目撃し、偶然居合わせた少年・錬ともに犯人を追うも、すんでのところで取り逃がす。落し物から手掛かりを得た春風は半ば強引に探偵コンビを組まされた錬と犯人探しをはじめる。だが、その先にあったのはひったくりよりさらに深い闇で...。
コバルト文庫出身者ならではのライトな文体ながらも、物語は特殊詐欺や貧困問題に切り込んだ重苦しいものに。考えさせられると同時に、二転三転の末に衝撃の真相へと辿り着くミステリとしても秀逸。
金環日蝕
阿部 暁子
東京創元社
2022-10-31


19位.未明の砦(太田愛)
警視庁組織犯罪対策部は大手自動車メーカー〈ユシマ〉の非正規工員4人を共謀罪で逮捕すべく動いていた。しかし、突如発生した火災の混乱に乗じて4人は逃亡する。何者かが彼らに警察の動きを伝えたのだ。所轄の刑事・薮下は、この逮捕劇には裏があると読んで独自に捜査を開始するが…。
格差社会の問題などを掘り下げて描きつつも、エンタメ作品としても面白い社会派ミステリーの傑作です。特に、4人の工場労働者が搾取されている現実に気づき、立ち上がるさまは感動的です。
未明の砦 (角川書店単行本)
太田 愛
KADOKAWA
2023-07-31


20位.黒真珠 恋愛推理レアコレクション(連城三紀彦)
2年前から既婚者との交際を続けている女の元に男の妻が訪ねてくる。男との関係解消を迫られるのかと思えば、逆に夫と一緒になってほしいという。彼女は4年前から年下の男と付き合っており、彼と結ばれるために首尾良く夫と別れたいというのだ。女は彼女が演技をしているのではないかと疑うが…。
全14編の単行本未収録短編集。どの作品も男女間の愛憎劇を軸に、人間の業の深さをミステリーの形を借りて描いています。短いなかに連城節が凝縮されており、得意の反転も存分に堪能出来る名品です。



その他注目作品50

21.楽園の犬(岩井圭也)
1940年。サイパンに元英語教師の麻田健吾が降り立つ。南洋庁サイパン支庁庶務係としてだが、実際は日本海軍のスパイだった。この地には各国のスパイが跋扈しているため、開戦に備えて情報収集を行うのが使命だ。あるとき、漁師の自殺の真相を追っていた彼は南洋群島の闇に踏み込み…。
序盤は主人公が謎を追う面白さがありますが、次第に「戦争と生きる権利」という重いテーマが浮き彫りになってきます。そのため、盛り上がりには欠けるものの、涙腺崩壊のラストは素晴らしい。
楽園の犬 (角川春樹事務所)
岩井圭也
角川春樹事務所
2023-09-03


22.ヨモツイクサ(知念実希人) 
アイヌの人々から禁域と恐れられた黄泉の森でホテル会社が開発を始める。ほどなくして作業員が行方不明になってしまう。現場には大型の獣が暴れた痕跡が残されていた。外科医の佐原茜は7年前に自身の家族が神隠しにあった事件との関連性を感じ、姉の婚約者だった刑事と共に事件を探るが…。
ジャンルはバイオホラーですが、前半の人喰い熊の話などは冒険小説としても読み応え十分。また、ミステリーの技巧を用いたどんでん返しにも驚愕必至です。さらに、ホラーとしても抜群の面白さ。
ヨモツイクサ
知念実希人
双葉社
2023-05-17


23.上海灯蛾(上田早夕里)
1934年。農村出身の吾郷次郎は成功を夢見て上海に渡る。租界で雑貨屋を始めた次郎だったが、謎の女が極上の阿片を持ち込んだことで彼の運命は大きく動き始めた。阿片の取引を仕切る顔役の知己を得て、次郎は上海の裏社会へと足を踏み入れていく。そこで待ち受けるのは果たして栄光か破滅か?
野望を胸に抱く男たちの友情と裏切りの物語は善悪では割り切れないギラついた魅力があります。また、阿片を巡る上海黒社会と関東軍の抗争も読み応えあり。歴史ノワールの傑作です。
上海灯蛾
上田早夕里
双葉社
2023-03-23


24.しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人(早坂吝)
女探偵・死宮遊歩は迷宮牢で目を覚まし、姿なきゲームマスターが「六つの迷宮入り凶悪事件の犯人を集めた。各人に与えられた武器で殺し合い、生き残った一人が解放される」と告げる。集められた男女はみな無実を訴えるが、1人また1人と殺されていく。果たしてゲームマスターの目的は?
二転三転の展開に振り回され、アクロバティックな仕掛けに驚かされるいつもの早坂作品です。ただ、キャラの魅力に欠け、仕掛けも強引さが目立つ点については物足りなさを覚えます。


25.午後のチャイムが鳴るまでは(阿津川 辰海 )
昼休みに学校を抜け出した高校生2人がさまざまな難関をくぐり抜けて時間内にラーメンを食べて戻ってくるミッションに挑戦する「RUN! ラーメン RUN!」、文化祭で販売する部誌の表紙イラストが紛失して昼休みの校内を捜索する「いつになったら入稿完了?」など全5話収録。
等身大の高校生を描いたノスタルジー溢れる連作短編です。青春に重きを置いているためにミステリ的な仕掛けは小粒ながら、著者ならではのロジカルな推理は十分に堪能出来ます。爽やかな佳品。
午後のチャイムが鳴るまでは
阿津川 辰海
実業之日本社
2023-09-21


26.栞と噓の季節(米澤 穂信)
高校で図書委員を務める堀川次郎と松倉詩門は図書室の返却本の中に押し花でできた栞を発見する。しかも、その花は猛毒のトリカブトだったのだ。密かに持ち主を探す2人はやがて校舎裏で栽培されていたトリカブトを発見する。そして、男性教師がトリカブトの中毒で搬送される。果たして犯人は?
図書委員シリーズ第2弾。驚くような仕掛けがあるわけはありませんが、小さな矛盾を起点として真相に迫っていくプロセスはよくできています。また、ダークな青春ものとしても読み応えあり。


27.梅雨物語(貴志祐介)
老いた元教師のもとにかつて教え子だった女性が訪ねてくる。彼女は結婚後に自殺した双子の兄が生前に作成したという句集を取り出した。そして、この句集を全部燃やせと母がいうのだが、元俳句部顧問であるに先生に句の内容からその理由を読み解いてほしいというのだ。男は推理を始めるが…。
中短編シリーズ第2弾。収録3編はいずれも秀作ですが、なかでも俳句の解釈を巡って不穏な空気がたちのぼってくる「皐月闇」が圧巻です。他の2編と違って怪異は登場しないのに一番ゾッとします。
梅雨物語 (角川書店単行本)
貴志 祐介
KADOKAWA
2023-07-14





28.化石少女と七つの冒険(麻耶雄嵩)
神舞まりあは廃部寸前の古生物学部部長を務める化石おたくのお嬢様であり、誰からも認められることのない女子高生探偵だった。男子の制服を着て死んでいた女生徒、殺されたのちに焼かれた書道教師、赤い紐で手首を結びあった3人の死体。まりあは次々起きる怪事件に後輩の桑島彰とともに挑むが...。
シリーズ第2弾。名探偵とワトソン役の関係性にこだわった著者らしい作品であり、特に最後のオチには驚かされます。個々の事件も前作に比べてミステリーとしての面白さが大幅にアップした良作です。
化石少女と七つの冒険
麻耶雄嵩
徳間書店
2023-03-01


29.彼女はひとり闇の中(天祢涼)
横浜で暮らす千弦の元に幼なじみの玲奈から相談したいことがあると記されたLINEが送られてきた。だが、その翌日に玲奈は近所の小道で刺殺死体となって発見される。事件の真相を明らかにしたい千弦は独自に事件を追い、やがて大学で玲奈のゼミを担当していた犯罪社会学者の葛葉に行きつくが...。
現代人の心の闇がもたらした悲劇の物語は社会派ミステリーとして読み応えあります。作中には様々な仕掛けが施されており、どんでん返しによってテーマ性を浮かび上がらせる構成には唸らされました。
彼女はひとり闇の中
天祢 涼
光文社
2023-02-22


30.逆転美人 (藤崎翔)
シングルマザーの佐藤香織(仮名)は娘の教師に襲われたのを機に四葉社から一冊の手記を発表する。それは美人故にイジメや誘拐未遂など、さまざまな悲劇に見舞われた自身の半生を描いたものだった。しかも、その手記は発売されるや否や世間を震撼させる大事件を引き起こすことになり...。
主人公の幼少期から現在までが綴られている手記は重苦しく、読むほどに心が削られていきます。しかし、本作がその真価を発揮するのは終盤からで、2段仕掛けの反転劇には誰しも驚愕必至です。
逆転美人 (双葉文庫 ふ 31-03)
藤崎 翔
双葉社
2022-10-13


31.アンリアル(長浦京)
沖野修也には他人の敵意を赤い目の光として視認できる能力があった。その能力故に引きこもりとなった修也だが、両親の死の真相を探るべく警察官を志す。だが、警察学校在学中に特殊能力を買われた修也は国際交流課二係への異動を命じられる。そこは警察とは名ばかりのスパイ組織で…。
19歳の若者が特殊能力を活かして活躍するスパイ小説。万能すぎない程良い能力がミッション達成のプロセスを盛り上げていきます。主人公の成長物語としても秀逸。ただ、終盤がやや散漫な印象。
アンリアル
長浦京
講談社
2023-06-27


32.香港警察東京分室(月村了衛 )
増加する国際犯罪に対抗すべく設立された特殊共助係。インターポールの仲介により実現した日本と中国の警察官からなる合同チームだ。しかし、警察内部では各所の厄介者を集めた香港警察東京分室と揶揄されていた。その初任務は香港でデモを扇動して多数の死者を出した元教授の逮捕だったが...。
著者十八番のポリスアクションもので現実の政治的問題を交えつつも極上のエンタメ作品に仕上げた傑作です。水越真希枝警視をはじめとして捜査官が魅力的で特に中盤の銃撃戦は手に汗握ります。
香港警察東京分室
月村了衛
小学館
2023-04-21


33.アミュレット・ホテル(方丈貴恵)
警察の介入が一切なく、偽造パスポートも武器もルームサービスでお届け可能な犯罪者御用達のアミュレット・ホテル。宿泊客が守るべきルールはホテルに損害を与えないことと敷地内で傷害・殺人に及ばないという2点だけ。そのルールが破られたとき、ホテル探偵が独自の捜査で犯人を追いつめる。
連作短編でも著者ならではの緻密なロジックは健在。ただ、話が短い分、説明に終始している印象が強くて物語として味気なさを感じてしまいます。全員悪人という割に緊迫感に欠ける点もマイナス。
アミュレット・ホテル
方丈 貴恵
光文社
2023-07-20


34.骨灰(冲方丁)
大手デベロッパーIR部の松永光弘は自社が請け負っている建設中ビルの地階を降りていた。欠陥工事を糾弾するツイートが見つかったので騒ぎになる前に真偽を確かめるためだ。建築物自体に大きな問題はなかった代わりに、謎の祭祀場と穴の中で鎖に繋がれた男を発見する。それが悪夢の始まりだった。
人身御供や呪術の世界がディテール豊かに描かれており、オカルト好きの人にとっては引き込まれる内容となっています。それだけに、それらの道具立てを後半活かし切れず、最後があっさりなのが残念。
骨灰 (角川書店単行本)
冲方 丁
KADOKAWA
2022-12-09


35.素敵な圧迫(呉勝浩)
自分の体を隙間に収めることに安らぎを覚える女性が理想の男性に出会うも彼の妻に不倫がばれる表題作、金をくれなければ犯罪も辞さないと脅してくる息子に対して父親が論戦を挑む「論リー・チャップリン」、現実とそっくりな別の世界で悪行三昧を行う「パノラマ・マシン」など、全6篇収録。
ミステリとして評価しずらい作品もあるものの、バラエティに富んだユニークな作品が揃っています。なかでもボクシング小説の「ダニエル・《ハングマン》・ジャービスの処刑について」 が秀逸。
素敵な圧迫 (角川書店単行本)
呉 勝浩
KADOKAWA
2023-08-30


36.八角関係(覆面冠者)
親からの莫大な遺産によって贅沢三昧の暮らしをしている三兄弟と妻。それに加えて、屋敷には警察官と女流作家が同居していた。しかも、男たちは長男が次男の妻、次男が三男の妻といった具合に自分の妻とは別の女と関係を持っている。そんななか、広大な屋敷内で恐るべき連続殺人が発生し…。
1951年に雑誌オール・ロマンスに連載されて以降、初の書籍化。愛慾変態推理小説と銘打たれた官能小説のような内容ながら、4つの不可能犯罪が描かれるなど、探偵小説としても魅力満載です。
八角関係 (論創ノベルス)
覆面冠者
論創社
2023-08-25


37.月夜行路(秋吉理香子)
45歳の涼子は冷え切った家庭に耐えかねて家を飛び出す。彼女が向かったのは夫の愛人が勤めるクラブのあるビル。1階のBARに入ると性別は男だというママが話しかけ、持ち前の洞察力で涼子の悩みや素性を言い当てる。そして、かつて本気で愛していたカズトに探す旅に出ることになるが…。
著者本来のイヤミスと比べると随分とライトで気軽に楽しむことが出来ます。大阪にちなんだ文学の蘊蓄や旅先で殺人事件に巻き込まれる展開も楽しい。そして、ラストのサプライズに泣かされます。
月夜行路
秋吉理香子
講談社
2023-08-08


38.踏切の幽霊(高野和明 )
1994年冬。元新聞記者で今は女性雑誌の記者をしている松田は、読者投稿の心霊写真に基づいて取材を開始する。しかし、撮影場所の踏切では列車の非常停止が相次いでおり、自らも心霊現象に遭遇するのだった。彼は写真に写っている女幽霊の身元を調べ始めが、やがてそれは思わぬ事件と結び付き…。
『ジェノサイド』以来11年ぶりの新作。ミステリとしてもホラーとしても突出した点はないものの、両者を掛け合わせて上手く話を盛り上げています。最後には切なさがこみ上げる幽霊譚の秀作です。
踏切の幽霊
高野 和明
文藝春秋
2022-12-13


39.好きです、死んでください(中村あき)
作家で大学生の小口栞は恋愛リアリティショーに出演するため、芸能人やスタッフたちとともにコテージのある孤島にやってくる。だが、若手人気女優の松浦花火が首吊り死体となって密室で発見される。調べてみると首を絞めた跡が残されていた。しかも、何者かによって外部との連絡が絶たれ…。
クローズド・サークルと恋愛リアリティショー相性が思いのほか良く、相互作用によってうまくサスペスを盛り上げています。また、ミスデレクションよって真相をミスリードさせる手管も絶妙です。
好きです、死んでください
中村あき
双葉社
2023-09-21


40.エフェクトラ――紅門福助最厄の事件(霞流一) 
数多の死体を演じ、ダイプレイヤーと称された俳優の忍神健一。彼の役者生活四十周年を記念してセレモニーが開かれる。ところが、その準備中に不可解な出来事が続き、ついには関係者の変死体が発見される。しかも、現場である雪の降り積もったバンガローには残されているはずの足跡がなく…。
最初は平板で冗長さを感じますが、足跡のない殺人や犯人消失といった魅力的な謎が次々と現れるようになると、一気に引き込まれます。当時に、サブタイトルの意味が分かる最後のヒネりも印象的。


41.名探偵のままでいて(小西 マサテル )
元小学校校長で頭脳明晰な祖父は孫娘の楓が血まみれで倒れているのを発見し、警察に通報する。だが、それはレビー小体型認知症による幻覚だった。以来、介護を受けながら暮らしていたが、ある日、小学教師である楓が身の回りで起きた不思議な体験を話すと、名探偵の如き推理を披露し始め...。
第21回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。安楽椅子探偵ものですが、探偵役が幻視に悩まされる認知症の老人という設定がユニークです。祖父と孫娘の関係も魅力的で最終話では涙腺が緩みます。
名探偵のままでいて
小西マサテル
宝島社
2023-01-07


42.風配図 WIND ROSE(皆川博子)
1160年5月。バルト海に位置するゴットランド島に難破船が漂着する。そして、その積荷の所有権を巡って生存者のドイツ人商人と島民との間で決闘裁判が行われることとなる。重傷のドイツ人商人に代わって決闘の場に立ったのは15歳の少女・ヘルガ。義妹・アグネが見守る中、裁判の幕が開くが...。
北上するドイツ商人やロシアの政争など、当時の世相を交えた物語は大河小説として読み応えあり。戯曲や詩を交えた独自のスタイルも印象的で93歳の著者がこれだけの力作をものにした事実に驚き。
風配図 WIND ROSE
皆川 博子
河出書房新社
2023-05-09


43.或るスペイン岬の謎 (柄刀一)
名探偵・南美希風は彼の心臓移植を執刀した恩人の娘であるエリザベス・キッドリッジと日本中を旅していた。そして行く先々で2人は怪事件に遭遇する。すべてが反転したあべこべの部屋、降りしきる雨の中で庭に放置されていた全裸の被害者、森の中に佇む殺人鬼。果たして南美希風の推理は?
シリーズの第4弾にして最終巻。「スペイン岬」「チャイナ橙」「ニッポン樫鳥」の3話が収録されており、どの作品も謎解きの魅力詰まっています。なかでも、ロジックの切れ味が抜群な表題作が秀逸。


44.私雨邸の殺人に関する各人の視点(渡辺 優
山奥に建てられた私雨邸には資産家の孫たちを含め、11人の男女が集まっていた。やがて、嵐の到来とともに事件が起きる。資産家のオーナーが密室で刺殺死体となって発見されたのだ。探偵不在のまま犯人探しが行われるが、私雨邸に閉じ込められた人々はみな怪しい者ばかり。果たして犯人は?
クローズドサークルから、密室、ダイイングメッセージ、推理合戦に読者への挑戦と本格要素満載で楽しませてくれます。目新しい要素こそないものの、誰もが怪しく思える展開は読み応えがあり。


45.誰が勇者を殺したか(駄犬)
魔王が倒されて4年。平和を取り戻した王国は亡き勇者を称えるべく、その偉業を文献にまとめる事業を立ち上げる。騎士レオン、僧侶マリア、賢者ソロンらに勇者のエピソードについて尋ねていくが、彼の死の真相については一様に言葉を濁すのだった。果たして勇者を死に至らしめたのは誰なのか?
視点が変わるごとに徐々に全体像が見えてくる構成が素晴らしい。インタビューと回想によるテンポの良い語りにぐいぐいと引き込まれる、ファンタジーミステリーとして読み応え満点の傑作です。


46.化け者手本(蝉谷めぐ実 )
江戸後期の文政。稀代の人気女形だった元役者の魚之助と鳥屋を営む青年・藤九郎のもとに奇怪な事件の話が持ち込まれる。舞台の幕が下りたとき、首の骨が折られたうえに両耳から棒が突き出た死体が客席に転がっていたというのだ。演目は「仮名手本忠臣蔵」で死人はこれで2人目だというが…。
化け者シリーズ第2弾。江戸時代の芝居の世界を活写しつつ、役者の業の深さを浮き彫りにしていく物語は読み応え満点で魚之助と藤九郎のコンビも魅力的。ただし、ミステリとしての弱さは否めず。
化け者手本
蝉谷 めぐ実
KADOKAWA
2023-07-28


47.バールの正しい使い方(青本雪平)
転校を繰り返す小学生の礼恩はいつしか力関係を察してクラスに溶け込む術を身につけていた。同時に、行く先々で出会うクラスメイトたちが嘘つきであることにも気付く。なぜ彼らは嘘をつくのか?さらに、どの学校でもバールに関する噂が広まっているのはなぜか?礼恩はバールを手にとるが...。
全6編の連作短編であり、各エピソードで嘘を巡るエピソードが展開されていきます。謎解きが見事であるのと同時に、哀愁を帯びた嘘の理由が心に刺さります。特に、エピローグでの伏線回収が鮮やか。
バールの正しい使い方
青本雪平
徳間書店
2022-12-10


48.時計泥棒と悪人たち (夕木春央)
とある事情から不治の病に冒された実業家所有の美術館に忍び込んだところ不可解な謎に遭遇する『加右衛門氏の美術館』、ごくつぶし一家の家計を支えていた男が密室で殺される「悪人一家の密室」、大雪の日に誘拐事件に続いて足跡なき殺人が発生する「誘拐と大雪」など全7編収録。
元泥棒が探偵役を務めるシリーズ第2弾。大正浪漫な雰囲気の中で繰り広げられる謎解きにワクワクします。事件もバラエティに富んでおり、それを解き明かすロジックの冴えも申し分なしです。
時計泥棒と悪人たち
夕木春央
講談社
2023-04-25


49.最後の祈り(薬丸岳)
教誨師の保阪宗佑は精神的救済を求める囚人たちと向かい合っていたが通り魔によって妊娠中の娘を殺されてしまう。しかも、4人の命を奪って死刑判決を受けた犯人はサンキューといって高笑いをしたのだ。犯人を地獄に突き落としたいとの思いに駆られた宗佑は教誨師として彼と対話を始めるが....。
犯人の抱える闇や罪の意識、遺族の心の問題などが臨場感豊かに描かれており、重い話なのにぐいぐいと引き込まれていきます。加害者の罪と罰について問い続けてきた著者の到達点ともいうべき力作。
最後の祈り (角川書店単行本)
薬丸 岳
KADOKAWA
2023-04-21


50.ノウイットオール あなただけが知っている(森バジル)
クリスマスイヴの夜。暴力団の事務所で組員が殺され、警察沙汰にしたくない組長は界隈で最も有能かつ口の堅い私立探偵・青影千織に犯人捜しの依頼をする。助手の森崎を引き連れて現場を訪れた青影は依頼料が1400万円になることを告げたうえで、この事件は身内の犯行であると指摘するが…。
第30回松本清張賞受賞作。同賞のお堅いイメージに反したポップな作風にビックリ。ジャンルの異なる独立した5つの物語はどれも面白く、実は相互干渉しあっていたというプロットも秀逸です。


51.大雑把かつあやふやな怪盗の予告状 警察庁特殊例外事案専従捜査課事件ファイル(倉知淳)
並の刑事では解決不可能な難事件に対処すべく名探偵を派遣する部署・通称探偵課が発足。しかし、警察の人間ではない探偵は勝手に捜査をすることが出来ない。そこで随行員が必要となり、キャリア警官として入庁したばかりの木村が指名される。だが、組まされる名探偵は皆癖の強い奴らばかりで…。
もしも名探偵が警察庁公認だっらだら?という発想で書かれた3編収録の中編集です。独特のユーモアが楽しく、ホワイダニットを中心とした謎解きもよく出来ています。特に意外性抜群の表題作が秀逸。


52.ぎんなみ商店街の事件簿 Brother編/Sister編(井上真偽)
元太・福太・学太・良太の4兄弟は早くに母を亡くし、父は海外に赴任中。ある日、近所の商店街車が店に突っ込む事故が起きる。運転手は即死だったのだが、死因は焼き鳥の串が喉に突き刺さったというもの。それを目撃していた末弟の証言に違和感を覚えた兄たちは独自に調査を始めるが…。
4兄弟と3姉妹が別の視点から事件を推理する全3話×2部構成の連作ミステリ。独自のスタイルに加え、家族愛の描写や掛け合いの楽しさも魅力的です。ただ、同じ事件を2回描くので冗長なのが難。


53.ローズマリーのあまき香り(島田荘司)
1977年10月。ニューヨークのバレエシアターで上演されたスカボロゥの祭りにて生ける伝説と呼ばれるバレリーナ・フランチェスカ・クレスパンが幕の合間に控室で殺される。しかも、観客たちの証言によると、彼女は死後も踊り続けていたというのだ。この奇怪な謎に名探偵・御手洗潔が挑むが...。
『占星術殺人事件』以前の事件を描いた御手洗潔シリーズの第31弾。謎解きの切れ味は往年の作品には及ばないものの、幻想的な事件には惹き込まれますし、冒険譚としては十分に楽しめる出来です。


54.鈍色幻視行(恩田陸)
飯合梓の『夜果つるところ』は三度映像化が試みられたがすべて頓挫しおり、呪われた小説と呼ばれていた。飯合梓の謎を追う小説家の蕗谷梢は関係者が一堂に介するクルーズ旅行に夫の雅春と参加する。彼女は『夜果つるところ』に対して並々ならぬ思い入れのある人々にインタビューを行うが…。
これぞ恩田ワールドといった感じで、取材やインタビューを通して様々な事実が明らかになり、さまざまな謎を紐解いていく過程はゾクゾクする面白さに満ちています。ただ、結末が弱いのもいつも通り。
鈍色幻視行 (集英社文芸単行本)
恩田陸
集英社
2023-05-26


55.夜果つるところ(恩田陸)
幼い私はものごころついた頃からずっと人里離れた遊郭・墜月荘で暮らしていた。そんな私には産みの母・和江、育ての母・莢子、名義上の母・文子という3人の母がいた。ある時、館に出入りする3人の男たちの宴に迷い込むが、私は彼らに近しいものを感じる。だが、それは惨劇の始まりで...。
著者の別作品『鈍色幻視行』において呪われた映画として語られる同タイトルの原作小説という位置付けの作品です。妖しげなムードの中で繰り広げられる惨劇と驚愕の事実。独自の空気感が魅力的。


56.恋する殺人者(倉知淳)
大学生の沢木高文が姉同然に慕っていた従姉の真帆が転落死する。警察は事故として処理するも納得がいかない高文は彼に片想いしているフリーターの来宮美咲を助手に真相を探っていく。担当刑事の鷲尾にあしらわれながも独自捜査を続ける高文だったが、彼が協力を要請した人が次々と殺されていき…。
大胆な仕掛けが施されているものの、ミステリを読みなれた人なら真相にたどりつくのは比較的容易です。テンポ良く気軽に楽しむことができるという点も含め、どちらかといえば初心者向けの作品。
恋する殺人者 (幻冬舎単行本)
倉知淳
幻冬舎
2023-06-07


57.11文字の檻: 青崎有吾短編集成(青崎有吾)
JR福知山線脱線事故に遭遇したカメラマンが事故の経緯に違和感を覚える「加速していく」、全面がガラス張りという奇妙な屋敷で起きた不可能殺人の顛末を描いた「噤ヶ森の硝子屋敷」、漫画『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い』のノベライズ「前髪は空を向いている」など、全8篇収録。
本格からSF、果ては漫画のノベライズと非バラエティに富んだ短編集。なかでも、面白さ抜群なのが百合ロードノベルの「恋澤姉妹」です。ミステリとしては表題作や「噤ヶ森の硝子屋敷」も秀逸。


58.焔と雪  京都探偵物語(伊吹亜門)
大正時代の京都。伯爵のご落胤で病弱な露木と豆腐屋の倅で元刑事の鯉城の2人は幼なじみで探偵事務所の共同経営者だ。あるとき、鯉城は女から恋人のふりをしてほしいという依頼を受ける。その後、彼女につきまとっていた男は自らに火を付け焼死したという。だが、彼の死には不可解な点があり...。
全5話の連作短編。大正時代の京都が情感たっぷりに描かれているのが印象的。ミステリとしては弱い感じがするものの、後半に入ると一変。どんでん返しとそれに伴う切なさが心を揺さぶります。


59.秋雨物語(貴志祐介)
失踪した作家のパソコンから眠ると勝手にテレポートする悩みを綴った文章が発見される「フーグ」、33歳まで一度も恋人ができない男が前世の呪いについて語る「餓鬼の田」、一緒にこっくりさんをした死にたがりの小学生たちが18年後に再びこっくりさんを行う「こっくりさん」など全4編収録。
ホラー短編集と銘打たれていますが、実際は多彩なジャンルのエッセンスを散りばめて楽しませてくれます。特に、奇妙な味の「餓鬼の田」が秀逸。ただし、全体的にラストのインパクトは今ひとつです。
秋雨物語 (角川書店単行本)
貴志 祐介
KADOKAWA
2022-11-29





60.フォトミステリー ―PHOTO・MYSTERY― (道尾 秀介)
魔法使いに石にされた男の話を孫娘に語っていた祖母が最後に意外な一言を口にする「静かな午後」、お兄ちゃんはなんでずっと帰ってこなかったの?と尋ねる幼い妹に対して兄はどうしようかずっと迷ってたからと答える「お兄ちゃんの髪は濡れていた」など、全50篇のショートショート集。
本文は数十文字から数百文字程度で、小説というよりは写真を見て面白い回答に挑戦する大喜利のようなノリの作品です。著者ならではのブラックが味わいは悪くないものの、小説とは言い難い。
フォトミステリー ―PHOTO・MYSTERY―
道尾 秀介
ワニブックス
2023-06-16


61.レモンと殺人鬼(くわがきあゆ)
小林姉妹の父は10年前に通り魔によって殺され、母も失踪。結果、2人は別々の親戚に預けられ、不遇の日々を過ごすこととなる。ある時、妹の妃奈が遺体で発見される。しかも、被害者であるはずの彼女に保険金殺人の容疑がかけられたのだ。姉の美桜は妹の無実を信じ、独自に調査を開始するが…。
第21回 『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ。前半は重たい展開が続くも、中盤以降怒濤の展開が始まり、一気に引き込まれます。ただ、どんでん返しの繰り返しははいささかくどすぎ。
レモンと殺人鬼 (宝島社文庫)
くわがきあゆ
宝島社
2023-04-06


62.魔女と過ごした七日間(東野圭吾 )
AI監視システムが張り巡らされた近未来の日本で、指名手配犯捜しのスペシャリストだった元刑事が何者かによって殺害された。中学3年生の陸真は友人の純也とともに父を殺した犯人を探っていき、やがて円華という名の女性と出会う。彼女は不思議な力で彼らを真相へと導かれていくが…。
ラプラスの魔女シリーズ第3弾。少年たちのひと夏の冒険譚&成長物語として非常に読み応えがあります。ただ、事件は円華のの力によってあっさり解かれるのでミステリとしては物足りなさも。
魔女と過ごした七日間
東野 圭吾
KADOKAWA
2023-03-17


63.魔女の原罪(五十嵐 律人)
鏡沢高校は自由な校風で知られ、校則はないうえに服装や髪の色も自由。ただ、法律だけは厳守しなければならない。違法行為は厳罰に処され、校内にはいたるところに監視カメラが設置されていた。そして、ある変死事件をきっかけに学校や街の秘密が暴かれていく。街の住人がおそれる魔女とは?
前半は謎解き要素を絡めつつ学園ものの雰囲気で進んでいきますが、一生ラストで衝撃の展開が。荒唐無稽さはあるものの、後半の怒涛の展開が素晴らしく、法廷ミステリーとしても読み応えありです。
魔女の原罪 (文春e-book)
五十嵐 律人
文藝春秋
2023-04-24


64.歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理(三津谷信三)
刀城言耶に研究室の留守を任された青年作家の天弓馬人。彼は極度の怖がりで女子大生の瞳星愛が持ち込む怪異譚にひびりまくる。そして、恐怖から逃れるために一連の怪異に合理的な説明をつけようするのだった。陸に上がった亡者、子供の腹を裂く狐鬼、密室の座敷婆。果たして天弓の推理は?
刀城言耶シリーズのスピンオフ作品。本家と比べるとミステリーとしてもホラーとしても物足りなさはあるものの、馬人と愛の関係が微笑ましく、連作短編として楽しい作品に仕上がっています。


65.新・教場(長岡弘樹)
警察学校第九十四期初任科短期課程の教官となった風間公親は生徒の暗部を暴いていく。交番実地研修中に通り魔を逮捕したブラジリアン柔術有段者の生徒に現場の再現を命じる『殺意のデスマスク』、卒業式の祝辞を読むのを辞め、最終講義を始める『カリギュラの犠牲』など、全6話収録。
シリーズ第6弾。風閒の鋭い洞察で真実に迫るプロセスがスリリングに語られていく点は相変わらずの面白さ。加えて、事件の陰湿さが薄れて読みやすいのも好印象です。ただ、若干のマンネリ感も。
新・教場
長岡弘樹
小学館
2023-03-15


66.60% (柴田祐紀) 
新興暴力団の若頭・柴崎は職も家庭も失った元銀行員の後藤喜一を使ってマネーロンダリングの会社を立ち上げる。一方で、中国マフィアとのヤクの取引を柴崎自ら受け持つも担当を外された部下がヤクの横流しを試みたことで中国マフィアとの対立を生んでしまう。やがて、日本に殺し屋を送り込まれ…。
第26回日本ミステリー文学大賞新人賞。カリスマ極道の柴崎や闇社会に自分の居場所を求める元銀行員の後藤など登場人物みな皆魅力的。一方で、柴崎が超人すぎるなどリアリティの面ではやや難も。
60%
柴田 祐紀
光文社
2023-02-22


67.そして、よみがえる世界。(西式豊)
テレパスと呼ばれる脳内インプラントにより、介助用ロボットや仮想空間でのアバターの直接操作が可能となった近未来。記憶と視覚を失った少女エリカに対する視覚再建装置の埋め込み手術が行われる。しかし、術後彼女は黒い影の幻に脅かされるようになり、手術を行った院内でも謎の事件が...。
第12回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作。序盤は技術的な説明が続くために少々冗長ですが散りばめられた伏線が回収される中盤以降一気に面白くなります。ミステリーよりもSFとして魅力的な傑作。
そして、よみがえる世界。
西式 豊
早川書房
2022-11-16


68.むかしむかしあるところに、死体があってもめでたしめでたし。(青柳碧人)
こぶとりじいさんの子孫が殺人事件に巻き込まれる「こぶとり奇譚」、芳一が平家の亡霊から身を守るため全身にお経を書いて一夜を過ごしていたところいつの間にかそばに死体が転がっていた「陰陽師、耳なし方一に出会う」、三年寝太郎が名探偵を務める「三年安楽椅子太郎」など、全5編収録。
昔話の世界で事件が起きる”むか死シリーズ”の最終巻。いつも趣向に加えて方一と陰陽師、三年寝太郎と雪女&笠地蔵といった複数の作品のコラボが楽しい。特殊設定ものとして安定の面白さです。
69.赤ずきん、ピノキオ拾って死体と出会う。(青柳碧人)
赤ずきんは森の中でキツネとネコが運んでいた袋の中から人形の腕が落ちるのを目撃する。その腕は赤ずきんの前で動き出し、紙とペンを与えると自分はピノキオでサーカス団に捕まっているので助けてほしいと訴える。救出に向かった赤ずきんだったが、キツネ殺しの犯人として逮捕されてしまい...。
赤ずきんシリーズ第2弾。ミステリーとしても安定の面白さですが、それ以上に、童話キャラ共演のドラマがよくできています。特に、『白雪姫』を皮肉たっぷりに描いた『女たちの毒リンゴ』が秀逸


70.蒼天の鳥(三上幸四郎) 
大正13年7月の鳥取市。女性の地位向上を訴える田中古代子は作家として本格的に活動するために娘の千鳥と内縁の夫・涌島義博の3人で東京に引っ越す計画を立てていた。しかし、活動写真「兇賊ジゴマ」を市内の劇場で千鳥と観劇中、場内で火事が発生。しかも、ジゴマが現れて男を1人殺害し...。
第69回江戸川乱歩賞受賞。実在の女流作家の目を通して大正時代の空気や女性の立場などを描いた物語は読み応えあり。娘との関係もぐっときます。ただ、ミステリとしてはいささか弱過ぎな気が...。
蒼天の鳥
三上幸四郎
講談社
2023-08-22



チェック漏れ作品

鏡の国(岡崎琢磨)
和製クリスティと呼ばれた大御所ミステリー作家の室見響子の死後、彼女の遺稿が見つかる。それはデビュー前に書いた私小説的な内容だった。担当編集者は著作権継承者である響子の姪に「この原稿には削除されたエピソードがあると思う」と告げる。果たしてその物語に隠された秘密とは?
自分を醜いと思い込む身体醜形障害に悩む元アイドルという主人公の設定に伏線を絡ませて反転させる手管が見事です。作中での事件もかなりの面白さですが、削除されたエピソードの件は蛇足かも。
鏡の国
岡崎 琢磨
PHP研究所
2023-09-13


2023年12月4日追記
予想結果
ベスト5→5作品中2作的中
ベスト10→10作品中7作的中
ベスト20→20作品中12作的中
順位完全一致→20作品中0作品

Next⇒このミステリーがすごい!2025年版 国内ベスト20予想

対象作品である2022年10月1日~2023年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします


このミステリーがすごい!海外版最終予想(2023年11月17日)

1位.卒業生には向かない真実(ホリー・ジャクソン)
大学入学を控えたピップの周辺で不審な出来事が続発する。無言電話、首を切られたハトの死体、首のない棒人間の落書き。調査の結果、6年前に起きた連続殺人との共通点が明らかになる。しかし、犯人はずでに逮捕され、獄中で無罪を訴えていた。さらに調査を続けるヒップに衝撃的な出来事が...。
ピップ三部作の完結編ながら犯人探しそのものは意外と凡庸。しかし、本作の真価は全く別のところにあります。途中から驚きの展開が始まり、1作目では想像だにしなかった地点に着地する傑作です。


2位.ナイフをひねれば (アンソニー・ホロヴィッツ)
ホーソンが脚本を手掛けた戯曲の公演が始まるも、辛辣なことで有名な劇評家にこき下ろされてしまう。意気消沈する一同。しかし、翌朝にその劇評家が死体となって発見される。しかも、凶器はホーソンの所有物だったのだ。逮捕された彼は縁を切ったはずの名探偵ホーソンに救いを求めるが…。
ホーソーン&ホロヴィッツ シリーズ第4弾。やや冗長だった前作と比べると作者自身が逮捕されるなど、スリリングな展開が続きます。終盤、怒濤の伏線回収とともに真相を明らかにする手管も見事。


3位.トゥルー・クライム・ストーリー (ジョセフ・ノックス)
2011年。女学生のゾーイがマンチェスター大学の学生寮から姿を消す。その6年後、この一件に興味を持った作家のイヴリンは関係者への取材を行う。ところが、ゾーイを拉致した人物を特定する証拠を入手した直後に死亡。イヴリンの遺志を継いだジョセフ・ノックスは彼女の遺稿を完成させるが...。
関係者へのインタビューを中心に、メール、新聞記事、SNSの書き込み等で構成された異色作。登場人物が皆信用できず、不穏な空気が漂うなか、意外な真実が浮かび上がってくる構成が秀逸です。
トゥルー・クライム・ストーリー (新潮文庫 ノ 1-4)
ジョセフ・ノックス
新潮社
2023-08-29


4位.頬に哀しみを刻め(S・A・コスビー)
黒人・アイザイアと白人・デレクの同性婚夫婦が殺された。捜査は一向に進まず、彼らの墓は差別主義者によって破壊される。アイザイアの父親・アイクは同性愛者である息子を受け入れられなかった後悔と差別主義者への怒りに燃え、酒浸りのデレクの父・バディ・リーと共に犯人 捜しに乗り出すが…。   
血で血を洗う復讐劇のなかに年老いた男たちの哀愁をにじませ、極上のクライムノベルに仕上げています。同時に、LGBTや人種差別といった今日的な社問題を真正面から見据えた社会派としても秀逸。
頰に哀しみを刻め (ハーパーBOOKS)
S・A コスビー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2023-02-16


5位.真珠湾の冬(ジェイムズ・ケストレル )
1941年ハワイ。ホノルル署の刑事マグレディは白人男性と日本人女性が惨殺された事件の容疑者を追ってアジアに向かう。ところが、真珠湾攻撃によって太平洋戦争が勃発し、マグレディも陥落した香港で拘束されてしまう。偶然の出会いによって助けられたマグレディは東京の谷中に身を隠すが...。
太平洋戦争を背景に陸軍あがりの刑事の数奇な運命が描かれる大河ミステリーです。冒険あり、悲恋あり、国家間の暗闘ありと様々な要素で楽しませてくれます。臨場感溢れる時代描写が素晴らしい傑作。
真珠湾の冬 (ハヤカワ・ミステリ)
ジェイムズ ケストレル
早川書房
2022-12-06


6位.木曜殺人クラブ 二度死んだ男(リチャード・オスマン)
老人たちで結成した素人探偵グループ・木曜殺人クラブの一員であるエリザベスは死んだと思われていた元夫でMI5諜報員のダグラスと再会する。しかも、彼は2千万ポンドのダイヤを盗んだ疑いをかけられ、米国マフィアから追われていた。一方、メンバーの一人・イブラハムが路上強盗に襲われ...。
頭脳明晰な老人達が難事件に挑むシリーズ第2弾。老人4人のキャラが魅力的で、MI5やマフィアを敵に回して活躍する姿は痛快です。一方で、老いの悲哀も描かれていることで物語に深みを与えています。
木曜殺人クラブ 二度死んだ男 (ハヤカワ・ミステリ)
リチャード・オスマン
早川書房
2022-11-02


7位.グッゲンハイムの謎(シヴォーン・ダウド:原案/ロビン・スティーヴンス:著)
12歳の夏休み。テッドは母や姉とともにニューヨークを訪れ、グッゲンハイム美術館の主任学芸員であるグロリアおばさんのはからいで休館日の美術館を見学させてもらう。ところが、突然白い煙があがり、一行は慌てて避難する。その隙に名画が盗まれ、そのうえ、おばさんが逮捕されてしまい...。
『ロンドン・アイの謎』に続くシリーズ第2弾。前作同様、ユーモアを散りばめられた物語が楽しく、一歩一歩真相に迫っていく展開も読み応えがあります。微笑ましさと本格推理が同居した傑作です。
グッゲンハイムの謎
ロビン・スティーヴンス
東京創元社
2022-12-12


8位.破果(ク・ビョンモ)
爪角はキャリア45年を誇る腕利きの殺し屋だ。だが、老境に達した彼女は、ターゲットを苦しめずに始末する方法に思い悩むなど、徐々に心が弱くなっていくのを感じていた。そんな彼女になぜか敵意を剥きだしにする若き殺し屋・トゥ。そして、ある事件をきっかけに2人は死闘を繰り広げることになり...。
老いの哀しみを現代小説風に描きつつも、バイオレンスな物語が繰り広げられていく韓国ノワールです。文章が読みにくい点は難ですが、殺し屋2人によるリアリティ満点の戦いには手に汗握ります。
破果
ク ビョンモ
岩波書店
2023-02-22


9位.木曜殺人クラブ 逸れた銃弾(リチャード・オスマン)
10年前。大がかりなVAT詐欺調べていた女性キャスターが車ごと崖から落ちて死亡した。ジョイスの提案により、木曜殺人クラブの面々はその事故の真相を探り始める。ところが、メンバーのひとりであるエリザベスはジョイスを殺されたくなければ、元KGBの大佐を暗殺城と脅迫され...。
シリーズ第3弾。事態の深刻さに反して皆のノリがお気楽なので気軽に楽しむことができます。クラブの面々の掛け合いも面白く、ミステリーとしても驚きの真相が用意されています。安定の佳品です。
木曜殺人クラブ 逸れた銃弾 (ハヤカワ・ミステリ)
リチャード オスマン
早川書房
2023-07-04


10位.恐るべき太陽(ミシェル・ビュッシ)
カリスマ作家による創作セミナーが南の島で開催されることになり、受講生として作家志望の5人の女性が選ばれる。ところが、セミナーが始まってまもなくして作家は失踪。そのうえ、参加者も次々と不審死を遂げていく。セミナー参加者と連れだって島にやってきた警察官と少女が謎に挑むが...。
南の島で登場人物たちが次々と死を遂げるという古典ミステリのフォーマットを採用しつつ、最後にはビュッシならではの仕掛けが炸裂します。卓越した騙しのテクニックには唸らされるばかりです。
恐るべき太陽 (集英社文庫)
ミシェル・ビュッシ
集英社
2023-07-06


11位.厳冬之棺(孫沁文)
陸家の長子・陸仁が地下の貯蔵室で死体となって発見される。出入口は雨の侵入を受けて水没しており、痕跡を残さずに出入りするのは不可能だった。しかも、現場にはおぞましい伝承を彷彿とさせるへその緒が残されていた。さらに密室殺人が続くなか、天才漫画家探偵・安縝が出馬するが...。
中国のディクスン・カーと呼ばれる著者の初長編作品です。その二つ名は伊達ではなく、作中には非常に凝った密室トリックが3つも用意されています。他にも探偵小説のガジェットが満載の傑作。


12位.グレイラットの殺人(M・W・クレイヴン)
カンブリア州で首脳サミットが開催されようとするなか、売春宿で男が撲殺される。彼はヘリコプター会社の社長であり、サミットに参加する要人たちの輸送を受け持っていた。テロを警戒する政府は国際犯罪対策庁(NCA)のポーに捜査を命じる。ポーは3年前の強盗殺人事件との関連を疑うが...。
ワシントン・ポーシリーズ第4弾。陰惨さが目立つ前作までとは異なり、国際的陰謀を追うストレートなスリラー作品に仕上がっています。二転三転の展開や登場人物の造形が素晴らしい傑作です。


13位.処刑台広場の女(マーティン・エドワーズ)
1930年、ロンドン。新聞記者のジェイコブは名探偵レイチェルに関する疑惑を追っていた。彼女は殺人犯を突き止め、自らの手で死に追いやっているというのだ。次第に深みへとはまっていく彼の前に不可解な事件が立ちふさがる。密室での不可解な自殺にショー上演中の焼死など。果たして真相は?
本作は事件の謎よりも名探偵レイチェルとは何者なのか?という点に焦点が当てられています。複雑な人間関係を紐解きつつ、ヒロインの正体が露わになっていくクライムノベルとして読み応えあり。
処刑台広場の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マーティン エドワーズ
早川書房
2023-08-17


14位.このやさしき大地(ウィリアム・ケント・クルーガー )
1932年。アルバートとオディの兄弟は両親を亡くしてミネソタ州の教護院に引き取られる。だが、黒い魔女と呼ばれる意地悪な院長に嫌気がさし、ある事件の騒動に紛れて友人のモーズや幼い少女エミ―ととともに施設から脱走する。彼らはおばに会うために、カヌーで一路ミシシッピ川を目指すが...。
ひと夏の冒険を通して少年たちの成長を描いたロードノベル。大恐慌時代を背景に描かれる人々との出会いや別れの物語はドラマチックで読み応えがあります。そこに、院長や警察からの逃亡劇やネイティブアメリカン迫害などの社会問題といった要素が絡み合い、心揺さぶられる傑作に仕上がっています。
このやさしき大地
ウィリアム ケント クルーガー
早川書房
2022-10-04


15位.インヴェンション・オブ・サウンド (チャック・パラニューク)
ハリウッドの音響技師・ミッツィは酒と薬と倒錯的なセックスに溺れる女性であり、「全世界の人々が同時に発する悲鳴」の録音を目指していた。一方、17年前に行方不明になった幼い娘の父親・ゲイツは児童ポルノサイトで行方不明の娘を探し続ける。2人の妄執がやがて最悪の事件を引き起こし...。
1996年に『ファイト・クラブ』でデビューした著者の新作。話は荒唐無稽ですが、狂気と暴力の世界を生々しく浮かび上がらせていく手管はさすがパラニュークです。読む者の精神を不安定にさせる傑作。
インヴェンション・オブ・サウンド
チャック パラニューク
早川書房
2023-01-24


16位.ハンティング・タイム (ジェフリー・ディーヴァー )
DVで投獄されていたジョンが出所した。ときを同じくしてエンジニアで彼の元妻であるアリソンは彼女の娘とともに姿を消す。だが、元刑事のジョンはそのスキル駆使しして2人を追い始める。一方、アリソンの身を案じた彼女の雇用主は懸賞金ハンターのショウにアリソン保護の依頼をするが...。
コルター・ショウ シリーズ第4弾。テンポよく語られる三つ巴の追跡劇が面白い。そのうえ、終盤近くで明らかになる意外な真相には驚愕必至です。ただ、帯の「どんでん返し20回超え」は盛りすぎ。
ハンティング・タイム コルター・ショウ (文春e-book)
ジェフリー・ディーヴァー
文藝春秋
2023-09-26


17位.忘却の河(蔡駿)
1995年。高校教師の教師申明は殺害された生徒との恋愛関係を疑われた直後に背中を刺されて息絶える。結局、事件は迷宮入りとなる。2004年。申明の婚約者だった秋莎は天才少年の司望出会い、彼に執着していく。ある日、2人は廃車のトランクから死体を発見する。それは申明の旧友の死体で...。
前世の記憶を持つ小学3年生が活躍する『名探偵コナン』のような話ですが、あれ以上にバタバタと人が死んでいくジェットコースターサスペンスとして読み応えあり。サービス満点のエンタメ巨編。


18位.父から娘への7つのおとぎ話(アマンダ・ブロック)
建築事務所で非正規社員として働くレベッカのもとに記者のエリスが訪ねきた。そこでエリスは父親が俳優として活動している事実を始めて知る。父親のレオは20年前に家を飛び出しており、彼女にとっては他人も同様だった。しかし、レオのことが気になったレベッカは彼のことを調べようとするが...。
レオがなぜ突然家族を捨てたのかというホワイダニットを基調とした作品。手掛かりを積み重ねがら父親の実像に迫るプロセスがミステリとして読み応えがありますし、主人公の成長物語としても秀逸。
父から娘への7つのおとぎ話
アマンダ・ブロック
東京創元社
2023-01-19


19位.渇きの地(クリス・ハマー)
オーストラリアの寂れた田舎町で事件は起きた。住人から慕われていた牧師が銃を乱射して5人を射殺した挙句、警官に撃ち殺されたのだ。事件から1年。住民たちのその後を取材するために記者のマーティンが町を訪れる。しかし、取材を進めていくと報道されなかった新事実が次々と明らかになり...。
緊迫感に満ちた雰囲気の中で主人公と同じ視点で事件を追い、その様相が大きく変化しているので読者は手に汗握ることになります。ただ、最後まで解かれない謎があるのは好みの分かれるところ。
渇きの地 (ハヤカワ・ミステリ)
クリス ハマー
早川書房
2023-09-19


20位.狙撃手ミラの告白(ケイト・クイン)
一児の母で大学院生のミラ・パヴリチェンコは1941年のドイツ侵攻を受けて軍隊に志願した。劣勢が続く最前線で次々と仲間が倒れていくなか、ライフルを手に己の任務を遂行し続けるミラ。やがて、凄腕スナイパーとして知られるようになった彼女はアメリカに支援を仰ぐ派遣団に抜擢されるが...。
実在の人物の回顧録に脚色を加えた歴史ミステリー。それだけに、前半のリアリティを伴った戦場描写は読み応え満点。一方、後半の米国編はやや冗長ながらクライマックスはさすがの盛り上がり。
狙撃手ミラの告白 (ハーパーBOOKS)
ケイト クイン
ハーパーコリンズ・ジャパン
2023-08-19



その他注目作品50

21.人生は小説(ギヨーム・ミュッソ)
有名作家のフローラ・コンウェイはニューヨークのアパートメントで3歳になる娘とかくれんぼをしていたところ、娘が忽然と姿を消してしまう。果たしてこれは身代金目的の営利誘拐なのか?だが、パリに住むベストセラー作家ロマン・オゾルスキの登場で事態は意外な方向に転がっていき…。
本作はメタ構造を絡めた実験小説のような作品なので、ミステリ作品を期待していると肩透かしを食らいます。しかし、騙し絵的な迷宮小説には独自の面白さがあり、終盤での伏線回収も見事です。
人生は小説 (集英社文庫)
ギヨーム・ミュッソ
集英社
2023-10-05


22.禁じられた館 (ミシェル・エルベ―ル&ウジェーヌ・ヴィル)
所有者に災いをもたらすという曰く付きの館・マルシュノワール館に富豪が引っ越してくる。すると、「この館から出て行け」という脅迫状が幾度も舞い込むようになり、謎の男の来訪を受けた直後に館の主は射殺死体となって発見される。しかも、訪問客の男は逃げ場のない館から忽然と姿を消し…。
密室殺人の謎を巡る物語はシンプルながらも、二転三転の展開や推理合戦といったツボを押さえた作りがよく出来ています。解決も鮮やかでこれが1932年のフランスで発表されたという事実に驚き。
禁じられた館 (海外文庫)
ミシェル・エルベール&ウジェーヌ・ヴィル
扶桑社
2023-03-02


23.だからダスティンは死んだ (ピーター・スワンソン)
版画家のヘンリエッタと彼女の夫ロイドは引っ越し先で隣人夫婦のマシューとマイラに招待される。食事のあとでヘンリエッタはマシューの書斎に入るが、そこで2年半前に起きたダスティン・ミラー殺人事件で犯人が持ち去ったとされる置物を目にする。疑念を抱いた彼女はマシューを調べはじめ..。
主人公が隣人を殺人犯だと確信する冒頭はサスペンス満点で掴みはOK。しかも、その後話は思わぬ方向に進み、読者を翻弄します。あのネタはやや安易ながら先の読めない展開を満喫できる傑作です。
だからダスティンは死んだ (創元推理文庫)
ピーター・スワンソン
東京創元社
2023-01-30


24.正義の弧(マイクル・コナリー)
未解決事件班を復活させたバドラーはボッシュをチームに引き入れ、30年前の女子校生殺人事件の再調査に着手する。一方、ボッシュはその事件とは別の一家の死体を砂漠に埋めた事件に没頭していく。だが、彼が見つけた糸口から女子校生殺しの容疑者が浮上し、さらに、事態は意外な方向に…。
ボッシュ&バラード共演シリーズ第4弾。丹念な捜査の末、徐々に真実が浮かび上がってくるプロセスはまさに警察小説の醍醐味だといえます。さらに、終盤の衝撃的な展開も忘れ難い傑作です。
正義の弧(下) デザート・スター (講談社文庫)
マイクル・コナリー
講談社
2023-07-14


25.陽炎の市(ドン・ウィンズロウ)
1988年。ダニー・ライアンはギャングの抗争に敗れ、わずかな仲間と共に西へと逃げる。だか、敵対組織とFBIの追跡によって次第に追い詰められていく。そんな折、DEA(麻薬取締局)が身の安全と多額の分け前を条件にメキシコカルテルから4千万ドルを強奪する計画を持ち掛けられるが…。
ダニー・ライアン3部作の第2弾。主人公がハリウッドで成功を目指すなど、捻りのあるギャング小説として読み応えありです。ただ、『犬の力』の如き超ハードな世界を期待すると肩透かしかも。
陽炎の市 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ジャパン
2023-06-15


26.三年間の陥穽(アンデシュ・ルースルンド)
3年前の同じ日に別の場所で2人の少女が失踪する。状況の類似性からグレーンス警部は同一犯の事件と判断し、捜査を開始。そして、ついに全世界にネットワークを張り巡らした小児愛好家による人身売買組織の存在を突き止める。組織を一網打尽にすべく、小児愛好サークルへの潜入を試みるが...。
グレーンス警部シリーズ。今回は犠牲者が子供ということで冒頭から胸をえぐられます。派手なアクションこそないものの、ネットでつながった世界的組織を壊滅させるプロセスは読み応えあり。
三年間の陥穽 上 グレーンス警部 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ ルースルンド
早川書房
2023-05-23


27.異能機関 (スティーヴン・キング)
ルークは12歳で一流大学MITへの入学内定を決めるほどの神童だったが、それだけではなく、周囲の小さな物体を手に触れることなく動かすという特殊能力も持っていた。ある夜、ルークは睡眠中に誘拐しされ、同じく拉致された少年少女と共に非人道的な検査を強制される。彼は脱出を計画するが...。
キング特有の冗長さはあるものの、下巻に入ると怒涛の展開にページをめくる手が止まらなくなってきます。特に、激しい銃撃戦を含む邪悪な研究者たちと超能力少年たちの対決は迫力満点です。
異能機関 上 (文春e-book)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2023-06-26


28/はなればなれに (ドロレス・ヒッチェンズ)
スキップとエディは共に22歳の前科者。ある日、天涯孤独の娘・カレンと出会い、彼女が身を寄せる未亡人の屋敷に莫大な現金が保管されていることを知る。2人はその金を奪う計画を立てるも、スキップの叔父に嗅ぎつけられてしまう。元ギャングの彼を仲間に加えたことで計画の歯車は狂いはじめ…。
ゴダール監督が手掛けた1964年公開映画の原作。悪党ばかりで共感できる人物はいないものの、皮肉な運命を巧みなストーリーテリングで描きあげた傑作です。青春ノワールとして読み応えあり。


29.8つの完璧な殺人(ピーター・スワンソン)
ミステリー専門書店を営んでいるマルコムのもとにFBIの女性捜査官が訪ねてくる。マルコムは10年前に『赤い館の秘密』や『ABC殺人事件』など、“完璧な殺人ミステリー8選”を店のブログに掲載したのだが、それらの作品の手口を真似た事件が続出してるというのだ。果たして犯人の目的は?
古典ミステリから引用が存分に用いられ、古典好きな人にとっては堪らない作品に仕上がっています。登場人物の闇の深さが明らかになっていく展開も秀逸。それだけに、謎解きが大味で雑なのが残念。
8つの完璧な殺人 (創元推理文庫)
ピーター・スワンソン
東京創元社
2023-08-12


30.愚者の街(ロス・トーマス )
上海爆撃で父を喪ったダイはロシア人の娼婦に拾われ、娼館で様々な言葉や文化を学んでいく。成人後、彼は米国秘密情報部でエージェントとして活動するが、何者かに嵌められて投獄される。出獄後に得た仕事は都市開発のコンサルタント。その初仕事は腐敗した南部の街をさらに腐敗させることで...。
クライムノベルの巨匠として知られる著者の1970年発表の作品。過去と現在がめまぐるしく入れ替わり、最後にすべてが一つに結びつく構成がすばらしい。人間ドラマ自体の面白さも申し分なし。
愚者の街(上) (新潮文庫 ト 25-1)
ロス・トーマス
新潮社
2023-05-29


31.すり替えられた誘拐(D・M・ディヴァイン)
窃盗容疑で退学になった学生の冤罪疑惑が浮上し、大学では自治会を中心とした抗議運動が盛り上がる。その一環として大学に巨額の寄付をしている富豪の娘を誘拐するのだという噂が広まる。はたして誘拐は行われるが、あくまで狂言誘拐のはずだった。だが、それは殺人へと発展し…。
ディヴァイン最後の未訳作品です。手堅い謎解きに加えて、錯綜する人間関係とたちのぼる不穏な空気や真犯人が判明してからも続くサスペンス展開など、様々など要素が絡み合って読み応え十分。
すり替えられた誘拐 (創元推理文庫)
D・M・ディヴァイン
東京創元社
2023-05-31


32.君のために鐘は鳴る(王元 )
妻を亡くして引退した作家が目を覚ますと見知らぬ孤島にいた。やがて桟橋に船が到着し、老若男女が島に降り立つ。彼らはデジタル機器に囲まれた生活の疲れを癒やすためのデジタルデトックスにやってきたという。だが、突如連続殺人が発売する。しかも、彼らには作家の姿が見えないらしく…。
第7回金車・島田荘司推理小説賞受賞。日本の新本格を意識しつつ、新機軸を打ち出そうとした作風に好感がもてます。全てが成功しているとはいえないものの、第2の事件の真相などは秀逸です。
君のために鐘は鳴る (文春e-book)
王元
文藝春秋
2023-09-12


33.死と奇術師  (トム・ミード)
1936年。不可能犯罪が多発するロンドンで新たな事件が発生する。臨床心理士のリーズ博士が自宅の書斎で喉を掻き切られて殺害されたのだ。使用人の証言から現場は完全な密室であることが明らかになる。フリント警部補の要請で出馬した元奇術師のスペクターが謎に挑むが、やがて第2の密室殺人が...。
過剰なまでにクラシック本格の趣向に彩られた作品です、密室へのこだわりや読者への挑戦付きの袋綴じ企画が楽しい。ヒネリの効いた真相も見事ですが、密室トリックは目新しさに欠けるきらいが...。
死と奇術師 (ハヤカワ・ミステリ)
トム ミード
早川書房
2023-04-11


34.ルミナリーズ(エレノア・キャトン) 
1866年。ゴールドラッシュに沸くニュージーランド西海岸の町・ホキテイカ。そこで隠者の死、娼婦の悲劇、金鉱堀りの失踪という3つの事件が同じ日に起きる。その謎を解くために天体になぞらえた12人の男たちが集う。一方、金鉱探しにやってきた青年も奇怪な事件に巻き込まれることになり...。
2013年ブッカー賞受賞作品。物語はゆったりとしたテンポで進み、中盤まではじらされますが、その末に至る裁判シーンの盛り上がりが尋常ではなく、すべての伏線が一気に回収されるラストも見事です。
ルミナリーズ
エレノア・キャトン
岩波書店
2022-11-28


35.ニードレス通りの果ての家(カトリオナ・ウォード)
寂れたニードレス通りの森に隣接した家で娘のローレンや飼い猫のオリヴィアと暮らすテッドは11年前の幼女行方不明事件の容疑者としてマークされた過去を持つ。そんな彼を犯人だと確信している姉のディーはニードレス通りに引っ越し、テッドの家を監視する。だが、その家には何かが潜んでおり...。
英国幻想文学大賞受賞。信頼できない語り手ばかりの物語は現実と妄想の境界さえ曖昧で次第に狂気の色を帯びてきます。少々冗長ではあるものの、ホラーテイストの幻想ミステリとして読み応えあり。
ニードレス通りの果ての家
カトリオナ ウォード
早川書房
2023-01-24


36.七つの裏切り(ポール・ケイン)
見知らぬ男に「マッケアリー」と呼び止められた俺は人違いだと言って彼を押しのけようとしたが、男はそのまま倒れてしまう。しかたなくタクシーに乗せたものの、男はすでに絶命していた。なりゆきから、俺はマッケアリーを探し出し、この街で起きていることを把握すると、とある行動に出るが...。
心理描写を省いた簡潔な文体や非情さなどから、チャンドラーにウルトラ・ハードボイルドと評された著者の短編集です。ハメットの正当後継者というべきスタイルに加え、二転三転の展開が魅力的。
七つの裏切り (扶桑社BOOKSミステリー)
ポール・ケイン
扶桑社
2022-12-23


37.消えた戦友(リー・チャイルド)
放浪中のジャックにかつての仲間から助けを求める連絡が入る。急ぎ駆けつけるも、そこにあったのは憲兵隊時代の戦友の惨殺死体だった。彼は軍需産業の職に就いていたのだが、そこでは他にも行方不明者がいるという。ジャックはかつての仲間たちとともに真相を探り、軍需産業の闇へと迫るが…。
2007年発表のジャック・リーチャーシリーズ第11弾。一匹狼のジャックですが、今回はチーム戦ならではの人間くさい一面が垣間見られるのが読みどころ。アクションものとして安定の面白さ。
消えた戦友(下) (講談社文庫)
リー・チャイルド
講談社
2023-08-10


38.ミン・スーが犯した幾千もの罪(トム・リン)
南北戦争終了間もないアメリカ西部。殺しを生業としていた中国系孤児のミン・スーは妻を奪われたうえにいわれのない罪まで着せられる。復讐に燃える彼は予知能力を持つ老人の言葉に導かれ、奇術ショーの一座と西に向かう。過酷な旅の果て、終着点カリフォルニアで彼を待ち受けるものとは?
一見、西部劇風のロードノベルですが、西部劇の世界観に東洋的なファンタジー要素が散りばめられている点に独自性があります。また、安易なハッピーエンドを拒絶するような乾いたタッチも刺激的。


39.アリス連続殺人(ギジェルモ・マルティネス)
留学生の私はオックスフォードで筆跡に関するプログラム開発に取り組んでいた。ある日、数学の教授から秘密の依頼を受ける。新たに発見されたルイス・キャロルの日記の筆跡鑑定を行ってほしいというのだ。一方、ルイス・キャロル同胞団の内部に不穏な空気が流れるなか、悲劇の幕は開き…。
ルイス・キャロルの日記発見を巡る考察は(特に『ふしぎの国のアリス』が好きな人にとっては)大いに興味をそそられます。加えて、連続殺人の謎とロジカルな推理も本格としてよくできています。
アリス連続殺人 (扶桑社BOOKSミステリー)
ギジェルモ・マルティネス
扶桑社
2023-09-27


40.恐ろしく奇妙な夜(ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ)
突然変異によって怪物と化した蜘蛛に襲われる表題作、密室と化したアパートメントでわずかな時間に2つの殺人が起きたうえに警察が駆けつけるまでのわずかな間に犯人が消え失せる『つなわたりの密室』、フロリダのホテルで毒蛇を用いた陰謀が進行する『死者を二度殺せ』など、全6編収録。
『赤い右手』でおなじみの熱にうなされたような文章は読みやすいとは言いがたいものの、その悪夢めいた物語には唯一無二の魅力があります。本格あり、サスペンスあり、ホラーありの異色傑作。
恐ろしく奇妙な夜 (奇想天外の本棚)
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ
国書刊行会
2023-01-27


41.蘭亭序之謎 大唐懸疑録シリーズ(唐隠)
唐の時代。皇帝の重臣・裴度の姪である裴玄静は7歳で殺人事件を解決して以来、女名探偵として知られていた。だが、父の死後、玄静は継母に故郷を追われ、叔父を頼って長安へ向かう。そこで宰相・武元衡の暗殺事件に遭遇した彼女は武大臣から黒幕の正体を突き止めてほしいと乞われ…。
裴玄静が主人公のシリーズ第1弾。唐の文化や風俗なども詳しく描かれており、歴史上の人物も大活躍します。謎解きの面白さははそこそこといったところですが、歴史好きな人には読み応えあり。
蘭亭序之謎 上 大唐懸疑録シリーズ
柿本寺和智
行舟文化
2023-08-02


42.闇の牢獄(ダヴィド・ラーゲルクランツ)
ストックホルムでサッカーの審判員が撲殺される。パトロール警官のミカエラも捜査に参加するが、ある日、心理学者で尋問のスペシャリストでもあるハンス・レッケが地下鉄に飛び込もうとしたところを救う。彼は鎮痛剤の意蔵相だったのだ。それがきっかけで2人はバディを汲むことになるが...。
ラーソンの死後『ミレニアム』を引き継いだ著者による三部作第1弾。頭脳明晰なレッケと粘り強いミカエラのコンビが秀逸です。移民問題を絡めた事件は謎解きもしっかりしており読み応え十分。
闇の牢獄 (角川書店単行本)
吉井 智津
KADOKAWA
2023-05-17


43.テロリストとは呼ばせない (クラム・ラーマン)
イスラム過激派への潜入任務をやり遂げた元麻薬密売人のジェイ。MI5を去り、役所勤めを始めるが、そんな折にムスリムの少女が人種差別主義者に暴行されて自殺するという事件が起きる。復讐を誓う恋人の少年をテロリストにさせまいとジェイは奔走する。一方、ジェイもテロ組織に命を狙われ...。
『ロスト・アイデンティティ』に続くシリーズ第2弾。人種差別の問題を絡めて繰り広げられるテロリストたちとの戦いは読み応え満点。同時に、衝撃的なラストを迎えた前作の補完としても秀逸です。
テロリストとは呼ばせない (ハーパーBOOKS)
クラム ラーマン
ハーパーコリンズ・ジャパン
2022-11-16





44.警部ヴィスティング 疑念(ヨルン・リーエル・ホルスト)
休暇中のヴィスティングのもとに差出人不明の手紙が届く。記されていたのは「12―1569/99」という数字。それは1999年に起きた少女強姦殺人を示す番号だった。その事件では被害者の元恋人が逮捕され禁錮17年の刑に処されていた。独自に再調査を行ってみると、新たな事実が次々と明らかになり....。
シリーズ第15弾。冤罪を示唆する手紙を元に調査を行うと当時の捜査では見逃されていた疑惑が次々と浮上する点が読みどころ。真相が薄々見えた後の最後の詰めの捜査までしっかり楽しめる良作です。
警部ヴィスティング 疑念 (小学館文庫)
ヨルン・リーエル・ホルスト
小学館
2023-03-07


45.その昔、ハリウッドで(クエンティン・タランティーノ)
1969年。ハリウッド俳優のリック・ダルトンは人生の岐路に立たされていた。人気に陰りがみえた彼に対し、大物エージェントがイタリアのウェスタン映画への出演話話を持ちかけてきたのだ。一方、リックの相棒・クリフはヒッピー娘を拾い、彼女らがある男と暮らしている牧場へと向かうが…。
監督自身による同名映画のノベライズですが、映画とは内容がかなり異なります。キャラクターの書き込みが映画より濃密で物語の結末もさらに掘り下げたものになっており、映画の蘊蓄も魅力的。
その昔、ハリウッドで (文春e-book)
クエンティン・タランティーノ
文藝春秋
2023-05-26


46.幽霊ホテルからの手紙(蔡駿)
若き警察官・葉䔥の元には幼馴染で作家の周旋から手紙が届くようになっていた。彼は亡くなった伝統演劇の女優・田園の頼みで木の小箱を届けるために浙江省にある幽霊旅館を訪れていたのだ。彼の手紙には幽霊旅館に滞在する人々の様子やそこで起きた奇妙な出来事などが綴られていたが…。
著者は中国のスティーヴン・キングこと蔡駿。耽美系ゴシックホラーな雰囲気が魅力的でそこに錯綜した謎が加わることで独特の酩酊感を味わえます。ラストに向けての展開もスリリングな佳品です。


47.記憶書店 殺人者を待つ空間(チョン・ミョンソプ)
目の前で妻と娘の命を奪われた文学博士のユ・ミョンウ。犯人は捕まらず、15年の歳月が過ぎる。一方、犯人が古書に対して異常な執着を持っていることを見抜いたユ・ミョンウは犯人をおびき出すべく稀覯本を集めた古書店を開店する。そして、客の中でも特に怪しい4人に絞って調査を開始し…。
殺人鬼と復讐の鬼との攻防が上質なサスペスを醸しだし、先が読めない展開にワクワクします。加えて韓国における古書の蘊蓄も興味深い。どんでん返しや強烈なクライマックスも印象的な佳品です。
記憶書店 殺人者を待つ空間
Chung Myung Seob
講談社
2023-07-12


48.殺したい子(イ・コンニム)
高校1年のソウンが死体となって校舎裏で発見される。凶器らしき煉瓦からは親友であるジュヨンの指紋が検出され、彼女は逮捕される。しかし、昨日、ソウンと大喧嘩したことは覚えているのだが、それ以降の出来事はジュヨンの記憶からすっぽりと抜け落ちていた。そこで一体何があったのか?
新しい証言が出るたびに容疑者の人物像や被害者との関係性が当初の想定からズレていき、二転三転を繰り返すのがスリリング。無自覚のうちにし捏造されていく真実の恐ろしさを描いた傑作です。
殺したい子
イ・コンニム
アストラハウス
2023-04-22


49.夜を生き延びろ (ライリー・セイガー)
1991年の冬。ハイウエイを走る車には2人の人物が乗っていた。助手席に座っているのは映画オタクの女子大生・チャーリー。ハンドルを握っているのは出会って間もない正体不明の男。しかし、チャーリーは確信していた。この男こそが2か月前に親友のマディを殺したシリアルキラーであることを。
主要人物2人の密室劇にも関わらず、徐々に緊迫感を高めることで飽きさせない作りが見事です。疑惑がどんどん大きくなり、チャーリーの妄想が現実と区別がつかなくなっていく幻惑感も読みどころ
夜を生き延びろ (集英社文庫)
鈴木 恵
集英社
2023-03-17


50.ブラッドシュガー (サッシャ・ロスチャイルド)
臨床心理士のルビーはマイアミでの新婚生活を満喫していたが、糖尿病の夫が夜間低血糖で急逝してしまう。ほどなくして、刑事が訪ねてきた。過去に彼女の周辺で4人もの人間が急死していることから夫殺しを疑っているのだ。しかし、彼女は夫を殺していない。一方、他の3人は彼女が犯人で…。
過去と現在を行き来しながら、一見サイコパスな主人公の実像に迫っていく物語は人間ドラマとして非常に読み応えがあります。一方で、サスペンス小説としては可もなく不可もなくといったところ。


51.知能犯の時空トリック -官僚謀殺シリーズ-(紫金陳)
計画停電の夜に監視カメラがシャットダウンする隙をついて県検察院のトップが殺害される。唯一の目撃証言に基づき、容疑者として浮上したのはベテラン警官として地域の人々の信頼を集めていた葉援朝だった。葉には動機もあったことから内偵が進められるが、そんななか、新たな犠牲者が...。
官僚謀殺シリーズ第2弾。個人レベルにしてはスケールの大きな犯行が繰り広げられれる派手な展開が読み応えあり。腐敗した中国官僚の生々しい描写も印象的で最後には泣ける展開も用意されています。


52.罪の壁(ウィンストン・グレアム)
1954年。フィリップは、考古学者の兄がアムステルダムの運河で身を投げたとの報を受ける。兄に自殺するような動機は見あたらなかったが、身投げした瞬間を目撃したという女性の証言が決め手になったらしい。だが、その死にざまに納得できないフィリップは手がかりを追ってカプリ島へと向かい…。
第1回CWA最優秀長篇賞。70年近く前の犯罪小説ですが、筋運びが巧みで引き込まれます。人間模様も読み応えがあり、異国情緒溢れる描写も魅力的。ただ、謎やサスペンスなどのミステリ的刺激は希薄。
罪の壁 (新潮文庫 ク 43-1)
ウィンストン・グレアム
新潮社
2022-12-23


53.詐欺師はもう嘘をつかない(テス・シャープ)
ノーラは子供時代に詐欺師の母親から人を騙す方法を叩き込まれた過去を持つ。その後、姉の手によって保護された彼女は平穏な生活を取り戻すが、ある日、銀行を訪れた際に運悪く銀行強盗に遭遇してしまう。彼女は元彼と同性の恋人を救うため、負の遺産である詐欺のテクニックを駆使するが…。
主人公の過去をカットバック方式で挿入し、騙しのテクニックを習得する過程を段階的に明らかにしていく構成が秀逸。銀行強盗との対決より、むしろ詐欺スキルを叩き込まれるエピソードが面白い。
54.盗作小説(ジーン・ハンフ・コレリッツ)
新作が書けない作家のジェイコブ。小説講座の講師で糊口をしのぐも反抗的な生徒エヴァンスの存在が自分の立場をより惨めものにさせた。その彼が急逝する。しかも、恐ろしく完成度のプロットをひとつだけ残しており、ジェイコブはそれを元に新作を完成させる。だが、盗作を糾弾するメールが届き…。
主人公の煮え切らない言動はイライラしますし、真相もそれほど意外というわけではありません。しかし、練り込まれた構成と卓越した文章力で、ぐいぐいと引き込んでいく手管は一級品です。
盗作小説 (ハヤカワ・ミステリ)
ジーン ハンフ コレリッツ
早川書房
2023-03-07


55.ホステージ 人質(クレア・マッキントッシュ)
航空会社ワールド・エアラインズの客室乗務員であるミナは5歳の娘を別居中のアダムに預けてロンドンからシドニーへの直行便に搭乗した。だが、離陸後にミナのもとに「従わなければ娘は死ぬ」と書かれた手紙が届く。その頃、夫と娘には魔の手が迫っていた。着陸まで20時間。ミナの選択は?
なんだか『座席ナンバー7Aの恐怖』を男女逆にしたような話ですが、張り巡らせた伏線を回収しつつ行われる、終盤からの二転三転の展開には独自の面白さがあります。後味の良い読み味にも好感。
ホステージ 人質 (小学館文庫 マ 6-2)
クレア・マッキントッシュ
小学館
2023-05-02


56.ミセス・マーチの果てしない猜疑心(ヴァージニア・フェイト)
人気作家の妻として誰もが羨む毎日を送っていたマーチ。しかし、夫の新作小説の主人公である醜い娼婦はマーチがモデルだという噂を耳にして精神のバランスを崩してしまう。結果、妄想癖を拗らせ、世間を騒がせている殺人犯の正体が夫だと思い込んでしまう。そして、彼女は調査を始めるが...。
前半は主人公が疑心暗鬼に陥っていく様子が淡々と描いているのでやや退屈かもしれません。後半から始る現実と妄想の境が判然としない眩惑的な展開が読みどころです。異色のサイコサスペンス。


57.悪魔はいつもそこに (ドナルド・レイ・ポロック)
戦後まもないオハイオ州南部の田舎町。病気と自殺で両親を失ったアーヴィンは祖母に預けられ、義妹レノラとともに成長していく。狂信的だった亡父のトラウマに苦しめられながらも家族を守ろうとするアーヴィン。だが、そんな想いは悪徳にまみれた人々によって踏みにじられてていき…。
Netflixオリジナル映画の原作小説。殺人鬼夫婦や悪徳保安官といった鬼畜な人々が主人公を翻弄するクライムノベルですが、乾いたタッチで淡々と描かれている点が逆に凄みを感じさせます。
悪魔はいつもそこに (新潮文庫 ホ 24-1)
ドナルド・レイ・ポロック
新潮社
2023-04-26


58.疑惑の入会者: ロンドン謎解き結婚相談所(アリスン・モントクレア)
戦後ロンドンで結婚相談所を営む元スパイのアイリスと上流階級出身のグウェン。ある日、アフリカ出身の若者が入会希望に訪れる。流暢な英語を話す好青年だったが、グウェンは彼の発言内容すべてに疑念を覚える。さらに、自宅付近で彼と出来わし、つけられていることを知る。果たして彼の目的話?
シリーズ第3弾。今回も2人の掛け合いが楽しく、さりげなく手掛かりを散りばめた謎解きもよくできています。特に、グウェンのバックボーンを物語に絡める手管が秀逸です。安心して楽しめる佳品。
疑惑の入会者 ロンドン謎解き結婚相談所 (創元推理文庫)
アリスン・モントクレア
東京創元社
2022-11-30


59.ダーク・アワーズ(マイクル・コナリー)
ブラック・ライヴズ・マター運動が警察への逆風となっていた2020年の大晦日。深夜勤務刑事のバラードらが2人組のレイプ犯を追って警戒態勢に入っていたところ、銃殺事件が発生する。薬莢から10年前の未解決事件と同じ銃が使われていることが判明するが、その担当は現役時代のボッシュで…。
ボッシュ&バラード第3弾。老いたボッシュは以前のような大活躍は影を潜めましたが、代わりに、バラードが動いてボッシュが要所を締める名コンビぶりが光ります。後半の怒濤の展開は安定の面白さ。
ダーク・アワーズ(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー
講談社
2022-12-15


60.暗殺者の回想(マーク ・グリーニー)
グレイマンことジェントリーは依頼受け、正規軍と共にアルジェリアのトルコ大使館へ潜入する。任務内容はパキスタンの情報機関員を探ることだったが、彼には12年前に自身が関与した南アジアの事件にまつわる情報を獲得するという別の目論みがあった。だが、そんな彼の前に死んだはずの男が現れ...。
グレイマン・シリーズ歳11弾。グレイマンの過去を因縁を描きつつ、現代の話を盛り上げていく手管はさすがの上手さですし、若きグレイマンの意外な一面も大いに楽しめます。切ない結末も印象的。
暗殺者の回想 上 グレイマン (ハヤカワ文庫NV)
マーク グリーニー
早川書房
2022-10-18


61.特捜部Q―カールの罪状― (ユッシ・エーズラ・オールスン)
60歳の誕生日に自殺した女性。彼女を調べたところ、32年前に息子を失った爆発事故に行き当たる。しかも、それを端緒として2年おきに自殺や事故に偽装した殺人が16件も起きていたのだ。次の事件を未然に防ぐべく、特捜部Qによる必死の捜査が続くが、リーダーのカールが指名手配され…。
シリーズ第9弾。今回の犯人は法で裁けぬ悪に私刑を行う仕事人の如き組織でその全貌が徐々に明らかになっていく過程がサスペンスたっぷりに描かれています。また、ラストの引きも気になるところ。
特捜部Q―カールの罪状― (ハヤカワ・ミステリ)
ユッシ エーズラ オールスン
早川書房
2023-06-06


62.銃弾の庭(スティーヴン・ハンター )
第2次世界大戦末期。連合軍はノルマンディー上陸作戦を成功させたものの、銃弾の庭と呼ばれる戦線で停滞を余儀なくされる。加えて、ドイツ軍の狙撃兵が闇夜に紛れてアメリカ兵を狙い撃ちにしていたのだ。たまりかねた軍部は敵に対抗すべく、軍神アール・スワガー一等軍曹を召喚するが…。
ボブ・リー・スワガーの父、アール・スワガーの活躍を描いたシリーズ第4弾。西部戦線を舞台にした苛烈なアクションは手に汗握る面白さですし、意外な展開に驚かされるスパイ小説としても秀逸。
銃弾の庭(上) (扶桑社BOOKSミステリー)
スティーヴン・ハンター
扶桑社
2023-07-02


63.炎の爪痕(アン・クリーヴス)
シェトランド本島に一家で移住してきたヘレナがペレス警部の自宅に相談に訪れる。前の持ち主は納屋で自殺したのだが、それ以降、何者かが家に侵入して謎めいた紙片を残していくというのだ。その納屋で、今度は近所の家の子守りが死体となって発見される。ペレスは捜査に乗り出すが…。 
シリーズ完結篇。派手さこそないものの、ペレス警部自身の葛藤と再起の物語に絡んで繰り広げられる島の人々との人間関係の機微は大きな読みどころです。定番ともいえる美しい自然描写も魅力的。
炎の爪痕 (創元推理文庫)
アン・クリーヴス
東京創元社
2022-12-19


64.イラク・コネクション マット・ドレイク(ドン・ベントレー)
元米国防情報局のマット・ドレイクは町中で何者かの銃撃を受ける。しかも、襲撃者の一人は彼が命を奪ったシリア人武装勢力の指導者サイードにうり二つだった。米国防情報局の協力を得たマットは手掛かりを求めてイラク第2の都市モスルに飛ぶが、そこにはIS分派と思われる人身売買組織の影が…。
『シリア・サンクション』に続くドレイクシリーズ第2弾。タフな男が幾度となく訪れる窮地を乗り越えていくといったハリウッド映画の王道のような作品です。ベタながらも熱い展開は読み応えあり。





65.哀惜 (アン・クリーヴス)
ブリストル海峡に位置する野鳥の島・ランディ島。その海岸で男性の死体が発見される。男は余所者のアルコール中毒者だったが、かつては腕利きのコックで過去の罪を悔い改めるためにある計画を立てていたらしい。小さな死まで起きた奇妙で複雑な事件に刑事マシュー・ヴェンが挑む。
シェットランド島シリーズと同じく美しい自然と細やかな心理描写が魅力の作品です。かなり長い作品ですが、話がどんどん膨らんで飽きさせません。やがて明らかになる哀しい真相も心に染み入ります。
哀惜 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アン クリーヴス
早川書房
2023-03-23


66.熱砂の果て(C・J・ボックス)
元特殊部隊員であるネイトの元に政府の人間が接触する。州南部の砂漠地帯に赴き、大規模テロを計画している男の動向を探ってほしいというのだ。報酬はネイトにかけられている容疑の抹消。一方、彼の盟友である猟区管理官のジョー・ピケットはネイト失踪の情報を受け、砂漠地帯へ向かうが...。
ジョー・ピケットシリーズ第17弾。今回はネイトがメインの物語であり、怒涛のアクションシーンが続くエンタメ虚辺に仕上がっています。しかい、その分、強引な展開が目立つのが気になるところ。
熱砂の果て (創元推理文庫)
C・J・ボックス
東京創元社
2023-06-19


67.血塗られた一月(アラン・パークス)
1973年グラスゴー。特別房に収監されているネアンは部長刑事のハリー・マッコイに対して明日、ローナという少女が殺されると告げる。彼の予言通り、マッコイの目前で少女は銃撃され、犯人の少年は頭を撃って自殺する。マッコイは再びネアンの元を訪れるも、彼もまた何者かに殺されており...。
ギャングのボスを友に持つアル中刑事が巨悪に立ち向かうノワール色の強い作品です。暴力と欲望に塗れた都会の現実を浮き彫りする描写やギャングのボスと主人公の複雑な関係性などが読みどころ。
血塗られた一月 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMハ 34-1)
アラン・パークス
早川書房
2023-06-17


68.1795(ニクラス・ナット・オ・ダーグ )
戦場帰りのカルデルと精神を病んでいたエミールは事件の捜索を通じて立ち直りの兆しを見せていた。ところが、1794年に彼らの善意によって引き起こされた悲劇によって多くの命が失われてしまう。一方、愛する子供たちを手放したアンナは絶望に立ち直れないでいた。そして、さらなる惨劇が...。
ストックホルム三部作の完結編。前作までの残虐さは控えめで淡々とした展開が続きます。各キャラの心情は丁寧に描かれるものの、クライマックスの盛り上がりを期待した人には物足りなさも。
1795 (小学館文庫)
ニクラス・ナット・オ・ダーグ
小学館
2022-10-06


69.鹿狩りの季節(エリン・フラナガン)
1985年11月。鹿狩りのシーズンを迎えていたネブラスカ州の田舎町・ガンスラムで16歳のペギーが失踪する。家出との見方が強まるなか、弟のマイロは独自に聞き込みを開始する。やがて、ベギーに好意を寄せる知的障害の青年が鹿狩りの帰りに血のついたトラックに乗っていた事実が明らかになり...。
2022年度アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞受賞作。ミステリ的趣向は薄いながら、事件に対する疑心暗鬼のなか、人々の人間性が浮き彫りになるヒューマンドラマとして読み応えがあります。
鹿狩りの季節 (ハヤカワ・ミステリ)
エリン フラナガン
早川書房
2023-01-06


70.幸運には逆らうな (ジャナ・デリオン) 
独立記念日を迎え、田舎町シンフルも祝賀ムード一色に。その最中、密造酒の製造所とされる建物で爆破事故が発生する。だが、実際に作られていたのは覚醒剤だったことが発覚。友人が爆発に巻き込まれたことで怒りに燃えるベルとガーティに引きずられ、フォーチュンは真相究明に乗り出すが...。
ワニ町シリーズ第6弾。ミステリーとしてはマンネリ感を覚えないでもありませんが、ガーティを中心としたドタバタ劇が楽しい一作に仕上がっています。フォーチュンが町に来てまだ1か月なのが驚き。


チェック漏れ作品

ガラスの橋 ロバート・アーサー自選傑作集(ロバート・アーサー)
雪に閉ざされた山荘を訪ねた女性が帰りの足跡さえ残さずに忽然と姿を消す表題作、ミステリーマニアの老嬢2人がミステリーの知識を駆使して重要文書の隠し場所を探り当てる「極悪と老嬢」、走る列車で殺人事件が起きたうえに容疑者の女性も姿を消してしまう「消えた乗客」など、全10編収録。
アンソロジー本収録作品はいくつかあるものの、単著では著者初の邦訳本です。表題作が不可能犯罪ものの名品として有名ですが、それ以外にもユーモラスで洒落たミステリーの好編が揃っています。


WIN(ハーラン・コーベン)
ウィン=ウィンザー・ホーン・ロックウッド三世は容姿端麗で頭脳明晰なうえに腕っぷしも強い資産家の御曹司。そんな彼がFBIと共に殺人事件の現場にやってくる。そこは高級アパートメントの最上階で殺されたのは世捨て人の老人だった。そして、それは次々と起きる怪事件の序章に過ぎなかった。
マイロン・ボライター シリーズにて相棒役だったウィンを主役に据えたスピンオフ作品です。謎めいたウインのキャラが掘り下げられ、シリーズものとしても重層的な面白さに満ちたファン必読の書。
WIN (小学館文庫)
ハーラン・コーベン
小学館
2022-11-04



2023年12月4日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中6作的中
ベスト20→20作品中10作的中
順位完全一致→20作品中1作品

Next⇒このミステリーがすごい!2025年版 海外ベスト20予想

最新更新日2023/11/15☆☆☆

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Previous⇒2023本格ミステリ・ベスト10 国内版予想

本ミス2024
対象作品である2022年11月1日~2023年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中か らベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
2024本格ミステリ・ベスト10
探偵小説研究会
原書房
2023-12-07



本格ミステリベスト10国内版最終予想(2023年11月15日)

1位.エレファントヘッド(白井智之)
精神科医の主人公が愛する家族を襲った悲劇の真相を探っていく多重解決ものですが、グロ描写満載で倫理観の欠片もない物語は好みが分かれるところ。推理自体もSF要素を絡めた設定が複雑すぎて理解しがたい部分があるも、様々なアイディアが投入されており、本格としての魅力は満載です。


2位.十戒(夕木春央)
犯人捜しをしたら島を爆破されるという設定がクローズサークルものとして秀逸。前作『方舟』と比べるとサスペンス感には欠けるものの、緻密なロジックに基づく推理やドンデン返しといった要素は健在で、本格としてかなりの完成度。ただ、勘の良い人なら犯人はなんとなく見当がつくかも。
十戒
夕木春央
講談社
2023-08-08


3位.しおかぜ市一家殺害事件 あるいは迷宮牢の殺人(早坂吝)
迷宮牢でのデスゲームという趣向のなかにさまざまな仕掛けを盛り込む手腕が見事。小ネタ大ネタが入り乱れ、本格としての密度の濃さはかなりのものです。巧みに張巡られた伏線を終盤で一気に回収する手管にも唸らされます。ただ、登場人物のキャラと台詞回しは癖が強くて好き嫌いが分かれそうです。


4位.ちぎれた鎖と光の切れ端(荒木あかね)
孤島での連続殺人と都会での事件が意外な形で結び付き、全体の構図が浮かび上がっていく展開がよくできています。また、死体の第一発見者が必ず次の犠牲者になるという謎に対し、第一部と第二部でそれぞれ別の解を用意している点も秀逸。反面、第一部の犯人が分かりやすい点には物足りなさも。
ちぎれた鎖と光の切れ端
荒木あかね
講談社
2023-08-29


5位.あなたが誰かを殺した(東野圭吾)
逮捕された無差別殺人の犯人が完全黙秘を貫くので真実を明らかにしたい遺族たちが集まって事件の検証会を行うという話です。本編のほとんどが検証会に費やされているのですが、要所要所で衝撃の事実を明らかにしていき読者を飽きさせません。そのうえ、捻りの効いた真相も申し分なしです。
あなたが誰かを殺した
東野 圭吾
講談社
2023-09-21


6位.アミュレット・ホテル(方丈貴恵)
犯罪者御用達のホテルで起きた事件をホテル探偵が捜査し、もみ消していく連作短編です。SF設定でなくても著者ならでは緻密なロジックは健在で凝った謎解きを楽しむことができます。4つの中短編は力作揃いですが、なかでも密室殺人解明ののちに意外な事件の構図が浮かび上がる表題作がベスト。
アミュレット・ホテル
方丈 貴恵
光文社
2023-07-20


7位.鵼の碑(京極夏彦)
17年ぶりに発表された百鬼夜行シリーズ正規長編第10弾。初期のようなおどろおどろした怪奇性には欠けるものの、複数の視点から戦前の怪事件を紐解いていく物語は非常に読み応えがあります。レギュラー陣も魅力的。ただ、800頁を超える長大な物語の割に解決編のカタルシスはいま一つです。
鵼の碑 (講談社ノベルス)
京極 夏彦
講談社
2023-09-14


8位.世界でいちばん透きとおった物語(杉井光 )
ミステリ作家の遺作原稿を愛人の子が探す話ですが、物語的には特筆すべき点はありません。しかし、本書の真骨頂はそこに組み込まれた仕掛けにあります。次第に頭をもたげていく違和感にゾクゾクし、真相が明らかになった瞬間はまさに衝撃的です。紙の本ならでは仕掛けが炸裂する傑作。


9位.ヴァンプドッグは叫ばない(市川憂人)
マリア&漣シリーズ第5弾。施設から逃げ出した殺人犯ヴァンプドッグによるものと思われる連続殺人と、現金輸送車襲撃事件の犯人たちが潜伏していている隠れ家で起きる密室殺人が並行して語られる展開は刺激的で読み応えあり。そのうえでの行われる怒涛の伏線回収やどんでん返しが見事です。


10位.化石少女と七つの冒険(麻耶雄嵩)
全7話の化石少女シリーズ第2弾。前作は全体的に小粒でしたが、本作は1話ごとに趣向が凝らされており、本格ミステリとしての魅力が大幅アップしています。それになんといってもラストが秀逸です。作品のテーマとして提示された前作のオチを踏まえてさらなる仕掛けが炸裂するのが素晴らしい。
化石少女と七つの冒険
麻耶雄嵩
徳間書店
2023-03-01


11位.涜神館殺人事件(手代木正太郎)
怪しげな幽霊屋敷に集められた霊媒師たちが奇怪な状況で次々と殺されていくゴシックホラーミステリーです。個性豊かな霊媒師のエピソードがいちいち面白く、しかも、それが事件の謎を解く重要な伏線となっているのが見事です。リアリティはないものの、ぶっ飛んだトリックにも驚かされる怪作です。
涜神館殺人事件 (星海社 e-FICTIONS)
手代木正太郎
講談社
2023-10-17


12位.でぃすぺる(今村昌弘 )
ジュブナイルのような雰囲気のなかで語られるミステリなのかホラーなのか判然としない物語にゾクゾクします。そして、その末にたどり着く真相がロジカルでありながらどこか歪なのも著書ならではです。しかし一方で、剣崎比留子シリーズと比べると本格として小粒な点はもの足りなさも。
でぃすぺる (文春e-book)
今村 昌弘
文藝春秋
2023-09-21


13位.好きです、死んでください(中村あき)
孤島で行われた恋愛リアリティショーの最中に連続殺人が起こる話ですが、設定をうまく利用して完成度の高いフーダニットミステリに仕上げています。首ない死体を巡る推理も見事ですし、なにより、特異な状況によって生み出された密室トリックには唸らされました。技巧に満ちた傑作です。
好きです、死んでください
中村あき
双葉社
2023-09-21


14位.可燃物(米澤穂信)
警察小説としての体裁を整えながらも本格ミステリとしての魅力もたっぷりと味わえる連作短編です。葛警部が探偵役を務める収録5編はどれも読み応え満点ですが、なかでも、犯人が死体をバラバラにした理由に迫る「いのちの恩」、ファミレスの立て篭もり事件が反転する「本物か」が秀逸。
可燃物 (文春e-book)
米澤 穂信
文藝春秋
2023-07-25


15位.帆船軍艦の殺人(岡本好貴)
第33回鮎川哲也賞受賞作。18世紀末を舞台に海洋を航行中の英国軍艦で起きた連続不可能殺人事件を描いているのですが、まず、海洋冒険小説として読み応えがあります。そして、その物語を伏線として謎解きに結びつける手管が見事です。さらに、設定を活かしたトリックもなかなかにユニーク。
帆船軍艦の殺人
岡本 好貴
東京創元社
2023-10-10


16位.或るスペイン岬の謎 (柄刀一)
エラリー・クイーンの国名シリーズを模した柄刀版国名シリーズ第4弾にして最終巻。収録三編のうち頭一つ抜けているのが表題作で、切れ味抜群のロジックが素晴らしい。また、「チャイナ橙」と「ニッポン樫鳥」も密室などの仕掛けに工夫がみられます。正統派本格として読み応えのある佳品です。


17位.午後のチャイムが鳴るまでは(阿津川 辰海 )
高校を舞台にした連作短編です。学園生活の一コマをユーモアたっぷりに描きつつも、その中にさまざまな謎を仕込んで楽しませてくれます。なかでも、ポーカーゲームのイカサマを巡る話が秀逸です。反面、エピソードによっては真相が分かりやすいものがあもあり、その点は物足りなさも。
午後のチャイムが鳴るまでは
阿津川 辰海
実業之日本社
2023-09-21


18位.八角関係(覆面冠者)
愛慾変態推理小説と銘打たれて1951年に雑誌連載された作品ですが、本格としての魅力が満載。8人の男女が暮らす屋敷で4つの密室殺人が起きる趣向に加え、2次元の密室や4次元の密室などといったワードが飛び出し、読み手のミステリマインドをくすぐります。特に、第1の殺人における雪密室が秀逸。
八角関係 (論創ノベルス)
覆面冠者
論創社
2023-08-25


19位.密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック (鴨崎暖炉)
『密室黄金時代』時代に続くシリーズ第2弾。次々に密室殺人が起きる基本プロットは前作と同じですが、トリックがド派手になり、それを図式で説明してくれるのが嬉しいところ。テンポもよくて謎解きを気軽に楽しめます。あとはファンタジーレベルの奇想天外トリックを受け入れられるかがポイント。
20位.大雑把かつあやふやな怪盗の予告状 警察庁特殊例外事案専従捜査課事件ファイル(倉知淳)
3編収録の連作集。警察庁が名探偵を派遣という発想が楽しく、ミステリとしても不可解な犯行を合理的に説明するホワイダニットものとしてよく出来ています。特に、緩すぎる犯行予告に思わぬ意図が隠されている表題作が見事です。逆転の発想が光る「手間暇かかった分かりやすい見立て殺人」も秀逸。



その他注目作品50

21.私雨邸の殺人に関する各人の視点(渡辺 優)
嵐の山荘で密室殺人が起こり、推理合戦で犯人を特定しようとする展開に目新しさはなく、テンプレの寄せ集めだといえます。しかし、本格好きなとってはそのテンプレが楽しく、また、語り手が変わることを利用した巧みなミスディレクションもよくできています。お約束を逆手に取る手口も見事。


22.すべてはエマのために(月原渉)
陰鬱な空気が立ち込める第一次大戦下のルーマニアを舞台にした館での事件はムード満点。二転三転の展開やタイトルにもなっているエマがあまり登場しない理由などもよく考えられています。ただ、いささかこねくり回しすぎという感はありますし、シリーズ探偵のシズカの登場も余計だった気が...。


23.不実在探偵(アリス・シュレディンガー)の推理(井上悠宇)
刑事の甥である菊理現にしか視認できない不実在探偵という設定がユニーク。事件そのものにはそれほど凝った仕掛けはないものの、不実在探偵は言葉をしゃべれないのでダイズの目で「はい」や「いいえ」といった単純な受け答えしかできないのがミソ。その結果生じる試行錯誤の推理が楽しい。
不実在探偵の推理
井上悠宇
講談社
2023-06-27


24.黒真珠-恋愛推理レアコレクション(連城三紀彦)
著者の単行本未収録作品の中から男女の愛憎劇をテーマにした作品を14編収録。著者十八番の反転を堪能出来る作品が揃っており、なかでも、切れ味抜群の「過剰防衛」が秀逸です。他にも、二転三転の展開が読み手を翻弄する表題作や最後に明かされる秘密が衝撃的な「ひとつ蘭」などが印象的。


25.アリアドネの声(井上真偽)
地震で危険地帯に閉じ込められた三重苦の少女をドローンを使って救出する話で、一見本格ミステリの色は薄いように思えます。しかし、インポッシブルなミッションをいかにクリアするかという問題にはハウダニットものに通ずる面白さがあります。加えて、伏線を回収してのどんでん返しも見事です。
アリアドネの声 (幻冬舎単行本)
井上真偽
幻冬舎
2023-06-21


26.彼女はひとり闇の中(天祢涼)
著者十八番の社会派テーマを盛り込んだ本格ミステリですが、本作は特に凝った仕掛けが施されています。冒頭から罠が仕掛けられており、終盤になって見えていた風景を反転させてみせる手管は見事です。本格と社会派テーマが表裏一体となった傑作。ただ、伏線不足による唐突感は気になるところ。
彼女はひとり闇の中
天祢 涼
光文社
2023-02-22


27.友が消えた夏 終わらない探偵物語 (門前典之)
建築士探偵・蜘蛛手啓司シリーズ。恒例の館が舞台の不可能犯罪に加え、今回はそれが窃盗犯が所持していた記録によって語られるという特異なプロットで楽しませてくれます。一方で、十八番のバカトリックは控えめでその点に期待する肩すかしを覚えるかもしれません。ブラックなラストは衝撃的。
28.エフェクトラ 紅門福助最厄の事件(霞流一)
足跡のない殺人や人間消失など、魅力的な謎は多いものの、ミステリとしての仕掛け自体に特筆すべき点はありません。その代わり、トリックの扱いは上手く、見立て殺人の意表ついた狙いもユニークです。それに、なんといっても、サブタイトルの意味が分かる最後のサプライズがインパクト大。


29.栞と噓の季節(米澤 穂信)
図書委員シリーズ第2弾。高校の図書館で発見された猛毒トリカブトの栞を巡る事件を描いた青春ミステリです。謎解きよりもダークな青春物語に主眼を置いた作品ですが、作中にさりげなく伏線を絡ませて最後に回収していく手管には感心させられました。ただ、ガチの本格を期待すると肩すかしかも。
栞と噓の季節
米澤 穂信
集英社
2022-11-04


30.毒入りコーヒー事件(朝永理人 )
クローズサークルものですが、サスペンスよりもロジックに力を入れた作品。散りばめた伏線を回収しながら12年前と現在の毒死事件と白紙の遺書を巡る謎に迫っていく展開は本格ミステリの醍醐味であり、特に、100頁に及ぶ終盤の推理が圧巻です。ただ、心理描写に納得しがたい点があるのは難。
毒入りコーヒー事件 (宝島社文庫)
朝永理人
宝島社
2023-08-04


31.クローズドサスペンスヘブン(五条紀夫)
登場人物全員がすでに死んでおり、なぜ死んだのかを天国で推理するという設定がユニーク。天国には独自のルールがあってそのルールを紐解いていくことで真相に迫っていくという設定もよく出来ています。ただ、特殊設定に基づいてロジックをこねくり回した割に真相が凡庸な点には物足りなさも。


32.名探偵のままでいて(小西 マサテル )
第21回『このミステリーがすごい!』大賞受賞の安楽椅子探偵ものです。ユニークなのは探偵役が認知症の老人という点であり、その病状を活かした仕掛けも用意されています。各話とも多重解決の趣向や古典ミステリの蘊蓄などが楽しい一方で、こじつけめいた推理が多い点にはものたりなさも。
名探偵のままでいて
小西マサテル
宝島社
2023-01-07


33.世界の終わりのためのミステリ (逸木裕)
人工人体に人間の意識をコピーしたカティスという存在が、人類のいなくなった世界を旅しながらさまざまな謎に挑んでいくSFミステリです。全4が収録されており、「屋根の上に置かれている冷蔵庫」など、謎もバラエティに富んでいます。カティスの設定を絡めた仕掛けもなかなかに巧妙です。


34.その謎を解いてはいけない(大滝瓶)
癖が強い登場人物が次々と出てくるなか、事件とは関係ない他人の黒歴史を次々と暴いていくコメディ作品です。オタクネタが多くて好き嫌いは分かれそうですが、探偵小説のパロディとして楽しい作品ですし、本格ミステリとしても意外によく出来ています。特に、挑戦状付のラスト2話が秀逸。
その謎を解いてはいけない
大滝 瓶太
実業之日本社
2023-06-01


35.恋する殺人者(倉知淳)
従姉の死の真相を追う大学生の物語と犯人のモノローグを交互に配置した本格ミステリであり、かなり大胆な仕掛けが施されています。しかし、難易度はさほど高くなく、ミステリマニアなら仕掛けに気づくのは決して難しくないでしょう。その代り、巧みな伏線やロジカルな推理は読みごたえあり。
恋する殺人者 (幻冬舎単行本)
倉知淳
幻冬舎
2023-06-07


36.11文字の檻: 青崎有吾短編集成(青崎有吾)
様々なジャンルが混在した短編集ですが、現実の列車事故をモデルに意外な結末を描いた「加速していく」、ガラス張りの密室殺人に挑戦した「噤ヶ森の硝子屋敷」などはミステリとして読み応えがあります。そしてなんといっても、切れ味抜群のロジックが光るパスワード当てミステリの表題作が秀逸。


37.ロジカ・ドラマチカ(古野まほろ)
周囲から漏れ聞こえてくる言葉を拾ってその裏に潜む真実をエリート警官と官房長官の孫娘が推理し合う、『九マイルは遠すぎる』のオマージュ作品です。ややまわりくどく感じないでもないですが、日本語ならではの特質を活かしての推理はよく出来ています。知的遊戯の書として読み応えあり。
ロジカ・ドラマチカ
古野 まほろ
光文社
2023-05-24


38.梅雨物語(貴志祐介)
「秋雨物語」に続くホラーミステリーの括りのオムニバス作品集第2弾で、全3編が収録されています。前作よりミステリー要素が強くなり、なかでも中編「皐月闇」の俳句を巡る不穏な推理が本格として読み応えがあり。ただ、推理が丁寧すぎて途中で真相が分かってしまうのが本格としてはマイナス。
梅雨物語 (角川書店単行本)
貴志 祐介
KADOKAWA
2023-07-14





39.ローズマリーのあまき香り(島田荘司)
伝説的なバレリーナが殺された後も大勢の観客の前で踊り続けていたという謎は著者らしい幻想性に溢れ、魅力的。それに加え、別の不可解な謎も加わり、ワクワクが止まりません。こういった読者を惹き込んでいくうまさはさすが島田荘司です。ただ、それだけに魅力不足な真相には不満も。


40.時計泥棒と悪人たち(夕木春央)
元泥棒が探偵役を務めるシリーズ第2弾。どのエピソードにも本格要素がふんだんに盛り込まれており、読み応えがあります。なかでも、特殊な舞台を活かしたロジックに驚かされる「光川丸の妖しい晩餐」や一見不可能な連続宝石盗難事件に対し意表を突く真相を提示する「宝石泥棒と置時計」が秀逸。
時計泥棒と悪人たち
夕木春央
講談社
2023-04-25


41.ぎんなみ商店街の事件簿 Brother編/Sister編(井上真偽)
全3話の連作ミステリですが、それぞれの事件を4兄弟が活躍するBrother編と3姉妹のSister編に分け、独立したエピソードにしている点がユニークです。ただ、Brother編とSister編で大きく真相が変わるわけではなく、互いに欠けている部分の穴埋めをしているだけなのでまどろっこしく感じる面も。


42.ドールハウスの惨劇(遠坂八重)
高校生2人が豪邸で起きた殺人の謎に挑む青春ミステリ。事件が起きるまでが長いものの、不穏な空気の中でサスペンスを高めていく手管は見事です。途中アリバイや密室の謎も用意しつつ、最後に事件の構図を一変させるプロットに唸らされます。ただ、本格ミステリとしては伏線不足が気になるところ。
ドールハウスの惨劇
遠坂八重
祥伝社
2023-01-13


43.怪物のゆりかご (遠坂八重)
蓮司&麗一シリーズ第2弾。今回は、少年がイジメを告発をしたのちに飛び降り自殺を図った事件の真相を探っていく話ですが、調べるほどに辻褄が合わない事実が出てくる錯綜したプロットがよくできています。それに加え、怪物の正体に迫っていく後半の展開も謎解き&サスペンスとして秀逸。
怪物のゆりかご
遠坂八重
祥伝社
2023-09-08


44.鏡の国(岡崎琢磨)
身体醜形障害に悩む主人公の物語を反転させてみせる手管はよくできています。ただ、キャラクターの描写から勘の良い人なら仕掛けに気付くかもしれません。一方、作中作の事件は意外性満点で面白いのですが、リアリティの点でやや難があります。削除されたエピソードの謎は蛇足にしか思えず。
鏡の国
岡崎 琢磨
PHP研究所
2023-09-13


45.まるで名探偵のような: 雑居ビルの事件ノート (久青玩具堂)
喫茶店で出会ったJKが日記を残して失踪した大学生の行方や古書に記された江戸時代の密室殺人といった謎を解いていく日常の謎ミステリー。全5話の連作短編ですが、特に「名刺は語らない」と「日記の読み方」における推理のプロセスが良くできています。ただ、以降は尻すぼみなのが残念。


46.ラザロの迷宮(神永学)
イベントで参加者たちが洋館に閉じ込められ、連続殺人に発展する展開はサスペンスに満ちていて読み応えあり。並行して語られる記憶喪失の男を巡る刑事サイドの物語との関係も面白い。なにより怒涛の伏線回収が秀逸。ただ、本格としてはメインのネタが手垢のついた反則技だったのが残念。
ラザロの迷宮
神永学
新潮社
2023-09-19


47.焔と雪  京都探偵物語(伊吹亜門)
大正時代の京都を舞台にした全5話の連作ミステリです。幼なじみの探偵2人によるバディものなのですが、謎解きの面白さは今一つ。そう思っていると途中で驚きの展開が待っています。その展開も予想済という人もいるかもしれませんが、それを布石として最終話でもうひとひねりあるのが心憎い。


48.蜘蛛の牢より落つるもの(原浩)
21年前に蜘蛛だらけのキャンプ場で起きた集団生き埋め事件が不気味すぎてぞっとします。また、現代パートでの連続怪死事件もかなりの恐ろしさです。どうみても怪異の仕業であり、推理の介入できる余地など皆無に思えますが、怒涛の伏線回収による終盤での反転はなかなかよくできています。
蜘蛛の牢より落つるもの
原 浩
KADOKAWA
2023-09-26


49.地羊鬼の孤独(大島清昭)
中国の妖怪を模した連続猟奇殺人の謎を追うホラーミステリ。ミッシングリンクや連続密室殺人の謎を解き明かす過程には一定の面白さがあります。また、終盤にはゾッとする展開も用意されており、ミステリとホラー両ジャンルの良さを引き出しています。ただ、詰め込みすぎで深みには欠けるきらいも。
地羊鬼の孤独
大島 清昭
光文社
2022-11-24


50.答えは市役所3階に 2020心の相談室(辻堂ゆめ)
新型コロナの流行によって夢や希望を失った人々が市役所のお悩み相談で話を聞いてもらう内に立ち直っていくという連作作品ですが、その裏に秘められた秘密をカウンセラーが見抜いていくくだりが謎解きとしてよくできています。ハートフルなドラマとミステリーとしての反転を同時に楽しめる佳品。


51.死神邸日和(久頭一良)
第5回文芸社文庫NEO小説大賞。偏屈なJKと謎めいた老婆がコンビを組んで身の回りの謎を解いていく日常の謎ミステリーです。驚くような仕掛けこそないものの、テンポの良い謎解きが心地よさをかんさせてくれます。青春ものとしてよくできており、ラストも爽やかな佳品です。
死神邸日和 (文芸社文庫NEO)
久頭 一良
文芸社
2022-11-15


52.むかしむかしあるところに、死体があってもめでたしめでたし。(青柳碧人)
昔話と本格ミステリの融合で注目を集めた”むか死”シリーズの完結編。謎解きのインパクトは1作目には及ばないものの、複数の昔話を融合させてより凝った謎を提示するなど、趣向の面白さには磨きがかかっています。特に、クリスティばりの大仕掛けが炸裂する最終話「金太郎城殺人事件」が圧巻


53.歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理(三津田信三)
刀城言耶の助手である天弓馬人が女子大生の瞳星愛が持ち込む怪異譚の謎を解く、刀城言耶シリーズのスピンオフ作品です。ミステリーとしては本家よりも軽量級ながら、ファンサービス的な仕掛けが楽しい。ディクスン・カーについての言及が多い点もマニアにとってはうれしいところ。


54.動くはずのない死体 森川智喜短編集(森川智喜 )
5編収録の短編集ですが、ベストは「フーダニット・ リセプション 名探偵粍島桁郎、虫に食われる」です。コーヒーをこぼした原稿の文章を推理していくのですが、それだけにとどまらない趣向に驚かされます。逆に、「ロックトルーム・ブギーマン」はユニークな趣向を活かしきれてないのが残念。





55.虚構推理短編集 岩永琴子の密室(城平京)
虚構推理シリーズ第6弾の短篇集。今回はファンが安心して楽しめる軽めの話が多いのが特徴。そんななか、犯人が苦労して作った密室を妖怪が片っ端から開けていくという状況が愉快な「みだりに扉を開けるなかれ」と妖怪は登場しないながらも謎解きの完成度が高い「飛島家の殺人」がよくできいます。


56.異分子の彼女 腕貫探偵オンライン(西澤保彦)
謎の公務員が市民の悩みを解決するシリーズ第8弾。今回は時世を反映してリモート相談窓口による安楽椅子もので著者らしいブラックな味わいが堪能できる中編3編が収録されています。なかでも挙式当日に夫を殺された妻が34年後に新しい夫に殺された事件の意外な動機が浮き彫りなる表題作が秀逸。
異分子の彼女 腕貫探偵オンライン
西澤 保彦
実業之日本社
2023-01-23


57.アンデッドガール・マーダーファルス 4 (青崎有吾 )
未だ語られることのなかったレギュラー陣の過去を描いた連作集であり、小泉八雲や安倍晴明との共演や人魚の法廷劇など、さまざな趣向で楽しませてくれます。ただ、本格ミステリの要素は今までのなかで一番薄め。その中にあって、「人魚裁判」はロジカルな推理を楽しむことの出来る好編です。


58.真相崩壊 (小早川真彦)
第1回論創ミステリ最終候補作。台風にが引き起こした土砂崩れによって壊滅したニュータウンのなかから一家4人の他殺死体が発見される謎に興味がそそられます。天気予報士という自身の経歴を活かした謎の構築や二転三転の展開が面白く、フーダニットミステリーとしてよくできています。
真相崩壊 論創ノベルス
小早川真彦
論創社
2023-04-21


59.灰色の家(深木章子 )
老人ホームを巡る連続自殺事件の背景には、高齢者問題を扱った社会派ミステリーの味わいもある一方で、過去作にみられた派手な仕掛けやギミックなどは皆無です。しかし、どちらかと言えば地味な作品ではあるものの、フーダニットや逆トリックなどのロジックはよく出来ています。
灰色の家
深木 章子
光文社
2023-04-19


60.ハートフル・ラブ (乾 くるみ)
全7篇の技巧に満ちた短編集ですが、出来不出来が相半ばといった感じです。そのなかにおいては病気で死別することになった若い夫婦の思い出を妻の視点から描いた時間逆行ミステリ「夫の余命」が傑作です。また、二転三転の展開が楽しめる「数学科の女」や切れ味鋭い「なんて素敵な握手会」も秀逸。
ハートフル・ラブ (文春文庫)
乾 くるみ
文藝春秋
2022-12-06


61.星くずの殺人(桃野雑派)
武侠ミステリで乱歩賞を受賞した前作とはがらりと趣向を変え、宇宙を舞台にしたSFミステリーに挑戦しています。宇宙空間ならではのトリックを複数用意して楽しませてくれますが、理系知識がなければ推理しようがない点か難だといえます。また、予想外の動機についても賛否が分かれそうです。
星くずの殺人
桃野雑派
講談社
2023-02-21


62.あの魔女を殺せ(市川哲也)
 グロテスクな人形作りで人気の三姉妹が山奥の館で新作発表を行ったのちに密室で殺されていくといった感じの物語。異様な登場人物が織りなすホラーミステリーで、館×密室×オカルトに加えてクローズドサークルの要素が雰囲気を盛り上げていきます。ただ、ミステリとしての目新しさは特になし。
あの魔女を殺せ
市川 哲也
東京創元社
2023-09-29


63.不死探偵・冷堂紅葉 01.君とのキスは密室で (零雫 )
GA文庫大賞銀賞を受賞したラノベ作品で、通常の密室に加えて異能力絡みの密室殺人が起きるという2段構えの構図がユニーク。ラノベ要素をトリックとして使用するなど作品の特性を活かした仕掛けも見事です。ただ、異能力絡みの密室殺人については真相を説明されても納得しがたいのが難。


64.落語刑事サダキチ-泥棒と所帯をもった女 (愛川晶)
昭和を舞台に新人女刑事と落語好き刑事のコンビが事件を追い、名探偵の落語家が謎を解く全3編の連作ミステリーです。掏摸や空き巣など犯罪を対象とした謎解きは3作ともよくできています。なかでも出色なのが「三人の香典師」で、伏線回収によって浮かび上がる意外な真相には驚きです。


65.彼女はそこにいる(織守きょうや)
ある賃貸住宅の怪異を巡るホラーミステリー。3部構成になっており、第1部は少女が体験する怪異譚としてよくできています。続く第2部は怪異の謎を挑む推理パートですが、次第に真相に迫っていくプロセスが秀逸です。ただ、犯人の目安が付きやすく、3部の真相編は本格ミステリとしてはいま一つ。
彼女はそこにいる (角川書店単行本)
織守きょうや
KADOKAWA
2023-06-30


66.カンブリアⅢ 無化の章-警視庁「背理犯罪」捜査係 (河合莞爾)
特殊能力が存在する世界を背景に東京都知事選を巡る事件を描いた警察小説の完結編。まず、シリーズ全体に張り巡らせた伏線を一気に回収されていくのが圧巻。また、進化論の扱いも興味深くて話に引き込まれていきます。ただ、ヒントがあからさまで真相の一部がバレバレだったのはやや残念。


67.虹の涯(戸田義長)
天狗党の乱の首領格とされる藤田小四郎を主人公に据えた歴史ミステリーです。とはいえ、全4話中ラスト1話以外の3話は不可解な事件の謎を解き明かす本格ミステリ仕立てになっています。ただ、密室なども扱っているものの、本格としては弱め。それよりも、壮絶な終盤のドラマが印象的です。
虹の涯
戸田 義長
東京創元社
2022-11-18


68.走馬灯交差点(西澤保彦)
『人格転移の殺人』を彷彿とさせる作品で特殊設定に基づく謎解きは安定の面白さです。真相の意外性も申し分ありません。ただ、謎解きの前提となる物語がわかりずらく、下手をすると何が起こっているのかすら分からないのは難。そのため、謎解きの面白さを十分に味わえない可能性があります。
走馬灯交差点
西澤 保彦
ホーム社
2023-03-24


69.勿忘草をさがして(真紀涼介)
第32回鮎川哲也賞優秀賞受賞作。植物の蘊蓄を絡めたハートフルな物語としてよく出来ており、小説として抜群の完成度を誇っています。一方、ミステリーとしては植物の知識がポイントとなる謎を用意しているのですが、仕掛けが単純なため、真相が容易に予想できてしまうのが難点です。
勿忘草をさがして
真紀 涼介
東京創元社
2023-03-30


70.グッドナイト(折原一)
不眠に悩むアパートの住人が3階の心理研究所に相談しに行くと女所長が解消方を授けてくれるという全7篇の連作ミステリ。どの話でも不眠は解消されるものの思わぬオチが待っています。全盛期と比べると仕掛けが冗長で騙し技の切れ味が鈍ったように思えますが、最終章でのどんでん返しは流石です。
グッドナイト
折原 一
光文社
2022-11-24



2023年12月7日追記
予想結果
ベスト5→5作品中2作的中
ベスト10→10作品中7作的中
ベスト20→20作品中15作的中
順位完全一致→20作品中1作品

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2024本ミス国内



最新更新日2023/12/07☆☆☆

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本ミス2024
対象作品である2022年11月1日~2023年10月31日の間に発売された謎解き主体のミステリー作品の中からベスト10の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。それらの点についてはあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
2024本格ミステリ・ベスト10
探偵小説研究会
原書房
2023-12-07



本格ミステリベスト10海外版最終予想(2023年11月14日)

1位.厳冬之棺(孫沁文)
中国のカーこと鶏丁が2018年に別名義で発表した初長編作品。富豪の館を舞台に不気味な伝承に基づく3つの密室殺人起きるという物語は、本格マニアにとってはたまらないものがあります。島田荘司ばりの豪快な密室トリックに加え、名探偵の推理やどんでん返しなど本格の魅力が盛り沢山です。


2位.禁じられた館 (ミシェル・エルベ―ル&ウジェーヌ・ヴィル)
これほど完成度の高い密室ミステリーが本格ミステリ不毛の地と思われていた黄金期のフランスに存在していた事実に驚かされます。呪われた館、人間消失の謎、推理合戦と二転三転する真相。そしてなんといっても、終盤での鮮やかな解決。どこを切り取っても隙のない、クラシックミステリの傑作です。
禁じられた館 (扶桑社BOOKSミステリー)
ウジェーヌ・ヴィル
扶桑社
2023-03-02


3位.ナイフをひねれば (アンソニー・ホロヴィッツ)
戯曲を酷評した批評家が殺され、脚本を手掛けたホロヴィッツが逮捕されてしまうシリーズ第4弾。細かい仕掛けを張り巡らせて読者をミスリードさせていく手腕は一級品です。怒濤の伏線回収で真相を明らかにしていくくだりも読み応えがあります。ただ、後半の展開はヒントになりすぎた面も。


4位.恐るべき太陽(ミシェル・ビュッシ)
南の島で行われた創作セミナーで講師を務めるカリスマ作家が「失踪事件こそ最高のつかみ」といったとたんに彼自身が失踪する展開にぞくりとさせられます。そこから連続殺人事件につながっていくわけですが、意表をついた真相にはただただ驚かされました。技巧の粋を凝らした仕掛けに脱帽。
恐るべき太陽 (集英社文庫)
平岡 敦
集英社
2023-05-19


5位.君のために鐘は鳴る(王元 )
第7回金車・島田荘司推理小説賞受賞作。作者はマレーシア系中国人の女性ですが、その作風はまるで日本の新本格そのものです。他者に認識されない作家を巡る謎こそ賛否が分かれそうなものの、特殊設定を活かした第2の事件の真相が見事ですし、終盤で明かされる事件の意外な構図にも唸らされます。
君のために鐘は鳴る (文春e-book)
王元
文藝春秋
2023-09-12


6位.グッゲンハイムの謎(シヴォーン・ダウド:原案/ロビン・スティーヴンス:著)
『ロンドン・アイの謎』に続くシリーズ第2弾ですが、シヴォーン・ダウドはすでに逝去しており、本作は別人の手によって書かれています。しかし、それでいて全く違和感がないのは見事。児童書とは思えぬ緻密な消去法推理が素晴らしく、真相を悟らせないミスディレクションの手管にも唸らされます。
グッゲンハイムの謎
ロビン・スティーヴンス
東京創元社
2022-12-12


7位.死と奇術師  (トム・ミード)
不可能犯罪が流行しているという設定が日本の某シリーズを彷彿とさせるうえに、ディクスン・カーへの言及や読者への挑戦など、古典本格への愛に溢れた一編です。1930年代のロンドンの描写も雰囲気を盛り上げてくれますし、真相の意外性も申し分ありません。ただ、密室トリック自体はいまひとつ...。
死と奇術師
ノーブランド品


8位.アリス連続殺人(ギジェルモ・マルティネス)
『オックスフォード連続殺人』から17年ぶりに翻訳された続編。新たに発見されたらしいルイス・キャロルの日記の断片から紐解かれていくキャロルを巡る謎は一種の歴史ミステリとして読み応えがあります。また、その発見を端緒として起きる連続殺人の意外なロジックも謎解きミステリとして秀逸です。
アリス連続殺人 (扶桑社BOOKSミステリー)
ギジェルモ・マルティネス
扶桑社
2023-09-27


9位.ハンティング・タイム (ジェフリー・ディーヴァー )
コルター・ショウシリーズ第4弾。DVで投獄された元刑事の男が出所し、娘とともに逃走する妻を、男と2人組の殺し屋、さらには、彼女たちの保護を依頼されたショウが追う三つ巴の追跡劇です。アクション要素が強くて本格ミステリとは言い難いものの、終盤に炸裂するどんでん返しには驚かされます。
ハンティング・タイム コルター・ショウ (文春e-book)
ジェフリー・ディーヴァー
文藝春秋
2023-09-26


10位.吸血鬼の仮面 (ポール・アルテ )
名探偵オーウェン・バーンズシリーズ第6弾。腐敗しない死体、鏡に映らない男、果ては犯人が煙のように消えた密室といった具合に、魅力的な謎が次から次へと出てきます。ただ、肝心のトリックは強引なものが多くていただけません。それよりも秘められた事件の構図を紐解いていく手管が魅力的。



その他注目作品20

11.叫びの穴(A・J・リース)
1919年発表。物語は、考古学者殺しで逮捕された青年が死刑宣告を受けながらも沈黙を貫くというもの。その作風は重厚で決して読みやすいとはいえません。一方、フェアプレイにこだわったうえで真相の意外性を演出してみせる手管は見事で、これが黄金期前夜の作品であることに驚かされます。
叫びの穴 (論創海外ミステリ 305)
アーサー・J・リース
論創社
2023-10-27


12.すり替えられた誘拐(D・M・ディヴァイン)
60年代の英国本格ミステリを牽引したディヴァイン最後の未訳作品。当時の大学の様子を活写しつつ、問題児である令嬢の狂言誘拐から殺人へと発展していく静かなサスペンスが秀逸。派手なトリックなどはありませんが、ロジカルに犯人を特定するフーダニットミステリとしても良くできています。
すり替えられた誘拐 (創元推理文庫)
D・M・ディヴァイン
東京創元社
2023-05-31


13.ファラデー家の殺人 (マージェリー・アリンガム)
1931年発表されたアルバート・キャンピオンシリーズの第4弾であり、旧家の人々を巡る連続殺人が描かれています。ちなみに、1957年に発売された『手をやく捜査網』は本作の抄訳版です。文学的な側面が強い著者の作品群のなかでは珍しく、当時としては画期的かつ大胆な仕掛けが施されています。
ファラデー家の殺人 (論創海外ミステリ 301)
マージェリー・アリンガム
論創社
2023-09-12


14.恐ろしく奇妙な夜(ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ)
ミステリーとは言い難い作品も混じっていますが、『赤い右手』の著者らしい奇想と技巧に満ちた作品集です。特に、『密室殺人コレクション』にも収録された『つなわたりの密室』はロジャーズ節で描かれた不可能犯罪が魅力的ですし、『人形は死を告げる』も呪いの人形と推理劇の組み合わせが秀逸。
恐ろしく奇妙な夜 (奇想天外の本棚)
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ
国書刊行会
2023-01-27


15.グレイラットの殺人(M・W・クレイヴン)
国際犯罪対策庁のポーと相棒のティリー分析官のコンビが魅力的なシリーズ第4弾。3年前の強盗殺人が絡んだ国際的陰謀を追う物語は、二転三転の展開も相まって素直に面白いといえます。ただ、本格としてみた場合、前3作と異なり、大仕掛けのトリックやどんでん返しの要素が乏しいのが残念。


16.炎の爪痕(アン・クリーヴス)
自然豊かなシェトランド諸島が舞台のペレス警部シリーズ第8弾にして、完結篇です。最終章らしくペレス警部自身の葛藤が中心に描かれていますが、ミステリとしても読み応えがあります。派手さこそないものの、散りばめられた伏線を回収しながら意外な真相は探り当てていく物語は安定の面白さです。
炎の爪痕 (創元推理文庫)
アン・クリーヴス
東京創元社
2022-12-19


17.卒業生には向かない真実(ホリー・ジャクソン)
ピップ三部作の完結編ですが、『自由研究には向かない殺人』に比べると謎解きの面白さは随分と希薄になっています。犯人の正体がすぐに見当がつく点などはいかにもものたりません。その代り、本格以外の部分で驚きの展開が楽しめる傑作に仕上がっています。意外な形でのアリバイ工作もあり。


18.処刑台広場の女(マーティン・エドワーズ)
1930年のロンドンを舞台にした名探偵レイチェル・サヴァナクの黒い噂を巡るミステリ。これは本格というよりもクライムノベルに近い作品で、回想シーンでのどんでん返しもミステリファンならすぐに見当がつくでしょう。一方で、黄金期ミステリーのガジェットふんだんに盛り込んだ点は魅力的。
処刑台広場の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マーティン エドワーズ
早川書房
2023-08-17


19.8つの完璧な殺人(ピーター・スワンソン)
作品自体はサスペンスなのですが、『赤い館の秘密』、『ABC殺人事件』といった古典ミステリをなぞった殺人を次々と起きていく展開やミステリに関する数々の小ネタが本格マニアの心をくすぐります。ただ、『アクロイド殺し』と『ABC殺人事件』のネタバレがされているので未読の人は要注意。
8つの完璧な殺人 (創元推理文庫)
ピーター・スワンソン
東京創元社
2023-08-12


20.トゥルー・クライム・ストーリー (ジョセフ・ノックス)
過去の女学生失踪事件を追う物語は本格とは言い難いものの、インタビュー形式で収集される関係者の証言が全く信用できず、何が真実なのかわからなくなっていく展開がスリリング。さまざまな仕掛けが満載で謎解き要素も楽しい作品ですが、最後まで解かれない謎も多い点は好みが分かれそう。
トゥルー・クライム・ストーリー (新潮文庫 ノ 1-4)
ジョセフ・ノックス
新潮社
2023-08-29


21.フランケンシュタインの工場 (エドワード・D・ホック)
本作の時代設定は21世紀初頭。メキシコの沿岸の孤島で死体の接合蘇生実験をしていたところ、関係者が次々と殺されていくというSFミステリーです。1975年という発表時期を考えると随分と先鋭的な作品ですが、伏線がみえみえで、ホックにしてはミステリとして凡庸な点が惜しいところ。
フランケンシュタインの工場 (奇想天外の本棚)
エドワード・D・ホック
国書刊行会
2023-05-27


22.木曜殺人クラブ 二度死んだ男 (リチャード・オスマン)
バイタリティ溢れる老人たちが難事件を追うシリーズ第2弾。今回は殺人と消えたダイヤの謎に挑みますが、MI5やマフィアを向こうに回しての活躍が痛快です。一方、ミステリとしては派手さこそないものの、巧みなミスディレクションによって真相を隠蔽することに成功しています。前作以上の秀作。
木曜殺人クラブ 二度死んだ男 (ハヤカワ・ミステリ)
リチャード オスマン
早川書房
2022-11-02


23.木曜殺人クラブ 逸れた銃弾(リチャード・オスマン)
高齢者施設の木曜殺人クラブ が殺人事件の謎を解決するシリーズ第3弾。キャラクター同誌のい掛け合いが面白さな大きな部分を負っており、本筋もKGBが主人公を拉致して殺人を強要するなど、本格要素はかなり薄い感じがします。それでも、最後に意外な真相を提示するあたりはさすがです。
木曜殺人クラブ 逸れた銃弾 (ハヤカワ・ミステリ)
リチャード オスマン
早川書房
2023-07-04


24.孤島の十人 (グレッチェン・マクニール)
『そして誰もいなくなった』の登場人物を高校生に置き換えたヤングアダルト向けのオマージュ作品です。一人一人殺されていくサスペンス展開は現代風にパワーアップされており、読み応えがあります。一方で、本格ミステリとしては新味に欠け、どんでん返しにも既視感を覚えてしまうのが残念。
孤島の十人 (扶桑社BOOKSミステリー)
グレッチェン・マクニール
扶桑社
2023-03-02


25.危険な蒸気船オリエント号(C・A・ラーマー)
『マーダー・ミステリ・ブッククラブ』に続いてクリスティ愛好家たちの活躍を描いたシリーズ第2弾。いわゆるコージーミステリーですが、謎解きは意外に本格的でどんでん返しを繰り返す展開は読み応えがあります。有名作品の小ネタが散りばめられているのもマニアとしては嬉しいところ。
危険な蒸気船オリエント号 (創元推理文庫)
C・A・ラーマー
東京創元社
2022-12-12


26.謎解きはビリヤニとともに (アジェイ・チョウドゥリー)
ロンドンのインド料理店で働く元刑事の給仕が大富豪殺しの謎に挑むインドミステリ。現在の事件と刑事をクビになった事件の謎解きが並行して行われ、重層的な面白さを醸し出しています。ちなみに、ビリヤニとはインドの炊き込みご飯で、珍しい料理が次々出てくるグルメ小説としても秀逸です。
謎解きはビリヤニとともに (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アジェイ チョウドゥリー
早川書房
2022-12-21


27.エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬(S・J・ベネット )
エリザベス女王が探偵役のシリーズ第2弾。驚くような仕掛けがあるわけではありませんが、女王の見事な探偵ぶりは爽快ですし、謎解きも地味ながらよく出来ています。現実の政治状況や実在の政治家などもストーリーに絡んでくるため、その辺りに詳しければ一層楽しむことが出来るでしょう。


28.哀惜(アン・クリーヴス)
シェトランド諸島シリーズ完結を受けて始まった新シリーズです。デヴォン州を舞台に海岸で発見された他殺死体の謎を追う物語ですが、あいかわらず自然の美しさや人間模様が魅力的な作品に仕上がっています。地道な捜査による謎解きの面白さに加えてダウン症をテーマにした社会派としても秀逸です。
哀惜 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アン クリーヴス
早川書房
2023-03-23


29.シャーロック・ホームズの事件録 悪魔の取り立て(ボニー・マクバード )
シリーズ第3弾。今回は世間から悪魔扱いされてしまい、孤立無援となったホームズとワトソンが連続殺人の謎を追うというもので、テンポの良さとキャラの魅力は相変わらずです。ホームズのパスティーシュものとしては申し分ない出来だといえるでしょう。ただ、謎解きに関しては物足りなさがも..。
シャーロック・ホームズの事件録 悪魔の取り立て (ハーパーBOOKS)
ボニー マクバード
ハーパーコリンズ・ジャパン
2022-12-15


30.メナハウス・ホテルの殺人(エリカ・ルース・ノイバウアー)
アガサ賞最優秀デビュー長編賞受賞作です。いわゆるコージーミステリーなので謎解きの面白さは本家クリスティに及ぶべくもありませんが、旅情気分はたっぷり味わうことができます。その辺りは同じ戦前のエジプトが舞台の『ナイルに死す』を彷彿とさせるものがあるかもしれません。
メナハウス・ホテルの殺人 (創元推理文庫)
エリカ・ルース・ノイバウアー
東京創元社
2023-02-13



チェック漏れ作品

ガラスの橋 ロバート・アーサー自選傑作集(ロバート・アーサー)
単著では著者初の邦訳本です。ユーモラスで洒落た作品が多いなかで、本格ファンにとって白眉なのはやはり表題作でしょう。絵になるといわれた不可能犯罪トリックが秀逸です。他には、「一つの足跡の冒険」の凝った仕掛けもなかなかで、ミステリー趣味満載の「極悪と老嬢」楽しい。



2023年12月7日追記
予想結果
ベスト5→5作品中4作的中
ベスト10→10作品中5作的中
順位完全一致→10作品中0作品

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最新更新日2023/01/03☆☆☆

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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングから外れてしまったものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2023年版 国内ベスト20予想
2023本格ミステリ・ベスト10 国内版予想

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氷の致死量(櫛木理宇)
聖ヨアキム学院中等部に赴任した鹿原十和子は聖女の如き佇まいで生徒に慕われながらも、彼女自身はアセクシュアル(無性愛者)であることに苦悩していた。一方、八木沼武史は熟女に自身の母親を投影してはその肉体を解体する殺人鬼だ。彼は十和子にかつて慕っていた教師・戸川更紗の姿を重ねるが...。
◆◆◆◆◆◆
さまざまな性的指向を持つ人々を登場させることで性的マイノリティの問題に切り込みつつも、母親に対する歪んだ信仰心から殺人鬼に成り果てた八木沼という男を物語の縦軸に据えることによって社会派ミステリとしてのテーマ性とサイコサスペンスとしてのエンタメ性を兼ね備えた厚みのある作品に仕上がっています。アセクシュアルに悩んでいた主人公の成長はもちろん、八木沼が意外な一面を見せるどんでん返しや犯人視点のノワール的趣向も読み応えあり。ただし、かなりグロい描写があるため、スプラッタ描写が苦手な人は要注意です。
氷の致死量
櫛木 理宇
早川書房
2022-05-10


残酷依存症(櫛木理宇)
林道でブルーシートをかぶせた死体が発見される。死んでいたのは都内の大学に通う女子大生で、壮絶な拷問の跡が残されていた。一方、サークル仲間である航平・匠・渉太の3人は何者かに監禁されていた。犯人は互いの爪を剥げ、目を潰せと彼らの友情を試すかのように残酷な指示をしていくが....。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ第2弾。とにかく残酷描写がリアルで、それが大きなウリになっています。さかも、同じグロテスクな話でも本作は被害者が悪人なのでより大きなカタルシスを得ることが出来るのではないでしょうか。特に、ラストの爽快感はかなりのものです(それでも残酷描写の苦手な人は要注意ですが)。また、ジェンダーの問題にも触れられており、社会派ミステリとしても読み応えがあります。なお、話自体は前作とは独立しているため、本作から読んでも問題はありません。
残酷依存症 (幻冬舎文庫)
櫛木理宇
幻冬舎
2022-04-07


終活中毒(秋吉理香子)
余命いくばくもない女性と結婚して財産を相続することを生業にしてきたメディカルスタッフの僕は資産家の真美子と出会う。いつものように口説き落として結婚し、終活として彼女が熱心に取り組み始めたSDGs活動に対しても理解ある夫を演じる。ところが、彼女は半年がすぎても元気なままで...。
◆◆◆◆◆◆
終活をテーマにした4つのミステリーを収録した短編集です。十八番のイヤミスをはじめとしたラエティに富んだラインナップが揃っており、非常に読み応えがあります。なかでも、余命宣告を受けた芸人がお笑いグランプリ優勝を目指す「お笑いの死神」がどんでん返しあり、感動ありの傑作です。また、余命幾ばくもない資産家の女と結婚した詐欺師が思わぬ結末を迎える「SDGsの女」にも驚かされます。
終活中毒
秋吉 理香子
実業之日本社
2022-07-28


祈りのカルテ 再会のセラピー(知念実希人)
研修医から循環器内科医となった諏訪野良太は学会発表の帰り道でかつて学友・小鳥遊と遭遇する。連れの研修医・鴻ノ池に研修時代のエピソードを求められ、諏訪野の脳裏に数々の思い出がよみがえる。美容整形にのめり込む元アイドル、末期癌患者に着せられた強盗犯の汚名など、代全3話収録。
◆◆◆◆◆◆
3編の短編からなるシリーズ第2弾。今回はサブタイトルが示すとおり、再会がテーマになっており、子との再会、妹との再会、そして、学友との再会と続きます。謎解き自体はあっさりめですが、テンポが良く、人間ドラマとして秀逸です。特に、患者の無罪を証明して子供との再会を実現すべく、諏訪野が奔走する「二十五年目の再会」がよく出来ています。さらに、天久鷹央シリーズとのコラボはファンにとってはうれしいところではないでしょうか。


月の光の届く距離(宇佐美まこと)
17歳で妊娠した美優は恋人から拒絶されたうえに両親からも責められて死を覚悟する。そこに思わぬ救いの手が差し伸べられるも中絶するには遅すぎると福祉の手によってゲストハウス「グリーンゲイブルズ」に預けられる。そこには血の繋がりよりも深い絆で結ばれた家族が暮らしており.....。
◆◆◆◆◆◆
本作はミステリーと銘打たれていますが、ミステリーとしての魅力はほぼ皆無です。その代わり、家族に恵まれなかったヒロインが新しい出会いによって成長してくヒューマンドラマとして秀逸。また、血の繋がっている家族でも毒親によって人生をめちゃくちゃにされる人がいるなかで、疑似的な家族を形成することで、なんとかそういう人たちを救いだそうとする活動には胸が熱くなります。家族のあり方について考えさせられる感動傑作です。
月の光の届く距離
宇佐美 まこと
光文社
2022-01-18


ぼくらに嘘がひとつだけ(綾崎隼)
エリート棋士を父に持つ長瀬京介と元落ちこぼれ女流棋士の息子・朝比奈千明は共に奨励会の階段を駆け上り、天才少年としてしのぎを削っていた。そんな折、彼らは出生時に取り違えられたのではないかという疑惑が浮上する。2人は密かにDNA鑑定を依頼し、やがてその結果が送られてくるが....。
◆◆◆◆◆◆
取り違え疑惑はDNA鑑定ですぐに決着かと思っていると、そこから二転三転する展開に翻弄させられます。一方、将棋界の裏側や棋士同士の闘いを描いたの将棋小説としてよく出来ているうえに、友情や家庭問題を絡めた人間ドラマとしても秀逸です。特に、国仲遼平と長瀬厚仁の関係にはぐっとくるものがあります。ただ、ミステリーとしては取り違え疑惑の真相に無理がある点が気になるところ。しかし、その点をのぞけば読後感も爽やかな良書です。
ぼくらに嘘がひとつだけ (文春e-book)
綾崎 隼
文藝春秋
2022-07-25


ラブカは静かに弓を持つ(安壇美緒)
全日本音楽著作権連盟に勤める橘樹はある日、上司から音楽教室への潜入調査を命じられる。目的は著作権法における演奏権を侵害している証拠を掴むことだった。身分を偽り、教室に通い始める橘。そこで仲間を得て演奏する歓びに目覚めていくが、任務のためには彼らを裏切らなければならず....。
◆◆◆◆◆◆
著作権を巡るミステリーですが、物語は主人公の葛藤と人間的な成長に重きを置いていいます。音楽とスパイという風変わりな組み合わせに引き込まれ、美しい調べのような繊細な物語は読んでいて心に染み入ります。なによりもスパイ対象であるはずの音楽教室の仲間たちが魅力的です。そこから生じる主人公の葛藤を含め、人間ドラマとして非常に秀逸な作品です。ちなみに、ラブカとは深海魚の一種で身を潜めて獲物を捕食することからスパイを意味しています。
虚魚(新名智)
怪談師の三咲は同居人のカナちゃんとともに体験した人が死ぬ怪談を探していた。両親を事故死させた男を殺すためだ。三咲は釣った人が死んでしまう魚の噂を耳にし、その真偽を調べていくとある川の河口で似たような怪談が複数発生していることが判明する。2人は怪異の川をたたどっていくが...。
◆◆◆◆◆◆
第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作。さまざまな怪談を披露しながらその根源を辿っていく物語は興味深く、引き込まれるものがあります。また、怪談を巡るさまざまな伏線も綺麗に回収されるのでミステリーとしても読み応えありです。ただし、ライトな文章は好みが分かれるところ。サクサクとテンポ良く読み進めることが出来る反面、雰囲気があまりにも軽いのでホラー描写を期待すらと物足りなさを覚えるかもしれません。ホラー風味の青春ストーリーと思って読むのが吉です。
虚魚 (角川書店単行本)
新名 智
KADOKAWA
2021-10-22


フェイクフィクション (誉田哲也 )
男性の首なし死体が路上で発見され、司法解剖の結果、死因は頸椎断裂だと判明する。つまり、男は斬首によって殺害されたのだ。一方、元プロキックボクサーの河野潤平は都内の製餡所で働いていたが、新たに入ってきた有川美祈に一目惚れする。だが、彼女は新興宗教「サダイの家」に関係しており...。
◆◆◆◆◆◆
ショッキングな展開からはじまり、その後怒涛の展開が続くのでページをめくる手が止まらなくなります。宗教団体が信者を食い物にしていく描写にはぞっとさせらる一方で、そうした状況を巡るサスペンスとバイオレンスの物語は抜群の面白さです。特に、後半の脱出劇は敵に汗握ります。ただ、「警察組織vs悪魔と呼ばれる男vsカルト教団vs元キックボクサー」のキャッチコピーが示す三つ巴四つ巴の戦いは読み応えがあるものの、登場人物が多すぎて分かりずらさに繋がっているきらいもあります。また、読んでいてやるせなさを覚える警察の腐敗描写などは好みの分かれるところではないでしょうか。


天才弁護士の孫娘 比良坂小夜子と御子神家の一族(雨宮周 )
不敗伝説を誇る弁護士を祖母に持つ若手弁護士の比良坂小夜子。しかし、彼女自身は気弱で地味なために周囲からポンコツ扱いされていた。そんな彼女が大実業家の遺言執行者に指名される。しかも、遺言状の内容は不穏で、いつ争いが起きてもおかしくないほどだった。そして、ついに殺人が....。
◆◆◆◆◆◆
ミステリとしては軽めですが、キャラが魅力的。特に、主人公のポンコツ具合が絶妙で楽しく読むことができます。ここまでポンコツでどうやって事件を解決するのかという興味に引きずられていくうちに急展開を迎える筋運びにもうまさを感じます。なにより、無駄な部分を極力排除し、テンポの良さを全面に押し出したのが最大の美点だといえるでしょう。笑えるシーンを散りばめており、メリハリといった点でも申し分ありません。また、弁護士の仕事が分かりやすく説明されており、お仕事小説としても秀逸です。


ディープフェイク(福田和代)
中学教師の湯川は生徒間のもめ事を身を挺して解決していったことからメディアに取り上げられ、鉄腕教師の名で親しまれていた。そんな折、週刊誌に湯川と女子高生の密会写真が掲載され、生徒に暴力を振るう動画が拡散される。湯川は全く身に覚えのない醜聞によって追いつめられていくが....。
◆◆◆◆◆◆
AIなどを用いて簡単にフェイク動画が作れるようになった現代社会の恐怖を描く社会派サスペンス。社会的信用を失い希望の見えない前半の展開は読んでいてつらくなってきますが、周囲からのアドバイスに基づいて解決策を模索していくプロセスは読み応えありです。ネット社会の暗黒面を突きつけられてぞっとすると同時に、先の読めない展開に引き込まれる作りになっています。ただ、熱血教師である半面、家庭を顧みない主人公のキャラは好みの分かれるところ。
ディープフェイク
福田 和代
PHP研究所
2021-10-19


図書室のはこぶね(名取佐和子)
バレー部のエース・百瀬花音は怪我のために体育祭に参加できず、代わりに準備期間の一週間、図書委員の代打を務めることになる。図書室の掃除をしていたとき、彼女は2冊の『飛ぶ教室』を見つけ、その1冊には”箱舟はいらない”と書かれたメモが挟まれていた。一体それは何を意味するのか?
◆◆◆◆◆◆
高校生の男女が本を巡る謎に挑む青春ミステリ。謎解きを通して高校生の悩みが浮き彫りになっていく展開が青春ものとして秀逸です。解き明かされた謎に関しては暗い一面もあるものの、個性的な登場人物たちが甘酸っぱい学園生活を彩り、読後感は爽やか。また、体育会系の花音とインドア派の朔太郎の凸凹コンビも魅力的で、バディものとしてよくできています。さらにはさまざまな名作がわかりやすく紹介されているので本好きの人にもオススメです。
図書室のはこぶね
名取 佐和子
実業之日本社
2022-03-17


コンサバター 失われた安土桃山の秘宝 (一色さゆり )
「四季花鳥図」は日本美術史において最重要人物の一人・狩野永徳の押印があり、安土城炎上からも生き延びた貴重な逸品だ。だが、その絵にはなぜか春の部分だけが欠落していた。そもそも、これは本当に永徳の作品なのか?謎を解くために修復士のスギモトは助手の春香と共に京都に向かうが...。
◆◆◆◆◆◆
シリーズ第3弾。今回は画の復元を3チームが競い合う流れになっており、勝負の行方がスリリングに描かれています。なかでも、復元作業のプロセスが面白く、読み応えがあります。さらに、1枚の屏風絵を巡る狩野派一族の話も興味深く、美術好きの人にはオススメです。一方で、スレ違いがちのスギモトと春香の関係も気になるところですが、スギモトが春香に告げた言葉には驚かされました。今後の展開も気になる佳品です。
ミス・パーフェクトが行く!(横関大)
厚生省キャリア官僚で29歳の真波莉子はその完璧な仕事ぶりから ミス・パーフェクトと呼ばれていた。しかも、首相の隠し子で現政権を裏から支えていたのだ。政治家の炎上発言、ファミレスの売り上げ改善、赤字経営が続く市立病院の立て直し等。さまざまな難問に彼女はどう対処していくのか?
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どんんな難問でも鮮やかに解決するヒロインの活躍はとても痛快で、気軽に楽しめるエンタメ作品に仕上がっています。とにかく最後はうまくいくことがわかっているのでストレスのかからないエンタメ作品を読みたいという人にオススメです。一方で、破天荒な物語に対してヒロインが優等生すぎるのは若干の物足りなさも。主人公自身もにもっと破天荒さや欠点とのギャップなどがあればより魅力的な作品になったのではないでしょうか。
ミス・パーフェクトが行く!
横関 大
幻冬舎
2021-12-08


青い雪 (麻加朋) 
夏の数日を避暑地で過ごし、ともに遊んでいた子供たち。だが、最年少である5歳の少女が忽然と姿を消してしまう。行方が分からぬまま月日が過ぎ、やがて一通の告発状の存在が明らかになる。そこには「すずねの母親はブルースノウ」と書かれていた。当時中学生だった寿々音は真相を探り始めるが...。
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第25回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。未解決の児童失踪事件という現実でも耳にする不気味な事象を探っていくうちにさまざまな証言が飛び出し、事件の構図が二転三転するさまはミステリとして読み応えありです。また、タイトルの示す意味などを含め、波乱に満ちた家族のドラマとしてもよくできています。ただ、中盤以降いろいろな出来事が起きすぎて少々詰め込み過ぎの感があるのが惜しいところではあります。
青い雪
麻加 朋
光文社
2022-02-22


ロスト・ドッグ(坂本歩)
ライターの太一は心臓病を患った愛犬に対して手術費に必要な200万円を払うかどうかで思い悩んでいた。そんな折、邪魔になったペットを引き取る引き取り屋の話を耳にし、ある事件へと繋がっていく。その事件とは、発見された人間の遺体の周辺に無数の犬の白骨が散乱していたというもので...。
◆◆◆◆◆◆
現代におけるペットの医療や保健の問題を浮き彫りにしていきながら、ミステリーへと繋げていく手管が見事です。巧みな伏線回収の末に浮き彫りになる動物医療の問題には考えさせられます。一方で、主人公があまりにヘタレでペットに依存しすぎており、結局は元妻に救ってもらっている点は好き嫌いが分かれるところです。それでも、綿密な調査に基づき平易な文章で書かれた物語には読みやすくて説得力があり、引き込まれるものがあることは確かです。
ロスト・ドッグ
酒本 歩
光文社
2022-08-24





焼けた釘(くわがきあゆ)
地元の後輩がストーカー行為に遭っている事実を知った数日後、その後輩が何者かに殺される。千秋は犯人をおびき出すために後輩の格好に扮して捜索を始める。だが、それは犯人に法の裁きを下すためではなかった。犯人に自分を愛してもらうためだ。一方、OLの杏は恋敵を亡き者にしようとし...。
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第8回暮らしの小説大賞受賞。独立した2つのエピソードがどう繋がるのかと思っていると予想外のどんでん返しに驚かされます。騙しのテクニックを駆使したミスリードと終盤からの怒涛の伏線回収は見事というほかありません。ただ、ヒロインの歪み具合が強烈すぎて読者を選ぶ作品ではあります。とにかく、千秋の考える愛の形が常人の域を遥かに超えていてもはやホラーの域に達しているのです。その個性を楽しめるかどうかが評価の別れめでしょう。
焼けた釘
くわがき あゆ
産業編集センター
2021-10-13


初めて会う人(くわがきあゆ)
捜査一課に配属されたばかりの静川涼吾は先輩刑事の梨野ともに同僚殺しの容疑で逮捕された30歳の会社員・工藤三鷹の取り調べを行う。だが、彼は一言も言葉を発せず、完全黙秘を続ける。一方、事件の背景を調べていた捜査陣は、工藤の周辺で多くの人間が不審死を遂げている事実に行き当たり...。
◆◆◆◆◆◆
本作はいわゆるサイコサスペンスですが、狂っているのは殺人犯だけではなく、登場人物のほぼ全員です。とにかく登場する人物がことごとく異常なので読者はただただふりまわされるばかりで物語の着地点がみえなくなってしまいます。そのことによって真相うをうまく隠蔽している点が良くできていますし、後半ですべてが反転する展開も見事です。さらに、タイトルに秘められた意味にも驚かされます。張り巡らされた伏線の妙とミステリーならではの衝撃を味わえる傑作です。
初めて会う人
くわがき あゆ
産業編集センター
2022-05-23


異常心理犯罪捜査官・氷膳莉花 嗜虐の拷問官(久住四季)
都内で手足を執拗に潰された死体が発見される。被害者は半グレの構成員だったことから、当初は内部抗争の末の私刑だとみられていた。だが、本庁捜査一課に異動となった莉花の協力者で死刑囚の阿良谷静は目に釘を刺す別の殺人事件を挙げ、同一犯による快楽殺人だと指摘する。果たしてその正体は?
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ヒロインが天才犯罪学者である死刑囚の助言を得て事件の謎を追う『羊たちの沈黙』的なシリーズ第3弾。本作は本格というよりもどちらかといえば、サスペンス+警察小説といった感じなのですが、登場人物もみな魅力的でまずはキャラクター小説として秀逸です。同時に、ミステリーとしてもスピーディな展開に引き込まれていき、終盤のどんでん返しからの意外な真相には驚かされます。フーダニットとしてもよくできた佳品です。


AIアテナの犯罪捜査 警察庁情報通信企画課<アテナプロジェクト>(越尾圭)
新宿中央公園で突如ドローンが爆発し、死者1名に重軽症者十数名を出す惨事となる。しかも、現場からは警視庁が極秘に開発をすすめていた捜査専用AIアテナに挑戦する犯行声明が発見されたのだ。偶然事件に遭遇した警視庁捜査一課の十勝は情報通信企画課の穂積警視とバディを組むことになり...。
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ドローンによる犯行に対し、警察側は捜査AIを導入して真相に迫っていくというハイテクミステリーです。AIの捜査はリアリィティ豊かにテンポ良く描かれおり、近い将来警察の捜査がどのように変わっていくのかという点を含め、興味深く読むことができます。そのうえ、ミステリとしてのヒネリも申し分なく、AIならではのトリックや張り巡らせた伏線の回収も見事です。とはいえ、AI捜査という1点にあまり期待しすぎると肩すかしをくらうことになります。基本はあくまでもリアリティを重視した警察小説なってSF小説ではないという点はあらかじめ踏まえておいた方がよいでしょう。


贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚(阿泉来堂)
今世紀最強の霊媒師と評判の櫛備十三は確かに霊を視ることはできるのだが、肝心の祓う力は皆無だった。しかし、本人は霊に関するあらゆる悩みを解決できると豪語し、それを証明するために卓越した洞察力とハッタリで問題を解決しようとする。だが、事態はいつも思わぬ方向に転がっていき....。
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怪異に謎解きを絡めた著者十八番の作風ですが、過去作と比べて怖さはかなり控えめ。その代わり、幽霊の悩みを解決する人情ものとして楽しむことができます。しかし、そうかと思うとゾッとする話も混ざっていてメリハリの付け方も絶妙です。また、櫛備十三をはじめとしてキャラクターも魅力的。ただ、ミステリとしての仕掛けは比較的分かりやすいかもしれません。著者の新境地が垣間見れる佳品です。
クロコダイルティアーズ(雫井脩介)
老舗の陶磁器店の息子が殺害され、犯人は息子の妻・想代子が結婚以前に付き合っていた男だと判明する。しかも、犯人は判決直後に「想代子に殺害を依頼された」と口走るのだった。その場では一笑に付されるも、想代子が幼い息子と共に亡夫の両親と暮らし始めると、さまざまな疑惑が浮上し…。
◆◆◆◆◆
第168回直木賞最終候補作品。派手な展開などは皆無ですが、小さな疑惑が何気ない日常の中でシミのように広がっていくさまに引き込まれていきます。小さな事件の積み重ねだけでここまで先が気になる物語に仕上げた技量に驚かされます。帯に書かれている通り、これぞ”静謐で恐ろしいミステリー“です。ただ、結末に関してはに妥当な着地点とは思うものの、歯切れの悪さにモヤモヤする人が多いかもしれません。
クロコダイル・ティアーズ (文春e-book)
雫井 脩介
文藝春秋
2022-09-26


愚者の階梯(松井今朝子)
昭和十年に満州国の皇帝である溥儀が来日し、亀鶴興行は奉迎式典にて歌舞伎の名作「勧進帳」を上演する。それ自体は成功裏に終わるも後日、台詞が不敬にあたるとの国際主義者からの糾弾を受けることになる。そして、脅迫状が殺到した直後に関係者の一人が舞台装置に首を吊った姿で発見され...。
◆◆◆◆◆◆
江戸歌舞伎狂言作者の末裔、桜木治郎が探偵役を務めるシリーズ第2弾。緻密な時代考証よって歌舞伎や映画を中心に昭和初期のリアルな空気を味わえる点が大きな魅力です。また、右翼が台頭し、戦争へとひた走る世相についても考えさせられるものがあります。さらに、それらの要素が複雑に絡み合い、本作のテーマが浮かび上がってくるプロットが見事です。謎解きについては少々物足りなさもありますが、戦前を描いた作品としてはかなりの力作だといえます。
愚者の階梯 (集英社文芸単行本)
松井今朝子
集英社
2022-09-05


祈りも涙も忘れていた(伊兼源太郎)
犯罪発生率の高いV県警の捜査一課に配属された新人キャリア警察官・甲斐彰太郎はノンキャリアたちから冷たい仕打ちを受けつつも、仲間を得て次第に捜査の主導権を握っていく。そんな折、管内で凄惨な殺人事件が次々と発生。やがてそれは12年前に政財界を揺るがした一大疑獄に繋がっていく...。
◆◆◆◆◆◆
主人公が現場警官と対立しながら徐々に力をつけていくくだりなどは重厚な警察小説として読み応えがあります。また、身内に裏切り者がいるのに誰だかわからないという展開はサスペンス満点ですし、周りのさまざまな事件が一つの真相に収束していく展開はミステリとしてもよくできています。哀愁漂うハードボイルド傑作。ただ、キザな台詞やウイスキーや外国文学といったいかにもな小道具が散りばめられている点は好みがわかれるかもしれません。
祈りも涙も忘れていた
伊兼 源太郎
早川書房
2022-08-17


レッドクローバー (まさきとしか )
東京の豊洲バーベキューガーデンで飲み物にヒ素が混入され、7名が死傷する。それは12年前に北海道で起きた灰戸町一家殺害事件に酷似していた。しかも、容疑者として逮捕された丸江田は灰戸事件の唯一の生き残りである少女・赤井三葉の行方w気にする発言をする。過去の事件の犯人は三葉なのか?
◆◆◆◆◆◆
現在と過去の事件が交互に語られる事件は常に陰鬱な雰囲気を纏っており、かなり胸糞悪い話でもあります。特に、虐待をはじめとした子供たちに対する悪意は読む者の心に鋭く刺さります。これでもかというほどに負の連鎖が続くので、多くの人にとってはかなりつらい読書体験となるはずです。一方で、一方で、衝撃展開の末に示される予想外の真相には驚かされます。サスペンスと意外性を兼ね備えたイヤミスの力作です。ただ、意外性を演出すためにリアリティが薄れてしまったのは好みの分かれるところ。
レッドクローバー (幻冬舎単行本)
まさきとしか
幻冬舎
2022-08-24


聖女に嘘は通じない(日向夏)
神官見習いのクロエは鋭い洞察力と卓越した記憶力を活かし、夜になると酒場で開かれるカード賭博で荒稼ぎをしていた。そんなある日、クロエはその能力を成金聖騎士のエラルドに見込まれ、依頼を持ちかけられる。大教会に潜入し、2年前に起きた殺人事件の犯人を見つけてほしいというのだ。
◆◆◆◆◆◆
見習い神官の少女を探偵役に据えた本作はキャラクター小説の色が強くてガチガイの本格を期待すると肩透かしを覚えるかもしれません。しかし、クロエが登場人物たちの嘘を見破っていくプロセスは読み応えがありますし、巧みなミスディレクションや異世界ならではのホハイダニットなどにも唸らされます。それに、個性豊かな登場人物たちの掛け合いが楽しく、テンポ良く読むことができる点も魅力的です。ライトノベルタッチのミステリーとしてはなかなかの力作だといえます。

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2023年落ち穂拾い国内

最新更新日2022/12/13☆☆☆

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昨今ではさまざまな出版社から年間のミステリーランキングが発表されるようになってきています。それらのランキングは面白い作品を探す指針として大いに参考になる反面、ランキングから漏れた作品はつまらないという誤解を生む原因にもなっています。しかし、実際はランクインしなかった作品がすべてつまらないというようなことは決してありません。ランキングの趣旨から外れている、あるいは投票者の好みに合わないなどといった理由でランキングから外れてしまったものの、読む人が違えば非常に面白く感じる作品も少なくないのです。そこで、『このミステリーがすごい!』のベスト20に選ばれず、かつ下記のリンク先でランキング候補にすら挙がっていないものの中からおすすめの作品を紹介していきます。
このミステリーがすごい!2023年版 海外ベスト20予想
2023本格ミステリ・ベスト10 海外版予想

※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします

墓から蘇った男(ラーシュ・ケプレル)
オスロの集合住宅で男の腐敗死体が発見される。しかも、死んだ男の家の冷凍庫からは多数の切断された人体に混じって、警視庁への復職を控えたヨーナの亡妻の頭蓋骨が見つかったのだ。彼女の墓は荒らされており、ヨーナの脳裏にはかつて対峙した怪物ユレックスの記憶が蘇る。奴は生きていると確信するヨーナだったが...。
◆◆◆◆◆◆
ヨーナ・リンナシリーズ第7弾の本作は不穏な空気に満ちており、ホラー小説ではないかと思ってしまうほどです。特に、復活したユレックスの影が次第に忍び寄ってくる描写はゾッとし、終盤の攻防は手に汗握ります。ミステリーや警察小説というよりも、どちらかといえば怪物を巡る物語であり、救いのない哀しいラストに心が引き裂かれそうになります。読み応えは十分ですが、悲惨な展開と悪趣味なシーンのオンパレードは好みの分かれるところです。
墓から蘇った男(上) (扶桑社BOOKSミステリー)
ラーシュ・ケプレル
扶桑社
2022-03-02


気狂いピエロ(ライオネル・ホワイト)
中年脚本家・コンラッドは失業中の身であり、妻との仲も冷え切っていた。そんなある夜、彼はベビーシッターとして雇われている17歳の娘・アリ―を自宅まで送ったのだが、酔った勢いで一夜を共にしてしまう。しかも、目を覚ますと隣室には見知らぬ男の死体が...。こうして2人の逃亡劇が始まるが...。
◆◆◆◆◆◆
2023年度版の「ミステリが読みたい!」で18位、同じく「週刊文春ミステリーベスト10」において19位にランクインした作品です。ちなみに、原題は『Obsession(妄執)』ですが、ゴダール監督が1965年に公開したカルト映画『気狂いピエロ』の原作という位置付けになっているためにこの邦題が付けられています。ストーリーは主人公が行きずりの女との関係を深めていくことで破滅へと向かっていくという典型的なファムファタールもので、その転落プロセスはスリルとサスペンスに満ちており、特に、後半の山場である現金輸送車襲撃のシークエンスは良くできています。映画とは異なる作品として楽しめるクライムノベルの傑作です。
気狂いピエロ (新潮文庫)
ライオネル・ホワイト
新潮社
2022-04-26


ターミナル・リスト(ジャック・カー)
SEALで部隊長を務めるリース少佐はアフガニスタンでテロリスト掃討作戦を行うも逆に部隊は壊滅。しかも、リース及び戦死した2名の部下からは脳腫瘍が見つかり、唯一生き残った部下も自殺してしまう。さらに、妻と娘がギャングに襲われ、命を落とす。一連の悲劇の裏で一体何が起きているのか?
◆◆◆◆◆◆
元特殊部隊隊員である著者の筆致は臨場感に満ちており、読み応えがあります。それに、最強の特殊部隊といわれているシールズの実態についての描写もワクワクします。専門的な描写が長すぎる気もしますが、実はそこが最大の読みどころです。逆に、本番のアクションシーンは激烈ではあるものの、意外とあっさりしています。それを期待外れと感じるかどうかは好みの分かれるところでしょう。派手さよりは緻密さを重視したアクション小説です。


大唐泥犁獄-西遊八十一事件シリーズ-(陳漸)
貞観三年の春。霍邑県を訪ねた旅の僧・玄奘とその従者・波羅葉は県令郭宰の屋敷の女中から「県令夫人を祟る悪鬼を祓ってほしい」と懇願される。しかし、県令夫人本人は「今すぐ霍邑から立ち去れ」と玄奘に警告の言葉を告げるのだった。一方、玄奘は師を殺めて出奔した兄の足取りを追っていたのだが、郭宰に事情を打ち明けると前県令の崔珏が自殺した件に兄が関わっているかもしれないと言われ…。
◆◆◆◆◆◆
天竺に旅立つ以前の玄奘三蔵を主人公に据えた西遊記の外伝的な作品であり、2023年版の週刊文春ミステリーベストテンでは20位にランクインしています。学術的な蘊蓄を交えて語られる宗教的陰謀話は興味深い内容で、スケールの大きなエンタメとしても読み応えがあります。また、この時代ならではの動機は一種のホワイダニットとして楽しむことも可能です。個性豊かなキャラクターが大挙して登場しますが、なかでも玄奘に付き従う波羅葉が魅力的。シリーズものということで続きも気になるところです。





天使の傷(マイケル ロボサム)
退職した元警視が変死体で発見された。臨床心理士のサイラスは現場の状況から自殺ではないと判断する。警視は現役時に担当した児童連続誘拐殺害事件を、犯人が既に獄中死したにも関わらず、引退後も捜査をしていたという。しかも、嘘を見破る少女・イーヴィの異名が記されたメモが発見され…。
◆◆◆◆◆◆
サイラス&イーヴィシリーズ第2弾。サイラスとイーヴィが交互に語り手を務める物語は淡々としていながら非常にスリリングです。話が分かりやすくまとめられていることが物語への没入感をさらに高めてくれます。正直、事件そのものはそれほど大きなサプライズがあるわけではありません。その代わり、次第に明らかになっていくサイラスとイーヴィの壮絶な過去が衝撃的です。さらに、本編の結末も救いはなく、やるせなさが一層こみ上げてきます。続編の発売はすでに決まっており、2人の今後の関係に目が離せないところです。


完璧な家族 (リサ・ガードナー)
ボストン市警の凄腕女刑事D・D・ウォレンは緊急招集によって呼び出される。子供2人が犠牲になった一家銃殺事件が発生したのだ。だが、16歳の長女ロクシーだけは2匹の盲目の犬と共に姿を消していた。果たして彼女が犯人なのか?一方、監禁事件の生還者であるフローラもロクシーの行方を追うが...。
◆◆◆◆◆◆
壮絶な監禁事件を扱った『棺の女』の続編です。ミステリー要素はさほど高くなく、代わりに、介護放棄、家庭崩壊、里親制度の闇といった現代におけるアメリカ家庭の病巣を浮き彫りにしていくことに重点が置かれています。また、家庭問題の他にも、イジメや性的搾取などが描かれており、全篇に渡って重い問題のオンパレードです。そのため、読んでいると気が滅入ってしまうかもしれません。それでも、家族の崩壊と再生の物語として非常に読み応えがある作品なのは確かです。終始重苦しい空気のなか、最悪ともいえる真相が提示されますが、希望を感じさせるラストが救いとなっています。
完璧な家族 (小学館文庫)
リサ・ガードナー
小学館
2022-02-04


噤みの家(リサ・ガードナー)
ボストンの住宅街に銃声が鳴り響く。現場には男の射殺死体か転がり、傍らには女が拳銃を手にして立ち尽くしていた。その女、妊娠中の妻・イーヴィは犯行を否認するも、彼女には16歳の時に父親を誤って射殺した過去があった。当時彼女を取り調べたウォレン刑事は捜査に乗り出すが…。
◆◆◆◆◆◆
女刑事D・D・ウォレンシリーズ第4弾。疑惑の女性・イーヴィ、1年以上に及ぶ監禁から生還したフローラ、そして、シリーズ主人公のD・D・ウォレン刑事という女たちの物語はサスペンスに満ち、読み応えは満点です。ただ、ウォレンシリーズといいつつも、シリーズ2作目から登場しているフローラが物語の中心的な役割を果たしています。そして、いまや彼女の奮闘ぶりがシリーズの大きな魅力となっているのです。過去の事件のトラウマを乗り越えて幸せを掴む日はやってくるのか?彼女の今後に目が離せません。
噤みの家 (小学館文庫)
リサ・ガードナー
小学館
2022-04-06


ガーナに消えた男(クワイ・クァーティ)
アフリカ・ガーナの探偵事務所にアメリカ人の青年が訪ねてくる。インターネット詐欺にあった彼の父が真相究明のためにこの地を訪れ、そのまま消息を絶ってしまったというのだ。探偵のエマは調査を開始するが、事件は単なる詐欺にとどまらず、この国のさまざまな暗部へと繋がっていき…。
◆◆◆◆◆◆
日本人にはあまりなじみのないガーナの暗部を描いた社会派ミステリとして秀逸です。なかでも、土着信仰に基づく呪術の存在などはアフリカ独自のもので、それが最先端技術と結びついている点に興味深いものがあります。その他にも、ガーナの治安の悪さがこれでもかというほど描かれており、警察上層部の汚職や殺人、レイプとまるで犯罪の見本市です。話のテンポもよく、エキゾチックなムードを存分に味わうことが出来ます。ただ、物語としては後半盛り上がりに欠けるうえに、真相も凡庸という不満点も。なにより、女探偵のエマの活躍をもう少し見たかったところです。
ガーナに消えた男 (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 1)
クワイ クァーティ
早川書房
2022-04-05


喪失の冬を刻む (デイヴィッド・ヘスカ・ワンブリ・ワイデン
白人と先住民の血を引くヴァージルは警察の力が及ばない悪党に正義の鉄槌を下す処罰屋を生業としていた。あるとき、ラコタ族の居住区に薬物を持ち込む売人の排除を部族評議会議員から依頼されるも、その直後に14歳になる甥が薬物の過剰摂取で重態になる。ヴァージルは元恋人・マリーと売人を追うが…。
◆◆◆◆◆◆
ミステリが読みたい!2023年度版海外編19位。不器用でタフな男が悪に挑む王道的ハードボイルドであり、そこに先住民族の問題を絡めている点が新味だといえます。現代も続く先住民族に対する差別には考えさせられるものがありますし、それ故に、先住民族と距離を置いていた主人公が事件を通して変わっていく姿にある種の感銘を覚えずにはいられません。ハードボイルとしてはベタすぎるきらいはあるものの、丁寧な筆致によって凡作に堕するのを免れています。なんともいえないやるせなさと静かな余韻を残す好編です。
喪失の冬を刻む (ハヤカワ・ミステリ文庫)
デイヴィッド ヘスカ ワンブリ ワイデン
早川書房
2022-07-20





姉妹殺し(ベルナール・ミニエ)
1993年。トゥールーズの森で大学生の姉妹の他殺死体が発見される。彼女たちはいずれも白いドレスを身に付けており、姉は顔を潰されていた。あるミステリー小説と犯行手口が酷似していたことから、その作者が疑われるも意外な結末を迎え、25年後たった現在、今度は同じ手口で作者の妻が標的に....。
◆◆◆◆◆◆
セルヴァズシリーズ第5弾。本作では人気キャラである殺人鬼ハルトマンは登場しませんが、その代わり、セルヴァズ警部の駆け出し時代が描かれており、それが大きなファンサービスとなっています。また、ミステリーとしてはややご都合主義が目に付くも過去・現在の事件ともに大きな仕掛けが施されているのが読みどころです。特に、終盤は怒涛の展開が続き、次々と明らかになる意外な真実に驚かされます。ただ、犯人の計画にはいろいろと無理があるのも確かで、その辺りを許容できるかどうかで評価が分かれそうです。
姉妹殺し (ハーパーBOOKS)
ベルナール ミニエ
ハーパーコリンズ・ジャパン
2022-04-26


ようこそウェストエンドの悲喜劇へ (パメラ・ブランチ)
1950年代の英国。雑誌YOUで人生相談を担当しているイーニッドがは浮気症の夫を改心させるべく投身自殺を図る。あくまでも飛び降りるふりをするだけのはずだったが、誰かが彼女を助けようとしたせいで本当に転落してしまう。運良く無傷で生還したものの、その一件は殺人騒動へと発展し...。
◆◆◆◆◆◆
再評価の機運が高まっているパメラ・ブランチが1959年に発表した作品。雑誌編集部を舞台にした群像劇なのですが、一人一人のキャラが濃くて冒頭から始まる騒動を大いに盛り上げてくれます。事件を利用して雑誌の売上回復を狙う編集長、エレベーターに閉じ込められながらも特ダネをものにしようとする雑誌記者など、それぞれの思惑が絡み合い、事態が思わぬ方向へところがりだしていくのが楽しく、ページをめくる手がとまらなくなります。はっきりいってミステリー要素は希薄ですが、英国風のブラックな笑いを基調としたユーモア小説として秀逸です。


祖父の祈り(マイクル・Z・リューイン)
伝染病のパンデミックによって荒廃し、上流階級と下層階級の分断がより一層広がるアメリカ社会。老人は町にはびこる犯罪と金バッチと呼ばれる警官たちの執拗な職務質問に晒されながらも娘や孫たちと共に懸命に日々を送っていた。そんなある日、老人の孫がマンディと名乗る少女と出会うが...。
◆◆◆◆◆◆
ボスとコロナや格差社会など現代の過大を鋭く描いた近未来&家族小説。デストピア全開な世界観ですが、決して重苦しいだけの作品ではありません。家族の絆を支えにして懸命に生きている人々の姿には仄かな希望が滲み出ており、サスペンスフルな展開ながら読んでいると心が安らいできます。登場人物も魅力的で、特に祖父がいい味を出しています。切れ味鋭いながらも静謐な筆致で物語に引き込ませる手管はさすがリューインです。ただ、ミステリ色が薄く、物語が尻切れトンボで終わる点は物足りなさを覚えるかもしれません。とはいえ、いろいろ考えさせられる良作であることは確かです。
祖父の祈り (ハヤカワ・ミステリ)
マイクル Z リューイン
早川書房
2022-07-06


2034 米中戦争(エリオット・アッカーマン、ジェイムズ・スタヴリディス)
2034年3月。南シナ海で米軍が捕獲した船籍不明のトロール船に対して中国が返還を要求。対応を協議するアメリカだったが、いきなり南シナ海上の駆逐艦2隻が撃沈され、さらにサイバー攻撃によってアメリカ主要部が停電に陥ってしまう。米軍は空母打撃群を派遣するも中国軍によって壊滅され...。
◆◆◆◆◆◆
近未来における大国同士の戦いを描いた作品として迫力があり、読み応え満点です。各国の駆け引きも手に汗にぎります。中国とインドがやたらと超ハイテク兵器を使いまくり、アメリカが核による先制攻撃を行うなど現実味に欠けると思う点は散見されるものの、元海軍大将の経験に基づいて描かれる現場のリアリティは圧倒的です。小説としての完成度は決して高いとはいえないものの、さまざまな示唆に富んでおり、核戦争の危機が現実になりつつある今だからこそ手にする価値がある本だといえます。
2034 米中戦争 (二見文庫ザ・ミステリ・コレクション)
ジェイムズ・スタヴリディス
二見書房
2022-03-01


夜に心を奪われて(ノーラ・ロバーツ)
ハリー・ブースは貧しい家に育ち、病弱の母を支えるために9歳から盗みを行っていた。母亡きあともニューオリンズで勉学に励む傍らに金持ちだけを標的にした泥棒家業を続ける。ある日、泥棒の腕を磨くべく参加した教授主宰の演劇クラブで彼は赤毛のミランダに出会い、一目惚れしてしまうが...。
◆◆◆◆◆◆
前半は癌に蝕まれた母との愛情物語に涙すると同時に主人公の成長物語として読み応えあり。そして、後半に入るとヒーローとしての活躍とロマンス要素が絡み合い、面白さがさらにアップします。後半には迫りくる危機にハラハラしますし、最後のどんでん返しも良くできています。主人公が犯罪者であるという負の部分についての言及は希薄なのでノワール的な展開を期待すると肩すかしを覚えますが、ロマンチックサスペンスとしては完成度の高い傑作です。


欺きの仮面 (サンドラ・ブラウン )
FBI捜査官のドレックスは長年の捜査の末、裕福な女性ばかりを狙う連続殺人犯の居場所をついに突き止める。証拠を掴むつめに隣人として接近したところ、犯人には美しい伴侶がいた。その女・タリアは次の犠牲者なのか? それとも共犯者? 疑惑を深めつつも、彼女に惹かれてしまうドレックスだったが...。
◆◆◆◆◆◆
前半はやや冗長に感じるものの、中盤以降は緊迫感が一気に増し、ページをめくるてが止まらなくなります。とはいえ、前半の冗長さもどんでん返しのための伏線として必要不可欠なもので、読み終えると緻密な構成に感心させられます。ただ、ミステリーを読み慣れた人なら犯人の正体を見破るのは比較的容易であり、中盤のハーレークイーン的な展開も好みが分かれるところです。一方、ロマンチックサスペンスが好きな人にとってはロマンスとサスペンスのバランスがとれた佳品だといえるでしょう。
欺きの仮面 (集英社文庫)
林 啓恵
集英社
2021-12-17





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2023年落ち穂拾い海外

最新更新日2022/11/13☆☆☆

1920~1930年代のミステリ黄金期には米英で多くの巨匠が登場しました。そして、そのなかでもひときわ異彩を放っていたのがアントニー・バークリーです。名探偵が神の如き推理で難事件を解決するといった物語がスタンダードな時代において、バークリーはそうしたスタイルを解体し、再構築してみせたのです。そのアバンギャルドな試みはミステリ小説の新たな地平を切り開き、日本のミステリ作家にも多大な影響を与えることになります。「具体的にどのような作品があるのかを知りたい」という人のために長編小説で翻訳済の作品全18編を紹介していきます。
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レイトン・コートの謎(1925)
作家のロジャー・シェリンガムが滞在しているレイトン荘で実業家のスタンワース氏が死亡するという事件が起きる。書斎で発見された死体にはリボルバーが握られており、彼の頭部はその銃によって撃ち抜かれていた。遺書らしいものも見つかり、現場が密室状態であったことから警察はこの事件を自殺と断定する。だが、シェリンガムは疑念を抱き、友人のアレックスとともに独自の捜査を進めていくが....。
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バークリーの処女長編。『毒入りチョコレート事件』や『殺意』などと比べて知名度が低く、初めて邦訳されたのが2002年と(有名作家のデビュー作にしては)遅めです。そうしたことから「もしかして駄作なのでは?」と思う人もいるかもしれません。しかし、実際は多くの企みに満ちた実にバークリーらしい作品に仕上がっています。密室トリックこそぱっとしないものの、初登場からすでにシェリンガムを失敗を繰り返す探偵として描き、それに伴う二転三転の展開はなかなかの面白さです。また、1925年というと、クリスティが『アクロイド殺し』を発表し、ヴァン・ダインがミステリ作家としてデビューする1年前ですが、そんな時代にこのような意外な犯人を創出している点にも驚かされます。シェリンガムの迷走を始めとするコミカルな味付けも楽しく、デビュー作にして自らのスタイルを確立させた傑作です。
2003年このミステリーがすごい!海外部門8位
2003年本格ミステリベスト10海外部門2位

レイトン・コートの謎 (創元推理文庫)
アントニイ・バークリー
東京創元社
2023-08-31


ウィッチフォード毒殺事件(1926)
ロンドン郊外のウィッチフォードで毒殺事件が発生する。殺されたのは実業家の男で逮捕されたのは彼の妻。彼女は不倫問題を抱えているうえに所持品から大量の砒素が発見されるなど、不利な証拠が次々と出てくる。しかし、推理作家で素人探偵のロジャー・シェリンガムはあまりにも都合よく揃った証拠に対し、疑念の念を抱く。そして、友人のアレックスやお転婆娘のシーラとともに探偵団を結成し、独自に真相を探ろうとするが...。
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殺人事件に伴うサスペンス感には欠ける代わりに、3人の軽妙な掛け合いが楽しい肩の凝らない作りになっています。特に、19歳のお転婆娘・シーラのキャラが秀逸です。一方、ミステリとしてはシェリンガムの推理が二転三転するあたりにバークリーらしさが伺えて悪くありません。ただ、肝心の真相は相当に脱力ものです。チャレンジ精神は買うものの、上手くいっているとは言いがたく、見事な空振りに終わっています。魅力的な要素も多いだけに非常に惜しい作品だといえます。
2003年本格ミステリベスト10海外部門6位
ウィッチフォード毒殺事件 (晶文社ミステリ)
アントニイ バークリー
晶文社
2002-09-01


ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎(1927)
ウィッチフォード事件解決の立役者となり、探偵としての名声を得たロジャー・シェリンガムは新聞社からラドマス湾で起きた転落死事件の取材を依頼される。従兄弟のアントニイとともに現場の村に行ってみると、事故死という評決が下されたにもかかわらず、スコットランド・ヤードのモーズビー警部が独自に調査を行っているという。握りしめられた被害者の掌から何者かのボタンが見つかり、俄然殺人事件の可能性が高まってきたからだ。モーズビー警部が容疑者筆頭に挙げているのが被害者の従妹で遺産相続人でもあるマーガレットだ。一方、彼女と直接会ってその無実を確信したシェリンガムとアントニイは、彼女の容疑を晴らすべく事件の捜査に乗り出すが…。
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シェリンガムのライバル的存在であるモーズビー警部の初登場作品です。彼は探偵小説に登場する警察官としてはかなり有能でそれ故、迷探偵であるシェリンガムとの対決によって話を盛り上げてくれます。また、シェリンガムがモーズビーに対抗する形でさまざまな仮説を持ち出してくる展開は『毒入りチョコレート事件』に連なる多重解決ものの萌芽として印象的です。さらに、ユーモアミステリーとしての完成度も高く、最後に明らかになる真相も皮肉が効いています。バークリーの本領が徐々に発揮され始めたシリーズ初期の佳品です。
2004年本格ミステリベスト10海外部門3位
2004年このミステリーがすごい!海外部門14位


プリーストリー氏の問題(1927)
36歳の独身男性であるプリーストリーは、それなりの財産を持っているので働く必要がなく、書籍や陶器のコレクションに囲まれて規則正しい生活を送っていた。だが、友人で新聞記者のドイルは彼の隠居然とした覇気のない生き方が気に入らない。そんなある日、ドイルは自分の婚約者・ドーラとその妹・ローラの3人でホームパーティに出掛ける。主催者はドーラの友人・シンシアとその夫・ガイ。ドイルは犯罪研究を趣味にしているガイと意気投合し、「ある日突然殺人犯になってしまった人間の反応」について大いに語り合うのだった。一方、ドイルから自分の覇気のなさを指摘されたプリーストはその言葉を気にし、代わり映えのしない日常に変化を付けるべく街へと繰り出す。ところが、そこで見知らぬ美女と出会い、彼女とともに図らずも殺人を犯す羽目になってしまう。実は美女の正体はローラで殺人はドイルが仕組んだやらせだったのだが、2人は偶然現れた警官に殺人事件の犯人として逮捕される。プリーストリーとローラは手錠でつながれたまま現場から逃走し..。
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アントニイ・バークリーの本名であるA・B・コックス名義で発表された作品です。犯罪をテーマにしているものの、これをミステリーとして読むにはあまりにも絵空事だという問題があります。その代わり、往年のハリウッド映画のようなロマンチックコメディと思えばなかなかの面白さです。特に、ちょっとしたイタズラが雪だるま式に大ごとになっていき、収集がつかなくなるくだりなどは大いに笑えます。ただ、当時の世相を皮肉ったネタなども多いので、その辺りは若干の分かりにくさがあるかもしれません。とはいえ、気軽に楽しむにはもってこいの作品です。一方、バークリーならではの尖った作品を期待していた人には物足りなさを覚えるでしょう。ファンにとっては箸休め的な作品です。


シシリーは消えた(1927)
スティーブン・マンローは裕福な家の生まれだが、金使いの粗さが原因で落ちぶれ、ケアリー家の従僕に身を落としていた。ある日、屋敷で夕食会が催され、元同級生や元恋人らがやってきた。その席で客の一人が「人を消すことができるとびっきりの呪文がある」と言い出す。それを証明すべく食後の余興として降霊会が始まるが、その最中にシシリー・ヴァーノンという若い女性が本当に姿を消してしまう。なぜ消えたのか、そしてどのように消えたのかは全く分からなかった。現場に居合わせたスティーブンは自分の手でその謎を解こうとするが...。
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モンマス・プラッツ名義作品です。バークリーならではの毒と皮肉はかなり抑制されており、ユーモアを絡めたロマンチックラブサスペンスに仕上がっています。とにかくテンポがよく、リーダビリティが高いのでサクサク読めるのが最大の美点です。一方、ミステリーとしては伏線の妙や二転三転の展開には引き込まれるものの、他の代表作と比べるとパンチ不足は否めません。人間消失のトリックは凡庸ですし、事件の推理にも甘さがみられます。『プリーストリー氏の問題』と同様、あくまでもバークリーの余技だと割り切って楽しむべき作品だといえるでしょう。
シシリーは消えた (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)
アントニイ バークリー
原書房
2005-02-01


絹靴下殺人事件(1928)
地方に住む神父からシェリンガムのもとに、出稼ぎ先のロンドンで消息を絶った娘を探してほしいという依頼の手紙が届く。早速調査を始めたところ、劇場でコーラスガールとして働いていた彼女は、数週間前に絹の靴下で首を吊って死んでいたことが判明する。一見、自殺に思える事件だが、同じような首吊り事件が多発している事実を掴んだシェリンガムは、スコットランド・ヤードのモーズビー警部と協力して本格的に事件の捜査を開始。やがて、若い女性ばかりを狙う絞殺魔の存在が浮上するが...。
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バークリーらしいヒネリや皮肉といった要素がほとんどないオーソドックスな探偵小説です。また、作品の雰囲気は極めてシリアスで十八番のユーモア精神にも欠けています。そのため、いつものバークリー作品を期待していた人には物足りなさを感じるかもしれません。一方で、1929年発表の『僧正殺人事件』よりも早くサイコスリラー的な要素を扱っている点は注目に値します。また、無差別殺人の中に隠された真の動機を探り当てるということではミッシングリンクものでもあるわけですが、これに関してはあまりにもインパクトが弱すぎます。そもそも、『ABC殺人事件』よりも7年も前の作品であり、バークリー自身がミッシングリンクというジャンルを意識していたかは怪しく、おそらくはたまたまそれに近い形になったというだけの話でしょう。そういった点を除けば、本作は犯人も分かりやすく、手掛かりに基づく推理などに光るものはあるものの、全体的に極めて地味です。それに現代の基準からみると、探偵サイドが犯人に対して仕掛ける罠がひどすぎるという問題もあります。というわけで、一種先駆的作品として興味深い点はなくはないのですが、作品単体としてはそれほど高い点数をあげることはできません。バークリー作品のなかでは平均点以下の凡作です。
2005年本格ミステリベスト10海外部門4位
絹靴下殺人事件 (晶文社ミステリ)
アントニイ バークリー
晶文社
2004-02-01


毒入りチョコレート事件(1929)
ロジャー・シェリンガムが主催する犯罪研究会の議題として未解決の毒殺事件が持ち込まれる。スコットランド・ヤードのモレスビー首席警部が事件の詳細を語り、その情報を元に6人のメンバーがそれぞれ捜査と推理を行うというのだ。一週間後。再び集まったメンバーは、一日に一人ずつ独自の捜査に基づいた推理を発表していくが…。
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一つの事件に対し、複数の人間が異なる推理を行う趣向は古くから存在していましたが、推理合戦という形でその要素だけを凝縮し、多重解決ものというジャンルを完成させたのは本作です。以前の作品は、複数の推理が提示されたとしても本命以外はあからさまな捨て推理でした。対して、本作は提示されたすべての推理が魅力的であるという点が画期的だったのです。しかも、それが7つも楽しめるという贅沢さです。本作の登場により、ミステリ小説は新たな可能性を手にしたといっても過言ではありません。ただ、現代の目からみると、探偵役が交代するたびに新たな手がかりが追加されるなど、フェアプレイという点では不十分です。しかし、それをを差し引いてもこの作品が有する歴史的価値は計り知れないものがあります。
毒入りチョコレート事件 (創元推理文庫)
アントニイ・バークリー
東京創元社
2012-10-25


ピカデリーの殺人(1929)
中年男性のチタウィックは伯母の家に居候し、切手収集と犯罪学研究の趣味に没頭していた。ある日の午後、彼はたまたま訪れたホテルのラウンジで毒殺事件に遭遇する。赤毛の男と老婦人が一緒のテーブルに座っていたのだが、男が老婦人のカップに何かを入れる仕草をしたのをチタウィックが目撃したのだ。しかも、彼が席を外して戻ってみるとすでに男の姿はなく、老婦人は眠るように息を引き取っていた。チタウィックの証言に基づいて警察は赤毛の男を逮捕する。その男は貴族であることが判明し、彼の家族から目撃証言が本当に正しかったのかを再検証してほしいと懇願される。そこで、チタウィックは独自に捜査を開始するが....。
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『毒入りチョコレート事件』にて重要な役割を果たしたチタウィック氏シリーズの第1弾です。エキセントリックなロジャー・シェリンガムと比べるといささか地味な印象があるチタウィックですが、犯罪に対する鋭い洞察力を有しているのにも関わらず、すぐにうろたえ始める気弱な性格とのギャップがいい味を出しています。一方、ミステリーとしてはバークリーならではの独創的な趣向もなく、はっきりいって地味です。とはいえ、単なる凡作かといえば決してそんなことはありません。極めてオーソドックスな本格ミステリの形式を採用しながらも、クリスティばりの巧妙なプロットや小さなトリックの組み合わせによって簡単には真相が見抜けないようになっています。そのうえで披露される説得力のある推理や鮮やかな結末が見事です。王道的な本格ミステリが好きだという人におすすめの佳品です。
ピカデリーの殺人 (創元推理文庫)
アントニー・バークリー
東京創元社
1984-06-08


第二の銃声(1930)
高名なミステリー作家・ヒルヤードの屋敷で推理劇が開催される。屋敷の敷地内で殺人事件のお芝居を行い、招待したゲストにそれを見せて犯人を推理してもらおうというのだ。ところが、二発の銃声が鳴り響いたかと思うと、被害者役のスコット=デイヴィスが本物の死体となって発見される。犯人役のピンカートンが現実の事件でも嫌疑をかけられ、進退窮まった彼は素人探偵のシェリンガムに助けを求めるが…。
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1994年に初めて日本語に翻訳され、バークリー再評価のきっかけとなった作品です。同時に、海外古典ミステリの翻訳ブームの火付け役となったキーマンでもあります。つまり、日本のミステリ業界においては非常に重要な地位を占める作品なのです。本作の魅力としては、まず、殺人劇の最中に起きた殺人という趣向がミステリマニアの心をくすぐりますし、それに続く二転三転の展開は本格ミステリとしての濃厚な味わいに満ちています。加えて、全篇に散りばめられたユーモアが楽しく、単調になりがちな物語に絶妙なアクセントを与えています。それになんといっても、最後のどんでん返しが見事です。某有名作と同じ仕掛けなのですが、改善を加えてより完成度の高いものになっています。バークリーの代表作の一つに数えられる名品です。
1996年このミステリーがすごい!海外部門5位
第二の銃声 (創元推理) (創元推理文庫)
アントニイ・バークリー
東京創元社
2011-02-12


最上階の殺人(1931)
マンションの最上階に住む老女が殺された。室内は荒らされ、溜め込んでいると噂されていた現金はどこにも見当たらなかった。さらに、裏庭に面した窓からはロープがぶら下がっていたことから、警察は常習犯の犯行だと断定する。だが、捜査に同行していたロジャー・シェリンガムはその結論に納得できず、マンションの住人に聞き込み捜査を開始する。さらに、被害者の姪であるステラを助手として雇い、ますます事件にのめり込んでいくが…。
◆◆◆◆◆◆
本作は、全篇がシェリンガム視点で描かれており、彼が考えていることがすべてオープンになっています。それ故、シェリンガムならではの妄想&暴走推理がダイレクトに楽しめるのが魅力です。物語自体は聞き込み中心の地味なものですが、聞き込み対象であるマンションの住人たちが個性豊かなので退屈することはありません。また、助手とのやりとりもユーモアが効いていて楽しめます。次々と飛び出してくる仮説の数々も相変わらずの面白さです。ただ、結末の逆転劇に過去作と同じパターンが使われている点には物足りなさも。
2002年本格ミステリベスト10海外部門3位
最上階の殺人 (創元推理文庫)
アントニイ・バークリー
東京創元社
2024-02-29


殺意(1931)
イギリスの田舎町で開業医をしているビクリー博士は8歳年上の妻・ジュリアを疎み、常に他の女にうつつを抜かしていた。そして、ラタリー少佐の娘・ギニフリッドに出会い、一目ぼれをしたことで妻に対する嫌悪は明確な殺意へと変わっていく。そして、ギニフリッドを我がものにせんとジュリアの殺害を計画し、それを実行に移すのだった。警察は執拗な捜査を行い、ビクリー博士への容疑を固めていく。それに対し、ビクリー博士はなんとか逃げ道を見出そうとするが...。
◆◆◆◆◆◆
フランシス・アイルズ名義で発表された本作は、F・W・クロフツの『クロイドン発12時30分(1934)』やリチャード・ハルの『伯母殺人事件(1934)』と並んで倒叙ミステリー3大傑作の一つに数えられています。犯人の視点から犯罪の一部始終を描く倒叙形式のミステリーは、オースティン・フリーマンが1913年に発表した短編集『歌う白骨』の一篇「オスカー・ブロズキー事件」によってジャンルとして確立され、ミステリ黄金期と同じ1920~30年代において全盛を迎えます。そのなかにおいて本作が名作とされるのは犯人の揺れ動く心理を丁寧に描き、それによってサスペンスを盛り上げることに成功しているからでしょう。また、コンプレックスを抱える小人物で、犯行後は悲観と楽観主義の間で揺れるビクリー博士のキャラクターもよくできています。さらに、皮肉な結末もバークリーならではです。ただ、現代の目で見ると、犯罪が起きるまでが冗長に感じ、女性に対する不実な態度に不快感を覚えるかもしれません。その辺りは好みの分かれるところです。
殺意 (創元推理文庫 (124‐1))
フランシス・アイルズ
東京創元社
1971-10-22


地下室の殺人(1932)
新婚夫婦が新居に越してくるが、その地下室で2人は若い女性の死体を掘り当ててしまう。死体は衣服を身につけていないうえに腐敗が進んでおり、身元の特定は難航する。モーズビー首席警部は地道な捜査の末ようやく被害者の身元を突き止める。それはシェリンガムと面識のある人物だった。やがてシェリンガムも捜査に乗り出し、その末に導き出した答えとは?
◆◆◆◆◆◆
本作は、モーズビー警部が丹念な捜査によって被害者の身元を調べていく前半、シェリンガムが書いた回想録風小説が作中作として挿入される中盤、そして犯人探しが本格的に行われる後半と3部構成になっており、シリーズのなかでもかなり凝ったプロットを採用しています。ただ、そうした外面上の要素を除くと、本格ミステリとして極めてストレートなつくりになっており、犯人の正体もさほど意外ではありません。そういった意味では物足りなさは残るものの、風変わりな物語としてはなかなか読み応えがあります。それに、事件の決着の付け方が良くも悪くもインパクト大です。
地下室の殺人 世界探偵小説全集 (12)
アントニイ・バークリー
国書刊行会
1998-07T


レディに捧げる殺人物語(1932)
リナは裕福な家庭に生まれて高い教養を身につけていたものの、自分の容姿に自信が持てない28歳の独身女性。そんな彼女の前にイケメン没落貴族のジョニーが現れる。彼は稀代の女たらしでリナにも猛烈にアタックをかける。もちろん彼女の資産が目当てなのだが、のぼせあがったリナは周囲の反対を押し切り、ジョニーと結婚する。しかし、ジョニーに生活能力はなく、ギャンブルに嵌っては借金を作り、リナを困らせるのだった。しかも、ジョニーはそういった自分の振る舞いに対し、引け目や罪悪感といったものを一切持ち合わせていなかった。さすがに愛想が尽きて家を飛び出すも、数カ月もたつと彼のことが恋しくなって戻ってきてしまう。そんなある日、リナは自分の父の死にジョニーが関与していたことを示すメモを見つけ...。
◆◆◆◆◆◆
『殺意』に続いてフランシス・アイルズ名義で発表された作品。殺人者かもしれない夫の影に怯えながらも彼への愛情を捨てきれない女性の心理を丹念に描き、一級の心理サスペンスに仕上げています。最低のクズ男に未練たらたらなヒロインに対し、多くの読者は苛立ちを覚えるはずですが、彼女の心の内を包み隠さず見せていくことでこれが避けられない運命だと納得させられてしまう点がうまいところです。そして、先が気になってページをめくる手が止まらなくなってきます。その末に至る結末がまた印象的です。ちなみに、本作はヒチコック監督の手によって1941年に『断崖(原題:Suspicion)』のタイトルで映画化されていますが、ラストシーンは全くの別物に変更されています(原作ファンからは大不評だったそうです)。機会があれば比べてみてはいかがでしょうか。
レディに捧げる殺人物語 (創元推理文庫 124-2)
フランシス・アイルズ
東京創元社
1972-09-22


ジャンピング・ジェニイ(1933)
小説家ロナルド・ストラットンの邸宅で風変わりなパーティが開催される。それは、参加者が有名な事件の犯人や被害者に扮するというものだった。会場の屋上には絞首台が設置され、3体の藁人形が死体に見立てて吊るされている。ロジャー・シェリンガムはそのパーティに参加するも、嫌われ者で知られるロナルドの義妹・イーナのヒステリックな振る舞いにうんざりしていた。結局、彼女はロナルドの手によってパーティ会場から放り出されることになったのだが、パーティが終わりに近づいた頃、藁人形の代わりに絞首台に吊るされているイーナが発見される。衝動的な自殺と思われる状況のなか、シェリンガムは他殺の証拠を発見し...。
◆◆◆◆◆◆
犯人探しをしていた探偵が途中から事件の揉み消しを始める前代未聞の異色作です。単純な事件を迷走しながらどんどんややこしいものにしていくシェリンガムの姿には笑えますし、その末に至るラストの一行もかなりのインパクトがあります。また、犯人の正体はあらかじめ読者に示唆されているために、シェリンガムがいかに見当違いの推理をしているのかがよくわかる点も読みどころです。以上のように、著者ならではの皮肉に満ちたユーモアに溢れ、逆転の発想が楽しい最高に尖った傑作なのですが、本作をシリーズの最初に読むのはおすすめできません。なぜなら、シェリンガムのキャラを理解していないとその行動が突飛過ぎてついていけない可能性があるからです。逆に、シェリンガムのキャラをある程度知っていれば彼らしい暴走にニヤリとすることができるでしょう。したがって、最低でも『第二の殺人』や『屋上の殺人』あたりを読んだうえで本作に挑戦することをおすすめします。
2002年このミステリーがすごい!海外部門6位
2002年本格ミステリベスト10海外部門1位
ジャンピング・ジェニイ (創元推理文庫)
アントニイ・バークリー
東京創元社
2009-10-30


パニック・パーティ(1934)
ロジャー・シェリンガムは元指導教授ガイ・ピジョンの誘いを受け、クルーザーでの船旅に出掛ける。同乗者はシェリンガムとガイが招いた13名。しかし、クルーザーは故障し、一行は無人島に取り残されてしまうのだった。しかも、その夜、ガイが「この中に殺人者がいる」と告げ、翌朝には一行の一人が崖から転落しして死亡する。みな疑心暗鬼に陥るなかで、シェリンガムはなんとかパニックが起きるのを防ごうとするが...。
◆◆◆◆◆◆
あらすじだけを読むと典型的なクローズドサークルミステリのような気がします。もしそうであれば、『そして誰もいなくなった』よりも5年も早く発表された画期的な作品となったかもしれません。しかし、本作はクローズドサークルものどころか本格ミステリですらありません。出だしでこそ殺人か事故かわからない不可解な死が描かれますが、その後、シェリンガムは謎解きそっちのけでパニックの暴発回避に努めていきます。おまけに、シェリンガム自身のキャラも分別のある紳士として描かれており、ほとんど「誰だお前?」状態です。結局、そうした読者にとっての違和感がミステリの仕掛けとして機能することもなく、物語は普通のサスペンス小説として幕を引きます。事件の真相は勝手に暴かれ、シェリンガムは迷探偵どころかただの探偵としても全く機能していません。極限状態で登場人物の本性が徐々に露わになっていく展開はサスペンスとしてそれなりに読み応えはあるものの、バークリーならではのひねくれたミステリを期待すると肩透かしを喰らうことになります。なお、本作はシェリンガムシリーズの最終作ですが、特に完結編らしい趣向もありません。著者の意図がどこにあったのかはわかりませんが、いろいろと残念な作品です。
2011年本格ミステリベスト10海外部門5位
パニック・パーティ (ヴィンテージ・ミステリ)
アントニイ・バークリー
原書房
2010-10-18


試行錯誤(1937)
評論家のドットハンターは動脈瘤のために医者から余命数カ月の宣告を受ける。残された人生を有益に使うためにはどうすればよいかを友人に相談したところ、社会に害をなす人間を殺害すべしとの結論に至る。そして、ドットハンターが標的に定めたのが何人もの男女を破滅に追いやった女優のジーン・ノーウッドだった。結果、彼女の射殺死体が発見されることになるのだが、それが思わぬ事態を引き起こしてしまう。ジーンに財産を巻き上げられた作家のニコラス・ファロウェーが殺人容疑で逮捕されてしまったのだ。ドットハンターは慌てて警察に出頭するも彼の自供は全く信じてもらえない。なんとかニコラスの嫌疑を晴らし、自分を逮捕してもらおうとするも、やることなすこと裏目に出てしまう。進退窮まったドットハンターは自分が有罪であることを証明してもらうために犯罪研究家のチタウィック氏を雇うが...。
◆◆◆◆◆◆
チタウィック氏シリーズ第2弾。本作は犯人サイドから事件の行方を描く倒叙ミステリの形式を採用していますが、警察や探偵と対決するのではなく、なんとか逮捕してもらおうと悪戦苦闘している点がユニークです。正直ミステリとして大きな仕掛けがあるわけではないものの、倒錯的なシチュエーションが生み出す人間喜劇として非常によくできています。特に、主人公の心理を丹念に追った法廷シーンが秀逸で、ある意味、アンチミステリの趣向と倒叙ミステリを掛け合わせたバークリーの集大成的作品だといえるかもしれません。無駄なシーンが多くてテンポが悪いのがやや難ですが、皮肉の効いたユーモアが全編を覆うバークリーならではの傑作です。
試行錯誤 (創元推理文庫)
アントニイ バークリー
東京創元社
1994-06-01


服用禁止(1939)
田舎の村で果樹園を営むダグラス・シーウェルと妻のフランシス。隣家には村人からの尊敬を集める元電気技師のジョン・ウォーターハウスが住んでいた。ある日、そのジョンが体調を崩し、数日後に息を引き取ってしまう。主治医のグレンは病死と診断するも、村にやってきたジョンの弟は公然と毒殺の可能性を口にするのだった。そして、検死審問が開かれた結果、遺体からはヒ素が検出される。やがて、検死尋問が進むなか、関係者たちの意外な素顔が明らかになっていき...。
◆◆◆◆◆◆
ユーモアを封印した一人称視点による心理サスペンス重視の作風は、アイルズ名義の倒叙ミステリを彷彿とさせます。ただ、重苦しい雰囲気に加えてテンポも悪いので前半は退屈さを覚えるかもしれません。しかし、読者への挑戦状が挿入されて以降の展開は、さまざまな推理が披露され、面白さが一気にアップします。ただ、それらの推理も確固とした根拠に乏しく、当て推量になってしまっているのが惜しいところです。地味ながらも意表を突く展開で楽しませるなどの工夫がみられ、バークリーらしい皮肉な結末も用意されているものの、他の代表作と比べるといまひとつインパクト不足なのは否めないところです。
2015年本格ミステリベスト10海外部門2位
服用禁止 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)
アントニイ バークリー
原書房
2014-03-31


被告の女性に関しては(1939)
肺病の保養のために海辺の村にやってきた学生のアランは、宿泊先で医師の妻・イヴリンと出会う。自信家の医師・フレッドに反感を覚える一方で、イブリンの魅力に惹かれていき、いつしか深い関係になっていくアラン。自意識だけが高くて内気なアランはそのことで徐々に自信をつけていくも、やがて思わぬトラブルに巻き込まれていき...。
◆◆◆◆◆◆
フランシス・アイルズ名義で発表された作品はなかなか事件が起きないのがお約束ですが、なかでも本作は途中まで全くミステリっぽくなく、だらだらと不倫話が続きます。それでも心理描写は相変わらず的確で読者の中にもあるであろう、人間の嫌な部分を微に入り細に入りあぶり出していきます。この辺りはまさにバークリーの独壇場です。一方、ミステリーとしては終盤にサスペンス展開が用意されているものの、著者の他の作品と比べるとあまりにも弱すぎます。小説としてはなかなかユニークな出来栄えなのですが、ミステリーとしては過剰な期待は禁物です。ちなみに、本作は本国イギリスでは大不評だったらしく、それが原因なのかはわかりませんが、バークリーはこれ以降長編小説を一切発表しなくなってしまいます。
被告の女性に関しては (晶文社ミステリ)
フランシス アイルズ
晶文社
2002-06-01




最新更新日2022/07/03☆☆☆

映画を題材にした映画愛にあふれた映画というものは、映画好きの心を否応なしに揺さぶります。ある意味、マニアにとっての必見映画です。そこで、まずはそうした条件に当てはまる作品を(まずは20世紀公開のもの限定で)年代順に挙げつつ、具体的な内容について紹介していきます。
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1953年

雨に唄えば(監督:ジーン・ケリー
1920年代。トーキー映画の出現によってハリウッドの看板スター・リナは苦境に立たされていた。彼女はキュートな見た目に反してひどい悪声だったのだ。このままトーキー映画に出演すれば、人気の急落は間違いのないところだろう。そこで窮余の一策として彼女の声を別人が吹き替える案が浮上する。一方、人気男優のドンはリナと何度も共演し、いずれ結婚するのではないかと噂されていた、しかし、彼はリナの傲慢な性格に愛想を尽かしており、同時に、彼女の人気急落による映画への影響を危ぶんでいた。そこで、リナの声を演じたキャッ氏―に目を付け、親友のコスモと共に彼女を次代のスターに育て上げようとするが......。
◆◆◆◆◆◆
シンプルな物語に素晴らしい歌とタップダンスをたっぷり盛り込んだミュージカル映画の傑作です。それだけに、深みのあるストーリーなど期待すべくもないのですが、無声映画からトーキー映画への移行期間におけるハリウッドの舞台裏の描写には興味深いものがあります。当時の「トーキー映画あるあるネタ」を盛り込んで笑いに転化しているのも秀逸です。ただ、悪役とはいえ、身体的欠陥であるリナの悪声を笑いのネタにしているのは、現代の感覚からすれば少々不快に感じてしまいます。その辺は時代の違いだという割り切りが必要かもしれません。
雨に唄えば (字幕版)
ドナルド・オコーナー
2013-06-01


1963年

81/2(監督:フェデリコ・フェリーニ
映画監督のグイドは新作の製作に取り組もうとするも、スランプに陥り、アイディアが何も出てこない。そこで、リフレッシュを兼ねて温泉地で抗争を練ろうとするが、アドバイザーの評論家からは何とかヒネリ出したアイディアを頭から否定されてしまう。しかも、勝手にやってきた愛人の相手までしなくてはならなくなり、フラストレーションは溜まるばかりだ。さらに、製作スタッフやマスコミまでが押し寄せ、彼に新作を撮らせようとする。すっかり嫌気がさし、自身が置かれた現実から逃げ回るグイド。ついには幾度も白昼夢を見るほどに追い詰められ....。
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映像の魔術師ことフェリーニ監督の代表作のひとつであり、自身が映画製作に行き詰った際の苦悩を映像化した作品として知られています。しかし、ストーリーはあってなきがごとしで、スクリーン上には白昼夢のような映像が垂れ流されるばかりです。物語にメリハリがなく、意味もよく分からないので娯楽映画を期待して観るとたちまち睡魔に襲われるでしょう。一方、創作上の苦悩というテーマに共感し、白昼夢のシーンに苦悩のメタファーを読み取ることができればこの映画はぐっと面白くなります。それまでバラバラに思えた各シークエンスの関連性が次第に理解できるようになり、そうなると、画面上で繰り広げられているカオスナ状況が刺激的に感じてくるのです。また、白黒映画なのにくっきりと奥行きのある映像の美しさも魅力の一つだといえます。特に、人生のイメージを端的に表現した絢爛たる映像の中に物悲しさが浮かび上がってくるラストのカーニバルは映画史に残る名シーンです。さらに、エヴァンゲリオンやデビットリンチ監督作品など、後世に与えた影響も大きな作品なので、映画マニアならその点に注目して観るのもよいでしょう。いずれにせよ、見れば見るほど新たな発見のある奥の深い作品です。
8 1/2 [Blu-ray]
クラウディア・カルデナーレ
角川書店
2013-01-11


1973年

映画に愛をこめて/アメリカの夜(監督:フランソワ・トリュフォー)
フランス南東部に位置するニースの撮影所では『パメラを紹介します』という映画の撮影が行われていた。しかし、パメラ役に選ばれたハリウッド女優の到着は大幅に遅れているうえに、巨額の予算をつぎ込んだ群衆シーンのネガがダメになるなど、現場はトラブル続きだった。監督とプロデューサーは頭を抱えるが、アクシデントはまだまだ続く。妊娠がばれるのを恐れた秘書役の女優が水着シーンを拒否し、アル中のベテラン女優はセリフを覚えられずにNG を連発する。ようやくパメラ役のジュリーが到着するが、今度は彼女の夫役のアルフォンスが恋人に捨てられたことで部屋に閉じこもり....。
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映画がどのように撮影されているのかが分かりやすく描かれており、映画好きの人ならこの工程を見ているだけでもワクワクしてくるのではないでしょうか。また、トラブル続きの現場をなんとかまとめながら映画の完成を目指すプロセスからは映画に対する情熱をひしひしと感じますし、抑制の効いたコメディシーンもよくできています。特に、猫が思うように動いてくれず、撮影にてこずるシークエンスが秀逸です。さらに、出演者も個性派ぞろいで物語をより一層盛り上げてくれます。映画撮影の裏話を1本にまとめたような作品ですが、それを高い完成度の劇映画として仕上げているのが見事です。映画が完成に近づいていく高揚感を観客が一緒になって味わうことのできる傑作です。
映画に愛をこめて アメリカの夜(字幕版)
フランソワ・トリュフォー
2015-07-20


1980年

スタントマン(監督:リチャード・ラッシュ)
殺人未遂の容疑で指名手配されているキャメロンは田舎町で地元の警官に捕まるも手錠をかけられたまま逃走し、海辺の町に逃げ込む。町では第一次世界大戦を舞台にした映画のロケが行われていた。しかし、若手女優のニナが誤って岩場から海に転落してしまう。キャメロンはとっさに彼女を助けるが、その機敏な動きに目を付けたのが監督のイーライ・クロスだった。クロスはキャメロンが指名手配犯であることを承知したうえでスタントマンにならないかと彼を誘う。本来のスタントマンが事故で亡くなったので彼の身分を拝借すればよいというのだ。キャメロンは馴れないスタントマンの仕事に手こずりながらも次第に頭角を現していき…。
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本作は作中作である映画のセットやアクションが非常によく出来ており、本当に映画の世界に迷い込んだような錯覚を覚えます。しかも、それだけにとどまらず、現実の世界と映画の世界が交錯し、どこまでが現実でどこからが映画の撮影なのかが分からなくなってくる幻惑感に独自の面白さがあるのです。。特に、キャメロンが身の上話をしている最中にニナが笑い転げながらセットを壊し始める意味不明なシーンは必見です。観る者の安易な理解を拒む歪な映画ですが、その歪さに不思議な魅力があるカルト的な傑作です。


1981年

ことの次第(監督:ヴィム・ヴェンダース)西独
50年代SF映画の再映画化が決定し、ポルトガルでロケを行う撮影チーム一行。だが、途中で資金が底をつき、プロデューサーのゴードンが撮影済みのフィルムを持って行方をくらましてしまう。仕方なく撮影は一旦中断となり、スタッフや出演者たちはそれぞれの方法で時間を潰し始める。そんななか、監督のフリッツはゴードンを探すためにロサンゼルスに向かうが…。
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本作は、ヴェンダース自身の監督作品『ハメット』の撮影が佳境に入ったときに製作総指揮のコッポラと揉め、中断を余儀なくされた際に撮った低予算映画です。しかし、そんな片手間の作品がヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞してしまうのですから、ヴェンダースの監督としての力量には驚くしかありません。ちなみに、その内容は監督自身の恨み節が炸裂した映画論に終始しています、しかも、映画の大半は、撮影中断を余儀なくされた撮影班一行の怠惰な時間を映しているだけです。したがって、映画のストーリーのみを追おうとすると恐ろしく退屈なものになってしまいます。しかし、そのなかにはヴェンダースならではの映像美が散りばめられており、同時に、そうした画作りによって映画に携わる人々の不安が見事に表現されているのです。さらに、「映画に物語は必要ない」というフレーズを繰り返していたにもかかわらず、にわかにドラマチックになっていくラストの展開も印象深いものがあります。観る者全員に映画とは何かを問う哲学的傑作です。
第39回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞作品
ことの次第 [DVD]
サミュエル・フラー
バップ
2008-01-23


1982年

蒲田行進曲(
監督:深作欣二)
時代劇映画全盛の時代。東映京都撮影所では新撰組の映画撮影が行われていた。主演の土方歳三を演じるのは倉岡銀四郎。彼は華のある役者なのだが、自分勝手で気まぐれな性格をしていた。ある日、銀四郎は彼を銀ちゃんと呼んで慕う大部屋役者のヤスのアパートを訪れ、落ち目の女優・小夏と夫婦になれという。小夏は銀次郎の子を宿しており、スキャンダルを恐れてヤスに彼女を押し付けたのだ。しかし、銀四郎に心酔しているヤスは彼の頼みを引き受け、小夏と生まれてくる子を養うために危険なスタントを行うようになる。最初は銀次郎の言いなりで主体性のないヤスを軽蔑していた小夏も彼の懸命な姿を見て、次第に心を許すようになっていく。そんな折、人気に陰りが見え始めた銀四郎がヤスと小夏の新居に現れ....。
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いわゆる古き良き時代の映画の世界をパワフルな脚本と演出で撮り切った点に潔さを感じます。劇中の演技はいちいちオーバーで一歩間違えると観客がしらけてしまうところです。しかし、それを勢いで押し切っているのはさすが深作欣二監督だといえます。クライマックスの階段落ちも冷静に考えれば「あんなバカ長い階段が本当に必要なのか?」と思わないでもありませんが、そうした疑問を感じる暇を与えないほどに見事な感動シーンに仕上げているのです。それに加え、小夏を演じた松坂慶子の美しさも映画に花を添えています。なにより秀逸なのがクライマックスに続くラストシーンです。一見、人を食ったようなオチではあるものの、そこには映画に対する愛情がひしひしと感じられます。ただ、やたら暴力を振るうなど、昭和の古い価値観を纏った登場人物に共感しずらいと感じる人もいるかもしれません。その辺りは「そういう時代を舞台とした物語だからしかたがない」と割り切れるかどうかでしょう。ちなみに、本作は日本アカデミー賞をはじめとする各映画賞を受賞し、興行でも配給収入17億6000万円の大ヒットを記録しています。
蒲田行進曲
志穂美悦子
2013-06-01


パッション(監督:ジャン=リュック・ゴダール)瑞・仏
スイスの片田舎で映画を撮っている撮影隊。スタッフの陣容はポーランド人の映画監督・ジェルジー、ハンガリー出身のプロデューサー・ラズロ、フランス人の撮影監督・クタールといった具合に欧州各国の混成部隊だった。映画のタイトルは『パッション』。レンブラントやドラクロアの描いた名画の世界を生きた人間で再現しようという野心的な作品だ。しかし、膨大な予算が投入されたにも関わらず、監督が自分のこだわりからNGを連発し、撮影は遅々として進まない。プロデューサーのラズロは製作中止をちらつかせてジェルジーを脅すが、実のところ予算を使いすぎていまさら中止にすることなどできなかった。一方、撮影隊が宿泊しているホテルでは女主人のハンナがジェルジーと情事を重ねていた。しかし、ジェルジーは、ハンナの夫であるミシェルが経営している工場をクビになって抗議運動を始めたイザベルに心惹かれていく。そうこうしているうちに映画の撮影は破綻の兆しを見せ始め....。
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スタッフの対立や監督の不倫などを経て映画製作が座標に乗り上げていく物語ですが、正直その辺りのストーリーはちっとも盛り上がりません。ある意味、”物語を語る映画”に懐疑的なゴダールならではです。したがって、普通にストーリーを追おうとすると本作は退屈極まりない代物なのですが、その代わり、自然光を駆使して撮影された名画の再現シーンは素晴らしいものがあります。特に、ドミニク・アングルの『小さな浴女』の美しさは息を飲むほどです。ゴダールの映画観が詰め込まれた作品であり、芸術映画とはいかなるものかを知るための絶好のテキストだともいえます。
パッション [Blu-ray]
イエジー・ラジヴィオヴィッチ
KADOKAWA / 角川書店
2017-10-27


1984年

ロケーション(監督:森崎東)
べーやんこと小田部子之助はピンク映画のカメラマン.。主演女優の妻と共に新作映画を手掛けていたが、その妻が自殺未遂を起こし、撮影がストップしてしまう。代役に立てた女優も裸になるのは嫌だとごねる。そこで、ロケ現場として借りていた連れ込み宿の清掃婦・笑子を強引に主演女優に仕立て上げ、急場をしのごうとするのだった。ところが、今度は監督が病に倒れ、そのうえ、笑子は里帰りをしたいのでこれ以上出演は出来ないと言いだし.....。
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AVが普及する以前の昭和後期に全盛を誇っていたピンク映画。一般映画と比べ低予算でスケジュールもタイトなため、製作時におけるトラブルも多かったのですが、そのトラブル一式をおもちゃ箱の中に詰め込んだような作品です。女優が消え、監督が消え、ロケ現場や脚本が次々と変わっていく過程でもはや映画作りとしてのまともな体裁は保てなくなり、そこに奇妙な味というべき独特の面白さが醸し出されていきます。コメディ、サスペンス、エロティシズムといった色々な要素が入り乱れ、最後には現実とフィクションの境目すら曖昧になっていくシークエンスには妙に引き込まれるものがあります。西田敏行、柄本明、竹中直人らのエネルギッシュな演技が素晴らしく、巧みなカメラワークによる映像美は鳥肌ものです。邦画版『アメリカの夜』というべき作品ですが、映画作りを目指している人にとっての共感度は本作の方がはるかに高いのではないでしょうか。安易なラストだけが少々残念な気はするものの、それを差し引いても素晴らしい作品であることには違いありません。
1985年

カイロの紫のバラ(監督:ウディ・アレン)
1930年代のアメリカ。大恐慌が吹き荒れるなか、ニュージャージー州に住むアメリアは失業中の夫に暴力をふるわれていた。愛のない夫婦生活を送る彼女の唯一の慰めは映画館で映画を観ることだった。特に、『カイロの紫のバラ』は彼女のお気に入りで毎日映画館に通い詰める。ある日、いつものように映画を見ていると登場人物の一人である冒険家のトム・バクスターが突然、スクリーンの中からアメリアに話しかけてくる。自分の映画を何度も繰り返し観に来る彼女に興味を抱いたというのだが…。
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映画の世界が現実となるファンタジックな話をコメディタッチで描きつつも、それだけでは終わらないのがウディ・アレンの作品です。楽しい時間はいずれ終わり、最後は現実に戻るしかないという映画が有する残酷さがきっちりと描かれています。そして、そのことによって、単なる甘ったるいだけのロマンチックコメディになることを免れ、深みのある作品に仕上がっているのです。特に、ラストのヒロインの笑顔にはなんともいえない切なさを覚えます。ハリウッドシステムに対する痛烈な批判を交えつつ描いた、映画愛に満ちた逸品です。


1986年

キネマの天地(監督:山田洋次)
昭和8年。浅草の映画館で売り子として働く田中小春はある日、松竹の映画監督である小倉にスカウトされる。突然のことに驚く小春だったが、蒲田の撮影所を訪ねた彼女はそのまま端役としてデビューすることになるのだった。最初は失敗続きだったものの、助監督の島田に励まされたこともあって次第に頭角を現していく。一方、脚本家志望の島田は新しい本を書いてはボツを喰らう日々を過ごしていた、そんな折、小春は人気俳優に飲みに誘われ、半ば強引に関係を結ばれてしまう。島田はその噂を聞いてショックを受けるも、小倉監督に励まされて脚本家としてのチャンスをもらい....。
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無名の新人女優がトップスターになるまでを描いた松竹50周年記念作品です。物語は小春と島田を中心に展開しつつも、当時の映画作りの方法が詳しく分かるようになっているので映画好きの人なら興味深く観ることができるでしょう。また、渥美清や倍賞千恵子を始めとした豪華俳優陣の名演技も大きな見所です。さらに、田中小春が日本を代表する大女優の田中絹代で、小倉監督が日本初のトーキー映画を撮った五所平之助といった具合に、登場人物の多くはモデルが存在します。それを知っていればより一層楽しめる作りになっています。ストーリー的にはやや凡庸で特筆すべき点は乏しいものの、日本映画に対する敬意と愛情の詰まった作品であることは確かです。
夢みるように眠りたい(監督:林海象)
昭和初期の東京。私立探偵の魚塚甚は月島桜と名のる老婆から誘拐された娘を救ってほしいという依頼を受ける。調査を開始し、浅草の町に仕掛けられた謎を次々と解いていく魚塚だったが、その過程でこの事件が「永遠の謎」というサイレント映画のストーリーをなぞったものだと気付く。「永遠の謎」は、帰山教正監督が大正7年に発表した『生の輝き』に先駆けて日本初の女優主演映画になるはずだった。だが、警視庁にラストシーンの撮影を妨害されて日の目をみることはなかったという。魚塚はその失われたラストシーンを追わされていたのだ.。
◆◆◆◆◆◆
本作最大の特徴はなんといっても映画黎明期の雰囲気を忠実に再現したモノクロ映像にあり、その完成度は観る者に郷愁の念を抱かせるほどです。基本的な仕様はサイレントですが、ここぞというポイントで台詞や効果音が入る仕掛けとなっており、映画のムードをうまく盛り上げています。また、映像演出も工夫が凝らされており、モノクロ映画ならではの影の使い方が印象的です。ただ、物語の展開自体はゆったりとしているので波乱万丈の展開を期待していると、それこそ夢みるように眠ってしまうかもしれません。しかし、夢と現の間を漂いながら睡魔に身を任せてみるのも一興です。そうしながら映画の歴史に想いを馳せてみれば、それはそれで心地よい気分に浸ることができるでしょう。林海象監督のデビュー作かつ最高傑作であり、無名時代の佐野史郎の演技も素晴らしい傑作です。
夢みるように眠りたい <デジタルリマスター版> [Blu-ray]
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2022-04-06


映画というささやかな商売の栄華と衰退(監督:ジャン=リュック・ゴダール)
仕事のオファーがなくて生活に窮している映画監督のガスパール・バザンは、糊口をしのぐためにエキストラの職を求めてテレビ局にやってくる。そこには有象無象の老若男女が集まり、オーディションが行われていた。一方、ガスパールと旧知の仲であるプロデューサーのジャン・アルメレダは莫大な負債を抱え、殺し屋に命を狙われていた。さらに、ジャンの妻のユリディーヌは女優になる夢を叶えようとガスパールに相談を持ちかける。果たして3人の運命は?
◆◆◆◆◆◆
テレビ映画として作られた作品であり、ストーリー自体はゴダールにしては分かりやすいものに仕上がっています。しかし、ゴダールが真に語ろうとしたのはそうした表層的な物語ではありません。タイトルが示す通りこれは映画の栄光と衰退について語った作品なのです。映画がかつての輝きを失ってしまった事実をどこまでもペシミスティックに描いており、そこには悲しみに彩られているが故の美しさがあります。また、ゴダール自身をはじめとして実在の映画人たちが登場し、映画について語っていく一連のシークエンスも印象的です。さらに、映画の衰退の主因であるテレビという媒体でこの作品が作られたという事実にも興味深いものがあります。いずれにせよ、カットの繋がりがよく分からないなどといったゴダール作品特有の難解さはかなり抑えられているので、ゴダールの入門編としておすすめです。ちなみに、原作は『ソフト・センター』というタイトルのサスペンス小説なのですが、本作のストーリーには全く反映されておらず、両者の関連性はほとんどありません。
1987年

グッドモーニング・バビロン!(監督:タヴィアーニ兄弟)伊・米・仏
1913年。大工の棟梁を父に持つイタリア人のニコラとアンドレアは修行の名目でアメリカへと渡る。やがて、サンフランシスコ万国博覧会でイタリアの建築家がイタリア館の建築を行うことを知った2人はその一向に紛れ込む。さらに、超大作映画『イントレランス』のクランクインを控えた映画監督のD・W・グリフィスが美術スタッフとしてイタリア館を建てた棟梁たちを迎え入れたいとの意向を示すと、棟梁になりすましてハリウッドに向かうのだった。そこでエキストラとして映画に参加していた2人の美女・エドナとメイベルに出会った2人は彼女たちに励まされながら『イントレランス』の仕事をこなしていく。それがグリフィスに認められて出世し、ニコラはエドナと、アンドレアはメイベルと愛を育み、結婚するが...。
◆◆◆◆◆◆
様々な技法を発明し、映画黎明期における最高傑作といわれている『イントレランス』の製作秘話を2人の青年建築家の視点から描いた青春映画。大作映画の製作を一大スペクタルとして追体験できる作品であり、特に、当時の撮影に用いられた壮大なセットを忠実に再現したシーンは圧巻です。また、主人公の兄弟が手掛けた巨大な像の出来栄えも素晴らしく、スクリーンを通して映画作りの魅力がひしひしと伝わってきます。さらに、セットに太陽光が差し込むシーンの美しさも絶品で、この作品の映像的な見所を挙げていくときりがないほどです。終盤の急転直下の展開が駆け足なのが少々残念ではありますが、ラストの切ないシーンには思わず感動させられます。映画の歴史に興味がある人にぜひ観てほしい傑作です。
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2014-06-28


1988年

ニュー・シネマ・パラダイス(監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
ローマ在住の映画監督サルヴァトーレは昔馴染だったアルフレードの訃報を聞き、過去に想いを馳せる。アルフレードはシチリアの小さな村にあった唯一の映画館・パラダイス座の元映写技師で、第2次世界大戦のさなかにあって彼が上映する映画は村唯一の娯楽だった。その村出身のサルヴァトーレもトトと呼ばれていた幼少期にはパラダイス座に通い詰め、特にアルフレードのいる映写室は彼のお気に入りの場所になっていた。最初はトトを邪険に扱っていたアルフレードだったが、次第に2人の間には友情が芽生え始め....。
◆◆◆◆◆◆
全編が映画愛に溢れており、その中で展開していくドラマが秀逸です。たとえば、幼いトトと偏屈なアルフレードの2人が歳の差を越えて友情を深めていくシーンはコミカルで見ていて楽しくなってきますし、トトが青年になってからの恋物語は切なくて思わず泣けてきます。そして、どのシーンも映画と共にある点が映画ファンの心をとらえて離さない最大の理由なのでしょう。特に、かつて検閲でカットされたフィルムを主人公がひとり観るラストは映画史に残る名シーンです。ちなみに、本作は2時間の公開版と3時間の完全版が存在し、両者では物語の意味合いが微妙に変わっています。興味のある人はぜひ見比べてみてください。
ニュー・シネマ・パラダイス [Blu-ray]
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ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2008-01-25


1992年

イン・ザ・スープ(監督:アレクサンダー・ロックウェル)

アルドルフォ・ロロは一流の映画監督を夢見る若者で隣人である美しいアンジェリカをいつか自分の映画に出演させようと考えていた。しかし、現実の彼は底辺脚本家にすぎず、アンジェリカが働くカフェに通いつめてもその反応は冷たいものだった。そんなある日、ロコは怪しげなプロデユーサーから映画の主演を持ちかけられて引き受ける。ところが、それはヌード映画の撮影であり、惨めな姿をカメラに晒した彼の心はすっかり折れてしまう。当座の金を工面するために自分が書いた脚本を売りに出したところ、どう見ても堅気とは思えない初老の男・ジョーから自宅に招待され、映画の共同制作を持ちかけられるのだった。こうして2人で映画製作に取り掛かるも、そのことでアルドルフォはジョーと共に資金集めのための犯罪に手を染めることになり....。
◆◆◆◆◆◆
夢見がちな映画青年が怪しげな男に振り回される話ですが、目的のためなら犯罪を厭わないその男をセンスの良いセリフ回しとシーモア・カッセルの軽妙な演技によって憎めない魅力的なキャラクターに仕上げている点が秀逸です。前半はそのキャラクター性とテンポの良さが相俟ってコメディとして楽しく観ることができますし、一転しんみりとさせる結末もよくできています。また、終始オロオロするばかりのアルドルフォをチャーミングに演じたスティーヴ・ブシェミの好演も光ります。さらに、白黒画面も映画の雰囲気にばっちりマッチ。映画作り(といっても本篇では全く映画は撮っていませんが)を通して対照的な2人の奇妙な友情を描いた傑作です。


1993年

ラスト・アクション・ヒーロー(監督:ジョン・マクティアナン)
父を早くに亡くして母と二人暮らしの小学生・ダニーは、アクション映画が大好きでいつも学校をさぼっては映画館に通っていた。そんなある日、ダニーは仲良しの映画技師・ニックから有名な魔術師からもらったという魔法のチケットの半券を手渡される。それを手にしてアーノルド・シュワルツェネッガー主演の『ジャック・スレーター4』の試写を観ていたところ、ポケットの中のチケットが光り出したかと思うと、ダニーはそのまま映画の世界に入り込んでしまう。そこではシュワルツェネッガー演じるジャックと悪党がカーチェイスを繰り広げており、気がつくとダニーはジャックの運転する車に乗っていた。これは映画の中の世界だとジャックに説明するも、当然信じてはもらえない。それでも、悪党たちの事情に詳しいダニーはジャックの相棒になることに。一方、悪党どもの一味で殺し屋のベネディクトはダニーの半券を偶然手に入れ、現実世界に行ってジャック役のシュワルツェネッガーを亡き者にしようとするが...。
◆◆◆◆◆◆
シュワルツェネッガーやスタローンのマッチョなアクション映画が飽きられつつあった時代に、あえてそれらの作品を自ら茶化してみせたセルフパロディ色の強い映画です。アクション映画あるあるネタを逆手に取ったストーリーが楽しく、また、アクション自体も見応えがあるなど、なかなかユニークな仕上がりとなっています。特に、劇中で現実のシュワルツェネッガーが登場し、映画で演じている役柄とはかけ離れた俗物ぶりを披露するシーンが秀逸です。ただ、そういった悪ふざけやファミリー層を意識して過激なシーンを排したことなどが祟り、従来のファンにそっぽを向かれて興行的には失敗に終わっています。製作費1億ドルと、当時としては巨額の予算をつぎ込んだのに対して興行収入は約5000万ドルの大赤字です。ただし、異色作としてのユニークさが評価され、今では一部のマニアから高く評価されている作品でもあります。


マチネー/土曜の午後はキッスで始まる(監督:ジョー・ダンテ)
1962年。フロリダ州に位置するアメリカ最南端の町、キー・ウェストはキューバ危機に揺れていた。キューバにミサイル基地が設置されたために米ソ対立の緊張が高まり、核戦争の脅威がにわかに現実味を帯びてきたのだ。そんななか、軍人を父に持つ少年ジーンと弟デニスが引っ越してくる。2人は大のホラー映画好きで、ちょうど町の映画館では来週から新作ホラー映画”マント”の先行上映が予定されていた。しかも、当日はB級ホラーの帝王と呼ばれるウールジー監督を招待しているという。彼の大ファンであるジーンはそれを聞いて歓喜する。一方、町の大人たちはウールジーの映画を悪趣味で子どもたちに悪影響を与えるものとして批判的だった。しかし、観客を驚かせることに無上の喜びを感じているウールジーは、そんな声などどこ吹く風と、ギミックの準備に余念がない。シーンに合わせて座席を揺らすことのできる装置を取り付け、館内に飛び込んで観客を驚かせる蟻人間役に不良少年のハーヴェイを雇う。やがて、上映初日の土曜になり、キューバ危機が深刻の色を深めるなか、映画館にはジーンをはじめとした多くのティーンエイジャーたちがやってくるが...。
◆◆◆◆◆◆
現実に進行中の核戦争へのカウントダウンと当時流行っていた放射能モンスターのホラー映画を重ね合わせることで、一種緊張感の伴ったコメディに仕上がっています。また、60年代を舞台にしたノスタルジックな青春映画としても秀逸です。若者たちが身にまとう60年代ファッションやレトロな音楽も魅力的ですが、何よりもB級ホラーに焦点を当てたことで既存の青春映画とは異なる、極めて高いオリジナリティを獲得しています。オタク層にも訴求する青春映画として本作は貴重な存在だといえるでしょう。また、影の主人公とでもいうべきウールジー監督の存在感も見逃せません。モデルはギミック映画の帝王といわれたウィリアム・キャスですが、ジョン・グッドマン演じるこのキャラが実によい味を出しています。最初は胡散臭い山師といった雰囲気なのに物語が進むにつれてどんどん魅力的な人物になっていくのです。特に、彼がホラー映画にこだわる理由には強い共感を覚えます。おそらくこのセリフは本作の監督の想いでもあるのでしょう。『ピラニア』や『グレムリン』などで知られているジョー・ダンテ監督による映画愛溢れる傑作です。
マチネー/土曜の午後はキッスで始まる [DVD]
リサ・ジャクブ
マクザム
2016-06-24


]1994年

エド・ウッド(監督:ティム・バートン)
1950年代初頭のハリウッド。第2のオーソン・ウェルズを夢見る青年・エドワード・D・ウッド・Jrは撮影所で使いっ走りの仕事をこなしながら映画監督になる機会をうかがっていた。しかし、彼には監督としての才能が致命的に欠けていた。そのため、仲間と共に上演した芝居も失敗に終わる。しかし、そんな彼にもチャンスが訪れる。性転換手術で一大センセーションを巻き起こした元兵士の半生を映画化する企画が持ち上がったのだ。エドは女装癖のある自分なら彼の気持ちを理解できると自身を売り込むが、プロジューサーは実績のない彼に監督を任せることに難色を示す。そこでエドは親交のあった元ドラキュラ俳優のベラ・ルゴシを引っ張り出し、元大スターの出演をエサにプロデューサーを口説き落とす。念願だった映画監督の座を手に入れ、意気揚々と映画の撮影を始めたエドだったが、出来上がった作品は性転換した兵士の話ではなく、服装倒錯者が恋人の理解を得るまでの物語だった。プロデユーサーは激怒し、興行は惨憺たる結果に終わるが...。
◆◆◆◆◆◆
エド・ウッドが映画監督として活動していたのは1960年代ですが、当時は全くの無名でした。ところが、80年代に入るとそんな彼がにわかに注目されることになります。エド・ウッド最後の監督作品である『プラン9・フロム・アウター・スペース』が深夜映画として繰り返し放映され、そのあまりの低クオリティぶりが話題にのぼるようになったからです。そして、史上最低の映画監督の称号とともに、エド・ウッドの名は世界中に知れ渡ることとなります。そうした人気の高まりを受け、彼の半生を映画にしたのが本作です。異端者や日蔭者にスポットを当てた作品を手掛け続けているティムバートンの手によるもので、それだけにエド・ウッドに向ける眼差しは優しさに満ちています。映画に対するセンスのなさを笑いのネタに組み込んだコメディ仕立てではあるものの、映画製作に情熱を傾ける彼の生きざまについてはどこまでも肯定的です。特に、オーソン・ウェルズと邂逅し、彼の助言によって迷いを振り払うくだりなどは感動的ですらあります。本作においてティム・バートン監督は、自分が真に作りたい映画を思い通りに撮る喜びを高らかに謳いあげているのです。たとえそれが『プラン9・フロム・アウター・スペース』のようなどうしようもない駄作だったとしても。一方で、本作を語るうえで見逃せないのが配役の見事さです。エド・ウッドを演じたジョニー・デップをはじめとして出演者はみな本人の特徴を的確にとらえ、虚実入り混じったドラマにリアリティを与えています。特に、ドラキュラ俳優のベラ・ルゴシを演じてアカデミー賞助演男優賞を受賞したマーティン・ランド―の熱演は特筆ものです。老いた元スターの悲哀と年の離れたエドとの友情にはぐっとくるものがあります。映画作りに挑む人々への共感性に満ちた珠玉の一本です。
エド・ウッド (字幕版)
ビル マーレイ
2013-03-30


1995年

明日を夢見て(監督:ジュゼッペ・トルナトーレ)
1953年。シチリア島にジョー・モレッリと名乗る男がやってくる。そして、自分は映画プロデューサーだと名乗り。島で暮らす人々に対して新人オーディションを受けるように呼び掛けるのだった。オーディションはフィルム代さえ払えば誰でも受けることが出来、しかも、俳優になれば1億リラ(日本円で約1500万円)の年収を得られるという。人々は夢を求めて次々とオーディションを受けにくる。だが、ジョーはプロデューサーなどではなく、ただの詐欺師で....。
◆◆◆◆◆◆
名作『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ監督が手掛けたもうひとつの”映画を巡る映画”です。共に”人生は映画”というテーマを掲げる作品ではあるものの、希望に溢れた前者に対して本作は虚構にすぎない映画の切なさが全面に押し出されています。それでも、オーディションという形を借りて人々の人生が語られる前半は切なさの中にもある種のユーモアが含まれていることもあって、それなりに楽しく観賞することが可能です。ところが、後半になってスターを夢見る一人の若い女性がクローズアップされると物語は徐々に悲劇の色を強めていきます。映画を通して人生を語るという意味ではなかなか良質な作品なのですが、胸が締め付けられるようなラストは好みの分かれるところです。
明日を夢見て [DVD]
フランコ・スカルダティ
IVC,Ltd.(VC)(D)
2014-09-26


2000年

セシル・B/ザ・シネマ・ウォーズ(監督:ジョン・ウォーターズ)
ハリウッド女優のハニー・ホイットロックが舞台挨拶の会場で誘拐される。犯人はセシル・B・ディメンテッドと名乗り、拝金主義のハリウッドに対抗すべくハニーを主演に据えた究極のインディーズ映画を撮るのだというが....。
◆◆◆◆◆◆
インディーズ映画の鬼才・ジョン・ウォーターズが商業主義に毒されたハリウッドを揶揄したコメディ映画です。映画マニアの不満を代弁するような映画批判が爽快で、過激でぶっ飛びすぎなゲリラ撮影には思わず笑ってしまいます。その他にも登場人物の映画狂ぶりが映画マニアにとってはいちいち楽しくてニヤニヤが止まりません。フォレストガンプ2やパッチ・アダムズなど、当時のハリウッド事情に基づいたネタが多いため、今観ると多少の古臭さは否めませんが、映画狂の悪ふざけ映画としては完成度が高く、一見の価値ありです。
セシル・B ザ・シネマ・ウォーズ [DVD]
ジョン・ウォーターズ
エスピーオー
2001-10-05




最新更新日2024/02/01☆☆☆

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SFが読みたい!2023
対象作品である2021年11月1日~2022年10月31日発売の国内SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
SFが読みたい!2023年版
早川書房
2023-02-10



SFが読みたい!国内版 最終予想(2023年1月16日)

1位.プロトコル・オブ・ヒューマニティ(長谷敏司)→2位(実際の順位)※30位まで記載 
2050年。コンテンポラリーダンサーとして将来を嘱望されていた護堂恒明は不慮の事故で右足を失ってしまう。絶望する恒明だったが、義足のダンサーの動画を目にし、欠けているからこそ可能な表現に思い至る。AI搭載の義足を装着した彼はロボットと人間による新たなダンスの形を模索していき…。
片足を失ったダンサーがAIの義足を調教する過程と、舞踏家として尊敬していた父が認知症によって変わっていく過程が並行して描かれており、人間性とはなにかという問題について深く考えさせられる作りになっています。物語としても心揺さぶられる場面が多く、特にラストのダンスシーンは感動的。
プロトコル・オブ・ヒューマニティ
長谷 敏司
早川書房
2022-10-18


2位.アグレッサーズ 戦闘妖精・雪風 (神林長平 )→10位
FAF特殊戦は、ロンバート大佐の裏切りによってジャムはすでに地球への侵入を果たしていると結論づけ、ジャムに対抗すべくアグレッ サー部隊を新設する。一方、ジャムとの戦いを終えてフェアリィ星に帰還した雪風は新たな戦いに備えて地球連合軍の戦闘機との模擬戦に参加することになるが…。
雪風シリーズ第4弾。巻を重ねるごとに思弁的になり、難解さを増していった本シリーズですが、今回はアクション中心で読みやすくなっています。キャラの掛け合いも楽しく、ぐっとエンタメよりになった印象です。一方で、認識論を中心としたSF要素も健在。硬軟バランスのとれた傑作です。
アグレッサーズ 戦闘妖精・雪風
神林 長平
早川書房
2022-04-20


3位.法治の獣(春暮康一 )→1位
人間のような高い知性を持っているようには見えないのに秩序を乱した者は罰せられるという法が存在するが如く振る舞う草食獣が異星で発見される表題作、人類の干渉によって巨大な知性体に劇的な変化が訪れるさまを描いた「主観者」、知性とは何かを問う「箱舟は荒野をわたる」の全3篇収録。
科学的テーマについて正面から挑んだ王道的なハードSFであり、説得力のあるロジックに知的好奇心が刺激されます。たとえば、異星生物の謎を徹底的な理詰めで解明していく表題作などは良質な推理小説を読んでいるようでワクワクします。ただ、物語的にやや盛り上がりが欠けるのが難といえば難。
法治の獣 (ハヤカワ文庫JA)
春暮 康一
早川書房
2022-04-20


4位.日々のきのこ(高原英理)→ランク外
体表共生粘菌によって形成された擬羽を利用して1年に1度だけ空を飛べるのを楽しみにしている男、袋状のきのこの中で暮らしている特殊漫画家、”遠延とおのぶ菌”という役職を持つ菌検査官など、宇宙から飛来して地球を覆い尽くさんとしている盈眩菌と共生する人々の姿を描いた短篇を3作収録。
人々がきのこ化していくという点で『マタンゴ』を彷彿とさせますが、本作にあの映画のような悲惨さはなく、全編が不思議な安らぎに包まれています。たとえば、きのこ温泉などはとても気持ちが良さそうですし、巨大きのこの森でのきのこ人間の生活はユーモラスで読んでいて楽しくなってきます。
日々のきのこ
高原英理
河出書房新社
2021-12-22


5位.獣たちの海(上田早夕里)→6位
自分の片割れと出会えない海上民がはぐれ魚舟の迷舟との交流によって心の穴を埋めていく「迷舟」、自分の片割れと出会えない魚舟が激しい空腹感と共に獣舟に変貌していく表題作、年老いた海上民が迷い込んできた新人類のルーシィと共に死出の旅に出る『老人と人魚』など、全4篇の中短編を収録。
陸地の大部分が水没した25世紀を舞台にしたオーシャンクロニクルシリーズの第5弾。緻密に構築された世界観に基づく儚くも美しい物語は相変わらず魅力的です。特に、読後もの悲しい余韻が残る『老人と人魚」と、切ないながらも人ならざるものが認識する世界の描写が興味深い表題作が秀逸。
獣たちの海 (ハヤカワ文庫JA)
上田 早夕里
早川書房
2022-02-16


6位.まず牛を球とします。(柞刈湯葉 )→7位
牛を殺さずに牛肉を食べるために食肉工場で培養肉を造り始める表題作、田中が犯罪者の代名詞となった近未来を舞台にミステリ漫画を巡る悲喜こもごもを描いた「犯罪者には田中が多い」、不発に終わった広島原爆の処理にアメリカ人科学者が派遣される「沈黙のリトルボーイ」など、全14編収録。
表題作は牛肉培養の物語が突如ファーストコンタクトものにシフトしていく展開に驚どろかされ、SF要素のない「犯罪者には田中が多い」もその発想とよどみのない語り口に引き込まれていきます。その他の作品も傑作揃い。奇抜なアイディアを最大限に活かし切った第一級のSF短編集です。
まず牛を球とします。
柞刈湯葉
河出書房新社
2022-07-21


7位.地図と拳(小川哲)→4位 
参謀本部からロシア軍の動向を探るようにとの命を受けた高木は通訳として帯同した細川と共に満州へ渡る。さらに、ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ、叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空、幻の島を求めて海を渡った須野。彼ら行く先に待ち受けるものは?
本作では半世紀における満州興亡史が描かれていますが、膨大な数の登場人物による群像劇の要素に加え、史実の中に異能力などのファンタジー要素を織り交ぜいるにも関わらず物語として全く破綻していない点に驚かされます。イマジネーション豊かに描き上げたマジックリアリズム小説の傑作です。
地図と拳 (集英社文芸単行本)
小川哲
集英社
2022-06-24


8位.神々の歩法 (宮澤伊織)→12位
超新星の爆発で地球まで吹き飛ばされた高次元生命体は人間に憑依し、北京上空に姿を見せる。そして、破壊と殺戮を繰り返し、大都市を壊滅させてしまうのだった。2030年。廃墟と化した北京に米軍サイボーグ部隊の精鋭12名が突入する。神の如き力を持つエフゲニー・ウルマノフを倒すために....。
ウルトラマンなどの特撮ヒーローの影響が色濃くみられる連作SFアクションです。それに加え、ダンスのような動きで高次元空間に干渉して攻撃を行う歩法というアクションが本作ならではのオリジナリティとなっています。イロモノっぽくてライトなタッチながらもディーテールに凝った力作です。
神々の歩法 (創元日本SF叢書)
宮澤 伊織
東京創元社
2022-06-30


9位.サーキット・スイッチャー(安野貴博)→27位
完全な自動運転車が普及した2029年の日本。その立役者でもあるサイモン・テクノロジーズ社の代表・坂本義晴は、自動運転車の車内で襲撃され、そのまま拘束される。犯人は動画配信で「坂本は人殺しだ」と宣言し、車に爆弾を仕掛けたことを告げたうえで中央環状線の封鎖を要求するが....。
正確なテクノロジー描写と現代社会についての見識の深さに裏打ちされた、リアリティ満点の近未来SFサスペンスです。読みやすさも抜群でこの手のテーマに興味のある人は読んで損はないでしょう。ただ、登場人物が没個性的でこれといった魅力に乏しいため、小説として印象に残りにくいのが難。
サーキット・スイッチャー
安野 貴博
早川書房
2022-01-19


10位.AI法廷のハッカー弁護士(竹田人造)→21位
裁判の効率化と低コスト化を目指して日本でAI裁判官が導入される。公平で正確な判決がウリだが、弁護士の機島雄弁はAIの穴ついて強引に勝訴をもぎとっていた。だが、そのやり口に不満を持つ依頼人にハッカー弁護士としての秘密を知られ、彼は依頼人の意に沿った弁護を余儀なくされる...。
4篇からなる連作SFミステリ。AI裁判官から無罪を勝ち取るくだりはエンジニアである著者の知識が存分に生かされていて読み応えがあります。また、登場人物のキャラも立ちまくりでエンタメとしても申し分なしです。ただ、法廷ミステリなのにサイバー戦メインなのは好みの分かれるところ。
AI法廷のハッカー弁護士
竹田 人造
早川書房
2022-05-24


11位.大日本帝国の銀河 (林譲治)→25位
1940年に宇宙から飛来したオリオン集団と名乗る異星人は日本を始めとする各国に接触し、次第にその影響力を強めていく。だが、価値観の異なる彼らの真の目的は不明のままだ。戦後、オリオン集団は世界中から優秀な人材を集めて独自の教育を施していくが、そのことが人類社会に大きな軋轢を生み...。
全5巻の4巻までは異星人との邂逅がもたらす世界大戦への影響が描かれており、まるで仮想戦記のようです。それが最終巻において『幼年期の終わりに』を彷彿させるハードSFへと変容していく物語は、ファーストコンタクトものとして非常に読み応えがあります。ただ。最後が駆け足な分、物足りなさも。


12位.爆発物処理班の遭遇したスピン(佐藤究)→19位
鹿児島の小学校に爆破予告の電話があり、実際に爆弾らしき不審物が発見される。爆発物処理班の駒沢と宇原がその処理にあたるが、巧妙なトラップに引っ掛かってしまう。爆発が起き、駒沢が大けがを負うなか、今度は繁華街にあるホテルの酸素カプセルに爆弾を仕掛けたという新たな連絡が....。
爆弾魔と爆発処理犯との息詰まる対決を描いたサスペンス小説と見せかけておいて、突然ハードSFの世界に移行する表題作がインパクト大です。収録作8篇のうち、他にSFだといえるのは続く「ジェリーウォーカー」ぐらいですが、奇想に富んだ作品群はみなSFに通じるテイストを含んでいます。
爆発物処理班の遭遇したスピン
佐藤究
講談社
2022-06-28


13位.新しい世界を生きるための14のSF(伴名練・編)→5位
社会の発展に伴い冬眠する者が減っていく熊社会を描いた「冬眠世代」、徳川光圀の命によって行われた和歌の研究が算術長屋を生みだす「大江戸しんぐらりてい」、巨大な蜘蛛の巣によって覆い尽くされた古都・京都の焼却が決定される「無脊椎動物の想像力と創造性について」など全14編収録。
SF作家としてキャリアの浅い作家のみの作品を集めたアンソロジー。新しい才能から生まれたバラエティ豊かな作品が楽しめ、なかでも「点対」「無脊椎動物の想像力と創造性について」「夜警」などが秀逸な作品として挙げられます。ただ、アンソロジーとしては統一性がなくてやや散漫な印象も。


14位.ifの世界線 改変歴史SFアンソロジー (石川 宗生、宮内悠介、小川一水 、斜線堂有紀、伴名練)→11位
ピーガーというSNSが存在していた1965年の日本で世界初の炎上事件が起きる宮内悠介「パニック――一九六五年のSNS」、和歌を詠訳している平安時代において詠語はできないながらも歌人としては一流である式子内親王の前に一人の女房が現れる斜線堂有紀「一一六二年のlovin' life」など全5篇収録。
どの作品も大胆な発想に驚かされますが、なかでも、処刑を2万回以上やり直し続けるジャンヌ・ダルクの心の変化を綴っていく伴名練の「二〇〇〇一周目のジャンヌ」が圧巻です。また、ドキュメンタリー風の語り口で大嘘に説得力を持たせた「パニック――一九六五年のSNS」も読み応えあり。


15位.ループ・オブ・ザ・コード (荻堂顕)→20位
疫病禍後の世界。WEO(世界生存機関)に所属するアルフォンソは、かつての独裁国家・イグノラビムスへと派遣される。その地では200名以上の子供が原因不明の発作に起こしており、彼はその現地調査を命じられたのだ。しかも、かつての独裁国家を抹消へと追い込んだ生物兵器が何者かに強奪され...。
ポストコロナと敗戦後のイラクを彷彿とさせる近未来SFです。とはいえ、SF的ガジェットは控えめでどちらかといえば、国際政治の問題点や民族のアイデンティティなどについて掘り下げていく思弁的な物語に仕上がっています。サスペンス性も申し分なしですが、一本調子でメリハリに欠ける面も。
ループ・オブ・ザ・コード
荻堂顕
新潮社
2022-08-31


16位.星霊の艦隊(山口優)→ランク外
人型AIである星霊の一部勢力は自分たちを人類より優れた知性体だと考え、人類滅亡を国是とするアルヴヘイム党律圏の樹立。人類との全面戦争に突入する。一方、人類と星霊の共存を国是とするアメノヤマト帝律圏に属するユウリは配偶官の星霊アルフリー デと共に宇宙戦争に身を投じていくが....。
『星界の紋章』を彷彿とさせるスペースオペラですが、性別が未分化のユウリを中心とした百合的嗜好が強い点に独自性があります。また、宇宙航行や宇宙戦争における独自理論が満載でハードSFとしても魅力的であい、巻末の用語集や設定集がSF好きの心をくすぐります。続刊の発表も期待したいところ。
星霊の艦隊 1 (ハヤカワ文庫JA)
山口 優
早川書房
2022-08-17
星霊の艦隊3 (ハヤカワ文庫JA)
山口 優
早川書房
2022-10-18


17位.ベストSF2021( 大森望・編)→ランク外 
クランツマンなる人物が提唱した信仰理論を証明する実験手順を詳細に記した『クランツマンの秘仏』、少女を救うために魔術医が魔女と激闘を繰り広げる『馬鹿な奴から死んでいく』、集客力の高いアイドルは不老の力を得ることができる『全てのアイドルが老いない世界』など、全11編収録。
2020年に発表された国内SFから単行本収録・未収録関係なくベストSFの名に恥じない作品を選出したアンソロジー。その中にあって圧倒的な面白さを誇るのが『全てのアイドルが老いない世界』。アイドルを伝奇SF的に解釈することにより、ドタバタ劇を交えた実に楽しい作品に仕上がっています。


18位.ベストSF2022(編:大森 望/作:酉島伝法、津原泰水、伴名練etc)→24位
もふもふとしたふとんのような生物・膚団(ふとん)が人々の睡眠生活を激変させる「もふとん」、奇妙な生き物を巡る騒動を少年時代の思い出として語る「或ルチュパカブラ」、伝染病によって家畜の飼育が禁止された近未来の台湾である兄弟の兄が子豚に変身してしまう「神の豚」など、全10篇収録。
2021年に発表されたSF短編の傑作を集めたアンソロジーですが、なかでも人間の三大欲求の一つである睡眠を材にとり、膚団の気持ち良さと不気味さを描き上げた「もふとん」が印象的、また、現代と大正を生きる少女たちが時代を越えて文通を行う「百年文通」も爽やかな読後感を味わえる傑作です。


19位.愚かな薔薇(恩田陸 )→23位  
伯父夫婦に育てられた奈智は14歳の夏、長期キャンプに参加する。キャンプの目的は星々の世界を旅する虚ろの舟乗りを育成することにあった。虚ろの舟乗りになると不老となり、心臓に杭を打ち込まない限り死なないという。だが、代償として他人の血を飲まねばならず、奈智はその行為を嫌悪するが...。
本作は、宇宙旅行と吸血鬼という異色の組み合わせを、ノスタルジー・伝奇ホラー・少女の成長といった恩田作品の定番要素でまとめた点に独自性があります。地球脱出計画というスケールの大きなSFの割に物語はこじんまりとしているものの、血切りや木霊といった独特の世界観が魅力的な秀作です。
愚かな薔薇
恩田陸
徳間書店
2021-12-23


20位.工作艦明石の孤独 (林譲治)→ランク外 
ワープ航法の実用化により、人類はに多くの星系を植民地としていく。ところが、セラエノ星系で突如地球圏とのワープが不能できなくなり、約150万人の星系市民が孤立する。星系政府首相のアーシマ・ジャライは工作艦明石の艦長に事態究明を命じるが、他の艦もそれぞれの思惑で動き始め..。
スペースオペラでおなじみのワープ航法ですが、それが突如使用できなくなるとどういった事態になるかという視点に目新しさがあります。最初を謎を提示してそれを解明していく展開は王道的ハードSFとして読み応えありです。ファーストコンタクトの要素も盛り込まれている点も興味深い。


21位.2084年のSF(日本SF作家クラブ・編)→14位 
バーチャル空間に引き籠っていた男が誘拐された事件を老刑事が追う「タイスケヒトリソラノナカ」、睡眠時間を1時間に短縮できる技術が普及した社会の行く末を描いた「目覚めよ、撤廃」、感情制御を自在にできる技術が確立した世界で男の変死事件が発生する「情動の棺」など、全23篇収録。
オーウェルの『1984年』にちなみ、2084年の世界を描いた近未来SFアンソロジーです。1話30ページ程度と、ボリューム的には物足りなさを感じるかもしれませんが、その代わり、豪華絢爛な執筆陣による多彩な切り口を楽しむことができますし、アンソロジーとしての読み応えも申し分ありません。
2084年のSF (ハヤカワ文庫JA)
日本SF作家クラブ編
早川書房
2022-05-24


22位.残月記 (小田雅久仁 )→3位 
独裁政権下の日本で月昂という感染症に冒されて強制隔離の憂き目にあった男が数奇な運命をたどる表題作、月の裏側を見た教授が自分によく似た男と入れ替わったことに気付く『そして月がふりかえる』、叔母の遺品の月景石を枕の下に敷いて眠った女性が月世界に行く『月景石』の3篇収録。
月にまつわる3つの物語はどれも静謐な文章で紡がれ、芳醇なイマジネーションに満ちています。特に、ディストピアの世界観を丹念に構築し、そのディテールの上に切ない愛の物語を描き出した表題作が秀逸。他の2篇の出来も素晴らしく、それぞれ異なる魅力があります。まさに珠玉の作品集です。
残月記
小田雅久仁
双葉社
2021-11-18


23位.ツインスター・サイクロン・ランナウェイ 2(小川一水)→ランク外 
辺境のガス惑星では夫婦で船を操り、宇宙漁を行うのが習わしだ。しかし、テラとダイは女同士のペアを結成し、様々な困難を乗り越えていくうちに互いを想い合う恋仲になっていく。そんな折、ダイが故郷のゲンドウなる人物に誘拐されてしまう。テラはダイを奪還すべく、彼女の故郷に向かうが...。
世界観が掘り下げられ、全氏族を巻き込んだ陰謀が進められるなど、話のスケールは前作より確実にアップしています。しかし、最大の見所はやはり宇宙漁と百合描写です。高エネルギープラズマを昇るニシキゴイの捕獲シーンが熱く、より甘さの増したイチャイチャシーンにニヤニヤが止まりません。


24位.スター・シェイカー(人間 六度 )→16位 
テレポート能力者が多数を占め、テレポートが免許制になった近未来。事故で能力を失った赤川勇虎は麻薬密売組織から逃亡中の少女・ナクサと出会う。その組織は違法テレポートによって彼女に密輸をやらせていたのだ。勇虎は共に逃亡を続ける内に超越的な能力に目覚め、驚くべき秘密に触れるが...。
第9回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞。テレポートが免許制になった近未来設定が目新しく、テレポートを応用した能力バトルもアイディア満載で楽しめます。また、後半はスケールの大きなハードSFとしても読みごたえありです。ただ、少々詰め込み過ぎで、ラノベっぽい文章が鼻につくのは難。
スター・シェイカー
人間 六度
早川書房
2022-01-19


25位.はじまりの町がはじまらない (夏海公司 )→ランク外 
MMORPGのNPCにすぎなかった町長や毒舌秘書官は突如自我に目覚め、自分たちの町がひどく歪なものだという事実に気付かされる。しかも、間もなくサービスが終了することを告知する声がどこからか聞こえてるのだ。世界の分かりが近いことを察知した2人はなんとかそれを食い止めようとあうるが...。
MMORPGの世界をNPCの視点から描いた作品で、ゲーム世界ならではの現象をうまく物語に絡めているのが楽しい。特に、敵対勢力の大軍勢に対抗すべく考案された裏技戦術がユニークです。また、町長と秘書官のキャラもいい味出しています。ただ、終盤の展開は強引すぎる感じがなきにもあらずです。


26位.Genesis この光が落ちないように (宮澤伊織、水見稜、空木春宵etc)→ランク外 
仏教思想に基づくスペースオペラ「天駆せよ法勝寺[長編版]序章 応信せよ尊勝寺」、情報人格と化した40代の女性が20代女性の体を借りて学生時代の友人に会いに行く「風になるにはまだ」、着る服がすべてスコアで表示される社会で自分らしさを問う「さよならも言えない」など、全6編収録。
アンソロジー第5弾にして最終号。バラエティに富んだ作品が並びますが、なかでも百合とディストピアSFを組み合わせて切ないラストを際立たせた「さよならも言えない」が秀逸。また、普段あまり気にすることのない生身の体から伝わる感覚を臨場感豊かに描いた「風になるにはまだ」も読み応えあり。
Genesis この光が落ちないように
宮澤 伊織ほか
東京創元社
2022-09-30


27位.クロノス・ジョウンターの黎明(梶尾真治)→27位
1986年。若き技術者・仁科克男はレストランの主人からある自主製作映画を見せてもらう。そこに映る女性・清水杏子に惹かれるも、彼女は撮影直後に事故で亡くなったという。時間移動装置・クロノスの研究に携わることになった克男は、これを使えば彼女を事故から救えるのではないかと考えるが…。
◆◆◆◆◆◆
タイムマシン・クロノス・ジョウンターを巡るSFロマンス『クロノス・ジョウンターの伝説』の前日譚。80年代を生きる仁科克男と60年代を生きる青井秋星が共に一人の女性を救おうとする物語はノスタルジックなSFとして読み応えがあります。同時に、時間SFとしての仕掛けも秀逸です。
クロノス・ジョウンターの黎明
梶尾真治
徳間書店
2022-10-15


28位.眼球達磨式(澤大知)→ランク外 
男はある日、勤め先のデパートで開催された従業員向け特売にてリモコンで移動する小型カメラ・アイを入手する。のぞきなどに使用されたために販売中止になった代物だ。男はアイでの動画撮影に夢中になるが、やがてアイは彼の制御を離れ、奇妙な動物たちと行動をともにするようになり..。
58回文藝賞受賞作品。一種の不条理小説であり、次々と起きる奇妙な出来事に引き込まれていきます。しかも、一見意味不明なジーンも最後は伏線としてきちんと回収されるのが見事です。作者の巧み語り口には稀有な才能を感じますが、それだけに、20代半ばで早逝した事実が残念でなりません。
眼球達磨式
澤大知
河出書房新社
2022-03-11


29位.香君(上橋菜穂子)→ランク外 
ウマール人は痩せた地でも育つオアレ稲を用いて帝国を築き上げた。そして、香りで万象を知るという活神・香君の庇護の得て帝国は発展を続ける。だか、ある時、バッタの群れによる被害が発生する。一方、帝都を訪れた少女・アイシャは並外れた嗅覚を活かし、オアレ稲の謎に迫っていくが…。
舞台は架空の世界ですが、風土や文化風習などが詳細に描かれているためにまるで実在した古代文明の記述を読んでいるような錯覚に陥ります。そして、そのうえで語られる謎めいた物語が魅力的です。最新の科学的知見もたっぷり盛り込まれており、農業ファンタジーとして読み応えがあります。
香君 上 西から来た少女 (文春e-book)
上橋 菜穂子
文藝春秋
2022-03-24


30位.化物園(恒川光太郎 )→ランク外 
スリルを求めて空き巣を繰り返していた羽矢子がケンヨウという人喰いの化け物を追っている老人と出くわす「猫どろぼう猫」、田舎の屋敷にお手伝いさんとして住み込みで働くことになったたえが優雅でどこか淫靡な生活を目のあたりにする「風のない夕暮れ、狐たちと」など、全7篇収録。
圧倒的な力を持つ化け物を中心に添えた摩訶不思議な物語が紡がれていく短編集です。昏く重苦しいトーンの作品が多いため、読後感はモヤモヤとするかもしれません。しかし、その一方で、退廃的な美に彩られたイマジネーションの豊かさには引き込まれるものがあります。幻想ホラーの佳品です。
化物園
恒川光太郎
中央公論新社
2022-05-23



その他注目作29

31.ドラゴンズ・タン(宇佐美 まこと)
今から2000年以上の前の中国大陸。世界を滅ぼしたいという男の妄執によって邪悪な生命体・竜舌が誕生する。竜舌は涸れ井戸に潜みつつも、さまざまな姿に変化しては漢、唐、明と中国の歴史のなかで暗躍を続けていった。一方、その邪悪な力に対抗するべく2人の男女が輪廻転生を繰り返し....。
長きにわたる光と闇の戦いを描いたダークファンタジー。物語は全5章からなり、章を追うごとに深まっていく世界観に引き込まれていきます。古代中国を舞台にした前半はとっつきにくさがありますが、話が進むにつれて面白さが増してきます。ただ、最後の舞台が現代日本なのは少々違和感も。
ドラゴンズ・タン
宇佐美 まこと
新潮社
2022-09-15


32.信仰 (村田沙耶香 )
65歳で数値化される生存率がなにより重要視される近未来の日本で主人公が野人になる決意をする「生存」、購入した自分のクローン4体と共同生活を始める「書かなかった小説」、1 億年近く宇宙をさ迷い続けて1体のロボットだけが残された星にたどり着く「最後の展覧会」など、全8篇収録。
本作は6編の短編小説と2篇のエッセイからなる作品集です。このうち圧倒的に面白いのは人が宗教を求める心理に迫る表題作ですが、これはSFではありません。とはいえ、SF色が強い他の作品も著者ならではの発想が印象深い良作です。ただ、1作辺りのページ数が少ないのでその辺は物足りないかも。
信仰 (文春e-book)
村田 沙耶香
文藝春秋
2022-06-08


33.ペンギンのバタフライ(中山智幸)
昔好きだったミュージシャンの事故に巻き込まれて死んだ妻を取り戻すために坂を逆走して時間を遡る『さかさまさか』、台風の夜に訪れた病院で死別した父と再会する『バオバブの夜』、2年後の未来から彼女のメールが届き、やっかいな願い事をされる『ゲイルズバーグ、春』など全5篇収録の連作集。
ちょっと不思議な話を集めた短編集ですが、一つ一つの発想が素晴らしく、SFとしても読み応えがあります。しかも、それぞれのエピソードに小さな繋がりを持たせることで世界が繋がっていことを読者に実感させ、連作集としての面白さも付加しています。ほっこりする読後感も素晴らしい傑作です。
ペンギンのバタフライ (PHP文芸文庫)
中山 智幸
PHP研究所
2021-11-16


34.無邪気な神々の無慈悲なたわむれ(七尾 与史)
辻村夫妻は瑠偉を養子に迎えた一周年記念として、リゾート地の児宝島に向かう。途中、隕石の墜落で立ち往生していた鶴見夫妻とも知り合い、一緒に島に上陸する。だが、その島には無邪気な笑顔を浮かべる子供たちがいるだけで大人の姿がなかった。やがて、彼らは無惨な大人の死体を見つけ...。
1976年のスペイン映画『ザ・チャイルド』を彷彿とさせる作品。あの映画もそうでしたが、子供たちが笑顔を浮かべながら大人を襲う描写はかなりの恐さです。原因がわからないのは好みの分かれるところですが、そのことによってより不気味さが増しています。なにより容赦のない展開が強烈です。
無邪気な神々の無慈悲なたわむれ
七尾 与史
二見書房
2022-01-21


35.コーリング・ユー(永原皓)
海洋研究所に国際バイオ企業かよからの依頼が舞い込む。環境改善の切り札となりうる微生物を収めたキャニスターをシャチを訓練して海底から回収してほしいというのだ。セブンという名の仔シャチの訓練を始めた研究員のイーサンは、セブンが他の生物とコミュニケーショ可能なことに気付くが...。
第34回小説すばる新人賞受賞作。物語は人間視点とシャチ視点の各パートが平行して語られていくのですが、最初大きな隔たりがあった両者の認識が次第に縮まり、やがて、種を超えた固い絆で結ばれていくのが大きな読みどころとなっています。巧みな構成が光る海洋冒険ファンタジーの傑作です。
コーリング・ユー (集英社文庫)
永原 皓
集英社
2024-02-20


36.この恋が壊れるまで夏が終わらない (杉井 光)
高校生の柚木啓太は時を12間遡ることができる能力者。彼は図書委員の純香先輩に恋心を抱いていたが、彼女は夏休みの最終日に無惨な死体となって発見される。純香先輩の死を回避すべく、同じ1日を遡り続ける啓太。その中で、彼は今まで知らなかった先輩の一面とある秘密を知ることになるが...。
基本設定は西澤保彦の『七回死んだ男』を彷彿とさせます。ただ、本作の場合、本題に入るまでの前ふりが長ので、SFミステリを期待していた人は冗長だと感じるかもしれません。しかし、タイムリープを繰り返す後半は怒涛の展開で一気に引き込まれます。何よりほろ苦い青春物語として秀逸です。


37.僕が君の名前を呼ぶから (乙野 四方字 )
パラレルワールドの存在が明らかになり、人々がそれらの世界の間で微妙に揺れ動いていることが実証された時代。虚質科学を研究する母と専業主夫の父とともに暮らす今留栞は、中学2年の夏休みに鬼隠しにあった少年について調べているという青年・内海進矢というと出会うが....。
『僕が愛したすべての君へ』及び『君を愛したひとりの僕へ』に続くシリーズ第3弾で、栞の両親が離婚しないifの世界が描かれています。本作単体でも楽しむことは可能ですが、一部意味不明な部分があるかもしれません。3作セットで読むことで並行世界SFとしてより深い感銘を味わえる野心作です。
僕が君の名前を呼ぶから (ハヤカワ文庫JA)
乙野 四方字
早川書房
2022-08-10


38.不可視の網(林譲治)
AI制御の監視カメラを張り巡らせた姫田市。仕事を求めてその町にやってきた船田信和は職業斡旋アプリの紹介で廃屋の解体作業を行う。そして、他にも大量の空き家があることに気付いた彼はその一つを自分の住処とする。しかし、自治会を名乗る人々が現れて、家を使うなら仲間になれといわれ...。
バラバラ殺人事件というミステリ要素を絡めながら来るべき監視社会がどのようなものかを描き出した近未来SFです。監視社会といっても政治的妥協によって全てを監視できるわけではないのがリアルですし、設計思想の盲点によってAIが犯人を認識できない点などはSFとしても読み応えがあります。
不可視の網 (光文社文庫)
林譲治
光文社
2022-04-12


39.月光組曲(間埜 心響)
大手石材会社の東京本社でキャリアを積んでいた佐伯俊夫は、突如月ノ石町支社への異動を言い渡される。その地には月待池という池があり、呪われた赤いトパーズの伝説があった。それを知った佐伯は事業で計画中の記念碑に赤いトパーズを使用したいという衝動に駆られ、月待池へと向かうが...。
SF、ミステリー、怪異譚とさまざまな要素が入り乱れた作品であり、特に官能的でミステリアスな幻想世界の描写に引き込まれました。また、作品全体に伏線が張り巡らされており、謎解きの面白さも堪能することができます。夢と現の狭間を行き来するような感覚が味わえる儚くも美しい物語です。
月光組曲
間埜 心響
幻冬舎
2022-09-02


40.おもいでマシン(梶尾真治 )
島の子供たちが正月を捕まえようとする「正月を捕まえる」、山小屋の主人から登山道で出会った若い女性たちは幽霊だと告げられる「鬼童岳の霧女」、取引先に言いにくいことを代弁してくれる「こんなお仕事」、亡母を想う娘たちに小さな奇跡が起きる「母の日のできごと」など、全40篇収録。
1話数分で読めるショートショート集ですが、どれもオチが綺麗に決まっており、隙間時間での読書に最適です。ジャンルもホラーからユーモア・感動系とバラエティに富んでいます。なかでも、わずか5ページで味わい深い物語が満喫できる「忘れな草お姉さん」とラストの「ママのくるま」が秀逸。
おもいでマシン (新潮文庫)
梶尾 真治
新潮社
2022-05-30


41.月の王(馳星周)
世界大戦前夜。フランス人と駆け落ちした華族令嬢・一条綾子が上海を訪れるとの報が入り、陸軍特務機関所属の伊那雄一郎は各国の特務機関に先んじて彼女を確保せよとの密命を受ける。その際、皇室から派遣された大神明なる男とコンビを組まされるが、彼は人間離れした能力を有しており....。
大神明という名前や彼の正体からもわかるように本作は明らかにウルフガイシリーズのオマージュです。著者ならではのバイオレンスシーンが満載でテンポも良く、伝奇アクションとしての読み応えは申し分ありません。ただ、『不夜城』などの著者の代表作と比べると作風がライトすぎる気も....。
月の王 (角川書店単行本)
馳 星周
KADOKAWA
2022-04-04


42.チェレンコフの眠り(一條次郎 )
マフィアのボスに飼われていたヒョウアザラシのヒョーは、邸宅に踏み込んだ武装警官に飼い主を撃ち殺され、一人ぼっちになってしまう。食料も尽き、空腹に苛まれる彼の前に現れたのは血だらけのボスだった。飼い主の亡霊に促されたヒョーは荒廃した町へと向かい、そこで様々な体験をするが....。
環境汚染が今以上に進んだ世界を描いた寓話風の物語。作品のトーンは暗く沈んでいますが、主役のヒョーの愛らしさのおかげであまり重くならずにすんでいます。また、オウムガイや三葉虫が出てくる海鮮食堂など、不条理な舞台での冒険譚には不思議な魅力があります。独特の感性に彩られた傑作です。
チェレンコフの眠り
一條次郎
新潮社
2022-02-18


43.皇女アルスルと角の王(鈴森琴)
獣でありながら強大な力を持ち、第五合衆大陸の人外を束ねている六災の王。一方、彼らを駆除を理念とする第五系人帝国にはアルレスという姫がいたが、才に恵まれず周囲からはがっかり姫と呼ばれていた。しかも、舞踏会で父が殺され、現場にいた彼女は皇帝殺しの濡れ衣を着せられてしまい...。
著者のデビュー作・忘却城シリーズと同一世界の物語であり、人間と人外の関係性をはじめとして精緻に作り込まれた世界観が魅力的。同時に、人外との交流を通じてのアルレスの成長物語としても読み応えがあります。また、巨大な犬が重要な役割を果たしているので犬好きな人にもおすすめです。
皇女アルスルと角の王 (創元推理文庫)
鈴森 琴
東京創元社
2022-06-13


44.あの子とQ(万城目学)
嵐野弓子は現代社会に生きる吸血鬼。ある日、Qと名乗る怪物が現れ、17歳になるまで彼女が血を吸わないか監視しにきたという。ところが、友人たちと海に遊びにいったおり、バスが事故にあい、一人の男の子が瀕死の重傷を負ってしまう。彼を救うには血を吸って同族にするしかないのだが.....。
吸血鬼だけど今時の女の子でもある女子高生が主人公の冒険活劇。青洲ストーリーの中にモンスターたちが違和感なく溶け込んでおり、気軽に楽しめるエンタメ小説に仕上がっています。親友のヨッちゃんを始めとしてキャラも魅力的。ただ、少々ご都合主義で、クライマックスもあっさりしすぎかも。
あの子とQ
万城目学
新潮社
2022-08-18


45.おとぎカンパニー モンスター編(田丸雅智)
ペガサスによる競馬が開催される『天翔ける』、小学生の少年が夏休みの自由研究としてマンドリルの成長を記録することになる『マンさん』、施設で暮らす気難しい老人のためにペット用のスライムをプレゼントする『銀の相方』、膝に溜まった水の中に龍が棲みつく『膝の神社』など、全10篇収録。
狼男、吸血鬼、フランケンシュタインなどといったおなじみの西洋モンスターたちを現代的に再解釈し、ユーモラスに描いた短編集。ブラックなオチの『Wolf』から意外な結末が感動を呼ぶ『銀の相方』までバラエティに富んだ作品が並んでいますが、いずれもサクッと読め、気軽に楽しめます。
おとぎカンパニー モンスター編
田丸 雅智
光文社
2021-12-21


46.漆黒の慕情 (芦花公園)
塾講師の片山敏彦は芸能人すら足元に及ばない美貌の持ち主であり、常に周囲から注目を集めていた。だが、一カ月ほど前から感じるね粘つくような視線は明らかに異質のものだった。やがて、異様な現象とともに塾生や同僚にまで危害が及ぶに至り、彼は心霊案件を扱う佐々木事務所を訪ねるが...。
佐々木事務所シリーズ第2弾。前作同様冒頭から胸糞悪い展開が続き、主人公を始めとしたキャラのこわれっぷりは好みが分かれるものの、後半からの怒涛の展開には引き込まれます。ラストが衝撃的。


47.めぐみの家には、小人がいる。(滝 川さり)
小学校教師の美咲は転校生のめぐみがいじめられているのを知りながら、その問題を解決できずにいた。せめて心のケアをと思い、彼女と交換日記を始めるが、めぐみは徐々に、無数の目を持つ小人の群れの存在を示唆するようになる。群集恐怖症を抱える美咲にとってそれは恐怖の対象でしかなく...。
ファンタジーな小人に昆虫の無機質さと繁殖能力を加味したモンスターが印象的で、それを群集恐怖症である主人公の視点で語らせることによっておぞましさを増幅させることに成功しています。ただ、小学校での陰湿な人間関係がより不快なため、モンスターの恐怖を相対的に減退させている面も。


48.屍介護(三浦晴海)
看護師から介護業界に転職した栗谷茜は破格の条件につられて山奥の屋敷に出向き、ヘルパーとして住み込みで働くことになる。しかし、介護の対象である寝たきりの婦人は頭から黒い袋を被せられてぴくりとも動かない。これは死体ではないのかという疑念を押し殺して職務を続ける茜だったが....。
人里離れた館というホラー小説定番の舞台ながら、終始不穏な空気を漂わせてじわじわと恐怖が忍びよってくるプロセスが秀逸です。ただ、結構淡々とした展開なのでもっと派手な盛り上がりを期待した人は肩すかしを覚えるかもしれません。じっくりと恐怖を味わいたい人におすすめの佳品です。
屍介護 (角川ホラー文庫)
三浦 晴海
KADOKAWA
2022-06-10


49.とらすの子 芦花公園  | 2022/7/29
オカルト雑誌のライター・鈴木美羽は都内で続発する無差別殺人の真相を知っているという少女に出会う。彼女の話によると絶世の美女・マレ様が主催する「とらすの会」で許せない人物の名を挙げると翌日には死体となっているというのだ。しかも、少女は美羽の前で血肉を撒き散らして死亡し...。
構成の上手さが光る作品で、弱者の恨みを晴らす存在のおぞましい正体が語り手を変えながら徐々に明らかになっていく展開にぐいぐいと引き込まれていきます。ただ、ラストのオチがやや弱いかも。
とらすの子
芦花公園
東京創元社
2022-07-29


50.拝み屋念珠怪談 奈落の女 (郷内心瞳)
かつての相談客・裕木真希乃が独自に収集し、拝み屋・郷内のもとへ持ち込んだ200話にも及ぶ実録怪談。突如校庭に現れる生首、遊びに誘いにくる死んだはず子供。写真に写り込む巨大な女などなど。それらを読み進めるうちに郷内は異なる怪談に繰り返し登場する不気味な女の存在に気付くが...。
『拝み屋念珠怪談 緋色の女 』の続編。短い怪談が淡々と繰り返される展開は少々冗長ながらも、曖昧模糊としていた念珠怪談の正体が徐々に明らかになっていく展開はぞくぞくとする怖さがあります。こうした語り口のうまさは流石です。なおこのエピソードは本巻では完結せず、次巻へと続きます。


51.アナベル・リイ(小池真理子)
1978年。バーでアルバイトしていた悦子は舞台女優の卵である千佳代と出会い、意気投合する。その後、千佳代はライターの飯沼と交際を始めるが、入籍間もなく原因不明の病であっけなく亡くなってしまう。それからというもの悦子の周辺では千佳代の幽霊が出現し、周囲の人間が死に始め....。
女同士の友情や男性への恋心が綴られる前半は全くホラーっぽくありません。一方、じわじわと恐怖が増していく後半からの展開はさすがの上手さです。地味ながら語り口の上手さで読ませる佳品。
アナベル・リイ (角川書店単行本)
小池 真理子
KADOKAWA
2022-07-29


52.夜半獣(花村萬月)
省悟は上槇ノ原という不思議な郷に迷い込む。その地でどこか変だが愛くるしい住人と暮らしているうちに彼は郷にとってなくてはならない存在になっていく。ある日、省悟は上槇ノ原と下槇ノ原の抗争に巻き込まれるが、その際、圧倒的な夜半獣の力を得て、村民から慕われるようになり...。
著者が自分の見た夢をベースに書いた作品。それを話し言葉で表現することで夢独自の茫洋とした雰囲気を醸し出しています。一方、内容自体は暴力とエロティシズムに満ちたいつもの花村ワールドなので著者のファンなら問題なく楽しめるはずです。ただ、それ以外の人はかなり好みが分かれるかも。
夜半獣 (文芸書)
花村萬月
徳間書店
2021-11-27


53.世界が青くなったら(武田 綾乃)
仲内佳奈が朝目を覚ますとスマートフォンのLINEから恋人である坂橋亮の名前が消えていた。それどこ7か、亮のマンションに行っても彼はいない。留守ではなく、最初からそんな人間はいなかったというのだ。友達も彼の名前を知らないという。一体、この世界に何が起きたというのだろうか?
連作形式の恋愛ファンタジー。恋人の行方を追うメインストーリーと並行して奇跡を起こす店を訪れる客のエピソードが語られていきます。別れた人とパラレルワールドで再会する各エピソードにほろりとさせられ、佳奈と亮の物語の結末も哀しくはあるものの、前向きで感動的です。
世界が青くなったら (文春e-book)
武田 綾乃
文藝春秋
2022-03-07


54.前夜祭 (針谷卓史 )
文化祭を前日に控えた緋摺木高校では教員たちが深夜まで残って準備を進めていた。ところが、チャイムが鳴り続けたり、謎の放送が流れたりとおかしなことが起き始める。そして、ついには忽然と姿を消した教師がバラバラ死体となって発見される。恐怖にかられた教員たちは職員室に立て籠もるが......。
教員パートと生徒パートの2部構成のホラーで、特に前半の教員パートが秀逸。謎を散りばめながら予測不可能な展開をみせる物語が実にスリリングです。ただ、後半も一定の面白さはキープしているものの、謎めいた展開がなくなり普通のホラーになってしまったのがいささか物足りなくはありあります。
前夜祭 (二見ホラー×ミステリ文庫)
針谷 卓史
二見書房
2022-03-01


55.よって件のごとし 三島屋変調百物語八之続(宮部みゆき )
袋物屋の三島屋では聞き手が一人しかいないうえに聞いた話は門外不出という風変わりな百物語を行っていた。その百物語もしばらく休みととなり、休止前の最後の語り手は商人風の老人と目の見えない彼の妻。老人はかつて彼の暮らしていた村で起きたひとでなしにまつわる顛末を語り始めるが...。
中編を3篇収録した三島シリーズ第8弾。怪談話として語り口が巧みで、読んでいると思わず鳥肌が立ってきます。同時に、人情ものとしてもよく出来ており、良質な読後感を味わうことができます。


56.営繕かるかや怪異譚 その参(小野不由美)
長年嫁いびりを受けていた女性が姑の死後にも彼女の罵詈雑言が聞こえ続ける『火焔』、孤独な女性がドールハウスの人形で理想の家族を作り込んでいたところ歪みが生じて異変が起きる『歪む家』、河口近くの建っている家の庭に水難による溺死体が靄と共にやってくる『骸の浜』など、全6篇収録。
シリーズ第3弾。今回は幽霊よりも鬼姑や毒親など生前の人物描写に強烈なものが多く、怖いというよりも不快さが先に立ってしまう点が好みが分かれるところ。一方で、リアルな人間ドラマを絡めながら、そこから生じた怪異をいかにして回避するかという一種の謎解きものとしてはは読み応えあり。
営繕かるかや怪異譚 その参
小野 不由美
KADOKAWA
2022-08-26


57.死神の絵の具 「僕」が愛した色彩と黒猫の選択(長谷川馨 )
ひとつだけ好きなものを受け取る代わりに死者を冥府へと送り届ける死神。その一人である僕は魂の最も美しい部分をもらいうけ、それを絵具にして絵を描いていた。その日は67歳の男性を看取りに日本のアパートの一室を訪れる。いまわの際の男性は津波で妻を失った大震災の話を始めるが....。
第8回ネット小説大賞。親しみやすい語り口が秀逸で絵の具になぞらえた魂の物語に引き込まれていきます。キャラも魅力的で特に、主人公と相棒で口の悪い黒猫チャールズとの信頼関係が最高です。途中ちょっと急ぎ過ぎな感はあるものの、切なくも感度的なラストにはグッとくるものがあります。


58.ホーンテッド・キャンパス だんだんおうちが遠くなる (櫛木理宇)
クリスマスの騒動から数日が過ぎ、今年もあとわずか。八神森司はアパートで孤独な年越しを送ろうとしていたが、依頼が入った雪大オカ研から招集がかかる。依頼主はタレント占い師として有名な如月妃映こと蒔苗紀枝。しかも、彼女の悩みは「いつも自宅で自分が死んでいる」という異様なものだった。
短篇が3本収録されたシリーズ19弾。壮大な設定が垣間見えた前作に対し、今回はこじんまりとした話に戻っていますが、閉鎖的な人間関係の中での虐待や負の連鎖を絡めたホラー描写は安定の恐さです。一方、森司とこよみの中学生のような恋愛模様は微笑ましく、そのギャップも魅力となっています。





59.ホーンテッド・キャンパス オシラサマの里 (櫛木理宇 )
オカ研部長は地元の名家・黒沼家の本家長男だが、その分家にあたる白葉家は神社を営んでいる。部長はそこで行われる33年に一度の儀式を見守るために山深い白良馬村を訪れる。一方、失踪した父を探してほしいとの依頼を受けたオカ研のメンバーも手掛かりを求めて白良馬村に向かうことに...。
シリーズ第20弾。今回は日本神話が絡んだ物語ですが、全体的にはホラー色は薄めです。複雑に絡み合った謎を解きほぐしていくプロセスが面白く、どりらかといえばミステリ寄りの作品だといえます。オカルトミステリとして良くできている一方で、同シリーズの短編と比べると冗長な面も。


チェック漏れ作品

旅書簡集 ゆきあってしあさって (高山羽酉島伝法、倉田タカシ)
→8位
3人の作家がそれぞれ旅に出る。高山 羽根子は闇に包まれた足元の暑い国に赴いて城塞都市から巨大な超高層ショッピングモールへと至る。酉島伝法は泥まみれの町に行って軟禁虫に集られる。倉田タカシは廃飛行機で作られた都市から巨大動物を屠る村へ。3人はその旅の様子を互い書簡で伝えるが...。
架空の旅の様子をネット上に書簡形式で綴っていくという企画の架空旅行書簡集です。不穏さに満ちた幻想的な旅の様子は豊潤なイマジネーションに満ちており、虚実の入り混じった描写が臨場感を高めています。末尾に添えられたスケ根子 、ッチや写真もイメージの具現化に一役買っており、魅力的。
旅書簡集 ゆきあってしあさって
倉田 タカシ
東京創元社
2022-01-27


ゴジラ S.P <シンギュラポイント>(円城塔)→9位
千葉県逃尾市に一匹の怪鳥が飛来する。お祭りのアトラクションに用意されたロボット・ジェットジャガーとの交戦の末に絶命したその怪鳥はラドンと名付けられた。その後、逃尾市周辺ではラドンの死骸が相次いで発見されるようになる。そして、紅い霧とともに現れたラドンの群れが逃尾市を襲い…。
同タイトルのテレビアニメを、シリーズ構成を務めた著者によって小説にしたものです。難解だとの声が多かったアニメ版を補完する役割も果たしており、怪獣の生態や心情がよく分かるつくりになっています。ただ、小説版は小説版で難解なのでアニメを観た後に小説を読むのがベストです。


SFする思考: 荒巻義雄評論集成(荒巻義雄)→13位
構造主義や現象論といった思想をSFというツールを用いて論じる。「日本戦後SFの思想的背景」「SFとフーコ」「ロラン・バルト/神話とSFの関係」「デリダはSFに馴染む」、「筒井康隆・著『ベトナム観光公社』他一二項目」「『浴槽で発見された日記』(スタニスワフ・レム・著)他五七項目」など。
第43回日本SF大賞受賞作品。哲学マニアの著者が同人誌を含めて60年間紡ぎ続けてきたSFと現代思想のハイブリッド評論集です。目次を見るといかにも難解そうで敬遠したくなりますが、有名なSF作家やSF作品を例に挙げつつ説明していくため、SFファンにとっては興味深い内容となっています。
SFする思考: 荒巻義雄評論集成
荒巻義雄
小鳥遊書房
2021-11-25


百年文通(伴名 練、 けーしん)→15位
小櫛一琉は読者モデルの撮影で訪れた古い屋敷で、引き出しに入れたものを100年前に送り届ける不思議な机を見つける。その机を通して一琉は大正時代を生きる少女・日向静と知り合い、文通を始めることになった。心を通わせていく2人だったが、運命を狂わせる大事件が迫りつつあった。
コミック百合姫に掲載されていた小説の書籍化作品です。2人の文通から醸し出される百合的な雰囲気が素晴らしく、ディテールに凝った大正時代の描写も相俟って思わず引き込まれていきます。なにより、2人の交流が歴史に思わぬ影響を与えていくダイナミックな展開がSF小説として見事です。
百年文通
伴名 練
一迅社
2022-04-20


SFマンガ傑作選(福井健太・編)→17位
ロボット博物館で眠りについていたアトムがロボットに支配された未来で人間の若者から助けを求められる「アトムの最後」、美女に唆された貧乏な青年が全国民のすべての過去が記憶されているコンピューターを破壊しようとする「ヤマビコ13号」など、全14編収録。
70年代の作品を中心に、諸星大二郎「生物都市」や萩尾望都「ふしぎ玉」などといったSF漫画の名作をずらりと並べたアンソロジーです。さすがに、どの作品も超一級の面白さで、その発想の豊かさには驚かされます鉄腕アトムの意外な最終回などはなかなに衝撃的
SFマンガ傑作選 (創元SF文庫)
東京創元社
2021-11-29


いかに終わるか: 山野浩一発掘小説集(山野浩一)→18位
治安の悪化に伴って人の死に無感動になった時代に火星基地へ赴いた宇宙飛行士が地球が死滅へ向かっている原因を聞かされる「死滅世代」、鼠や油虫の異常発生によって都市が機能を失った世界で海辺の村で育った青年が廃虚になった都市に足を踏み入れる「都市は滅亡せず」など全20編収録。
1960年代の英米で起きたニューウェーヴSF運動の影響を受けつつも、オリジナリティの高い作品群を発表し続けた著者の作品集。なかでも、破滅SFの形をとりながらそれに抗う人々といった王道展開を排除し、諦観にも似た虚無の世界が描かれる「死滅世代」と「都市は滅亡せず」が印象的です。
いかに終わるか: 山野浩一発掘小説集
山野浩一
小鳥遊書房
2022-01-20


性差事変: 平成のポップ・カルチャーとフェミニズ(小谷真理)→22位
少女性の象徴とでもいうべきアリスに始まり、テレビアニメ『少女革命ウテナ』、少女漫画『風と木の詩』、映画『御法度』、ファンタジー小説『精霊の守り人』、SF小説『新世界より』などなど。さまざまなテキストを用いて現代社会における欲望の形とジェンダーの問題に切り込んでいく評論集。
本作は、SFやファンタジー系作品の批評集であり、同時に優れたフェミニズ論としても成立している点に独自性があります。SF&ファンタジーならではの性の多様性に言及しつつ、それを現実の性の問題へと還元していく切り口が刺激的です。SFについて考えるうえでも多くの示唆に富んでいます。


SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡 (井上彼方・編)→26位
人類滅亡後の地球でエイリアンが猟笛を拾う「その笛みだりに吹くべからず」、キツネが生きたまま襟巻きになる「擬狐偽故」、兵士が二足歩行ロボットを庇って死んだようにみえる謎を描いた「リトル・アーカイブス」、突然、相手の言葉が理解できなくなってしまう「バベル」など、全25編収録。
10ページ程度のショートショートを集めたアンソロジー。新人・若手の作品を中心に組んだだけあって荒削りな作品が目立つものの、新しい才能と出会う面白さがあります。なかでも、川柳とホラーを組み合わせた「跳ねた血が」と、焚書によるデストピアの世界を描いた「火と火と火」が鮮烈。


ギークに銃はいらない(斧田小夜)→29位
ネットでやりたい放題のハッカー・ギークに憧れるカリフォルニアの冴えない高校生が学校のシステムに侵入した際に意外な事実を知ることになる表題作、家族と元恋人に関するトラウマが原因で不眠症に陥った男が入眠デバイスのIn:Dreamを利用する「眠れぬ夜のバックファイア」など、全4編収録。
「眠れぬ夜のバックファイア」で第3回ゲンロンSF新人賞優秀賞を受賞し、破滅派とと呼ばれる新鋭作家の作品集です。どの作品も瑞々しい感性によって忘れ難い印象を残す力作ですが、なかでも、ファンタジー小説的な展開からSFに着してみせる連編「春を負う」「冬を牽く」が素晴らしい。
ギークに銃はいらない
斧田小夜
破滅派
2022-06-20


ハヤカワ文庫JA総解説1500(早川書房編集部)→30位
日本SF屈指の名作『果しなき流れの果に』から、単独作者による最長シリーズのギネス記録を持つ『グイーンサーガ』、ショートショート集の名品『午後の恐竜』、人気シリーズの『戦闘妖精雪風』や『星界の紋章』、さらには超問題作のアンソロジー『異常論文』まで。全1500冊の解説を収録。
日本人作家のSFレベールとしてスタートし、日本人作家全般を扱うようになったレベールの47年間の軌跡を一望出来る解説集。既読作品の解説を読んで思い出に浸るもよし、未読の作品をチェックするもよし。SF好きの人にはもちろん国内ミステリーが好きな人にも必読の書となっています。
ハヤカワ文庫JA総解説1500
早川書房
2022-02-10



2023年2月15日追記
予想結果
ベスト5→5作品中2作的中
ベスト10→10作品中6作的中
ベスト20→20作品中11作的中
ベスト30→30作品中20作的中
順位完全一致→30作品中0作品

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Previous⇒SFが読みたい!2022年版 国内ベスト20予想




2023SFが読みたい国内

最新更新日2024/01/24☆☆☆

Next⇒SFが読みたい!2024年版海外ベスト30予想
Previous⇒SFが読みたい!2022年版 海外ベスト20予想

SFが読みたい!2023
対象作品である2021年11月1日~2022年10月31日発売の海外SF&ファンタジー作品の中からベスト30の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします
SFが読みたい!2023年版
早川書房
2023-02-10



SFが読みたい!海外版版 最終予想(2023年1月15日)

1位.プロジェクト・ヘイル・メアリー (アンディ・ウィアー)→1位(実際の順位)※30位まで記載 
科学者のグレースは宇宙船の中で目覚め、他のクルーがすでに死亡しているのを発見する。彼は長期睡眠の弊害で当初自分の名前すら思い出せない有様だったが、身の回りの世話をしてくれるロボットアームに支えられながら徐々に自分の任務を思い出す。それは滅亡の危機に瀕した地球を救うことで...。
突如太陽光が弱くなって滅亡の危機に瀕した人類を救うべく、主人公が奮戦する物語です。主人公の閃きによって難題をクリアしていくという基本路線は『火星の人』と同じながらも、スケールの大きさが違います。宇宙生物の登場と考察はハードSFとしてわくわくしますし、終盤の展開も感動的です。
プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
アンディ ウィアー
早川書房
2021-12-16


2位.老神介護(劉慈欣)→25位
かつて人類を生みだしたという知的種族が宇宙船で来訪して文明としての老齢期に達した自分たちの介護を要求する表題作、破滅的な貧富の差などによって他の星の文明が袋小路に嵌っていくさまを浮き彫りにしていく『扶養人類』、恐竜が文明を築いた世界を描いた『白亜紀往時』など、全5篇収録。
ぶっとんだ発想の作品が多く収録されており、特に、神を自称する宇宙人たちを介護する表題作はブラックユーモアがたっぷりで抱腹絶倒の面白さ。また、恐竜文明と蟻文明の相互関係を描いた『白亜紀往時』もバカバカしいながらもSF的な面白さに満ちています。取っつきやすくSF入門編にもピッタリ。
老神介護 (角川文庫)
古市 雅子
KADOKAWA
2024-01-23


3位.流浪地球(劉慈欣)→21位
太陽の大爆発から逃れるためにエンジンを取り付けた地球で太陽系脱出を目指す表題作、地球を旅立った探査船が2万5千年ぶりに戻ってみると遺伝子改造によって人類が極小サイズになっていた『ミクロ紀元』、直径5万キロメートルの宇宙船が地球を丸のみにしようとする『吞食者』など全6編収録。
壮大なスケールの作品が目立つ短編集であり、その辺りはさすが三体シリーズの作者だけのことはあります。特に、空前絶後の脱出劇を描いた表題作はロマン溢れる傑作です。また、コンピューターウイルスによる破滅をドタバタコメディとして描いた『呪い5.0』は筒井康隆を彷彿とさせる怪作。
流浪地球 (角川文庫)
古市 雅子
KADOKAWA
2024-01-23


4位.異常【アノマリー】 (エルヴェ ル・テリエ)→4位
ニューヨークに向けて降下を始めたエールフランス006便は突如異常な乱気流に巻き込まれるもなんとか無事に着陸する。弁護士、殺し屋、売れない作家といった乗客たちもそれぞれの人生を歩み始める。ところが、ある日、彼らの前に諜報機関の人間が現れ、驚くべき事実を告げるのだった...。
2020年ゴンクール賞受賞作品。分身をテーマにしたSF作品であると同時にそうした異常事態を前にして人はどのような行動をとるのかを鋭い分析を交えて描いた学作品でもあります。最初は登場人物が多くて覚えるのが大変ですが、SF色が強くなると同時に話が動き出す後半は一気読みの面白さです。
異常【アノマリー】
エルヴェ ル テリエ
早川書房
2022-02-02


5位.血を分けた子ども(オクテイヴィア・E・バトラー)→5位
ある役割と引き換えに、強大な力と高い知能で地上を支配する節足動物・トルクの庇護を受ける人類の姿を描いた表題作、人々が言語を失って荒廃した世界で愛が育まれる「話す音」、降臨した神から人類救済の使命を託された女性を巡る物語「マーサ記」など、7編の小説と2編のエッセイを収録。
本作の著者はSF作家としては珍しいアフリカ系アメリカ人の女性で、それ故か民族性を感じさせる独自の世界観が魅力となっています。なかでも、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞の三冠に輝いた表題作のインパクトはかなりのものです。また、語り口巧みな「マーサ」なども見逃せません。
血を分けた子ども
オクテイヴィア・E・バトラー
河出書房新社
2022-09-09


6位.いずれすべては海の中に(サラ・ピンスカー)→2位
右腕を失った男が脳と連動して動かせる義手を装着したところ自分が道路だという認識に囚われる「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」、女たちが夢の中で赤ん坊を宿して現実世界にも影響を及ぼす「そしてわれらは暗闇の中」、終末の世に富裕層が豪華船で海をさすらう表題作など、全13篇収録。
『新しい時代への歌』でネビュラ賞を受賞して注目を集めた著者の処女短編集。収録作は終末もの、SFミステリ、ノスタルジー系といった具合にバラエティに富んでいますが、いずれも独創的な発想の物語を詩的な文章で謳いあげた傑作揃いです。ただ、SF的興味は薄めなのでその点は好みが分かれるかも。
いずれすべては海の中に (竹書房文庫)
サラ・ピンスカー
竹書房
2022-05-31


7位.NSA(アンドレアス・エシュバッハ )→6位
1930年代のドイツですでにネットが普及している世界。国家保安局NSAはその技術を活かしてすべてのデータを監視・保存していた。プログラマのヘレーネは脱走兵の恋人を匿うためにNSAのデータを改変する。一方、女性に恨みを持つアナリストのレトケはNSAのデータを利用し、仕返しをしていくが...。
ユダヤ人や裏切り者をあぶり出すためにネットを活用するなど、ナチスに現代技術を持たせるとどうなるかが臨場感豊かに描かれています。一方で、特権階級の登場人物がその立場を悪用しようとして深みにはまっていくプロセスもスリリング。衝撃的なラストも含め、読み応え満点のデストピアSFです
NSA 上 (ハヤカワ文庫SF)
アンドレアス エシュバッハ
早川書房
2022-01-06


8位.疫神記 (チャック・ウェンディグ )→27位
15歳の少女に端を発した奇病。その症状はひたすら行進を続け、それを妨害すると高熱を出して激しく痙攣するというものだった。バイオテロ説や陰謀説など、さまざまな憶測が飛び交うなか、調査団が結成されるも手掛かりすら掴めない。しかも、致死性の高い真菌ウイルスまで感染拡大を始め…。
1400ページを超えるパンデミックSFの大作であると同時にAI、ナノマシン、時間SFなどの要素を内包させた一大エンタメ小説です。上巻は破滅へと至る道筋をじっくりと描き、下巻からは怒濤の展開によって読者を引き込んでいきます。ワシントン・ポスト紙が年間ベストに選んだのも納得の大傑作です。
疫神記 上 (竹書房文庫)
チャック・ウェンディグ
竹書房
2022-05-26


9位.平和という名の廃墟(アーカディ・マーティーン)→21位
採鉱ステーション・ルスエルの新任大使マヒートは銀河を支配するテイクスカラアン帝国の皇位継承権争いに巻き込まれながらも難局を乗り切り、休暇のためにルスエルへ帰還する。そこで元文化案内人のリードと再会する。彼女は未知のエイリアンとの交渉を行うべく最前線に向かうというが...。
前作『帝国という名の記憶』と共にヒューゴ賞を受賞している傑作です。今回は言語が通じないうえに発生する音声が人体に有害など、最悪の相手とのファーストコンタクトが描かれ、そこから始まる手探りの外交努力が政治SFとして非常に読み応えがあります。そして、その末に至るドラマが感動的。
平和という名の廃墟 上 帝国という名の記憶 (ハヤカワ文庫SF)
アーカディ マーティーン
早川書房
2022-10-18


10位.円 劉慈欣短篇集(劉慈欣)→3位
十万桁の円周率を求めよとの始皇帝の命を実現すべく300万の軍隊による人間計算機を考案する表題作、炭鉱の石炭を燃やして液化する実験が災厄を呼ぶ『地火』、麻薬密輸のために驚くべき方法を用いる「鯨歌」、漢詩に魅せられた異星生物が壮大なプロジェクトを立ち上げる『詩雲』など全13篇収録。
『三体』の著者だけあり、奇想天外な発想に基づく壮大なスケールの作品がずらりと並んでいます。たとえば、『2000年代海外SF傑作選』に収録済の『地火』は善意が引き起こした大災厄の容赦のなさに固唾を飲みますし、『詩雲』における美しいラストシーンを実現するための力業にも驚かされます。
円 劉慈欣短篇集 (ハヤカワ文庫SF)
劉 慈欣
早川書房
2023-03-07


11位.ロボットには尻尾がない (ヘンリー・カットナー)→7位
酔っぱらったときだけ卓越した天才ぶりを発揮するギャラガー博士は、シラフに戻ると目の前の珍妙な発明品がなんの目的で創り上げたのかがさっぱりわからなくなってしまう。そして、そのことが原因でさまざまな騒動を引き起こすのだった。そんなある日、自宅の庭から次々と死体が出現するが......。
1940年代に発表された5篇収録の短編集です。古典ながらもそのぶっ飛んだ展開には思わず笑ってしまいます。特に、あまりに奇天烈な主人公の発明品がインパクト満点で、それに振り回されるのが他ならぬ主人公自身だというのもユニークです。ブラックな味付けのドタバタコメディとして秀逸。
12位.ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日(キース・トーマス)→ランク外
2023年。天文学者のダリア博士により銀河の彼方から発信されれている信号の存在が明らかになる。異星人の存在を示すものとして人々は内容の解読を試みるが、それはDNAのハッキングコードだった。結果、脳を変質させられた人類の多くは死滅するも、生き残った人々は新たな能力を手に入れ....。
2028年に刊行されたノンフィクションという体で進行していくファーストコンタクトものです。実際に地球外生命体と出会えばこうなるのではないかというリアリティに満ちており、その精緻なプロットに知的好奇心がくすぐられていきます。ただ、物語の盛り上がりや登場人物の魅力に欠けるのが残念。


13位.三体X 観想之宙(宝樹 )→9位
三体文明による太陽系侵略に対抗すべく人類は雲天明の脳を三体人に捕獲させて逆に彼らの情報を得ようという階梯計画を実行に移す。一方、嘘をつけないとことが弱点の三体星人は雲天明を通して嘘という概念を理解しようとする。彼らの実験材料にされた雲天明はさまざまな体験をするが...。
本作は世界的ベストセラーである三体シリーズの舞台裏を描いた同人作品です。作者はプロデビュー前の宝樹であり、三体世界で雲天明がどのように過ごしていたかなどが補完されています。細かい部分で違和感はあるものの、原作に負けないスケールの大きさとSF的考察の深さは読み応えありです。
三体X 観想之宙
宝樹
早川書房
2022-07-06


14位.マゼラン雲(スタニスワフ・レム)→30位
32世紀。人類は太陽系外への進出を試みる。初の恒星間有人探査機であるゲア号が227名の乗組員を乗せて目指すのは地球に最も近い恒星であるケンタウルス座α星だ。宇宙に憧れていた少年はその船に乗ることを決意し、研磨を重ね、見事公募試験に合格する。果たして彼を待ち受けているのとは?
『イカリエ-XB1』のタイトルで映画化もされている1955年の作品。少年の青春譚、宇宙船内での生活や議論、冒険譚という3部構成からなっており、かなり王道的なSF群像劇です。一方で、『ソラリス』のような悲観主義な要素こそないものの、抑制効いた筆致はさすがレム。読み応え満点です。
マゼラン雲(スタニスワフ・レム・コレクション)
スタニスワフ・レム
国書刊行会
2022-04-25


15位.アポロ18号の殺人 (クリス・ハドフィールド)→15位
アポロ17号以降も月面探査が継続されたもう一つの世界。アメリカは軍事目的のためにアポロ18号の打ち上げを計画していた。ところが、打ち上げ一カ月前にヘリの事故でメインパイロットが死亡し、バックアップ要員が代わりを務めることになる。しかも、その事故は人為的なものだと判明し....。
著者がカナダの元宇宙飛行士だけあって宇宙関連の描写は圧倒的なリアリティを誇っています。また、当時の米ソ対立の構図に関してもディテールを丁寧に浮かび上がらせることで緊迫感を持たせることに成功しています。後半には驚きの展開も待っており、歴史改変SFとして文句なしの傑作です。
アポロ18号の殺人 上 (ハヤカワ文庫SF)
クリス ハドフィールド
早川書房
2022-08-03


16位.タワー(ペ・ミョンフン)→19位
50万人もが暮らす674階建ての巨大タワー「ビーンスターク」。そこは独立した国家であり、22階~25階には国防のための軍隊も配備されていた。そんななか、権力について研究している教授が電子タグのついたお酒を上流階級の間で普及させ、それを解析して自国の権力構造を解明しようとするが...。
高層タワーの国家という独創的な発想のもと、変幻自在の作風で楽しませてくれる連作短編です。
同時に、韓国社会の風刺としても秀逸でSF的世界を通して韓国の今を垣間みることができます。なかでも、最初の「東方の三博士──犬入りバージョン」と最後の「シャリーアにかなうもの」が傑作。
タワー
ペ・ミョンフン
河出書房新社
2022-11-04


17位.創られた心: AIロボットSF傑作選 (編:ジョナサン・ストラーン/作:ケン・リュウ、ピーター・ワッツ他)→11位
空港管理の職を追われようとしているAIが復讐を企てる『エンドレス』、女探偵が大富豪の変死の謎を追ううちに邸宅の家事ロボットたちが事件に関係していることを知る『もっと大切なこと』、手違いで宇宙客船の乗客が全員死亡したのを乗務員ロボットが隠蔽しようとする『人形芝居』など全16篇収録。
人工知能がテーマのアンソロジー。ロボット同士の軽妙な掛け合いから劣悪な職場環境が浮き彫りにな『働く種族のための手引き』は独特のユーモアが楽しく、自我に目覚めた衛星探査ロボの思考を映像やデータから推測する『生存本能』はかなりの奇想ぶりといった具合に個性的な傑作が盛り沢山です。
創られた心 AIロボットSF傑作選 (創元SF文庫)
ブルック・ボーランダー
東京創元社
2022-02-10


18位.無情の月 ( メアリ・ロビネット・コワル)→ランク外
巨大隕石激突により北米東海岸が壊滅して十余年。迫りくる気候変動に備えて月也火星への移住計画が進めていくも、カンザス州宇宙港では破壊工作に悩まされていた。しかも工作員は月基地にも潜伏している可能性も出てきたのだ。州知事夫人で宇宙飛行士のニコールは調査のため月に向かうが...!?
SFが読みたい2021で3位を記録したシリーズの第3弾。宇宙開発が本格化するなかでトラブルも増え、危機また危機の連続で手に汗握ります。また、20世紀半ばの技術でいかにして宇宙開発を行うかといったSF的面白さも健在です。一方、今回新しく主人公となったニコールに関しては好き嫌いが別れそう。
無情の月 上 (ハヤカワ文庫SF)
メアリ ロビネット コワル
早川書房
2022-09-14


19位.流浪蒼穹(郝景芳)→ランク外
 22世紀。開発の進む火星では独立の機運が溜まり、ついに地球との間で戦争が起きる。戦いは火星が独立を勝ち取る形で終結を迎えた。それから35年。友好の証として火星の少年少女が使節団として地球に送られる。彼らは5年間を地球で過ごしたのちに帰還するが、どちらの星にも馴染めなくなり....。
2016年に『折りたたみ北京』でヒューゴ賞中編部門を受賞して注目されたを著者のデビュー作『流浪瑪厄斯』及び2012年作の『回到卡戎』を一冊にまとめた長編作品。火星や宇宙戦争といった舞台装置はいかにもSFですが、その中で描かれる群像劇は普遍的な人間ドラマとして非常に読み応えがあります。


20位.極めて私的な超能力(チャン・ガンミョン)→11位
他人の記憶を移植できるようになった世界を描いた「アラスカのアイヒマン」、薬の定期服用によって相手への恋心が持続する「定時に服用してください」、相性を正確に予測するアルゴリズムに悪い結果を告げられたカップルが交際を続けた結果を描き出した「データの時代の愛」など全10篇収録。
韓国作家によるショートショートを含むSF短編集ですが、その作風は多彩で、しかもいずれの作品も高周水準です。技巧が光る「アラスカのアイヒマン」や「あなたは灼熱の星に」などは特に秀逸ですし、超人を決める白熱のバトルが熱い「アスタチン」なども読み応えがあります。全10篇収録。


21位.ファニーフィンガーズ ラファティ・ベスト・コレクション 2( R・A・ラファティ)→15位
鉄からなんでも創り出す少女が成長するにつれて他者との疎外感に苛まれる表題作、消失器を発明した少年が目に付いたものを片っ端から消していく『七日間の恐怖』、不死だとされる小惑星の住人を調査している内に900人の祖母がいるという話に行きあたる『九百人の祖母』など、全20篇収録。
単行本初収録作品4篇を含めたベスト版。一読して忘れ難い強烈な話が揃っており、SFテイストのホラ話として秀逸です。たとえば、凄まじい惨劇をあくまでも軽いタッチで描いた『超絶の虎』などはその典型例でしょう。『九百人のお祖母さん』『寿限無、寿限無』なども著者ならではの名人芸です。


22位.とうもろこし倉の幽霊(R・A・ラファティ)→10位
2人の少年がとうもろこし倉に幽霊が出る噂の真偽を確かめようとする表題作、存在しない13階に小人が棲みつく「王様の靴紐」、奇術師の深層意識に様々な人格が潜む「下に隠れたあの人」、“奇妙な魚"と呼ばれる亜人類の母子の旅路を描く「さあ、恐れなく炎の中へ歩み入ろう」など、全9篇収録。
「九百人のお祖母さん」のような奇想成分は控えめの、シリアス成分の高い短編集です。とはいえ、切り口の鮮やかさや語り口の上手さはやはり一級品で、独特の世界観に引き込まれていきます。なかでも、中編の「さあ、恐れなく炎の中へ歩み入ろう」がスケールの大きな黙示録SFとして秀逸。


23位.われらはレギオン4 驚異のシリンダー世界(デニス・E・テイラー )→ランク外
デルタ星系に戻ってきたボブは、彼のコピーたちが多様化し、オリジナルとはかけ離れた存在になっている事実に愕然とする。気を取り直し、行方不明中のベンダーを探してイータ星系へ向かうが、そこで彼が目にしたのはベンダーの残骸と全長十数億キロに及ぶシリンダー状の超巨大建造物だった。
レギオンシリーズ第4弾ですが、相変わらず壮大なスケールの冒険譚が描かれており、センスオブワンダーに満ちたボブの世界を堪能することが出来ます。ただ、侵略者アザーズとの戦いを軸にした前作までの物語と比べるといささか牧歌的でテンポもゆったりとしている点は好みの分かれるところ。


24位.逃亡テレメトリー: マーダーボット・ダイアリー (マーサ・ウェルズ)→17位
かつて大量殺人の罪を犯して記憶を消されていた人型警備ユニットの弊機は、紆余曲折の末にプリザベーション連合に身を寄せていた。しかし、そのステーション通路で放置された死体を発見する。連合のメンサー博士の意向により、警備局員のインダーと共に捜査を行うことになる弊機だったが...。
中編と短編2作からなるシリーズ第3弾。本作ではインサーとの出会いが描かれており、相変わらず弊機の語りが楽しい。特に、表題作はミステリ要素とアクション要素をほど良く盛り込んだ好編です。


25位.永遠の真夜中の都市 (チャーリー・ジェーン・アンダーズ)→ランク外
片面が常に夜でその裏側は常に昼という過酷な惑星。環境が悪化した地球を逃れ、この星にたどり着いた人類は両面の狭間に位置する黄昏で暮らしながら緩やかに滅びへと向かっていた。一方、愛するビアンカを庇って街から追放されたソフィーは永遠の夜の世界で知性を持つ原住種に救われるが...。
2020年ローカス賞SF長編部門受賞作。移民惑星での暮らしや知的生命体とのファーストコンタクトといったSF的な設定に、若い4人の女性の悩みや成長といったYA的なテイストを織り交ぜた作品です。それぞれの要素が巧みに絡み合い、思いがけない展開へと発展していく様は読み応え満点です。
永遠の真夜中の都市 (創元海外SF叢書 17)
チャーリー・ジェーン・アンダーズ
東京創元社
2022-03-10


26位.未踏の蒼穹 (ジェイムズ・P・ホ−ガン)→ランク外
かつて栄華を誇りながらも滅亡した地球人類。その文明を研究している金星の人々は調査の一環として月にある未踏査施設を訪れていた。そこで目にしたのは地球人が有しているはずのない技術の痕跡だった。そして、次々と発見される不可解な事実。調査隊の一員であるカイアル・リーンがその謎に挑む。
『星を継ぐもの』の著者が29年後の2007年に発表した作品で、設定や展開に共通点が目立ちます。完成度はあの名作と比べるとさすがに見劣りがするものの、ハードSFにおけるセンスオブワンダーはそれなりに楽しむことができます。ただ、話が結構横道にそれるのでそれが冗長だと感じるかもしれません。
未踏の蒼穹 (創元SF文庫)
ジェイムズ・P・ホーガン
東京創元社
2022-01-08


27位.中国女性SF作家アンソロジー-走る赤 (編:武甜静/作:蘇莞雯、郝景芳 etc)→14位
昏睡状態になりながらもオンラインゲームの作業員として働いている女性の意識が消滅の危機に晒されてゲームから脱出するために走り続ける表題作、ガールフレンドと別れて無気力に陥った大学生がギミック満載の家で奇妙な実験を続けている祖母とひと夏を過ごす「祖母の家の夏」など14編収録。 
中国女性SF作家の作品ばかりを集めたアンソロジーですが、その内容は多種多様で飽きません。なかでも緊迫感溢れる展開の表題作と理想の言語とはな何かを問うた「完璧な破れ」が秀逸です。また、幕末の日本に黒船ではなくて異星人が訪れる「木魅」のぶっとんだ発想と独特の日本観も印象的。


28位.ヨーロッパ・イン・オータム (デイヴ・ハッチンソン)→8位
小国の乱立する近未来のヨーロッパ。エストニア人のルディはルーマニアでコックとして働いていたが、ある日、謎の諜報組織からスカウトされる。それ以降、地味なスパイ活動をこなしていくもいくつかの不可解な経験によってヨーロッパの裏で暗躍するもう一つの国の存在を疑うようになり....。
本作は近未来が舞台ではあるものの最初はスケールの小さなスパイ小説のような展開が続き、あまりSFらしくありません。しかし、後半に入ると物語は奇妙な味を増し、幻想譚めいたSF小説として俄然面白くなってきます。巧みな語り口から繰り出されるシニカルなユーモアと奇想に満ちた傑作です。
ヨーロッパ・イン・オータム (竹書房文庫)
デイヴ・ハッチンソン
竹書房
2022-06-30


29位.黄金の人工太陽: 巨大宇宙SF傑作選 (チャーリー・ジェーン・アンダーズ、アリエット・ド・ボダール他)→18位
宇宙に浮かぶ”お広様”に仕える一団に潜入したバディの逃走劇を描いた「時空の一時的困惑」、意に沿わない種の処遇を巡って創造主とその上位の創造主が問答を繰り広げる「晴眼の時計職人」、宇宙の終焉を目前に人類最後の2人が生き残りの道を模索する「目覚めるウロボロス」など、18編収録。
現代のスペースオペラを集めたアンソロジー。かつてパルプ誌に掲載されていた安っぽいそれではなく、SF的趣向を存分に盛り込んだ作品が揃っている点が魅力的です。物語もバラエティ豊かで読み応え十分。ただ、人智を超える存在を説明するのに安易に神を登場させすぎという印象は受けます。
黄金の人工太陽 巨大宇宙SF傑作選 (創元SF文庫)
ダン・アブネット
東京創元社
2022-06-13


30位.男たちを知らない女(クリスティーナ・スウィーニー=ビアード)→ランク外 
救急外来に運び込まれた男は当初ただのインフルエンザだと思われていたが、容態が急変して死亡する。それは男性のみ発症する致死率90%の未知のウイルスだったのだ。多くの男性が死亡し、残された女性たちは愛する人との別れに打ちのめされながらも女性中心の新たな社会秩序を築いていくが...。
パンデミックによって女性中心の社会が実現した世界のその後を描いたフェニミストSFです。物語は複数の女性を主人公に据えたオムニバス形式となっており、さまざまな視点から描かれた物語はなかなかにユニーク。また、社会が女性中心になるとどうなるのかという思考実験としても読み応えありです。
男たちを知らない女 (ハヤカワ文庫SF)
クリスティーナ スウィーニー=ビアード
早川書房
2022-02-02



その他注目作25

31.ヴィリコニウム〜パステル都市の物語(M・ジョン・ハリスン)
→21位
遥か未来。科学文明は失われ、人々は錆の砂漠から発掘した古代の科学技術を頼って生きていた。社会体制は中世レベルまで後退し、2人の女王が覇権を争っている。剣の名手でありながら戦より詩を愛するクロミス卿は帝国を失ったジェーン女王の側つき、帝国の復興に尽力するが.....。
スチームパンクの祖とされ、『風の谷のナウシカ』の元ネタともいわれるダークファンタジーの連作集です。サンリオSF文庫や雑誌収録短編の全面改訳バージョンで中世のような世界に跋扈する殺戮歩行兵器などを始めとする異形の世界に引き込まれます。ゆったりと進む物語にその身を委ねたくなる傑作。
ヴィリコニウム〜パステル都市の物語 (TH Literature Series)
M・ジョン・ハリスン
書苑新社
2021-12-27


32.デスパーク (ガイ・モーパス)
長寿を手に入れた人類は人口爆発の問題に直面し、自らの寿命に制限をかけることを余儀なくされる。いくつか選択肢があるなかで一つのアンドロイドの体を5人の人格で142年間共有することを選択したマイクたち。しかし、寿命の延長を賭けたゲームの最中に一つの人格が忽然と消えてしまい....。
世界観の設定が非常に複雑な作品ですが、それをかみ砕いてテンポ良く描いている点には好感が持てます。また、分裂者と呼ばれる5人を語り手にしたことで物語に深みを持たせると同時に、ミステリとしてのサプライズを際立たせるのにも一役買っています。ただ、後味の悪さは好みの分かれるところ。
デスパーク (ハヤカワ文庫SF)
ガイ モーパス
早川書房
2022-06-22


33.シャーロック・ホームズとシャドウェルの影(ジェイムズ ・ラヴグローヴ)→28位
ある日突然H・P・ラヴクラフトが血縁であることを知らされた作家ラヴグローヴはラヴクラフトが保管していた原稿を託される。それはワトスン博士によって記された、シャーロック・ホームズとクトゥルーの古き神々との戦いの記録だった。広く知られている探偵譚は表の顔に過ぎなかったのだ。
ホームズの物語とクトゥルー神話の世界を違和感なく融合されています。前半はミステリとして進行し、徐々にホラーやファンタジーの要素が加わってくるのですが、語り口はホームズの正典そのものです。一方、クトゥルーらしさも申し分ありません。ただ、その分、展開の意外性は乏しいかも。
シャーロック・ホームズとシャドウェルの影 (ハヤカワ文庫FT)
ジェイムズ ラヴグローヴ
早川書房
2022-08-17


34.最後のライオニ 韓国パンデミックSF小説集(キム・チョヨプ, デュナ)
居住区が廃墟と化した惑星を探索中の主人公が自律機械に監禁されてしまう表題作、水の惑星で人類が陸地の代わりに利用していた巨大生物の群体に伝染病が広がっていく『死んだ鯨から来た人々』、巨大な蚊の群れによってインフルエンザが蔓延する憂鬱な世界を描いた『虫の竜巻』など全6編収録。
単なるパンデミックSFに留まらないバラエティ豊かな作品が揃えられており、特に、鯨に乗って暮らすというビジュアルイメージが素晴らしい『死んだ鯨から来た人々』はイマジネーション豊かな秀作。もちろん、『わたしたちが光の速さで進めないなら』でブレイクした著者の表題作も読み応えありです。
最後のライオニ 韓国パンデミックSF小説集
イ・ジョンサン
河出書房新社
2021-12-24


35.九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション(マルカ・オールダー、フラン・ワイルド、ジャクリーン・コヤナギ、カーティス・C・チェン)
2033年。大地震の混乱に乗じて急襲した中国によって日本は九州と西東京の占領を許してしまう。一方、アメリカは防衛上の観点から東東京を自国の管轄に置き、日本は二大大国に支配される形となる。そんななか、ミヤコ刑事は平和維持軍のエマ中尉とともに次々と起きる怪事件の捜査を行うが...。
日本を舞台にした連作近未来SFですが、海外作品にありがちなニンジャ・ゲイシャ・ハラキリといったとんでも日本ではなく現代日本がリアルに描かれている点に好感が持てます。技術レベルが現代とほぼ同じなのでSFとしての面白さは希薄な一方、ドローンを駆使しての攻防は読み応えがありです。


36.最後の宇宙飛行士(デイヴィッド・ウェリントン)
火星有人飛行の失敗から宇宙開発が停滞して20年。通常ではありえない軌道を描きながら地球に接近する天体が発見される。異星人の宇宙船説も持ち上がるなか、NASAは急遽、探査ミッションを始動する。唯一有人宇宙探査の経験を持つサリーが率いる探査船は2Iと名付けられた天体に接近するが...。
いわゆるファーストコンタクトものですが、ホラー仕立てになっており、登場するエイリアンの設定がなかなかにユニークです。ただ、テンポが良い反面、ストーリーはヒネリに乏しくてやや退屈さを覚えます。一級のハードSFを期待すると物足りなさはあるものの、B級ホラーとしてはまずまずの出来。
最後の宇宙飛行士 (ハヤカワ文庫SF)
デイヴィッド ウェリントン
早川書房
2022-05-10


37.静寂の荒野【ウィルダネス】(ダイアン・クック )
近未来のアメリカ。環境汚染が悪化して産廃物の処理に莫大な土地が必要となった結果、人々の居住地は都市部に限定されていった。清浄な空気が失われていくなか、政府は人類が自然の中で環境を破壊せずに生活ができるかの実験を行う。ビーはは5歳の娘・アグネスを守るため、実験に志願するが...。
環境汚染からは逃れたものの過酷な大自然のなかでの生活を余儀なくされた母娘の愛憎劇です。お互いのことを大切に思いながらも価値観の相違からすれ違う2人が人間として成長していく姿を緻密に描き出していきます。同時に、その間にも都市部の環境悪化が示唆される破滅SFとしての側面もあります。
静寂の荒野【ウィルダネス】
ダイアン クック
早川書房
2022-09-02


38.ピラネージ(スザンナ・クラかーク)→25位
ピラネージは広間だけで千はあろうかという巨大な館で暮らしていた。周囲は海で囲まれおり、自分の他にはたまに会話を交わす"もうひとり"がいるのみだった。彼はそこにある自然や創造物とともにある生活に満足していたが、次第に自分が何者でなぜここにいるのかを疑問に思うようになり…。
幻想的な館が非常に魅力的に描かれており、その中を探索する物語にぐいぐいと引き込まれていきます。そして、謎が徐々に明らかになっていく後半からは面白さがさらにパワーアップ。読者の心をわしづかみにしたまま静かな感動へと至るラストへと流れ込んでいきます。幻想冒険小説の傑作です。
ピラネージ
スザンナ・クラーク
東京創元社
2022-04-11


39.ルビーが詰まった脚(ジョーン・エイキン)
獣医から羽根が純金ででた不死鳥とルビーが詰まった義足を押しつけられた旅人の選択を描いた表題作、競売で競り落とした書類箱の中に幽霊犬を見つけて飼い主になる「ハンブルパピー」、上の階に行くことを頑なに拒み続けた少女の行く末を描く「上の階が怖い女の子」など、全10話収録。
奇妙な味の幻想譚を集めた短編集です。いずれの作品もそこに描かれるイメージが鮮烈で思わずトリップしそうになります。なかでも、不条理な幕切れに言葉を失う「ロープの手品を見た男」、ハートフルなファンタジーから急転直下の展開に震え上がる「フィリキンじいさん」などが印象的です。
ルビーが詰まった脚
ジョーン・エイキン
東京創元社
2022-10-19


40.ガラスの顔(フランシス・ハーディング)
地下世界カヴェルで暮らす人々には表情というものがなく、代わりに面(おも)と呼ばれる代用品をまとっていた。そんな世界で唯一表情を持っているのがチーズ作りの親方に拾われた少女・ネヴァフェルだ。好奇心旺盛な彼女はそれが災いしてカヴェル全土を揺るがす陰謀に巻き込まれるが......。
現実と陸続きだった著者の過去作と異なり、本作は完全な架空世界が舞台となっています。そのため、世界観に慣れるまでは読みづらさを感じるかもしれません。しかし、一度慣れてしまうと設定のしっかりした舞台は非常に魅力的ですし、後半からは怒涛の展開が続きます。余韻が残るラストも感動的。
ガラスの顔
フランシス・ハーディング
東京創元社
2021-11-11


41グラーキの黙示(ラムジー・キャンベル )
生活に窮した男が秘書の仕事にありつくためにさまざまな迷信が崇拝されているいわくありげな町を訪れる『ハイ・ストリートの教会』、医師である父が遺した手紙から彼が密かに研究していた得体の知れない魔力が渦巻く小島の存在を知る『島にある石』など、全2巻計21話収録のクトゥルー神話短編集。
著者の作品の中でも特にラブクラフトの影響が強い初期作品を中心に集められており、ラブクラフト作品を論じたエッセイまで収録されているのが嬉しいところ。ちなみに、1巻に収録されているものには10代の作品が含まれていて、その早熟ぶりに驚かされます。一方、完成度の高さでは2巻がおすすめ。
グラーキの黙示1
ラムジー・キャンベル
サウザンブックス社
2022-02-17


42.吸血鬼ハンターたちの読書会(グレイディ・ヘンドリクス)
パトリシアは家事や子育てに忙殺される毎日を送っており、唯一の息抜きは主婦仲間と行っている連続殺人ノンフィクションの読書会だった。ある日、彼女は近所の老婦人がアライグマの死骸を血まみれになってむさぼり食う姿を目撃する。やがて、近所に越してきた男が吸血鬼であることを知り...。
ご近所に吸血鬼が引っ越してくるという設定はキングの名作『呪われた町』を彷彿とさせますが、本作はあれよりもぐっとテンポがよく、エンタメとして楽しみやすい作りになっています。狡猾な吸血鬼と主婦たちの戦いに手に汗握り、同時に今風のシスターフッド小説としもよく出来た好編です。
吸血鬼ハンターたちの読書会
グレイディ ヘンドリクス
早川書房
2022-04-20


43.【閲覧注意】ネットの怖い話 クリーピーパスタ(ミスター・クリーピーパスタ編)
謎めいたモーテルに宿泊した3組の客が不気味な怪物に襲われる「這いずる深紅」、田舎町の人々が続けている奇妙な儀式の顛末を描いた「ハドリー・タウンシップに黄昏が迫るとき」、女性を殺害する目的で家に忍び込んだストーカーが異変に巻き込まれる「殺人者ジェフは時間厳守」、など15編収録。
インターネット上で流行っている都市伝説に材を得た短編ホラー小説を収録したアンソロジー集です。80年代のオムニバス映画『クリープショー』を彷彿とさせるB級ホラー映画のノリが印象的。さほど怖くはない代わりにさまざまなタイプの怪異&モンスターを気軽に楽しむことができます。


44.メキシカン・ゴシック(シルヴィア モレノ=ガルシア)
1950年のメキシコ。大学に通うノエミの元に従姉のカタリーナから手紙が届く。その内容は「夫に毒を盛られ、亡霊に苛まれている」という異様なものだった。事態を確認すべくノエミはカタリーの暮らす片田舎の屋敷に赴くが、そこは閉鎖的な一族と血塗られた歴史に彩られた異様な場所だった…。
英国幻想文学大賞ホラー部門など3賞を受賞。舞台がメキシコという点が目新しいものの、芯の強さを感じさせる現代的なヒロインを除けば中身は極めて王道的なゴシックホラーです。前半はスロー展開ながらも屋敷の不気味な描写が秀逸で、真相が垣間見えてくる中盤から一気に面白くなります。
メキシカン・ゴシック
シルヴィア モレノ=ガルシア
早川書房
2022-04-01


45.呑み込まれた男 (エドワード・ケアリー)
巨大魚に舟ごと呑み込まれたジュゼッペは、その中で見つけた航海日誌を使って自らの半生を綴り始める。木彫りの人形・ピノッキオに命が宿ったこと、その子が学校に行ったきり戻ってこなかったこと、ピノッキオを探して小さな舟で海に乗り出したこと。そして彼の手記はさらに過去へと遡り...。
ピノッキオの創造主たるジュゼッペに焦点を当てたパスティーシュ作品ですが、誰もが知るピノッキオのエピソードにジュゼッペの幼少期を絡めた重層的な語り口、それに舞台の異様さも相俟ってぐいぐいと引き込まれていきます。そして、ラストの素晴らしさ。奇想に満ちたケアリーならではの傑作です。
呑み込まれた男
エドワード・ケアリー
東京創元社
2022-07-12


46.スターメイカー (オラフ・ステープルドン)
英国で暮らす男は丘に登り、突如昏睡状態に陥る。そして、彼の意識は肉体を離れ、時空を軽々と飛び越え、宇宙の彼方へと旅立つのだった。彼は過去から未来を駆け抜け、さまざまな文明や惑星を探索し、独自の進化を遂げた奇妙な人類と出会い、宇宙が存在する意味について思索を深めていくが.....。
哲学者である著者が1937年に発表した古典SFの改訳復刊。クラークやレムなどに深い感銘を与えたというだけあり、その内容は含蓄に富んでます。さまざまな文明が独自の進化を遂げ、やがて滅んでいくところなどは特に考えさせられるものがあります。ただ、かなり読みにくい論文のような文章が難。
スターメイカー (ちくま文庫)
浜口稔
筑摩書房
2022-03-11


47.人類対自然 (エクス・リブリス)(ダイアン・クック)
長年の友が幻だったことを知る表題作、エリート社員たちが会議の最中に怪物の襲撃を受けて逃げ惑う『やつが来る』、特異な生殖能力を有している故に女たちから追い求められる『おたずね者』、配偶者を失って自活できない男女を収容所に入れて奇妙な再教育を施す『前に進む』など12編収録。
奇妙な発想に基づいて構築されてディストピアな世界をほのかなユーモアを交えて描くことで、独自のおかしさと寂しさを醸し出しています。その読後感は唯一無二のものであり、特に、『最後の日々の過ごし方』『人類対自然(表題作)』『やつが来る』といったあたりはその特徴が顕著です。
人類対自然 (エクス・リブリス)
ダイアン・クック
白水社
2022-04-02


48.兎の島(エルビラ・ナバロ) 
川の中州に放った白兎が肉食化して鳥を襲うだけにはとどまらずについには共食いを繰り返すようになってしまう表題作、ある作家が耳から生えてきた肢よって体を乗っ取られる「ストリキニーネ」、ホテルの料理人が宿泊客の夢を次々と見ていく「最上階の部屋」など、全11編を収録。
社会的テーマを織り込みながら現実と非現実の揺らぎを描いたスパニッシュホラー。その旗手として知られる著者の短編を集めた作品集です。派手な展開はないものの、日常の中のちょっとした異常性が積み重ねることによって底冷えのする恐怖を演出しています。なかでも表題作が秀逸です。
兎の島
エルビラ・ナバロ
国書刊行会
2022-10-08


49.ホロヴィッツ ホラー(アンソニー・ホロヴィッツ)
父親がアンティークショップで入手した古いバスタブに入った少女の恐怖体験を描いた『恐怖のバスタブ』、自分が手に入れたカメラが人の命を奪う呪物だと気付いた14歳の少年がカメラを処分しようと家族の元に急ぐ『殺人カメラ』、少年が市場で不思議な猿の耳を買う『猿の耳』など、全9篇収録。
日本ではミステリ作家として有名な著者の児童向けホラー小説を集めた短編集。小中学生対象作品だけに過激な描写はありませんが、ぞくっする恐怖を感じさせてくれる点はさすがの上手さです。
ホロヴィッツ ホラー
アンソニーホロヴィッツ
講談社
2022-10-05


50.終わらない週末(ルマーン・アラム)
一家4人がニューヨークの郊外に借りた別荘で週末を楽しんでいると、家主を名乗る黒人夫婦が避難してくる。彼らの話によるとニューヨークで大停電が起きたというのだ。しかも、テレビは受信できず、ネットや電話も繋がらなくなっていた。状況が掴めないまま、一同は暗中模索を始めるが..。
終末を匂わせながらも何が起こっているのかを明確にしないことで不穏な空気を高めていく手法の文学作品。アメリカ社会を風刺した内容になっているものの、日本人には理解しにくい比喩表現が多くて読みにくいのが難。不明確な結末も好みの分かれるところですが、寓話としてはよくできています。
終わらない週末
ルマーン アラム
早川書房
2022-08-17


51.スカーレットとブラウン あぶないダークヒーロー(ジョナサン・ストラウド)
荒廃した未来のイングランドを歩く無法者の少女・スカーレットは、銀行の金を奪って森に逃げ込み、そこでブラウンという名の少年と出会う。スカーレットはひ弱そうな彼を次の街まで連れていくことにするが、行く手には多くの困難が待ち構えていた。しかも、ブランに謎の追手が迫ってきており......。
文明崩壊後の怪物たちが跋扈する世界を舞台にした冒険譚はステレオタイプながらも読ませます。特に、一匹狼の少女と人懐っこい少年のコンビが魅力的。また、凶悪な怪物や追手からいかにして逃げ切るかという展開にもハラハラドキドキします。続編も決まっているらしいのでそちらも楽しみです。
スカーレットとブラウン あぶないダークヒーロー
ジョナサン・ストラウド
静山社
2021-11-24


52.アディ・ラルーの誰も知らない人生(V・E・シュワブ)
18世紀の初頭、フランスに住むアディは親に強制された結婚から逃れたくて神に祈り続ける。結果、彼女は神と契約し、自由と不老不死の体を得ることになった。だが、その代償として誰の記憶にも残らない孤独な人生を送ることになる。時は過ぎ、2014年のニューヨークでアディはある男性と出会うが...。
ヒロインの過酷な運命の中に数々の恋愛エピソードを散りばめた深みとコクのあるロマンチックファンタジーです。ビターで苦みのあるストーリーや主題が観念的すぎる点は好みの分かれるところですが、七難八苦を乗り越えた末にたどり着く、人生は素晴らしいという境地には大きな感動があります。
アディ・ラルーの誰も知らない人生 上
V・E・シュワブ
早川書房
2022-02-16


53.動物奇譚集(ディーノ・ブッツァーティ)
船上で飼われていたマスコット犬が自分に対する乗組員の態度の変化から不穏な空気を感じ取る『船上の犬の不安』、たった1匹のネズミに企業が翻弄される「恐るべきルチエッタ」、人間とペットの立場が入れ替わった世界を描いた「警官の夢」、自然界が人間に逆襲する「蠅」など、全36編収録。
20世紀のイタリアで活躍し、不条理文学の巨匠として知られる著者の作品群の中から動物をテーマにしたもののみを集めたアンソロジー集です。人間と動物の関係性を風刺を込めて描いたものが多く、そのうえでユーモラスなものから思わずぞっとするものまで多彩な作風を楽しむことが出来ます。
動物奇譚集
ディーノ・ブッツァーティ
東宣出版
2022-03-19


54.魔法使いの失われた週末: (株)魔法製作所(シャンナ・スウェンドソン)
ニューヨークで魔術の開発販売を行っている株式会社MSIの人事部長・ロッドと研究開発部理論魔術課の責任者・オーウェンの大学時代のエピソードを綴った『スペリング・テスト』、オーウェンと彼の養母が素直になれないながらも互いを思いやるさまを描いた表題作など、全4篇を収録。
現代社会を舞台にした魔法ファンタジー・(株)魔法製作所シリーズのスピンオフ短編集です。本篇では描かれなかった登場人物の心情や過去のエピソードが描かれているのでシリーズのファンなら興味深く読むことができるでしょう。ただ、本当に番外編という感じの話なので本篇未読の人には不向きです。


55.ゴルファーズ・キャロル ( ロバート・ベイリー) 
1986年。マスターズが開催されている最中、40歳のランディは自ら命を断とうとしてた。ゴルファーの夢を諦めて幸せな家庭を築いたものの、幼い息子を難病で亡くし、その治療費で借金まみれになっていたのだ。そんな彼の前に親友の幽霊が現れ、4人のヒーローと4つのラウンドを贈るというのだが....。
老弁護士トムが主人公のリーガルサスペンスが日本でも人気の著者によるファンタジー小説。あらすじは失意の主人公の前に伝説のゴルファーたちの幽霊が現れ、人生訓を告げていくというもので、伝説のゴルファーたちの魅力に引き込まれます。ただ、自己啓発本めいた内容は好みの分かれるところ。
ゴルファーズ・キャロル
ロバート・ベイリー
小学館
2021-11-24


チェック漏れ作品

大宇宙の魔女: ノースウェスト・スミス全短編 (C・L・ムーア)
→13位
宇宙の無法者ノースウェスト・スミスは火星の地球人入植地で暴徒に追われていた少女を気まぐれで救うも暴徒たちの顔に嫌悪の表情が浮かぶ「シャンブロウ」、ノースウェストが手に入れた奇妙な模様のショールによって悪夢がもたらされる「真紅の夢」、神の残渣を探す「神々の塵」など全4話収録。
太陽系の星々を旅するアウトローのスミスを主人公に据えたアンチヒーローもの。いずれも1930年代に発表された作品で、70年代には翻訳もされています。本作はその新訳版であり、原作により忠実な翻訳となっています。タイプの異なる魅力的な女性が登場してからのダークな展開が読みどころです。


塩と運命の皇后 (ニー・ヴォ)→19位
聖職者のチーは言葉を話す鳥とともに歴史収集の旅を続けていた。あるときチーは燃える湖のほとりで亡き皇后のもとで侍女を務めていたという老女に出会う。そして、かつて皇后が幽閉されていた屋敷にチーを案内し、そこで思い出の品を手にしながら語り始めるのだった。美しくも残酷な運命の物語を。
収録されている中編2作のうち、表題作は2021年にヒューゴー賞賞中長篇部門を受賞した著者のデビュー作です。アジアンテイストのファンタジー作品であり、断片的なエピソードを積み重ねながら魅力的な世界観を構築していく物語には独自の面白さがあります。ただ、独特の言い回しには読みづらさも。
塩と運命の皇后 (集英社文庫)
ニー・ヴォ
集英社
2022-11-10


不死鳥と鏡 (アヴラム・デイヴィッドスン)→24位
魔術師のヴァージルは地下迷宮を探索中に人頭獅子身の怪物マンティコアに襲われるもトゥーリオという男と、彼が仕える前国王の未亡人・コルネリアに助けられる。彼女はヴァージルに行方不明の娘を探すために必要な魔法の制作を依頼する。材料が入手困難なことから一度は断るヴァージルだったが...。
『あるいは牡蛎でいっぱいの海』の作者が1969年に発表した作品。ヴァージルは古代ローマの時代に詩人として活躍した実在の人物であり、本作は彼にまつわる伝説をもとに描いた幻想ファンタジーです。虚実入り乱れた作りが魅力的な作品ですが、キリスト教の蘊蓄を楽しめるかどうかで評価が分かれそう。
不死鳥と鏡 (論創海外ミステリ 288)
アヴラム・デイヴィッドスン
論創社
2022-10-07


フィッシャーマン 漁り人の伝説 (ジョン・ランガン)→28位
妻を癌で失ったエイブと、交通事故で家族を亡くしたダン。2人は釣りに打ち込むことで孤独と喪失感を紛らわそうとしていた。ある日、2人は新たな釣り場を求めてニューヨーク北部を流れる未知の川に向かう。その途上で彼らはその川にまつわる不思議な話を聞くが...。
2016年ブラム・ストーカー賞受賞。昔話の形で語られる物語はノスタルジーに満ち、そこから浮かび上がる闇の存在にぞっとさせられます。魔術師同士の戦いを描いたダークファンタジーですが、派手さはなく、淡々とした展開の積み重ねに味わい深さがある作品です。



2023年2月15日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中6作的中
ベスト20→20作品中12作的中
ベスト30→30作品中23作的中
順位完全一致→30作品中4作品

Next⇒SFが読みたい!2024年版海外ベスト30予想

最新更新日2022/12/02☆☆☆

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このミス2023
対象作品である2021年10月1日~2022年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします


このミステリーがすごい!国内版最終予想(2022年11月20日)

※※※※※※※※※※※※※※※※※
記載方法は以下のようになっています。
予想順位.タイトル(作者名)このミスの順位(文春の順位 読みたいの順位 本ミスの順位
ただし、「→このミスの順位(文春の順位 読みたいの順位 本ミスの順位 の部分が記載されているのは予想ランキングあるいはこのミスで20位以内のものだけです。
なお、文春、 読みたい、本ミスはそれぞれ「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」「本格ミステリ・ベスト10」の略です。
※※※※※※※※※※※※※※※※※

1位.方舟(夕木春央)→4(文春1位 読みたい6 本ミス2
柊一ら9人は山奥の地下建築物を訪れ、そこで一夜を過ごすことになった。だが、明朝地震が発生し、入口が岩で塞がれてしまう。しかも、地盤から流出した水で水没の危機に見舞われる。そして、起きる殺人。一人が犠牲になれば生還可能な状況のなか、犯人が生贄になるべきだと誰しもが考えるが...。
一週間のタイムリミットのなかで繰り広げられる生き残りを賭けたドラマは緊迫感に満ち、そのうえ、ロジックを駆使したフーダニットミステリとしても一級の作品です。そして何よりラストが衝撃的。
方舟
夕木春央
講談社
2022-09-07


2位.同志少女よ、敵を撃て(逢坂冬馬)→7(文春7位 読みたい2
1942年。モスクワ近郊の農村で暮らすセラフィマはドイツ軍の急襲によって母を殺されてしまう。赤軍の女性士官イリーナに命を救われたセラフィマはドイツ軍への復讐を誓い、狙撃兵になる決意を固める。他の少女たちと厳しい訓練を重ねた彼女はやがてスターリングラードの前線へと向かうが...。
アガサ・クリスティー賞史上ダントツの最高傑作。実在の赤軍女性狙撃兵に材を得た作品ですが、女性たちのキャラが個性豊かに生き生きと描かれています。そのうえで緊迫感溢れる戦闘描写が見事です。
同志少女よ、敵を撃て
逢坂 冬馬
早川書房
2021-11-17


3位.名探偵のいけにえ: 人民教会殺人事件(白井智之)→2(文春2位 読みたい4 本ミス1
探偵・大塒はカルト教団の本拠地であるジョーデンタウンに乗り込む。調査で赴いた助手のりり子が消息を断ってしまったからだ。そこでは病気や怪我が存在しないどころか失われた四肢までもが復活するという。やがて、大塒は複数の不可能犯罪に遭遇する。しかも被害者はみな教団外部の人間で...。
本作は1978年に起きた人民寺院集団自殺事件を題材にしており、カルト集団の村という舞台装置を十全に活用し尽くした多重構造のロジックが見事。150ページに及ぶ推理は圧巻というほかありません。


4位.プリンシパル(長浦京)→5(文春11位 読みたい11
1945年の東京。女学校の教師である綾女は関東最大級の暴力団・水嶽本家の社長代行を務めることになる。社長の父が死に、兄たちは未だ戦地から戻ってきていないからだ。ヤクザ家業を嫌悪していた綾女だったが、GHQや敵対する極道たちへの謀略を重ねるうちに権力と暴力に魅せられていき...。
暴力と謀略が蠢くなか、敵味方の区別もつかないという著者の十八番の展開は手に汗握ります。戦後日本の政治と経済を絡めたクライム小説&女性版ハードボイルドとして圧倒的な面白さです。
プリンシパル
長浦京
新潮社
2022-07-27


5位.
俺ではない炎上(浅倉秋成 )→19(文春9位 読みたい16 本ミス14
山縣泰介はある日突然、殺人犯としてネット上で糾弾される。彼のなりすましアカウントで女子大生殺しの犯行現場がアップされたうえに犯行を仄めかすコメントが添えられていたのだ。全く身に覚えのないことだが同僚も家族も彼を信じてくれない。泰介は逃走を続けながら事件の真相を探っていくが…。
冤罪による逃走という王道サスペンスにSNSの炎上という現代的要素を絡めて極上のミステリーに仕上げていますし、伏線回収によるどんでん返しも見事。ただ、登場人物が不快な点は好みが分かれそう。
俺ではない炎上
浅倉秋成
双葉社
2022-05-19


6位.爆弾(呉勝浩)→1(文春4位 読みたい1
些細な傷害事件で警察に連行された中年男。最初は単なる酔っ払いと軽くみていた刑事たちの顔色が変わる。男が予言した時刻に秋葉原で時限爆弾が爆発したからだ。しかも、男はさらなる予言を口にする。一体爆弾はあといくつ仕掛けられているのか?取調室では犯人と刑事の心理戦が続くが…。
独特の気持ち悪さを漂わせる犯人との攻防は読み応えがあり、サスペンスと意外性に満ちた後半の展開も秀逸。また、群像劇としても抜群の面白さ。ただ、”クイズ”は回りくどく感じる人もいるかも。
爆弾
呉 勝浩
講談社
2022-04-20


7位.リバー(奥田英朗)→9(文春6位 読みたい18
渡良瀬川で若い女性の死体発見との相次ぐ報に群馬及び栃木の両県警は騒然とする。10年前にも酷似した事件が発生しており、未解決に終わっていたからだ。刑事たちは今度こそ犯人を逮捕すべく捜査に乗り出し、被害者遺族の男も娘の敵打ちに執念を燃やす。やがて、幾人かの容疑者が浮上するが..。
10年を隔てて繰り返される事件の顛末を描いた群像劇であり、語り口のうまさに引き込まれます。登場人物のキャラも立っており、特に3人の容疑者が強烈。結末は少々強引ながら読み応えは満点です。
リバー (集英社文芸単行本)
奥田英朗
集英社
2022-09-26


8位.地図と拳(小川哲)→9(文春17位 読みたい8
日露開戦5年前の1899年。日本陸軍の密偵・高木と学生で通訳の細川はロシアの動静を探るべくロシア領に隣接する満州に潜入しようとしていた。一方、ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフは満州の中央に位置する李家鎮で未来を見通すことができる異能者と出会うが...。
架空の土地・李家鎮を見果てぬ桃源郷に見立てて個性豊かな人物たちが織りなすユートピアへの渇望と戦争へ行き着く物語は群像劇として抜群の面白さ。ただ、長すぎて途中が単調と感じる人もいるかも。
地図と拳 (集英社文芸単行本)
小川哲
集英社
2022-06-24


9位.爆発物処理班の遭遇したスピン(佐藤究)→6(文春16位 読みたい6
テロリストが仕掛けた爆弾に対処中の爆発物処理班が量子力学のパラドックスに直面する表題作、弱小暴力団の若頭が組員の些細な不始末に対して理不尽で悪趣味なけじめを強要する「シヴィル・ライツ」、夢野久作と不気味な都市伝説との意外な繋がりを描いた「猿人マグラ」など、全8篇収録。
ミステリとSF的面白さを融合させた表題作、ワニガメ&トリッキーな展開に驚かされる「シヴィル・ライツ」、ドグラ・マグラと都市伝説の組み合わせが秀逸な「猿人マグラ」など奇想に満ちた傑作です。
爆発物処理班の遭遇したスピン
佐藤究
講談社
2022-06-28


10位.録音された誘拐(阿津辰海)→15(文春13位 本ミス3
大野探偵事務所の所長である大野糺が犯罪請負人・カミムラの手下に誘拐される。身代金の要求があり、連絡を受けた警察が犯人の目を盗んで大野家に潜り込む。一方、大野の助手である山口美々香は優れた聴力を駆使して真相に迫ろうとする。さらに、誘拐された糺も犯人との駆け引きを始めるが...。
二転三転する物語は誘拐サスペンスとして抜群の面白さで、様々な仕掛けやトリックもよく考えられています。一方、犯罪請負人の組織力が凄すぎてなんでもありになりがちな点は好みの分かれるところ。
録音された誘拐
阿津川 辰海
光文社
2022-08-24


11位.捜査線上の夕映え(有栖川有栖)→3(文春8位 読みたい5 本ミス8
マンションの一室で男性の撲殺死体がトランクに詰められた状態で発見される。最初は平凡な事件だと思われたものの、いくつかの不可解な点があったことから臨床犯罪学者である火村の出馬が要請される。捜査が進む中で複数の容疑者が浮上し、火村と相棒のアリスは様々な仮説を検証するが...。
事件自体は地味ですが、捜査と検証を積み重ねていくプロセスはミステリとしての面白さに満ちています。ただ、物語のためにあえて脆弱なトリックを採用したエモ本格なる手法は好みが分かれそう。
捜査線上の夕映え 火村英生 (文春e-book)
有栖川 有栖
文藝春秋
2022-01-11


12位.invert II 覗き窓の死角(相沢沙呼)※ランク外
偶然知り合った写真家の詢子と意気投合し、交友を深めていく城塚翡翠。初めて同性の友達ができたことで有頂天になる彼女だったが、詢子の知り合いのモデルが他殺死体で発見される。彼女には死亡推定時間に翡翠と一緒にいたというアリバイがあった。しかし、翡翠は彼女への疑惑を深めていく...。
中編と短めの長編が収録された城塚翡翠シリーズ第3弾。倒叙ミステリながら謎解きの面白さを味わえるのは相変わらず。しかし、今回はそれ以上に翡翠が苦悩の色を深めるドラマにぐっときます。


13位.名探偵に甘美なる死を(方丈貴恵)※ランク外(文春19位  本ミス4
加茂冬馬はVRミステリゲームにおけるイベント監修の依頼を受け、会場であるメガトロン荘へ出向く。そこには彼を含めた8名の素人探偵がおり、幽世島事件の関係者である竜泉佑樹の姿もあった。そしてイベントは突如デスゲームへと変貌。助かるにはVRと現実の事件を両方を解く必要があり...。
竜泉家シリーズ第3弾です。今作は最近多いVR空間におけるデスゲームものですが、本質はあくまでも本格ミステリ。特殊設定を活かし切ったトリックが見事です。ただ、やや詰め込み過ぎなのが難。


14位.此の世の果ての殺人(荒木あかね)→11(文春5位 読みたい12位 本ミス18
小惑星が激突することが判明している九州の地で小春は自動車教習に励んでいた。ところが、教習者の車から他殺死体が発見される。数カ月後には全員が死ぬことになるのに一体誰が何の目的で殺害したのか?小春は元刑事の女性教官・イシカワと共に地球で最後の事件の真相を追い求めるが....。
地球滅亡を前にした世界がリアリティ豊かに描かれており、引き込まれます。主人公や暴走気味の探偵役・イシカワも魅力的。さらに、ミステリとしても連続殺人の意外な構図に唸らされる良作です。
此の世の果ての殺人
荒木あかね
講談社
2022-08-23


15位.時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2(大山誠一郎)※ランク外
県警捜査一課の刑事である僕は周囲からアリバイ崩しが得意だと思われている。しかし、実際は、時計店の美人店主に1回五千円でアリバイ崩しを依頼していたのだ。その日も容疑者である政治家のアリバイに頭を悩ませて時計屋を訪れる。政治家にはアリバイを保証する500人の証人がいるのだが....。
安楽椅子探偵によるアリバイ崩しシリーズ第2弾。収録作品は7作から5作に減ったものの、その分、一つ一つが非常に凝ったものになっており、なんといっても今までの手法を逆手に取る手管が見事です。
時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2
大山 誠一郎
実業之日本社
2022-03-17


16位.月灯館殺人事件(北山猛邦)※ランク外本ミス5
本格ミステリの大家・天神人(てんじん・ひとし)が所有する月灯館に招待された新進気鋭の作家たち。全員が揃ったところで晩餐会が始まるが、突如作家たちの罪を告発する声が響き渡る。その声は録音再生されたものだった。しかも、翌日には作家の一人が首無死体となって発見され....。
クローズドサークルの古典的なガジェットを用いつつも、そこからヒネリを加えた展開が用意されており、ミステリファンにとってたまらない作りになっています。特に、ラストの一言が衝撃的です。


17位.記憶の中の誘拐 赤い博物館 (大山誠一)※ランク外本ミス17
女子高生が殺される直前に会っていたらしい”先輩”の正体を探る『夕暮れの屋上で』、”あの人”に会うために放火を繰り返す『連火』、借金返済を迫る同僚を殺した男にアリバイが成立する『孤独な容疑者』、十個の部位に切断された死体の謎に挑む『死を十で割る』など、全5編収録。
未解決事件の捜査書類を収蔵する赤い博物館の女館長が鮮やかに謎を解くシリーズ第2弾。今回も切れ味鋭い推理を堪能することが出来、特にホワイダニットとして鮮やかな『死を十で割る』が秀逸。
記憶の中の誘拐 赤い博物館 (文春文庫)
大山 誠一郎
文藝春秋
2022-01-04


18位.#真相をお話しします(結城真一郎)→13(文春3位 読みたい9位 本ミス6
家庭教師の仲介営業をしている大学生がとある家族の異変に気付く「惨者面談」、子宝を授かった男のもとにあなたの精子提供で生まれた子供だと名乗る娘が現れる「パンドラ」、島に4人しかいない子供たちがゆーちゅーばーを目指すもその一人が非業の死を遂げる「♯拡散希望」など、全5編収録。
リモート宴会やマッチングアプリなどの現代的な道具立てが興味深く、それに絡めたどんでん返しが見事です。特に「♯拡散希望」の仕掛けには驚かされます。ただ、リアリティはあまり感じられず。
#真相をお話しします
結城真一郎
新潮社
2022-06-30


19位.天国の修羅たち (深町秋生)※ランク外
ヤクザにもひるむことなく取材を行っていたベテランジャーナリストが何者かに殺害される。警視庁捜査一課の神野真里亜は一人のヤクザを公務執行妨害で逮捕するが、彼の口から出たのは兼高ファイルの名で知られる与太話だけだった。だが、彼女はそれにまつわる陰謀に巻き込まれることとなり,,,。
シリーズ三部作の完結編。映画化に合わせて書き下ろされただけにやや拙速に流れている面はあるものの、血で血を洗う物語は相変わらず手に汗握ります。シリーズとしての〆方も申し分なしです。
20位.大鞠家殺人事件(芦辺拓)→8本ミス3
昭和18年。戦火の最中、美禰子は婦人化粧品の販売で富を築いた大鞠家の長男に嫁ぐも、夫は軍医として出征してしまい、彼女は大鞠家の人々のなかに取り残されてしまう。しかも、大鞠家では奇怪な殺人事件が立て続けに発生する。戦局が悪化の一途をたどる中、美禰子は事件の謎に挑むが...。
とにかく時代考証がしっかりしており、当時の人々が生き生きと描かれているのが見事です。一気に物語世界に引き込まれていきますし、そこで描かれている時代だからこその真相にも唸らされます。
大鞠家殺人事件
芦辺 拓
東京創元社
2021-10-12



その他注目作50

21.脱北航路(月村了衛 )
祖国によって弟を殺された桂東月大佐は軍事演習の最中、部下とともに潜水艦での亡命を試みる。軍の追撃ををかわしながら北朝鮮の領海を脱出し、日本に向かう一行だったが、艦内には密かに初老の女性が運び込まれていた。彼女は45年前に拉致され、北朝鮮に連れてこられた日本人だというのだが…。
拉致問題を盛り込みながらも話自体はシンプルな冒険活劇としてまとめられており、朝鮮人民軍との死闘は手に汗握ります。ただ、物語が次第に浪花節になっていくのは好みの分かれるところ。
脱北航路 (幻冬舎単行本)
月村了衛
幻冬舎
2022-04-13


22.ダミー・プロット: 山沢晴雄セレクション (山沢晴雄 )→12本ミス13
愛人殺害の嫌疑から逃れるためにアリバイの偽証を依頼する男、有名デザイナーとの替え玉契約を結ぶ女、そして、各所で発見されるバラバラ死体。一連の出来事はどこで結びついているのか?名探偵・砧順之介自身の事件とは何を意味するのか?アリバイの迷路の果てに驚くべき真相が浮かび上がる。
本作は本格の鬼といわれる著者の同人作品を初めて書籍化したもので、作中に仕掛けられたトリックの超絶技巧ぶりはあの「離れた家」以上であるといっても過言ではありません。マニア必読の傑作です


23.夜の道標 (芦沢央) 
1996年。塾経営者が殺害され、元教え子の阿久津が被疑者として浮上する。しかし、行方が掴めないまま2年がすぎ...。逃亡生活を続けるの阿久津、彼を匿う同級生の富子、父から虐待を受けつつも阿久津から食料をもらって生き延びる少年・波瑠。そして、阿久津を追う刑事。果たして彼らの運命は?
最初は各登場人物の関係を提示しないまま語られるので読みにくさを感じますが、それらが一本の線で繋げていく手管が見事。同時に日本の問題点が浮かび上がってくる社会派ミステリの傑作です。
夜の道標
芦沢央
中央公論新社
2022-08-09


24.ロング・アフタヌーン (葉真中顕)
新央出版の編集者・葛城梨帆の元に原稿が送られてくる。それはかつて新人賞の大本命と目されながらも内容の過激さ故に受賞を見送られた『犬を飼う』の作者・志村多恵の新作だった。タイトルは『長い午後』。自殺を考えていた主婦が旧友と再会する物語は梨帆自身の過去とリンクしていき...。
本作の大半を占めている作中作が次第に現実とリンクしていくさまがスリリングで引き込まれていきます。女性を取り巻く理不尽な環境を臨場感豊かに描きあげた社会派ミステリの傑作です。
ロング・アフタヌーン (単行本)
葉真中 顕
中央公論新社
2022-03-09


25.いけないII(道尾 秀介) 
1年前に忽然と姿を消した姉の手掛かりを求めて明神の滝に向かった女子高生が滝の伝説を知る人物と出会う「明神の滝に祈ってはいけない」、年老いた男が引きこもりの息子を殺したと自白するも川に投げ捨てたという死体は一向に発見されない「その映像を調べてはいけない」等、3話+1を収録。
シリーズ第2弾。本編では隠されていた秘密が各章の最終ページの画像によって明るみになる趣向は相変わらずぞっとします。また、最終章で3つのエピソードが繫がりが明らかになるプロットも巧妙。
いけない II (文春e-book)
道尾 秀介
文藝春秋
2022-09-22


26.入れ子細工の夜(阿津川辰海)
作家が新人編集者を名乗る男に対してとっておきのアイディアのミステリを書く代わりにある条件を提示する表題作、コロナ禍での入学試験において公平性を保つためにミステリー小説の犯人を推理させて受験生の論理性を図ろうとする「二〇二一年度入試という題の推理小説」など、全4編収録。
奇想に満ちたミステリ短編集。たとえば、表題作は2人の登場人物の立場を延々と逆転させ続ける超絶技巧ぶりに驚かされます。ただ、いささかやりすぎ感が強いのでマニア以外はついてこれないかも。
入れ子細工の夜
阿津川 辰海
光文社
2022-05-24


27.鎮魂(染井為人)
半グレ集団「凶徒聯合」のメンバーが何者かに殺害される。警察は暴力団や半グレ同士の抗争の線で捜査を行うが有力な手掛かりは得られなかった。そして、その間にも凶徒聯合のメンバーは新たな屍を重ねていく。メンバーたちが疑心暗鬼になる一方で、SNS上では犯人を賞賛する声が広がり…。
半グレ集団に人生を滅茶苦茶にされた男の復讐劇は凄惨極まりますが、語り口が巧みでぐいぐい引き込まれます。張り巡らせた伏線を回収してのサプライズも見事な社会派エンタメの傑作です。
鎮魂
染井為人
双葉社
2022-05-19


28.弔い月の下にて(倉野憲比古)
大学院生の夷戸は先輩の根津や行きつけの喫茶店のマスター・美菜らと共にキリシタンの島民が大量死したという弔月島(ちょうげつとう)を訪れる。ところが、島には淆亂館(ばべるかん)という奇妙な館があり、館の使用人を名乗る男によって監禁されてしまう。その館で奇怪な殺人が起こり...。
異端宗教や異常心理学の蘊蓄を交えた怪奇趣味は戦前の変格ミステリを彷彿とさせ、その手の作品が好きな人には堪らないものがあります。また、バカミス的なトリックもなかなかにユニークです。
弔い月の下にて
倉野憲比古
行舟文化
2022-01-06


29.揺籃の都 平家物語推理抄(羽生 飛鳥)
1180年。平宗盛・知盛・重衡は富士川の戦いにおける大敗を父に報告すべく清盛邸を訪問するも、その直後から怪事件が続発するようになる。平家を守護する刀の消失、化鳥の出現、青侍のバラバラ死体、可愛がっていた猿の密室での殴殺。清盛の異母弟である平頼盛が真相究明に乗り出すが....。
平頼盛が探偵役のシリーズ第2弾。前作とは違って長編作品となっており、魅力的な謎のつるべ打ちに引き込まれていきます。トリック自体は小粒ながらも時代背景に基づいたホワイダニットが秀逸。


30.あれは子どものための歌 (明神しじま)
飢饉に苦しむ祖国を揺るがした8年前の事件の真相を追い求める料理人のキドウに対して因縁の相手であるカルマが「不思議なナイフで自らの影を切り離した男」の話を語る『商人の空誓文』、どんな賭けにも絶対負けない力を得た少女の数奇な運命を描いた表題作など、全5編収録の連作集。
代価と引き換えに願いをかなえるという幻想譚に伏線を張り巡らせ、謎解きミステリとして読ませる手管が見事。また、個々の物語の関係性が次第に明らかになり、その結果訪れる結末にも驚かされます。


31.ルームメイトと謎解きを(楠谷佑)
全寮制男子校の旧寮・あすなろ館で生徒会長が殺される事件が起きる。現場の状況から犯人はあすなろ館の住人である6人の生徒の中にいると思われ、その中で容疑者の筆頭に挙げられたのが生徒会長に目の敵にされていた転入生の絵愛だ。同室の雛太は彼の嫌疑を貼らそうと、独自に捜査を始めるが...。
長身クールなエチカと小柄な熱血漢・ヒナの凸凹コンビが事件の謎に挑む青春ミステリー。前半は少年同士が友情を育む青春ものとして楽しく、後半は端正なフーダニットミステリとして秀逸です。
ルームメイトと謎解きを
楠谷佑
ポプラ社
2022-04-13


32.煉獄の時(笠井潔)→16(文春14位 読みたい19 本ミス12
1978年6月。戦後フランス最大の思想家といわれるクレールが彼のパートナーであるシスモンディに宛てた手紙が消失する。シスモンディはその謎を解き明かすべくナディアに矢吹駆を紹介してもらうが、その後、手紙をネタに誘い出され、セーヌ川に係留中の船で全裸女性の首なし屍体を発見し...。
矢吹駆シリーズ第7弾。今回はサルトルとボーヴォワールをモデルとした人物が登場し、例によって膨大な哲学的対話が繰り広げられます。その反面、ミステリーとしては薄味で物足りなさも。
煉獄の時 (文春e-book)
笠井 潔
文藝春秋
2022-09-26


33.真夜中のマリオネット(知念実希人)
世間を騒がしている殺人鬼・真夜中の解体魔に婚約者を殺された救急医の秋穂。彼女のもとに事故で重傷を負った美少年・涼介が運ばれてくるが、刑事は彼女に対し、その少年が真夜中の解体魔だと告げる。激情に駆られ、復讐を果たそうとする秋穂に対し、涼介は罠にかけられたのだと訴え...。
非常にリーダビリティの高い作品で、二転三転の展開にぐいぐいと引き込まれていきます。特に、涼介が殺人鬼か否かで揺れ動く展開はサスペンス小説のお手本のようなうまさです。ただ、読みやすさを優先しているために人物描写に深みがなく、リアリティに欠ける点は好みの分かれるところ。


34.救国ゲーム(結城真一郎)→18読みたい15 本ミス17
限界集落を1人で復興させたカリスマ・神楽零次が首なし死体で発見される。彼はネット上で全国民の大都市圏移住を主張していたパトリシアなる人物と対立していたのが、事件が起きたのはパトリシアがテロを仄めかした日だった。集落の住人・陽菜子が官僚の雨宮と共に不可能犯罪の謎に挑む...。
限界集落、地方創生、上級国民、ドローンなどといった今日的なものを積極的に取り込み、厚みのあるプロットを構築しているのが見事。本格としても社会派としても一級の作品に仕上がっています。
救国ゲーム
結城真一郎
新潮社
2021-10-20


35.AI法廷のハッカー弁護士(竹田人造)
機島雄弁は世間からは無罪捏造家など呼ばれている悪徳弁護士だ。彼は、真っ黒な被告を弁護し、人間に代わってAI裁判官が導入された日本の裁判においてAIプログラムの盲点を突くことで無罪判決をもぎ取っていた。そんなある日、無罪判決を受けた依頼人が弁護の内容に納得できないと言い始め...。
悪徳弁護士の機島とお人よしの助手・軒下の凸凹コンビがバディもものとして楽しく、他のキャラも魅力的。ミステリ的な仕掛けは乏しいものの、AIの知識を活かしたSF法廷ミステリとして秀逸です。
AI法廷のハッカー弁護士
竹田 人造
早川書房
2022-05-24


36.幻告(五十嵐律人)
幼い頃に母と別れて家を出ていった父か義娘への強制わいせつの罪で起訴される。学生だった宇久井傑は父の有罪判決を傍聴席で聞く。それから5年。裁判所書記官になった傑は法廷で意識を失い、気が付くと5年前の世界にいた。傑はタイムリープを繰り返しながら事件の真相を探ろうとするが....。
法解釈の話が興味深く、タイムリープをしながらの真相究明もスリリングです。途中で時系列が分かりづらくなるのが難ですが、重層的な人間ドラマは読み応えあり。SFリーガルミステリの佳品です。
幻告
五十嵐律人
講談社
2022-07-26


37.渚の螢火(坂上泉)
1972年。沖縄では本土復帰に伴う日本円への切り替えのため、米ドル札の回収を行っていた。しかし、回収に用いられた現金輸送車が襲撃され、100万ドルが奪われる。このことが明るみになれば外交問題に発展しかねない。事態を重く見た琉球警察は緘口令を敷き、秘密裏に捜査を開始するが...。
綿密な取材によって占領下の沖縄がリアルに描かれており、沖縄問題を知るうえで真藤順丈の『宝島』や伊東潤の『琉球警察』等と並ぶ一級の教材となっています。二転三転の展開も読み応えあり。
渚の螢火
坂上 泉
双葉社
2022-04-21


38.六法推理 (五十嵐律人)
法学部4年の古城行成が自主ゼミとして運営する無料法律相談所。そこに経済学部3年の戸賀夏倫が訪れる。彼女の住むアパートでは過去に女子大生が妊娠して自殺した事件があったのだが、近頃、赤ん坊の泣き声が聞こえたり、窓に真っ赤な手形ついたりと奇怪な現象が続くのだという。果たして真相は?
捻くれ者の古城と元相談者の助手・戸賀が難事件に挑む連作短編。リベンジポルノや毒親といった現代的な問題が興味深く、法律知識と推理力という2人の長所を組み合わせた解決プロセスもユニーク。
六法推理 (角川書店単行本)
五十嵐 律人
KADOKAWA
2022-04-25


39.情無連盟の殺人(浅ノ宮遼)
伝城英治は感情が徐々に失われていく病・アエルズに罹患し、同じ病に冒された8名で結成された情無連盟から加入の誘いを受ける。見学目的で彼らが共同生活をしている千葉県の一軒家を訪れた英治だったが、その矢先に殺人事件が起きる。欲求が欠落しているはずなのに何故事件は起きたのか?
主要人物の感情が欠落しているが故に連続殺人ミステリーにありがちなドロドロした人間模様が皆無であくまでも理詰めで物語が進んでいくのが新鮮。設定に絡めたホワイダニットが秀逸な良作です。
情無連盟の殺人
眞庵
東京創元社
2022-07-29


40.風琴密室(村崎友 )
凌汰が小学生の時、彼の兄は目前の密室から忽然と消え、その後死体となって発見される。それから6年が過ぎ、高校生になった凌汰を兄と3人でよく遊んだ少女が訪ねてくる。再会に盛り上がり、仲間たちと廃校になった小学校に宿泊する。だが、翌朝仲間の一人がプールに沈んでいるのが発見され...。
密室の謎に思春期のドラマを絡めた青春ミステリ。トリック自体は目新しさに欠けるものの、密室に付随する秘めたドラマが衝撃的です。また、伏線を回収して物語の着地を見事に決めた手管もも見事。
風琴密室 (角川書店単行本)
村崎 友
KADOKAWA
2022-05-30


41.仕掛島(東川篤哉 )
亡くなった名士の遺言状によって瀬戸内海の離島に集められた一族。球形展望室を有する別荘・御影荘で遺言状が読み上げられるが、その翌朝に相続人の一人が死体となって発見される。しかも、嵐によって警察を呼ぶこともできなくなってしまったのだ。二十年前の人間消失に連なる事件の真相は?
島田荘司ばりの大トリックに挑戦したクローズドサークルミステリーです。見取り図や嵐の孤島といったいかにもな展開もわくわくします。ただ、古典的な探偵小説のような設定と著者得意のユーモアが水と油で緊張感を削ぐ形になっています。また、荒唐無稽な大トリックは好みの分かれるところ。
仕掛島
東川 篤哉
東京創元社
2022-09-30


42.馬鹿みたいな話!: 昭和36年のミステリ(辻真先)
テレビ放送黎明期の昭和36年。ミュージカル仕立ての生放送ドラマを放映している最中に主演女優が殺害される。しかし、衆人環視の中、犯人はいかにして現場から逃げおおせたのか?ドラマの作者である駆け出しミステリ作家の風早勝利と、テレビ美術の契約社員・那珂一平がこの謎に挑む!が...。
昭和ミステリシリーズの第3弾。著者自身がテレビアニメの脚本家として活躍していただけあって、当時のテレビ局の熱気がストレートに伝わってきます。その反面、ミステリとしてはやや小粒。
馬鹿みたいな話!: 昭和36年のミステリ
辻 真先
東京創元社
2022-05-31


43.パラレル・フィクショナル(西澤保彦)
予知夢で未来を見ることかできる親戚同士の男女。彼らは親戚が一堂に会した場で惨劇が起きる夢を見る。だが、なぜそれが起きるのかが分からない。そこで、2人は互いの見た夢をつなぎ合わせて全体像をつかもうとするのだが...。果たして、彼らは惨劇の原因を突き止め、悲劇を未然に防げるのか?
特殊設定ミステリや推理談義といった著者本来の魅力に満ちた原点回帰的な快作です。一癖も二癖もある登場人物のドロドロの人間関係を紐解いていくプロセスにも著者ならではの面白さがあります。
パラレル・フィクショナル
西澤保彦
祥伝社
2022-03-10


44.祝祭の子(逸木裕 )
宗教団体〈褻〉のトップ・石黒望は訓練を施した子供たちに命じて信者らを殺害する。14年後。殺人を犯しつつも生き残った子供たちは〈生存者〉と呼ばれ、世間の議論を呼んでいた。望の最高傑作であるわかばもその一人だったが、望の死体が発見されたとの報せを聞いた直後に何者かに襲われ....。
被害者であると同時に加害者でもある主人公たちが世間の悪意や暴力に晒されるさまを通じて正義とはなにかを考えさせらる社会派の良作です。一方で、意外な展開やアクションシーンも読み応えあり。
祝祭の子
逸木裕
双葉社
2022-08-18


45.赫衣の闇 (三津田信三)
物理波矢多は上京して旧友・熊井新市の元に身を寄せる。新市の父は闇市を仕切る的屋の親分であり、波矢多は彼の弟分の私市芳吉之助から奇妙な依頼を受ける。赤迷路に出没する怪人赫衣の正体を暴いてほしいというのだ。調査を進める波矢多だったが、私市の経営するパチンコ店で奇怪な事件が起き...。
シリーズ第3弾。今回は安定のホラー描写に加えて闇市の蘊蓄が興味深く語られており、大きな読みどころになっています。また、時代を背景にした犯行動機も印象的ですが、肝心の謎解きはやや淡白。
赫衣の闇 物理波矢多シリーズ (文春e-book)
三津田 信三
文藝春秋
2021-12-09


46.朱色の化身(塩見武士)
ライターの大路亨は元新聞記者の父から辻珠緒なる女性の行方捜しを依頼される。彼女は革新的なゲームソフトの開発者として知られていたが、突然消息を絶ってしまったのだ。珠緒の元夫、かつての同僚や学友など、関係者への取材を続けているうちに彼女の過去は昭和31年の芦原大火と結び付き…。
インタビューが淡々と続く前半は盛り上がりに欠け、退屈に感じるかもしれません。その代わり、昭和という時代を通して女性たちの悲劇が明らかになっていく後半は社会派として読み応えありです。
朱色の化身 (講談社文庫)
塩田武士
講談社
2024-02-15


47.闇祓(辻村深月)
澪が通う高校に暗い雰囲気の少年・白石要が転校してくる。クラスになじめない彼に対してなにかと世話を焼く澪だったが、要は不審な態度で彼女との距離を詰めてくる。そして、ついには彼女の家の周辺に出没するようになるのだった。恐怖を感じた澪は憧れの先輩である神原に助けを求めるが......。
ハラスメントにより人が死に追いやられる連作ミステリーです。一種のイヤミスですが、同時に、犯人が闇の一族という伝奇ものでもあります。そのため、不快なシーンもエンタメと割り切れる点が秀逸。


48.N (道尾秀介)→18読みたい15 本ミス17
老人殺しの重要な手掛かりである行方不明の飼い犬探しを女刑事がペット探偵に依頼する『眠らない刑事と犬』、正体不明の侵入者が殺した恋人の遺体処理を引き受ける『飛べない雄蜂の嘘』、「死んでくれない?」という言葉を繰り返す鳥の謎を高校生が追う『落ちない魔球と鳥』など、全6篇収録。
順番をシャッフルしながら6つの短篇を読むことで伏線回収の構造が変化し、異なる読み心地を味わえるという試みがユニークです。ただ、本を上下させながら読む順番をシャッフルさせるのは少々面倒。
N (集英社文芸単行本)
道尾秀介
集英社
2021-10-05


49.断罪のネバーモア(市川憂人)
相次ぐ不祥事から警察組織は改革を余儀なくされ、遂に民営化への道を進むことになった。そんな警察にブラックIT企業から転職した藪内唯歩は刑事課の警部補・仲城流次と組むことになる。唯歩はノルマに追われながらも粘り強く事件を解決していくが、7年前のある事件が現在の捜査に影を落とし...。
パラレルワールドを舞台にした連作ミステリ形式の警察小説で、一つ一つの事件は比較的単純ならも、終盤それらが別に意味を持ってくる構造が良くできています。後半からの怒涛の展開は読み応えあり。
断罪のネバーモア
市川 憂人
KADOKAWA
2022-02-02


50.五つの季節に探偵は(逸木裕)
探偵を父に持つ榊原みどりは子供の時から何事もそつなくこなすものの、ひとつのことに夢中になったことがなかった。そんな彼女が高校2年の時、友人から担任教師の弱みを掴んでほしいと頼まれる。それがきっかけで人の本性を暴くことに喜びを見出した彼女はやがて探偵事務所に就職し.....。
『星空の16進数』に脇役として登場した榊原みどりを主役に据えた5編収録の連作短編です。仕掛けの面白さと真相の意外性を兼ね備えた良作で、ビター結末を通して滲み出る人間ドラマも読み応えあり


51.空をこえて七星のかなた(加納朋子)
小学校を卒業した七星が父とふたりで石垣島を旅する「南の十字に会いに行く」、小学4年生の時に同級生の過失で右目に取り返しのつかない怪我を負う「星は、すばる」、部の存続を訴えるオカルト研究部・天文部・文芸部部にとんでもない提案が持ちかけられる「箱庭に降る星は」など、全7篇収録。
各短篇はいずれもハートウォーミングな感動をもたらしてくれるものの、ミステリー色は希薄です。しかし、一見バラバラの各エピソードが最後にすべて繋がり、大きな感動をもたらす仕掛けは見事。


52.砂に埋もれる犬(桐野夏生)
刹那的に生き、男に媚びるだけの亜紀は息子の優真にろくに食事を与えようともせず、小学校にも通わせていない。同棲相手に息子が殴られても男の機嫌を取る始末だ。そんなある日、優真が虐待を受けていることに気付いたコンビニ店主が救いの手を差し伸べるも、彼の心には闇が巣食ったままで...。
社会問題となっている育児放棄及び児童虐待に焦点をあてた作品であり、ずっしりと重い読み心地は著者ならではです。ドキュメンタリータッチの作風も引き込まれます。ただ、終盤があまりにも駆け足。
砂に埋もれる犬
桐野 夏生
朝日新聞出版
2021-10-07


53.秘境駅のクローズド・サークル(鵜林伸也)
野球部員たちが見つからないボールの行方を推理によって付きとめようとする「ボールがない」、天体部の部員が天体写真を添付したメールの謎に挑む「宇宙倶楽部にようこそ」、急勾配の対策としてスイッチバック方式を採用している駅で起きた殺人とその謎を描いた表題作など、全5篇を収録。
爽やかな読後感が味わえる「ボールがない」、ドタバタ劇が楽しい「ベッドの下でタップダンス」、真相を提示するタイミングが秀逸な「夢も死体も湧き出る温泉」など、全話において高い完成度を誇っている点に驚かされます。それぞれに趣向を凝らした謎と濃密な推理が楽しめる秀作です。


54.あらゆる薔薇のために(潮谷験)
深刻な記憶障害を引き起こし、回復後には後遺症として体の一部に薔薇の形をした腫瘍ができるオスロ昏睡病。その治療法の研究に関わった医者や元患者らが次々と殺されるという事件が起きる。かつて自身もオスロ昏睡病に冒されていた京都府警の八嶋警部補が事件の謎を追うが…。
京都府警の八嶋警部補と阿城の軽妙な掛け合いで楽しませてくれると同時に、架空の奇病を用いた謎はよく練り込まれており、特殊設定ミステリとして読み応えがあります。ただ、全体としてSF色が強いため、あくまでも謎解きメインのミステリを期待していた人は物足りなさを覚えるかもしれません。
あらゆる薔薇のために
潮谷験
講談社
2022-09-28


55.卵の中の刺殺体――世界最小の密室(門前典之)
干上がった龍神池の底から龍の卵を思わせるコンクリートの塊が発見され、中から白骨化した女性の刺殺死体が発見された。その5年前。コバルトカフェのオーナーは慰労をかねて龍神池近くの別荘に店長たちを招待する。だが、公道に続く吊り橋が落ち、その夜、密室状態の部屋でオーナーが殺される...。
蜘蛛手啓司シリーズ第6弾。著者ならではのバカトリックは相変わらずですが、他のシリーズ作品と比べ、プロットに優れ、まとまりが良いのが美点です。奇想と説得力を兼ね備えた良作だといえます。
卵の中の刺殺体
門前典之
南雲堂
2021-12-03


56.刑事弁護人(薬丸岳) 
弁護士の持月凛子は時に凶悪犯の弁護も行う刑事弁護に真摯に取り組んできた。そんな彼女が当番弁護士に指名されたのはホスト殺しの容疑で逮捕された現役女性警察官・垂水涼香の裁判だ。凛子は同僚の西と弁護にあ たるが、容疑者の虚偽の供述に振り回された挙げ句、弁護士解任を通告され…。
凶悪犯に対する弁護の必要性をテーマにした法廷ミステリーで、臨場感に満ちた裁判シーンは読み応えがあります。また、癖の強い西弁護士も魅力的。ただ、ミステリーとしての驚きには欠けるかも。
刑事弁護人 (講談社現代新書)
新田匡央
講談社
2019-06-19


57.コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎(笛吹太郎)
昨夜行った居酒屋が忽然と消える『消えた居酒屋の謎』、アレルギーの原因となるナッツがいつの間にか混入されていた『ありえざるアレルギーの謎』、身に覚えのない喪中はがきが送られてくる『謎の喪中はがき』、引き出しのお金が勝手に増える『見知らぬ十万円の謎』など、全7篇収録。
ミステリ好きがカフェで推理合戦を行うも、謎を解くのはいつも店長という『黒後家蜘蛛の会』の本家取り。謎解きは比較的簡単なものの、テンポの良いとぼけた味わいの物語には独自の魅力があります。


58.燕は戻ってこない(桐野夏生)
29歳の女性・リキは憧れの東京で病院事務の仕事につくが、非正規故に給与は安く、生活は楽ではなかった。そんな折、同僚のテルが破格の副収入を餌に勧めてきたのが国内では認められていない代理母契約だった。多額の報酬に目がくらみ、子宝に恵まれない夫婦と契約を結んだリキだったが...。
代理母を巡る物語を縦軸に貧困などの女性にまつわるさまざまな問題を描いた力作。ミステリー色は薄いものの、波瀾万丈の物語は読み応えありです。ただ、少々長すぎる点は好みの分かれるところ。


59.裂けた明日(佐々木譲 )
内戦状態にある近未来の日本。元公務員の沖本信也は定年後福島で隠遁生活を送っていたが、そこに幼い娘を連れた女性が助けを求めてくる。その母娘を守り抜く決意をした彼は、政府軍・民兵部隊・平和維持軍らが入り乱れるなか、役所勤めの経験を活かしたルートで戦線からの脱出を試みるが...。
戦場と化した東北を舞台に描かれる脱出行は非常にスリリングで読み応え満点。読後には深い余韻を味わうことができます。ただ、内戦の経緯がほとんど語られないなど、世界観の説明が不十分な面も。
裂けた明日
佐々木 譲
新潮社
2022-08-18


60.空を切り裂いた(飴村行)
作家志望の明彦は伯父から旅行中の留守番を頼まれるが、家に到着すると初老の男が訪ねてくる。彼は明彦に堀永彩雲の小説『人魚の街』を読めという。彩雲は絶望の末に自害した孤高の作家だ。彼の作品は一部で熱狂的な読者を生み、さらに彩雲に魂を奪われた五つの嬰児が目覚めようとしていた。
「令和のドグラ・マグラ」というキャッチコピーは過剰広告気味ですが、狂気に蝕まれていく終盤の展開は読み応えあり。連作ホラーの形式を取りながら章によってテイストが変わっていくのも秀逸
空を切り裂いた
飴村行
新潮社
2022-05-18


61.紙の梟 ハーシュソサエティ(貫井徳郎)
国民感情に突き動かされて人を殺せば即死刑となった日本で起きるさまざまな事件。デザイナーが何者かに両目を潰されたうえに指と舌を切断される「見ざる、書かざる、言わざる」、いじめによる自殺と死刑制度によって想定外の殺人が多発する社会を描いた「レミングの群れ」など、全5編収録。
殺意の有無や動機に関わらず、人を死に至らしめればすべて死刑という不寛容な社会が実現したとき、人の感情や行動はどう変容するのかを描いた社会派ミステリーです。ifの世界を背景にした社会描写及び人物描写が巧みで引き込まれますし、ミステリとしてのヒネリも十分。読み応え満点の佳品です。
62.濱地健三郎の呪える事件簿 濱地健三郎シリーズ( 有栖川有栖)
霊能力を有する探偵・濱地健三郎は卓越した推理力と霊を見る力で怪奇現象に関する依頼人たちの悩みを解決してく。リモート飲み会で自分だけに見える小さな手の存在に悩まされる「リモート怪異」、廃屋で手招きする頭と手首のない霊の正体に迫る「戸口で招く者」など、全6編収録。
濱地健三郎シリーズ第3弾。ミステリ要素を絡めた怪異譚ですが、本作はシリーズ中でも両者の要素が最もバランスよくまとめられています。特に「呪わしい波」はその代表例だといえるでしょう。一方、「戸口で招く者」ミスリードの用い方が巧みでミステリとしての面白さを満喫できる良作です。


63.陽だまりに至る病(天祢涼) 
小学5年の咲陽は父親が帰ってこないという同級生の小夜子を家に連れ帰り、親に内緒で部屋に匿う。翌日、小夜子を探しているという刑事の訪問を受け、咲陽は彼女の父親がある事件の犯人ではないかと疑念を抱く。さらに、咲陽の父親が経営するレストランがコロナ渦の影響で経営危機に陥り...。
仲田&真壁シリーズの第3弾であり、子供の貧困や虐待に続いてコロナ渦の貧困に迫った社会派ミステリです。コロナ渦における少女たち物語として読み応えありですが、ミステリーとしてはいま一つ。
陽だまりに至る病 (文春e-book)
天祢 涼
文藝春秋
2022-02-21


64.ペッパーズ・ゴースト(伊坂幸太郎)
中学教師の壇は接触した人間の未来をほんの少しだけ垣間見ることができる能力者だった。しかし、その能力のせいで彼はテロ被害者が結成したサークルの犯罪計画に巻き込まれることになる。一方、彼の教え子である女学生は風変わりな小説を書いていたのだが、その登場人物が現実世界に登場し.......。
著者らしいウィットに富んだクライムミステリーです。作中作に登場する必殺仕事人の2人組もキャラが立っており、本篇との関係も意表を突いています。ただ、犯罪計画の動機は納得度が低いかも。
ペッパーズ・ゴースト
伊坂 幸太郎
朝日新聞出版
2021-10-01


65.ミカエルの鼓動 (柚月裕子)
心臓外科医の西條は大学病院で、手術支援ロボット「ミカエル」の導入を推し進めていた。ところが、外科手術の天才と名高い真木が現れ、「ミカエル」に頼らない手術を見事にやり遂げてみせる<2人は難病の少年の治療方針をめぐって対立するが<そんな折、西條を慕っていた若手医師が自殺し......。
医療メーカーとの癒着などといった大学病院の闇に迫りる一方で、人と人との絆を描いた人間ドラマは読み応えがあります。特に、終盤の手術シーンは手に汗握ります。綿密な取材に基づいた力作です。
ミカエルの鼓動 (文春e-book)
柚月 裕子
文藝春秋
2021-10-07


66.夢伝い(宇佐美 まこと)
孤独を愛する人気作家が突然断筆宣言をした理由を探るために担当編集者が作家の住む地方な向かう表題作、子供の頃に住んでいた村で自分を育ててくれた祖母に再会する『沈下橋渡ろ』、自動車事故で婚約者を失った女が水族館に通いつめながら事故の真相に迫っていく『水族』など全11編収録。
ホラーにミステリの要素を絡めた短編集。怖さという点ではさほどでもありませんが、一抹の寂しさや切なさを感じさせる読後感が印象的。なかでも、ラストの反転が見事な『水族』が秀逸です。
夢伝い
宇佐美 まこと
集英社
2022-05-02


67.かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖(宮内悠介)
明治末期。木下杢太郎や北原白秋をはじめとする若き芸術家たちは「牧神(パン)の会」を結成し、隅田川沿いの料理店で芸術談義に花を咲かせていた。そして、いつしか話は彼らが見聞きした不可解な事件へと移っていく。喧々諤々の推理合戦の末に謎を解くのはいつも決まって女中のあやので...。
有名な芸術家たちを登場させ、時代背景の絡んだ事件について推理させる趣向がユニーク。謎解き自体は物足りない部分があるものの、あやのの正体やSF要素など、著者ならではの仕掛けが印象的です。


68.晩秋行(大沢在昌)
居酒屋を営む円堂のもとに古い友人の中村から連絡が入る。かつての雇い主で地上げの神様と呼ばれた二見の愛車が目撃されたという。二見はバブル崩壊後、円堂の恋人とともに20億の値が付く名車に乗って行方をくらましていた。中村は二見を探しだすと息巻くが、直後に火災による不審死を遂げ...。
60代の主人公が30年前の女を想い続けるという女々しい話ながら、それを渋いハードボイルド小説に仕立てた著者の手腕は流石です。ただ、発端となる事件の真相が謎のままなのは不満の残るところ。
晩秋行
大沢 在昌
双葉社
2022-06-22


69.むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。(青柳碧人)
かぐや姫にプロポーズした貴族たちが殺人事件の容疑者となる『竹取探偵物語』、意地悪おじいさんがネズミの穴で事件に巻き込まれ、同じ一日をループしながら真相を突き止める『七回目のおむすびころりん』、猿蟹合戦として言い伝えられてきた事件の真相を紐解く『真相・猿蟹合戦』など全5編収録。
シリーズ第3弾。相変わらず奇抜なアイディアが楽しいものの、1作目ほどのインパクトには欠けます。そのなかでは、多重推理ものの『竹取探偵物語』と、アイディアが光る『わらしべ多重殺人』が秀逸。
70.ビタートラップ(月村了衛)
農林水産省の下っ端役人である並木はある日、恋人から「わたしは中国のスパイ」だと打ち明けられる。目的は上海の有力者から預かった小説の原稿の強奪だという。今後のことを考える時間を稼ぐために2人は同棲をして組織の目を欺く。しかし、並木は中国の国家安全部に拉致され......。
なんともライトで緩い作品に仕上がっており、機龍警察のような重厚な作風を期待すると肩すかしを喰らうでしょう。しかし、話のテンポは良く、さくっと気楽に楽しみたい人にはもってこいです。
ビタートラップ
月村 了衛
実業之日本社
2021-10-29





チェック漏れ作品

ループ・オブ・ザ・コード (荻堂顕)
疫病禍を経て誕生した生命優先主義の管理社会。それに反旗を翻した国・イグノラビムスは国連決議によって歴史も文化も消滅させられる。20年後。その地で子どもたちが無気力になるという奇病に見舞われる。世界生存機構のアルフォンソは調査の一方で、テロリストが奪った生物兵器の行方を追うが...。
『虐殺器官』を彷彿させる近未来SF。歴史の消失による国としてのアイデンティティの喪失やそのことによって生まれる救済や歪みといったテーマはSF的社会派ミステリとして非常に読み応えがあります。
ループ・オブ・ザ・コード
荻堂顕
新潮社
2022-08-31


2022年12月2日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中8作的中
ベスト20→20作品中14作的中
順位完全一致→20作品中0作品

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最新更新日2022/12/02☆☆☆

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このミス2023
対象作品である2021年10月1日~2022年9月30日発売のミステリー&エンターテイメント作品の中からベスト20の順位を予想していきます。ただし、あくまでも個人的予想であり、順位を保証するものではありません。また、予想は作家の知名度や人気、ジャンルや作風、話題性などを考慮したうえで票が集まりそうな作品の順に並べたものであり、必ずしも予想順位が高い作品ほど優れているというわけでもありません(たとえば、物語としては感動的だがミステリー要素が希薄、マイナー出版社から発売されたために知名度が低いなどといった作品は面白くても予想順位は低めです)。以上の点はあらかじめご了承ください。
※紹介作品の各画像をクリックするとAmazon商品ページにリンクします


このミステリーがすごい!海外版最終予想(2022年11月18日)

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
記載方法は以下のようになっています。
予想順位.タイトル(作者名)このミスの順位(文春の順位 読みたいの順位 本ミスの順位 
ただし、「→このミスの順位(文春の順位 読みたいの順位 本ミスの順位 の部分が記載されているのは予想ランキングあるいはこのミスで20位以内のものだけです。
なお、文春、 読みたい、本ミスはそれぞれ「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」「本格ミステリ・ベスト10」の略です。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

1位.われら闇より天を見る(クリス・ ウィタカー)→1文春1 読みたい1位
警察署長のウォークは、親友ヴィンセントの逮捕に繋がる証言をしたことをずっと悔いていた。当時少年だった親友は少女殺しの罪で成人刑務所に収監され、しかも、刑務所内で犯した殺人で計30年の懲役刑を科せられることとなったのだ。その彼が刑期を終えて町に帰ってくる。やがて、新たな悲劇が...。
警察署長と13歳の少女を主人公とした負の連鎖の物語はあまりにも過酷です。しかし、その悲しみを丹念に描くことで終盤の大きな感動へと繋がっています。謎と伏線を盛り込んだミステリとしても秀逸。
われら闇より天を見る
クリス ウィタカー
早川書房
2022-08-17


2位.優等生は探偵に向かない (ホリー・ジャクソン)→5文春3 読みたい3位 本ミス7 
探偵の真似事は2度としないと誓ったピップだったが、友人のコナーから行方不明の兄・ジェイミーを探してほしいと歎願され、仕方なく調査を始める。SNSによる情報収集と関係者インタビューによって徐々にジェイミーの足取りが明らかになっていく。だが、やがてとんでもない事実に行き当たり...。
JKがSNSを駆使して事件を捜査する『自由研究には向かない殺人』の続編。捜査小説としての面白さに加えて今回はヒロインが重大な選択を突き付けられるなど、ドラマとしての深みも増しています。


3位.殺しへのライン (アンソニー・ホロヴィッツ)→2文春2 読みたい2位 本ミス2 
探偵ダニエル・ホーソーンとともに文芸フェスに招待された私(アンソニー・ホロヴィッツ)は、チャンネル諸島のオルダニー島を訪れる。だが、フェス参加者は一癖も二癖もある人ばかりで関係者の間で不穏な空気が漂っていた。やがて、そのうちの一人が殺されたうえに不可解な状態で発見され...。
シリーズ第3弾。前半は少々冗長なものの、事件発生後に登場人物たちに対する疑惑が次々と浮かび上がり、誰もが犯人に見えてくる展開はさすがの面白さですし、散りばめた伏線を回収する手際も見事です。ただ、ミステリとしての仕掛けは過去作と比べると小粒でいささか物足りなさを感じます。


4位.業火の市(ドン・ウィンズロウ)※ランク外
1986年ロードアイランド州。没落したファミリーのボスの息子であるダニーはアイルランド系マフィアの片隅に身を置き、平穏な日々を過ごしていた。だが、共存関係にあったイタリアマフィアとの美女を巡る諍いきっかけで抗争へと発展していく。そして、ダニーもその争いに巻き込まれていき....。
『犬の力』等と比べると随分とシンプルな作りで、その分、テンポのよいストレートなエンタメ作品に仕上がっています。ただ、著者ならでは重厚な作風を期待していていると物足りなく感じるかも。
業火の市 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ジャパン
2022-05-18


5位.キュレーターの殺人 (M・W・クレイヴン)※ランク外文春4 読みたい5位 本ミス3 
クリスマスの最中、人間の指が次々と発見される。しかも、それらの指はみな別人のものだった。現場には「#BSC6」という謎めいた文字列が残されていた。ポー刑事とティリー分析官が事件の謎を追い、やがて有力な容疑者が浮上する。だがそれは恐るべき犯行計画の序章でしかなかった...。
シリーズ第3弾。直感的推理で事件の謎を追うポーとそれを補佐する浮世離れした分析官・ティリーのコンビはますます魅力的。ミステリとしても予想外の展開の連続で読み応え満点。ラストが衝撃的。


6位.ポピーのためにできること(ジャニス・ハレット)→3文春4 読みたい5位 本ミス1 
地元の名士であると同時にアマチュア劇団の主宰者でもあるヘイワードは次回公演の準備を進めていたが、しばらく連絡が途絶えたかと思うと、劇団員たちに一斉メールを送る。その内容は2歳の孫娘・ポピーが難病に侵されたというものだった。彼女を救うべく劇団員たちは募金活動を始めるが...。
本作はメールの通信記録などの証拠資料のみで構築されていおり、探偵役と同じ立場で謎解きに参加できる仕組みになっています。派手な展開こそないものの、推理パズルとしての読み応えは満点。
ポピーのためにできること (集英社文庫)
ジャニス・ハレット
集英社
2022-07-07


7位.黒き荒野の果て(S・A・コスビー)→6文春14 読みたい16位
裏社会で語り継がれる伝説のドライバー・ボーレガード。そんな彼も今では足を洗い、いとこと自動車修理工場を営んでいた。だが、工場の経営が傾いてきたことで、彼はかつて仲間が持ちかけてきた宝石店強盗の運転役を引き受けてしまう。仕事は成功したが、そのことでギャングの抗争に巻き込まれ....。
金と暴力がテーマのいかにもアメリカンクライムノベルといった感じで話自体目新しさはありません。しかし、全編に緊張感が満ちており、ぐいぐいと引き込まれていきます。カーチェイスの描写が秀逸。
黒き荒野の果て (ハーパーBOOKS)
S・A コスビー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2022-02-16


8位.捜索者 (タナ ・フレンチ)※ランク外文春16 
警察官のカルは長年勤めてきたシカゴ警察を退職し、アイルランドの小さな村に移り住む。そこで廃屋を改築して静かに暮らしていたのだが、交流を持った少年から行方不明の兄を探してほしいと頼まれる。独自に調査を始めるも手掛かりはなく、代わりに一見穏やかな村の暗部が露わになっていき...。
一種の犯罪小説ですが、派手な展開はなく、話はむしろ淡々としています。しかし、その中に不穏な空気を忍ばせ、緊迫感を持たせることに成功しています。主人公と少年との友情描写も秀逸。
捜索者 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
タナ フレンチ
早川書房
2022-04-20


9位.潔白の法則 リンカーン弁護士(マイクル・コナリー)※ランク外
ミッキー・ハラーが殺人容疑で逮捕される。彼が事務所代わりに使っている高級車リンカーンから死体が出てきたうえに、自宅から銃弾が発見されたからだ。ハラーは自らを弁護する本人訴訟に挑むも収監中の身であり、自由に動くことができない。そんな彼を救うべくボッシュや元妻たちが集結し..。
シリーズ第6弾。ハラーが逮捕される冒頭の展開から一気に引き込まれ、その後もサスペンスフルな展開が続きます。そして後半から始まる裁判での駆け引きが読み応え満点。シリーズ最高傑作です。
潔白の法則 リンカーン弁護士(下) (講談社文庫)
マイクル・コナリー
講談社
2022-07-15


10.彼は彼女の顔が見えない (アリス・フィーニー)→8読みたい4位
脚本家のアダムと動物保護施設で働いているアメリアの夫婦生活は破綻寸前だった。そんな2人にクジでスコットランド旅行が辺り、ふたりっきりで出掛けることになる。宿泊するのは改築された古いチャペルだった。やがて猛吹雪によって外界と隔離されたチャペルでは奇妙な出来事が続出し...。
夫が相貌失認症という設定を用いて巧みにサスペンスを盛り上げていく手管が見事です。特に、終盤での目まぐるしい展開は前作同様ぐいぐいと引き込れ、最後に明らかになる仕掛けに驚かされます。
彼は彼女の顔が見えない (創元推理文庫)
アリス・フィーニー
東京創元社
2022-07-29


11位.死まで139歩 (ポール・アルテ)※ランク外文春20 本ミス5 
ツイスト博士の元に依頼が舞い込んだ2つの事件はいずれもしゃがれ声の怪人が関わっていた。そして、その怪人の電話に導かれ、博士は埋葬されたはずの主の死体を異様な屋敷で発見する。しかも、部屋は施錠され、積もった埃の上には足跡一つない。さらに、屋敷にはなぜか139足もの靴が......。
ツイスト博士シリーズ第8弾。とんでもないらしいとマニアの間で囁かれていた作品ですが、噂に違わぬ怪作です。謎だらけの前半が魅力的で、それを無理矢理解決してしまうバカミスっぷりも凄まじい。
死まで139歩 (ハヤカワ・ミステリ)
ポール アルテ
早川書房
2021-12-02


12位.ロスト・アイデンティティ (クラム ラーマン)※ランク外
イスラム教徒だが、戒律は守らず、酒もヤクも嗜む麻薬密売人のジェイ。彼は逮捕されるも、MI5のテロ対策室メンバーの仕事を手伝うことを条件に釈放される。彼に与えられた任務はイスラム過激派によるテロの阻止。しかし、その中枢に迫ったジェイは無差別テロが目前に迫っていることを知り…。
主人公の軽妙でユーモラスな語り口に引き込まれる一方で、三人称で描かれるMI5などの描写はスパイ小説として抜群の面白さです。ただ、それだけに衝撃的なラストは好みの分かれるところ。
ロスト・アイデンティティ (ハーパーBOOKS)
クラム ラーマン
ハーパーコリンズ・ジャパン
2022-03-19


13位.シナモンとガンパウダー(イーいライ・ブラウン)※ランク外 
1819年イギリス。料理人のウェッジウッドは海辺の別荘で海賊団の襲撃に遭い、海賊船に拉致されてしまう。彼が生き残る条件はただ一つ。女船長マボットに週一度、極上の料理を提供することだった。設備も食材もろくにないなか、彼は経験と閃きを総動員して極上料理を完成させていくが...。
前半は、主人公が悪戦苦闘するさまが軽妙なタッチで描かれており、料理小説として非常に楽しい作品に仕上がっています。一方、後半は19世紀の国際情勢を踏まえた重厚な冒険譚として秀逸です。
シナモンとガンパウダー (創元推理文庫)
イーライ・ブラウン
東京創元社
2022-08-31


14位.窓辺の愛書家 (エリー・グリフィス )→13文春10 読みたい11位
本好きで知られる老婦人ペギーのと鬱然の死。死因は心臓麻痺で事件性はないように思われた。介護士のナタルカは不審に思い、刑事ハービンダーに相談しする一方で、友人たちと真相を探りはじめる。ペギーは自らを殺人コンサルタントと称し、数多くの推理作家の執筆を協力していたのだが....。
刑事ハービンダーシリーズ第2弾。刑事パートとナタルカパートが交互に語られ、両方の視点から徐々に真相に迫っていくプロセスがスリリングです。また、本の蘊蓄やミステリ小説を巡る謎も魅力的。


15位.過ちの雨が止む(アレン・エスケンス)※ランク外 
記者になったジョーは仕事でトラブルを抱えていたが、自分と同姓同名の男が不審な死に方をしたことを知り、現場の田舎町へと向かう。その男はジョーと同じ名前を持つ顔も知らない父親かもしれないと考えたからだ。事件の謎を追ううちにジョーは小さな町の複雑な人間模様に巻き込まれ…。
『償いの雪が降る』の続編。ジョーがウジウジと悩む前半は読んでいてイライラするかも。しかし、後半からの二転三転の展開は抜群の面白さですし、正義を貫こうとするジョーの姿も胸を打ちます。
過ちの雨が止む (創元推理文庫 Mエ 6-3)
アレン・エスケンス
東京創元社
2022-04-28


16位.辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿(莫理斯 -トレヴァー モリス- )→12文春17 読みたい12位 本ミス10 
清がアヘン戦争に敗れて英国領となった香港。同居人募集の家を訪ねた医師の華笙は、そこで福邇という男と出会う。福邇は華笙を一目見るなり、戦場で怪我をした事実を言い当てる。彼は卓越した推理力を有した探偵だったのだ。こうして出会った2人は数々の難事件に立ち向かっていくが…。
ホームズを中国人に置き換えたパスティーシュ作品。原典のネタにひねりを加えており、元ネタを知っている人ほど楽しめる作りになっています。また、アクションも満載で武侠小説としても秀逸。
辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿 (文春e-book)
莫理斯(トレヴァーモリス)
文藝春秋
2022-04-22


17位.ロンドン・アイの謎(シヴォーン・ダウド )→7本ミス4 
一周するのに30分を要する巨大な観覧車ロンドン・アイ。サリムは見知らぬ男からもらったチケットを使って観覧車のカプセルに乗り、いとこのテッドは姉とともに地上から観覧車を見守っていた。ところが、カプセルが一周してもサリムは降りてこなかった。密閉空間から忽然と姿を消したのだ。
12歳の少年が探偵を務めるジュブナイル作品ですが、謎解きはなかなか本格的です。また、社会問題を絡めたストーリーは少年の成長物語としても秀逸。子供から大人まで楽しめるエンタメ傑作です。
ロンドン・アイの謎
シヴォーン・ダウド
東京創元社
2022-07-12


18位.印-サイン-(アーナルデュル・インドリダソン)※ランク外 
湖畔の山荘で女性の首つり死体が発見される。彼女の名はマリアといい、母を病気で失って以来、精神的に不安定になっていた。状況は明らかな自殺だったが、エーレンデュル捜査官の胸中に疑念がもたげる。マリアは死後の世界に興味を持ち、降霊術師のもとにも出入りしていたというが....。
2007年発表のエーレンデュル捜査官シリーズ第8弾。マリアの事件の他に、彼女の父親の死に対する疑惑や30年前の失踪事などを絡めて重層的に描き、非常に読み応えのある物語に仕上がっています。
印 エーレンデュル捜査官シリーズ (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン
東京創元社
2023-11-30


19位.アリスが語らないことは (ピーター・スワンソン)※ランク外文春12 読みたい7位 
大学卒業を控えたハリーは父が崖から転落死亡したとの連絡を受ける。故郷に戻った彼を待っていたのは美しい継母のアリスで、彼女の話によると父の死は散歩の途中で転倒した結果だという。しかし、刑事は父の死体には殴打の痕跡が残されていたと告げるのだった。ハリーはアリスに疑念を抱くが...。
ハリー視点の現在パートとアリスの過去パートが交互に語られ、この2つがどう繋がっていくのが気になってぐいぐいと引き込まれていきます。犯人の正体が徐々に明らかになっていく展開もスリリング。
アリスが語らないことは (創元推理文庫)
ピーター・スワンソン
東京創元社
2022-01-27


20位.名探偵と海の悪魔 (スチュアート・タートン)→4文春6 読みたい12位 本ミス6 
17世紀。ピップスとアレントがバタヴィアで帆船に乗り込もうとしたとき、包帯男が乗客の破滅を予言する。男は炎に包まれて絶命し、船中では次々と怪事件が起きる。ヒップスは名探偵と名高いが現在、罪人として護送中の身。助手のアレントは聡明なバタヴィア総督夫人とともに捜査を開始するが...。
『イヴリン嬢は七回殺される』は凝った構成故に読みにくさも相当でしたが、本作はストレートなエンタメです。謎解きでは前作に及ばないものの、魅力的なキャラと畳みかける展開にワクワクします。
名探偵と海の悪魔 (文春e-book)
スチュアート・タートン
文藝春秋
2022-02-23



その他注目作50

21.邪悪催眠師 (周浩暉) 
ある者はゾンビのように人の顔を食いちぎり、またある者は鳥のようにビルの上から羽ばたいて死亡するといった怪事件が起きる。やがて犯行予告がネット上で発見され、しかも、犯人は数日後に開催を控えた催眠師大会に参加するというのだ。刑事の羅飛は大会主催者である凌明鼎に協力を仰ぐが...。
このミス4位『死亡通知書 暗殺者』の前日譚。暗殺者もそうでしたが、強大な敵との対決はサスペンスたっぷりで手に汗握ります。二転三転のストーリーも読み応え満点の良くできたエンタメ傑作です。
邪悪催眠師 (ハーパーBOOKS)
周 浩暉
ハーパーコリンズ・ジャパン
2022-08-24


22.1794(ニクラス・ナット・オ・ダーグ)
フランス革命の影響を被り、陰謀と暴力の蠢く街と化したストックホルム。良家の子息である青年エリックも結婚式前夜に悲惨な事件に巻き込まれる。花嫁の母親が警視庁に赴いて真相究明を訴えるも警察の手に余ると判断した秘書官は事件の解明を引っ立て屋カルデルに押し付けるが...。
『1793』に続くシリーズ第2弾。前作に続いて18世紀のストックホルムがリアルに描かれており、臨場感を盛り上げてくれます。そのうえで展開される先の読めない物語が抜群の面白さです。
1794 (小学館文庫)
ニクラス・ナット・オ・ダーグ
小学館
2022-09-06


23.三日間の隔絶 (アンデシュ・ルースルンド)
グレーンス警部は17年前に一家惨殺事件の生き残りである5歳の少女を保護するが、その事件の資料が署内から盗まれていることが判明する。一方、潜入捜査官を引退したピート・ホフマンの元に謎の脅迫状が届く。脅迫者は警察の人間だと考えた彼はグレーンス警部に署内での潜入捜査を志願するが...。
シリーズ第9弾。恒例となったピートの潜入パートはテンポが良いうえに緊迫感に満ち、非常に読み応えがあります。一方のグレーンスによる謎解きもケレン味たっぷり。文句なしの傑作です。
三日間の隔絶 上 グレーンス警部 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ ルースルンド
早川書房
2022-05-24


24.レオ・ブルース短編全集(レオ・ブルース)
クリスマスパーティ ーの夜に秘書が殺された事件にビーフ巡査部長が挑む「ビーフのクリスマス」をはじめとして「ビーフと蜘蛛」「棚から落ちてきた死体」「犯行現場にて」「われわれは愉快ではない」「それはわたし、と雀が言った」「単数あるいは複数の人物」など、全40編収録。
1992年間発表の「棚から落ちてきた死体」にその後発見された12作品を加えた決定版。各10ページ程度しかない点は物足りなさも感じますが、ブルースの魅力を手軽に味わうには絶好の書です。
レオ・ブルース短編全集 (海外文庫)
レオ・ブルース
扶桑社
2022-04-28


25.警部ヴィスティング 悪意 (ヨルン・リーエル・ホルスト)
2人の女性を殺して服役中のトム・ケルは失踪中の女性も自分が殺したと言い出す。ヴィスティングたちが見守るなか、死体を遺棄したという場所に連れられてこられたトム・ケルだったが、突如手榴弾が爆発し、混乱に紛れて姿を消してしまう。警察は彼と、彼の逃亡を助けた共犯者の行方を追うが...。
冒頭こそ派手ですが、その後はなかなか捜査が進展しない地味な展開が続きます。しかし、主人公と娘の関係など、停滞の中での人間ドラマこそが本シリーズの魅力です。後味のよいラストも好印象。
警部ヴィスティング 悪意 (小学館文庫)
ヨルン・リーエル・ホルスト
小学館
2022-03-04


26.最後の審判(ロバート・ベイリー)
死刑囚のジムボーンが脱獄する。目的は老弁護士トムへの復讐だ。そして、トムが愛する人たちを皆殺しにすると宣言し、末期癌の彼を精神的に追い詰めていく。相棒リック、検察官パウエル、大切な息子夫婦と可愛い孫。余命いくばくもないトムは果たして彼らを守り切ることができるのだろうか。
四部作の完結編。リーガルサスペンスのシリーズながら今回はアクション中心の作りなっています。しかし、骨太の物語と相俟ってこれが抜群の面白さです。それに加え、ラストシーンも感動的。
最後の審判 (小学館文庫)
ロバート・ベイリー
小学館
2021-12-07


27.ゴールドマン家の悲劇(ジョエル・ディケール)
『ハリー・クバート事件』でベストセラー作家となったマーカス・ゴールドマンの実家は質素な家庭だった。そのため、少年時代の彼は有福で弁護士の伯父と医者の伯母がいるもう一つのゴールドマン家に憧れ、その家に入り浸っては従兄弟たちと遊んでいた。だが、思わぬ悲劇が一家に襲いかかり...。
前半は主人公たちの成長を描いた青春小説のようでミステリーらしくありません。しかし、これはこれで読み応えがあり、その前半部があるからこそ、一家崩壊のドラマに心揺さぶられることになります。
ゴールドマン家の悲劇 上 (創元推理文庫)
ジョエル・ディケール
東京創元社
2022-03-19


28.ベルリンに堕ちる闇(サイモン・スカロウ)
1939年の12月末。ドイツでレイプ殺人が発生。線路脇に遺棄されていた死体の主は元女優の党幹部だった。党内勢力図を塗り替えかねないこの事件の捜査に、どの派閥にも属さないホルスト・シェンケ警部補が指名される。捜査を開始した彼は酷似した事件が広範囲にいくつも起きていることに気づくが...。
主人公が指揮する捜査が様々な圧力によって思うように進められないなど、ナチス政権下のドイツをリアルに描いた作品です。全体的に重苦しい空気に包まれていますが、重厚な読み応えはあります。
ベルリンに堕ちる闇 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サイモン スカロウ
早川書房
2021-11-17


29.狼たちの宴(アレックス・ベール)
1942年のニュルンベルク。ゲシュタポ犯罪捜査官になりすまし、古城の密室殺人を解決に導いたユダヤ人の元古書店主イザーク・ルビンシュタインは、街から脱出する前に機密文書の奪取を試みていた。だが、そこで新たな女性殺しの事件に出くわし、再び捜査官として謎に立ち向かうハメになり...。
『狼たちの城』の続編。正体がばれれば死という極限状態での捜査をスリリングに描いている点は前作と同じながらも、シリアルキラーに地元刑事とのバディものと新たな要素を加えて飽きさせません。
狼たちの宴 (扶桑社BOOKSミステリー)
アレックス・ベール
扶桑社
2022-07-02


30.奪還(リー・チャイルド)
ニューヨーク・マンハッタンで、民間軍事会社社長の妻と娘が拉致された。偶然現場近くに居合わせたジャック・リーチャーは鋭い観察眼を見込まれて妻子救出のための協力を要請される。元FBIで私立探偵のローレン・ポーリングとともに捜索を始めたリーチャーだが、事件は思わぬ展開をみせる...。
2006年発表のシリーズ第10弾。今回はアクション控えめながらもわずかな手掛かりに基づいて真相に近づいていく頭脳戦は読み応えあり。シリーズ中では比較的地味ですが、最後には派手なアクションも。
奪還(上) (講談社文庫)
リー・チャイルド
講談社
2022-08-10


31.魔王の島(ジェローム・ルブリ)
新聞記者のサワドンリーヌは、顔も知らない祖母の訃報を聞き、遺産整理のためにノルマンディー沖の孤島へと赴く。しかし、数名の老人だけが住んでいるその島は不穏な空気が充満していた。両足が欠けた子供たちの遺体がノルマンディーの浜辺に打ち上げられたという1949年の事件との関連性は?
サイコサスペンス風の物語を綴っていく本作の文章には常に違和感がつきまといます。そして、違和感の正体に気付いた途端にとんでもない真実に行き当たるのです。フレンチミステリならではの技巧に満ちた作品ですが、ミステリとしては完全に反則なのでその辺は好みが分かれそうではあります。
魔王の島 (文春文庫)
ジェローム・ルブリ
文藝春秋
2022-09-01


32.ブラックサマーの殺人 (M・W・クレイヴン)→15文春2 読みたい14位 本ミス2 
若い女性の失踪事件が発生し、ポー刑事以下の捜査陣は状況から殺人事件と断定。三ツ星レストランの経営者で世界的なシェフでもある父親を逮捕する。だが、その6年後、殺されたはずの娘が突然姿を現した。DNA鑑定でも本人に間違いないしの結論がくだされ、ポー刑事は窮地に追い込まれるが......。
シリーズ第2弾。直感派のポー刑事と健気なティリー分析官のコンビはもちろん、捜査陣の面々がみな魅力的で事件の不可解さも相俟ってぐいぐい引き込まれていきます。ただ、トリックは少々無理が。


33.アポロ18号の殺人 (クリス・ハドフィールド)
1973年。アポロ18号の打ち上げを一カ月前に控え、メインパイロットの一人がヘリの墜落事故で死亡する。バックアップ要員が彼の代わりを務めることになるも、やがてその事故は仕組まれたものであることが判明する。しかも、容疑者は宇宙に旅立っており、地上からは手出しすることが出来ず...。
著者はNSAのスタッフとしてソ連に滞在していた経歴の持ち主であり、当時の緊迫した米ソ対立の描写は真に迫っています。そのなかで繰り広げられる殺人事件の顛末はスリラーとして一級の面白さ。
アポロ18号の殺人 上 (ハヤカワ文庫SF)
クリス ハドフィールド
早川書房
2022-08-03


34.壊れた世界で彼は(フィン・ベル)
民家にギャングが押し入り、立て籠もるという事件が発生。狙撃犯が銃弾を撃ち込んだ後に機動隊が突入し、母親と娘たちの救出に成功する。だが、あとは襲撃犯5名の遺体が転がっているだけで父親の姿はどこにもなかった。警察は、生き残りの犯人が彼を人質にとって逃走していると考えるが....。
なかなか核心に触れようとしない曖昧模糊とした事件に対し、終盤の伏線回収によって意外な真相を一気に明らかにする手管が見事です。ただ、風景描写などが多くてなかなか話が進まないのが難。
壊れた世界で彼は (創元推理文庫)
フィン・ベル
東京創元社
2022-05-30


35.英国屋敷の二通の遺書 (R・V・ラーム)
植民地時代に英国人が建設し、以来当主が非業の死を遂げ続けているというグレイブルック荘。そこに数々の難事件を解決してきた元刑事のアスレヤが招待される。屋敷の現当主が何者かに命を狙われているというのだ。当主は対策として自分の死に方によって効力の変わる遺書を2通用意するが...。
珍しいインドの本格ミステリ。舞台は現代なのですが、屋敷の見取り図が登場するなどのクラシックな探偵小説の雰囲気にワクワクします。探偵役も魅力的で黄金時代のムードを満喫できる良作です。
英国屋敷の二通の遺書 (創元推理文庫)
R・V・ラーム
東京創元社
2022-03-19


36.ギャンブラーが多すぎる (ドナルド・E・ウェストレイク )→14文春18 読みたい10位
ギャンブルに目がないタクシー運転手のチェットは客から競馬の勝ち馬情報を入手し、馴染みのノミ屋に35ドル渡す。ところが、情報が的中して配当金を受け取りに来てみると、ノミ屋は胸に銃弾を浴びて殺されていたのだ。しかも、事件に巻き込まれたチェットは2組のギャングから命を狙われ...。
『我輩はカモである』や悪党パーカーシリーズなどで有名な著者の1969年発表の作品です。当時のアメリカの空気感を味わいながら手に汗握るサスペンスとユーモラスな掛け合いを楽しめる点が秀逸。
ギャンブラーが多すぎる (新潮文庫)
ドナルド・E・ウェストレイク
新潮社
2022-07-28


37.ネヴァー(ケン・フォレット)
中央アフリカのチャド共和国とスーダン共和国は武力衝突をり返し、その連鎖は被害を被った中国が報復行為に出るまでに至る。これ以上紛争が拡大するのを防ぐべく、米中によるギリギリの交渉が続いていたが、そこに北朝鮮でクーデター勃発との報が舞い込む。思わぬ事態に両国は疑心暗鬼に陥るが.....。
『針の眼』の著者による全3巻の大作。場面切り替えのせわしい序盤はとっつきにくいものの、中盤以降の緊迫の展開にページをめくる手が止まらなくなります。日本も絡む凄惨な展開はインパクト大。
ネヴァー(上) (扶桑社BOOKSミステリー)
ケン・フォレット
扶桑社
2021-12-02


38.嵐の地平 (C・J・ボックス)
猟区管理官ジョー・ピケットの養女エイプリルはロデオカウボーイのダラスと駆け落ちをするが、何者かに頭部を殴られ、瀕死の重傷を負って倒れているところを発見される。過去に女性への暴行歴のあるダラスに疑惑が向けられるが、彼にはアリバイがあった。一方、盟友ネイトにも危機が迫る...。
ジョー・ビスケットシリーズ第15弾。今回はメインの3つの事件から新たな事件が派生するという複雑な構成で無理な展開も目立ちます。しかし、キャラや自然の描写は素晴らしく、安定の面白さです。
嵐の地平 (創元推理文庫 Mホ 16-3)
C・J・ボックス
東京創元社
2022-06-21


39.裏切り(シャルロッテ・リンク)
女性刑事ケイトは元名警部の父が殺されたとの報を受けて実家のあるヨークシャーに帰郷する。父の死体には激しい暴行の跡があったことから、地元の警察は彼が刑務所送りにした人間による復讐だとみていた。一方、脚本家のジョナスは静養に訪れた別荘で養子の実母に悩まされていたが...。
2つのエピソードの関連性がわからないながらも不穏な空気に引き込まれ、それが一つに繋がってからは怒涛の展開でさらに面白くなります。悲しい真相も印象的。ドイツでベストセラーの傑作です。
裏切り 上 (創元推理文庫 Mリ 7-5)
シャルロッテ・リンク
東京創元社
2022-06-30


40.匿名作家は二人もいらない (アレキサンドラ・アンドリューズ )
作家志望のフローレンスはベストセラー作家のモード・ディクソンにアシスタントとして雇われる。覆面作家であるモードに下書き原稿を仕上げる仕事をまかされた彼女は当初真面目に仕事をこなしていた。しかし、原稿へ自分の文章を混ぜ、共同執筆者を気取ることに快感を覚えるようになり...。
前半は大きな動きはないものの、中盤以降サスペンスが増して一気に面白くなっていきます。クライムノベルとしては手垢のついたプロットながらも強烈なキャラと二転三転の展開が魅力的です。
匿名作家は二人もいらない (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アレキサンドラ アンドリューズ
早川書房
2022-02-16


41.死亡告示 トラブル・イン・マインドII (ジェフリー・ディーヴァー)
リンカーン・ライムの死亡告示 が公表される表題作、殺害動機が異常なことから心神喪失による無罪判決が濃厚な被告を有罪判決に持ち込むために敏腕検事が奇策を用いる『カウンセラー』、数学が得意な刑事が連続心中事件を統計学上ほぼありえない偶然だと看破する『永遠』など、全6編収録。
『フルスロットル トラブル・イン・マインⅠ』と対を成す作品集。バラエティに富んだ作品が並び、特に、中編の「永遠」は著者得意の二転三転の展開を楽しめるうえに真相の意外性も抜群の傑作です。
死亡告示 トラブル・イン・マインドII (文春文庫)
ジェフリー・ディーヴァー
文藝春秋
2022-05-10


42.阿片窟の死 (アビール・ムカジー)
1921年。ガンジー指導の元での独立運動が勢いを増すなか、カルカッタでは英国皇太子訪問を控えて厳戒態勢が敷かれていた。しかし、街では異様な変死事件が相次いでいた。英国人警部のウィンダムは阿片依存症に苦しみながらも相棒のインド人部長刑事・バネルジーの助けを借りて事件の謎を追うが...。
ウィンダム警部シリーズの第3弾。独立運動で緊迫感が高まるカルカッタを臨場感豊かに描き、そのうえで、虚実を交えた歴史の闇を浮かび上がらせていく手管が見事です。陰影に富んだキャラも魅力的。


43.フォーリング―墜落(T・J・ニューマン)
コースタル航空ニューヨーク行き416便の機長・ビルに差出人不明のメールが届く。そこには爆弾を巻き付けられた妻子の写真が添付されていた。犯人はビルにワシントンに向かうように指示し、家族を救いたければ飛行機を墜落させろと告げる。家族の命か、乗客の命か。ビルの決断は?
冒頭からサスペンスフルな展開が続き、どんどん緊迫感が増していくのが秀逸。一方、作中のノリはエンタメ系ハリウッド映画に近く、ユーモアをちりばめて過度に重苦しくなるのを防いでいます。
フォーリング 墜落
T J ニューマン
早川書房
2022-03-16


44.囚われのスナイパー(スティーヴン・ハンター)
アメリカに潜伏していたアラブの凄腕テロリストを息詰まる狙撃戦の末に倒した退役海兵隊のボブ・リー・スワガーは右派勢力によって英雄として祀り上げられるも、左派の女性議員に難癖をつけられて下院議会の公聴会に召喚される。しかも、その公聴会の会場に5人の脱獄囚が乱入して立て籠もり....。
ボブ・リー・スワガーシリーズ第12弾。今回は政治家という銃を持たない敵及び、脱獄囚との閉鎖空間での死闘が描かれており、派手さには欠けるものの、重層的で緻密な展開は読み応え満点です。
囚われのスナイパー(上) (扶桑社BOOKSミステリー)
スティーヴン・ハンター
扶桑社
2022-06-02


45.南の子供たち(S・J・ローザン)
私立探偵のリディアは親戚から、父親殺しの容疑で逮捕された青年の無罪を晴らしてほしいという依頼を受ける。相棒のビルと共にミシシッピ州に向かったリディアだったが、青年はすでに脱走した後だった。彼の行方を追ううちに、リディアは中国系アメリカ人の隠された歴史を知ることとなり....。
8年ぶりのシリーズ12弾。アメリカに根深くはびこる人種差別の問題に触れつつ、それをミステリに落とし込んでいく手管が秀逸です。キャラ同士の掛け合いが楽しくテンポの良さも申し分なし。


46.精霊たちの迷宮(カルロス・ルイス・サフォン)→17位
1959年マドリード。女性捜査員のアリシアは、失踪した国家教育大臣・バルスの捜索を依頼される。大臣の私邸に訪れた彼女は、そこで一冊の本を発見する。タイトルは『精霊たちの迷宮』。関わる者すべてが不幸な運命を辿るというその本を手掛かりにアリシアは巨大な陰謀へと迫っていくが…。
「忘れられた本の墓場」シリーズ完結編。独裁政権を中心にスペイン現代史の闇が掘り起こされていく物語は読み応えあり。特に、シリーズ全体の謎も解き明かされていく後半はまさに怒濤の展開です。
精霊たちの迷宮 上 (集英社文庫)
木村 裕美
集英社
2022-08-19


47.レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落( リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)
妻がアパートから墜落死した夫の前に謎の老婦人が現れる「ミセス・ケンプが見ていた」、恐妻家の男が彼の超人的な記憶力を利用した犯罪計画を持ちかけられる「記憶力ゲーム」、ホテルのロビーにいた男を凶悪事件の容疑者として刑事が執拗な取り調べを行う「ロビーにいた男」など全8編収録。
刑事コロンボの産みの親として知られるコンビ作家の傑作選第2弾。テンポの良いサスペンス展開の末に皮肉の効いたどんでん返しが決まる作品が揃っており、特に「ロビーにいた男」のラストが強烈。


48.レイン・ドッグズ (エイドリアン・マッキンティ)
北アイルランドにある古城の中庭で女性の転落死体が発見された。しかも、城門は閉ざされており、中に入るには高い城壁を乗り越えない限りは中に入るしかない。つまり、現場は完全な密室だったのだ。この難事件に挑むダフィの元に警察高官がIRAの手によって爆殺されたという連絡が入り......。
第3弾に続いて密室の謎にダフィが挑むシリーズ第5弾。ただ、謎解きがメインではなく、ダフィ自身に転機が訪れる物語はハードボイルドとして読み応えがあります。会話も小気味よく、キャラも魅力的。
レイン・ドッグズ ショーン・ダフィ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
エイドリアン マッキンティ
早川書房
2021-12-16


49.ポリス・アット・ザ・ステーション (エイドリアン・マッキンティ)→19位
1988年3月。ダフィ警部補の休暇中に事件が起きる。北アイルランドの港町で麻薬密売人がクロスボウで次々と射殺されていったのだ。一見すると自警団の犯行のようだったが、ダフィはそう単純な事件ではないと直感する。しかも、捜査中に命を狙われ、事件は北アイルランドの闇へと繋がっていく...。
ショーン・ダフィ・シリーズ第6弾。今回は家族ができたダフィの変化を軸にアクションあり、北アイルランド情勢ありと多彩な物語が楽しめます。仲間たちの魅力も相変わらずで安定の面白さです。


50.王女に捧ぐ身辺調査: ロンドン謎解き結婚相談所(アリスン・モントクレア)
1946年のロンドン。結婚相談所を運営するアイリスとグウェンは殺人事件を解決したことですっかり有名になり、エリザベス王女に仕える女官から依頼が舞い込む。王女が交際中のフィリップ王子に脅迫状が届いた件の処理のために王子の身辺調査をしてほしいというのだ。2人は謎解きに奔走するが......。
シリーズ第2弾にして物語は王室問題にスケールアップ。大味になるかと思いきや各勢力の思惑が入り乱た手に汗握る物語に仕上がっています。軽快なテンポの掛け合いとアクションも健在な佳品です。


51.ローズ・コード (ケイト・クイン)
第二次世界大戦下の最中、上流階級の令嬢・オスラは出頭命令に従い、ブレッチリー駅に赴く。そこには暗号解読に取り組む政府の学校があった。そこで下町育ちのマブやパズルの名手であるベスと友情を育むも、ある悲劇が彼女たちを襲う。戦後、オスラのもとに助けを求める手紙が暗号で届き...。
英国暗号機関で働く女性たちの友情を描いた物語で、当時の時代背景や女性の立場などを絡めながらの謎解きが見事です。何より女性たちが魅力的で、少々冗長な部分はあるものの、読み応えは十分。
ローズ・コード (ハーパーBOOKS)
ケイト クイン
ハーパーコリンズ・ジャパン
2022-07-19


52.ヨーロッパ・イン・オータム (デイヴ・ハッチンソン)
テロや難民問題に加え、西安風邪による人口の激減でミニ国家が乱立した近未来の欧州。ポーランドでシェフとして働いていたルディはある日、国際的な諜報組織にスカウトされる。スパイごっこのような毎日は気恥ずかしいながらも悪くないと思うようになった矢先、彼は謎の男に拉致され....。
SF設定のスパイ小説であり、独自の世界観や主人公のキャラがなかなか魅力的です。ストーリーも最初は非常に地味なスパイ活動が続きますが、突如スケールが大きくなる後半の展開は読み応え満点。
ヨーロッパ・イン・オータム (竹書房文庫)
デイヴ・ハッチンソン
竹書房
2022-06-30


53.忘れたとは言わせない(トーヴェ・アルステルダール)
ウーロフは14歳のときに凶悪犯として逮捕され、以後23年間を保護施設で過ごしてきた。そんな彼が釈放され、故郷に帰る。だが、時を同じくして事件が起きる。ウーロフの父が死体で発見されたのだ。疑惑の目がウーロフに向けられるなか、彼と同郷の警察官補・エイラが捜査を開始するが…。
2021年ガラスの鍵賞受賞作品。事件そのものは意外と神父理ではあるものお、、複雑な人間家計を紐解きながら真相に迫っていくプロセスが読み応えがあります。やるせないラストも印象的です。
忘れたとは言わせない
トーヴェ・アルステルダール
KADOKAWA
2022-08-31


54.56日間(キャサリン・R・ハワード)
アイルランドの首都・ダブリンで新型コロナが猛威を振るうなか、集合住宅で30歳前後の男性と思われる腐乱死体が発見される。その56日前、独身女性のキアラは謎めいた男性・オリヴァーと運命的な出会いを果たし、急速に中を深めていく。だが、オリヴァーにはひた隠しにしている過去があり...。
現在の事件と過去の出来事が交互に語られ、一体何が起きたのか?という謎が強力な牽引力となって物語をぐいぐいと読ませる極上のサスペンス小説です。ただ、比較的オチは予想しやすいかも。
56日間 (新潮文庫 ハ 59-1)
キャサリン・R・ハワード
新潮社
2022-09-28


55.とむらい家族旅行(サマンサ・ダウニング)
莫大な財産残して亡くなった祖父が遺言状で、20年前に行ったアメリカ横断旅行の再現を要求する。それを無視すると遺産を受け取ることができない。エディー、ベス、ポーシャの三兄妹はずっと疎遠だったがそれれの配偶者を伴って急遽旅に出ることになる。だが、狭い車内には不穏な空気が漂い始め...。
20年前と現代の旅行が並行して描かれ、どんどん謎が膨れ上がっていく点に引き込まれます。特に、20年前の語り手で現在不在のニッキーがどうなったのか気になるところです。ただ、ラストは賛否両論。
とむらい家族旅行 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サマンサ ダウニング
早川書房
2022-05-10


56.影のない四十日間 (オリヴィエ・トリュック )
サーミ人居住区でトナカイの所有者が殺害される。彼は隣人トラブルを抱えていたというがそれが原因なのか?トナカイ警察として配属されたばかりのクレメットとニーナは捜査を進めていくが、事件の裏には様々な思惑が潜んでいた。一方、カウトケイノの博物館からは貴重なサーミの太鼓が盗まれ......。
年間40日は太陽が出ないノルウェイの最北部を舞台に、密猟や家畜の盗難を担当する警官コンビの奮闘を描いた北欧ミステリー。北欧での暮らしぶりや政治、先住民族の文化などが興味深く描かれ、引き込まれていきます。また、内容が散漫とした部分もあるものの、ラストの追跡シーンは手に汗握ります。
影のない四十日間 上 (創元推理文庫 M ト 10-1)
オリヴィエ・トリュック
東京創元社
2021-11-11


57.まだ見ぬ敵はそこにいる ロンドン警視庁麻薬取締独立捜査班 (ジェフリー・アーチャー)
巡査部長に昇格したウィリアムは警視長直属の麻薬取締独立捜査班に異動となり、警視長自身から特命を受ける。それは、ロンドンを裏から支配する麻薬王・ヴァイパーの正体をつかみ逮捕せよというものだった。しかし、その足掛かりとして逮捕した麻薬の売人がウィリアムと因縁のある相手で.....。
ウィリアム・ウォーウィックシリーズ第2弾。ベテラン売れっ子作家だけあって潜入、追跡、活劇、裁判と見せ場の連続でぐいぐいと引っ張っていきます。ただ、十分に楽しむには前作読了済が大前提。
まだ見ぬ敵はそこにいる ロンドン警視庁麻薬取締独立捜査班 (ハーパーBOOKS)
ジェフリー アーチャー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2021-12-17


58.シルバービュー荘にて(ジョン・ル・カレ )
英国の海辺の町で書店を営んでいたジュリアンは町外れのシルバービュー荘に住むエドワードと出会い、次第に親交を深めていく。そんなある日、ジュリアンはエドワードから見知らぬ女性に手紙を渡すよう頼まれる。一方、英国諜報部は重大機密漏洩の犯人を追ってシルバービュー荘を訪ねるが......。
2020年に89歳で亡くなったスパイ小説の巨匠の遺作です。ル・カレが近年多用してきたスパイの裏切りについて描かれており、物語に新味はありません。その代わり語り口のうまさはさすがル・カレです。
シルバービュー荘にて
ジョン ル カレ
早川書房
2021-12-16


59.シリア・サンクション(ドン・ベントレー)
史上初のヒスパニック系大統領の再選を目指してホワイトハウスはシリア・ISの化学兵器研究をCIAの部隊に襲撃させるも失敗に終わる。一方、その化学兵器開発に携わってきた科学者から米国政府へ接触があった。彼の確保の命を受けた国防情報局のドレイクはシリアに潜入し、激戦に身を投じるが...。
グレイマンシリーズのグリーニーが絶賛した作品で、全編に緊迫感みなぎるハードボイルドな雰囲気が魅力となっています。ただ、政治的策謀が多めでアクションが少ない点は好みの分かれるところ。
シリア・サンクション (ハヤカワ文庫NV)
ドン ベントレー
早川書房
2021-11-17


60.父親たちにまつわる疑問(マイクル・Z ・リューイン)
依頼人は地球外生命体と人間のハーフだと名乗る風変わりな青年。彼は宇宙人の父から贈られた貴重な石を空き巣に盗まれたので取り戻してほしいという。しぶしぶ調査を引き受ける私立探偵のサムソン。しかし、その件が解決した思えば、今度はその青年が何者かに刺されてサムソンに助けを求め...。
1971年から続くサムソンシリーズ久々の新作。宇宙人とのハーフ自称する青年が持ち込む4つの事件を描いた連作短編でミステリ色は薄い代わりに風変わりな人間ドラマとして読み応えがあります。
父親たちにまつわる疑問 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マイクル Z リューイン
早川書房
2022-09-14


61.テキサスのふたり(ジム・トンプスン)
ギャンブラーのミッチはテキサス州に拠点を定め、サイコロ賭博で生計を立てている。恋人のレッドを伴った一見きままな生活だが、金目当てで離婚に応じない妻や寄宿学校にいる息子のために大金を手に入れる必要に迫られていた。そこでミッチは一獲千金の危ない橋を渡ろうとするが...。
著者の作品にしては主人公に好感が持て、読後感も爽やかです。主人公以外の登場人もキャラが立っており、特に、跳ね返りながらキュートなレッドが魅力的。さらに、熱い展開もグッドです。
テキサスのふたり
ジム・トンプスン
文遊社
2022-06-28


62.ファイナル・ツイスト(ジェフリー・ディーヴァー)
流浪の名探偵コルター・ショウは非業の死を遂げた父の遺志を継ぎ、民間諜報会社ブラックブリッジが狙っている1文書の謎を追っていた。その文書は100年前に書かれたものでエンドゲーム・サンクションというコードネームがつけられていた。果たして多くの人間を死に追いやった文書の秘密とは?
コルター・ショウシリーズ3弾にして第一部完。今回はいつもにましてアクション要素が強く、怒涛の展開が続くのでハリウッドの娯楽対策を観ているかのようです。その分、深みには欠けるかも。
ファイナル・ツイスト コルター・ショウ (文春e-book)
ジェフリー・ディーヴァー
文藝春秋
2022-06-29


63.警告(マイクル・コナリー)
LAタイムズを辞め、ニュース・サイトの記者になっていたジャック・マカヴォイは一夜を共にした女性の殺害容疑でマークされる。被害者がデジタル・ストーキングされていたという事実を知った彼は独自に調査を開始する。そして、かつての恋人で元FBI捜査官の探偵・レイチェルに調査を依頼するが......。
ジャック・マカヴォイシリーズ11年ぶりの第3弾。今回のテーマはDNA鑑定などの現代捜査の危うさで、サスペンス満点の展開は読み応えがあります。ただ、もやもやした結末は好みの分かれるところ。
警告(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー
講談社
2021-12-15


64.真夜中の密室ジェフリー・ディーヴァー )
厳重に施錠した部屋に易々と忍び込み、謎めいたメッセージを残す怪人ロックスミス。意図不明の不可思議な事件に科学捜査の天才リンカーン・ライムが挑むも、思わぬ窮地に陥ってしまう。別件で依頼された証拠物件分析の際に不手際があったという理由で警察との契約を打ち切られてしまったのだ。
リンカーン・ライムシリーズ第15弾。今回は怪人との対決に加え、ライムが警察の政争に巻き込まれる展開が描かれており、それぞれにどんでん返しが用意されているのがうれしいところ。ただ、その分、怪人との対決が薄味になり、ロックスミスの存在感が希薄になってしまっているのが残念。
真夜中の密室 リンカーン・ライム (文春e-book)
ジェフリー・ディーヴァー
文藝春秋
2022-09-27


65.スクイズ・プレー(ポール・ベンジャミン) →9文春15 読みたい13位
私立探偵のマックス・クラインは元メジャーリーガーの名三塁手・チャップマンからの依頼を受ける。事故で片足を失った彼は政治家への転身を図ろうとしているのだが、そんな彼の元に脅迫状が届いたというのだ。殺意を示唆する文面からマックスは過去の交通事故についても疑念をいだくが...。
ニューヨーク三部作で知られるポール・オースターの1976年デビュー作。往年の作風とは異なる正統派ハードボイルドに仕上がっており、読み応えもあります。ただ、新鮮味はあまり感じられず。
スクイズ・プレー(新潮文庫)
ポール・ベンジャミン
新潮社
2022-08-29


66.夜のエレベーター(フレデリック・ダール )→19位
イヴの日。同居していた母の死を契機にぼくは6年ぶりにパリの実家へと帰ってきた。空っぽのアパートを飛び出し、夕食のために入ったレストランでぼくは子供連れの美しい女生徒出会う。かつて愛した女性、あるいは若き日の母親によく似た彼女はぼくを思いもかけない運命へと導いていき...。
技巧に満ちたいかにもフレンチミステリーといった作品。最初は重要なことを隠した状態での意味ありげな語りにイライラしますが、次第に詩情豊かな描写に引き込まれていきます。幕切れも鮮やか。
夜のエレベーター (海外文庫)
フレデリック・ダール
扶桑社
2022-07-31


67.時は殺人者(ミシェル・ビュッシ)
コルシカ島で一家4人を乗せた車が崖から転落し、父・母・兄の3人が死亡する。それから27年。唯一生き残った妹のクロチルドは夫や娘と共に、事故以来初めてコルシカ島を訪れた。だが、彼女に一通の手紙が届く。そこには母の筆跡で母と自分以外知り得ない事柄が書かれていた。母は生きているのか?
現在と27年前の主人公の日記を交互に配置した構成が巧みで、読者は深まる謎に翻弄されていくことになります。サスペンスとして非常に読み応えがありますが、少々強引な真相は賛否の分かれるところ。
時は殺人者 上 (集英社文庫)
ミシェル・ビュッシ
集英社
2021-10-20


68.母の日に死んだ (ネレ・ノイハウス)
孤児院から子どもを引き取って育てていたライフェンラート家の邸宅から死後数日経過した老人の死体が発見される。亡くなったのは邸宅の主だったが、事件はそれだけで終わらなかった。床下から死蝋化した三体の遺体が発見されたのだ。30人の里子を育てた男は恐るべきシリアルキラーだったのか?
刑事オリヴァー&ピアシリーズの第9弾。猟奇殺人インパクトもさることながら、並行して語られる女性の物語が思わぬところで事件と繋がっていく構成の妙が見事です。圧倒的な筆力で読ませる傑作。


69.ゲストリスト(ルーシー・フォーリー )
アイルランドの孤島ではメディアで活躍する男女が豪華な結婚式を挙げていた。だが、参列者の間では様々な思惑が絡み合い、謎めいた警告の手紙まで送られてくる。そして、ついに事件は起きる。パーティの最中に殺人事件が発生としたのだ。果たして誰が殺されたのか?その犯人の正体は?
世界最大規模の書評サイトでミステリ年間1位を記録!その魅力は曖昧模糊とした物語が後半、パズルのピースが嵌っていくが如く繋がっていく点にあります。ただ、時系列がバラバラで読みにくのが難。
ゲストリスト (ハヤカワ・ミステリ)
ルーシー フォーリー
早川書房
2021-11-04


70.クライ・マッチョ(N. リチャード・ナッシュ )
マイク・マイロは落馬事故によってロデオスターとしての栄冠を失い、結婚生活も破綻する。そんな彼にメキシコにいる息子ラファエルを偽装誘拐してほしいという依頼が舞い込む。成功報酬は5万ドル。マイクは闘鶏で生計を立てるラファエルを見つけるが、彼らにはさまざまな苦難が待ち受けていた...。
映画化を機に初邦訳された1975年の作品です。男と少年の旅路を描いたロード・ノベルですが、イベント盛りだくさんで退屈せずに読むことができます。主人公の再生を描いた物語としても秀逸。
クライ・マッチョ (海外文庫)
N. リチャード・ナッシュ
扶桑社
2022-01-13


チェック漏れ作品

異常【アノマリー】 (エルヴェ ル・テリエ)→11
2021年、パリ発ニューヨーク行きの旅客機は巨大な乱気流に飲み込まれるも、なんとか全員無事に帰還する。だが、そこは旅客機が飛び立ってから3カ月後の世界であり、しかも、自分と同じ人間が暮らしていたのだ。殺し屋、作家、弁護士に幼い少女といった面々はその異常事態にどう対処していくのか?
前半は物語の背景が説明されないままに人々の日常が淡々と描かれるため、少々冗長です。しかし、その異常情性が明らかになるにつれて加速度的に面白くなります。ジャンルミックスのエンタメ傑作。
異常【アノマリー】
エルヴェ ル テリエ
早川書房
2022-02-02


ガラスの顔(フランシス・ハーディング)→15
トンネルを張り巡らせた地下都市カヴェルナで暮らす人々には表情がなく、面(おも)と呼ばれる人工表情でそれを代用している。チーズ作りの親方に拾われた少女ネヴァフェルはその都市にあって唯一自らの表情を持つ存在だった。好奇心旺盛な彼女は権謀術数渦巻く宮廷の陰謀に巻き込まれていくが...。
独創的な世界観に基づくファンタジー小説ですが、不可思議な連続殺人や伏線を回収しての謎解きといった具合にミステリーの要素盛り沢山。特に、世界の謎が次々解き明かされる後半は読み応えあり。
ガラスの顔
フランシス・ハーディング
東京創元社
2021-11-11


プロジェクト・ヘイル・メアリー (アンディ・ウィアー)→17位文春11 
男は白い奇妙な部屋で目を覚ます。最初、自分が何者なのかも思い出せなかったが、やがて自分の名前がグレースで、ヘイル・メアリー号という恒星間宇宙に乗っていることを思い出す。太陽エネルギーが指数関数的に減少するという未曽有の危機に瀕した人類を救うため、宇宙を旅していたのだが...。
主人公が一人で様々な問題に対処する『火星の人』と同趣向作品ながら、本作にはよりスケールアップした面白さがあります。同時に、宇宙生物とのファーストコンタクトを描いた作品としても秀逸です。
プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
アンディ ウィアー
早川書房
2021-12-16


2022年12月3日追記
予想結果
ベスト5→5作品中3作的中
ベスト10→10作品中6作的中
ベスト20→20作品中10作的中
順位完全一致→20作品中2作品